03-01 Sun , 2015
全駅制覇、ウルトラマンスタンプラリー!その1(ただしスタンプは押してない)
もう終わっちゃったんだけど、1月13日から2月27日まで、JR東日本の都内(いくつかの駅は除く)、常磐線の千葉(いくつかの駅は除く)と茨城の駅(といっても取手のみだけど)の64駅で「ウルトラマンスタンプラリー」というのをやってた。

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わたし最初ね、病院に通院してたときに駅でポスターを見てね。あ、上のポスターじゃなく、その駅の担当キャラクターのポスターなんだけど、「あ、こんなのやってるんだ」と思って、なにげなく写真撮ったんだよね。ちなみにこんな風なの。スタンプは改札外にあるんだけど、どの場所にスタンプが置いてありますよーっていう案内のポスターです。

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それが1月の下旬だったかな?それ以降はJRを使うたびに駅に貼ってあるポスターの写真を撮るようになった。そのうち、乗換駅とか、そういうところでも見かけるたびに写真を撮るようになって、それから通り道の駅でも写真撮ってみたいキャラクターがあったら一時的に降りて、ポスター探して写真撮ったりするようになった。で、あるとき数えてみたら、それが21駅分になってたの。そのとき「あ、1/3集められたんだから、もしかしたら全駅できるかも」って思ったのが運の尽き(?)。東は常磐線の取手、西は中央線の西荻窪まで、全部撮ってきたよ~(笑)

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9×7=63で、1枚足りない?と思った人は正解です。実は、池袋駅では、キャラクターの載ったポスターを見つけることはできなかったんだよね。。ポスターを探すために3回、池袋駅に行ったんだけど。。。もちろん、池袋駅はとても広い構内と、何番線もあるプラットホームを持っている駅であり、そこをくまなく探すと言うことはできなかったんだけど、でもいろんな駅でポスターを探し回った経験上、これらのポスターが貼ってあるのは、

1.ホーム
2.ホームから構内に降りる階段
3.構内

のどれかだって分かったので、そこを探したんだけど、キャラクターが載ってるポスターは貼ってなかったんだよね。で、池袋駅で見かけたのは、こんなポスターだった。これは構内に貼ってあった。

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ちなみに池袋駅はこういうキャラクター。

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スタンプ台のところにこういうボードが置いてあって、ここでスタンプを押すの。ちなみにスタンプはどこでもいいから10個押せば何かもらえて、全部押したらさらに何か別のものがもらえるんじゃなかったかなー?わたしはスタンプには興味がなかったので、一つも押してません。

池袋駅は何か理由があって、キャラクターのポスターは貼らなかったんだろうか。それとも初めは貼ってたけど、盗まれちゃってこういうのにしたのかなあ?とか、いろんなことを思った。でもね。いろんな駅を回ってみて思ったんだけど、このスタンプラリーに対する熱意がある駅とあんまり熱意を感じられない駅があるんだよね。ほとんどの駅ではポスターにラミネート加工がしてあったんだけど、これをしてないところとかね。そういうポスターは雨の水滴で印刷がにじんじゃったりしてて。。それと、大抵は「スタンプ台はこちらです」っていう矢印が書いてあるポスターだったんだけど、いくつかの駅ではオリジナルのポスターを発見した。おそらくこれ以外の駅でもあるとは思うんだけど、気が付いたところだけで。

御徒町駅。

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西日暮里駅。

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大崎駅。

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大崎駅はスタンプ台のところにもこういうのが。ちなみに大崎駅のキャラクターは「バルタン星人二代目」でした。

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それと、南流山駅のキャラクターは「ウルトラマン」だったんだけど、ここはウルトラマンに選ばれたことがとても嬉しかったらしく、構内はこんなになってた(笑)

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しかし、南流山駅に行くために、新松戸の駅で武蔵野線に乗り換えたんだけど、慣れない駅の乗り換えはよく分からなくてね。最初、適当なホームに着いて行き先を見てたらどうも反対側のようだってので、反対側に回ったら、実は最初の方が正しくて、気が付いたときはもう向こうに電車が来てて。。なんてことがあった。

常磐線は快速と千代田線直通の各駅(というのかな?)に分かれてて、綾瀬での乗り換えにすごくとまどってしまった。てか、そのまま乗って北千住だったかに行けばよかったのに、北千住の駅は千代田線の駅になってしまうと思って、ここで乗り換えできると思ったんだよね。ここら辺、今でもよく分かってない。けど、この線には長年東京に住みながら、乗ったの初めてだった。千代田線は綾瀬行きや我孫子行きがあるのは知ってたけど、そこまで乗ったことはなかったし。

山手線なんて、何度、内回りと外回りを間違えたことか。。。山手線は、大学が品川にあったもんで、大学時代は新宿から品川までは乗り慣れてるんだよね。でも、却ってそれが徒になりました。わたし、どうしても品川方面は「内回り」と思い込んじゃうのね、それがあって。でも、それが例えば上野から見ると品川は「外回り」になるわけで、なんかそれがものすごく違和感で違和感で。よく考えるとそうなんだけど、反射的に見ると違って見えちゃうんだよね~。で、逆方向に乗り間違えて。

まぁ多分、こういうのもいい思い出、なんでしょうねえ。

でね。スタンプ台の前にあるこのボードには「○○駅からのメッセージ」っていうのが書いてあるの。こんな感じで。

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このメッセージが案外面白いことに気が付いたのは、あと5駅で全部ポスターの写真が集まるってところだった。。(つづく)
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03-02 Mon , 2015
全駅制覇、ウルトラマンスタンプラリー!その2(駅からのメッセージ)
前回からの続き。

それまでほとんどの駅では構内に貼ってあるポスターの写真を撮るだけだったんだけど、いくつかの駅ではスタンプ台のところまで行って、そこにある「○○駅からのメッセージ」に書かれた言葉の写真も撮ってたんだよね。そこには「なぜこのキャラクターを選んだのか」って理由が書いてあって、それを読むと結構面白かったから、「なんでここはこういうキャラクターなのかな?」って思う駅は、降りて撮ることにしてた。

けど、メッセージを集めているうちに、これまた「出来る限りのメッセージを集めてみたい」という気持ちになり、あと5駅でポスター全部集められるところで方針変更した。「今から集められるだけ、メッセージを集めてみよう」と。なので、ほとんどのところをまた、回ることになっちゃったんだよね~。ただ、こう決断したのは最終日から数日前で、もうわたしには1日しか集められる日はなかった。なので、ちょっと時間がかかりそうだった常磐線と総武線快速の駅は泣く泣く断念せざるを得なかった。

そうして集めたのは、全64駅中、常磐線の三河島、北千住、亀有、松戸、馬橋、新松戸、南柏、柏、北柏、我孫子、取手と総武線快速の新日本橋を除く52駅分。

駅のメッセージを集めるってことは、改札降りてスタンプ台の前まで行かなければならないってことで、これはスタンプラリーする人と同じ行動なのだけれど、これ、案外きつかった。駅の改札って絶対に階段を上り下りしないといけないんだよね。しかも、なるべく電車降りたら、次の電車が来るまでの間にスタンプ台のところに行って写真を撮りたい。そうすると時間との競争でね。大きい駅だと構内が広すぎるので次の電車にってのは無理だけど、構内が広い分、たくさん歩かないといけない。わたし、2度目の渋谷は埼京線で行ったんだけど、思いっきり後悔した。。埼京線の渋谷駅はほとんど「ニセ渋谷駅」って言っていいほどのところにあるのに!それは知ってたのに!!先に恵比寿に回って、そこから渋谷に戻ればよかったよな~って、歩きながら本当に後悔した。そして電車の中ではほとんどがたった1駅で降りるから、座ったりはしない。最後の方はもう、足がガクガクだった。それでもとても楽しかった。本当はもっと早く気が付いて、全部の駅を回ることが出来たらよかったのに、って今も思ってる。

52駅分しか集められなかった駅からのメッセージだけど、その中で一番心に残ったのは、新大久保駅だった。そこにはこう書かれている。

キャラクター選定の際に、真っ先に思い浮かんだのが友好珍獣「ピグモン」でした。新大久保の街は韓流ブームと共に賑わいと活気にあふれ、かつては静かだった街が今では誰もが知る「コリアンタウン」として有名な街に生まれ変わりました。しかし、昨今の日韓情勢とともに訪れるお客さまが減少している今、日韓の友好を願わずにはいられません。また、様々な外国の方が訪れる、多文化共生の街でもある新大久保。国籍や言語、文化の違いを互いに尊重し合う、そんな世界を作りたいものです。そういったこともあり、真っ先に浮かんだのが友好の文字がある「ピグモン」でした。駅社員全員一致で決定、希望しました。他駅からの希望もたくさんあったキャラクターと聞いておりましたが、見事に当駅が勝ち取りました。近隣にある皆中稲荷神社の御利益の後押しがあったのかもしれませんね。



新大久保


他の51駅で、こんなにキャラクターの選定理由がしっかりしたところはなかった。文中には「昨今の日韓情勢」とあるけれど、ここ、新大久保では何度もヘイト・スピーチが繰り広げられ、そばで聞かざるを得なかった駅員さんたちもそのことに胸を痛めてるんだと思う。「国籍や言語、文化の違いを互いに尊重し合う、そんな世界を作りたい」という新大久保の駅員さんたちの願い、本当に心を打たれた。そしてこのメッセージがこのスタンプラリーの期間中、約1ヶ月半、ここに表明され続けたのはとてもよかったと思った。

それ以外、「駅名からキャラクターを選定した」ってところがいくつかあった。
・金町→カネゴン
・駒込→ゴメス
・神田→ガンダー
・五反田→ヒトデの「五」角形から→ペスター

面白かったのは、「キャラクターと似ている駅員さんがいる」ってところも複数あったことだ。
・大塚→ゴロー
・有楽町→ギガス
・市ヶ谷→人工生命M1号

ちなみに、これがそれぞれのキャラクター。左からゴロー、ギガス、人工生命M1号。

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・・・ひどすぎる(笑)

それからたった一駅だけど、「駅長と名前が似ているから」という理由で選定されたキャラクターもいた。
・東中野→マグラー

ちなみに駅長さんのお名前は「眞柄(まがら)」なんだそうです。

その他のキャラクター選定理由としては、
・尾久→当駅は、JR東日本の看板列車「カシオペア」「北斗星」の車庫がある駅で、始発駅の上野駅へ整備して送り出す脇役的な存在。ウルトラマンシリーズで名脇役と言えば「バルタン星人」(バルタン星人)
・高田馬場→誰からもすぐ覚えてもらえるように可愛い名前のキャラクターを選択(バニラ)
・阿佐ヶ谷→今年(注:去年の間違えだと思う)の7月7日に発車メロディーが「たなばたさま」に変更になった。そこから1968年7月7日、七夕の日に「ウルトラセブン」で登場した「ガッツ星人」を当駅のスタンプキャラクターとした(ガッツ星人)
・原宿→原宿駅周辺の建物が映っている話である。キャラクターは金色のロボットで、竜から円盤状に変化するが、原宿駅も木々が立ち並んでいて季節毎に風景が変化する(宇宙竜ナース)
・四ツ谷→四ツ谷駅周辺は自然が豊かで毎年沢山のセミが集う(セミ人間)

阿佐ヶ谷駅、無理矢理過ぎる!!(笑)そして、たくさんのセミが集うからセミ人間を選んだ四ツ谷駅って笑えた!すごい無理矢理だけど、夏が来るたびにセミ人間と四ツ谷駅に集うセミのことを思い出しそう。

キャラクターを「駅の望み」に託したものも多かった。(五反田、阿佐ヶ谷は重複)
・信濃町→レッドキングのようにみなさまに親しまれ、愛される駅をめざす(レッドキング)
・東京→ベムスターに負けないくらい皆さんに愛される駅を目指す(ベムスター)
・田町→夢溢れる新駅と田町駅を繋ぐ列車は、今までも、これからも時間を超えてお客さまの日常に寄り添い続けたい(異次元列車)
・五反田→駅の社員も(キャラクターのように)連携プレーで一体となり、熱い思いを主食とし、見えない赤い炎をだしながらお客さまをお待ちしている(ペスター)
・日暮里→現代のゆるキャラブームのはしり?とも思われるキャラで、現在の日暮里駅のイメージキャラクター「にゃっぽり」とも併せて可愛がって下さい!(ゲスラ)
・東十条→「カプセル怪獣アギラ」みたいに、困ったときには頼りにしていただけるよう、そしてみなさまから愛される駅づくりを目指す(アギラ)
・阿佐ヶ谷→「ガッツ星人」に負けない様、これからも駅員一同明るく元気に頑張っていく(ガッツ星人)
・中野→今後もシーボーズのように皆さんに愛される駅を目指す(シーボーズ)

上に挙げたのは、まだ「なぜそのキャラクターを選んだのか」について触れられてるけど、中には理由がさっぱり分からない駅もあった。

そもそも、メッセージの中にキャラクター名が全く含まれてない駅もあった。
・浜松町→ウルトラマンジャック
・高円寺→ニセウルトラセブン
・赤羽→グドン
・渋谷→スカイドン
・大崎→バルタン星人二代目
・水道橋→マグネドン
・上野→シーゴラス

まぁ「駅からのメッセージ」なので、別にキャラクター選定理由が書いてなくてもいいんだけどね。。ただし、大崎駅は「その1」でも触れたけど、独自のポスターを作っていたり、この「駅からのメッセージ」も凝ってました。

大崎駅


縦読み(笑)

実は「駅からのメッセージ」で一番多かったのは、キャラクターの名前には触れているけれど、なぜそのキャラクターを選んだのかさっぱり分からない、というものだった。
南流山、池袋、板橋、十条、田端、王子、西日暮里、巣鴨、目白、目黒、恵比寿、秋葉原、御茶ノ水、御徒町、新橋、大森、大井町、品川、飯田橋、代々木、蒲田、千駄ヶ谷、新宿、荻窪、西荻窪

さっぱり分からないと言っても、まぁ「心優しい」とか「良い怪獣」とか「頼りがいのある」とか、怪獣の中でも「人気が高いから」とか「印象深いから」とか「社員から人気が高いから」とか、逆に「悪い星人だから」なんてことは一応書いてあったけどね。。その中でも笑えたのがこのメッセージ。新橋駅。

新橋


新橋駅のキャラクターは「ウルトラセブン」。そして新橋と言えばサラリーマンの街。このメッセージは完全サラリーマン向けだよね(笑)これはとてもうまいと思った。

キャラクター選定の理由がさっぱり分からないと言いながら、この中には2つ傾向があって、一つは「あんまりよく知らないんだもん」というところと、逆にそのキャラクターに思い入れがありすぎ、このスペースでは足らなかったのでは、と思えるところがあったような気がする。前者の典型的な例は、恵比寿駅。駅員が若いので、ウルトラマン世代はあまりいなかったよう。

恵比寿


逆にキャラクターを熱く語りすぎ、きっと大ファンだった駅員さんがいるんだろうなと想像できるのは、御茶ノ水駅、御徒町駅、荻窪駅。特に御徒町駅と荻窪駅はこれだけじゃ書くスペースが足らなかったんだろうと想像してる(笑)そういえば御徒町駅はポスターも独自のメッセージが書かれてたよね。

御茶ノ水


御徒町


荻窪


そして、荻窪駅。この駅はメッセージもそうだけど、このウルトラマンスタンプラリーで一番熱かったと思う駅だった。わたし、ここには最終日の3日前に行ったんだけど、スタンプ台のところに「最終日(2/27)まで、あと3日!!」(「3」は手書き)という文字とともにこんなメッセージが。

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まもなく(2/27)でウルトラマンスタンプラリーは終了します。この間、多くの皆様に我が姿をスタンプしていただき、うれしい限りです。地球を後にして早47年過ぎましたが、地球人の愛情には今だに(ママ)感謝しています。ラリーにご参加いただき、誠にありがとう。(>_<。)次回も どこかのこの地で 遭いましょう!



