07-01 Tue , 2014
猫は天然の睡眠剤
もう今日から7月になっちゃったね。今年も半分終わったわけか。なんか早いような、、

わたしは前回の精神科の診察(先月17日)の数日後から睡眠剤を飲むのを止めている。「もうなくても眠れるだろうな~」って思ったので止めた。

飲むのを止めてから何か変わったってことはない。止めた日の眠りはすごく浅かったけど、あれっていつもそうなんだよね。でもわたしが飲んでるハルシオンは超短期しか効かない薬なので、眠りの深さには大して影響はないはずなんだよね。それでも止めた日はそういうことが起こるってことは、睡眠剤って精神的に影響するもんなんだよなって思う。いや、睡眠剤自体が精神への影響を及ぼしているんじゃなく、飲むという行為が安心感をもたらすというか。飲んでないと「眠れないんじゃないか」と不安に思う。不安に思うと本当に眠れなくなる。

睡眠剤を切るとき、一番やっかいなのがこれだ。飲んでも飲まなくても大して変わりないって思ってるのに、飲まないと不安になって眠れなくなる。睡眠っていうのは物理的に薬が効く以上に精神的なものの影響が強いと思う。

わたしはもう今まで何度も睡眠剤を切ってはまた使い、を繰り返してるので、睡眠剤を切ることにもある程度慣れている。睡眠剤を切るコツは「睡眠剤の力で寝ていると感じられるときは絶対に薬を止めないこと」かな。睡眠って本当に大切で、眠れないと今度は精神に影響を及ぼす。眠れないことで気分が悪くなって落ち込んだりする。それは本末転倒だから。「睡眠剤を飲まないと眠れない身体になるんじゃないか、依存症になるんじゃないか」って思いがちだけど、まぁわたしの場合の話だけど、数年飲んでても別に依存症にはならなかった。わたしは中途覚醒がひどかったので、導入剤だけじゃなくユーロジンなんかも飲んだけど、あれを飲んでも中途覚醒は治らなかったな。結局、中途覚醒を治すには、うつ病自体がよくならないと無理だった。睡眠剤はハルシオンの他にはドラール、マイスリー、ロヒプノール、ロゼレム、アモバンなんかを飲んだことあるかな。でもアモバンは苦くて1回で変えてもらった。ロゼレムは全く効かなかったのでこれもすぐ止めた。長く飲んだのは、ドラール、マイスリー、ロヒプノール、ハルシオンかなあ。もちろんいっぺんに処方されたわけじゃないけどね。一番酷いときは3種混合だったかな?ドラール、ロヒプノール、ユーロジンとか、マイスリー、ロヒプノール、ユーロジンとか。今は睡眠剤の3種混合はできないらしいけどね。ドラールは朝起きたときに頭が痛くなる副作用が出たので中止になったことを思い出す。あと、睡眠剤としてデパスが出ることがあるらしいけど、わたしはあれでは全く眠くならなかった。デパスは確か抗不安薬として1日3回飲んでた時期があったけど、結局効果は全く感じられない薬だったな。

睡眠剤じゃないけど、ジプレキサは眠りに多大な影響を及ぼした。寝ても寝ても眠くて全く起きられない。量を減らすと途端に睡眠が浅くなる。減らしたあと睡眠の深さが元に戻るまでに1週間くらいはかかったかなー。

まぁ「こんなに飲んでても大丈夫かな」って思っても眠れるうちはしばらくそれを続けてたほうがいいと思う。そのうち何となく「これ、なくても眠れるような気がする」って思うようになる。そしたら試しに飲んでる量の2/3にするとか1/2にしてみる。眠れなくて不安になったときは元に戻す。「まだ、今は減らす時期ではなかったんだ」と思って。わたし、別に薬使って眠れてるんならそれでいいじゃんって思うんだよね。だってその方が楽なんだもの。わたしが薬止めたいと思うのは、単に寝る前に薬飲むのがめんどくさいのと、薬の効果の前に眠れるようになっちゃうから、薬の意味をなさないなと思うから。そういう状態なのにわざわざ飲みつづけてるのって馬鹿みたいだからね。そして薬止めてて、また何かあって眠れないなと思ったら、頑張らずにすぐ薬は再開しちゃう。だって眠れない方がつらいんだもの。それに別に飲んでたって時が来たら止められるから。睡眠は精神の影響を受けやすいのでちょっとでも止めることに不安に感じたらそれはまだ時期じゃないってこと。決して焦らない。

毎日、コンスタントに眠れだすと、だんだん「薬飲まなくても眠れるんじゃないか」って思って来る。わたしの場合、薬止めても大丈夫かなって思い出すのは、薬を飲んだ直後なのに眠れること。薬って効き始めるまでに時間がかかるから、本来薬が効いて眠くなるのなら、15分から1時間くらい待たないとダメだ。けど、それ以前に寝ちゃうってことは、要するにそれは自力で寝てるってことなんだよね。それが実感できるようになればだんだんと「薬飲まなくても眠れる自信」が付いてくる。まあ睡眠剤の止めどきのタイミングってこんな感じかな、わたしは。とにかく睡眠剤を止めるためには「自力で眠れる自信」がなければダメだと思う。ここで焦って自信がないのに睡眠剤を止めちゃって、それで眠れないってことが分かると、精神的に余計に「睡眠剤がなきゃ眠れない」って思いこんでしまって(身体が自然にね)、逆に止めづらくなっちゃうんだよね。だからわたしはよほど自信がない時じゃないと「止めよう」とは思わない。

でもいっぺんに睡眠剤を飲まなくするのはちょっと不安なので、取り敢えず「止めよう」と思ったときは、それまで飲んでた薬を半分にして寝てみる。わたしは今回、金ハルだったのだけど、しばらくは半分に割ったのを飲んで寝てた。それでしばらく寝てみて、それでも眠れると思ったら、薬を止める。薬を飲む、飲まないっていうのは本当に安心感が違うんだよね。どんなに「半分にしても眠れたんだから飲まなくても大丈夫だ」って思っても、やっぱり薬を飲む行為ってなぜか安心感があったりするんだよね。それがたとえ半分でも。それを振り切るのは結構大変だ。

なので、話が最初に戻るが、薬を飲まずに寝た最初の日って眠りが異常に浅かったり、途中で目を何度も覚ましちゃったりするんだろう。ただ、次の日にはもう普通通り眠れるけどね。これで何日も眠りが浅かったりするようであれば、それはまだ身体が睡眠剤は必要だって言ってることなので、無理しないで薬を復活させた方がいい。復活させても「飲まなきゃ眠れない身体になっちゃったんだろうか」なんて思わない。今はまだ、自分は薬が必要なんだって、ただそれだけのこと。いつかは飲まなくて済む日が来るのは確かだから。

てなわけで、今は睡眠剤は飲んでないんだけど、その代わり最近いい睡眠剤を見つけてね。

それは、猫。

うちは高尾にゃんは拘束されるのがすごく嫌いなのでできないのだが、ばこは比較的従順に身体を撫でさせてくれる。なので、寝る前に「ばこちゃん、一緒に寝よ」と言ってばこをベッドに連れて行って、横で寝かせてあとはひたすら撫でる。

