09-01 Tue , 2009
鬼嫁がいた
今日は病院の日だった。

こちらでは昨日とうって変わってまた「夏らしい」気温になって、出してきた電気ストーブどうしようって考えてるくらいなんだけど、ただ、わたし自身、昨日から発熱してしまい。今朝になってもまだ治らず。といえども、そんなにすごい熱じゃないけどね。わたし、せいぜい出ても7度5分くらいしか熱出ないんだよね~。んで平熱は6度8分くらいだから、平熱からして微熱なのだが(苦笑)

まーでも、今日は暑かったので、身体の熱さもさほど気にならず。

いつものよーに、主治医と話す。んー、まぁ、今の薬(朝、晩の食後と寝る前にトリプタノール10mg、ワイパックス0.5mg、セロクエル25mg、リボトリール0.5mg 各1錠ずつ)で、なんとなーくちょっとずつ症状が軽くなりつつあるような感じがする、と言ったら主治医は喜んでいた。だからわたしが「いやー、この2倍3倍速くよくなる方法はないんでしょうかね」と言っておいた。だって、もうこんな状態やだもん。とっくに耐えきれなくなってるのに、まだ耐えてるんだよ、わたし。

で、なぜか空手をやったあと頭痛に襲われることを話したんだけど、それに対しても明確な答えは返ってこず。んー、こっちは前の診察のときからの状態を「どういう風に変わってきたか」というのと「今はこんな状態」ってのを報告するだけで、向こうからはわたしが「ちょっと楽になってきたかも」というと「よかった」しか返ってこないんだよねー。。なんで頭が痛くなるのかとか、そういうのは全然分からないらしい。。わたしも分かんないので、教えて欲しいのにー。てか、どうすれば痛くなくなるかとか、そういう答えを期待するんだけど、それについてはなんもないんだよね。

まー、結局は医者でさえ患者本人の中で何が起こってるのか分からない病気だから、仕方がないのかなあと思うんだけど。それにしても、他の患者さんはどういう感じなのかとか、そういうのを知りたいよなって思う。この状態は「もしかして自分だけ?」って思わないこともないんだよね。。人によって感じ方や表現の仕方がだいぶ違うみたいなんだけど、みんな「自分だけ」って思ってるのかなあ、とか。何しろ、この病気にかかってる自分以外の人を見たことがない。確かに待合室で一緒に待ってる人とかいるけど、特にわたしから「あなたはどんな症状なんですか」って聞くわけにもいかないしね。

「みんながかかってて、で、治った人もたくさんいる病気」なら、精神的にまだ楽なんだけど「もしかしたら、こんな症状は自分しかいなくて、治ってる人もいるかどうか分かんない病気」だったら、精神的に不安だよー、ホント。医者に「治るんですか、これ」って聞いても「まー、患者さんがどこで『治った』って感じるかですねー」って答えられたんじゃ、んじゃ、自分は元の状態にまで回復しないのか??って疑心暗鬼になるよ、ホンマ。で、この状態が一生続くのかと思うと、これまた気が滅入る。。

だから、あまりよくなっても「よくなった」とは言いたくないんだけどね、わたしの本心としては。だってまだまだ不快なんだもの。ちょっと治ったからといって、手を抜かれちゃ困るって思うから。

で、話し終えて帰ろうと思ったら、今日の主治医はリラックマのペンを使っていることが判明。

リラックマイチゴボールペン.(改)

これ。「自分で買ったんですか~?」って聞いたら、なんかむにゃむにゃ言ってたから、自分で買ったんじゃないみたい。でも自分で買うこともある、って言ってたから「もしかしたら、先生の家はリラックマだらけだったりして」と言ったら「いや~、鬼嫁がいますから」だと。あ、既婚者だったのね(笑)残念だわ←??

でも、あの主治医の配偶者が鬼嫁ってのは、分かる気がする(笑)てか、鬼嫁とか言いながら、ホントは仲がいいんだろうな~とか、想像できちゃうところがなんとも。昔見た、韓国で買ってきたパチモンのクマのネクタイ(本人曰く)とか、さぞ文句言われてるんだろうな~とか(爆)

だからといって、自分の仕事場を自分色に染めてしまうという主治医がなんともかわいかったりして(笑)

ってことで、あそこに通い始めて1年と3ヶ月か。儚い夢でした←何が???

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09-02 Wed , 2009
Night Birds
んー、最近、割と聞いている曲。SHAKATAKの「NIGHT BIRDS」。超有名な曲だと思うけど、最近の若い人は知ってるかしら、この曲。

何がきっかけでわたしが知ったかは知らないけど、高校の時、この曲を吹奏楽部で吹いた。トロンボーンパートは結構かっこよかったので、好きだった。

それから何年か経ち。就職試験を受けた頃だから、29歳のときか。二次試験の面接が終わったあと、急にこの曲が頭の中を駆け巡った。すごく聞きたくて聞きたくてたまらなかったが、吹奏楽のデモテープは自宅にあり、自宅から遠いところで試験を受けたわたしは、仕方がないので、試験が終わったその足で、CDを買いに行った。

で、初めて本物の曲を聞いたわけだけど。

びっくりした。あの「カッコイイ」トロンボーンの旋律がなかった。。あれはすべて編曲だったのだとそのとき初めて知った。しかも、この曲、フェードアウトで終わってるのね。吹奏楽の曲がフェードアウトで終わるなんてことはないので、そこのところも編曲だったんだ、ということを初めて知った。要するに、確かに旋律はこの曲なんだけど、細かいところでわたしが好きだったところは、この曲には全然無くて、初めて聞いたときはすごく唖然とした。

とはいえ、何度も繰り返し聞いたので慣れたけどね。

今、再び、この曲が聞きたくて仕方がない。

あのとき、なぜ、急にこの曲が聞きたくなったのか、わたしにはよく分からない。んでもって、今、急にまたこの曲が聞きたくなったのもわたしはよく分からない。っていうか「終わってから聞くべきじゃないのか(謎)」という気もしてるんだけど、結局我慢できなくて聞いてしまっている。

別にこの曲を聞いて何を思い出すわけでもない。あ、でも吹奏楽のデモテープは、この「NIGHT BIRDS」の次に「松田聖子メドレー」が入ってたので、自動的に頭の中で松田聖子の曲が鳴り出すことはあるんだけど(爆)んー、音の記憶ってのは、わたしは実はなかなか消すことが出来なくて、スーパーで繰り返し鳴ってる曲とか、そういうのを一旦、覚えてしまったら、ほとんど忘れることが出来ない。繰り返し鳴っている曲って、わたしにとっては「音の暴力」以外のなにものでもない。

一番イヤだったのが、祖父のお葬式のとき、葬儀社の決まりなのかなんなのかよく分からないけど、ずーっと繰り返し繰り返し鳴ってる音楽があった。わたしは「ひえー、覚えてしまうから止めてくれ」と思ったんだけど、まさか言うわけにもいかず。結局、その曲の一部だけだけど、今でも忘れられない。それに似た音楽を聞くと祖父のお葬式の場面がありありとよみがえってくる。。これってわたしが死ぬまでそうなのかな。。(汗)

あ、話が逸れた。

結局、CDを買っても「NIGHT BIRDS」しか聞いてないわたし(爆)You Tubeにあったんで、埋め込もうと思ったら、埋め込み禁止になってた。残念。

http://www.youtube.com/watch?v=rc2Jw3rwjHY&feature=browch
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09-03 Thu , 2009
一つ歳を取ると言うこと
あっ、題名を見ると、今日がわたしの誕生日っぽく思えますけど、今日は特にわたしの誕生日ではありません(笑)
基本的に年齢は隠してないけど、誕生日は非公開にしているというわたし(笑)
ま、人間一つくらい秘密の部分があってもいいと思って、公開してません(爆)
とはいえ、昔は隠してなかったので、知ってる人は知ってると思うけど。

年に1回くらい「歳取ったなあ~」って日記書いてもいいと思って。

ってわけで、今、41歳の秋を迎えようとしているわたしですが。
で、来年の今頃は42歳の秋を迎えようとしているわけですね、生きてれば。
って当たり前だけど(苦笑)

40歳で始めてみたこと。

・耳にピアスの穴開けた
・空手始めた

これくらいかなー。
正直、40歳は病気がひどくて、それに耐えてるうちに半分が過ぎてしまった感じがする。まー、しょうがないといえば、しょうがないんだけど。
今年1年は、去年よりは病気に対して「耐えてる」って思いは減ってきたとは思うけど、まだまだそれでも治ってないしね。ただ、我慢しながら、他のことができるようになってきた、ってところかな。

来年の今頃の自分を考えると、全く想像がつきません。
まー、人生なんかそんなものかな、とも思えるけど、40過ぎてもまだフラフラしてる自分ってなんなんだろうなーって考えてしまったり。別にこれってわたしが望んでたわけではないんだけど。

世間では自分らの年代が社会を支えているわけで。
それを全くやってない自分は一体、生きててもいいんだろうか、と考えてしまったりする。
一応、食物連鎖の一番頂点にいるわけで、わたしの生命を支えるために、いろんなものが犠牲になってる。わたし、そういう犠牲にちゃんとむくえてるだろうか、って思うと、全然そんなことないって思えるんだよね。。そうしたら、その犠牲になったものは無駄死にじゃないかって思ったりする。

別に生きてることに対して「おかげさま」とか思わないけど、毎日もの食ってたりする自分を省みると、そこにはたくさん犠牲になってるものが、具体的に目の前に浮かぶわけで。だから「ごめんよ、何もしてなくて」って思う。

来年の今頃はそんなこと思ってないようにしたい、って思う。

誕生日を迎えての所信表明でしたって、一体、何ヶ月前に誕生日迎えたんだよ>自分

41、は素数なんだけど、あんまり好きになれない数字なんだよね~(苦笑)
16進数で言えば、29か。ギリギリだな(爆)来年からは16進数で歳を語れなくなってしまう。2A歳ってなんですか、とか。
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09-05 Sat , 2009
なのにわたしは京都へ行くの
「あなた」じゃなくて「わたし」が行くんですが。
でも、行き先は京都じゃないかも知れない(笑)

っていうか、昨日いろいろ考えてたんだけど、思いつく歌の題名って、西の方に行くのしか思い浮かばないんですけどー?北の方に行くのって、結構演歌ではあるのかなと思ったんだけど、そのものズバリ、どこそこに行くー!ってのは思い浮かばなかった。ので、今回も西へ行くことになってしまった(爆)

月曜日に帰京します。
って、京都に行くのは来京って言うのかな。
でも京都に住んでる人が京都に帰るときは帰京でもおかしくないのよね。
広島に住んでたわたしは「来広」とか「帰広」という言葉に慣れてるけど、
これって他の県でも言うのかなあ?