うーん、ここまでのことをしている駅は、荻窪駅以外はなかったように思う。っていうか、他の駅はそこまで注目してスタンプ台の上は見てなかったから、本当に荻窪駅以外はそういうことしてなかったかというと、それは断定はできないんだけど。でも、少なくともこれに気が付いたあとに見て回ったスタンプ台にはこういうところはどこにもなかったです(でもなんかいろいろなサイト見たら、最終日にはいくつかの駅でメッセージ出てたようですね)。

でね。最終日、この駅がどうなってるのか、とっても気になったのね。だから行ってみました。そしたらさらにすごくなってた(笑)一瞬、スタンプ台の上にあったこのメッセージがないって思ったの。それで見てみれば、、

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こんな風にでっかく前に貼ってあった!!!(これじゃ「駅からのメッセージ」が読めないよ~(笑))

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「まもなく」って書いてあったところが、ちゃんと「本日」になっていて、これ、最終日のためにわざわざ用意したんだなーって思った。荻窪駅の熱い思いがわたしに伝わってきたよ。

軽い気持ちで駅に貼ってあるポスターの写真を撮ることから始まって、最後は駅のメッセージを集めまくったウルトラマンスタンプラリー。スタンプは一つも押さなかったけど(笑)、途中からメッセージ集めという方針に変えたので、ほとんどのところは2回、3回行った。普段、何気なく利用している駅。そこで働く駅員さんたちはどういう人たちで、何を思い、どう働いているのか、外からではほとんど分からない。でも、こういうものによって「どんな人たちが集まってこの駅で働いているのか」がほんの少しだけだけど垣間見られたような気がする。若い駅員さんたちが多い駅、そうじゃない駅、こういうイベントに熱く参加する駅、そうじゃない駅。駅ってどこも同じようでそうじゃない。そういうことがよく分かったスタンプラリーだった。

とにかく、すごく楽しかった!できたなら、もう少し早く気が付いて、時間の余裕があるところで楽しみたかったなとも思うけど。あと、わたしがメッセージを読めなかった12駅、どんなメッセージが書かれてたのか気になります。

ウルトラマンスタンプラリーに参加したJR東日本の64駅の駅員さん、
楽しませてくれて本当にありがとうございました!
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03-03 Tue , 2015
そういうふうにできている
ときどき思うことがある。

「もし人間の指が5本じゃなくて6本あるのが普通だったら」とか「腕が2本じゃなくて1本とか3本だったら」とか「平均身長が今より1m高かったり低かったりしたら」って。そうすればきっと、人々の概念や暮らしやその他ほとんどのものが今とは別の形になっていただろうなと。

例えば、今の世の中の大部分が十進法で出来ている。数字は10になると一桁繰り上がる。中国には古くから「陰陽五行説」というのがある。ではなぜ「10」進法や「陰陽」の「2」元論や「五行」の「5」かというと、きっと腕が2本であり、指が片方5本、左右併せて10本である結果なんだろうと思うのだ。よく人は「二元論」で考えてしまう。男か女か、いいか悪いか、右か左か。これはきっと、腕が2本しかない結果だろうと。もし腕が3本あったなら、人間はきっと「三元論」で考えることが基本になるんじゃないかと思ったりする。そうすると思想の世界も今とは全く異なっていたはずだ。
※ただし、この世界もまれに十進法でできてないことがある。例えば時間。干支。暦関係は十進法でできてないのはとても面白い現象だと思う。

平均身長が今より1m低ければ、わたしたちの住む家はもっと小さいものになってただろうし、1m高ければ、もっと高いものになっていただろう。今のような高さのものになっているのは、今の人間の平均身長がこのくらいだったから。それしか理由はない。それに、今使っている道具は「腕が2本、指が左右10本ある人」が使いやすいように出来ている。これが1本でも多かったり少なかったりするのであれば、そういう状態のときに使いやすいように作られるに違いない。

そう考えると、少しの条件が変わっただけで、世の中は概念からしてまったく別の世界になっていただろうと推測される。

だから、今、わたしたちが考えている「常識」なんてその程度のことだよ、とも言える。何か一つ条件が変わっただけで今の常識は常識ではなくなるだろうから。けど「そうはいっても、今の世界はこうなんだから、やはり常識は重んじられるべきだ」と考える人もいるだろう。まぁどっちもどっちというか、判断する対象でそのどちらを取るかということになってくるのだろうと思うが。

例えば常識は世界共通ではなく、国とか民族によって違う、ということはある。人間って不思議なもので「こうだ」と教えられて育てられれば、そういう風にしか物事が見られなくなる傾向にある。

例を挙げると、日本では一般的には茶碗は手に持って、口に近づけて食べる。一方、韓国(おそらくいわゆる「北朝鮮」でも同じだと思うが)茶碗は手に持って食べてはいけない。もちろん、日本では茶碗は陶器、朝鮮半島では金属で出来ている。日本ではご飯は箸で食べるが、朝鮮半島ではスプーンで食べる。この違いがそういう文化の違いとして現れてるんじゃないかとは思うが、でも、おそらく日本人からすると茶碗を手に持たないで食べるのは「犬食い」と言われるほど「やってはいけない」ことになっている。そして「犬食い」をやってる人を見るととても汚く思えてしまう。

でも裏を返せば、朝鮮半島の人は茶碗を手に持って食べると、やっぱり汚く見えてしまうのだろうか?って思ったりする。そこのところは、わたしはそういう風習で育てて来られなかったので、茶碗を持つとどういう風に言われるかとか、どういう風に見えるのかは想像が付かないけどね。きっと「器や皿は手に持って食べてはいけない。行儀が悪いことだから」と育てられてるんだろうね(皿は日本でも持って食べないか。。)。おそらく向こうは向こうで「器を持って食べると行儀が悪い」という理屈を持ってるんだと思う。そして器を持って食べるととてつもなく下品だったり汚く思えたりするんだろう。

もう一つの例。日本ではそばとかうどん、ラーメンなどは「ずずっ」と音を立ててすする。その音が「おいしそう」に思えたりする。音を立ててすすっても「下品だ」とは思われない。そういえば、食べ物じゃなくて抹茶なんかも最後は「ずずっ」って音を立てて飲み干すよね、わざと。しかし、日本のものではないパスタなんかはそうじゃないよね、同じ麺なのに。却ってすする音をさせるのは下品だと思われる。それはパスタだったらイタリアかな?その国の習慣がそうだってことだよね。

ってわけで、常識なんてどこでどう変わるか分かんないよ~ってことだよね。自分の持っている「常識」は全世界的に絶対的なものではないってことだよね。まぁただ「郷に入っては郷に従え」ということわざもあるように、その地で「常識的でない」という習慣をやっちゃったら、自分の人格が疑われたりすることもあるわけだが。とまぁ、別にこんなことが言いたくてこの話を始めたんじゃなかった(汗)別にわたしは常識云々の話をしたくてこの話を書き始めたわけではなく。

なんというのかな。ときどき「そういうふうにできてるんだな」って思うことがある。それは特に理由もなんもないことで、偶然が積み重なった結果、人間の指の数は5本になったんだろうし、腕も2本なんだろう。誰が決めたというわけでもなく。そして腕が2本なのも指が5本であるのは特に「そうでなければならなかった」という理由はなく。世界の習慣は、最初は誰かが何となく「そう決めた」んだろうが、その地域ではそうすることに一定の「理屈」はあるんだろう。しかし別にそれが「絶対に正しい」わけでもない。「誰かがそう決めた」のは、そのときにそこに住む人たちの感性がそうしたわけで、そう感じたことは特に絶対的な理由ではない。世界中が同じ習慣にならなかったのは、一つの物事の理由が全然別の角度からも理屈を付けて考えられるということだからだ。そうすると、この世界がなんだかとても不思議なものに思えてくるんだよね~。すっごく微妙なところでこの世界が成り立っている。この現実世界は一歩ずれてたら、現実世界ではないんだと思うと、この世界は強固な根っこを張っているわけじゃない。ふわふわと浮遊しているか、ぐらぐらと安定性がないか、そういうイメージを持つ。

だからこそ、この世界はいかようにも変えていけるんじゃないかと思うこともあるし、いやいや、それでも手の指が5本、腕が2本ある人が圧倒的な世界で、二元論や十進法を変えていけるのかとも思う(分野によっては十六進法の世界などもあるんだけどね。。)。

まぁ最近はこんなことを考えている。本当はここから発展させたのか、この元になる話しになるのかは分からないけど思うことがあって、それはまた今度。
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03-04 Wed , 2015
息苦しさを自分で治そうと思う~2回目の整体
もはや題名に偽りあり、ですが(笑)>自分で治そうとしてない

先日、2回目の整体に行ってきた。

1回目の施術で「息苦しさは常に感じてはいるんだけど、深呼吸したら息が吸えないことはない」状態にはなった。けど、どうしてもいつも「息苦しさ」を感じていることには変わりがない。正直、息苦しさがクセになっているというか、実際は息苦しくないのに息苦しく感じてるんじゃないのか?って気がものすごいしてる。けど、そこら辺、そうなってしまったことをどうやって治せばいいのかが分からない。。

2回目の先生は、1回目と異なった先生だった。というのは、わたしの都合でどうしても1回目の先生とスケジュールが合わなくてね~。でもそんなに間をあけない方が最初はやっぱりいいと言われ、別の先生にやってもらった。

前の先生は結構きつい感じで押されて、時間もあっという間に終わっちゃって「え?」って感じだったんだけど、今回の先生はそこまできつくはないけど、多少長くやってくれた。まぁこれは、初回はいろいろ聞かなきゃいけないことがあったりして、でもそれを1時間のうちにやんなきゃならないのでそうなったのかなっていう感じだったけど。前回はそれこそ「息苦しさ」に特化したものだった(前のブログにも書いた)。けど、今回はその先生も言ってたけど「今回は前回以外のところをやっておきました~」みたいな感じだった。で、わたしは前にも書いたけど、もう十数年左の座骨神経痛を持ってて、座ると左のお尻が痛くなってた。最近はそれに伴うのか、右の腰辺りがすごく痛くなってきて、夜寝てると段々そこが痛くなってきて起きるほどになってた。で、これはいつも通ってる整体の先生に治してもらってるところなんだけど。。

今回の先生は、わたしの左足を持って、右の方に倒して「しびれはありませんか?」と聞かれた。全然しびれなかったので「しびれない」と言ったら、「座骨神経痛だとこれがしびれるんですけどねー」と言われた。あれ、それじゃ長年座骨神経痛だと思ってたんだけど、それは違ってたのか?そこで「座骨神経が問題じゃないんですか?」と聞くと「多分、骨格の関係だと思います」と言われ(座骨神経痛も骨格の問題じゃないのかとも思ったんだが。。)、なんか右の骨盤の辺りをグリグリされた。

あとは背骨がなんちゃらと言われ、それを矯正されたような気がする。それも、治し方がこちらが深く息を吐いてるときに力を入れるのかな-?なんだかよく分からないが、そんな感じ。

で、息苦しい人は横隔膜が上がっているので、下げました。でも、今までの呼吸(深く吸う)を続けてたら、また横隔膜が上がってしまうので、出来る限り吸う息は少なく、吐く息をたくさんにしてくれと言われた。確かにそれは分かる。そうやってどこかで「息を吸うこと」を抑制しなければ、いつまで経っても「息を吸うこと」に対して意識が行ってしまって、結局背中や肩の筋肉に力が入ってバリバリになっちゃうってことだろう。それはよく分かるんだけど、今のわたしにはできない。。「まぁできるところまででいいですけどね」とは言われたが。。

整体が終わって、そういや右の腰があんまり痛くなくなっていることに気が付いた。特に整体やった数日は、朝、腰が痛くて目が覚めることもなかった。が、最近はちょっとずつ戻ってきているような気が。。でも、ここまで痛くなくなったことはなかったので、あの方法が効いたのかなあ。。。?ただし、右の腰の痛さが気にならなくなってきたと思ったら、今度は左のお尻が痛くて痛くて。。座ってたら痛くて仕方がない。複数痛みのあるところは、一つ痛みが取れてもなかなか楽になったとは感じられないんだよね。

思ったのだが、1回目の先生と2回目の先生は整体の方法が違うような気がするんだよね。それとも1回目は強い刺激で、2回目からはそこまでやらずって感じなのかなあ?まぁいいや。3回目は1回目の先生と同じ先生なので、傾向が分かるだろう。

てなわけで、呼吸自体は正直、2回目やったあとからは変わってない。吸う息を少なく、吐く息を多くってのは、なんか今のわたしにはできてないような気がする。やっぱり息苦しさの方を強く感じてしまうので。

なんだか最近、再び「うつ傾向」になりつつある、、半年も息苦しい状態だとそうなっても仕方ないような気もするが(2回目のうつ病も息苦しさから始まったし)、それ以上にいろいろと落ち込む材料があり過ぎ。主に人間関係だけど。ああー、4度目のうつ病にはなりたくない。ここでどうやって引き返すか。っていうか、引き返すことができるのか。。
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03-06 Fri , 2015
わたしが朝鮮語にハマったわけ
わたしが朝鮮語を勉強し始めて、今月末で丸1年を迎える。

朝鮮語を勉強したいと思った理由は前にも書いたけど、instagramで猫飼ってる韓国の人と繋がって、その人たちの投稿した画像に何かコメントしたいと思ったのと、その人たちが書いた朝鮮語を読みたいと思ったからだった。しかし、こういう理由って珍しいのね。こないだ整体でなんて聞かれたのか忘れたけど、朝鮮語を勉強していると言ったら理由を聞かれたので、こう答えたら「うわ、ピンポイント!」って言われた(笑)確かに朝鮮語を始める理由って韓国ドラマとK-popがきっかけになってる方が一般的かも。実際、今通ってる韓国語講座のわたし以外の人は、韓国ドラマとK-popが好きな人たちだし。

わたしは朝鮮語を去年の4月に習い始める前は、朝鮮語のことは何一つ、全く知らなかった。もちろん字も読めなかった。で、事前の情報では、ハングル文字はローマ字に似てて、母音と子音の読み方さえ覚えれば意味分からなくても読めるとか、語順は日本語と同じだから日本語話者には勉強しやすい、って聞いてた。

えーと。文字の読み方については、基本的にはそうなんだろう。確かに一文字一文字はローマ字みたいに母音と子音が組み合わさっているので、読めないこともない。ただ、ローマ字と違うのは、日本語をローマ字にする場合は、ほとんどの場合は「子音+母音」で表されるのに対し(例外は「ん」だったり、詰まる音「っ」だったり、「ゃ」だったり)、朝鮮語の一文字は「子音+母音」の他に「子音+母音+母音」だったり「子音+母音+子音」だったり「子音+母音+子音+子音」だったりする文字も普通にあるってことだ。

「마」=「ㅁ」+「ㅏ」=子音+母音
「되」=「ㄷ」+「ㅗ」+「ㅣ」=子音+母音+母音
「박」=「ㅂ」+「ㅏ」+「ㄱ」+=子音+母音+子音
「읊」=「ㅇ」+「ㅡ」+「ㄹ」+「ㅍ」=子音+母音+子音+子音

しかもびっくりしたのは、語中に一定の子音があると(ㄱとかㄷとかㅂとかㅈ)、その読み方は濁って読むようになる、ということだった。「ㄱ」は日本語でいうと「か行」の発音に近いのだが(尤も「ㄱ」は平音なので、日本語の「か」よりも弱い音になるらしい。わたしはうまく発音できないんだけど。。)、例えば「기여(=寄与)」は「kiyo」なんだけど、その文字をひっくり返した「여기(=ここ)」は「yogi」になる。えー、みたいな感じ。そういえば、朝鮮の人の名前も名字から読むと名前の部分が濁って発音されるけど、名前だけの時は濁らない読みになるそうで、授業で「具体的に知ってる韓国の人の名前を挙げて考えてみましょう」って言われたとき、他の人は多分韓国の俳優さんの名前を言ってたような気がするんだが、わたしはどうしても「ソンドンヨル(=宣銅烈=선동열)」(韓国野球界の至宝と言われたピッチャーで、'90年代だったかに中日に来た)しか思い浮かばず、恥ずかしくて挙げることはできなかった。。(どうせ言っても「誰それ?」ってことになると思うし。。)それ以外の韓国の人は「チョーヨンピル」しか知らないし(ヨンピルは濁音にならない)、いわゆる「北朝鮮」では「キムイルソン」とか「キムジョンイル」とか「キムジョンウン」しか知らんからさ。。(ものすごい偏ってるな、わたし)

ちなみに「ソンドンヨル」=선동열、苗字は선、名前が동열、苗字と名前を続けて読むと「son-dong-yol」になるが、名前だけだと「tong-yol」になるはず(発音記号はめちゃくちゃです。「ㄹ」の発音、「r」なのか「l」なのか分からんし。ただ、「ㄴ」「ㅇ」「ㅁ」の発音は「n」「ng」「m」でいいはず。朝鮮語の「ん」の発音は3つある。日本語の「ん」も実は3つに分かれてるらしいが、日本語話者は意識して使ってない→「サンタ」と「ハンガー」と「新松戸」の「ん」は発音的には全部違う「ん」)。

まぁそんなわけで、「あれ、ローマ字みたいに読めるんじゃなかったの?」と思ってたことが徐々にガラガラと崩れ。。次に「えー」と思ったのが「連音化」だった。終声(「子音+母音+子音」だったら、最後の子音のことを終声という。例えば「음」の終声は「ㅁ」)の次の文字の子音が「ㅇ」だったら、その「ㅇ」のところに終声の子音が来ちゃうってこと。

例えば「음악(=音楽)」だったら、2文字目の「ㅇ」のところに1文字目の終声「ㅁ」が来て、発音としては「으막」(umak;ただし、「u」の発音は日本語の「う」じゃなく、口をもっと横に広げた「う」。「い」の発音の口で「う」という感じかな?)となる。ちなみに「음」「악」と一文字ずつ発音するときは「um(ウム)」「ak(アク)」になる。これが連音化。子音「ㅇ」はこれ自体、音がないって意味らしく、例えばローマ字での母音「a」「i」「u」「e」「o」は「아」「이」「우」「에」「오」となる。あっ、朝鮮語の母音は日本語以上にあって(日本語では「あいうえお」だけだけど)、「う」が2種類(ㅜ、ㅡ)、「お」が2種類(ㅗ、ㅓ)ある。「え」も2種類かな(ㅔ、ㅐ)。でも「え」の発音は今じゃ区別を付けないみたいで、発音自体は1種類(いわゆる「北朝鮮」では「ㅔ」と「ㅐ」の間の発音には違いがあるみたいだが)。まぁだけど、英語よりはマシだよね。英語は「あ」だけでも3種類くらいあったもんね。。しかも英語は同じ「a」って書かれてても読み方が単語によって違ったりしたよね。。

そしてそして。こんなことは「基本中の基本」であって。それ以外の発音規則がめっちゃあるので、本当にそれを覚えるだけでも大変。。鼻音化とか濃音化とか激音化とか側音化とか。。それ以外、漢字語の終声ㄹのあとの「ㅈㄷㅅ」は濃音で発音とか。。2文字終声のあとの平音は濃音になるとか。。はっきりいって発音変化を起こすものばかり。発音変化がない文章の方が絶対に少ないと思う。だからね、書いてある文章はぜーんぜんローマ字読みじゃないのよ。こんなん、すらすら読めるわけない。もともと基本的な字すら全く知らなかったところに、いきなり発音変化だからね。今でも読むのはすごく苦手。考えながら読まないと読めない。

そんなこんなで思ってたのとはだいぶ違ってたわけだけど。だけど、それでも今まで必死にやってこれたのは、やると結構面白いのよ、朝鮮語って。始めたときは、わたしと同じく全くの初心者の人と2人だったんだけど、その人が3週間くらいで来なくなっちゃって、入れ替わりくらいに1人来て、それ以降も何人か来て、結局4人になったんだけど、わたし以外の3人はみんなある程度独学で勉強してきた人たちで、レベルがわたしなんかとは全く違う人たちなのね(そういう人を「初級」に入れる方が間違ってる!)。で、わたしはそういう人たちについてくために必死でね。毎週ホントに泣きそうだった。朝鮮語始める前は、始めた後のことなんて考えなかったのね、何も。あまり深く考えずに始めちゃった。不思議なんだけど、語学なんだから、単語覚えるのは当たり前なのに、それすら思い付かなかった。。5月くらいかな。先生から「これからは1課が終わるごとに単語テストをやります」って聞いたとき「あっ!単語覚えなきゃいけないんだ」って初めて認識したというか。。で、当初は「やったことを整理するため」に復習をやるようになって、そのうち予習してかなきゃ分かんないから、ちゃんと予習するようになって。問題は事前にちゃんと解いて。発音変化も記入して。でないと、わたし、他の人についてけないから。そんなこんなしてるうちに、徐々に朝鮮語にハマっていったのだ。

