09-01 Wed , 2010
複雑
昨日の日経新聞の夕刊に同性間のDV(ドメスティック・バイオレンス)に対して地方裁判所が「事実上の婚姻状態」と認めて、相手方に接近禁止命令を出した、というニュースが載っていたらしいが(ただし、この話は2007年のことらしい)。

わたしはこのニュースを知ったときから素直に喜べない。そりゃあ、この件についてはよかったと思うよ、心から。でもDV、ということを抜きにしてただ「同性間の関係が異性愛者の婚姻状態と同じように認められた」ということだけを取りあげるのはちょっと。。って思う。

確かにこの判決が出る、出ないにかかわらず、同性間のDVはあると思うし、この判決が出たからこそ、今、同性間のDVに苦しんでいる状態の人には一筋の光が見えてきた、ってこともあるだろう。それはそれで喜ばしいことだ。

だけどね。わたしみたいな全然関係ないのが「わーっ」って喜ぶのはどうかと思うのよね。「今後、こういう判例が続けば」なんて願うのは以ての外だと思うし。それって「誰か不幸にならないかな~」って願ってるのと同じことなんじゃないかと思うし。

できればDVのない世の中になって欲しい。誰も不幸になって欲しくない。現実にあることを無視して、わたしはそんなことを願う。

けど、現実は違う。今後も同じようなケースが出てくるのは確実だと思う。でもだからといって「裁判起こせ」とは思わない。やむを得ずそこまで行くのなら仕方がないと思うけど。。

ただいずれにせよ、この裁判を起こした人には感謝したいと思う。どういう判決が出るか見通しがない中、勇気を持って裁判を起こしたことに対して「すごい」と思うから。そして、今、平穏で無事な生活を送られていたらいいなあと願わずにはいられない。
20:54 | 性的少数者に関すること | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-03 Fri , 2010
明日は36度らしい
さっき、天気予報でそう言ってた。
残暑、にしては暑すぎる気温。

わたし、今年で42回目の夏を迎えるんだけど、正直、去年の夏のことすら覚えていないくらいで、一番暑かったと記憶のある2007年も、8月の末からシドニーに行っちゃって、その後のことは知らないし、今までこんなに夏が暑かっただろうか?って、今まで42回も夏を過ごしてきたのに、全然記憶にないなんて情けないーって思ってたら。

どうやら今年の夏って113年間で一番暑いとか?

道理でわたしの記憶にないくらいの暑さだと思った(って都合よくコロッと変わる(笑))。

それにしても暑い。

それでも夜は徐々に風が涼しくなっているような気がしているが、昼間の暑さはまだまだ。

早く涼しくなって欲しいなあ~って思う。
けど、涼しくなったら今度は寒くなるので、寒がりのわたしはそれもいやだあ、とも思っている(笑)

3ヶ月後のわたしが寒さに震えてるなんて今はまだ、全然想像できないけれど。
でも42回目の冬も直にやってくるんだよね、、
って思うと、まだまだ過ぎ去りそうにないこの夏も惜しい気がしてくる?

いや、まさかそんなことはないか。
早く秋にはなって欲しい、かな?
冬は来なくていいけど。
19:45 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-04 Sat , 2010
アロマキャンドル
精神的な効用がどーのこーの、ということは全然興味がないのだが、ただ、なんか自分の好きな匂いが嗅ぎたくて、少し前だけどアロマキャンドルを買ってきた。

5つの匂いが入ったお試し用のアロマキャンドル。

でもね~。この時期、まだ夜は暑くてろうそくを灯したい、って気にあんまりならないんだよね。なんていいながら、結構火を付けて楽しんでるんだけど、なんというか暑い。物理的に部屋も暖まっているのだろうが、なんというか見た目が暑い。

けど、わたしはどちらかというとすっきりとかさっぱりした匂いよりもちょっとねっとりした、というか、ねっとりしてるけど甘くない匂いが好きなんだよね。で、お試し5種類の匂いの中に結構気に入った匂いがあって、それのちょっと大きいアロマキャンドルをまた買って来ちゃった(^^;

