03-20 Fri , 2009
昼の長さと夜の長さが同じ日に
今日は春分の日。彼岸の中日。「暑さ寒さも彼岸まで」っていうから、ようやく寒い季節とお別れで、超寒がりのわたしは嬉しい。だけどまー、まだ、ストーブとはお別れしたくないけどね(笑)

さて、「在日コリアン映画祭」も今日が最終日。なんか連日満員で、主催者側もこれは想定してなかったみたい。わたしは3日の通し券を予約してたから、最初の日しか受付で金払ってないんだけど、昨日も今日も「あ、昨日も来てましたね」とか「毎日、早くにお越し頂いてありがとうございます」とか言われちゃって、やっぱ3日とも同じ格好で行ったら覚えられるのかなあ、とか(爆)

今日は朝鮮学校の様子を撮った「ウリハッキョ」という映画だけで、あとはトークショーとライブがあったんだけど、なんて言うかな、この3日間を通して、在日関係の映画を5本観ててね、自分が「日本人」としてじゃなくて、「性的少数者」として感じることの方が正直多くてね。自分は「性的少数者」という部分でしか生きてないわけじゃない、って思うんだけど、なんて言うのかな、ちょっとしたところで「共通点」を見つけてしまうのね。

例えば。「あんにょんキムチ」の冒頭は、監督(この映画ってドキュメンタリーで自分の家族が出てくるから、監督自身も出演者の一人になってる)が、初めて友達に「自分は日本人じゃないんだ」ってカミングアウトするシーンだったのね。これ観たらさぁ。自分がカミングアウトしてるところと被るじゃない。そうするとさ、自分のときと比較しちゃうわけよ。

で、映画が終わって、監督がトークショーに出て来て、そこでいろいろ話したんだけど、質問が出たの。「途中で酔って歌い出した後に泣いたのは演技ですか」って。途中でね、そういうシーンが出てくるの。それについてね、監督は「いやー、あのシーンは冒頭のカミングアウトのあとで、みんなでカラオケに行って、その帰りのことだったんですよね」と。わたしはそれで納得した。カミングアウトを友人にして、それを受け入れられて、嬉しかったんだな、と。わたしも誰かにカミングアウトした後って、正直ホッとする。わたしはカミングアウトして、今まで誰かに拒否されたことないけど(親以外)、カミングアウトを終えて、一人になったとき、言えてよかった、ということと、拒否されなくてよかったってことが、一緒くたになって、嬉しかったりホッとしたりするんだよね。あのときは友達1人が一緒だったけれど、監督はきっといい気分になったから歌い、「受け入れてくれてありがとう」って思って泣いたんだと思う。

まぁ「受け入れてくれてありがとう」ってわたしは今ではそんな謙虚なことは思わなくなって(爆)「受け入れられようとられまいと、自分は既にここにいることには変わりない」「受け入れられなければそれまで」って思ってるけどさ。でもカミングアウトをするようになってからしばらくはわたしもこんな気持ちだったなーってことを思い出しちゃったよ(笑)

これはただ一つの例だけだけど、本当は5本の映画、どれも必ず「あー、この気持ち、すごくよく分かる」ってところがあるのよ、それは日本人としてじゃなくて、性的少数者としてね。それがねー、自分としては複雑だった、すごく。もうちょっと「普通」の日本人の目で観たかったと思った。けど、やっぱりそれは無理なんだよね。少数者って、多分、「自分はなんなのか」と言うところを他の人以上に考えてるんだと思う。「自分は何故ここに住んでいるんだろう」とか「自分はなぜ同性愛者なんだろう」みたいに。「自分は何故日本人なんだろう」とは、わたし、考えたことないもの。。

でもね、分からないこともたくさんあった。在日コリアンのほとんどは故郷は今の韓国にあるというのに、「祖国」を北朝鮮にした人たち。自分の知らない土地をなぜ「祖国」と言えるのか。「祖国」と思えるのか。これはわたしにはよく分からない感覚。

朝鮮学校の高3の修学旅行先は、平壌(ピョンヤン)、要するに北朝鮮なわけだけど、2週間の修学旅行を終え、彼らが日本に帰ってきたときに、少し以前と変わっている、と感じた、とこの映画を撮った韓国人の監督は映画の中で言う。しかし、監督自身は韓国人(在日ではない)なので、北朝鮮には付いていくことができない。なので、彼らが北朝鮮でどのように過ごしたかは分からない。生徒の一人にカメラを託したらしいが。その監督は「今まで南北の分断を感じたことがなかった」という。しかし、この件で初めて南北の分断を肌で感じたという。

