08-02 Sun , 2009
なぜこのようなことが起こるのだろう
共同通信社のニュースによると、イスラエルのテルアビブで1日夜、同性愛者の集会所に押し入った男が銃を乱射し、少なくとも3人が死亡、10人以上のけが人が出たらしい。

わたしは、、このニュースを知って本当にやりきれなかった。
そりゃもちろん、この地球上で同性愛行為によって死刑になったり罪になったりする国があるのは知っている。
しかし、だからどうしたというのだ。たとえそれがその国の法律に触れなくても、わたしと同じ同性愛者が殺されているのだ。

なぜ?どうして?
同性愛者が何をしたというのだ。何をすると言うのだ。
ただ、人が、人を愛するだけだ。それが異性でなく同性であるだけだ。
異性を好きになる人より同性を好きになる人の方が少ないだけだ。
異性愛者が何も考えないうちに異性を好きになるように、同性愛者は同性に惹かれるように出来ている。ま、それがすべてだとは言わないが、多分、大半の同性愛者は「同性を好きになる選択」などはしていないはずだ。
それの何が罪なのか。なぜ殺されなければならないのだろうか。

わたしは悲しい。
なぜ人は自分とは違う人に対して寛容になれないのだろう。
「気持ち悪い」と思われたっていい。どうせそういう人は襲われたりはしない。
わたしたちは、自分が好きになった人と好きなように愛し合いたいだけだ。
もう一度言う。それが「気持ち悪い」と思われてもいい。
別にわたしはあなたのことを愛するわけじゃない。

「同性愛者が殺される国に生まれなくてよかった」とは思わない。
わたしたちの仲間が殺されることが悲しい。

どうすればいいのだ?
どうすれば、同性愛者が殺されない国、いや、同性同士が異性カップルと同じように認められる日がいつ来るのだ?

そのために、わたしはどうしたらいいのだ?
もう、この世から同性愛者に対するヘイトクライムが起こらないようにするためには。
原理主義の宗教指導者の考えを返させるには。

悲しい。
悲しい。
わたしはとても悲しい。
------------- ここから -------------
【エルサレム共同】イスラエル警察によると、同国中部テルアビブで1日夜、同性愛者の集会所に押し入った男が銃を乱射し、少なくとも3人が死亡、約10人が重軽傷を負った。警察は逃げた犯人の行方を追っている。同性愛者を狙った犯行との見方が強い。

 地元メディアは目撃者の話として、黒ずくめの服装で覆面をした男が、ビルの地下にある集会所で自動小銃のようなものを乱射したと伝えた。当時、10代の同性愛者の集会が開かれており、死傷者の多くは未成年者という。

 テルアビブは欧米的な世俗都市で、同性愛者が集まる場所も多いが、ユダヤ教保守派は同性愛者の活動に批判的。
------------- ここまで -------------
21:25 | 性的少数者に関すること | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
08-04 Tue , 2009
一段落?いやいやこれからが本番
うーん、自分の気持ち的には「一段落がついた」という認識はないし、むしろ「これからが本番だ」という気持ちの方が大きい。確かに一つやり終えたことがあるのは事実だが。だからといって「終わった」という気持ちよりもさらに自分に対してプレッシャーがかかるのを感じている。

こんな思いはもう二度としたくないから、この約1ヶ月は死にものぐるいでやらなくちゃ。

と思いつつも、どこかに「疲れた自分」というのがいて。
「休みたい」と思っている自分もいる。

しかし、今までの経験で言うと、わたしは気分転換をするのがとても下手で、気分転換をしているときもそのことが頭を離れないものだから、気分転換よりもその時間を無駄に過ごしているように感じてその思いは焦りに転じる。ってことは、少々疲れててもやるべきなのだ。

ま、気分転換に寝ることは多分可能。「寝逃げ」はうつ病の時から得意だったから(笑)
しかし、どこかで何をするというのはよっぽどのことじゃない限りは止めておこう。

ということは、今年は都市対抗に行けないってことか。まぁ仕方ないね。
15:45 | 自分の将来について | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
08-06 Thu , 2009
8月6日 午前8時15分
今年もこの日が来た。
何度も何度も同じことを書いているが、こういうことは言い続けなければいけないことだから、書く。

わたしの親族の中には、原爆投下直後の広島の街の様子を語る人はいない。
なぜかというと、その日に限って爆心地付近に用事がある、と言って出かけて言った祖父の兄夫婦はその日を境に消えてしまったからだ。身内の間では、多分、原爆に遭ったのだろう、と言われている。

そして64年前の今日の朝、祖父は身体がだるくて昼から会社に行くことにして、そして午後、会社に向かったが、広島市内にはもう原爆が投下されたあとで入れない状態だった、と聞いた。

しかし、その兄夫婦が行方不明ということで、その後、広島市内に父と共に入り、被爆者になった。
祖父はもう十何年前に亡くなってしまったが、父は今でも生きている。

その父が唯一話してくれたのは、子供の頃、川縁を掘ったら人骨がたくさん出て来た、ということだった。きっと水が欲しいと思って、川にたどり着き、そして亡くなっていった人たちなんだろう。今はそれが予想もつかないほどきれいに整備されているけれど。

わたしはその父の子どもだから、被爆二世ということになる。実は母は結婚するまで父が被爆者だと言うことを知らなかったという。結婚後に言われてとてもショックだった、と聞いた。そして父が東京に住んでいるときは、被爆者健康手帳で医療費が安くなるにもかかわらず、差別を恐れて絶対にそれを使わなかった、と聞いた。

そういうことが断片的に、わたしには伝えられている(伝えられてる話はこれだけではないんだけど)。
そして、わたしは被爆二世ではあるが、今のところは普段の生活ではそういうことを意識しないで生きていられるほどは健康だ。まぁ、ここ数年は次々に病気に襲われるので、多分あまり関係がないだろうなとは思いつつ、それでもひょっとして、と思うことはあるし、多分、これからはがんの検査などはしっかり受けていかねばならないのだろうなとも感じている。

今日の8時15分、わたしは黙祷した。
あのとき、祖父の兄夫婦はどこで何をしていて、そしてどうなったんだろう、と思っていた。

その後、広島市長による平和宣言が読まれた。

人類絶滅兵器・原子爆弾が広島市民の上に投下されてから64年、どんな言葉を使っても言い尽せない被爆者の苦しみは今でも続いています。64年前の放射線が未(いま)だに身体を蝕(むしば)み、64年前の記憶が昨日のことのように蘇(よみがえ)り続けるからです。
 
幸いなことに、被爆体験の重みは法的にも支えられています。原爆の人体への影響が未(いま)だに解明されていない事実を謙虚に受け止めた勇気ある司法判断がその好例です。日本国政府は、「黒い雨降雨地域」や海外の被爆者も含め高齢化した被爆者の実態に即した援護策を充実すると共に、今こそ省庁の壁を取り払い、「こんな思いを他(ほか)の誰(だれ)にもさせてはならぬ」という被爆者たちの悲願を実現するため、2020年までの核兵器廃絶運動の旗手として世界をリードすべきです。
 
今年4月には米国のオバマ大統領がプラハで、「核兵器を使った唯一の国として」、「核兵器のない世界」実現のために努力する「道義的責任」があることを明言しました。核兵器の廃絶は、被爆者のみならず世界の大多数の市民並びに国々の声であり、その声にオバマ大統領が耳を傾けたことは、「廃絶されることにしか意味のない核兵器」の位置付けを確固たるものにしました。
 
