09-01 Mon , 2008
病院の日
今日は病院の日だった。で、こんなTシャツ。

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もうネタが尽きてきたことが明らかに分かるTシャツ。。。。(苦笑)結局、リラックマのTシャツは見つけることができず、、、ああ、この夏はもうこれで終わりなのかしら。。。

で「食欲がなくなりましたー」とか「口の中は相変わらずですー」とか「口の中の状態は変わっているにもかかわらず、ちっともよくなった気がしませんー」だの、文句ばっかり言ってきた(苦笑)挙げ句「もうキレそうですー」と。んで、昨日彼女から「先生に『薬が変わってからなんかうつっぽくなってきているみたいです』って言っておいて」と言われたんで、最後の最後に思い出し「本人はそんな自覚はないんですけど、パートナーが『薬を変えたらうつっぽくなった』って言ってますー」と言っておいた。そしたら医師は頭を抱えて「うーん、、この病気はすぐに治らんですからね。。もう少し辛抱を。。」って本当に申し訳なさそうに言われたんだけどさ。いつまで辛抱してりゃいいのよ。。って感じ。

「どうも寝付きはいいんだけど、朝の目覚めが悪くて、なんだか中途覚醒まではいかないんだけど、知らないうちになんとなく目が覚めていて、それから夢を何回か見て、起きたときはあんまり寝た気がしない」って言ったら、ロヒプノール2mgからセロクエル25mgって薬を出された。これ、抗精神病剤つって書かれてるけど、統合失調症でも使われる薬らしいぞ。まー、確かに口腔内セネストパチーと統合失調症は密接な関係というか、もともと口腔内セネストパチーって統合失調症の人がかかると思われてた病気みたいだったらしいんだけどね。今まで聞いたことない薬の名前だなーと思ったら、統合失調症の薬だったのか、、、ま、これで眠れるようになればなんでもいいんだけど。

でね、ここの病院に通い出して、ずっとずっと気になってた

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これね。思い切って今日、何をするものか聞いてきた。なんと、ハンドレストらしい。。裏にはキイロイトリの絵が描いてあった。つか、こんなでこぼこがあるハンドレストなんか使いやすいんかい、と思って「これ、なんだかでこぼこしてて使いにくそうですねー」ってはっきり言ってきてしまった(笑)だって、見るからに使いにくそうじゃん。人の使い勝手のことなんか何も考えてない商品に思えたのだけれど。。しかも、今、その商品を探そうといくらぐぐっても出てこないわ。。(この画像は実は枕。でも形が似てるの)一体、いつからこの商品を使ってるんだ、この先生(笑)

で、次の日にちを決めて、今日はお終い。先週は1時間近く待ったのに、今日は行ってからすぐ見てもらえたんで、所要時間30分くらいしかかからなかったぞー!前回は約束がある(Rainbow Artsを観に行った)のに1時間以上遅刻していったけど、今日だったら間に合ったのに。ものごと、うまくいかないもんだ、ぶつくさ。

そんで、今日は病院が終わったあとは、遊んで帰ってきた。っていうかさ、あんまりにも楽しかったんで、つい、時間など気にせずにいたら、なんと7時。げげっ!と思って、電車に乗って座ってから彼女に「今、電車に乗ったの。○分の電車だから。。んで夕ご飯食べてない」って言ったら「んもー!そんな時間まで遊んでたんだったら、外でご飯食べて帰ってきなさいよ。わたしはろんたこの飯作り係でもなんでもないんだからね!!!」って怒られちゃった。。けど、わたし、外でご飯食べるの苦手なんだもん。。

で、家に帰って鍵を開けて家の中に入ろうとしたら、チェーンがかかってた(T_T)
だもんで「うえーん。中に入れないよー。○○さーん(T_T)」って泣いてたら(←大げさ)、彼女があわてて「あれ?チェーンなんかいつの間にしたんだろ??」だって。わたしゃ、見せしめのためにされたのかと思っちゃったじゃないのよ。。。(T_T)

まーでも。今までずーーーーっと家に閉じこもりっきりで、彼女から「ちょっとは気分転換に都市対抗でも観に行ったら?」って言われてたんだけど、今日は外に出て遊んできたので、気分転換できたかな?といいつつ、明日はその都市対抗、観に行くぞー。って今日は第1試合に行こうと思ってたのに、起きられずに行けませんでした。。。明日こそ!JFE勝ったのは嬉しいんだけど、今年はカルちゃん隊が観られなかった。。。「ゴーゴーセイノー」なんかもやったのかなあ~?

明日は新日本製鐵広畑の応援と、ヤマハの応援が楽しみ。つーか、もう既に「野球どれ観る基準」がチームから応援に切り替わってしまった自分が怖い。。。「三菱ふそう川崎」は今年、最後の東京ドームなのでちょっとは強いところを見せるかと思ってたら、負けてしまった。「最後の夏」より「神奈川第一代表一回戦負け」のジンクスの方が勝ってしまった。これで「ファイター」も聴けずじまいか。

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09-02 Tue , 2008
男と女の関係は難しい
という題名とこの日記の中身は全然違うので、そこのところはご了承下さいませ(爆)

はっきり言って、昨日も外で出歩いてきたし、今日は家で休みたかったんだけど、、、どうも最近、わたし、家の中では煮詰まっているというか、焦っているというか、やりたいことたくさんあるんだけど。。みたいな状況で、本人自体は確かにそういう思いもあるけど、それは別に苦痛ではなかったのね。なんだけど、彼女が見てると「時には野球でも観て気分転換してきたら?」と言いたくなるらしい。わたしは、、確かに昨日の日記に「新日本製鐵広畑とヤマハの応援が楽しみ」と書いたんで、まぁ第2試合と第3試合は観に行こうかなと思ってたんだけど、昨日、全く眠れた気分がしなかったので、今日ははっきり言って家の中にいてボーッとしたかった。なのに、彼女ったら「行っておいでよ」って昼ご飯+夕ご飯まで作ってくれちゃったもんだから「もー、行きたくないのにー」と悪態をつきながら家を出て、東京ドームまで行ったんだけどさ。

んー、やっぱ頭が「社会人野球モード」じゃないんで、2試合観てきたんだけど、イマイチ。。
というか、わたしが野球を観る、というのは、もちろん野球自体も観てるんだけど、応援も聴いてるし、何回に何の曲をやったかとか、いちいちチェックしてたりするので、イマイチ集中しきれなかったわたしは、今回は野球の中身については、あんまり。あ、わたしは正式な野球のスコアは付けることができず、長年(もう10年前になるか)、自己流のスコアを付けている。なんてったって、正式の野球のスコアには、何回に何の応援をやったかなんて記入するところがないから、ま、仕方ないんだよね。あとは気がついたこととかもメモできなかったりするし。ってんで、わたしはB5のノートにこういう風に付けている。これが、今日の第2試合。

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で、これが第3試合。

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まー、小さくてよく分からないだろうけど、ページの左側に先攻、右側に後攻のチームとそのメンバーの打順、そして打席はどうだったか、1球目は何で2球目が何で、何球目に打って、どうなった、というのがこれを見ると分かるようになっている。投手は概ね最速は何キロが出たか、これもどのバッターに対して投げたかは、バッターの何球目に色を変えて書いているので、すぐ分かる。あと、わたしは投手の球種を区別するのがすごく苦手なので、あんまり書かないんだけど「あー、これは顕著だな」と思うことを一言二言。

で、下の方は応援。1回に何の応援曲をしたか、を主に書いている。

この応援なんだけど、まず、試合が始まると攻撃する側の応援席を見る。だいたい指示を出す人がいるのね、その人がどこにいるかをチェックする。で、その人が掲げる「応援曲名」が正式にチェックできたら水色で、知らない間に曲が変わっちゃって、でもこの曲知ってるっていうのには、その曲名を黒色で、ってように分けて書いている。

それから、今はまだ1回戦だから、試合前に始球式がある。そこで誰が出てきたか。例えば、今日の姫路市(新日本製鐵広畑)は「第41代姫路のお城の女王」って人が出てきて投げていた。名古屋市(三菱重工名古屋)の方は、三菱重工名古屋関係の人。ちょっと姫路に惑わされて、誰だかはチェックできなかった。第2試合は、浜松市(ヤマハ)、門真市(松下電器)の両市長。だいたい、始球式には、市長か、助役か、そうでなければその会社の上の方の人が出てくる場合が多い。

都市対抗がなぜ「都市対抗」たるのか、というと、そこには「補強選手制度」というのがあって、まず予選ではチーム同士が戦うんだけど、そこで都市対抗の代表チームになれないチームが出てくるのね。今年の東芝みたいに。そうすると、代表になったチームが第1代表から5人まで自分のチームの「補強」として代表チームになれなかったところ(もちろん、自分の地区からね。よその地区からは取れない)から選手を持ってくるのだ。もちろん、補強なしでも構わない。今年の姫路市は補強選手はいなかった。この「補強制度」があるために、そのチームは本来のチームでなく「その都市の代表チーム」になるのだ。だから、本来は企業名ではなく、「○○市(△△)」というチーム名なんだよね。

一方、秋に社会人野球日本選手権大会というのが、京セラドーム大阪であるが、これは純粋にチーム同士の戦い。補強制度はない。なので、この試合で勝つと「チームとしての日本一」になる。が、どーも日本選手権の影は都市対抗に比べると薄いんだよね~、、、

ま、それはいいとして。

んー。今日の第2試合ね。姫路市の方の応援は、思った通り相変わらずで、ただ、やっぱりチャンスが少なかったからヒットコールは少なかったかな、と。名古屋市の方は、三菱重工名古屋の応援、と言うと即座に「みーつーびーしなーごーやー♪」という曲(GoGoという)を思い出されるんだけど、今回は、他の曲も多くて、思ったほど頭に残らなかったというのが印象的。つか「プリキュラ」っつー曲があったんだけど、曲名チェックはできたけど、聴いたことない曲で、何が原曲だろう?(というか、どこで使われている音楽なのか)が分からなかった。

つーか、歌番組などほとんど見ないわたしにとっては、こういうところで出てくる曲が、大晦日の紅白かなんかに出てきて「あー、この曲、これだったの」って思うことが多い(苦笑)

で、姫路市はあんまり変わんないから、まーいいとして、名古屋の方は「GoGo」「ランナー」「サクランボ」「タッチ」「狙い撃ち」「プリキュラ」「フレンジャー」「讃歌(←三菱讃歌のこと)」だったかな。とかく東海地区ってのは、中日の影響か「狙い撃ち」をやるチームが多くてね。しかし、応援団のリーダーの振り付けなんか、やっぱり地区ごとに似てきてしまうのだろうか。なんか「トヨタ自動車」が思い出されてしまって「あー、今年、なんでトヨタ出ないんだよー」とか思ってた(笑)わたしは「トヨタ自動車」の中の「オジャパメン」が大好きで、なんとしても振り付けを覚えたいと思っているのだ。。つか、だいたい記憶にはあるんだけどね。

ま、試合自体は姫路市の先発、梶本の投球がどうも制球難で、しばしば四球を出していたし、しかも、盗塁は多分、全部成功させてしまっていたので、その辺がねー。逆に、姫路市の方は盗塁をしても全部失敗してしまったり。。ヒット数は同じなんだけど、名古屋市はホームランなどで得点したけど、姫路市は散発だったし、繋げようとしても繋げられなかったのね。つか、試合後、名古屋の方の監督さんが言ってたけど「いい投手はたくさんいる」と。だから、計画的に先発を5回まで、その後、ちょっと点取られたけど、9回にも計画的に投手交代させたんだろう。姫路市は、先発がイマイチだったのに加え、2番手の和田も毎回得点され、3番手、池田がまーまーだったかなー。多分、緩く落ちる系のカーブが相手のタイミングをずらしてた様な気がする。

で、第3試合。本当は浜松市の応援を聴くのが楽しみだったんだけどね。だって、あそこはやっぱり楽器メーカーだけあって、すごいのよ、他んとこと音が。まー、曲目はあんまり変わらないマンネリ系の応援なんだけど、あの音のうまさが好きなんで(やっぱわたしも楽器吹きだよなあ~(苦笑))、ヤマハの応援は好きなのだ。なのに、、、曲数が増えてる(泣)「ウィリー(ウイリアムテル序曲のこと)」「ウルトラソウル」「エンドレス(黄色いリボンと草競馬とサンバネジャネイロが順番にエンドレスになってる)」が定番だったのに、それに加えて「ランナー」だの「夏祭り」だの「暴れん坊将軍」だのって、、、もー、わたしは「エンドレス」が好きなのに(あ、エンドレスってチャンスの時に流れるんだけど)、今日は一回目のチャンスの時は流れなかったし、8回と9回だけしか聴けなかった。。。orzしかも8回の「エンドレス」は、1アウト1塁だったのに、その後、ゲッツーですぐ終わり。うわ、勘弁してって感じだったー。

あ、ただ、5回終了後に、場内の整備が行なわれるので、そのとき、どういう人たちかは知らないけど(わたしはバックネット裏に座っているので、そのチームのマイクの人が何を言っているのかはほとんど聞こえない)白い背広を着た人たちが「ロス五輪」のあの有名なファンファーレを吹いてて、あれはすげーカッコよかったー。

第3試合は4回表に浜松市(ヤマハ)が先制するんだけど、その裏にすぐ門真市(松下電器)に逆転されたのね。監督さんは試合後のインタビューに「今までは先制されるとそのままズルズル行ってたんだけど、今回はベンチの雰囲気が違っていた」って言ってたけどさ、あれって多分、4回の浜松市の3アウト目を外野からの送球で本塁死させたのね。あれでベンチのムードがよくなって、試合の流れが門真市に来たと見ている。わたしとしては、あそこで2塁ランナーが本塁に走ってくるのはちょっと無謀かな、と思ったんだけどね、タイミング的に。だけど、2塁ランナーは3塁で止まろうとせず、本塁まで走ってきたんで、3塁コーチャーの指示だったのかな。あそこで、3塁で止まってて、2死1、3塁(または送球次第で2、3塁にもなれただろう)になってたら、もうちょっとあとの展開が違ってきただろうなーって思ったんだけどねー。あれがあったんで、流れが門真市に行ってしまい、そして門真市は多分、思い通りの投手の継投ができた(山本隆之→(6回)相木)んだろうなー。

ま、でもやっぱ松下、じゃなくて門真市(笑)はうまいな、って思ったところが数カ所あるね。そこら辺の自力の差が現われたか?

ただ、応援に関して言わせてもらうと、なんだよ、あの応援。っていうか、あのチームには、わたしは得点曲である「河内音頭擬き」(今日の幟を見たら「ディスコ河内音頭」って書いてあったから、それが正式な名前なんだろうか?ええと、河内音頭を知っている人間にとっては「なんであれが河内音頭やねん?」って曲なんだけど、あれだけ好きだったのね。でも、今日、わかった。わたし、あの曲だけじゃなく、振り付けも好きだったんだ。わたしは去年の都市対抗は観てないからよく知らないんだけど、チアの服がね、それまで黒色だったのね。それが今日は松下色である青色になってたんだけど、あれで随分印象が変わるのか、それとも踊っている人間自体が前と違っていたのか、すんげー子供っぽい踊り方だったし、振り付けが違ってたー!といっても、思い出せなくてね。思い出していると、東芝の得点曲の振り付けと混同してしまう(苦笑)

あの黒い衣装はとても大人っぽくてよかったのになー。

しかも、やった曲。「突撃のテーマ」「コール松下」「ダッシュ松下」「パトリオット」「大進撃」「Cランナー(なんでCが付いてるかは知らないけど、普通の「ランナー」)、「CG(なぜか「太陽にほえろ」の音楽)」「ルパン」っつー、まー、どこの大学が入ってるか、よく分かりますわね(笑)なのになんで付け足しのように「大進撃」が入っているのかはよく分からず。つか、突撃、確かに嫌いじゃないよ、わたし。けど、ダッシュまで行ったら、もうエンドレスなのは止めてくれー(笑)日産みたいにまた戻るのが好き。っていうか、わたしにとっては「突撃」っていったら、慶應の応援じゃなくて日産の応援なんだよね(苦笑)で、なんとしても「突撃」の振り付けをマスターしたくて仕方がないんだけど、チアのビデオ撮影してると、援団からボコにされるところもあるから(だいたい、ビデオに録ってるのは、チアをやらしく撮ってる人たちなので、仕方ないんだけどね)、撮りたくても撮れないのだ。。「いや、本当に振り付けを覚えたかったんです」と言っても、多分、いい訳にしか聞こえまい。。

けど、いくつかの曲で「この振り付け覚えたい」というようなカッコイイ振り付けがたっくさんあって、それをビデオに録って練習したいんだけどさ(って練習したからといって、別に見せる相手もいないんだけど)。昔の中国地区の応援の振り付けだったら、もう見飽きるくらいに見てたので、今でも覚えているのはあるんだけど。。

あ、ちなみに「突撃」の振り付けは慶應のと同じでした(笑)

で、明日、横須賀市(日産自動車)の試合があるんだけど、わたしにとっては「突撃のテーマ」「コール慶應」「ダッシュ慶應」の本家本元、って感じだから(実は本家本元の慶應よりも随分テンポが速いのだ。最近は、ま、事情があって遅くなっちゃったりもしたらしいけど)、観に行きたいんだけど、これだけ観に行くのもな、と思って、明日は休み~。明後日の第2試合「横浜市(新日本石油ENEOS)」と第3試合「狭山市(Honda)」かな、次は。でもその次の日の第1試合が「福山市・倉敷市(JFE西日本)」なのよね、、というか、このままこのチーム勝ち進んでも、ずっとずっと第1試合なのよね。。。やべーじゃん。ってことで、明明後日のことは、明後日終わってから考えよう。

まー、イマイチ中身に燃えなかったわたしだけど、スコア付ける感は、失ってなかったので、一安心した。ここまであちこちいろんなところを観るのは、実は結構疲れるのだ。。本当は、バックネット裏で野球自体を楽しむ自分と、応援の好きなとこのチームの席でマイクとかリーダーやチアの踊り、あとは曲目もばっちりみたいところなんだが、、今のところ、わたしは「分身の術」が使えないので、仕方なくバックネット裏で野球を観ながら、右観たり、左観たりしてます(苦笑)知ってる社歌は敵味方関係なく(だって、別にどのチームも応援してないもん、中国地区以外のチームは(笑))歌ったりしてるので、ちょっとアヤシイ人間と思われてるかも知れない。。(笑)
23:34 | 社会人野球・カープのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-03 Wed , 2008
クローゼット時代の自分を思い出してみる
薬を変えたのが悪いのか、夜、ほとんど眠れた感じがしなくなって、すごく困っている。一応「歯科心身症」という病気にかかっている(そのうちの「口腔異常感症(口腔内セネストパチー含む)」というのがわたしの具体的な病気の名前)ので、不眠も仕方なかろうという感じはするが、しかし、口の中の変な感じは寝ているときには感じていないわけで、ではなぜこんなに不眠なんだろうか、という気持ちがする。単にうつ病だったときの方がよっぽどよく眠れていたというか寝た気がしていた。ホント、もう「いい加減にしてくれ」状態。彼女から「明日、病院に電話するからね」と言われている。都市対抗は観に行けないかも知れない。

それは置いておいて、今日はずっと家の中で休んだり寝てたりしてたんだけど、その間「自分が完全にクローゼット(レズビアンであると言うことを周囲に言っていなかったとき)だったとき」について、いろいろ思い出したりしていた。

今は、ブログにも顔出ししちゃったり、実際に付き合いのある人っていうか、初めて会う人にだって本名が書いてある名刺渡したり、カミングアウトする際も「他の人に言っちゃっても構わないから」とアウティングを奨励するようなことをやっているが(だって、一人一人に同じこと言うの、めんどくさいんだもん)、それでもわたしにはまだまだカミングアウトを自分からしたくない人とか、そういう人だって存在する(だから、アウティングして欲しいなと思っているわけで。。(苦笑)それによって、遠ざかるんだったら、勝手に遠ざかって、って感じだし)。

だけど、こういうわたしだって、完全なクローゼットな時代はもちろんあったんだよね。このブログを書き始めた頃(2005年10月中旬)は、身内の中では唯一、叔母にカミングアウトしていた。それは、地方から東京に引っ越してくる際、部屋を借りる保証人が必要だったから。でも今振り返って考えてみると、別にカミングアウトする必要はなかったんだよねー。まぁ、仕事辞めてまで東京に来る理由を聞かれると答えに迷ったと思うけど。だって、単身上京ではなく、一緒に住む人がいるんだもん。「友達だ」と言えないこともないけど、でも、長くからの友達ではなく、地方にいるときに知り合って、それで仕事を辞めて一緒に暮らす「友達」ってなんか不自然極まりないし。。なんで、叔母には東京に引っ越してくる前にあらかじめカミングアウトしておいたのだ。叔母にはカミングアウトしても「絶対大丈夫」ってほど自信はあったし、まあ、それは現実にもそうだったんだけど。

わたしが自分のことについて気がついたのは、20代中半。あのときはまだ学校に在籍していたので、インターネットというものがある、というのを知り、そこにアクセスしたりしたのは、多分、他の人よりは割と早かったと思う。家にはもちろんPCなんかないから、やるのは専ら学校、というか研究室で(苦笑)。しかも、あの当時、わたしは某プロ野球球団の大ファンで、ある日、新聞を読んでいたら「NECと球団が共同製作したサイトがある」と書いてあった('96年春のこと)。あの当時は「URLはここ」というものが一つも書いていない時代だったので、どう探し付いたのか全く覚えてないけど、とにかく見つけて「掲示板」なるものに「本名で」書き込みをしたのが、わたしの初めてのネットへのアクセス。なんで本名かというとね、そこではみんな、当然のように「本名」を名乗ってたから。

でも、アクセスしたのは、それっきりで、次にアクセスしたのは秋になってからだった。そのときは既にもうみなHNを使った書き込みがされていたので、わたしも高校当時からラジオに投稿していたPNをそのまま使って、そこに書き込みをし、で、友達がたくさんできた。

だけど、わたしは野球以外の、例えば同じレズビアンの人がやっているサイトなど、探そうという考えもなかった。確かにわたしはその頃、レズビアンのミニコミ誌を取っていて、いろんな人に「転送手紙」なんて書いてたりしたんだよ(笑)けど、ネット上でそういうのを探そうという考えすら起こらなかった。

そのうち、野球サイトに掲示板だけでなくチャットシステムが導入されてから、わたしはPCの購入を考えるようになった。だって、チャットしてるのは、主に夜だったからさ。で、あの当時は一人暮らしで部屋も狭かったことから、ノート型のPCを購入。30万円したけど、あの当時からすると、これでも一番安いのを探したんだ。その証拠に、よくブルー画面になるPCで、ブルー画面になるともう再インストールするしかない、というめちゃくちゃ怖いPCだった(苦笑)だから、メールなんかは随分頻繁にバックアップを取っていたものだった。

このPCを買ったことにより、わたしは夜から朝にかけてずっとチャット、って生活を送るようになった(苦笑)そして、初めて「レズビアンのサイトはないのかな?」って思った。だって、学校じゃ、そんなものは絶対に探せないじゃん。それで、検索して一つのレズビアンの人がやっているサイトにたどり着いた。

んー、そこには掲示板もチャットもあったんだけど、チャットに入るのが怖くてね。別窓から中で何が話されているか覗けるようになってたんだけど、それでも怖いというか、緊張して、何日もロムってたりした。おっと、その前に。野球で使っている以外の自分のHNを考えた。それが、今、まさに使っている「Ron」ってHN(当初は「ろん」というひらがなだが、というか、このブログの名前も「ろんちゃん」だしね)。そして、一つしか持っていなかったメールアドレスを、二つに増やした。そう「表の自分のメアド」と「レズビアン用のメアド」。これについては、考える余地もないほど「当たり前」のことだった。それをやった上で、勇気を振り絞ってチャットに参加した。あー、掲示板にはその前から書き込んだりはしてたんだけどね。野球の時はチャットに参加するのなんかためらいもしなかった。だけど、レズビアンのチャットに参加するのには、本当に本当に勇気がいったし、そしてすごく怖かったのね。なんでかよくわからないけど。でも参加してしまえば、面白くて面白くて、それでそっちの方のチャットに出入りするようになった。

