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05-02 Fri , 2014
退院しました
昨日、彼女が退院した。
先々週の土曜日からの入院だったので、12日間くらい?
まぁ過ぎてしまえばあっという間だったというか、長かったというか。

思ったより全然寂しくはなかったのだが、身体はそうは思ってないようで、体調がめちゃくちゃ悪い。
特に食欲があんまりない。まぁわたしは食事を作るのが大嫌いで、食事を作るなら、自分がお腹空いても我慢した方がいいって思う方なので、それに合わせて食欲がなくなってるのかも知れない。

しかし、退院してからの方が大変かも。。

というのは、彼女は足のピンを取るまでは足を付いてはならないって言われてて、松葉杖に片足歩行なのだ。当然のことながら移動することすら大変で、手に持って何かをするなんてことはできっこない。ってことは、従来、彼女一人でできることが、できない、すなわちわたしが細々動かないとダメってことなのだ。。

入院してた頃は毎日の病院通いが大変だったけど、家の中では当然のことながら一人だったので自分のことだけで動けばよかった。けど、彼女が退院してからは自分以外のことでも動かなくちゃならなくて結構大変。まぁわたしが大変大変言うもんだから、彼女はできる限り自分で動こうとはしてるけどね、、

この状態が少なくともピンを抜く予定の2ヶ月後まで続くっていうのがどうしてもピンと来なくて(ダジャレになってしまった)イマイチ実感が湧かないような、とてつもなく先が長いような、、はぁ疲れた。
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18:05 | 二人のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
05-03 Sat , 2014
パートナーが入院したとき
というわけで、今回彼女が入院したわけなんだけど、同性パートナーが入院したときに、病院はどう対応したかってのを書いておく。

と言っても、結論から言うと全然問題はなかった。

いつもはわたしはプライバシーもあるので、彼女の診察には立ち会わないんだけど、今回は診察室に連れて行かないと自分じゃ歩いて行けない状況だったりしたので、一緒に診察室に入って医者がどう診察したとかどんなことを言ったかを聞いた。入院しなければいけないってときに初めて「ご家族ですか?」って聞かれた。

ご家族って言われると、それは正しいんだけど、対外的に彼女のことを「家族です」というと、わたしのことは彼女の子どもと間違われるので(なんでやねん!)、家族です、とは言えず「パートナーです」って答えることになる。だけどそうすると一回で分かってもらえないんだよね。「はぁ、パートナー?」って感じ。なので「同性のパートナーです」ってはっきり答えた。でも、それを言って別に驚かれたりはしなかったし、ただ「あぁ」って言われただけだった。

でもこの「患者との関係」は医師や看護師など、会う人ごとに尋ねられて、「パートナーです」って言うたびに「??」って顔をされるので少々疲れた。。まぁね、同性カップルが病院にやって来て入院することなんて数少ないだろうよ。。けど、そういう人たちも「存在する」「病院にやってくる」というのは認識して欲しいよ。。

で、入院する際には同意書だったかな~、忘れたけど、患者の署名とか家族の署名、みたいなのが必要なんだよね。これはわたしが3年ほど前に精神科に入院したときもそうだったけど、そのときは彼女に書いてもらって。今回はわたしが書いた。彼女との関係についてはただ「パートナー」って書くとまた分かんないって思われるぞって思ったので、めんどくさいことのないように「同性パートナー」って書いておいた。

たったこれだけで、わたしはその後病院では別にどうってことなかったのだが、あとで彼女に聞くと看護師さんにはわたしのことは「パートナーさんが」とかって言われたそうだ。だから、ああいうのってちゃんと書いておけば、看護師さんたちの共通認識になるんだなーって思った。

あと、彼女の部屋は大部屋だったので、常時数人の入院患者さんがいたんだけど、別に関係を聞かれることもなく(当たり前か)、パートナーさんだと思われていたようだ。

まぁ意識のある入院患者の場合は病院側の対応もこんなものかも知れないね。

ちなみに、わたしが通っている精神科のことだけれど、主治医がこの春に替わったことは前の日記にも書いた。わたしの場合は過去に具合が悪かったときは、彼女と一緒に診察室に入ったりしたので当然のことながら、主治医にはカミングアウトをしている。今回、新しい主治医に初めて診察を受けるに当たって「ちゃんと引き継ぎされてるかな~」って思ってたのだけれど、それはちゃんとされてるようだった(初っぱなの診察で「彼女が入院してしまって今大変なんです!」って話をするとは思わなかったよ、、)。

