12-07 Wed , 2011
退院しました
本日、病院を退院しました。

途中、治療は12回まで増やせますよ、と言われたけれど、当初の予定通り10回で終わらせることにした。治療自体は特に抵抗感はなかったのだが、あともう一週間入院している、っていうのがいやだったものでね。。前の日記に書いたとおり、治療日以外は家に帰っていたので、一週間のうち半分くらいは家にいたのだが、それでも半分は病院にいなければならない。病院にいると昼間に風呂は入らされるし、就寝時間は21時だし、テレビを見るのもカード式で金がかかる。そういうのがたまらなくイヤでね~。なので当初の予定通り10回で終了、ということにした。

半分終了した時点では、よく眠れるようになった以外はほとんど変わりがなかったんだけど、7回目が終わったときに歯に影響が見られた。ちょっとした感覚の違いというのかな。ただそれは一晩寝て起きたら元通りになってしまったんだけれどね。それ以降、治療が終了した後は何らかの形で歯に変化がみられるようになった。ただ目に見えて「よくなっているか」と言われると難しいところなのだが。。「よくなる」というより「変化がみられる」と言った方が正しいような気もする。ただし悪い方には変化はしていない。

もちろん治療はこれでお終いではなく、まだまだ病院通いは続いていく。その中でまた新たに処方される薬などがあるだろう。そういった薬が今度はどういう効き方をしていくのか。それについても少し興味のあるところだ。

しかし、あれだけいやだった入院生活。いざ退院してみると、心にポッカリと穴が空いたような状況になっている。

確かにいろいろと生活は不自由だった。けど医者や看護師さんなどがとても丁寧に関わってくれたんだよね、というか、そういう仕組みの病院だったんだよね。だから丁寧に接してくれた思い、なんかが自分の中に残っていて、それがとても名残惜しい感じがしているのだ。あの場所、あの病棟には既にわたしのいる場所はない。それがちょっと寂しい感じがしている。そういう意味では精神科というのは少し特殊な病棟なのかも知れない。集団療法などで患者同士の繋がりを持たせようとするし(わたしは関係なかったのでそういうものには一切出なかったものの)、患者同士が関わることを重視する方針の下での入院生活、というものは、何とも言えぬ良い雰囲気を醸し出していたように思う。

病院にはまた行くことがあり、主治医には会う予定でも、病棟でお世話になった看護師さんたちにはもう関わり合うことはない。そのことがわたしをどことなく寂しくさせる。多分しばらくは少し寂しいままなのだろうと思う。ま、でもそれはしょうがない。そこからまたわたしはわたし自身の生活を組み立てなおすのだ。
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12-15 Thu , 2011
記憶がない
入院中に受けた「電気けいれん療法」、前頭葉に電極を当てて電気を流す、というものなんだけれど、これをやると、ここ数ヶ月の記憶があやふやになっちゃうらしく。それに加えてわたしは今年の初めからうつ病で精神科に通ってて、でもそのうつ病は知らない間に治っちゃったわけだけど、実はわたし、うつ病から回復すると、うつ病だったときの記憶がすっぽりとなくなってしまうのね。

だもんだから、その相乗効果でわたし、はっきり言って今年1年の記憶がほとんどない。

普通、忘れちゃったことって、でもそのことについて触れられると「ああ」って思い出せる。

ところがね、それが思い出せないの。まるで初めて聞くみたいに「え、そうだったっけ?」って、記憶のかけらもなくなってる。それがものすごくショックでね。退院してから一週間、ショックを受けっぱなし。

その割に電気けいれん療法を受けるとき、点滴から麻酔を入れられて意識がなくなる直前のことまでは鮮明に覚えてる。病室で点滴されて、その後、ストレッチャーに乗って看護師さんに手術室まで連れて行かれて、手術室で医者に電極付けられたり、血圧計を腕に巻かれたりしたあとに、麻酔科医の人に「それではこれから麻酔薬を身体の中に入れますね。ちょっと染みる液体が身体の中に入りますよ」って言われて、その通りに腕に染みる液体が入ってきたなあ~って思うところまで、意識がなくなる本当に直前のことまで鮮明に覚えている。