いや、朝鮮語は英語と違って本当に面白いんだよね。わたし、語学は英語の他に大学で第二外国語としてロシア語を選択したのだが、ロシア語は英語以上に分からん言葉でね。。だいたい、名詞が女性名詞、男性名詞、中性名詞の3つに分かれてるし、格変化が6つ?ロシア語って自分の名前すら格変化起こす言葉で、2年しかやらなかったけど、最後の方は何やってるのか全く分からない状態でした。というわけで、英語ももともと嫌いだし、ロシア語はもっとわけ分からなかったので、自分は語学は不得意なんだと思ってた。嫌いだったし。

だから、同じ語学なのに、ここまで楽しいのはどうして?って自分でも不思議でたまらない。

きっかけは、単語テストで単語を覚えたときのことだった。朝鮮語にも日本語と同じように独自の言葉と(日本語では「和語」、朝鮮語は「固有語」と呼んでるらしいけど)中国から来た「漢語」(朝鮮語では「漢字語」)ってのがあるらしい。で、朝鮮語の漢字語の読みは「音読み」の一つしかないの、基本的に。日本のように「自明」の「明」は「メイ」と読むけど、「明朝体」の「明」は「ミン」と読む、なんてことはない。なので、一つの漢字の読みを覚えてしまえば、知らない単語でも読み方知ってると書けちゃうのね。これは、元の漢字を知ってる日本語話者にとっては、とても有利だと思う。例えば「結婚」は「결혼」だけども、「結果」も「결과」で「結」の「결」って字は当たり前だけど共通してるのだ。しかも、読み方も日本語ととてもよく似てて、類推が可能なのだ(「結」に当たる「결」の読み方は「kyol」で、割と似てる)。これ、忘れちゃったら全く見当も付かない英語とは全然違う!多分、一番最初に「面白い」って思ったのは、これだったと思う。

で、ときどき日本語とは違う漢字が当てられてるものもある。例えば日本語で「勉強」は、朝鮮語では「工夫」という漢字語が当てはめられてて、「공부」(konbu)と書く。こういう違いがあるのも面白くてね。日本語の「頼る」が朝鮮語では「付託する」という漢字だったり、「注意する」が「操心する」だったりする。

「日本語との違い」というのはこれだけじゃなくて、例えば助詞の使い方だって、日本語と全く一致してるわけじゃないんだけど、そういうところがまた面白くてね。「タクシーに乗る」「友だちに会う」「誰それが好き」の助詞は、朝鮮語では全部「를/을」(母音終わりの単語の後と子音終わりの単語の後では使う文字が違う。母音終わりの単語のあとには「를」を使い、子音終わり単語のあとには「을」を使う。子音終わり=終声ありってことだから、あとに「을」が来るということは、要するに絶対に「連音化」が起きるってこと!わざと連音化を起こすようにしてるとしか思えない、、)を使う。でもこの「를/을」は基本的には日本語でいう助詞の「を」という意味なのだ(「何をしますか」の「を」のような)。そういう、言葉による違いっていうことから、なんとなく、文化の違いを感じ取れるんだろうなー。だから多分「面白い」と感じるんだと思う。英語と日本語は違いすぎて比較するどころじゃない。全く共通点がないんだから比較できない。だけど、朝鮮語は同じところもあれば違うところもある。だから、余計に「違い」が味わい深く感じられる。

あと、英単語に比べると単語が圧倒的に覚えやすい。単語がね、今のところ、2文字が圧倒的なの。英語って5文字6文字は当たり前だよね。しかも朝鮮語の動詞とか形容詞の場合、2文字のうちの1文字は「다」だから、実質覚えるのは1文字だけ(笑)漢字語の場合は上にも書いたように、読み方が日本語と似ている部分があるのである程度推測できる。最初は本当に覚えられているか、とても不安だったけど、慣れるにつれ「こんなものか」って思えてきた。英単語は一週間で100個は難しいと思ってたけど、朝鮮語の単語は一週間で100個以上覚えられるんだもん。それも比較的楽に。この歳になってでもだよ?わたし、自慢じゃないけど若い頃から記憶力はとても悪い。覚えるときは、書いて書いて書きまくってからでしか覚えられない。もちろん今も書いて覚えてる。覚え方は同じなんだけど、朝鮮語の単語の方がすんなり覚えられるんだよね~。1年間に作った単語カードは111単語×10冊、今、11冊目だから、少なくとも1110単語は覚えたってことになる。もちろんそれがすべて頭の中に残ってるとは言わないよ。きっと忘れちゃった単語が大部分だと思う。だけど自分の頭の中を「通りすぎた」ことは確か。

おそらく、そういうところがわたしが朝鮮語にハマった理由だと思ってる。一番最初に挙げた、読み方がローマ字読みとだいぶ掛け離れてても、単語が覚えやすかったり、「語順が日本語と同じ」とか「日本語と似てるところが多々ある」という部分でわたしはすごく救われていると思う。「ちょっと違ってる」って部分がすごくいい感じ。

少し前に、わたしはinstagramにこういう画像を投稿した。

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ちょうどこの日は単語テストの前日で、一生懸命勉強してたのに、なぜか高尾にゃんがその上に乗ってきて邪魔で勉強できないってところ。よく見ると単語カードには朝鮮語の単語が書かれてるのね。それを見たんだろう、韓国のフォロワーさんが

「한국어 공부하시나봐요」「글씨 예쁘게 잘 썼네요」ってコメントをくれた。

ええと。もちろん全部の単語を知ってるわけじゃない。わたしが最初の文で知ってる単語は「한국어」「공부하다」「시」「보다」だけ。「韓国語」「勉強する」「尊敬の시」「見る」ってことだけ。いや、もしかしたら「보다」って思ってる単語は「나보다」って単語かも知れない。あ。わたし、未だに辞書持ってない。だから、知らない単語は基本、よく分からない。たまに翻訳サイトに掛けてみたりするけど、結構めちゃくちゃだったりするものも多くて、あんまり使ってない。翻訳サイトは動詞、形容詞の原形では受け付けてくれないし。名詞だったらいいけど。で、この文章、正直細かいところまではよく分からない。でも、繋げると多分「韓国語、勉強なさってるように見えますね~」みたいな感じじゃないかと推測される。次の文章は「예쁘다」「잘」しか分からない(^^;「かわいい」と「よく」だけ。でも「かわいい」ってことは、高尾にゃんがかわいいってことかな?って勝手に解釈(笑)ただ、この当時はまだ習ってなかったけど、ほんの一週間前に用言の「으変格活用」ってのをやったので。「썼네요」というのは、「쓰다」+「ㅆ」+「네요」かも知れん。「書く」+「過去形」+「ですね」って意味になるが、そうすると何がかわいいんだろう???謎だ。

で、わたしは「고맙습니다.오늘 단어test 있어요(T_T)」と返事した。「有難うございます。今日、単語テストがあるんです(泣)」って書いたつもり。でも、わたし、テストって単語が書けないのでそこは英語を使った。「試験」って単語は知ってるんだけど(시험)、単語試験(단어 시험)っていうと、なんか硬いのかな~なんて思ったから。でも、そこら辺のニュアンスなんかは全然分かるわけがなく。まぁ書いたら書いたで理解はしてくれるだろうと思って。そしたら「100점 받으세요」って返事が来て。「점」「받다」「尊敬の세요」で、「100点受け取られて下さいね」って意味になる、直訳すれば。要するに「100点取ってね」ってことなんだろう。

「わー、この感覚、面白い」って思った。わたしだったら「単語テストがあるんです」って言われたら「頑張って下さい」とか、そういう類の言葉をかけるのがせいぜいで「100点取れ」なんて言えない(笑)まぁ個人差があって、この人はそういう人なのかも知れないけど、でももしかしたら、韓国では普通にこういう言葉をかけるのかも知れない、って考えたらとても面白いし興味深い。

でね。例えばこのやりとりを英語でやるとしたらどうだったのかなーって考えたのね。「今日、単語テストがあるんです」というのは、わたしの英語力だと「I will take a word test,today.」としか訳せない。しかもこの場合、定冠詞は「a」なの?「the」なの?それすらはっきり分からない。。(何年英語やったんだよ!)で、わたしの感覚だと「単語のテストがある」のが「わたしは単語のテストを受けます」って文章に変えるとすっごく違和感がある。「わたしは」を主語にすると、なんだか進んで単語テストを受ける感じがするので、英文の後に「(T_T)」を付けるのはなんだかおかしい感じがする。かといって、単語テストを主語にして「The word test exist.」ってやると、今度はとんでもなくおかしい英文になると、そういうのは分かる。「ある」は「exist」って訳しちゃダメだよね。で、もしかすると「I will take a word test.」でもいいのかも知れない。けど、なーんか違った感覚になっちゃうんだよね~。

多分、英語が嫌いな理由ってのはここにあって、どうしても自分が言いたいニュアンスとは全く別の言い方をしなければならないので、なんか自分が言いたいことを言ってるような気がしないから好きじゃないのかなって思ったりした。それに比べると、先方にニュアンスまではちゃんと伝わってるかは分かんないけど、取り敢えずわたしが言いたいことはそういう語順だったりするので、自分は安心なんだよね(笑)←むちゃくちゃな論理

てなわけで、同じ語学なのに英語とは全然違った感覚があるなとつくづく思う。そして、英語を習ってて単語や文法を次々覚えなきゃならないことに対しては本当に嫌悪感というか、いやぁな感じがしてたのに、朝鮮語は全然そんなことがない。むしろ「へー、面白い」って思っちゃうんだよね。違いがすごく面白い。英語は違いすぎてまったく比較できなかったけど、朝鮮語は今のところ似てる部分が多かったりするので、ちょっと違うところがとても面白い。やっぱり近い国なんだなーって思ったりする。ただ、近くても中国語はまた全然語順とか違うんだけどね。漢字の読み方も今の北京語とは全く違うし。中国と朝鮮半島は地続きなのに、なんで朝鮮語は中国語には似てなくて日本語と似てるんだろう?それがとても不思議だ。

朝鮮語、始める前は「どういう感じで習うんだろう?」って思ってた。そしたら段々習っていくうちに「そうか、朝鮮語って巨大な語尾の塊なんだ」って分かってきた。日本語も多分同じような教え方をするんじゃないかと推測する。そして日本語は動詞は5段活用で、形容詞はまた別の活用、形容動詞とかもあるけど、朝鮮語は動詞、形容詞一緒で、しかも活用が3つしかない。これは日本語に比べるととても楽だと思う。で、語尾とわたしが認識してるのは、動詞、形容詞の後ろにつく言葉だったり、本当の言葉の語尾だったり。まあでも、これからどういう風に変わっていくかは分かんないけどね。だってまだ、わたしは1年しかやってないもん。今のところは多分すごく簡単な文法なんじゃないだろうか、初級だし。で、来年の今頃はまた「騙されてたーーー!」って日記書いてるかも知れない(笑)

で、上にもちょっと書いたけど、実はまだ辞書持ってません(笑)

これはねー、先生が「まだ買わなくていい」って言ったんだよね。だから教科書の最後に載ってる単語集を辞書代わりにしてたし、そこに載ってる単語のみしか今は知らない。辞書って基本、動詞なんかは「原形」に直して引かなければならない。でも最初は原形なんか分かるわけない。だから、先生は「まだ辞書を買わなくてもいい」って言ったんだろうと思う。でも、これは却って気楽だったかも。逆にここまで来ると辞書を買うと言うことは、今後もうずっと勉強し続けるんだってことを意味するような気がして、辞書買うときは覚悟しなきゃなあって思ってる。といえども、来年度からはさすがに辞書は必要になってくるらしいけど。で、来年度ってもう来月なんだけど(笑)

。。。辞書、買いに行くか。
21:48 | 朝鮮語のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
03-08 Sun , 2015
そういうふうにできてない
何日か前に「そういうふうにできている」という題名で日記を書いた。

「そういうふうにできている」と思ったきっかけは、実は「そういうふうにできてない」と思ったことがあったからだ。「そういうふうにできてないんだな」と思った先に「そういうふうにできている」というものがあったのだ。

「そういうふうにできてない」と考えたきっかけは、「人間は、言わなきゃ分からない」ということだった。言葉に出さないものはないものとみなされる。いくら心の中で強く思ってても、言わなければ伝わらない。

あ、でもこれ。いいとか悪いとかではない。別にだから「自分の意志をはっきり相手に伝えなければならない」と言いたいわけじゃない。単に現実として、そうなんだなというだけだ。人間は、声にしたことでしか相手に伝わらない。あ、もちろん態度なんかでも分かる場合はあるけどね。だけど態度より言葉にした方がより詳細に伝わるだろう(言葉を使わないジェスチャーでは自分の意志を明確に伝えるのが困難だし)。

それはひとえに、人間には「言葉を使わないで相手の言いたいことが分かる能力」を持ってないからだと思うのよ。以心伝心できないというか。

最初、このことを思ったときに「だから不便なんだよね」って思った。もしも人間に「相手が何も言わなくても何を考えているか伝わる能力」があるとすれば、すごい便利だなって思った。その能力があれば、人がどういうことを考えているかを想像しなくて済む。本音と建前の両方が分かる。自分も口に出していいにくいことをわざわざ口にしなくても済む。言いたくないことも相手に伝わる。もし、人間にこういう能力があれば、この世の中は今と全く別世界になっていたに違いない。

そう、この「別世界になっていたに違いない」というところから、「今の世界も別の世界から見ると『別世界』になるんじゃないの?」って思って、「そういうふうにできている」ことについて考えを進めたのだけれど。

実は、ここでわたしの考えることが2つに分かれちゃったんだよね。「そういうふうにできている」世界のことと「そういうふうにできていない」世界のことに。そして「そういうふうにできている」の方は、前に書いたけど。

「そういうふうにできていない」方のこと。「そういうふうにできてない」、今の世界はどうなんだろうかって。上に書いたように、以心伝心で伝わらないってことは、ある意味不便だし、「なかったこと」にされる恐れもある。以前、何かの本で読んだのだが、昔の(昔って大昔。豪族とかいた頃?)罪に対する一番重い刑は「死んだ後にその人の名前を言ってはいけない」ということだったんだそうだ。残された人は、その罪を犯した人の名前を言ってはいけない。すると、何代か後には、その人はまるでこの世に「存在していない」ことになる。誰も存在を知らない人になってしまう。それが刑だったんだって。まぁここには人間って自分の存在が死んだ後でも、いつまでも「この世に存在していた」と思われたい欲望があるのかなあとも思うんだけど(わたしなんかは自分が死んだ後はわたしのことはとっとと忘れて欲しいが)、言わなかったらいない人になってしまうんだよね。同様に、先の戦争においてもあまりに悲惨な体験をしたとか、加害の事実は言いたくないからと言って言わないままこの世を去ってしまった人たちがおそらく大勢いる。都合の悪い文書はすべて焼却してしまって、だんまりを決め込む。だからこそ、後世にその事実が伝わらない。伝わらないことによって、歴史はまた繰り返されようとしている。

この世の中「そういうふうにできている」。

一方、だからこそ「見せたい自分」だけを見せることができるのも事実だ。

ブログなんかで書き散らかしてるものなんか、本当にそう。ブログには見せたい自分しか見せない。一部「どこかに吐き出したくてたまらないから書いている」というのもあると思うけど、それだって「見せたい」とまでは言えないけど「絶対に他人には見せたくない」と思ったらブログには書かないだろう。吐き出すのは他人の目に触れられる可能性があるブログだけじゃなく、別に公開しないメモ帳に書いたって、手書きの日記だっていいのだから。

もちろんこのブログだってそうなんだけどね(笑)ただ、このブログ、今年の10月で10年続けてきたことになるんだけど(そう考えるとすごいな(笑))、ときによってスタンスが変わりまくってるよね。前は思いっきり何でもかんでも全部書いてたけど、今は自分が考えて「書きたいな」と思ったことは書くけど、事実について詳細なことはほとんど書かなくなったし。長い時間の中ではそのときどきによって「見せたい自分」が変わるんだなと思う。だから、過去の見せまくってた自分の書いたものはお蔵入りにさせてしまいたいと思ってたりもするんだが、そうするとどこまでお蔵入りにしてどこから出すかって判断するのが難しいんだよなー。それに正直、過去に書いた自分の文章はなんか気恥ずかしくてもう読みたくないってのがあるし(笑)

なんか段々話がずれてきたな。

ただ、こんな風に思ったのは、とある人のブログを読んでそう思ったんだよね。わたしは人のブログを読むのが結構好きで、いろんな人のブログを読んでるけど、一つね、忘れられないブログに遭遇してね。そのブログは探したんじゃなく、ただなんとなく猫ブログを読みたいなと思って、一つそれっぽいキーワードを入れたらたまたま出てきた、猫ブログとは全然関係ないブログだったのだけど。その人は残念ながらもうだいぶ前に亡くなられてしまったのだが、今でもその人のブログに出会えて本当によかったと思ってるし、もう再び更新されることはないであろうそのブログをブックマークしてときどき読んだりしてるんだ。ただ、最後の方に書いてあることを読むと「この人は敢えてこういう自分を見せたかったのだろうか」と思うことがある。それはわたしにとっては永遠の謎なのだが、きっと「そういう風に見せたい」と思ってたのであれば、それは多分成功してる。

人間には以心伝心の能力がないから、表現力に多様性があるのだ、とも言える。ただだからといって今の人間に「以心伝心の能力がなくてよかった」とは思わない。「以心伝心の能力があればよかったのに」とも思わない。上にも書いたし、前もそう書いたけど「どっちの方がいいか悪いか」ではなく、こういう現実が自分の前にただ横たわっているだけだから。

「そういうふうにできている」と「そういうふうにできていない」が組み合わさって、今の世界ができている。それは必然だったのではなく、単なる偶然だったと思う。ただ、物事には原因と結果があるというのはある種の真理だろうけれど(ここら辺になるととても仏教っぽくなるんだけども)。だけどいくら考えても分からない原因と結果を考えるより(考えて分かる原因と結果は考えなければならないけれども)「そういうふうにできてるんだなー」って、ただ淡々と事実を受け止めるのもいいのかも知れない。必然ではないって考えること自体、運命を否定していることになるのだが(笑)ただ、100%唯物史観で生きようとしてもなかなか難しいんだよね、これが。心のどこかに「絶対的」なものを求めてしまうのも、また人間なのであって、おそらくこれも「そういうふうにできている」のだろう。
18:17 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
03-09 Mon , 2015
猫は人間から出てるオーラが見えるのか?
人間からオーラが出てるとは思わないけど(笑)、そういう風にしか思えないことはある。

高尾にゃん。前からよく吐く猫だった。毛の抜け替わる時期なんかは毛とともに吐いたりして。けど、最近は滅多に吐かなくなった。吐くときは、わたしの具合がよくないとき。前にも書いたけど。

今は病的な精神的なつらさはもう起こらないんだけど、日常生きてれば、人間関係とか経済状況とか、いろんな負担があるわけだよね。で、そういうときはずーんって落ち込むんだけど、高尾にゃんはそういうときに吐くの。落ち込んでるときは、わたしは無口になるから一言も話さない。落ち込んでる理由を彼女にわざわざ話すのもいやだし、できれば自分の中で消化したいと思うわけよね。もちろん彼女が原因の時だってあるし。一言も発しないから、彼女はもちろん気が付かないわけ(こういうときに、昨日書いた「そういうふうにできてない」ことに不便を感じたりするんだけど(笑))。だけど、高尾にゃんはどうもわたしが落ち込んでることが分かるみたいなのね。

一言も発してないし、態度も特に変えてるつもりはないのに、なんで高尾にゃんは気が付くんだろう??

