02-08 Sun , 2015
息苦しさを自分で治そうと思う~原因はなに?
なんか前の日記からほぼ1ヶ月経ってるのね(^^;

んーと、息苦しさはほとんど変わってなくて、てか、一時期ちょっといいかなって思う時期もあったんだけど、それからするとまた悪くなってって言えるのかな。なんかしょっちゅう深呼吸してるからか、胸(胸というか、あばら骨というか)の筋肉が痛いし、肩は凝るし、そして脳では貧酸素を認識してるから、なんかいつも「空気足りない、空気足りない」って軽いパニックが起きてるような気がする。まぁパニックと言っても、いてもたってもいられないというんじゃなく、でも頭のどこかで「どうする、どうする?」って常に思ってる感じ?正直あんまり落ち着かないし、集中して何かやれる状態でもない。なので、今は勉強がほとんどできてない。最低限の朝鮮語だけ。

で、息苦しくて体調悪いと身体動かす気にもなれなくなって、結局のところ、ラジオ体操もジョギングも全部止めちゃった。夜に風呂に浸かるのと夜寝る前に足の裏を揉んでもらうってのは続けてるけど。

んでもって、1月の終わりだったかな。「女性専門外来」がある病院に行ってきた。まぁ年齢的に更年期になっててもおかしくないし、精神科の医者にも「もしかしたら更年期かも」って言われたので、そこに原因があって、薬の処方で今の息苦しさが治まるんだったらもう万々歳と。だいたい息苦しいと何も活動する気力がなくて本当に困ってるんで(動くと「今でも息苦しいのに、動いたらさらに息苦しくなるのではー!」という脳の回路が出来上がってて、ちょっとしたパニックになる。んで、それに反抗して動くのってとても気力がいって難しい)、別に更年期だったら更年期でも何でもいいんで、とにかく息苦しいのさえ治まってくれれば、という気持ち。

予約したのが今年の初めで、でもその時点でもう直近の予約は1月下旬からしかないと言われ、そこまで我慢。で、行ってきてそこの医者と話してきて、結局は検査しないと何とも言えないので(当たり前だけど)、と血液検査。あ、初診の時にいろいろなデータは持ってった。去年1年で2回、健康診断のために尿検査とか血液検査をしてたので、そのデータ。8月下旬に近所の病院に「だるい、しんどい」って行ったときに「もしかしたら甲状腺の病気かも」と言われ、そこで検査した甲状腺の血液検査の結果(そこでは異常なかった)。あとはわたし、自分自身でもそろそろ更年期だねと思って、一昨年の終わりから数ヶ月間、基礎体温を測ってたんだけど、そのデータ(iPadに入れてある)と、今回、女性専門外来に行くにあたり、やっぱそのデータは必要だよねと思って予約を取ってからは毎朝また測るようになったので、半月くらいの基礎体温のデータ。

基礎体温が必要ってのはねー、以前、2007年の11月に生理が1ヶ月に3回くらい来て、今までこんなことはなかったもんだから、驚いて婦人科に行ったんだけど、そこで「血液中のホルモンの量は個人差があって、それだけではどうこう言えない。3ヶ月くらい基礎体温を測って、その上でしか判断できない」って言われて、そこで「そうなんだー」って思ったからなんだよね。結局、生理が異常だったのはその月だけだったので、そのあと婦人科に行くことはなかったんだけど。ただ、そう言われてそのときに婦人体温計は買ってたので持ってたってわけ。あのときは測ったら紙のグラフにいちいち点打ってかなりめんどうだと思ったけど、今は体温データを管理するアプリがあるんで、朝起きて体温測ったらそこに入力するだけ。すごい簡単になった(もちろん2007年の時点でもPCでエクセル使えばできないことはなかったけどさ)。

おお、あとはお薬手帳。先方にももともと精神科に通っているということを告げないとね。

ってわけで、これらのデータを渡して、このときはどうだったとか、そういうことを話しつつ。いくつかは「コピー取らせてください」と言われ、コピーされた。で、基礎体温のグラフを見せたら一瞥して「多分更年期ではない」と言われた。半月くらいのデータでも分かるんだなーって思った。てか、更年期に入ると低温期と高温期がぐじゃぐじゃになってくるらしい。てか、本当に絶対値は関係ないのね。わたし、なんか朝一番の体温が37.4度くらいのときがあり、自分でも「これは、、熱出てんじゃないの?」って思うほどだったんだが。。まぁでもわたし、高温期の時はフツーに37.2度くらいはあるので、まぁそう大して上がっているわけでもないけど。。でもなんだか自分でも高温すぎて怖いときがある。

で、初診の時は30分くらい話をしたかなあ。結局血液検査。そして空腹時で血液検査してみないと分かんないのもあるから、と言われ、数日後にご飯食べないで病院行って、血液取られることになった。この数日後に行ったのがちょうど東京は雪の日でさー。散々だった。

