07-02 Mon , 2012
いきなり
今日、病院の会計待ちで座ってるときに突然隣の席に座られて声かけられた。

なんでもわたしの着てたTシャツにべったり猫の毛が付いていたことと、ジーンズのお尻側に猫の飾り物をぶら下げていることから、わたしを「猫を飼っている猫好き」と判断したらしい。ジーンズにぶら下げてる猫は座ってると見えないから、わたしがこの椅子に座る前からずっと観察してたんだろうか。話しかけてきた人は「わたし、最近猫の保護活動をしてるのよね」と言っていた。

「猫、家でたくさん飼ってるでしょ?」
「いえ、一匹だけですけど。。」
「そうなの?服に猫の毛がいっぱいついてたから、たくさん飼ってるんだと思ってた」
(そんなのいちいち取るのめんどいし、別に気にならないから取ってないだけなんですけどね(^^;)

「ところで猫に去勢避妊手術してる?」
「はい。してますよ」
「あー、やっぱり。いや、なんとなく外見からちゃんとこの人は手術やってるなって思ったのよ」
(避妊手術の勧めだったのかな?それにしては既に「やってる」と予想してたみたいだから理屈に合わないけど。。)

「外にいっぱい猫いるでしょ?」
「まー、そんなに多いとも思えないし、それに外に出して飼ってるなと思えるような猫ばかりなんですよ、うちの周り。野良猫はあんまりいないんじゃないかな」
「野良猫だったら避妊手術したあとに耳カットをやってるから、手術してるかどうか分かるんだけど、でももし飼い猫だったとしたら、勝手に手術はできないし、もしかしたらしてるかも知れないけど見分けがつかないのよねー。今の時期は猫の繁殖期だから子猫がたくさん生まれるでしょ。保護する方も大変なのよね」
(も、もしかしてわたしに保護活動を一緒にやろうとか言い出さない?(どきどき))

という会話のやりとりをしてたら「あら、ごめんなさい。それじゃ」と言って突然去っていった。

なんだったんだ、あれは。
一体、あの人は何が目的でわたしと話したのだろうか。
不思議だ。
17:33 | 二人と猫のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-03 Tue , 2012
なんとかやってます
6月に勉強を再開したとき「午前1時間、午後1時間」から始めるって書いた。「細く長くやるつもりだから無理しない」とも書いた。

だから、6月はトータルで見ると日数にして半分も勉強してなかったんじゃないかと思う。「毎日やる」ことは目標にしてなくて、やりたくない日は無理にやらずやれる日だけやるようにした。最初のうちは毎日やらない(できない)ことに対して焦りも感じていたが、そのうち慣れて「今日はやろうかな」って思える日だけできるようになってきた。

ただ、そうは言っても1日2時間だけでは、ほとんど進まないんだよね~。6月中はずっと憲法の教科書と「たのしい刑法」を読んでいたのだが、両方とも100ページと少ししか読めなくて、まだ半分以下だ。このペースだと夏期スクーリングまでには間に合いそうもない。

というわけで、7月からは「午前1時間、午後2時間」の計3時間に時間を増やそうと思っている。7月になったのに「思っている」と書いたのは、7月になってから毎日出歩いていて、まだ3時間勉強した日はないからだ。出かけている日も3時間できないことはないんだけど、そこまで欲張らなくてもいいかなと思い、今のところ2時間までしかやってない。

憲法の教科書はまぁそんなに難しくはないのだけれど、刑法がねー。「やさしい刑法」と書いてある割に内容が難しくってね。中身はほとんど用語の説明とか概念の説明なんだけど、これが難しいったらありゃしない。前に出てきた言葉の概念や意味が頭に入ってない上にさらに新しい概念が積み重なるものだから、読んでてもわけ分かんない状態で、ちょっと読むのが苦痛になって来てしまった。

なのでもうちょっと分かりやすい本を買おうと思って「伊藤真の刑法入門」を買ってきた。実は憲法の勉強を始めるときにこのシリーズの憲法入門を読んだんだよね。そのとき内容が割とやさしめだったので、刑法もそうかなと思って。

「刑法入門」を昨日から読んでいるのだけれど、「やさしい刑法」で概念は理解できなかったにもかかわらず、用語だけ頭のどこかに引っかかっていたらしく「あ、これはこういう意味だったのか」と思うことが多い。そして読んでて楽しい。だからまずこれを先に読んでしまってからまた「やさしい刑法」に戻ろうと思っている。究極の目標としては大学の刑法の教科書を読むことなんだけど、なんか難しいらしいからなあ。。ちゃんと読めるだろうか。多分、夏のスクーリング前に全部読むのは不可能だろう。けど最低でも「やさしい刑法」は全部読んでおきたいところだ。

あとまだ先の話だけれど、民法1も勉強を始めたいと思っている。わたしの体力の都合で民法1は夏のスクーリングでは取らないことにしたけれど、その1ヶ月後にある短期スクーリングに行きたいなと思っているのだ。

なんて、先のことを考えると夢は膨らむのだが、果たして本当にできるかどうか、それも無理しない程度で、と思うとちょっと難しいかも知れない。

ちょっと難しいと言えば、夏のスクーリングは朝早くから夕方までびっちり講義があるわけだけれど(夕方まであるのは1週目のみで2週目は午前だけだけど)、朝早く起きられるかどうかと言うことと、2週間通い続けられるかなあと言うことが今は一番の不安だ。だから今のうちに早起きのクセをつけておきたいのだが、今のわたしの状態って、朝起きられないんだよね。。眠いってのもあるんだけど、どうしても「あー、起きたらまた今日1日いろいろなことをやらなきゃならないんだ」と思ってしまって起きられない。精神科の主治医にも相談してるんだけどね。

