04-01 Thu , 2010
病院の日
今日は病院の日。

前回との間で頭痛のことで何度か主治医に電話してたので「何度も電話してすみません」と言って、でもそれからは頭痛が頻繁には起こらなくなったので電話はしなかった旨を伝えた。

「前回と症状はまったく変わらないんですよね~」とか「なんか薬減らした方が調子がいい感じがするんですが。だって、今まで薬減らすたびによくなってますよね」と「取り敢えず今のままじゃヤなんだよ」ってことを遠回しに言ってみたら「そうですね」とあっさり、薬が減った(笑)

今まではプロチアデンとワイパックスが朝と晩、1錠ずつ、寝る前ジキレプサ1錠、だったのが、プロチアデンとワイパックスは朝1錠1回だけ、ってことになった。

「将来的には寝る前のジキレプサだけになりそうですね」と主治医が言ってたので「わたしもプロチアデンとワイパックス、なんだか効いてなかった感じがするんですよね~。よく分からないけど、なんとなくそう思うんですよね」と言ったら、「いや、体感は大事ですよ」って言われた。

他の薬は長期服薬したことがないので分からないけど、抗うつ剤とか向精神薬、抗不安剤はうつ病のとき含めてもう何年も飲んでるので、その薬が効いてそうか効いてなさそうかは、なーんとなく分かるような気がするのだ。

ということで、減らしたことでまたちょっとでもよくなるといいなあ~。
21:23 | 病名が分かった後のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-02 Fri , 2010
桜(経過報告)
あれはバイトが終わる2日前だったから、3月30日のことか。

いつも昼メシ食ってたハンバーガー屋さんの隣に花屋さんがあって、毎日のように昼飯食べた後はそこの店を覗いて「今日は気に入った花束置いてあるかしら」と思ってたんだけど、30日に桜の鉢植えが置いてあることに気が付き「あ、これ欲しい」って瞬間に思った。

だけどわたしは基本的に「種から植える」ということにとてもこだわってるもんだから、最初から鉢植えで、しかも、花が咲きかかってる、という一番「おいしいとこ取り」みたいな状態になって売ってるものに対してとても抵抗感がある。

あとは値段がねー。花束の4倍くらいしたので(笑)それも躊躇する要因にはなっていた。

といえどもそのときはまだ昼休みだったので、買う気はなく。午後いっぱい考えて、もしやっぱり欲しいんだったら帰りに買って帰ろう、と思ってそのときはそのままその場を立ち去った。まー、そのとき買っても職場に持ってかなきゃいけないのはイヤだったし。

仕事が終わって職場を出たあと。それでもわたし、まだ迷ってた。なにより「鉢植えのものを買う」ということが一番のネックになっていた。だって今まで「種から育てる」というのはもう何年もわたしの信念みたいになってたし、そのこだわりだけは曲げたくなかったからだ。

けど、、やっぱりもう一回桜の鉢植えを見たら「欲しい」って思った。桜を種から育てると花が咲くまで何年もかかるし、それにわたし、植木鉢で桜を育てる自信がない。確かに花は今年、このまま咲くだろう。けど、来年、自分の力で咲かせてみせるのもいいじゃないか、そう思った。なので、4鉢あった中の一番花や蕾を付けてるヤツを選んでレジに持って行った。

そのときにどういう育て方をすればいいのか、肥料は、植え替えは、日々の世話の仕方は、といろいろ聞いてきた。

で、これが買ってきた桜の鉢植え。
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桜、と言っても「旭山桜」という種類らしい。
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「旭・山桜」じゃなくて「旭山・桜」らしい。ってわたしはそんなに桜のことに詳しいわけじゃないので、山桜じゃないのね、って思う程度だが。で、旭山と言ったら旭山動物園を思い出すけど、多分全然関係ないだろう。

ここ2日くらい暖かくて、桜も徐々に花を咲かせているようだ。これが今日の状態。
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そうそう、なんだかよく分からないけど、この鉢には買ってきたときから雑草(名前が分からないからこの名前で呼ばせてもらうね)も芽を出してて「あ、これも一緒に育てよ♪」と思ってたんだけど、次に水やりするときに見たらないの。「あれ、枯れてなくなってしまったんだろうか」と思ってたら、なんと、彼女が引き抜いてた!!!いや~、以前から教授さんの横のスペースにも雑草が生えてきてて「あ♪」と思ってたら、やっぱり次に水やりするときになかったことがあったので「もしかして、教授さんの横の雑草も引き抜いてたんじゃないだろうね」と言ったら「引き抜いてた」と言う。「もー!雑草も一緒に育てようと思ってたのに!」って言ったら「ごめん、これからは手出ししないから」って言われた。ま、植物を育てるためには雑草は抜かなければいけないもんなんだろうけどね。