修学旅行から帰ってきた生徒は言う。「向こうでは朝鮮語で話しても誰も振り向きはしない」「チョゴリを着ていてもそれは当たり前の世界」「(北朝鮮の人たちは)とても親切だった」「彼らの目はとても澄んでいて綺麗だった」「自分が当たり前に存在できる場所だった」「自分が朝鮮人であることを誇らしく思った」と。

わたしは彼らにはそういう「国」があって羨ましいと思ったが、でも一方「これって、わたしが二丁目に行ったときや、パレード(ゲイパレードね)に参加したときに感じる感覚と同じじゃん?」と思いもした。北朝鮮と新宿二丁目やパレードをいっしょくたにすると誰かに怒られるかも知れないけど(苦笑)、でも、自分が自分のことを隠さずに自分らしくいられるところに行くとね、普段、自分がどんなに窮屈な思いをしているか、分かるんだよね。確かにわたしは今、ここ(自分の家ね)にいて、窮屈な思いをしているつもりではないけれど、でも二丁目に行くとね、明らかに違うの。なんか「自由」を手に入れた感じがするの。パレードに参加するとね、心がすごくのびのびした感じがするの。「自分は肯定されている」って思えるの。幻想かも知れないけど(笑)


そしてやはり「誇り」を持つのは少数者だからなのか、とも思う。彼らが言ってたことはほとんど「ゲイ・プライド」にも通じるからだ。わたし自身はあんまり「ゲイ・プライド」ってのは、自分じゃ感じられないんだけどね。でも持つとしたら多分、そういうことなんだろうなと映画を観ながら思ってた。

特に彼らは、あの時期、ちょうど北朝鮮の拉致問題が出てきた頃で、日本に帰ってきたとき、新潟港では「拉致被害者を返せ」だのという横断幕があちこちにあって、抗議活動されていて、だから朝鮮学校の先生は船から下りる際、女子生徒に対して「(制服の)チマ・チョゴリじゃなくて、ジャージを着るよう」指示するのね。彼らにしたら、北朝鮮で楽しかった反面、また日本に戻ってきて差別を受ける立場になるのか、と思ったら、そりゃあ、普通以上に「祖国はやっぱりいいところ」だと思うだろうなって思うよ。

わたし、北朝鮮で彼らが受けたのは、多分、特別待遇に近いんじゃないかと思う、それは「国策」としてね。北朝鮮支持者を増やしたいのだから、そういう手は当然使うだろう、と思う。だから「それに引っかかっちゃダメだよ」と言いたい反面、日本人も彼らにひどいことをしてるんだよ。朝鮮学校に「お前の国がテポドンを落としたら、お前ら皆殺しだ」とか「数日中にお前らの生徒を一匹ずつ殺す。お前らは人間じゃない」とかさ、電話がかかってくるんだよ、ホント。

わたしさぁ、確かに北朝鮮という国は、何も知らない他国の一般人を拉致してひどい、と思ってるけどさ、でもその矛先を朝鮮学校の生徒に向けるのは間違っていると思う。これは国の問題であって、朝鮮学校に通う生徒の問題じゃない。なのになんでこんな脅迫じみた電話をかける人がいるんだろう?あまりにも卑劣としか言いようがない。はっぱかけるなら、日本の政治家や国に言え、と思う。これは国と国という立場でしか解決しようのない問題なのだ。

でね、わたしは朝鮮学校の生徒の北朝鮮に対する感覚と、わたしが二丁目に対する感覚って似てるなと思ったんだけど、片方が「国」だと、途端に胡散臭く思えてしまう。それはなぜ?と思ったのよね。それはなんでだか、今でもよく分かんないんだけど。

それに「民族性」というのは、持たねばならないものなんだろうか、とも。少数者のプライド、という点では心情的には分かるんだけど、しかし「民族性」が先に立つようになると、多様性、というものが失われるんじゃないだろうか、とかね。民族で固まると、そうでない民族は受け入れられないような感じじゃない?排他的、というか。そこが問題だと思うんだよね。。自分たちの民族に誇りを持つことは構わないし、日本人だって、日本を愛する気持ちを持った方がいい、と思うけど、でもそれイコール他の民族を差別する、ってことではないと思う。自分の民族に誇りを持ちつつ、他の民族に対しても同じように敬意を払う、これが理想なんだろうけど、現実は難しいんだろうなあ。。

