09-05 Mon , 2016
25年ぶり優勝に向かって思い出すこと
カープ首位マジック4


ってことで、今日9月5日現在、カープのマジックは4。まぁさすがにここまで来ると今年のセ・リーグ優勝はカープだろうという気がしてくる。しかも2位とのゲーム差は14.5。あの忌まわしき数字、「11.5」より3ゲームも差が付いている。実はマジック4よりもこちらの数字の方が安心感があるのは、まぁ、あの当時のカープファンの性なのかも知れない。

「25年ぶり優勝(するかも知れない)」ということで、思い出すことがある。

とはいえ、別にカープの話ではない。わたしは確かに1975年のカープ初優勝のときからのカープファンで、数えてみればもう40年以上もカープファンをやっている。が、実は「野球」というスポーツ自体が熱狂的に好きになったのは、1992年の日本シリーズ、ヤクルト対西武を見て以来なのだ。そう、その前年の1991年は、今のところのカープの直近の優勝した年なのだが、そのときは「ふーん、カープ優勝したんか」くらいにしか思ってなかった。その頃のわたしは野球は結果さえわかればそれでよく、どういう試合の内容だったかなんて、正直あんまり興味がなかった(ただし「江夏の21球」はよく覚えてるけどね。とてもドキドキして怖かった)。それが1992年の日本シリーズ、あのときはヤクルトの野村監督と西武の森監督の「キャッチャー出身監督対決」などと言われ、そしてその日本シリーズの内容が逆転に次ぐ逆転で、1戦、1戦とても面白かった。そこで野球の面白さを知ったわたしは、1993年から熱狂的なカープファンになったのだった。そこから考えると、今回の(もしかしたら)優勝は、わたしがちゃんとしたカープファンになってから初めての優勝なのだ!

という話はさておいて。

思い出したのは1985年のこと。わたしが高校2年生のときだった。野球ファンだったらピンと来る年かも知れない。阪神が久々に優勝した年だ。

当時はまだ野球をそんなに見てなかったにせよ、カープの選手はもちろんそれなりに知っていた。が、他球団の選手となるとさっぱりで。。ただそんなわたしでも、阪神は「ダメ虎」とか、そんな感じで言われてる球団ってのは知ってた。

そのときわたしは高2だったわけだが、夏が過ぎ、2学期が始まって「あれ?」って思うことがあった。わたしのクラスのほとんどがみな、阪神ファンだったのだ!いや、大阪の学校じゃないよ。東京の学校だよ。これにはびっくりした。

教室の後ろに黒板があったのだが、そこには「六甲おろし」の歌詞が3番まで書いてあった。

確か阪神のリーグ優勝が決まったときは、うちの学校は移動教室(うちの学校は修学旅行の代わりに移動教室というのが高2のときにあった)で志賀高原に行ってたんだけど、阪神が優勝した瞬間、みんなの叫び声が聞こえた(ホテル側はえらい迷惑だっただろうな)。

あのときの阪神は一体、何年ぶりの優勝だったのかはよく知らない。

でも、そのことを思うと、今、東京のどこかの学校で、実はクラス中がカープファンと判明し、教室の後ろの黒板に「それゆけカープ」の歌詞が4番まで書き込まれているんじゃないか、とひそかに想像したりしている。

いや、阪神ファンは有り得るけど、カープファンはさすがに有り得ないかな(^^;
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09-11 Sun , 2016
優勝ってこんなに嬉しいものなんだね
20160908 141321


昨日、カープがリーグ優勝を果たした。

正直なところ、今年の強さはまだまだ全然実感できてなくて、昨日の試合が始まる前は、讀賣4連勝だったこともあって「カープは1勝するどころか、2連敗してしまうんじゃないだろうか」と思って不安だった。東京ドームで1年近く勝てなかった時期もあったし、やっぱりどうしてもわたしの頭の中に「ここ一番の試合で勝てないカープ」というのが大きいのだ。2014年だったか、そのとき首位だった讀賣に2ゲーム差で2位につけてて、でも讀賣の北関東遠征3連戦3連敗。もちろんそれだけじゃないけど、今まで何回と「勝負弱さ」を見せつけられてきたので、今、調子がいいと言ってもなかなかそういうイメージができないのだ。

ところが、昨日のカープの試合運び。先発黒田が初回に2ラン打たれて先制され、讀賣先発がマイコラスだったので「うわー、やっぱり今日は勝てんのかな」と思ったけど、4回で100球以上投げさせたんだっけ?あの各打者の粘りって見ててホントにすごい、って思った。今までのイメージ的に、歴代カープ打者は初球打ちで凡退、ってのがあるから、こういう地道が粘りができるってのが、本当に力をつけてきたなーと。もちろん、初球打ちで勢いづくこともあるんだけど、あまりにも凡打のイメージが強くてね。。(特にノムケン!もちろん好きな選手だけどさ)

