03-01 Sun , 2009
むなしい気持ち
最近はちょっとずつ仕事がもらえるようになってきて、今も今月半ばくらいまでが納期の仕事をやっているのだが、なんかおかしい。おかしいって、自分の気持ちだけれども。半月の仕事なんて、初めてだから、その話が来たときは、すごくすごくうれしかった。

でも、、今、実際、コツコツとやってるところなんだけど、なんかむなしいんだよね。。
確かに「納期日までに与えられた仕事がちゃんと終わるか」を考えたりすると、こわいもんがあったりするんだけど、なんていうか、、家で黙々と仕事してて、で、彼女も家で黙々と仕事してる。顔合わせたりしゃべったりするのは、ご飯の時だけ。

なんか、この状況で思い出したことがあった。タンカーなどの大型船の乗組員は、もうほとんど自動化されて最少人数で運航してるんだけど、1日1回は必ず、顔を合わせて食事をするんだとか。そうでないと、何日も大きい船の中で一人だけで、誰とも顔を合わすことがないと、おかしくなってしまうのだという。今のわたしって、そんな状況なのかなあとか思ったりする。

仕事がないときは、「仕事しないと金がなくなる、どうしよう」って焦りまくっていたけど、いざ、仕事が来るとこんな感じになるんだもんなあ~、、

ここ何日間か、ずっと「むなしい」とか「○○さん(彼女の名前)が足りない」とか言い続けてたんだけど、今日はようやくちょっと彼女とこのことについて話すことがあって。彼女もいろいろと考えていたようなんだけどね。彼女からの提案を今「そうか」って思って考えてみることにした。

将来のことを考えると不安だ。大学院に受かるかどうかがまず不安だし、受かったら受かったで、自分のやりたいことができるのかとか(それ以前に自分が大学院で何をしたいのかを自分でその前に考えないといけない)、本当にその道が自分に向いてるのかとか、そういう不安も出てくるだろうし、修了後の進路も全く見えてないから、本当に不安だらけだ。

おまけにこんな歳になっちゃってるから、若いときはまだよく分からないまま進んでるところがあったけど、この歳になると、いいか悪いか分からないけど、先がある程度見えちゃうから、それでね、早々に諦めたりするようなことになっちゃうのかな、とか。

うん、いろいろ難しいですわ。特に学校行っても研究者になりたいわけじゃないから。

ってわけで、ちょっとぼちぼち動かないとなあ。もう3月だし。
今は、蜘蛛の糸のように細い線で、それを頼りにするしかないんだけど(でもあるとないじゃ大違いだから、わたしはラッキーだ)、できれば切れないで徐々に太い糸になって行けばいいなあと思っている。
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03-03 Tue , 2009
だいたいなー
一昨日みたいに、ちょっと精神的にイッちゃってる日記を書くときって、だいたい風邪の前兆なんだよな。。

風邪と言っても、今回は「お腹の風邪」。急性胃腸炎だそうだ。

なんかここ数日、腸が痛くなったと思ったら下痢して(あら、尾籠な話しで。。お食事中の人、ごめんなさい。けど、食事中にPC開いて誰かのブログを読むなんてことは、止めた方がよくてよ←いらんお世話)、普通のわたしだったら「出してお終い」なんだけど。。昨日の昼過ぎから、今度は胃が痛くなってきた。おかしいと思いつつ、仕事してたんだけど。

夕飯は、食べたあと、胃が痛くなって、座ってもいられなくなってしまって。。そこで胃薬を飲んだんだけど、わたしって、市販の胃薬でも結構ピタッと効くことが多いので、まぁ、お腹に関してはあまり普段気にしてないんだけど、今回は全然まったくといっていいほど効かなくて。「おかしい」と思いつつ、昨日は早く寝た。

朝、起きたら、胃が痛くて起きられなかった。けど、トイレに行きたくなったので行くと、またもや下痢が。まだお腹の中にたまってるのかよ。。と思いつつ、今朝は彼女に無理言ってお粥を作ってもらって食べた。しかし、食べるだけでもう胃が。。なんというか痛くて、寝ころぶんだけど、それでも痛くて。だから、暖かいゆたんぽみたいなものをお腹に置いて寝たら、うそみたいによく眠れる。

途中から「これは、、お腹の風邪だな」と自分で分かってくるんだけど、なんせ、お腹が痛くて力が入らないから、歩けない。下手に市販の胃薬なんか飲むと、もしかしたら逆効果ってことがあるから(胃酸が出過ぎてるのかどうかも分からないのに、胃酸を止める薬を飲むのは危険だ)、「触らぬ神に祟りなし」で、取り敢えず、水分補給して、あとはゆたんぽ抱いてずっと寝てた。信じられないくらいに眠くて、よく眠れた。昨日の夜、眠れなかったわけでもないのに。

で、夕方になって、ようやく「医者に行けるかな」状態になったので、行ってきた。っていうか、ホント、本当にひどいときは医者には診てもらえないんだよねー。しかし、外は寒かった。みぞれが降ってる。これ、明日までに雪になってちょっと積もるらしいけど。

待合室はそんなに混んでなかったけど、胃が痛いので「早くしろ、早くしろ」って思ってたら、2番目に名前を呼ばれた。「これこれこうで。。」と話すと「吐き気はしない?熱は出てない?関節とか痛くならなかった?」って言われたんだけど、わたし、多分、今回も熱出てないと思うので「熱はなかったと思います」って答えたら「こういう症状の場合は熱出す人が多いんだけどね」って言われた。前もここに来たときに思ったけどさ。

熱出す人が、そんなに偉いわけ????

わたしは、どういう身体の仕組みをしているのか分からないけど、平熱がめっちゃ高いの。人の「微熱」ってくらいある。だけど、熱はそれ以上出ないの。出ても7度5分くらいまで?8度出した記憶はないの(あるけど、1回だけw)。

「最初腸の具合が悪くなって、それから胃に来る人はいません」って言われた。だから?「お腹の具合が悪いときは、一回食事抜かすとか、おかゆとかうどんとかそういうものを食べるでしょ」(これはわたしが今日、お腹痛いのに、パン食べて、パン食べたあと、そのパンのガサガサが胃を痛くしてるように思えたって言ったからなんだけどね)「食欲不振にはならなかったんですか?」「なりませんでした」「お腹が痛いときはね、休ますために食べないのが一番なんだよ」「そんな、、お腹空いて死にそうになったらどうなるんですか!」「うーん、そういうときはやっぱりおかゆかうどんを食べるのかねー。牛乳とかヨーグルトは却ってお腹悪くする人いるし」(あ、わたし前日の晩、暖かくした牛乳飲んだぞ。けど、今言うとうるさいからだまっとこ)

てなわけで「急性胃腸炎ですね」ってことで、いわゆる「お腹の風邪」というヤツだ。

あーあーあー、もう今、忙しいんだよおお。仕事、今日一日できなかったじゃん!
ホント、ついてないわたし。しかし、どこで感染したんだろう?外から帰ったら、ちゃんと手洗い励行してたのに。

この冬、何度風邪引けばいいんだろ?2回目か。。
っていうか、わたしは年間何回医者に行けばいいんだろう???
もー、医者行くの飽きた。メインが口腔異常感症で、サブが皮膚科、今回のは不定期のヤツか?
今月もこれ以外に既に2回、医者に行くことになっている~(ルルル)
19:24 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
03-04 Wed , 2009
ヤツが結婚!?
今日、なんでこんな夢見たんだろ、って夢を見た。ま、夢なんかいつもそんなものかも知れないけど。。(笑)

んとね、高校の同級生がいるわけね。で、そいつとは高校在学中も仲がよかったし、高校卒業して大学に進学しても結構頻繁に会ってた。あ、2人きりじゃなくて(笑)、同じ高校の同級生♀3人(わたし含む)と。なんかとても不思議な組み合わせで、普通、♀3人と♂1人だったら「両手に花」どころじゃなく、ウハウハじゃんか、と思われるかも知れないけど、実際は色恋なんかぜーんぜんない、純粋な「お友達」としてのつき合いが結構長く続いたのだった。

♀3人、♂1人でも、全員が重なる部分はなくて、4人とも同じクラスだったことはないし、同じクラブじゃなかったし、でも、その中の2人とも必ず同じクラスで、同じくクラブも2人ずつ同じクラブだったっつー、そんな関係。4人ともバラバラな大学に進学したんだけど、高校卒業して、1ヶ月に1度くらいは会ってたんじゃないだろうか。なんか、4人で「東京見物」してたような気がする。浅草行ったし、浅草から水中バスで浜離宮行ったり、あとはそうそう「東京ディズニーランド」なんかも行ったっけ。あれ以来、わたしには縁がない場所だから、もう20年近く行ってないけどね、ディズニーランド。

ま、4人で揃うときもあったし、3人のときもあったけど、それになぜ集まってどこかに行くのかもよく分からなかったけど、ともかく、そういう時期があった。

ちょい最近、彼の名をネットで発見して「おー、こんなところに名前が載るようになったか」と思ってたんだけど、それが夢を見る原因の一つになってたんだろうか。。

なんかねえ、夢の中で突然、2人で「久しぶりだねー」とか話してて。その前後関係はよく分からないんだけど。でさ、さらに突然彼が「思いがけず、結婚しちゃったんだよねー」と言って、見ると左手の薬指に指輪が光ってて。「あ、そうなんだー。よかったじゃん」なんて、こっちも本気で喜んでて。いやー、よかった、よかった、と思ったところで、その夢は終わったんだけど。

一体、なんであんな夢見たんだろう?

自分は普段、起きてるときは、人が結婚しようがしまいが、その人の自由だと思っているクセに、本当は誰かと結婚した方がいいと思ってるのかなあ、、とか。夢の中で「本気で喜んだ」自分がね、ちょっと意外だったんだよねぇ~。いや、ホントはそいつ、結婚なんかできるのか?ってヤツなんだけど(爆←余計なお世話)、そういうこと思ってた彼が結婚したからってんじゃなくて、人の結婚を喜ぶってこと自体、今までわたしはほとんどそんなことなかったからさ。「あ、そうなんだ」くらいしか思ってなかったからさ。

うーん。。ヤツには突然メールを送れると思う、多分。
けど、こっちはカミングアウトしてないし、ヤツもここから遠いところに住んでいるらしいので、会う機会がない、と思われる。もうメールでカミングアウトはしたくないので、メールを送るのも躊躇しているわたし。

こんな夢を見たんで、ヤツが今、どうしてるのか、すごく気になるところ。
虫の知らせだろうか。
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03-05 Thu , 2009
やっと
いつからだっけ、一昨日?その前の日からか、おかしかった腹具合がようやく落ち着いてきた。
つーか、わたしはいつも、頭のトラブル(頭痛のことね(^^;)はあるけれど、お腹のトラブルがこんなに長引いたのは、記憶している限り初めてのことじゃないかなあ~?

もー、最悪の時は右を下にしても左を下にしても上向いてもどんな格好をしてもお腹が痛い。こんなの初めてだったよお。。おまけにお腹が痛いとお腹に力が入らないから、立ったり座ったりできないのね。というわけで、結局、お腹が痛いのを我慢して寝ころんでるしかなかったんだけど。。(ただし、お腹を温めるとちょっとは楽になったように感じる)

昨日あたりから、胃は痛くなくなってきて、その分、腸が膨満感というかなんというか。変な気持ちだった-。でも、朝起きたら膨満感は治っていた。彼女が夜中、布団をかけ直そうとして、布団を持ち上げたら、強烈な臭いがしたんだと。あら、また尾籠な話しでごめんなさい。わたしはもちろん記憶になく、、「寝屁をした」とでも言うのだろうか(爆)

いやー、頭痛いのとお腹痛いのって、今までは絶対に頭が痛い方がヤダ!って思ってたんだけど、お腹が痛いのもここまで来ると、相当なものなんだなあと実感。これってやっぱりそうなってみなくちゃ分からないものなんだなあ。ま、ただわたしの頭痛は持病だけれど、お腹痛いのは持病じゃないからね、やっぱ、頭痛い方がイヤだけど。

しかし、お腹の風邪って、引くの、初めてじゃないかなあ~?お腹でこんなに苦しんだ経験したことないから。ただ、ノロじゃないんだよな、これ。ノロだったら熱出たり、吐いたりするから、、それに二枚貝も生で食べた覚えがないし、人のゲロ踏んだ覚えもない(あら、また汚い表現使ってごめんなさい(^^;)。だからノロじゃないと思うんだけど。。だったら、なんなんだろう?ロタは乳児らしいし、アデノウイルスは夏らしいし。一体、どこからもらってきてかかったんだろう??うーん。謎だ。