そしてこないだ結果聞きに行ってきた。

結果は、いくつかの項目に基準値以上以下の数値はあるけど、大して異常と言うほどではない(基準値の3倍程度だったら「はっきりとした異常」なんだけど、1.5倍程度でそこまで異常じゃない)。血液中のホルモン量を見ても、まだ全然「閉経パターン」になってない、甲状腺もなんかちょっと橋本病の疑いがあると言われたけど、これも2007年12月に血液検査したときに同じこと言われて、しかもそのときは精密検査したんだけど、結局そうじゃないって言われたんだよね~。

あー、やっぱり。。。

わたしさー、原因不明の、でも確実に自分を生きにくくしている症状がありすぎる。腕の痛みにしたって、口の中の気持ち悪さにしたって。原因が分からなければ治しようがないので、結局痛さとか気持ち悪さをずっと感じながら生きていかなきゃならない。それに加えて息苦しさ?もーたくさんだ。。

まぁでも「まだ息苦しさが続いている」と言ったら、てか、「まだ息苦しいのがひどい」って言ったら「そうなんですか?」って言われて、てめぇ、息苦しいのが続いてるから必死になって病院行ってるんで、これが治れば病院なんか行かねーよ!って思ったんだが、1.5倍の異常の数値のあるところに関連する精密検査を1つやってみましょうってことになった。

これが24時間畜尿、ってものらしいんだそうだが、24時間中にやった尿を全部溜めて、その平均値な尿に対して何らかの検査をするらしい。何の病気か教えてもらったんだけど、すっかり頭から抜けてしまった。

これを次回の診察日までに結果が分かるようにしておかなければならない。結果が出るのは尿を病院に持って行って1週間後だそうなので、少なくとも次回の診察日の1週間前までには尿を提出。そのためにはその前に24時間尿を溜めないといけないので、まぁ逆算してどの日にどうしなきゃいけないのかをはっきり予定立てないとね。

で、一応、薬は出た。漢方。加味逍遥散ってヤツ。でもこれってなんか聞いたことあると思ったら、既に一昨年辺りに飲んでた薬だった。あのときはなんでこれを飲むようになったのかは分かんないけど、お薬手帳見たら、半年くらい飲んでて、それで止めてるんだよね。うーむ、果たしてこれは効くのか?(前、どんな症状で飲んだのか忘れたんだけど、大して効かなかったような)。

しかも、この薬飲むに当たっては、精神科の主治医の許可が必要だってんで、今度の精神科の診察まで薬は持ってるけど飲んでない(笑)てか、精神科かかってるとこういうのがすげーめんどくさい。なんでもかんでも「精神科に行って主治医に聞け」ってなるんだよ。去年の夏もそうだったけどさ。その前、ずっと前に腕が本当に痛くて、近所の内科に行ってどこかの大きい整形外科かなんかを紹介してもらおうと思ったら、紹介状書くどころか「精神科行け」って言われてそれでお終いだったもんね。そのときはわたし、精神科通ってなかったんだよ、うつ病治ってたから。近所の内科にはずっと前に風邪のとき行ったきりで、そのときは精神科通ってていろんな薬飲んでたからそれを申告したまでで。その数年前のデータが残ってて、それで「精神科行け」なんだからひどすぎる。「もう精神科通ってません。薬も一切飲んでません」って言ったけど無駄だった。なんでもうわたしにとっては精神科っていろんなところの足かせになってるとしか思えん。

まぁでも病院は病院なりの仁義があるのだろう。ましてや今通ってる病院はどちらとも大学病院だし。ってわけで、女性専門外来の先生には今回の検査結果と、あとそれに対する手紙を書いたので、精神科の主治医に渡すようにと言われた。

てなわけで、結局、原因が分からないから今のところは手の打ちようがない、ってとこなんだろうか。一応薬は出たけど。

あーもうわたしにとっては最悪の結果。一体どうすりゃいいのって感じ。精神的には気力が湧かないってことはないけど、体力的な部分で気力が湧かなくて困ってる。

もう、もう、どうしよう。。
13:25 | 3度目のうつのこと | トラックバック(0) | コメント(7) | page top↑
02-14 Sat , 2015
渋谷区「同性パートナーシップ証明」について思うこと
2月12日は朝から騒がしかったですね(笑)

というのも、渋谷区が3月議会で「男女平等および多様性を尊重する社会を推進する条例」についての案を出すそうで、この条例案の中に区が「同性パートナーシップ証明」を同性カップルに出して、区内で同性カップルを「婚姻に相当する関係」として扱うように「お願いする」というものが入ってるからだそうだ。

以下、共同通信の記事。わたしが確認したところによると、関東地方では東京と毎日の朝刊に載っていたそう。

--------------- ここから ---------------
 東京都渋谷区は、同性カップルを「結婚に相当する関係」と認め、証明書を発行する条例案を三月区議会に提出することを決めた。区によると、自治体が同性同士をパートナーとして証明する制度は全国で例がない。性的少数者(LGBT)の権利を保障する動きは世界的に広がっており、家族制度をめぐる論議が高まりそうだ。