それに応(こた)えて私たちには、オバマ大統領を支持し、核兵器廃絶のために活動する責任があります。この点を強調するため、世界の多数派である私たち自身を「オバマジョリティー」と呼び、力を合せて2020年までに核兵器の廃絶を実現しようと世界に呼び掛けます。その思いは、世界的評価が益々(ますます)高まる日本国憲法に凝縮されています。
 
全世界からの加盟都市が3,000を超えた平和市長会議では、「2020ビジョン」を具体化した「ヒロシマ・ナガサキ議定書」を、来年のNPT再検討会議で採択して貰(もら)うため全力疾走しています。採択後の筋書は、核実験を強行した北朝鮮等、全(すべ)ての国における核兵器取得・配備の即時停止、核保有国・疑惑国等の首脳の被爆地訪問、国連軍縮特別総会の早期開催、2015年までの核兵器禁止条約締結を目指す交渉開始、そして、2020年までの全(すべ)ての核兵器廃絶を想定しています。明日から長崎市で開かれる平和市長会議の総会で、さらに詳細な計画を策定します。
 
2020年が大切なのは、一人でも多くの被爆者と共に核兵器の廃絶される日を迎えたいからですし、また私たちの世代が核兵器を廃絶しなければ、次の世代への最低限の責任さえ果したことにはならないからです。
 
核兵器廃絶を視野に入れ積極的な活動を始めたグローバル・ゼロや核不拡散・核軍縮に関する国際委員会等、世界的影響力を持つ人々にも、2020年を目指す輪に加わって頂きたいと願っています。
 
対人地雷の禁止、グラミン銀行による貧困からの解放、温暖化の防止等、大多数の世界市民の意思を尊重し市民の力で問題を解決する地球規模の民主主義が今、正に発芽しつつあります。その芽を伸ばし、さらに大きな問題を解決するためには、国連の中にこれら市民の声が直接届く仕組みを創(つく)る必要があります。例えば、これまで戦争等の大きな悲劇を体験してきた都市100、そして、人口の多い都市100、計200都市からなる国連の下院を創設し、現在の国連総会を上院とすることも一案です。
 
被爆64周年の平和記念式典に当り、私たちは原爆犠牲者の御霊(みたま)に心から哀悼の誠を捧(ささ)げ、長崎市と共に、また世界の多数派の市民そして国々と共に、核兵器のない世界実現のため渾身(こんしん)の力を振り絞ることをここに誓います。
 
最後に、英語で世界に呼び掛けます。
 
We have the power. We have the responsibility. And we are the Obamajority.
Together, we can abolish nuclear weapons. Yes, we can.
 
2009年(平成21年)8月6日
                    広島市長 秋 葉 忠 利



この4月にプラハで、アメリカは核兵器のない世界にする道義的責任がある、と言ったオバマ大統領のことについて触れられ、「オバマジョリティー」なる言葉も披露(?)された。しかも最後の締めくくりは「Yes,we can.」で、オバマ大統領に期待する気持ちはとても分かるものの、「何か違うんじゃない?」という気持ちも同時に起こさせた。世界の人に呼びかける意味ではとても分かりやすい言葉なんだろうけど(とは言え、やはり「オバマジョリティー」は恥ずかしい)、広島市長は広島市長としてもっと「自分の言葉」で語って欲しかった。しかし、2020年までに核兵器を廃絶するプランが明確に述べられていて、本当にこの通りにいけばいいなという感じだ。まぁその通りに行くにはとても難しいだろうけどね。

そしてまた、広島市長の次に広島の子供が「平和への誓い」を発表したが、この中で、

> 話し合いで争いを解決する、本当の勇気を持つために、核兵器を放棄する、本当の強さを持つために、原爆や戦争という「闇」から目をそむけることなく、しっかりと真実を見つめます。

という一文の中の「本当の強さ」について、わたしの中に思い起こされるものがあった。戦後に新しい「日本国憲法」が出来たときに、その当時の中学1年生用の社会科の教科書として文部省(当時)が作った「あたらしい憲法のはなし」に出てくる文章だ。

六 戦争の放棄
みなさんの中には、こんどの戦争に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとうとうおかえりにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。いまやっと戦争はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。何もありません。ただ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。戦争は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戦争をしかけた国には、大きな責任があるといわなければなりません。このまえの世界戦争のあとでも、もう戦争は二度とやるまいと、多くの国々ではいろいろ考えましたが、またこんな大戦争をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。
 そこでこんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これは戦力の放棄といいます。「放棄」とは「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。
 もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、決して戦争によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、自分の国をほろぼすようなはめになるからです、また、戦争とまでゆかずとも、国の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戦争の放棄というのです。そうしてよその国となかよくして、世界中の国が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の国は、さかえてゆけるのです。
 みなさん、あのおそろしい戦争が、二度とおこらないように、また戦争を二度とおこさないようにいたしましょう。

(「あたらしい憲法のはなし」より「六 戦争の放棄}



この部分は、当時の文部省の人たちが、戦争を体験する中で「何を次世代に伝えたいか」がよく表われている文章だと思う。そして、今日の平和の原点は、わたしはこの文章じゃないかとさえ思えてくる。

確かに今の世界を見渡したとき、この文章とは掛け離れたことが起き、日本もだんだんこの文章にかかれていることから遠ざかっているような気がする。「ここにかかれたことは単なる理想であり、現実社会はこんなことは通用しない」と思われる人もたくさんいるだろう。わたしもそう思わないことはないからだ。しかし「持たざることは正しくて、正しいことが一番強いのだ」ということを、再度思い直してみたい。

もう、核兵器で一人でも多くの被爆者を出さないためにも。被爆者の子供や孫や、その子孫たちが被爆者の子供であるわたしのように「(あるかどうかすら解明されていない)被爆の影響」で脅えながら暮らすことのないように。
10:21 | 被爆二世・戦争などのこと | トラックバック(1) | コメント(0) | page top↑
08-07 Fri , 2009
頭痛いの治まってる
6月の1ヶ月の間で4回くらい頭痛が起こって、しかもそれが何日も続く、って状態になってた。だから、これは飲んでる薬のせいかな~と思って、主治医に相談して薬を減らしたりしたこともあったんだけど、それによって頭痛が治まるってことはなかった。知り合いからは散々心配されて「頭の検査しろ」とか言われたんだけど、まー、自分の頭痛の範囲内ではあったので、頭の中で何らかの異常が起きているとは思えなかったんで、医者には行かなかったんだけどね(汗)しかし「頭痛い」って書くたびに、みんなすごく心配してくれるので悪くって。。もう、頭痛くなっても日記には「頭痛い」って書くまいと思ってた。

ところが、前々回の診察のとき、「リボトリール(10mg)」っててんかん薬が処方され、一日に2回だったかな、飲むようになった。それ以来、頭痛がほとんど起こらなくなったの。「頭痛いな」って思っても、以前のように何日も痛くてかなわない、ってことはなく、市販の頭痛薬だけで治まったり、頭痛としてもすごいひどい頭痛ではなくなった。

で、このことを前回の病院の日に報告したら、1日2回だったのが3回に増えた。ただ、1日3回にしてから2週間近く経つけど、2回と3回の違いはあまりないみたい。口の中の調子が劇的に変わる、なんてこともないし、、ホントは頭痛がおさまるより、口の中の不快なのがなくなる方が嬉しいのだが。。っていうか、別にわたしは頭痛を止めるために医者に通ってるんじゃないしー。