とまあ、今はこんな感じかな。6月に引き続いてぼちぼちやりたい。
23:10 | 通信教育課程の大学生活 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-06 Fri , 2012
敢えて何もしない
「7月になってからは勉強を3時間やる」って書いたけど、なぜか書いた途端にやる気が出てきて、昨日まで3時間とは言えない日もあったが、毎日勉強を続けていた。普通だったら「これで波に乗れる」と思いたいところだが、今のわたしは波に乗ると先が短くなる。それは今まで何回も繰り返してきたことだ。

だから敢えて今日は「一日、何もしない」と決めていた。6月にうまく休みながらやれたのは、勉強を始めて2日目に「このまま毎日勉強をやり続けてしまうのではないか」と思い、敢えて2日目に休みを取ったからだ。そのときは「何もしない」ということに罪悪感を覚えて休んでいても休んだという気はしなくて、それよりも「できないこと」の方がつらかった。しかしあのとき無理に休んだからこそ、6月は体調に関する「心の声」が聞こえてきたんだよね。「今日は身体がつらいから休もう」「今日は大丈夫だからやろう」そういう声が聞こえてきたのは嬉しかったし、そのときはわたし自身も「ああ、心の声が聞こえるようになったなあ」って嬉しかった。

しかし、7月に入って前の日記に書いたとおりちょっと先の目標が立ってしまったら、またその声が聞こえなくなってしまった。声が聞こえなくなったのも、自分の体調の様子も全く分からなくなってしまった。分からなくなったことだけがよく分かった。要するにわたしにとってはまだ「今の自分の状態がどうか」ってことは、よほど無理して(自覚して)感じなければ分からないのだ、わたしはまだ「全力でやる」ことにクセが付いていて、うっかりするとそのクセが出てしまうのだ、と思った。だから6月のあのときみたいに「無理をして休む日」を作らなければと思ったんだよね。

取り敢えず今日は勉強もしないし、本も読まないって決めたのだが、昨日の時点では本も読まないってことができるのか少し不安だった。というのは、本を読まないと何をして過ごせばいいのかが分からないし、昨日の時点では「本を読みたい!」って気持ちが強かったからだ。

そんな気持ちで今日を迎えたんだけど、結論から言えば、今日は日中全く本を読まずに過ごせた。

今日は起きてから部屋に掃除機を掛けたり、ベッドで寝ころびながらiPhoneからネットをみてたりしたら、すぐにお昼になっちゃったし、15時頃になったらおやつが食べたくなって、ホットケーキを焼いて食べたりしたし、その後はまたベッドで寝ころんでたら眠くなって寝てしまって、起きたら18時半だったし。あっという間に夕食の時間になってしまった。

これは自分にとってもちょっと拍子抜けしてて「やればできるじゃない」という感じだった。

普通は勉強始めて「毎日勉強ができるようになって来て、やっと調子に乗ってきた!やればできるじゃない」って感じなんだろうけど、今のわたしにとっては「勉強しないこと」が「できるじゃない」という感じなんだよね。

この調子で明日は勉強再開するかどうかはまだ決めてないのだけれど、今の感じではもう一日くらい休んだ方がいいような感じがどこかでしているので、休むかも知れない。そして6月みたいにまた「心の声」が聞こえてくるといいなあと思っているのだが、どうだろうね。一回聞けたんでまた聞こえてくるかも知れないし、6月はまだ気持ちに余裕があったけど、今、この時期は夏のスクーリングがあと1ヶ月後に迫ってて、そういう意味でカウントダウンを頭のどこかで感じているので、今はそういう声は聞こえてこないかも知れない。まぁだけど、やり過ぎだと思ったら今回みたいに強制的に休むのがいいだろう。取り敢えずはそうすることで体力を徐々に付けていきたい。
21:33 | 通信教育課程の大学生活 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-07 Sat , 2012
猫の餌
P1020622.jpg

以前、猫の血尿のことについて書いた日記の中でやってる餌について「ドライフードはNow!、ウェットフードはイノーバ、おやつにカリフォルニアナチュラルのチキン&ライスをやってる」って書いたんだけど、あれから少しして、Now!がリニューアルを控えているのかなんなのか分からないけど、手に入らなくなってしまった。ので、おやつにやってたカリフォルニアナチュラルのチキン&ライスを代わりにやることにした。うちの猫、これが大好きみたいだったからね。正直、Now!より好きみたいだった。Now!をやってた頃はあんまり「ご飯早くくれ」って催促がなかったし、餌をやっても残すことが多かった。それがカリフォルニアナチュラルにしたら、毎回毎回「早く~!」って催促と、実際に餌をやったらいつもこれだけはペロリなんだよね。まだ餌の皿の中にはウェットフードが残ってるのに、先にドライフードだけペロッと食べちゃうの。そのくらい、うちの猫はカリフォルニアナチュラルのチキン&ライスが好きみたい。

ただ一つ引っかかったのが、ドライのカリフォルニアナチュラルもドライのイノーバも両方「ナチュラ社」ってところのフードなんだよね。別にこれはこれでいいのだろうけれど、なんとなく「何かがあったときのために」別々の会社のフードにした方がいいような気がしてね。あと猫が高齢になるまで、いろいろな餌を食べさせていろいろな味に慣れておいた方が、病気したときの餌の好き嫌いが出にくくなる、というのも聞いたりして、じゃあウェットフードを変えてみようかなって思ったの。

