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04-04 Wed , 2012
しばらく休んでます
3月は思いも掛けぬ「激動の月」になってしまった。
しかし、それも一段落し、今は今までの溜まりに溜まった疲れを取っているところ。

というか、一段落した途端、身体の方が「頭痛→鼻炎→頭痛→何もなし→頭痛及び風邪ぶり返し」で、今のところ、1日何もなくずっとぼけっと過ごせたのはたった1日しかないのだ。今日は頭痛は朝のうちだけですぐに去ったけど、喉が痛くてまた風邪がぶり返してしまった。これで何度目だろう。今は身体の免疫力がとても落ちているらしい。

一段落したとき「一週間くらいは休むか」と思っていた。

ところが、身体の調子が悪いと必然的に寝ている以外なく、休むと言っても身体の方はつらいし、全然休んだ気にはならない。

「身体が回復してから一週間くらい休むか」と思うと今度は「そんなに休んでいいのか」という声がどこからか聞こえてくる。でも一方「そのくらい休ませてくれてもいいじゃんか」という声も聞こえる。なんせ、わたしがこの問題に苦しみ始めてから既に十年以上経つのだ。その間、ずっと苦しんでいたわけではなく、本当に苦しかったのはここ2、3年のことだけれど、それでも2、3年に比べると2週間くらいは休んでもいいのかなという気持ちはする。

ただ、新年度も始まってしまい、勉強の方もやりたいんだよね。。結局3月は2つしかレポート提出できなかったし(2つとも合格してたけど)。

わたしは「2週間休むと2週間遅れる」とどうしても思っちゃうんだけど、彼女に言わせると「今、きちんと休んだ方が絶対にその遅れは取り戻せるから」だそうだ。それも一理あるんだけど。。

まぁどちらにせよ、身体自体の疲れが今、どっと出て、正直何もできない状態だ。なので、まずは身体を治すことが先決。

というわけで、しばらく休むことにした。まぁ休むと言っても病院とカウンセリングには通うんだけどね。
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20:56 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-05 Thu , 2012
アレルギー?
なんか最近すっかり「闘病日記」と化してるこのブログだが(苦笑)

正直、身体の調子が悪すぎて、他のことを考えている余裕がない。

昨日「風邪がぶり返した」って書いたけど、昨日の夜は喉じゃなくって鼻の奥の方(のどちんこの裏、と言えばいいのか。あそこはいつもどう言えばいいのか分からないんだよね)が猛烈に痛くなって、痛くて痛くてほとんど朝まで眠れなかったんだよね。

わたしが風邪を引くと必ずそこから痛くなる。だから「風邪がぶり返した」って書いたんだけれど、今朝、早いうちに近所の耳鼻科に行ってきたら「アレルギーです」って言われた。風邪じゃないのか?と思い「風邪じゃないんですか?」と聞くと「風邪とは全く違います」と言われた。見たら分かるのだろうか。鼻の奥は「かなり腫れている」と言うことで3日分の抗生物質と痛み止めをもらってきた。あと耳の中も中からかゆい感じがしたんだけど「かゆくてもいじらないで下さい」って言われた。今までかゆかったから耳かきでかいてたのに。。(笑)「アレルギーって、血液検査しなければ、原因が特定できないんですよね?」と聞いたら「そうだけど、くしゃみや鼻水が出てないんで、特定するほどのことでもないでしょう」と言われた。

ただわたし、その2日前だったか、アレルギー性鼻炎でくしゃみと鼻水が止まらない状態になってるんだよね。あのときは鼻炎カプセルを飲んで、それで無理矢理症状を抑えたんだけど、それが鼻の奥に来たってことなんだろうか。その割に、今回はくしゃみも鼻水も鼻づまりも一切なしだったんだよ。

今の時期に「アレルギー」っていうと、すぐに「花粉症」と思われるんだけど、わたしは花粉症は持ってないと思う。高校の時に一度、アレルギーの検査をして、そのときに「ヤケビョウダニ」と「ハウスダスト」がアレルゲン(ただし軽い)と言われた。それ以降、アレルギーの検査はしたことがないんだけどね。でもわたしの鼻炎は突然起こる。しかも普通だったら、それがずーっと続くんだろうけど、わたしの場合は続かなくて、まぁぐずぐずする日は続いたりするんだけど、くしゃみと鼻水が出まくって、鼻が詰まったり頭がボーッとしてきたりってほどひどくなるのは1日だけで、そうなったら鼻炎カプセルを飲んで無理矢理抑える。そうしたら知らないうちに治ってる。

アレルギーってアレルゲンが取り除かれないと続くはずだから、これってなんか変なんじゃないかな。しかも「原因」がよく分からない。確かに身体が疲れたときは起こりやすいかな、とは思うけど、身体が疲れたからといって必ずその症状が現われるとは限らない。

だから、なんだか変なアレルギーなんだよねー。

ただ、今回みたいに鼻の奥がアレルギーによって炎症を起こすとは思いもよらなかった。先生に「アレルギーです」って言われてびっくりした。

まぁ今はいろいろあって、身体がすごく弱ってるのかなと思う。まずは体調から整えていかなきゃね。って頭痛かったりくしゃみ鼻水が止まらなかったり、ってのは、身体自体にすごーいダメージを与えてて、余計に身体は疲れると思うのだが。。そこら辺は自分でもよく分からない。自分が「そうなろう」と思ってなってるわけじゃないし。

んーでもしかし、早く身体の方も落ちついてくれるといいんだがなあ。。
21:49 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-09 Mon , 2012
病院の日
ホンマに最近は「闘病日記」じゃね。

というわけで、今日は病院の日。

わたしの状態といえば、耳鼻科に行って、症状が少しおさまったと思ったら、今度は猛烈な眠気に襲われて、朝も昼も晩もずっと寝てばかり。もういつでも横になりたくて仕方がない。横になったと思えばすぐに眠れてしまう。ただね、朝6時少し前になるとやっぱり起きちゃうんだよね。それも今までは浅い眠りになってから起きる、みたいな感じだったのに、今は深い海の底からいきなり水面上に引っ張り出されるような、無理矢理起こされる感覚。それ以降2時間くらいは寝てるか起きてるか分からないように「ウトウト」してる。だから、余計、朝眠い。

彼女は「3月後半、これだけいろんなことがあったんだから、身体は疲れてて当然だよ。だから、しばらくは休んだ方がいいよ」って言ってくれるんだけどね。わたしは身体が眠りを欲していると分かっている一方、その睡眠時間が勉強時間に充てることができなくて、ものすごくイライラするし、もどかしいの。それと情けなくて。

まー、今回、精神科の主治医にはこんな感じで話したら「これはあくまで精神分析の解釈の一つなんですけどね」と言って、わたしのこの眠さの理由について分析してくれた。それによると、わたしの身体というのは、割と精神的なものにすぐ反応してしまうらしい。なので頭は「これで問題は解決した。気持ちが軽くなった」と思っても、身体はまだそう思っていなくて、今まで使ったエネルギーやこれからまだ使わなければならないエネルギーのことを考えてしまって、それが「眠さ」となって現われているのではないかと。そういう状態で、今飲んでるロヒプノール1mg×2ってのは、身体に関してちょっと多い可能性がある、ってことで、ロヒプノールは1mg1錠のみになった。セロクエル半錠ってのは変わりなし。

「ってことは、この問題が続く限り、わたしの眠気は治まらないってことですか?」と聞くと「まー、そういうことですかねえ」って、それじゃ、わたしのこの「眠い」のはもうしばらく続くと言うことなのか?