ばこの毛はふわふわでとっても気持ちが良い。それに撫でるとすぐにゴロゴロ言い出して、それを聞いてるわたしまで気持ちがよくなってきてしまう。そうしていると、知らないうちに半分くらい寝てたって分かるときがある。意識ははっきりしててあれこれ考えてるつもりだったのに、ふと我に返ると今考えてたことが何も思い出せない、みたいな。そうなるともうばこがいなくても大丈夫。すぐに眠れる。ばこは何分か経つと布団の中に入っているのが暑くて耐えられなくなるみたいで出ていく。残念ながら朝まで一緒に寝てくれることはない。ただ、ばこも撫でられているうちに眠くなるのか、布団から出たところでぱったり寝てしまうことはある。だいたいがわたしの枕元なんだけど、そうなるとばこに枕の大半を占領されてしまう。が、まあそれは全然構わない。

わたしが眠くならないうちにばこが出て行ってしまうことも多々ある。けど、それでも不思議とその後絶対に眠れるんだよね~。

というわけで、今のところ、睡眠剤代わりのばこがわたしを眠らせてくれる確率は100%。そう、一度たりとも眠れなかったことはないのだ。これってすごい。昨日なんか昼間にちょっと寒かったので、布団にくるまって、布団の中でiPadを見てたりしたのだが、ばこがぐるぐる言いながら布団の中に入りたいとやってきて(ばこは自ら布団の中に入ってくることも多々ある。撫でて欲しいのかな)布団の中に入れてやり、撫でてたら、別に昼寝する気は全くなかったのにその後、数時間眠ってしまった。。そう、ばこを撫でると寝たい、寝たくないにかかわらず、自動的に寝てしまうのだ。。

これは本当にすごい天然の睡眠剤だ!もうばこは手放せない!!

ちなみに今飲んでる薬は、リーマス100mgのみ。ジプレキサも処方されてるんだけど勝手に止めてます。前々から0.5mg飲んでも効き目ないんじゃないの?って思ってたし(なんせ1/5錠だしね)、2月か3月にジプレキサが復活したのもうつが酷くなったというんじゃなくて、背中が痛くて仕方なくなっていやいや飲まされた、っていうのが理由だったので、痛くなくなった今、止めてみて、それでまた痛くなったらジプレキサが効いてたんだなって分かるから。わたしは背中が痛くなったのは、冬で寒かったからじゃないかなって思ってるんだけど、前回はタイミング的に重なってしまったのでよく分からなかったのだ(主治医と意見が対立した)。なので夏に一回どうなるか試してみたかったんだよね。まぁ次の診察の時に主治医には言います。睡眠剤は止めてみようと思ってるって言ったんだけど、ジプレキサについては言うのを忘れてしまったので。

ハルシオンには30日処方のしばりがあるので、これが出されてる間は1ヶ月に1回は病院に行かなければならない。それがとてもめんどくさい。そういうことも睡眠剤切りたいなって思う理由にはなっている。ジプレキサは今処方されてるのは0.5mgで、薬局で粉状にしてるみたいなのね。これがめっちゃ時間がかかるのよ、処方の時に。シートでほいっと出されるのは簡単なんだろうがね。それでわたしは薬局で長く待たされるのがものすごくいやなのだ(誰だって待たされるのは好きじゃないと思うけど)。ってわけで、こういうのも薬を切りたい理由の大きい理由になっていたりする。だいたいこの1年間以上、わたしは全く落ち込んでないのだ(小さな落ち込みはそりゃあるけど、それは生きてりゃ落ち込むこともあるだろうよ。この世で落ち込まない人などいるんだろうか?)。反復性うつ病は安定してからも数年病院に通わないといけないらしいが、その点はもう分かってるのでいいのだが、それでも飲む薬は最小限にしたいよなって思っている。
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07-13 Sun , 2014
再入院しました
っていっても、予定通りなんだけどね!

4月の終わりの手術で足にピンを埋め込んだ彼女。あれから8週間以上経って、再びCTを撮ったところ、めでたく骨がくっついたということで、この度、その除去手術をすることになった。前回は諸事情があって10日ちょっと入院してたけど、今回は今日入院、明日手術、明後日退院の2泊3日。おそらくあっという間に家に帰ってくることだろう。

一応、明日は手術なので、わたしも前回同様朝から病院に行く予定。今日も入院したあとに彼女の病室に行ったんだけど、看護師さんはみんな彼女のことを覚えていたらしい。まぁ前回10日以上、入院したからねえ。。で、わたしのことも覚えていてくれたのか、明日手術の際に何時に病院に行ったらいいかとか、当たり前のように看護師さんに教えてもらった。

前回の手術はちょっと恐怖感あったみたいだけど、今回は2回目ということと、ピンを除去して早くせいせいしたいって気持ちが強いみたいで、どちらかというと「手術を待ち望んでる」って感じ?まぁ、わたしは経験したことがないのでよく分からないんだけど、足にピンを埋め込んでると地面に足を付けるとピンが折れそうな気がして怖いんだと。それからピンを埋め込んでるせいかどうか分からないけど、足の表面がときおり電気が走るみたいに「ピリッ」となるから、しょっちゅう「痛い、痛い」って言ってる。ピンを除去してそれがなくなってくれるといいんだけどね。

ピンを取り除くんだから、もう一回患部を切るみたいなんだけど、それでも再び松葉杖になることはないとか?うーん、もうすぐに地面に足を付けて歩いても大丈夫ってことなんだろうか。リハビリにももう来なくていいかも知れないと言われているらしい。今までかなり丁寧にリハビリしてきたんだけど、最後の最後はこんなものなのかなあ?

まぁなんにしても、明日の手術はうまくいきますように。ピンを取り出すだけと言っても、全身麻酔なのでやっぱりちょっと心配なのは心配。
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07-14 Mon , 2014
手術終わりました
無事に手術が終わった~。

前回は骨が折れてたから歩けなくて手術室まで車いすで行ったんだけど、今日は歩いて手術室に入っていった。手術は前の人が終わってからってことで、一応11時からとは言われてたんだけど、11時半頃だったかなあ。前の手術のときは朝イチで、しかもなんか緊張の面持ちで手術室に向かったんだけど、今回は2回目だからか割と余裕がある顔をしてた。

しかし手術室の周辺ってなんで同じ臭いがするんだろうね。わたしは以前、今通ってる精神科の病院で「電気けいれん療法」ってのを10回やるために手術室に10回入ったことがあるんだけどさ、あのときの手術室に入ったときと同じ臭いがするから、なんかあそこの前を通ると自分が手術室に入ったときのことを思い出すんだよね~。なんていうの?臭いが青い感じがする。臭いには色はないんだよ!って思われるかも知れないけど、ちょっとひんやりしてて冷たい感じの臭いなんだよね。乾いた空気の感じの臭い。背中が少しぞくっとするような臭い。かなり大きな病院なので、手術室が一体いくつあるのかはついに最後まで分からなかったんだけど、10回も手術室に入ったので、すごく大きな手術室もあれば、「あれ?」って思うほど小さな手術室もあった。手術室に入るときは、手術を受ける患者のベッドがずらっと並んでて、まるで駐車場に入る車になったみたいだって思った。一度自動ドアの中に入ると待たされるところがあって、そこから「何番の手術室に入ってください」みたいなアナウンスがあって、それで手術室に連れて行かれる。

まぁ彼女の病院はそこまで大きくないから、駐車場に入る車みたいなことはないんだけど(第一、歩いて手術室に入るし)なんか臭いでそういうことを思い出してしまったりしていた。