あ、だけどね。彼女の病院ではわたしは同性パートナーとは認識されてたようだけど、わたしの名字までは認識されてなかったです。なのでわたしは彼女の名字と同じに呼ばれてました。手術が終わったあとに呼ばれたときも彼女の名字で呼ばれたし、なのでまぁ扱いは結婚してて夫婦同姓な人と一緒ってことかな。それはそれで、ビミョーなんだけどね。なんか「自分」って人間が無視されてるように感じられるので。事実婚なんかの関係の人も同じ名字で呼ばれるのかしらね、、

彼女が入院した病院は、割と大きめの病院だったみたいなんだけど、まぁこんな感じでしたということで。誰かの何かの参考になれば。
01:17 | 二人のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
05-10 Sat , 2014
文字を読める感動
4月から新たに朝鮮語(韓国語;でもわたしは朝鮮半島の言葉、ということで「朝鮮語」を使うこととする。ただし行っている講座名は「韓国語講座」なので、講座名のときはそちらを使う)を習い始めた。

直接的な理由はinstagramだった。そこでわたしはうちの猫の画像をアップしているのだが、どういうわけか、韓国に住む人からフォローされた。その人たちがアップする猫の画像がものすごくかわいいの。画像に付けられてるコメントは片方の人は英語なんだけど片方の人は朝鮮語で、わたしには全く分からない!それがとても悔しくてね。翻訳サイトで翻訳するんだけど、これがまたよく分からないのよ、、一回、英語で「猫ちゃんなんて名前?」ってコメントしたら、日本語で「○○です。これは日本語で△△って意味です」って返ってきた。たまに向こうが日本語でわたしの投稿した画像についてコメントしてくれることがあるんだけど、向こうも朝鮮語を翻訳サイトで翻訳したのか、日本語の意味がよく分からない。。日本語の意味が分からないとどうコメントしていいのか全く分からず手がかりさえない。それが分かってから、わたしは日本語で話さない人に対しては「翻訳サイトで正しく翻訳されそうな正しい日本語」で答えるようにしている。

だけどねー、やっぱ、向こうのコメント読みたいじゃない。向こうの画像を見ていつも「Cute!」と「かわいい」しかコメントが書けないって空しいじゃない。

ということで、前々から「やりたいな」って思ってた朝鮮語をついに習うことにしたのだ。

思えばわたしが韓国、という国に出会ったのは、2007年にシドニーに語学留学したときだった。語学学校にたくさんの韓国から来た人たちがいたの。そのことはリアルタイムでこの日記に書いてあるはずだけど(一例:近くて遠い国、韓国、しかしわたしはこの頃から朝鮮語を学びたいって書いてたのね)、彼らは本当に日本のことについてよく知っていた(まぁ日本のことと言っても主には芸能界のことだけどね)。わたしは自分がお隣の国である韓国のことについて何も知らない、というか、それまで何も思ってなかったことについてとてもショックだった。諸外国でも隣国ってのは正直、あんまり仲がよくないよね。それは知ってるけど、でもやっぱりお隣の国のことをある程度は知っておくってのは、当たり前のことじゃないかと思うのよ。そしてできれば仲良くしていきたい。そういう思いがずっとわたしの中にあるのよね。

(ちなみに在日の人との出会いはこの後で「そういや日本にも朝鮮から来た人たちがいるよね」と思ってあまり深く考えずにコミュニティに入っていったんだった。だからわたしはシドニーで韓国の人と知り合いになっていろいろ考えさせられることがなければ、今でも在日という人たちのことも「存在している」程度しか知らなかったと思う)

まぁ前置きが長くなったけど、そんなわけでわたしは朝鮮語を学ぶことにしたのだった。

そしてこの間ようやく一通りのハングルの読み方を教わったのだが、もう難しい、難しい。「ハングルはローマ字と同じで母音と子音が組み合わさってるだけだから、母音と子音が読めさえすれば、その文字は読める」って思ってたんだけど、そんなもんじゃないことがよーく分かった。確かに母音と子音の組み合わせではあるんだけど、母音が日本語の母音と比べてめっちゃ多い。子音も同じ。そして母音+子音、だけじゃなく、母音+子音+子音とか、母音+子音+母音、とか、母音+子音+子音+子音、なんて文字があって、日本語にはない発音がめちゃくちゃある。だから母音と子音の読み方は覚えていても読むのがすごく難しかったりするのだ。