 可決されれば四月一日施行、証明書は二〇一五年度内の開始を目指す。

 同性カップルがアパート入居や病院での面会を、家族ではないとして断られるケースが問題になっていることを踏まえ、区は区民や事業者に、証明書を持つ同性カップルを夫婦と同等に扱うよう協力を求める方針だ。

 条例案は、男女平等や多様性の尊重をうたった上で「パートナーシップ証明」を定めた条項を明記。区内に住む二十歳以上の同性カップルが対象で、必要が生じれば双方が互いの後見人となる契約を交わしていることなどを条件とする。カップルを解消した場合は取り消す仕組みもつくる。

 条例の趣旨に反する行為があった場合は事業者名を公表する規定も盛り込むという。

 憲法は婚姻関係を「両性の合意」のみに基づいて成立すると規定。区議会では条例案が従来の家族制度を揺るがしかねないとする議員の反対も予想されるが、区は、法律上の効力はなく「全くの別制度と考えている」としている。

 渋谷区は昨年、有識者らによる検討委員会を立ち上げ、LGBTの区民からも聞き取りをして条例の内容を検討してきた。桑原敏武区長は「互いの違いを受け入れ、尊重する多様性社会を目指すという観点から、LGBTの問題にも取り組みたい」と述べた。

 海外の同性パートナーシップ制度に詳しい京都産業大大学院の渡辺泰彦教授(民法)は「公的機関が同性パートナーの存在を認め、直面する問題に対処しようとする点に大きな意味がある。ドイツやスイスではまず地方自治体がパートナーシップ制度をつくり国家レベルに広がった。国内でも同様の動きが出てくるのではないか」としている。

◆渋谷区条例案ポイント
▼男女および性的少数者の人権の尊重。
▼同性パートナーシップ証明書の発行。
▼条例の趣旨に反する事業者名を公表。
▼男女平等・多様性社会推進会議の設置。
▼条例は4月1日施行、パートナーシップ証明は別途定める。
--------------- ここまで ---------------

まぁこういう案が出来、報道されることだけでも「大きな一歩」には違いないと思う。

ただ心配なのは、これ、決して条例が可決されたわけじゃないんですよね。まだ案の段階。3月の議会で通らなければ、何も変わらないどころか、「こういうのはまだ日本では早い」とみなされてるってことが証明されてしまうってこと。むしろ今後の同様の動きも抑えられてしまうのでは、という危惧の方が強く感じられてしまって怖い。で、こういうのが出ると、必ず「バックラッシュ」も起こる。これが世の常。それをどうかき消していくかが問題。これについては完全に同性愛者の権利問題なのだけれど、今までの世の中を変えていくためにはなぜか「多数者」に「認めてもらわないと」いけない。まぁ多数決の論理からするとそうなんだけど、でもなぜ少数者の権利、当然認められなければならない権利を多数者に「認めてもらわないと」いけないのかなぁって常々思ってるんだけどね。

だってさ。わたしももうじき彼女と一緒に暮らして丸10年を迎えるんだけど、やっぱり彼女が突然意識不明になって病院に運ばれたとき、わたしは病院から「家族」として扱われるのか?「面会謝絶」になったときに彼女に会えるのか?万が一、亡くなるときには、わたしはそばにいてあげられるのか?万が一、亡くなってしまったときに、わたしはお葬式にどういう形で出られるのか?単なる「親しかった友人」として?「家族」としてじゃないの?彼女の家族から「アンタは家族じゃない」って言われたら?わたしは彼女のお葬式にすら出られないの?っていう不安はいつも絶えず抱えてるから(厳密に言うとこれは「法的な地位」は保障されないので、家族関係には反映されません。だから、病院では家族として扱われたとしても、お葬式の時に家族に拒絶されるとそれは拒めません)。
※ただし、今のところの家族状況を見ると、彼女の親族からわたしに対して「アンタ葬式くんな」と言われるよりも、わたしの親族が彼女に対して「ろんたこの葬式には来るな」って言われる方が可能性高そうで怖いんだけど(^^;

確かにこれまでの10年間、わたしも彼女もお互い入院したことがあるけれど、そのときは病院側に関係をきちんとカミングアウトして「家族」として扱ってもらえた。それはもしかしたらとても運がよかったのかも知れない。双方意識をなくしたことはないので、そういう場合は認められるのかも知れない。だけど前に「家族」として扱われたからといって、将来も「家族」として扱われる保障はどこにもない。

本当にとてもとても不安定な身分なのだ。これが男女の場合だったら、たとえ婚姻届を出していないにしても「事実婚」として扱われ、当然の如く「家族」として扱われるだろう。わたしたちは普段、男女カップルと大して変わらない生活をしているはずなのに、こういう危機的な状況、人生がガラリと変わるかも知れない状況の時にはこんなにも差が出るものなのだ。

