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07-01 Tue , 2008
リラックマに反応!(笑)
えーと、今日は2度目の診察だった。
昨日の日記の最後に、

> それと。。「リラックマ」グッズについてのチェックも忘れないようにしておこう(爆)
> あ、リラックマの長袖Tシャツを持っているので、着ていったら面白いかも。。

と書いたので、早速、リラックマの長袖Tシャツを着ていった。

P1020516.jpg

こんなふうなの(笑)

今日は実は、歯の調子はあまりというか、全然よくなかったんだよね。
これは、前日よく眠れたからとか眠れなかったとかとはあまり関係がないらしい。まぁ、今の自分は「全然眠れなかった」と思っても、彼女から見てみると結構寝ているパターンが多いらしいので。。

で、予約の時間に病院に着き、待合室で待っていた。
診察室は広い部屋にいくつかあるらしく、その部屋のドアは開けっ放しなので、中が見えるんだけど、どうもわたしの診てくれる医師の診察室のドアをなにげな~く見ると、、リラックマと白いリラックマ(コリラックマって言うの?)のプラスチックでできた人形がぶら下げてある!彼女と「あれはリラックマだよね??」「えー、違うんじゃない?」などと話していると、医師自らが待合室に来てわたしを呼びに来た(笑)って、あそこの外来、看護師さんを見かけないんだけど。。なんか受付も研修医なのか学生なのかよく分からない、そこら辺にいる人がやってるみたいだし。。不思議な外来だ。そして初診の時はあれだけ研修医だの学生だのがいたのに、ほとんど見あたらない。診察室にいるのも医師だけだ。

で、診察室に入るときに、診察室のドアを見ると、やっぱりリラックマがぶら下げてあった。彼女と「ほら」って言い合った。。(笑)

診察は、、ええと1週間前と比べると、何かに熱中(例えばPC等)しているときは、唾液の出が止まっていることが分かった、と報告した。あとは歯にかかっている圧力はその日によっても違うし、時間によっても違うが、1週間前と比べるとよくなっているような気がする、と言った。ただし、今日はあまり調子がよくないけれど。。とも言った。医師は「このスケールでいうと今はどのくらいですか?」とわたしに聞いた。そのスケールは、一番左は完全に人の顔が笑っている顔、真ん中辺は普通の顔、一番右は泣いている顔、だったかな。またそれぞれの中間に顔が描いてある。先週を一番ひどい右側とすると、今はどのくらいですか、ということらしい。昨日も書いたけど、わたしは自分の状態が分かんないんだよね。半分って何が半分?って思うし。。だから、そういうのもあるし、それに今日は自分の状態もあまりよくなかったから、泣いている顔よりちょっと左側、にスケールを動かした。裏に何割か書いてあるらしい(笑)医師は「2割ほどですね」と言った。ほお。。1週間で2割もよくなっているのか、と自分の方がびっくりしたよ(笑)

それから、先週と同じようにどの程度うつ状態が改善されているかのテスト。「生きている価値があると思いますか」だの「将来の目標はありますか」だの。。「将来の目標はあるけど、この病気が治らなかったら、前に進めない」って言った。「生きている価値なんか今のところ、全然見いだせない」と言ったら「自殺だけは止めてくださいね」と言われたので「切れる前に病状がよくなれば、自殺はしませんけど」と答えておいた。

まー、あまり話すことも事前に考えてたわけじゃなかったから、なんとなく行き当たりばったりになってしまったかな。結局「じゃ、もう1週間は同じ薬で様子を見させてください」と言われた。「1週間でちょっとよくなったんだったら、あともう1週間でもうちょっとよくなるかも知れませんね」とも。ホント、そうなってくれるといいんだが。。

で、わたしは医師との会話の間、リラックマチェック!(爆)
んー、わたしのかかっている外来は、普通の歯科みたいな診察台なのはなくて(歯が悪いわけじゃないから、治療の必要はないのだ)、本当の普通の内科の診療室みたいな感じなのだ。で、まず、レントゲンを見る、あれなんていうものか名前は知らないけど、電気が付くヤツ。あの上にリラックマとコリラックマが。それから、やっぱり使っているボールペンはリラックマのヤツだった。それから部屋のちょこちょこっとしたところにさりげなくリラックマグッズが。。彼女の方なんかもっとすごくて、部屋の中にいくつ、リラックマグッズが置いてあるのか、数えていたそうだ。なんと7つもあったらしい。