しかも、文字は1文字に1つの読み方ではない。語頭にあるときは濁らないのに、語中にあると読み方が濁ったりする。朝鮮語は息の強さや高低が「文字の違い」になって現れるので(平音、激音、濃音)そのような概念がない(実はやってても意識してない)日本語話者にとると「発音できない」「違いが分からない」ってことになる。文字にある条件が付くと、発音が変わる、など、「ローマ字みたいだから分かりやすい」っていうのは、ちょっと違うんじゃないかと思ったりする。まぁ確かにハングルはとても合理的な文字だと思うし、日本語の文字(ひらがな、カタカナ、漢字)に比べるとそりゃ覚えるのは格段に簡単だと思う。けど「ローマ字と同じだから(簡単)」ってのとは全然違う。わたしは朝鮮語を習い始めてから「こんなはずじゃなかった!」と何度思ったことか。。(笑)

twitterを始めとするSNSに、最近は疲れて来ちゃって、今ではほとんどやらなくなってしまったんだけど、こないだ久しぶりにinstagramにうちの猫の画像をアップしたときのことだった。

わたしの少し前に韓国の人が画像をアップしていた。下には当然のことながら韓国語のコメントが。今までは全く読めないので「形」としか認識できなかった。ただ「見る」だけだった。それが、、

読めるではないか!(意味は全然分からないけど)

少なくとも、それが今までみたいに「形」じゃなく「文字」として認識できる。それはなんだかとても新鮮な瞬間だった。例えようもない気持ちだった。目に「文字として」飛び込んできた感じ。「読めた」という感動よりは「読めるんだ?」という驚きに近い感じ。

思えばわたしは「文字が読めた」ことで感動したことはなかったんだよね、今まで。だってひらがなはいつ覚えたのか記憶にないし、漢字を習って読めるようになってもそれは「当然だ」って思ってたし。英語だってアルファベットは中学校に入る前からどこで教わったかは知らないけど知ってたし、それに英語の単語って違ってるかも知れないけど、なんとな~くは読めるようになってるんだよね。

でもハングルは長い間「全然読めない」って状態だった。予備知識も全くなかった。手がかりすらなかった。そういう状態のものが読めるようになるとこんな気持ちがするのか、と。

そのとき、中学の頃、道徳の副読本だった「にんげん」に書いてあったことを思い出した。この「にんげん」というのは、主に部落差別のことについて書いてある本だったんだけど(大阪ではこういう副読本が作られてて無料で配られてた)この本結構分厚くてね。わたしは4月に新しい教科書が配られると、国語の教科書にどんな話が書いてあるかを真っ先に読むのが好きだったくらいなので、この道徳の副読本も文字が多くて読むのが楽しみだったんだよね。授業で使われた覚えは全くないんだけど(しかし道徳の時間って一体何をやったのかさっぱり覚えてないなー)個人的に読んでたんだよね。

その中には「識字教育」っていって、子供の頃貧しくて学校に通えなかった部落の人たちが、大人になってから夜間中学で文字を学んで、文字が読めるようになったときの感動、みたいな話が結構載っていた。

ちなみに今でも覚えているのは、文字が読めなかったのでバスの行き先が分からなくて、いつも仕方がないから人に「これはどこ行きのバスですか?」って聞いてた人が、文字が読めるようになったので人に聞かなくてもバスに乗れるようになった、という話と、文字を書けるようになって初めて自分の気持ちが文字で伝えられることの感動を書いた人の話かな。

わたしさぁ、なんだか自分がハングルちょっと読めるようになったときに「ああ、もしかしたらこんな気持ちなのかも」って思ったんだよね。もちろん状況は全然違うよ。わたしは文字が読めないことで人からバカにされたことはないし、蔑まされたこともない。だから「読めるようになった感動」は純粋に「読めるようになった感動」でしかない。読めなかったことによって、周囲といろいろあった人は、きっとそれだけじゃなかったと思うんだよね。だから気持ちが分かるといっても多分重みが全然違うと思うの。それは留意しておかなくちゃならないことだけど、でも「読めた」という嬉しい気持ちには多分いくばくかの共通点はあるんじゃないかと思うんだよね。

そういえば文字が読める、という話は「ハイジ」でもあったよね。ハイジはフランクフルトへ行ってとてもつらい目に遭うけど、教育を受けることの重要が分かったという点では、その先の人生を考えると行ってよかったと思えるんじゃないだろうか。

わたし、今回のことで「文字が読めるなんて素晴らしい!」って思ったのと同時に、文字を教わることの重要さと教育を受ける権利のことを考えた。よくさ、朝鮮学校に子どもを通わせる人が「民族の誇りとして朝鮮語を学ぶ重要性」を挙げるけれど、確かにそうだよね、と。まぁ「誇り」という言葉には若干違和感があったり、それについてはいろいろ思うところもあるのだけど、誇りじゃなくても「民族としてのアイデンティティ」にとって言語っていうのは本当に重要なものなんだと思う。少数民族が少数民族として教育を受ける権利がある、というのは、まさにこのことを言ってるんだと思う。