だけど、匂いを楽しむのはもうちょっと涼しくなってからだな。

最近、「不幸にならなきゃこの世の中は変わっていかないんじゃないか」って思うことが多くて、いやになっている、というか、気にくわないというか。

今のわたしの生活はとても幸せだし、取り敢えずはあまり困っていることはない。

けど、たとえそうであっても、一つ何かあるとこの生活自体が立ちゆかなくなる恐れがある。同性同士のパートナーシップって法的保障が何もないので、今の生活は本当に脆いものだ。「今、彼女の身に何かが起こったら」と思うと本当にゾッとする。法的には彼女とわたしは赤の他人だものね。

でも、そういう不安からは世の中は動かないんだよね。ここでもし、彼女の身に何かあって、生活が立ちゆかなくなったわたしが「なんとかしてください」って涙ながらに訴えれば、世の中の多数の人は同情して何かが動くかも知れないけれども(でもそんなに甘くない世の中だとも思うけれども)。

それってどうなの?って思うし、でもまさに現実はそうなんだな、って思うと何とも言えなくなる。やだね。
19:34 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-06 Mon , 2010
ジャンジさんのパフォーマンス
昨日、Living Together Loungeに行ってきた。

で、これ、書こうか書くまいか、いやそうじゃない。わたしは書きたい。書きたいのだが、果たして誰でも検索して読めるブログに書くべきか、それともmixiの全公開のみの日記にすべきか、それともいっそのこと「友人のみ公開」にするべきか、すごく迷った。わたしにとってそれくらい目の前で「全裸になられる」ということはインパクトがあったことだったからだ。

しかし、こうも考えた。彼女のパフォーマンスを全裸になったというだけで評価すべきじゃない、って。 あの一連のパフォーマンスは、彼女が何が言いたいか、が含まれているはずだ、絶対。それを読み取らなきゃ、って真剣に思った。

けどねー、そういうことを思っても、やっぱり一番強烈な記憶ってそこなんだよね。

わたし、ジャンジさんのパフォーマンスを見るのは初めてだったから、彼女がいつも最後には全裸になってるかどうかってのは全く知らない。でも、今のわたしにとっては彼女がいつも全裸になってるかどうか、ってのはそんなに大きな問題じゃない。もし、彼女のパフォーマンスを今後も見る機会があって、そこでまた全裸になったのなら「ああ、そうなんだ」って思うだろうし、それはそれでまた、別の感想も起こってくるに違いない。

けど、わたしは昨日の晩が初めてだった。

で、紙の衣装を破り捨てたら彼女は全裸だった。それに驚いて何が悪い。

わたしはびっくりしたよ、うん、びっくりした。とてもびっくりした。だってまさか下半身まで丸見えにしてるとはつゆほど思ってもなかったことなんだもの。

一緒に行ったわたしの彼女は、ジャンジさんが乳輪のところに付けてた内輪で仰ぐとくるくる回るものに対して「あれ、面白かった」と言った。

だけどわたしはジャンジさんの陰毛に目が釘付けだった。すごくきれいだった。入念な手入れをしてるんだろうな、そんなことを思った。そしてその陰毛に触れたらどんな感じなんだろうとか、その裏に隠されている彼女の性器は一体、どんな感じのものなんだろう、って、正直わたしはそこまで思ったよ。パフォーマンスやってるときに一瞬でもいいからチラッと見えないかしら、ってそんな不遜なことも思ったりもしたよ。もちろん、見えなかったけどね(笑)

パフォーマンスは一連の流れを評価しないといけないと思うけれども、しかし、あの中島みゆきの「世情」を流しながらのパフォーマンスは一体、何を訴えたかったのだろう?彼女は何かを追いかけていた。途中でズラを飛ばし、紙の衣装が(もちろん、最初から亀裂を入れていたのだろうけれども)破けていくほど、何かを追いかけていた。彼女は一体、何を追いかけてたんだろう?紙の衣装を破いてしまったあとは、内輪で顔(と胸)を仰ぎながら、せいせいした顔で、それでも歩き続けていた。ただ、既に何かを追いかけている顔ではなかった。

わたしが分かるのはこのくらい。情けないけど。追いかけていたものが「何か」は分からない。情けないけど。その「何か」とは、その前にパフォーマンスした、手を差し伸べるたびに転がされたり、すかされたり、というあの「何か」ともしかしたら同じものだったのだろうか?

