----- -- , --
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:-- | スポンサー広告 | page top↑
02-01 Mon , 2010
ぐじゃぐじゃ
最近、ものすごく頭にインプットされる情報が多くて、そろそろ頭が過飽和になって来たような気がする。

「死刑」について考えてきたときは、系統だって本を読んでたからそんなに混乱も起きなかったんだけど、読む本がそうじゃないのに変わって、久々読みながら「なんでこんなつまんない本読んでんだ、わたし」と思いつつも読んでたり、図書館からオウム真理教に焦点を当てた「A」や「A2」というDVDを続けざまに見たり、あとはまぁあんまり言えないこととか(笑)、いろんなことがあって、そのどれもバラバラなんだけど、それがいっぺんに頭の中にあって、それで頭の中がぐじゃぐじゃで、正直、今、何やってんだろう、わたしって思う。

今、わたしは働いてなくて、でも働きたいと思ってて(アルバイトだけれど)、探したり、履歴書書いて送ったりはしてるものの、それが「採用」されたことは当然無くて、で、毎日こんなことをしてる。あ、でも今は3月の3週間、バイトすることは決まってて、それはそれで有り難いんだけど、履歴書にその旨を書かなくてはならず、すごく中途半端な状態でバイト探ししてる。

勉強はやらなくちゃと思いつつ、ほとんど手を付けてない。読みたい本があるとどうしてもそちらの方に引きずられてしまう。

そういう、今の状況を考えても余計混乱してくるのと同時に自己嫌悪も起こってくるので、あー、わたし、こんな歳になって一体、今何やってんだろうと常に常に思っている。

わたしの納得できる人生って一体なんだろう?
スポンサーサイト
21:01 | 自分の将来について | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
02-02 Tue , 2010
少しずつ
昨日の日記でいろんな人にアドバイスしてもらって、
一応、バイト探しは一時保留に、
勉強の方をこれから少しずつやっていく、
って感じにすることにした。

だけど、わたしは何をするにも「計画」というものを立てたことがなくて
って、語弊があるな(笑)
紙に箇条書きにして何をする、だの、いつまでにする、だのという
計画を立てたことがない。

今まで長いこと勉強してきたけど(あと仕事も少し)、
やらなければならないことを箇条書きにすると、
却ってそれが負担になって(これだけやらなくちゃならないんだ~という)
そんなことは怖くてできなかった。

あ、でもカレンダーに締め切りの日を書いたりはしてたけどね。
頭では覚えきらんので。
でもほとんどは「行き当たりばったり」で、
勉強の場合はやりたい科目ばっかりに時間を費やし、
当然のことながら、やりたくない科目は少ししかする時間がなく。
ま、仕事の場合はあれこれあっても
結局頭の中でガラガラポン、って感じで出てきたことをやってたので(よかったのか?)
まー、わたしは本来はそういう人間(計画が立てられない)なんだと思う。

まぁそれでも今回は、緩くてもいいから計画を立ててみようと思って
それにはまず「どのくらいの速さで教科書が読めるか」が分からないと計画も立てられない、
と思って、1時間、教科書を読んで何ページ読めるかをテストしてみた。

取り敢えず、人の名前にはピンクの蛍光ペンで線を引き、
法律が出て来たら青い蛍光ペンで線を引き、
ここは大切かなと思ったところは黄色い蛍光ペンで線を引きながら
1時間、法学の教科書を読んでみた。

なるほど。

1時間読んだら結構疲れることを発見。
んだったら、1時間単位で区切って、1日のうちそれをまず2回やることから始めよう。

そういう風に決めた。
慣れたら時間数を増やしていけばいいだろう。

少しずつでもいいから進もう。
それが必ずしも前じゃなくったって構わないと思うし、
進んでいる方向が前とは限らないし。

って、
これは単なるわたしが「前に進む」とか「前向き」という言葉が
大嫌いなだけ(笑)
21:10 | 通信教育課程の大学生活 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
02-03 Wed , 2010
頭痛、、やだねー
昨日は取り敢えず緩い目標が立てられて、なんかちょっとやる気になってたのに、今日起きてみたらひどい頭痛だった。。orz

もーさ、せっかくちょっといい気分だったのに、なんだよー>わたしの身体

わたしの身体はいつもこうだ。ちょっとやる気になったら、すぐ「支障」を出して、わたしのやる気を削ぐ。

起きて無理矢理食べ物を胃に流し込み(本当は食べたくないのだが頭痛薬は胃を荒らすから)、頭痛薬を飲んで彼女に首や肩を揉んでもらったおかげで、今はだいぶ頭痛も治まっているけれども。

しかし、治ったからといってすぐに活字を読む気にはなれない。。

自分自身にもどかしさを感じる。
決して突っ走っているつもりはないのだけれど、むしろ、自分の身体の無理のきかなさを考えて、ゆるゆるやっているつもりなのだけど、それでもわたしの身体には負担が大きいのだろうか?

これ、なんのせい?
って考えるとつい、被爆二世だからか。。
と関連づけてしまうわたしが嫌い。

じゃ、身体が本当は拒否反応を示してるのか?
と考えると自分がもっと嫌になる。

ちょっとはちゃんとしろよ!>自分の身体
14:27 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
02-04 Thu , 2010
本当に根絶か?
以前の日記に「『完治』という希望は持ってない」って書いたけど、それは特に今の主治医を信用してないってわけじゃない。今の主治医になってから(というか、主治医のいる病院を探し当ててから)わたしの病気は少しずつだけどよくなって言っていることは確かで、悪くなったことはない。

むしろ「少しよくなったからと言って喜びはしない」と思い始めたのは、それ以前の医者たちの扱いがひどかったからだ。前の日記を読んでもらえれば分かると思うけど、わたしが体調の悪い中、必死で自分の症状をあれこれ訴えていたら「それは不定愁訴だから精神科へ行け」と言って、わたしの身体のどこも触らずに(わたしはそのとき脳の圧迫感を感じて病院に行ったのだが)診療を終えた医者や、腕が切り落としたいほど痛くて、救急車で救急病院に運ばれたんだけど、というか事前に「薬を出すだけ」って聞いて、まぁそれでもいいからと思って行った先は、長く待たされた挙げ句、ホント、痛み止め(ロキソニン)しか出してもらえず、しかもその病院の整形外科を診察しようかなと思ったのでその科への「紹介状を書いて欲しい」(大きな病院は今は紹介状を書いてもらわないと初診料が高くなるので)と申し出たら「今回は診療してないので書けません」と言われ、診療してないのになんで薬が出るのか、とても不思議だったが(これって薬事法違反じゃねえの?と今は思う)そんなこんなで仕方なく帰らされたこと、検査ばっかりしてそれでも「どこも異常ないです」で結局なにもしてくれない病院、えらく自信満々に「治ります」と言う割には、どんどん悪くなっていって、それでも「それでいいんです」って、夜一睡もできなくなった挙げ句、夕方になったら熱が出て来て体力が消耗される。その恐怖感ってどんなものか分かるか?それでも「熱が出るのはいいんです」って、ただでさえ苦しい思いをしているのに、もっと苦しめと言うのか、と、地獄の底に突き落とされたような、もう永久に立ちあがることはできないような、そんな辛い思いをたくさんしてきたから、だから、今、少しずつだけどよくなってきていることに対しても、今までに受けたこれらの経験から、わたしは余程のことでない限り「よくなったからといって喜ぶのは止めよう」、そう思うようになったのだ。