でも、わたしは間引きもそうなんだけど「命の選別」ができない。わたしがその植物の運命を決めてしまっていいのだろうかと思うとできない。「これはいらない植物」だの「これはどうせ育ってもひ弱だから」とか、そんなこと決めつけられるほど立派な人間なのかと思う。まー、昔はそれでも間引きしなきゃいけないときはしてたけど、抜いた後の植物を捨てるのに抵抗感があってあまり好きじゃなかった。「わたしが抜かなければ育ったのに」と思うと心が痛んだ。だから、極力間引きをするのはよそう、って決めて、今はそうしてる。

あ、話が逸れた。

昨日だったか、都心では桜が満開と発表されたようだが、うちのはまだ五分咲き程度か。しかしまさか、家で花見ができるとは思ってなかった(笑)これから、大切に育てたいと思う。高かったしね(笑)

で。4月になったし、これから段々暖かくなっていくだろうと言うことで、プランターや土を買ってきたりして徐々に準備してる。これから植えようと思ってるのは、

・モスバーガーの「モスの日」でもらってきた花の種(メランポディウム ミリオンゴールド)
・去年2回試みて2回とも失敗した「ミニひまわり」
・昔懐かし、小学生の時に植木鉢に植えて育てたことがある「朝顔」
・米(自分で育てられるキットを購入)

これらのプランターに植える予定。
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教授さんの横に朝顔を、真ん中のプランターにはミニひまわり、上の木製のプランターにはミリオンゴールドを植えようと思っている。いつ植えるかはまだ未定だが、植物の発芽条件が「水分、温度、空気」なので、気温がもう下がらないと分かった時点で植えるつもり。

楽しみだ。なんと言っても植えてから芽を出したときのワクワク感が好き。
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04-04 Sun , 2010
花見に行ったけど
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桜がまったく咲いてなかったとはこれ如何に。

昨日彼女と「どっか、花見に行きたいねえ~」と話してて、そうだ、ミシュラン三つ星取った山にでも行くかってことになった。あ、別にミシュランで三つ星取ったことが行く決め手になったわけじゃなく、ただ、沿線にある山なので。行くにも近いと思ったんだよね(笑)

で、いろいろネットで調べてみたら「都心で満開になってから1週間後に満開になる」って書いてあったので、まだちょっと満開にはなってないだろうけど、3分咲きくらいでいいよね、満開だと人も多いだろうしね、ってことになったのだー。

しかしてその実態は。画像の通り、まだ蕾でいつ咲くのか分からない状態だった。。花なんか一輪も咲いてなかった!(咲いてなかったのはソメイヨシノで寒緋桜という桜は咲いてました。でもそれって頂上で咲いてたわけじゃないからね)

行きはリフトに乗って、そばを食べ、わー、こんなことするの、生まれて初めて、なんか斬新な感じ(←?)って思ってたけど、帰りは「稲荷山コース」ってところを1時間45分くらいかけて降りてきたら、なんかもう、最後の方は疲れ切っちゃって、二人離ればなれになるし、彼女からは「ろんたこ、余裕がなくなったから、自分のペースでどんどん先に行ったんでしょ」って言われ(そしてそれは正解なんだけれども)なんとなく悲しくなった。

いつも余裕がなくなると無口になって自分のペースになってしまうわたし。それじゃいけない、と思うんだけど「なんでわたしばっかり」って疲れると思っちゃう。余裕がないときはわたしも周囲に気を配る余裕がないわけで。余裕がないからそうなっちゃうわけで。で、今日はそれに加えて人のしゃべり声とか、かばんに付けてるクマ除けの鈴の音が気になってしまい(なんでこの山にクマがいるんだ?)、そういう人たちから離れたくて離れたくて仕方がなかった、というのもある。

どうもね。余裕がないときは自分の世界に浸ってしまうらしい。自分も人間なのに「人間消えろ」とか思ってたし(苦笑)

だから帰りは自分自身はそんなに機嫌自体は悪いとは思わなかったんだけど、それでもいつもに比べるとホント、何も話さなかったし(話せなかったし)、そういうのって二人でいるときの態度ではないとは思いつつ、どうしてもそうなってしまう自分に嫌気が差した。

わたしもまだまだ修行が足りないな。
20:50 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-05 Mon , 2010
結婚をめぐる考察
つい最近だけど、わたしの友人が教えてくれたYou Tube。



2008年に可決されてしまったカリフォルニア州の「Prop8」(同性婚禁止提案)に反対しているジョージ・タケイとそのパートナーのYou Tubeなんだけど、日本語字幕が付いてるのでわたしも見ることができた(笑)彼らは2008年の一時期、同性婚が認められていた時期に結婚しているわけだけど、また再び、同性婚が成立することを目的にしてこうやって活動している人たちで。そういう姿勢には本当に頭が下がる思いだ。