「鬱っぽいと思われる症状はないですか?」と聞かれたので「頭の方は勉強ができないのですごく罪悪感があって、鬱っぽいと言われれば、そういうことだけですけど」って答えた。で、わたしが「いつまで休んでなきゃならないんですか。本当に今のわたしは休みが必要なんでしょうか」って聞いたら「本当はどうしたいですか?」って言われたから「そりゃ、勉強したいです。でも、心のどこかで『休みたい』って思ってることも確かで、誰かに『休め』と言われると肯定感が増します」と答えたら、主治医、こっちを向いてにこっと笑って「じゃあ、身体の声を聞いて休んでください」って。

えー、それじゃあいかにもわたしが「休みなさいって言ってくれ」って言ったのをそのまま言ったみたいじゃない。わたしはそういう言葉なしに「休みたいのなら休みなさい」って言って欲しかったのになあ(笑)

っていうか、うつ病患者、というか、うつになった人間って多分心のどこかで誰かから「休んだ方がいい」って言われたいって思ってると思う。そうじゃないと休めない。だけど本当にうつ病のこと分かってる人じゃないとそんなことは言ってくれない。本人が頑張ろうとしてるんだから「無理しないでね」くらいしか言ってくれないと思うんだけど、それって却って本人を苦しめる言葉なんだよね。「やっぱり休んじゃいけないんだ」って思ってしまう。心の底では本当は「つべこべ言わずに休め!後先のことなんか何も考えなくていいから今すぐ休め!」って言われたいんだよね。そう言われて初めて自分が休んでいいんだと思える。自分が休むことを罪悪感を持たずに肯定できる。

それは今、わたしは(一応)うつ病患者ではないけど、よーく分かっててね。だから敢えて「本当は休めって言って欲しい。そうしたら自分が肯定できるような気がする」って相手にも言っちゃうんだけどね。

と、話が逸れた。

で、主治医は「そういえば、カウンセリングの方はどうなってますか?」って言われた。だから「もう大きな問題の方はいいんで、これからは頭が身体に先走って物事をやってしまって、それによって身体が疲れても止められない性格をどうにかしたい、ということを話し合うことにしました。それは2回目のうつの原因になってるし。あと、カウンセリングに対しての不満とかも全部言ってきました」って言ったら、すっごく嬉しそうに「言ったんですね」と言われた。っておいおい「不満も全部ぶちまけろ」と言ったのはアンタじゃないか、と心の中で突っ込みましたですよ(爆)ともかく主治医は「カウンセリングへの不満」をぶちまけたことに対して喜んでいた。わたしの場合は多分、そういう「ぶつかり合い」を重ねることによって信頼関係ができるんじゃないかと言ってた。これは多分、主治医とわたしの関係から、主治医がそう考えたものなんだろうなって思った。まー、今の主治医とも紆余曲折がありましたからね、いろいろと(笑)

ただ、今はわたしの状態に対して「一つの解釈として」という注釈付きでも精神分析をしてくれたりして、わたしが「何を知りたいか」を満たしてくれる(その解釈がわたしに当てはまるか当てはまらないかは別としてね)、いい存在になったなあと思っている。ある意味、カウンセラーさんより話しやすかったりするからね。こうやって主治医に報告しながら、カウンセラーさんとの関係を構築していくのがいいのかな、と思ったりして。

で、わたしの場合は「2週間で様子がコロコロ変わるから」ってんで、否応なく2週間後に再受診。前回まで「次はいつにします?」って言ってたくせに(笑)

歯科の方は相変わらず。というか、この1ヶ月間にあったことを話そうと思ったら、めまぐるしく状況が変化しすぎて説明するのに苦労した。別に歯科は精神科と違うから、あんまり詳しく状況を説明してもねーって感じもしたし。まぁ「歯の状態は全く変化してません」ということは言ってきた。

そして今日は家に帰った後、髪の毛を切りに行ってきた。なんと入院する前日に切って以来。「随分伸びましたね」と言われたけど、そりゃ、あれから半年くらい経ってるもんね。ただあのとき「明日から入院するのでバッサリ切って下さい」と言ったのは覚えてるけど、それ以外は何を話したのかさっぱり覚えてない。なのに向こうはいろいろ病院のこととか聞いてきたので「わたし、あのときどこまで話したんだっけ」と思ったのと「この人、すっげー記憶力」と思ったのだが、美容師さんって職業上、個人個人でその前何をしゃべったのかちゃんと覚えてるもんなのかしらん?ちなみにわたしは基本、髪の毛を切ってもらってるときは無言です。本も読まない(読めない、目が悪いから)。ずっと自分の前の鏡に映った自分の姿を焦点の合わない目でぼんやり見てるだけ。んで「これから暑くなるから」って言って、今回もバッサリ切ってもらった。これであと半年は美容院に行かずに済む(笑)←

というわけで、今日は日中寝てないし、本当に疲れた。今すぐにでも眠れそう。

しかし、精神科の主治医の「じゃあ、身体の声を聞いて休んでください」ってにっこりこっちに向かって笑って言った姿が忘れられないなあ。あのとき「こっちが言ってくれって言ったから言ってくれたのかよ」って思ったのに、つい、信じてしまいそうになるじゃんか。
20:51 | 3度目のうつのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-09 Mon , 2012
もうすぐ咲きそう(桜日記1)
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東京の桜は満開を越えてもうすぐ散りそうな予感だけど、うちの桜はまだまだこれから。

今年は去年と違って、去年の秋に液肥をやったせいか、蕾も多い。

だから、これから咲くのがすっごく楽しみ!
21:14 | 育てているもののこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-11 Wed , 2012
もう少し(桜日記2)
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「開花宣言」にはまだ早いかな?