それが不思議で不思議でたまらない。そういうことがもう3、4回続いてる。しかも最近はわたしが落ち込んでるときしか高尾にゃん吐かないから、偶然とも思えない。

うーん、精神的に落ち込んでるときは、わたしから出てるオーラの色が変わったりするのかな?(笑)緑が赤になるのかな?(信号じゃあるまいし(笑))ついこの間もすごく調子が悪くなったときに、高尾にゃんにあらかじめ「ままは調子悪いけど、高尾にゃんは吐いちゃダメだよ」って言ったのに、それからすぐに吐いちゃった。もう何ヶ月も吐いてなかったのに。

高尾にゃんも不安になって吐いちゃうんだろうか。それともなんか身代わりになって吐いてくれてるのかな。

というか、高尾にゃんが吐くと、わたしは高尾にゃんのことが心配になって、自分のことより高尾にゃんのことが気になっちゃうんだよね。それでちょっと自分のことを忘れられるというか。

そんな高尾にゃん。ときどきこういう踊りをするんだけど、よその猫もこういうことやるのかな。ちなみにばこはこういう踊りはしません。



こういう踊りは前からするのは何回も見てて、いつか動画に撮りたいって思ってた。で、こないだやっとやってるところを撮れたんだが、彼女に見せると「自分の前ではやったことがない。初めて見た」という。

うーん、どゆこと??
15:38 | 二人と猫のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
03-10 Tue , 2015
今日で付き合って14年。明日から15年目
今日、3月10日は東京大空襲の日だ。と毎年毎年書いている(笑)
ただ、わたしの身内で東京大空襲に遭った人はおそらくいないと思う。みんな広島住んでたし。
でもわたしは幼い頃から東京に住んでても、今日が東京大空襲の日だと教えてくれる人は全くいなかったな。
学校でもまったく教わらなかったな。

まぁそれはさておき、14年前の今日、わたしと彼女は付き合い始めた。

あれから14年経つ、というと「長い」って思うけど、実感としては「え、もうそんなに?」って感じだ。
なんか、一瞬のうちに過ぎ去った感じがする。が、一つ一つ思い返してみれば、やっぱり長い年月なんだなとも思う。なんか自分の時間の感覚とその中で経験してきたことが全く結びついていないというか、不思議な感じ。

ここ数年の3月10日の日記って、結構不穏当なことを書いてると思うが、今年もそんな感じ。

どうもここ数年、彼女とはとても「性格が不一致」なんじゃないかと思い始めてきている。前はその不一致さがお互いをカバーしていると思っていた。わたしの性格は結構細かくて、彼女は大らか。彼女の大らかさにとても救われている部分があると。

しかし、大らかってことは、鈍感なんだってことに気が付いた。いちいち言わないと分からない。毎回毎回言わないと分からない。同じものを見ても、わたしはすぐに気が付いてイライラするのに、彼女は気が付かない。わたしは彼女が気が付かないことについてもイライラし始め、余計にイライラする。

この正月、ぶち切れた。「もう別れたい」と言った。それ以降は彼女なりに気を遣っていると感じることもあるし、今、わたしの調子があまりよくなくて細かいところには目をつぶっているということもあるので、それ以上深刻なことにはなっていないが、「別れたい」と言ったのは、この14年間で初めてのことだった。

確かにわたしは自分のことを棚に上げている部分はある。彼女と付き合い始めてから2回目と3回目のうつをやって、そのほとんど、わたしは働けてない。そういう状態を誰かに話すと「彼女さん、大変だね」と言われる。かなりの高確率で。

でも、そんなことわたしに向かって言わないでよと思う。何のためにそう言ってるのかな。わたしに「彼女は本当は大変だったのだ」と自覚させるため?「もっとあなたはしっかりしなきゃ」って言うため?そんなん、もちろん分かってるに決まってる。彼女には本当に悪いと思っている。そして、しっかりしようと思ってできてたら、とっくの昔にしっかりしてるよ。それができないから病気なんじゃない。

「彼女さん、大変だね」とわたしに言うくらいなら、彼女と知り合いになって、彼女に直接言って下さいよと思う。

なんて書くと、わたしの心は荒みきっているように思われるかも知れないが、まぁ普段はそんなでもない。日常は彼女と猫2匹で幸せに暮らしている。ここには経過は書かなかったけど、去年の末から在宅で仕事をしようと(と言ってもフリーランスの在宅ワークだけど)いろいろと行動してて、合格して研修も終わったので、仕事来ないかな~と思っている。徐々に社会復帰の方向に進行中。ただ、身体の調子が悪く、行政書士の試験勉強は去年の12月末からほとんど何もやってない状態。。

まぁ自分のことを思うと焦ったり、歯がゆかったりするけど、彼女と猫との生活については、ずっとこのままでいたいと望んでいる。

そんな丸14年経った今日。
12:16 | 二人のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
03-13 Fri , 2015
朝鮮語辞典買っちゃった!
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少し前に「わたしが朝鮮語にハマったわけ」って題名でブログ書いてそこの最後に「。。。辞書、買いに行くか。」って書いたけど、今日、ついについに朝鮮語辞典を買いました!

1年前、朝鮮語始めるときは「辞書が必要」なんてこと、思いもせず始めてしまって、しかもそこで先生が「しばらく辞書は必要ないです」って言ったので「そっか」と思い、単語は教科書の最後にまとめて載ってるものを辞書代わりに使ってた。当然のことながらそこには教科書で出てくる単語しか載ってないものだけど。

途中で「辞書欲しいなあ」って段々思うようになってきたのね。それは授業以外に朝鮮語に触れることが多くなって、例えばinstagramで韓国の人が書いてる文章が「読みたい」って思ったり、あとは去年の10月頃からちょこちょこと韓国ドラマを見始めて、今年の正月にやった「직장의 신(日本題:オフィスの女王)」(これは2007年に日本でやった「ハケンの品格」を韓国でリメイクしたドラマらしい) がものすごくよくて、そこで流れてたエンディングとか挿入歌とかが気に入って、CD出てないかなあ~と思って探したら出てたんだよね。で、そこに入ってる歌の歌詞をネットで探して、それを読みながら一緒に歌ってたりしたのだが、当然のことながら、単語知ってるのと知らないのがある。で、ネットの翻訳サイトに入れてどういう意味なのか調べたりしたんだが、ネットの翻訳サイトってあんまり頼りにならないんだよね~。辞書なら原形にして調べるけど、ネットの翻訳サイトだと原形にして訳せないのだ。

でね、「직장의 신」の最初の頃のエンディング(だったっけ?)に頻繁に流れてた歌が「아마도」って歌だったんだけど、これってわたしの耳には「amado」、要するに「雨戸」ってどうしても聞こえてしまうんで、本当はこれはどういう意味なんだろうって気になって、ネットの翻訳サイトで調べたんだよね。そしたら「おそらく」って出てきたの。その後、授業で「아마」って出てきて「多分、おそらく」って教科書の辞書に載ってたので「아마」と「아마도」の違いってなんじゃ?「도」があるなしの違いってなに?と思って、ネットの翻訳サイトで調べたら「아마」は「多分」、「아마도」は「おそらく」って出てきたの(笑)本当にこういう違いがあるんだろうか。。でもこれは辞書じゃないと多分違いとか載ってないよねと思って、ああ、辞書があったらなあ~って思ったんだよね。授業以外のことではしばしば翻訳サイトは当てにならなかったから、辞書が欲しかったの。授業以外に初級の本とか読みたかったし。

そういや全く関係ないけど、高校の時、Beatlesの「Please Please Me」を聞いてて、その中で「Come on come on」って歌詞があるのだけれど、それがどうしてもわたしには「家紋、家紋」と聞こえてしまって、「雨戸」を聞いたときにふとそのことを思い出した。まぁ「家紋」って思い浮かんだのは、いろいろと事情があるのだけどね(^^;

でも辞書は授業では先生がまだ必要ないって言ってるし、確かに勉強では教科書に出てくる単語さえ分かれば授業は問題ないので、いくら「欲しいなあ」と思っても頑なに買わなかった。ただ、教科書に出てくる単語でも「辞書にはどう説明してあるんだろうなあ。もっと詳しく知りたいなあ」って思ってたんだけどね。でも、買わなかった。なんか買ってしまうとその途端、朝鮮語に興味が薄れてしまうのではないかと怖かったんだよね。「欲しい」と思ってたうちが華なんじゃないかと思って。

そのうちネットでiPhoneの無料アプリ、Neverっていう辞典がいいって読んだんだけど、日本語バージョンがなくなってしまったらしく、でもそれなりに朝鮮語が分かる人ならそれでも全然構わないみたいだったんだけど、やっぱりそれだと初心者には使いづらくてね。なんせ、書いてある言葉が全部朝鮮語なのでそこからして読めやしない。単語は意味しか書いてないし。なので初心者はやっぱり紙の辞書なのかな~と思ってた。

「朝鮮語を勉強するなら、辞書はどれでもいいけど、でもその中に1冊は絶対に『朝鮮語辞典』があった方がいいです」って、いつだかの授業中に先生に言われて「そっか、じゃあ買うならこれだ」って思ってたんだよね。

で、ついに今日、新宿の紀伊國屋書店に行って買ってきた!本店8階の語学コーナーで。前からここにあるのは知ってたし、買うならここで買おうと決めてた。まぁそれは単にわたしが紀伊國屋書店が好きだからなんだけど(笑)なんで好きかというと、やっぱ高校の頃から通い慣れてるからかなあ~。本屋と言えばここだった。それは今でもそう。南口に本店よりでかい紀伊國屋書店ができたけど、駅から遠いし、なんかあそこでは「紀伊國屋書店で買った」って気がしない。本のカバーもここのが好き。他では「ブックカバーはいらない」っていうんだけど、ここのは欲しいときは被せてもらいます。

買うときはドキドキした。「ついに」と思って。だって、とてもとても欲しかったんだもの。買った直後に彼女に「ついに買った!」ってメールしたほど(笑)

というわけで、やっと手に入った朝鮮語辞典。

「これからもちゃんと勉強続けていけるよね?」って不安はまだある。だって、基本的にわたしは語学嫌いなはずなんだから。何度「英語ってホント嫌い!!」って思ったことか。今はまだ、朝鮮語は英語のように自分で辞書引いたりできないけれど、今後辞書を使えば「英語と同じ感覚だ」ってなって、嫌いになっちゃうじゃないかって不安がとても大きい。

ああ、そんなことになりませんように。
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03-23 Mon , 2015
一人旅してきた その1(高尾~穂高)
14日から22日まで一人旅をしてきた。

わたしはもともと一人旅が好きだ。一人で電車に乗って、流れていく風景をボーッと見つつ、音楽を聞くのが大好きで、そもそも一人旅を始めたのは中2だったように思う。ただ、あれは「旅」と言っても祖父母のうちに行くために大阪から広島まで鈍行で行っただけだった(その頃は大阪に住んでたので)。赤穂線経由で行ったのだが、窓の外に見える海がとても美しくて、それだけは鮮明に覚えている(その後、山陽本線に乗ったはずなんだがそれは全く覚えてない)。

泊まりがけの一人旅を始めたのは高校生の時だったと思う。春休みや夏休みに「青春18きっぷ」を使って、あちこち行った。あちこちって言っても、主には静岡、長野くらいで、そこで何泊かして、大阪に泊まって、目的地は祖父母が住んでる広島、みたいな?一度、四国経由で広島から福山まで行ったこともあるけど、わたしが四国に行ったのはそれが唯一だと思う。あのときは広島から四国に渡って、ぐるーっと四国を一周(と言っても3/5周くらいかな)、宇高連絡船(その当時は瀬戸大橋なんぞなかったので)に乗って岡山まで。岡山で1泊して、次の日は芸備線を使って福山に行こうと当初は考えてたんだけど、前日あまりにも電車に乗りすぎてお尻が痛くて次の日は素直に山陽本線に乗って福山に行ったことを思い出すんだけど(笑)なんて書くとまるで「乗り鉄」みたいなんだけど、わたしは「乗り鉄」じゃない。別に全線制覇したいとか思ったことはないし、一番最初に書いたように、ただわたしは電車に乗ってボーッとして音楽を聞くのが好きなだけだ。

で、泊まるのはすべてYH(ユースホステル)だった。一人旅の宿泊場所でもあるし、何より安かったからね。そこでの「瞬間の出会い」がたまらなく好きだった(今でもそうだけど)。お互い詳しい名乗りはしない。どこから来て、どこに行くのか。旅の情報の交換だったり、今まで乗った電車の話だったり、その人自身の話を聞くこともあった。でも、付き合いはそれきり。一期一会。もう二度と会うことはない。それなのに、自分の記憶の中にはいつまでも残っている。詳細な話は覚えてないけど「あそこであんな人と会って話をした」。それはとてもよく覚えている。そういう出会いがたまらない。

ただ、いつしか一人旅はしなくなっちゃって、野球見て回るのにYHは時折使ったりもしたが、それも次第にビジネスホテルになり、彼女と付き合い始め、旅行は二人で行くのが基本になった。

しかし、一人で行く旅行と二人で行く旅行は丸っきり違う。二人で美味しいものを食べて「美味しいね」と言い合ったり、素敵な風景を見て「素敵だね」と言い合うのもいいけど、一人旅はなんというかもっと自分の内面をえぐられるような、そんな深い旅ができるのだ。

わたしは去年の夏に一人で長崎に行ったのだけど(というか、行き先は長崎だけではなく、長崎、鹿児島、広島、大阪に行った)、一人旅の良さをまた思い出して、それで今回は高校の時のような一人旅がしたい、すなわち「青春18きっぷ」を使ってYHに泊まりたい、そう思って計画を立てた。

わたしの旅行は行き当たりばったりではない。出かける前にどの電車に乗るか、どこに泊まるか、泊まるところはすべて事前に確保して出かける。ただ、泊まるだけでは面白くないので、そこに連泊して1日はその地域を楽しむようにする。けれど、その計画は現地に着いてから立てることにしている。現地に着いてそこで泊まっている人や、ペアレントさん(YHの管理人さんのことをペアレントさんという)にどこがいいか教えてもらう。これはYHならではだと思う。

今回は、目的地は大阪にした。わたし、ブログでは書いてなかったと思うが、一昨年の春に1回、去年の夏に1回、大阪の「大阪人権博物館(リバティおおさか)」に行っている。なんでこんなに行ってるかというと、全部の展示物を見ることができなかったからだ。今回は3度目の正直。リバティおおさかは橋下大阪市長のせいでかなり「いやがらせ」をされている施設で、展示してあるものにいちゃもんを付けられ、それに応じて展示物の内容を変えさせられてきた。でも「もうこれ以上変えられない」ということで、今までは補助金を受けていたのだが、それに頼らない自主財政で維持することに決めた。なのに今年の4月からはさらに大阪市から「固定資産税を払え」と言われている。本当に今後の存続が危ぶまれているところなのだ。わたしはその展示を見ておきたかった。応援したかった。それで、何度も大阪に足を運んでいるというわけだ。

その大阪に行くまでの経路は、
1日目:高尾から中央本線に乗って松本、松本から大糸線で穂高。安曇野市にある「安曇野パストラルYH」に宿泊
2日目:周辺散策
3日目:穂高から中央本線に乗って名古屋、名古屋からは東海道本線に乗って新大阪。「新大阪YH」に宿泊
4日目:リバティおおさか
5日目:リバティおおさか(一応全部見るために2日時間を取った)

大阪からの帰りの経路は、
6日目:新大阪から関西本線に乗って名古屋、名古屋からは東海道本線に乗って岡崎。豊田市にある「あすけ里山YH」に宿泊
7日目:周辺散策
8日目:岡崎から東海道本線に乗って菊川。御前崎市にある「御前崎YH」に宿泊
9日目:菊川から東京

こんなルートにした。当初の計画では、豊田市には行かず、熊野古道(伊勢路方面)を歩く予定だった。が、どう考えても電車の乗り継ぎが悪いのと、周辺にいいYHがなく、しかもそのうち1泊は必ず民宿に泊まらなくてはならないみたいで。で、その民宿がなかなか高くてね。夕食に伊勢エビだのアワビだのが出るからだが、こういうのを一人で食べたってね~と思ってしまい(しかもそういうところは家族とか複数で来ることを想定していて、一人で泊まるって感じではなかった)、今回は止めることにした。その代わりに「どこか山の中を歩きたい」と思って探していたら、たまたま「あすけ里山YH」が見つかったんだよね。