あー、だけど、このせいで、わたしゃ、仕事やらんといかんのに丸2日、ほぼ寝たきりで何もできなかった。。orzってことで、取り敢えずまだ完治はしてないけど、座れるようにはなったから、仕事やらんと~(汗)在宅の仕事って、納期がちゃんと決まってるし、その間、病気になる予定なんて立ててないから(当たり前だ)、病気になったときは、そのあとが大変。「いつでも好きなときに仕事ができる」と言われても、仕事が終わらなければ、一日中仕事してないといけないし、なかなか大変だ。

わたしはやっぱ会社で仕事する方が性に合ってると思う、うん。
20:21 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
03-06 Fri , 2009
病院の日
今日は雨の中、病院の日だった。
取り敢えず、前回が主治医の顔さえまったく見る気がしないほど落ち込んでいたときだったから、今回も仕事が忙しい中、彼女にも付いてきてもらって、一緒に病院に行った。まぁ、彼女はちょうど別の用事もあったようだから、よかったけど。

今日は取り敢えずは顔を見て話せた。けどあんまり調子はよくなさそうですね、と言われた。まーねー。セロクエルが増えたものの、全然よくなってるような感じがなかったし。なので「全然よくなってないです」と答えてきた。

あとは、、前回の説明かな。主治医はわたしがうつ病になったのかと思ったらしいのだが、うつ病と今の状態の違いを詳しく話してきた。うつ病の時は、あるとき突然不安になったり、落ち着かなくなったり、生きてるのがイヤになったりして、それには特に理由はなくて、その気持ちを誤魔化すために「寝逃げ」などをすると、起きたときは気分がよくなったりしているもんなんだけど、今回のはもう、何をしても歯のことが気になって、寝ようがなにしようが歯はよくならないもんだから、もう、絶望的な気分になってしまうことがある、これはちゃんと「歯が原因」って分かってるものだから、うつではない、ってことをね。

うーん、やっぱ、歯科医だとうつ病のことなんか分からないのかなあ、、ってちょっと思ったり。ただ、この口腔異常感症に関しては、歯科医が診たり、精神科医が診たりするらしい。だからちょっと微妙な病気だとは思うんだけど、でも、うつ病とは全然違う病気だ。

こないだより落ち着いて、今日は主治医の顔も見ながら話せたので、主治医の方も「これなら大丈夫」と思ったみたいだ。

わたしが「(初診以来ずっと飲んでいる)テトラミドって全然効いてる気がしないんですけど-」と言ったら「そうですねぇ、効いてませんね」って、だったらもっと早く別の薬に替えてくれよ-。まぁ、この症状だとテトラミドで効く人が多いらしいけど。。わたしには効かないみたいだ。ってことで、処方が変わった。と言っても、新しい薬が増えたんじゃなく、今まで就寝前に飲んでいたトリプタノールを増やしただけだけど。

んーとね、就寝前のトリプタノールは25mgで、黄色い錠剤なんだけど、朝昼晩に飲むヤツは10mgの青い錠剤。前、ちょっとだけこの青い錠剤を飲んでたことがあるんだけど、それからすぐ、黄色いヤツに変わったんだよね。それで、今まで飲んでたテトラミドはなくなった。

主治医によると、薬が本当に効いてきたのなら、飲んで5日目以降に変わってくるらしい。飲んですぐ変わっても、元通りになる場合はプラセボ効果らしいんだけど(笑)まー、プラセボ効果は多分ないと思うんだけど、薬を飲んでよくなった記憶が今、一切ないから(あ、この病気に関してね)、よくなるってどこがどうなるのだろうかっていつも思ってるんだけどね~。ホント、早く自分に合う薬というか、治る薬にたどり着きたいものだ。

テーマ:闘病日記 - ジャンル:日記

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03-08 Sun , 2009
楽しいオフ会
いやー、楽しかった。
って、なんか毎月のようにやってる「在日オフ会」。
とはいえ、毎回お初の人はいるんだけれども。
わたしは3回目。

18時30分から23時過ぎまで同じ店でずーっと騒いでたってどうよ?(笑)
「ラストオーダー」って頼んだ記憶があるのに、それ以降も「マッコリ-!」って注文してたのってなによ?(追加料金だったらしいが)
わたしは最初はおとなしく(?)ウーロン茶だったのに、マッコリが来て、適当につがれるまま飲んでたら「Ronさん、お酒強いんですねー」って言われて、あ、はい実はそうなんです、みたいな(笑)

わたし、酒だったら日本酒とワインが好きなんで、ビールや焼酎は飲まないんだけど、マッコリはどっちかというと好きな部類の酒に入るのね。っていうか、マッコリってアルコール度数、いくらくらいなんだろう?日本酒くらいかな?あー、でも、わたし今、抗うつ剤飲んでるのに、あんなに酒飲んで平気かなってもう遅いけど(苦笑)うつ病だったときは、あんなに「酒は飲んじゃダメ」と言われてたのに、今回は誰も何も言われなかったんで、ついつい飲んでしまっただよ。。

でも、辛いものは一切ダメなのよね(爆)「慣れ」って言われたんだけど、慣れるまで辛いものを食べ続けるなんて、わたしにはできない。。ので、昨日も「これ、辛くない?辛くない?」って聞いて、辛くない食べ物だけ食べてました。

しかし、在日のオフ会に出るたびに不思議な思いがする。彼らには確かに「在日」って世界があって、例えば飛びかう言葉の中に、ぽそっと朝鮮(韓国)語の単語が出てきたりする。わたしは朝鮮(韓国)語をまったく知らないから、そういう単語が出てくるたびに「えっ、分かんないよ?」って思う。だけど、みんな同じこの日本で生活してる。見た目で在日かどうかなんて絶対に分からないから、何にも言わなきゃわたしには(他の人にもだろうけど)日本人に思える。でも、話してるとやっぱり違う。彼らの生活の中にはどこかしら韓国の風習が入ってる。

わたし、今回は近く結婚するって人にチマ・チョゴリのことをいろいろ教えてもらったり、あとは「愛国心について」なんかをいろいろ語り合ったりした。「Ronさんには愛国心なんかないでしょ」って言われたから「いや、あるよ」って答えた。わたしは愛国心って郷土愛の延長みたいに思ってる。ここで生まれ育ったからここが好き。それがわたしの「愛国心」に繋がる最初の一歩。

「それなら俺もそう思いますよ」と彼は言った。じゃ、なぜ彼は「愛国心はない」と言うのかというと、愛国心って言う言葉ってとても胡散臭いものを含んでいるような気がするからなんだと思う。「愛国心」という言葉には知らないうちに「日本が攻められてきたとき、お前は国のために命を捨てられるか」というところまで含んでしまっていると思う。もちろん、そういう意味での「愛国心」もアリ、だとは思う。けど、わたしの「愛国心」とは、「日本が攻められることのないように努力すること」「日本が戦争に加わらないように努力すること」「世界に戦争が起こらないように努力すること」だ。悲しいかな、終わりの2つは今はわたしの思いとは逆なんだけれども。

彼は「ああ、そういう愛国心だったら分かります」と言った。しかしわたしは話していて、同じ「愛国心」でもわたしが持っている「愛国心」と彼が持っている「愛国心」(尤も彼は「愛国心」など持っていないと言ったが。ただもし仮に彼が愛国心を持っていると答えたとしても)は、多分、違うものなんだろうなと感じていた。

そこでやっぱりわたしはわたしは「持っていて」、彼らが「持っていないもの」のことについて、いろいろ考えてしまうし、そして何より不思議に思うのだ。。この社会にはいっぱい、目で見えない線が引かれていて、持っている人と持っていない人を分けてるんだろうな、と。

なんて、固い真面目な話しは、ほんのちょっとだけで、あとはほぼ、最初から最後までエロ話に花を咲かせていたのだ、実は(爆)

いやー、わたしって、今まで面と向かってのエロ話ってしたことがないんだよね。昨日は「女体盛り」や「わかめ酒」の話から始まって、「女体マッコリ」(謎)とか、もー、いろんな話が飛びかって、面白かったー!昨日のオフ会、女性はわたし含めて4人いたのかな。「女体盛り」の話をしてたとき、他の女性は「えー、でもどんな顔したらいいのか分かんないー」って、「自分が女体盛りをする方」って普通に考えて話してる、というのが分かって(笑)、あ、やっぱ、わたしって性的指向が違うんだわ、と思わされて面白かった。だって、わたし、女体盛りは、やる方じゃなくて、見る(?)食べる(?)方を想像してたんだもん。自分が「やる方」とは考えてなかったもん(笑)

しかし、ノンケのエロ話は新鮮で面白かったわー。つか、あそこまで話すか普通、ってほど、すんげー話が飛びかってたけど。いや、わたしはノンケ男って、女に挿入して射精できれば、相手は誰でもいいんだとばかり思ってたけど、違うんだねー(笑)やっぱ一人一人、セックスファンタジーってあるんだなあと。これは新しい発見だった(笑)いや、レズビアンにも人によってセックスファンタジーが違うから、ノンケもそうなんだって考えるのが普通なんだろうけど。。だけど、そうは思えなかったのよ!なんか、イメージ的に、ノンケのSEXって「顔のないのっぺらぼう」って感じが今までしてて。。

すんげー、すんげー、楽しかった!

もうね、最近、疲れることばっかりで、どんどん沈んでいってたけど、これでだいぶ浮上した!

で、昨日は日が変わって帰宅したわけだけど(苦笑)、わたしは興奮して彼女にいろいろ話してたんだけど、寝るときに彼女に「ろんたこ、マッコリ臭いから、向こう向いて寝て!」って言われちゃって。。orz

で、寂しく背中合わせで寝たのでした(涙)
14:04 | mixi関係のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
03-09 Mon , 2009
複雑な気持ち
今、わたしたちは、朝食と夕食は彼女が作って、昼食は各自、適当に食べている。

でもたまにね、昼食にホットケーキが食べたいときがあって。
「今日はホットケーキにするから」と言うと、彼女は眼をキラキラさせて「ホント?やったー\(^0^)/」ってもう、すごいはしゃぎっぷり。

そう、ホットケーキの時は、ホットケーキミックスの量の関係で、到底一人じゃ食べきれないくらいのタネができるから、彼女の分と、併せて2人分のホットケーキをわたしが焼くのね。

それにしても、その喜びようを見ていると、心中複雑。。
だって、こんなことで喜ばれるなんて、いかに、普段わたしが何もしてないか(あ、料理に対してね)っていう証拠でもあるからね。。

そして、、昨日だっけ、わたし、1シーズン、何かない限り、ほとんど同じ服を着てるんだけど(爆;あ、でも下に着てるTシャツはある程度経ったら変えるよー!)、オフ会に行ったら、洋服がものすごくタバコ臭くなってて、それで仕方なく(?)着替えたんだけど。それも別になんてことない、今までずっと着てた服なんだけど、着替えたわたしの姿を見て「ろんたこ、それ似合う~」と言って、昨日からこっちの方を見てると思ったら、熱い視線が送られている。。。一体、彼女の中の何が反応しているのか??

これさぁ、去年とか一昨年とかも着てた服だから!(苦笑)

そんなわけで、ちょっと途惑いを隠せてないわたし。
ま、この格好に慣れれば何も言ってこなくなるよね。
ってわけで、しばらくはこの格好(まぁ、そういうことがなくてもこの格好(笑))。
22:06 | 二人のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
03-10 Tue , 2009
付き合って丸8年経ちました
今日、3月10日は「東京大空襲」があった日。
って、生まれてから31年間はそう思ってた(あ、これはウソ。1歳や2歳でそんなこと思うわけない(^^;)。

ところが、32歳のときから、この日はわたしにとって別の日になった。そう、彼女とつきあい始めた日。2001年の今日、3月10日にわたしたちはつきあい始めた。

あれからもう8年経つんだなあ。。。
って思う。あっという間だったような気がする。
けど、思い返してみると、本当はいろんなことがあったんだよなあ~、、
つきあい始めた当時と今はわたし自身、まったく違う環境の中に身を置いているし。
そう考えると人生って先が分からんもんだよなと思う。

あとは、ここ1年でなんか自分の意識が変わった感じがする。
去年、指輪を交換したわけだけど、わたしにはこういうものはあまり合っていないような気がする。
そう、なんか息苦しさを感じるんだよね。。
指輪に縛られている感じ?
だから、わたしは逆に「自分は自由なんだ!!」と言いたい気分もするんだ、実は。
ただ、外に出るときはちゃんと指輪してるけどね。

でも、指輪一つでそういうことを感じていたら、
もし、結婚できるようになったとしても、わたしは結婚できないなあって思う。
だって、結婚するって、それだけ責任が伴うし。。

子どもの頃から「自分は結婚はしないだろう」って思ってたけど、
まさか、こういうことを見越して、そう思ってたわけじゃないだろう。。
けど、もし結婚したとしたら、今の比じゃないくらい息苦しさを感じるだろうなあ。。

いや、特に彼女に不満があるわけでもない。
ただ、、なんというか、自分の可能性が目に見える形でなくなるのがイヤだというか。。
ええ、我が儘だと思いますよ、自分でも。
だけど、ここ1年で、どういうわけか、わたしは自分の中の意識が変わってきたと思ってる。
今後、どうなるかなんて分からないけど。