今日は寒かったので、明日もまだ咲かないと思うけど、暖かくなったら一気に花開きそうです。
20:17 | 育てているもののこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-12 Thu , 2012
開花宣言していい?(桜日記3)
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今朝起きたときはまだ咲いてなかったんだけど、カウンセリングから帰ってきたら咲いてた。今日は暖かかったんで花開いたのかな。1つだけだけど。

っていうか、この花の状態は「開花した」って言っていいよね?

というわけで、ようやくうちの桜が開花しましたー!
19:33 | 育てているもののこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-12 Thu , 2012
敏感に反応する身体
という題名だけだと、すっごくやらしい感じがするけど(笑)

そうじゃなく、カウンセリングについてなんだけどね、話は。

わたしの認識では普通カウンセリングって言うのは、カウンセラーさんと話し合うことによって、今まで自分が気が付かなかったことや考えてもみなかったことを考えることによって、問題が解決していくんだって思ってた。

けど、今までカウンセリングを受けて、わたしの場合はちと違うんでないかと思い始めた。

というのはね。カウンセラーさんはいつも「じゃ、次回は○○について考えて行きましょう」って言うんだけどさ、次の1週間までにわたしはそのことを考えちゃって、自分なりに答えを出しちゃうの。だから、次のカウンセリングは「○○についてですが、これこれこうで、わたしはこう思います」って言うことになっちゃって、結局カウンセラーさんはわたしの考えを「じゃあ、これはこういうことですね」って確認するだけなの。

しかも、それに加えて頭では考えてないのに、身体がすんごい反応する。

前回のカウンセリングで「次回はなぜ頭ばかりで考えて行動するようになったのか、いつからそうなったのかを考えましょう」って言われたんだけど、この1週間で彼女と話してるうちに気が付いちゃった。それがいつ何が原因で起こったことか。

そしたら、元々最近眠くて朝起きるのが大変だったのが、それに加えて今度は疲労感やなんて表現していいのか分からない不安感や恐怖などの気持ちが出てきた。わたしはパニック障害は持っていないのだが、ちょっとパニックに近い症状(もうどうしていいのか分からない、と言った気持ち)も出てきたりして。

なのでベッドで寝ころんでいたのだが「あれ、この感覚、どこかで味わったことがあるぞ」と思えてきた。それはいつのことかと思い返したら、その「原因があった時期」なんだよね。

その時期、わたしはあることが原因で何をやるのも気力が湧かず、できれば家に引きこもっていたいって思ってた。けど、ある方法で無理矢理やらなければならないことをやっていた。やる気が起こらないのに無理して物事をやり続けていくとさらにやる気が起こらなくなって身体が動かなくなる。結局わたしは無理に頭と身体を動かすことによって、1回目のうつ病を発症してしまうのだが、今日の朝の状態はその「無理矢理身体を動かしていた時期」によく似た状態だったのだ。

「もしかしてこれって、ここからやり直せってこと?」って思った。あのときは無理矢理身体を動かして、病気になってしまったが、今度はここで休養することによって身体を正常な状態に戻していけばいいのか?って。

今日、そのことをカウンセラーさんに話してきたら「それは考えられます」って言われた。ある「証拠」を持って行ったら「やった!」と思われたのか、今まで見たことがなかった笑顔が見られたりして「まぁ、これってある意味『心理学的』に見ると典型的に当てはまりやすいものがあるんだろうなあ」って思ったりした。果たしてカウンセラーさんはその「証拠」に対して分析し始めたんだが、それを聞くと「あー、やっぱりそういう見方をするんだなあ」って思うような考え方だった。ただ、わたしに関しては当てはまる部分とあんまり当てはまらないような気がしたので、それについてはちょっと反論したりしたのだが。

そして、実はその「やる気が起こらないときに無理矢理やっていた」ことが、うつ病が治って、身体がどんどん動くようになったときに拍車を掛けてしまったんだよね。頭が指示を出したことに身体をすぐに反応させる。身体の調子が良いときはそれができて、どんどん前に進むことができる。だから、頭は「やろうと思ったことはできて当たり前」だと思っちゃったんだ。そして身体がいつの間にか疲れていることに全く気が付かなくて、そしてわたしは身体が疲れて動かなくなってしまい、2度目のうつを発症した。身体の声を全く聞かなかった(聞こえなかった)ことが、2度目のうつの原因。

そして今になって、(いろいろな理由もあり)再び身体が動かなくなってしまって、頭で思ったことが即、できなくなってしまった。だから頭は「なんでできないんだ」「情けない」「罪悪感を感じる」ことになってしまった。「罪悪感を感じる」から、あまり休めないうちに頭は身体を動かすことを指令し、身体を無理矢理酷使して、そしてすぐにまた身体が動かなくなる、の負の循環に陥っている。頭は身体の悲鳴が聞こえない。「心の声を聞いてみましょう」と言われた後、わたしの身体にはいろんなことが起こったが、そこからかすかだけれど「休みたい」という身体の声が聞こえるようになって来た。だけど、頭は身体が休むことを許さない。だから月曜日に主治医に「休むことに対して肯定して欲しい」って言ったんだけどさ。

でもその声は既に声ではなくなって、直接「身体の疲労感」として捉えることができるようになった。これって進化と言えば進化なのだが。正直、身体の疲労感があるから本人はつらい。「いつまでこの状態が続くんだよ」って思ってしまう。

まぁ、こういうことを今日のカウンセリングでは話してきたのだが。カウンセラーさんはわたしの言うことを否定せず、ただわたしが言うことを「まとめてみるとこういうことですね」って感じで話したり「わたしはこういう理解をしています」みたいなことを言われたりした。でもそれは「違うんじゃない?」って思ったりもしたんで、そこら辺は「違うと思います」ってはっきり言ってきた。

そういうわけで、わたしはカウンセラーさんから「次は○○について話しましょう」と言われると、1週間後には答えが出てて、しかも、身体もそれに反応してしまうと言う「特異体質」みたいだ。

そのことについてもカウンセラーさんに話したんだけど、それについては「○○さんは自分を信頼してるんですね」みたいなことを言われた。うーん、そうなのかどうかはわたしは知らん。次週は「そういう風になっちゃった身体について考えてみましょう」と言われたのだが、なんか1週間後はケロッと治ってるような気もする。っていうか、いい加減治ってくれないと困るのだが。

今のところ、カウンセリング自体の効果はあんまりあるとは思えない。が、カウンセリングを受けているんだ、と思う気持ちがわたしをどんどん変えていくような気がしている。
20:24 | 3度目のうつのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-17 Tue , 2012
そうよ その気よ桜は8分咲き(桜日記4)
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桜が開花してからというもの、わたしの頭の中は「遅咲きガール」(戸川純)がグルグル。。