ジャンジさんのパフォーマンスって、リップシンクしたり、ドラァグクイーンばりの化粧をしたり、と「ゲイ文化」が色濃くて、でも、それをやってるのは女性で、ってところがわたしには面白かった。

はー、なんかこれ書いたらなんだかすっきりした(笑)

多分、わたし自身、どこかで心を全裸にしたかったんだろうな。
12:56 | (性的少数者)イベントなど | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
09-07 Tue , 2010
昼間は確実に短くなっている
わたし、仕事のある日は朝5時に起きてるんだけど、なんか仕事行き始めた日に比べると朝がだんだん暗くなって来ている。今起きるとまだ外は薄暗いの。

「東京の日の出の時刻って何時なんだろう?」と思って、国立天文台の暦計算室ってところで調べてみたら、ちょうどわたしが仕事をし始める一週間前くらいから、日の出は4時台から5時台になっていて、今はだいたい1日に1分、日の出が遅くなっている、ということが分かった。

で、一番遅い日の出って何時ごろなんだろうって調べてみたら、1月の上旬辺りなんだよね。冬至が12月の22日辺りだから、そこが境になってるんだろうと思ってたら、日の出は先ほど書いた1月上旬辺りが境に、日の入りは12月の上旬くらいからどんどん日が長くなってる。で、トータルで見ると12月22日辺りが一番日が短い、ってことになってるらしい。

あれま。そんなに朝早く起きてなかった日の出の時刻はともかく、日の入りがそんなになってるとは知らなかった。しかし、なんで日の出の境と日の入りの境が1ヶ月間も違ってるんだろ?地軸の傾きのせい?(想像するのが不得意なんで、よく分かりません)

それにしても、まだまだ日中は暑くて「いつ秋になるんだよ!」なんて思ってるけど、季節は確実に冬に向かってるんだな~。
15:40 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-08 Wed , 2010
不本意
「そんなことで怒るわけないじゃんか」ってことに怒ると思われている。
そういうことが何件か続いた。

でも「なんでわたし、そんなことで怒ると思われてるんだろ?」
って思うと逆に怒りが湧いてくるんだよね。

なんだかなあ~。
自分って人間が誤解されているような気がして(いや、実際誤解されてるんだけど)
でもそれを訂正するために一生懸命説明したとしても向こうを萎縮させるだけだからこのまま放っておくけれどもさ(というか、一度説明して分かんなかったらもうさらに説明する気はないよね)。

わたし、そんなにちょっとしたことで怒る人間だと思われてるのかなあ~?
なんか不本意だー。
18:51 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-09 Thu , 2010
ビッグイシューのおじさん
よく行く駅の近くでおじさんがビッグイシューを売っているのを発見したのはそんなに前じゃない。

前の号だったかを彼女がバックナンバー含めて数冊買った。その後、買い物をしてまた駅の方に戻ったとき、おじさんが人なつっこい笑顔でこっちを向いてお辞儀してくれた。なんだかとても嬉しかった。「おじさん、わたしたちのこと覚えてくれてるね」って言ったら「さっき何冊も買ったから印象的だったんじゃないの?」って彼女は言ったけれど。

今の号が出たときもそのおじさんから買った。そしたらまだそこで2回しか買ってないというのにおじさんは「いつも有難うございます」って言った。「(風が強いときは)飛んじゃうからバックナンバーが置けないんだよ」っておじさんは言ってた。歯がところどころ欠けているおじさんなんだけど、人と話すのが好きそうなおじさんだ。

今日、またその駅を通った。こないだと同じ号がまだ最新号だから、わたしたちはその前を素通りしたのだけれど、おじさんはわたしたちを見つけると以前と同じくこちらを見てお辞儀してくれた。

もちろん、どういった人だって、ビッグイシューを売ってる人には「早く住めるようになればいいね」って思うけど、買う人のことを覚えてくれているおじさんは特に応援がしたくなるよね。

おじさん、次の号もおじさんから買うからね~(と言っても買うのは彼女でわたしではないけど(^^;)
17:54 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-10 Fri , 2010
レポート合格
日本法制史のレポート2つ、合格してた。