「来岩」とか「帰岩」とか>岩手県
「来滋」とか「帰滋」とか>滋賀県
「来岡」とか「帰岡」とか>岡山県
「来福」とか「帰福」とか>福岡県

大分県は「来大」?それとも「来分」??

とか、くだらんことを考えてます(笑)

ってわけで行ってきまーす。
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09-06 Sun , 2009
京都~、大原、三千院♪
やっぱ、京都に来たら「京都~、大原、三千院♪」だよねって、
そんなとこ、行ってません(多分)

てか、極めて個人的なことだけど、やっと一段落終えたと言う感じ。
正直、少しはホッとしてるけど、でもまだまだ気を抜くことはできないんだよな~これが。
でもしばらく、次のことは考えたくありません。

ちょっとの間、休ませて。

今日はこれから、憂さ晴らしでもしてきますか!
と言えども、ここ数日間、胃が痛くて。。
ここまで身体に応えるとは思わなかった。
歳なのかねえ~?

あ、今日、コンビニ(ローソン)行ったら「30~49男性」のボタンを押された。
歳が合ってるだけに、なんか余計腹立った。
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09-07 Mon , 2009
さ~よなら、あなた~、わたしは~帰ります~♪
「そうそう、帰ってくるときはこの曲があるじゃん!」とこないだ思ったので早速使ってみる。

ってわけで帰ってきた。なんか東京は暑いねえ、、部屋を開けた途端、すごくムッとする空気で窓を開けてもなかなか涼しくならない。あれ。東京ってこんなに夜、暑かったっけ、、、

たった2日しか家を空けてなかったのに、しかも出かける前には大量に水やりをしていったのに、予想どおり「治ちゃん」はくたっとしていた。あと、缶の中のワイルドストロベリーも。あああー、こんな姿見てはいられないわ、と思い、早速水やりをした。治ちゃん以外は土がカラカラでも普通と変わらないんだけど、治ちゃんだけがものすごーく、くったりとしおれてるんだよね。明日の朝は元通りになってるのかしら、、

しかし、疲れた。
本当に疲れた。

しばらくは何も考えたくない、と思いつつ、やっぱり毎日いろいろ思っちゃうんだろうな。

今日は、帰京する前に時間があったので、ピアス屋さん見つけて、ピアス買っちゃったー。てーか、ついにスタッド以外のリング状になってるヤツに手を出してしまった(笑)あ、その前に映画祭のときに買ったレインボーのピアスも輪っかのピアスだったけど。

20090907210516.jpg

取り敢えず、最初は小さめのヤツから?(爆)
いや、これ以上大きいのは今はいい、と思ってますけどね。
って1つしか穴開けてないのに、一体、いくつ目のピアスなんだろう~?(笑)
21:16 | 自分の将来について | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-08 Tue , 2009
異性愛者向けのHIV/AIDS啓発動画ってあるんだね
えー、昨日、東京に帰るまでに時間があったので、彼女ととある繁華街に出かけていって、そこでメシ買って外で食ったんだけど。

つーか、そこのコンビニ(多分、ampmだったかなあ?)で爽健美茶を買ったんだけどね。例の「女Tシャツ」着て。んなのに、そこのレジのにーちゃんは青い「50」を押しやがった!ちょちょっと。性別も間違えてるわ、年齢も間違えてるわ、めちゃくちゃじゃん!「50」押されたってことは、50歳以上に見られたってことで、そーとーショック。つか、こんな50歳越えた男がいるかなあ???

というわけで、どうもコンビニでは「女Tシャツ」を着ていても、ほとんど関係ない感じ。

逆に効果てきめんなのは、女子トイレ。だいたいいつも、わたしが入ると「じろー」って見られて、親切な人に「ここは女性用ですよ」と言われる。ところが、この「女Tシャツ」を着てると、いつものように「じろー」とは見られるんだが、「女」マークを見て安心(?)するのか、誰も何も言わないの!これは便利~!

あ、話がどっか行ってた(苦笑)

えー、そんでね。近くの公園みたいなところの階段に座って、彼女と2人、メシ食ってたんだけど、その公園の前にね、でっかいモニターみたいなのがあって、いろいろな宣伝とか歌手の紹介とかそんなんを映してたんだけど、その中にちょっと長めのCMみたいなのがあった。わたしは最初の方はコンビニに行ってて見てないんだけど、彼女に言わせると、男の子と女の子が赤ちゃんのときからずっと一緒に育っていって、っていうストーリーだったんだって。わたしが見たときはその2人は既に大人になってたんだけど。2人で道を歩いていると、そこに急に医者と看護婦が出て来て採血する。注射器が嫌いなわたしは一瞬、目を背けたんだけど「なんじゃこりゃ」と思ってたら、それぞれの医者が片方に「HIV陽性」に○を、片方に「HIV陰性」に○を付けて、それぞれその結果をその男女に渡したのね。

どっちがどっちかってのは、画面上からは分からないんだけど、その後のその男女の様子を見ていたらどうも男性が陽性で女性は陰性だった模様。

これを見て初めて「あー、これ、異性愛者向けのHIV/AIDS啓発のCMなんだ」って気が付いた。

自分がHIV陽性と知り、がっくり膝を落とし、悲観する男性を女性が抱きしめていた。辺りは道じゃなくて沼みたいなドロドロなところになっていた。そして過去がフラッシュバックされ。

しかしこの二人は結婚して子どもに恵まれ、その子どもも成長して離れていき、また二人で歩き出す、と言ったような筋の動画だった。つか、帰ってからYou Tubeで探したら簡単に見つけ出すことができた。



これ。で、この動画には載ってないんだけど、でっかいモニターで見たときは最後にURLが載ってた。全部思い出せないんだけど、どうも「エイズ予防情報センター」のURLぽかった(最初のapi-netってところを覚えてたんで)。でも、この映像はかなり昔に作られたものみたいで、調べてもどの団体が作ったのかとか、そういうのは一切分からなかったの。ただ、この歌は「エイズ予防啓発を目的に作られたRED RIBBON LIVE 2006スピリチュアルソング」らしい。しかし、この曲を使って動画が作られた、という情報は探し出せなかった。

でね。別にこのストーリーに文句を付けるわけじゃないんだけどって、実は文句付けたいこともあるんだよね。「なんで男性がHIV陽性で、女性はHIV陰性なんだ」って。

もちろん、この男性がなぜHIVに感染したのかは分からない。性行為以外でも注射とか母子感染とか感染経路が不明なこともある。ただ、この動画の途中で明らかに二人が「別れていた」時期があることははっきりしている。そのときに感染したのかどうか、ってことは、まぁこの動画から明確なことは言えないんだけどね。

だから一概にこの男性がこの女性の他の人と付き合ってたときに感染した、とは言えないのだけれど。しかもこれを「性行為で感染した」と思い込まされたくないのだけれど。でもどこかでそう思ってしまう自分がいる。そして、女性の気持ちを考える。「なんで『受け入れる側』が女性なの?」って。もしも性行為で感染していたのなら、彼女自身は「自分以外の人と付き合ってた人がいた」というショックに加え、この男性がHIVであるというショックと、二重にショックなわけ。男性は自分がHIV陽性でショックを受けるだけだけど。女性はこの二重なショックを乗り越えて、この男性を「受け入れる」わけ。まぁ、最後にめでたしめでたしの話になるんだから、ここで二人は別れずに、その問題を一緒に乗り越えて行こうってことになるのは分かるんだけど、なんで受容するのはいつも女性なんだろう?って疑問も湧くわけね。これ、逆だったらどうなんだ、と。

ただね、「平成20年エイズ発生動向年報」の「HIV感染者及びAIDS患者の年次推移(国籍別、性別、感染経路別)」を見てみるとね、日本の男女、異性愛者の感染者数を見ると男性の方が圧倒的に女性より多いのだ。しかも、その一番多い感染経路は「性的接触」。

ということは、この動画で最も考えられるのはやはり、「男性が性的接触によってHIVに感染した」ということなのだ。ってことは、結局実際でも受け入れるのはやっぱり女性、ってことなんだよね、、、

ただ、ここで不思議に思うことがある。わたしは今まで、HIV/AIDSの「感染者の手記」をもらって帰ってて、多分、今出てるほとんどの「感染者の手記」の冊子は持っている。もちろん、これはゲイ向けに作られたのが主だから、手記もほとんどゲイ男性なんだけれど、中にほーんの1つか2つ、いや、2つは覚えがないな。1つか。女性と思われる手記が見られる。でもね。異性愛者の男性の手記って今まで見たことないの、わたし。だからわたしは今まで「異性愛者は女性の方が感染者数多いのかなー」って思ってたの。だからこの動画を見て「なんで感染するのは男性なの?」って思ったの。でも実状は全然違うじゃない!これって一体どういうことなんだろう?って思ったね。

もちろん、手記を書きたくない人もいて、それはそれでその人の意志は尊重されなければならないと思う。けど、それにしても異性愛者の男性の感染手記を見たことがないっていうか、ないのって、なんかすごく不自然な感じがするんだよね、、なんでないんだろう?ってものすごく疑問に思う。。わたしが見てないだけなのかな。