その後はお昼ご飯食べたり、待合室で本を読んでたりした。終了予定は2時間後って言われたけど、前回は終了予定時間より30分も前に「終わりました」って声を掛けられたので、今回も早めに終わるかな?と思ったけど、きっちり2時間後に終わった。前回は待合室で待ってたら看護師さんに「終わりましたよ」って言われて、そこから手術室の前まで迎えに行ったんだけど、今日はなぜか最初に待合室に執刀医が来て「手術終わりました。ピンは全部取りました」などの説明があった。わたしが「あの、、本人は?」と聞いたら「まだ手術室です。わたしは終わってすぐにこちらに来たので」と言われたので「じゃあここで待っていればいいですか?手術室まで行かないで」とまた聞いたら「あと5分もすればこちらに来ると思いますので、ここで待っててください」と言われた。ので、エレベータの前で待ってたら、看護師さんに「終わりましたから手術室まで行きましょう」と言われたので結局手術室まで行ってきた。なんじゃらほい、、

手術室から戻ったらいつも思うんだけど「病人」になってるんだよねー。点滴の管に繋がれてるし、酸素マスクはしてるし。

病室に戻ってきてからは、彼女と話ができるわけでもなく(ずっとうとうとしてるので)すごくヒマだったんで、1時間くらいしてから家に帰ってきた。前回は酸素マスクを取って、水を飲むまで病室にいたんだけど、今回はもういいやと思って。ただ、わたしが病室を出るちょっと前から「足が痛い、痛い」って言ってたので「看護師さんに痛み止めを頼んでみる?」って聞いて、痛み止めの入った点滴を追加してもらった。

帰ってきてしばらくしてから彼女からメールがあったんだけど、痛みはあんまり取れてないみたい。あんまり痛いようだったら睡眠剤もらって強制的に寝るんだよって返事したんだけど、どうなってるかな。

取り敢えず、予定では明日退院なんだけど、あんまり痛いようだったら明後日まで退院を伸ばすみたい。

痛くなってないといいなー。
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07-15 Tue , 2014
退院しました
昨日、手術が終わったあとに「痛い、痛い」と言ってたので、どうなるのかなと思ってたんだけど、今朝になったら痛みが引いたようで、今日、無事に退院しました。

昨日1日は歩いちゃいけなかったので、トイレも車いすで看護師さんが付いてきたらしいんだけど、今日になったらもう歩いていけたって言ってたので「人間の快復力ってすごいなあ」と思いました。まぁ患部はしっかりとなんかすごく幅広のテープでがっちり固定されてるから傷口は開いたりはしないとは思うんだけど、でもそうは言っても骨が見えるくらいまで切開したと思ったら、なんだか地面に足を付けるのが怖そう(^^;

今日は朝8時少し前に彼女から「多分退院できる」というメールがあったので、10時頃に病院に行って、会計が出るのを少し待って、その後お金を払って家に帰ってきた。

まーこれで一応、今回の件は一安心。2週間後に抜糸で、抜糸したら普通に歩いていいとのこと。

いやー、ここまで来るのは結構長かった。4月中旬だから3ヶ月以上?この間、外出はほとんど車いすだったし(彼女が一緒の場合)、怪我をする前は買い物係はどちらかというと彼女の役割だったのに、それがすべてわたしに回ってきて、それが外出嫌いなわたしにとっては結構大変だった。。

まぁでも、自分の負担が増えた割には、わたしの体調はすごく悪くなったわけではなく、多少の負荷をかけられても大丈夫だったってことが証明されたので、わたしとしても少しは自信になったかな。うつ病からの回復って、別に誰かに「こうしなさい」って言われるわけじゃなく、手順がないので、自分がそろりそろりとやっていくしかないんだよね。そういう意味ではいい試練にはなったかな。
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07-16 Wed , 2014
薬が減る
昨日は彼女の退院の日だったんだけど、わたしの精神科の診察日でもあって。だから午前中は彼女の病院に行き、午後からは自分の病院に行った。

4月から新しい主治医に変わったんだけど、なんかねー、イマイチなんだよね。前の主治医から「若い人です」って言われてたんだけど、確かに経験値がなさそう、、なんかとても頼りない感じ。まぁ経験値がないのと頼りないのはまた別の問題かなとは思うけど、わたしはなんでもそうなんだけど、はっきりした人が好きなんだよねえ~。はっきりした人とは自分と合う、合わないがはっきりしてるから、その後の対応もしやすいんだけど、はっきりしない人は何をどう考えてるのかさっぱり分からないので苦手。まぁでも関係は患者と医者なんで、嫌いと思ってても付き合わなきゃなんないけどね。でもはっきりしてる人はすぐに「あーもうこういう医者だったら別の病院行こう」ってすっぱりこっちも決められるけど、はっきりしない人にはダラダラなっちゃう傾向にあるよね。

とはいえ、わたしの薬に対する感受性を考えると、これからまた一からやり直すには怖すぎるものがあるんで、今のところは病院変えようとは思ってないですけどね。

前回の診察のときに「もしかしたらもう睡眠剤はいらないかも」って話してたんだけど、取り敢えずは出してもらってたのね。でも結局ほとんど飲まずに眠れたし、いくつか前の日記にも書いたんだけど、この睡眠剤があるせいでわたしは1ヶ月に1度の通院を余儀なくされていたので、早く切りたかったんだよね。

それと、ジプレキサ。これも前回の通院後から一切飲んでない。前回3月頃にジプレキサを復活させたのは、肩が凝ったり背中が痛くなったりしたので、前の主治医から「飲んでみてはどうでしょう?」って言われたので飲んだのだったが、わたしは肩が凝ったりしたのは冬で寒いからだと思ってたので、夏にどうなるか試したいって言ってたんだよね、そのときから。前の主治医は「じゃ、それは新しい先生に相談して下さい」って言ってたんだけど、前回、わたし、言い忘れちゃった。

けど、前はジプレキサ飲まなくなって2ヶ月ほどで肩が凝ったりしてきたので、今回止めるとすれば7月に入ってからではなく、6月のうちに止めておかなければならない。9月もまだそれなりに暑いけど、そこから先は寒くなってくるので、寒さが理由でないことを証明するためには、6月から止めて、8月9月は様子を見ておいた方がいいんじゃないかと思ったからだ。

てか、これは自分の身体を使った人体実験だなあと思うのだけど、まぁわたし自身はこういう実験は結構好きだったりする(笑)

だいたいジプレキサと言っても0.5mgしか飲んでないので、飲んでも飲まなくても気分的には全く変わらないのだ。ただ、わたしの場合、調子が悪いと精神的じゃなく、身体的にしんどい症状が出て来やすいみたいなので、前の主治医はそれに対してジプレキサが有効だと思っていたと思う。前の主治医も比較的頼りない感じだったけど、でもちゃんと聞いてみると「自分はこう思うのでこうしてます」ってことをはっきり言う人ではあったので、そこからわたしの意見を言って、どうするのが一番いいのかを話せたんだよね。他の病気はどうだか知らないけど、精神の病気って長くかかるからか、自分の納得しない薬とか飲みたくないじゃん。調子が悪いときは医者に全面的に任せるにしても、わたしの場合、もう気分的な落ち込みは1年半以上ない。反復性うつ病の場合、落ち込みがなくなっても、今までみたいに「じゃあもう治りましたね」ってことはないので、今後もあと数年は病院のお世話になると思ってるけど、でも、やっぱり飲んでも仕方ないと思う薬は飲みたくないのだ。

なので昨日の受診時に「後付けになってしまって申し訳ないんだけど、ジプレキサも止めてます」と言った。まぁ上に書いたような理由を言ってね。主治医としてはわたしとの付き合いが短く、何も言いようがなかったと思うんだけど、飲まないことによる影響が出てないことを聞いてから「分かりました。取り敢えず止めてみましょう」と言った。