わたしたちはお互いの誕生日は何もしないんだけど、つきあい始めた日とその半年記念、というのは、
もう、つきあってから半年してすぐ、やってる。
今年は2人とも、今、仕事の真っ最中ってことで、うちで祝ったんだけどね。

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数日前、食器棚の中にオレンジマーマレードを見つけて「なに、これ。なんでこんなもん買ってきたの?」って聞いたんだけど、実はスペアリブに使うために買ってきたらしい。「ろんたこは肉が好きだから」と思って、肉料理にしたそうだ。

で、あとは定番の(?)ワインとチーズ。
わたしたちが共通で好きなもの。
ただ、今は仕事もあるし、わたしも薬飲んでるから、二人でハーフボトル1本、っていう飲んだか飲まないんだかよく分からないほどだったけど。

そんな中で、
「ねぇ、来年はどうなってるかな」
とわたしは言い、彼女はテレビを見てた。

来年は、どうなってるかな。
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03-11 Wed , 2009
つい衝動買い(^^;
今日はちょっと出かける用事があったんだけど、それが終わってから、新宿へ。
ヨドバシカメラで衝動買い。今、仕事してるから、なんか気が大きくなったような気がして。
でも、今やってる仕事が金になるのは、少なくとも来月以降だから、カード払いで(苦笑)

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iPodも使いこなせてないのに、いいんかいな(^^;
と思ったけど、こっちの方がソフトが使いやすいわ。。わたしってよっぽどApple製品とは相性が悪いのねーって思う(苦笑)かといって、SONYが特に好きなわけでもないけど。

もうこれ以上、PCの中にソフトはインストールしたくなかったんだけど、で、これはPC経由でなくCDプレーヤーから直接曲が入れられると思ってたんだけど、帰ってよく説明書読んでみたら、CDプレーヤーから直接入れるためには、別売りのケーブルが必要なんだってさ。

ってわけで、仕事もせず、今日は一日遊んじゃったよ~。
明日からまた仕事に精を出さねば。
今日は早くねよーっと。
22:15 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
03-12 Thu , 2009
もうすぐ春ですね
題を見て「もうすぐは~るですねぇ♪」というメロディーが自動的に頭の中に流れた人は、わたしと同年代かもっと年上の人でしょう(笑)

わたしからするとキャンディーズって「普通の、女の子に、戻りたいんです!」と言って解散したことしか記憶に残ってないんだよねえ。。でも、なぜか曲はそれなりに知ってるのは何故なんだ??

今日、図書館に本を返しに行ったんだけど、歩いてるときにジンチョウゲの匂いが。。「あー、もうすぐ春なのね」と実感した。前に住んでたうちには、ジンチョウゲがたくさん植えてあって、この時期になるとすごく匂ってくるんだよね。だから、わたしの中では「キンモクセイの匂い=もう秋なのね」とともに「ジンチョウゲの匂い=もうすぐ春なんだなあ」という図式が成り立っている。といっても、この図式は結構一般的だと思うけど。

ただ、キンモクセイは、今住んでる家の近辺に沢山植えてあるんだけど、ジンチョウゲはないみたいなのよね。残念だわ~。

昨日買ったウォークマン(わたし、これがウォークマンだったなんてこと、さっき知ったんだけど。わたしの知ってる「ウォークマン」はもっと別のものだった!今やこんなに進化しちゃったのね。。)に昨日からいっぱい曲入れてる。といえども、もうそろそろ終わりに近づいてるから、わたしはCD自体、あんまり持ってないんだなあ。まぁ、最近CD買うといっても、特に好きな歌手もいるわけでもないから、あんまりCDに散財するってことはなくなったんだよね~。とはいえ、今「あのとき買っておけばよかったなあ~」ってCDが2枚ほどあって、オークションなんかで見ると、すげー値段なんだよね~、最初から。まぁまだオークションに出回ってるだけマシかも知れないけどね。

で、今日、聞いてた曲はTUBEの曲。って意外かも知れないけど、わたし、1枚だけTUBEのCD持ってるのだ。「TUBE」って言うとすぐ「夏」を連想するかも知れないけど、わたしがこの曲を聞いたのは、'97年2月に宮崎県の日南で広島東洋カープのキャンプを観に行ったとき。練習んときに流れてたのが、多分、このTUBEの曲だったわけ。あの頃は、わたしは広島東洋カープの大ファンで、ほとんどカープの追っかけみたいなことやってて(笑)、沖縄キャンプにも行ったことがあるし、日南キャンプにも行った。まぁ、この頃のことを思い出すときりがないから、止めておくけど、そのときに聞いた曲がもう一回聞きたくて、それでCD買ったんだよね、確か。

だもんで、わたしの唯一持っている「TUBEst II」を聞くと、なんかね~、2月の日南を思い出す(笑)今日聞いてたら、なんかカラオケで歌いたくなってしまった。

ってわけで、なんか気が抜けて今日も仕事はそこそこなわたし。。
やばいぞ。明日から気合いを入れ直して頑張らないと納期に間に合わない。。
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03-13 Fri , 2009
みんなでディルドについて語るのだ!(笑)
ってなわけで、イベント告知。

わたしの友だち、翔子さんと水月モニカさんが、今度、「新イベント企画ユニット【サインはV!】」っつーイベントをやることになったようで。で、第一回目のイベントは、な、な、なんと

『サインはⅤ』~書を捨て、ディルドを持とう~

てなわけで、わたしは取り敢えず「Vゲスト」として参加することになりました~!(わー、パチパチ)
普段、恥ずかしくて話せないようなあーんなことや、こーんなことも話をしようかなーと思っているところです(いつも日記に書いてるだろというツッコミはなしで。これでも日記はかなり抑えて書いてるんだから(爆))。

以下、転載です(そして転載歓迎)。

------------ ここから ------------
モニカDXと翔子MAX+アメーバのように増減する『Vメンバー』EXILEには負けられない!V=ヴァギナの本音トークショー。(あ、でも、そんなに真面目に話は聴かなくて良いの♪)

毎回、多彩なゲストでお送りします。

2009年3月22日(日)19時~22時
【書を捨てて、ディルドを持とう♪あくまで実感!女同士でわいわい、Vトーク♪ 】
入場料 1000円
参加資格 セクシュアルマイノリティにご理解があれば、どなた様でも。

モニカDXは44歳の誕生日にドン○ホーテで生まれて初めてバイブレータを買い、 その素晴らしさに目から鱗がぼろぼろ落ちる。
一方、友人の翔子MAXは

「まぁっモニカDXともあろう人が質も考えずディスカウントショップでバイブを買うなんておよよ」
と女性の性の自立と現実のギャップに改めて問題を提起!(ってほどの事でもない)

というわけで遅すぎる桃の節句に女たちの本音トークが炸裂。

協賛予定ありで色々バイブレーターも触れます。握れます。嗅げます。

入場料:1000円 (予約不要)

会場:早稲田パフスペース
http://www.pafspace.com/
------------ ここまで ------------

んー、女同士でわいわい、Vトークとあるけど、別に女じゃなきゃいけないってわけじゃなく、ノンケ男子もゲイ男子もバイ男子も、その他男でも女でもない人でも男とか女とか関係ないって人も、誰でも参加できます。ノンケ男性さんにはお相手の女性パートナーさんのことを考えて「えー、女ってこういうものも使うのね」という、多分、目から鱗がボロボロ落ち状態になるんじゃないでしょうか(笑)普段は「興味あるけど、なんか怖いし」って思ってる女性(ノンケでもバイでもレズビアンでも)、バイブやディルドをさりげなく(?)見たり触ったりすることができますよー(笑)題名は「ディルド」になってるけど、特にディルドだけの話をするつもりはないんで。。(笑)

ここで「ディルドって何?」って人のために、解説しようかと思ったんだけど、仕事溜まってて、書く余裕がないので、取り敢えず調べてくださいまし。別名「ペニスバンド=ペニバン」とも言うけど、わたしはこの言い方、あんまり好きじゃない。他に「バイブ」とか「ローター」とか、いろいろあるんで、そっちの方も調べてから来ると、予習になるかも知れません(爆)

さぁ、3月22日は、書を捨て、ディルドを持とう~!

ところで「EXILE」ってなんなんだろ??
23:18 | (性的少数者)イベントなど | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
03-16 Mon , 2009
終わった~!
いやいや、2月末からやってた仕事の最終納期日は今日!
ってなわけで、終わったよ、やっと。。
10日が中間の納期日だったんだけど、それをとても落としそうでね、ウギャーと思って必死こいて納期に間に合わせたんだけど。それが終わってから「あ~あと1週間近くあるからいいや~.。.:*・゚゚・(´ー`).。*・゚゚・*:.。. ぽわーん」って思ってたら、気が抜けて、元の仕事モードにするのが大変だった。。途中でウォークマンなんか買っちゃって、その中に曲入れまくったりしてたし。。

だから、最初の方は「これは、納期に間に合わない!」と思って、仕事の発注元に「すみません、納期に間に合いそうにありません(T_T)」って泣きが入ったメールを送って、一応進捗状況を知らせながら、納期については考えていきましょうという暖かいお返事をもらったんだが、結局、そこでぶわーっと仕事モード復活したら、予定より早く終わってしまって、なんだか「うそつきオオカミ少年」になってしまった(汗)

まー、ただ、仕事を発注している方から考えてみると、納期日近くになって「間に合いません」って言われても困るだろうしねー、と思って、早めの連絡をしたのだけど。。

あー、でもこれからしばらく遊ぶぞ!
っていっても、これからは結構忙しい日が続くのよね。
「在日コリアン映画祭」ってのがあるらしいんだけど、わたしは既に3日間の通し券を予約しちゃったし、その後は個人的に大切な人と会う用事があったり、あ、そうそう、パフでのイベントも行くし、それに何より、29日はTOEFLのテスト。。ってなんも勉強してないじゃん!って、もう今さら英語勉強しても仕方ないわいってことで、まぁ今回は実力で受けてきます(苦笑)あー、スピーキングとかライティングがあるってのに、あるってことしか知らないよ~(苦笑)

この調子だと、なんだかすぐ4月になってしまいそうだ。
22:19 | 仕事・バイトのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
03-18 Wed , 2009
「男の戸籍をください」と「あんにょんキムチ」と「性同一性障害」がチャンプルー
今日は在日コリアン映画祭の1日目で、2つ、映画観てきたんだけど、その中の「あんにょんキムチ」って映画はとても面白かった!映画の上映終了後に監督さんのトークショーがあったんだけど、まぁなんとも話が好きな監督さんで(笑)

で、ちょっと前に図書館から「男の戸籍をください」と「性同一性障害30人のカミングアウト」と「ゲイという経験」の3冊を借りてきたんだけど、この「男の戸籍をください」で感想書きたかったのね。で、今日ね、映画観た帰りに、あれこれ考えてたら、今読んでる(ほとんど読み終えたけど)「性同一性障害30人のカミングアウト」に繋がってね。あー、これで日記書きたいなと思ったの。

けど、、仕事があるの、明日まで!!
結局一昨日終わったはずだったんだけど、昨日の朝、「追加でやってもらえませんか」と言われ、断れなくて「ちょっとだけ」やることになったんだけど、人が「これくらいかな」と言った最大限送ってきた!つか、昨日、ちょっと夜、家を空けてたんだけど、帰ってみたら「ついでだからここまでお願いします~」っていうメールが来てて、オイオイ、みたいな。。。

で、それの作業に今、追われてて、だって、明日は医者の日だから、午後には出ないといけないし、その帰りにまた映画を観に行くんで、その前に納品しないといけないのだ。。

ってんで、いろいろ考えるところはあるんだけど、また今度かな~。その前に、この3つがどんな繋がりを持っているのかを、日が経ってしまったら忘れてしまうかも知れない。。いや、すくなくとも2つに共通してるのは「カミングアウト」だと思ってる。あと「戸籍」もね。おそらくこれがこの3つを繋げる「キーワード」になるだろうって書いたら、なんとなく分かるでしょ(笑)

あー、早く仕事終えて心の底からホッとしたい。
仕事が終わらないとなんかお腹の中にいっぱいうんこが溜まってるみたいで、気持ちが悪いんだよね。。実際、便秘気味のわたしの腸の中はそんな感じだと思うけど(爆)
22:37 | (一般)映画・演劇のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
03-20 Fri , 2009
昼の長さと夜の長さが同じ日に
今日は春分の日。彼岸の中日。「暑さ寒さも彼岸まで」っていうから、ようやく寒い季節とお別れで、超寒がりのわたしは嬉しい。だけどまー、まだ、ストーブとはお別れしたくないけどね(笑)