ってわけで、口の中はまだ不快。
でも、頭痛の方はほとんどなくなったってことで、まー、こっちの方は嬉しいというかなんというか。

ただなんか不思議なことに、てんかん薬って、脳の神経の高ぶりを抑える薬だったっけ、この薬の副作用は「眠気」なはずなのに、わたしの場合、よく分かんないけどやる気が出てくるの(笑)いつもだったら「たるい~、やりたくない~」って思ってる掃除とか洗濯とか。「さて、やろ」とか思ってできちゃうの。これは不思議だ~。

てことは、なにかい?わたしの頭はガチガチな神経に支配されてて、今までやる気も起こらなかったのに、リラックスしたらやる気が出て来たというのか?うーん。そこんとこが不思議でね。。あ、これもちゃんと主治医には報告したよ。特に何も言われなかったけれど。。。

うーん、実に不思議だ。
19:20 | 病名が分かった後のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
08-09 Sun , 2009
8月9日 午前11時2分
今日は長崎に原爆が落とされた日。
親族が長崎で被爆をした人がいないため、わたしは広島のことは自分のことのように感じているが、長崎のことはもちろん、頭の中にはあるものの、気が付くといつも午前11時2分は過ぎていたし、テレビで平和祈念式典をやっていることも知らなかった。

「原爆を投下された」と言うこと自体は同じなのに、なぜこんなに意識が違うんだろう、ってずーっと思っている。そこには「当事者性」というものがないからだろうか。しかし「被爆二世である」ということは、広島に落とされようと長崎に落とされようと変わりはないはずだ。だけど、わたしの中では「広島」については人ごとではなく、しかし「長崎」についてはどうしても「客観的な目」で見てしまう。8月6日の午前8時15分の黙祷のとき、わたしはわたしを取り巻く人々が、あの日あのときどうしてたんだろう、一瞬のうちにいなくなってしまったのだろうか、それとも苦しんで死んでいったのではないだろうか、と知らず知らずのうちに考えてしまっている。

しかし、今日の午前11時2分の黙祷のときは、その直前に「長崎が最後の被爆地になるように」と言われた、あの言葉を思い返しながら黙祷していた。キノコ雲の下で起こったこと、のことについては考えなかった。なんといってもわたしは長崎のことは知らなさすぎる。

そしてこのことから、わたしは思う。周囲に被爆者を身近に感じられない人にとっては、広島も長崎も「ふーん」という認識しかないだろうなあと。それはある程度仕方がないことだと思う。「当事者性」とはそんなものかも知れないと思うから。そしてそういう人に「関心」を持ってもらうことはとても難しいことだとも思っている。これって、性的少数者のことについても同じなのかなぁ、ってふと思ったりした。

ただ性的少数者のことについては「わたしは関係ない」で済まされる人もいるだろう。しかし、原爆となると話は別だ。地球上に核がある限り、誰でもみな、被爆者になり得る可能性を持っている。だけどわたしは、もうこの世から原爆投下に伴う被爆者を一人だって出して欲しくない、そう思う。そう思うからこそ、日本にいる人と、日本に来た外国人は、みな広島や長崎の原爆資料館を訪れて欲しいと思う。何度も行けとは言わない。たった1回でいいのだ。

※ここではわざと「被爆者」=「戦争によって落とされた原子爆弾による被爆者」として書いている。実は被爆者というのは、戦争による原爆の被爆者だけでないことは、わたしは十分承知しているからで、例えば「平和利用」と言われている原子力施設での被爆者、核実験による被爆者、そして劣化ウラン弾による被爆者、被爆者は戦争による原爆の被爆者だけではないのだ。しかし、今ここでそのすべてを「被爆者」と定義するならば、話に収集がつかなくなる可能性が十分にあるので、ここでは「戦争による原爆の被爆者」だけのことについて書いている。逆に言うと「この世からもう一人だって被爆者を出したくない」というわたしの本当の願いを書けば、それは単なる「核兵器廃絶」だけの話ではなくなるわけだ。広島のときもそうだったが、わたしは敢えてそのことを「外して」書いている。

しかし、2年前にも書いたと思うが、長崎の平和祈念式典というのは、広島の平和記念式典と比べて明るい感じがする。それは多分、落とされた時刻が違うから、というのが主な理由だろうけれど、広島の平和記念式典が「固い」というイメージで、長崎の平和祈念式典はとても「やわらかな」イメージを持つのはなんでだろうなあ~?長崎の平和祈念式典の司会者が若い高校生だからかな。実は広島の平和記念式典も最後の最後に子供から大人までが集まった合唱がある、ってのを今年初めて知ったんだけど(NHKの中継はいつも、総理大臣の挨拶までで終わるのね。でも今年はケーブルテレビでも中継してることを知って、初めて最後まで見た)、長崎の平和祈念式典では合唱が入ってるよね。2年前、小学生の合唱があったかどうかは忘れたけど、高校生の合唱のことはよく覚えている。広島の式典では広島市長のあとに子供の「平和への誓い」があるだけで、あとは「子供の出る幕じゃない」って感じなんだよね。だから広島の式典は「固く」感じるのかなあ。

しかし、この4月、プラハで「原爆を使用した道義的責任」について述べたオバマ大統領の演説は、被爆者のみならず、核兵器反対を唱えている人の「錦の御旗」みたいになっちゃってるんだなあ~って、今日の平和祈念式典を見ながらそう思ってた。まぁ、今日の式典では「オバマジョリティー」なる言葉は一切使われなかったけど(笑)というわけで、今日の長崎市長の平和宣言。

今、私たち人間の前にはふたつの道があります。
 ひとつは、「核兵器のない世界」への道であり、もうひとつは、64年前の広島と長崎の破壊をくりかえす滅亡の道です。
 今年4月、チェコのプラハで、アメリカのバラク・オバマ大統領が「核兵器のない世界」を目指すと明言しました。ロシアと戦略兵器削減条約(START)の交渉を再開し、空も、海も、地下も、宇宙空間でも、核実験をすべて禁止する「包括的核実験禁止条約」(CTBT)の批准を進め、核兵器に必要な高濃縮ウランやプルトニウムの生産を禁止する条約の締結に努めるなど、具体的な道筋を示したのです。「核兵器を使用した唯一の核保有国として行動する道義的な責任がある」という強い決意に、被爆地でも感動がひろがりました。
 核超大国アメリカが、核兵器廃絶に向けてようやく一歩踏み出した歴史的な瞬間でした。

 しかし、翌5月には、国連安全保障理事会の決議に違反して、北朝鮮が2回目の核実験を強行しました。世界が核抑止力に頼り、核兵器が存在するかぎり、こうした危険な国家やテロリストが現れる可能性はなくなりません。北朝鮮の核兵器を国際社会は断固として廃棄させるとともに、核保有5カ国は、自らの核兵器の削減も進めるべきです。アメリカとロシアはもちろん、イギリス、フランス、中国も、核不拡散条約(NPT)の核軍縮の責務を誠実に果たすべきです。
 さらに徹底して廃絶を進めるために、昨年、潘基文国連事務総長が積極的な協議を訴えた「核兵器禁止条約」(NWC)への取り組みを求めます。インドやパキスタン、北朝鮮はもちろん、核兵器を保有するといわれるイスラエルや、核開発疑惑のイランにも参加を求め、核兵器を完全に廃棄させるのです。
 日本政府はプラハ演説を支持し、被爆国として、国際社会を導く役割を果たさなければなりません。また、憲法の不戦と平和の理念を国際社会に広げ、非核三原則をゆるぎない立場とするための法制化と、北朝鮮を組み込んだ「北東アジア非核兵器地帯」の実現の方策に着手すべきです。