もうねー、このレポート出して返ってくるまで1ヶ月ちょっとかかってね。わたし自身は余裕を持って、1回不合格でも書き直す時間が取れるようにしたつもりだった。今まで出したレポートはだいたい提出して1週間ちょっとくらいで戻ってきたもので。いくら夏のスクーリングがあって、レポート提出が殺到してると言ってもそこまで時間かからないだろうって思ってた。けど、、時間がかかっちゃった。レポート提出期限(9月2日)を過ぎてもまだ返ってこなかったんで、「うわー、不合格だったら」とヒヤヒヤしたもんだった。

それがやっと最近になって戻ってきた。結果は2つとも合格。
取り敢えずホッとした。

しかし、これで単位が取れたわけじゃない。夏期スクーリングの最終日に受けた科目試験に合格していないと単位はもらえないのだ。で、その発表はまだ出てない。これで落ちてたら、もう一回科目試験を受けなきゃならないのだ。

一科目単位を取るまでにこんなにかかるとは!

改めて通信教育で学んでいく厳しさを感じている。
17:06 | 通信教育課程の大学生活 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-11 Sat , 2010
夏の疲れ?
つい先日、台風の影響と見られる雨が降って、それ以降何日か涼しかったよね。

その影響か、どうも数日前から朝起きるのが困難になってきた気がする。
前は眠くても割とすぐに起きられたのに、今は「あと5分、眠れないかなあ~」って思ったりするんだよね。
で、起きても眠い。仕事してても頭がぼんやりしてるのがなんとなく分かる感じ。

仕事が終わって家に帰るとバタンキュー(死語?)。
そのまま、夕方まで眠りこけている。

うーん、これって夏の疲れが出て来たってことなんだろうか。
それとも今までは必死にやってた仕事もちょっとは慣れてきて、それで疲れを感じるようになったのだろうか。
というより生活のサイクルかな。
朝5時に起きて夜11時ごろに寝るのは、すごく一日が長く感じられていたけれども、
それってどう考えても今までより睡眠時間を削ってそうなっているというわけだし。
多分、夏の疲れと仕事の疲れと生活のサイクルが変わったことで一気に眠くなってるんだろうなあ。

疲れを取る特効薬ってやっぱり睡眠だと思うんだけど、
わたしの場合、疲れてたら9時間も10時間も布団の中でゴロゴロしたい!って思う方で。
でも、朝5時の10時間前って夜19時でしょ?
いくらなんでも19時に床につくのはねーって思うんだけど、
根本的な解決方法が睡眠をとる以外ないのだったら、
疲れが取れるまではちょっと早めに寝た方がいいのかなあ~
なんて思っている。
17:12 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-17 Fri , 2010
どさっ
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今年は取れても8単位にしかならないのに(まだ結果出てません)、10月になったらわたしは大学4年生になるらしい。3年の時の教科書もほとんど読んでないのに「履修届を出せ」って大学が言ってきて、書いて出したら今度はこんなに教科書を送ってきた。実はこれが全部じゃなくて、あと3科目分はまた別に教科書が送ってくる予定。

うーむ。

確かに送ってきた教科書(去年のも含めてね)全部やれば(プラス卒論)大学が卒業できるのだが。。これだけやるのにどのくらい時間がかかるんだろうと思うと、正直頭がクラクラしてくる。

やっと季候も涼しくなりつつあり、これから「勉学の秋」と言いたいところだが、実際のところ、今週の初めに引き取りに行ったiPhone4にはまってて、ぜーんぜん勉強してない。。

いかんですな。どこかで気持ちを切り替えて、気持ちをまた勉強の方に向けねば。。
16:41 | 通信教育課程の大学生活 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-18 Sat , 2010
北海道!
明日から2泊3日で北海道の新得で行なわれる「shintoku空想の森映画祭」に行ってきます。

偶然にも朝の電車の時間がいつも通勤してる電車の時刻と一緒なんだけど、この飛行機を予約した数ヶ月前は「こんなに早い時間、ちゃんと起られるのだろうか。。」って思ってたのよね。ああ、あのときはまさかこんなに朝早い仕事をするなんて思いもしなかったわー。

北海道、と言っても、道東の方にはこれまで行ったことがないので、どんな感じのところかちょっとワクワクしてたりして。でも寒いって話だから、着替えをしこたま持って行きます。超寒がりなんで。