さて、「在日コリアン映画祭」も今日が最終日。なんか連日満員で、主催者側もこれは想定してなかったみたい。わたしは3日の通し券を予約してたから、最初の日しか受付で金払ってないんだけど、昨日も今日も「あ、昨日も来てましたね」とか「毎日、早くにお越し頂いてありがとうございます」とか言われちゃって、やっぱ3日とも同じ格好で行ったら覚えられるのかなあ、とか(爆)

今日は朝鮮学校の様子を撮った「ウリハッキョ」という映画だけで、あとはトークショーとライブがあったんだけど、なんて言うかな、この3日間を通して、在日関係の映画を5本観ててね、自分が「日本人」としてじゃなくて、「性的少数者」として感じることの方が正直多くてね。自分は「性的少数者」という部分でしか生きてないわけじゃない、って思うんだけど、なんて言うのかな、ちょっとしたところで「共通点」を見つけてしまうのね。

例えば。「あんにょんキムチ」の冒頭は、監督(この映画ってドキュメンタリーで自分の家族が出てくるから、監督自身も出演者の一人になってる)が、初めて友達に「自分は日本人じゃないんだ」ってカミングアウトするシーンだったのね。これ観たらさぁ。自分がカミングアウトしてるところと被るじゃない。そうするとさ、自分のときと比較しちゃうわけよ。

で、映画が終わって、監督がトークショーに出て来て、そこでいろいろ話したんだけど、質問が出たの。「途中で酔って歌い出した後に泣いたのは演技ですか」って。途中でね、そういうシーンが出てくるの。それについてね、監督は「いやー、あのシーンは冒頭のカミングアウトのあとで、みんなでカラオケに行って、その帰りのことだったんですよね」と。わたしはそれで納得した。カミングアウトを友人にして、それを受け入れられて、嬉しかったんだな、と。わたしも誰かにカミングアウトした後って、正直ホッとする。わたしはカミングアウトして、今まで誰かに拒否されたことないけど(親以外)、カミングアウトを終えて、一人になったとき、言えてよかった、ということと、拒否されなくてよかったってことが、一緒くたになって、嬉しかったりホッとしたりするんだよね。あのときは友達1人が一緒だったけれど、監督はきっといい気分になったから歌い、「受け入れてくれてありがとう」って思って泣いたんだと思う。

まぁ「受け入れてくれてありがとう」ってわたしは今ではそんな謙虚なことは思わなくなって(爆)「受け入れられようとられまいと、自分は既にここにいることには変わりない」「受け入れられなければそれまで」って思ってるけどさ。でもカミングアウトをするようになってからしばらくはわたしもこんな気持ちだったなーってことを思い出しちゃったよ(笑)

これはただ一つの例だけだけど、本当は5本の映画、どれも必ず「あー、この気持ち、すごくよく分かる」ってところがあるのよ、それは日本人としてじゃなくて、性的少数者としてね。それがねー、自分としては複雑だった、すごく。もうちょっと「普通」の日本人の目で観たかったと思った。けど、やっぱりそれは無理なんだよね。少数者って、多分、「自分はなんなのか」と言うところを他の人以上に考えてるんだと思う。「自分は何故ここに住んでいるんだろう」とか「自分はなぜ同性愛者なんだろう」みたいに。「自分は何故日本人なんだろう」とは、わたし、考えたことないもの。。

でもね、分からないこともたくさんあった。在日コリアンのほとんどは故郷は今の韓国にあるというのに、「祖国」を北朝鮮にした人たち。自分の知らない土地をなぜ「祖国」と言えるのか。「祖国」と思えるのか。これはわたしにはよく分からない感覚。

朝鮮学校の高3の修学旅行先は、平壌(ピョンヤン)、要するに北朝鮮なわけだけど、2週間の修学旅行を終え、彼らが日本に帰ってきたときに、少し以前と変わっている、と感じた、とこの映画を撮った韓国人の監督は映画の中で言う。しかし、監督自身は韓国人(在日ではない)なので、北朝鮮には付いていくことができない。なので、彼らが北朝鮮でどのように過ごしたかは分からない。生徒の一人にカメラを託したらしいが。その監督は「今まで南北の分断を感じたことがなかった」という。しかし、この件で初めて南北の分断を肌で感じたという。

修学旅行から帰ってきた生徒は言う。「向こうでは朝鮮語で話しても誰も振り向きはしない」「チョゴリを着ていてもそれは当たり前の世界」「(北朝鮮の人たちは)とても親切だった」「彼らの目はとても澄んでいて綺麗だった」「自分が当たり前に存在できる場所だった」「自分が朝鮮人であることを誇らしく思った」と。

わたしは彼らにはそういう「国」があって羨ましいと思ったが、でも一方「これって、わたしが二丁目に行ったときや、パレード(ゲイパレードね)に参加したときに感じる感覚と同じじゃん?」と思いもした。北朝鮮と新宿二丁目やパレードをいっしょくたにすると誰かに怒られるかも知れないけど(苦笑)、でも、自分が自分のことを隠さずに自分らしくいられるところに行くとね、普段、自分がどんなに窮屈な思いをしているか、分かるんだよね。確かにわたしは今、ここ(自分の家ね)にいて、窮屈な思いをしているつもりではないけれど、でも二丁目に行くとね、明らかに違うの。なんか「自由」を手に入れた感じがするの。パレードに参加するとね、心がすごくのびのびした感じがするの。「自分は肯定されている」って思えるの。幻想かも知れないけど(笑)


そしてやはり「誇り」を持つのは少数者だからなのか、とも思う。彼らが言ってたことはほとんど「ゲイ・プライド」にも通じるからだ。わたし自身はあんまり「ゲイ・プライド」ってのは、自分じゃ感じられないんだけどね。でも持つとしたら多分、そういうことなんだろうなと映画を観ながら思ってた。

特に彼らは、あの時期、ちょうど北朝鮮の拉致問題が出てきた頃で、日本に帰ってきたとき、新潟港では「拉致被害者を返せ」だのという横断幕があちこちにあって、抗議活動されていて、だから朝鮮学校の先生は船から下りる際、女子生徒に対して「(制服の)チマ・チョゴリじゃなくて、ジャージを着るよう」指示するのね。彼らにしたら、北朝鮮で楽しかった反面、また日本に戻ってきて差別を受ける立場になるのか、と思ったら、そりゃあ、普通以上に「祖国はやっぱりいいところ」だと思うだろうなって思うよ。

わたし、北朝鮮で彼らが受けたのは、多分、特別待遇に近いんじゃないかと思う、それは「国策」としてね。北朝鮮支持者を増やしたいのだから、そういう手は当然使うだろう、と思う。だから「それに引っかかっちゃダメだよ」と言いたい反面、日本人も彼らにひどいことをしてるんだよ。朝鮮学校に「お前の国がテポドンを落としたら、お前ら皆殺しだ」とか「数日中にお前らの生徒を一匹ずつ殺す。お前らは人間じゃない」とかさ、電話がかかってくるんだよ、ホント。

わたしさぁ、確かに北朝鮮という国は、何も知らない他国の一般人を拉致してひどい、と思ってるけどさ、でもその矛先を朝鮮学校の生徒に向けるのは間違っていると思う。これは国の問題であって、朝鮮学校に通う生徒の問題じゃない。なのになんでこんな脅迫じみた電話をかける人がいるんだろう?あまりにも卑劣としか言いようがない。はっぱかけるなら、日本の政治家や国に言え、と思う。これは国と国という立場でしか解決しようのない問題なのだ。

でね、わたしは朝鮮学校の生徒の北朝鮮に対する感覚と、わたしが二丁目に対する感覚って似てるなと思ったんだけど、片方が「国」だと、途端に胡散臭く思えてしまう。それはなぜ?と思ったのよね。それはなんでだか、今でもよく分かんないんだけど。

それに「民族性」というのは、持たねばならないものなんだろうか、とも。少数者のプライド、という点では心情的には分かるんだけど、しかし「民族性」が先に立つようになると、多様性、というものが失われるんじゃないだろうか、とかね。民族で固まると、そうでない民族は受け入れられないような感じじゃない?排他的、というか。そこが問題だと思うんだよね。。自分たちの民族に誇りを持つことは構わないし、日本人だって、日本を愛する気持ちを持った方がいい、と思うけど、でもそれイコール他の民族を差別する、ってことではないと思う。自分の民族に誇りを持ちつつ、他の民族に対しても同じように敬意を払う、これが理想なんだろうけど、現実は難しいんだろうなあ。。

それを考えると「ゲイ・プライド」なんてものもホントはいらないんじゃないかなあ~、なんて思う。まぁ、「これがゲイ・プライドだ!」なんて思ったことがないわたしだから、そんなこと言えるのかも知れないけど。その「プライド」によって他者との間に溝を作ったり、他者を差別したりするものになるのなら、そんな「プライド」なんて百害あって一利なし、だと思う。

この映画祭の主催者は「在日コリアンの映画を観てもらうことで、世間が一般に持っているステレオタイプの在日、というのを打破して、いろいろな在日コリアンがいることを知って欲しい」って言ってたけど、それ以前にわたし、ステレオタイプな在日って一体どんなイメージなんだろう?ってこの3日間、ずっと思ってた。わたし、そこまで在日のこと知らないもん。あまりに知らないことが多すぎて、「分からないところがあったら質問して下さい」って何度も言われたけど、自分が何が分からないかすら分からない状態で、何を聞けばよいのかわかんなかったもん。あと「これ聞いたら失礼かな」と思ってしまうところもあって。。

例えば「あんにょんキムチ」で、この作品を作った監督の家族は、両親が結婚した時点で日本に帰化した、って言ってたけど、名字はいつも使っている「松江」ではなくて「柳」って名字らしいんだよね。映画の中で「松江家の墓」と墓石に刻みつけたのも、「松江家の家紋」を作ったことも含め、「松江」であることに非常にこだわっていながら、なぜ帰化したときに名字を松江にしなかったのだろう?って思った。もしかしたら新しく作った名字では帰化できないのかな?とか。でも、韓国、朝鮮、中国の人が帰化するのならそのままの名字が使えるけど、それ以外の、例えば西洋人が帰化するときは名字と名前は「日本風」にしなければならないでしょう?小錦だって曙だって、現役時代の四股名を帰化の時の名前にしたはずだ。だから、できないわけじゃない、と思う。だから「なんで?」って思ったんだけど、これは個人的な事情なのかなーと思って、なんか聞いちゃまずい気がして聞けなかった。

昨日観た「Dear Pyongyang(ディア・ピョンヤン)」も、親がバリバリの朝鮮総連の幹部の娘で、その娘がこの映画の監督なわけだけれど、こちらの方は朝鮮か韓国か日本か、じゃなくて、最初から「朝鮮か韓国か」なのね。この娘は親のやっていることに疑問を持っていて、韓国籍になりたいってずっと思ってたのね。それがずっと言えるような雰囲気じゃないんだけど、あるとき、父親が「お前は韓国籍になっていい」って言うわけ。それでその監督はカメラ回しながら、あの時実はカメラを落としそうなくらいびっくりした、とトークショーで語ってたけど、わたしにしてみれば「なんでそこに『日本に帰化する』という選択肢が全くないわけ?」って思ったわけ。でもこれもなんだか個人的なことかなあーと思って聞けなかった。

分からないところが多すぎるのと、これ聞いたら失礼だろうか、と思うこともあって、結局なんの質問も出来なかったわたし。「日本人」と「在日」という軸よりも「性的少数者」と「在日」という軸でついつい観てしまうわたし。

この3日、5本の映画を観て、4つのトークショーと1つのライブを観たんだけど、まず第一に、映画は楽しかった。トークショーも、各々の映画を作った監督さんが出てきて、同じドキュメンタリー映画の監督さんでありながら、やっぱり人によってポリシーとか映画を撮るときの手法が違うんだな、と感じられて、それもなかなか興味深かった。このさ、トークショーってのは、わたしはまたつい、「東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」のことを思い出しちゃうんだけど、あっちの映画祭の方はね、トークショーがあっても、あんまり面白いなって思ったことないの。だけど、この映画祭のトークショーは、特に監督さん達のトークショーはすごく面白かった。この違いは何かなって思ったんだけど、それは、通訳を介さないからかなって思った。

ね。やっぱりわたしと繋がるのはどうしても「性的少数者」の方なのだ(苦笑)

そこのところが、わたしにはとても複雑でね。最初にも書いたけど、わたしは別に24時間、365日「自分は性的少数者だ」と思って生きてはいない。なのに、ついつい、そっちからの方向で観てしまって、それがね、イヤだったの!「日本人」としてのマジョリティーの視点、と言うのも磨いておきたいと思うのだけれど。。今さら無理なのかなあ~。