いろいろな猫の餌のサイトを見たんだけど、ウェットフード、いろいろな種類のがある割に「100gで300円以上するの?うげっ、これ、すごい高いじゃん」というのがたくさんあって、必然的に選択の幅が狭くなってしまったんだけどね。結局ジウィピークのウェットフードにすることにした。これにした理由は、レバーが入ってることなんだよね。前の日記にも書いたけど、膀胱の壁を強くするためにはビタミンAを与えるのがいいらしいんだけど、猫ってカロチンをビタミンAに分解する酵素がないらしいんだよね。だからビタミンAを含む動物性食材から直接摂らなければならないらしく、それが多量に含まれてるのはレバーなんだって。だから餌の中にレバーが入ってる、ってところを評価してこの餌にしてみることにしたんだけどね。で、ジウィピークのウェットフードってベニソン(鹿肉)、ベニソン&フィッシュ、ラムの3種類あって、これはお試しに一缶ずつ買ってみて食べさせてみてどれが一番気に入るかで決めなくっちゃって思って、昨日からその中の「ラム」を与えているのだけれど。

うちの猫は基本、嫌いで「これは絶対に食べない」ってのはない。ただ傾向としてはチキンが好きで、ターキーはあまり好きじゃないらしい。そして本来なら餌の新旧交代をするためには少しずつ古い餌に新しい餌を混ぜて逆転させる必要があるらしいんだけど、うちの猫はいっぺんに新しい餌にしても全然躊躇しないで食べちゃうんだよね。ってことで、昨日の晩は少しイノーバも入ってたけど、大部分はジウィピークになったのをやってみたら。

というか、このジウィピークのウェットフード、缶を空けるとなんか色が悪くてね。イノーバのウェットはあけると肌色で丸でツナ缶みたいな感じ。匂いもすごくいい。だけどジウィピークのウェットは色が黒々として匂いはなんというか、、うんこ臭い(彼女は「これ、ラムの匂いだよ」って言ってたけど)。そしていつも水分摂取させるためにお湯でウェットフードを溶かして与えてるのだが、イノーバの方はきめが細かく、割とサラサラした感じになるのに、ジウィピークのウェットはなんだかきめが粗く、ゴロゴロしてる。溶こうと思っても溶けない。しかもお湯はなんだか黒々した色になってて、見た目はすごくまずそうなのだ。

「こんなに気持ちが悪そうなの、ちゃんと食べるかなあ」と思ってやってみたら、なんの。すっごい食いつきがいい。イノーバより食いつきがよくて、いつもならウェットフードは少し残すのが一気に全部ペロリ。昨日の晩は「夜だからかな」(夜はいつもだいたい全部ペロッと食べるので)と思っていたが、今日の昼間に同じようにやったけれど、やっぱり昼間もペロリと食べたので、もしかしたらうちの猫はこっちの方が好きかも知れない。まぁ気に入ってくれればそれに越したことはないのだけれどね。

ってわけで、今後はドライフードはカリフォルニアナチュラルのチキン&ライス、ウェットフードはジウィピークになりそうだ。

尿のpHは、毎月測るつもりが、いつもコロッと忘れてしまって、ほとんど測ってない。体重も気が向いたときだけ。こんなんじゃいかんと思ってはいるのだが。。つい、めんどくさくなってしまって。。
16:58 | 二人と猫のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-08 Sun , 2012
戦争と罪責
10日ほど前に新宿・ニコンサロンで「重重-中国に残された朝鮮人元日本軍「慰安婦」の女性たち」という写真展を観に行き、その感想を日記に書いた。そこでわたしは

> 残念ながら、わたしは無知なので中国に残されたままの元慰安婦の人が、どうして中国に残されたままなのか、戦後67年間(尤もこの写真が撮られたのはもっと前らしいが)いかにして生きてきたのか、その背景や実態を全く知らない。

と書いたんだけど、早速「このような本がありますよ」と言って教えてくれた人がいたので、お勧めに従って図書館で借りてきて読んだ3冊のうちの1冊だ(あとの2冊はこれから読む)。

この本は精神科医である著者が太平洋戦争中に中国で残虐な行為をした元軍医、将校、特務、憲兵だった人たちが戦時中どのような行為をしたのか、それに対してどのように反省したか、戦後どのように生きているかについて取材して書いた本だ。全部で17章あるが、1人についてだいたい1~3章かけて書いている。いつもならこの分量くらいの本(全359ページ)なら早くて1日か、遅くても2日掛ければだいたい読める。しかしこの本は1人分のエピソードが終わるとどっと疲れてしまい、次の人のエピソードを読む気力がなくなってしまうため、間に休憩を入れたり、日をおいたりせざるを得ず、結局4日掛けて読んだ。

著者が精神科医であるためか「どのように反省したか」についての問いかけは厳しい。真に反省するためには(相手の身になって)悲しむこと、それができなければ本当に反省したことにはならないと語っている。そして戦後一貫としてほとんどの日本人は「真の反省をしてこなかった」と述べている。それはこの本を読めば明らかだ。戦犯として収容され、そこで反省し日本に戻ってきた人たちに対して、「中国帰り」「アカ」「中国で洗脳された」とのレッテルが貼られ、就職ができない。頻繁に自分の元に公安が訪ねてくる。身内には「正直に悪いことをやったと言って長い間捕まえられていたのだろう。なんて馬鹿正直なことをしたんだ」と言われる。この本には書いていないが確かにあの時期はレッドパージなどがあって「共産化」に対しては非常に厳しい目があったと思われる。が「馬鹿正直に自分が悪いことをしたと言って」と責めるのは、責めた人は全くあの戦争に対して反省していない、と言うことの表われでもあるし、日本には反省する風潮も何もなかったと言うことだろう(その割には「一億総ザンゲ」とも言われているが、あれは結局「みんな反省したフリをしているので何を反省していいのか分からないけど取り敢えず自分も反省したフリをしておかねば」ということだったのだろう)。

