01-01 Tue , 2013
波乱の幕開け
なんて大げさなことではないのだけれど、
新年早々、頭がひどく痛く、吐き気もして、
せっかくのお雑煮やらお屠蘇やらおせち(といえるようなものではないけれど、まあ、おせちの中の数種類)は
今になってもお預けのまま。

何かお腹の中に入れなきゃと思っても、みかんしか食べられなかった。。

それから薬飲んでひたすら寝て、

ようやく16時少し前に頭痛が治まった。とはいえ、まだなんとなく薬で抑えてるような気がするのだが。

仕方ないので、お雑煮その他は夕飯にすることにします。
お屠蘇を夜に飲むなんて変な気分。

まー、1月1日も普通の1日と同じ。

それによって「今年一年は。。」なんて占いません。

それより今年はついに45歳になる。
わたしは年齢はなぜか四捨五入で考えるので、今年50代突入~のイメージ。
信じれんわ。わたしが50代突入するとは。
40代まではまだなんとなくついていけたが、50代のイメージが湧かない。
まぁ人生もいよいよ後半戦にずっぽりもぐら、というところだろうか。
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01-07 Mon , 2013
病院の日
今日は病院の日だった。1ヶ月ぶり。

この1ヶ月の間、ちょっとすごいことをやらかしてしまって、そういうことも包み隠さず話したら、主治医はやはり今までの薬は効かないと思ったのか、前に言われた双極性障害に使われる「リーマス」って薬に変えましょう、と言った。今まで飲んでたテシプールは中止。

この「リーマス」という薬は炭酸リチウム、という成分が入ってて、大量に摂取するとリチウム中毒を起こすらしい。なので、血中濃度を測りながら投薬するんだと言ってた。あと副作用に甲状腺がどうたらする(詳しいことは忘れた)こともあるので、それもモニタリングするんだと。怖い話だなあと思いながら聞いていたが、これはもしかすると血中濃度を測る=採血なんじゃん?と思い「もしかして、採血するんですか??」と聞いたらやはりそうだとのこと。げーっ。わたし、採血大嫌い。。「どのくらいの頻度で採血するんですか?」と聞くと最初は1ヶ月に1度「も」するんだと。うへー、まずいことになった。

ただ、わたしの場合は多分最小単位である100mgから始めて、100mgである間は採血しなくていい、って言われた。「それだけの量で効くんですか?」と聞いたら「双極性障害の場合は600mg~1000mgなんですが、○○さんの場合は全く分かりません」と言われた。そしておそらくそんなには上げなくていいんじゃないかと思ってると言ってた。

「これって飲み始めたらずーっと飲まなきゃならないんですよね」と聞いたら「うーん、まあそうですね」とのこと。薬とは早くおさらばしたかったのになぁ。まぁその前にこの薬が効くかどうかは分かんないんだけどね。

薬局では「ロキソニンなどを飲むとリーマスの効果が上がる可能性があります」と言われたし、でも今日、そのロキソニンも一緒に処方されたし。「飲んで変だと思ったら病院に連絡して下さい」って、おいおい、人体実験しなくちゃならないのかよ(笑)おかげでロキソニンを飲むのが怖くなってしまった。風邪薬もそうなる可能性があるらしい。

病院から帰ってきて、リーマスのことをいろいろ調べたらなんかますます怖くなってきた。喉の渇きとか手の震えとかボーッとするとか、あと太るとか(太らないって書いてあるサイトもあったけど)。

あんまり長く飲みたくない薬だよなあ。

ひどいことがあったあとは年末年始と割と穏やかに過ごせてるので、そう思うだけかも知れないけど。iPadが思わぬいいおもちゃだったようなんだよね、自分にとって。まぁ相変わらず将来のこととか勉強しなきゃって思ったりすると気分が悪くなってきて落ち込むわけだけどね。

取り敢えずは3週間、100mgで様子見。
22:02 | 3度目のうつのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
01-08 Tue , 2013
自炊始めました
自炊と言っても、自分でご飯作ることじゃないです。
本を電子書籍化することを「自炊」って言うんですね。わたし、つい先月、初めてこの言葉を知ったんだけど、そのときに「あー、勉強関係の本がiPadに入ってると読みやすくなるかなぁ」と思ったのね。それで先月末にiPadを買ったわけだけども。