そのことを入院中に看護師さんだったっけなぁ、言ったら「それってとっても珍しいですよ。普通は麻酔薬が入る前から記憶はあやふやになるんです」って言われて、そんなもんなんだあって思ったり。

おかげでわたしが入院したところは大学病院なのだが、手術室に学生かなにか分からないけど、青い手術着じゃなくて白い手術着を着た人がいたときがあって、その人に対して治療をする医師が「麻酔を掛けた後、筋弛緩薬を打って、身体には電流によるけいれんを起こさないようにするんだけど、左足だけは筋弛緩薬をいかないようにして左の足先で電気が流れているかどうかを見るんだ」という説明をしてるところとか、もうそんなことぜーんぶ覚えてて、できるなら麻酔を掛けて意識がなくなった後にそういう説明をしてくれ、そうじゃないと怖いじゃんか、って思ったり(さすがに言わなかったけど)。ホント、変なことはバッチリと覚えてるんだよね。。

忘れちゃってることと覚えてることの差がはっきりしすぎて、今、わたしの頭の中はすごく混乱している。

こないだもね、猫の餌をネット注文しようと思ったんだけど、それまで一体どこのサイトで注文してたか、全く思い出せなくて。彼女に「えーん、忘れちゃったー」って泣きついたら「過去の注文メール見れば分かるでしょ」って言われたので、それを探したりしてからやっと思い出せたというか、分かったんだけどね。今まで絶対に忘れっこないことがすっぽりと抜け落ちているので、本当にショックなのだ。

ただおかげで入院前にPTSDだったことだとか、そんなこともすっかり忘れてしまったので、一方では楽になったこともある。

いいんだか悪いんだか。

でもやっぱりショックの方が大きいかな。
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12-25 Sun , 2011
今年のクリスマスイブ
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今年のクリスマスイブは、猫と彼女と2人と1匹で迎える最初のクリスマスイブ。とは言っても、猫にとっては普通の日。プレゼントもなし。ま、どーせ猫にはクリスマスなんて分かんないからね。猫は習慣性のある動物だから、こっちが今日は特別、って思ってても、猫にとってはこれが当たり前、なんて思っちゃうからね。なので、いつもと同じ日だったんだけど、わたしらの作って食べた食べ物にはとても興味があったようで(そりゃ、猫の好きなものだらけだからね)、こっちとしては、猫に食べ物を囓られないように注意に注意を重ねた。

ちなみに作ったものは、毎年恒例のローストチキン、カルパッチョとローストビーフ。それからチーズとワインとパン。あとは2日前に予約したクリスマスケーキ。なかなか豪華なクリスマスイブの夕食だった。

ローストチキンはとてもおいしかった。毎年、1回は火がよく通ってなかったりして焼き直したりってことがあるんだけど、今年はそういうこともなく、ジューシィでとっても美味しい肉だった。チーズは前々から買ってあったものだったんだけど、思った以上にワインと一緒に食べてしまった。カルパッチョも初めて作ったんだけど、美味しかったし、今年の料理はどれも美味しかった。

ケーキを取りに行ったのはわたしだが、途中、ふと彼女にプレゼントを買って帰ろうと思い立ち、何にしようか考えた挙げ句、毛布をプレゼント。いや、実は今、うちには毛布が1枚、それもシングルのしかなく、2人で1つの毛布をキツキツに使ってたんだよね~。毛布を1枚買うことにより、一人1枚ずつ毛布が使える。彼女も嬉しいしわたしも嬉しい。ま、わたしはそういう実用的なものしか思い浮かばないからね。それにわたしも彼女もアクセサリー類とか、普通、プレゼントになりそうなものに全く興味が無い。必然的にこういう選択になるわけです(笑)

デパートの寝具売り場へ行ったんだけど、ま、一にも二にも気になるのは値段で、値札ばっかり見てた(笑)急に思い付いたので、持ってるお金も限られてたしね。で、なるべく安いヤツ、安いヤツと思ってたら、手ごろな値段なのがあったので、おっ、これこれ、と思い、それから何色がいいかな~と思って、下の方にあった茶色系統の毛布を選択。いざ、お金を払おうとレジへ行ってひょっと値段を見たら、思ってたより2000円も高かった。一番上にあったヤツと下にあったヤツ、どうやら値段が違ってたらしい。お金、足りるかどうか、一瞬焦ってしまったけど、なんとか足りるだけはお金持ってた(笑)