そしてそれはまた戦後、あの戦争で何が起こったかを語り継ごうとしている人や中国の人たちに対して謝罪し続けている人に対して、同じ戦争に行った当事者から「作り話だ」とか「今、こういうこと(中国に謝罪をしているということ)をやると国際関係に影響を与えるから止めろ」とか「それだけ反省したのなら日本人としてなぜ腹を切って死なないのだ」とか「狂っているから脳病院に行け」という意見が匿名か偽名で届く。戦争に行った人たち皆が自分たちがやったことに対して反省をしていない。反省をしていないどころか反省をしている人たちのことを貶めるようなことを言う。しかもそれは本名ではなく、匿名という形でだ。本当に「作り話」だと思うのなら、なぜ本当の自分を明かした上で反論をしないのだろうか。

ちなみにこの本は'98年に発行されたものだけれど、おそらく、この本で取りあげられた元軍医や将校、特務や憲兵の人たちはみな亡くなってしまっただろう。この時代はまだ当事者が生きているからよかったとも言える。曲がりなりにも「反省し続けた人」が存在したから。しかし、今の時代、既に経験した人はいなくなり、誰も反省を口にする人はいなくなってしまった。そしてだんだん「虐殺はなかった」だの「慰安婦はウソだ」だのという話しか残らなくなってきている。そういう世の中を今、わたしは生きているのだ。そう思うと非常に怖い。わたしはこの戦争に対して日本はきちんと謝罪するべきだと思うし(「何回も日本は謝罪しているではないか。これ以上謝り続ける必要はない」と思う人もいると思うが、日本は本当に謝罪すべき人に謝罪していないと思うし、だからこそ今の今まで「日本は謝罪しろ」と言われ続けているのだとも思う)、このことは後世に語り継がなければならないと思っている。それが平和への道だと思っているが、いかんせん、わたしがこの戦争を経験したわけではないので「弱い」のだ。わたしができることはこのような場で自分の意見を細々と述べるしかない。述べないより述べる方がまだマシかなとは思っているが。

本の話に戻ろう。

これらの人たちは最初から自ら「自分は悪いことをした」と思っているわけではない。大抵の人が「あれは戦争状態だったし、自分は上からなされた命令に従っただけで、あのときは仕方がなかったのだ」と思っている。戦争が終わってソ連に捕らえられ、そして強制収容所で働かされ、そして中国に引き渡されている。中国に収監された時点ではほとんどの人が「悪いことをした」とは思っていない。中には「あれだけひどいことをしたのだから、自分も同じ目に遭うかも知れない」と思っている人はいるが。しかし中国側は戦犯たちを日本兵にされたときと同じことを全くしなかった。逆に丁重にもてなし、温かいご飯が与えられ、病気にかかれば手厚い看護も受けられた。中国政府がなぜこのような扱いをしたのか、それはわたしにはよく分からない。この本に書かれている誰もが「なぜこんなに丁寧な扱いをするのだろう」と思い、そして「それに比べて自分は中国人に対してなんてひどいことをしてしまったのだ」という気持ちにさせている。心理作戦としては上出来だ。しかし果たして心理作戦のためだけにこんなに丁寧な扱いを中国政府はしたのだろうか?わたしはそこに中国政府としてなんらかの「意図」があったのでは、と思っている。国がただ「戦犯に自分がやったことを吐かせよう」と思ってこのようなことをしたとは到底思えない。意地悪い見方かもしれないが、国というのは絶対に何か「自分の利益」になるようなことを考えていると思う。それはただ、中国政府は国際社会に「戦犯に対してこのように丁重に扱った」ということを国際社会に見せたかったのかも知れない。「共産主義」が日本に根付くようにさせたかったのかも知れない。しかしそれ以上にわたしの考えの及ばない「意図」があったのかも知れない。

最初に書いたように著者は「真に反省する、ということは(相手の身になって)悲しむこと」と述べているし、相手の身になって悲しむことができる人が、裏を返せば本当に喜べる人だ、とも述べている。頭だけの反省は上滑りするし、反省するときも自分をよく見せようとする。そしてここに出てくる人たち皆が皆、真の反省をしている、とは書いていない。戦後50年経ってようやくそこにたどり着けた人もいるし、まだの人もいると考えている。これを読むと真に反省することがどんなに難しいことなのかがよく分かる。

ただ、一つ思ったのは、戦時中、「戦争栄養失調」という今で言う「拒食症」のような症状になって死んでしまう兵士も存在したそうだ。それ以外にもうつ状態になり、しばらく休養するとよくなるのだが「よくなったから戦場に戻れ」と言われると自殺をしてしまう。これは戦争の環境に耐えられない人たちがいたということだ。戦場では人(この場合は中国人)を人扱いしない。「度胸付け」のためにいとも簡単に首をはねる。女がいたら強姦してその後証拠が残らないように殺す。食糧を調達したあと村に放火する。死ぬか死なないかのギリギリのところまで拷問し、用が済むと殺す。七三一部隊で「○人必要」と言われれば、調達して引き渡す。そして生きながら切り刻まれて殺され、細菌に感染させられ殺される。そのようなことが日常に起こる。これでは精神がおかしくなるだろう。おかしくなる方が普通だと思うのだ。わたしもうつ病を患ったことがあるので、その環境に耐えられない、という気持ちがすごくよく分かる。しかし逃げたくても戦場から逃げるわけにはいかない。どんなにつらかっただろうと思う。