それから「教育を受ける権利」については、今の日本ではほぼ100%の人が日本語の文字が読めるので、あまり実感がないかも知れない。けれど、よく「数学(物理、または嫌いな科目)なんか、実生活でほとんど使うことがないんだから勉強しても仕方がない」とか「勉強は無駄。勉強は文字が読めて、算数なんて四則演算だけ分かればいい」って耳にするんだけど、そうじゃないと思うんだよね。

まぁこれ、わたしが理系で、文系の人からよくそういう風な言葉を聞くんで(笑)、数学とか物理の話に特化しちゃうけど、確かにサインとかコサインとかタンジェントとか覚えたって実際の生活に全然役に立ってないように思える。方程式解けなくても生きていけるかも知れない。まぁこの話は義務教育で区切るか、高等教育も含めるかで違ってくると思うんだけど、少なくとも、教育を受けて、ある概念が一時的にでも頭に入っているか、入っていないかで、その先の人生が大きく変わってくると思うんだよね。あ、これは別に「勉強できた方がいい大学に入れるから」って意味ではないよ。その人自身の「考え方」が違ってくると思うのだ。

人間の一生っていうのは概ね限られているから、人が一生かけて考えられることって限られてる。ある人がその人の一生を掛けて考えたことを踏み台にして、その後に生まれた人は考えを発展させる。しかしある人が一生掛けて考えたことが後世に伝わらなかった場合、後世の人はある人が考えた範囲かうまくいってもその少し上の範囲しか考えることはできない。例えていうと、ある人は階段1段分考えたとする。後世の人は教育を受けることによって、ある人が考えた階段1段分の考えを身につけ、さらに階段1段分の考えを発展させることができる。より高度な教育により段数が段々上がっていく。だから、後世の人はその前の人たちに比べると、出発点が一段も二段も上から出発できるのだ。

結局、教育って階段の段数なのだと思う。それは別に「世の中を発展させるため」だけではない。人として、人生を豊かに生きることにも繋がってくる。いろいろなことを知ることは、より広い視野を持つことに繋がる。人がいろいろなことを勉強しなければならないのは、結局生きていくためでもあるけど、人生をより豊かに生きるためでもあるんだよね。そこに数学や物理は関係ないって思われるかも知れないけど、数学や物理って別に数式解いたり公式を覚えることじゃなく、ものの考え方なのだ。そしてそれは自分が意識していないところで、微妙に自分の考えに影響していたり、自分の経験と合わさって、より深い考え方に発展させることができるだろう。「自分には関係ない」と思っていても、それを知れば自分が自覚していなくても階段は数段上がっているのだ。そう考えると、教育って本当に必要なものだし、だからこそ、人間には誰にでも「教育を受ける権利」があるのだなあと思う。

朝鮮語を読めるようになったことだけで、いろんな話に発展させてしまったが、でもね、わたしがこういうことを「実感」できて、さらにそれを「こういうことなのだ」って認識できるのも、今まで受けてきた教育のおかげなんだよね。
13:29 | 朝鮮語のこと | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
05-16 Fri , 2014
ばこにゃん、1歳のお誕生日おめでとう!
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きょうは ばこの たんじょうび
みんなで あつまって いっしょにおめでとう
いくつ いくつ いくつになったかな
またひとつ おおきくなった
としのかずだけ てをたたこう

ぱん!

ってことで、陣馬は今日、1歳の誕生日(推定だけど)を迎えた。

高尾にゃんのときと同じように、人間用のケーキをケーキ屋さんで注文し、そして陣馬はいつも通りのご飯で、うちらが夕食後にケーキを楽しんだのだった(笑)

陣馬は今、「ばこ」とか「ばこにゃん」と呼ばれている。ケーキ屋さんにケーキを注文するときに「じんばちゃん、おたんじょうびおめでとう」か「ばこちゃん、おたんじょうびおめでとう」か迷ったんだけど、ばこちゃんでいいかなってことになって、ばこにした。しかし、ケーキ屋さんに「メッセージを付けて下さい」って言ったのはいいんだけど、いざ口に出して「ばこちゃん」と言おうとするとなんか恥ずかしくて言えなかったので「こういうのでお願いします」と言って書いてきた。

ばこはうちに来て、今10ヶ月半くらいになるのかな?

