----- -- , --
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:-- | スポンサー広告 | page top↑
12-30 Tue , 2008
自分が差別しちゃいそうな人たちって?
今日はある人とデート♪(なんて書いたら殺されそうだけど(笑))

んー、ホント、いろんなことが話したかった人でね。やっと会うことができたんだけど、それでもやっぱり時間が足りなかった。その中で出てきた話。「差別や偏見を持たない人ってこの世にいるわきゃないよね」という話をしてたら「じゃ、Ronさんは、どんな人に差別とか偏見を持つの?」って聞かれた。

わたしが「えーと、刑を終えて出所してきた人」って答えたら「急にまた、なんで~?」って言われたんで、「いやあ、平成14年に国がさあ、人権教育・啓発に関する基本計画てのを出してね、その中に国が『この人は差別しちゃいけませんよ』というのをまとめて書いてるんだけど、その中には女性だとか子供だとか老人だとか、障碍者だとか、HIV/AIDSにかかった人だとか、ハンセン病の人だとか、同和地区に住む人だとか、あ、ちゃんとその他の中に『同性愛者への差別といった性的指向の問題』とも書いてあるんだけどね、その中に『刑を終えて出所した人』ってのがあるんだぁ。でね、わたし、一つ一つ見てってさぁ、ダメそうなのが、刑を終えて出所した人だったの」と答えた。

「その、刑を終えて出所してきた人に対して、どんな偏見を持ってるの?」って聞かれたから「いやー、そりゃ、殺人犯とかがさぁ、近くに住んでるって聞いたら怖いじゃん?」「でも、人を殺した人って、ホント、よっぽどの理由があって人を殺したんだと思うよ。そんな誰彼見境なく人は殺さないと思うけど」って言われたから「いやでもさぁ、そのよっぽどの理由が自分に降りかかってこないとも限らないじゃん。一回、そういうことがあって人をあやめたんだからさぁ、、」って答えた。そう、それだったら「刑を終えて(=罪を償った)」という意味がない、とわたしも思うんだけれどね、、

あ、ただわたしは続けた。「あーでもさぁ。もし、個人的に近くにそういう人がいて、その人の人となりと知ったとしたら、もしかしたらその人に対する偏見はなくなるかもね」「それってさ、要するに同性愛者と同じじゃん?同性愛者って『誰彼見境なく襲う人』って思われてるけど、個人で親しくなったら、そういう風には思われないでしょ」「確かにそうだけどね」

とそのときは「うーん、何かが違う」と思いつつもそう答えたんだけどね。

家に帰ってきて、もう一回考えてみた。そうしたら違いが分かった。

要するに女性や子供、老人、その他の、ここの「人権教育・啓発に関する基本方針」に書いてあるもので「刑を終えて出所した人」以外は、多分、その人がどういう人であれ、差別はしないだろうな、と思えるものなのね。ところがこの「刑を終えて出所した人」に関しては「個別対応」なのよ。個人的に付き合ってみて「この人大丈夫そう」って思ったら偏見なくなると思うの。だけど「刑を終えて出所した人」っていう「一まとめの集団」にするとね、その集団にわたしはやっぱり偏見を持ってしまう。

だからおそらく同性愛者もね、「同性愛者」として一まとめで見たときに偏見を持つ人って多分、たくさんいると思う。もちろん「同性愛者」という一まとめで見ても偏見も何もないよ、って人もたくさんいると思う。それはやっぱり個人差があると思うのね。で、おそらく一まとめで偏見を持ってみる人に対しては、ホント、個人個人を知ってもらって、それでその人の偏見を解くしかないと思う。そして、だからといって、急にその人から「同性愛者全体」に対する差別はなくならないんじゃないかなあ、と思ったりもする。

裏を返せば、やっぱりわたし自身「刑を終えて出所した人」は、個人個人の人と親しくなって「この人、安心」と思えば偏見はなくなるだろうけど、だからといってそれを「すべての刑を終えて出所した人」に押し広げて考えにくいのよ。

「そりゃさぁ、同性愛者の誰でも受け入れられるって人はいないと思うよ」とその人も言ったし、わたしも同意した。でもそれは個人レベルでの人の「好き嫌い」の話で、もしかしたらその人が同性愛者だと言うこととは何も関係のないところで好き嫌いが生じるんだと思う。それは人間関係だから、大いに有り得るし、わたしだって、すべての人と仲良くなれるとは到底思ってないし、逆に嫌いな人と嫌い合えたらどんなに幸せかとか、そんなことさえ思っていたりする過激な人間なのだ、わたしって。

けどね、差別や偏見を持つ、ってのは、個人レベルの話でなく、一まとめにしたときにどう思うか、の話だと思うのね。そう、今日はそれを整理して話すことができなかったのが悔やまれる。一まとめの集団と個人単位をいっしょくたにして話してしまった。これは反省。

「わたし、今、刑を終えて出所した人が周りにいないけどさあ」って言ったら「もしかしたら、言えないだけでいるかも知れないよ」と言われた。。。そうなんだよね。わたしがただ「見えないだけ」で、本当は近くに存在している可能性もある。それはわたしという同性愛者があなたのそばにすぐいるように。そこは気をつけなくちゃなあと思ったけどね。いつ、いかなるときでも、どういう背景を持った人が近くにいるかも知れない、それが具体的にはなんであるかはもちろん想像も付かないけど。。でも、少なくともそういう人から「実はね」ってカミングアウトされる人間になりたいと思う。

でも、わたしの周りにいる(かも知れない)「刑を終えて出所した人」は、これでわたしに対してカミングアウトしにくくなってしまったのかも知れないね、、(苦笑)

今日はたったの3時間くらいしか離せなかったんだよねー(笑)それでもあっという間に時間、過ぎちゃったし。
今度は二丁目行って話しましょう、是非。
21:32 | (性的少数者)自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<一年を振り返ることができる人ってのは | ホーム | 愛は移ろいやすい ピンでとめておけないわ>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
この記事へのトラックバックURL
http://rontako.blog39.fc2.com/tb.php/1048-43a6b57b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
AX
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。