そうそう、iPadはすっかりiPhoneに取って代わりました。iPadの方が断然見やすいのと、入力しやすいのと、あとは電子書籍を買ったので、それを読んでたのと。先月26日にiPadを買って以来、3冊、電子書籍を購入したんだけど、それも昨日までですべて読み終えてます。実際の本より読みやすいかも。それに今までは寝るときに部屋の電気を消しちゃったらもう寝るしかなくて、本は読めなかったんだけど(部屋の電気を付けると彼女が寝られない)、そういうときでも読み続けることができるようになったしって実際はそんなことほとんどしてないんだけどね。まぁ可能性として。

なので今のところはiPad大活躍、思い切って買ってよかったってところなんだけど。

あ、なんか話が逸れた。

で、教科書って言うか基本書を電子書籍化しようと思ったんだけど、まず基本書ってほとんどハードカバーなのよね。というかこれは今、わたしが読もうとしてる基本書なんだけどね。これをいきなり裁断するというのはちょっと難しいと思ったし、あとやはり心のどこかに「本をバラバラにすること」に対してためらいがあった。なので裁断は業者さんに頼むことにした。本を裁断してくれる業者さんがあるって、ネットで自炊の仕方を検索してたときに知ったんだよね。20冊で郵送費込み1500円、ただし初回限定ってのがあったので、そこに頼むことにした。ただ、業者さんへの書籍送り賃がゆうパックで1200円したけどね。だから計2700円かかった。

本を裁断してもらってる間、今度はスキャナ探し。これもネットで調べてオススメなのを買った。その機種はデ-タをPCを介さずに直接iPadに入れることが出来るってもので、まだ発売されてから比較的日が浅いものらしい。

スキャナは注文してから結構早くうちに来たので、裁断された本が送り戻される前に設定しようと思ったのだが、もー、これにすごーく手間がかかってね。スキャナをうちの無線LANに接続はすぐできたものの、iPadからどうしてもスキャナが認識されなくて、いろいろ調べて自分でできることはやったり確認すべきことはしたんだけど、どうしても繋がらなくてねー。

だから昨日、病院行く前にスキャナの会社の問い合わせ窓口に電話したのよ。で、いろいろ言われたことをやってみたんだけどできなくてね。「これはもしかしたらお客様のネット環境に問題があるかも知れません。無線LANや回線の契約状況(もしかしたら繋げられる回線に制限があるとか)を調べて下さい」って言われてさ。

そこで時間的には病院に行かねばならない時刻になってたので、泣く泣く病院に行き。そして帰ってからルーターの会社の問い合わせ窓口に電話したんだけど、これがなかなか繋がらない。10ぺんくらい掛けてようやく繋がったんだけど、そこから「現在、窓口が非常に混んでおります」って案内と共に音楽が流れ、、それが繰り返し繰り返し流され、、おそらく1時間弱待ったと思う。その間、受話器を持ってるのがかったるかったので、オンフックにして受話器を置いて、それで時間つぶしに昨日から処方されたリーマスについて書かれたブログとか情報を読みふけってたわけだけど。

で、やっと繋がって、そこから話は結構すんなり理解されてあれこれやってみたものの、全然繋がらない。電話に出てくれた人はあれこれ考えてくれて、ファームウェアの更新だとか考えられるものを全部やってみたんだけどやっぱり繋がらない。挙げ句「無線LAN経由でなく、USBケーブルで繋げた状態でスキャンはできるんですか?」と聞かれ、わたしゃ接続しかしてなくて、まだスキャンはしてなかったものだから「それは分かりません」と答えたら「こちらで考えられることはすべてやりました。あとはその機械がちゃんと動くかどうかですが、それをやってないのならこれ以上はこちらではやることはありません」と言われ。「分かりました」って言って電話を切った。これで40分くらいだったかな~。まぁよくいろいろ教えてくれたと思いました。

実はスキャナの問い合わせ窓口からは「いろいろやって可能性を一つずつ潰していってもまだできなかったら、また電話下さい」と言われてたので、電話しようと思ったら既に17時過ぎてて電話できなかったので、こうなったら契約回線のことを調べてやろうと思ってプロバイダに電話。そこであっさり「制限はありません」と言われたので、あとは次の日にまたスキャナの問い合わせ窓口に電話するかと思ってiPadを見ると。

今までどうやっても認識できなかったスキャナが認識されてた!