しかし一方、最初は「ひどい」と思うものの、それに慣れてしまう人たちもたくさん存在する。いや、そういう人が多くなければ戦争は継続できなかっただろうが、それに対しては「人間ってそういうものなんだろうか」と思ってしまう。思ってしまうが、有名な心理検査で、被験者は、間違った回答をした人に対して罰として電流を流す、というのがある。回答を間違えるたびにだんだん高電流を流すことになっているのだが、被験者は命令されると平気で高電流を流すようになる(だいぶ端折って書いたけど(^^;)。この実験、100人に対して行なわれたそうだが、途中で「止める」と言った人はたったの2人、しかも「自分の意志で止める」と答えた人はたったの1人だったらしい。人間は上から命令されると平気で残虐なことができる性質を持っているのかも知れない。わたしも今は「そんなことはできるわけがないだろう」と思っているが、誰かに命令されたら自分の意志に背いてひどいことをしてしまうかも知れない。そういう可能性があるんだということを脳裏にとどめておかなければならない。しかし、周りの人が「殺人鬼」になっていくのに、自分だけが「人を殺すのは嫌だ」と言えるだろうか?この本には戦争中も一人だけ「嫌だ」と言い続けた人が出てくる。そして日本に戻ってきてからも軍人恩給を受けなかった。しかしそこでも「なぜ受けないのか」という周囲の圧力がある。役所から何度も何度も「手続きをしてくれ」という連絡がある。しかしそれも断わり続ける。なんてすごい人なのだろうと思う。そういう人にわたしもなりたいと思う。思うが実際のところ、それができるかは自信がない、、

この本の最後の方は親が憲兵だった、という人の話が出てくる。そこでは生前は戦争で何をやったのか全く語らなかったが、死に際に「この文字を墓に彫ってくれ」と娘に言って亡くなる父親が出てくる。その文字は「中国人民に対してなしたる行為は申し訳なく、ひたすらお詫び申し上げます」というものだった。娘は父親が一体戦争で何をしたのか、調べ始めるが、結局は分からない。手がかりに結びつくかと思って人を訪ねれば「あの頃の情景」や「引き揚げに苦労した」という思い出話しか出てこない。戦争で何をやったか、については全く話してくれないので、父親が何をやったのかさっぱりわからないのだ。結局彼女は父親が本当は何をやったのか、想像すると怖いと思いつつ、2つの短編小説を書く。書いて自分の心を昇華させ「父のやったことを自分が引き受ける」と決意する。そして今まで父親が「墓に彫ってくれ」と言い残した文字は弟と伯父が「そんなのを彫りつけるのは嫌だ」と言って彫られなかったのが、弟の死後、甥と「お墓に彫ろう」というところで終わる。そこには「時代は少しずつ変わっている。わたしたち戦後世代は、尋ね聞くことができる状況やっと到達した。聞く力をようやく持ちつつある。」と書かれてるんだけど、これについては「甘い」としか言いようがない。だって聞く力を持ちつつあるけど、話してくれる人はもういないじゃん。

わたし自身の話になるけど、日記でも何回か書いたが、わたしには血の繋がってない祖父がいて、その祖父は戦争中、中国でひどいことをした、らしい。しかし知っているのは「ひどいことをした」というだけで、その具体的な内容については知らないのだ。今、生きていれば絶対に聞いていたと思う。けれどその祖父はわたしが大学生だったか大学院の頃だったかに亡くなってしまって、全く聞いてない。まぁもともと遠くに住んでいて会えるのはお盆と正月しかなかった、ってこともあるだろうが、それにしても大学生くらいのときになんで聞いておかなかったんだろう、と後悔している。が、あのときはこういうことは全然考えてなかったんだよね。ちなみに血は繋がってないが、血が繋がっていないと言うことはわたしが結構大きくなって聞いたので、感覚的には血が繋がっている祖父と全く変わらない。そして祖父の身近にいた祖母だが、こちらの方ももう既に鬼籍に入ってしまったので、聞くことはできない。もし祖父が語っていたとすれば、わたしの叔父や叔母だが、これも滅多なときでないと会えないので聞く機会がない。こういうことは「いつまでも聞けるわけじゃない。年月には限りがある」ってことを否が応でも実感する。だから上の文章は「甘い」のだ。

戦争は被害からは語りやすい。わたしは一方「被爆二世」の当事者であるので、やはり被害の面から語りがちだ。しかしそれはやはり「一面」でしかないのだ。加害と被害、両方併せて初めて「戦争を語る」ことになるのではないだろうか。しかし「加害」は伝わりにくいのは確かだ。人は「自分が自分の意志でやったこと」については非常に言いづらいらしい。やはり「ひどい人間だ」と思われたくないからだろうか。わたしも「語り継ぐことは必要」と思っているが、実際に自分が加害側になったとき、人に話せる勇気が持てるだろうか。「人がやったこと」だから語り継げると思っているのだろうか。そこのところは正直よく分からない。

わたしはこの本を読みながら、祖父のことを思った。祖父はシベリア送りになったが、この本に書いてある人たちのようにソ連から中国には引き渡されていないはずだ。それはなぜなのか。祖父はどんなことをしたのか。そして祖父も「シベリア帰り」ということで就職できなかったんだろうか。たしかずっと自営業をしていたはずだ。「アカ」と言われたのだろうか。そして祖父は戦後、どのように生きてきたんだろう。どのような思いで生きてきたんだろう。わたしが見た祖父の姿はホンの一瞬でしかなかった、と思う。祖父の日常を知りたかった。

この本はそういう思いも一緒に持たせてくれた本だった。
23:13 | 被爆二世・戦争などのこと | page top↑
07-10 Tue , 2012
苦しい
「戦争と罪責」に引き続いて今は「虜囚の記憶」って本を読んでいる。これも知人から紹介された3冊のうちの1冊だ。

「戦争と罪責」は加害者について書かれた本だった。しかしこの「虜囚の記憶」は中国人被害者の話をまとめてあるらしい。まだ半分も読んでないけど、今のところ最初からずっと日本に無理矢理連れて来られて、炭鉱などで働かされた人たちの話が続いている。

「戦争と罪責」も読むのに疲れて1人分の話が終わると少し間をあけないと読めないくらいだった。が、「虜囚の記憶」はそれに輪を掛けて読むのが苦しい。疲れるんじゃないの。苦しいの。それはなんでだろう?って思いながら読んでるんだけど、なんでなんだろうね。