 オバマ大統領、メドベージェフ・ロシア大統領、ブラウン・イギリス首相、サルコジ・フランス大統領、胡錦濤・中国国家主席、さらに、シン・インド首相、ザルダリ・パキスタン大統領、金正日・北朝鮮総書記、ネタニヤフ・イスラエル首相、アフマディネジャド・イラン大統領、そしてすべての世界の指導者に呼びかけます。
 被爆地・長崎へ来てください。
 原爆資料館を訪れ、今も多くの遺骨が埋もれている被爆の跡地に立ってみてください。1945年8月9日11時2分の長崎。強力な放射線と、数千度もの熱線と、猛烈な爆風で破壊され、凄まじい炎に焼き尽くされた廃墟の静寂。7万4千人の死者の沈黙の叫び。7万5千人もの負傷者の呻き。犠牲者の無念の思いに、だれもが心ふるえるでしょう。
 かろうじて生き残った被爆者にも、みなさんは出会うはずです。高齢となった今も、放射線の後障害に苦しみながら、自らの経験を語り伝えようとする彼らの声を聞くでしょう。被爆の経験は共有できなくても、核兵器廃絶を目指す意識は共有できると信じて活動する若い世代の熱意にも心うごかされることでしょう。
今、長崎では「平和市長会議」を開催しています。来年2月には国内外のNGOが集まり、「核兵器廃絶―地球市民集会ナガサキ」も開催します。来年の核不拡散条約再検討会議に向けて、市民とNGO都市が結束を強めていこうとしています。
 長崎市民は、オバマ大統領に、被爆地・長崎の訪問を求める署名活動に取り組んでいます。歴史をつくる主役は、私たちひとりひとりです。指導者や政府だけに任せておいてはいけません。
 世界のみなさん、今こそ、それぞれの場所で、それぞれの暮らしの中で、プラハ演説への支持を表明する取り組みを始め、「核兵器のない世界」への道を共に歩んでいこうではありませんか。

 原子爆弾が投下されて64年の歳月が流れました。被爆者は高齢化しています。被爆者救済の立場から、実態に即した援護を急ぐように、あらためて日本政府に要望します。
 原子爆弾で亡くなられた方々のご冥福を心からお祈りし、核兵器廃絶のための努力を誓い、ここに宣言します。

2009年(平成21年)8月9日
長崎市長 田上 富久


今回のこの、長崎市長の平和宣言は、素直によかった、と思う。特に広島が「オバマジョリティー」と定義したことが「世界のみなさん、今こそ、それぞれの場所で、それぞれの暮らしの中で、プラハ演説への支持を表明する取り組みを始め」という分かりやすい言葉で表現されていて、それには好感を持った。と言っても、多分、あの「オバマジョリティー」という言葉を知らなければ、長崎市長の言っている言葉が何を表わしているかも分からなかっただろうけどね。ということは、奇妙奇天烈に聞こえた「オバマジョリティー」なる言葉も悪くはなかった、ということか。ただ、わたしはこの言葉、使う気にはなれないけど(笑)

ホント、この平和宣言の中にある核保有国や核保有疑惑のある国のトップには被爆地を訪れて欲しい。多分それは、被爆者を始めとする核兵器廃絶を目指している人みんなの願いでもあると思うから。「それを見さえすれば、みんなが核廃絶に協力する」という単純なことにはならないだろうが、しかしあれを「見る」だけで相当印象が違うはずだ。

その次に被爆者代表の女の人の言葉があったんだけど、わたしは単純にあの人すごい、って思った。それまで9人家族だったのに、あの原爆によって弟と自分だけ生き残ってあとはみな死に、その生き残った弟もやけどがひどくて10月になくなり、一人になってしまったという。そして46年間は原爆のことも被爆のことも何も考えたくない、と耳をふさいで生きてきたそうだ。これってね、年を取ってから初めて原爆の語り部を始める人と同じなんだよね。多分この人も何十回、何百回と「なぜ自分だけが生き残ったんだろう」「みんな死んで、自分だけ生き残って申し訳ない」と思ったことだろうね。だから原爆のことは思い出したくない。だけど、気が付いてみたら、周りに原爆の体験を語れる人がどんどん少なくなってきている。「これは自分が話さなければ」と思い、語り部を始める。しかし、何年も何十年も同じことを語るつらさって多分、わたしの想像が及ばないくらいだと思う。だって、自分にとって一番つらいことを話すわけさ。思い出したくないことを話さなきゃいけないわけさ。話すたびに精神的に疲れるだろうな、ぐったりして起き上がれないくらいに疲れるだろうな、って思う。できることなら話さずに済めば話したくない、でもそこのところを敢えて犠牲にして、原爆の悲惨さを知らない人たちに語りかける。これってすごいことだと思う。

その後総理大臣の話は、正直、広島での挨拶をそのまま持って来たようで、つまらなかった。あ、ただ、広島のときは下に字幕がついてたのね。わたしはそれと見比べて聞いてたんだけど、こないだのイタリアでのサミットのときの話の中でね、字幕では

先月のラクイラにおいて、初めて、「核兵器のない世界」に言及し、世界的な核軍縮・不拡散に関する気運の高まりを維持・強化するための力強いメッセージを表明しました。


って書いてあったにもかかわらず、本人は「力強いメッセージを表明」じゃなく、「気運の高まりを維持・強化するための採択をしました」って言っちゃってて「おいおい、表明と採択じゃ全く違うだろう!」って思わずテレビに突っ込んでしまった。てーか、この間違いってすごいよね。それに懲りたのか、今日の平和祈念式典では、字幕は付いてませんでした(爆)あ、ただ、「採択した」とは言わなかったけどね。

国連議長の挨拶は広島のときもあったけど、同時通訳がつかず、正直何を言っているのか分からなかったんだけど、新聞で「カトリック教徒として同じ宗教を信じるものが原爆に関与したことを日本国民に謝罪したいと言っている」というのは読んで知っていた。しかし、Webなどを見ると、広島ではそのことについてはっきり述べていたようだし、今日の挨拶でも同じことを言っていた。なんでこの人が?と思ったけど、この人はカトリックの神父さんなんだそうだ。

あと、これはWebでは探しきれなかったんだけど、最後の方に「国際社会では『核廃絶』ということは『核の数を減らすと言う意味のこと』」とあとなんだっけな、なんかね、いくつかの「言葉」を例に挙げて「そういう偽善的なことはもう止めよう」って言ったんだ。あれについては涙が出たね。言葉が本来の言葉の意味でなく、真綿に含んで言いくるめられているような意味になっていることを、ちゃんと本来の意味に戻して、そして話し合っていかねばならない、って言ったんだ。確かに国連自体には強制力はないだろう。しかし、今、こういう人たちが核廃絶に向けて努力し始めているのだ。それも始まりはプラハのあのオバマ大統領の演説からか、と思うと、世界の国におけるアメリカの位置ってものすごく強大なものなんだなと思うが。ただ、こうやって「核兵器廃絶」の錦の御旗みたいにされてしまったオバマ大統領、今後、「反核廃絶」の人から攻撃を受けなければいいが、と思っている。