なので結局のところはうまく繋がったのだが、なんかキツネにつままれたようで、未だになんで急に繋がるようになったのか、全然分からない。。

そんなこんなのあと、タイミング良く裁断された本が送り返されてきて。早速スキャン開始。手順を覚えたりするのがめんどくさいかなと思ったんだけど、そんなこともなく、割とサクサクと進んであっという間に1冊スキャン。ただ昨日、20冊全部スキャンするのは時間的に無理だったので、8冊で止めて翌日に回す。

んで、今日、残りの12冊を電子書籍化。めでたく全部、iPadに入る。

ってことで、電子書籍化への道は長かったような短かったような。

20冊で1GBちょっとだったかな~。なんせページ数が多い本が多かったので普通の文庫本20冊に比べると圧倒的に容量が大きいかも。民法の本は1冊で100M超えたし。

問題はこれから何の本を読むかってことなんだけど、そこんとこはまぁ、ぼちぼちって感じかな。今まで読みたいと思っててなかなか読めなかった本をスキャンしたので、それを読みつつ勉強もするって感じで。

そんな感じで今年もぼちぼち勉強が始められたらいいなーと思っている。なんか毎年だよね、そういうこと書いてるの。今年は去年より単位をたくさん取得することを目標にしてるけど、さてどうなるか。。今のところはプレッシャーになって気分が先に潰されないようにあまり先のことは考えないようにしてるけどね。

彼女が言ってた。「学生の時、勉強しようと思ってすぐできた?できなかったでしょ。勉強ってそんなもんだよ」って。確かにそうなんだよね~。なんかそれを聞いてから、勉強できないってことに関してあんまり自分を責めるのは止めようと思った。勉強できないのは病気のせいではなく、もともとそうなんだってことで。病気のせいと考えると自分が嫌になって絶望感でいっぱいになるので、せめてそういう考えが止まればと。そうすると逆に自分を責めない分楽になって勉強しやすくなると思うんだよね。

まあそんなとこです(笑)
22:42 | 通信教育課程の大学生活 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
01-11 Fri , 2013
やってみる
こないだtwitterでリンクされてたブログを読んだら、なかなか面白かったので、過去に遡って記事を読んでたんだけど、その中にこんな風な言葉があった。

「共感するということは、心で感じるということ。心で感じるのにはエネルギーがいる。だから心で感じ続けるといつかはエネルギーが枯渇する。ここに書いてあることに共感する人はどうぞ『他人事』と思って下さい。そして自分にエネルギーを蓄えたら、自分ができることだけをやっていって下さい。エネルギーを枯渇させないように」

まぁこんな感じだったかな。本当の文章とは全然違うと思うけれど。

でもね、わたしこの文章読んで「ああ、そうなんだー」って思った。確かに共感するとすごく疲れる。今までそれは「共感しても自分は何もできない」っていう絶望感や罪悪感で自分を責めてしまって疲れるのかなと思ってたけど、心で感じること自体が既にエネルギーを使ってることなんだなって。

そこには「他人事だから」って書いてあったけど、わたしはどうしてもそうは思えなくて。もちろん、そのブログは性的少数者とは全く違うことがテーマになってるブログだったし、他人事と言われたらそりゃもう思いっきり他人事なんだが。。しかしだからといって「他人事」と突き放して見ることができない自分がいて。

一方、性的少数者関係の活動は、実は今までもほとんど全然かかわってないのだが、疲れちゃってる自分がいる。ジェンダーとかなんとか今までいろいろ考えてきて、頭がすっかり疲れてしまった。それに比べて世の中は進むどころか退行している感じがするし。もうどーでもいいじゃん!って思う自分がいる。けど、無意識のうちに考えちゃってることもまた事実であり、それはやっぱり「他人事」ではなく「自分のこと」だからなんだよね。でもほんの数日でいいから何も考えない期間が欲しかったりもする。