こういう不安を常に抱えているにもかかわらず、わたしたちの「権利」って他人から決めてもらわないといけないものなの?って思っちゃうよね。男女カップルなら当然として認められている「権利」なのに。

まあ、そうは言っても「世の中そういう風に出来ている」わけだから、なんでと思いながら「多数者」に自分たちの権利を「認めてもらわないと」いけないわけだけどもね。というわけで、3月の議会がいつから始まって、いつこの件について審議されるかはよく分かんないのだけど、それまでは自分の出来ることはするつもり。

だってさ。こういった「証明」がされることで、少し、不安な状況がなくなるんだよ。ほんの少しだけだけどもね。「病院で看取れる権利」はホント、最低限。今までその「最低限」すら認められてなかったわけだから、常に不安を感じざるを得なかったわけだけど(と言っても今回のこれは「法的に認められた権利」になるわけじゃなく、あくまでも区が事業者に対して「お願い」してるだけに過ぎない)。でもそれがなくなると想像するだけで、自分の上にのしかかっていた石が少し軽くなるように感じたんだよね。今まで自分の上に石がのしかかっていたとは認識してなかったんだけどさ。軽くなった分だけ前の重さが分かるというの?まぁ、でも本当に軽くなったわけじゃなく、条例案通らなければ軽くはならないわけだけど(っていうか、それ以前にわたしはそこに住んでないから条例案通っても何も変わらないんだけども(笑))。

アパート入居については、女同士というのは割と不動産屋さんからも問題は問われないわけで、これによって大家さんから入居を拒否された、というのはあまり聞かない。わたしも彼女とは今まで2回、一緒に部屋探ししてるけど、別に「女同士」を理由に貸してもらえないってことはなかった。問題は男同士なんだよね。これはしばしば耳にする。男2人だと部屋が汚く使われるという理由などで貸してもらえないそうだ。しかしこの理由は口実で、ホモフォビア(同性愛嫌悪)も多分にあるんだろうな~と思ったりする。

わたしなんかは彼女と「一緒に住みたい」と思って、そのまますんなり一緒に暮らしてるわけだけど、それが困難だというのは想像が付かなくてね。なんにしろ「当たり前」のように思ってるから。だからもしかすると病院でも家族と認められるのは、男女カップルとしては「当たり前」のように感じられるものなんだろうか。それが「当然じゃない」のは、想像が付かないことなんだろうか。でも「一緒にいて欲しいときに一緒にいられない」のは、病院にせよ、同居にせよ、同じことだ。わたしらにはいざという時「一緒にいる権利」が保障されていないのだ。

あと、このことが報道されてから、いろいろな否定的な意見が出てるのは知ってる。渋谷区はホームレス排除してるじゃないかとか。いや、だから、そのことについては全く別の話で、たとえ渋谷区がこの条例案通したとしても、それによってホームレス排除が「免罪」されるわけじゃないよね。条例通過したとしても「渋谷区さん、有難う!!わたしはこれであなたのやってることには何も文句は言いません!」ってことじゃないよね。別にこの条例案に賛成したとしても、渋谷区に魂まで売ってるわけじゃないのだ。ホームレス排除の問題は、深刻な問題だし、これはこれでこの先も追及していかねばならないだろう。そんなの当然のことだ。

それから「婚姻制度が強化される」っての。確かにこれは分かる(笑)でもさ、だからといって、わたしは2人の間に何の法的な権利がない状態が好ましいとは思えない(何度も言うが今回のこれは法的な権利ではないのだけれど。これは法的な権利への第一歩に過ぎないことはよく分かってる)。「婚姻制度解体」を言ってる人もいるけど、じゃあ、具体的に「婚姻制度解体」に向けて何か行動してるんだろうかっていつも思う。その行動が全然見えてこない。日本で「婚姻制度に与したくない」という理由で結婚しない男女カップルがいる。が、そういう人たちでも男女であれば「事実婚」になってしまうのだ。事実婚は法律婚から遺産相続以外の権利はほぼ認められている。それはとりもなおさず「婚姻制度の恩恵を受けている」ということになる。だけど同性カップルは一緒に住んでいるだけでは事実婚扱いにはならない。それは同性カップルには「婚姻制度」がないからだ。本当にこの日本から「婚姻制度」を廃止させたいのであれば、婚姻制度廃止をもっと世の中に訴えなければならないのに、そういう訴えはほとんど聞くことはない。身内でごちゃごちゃ言ってるのが聞こえるだけだ。
【後日追記】男女の「事実婚」についてだけど、確かに「遺産相続」と「税金」以外は法的な保障が受けられるのだが、それ以外、例えば成年後見人の申し立てはできなかったり、あと、なんと病院での「看取り」は法的な保障ではないので逆に「家族」として扱ってもらえない場合も多いらしいです。「事実婚」の場合、逆に法的な保障以外のところで保障されないって初めて知った。
(参考)http://konkatsu-nomiss.info/indignity/