わたしねー、この主治医とは4月からだけど、ちょうど初めて診察を受けた日が、ちょうど彼女の骨折直後でね。かなりハイテンションだったと自分でも思う。それでそのとき「今はこういうハイテンションなんだけど、だからといってこれは『躁状態』ではないと思う」って言った。ほれ、リーマスって双極性障害の薬だからさ。前の主治医がリーマスを投与するにあたって「もしかしたら双極性II型かも知れない」って言ってたのが気になっててね。でもわたしは今まで躁状態にも軽そう状態にもなってない(躁状態、軽そう状態の定義に全く当てはまらない)から、自分では双極性障害とは思ってないんだよね。彼女に聞いても「ろんたこは違うと思う」って言う。

って説明したつもりなんだけど、前回(6月)の診察でまた話に「躁状態がうんたら~」って話が出てきて、わたしは「いや、わたしは躁状態になったことはないです」って話すんだけど、主治医はそれを認めない感じがするのね。少しでも可能性がある場合は否定できないって感じで。一回「かも知れない」って思われたことを覆すのは難しいなと思った。わたしは自分でうつ病だと思っている。希死念慮が全く消えないからね。あと、眠らなくても平気な状態なんかになりっこない。だって一晩でも徹夜すると頭が痛くなるので、わたしは高校1年の定期テストで1回徹夜して以来、徹夜はしたことがないのだ(1回で懲りた)。ってことを長々と説明しても言い訳してるみたいに聞こえるので、そんなことは言わないし、もし今も希死念慮があるって知ったら、別の意味で警戒されてしまうと思って言わなかったんだけどね。

ってわけで、今月もそういう話を繰り返ししたくなかったので、今回はそういうことは一切話さなかった。まぁ話さなくてもこれからの付き合いの中でそうじゃないって分からせるしか方法はないよなと思うから。

今の主治医は、今のような調子のいいときは別にいいんだけど、調子を崩したときはまずいんじゃないかと思ってる。まぁ調子はもう崩れないとは思ってるけど、でも3回うつ病繰り返した人の4回目の再発率は90%なんでね。まぁ4度目のうつももう確定に近いとは思ってるんだけど。。でもできるならそれが来るのはずっと後にしたい。

もちろん、薬は飲みたくないんで、ゆくゆくはリーマスも止めたいとは思ってるけど、でもまぁまずは単剤でどこまでいけるかだな。

次の診察は、もう1ヶ月の縛りがなくなったので、1ヶ月半後になった。こちらの方も徐々に期間を延ばして、病院に通う日数を少なくしたいと思ってる。

今回の処方。
リーマス(100mg)、ロキソニン(頓服10回分)
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07-18 Fri , 2014
ゆりかごのうた 大松達知歌集/大松達知
無知を晒すようで恐縮なのだが、一応学校教育で、短歌、俳句、川柳などは習ってきたはずなのだが、学校を卒業してうん十年経つと、正直「あれあれ?俳句は季語があって5・7・5?川柳は確か季語がなくて5・7・5・7・7だっけ?じゃあ短歌ってなんだっけ?」などということが起きていて、、これって生まれたときから日本に住んでいて、しかも日本語を母語としながらものすごく恥ずかしいことだよねとは思うのだが、でも、自分の暮らしの中に「歌」というものが本当に無縁なので、仕方がない部分もあるのかな、なんて思っている。

だからといって、「歌」に興味が全くないわけではなく、斎藤茂吉の歌集なども持ってるし(文庫本だが)、俵万智なんかも知ってるし、俳句はなんかしみじみとした趣があっていいなあと思ってるし、なんというかな、ここだけの部分で言えば「一般的なフツーの日本人の感覚」なんだろうという認識だ(普段は「フツー」というカテゴリーも「日本人」というカテゴリーも使いたくないんだけどね)。ただ、「歌」については今まであまり接点がなかったんだよね。積極的に探そうとも思わなかったし。

今回のこの「ゆりかごのうた」を知ったのは、偶然、東京新聞を読んだからだ。確か書評じゃなくて、コラムみたいなところだったと記憶しているのだが、「父親になった人の父親の目から見た短歌」みたいな感じでこの人ともう一人の人が紹介されてたんだよね。確か5月頃だったかなあ?その2人のいくつかの歌が紹介されてたんだけど、わたしはこっちの人の歌の方がなんとなくいい感じだなって思ったのと、歌集を出したばかり(もう一人の人のは確か雑誌で発表だったかな?)だというので「もしかしたら図書館にあるかもね」と思って探したら、案の定、図書館に置いてあって(ただし、新刊だったのでだいぶ待たされた)それで予約して読んでみたのだった。

題名が「ゆりかごのうた」なのと、新聞に紹介されていたのが「父親の目」ってことだけだったので、この歌集、全般にわたって「子育て中の父親の歌」なのかなって思ってたけど、実際に読んでみるとそういうことは全くなく、「2009年から2013年(38歳から42歳)までに書紙誌に発表した作品の中から444首を選び、第4歌集とします。」とあとがきに書いてあるように、実にいろんな歌が入った歌集だった。

この人のことは、東京新聞を読むまで全く知らない人で、どういう背景を持つ人なのかも全く知らなかったのだが、歌集を読んでいるうちに「あれ、この人、野球が好きな人なのかな?」って分かってきた。他にもお酒がすごく好きそうだとか、英語教師をやっているとか、子供が産まれたとか、誰かが亡くなったとか、どこそこに旅行に行ったとか、そういうことがぽつりぽつりと分かる歌集だった。

わたし、今まで俳句とか短歌って、「句を通して読んだ人の気持ちを想像する」とか「読んだ人を通して情景を思い浮かべる」ことだと思っていた。学校教育でもそういう教わり方をするからさ。もちろん、それは間違ってはないだろう。「何が書いてあるかを文法的に正しく解釈して、そしてその句が何を言おうとしているのかを考える」ことは、句の本質的なものを捉える上ではとても大切なことだとわたしも思う。けどね、わたしはこの歌集の中の一つの短歌に出会ったとき、それまでとは違うものを感じたの。「ああ、短歌を読むってことは、自分の中にこういう感情を湧き起こすことがあるんだ」って思った。

打者を見つつ走者を見つつ送球を見つつ過ぎたりこの世の五秒


この句を読んだとき、「うわっ!」と思ったのね。それはまさしく、わたしが経験したことだった。

わたしは今はほとんどプロ野球オンリーになっちゃったけど、かつては社会人野球が大好きで、休みのほとんどを社会人野球観戦に注ぎ込んでた時期があった。年間100試合ほど観ていた。いろんな球場へ観に行ったけど、わたしは大抵バックネット裏の中段で、ホームより少し3塁側の席が定位置だった。そこからだと投手も打者も守っている人たちもランナーもみんな、一瞥できるからだった。

野球っていうのは、ものすごく奥が深いスポーツで、一人一人の心理状態、配球、守備位置、作戦、選手が持っている技量など、いろいろなところにアンテナを張り巡らせて、いろんなことが感じられるからわたしは好きなのだ。ただ野球をほとんどやったことがないわたしには、セオリー通りの作戦などは分かるけれど、配球とか細かいことは実はよく分からない。分からないし、それが間違っているかも知れないんだけれど「もしかしたらこうなんだろうか?」って自分なりに感じて解釈する。それがまたたまらなく面白い。