というわけで、やってみたら会場がガラガラだった、という夢ばっかり見ていた、というこの団体の代表の最後の挨拶で終わったが、開けてみれば、連日満員。立ち見も出てたそうで。成功してよかったね、お疲れさま、こういういい機会を設けてくれてありがとう、と言いたいです。あと、継続してやってね、と。これはアンケートに書いてきたんだけどね(笑)
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03-21 Sat , 2009
「海を渡る友情」を観て
今日ももう終わってしまった「在日コリアン映画祭」の話ね。昨日、3日間分、まとめて書いたつもりだったんだけど、その中に2日目にやった「北朝鮮帰国事業」のことにほとんど触れなかったので。ただ「Dear Pyongyang(ディア・ピョンヤン)」も2日目にやった映画で、帰国事業と全く関係ないってわけではなかったんだけど。

「Dear Pyongyang」の前にやった「海を渡る友情」という、これは'59年に制作された東映映画だそうだ。なんと16ミリ映写機を使って、上映する、しかももう50年前のフィルムなので、もしかしたら途中で切れてしまうかも知れない、しかもこの前に上映したのがなんと5年前、という、なんか聞くだけでも「なに、それ?」って思うような年代物の作品だったんだけどさ。これがまた、今の感覚で観ると、とても奇妙な内容なのよ。

小学5年の、まだ自分の父親が朝鮮人と知らない(母親は日本人)子どもが、学校で、同じクラスの朝鮮人の子ども(さいくん:もしかしたら漢字は崔?)をいじめたりしてるんだけど、その子の家はラーメン屋(というか中華料理)なのね。で、あるとき父親の友人が尋ねてきて「自分は北朝鮮に帰ろうと思うんだけど、お前も一緒に帰らないか」って誘うの。「お前とはこの日本に一緒に来て一緒に苦労したから、北朝鮮にも一緒に帰ろう」って。父親は「確かに自分が朝鮮人であることがばれて、それで何回も仕事を変えなければならなかったけど、今は店持って安定してるし。。」と言って悩むのね。で、その妻は日本人だからさ「北朝鮮なんか、全然知らないところに行くのはイヤだ」って言うの。

子どもにはそういうところは一切見せないで、ちょうどそこに子どもが学校から帰ってきたところだったんだけど、無理矢理金渡して「外で遊んできなさい!」とか言ってね。

どうもその子どもは母親の方の籍に入っているから「みやもと」って名字を名乗ってるんだけど、それゆえ、その子どもは自分の父親が日本人じゃないってことを知らないわけ。

で、いじめまくってた朝鮮人の子どもが、いなくなったと思ったら、朝鮮学校に通っていることが分かって、元の小学校に手紙を出すの。その中に「ぼくは朝鮮人であることが恥ずかしくなくなりました」とか書いてあるのね。で、それを読んだ先生が「この手紙について、何がよかったか聞きましょう」とか生徒に質問するんだけど、ここでよくありがちな勉強もできて活発そうな女子(女の子ってより女子だ(笑))が「さいくんは、朝鮮学校に行って、朝鮮人であることが恥ずかしくなくなっていいと思います!」とか、超優等生発言、みたいな感じで答えたりするんだけど、これって、今の感覚で観るととても変なのよね。

果たして、いじめられていた朝鮮人の子どもが、朝鮮学校に行くことが一番なのか?日本人の先生は、朝鮮人の子どもがいじめられているのを知っていても「いじめてはいけない」って一言も言わなくて、逆に彼が朝鮮学校に行ってよかった、って思ってる。小学校は「みんな仲良く」じゃないのか???とかね。

で、みやもとくんのお父さんは、あれはなんなんだろうなー。多分、あの時代、小学校の講堂とか体育館とかあとは公民館なんかを借りて「北朝鮮に帰る人たち」の映像とか、「北朝鮮に行くとこんないいことがある」とかそういうの、ばしばし宣伝してたんじゃないかと思うんだけど、そこに行って、そういう映像を観て「北朝鮮に行こう」って決意するわけ。

その当時、南(韓国)は軍事独裁政権で怖くて、北朝鮮は「楽園」というイメージだったらしい。今はまるっきり反対になってしまっているけど。

そんでみやもとくんのお父さんは「北朝鮮に行く」って行って、その妻は「行くのはイヤだ。富山の実家に帰らせてもらいます」って言って、スーツケースに着物を入れたりしてるところに、学校から子どもが帰ってくるの。何も知らない子どもは「お母さん、どうしたの?」とか言うんだけど、そこでお父さんが子どもに「幸夫(子どもの名前)、お父さんはな、朝鮮人なんだ」ってカミングアウトしちゃうのね。お母さんは「あなた、言わないで」ってその前に止めるし、言ったあと、実は店の従業員の顔が映ってね、「えっ」って顔してるの。もちろん子どもは一番ショックを受けて「お父さんなんか嫌いだ!」って言って、家を飛び出すんだけど。。

なかなか帰ってこない子どもを捜すために、学校の先生とかクラスの子にも事情を話して、一緒に探すのね。当の本人は、電車に飛び込もうとしたけどできなかったり、あと、商店街をぶらぶらしてるところを知り合いのおばさんに発見されて、家まで一緒に帰ってくるんだけど。。そこに先生とか同級生がいて、すべて事情を知ってて、なんとかかんとか言われるのね。あの超優等生の女子もいて、率先してなんか励ましてるんだけど。。こういう子ども、わたしきら~い(爆)

で、なんと言うことがすごい。学校の先生が「みやもとくんは朝鮮人なんだから、朝鮮学校に行った方がいい」とか平気で言うんだよ。それはまるで日本の学校に朝鮮人がいたらいけないような物言いじゃない?つい、昨日までは日本人だと思ってたから、日本の学校に通っていた。けど、朝鮮人と分かった今は、その全てを捨てて朝鮮人の学校に行け、なんてさ、今の感覚で言うと「すげーひでー」と思うじゃない?でもそれが当たり前の世界なの。。

結局、こういう一件があったり、あと、お母さんがなぜか知らんが「わたしもお父さんに付いて北朝鮮に行くわ!」ってことになって。。その子どもは「もうすぐ帰国するから」ってことで、帰る前まで朝鮮学校に転校するの。で、転校したときの紹介された名前は何故か「李幸夫」になってて、、えー、だって、母親の戸籍に入ってるんじゃないの?とか、なんか話が急転しすぎて、わたしは目が白黒なってしまった。

で、朝鮮学校でまた同じクラスになった過去にいじめてた崔くんと一緒に、前に通ってた日本人の学校のクラス宛てに「今度、帰国することになって、その送別会が朝鮮学校でやるので、みんな来て下さい」って招待状を出すのね。

そこでその送別会に日本の学校の元クラスメイトが行くんだけど。あー、そこんとこどうだったのか、イマイチはっきりは覚えてないんだけど、「今度、この学校から4人の人が北朝鮮に帰国することになりました」って言われてね。その中にみやもと、いや李くんとか崔くんがいるんだけど。そこの場面、あんまり覚えてないんだけど、多分、この映画で一番描きたかったんだと思うよ、日本人の学校の生徒が朝鮮学校に行って、そして2つの民族、仲良くしましょう、なんてさ。だいたいそんな趣旨で作られてたと思う。こういう重要なところをほとんど覚えてないってのは、多分、わたしがそういう「みせかけ」の「作られた」「表面だけお互い理解しているような嘘くさい雰囲気」がとても気持ち悪かったからだと思う。

そして北朝鮮に帰ると言う日、幸夫は日本の学校に行って、グラウンドで高鉄棒でぐるぐるしながら、このグラウンドでみんなとドッヂボールしたことや、いろんなことを思い出すんだよね。で、自分のそばからいなくなったということに気が付いた母親が、いろんなところを探し回った挙げ句、小学校のグラウンドでグルグルしてる子どもを見つけるのね。

ってところで、フィルムがおかしくなって、一生懸命直そうと努力されたみたいだけど、結局時間ばかり食うってことで、あと3分か5分のところだったらしいんだけど、それで終わってしまった(苦笑)結局どうなったかは、その話を知っている人から口頭で説明があったけど、母親に発見されて素直に一緒に品川までバスに乗り、品川から専用の列車で新潟港に向かうシーン、で、最後に鳩が飛ぶんだっけ、なんかそんなことを言ってた記憶が。

なんかさぁ、50年前ってこんな感覚だったのかな、と。まぁ、50年前も今も日本政府の考えは同じだと思った。実際、その当時、生活保護を受ける朝鮮人の比率が高かったため、日本政府としてはどうにかして、彼らを北朝鮮に送り込みたかったらしい。あ、ただし日本と北朝鮮は国交がないため、赤十字が主体となってやった事業だと聞いた。

で、あとのトークショーで法政大の先生が解説してたけど、この当時は前にも書いたけど「南は軍事独裁政権で、なんの情報も伝わってこず、暗黒の国、というイメージがあり、しかし、北は南よりずっと進んでいる国で、夢の楽園とも言われていた」んだという。で、わたしも疑問に感じた「同じ学校で仲良くしなさい」という感覚はなかったそうだ。その当時の誰も。左翼すら「朝鮮人は北に戻った方がいい」と考えていて、帰国事業に賛同していたらしい。あ、あと在日の出身地はその何パーセントって言ってたかな、90%かもうちょっと多かったくらいのイメージなんだけど、それは昨日も書いたけど、現在の韓国なんだよ。誰も北朝鮮が故郷の人はいなかった。だけど、その当時「社会主義の方がインテリ」っぽいイメージを持たれたので、北朝鮮については、日本でも好意的に見られていたそうだ。

今からするとちょっと考えられないけど、50年の歳月って、物事をまるっきり逆のイメージに変える力があるんだなあ、、って感じた。

しかし、確かにそういう事実があった、としても、この映画は今のわたしの感覚からすると、突拍子もない、すんごい変な映画なのよ。「海を渡る友情」という題だけれど、一体、そのときに考えられてた「友情」って何?ってね。結局日本人は在日の人を受け入れられなくて、お払い箱みたいにして他の土地に行かせた、ってことじゃん。そこには「一緒に暮らす」という概念が全くなくて、すごくびっくりした。結局は、日本政府を初め、日本人も「日本には日本人以外住むな」と考えているんだろう。昔も今もね。だって今でもネット上では、在日の人に対して「在日は朝鮮に帰れ」って馬鹿みたいに言われてるんだよ。どうしてそう、排他的な考えを持てるのか、わたしはすごく不思議だ。彼らがもし、日本からいなくなれば、それがどうしたっていうのだろう?彼らが日本からいなくなることによるメリットがなにかあるとでも言うのだろうか。わたしは「在日は朝鮮に帰れ」というのは、弱いものいじめとしか思えないんだよね。ま、実際、弱いものいじめなんだけどさ。昨日も朝鮮学校にひどい電話がかかってくるって書いたけど、なんで弱いところに向かうのか、その気持ちがわたしには分からない。

日本の社会構造が悪いのは、自分たちを含めた日本人で、それを変えるために訴えるべきところは政治家や国なのだ。日本人だったら選挙権あるだろ。その選挙権を行使することこそが、日本を変える一歩になるのだ。それをなんだ、憂さ晴らしできればそれでいい、みたいに弱いものいじめをしてさ。弱いものいじめをしても世の中変わるわけがない。逆に為政者にとっては、自分のことから目が逸らされて好都合だろう。なぜそのことが分からないのか。意見するなら、弱いものを脅迫するんじゃなくて、強いものに対して立ち向かっていけよ!!そっちの方がよっぽど建設的でカッコイイと思う。

って、だんだん、別のところで怒りが湧いて来ちゃったんだけど(苦笑)

いや、ホントはわたし、こういうこと書きたかったんじゃなくてね(笑)、ホントは昨日も書いた「なんで全く知らない北朝鮮が『祖国』と思えるのか?」が疑問なんだよねぇ~。そりゃ、北のプロパガンダに載せられた、というのも理由の一つだろうけれど。。

例えばね、ここで自分のことについて考えてみる。わたしは生まれはまぁ、母親の実家だけれど、父親は就職のために東京に出て来てて、母と結婚した後ももちろん、ずっと東京で暮らしてた。そこにわたしと妹が生まれるんだけど。だから、言うなれば、わたしの故郷は「東京」だ。だけどね、父母の出身地は、それまで先祖代々住んでいたところで、父にとっても母にとっても出身地が自分の親が住む故郷であり、そして先祖代々からずっと住んでいる、と言うことになる。わたしは盆と正月しか、その場所には行かなかったけれど。そして、親が実家に戻ったときに「東京はおまえらの故郷ではない。親がいるところが故郷だ」と言われ「そんな、住んだこともない土地のことを故郷なんて言えるか!!」とわたしはすごく反発した。

だけどね、最近、思うのよ。あー、わたしの故郷って東京じゃないのかな、と。先祖代々住んでたところが故郷とも考えられるのかな、と。故郷との絆って、そういうものなのかな、と。なんせ、わたしの身体の中には「東京人」の血は流れてないんだから(苦笑)だからと言ってそこに住みたい、とは思わない。老後に行きたいとも思わない。だけど、なんというのかな、両親とか親戚とか、今住んでる人のことじゃなく、先祖代々ってところで、わたしはその場所に親近感が湧くのね。