とにかくわたしは久しぶりに「山の中」に行きたかった。歩きまわりたかった。彼女と二人だと、彼女はすぐに疲れてしまって「どこかで休もう」という。それはそれでもいいんだけど、でもわたしはしばらく自分の好きに歩きまわってない。いやになるほど歩きたい。そう思ったんだよね。

それから、やっぱり海も見たい。山の中に行ったら絶対に海が見たくなるはず、って思った。だってわたしは山より海の方が何百倍も好きだから。てか、そんなの比べる方が間違ってると思うが、わたしの中では海に勝るものはない。「なんで好きなの?」って聞かれてもよく分からない。山は「山の空気が好き」とか理由あるけど、海は理由などない。海が見えるだけで気持ちが「わー」っとなる。海を抱きたい。海に抱かれたい。自分でもなんでそんな気持ちになるのかよく分からない。まぁそれだからこそ、大学には海に関係するところに行ったのだけど。。で、最後に「御前崎YH」に行くことにしたんだよねえ。

ただ、この経路自体はもう今まで何度も通ったところで、そう珍しいものではない。わたしは同じ道を行って帰るのがあまり好きではないので、鈍行で大阪に行くときは行きは中央本線経由、帰りは東海道本線経由で帰ることが多い。今回もそのケースなのだ。ただ、寄るところは今まで寄ったことがないところなのだけど。というのは、YHって、閉鎖されちゃったところが多いんだよね~。なので、もう一度行きたいところもあるのだが、もう二度と行けなくなってしまったところも結構ある。なんせ、YHの会員自体が激減しているらしいのだ。確かに門限決まってたり、消灯時間はうるさかったり、アメニティはほとんどなし、タオルなども自分で持って行かなくてはならない。そこら辺はホテルとは自由度が違う。だけどYHはYHでまた別の楽しさがある。一人旅って本当に楽しいのにな。。

3月14日。
出発の日だ。そんなに早い時間ではないんだけど、高尾9時38分発、松本行きに乗る。

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中央本線は、高校の時に初めて一人旅をしたときに乗った電車だ。あの当時はここをBeatlesを聞きながら窓の外を眺めていた。なぜそうなったのかは分からないが、高校の時たまたま友だちにBeatlesのアルバムをカセットに入れてもらったんだよね。46分テープ2本になったのだが、そのうちの1本目は繰り返し繰り返し聞いて。曲順がもうそれしか受け付けなくなっちゃって(笑)あの当時は「どんなアルバムか」とか「どんな曲名か」なんて、全部無視してただカセットに入れてくれるだけだったので、後々いろいろ検索して探した。結構有名な「赤盤」でした。今回はそれをiPodに入れて持って行った。

でね、松本に行く途中聞いたんだわ、Beatles。なんというか、、カセットって途中で曲が切れるじゃん?ああ、切れないように空白を作る方法もあるけど、わたしはカセットの無音部分を作りたくなくて、友だちに切れてもいいから全部入れてって頼んでたんだよね。だから、途中で切れるの。で、どの曲のどこで切れるかっていうのがもう頭の中にこびりついちゃってて(ちなみにA面は「I feel fine」の途中で切れて、B面は「Nowhere man」で切れる。こんなん書いてもいらん情報だけど)。で、1本目を繰り返して聞いてたもんだから、最後の方の「Peperback writer」とか「 Eleanor Rigby」ってあれは2本目のテープに入ってるのね。iPodは切れるところなんてないわけだから、それが聴き慣れなくてね(苦笑)なんか習慣って恐ろしいって思った(笑)だもんで、今回iPodではそんなに繰り返し聴けなくて、二回り目の途中で聴くのを止めて、その後は「The sound of music」のインストを聴いたりしてた。

電車の中はガラガラで、というか、高尾の次の相模湖で結構降りて、わたしはボックス席に座ってたんだけど、そこから松本の少し手前まではずっと一人だった。

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松本で大糸線に乗り換え。大糸線はとても混んでて結局穂高まで座れなかった。14時36分穂高着。

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「安曇野パストラルYH」は穂高駅から歩いて約1時間のところ。わたし、今回はたくさん歩きたかったんで、駅から遠いYHにしたかったんだよね~。

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駅から歩くと最初は住宅地なんだけど、次第に周囲は田んぼだらけになって景色が良くなる。ただ、途中まで道は歩行者が歩きにくいくらい狭いスペースしかなくて歩きづらかった。車が結構通るので怖くって。そうそう、こんな看板を見つけた。

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「ペットが見ている飼い主のマナー」って(笑)なんか笑えた。犬が自分のうんこ持って歩いてるこの絵も(笑)ただ、少し歩くと右側のように「穂高町」の上に「安曇野市」のシールが貼られてた。そうか。ここは安曇野市の前には穂高町だったんだな。

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周囲があまりにも山に囲まれているので、「パノラマ」にして撮ってみた。が、迫力はこんなもんじゃない。360度中、300度くらいが山に囲まれてる感じ?

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この旅ではいろいろな「田んぼ」を見たんだけど、ここのはこんな風に全面が麦わら色をしてた。田植えが始まったら壮大な光景になるんだろうなーって思った。右の画像は穂高大橋だったかな?から撮ったもの。光の加減でちょっと暗めになってるけど、きれいな光景だった。ここは道の横の側溝におそらく山から流れてきているのであろう水がたぷたぷと流れてて、本当に水が豊かなところなんだなーって思った。

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YHの近くにあった、おそらくリンゴの木。知らなかったんだけど、リンゴの枝ってこうやってわざと下に向けて伸ばすのね。なんでだろ?収穫しやすいようにしてるのか?

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ここのYHは周辺が田んぼに囲まれてます。すっごく近くに行くまではYHの看板がなくて、どれがYHか全然分からなかった。。まぁGoogle mapでたどり着けたけど。で、右の画像が1日目の宿である「安曇野パストラルYH」。部屋の中は

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こんなでした。結構天井が高くて部屋はきれい。しかも、3つベッドがあったけど、この日も翌日も1人でした。他に泊まり客がいたんだけど(あと2人)、全員一人部屋にしてくれたみたい。まぁわたしとしては、別に2人になってもよかったんだけど、ここら辺はペアレントさんの気配りなんでしょうね~。中に入って呼び出しボタンを押したら「おかえりなさい」と言われた。ああ、懐かしい~!YHは「おかえりなさい」で出迎えてくれて「いってらっしゃい」で送り出してくれるところです。

その2に続く。
23:28 | 一人旅 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
03-24 Tue , 2015
一人旅してきた その2(穂高で忘れられない出会い~再会)
その1からの続き。

ぐーぐるさん(Google map)では穂高駅からYHまで徒歩47分って書いてあったような記憶があるんだけど、実際、景色を楽しみながらのんびり歩いてたら1時間ちょっとかかった。穂高駅に着いたときは14時半過ぎだったけど、YHが開くのは16時以降だから、駅前のそば屋でコーヒーを飲んで30分ほど時間を潰していったんだけどね。

YHに着いたのは16時半頃だったかな。夕食は19時だから、それまではヒマで。というより、昼食を食べてないからお腹が空いて死にそうだった(笑)わたし、旅行中はお昼ご飯は食べません。高校の時からそう。その理由は食べるものがない。食べるヒマがない。食べるものを考えたり用意するのがめんどくさい、から。だから、基本的には朝ご飯をしっかりと食べて出かけ、夕食はお腹を空かせてまたしっかり食べる。まぁそんな感じ。

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最近は「本日のメニュー」とかって、ちゃんと用意されてるんだね。ちなみにこのYHは、ご飯が美味しいところが自慢だそうです。確かに豪華メニューで美味しかった。お腹が空いてたので、ご飯3杯食べた。この日の泊まり客はわたしを含め、3人でした。他の2人は知り合いで、一人が関東方面から、もう一人は関西方面からやって来て、ここで落ち合ったんだとか。ここのYHももう既に何回か来ているようで、周辺のことに詳しそうだった。今回は前回、お腹いっぱいで食べられなかった「ガレット」(そば粉でできたクレープみたいなん)を食べに来たと言ってた。

旅行先での話すきっかけは簡単だ。「どこから来ましたか?」「これからどこに行くんですか?」それさえ聞けば、あとは相手からいろんな話が出てくる。初めて会った人としゃべるのがとても不得意なわたしでも、この言葉さえあれば話せる。同じ旅行好きの人たちだから、あそこがよかった、ここがよかった、と旅の情報交換ができる。そしてそれは次回の旅への「種」となる。

20時半からおそらくミーティングだろうということで、わたしは一旦部屋に戻ってそして20時半に食堂に戻ってきたんだけど、他の2人はまだ食堂で話してて、しかもペアレントさんは来ませんでした。。(笑)わたし、次の日の予定は何一つ立てておらず、ペアレントさんにどこか楽しいところはないかって聞きたかったんだよね~。けど、ここのYHのペアレントさんはほとんどホステラーに関与しない人なのかしら。泊まった2日間、こちらが用があるときにだけ呼び出して、あとは放置でした。まぁそういうYHもあるよね、、「一人で静かにしていたい」って人にとってはちょうどいいところなんじゃないかな?

YHって夜はミーティングとかあって、交流しなきゃならないからそれがヤだ、って人もいると思うんだけど、基本、ミーティングがあるとこなんてほとんどない、と思う。中には談話室なんかがあって、そこで好き勝手に旅の情報交換をやる人はいるけど、それはあくまで自分の好きで参加不参加を決めていい。そういうところはかなり自由度はあるところなんだよね。YHっていうと「協調性が、、」って思う人はまだ結構いるみたいで、どこからそういうイメージが来てるんだろと思うんだけど、確かに門限守ったり消灯守ったりするような協調性は必要だけど、人と人との交流においては別に強制はされない。誰にも出会いたくなければ、部屋に籠もっていたって全然構わない。一言もしゃべらないで過ごすことだってできる。YHってそんなとこ。

ただ、一緒に泊まった人によると、このYHはビールの樽かコレクションか知らないけど、そういうのが食堂奥の別室にあって、それが開く日があるんだとか。きっと泊まり客が多い日は夜はバーみたいになるんじゃないかな。泊まり客3人だとやってくれなかった。まぁわたしはビールは苦手なので別によかったんだけど。

ペアレントさんが来なかったので、泊まり客3人で、途中からは一人眠くて帰ってしまったのでそこからは2人で、今まで行った旅行の話とかをしてた。わたしは20年ぶりくらいの一人旅だけど、考えてみるといろんなところに行ったんだなーって思い出しながら話してた。で、21時半頃になってお開き。そこから風呂入って寝た。

安曇野はまだ寒くてね。天気アプリ見たら午前6時がマイナス4度ってなってて、「げー、マイナス4度!」って思ってたんだけど、夜に目を覚ましたらちょうど5時58分で「そういや、今何度だろ?」と思って天気アプリ見たら、本当にマイナス4度だった。。あ、もちろん外気温だけどね。でも安曇野はやっぱ東京に比べると寒かったよ。。

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3月15日。
この日は天気が良かった。実は1週間前ほどからこの日の天気を気にしてたんだけど、当初は雨マーク付いてたんだよね。それが次第になくなって、そして当日は晴れ。わたし、去年の長崎のときから思ってたんだけど、結構な「晴れ女」みたいだ。

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朝のメニュー。リンゴジャムなんかは手作りだったんだろうか。パンは2つ食べた。

朝食を食べながら、他の2人と「まー、結局昨日はペアレントさんと話せなかったんで、予定はちゃんと決められなかったんだけど、今日は適当にどこかに行ってきます」としゃべってたら、いきなり「もしよかったら、一緒にガレット食べに行きませんか?」と言われた。こういうところがYHの旅の醍醐味だよね!「ありがとうございます!一緒に行きます」って答えた。この2人はわたしと違って連泊しない。この日の間に松本に移動するらしい。なので、途中まで行動を共にし、どこかで適当に分かれることになるはずだ。

「9時半にYHを出発することにしましょう」と3人で決めたので、9時半に出発。

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YHの前から見た北アルプス。白いのがそうなんだって。わたしは山のことには全く詳しくないので、どれがなんの山だとかは知らないのだけど、一緒に泊まった人のうちの1人は山に詳しいらしく、教えてくれた。しかも「あの角になってるところが鹿島槍で、その隣が爺ヶ岳で」と山の名前まで教えてくれた。でもわたしは「じいがたけ」って聞いても即座に漢字が思い浮かばず、「Gがたけ」ってなんだろ?って思ってた(笑)その人は夏にテント担いで7日間でそこを登ったと言ってた。

途中、地元の農産物が売ってるところを発見。

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なんだかここ、当日かその前日に新装オープンしたらしく、無料でお汁粉を配ってた。もちろんいただきました(笑)甘かった~。んで、中に一つ餅が入ってたんだけど、これが伸びる伸びる。とても美味しかったです。

中には新鮮な地元産の野菜がたくさん。地元産じゃないのもあって「なんで茨城県産がここに?」っていうのもあったけどね。ここの近くの村では長芋が名産らしく、すごい立派な長芋が350円とかで売ってて、思わず「やっす~!」「これから帰るところだったら長芋、手で持って帰るのに!」って思っちゃった。その他にもいろいろな特産品が売ってたんだけど、どうしてもどうしても味噌が欲しくなってしまって、500gのヤツを1つ、買いました。もうね、出かけるときから荷物はパンパンで、すき間なんか全くなかったのね。だから本当に味噌しか買えなかった。荷物に余裕があったらもっといろんなものを買って帰りたかったのに!

そこを出て、さらに東の方に道沿いに歩く。そしたら穂高温泉郷の中の「しゃくなげ荘」ってとこの手前に「八面大王の足湯」というところがあり、そこは無料で足湯ができるというところだった。「温泉は湯冷めするからできないけど、足湯だったらやってく?」ってことで、足湯することに決定。こういう「無計画」な出会いも旅の醍醐味。そういや「無計画の計画」って昔読んだ小説の中に出てきたなー。あれは山本有三だったっけか、それとも下村湖人の「次郎物語」だったっけか?よく覚えてないけど「無計画の計画」っておぼろげながら思い出すと要するに仏教で言う「縁起」の概念と一緒のような気がする。こういう旅での出会いも「無計画の計画」なんだろうけど、わたしはそれは「偶然」だと思うようにしてる。

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わたしたちがそこに行ったときは既に4人くらいいたかなー?わたしたちがいる間、何人かが行って、何人かが出て。「混む」というような感じじゃ全くないけど、でも誰もいないってわけでもなかった。

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八面大王って、こういうの。いろんな顔した八面大王がぐるっとなってる。お湯はそんなに熱くもぬるくもなく。ちなみにわたしはかなり「熱いのが好き」な方で、一緒に行った人は「熱い」って言ってました(笑)とっても気持ちがよくていつまでも浸かってたい感じだった。わたしはタオルを持っていくのを忘れてて(というか、こんなところでこういうことをするとは思ってもみなかったんで)ハンカチで足を拭いた。大きめのハンカチを持って行っててよかった。

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ここはホントに温泉で、成分表なんかもちゃんとあった。これによると「泉温69.3℃」ってあるから、かなりの高温が湧き出てるのね。

そこを出てさらに東の方向へ。ついにガレット屋さんに。

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なんか「旅行中はお昼食べない」って書いたけど、この日はよく食べました(笑)ガレットって食事のガレットとデザートとしての甘いガレットの2種類あるみたい。2つセットになってて2000円だったかな。わたしは最初、甘いのを食べようかなと思ったんだけど、でも、食事の方のガレットが美味しそうだったのでそっちにした。他の2名はセットのを頼んでたんだけど、わたしはそこまで食べられそうになかったので食事のみ。食後のコーヒーが付いて1350円だったかな~。結構美味しくてペロペロって食べられた。デザートのガレットも美味しそうだった。2人からちょっとずつ分けてもらいました(笑)

お店の人はすっごく丁寧な人だった。まぁ人があまりいなかったってのもあるかも。シーズン中は外で客が並んでるほどなので、丁寧な対応ができないって言ってた。お店の人はここに移住して十数年って言ってたかな。お店を開いて5年目なんだそうです。安曇野って地元の人と移住者の割合が半々くらいなんだって。YHに何回も泊まってる同行者も「来るたびに家がぼんぼん建ってる」って言ってたし、お店でわたしらの隣に座ってた夫婦らしき人たちも「今度ここに移住してくるんです」ってお店の人と話してた。まぁ山が好きな人にとっては、ここは見渡す限り山に囲まれてるから天国みたいなとこなんだろうなー。冬は寒いけど。

そのお店でガレットを食べながら2時間くらい過ごしたかな。山に詳しい同行者は、たくさん山のことについて教えてくれました。山の名前の由来。春になると山の雪が溶け始めて「雪形」というのが見えるようになるんだとか。「雪形」っていうのは、雪が残ったところの形のことで、爺ヶ岳は山に老人のような形の雪形ができるためにそういう名前で呼ばれるようになったとか。また「白馬」というのが近くにあるけど、これはもともと田んぼで代掻きをする頃に見える雪形なので、本来は「代馬」(しろうま)なんだとか。それが読み方と漢字が変わって「白馬」(はくば)になったとか、そういうことを教えてくれた。ただ、その人自身も雪形は見たことがないから「いつか見たい」って言ってた。

こういう話って普段の人間関係からは多分聞くことのない話。偶然自分が旅行してて、相手も旅行してて、その中で偶然に出会って聞くことが出来た話。こういうのも一人旅ならではなのかなと思った。

今までの一人旅をして来た中で、出会った人たちがいる。名前も連絡先も聞かずに別れたので、もう二度と会うこともない人たちだが、わたしの記憶の中におぼろげながら、でも確実に残っている人たち。高校の時、初めての一人旅の時に中央本線である人に出会った。いろいろ話したんだと思うけど、今では「座間に住んでいる」と言われたことしか覚えてない。でも初めての一人旅で電車の中で話した、その楽しかった記憶は忘れてない。大学の時だったか、長野の善光寺に行ったことがある。善光寺の近くに教授院という宿坊のYHがあるのだが、そこで同室になった人。確か密教系の大学で修行してお坊さんの資格を持っている、と言っていた。実家がお寺みたいだったけど。厳しい修行について教えてくれた。何日も狭いところに入って、誰とも話さないと気が狂いそうになるとか。大学院の時は一人旅ではなかったんだけど、京都で学会があったので、宇多野のYHに泊まったことがある。そこは談話室があって、そこに陸上自衛隊の人が泊まってた。どうやら自分の大学でリクルートするために泊まっていたらしい。わたしに「自衛隊に入っても研究ができる」と勧めてくれた。が、わたしは当時海についての研究をしてたし、わたしは言っちゃ悪いが陸上自衛隊はあんまり好きではない(そういう問題かとも思うが)。「いえいえ、いいです」って断った。で、その人は富士の訓練場で行われる夜間行軍について教えてくれた。50キロくらい夜通し歩きまくるらしい。すごく過酷な訓練だと言っていた。