このYou Tubeの動画で、彼らの本当に幸せそうな姿を見て「羨ましい」という思いがまた吹き上がってきたわたし。一体わたしは彼らの何が「羨ましい」と感じるのか。結婚しているから「羨ましい」と思うのだろうか。

「結婚する」と言ってもいろいろある。結婚式がしたいのか、披露宴がしたいのか。婚姻届を役場に提出(日本の場合)したいのか。動画の中で彼らは「結婚は人生をもっと特別なものにする」って言ってたけど、特別なものにするってどういうことなのか。それは結婚してみなければ分からないものなのだろうか。

もちろん、彼らに直接聞けるわけではないので、彼らにとっての「特別」が本当に何を意味するのかは分からない。動画ではその「特別」について明確に触れているわけではないし、全体的に見ればこの動画は「同性婚を認めさせるため」のものであるからだ。

ただ、わたし自身ーこれは、自分自身の問いかけであって世の中がこうなればいいという希望ではないー「じゃあ、わたしは何をすれば納得するの?」というのが今のわたしにとって、とても興味深い。日本でも今、あちらこちらで「同性婚について」の動きを聞く。ネット署名なんかもやってる。もう少し前の自分なら喜んで署名したり、何らかの活動をしたりしただろう。けど、今はわたし、そんなんじゃないんだよね。でもそれはなんでなのか、自分でも分からないまま、うやむやで何もしていない。それってどうなの?という思い。それでも「結婚」と聞くととても羨ましい。結局、わたしってどう考えているのだろう、おそらくそれを整理したくて、この文章を書いてみることにする。

「どこかの教会で2人だけの結婚式を挙げる」
これはやらない。なぜなら、わたしには誓うべき「神」というものを持っていないから。だから教会はわたしにとって必要なものではない。上の画像の最後の方に出てくる仏式での結婚式に三三九度やお焼香を挙げるシーンが出て来て「えっ、これが仏式の結婚式なの?」とすごく仰天した。三三九度は神道じゃなかったっけ、とか、お焼香って葬式のときだけじゃないんだっけ、とか。でも仏式の結婚式を見たことがないわたしはこれに対しては何も言えることはないし、もしこういう形式の結婚式だったとして、それをやりたいかというと、全然やりたくない。「何かに誓う」というのは神や仏じゃなく、相手に誓うものだと思っているから。ということで、こういう「結婚」はわたしはしたくない。

「披露宴をする」
これは「わたしたちはこれから共に過ごします」ということを集まってくれた人たちに報告するようなものだと思ってるんだけど、わたし、こういう「見せ物」みたいなものは嫌いなのだ。もちろん、見せ物にならないようにする、ということもできなくはないと思うが、人を呼んで宣言したいかというと、したくない。なぜかというと、既にわたしたちの関係を知ってる人は知ってるんだし、その中で特別に集まってもらう必要性を感じないということと、やっぱり「見せ物になりたくない」というのが一番かな。わたしゃ、見せ物じゃないんだよ、シッシッ、って感じ。

「婚姻届を役場に提出する」
ま、これを今、本当にやっても受理されないと思う。が、もし、今「今日から同性愛者も結婚できるようになりました」と言われたとき、婚姻届を提出するか?というと、実は「提出しない」と思う。

なぜか。

答えは簡単で、名字を変えたくないから。「なんだ、そんな理由で結婚しないのか。結婚するより名字を変えない方がお前にとって重要なのか」と言われると「そうです」と答えるだろう。わたしは死んでも名字を変えたくない。これは結婚していろんな権利をもらえるよりもわたしにとっては価値があることなのだ。

ではなぜ、わたしがここまで自分の名字にこだわっているかというと、名字を変える必然性を感じないからだ。よく「夫婦別姓反対」の理由に「家族の一体感を損なうから」というのがある。わたしたちはもう5年一緒に住んでてお互い「家族」だと思っている。で、この間、名字が違うことが理由で彼女と家族じゃないなあと思ったことはただのいっぺんもない。わたしにはそういう「経験」があるのだ。だから、結婚によって名字を変える「意義」を感じない。「あんたらのところは子どもがいないからその程度しか感じないんだろう」という「反対派」に対しては「だったら、子どもがいる家庭だけが家族なのか」と問い返したい。ノンケ夫婦でも子どもがいない家庭はたくさんある。彼らは「家族」ではないというのだろうか。

今の日本は結婚していないノンケカップルは「将来的に結婚する」と考えられているので「準婚」の状態であり、財産権は付与されないが、その他は結婚している夫婦と同じ権利が得られている。だから今、この時点で日本で同性婚ができるようになった場合、同性愛者カップルも「準婚」状態に格上げ(この言い方引っかかるけどね)されるのではないのかとわたしは思っている。とすれば、名字を変えずに済み、ある一定の権利を得られる状態、実はこの状態が一番自分が望んでいるのではないかと思っているのだ。だからやっぱり日本も同性婚制度を検討する方向に、というのが論理的な行動なのだが、、なんとなく気が進まないのは、やっぱりこのままでは「夫婦同姓」だからだろうと思う。