他人事のことであれ、自分のことであれ、どちらにせよ、心のエネルギーを使っているわたし。

心にエネルギーを蓄えるって一体どうすればいいんだろうね。何も考えないことがエネルギーを蓄えることなんだろうか。何も感じないことがエネルギーを蓄えることなんだろうか。

わたしは今、わたしのできる範囲内のことをしようと思っている。多分、わたしの心のエネルギーは枯渇気味でしかも蓄える方向には行ってないと思うのだが、でも、やっぱり今、やりたいことだから。今まではやりたくても体調の面とかいろいろ考えてしまって躊躇してたけど、そういうのも考えることは止めた。わたし、少し行動してみようと思う。自分に何ができるのか、もしかしたら全くできないかも知れないけど、それでも取り敢えずはやってみる方向に進んでいきたい。
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01-19 Sat , 2013
どうなんだろう?
12月の上旬に「大爆発」が起こって以来は深い落ち込みもなく、やる気が出ないながらもまぁなんとかいろんなことをやったり、これからやろうとしたりしている。というか、今月の7日に病院に行ったときから抗うつ剤は飲まなくてよくなったわけだけど、その止めた効果というのか、よく分かんないんだけど、いろいろと身体の変化や心の変化が出てきた。

「代わりにリーマス飲み始めたんだから、そっちの効果じゃないの?」って思ったりもするんだけど、でも今、わたしに投与されてるのは100mgだけで、一般の初期投与量、400mg~600mgに比べると格段に少ないし、主治医も「100mgだけの場合は血液検査しなくてもいい」って言ってたんで、多分血中濃度はかるまでもないくらいの量なんだろう(=効果が出るとは考えにくい)と自分で勝手に思ってたりする。

身体の変化っていうのは、抗うつ剤を止めてから急に汗かくようになったんだよね。それが分かったのは夕食に鍋を食べてるときで、わたし気が付かなかったんだけど、それまで鍋食べて身体は熱くなって洋服とか脱いでた割に全然汗かいてなかったんだよね。わたし、もともとすごく汗っかきで、特に頭からものすごく汗かいてそれが顔や首までたれてくるほどなんだけど、それがなかったんだよね。それが抗うつ剤止めて2日目からまた汗かくようになってさ。いや、うち、確か7日から10日まで4日連続鍋で(笑)、7日も8日も汗かいてなかったんだけど、9日から突然汗かきはじめてさー。確かに前はこんなに汗かいてた!って思い出してさ。「あれ?今までなんかおかしいと思ってたけど、汗かいてなかったんだ」ってそこで初めて気が付いてさ。時期的に飲んでた抗うつ剤が抜けて来る時期かなーと思って。抗うつ剤を飲んでるときは一体どこに効いてるんだろうと思うほど、あんまり効果なかった感じなんだけど、まさかこういうところに効いてるとはね。効くって言わないかも知れないけどね(笑)

心の変化っていうのは、やたらと不安を感じるんだよねー。「またいつかがーんと落ち込むんじゃないか」という不安。それまでは全然やる気も起こらなくて、自分に対していらだったり焦ったりしてたんだけど、それがいつの間にかなくなってたんだよね。やる気が起こったというほど起こったわけではないけど、精神状態としては「よくも悪くもないんじゃないの?」みたいな評価に変わってきて、だからこそ「いつかまた落ちるんじゃないか」という不安が出てきた。

でもおかしいのは、抗うつ剤って意欲を高める効果を持ってるっていうんだけどさ、わたし、全然意欲高まらなかったし、それによっていつも「何にもやる気出ない」って思って焦ってたし、意欲が高まらなかったから「今度いつ落ちるか」という不安も感じなかった。要するに気持ちがかなり低いところで平坦な感じだったんだけど、これって抗うつ剤の効果だったんだろうか、と思う。でもそれが抗うつ剤の効果だとしたらかなり変な効果だよねー。