こういう話を聞けるのが、旅ならではなんだと思う。日常では絶対に出会うことのない人たちと出会える。自分の中で忘れられない記憶になる。きっと、こういうことが起こり得るから一人旅は楽しいんだと思う。

かといって、旅行の中でこういう出会いが必ずあるかと言えば、そうではない。何も起こらない方が圧倒的に多い。「誰かに会いたい」と思っても会えるわけではないのだ。一人旅は基本、自分一人でも行動できること。一人で行動しても楽しいと思えること。最悪、誰とも会えないかも知れない。いや、誰にも会えない可能性の方が高い。だから「誰かに会える」という期待は最初からしない。一人旅は一人で楽しむのが基本。だけどだからこそ、その中で誰かに出会えたら、嬉しさは格別。だから誰かと会ったという記憶はいつまで経っても残るのだろうと思う。

ガレットを食べた後、再び東の方向に歩き始めた。彼らとは「絵本美術館」のところで別れた。結局お互い名前すら名乗らなかった。「よい旅を」と言って別れた。きっと中には「そういう関係はつまらない」って思う人もいると思う。「出会った人たちともっと深く知り合いたい」って思う人もいるだろう。それはそれで別に構わないと思う。中には旅行中に出会って結婚にまで発展する人もいるんだし。そこまで行かなくてもせっかく出会ったんだから、そのあと長く友人として付き合いたいって人もいるだろう。そういう人は自分の信念に従ってそういう行動をすればいいんだし、わたしは自分のこの形が誰にでも最良の形だなんて全く思ってない。「旅とはこういうものであるべきだ」なんてものは一つもないんだから。一人一人が自分に合った「旅の形」で旅行すればいいと思っている。ただわたしの「旅の形」はこうであるだけだ。

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一人になった後、「絵本美術館」に行った。絵本の原画などが置いてある美術館で、わたしが行ったときはわたしの全く知らない絵本作家3人くらいの絵が並べてあった。とても小さな美術館で一巡りするのに30分もかからないくらい。一巡りした後、受付でドリンク券を出すと飲み物がもらえる。わたしは確か野いちごの紅茶だったかなあ~?3つのお茶の中から選べたような気がする。そこでしばらくのんびりしてた。

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絵本美術館の前の道。まだまだ季節的には春にはなりきってないみたいで、緑の美しい季節に来たら、どんな感じなのかな~などと思いながら歩いた。

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田んぼにも雪が残っているところがまだあった。そういえば安曇野のここら辺って、冬季休業しているお店も多い。だから今の季節もあまり人は来てないみたいだったんだけど、冬にもやってるお店がありますよー、ってマップがガレットのお店に置いてあった。ちなみにガレットのお店も冬は休んでないそうだ。お店の人も言ってたけど、安曇野の冬はどこも閉まってると思われがちだから、もっとアピールしなきゃね。

絵本美術館を出てから烏川渓谷緑地ってところに行こうと思ったのだが、歩いて1時間半くらいだとグーグルさんが言ってるし、烏川渓谷緑地に行ってもそこからYHに戻るとしたら、ほとんどそこで過ごす時間がないまま引き返さないともう暗くなってしまう。なので、ここは素直にYHに戻ることにした。と言っても、歩いているときにどうも左足の親指の付け根が痛くなってて、もしかしたらこれはマメが出来るかも知れない、絆創膏はそんなに持ってきてなくて、もしマメが出来て潰れたらまずい。というわけで、前日YHに来るときに見つけた薬屋が中に入ってるホームセンターみたいなところに寄ってみることにした。しかし、後々この判断はとても助かることになる、、歩きすぎてマメが全く考えもしなかったところにできたから。

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周囲が山に囲まれた田んぼの中。きっと田植えの時期は田んぼが青々としてて、のどかな光景になるんだろうな~。

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田んぼの中を歩いていたら、ついに舗装された道ではなくなった(笑)

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田んぼの中で見かけた猫ちゃん。近づいたら逃げられそうだったので、ズームして撮った。

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なんかこんなところ歩いてたら、ナウシカの「その者蒼き衣を纏いて金色の野に降りたつべし」って言葉を思い出した(^^;これはただの枯れ草なんだけどね。

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2日目のYHの夕ご飯。この日は泊まり客がわたし一人だった。なので、昨日みたいな紙に書いたメニューはなし。でも1日目とは違ったメニューでした。ご飯を食べていたら、ペアレントさんが「明日は何時に発ちますか?」と聞いてきたので「7時半頃に出ます」と答えたら「その時間は出てこられないので、すいませんが勝手に出てって下さい」みたいなことを言われる(笑)なので「分かりました。どうも有難うございました」と一応挨拶しておいた。

夜は前日と違ってヒマ。誰も相手してくれないのでヒマ。部屋にテレビがあるが、特に見たいとも思わず、早めに風呂に入って早めに就寝。ちなみにこのYHにはWi-fiがあるので、部屋の中でもそれなりにネットはできる。ただ、パスワードを聞かないと繋がんないけど。で、パスワード、聞かなきゃ教えてくれないけど(笑)

3月16日。
朝起きて、7時20分頃にYHを出る。玄関先にこんな紙切れが置いてあった。

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まぁ親切といえば親切なんだろうけど。。影が薄いペアレントさんだったな~、ここ(笑)

穂高駅の近くのカフェで朝ご飯を食べる。8時半にならないと開かなくて、しかも食べたかったカレーうどんがまだできてなくて食べられなかった(涙)仕方なくトーストで。

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穂高から大糸線に乗って松本に戻る。9時5分発。松本着9時33分。

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松本で中央本線に乗り換え。10時24分発中津川行き。

ここで思いもかけなかったことが起こる。

中津川行きの電車に乗って、ボックス席に座り、ぼーっと窓の外を見ていたら。「ここ、空いてますか」と声を掛けてきた人がいて、その人は、、

なんと、前日途中まで行動を共にした人だったのだ!@@;

感動の再会。

その3に続く。
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03-25 Wed , 2015
一人旅してきた その3(リバティおおさかで性的少数者の展示物が削除されたと聞く)
その2の続き。

中津川行きの電車で「ここ、空いてますか」と声をかけてきた人は、YHで出会った関西方面から来た人だった。前日松本で泊まって、今日、家に帰るという。昨日、絵本美術館のところで別れたときに「これから二度と会うことはないだろう」と思っていたので、2人して「びっくりした!」と言い合った。こういう偶然ってあるんだなあって思った。

その後は2人で別れたあとにどうしたかを報告し合った。向こうはわたしと別れたあと、穂高駅から松本に向かったとのことだった。わたしはあの後はどこにも寄らずにYHに戻ったこと、前日の泊まり客がわたし一人しかいなくて寂しかったと言った(笑)

でも正直わたしたちはもう、そのことを報告し合っただけで十分だった。それ以外にはもう話すことはない。なので向こうは電車の中の別の席が空いたときに「向こうに座る」と言ってそれ以降は別の席になった。

実はわたしはこの電車に乗るときにちょっと緊張していた。それはこの沿線に

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このような駅があるからだった(笑)既にこの駅には高校の時に1度来ていて、そのときは降りて周辺を歩いたりしたものだったけど、今回それをやると次の電車が来るまでこの駅で2時間過ごさなければならない。そうすると次の目的地に行けないことになるので、通りすぎることを選んだのだけど、でも通った記念に駅の看板の写真は撮りたいなーって思ってたのだ。運良く反対側の駅のホームに立っている駅の看板が目の前だったので窓越しに写真を撮る。

前にこの駅に来たときは、まだ国鉄時代で、この駅は無人化されたばかりらしかった。駅に「一言ノート」みたいなのが残されてて、それを読んだ覚えがある。地元の人から愛されてた駅だったんだなーって思った。あれから30年くらい経ったのか。現在のこの電車は2両編成で、しかも塩尻から先はワンマンカーになっていた。降りるときは先頭車両の一番前側のドアからしか降りられない(運転手さんにお金を払うため)。乗るのも車両の先頭と最後のドアしか開かず、2番目と3番目のドアは「開ける」ボタンを押しても開かない。そんな電車だった。

12時54分中津川着。13時20分の名古屋行きに乗り換える。

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14時35分、名古屋着。15時発大垣行きに乗り換え。

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名古屋のホームで、YHで一緒だった人にまた会った。というか向こうから声を掛けてくれた。これからも同じ方向の電車には乗るのだが、別に一緒に行動するわけではないので、ここがお別れの場所にするつもりだったんだろう。わたしも「昨日は本当に楽しかったです。声を掛けてくれてどうも有難う」と言った。向こうは「なんか無理矢理連れ回してしまったみたいで、強引だったかなあと思ってたんです」と言ったので「いやいや、全然そんなことなくて、むしろ感謝してます」って答えた。そっか、お礼の言葉をいい足りなかったなあと思った。一期一会なんだから、そういう気持ちはしっかりと伝えないとね。

15時32分大垣着。15時37分米原行きに乗り換え。

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しかし、鈍行ってこんなにぶちぶち切れてたっけなあ、昔は。もうちょっと長い間電車に乗れたような気がするんだけど、これだと今、頻繁に走ってる一番長く乗れる区間って、東京~博多の新幹線?それとも四国とかはまだ長く乗れる区間の鈍行があるんだろうか。

16時12分、米原着。16時18分播州赤穂行きに乗り換え。

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米原からJR西日本。ここから先は通勤の客などが多くなってきて、電車の中は混み混み。そんな中、のんびり旅行してるのは申し訳ない気分になってくるけど、、まぁでもわたしだって行けるときに行っておかないと、後で後悔するのは嫌だから。

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ついにこの日の目的地、この旅行の目的地でもある新大阪に。17時37分着。

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新大阪から歩いて5分くらいの「新大阪YH」。だけど、新大阪って東口が2つあるので、最初はどちらから行っていいのか迷った。出口の表示に「ココプラザ」って書いてある方から出ればいいって分かったのは、しばらく後のことでした(笑)(YHはココプラザの中にある)

前日の「泊まり客は自分一人」から、一転してここはほぼ満員状態。それも一人旅をしている、という人たちはほとんど見なくて、「友だちと泊まりに来ました」って若い人がたくさん。。まぁここはYH会員じゃなくても一泊3400円で泊まれるし、何人もの友だち同士で泊まれる場所としては最適なんだろうけど。ただ、大都会の公営YHって昔も今もこんなもんだよね。

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YHから新大阪駅の間で見かけた猫ちゃん。急いで道路を渡ってるところでした。

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夜は、大阪の友だちのSさんにホルモンの美味しいお店に連れて行ってもらった。十三の「あらい商店」ってところ。わたしは今までホルモンは特に嫌いではなく、それなりに食べていたんだけど、本当に美味しいっていうホルモンがどういうものか分からなかったのね。だから、一回、美味しいと言われるところで食べてみたかったんだ。ホルモンの串焼きはカルビを除いて全部食べたかな。本当に美味しかった!特に「コリコリ」って言われる牛の大動脈と「ネクタイ」って呼ばれる牛の食道、初めて食べたんだけど美味しかった。「コリコリ」は3本も食べてしまった。「ミノ」とかよく聞く名前の部位も、ホルモンってガムみたいに口の中で噛みきれないもんだと思ってたのに、全然そんなことはなかったし。一つ一つが小さかったからかも知れないけど、すっごく美味しかった。

でも、食べながらいろいろなことを思った。以前見た「ある精肉店のはなし」という映画の中で弟さんが話された「牛を殺すなんて怖いと言いながら、その牛をにこにこしながら美味しいと食べている。そっちの方がよっぽど怖いわ」というセリフを思い出した。牛の大動脈を食べながら「本当にそうだよな」って思った。「大動脈」って聞くと「うわ、なにそれ。そんなところ食べるん?」って思うよ。だけど、食べてみると本当に美味しい。自分、怖いじゃんって。そして「ある精肉店のはなし」の中で見た、と畜される牛の様子を思い浮かべた。と畜の方法はあの映画とは違っているだろうけど、ああやってこの牛も殺されたんだろう。それをわたしは「美味しい」と思いながら食べている。

別にこれは自虐じゃない。「美味しい」と思っていることは本当だし、人間はそうすることでしか生きられない。わたしはあの映画を観て以降「美味しいと感謝しながら食べれば殺された牛も浮かばれる」という考え方は絶対に止めよう、と思っている。人間に食べられる生き物は、人間に感謝されても殺されてよかった、ああ、食べられるために死んでよかった、なんて絶対に思うはずはないから。これはただ、わたしたちの「逃げ」だ。そう考えることで自分が生き物を殺して食べている罪深さから逃げている、誤魔化して正当化しているとしかわたしには思えないのだ。そうではなく、人間は他の生き物の命を奪って自分の命を生きながらえている。人間は「そういう風にできている」のだ。だから、そのことはそのこととして目を逸らさずに事実を受け止めなければならないと思っている。

しかし、だからといって感謝すべきことが何もないとは思っていない。わたしが感謝するべきなのは、このようにまで牛を育ててくれた人、牛をと畜して処理した人、ここまで美味しく加工してくれた人だ。この人たちがいなければ、わたしはまたこのように牛を「美味しい」と思って食べられないのだ。

ホルモンの語源は、「放るもん(ほうるもん)」から来たと言われている。牛の内臓は食べられず捨てられて(放られて)いた。そのタダ同然の部位を丁寧に洗って、食べられるようにしたのが在日の人たちだ。彼らは貧しくて食べられるものがなかった。しかし何か食べないと死んでしまう。だからこうやって「放られたもの」を食べざるを得なかったのだ。Sさんによれば、ホルモンはもともと脂だらけの部位で、洗ってその脂分を取るのだが、洗い過ぎると脂分が抜けてまずくなる。その加減が難しいのだと。貧しく過酷な歴史の中でいかに放られたものを美味しく食べられるか、という技術が今、わたしが食べている「ホルモン」に凝縮されている。わたしはそのような「恩恵」も受けているのだ。

そんなこと思いながら「美味しい」と言って食べた。この複雑な思いは到底言葉で言い表せなかった。

Sさんとはいろんな話をした。普段はネット上の付き合いしかないけれど、ネットだと文字を媒介してでないと自分の意見が伝えられない。でも、文字のみだとどうしても自分の複雑な気持ちまでは伝えることができない。会って話すということは、文字では伝えられない複雑な気持ちを伝えることなんだと思った。が、言葉にも表せない複雑な気持ちも当然ながらある。物事を深く知れば知るほど、単純な問題ではないことが分かる。その中で感じた自分の気持ちはどうやったって言葉では伝えられない。自分の思ったことに対して、言葉が持つ意味が単純すぎるのだ。

だけど、会って直接顔を見て話すことは、単純な言葉よりも多くのものが伝わる。Sさんとは去年の夏に1回会ったのが初めてで、今回は2回目だったんだけど、前回よりも日頃思っていることが話せたような気がする。その中で「なんで日本人って細かく、繊細な方向に行ってしまうのか」という話が出たんだけど、これはその後の旅の中でもしばしば考えることになる。

YHは風呂の時間も門限も決まっているので、遅くならないうちに戻る。ただ、新大阪YHの門限は0時、風呂の時間も同じ時間なので、他のYHに比べるとかなり遅い。普通はだいたい風呂は22時、消灯は22時半か23時だもんね。さすがに都会のYH。

なのに!わたしはこの日、午前2時過ぎに部屋に戻ってきた人たちに起こされてしまうのだった。ここ、消灯は23時なんだけど、あくまでも「お願い」でしかないので、電気は付くんだよね。しかも消灯といっても談話室は何時まででもいいみたいで、だから午前2時まで話してたんだろう。しかし、午前2時っていうのはどう考えても非常識な時間としか思えない!そういう人はYHでなく、どこかホテルに泊まってくれ~。

3月17日。
この日は「大阪人権博物館」(リバティおおさか)に行く日。1回目で全体の1/3程度、2回目で2/3程度見終えたけど、果たしてこの日に見終えることができるのか。

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新大阪YHの朝食。安曇野のYHに比べると「うーん」って感じだけど、まぁ大規模YHってこんなもんだよね。朝食の料金安いし(税込み500円)。新大阪YHではこの他に2回、朝食を食べたんだけど、ちょっとずつメニューは変わっていたものの(3日目はパンケーキだった)ほとんど構成は同じだった。

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リバティおおさか最寄りの「芦原橋」の駅。駅の看板が去年の夏よりも新しくなってた。

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リバティおおさか。実はここに着く前に、こういう垂れ幕が見える。

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わたし、この垂れ幕を去年の夏に発見して、そのとき気が付いたことがあった。この境界線のないレインボーフラッグらしきもの。でも画像を撮ってこなかったんだよね。なので今回は忘れず。これを見て何を思ったかをここに書くと長くなるので、このことについては後日別記事にすると思います。

リバティおおさか、今回はハンセン病のところから見たのかな~。館内は相変わらず閑散としてた。時折団体客が来てたようだけど、あっという間に見てるわたしを通り越して行っちゃう。一つ一つの展示やビデオを見ると、ここは1回の開館時間ではとても見きれないほどたくさんの資料が置いてある。

でもね。展示物を見ていて「あれ?」って思うところがあるの。「なんか薄められている」って。分かるんだ、見てて。あるところはとても詳細なのに、突然大きなパネルなどが出てきて説明がちょっと、とか突然「この人たちは大阪府出身の偉人です!」みたいなのが出てきて「なんでこんなのがここに置いてあるの?」みたいなものが時たまあるんだよね。「ああ、ここの部分が変えられたんだろうな」って思った。

展示を見てたらボランティアのおじさんらしき人が「何か質問はありませんか」と聞いてきたので「展示に関することですか?」って聞いたら「なんでもいい」というので、最初は見てたハンセン病の差別の歴史について疑問に思ってたことを聞いた。そのうちおじさんが「ハンセン病のコーナーも前はもっと別のものも取り上げていたんだけど」って言い出して。「ホームレスのコーナーも前は『ホームレスは大阪府が日本で一番数が多い』という統計を出していたんだけど、橋下市長が『こんな不名誉なものが出せるか』と言い出して、展示物から削除された。でも、ホームレスがあの当時日本で一番多かったのは、いくつかの理由があって、まずは阪神大震災で復興需要に湧いたとき、東京方面から片道切符でこちら方面に来た人が多かった。けど、復興需要は3年で終わってしまい、その後、再び職がなくなってしまった人がここに残るようになった。もう一つは小泉首相だったときに竹中が規制緩和で派遣法を改正したこと。あれによって今まで若い人たちの派遣労働が増え、年寄りに仕事が回らなくなってしまった。そういうのが理由なんです」と。そして「ここにはかつて性的少数者の展示があったんですが、全部削除されました。性的少数者の人権について取り上げている博物館は世界でも例がなかったみたいで、外国からの評価が高かったんです。外国から来た人にそう言われました」と。

あー、そうだったのか。それは全然知らなかった。しかし、なぜ性的少数者の展示が全部なくなったのか。一体何が不都合だったのか?聞いてみたけれど「それは分かりません」と言われた。
(注:ちなみに性的少数者の人権についての展示はすべてなくなったわけではなく、入口近くに移されてます。が、以前はそんなものではなく、もっと規模が大きかったようです)

「確かに展示物が変えられたところは見て分かります。こことか、こことかですよね」と言ったら、「そうです」って言われ、「かつての展示の様子は以前出した展示図録で分かります」と言われた。で、いきなり「こっちに来て下さい」って言われ、もう出口に近い資料を集めてるところに連れて行かれて「これです。かつてはこういう展示だったんですが、これがなくなって、これもなくなって。。」と説明された。「以前は『学ぶ権利』というコーナーがあったんですが、市長に『義務教育なんだから、権利じゃない。子どもは教育を受ける義務があるんだ』と言われて。。義務教育というのは、親が子どもに教育を受けさせる義務であって、子どもに対する義務ではないのですが」と言われた。きっと市長は市民が「権利」を持っていると思うのがたまらなく脅威を感じるのだろうなと思った。今の日本の施政者はみんなそうだよね。だから憲法を改正して国民の持っている権利をすべて奪い取って義務だけ課したいと思ってるんだよね。でも、同じこの国に生きている自分たちの権利はどうなんだろう。橋下だって安倍だってみんな等しく「権利」は持っているはず。国民の権利を奪うことは、自分たちの権利をも奪うってことなんだけど、彼らは自分たちの権利は特別で奪われないと思ってるのか知らん?