そしてね、この「HIV感染者及びAIDS患者の年次推移(国籍別、性別、感染経路別)」を見てくじゃない?1985年から2008年までのHIV陽性者の合計は圧倒的に男性同性愛者及びMSM(Men who have Sex with Men:男とSEXする人でバイセクシャルとは限らない)が男性異性愛者に比べて多い。しかしね、AIDS患者数の合計は実は異性愛者男性の方が多いのだ。まぁAIDS患者数の中には、初めからAIDS患者って分かった人と、HIV陽性者がAIDS患者になったってのの2種類含んでるんだと思うんだけど、それにしてもHIV陽性者がものすごく多い男性同性愛者の方が割合的に言ってもAIDS患者に移行する人が多いと考えられるわけで。しかしそれでも男性異性愛者の方がAIDS患者数が多いってことは、これはどう考えても「異性愛者はAIDSを発症しないと分からない」ってことでしょ。ってことは、HIV陽性である男性異性愛者は、潜在的には今の1824人から5005人いるかも知れない、という計算になる(AIDS患者における男性異性愛者の割合が38.9%なので、男性同性愛者のHIV陽性者数が4928人という数字が正しいと仮定して、この割合が男性同性愛者のAIDS感染者数と同等である38.3%として計算した)。ってことは、単純に言うと、男性異性愛者のHIV感染者数ってのは、今分かっている人の2.4倍はいる計算になる。

結局、それだけ男性異性愛者のHIV/AIDSにおける意識が薄いということが、この表だけである程度言えちゃうんだよね。これってすごい怖いことじゃない?それだけ異性愛者向けにはHIV/AIDSの啓発が浸透してないってことが現われてるじゃない?

わたしはあの動画を見たとき「ああ、異性愛者向けの啓発もされてるんだ」と思ったけれども、実はもっともっとやらなくてはならないんじゃないだろうかって思う。まー、これはわたしの持論でもあるんだけどさぁ。性的接触による感染が一番高い割合ならば、実はHIV陽性の男性異性愛者から女性異性愛者に移すことが十分考えられる。そうして、異性愛者は男性も女性もお互い移し合って、どんどんHIV陽性者が増え続ける。これってすごい怖いことじゃない?だから、国はもっと異性愛者に向けてHIV/AIDSの啓発をしてかなきゃならないんだと思う。なのに前も書いたとおり首都圏、関西圏へ向けての異性愛者向け啓発の研究は中止されてしまった。これに変わる研究があるのだろうかと、不安に思っている。

あの、動画だけでは絶対に足りない。

最後に。これは男性同性者及びMSM向けの話なんだけど、今年も「Reach Online」をやるらしい、というか、今、募集してるらしい。ただし例年と違って

1.16歳以上の男性であること
2.過去6ヶ月間に男性とコンドームを使わないアナルセックスがあったこと
3.現段階でHIV陰性あるいはHIV感染状況を知らないこと

の人たちがアンケートの対象らしい。しかも例年はすごい長い期間の中のアンケートだったけど、今回は9/1~9/30の間しか募集してないらしい。

実は去年、何だったか忘れたけど、やっぱり日記でHIV/AIDSについて取りあげたときに「Reach Online 2008」のことを紹介したら(っていうか、問い合わせしたんだっけー?忘れた(笑))、なんとこの結果の中の「Reach Online 2008リンク協力先サイト一覧」のホントーに最後の最後になんかリンクされてた(笑)つか、アクセス解析でここから来た人がいたんで、わたしはこれを発見したわけだけれど(苦笑)でも、あそこから来た人はびっくりするだろうな。多分、レズビアンのサイトに行き着くとは思ってもみなかっただろうってことで、びっくりしちゃった人、ごめんなさい(笑)

でも確かに女性同性愛者及びWSW(Women who have Sex with Women:女とSEXする人のことで、バイセクシャルとは限らない)間でのHIV感染者数、AIDS患者数は、1985年から2008年までを合計してもたった5人しかいないわけだけれどもさ、でもこれって「わたしは女性同性愛者だから関係ない」って問題じゃないと思うんだよね。で、男性同性愛者だけの問題でもない。今、この世に生きてる人、全員に関係ある問題なんだよ、やっぱ。だから、わたしはこだわる。

それだけなんだ。
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09-09 Wed , 2009
社長さんは「すすき」だった?(経過報告)
えー、なんかすっかり秋めいてきたような気もするんだけど。
うちの例の雑草、あわわ、治子ちゃんたちが植わっているプランターも今は

P1030755.jpg
こんな感じ。えーと、分からないかも知れないけど、一番左が治子ちゃんで、その右が、水がかれるとすぐにくったりしてしまう、治ちゃん、そして、ここじゃはっきりしないけど、その右が教授さんで、一番右は社長さんなんだけど。

P1030754.jpg
これが教授さん。んー、最初は治ちゃんと同じものだと思ってたんだけど、結局全然違うということが分かったってーか、これ、ほうれん草、じゃないよね??丈は低いんだけど、なんかまだまだ育ちそうです。そして、

P1030753.jpg
これが社長さん。これも最初、治子ちゃんと同じものだと思ってたんだけど、やっぱり違うことが分かった。というか、これっていわゆる「すすき」というものではないのか??なんかねー、治子ちゃんみたいにまっすぐに育ってくれなくて、ここだけすごい様相を呈しているんだけれど。このプランターに4人(?)植えること自体が、過密すぎたのかしらん??

治子ちゃんは相変わらずたくさん花(?)を咲かしている割には、茶色くなった葉っぱも出て来て、これは冬になったら枯れるのかなあ?治ちゃんは、水がなくなるとくったりするわりには、全然花を咲かせる様子はなく、これからもまだどんどん育っていくような感じ。そして教授さんは画像にもあったように、これもこれからまだ育っていって、一体何になるんだろう~?で、社長さんは「すすき」っぽいので、ちょうど今の季節の人(?)だぁね。奇しくも今日は9月9日。重陽の節句。ま、これらは全然菊じゃないけど(爆)でも、もうすぐ十五夜だの何だの、の季節ですね、と思ったら、今年の十五夜って10月3日なんだそうだ。え。今年ってそんなに遅いの?

ってことで、中秋の名月といえば、すすきにお団子(あとウサギ?)、ということで、社長さんにはもうちょっと頑張ってもらいたいです(^-^)←?

てーか、ここまで育てたら、もう枯れるまでは抜けないよね、、、(苦笑)
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09-10 Thu , 2009
「あんにょん由美香」観てきた
今年の2月だったかなあ~?「在日コリアン映画祭」ってのがあって、その中のプログラムに「あんにょんキムチ」っていうのがあって、その後のトークで監督自身が「あんにょん由美香」という映画を作った、ってことを言ってたんだけど、それが上映されるってのを、偶然、東京国際レズビアン&ゲイ映画祭でフライヤーが置いてあったんで知って、でも、いろいろその間あったので観に行けなくて、ただ、これ評判がよかったのか、ずっとロングランしてて、で、ようやく今日、観てきた。って、すごい長い一文だ(笑)

んー、観た感想なんだけど、確かに「あんにょんキムチ」の方はドキュメンタリーって感じがしたんだよね。しかし、同じドキュメンタリー映画でも、この「あんにょん由美香」はあんまりドキュメンタリーって感じがしなかったんだよね。。ま、それでも最初、映画を撮り始めたときは、あんな終わり方にはなるとは監督自身も思ってなかった、という点では、やっぱドキュメンタリーなのかなとは思うけど。

あ、「あんにょん由美香」の由美香って人は、林由美香っていうAVとかピンク映画では非常に有名な人だったらしい。しかし、2005年の自分の誕生日の1日前になくなってしまったらしい、34歳の若さで。で、監督は生前にこの由美香さんに自作の映画に出て来てもらったんだけど「松江くん(監督の名前)、まだまだね」と言われたことで「よし、いつか納得できる映画を撮ってやろう」と思う前に亡くなってしまった。それが監督の中でとても心残りだったことが一つ。そして、亡くなって1年後に行なわれた追悼集会(?)で、実は韓国のAVにその人が出てて、それがまたすごいへんてこなAVで、そのAVを作った監督は韓国人、男優も韓国人が主なんだけど、撮影場所は日本。そして出てくる女優さん、あと日本人の男優さん、しかし話される言葉は日本語。韓国人の男優さんも拙い日本語で話し、なんとハングルの字幕付きっていう、ちょっと変わったAV(ビデオ)だったのだ。

内容も突拍子もない、と言えども、多分、AVとかって、日本のでも結構突拍子もないストーリーが多いと思うんだけど、なんというのかなあ~、こちらからしてみれば、韓国の人が拙い日本語で話す(しかもちょっと日本語っぽくない日本語で)のが、とても奇妙なんだよね。

で、この監督は「なんで林由美香がこの映画に出たんだろう?」という疑問から、この映画がスタートするわけなんだけど。

んー、なんというのかなあ。。割と「意図的」ではあるドキュメンタリーなんだよね。林由美香を撮った監督たち、しかもそのすべてが私生活でも肉体的な関係にあった、という人たちが3人出て来て、彼女を語る。あ、その前に一人、評論家みたいない人が出てくるけどね、しょっぱなに。そしてそれぞれの監督が彼女を撮ったというところに行って、彼女を語る。チャリで峠を越えたシーンがあれば、その当時の監督さん(てか、不倫関係にあったらしいがその当時)と一緒にチャリで峠を越えてみる。どこまでも続く坂道にウンザリした監督は、チャリをその辺に置いて、自慰行為を始める。えーと、そういうシーンまでこの松江監督は自分で再現してみたりする。

どうせ、韓国に行ってどうにかなって終わるんだろうなーと思ってたんだけど、ま、それはそれで当たってたわけだけど、その前の北海道のチャリのシーンはちょっと長かったかなあ~?って感じはした。