あとはこの病気がどうやって治っていくのか皆目見当がつかない、ということもある。誰もこんな病気になったことがないから、そしてどうやって治っていくのか聞いたことがないから、一体どうやって治っていくのかが分からないのだ。だからちょっと症状が変わっても、果たしてそれがよくなっていってるのか、それとも違う症状が出て来ただけなのか、その区別がつかなくて、だから「よくなったと思えない」ということも多分にある。だいたい、元の「正常な口の中の状態」なんか忘れ去ってるしさ。だから「正常な状態」と今自分のいる場所の距離感が全くつかめない。そんな病気なんだ、この口腔異常感症ってのは。

今の主治医の初診のときは「全治3~6ヶ月」と言われたんだけど、それは「最も治りが早くて」のときであり、「なかなか治らないですねえ」と言ったら「うーん、この症状だとちょっと長くかかるかなとは思ってたんです」なんて言われ、それだったら最初から1年とかそこらって言えよと思うんだけど、まぁあのとき「1年かかる」って言われてたら多分ずいぶん絶望してただろうと思う。「今すぐ治せ!もうわたしは耐えられない」ってもう、そんな調子で病院に行ったからね。。

で、前置きがすごく長くなったんだけど、今、ジプレキサを処方されて3週間ばかり経つのかな。ここ数日、歯の違和感が緩くなってきた、というか、違和感、という言葉すら少し違うんだけど、例えば歯の上にプラスチックの板みたいなのがずっと敷き詰められている、そんな感じがここ最近はずっとしてるんだけど、歯の上の、上が例えば3mmくらい(実際3mmと言えば結構あるので、本当はもっと近いのだろうけれど、あくまで体感で語るとすると)上のところにプラスチックの板が載っているような気がしていたのが(歯の上とプラスチックの間3mmの空間には何もないか、唾液がつまっているように感じる)、最近はすごく近くなってそれが1.5mmくらいか1mmくらいになってきた、って感じるようになった。

これはどういうことかというと、歯と歯を接触すると、そこの部分からベトベトしたもの、変な唾液のようなものが出てくるんだけど、だから歯を接触しないように、口の中で少し口を開けようとするんだけれど、実際に歯同士が触れていないにもかかわらず、その歯の上に「載っている」プラスチックの板みたいなものが触れてしまって、そこからどんどん変な唾液のようなものが出て来てしまい、結局「歯と歯を合わすのを止めよう」と努力してもできなかったってことだ。プラスチックの板が歯の上3mmじゃなくて1.5mmになったことから、歯と歯を接触しないようにすることができるようになったってことだ。だから、日中、起きている間は常に出続けていた不快な唾液のようなものが歯を合わさないことによって出る感覚がなくなった、ということだ。これは始終「唾液が出たら飲み込まなければ」と頭のどこかで考えているものがなくなったということだから、精神的にも楽になったように思える。

そして歯の上の板が3mmから1.5mmのところに近づいた、ってことは、将来的にはこれがもっと差が無くなって、そして差が無くなったときに、本当の歯として実感できるのではないか、と思えるようになった。要するに治っていくんじゃないかと思える道が見えてきた、ってわけで。これも精神的にとても大きいことだと思う。ただし、本当にそういう感じで治っていくかどうかは、そんなに期待はしてない。これはやはりどこかで「よくなったからと言って喜ぶのは止めよう、期待するのも止めよう」と未だ、身体がそう思い込むのを止めていない証拠だ。

あと症状は実にいろんなものがあるのだが、それも少しずつ軽くなっている。表現としては、緩くなった、厚みが減った、量が減った、などで、範囲については縮小したとは言えない(縮小したかなと思えることはあるが)。

前の診察で、寝る前に飲む薬が今までプロチアデン、ワイパックス、ジプレキサ、だったのが、起きたときに口が渇くと言ったら、プロチアデンは飲まなくてもいいんじゃないかと言われ(口の渇きに関する副作用があって、その副作用はジプレキサにもあるので)それ以来は朝と夕食後はプロチアデン+ワイパックスを、寝る前はワイパックス+ジプレキサ、のような形で飲んでいるのだけれど、口の渇きについてはあまり変わらないような、というのは、副作用じゃなくてただ口を開けて寝ているから、というのはある(笑)

もちろん猜疑心の強い(というか将来悲観的な)わたしは、こうなったとしても「完治する」と思えない。

しかしあのとき主治医が「一気に根絶と行きましょう!」と言ったあの言葉が、実は主治医自身も手応えを掴んだから、かなり確信的に言ったのではないか、そんな気もするのだ。
13:21 | 病名が分かった後のこと | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
02-06 Sat , 2010
ささやかなる願い
彼女とは付き合って来月でちょうど丸9年が経つ。
9年って時間にしてみればすごい長い時間だと思うんだけど、でも一方では「あれ、もう?」って思ってもいるんだよね。

付き合い始めたのが32歳で、今が41歳(当たり前だけど)。うわー、出会った頃は若かったんだなと思う(笑)

出会った頃の自分の環境と今の自分の環境を見ても、あのときとは全然違うから(ってその原因は彼女と付き合い始めたからなんだけど)そういう意味では長い年月経ったんだなと思う。こうなるまでにいろいろあったしね。

だけど、、

未だに彼女と一緒に出かけるときはうきうきする。外で一緒にご飯を食べるとき、一緒にお茶するとき、一緒に遊びに行くとき、一緒に寝るとき。実は今でもそのたびに嬉しい。

だから、わたしは毎日嬉しいと思って生きてる。「あー、今日、彼女の隣に寝れるんだ、嬉しいな」ってそう思うだけで嬉しくなる。

不思議だね。毎日のことなんだけど。

ただ、その嬉しさも病気のときは忘れてたみたいで、最近彼女に「ねー、わたしって寝る前にいつも嬉しいと思ってるんだよ」っていうと、「あーろんたこ、うつ病になる前までそんなこと言ってたよ」と言われた。

そういう意味でも、わたしは今、やっとまた元通りになれてるのかな、という気がする。まぁまだ完治はしてないけどね。

いや、今年になってすぐゲロ吐いたのがよかったのか(←オイ)、今年になってからなんかすごく元気というか、そんな風になってきたんだよね。たまに夕食をわたしが作るようになったり、部屋の掃除もしたり、洗濯ガンガンしたり(水もったいないから毎日するなと言われてる(笑))。夜は今でも彼女とお散歩というか、スロージョギングしてて、そのせいか、食欲がとんでもなく出て来て、痩せるどころか太ってしまったし(汗)、彼女からも「なんか最近ろんたこ頼もしい」って言われてる(笑)なにが頼もしいんだか、とは思うけど。

一緒に暮らして再来月で5年か。遠距離恋愛してた時間より、もう一緒に住み始めた時間の方が長くなっちゃったのね。でもようやく自分のやりたいことをボチボチとでもできるようになってきたわけで、自分としてはこれからがスタートかなあ、と思ってる。

この間、うつ病やら謎の腕痛から始まった口腔異常感症やらで、わたしはずっとずっと本調子じゃなかった。まー、今でも本調子ではないけれど。だけど、やっとこれからなのかな、と思うと、やっぱ9年付き合った、と言っても未だに一緒に出かけるときや寝るときに「嬉しいな」って思うのは、当たり前なのかな、ってなんかそんなことを今ふと思ってる。