で、6分咲きのときにアップしようと思ってたら、6分はあっという間に過ぎ去って、8分くらいになってしまったので、題名を仕方がないので「それ用」に変更。本来だったら「そうよ アッハン桜は6分咲き」って題名のはずだったのにー(笑)

というわけで、満開まであともう少し。

まだまだ寝てばかりなので、本格的に「花見」はしてないんだけどね。。
(正直、毎日毎日わたしの身体と頭と心は変化し続けていて、明日どうなるかすら分からなくて実は怖い)

散る前に一回くらい「花見酒」したいなあ。
21:25 | 育てているもののこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-18 Wed , 2012
花見だ、花見だ、花見だぞーい(桜日記5)
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今夜は20時から約1時間、おおよそ9分咲きくらいになった桜の花を愛でながら、彼女と2人で酒を飲みました。

桜は部屋の中に持って入るかどうか迷ったんだけど、やっぱり外にあった方が気分出るかなあ~ということで、ベランダを開放しての花見だったので、猫が外に飛び出してはと思い、予てから「非常時用」(もし地震等が起きて避難場所に行かなくてはならなくなったとき用)に買っておいた猫用ハーネスを慣らすチャンス、とばかり、装着しました。

そしたら、猫がもう嫌がる嫌がる(笑)
後ずさりしてなんとかハーネスからくぐり抜けようと何度試みたことか。。そのうち2回成功。てか、やっぱ猫にハーネス付けて散歩させるって難しそうだなって思ったね。まぁうちのはあくまでも「非常用」で、これ付けて散歩させるつもりはさらさらないけど。

画像は左が今日買ってきたイチゴのリキュールと炭酸水、そしてチーズ。中がこんな感じでお花見。右がハーネスを付けた猫。顔がとっても不満げ(笑)

そして、肝心の桜。

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昼間の桜もきれいだけど、夜の桜もいいねえ。

なんて、桜を見てる時間より、猫がハーネスを取ろうとしている姿の方がかわいくて、つい、そちらに目が向きがちに(笑)しみじみと花を見てる時間より圧倒的に猫を見てる時間の方が長かった。だいたいうちの猫、すっごく執念深くて花見をしてる間中ずーっと脱走を試みてたんだから。。いい加減諦めてくれ、と思っても無理でした。こりゃ、非常時にはまだまだ使えなさそうな予感。折に触れて慣れさせなきゃね。

気温はちょっと肌寒い感じがしたかな。まぁでも今の季節の夜ってこんなものか。これでも随分暖かくなったよね。少し前までは窓なんか開けていられないほどだったもんね。

というわけで桜メイン、というより、猫メインな花見でした(笑)

ま、まだ満開を迎えてないので、これからしばらくはちょくちょくお花見を楽しみまーす。
21:53 | 育てているもののこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-20 Fri , 2012
レズビアンになったきっかけ?(その1)
このブログは頻繁に「レズ きっかけ」「レズになった理由」「なぜレズビアンになるのか」「ビアン 気づく」「ビアン きっかけ」などの検索用語で引っかかっている。「ビアン」という用語で検索を掛けてくる人はおそらく当事者だろう。日本では「レズ」という言葉の印象があまりに悪いため(ポルノチックなイメージがあるなど)、当事者は自らのことを「ビアン」と呼ぶ人が多いからだ。ただ、この言葉に出会う前は当事者でも「レズ」以外の言葉を知らないため、「レズ」という言葉を使うこともあるし、この言葉が汚辱にまみれていると知っていてわざと「レズ」を使う当事者もいる。「レズ」と検索を掛けてくる人は「ビアン」という言葉に出会う前の当事者か、当事者以外の人だろうと思っている。

ちなみにわたしは「レズ」にはやはり嫌なイメージがあるので、自らのことは「レズ」とは呼ばず、さりとて「ビアン」では一般の人には通じないので、「レズビアン」と略さない形で言ったり書いたりしている(と言ってもこのブログの初期の方では「ビアン」を使っている。あるときに「ビアンじゃ一般人に通じんじゃん」と思って「レズビアン」表記に変えた)。

随分前の話だが、性的少数者(セクマイ)関係ではないオフ会に行ったことがある。もちろんわたしはレズビアンをカミングアウトしてるし、そこでも平気で彼女との話をしたりしていたのだが、オフ会が始まっていろいろ話をした後、急に「Ronさんはなんでレズになったんですか?」と聞かれた。その人はダンナさんと来てた女の人で、ダンナさんから「そんな失礼なこと聞いちゃダメじゃないか」と言われてたのだが、もしネットで全く知らない人から「なんでレズになったんですか」とメールで聞かれたのなら、わたしは「まずそれが全く知らない人に対して使う言葉か。当事者以外に『レズ』とは呼ばれたくないわ」と思い、返事もしないところだが、会って話している人は別だ。そこでは「じゃあ、あなたはいつ異性愛者になったんですか?」って聞き返したのだが、先方はその意味がよく分からなかったようだ。

しかし、この質問をずばっと目の前でされてから「やっぱり異性愛者の人はそう思ってるんだなあ」と思って逆に感心してしまったほどだったんだけどね。

ちなみにわたしが「じゃあ、あなたはいつ異性愛者になったんですか?」ってその人に聞いたのは、わたしが「自分はレズビアンに『なった』」とは考えてないからだ。あるときまで異性愛者で、それから何かがあって、それでわたしはレズビアンに「なった」わけじゃない。生まれつきレズビアンだった。そのことにあるとき「気が付いた」だけなのだ。

よく「レズに目覚める」とか言われるけど、それって女が無理矢理女にセックスされて、その気持ちよさに同性に目覚めて、という三流のポルノに出てくる話のようで、わたしはあんまり好きじゃないんだけどね、そういう話。まぁ中にはそういう人もいるかも知れない。それはわたしは否定しない。というか、否定するしないじゃなく、存在するしないだからね。そういう人は「わたしはレズに目覚めた」と言うかも知れない。

けど、今、世に出ているゲイやレズビアンの「カミングアウト本」を読むと、全然そうじゃないよね。ちなみにゲイやレズビアンのカミングアウト本はいろいろ出ているが、わたしはつい最近「ボクの彼氏はどこにいる?」(石川大我著)、「先生のレズビアン宣言―つながるためのカムアウト」(池田久美子著)、「カミングアウト―自分らしさを見つける旅」(尾辻かな子著)、「Coming OUT!」(笹野みちる著)を読んだのだが(尾辻さんの本と笹野さんの本は再読)、同じ同性愛者でも全然違うんだな、って思うんだよね。