時には野球関係のチャットとレズビアン関係のチャットを掛け持ちしながらやってたときがあるかも知れない。けど、わたしは自分の中で「2つの顔」を何の苦労もなく使い分けることができた。野球のチャットでは、野球のことばかり話してればよかったし、レズビアンのチャットでは、たわいない話をしてたし。

その後、わたしは学生を辞めて就職することになったんで、引っ越した。で、引っ越してから割とすぐ、社会人野球にはまってしまって、今度はそっちの世界に首をつっこむことになった。相変わらずわたしは2つの顔を持っていたし、それに対しては何も思っていなかった。要するに「それが当たり前でしょ?」って思って疑いもしてなかったし、特に「つらい」とも思っていなかった。「表の顔」の方では社会人野球関係のウェブサイトも作り(今は表紙だけ存在してます(笑))、そこでもたくさんの友達ができた。職場では社会人野球の話しかプライベートな話はしなかったし「今度は○○大会であそこに行ってきますから休みます」だの、そういうことしか言ってなかった(爆)だって、野球の大会は日にちがちゃんと決まっている。だいぶ前から「この日は休みます」って言っておかなければ、その日に会議とか入れられたら困るもんね(爆)最初の配属先がまー、支店みたいなところだったんで、休みやすかったんだよね。で、出張も大会があるときは避けて、予定を組んでたから、すごい年では年間に100試合以上、社会人野球等の試合を観たこともある。平均すると7~80試合、というところだったが。

まー、社会人野球を中心とした生活を送っていたのは確かだったが、一方、他の性的少数者のサイトも探して、面白いのは毎日読みに行ったりしていた。主にゲイの人のサイトだったが。レズビアンはその頃はまだまだ少なかったのよね。サイト自体。で、ゲイで一緒に暮らしている人のウェブサイトだとかを見ながら「そういう人もいるんだなー」って思ったりしていた。けど、決して連絡を取ろうとは思ってなかった。全部「ロム専門」だった。ある日、2年近く日記を読んでいたあるゲイの人のサイトが、突然日記の更新が止まったと思ったら、数日後、彼の掲示板に彼の知人という人が「彼は突然亡くなりました」という書き込みをした。実は、同じ県に住んでいるみたいだな、ということは、彼の日記から薄々感じていて「いつかはメールしたいな」と思っていたわたしは、ものすごくショックだった。

「すこたん企画(今はすこたんソーシャルサービスになっている)」のニュースで、たまたま、わたしが住んでいる町に「出前」で彼らが講演することを知ったんだけど、、、その会場は、本当に家から近かったから、十分歩いていける距離だったんだけど、、わたしはやっぱり行けなかった。怖かったから。家の近く、というのにもとても抵抗感があったし、どういう人が来てるか分からないし、と思うととてもじゃないけれど、行く気にはなれなかった。行ってる途中に誰か、知り合いの同僚に出会わないかとか、そんな心配さえしていた。

でも、地元のレズビアンの友達は欲しいと思って、掲示板を見ては、せっせとメールしてたりしていた。そしてオフ会などにも出たりしていたのだが、どうも話が合わない。東京で何回かレズビアンのオフ会に参加したことはあったんだけど、そのときはみんなと普通に話せるのに、あそこのオフ会ではどうしても話の中に入れなかった。そう、わたし、地元人じゃないから、その地域の「○○でどうこうして」って話に全然付いていけなかったのね。そういう話ばかりしていたんじゃないと思うんだけど、本当に恋人はおろか、友達さえできない状況で。地方だから、滅多に違うメンバーとも会えず、会えたと思っても向こうが「面白くないヤツ」と判断したのか、メールしても返事が来なかったりして。。それで、わたしは完全に「もうこのまま一生一人で暮らしていこう。野球観ているだけで十分幸せじゃないか」って思うようになった。

だけどね、ある日、たまたま見たサイトで、これは前も書いたことのある話なんだけど「どうやら、同じ会社に勤めているらしい」ゲイの人を見つけた。で、早速メールを送った。そのときまでには、掲示板に載っているレズビアンの人たちにメールし慣れていたのか(苦笑)、すんなりメールができたのね。で、もう最初のメールから「もしかしたら、あなたは○○に勤めてませんか?」って聞いちゃったの。そうしたら、やっぱり同じ会社で働いているゲイの人だった。けど、、前にも書いたけど、それから半年するかしないかのうちに、彼は亡くなってしまったのだった。病院からメールをくれたりして、病気なのは知っていたけれど。そのときは、わたしは最初の異動があって、支店から本社に転勤になってたのね。で、彼の訃報がわたしの職場にも回ってきて、、彼の年齢が死ぬにはあまりにも若かったので、隣に座っている同僚から「この人、どうして亡くなったのかね~?」って聞かれたんだけど、わたしは(本当は彼のウェブサイトにどういう病気で亡くなったのか書いてあったから知ってたんだけど)「さぁ」としか答えられず、本当はメールを何回もやりとりした相手だったんだ、とは答えられなかった。それが初めて「ああ、クローゼットってこういうつらいときもあるんだな」って知った瞬間だった。

でも、それだって「実はネットで知り合って」って言えないこともなかったんだよね。ウソになるけど「野球関係で」って言えば、誰だって納得するように、もうわたしの「社会人野球好き」は同僚中に知れ渡ってたし、その辺はなんとでも誤魔化せたんだ。けど「実は知っている人です」というと、わたしまで「レズビアン」ということがばれてしまう、と思って、それで答えられなかったんだ。。

その彼と知り合う前後に、わたしは今の彼女と出会った。そして付き合うことに決めてから、お互いの家を行き来していた。お互い、一人暮らしだったから、泊まるところは苦労しない。で、わたしは春から秋にかけては野球のシーズンだったので、その時期は彼女がうちに泊まりに来て、野球シーズンでなくなると、今度はわたしが彼女のところに泊まりに行く、という生活を3年くらい続けた。だいたい1ヶ月に1度の頻度で会ってたんだけど、わたしが会社に行くときは、ベランダから見送ってくれたりして、とても嬉しかった反面、彼女が帰ってしまうときは、悲しくて悲しくて、見送ってくれてるベランダに向かって、何回も振り返っては手を振って、会社に行きながら泣いたりしていた。でもそんな態度は職場では見せられないから、会社に着いたら努めて明るく振る舞ってたけどさ。冬の間の連休は東京に行ったりしてたけど、職場ではプライベートな話は一切しなかったから、何も話さなかったしね。

最後の1年はうつ病になって、入院したりしてたし、彼女がこっちに来るばっかりだったと思う。そのときにどうしてもわたしの家族と会わなければならないことになって(だって、わたしが入院するときに、彼女が家にちょうど遊びに来てたんだもん)、そのときは「友達」って紹介した。

「一緒に住もう」って言い出したのはいつからかよく覚えてないけど、わたしが東京出身であることや、東京の方が何かと住みやすいと思って、会社を辞めてわたしが東京に行くことになった。

で、話は最初に戻って、東京に行く前に叔母にあってカミングアウトしたのが、わたしの一番最初のカミングアウト。それはもう、必要に迫られて、って感じだった。

しかしね、わたしが学生時代、東京にいるとき、既に第1回目の「ゲイパレード」が東京で行なわれてたんだよね。Wikipediaによると「東京レズビアン・ゲイ・パレード」が'94年から'99年にかけて毎年行なわれてる。けど、わたし、そうものがあること自体、全然知らなかったんだよね。わたしが東京を離れたのは'98年だからさ。ちょうどネットで東京のレズビアンの人と友達になったりした時期だったんだけど、誰もそういうものがあるなんて言いもしなかったし、ミニコミ誌を取ってたのは、まさに'94年、'95年だったんだけど、そういう情報が載ってたことすら覚えてない。ま、そのミニコミ誌は今でもちゃんと手元にあるから、確認すれば載ってるかどうか分かることなんだけど。それでもね、渋谷であった「第1回レズビアン アンド ゲイフィルムフェスティバル('94年)」(今の「東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」とは別物。何かあの当時は2つが混在していたらしいね)は、ドキドキしながらでも一人で行ったんだけど。。でもあれがあるという情報はどこで仕入れたのだろうか?なんでパレードの情報は入ってこなかったんだろうか?

でも、、すこたん企画が自分の町にやって来たときすら怖くて聞きに行けなかったわたしだ。そういうパレードがあったとしても、まず、参加しようとは思わなかったと思う。よくて沿道からチラッと見るくらいだったろうけれど、、でも、もしその記事があったとしても、読んだ記憶すらないんだから、怖いの怖くないのじゃなくて、単に「興味がなかった」としか言いようがない。

しかも、2000年から復活したという「東京レズビアン&ゲイパレード」だって、ネットでそういう情報を仕入れても全然おかしくないはずなんだけど、まったく目に入ってこなかった。わたしがパレードというものがある、って初めて知ったのって、2006年なんだもの。

だからさ、そういうサイトに出くわすとか、参加した人の日記を読むとか、そういうことでもなければ、わたしはその存在を知り得なかったわけで。だって、わたしのその頃読んでた、ゲイ関係のウェブサイトにはそういうことは一言も書いてなかったんだもの。今思うと不思議で不思議でたまらないのよね。もしかしたら「そういうものに興味がない」あるいは「そういう存在を知らない」人たちのサイトばかり読んでいたというのか。いや、多分「知らなかった」人がたくさんいたのではないだろうか。だから、今でもパレードがある、ということを全く知らない人たちだってたくさん存在するんじゃないかと思うんだよね。情報は、興味を持ち出すとこっちが放っておいてもどんどん入ってくるが、興味を持たないものには出くわさないものなんだと思う(スルーしてしまって)。だってほとんど「レズビアン・フェミニスト(多分)」が作っていたミニコミ誌にパレードのことが載っていないとは思えないもの。だから、その当時はそういうものには全く興味がなかったんだよね、わたし。

ただ、わたしが「レインボートーク2006」とか、その後にあった「IDAHO」のイベントに出ようと思ったのは、かなり「うつ」が混ざってたので、誰も知らない人がいるところに行くのが怖いとか、顔出しするのが怖いとか、そんなこと、思ってもなかったんだよねー(苦笑)。あ、あと彼女が付いてきてくれる、というのも怖さをカバーするものだったのかもしれない。彼女自身は「IDAHO」のイベントに行くときは、内心顔出しするのに「えーっ」って思った、っていうから。多分、普通の感情だったらあんな人の多いところ(新宿駅東南口)で、いきなりの顔出しは躊躇するだろう。でもわたしはうつ特有の「行きたい、やりたい」一心で、顔出しするとかそんなことは一切考えの中には入っていなくて怖くも何もなかったのだ。

親にカミングアウトするハメになったのも、うつ病が悪化した結果だし、わたし、あのときにうつ病じゃなかったら、もしかしたら今でも2人で密かに暮らしてたかも知れない(笑)

あれからいろいろなことがあり、わたしは彼女との関係を隠したくなくて、友人に会うたびにカミングアウトを繰り返し、そしてパレードなんかにも出るようになったし(しかも今は、トロンボーンって先頭で吹けて目立てる!なんて喜んでるし(爆))、メインのメールアドレスは、かつては「レズビアン専用」だったメールアドレスになってしまっているし、そして、かつてのHNである「じんた」よりも、今は「Ron」って呼ばれることの方が多いというか、もう既にそれでしか呼ばれない。裏の顔が完全に表に取って代わられてしまったのだ。けれど、そんなことをするなんて考えられもしない時期だってわたしにはちゃんと存在してたんだよな、ってそう思う。「誰も知らないところに行く怖さ」は今でも思い出せるしね。

こうやって初めて、レズビアンのサイトを発見したときの喜び、そしてそのチャットに参加したときの怖さとドキドキ感があって、そしていろいろなことを経験して、今の自分がある。今では「2つの顔」を持つことの方が自分では苦痛で耐えられないことなんだけれど(もうああいう器用のいいことはできない)。

そういう頃があった自分を決して忘れてはいけないと思うんだ。

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09-04 Thu , 2008
気分が晴れない
なんでかよく分からないけど、自分でも「どーも気分が晴れない」という感じがしてきた。
彼女が言うに「絶対に薬のせいだ」と言う。なので、今日は彼女が主治医に電話した。この間予約していた日よりも早くなったが、今日の今日にならなかったのは、やはり大きな病院のせいか。「取り敢えずこのままの薬を飲んでおいてくれ」と言われたそうだ。

んー。わたし、何事もやる気が起きず。ベッドでゴロゴロしては寝て、の繰り返し。
ときどき無性に寂しくなって彼女に来てもらう。
でも、一緒にいてもやっぱり寂しいのは、やはり薬のせいなんだろうか。

今では本を読む気もしなくなってしまって、全く読んでないし、PC触る気にもなれない。おまけに気分が晴れない理由が全然分からないし、その割に頭は「何か考えなきゃ」と思って高速回転している。ただ、高速回転している割には何について考えているのか、具体的にはちっとも分からないし、見えても来ない。

今日はまた東京ドームに行く予定だったのだが、外に出る気は一際せず。明日もそうだろうな。。

もしかすると、何日か、日記休むかも。。(でも過去もそう書きながら、毎日書いていたということは何回もあるんだけど(^^;)
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09-05 Fri , 2008
頑張れ、都立三鷹高校学校長!
今日、別に日記書こうと思ってなかったんだけど~(苦笑)

わたし、6月20日に「都立三鷹高校校長にエールを!」って日記を書いたんだけどさ。

今朝の毎日新聞を見たら、また記事が載っていた。

都教委:三鷹高校長から聴取、守秘義務違反を理由に /東京

前のは「学校経営の適正化について」について、都教委に通知の撤回を求めていて、それについては、6月13日付け朝日新聞には「都教委に呼び出されて意見を述べた」って書いてあったんだけど、確か同じ日の毎日新聞には「近々都教委にどういうつもりでこういう発言をしているのかを問うためにヒヤリングを行なう予定」と書いてあったんだよね。んなもんで、はっきりいって、この件については、どうなったのかよく分からないんだけど。

今回は、それと違って、教員に対する業績評価について、都教委が教員についての業績評価を絶対評価から相対評価にするように、という指導が行なわれたことについて、それをマスコミ等に漏らしたことから、守秘義務違反に問われたらしい。しかし、このきっかけは都立三鷹高校校長である土肥校長が都教委に対し、公開討論を申し込んだところ、これを都教委は拒否したことから、その旨、マスコミに配ったらしい。都教委はなぜ、公開討論を拒否したのだろう。実は裏で管理職たる校長を操っていることを世間に対して知られたくないために、拒否したとしか思えない。

しかし、この土肥校長は自分の信念を曲げない、とても強い人だと思う。この記事に書いてあるように、校長会にも誰一人味方する人はいないらしい。わたしは、みなが味方するまではいかずとも、少なくとも来年、土肥校長と共に定年になる校長くらいは、このことについてもし同意をするのなら、味方になるべきだと思うのだけれど。。やっぱり校長になる人のほとんどは保守的で、上の人のいいなりなのかなあ~。。。そうだとすると、とても悲しい。

都立高校の実績を上げるために、中高一貫校や重点高校を指定したりしているけれど、本来、高校って「どれだけ有名大学に入学させるか」の教育機関ではなく、同じ都立高でももっと校風に合わせた「独自色」を作っていくべきなのではないか?高校は義務教育ではない。そして、わたしがいた頃の鷹高は本当に自由だった。鷹高時代、わたしが受け持たれた担任2人(組替えは1年から2年に上がるときだけだったので)は、実は両方とも鷹高出身で、わたしたちの先輩だった。だから鷹高というところがどんな学校か、よーく分かってたし(自分たちが通ってきた道だしね)、そういう担任を通してわたしは鷹高の「自由な校風」を知った。「自由」の裏には「責任」がある、ということも。そして少なくとも、その自由を謳歌した都立三鷹高校の卒業生としては、いつまでも自由な鷹高であって欲しいと思う。

とは言えども、土肥校長がこのまま3月まで身分が安泰、という保障はどこにもない。今回も守秘義務違反を理由とした事情聴取ということで、このまま、また何かがあれば、もっと大きな地方公務員法違反に問われて免職、ということもあり得よう。わたしはどうすればいいのか、何かできることはないのか。
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09-06 Sat , 2008
同性愛が性倒錯だった時代
最近、気分がすぐれなかったのは、実はこの本を読んでたせいじゃないか、という気さえする。

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この本、初版は'55年に発行されたらしいが、'68年には中身が大幅に改訂され、そしてこの本自体は'77年に印刷、発行になっている。本の帯を見てもらえば分かるとおり「『倒錯』の世界に光をあてる!」と堂々と書かれていて、見るからに、うわー、な本なんだけど。著者はイギリス人。

実はこの本、なんで持っているのか自分でもよく分からないのよね(苦笑)、買ったのは'94年10月23日らしい。確か、神田の古本屋で買ったんだと思う。題名だけ見て(笑)多分、この当時、わたしは自分のことに気がついて、それでたくさんの本を探して買いまくってた頃なのよね。ただ、この本は買ったものの、最近までずっとカバーを掛けて本棚にしまってたから、こういう本を買ったこと自体、既に忘れてたのね。あのとき、これを読んでたらどう思ったかな、と思う。わたしはそれまでにいくつもの同性愛関係の本を読んでいて、そのどれ一つにも「同性愛は異常性欲で治療の対象となる」ということは書いていなかったので、病気ではないことは知っていた。が、この時代はまだまだ「倒錯者」扱いだったのだ。

とはいえ、読んでみると、これ、そんなにおかしなことは書いてないのね。「同性愛者は見た目では分からない(女っぽい男がゲイでも男っぽい女がレズビアンでもない。いろいろな人たちがいるから分類ができない)」「倒錯者ということを除いては、社会に適合できるし、知能も一般人と同じ」「生物学的に見ても、同性愛は何ら身体的特徴を伴うことがない」「男娼は同性愛者でないことが多い」「小児愛者もいるが、割合としては圧倒的に異性愛男性が多い」「同性に誘惑されて同性愛行為をしても、その人は同性愛者になるわけではない」「性ホルモンの影響ではない」ってね。あのね、これだけの「証拠」が揃いながらも、前提が「性倒錯者」だから、異常な人なわけね。だから治療の対象になりうるわけね。逆にね、これ読んでて「人間の思い込みってすごいなあ」って感心したほど。これだけの証拠が揃いながら「同性愛者は性的指向が同性に向かうだけで、あとはなんら異性愛者と変わることはない」という結論になぜ達しなかったのか?と思うのよ。

もうね、同性愛者って異性愛者に比べて「未熟である」というのが前提なわけ。だからこの異性愛者の精神科医は「未熟なものをどうやって成長させるか(=異性愛者になる)」が治療だっていうわけ。でも「強固な同性愛者」や「同性愛者であることに悩んでいない同性愛者」に対する治療効果はほとんどない、って書いてあるんだよ(笑)ま、治療についてはあとで触れるけど。

しかも「中には性転換を望むものがいるが、それと同性愛者とは違う」と、まぁこの時代「性同一性障害」という言葉がなかったので、こういう表現になっているが、そういう意味では「性同一性障害」についても少しだけ触れてるのね。「こういうものは医者を脅しても自分の性器を切り取ろうとしたりする。同性愛者はそのようなものを望んでいない」とかね、あの時代の性同一性障害だった人も大変だったんだなって思う。。あと「身体的特徴や遺伝子レベルでの『反陰陽』の人」のことにも触れられていて、「同性愛」という題名でありながら、結局今で言うLGBTIすべての人を扱ってるんじゃんって思うんだけど(バイセクシャルについての言及もあるので)。で「同性愛者」に対しての「定義」はちゃんとしてるんだよね。ま、たまに「強固な同性愛者」だの「一般の同性愛者」だのって言葉が出てくるんだけど、これは調査の対象がどうしても刑務所に入っている同性愛者、だとか神経症で悩んで医者のところに来る同性愛者、アルコール中毒の同性愛者、とかになってしまって、偏りがあるのね。それに加えてたまに「有志の同性愛者」という人たちも出てくる。

けどね、例えばこの「有志の同性愛者」に対して心理テストを行なうと、異性愛者と比べても彼らの適応能力は特に悪くないという結果が出るわけね。そうすると、このテストを行なった研究者は「同性愛者の葛藤は非常に強く抑圧されているので表面的な質問には平静さを装うことができるので、このテストの結果は認められない」って言うのね。これって、ホント、研究者にあるまじき行為というか、思ったような結論が出ないので、めちゃくちゃな論理(というより偏見?)で、結論を曲げちゃうのね。心理学的なテスト等は、はっきりいってどうとでも受け取れるというか、自分の思い通りにすることができるからさ、なんか危ないと思った。てーか、ちゃんとした「実験心理学」だったらさぁ、統計学的に正しい処理はもちろん、やっぱり何かと比較することが大切なんじゃないの?この場合は「異性愛者」になるけど。

ただ、上にも書いたように、同性愛者でも、特殊な環境にある人たちの検査結果なので、とてーもあやしいんだよねえ~、、、同性愛者が持つ特徴、というよりもその他が原因で犯罪を犯したり、刑務所に入ったりする要因が大きいみたいだし、刑務所の結果でせいぜい分かるのは、刑務所内で同性愛行為にふける囚人たちが、刑期を終えて外に出ると、別にその人たちは普通に異性愛者に戻っていく、ってくらいで、それを考えただけでも、決して「同性愛は未熟」なのではなく、異性愛者と同じことが分かると思うんだけどさ。どうしてそのような方向に考えないのか、これだけ真面目に書いているのに不思議でたまらない。。

で、この著者は精神科医で、別に宗教とか法律とかは関係ないんだけど、それと同性愛についての関係にも触れていて、例えば「ソドミー法」(同性愛行為を禁じる法律)があるために、同性愛者は隠れた生活を行なわざるを得ず、敵国から「お前が同性愛者ということをばらすぞ」と脅されてその国のスパイになっちゃうとか、そういう例を挙げて、弊害があるって認めてるんだよ。しかもそういう人たちを刑務所に入れて、治療しようが、それは上に書いたように刑務所内では同性愛行為が行なわれているので「全く治療にならない。時間の無駄」とまで書いてるんだよ。

ただし、基本的に「同性愛者は性倒錯者」だと思っているので、「男色者の社会に『参加』し、自己の倒錯感情を全的に是認する倒錯者は、次の段階として恋愛に陥り、程度の差はあれ激しく閉鎖的な常時を経験する。この場合、異性愛者の結婚制度である一夫一婦制を模倣しようとする人が多いが、これらは彼らの天性にも社会環境にもそぐわぬ解決策である」とか、まー、確かに今のゲイの人たちもくっついては離れ、の人も多いよ。けど、長く一緒に暮らしている人たちもいるわけで(ただし、長く一緒に暮らしているからと言って、SEXの相手は自分のパートナーとは限らないこともあるけど)。こういうところが、偏見バリバリなんだよな。。

で、安定した男色者カップルについては「奇妙なことに」という前置きをして「性的習慣を別にすれば、彼はいたって適応性に富んだ人間で、そのために彼は隣人たちの好奇の目を避けてひっそり暮らさざるを得ないのであった。少なくとも意識的には、何らの罪悪感も抱いておらず、彼の言を借りるならば、悪いことをしているわけではなく、ただ自己の本性に従って生きているのであった。誰にも害を及ぼしてはいず、理解のある人間には自分の気持ちを説明してもよいと考えていた。彼とはこの話し合いが最初に記録されてから12年後に、再び会う機会があった。彼はその間ずっと前記の男色者の友人と一緒に生活をし、自由時間と余暇の大部分を彼と過ごしていた。この友人は、家事を好み、普通、妻が夫のためにするような仕事の多くを引き受けていたが、その影響が性的な役割への嗜好にまで及ぶことはなかった。」って書いてる。んで、これまた別の長年付き合っているカップルの例も挙げてるんだけど、そういう彼らに対する「評価」がまたおかしい。「これだけ完全で永続的な倒錯は珍しい」だと。。。

そんでさ、さらに「R・E・L・マスターズは同性愛擁護者たちの運動を評して次のようにいう。彼らは同性愛者は正常な人間より優れているというような素振りを見せたり、適度の寛容さの枠を越える大幅な自由を要求したりする点において、世間の同情を失っている、と。確かに同性愛者たちは社会の不当な糾弾に対し、しばしば反撃を試みている。これは敗北者に特有な言動に過ぎぬかもしれないが、結果的には彼らが政治的な危険分子であるという印象を広める役目をしている。中でも同性愛雑誌は最も闘争的な少数派に討論の場を提供している、記事は非常に偏った性格のもので(おそらく話題や寄稿の範囲が限られているため、そうならざるを得ないのであろうが)、時折途轍もない考えが公表される。たとえば、男色者同士の結婚は法的な保障を与えられるべきだとか。男色者カップルにも養子が許されるべきだというような提案が大真面目に取り上げられるのである。」なんてそれこそ「大まじめ」に書いてるんだよ(笑)この人が仮に今、生きていたら、今の世の中どう思っただろうね。