やっと、やっと本調子に近づきつつあるんだから、しばらくは身体の調子は悪くなって欲しくない。ホント、それは祈るような気持ちだ。
22:43 | 二人のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
02-08 Mon , 2010
「A2」/森達也監督
図書館でDVDを借りて観た。

初めて観たときは泣けた。オウムを監視している住民がいつしかともなく信者と心が通うようになり、その信者たちがその地を離れていくときの住民の言葉に。

ここの地域でのオウム監視活動は2つあり、一つは行政を含んだプレハブ小屋、もう一つはボランティアのテント小屋だった。オウム信者と仲良くなったのはボランティアの方で、この映画に映し出されているのは既に仲良くなったあとだった。そして、撮影中にこのテント小屋は解体されることになる。ボランティア住民に「手伝え」と言われ、テント小屋の解体を手伝うオウム信者たち。「なんでこんなになっちゃったんですかね?」と言いながら。。

そして、解体後に余興(?)、とでも言うのか、ボランティア住民に対して塩水を多量に飲んで吐く、という、おそらく「修行」の一つなのだろう行為を行なう信者。ボランティア住民から「実演料」だの飲んだ塩水に使う塩を「オウムの塩」として売り出したらどうだ、だの(本当は近所のセブンイレブンで買ってきたものらしいが(笑))という声が飛ぶ。

テント小屋解体後も彼ら、住民は毎日信者のところにやってくる。「もう守る会になっちゃったよ」と彼らの一人は言う。しかし彼らはなぜ、自分たちがこのような状態になってしまったのかが分からない。「情が移った」とは言うけれど、ボランティアが結成されたときの「オウム憎し」の激しい感情がなぜ「守る会」になってしまったのか。あるものは「不思議だ」と言い、あるものは「被害者の人々の反発を喰らうかも知れないが」と前置きした上で「混乱している、自分自身が分からない」と言う。

最後の信者が施設を去るとき(と言ってもここにいたのは2人だけだったが)「みんな健康で一生懸命修行して欲しい」とある住民が言う。「こんな中でも一つの道をピーッと進んでいくことはたいしたもんだ」と言う。みな、口々に名残を惜しみ、別れるのが辛そうだった。

森監督がこの作品の題名を「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」という副題を付けようとした、というのを撮影日誌「A2」(だったかな?違う本かも知れない)で読んだんだけど、そのフレーズはまさにこういうところから来ているのだろうな、と思いながら泣いた。

それがこの映画の第一印象だった。

しかし、、実はわたし1回目だけではこの映画の構成を全然理解してなかったんだよね(苦笑)

この映画、最初と最後は2000年10月で、中身はその1年前、1999年9月からだったんだよね。この期間はちょうど日本中が「オウム憎し」で地方自治体がオウム信者の住民票の登録を拒否したり、オウム施設の周辺住民が「オウム出て行け」と声高に叫んでいる頃だった。その間、オウムは教団の活動停止、上祐幹部出所、教団名アレフに変更、そして団体規制法(オウム新法)の適用、という流れであり、始まりは2000年10月に「結局1年前のあれはなんだったのか」ということから始まるのだ。

でもわたしはその流れが最初観たときは全く掴めておらず、最初のシーンと最後のシーンが同じ場所、ということさえも全然理解していなかった(苦笑)つくづく映画じゃなくてDVDでよかった、と思った(笑)

しかし、テレビで観ると、実はうまく声が聴き取れないところが何ヶ所かあって、なんてのかな、多分、カメラとマイクが一緒になってる機械で撮影したんだと思うんだけど、それだとすごく聞きにくいところがあるんだよね。被写体が遠くでなおかつ早口だとホント、何言ってるのか分からない。映画館では大音量で流すだろうから問題はないだろうけど、家だと聞こえないレベルで音量を合わせると、普通の会話が大音量になりすぎるわけ。仕方ないから2回目3回目はテレビにイヤホンを付けて、大音量で聞いた。

そうするとね、中でわけ分からなかった右翼とオウム信者が話し合うシーン、あそこが理解できた(笑)なんかさ、あそこはオウムの人がカメラが入るのを嫌がったんだよね。そこは確か撮影日誌「A2」にも書いてあって、それが結局どうなったんだっけ、とわたしは思い出せなかったんだけど、ああ、結局会ってるところを撮影できたんだな、って。

いや、もうさ。最初は人の名前なんかどーでもいいんだ、と思ってたんだけど、この映画、やっぱり人の名前が分からないとわけ分からないんだよ(笑)でね、声に頼ると何回か観ないとわたしみたいに理解力と記憶力がない人はわけ分からないの。だけどね、実はこのDVD、英語字幕付きなんだよね。英語の字幕にすると名前が文字で見えるので(あと、映画中の日本語の説明文を英語の字幕にすると、説明文には書いていない人の名前とか、そういう情報が得られた)理解しやすくなるの。

多分、ここまでしなくても分かる人には分かる映画なんだろうと思うけど、わたしは分からなかった(苦笑)

で、2回3回観るうちに、この映画は単なる住民とオウム信者が仲良くなった、だけどそんなのは一切マスコミは報道しなかった、だけの映画じゃないって分かる(てか、1回しか観なくてもそれは分かったけども。ただ、わたしは上のような理由で何回か観ないとピンと来ないところはあった)。

まずこの映画で3人の信者に一連の事件('95年の地下鉄サリン事件を含む)についてどう思っているか、を聞くシーンがある。一人目には「あのとき('95年の地下鉄サリン事件)に教祖からこの袋を地下鉄の中で傘で突いて破いてこい、と言われたらあなたはどうしますか」、二人目には「この状況になったのはすべて教祖の意の元にあるとあなたは考えているんじゃないですか」、三人目には「あなたの中ではこの一連の事件について、もう決着がついているでしょう」と聞く。

これをそれぞれの信者に答えさせている。もちろん、信者にとってもとても答えにくい質問だ。現に「意地悪な質問ですね」と一人の信者が答えている。なかなか「どうやって言ったら誤解のない答えができるか」を考えている信者の人たちに対して「僕が代わりに答えましょう」とか「僕は答えが分かるので言いましょう」という「手段」を監督は使う。まー、答えにくいからだと思うけど、似たような手法を使うのは一つの映画につき1回にしてくれ、と思ってしまうのだが。。(笑)仕方がないのかな。端的に聞くのはとても分かりやすくていいのだが、何回も同じようなパターンを使うのには「うーん、ちょっと」とは思った。あとは人によって使い分けてるよね。答えてくれそうな人、この質問をぶつけても大丈夫そうな人には結構ばしっと言うんだけど、そうでなさそうな人にはそういう「困る」質問はしない、わたしは観ててそう思ったな。ま、それも手段なんだろうけどね。そうでなければ面白い映画なんか作れないもんね。