映画祭の内容は、、当初は「苺とチョコレート」を観るのが楽しみの一つだったんだけど、新訳版の映画がつい1ヶ月ほど前、ケーブルテレビで放映されたときにビデオ撮ったんで、まーもうこれはこれでほぼ興味はなくなったというか、まー、大きいスクリーンで楽しむのは多分最後になると思う。

今の楽しみはなんと言っても双子の弟が監督してる「しみじみと歩いてる」の上映、でしょうか(にや)。

直後の監督トークのときに、厳しい質問をして監督を泣かせようと今から目論んで、、いるかいないかは秘密(爆)気になる人はここでチェック←オイ

てか、この映画の主人公らしい綾さんも前に「Ronとakaboshiの直撃トーク」でお世話になったので、映画を観る視線ってのは、おそらく「身内モード」になってしまうんじゃないかなあ~なんて思ってる。仕方ないよね。

というわけで、ほとんどが映画観ることに費やしてしまうと思うのだけれど、北海道、楽しんできます。出会いを大切に。そしてうまいもんが食いたいよ~。
17:23 | 二人で行った旅行のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-19 Sun , 2010
心が揺れる
shintoku空想の森映画祭の2日目、「TOKYOアイヌ」という映画を観た。2時間のドキュメンタリー映画だが、2時間があっという間に過ぎてしまうほど面白いがしかし、とても考えさせられる映画だった。

わたし、アイヌ民族のことについてはほとんど何も知らないに等しい。高校の時だったか、国語の教科書に知里幸恵のことが載ってたりしたのを覚えてるとか、喜納昌吉が出した「祭」ってCD(元は多分レコードじゃないかな。わたしが持ってるのはそれがCD化されたもの)の中に「アイヌプリ」って曲があって、今思えば(これまでずっと知らなかったことだが)その曲は、アイヌのかけ声だとかアイヌのリズムだとかが使ってあったんだなあ、ってのがこの映画を観て初めて分かったりしたほどだ。実はこの映画を観ている間中、わたしの頭の中ではこの「アイヌプリ」がぐるぐるぐるぐる回って鳴っていて「そうだったんだ、そうだったんだ」ってずーっと思ってた。

これ以外はアイヌ民族に関するイメージは全くない。だって、今までわたしの周りで「アイヌです」っていう人なんて誰もいなかった(知らなかった)んだもの。。映画の中でアイヌの人たちが「アイヌは外見を見ると分かるから」なんて言ってたけど、わたし、分からないもの。映画にたくさんのアイヌの人たちが出てきたけれど、わたし、この人たちが街中を歩いてたとしても絶対にアイヌとは分からないし、一体、彼らの顔のどこに共通点があるんだろうって思ってた。

ただ、社会的なマイノリティーって共通点があるんだよね。。細かいところではもちろん違うんだけれどもさ、やっぱり話を聞くとセクシャルマイノリティーとの共通点があるんだよ。もうそういうところが自分の心にチクチクつきささってきてね。「あー、その気持ち、とてもよく分かるなあ」とか「こういうところは同じだよね」って何度も思ったりしてた。

その一方、アイヌの人たちにとってわたしは「シャモ」とか「和人」とか言われる人種なんだなあということを強く思ったし、その点でわたしは圧倒的マジョリティーに属しているわけだよね。で、これって、立場的には在日コリアンの人たちに対するそれと同じなんだよなあ、とも思った。そしてこれまた何度も「わたしは、彼らに対して何をすればいいのだろう、何ができるんだろう」って思った。「今まで知らなかった、じゃすまない問題だよな」と思ったし「でも、まだまだ知らないことってたくさんあるよね」とも思ったし「でも、こうやって生きていく間に在日のこととかアイヌのことを知ったように、今は知らないけれど何かの機会で知ったことに対して、一つずつ、誠実に考えていくしかないんだよな」とも思った。そしてそれは、例えば異性愛者の人が何かの拍子に性的少数者のことについて知ったときに「ああ、こういう問題があるんだ。どうしたらいいのかな」って考えて欲しい、という気持ちの裏返しのような気もした。