で、撮影を続けつつ、当時の映画に関わった人たちを探し当てて、そこからまた次の繋がりへ、となっていくんだけど、カメラマンだった柳田さんって人だけ、なんかひょっこり現われるんだよね。でもその柳田さんのおかげで、当時、通訳をしてた韓国の人と繋がって、そしてその人からその映画を作った監督に繋がっていくので、実はとても重要な役割をしている人なんだけれども、ちょっと登場するのが突然だったんで、そこは「あれ」って感じは持った。

そして、監督は韓国に渡って、まず、通訳だった人をインタビューするんだけど、その人は今、会社を興しており、こういう仕事(当時日本に来てた留学生だったらしい)は「恥ずかしい仕事で、できたビデオも観ていない」「韓国ではこういう仕事をしていたら『ヘンタイ』と思われる」と、語る。

次に韓国人の男優さんが出てくる。劇中では由美香のダンナ役の人だった人だ。「お金が無かったからAVに出たけれども、韓国ではAVに出たというだけでもう、普通のオーディションさえ受けられない」と語る。彼は今、何をやってるのかは一言もしゃべらなかったんだけどね。男性でもそんな感じだから、女性なんかなおさらだろう、ってんで、女性はぜーんぶ日本人だったんだよね。わたしは最初「犯す=韓国人」、「犯される=日本人」って構図にしたかったのかなと思ったんだけど(歴史的な経緯とかも含めて)、それはちょっと考えすぎだったみたい。

なんせ、監督自身も韓国のAVじゃなく、日本のAV観てる人だったみたいだから。というか、日本のAV女優さんの演技は派手だからいいって言ってたけど(これって、わたしから言わせると「やらせ」以外のなにものでもないと思うんだけど。だから、個人間のSEXに於いて、誤った知識とか出てくるんだよね~、ってそれは置いておいて)そのときに言ったセリフがね「気持ちいい~」と「止めて~」だったかな。それを聞いて、わたしびっくりしてね。というのは、シドニーでわたしが語学学校に通っていたときに知り合った韓国人の男性が、どーも日本のAVをよく観てたみたいで、同じことを言ってたんだよね~。だから、あ、日本のAVって多量に韓国の男性に観られてるんだって、そのとき思った。

しかし、この監督は今は引退してるらしいんだけど、一番最後の作品は、ヨン様の初主演の映画だったとかで、監督はAV撮ってても、普通の映画も監督できるのかなあ~?とそこは疑問だった。

あと、松江監督自身が「なぜこの作品は日本語で作られたのか」について直接監督に聞くんだけど、監督は「最初は韓国の俳優は韓国語で、日本語の俳優は日本語で、で、日本語の部分は字幕にしようと思っていた。けれどもなんとなしに日本語でやろうってことになって、日本語になった」って話してたんだけど、あれはどうもウソっぽいと感じた。。だって、韓国の会社が作るAVだよ?例え舞台が日本であっても、日本人に韓国語を話せ、と言うのならともかく、韓国人に日本語を話せってのは、やっぱどう考えても変だよね。日本人スタッフの間では「日本というイメージを付けたかったんじゃないか」とかいろいろ言ってたけど、果たしてそうなのかなあ~?ここのところがわたしは納得は行かなかった。多分、何か他の理由がありそうだと思う。

しかし、映画全般を通して語られる彼女ってのは、なんというのかな、よく言えば、普通SEXシーンのときには前張りするけれど、彼女は『前張りなしで』と言われても、全部OKだったとか、なんというのかな、本気で演技していると言えばしている、そこが素晴らしくカッコイイ、みたいな言われ方?19歳のときに「AV以外の仕事でも食べていけるんじゃないか」と言われたときに「自分はこの仕事以外は自分じゃないような気がする」というこの2つが「彼女のイメージ」なわけね。で、人は「二度死ぬ」という。一回目はその人自身の死で、もう一回は、その人がすべての人の記憶から忘れ去られたとき。

この映画は「一回死んだが、もう一回は死なせはしない」という感覚で作られているものではないのかな、ってことをちょっと感じたのね。そして、実はこの作品には「なぜか作られなかった最後のシーン」ってのがあって、それを引退した韓国の監督や俳優をまた日本に呼んで、新たに作る、というところまでいく。そしてその新たに作った部分は「林由美香」というAV女優がどんな女優だったか、を総まとめするような感じの形だったんだよね~。

私生活は一切語られず、残された画像のみしか彼女は写らない。その「画像の中のみ」の「生き方」を彼女全般の「生き方」に転化したようにわたしは思えたし、この映画を見終わって、彼女(もちろんわたしの彼女)と激論になったんだけど、多分、(わたしの)彼女が気に入らないのはこう言った部分ではないのかなと感じている。わたしもそれはよく分かる。けど、わたしは話の初めが「なぜ由美香さんは韓国のAVに出る気になったんだろう」という疑問から始めたら、やっぱ、終わり方はこういうものなのかな、って感じはするんだよね。

ある意味「実はあの話には撮られなかった最後があって、それをあれから7年経って、彼女がいなくなってしまった今、そこの部分を取り直す」、そしてその「取り直した部分」を「AV女優だった彼女に送るためのもの」、それをもって松江監督は林由美香という人と一応折り合いを付ける、とするのは、なんだかドキュメンタリーにしては出来すぎていると思うけれど、まー、そうなっちゃったんだから、仕方ないのかな。

しかし、不思議なのは、この林由美香って人、わたしは全然知らなかったんだよね~。すごくたくさんのAVやピンク映画に出てたらしいが、知る人ぞ知る、人だったらしく。そこのところがわたしには不思議でたまらないし(ただ、AVはともかく、ピンク映画はわたしは観に行けないからなあ~(苦笑))、実際、この人の私生活ってどうだったんだろう、性格はどんな人だったんだろう、仕事をしているときとは全く違う顔だったんだろうか、それとも同じ顔だったんだろうか。それがまた、不思議なところではあるんだよねえ。。

あ、東京では東中野の「ポレポレ東中野」でやってるけど、明後日以降は21時からのレイトショーのみとなって、確か、上映期間も決まったらしいよ。観たい人は是非。
23:50 | (一般)映画・演劇のこと | トラックバック(1) | コメント(0) | page top↑
09-11 Fri , 2009
林由美香、という人について考える
昨日、彼女と一緒に映画を観て、しばらくたった帰りの電車の中で彼女と「大激論」になったことは、昨日の日記にちらと書いた。

彼女は「林由美香、と言う人の死が気になる」という。「誰か、彼女のことを気にかける人はいなかったんだろうか」という。そして「男の人が映画を作るとこういう女性は『聖女』にされちゃうんだよね。。」とも言っていた。

根本的なところで彼女が何を言いたいのかは分かっているつもりだ。しかし、わたしはこの映画では、本当の彼女はどうだったのか、とか、彼女は孤独だったのかどうかとか、誰か気にかけてくれる男性がいれば、今も生きてるのだろうか、とか、そんなことは正直、あまり興味が無いところで。

帰ってから読んだ「あんにょん由美香」のパンフレットを読むと、途中で林由美香がどうやって亡くなっていたか、詳しく語られたところもあったそうだが、監督はそこまでプライベートなことは公表すべきでない、と思って全部カットした、と書いていた。いや、わたしはあの映画はそれでいい、と思ったのだ。あの映画にそこの部分を入れると映画の雰囲気が全く変わってしまう。極めて重い方向にね。。でも多分、監督はそういう作品にしたくなかったのだろう、とわたしは勝手に想像している。

しかし、あの映画では確かに「林由美香」と言う人のことを「聖母」にしているとは思う。男性にとっての理想的な女性の姿、強くてたくましくて、そして包容力があって、しかし、誰のものにもならない、誰も彼女を縛り付けてはいけない、と思わせるような。映画の中で「彼女は豪傑だったよ。ああいう豪傑な女性は今はもういないね」と誰かが語るシーンがある。その言葉が表わしているように、「誰も彼女にはかなわなかったのだ」と、だから彼女は大きすぎて、男の手には負えなかったのだ、だから彼女は「聖女」なのだ、という組み立てがされてると思うのね。

だからこその、あの最後のシーンなのだとわたしは思う。松江監督やその他の林由美香に関わった人たちが林由美香を「聖女」にしたかったのだ、とわたしは思う。

しかしこの「聖女」というものは、あくまでも男性にとって都合のよい「聖女」なんだけれど、(わたしの)彼女が気に入らないところは、「勝手に都合のいいところだけ取り出して女を聖女にしないで欲しい」という気持ちがあったから、この発言が出て来たのだと思う。

それは、わたしも分からないでもない。一方では林由美香という女の人は、男に食い尽くされてしまった女性、とも考えられると思うから。だけど、ここでわたしが思うのは、例えば、男に消費されるような女の職業、主に性を売り物にする職業が多いと思うけど、それってさぁ、果たして「男女平等」の世の中が実現されたときには、こんな職業はなくなるのか、それともまだ残っているのか、分かんないんだよね、わたし。

このような職業は、韓国ほどではないと思うものの、やっぱり日本でもあまりいい顔をされない職業ではないのかなと思うんだけど、でも、例えば本人が「これは自分に向いている職業だ。わたしにはこういう職業しか合わない」って思う人がいつの時代でもいるのかも知れないとも思う。それともやっぱり生活に困って、やむにやまれぬ事情でこういう業界で不本意ながら働いているのかな、みんな。

しかし、19歳のときの林由美香は言った。「他の仕事は自分じゃなくなるような気がするから、自分に合ってない」と。若干19歳の発言である。その若さゆえに他の世界を知ることがないため「わたしにはこれしかない」という狭い視野での発言だったのかどうかはわたしにはわからないし、亡くなるまで彼女は本当にこう思い続けてきたのかすら、わたしはよく分からない。