っていうか、これらの本は4冊とも違うのだが、それでもわたしからすると「かなり似通っている」。彼らはかなり幼いというか、小さい頃からなんとなく「同性に惹かれる自分」に気が付いている。そして学校生活はそのことを隠したりするために、かなり苦労したりしている(笹野みちるは違うけどね)。多分、こういうのが「同性愛者」の一般的な姿なのかなーと思う一方、それとは全然違った形で「気が付いたわたし」は、一体なんなのだろう、とか、どうしてなのだろうとつい、考えてしまうのだ。

池田さんや笹野さん、特に笹野さんは女子校出身ということで「周囲に男友達が全くいなかった」と書かれている。尾辻さんは共学だったみたいだけど、やることが男っぽいということで、同級生から「尾辻は中性」と冷やかされて、それを懸命に否定してる。

わたしは全く逆なのだ。多分、わたしのようなケースは稀なんだろうけど。。で、稀だからこそ「一般論」で語れないんだよねえ。どこが「稀」かというと「他人から何を言われようと気にしない性格」だったことと、あとわたしは「ジェンダー(社会的、文化的な性)」が女でも男でもなかったこと、それと「ジェンダー受容体」みたいなものが欠けてるからだと思う。って書くとわけが分からないだろうけどね。しかも「性的指向」と「ジェンダー」は本来、全然関係ないものなんだよね。でも特にレズビアンの人のカミングアウト本を読むと、性的指向とジェンダーがごっちゃになって出てくるんだよね。それはやっぱり「女は女らしく」って周囲からの圧力が大きいからだと思う。

って書くと「やっぱりレズビアンは男っぽいのか。。」と思われるかも知れないけど、これも全然違う。しかし、一般には「レズビアンは男っぽい」と思われてる割に、AVなんかで出てくる「レズもの」の女優さんは全然男っぽくなく、むしろ「艶めかしいイメージ」があるわけで、こう考えるといかにマジョリティーに「都合良く」考えられてるかって分かるよねー。

というわけで、長くなったけど、わたしがレズビアンだって気が付いたまでを次から書いていきたいと思う。→その2
20:16 | (性的少数者)自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-24 Tue , 2012
付き合いの長さの差なのか
昨日は病院の日。

いやー、先週、なんかこっちが起きた後、唖然とする夢を続けて3つも見てしまったので、先週のカウンセリングの日に「こういうことって他の人にもあるんですかね?」とか「こういうのって心理学的に言うとどういうメカニズムなんですかね?」とか聞いてみたのだが、カウンセラーさんは「わたしは体験してみたことがないので分からないですが、そういうことが○○さんにあったってことだからいいんじゃないですか」とか「夢の解釈にはいろいろ学派がありますけど、○○さんの中にそういうものがあったってことなんじゃないですか」とか、どうしても「わたし」個人に帰結させるような、なんかはぐらかされたというか、わたしの質問に答えてないというか、そういう感じがして「やっぱカウンセリングなんて受けても無駄なんじゃないか?」と思って帰ってきたのだが。

そのことを主治医に話したら「自分は意識していなくても抑圧しているものが夢の中に出てくるってことは有り得ますね」と。なるほど。わたしの場合、抑圧されたものが出てきたんじゃなくて、抑圧から解放されたものが出て来ている可能性があるなーと。

っていうか、たった一言、そう話してくれるだけで、わたしは納得がいくし、それでまた自分の考えが深められるのだ。

ってわけで、今の状態はどっちにカウンセリングしてもらってるのか、って感じ。まぁ主治医曰く、そういう会話の積み重ねが必要とのことだが、なんかこっちとしては「のれんに腕押し」みたいな感じがして、カウンセリングに行くたびにストレスが溜まっていく(笑)

まぁ主治医も「自分もきちっと精神分析ができてるわけじゃないし、患者さんとのやりとりの中で『あ、これは違ったかな』と思ったら、修正して話していく」って言ってたんだけどね。

なんかさ、わたしとしては主治医が自分の持ってる「手の内」を見せてくれるので、会話がしやすいんだよね。カウンセラーさんとはなんか、わけ分からないブラックボックスと話しているような気がする。

もしかしたら、カウンセラーさんは「カウンセリングの手法について」なんて言いたくないのかも知れないけど。わたしとしては、それを明かしてもらって、どうしてそのような質問を投げかけるのかとか、そういう「意図」が分からないと「なんでこういう質問をしてくるのだろう?」って思っちゃうんだよね。特に今、向こうが質問してくることって、わたしにとって「それってなんか関係あるの?」って感じの質問ばかりだからさ。

これって単なる「付き合いの長さの差」なんだろうか。そこんとこがよく分からない。。それとも今のカウンセラーさんとは合わないのかなあ。まぁそれを言うと今の主治医に慣れ始めたのは、わたしが入院して以降だから6ヶ月くらいかかったし、入院してなきゃ今もあんまり慣れてなかっただろうからなぁ。。

ところで今回主治医に「いやー、なにもしたくないってときがあって、そのときはもう何もしないって決めたんですけど、何もしないって言うのは結構つらいんですよねー。寝るってのは有りなのかも知れないですけど、今のわたしは前と違ってずーっと眠れるわけじゃないから、昼間は起きてたいですし」って話したら「確かに何もしないのはつらいですよねー。それじゃ、身体を動かしましょう!」と言われた。

なるほど、それはいい考え。これからは季候もよくなっていくことだしね。

ってことで、近所を散歩したりして、少しずつ身体を動かしていきたいなと思っている。勉強の方もぼちぼちやり始めるつもり。
18:29 | 3度目のうつのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-24 Tue , 2012
連れてって?
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今日さー、わたしと彼女が散歩に行こうと思って、うちの猫を寝室に閉じ込めて出かける準備してたら、なんとうちの猫、知らないうちに寝室に置いてあるキャリーバッグの中に自ら入っていた!

普段は自分からその中に入ったことないし、キャリーバッグの中に猫を入れるときは病院に行くときだけだし。

ということは、もしかして2人で出かけると思ったうちの猫「自分も外に連れてけ」って意味で自らキャリーバッグの中に入ったのか?