日本政府としては、このプラハの表明に対しては支持していないとか。それは今の日本の平和がアメリカの「核の傘」の中で守られているからこそで、それがなくなると脅威にされされるからだという。しかし、わたしは北朝鮮が日本と戦争をしたがってるとはどうも思えないんだよね。北朝鮮が「ほら、核作ってるぞ、ミサイル発射してるぞ~」って言ってるのは、あくまでもアメリカの気を引きたいがためであって、本当は北朝鮮は日本なんか目じゃないし、もし万が一、間違って日本に核を打ち込んでしまったら、今度はそれが「口実」となって、世界中から国内が攻め込まれるだろう。そんなことしたら、北朝鮮は今の体制が崩壊するのは目に見えてる。そんなこと、北朝鮮だってわかりきってるだろう。だから、北朝鮮のやっていることは日本にとって怖くも何ともないのだ。だから日本は「アメリカの核の傘」なんて本当はいらないのだ。

六 戦争の放棄
みなさんの中には、こんどの戦争に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとうとうおかえりにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。いまやっと戦争はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。何もありません。ただ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。戦争は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戦争をしかけた国には、大きな責任があるといわなければなりません。このまえの世界戦争のあとでも、もう戦争は二度とやるまいと、多くの国々ではいろいろ考えましたが、またこんな大戦争をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。
 そこでこんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これは戦力の放棄といいます。「放棄」とは「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。
 もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、決して戦争によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、自分の国をほろぼすようなはめになるからです、また、戦争とまでゆかずとも、国の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戦争の放棄というのです。そうしてよその国となかよくして、世界中の国が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の国は、さかえてゆけるのです。
 みなさん、あのおそろしい戦争が、二度とおこらないように、また戦争を二度とおこさないようにいたしましょう。

(「あたらしい憲法のはなし」より「六 戦争の放棄}


日本政府はプラハでのオバマ発言を支持し、唯一の戦争での被爆国として核廃絶に向かって世界をリードする存在になって欲しい。わたしはそう願っている。
13:36 | 被爆二世・戦争などのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
08-11 Tue , 2009
快挙!だと思ったら、、
いやー、今さぁ。突然コンビニに筆箱買いに行きたくなって行ってきたんだけど←?深夜の不思議行動

取り敢えず入れるもの(ペンとかね)を何本か持っていって、それに入るかどうかを商品の筆箱と見比べたりしてたのね。で、まぁ入ると思ってレジへ。

コンビニでレジと言ったら、もう、性別と年齢をどう見てるのかってことを観察するしかないでしょ(笑)←最近のシュミ

最近はやっと「20代」から「30代」に昇格(ただし性別は男性で変わらず)してたので、今回は、、と思って見てみたら

「女性50代」 (多分)

のところを押してくれたアルバイトのお兄ちゃん!!
いや、ホントは50代かどうか分からないんだけど、取り敢えず一番下のボタンを押してくれたんでねー。で、わたし「えーっ?@@;」って思って、支払い終えた後もレジの前でジーッとレジを見てたんだけど、なんかいぶかしがられてるような感じがしたので、そそくさと帰ってきた。

うーん。筆箱に何を入れるかということで、ペンを数本持っていったところがおばちゃん臭かったのかなあ~?(笑)

一番下のボタンって経験的に言うと一番年齢が高いボタンなんだよね、、
でも、女性と見られたのは初めてだったので単純に嬉しい。

しかし、、、嬉しいは嬉しいけど、喜ぶべきか喜ばざるべきか。
23:33 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
08-13 Thu , 2009
病院の日
今日は病院の日だった。
病気とは(多分)関係ないところで、今、ものすごく落ち込んでいて、
落ち込んでいるというより絶望感が強いので、今日やった心理テストみたいなのの結果は多分、ものすごい「うつ状態」の結果になってるだろうな。。ま、それはいいとして。

診察室に行ったら、またもやリラックマグッズが増えていた。
コリラックマのぬいぐるみ。なんかペンギン持ってるヤツ。
それと向こうの方にはリラックマのタンブラーが見える。

こんなの。
リラックマタンブラー

ぬいぐるみについては「自分が買ってきたものじゃない」というのを強調しつつ、でもわたしが「茶色のクマより白いクマの方が好きなんですか?」って聞いたら「上に乗ったりするじゃない?」って言うから、わたし思わず「上に乗る」→「このクマ、タチ?」って思ってしまって「えっ、上に乗るってどういう意味ですか」とドギマギして聞いたら「いやあ、『クマ登り』とか、、知りません?」って言うから「いや、リラックマの話については全く知らないんです」と答えた。「え、茶色のクマよりもこっちの方がかわいいですかねえ」と更に突っ込むと、今度はなんだか慌てたように「いや、ほら、これ、ペンギン持ってるじゃないですか。ペンギン、かわいいですよね~」と不自然に話を逸らし始めた。わたしは

「本当は人間でもクマタイプの人が好きなんじゃないですか?」

と聞きたいところをぐっと抑え(爆)「そーですか、白いクマの方が好きなんですね~」と言ったら「いや、ひょこっと現われたりするじゃないですか」って言われたんで「あれ、でもこのリラックマ自体、いきなりひょこっと現われたのでは?」と突っ込むと「いやいや、あー、まだ本買って読んでないんですよね~、読まなきゃいけませんね~」などとわけの分からないことを言い出す始末。

わたしが「でも、ここ来るたびに、リラックマグッズが増えてますよね~。ぬいぐるみもそうだけど、あっちにはタンブラーがあるし」って言ったら「今度から隠しておかなきゃいけないですねえ~」って言われたので「いえいえ。なんで隠す必要あるんですか!この診察室を『リラックマの館』にしてくださいよ」と言ってきた(爆)そうしたら「ハハハ、、」って笑ってたけど。

あー、でもなんかこのまま行くと、わたしいつか

「本当は人間でもクマタイプの人が好きなんじゃないですか?」

って言ってしまいそうで怖い。。。

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08-14 Fri , 2009
治子ちゃん、あなたのお名前なんてーの?(経過報告)
てわけで、治ちゃんと治子ちゃんと教授さんと社長さんの様子なんですけど。
これが2日前の様子。
P1030715.jpg

これじゃあ分からないだろうけど、治子ちゃんに花らしきものが咲いてます。
これ。
P1030716.jpg

って、これが花なのか!って思うけど、まぁ、どう考えても花だよね。
あまりにも地味な花だったので、ちょっと期待はずれ(←オイ!)だったんだけど。。

で、結局治子ちゃんって一体、なんつー名前の植物なんだろうか?
ここまで来てもよく分からないわたし(笑)
まーねー、花の名前なんて、チューリップとかひまわりとか超有名なものしか知らないしー。「いぬふぐり」は名前だけ知ってるけど(爆)、しかし、実際はどんなのかは知らないしー。ま、わたしの植物に対する知識ってそんなもんです(汗)

でね。ちょっと気になるのは、なんか治子ちゃんがだんだんと枯れてきているみたいで。水もちゃんとやってて、あとの治ちゃんとか教授さん、社長さんは元気なんだけど。治子ちゃんって花が咲くと枯れる植物なのかしら、、、なんかちょっと寂しい感じ。

そうそう、ワイルドストロベリーの方もなんだかおかしくて。
P1030718.jpg

見れば分かると思うんだけど、葉っぱの端から枯れてきてるんだよねー。これってなんかの病気??気になって、そういう葉っぱはちぎってるんだけど、それに、この鉢に植えてあるワイルドストロベリーは結構花が咲いてたのに、それが1つも苺になってない!これって肥料とかやんなきゃいけないのかなあ~?なんか、よく分かんない状態になってます。