でも、もし世間で言われているような「洗脳」されている信者だったら、答えることにこんなに躊躇しないと思うのね。彼らは世間の人に誤解を受ける言葉はどれかをちゃんと知っている。ちゃんと知っているからこそ誤解を受けるような言葉は言わない、いや言いにくいと思う。それはある意味「ちゃんとした言葉」に対しても歪曲して誤解されるように報道され続けてきた彼らにとってはもうこれ以上誤解されたくないと思うだろうし、あとはどうしても言葉では言い表わせないことがあるのと、彼らが使う言葉とわたしらが使う言葉の意味するところが違う、そういうことを無理に言葉にするとおかしくなる、ということが分かっているのだと思う。だから彼らは彼らの答えを言ったあと(言わされたあと)「(こんなこと言って)まずかったですかねえ」と一言言わずにはおれないのだと思う。だから消毒の噴霧器(よく美容院か何かで水が入ってるような小さい噴霧器)を手にして「マスコミが来てこれを噴霧したらヤバイですかねえ」などという冗談も出てくる(笑)彼らは自分たちが世間からどう言う目で見られているかをよく知っている。

そういう意味ではなんというのだろう、出家した信者はよく「現世」「現世」と言っているのだが、結局彼らも現世と繋がりを切れないんじゃないだろうか、と思ったのね。少なくとも「世間で起こっていることをまるで知らない」という「現世から離れた信者」など(映画で撮影された範囲でしかないが)どこにもいない。中で一人が「(バッシングや受け入れ拒否があるため)現世とはどんどん離れていく」とは言っていたが。

いや、わたし観てて「この人たち、本当に現世と繋がりを断ちたいって思ってるんだろうか」って思うシーンがいくつも出て来てるのよ。キティーちゃんに執着してる信者とか、修行している途中で携帯が鳴って、それにためらいもなく出る、とかさ。「あれ、いいの?」って思う場面、結構出てくるんだよね。

確かに彼らは周辺住民から監視されたり、マスコミから取材を受けたりして、ますます「現世」との繋がりを絶てないだろうなあと思う場面もある。そしてそういうことになった「原点」は、やはり松本サリン事件や弁護士殺人事件、地下鉄サリン事件などの一連の事件を起こしたからだろうが、それは信者にとって「教祖の意志だった」と捉えていることも分かる。「こういう状況でどうやって修行していくか」ということは当然彼ら、出家信者は考えているだろう。けれどその反面、携帯電話を持っている信者やキティーちゃんに執着してる信者、カレンダーの模型に執着している信者ってどうなの?って思うんだよね。彼らは本当に「現世」で生きたくないのだろうか?と思ってしまうんだよね。

ただ、いくら「出家集団」と言えども、この世に一緒に住んでいることは確かで、みんな森の中で自給自足で暮らしているわけじゃないから、どうしても世間との関わりを保たなければいけない「信者」もいなければいけない、ということになる。みんながみんな浮世離れしていたら、とても宗教集団として存続してはいけないだろう。そこをどう捉えるのか、どう考えればいいのか、わたしはとても気になった部分だ。

それからこの映画には「松本サリン事件」の被害者である河野さんに対して「教団に謝罪する」場面がある。ここはとてもあのときの「教団の体質の甘さ」を浮き彫りにしていて、しかし上に書いたようにその「甘さ」というのは実は「浮世離れ」しているからではないか、とも思わせて、わたしはそれがいいのか悪いのかは分からないのだけれど、とにかく彼ら(教団側)はとても甘い。河野さんがどうしてこのようなことをセッティングしたのか、それすら分からないようだった。最初は穏和な顔をしている河野さんも、教団幹部が実は何も考えていない、ということが段々分かってきて次第に顔つきが険しくなっていく。教団幹部は河野さんの意志に甘え、教団側に理解を示してくれると言うことで、同意したり笑ったりする。「ダメだ、そこはそうじゃないだろ、何言ってんだ」とわたしも何度も思うシーンだ。途中で河野さんは「(今日は)もうなくていい」と言うのだが、結局、離れで謝罪文を考えさせ、わたしならとっくに切れて追い出してるよと思うのだが、河野さんはかなり懐の広い人だと感じた。

もちろん、わたしも河野さんとは直接知り合いじゃないから、マスコミを通じたことしか知らないが、奥さんがサリンにやられてずっと意識不明の末亡くなられ、そして河野さん自身は第一発見者と言うことで一時は犯人扱いされ、そういうことがあって、マスコミや警察に対してはものすごく不信感があると思うのだけれど、だけど、そうであってもまだなおかつマスコミを利用してオウムの信者が暮らしやすいように考えてあげる、というのは、本当に人間できてないとできないことだ。一体、この人の強さと優しさはどこから来ているんだろう、と思う。彼が一番危惧をしているのは「日本では一旦ターゲットになるとあることないこと報道するマスコミ」であり「報道したことはそのまま鵜呑みにして信じてしまう日本人(もしかしたら日本に住んでる外国人もそうかも知れないが)」であり、それはかつては自分で、今はオウム、それが未来には誰もがターゲットになり得る、ということなんだと思う。

それと対をなすのは「集団ヒステリー」と化した周辺住民だ。

「出て行け」と叫ぶ彼らは鬼のようであり、しかし、集まっている一人一人を観ると中には笑っている人や楽しんでいるように見える人たちもいて「一体、どういう気持ちで参加してるんだろう?」と思ってしまう。自分たちを「正義」と信じて止まない人たちの集団。怖い、とても怖い。

彼らは「警察の対応が甘い」という。警察はいつも自分の味方だと思っている。そして監視対象は人殺しだから徹底的に戦って、話し合いをする気はない。知ってみようとする気もない。なぜこのような硬直した考え方しか持てないのだろうか、と思う。「近くに殺人集団が来た住民の身になってみろ」と言われるかも知れない。だったら必死になってぶつかっていった、あの住民たちはなんなのだ?と思う。この住民の差はなんなのだろう?と思う。

「殺人集団に対して警戒心を持つのは当たり前だ。話し合おうとして殺されたらどうする」と言う人もいるだろう。わたしだって、あの時代をもちろん生きてきた人間だけれど、実は今はほとんど覚えていない。あのときどう思ったかを。住民票を登録しない地方自治体の態度にはあきれた覚えはあるけれどもね。だけどあの場にわたしがいたらどうしただろう、と想像してもよく分からない。「出て行け!」とシュプレヒコールをあげたとは思えないけど、おそらく相手と話し合おうなんて気もさらさらなかったはずだ。だからわたしも本来なら彼らを批判する立場にはないのだ。

だけど。わたしは「次のターゲット」にならないとは限らない。犯罪なんか簡単に「作れて」しまう。それは怖い。だからこそ、声を上げねばならない、と思う。いや、思い始めた。この世の中には「正義」と「悪」だけじゃなくてもっと怖いものがあるのだ。「A」や「A2」を観ると本当にそう思う。「A」では「転び公妨」、そして「A2」では「駐車場にいたオウム信者をひっくくりました!」と報告する警察官。怖い。ものすごく怖い。「A」も「A2」も国家権力の怖さ、については共通するものを描いている。

そして「国家権力対右翼」。

うーん、わたしは何度観てもあの右翼の街宣車と人を威嚇するしゃべり方には慣れないのだけれど、警察に対して行なう罵倒する言葉は、まるで大人と大きな子どもの争いのように見えた。大きな子どもは大人に何を言っても相手にされないので実力行使(=街宣車に乗ってスピーカーガンガンにして道路を突き進む)をするんだけど、大人はびくともしない。その様子はまるで駄々をこねて地面に足をじたばたさせている子どものようで、なんとも哀れさを感じた。そしてだから逆に「びくともしない大人の怖さ」をまた感じてしまう。