また「婚姻よりも個人としての保障が手厚い方がいい」っていう声も知ってる。けど、具体的に「個人の手厚い保障」ってなんなんだろ?って思う。だって、病院に家族として認められるとか、住居にカップルとして入ることが出来るというのは、一人一人の保障を手厚くすることによっても保障されない権利だ。一人の生活は確かに不安な面もたくさんあって、でもそれは二人の生活から生じる不安とはまた全然別のものなのだ。

ただ、そういうものを「婚姻制度」によって保障するかしないか、というのはまた別問題なんだけどね。この世界には「婚姻」とは別の概念「パートナーシップ」ってのがあって、そこで保障されればいいじゃんか、という話もある。

まぁこれを話すと話が長くなってしまうのだけど(笑)、例えばフランス、フランスは同性婚が認められる前に「Pacs法」というものが出来た。「市民連帯契約」というものだ。これは特に同性の関係だけでなく、男女だったり、友人でも可、というもので、これによって同性の関係が認められたんだから、別に同性婚はいいじゃないか、ってことも言われてた。これ、オーストラリアでも同じ。オーストラリアでは先に「パートナーシップ法」が出来た。でも、この2つの国は結局のちに、同性婚制度を導入した。

なぜかというと、それは「婚姻の平等」をこの国の人たちは求めたからだ。異性愛者の婚姻と同性愛者の婚姻の間に全く差はない、要するに異性愛カップルと同性愛カップルは同等なのだ、というものを求めたからだ(同性愛カップルは婚姻に「準ずる」という関係ではない、ということ)。それはとりもなおさず同性愛者の地位の向上を意味する。同性愛者は「二級市民」ではない、ということを示すためだ。

果たしてこの日本で、どこまで求めるか、という問題はこの先にはあるだろう。けど、今はまだそういう話では全くないのだ。だって何度も言うけど、この条例案は別に同性カップルの法的な保障とは関わりがないから。だけどとにかくこの一歩が踏み出せなければ、この先の話もクソもない。

それから「カップル志向になって、独り者が生きにくくなるのでは」という声がある。まぁ確かにそれは有り得るので、その点は注意しなければならないとは思うが、だからといって、一人でいたい人たちのために、二人で生きていく上で感じる不安を持ち続けなければならないのかというと、それはちょっと勘弁してよと言いたい。というか、同性同士の関係を認めることと「一人でも生きていっていい」という概念が広まるのは両立しないか?と思う。

あ、少子化に繋がるとかそういうのは、アホらしくて反論する気にもならないので(笑)同性婚を導入した国の出生率を見てもらえば分かるけど、導入後、少子化になってないから。結果はその逆だから。同性婚を導入した国はちょこっとだけど出生率も上がっている(下がっている傾向はない)。それに同性婚が認められたら少子化って、どんだけ同性愛者の数が多いと思ってるんじゃって感じだよね(笑)別に同性愛者がこの世の中を動かしてるわけじゃないから(爆)あと、アメリカで「同性婚論議」が発生した一つの理由は、レズビアンたちが産んだ自分の子どもに対して、何の保障もないので、それをどうにかして欲しい、というところから始まってるわけで、レズビアンマザーが増えたからこそ同性婚の議論が始まったのだ。だから同性愛者は子どもを持てないわけじゃないんだよね(ただ、これも「結婚したら子どもを持たなければならない圧力」に繋がる恐れがあるので、そこんとこは気をつけないといけないのだけれど)。

あとはそうだなー。だからといって、わたしは「この条例案はすばらしい!」ってキラキラしてるわけじゃないです。これは本当に「第一歩」に過ぎなくて、そしてこれが戦いの始まりなんだと思う。だから、自分でもやれることをやらねば。案は一人歩きして勝手に条例になるわけじゃない。それを支持することを表明して、その案が本当に必要であることを世間に表明しなければ。誰かが勝手にやってくれるわけじゃない。権利って言うのは上から自然に降ってくるものじゃないんです、お情けみたいに。

行動に起こす、というのはしんどいことだと思う。でもそれを誰かに任せてていいんだろうか。自分が行動を起こさないで誰かに期待して、それがもしダメだったとしたらそれも他人のせいにしてしまうのか?まぁそういう思いがあって、わたしはその第一歩として自分のブログで意見を表明しているのだけれどね。
20:27 | 性的少数者に関すること | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
02-21 Sat , 2015
息苦しさを自分で治そうと思う~どうやら自分では無理
先週だったか、病院に行って尿の検体を出して来た。24時間、家で畜尿するのは結構大変でした(笑)
まぁでも、これはほとんど異常は出ないだろうなという気がする。。
3月頭に検査結果聞きに行きます。