植物育てるのも結構難しいねえ(ふう)。
22:18 | 育てているもののこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
08-15 Sat , 2009
すべてのために、祈ろう
今日は8月15日。日本では一般的に「終戦記念日」と言われている。
日本政府が主催する「全国戦没者追悼式」が行なわれ、正午には1分間の黙祷が捧げられる。
黙祷される人たち、というのは、国のために戦って亡くなった人を始め、空襲で亡くなった人、原爆で亡くなった人、この戦争で亡くなったすべての「日本人」のために行なわれる黙祷だということを現時点のわたしは理解している。

しかし「国のために戦って亡くなった人」の中は、今は日本人として含まれていないけれど、当時「日本人」とされていた人も入っているだろう。そういう人たちだって過去は「日本のため」といって亡くなった人もいるのだ。また、あの時代「戦争反対」を叫んで同じ日本人から殺された人たちも入っているはずだ。だってあの戦争がなければ、その人たちも殺されずに済んだのだから。ある意味彼らだって「戦争の犠牲者」だろう。それを、わたしたちは忘れてはならないと思う。

そして。被害を受けたのは、何も日本人だけじゃない。
「お国のために」と言って戦った日本人は、他の国の人たちを大勢殺した。「戦争だったから仕方がない」で済まされるのであれば、日本で空襲や原爆を受けて亡くなった一般市民だって「戦争だったから仕方がない」で済ましても何ら問題はないはずだ。

戦争は国と国との闘いだが、結局は人と人との殺し合いだ。
そして一方は勝ち、一方は負け、負けた方は勝った国のいいなりにならねばならなかった。
だからこそ近年では「日本はいつまで反省し続けなければならないのか」「日本はあの戦争でひどいことばかりをしていたわけではない。むしろいいことをしたのだ」という論調が出て来ている。負けたことをいつまでも反省し続けるのは、日本人としての誇りを持てない、と言うのだ。

しかし果たしてそうだろうか?
やったことを「やった」といい、いつまでも反省し続けること。そして二度と戦争を起こさないこと、そのことをわたしたちは、あの戦争で亡くなったすべての人に黙祷を捧げながら誓うことが、あの戦争で亡くなった人への本当の意味での「追悼」なのではないか、と思う。あの戦争で戦って亡くなった人の中には「戦いたくない」「生きていたい」と思う人はたくさんいたはずだ。そういう人のために、わたしたちは「もうあなたたちのような思いをさせるようなことはしません」と誓わなくてはならないのではないか。そして「永遠に反省し続けること」こそ、われわれの誇りにできることなのではないか。「われわれは二度と戦争をしません」と堂々と胸を張って言えることは、全世界の人に対して「日本人の誇り」になり得ないか。

最近、毎日新聞で「子どもは見ていた:戦争と動物」が連載された。

1回目:愛犬供出、「心が死んだ」
2回目:軍用兎飼育「少国民の務め」
3回目:伝書鳩は戦友だった
4回目:馬の出征、泣いた母
5回目:ゾウ列車は夢を乗せて

これを読むと、戦争で犠牲になったのは人間だけではない、ということがよく分かる。そして、亡くなっていった動物たちには語り伝える手段がない。こうやって覚えている人間が「そういうことがあった」ということで初めて明らかにされるのだ。この場合、人間はどういう場合でも「加害者」なのだ。「あの当時はお国のためで仕方がなかった」と言っても、加害者であったことは免れようがない。

でも実は、人だってたとえ、あの戦争で亡くなった人だって、加害者は加害者なのだ。「お国のために戦って亡くなっていった人を誹謗中傷する気か」と言われるかも知れない。しかしたとえ国のために戦ったとしても、加害者は加害者なのだ。確かにあの戦争で亡くなった人(日本人)の上に今の日本は成り立っている。それは事実だと思う。しかし、それが事実であるならば、やはり人や動物を殺した人もまた「加害者である」ということは事実なのだ。一方のことを「事実」とし、もう一方のことを「あれは仕方がなかった」で水に流すのは、おかしいと思う。もちろん加害者だけを責めるわけではない。そういう「加害者」の上に今の日本が成り立っているのもまた事実なのだ。そのことを、わたしは忘れてはならないと思う。

日本政府の主催の「全国戦没者追悼式」の対象となる人は「日本人であの戦争で亡くなった人」に違いないが、しかしわたしは、あの戦争で亡くなった、すべての人たち、いや、人だけではない、亡くなっていったすべての生命のために、祈ろうと思う。

「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」
11:20 | 被爆二世・戦争などのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
08-16 Sun , 2009
花火大会
今日は家で花火大会(笑)
んー、家で花火やったのって、いつ以来だろう?まだ遠距離時代で、彼女がわたしのところに遊びに来たときに二人でベランダで線香花火をやったのを思い出すけど、それ以来だろうな。7年か8年も前のことになるのか。。?

コンビニでこんなの買ってきてね。彼女はオモチャ屋さんで線香花火ともう一種類買ってきた。
P1030721.jpg

これ、420円也。リラックマが付いてるヤツとかあったんだけど、所詮、花火にリラックマが付いているわけではなく、外の袋にリラックマが付いているだけで630円もしたので敬遠(笑)

で、やったんだけど、種類は結構あったはずなのに、なんかほとんど同じようなものばっかりで。
こんなの
P1030736.jpg

とか
こんなの
P1030742.jpg

とか
こんなの。
P1030743.jpg

あ、でもこれを二人で同時にやったの。
P1030740.jpg

えへ。なんとなくいい感じでしょ(笑)

メインはやっぱり線香花火。
線香花火ってなんであんなによくできてるんだろうね。
他の花火は火を付けたらバーと勢いよく吹き出して、そしてお終い。
だけど、線香花火は違う。ゆっくり待って、玉を落とさないようにして。最初と最後で全く様相が違うの。あれを見るだけで心の中がじんわりとしてくるんだけど、あれってなんでだろうね?で、最後の最後まで見届けられるときもあれば、これから始まる、ってときなのに玉が落ちちゃったり、途中までうまくいってたのに、やっぱり玉が落ちちゃったり。
別にそのような物理現象に対しては、何も意味を持っていないはずなのに、やっぱり「何か」を感じてしまう。線香花火って大人の花火だよねってつくづく思う。。

P1030727.jpg  P1030728.jpg  P1030729.jpg

あとは、匂いが懐かしかったなぁ。なんとなく、夏の匂いがする、花火の火薬の匂いって。そういえば、子ども(と言っても中学生くらいだけどね)の頃は近所の友だちと公園で一緒に花火やったっけなあ~。で、花火はすぐにやり尽くしてしまったんだけど、あの後、夜遅くまで遊んでたっけ。何して遊んでたのかはよく覚えてないんだけど(笑)

そんなことを思い出したりした。

たまには二人で花火大会するのもいいね。
22:14 | 二人のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
08-19 Wed , 2009
何も語らない
日があってもいいよね。。

語らない、んじゃなくて語れないのかも知れないけど。
20:31 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
08-23 Sun , 2009
昨日は
Brass MIX!こと、ブラミの練習の日でしたー!
あ、8月30日に新宿二丁目で「二丁目祭り」というのが毎年あるのですが、去年に引き続き、Brass MIX!も出演します。時間は今のところ16時半くらい、と言われているのですが、本当のところはまだよく分かってないらしいです(笑)つーか、もうあと1週間後じゃんよ!