事実の描写に対しては、加害者側の言葉の方がより詳しくて残酷なの。元軍医が、中国人を生きたまま人体実験した際の話を「こうやってこうやって、こうしてもまだ死ななかったので、これをして、でもまだ死ななかったので結局こうやって殺した」とか(具体的にはもう覚えてないが)。元軍人が中国人の首をはねたときの話も「まず日本刀に水を切り拭きかけて、それを空中で切って、それから首をはねたのだけれど、あとで見たら一箇所刃こぼれがしてて、それは多分顎の骨に当たったんだろう」とか首をはねた瞬間、頸動脈の2箇所から血が噴き出して、何人も殺すうちに辺りが血の海になってしまったことだとか、拷問の仕方もすごく詳しく書いてあって、それはもう、すごくすごく残虐なの。

一方、被害者の方は畑仕事をしていたら突然日本兵に囲まれてそのまま拉致されて汽車に乗せられ、それから収容所みたいなところに連れて来られて、それからまた今度は船に乗って、それからまた汽車に乗せられて全然知らない炭鉱で働かされて、みたいな、ぼわんとした話なのね。何十年してから「あそこにいたんだ」って知った人もいる。って当たり前だよね。わたしも突然拉致されて、字も読めない国に連れて行かれたら、そこがどこの国でどういうところかなんて分かるわけないもん(尤も字が読めた人はどこの港に着いて、などということは分かったらしいが)。人が死んでいくさまも加害者側の証言に比べるとそこまで詳しくない。中にはまだ少年で、父親が膝を怪我して看病しているうちにどんどん悪くなって化膿して蛆が湧いて、全身膨れて死んでいった、なんてことも書いてあるけど、頸動脈から血が吹き出て、そこら辺が血の海になって、というよりはわたしにとっては残虐な著述ではない(これはわたしが血がすごく苦手ってこともあると思うけど)。

ひどい目に遭わされて死んでいった人は後に「自分はこうやって殺されました」という証言ができるわけじゃない。それに被害者も極度の空腹や疲労感でほとんど頭が働いていない状態だったらしい。だから、生き残った被害者の証言は加害者に比べるとそんなに残虐な描写ではないのかなあと思ったんだが。

しかし、読んでいるわたしは被害者側の話を読む方が苦しい。なんでなんだろ?すごく重たい感じがする。被害者から責められてる感じとかそういうのはないのだが。。

彼女が「あんまりそういうのを読み過ぎると身体に悪影響を及ぼすから、適当にしなさい」って言ってるんだけど、図書館で借りてきた本だから期限はあるし、少々つらくても無理に読み進めないとって思ってる。もしかしたら頭のどこかで「被害者の人がこれだけつらい目に遭ったんだから、自分も少しくらいはつらい目に遭うのは当然(って全然次元が違うんだけど。比べる方が恥ずかしいか)」って思ってるのかも知れない。

とにかく読んでるとどんどん嫌な気分になってくるのだが、「なぜ自分は加害の話より被害の話の方が苦しい思いをするんだろうか」という謎と一緒に読み進めていきたいと思う。
17:57 | 被爆二世・戦争などのこと | page top↑
07-13 Fri , 2012
どんな味?
P1020639_20120713214937.jpg


彼女はよく飲み物を飲むんだけど、ときどき「なんじゃこれ?」ってものをコンビニで買ってきては冷蔵庫に入れてる。わたしは食に対しては超保守的で、知ってる飲み物以外はまず飲まない。だもんで、上の2つを冷蔵庫の中で発見したときは「うわー、なにこれ」なんて思っちゃったんだけどさ(笑)

「タピオカ杏仁マンゴー」については「どんな味?」と尋ねてみたら「マンゴーの味はするけど、杏仁の味はあんまりしないなあ」とのこと。塩レモンについては、聞いてみる前に既に飲み終わっていたorz

しかし、味の想像が付かないものをよく買ってくるなあと感心してしまう。

ま、世の中こういう人がいないと新製品なんか売れないだろうし「新しい味」として定着するものもないだろうけどね。それでもやっぱり「すごいなあ」って思ってしまう。人それぞれって言っちゃあ、人それぞれだよねー。なんでもそうだけど。
22:04 | 二人のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-14 Sat , 2012
猫の餌 その2
前の日記の続き。

猫の餌、実はまだイノーバの缶が8缶くらい残ってて、予定ではジウィピーク(ラム)→イノーバ2缶→ジウィピーク(ベニソン)→イノーバ2缶→ジウィピーク(ベニソン&フィッシュ)→イノーバ4缶(この間にジウィピーク缶を新たに注文)って流れで行こうと思ってた。だけど、ジウィピークのラムを食べさせたあと予定通りにイノーバにしたら、猫が全然食べないの!!昨日の昼なんかちょっと匂いを嗅ぐだけで、もう最初から全く食べなくて、夏だし悪くなるといけないから3時間過ぎたところでお皿を下げたんだけど、そのときまででも1/4くらいは残してるから「もしかして食欲自体なくなってるのかも?」と思ってちょっと心配したんだよね。最近いよいよ暑くなってきてるし、食欲自体が問題だったら、病院にも連れて行かなければならないし。だけど「イノーバが嫌いすぎて食べない」って可能性もなきにしもあらずかも、って思ったので、夜はイノーバ缶がちょうどなくなるときでもあったので、本来ならまた新しいイノーバ缶を与えてみる予定だったんだけど、前倒しでジウィピーク(ベニソン)を与えてみたんだよね。といっても、イノーバが半分以上で、ジウィピークの方は少し混ぜた程度だったんだけど。

だけど、、猫、食べる食べる。結局昨日の夜の餌は何事もなくほとんどいっぺんに全部食べた。まぁ昼の餌を1/4くらいは食べてなかったからお腹もだいぶ空いていたんだろう。