でも確かに、今の日本の状況を考えると、上に書かれたことは結構日本に当てはまってないか?とも考えられないことはないのよね。だって、今、日本では同性同士のカップルに対する法的保障のことなんか、議論にもならないしね。「パレード」をするだけでも一部の熱狂的なゲイリブ嫌い(?)からは「左翼的行動」と思われているし「政治的な行動」はしちゃならないみたいだしね。だいたい、政治家を動かさずして、どうやって日本を変えていくんだよ、って気はするんだけど、まー、そういう人は現状に満足してて、表だって行動する人がいつか、自分たちのことを「アウティング」させるんじゃないかとか思って怖いんだろうね。でも、ネット社会でしか生きていない人は、所詮、そこで吠えてるだけでみえやしない存在なのにね。で、世の中変わらない方がいいと思ってるんだろうけどね、自分たちが日の目を見ない暮らしの方が落ち着いていていいんだろう。けど、出てきたい人が出ていけばいいんだし、世の中変えていきたい人が変えていけばいいんだし、出てこない人は出てこなくていいんだから、出ていきたい人の足を引っ張るなよ、とは思ってるけどね。こーいう考えだと「ゲイリブ」とか思われるか知らん?でも、わたしゃ、別に活動家じゃないからさ。ただ、彼女と結婚したいだけだからさ。でも、同性愛者は結婚できないからって「同情」されるのは真っ平ごめんだしさ。

わたしさぁ、これ読んでてすんごく疲れたのは、「性倒錯者」だのって言葉がいっぱい出てきて、それが自分の心にグサグサ突き刺さるんだよね。これは「過去の遺物の本だ」って分かってても、こういう「悪意」のある書き方(別に彼は悪意じゃなくてそれが適当と思ってるわけだけどさ)をされると、やっぱり読んでると相当凹んでくるんだよね。。読んでるだけで、気分が悪くなってくるんだからさ、本当にこの時代を生きた同性愛者たちって大変だったんだなって思う。

だけど、この人、世間に対しては「現代の小説や演劇の主題として、同性愛者の一般的イメージの悪化に拍車をかけている」など、同性愛者というのは一般に、本人自らではなく、異性愛者からの「作られたイメージ」によって、それをまた一般の異性愛者に広められる、といってるんだよ。これはすごく正しい見解だと思う。同性愛者は上にも書いたように「隠れて暮らしている」から、一般のイメージなんか一般の人に分かりっこない。だから、異性愛者が勝手に「同性愛者なんてこんなもんだろう」と思って発表した演劇や書物なんかで、一般の異性愛者がまんまと「同性愛者ってこんな危険でとんでもないヤツなんだ」って誤解するわけね。これって、はっきりいって今、というか最近までは完全にそうだったと思うね。同性愛者が出てくると、それは犯罪者だったり、狂人だったりして、最後には死ぬか殺されるかどっちか、という役割しか与えられなかった、とこないだ第17回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭の「ヒストリー・オブ・ゲイシネマ」でも誰かがそう言ってたよ(苦笑)

で、結局、この著者は精神科医だからさ、精神分析をするの。それがまた変でさー。

例えば、男性同性愛者に対しては、最初に「見ただけでは分からない」って書いてるのに、被験者の対象は全部「女っぽい男性同性愛者」なんだよ(苦笑)で、彼らがなぜ同性愛者になるのかというと、フロイトのエディプスコンプレックスで説明してるんだけど「大多数の同性愛者には、神経症的な兆候を持つ人々と同様、母親に対するエディプス的な愛情が認められるが、母親への執着の度合いはほとんどの場合、同性愛者の方が強い」「同性愛者はある点で、自分に欲求不満を抱かせた母親と一体化しようとする。母親と同じく、彼は男を愛する」とね。

これを女性同性愛者に当てはめるとこうなる。「彼女たちが父親には粗暴な、嫌悪すべき人間という見方をしているのに反して、母親に対しては親密で理想的な感情を抱いていることを認めている。これらの女性の何人かは、母親との完全な同一視に対する反動から他の女性へ向かったのだと彼女(ジョイス・マクドゥーガルって人)は考えた」。

これって明らかにおかしいよね。男性同性愛者も女性同性愛者も、父親を憎み、母親に対しては異常なほど仲良しであるのに、向かう性対象が逆転するの。例えば、男性同性愛者が父親を憎み、母親に対して異常に執着し、女性同性愛者はその反対で、母親を憎み、父親に異常に執着する、というのなら、話は別だよ。だけど、前提条件が一緒なのに、答えがまるっきり違うのは、どう考えてもこじつけとしかいいようがない。これを書いてる人や読んでる人、はたまた訳した人はこの説明に対して「変だ」って思わなかったのかなあ????

つーか、この人は精神科医だから、なんでも精神分析に結びつけようとして、フロイトのことを持ってくるんだけど、あれだね、フロイトなんてとんでもないヤツだって感じだよね。だいたい、女性のことを「従属的な役割にまつわる軋轢や女性の不完全性に対する憤懣、いわゆる『ペニス羨望』などは」って書いてあるけど、男性から見るとそりゃ、女性にはペニスはないので「不完全性」に見えるかも知れないけど、女性はもともと「持ってない」わけだから、不完全性とかなんか思うわけがなく、ペニス羨望なんかもあるわけないじゃんか、と思う。これって、男の側の論理だよね、完全に。確かに「ある」ものがなくなったら怖いだろうさ。けど、もともと持ってないものに対しては、別に羨ましいとか思わないのだよ。だって、例えが変だけどさ、腕が3本欲しいとかって思う?腕が2本しかないからもう1本足らないと思ったりする?それと同じことなんだよね。

で、最後に治療方法について書かれているけれど、最初にも書いたとおり「強固な同性愛者」や「自分について治そうとは思わない同性愛者」への治療は難しく、不成功に終わる場合が多いと書かれている。一方、どうしても治したいと思う同性愛者などは、まぁまぁの成功度らしかったんだけど、期待通りのものではない、と書いてある。しかも「治った」と思ったらまた元通りになったりするので、結婚をすることはあまり勧めない、とも書いてある(笑)同性愛者に結婚を勧めるのは、誤りであるだけでなく罪悪なんだそうだ(爆)

つか、「同性愛を治したい」と思うのは、やっぱり「罪深い」とか思いこんじゃってる同性愛者で、そういうのは、どちらかというと自分が悪いんじゃなくて社会が悪いわけなんだよね。そう、わたしがこれ読んで一番に言いたかったのは「社会が同性愛者を悪者にしている」から、こんな問題が起こってくるわけで、本にも何度も「性倒錯以外は社会的に適応している」って出てくるんだから、なぜ「同性愛が悪いわけではない」という結論に達しないんだろう、と。だから「人間って、思い込みの激しい動物なんだな」と逆に分かったわけで。ま、もちろんわたしも人間だから、多分、思い込みが激しいとは思うけどw

最後の方にね、一カ所だけ「異性愛者にはこのような実験はされてはいない」ってポロっと書いてあるところがあるんだよね。「なんだ、分かってるんじゃん!」って思ったけど、それ以上の言及はなかったし、結局、何やらかんやらいいながら、結論は「同性愛者への寛容はそれの奨励と同じものではない。医者としてはまず若い人々に対して、同性愛的生活に伴いがちな破局や悲劇について厳しい警告をなすべきであり、はじめからそういった傾向に案じることを勧めるような助言は絶対に慎むべきであろう」なんだから、結局、それが言いたかったのかよ、って感じなんだよね。

確かにこの本、そんなに間違ったことも書いてなくて、読んでる途中は若干気分が悪くなるくらいだったんだけど、結論としては「あっ、そう」なのね~。異性愛者の生活でも破局や悲劇ってたくさんあると思うんだけどねー。もう本当に「人間の思い込み」って怖いわっ!

という本でしたー。
さっき調べたら、Amazonで最低価格で800円、古本屋だったらもうちょっと高い値段で売ってます~。あんまりお勧めしませんが、過去の遺物を是非読みたい人はどーぞ。でも、読んでいるうちに気分が悪くなっても知りません(笑)
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09-07 Sun , 2008
あの日見た夢こんな夢
昨日は超長文日記だったので、今日は短く(笑)

いやー、いつだったか忘れたけど、2日続けてとんでもない夢見てさあ。
1日目のはちょっとヤバヤバすぎて書けない(苦笑)
あ、登場人物は彼女とロボットみたいな男性だったけど。

2日目のは、なぜか自分が妊娠している夢。
うーん、もう詳しいことは何一つ覚えてないんだけど、一つだけこう思ったことだけは覚えている。
「2人の男とSEXしたけど、どっちの子供だろう?」

うーむ。到底レズビアンが見る夢だとは思えない(爆)
しかし「2人の男」と思いつつも、具体的な顔は全く思い浮かばず(当たり前だけど)。

なぜこんな夢を見たのか、不思議でたまらない。
21:09 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-08 Mon , 2008
少し早い病院の日
今日は、彼女が先週電話をかけたんで、ちょっと早い病院の日だった。ただ、あの日よりも今の方が徐々に状態はよくなっていて(もしかして、あの「同性愛」の本のせいじゃなかったんだろうなー、ホントに(苦笑))、まー、そんなに早くすることもなかったんじゃないか、とか思いつつ、彼女にも付いてきてもらった。でも、あれから幸いにも調子は上向きになったけど、ホントに悪くなってたら、どうするんだよって思うよ。。で、今日着ていったTシャツはこれ。

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いよいよ着るTシャツがなくなってきたので、去年の東京プライドパレードで着た、Brass MIX!のTシャツを。。今年は関西レインボーパレードだけだけど、やっぱりBrass MIX!でTシャツ作ろうって話になってて、で、まだどんなのかは知らないけど、楽しみだな~。

で、ちょっと待って彼女と一緒に診察室へ。医師は彼女に対して「どーもどーも、お久しぶりです」って言ってくれて、こういうときに彼女との関係を打ち明けておくと便利、というか嬉しい。

「今は電話した頃ほどひどくはないんですが、、」と言って、あれこれ話してきた。わたしはとにかく今後、治るのかどうかがすごく気になってたから「本当に治るんですか?」って聞いたら、、「うーん、難しいんですよねー。一応、気にならなくなる程度になったら、治療終了ってことにしてるんですけど」と言うから「じゃあ、元通りの普通の状態にはならないってことなんですか?わたし、ずーっとこんな口の中変な状態でいなきゃいけないんですか」というと「うーん。完治は難しいんでね、気にならない程度に。。」っていうからさ、なんか悲しくなってしまった。確かに今、PCなんかに夢中になっているときは口の中がごく薄く変な状態(?)になってる、ってことはあるんだけど、それって本当に夢中になってるときだけなんだよね。医者はもう今、そういう状態になるときもあるから、その状態がずっと続けばいい、って思ってるみたいなんだけど。。。「完治は難しい」って聞いてちょっと凹んだことは確か。彼女があとで言うに「最悪でも今の一番気にならない状態って言ってたから、完治することだってあるんだって」って言ったけど、わたしにはそうは聞こえなかったんだけどね。。

まぁ、今は口の中だけじゃなくて、眠れなかったり(寝た気がしない)するから、そっちも治していかないといけないんだけどね。うーん、もともとは右腕の痛みだったのに、なぜこんな状態になったのか分からないし、いつの時点で今の病院に行ったら、完治できたのか、それもよく分からない。。なんのしろ、よく分からない状況がずっとずっと続いて、どうしていいかよく分からなかったんだから、本当にもう。。

で、食欲がない、とか口臭がするような気がする、と言ったら彼女も「そういえば、2、3日前からわたしも気になってた」って言うから、本当に口臭がしてたんだと思うけど、なんかいろいろあったんで、結局、朝昼晩飲んでいたアンプリット10mgがまた、テトラミド10mgに戻った。戻ったらどうなるのか、また食欲が出てきたりするのかとか、全然分からないんだけどね。

ああー。なんかよくなっている気はしないし、ホント、これからどうなっていっちゃうんだろうな~。腕もあまり気にならなくなってきたとはいえ、やっぱり左腕に比べるとしびれとかあるからね。手をグーパーしにくかったり。わたしの身体の中のどこがぶっ壊れてるんだろうなあ~?

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09-09 Tue , 2008
同性愛が性倒錯ではなくなりかけた時代
最近、自分が同性愛者だと気がついたときに、本屋でそれ関係の本を探しまくって買っていた頃の本をまた再読している。この間のD・J・ウェストの「同性愛」もそうだったが、この「ゲイ―新しき隣人たち」ってのもそう。

この本は、実はまだ大学院生だったときに、確か春に仙台で学会があったんだよね。そのとき、仙台の繁華街をふらついていたら「東北で一番大きい本屋」だったっけなあ。。なんかそんな看板が目について、ふらりと寄った本屋でこの本を発見したんだった。見ると'94年3月25日に買ったらしい。が、この本自体はモートン・ハントってアメリカ人が'77年に書いた本の訳本で、初版発行が'82年4月5日。わたしが持っているのは再版で'92年10月20日発行のヤツ。

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まず、'77年のアメリカの状況を述べておくと、アメリカの精神医学会が定める判断基準であるDSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)の中に精神疾患として記載されていた「同性愛(homosexuality)」は'73年に「性指向障害(sexual orientation disturbance)」に名称変更され、そのときから「同性愛」という言葉はDSMの中から消えることになった。それ以降も「自我異質性同性愛(ego-dystonic homosexuality)」という名前に変更されたが、実際にはこの診断名は使用されることはなかったという。そして、'87年に改訂されたDSM-III-Rで、同性愛に関係する診断名は全く姿を消した。また、'73年のアメリカ精神医学会の決定を受けて、'75年にはアメリカ心理学会も「同性愛それ自体が、判断力、安定性、信頼性、社会的・職業的な能力において欠陥を持つものではない」という決議を採択している(同性愛者における他者からの拒絶と受容―ダイアリー法と質問紙によるマルチメソッド・アプローチ (シリーズ・臨床心理学研究の最前線 1)より)。ちなみにWHO(世界保健機構)が同性愛を国際疾病分類(ICD)から外したのは、'90年なので、同性愛が精神疾患でなくなったのはアメリカの方が早い。

こんな中で'77年に書かれたこの本。本の帯に堂々と「俗説のほとんどは誤りである」云々、と書いてあるが、中身を読んで愕然とした。この本を書いたのは、帯の裏側によるとアメリカの著名な性問題ジャーナリストだそうだが、本の中身は偏見だらけ(苦笑)まー、この「目次」を見てもらえば、なんとなく分かるような気がするが。。

前に読んだ「同性愛」の方は、専門書だけあって「性倒錯」が前提にあったけれども、非常に「公正な目」で書かれているのに対し、この本は、なんと言えばいいのか、まぁ一言で言ってしまえば「学術書」でないので、この人の思ったことや経験したこと、見聞きしたことそのまま書いてある。だから、かなり偏見が大きい。これ、この題名が付いていなければ、一瞬「ゲイを差別した本」かと思うような内容で、まるで「羊の皮を被ったオオカミのような本」だった。なので、またもやわたしを気分悪くさせた(苦笑)

最初の「同性愛にかんする九つの俗説」、例えば「<俗説>同性愛者は、男でも女でも、その外見や動作によって見分けることができる。ゲイの男性は着ているもの、歩き方、話し方、手の使い方などが女性的である。ゲイの女性は髪をショートカットにし、男っぽい服装をしている。声も低く、動作も男っぽい」に対して「<事実>インディアナ大学の性研究所が1965年に行なった研究によると、ゲイであると簡単に見分けることのできるのは、男性のゲイでその8分の1にすぎない。8分の7はストレートの男性と同じようなものを着ているし、歩き方や話し方、動作にも変わった点はない。レズビアンになると、外見や動作の男っぽい人の割合はさらに少なくなり、ほとんどがストレートの女性と同じような服装、動作をしている」、「<俗説>ここ数年の間にゲイの人口が急激に増加している。ゲイ解放運動は、ゲイに対する差別を撤廃させるための全国的な運動である。この運動のために、同性愛を自分でも体験してみようという若者が多くなり、ゲイの数がふえている」に対して「<事実>少なくともこの30年間、同性愛者が増加したことを示す調査はひとつもない。性科学者の意見もそうである。ある研究では、現在の同性愛者の数は、1940年代とかわらないという。ただし、私たちの目にする同性愛者の数はずっと多くなっている。それはゲイであることを世間に公表するゲイがふえてきたからである」など、まあ、この間書いた「同性愛」に書いてあるようなことがそのまま載っている。しかし、同じようなことを挙げていても、一方はまだ「性倒錯」でこちらの方は「性倒錯でない」んだからなあ~。まぁ、わたしとしてはあそこまで書いておいて、まだ結論は「同性愛は性倒錯である」という方が信じられないくらいなんだけど。

でもね、これが中身に入ると、書いていることがめちゃくちゃだったりするのだ。例えば「同性愛の多様性」でクィア(変態)なゲイ、ハスラー(男娼;この場合も「彼らは自分たちはゲイではない」と言っているとかいてあるが、どうやら著者はそうは思っていないようで)、ゲイらしい要素を持たないゲイ、既婚者ゲイでハッテン場に通うゲイ、夫婦のように一緒に暮らしているゲイカップル、一夜のSEXを楽しむ”男役”(ダイク)のレズビアンと”女役”のレズビアン、一見ルームメイトのように見えるが実は恋人同士のレズビアンカップル(誰にもカミングアウトできない)、などを挙げて「ここに示したいくつかの例は現代アメリカの同性愛のごく一部にすぎないが、それでも相違は著しい。精神に欠陥があるのではないかと思える人もいれば、全く正常に思える人もいる。(中略)同性愛にただひとつの考えを押しつけたり、すべてを同じ態度で処理しようとすることは正しくない。偏見にとらわれることなく、理性的な姿勢で同性愛に接しようと思うのなら、どのタイプの同性愛を相手にしているのかを明白にしておく必要がある。一つの考えで割り切ってしまえば、問題が簡単になるのは当然だが、それは無知というものだろう。いや、それはむしろ、差別と呼ぶべきだろう」って書いてあるんだけど、、、これって、ちょっとおかしくない??言うなれば「この人はちょっと精神的に欠陥がありそうな同性愛者だから、そういう風に付き合いましょ」とか「この人たちは普通そうだから、普通に付き合いましょ」とか、そういうことを考えて付き合えってことを言ってるわけだよね。これって、異性愛者のものすごい「上から目線」で「奢りや高ぶり」を感じてしまうんだけど。

確かに人との付き合いは一通りではない。これは同性愛者だって異性愛者だって同じことだ。だから、自分が「この人とは気が合いそうにないな」と思えば、付き合わなければ済むことだし、気が合いそうだと思えば、別にその人が精神的に欠陥がありそうでも(っていうのはとても失礼だと思うけどね、本当は)付き合えばいいのであって、なんか「はい、この同性愛者はこんなタイプだから、こんな付き合い方をしましょう」だなんてよく言うよ、全く、って感じだ。しかもいろいろなタイプの同性愛者がいるのは確かだけど、それさえ知っておけば、別に差別も何もないと思うんだけど。。例えばとても「クィア」なゲイは苦手だと思えば、付き合わなきゃいいんだし、付き合わないこと=差別している、わけでもないよね?どうも「ゲイにはいろいろなタイプがいます。けど、選り好みをしてはいけません。適切な判断をして、適切に付き合いましょう」と言ってるとしか思えないのだが。

「同性愛の原因」も同じ。誘惑説、影響説、魅力のなさ説、性的隔離説、遺伝説、先天的欠陥説、ホルモンのアンバランス説、家庭環境説、逃避説、心の病気説、自然な衝動説、趣味説とまぁ、いろんな説を挙げているんだけど、この人は、どれも「有り得る」といい、「原因によって、同性愛の種類にも相違が生じる」「すべてとはいえないにしても、ほとんどの同性愛は複数の原因が重なって生じる」「現在のアメリカで最も重要な同性愛の原因、証拠がはっきりしていて、きわめて多くのケースで最も重要な役割を果たしている原因は、親子関係における問題である。ふつう、親子関係の問題だけで同性愛になることはなく、子供の側にその性向が備わっていなければならない。最も重要な原因は、子供の生活体験、それも家庭内における生活体験ということになる」って書いてあるんだけど、うーんと、わたしは自分のことを考えてみても、どーも親子関係とか自分の生活体験とか、あんまり関係がないような気がするんだよねー。まー、わたし、アメリカ人じゃないからかな(笑)わたしははっきりいって、なぜ自分が同性愛者なのか、未だにさっぱり分からない。もうそれは「生まれつき」としかいいようがないんじゃないかなって感じてる。他の人で「自分が同性愛者になった原因」っていうのがはっきりしているって人はいるのかなあ??逆に異性愛者で「自分が異性愛者になった原因」というのがはっきりしている人っているのだろうか?

なぜか同性愛者だけが「同性愛者になる原因」を探られていて、異性愛者は「異性愛者になる原因」を研究している人っているんだろうかと思う(そういうの、聞いたこと、あります??)。異性愛者になる原因が分かるんだったら、多分、同性愛者になる原因だって分かるんじゃないだろうか?

んで、次に続く。今日はまた長い日記になりそうだなあ~(爆)

「同性愛の性行為」なんだけど、いやー、ここまで書かれるとね(苦笑)最初に「同性愛のテクニック」ときたもんだ。これって、、、なんかゲイの理解について関係があるのかなと思ってしまうんだけど。。だってさ、なんでゲイと付き合う際について、ゲイのSEXについて知らなきゃいけないわけ?異性愛者と付き合うときに「この人はどういうSEXをするんだろう?」なんて考えて付き合っているとでも言うのだろうか?少なくともわたしは、異性愛者と付き合おうが、同性愛者と付き合おうが(この場合の「付き合う」というのは友達として、ってことね)、その人がどういうSEXをするか、なんて考えないよ。だって、関係ないじゃん。友達としてのその人と、その人がどういうSEXをするかどうかなんて。なのに、なんでこんなことをわざわざ取り上げて書くんだろう、って気がした。

しかも「本題に入る前に、理解しておいて欲しいことがある。読者の中には、同性愛者が一般に用いる性的テクニックの描写を読んで、ショックを受ける人がいると思う」って。。。でもそれについて書く理由は「しかし、性的な行為を具体的に説明しない限り、同性愛に関する真実を述べることはできない」って。。。んー、そうかなあ?じゃあ、異性愛者と付き合うに当たって、異性愛者がどういう性行為をするか、具体的に説明しない限り、異性愛に関する真実を述べることはできなくて、その挙げ句、異性愛者とは付き合えないというのだろうか。

どーもねー、興味本位に書いているとしか思えないんだよねー。だから、同性愛者が多様性を持っているってことだけでいいじゃん、って感じがするんだよね。だいたい、異性愛者だって「四十八手は裏表」とか言うんだから、いろいろあるんじゃん。それをいちいち、分かってないと異性愛者とは友達にはなれないのか???