最初は何を考えているのか分からなかったし、高尾にゃんなら生後数ヶ月でマスターできたご飯前の「おすわり」が、ばこは何回やらせようとしても意味すら理解できないみたいだったし(これは今でもそう)、なんていうのかな、「この猫と意思疎通できる日が来るんだろうか?」って思ってたけど、最近、だんだんばこはこういうのが好きなんだよね、とか、こんなことがしたいのねってことが分かるようになってきた。

第一、高尾にゃんと比べると、ばこはおしゃべりなのだ。高尾にゃんは滅多に鳴かないが、ばこはよくにゃんにゃん鳴く。ムシャクシャするときも鳴くし、ここに行きたいのにドアが閉まってて行けないってときも鳴く。あと寂しいときなのかな、わたしたちがいない部屋にわざわざ行って鳴いたりする。

悪いこともする。悪いことっていうのは、人間にとって都合の良くないことなんだけど、例えばテレビの裏に入ったりする。テレビの裏にはケーブルテレビの配線だの、電話の配線だのが結構あって、ここに入られるとコンセントから抜けちゃったりするのね。だから入ったら怒るんだけど、ばこはどうやら悪いということは分かっているようだ。だけど入るので、わたしたちから「ばこ!」って怒られると「にゃーん」って鳴く。

あと夜寝る前に高尾にゃんとばこにおやつ(といっても普段与えているカリカリを何粒か)を与えてるんだけど、ばこは「ばこおいで~」というとちゃんと来る。なかなか賢い。

それからばこは高尾にゃんと比べても、それ以上に人間が好きみたい。わたしが寝ていると布団の近くまでやってくるので、布団を持ち上げながら「ばこにゃん入る?」っていうと、入ってきてしばらくじっとしている。暑いのはあまり好きじゃないみたいで、しばらくして暑くなったら出ていくけど、高尾にゃんは全くこういうことが嫌いなので、わたしたちはそれを楽しんでいる。わたしが寝ころんでテレビ見てても知らないうちに足元に来て一緒にゴロゴロしてたりする。

ばこはとってもかわいい猫なのだ!

わたしはそれをようやく最近認識した。小さい頃は「こんな猫、何を考えているのか分かんなくてかわいいと思えない」って思ってたけど、最近ようやく心の底から「ばこにゃんかわいいね~」って言えるようになった。どうやらわたしは子猫はあんまりかわいく思えないみたい。だからこれからもっともっとかわいく思えるようになるんだろうな~。

今のばこは、体重が5.2kgで、ちょっとお腹がたぽたぽしているので減量中だ。ただ、上から見るとくびれはあるように見えるんだよね~。お腹の皮がたぽたぽするのは、この猫の特徴なのかしら。体重については今度、動物病院に行く機会があったら聞いてみるつもり。

高尾にゃんとの関係は、、残念ながら、あんまりよくない。ケンカばかりしている。もうね~、これは仕方ないのかなって思ってる。冬は割と近づいて寝てたりして「おっ、これは」って思ったこともあったんだけど、彼女が入院したりしてる間、わたしがバタバタしてたらケンカばっかするようになっちゃった。今まではずっと家にわたしも彼女もいて当たり前だったから、猫たちはその環境の変化に敏感に反応しちゃったんだよね。彼女が退院して、二匹ともかなり落ち着いたと思うんだけど、でもまだ骨折前と同じような状態じゃないと思う。まぁ今は彼女がまだあんまり一人で動けなくて、わたしがバタバタしてるからね。。そういうところも猫の態度は影響していると思う。

まぁでもばこはばこなりにかわいくなってきたし、これから2歳、3歳となるうちに、まだまだ今よりももっと意思疎通ができるようになるんじゃないかと思うと楽しみだ。
23:18 | 二人と猫のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
05-18 Sun , 2014
カープ、カープ、カープ広島、広島カープ
今年のカープは今のところ非常に調子がいい!

いや、調子がいいというよりも、ちょっと地力がついて強くなってきた感じ?
前は連勝してても「今は単に(投打の)噛み合わせがいい時期なんだな~」としか思えなかったけど、今の試合運びは本当にソツがない。少しのスキを付いて進塁する。守備のいい選手も出て来て、エラーも去年までみたいにポロポロしなくなった。

なので当初は「どうせ調子よくてもせいぜい鯉の季節までよ」と思っていた。カープのスタートダッシュ成功、でも鯉の季節まで、は定番だったからね。

けど今年、テレビで試合を見てると「おっ、これは?」って思うことがある。「今までとはなんか違う」と。今はまだ、まだまだ先は長くて期待するのも本当に早すぎると思うのだけど、ちょっとずつ期待がふくらみ始めてきた(だからまだ早すぎるのは分かってる(笑))。