プレゼント用に包んでもらうと時間もかかるし、ま、帰ってすぐに渡せばいいやと思って自宅用にしてもらう。でも帰りにしまった、値段くらいは取ってもらうんだったと思ったけど、時既に遅し。金額まで丸わかりのプレゼントを渡したのでした。

わたし、歯がすごく気持ち悪かったりして、すごく不幸だと思う部分がある反面、幸せでもあるんだよね。もちろん、2人でいることだけが幸せじゃないと思うけど(わたしは一人のときだってそれなりに幸せだった)、でも、2人でいることで幸せなこともあるとは思う。それを否定しないだけでわたしも大人になったか(笑)

そのことをキリスト教徒でもないわたしが、わざわざ12月24日という日に再確認する必要もないじゃないかとは思うけど、でも、こんな日が1日くらいあったっていい。世間の風潮に踊らされているのかも知れない。でも、食卓を囲んで「おいしいね」と言い合える人がいる。それはとても幸せなことだと思う。彼女に感謝したい。

猫は、、こちらのスキを狙って、フライパンを舐めた。台所のゴミあさりも今日はとても熱心にやってて、何度もわたしと彼女に大怒られした。猫にとっては受難の日だったか(笑)
00:47 | 二人と猫のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12-30 Fri , 2011
年末ですね
といえども、なんか忙しくて全然年の瀬の雰囲気してないんですけど(苦笑)
ホントにあと少しで今年が終わるのだろうか。

ここで少し見ていただきたいYou Tubeがあります。もしかすると既にご存じかも知れません。一昨日、twitterでものすごく話題になったので。しかし、見て気分が悪くなる人もいるかも知れないので、絶対に見ろとは言わないですけど。。実際にわたしも見たのは1回だけです。かなりショックでした。



わたしはこれに関しては直接の「当事者」ではありません。でも、twitterでトランスジェンダー当事者が「自分は偽物なのか」「いらない人間なのか」とものすごく傷つき、悲しんでいるのを見て、涙が出て止まりませんでした。嘆いている人に対して何もできない自分が歯がゆくて仕方がありません(それは今もそう思ってます)。

しかし一方「これのどこが差別なの?」とか「表現の自由があるだろ」とか「この程度でなに騒いでんの?」という声もたくさんあります(You Tubeに付いているコメントでそれは分かります)。しかし「表現の自由」はあっても、弱者を笑いものにしてはならないと思います。笑いものにするのなら、強い、権力のある人に対してするべきだと思います。権力のある人は傷つかない。わたしは日本に住む日本人というだけで、この日本では多大な権力を持っています。そして日本で「日本人である」ということに対して笑いものにされても一向に傷つきません。しかし性的少数者であることに対して笑いものにされると怒りが湧き、傷つきます。同じ人間でも自分の中にいろいろな面があります。強者は絶対的強者ではないし、弱者も絶対的弱者ということはありません。ただ、弱い部分を笑いものにしてはならない。弱者は日常の生活でも傷つき我慢を強いられているのに、笑いものにされたとき「その程度のことは我慢しろ」というのは拷問に等しい。そしてなぜ弱者が「悲しい」「傷ついた」「我慢できない」と声を挙げてはならないのでしょうか。笑いものにされるだけで傷ついているのに、更に声を挙げると非難される。声を挙げた弱者は二重に傷ついています。

また、昨日、一昨日の騒ぎ(?)から、ネットニュースにもなりました。

「銀のさら」CMが「ひどい」とTwitterで話題に
http://news.livedoor.com/article/detail/6157161/

この中に「Web限定CM」とありますが、もう少し短いバージョンが実際のテレビで流されているらしいです。うち、民放見ないんで、今まで見たことがなかったのですが。しかしここについているコメントもひどいもので。これが「世間」なのかなと思うとトランスジェンダー当事者がどんなに生きづらい世の中なのか、ということが容易に想像できます。ま、同性愛者もそれなりに生きづらい世の中ではあるのですけれどね。「世間」ではトランスも同性愛者も一緒くたにされている現状もありますから。