しかし、今日の昼も夜もやっぱり同じようにガツガツ食べてほとんどいっぺんでなくなった。そうなると「やっぱりイノーバ、好きじゃなかったんだな」って思うんだよね。猫はそれまでイノーバしかやってなかったから「こんなもんかも」と思って渋々食べていたが、あるときなんか美味しそうな餌に変わって「やった!」と思ったのもつかの間、また元の餌に戻ったので「この餌は食べたくない!」って食べなくなったんだろう。我が儘と言えば我が儘なんだけど、まぁ仕方ないか。でもそこまで嫌ってるとは思わなかったので、ジウィピークをやるのはもっとイノーバ缶を消費してからの方がよかったかも。。でももう遅い(^^;まぁ缶詰はまだ1年以上消費期限があるので、またイノーバの味を忘れた頃(半年後くらい?)にやってみようと思っている。そのときも食べなかったら、、どうしよう(^^;;

ちなみにジウィピーク、ベニソンもラムとは臭いもあまり変わらないし、肉がゴロッとしてるのも同じ。色はベニソンの方がちょっと明るめかな。ラムはすごく黒かったけど、ベニソンは茶色っぽい。

それから前の日記では、3種類のうちどれが一番食いつきがいいかを観察してみて、どれかに決めようと思ってたんだけど、3種類あるんだったら、ローテーションで食べさせるのがいいかなあと思い始めた。今のところ、2種類やったけど、食いつきに差は見られないみたいだし、無理にどれか一つに決めなくてもいいかと思ってね。

しかし、喜んで猫が食べてくれるのはいいけど、この餌、わたしにとっては臭くってねー。前も書いたけど、ウェットフードはお湯に溶かして与えてるので、溶かすのに別の皿を使っているのだが、その皿を洗うと必ず手に臭いが付いてしまって、嫌なんだよね。この臭いが毎日毎日わたしの手に付くのかと思うとちょっとなぁって思う。台所に手洗い用の石けんを置いておこうかな。
22:13 | 二人と猫のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-17 Tue , 2012
多分、読めない
前の日記に「虜囚の記憶」という本を読むのが苦しい、と書いた。あれから何日か休みをおいてまた読み始めたのだけれど、今度は夢にまで出てくるようになってしまった。まぁ夢と言っても自分が加害者になったり被害者になったりという夢ではなくて、気が付くと寝ているうちに「自分はどうすればいいのか」をあれこれグルグルと考えている、といった感じ。正確に言うと夢ではないのかも知れない。でも寝ている間に出てきて以来、本を読むのは止めてるんだけれど、間をあけて2回も同じことがあった。もしかしたら今晩もそういう感じになるかも知れない。

うーむ。なんだか最近あまり調子がいいとは言えないんだけど(体調が)、そういうのが頭にも来てるのかなぁ。

取り敢えずはしばらく読むのは止めてみようかと思っている。いや、本当に申し訳なくて、この本に出てくる人たちに「軟弱でごめんなさい」って謝りたいと思うんだけど、今は自分の体調を一番に考えさせてください。ホント、申し訳ない。。
21:57 | 被爆二世・戦争などのこと | page top↑
07-18 Wed , 2012
調子が悪いみたいです
なんて、なんか人ごとのようだけど。今日、病院の日だったんだけど、主治医にこの2週間のことを報告したら「今は調子が落ちてる時期みたいですね。○○さんは今までの様子を見ると調子が落ちてくると薬飲むの止めちゃってます」と言われた。た、確かに。それは指摘されないと気が付かなかったけど確かにそうだわ。ついでにちょっと神経過敏になってるみたいで、だから戦争の加害とか被害の本を読むとそれに対して過敏に反応してしまうみたいです。これも指摘されるまで分からなかった。

「なんだ、自分のことじゃないか。それくらいも分からないのか」って思われると思うんだけど、確かにちょっと落ちてるなあとは思ったけど、そこまでだとは思わなかったんだよね。前にも(退院直後だったかな)神経がすごく過敏な時期があって、そのときは長い間ネットを見なかったり外界と接触を断ったりしたことがあったんだけど、あのときは自分から「今はできない」と思って止めてたんだよね。でも今回は「できない」と思えなかったの。「なんかおかしいなあ、なんでこんなになるのかなあ」くらいしか思えなかった。

ってことは、調子の底自体がかなり上がってきてるってことなんだよね。今回は調子が悪くて病院に彼女も付いてきてもらったんだけど、彼女にもそう言われて「なるほど、そっか」と。

だから焦らないことにしました、と言いたいところなんだけど、夏のスクーリングは間近で、しかも最近あまり勉強できてない。。ということで、やっぱり焦っちゃうんだよね、これが。だからって焦ってもできないことはできないのだけれど。。まぁ多分、もうじき底は終わるとは思うけどね。ただ、神経が過敏になっているのはもう少ししなければ治まらないかも。

だけどわたしが普段読む本ってどちらかというと硬くて真面目な本で、なんかどこか「考えること」がないと物足りないって思う方なんだよね。だから純粋にエンターテイメント系の本は普段は読まないし元々持ってない。普段はそれでいいんだけど、こういうときになると「一体肩の凝らない本ってどういう本がいいんだろ?」って思っちゃう。今回もそう思ってたんだけど偶然今日買った「BIG ISSUE」で紹介されてた本が肩凝らなそうで、しかも自分に興味があることでそんなに神経を刺激しないような本だったので、病院帰りに早速買ってきた。電車の中で早速読んでみたけど、「なんでこれで泣けるの」って思う些細なところ(しかも絶対に普通の状態で読むと泣きそうにないとこ)でじーんとしてきて涙が出そうになる。読みながら「もしかしたら自分が考えるより重症だったのかなあ」って思った。まぁ3冊買ってきたので読んでるうちに神経過敏なのも治まってくれるといいけど。