だけどね、(わたしの)彼女は「聖女にされているのは気にくわない」と言ったが、わたしはなぜかどこかでこの映画に出てくる男の人たちと同じように思うんだよね。「彼女は誰のものにもならない、捕まえたと思ったら、するりと身をかわしてどこかに行ってしまうような女性だった」と。そういう人って多分、いるんじゃないかなと、そう思えてしまうのね。で、そこがその人を不幸にさせてしまっているような気がするんだけど、「誰のものにもなりたくない自分」がいる一方、「やっぱり誰かがそばにいて欲しい自分」というのも、多分、林由美香という人の中にもあったはず。でも、その割合は圧倒的に前者の方が強かったのではないかと。

林由美香という人と、わたし、という人間は、全くタイプの違う人間だけれども、それでもわたしの中にも「誰のものにもなりたくない自分」というのがある。今はこうやって彼女と一緒に暮らしている自分なんだけど、わたし、彼女と巡り会う機会がなければ、一生、一人で生きていく自信があったもの。「本当のわたしのことを分かるなんて人間が他人にいるはずないじゃないか」って正直今も思うもの。まぁそのうちの一つの理由は「自分も自分のことがよく分かってないから」というものだったりもするのだけれど(爆)「自分が分かってないのに、他人に分かられてたまるか」という「反骨心」みたいなのは、わたしの中のどっかに存在してるんだよね。

だからある意味、わたしも「聖女」になりうるの(笑)

わたしはわたし自身、今までいろいろあって、ほとんどまっとうな人生を歩んでないんだけれども(苦笑)、なぜか今まで何回か、人から(それも全部男性だったな)「羨ましい」と言われたことがある。わたしはそのとき特に「何かを持っていた」わけじゃなかった。だから一体、何が「羨ましい」んだか、全然分からなかったし、今でもなんでそういうことを言われたのかよく分からない。でもだから、わたしは「聖女になりうる」と自分自身で思っていたりする(爆)林由美香という人とは全く逆の「女」なんだけど、そしてわたしは彼女について、本当に何も知らないんだけれど、なんかね、どこかで似ている部分があるのかも知れないって、僭越ながらそう思う。

そういうのがあるから、わたしは林由美香という人が亡くなって「聖女」にされても構わない、と思ってるんだよね。ある意味それは真実のことだと思うから。だから、腹も立たない。「男に食い尽くされて、誰にも守ってもらえなくて死んだんだ」って、そう思うかも知れないけど、彼女自身がそういう生き方を選択していたのならば、寿命が多少短かったとしても、それは仕方がないことだと思うのだ。

もちろん、わたしは彼女がなぜ亡くなったのか、全く知らない。それまでずっと元気だったのが、突然心筋梗塞を起こして亡くなったのかとか、実はその前に本当は何か病気にかかっていたのかも知れなくて、そのことが死の原因になったのかも知れないとか。全然そこのところは分かんないんだけど。

だけど、わたしにとっては事実がどうだった、ということはあまり関心がないのだ。

ただ、彼女は愚直なまでに自分の仕事に取り組んで、その愚直さゆえに異性を引き付けるものの、所有できないものと錯覚させる何かが彼女の中にあり、彼女もそれを自覚していて、それをまた愚直なまでに実行し、そのことが結局彼女の寿命を縮めたのかも知れない。彼女はそういう生き方しかできなかった、わたしはなんとなくそんな感じがするんだよね。

正直、人の人生に対して「あり」だの「ない」だのとは言えないが、でもわたしは「太く短く生きた」林由美香って人は、彼女に引き付けられた人間にとってはすべて「聖女」なんだと思う。
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09-12 Sat , 2009
わたしのトロンボーン
わたしのトロンボーンは今、楽器屋さんに行って直してもらってます。
んとね、F管の中のぐにゃぐにゃしたところの溶接部分から腐食してしまって、今までそれをマニキュアを塗ったりしてこれ以上広がらないようにしてたんだけど、そのマニキュア自体、なんかベトベトになってきて、すんごくみすぼらしくなったんで、前々からリペアさせたいなあ~と思ってたのね。

でも、金がないからどうしようって思ってたんだけど、ま、すんごい気になるし、これ以上腐食が進んでもね(なんかベルの部分も腐食してきたんで)、と思って、楽器屋さんに出してきた。楽器屋さん曰く「あー、これって○○が△△なんですよね」と言ってたので(すごいイミフメイだわ)、わたしがメンテナンスを怠っていたわけではなく、もともとの楽器がそうなる運命だったみたい。だって、F管のところの腐食は随分前で、ちょっと雨の中を吹いたこともあったので「そのせいかなあ」と思ってたんだけど、ベルの部分はホント、最近になってからで、わたしも「なんで今頃」と思って、よく分からなかったのよね。んで、だんだん腐食箇所数が増えていくし。

てか、修繕したらそういうことはなくなるのかしら、、

てわけで、2週間の間、うちにはトロンボーンがありません。

早くきれいになって戻っておいで~。

あ、10月24日に「関西レインボーパレード2009」が行なわれるそうですが、わたしもBrass MIX!で出ることにしてます。あー、またあの長い御堂筋をパレードするのかあ~。体力付けとかなくちゃなあ。
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09-15 Tue , 2009
息苦しさ
なにかと体調悪い今日この頃。
いや、理由はちゃんと分かってるんで、病院へは行かないけど。

今、ちょっと息苦しい。
空手を始めて、それまでちょこちょことあった息苦しさが全く消えてたんだけど、
ちょっとここにきて、いろいろなこともあり、息苦しさが復活した、という感じ。

同じことが起こっても、昔はそうじゃなかった。
昔はもっと気楽でその当時、わたしは何を考えていたのかよく分からない。
10年前ですらそうだったのに、ここにきてこんなに身体に負担がかかるとは。。
それだけ歳取ったってことなのかなあ、と思ったり。

今回のことがあって「歳を取る」というのは、2種類に分けられると思った。
単純に肉体が衰える、ということと、先の自分を考えられる、ということ。
昔は自分の将来はずっとずっとあとのことで、今は関係ない、と思ってた。
もちろん、そのときやっていることが、自分の将来に繋がるということは分かっていたつもりだが、
本当は全然分かってなんかなかったんだと思う。
自分の未来はずっとずっとあとにあって、それがいつ来るかなんて分からなかった。

しかし、今は分かる。
その将来はまさに「今」なんだって。
だから、わたしは今、息苦しさを感じているのだろう。
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09-16 Wed , 2009
悪夢
最近、明け方に悪夢を見る。
毎回シチュエーションは違うが、意味はほとんど同じ。

今朝はなぜか、気が付いたら足がものすごく冷たくなってて、
その冷たい足を彼女の足にくっつけて、暖めてもらったあとで見た夢だった。

なぜかわたしは親の家にいて、寒い寒いと言っている。
そして親の家にある毛布やこたつやいろんなもので自分を暖めていたところ、
急に父親が出て来て「それは誰のものだと思ってるんだ。これもこれもお前が自分で買ったものじゃないじゃないか。使っていいと思ってるのか」と言われたところで目が覚めた。

昨日のはよく覚えてないけど、
やってもやっても「努力が足りない」って言われている夢だった(誰に言われたかはよく覚えてないけど、どうも身内(両親除く)っぽい)。

今朝の夢は、あながち夢でもなくて、
わたしが去年の初めの身体が動かない、全く眠れない、歯がおかしい、腕が痛い、そんな中で看病している彼女もこのままでは一緒に倒れてしまう、ということで、やむを得ず親の家にやっかいになることになったときのことなんだけど。

何かの話で父親から「今まで誰のおかげでメシが食えたと思ってるんだ」と言われた。若いころはそんなことは言ったことのない父だったが、その言葉を聞いて、父も歳を取ったなあ、って思った。一応、わたしも「じゃあ、誰のおかげで仕事に没頭できたと思ってるんだ。母親が家にいて全部やってたから、何も思わずに仕事に行けたんじゃないか」と言っておいたけど。

それから、あるときはおもむろに「お父さんがお前の歳に何をしてたかというとだな」と言いだして、その頃の手帳を持ち出してきた。正直、わたしは身体も動かない状態で、何もできないことについて毎日毎日苦しんでいた。いつ治るかどうかも分からない、そんな不安定な気分でいたときに、同い年のときにバリバリ仕事をやれていた、という話はちょっとというかだいぶ身に堪えると思ったので「今はそんな話はしないで欲しい」と言ったのだが(そのときは母親も味方してくれた)、わたしのそういう言葉に耳を貸すこともなく「この歳は○○の仕事をしていたなあ」とか話し始めて、、でも、誰も相手をしなかったので、途中でやっと黙った。

そういうことが続いて、わたしは精神的に親の家にいるのがつらくなってしまって(病気で既に精神的な余裕がないのに!)、1ヶ月くらいで自分の家に戻ってきたんだけどさ。

もともと自分の中で「何もやってない」ことに対して、ものすごく罪悪感が強いために、こんな夢を連日見るんだろうけど。

それって、自分のもともと持っていた性質にも大いに関係があるとは思うんだけど、最近は育てられた環境にも問題があったのでは、と思い始めている。

彼女は「そんなこと考える必要ないよ」というのだが、
なんせ、寝ているときの考えまでは制御することが出来ず。
連日、悪夢を見ては、彼女に「またいやな夢を見た」と訴えている。
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09-17 Thu , 2009
ボンコちゃん(仮名)
ってなわけで、楽器屋さんに修理に出してたトロンボーンのボンコちゃん(仮名)ですが、なぜか2週間経たないうちに電話がかかってきて「連休前に出来ましたから、いつでも取りに来て下さい」と。

それが結構夕方だったんで、どうしようかな~と思ったんだけど、
ちょっとこの先のスケジュールを考えると、取りに行くの連休明けになるじゃんと思って、急遽今日、取りに行くことに。

えー、錆びてた部分は思ったよりきれいに直ってました。
ぱっと見は全然分からないくらいきれいになってた。
心なしかボンコちゃん(仮名)も嬉しそうで←ホントか?