「正義」という言葉の元に国家権力が介入する。しかし「正義」は絶対的な「正義」ではない。誰かの「正義」は他の人にとっての「正義」じゃない。不都合な「正義」は誰かの「正義」によって駆逐される。「正義」の名の下によって。わたしはこの国をそんなこわい国にしたくない。だから考える。相手を知ろうとしたい。相手に近づきたい。それでお互い理解できなければ距離を置けばいい。まぁ、自分がいい思いをしていない相手と向き合うことはすごく難しいことだと思うけれども。でもそうやって生きていきたい、と思う。

最後に。

監督は「この事件をこのまま沈静化させたらたまらない」と教団の広報担当である荒木に言う。荒木は「A」での被写体の中心だった。「あの事件は一体何だったのかを誰も考えていない」と監督は言う。そして「教団名を変え、被害者に補償金を支払う、といった今の形は違うんじゃないか」と言う。荒木もそれに同意するが後が続かない。「表層的な融和はできても、根本的な融和はできないんじゃないか。だとすれば危険だ」と監督は言う。

監督が言った意味をわたしは本当に理解しているのかどうかは分からないのだけれど、わたしは根本的な融和なんか必要あるのか、と思う。だって、彼らは「現世」で生きてないのだもの。「現世」で生きようとしていないものと「現世」で生きているものが融和なんかできない、と思う。出家ってそういう意味なんじゃないの?だからこそ、宗教集団は危険である、って信者の人も言ってたよね。ただ一方で「誠意を見せ続けなければならない」と思っている人も中にはいる。「そうでなければ教団は生き残れない」と思っている人もいる。

そこでまた分からなくなるのが「現世」と「宗教集団」の関係なのだ。。「現世」と「宗教集団」を繋ぐ「誰か」が必要だと思う。ただ、その「誰か」とは誰なのだ?それがわたしには分からない。

そして、この映画を取り終えてから、今年で10年が経つ。奇しくも監督の言ったようにあれから「オウム(アレフ)」の名前を聞くことはなくなった(地下鉄サリン事件の日などの日は焦点が当たるけれども、その日以外はおそらくないだろう)。今はほとんど忘れ去られている、と言ってもいい。

わたしはこの映画を観ながらずっと「この映画に写ってる人たちは、今はどういう生活をしてるんだろうなあ?」と思っていた。オウム排斥運動をやっていた人は「あれは仕方がなかったんだ」という人もいるかも知れない。「あんなことして馬鹿だったよね」という人もいるかも知れない。でも、、「対象」となった人たちはどうだろう?「仕方がない」で済む問題なんだろうか。それともまだ「殺人集団なんだから当たり前」とみんな思ってるんだろうか。

監督は「A3」を作るつもりである、と撮影日誌「A2」には書いてあった。しかし、既に誰も見向きもしない今の時点で新たに続編を作る意味はあるのだろうか。いや、誰も見向きをしなくなった今の時点だからこそ、作らなければならないのかも知れない。それとも監督の中から興味はもうなくなってしまったのかも知れない。

わたしは、続編を観たい。
そう思う。
23:58 | (一般)映画・演劇のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
02-09 Tue , 2010
教科書
「法学」の教科書。

あれから少しずつ読んで、今、100ページを超えた。
この教科書、450ページくらいだから、だいたい1/4は読み終えたというところ。

「難しくって全然分からなかったらどうしよう」

って思ってたけど、予想外に結構楽しく読んでいる。
なんか教科書に対して「楽しい」ってのは変なんだけど。

でも読みながら「なんだかなあ?」って思う部分もある。
「平均的人間」とか「全体社会」とか、、
そことからどうしてもわたしは「普通の」とか「多数の」と言うことを連想してしまう。
法律を学ぶものは「普通の人間になれ」とか「多数の人が考えるような考えを持て」とか、
そういうことを言われているような気になってしまう。

じゃ、普通じゃない人間とか少数者の意見を持つことは悪いのか?とつい、思ってしまう。

いや、根本的に法律とか法律家はそういうものや人間じゃないといけなくて、
そういう風に努力しろって言ってるのかも知れないとは思うし、
確かにそれはある意味そうでないといけないとも思うんだけど、
だからといって「自分は普通の人間だ」と思い込むことこそ危ないのでは、という気もしてて。

うむ。まだ教科書の読み込みが足りないのかな。
分からなかったら「質問票」で質問できるのだが。
これは質問事項にならないような??(笑)

まー、取り敢えずは今の目標は一通り読むこと。
これからも「?」な部分は出てくると思うけど、取り敢えずは一通り読むこと。
20:16 | 通信教育課程の大学生活 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
02-10 Wed , 2010
春を待つ
20100210135522.jpg


今日、図書館に行く途中、通った道。

あー、そういえば、春になるとここ、桜並木だったなあと思い出した。

今日は寒い一日だったけれども、

この「桜通り」という文字を見て、

ここに咲く桜を想像したら、

ちょっと心があったかくなったような気がした。
20:58 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
02-15 Mon , 2010
新潟行き(その1)
にいがた国際映画祭で「苺とチョコレート」が上映されるというので、14、15日と新潟に行ってきた。

14日は午前10時半に上映開始なので、なんと、午前5時50分起き。いつもは上映開始時刻くらいに起きているので、かなり気合いを入れないと難しいと思ったけど、前日、午後11時には寝てたので、極度の睡眠不足にもならず、割とすんなり起きて家を出ることができた。

東京駅で、上越新幹線に初めて乗った。

P1040026.jpg P1040029.jpg

「MAXとき307号」ってのに乗ったんだけど、これ、二階建て新幹線だった。「MAX」ってなんかどこかで聞いたことがあるんだけど、もしかして、ずーーーーっと昔に小泉今日子が宣伝してたヤツかしら?で、二階建て新幹線も初めてかなあと思ってたんだけど、どうやら乗った記憶があるのね。なんせ、二階建て新幹線の一階に乗ると、停車駅でホームに着くと、人の足元が目の前に見えて、なんだかあまりよろしくない景色だったことを思い出すのよね。。もしかして、これも昔、東海道、山陽新幹線で二階建て新幹線ってあったような???だって、新幹線って東海道、山陽新幹線しか乗った記憶がないんだもの。。でも今の新幹線(東海道、山陽ね)って二階建て新幹線ってもうないよね??