ちなみに散歩から帰った後に見てみたら、やっぱりキャリーバッグの中に入ったままだった。わたしらが出かけているときもずっと入っていてその中で寝てた様子。
18:41 | 二人と猫のこと | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
04-27 Fri , 2012
レズビアンになったきっかけ?(その2)
その1の続き。

前に

> というわけで、長くなったけど、わたしがレズビアンだって気が付いたまでを次から書いていきたいと思う。

って書きながら、なかなか書き出せなかったのは、わたしの中にどうしても「性的指向」と「ジェンダー」をごっちゃにされてしまう恐れがあるんじゃないかと思ったから。そこのところに【注】を付けないと、これを読んだ人が「レズビアンはみんなこうだ」って思われると困るから。

正直言って、わたしは一般的な「レズビアン」には程遠い存在だと思う。レズビアンといっても、わたしは「他人に恋愛感情を抱くことがない」Aセク(無性愛)寄りだと思うし(ただし、無性愛(Aセク)の定義については諸説いろいろあるようで、Wikipediaに言及されている「無性愛」と「非性愛」の項目については現在「問題がある」と書かれている)、ジェンダーについては「分からない」し。

ジェンダーについての「分からない」ってのはね、ジェンダーとかジェンダーロール(性役割)については「存在する」ということは分かるの。これは頭でね。だけどわたしの中には「○○らしくなりたい」とか「○○らしくしなくては」という概念が存在しない。それが前の日記に書いた「わたしはおそらくジェンダー受容体みたいなものが欠けている」と書いた理由。わたしはそれがないので全くよく分からないのだけれど、それが「ある」人にとっては「○○らしくなりたい」とか「○○らしくしなくては」と自然に思えるのだろうね。特に「○○らしくしなくては」というのは一種の「圧力」と感じる人がいて、だから「生きづらい」と思える人がいるんだと思う。

そういうのが一切ないわたしは、そういう「圧力」を全く感じたことがない。わたしはいつも「○○らしくなりなさい」と言われて悩んだ、とか生きづらさを感じた、という本を読んだときに「自分はかなり『女らしく』から外れた人間なのに、何も言われたことがないなんて、幸せな人間だったんだなあ」と思っていたのだが、よくよく考えてみると、全く言われなかった、ということもないんだよね。本当は他の人と同じように言われてたのかも知れないけど、気にならなかったんでその記憶がほとんど消えちゃったんだと思う。それとそういうことに対する「同調圧力」を感じる能力も欠けているので「圧力がかかっている」と感じたことがない。だから他の人と比較してどの程度そういうことが言われたかとか圧力がかかっていたかすら、実は覚えてないんだよね。だからその点については感じない分、わたしは「幸せ」なのかも知れない。

この「○○らしくなりたい」とか「○○らしくならなきゃいけない」と無意識で思ってる人はこの世で多いらしく、というかそういう人にとってはそれは既に「自分らしいこと」らしいんだよね。で、本当はその「○○らしい」というのは個人個人で異なっているはずなのよ。それと古今東西で「○○らしい」というのが統一されているわけでもなく、一方の地域で「男らしい」と思われていることが、他方の地域ではそうではない、ということはよくある。「男らしさ」とか「女らしさ」なんて、その時々で変わってくるし、個人個人でも異なっているもので、どこにも統一された「男らしさ」や「女らしさ」なんてものは定義されていないのに「男らしくしろ」とか「女らしくしろ」って言う人はなんなんだろうねって思う。そういう人は自分こそは「男らしい」とか「女らしい」って思ってるんだろうけど、「男らしい」とか「女らしい」の定義がないのによくそういうこと言えちゃうねって思う(ジェンダーフリーバッシングしてる人とか)。

要するにそういう人たちって「自分がルールブックだ」(古い)と思って自分の物差しブンブン振り回してるのと一緒だと思うんだけどね。そしてもしかしたらそういう人って逆に「○○らしくしなければ」という思いが強すぎる人で、だから人にもそれを要求しているのかなと思えて来ちゃう(自分も苦しんでるんだから、お前も苦しめ、みたいな)。普通になんの圧力も感じずに「男らしく」とか「女らしく」してる人の方が、その人にとってはそれが「自分らしくしている」と思っているわけだから、他人に寛容かも知れない。まぁわたしにしてみれば無意識に「男らしく」とか「女らしく」したいって思う人の気持ちがさっぱり理解できないので「本当にこの世の中にそういう人っているの?」って感じなんだけど。。(それはわたしがこの世の中の人に対して「本当に異性のことが好きって思ってる人がいるの?」と思えるのと全く同じだと思う。わたしにとっては「同性が好き」なのは自然のことなので「異性が好き」な人の気持ちが全く分からない。ということは裏返せば異性愛者にとっては「同性が好き」という気持ちも全く分からないのだろうと思う。だから「いつレズビアンになったんですか」って聞かれるわけだよね(苦笑))

あーあとわたしはこの「自分らしく」ってのも嫌いです(笑)というか「自分らしいってなに?」って思う。自分は自分なんだから、自分がすることは既に「自分」であって、決して自分「らしい」ものではないと思うんだよね。でも「自分らしくありたい」とは言うけど、あんまり「自分でありたい」とは言わないよね。なんでなんだろうね?そして「自分らしく生きろ」は、そうとしか言いようがなく「自分を生きろ」になると意味が変わってきてしまう。わたしはこの「らしく」って付けると「ニセ自分」みたいなイメージを持つんだけど、「らしく」の用法間違えてるのかなあ、、

なんてことをつらつら書いていたら、また長くなった。

要するにわたしが言いたいのはこれは「わたし」の場合であって、他のレズビアンの人にすべて当てはまるわけじゃないんですよーってことなんだよね。多分レズビアンの中でもわたしのように「ジェンダー受容体」がない人は少ないんじゃないのかなあって思う(今まで出版されている「カミングアウト本」を読んでみても)。で、わたしの場合、ジェンダー受容体がなく、しかもジェンダー自体が「分からない」か「どちらとも決めたくない」なわけなので、多分、周囲からは「女らしくない」とか「男っぽい」とか思われてると思うのよね。でも、今まで書いてきたように、わたしは「○○らしくしたい」とか「○○らしくしよう」と思ったことなど一度もなくて、わたしが思ってたのはひたすら「自分はどうしたいか」だったので、そこに「男」とか「女」のフィルターがかけられてないんだよね。

トランスジェンダリズム宣言―性別の自己決定権と多様な性の肯定」って本があってね、その中に「トランスジェンダーという言葉を作った人」のことについて書いてある。

「トランスジェンダー」という言葉を作ったのはヴァージニア・プリンスという人で、その人に寄れば「身体的性別であるセックスではなく、社会的性別であるジェンダーに違和感を抱く自身を表わすため」に作った言葉、なのだそうだ(130p)。