それとは別に、もう、息苦しくて生活に支障が出て来始めたので(息苦しくて集中力が続かない)、自律神経専門、っていう整体に行ってきた。てか、わたし、一昨年の12月から去年の3月にかけて(前回の冬のシーズン)、背中がバリバリに凝って痛くてしんどくてたまらなかったときに、1週間おきに整体と整骨院に通ったんだよね。で、背中が治って以降は、整骨院は具体的に痛いところがあったら行くことにして、整体はここ1年、最近は1ヶ月に1回、ずっと通ってたんだよね~。その整体は基本90分4500円なところなんだけど、やってくれる人が結構真剣にやってくれて、気が付いたら2時間やってくれてる、なんてこともあるんだよね。最近は特に凝りがひどいから長時間やってくれるんだけど、それでも「時間内に調整が終わらないほど凝っている」って言われてて、もうちょっと頻度を上げるように言われてるんだけど。。まぁ諸事情で1ヶ月に1度にしてもらってます。ただ、そこには「息苦しい」とは言ってないの。言った方がいいんだろうが、なんかどうせやってくれる時間が長引く方向にしかならないと分かってるので、もうこれ以上はあれこれ言わない方がいいような気がするんだよね。通う頻度を上げられるわけじゃないので。

といいつつ、それより高額な自律神経専門の整体に行くのはどうなのよって話もあるけど(^^;

ここは彼女が探してきてくれた。わたしがもう息苦しくて、またうつ病ぶり返しそうになってたので。わたしはもう探す気力もなかった。

だいたい、息苦しいって、結構調べたらいろいろ「こうしてみましょう」みたいなのが出てくるんだけど、それ、できないから。わたしの息苦しさは息が吸えないんじゃなくて、吐けないのね。例えば肺にはもともと10、空気が入るように出来てるとするじゃない。普通は息が7か8、吐けて吸えるから、息苦しさは感じない。けど、5しか吐けないところに7か8、息を吸おうとすると、肺の中が10超えても吸い足りない感じがすると思うのよ。でも、肺は10しか中に空気が入れられないから、いつもいっぱいなのね。

で、中には「まず、息を吐きましょう」って書いてあるのがあるの。でもね、わたしはまずこれができない。息を吐いてるつもりなんだけど、どうしても吐ききれない。「やれ」と言われてもできないの。そんでなぜ「吐けない」のか、原因が分からない。自分ではどうしようもない。「肩甲骨はがし」とか、肩周りを動かす運動もやった。けど、ほとんど何の効果もなかった。おそらく、こういう状態になってしまったら、自分ではどうしようもないってことなんだろう。

で、彼女の探してくれたところは、なんといっても高い。1万円まではいかないが、その8.5割取られる。正直、あんまり頻繁には通いたくないところ。。だいたい、4500円だってわたしにはかなりきつい値段なんだよね。まぁそうはいっても、今の状態だと早晩またうつ病ぶり返すと思うし、こんな状態で生きてても時間の無駄というか、休んでても治るわけじゃないし。ってわけで、割としぶしぶ行ってきたんだけど。

わたしは息苦しさと背中と肩の凝りの他にも座骨神経痛によるしびれとか腰痛とかいろいろ持ってて(だから、整体はそれも調整してくれてるわけで、それ以上にごちゃごちゃ言いたくなかった)、それを全部見てくれるのかしらと思ってたら、割と息苦しさに特化したところしか見てもらえませんでした。てか、施術時間が30分程度だったから。「はやっ!」って思ったよ(笑)ただし、ベキボキまでは全然行かないけど、結構あちこち揉まれたり引っ張られたりして、でもわたしはそれが結構気持ちがよかった(笑)

てか、息を吸おう吸おうとずっとしてたので、肩や胸が上に上がっちゃってるから下げようとしてる感じだった。「下げようとしてるんだけど、なかなか下がらない」って言われたし、「この状態だったらもっと別の症状がいっぱい出てきてもおかしくないのに」って言われた。で「きっとそれは今は無意識のところにあると思う」って、なんかそれを意識下に置いた方がいいみたいなニュアンスで言われたので、まぁ否定はしなかったものの、無意識と意識は全く別のものなのにな、と思ってました(笑)てか、もし他のところの身体の不調を意識下に置けるようになったとして、でもそれは、自分が息苦しいことの他にまた身体の不調を感じないといけないということなので、できるならそんなことはやりたくないよね。今だって十分生きづらいんだから。

というか、無意識を意識できることなんて有り得ないと思う。無意識は無意識だから無意識なんであって、それが意識になったら、無意識じゃない。これはUFO(未確認飛行物体)が確認されたらUFOじゃなくなるのと同じ。UFOって宇宙人が乗った乗り物みたいに思われてるけど、UFOっていうのは、あくまでも「未確認飛行物体」なわけで、宇宙人が乗った乗り物はUFOとはもはや呼べないわけで。まぁただ、心ってのは不思議なもので、目を背けたいと思ってるものに対して「感じないように」してるってものもあるけどね。そういうのは初めから「無意識」とは言わないんじゃないかなあ。まぁ「心」というか「頭」だけど。おそらく頭は「何かある」って認識してるけど、そこに目を向けると自分がとんでもなくつらい目に遭うからそこから目を逸らしてるんだと思う。で、時には根本的に物事を解決するために苦しくてもそこに目を向けることが必要だってことなんだろうけど。