わたし、今まで本当に北の方には縁がなくて、北海道は飛行機以外で行ったことがないし、青森に行ったときは船で行ったし、仙台に行ったときは青春18切符で行った覚えがあるし、それ以外は郡山かあ~。あそこ、何で行ったんだろう?もしかして、郡山に行く新幹線ってあるのかしら?だとしたら、それには乗ったことがある可能性は大だけど。。

という、本当に指折り数えるくらいしか北の方には行ったことがないわたし。新潟はもちろん初めて。

なんだか、大宮過ぎて、まだ高崎に着く手前だってのに、周りがうっすら雪景色になっててびっくりした!そして、東京駅ではなんだか長いものを持ってる人たちが結構乗ってきたんだけれど、みんな越後湯沢で降りてしまい。そこで大半の客がいなくなった(笑)しかも、越後湯沢の駅を過ぎてひょいと外を見たら、スキー場!!うわー。知らなかった。結構簡単にスキー場に行けちゃうんだ。。つか、高崎の次がもう越後湯沢で、これでもう新潟県に入ってるんだから、すごい近いのね~。

で、それを過ぎるとだいたいこんな光景に。うわ。寒そう、、、
P1040030.jpg

しかし、2時間ちょっとで新潟に着いちゃうんだから、あっという間だよね。ただ、交通費は高いけどね。

P1040033.jpg
というわけで、9時52分、新潟着。そこから「シネ・ウインド」という市民映画館(?)に向かう。途中でこんなん発見。

P1040035.jpg

レインボータワーなんだとさ。新幹線からも見えたんだけど、まさかその前を通るとは思いもせず。レインボーってやっぱり見ると「え」って思う習慣が付いてるのでね、、(注:レインボー(虹)とは性の多様性を表わしていて、性的少数者のシンボルみたいになってる)でさ、あとで知ったんだけど、このレインボータワー、何かと思ったら展望台らしいのね。この画像では少し分かりづらいんだけど、上の方に白い円盤みたいなのがあって、それが下から上に移動して新潟周辺の町が見えるらしい。あ、だけどこれには乗りませんでした、時間がなくて。残念。

新潟駅からシネ・ウインドまでの地図を持って行ったんだけど、どうも目当ての建物の中には入ったようなのに、映画館が見つからなくて、こんなところで時間食って映画の上映時間に間に合わないとまずいので、ショッピング街みたいになってるところで、エスカレーターの手すりを拭いていた人に「すいません」と言って聞くと「あら、どうやって説明しようかしら。。」と言って、ずんずん歩いて行くので、「も、もしかして、全然違うところに来ちゃったのかな?」と思って焦った。そこで今度は警備してる人みたい、だったかなあ?その掃除をしていた人が「シネ・ウインドまでどうやって説明すればいいのかしら」って聞いて、そうしたらそこから案内してくれる人が警備の人になって、結局は同じ建物内にあるんだけど、繋がってないからここから行きなさいと、歩道橋の階段のところまで連れて行ってくれた。2人ともとても親切で恐縮してしまった。こんなとこ、読んでないだろうと思うけど、その節はありがとうございましたm(_)m

ってわけで、やっと「シネ・ウインド」に着いて、当日券買って映画館(?)の中に入ると、すげっ!始まる15分くらい前に行ったつもりなのに、ほとんど席が埋まってた。と言ってもそこ、すごく小さい映画館で、席が多分約100席くらい。しかし「苺とチョコレート」を観るためにこんなに朝早くからこんなに人が集まるなんて全然思いも寄らなくて。で、始まる頃には立ち見の人まで出てた。んで、びっくりしたのが客層で、こう言っちゃなんだけど、おじさんおばさんが多かった。わたしゃ、正直、この人たち、あの映画観て意味分かるのか(失礼!)、どういう感想を持つのか、と思ったらすごく怖かった。。そこら辺でやっぱり怖いって感じるのは当事者だからなんだろうなあ。でも、この映画を映画館で観るのは7回目だと思うんだけど「怖い」と思ったのは初めてだった。

わたしの中からはやはり「当事者」(マイノリティのね)って意識は消えないんだ、ってのが、当事者はイヤだなあと思い始めてから、やっと薄ぼんやりだけど分かって来ている感じが最近はしてる。「分かる」と言うより「分からされる」みたいな感じだけど。だから当事者性について納得した、というんじゃなくて、まだイヤだなあとは思ってるし、多分しばらくイヤだなあと思い続けると思うけど。

何がイヤだって、意識するのがイヤなのね。レインボーについ反応してしまう自分とか。性的少数者のニュースについて敏感な自分とか。そういうのはとても疲れるし、そういう風になっちゃった自分がすごいイヤ。だけど観に行った「苺とチョコレート」には同性愛者が出てくるし、多分、それだからこそ、この映画にここまで思い入れがあるんだろうし、わざわざ往復交通費約2万払ってこんなところまで観に行った。そういうのも紛れもない事実ではある。それはちゃんと自分の中に受け入れなければならないんだよなあ。

てなわけで、無事に上映開始時間までに映画館に着くことができ、定刻通り映画が始まったのでした。。(つづく)
22:14 | 二人で行った旅行のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
02-16 Tue , 2010
沈没
今日、起きてみたら疲れが出たのか頭痛になってて。

一日中調子が上がらない日になってしまった。

目が死ぬほど疲れてて、今日は早く寝ます。。

てなわけで昨日の続きの「その2」は明日以降に。
19:15 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
02-19 Fri , 2010
えれーひでー目に遭った
16日は早く寝たものの、17日の朝は気分悪くて目が覚めて、それから吐いたので(お食事中の方すみません)、医者に行ったら「お腹の風邪でしょう」と言われ、座薬の吐き気止めと解熱剤をもらって帰った(その頃は既に体中の筋肉が痛くて皮膚がピリピリしていた。そのとき熱はなかったんだけど)。

で、17日は一日中ずーーーっと吐きっぱなし。そのうち吐く物がなくなってもまだ吐き気が止まらず、水分補給にと取ったポカリスエットなども飲んだらすぐに吐いてしまい、「一体、自分はこのままどうなっちゃうんだろうか」と思いながらも気持ちが悪いのは止まらず。夜中になってどんどんひどくなってきたので彼女に「救急車を呼んで欲しい」と頼んだ。

今まで救急車を呼んでもらってもろくな病院に運んでもらったことはなく、彼女も「今の状態で救急車を呼んだ方がいいのか」と悩んだらしい。よく知らないけど、救急車を呼んだ方がいいのか迷ったときに相談する救急センターだったかな、に電話をかけてわたしの症状を言ったら「救急車を呼んだ方がいい」と言われ、それからいくつかの病院を紹介してもらって、直接かけたらしいが、一つも快い返事をもらえなかったらしい。結局119番にかけて、救急車が来た。

救急車の中で搬送先の病院を探すんだけど、どこも受け入れてくれるところがなく、どんどん家から遠い場所になっていく。救急車の人はそれをやらなくちゃならないんだろうけど、いちいち「今から○○にある△△病院に連絡しますがいいですか」と聞いてくる。正直、こちらとしてはどこでも診てくれるところなら行くつもりでいるし、いちいち「はい」と返事するのも億劫だったのだが「はい」と言わなければ家にいるしかない、ということで、返事をしていたのだが、結局どこも受け入れてくれるところはなく。

「東京ルールというものがありますが、それを適用しますがいいですか」と言われ、何かと思うと、当番病院と救急センターと救急車がそれぞれ搬送先の病院を探すが、受け入れ先がなければ当番病院に行く、というのが「東京ルール」というものらしかった。

で、結局は当番病院に行くことになったが、病院の名前が「外科」という名前がついてたので一瞬「外科ってことは、外科なんですよね?」と当たり前のことを聞いてしまったが、正直「連れて行ってくれてもまともに診てもらえないのでは」と落胆した気持ちでそこの病院に行くことを承諾した。それにそこの病院では「入院はできない」ということと「薬を出す程度くらいしかできない」ということを言われたからだ。