まぁそんなわけで、次の診察まではまだ1週間以上あるのだが、こういうことを主治医に報告してくるつもり。問題なのが、リーマスの量が増やされるかどうなのかってところなんだよね。主治医自身は最終的に200mgくらいに持っていきたいと思っているようだ。まぁ200mgと言えば、もう1錠増やすだけだけどね。主治医はわたしがこの薬に対してどのくらいで効くかは全然想像付かないって言ってたけど、普通の人よりは低い値で効くんじゃないかと思っているよう。

わたし自身、次の診察までにこの調子が続くのであれば、わたし自身は増やして欲しくないんだよね。増やすと血液検査しなきゃならないし(わたしにとっては重大な問題だ!)、あともしかしたらこの量で効いてるって可能性だってある(わたしの感覚ではおそらく何の効果も及ぼしてないとは思ってるんだけど)。「この量じゃ効かない」ってことが分かってから増やすんなら増やしてほしいんだよね~。まぁそのことも今度の診察で言うつもりだけど。

なんかさ、リチウム中毒起こす薬って思っちゃって、リーマス飲むたびに毒飲んでるような気分がするんだよね(笑)ホント怖いの。だから量は減らしてもいいけど増やして欲しくない。そういう気持ちもある。

まーただ、抗うつ剤飲まなくなって身体の調子がよくなる(と感じられる)のってどうよ?とは思ってる。よく分かんないんだよねー、わたしの身体って。主治医も困ってるよね、多分(笑)
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01-29 Tue , 2013
佐藤家の朝食、鈴木家の夕食
昨日の夜にBSジャパンでやってた「佐藤家の朝食、鈴木家の夕食」。

見た。

言いたいことはたくさんあるのだが、果たしてそれが適切なものであるかどうかは分からない。というのもわたし自身の中には「一般の人に知って欲しいレズビアンマザー、ゲイファザー像」ってものがあって(その実わたしはレズビアンマザーの実体についてもよく分かってないのだが(汗))どうしても「啓発的」なものを「善」としてしまう傾向にある。なので感想には多分に「これじゃ一般の人に誤解を受けてしまう」ってことが含まれていると思うのだ。それが果たしていいのかどうかは分からない。一つの作品として見なければと思うが、他に同じような作品がいくつもあるのなら「まぁこの作品はこうだよね」と言えるのだが、作品がこれしかない以上どうしてもこれが「代表」として見てしまう。だからわたしの感想には当事者として「この反応はおかしいんじゃないの?」ってのと内容的に「キャラクターの心の動きが引っかかる」ってのと「ここ、こういう書き方したら誤解を受けるんじゃないの?」って少し啓発的なものがそれぞれ入り交じってるところがあると思う。それをごちゃごちゃにして感想を書いてみたい。

まず、最初に2つの家族がすきやきを食べてるシーンで、片方のカップルがゲイカップル(というか、片方はバイセクシャルだから厳密に言えばゲイカップルではないのだけれど、ここではゲイカップルって呼ばせてもらう)ってばれたとき、なぜレズビアンカップルの方は「実はうちもそうなんです」って言わないのかってこと。これ、当事者にしてみれば結構不思議。当事者というのは心のどこかで同類を求めていて、例えば街で女性同士、男性同士歩いてる人を見かけると「あれはカップルではないか」と思っちゃうんだよね、習慣的に。そして心のどこかで「カップルであるといいなあ」という期待感も同時にあったりする。だから片方がゲイカップルって分かったら「あー、実はうちもなんです」って絶対に言うと思うんだよね。なのになんであそこで「同性愛カップルは近年増えてますからね。うちはそういうの全然気にしませんから」とか「うちは違います」ってことを言うのか、それがとても不自然に思えて仕方がなかった。

不自然と言えば、その次、ゲイカップルとその子どもが帰った後、レズビアンの人が「複雑って言うか、なんか変な家族ね」って言うんだけど、それを自分たちが言うか?って感じ。正直不自然。この台詞をわざわざ言わせたのはそれを受けて子どもが「うちの家族も変じゃないか。母親が2人なんて」って、この台詞を言わせるための台詞としか思えない。この台詞を言うことで視聴者に対して「ああ、この子どもは親のことで悩んでいるんだ」ってことを分からせるための台詞だとしか思えない。だから無理矢理言わせられた感があるのだけれど、でもやっぱりどう考えても自分ところと同類の家族に対して「あの家族なんか変」って言うのはどうも変だと思ってしまう。