ただ、わたしについては、もうそういうつらいことはしたくないです(笑)目を背けて身体の不調が出てくるかも知れないけど、そうなったら対処療法で切り抜けるよ。その根本を治したいとは思わん。治すことに時間をかけるのは、もう時間の無駄のように思えてきたから。この歳になると。ただ、うつ状態になると生きてること自体がつらくなるので、ここまでにならないようにしないといけないけど。

で、治療は上にも書いたとおり30分くらいで終わったんだけど、身体にはかなり効いた、てか、結構ダメージ強かった。ダメージって表現していいのかどうかは分からないけど。帰るときにはいつもはほとんど感じることはない「ちょっと軽くなったかな?」ってことを感じた。あと、肩こりと背中が凝ってめちゃくちゃ痛かったんだけど、肩こりだけ治まった感じ。ただ、これも不思議なことで、今まで肩こり1、背中の凝り1で、1+1=2、だった痛みが、背中の凝りだけの1になったから、痛みが半分に感じられるようになったかというと、そうじゃないんだよね~。背中の凝り1だけでも十分つらいので、あんまりよくなったという感じない。「副交感神経優位に調整しておいたので、この後はできるなら用事は入れないで」と言われて「そういう風に調整できるのかよ?」って思ったんだけど、家に帰ったら眠くなって寝てしまった。まぁ、わたしは外出したあとは大抵眠くなるんだけど、その眠い状態がちょっと違ってて、なんというのかな、普段はもっと暴力的な眠気なのに、あのときは穏やかな状態だったというか。だもんで、普段は眠いときはぐっすり寝ちゃうんだけど、あのときは割とウトウトしただけって感じだった。

まぁ、高いお金払ったんだから、それなりに効果が出てくれないと困るわけなんですけどもね。

で、そうそう、肝心の息苦しさなんだけど、自分の感覚では去年の12月の下旬くらい、息苦しいは息苦しいんだけど息を吸おうと思ったら吸える状態、くらいになったかなあ。随時酸欠状態(本当は酸欠状態ではないのだけど)に比べたら、少しはマシになったというところか。まぁ、高いお金払ったんだから(以下略)。

しかし、西洋医学というのと東洋医学ってのは、使い分けないといけないのね~って今回ほど感じたことはない(まだ治ってないけど!)。もちろん、身体の不調=自律神経失調症、ではなく、いろいろ検査した上で、別の可能性を否定した上での自律神経失調症なのだが(てか、自律神経失調症って病名自体が「いろいろ検査した上で身体的には全然異常がない状態で、西洋医学的にはどこに異常がないか分からん、けど症状は確かにありますね」って病名だから)、結果が出るまで時間が掛かるし、それに西洋医学では異常がなければ対応しようがないわけで。まぁ精神科なんかは身体的な異常があるから薬を処方してるわけではないので、精神科は例外だけど、逆に言うと医者のさじ加減で薬が処方されてるわけだから、怖いよね(だからといって薬を飲むなと言ってるわけじゃなく、適切な薬を飲めば確かに楽になったりする。けど、適切な薬を処方できるかどうかはその医者の実力にかかっている、ということ)。

まぁ漢方なんか東洋医学に入るだろうけど、わたしはきちんとした漢方医に診てもらったことはないのでよく分かんないです。風邪の時に葛根湯もらったりするけど。果たして漢方医にちゃんと診てもらって適切な漢方薬が処方されたら、今回のこのような息苦しさに対して薬が効いたかどうかは分かりません。それは不明だし、今、わたしが「東洋医学」って言ってるのは、あくまでも「整体」のことで、でも日本の資格における「整体師」は病名を診断したりできないわけなので(診断すること自体、医師法違反になるし、そもそも検査するわけじゃないから診断もできんだろう)、そこは取り敢えずめんどくさくても西洋医学の検査で病気の可能性を否定してから通うべきなんだろうねー。まぁでも自律神経専門ってうたってる整体はある程度、やっぱりそれに特化して効果あるのかなー?って印象かな。ただ、何回くらい通ったら息苦しさが治るのかは分かんないけど。しかも、あと1ヶ月くらいしたら暖かくなるので、それによって「自然完治」の効果もあると思う。むしろ暖かくなってきたらそちらの方が効果が大きいと思うけどね。

あー、もう少し前から、12月くらいから通ったらよかったかなーと少し後悔。取り敢えずそこには来週も行きます。
13:01 | 3度目のうつのこと | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
02-22 Sun , 2015
こうやって自分を励ましていたんだ
昨日、なんかふとした拍子に昔アニメファンだったときに集めたアニメのオープニングやエンディングを入れたカセットを聞いてみた。カセットは主に中2のときから中3にかけて録音したもの。その当時はビデオなんか持ってなかったし、これがわたしのできる精一杯だった。カセットも貴重だったので、同じカセットで何度も録音して。。テレビとラジカセをラインで繋いで録音してた(さすがにラインを繋ぐ知識は持ってた)。