ってわけで、薬の処方なんだけど、今までずっと飲んでた「抑肝散」が「抑肝散加陳皮半夏」ってのになった。これが1日食前3回。抑肝散はどうしても食欲不振が気になったので、今回飲むの止めちゃったんだよね。まぁ止めちゃったと言ってもここ2日くらいのことだけど。それに止めたからと言って調子が悪くなったとも思えないんだけどね。だいたい抑肝散、効いてるかどうかよく分かんなかったし。それから朝だけ飲んでた「ワイパックス」は飲むと異様に眠くなるからこれも止めてたんだけど(こちらは1週間程度か)、それが「リーゼ」になり、1日朝晩1錠ずつ。「アモキサン」が朝、「ジプレキサ」が夕飯後、というのは変わらず(こちらは止めずにずっと飲んでた)。

まぁ処方された薬を途中で自己判断で止めちゃうのはいかんと思うんだけど、でも止めたら「止めました」ってちゃんと申告してるわたしはずっと言わないまま処方だけされてる人に比べたらちょっとはマシなのかなって思ったりもしてる(笑)ってこれは言い訳。
19:02 | 3度目のうつのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-19 Thu , 2012
なぜか
今日起きたら身体が軽くなってた。

昨日までとは全然違う感じ。身体が全然重くない。意識しなくても動ける感じ。動くのってこんなに楽だったのかって思う。それくらい、昨日までの約1週間と今日は違う。

毎回、体調が悪くなるたびに「一生このままの状態だったらどうしよう」って不安になるのね。普段の身体の調子が全然思い出せなくなる。だから「もしかしたら今は怠けてるのかも知れない」って思ってしまい、動けない自分を責める。そして「どうしたら動けるようになるんだろう。どうやったら治るんだろう」って考える。でも一生このままの状態なような気がするので、彼女が「いつかはまたよくなるよ」という言葉が信じられない。「前はどうやって治ったのか」と思うけどどうしても思い出せない。

そういうことが毎回毎回同じように起こる。

体調をよくするのは自分の努力じゃないんだよね~。自分の努力じゃないから毎回毎回忘れるんだろうな。しかし「ある日突然よくなります。それまでは自分を責めずに時が経つのを待ちなさい」と言われても無理だろうな。「ある日っていつ?本当にそんな日来るの?もしかしたら今回は調子が良くなる時なんて来ないかも知れないじゃん」って思っちゃうんだよね。調子が良いときは悪いときのことも思い出すんだけど、逆はないんだよね。。

まぁまた何ヶ月か経ったら調子悪くなって「どうして自分はこんなに体調が良くなくて何もできないんだろう」って思ってしまうのだろうけど、取り敢えずは調子が良くなったときのことを思い出すために書いてみた。
18:51 | 3度目のうつのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-20 Fri , 2012
名前のある猫
うちの猫は3つの言葉が分かる。「高尾」という自分の名前と餌やおやつを与える前に言う「おすわり」と上がってはいけないところに上がったときに言う「降りなさい」という言葉だ。

特に名前を呼ばれたあとは「なに?」とでも言うように、じっとこっちの顔を見つめている。振り返ってこちらを見ることもあるし、正面からこちらを見ることもある。

少し前のことだけど、猫カフェに行った。そこは普通の猫カフェではなく、動物愛護団体が自分たちの保護した猫をオープンカフェ形式にしているところで、そこにいる猫たちは里親を待っている状態だ。まだワクチンを打つ前の子猫が圧倒的に多く、それらの猫は外には出せないのでケージの中にいるんだけど、中にはもう少し大きくなったのもいて、そういう猫は外に出されて客は触れたり抱っこしたり遊んだりできる。

わたしは普通の猫カフェにも行ったことがあるんだけど、昼間と言うこともあるだろうがそれなりに歳を取った猫が多かったためか、ほとんどは寝ている状態だった。だから猫カフェって行ってもあんまり面白くない印象だったんだけど、こないだ行ったところは小さい猫が多かったからか、部屋の中の埃(?)の固まりで遊んでたりして、それで遊んでるうちに別の猫とぶつかって猫同士の追いかけっこが始まったり、動きがあってなかなか面白かった。それに以前猫カフェに行ったときはまだ猫を飼ってなくて、どうやって触っていいのか分からなかったりもしたんだけど、今は家に猫がいるから、寝てても嫌がられないような猫のさわり方が分かってたりする。そういうこともあって、より猫カフェが楽しめたんじゃないだろうかという気がした。

「結構楽しかったね」と言って彼女と帰ってきたのだが、家に帰ってからうちの猫の名前を呼んではたと気が付いた。猫カフェのあそこにいた猫は多分名前が付いてない。まぁ名前が付いた猫の方が名前が付いてない猫よりどうだこうだと言う気はない。だがあそこにいた猫は確かに人のことは気にしなかったけれど、人と触れ合おうとかそういう気持ちは全くなく、猫は猫の世界で生きている、という感じだった。

名前がないことについてどうだこうだ言う気はないけれど、あそこでは里親捜しをしてるところだから、将来は誰かの飼い猫になるわけで、そうするとほぼ間違いなく名前は付けられるよね。だから「早く誰かに飼われて、名前が付けられるといいなあ」とも思った。

うちの猫は名前を呼ばれるとこちらの顔をじっと見つめる。お腹が空いたときは「お腹空いた」と催促するようにこちらを見つめる。遊んで欲しいときも、甘えたいときもこちらを見つめる。

そういうときは「ああ、信頼されてるんだな」と思って嬉しくなる。やはりうちの猫はわたしにとっては特別な猫なんだということを、猫カフェに行ってから、さらに強く感じるようになった。
21:41 | 二人と猫のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
| ホーム |
AX