ああ、言葉にするとすごくつまんなくなってうまく説明できないな。ある場面、一方のチームはチャンスに、一方のチームがピンチに追い込まれる。ここでキャッチャーはピッチャーにどういう球を放らせるか、ピッチャーはキャッチャーの構えたところにボールを投げることができるか、バッターの狙い球はどんなものか、ランナーのリードの具合はどうか、ベンチの指示はどう出ているのか、野手の守備位置はどうなってるか、キャッチャーが打たせようとしている方向に野手はちゃんと守っているのか、高まる声援(社会人野球の応援はすごい!)、いろいろなことを観察して感じようとするわたし。「野球ってなんて面白いんだろう!」と感じる瞬間。そしてピッチャーがボールを投げて、、

この句を読むとね、あのときのわたしの気持ちがばーっと蘇ってくる。この句の中の「五秒」っていうのは、まさにわたしが打者を見て投手を見てランナーを見る、その「五秒」なんじゃないかと。

わたしがこの句を読んで真っ先に思い出した試合がある。

1999年7月25日、都市対抗野球大会3日目の第3試合。横須賀市(日産自動車)対大阪市(日本生命)の試合。7-8で迎えた9回の表、横須賀市の攻撃。2アウト1塁からタイムリーで1点返して同点にしたあと、大阪市のピッチャー土井は四球を出して2アウト1塁3塁。ここで横須賀市の黒須がセンター前にタイムリーヒットを打って逆転するのだが、まさにヒットを打つ直前、わたしは上に書いたとおり、投手を見、打者を見、ランナーを見、野手を見、盛り上がる応援を聞いた。これから起こることについてワクワクし、息を呑んだ「五秒間」だった。そしてその後、センターに抜けた黒須のヒットはスローモーションの映像としてまだわたしの頭の中に鮮明に残っている。あの試合を観た帰りにわたしは繰り返し「野球って本当に素晴らしい」って思った。野球を観ることは、わたしにとって数少ない「生きててよかった」と思えるものだった。

野球は間延びして面白くない、と言われることが多々あるけれど、あの「間」があるからこそ、野球は面白い。その間、いろんなことを感じられるから。それは独りよがりで事実とは違う解釈だったとしても、全然構わないと思っている。だって、そう感じたのはわたしだから。わたしがそう感じたということは「事実」なのだ。そして自分で感じたことは、自分の胸にだけに留めておく。自己満足でいい。

と、ここまで書きつつ。。この句を再び見ると

を見つつ走者を見つつ送球を見つつ過ぎたりこの世の五秒


なんと、「打者」だと思っていたのが「打球」ではないか!

あー、なんということ。ここが「者」であるか「球」であるかによって、この「五秒」は全く別の「五秒」ではないか!たった1文字の違いで場面が全然違ってくる。ああ、やっぱり俳句とか短歌って怖い。。

打球を見て、走者を見て、送球を見る、というのは、打者が打った後、のことだ。この人はロッテファンらしく、千葉マリンスタジアムに行ってロッテを応援する様子をいくつか短歌にしてるんだけど、きっとロッテの選手がヒットを打ったんだろう。その打った打球を見て、それからおそらく塁上にいたランナーの様子を見て、そして相手のチームの野手からの送球を見たってことなんだろう。それはそれで緊張感が伝わってくる一句なのだけど。。

わたしは特定の社会人野球チームは応援してない。けれど、プロ野球だったら、もう誰がなんと言ってもカープファンだ。同じ野球でありながら、社会人野球とプロ野球、特定の応援しているチームがある場合とない場合によって、わたしは野球の見方が全く違う。社会人野球は純粋にゲームとして楽しんでいる。どっちが勝っても負けても別に関係ない。ただ、緊張感のある試合が観たい。けれど、プロ野球は何が何でもカープの勝ちが観たい。どんなに大量得点差でゲーム自体は全然つまらなくなってしまったとしても、カープが勝っていたら満足するし、僅差で負けたらやっぱり悔しい。まぁそりゃあ、「いい勝ち方」ってのはあるから、いくら勝っても「こんなんじゃダメだよ!」って思うこともあるが、、

だからわたしはこの人が「打者を見つつ走者を見つつ送球を見つつ」と詠んでいて、その中に投手のことが入っていないのは、それは「応援しているチームがあるからだ」と思っていた。そして「その瞬間」の前の「五秒」のことを詠った歌なんだとばかり思っていた。そして「ああ、短歌って人の詠んだ句から自分の経験したことを思い出せる手段でもあったんだ」って、そう思った。

けど、あー、そうだったんだ。今回はそうではなかったんだね。

この句を作った人からすると「自分が作ってない句を勝手に作り上げてあれこれ言うな」って思われるだろうけど、確かに作った人を冒涜する行為ではあるよな。。ごめんなさい。だけど、わたしは本当に嬉しかったのだ。だって、あの句を読めば、あのときの、わたしの気持ちが自分の脳の中にパーッと蘇ってくるんだもの。

ちなみに、正しい句を読んで、これまた思い出した試合がある。

1995年6月20日。カープヤクルト戦。わたしはこの試合を広島市民球場で観ていた。9回裏4-6でカープは負けていたが、なんとノムケン(野村謙二郎現カープ監督)が逆転3ランを打ったのだ。このときは、ファンとしてすごく興奮した。「ノムケン、ありがとう!よー打ったな!!」って言いたかった。試合が終わったあと、球場前でノムケンの出待ちをした。「ありがとう、ありがとう!」って気持ちを伝えたかった。けど、本人を目の前にしてわたしは何も言えなかった。。言葉にしなければ相手には伝わらないが、「ありがとう」という言葉では自分の気持ちが伝えきれないと思ったからだ(それ以上に声を掛けるのが恥ずかしかったんだけど(^^;)。

「この世の五秒」はきっと、球場はファンの声援でいっぱいだったんだろう。「走れ、走れ」という声や「やったー」という声や「いいぞー!」って声が聞こえたんだろう。この句にはそういうことは何も書いてないけれど、でもわたしにはそれが聞こえる。

この人の野球に関する一連の句は、この人が球場のどこに座ってて、どういう応援をしているか、それがものすごく分かってね。全く見も知らぬ人なんだけど、球場でビールを飲みながら応援している姿がありありと浮かんでくる。それがとても不思議な感覚だった。わたしは人の短歌を読んでてあんまりその人の「生きている姿」を思い浮かべたことはない。どちらかというと、なんかセピア色のフィルターを通して見るような、なんとなく古ぼけていて、自分とは関係ない遠い世界であるような感覚がある。だけど、この歌集は全然違ってた。ちゃんと色が付いてた(笑)

この歌集、この人の生きている痕跡みたいなのが分かって、とても面白かった。歌集なんて、本当に今まで無縁で、あとこういうのを読むと「何か正しいことを感じなきゃ」みたいなプレッシャー?があって(学校教育の弊害か?)すごく敷居が高かったんだけど、これは本当に自然に読めた。

例えば英語教師として生徒のことをを詠んだ歌などもユーモアがあって面白かったし、あとこの人、お酒が好きなのね。「子供が産まれた」ってことでどんなことが書いてあるのかなって思ってたけど、まぁ正直それは「ふーん、そうなんだ」としか思えなくて(なんせ、わたしは人の親にはなったことがないからね)、実際のところはわたしは別のところ(=野球)に大いに反応した。

この歌集は「第4歌集」ということらしいので、前に3作出てるはずなんだよね。そっちの方も読んでみたいな。

ただ、一文字で意味が全く変わってしまう怖さ、ってのをこれを書いててモロ感じてしまった。正直、文語体はあまり正確に捉えることができなくて「まぁ適当でいいよね」って思ってたのだが。。あんまり適当でもよくないってことだよね。でも、それを気にしてたらまた敷居が高くなっちゃうしなあ。難しいとこです。でもこんなこと言ってたら、真剣に三十一文字を考えて作っている人に対して悪いなとも思う。