それを考えると「ゲイ・プライド」なんてものもホントはいらないんじゃないかなあ~、なんて思う。まぁ、「これがゲイ・プライドだ!」なんて思ったことがないわたしだから、そんなこと言えるのかも知れないけど。その「プライド」によって他者との間に溝を作ったり、他者を差別したりするものになるのなら、そんな「プライド」なんて百害あって一利なし、だと思う。

この映画祭の主催者は「在日コリアンの映画を観てもらうことで、世間が一般に持っているステレオタイプの在日、というのを打破して、いろいろな在日コリアンがいることを知って欲しい」って言ってたけど、それ以前にわたし、ステレオタイプな在日って一体どんなイメージなんだろう?ってこの3日間、ずっと思ってた。わたし、そこまで在日のこと知らないもん。あまりに知らないことが多すぎて、「分からないところがあったら質問して下さい」って何度も言われたけど、自分が何が分からないかすら分からない状態で、何を聞けばよいのかわかんなかったもん。あと「これ聞いたら失礼かな」と思ってしまうところもあって。。

例えば「あんにょんキムチ」で、この作品を作った監督の家族は、両親が結婚した時点で日本に帰化した、って言ってたけど、名字はいつも使っている「松江」ではなくて「柳」って名字らしいんだよね。映画の中で「松江家の墓」と墓石に刻みつけたのも、「松江家の家紋」を作ったことも含め、「松江」であることに非常にこだわっていながら、なぜ帰化したときに名字を松江にしなかったのだろう?って思った。もしかしたら新しく作った名字では帰化できないのかな?とか。でも、韓国、朝鮮、中国の人が帰化するのならそのままの名字が使えるけど、それ以外の、例えば西洋人が帰化するときは名字と名前は「日本風」にしなければならないでしょう?小錦だって曙だって、現役時代の四股名を帰化の時の名前にしたはずだ。だから、できないわけじゃない、と思う。だから「なんで?」って思ったんだけど、これは個人的な事情なのかなーと思って、なんか聞いちゃまずい気がして聞けなかった。

昨日観た「Dear Pyongyang(ディア・ピョンヤン)」も、親がバリバリの朝鮮総連の幹部の娘で、その娘がこの映画の監督なわけだけれど、こちらの方は朝鮮か韓国か日本か、じゃなくて、最初から「朝鮮か韓国か」なのね。この娘は親のやっていることに疑問を持っていて、韓国籍になりたいってずっと思ってたのね。それがずっと言えるような雰囲気じゃないんだけど、あるとき、父親が「お前は韓国籍になっていい」って言うわけ。それでその監督はカメラ回しながら、あの時実はカメラを落としそうなくらいびっくりした、とトークショーで語ってたけど、わたしにしてみれば「なんでそこに『日本に帰化する』という選択肢が全くないわけ?」って思ったわけ。でもこれもなんだか個人的なことかなあーと思って聞けなかった。

分からないところが多すぎるのと、これ聞いたら失礼だろうか、と思うこともあって、結局なんの質問も出来なかったわたし。「日本人」と「在日」という軸よりも「性的少数者」と「在日」という軸でついつい観てしまうわたし。

この3日、5本の映画を観て、4つのトークショーと1つのライブを観たんだけど、まず第一に、映画は楽しかった。トークショーも、各々の映画を作った監督さんが出てきて、同じドキュメンタリー映画の監督さんでありながら、やっぱり人によってポリシーとか映画を撮るときの手法が違うんだな、と感じられて、それもなかなか興味深かった。このさ、トークショーってのは、わたしはまたつい、「東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」のことを思い出しちゃうんだけど、あっちの映画祭の方はね、トークショーがあっても、あんまり面白いなって思ったことないの。だけど、この映画祭のトークショーは、特に監督さん達のトークショーはすごく面白かった。この違いは何かなって思ったんだけど、それは、通訳を介さないからかなって思った。

ね。やっぱりわたしと繋がるのはどうしても「性的少数者」の方なのだ(苦笑)

そこのところが、わたしにはとても複雑でね。最初にも書いたけど、わたしは別に24時間、365日「自分は性的少数者だ」と思って生きてはいない。なのに、ついつい、そっちからの方向で観てしまって、それがね、イヤだったの!「日本人」としてのマジョリティーの視点、と言うのも磨いておきたいと思うのだけれど。。今さら無理なのかなあ~。

というわけで、やってみたら会場がガラガラだった、という夢ばっかり見ていた、というこの団体の代表の最後の挨拶で終わったが、開けてみれば、連日満員。立ち見も出てたそうで。成功してよかったね、お疲れさま、こういういい機会を設けてくれてありがとう、と言いたいです。あと、継続してやってね、と。これはアンケートに書いてきたんだけどね(笑)
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