で、わたしはその医師がどういう服装をしているのかチェック。が、白衣の下はネクタイをしていた。まぁ、大学病院の、大学では教授だからねー、そんなにラフなカッコもできないだろう(笑)けど、わたしは見てしまった。。携帯のネックストラップというの?サラリーマンなんかがよく首から下げてる太いストラップ。あれがね、なんと「あらいぐまラスカル」だったの~!!!(爆)も、もしかしてこの医師、クマ好き、それもかわいいクマさんが好きなのかしら、とちょっと想像。

そしたらね、なんと向こうからわたしのこの長袖Tを指して「リラックマですね」と。おおーっ!ちゃんとチェック入ってるよ!びっくりした。なんで「いや、実はですねえ、先週来たときにリラックマグッズが置いてあったので、もしかしたら好きなのかなと思って、今日、着てきたんです。で、彼女と気が付くか気が付かないかってカケをしてて、わたしは『どうせ患者の顔しか見てないから分かんないよ』って言ったんですけどね(笑)」って別にカケはしてなかったんだけど、口から方便(笑)。そうしたらその医師、「いや、ちゃんと患者さんの頭からつま先まで見てますよ。入ってきたときから気がついてました」と言った。そ、そうだったのか。。で、話はリラックマの話に。。(爆)

「リラックマ、お好きなんですか?」と聞くと、ちょっと考えた後「んーとですね、近所で流行ってて。。」というお答え。近所??近所って先生の家の近くでリラックマが流行ってるとか?でも例えば、うちの下の階の人がリラックマが好きで、玄関先からなにからリラックマグッズが置いてあったとしても、別に「ふーん」だけだと思うけど。。それとも近所って、この診察室の外来の近所の外来ってこと??それは有り得るけど、チェックしてなかった。。これは今度チェックしよ(←しつこい)ま、だけど「近所」についてはそこまで詳しく聞くのもなーと思ったので、そこで打ち切り。しかし、ちょっと「家族が好きで」とか「子供が好きで」という答えが返ってくるんじゃないかなと想像してたので、すごく意外だった。

「『たれぱんだ』もよかったんですが、患者さんの中に嫌う人がいて」ってことだったので、どうも「たれぱんだ」も好きらしい。「じゃ、このリラックマは患者のためにあるってことですか?」と聞くと(しつこいな、わたしも(苦笑))「いや、それだけが理由じゃないですよ」ってことで、、やっぱどうやらその医師はリラックマが好きらしいということが分かった(笑)しかし、近所で流行っているってのは、やっぱり謎だよな。。。

しかし、病気以外のことで盛り上がっちゃったので、なんとなく親近感が。。

帰りに彼女と「いやー、指摘されたねー」って言いながら帰った。「でも、今までわたしがこれを着てて『リラックマだー』って言った人ってゲイしかいないんだよね。。」とわたしがポソリ。まーねー。だいたい、今、まず外、出歩かないし、それにこれ、NLGRに着ていったんで、そりゃゲイしか反応しないわな(笑)あ、でも治療院とかこないだまで通ってた心療内科とかそういうところには着ていってたか。誰も何も言わなかったけど。。(笑)あー、でも別にわたしとしてはゲイであろうがヘテロであろうがどっちでもいいわけで。病気さえ治してもらえばね。だけど、ちょっとこういう楽しみがあってもいいじゃん?とは思う(笑)もちろん、向こうはわたしと彼女の関係を知っているわけだからね。というわけで、夏になったらリラックマのTシャツを買って着ていこう(爆)そのときは「先生、先生の好きなリラックマですよ~」って最初から言っておこう。あと、診察室の中に謎のリラックマグッズがあったから、次の診察の時は、またさりげな~くそのことについても聞いておこうかな(←オイ)(これって、、医者に対するいやがらせにならないよね????)

