07-03 Sun , 2011
百万回生きたねこ
とっても有名な絵本。

わたしもこれまで何回か読んだ記憶があるんだけど、内容は全然忘れちゃってて、それで、うちの猫が避妊手術を受ける日、動物病院の待合室にこの本が置いてあるのを見て、久しぶりに読んでみた。

猫は100万回死んで、100万回生き返ったのは、今まで飼ってくれた誰をも愛さなかったから。自分が一番好きだったから。それが、一匹の白い猫と出会って恋をして子供が産まれて、、自分より大切な存在ができたとき、その白い猫とずっとずっと生きていきたいと思ったとき、白い猫が死んで100万回泣いたとき、その100万回生きた猫はもう決して生き返らなかった。

少々読み違えてるかも知れないけど、誰かは誰かを自分以上に愛することができたとき、それが「生ききった」、ことになるんじゃないか、誰かを愛することができるということは、それくらい、大切なんだよ、ということが言いたかったんじゃないか、って思う。

けど、動物病院で読んだとき、わたしは全く違うことを思っていた。

うちの猫、わたしのことが大っ嫌いでもいい。いや、大っ嫌いの方がいい。そうしたら、死んでもまた生き返って、わたしの元に来てくれるかも知れない。わたしはその方がいい、そう思ったのだ。そうすれば、別れなんか気にせずずっとわたしの元にいてくれる。わたしはそっちの方がいい。

けどね。うちの猫、猫だから、犬のようにまっすぐにこっちに愛情を示してくれるわけではない。

けどね。ちょっとしたことで、猫の自分に対する信頼というか、愛情を感じることがあるんだよね。例えば、わたしの足元に寝に来たとき、片方の手をちょこっとだけわたしの足先に触れさすんだ。ほんのちょっとだけ、ほんのかすかに。でもさ、わたしはその猫の行為にわたしに対する猫の愛情を感じてしまうんだ。。例えば猫が、わたしの無造作に脱ぎ捨ててある寝間着の上にちょこんと頭を載せて寝ているときもおんなじ。あー、この猫、わたしを好いてくれてるんだ、そう思う。

でもさぁ。そう感じるとね、悲しいんだよ。「もうこの猫、生き返らない」って。

馬鹿だね、わたし。本当は生き返りがあるなんて思ってないのに、ホント馬鹿。それで、涙が出て来ちゃったりするんだから、本当に馬鹿。

だけど、そんなことを感じるほどわたし、今まで何かに愛情を持つなんてなかったことなんだ(実を言えば、彼女に対してさえもね、というか、彼女に対してはまた次元が違う話でね)。この歳になって、自分がこんな気持ちになるなんて、今まで想像もしてなかった。自分の中にそういう感情があるなんて、思いも寄らなかった。

猫にはね、毎日毎日「死んじゃダメだよ」って言い聞かせてる(笑)まぁ当の猫はそんなこと全然聞いちゃなくて、最近は毎日暑いからそこここで伸び伸びになって寝てるんだけどね(笑)

これからも一日、一日、大切に生きていこうね、一緒にさ。
17:33 | 二人と猫のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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