【追記】奇しくも今日は、プロ野球はオールスターゲーム第1戦。カープの選手がびっくりするほど多くスタメンで出場している。そして、東京ドームでは都市対抗野球大会が始まった。もう何年も観に行ってないけどな~、今年はどうしようかな。観るとハマるからなあ、あれは。
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07-29 Tue , 2014
高尾にゃんの具合が悪い
彼女のことは一段落付いたと思いきや、今度は高尾にゃんが吐いたり下痢したりしてね。その前はばこが血尿出したりしたんで、わたしは彼女が骨折して以降、自分の病院を含めて本当に病院通いが続いている。まぁ今では彼女の病院には付いて行かないけど、動物病院に連れて行くのは今はどうしてもわたしじゃないとダメだし、うちは車がないので、わたしがその都度動物病院に猫を抱えて自転車で行かなきゃならない。まぁすごい遠くにあるわけじゃないけど、かなり大変な思いをしている。わたし自身、全く別のことで今、精神的に大ダメージ受けてて、調子があんまりよくないんだよね。。ふう、いつになったら終わるんだろ、この試練。まぁ人の人生に試練なんてないとわたしは思ってるんだけどね~。因果関係はあるが。

高尾にゃん、確か7月10日だったかの朝、ご飯を食べたあと吐いてね。午前10時頃だったかな。いつもは吐くとしたらご飯を食べた直後に吐くんで、数時間後ってのはほとんどないことなのね。しかもそのときに発見したんだけど、トイレじゃないところに下痢をしてて。毛布の上だったんだけど、高尾にゃんはよく毛布だったり布だったりラグだったりタオルだったり、まぁそういうところで時たまウンコすることがあって。そういうときは布がぐじゃぐじゃになってるから「あれ?」って感じで分かるんだけど、このときもそうだったから、直感的に「これはばこじゃなくて高尾にゃんだ」って。今まで吐いて下痢をすることなんて1回もなかったんで、すぐに動物病院に連れて行って診てもらった。

「梅雨時は動物もよく体調を崩して吐いたり下痢したりする」って言われて、吐き気止めと下痢止めの注射をされて、吐き気止めと下痢止めの薬が出て「これで様子をみましょう」と言われた。でね、ここから2日間くらいは下痢がまだ出てたんだけど、それ以降はちゃんとしたウンコになって。だけど吐くことだけは止まらなくてね。1日1回は必ず吐いてた。だけど、吐くタイミングがバラバラでね。食べたものをすぐ吐くときもあれば、朝、ご飯を食べる前に吐いたり、内容も透明な中に毛が入ってるのだったり、茶色だったり、いろいろで、何が原因か分からないの。高尾にゃんはもともとグルーミングが好きで、毛を吐くことが多いのね。多いと言っても何もやらないと1週間に1度程度かな。ブラッシングを2日に1回くらいやると吐かない。だけど、このとき毎日ブラッシングしても、毎日吐いてね。明らかに変だと。なんで、この1週間後くらいだったかな、前の晩吐いて、朝ご飯食べたあとも吐いたんで、また動物病院に連れて行った。

実は高尾にゃん、今年の2月にも吐いて病院に行って、そのとき血液検査してもらったのね。結果は全く異常なしで。なので「もう1回血液検査しても前とあんまり変わらないと思います」って言われて、取り敢えずはレントゲンだけ写してもらった。結果は異常なし。考えられるとしたら膵炎だって言われたけど、膵炎はもっとたくさん吐いたりするんだそうだ。で、そのときは下痢は止まってたんで、ちょっと薬が変わって、吐き気止め2種類が出た。ああ、あのときは確か、水分補給のために皮下点滴をしてもらったんだっけ。

家に帰って吐き気止めを飲ませてたんだけど、吐き気は治まらなくて、しかもまた下痢になって来たので、その数日後だったかなー、また病院に連れて行ってね。確かそのときは出した便を持っていったのかな。で、糞便検査をやってもらったんだった。虫はいないって言われたけど、やっぱり腸の調子がよくなくて、悪玉菌が増えている、これはおそらく大腸炎でしょうって言われて、吐き気止めと整腸剤をもらって帰ってきたんだよね。これでよくならなかったら、念のため、血液検査をしましょうってそのときに言われた。

で、その日の夜から朝に掛けて高尾にゃんは6回も下痢してね。しかもまずいことに次の日はいつも行く動物病院は休診日で。でもこれだけ下痢をしてたら放っておけないってことで、ちょっと離れた、初めて行く動物病院に連れて行くことにした。そこで「これこれこうで、病院かかってたんだけど今日は休診日で」って説明して、診察してもらうことになった。

診察室で今までの経緯を詳しく話したら「どこまで治療しますか?」って言われた。まぁそりゃそうだろう。次の日はいつも行ってる動物病院は開くし。取り敢えずつなぎで診てもらってもいいわけだしね。けど、わたしは高尾にゃんがかわいそうで、早く原因を究明して対応して欲しかったので「検査して欲しい」って言った。そこの病院の先生も「これだけ長く吐くのと下痢が続いているのは何か異常がある証拠で心配です」と言った。なので、血液検査とまたレントゲンを取ってもらった。結果は異常なし。だけど、膵炎の可能性があるから、外部に出して検査してもらうって言われた。それからこれからしばらく毎日皮下点滴しに来てくれって言われて、あとはご飯の量をいつもの半分に減らすように言われた。高尾にゃんは食欲だけはいつもと変わらなかったんで、これはちょっとかわいそうだったんだけどね。

それが先週の火曜日のことで、わたしはそこから毎日病院に高尾にゃんを連れて皮下点滴に通った。木曜日に膵炎の結果が出て、膵炎じゃないって言われた。金曜日だけは疲れ果てて頭が痛くて身体が動かなかったので、彼女に行ってもらった。。彼女は今はまだ自転車に乗れないのでタクシーで連れて行った。それでも高尾にゃんは金曜日の夜までは毎日吐いてたんだよね。。下痢も木曜日までしてた。

それだからか「異物を飲み込んでいないか、バリウム検査をしてみましょう」って金曜日言われたそうで、土曜日の朝にわたしが連れて行った。前日の21時以降は飲み食いさせるなって言われて。まるで人間の検査と同じだなって思った(笑)バリウム検査は、バリウムを飲ませて何時間後にレントゲン、って感じで何枚も撮るんだそうだ。検査が終わったら家に電話が来るって言われたんで、待ってたんだけど、18時を過ぎても電話がかかってこなかったんで、こちらから電話しちゃった。そしたら「まだ終わってません」って言われて。高尾にゃん、大丈夫かなって思った。まぁそれから30分くらいしたら「終わりましたから迎えに来てください」って言われたんで、すぐに行ったけど。

結果は何も飲み込んでないってことだった。だけど胃は確かにかなり荒れていると。それに、これから出てくるウンコの中になんか異物っぽいものがある。毛には見えない、でも何か分からないので、ウンコが出てきたらほぐして中身を見て下さい、って言われた。