その現状を踏まえた上で、ひどい、何かしたいと思われるのなら、今、いくつか方法が考えられます。

・このYou Tubeを「低評価」する
・You Tubeのアカウントを持っていたら、コメントを書く
・この「銀のさら」を運営している株式会社レストラン・エクスプレスのウェブサイトから抗議する(http://www.restaurantexpress.co.jp/inquiry/index.html
・このことに対して抗議行動をしようとしているレインボー・アクションが意見を募集しているのでそこに意見を送る(http://blog.rainbowaction.net/ra/me/2011/12/1082

もちろん、わたしも全部やったわけではありません。できる人が、できることをして欲しいと思っています。やりたくないのなら別にやらなくてもいいし。

ただ、このようなことがあると知って欲しいと思い、いろいろ書きました。

石原都知事の同性愛者差別発言のときはモロに当事者だったので、悲しみよりも怒りの感情が強く「どうにかしてやる!」と思ったものでしたが、今回はこれで傷つき嘆いている人の気持ちを考えると悲しくて「何もできない自分」が情けなくて仕方ないです。感情って不思議なものですよね。。
09:20 | 性的少数者に関すること | トラックバック(0) | page top↑
12-31 Sat , 2011
今年もいっぱい、あったかな?
ついに2011年も最後の日。

今年のことを振り返ろうと思ったんだけど、こないだ日記に書いたとおり、

今年のことはほとんど覚えてな~い!!

ただ、1月2日から猫を飼ったこと、新年早々うつ病で精神科にかかったこと、そして10月終わりから12月の頭まで入院したこと、まとめてみるとこんな感じだったかも。

猫のことはね、最初はとても途惑い気味だったけど、途中からすっかり親バカになりました(笑)今はもう、かわいくて仕方がない。これは来年以降もずーっとそうだと思う(笑)

うつについては、既に悪かったことはすっかり忘れちゃった。1月に激うつ状態で病院行ったことも、9月頃一旦よくなったけど、頭痛がひどくて薬全部飲むの止めちゃって、その後、めちゃくちゃになったことも、そういう「事実」はあったらしい、という輪郭だけで、実際そのとき自分がどう思ったかとか、どんなに落ち込んだとか、そういう感覚はすっかり自分の中から抜けてしまった。

あと、入院したときは既に医者から「うつじゃない」って言われたけれど、電気けいれん療法を受ける中で、うつについても確実に変わった部分、というのがあると感じてる。気分的にすごく楽になったというか。これって過去を忘れちゃったことによる部分が大きいと思うけど。でも彼女によれば、5回目を過ぎた辺りから様子が変わってきたような気がする、という。

ただね、それに加えてただ単なる入院したことによるものもあると思うんだよね。

というのは、精神科の主治医が3月で一回、変わっちゃったのね。その変わったあとの主治医がどうも頼りなげに思えて信頼できなかったんだよねー。それが、入院することによって主治医と話す機会も増え、あと外来以外に主治医がどんなに激務かとか、そういうのも垣間見えて、なんかすごく打ち解けられるようになった。そして入院中ね、これはその病院の精神科に入院したらデフォルトなのかもしれないけど、臨床心理士さん(なのかな?)による心理テストを受けたことも大きかった。文章書いたり絵を描いたりするテストだったんだけど(詳細についてはほとんど覚えておらず)その結果をね、主治医から渡されて読んだとき、ものすごく心当たりのあることが書かれてたんだよね。そのことについて主治医に「いや、実はこうなんです」と説明したら、主治医がそれを手帳に書き付けたんだよね。そのことで「あー、もしかしてこのことって重要なことなのかな?」って思ったことが大きかったし、その後主治医から「臨床心理士さんの心理カウンセリングを受けますか?」と聞かれたのも大きかった。