今季のカープは相手先発投手がよくても、なんとかしてその投手を交代させれば、二番手、三番手のピッチャーを打ち崩して得点、逆転する、というパターンが多い。だから昨日もそんな感じでマイコラスに粘って多くの球数を投げさせたのだろうし、でも昨日の試合は結局のところマイコラスから5得点したんだけどね。まぁ刀根から1得点できたのは大きかったけど(てか、あれはエラー絡みだけど)。でも、山口から刀根に変わったときに「しめた」と思ったのは確か。

結局今年を象徴するような鈴木誠也の2本のホームランが大きく勝利に貢献した。鈴木誠也はオリックス3連戦の3連続逆転打から「いつ調子を崩すのか」と思いながら見てたけど、結局今のところ、大きく調子を崩すことはなかった。これは本当にすごいというか、大きかった。ずっと7番、時折上位に上げられては打てず、また7番で、みたいだったけど、いつしか5番で定着。将来的には4番を打つのかな。

昨日はもう、5回辺りからカープの守りのときはヒヤヒヤして、怖くて怖くて仕方なかった。黒田が一応、5回ピンチで投げ終わって、これで交代かな。どうせ、中継ぎは充実してるので、大瀬良、今村、ジャクソン、中崎で大丈夫じゃん、と思ってたら、まさか6回また黒田が出てきて「え、まだ投げるの?」と思ってしまった。まぁ、結果的に抑えられたからいいんだけど、正直とても怖かったよ。。今季の黒田は休養十分だとすごくいいピッチングをするんだけど、中6日だとちょっときついのかな、と思われるような感じがあったので、昨日はきっと気合いを入れている分、長い回まで持つのかな、って思ったから。

9回、中崎が出てきたときは「もうここで打たれたとしても、それは仕方がない」って思ってた。中崎は確かに現在のところ、クローザーなんだけども、わたしはどうしてもまだ、中崎を「守護神」と呼べないんだよね~。絶対的な守護神というのは「ここで出てきたらもう安心」ってピッチャーで、わたしの中では大野投手が自分の中の「守護神」なのだ。カープは大野投手以来、絶対的な守護神がいなくて、もうヒヤヒヤするようなピッチャーしか出てこなくて、もう長いこと、大野投手が出てきたときに思った「大野が出てきたらもう大丈夫」という安心感を感じたことがない。いつも「えー、大丈夫なんかな」と思いつつ、やっぱり四球連発、挙げ句ヒット打たれてサヨナラ負け~、とか、そんなのばっかりだったから、もう「安心感」すら思い出せない。でも、昨日の中崎の投球を見たときに「ああ、中崎、成長したなあ」って思った。相変わらず「4凡」だったし、最後の打者になった亀井がもし、四球だったらそのあとはどうなったことか、、と思ったけど。

最後の最後はやっぱり緊張して見てたけど、試合終了してしまったらなんというか、あっけなく「あ、優勝ってこんなものなのかな」って思った。だけど、胴上げの前に黒田と新井が抱き合って泣いている姿を見たら、思わずこちらまで涙を誘われてしまった。そこでやっと「優勝できたんだ」って実感できた。なんか試合後の共同記者会見で菊地がそんなことを言ってたが、まさにわたしも同じだった。あ、そうそう、共同記者会見での菊地の発言といえば、「我慢しなきゃいけないところもあったし、考えて考えて自分を殺しつつ、みんなのためにと思ってずっとやってきました。」という言葉。菊地って、試合終了後のヒーローインタビューのときでも割と鉄仮面的な感じで、なかなか本音を言わないなと思ってたけど、この言葉を聞いて「ああ、菊地も今季、本当に苦しかったんだな」と思った。プロだから、やっぱり自分がヒーローになりたいって思うだろうし、そういう性格の人たちがプロに集まっているんだろうし、だけど2番打者というのは、そういう役割は求められてないんだよね。共同記者会見を見てて、呼ばれた5人、いろいろ話したんだけど、菊地のこの言葉が一番印象に残った。

で、昨日、感極まって泣いた黒田。

わたし、先日、「そういや、ずっと前にカープのキャンプに行ったときの写真があったはずだよなあ~」と、古いアルバムを引っ張り出して見てみたんだけど、ちょうど'97年2月の沖縄キャンプに行っててね。このとき、黒田はちょうどルーキーイヤー。彼にとっての初めてのキャンプがこれだった。わたしは、黒田を撮った記憶が全くなかったんだけど(お目当ての選手はやっぱり大野投手だったので)、アルバムを見たら、黒田の写真が残ってた。