病気が治ったあかつきには、その医師へ「リラックマの人形」でもプレゼントしようか、と彼女と今から話している(笑)んー、来週の診察が楽しみ、ってオイw_(^^)
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21:09 | 病名が分かった後のこと | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
07-02 Wed , 2008
「ハートをつなごう」性同一性障害、第5弾を見て
一昨日と昨日、「ハートをつなごう」の性同一性障害、第5弾を見た。
んー、だけどね、わたしはこの「ハートをつなごう」に対しては、この4月の「ゲイ・レズビアン」で見たのが一番初めだったから、性同一性障害の第1弾から第4弾までは全く見てないんだ。だから、それまでどうこのテーマが扱われていたのかは知らない。ただ、一昨日と昨日の放送を見るに「手術するか、しなか」っていうことが一つの大きな問題になっているのかな?とは感じた。

性同一性障害は発達障害と同じく、司会を真ん中にして左側に「当事者の大人」(それも手術してしまった当事者)及び「精神科医」の人、右側は「性別違和を感じているが、手術をするかしないか悩んでいる若い当事者」みたいな感じだったかな。3人の若い当事者が出てきたが、すべてFtMだった。

一昨日の若い当事者は、自分の悩みを解決すべく、イギリスに語学留学し、その後も何カ国も旅行をしてきた人だった。持っていったビデオカメラで語学学校のクラスメートや先生、ホストファミリーなどの話を撮っていた。

んー、それを見るとね、わたしがシドニーに行った短いながら留学してたことと、すんごい状況が重なるんだな。あ、ただ、一つ違うのは、彼(と呼ばせてもらう)は「見た目」がどういう風に見られるのか、それが一番の問題なわけね。そりゃ「性別違和」を感じているんだから、自分の望む性で見られたい、というのはあるのに違いない。わたしはねー、「性別違和」は感じたことがないんだよね、もちろん。でもやっぱり望む性で見られたいわけね。「望む性で見られたい」という共通点はあるわけ。しかし、一方はそう見られるために「努力をする」。わたしは「努力しない」。それはさ、やっぱり自分の身体自体にわたしは違和感がないからなんだよ。「どういう服を着ようが、どういう髪型をしようが、わたしは女だから、見た目で判断して『男』と判断した方が間違っている」というのがわたし自身の大きな前提なんだ。

しかし彼は身体が女だ。「He?She?」とよく聞かれたと言っていたが、そう言われたら、彼は自分の説明をしなければならないだろう。そしてそれはわたしが英語でカミングアウトするのとは違って(だって、わたしの場合は「I'm gay.」だけで済むんだもん(爆))、身体は女だけど心は男だと言うことを、この、日本語でさえ言うのがめんどくさくなるような説明を英語でし続けてきたんだから、それは大変だよな、と思った。

あ、わたしの場合も男か女か分からない人たちがいて、それは中近東辺りからの留学生だったんだけど、ここら辺から来る人って結構不真面目な人が多くてね。授業に来たり来なかったり、来ても教科書はおろか、鉛筆なんかもぜーんぶ忘れてくるような人たちで、それでわたしはほとんどそういう人たちとは個人的には話さなかったんだけど、授業中ではペアを組まされたりするから、全く関わりがないってわけじゃない。すると彼らはわたしのことを「He」って言うんだよ(笑)で、先生から直されたりしてる。だけど、それが全く理解できないみたいで(絶対に女には見えなかったらしい?)、結局わたしはあの人達にとっては「He」だったのよね、最後まで。でも別にどーでもいいじゃん、って思ったから、わたしは訂正しなかった。

それからね、ホームステイ先からシェアハウスに行く際、2日ほどホテルに泊まったんだけど、1日目の夕飯は「マダム、マダム」と呼ばれて「あら~、わたしったら『マダム』なんだわ~」と思っていい気になってたんだけど、支払いの時にね、わたし、「クレジットカード使えますか」って聞いたんだ。そうしたらもちろん使える、と言って、わたしはそこでサインしてクレジット払いにしたわけ。

次の日ね、同じところに行って、同じように夕ご飯を食べたのね、そこで。そうしたらさ、前の人は違って、ウエイターさんが新聞持ってきたりするのよ。「No,thank you.(どーせ、持ってきても読めねーんだよ←心の中の叫び)」と言って断わったりしたんだけど、支払いの時にね、昨日と同じように「クレジットカードで払う」って言ったの。そうしたらね、「部屋の代金と一緒につけておきます」って言われたのよ。わたし、なんでだろう?と思ったんだけど、その翌日だったかなあ、請求書が部屋に来てて、見たら名前のところが「Mr.○○○○」になっててびっくりした。そういえば、なーんか人のことを「サー」って呼んでる感じがしたんだよね。。(←そのときには気がついてない)