以前「薬を出すことしかできない」と言われ、本当に薬しか出してもらえず、後日そこの病院の違う科にかかりたいので紹介状を、と言ったとき「診療してないので紹介状は書けません」と言われ、ボーゼンとしてしまった経験があったので、今回も(そこの病院ではなかったが)そうではないのか、という不安の中で、救急車はサイレン音を鳴らして走り、そこの病院に着いた。

救急車からは自分で降りて病室に行くのかと思っていたが、直接担架(というのかな、下に車が付いてるヤツ)で運ばれ、そのまま診療室に連れて行かれ、病院のベッドには転がれば移動できるようになっていたのでとても楽だった。メガネはかけていなかったが、最初に女の人の顔が見えてなぜか少しホッとした。

救急車の中では吐かなかったが、病院に着いた途端、ものすごい吐き気で、ただもう出るものがなく、ほとんど何も出なかった。女の人は看護師さんらしく、医者はあとで来るようだった。というか、そのときのことはよく覚えていない。

結局は医者が来て「吐き気留めの注射と脱水症状を起こしているようだから点滴をしましょう」と言われ、看護師さんに2~3時間かけるように言ったような記憶がある。そのときわたしは「薬出して帰れ」と言われなかったことがすごく嬉しく、普段は注射が嫌いなわたしも「点滴をすればちょっとは楽になるかも知れない」と思い、喜んで(?)腕を差し出したが、正直、針が刺さって「ではこれで」と言われたときは、心の底から「よかった」と思って涙が出た。

医者が去ったあとも看護師さんは様子を見に来てくれたり、わたしが「背中が痛い」と言ったときも「湿布を貼りましょうか」と言ってくれたりして、とてもとても有り難かった。水分のとり方なども丁寧に教えてくれて、また、昨日の東京は明け方雪が降ったのだが「雪が降っているので、点滴が終わっても9時までいていいです」と言ってくれたり、ものすごく親切な看護師さんで、ホント、今思っても涙が出る。それくらいわたしは弱っていたし、これまで弱っていてもまともに診てくれる病院などなかった。本当に「救われた」思いがした。

結局、朝6時頃、まだ雪が降っていたが家に帰ることにし、それから1時間くらいかけて家に帰ったが、その後は吐くこともなく、胃はまだ気持ちが悪いが昨日に比べると天と地の差ほどもあるくらいだ。

その後、家に帰って寝ようとするのだがあのまま「どうなるのか」と思ったときの気持ちが蘇ってきて、それが妙に頭の芯を鮮明にし、なかなか眠れなかった。

それが治まると今度は上半身の筋肉の緊張がほぐれてきたのか、バリバリになっていることに気が付いた。あのとき看護師さんは「一日中吐いたら筋肉痛になりますよ」と言っていて、わたしの背中が痛いのも一日吐いたのが原因の筋肉痛だろうと言ったが、わたしはまさか筋肉痛とは思っていなかった(そのときはまだ熱があったので、筋肉の痛みがあった)。だが、緊張も解けてきたのか、特に首と肩の筋肉がバリバリで「ああ、こんなに身体の筋肉が緊張していたのだ」と改めて気づかされた。

それにしても、えれーひでー目に遭ったが、その中であの看護師さんには本当に助けてもらった。

というわけで、新潟に行ってきたのがもう遠い昔になってしまったように感じてます。。。
21:28 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
02-23 Tue , 2010
取り敢えず
ちょっとは回復してきたかなあ~?ってところ。

正直、一昨日までは胃が「自分はここにいます!!!!!」って自己主張をしてるみたいで、一日中気持ちが悪かったりしたんだけど、昨日からはその自己主張もなくなったようで、一気に軽くなった。とはいえ、まだ気持ちが悪いときはあるけどね。胃が重いんでもなく、むかむかするでもなく、ただ「ここにある」って感じだけなのに、気分悪いなんてなあ~。普段はホント、動いてるって感じないことってすごいことなんだなあと改めて思ったり。

もう一方の、もう何年も自己主張し続けてるわたしの口の中の歯!早く自己主張を止めなさい!!

もー、気持ちが悪かったときも、「別件」で歯が気持ち悪くて、本当に今回は閉口した。「こういうときくらい治まってくれよ」と思ってもダメだもんねえ。

そうそう、そういえばわたしが救急車で運ばれた翌日かな、病院の日でさ。この日は本当に気持ちが悪かったんだけれど、行かないともう薬がないし、ってんで半ば無理矢理行ったんだけど。。あれは本当に疲れた。もうあんな綱渡りみたいなことはしたくない。。

来週(もう3月なんだよね@@;)早々からバイトが始まるんだけど、今はその期間、ちゃんと働けるようにしっかり体調を整えておかなければ。
20:49 | 病名が分かった後のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
02-25 Thu , 2010
忘れられない顔?
あー、救急車呼んでもう一週間以上にもなるのよね、、

あのときは今、会計できないので1万円を置いてけ、そんで後日(一週間以内)精算するようにと言われたので、ちょうど一週間経った昨日、彼女と二人であの病院に行って治療費を精算してきた。どんだけ費用がかかったのかと思ってヒヤヒヤしてたんだけど、2,600円くらいで、彼女と二人「もっとかかるかと思ったね」と言い合った。

お世話になった看護師さんにもう一回会ってお礼を言いたいなと思ってたところ、病院の出口付近で歩いてる看護師さんに遭遇。ちゃんと改めてお礼を言えてよかった!本当にあの看護師さんには救われたものね。。

その帰りというか、精算を終えたあと、どうせここまで来たんだから、ということで彼女が以前住んでいた場所の近くの美味しいケーキ屋さんに引っ越して以来、なんと5年ぶりに行ってきた。

その駅に降りるのは、わたしも彼女も5年ぶりで、でもあまり駅の周囲は特に変わった様子はなく、なんか5年以上前にタイムスリップしたかのような感覚に陥った。ここの道、また来るねと思いながらしんみり帰ったよなあとか、ま、わたしが思い出すのは大抵別れ際の悲しい思い出だったりするけど(笑)、それでも駅の改札なんかでは「あー、まだ会って間もない頃は彼女がここで本を読みながら待っててくれたっけ」って思い出したりね。5年も一緒に暮らしてて、いつもはもう一緒にいるのが当たり前な感覚になって来てたけど、ここに来るといきなり5年以上前のことを思い出したんで少しびっくりした。

「ケーキ屋さん、潰れてなかったらいいね(笑)」と言ってたんだけど、店は前のまんま存在してて。で、店を入るなり店員さん(てか、多分その人はお店の関係者だと思う)がいきなり「あっ!これはどうも。お久しぶりです」って声かけてきた。そう、5年前は確かにこの女の人に顔を覚えられていた彼女(多分、わたしは覚えられてない)。まさか5年経っても覚えててくれたなんて。。こっちの方がびっくりした。

で、わたしらは5年ぶりにそこでケーキと紅茶をいただいたのだが、その女の人、もう何回も「来て下さって嬉しいです。ありがとうございます」って言うし「忘れられない人ですよ」なんて言うから、逆にわたしが「この人、彼女に気でもあるのかしらん?」と思って少しキーッとなってしまった(爆)

彼女は彼女で「わたしのどこがそんなに忘れられないんだろうね?」って言ってたけど、実際これまでも彼女は初対面で顔を覚えられるタイプ、って言われてたらしいから、なんか特徴のある顔立ちなんだろう。わたしの方はあんまりこれといって特徴のない顔だと思うから、彼女が「やー、つきあい始めた頃ってろんたこの顔がなかなか思い出せなくってね」と言うのも分かる(笑)