この定義によれば、わたしはまさしく「トランスジェンダー」なのだが、昨今の「トランスジェンダー」という意味の中には「身体的性別の違和を持つもの」が定義されてしまっているために、今の意味での「トランスジェンダー」の中にはわたしは入らない。わたしには性別違和はないからね。これ、いつの間に「性別違和」が含まれる言葉になってしまったんだろうって思う。おそらく推測するに、性別違和を持つ人とジェンダーに違和を持つ人というのは非常に近い関係で、しかも性別違和を持つ人の方がジェンダー違和を持つ人よりも数が多いんじゃないだろうか。だから、いつの間にかジェンダー違和だけでなく、性別違和を持つ人、という意味が含まれてしまったんじゃないかと思ったりする。

そういえば「性同一性障害」(GID)と診断されるガイドラインの中の「性別違和の実態を明らかにする」の中に「反対の性役割。日常生活のなかでも反対の性別として行動する、あるいは行動しようとする。しぐさや身のこなし・言葉づかいなどで反対の性役割を演ずる、あるいは演ずることを望んでいる」ってあるんだけどさ、ここでも「性別違和」と「ジェンダー」がごっちゃにされてると思うんだよね。大半の人は自分の(感じている)性別と性役割が一致しているのかも知れないけど、そうじゃない人もいるかも知れないのに。というか、これでは自分の(感じている)性別と性役割が一致しない「性同一性障害」の人は救われないよね。

要するに「今の自分の身体は男でも、自分は女だと思っている。けど別に女っぽくしようとは思わない人」なんかの存在は無視されている(少し専門用語を交えると「男っぽいMtF」は存在しないってこと。また逆の「女っぽいFtM」も同じ)。もし、こういう人たちが存在するとして、そして強い性別違和感を感じて性別適合手術(SRS)を受けたい、と思ったときは、無理に自分の「やりたくない」「男らしさ」とか「女らしさ」を身につけて医者に認めてもらわないといけない。これっておかしいんじゃないの?ってことだ(尤も「セクシュアリティの多様性と排除 (差別と排除の〔いま〕 第6巻) (差別と排除の「いま」)」の第4章(126p~)によると「性同一性障害」と診断する精神科医師は、特に「過度な」反対の性役割は求めていない、とのことだけれど(それより本人が性別移行後にちゃんと暮らせるかということに重点を置いているらしい))。でもある程度の「反対の性役割」は「マナー」だと言い切ってるので、わたしからするとそれは「なんだかなあ」って感じがするけどね。男っぽいMtFがいてもいいし、女っぽいFtMがいてもいいじゃん、ってわたしは思う。

って話がどんどん逸れていく(汗)

わたしはただ「性的指向」と「ジェンダー」は無関係っていいたかっただけなのに(笑)いつの間にか「性別違和」と「ジェンダー」が混同されている、という話になってしまった。

でもわたし自身、長い間「性別違和とジェンダー」について分離できなかったからね。だから、わたしはずーっと以前から「自分にはジェンダーはない」って思ってたけど、それと「トランスジェンダー」との間がすっぱりと分かれなくてなんだかずっともやもやしてたんだよね。性別違和は感じていないので、わたしはトランスジェンダーではないのだが、だけれども自分は一般に「女らしく」はなりたくなかった(もちろん「男らしく」にもなりたくなかったけど)、何かトランスジェンダーと「似ている部分」もあって、それがなんなのかよく分からなかったんだよね。

ちなみに「なぜ同性愛者が生まれるのか」について「ゲイの脳は異性愛者の女性に似ていて、レズビアンの脳は異性愛者の男性に似ている」といったことが「ごく自然に」前提条件になっているけれども、その考え方ってまさに「男と女は惹かれ合って当然」という「異性愛主義」に基づいているものなのだよね。

「男であるのに男が好き」→「男が男を好きなんて考えられないから、男好きな男の脳は女だ」→「だからゲイは女っぽい」
「女であるのに女が好き」→「女が女を好きなんて考えられないから、女好きの女の脳は女だ」→「だからレズビアンは男っぽい」

しかし、もう一方で「なぜトランスジェンダーが生まれるのか」という疑問もあるわけだよね。

「身体が男であるのに自分は女であると思っている」→「それは身体が男でも脳が女だからだ」
「身体が女であるのに自分は男であると思っている」→「それは身体が女でも脳が男だからだ」

ゲイやレズビアンとトランスジェンダーは全く違うものなのに、結論が同じになってしまう。これっておかしいでしょ?

また、トランスジェンダーの中にはゲイもレズビアンもいる。

「身体が男であるのに自分は女だと思っている。しかし好きになるのは女性」
「身体が女であるのに自分は男だと思っている。しかし好きになるのは男性」

こういう人(MtFレズビアン、またはFtMゲイという)は確実にいる(わたしの知り合いにもいる)。それもMtFレズビアンはMtFの中でもかなりの割合でいるという人は多い(ちゃんとした統計は取られていないけれども、当事者でそう実感している人はいる。FtMゲイについては、MtFレズビアンよりも少ない。これも当事者の中での実感だそうだ)。

こういう人たちの場合、その人の脳はどうなってると説明するのだろうね?はっきりいって「異性愛主義」ではこのような場合は「説明不可能」なのだ。

なのに平然と「男好きな男の脳は、女性の脳だ」と思い込まれている(例えばこういう本に書かれてたり)。いや「脳」に限定しなくても、なんらかの「女性と同じ部分」を探そうとしている(例えば脳梁だったりホルモンだったり)。

それって根本的に違うのだ。だからこういう研究をしている人は「男と女は惹かれ合って当然」という考え方である「異性愛主義」から脱するべきで、脱するためにはもう少し性的少数者(セクシャルマイノリティ)の実態について勉強したり、クィア理論などを勉強した方がいい(ただ正直、クィア理論はわたしもよく知らない)。

同性愛者はただ「同性」が好き、というだけなのだ。

「男として男が好き」
「女として女が好き」

ただそれだけなのだ。そこに余計な「異性愛主義」や「ジェンダー」はいらない。

あ、でも尤も「男らしい男の人が好きな男の人」とか、そういう意味では個人の好き嫌いには「ジェンダー」は絡んでくると思う。「女っぽい男が好きな男の人」はあんまり聞かないけど、レズビアンの方では「フェム(女っぽい)好き」と「ボーイッシュ(男っぽい)好き」の両方がいるからねー。ちなみにわたしはフェム苦手(笑)自分も全然女っぽくないけど、女っぽくない女性が好みです(だからといってあまりにも男っぽい人も苦手)。

でもこれって異性愛者も同じだよね。男性がすべて「女っぽい女性」に惹かれるとは限らないように。女性でも「男っぽい男性は苦手」って思う人もいるように。そういう「好み」においては、異性愛も同性愛も変わりがないんだよねー。