「この図録は残念ながらもう入手できなくて、でも、コピーなら2階で取れるので、欲しいところは言って下さい」そう言われた。わたしは「あー、残念ですね。じゃあそうします」って答えて別れたんだけど、その後わたしが展示コーナーに戻って展示を見てたら「数冊残ってました。帰りに言って下さい」と言われたので買わざるを得なくなっちゃったよー(笑)てか、言われなくても欲しかったけど。でも一番心配だったのは、買った冊子が荷物の中に入るかどうか、でした。

しかし、最後の方は本当に展示が薄まってたー。一番見応えがあったところは、真ん中の部分、ウチナンチュ、在日、アイヌ、水俣病のところだったような気がする。特にわたしは水俣病のところが印象に残った。水俣病は熊本大の原田医師って人がずっと患者と寄り添って国と戦ってきたんだけど、その人が「患者側に偏っていると言われるが、これは名誉なことだと思っている。そもそも『中立』とは何か。国と患者の間、等距離を保ったとしてもそれは『中立』にはならないのだ。国が圧倒的に強く、患者は圧倒的に弱い。そういうもの中間に立つということは、それはすなわち『国側に近い』ということを意味している。患者側の方に寄ることで初めて『中立』と言えるのではないか」みたいなことを言ってるのね。

わたし、それを読んで「あ、トルクとモーメントと同じだ」って思った。例えばやじろべえかなんかを思い浮かべてもらいたいんだけど、片方に重く、片方に軽いおもりがついているとしたら、バランスが取れるところって、(重さ×距離)が同じところでないと釣り合わないんだよね。決して(距離)だけの問題ではない。距離だけ中間の位置を取ったとすれば、重い方に傾くに決まっている。重い方、すなわち「強い」方だ。距離だけ中間を取って「中立」をきどっている、ということは、強い方に味方をしている、ということになるのだ。
(ただし、この考え方だとバランスを取るためには、軽い方に長い距離を取らなくてはならないことになるので、そういう意味では「弱い方に距離が近くなる(=寄り添う)」っていうイメージとは逆になっちゃうんだけど)

展示を見終わってトイレに行った。ここのトイレは女子トイレでも

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こんな感じ。ここ、色だけ見て男の人が女子トイレに入ってしまうのだそう。だから、上に

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こういう表示を付けたんだとか。これを見て「こんなめんどくさいことをするくらいなら、女子トイレの表示を他と同じように赤くすればいいじゃないか」という意見が絶対に出てくると思う。けれど、ここでわたしたちが気が付かなければいけないのは、「色を見て性別を判断する、ということをわたしたちは生まれてきてから教育されていて、意識しないうちにそういう風に動いている」ということだ。すなわちそれが「ジェンダー(社会的性別)」というものだ。便利とか不便とかそういうことではなく、自分の中に知らず知らずに「そういうものが植え付けられている」ということを気が付かせるものだ。そしてこれはジェンダーだけの問題でなく、人間は生まれてからいろいろなものを身に付けさせられて生きていく。民族の習慣だったり、常識だったり、風土だったり、、いろいろなものを。

もちろんそれがすべて「悪いもの」であり、そんなものがなくなればいいと言っているわけではない。ただ、普段「当たり前」のこととして意識していないもの、そういうものを少し意識すると、今まで見えなかったものが見えてくるのではないかと言いたいのだ。

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出口というか、受付というか、ミュージアムショップっていえばいいのか、そういうところで売っていたもの。画像では分かりにくいんだけど、後ろのごちゃごちゃしてるものは「ピンチ(洗濯ばさみ)」で、リバティおおさかの危機(ピンチ)と洗濯ばさみの(ピンチ)が掛けられてる。こういうところ、なんでも笑いにしてしまう大阪っぽいなーって思った。でももしかしたら「弱いものは時折自分の状況を笑いに変えて、力強く生きてきた」ってことを表したかったのかも知れない。しかし、こんな100円単位で応援になんてなるんだろうか。。と思いつつ、わたしは荷物が増えるとわたしの方がピンチになってしまうので、2個しか買えなかったのだけど。

思いがけず早く展示物を見終えてしまったので、18時に友人と待ち合わせをしていたのだが、それまでタダで時間を潰せるところをネットで探す。本当にスマホってこういうとき便利だなあと思う。

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阪急梅田ビル15階、スカイロビー。

今日の夕食も友人とともに。ヨドバシカメラの上の居酒屋。

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わたしと同じくセクマイの人なので、そういう関係の話をした。個人的な話とかもね(笑)なんか「ああー、わたしも頑張らなきゃな」って思ったよ(笑)

その4に続く。
17:38 | 一人旅 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
03-26 Thu , 2015
一人旅してきた その4(そうだ、京都、行こう)
その3の続き。

今回の旅行で絶対にリバティおおさかの展示を見終えたいと思っていたので、事前に2日間行ける日程を組んでいた。が、予想に反して1日で見終えてしまった。そうなると、丸1日空いてしまう。。何すりゃいいの、どこ行きゃいいの、ってわけで、翌日行くところを考えざるを得なくなってしまった。

最初思い付いたのは万博公園の中にある「国立民俗学博物館(みんぱく)」だった。ここでも多文化共生に関する展示をやってるのを知ってたので、前々から「行きたいなあ」って思ってたのだ。けど調べてみたら水曜日休館!18日はちょうど水曜日。。思いっきりついてない。。

仕方なしに新大阪YHの談話室の前に置いてある観光資料を探してみた。う~ん、行ってみたいところがない。美術館巡りなんかの資料があったのだが、昔は結構美術館など行ってたものの、今はあまり興味がない。どうしようか?って思ってたところ、はたと気付いた。

「そうだ、京都、行こう」

って。京都は今まで友だちとか彼女と一緒に行ったことはある。中学の修学旅行も京都・奈良だったので、行ったことがある。それ以前も大阪に住んでいたときに家族で行った。なので、ほとんど有名どころは行ったことがあるのだが、一人で行ったことはない、というか、以前京都で学会があったときは宇多野のYHに泊まって、帰る間際に清水寺だけ行ったことがある。清水寺に行ったあと、近くに清水焼を売っているお店が並んでいて、そこにあった一つのお店にカップ&ソーサーがあって、それに目を惹き付けられて思わず買ってしまった。それは今も持ってて、だけど大きさがデミタスなんであまり使ったことがないのだけど。。でもわたしが陶器に一目惚れして買うなんてことは後にも先にもあれだけだし、なによりあのときの「不思議な感じ」が今でも忘れられないんだよね。。

そんなわけで純粋に一人で観光で京都と言うところには行ったことがないことに気が付いて。それにこういうときでもないと、わたしはわざわざ京都に行きたいとは思わないだろう。なんてったって、わたしはわざわざ人の多いところには行きたくないのだ、一人旅では。京都と言えば巨大な観光地。日本で一番有名な観光地だ。そんなところはおそらく今後旅行するときだって選ばないだろう。これも何かのチャンスなのかも知れない。それに京都だったらそんなにいろいろ考えなくても1日、十分時間を過ごせるよね、と思ったので、京都に行くことにした。行き先は金閣寺がすぐに思い付いた。なぜって、金閣寺、中学の時の修学旅行で行ったのだけど、そのときはちょうど修復中で被いされてて全然「金」じゃなかったのね。それに金閣寺に行ったのはこの1回しかなくて、それはきっと金閣寺は自分の好みのところじゃないだろうってところが大きいと思う。だけど今回は敢えてそういう場所を選んでもいいんじゃないか、そう思った。で、金と来たらやっぱり銀だろう。金閣寺の後は銀閣寺に行こう。そして哲学の道を通って、南禅寺まで行こう、そう思った。

一応そう考えてから寝たのだが、、この日も消灯時間を過ぎた12時過ぎに部屋の電気付けられて、しかも全然悪びれてない様子だったので「すいません、もう消灯時間過ぎているので電気消して下さい」と注意した。この人たちは前日とは違う人たちだったと思うんだけど、そのあと2泊、わたしとは一緒みたいでした。けど、この注意した件ですっかり脅えられちゃって、翌日、京都から帰ってきたときに部屋でちょこっと会ったんだけど、脅えた顔しててこっちが話しかけるどころじゃなかった(笑)

3月18日。
朝、9時過ぎに新大阪YHを出発。京都に着いたのは10時過ぎくらいだったか。右は京都タワー。でもここも今まで一回も行ったことないな~。

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京都駅は人でいっぱいだった。「うわ、こんなに来てるんだ」って感じ。外国人観光客もたくさん。さすがに京都だわ~。

京都駅からぐーぐるさんで金閣寺まで行き方を教えてもらったが、徒歩で1時間半ちょっとかかるって書いてあった。まぁ、今回は別に急がない旅だし、それになんか思いっきり歩いてみたかったんだよね。そうそう、京都の町というのも、歩いて移動したことがほとんどなかったんで興味深い。京都の町は碁盤の目のようにして道が通ってるっていうけど、今日はその中でも細い道を選んで京都の町の光景を見てみたい、その中で人がどうやって暮らしてるか、そういうのを垣間見たいなって思った。

しかし、ぐーぐるさんって本当に便利。京都の細い路地は行き止まりが多くって、初めて歩くにはとてもやっかいなところだと思うが、ぐーぐるさんだと自分のいるところ、その周辺の道がどこにどう繋がっているのかが一目で分かる。一昔前は多分、こういう楽しみ方はやろうにもできなかっただろうな~と思う。

そう、ネットってものができて、旅行の計画も随分立てやすくなった。電車は時刻表に載ってるからいいんだけど、バス路線までは分からない。でも地方のバスは1時間に1本は当たり前だから、いつ来るか、最終は何時か、それがとても重要。今回はバスの時間まで事前に全部調べ上げて、もしこれに乗れなかったらこれ、って感じで、幾通りも方法を考えたりできたからね。本当に便利になったと思う。

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京都の住居表示。住んでない人にはとてつもなく分かりにくいが、住んでる人にはとてつもなく分かりやすいんだろうな~。住居表示に書いてある住所が京都らしくて、見つけたところはいくつか撮った。

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京都の町を歩いてると、時折こういった「お地蔵さん」を見かける。最初これをわたしは「なんなんだろ?」って思ってて、思いながらこの画像をinstagramに投稿してたんだけど、フォロワーさんの一人がこちら方面出身だったみたいで「それはお地蔵さんで、あちこちで子どもを見守ってくれていると聞いて育った。お盆には地蔵盆ってお地蔵さんに感謝する地域の行事があった」って教えてくれて「へー!そうなんだ!!」って。お地蔵さんについてはよく知らないが、やっぱこれって仏教から来てるんだよね~?

地域地域によってお地蔵さんが安置されている入れ物というか建物?の形が全く違ってとても面白かったんだけど、でもどこでも共通して言えることは、今、現在この時点でもとても大切に扱われているってこと。どこもきれいな花が供えられてたり、きちんと掃除されてたり、すごいなって思った。

でも、これはこの旅を続けていくうちに「京都だけじゃない」って分かったんだよね。画像は撮ってこなかったから今書くけれど、次に行った豊田の足助でもたくさんの「観音様」を見たんだ。この「観音様」は、旅人の安全祈願を込めて地元の人が設置したみたいなんだけど、それは今でも一体一体にきれいなよだれかけみたいなのが掛けられてて、今でも決して放置されてない。そういうのを見るとね、「ああ、この国はやっぱり仏教の国なんだな」って感じたよ。最近よく「自分は何も信じてないし~」みたいなことを言う人がたくさんいる。その割に正月には初詣したり、おみくじ引いたり、「どこが何も信じてないんだよ!?」って思ってるんだけど(笑)でも、こんなに少し歩いただけで地蔵やら観音様やらがぼこぼこ置いてある国ってあんまりないんじゃないだろうか。まぁ、わたしはよその国のことはあまりというか、ほとんど知らないのだけど、少なくともわたしが行ったイギリスとかフランスとかオーストラリアで道ばたに宗教の臭いがするものは置いてなかった(てか、本来キリスト教って偶像崇拝は禁止されてるけど。でも、カトリックはそういうの無視してるよね(笑))。まぁ、日本でも東京ではそういうものは見かけることはないので、都会はそうじゃないのかも知れないし(でも下町なんかはどうなのかなー?)、外国ではそんなに田舎に行ったわけではないので、もしかしたら外国でも田舎の方に行くと何かあるのかも知れない。けど、少なくとも外国の人がこういうのを見たら、日本って国は熱心な仏教の国だって思うだろうな~と。

で、確かにわたしなんかがこういうの見たら「わー、こんなところはこういうのがあるんだ」って思うけれど、でもそれも自然に受け入れられる。ってことは、やっぱりそういう「下地」があるってことだよね。昨日のジェンダーのところでも書いたけど、わたしはこの国で生まれて育ってきて、知らず知らずの間にこういうものが「あってもおかしくない」と感じられるようになってるわけだよね。まぁだからといってその宗教を受け入れるか受け入れないかは別の話なんだけども。今のわたしは既存の宗教はほとんど否定して生きてる。ただ、否定の仕方が宗教によってちょっと違っている部分はあって、仏教に対しては参拝もおみくじも、できれば寺になんか行きたくない。神道はもっと嫌で、日本古来の宗教なのは分かってるんだけど、でも明治以降の体制が大嫌いだし、その性質は今でもあまり変わってないような気がするから、神社なんかには絶対に行かない。でもキリスト教に対しては結構寛容で、去年の長崎でも早朝ミサなんかに出ちゃってるから、まぁ自分勝手と言えば自分勝手なのだけど、多分自分の中でキリスト教が一番遠い宗教だから「関係ないけど興味がある」という状態なんじゃないかと思ってる。ただ、既存の宗教は否定してるといいつつ、不思議とその観念を捨てきれない。どこかに何か絶対的なものがあるんじゃないかとどうしても考えてしまう。100%唯物的に生きられないのは、人間としての本能なのか、それともこういう土地、風土の中で育ってきたからか、どっちなんだろうって常に思ってる。だけど自分の中から宗教を取り除きたい、取り除かねば、とは全く思ってなくて、自然に任せてる状態?いつも「神とか仏とか信じてないのに、何か存在するような感じがするのはなんでだろー?不思議だなー?」と思いながら生きてる。わたしの宗教観ってこんな感じ。

まぁとにかく、この旅を終えて思ってることは、外国に住んでいる人から「日本は今でも仏教の国だ」って言われても、全然否定できないなーって思ったんだよね。

あ、そうそう。穂高駅の前にはこういう看板があったんだった。

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道祖神。これは仏教とは関係ないけど、やっぱり宗教的なものだよね。こうやって人間が「地域の神や仏に守られたい」って思う心は、人間の本能なんだろうか。。宗教っていうのはそもそも人間が「誰かに守られたい」って思うからできた概念なんだろうか。

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別に探したわけじゃなく、金閣寺に行く途中、銀閣寺に行く途中に見かけたもの。お地蔵さん巡りをしてみるのも楽しいかも知れない。

わたしがイメージしてた「京都らしい風情」っていうのは、下京区、上京区。小さな路地があって、小さそうな家がひしめいていて。それが金閣寺がある北区になると一つ一つの区画が大きくなって、なんか「高級住宅地」っぽくなってくる。少し歩いただけでこんなに違うんだ!って思った。

で、ついに金閣寺に到着。ぐーぐるさんでは1時間半ちょっとって書いてあったのに、あちこち楽しみながら歩いてたら、京都駅を出発して2時間半かかってた(笑)

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入場料は400円。お金を払う前の場所がこんなになってて。

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この苔むした様子!くー、たまらん。

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これが入場券。なんかお札みたいなのになってるのね~。これは困ったね。お札とかわたしはいらないのだが、というかあっても困るだけなのだが、やっぱりこれは「入場券だからただの紙切れ」とはどこか思えなくて、簡単にはゴミ箱には捨てれんじゃない。まぁただ、外国から日本に観光旅行してる人などに取っては「これぞ日本的」みたいな感じで嬉しいかも知れんね。

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初めて見る、きんきらきんの金閣寺。火を付けちゃうほど愛してる人がいる金閣寺(三島由紀夫はほとんど読んでないけど)。それよりも何よりも、わたしは子どもの頃アニメで見た「一休さん」を思い出して仕方がなかった。。子どもの頃に植え付けられたものは怖い(笑)

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金閣寺の庭。こういうミニな滝とか、なんでこう、「ああー」って思っちゃうんだろうね。風情があってなんも言えないというか。

ただ、金閣寺って全然座れるところがないのね!2時間半歩き通しだったので、どこかに座って休みたいと思っていたのだが、座れるところがなかった。確か出たところにお茶屋さんみたいな赤い毛氈敷いてあるところはあったけど。

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「金閣寺」の朝鮮語表記が気になってね。左の「킨카쿠지」っていうのは「きんかくじ」と日本語そのものの発音で書いてあるんだけど、右の「금각사」っていうのは、漢字の「金閣寺」そのものの朝鮮語表記になってる。これ、とっても面白い。でも次に行く「銀閣寺」の表記ってどうなってるんだろうとこのとき思ったんだよね。漢字「銀閣寺」は朝鮮語表記できると思うんだけど、「ぎんかくじ」という日本語の発音はハングルでは現せないはずなんだよ。だって、朝鮮語は語頭に濁点が付くことがないから。「ぎんかく」の「ぎ」の字はハングルでは現せない。だもんで、とっても気になった。

金閣寺を出て銀閣寺に行く途中、「どこかで休みたい!」って思った。けど、周辺ならともかく(そりゃまあ観光地ですし)、それを過ぎると喫茶店とか何もない。でもフラフラ歩いてたら、喫茶店ぽくはなかったけど、何やらコーヒーが飲めそうなところが。入ってみた。あれ?なんか、何かの施設っぽい、と思ったら「京都ライトハウス」という視覚障害者の施設みたいだった。200円でアイスコーヒーを頼んだ。もうね、この日京都は22℃くらいあって、冬物のコートを着てるわたしはめちゃくちゃ暑くてしんどかった!