あとそうそう、すきやきのシーンでゲイカップルの一人(バイセクシャルの人の方)にレズビアンの人が結婚を勧めるシーンがあるんだけどあれもかなり不自然。まずヘテロであったとしても初対面の人にいきなり言うか?ってのと、多かれ少なかれレズビアン自身も周囲から「結婚しないの?」と言われた経験はあるはずで、それがどんなに嫌なことかは身に染みて分かっているはず。だから他の人が結婚していないからと言って「いい人いますよ、紹介しましょうか」なんて絶対に言わないと思う。だからあそこのシーンもわたしからするとかなり不自然。

レズビアンカップルの方の子ども(息子)はどうやら同性愛について嫌悪しているらしかったんだけど、それはわたし、この子自身「自分はゲイじゃないだろうか」って悩んでいるからホモフォビア(同性愛嫌悪)が強いんだと思ってた。ゲーセンで友達にお金を渡すシーンとか、友達の手と自分の手が当たったときに思わず自分の手を引っ込めるシーンとか、あと決定的だったのはゲイカップルの子ども(娘)に対して「俺なんか同性しか愛せない血が流れてるみたいだし」と言ったシーンがあったし、ゲイカップルのゲイの人に対して「本当に女とは付き合えないのか」って聞いたシーンもあったし(ちなみに「(もう片方の人は)どうなのか」と息子に問われ「それは人のプライバシーに関わる問題だから答えられない」と答えたゲイの人の回答は素晴らしいと思った)、だからこそ、息子はホモフォビアが強く娘より両親を受け入れられないんだと思ってた。

けど、ゲイカップルの子ども(娘)に「じゃあわたしで試してみる?わたし、女だよ」って言われてセックスしちゃうんだけど、あれを持ってめでたくヘテロだったってことになるのかしら?わたし、この物語ではここのところがきちんと回収されてないって思っちゃうんだよね。女とセックスできたらゲイじゃないの?それはちょっと安易すぎない?同性の友だちに対する思いは一体何だったの?女とセックスできたらそれは消えちゃうの?ここんとこ、息子の心理がよく分かんないんだよね~。もっとここのところは丁寧に描いて欲しかったなと思ったりする。自分がゲイではないってことと、自分たちの母親を受け入れるってことは別問題だと思うのね。でもそれがなんかいっしょくたになってしまっている。

いっしょくたといえば、教師が三倍体と遺伝子組み換えの問題をごっちゃにして話してるんだよね。わたし、生物はあんまり得意でないので合っているかどうかは少し自身がないのだけれど、三倍体は自然界でもごく少数に存在しているよね。三倍体=遺伝子組み換えではないよね。授業中の説明にもあったとおり、三倍体ってのは、四倍体と二倍体が結合してできるものであって、それは遺伝子を操作した結果ではないはず。授業中、教師が息子に質問したのはあくまでも三倍体に対する「問題は何か」って聞いたんだと思ったんだけど、それに対する教師の答えって「遺伝子組み換えの怖さ」ってなんか違わない?

しかも「同性愛は自然ではない」ってことと「人工的に作られたものは不自然である」ってことを一緒くたにして語らせてる場面もあったよね。あの子供たちが父親の車で逃亡して見晴らしの良いところに行って話すシーン。あそこでは「種なしスイカ」についての話だったけど、種なしスイカ自体は三倍体であって、決して自然界に存在しないものではない。ごく少数だけど自然に有り得る話だ。まぁ確かに不妊ではあるけれどもね。そして同性愛も不妊ではあるが決して自然じゃないものじゃない。同性愛者にとっては同性を愛することは自然なことであり、作られたものではない。「子どもができない組み合わせ」は決して不自然なことじゃないと思うのね。そこんとこを打破して欲しかったなーと思う。結局あのシーンは娘が「だけどわたしは種なしスイカは好き」ってところで終わっちゃってて、なんだよ、好き嫌いの問題かよって思ってしまう。