そして、わたしは在日の人やアイヌの人たちに「どうしたらいいのか」と考えることと、わたしが異性愛者の人に「こういうふうにして欲しい」と思うのは、もしかして共通点があるような気がしたし(というか、前からそう思ってたけど、今日はそれをいっそう強く感じた)その方向で考えていけば、きっと自分なりに何をどうすればいいのか、ということが分かるんじゃないかなと思った。

わたしが表面的に目にできるのはアイヌの文化だけれど、そのアイヌの文化に対してただ「へえ」って感心してるだけじゃダメなような気がする。その文化はどういう状況で継承されてきたのか、そして将来にわたってその文化を継承する権利を彼らは持っていることを認める、認めるというのはちょっと上から目線かな、理解すると言えばいいのか、そこら辺の言葉がわたしにはうまくは言えないが、とにかく彼らはアイヌとして誇りを持って生きる権利を持っていて、それは誰にも奪えない権利なのだと言うことを頭に焼き付ける、とでも言えばいいのか。。

アイヌのいろいろな儀式や歌、踊りなどの映像を見ながら、しかしわたしは決してこの人たちの中に入ることはできないのだ、と感じていたし、だけど、入れないけど、わたしはその人たちと一緒に生きていきたい、とも思った。

この映画は観て思うことが本当にたくさんあり、それがとても面白かった。

最後に。アイヌの言葉で「考える」というのは「心が揺れる」と表現されるそうだ。その点に置いて、この映画を観てわたしは本当にたくさん心が揺れたし、見終わった今も心が揺れている。
21:36 | (一般)映画・演劇のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-21 Tue , 2010
しみじみと歩いてる
shintoku空想の森映画祭3日目にやった映画。

感想を書こうと思ったが、前回の「TOKYOアイヌ」と同じように書けないことに気が付いた。

なぜか。

それは「TOKYOアイヌ」に出て来たアイヌの人はあくまでもわたしにとっては「映画に出て来たアイヌの人」なんだけれど、この「しみじみと歩いてる」に出て来た人は、レズビアンの誰それさん、であったり、トランスの誰それさん、であったりするのだ。要するに、アイヌの人の言ってることは、その人個人の発言と理解するよりも「アイヌ全体の人の意見」にどうしても聞こえてしまう一方、性的少数者の場合は「誰それさん」という個人の話、になってしまうのだ。これはわたしにはどうしようもない。だって、本当に自分の知り合いだったり、遠くとも知り合いの知り合いであったりするわけだから(監督とわたしは知り合いなわけで、だから映画に出て来た人は少なくとも知り合いの知り合いなわけだよね)「この人がレズビアン全体の意見を言っている」とは到底思えないわけだ。

ま、ただ裏返して考えると、アイヌの人の意見をアイヌの人たち全員の意見、として捉えることの危険、みたいなのを感じる。少なくとも「一意見」に過ぎないことをわたしは意識しておく必要があるだろう。

それはともかくとして。

もう一つ。個人的な話は別として、話の時間的な軸になっている「関西レインボーパレード」が、自分もずっと出ている、ということがある。実際、数カ所で「あ、自分が映ってる」ってところもあった。そうすると、どうしても映画を突き放してみることが出来ないのだ。パレードのシーンが映ると「あー、この年はこんな感じだったよな」ってどうしてもそのことを強く思ってしまう。わたしにとっては「懐かしの映像」になる。そうすると感想も極めて個人的な感想になってしまう。

それと。上の2つのような「予備知識」が既に頭の中に入ってしまっている以上、観てて思うのは「映画の構成」になってしまう、ということだ。「ここまでのテンポはすごくよかったけど、あれ以降はなんか退屈だった」とか「ここの場面はわたしは分かるけど、知らない人が観たら混乱するんじゃないの?」とか、これは映画の感想ではなく、映画の構成についての感想になってしまうよね。

実際、この映画を観たあと、監督を囲んでみんなで「あーでもない」「こーでもない」と自分の意見を言い合ったんだけど、それはそれでとても楽しかったよ。けど、それは監督個人宛に言うべきことであって、こういう場で書くことではないよね。

最後に。これは一番初めと関連することなんだけど、例えばトランスの誰それさん、の話やシーンについて「あー、そうだったの。○○さん、すごく△△だったね」という感想を持ったとする。でもね。それはやっぱり個人的にこそっと直接その本人に言いたいの。こういうところですべての人に向けて「△△だったね」とは言いたくない。わたしの感想は個人対個人のものにしておきたいんだよね。なぜそういう気持ちになるのかはよく分からないのだけれど。