帰ってきた次の日の夜に高尾にゃんはウンコした。最初の方は黒かったけど、途中からバリウムが混じった白いウンコが出てきた。仕方がないのでその出てきたウンコをジップロックというビニールの袋に入れて、そこの中にお湯を入れて、ロックしてビニールの外側からウンコを揉んで、ウンコの水溶液を作った。もちろんわたしだってこんなことはやりたくないけど、かわいい高尾にゃんのためだものね。そしてウンコの水溶液を今度はペーパータオルで漉した。漉したものを何度か洗ってまた漉して、それで出てきた内容物を調べた。ほとんどが毛だった。でも、毛に混じってなんか、ザラザラした砂粒みたいなのがたくさん出てきた。「これってバリウムの粒なんだろうか?」と思ったが、よく分からなかったので、内容物を取り敢えず乾かして、次の日にラップに包んで病院に持って行った。水溶液を濾過して内容物を調べる、なんて、小学校か中学校の理科の実験みたいで実はちょっと楽しかった(笑)だから理科の実験も日常生活に全く役に立たないわけじゃなく、どこで何が役に立つかなんて全然分からないよなって思った。

バリウム検査で異常がなかったら、最後にエコー検査をしましょうって言われてたので、バリウム検査から1日おいて、エコー検査をした。これが昨日。エコー検査も前日21時以降は絶食だそうだ。

高尾にゃんはもともと病院に連れて行くのはそんなに苦じゃない。キャリーバッグの中に入るのは好きじゃなくて嫌だって言うけど、入ってしまえばにゃんとも鳴かない。自転車で連れて行くときも何も言わない。一方ばこは泣きわめく。まるで「今からこの人は猫を捨てに行くんですー!ばこは捨てられちゃいますー!助けて下さいーーーー!」って言わんばかりに泣きわめく。街行く人に振り返られてとっても恥ずかしい思いをする。でも高尾にゃんは鳴かないのでそういう思いをすることもない。

病院で診察の順番を待っているときも鳴かない。キャリーの中でおとなしくじっとしている。診察室に呼ばれて診察台の上に乗せられても鳴かない。体温を測るために肛門の中に体温計を入れられるのは嫌みたいだけど、だからといって爪を立てたりすることもない。前はフーとかシャーって言うときもあったんだけど、今はされるがままで耐えている。

血液検査はさすがに抵抗するので、手からは取れなくていつも首から取るのだけど、それ以外の、今回やったレントゲンとかバリウムとか、すっごくおとなしくしてたそうで、いつもいつも検査してくれた人から「高尾ちゃんはやりやすかったです」と言われる。

それだから、わたしも高尾にゃんはとっても病院につれて行きやすいんだけど、それがなんだか却って不憫でね。高尾にゃん、ごめんね、ごめんねっていつも思う。さすがにバリウム検査で9時間くらい病院にいたときは一刻も早く帰りたかったらしく、わたしが迎えに行って、先生から検査の結果を聞いているときにニャーニャー小さい声で鳴いて「早く帰りたいよう」って言ってた。

わたしもさ、高尾にゃんが半日家にいないともう寂しくて。高尾にゃんはわたしが家にいるときはなにげにそばにいつもいてくれて、わたしがベッドに寝ころんでいると足元に来るし、わたしが机に向かっていると同じ部屋の中で転がっているし、ほとんどいつも、わたしの視界の中にいるんだよね。それがいないとなると、妙に寂しくてね。「ああ、いつも高尾にゃんの存在に慰められてるんだなあ」って実感したの。

なので、エコー検査でまた半日くらい病院、って言われて「うーん」って思ったんだけど、まぁこれが最後の検査だからと。高尾にゃんは、一時は餌の量が半分になったけど、金曜日の夜からは通常の量に戻ってた(いつも食べてるのじゃなく、療法食だけどね)。けど、土曜日は検査で朝から晩まで食べられず結局1食、日曜日はちゃんと食べたものの次の日の朝は何も与えられないので随分お腹が空いていたと思う。病院で体重測ったらかなり体重が減ってた。そして前日出したウンコの中身、わたしじゃ判断付かないので持っていって見てもらったんだけど、やっぱり何か分からないようだった。明確な異物ではなかったんだよね。まぁ異物って普通、紐とかプラスチックとか、そんなのらしいから。ちなみに出てきた砂粒みたいなのはバリウムじゃないって言われた。バリウムは粒じゃないそうだ。高尾にゃん、あんた、どこで何舐めたの。。??ただ、毛が多く混じっていたことから「毛玉症」と言えるかもと言われた。あ、もしエコー検査で異常がなかったらね。ただ、家に帰ってきて毛玉症(毛球症)について調べたら、消化器官に毛玉がたまる病気なんだってね。最悪の場合はたまった毛玉を手術で取り出さなきゃいけないんだとか。でも、先生はそういう意味で言ったんじゃないみたい。なるべく毛を排出することがこんな状態(吐き気や下痢)にならなくさせる対処法だと。そのためには餌を毛玉ケアの餌に変えるとか(実はもともと高尾にゃんの餌は毛玉ケアの餌なのだが)サプリを与えるとか、そういう対処方法しかないと言われた。要するに根本的な薬はないってことね。今回みたいに吐き気や下痢になったときに、対症療法として吐き気止めとか下痢止めが出るくらいしかないみたい。

まぁそんな説明をされたあと、高尾にゃんはエコー検査で病院に預けて、それからわたしは一旦家に帰った。エコー検査はバリウムとは違ってそんなに長いことかかる検査じゃないって言われてたけど、確かに病院から電話がかかってきたのは16時頃だったかな。なので、電話がかかってきてすぐに迎えに行った。

検査の結果はこれも異常なし。だから、朝に言った毛玉症でしょうねーと言われた。まぁわたしはバリウム検査、エコー検査ともう最悪のことしか考えてなかったので、少しホッとしたんだけどね。だって、ネットで調べれば調べるほど怖い名前の病気しか引っかかってこなかったんだもの。もちろん、最終的には内視鏡検査ってのがあるらしい。けどこの検査は全身麻酔をしなければならないのと、高尾にゃんの年齢を考えたら、そこまでしなくていいんじゃないかなあってことで、一応検査はこれで終了ってことになった。吐くのは金曜日の夜から止まってたし、下痢もその前の夜から止まってたので、餌も療法食から通常のものに変えていいですよー、ただし1週間くらい掛けてちょっとずつね、と言われた。薬はまだ飲ませないとダメで、もしかしたらまた吐き出したり下痢をしてしまう可能性もあるんだと。今止まってるからってずっと止まってるとは限らないですって言われた。ただ、次の通院は何もなければ薬が切れたときで、また吐き始めたりしたらそのときにすぐに来てくださいと言われた。

ってわけで、ようやく今のところは病院通いから解放されたのだけど、高尾にゃんはここ毎日病院に行ってたから警戒してるのか、今日は午前中ずっと部屋の隅のカーテンの影に隠れていた。

もうさ、本当に大変だったですよ!しかも、明日はばこのおしっこを取ってまた病院につれて行かなければならない。。上にも書いたとおり、ばこは病院につれて行く間、ひんひん泣きわめくのでつれて行きにくい。。まぁ病院の建物に入ってしまえばまた鳴かなくなるんだけど(診察室でも泣きわめくことはない。鳴くのは外でだけ。なんでだろ?)。

正直、大変な日々を送っております。。いや、おりましたって過去形にしたい。。今後、高尾にゃんが再び悪くなりませんように!