あ、個人的には「ディルド(張形)の使用。レズビアンは互いにディルドを用いると広く信じられている。しかし、それはほんの一部に限られており、その愛好者は極めて少ない」って書いてあるところに「あ、そう。ふーん」って思いました(爆)その「極めて少ない」の中にわたしは入ってるわ(爆)こんなん、使おうが使うまいが関係ないじゃん。だって、ディルドを使うからと言って、それは別に男の代わりでもなんでもないわけで。道具の一つなのだ。自分を気持ちよくしてもらうための。えー、使って何が悪い、と思っておりますが、何か?(爆)わたしゃ、気持ちよければ、ディルドだってバイブだって使うし、それが必須ってこともないし、ホント、そのときどきの気分によって違うのよ。だから、わたしは彼女とそれこそ同じSEXをしたことが今まで一回もない!と言い切れるわ(笑)って自分たちのことについて詳しく語ってしまった(汗)

でさー、次に同性愛のSEXと異性愛のSEX、どちらが快感か、なんてことが書いてあるけど、そんなこと、関係ないじゃん!!「急進的なゲイの活動家の中には、ゲイのセックスの方がストレートのセックスより快感が大きいと主張するものがいる」ってさぁ~、、、真に受けて書かないでよね、こんなこと。だって、同性愛者だったら、同性とのSEXの方が異性に比べると断然快感があるだろうし(わたしは異性とSEXすることすら考えたくない。多分、多くの異性愛者も同じだろうと思う。同性とSEXしてるところなんて考えたくないよねえ?(爆))、異性愛者だったら、異性とのSEXの方が断然気持ちいいと思うよ、同性とするより。そんなこと比較すること自体間違っていると思うのだが。ここでの理由は「同性カップルの方が、相手の身体がどのように感じるか、よく知っているからである」とか「生物は、お互いに似ている方が、相手の基本的な機構をよく理解できるからである」とか書いてあるけど、確かにこういう「俗説」はある。けど、これはウソだ。みんながみんな、同じところが感じやすいわけがないじゃないの。こういうのってお互い、話して分かるものでしょう?なんかさ、レズビアン小説でも「ものすごいテクニックを持っていて、一発で相手をメロメロにさせてしまう」なんてこと書いてあるけど、あれはウソだと思う。。(誰の小説を指してるか、分かるかな?(爆))まー、わたしは所詮、今まで一人の人としか体験したことないけどね(苦笑)でも、確かにゲイはある意味単純である、と思う、レズビアンより。放出してしまえば、それが快感なんだから。ま、ゲイでなくとも男性一般がそうなのかな。けど、女性はそうはいかないんだよな~(笑)あ、もう、今回はSEXについて語ってるね、わたし(爆)もういいや。彼女に多分、怒られるだろうけど。

でも、それを知ってなんになる?というのが本当の本音。
別にそんなこと知らなくてもゲイとは友達になれるのだ。

で、次は「ゲイとストレートの分かれ道」なんだけど、これも必要あるの?というか、これ、すごく誤解されやすいと思う。だって「なかには同性愛の傾向がまったくなかったり、わずかしかなかったりしても、家族や同級生がゲイだというレッテルを貼り、ゲイとして取り扱っていると、自分でもゲイだと考えるようになり、ゲイ仲間に友人と慰めを求めるようになる」って。。じゃあ、この反対をやってみれば、ゲイでなくすることもできるよね?すなわち「異性愛の傾向がまったくなかったり、わずかしかなかったとしても、家族や同級生が異性愛者だというレッテルを貼り、異性愛者として取り扱っていると、自分でも異性愛者だと考えるようになり、異性愛者仲間に友人と慰めを求めるようになる」

これだったら、この世の中からはゲイは消えることになるよね?この記述、どう考えてもおかしい。この人、何考えてこれ書いたのかと思うよ。これだったら、前に書いた「同性愛」で「同性愛者は治療しても治癒しにくい」って書いてある方がよっぽど真実だと思う。

んでさ、ゲイはいつか自分のことをゲイだと自己認識するようになるわけだけれど、この本ではこの「自己認識」を”カミング・アウト”と呼ぶって書いてあるのよね。初めて聞いたわ、こんなこと。普通のカミングアウトというのは「coming out of the closet」の略で、押し入れから出てくる=他の人に自分がゲイであることを告白すること、なんだけれどねえ。。'70年代のアメリカの「カミングアウト」ってこういう意味だったのかしら??だとしたら、とても興味深いんだけど。

あと、偏見でめちゃくちゃなのが、実はバイセクシャルのところの記述。確かに本当はゲイなのだけれど、取り敢えず女性ともSEX可能、という意味でバイセクシャルと名乗ろう、といったことはある。かつてのElton Johnのようにね。でも、実際のバイセクシャルは、本当に相手の性別は関係ないのだ。なのにこの本には「現代の社会においては、本物の両性愛者になるのは、ほとんど不可能だということもある。人間は幼年期と10代において他の人間を愛するという複雑な性的・精神的感情を学び取るわけで、それは人間の極めて奥深い部分に関わっているから、その対象を簡単に切り替えるわけにはいかない。女性を愛するように教え込まれてきた男性が、急に男性を愛するようになることはないし、男性を愛するように教え込まれてきた女性が、急に女性を愛するようになることもない。人間は両性を愛するようになる可能性をもっているのかもしれないが、それが実現するためには、子供の育て方に全面的な革命が起こらなくてはならない。そして、いまのところそうした革命的変化の兆候は現われていない」「たとえば、『リンゴとミカンの両方が好きなのと同じだ』といった言い方をする。しかし、人間はリンゴやミカンではない。人間をリンゴやミカンのように取り扱う人間は、他人と真の人間関係を作ろうとしていないことになる」って、これ、バイセクシャルの人が読んだら、すごく怒ると思うよ。バイセクシャルの人は、愛する人の性別は関係ない人たちで、だから、男とも女とも付き合えるのよ。別にいっぺんに付き合うわけじゃなくてね。「ある人を好きになった。たまたま異性だった」「ある人を好きになった。たまたま同性だった」ってだけなのに。。

そしてなんと「ほとんどの両性愛者は情緒的に発達の遅れた人物で、対象を取り替える主要な原因は、両性の誰をも愛することができないことや、自分の生き方を選び取ることができないことにあると言われる」って、、、これ、めちゃくちゃ差別的な表現ではないか。ゲイは差別しないけれど、バイセクシャルは差別してもいいと言わんばかりだ。ただ、この人の周りに「真の両性愛者」がいなかったことから、このような記述になったと思われるが、、それにしてもすごい書き方だよな、これ。

で、極めつけが「”異常な”ゲイ」。この人の言う「異常なゲイ」とは、ドラァグの人だったりするのよね。あとはどうも性同一性障害っぽい人も混じっているような気がする。まぁこの時代「性同一性障害」という概念がなかったから仕方がないのかも知れないが、、しかもここに書いてある「ドラァグ」(あのね、この本には「ドラッグ」って書いてあるんだけど、これじゃ「drug」で「薬」の意味になってしまうのだ。これは「誤訳」ね。「ドラァグ」は「drag(引きずる→ドラァグの人が長いスカートを引きずっていることから)」が語源で、まー、一般には「ドラァグ・クイーン」なんて言われてるわね)の人って、この本に書いてあるように、女性っぽい仕草とかなよなよなんか全然してないし、むしろ「男を降りたことによって、何でもずけずけと言いたいことをしゃべれるおばちゃん」みたいな感じなんだよ(笑)うーん、その時代のアメリカのドラァグってそうだったのかも知れないけどね。

あとはハッテン場ばっかり通っているゲイだとか、レザーフリークのゲイだとか、そういうゲイはぜーんぶ「”異常な”ゲイ」にされてしまっている。

それと反対に「ストレート・ゲイ」というのは、一般の男女間の夫婦のように一緒に住んで、浮気もしないで、っていうゲイなんだそうだ。まぁ、ここには若いときには「”異常な”ゲイ」だった人が年を取ると「ストレート・ゲイ」に移行するみたいに書いてあるけど。。確かに異性愛者にとっては「ストレート・ゲイ」の方が付き合いやすいことだろう。「彼らは二人の男性、はっきりしたゲイの男性であるが、多くの点でストレートの男性と女性によく似ており、その関係は最近の解放された夫婦の関係に極めて近い。だからこそ、異性愛者の友人が彼らと親しく付き合い、異性愛者のカップルが二人の関係に男女の結婚の場合と同じような敬意を払うのである」って書いてあるけど、これも完全に異性愛者の「上から目線」だよね。「男女と同じような付き合い方をしているカップルじゃないと、付き合えませんよ」って言ってることと同じだよね?

でも、友達にハッテン場好きの友達がいても、別にいいじゃんか、って思うし、この人は、一体、ゲイってものをなんて考えているんだろうって、本当に「よき理解者」のふりをして、実は自分との共通点がなければ差別していい、みたいな書き方をしてるんで、はっきりいって、こないだの「同性愛」よりもかなり偏っている本だと思った。

現に訳者のあとがきでも「ハントがストレート・ゲイを評価する前提には、健康で幸福なストレートの家庭と人生が存在しているのであろう。だが、そんなものは古ぼけたフィクションでしかない。既存の価値観や生活様式の中に人間を押し込もうとする”善意”は、とっくに破産している。同性愛は人類の財産の一つであり、その投げかけている問題は、近代西欧文明の幸福のイメージより遙かに根深い。ゲイとストレートの和平を求めるハントの善意はさておき、このような判断は簡単に下すべきではない。訳者はハントの”健全”指向にはいささか疑問を覚えたので、ここに一言注記しておいた。」って書いてあるのよね。やっぱり、この訳者も訳しながら「これはどうかな~、、」と思いつつ訳したのね。ってわけで、この訳者あとがきを読んでちょっと「ほっ」とした部分はあるんだけれども。

この本、アメリカで出た当時はどんな評価をされたのかって思ったりする。ゲイのことを「新しい隣人たち」と呼びながらも「ある一定の模範的な夫婦像(しかもその当時の)に近いゲイカップル」しか受け入れられない、とこの本の著者は言っているようなものだ。しかも、ゲイの原因や性行為など、本来、友人になるためには関係のない、ただの「興味本位」のことに(しかも内容に誤りがある)多大なページを割いている。こんな「粗悪」なものでも翻訳されて出版されるくらいだから、よっぽどこの手の本はなかったのかな。しかし、この年代にこれを読んだ人って、かなり同性愛に対して誤解してるだろうなー、、、こういう本が出版されるから、また同性愛者がいらぬ誤解を受けるのだ。そういうわけで、この本、全然オススメの本じゃない。読むだけ無駄。Amazonでは1円から売ってますけど(爆)
23:31 | (性的少数者)本のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-10 Wed , 2008
自分
んー、今日はちょっとしたことがあって、自己紹介をしたんだけど、一言「ブロガーです」ってね(苦笑)まー、正式に言うと「無職です」になるんだろうけどねー。しかし、渡した名刺に自分のブログのURLがばっちり載ってるんだから「ブロガーです」としか言いようがなかった。

でも「ブロガー」って一体何なんだろう?ってそれから考えてるんだけど、実はよく分からない(苦笑)別にこの世の中に影響力を持つわけでもなく、誰か読者を想定して書いているつもりも全くなく(爆)、ただただ自分が思ったことをそのまま吐き出すためのもの。わたしにとっての今の「ブログ」とは、そんなもの。始めたときは、うつ病である自分とレズビアンである自分をどこかに吐き出したくて、そしてこっそり始めたつもりのブログだった。それが今になって、こんなになるとは夢にも思わず。

ブログを始めた当初と今とでは、知り合いになった性的少数者は比べものにならないほど多くなっていて、多くなっているはずなのに、でも同じところで同じ人にしか会わないのはなんでだろうとか、たくさんの知り合いが増えるからと言って、それが自分にとってどういうことなのだろうかとか、もしかしたら、同じ人にしか会わないのは、そういう人たちが集まる場所だからで、もっと他のところに行けば、もっと別の人と知り合いになれるんじゃないかとか、でもそこでまた知り合いを増やしたからと言って自分にとってなんになるのだろうとか、知り合いを増やせばそれでいいことなのだろうかとか、性的少数者でないところでの出会いとはどういうものなんだろうかとか、今からそういう人に出会ったら、自分にとってどういうことになるんだろうかとか、そういうことをつらつらと考えていた。

そして、よく分からないけれど、偶然、何らかの形でこのブログを知った人や、このブログをずっと読み続けてくれている人とか、普通は自分の中では考えもしなかった人たちのことを考えている。このブログはほとんど「日記」じゃなくて、何かそのとき自分が考えていることをそのままぶちまけているブログだから、読んでいる人はさぞかし精神分裂気味で、変に理屈っぽくて、気に入らないことは気に入らないとそのまま書くヤツで、空気なんか全然読んでなくて、時には信じられないくらいの長文の日記で時にはバカみたいな短文の日記で、ときには「超」がつくほど真面目で、時にはエロくて、ホント、めちゃくちゃなヤツだと思っていると思う。

でも、いいのさ、自分が自分らしく生きていくことだけ考えれば。わたしが今後、何をしようがそれは自分で決めたこと。自分のやりたいことは誰にも止められない。わたしの心は誰にも縛られない。そして後悔なんてしない。と思って今日もこの音楽を聴く(もう何回このYou Tube出せばいいのか(苦笑))。でも好きなんだからしょうがない。



でも本当のところは、この日記を書き始めたときは、こんな気分だった(爆)



この曲も名曲だと思う。でも、中身、ほとんど忘れちゃったんだよねー(苦笑)
22:49 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-11 Thu , 2008
風邪引いた
今日は、本当は元気だったら彼女と2人でカラオケに行こう!って言ってたんだけど、今朝方、突然寒気を覚え、同時に頭痛も併発したので、まずは頭痛薬を飲んだ。

んー、2、3日前から、寝てたら両方の鼻が詰まって起きる、なんてことがあったりしてたんだけど、まさか風邪引いていたとはなあ。といっても、起きてるときは鼻水も出ないし、風邪の症状はないんだけどね。

なので今日はほとんど寝て過ごしてた。本を読む気にもならず。昼過ぎてもまだ頭が痛かったので、2回目の頭痛薬を飲むが、全然効く気配がないので、仕方が無く、偏頭痛の薬を夕方に飲んでようやく頭が痛いのは治った。頭が痛いと何もできないので、ヤダ。といっても、お腹痛くても気分が悪くても何もできないから、同じか(笑)というか、気分が悪いときが本当は一番困るんだよね。なんで気分が悪いのか分からないので、どうしていいのか分からないのだ。結局横になるしかないわけで、それでおさまるかどうかはそのときならないと分からないので、実は気分が悪くなることが一番嫌い。でも頭痛には本当に弱くて、これも嫌い。

頭痛持ちなのは父親譲りなのだ。父は若い頃、1ヶ月に1度は頭痛で会社を休んでいた。それでも30代過ぎたら、頭がだんだん痛いのがなくなってきたらしいが、わたしは40代になってもまだ頭痛持ち。それも典型的な偏頭痛。今回は左側だったから、多分次に偏頭痛になったときは右側だろう。見事なほど、交互にくる。ただ、右側はなぜか治りやすいのに、左側は治りにくい。なぜかなあ?

だいたい、わたしの頭痛の治し方はもう決まってて、まず「あれっ」と思った時点で頭痛薬を飲むこと。これは風邪も同じ。わたしの場合、風邪だと決まって鼻の奥が痛くなるので、そのときに葛根湯を飲むとだいたい、悪化せずに治る。なので、頭痛薬も葛根湯もいつも飲めるように持ち歩いている。

しかし、今回のように寝ている間に頭痛が来ると、長引く可能性が高い。そういうときは、取り敢えず何かお腹に入れたあとに頭痛薬を飲むんだけど、それと一緒に、貼ったらチリチリする温感湿布というのかしら、小さいヤツなんだけど、あれをこめかみの辺りとか首筋に貼って、頭が痛いのをチリチリで誤魔化す!(笑)で、寝る。それと一緒に、首とか肩を揉んでもらうと治る確率が高くなる。これで治らなければ、、ほとんど一日中、頭痛に苦しむことになる。今日みたいに。。。まぁ最近は、2度、市販の頭痛薬を飲んで治らなければ、偏頭痛の薬を飲むことにしている。偏頭痛の薬は、処方箋がないと買えないので、本当はあまり飲みたくないんだけどね。でも飲むと一発で治る。

でも市販の頭痛薬は、飲む時間を間違えると下手したら眠れなくなるので、これも困りもの。例えば、夕方頃からしくしくと頭が痛くなっても、すぐに飲めないのだ。なぜかというと、市販の頭痛薬を飲むと、飲んでからすぐ寝ころぶと眠れるのに、ある一定の時間が経ったら眠れなくなってしまうのだ!だいたい、市販の頭痛薬には副作用として「眠気」があるはずなのに、わたしはそうじゃないので、そういうときは、ひどくなっても、寝る前になるまで飲むのを我慢する。そうしている間にどんどん頭痛が進んで、食欲はなくなるわ、で、すごい状態になるんだけど、ひたすら我慢。でも我慢しすぎると、今度は吐き気がしてくるのよね。。まぁ最近は滅多に吐き気まで進む頭痛はなくなってきたけどね。

我慢して、食べたくない夕食を食べ(だって食欲はないんだもん、頭痛いときは)、それから歯を磨いて、風呂に入って、それからやっと薬を飲んで寝る。そうすると、次に起きたときはウソみたいに治っているんだけど。もう、頭痛で苦しんでいた時間を返して、って感じ。

ってことで、今日は夕食を食べる前にようやく頭痛が治ったんだけど、もうこれから何かしようという気はないので、早く寝ます(爆)んー、風邪の方がちょっと心配なんだけどねー。季節的にもう秋になりつつあるということなのかしらねー。それにしても今年の夏は、たくさん雨が降るわ、雷が鳴るわ、変な夏だった。まー、だけどこれが「異常気象」だとは思わないけどね(笑)ただ、日照不足で、いろんなところに影響がないといいんだけどね。ホント、夏は夏らしく暑くないと、困る人ってたくさんいるんだけどね、、
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09-12 Fri , 2008
Wiiリモコンが壊れた~とカラオケ(笑)
昨日、日記を書いたあとすぐ寝る用意をしたかと思うと、これが違うんだなあ~(笑)
Wii Sportsのテニスに最近、2人とも凝っていて、彼女はもう2,000を越えた。わたしは今、ようやく1,300になったところ。んで、寝る前に一回、と思ってやってたら、Wiiリモコンがわたしの椅子と激突。壊れてしまった。唖然。ええと、矢印は出てくるし、動きは普通なのに、なぜか、サーブができない。ラケットも動かない。これじゃあできねーよーってことで、最近、金ないのに仕方がなく、新しいのを買いに。。これって中古で買ったWiiだし、修理に出すより買った方が安いかなと思って。

で、Wiiリモコンを買いに行くついでに、昨日行けなかったカラオケに(苦笑)
今日は3時間半歌ってきた。でも、DAMはもういいよってんで、こないだとは違うカラオケ屋に行ったのに、そこでもDAMだった。。。orz

今日、歌ってきた曲は、、久しぶりに郷ひろみのこの曲(笑)つーか、わたし、この人の曲ってあとは「キミたち女の子♪」ってのと「エキゾチーック、ジャパーン」ってのくらいしか知らなかったり。。うーん、あとは曲を聴いてみたら分かるかも知れないけど。



でも「2億4千万の瞳」で帰りに思いだしたんだけど、「1秒のキッスを1日続ければ2万4千~、いぇーいえい、いぇいいぇいいぇいいぇい♪」、この曲何だったっけ。。って今調べてみたら、藤木孝の「2万4千回のキッス」だった。「ぼくはあの子がすっき♪すきすきすきのキッス~♪」って歌詞なんだけど、この曲、いつ流行ったんだよ???取り敢えず、You Tubeにはなかった。。ちなみに1日は86,400秒なので、これ、計算合わないんだよね、計算が合わないことはかなり有名なことだけど(笑)まー、どうせこの曲もカラオケにはないだろうよ。。

今日は、何を歌ったかな。最初に「サヨナラ模様」と「メモリーグラス」を歌ったのは覚えてる。アニメソングもまあまあ。「イデオン」はデフォルトなので(笑)それを抜いても、「バビル二世」「デビルマン」(オープニングもエンディングも)、「ゴッドマジンガー」のエンディング、「ダンバイン」「エルガイム」「ザ・ブングル」。そうそう「ザ・ブングル」の映像は、アニメそのままで、あの「洗脳エルチ」とか出てきて「あ、やめて~」と思いながら歌ってたって、分かる人には分かる。分からない人には分からない。「ゴッドマーズ」は歌わなかったなあ~。あ、そうそう、今日はイデオンの「セーリングフライ」も歌ってきたんだった。「パタリロ!」の「美しさは罪」と「プラズマX」(選曲が渋いでしょ)、そーいえば、アニメじゃないけど「雨の西麻布」なんかも歌ってきてしまった。すごーく懐かしい。けど、セリフの部分はすっかり忘れてたよ。最後の「紅白を狙います」ってとこ以外は(苦笑)

あとは彼女と二人でなぜか「別れても好きな人」をデュエット。うーん、今日はそういう意味ではいつも歌う曲はあまり歌わなかったかも。。こないだ歌ったからな。彼女は、英語とかフランス語とか、あとわたしが知ってる曲を歌うと、わたしも歌って邪魔するので、わたしの知らない曲を(苦笑)それからこないだ歌った松本伊代の「センチメンタル・ジャーニー」を今日はYou Tubeで覚えた振り付けで歌ってみたのだが、、ええと、マネをして歌っているつもりだったのに彼女から「半音下げようか」と言われてしまった(汗)だから、松本伊代って半音くらい下がって歌っているように聞こえるんだって。「それじゃわからないよ。最初は普通に歌って、それからモノマネしますって言ってからすればいいのに」って言われたけど、普通に歌ってるのを聞いたことがないので、普通に歌えないのだってこれって失礼かしら?(苦笑)

最後の方は、彼女は疲れ切って、わたしはほとんど歌ってました(笑)「霧の摩周湖」、おお、あと沢田研二の「TOKIO」も歌ったぞ。もちろん「勝手にしやがれ」も歌ったけど(これはいつも歌う)。わたしにとっては「TOKIO」=「パラシュートみたいなカッコで歌う」だったのに、カラオケの画像はコンサートの模様で残念。あの「TOKIO」ってところの振り付けは今でも忘れないぞっていうか、無意識にやってしまうぞ(ということは、これが分かると年代が一緒ってことだよね?)。これじゃ。この曲って糸井重里の作詞だったのかよ、、しらなんだ。



あとはこんなの。



結構、ミーハーどころだけど、わたしにとってはこの曲は、フォーリーブスではなく、近田春夫&ハルヲフォンだったんだよね。近田春夫&ハルヲフォンがこれ、カバーしてるの。おお、そういえば近田春夫関係と言えば「ああ、レディーハリケーン」を歌ってきた。あとはジューシィ・フルーツの「恋はベンチシート」も。最後はハルメンズの「マスタード」を歌ってきた。

つか、もうDAMはいいっす。入ってるの、だいたい分かったから。とは言え、そうそう近所にカラオケ屋もないので、あとは知らん~(泣)

で、帰ってきてからWii Sportsを早速やって、今日はなんかお遊びの一日だったな。
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09-13 Sat , 2008
「22才の別れ」の思い出
昨日、カラオケに行ったわけだけど、そこでこの曲名を見つけた。「22才の別れ」。どうやら'75年にヒットした曲らしい。ちなみに'75年というのは、わたしが小学校1年生の時だ。

この曲にはちょっとした思い出があって、、というか、本当にちょっとだけの思い出なんだけど、高校の時に、わたしは数学の女の先生が大好きだった。もう何十編って書いてるけど(笑)で、その先生は、高1の時の副担任でもあった。

あるとき、、バスに乗ったのを覚えているから、何か遠足でも行ったときだったんだろうけど、詳細はもう忘れてしまった。どういういきさつかも忘れたんだけど「先生、何か歌って」ってことになったんだろう。その先生は、この「22才の別れ」を歌った。わたしはそれまでこの曲は聞いたことがなくて、知らなかった。でもなんとなくもの悲しいこの曲はなぜか、その後、ずっと忘れることはなかった。

もちろん、わたしはそのときに自分がレズビアンだってことには気がついてなかったし、でもその数学の先生は本当に大好きで、結婚してるのは知ってたけど、そんなことは特に気にもならず、純粋に、その先生の授業のやり方(めっちゃ早い!)とか、はきはきした口調とか、そういうのが好きだったんだよね。。もしかしたら憧れてたのかも知れない。まー、自分がそうなりたい、と思う「目標」みたいなのとはまたちょっと違うものだったし(だって、別にわたしは教師になりたいと思ったことないし、数学自体には興味はなかったし、あとはどう頑張っても自分はあんなにはなれないと思ってたと思う。だって、すごく頭がよさそうな先生だったんだもの)、誰彼構わず無邪気に「あの先生好き」って言ってたから、そりゃ本当に好きだったんだと思う。けど、それが「恋」だの「愛」だのと結びつかなかった、というか、もし結びついていると自分が感じてたら、そんな、周囲に「あの先生好き」なんてことは絶対に言わなかったと思うのね。だって、それじゃあ「同性愛者」になっちゃうじゃん。ってわたし、その頃は、確か既に「女だからと言って、別に女が好きでも構わないじゃん、だってかわいいと思うものは誰にとってもかわいいものなんだし」とか、よくわけの分かんないこと思ってたのも事実なんだけどね。