去年、CSに出られるかも知れない、ってことでにわかに注目されたのが「関東のカープファンの女の人」、すなわち「カープ女子」だった。関東の球場がカープファンで埋め尽くされていると言われているけど、もともと外野席には毎回それなりのカープファンは集まってたんだよね。わたしが球場にカープを応援しに行き始めたのは'90年代なのだけど、既にその頃の神宮、浜スタ、東京ドームの外野は関東のカープファンでいっぱいだった。内野席までは及んでなかったと思うのだけどね。東京ドームなんていつ行ってもカープの外野応援席で席が取れたことがなかった。まぁそんなに気合いを入れて早くから行ったりしてなかったのも原因ではあると思うけど、東京ドームのビジターの応援席って本当に一角しかないので、それ以外のところに行くと全部讀賣ファンだらけなわけ。なので球場の係員の人に「2階はもう満員ですので3階に行って下さい」と止められても、袋に入れた赤い応援バットを見せ「わたしはカープファンなのでカープの応援席に行きたいです」って無理に入れてもらったりしたっけ。。(当然席は満員なので立ち見です)

神宮は「もしかしたらヤクルトファンよりカープファンの方が多くない?」みたいなことは当たり前だったし、わたしのイメージでは関東のカープファンはずっと昔から一定いた、って感じなのです。

ただ、去年浜スタとか神宮に行ったけど、確かに内野席でもあんなにカープファンがいたのは見たことがなく、ここにも来たかって感じだった。しかも内野でスクワットしまくるんで(スクワット=カープの応援はトランペットに合わせて立ったり座ったりする)観にくいったらありゃしない。。せめて内野席ではおとなしく観ようよ、って思うのだけどね。

ちなみにカープのスクワット応援は既に'90年代にはありました。わたしもその頃は20代だったので、やってましたよ~(爆)あれは他球団のファンから結構「やってみたい応援」になってたみたいで、わたしが球場で応援してるときに後ろの方で女の子たちが「スクワット応援、面白い!これ、やってみたかったんだ」ってキャーキャー言いながらやってたりするのを何回か見たことがあります。

わたし自身は'75年、カープの初優勝時からのカープファン。当時小学一年生。それまでは野球というものは全然知らなかった。カープが初優勝した翌日だったかな、親が駅のスタンドでスポーツ新聞全部買ってきて、それで野球というものとカープを知ったのだった。あ、親は広島出身なので当然(当然でもないか)カープファンね。わたしはそのとき以来、なんの疑いもなくカープを応援してきた。あ、でも'90年代に入るまで、わたしは野球そのものの面白さは全く分からず、ただ結果を見て「カープ勝ってるな」って思ってただけだったけど。

「江夏の21球」は小学校3年のときで、リアルタイムで(もちろんテレビだけど)見てた。すっごいドキドキして怖くて見れなかったので、障子の影からチラチラと見てたのを思い出す。あのときはカープ全盛時代だったな~。

東京でずっと育ったわたしなんだけど、周囲には必ず誰かカープファンがいて(周囲って親じゃなく友だち)、そんなにマイナーな感じもしてなかった。逆に讀賣ファンです、って言う人が全くいなかったので(讀賣ファンだったけど、選手をFAで取りまくる球団の体制に嫌気が差して横浜ファンになったって人はいた)わたしは一体東京ドームで応援してる讀賣ファンは一体どこから湧いてくるんだろう?って不思議に思ってたし、正直今でも不思議だ。。

野球そのものの面白さが分かったのは、'92年の日本シリーズ、ヤクルト対西武の7試合がめちゃくちゃ面白かったからだ。「ああ、野球ってこんなに面白いんだ」って思った。それ以来、熱心なカープファンになった。沖縄や宮崎のキャンプを見に行ったこともあるし、東京から毎年カープのファン感謝祭に行ってたりもした。特に好きな選手は大野投手だった。それから音選手と山田選手かな?とにかくバッティングが渋い選手が好きだった。音は前田(智徳)のバッティングの師匠と言われてたんだけどな。低めの球の打ち方がめっちゃかっこよかった。。音と山田は山本浩二が監督のときに星野(当時中日の監督)に「借りた選手だから返す」って行って中日に戻って行っちゃったんだけど、あのときはホント泣いた。。球場での応援は関東を中心に1年間に12、3試合ほどかな?東京ドームにはほとんど行かなかったからね。そして極めつけは「カープを応援したい!」ってことで、就職先を広島にしたことだった。ただ、そうやって広島に行った割には広島いたときは社会人野球にはまっちゃって、ほとんどカープの応援には行かなかったんだけど。

カープが最後に優勝したのは'91年(平成3年)。そう、わたしが熱心なカープファンになってから、カープはまだ1度も優勝したことがないのだ。その間メークドラマされたり(でもあのときは中日がすごかったイメージがあるのよね)、Aクラスにも全く入れない年が続いたりしたけど、一昨年、CS争いに絡めた頃からちょっとずつチームが変わってきた。