同じ日本の中でも、わたし自身、こういうストーリーを持ってる。

それを無理矢理「在日」に当てはめてみると、分かるんだよ。彼らは今、日本に暮らしていて、日本以外に住みたくはないと思っているものの、自分の先祖の出身は韓国にある、だからその場所に親近感や愛着がある、たとえ一回も行ったことがない土地だとしても、ってね。自分の場合と当てはめることによって、なんとなく理解できる気がする。

ただ、やっぱ理解できないのは、先祖代々の土地でもないはずのところを「祖国」と思う気持ちね。これは自分の経験と当てはめようがない。例えば、わたしはアメリカに一回も行ったことがないけど、もちろん、アメリカが自分の祖国だ、なんて思えない。まー、普通の感覚で言うとそうだよね。でも、そうじゃないってことは、そこにわたしが経験したことがない、そして想像も付かない何かがあるってことなんだよ。「何かがある」ということまでは分かる。が、その「何」がわたしには分からない。それは「思想」だったり、あるいはもしかしたら「洗脳」だったりするのかも知れない。今、わたしが思いつくのは、こういうきな臭いものしかないのだが。これもその時代を生きてこなければ分からない、何かがあるのだろう。。おそらくわたしは死ぬまでこの感覚は分からないだろうな、と思っている。

「ふるさとは遠きにありて思うもの」でいいじゃないか、と思う。日本人に対して、東京出身者しか東京にいちゃいけない、とは誰も言わないだろう。田舎もんはみんな自分の田舎に帰れ、とは誰も言わないだろう。在日の場合もそれと全く同じだと思う。彼らにとっての故郷は、日本じゃないと思っている人もたくさんいると思う。でも日本に住んでいる。それでいいじゃん。東京で生まれ育ったものも、田舎から出て来て今、東京に住んでいる日本人も、在日の人も、在日以外の在日外国人もいろいろなルーツがあって、縁あって同じ東京(別に東京じゃなくてもいいけど。わたしが暮らしてるのが東京なんで)で暮らしてる。それでいいじゃん。

といっても、もちろん、小学校みたいに「みんな仲良くしましょう」なんて言わないけどさ(笑)でもそれでいいじゃん?
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03-23 Mon , 2009
面白い
えー、ちょっと前に「ウォークマン」を買って、それに今でも聴いてる曲をほとんど全部入れたんだけど。それにしても8G中、まだ6G空いてるので、やっぱ、わたしは4Gくらいのでも大丈夫だったんだけど、ワイヤレスで使えるのはこの機種以上だったからなあー。んでもワイヤレスの機能は使ってないけど、今んとこ。

いやー、慣れってのは恐ろしくって。わたしはこういうのを使う前は、ずっと年代が昔になるけど「CDウォークマン」で聴いてて。CDウォークマンって、衝撃に弱くて、走ったりすると、音飛びするのよね(苦笑)それがさあ、なんかこの身に染みついちゃってるのね。だから、聴きながら走ったり、あと振動が強かったりすると「あっ、音飛びする!」ってつい、身構えちゃうのよ。もうCDウォークマン使わなくなって10年くらい経ってるはずなのにね。なんか、そういうものが自分の身体に残ってるなんて、不思議。

でも、なんかさぁ。CDウォークマンだったら、1枚のCDを馬鹿みたいに何回も何十回も繰り返し聞いて、それでもそれが当たり前だったんだけどさ。「持ってるCDのほとんどがこれに入ってる」と思ったら、逆に何聴いていいのか分かんないのよ(苦笑)

なんで、「シャッフル」にしてランダムに聴いてるんだけど。

これがまたおもろい。

わたしの音楽の分野って、ジャパニーズロックと日本の音頭、民謡、沖縄民謡、アニメの曲、あ、QueenとかElton Johnとかの洋楽もちょっとは入ってるか、で、あとはクラッシック(といっても超有名どころがほとんどだと思う。ちなみに一番好きなのは「第九じゃない、第一だ」(これ、分かる人がいたら嬉しいけど、ほとんどの人は分からんだろう。ちなみにCM。ずいぶん昔のだけど。しかもローカル)のベートーベンの第1交響曲っつー、ええ、わたし、シンプルなのが好きなんでね。

まー、どっちに傾いてるのかは知らないけど、これがランダムに流れたら、すげーことになるってだいたい分かるでしょ(笑)わたしも実際聴いてて、クラッシック(しかも、楽章ごとに区切りがあるから、これまた変なんだけど)のあとに「東京音頭」が流れてきたときは、電車の中でぶっ飛びそうになった(笑)

てなわけで、まー、全部で1,100曲ちょっと入ってるのかなあ~。曲と曲とのギャップを今、楽しんでます(笑)こんなに手軽に笑えるものがあったとはね。
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03-25 Wed , 2009
「童貞の教室」
こないだの「在日コリアン映画祭」で「あんにょんキムチ」を観た後に、監督のトークショーがあって、そのときにこの「童貞の教室 (よりみちパン!セ)」って本が、今日できて、今、10冊ばかり会場に置いてあるからよかったら買ってください、って結構アピールしてたんだけど。その中には「あんにょんキムチ」では撮してない家族のことなんか書かれてる、って言ってたから、あー、それじゃ読んでみたいなと思って、しかし、会場で売ってる10冊はすぐに売り切れてしまうだろうと思って、家に帰ってAmazonで注文してみたんだけどね。

うちにその本が来てから、1時間くらいで全部読んじゃった。てか、これ、子供用つーか、ヤングアダルトの本なのね。漢字に全部ルビが振ってあった。この「よりみちパン!セ」シリーズで、伏見憲明がなんか書いてるのは知ってて、だけど、こんなに1時間弱で読めてしまう本をわざわざ買うのは勿体ないなと思って、うちの自治体の図書館検索したら、どうやらあるらしい。が、今、帯出中なんだそうだ。明日、図書館に行く日なんだけど、返ってきてないかな~。

ってのは、まあ、いいとして。

わたしが「あんにょんキムチ」を観て疑問だったこと。書いてあったことでちょっとは事情が分かったんだけど、要するに、監督が5歳の時に、日本に帰化したらしい。在日一世である彼のお祖父さんやお祖母さんも一緒に帰化書類を提出したんだけど、お祖父さん、お祖母さんは認められず、監督の父母と監督、その妹だけが帰化できたとのこと。で、やっぱり帰化したのと同時に父親が母親方の「婿養子」になったため、名字が「松江」になったらしい。

確かに「婿養子になった」という説明は映画の中でされてた、と思う。けど、わたしの印象では在日一世であるお祖父さんが「松江」姓を名乗り始めた、という印象が強いんだけど。監督自身、韓国に行ってお祖父さんの故郷を訪ねたとき、親戚の人が「なぜ『松江』という名字にしたか」という説明とか受けてたじゃん?だから、わたしはこの「松江」というのは創氏改名でそう名乗ったのだとばっかり思っていた。

だって、お墓が「松江家の墓」でさ、そのとき「家紋を作ってもらった」って言ってたじゃん。で、お墓に松江家の家紋がばっちり入ってたじゃん。で、「家紋は韓国にはないから」って言ってたじゃん。あれ、もし母方の婿養子になったのなら、そのままその「松江家」の家紋まで引き継いでもいいんじゃないのって思ったんだよね。

あ、もちろん、家紋ってのは、父から男の子、母から女の子に伝えるものだと言うことは知ってるよ。だから、監督のお父さんが松江家に婿養子に入ったからと言って、本筋ならば、別にその家紋は母親の家系のものだから、父親は家紋がないまま、ってことになる。けどさー、ってわたしはどうしても思っちゃうんだよね。

それから、監督が妹に「お前、自分の名前についてどう思ってんだよ」と言ったとき。妹さんは「え。松江でしょ」って最初は答えたんだけど、監督から「違うだろ」って言われて「柳って言うんだよねえ」って答えてたから、わたしはてっきり、戸籍名はまだ柳のままかと思ってたんだよね。それがわたしが誤解をした一因でもある。

てなわけで、そこの部分は「よくわかんねーな」ってところなんだけど、まー、個人的事情に入る事柄なのかも知れないから、特にあれこれ詮索しない。けど、あの部分は誤解されやすいと思う。それだけは言っておく(って偉そうな(^^;)。

この「童貞の教室」というのは、この監督が「童貞。をプロデュース」って映画を作ったから、このような題名になったらしく、この「童貞。をプロデュース」というのは、「野ブタ。をプロデュース」っていうテレビドラマ?から拝借したって書いてあったんだけど、もともと民放見ないわたしにとっては、元を知らないわけだから、いくらそれが「元ネタ」であろうと、わたしはそんなこと言われたって、,全然そんなの知らないもん、としか言いようがない(笑)

で、読んでたのね。この監督、23歳まで童貞だったらしいんだけど、16で童貞を喪失したってことにしてたらしい。けど、内心、「自分はまだ童貞だ」ってことがすごくすごく気になってたらしいのだ。わたしなんぞ、その感覚が分からないから、なんでそんなに焦ってるのかよく分からないんだけど、男の世界では童貞は早く卒業すべきもの、なの?女性はその点「処女は守るもの」だよねえ、っていうか、この考えすらもうすごく古いとは思うけど。あるところでは「処女なんか早く捨てたい」って思ってる人もいるだろうし、「いや、結婚するまでは誰とも」って思ってる人もいるかも知れない。まー、いろいろな人はいるとは思う。でも、ここに書かれているように経験ないのにあるフリをする、とか、早く捨てないとカッコ悪い、というところまでは来てないよね?わたしは「世間で思われている処女や童貞」のことについては、詳しくないので、正直分からないんだけど。

自分自身のことについて言えば、わたしは30過ぎても処女だった。だって、誰とも付き合ったことなかったし。そんでも、わたしは別にそれで構わないと思ってたし、だいたい、自慰行為で気持ちよくなることはその前からずっと知ってて、それさえして気持ちよくなれば、別に一生処女でもいいや、とも思ってた。「処女」の定義ってのは、実はよく分からなくて、異性と性交渉するってんだったら、わたしはまだ処女だったりするし(爆)多分、このままずっと一生処女だと思うよ。でも、別にそれでも構わないと思ってるけど。。

で、話としては「普通」ってどういうことだろう、ってことで、監督が日本に帰化したときに「これで普通になれた」と言われ、監督はその「普通であること」に知らないうちにがんじがらめにされていく。「普通であろう」と努力する。で、一方、雑誌に「日本人男性の童貞喪失平均年齢は17.4歳」ということが載っていてショックを受ける。だから16歳のときに童貞を捨てたストーリーまで作ってしまう。

まー、この本は、「童貞。をプロデュース」を撮る話が主なんだけど、最後の方読んでるとね、なんか橋本治の「シンデレラボーイ シンデレラガール」が思い出されてね。そっちの方を読み返したくなった。で、結局、これで何度目になるか分からない「シンデレラボーイ シンデレラガール」なんだけどね、読んだよ、全部。んー、共通点は最後に自分自身のことについて書いてある、というのが似てたのかな、って思う。中身は、、多分全然違う(笑)。

「童貞の教室」に出てくる監督の初体験の話は、リアルで、それがまたせつない。そのせつなさと「シンデレラボーイ シンデレラガール」に出てくる橋本治が高校3年の体育祭のときの仮装行列のハリボテを教室で一人で作った、ってところのせつなさが何故か自分の中で重なったんだよね。なんでか分かんないけど(苦笑)

ってわけで「シンデレラボーイ シンデレラガール」だけど。これ、読むたびに違うところで「うーん」って引っかかるんだよね~(笑)橋本治の中では断トツで読みやすい本だと思う。だって、だいたい中学生くらいを対象にして書いてるし。だからさらっと読むこともできるし、さらっと読むと「あー、なんかいい本読んだ」って気になるんだよ、この本(笑)結局は「人生長いんだから、いつからでもやり直しができる。だから、怖いかも知れないけど一歩、踏み出していこうよ。失敗しても大丈夫だから」って感じかな。だけど細かい目で読んでいくと「あれー」って思うところがあって。

今回、わたしはそれで引っかかってちょっと考えてることがある。「あ、なるほどそうだったのか」と思って目から鱗の部分もあった。んー、この本、橋本治が30か31のときに書いた本なんだけどさ。今、わたしは40なんだけどさ。で、今、橋本治はもう還暦過ぎたはずなんだけどさ(苦笑)

でも、こうやって何度も読んで、そのたびに新しいことを発見していける本って結構好き。

最後はすっかり橋本治の話になっちゃったけど(苦笑)
こんなことやってられる自分は今、幸せだと思う。
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03-26 Thu , 2009
わたしも着々と老化が進んでいるのだ
今日は、銀座行ってきた。銀座、、なんて、わたしにとっては「行動範囲外」なんだけど、用事が重なったもので。