このようにして録ったカセットは2本あるんだけど、以後、繰り返し繰り返し聞いた。今聞き直してみると、やはり劣化しててモゴモゴという音になってしまってて悲しかった。。

で、昨日聞いてて(と言うか一緒に歌いつつ)、中学校、高校の時に嫌なこととか不安なことがあったときに自分を勇気づけるために歌ってたよなあって思い出した。それがこの2曲。



ヘイヘイヘイ 誰がなんて言ったって
すべてうまく ゆくさ明日
だから笑って 笑って groovy
You make me groovy ともに騒ごうぜ





誰でも最初は 怖いと思うわ
そうよそれでも みんな旅立つ
大きな 夢が胸にあれば
ほら 夜明けがまぶしく染まるわ
それが冒険 力の限り
あなたの翼が 遠く輝く



上が「銀河烈風バクシンガー」のエンディング曲で、下が「トンデラハウスの大冒険」のエンディング曲。わたしは大抵そうなんだけど、オープニングの勇ましい曲よりもエンディングのしみじみした曲の方が好きだ。オープニング曲は勢いはあっていいんだけど、歌ってると「これは、戦うことを正当化してないだろうか」っていつも思う。。

歌詞はこの歌の中の一部ね。これを見てもらえば分かると思うけど、わたしはなんか物事がうまくいかないとき、友人との関係で悩んでるとき、なにか緊張することがあることの前とか、この曲を風呂場でシャワー浴びながら歌ってた。これを歌うことによって、自分で自分を「大丈夫、大丈夫、なんとかなる」って励ましてた。

そういうことをふと、思い出してね。。なんかその当時の自分の姿を思い浮かべて泣いちゃった。ああ、こうやって自分自身励まして頑張ってたんだなって思って。

今でも物事、うまくいかないことが多々あるけど、歌を歌うことはもうないなあ。。もう自分自身を励まし疲れたってのがあるかも知れない。

おまけ。



今を悩んで 明日を夢見て
流されていく あなた町にひとりぼっち わたし何もせずに見ているだけ
何かがあると信じているが あなた自身が選んだことよ
明日がもし明日が ないと知ったら
あなたは そうよあなたは どうするかしら
今がそのときかも Get up now time now time for me
明日を夢見るなら Get up now time now time for me
やがて来る 幸せが 明日こそ 繋がるの
すべてすべてすべてすべて今
Now time for me now time for me



これは「メガゾーン23」ってアニメの中の挿入歌で「Tomorrow Blues」って曲。歌詞については、わたしが覚えてる限りだから、もしかしたら間違ってるところがあるかも知れないです。「メガゾーン23」ってテレビ放映も映画上映も何もなく、ビデオでのみ発売って、当時にしては(わたしが高2だったっけ?1985年です)かなり高飛車な戦術だったと思うけど。。もちろんわたしはこんな高価なビデオは買えず、友だちから借りて見ました。

もう中身についてはほとんど忘れてしまったんだけど、一つ、強烈に覚えてるところがあってね。それがこの挿入歌の部分なんです。登場人物についても細かいことは覚えてないんで、もしかしたら間違ってると思うけど、このアニメの主人公の一人である「時祭イヴ」っていう人は、人間じゃなく、確か今でいうと「初音ミク」みたいな感じ?作られた虚偽の人物だったと思う。彼女はアイドルなんだけど、次第に時の支配者によって「戦うことを賞賛する」歌を歌わされる。これがその歌です。新宿のALTAの大画面に、軍服を着せられた時祭イヴが出てきてこの歌を歌う。そういうシーンがこの作品にあります(だからといって「メガゾーン23」自体は反戦アニメということはなく、普通に戦うアニメだった。ただ、最終的に主人公側が負けるという結構珍しいアニメではある)。

見てたあの当時はただ漠然と「怖いな」って思うだけだった。

けど、今、それがもっと身近な怖さになってる。あれは作り話じゃなく、現実に起こりうることなんだと。

この曲は「軍隊に入りましょう」と勧めている曲だ。

「明日がもし明日が ないと知ったら あなたは そうよあなたは どうするかしら 今がそのときかも」というのは、「敵が攻めてきて明日がないと知ったら、あなたはどうするの?今がそのときなのよ、軍隊に入って戦いましょう」と言っているのだ。怖い、あまりにも怖い。今、自衛隊の縛りがどんどんなくなっていってる。集団的自衛権の行使で同盟国に何かがあれば、政府は「今がそのときです!」って言うに決まってる。「明日を夢見るなら、今、立ちあがって戦わないと!それが将来の幸せに繋がるんです!」って言うに決まってる。でも権力者や金持ちは自ら戦場には行ったりはしない。行かされるのは、権力も何もない、一般庶民。

怖い。あまりにも怖い。

そして、このような世界になったのは「あなた自身が選んだこと」なのだ。
12:45 | 過去の自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
| ホーム |
AX