ってところで、その3へ続く。。

【注】この日記の中には「性同一性障害(GID)」と「トランスジェンダー」をごちゃごちゃにして書いてありますが、「性同一性障害(GID)」は一般に医療用語であり、「トランスジェンダー」は上にも書いたとおり「当事者が作った言葉」で、根本的には異なる言葉なんだけれど、今の日本の中では「トランスジェンダー」の中に「性同一性障害(GID)」があると位置づけられる考えが一般的で、「性同一性障害(GID)」の人は性別適合手術を望む人、というようなイメージがあります(一方「トランスジェンダー」は性別違和はあるけれど、様々な理由があり性別適合手術はしない人、というイメージがある)。しかし、トランス業界は非常に複雑なので「トランスジェンダー」「性同一性障害(GID)」の関係も複雑で、そうすっきりと分けられるわけではないです。
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04-29 Sun , 2012
東京レインボープライド2012に行ってきた
従来の東京プライド主催のパレードではない、東京レインボープライド主催の東京レインボープライド2012というパレードに参加してきた(ってこのイベント、パレードなのに「パレード」という名称は付けてないのね)。

実のところ、今のわたしは体調的には回復期にあり、行けるか行けないか迷ったのだけれど、パレードには参加せず、会場に行くだけだったら大丈夫かな、と思って、行くだけ行ってみた。

G.W.が始まったから、都内は空いているかと思ったら何が何が。新宿行くまで電車の中は大混雑。ちょっとした通勤ラッシュ並みに混んでた。。なので会場の代々木公園に着くまでに既にわたしは疲れていた(苦笑)

しかも今日はすっごく天気が良くて。天気がいいのは有難いのだが、少々気温が高かったような。。しかもステージ前の席は空いていて座れるのだが、日差しを遮るものがないため、座っていても体力は消耗する。ってことで、最初はステージ前の席に座っていたのだが、早々に退散した。

ただ、後ろの席の方に親の会の人がいたので、つい最近、「子どもがカミングアウトする前に同性愛者だと知ってしまった どうすればいいか」などという検索用語でわたしのブログが引っかかってたので、そういう人が親の会に出会えればいいなと思い、親の会のサイトをリンクさせてもらったんですよーと報告(?)したりした。わたしのブログを読んでも全然参考にならないからさー。それで親の会の人とちょっと話した。わたしもいろいろあって、未だに親から「理解不能」などと言われたりするからさ。いや、理解不能なのはいいのよ。わたしだってなんで自分が同性愛者なのかよく分かんないもん。それにそれは誰のせいってわけじゃないしね(んなこと言ったら、異性愛者だってなんで自分が異性愛者で生まれてきたのか分からんでしょ。それと同じなのよ、ホントは。なのになぜか少数者だけ「なんで○○なんですか」って言われるという。。それってとても不条理だと思うのだが)。だから、別に親から理解されようがされまいがそんなことはいいのだけれど、でもそういうときに親の会の人から「親は子どもの幸せを願うけど、子どもは親の幸せなんか願わなくてもいいのよー」なんて言われるとなんだかホッとした。。本当の親ではないけれど、「親」って立場の人にそう言われることって結構有難かった。。

それからはフラフラとブース巡りをしたり、あとは久しぶりに会う知り合いと話したり。

会場は結構人が来てた。夏のパレードはわたし、楽器吹くのがメインで、会場の様子なんてほとんど知らないのだけれど、人によって「外国人が多いね」とか「女の人が多いね」とかいろいろ聞いた。確かに一見、なんも関係なさそうな外国人のノンケカップルに見えるような人たちが、実はなんかよく見ると身体にレインボーを付けまくってる、、なんてのも目撃したんだけどね。ただやはりというか、楽器関係者は少なかったような(笑)まぁパレードで楽器を吹く、というのは一種の「自己主張」で結構それが快感だったりもするので、それがないとあんまり興味がないかな、と思ったり。

あとはマスコミ関係者を割と見かけた。なんか一見なんの関係もなさそうな経済誌だったり、放送局だったりいろいろ。。最近、企業で「LGBTダイバーシティ」なんかが注目されてて、その影響なのかな。またブースも一見、LGBTになんも関係なさそうなベーグル屋さんとか、そういうのもあったし。そういう意味では前に比べると別の方面(経済的な面)から注目され始めたのかも知れないなと思う。前はパレードがあっても全然報道されなかったものねえ。

あ、あと、ゲイカップルで同性婚しているアメリカ大阪総領事の人たちも来てた。わたしは見てないけど、パレードが終わったあとのステージで何か挨拶があったらしい。そういや、政治家のみなさんも来てましたねー。そういう意味では政治的でもあったかも。でも政治が変わらないとわたしらの生活も変わらんもんね。政治家の人たちもどんどん参加してもらって、大いに政治的になった方がいいと思う。

ちなみに主催者側の発表では、パレード参加者2500人、沿道参加者2000人なんだそうだ。わたしらみたいにパレードの登録もせず、沿道からも見なくて、ただ会場に行っただけの人間ってカウントされてるのかな。

「もうすぐパレード出発です」ってときに、わたしらは会場を後にして、表参道のgossipってゲイフレンドリーなカフェに行った。一回、彼女と一緒に行ってみたかったんだよね。

わたしらみたいにパレード抜け出してここに来てる人はいるかな、と思ったんだけど、わたしらが店に着いたときは、店の中はだーれもいなかった。そしてしばらくの間はうちら2人だけで、疲れてたんだけど、とてもゆっくりすることができた。お店の人もわたしらを見たらカップルだと思ったのか「今日、パレードやってるんですよね」って聞いてきた。なので「うちら、パレード会場にいたんですけど、パレードには参加せずにこっちに来たんですよ」って話したりして、和やかなムードだった。コーヒーおいしかった。

ってわけで、この時期にやる初めてのパレードにしては随分人が集まったんではなかろうかと思う。わたしは事前の宣伝があんまりないなーと思ってたんだけど、そうでもなかったみたいね。

今年は8月にもまたパレードがあるし。

わたしは東京に2つパレードがあったっていいと思ってるんだよね。選択の余地ができたし、出たい人は2つとも出ればいいし。。ただ、大変だろうけど、単発でなく継続してやって欲しいなーと。継続することによってまた参加する人が増えてくるだろうしね。それは毎年じゃなくても2年おきでも3年おきでもいいんだけどね。継続するってことが分かっていれば。

なんて部外者からの勝手な意見でした(笑)

あーでも久々に仲間に会えて嬉しかった。
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