まだまだあどけない顔で、なんとなく初々しい。まさかこの選手がのちのち大リーグに行って戻ってきて、チームの精神的支柱となる選手になるだなんて、このときは思いもしなかった(ただ、黒田がこの歳になるまで投げられてるのは、この年のドラ1だった澤崎がいたおかげでもあると思ってる。黒田は澤崎の影に隠れて、むちゃな使い方をされなくて済んだので今があると思っている)。

黒田、カープで優勝できてよかったね。

そして、優勝してくれてどうもありがとう。
優勝するのがこんなに嬉しいことなんだ、って初めて知ったよ。

もちろん、新井にも同じ言葉を言いたい。
わたしは、阪神に行ったとき、ご多分に漏れず「裏切り者」と思ったし、去年、カープに戻ってくると決まったときも、あ、そうとしか思わなかった。

けど、赤いユニフォームを着て打席に立つ新井を見たら、そんなわだかまりもスッと消えて、素直に新井を応援している自分がいた。この感情は自分でもとても不思議だった。
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09-19 Mon , 2016
もう終わりっていったのに
以前の日記に、精神科も次の通院で終わりって書いたんだけど、どうやらそうは行かないようだ。

ってのは、8月の中旬以降、夏の暑さと試験勉強のため、毎日クタクタに疲れてるのに、試験勉強で頭が覚醒しちゃったためか、全然眠れなくなっちゃったんだよね。で、眠れないと翌日疲れが全く取れてないので、ベッドから起きあがることすらできない。だから翌日は休養日にする。次の日はなんとか勉強できても、そうすると頭が覚醒して眠れない。翌日、ベッドから起きあがれない、ってことの繰り返しになっちゃって、そうすると今度は、思ったように勉強が進まない→気持ちが焦り始める→余計に眠れない→夜になると「今日も眠れなかったら明日また起き上がれなくなって勉強できなくなる」と思いはじめ、寝るのが怖くなる、っていう風になっちゃったんだよね。

これはまずい、と思って、8月下旬だったけど、予約外で病院に行ってきた。とにかく眠れれば、翌日にはある程度疲れが取れて、ある程度勉強ができるようになる。とにかく眠れることが一番。ここをどうにかすれば、勉強できて心が安定するんだから。だから「とにかく睡眠剤でもなんでも使って夜に眠れるようにして欲しい」と主治医に言った。これまで眠れない時用に頓服でもらってたアルプラゾラムは連日服用するとなんだかすぐに眠れなくなっちゃったから。

睡眠剤でもなんでも、と言ったんだけど、主治医は単純に睡眠剤は出してくれなかった。どういう理由なのかは明確じゃないんだけど、試験までその時点で2ヶ月半あるってことは、短期決戦ではないからと言っていた。わたしは確かに副作用が出やすいので、主治医も薬を処方する際にすごく気をつけてくれてることは分かる。けど、わたしは今まで睡眠剤による副作用って、ドラールを長期服用した際、寝起きに頭痛が起きたことくらいしか思い付かないんだけどね~。

だけど、アルプラゾラムを睡眠剤代わりにするってのも、あまりよくないとのことで、それに替わる睡眠効果を持った薬を探すことになった。第一弾はロゼレムとベルソムラが提案されたんだけど、ロゼレムは既に飲んだことがあって、そのときは全く効かなかったんだよね。ってことで、ベルソムラが処方された。寝る前にベルソムラ20mgを飲んで、それで効かないようだったら追加でアルプラゾラム0.4mgを飲んでねってことになった。

ところがこのベルソムラ、効いたか効かなかったのかよく分からない。というか、本人は全く眠れた気にならなくて、ずっと起きてるような気がするんだけど、でもなぜか、翌日疲れは取れている。わたしは毎朝婦人体温計で体温測ってて、眠れないときは体温が上がって微熱程度になるのが経験的に分かってて、ベルソムラを飲んだ翌朝に体温を測ってみると、体温は上がってない。ということは、客観的には「眠れている」状態になってるわけなんだよね。でも、自分としてみると全然眠れた気がしない。