ま、順番は「同性婚」→「夫婦別姓」でも「夫婦別姓」→「同性婚」でも、結果は同じなんだけどね。

この2つが揃ったときは、わたしは彼女と婚姻届を出すと思う(彼女の方はどう考えるかはこの際無視している)。

「養子縁組する」
これは同性愛者カップルにはよく執られる手段だよね。でももう既に分かるように、わたしは名字を変えたくない。従って養子縁組はしたくない。それに法律上の関係が彼女と親子になってしまう。彼女はパートナーであり、親じゃない。もちろん、法律上の関係なんかクソ喰らえ、って人もいると思うが、わたしはそこに拘る。それから今のままの法律だと、一旦、親子の養子縁組をしたら、それを解除しても過去に親子だったと言うことが残るため、婚姻できなくなる、という理由もある。やはり結婚できる「可能性」は残しておきたい。

「同性婚できる国に行って結婚する」
実はこれ、やりたい。けど、その意味を考えるとわたしは一体、何を求めているのかさっぱり分からなくなってくる。今現在、外国人同士の結婚を認めてくれ、更に同性婚できる国と言えば、真っ先に思い浮かぶのはカナダだが、カナダに行って結婚証明書をもらう、という行為はカナダという国から「お墨付き」をもらうということに過ぎない。そしてそれはもちろん、日本に住むわたしたちにとって、日本での効力はない。それじゃ、なんの意味もないじゃん、そう思う。効力がないのにしたいとはどういうこと?わたしはどこの国でもいいから国に二人の関係を認めてもらいたいというのか。国に認められるということが何か特別なことなのか。そう考えると分からなくなる。

でも、名字を変えずに結婚できる、という今のわたしの願いを叶える行為は実はこれなんだよね。

ということはあれか。今まで散々「結婚によりもらえる権利が羨ましい」と思っていたが、わたしは結婚によりもらえる権利は別になくても構わないと言うことか。

しかしそうだとすれば、わたしが望んでると思っていた「異性愛者と同じ権利を」というのが根底から崩れ去ることになる。そして「どこでもいいからどこかの国のお墨付きをもらいたい」だけだ、ということが分かる。

なんだ、わたしにとって「結婚」とはただ、それだけのことだったのか?

いや、そうじゃない、そんなくだらない理由でわたしは結婚したいんじゃない。「どこの国でもいいから認めて欲しい」なんて、そんな軟弱なヤツだったのか、お前は。

自分の行動がすべて「崇高なものである」必要性がどこにあるというのだ?すべて一貫した論理で行動する必要性がどこにあるのか?やりたいものはやりたい、くだらなくてもやりたい、そういう自分を認めろよ。

・・・・・・・
17:21 | (性的少数者)自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-06 Tue , 2010
足がガクガク
いやー。一昨日のミシュラン三つ星山登山(というか、登りはリフトだったので、下山、の方が正しいかも)した影響で、今、両足のふくらはぎがバリバリの筋肉痛。彼女と二人「痛い、痛い」と言いながら、ひょこひょこ歩いてる。

ああ、身体が鈍ってるよな、本当に。

運動をしたい、したいと思いつつ、全然やってない。

筋肉痛が痛くなくなったら、彼女と二人、河川敷に行ってキャッチボールしようかな。そして夜のお散歩も最近随分ご無沙汰してるけど、あれも再開しよう。

【おまけ】今日のうちの桜。ほぼ満開になりました。
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18:55 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-08 Thu , 2010
太極拳やる
どうにか定期的に身体を動かす機会をと思ってたが、まぁいろいろあって、来月からたった3ヶ月だけど、彼女と一緒に太極拳教室に通うことになった。

着るものはなんでもいいみたいなんだけど、靴は用意しなきゃいけないらしい。

でも、ネットで見てみたら、結構高いのね。安いと思われるのでも4,000円くらいする。

本格的な靴は高いから、上履きみたいなもんでいいよね、って話してるんだけど、これってどういうところに売ってるんだろう?小中学生のときは購買部や学校指定の店があったような気が。しかし、あまり普通に売ってるところ、見たことがない。

そりゃ、ぐぐってみたら手軽にネットで購入できるみたいなんだけど、靴ってやっぱり履いてみて、自分に合ってるかどうかを確かめてじゃなきゃ怖いんだよね~。。ネットってネット経由だと手軽に購入できたりするんだけど、実際に扱ってるお店って出て来にくいのがちょっと不便っていつも思う。