でさぁ。同じところに同じように行っても、女性と男性の扱いってこんなに違うのねー、とかそんなことを感じてたんだけど。だからといってわたしの場合は「なーんだ、面白い体験しちゃった。日記のネタになるじゃん?」みたいな感じでしかなく、、実際に今、日記のネタにしてるのだけれど(苦笑)

でも彼らにしてみればただでさえ心と体の違和感があるから、そこら辺を間違われると傷つくのだろうか、と思ったりして。もうね、これは想像するしかないんだよね。心の性別で見られるのがやっぱり嬉しいんだろうなあ。そうじゃないときはどのくらい傷つくんだろう?とかね。一昨日の人は「砂漠で一人きりになってみたときに、やっぱり自分の身体が嫌で嫌で仕方なく思えて、手術をすることにした」って言ってたけど。。

昨日の放送の就職活動についてにしても、自分の時とオーバーラップした。

わたし、まともな就職活動というものはしてなかったんだけど、まぁそれでも面接とかはありますので、一応、リクルートスーツなるものを買ったのね。ええと、多分、女物。やっぱここで男物のスーツを着ると変じゃん?なので、まー、どーせ着るのは1回か2回だけよ、と思って着たんだけど。面接時は性別は間違われることはなく、というのは、名前みりゃ、女だって分かる名前してるからさ、わたし(外国人は分からないみたいだけどねw)。なーんも問題はなかったし、彼というのか彼女というのか、のように会社の人から「今後、スカートを穿かなければならなくなったときはどうしますか」なんてことは聞かれなかった。ま、当たり前よね。別にわたしは性別違和については言う必要ないし、そのときわたしはレズビアンだと自分で気がついてたけど、独り身だったから別に言う必要もなかったし。

で、入社式の時はそのリクルートスーツで行き、それから7年間はずーっとパンツっていうか、知ってた人は知ってたと思うけど、ジーンズで行ってました(爆)あ、本当にジーンズっぽいんじゃなく、色もののジーンズというか。。わたし、もともと一回着ると、その服が破れるほど着倒すので、会社に行くときも、自分で勝手に夏用のジーンズ(これはどっちかというとチノパン?)、冬用のジーンズとあと2本くらいあったっけ。上も同じ服を1週間くらい着て、それを4パターンくらいで回してました(爆)ま、サービス業ではあったけど、接客業ではなかったので、別にそれでもよかったのよね。逆に入社3年ほどは外行くときはつなぎ着て、油まみれになってたりしたよ(謎)

やっぱ職種によって随分違うと思うんだあ。うちはもともと女性が少ない部署だったので、ほとんど全く女性扱いされなかったから(夜中の3時に呼び出すなっつーの。自転車漕いで行きましたけどね、会社に。そのときは。行かなきゃいけなかったんで)、ほとんど職場での「男女差別」も「区別」もなかったように感じるし。。逆に「こっちは女なんだからさー、もっと大目にみろ!」とか思ってたりして(笑)

だから、思ったのは「性同一性障害(っていうより、もうテーマは「トランスジェンダー」なんじゃないの?)」と「同性愛」は、全然別のことなんだ。まぁそれはこっちは分かってるよね、もう。だけど見てる人で当事者じゃない人は、今後、「性同一性障害」と言うテーマと「同性愛」と言うテーマに対してごちゃごちゃになってしまう可能性があると感じた。だから、昨日の放送では尾辻さんが出てきたりしたんだろうけど。

で、気になったのは、昨日の「女性として就職する」って決めた人。今の日本は「性同一性障害」の方が「同性愛」よりも受け入れやすいから、自分は「性同一性障害じゃないか」って言ってたけど、そうなのか??ゲイやレズビアンでも自分の身体に少しでも「性別違和」を感じている人もいるのか?尾辻さんも割とそんなようなこと言ってたけど。。わたしは全く違う。うん、確か、親から聞かされたことで、わたしは全く覚えてはいないんだけど、すんごい小さいときに「立っておしっこをしていた」ことがあるという。そのとき、わたしは男になりたかったのだろうか?覚えていないことだから、そこのところがよく分からないのだけれど。。でも、第二次性徴を迎えたときは、全然違和感はなかった。んー、わたしの場合、あまり胸が発達しなかったし(-o-)、初潮も多分、遅い方だったんじゃないかな(中2の夏でしたから)。で、わき毛は全然生えてこないし(これは関係ない?(笑))、でも下の毛は知らないうちに生えそろってたし(ホント、気がついたら生えてたって感じ??)、保健体育の教科書で「女の人は身体に丸みを帯びてくる」とか書いてあったけど、わたし、それ以前に身長がボコボコ伸びていったので(中学に入るときは身長150cmあるかないかで、高校卒業したときは170cmはあったかな。それからまだ身長は伸び続け、今は172cmある)、なんかね、あまり「女になった」とは思えなかったんだよね。。(初潮を迎えたときはさすがに女になったと思いましたけど(笑))