眠りってのは、客観的に眠れていても、主観的に「眠れた!」と思わなければすっきりしないもんなんだなって思った。

で、結局、5日くらいまでは我慢して飲んでたんだけど、やっぱり眠れた感じが全然しないので、アルプラゾラムだけに戻した。その間、アルプラゾラム連続服用はちょっとまずいかなあと思って、薬を飲まない日もあったんだけど、そうすると、寝るときにあれこれ思ってたこと(例えば勉強に全く関係のないカープのことなど)がいつの間にか消えて、気が付いたら頭の奥の方で「審査請求が~」とか「国政調査権って記録の提出と何となんだっけ?」とか(正解は証人の出頭、証言、記録の提出)、知らないうちに考えてて、それが急に表面化して、まだ夜が明けないうちに起きてしまってた。多分、ちょっとは自力で眠れてるんだけど、中途覚醒で起きちゃう兆候だよな、これ。わたし、2回目のうつ病の最初の方は中途覚醒がひどかったのね。寝つきはよかったんだけど。もともと、中途覚醒の気も持っているというか、ああ、これはやばいなーって思って。それからはアルプラゾラムを仕方ないので毎晩飲んで寝てた。

次の診察の時はこのことを報告。そしたら今度は「ジプレキサ飲みますか、それともセロクエルがいいですか」って言われた。うーん、ジプレキサもセロクエルも以前飲んでたことがある。特にジプレキサは確かに眠れるは眠れるんだけど、起きれなくなっちゃう副作用があるんだよね。朝、起きようとすると抗いがたい眠気とだるさがあって、結局ベッドの中で格闘して格闘してなんとか起きあがる、みたいな。セロクエルは飲んだからと言って眠れたという記憶はない。まぁ、以前処方されたときはそういう目的で処方されたわけではなかったからね。なので「うーん、どちらもなんとも言えないですね~」と言ったら、ヒルナミンって薬が処方された。

夜、寝る前に薬を飲んだら、なんとすごい懐かしい糖衣錠だった。翌日、薬についてネットで調べてたら、なんとこの薬、すごい昔からある薬なのね。だから糖衣錠なんだー。てか、ジプレキサとかセロクエルと同じ系の薬で、ジプレキサ、セロクエルは第二世代なのに対し、このヒルナミンって第一世代で副作用が強いから、今は第一選択薬として使われることはないって書いてあった。作用に「強い睡眠作用」って書いてあったので期待してたんだけど、ヒルナミン5mg、何日飲んでも全然眠れない。今度は本当に眠れない。眠れなさすぎて、頭痛が何日も続いて大変だった。

なので、これは3日くらいで止めたかなあ~。仕方がないので、またアルプラゾラムを飲んでいる。が、飲んでいるうちに、朝、抗いがたい眠気とだるさに襲われた。これは、、、。ジプレキサを飲んでたときと同じじゃん!ってことは、これは副作用だから薬を減らさないと、毎朝毎朝起きるのが大変になってしまう。しかし、ジプレキサとアルプラゾラムは作用が違う薬のはずなのに、なんで同じような副作用が出るんだろう???まぁ、そういうことが有り得るのかは次の診察の時に聞いてこよう。

で、「これは副作用だ」って分かった翌日から、アルプラゾラム0.4mg錠を3/4にして飲んでみた。1錠を半分に割り、半分をもう半分に割って1/4にして、半分と1/4を飲み、1/4は捨てる。

次の日、ほとんど眠れた気がしなかった。これって、ジプレキサを減薬したときと全く同じだわー。ただ、ジプレキサのときはまさかそれが薬を止めたことによる副作用(断薬効果)だと思ってなかったし、確かいきなり2.5mgを半分に処方されたんじゃなかったっけ?よく覚えてないけど。なのであのときは3日くらいほとんど眠れた気がしなかった(3日経ったらちゃんと眠れるようになった)。けど、今回は早めに気が付いたのと、半分じゃなく3/4にしたってことからか、次の日からは普通に眠れるようになった。それに朝、抗いがたい眠気とだるさもなくなった。なので今は曲がりなりにも夜は割と寝つきがよくて、寝た気もするし、朝起きるときは普通に起きられる。

多分、しばらくこういう状態が続き、そのうちまた朝、抗いがたい眠気とだるさに襲われるときが来るんだろう。そうしたら、今度は3/4から1/2に減薬しなければならない。

ってことは、結局、減薬の方向に向かってるってことじゃん!わたしが今望んでるのは、減薬じゃなく、寝つきをよくすることなのだ。まぁ今の時点で結果的には眠れてることは確かなんだけど、なんか違う感じがする。

てなわけで、次の診察のときにまた相談してみるつもり。というか、こんなことをしているうちに「短期決戦」のときを迎えるんじゃないかって思うんだけど。。今はいろいろ試しているように見えて、単なる時間稼ぎをしてるってことか?「短期決戦」になったら、すんなり睡眠剤を出してくれるのかな?

そういうわけで、通院終わりどころか、病院通いは却って頻繁になってしまった。
まぁ、それでも試験さえ終われば、あとは本当にサヨナラなんだろうけどさ。
14:25 | 3度目のうつのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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