去年までは「堂林、ノムケンからひいきされとるんじゃない?」って思ってて「堂林は出すな」って思ってたけど、今年は「結構堂林いいじゃん」って思ってた。思ってた矢先にあんなことになってしまいましたが、、、

しかもカープの選手を見ると、なんかイケメンが多くなってるし!昔は石原みたいなんがゴロゴロしとったけどな~。時代は変わるな~。これだといわゆる「カープ女子」が増えるのも分かるよね、みたいなことを思ってたりしてる(笑)まぁカープファンが増えることはいいこと。確かに「にわかが」ってついつい思っちゃうこともあるけど、まぁ観に来てくれるファンが増えて収益が上がれば、もしかしたらいつかFAで選手が取れる日が来るかも知れない!などと、まぁカープは'90年代、「清貧球団」って言われてましたからね~。でもいつまでも清貧じゃ勝てんのよ。もうFAで選手が流出「のみ」するのはまっぴらじゃ(マエケンが次に流出しそうじゃけど。。)。たまには誰かをFAで取って欲しい!とわたしは思っている。

まぁペナントレースはまだまだ先が長くてこれから先、調子を落とす日々、負け続ける日々が絶対に来るのは分かってるけど、でも、、

今年はちょっと期待していい?
13:46 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
05-31 Sat , 2014
世話する方とされる方
彼女が骨折して歩けなくなったので、車いすを借りた。でも全く歩けなくなったわけではなく、松葉杖を使って歩いている。ただ、松葉杖って両手が塞がるのでものが持てないんだよね~。なので本人の移動はできるのだが、ものを持って歩けないのでそのたびにわたしがどうにかしなくてはならない。これが結構ね、彼女の入院中は自分一人のことだけやればよかったんだが、彼女が退院してからは彼女の分までわたしが動かなくちゃならなくなり、なんか絶えずくるくる動き回っているような感じに囚われた。

あ、1週間前に両手松葉杖から、片手松葉杖になり、今は室内では松葉杖を使わなくても歩いていいと言われているので、わたしも結構楽にはなったんだけど。

だけど外はそういうわけにはいかず。もちろん外でも片手松葉杖で歩いていいって言われてて、実際一回松葉杖で歩いてみたんだけど、怪我した足の方に負担を掛けない歩き方をしなくてはならないため、めっちゃ速度が遅くしか歩けないのだ。あのスピードではわたしが合わせるのがとても負担なのと、時間がものすごくかかるために彼女はすごく疲れるらしい。到底買い物などはできないと言うことが分かり、外で買い物をするときは車いすで出るようにしている。できるだけいろんな経験をしたいってことで、車いすで電車にも乗ったし、役所にも行った。

わたし、実は車いすを押して歩くのは初めてでね。いろいろ発見も多かった。

車いすで一番よかったなと思うのは、押しながら彼女と話ができることだった。普段同じ道を二人で自転車に乗って通っているが、自転車ってのは話しながら走れないんだよね。だからいつも道で何か発見して彼女に「ねえねえ!」って言いたいときもグッと我慢してそのうちその話を忘れてしまうことが多かった。でも車いすだと話しながら歩ける。これはすっごく楽しいの。それが一番車いすでよかったなと思うところ。

ただ道路で車いすを押すのが一苦労なところもある。今まで全く気が付かなかったんだけど、道路って排水のためかどうかは知らないが、右か左に傾いてるところがあるんだよね。どちらかに傾いていると、ただ押して歩くだけでは勝手に曲がっていくので、曲がらないように押して歩くのが結構大変なのだ。腕に力がかなりいる。

それとよく言われてるけど道路の段差ね。あれ、ほんのちょっとしか段差がなくても車いすでは登れないの(わたしに腕の力がないからなんだけど)。彼女は今は立って少し歩けるので、そういうところは立ってもらって移動してもらってるけど、もし全然歩けない人だったら押す人は大変だな、と。お店って今まであんまり考えたことなかったけど、入口が段差になってるところが結構あるんだよね~。あと入口が狭くて車いすなど到底入れないところ。だから事前にどこで買い物する、と決めるときはそこに段差があったか、車いすでも入れるかってことを考えるようになった。もちろん、車いすでは入れなさそうなところは、彼女はお店の入口付近で待っててもらって、わたしだけ買い物に行く、ってこともやった。逆に道路からバリアフリーで入れるお店はなんだか嬉しくてね(笑)今までそういう視点で考えたことなかったから、新鮮な感じがしている。