バルブ部分も洗浄してもらったし、唾抜きコルクも入れ換えてもらったし(だいぶ前から全然役目を果たしてなくて、つば垂らしながら吹いてました、実は(苦笑))、これで楽器の方は準備万端。

あとは自分が練習するだけ。。。
しかし、今回新曲の「宝島」を途中ぶった切って、毎年恒例の「ブラジル」に繋げるらしいんだけど、どこでカットするのかなあ~?(今までは「コパカバーナ~ブラジル」で、コパカバーナを途中でカットしてたんだけど、今年はそれが宝島になるらしい)

わたし、最後のトランペットとのsoliの部分、関パレまでに吹けるようにしておこうと密かに心に決めてたのになあ~。あそこまで吹くのかなあ~。でもあそこまで吹いたら、ほとんど1曲吹いてるようなもんだから、あそこまでは吹かないだろうなあ。でも、せめて長いグリッサンドくらいのところまでは吹きたいなあ~。

グリッサンド、超得意なトロンボーンですから(笑)
「目立つのはここだ!」みたいな(笑)←下手なクセに目立ちたがり屋
23:37 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-19 Sat , 2009
院試、落ちました
今までずーっと明かしてなかったけど、ここ数ヶ月か、隠密の行動(?)を取ってたりしたのは、大学院の受験のためだった。

で、今日、結果が郵送されてきた。結果は「不合格」。

まー、一発で通るなんて全然思ってなかったし、受験する前から覚悟してはいたんだけど。実際にこういう結果が出るってことは、また別の話なんだなあ~と、今、つくづく実感している。

受験の個人成績については、入試が終わったあとに即、開示請求をしたので、予定では来月の終わりか再来月の初めには送ってくるだろうけど、本人にはだいたい、何が理由で落ちたかは分かってるわけで。

本気で受験勉強してたのは、たったの1ヶ月だけだったんだけど(それが舐めてるという話も(汗))、この1ヶ月は起きてる間はずっと勉強できると思ってた。昔は本当にそれをやって、うまくいったことがあったし。あのときは最後の方は腰が痛くて、椅子に座れない状態になるまで毎日、本当に起きてる間、勉強してた。

だけど、今回はそれができなかった。今回やり始めて始めて分かったんだけど、起きてる時間中勉強できるものとできないものがある、ってこと。できないのは、万人が出来ないわけじゃなくて、わたしがそれに「合わなかった」ってこと。

正直に言うと、それは英語なんだけど、英語って分からないことだらけなのよね。で、一つ理解したとしても、同じような問題が出てくるわけじゃない。そうすると、文章を読むと「分からない」「あ、ここも分からない」って、「理解できてる自分に満足」というものがないわけ。例えば数学なんかは、理屈が分かれば、違う問題でも解けるようになるでしょ。そうすると「あ、自分、分かってるんだ」という満足感が得られて、「更に勉強しよう」って気になれる。

しかし、英語って分かったんだか分からないんだか、それがよく分からない。だから結局「あれも分からない」「これも分からない」って、結局全部「分からない」ってことになって、満足感が得られない。もともと得意なものじゃないから、取り敢えず「試験勉強のためのやる気」を出して勉強してるわけだけど、それがね、やってるうちに「分からない」で、どんどんモチベーションが減っていくわけ。

最初の何日かは10時間とまでは行かないけど、結構やってた。けどそれを1週間続けたら、とうとうモチベーションがなくなって「もう、英語の文字は見たくない」状態に陥った。で、何日間か文字さえ見ることができず。。その後、負担のないように、いろいろ勉強方法を変えたりしたんだけど、やっぱり1週間やると2、3日は英語が見たくなくなる。受験勉強をしている間の1ヶ月は、本当につらかった。あれだけきつい1ヶ月を過ごしたことも、今まであったかなあって思えるほど。

で、結局、自分が思ってたことの1%すら勉強したとは思えなくて、その時点で「ダメだな」と思ってた。

んー、院試は来年にもまたあって、本来ならそれを目指そうと思ってたんだけど。

今は、全くそういう気にならず。もう受験止めようかな、なんて思ってる。やっぱりどうしてもわたしは英語は合わない。「語学は勉強じゃなくて手段だ」って言われるけど、やっぱり人には向き不向きがあるんだと思う。将来的には英語を行かした仕事、とも思ってたけど、やっぱりわたしには無理だと思う。

しばらくは何もしたくないんだけど、そうすると「何もしていない自分」についての罪悪感」が起こってきて、四面楚歌というかなんというか。今のわたしには「しばらくのんびりしろ」という言葉も「そんなこと言わずにまた試験に向かって頑張れ」という言葉も両方、刃となって自分に向かってくる。

正直、本人もどうしていいかよく分からない状態だ。

今日は泣いたり寝たり泣いたり寝たりしているが、寝ていると「これからどうするんだ」という強迫観念で起きてしまう。かといって起きている間は何もしたくない。何もしたくない割には「なにかしなければならない」気持ちでいっぱいになるから、結局は「仕事辞めるんじゃなかった」と言って泣くことになる。今日はその繰り返し。

取り敢えず「大学院に行く」としか仕事を辞めてから思ったことがなかったので、これからどうするのか、何がしたいのか、全く見当も付かない。けれど、焦る。

なんか、もう人生投げ出したい気持ちでいっぱいだ。
19:03 | 自分の将来について | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-21 Mon , 2009
友よ
夜明け前の 闇の中で~♪

という歌は、小学生の頃、習った覚えがあるが、この歌がどういうときに歌われた歌かだとか、そういうことは全く知らなかった。調べてみたら、昭和43年、1968年、まさにわたしが生まれた年に作られた曲らしい。

もちろん、小学生だから、何が「夜明けは近い」んだか、そんなことはさっぱり分からなかった。この歌が「反戦ソング」だと知ったのは、大人になってからである。

今日、この歌が自分の頭の中でぐるぐる鳴っているのは、多分、友だちの有難みを今、実感してるからだろうと思う。

わたしは弱くてくだらない人間で、果たして生きている価値があるのか、わたしの命を支えるために、莫大な量のものが消費されているのに、それに全く報えていないと、まぁ前にも同じようなことを書いたことがあるけれども、こんな価値のない人間でも、暖かい言葉をかけてくれる人たちがいる、ってことにわたしは一体、何に感謝をすればいいのだろうか、と思う。

心の中はまだ、全然整理が出来てない状況で、特に寝るのが怖い。強迫観念で起きるんじゃないかと思ってしまって。でも、そういう気持ちを彼女は察してくれて「大丈夫だよ」と言ってくれる。ま、言ってくれても「一体、何が大丈夫なわけ?大丈夫って言う根拠が何かあるって言うわけ?」とつい、問い詰めてしまうわたしだが。でも彼女だってそういう風にしか言えないことは当然、分かっている。本当はそういってくれる彼女に感謝をしなければならないのは、これまた分かっているのだが、わたしはそういうところは素直ではないので、彼女の言う言葉にいちいち反論してしまう。。彼女は多分、言いたくても言えないことがあるんだと思った。それはわたしを傷つけてしまうから。でも彼女はその一端を昨日は言葉に出してきた。わたしはもちろん自分ではとっくに承知していることなんだけれども、そういうところもちゃんと彼女は見て感じてるんだなあと思った。

今のところ、次に何をするのかはまだ考えていない。

でも、今日、ちょっとニュースを見ていたら、24日に国連安保理が核廃絶に対する決議をする予定って言ってて、その文章(英語)がちらっと映ったのね。それを見て「あー、読みたい」って素直に思って。あれ、わたしはこの分野に興味があるんじゃないの?って思ったら、涙が出て来た。だってさ、今は「何も考えたくない」はずで、特に「英語なんか読みたくない」はずなんだ。けど、、わたしの頭の中のどこかでは「英語の勉強をするために読む」んじゃなくて、単純に「そのことが知りたいから読みたい」って思ってるわけなんだよね。

そういう矛盾を今、頭の中に抱えてて、そのことを考えると涙が出てくる。なんでこんなことで泣けるのか自分でもよく分からないんだけど。一体、自分の中で何が悲しいのか。それすらよく分からない。

もう少し時間が経てば分かるようになるのだろうか。

「夜明け」は本当に「近い」んだろうか。
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09-22 Tue , 2009
治ちゃんの花が咲いた(経過報告)
ちょっと前から気にはなってたんだけど、今まで一番元気がよかった治子ちゃんが徐々に枯れ始めてきた。

P1030799.jpg
これが今の雑草、あわわ(笑)、、治子ちゃんたちのプランターなんだけどね。
なんか、緑色のものが枯れてきてるのが分かるでしょう?

P1030800.jpg
これが今の治子ちゃん。根っこの方。ね。だいぶ枯れてきてるでしょ。春先からずーっと緑色で一時は手が葉っぱで切れちゃうくらい「スパッ」としてたのになあ。。治子ちゃんは夏だけに勢いがある植物だったのかなあ。あ、そんで、これが治子ちゃんのお花。あんまり目立つ花じゃないんだけどね。渋好みの色だよね、これ(笑)

P1030802.jpg
この花で、治子ちゃんの正式な名前が分からないかなあ~。
植物図鑑なんて持ってないしさ(笑)、誰かお花に詳しい人いないのかしら、、

あ、そうそう、こないだ「治ちゃんの花が咲かない~!」って書いたけど、とうとう治ちゃんにも花が咲きました。

P1030801.jpg
なんかさあ、ピンク色でかわいいの。これ、なんかどっかで見たことがある花なんだけど、一体、なんの花なんだろう?