だけど、それがまさか「恋愛の好き」に結びついてるとは思ってもみなかったのね。現にわたし、大学卒業してから自分がそうだって自覚したわけだけど、それまでは女友達の上からおっかぶさって、一緒にずるずる歩く、ってことをよくしていたのね。だけど、自分が「レズビアンだ」って分かってから、それが全くできなくなったの。人から見られたらどう思われるだろう、とか思って。そんなん、今までやりつけていたことなんだから、人から見ても変には思われてなかったのは明白なのに、そこら辺、やっぱり自分で「自制」しちゃうんだよね。。実際「自意識過剰」になることは、今でもあるとは思う。そこら辺がまだ自分が「内なるホモフォビア」を持ち続けている証拠なんだろうけど。

あ、話が逸れた。

で、先生が歌った「22才の別れ」はどう考えても、わたしが先生を「好き」って思う以前のことなんだよね。高1でバスに乗ってどこかに行ったのって、入学してすぐの遠足しか思い出せないし、わたしがその先生を「好き」って思ったきっかけは「二次曲線」でグラフを使わずに「適当」に書いていい、って言われてからだから(笑)多分、2学期の時だったんじゃないかなと思う。

なのに、そのことはずっとずっと覚えていて、そしてことあるごとに「なんで、あのとき先生はあの曲を歌ったのかな~」って思ってるんだよね。「あの曲に何か思い出があるのかな」とか「あの曲が流行ったとき、先生は何をしてたのかな」とかね(笑)わたし、先生に対しては、個人的なことは一切聞かなかったので、歳がいくつかもいつ結婚したのかとかも、ホント、全く知らないんだ。ただただひたすら真面目に問題集を解いて、分からないところを先生に聞きに行くという、そういう生徒だったからさ。

ただ、先生にとってはわたしはやっぱ「ユニークな存在」と思ったのかどうかは知らないけど、それからだいぶ経って、大学生の時に一回、友達と一緒に鷹高祭に行ったのかな。そのとき、偶然、その先生に会ったんだけど「あなたのことはよく覚えているわ」と言われたときは、本当に嬉しかった。単純にね。

わたしが自分がレズビアンだと分かったのは、それからずっと後だったけど、覚えてるんだよ。好きだった人のこと。一番びっくりしたのが、小学校の時、1学年上の人が好きだったんだ、って思い出したとき、その人の名前がすらっと出てきたことにめちゃくちゃびっくりした。だって、それまで思い出しもしなかった名前だよ?10年以上前のことだよ?それなのに、頭のどこかで覚えてたんだよね。それからはずっとわたしの好きになる「対象」は「先生」だったので、それでそれが「恋愛感情」には結びつかなかったのかなあ~。いや!でも、中学校の時にやっぱ「先生(この場合は担任だった)が好き」って人はいたなあ。あ、この場合、女子生徒と男性教師、だったけど。彼女っつーか、彼女はわたしのクラスメイトになるわけだけど、完全に「恋してた」って感じだったからなー。わたしゃあの担任のどこがいいんだか、とか思ってたけど(爆)

でもわたしが「恋愛対象」として数学の先生が好きだってその当時分かってたら、絶対にあんなに頻繁に分からない問題を聞きに行ったりすることなんてできなかっただろうし、やっぱ、わたしは相当な「奥手」だったんだろうなーって思う。だけど、頭のどこかでは「それを知っている」んだよね。「好き」って意識してないときから「知っている」んだよね。そこら辺がとても不思議なところだけど。

ってわけで、昨日、カラオケに行って「22才の別れ」の文字を見たときは、やっぱ、あの先生のことを思い出しちゃったんだよね。今はどこの高校で教えてるかは知らないし、まー、まさかまだ「定年」ってことはないとは思うけど。。同窓会のね、会報を見ても今、どこで教えてるかとかは分からないのだ。。うちの高校でない、ってことだけは確かだけどね。

しかし、なんで先生、あのとき「22才の別れ」を歌ったんだろうなぁ。。本人はとっくの昔にそんなこと忘れてるかも知れないけどね(苦笑)

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09-14 Sun , 2008
レズに走った理由ねぇ、、、
わたしんとこのブログは、毎日、いろんな検索用語で引っかかって、人がやってくる。中には「山川純一の略」なんて検索用語があって「それは『ヤマジュン』!」って思わず教えてあげたくなるような検索用語もあるし、あと「24会館」で引っかかることがよくあって、そういうときは、ああごめんなさいm(_)mって気分だ。だって、あの「24会館」の記事って、ただ、二丁目を歩いていたら外国人に紙切れを見せられて、そこに簡単な地図と共に「24会館」って書いてあったから、彼女と二人で「こっちだよ」って教えた話だからさ。。全然参考にならなくてごめんなさい、、って感じなのだ。。

あと、よくあるのが「レズのブログ」ね。今日もこれで引っかかってた。あと気になったのは「レズに走った理由」。

ええと、このブログは確かに「レズのブログ」です。でも、できるなら「レズ」とは言わないで欲しいです。「レズ」と言われるとまるで「一日中、女とのSEXのことしか考えてない人」みたいで、とてもイヤです。「レズものポルノ」に出てくるようなイメージを持たれているんじゃないかと思ってとてもイヤなのです。それは異性愛者であるあなたが「お前、いつも頭の中はSEXのことしか考えてないんだろう」と言われるのと同じです。「レズ」はそういう意味までも含んでしまっている言葉なのです。だから、レズビアンは普通、自分たちのことは「ビアン」と言う人が多いのです。わたしは一般の人に分からない「ビアン」とは書きません。「レズビアン」と略さずに書いています。このブログでも確かに昔は「ビアン」で書いていた時期があったと思いますが、自分の中の意識が変わってから「レズビアン」を使うようになりました。

その「レズのブログ」に何を期待しているのかは分かりません。もしかしたら、女とのSEXのことでも書いてあるんじゃないだろうか、と思っているのかも知れません。だとしたら、このブログはその要求には全く応えてません。もちろん、レズビアンのSEXは、いろいろな方法があるでしょう。人の数だけあると思います。だけど、わたしの場合、ちゃんとパートナーはいますけど、どういうSEXの仕方をするかは、残念ながら書いていません。そのときによって違うし、そしてそんなことは人に申告(?)すべきではないと思っているからです。だから、そういう意味ではエロいブログではありません。ただ、わたし自身はエロい人間なので、ときどき大真面目にエロいことを書いたりしていますが(苦笑)

なぜそういうことを書くかというと、決めつけられたくないからです。「レズのSEX」とはこういうものだ、と決めつけられたくありません。ただ言えるのは「レズビアンのSEXには男はいらない」ということです。そんなこと、当たり前なんですけどね。。まー、「レズもの」ポルノはほんの少ししか見たことないですけど、どうしてあんなに女を「汚く」撮れるのか、なぜあれで「萌えることができる」のか、不思議です。そういう意味ではレズビアンが萌えるレズビアンのポルノビデオを見たいと思いますが、今の日本では商業的に成り立たないからまず無理でしょう。残念なことです。

「レズに走った理由」についてですが、なぜ「理由」がいるのか分かりませんし、「レズに走る」ってどういう意味だろうか、と思います。というのは、異性愛者の男性の場合、まず「女に走った理由」とは言われませんよね。異性愛者の女性の場合も「男に走った理由」なんて言いませんよね。それと同じです。あなた、女に走った理由がありますか?男に走った理由がありますか?わたしはなぜ自分がレズビアンで、女に対して欲情するのか分かりません。男に対して性的感情がないのか分かりません。

異性愛者の人で、なぜ異性に欲情するのか分かる人がいたら教えてください。なぜ同性に欲情しないのか理由が分かる人は教えてください。多分、それが分かれば、同性愛者がなぜ同性に欲情し、異性に欲情しないのかが分かるのではないかと思います。

「理由」については分からないものの、同性愛者の場合は、いつか自分が「同性愛者ではないか」と気がつくときがあります。そこが異性愛者と違うところです。異性愛者は「この世は男性と女性が付き合う世界だ」と思っているので、なぜ自分が異性を好きになるかの理由を考えたことは、多分ないと思います。しかし同性愛者は違います。人と明らかに違う感情があると言うことに気がつき、そして「どうして自分は同性が好きなんだろう」と思います。それは早く気がつく場合もあるし、わたしのように20代も半分を超えたところでやっと気がつく場合もあります。人それぞれです。これは想像ですが、若いうちに気がつけば気がつくほどおそらく悩むことになると思います。学校では異性愛の情報にあふれているけど、自分はその中に入っていけない、しかし入らないと変なヤツだと言われる、という構図です。わたしの場合は学校時代の友達は、みんな恋愛話など一切しない人たちでしたから、わたし自身はすごく恵まれた環境だったと思うし、もし、恋愛話があったとしても、その当時は全く自分のことに気がついていなかったので「好きな人はいない」と答えてたと思いますけど(笑)

だから「レズに走った理由」ではなく「いつ、レズビアンと気がついたのか」というのが正しい聞き方です。レズビアンなのは、多分、生まれつきのものだとわたしは思っています。なにかきっかけがあったとは考えられません。それは、異性愛者がなにかきっかけがあって、異性に性的欲望が向かうわけでないのと同じです。

ただ、同性愛者は異性愛者と比べると圧倒的に人数が少ないのは確かです。また、数が少ないのに加え「自分は同性愛者である」とカミングアウトする人がまだまだ少ないので、この世の中には「いないこと」にされている実情があります。しかし、それでもやはり存在します。カミングアウトする、しないはその人の自由ですので、言いたい人が言いたい人に言えばそれでいいんだと思っています。あなたの周りに「そんな人はいない」のならば、あなたはもしかすると無意識の間に同性愛者を笑いものにした発言をしているのかも知れませんね。「ホモネタ」で笑いを取る人にはまず、カミングアウトはしようとは思わないでしょうから。それはあなたにとって幸運なことなのか、不幸なことなのか、それは分かりません。しかし、異性愛者が異性を見て誰でも襲おうと思っていないのと同じく、同性愛者も相手が同性であるからといって、みんな襲いたいとは思ってません。同性愛者は実は自分の好みがものすごくはっきりしている世界でもあります。もしかしたら、それは異性愛者のそれよりもはっきりしているかも知れません。異性愛者で、相手が同性愛者と知るなり「襲うなよ」という人がいると聞きますが、大抵そういう人に限って、同性愛者の方は相手にしていない場合が多いです(笑)

何が言いたかったのか、よく分からなくなってしまいましたが、少なくとも「ホモ」や「レズ」のことを知りたかったら、まず自分自身のことから考えてみることをオススメします。同性愛者は異性愛者に比べて数は少ないですが、同性に性的に惹かれるだけで、あとはほとんど異性愛者と同じだとわたしは思っています。

幸い、わたしは人生におけるパートナーを見つけることができ、そして彼女と一緒に暮らしています。でもそれは、異性愛者となんら変わることなく一緒に暮らしています。結婚は今の日本ではできませんし、結婚に伴う法的保障は一切ありませんが、それでもわたしは彼女と一生暮らしていくつもりです。いつの日か、日本でも同性同士の法的保障がされればいいなと望んでいます。

今日、札幌で「第12回レインボーマーチ札幌」が行なわれました。これは性的少数者(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)及び、それらの理解者や友達などのパレードです。来月の19日には、大阪で「関西レインボーパレード2008」があります。わたしは御堂筋で楽器を吹いてくる予定です。そのためには、早く暗譜しないといけないんだが、、、先月10日のレインボー祭り以来、楽器に触ってない~(きゃー)

【追記】この日記からほぼ4年後に「レズビアンになったきっかけ?」という題で長たらしく書いてます。よろしければこちらもどうぞ(笑)(2012.9.23)

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09-15 Mon , 2008
付き合って7年半
そうなんだよなあ~。昨日、思い出したんだけど、9月10日で付き合って、7年半が経ったんだよね。
毎年、この連休中にどっか行ったりしてたんだけど、去年の今ごろはわたし、シドニーいたし(もうあれから1年経っちゃったんだね。早い)、今年は金がないのと、やっぱわたしが病気なので、何もする気が起こらず。結局、なーんもしない7年半記念を過ごした。

付き合い始めて7年半って長いんだか短いんだかは、わたしにはよく分からない。最初の4年が遠距離で、あとの3年半、一緒に暮らしている。あと、半年経てば遠距離時代と同居期間が一緒になる。ってことは、結構長い遠距離恋愛をしてたんだなと、今さらながら思う。あのときはある意味あれが当たり前だったわけだけどね。でも、今思い返すとなんか遠い過去の話のよう。お互い、働いていて夜にわたしが家に帰ってきてからICQ(今で言うメッセンジャーみたいなもの)を立ち上げ、それで「今、○○してる」「これから○○するところ」ってお互い、自分が今、なにやってるのか知らせて、「もう寝る用意ができたよ。電話して」って言ったら、電話がかかってくるの。で、彼女の方は何やってるのかは知らないけど(笑)、わたしは寝ころびながらあれこれ話していて、、最初のうちはわたしの方がガンガン話してるのに、次に彼女が話し始めたら、わたし、眠たくなっちゃって、途中でする相づちもだんだん間隔が開き、、向こうもわたしが眠たくなったのが分かったみたいで「じゃあ、おやすみ」って言って寝るんだけど、あるとき、わたしは電話を切らずにそのまま寝ていて、子機の充電がぜーんぶなくなっちゃって、それを次の日の寝る前に気がつき、その日は電話できなかった、ってこともあったなあ~。それから彼女は「いい?ちゃんと電話、切るんだよ!!」って言うようになった(苦笑)なんだかすごく懐かしい。

一緒に住み始めてからは、うつ病の途中からだったんで、はっきり言って越してくる前後のことは本当に覚えてないんだよね、、彼女の話によると、途中まで引っ越しの準備をしてたらしいんだけど、途中から出来なくなっちゃって(どうも頭が混乱したみたいで)、彼女がこっちに来たときに手伝ってくれたみたい。しかも、引っ越しの日のことなんか全く覚えてない(苦笑)確か、引っ越しの荷物が届くのに1日かかるから、わたしは彼女の家に行って泊まったらしいんだけど。次の日、この家に来たときのことも覚えてないしねー。ホント、うつ病ってほとんど全部忘れちゃうんだよね、、

「仕事を辞めてまで一緒に暮らしてよかったか」と聞かれると、多分「よかった」んだと思う。確かにあのまま遠距離を続けてはいけただろうけど、そうしたら、わたしは楽器を吹くことも、パレードに出ることも、そしてこんなに友人ができることもなかっただろう。ブログだって書いていたかどうかなんて分からないし(でもmixiには招待されてたね(笑))。多分、彼女と仕事と社会人野球の生活で満足して、過ごしていただろうと思う。それはそれでもよかったのかもしれないけどね。

今、現在の状態にはやっぱり不満がある。
まず第一、自分のやりたいことがやれてない。
これは病気のこととも関連性があるんだけど。
でもそろそろ何かをして働かなくちゃなあ~と思っている。
小遣い程度でいいんだけどね。

それから、関連のある本を読むこと。
性的少数者に関する本は、なんかたくさん読んでるんだけど、肝心の国際人権法についての本はぜーんぜん読んでない。最低限でも頭に入れておかなければ。
そっち系統の人脈もできつつある、ってことは、自分にとってはプラスだと思う。
あとは英語~、、、そろそろやっぱ始めないといかんかね。
TOFELの試験は慣れておかなきゃならないしー。
んー、英語だけは避けて通れないはずなのに、避けて通りたい。。(笑)

彼女との生活は、順調なんだろうって思う。
ケンカもしないしさ、最近、わたしも爆発することなくなったし(これは病気のせいでもある)、でもなんだろう。前に比べて話をすることが少なくなってきたかも知れないって思うことがある。それはいかんよね。やっぱり何年経とうが、わたしたちは「あうんの呼吸」ではなく「何でも話し合って」いきたいのだ。彼女は「空気」ではない。「空気」のように感じ始めたら、、、お終いだ。

なぜか病気のせいか、まだ、自分が全然普通じゃない気もしている。
どこかで妥協しなきゃいけないのかなあ~?
果たしてそんなことができるのかなあ~?

いろいろ悩み多き7年半記念なんだよね、実は。
8年記念になったときは、どんな生活をしているのだろうか。

とにかく7年半、付き合ってきてくれてどうもありがとうね>彼女
これからも、よろしく。
21:15 | 二人のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-16 Tue , 2008
昨日は
7周年半記念、ってことで、彼女と抱き合って寝ました(あ、何もしてないから(笑))。
そしたら、自分が寝てるのか寝てないのかよく分からなくて、全然寝た気がしなかった(爆)

ま、こんな「記念」もいいやね、たまには。。
22:15 | 二人のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-17 Wed , 2008
髪の毛切った
んー、自分自身、そんなに伸びたとは思わなかったんだけど、前に切ったとき、今までに比べてずっと短く切ったので、その短さが恋しくなって(笑)、今日、髪の毛切って来ちゃった。前に行ったのが、6月22日らしいので、それでも約3ヶ月ぶり?まーまーってところかなー?普段だと4ヶ月は我慢するんだけど、今回は我慢できなかった。。

で、前に切ってもらった人が気に入ったので、予約するときに「前に切ってもらった人で。。」と言ったら「すいません。もう退社しました」って言われて、、あらそう。残念だったわ~。もうどういう人に切ってもらったか顔も覚えてないけど(苦笑)だって、わたしは髪の毛を切ってもらうときは、ずーーーーーーっと無言なのだ。だいたい、メガネも外されちゃって、持ってきてもらっても雑誌なんか読めないし(もし読むとしたら、目の前5センチくらいのところに持ってこないと読めない)、そうなると、目の前はぼんやりしてるし、それに何よりわたしはそういうときに話しかけられるのが大の苦手。特に「ここはどうしましょうか」と言われると「そんなんどうでもいいから、似合うように切ってくれ!」と言いたくなる。あ、実際にはそんなこと言わないよ。でも、本当は切ってさえくれれば、わたしは特に何も注文することはないのだ。なので、話しかけづらい雰囲気を醸し出してるんだろうなー。だいたい、美容師さんで、わたしに話しかけてくる人はいない。隣でよくおばちゃんと美容師さんがベラベラしゃべってるのを聞くことがあるけど、よくあんなに知らない人と話せるよなーって思う。今日ベラベラと隣でしゃべってたのは、おばちゃんじゃなくて、男の人っぽかったけど。。平日の夕方で男の人ってのは、結構珍しいな、と思いつつ、ボーッと会話を聞いていた(笑)

わたしの方はもう「ただただ短くして!」って感じで、最初「前髪は後ろの方に上げますか、それとも前の方に上げますか」って言われたんだけど、それだけでわたしの頭はパンク状態。つか、どっちでもいいから、取り敢えずなんでもいいって感じで、えー。なんて答えたか忘れちゃった(苦笑)「取り敢えず短くしてもらえば何でもいいんです」みたいなことを言ったと思う。。

「それにしても3ヶ月でこれだけ伸びるなんてすごいですね。4、5ヶ月分切ったような感じですよ」と言われ、なんかそれを言われただけでお得感が。。(←貧乏性)っていうかさ、食べた分以上、髪の毛とか爪とかそういうところに行っているとしか思えない。わたし、髪の毛と爪は異常に早く伸びるのだ。。んー、髪の毛が早く伸びる人はやらしいってよく言われるけど、、(汗)

普通、ショートカットだと1ヶ月に1度、なんて言われるけど、同じ料金で切ってもらうなら、ギリギリ我慢できるまで切らないで我慢して、それから大量に切ってもらうと、これまたお得感が(←せこい)。なので、次に切ってもらうのは、え。12月頃か???でも冬だから寒いってんで、多分、今年中は切らないかも知れないなあ~。。

次に行ったとき、今日、切ってもらった美容師さん、いるかなあ?(笑)

ちなみに彼女は「ろんたこ、似合う似合う」と大喜び。えへへー(*^^*)
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09-18 Thu , 2008
カラオケ5時間
今日は、2人でカラオケ5時間。まー、よく歌ってきたもんだ。と言いつつ、2/3はわたしが歌っていたという、、、今日はDAMじゃなくてUGAってヤツだったけど、確かに曲数はDAMより多かった。しかし、サウンドはちゃちかったな~。あれ、和音数が8つくらいしかないんじゃないか?しかも、使われてる画像もなんか古かったしな。ま、いいけど。

今日の発見。桑名正博の「セクシャルバイオレットNo.1」は'79年にヒットした曲だそうだが、その当時、わたしは11歳。毎週、TBS(東京放送)の「ザ・ベストテン」を見ていた頃だ。この歌、あのとき聞いたら、なんかすんげーやらしそうな曲ってイメージだったんだよねー。で、あの当時は歌っても、今みたいに歌詞がテロップで出てこないので、耳コピしかなかったんだけど「You make me feel good」のところ、てっきり「夢見てる」と思いこんでた!今日、歌って歌詞見てびっくりした(笑)

あと、ちあきなおみ(not ちわきなおみ)の「喝采」も歌ったんだけど「いつものように幕が開き」が、小さい頃は「いつものように枕愛」だと思ってて(「枕愛」とは一体何?ってのもあったけど、まー、子供には分からない単語なんだって思っていた)、今でもそう歌ってしまう自分がいる。。

そうそう尾崎紀代彦の「また逢う日まで」もだった。あれは'71年だってーから、わたしが3歳の時の歌だけど「二人でドアを閉めて 二人で名前消して」の「名前を消す」って言うのが、どういう意味なのか、さーーーーっぱり分からなかったのね(笑)ま、3歳で分かる方が怖いけど(笑)で、次の「そのとき心は何かを話すだろう」という歌詞は「そのとき心笑い顔 話すだろう」と思ってた。今でもそれは忘れないから、思い込みって怖い、って思うわ~(笑)

で、彼女が「恋に落ちて」なんか歌うから、対抗して「さざんかの宿」を(笑)まー、このくらいは分かるやね(笑)

今回は(っていつもだけど)懐メロ。「学生街の喫茶店」とか「よせばいいのに」とかイモ欽トリオの「欽ドン良い子悪い子普通の子のテーマ 」とか。このイモ欽トリオは、中学2年ときだったかな~、、確か流行ったんだよね。わたしもその当時は民放を見てたわけだ(笑)で、友達で、長江健二がすんごく好きな子がいて(ほれ、大阪だったからさー。「渋谷(しぶたに)高校、渋谷高校」って騒いでた(笑)長江健二は渋谷高校に通ってたから)、イモ欽トリオがLPを出したので、カセットに録音してくれるってことになって、で、わたし、持ってるわけ、今でも(笑)ただ、上にイデオンのテレビを録音したりして、潰しちゃった曲もあるけど(苦笑)そーいえばなんで「ハイスクールララバイ」の方は歌ってこなかったんだろう??あれだったら振り付けで歌って来れたのに(笑)あとは、、「あずさ二号」とか、おお、そうそう。田原俊彦も初挑戦。「ハッとしてGood」を。ジュディ・オングの「魅せられて」、寺尾聰の「ルビーの指輪」、The ALFEEの「メリーアン」、天童よしみの「珍島物語」、多分、'70年代の終わりから'80年代にかけてのヒット曲を主に歌ってきた。

なんか曲目が多いかな、と思いつつ、近田春夫は「恋のT.P.O」しかなかったし、近田春夫&ハルヲフォンはなんだったっけな、なんかあまり歌いたくない曲だったから歌ってこなかったけど。パール兄弟は相変わらず「君にマニョマニョ」しかないし。おお、今回も戸川純の「遅咲きガール」を歌ってきたー。ハルメンズも「電車でGO!」と「マスタード」だったかな。あまりDAMとは代わり映えしなかったな~。ミス花子の「好っきやねん」も相変わらずないし。あ、小堺一機の「With」は確かにあったけど、今、あの曲を歌う気はあまりしないんだよね、、