というわけで、しばらくは上履き探しが続きそうだ。
20:22 | 二人のこと | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
04-09 Fri , 2010
もう一回
ダメもとで履歴書、出してみようと思う。
19:07 | 仕事・バイトのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-12 Mon , 2010
第三者
この世界において、わたしは圧倒的に「第三者」なんだと思う。
そりゃ、自分の人生において自分は主人公なんだけれども、
でもやっぱり、この世の中で起きてしまった事件や事故にしてもそうだし、
いろいろな事柄においても、わたしは圧倒的に「第三者」なんだと思う。

第三者の言葉は軽い。
その「軽さ」をなんとか重みのあるものにしたい、と思うときがある。
わたしはこんなに深く深く思っていることなのに、
いざ、文字にしてみると通り一遍のことしか書けない、というときがある。
そういうときは苦しい。
なんとかして、自分の気持ちを伝えたいと思うのだが、
出てくる言葉の軽さに絶望する。

一方で第三者がしたり顔に、まるで当事者を代弁するような発言を聞くことがある。
所詮、第三者は第三者、当事者の気持ちの何が分かるもんか、と思う。
第三者の言葉で却って当事者が傷つけられる。
だからこそ、第三者としての発言には気をつけなければならないとも思う。

一方では言葉の軽さに絶望し、
一方では言葉の暴力性に苦しむ。

わたしは第三者としての言葉の重みを持ちたいが、
しかし当事者を傷つける発言はしたくない。

二つを満たす「第三者」とはどのようなものなのか。
わたしはそのような「第三者」になれるのか。
22:06 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-13 Tue , 2010
一つ勉強になりました
世帯を同じくしている人は、その関係がどうであろうと(友だちだろうが同性カップルであろうが)生活保護を受ける場合は「一世帯(2人分)」として見てくれるんですね。

今日、初めて知りました。
21:35 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-20 Tue , 2010
頭の中にお花畑を作ろう
ブログや直接のわたしの発言を聞いてもらうと分かるだろうけど、わたしは完璧ペシミストだ。将来に対して希望を持ってない。常に一番最悪のことを考えている。だから、生きてたってあんまり楽しくないどころか、どちらかと言えば苦痛だ。これはなぜかそうなってしまったのか、それとも生まれつきそうなのか、まぁどちらかは分からないのだけれど、わたしの思考の根本としてそういうものがある。それは否定しないし、そうそう変えられるものではないと思っている。

森達也、って人がいる。どういう肩書きを付ければいいのかはよく分からない。本人でさえよく分からないらしいし。ただ「ジャーナリスト」という肩書きは「断じて違う」らしく、今は「映像作家」と称していることが多いような気がするが、この人、本もたくさん出している。最近、わたしは姜尚中との対談本「戦争の世紀を超えて」(集英社文庫)という本を読んだんだけれど、その中に、森達也が以前書いた「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」という本について「森は性善説で頭の中はお花畑だ」とよく揶揄される、と書いてある(333ページ)。

確かに彼の本をいろいろと読んでみると、彼の根本は「人を信じたい」んだということが分かる。これがあるからこそ「死刑廃止」という結論を出しているのだろうし、「性善説」と言われるのだろうと思う(性善説の何が悪いとも思うんだけどね。と言ってるわたしは完璧「性悪説」の人間だが)。

ただ、彼の書いているものを読むとね、彼の頭の中の「お花畑」は、自然に生えて育っちゃったお花じゃないような気がするんだよね。それは彼の著作を読んでるとしばしば出てくるし、先ほどの「戦争の世紀を超えて」を読んでみても分かるんだけど「姜もまた僕と同様に、どこかでオプティミストであるかもしれない。その甘さは認める。認めるが撤回はしない。誰がするか。」(234ページ)のように自らが楽観的であることについて、覚悟を決めているように思えるのね。

だからわたしは彼の頭のお花畑のお花は自然に生えて来るのかも知れないけれど、それに水をやったり肥料を撒いたりして丹精こめて育てているような気がするのだ。歯を食いしばって「きれいに育ててやるんだ」という意志がそこにあるように思えるのだ。そのことを理解したときわたしは初めて「わたしの頭の中にもお花畑を作れるかも知れない」、そう思ったのだ。

頭の中がお花畑なのがいいことなのかどうかはわたしには分からない。だけど、今のわたしは完全に行き詰まってる。それをなんとか打破したい、そうするためにはどうすればいいのだろうとここのところずっと思って来た。性的少数者であることに絶望し、また戦争ができる国になるかも知れないと絶望し、もう二度と就職できないかも知れないと絶望し、ありとあらゆることに絶望してるわたし。どこかで発想の転換をしなければ、と思っていた。でもそんなに簡単に「明るく前向きに」生きられるようになるとは考えにくいし、それになによりわたしは「明るく前向きに」という言葉が大嫌いでね。最近よく言われるポジティブシンキング、なんて言葉も同様に大嫌いなのだ。