社長さんと教授さんは相変わらず。こっちの方はまだ長生き(?)しそうだけど。
ってわけで、このプランターを見ると、なーんか秋を感じてしまうのでした。。
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09-23 Wed , 2009
つらいね
んー、一言「つらい」。

「つらい」と感じる理由は山ほどあって、一つずつは些細なことなのだと思う。
しかし、それが全部一辺に押し寄せると「つらい」としか言いようがなくなる。
もちろん、本人はなぜつらいのかは分かっているつもりだ。
ただ、根本的なことはまだ分かっていないのかも知れない。

自分の中にある、いつの間にか住み着いた「絶望感」。
これと一生「共生していかねばならない」ということは既に十数年前に理解したつもりで、そのことに対しては自分の中では克服しているから、絶望感でつらいと言うことはない。しかし、この「絶望感」があるために、わたしはいつでも「死にたい」と思い続けてるんだろうなあと思う。

多分ね。
これが今日、分かったこと。

あとは多分、今まで必死に思い込もうとしていたことが、無理だって分かっちゃったんだよね。
今までそれを「恥」だと思ってたけど、それって多分「恥」ではないんだろう、と。
でもね。確かに自分も誰かに相談することなんか考えなかったから(そんなことを相談すること自体が恥だと思って)、それが恥でもなんでもないって気が付くまでに、相当時間がかかったんだろうなって気がする。

今まで生きてきた中の半分の時間を費やして、やっと分かることってあるんだなあ。
ただ分かったからと言って、つらさがなくなるわけではないけどね。
来た道を引き返すことは出来ないから。前に進むしかないんだよね。
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09-24 Thu , 2009
寝てた
今日は疲れ果てて、ほとんど一日中寝てた。
なんというか、、今は本当にいろんな「思い」が駆け巡っていて。
正直、大学院に落ちてこれからどうしよう、なんてことは、すっかりどこかに行ってしまっている(苦笑)

なんか、それより重要なことだと思うから。
いや、本当は自分の未来の方が大切だから、本来は「これからどうする」ということを考えなければならないのだと思っているが、今はまだそのことについては考えたくない。

つくづくわたしには知らない事実がまだまだたくさんあるんだなあと思う。
ま、それは当たり前なんだけどね。
人間、すべての物事に精通するなんてことは有り得ないし。

ただね、そういうものに出会った以上、
やっぱりそのことについてちゃんと知っておくべきことじゃないかなとは思うんだ。
そしてその「根っこ」って、実は自分が抱えているものと同じものなんだよなって思う。

思うんだけれども。。多分、しばらくこの疲れが続くんだろうなと思っている。
精神的な疲れじゃなくて、肉体的な疲れなんだけどね。
そのためには早寝早起き(笑)
でもなかなか早寝ができない。。orz
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09-28 Mon , 2009
キューバ映画祭
26日からやってるみたいです。

わたしは前に書いたと思うけど「苺とチョコレート」という映画が大好きで、'94年に岩波ホールで上映されたとき、確か3回くらい観に行った記憶がある。その後、NHK-BSでやったのと、どのチャンネルだったか分からないけどCSとそれから、アップリンクが出したVHSのビデオを持っている。それプラス原作となった本と、岩波ホールでやったときのパンフレット、あとはサントラまで。しかし、一番欲しいDVDを持ってなくて。知らないうちに発売されて、知らないうちに廃番になっちゃったもんで。。今、買おうと思うとものすごいプレミア付いてて、買えないんだよね~。

その映画をこの映画祭でやるよ、って教えてくれた人がいて、昨日、彼女と一緒に観に行ったんだ。その前に「シュガー・カーテン」ってのも観たけど、やたら眠くて退屈な映画だった。。ってか、これってドキュメンタリーだったんだけどね。んー、社会主義(共産主義)国の言う「革命の勝利」とは一体何なのか、というのが未だに分からない。。一体、何に勝とうとしてるのか、敵はやっぱり資本主義なのかなあとか。

そう、わたし、根本的に「分からない」ことが多い。特に'94年に初めて「苺とチョコレート」を観たとき、分からないだらけだった。識字運動とか、亡命とか。。いや、言葉自体は知ってるけど、それってキューバの歴史を知らなければ、理解できないんだよね。「シュガー・カーテン」でそこら辺のところが「なるほど」って分かったんだけど、しかし、根本的に「国を出る」という意識がよく分からない。例えば、北朝鮮で「脱北者」というと、命さえ取られかねない。危険な行為、だけど貧しくてやっていけないから国から出たい、というのはよく分かる。

けど、キューバってなんかとっても亡命しやすそうで「え、なんで?」って今も思ってる。まあ、彼女の言うところによると今の人たちは亡命じゃなくて、国を出て国(キューバに住んでる家族)に送金すれば割と出やすいんじゃない?ってことだったけど、それでも国が国から出ることを奨励してるってのは、なんだかちょっと違和感を感じる。まぁ過去、日本も日本から移民することを奨励したりした時期があるのは知ってるけど、今はどちらかと言えば「『反日』は日本から出て行け」と言われることが多いような感じだからね。まー、何が「反日」的な行為なんだかはよく分からないけれども。例えば国旗掲揚国歌斉唱のときに立たなかったら、とかそういうのなんだろうけど、それだったらわたしは立派な「反日」だ(笑)でも、本来ならそういう「行為」を差して「反日」とかそうじゃない、みたいなのは違うと思うけどね。この日本をよりよくするためにはどうすればいいか、それには今の制度や仕組みが間違ってるかも知れない。それを指摘することだって立派な「愛国心」だと思うんだけど。。

ってことで、実はこの「苺とチョコレート」ってのは、「国には色々な愛し方がある。けれどもそれを認めない人たちがいる」ということが言いたいことの一つではないか、と思っている。

そうそう、「シュガー・カーテン」が始まる前に、後ろのおばさんたちが「苺とチョコレートって、、なんか同性愛の映画みたいね」「別に同性愛がどうとかわたしは思わないけど、別にこれはいいって感じだわ」とか言ってるのを聞いちゃった。それを聞いてわたしはよっぽど「苺とチョコレートは『同性愛映画』ではない!」って言おうかと思っちゃった。この映画、確かに同性愛者は出てくるよ。主人公だよ。けど、、決して「同性愛映画」ではない。これは、同性愛者と異性愛者の友情の物語でもあるんだ、すごく悲しい映画なんだ、って本当は言いたかった。「同性愛者が出てくる」と言うだけで判断して欲しくなかった。。

まーでも、一回観ただけならこの映画のどこがどう、好きなのかとかまでは分かんないと思うけどね。わたしはこの映画、ビデオも含めてもう何回観たか分かんないくらい観たから。字幕も岩波ホールでやった字幕、NHKが自分で付けた字幕、それぞれ違うことも知ってるし、今回は字幕はどうなんだろう?って思ってたのもわたしにとっては興味深いところだった。ええ、このどれとも違ってました。新しく訳し直したみたいです。訳し直すと、人によってどの情報が重大なのか、って分かるのね。ほら、英語だったら「あ、ここんとこ日本語にしてない」とかチラッと分かる部分があるんだけど、スペイン語は全く知らないもんだから、ホント、字幕しか頼るものがない。だから「ブラックリストに載った」が「職場を解雇になった」になってる、とか「岩波では訳されてなかったのに、ここでは訳されてる、そういう意味だったのか」とかね。あるんだよね、こう言うの。で、すべてまとめて理解しようとしている。そうじゃないとスペイン語はわたし、なんも分からないから。。

あ、それでわたし、この映画のストーリーとか全然解説するつもりなくて、ただ、自分がいつも観て感動するところだけを書くつもりなので、ネタバレと言えるか言えないか、、多分、ストーリーを知らない人は読んでもよく分からないと思うんで、そのつもりで(笑)

この映画がすごく好きなのは、いろいろな伏線を張られていること。そして話に破綻がなくて、すべてつじつまが合っていること。わたしが好きになる映画の条件はまず、最低でもこのことをクリアしておかなくちゃいけないんだけどね(笑)

最初、ダビド(ノンケの大学生)が「コッペリア」というハバナでも有名なアイスクリーム屋さんでアイス(多分、それはチョコレートアイスだったのだろう)を食べているときに、相席でディエゴというひまわりの花なんか持ってるものすごーくオカマっぽい仕草のオカマに話しかけられる。実はディエゴはダビドのことを以前から知っており、すごく好みのタイプだったので、狙ってたわけなのよね。で、ディエゴは苺のアイスクリームを食べていて「今日はツイてる!こんなに大きな苺が入ってた!」って、これまたすごくオカマっぽい感じで言うんだけど。

最後の最後。ディエゴが国を追い出されることが決まったあと、「コッペリア」で同じことをやる。しかし、ダビドはわざとそれぞれが注文したものを入れ換えて、初めてディエゴと会ったとき、ディエゴがやった同じ口調で同じ仕草をする。あ、もちろん別にダビドが同性愛者だったとかじゃないよ。いろいろな場面で、いろいろなことがあり、同性愛者も異性愛者も変わらない、同じ「革命の勝利」を目指している、ということがダビドには分かったのね。ただ、国の愛し方は違う。だけど、国を愛してるのは同じなんだ、って、もうここでは分かってるのよ。この場面はそれをはっきりと示しているシーンだと思う。

それから、、いつもこれを観て初めに涙するのは、ディエゴは友人の作品を大使館(どこの大使館かは知らない)の後援で展示しようとするんだけど、それが難しくなるのね。で、その友人は、展示をしてもよい、だけどその作品の中で2、3気に入らないのがあるから、それは展示しなければ、展示会ができると言われるわけ(誰に?国の人に?多分そうなんだろうけど)。それを聞いたディエゴは「全部展示しなければ意味がない!」と怒るんだけど、友人はその自分の作品を「僕が作った作品だ!」と言って壊し始めるの。。たいてい、ここで泣ける。自分が作った作品を自分が壊すという、いや、壊さざるを得ないという、その気持ちを想像するだけでも泣ける。わたしは芸術家じゃないけど泣ける。