その代わり、アニメの曲は結構あった。「Unchained Heart」もあったんだけど、あれ歌ったら泣けてきて、ぐじゃぐじゃだった。。あれは人前では歌えないや。。あと「さるとびえっちゃん」とか「けろっこデメタン」とか「タイガーマスク」「デビルマンの歌」「今日もどこかでデビルマン」なんかの懐かしのアニメや、「戦闘メカ・ザ・ブングル」のOPとED、そうそう、今日は「機動戦士ガンダム」のOPを歌ってきた。画像が、アニメのままだったんで、懐かしかったー。わたし、3番(テレビのOPとしては2番だけど)の「きみよーつかめー」ってところが好きなんだけど、ま、分かる人だけ分かってください(笑)だいたい「よみがえる、よみがえる、よみがえる、ガンダム」ってところで振り向きますから(爆)その代わりというか、いつも歌う「イデオン」のOPは歌ってこなかった。EDのみ。そうそう、あとは「スプーンおばさんの歌」。これもめちゃくちゃ懐かしい!あの当時「だって今日はおばさんのバースデイ♪」って毎日流れてたから、すごい速さで歳を取っていくのね、このおばさん、って思ってました(爆)←ありがち

んー、あとは「メガゾーン23」の「背中越しにセンチメンタル」もあったからそれを。しかし、本当は「淋しくて眠れない」の方を歌いたかったんだけど、それはなかった。あとは「バイファム」の「君はス・テ・キ」があったので、それもー。でもやっぱり泣いちゃった。あれ、最初の方が泣かせるのよね。。「大人の古いおとぎ話は 色褪せた アルバムのようなもの あのときの ときめきを 確かに思い出せるけど もう二度と感じることはできない」って、わたしはこういうのに弱い。それからやっぱり「エルガイム」のOPを絶唱してきて「ゴッドマジンガー」のED歌ってきて、それから「六神合体ゴッドマーズ」のOPとEDも歌ってきた。そうそう「銀河烈風バクシンガー」のEDも歌ったんだけど、あれ、テレビのEDそのままで、ちょっとびっくりした。普通は3番まであるんだけど、編曲がテレビのEDの編曲と全く同じなの。あとは「ボトムズ」のOPかな。んー、確かに歌える曲はあるんだけど、歌いたいと思わない曲もいっぱいあって。例えば「未来警察ウラシマン」はアニメ自体が大好きだったから、OPもEDも歌えるけど、あれは自分では歌おうとは思わないし、そういう意味では「ウラシマン」の前にやってた「ダッシュ勝平」も見てたけど、歌わなかったし「ザ・かぼちゃワイン」も「はいからさんが通る」も「ラ・セーヌの星」も、うーん、女の子もののアニメの曲は「キューティーハニー」しか歌ってこなかったかも。。そりゃ「ミンキーモモ」も「クリーミィマミ」も知ってるけど。。そうそう、なんかさー「くりぃむレモン」の歌があったんだけど、あれ、歌う人、いるのだろうか。。。。つか「くりぃむレモン」に歌なんか付いてたっけ???ちなみにわたしが「くりぃむレモン」で覚えてるのはやっぱ、第1作目ですなー。2作目かなんかは、確かレズビアンものだったよね??でも、あれはあの当時、わたしは高校生でしたけど、あんまり好きじゃなかったかも。。なんで「レズビアンもの」って女子校が舞台になるのが多いのかしら、、しかも、ミッション系の学校なんだよね、だいたい(苦笑)わたし「お姉さま」ってのがあんまり好きじゃないからかも知れない(爆)ってなんでこんな話になってしまったんだ、、、あ、「くりぃむレモン」知らない人に説明しておくと、要するにエロアニメビデオですわ。わたしが高校の時は確か第4弾くらいまであったと思う。まー、一応、高校生の嗜み(?)として、内容くらいは知ってはいたんだけど(ってこれ、成人向けでは。。ってつっこみはなし!!!)。

で、外国の曲は1曲も歌ってこなかったから、アニメの曲は相当歌ってきたとは思う。。彼女なんか、風のわたしの知らない曲なんか歌っちゃってさ。もー、「風」っていうと「22歳の別れ」を思い出しちゃって、それ思い出すと、数学の先生のことを思い出すんだけど。。。そういう乙女心が分からないのかしら。あとは「わたしは泣いたことがない~♪」とか(題名知らん)松田聖子の曲(わたしの知らない曲)を歌ったりしてたよ。

いやー、ここ、2週間くらいで3回カラオケ行ってる?
DAM、UGAと来たから、次はJOYSOUNDか?ってJOYSOUNDはどこで歌えるのか、チェックしてみないとー!(笑)で、次はカラオケ6時間、だったら怖すぎる(^^;
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09-19 Fri , 2008
病院の日
今日は病院の日だった。えー、毎回恒例のTシャツの画像はなし!っていうか、前回とほとんど同じだから、、無地のTシャツにちょっと寒かったので長袖のシャツを羽織っていった。

で、病院に着いて、受付をしようと診察券を財布から取り出そうとしたら、、ない!あれれ?なんでないの?だいたいわたしは、ものをしまったり置く場所はちゃんと決めてるから、滅多に探し物をすることはないんだけど、逆にちゃんと決めてあると、今度は探すときにどこから探せばいいのか、探す方法からして分からなくなる。で、わたしにはもう一つ、今までの領収書だの予約票だのお薬手帳だのを全部挟んだファイルを病院に行く際は持ち歩いているので、もしかしたらそっちに間違えて入れたのかなあ~、と思って、ファイルの中を探したんだけど、やっぱりない。ファイルの中身は昨日だったか、間違えて、自分の部屋に中身をぶちまけてしまったので、もしかしたらそこで取り忘れたのかも知れない、とも思い、受付に「すいません。診察券を今日は持ってこなかったみたいなんですが」と言ってみたら、受付の方でわたしの予約票を見て、なにやらPCに向かってカチャカチャ打ってると思ったら「診察券と領収書、前回取り忘れたみたいで保管してますから、○番のところに行って下さい」と言われた。

あー。前回、金を自動支払機で払った際、おつりだけ取って、診察券と領収書は取り忘れたようで(苦笑)だから、診察券、持ってなかったのか。よかった、家で探すハメにならなくて。と思いつつ、○番の受付に行って診察券と前回の領収書をもらってきた。で、診察券で受付を済まし、外来へ。

「どうですか?」と言われ、「いやー、実はここ数日、変に感じる部分が小さくなったように感じられるんですよ」という話をしてきた。そう、前は左右の臼歯全体がおかしい感じがしたり、時にはそれがすごく小さくなったり、と一定してなかったのに、最近は確かにまだ臼歯の奥の方とか前方の方とか、そういう違いはあるが、範囲が狭まってきたような感じがしてたのよね。最初は気のせいかと思ってたんだけど、ここ2、3日は同じ感じだから、まぁそうなったのかなと思って、一応報告しておいた。そうしたら「よかったです。やっぱり薬を変えたからかな」と言われたんだけど、「それは分かりません」と冷たく答えてしまった(笑)だってさー、もしかしたら、薬を一旦、別の薬にしたことが原因かも知れないじゃん。だって、一番最初、テトラミドを飲み続けてもそう楽になったことはなくて、それだからアンプリットに変えたわけだけど、だからといってこれも急激に変化したわけではなく、、それを元通りにして初めてこういう状態になったんだから、全部テトラミドが原因じゃないかもしれないじゃないか。もしかしたら、あの時期にアンプリットを飲んだことも影響しているのかも知れない。と言うことをひとしきり説明してきた(つもりなんだ)けど、あんまり関係ないか(笑)

ただ、その代わりというか、腕の方がまたちょっと痛くなったり、あとは右手の指が動かしにくいというか、痛みを感じるというか、そんな状態にもなってきて、そのこともちょっと説明してきた。が、まー、歯科の医師だから、腕のことについては何も言えまい。わたしとすれば、腕からずっと頭の方に来て、それが歯になったわけだから、歯が良くなって、腕に戻ってるんじゃないかな、とか、そんなことも思ってるんだけどね。まー、本当のところはどうかは分からない。ただ、口の中がずっとおかしいより、腕が痛い方がまだマシ、ってところはあるんだけどね。でも、最高に腕が痛かったときは、はっきり言って「腕切り落としたい」と思ったから、そういうことになるのはもうゴメン。

あとは「最近、カラオケで歌いまくってて、歌いまくると顎の関節がやわらかくなるようでいいかも知れない」と言ったら「あー、それはいいですね。ガムをかむよりいいかも。どんどんカラオケやって下さい」と言われたので、またカラオケ通いになりそう(爆)んー、どうもね、顎関節症のように、右の方の顎の付け根というか、耳の下というかが、ガクガクして、無用な力がかかっているのを感じるんだよね。

それから「寝る」ことに関しても。どうも途中で一回起きて、それからまた寝るから、わたし、一日に10時間くらいベッドにいるらしいんだけど、実はあまり寝た気がしてない。最後は「もうこんな時間だから」だとか「もう背中が痛くなって眠れなくなったから」って理由で起きたりしてる。そう言ったら、今飲んでいる「セロクエル25mg」が1錠から2錠になった。どうも「神経の安定」で出されているようだが、、はっきり言って前の「ロプヒノール」がこの「セロクエル」に変わったからといって、眠りの質がすんごくよくなった、とは言えないんだよね。まぁ、2倍になったらどうなるか、だな。

いつもは「新しいリラックマグッズ、またなんか増えてないかな~」と思って診察室を見渡すんだけど、今日も目新しいものは増えておらず。しかし、見てしまった。さりげなく胸ポケットに「キイロイトリ」のペンが刺さっていたことを(笑)いや、先週から気がついてたけど。んー、使っているのが「リラックマ」のボールペンで、それ以外に「キイロイトリ」のペンを持っているとは、、これも「若いもん」がくれたのか?くれたのか?くれたのか?それとも、、、、自分で買ったのか?(爆)

こんなの。

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これほど頭の「キイロイトリ」は大きくなかったような気もしたけどね。しかし、探してみると該当品が見つからない。今、売ってないものなのか??ってちょっと思ったりも(笑)

次の診察日は約2週間後。そのときまでにもうちょっとよくなってて欲しい~。って自分の身体なのに、何が何だか分からない。。

つか、今日は19日。あとちょうど1ヶ月後は「関西レインボーパレード」じゃんか~(汗)
もう、暑くもなりそうにないし、またぼちぼち練習始めるとすっか。唇を慣らしておかなければ。

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09-20 Sat , 2008
正常と異常
わたしが同性愛者だって気がついた頃に、盛んに友人と議論していたことがある(あ、メールで(^^;)。それは「正常と異常というのは一体なんぞや?」ということだったんだけど、そのメールは学校つーか、研究室つーか、あの当時は電算機室のPCでやりとりしてたんで、もうそのやりとりは残っていない。んー、向こうにはわたしが同性愛者だってことは一つも言わなかったし、向こうは向こうで人とはちょっと違う面を持っていたんで、まー、そっから話は始まったんだと思う。その友人つーのは、高校んときの友達なんだけど。今はもう付き合いのない友達だ。

辞書で「正常」を調べてみると(新明解国語辞典第二版、以下、すべて同じ)「普通・(いつも)と同じで、変わったところがない様子。」と書いてある。で、反対語として「異常」と書いてある。で「異常」を引くと「普通ではな・い(くて、どこか変わったところが有る)様子。」と書いてあって、反対語として「正常」と書いてある。

そして「普通」という言葉を引いてみると「どこにでも・(いつでも)あって、珍しく・(変わってい)ない様子。」と書いてある。で、反対語として「特別」と書いてある。で「特別」を引いてみると「普通一般のものと同じ扱いができない様子。」と書いてあるが、その反対語は何も書いていない。

「変わる」で引くと「1.状態、位置が前と違ったものになる。2.一般的な状態と違う」と書いてある。この場合、到底1.とは考えられないから、2.ということになる。で「一般的」を引いてみると「特に一部の物事だけを取り上げるのではなく、対象全体を取り上げて考える様子。」と書いてある。

これらすべてについて考えてみると「異常」という言葉は「普通(=どこにでも、いつでもある)でない、一般的な状態(=対象全体を取り上げて考えること)とは違う様子。」ということになり、この中には実は否定的な意味は含まれていない。「普通」の「いつでもある」というのは、要するに「数が多い」ってことで、「普通じゃない」ってことは「数が少ない」という意味だけである。そう、正常と異常って、実は数が多いか少ないか、だけの問題なんだよね。

それが、例えばわたしが同性愛者という理由で、人から面と向かって「あなたは異常ですね」と言われるとする。確かに「異常=数が少ない」で、同性愛者は異性愛者より数が少ないから、その通りではある。しかし、わたしが人からそれを面と向かって言われるのならば、わたしは否定はしないが怒る。それはどうしても「異常」の中に「否定的な意味」が含まれている、と考えてしまうからだ。

大学時代のメールのやりとりは、もうほとんど覚えていないが「異常と言われても、それは数が少ない、と言うだけで否定的な意味を含まないんだよね」と書いた記憶はある。わたしはあのとき、何が言いたかったんだろうか。わたしは自分が同性愛者であることについては悩まなかった。しかし、その一方、やはり辞書でいろいろ調べたりしていたのだ。ま、わたしの持っている辞書には「同性愛は性倒錯」とも「変態性欲」とも書いてなかったが、やはり「異常」だと思っていたから「異常」に対して「異常」に敏感だったのだと思う。

ちなみに「倒錯」という言葉は「正しい順序と正反対になること。また、そうすること」と書いてあり、今度は「正しい」という言葉が出てくる。「正しい」には「1.道理・法にあっている様子だ。2.真理・事実に合っていて、偽りや間違いがない。3.基準にあって入る様子だ。4.形がゆがんだり、曲がったりしないで整っている様子だ。」とあるので「正しい順序と正反対になること」は要するに「正しくない順序になること」なわけで、これは「間違っていること」を指すことになる。だから「性倒錯」は「間違っている性的な関係」なわけで、間違っているのならば正さないといけない、というのが、まぁアメリカでは'77年まで、世界的にも'90年までの認識だったのだろう。

「同性愛者は異性愛者に比べて数が少ないから異常である」ということは、多分正しい。しかし、その中にわたしはどうしても「だから存在してはいけない」という意味合いを同時に感じてしまう。それは多分、健康診断などで「異常」という結果が出たら、それをなんとかして「正常に戻そう」とか「異常である原因は何か」を突き止めるとか、「異常な状態のままではよくない」と思ってしまうことと関係があり、「異常」に対して否定的なニュアンスが含まれてしまうので、面と向かって「あなたは異常ですね」と言われると腹が立つのだと思う。相手がいくら「否定的な意味は入ってなく、純粋な意味での『異常』です」と言われても、やっぱり腹が立つ。というか、だいたい「異常」という言葉を使うってことは、否定的な意味を含んで言ってると思うんだけどね、言ってる方も。ま、それを敢えて「本来の意味」に取ってみる。

そうすると「同性愛は異常ですが何か?」と言うことになる。「ええ、数は少ないですよ、異性愛者より。でもそれがなんなのですか?」と逆に問うてみる。「異常だったらなんなのですか?」と聞く。「異常なことは悪いことではありませんよね?」と言う。「なんだったら辞書を引いてみたら如何ですか。異常という言葉には否定的な意味は存在しませんよ」と言ってみる。

。。。なんか性格悪い?(笑)

しかし、実際の世の中はこんなに甘くはないんだな。「正常」と「異常」の間にはなぜか「差別」というものが存在しているから。そして自分を「正常(普通)」だと思っている人間は「無意識に」差別してくるから怖い。その「無意識にしている差別」を「あなたは実は差別をしているんですよ」と認識させることができるか、ここのところが、今後の課題ではあるんだよな。そしておそらくその「差別」には気がついていて、しかしそれに対して開き直っている人間に対して、何をどうやって説明すればいいのか。これについては、前者よりだいぶ難しいだろうけれど、これも今後の課題ではあるんだよな。

今日はなんかメモ的な日記だったな。
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09-21 Sun , 2008
最近寒くねー?
去年の今ごろはシドニーにいたんでよく分からないんだけど(もうあれから1年経つのね。しみじみ。。)、去年の夏はめっちゃ暑かったけど、今年は確かに夏はそれなりに暑かったけど「残暑」ってものが全然ないよねえーー??だいたい「暑さ寒さも彼岸まで」って言うから、まだもうちょっと暑くてもいいはずなのに、今年はなぜか雷雨の日が多くて、暑くても急に雨と雷が降ってきて、、というのがすごく多かったような気がする。。だからそんなに暑かった、というイメージじゃないんだよねー。

なので、8月中にやっとしまった「電気ストーブ」をその10日後に出して使い(8月中に使ったのはこの電気ストーブを買ってから初めて!)、その後、また数日前にしまったのだけれど、この調子じゃまたすぐ押し入れの中から出して使いそうです、電気ストーブ。。。

んー、わたしは暑いのはそんなに苦手ではないので、暑い日が続く分は全く構わない(ただ、去年みたいに暑いのはもう勘弁)んだけど、寒いのはねぇ。。。苦手なのよ、ホントに。だから、一日でも長く暑い日が続いて欲しいんだけど、今日も雨が降っているし、それは望めないようね、、

というか、この調子だと冬が早く来ちゃって、秋なんかないじゃないの!!@@;
わたしの一番好きな季節、秋~!
キンモクセイの香りが漂う秋~!
わたしの好きな花、彼岸花(この花が好きだというと珍しがられる)が咲く秋~!
ま、一般的に「食欲の秋」と言われる(けどわたしにはあんまり関係ない)秋~!

一体、秋はどこに行ってしまったんだ?
これも地球温暖化の原因か?(笑)
温暖化なのに、なんで暑くないんだ?
寒くなるのにも温暖化が関係しているのか?
こんなに寒いのは日本だけか?
北半球の他の国では異常なほど暑いところがあるのか?
こういう中で南極の氷は溶けているのか?
(最後の方は特に調べて書いてません。ただそう思ってるだけ(笑))

とにかくわたしは秋が恋しいのだ。
お願いだから、秋を通り越してすぐ冬ってのは止めて欲しい。。
って誰にお願いしてるんだか。。(笑)
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09-22 Mon , 2008
オフ会行くの。。
特に夏に何をしたってわけじゃないんだけど、最近、めっきり寒くなっているので、どうやら疲れがどんどん出てきているような感じがする。今日なんか一日中寝てて、しかも寝過ぎで頭が痛くなるという最悪のパターン(苦笑)夜も前みたいに途中で明らかに起きてる、って分かるような感じではなくて、でもまだ「うーん、起きてるかなー」みたいな←?ただ、寝やすくなったからか、以前よりは多少眠れるようにはなったような気がする。とはいえ、毎日毎日「早く寝なきゃ」と思いつつ、やっぱり1時2時になるのは、身体のためによくないよなー。。。ということで、今夜は早く寝よう。

最近、というか前からだけど、昼頃起きてはメシ食って、そして後の時間は新聞を読んだり本を読んだり、、社会とあまり関わることがない。これ、ちょっと考えものだと思いつつ、それでも何か「接点」がないものだから、んー、やばいな、とは思うんだけど、まー、この土曜日、27日には久々にレズビアンのオフ会、ってことで少し緊張してる。だって、彼女は別の用事があって、一人で参加するのだ。。

前にも書いたんだけど、わたしはなぜかレズビアンの友達がすごく少なくて、というか、本当は少なかったんじゃなく、レズビアンの友達が増えるよりもゲイや異性愛者の友達がどんどん増えるので、だんだん割合が減ってきてしまった、というのが本当のところで。。しかも、別にゲイの友達とか異性愛者の知り合いを増やそうと思っているわけでは全くないんだけど(というと失礼か(^^;)、知らない間に繋がりができていくのだ。

「じゃ、なんでレズビアンの友達が増えないの?」って思ってるんだけど、これまたよく分からないんだよねー。。なんで、超久々、彼女もいないことだし(爆)、とあるレズビアンのオフ会に参加することにしたんだけど、実は決めたときからドキドキ。。「もてたらどうしよう。。」←ウソ!!!

じゃなくて(爆)、「もしかしたら、わたし、何も話せないんじゃないかしら。。」というのが本当のところ。もーさ、初対面、人見知りだから、わたし。で、このオフ会の参加者とは全く面識がない人で、本当の本当に「初対面」なのだ。。あ~、わたしレズビアンのくせに「女ばっかり」って苦手なんだよねえ、実は(苦笑)はっきり言って、どういう話をしていいのかよく分からないのだ。。テレビもNHKとNHK教育しか見ないし、だから「ねー、NHKのアナウンサーの中で誰が一番好き?」なんて会話、成り立たないだろうな、、民放のアナウンサーの名前言われたら、多分、よく分かんないし。。かといって「the L word」もシーズン1しか見てないしさー(苦笑)

とはいえ、別にこれ、恋人探しに行くオフ会じゃないので(当たり前だ)、気楽に行けばいいと思うんだけど、ああ、どうやれば「気楽」になれるのだ。。多分、彼女が付いてこないオフ会って、彼女ができてから初めてだと思うんだよね。。うーん。なんか今からドキドキする(笑)←完全に自意識過剰

わたしはゲイの友達たくさんいるけど「ゲイコミュニティー」ってものが存在すると思うかというと、そうは思ってないし、況や「レズビアンコミュニティー」をや。って感じで、結局どれも「人と人との繋がり」でしかないじゃないかって思ってる。こないだね、古本で「同性愛入門 ゲイ編」というものを買って読んでみたのだが、まー、2003年に出たという、この本。出た当時、もし読んでいたら「へぇー、こんな世界なんだー」って多分思っただろうと思う。だがしかし、それから5年経った今読むと「あれ、この人知ってるじゃん」「あ、この人も書いてる」って、割と知り合いが多かったのね。もしこれを「コミュニティー」と称すならば、なんて狭いコミュニティーなんだ、って思ったりする。。

でね、これの「レズビアン編」ってのがあるならばね、どんなものになるのかなーって想像するんだけど、想像できないんだよ。「同性愛入門 ゲイ編」ってのは、完全に「当事者向け」に書いてある本で、多分ここまで「当事者向け」に絞って書いた「同性愛入門(とか、同性愛の基礎知識等)」ってこれが初めてだと思う。んー、わたしもそれまでの書籍を全部あらったわけじゃないから、言い切れはしないけど。もしかしたら'92年7月に出た「ゲイ・リポート―coming out! 同性愛者は公言するが最初の当事者向けへの入門書だ!」っていう人がいるかも知れないけど、、わたしはあの本はあまり「入門書」とは思えないんだな。確かに同性愛者(と言えども、出てくる人は全部ゲイ)のライフヒストリーや同性愛者に対してのパートナーシップを語った本(それにしても、誰が書いているとは書いてない記事も「あ、これ誰が書いたかすぐ分かる」って感じの本だったけど。まぁ敢えて誰とは言わない(笑))ではあるけれども、さて、あの当時、これは一体どういう意図で出したのか。それを言うなら、ノンへテロの女性の声を集めた「310人の性意識―異性愛者ではない女たちのアンケート調査」もはっきりいって、同じような感じのものだったと思うのね。これは「ゲイ/レズビアン/バイセクシャルが読む最初の本」というより「こういう人たちがいますよ」と世間に向けて発信しているような本だと思う。だから「同性愛入門や同性愛の基礎知識」みたいな本とはちょっと違うと思っているんだけど。ただ、、今思うに「ゲイ・リポート―coming out! 同性愛者は公言する」の方は後々出てきた「同性愛の基礎知識」や「同性愛がわかる本」に繋がっていく内容ではあるよな。。(って当たり前だよね。だって、同じ人が関わってるんだからさ(笑)ホント←敢えて言っちゃったね)

あ、なんとなく話がずれた。で「レズビアン編」だけど、レズビアン編があるとしても「レズビアン・カルチャー」ってなんかある?って思うんだよね~。今までのレズビアン関係の本って、ほとんどわたしの印象では「レズビアン・フェミニズム」から入ってるイメージがあるから、お堅いんだよね。お堅いのはわたしは好きではあるんだけど、フェミニズムのお堅さはわたしは入ってけないのね(苦笑)で、わたしのレズビアンのイメージって、わたしのレズビアンの知り合いの大半はもう彼女がいて、そしてその中でそれぞれが楽しく生きている人たち、というイメージだから「一つの共通点」なんてもんは見あたらないわけ。まー、ペットを飼ってる人は多い、というイメージはあるけれども。。そして落ち着いてしまったら、その中でパートナーと友達と一緒に楽しんでいる、って感じだから、コミュニティーを形成する以前、もうバラバラなわけ。

だから今の日本では「レズビアン向けの商業雑誌」なんてものは全部、休・廃刊になっちゃってるんだろうし、今後も多分、出てこないと思うんだよね。特に媒体が本である必然性ってないんだもの。ネットであちこち情報は集められるし。まー、しょうがないのかな、って気はするけどね。

ってわけで、なんか何が言いたいのか分からなくなってしまったけど、27日に向けて、さて、どうすればいいのか。。ドキドキ。って今から一人でドキドキしてどうする。。。
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09-23 Tue , 2008
眠れる森の美女
ってことで、この場合「美女=ろんたこ」なので(笑)、「眠れる森のろんたこ」でも構わないんだけど(笑)

もう、毎日毎日眠たくて。。寝まくってます。
今日も昼起きて(苦笑)、新聞2紙読んで、それから昼寝~。3時頃にまー、昼ご飯と称して適当に食べて、それから今度は本を読んでたら眠くなって、また7時近くまで寝てました(苦笑)

なんでこんなにたくさん眠れるのか、本人にさえ分かりません。
薬のせいかなあ~?
確かに以前、朝昼晩1錠ずつ飲んでいたレキソタンが強烈な眠気を誘って、それを止めたらピタリと眠気がなくなったことは事実だけど。。今は昔みたいにこっちが勝手に薬を調整できないからなあ~。次の診察までまだまだだいぶあるし、んー、それまでは今日みたいな生活が続くのか??
でも彼女も眠くて眠くてたまらない、って言ってるんだよな~。
だからやっぱり、夏の疲れがどっと来てるのかな~??