ところが初めて、頭の中で花を育ててみるのもいいかも知れない、と思い始めた。脳天気に呪文のように「明るく前向きに」を唱えるのではなく、歯を食いしばって頭の中の土を耕して畑を作り、種を蒔いて花を育ててみたらどうか、もしかしてそういうことだったらわたしにはできるかも知れない、ふとそう思ったのだ。

「頭の中がお花畑」である、ということは、言葉を変えれば「希望を捨てるな」ってことだとわたしは思ってる。

「希望を捨てるな」って言葉、大学時代の乗船実習のときだったかに習ったんだけど、救命艇の食糧や水などの救命物資と一緒に「希望を捨てるな。助けは絶対に来る」と書かれた本が一冊入っている、と聞いたことがある。周囲が360度海で、いつ助けが来るか分からない状況の中、助けが来ることを信じて生き延びろ、ってことなんだろうと思うし、事実諦めなかった人間の方が長く生きられるらしい。人間ってそういうところは本当に精神的なものが大きく働く動物なんだと思う。単純と言えば単純なんだけれども。

「希望を捨てるな」という言葉はわたしの中で「歯を食いしばってでもきれいな花を咲かせようと努力している姿」を連想させる。だからわたしはここで初めて性的少数者であることに絶望しない自分や、戦争を起こす国にさせないという希望、引いては世の中から戦争をなくすんだという希望、いつかまた職が得られるという希望を見いだすことができる。

よし、自分の頭の中にお花畑を作ろう。歯を食いしばって畑を耕し、種を蒔き、そして花を咲かせるのだ。それができればおそらく、今の行き詰まっている状況を打破できるはずだ。
18:06 | 自分の将来について | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-22 Thu , 2010
停滞気味
今日は冷たい雨の中、病院の日だった。

んー、最近の状況はあんまり芳しくない。よくなった状態に慣れてしまって、その「いい状態」がまたつらくなってきた。結局根本的なところはずっと治ってないんじゃないかという感じがしている。なんというか。わたしには犬歯はないのだけれど、その付近の上の歯がどうも内側に押しつけられているような感じがして、そこが一番の元凶なんだよね。そこがなんとかならないと、この病気自体治らないような気がするのだ。

ということを、今日は主治医に蕩々と話す。と言ったって主治医もよく分からないんだろう、あー、とかうー、とか言っている(笑)来週からGWになるため、薬の冒険もできず、結局は朝だけだったワイパックスが夕食後にまた飲むようになった。要するに朝はプロチアデンとワイパックス、夕食後ワイパックス、寝る前ジプレキサ、ってことね。主治医に「なぜ、ワイパックスを?」と聞いたら「いや~、楽になるかも知れないんで」と。確かにその可能性にかけるのも分かるが、正直あんまり変わらないんじゃないかと(笑)まー、主治医もうまくいけば、という感じで処方しているように見えたけどね。

うーん。。まだまだ道のりは遠いなあ(ふう)。
21:33 | 病名が分かった後のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-23 Fri , 2010
職安行った
ネットで探した求人にいくつか履歴書を送ってみたものの、書類選考で落ちたらしく、電話がかかって来ない。
んー、かなり凹む。

というわけで、今回はどうしても職を見つけなければ生きていけなくなっちゃうため、職安に行ってきた。生まれて初めての職安だったんだけど、中には人がたくさん待っててびっくり。受付で「今日、初めて来たんですけどどうすればいいんでしょう」と聞くと、なんかよく分からないけど1枚の紙を渡されてこれに書け、と言う。しかも「今日は人が少なくて待ち時間が30分くらいだからすぐですよ」と言われ、え、これでも人が少ない方だったらいつもはどれくらい来てんだよと思う。

で、全くもって何をするのか要領を得なかったんだけど、紙に名前やら生年月日やら学歴やら今までやってた仕事やらいろいろ書かされて、んで、番号が呼ばれるのを待ってたら、じきに番号が呼ばれ、係の人と対面。「初めてでどうしていいのか分からないです」と言うと「初めてですから登録します」と言われ、紙を渡してなんか、バーコードの付いたカードを作ってきて渡された。

その窓口で仕事を検索してくれるのかと思ったら、なんか普通は自分で検索して探し出すんだという。んで、やりたい仕事が見つかったら、また受付で番号もらって、その次に進むらしい。一冊の冊子をもらって、それとあと履歴書を添削してくれるシステムがあるという説明をされ、さー、そのあとはどうすんの?って感じだったので「次に何をすればいいんでしょうか」と聞くと受付で検索用の端末を使わせてもらうように頼んで、そこで探すんだという。あ、でも特定のキーワードで検索かける場合は、窓口にある端末でしかできないと言われ、で、それはいつ頼めばいいんでしょうって、なんだか結局よく分からなかったし。あのときに「じゃあこの条件で検索掛けて下さい」と言えばよかったのかなあ?それすらよく分からん。なんか全体的に説明不足で取り敢えずやりながら覚える、みたいな感じだった。