ってことで、今回は新曲1曲が増え、昨日はその練習~ってそれだけではないけどね。何曲かやるんで、全体的な練習。

しかし、その新曲が、、、orz
プレリュードのときの新曲だった「ダンシング・クイーン」はトロンボーンは結構「楽勝」だったんだけど、今回はちと、、というかだいぶ、、難しい(汗)

吹奏楽の中では結構有名な曲だそうで(そんなこともわたしは知らんかった(笑))、メンバーの中には既に吹いたことのある人も多々いるようですが、我がトロンボーンパートの中では「難しいところは吹きマネね」ってことでパート内一致してたのにぃ。。

その「難しいところ」がよりによって吹いてるパートがトランペットとトロンボーンのみ。。。

昨日の練習ではトランペットは2本、そしてトロンボーンはわたしだけ、と言う中で「吹きマネ」をするわけにはいかず、、あー、初見だったという言い訳はしないけど(どうせ初見じゃなかろうが吹けないから、あれ!)、もー、昨日は吹けなくてもボロボロでなんとかしましたよ!だけど、本番は吹きマネだから(爆)

いや、「吹けないところ」でも「より吹けない」ところは、たったの3小節なんだけど。。なんでここをトロンボーンに吹かせるわけ??ユーフォ休みじゃんか、とか、いろいろ思ってましたです、、

さて、あと1週間、取り敢えずは吹きマネの練習(スライドが動いてないとやっぱ不自然でしょ(笑))しておくかあー!(笑)

ってわけで、二丁目祭りでお会いしましょう。
10:42 | Brass MIX!のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
08-24 Mon , 2009
以前、どんな内容の日記だったかどうか忘れたけど、マイミクさんが「こんなんあるよ」と教えてくれたのがこれ。最初は高いし、どうしようかすごく悩んだんだけど、臨時収入が入ったので、買ってみた。それがこれ。

P1030747.jpg


ちゃんと「ろんたこ」の「ろ」の字入り。ひらがな一文字は無料で入れてくれるの(笑)

で、これ着て早速、家から一番近いコンビニ、ファミマに行ってきた。ファミマのレジって以前、観察しまくってきて(爆)「男性10未満」「男性10代」「男性20代」「男性30代」「男性40・50代」「女性10未満」「女性10代」「女性20代」「女性30代」「女性30代」「女性40・50代」だったの!で、前に夜にふらっと筆箱を買いたくなって行ってきたときは、結局「女性40・50代」を押されてたことが判明。つか、40代と50代って一緒なの~?ってちょっと思ったりするんだけど、このボタンって多分、40代以降だったら誰でもこのボタンなんだよね?60代とか70代とかないけどもさ。

なんて考えるとちょっと「くら~っ」と来たり。あー、なんか行き着くところまでもう行ってるのね、みたいな(爆)

あーでさ、コンビニでおにぎり買ったんだけども。多分、バイトのにーちゃんだと思われるにーちゃんは、わたしがこのTシャツを着ているのにもかかわらず「男性30代」を押しやがった。。まー、字が読めないとは言わないけどもさ(笑)、んなら一体、人はどこを見て性別や年代を判断しているのか?とつくづく思ったよ。

いや、「女だけが『女』って書いてあるTシャツを着ているわけではない」と考えられるのは間違ってないだろう。だけど「『女』ってわざわざ胸のところに書いてあるTシャツをなぜ着ているのか?」と考えると、「わたしは女です」ってことを主張したいから、とか「男でも女って書いてあるTシャツ着てもいいじゃん」とか、いろいろ考えられるなあと思ったんだけど、でも男の人が「女」って書いてあるTシャツを着たいか?って思うと、あんまりそうじゃないような気もするんだよねえ。。ただ、女の人がわざわざ「女」って書いてあるTシャツを着ようと思うかって言うと、それも「んー」って感じはするんだけど(笑)、でもそれはここにこういう人がいるし~(笑)

まぁまだ1回しか試してないから、いろいろと結論をづけるのは今は止めておくけど、取り敢えず今回は「女」って書いてあるTシャツを着てたとしても、女とは判断されない、ってことだったってことね。

あ、このTシャツが来たからってわけじゃないけど、Tシャツが来た日に偶然、髪の毛ばっさり切ったっす(笑)多分、このことは見た目には非常に影響してるとは思うけどね(苦笑)ということは、顔見て年代と性別を判断してるってことなのかなあ、ってのが今考えられる仮定かな。

ま、あと何回か試してみますわ。
20:44 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
08-27 Thu , 2009
期日前投票に行ってきた
30日はレインボー祭りなんでね。

ところで、わたし前に

しかし全然関係ないけど、投票所で子供に配ってる紙風船だのなんだのは、一体、何のためなんだろう?子供に将来投票所に来させようとするもくろみ?でも、大人になって紙風船欲しさに投票する人なんかいないというか、既に大人になったら紙風船はもらえないし(爆)あれって何のために配ってるのか、実に不思議である。。


なんてことを書いた。あ、都議選のときの日記ねってよく考えてみたら、この日記、mixiにしかアップしてなかった(苦笑)まー、こんなことを書いたんですわ。

で、今日は近くの公民館に彼女と二人で行ってきたんだけど。
なんかまず、「どーして期日前投票に来たの?」ってアンケートみたいなのを書かされて、わたしは「レジャー」のところに○しました。それから、投票の整理券持って受付に行ったんだけど、、えー、なんか台帳とチェックする人がいるじゃん?その人がいきなり「あっ、間違えた」とか言ってて、、「え。何が間違ってたんですか?」って聞いてみたんだけど、答えは無言。

ま、どーせ理由は分かったけどね。だってその次に「○○さんですか?」って聞かれたから。多分、台帳に間違ってわたしの彼女のところにチェック付けちゃったんだと思う。わたしは見たらだいたい女だと分かる名前してるけど、彼女は名前だけじゃ男性か女性か分からない名前なんで。。で、同じところに2人世帯主だから、住所チェックして、見た目で彼女のところに印付けちゃったんだろう。そこまでわかっていながら、「何が間違ってたんですか」って聞くわたしもわたしだけど(笑)

でも、受付にいたおねえさんは相当焦っていたようで、投票用紙が出てくるボタンを男だか女だか押すのをなんか躊躇っていて「いーかげんにせーよ」と言いたくなった。だってさー、「身代わり投票」するとしても、絶対に性別疑われない人にするでしょ、普通。そこでバレバレなことするわけないじゃん。。考えてもすぐに分かりそうなことなのに。。ってわけで、そこで既にかなりムッと来てたんだけどね。だいたい、Tシャツ1枚でさー、いちお、胸はAカップあるのよ、わたし。AAじゃないのよ(笑)前に「胸ないって言ってたけど、あるじゃないのお~」って某姐さんからも言われたんだからね、わたし!