実はね、このことについてはわたしはずっと悩んでて、でも悩んでも自分の中では答えが見つからなくて、今まで何度かカウンセリングに行ったことがある。けど、話しても理解してくれるどころかこちらが傷つけられたり、「あなたの悩みはこちらでは対応できません」と断わられたりして、解決どころじゃなかった。それにわたし、このことは今回のうつ病とは関係ないと思ってて(1回目のうつ病の原因ではあるけれども)、今の主治医にはそういうこと全然話してなかったんだよね。

だけど、主治医が手帳に書き留めてくれるほど重要なことだったんだって再認識させられて、それでわたしはカウンセリングを受けることにした。

こないだね、退院して初めての外来の受診日のときに主治医が、カウンセリングを受けられるいろんなところのパンフレットを見せてくれて、この中から選べって言われて、数カ所の案内のコピーをもらって、そんで家でいろいろ考えて決めた。結局選んだのは、入院中、心理テストをしてくれたところ。一刻でも早くカウンセリングを受けたいと思って、決めてすぐにそこに電話したんだけど、なんと最短で1月の中旬だと言われた。年内に少しでも楽になりたいと思ったんだけど、このことは来年へ持ち越し。ただ少しでも悩みに対する答えが見つかればいい、もしかしたら見つかるきっかけになるんじゃないかと思って、少し来年が楽しみ。

で、肝心の「電気けいれん療法を受けて、肝心の歯の状態はどうなったの?」と言うことなんだけど、これに関しては正直、よくなることもなかったし、症状が軽減されることもなかった。歯科の方の主治医からは治療を受ける前に「これを受けてよくなった人の方が少ないです」とはっきり聞いていた。けど、そのとき歯が気持ち悪くて気が狂いそうだったわたしは、その少ない方の確率に掛けようと思った。7回目の電気けいれん療法のあと、少し歯の状態がよくなったように思えた。けどそれは、一晩寝たら元に戻ってた。それ以後はよくなったと思うことはなかった。当初10回受ける予定だったんだけど、途中で「12回まで受けられるけどどうしますか?」と聞かれた。けど、わたし、入院してることが苦痛で苦痛で、あと2回増やすとなると1週間退院が延びることになる。それが耐えられなかったんだよね。だから「10回でいいです」って答えた。あと2回増やしたら、歯はどうなったか分からない。分からないけど、わたしはこれでいいって思ってる。それは、歯の状態は変わらなかったけど、気持ちがすごく楽になって、この状態でもある程度耐えられるようになったから。ただ、歯科への通院は一体いつまでなのかな~とは思ってる。治らないまま「もういいです」って言うかも知れない。

ま、うつと歯についてはこんなところかな。歯は治らなかったかも知れないけど、入院してすごくよかったと思っている。

それから一つ気がかりなこと。twitterで割と絡みのあった人が6月頃から全然つぶやかなくなっちゃって心配してる。その人とはtwitterだけじゃなく、個人メールなども知ってる人なので、そっち経由で連絡取ってみたりしたんだけど、返事は来ず。すっごく気になってます。。すっごく好きな人だっただけに。多分これ、読んでないだろうけど、いつかはまた復帰して欲しいと願っています。

昨日、ここ半年間くらい自分宛に来てた郵便物を仕分けして整理することがやっとというか、ようやくできた。請求書の類なんかは別にいいとして、大学からの郵便物(月に1回、副教材として「白門」という雑誌が届く)はもう見るのもイヤでね。今年の成績通知なんか特に見たくなかった。結局今年は夏期スクーリングも行くことができなかったし、単位、一つも取れなかったから。だけど、机の上に全部放り投げてそのままにして山積みになってたそれらをえいやっで片付けて、成績通知も見てみたら、確かに単位は一つも取れなかったんだけど、思った以上にレポートは書いて合格してた。もうそんなこと、完全に忘れてた。それを見て「以外に頑張ってたんじゃん」って思えた。そして、もう今まで何勉強してたか、完全に忘れて、一体どこから手を付けていいのかよく分からないんだけど、年が改まったら少しは勉強初めてみようかな、という気になっている。

カウンセリングへの期待、というのが一番にあるのだけれど、勉強も再び始めたいと思えるようになったことで、今までに感じたことのなかった「年が改まる」と言うことに関して、今は少しわくわくした気持ちでいる。

終わりよければすべてよし、だったのかな、今年は。
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