なので、カードを作ってもらったあとは、受付で検索用の端末を使う旨を言い、その後いろいろ検索して、取り敢えず目に止まった求人票を印刷し(周囲の人を見てたら、どうも求人票を印刷して窓口に持って行くようだったので)、また番号をもらって待って、それからまたちょっと待って、呼ばれてから窓口の方に行ったんだけれど。

「あー、これですね。今、履歴書が21通出てて、そのうちの5通はなんらかの理由で取り下げられてますね。理由は○○ですね~」とさらっと言われたので、その出してた履歴書の数にもびっくりし、ダメだった理由も分かっちゃうのかとびっくりし。「あのー、そういう判断はどこでするんでしょうか。やっぱり履歴書ですかね。ということは、履歴書にそういうことを書かないといけないってことですよね」と聞いてみると「さぁ~、どうなんでしょう」とあんまり要領を得ない答えが返ってきたが、それでもカードを作ってもらったときに、履歴書の添削をしてくれるサービスがあると聞いて知ってたから「もうを週末挟んでしまうから、早く履歴書を出した方がいいでしょうか、それとも一旦、履歴書の添削をしてもらってから出した方がいいでしょうか」って聞いたら、それに対しては「履歴書の添削をしてもらってからの方がいいですよ、今回のはもしかしたら間に合わないかも知れないですが、のちのちのためにも」と言われたので、月曜の朝一に履歴書を添削してもらう予約を取って来た。

あー、職安に来てたあの人数を見ると本当に仕事見つかるかどうか、すごく不安だ。なんか一生希望する職にはありつけないような気がする。
いやいや、希望は捨ててはいけない、助けはきっと来る。今は頭の中の土を歯を食いしばって耕すときだ。

なんかね、頭の中でものすごい葛藤してます(笑)
20:07 | 仕事・バイトのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-24 Sat , 2010
バッサリ
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いやー、前に髪の毛切ったのっていつだったっけ。1月?うーん、あれからまだ3ヶ月しか経ってないんだけど、前回は冬真っ盛りだったから、割と手加減して切ってもらったんだよね。だからまだ3ヶ月しか経ってないといえども、もう、髪の毛が伸びすぎて、寝癖も付かないほど伸びちゃった。なので今回はバッサリとやってもらうことに。これから段々暖かくなるだろうしね。

で、美容師さんに「バッサリやっちゃって下さい」って言ったら、本当にバッサリやってくれちゃって。。耳の周りなんか、地肌が見えてるよ(笑)つか、切ってもらってる間も、メガネを外してるからぼや~っとしか見えないんだけど、切る髪の毛の量がすごくて、なんか生まれて初めて「これ、ホントに大丈夫なのかな」って怖くなって来ちゃった(笑)

でもまぁ、もう一回切っちゃった髪の毛は元に戻るわけないのでね。今さらあーだこーだとは言いません。

しかし、履歴書に貼る写真と今の姿が全然違ってきてしまって。。これはもう一回取り直しに行った方がいいのか、それともこのまま待ってれば元の髪の毛の長さに戻るから別にいいかとか(相当自虐的だな)。

それにしても、この画像じゃ分からないけど、正面の姿は白髪がすっかり増えててごま塩頭に。いや~、ショックではないけどね。なんかすっかり大人になったなあって感じ?(笑)まだまだ日々成長してるんでございますね。
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04-25 Sun , 2010
一歩前進
は~。今月中にレポート一つ書く、って決めてたんだけど、それをようやく今日、書き上げることができた。
法学の第1課題のレポート。

もうね、内容についてはいいの。
取り敢えず、一つ書く、中身はぐじゃぐじゃでもいいから出す、って決めてたから。
そうじゃないと、永遠に先には進めない感じがしたから。
取り敢えず出して、添削されて返ってきて、それでまた書き直して提出すればいいんだから。
最初から合格なんか期待してない。

法学の場合、一つの課題が1,800~2,000文字って指定されてるんだけど、
PCで打ったものを貼り付けたりはできなくて、
黒か青のペンかボールペンで書けと指定されてるので、
4月に入ってから万年筆を、
それもわたしからすると随分お高い万年筆を半分は彼女にお金出してもらって買ったんだよね。
こうすることでちょっとモチベーションを上げたかったこともあって。
で、レポートの文案はPCで資料とにらめっこして書いて、
それから提出用のレポート用紙に万年筆を使って書いた。
なんかいい感じで嬉しかったけど、
書き慣れてないのでレポート用紙2冊、無駄にした。
(そのうちの1冊は買ったときに付いてきたインクで書いたんだけど裏ににじみ出ちゃってね。で、にじまないインクを急遽、探して買ってきたのだ)