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昨日、検査が終わったあとの高尾にゃん。「やれやれ、えらい目に遭った」
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07-31 Thu , 2014
ばこがうちにきて1年
今日はばこがうちに来てちょうど1年。1年前の7月31日にばこはうちに来た。

あれから1年かあ~。なんかもうずっとうちにいた気がする。1年とは言わず、2年も3年も。いや、高尾にゃんがうちに来てからすらまだ3年半なんだけど(^^;わたしらがこの地に引っ越してきてからもまだ1年半なんだけど。時間の認知の歪みがすごいな、わたし。

ばこは今、1歳と2ヶ月半くらい?1年前に来たときは、体重1kgちょっとだったけど、今は5.0kgの堂々とした体格に。というか、一時は5.3kgくらいあってお腹がたぽたぽしてたんで、今ダイエット中でここまで減らした。動物病院の獣医さんからはばこの体格だったら4kg台まで落とした方がいいかねえ~と言われているので、あと100gか200g減が目標。しかし猫の体重を落とすのは難しい。。

少し前ですが、こんな猫になりました。

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ばこは病気知らず、と言いたいところなんだけど、つい最近血尿を出して治療中。高尾にゃんと違ってばこは水を飲む猫だ!と感動してたんだけど、それでも飲み方が足りなかったみたい。。ばこの場合は石が尿道に詰まっちゃって、一回、膀胱洗浄をした。石って言うか、細かい砂みたいなのがたくさん膀胱に入ってたそうだ。見せてもらったけど。。ただ、今のところ、経過は良好で、昨日、病院におしっこ持って行くつもりだったのに、昨日病院が開いてる時間にばこはおしっこをしなかったので行けず、今日はおしっこ採取に失敗して全く取ることができなかったので、今日も行けず、、明日は行くことができるかな?

実は高尾にゃんとの関係はあんまりよくありません。ばこは高尾ねーちゃんのことが大好きなんだけど、高尾にゃんはばこのことはあんまり好きじゃないみたいなんだよね。。まぁそれは分かる。だってばこっていきなり高尾にゃんのことを後ろから抱きついてきたりするんだもの。。(もちろんばこは去勢済みです)あと、せっかく高尾にゃんの頭をペロペロしてても、これまたいきなり手で高尾にゃんの頭を抑えつけてペロペロしようとするんだもの。。高尾にゃんは乱暴なことが嫌いなんだよね。

乱暴と言えば、ばこは若いからか遊び方が激しい。ちょっとしたおもちゃでも目の前で振ると食いつきがよくてよくて。そして周りのことは全く見えなくなる。ジャンプしてあっちこっちに当たりまくる。だもんで、高尾にゃんはすごい遠慮がちになる。わたしが高尾にゃんと遊ぼうとしてもばこが先に出てくるし、例えばこを別室に閉じ込めて高尾にゃんとだけ遊ぼうと思っても、おもちゃを振るとその音でばこがここから出せ出せと鳴きだし、高尾にゃんはその鳴き声が気になって遊びに身が入らない。正直、もうどうすりゃいいのって思ってる。。

てなわけで、高尾にゃんが今回、体調を崩したのも、一因はばこによるストレスなのかな~なんて思わないこともない。。

ただ、最近はちょっとだけいい関係になってるんだけどね。これは今日の午前中のばこと高尾にゃん。

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こんな感じでちょっとずつ距離は短くなってるような気はするんだけどね。それもこれも、ばこは高尾にゃんが大好きだからなんだけど。。

うちにきて1年経って、ばこの性格もなんとなく分かるようになった。小さい頃は本当に物怖じしなくて人なつっこかったんだけど、その反面、何を考えてるのかさっぱり分からなかった。高尾にゃんはかなり小さいときに「お座り」を覚えさせられたんだけど(餌を与える前に「お座り」と言ったらちゃんとお座りするようになった)ばこは何度言っても分からない。基本的に餌をもらうために何かをする、何かをしたら餌をもらえるという概念自体が分かっていないようだ。高尾にゃんの時はそんなことを教えなくても共通認識としてちゃんとあったもんだから、そこが分からない猫がいるとは全く思わなくて。そしてそこから認識させることすらどうやっていいのか分からなくて。だから「まぁばこは仕方ないよね」で諦めた。

性格は相変わらず人なつっこくて、家に人が来ると誰彼構わずついて回る。うちにきた電気工事のおじさんとか、宅配便の人とかに愛想を振りまいて「こういう猫だったら飼ってみたいですね~」とか「かわいい猫ですね」っていつも言われる。

人に対してまったく恐れがないので、大らかなのかと思いきや、ちょっと神経質なところもある。雷が怖いみたいだし(高尾にゃんは全然怖くないみたい)、おしっこを取られるのが嫌いで、こっちがおしっこを取ろうとする気配を察するとなかなかトイレに行かない。しかもこっちがお風呂に入ってるとか、絶対に取れない状況の時にトイレに行く。こういうところはなかなかの頭脳派だ。

しかもしつこい。ばこは気に入ったおもちゃをガジガジするのが大好きなのだが、遊ばないときはいつも本棚の上の方に引っかけて置いている。それを執念深く下から飛んで取ろうとしたり、上から取ろうとしたり。1日何回もやる。こっちが危ないと思って本棚の中に隠しても(ガラスの扉になっている)外から見えるもんで、なんとかして取ろうと狙っている。絶対に忘れない。この執念深さは別のところにも発揮されてて、「いけません」と言われたことを何度も何度もやる。高尾にゃんなんか「いけません」って言われると、いけないことは人が見ている前ではやらない。いないときにこっそりやったりする。けどばこは怒られても何度も何度もやる。かといってばこも馬鹿じゃない。いけないことをやるときは、ばこがムシャクシャしているときだ。

ばこは高尾にゃんと「怒られる」という認識が違っているらしい。高尾にゃんは「怒られたら嫌だから、ママ達が見てないときにやろう」と思っているらしいが、ばこは「怒られる」ということは「自分に声を掛けてもらえる」と思っている。だからばこ自身が遊んで欲しいとか、何か声を掛けてもらいたいとき、ムシャクシャしてて構って欲しいときにわざと悪いことをする。「ばこ!」と怒ると「にゃーん」と甘えた声を出す。まぁかわいいといえばかわいいんだけどねー。

基本、ばこは高尾ねーちゃん大好きなのだが、人間にも甘えてくる。高尾にゃんのように寝ころんでいると身体の一部にぴたっとくっついてきたりはしないのだが、わたしが寝ている夜中に知らないうちにわたしの枕元に来て寝ているとか、朝、わたしが遅くまで寝ていると、ご飯を食べたあとのばこが「にゃーん」と言いながらベッドに上がってきて、わたしが布団の中に「入る?」と言って空間を空けてやるとその中に入ってきてゴロゴロ言ったりする。「撫でてください」ってやってくることもある。ただ、人間にはあまりくっつきたがらない猫だ。

あとそれから案外忍耐強い。高尾にゃんは拘束されるのが大嫌いだから、ちょっとでも撫で撫でするために拘束したりすると、もうしっぽをぶるんぶるん振って「嫌です!!」ということを主張し、そこから逃れようと抵抗し、一瞬のスキを付いて逃げていく。けどばこは逃げない。嫌な素振りはするけど割と黙って撫でられている。時々諦めたように「ふーっ」と深いため息を付いたりすることがある。まぁこっちもかわいそうだから5分くらいで解放するけどね。

あと、ばこは割と暑がりだと思う。今の季節、高尾にゃんは猫ベッドで寝てるけど、ばこは基本は床の上で伸びている。こんな風に。

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これ、今日の朝です(笑)こんな風に安心しきった様子でどこでも転がるので、うっかりして踏んづけそうになる(笑)

ってわけで、ばこもこの家に来て1年かー。これからも末永く高尾にゃんと2匹で暮らして欲しいと思ってるんだが、高尾にゃんの具合があんまり良くないんだよね、、昨日から3たび下痢をし始めて、今日は嘔吐も復活。夜になってまた動物病院に行ってきた。もう、体重がどんどん減って来ちゃって、わたしは泣きそうです、、どうか1日も早くよくなりますように。。
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