で、最初は小選挙区の投票だっけ。ま、テキトーに済ませて(だって、どーせ開票しなくても誰が当選するかは既に目に見えている選挙区なんでね。。つまんねー)、それから比例区と裁判官の国民審査のためにまた整理券を持って違う受付に行く。そうすると違うおねえさんがまたチェックしながら「??」みたいな顔してる。んでまた「○○さんですか?」って聞かれたから「そうです」って答えかけたら、向こうから今度はちょっとお年を召したおねえさんがすっとんできて「いいのいいの」って、何がええんじゃい!!もうすっごくむかついた!「あ~、例の女Tシャツ着ていけばよかった」って思った。んー、ちらっと出がけに思ったんだけど、ま、いいかと思って着ていかなかったんだよね。。。失敗。いい実験になったかも知れないのに(笑)

で、投票を済ませたら、おじさんに「ハイ」ってティッシュペーパーもらった。それから出口の方に向かったら、なんと、例の紙風船が!!思わずそれを一つ取りあげていじってたら、そのおじさんが「あ、いいよ、持ってって持ってって」って言われたんで、一つもらって持って帰ってきたんだけど。。あれって、子どもに配るんじゃなかったのね。てか、この紙風船、一体何のためにあるんだろう???

ってわけで、もらってきたティッシュペーパーと紙風船。
P1030752-1.jpg

この紙風船、わざわざ「衆議院議員選挙」「最高裁判所裁判官国民審査」って書いてあって、この選挙専用の紙風船なんだよー。これにはびっくりした。えーと、会場にはあと2つしか紙風船が残ってなかったけど、あれって一体、全部でいくつくらい用意するんだろうね?いや、まー、なんというか。子どもにしかもらえないと思ってた紙風船が大人でもOKって分かって、まー、それだけでも今回行った甲斐があったかもってそういう問題じゃないですね、ハイ(苦笑)

ただ、、かなり気分を害したからね、ホント。本人確認するための手段に「男女」を使うのって、あまり意味ないと思うんだけど。。しかも、開票時に男女別の投票数なんか出るけど、あれって出してもあんまり意味がないような。だいたい、2年前の参院選挙ではわたし、男女間違えてボタン押されたりしたしね。。

まー、取り敢えず一仕事終えてきたので、肩の荷が一つ下りた。
あ、投票所に人が多かったかどうかは、、あんまりいなかったような気がしたけどね(笑)
今回はホントに投票率上がるのかねえ~、、?とちょっと疑問。
19:22 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
08-28 Fri , 2009
白い薔薇が咲きました(経過報告)
ここんとこ、育ててる植物にあまり変化はない、とは思ってたんだけどね。
でも、気が付いたら、ピンクの花ばかりだと思ってたミニバラに白い花が咲いてるのを発見した。

P1030749.jpg

んー、これはもう盛りが過ぎちゃって、ちょっと汚くなりかけてるけど。取り敢えず昨日撮ったヤツ。
今まで、蕾のときはピンク色が濃くて、花が開くとすごく淡いピンク色というか、もうほとんど白くなっちゃってると思ってて、この缶の説明に「ピンクと白い花が咲きます」って書いてあったんだけど、「これは蕾のときにピンク色で、花が咲いたら白いってことなのかしら」って都合よく解釈してたのね。でも、初めからずっと白く咲いて、で、やっぱあれは淡いピンクなんだなってことが、この白い薔薇を見て分かったのね。

っていうか、なんで急に白いのが咲き始めたのかは謎だけど。
これまで、紹介はしてこなかったけど、この薔薇は次々と花を咲かせてて、それだけ楽しませてもらってるのね。ただ、なんか葉っぱがやっぱり変になるんで、それをチョキチョキ切ってたら、なんか全体がすごくみすぼらしくはなってしまったんだけど(苦笑)、でも蕾だけは絶えなくて、それでずっと花が咲きっぱなしだった。今日になってからは一段落したけどね。

他にワイルドストロベリーは、花は咲かすんだけど、なかなか実にならない。花になって枯れてお終い、ってのばっかりで、あれ以来収穫がないんだけど。。んー、でも葉っぱの端から茶色になってくるので、今は肥料の入った水より、普通の水をずっとやってるからかなあ~?

治子ちゃんとか治ちゃんのプランターは相変わらずです。だけど、すぐに水がなくなって、土がひからびるので、毎日大量の水をやってる。土から水がなくなると、治子ちゃんの方は何ともないんだけど、治ちゃんがものすごく「ぐったり」してるのが分かるのね。なので、土が乾かないように気をつけてます。しかし、あのプランター、この後どうなるんだろう、、ま、自分でも分かんないけど、取り敢えず行き着くところまで行ってみよう(笑)
20:18 | 育てているもののこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
08-31 Mon , 2009
レインボー祭り
昨日のレインボー祭りは今年、10回目だったそうだ。
でもわたしは終わりの挨拶のときに初めて知ったくらいだった。

わたしたちが16時30分から演奏を始めたときは、雨は降っていなかった。
その前に降ったり止んだりしてたくらいで。
しかし、エイサーが始まる18時30分のときは、既に大雨だった。
時間が経つほど雨が強くなっていって、観客の傘で実はあんまり見れなかっただよね。。
まー、その直前まで近くの喫茶店でしゃべってたってこともあったんだけど。
しかし、あの雨の中のエイサーはホント、大変だったと思う。
お疲れさまでした。

一方、Brass MIX!の方は。。
昼ごろから集まって、練習するつもりだったのが、音がうるさいとの苦情が出て、
一通りやっただけ、、特に新曲の「宝島」は前にも書いたとおり、最後の部分にトランペットとトロンボーンのsoliがある。初め楽譜を見たとき「吹けるわけないじゃん、これ」って思ったけど、でも、レインボー祭りって、観客が真横にいるもんで、まさか吹きマネをするわけにもいかない。だから、1週間前の練習の日以来、毎日、ちょっとずつ練習してたんだよね。。

しかし、soliの前に7小節の休みがあり、それの数え方が練習のときに、イマイチ分からなかったわたし。。まぁ、それだけが原因じゃなくて、やっぱりわたしにとってはあそこは難しかったんだと思う。ほとんど吹くことが出来なかった。。。あ、ここの部分、お助けでユーフォの人も吹いてくれました。ありがとー。

っていうか、他の曲も今回は全然ダメだった。。
個人的には全然楽しんで吹けなかった。
「あれ?あれ?こんなはずじゃないのに」ってところばっかり、、
「ここだけはバッチリ決めたい」って思う部分が1曲の中に一つはあるわけなんだけど、
それがほとんどうまく吹けなかった。。

昨日はそうでもなかったんだけど、
今日思い返してみると、ホント、めちゃくちゃで、聞いてもらった人にすごく悪かったと思う。
Brass MIX!の他のメンバーにも申し訳ない。。と思っている。

「当日の練習が出来なかったから」って言い訳もできるだろうけど、
そんなことより、やっぱり自分の練習が足りなかったんだ。
だって、暗譜してると思ってたけど、途中で「?」って思うところが数カ所あって、吹いてて「あれ、不協和音じゃん?」と思った部分もあり。
あー、もう、そんなことばかり思い出している。

で、昨日、雨に濡れてびしょびしょになって帰ってきて、
今日は今日で、台風のせいか、ものすごい寒い一日になってしまって、
そのせいか、どうも寒けがして測ってないけど熱がちょっと出たみたいなんだけど、
それもあって、一日中落ち込みっぱなし。

うーん、本当はこんなんじゃいけないのだ。
わたしには今、時間がない。
やることを着実にやらねばならないのに。。

はい、日中、ぐじゃぐじゃに泣きました。
「こんな情けない自分はいらない」と思いました。
今も正直思ってる。
多分、こういう気分が不安定なのは、熱がまだある証拠。

今日は葛根湯飲んで早く寝よう。

あー、わたしにとっては反省だらけのレインボー祭りでした。。
22:24 | (性的少数者)イベントなど | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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