一つはマイミクさんの個展。わたしのマイミクさんで画家さんがいるのだ。その人が銀座の画廊で個展を開くというので、いい機会だし。。と思って行ってきた。日記でどういう絵を描くかは知ってたんだけど、実物を目にするとやっぱりねー、迫力が違うんだよね。ただ、絵についてはホント、よく知らないんだけど「わたしはこれよりこういう方が好きです」とか言ってきちゃった、生意気にも(苦笑)でも、印象に残った絵は、やっぱ今でもパッと頭の中に浮かんでくるし、あー、ああいう絵を飾っても大丈夫なようなうちが欲しい、と思ってしまった。絵を飾るよりまず、うちね(^^;今のうちに、絵を飾るような場所ってないからさ~。

で、その後はメガネを買いに。いや、今掛けてるメガネって、去年の1月に買ったのよ、実は。だけどこれを買った理由っては、去年の1月頃、わたしは寝たきりになってて、ベッドでメガネを付けたり外したりしてたんだけど、彼女が知らずにメガネの上に乗ってしまって、それで修復不可能なほどフレームがひん曲がってしまって、眼鏡屋さんに持っていっても「これはもう元には戻せません」と言われてしまったのだ。あの当時、わたしは起きあがることすら気持ちが悪くて、ぶっ倒れそうなところを、でもメガネがないと暮らしていけない、というんで、必死の思いで近所の眼鏡屋さんに行って、フレーム選んで買ったのだ。だけどねー、やっぱなんか好きじゃないのよね、今かけてるメガネ。なんか、バランスが悪いというか。だから、気に入ったのが一つ欲しかった、というのと、あとわたしには今まで「スペアのメガネを持っていない」ってことと、それから4月から、わたしは空手を始めることにしたんで、そのためにずれないメガネが欲しかったのね。

あ、空手を習いに行こうとしているところには既に「目が悪いんですが、メガネを掛けたまま稽古できるでしょうか」って問い合わせのメールをしてて、ええと、なんとか以外は大丈夫ですって言われたので、それで新しいメガネが欲しいなって思ったのも一つの理由で。

で、マイミクさんのマイミクさんが「シルエット」ってメガネ、オススメですよ~って言われてたんで、どこで売ってるんだろうと思って調べてみたら、それが、銀座だったわけですよ。

って、ここまできて初めて「用事が重なった」ことがようやく分かる、という。。長い説明だった(笑)

でもねー、「シルエット」ってウェブサイトで取扱店を見ると、東京には3つしかなくて、しかもそのうち2つは銀座なのだが、そのうちの一つはどうも既に扱ってないようで。だから、確実に取り扱っているところに行こうとしたんだが、その前に、銀座三越の前を歩いていたら「ムーミン展」みたいのを30日だったか31日までやってる、ってことを知り、ちょっと寄り道。。。

ムーミンは今のかわいい絵じゃなくて、昔のムーミンが好きでさあ。岸田今日子がムーミンの声をやってて、武藤礼子がノンノンの声をやってるシリーズ!けど、あれ、どうして「楽しいムーミン一家」に取って代わられたんだろうねえ~。「楽しいムーミン一家」は、絵がかわいすぎて、わたしは好きじゃないんだよね。

で、いろーんなムーミングッズが売ってたんだけど、店内でこれを持ち歩いてる男の人がいて。

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これを見て、一瞬、アレを想像したわたしって、、、、いや、以前ね、誰かに「ニョロニョロってさぁ、、手を取ったらアレに似てるよね」と言われて「あ、そっか、そういう見方もできるのね」と思ってたんだけど(苦笑)、この、ガラス製品のこれを見たら「あっ、ガラスでできた○○○○!!@@;とか思っちゃってさあ。アンタ、ここでなんてこと考えてるの!みたいな(笑)あ、ちなみにこれ、なんだろうと思って見てみたら、一輪挿しのようです。。でもハーネスに付けられそうです。。とか←オイ

なんか売ってる商品が欲しいのがなかったのと、あまりにも高いので「島暮らしの記録」だったっけ、が2冊くらいあったんで、1冊買おうかと手に取ったんだけど、なんかねー、ぱらぱら読んで、あまり自分が好まなそうな本だったので、止めた。トーベ・ヤンソンはレズビアンだったらしいが、別にレズビアンというだけで、全部わたしの好みなわけではないので。まぁ当たり前のことだけど。あと、別に本人、カミングアウトしてないよね、確か。トゥーティッキという「親友」がいたことになってるけど。

なんてわけで、よく分からんが8月9日はムーミンの日になるらしい。8月9日ってトーベ・ヤンソンの誕生日だったんだって。でも8月9日って言ったら、もっと別の日だろ!って感じも正直します、わたしの場合。で、なんだかよく分からないけど、錦糸町の方にムーミングッズを取り扱ったお店ができる?できた?とか。しかし、錦糸町もわたしにはまーーーったく縁がない土地で。気にはなるけど、多分、よっぽどのことがないと行かないだろうな、と思ったり。

で、結局何も買わずに銀座三越を後にし、「シルエット」を取り扱っている眼鏡屋さんへ。いや、分かってました、わたしがあそこの店に不釣り合いなのはさ。だけどさー、店の人がわたしが入ってきたの分かってるくせに、しばらくしてからじゃないと「いらっしゃいませ」って言わなかったし、なんかその店の常連客かなんか知らんが、おばさんがこれまたベラベラくだらないことをしゃべってるのを店員はずっとお互い向き合って座りながら聞いてて、わたしがショーケース一回りしたっつーのに、誰も何にも言わないで、わたしゃ、あ、そうですか、そんなに買う気を漂わせてませんかね、とかちょっとぷんすかしながら店を出て来ちゃった。つか、一人しか店の人がいないって不思議。。

てなわけで、当初から考えてたもう一つの眼鏡屋さんを目指し、てくてくと歩いて行った。いやー、本当に銀座っていい思い出がないんだよねー。今日、銀座の町をぶらついて思い出しちゃって、そのどれもがあまりいい思い出ではなかったので、「ふえー」って感じがした。あー、つまらんことをよく覚えてるよなあ、とか。唯一どーでもいい思い出が、初めて「鳩居堂」に行ったとき。「ここが日本一土地が高いところか!」ってちょっと感動した、くらい?なんであそこの土地が日本一地価が高いのか、さっぱり分からなかったが。。で、今もそこが高いのかはよく知らない。多分、別のところに変わってると思われる。Ito-yaにもなんか、なぜかよく分からないが長居して、シャーペンをたった1本買ったの思い出すけど、なんであそこにあれだけ長い時間いたのか、もう忘れてるし。

だから、行ったことあんまりない割に、行くと「あー、ここ」って思い出すという、割とわたしにとってはとんでもない土地なんだな、ということを発見。そうこうしてるうちに、目当ての眼鏡屋さんに着いて。でも、そこでもお店の人はみんな接客中でどうしよう、などと思ってたんだけど、ショーケース一回りして、んで、うー、と思ってたら、どうやら店員さんがもう一人増えたようで、声かけてきた!よかったー。で「アイメトリクスってどういうのか、見たいんですけど」と言って持って来てもらった。

やっぱり縁なしのが全部だったので「縁有りのはないんですか?」と聞いたら「あります」と言って持って来てくれたんだが。。(いや、実はわたしもアイメトリクスで縁有りのがある、ということは既に知ってた)お店の人は「フレームが付いちゃうと、アイメトリクスでも普通のメガネとフィット感はあまり変わりませんよ」と言われた。わたしが「いや、わたしの顔って、縁なしのメガネにすると、ぼやけるというかなんというか。。縁があった方がいいんですよね」と言ったら、さすがに納得したのか「じゃあ、縁有りでしたらリンドバーグっていうのがありますよ」と言って、そちらを持って来てくれた。

リンドバーグ、、初めて聞く名前なんだけど、メガネ見てびっくり。フレームがポキンと折れそうに細い。なんて言うの?フレームというより「針金」って感じ?でも、なんかすんごく弾力性に富んでいるらしく、びろーんって耳のところを左右におっぴろげても大丈夫なんだよ。それにすごく軽くて。もちろん、レンズ入ってないから、全体の重さはどのくらいになるのか分からないけど、しかし、すげー細くて軽くてちょっと信じられない、って感じがした。

いくつか、掛けてみたんだけど、お店の人はすかさず「わたしはこれかこれが似合うと思いました」って言われて。わたしは最近、色があまり暗くないようなフレームを選んでいるので(といってもえんじ色(苦笑))、その銀色っぽいのはちょっと、、って思ったんだけど、まーでもフレームの大きさもこんなものだろうし、いいかな、と思って、その勧められた中の一つにすることに。いつもはこういうの、迷いに迷って決めるんだけど、なぜか今回は決めるのがすごく早かった。

それから、なんか目の測定とかやったんだけど「今、掛けていらっしゃるメガネは、本当にちょうどに調整されてるんですねー」って言われたんで「はぁ、多分(笑)」とか。でね、店の人はそこからなんかすごく言いづらそうに「今はまだいいと思うんですけどね、このメガネを何年か掛けるとして考えたらの話なんですけど、もうそろそろ、あの、歳が、、」とか言うから「ああ、老眼になるってことね」と思ったんだけど、なかなかお店の人が「老眼」って言葉を使わないの!!老眼って言葉、使われるとショックを受けると思ったのかなあ~?

でもさ、わたし、自分自身、まだ老眼の域には達してないとは思うけど、ただ、焦点距離が昔はメガネを掛けたままでも結構目の前の文字が読めたりしたのに、最近は焦点が合わなくなってきてるの、自分で実験して知ってるし、両親を見てたって、そういうことがあるのは知ってるんで、わたしは別にショックではなかったんだけど。店の人が「いや、今の時点ではこのレンズのままでも焦点距離を近くに合わせられると思うんですけど、さっき調べましたら、やはりもうそろそろそのような時期に入ってもおかしくないという結果が出ましたし、年齢の方を考えても、、もうそろそろ、、なんというか、老眼になってもおかしくない年齢ですし」とかさ、なんか、すごーく持って回った言い方するんでこっちがイライラした(笑)で、何が言いたいのかというと、近い将来、今の度のままだと、遠くはいいけど近くが見えづらくなって、目に負担を掛けてしまうから、近視の度を一つ下げて、乱視の度を一つあげるようにしたらどうですか、という提案だった。

「なんで乱視の度を一つ上げるんですか?それは乱視が悪くなったってことですか?」と聞いたんだけど「いや、乱視というのは、ものの境目がぼんやり見えるのをはっきり見えるようにするということで、今はお客さんの使われているメガネは、近視の度によって遠くのものをはっきり見えるように調節しているんですが、それを今度は乱視の度で調整するようにする、という風にも言えますね」と言ったので「ふうん」と思って「じゃ、そうして下さい」って頼んだ。

だって、わたしは普段、遠くなんて見ないしさ。一日の中では圧倒的にPCの画面を見ることが多く、その他は本読んでるからね。だから、近くの方を見るのに負担がかからない方がわたしとしてもいいと思ったのよ。ま、でもしかし、ショックではなかったけど「あー、そういうこと言われる歳になったんだなあ~」ってちょっと感慨深かった。また一つ、大人の階段、いや、老人への階段?を昇ってしまった(笑)

てなわけで、次はレンズの説明。「お客さんはこのレベルくらいにしないとちょっとメガネに厚みが出ちゃいますね」と言われ、あーあ、これがなければもっとメガネ安く買えるのにな、と思ったり。結局、フレームの代金とレンズの料金が同じくらいで、思ってもみないほどの大出費をしてしまった。。orz

出来上がるまでにはまだ時間かかるらしいけど、出来上がる頃は、彼女も仕事が終わってるだろうし、二人で銀座に行ってこよう♪ちょっとは銀座もいい思い出が欲しいところだし(笑)
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03-27 Fri , 2009
悟った
去年の終わりくらいから悩んでいたことが解消された。
それは

一体、自分はモノガミーなのだろうか、それともポリアモリーなのだろうか

ということ。
でもこれって、そうそう簡単に分かることじゃないんだよね。考えたって分かるわけないし。
だけどわたしは自問自答を繰り返し、最近それを悟ったの。

いや「悟った」と言っても、自分自身に問うただけで結論を出したわけではないけどね。
まぁこれ以上は言わないけれど。

分かったんだよね。「あ、わたしは今の状態で他の人と付き合うの無理だ」って。もし付き合うとしたら、やっぱり今の彼女との関係をきっぱりと精算してからじゃないと先に行けないな、って。

というわけで、わたし自身はどうやらモノガミーらしい、ってことが分かった。
だけど、わたしはポリアモリーの人も否定しないっていうか、存在するのだもの、否定したって。それはわたしが同性愛者であるっていうのは誰から否定されても、存在するのは確かなのと同じで。

ただ、、ポリアモリーの人とは付き合えないかな(あ、恋人とかパートナーとしてってことだけど)。

この結論を出すまで4ヶ月か、途中、病気のことと絡まったり、全く別件のことで精神的に負担になったことがいくつも重なって立ち上がれなくなっちゃったりしたけど、そしてつらくてつらくてたまらなかったけど、結論が出せてよかったと思う。