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よく見たら、アイスコーヒーのコースターが点字の紙を使ってあるみたいだった。横では視覚障害者のパソコン教室みたいなのが開かれてて、いろんな人が出入りしてた。

15分くらい休憩して、銀閣寺に。この辺りから少しずつ曇ってきてたかな。なんせ、この日は夕方から雨の予報だったのだ。

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鴨川。京都市民の憩いの場なのか、結構子ども連れの人が来てた。

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金閣寺から銀閣寺に行く道は、ほとんど東方向への移動で、しかも途中から(京都大学の横辺りから)銀閣寺への道は太い道一本になってしまうので、正直つまらなかった。ただ銀閣寺に近づくと大文字焼きの「大」が見えた。金閣寺に行く途中でもそういうのが見えたんだけど、わたし、大文字焼きって1ヶ所にしかないって思い込んでたんだよね~。全然そんなことないのね。

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銀閣寺着。入場料500円。金閣寺より100円高い。ここでも入場券はお札。金閣寺のより一回り小さい。

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じゃーん、銀閣寺。まぁここはわたし好きで何遍も来てますからね、、、で、銀閣寺と言えば。

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向月台と銀沙灘。わたし、ここに来るまで銀沙灘のことなんてすっかり忘れてたというか、そんなもの何年も思い出したことはなかったのに、ここに来て、これを見た途端「あっ、銀沙灘だ!」って思い出したもんね。中学校の修学旅行の時、確か、ここの人に「これはなんですか?」って質問して教えてもらったんだよね。銀沙灘なんて、普段は本当にいらない知識だけど、思い出せたらまた嬉しいもんだった(笑)

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しかし、美しいよね~、銀沙灘。言葉に言い表せないくらい美しい。わたしゃやっぱ銀閣寺の方が好きだわ~。そして美しいと言えば、この庭!

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もー、もー、何とも言えないこの美しさ。この苔むした様子!これぞ、わびさび!!って感じで、くーーー、たまらん!!!!画像ではこんなにつまんなくなっちゃうけど、実物は本当にたまらなくいい!!銀閣寺の入場料が金閣寺よりも高い理由は、この庭を維持するためではないかと思ったりする。この庭、本当にたまらん!!

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「しみじみとした趣のあるもの」のことを「もののあはれ」というって、中学の時に習ったけど。では、わたしはこの言葉を習ったから「しみじみとした趣のあるもの」に対して反応するのかな、と思ったりした。けど、だとしたら京都にこんなにたくさんの外国人観光客は来ないはずだ。けれど彼らの感じるものと、わたしが感じるものは同じようなものなんだろうか?わたしの感じている「わびさび」は本当の意味するところの「わびさび」なんだろうか。そしてそれを外国から来た人たちも同じように感じるんだろうか。

そもそも。大阪でSさんと話したときに「日本人はどうしてこう、細かくて繊細なところに行き着くんだろう」と話したのだけれど、銀閣寺の庭を見て、わたしにはわびとかさびが、その「細かさ」とか「繊細さ」に繋がっているのではないかと思われてならなかった。銀閣寺の庭の色は緑は緑、グリーンと言えばグリーンだけど、でも、そこに「緑」とか「グリーン」と言い切れるほど単純なものでないものも多分に含まれているような気がする。奥深い緑もあるし、浅い緑もあるし、そこではなんというか、言葉に表せない「細かさ」を感じることができるような気がするのだ。山にある「緑」もいろいろな緑で構成されているけれど、あんな風に「陽」な感じではなく。うーん、言葉ではうまく言い表せないのだけれど。。

でもそれって本当に「日本人」だけのものなんだろうか。では、同じように日本で生まれて育ってきた日本国籍じゃない人はわびもさびも感じない?いや、そんなことはなかろう。そもそも日本古来の文化だって、日本に住んでいる人たちだけが作り上げてきたわけではないわけで。渡来人だっていたはずだ。けど、確かにどこかの時点でここからは「日本の文化」って言えるようなものがあるはず。けどそれは「日本人」という血の問題ではなく、やはりここに生まれて育ってきた風土が作り上げているような気がする。うーんでも、だとしたら、日本で生まれて育ってない人たちはわびとかさびとか分からない?だけど、京都にはこんなに外国からの観光客が来てるし、フランス人で日本かぶれな人は「タタミゼ」とかいう言葉があるらしいほど日本文化が好きな人だっているって聞くけど。。

しかも日本人でも金閣寺作った義満とか、あと秀吉はきんきらきんが大好きだったじゃん?秀吉なんか特にわびさびの元祖、千利休を気にくわなくて殺しちゃったわけだからさ(別にわびさびが嫌いで殺したんじゃないけど)。同じ「日本人」と言っても、みんながみんなわびさびが好きってわけじゃなかろう。ということは、わびさびの精神は特に「繊細さ」「細かさ」に繋がってない、ってことなのかな?

とかなんとか、考えが堂々巡りになってわけが分からなくなってしまった。でも、そういう絶対に答えが分かりっこないことを一人でじっくり考えられるのは一人旅ならではなんだよね。そして、そういう時間がたまらなく楽しい。

銀閣寺の庭を歩いている途中で、とうとう雨が降ってきた。帰りは「哲学の道」を通って帰る。

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雨が降っているのは降っていたけど、そう大した雨ではないのに、人っ子一人いなかった(笑)まぁ晴れてたらこうはいかなかっただろう。だけどわたしは哲学の道なら座れるところがたくさんあって、休み休み行こうと思ってたのに、雨が降っているせいでどこにも座ることができなくて、ここら辺ではもう足が痛くて参ってた。

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気になってた「銀閣寺」の朝鮮語表記。「긴카쿠지」という日本語読み表記になってた。ただ、銀閣寺の看板はこれしか見つけられなくて他の表記があるのかどうかは分からない。金閣寺のときは「킨」を使ってて、これは絶対に濁らない読み方しかできないのだが、銀閣寺は「긴」で、この文字が語頭に来てたら濁っては読まないんだけど、語中に入ると濁れる音なので、そっかー、まぁこの字を使うしかないのかな、と思った。しかし、ここの「哲学の道」表記も日本語読みなんだよね~。で、カッコ内の「강변을 따라」ってなんて書いてあるんだろう?「哲学の道」の意味自体を朝鮮語で表すなら「철학의 길」かなにかになるはずだと思ったんだけど、そんな表記とも全く違う。家に帰って調べてみたら、どうやら「川に沿う」って書いてあって、それは上の日本語の「川沿いに」というのをそのまま朝鮮語に直したものらしかった。なーんだ、、

一応南禅寺までは歩いて行って、そこからバスに乗って京都駅まで行こうと思っていたのだが、南禅寺に着いてもバス停がどこにあるかさっぱり分からなくて、というか、バスが走っているような太い道はどこー?って感じだった。で、ぐーぐるさん見てみたら、地下鉄東西線で「蹴上」って駅がそこから近く、それに乗ってJRの山科まで行けば、一本で大阪に戻れるじゃんって分かり。最後は足を引きずりながら蹴上駅に向かった。

蹴上駅から山科駅までは2駅程度だったが、1駅だけ座れ、でもそこで座ったらなんだか右足の薬指の先の方がめっちゃ痛くなってて「あれ?今まで全く痛くなかったのになんで??」と思った。で、山科駅からJRに乗ったんだが、もうちょうどラッシュアワーにかかってて、電車で座れなかったらどうしようって思ったんだけど(足の裏がジンジンして立っていられないほどだったので)、京都で結構人が降りて、そこからは座れた。座れたんで、気になった右足の指のところを見てみたら、薬指の腹のところにでっかい水泡が。あーこりゃ痛いわって感じ。だもんで、安曇野で買った絆創膏を貼った。しかし、こんなところにマメができたのは生まれて初めてだわ、、

大阪に着いたが、YHではその日の夕食は用意できないと言われたので(家で予約するときにね)、大阪では初めての一人メシ。

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大阪と言えば、お好み焼き。YH近くのお好み焼き屋さん(残念ながら一番近いところはその日貸し切りでダメだった)で食べたんだけど、美味しかった。しかも安かった。ミックス(豚、エビ、イカ入り)が850円だったかな?豚玉は650円だった。

そういうわけで、この日は本当によく歩いたよ。考えながら、よく歩いた。

その5に続く。
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03-27 Fri , 2015
一人旅してきた その5(足助で春の妖精をみる・その1)
その4の続き。

3月19日。
今日から関東方面に向かって戻る。関西本線経由で名古屋まで。ちなみにこの日は前日の夕方から降り出した雨がまだ止んでませんでした。雨の中の移動。

新大阪から大阪へ。

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大阪8時22分発、奈良行き。これって関西本線じゃなく、大阪環状線の電車だよね。環状線の電車がなぜ奈良まで行くんだろうか。ここら辺、どういうしくみになってるのか、全く分からん(笑)(てかここら辺、なんか細かく細かく線の名前が分かれてるようなんだけど)

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奈良、9時19分着。9時37分、加茂行きに乗り換え。

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雨が降っててガラスが曇っていたので、せっかくの窓の外があまりよく見られず。ホント残念。

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奈良の次の駅、平城山。

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高校の時、音楽で「ひとこうは かなしきものぞ ならやまに もとおりきつつ たえがたかりき いにしえも つまにこいつつ こえしとう ならやまのみちに なみだおとしぬ」という歌を歌ったよな~、そういえば、と思い出した。平城山ってこんなところにあったのか。


10時3分、加茂着。10時41分亀山行きに乗り換え。

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この電車は今まで見たことのない色の電車だった。これは1両編成。もちろんワンマンカー。座席はベンチ式で結構お客さん乗ってた。

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伊賀上野。忍者の里!こんなところにあるとは知らんかったわ~。

12時5分亀山着。12時24分発の名古屋行きに乗り換え。

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13時35分、名古屋着。13時47分発、東海道本線。

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しかし、JR東海って、電車はどれもこれもこんな、白地にオレンジの線1本電車なのかしら。なんかつまらん~。

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本日の宿泊地の最寄りのJRの駅、岡崎。しかし、ここからが長いのだった(笑)

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まず、岡崎駅で名鉄東岡崎行きの名鉄バスに乗る。

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名鉄東岡崎駅で足助行きの名鉄バスに乗る。終点足助まで1時間10分。17時20分着。料金800円。

足助の駅から宿泊地である「あすけ里山YH」までは40分程度と言われていたが、全く知らない山道を(YHは標高450mの山の中にある)この時間に通るのは怖かったため、事前に電話で予約するときにペアレントさんに「迎えに来て下さい」とお願いしていた。足助のバス停で降りて少ししたらペアレントさんが車で迎えに来てくれたのでそれに乗る。

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「あすけ里山YH」。ここは17年前に廃校になった小学校をYHに改装したもの。建物自体は確か昭和7年かだったかに建てられたものらしいが、中はすっごく新しい感じ。新しくて暖かい感じ。

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チェックインするときにペアレントさんから「2泊とも一人です」って言われた。ああー、また一人か。一人だと気楽でいいんだけど、やっぱちょっと寂しい。。

が、ここのYHのペアレントさんはめっちゃ面倒見がいい人だった。予約の電話をしたときに「2日目はどうされますか?」と聞かれて「そちらの近くに東海自然歩道というのがあるみたいなんですが、山の中を歩きたいのでそういうところを歩いたらいいかなと思ってます」って答えると「だったら、2日目の案内を前日の夜に話しましょう」みたいに言われて「えらい親切だなー」って思ってたら、その約束を本当に忘れてなくて、夕ご飯食べた後に「じゃ、20時に談話室で話しましょう」って言われた。

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本日のメニュー。てか、一人のためにこのメニュー書き作ってくれてるんだよ!!これにはとても驚いたし、すごい丁寧だって思った。安曇野の時は1人だとメニューは貼ってなかったし、そのことに対しては当然って思ってたので。

んでですね。ご飯が地元産のお米だったみたいなんだけど、これがものすごく美味しかった!!炊き方が美味しかったのかも知れない。当然のことながら3杯食べた。

で、20時になって、談話室(ご飯食べた部屋が談話室なんだけど)に行った。「こういう風に回ったらいいよ」ってペアレントさんが丁寧に教えてくれた。京都の町を歩いてるときに「ああ~、もうあと半月もしないうちに桜が満開になるのになあ」って思ってたんだけど、実はその前にここではカタクリの花が咲くらしい。しかもカタクリの花が群生して咲くのってとても珍しいのだとか。そういうことはここに来るまで全く知らなくて、ラッキー!って感じだった。「香嵐渓」ってところで咲いているらしいのだが、香嵐渓は紅葉の名所でもとても有名なんだそうだ。全然知らんかった、というか、香嵐渓という名前すら初めて聞いた。しかも、香嵐渓って文字を見ると自然に「かんかけい」って読んでしまうのだけど。。なぜ?と思い、かんかけいを調べてみたんだけど、小豆島にある寒霞渓?うーん、行ったことないんだけど、なんでこの名前だけは頭の中にくっきり残っているのだろうか。。謎だ。

ペアレントさんは話し好きな人なのか、気が付いたら明日の予定だけじゃなく、旅行の話とかしてた。ペアレントさんは地元の人ではなく、20年ほど前にここに移住してきた人らしい。「旅行が好きだったから、こういうこと(YH経営)を始めたんだけど、始めたら旅行ができなくなってしまった」と話していた。「それでも他の人の旅行の話を聞くのは楽しい」と。気が付いたら21時半過ぎてて、ここのYHの風呂の時間は22時まで、消灯22時半なので、急いで風呂に入って寝る。

3月20日。
7時半に朝ご飯。

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安曇野でも新大阪でも朝ご飯はパンだったし、普段も朝はパンを食べているので、朝からご飯は久しぶり。てか、納豆食べたの何年ぶりかな(笑)ご飯は相変わらず美味しかったのだが、朝からそんなに食べられなくて1杯半くらいしか食べられなかった。

午前9時頃YHを出発。前日まで降り続いた雨の影響か、辺り一面モヤってた。この日は割と晴れの予報だったのだが、、

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ただ、モヤってたんで、すごい幻想的でねー。それに木の匂いというか、山の匂いというか、雨上がりだったので余計にそういう香りがしてね。「あー、これこれ。この匂いがたまんないよな」って思った。YHを出てからしばらくは一応道路は舗装してあるんだけど、しばらく車は通ってないんじゃない?みたいな道を通った。それでもさ、道路は舗装してあるし、こんなところでも人の手って入ってるんだよなあと思いながら歩いてた。どこからともなくウグイスの鳴き声が聞こえてきたり、カエルの鳴き声がして来たり、ホント、ここの道は歩いてて楽しかった。

山を下っていく形になるのだが、下っていくうちに一つの広い道にぶち当たる。どうもそこが「東海自然歩道」みたいなんだけど、歩いててあまり面白くなかったかな。道が舗装されててきれいだったし、広すぎた。車も通るし。

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棚田。ここは中山間地域だからか、穂高に比べて田んぼ(畑)が圧倒的に狭い。わたしはここでも大阪でSさんと話した「日本人はどうして細かいところや繊細なところに行き着くのか」というのを思い出し、「これだけしかない土地をちまちま耕していたら、そりゃ繊細で細かい性格になるよな」と思ったのだが、こういうのは風土の特徴と言えるのか。そういう風土が本当に「民族性」に関わってるかは分からんけどね。

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これ、あまりはっきり撮ることが出来なかったんだけど「○○南無阿弥陀仏」と書いてあるように見える。そしてこの石の横には何体かの観音様?仏さま?の像が。こういうのが突然現れるんだよね。道ばたにこういうものを設置するというのは、仏教国だからなのか?他の仏教国でもこんな感じなのか?

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やっぱりわたしはこんな風に苔むしたところが好きみたいなんだけど、こういうのを見ても「わびさび」とは思わないんだよな~。こういう感覚って一体どこから来るんだろう?前提として「山の中」という意識があるから?

足助、最後まで書きたかったんだけど、あまりにも長すぎるんで次に続く。。
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