今日は天気予報で29度まで上がる、って言ってたのに、もうすっかり秋の気配ですねー。
やっぱ夏はもう終わったみたい。
ってことで、既にもう毛布を掛けて寝ているわたしでした(苦笑)

今日も早く寝よ。
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09-24 Wed , 2008
性別違和を感じないわたし
今、「セクシュアルマイノリティ―同性愛、性同一性障害、インターセックスの当事者が語る人間の多様な性」っつー本を読んでいるんだが、これは3部からなっている。第1部は「インターセックス(半陰陽)」第2部が「性同一性障害」第3部が「同性愛」。まだわたしは第2部までしか読んでないんだけど(もう「同性愛」はいいって感じもしないことはない(^^;)、この本の著者は「セクシュアルマイノリティ教職員ネットワーク」ってところが書いているみたいで、まぁ先生の集まりではあるらしい。でも「性的少数者に対して、こういう風に教えた方がいい」という感じで書かれているわけじゃなく、その当事者一人一人が、さまざまなデ-タやこれまでに起こったこと、体験談、それから自分の考えを書いているという感じの本で、第2部まで読んだところでは、なかなか今まで知らなかったことが多くて、面白かった(って言い方していいのかな)。「インターセックス」にしても、確かにXO型とかXXXY型、という言葉は生物学的に有り得るとは知っていたけれど、それに伴う「生きづらさ」などはあまり聞いたことがなかったから。。「生まれたくなかった」という人々や「産みたくなかった」という人々が外国では訴訟してるんだよねー。。(前者を「Wrongful life訴訟」と言い、後者を「Wrongful birth訴訟」と言うらしい)これは、例えば重度の障碍者やそういう子供を産まさせた、ということで医療側が訴えられているんだけど、インターセックスも「染色体異常」で起こるもので、生まれてから「どっちか一方の性」にさせられる、そのさせられた「性」のままに第二次性徴が起こるとは限らない、というなんとも複雑な場合があるのと、また、生まれつき重度の障碍を抱えて生きざるを得ない人たちもいるらしい。日本では戸籍というものが存在するから、男女どちらかを「選ばなければ」ならなくて、だいたい1ヶ月くらい様子をみてから、ということだったが、それでもずっと男女どちらかにしなくて、その部分はずっと白紙、という場合もあるらしい。

ただ、この本にも書いてあったけど、どんな書類やアンケートや些細なものにも全部「性別欄」があるのね。今は「この世の中は男女だけではない」という考えもあるので、そういうところには「答えたくない」や「どっちでもない」などの選択肢があるけれど、それはほんの一部で、わたしはそういうものには、何の疑問もなく「女」ってところに○をしているけど、答えられない人たちっていうのがいる、ってことを改めて気づかされたというか。

またこの「この世の中は男女だけではない」っていうのは、第2部の「性同一性障害」も同じことでね。まぁここでは「性同一性障害」と「トランスジェンダー」について触れているんだけど。

性別違和を感じる、というのは、生物学的な(身体の)性と自分が感じている性が不一致の人のことなんだけど、同性愛者であるわたしは、もちろん性別違和は感じたことがない。「性別違和を感じるってどういうことだろう」って今日はずっと考えていたんだけど、感じたことのないことは感じることができるわけがなく。よく「性別の違うぬいぐるみを着ている感じ」と形容されるけど、やっぱ分かんないんだよね。。確かに思った性別で見られないのは嫌だ、という気持ちは分からないこともないんだけど、、わたしはよく男性と間違えられるから。。だけど、身体自体に、例えば胸が(小さいけどさ(自爆だわ))膨らんでる、とか、生理があるとか、そういうことにはまったく嫌悪感が感じないんで、やっぱ根本的に分からないだろうなーってこれを読みながら思ったんだけどね。

しかし、前々から思ってたことは「性同一性障害」の人は、過剰に「なりたい性」のジェンダーを身にまとってるんじゃないか、ってことでね。でもそれは分かるのよ。そうしなければ、自分の思った性に見られないんだから。けどさー、わたしにしてみれば、わたしが生物学的に女で、そして性自認も女ってことは、もう揺らぎのないことなわけ。だから、例え男に間違われようと、間違えた人が悪いんであって、わたしは何も悪くないわけ。そういう「開き直り」みたいなのがあるわけね。でも、性別違和を抱える人ってそうじゃないんじゃないか、って思って。でもそれは絶対に間違ってるよね、とは思ってて。だってさ、「そうなりたい性」になるためにしたくもない格好をするなんて耐えられないことだと思うよ?そうだとすれば、性同一性障害の人やトランスジェンダーの人は、絶えず絶えず「そうなりたい性」の格好をし続けなければならないことになる。それってあんまりじゃんって、ちょっと前からそう思ってるのね。

あ、性同一性障害とトランスジェンダーは一緒にしてはいけませんね(笑)性同一性障害っていうのは、ガイドラインってのがあって、それに当てはまる人たちのことで、でもこの中には(日本のガイドラインね、もちろん)1.自らの性別に対する不快感・嫌悪感、2.反対の性別に対する強く持続的な同一感、3.反対の性役割を求める、ってなってて、やっぱり「性役割」を求めさされてるんだよね。。なぜ反対の性役割を求めなければ、性同一性障害にならないんだろう??って思う。1.と2.だけで十分じゃないか、って思う。

それとは別にトランスジェンダーっていうのは、性別違和は感じるんだけど、異性装や異性の性役割をするだけで、身体的な特徴まで変えなくても大丈夫、って人、というのが超簡単な説明なんだけど、これ、本当に人それぞれで、トランスジェンダーってのは、本当に難しいと思うのね。「人それぞれ」ってのは分かるんだけど、じゃあ、どこまで聞いていいの?根掘り葉掘り聞いたら失礼に当たらない?ってつい、思ってしまうんだよね。.だから、すごく難しいとは思ってるんだ。しかもやっぱり異性装や異性の性役割をするだけで満足するってことは、異性の性役割をしたいってことだよね。。?人に説明するとき「性別違和を感じるんです」だけじゃ済まないんだろうか。。って思ったりする。

まぁただ、この本にも「性同一性障害の当事者は過剰なまでに自らの望む側のジェンダーを身にまとうことがある」って書いてあるし、「従来のフェミニズムによるジェンダー概念の枠に性同一性障害の人を押し込めることは意味がないかも知れない」「性同一性障害当事者も『過剰なジェンダー』から解放されていくかも知れない」って書いてあるから、やっぱりわたしと同じようなことを思っている人もいるんだなーって思った。

だってさ「性同一性障害当事者が過剰なまでに自らの望むジェンダーを身にまとう」ことは、やっぱわたしはちょっとおかしいと思うんだ。何がおかしいかというと、性同一性障害って、ただ生物学的な性と性自認が違うってだけでしょ。例えばね、そういう人が性別適合手術をするとする。そうして、自分の生物学的な性と性自認が一緒になったとする。そうするともう性別違和は感じないってことになるよね。その中で、まだ更に自分の望む性の性役割をしなきゃいけないの?って思うのよね。それは、このわたしがジェンダーなんか全く気にしなくて、自分の好きなカッコをしてても「わたしは女」って胸を張って言える、そういう状態に性別適合手術をした人も成り得るんじゃないの?って。

ただ難しいのは、性別適合手術まで望まないトランスジェンダーの人、なんだよね。。だからさ、もう、性別なんてのは、極端に言ってしまえば「自己申告制」でいいんじゃないの?って思ったりする。それを周りの人が尊重すればいい。それじゃダメなわけ?「男にも女にもなりたくない」って人は、それでいいじゃない。自分が望むようなことをすればいいわけで。何も「男になりたいから、性役割は男」にしなくてもいいんじゃないのって思う。

あ。だけど本に書いてあったけど、性同一性障害の人は「同性愛者と一緒くたにすな!」って思っているらしい。。ううむ、それはとても悲しいことだけど、やっぱ「同性愛嫌悪(ホモフォビア)」ってのがあるんだろうなーとは思う。ただ、MtF(Male to Female:男から女に変わりたい)の人の半数は性的指向が男女半々であり、FtM(Female to Male:女から男に変わりたい)の人の9割くらいが性的指向は女性なんだそうだ。ううむ。そうだったのか。というのは、レズビアンの恋人募集掲示板によくFtMの人が入ってきて、それでレズビアンの人とよく言い合いになるんだよね、、要するにFtMの人ってのは、自分が男性と思っていて、女性を求めているんだったら、男女の募集掲示板に行け、レズビアンはあくまでも相手は自分と同じ女性じゃないとダメなんだから、FtMは条件には合わない、というわけなのよね。わたしはもちろん、ゲイの募集掲示板は見たことないので、MtFの人がゲイの人から「出ていけ!」って言われてるかどうかは知らない。けど、レズビアンの掲示板とかは、この言い争いはしょっちゅうで「またぁ~?」って感じだったのよね。だからこれを読んで「なるほどねー」って思ったんだけど。ちなみにそういうところではトランスジェンダーの人は「トラ」と呼ばれて、嫌がられてます。。まーでも、FtMの人の気持ちもちょっとは分かるんだけどね~、、でもやっぱレズビアンは心が男性の人は愛せないんだよね。

しかし、こう考えてみると、性に関することって、ホント、人それぞれなんだなーって思う。同性愛者なんか、性的指向が同性に向かう、というだけで、共通点と言えば本当にこれしかないというか、これだけ。だから、理解しやすいと思う(と言っても、異性愛者に同性が好きになる気持ちは分かるとは言わない。それは、わたしが異性を好きになる気持ちが全然分かんないのと同じだから)けど、インターセックスやトランスジェンダー、性同一性障害(本当は、トランスジェンダーの中に性同一性障害の人が入っている、という感じになる)の人は、本当に人それぞれなんだと。しかし、人それぞれだからこそ、その人その人でまた説明をしなくちゃならなくて、これは本当に大変なことだと思う。わたしなんか自分が「同性愛者です」ってカミングアウトするのもめんどくさ~って思ってるくらいなのに、トランスジェンダーの人は、いちいち「自分はこうです、こうです」って説明しないと分からないんだもの。説明してもらわないと、どうやって付き合っていけば一番付き合いやすいのか、分からないんだもの。。何かいい方法ってないんだろうか、そう思う。

本当は「性別も何も気にしない~」って世の中になればいいのかも知れないけど(これじゃまるで「ジェンダーフリー」でバッシングされそうね(笑))、そういう世の中に今後、なっていくんだろうか。あ。「ジェンダーフリー」については、「男性役割と女性役割をなくす」って意味ではないので、ご注意を。だからさ、「○○らしく」ってのは、別に否定してないわけよ、ジェンダーフリー推進派も。自分が好きで「男らしく」だの「女らしく」だのしてたら、それでいいわけ。でも、それをしたくない人もいるわけ、わたしみたいに(爆)。わたしは「自分がしたいことがしたい」わけ。それを否定して欲しくないわけよね。こういう考え自体「従来の価値観を否定するものだー」って多分、ジェンダーフリーバッシング派の人は言うだろうけど、はっきり言って、自分の好きなように世の中生きていけなくて、じゃあ何のために生きているわけ??男は男らしくするだけのために生きていて、女は女らしくするだけのために生きていて、そうしたい人ならばそれでも構わない。けど、わたしはそれは嫌だ。わたしは死ぬまで自分らしく生きていきたい。それが例え「男っぽい」ことだったりするかも知れないけど、でも「男」「女」の前にわたしは「自分」があると思っているから。

って、こういうことが言えるのって、多分、わたしが「性別違和」を感じてないからだろうな、とも思うんだけどね。

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09-25 Thu , 2008
そして、同性愛者であるわたし
昨日は「セクシュアルマイノリティ―同性愛、性同一性障害、インターセックスの当事者が語る人間の多様な性」の第1部と第2部の感想を書いたけど、今日は第3部「同性愛」を読んだので、まー、どうしようかなと思いつつ、でも書くか、って感じで書くとしよう(←えらそげ。「と日記には書いておこう」ってのが昔あったけど、古いねえ~)。

やはり昨日の「半陰陽」と「トランスジェンダー」の話と、それからこれから書く「同性愛」については、ごちゃごちゃにしている人がいらっしゃったようで、それは仕方がないとは思うんだけどねー。「生物的な性」とか「性自認」とか「性的指向」ってのは、多分、最初はフェミニズムから与えられた概念なんだと思うんだけど、フェミニズム大嫌いのわたしでも、この概念は使わざるを得ないから、これってフェミニズムの「大発見」なんだと思ったりする(とたまには誉めておこう←おぬし偉げに何者じゃ)。

んと、簡単に言うと「インターセックス(=半陰陽)」と言うのは、染色体異常のことで、これは「生物学的な性」に関わる問題で、「トランスジェンダー」って言うのは、「生物学的な性」と本人の「性自認」(自分が男であるか女であるかという気持ちのこと)がずれている状態で、そのずれ具合によって今の日本では「ガイドライン」に従って「性同一性障害」という「診断名」が医師によって下されるわけ。この「診断」をもって「治療の必要性」が生じ、ホルモン注射や乳房切除、そして性別適合手術が行なわれる、と言うわけで、ある意味「手術してまで自分の身体を心の性別にしたい」という人たちは自ら進んで(というとちょっと語弊があるかも知れないけど)「障碍者」になる、というわけだ。何らかの「疾病」でなければ、治療の必要はない、と判断されるからね。

で、「同性愛」というのは、今度は「性自認」と「性的指向」の問題となる。簡単に言ってしまえば、同性愛者ってのは、性自認と性的指向が同じ人ってことで、性自認と性的指向が異なると異性愛者、ということになる。だから、性同一性障害の人は同性愛者も異性愛者もいるってことになる。なぜかというと、性同一性障害やトランスジェンダーの人たちは「生物学的な性」と「性自認」がずれているということであって、「男、女、どちらが好きか」という「性的指向」は全く関係ないから。ここのところがね、まだ分かりづらいんだと思う。

例えば生物学的な性が男性って人がいて、でもその人の性自認は女性だったとして、そして自分の身体を女性に変えたいと思い、性別適合手術を受けて「女性」になったとする。だけど、その人の性的指向がもし、女性に向いていたら、それは「同性愛者」になる。男性に向いていたら「異性愛者」になって、今の日本だと「結婚」ができる。ただし、性別の変更ができる場合の「要件」ってのがあって、誰でもできるわけじゃない。「20歳以上であること」「婚姻していないこと」「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永久的に欠く状態にあること」そして「現に成人していない子がいないこと」が条件になっている。実は最初は「子供がいないこと」が条件だったのだが、今年だったかこの「子なし条件」が緩和されて子供が成人している性同一性障害の人の性別変更が可能になった。しかし、どうしてこのような条件を付けられているかというと、話は簡単。日本国は「同性婚を認めない」ということだからだ。もし結婚している間、一人が性別適合手術を受け、異なる性になったとしたら、自分の配偶者と同じ性になってしまう。そうすると両方とも同じ性の人が婚姻している、要するに「同性婚」ということになる。これをさせないために「婚姻していないこと」が条件になっている。そして、生殖腺の機能を永久に欠く状態にさせられるため、性別を変更したあと異性と結婚しても、当然のことながら子供は生まれない。

同性愛者がさぁ「同性同士愛し合ってたとしても、子供が生まれないから異常な愛だ」とか言われてるけど、性同一性障害の人は、わざわざ自分が子供を産めない身体にして、それで異性愛者の場合は結婚するのよ。これは日本国が条件付けてそうさせてるんだよ。それに対しては一体、どう説明すればいいのだろうか?(ま、ただこの条件に関して当事者はあまり反対する人はいないようだが)

あ、だんだん熱くなってきた(苦笑)

で、同性愛です、ええ。今日は同性愛のことを書くんだった。というか、もうお分かりでありましょうが、性同一性障害やトランスジェンダーの人たちでも、もちろん「同性愛者」は存在するわけです。だから世間の人が、性同一性障害の人たちを「同性を好きになったから、自分が性別を変えなきゃ」ってことで自分の性を変えているわけではないので、ここのところ、お間違えなく。昨日も書いたけど、FtMの人の9割は異性愛者で、MtFの半分の人は異性愛者で半分の人は同性愛者なんだそうだ。

でね、同性愛者というのは上にも書いたように「性自認」と「性的指向」が同じ人のことを言うのね。だからFtMの人は心の性(性自認)は「男」なわけ。だから、レズビアンの人は「対象外」なのよね。なのにレズビアンの恋人募集の掲示板にやってくるので、しばしば争いごとが起こるわけで。。まー、分からないでもないのよね。だってSEXのとき、肉体は女性だとしても心が男性だったらやだもん、やっぱ。だからわたしはバイセクシャルでもなく、やっぱりレズビアンだなあと思うわけで。

この本に書いてある「同性愛」は、まぁ同性愛者当事者としては、ごくまっとうなことが書いてあったりするわけで、その中にはやっぱり「同性愛は病気ではありません」と書かれている。わたしさぁ、もう何回も何回も「同性愛は病気じゃない。国際疾病分類の中からも外されたんだ」って書いてるけど、一方では性同一性障害の人は「障碍」を自ら獲得していくわけじゃない?だからさ、同じ「性的少数者」でもこういうところ、全く違うんだな、って最近よく思うのよね。矛盾しているようだけど、違うわけ。だから「性的少数者」一括りで本当は考えたいんだけど、このね、「同性愛は病気ではないから治療の必要はありません」っていうことは、なんだか「だから、自分たちは正常なんです」って言いそうになって困るの。同性愛は病気じゃない。けど、だからといって「それが正常とか正しい」とは言えない。だって同性愛者がこの先、異性愛者より多くなるなんてこと、絶対にあり得ないことだもん。数が少ないのは確かなことなんだもん。だからね、「数は少ないけど、確かに同性愛者はいます。そして、性的指向は選んだり、途中から変えたりすることはできない(それは異性愛者も同じよね)」ってことをしっかり言っていかないといけないんだな、と思ってるのよね。病気じゃないってことは、それが正常なんではなく、治療の必要性がないことなわけで、だからこの世の中には異性愛者もいるし、同性愛者もいるんだよ、ってことだけなんだと思う。が、しかし、この本では「両性愛者」については一言も触れてないね、そういえば。巻末の用語説明でちょっと出てきたくらいかな。

両性愛者(=バイセクシャル)の人たちというのは、「性的指向」がない状態で、まさに「好きになった人がタイプ」「愛に性別は関係ない」人たちのこと。異性愛者と同性愛者は「愛に性別は思いっきり関係がある」んだよね(笑)そこら辺、ちょっと間違えられやすかったりするんだけど。同性愛を肯定されるときよく「愛に性別は関係ない」って言われるんだけど(苦笑)、それは違いますから。わざわざ肯定してくれてるのに悪いなあと思いつつ、指摘しておきます(笑)

もーさ、自分が同性愛者なもんで、一体、何を説明すればいいの?って感じなんだけどね。確かにこの中で「レズビアン」という言葉について、これは「ゲイ」と区別する意味でフェミニストの人が使い始めた、って書いてあったけど、外国では「ゲイ」というと男女両方の同性愛者を指す場合が多くて、特に男女分けたいときはgay womynとか書くよね。womynってのは、これまたフェミニストがwomenって書くと「men」が付くから男性が元になってるーってんで、womynって書いてるんだよね。もー、ここまでやんなくてもいいじゃんかーとわたしなどはそう思うんだけど。。あ、んで「レズビアン」ってのは「ゲイ」と区別したいときに使うらしい。これまたフェミニズムのせいで。要するに何のかんの言ってもこの世の中は男性上位だから、ジェンダーとして非対称なんだそうだ(もうここら辺、受け売り(苦笑))。だから、「ゲイ」とは違う「レズビアン」って感じで外国では使われているそうだけど、日本はもう「ゲイ」って言ったら男性同性愛者になっちゃってるからねー、フェミニズム関係なしに。わたしなんぞ「日本も外国と同じく女性同性愛者でも『ゲイ』って言えば簡単なのにー」なんて思ってるけど。だって、オーストラリアで「gay」って使ってたけど、ホント、簡単だったんだもん(笑)

で、あとは「同性愛嫌悪」のことも書いてあったし、それに伴う「ヘイトクライム」のことも書いてあった。日本では同性愛者に対する暴力なんかなさそうだけど、本当はあるんだよね。それをマスコミが遺族に配慮してか、あまり「同性愛者だったから」ということを書かないので、一般の人は「同性愛者に対する暴力事件なんかない」と思ってしまう。マスコミって、なんでこういうときに変に気を回すんだろうね~?例えば、有名な同性愛者カップルの片方が亡くなったとき。結婚しているのであれば「喪主は妻(夫)の誰それさん」って書かれるけど、長年の同性愛者カップルでも「喪主は友人の誰それさん」とかそんな関係にされてしまう。知っている人はちゃんと知っているというのに。。そういうのってすごく悲しいと思う。これって例えばこの間の母親が子供を殺した事件でも、殺された子供は発達障害かなにかで特別学級に通っていた、と新聞ではぽそっと本文に書いてあった程度だった。が、その後、また起きた事件では子供は普通の(って書くとイヤなんだけど)子供だったらしく、大きな見出しで「明るい子が なぜ」とか書いてある。これって、配慮されてるようで実は全然配慮なんかしてないんじゃないかって思ったりしてるんだけど、違うだろうか。

「同性愛者はどうせ暴力をふるって金品を奪っても、警察に自分が同性愛者であることを言いたくないだろうから襲ってしまえ」というのが2000年に起こった事件だ。これを「ヘイトクライム」と言わずして何がヘイトクライムなんだ?そしてマスコミはそのことを隠すから、だんだんそういう事件があったことすら特別に覚えている人でないと忘れてしまう。これでいいんだろうか?