次の課題も今月中に出してしまいたいが、まーあと5日しかないからな。
少なくともGW終わるまでにもう一つ書き終えたい。
あと、今は憲法の教科書読んでるんだけど、こっちは1日1時間読むことに決めた。
レポートを書き始めると、どうしてもそっちの方に気がいって、教科書読むの忘れちゃうんだよね。

ほんの、ほんの少しの一歩なんだけど、それでもちょっと進んだ気がする。
20:53 | 通信教育課程の大学生活 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-27 Tue , 2010
天候不順(経過報告)
春になったら蒔こう、蒔こうと思ってた種。
でも、4月になってからも天候不順は続き、いつ植えていいのか分からない状態。
そんな中、結局我慢しきれなくなって、4月11日にミニひまわりとあさがおとミリオンゴールドの種を蒔いちゃったんだが。そのあと、41年ぶりの雪だの、60数年ぶりの寒さだのってことがあってね、早まったことをしてしまったかと今思っているところだ。

ただミニひまわりだけは
P1010060.jpg
こんな感じで芽を出した。間引くのヤダから、4つしか植えなかったんだけど、今後順調に育ってくれるよう願ってる。去年は2回蒔いて2回とも失敗したからね。

でも一緒に蒔いたあさがおは
P1010062.jpg
こんな感じで、未だ芽を出さず。こっちは3つ、蒔いたんだけど、もう蒔いてから2週間半経ってるから、やっぱり天候不順で芽を出さなかったのかな。ミリオンゴールドについても同じ。

あさがおはまだ種がいっぱい残ってるから、これから何回かはトライすることができるんだけど、ミリオンゴールドは全部蒔いちゃったのね、種。。あーあ、せっかく「モスの日」にもらってきた種だったのになあ。そばでも植えるか(実は少し前にうどん屋さんでうどん食べたらなぜかそばの種をもらった)。ちょっと考え中。

そうそう、教授さんはますます元気になってる。
P1010061.jpg
この先、これ、どう育っていくかがすごく楽しみ。花を咲かせるのかな、これ。それともずっとこのままなんだろうか。

あ。桜のことなんだけど、こっちはすっかり花が終わって葉が出てる。

これは4月15日に撮影したヤツ。
P1010046.jpg
この時はまだ花と葉っぱが半々って感じだった。それが今は
P1010059.jpg
こんな感じで、ほとんど葉っぱになった。

この植木を買ったとき、おねーさんから「葉っぱが出たら栄養を蓄えるんです!!」と言われたので、まー、考えてみると当たり前のことなんだけど、以前にも増してせっせと水やりしなきゃ。肥料は秋にやればいいらしい。

それにしても、まだまだ最近は寒いときは寒くて。天候不順で野菜が高くなってるってのもよく分かる。新しい種まき(あさがお)は5月に入ってからにするかな。
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04-30 Fri , 2010
今日出会ったキミ
始まりは唐突だった。
「東京へ行きます」というつぶやきに「あら、いらっしゃーい」と反応した。それだけだ。

斯くして二人は出会った。
予定では腹ごしらえをしてカラオケをするつもりだった。
ところが話が止まらない。

居酒屋を出たところで「カラオケするよりもっと話そう」と言うことになった。
「おっぱいバーありますよ」(アンタ誰に向かって声かけてんねん、ワシは男じゃねーぞ)
「オカマバーどうですか」(生憎オカマの知り合いはアンタよりは多分多いよ、以上魂の声)
という声をくぐり抜けて着いたのは、ドーナツ屋。

そこでまた話した。

不思議なことに、生まれた場所も育った境遇もまったく違った二人なのに、
経験した出来事に対する感覚が非常に似ていることがいくつもいくつもあった。
一つ話を聞くと「あ、それ、わたしも同じような思いをしたことがあるよ」と今度は自分の体験を話す。
何度同じことを繰り返しただろう。

あっという間に時は過ぎた。
「カラオケは、話すことがなくなってからね(笑)」と言って別れた。

帰りの電車の中で考えた。
プラトンの「饗宴」では、昔一つだった頃の「魂の片割れ」を人は探しているという。
でも、もしかしたらゼウスによって引き裂かれた丸い人間は、二つに割れたんじゃなくて、
いくつかに割れたのかも知れない、と思った。

今まで見つけたかけらをわたしは既にいくつか持っている。
そしてわたしは今日、そのかけらのうちの一つをまた見つけた。
これから生きていく間にいくつのかけらを見つけるのだろう。
わたしはそのかけらを見つけるために、生かされているのかも知れない(誰に?)。


またいつかどこかで会ったときはよろしくね。
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