だからこの映画の感想を書くことはわたしには出来ないの。

どういう機会があるかは分からないけれど、よかったら自分自身の目で観て、としか言えない。。

ごめんなさい。
18:12 | (性的少数者)映画のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-22 Wed , 2010
危険なこと
他人を理解するために自分の体験と照らし合わせて考えがちだ。「あ、この構図はこれと似てる」と言って分かった気になる。

しかし、果たしてそういう行為がいいのかどうか。それってとても危険なことではないのか。自分の体験と照らし合わせて分かったような、理解したような気がしても、もし照らし合わせたものが照らし合わされたものと根本的に違っていたらどうなるのか。相手の方の悩みが深かったら、その行為は相手を矮小化することにならないか。

だったら、わたしは相手を理解するためにはどうすればいいのか。想像なしに「あるがまま」を本当に受け入れられるのか。理解するためには相手を受け入れなければならないのか。「分からない」まま相手を受け止めることは出来ないのか。「理解する」こと自体、傲慢じゃないのか。なら傲慢にならないようにはどうすればいいのか。

翻って、わたしは他人にどう理解されたいのか。本当につらかった経験ってのは、どういう想像をされようと他人には本当に理解できないって思ってるんじゃないのか。却って理解されたふりをされると腹が立つと思っていないか。受け入れるより受け止めて欲しいと思っているんじゃないのか。でも受け入れると受け止めるの違いはなんなのか。

もっともっと考えなきゃいけないな。
17:31 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-30 Thu , 2010
スイートポテト
秋も段々深まってきたからか、数日前から強烈にスイートポテトが作りたくなったわたし。昨日早速さつまいもを買いに行って、今日はそれでつくって食べた。

実はわたし、見かけによらずと言うか、見たまんまというか(?)、お菓子を自分で作って食べるのが結構好き。わたしの母がわたしの幼少時から割と頻繁に手作りのケーキなどを作って食べさせてくれたのが今の自分に繋がっていると思うんだけど、手作りのケーキって市販で買うよりも断然美味しい、とわたしは思っている。で、小学生の高学年頃から徐々にお菓子作りを手伝い始めたのもあり、わたしは結構ケーキとか、自分の食べたいと思うお菓子は自分で作ることが出来る。

でもわたしが「ケーキ焼けるんだよね」っていうと、「へー、ろんたこさんもやっぱり女の子なんですね」って言われることがあり、、いや、別にわたし自分が女だからってお菓子作るわけでもなんでもなく、ただ自分が食べたいから作るだけなんですけど。なぜ「ケーキを作る」=「女の子」なんだろうって、ずっと思ってる。で、この手の誤解をする人は大抵「ケーキを作る」=「人に食べさせたい」なんだよねー(苦笑)わたし、悪いけど自分で作ったものは全部自分で食べたい方だ。人のために作るだなんて、真っ平ごめん。ま、彼女は例外だけれどもね(笑)ただ、確かに「人に食べさせたい」のが目的で作る人もいるだろうと思うよ。うちの母は「子供に食べさせたい」と思って作ってたんだし。けどね、全員が全員、そうじゃないってことは分かって欲しい。で、人に作る行為は美徳だなどとは思わないで欲しい。人に食べさせたいのも自分が食べたいのも両方、自分を満足させる行為なんだからさ。

そんなこんなで、1時間ちょっとくらいで作り上げたスイートポテトなんだが。

いやー、美味しかった。ふんわりしてて、すごく上品だったというか。甘いのが好きなので、結構甘めにしたんだけど、お腹にはずしっと来ることはなく、ペロペロっていくらでも食べられそうな雰囲気だった。

そういえば、この季節は焼きリンゴも結構作ってたっけ。一人暮らしの時は、食後にリンゴをくりぬいて、焼いて食べてたもんだ。今年の紅玉の出来が気になるところだが、あったら買ってきて、焼きリンゴを作ろうと思う。あと、このことをTwitterでつぶやいてたら、パウンドケーキのレシピが降ってきたので(?)、それも作りたい。

まさに食欲の秋、という感じか。
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