お店はそうだなあ~。5年ぶりに行って、好きでいつも食べてたケーキの名前が変わってたり、大きさもちょっと大きくなったのはいいけど、なんとなく大雑把になったかなあ~なんて思ったりね。でも、以前とあんまり変わらず客は来ているようだ。

将来はまたここに戻ってきたいね、という話はしてるんだけど、そのためにはわたしのこの身をなんとかしなければならなくて。一体いつ頃戻れるのか、本当にそういうチャンスは来るのかなぁ~、って感じ。

ま、言ってるだけでは何も進歩はしないので、取り敢えず、体調もほとんど戻ったことだし、また明日から頑張るか。
18:53 | 二人のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
02-26 Fri , 2010
やっと植え替えした(経過報告)
2月に入ったらミニバラなど、育てているものの植え替えをしようと思っていたのだが、なんやかんやでできる状態ではなく、しかし今を逃したら植え替えできなくなってしまうと思って、天気のよかった昨日のうちに育ててるいろんなものの植え替えをした。まずはミニバラから。いきなり大きくなるとその後が大変なので、植え替える鉢は割と小さめのこんなのを買ってきた。

P1040037.jpg

鉢の底に網を敷いた。
P1040038.jpg

ミニバラの様子。一応剪定はしたつもりなんだけど、あんまり形が整ってなくて。。これがこの先どういう風に育っていくのか考えると怖い(^^;
P1040040.jpg

鉢の底に水はけがよくなるように白い軽い石を入れた。
P1040041.jpg

さて、缶の中からミニバラを取り出そうとするんだけど、これがなかなかうまく取れなくて。画像の通り、ちょっと手荒な方法なんだけど、スコップを直接突っ込んで、それで取った!
P1040042.jpg

左は取り出したミニバラ。結構思ったより根が張ってたので、缶から取り出しづらくなってたんだよね。
P1040043.jpg  P1040045.jpg

これが百均で買ってきた土と肥料みたいなの(←実はよく分かってない?(^^;)。
P1040039.jpg

土を新しい鉢の底にちょっとだけ入れておいて、缶から取り出したミニバラを鉢の中に入れた。
P1040046.jpg

で、この中に買ってきた土を入れて(肥料は入れてないですよ)、水まいて一丁あがり。
P1040049.jpg

って、植え替えをするに当たってなーんも調べず、ただ本能の赴くままにやってしまったが、これで正解なのかどうかはわたしには分からないので、よい子はマネをしないようにしましょう(笑)てか先生、この植え替えってこれでよかったんでしょうかね?(って誰に聞いてる)

次、ワイルドストロベリー。これもミニバラと全く同じ手順で行なったんだけど、ワイルドストロベリーねー。2株しか缶の中に残してなかったはずなのに、めちゃくちゃ根が張ってて、逆にこちらのほうは「スポーン」と取れました、、あ、左は植え替え前のワイルドストロベリーね。なんか明らかに枯れてる葉っぱとか、赤い葉っぱは前に全部切り取って随分「身軽」にはなってたのよ。
P1040050.jpg  P1040051.jpg

根がまとまってた分、こちらの方が植え替えやすかったわ。ただ、鉢の大きさがすごくでかくなったわけじゃないから、これって植え替えしてもあんまり意味なかったりして、、って考えちゃったけど。
P1040053.jpg

こちらの方も水まいて完了。
P1040054.jpg

やってしまえばものの数十分で終わるんだけどね。まー、なんというかやろうという決断をするまでにいろいろ用意しておかなくちゃならないものとかあったので、今になっちゃったけど、まー無事に完了してやれやれ。でもちゃんとこれで根付くかどうかは神のみぞ知る(大げさ)。ここで元気なくして枯れてしまっても、わたしにはどうすることもできないわ。。

ってことでその2に続く。いや、これで完了したわけじゃなく、実はこの先思ってもみないことが起こったのであった。。。
19:23 | 育てているもののこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
02-27 Sat , 2010
決して一人では見ないで下さい←?(経過報告)
この「決して一人では見ないで下さい」という文句は、確か、わたしが小学校2年生くらいのときに「サスペリア」って映画があって、それのCMの文句だったと思うんだよね。でも、なぜ映画のCMが30年以上経った今でもわたしの記憶に残っているのか、とか、映画のCMってその頃テレビでやってたっけ?とか、テレビじゃないとすれば、どこでこのCMを見たのか?とか、今考えてみると謎がいっぱい。。

あ、CMを覚えてるからと言って「サスペリア」を観に行った記憶はありません(笑)

今日の日記は気持ち悪い画像がある(かも知れない)ので、見たくない人はここでお引き取り願っても構いません。つーか、あとで「変な画像見せられたー!」って文句は言わないでね(笑)

では、ここからは「わたし、何見せられても大丈夫だもんね」って人だけ読んで下さいね(にっこり)

昨日の続き。一昨日の話ね。
ワイルドストロベリーの植え替えまでは初めての割にすんなり行った。

と、ここで、気になったのが、、このプランター。
P1040056.jpg

教授さんは相変わらずだが、その他のところはなんとなく土が硬くなってるような、そして土が足りないような気がしたのね、そのとき。で、百均で土を買ってきたものの、そんなに使わないことが分かって、それだったらこのプランターの土の部分に新しい土を混ぜ込んで、今後何か植えるときのために備えようと思って、スコップで耕していたのだが。。そうなると、今度は教授さんのとこの「土不足」が目立っちゃうなあ~と思って、ホントはこんなことすると植物に負担をかけちゃうんだろうなと思いつつ、ちょこっと教授さんを掘ってみたら。

根っこの周りにこんなのが付いていた。
P1040059.jpg

ぎゃーーーー!!@@;

教授さんの根っこに丸々と太った何かの幼虫がくっついてて、土から引き上げた途端、ボロボロと何匹か落ちてきてわたしはびっくりした!一体、これはなんの幼虫なのだ?これが教授さんの根っこにくっついて、教授さんをもしかしたら弱らせてたのか?(見た目、教授さんは弱ってるような感じはしないんだけどね)これ、知ってしまった限りに於いてはどうしようか。植物は名前の知らないヤツでもそだててるけど、虫は殺してしまうのか?そんなの、せっかく何かの拍子に(?)ここまで育った生命、わたしが奪ってしまって構わないのか?などと、数分考えた。

確かに教授さんのためにならない幼虫かも知れない。けど、ここまで大きくなってしまったものを野ざらしにして殺してしまうのは抵抗がありすぎる。でも、このまま元に戻したら教授さんは枯れてしまうかも知れない。。。

結局こうすることにした。

教授さんの根っこに付いていた幼虫5匹を、今までワイルドストロベリーを植えていた缶に入れて、、
P1040060.jpg

上から土を被せて、、、

はい。「幼虫の缶」のできあがり。
P1040061.jpg

ここから何が出てくるか、楽しみです。(てか、栄養補給が必要なのだろうか?)出てくるまで生暖かく見守らせて頂きます。

明日へ続く(まだ終わりじゃないのかよ)。
19:16 | 育てているもののこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
| ホーム |
AX
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。