それにしても人工的に作られたものは不自然であるって誰が決めたんだろう?そして不自然なものがそんなにいけないことなんだろうか?しかし、人間が生活する上では人間の手で作った「不自然なもの」に囲まれているではないか?パソコンにせよ、ハサミにせよ、ちり紙にせよ、電卓にせよ(ってこれは今、わたしのPC机にあるものを並べてみただけ(笑))。「不自然なもの」に囲まれているクセになんで子どもや家族の関係は「自然なもの」じゃなきゃいけないのか?息子に「種なしスイカは人工的で不自然」って言わせたのは「同性愛は不自然」って言わせたかったためで、それを回収する納得いく言葉がなかったのはわたしにしてみればとても残念だった。それを回収する言葉が好き、嫌いという好みの問題にされたようでなんだかなぁと思った。

しかもこれはわたしが思いっきり気に入らないシーンなんだけど、娘がパパに迫って、それから父親に「パパとお父さんの子どもを産んだら、わたしたち家族になれるのかな」っていうシーンがある。これって思いっきり血縁に拘ってないか?血が繋がってなきゃ家族じゃないの?子どもがいなきゃ家族じゃないの?夫婦は血が繋がってないよ、普通。夫婦だけの家族は家族じゃないの?自然じゃないの?

実はわたし、娘はそこら辺のこと理解してると思ったんだよね。でも最後の方で実は母親(の手)が欲しかったんだとか、血が繋がってなきゃ家族じゃないと思ってるとかって分かってすごくがっかりしたんだよね。だったらあの最初のパパと父親に囲まれて幸せそうな姿をしてたあれは何?って思っちゃうんだよね。息子に対して「自分はパパとお父さんの子どもだ」って言い切った、あれは何?って思っちゃうんだよね。

わたしとしては、どうしても「こういう家族だってなんらおかしくない」ってところを少しでも見せて欲しいって思っちゃうんだよね。「血が繋がってなくても、母親が2人でも父親が2人でも家族は家族だ」ってことをもう少し肯定的に描いて欲しかったんだよね。それはさ、上で書いた「啓発的なもの」に該当すると思うのだけれど。でもこの作品を見ると、あんまりそういうのは伝わってこなくて、多分、そういうのは別に伝えなくていいって思ってんだろうなって見ながら思った(それとも他の人にはそういうことが伝わってくるのだろうか。わたしの感じ方がおかしい?)。

あとさ、ゲイカップルはお互い相手のことを愛し合ってて、そして結構娘のこと二人とも親バカで心配してて娘のことすごく愛してるんだろうなって分かるんだけど、レズビアンカップルの方はどうもキーキー言ってるばかりに思えてしまって仕方がなかった(冒頭に2人のキスシーンはありましたけどね)。息子がおじさんに「なぜ(お姉さんカップルに)精子提供することを承諾したのか」と言われて、おじさんが「姉さんは明るさだけが取り柄だったのに、、うんぬんかんぬん」って答えたけど、正直姉さんは明るさが取り柄って性格には思えなかったし、むしろ息子の態度でおろおろする頼りない母親に思えたんだけど。。子供を産んで性格が変わったのだろうか、という風に見えた。

それから最後の方、弟に結婚を勧めるシーンがあるんだけど「家族っていいものよ」って、独り身のままじゃダメなわけ?子供を持たないと「家族」じゃないの?もしかしてこの作品、そのことが「最も言いたかったこと」なのか?

ここんとこ、すごく幻滅したんだよね。まぁわたし個人としては「恋愛は絶対にしなければならないものなわけ?」とか「人を愛するのって無条件にすばらしいことなわけ?」とか思ってるので、こういう言い方をされるとすごく反感を持つんだよね。その人が本当に結婚したくてたまらないんだったら、誰かを紹介することはいいかも知れないけど、そういうことを言わない人に対してまで結婚を勧めるようなことは避けるべきだ。その人はもしかしたら異性愛者でないかも知れない、誰も愛さない人かも知れない、今の生活で十分満足って思ってる人かも知れないから。上にも書いたけどレズビアンって割と周囲から「結婚しないの?」とか言われて答えられなかったりして嫌な思いをしてきてるはずだから、まずこういう話は無防備にはしないと思うんだけどね、、