ま、だけどこういう結論を出したこと=今の彼女とずっと付き合っていく、のはまた別問題だから、当然のことだけど。もちろん、今の自分は、彼女を捨てて他の人と付き合いたい、と思っているわけではないけれど、だけど、この先はどうなるか分からないもんね。

てか「まだ自分の可能性を捨ててないのか」って言われそうだけど、わたしは彼女と別れたいわけじゃなくて、逆にその関係を強固なものにしていきたいだけ。今はホント、それだけを考えてる。
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03-28 Sat , 2009
「ディア・ピョンヤン(Dear Pyongyang)」
「在日コリアン映画祭」の2日目、「Dear Pyongyang(ディア・ピョンヤン)」っていうドキュメンタリー映画が上映された。上映後、この作品を撮った監督さんと、大学教授がトークショーをしたんだけど、そのときに同じ題名(ディア・ピョンヤン―家族は離れたらアカンのや)で本が出ている、というのをその監督さんから聞き、帰ってからAmazonで見たら、新刊でも売ってたんだけど、中古で75円で売ってたヤツを買った。だって、今、金ないし。。(^^;

うちに届いた日に一気に読んだ。正直「童貞の教室」より面白かった。まー「童貞の教室」は読む対象が中学生くらいだからかな。あ、ちなみに同じく「よりみちパン!セ」シリーズの「さびしさの授業」(伏見憲明著)も図書館で注文して読んだんだけど。。。全然面白くない本だった(苦笑)印象としては、何かを言うために発表されている映画や本などのあらすじを蕩々と述べている、という感じがした。それだったら、橋本治の「シンデレラボーイ シンデレラガール」の方がどんなに面白いか。いや、実は同じことを同じ例を挙げて(障碍者のこと)述べてるところがあるんだけど、インパクトが全然違う!これってだた、わたしが橋本治が好きだからってのとはちょっと違う感じがするのだけれど。。まぁこれ以上言うのはよそう(笑)

で、話は「ディア・ピョンヤン」に戻すと、これは映画を観てから本を読んだ方が絶対にいい、と思う。映画を観たときは「なぜ、済州島出身の父親が、北朝鮮を『祖国』とあがめるんだろう?」というのがわたしの謎でもあったが、実はこの映画を撮った娘も同じようなことを思っている。でも、この本には幼い頃の父親の話なども載っているのだが、それを読むとある程度納得ができる。戦中から「金日成」という人が抗日運動の闘士だった、ということ。戦後、北朝鮮が日本に住む朝鮮人に対して「在外韓国人である」と見なしたこと、民族の教育のために膨大な金を日本に送金したこと、こういう背景があって、あの当時は北朝鮮という国に「救われた思い」をしていたこと、こういうことがあって、行ったこともない土地に対して「祖国」への感謝や共感を得ていったこと。

しかし、その「祖国」は自分たちが思ったようにはいかなかった。いつしか、「祖国に帰った」自分の息子たちの、あまりにやせ細った写真を見てショックを受け、物資やお金を仕送りするようになったこと。

監督はついに「息子たちを祖国に帰して、自分たちはどうするつもりだったのか」を聞くことは出来なかった。というか、これが当初親の思っていたようにならなかった、というのが本当のことだろう。あの当時は祖国統一までにこんなに時間がかかるはずはないと思われたし、また、北朝鮮が今のようになるとは想像だにさえしなかったことだろう。今や、北朝鮮に渡った身内は、ほとんど「人質」のようにわたしには思われてしまう。子や孫が不自由な思いをしないために、両親はせっせと物資を送る。これは人間の感情として、当たり前のことだ。北朝鮮に住む家族は、脱北するしか北朝鮮から離れるすべはないのだ。そして、自分らの行動が、もしかしたら北朝鮮に住む家族に何かの影響を及ぼす可能性がある、と分かっているから、もし仮に心の底では「しまった」と後悔していようが、表面上は「将軍さまのおかげ」と褒め称えなければならない。あ、ホントのところは分からないよ、わたしには。もしかしたら今も本気でそう思っているかも知れないし。しかし、本気だろうがウソだろうが、もう取らねばならない態度は一つしかないのだ。

しかし、この本には映画では全く触れてなかった監督自身の結婚と離婚、そして朝鮮学校のことなどが書いてあって、面白かった。ただ、この監督、わたしより歳が4つ上なのね。トークショーで見たときは、絶対にわたしより年下だと思ってた。けど、この本読んでびっくり。なので、この監督が通っていたときの朝鮮学校と今の朝鮮学校はだいぶ違うと思うけれど、でも、ああ、こんな世界だったのか、と思う。朝鮮大学校文学部を卒業したら、必ず朝鮮学校の国語の先生になることが確約され、本人の希望なしで配属が勝手に決められる。そこで「No」というと、別の人が入ることになり、次々に他の人にまで影響が及んでしまうため、「No」とは言えない。朝鮮学校の先生になったら、朝鮮大学校へ何人送り込むかのノルマが課せられ、成績優秀なものは、たとえ本人が日本の大学進学を望もうと朝鮮大学校への進学を勧める、優秀な人材を残すために。実際、今はどうだかは知らないが、この監督が学校に通っていた頃は、そのようなものだったらしい。

大学なのに全寮制で門限は8時。その当時、この監督は演劇がやりたくて、そして演劇を見たいので、毎日のように外出許可をもらわなければならない。最初の1年目は大変だったそうだが、2年目になると判子を押す人も「今日は何の劇?」」って聞くようになってきたというので、やはり、出過ぎた杭は打たれない、ということか。その代わり大学では「変人」扱いされていたようだが。

トークショーの時に聴いたが、ピョンヤンでの撮影は、表向きは「家族のビデオを撮るため」で、映画にすることは一切伏せていたという。北朝鮮の報道陣への規制は厳しいらしいが、家族としてならば、何ヶ所か取ってはいけないところもあるものの、基本的には自由だそうだ。そして、何十本とビデオテープを持ち込んでもそれがダメだと言われたことはなく。ただし、出国の際は、撮ったビデオをぜーんぶ当局にチェックされるのだという。

何年間かに渡って撮影して映画として公表したが、これによって北朝鮮が何をするということはなかったが、どうもこの本を出してから、監督は北朝鮮への入国できなくなったらしい、と言っていた。なので、今は親にも会えない、と。日本に住んでる親にも会えないなんて、この日本で北朝鮮当局の人間が、マークする人物に対していちいちチェック入れてるのかな??と思うが、どうなんだろう?

確かにこの本は、朝鮮学校や北朝鮮(ピョンヤン)の実態、は書いてあると思うが、特に体制批判しているわけでもないし、自分の親兄弟、そして自分のことについて書いてあるだけなのに、と思う。まぁ、本当のことを書かれると困るんだろうけどね、北朝鮮当局としては。水が朝の時間の2時間しか出ないとか、停電はしょっちゅう起こるとか。いいチマ・チョゴリの生地は実は「韓国製」だとか(笑)

しかし、わたしはこの本を読んで、一層映画の中に出て来たお父さん、お母さんの気持ちの理解が深まったと思ってるし、また、日本の中でこのような思いをしている在日の人がたくさんいるんだろうなと思うと、胸が痛くなる。そして、今はまだ、親が仕送りなどをしているが、これは将来、日本に住む子どもに引き継がれるはずだ。しかし、これから何代も何代もそういうことが続くことがないよう、なにか手立てはないのだろうか、と思ったりする。

北朝鮮というと、拉致問題や、核問題、ミサイル問題など、本当に問題山積、という感じなのだが。。そこに住んでいる人たちはごく一部の人を除いては、わたしと同じ一市民に過ぎないと思う。だからこそ、つらいし問題は複雑だ。

ベルリンの壁が打ち壊されたときのように、どうにかならないのかなあ~。。
なんて。自分ではどうしようもないからね、考えたってどうしようもないんだけど。
わたしとしては、今、わたしと近いところでこのような事実がある、ということを認識するしかないんだよね。。
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03-29 Sun , 2009
はつたいけん(しょうがくせいふうみ)
きょうは、とふる(TOEFL)のしけんのひでした。とふるのしけんをうけるのは、はじめてです。

わたしは、ずっとまえから、べんきょうしなきゃ、べんきょうしなきゃっておもいながら、けっきょく、なにひとつべんきょうしないで、てすとをうけました。

てすとちゅうは、さむくてさむくて、てがかじかんできて、ぱそこんのふきだしぐちにてをあてて、だんをとり、あと、とちゅうで、といれにもいきたくなって、「はやくきゅうけいじかんにならないかなー」ってずっとおもっていました。

おわり
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03-30 Mon , 2009
頭が痛い
んー、昨日はそんなに頭を使ったわけじゃないのに(使えるなら使いたかったが、使えるほどのレベルにわたしが達してなかった。あー、なさけな)、今日起きたら、頭が痛くて痛くて。。

朝食後と昼食後に市販の頭痛薬を飲んだが、それでもまだ治らなくて困っている。

あー、今日は彼女とお出かけするはずだったのになー。
頭が痛くなかったら、久々カラオケするはずだったのにー。

結局、頭が痛いせいで、出かけることすらできなかった。

今もまだ頭が痛くて、肩が凝ってる。
うー、どうすればすっきりと治るんだろうか。
やっぱり偏頭痛の薬を飲まないとダメかな。
あれ、高いからあんまり飲みたくないんだけどねぇ。

風呂入ってもすっきりしなかったら、飲んで寝るか。
多分、それまでにすっきり治るなんてことはないと思うけど。

なんか、今日は一日中寝てばっかりだった。
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03-31 Tue , 2009
懐かしの「三菱サイダー」
「闘いすんで日が暮れて」って言葉があるけど、まさしく今日まで頭痛に闘い、そして勝ったのはいいけど、そのあと疲れ果ててしまって、寝てたら夕方に。はーっ、もうこの頭痛、どうにかして欲しい。

で、今日は昨日行けなかったので、彼女とデート♪
そこで、めっちゃ懐かしいものを発見してしまった。

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そう、その名も三菱サイダーだ!!(”三ツ矢サイダー”にあらず)

っていうか、これで「あ、すげー懐かしい」と思った人。あなたはわたしともう10年近くお付き合いのある人ですね(笑)わたしが昔、社会人野球のウェブサイトをやってたとき、ウェブサイトのカウンターがいくつだったか、そこら辺がはっきりしないんだけど、あ、調べたら分かった。44444記念だったらしい。んー、わたしのウェブサイトは'99.1.15に開設して、そして2000.8.5に44444を達成したらしい。このウェブサイト、確かもうすぐ10万ヒットってところで閉めたんだよね、わたしがこっちに引っ越してくることになって。

で、44444ヒットの賞品がこれだったわけ。
そういう懐かしさがわたしと、その時期にわたしのウェブサイトを見ててくれた人は思うだろうけど、わたし自身はそれに加えて、これをどこで買ったかという懐かしさがあって。

あの当時、わたしは結構出張で、島なぞに行っていたわけですが。
ある島の自販機にね、これが売っていたのだ。
だいたい、なぜ、この三菱サイダーがあの島の自販機でひっそりと(?)売られていたのかはわたしは知らない。だが、当時、社会人野球の大ファンだったわたしは(あーあ、なんだかもう過去形になりつつあるね、、、)、これを見て「え、あの三菱がサイダー出しとるん?」と非常にびっくりしたのだった。ええ、わたしは口では言わないけども、某三菱チームのファンだったからね。。

結局、あの「三菱」とはあまり関係なさそうだったんだけど、取り敢えず、あの島に出張したときは、これを買う、わけじゃないけど、この自販機をしげしげと見てたっけ。。

いや、やっぱこれってあるところにはあるんだわー。ってことで、ちょっと懐かしさのあまり、買ってしまった。わたし、炭酸が苦手なので、サイダーは飲まないんだけど(苦笑)

彼女に「ねー、これ!!懐かしいでしょ!」って言ってもあんまり反応なかったのは、まだ出会う前だったのだ。なるほどね、、、

いやいや、本当に懐かしいものでした。
つい、自分の身体はもしかしたら「懐かしさ」で何割か占められているのかも知れない、んで、この「懐かしさ」は年を経る毎に割合がだんだん高くなっていくのかも。。などと思った。

3月は今日で終わり。平成20年度も今日でお終い。

明日から平成21年度。
あー、この季節、わたし、一年のうちで一番嫌いな時期だ。
生徒の頃は「なんで毎年組替えなんかあるんだろう」って思ったし、
社会人になってからも「なんで毎年異動なんかあるんだろう」って思った。

人見知りなわたしは、4月からの新しい生活が苦痛だった。
多分、こういう印象は死ぬまで持ってるんだろうなあ~。

ってわけで、平成20年度よ、さようなら。
平成21年度よ、こんにちは。わたしは人見知りだから、やさしくしてね。
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