その他、「府中青年の家裁判」のことも詳しく載っていて、この本の半分くらいは実は「同性愛」に関することが書いてあるんだけど、結構資料としても役に立つ。あ、「府中青年の家裁判」ってのは、OCCURという同性愛者の団体が「府中青年の家」ってところでミーティングをして泊まったんだけど、その際、別の団体と「自分たちは何をやってます」という交流の時間みたいなのがあって、その際に「同性愛者の団体です」と言ったところ、他の団体から「あいつらホモだぜ」とか入浴中にいやがらせがあったりして、それで、OCCURが府中青年の家と話し合ったところ「今後、同性愛者の使用を認めない」ってことになってしまって、それで東京都を相手に争った事件のことだ。多分、同性愛者が起こした裁判って後にも先にもこれが唯一のものだと思う。

当時「府中青年の家裁判」はわたしも注目していてね、結局二審で東京都が敗訴したんだけど、一審判決が出たあと、わたし、実はOCCURに手紙送ったんだよねー。そうしたらお礼の手紙とOCCURへの入会案内が来た(笑)これ、今でも持ってます。でもOCCURには入んなかったけどね。その当時から、こういう関係のものには興味があったようだなーと、なんとなく思ったりして。

あとは同性愛の原因だとか(こんなもん、分かるわけないと書いてあるし、分かったところで、では生まれる前に排除される運命にあるのか、とか書いてあるよ)、カミングアウトのことだとか、ああ、あとは「オカマは差別か」事件のことも書いてある。これももうすごく有名な話ではあるんだけどねー。

要するに「オカマ」や「レズ」「ホモ」は基本的には侮蔑語である、しかし、当事者が誇りを持って言う場合もある、ということで、まー、ある週刊誌を通していろいろな論争があったんだけどね。これはもうちょっとうまくならなかったのかなぁ、というのがわたしの感想。これで一方的に「オカマという言葉は使わないで欲しい」と言っていた人たちが消えてしまった。そりゃ、分かるよ、当事者が「わたしオカマだからー」って言ったりするしさ、だから絶対に「オカマ」等の言葉を使っちゃいけないってわけじゃないと思う。が、当事者以外の人から「オカマ」と言われるとやっぱり傷ついたりするわけで。当事者と非当事者はそこんとこが違うんだよ。なのに当事者同士が「オカマと言ってなぜ悪い」とケンカをふっかけられたら、答えようがないじゃん。その人たちは別に当事者に向かって「オカマと言うな」と言っていたわけじゃないんだから。

あれ、気がつけば昨日より多く書いている(汗)

あとは、、パレードのこととか書いてあるけど、これは今は読みたくないわぁ(苦笑)読んだけど。まー、なんで今年のパレードができなくなったのかは全く知らないけど、東京では3年やったら何年か休みで、を繰り返してるから、今度はそういうことの起こらない組織にして欲しいけど、難しいだろうなー。理事になれば叩かれ、表に立つ人はみんな叩かれてるからね。その人が一体何をしたのか、わたしには全然分からないけれど。こないだちょっと「パレード不要論」を聞いたんだけどさ、わたしはパレードはあった方がいいと思うし、ゆくゆくはアメリカやオーストラリアのように「観光」としてのパレードってものになって欲しいくらい規模の大きいものにして欲しいなと思ってる。だって、日本政府自体だって日本を観光地にしたがってるんだからさ、「ゲイパレード」が一大観光になってもおかしくないんじゃないの?ってね。去年だって「Yokoso! JAPAN」のロゴ、使ってたのになあ~>東京プライドパレード

ってやっぱついつい、同性愛となると人ごとじゃないので、いろいろな意見も出てきてしまって、つい長くなってしまう(汗)

でも割と読みやすかったし、当事者に向けても非当事者が読んでもいい本だとは思ったけど、この本、既にAmazonでは在庫1点しかないので、ほとんど古本でしか手に入らないんだよね(汗)んー、第3版が出るかどうかはもちろん知りません。

つか、本当は別にこの本読んだからどうこうしようとは思ってなかったのにー。今は他の「同性愛の基礎知識」的な本をたくさん読んでいて「どれが一番いいかな~」と思ってたのにぃ。で、これからまだ読む本がいくつか。しかし、外国で書かれて翻訳された本と日本語で書かれた本の差が大きいような印象が。。当たり前と言えば当たり前のことなんだけど。

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09-27 Sat , 2008
今日はオフ会
最近、なんか硬くて真面目な本しか読んでないなーと思ったので、随分前にルミエールで3ヶ月分、1,500円で買った「BAdi」(ゲイ雑誌です)を読むことに。どーせ昨日は彼女も外出してていなかったしねー。まとめて読めるや、と思って。

初めて「BAdi」を読んだときは、グラビアが気持ち悪くて(ごめんなさい(^^;)、とにかく字が書いてあるところとマンガしか読めなかったんだけど、あれ、見てると慣れてくるもんで、今は広告も一緒にぜーんぶ読めちゃう(笑)つか「オナホール」の広告見ては「男は入れるところがないと大変ね」とか思ったり!(でも手コキだと別にオナホールはいらんよね?)同じ広告が何遍も何遍も出てきて「うーん、こうやって広告の量をふやしてるのかしら。。」とか。

で、今は特に「気持ちが悪い」という感情もなくなって(慣れとはすごい)、「ふーん、こんな感じなんだ」って思うだけなんだけど、でもマンガとか小説を読んでいると「あれ、今コンドーム付けてももう遅いんじゃない??」ってところがたくさん。。中にはコンドームの「コ」の字も出てこないのもある(←やっぱり、先にそういう知識の方を身につけたんで(^^;わたしとは関係はないんだけど)。「これっていいのかな~」とちょっと思った。けど、そういう場合は大抵、一番最後の一番下のところに小さい文字で「この作品にはHIVをはじめとする性感染症に罹る等の危険性のある表現が含まれていますが、作品の創造性を重視し、原作のまま掲載しています。」と書いてある。でもさー、いつもいつもこれが書いてあるとなんかこの文さえ付ければ大丈夫っていう「免罪符」みたいに思えて仕方がないのよね。。

しかし、男性同士の絡みを見ても、それから小説を読んでもやっぱ「萌えない」のよね。当たり前だけど(笑)「あ、こういう小説はいいな」とか「こういうマンガは面白いな」とは思うよ、もちろん。けどグラビア見て「ウッ」とは来ないから、自分の身体も反応しないわけね(笑)まー、端的に言うと「濡れない」ってことだけど(←あーあ、言っちゃったよ)。なのに、気分はだんだんエロくなっていっている。そう、頭の中は彼女でいっぱい。「早く帰ってこないかなー」って思ってる。

この反応がね、すんごく面白かったの!わたしは今まで「身体が反応するから、エロい気持ちになっていくんだ」って思ってたけど、どうもそれは別みたいなんだよね!反応を起こす脳の部分が違うのだろうか?それを昨日発見して、自分で「すげー、すげー」って思っててさ(爆)

結局3ヶ月分読むことはできずに、2ヶ月半分くらいで腕が疲れちゃったんだけど(ほれ、BAdiって分厚いからさ)、でも心はやる気満々になってる(苦笑)

ってわけで、昨日はずいぶん早くベッドに入りました。
幸せだった~。つか、今も幸せ~(*^^*)

でも今日はオフ会なんだよな(笑)。
あー。急に気が重くなってきた←自分で行くって決めたくせに!
誰からも話しかけられなかったらどうしよう。。(←話しかけられるのを待ってます(笑))
12:19 | 二人のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-28 Sun , 2008
訂正しまーす
そして、同性愛者であるわたし」について、mixiの中のコメントで指摘されたことがあったので、訂正します(あ、わたしのmixi日記はブログのコピペなのです、ほとんどは)。

両性愛者(バイセクシャル)のところで

> 両性愛者(=バイセクシャル)の人たちというのは、「性的指向」がない状態

と書いたけれども、バイセクシャルは「性的指向が両方に向く」んじゃないかと言う指摘がありまして。「性的指向がない状態」の人のことは「パンセクシャル」ではないかということで。確かに「パンセクシャル」というのは、日本語で「全性愛」と訳されているみたいで、Wikipediaによると「性別に囚われず、特定の人間に恋することが出来る者を意味することもある。彼(彼女)たちの中には、社会的であれ、生物学的であれ、性というものは意味の無いものであると考える人々もいる。」とあるので、多分、そちらの方が合っているような気がします。

また、

> 「愛に性別は関係ない」

「同性愛者も異性愛者も、相手の「性別」、同性か異性かということが違うだけで、愛するということについては同じですよ」というキャッチコピーを端的に言っているのではないか、と。確かにこの説明をされたときに、わたしは「なるほど」と思いましたので、そういう解釈も有りだと今では思ってます。ただやっぱり「愛に性別は関係ない」って言われると違和感は持っちゃいますけどね、、、わたしは(^^;

でも、

「立派なレズビアンになりました」という気もわたしにはないですから。。(苦笑)
そういう意味ではやっぱり根本的なところで「ゲイプライド」ってものも分からないんだと思います、わたし。かといって特に自己肯定力が低いわけではないですけど。

というわけで、訂正でした。
23:04 | 性的少数者に関すること | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-28 Sun , 2008
オフ会行った
えー、そんなわけで昨日はオフ会に行ったわけだけど。
一次会は「一人もんの人用のオフ会」で、彼女がいる人は二次会から参加、ってことになってたので、わたしは昨日、彼女が別件で一人で出かけてしまったから、夕食は誰かと食べたかったんだけど、そういう理由で一次会には参加できず。仕方ないので、新宿西口にある「メトロ食堂街」で万世ラーメンの「パーコー麺」を一人寂しく食べた(笑)

で、二丁目(もちろん、新宿二丁目です)にふらふら歩いていって、で、まだ二次会までの時間があるからってんで、「ルミエール」でBadiを3冊買った。つか、今年の1、2、3月号を買ったんだけど、やっぱり1冊500円に値引きしてあった。ラッキー。って、レズビアンのオフ会に行く前に、こんなもん買って、、と思ったんだけど、既に前に買った3冊は読み尽くしてしまったので(笑)

そっから会場に行ったんだけど、なんか一人で緊張したー。
同年代のレズビアンのオフ会だったんだけど、多分、知ってる人はほとんどいないよな、と思って出かけていったんだけど、案の定、知ってる人はほとんどいなかった(苦笑)

二次会が始まるときに、またそこにいる人たちで簡単な自己紹介をしたんだけど。全部で何人くらい集まったかな。数数えてなかったから分からないけど、15人~20人の間はいたんじゃないかなあ?当然、わたしは縮こまってて「誰か、話しかけてくれる人、いないかな~」なんて思ってたんだけど、ある人から「もしかしたら、前に会ったことありませんか?」って言われて見たら、ええと、会ったことは多分ないけれど、共通の知人は確実にいる、って分かってた人だったんで「あー、あなたのことは知ってます」みたいな(笑)

で、共通の知人の話とかいろいろしたり(笑)、まーまー楽しかったです。
取り敢えず予定していた2時間、結構すぐに経ったし。
できれば、もうちょっと違った人とも喋りたかったかなって気もするんだけど、わたしって、一旦席に座ってしまったら、その場を動けない性格なんだよねー。。

わたしは左手の薬指に指輪はめていったら(最近、出かけるときは常にしてるんだもん)、彼女いない人たちから「いやみー」って言われてしまった(笑)いや、別に見せびらかしているわけではなく、、いるんだからしょうがないじゃん!(と開き直ってみる)

彼女との出会いとか、いろいろ聞かれました(笑)
だけど「なかなかネットで出会えないんだよねー」って言われて「分かる、分かる」って感じ。
だって、わたしだって、長い間、募集掲示板で「いいかなー」って思った人とメールのやりとりしてたけど、結局、うまくいったの(うまくいかせてもらったというか)今の彼女だけだもん。その話したら「えー!初めて付き合った人と、ずーっと付き合ってるの???」って言われてしまった。その通りだから何も言えない。。けど、できるならわたしだって、複数の人と付き合ってみたかったとか、すんげー贅沢なことを思っとるわい!(笑)

だからねー、出会いなんてどこで転がってるもんか、分からないんだよね、としか言いようがなく。
彼女いない人たちに対しては、早くいい人見つかるといいねー、って感じで(笑)いや、別に余裕のよっちゃんの発言ではないけど、それしか言いようがないじゃん!

ま、なかなか楽しいオフ会でした。同じ年代だったから(もちろん、すごい若い人も中にはいたんだけどね)、話しやすいってのもあったかも。ただ「お友達」とまではやっぱりいかなかったわたし、、仕方ないよなー。やっぱ2時間で友達は作れない(苦笑)

でもまたオフ会あればいいな(って完全に他力本願)。
23:37 | (性的少数者)自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-29 Mon , 2008
ハートをつなごう ゲイ/レズビアン第2弾、1日目
えー、当然のことながら、「ハートをつなごう ゲイ/レズビアン第2弾」の1日目の放送を見たんだけど。いや~。なかなかよかったと思いました。第1弾の2日目がひどかったからな~(苦笑)

今回は、第1弾の1日目の放送のように、一つのテーマに沿って、丹念に作った、という感じの放送だったな。そのテーマとは「レズビアン 結婚」だったんだけれど、前に発達障害のときに「発達障害 結婚」というテロップが同性愛者のわたしとしては、痛かった、と書いたけれど、まさかもう「レズビアン 結婚」ってテロップが出てくるとは思いもしなかったよ(笑)だけどね。「結婚」って言っても、日本では認められていない「結婚」なので、本当の結婚と言えるかどうか、、ってのがやっぱ、わたしの胸中を複雑にしたね。

そのレズビアンカップルは、秋にカナダで結婚証明書をもらってくるらしいんだけど、式は日本でやるらしい。それも自分の勤めている会社の同僚とか友達とか呼んでやるそうだから、結婚式としては、本物だよね。ただ、日本ではカナダ政府が発行した結婚証明書はもちろん「ただの紙切れ」。当然法的拘束力はない。

しかし、わたしより随分若そうな二人だったけれど、二人とも随分苦労(ってのか?)してきたようで。。まぁ、一方の人は中学の時に母親にカミングアウトしちゃったってんだから、すごいよな。わたしなんか中学の時はまだまだ子供で「人を好きになる」なんてことちっとも思わなくて、毎日アニメばっかみて、友達とギャーギャーしゃべってた、くらいしか思い出せない(苦笑)もう一人の方は、それよりも遅く自分がレズビアンだって気がついたらしいんだけど、付き合う相手、相手が「一生を共にしたい」って思わずに「やっぱり結婚(異性結婚)を。。」ってんで、別れを繰り返してたみたいで。わたし、今でもさー、「同性愛はいけないものだから、一生一緒にいられない」って思う人っているんだってそのとき思った(笑)そんな人、いるんだって。わたしは今の彼女と出会ってからは「一生この人といよう」って自然に思ったから、そういう点では全然悩みもしなかったし、彼女の方も当たり前に「一緒にいようね」って言ってるし。んー、わたしらの方が脳天気なんだろうか??

ただ、中学の時に母親にカミングアウトした人は、「わたしの人生は一生孤独だ」って思ってたって言ってたけど、それはわたしもずっと思ってたんだよね。わたし、自分がレズビアンだと気がつく前(物心が付く頃だから、本当に幼い頃ね)には、両親に対して「わたし、結婚しないから」ってずーーーっと言ってたんだよね。それだけはもう鮮明に覚えていて、なんていうか、大人になったときを想像してみると、わたしが男の人と一緒に暮らしている想像ができなかったのよね。なんていうかな、家庭を持つという想像ができなかったというか。子供も嫌いだし。一人で生きていく方が楽だって思ってたし、一人で生きていく想像ばかりしていた。でもそれは、わたしにとっては自然なことで、一人で寂しい思いをするだろうとか、そんなことはちっとも思わなかった(笑)

で、実際、自分がレズビアンと気がついたあとも、なかなか彼女できないし「もういいや、別に一人でも。野球観てればそれで幸せだし」って思ってて、仕事は定年になるまで続けて、野球は仕事と両立して、そんで、定年後は野球三昧しようと思ってた(笑)それで幸せだったしね、実際にも。だから、本当にわたしは一人で生きていこうって思ってたんだけど、まー、人生何が起こるか本当に分からないもので。彼女と出会ってしまい、またわたしの人生設計は根本から崩れてしまった(苦笑)んー、こないだのオフ会で彼女いない人からすると「なんて贅沢」って思われるかも知れないけど、実際、一人で暮らしてても寂しいと思ったことはなかったし、まぁ、同じレズビアンの友達がどうしても見つからなくて、そういう話ができないことはちょっと悲しかったけど、それは野球で十分カバーできてたからね。「同性愛者だから一人で生きるんだ」とも思ってなかったしね。「まー、こんなに探しても見つかりそうにないし、第一、わたしを好きになるような物好きな人はこの世には存在しないだろう」と思ってたので、それが当たり前の心境だったというか。

「結婚式をする」というと周りは「おめでとう」って言ってくれると言ってたけど、それは本当だと思う。例えばカリフォルニア州で同性婚を挙げた、ジョージ・タケイについてのmixiでのニュースで日記を書いた人のほとんどが「おめでとうございます」とか「日本でも同性婚ができればいいのに」と言った感想で、否定的な意見ってほとんど見あたらなかったんだよね。これが、例えば「the L word」のニュースだと「ホントにレズビアンって存在するの?」とか書いてあるし、HIV/AIDS関連のニュースだと(こないだの北京五輪で、選手村にコンドームが配布されたというのがあった。それは選手のためではなく、選手の意識を高めてもらうために配布される、という趣旨のニュースだったが)それをすぐ「ゲイ」と結びつけて「うほっ」だの「やらないか」だの「アッー」だのというタイトルが氾濫する。ちなみに「うほっ」と「やらないか」は山川純一(ヤマジュン:「薔薇族」でかつてマンガを描いていた)の「くそみそテクニック」に出てくる言葉で、「アッー」というのは、かつて六大の選手がゲイのポルノビデオに出演したってんで、この選手がドラフトにかかる前にそのことがばれて、結局その選手はその年にはどこの球団にも指名がかからなくて、渡米して野球を続けたという事件で、その選手がビデオで発していたという言葉が、どこかで「アーッ」じゃなくて「アッー」だったことが、まぁ受けて、それが今でも覚えている人たちには覚えられていて、「ゲイ」というと必ずこの言葉を使いたがる人たちがいるのね。さもそれを知っているとゲイの世界を知っている、みたいな感じでね。ホント幼稚くさいと思うんだけどさ。わたしからすると「だから何?」って言いたくなるような3つの言葉だ。そのどれも「ゲイ」を性的な存在としてしか見てないのね。ゲイも一般の人と同じようにしゃべり、同じように働き、同じように食べて寝る、って全然思わないのね。ゲイは一日中SEXしてるとでも思ってるのかね???って感じ。

ってわけで、どうもニュースによって「人が感じる具合」が違うんじゃないかと思っている今日この頃なんだけどね。

わたしの友達のレズビアンカップルでもやっぱり、結婚式を挙げた人がいる。わたしはそのときシドニーにいたんで、彼女だけが出席したんだけどさ。そこには母親も出席していたって話だ。今日のカップルさんは、片方がウェディングドレスで、片方がタキシードだって言ってたけど、友達のカップルさんは両方ウエディングドレスだったそうだ。で、式場の人も「こういう結婚式もいいですね」って気持ちよくやってくれたとかで、やろうと思えば案外、簡単に受け入れてやってくれるんじゃないかと思っている。向こうだって商売なわけだしね。ま、一つの区切りではあるよね、結婚式ってさ。

わたしらは、、(苦笑)
両方、結婚式には興味がないのでしない、今のところ。「結婚式、やるんだったら、やってあげる」っていう知り合いの牧師さんとかもいるんだけど、まー、わたしの方がなんと言っても「わたしの神」は存在しないと思ってるんで、それはちょっと難しいかも(笑)披露宴も「見せ物」みたいでヤダーと、今のところはそう思ってるけどね。でもやるとしたら、両方タキシード、でなく(爆)、両方ラフな格好だろうなー。せめてパンツスーツ、ってところかな。本当はTシャツとジーンズなんかでやったら最高なんだろうけど、それじゃ「ハレ」の日にはなんないだろうからなー。

ただもし、わたしがまだ会社に勤めていて、んで、彼女がわたしんとこに来て同居してて、で、わたしは職場にカミングアウトして「結婚式をする」と言ったら、面白かっただろうなーと想像してみる。まー、彼女の方はカミングアウトしてないんで、彼女の方の身内の出席は難しいかも知れないけど、うちの会社、結婚式には社長から「祝電」が届くんでね。かなーり、会社中の話のタネにはなったかも知れないけど、でも上司や同僚は快く出席してくれたと思うよ。ってことで、会社を辞めたのはちょっと惜しかったかしら?ってなんだか変な話になってしまった(笑)

今日の話はねー、二人、幸せそうだったし、そういうカップルはうちらを含めて、結構多いと思うんだよね。で、わたしの周り「一生一緒にいよう」っていうカップルの方が多いので(圧倒的にレズビアンカップルだけどね)、なにもこれが特別に進んでて特別なことをやってるんじゃないと思う。うちだって、指輪の交換はしてるんだしさ。そして、彼女とわたしの両親は、わたしの病気のせいもあって、お互い、何回も何回もやりとりしてるし。そういう意味では、今、わたしは自分の都合で身内とは一切、連絡を絶っているけれども、本当は「家族」として、それこそいろいろな行事に来れるんだよね。まー、彼女の方は来たくないだろうけど(苦笑)

そういえば、今日、Badi(ゲイ雑誌です)の2月号の「今日もいい天気」ってマンガを読んでて「ああ、ゲイ(レズビアン)カップルにとって『家族』ってなんだろう?」ってキュンと胸が切なくなっちゃったんだけどさ。ま、このマンガのストーリー(彼は実は前に結婚していて、奥さんと子供がいて毎月養育費としてお金を払っているのを知ったんだけど、主人公はそのことについて「いつか本当の家族になれればいいな」って、彼の向こうの子供を思うというストーリー)とはちょっと違うにしても、長年一緒に暮らしてても、結婚はしていないから、お互いの家族はわたしたちの関係を知らなくて、だから、ちょっとした身内の集まりには相手は絶対に呼ばれないしね。

ま、今「結婚をする」ってことは、この日本の「家制度」の中に入る、ってことで、どっちか一方の名字を名乗らなきゃいけないとか、いやなこともたくさんあるわけだけれど、異性愛者のカップルだって、実家との付き合い方は一つじゃないわけでさ。まさかみながみな、盆と正月に実家に帰るわけじゃないだろうし。そんなところでね「同性愛者の家族」として、身内との付き合いは模索していかなきゃならないだろうなーとは思ってるんだけどね。なんせ、わたし自身が今は身内とは付き合いたくないんでね、それは仕方がないんだけど。

この回の放送は、決して「特別な例」ではないんだよ、と言いたかったし、あとはやっぱり、日本でも同性愛者の関係が法的保障されるようにされたいって思った。もう最近のわたしはそればっかりだね(苦笑)わたしらも「カナダで結婚証明書もらおうか」って話はしたんだけど、やっぱり日本で認められなきゃ意味ないじゃん。わたしはそう思ってるけどね。

知人がこの夏にカリフォルニアで同性婚をしてから、わたしにとって「結婚」というものが本当に「身近」に感じられるようになった。昔は「どこか遠い国の話」だったのに。それがわたしの意識をすごく変えた。他の国でできて、なぜ、日本でできないのか。同性愛は異性愛を脅かす存在ではない。なぜならば、同性婚を認めたからといって、同性愛者が増えるわけではないからだ。同性愛者は自分がなりたくてなったのではない。知らないうちに、気がついたら同性愛者だった。親ももちろん、自分の子供を同性愛者として育てたわけではない。同性愛者は異性愛者の親から生まれるのだ。同性愛者が異性愛者のフリをして結婚をしたとするならば、それは「悲劇」としか言いようがない。もちろん、結婚後に自分は同性愛者だって分かる人も中にはいるんだけれど。。とにかく「同性婚を認めない人」は何か勘違いをしている人が多くて、それも全く当事者と話したことがないだろう、という意見なんだよね、聞いてみると。同性愛者を化け物や悪魔みたいに「悪の道に引きずり込む人たち」だと思っているとしか思えなくて。一回、当事者と話をすれば、上にも書いたけど、一般の人と何ら変わらない、ただ、性的対象としている人、同居している人が同性なだけだってすぐに分かると思うんだけどな。

あ、最後に番組を見て思った。この二人、まだ若そうだから「レズビアンマザーになればいいのに」って(笑)わたしらは、もう既にわたしも40になったんで、まさか40での初産はねー、ってことと、あとやっぱり子供が嫌いなので(苦笑)、レズビアンマザーにはなれないけれど。これからの若い世代のレズビアンカップルがどんどんレズビアンマザーになっていけばいいのにって思ったりした。あ、レズビアンマザーって、文字通り、レズビアンの母親ってことだけど、これは今の日本でも存在はする。それは、子持ちの既婚者が自分はレズビアンだと気がついて離婚して、同性のパートナーと一緒に子供を育てている、という例。多分、今の日本はこの例が最も多いだろう。が、外国では人工授精によってレズビアンマザーになる場合が圧倒的に多いそうだ。何も同性愛者カップルだからといって子供が作れないわけではない。最早「孫の顔が見せられない」同性愛者カップルではないのだ。そこのところも一つ、常識が覆されたというべきか。

今日の内容は、一つのテーマに沿ってやったので、とても分かりやすかったと思う。明日も楽しみにしている。

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