まぁこういう考えも多分に「啓発的」なのかも知れないし、この作品を作った人はそういうことは別に描きたくなかったのかも知れない。わたしはこの作品について「こうあるべきだ」という意見を押しつけるつもりはない。これはわたし個人の感想だ。だからこの作品がわたしと合わなかっただけ、とも言えるのだ。だけどやっぱりわたしが期待していたこととは別の方向に行っちゃってるので、わたし自身はこの作品については「うーん」って思うんだよね。まぁあと息子の性的指向を初めとして「回収してない話があるじゃん」とか「結局みんなこれで満足しちゃったの?」ってのはある。最後、収束した感じで終わってるけど、わたしはなんかあんまり収束したって感じを持てなかったんだよね。だからある意味「消化不良」に感じる部分がある。

それとこれは蛇足かも知れないんだけど、これってたかが3日やそこらの話だよね(詳しく数えたわけじゃないから分かんないけど。ただ数日間に起こったこと、ってのは間違いないと思う)。だけどなんか時間配分が悪いような気がしたんだよね。息子がおじさんと会って、実はおじさんの子どもだったって分かったときなんて、一体何時間あるの?って感じだった。一旦家に戻ってきたりおじさんとさらに会ってバッティングセンターに行ったり景色の良いところまで行ったり。その間、母親たちはずっと子どもの帰りを待って全然ご飯食べてないのもちょっと違和感があった。何時間も待たされて「先に食べてましょう」ってことにならなかったのかな。

それから、娘は生理になって数日間しか経ってないのに湯船に入ったり(別に入れないことはないけど)SEXしたりしてる(別にできないことはないけど)。そこは「女」の当事者として「えー、これはちょっと生理終わるの早すぎでは」とか思ってしまった(爆)まぁここら辺の感じ方は個人で違うかも知れない。

それから娘が息子に「性別なんかなければいいのに」みたいなことを言ったあとで「でもスカートはけなくなるからやだ」みたいなことを言ってたけど、わたしはその論理がよく分からなかった。それだったら男がスカートはけるようになればいいだけの話じゃない(笑)女からスカートを取り上げる必要はないじゃない。

最後にキャストについて言ってみると、まずはつみきみほ。これはもう「櫻の園」好きなわたしとしては「おー、あの杉山さん!」って思ったね。しかも歳取ってもしゃべり方はあんまり変わってないみたいだったから、杉山さんを彷彿とさせ、まるで杉山さんの未来がこうなってるような感じがした(ただし、杉山さんは高校時代は不良だったのでそこのところは齟齬はあるが)。ちなみに「櫻の園」ではわたしは志水部長が好きでした~(笑)

それから池田政典。わたし、この人のデビュー曲「ハートブレイカーは踊れない」のときを知ってるんだよな~。あれから25年くらい経って、こんなに渋くなってるとは思わなかった。今回、このドラマで唯一まともなキャラだったかなと思ったりした。いい役ではあったよね。

ってわけで、なんか文句ばっか書いた感想だけれど、やっぱりちょっと個々の人物(特に息子と娘)を描き切れていなかったような気がする。「なんでこれがこうなるの?」って場面がちょっと多かった。最後は息子も母親たちを受け入れられたようだけど、そこもあんまりよく分からなかったし。娘の「パパたちの子供を産めば血の繋がった家族になれるのか」という問いの答えはなかったような気がするし。しかも息子と娘はくっつきそうな予感で終わってるし(片方の子どもが娘で片方の子どもが息子だったことから最初からそういう予感はあったんだよねー)。娘の方は最初から息子に興味があったようだが、息子の方の同級生への思いはどこにいったの?って感じだったし。

ああ、ごめんなさい。せっかく日本でもレズビアンマザーとゲイファザーを題材としたドラマが出てきた!って思ってたのに、それをぶち壊すような感想の数々で。。まぁでもこのようなドラマがやっと日本にも、って気はしてるので、こういう作品がもっと数多く制作されればなあと思ってます。
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