車いすを押して歩いているときは、周囲の人は結構気遣ってくれている。けど、こっちも気遣う。なんかどうしても「迷惑かな」って思ってしまう。彼女は「いいんだよ、大きい顔して通っても。車いすより歩いている人の方が身軽なんだから」って言うんだけど、どうしてもわたしは周囲に「すみません、すみません」と言いながら道路の端っこを通ってしまう。こういう感覚ってなんなんだろうね。わたしは別に普段から「障害者が大きな顔して歩くな」って思ってないんだけど、自分がこうなるとなんか大きな顔して歩いちゃいけないような気になってくる。わたしも知らないうちに「人に迷惑掛けたらいけない」って世間から思わせられて育ってきたんだろうなぁと思ったりする。

道を歩いてるときは気遣ってくれるんだけど、一番「うわー」って思うのは、エレベーターに乗るときね。あのときはほとんど気遣ってくれないね(苦笑)確かに「自分一人が降りても車いすは乗れないし」って思うんだろうなって思うよ。やっと来たエレベーターだろうしね。しかし、こっちの移動手段はエレベーターしかないんだよね。わたしは今度からエレベーターに乗ったときに車いすの人が待っていたら、率先して降りようと思いました(笑)

あと、車いすを押して歩くと不思議な感覚になることに気が付いた。それは妙にテンションが高くなって、ともすれば「彼女の保護者」みたいな感覚になってしまうことだった。それに気が付いたのは、彼女の用事で役所に行ったときだった。そこの窓口は椅子が2つ置いてあるけど、車いすのスペースがなかった。なのでわたしは彼女を近くに待たせて、役所の人に「本人はそこにいます」って言って、でもわたしが申請書書いたりハンコ押したりして手続きをやったんだけど、終わったあとに彼女に「なんか自分が無能力者になったような気がしてとても不愉快だった」と言われた。

わたしとしてはわざわざ椅子をどかして車いすのスペースを作って彼女に申請させるより、待っててもらって自分でやった方が早いと思っただけだった。だからそう言われたときに「わたしがやった方が早いでしょ」って反論したんだけど、でもあとでよく考えてみると全くその通りだったなって。世話をする方は世話される方が何ができて何ができないかを把握して判断するより、全部自分がやった方が早いのでついつい全部やってしまう。そしてそのことに対して満足感を覚えたりするのだ。満足度が高いものは彼女の手足となって動くことよりも、例えば申請書を書くなど、動かないことの方、頭を使うことの方だってことも分かった。わたしは彼女を支配したいとは全く考えてないと思っていたが、もしかして無意識のうちに支配したいと思ってるんじゃないかと思った。これってすごく怖いよね。

なので、このこと以降、わたしは彼女が今、何ができて何ができないかっていうことをその場その場で考えるようになった。確かにいちいち考える方がわたしにとってはめんどくさい。けど、彼女は歩けないだけでその他は全く問題ないわけだから。無意識のうちでも人を支配してしまうってことは怖いよなあと思っている。

それから、世話をする方とされる方に必要なものにも気が付いた。それは笑顔。穏やかな心。どうしても今はわたしの方が負担が大きいので、ときどき堪忍袋の尾が切れて怒りが爆発する。そうなるとどうなるかというと、世話したくなくなるのね。でもわたしが怒ったって世話しなくてよくなるわけじゃない。彼女だって世話をされたくなくてもされないといけない。そうするとね、やっぱりどうしたって世話をする方が強い立場になる。「やってやってるんだ」って気持ちになる。「いいよ、もう世話しないから」って思ったりもする。わたしは彼女じゃないのでやってもらってる方のそのときの気持ちは分からないんだけど、悔しいだろうなって思うの。彼女も気分が悪いだろうなって思うの。

だから怒ったときはできる限り早く怒りを鎮めようと思っている。そんな気持ちじゃ出かけられないからね。怒ること自体を止めたいのだが、人間的にわたしは未熟でなかなか「怒らない」ってことはできない。でも怒りを持ち越さない努力をしたら、今まではケンカしたら数日口を効かなかったのが、長くても半日くらい(そういう場合はだいたい夜を挟んでいる)になった。これは大幅な進歩だと思っている。

そんなわけで、外出時はこれからもまだまだ車いすで移動すると思うのだけれど、実は明日から札幌と青森に旅行に行くことにしている。もともと骨折する前から決めていたことなのだが、いろいろ事情があって車いすを使ってでも旅行することにした。予約は全部連絡したり取り直したりしたし、事前にどうやったらいいかを問い合わせたりして結構大変だった。けど、こういう経験ってなかなかできないのでいい経験にはなった。

明日からその予定通り行動するだけなのだが、どうなるか、、楽しみでもあり不安でもある。

ずっと笑顔で旅行できればいいな。
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