それから、ダビドが失恋して、ディエゴの部屋で音楽を聞きながら酒を飲んで、結局そこで上半身裸でとても無防備な姿で寝てるんだけど。。(そのときは既にダビドはディエゴを友人だと思ってた)でもディエゴは彼の、その姿を観てすごく心を抑えてるんだよね。ここでのカメラワークっての?寝ているダビドの上半身の毛むくじゃらなところから、ヘソ毛から、ちょっと緩めてあるジーンズのボタンから、舐めるように、という感じで映し出されているんだけど、、それは多分、ディエゴの視線。だけど彼は襲うようなことはしない。もしかしたら襲いたかったかも知れない。でも、我慢して、ダビドに毛布を掛けてやる、あのシーン。ゲイがノンケに恋をして、友人までにはなれるけど、それ以上は何も出来ない、その苦しい思いがよく伝わってくる場面だと思う。

あと、あれだけこの作品観ながら、初めて分かったんだけど、革命ってその前の歴史を全部否定するわけだから、そこで歴史って断ち切れちゃうのね。だから、革命前に有名だった芸術家たちをダビドは知らない。しかしダビドはディエゴからそのようなことを教わり、そのような目でキューバの街を見る。このシーン、ハバナの今にも壊れそうな建物が映し出される、あのシーン、あれを観るとなぜか「美しい」と感じる。ディエゴは亡命することが決まり、ダビドはディエゴの「監視人」であるナンシーと結局恋人になっちゃうんだけど、そこのシーンも同じようにちょっと高いところからハバナの街を見下ろすような場所なんだけど、そこのシーンも好き。本当はもの悲しいんだけどね、ディエゴはこの国を好きで去っていくわけではない。しかし、自分がしたいようにはここでは暮らせない。一度きりの人生だから、自分を試してみたい、でもここでは試せない。。だから、彼は国を去らざるを得ないのだ。

しかしここでの彼らは明るくて、ダビドは生まれて初めてのSEXをナンシーとなんと、ディエゴのベッドの上でやった、と言う(笑)あ、このとき、ダビドは知らないんだけど「レサマ式ランチ」をディエゴの家で行なったあと、ディエゴは大使館に行くんだよね。おそらくここで亡命についての何らかのことをした、ということが分かるようになっていて。

そしてダビドは「ディエゴ、女の味は最高だよ」という。そしたらディエゴが「げー」って吐くマネをする。こういうちょっとしたところも好き。それでもディエゴは自分が去っていったあとのナンシーについて心配をしている。「ナンシーは一見強そうに見えるけど、本当はか弱い女性なんだ。誰かが守ってやらなければならない」って。そういうことを言うことによって、ダビドに今後のナンシーを託してるんだよね。ディエゴにとってはナンシーは恋敵だったわけだけど。

「友人としてここには遊びに来るけれど、、外では、、」とダビドが言いかけたときにディエゴが「分かってる。他人のフリをしよう」と言って、本屋で実際に会うんだけど、お互いがお互いのことを認識しながら去っていく。表には出せない関係。ディエゴはそんなことはとうに承知しているだろうが、そのあとダビドはどう思っただろう?

おそらくそれを受けて、彼はミゲル(大学の友だちで同じ組織の人。最初ダビドがディエゴのことを「怪しい」と伝えてからディエゴのことを探るように命令した人)に「偏見で見るな。他人を理解しろ」と言えるようになったんだと思う。しかも、このシーンは、ダビドがどうもディエゴと親しくしているらしいということで、ダビドを大学から退学させようと思い、ディエゴのサインを求めに行ってるときなんだけど(なんでそこにディエゴのサインがいるのか等はわたしは分からないけど)、ディエゴはダビドの知らないところでそんなことをやろうとしているミゲルに対して「ダビドの方が40倍も男らしい」って言うんだよね。これ、前も書いたと思うんだけど、なんで40倍なんだろう?っていつも思うんだよね(笑)日本人の感覚だったら、2倍とか5倍とか10倍とか100倍ってよく使われると思うんだけどさ、わざわざ40倍、とは言わないよね。。そこが結構いつも不思議に思うところなんだけどね。

で、そういうやり合いをしているときに、ダビドがディエゴのためにってんで、ひまわりの花を持ってきたときに鉢合わせしちゃうのね。そこで花なんか持ってるダビドを見てミゲルは「オカマ野郎に花か」とかなんとか言って、ダビドを激怒させるんだけど。ここのね、最初はディエゴ(同性愛者)に対してミゲルと同じように思っていたはずのダビドが、自分からひまわりの花を持ってくる、このシーンがまた好きなんだよね。。ああ、人って変われるんだって思う。「強い」ことだけがいいことじゃない、逆に「強さ」は鈍さなんだ、とね。「花を持ってくる」という行為がとても繊細で美しく思えてくる。それを押しつぶすのは「強さ」とか「強くあらねばならない」という概念なんだって。

そして、わたしが最も好きなシーン。いや、もう最後の最後なんだけどね。この映画の中ではダビドに対して一方的に「教える」ような、一見「いい」同性愛者、に見えるディエゴなんだけど。実は最初会ったとき、自分の部屋に誘うことに成功して、そこで湧かして出したコーヒーをわざとらしくダビドのシャツにかけて「しみにならなきゃいいけど」と言ってシャツを脱がし、洗って干したのね。その後、結局ダビドは怒って帰っちゃうんだけど。最後の最後、ほとんど何もなくなった部屋でディエゴが言う。「あれは友人のヘルマンと賭けをしていた。ダビドのシャツを外に干すことが勝利の合図。これでディエゴはダビドを落とすことに成功したと思わせ、友人がそれを触れ回った」と。そして自分は(それが違うと知っていても)そのことを否定せず、言いふらされるままにしていた、と。「自分はこういう汚い人間なんだ。何回も『抱いて欲しい』と言ったのは、そうされることによって、自分が清められる感じがするからだ」と。そう、ディエゴはダビドに告白をする。ディエゴは決して「いい」同性愛者なんかじゃないのだ。しかしダビドはその彼を「受け入れる」。抱擁する二人。友人として抱き合う二人。しかし、それが分かったときにはもう、二人は別れなければならない。ここではダビドが抱き合いながら泣いているところが映し出されて、すぐに画面は黒くなってクレジットになるんだけど。

もう、わたしはここで涙が止まらなくなる。なぜ二人は別れなければならないのだろう、同性愛者は異性愛者とも友達になれるのだ。こんなに信頼し合う友達になれるのだ。なのに、なぜ、と思うと、これ、もう筋なんか頭の中にぜーんぶ入ってるし、セリフだってある程度覚えているクセに、毎回毎回泣けるんだよ。昨日も泣いたよ。鼻すすって泣いた。けど、わたしのようにあからさまに泣いてる人はいなかったかなあー?恥ずかしいというかなんというか。。

この映画は決して「同性愛もの」ではない。キューバという国をめぐっての一人は共産党青年部のエリート大学生として、もう一人は監視人付きの同性愛者として巡り会って、でも、革命は一つの方向だけではなく、色々な方向の革命もあるんだ、ってことが分かる。今の「革命」で抜け落ちた部分もある、ということをこの映画で監督(もう亡くなっちゃったけどね)は指摘したかったのだと思う。

わたしにとっては、キューバはまだまだ謎の国で、これを観ても完全には理解したとは言い難いんだけど(その国の背景が分からないとやっぱり。。)、でも、この作品は大好き。

これをね、この映画祭の間(~10/9)まで、えーっとあと何回やるんだろう。4回か。あるんだけど、取り敢えずすべて観るつもり(笑)それプラス、その前後で興味ある作品を観ようと。

うーん、今ねー、特定のことに対して考えすぎてしまって疲れた自分がいて。ちょっと違うことを頭に入れたらどうかなと思って観に行くんだけど、でも、いくら「苺とチョコレート」は同性愛ものではない、と思っていても、やっぱり考えちゃうよね(苦笑)あれ。ちょっと失敗したかな?(笑)
22:07 | (性的少数者)映画のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-30 Wed , 2009
生きるのがつらい
9月は精神的にダメージを受けることが非常に多くて、正直、生きるのがつらくなってきた。
今は将来のことは何も考えたくない。
自分が将来、何がしたいのか分からなくなってきてしまった。
いわば、この先、何を目標にしたらいいのか全く分からない状態。

周囲は「休め、休め」と言うが、わたし、何もせずに休むことができないんだよね。
で、取り敢えず新聞読もうと思って読んでたんだけど、
「一体、こんなことして何になる」と思ったら
絶望的な気分になって文字が読めなくなっちゃった。
同じところをぐるぐると繰り返し読んでることは分かるんだけど
意味がちっとも頭の中に入ってこない。

今は、mixiのアプリでゲームしたりして誤魔化してるけど、、
それで満足するのも多分、時間の問題。
(もしかしたらそうでないことを願うが)

わたし、一体、なんのために生きてるんだろう?
目標のない人生をわたしは生きられない。
かといって、すぐに目標が見つかるわけでもない。
気分転換が出来ない。
新聞と本が読めなくなっちゃった。
一体、今さら何を悩んでるんだ、と考えると自分に腹が立つ。
適確なアドバイスを求めたいが、誰の提案も受け入れたくない。
そうすると自分で考えるしかない。
彼女はいるけど、そばで誰かがいたら安心するほど単純じゃない。
そばにいると逆にイライラしてくる。

何かに頑張りたいという気力が全くない。
どうすればいいのかさっぱり分からない。
気分転換に旅行したくても金がない。
時折生きているのがイヤになって泣いている。

うーん、またうつ病再発かなあ~。。
だけど、目的用途は違っても(口腔異常感症のために処方されてるわけで)、
今現在、抗うつ剤は飲んでるんだよね。
今までトリプタノールだったのが、昨日からプロチアデンってのに変わっただけだけど。

とにかく何も目標がなくてただ生きてるだけ、ってのがとてもイヤ。
自分は何か大したことができるとは思ってないけど、
取り敢えず、自分の満足することをやることが唯一、わたしが生きててもいいかな、と思える。

今はそれが全くない状態なのでものすごくつらい。
精神的に疲れちゃったんだよね、もう。
何かしたいんだけど、何も出来ない。やる気が起こらない。

困ったな、本当に。
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