レズビアンって自覚したのが、それよりもさらに遅かったからかなあ、わたしの場合。第二次性徴期と自分がレズビアンであると自覚したのにだいたい10年以上時間差があるから。だから、わたしの場合は自分のことを「性同一性障害(っていうか、トランスジェンダー)」って思わなかったのかも知れない。これが、自分の体つきは変わっていくわ、惹かれている性別が同性だったら、もしかしたら「(異性愛者であることが普通だから)自分は性を変えなければならないんじゃないか」と思う人も現われるのかもしれない。

あ、でも多分、わたしはそうは思わなかったと思う。だって、もう高校くらいの時から「わたしは女だ」って周囲に触れ回ってた(=それだけ男に間違われることが多かった)から。それは実は40歳になる今もほとんど状況は変わってない(涙)これから夏になると、Tシャツになるので、ない胸が強調されて周囲も女って見てくれるから、実は外出先でのトイレに行きやすい。これが冬になると最悪だ。だから、冬はほとんど外のトイレには行かないし、もし行かねばならない状況になると「男と間違われるんじゃないか」と思ってすごくドキドキする。そして自分が女子トイレの中に入っていくと、他の人の視線が一斉に自分に向いて「男が入ってきた!」って言われるんじゃないか、とかひそひそ話で「あの人、男じゃないかしら」って言ってるんじゃないかと本当に自意識過剰というのか、そうなってしまう。だから、冬にわたしがトイレに行くときは、身を縮こませ、なるべく上着は脱ぎ、ハンカチは女の人が持つような柄のものを持っていくとか、変なことに気を使ってしまう。前にまめたくんが「外出先でのトイレに苦労する」って言ってたけど、それはわたしも同じなんだよね。。

今思ったんだけど、これって多分「本来の性」に見られるために、性同一性障害の人と同じことをわたしもやっているのかも知れない。まぁ、でもわたしはスカートは穿かないけどね。スカートは生まれつき、好きじゃないんだな(笑)制服のスカートは好きだったけど。でも性別を間違えられる苦労はしているので、気持ちは分かるかも知れない。が、わたしはどんな格好をしても身体は女であることは確かなので「どういう格好をしようが女なんだよ!」と言える。けど、彼ら(彼女ら)は。。そこで「手術するかしないか」ってことになってくるのかも知れない。

話を元に戻そう。世の中に出回っている情報によって「同性愛」でなく「性同一性障害」ではないかと思う人もいる、ということが、昨日の番組を見て初めて分かったんだけど。確かに一般的には「異性愛者中心」の世の中だから、同性を好きになると、自分は異性に変わらなきゃならないって思う構図は、この世の中には比較的受け入れやすいのだろう。だから、同性愛よりも性同一性障害の方が法律ができるのが早かったのかも知れない(ここら辺のロビー活動については、全く知らないので憶測)。ドラマも同性愛ものはどうも当事者にしてみると「へん」なんだけど(一回ね「ロマンス」ってテレビドラマを見たんだけど「???」だったわ。それこそなんで同性を好きになったらいきなり「女装」しなきゃなんないのよ!と思ったわ)、性同一性障害をテーマにしたドラマは(ホント、見たことないんだけど(苦笑))、真面目に取り上げられているものが多いよね。。うーん、ここら辺の違いはなんなんだろうか。

しかし、一昨日の最後、レインボーカレッジの「LGBTユース」の問題だったかな、あれを放映しているのを見て「こりゃあ、今後、同性愛と性同一性障害を本当に厳格に分けなきゃ、番組がごちゃごちゃするぞ」と思った。しかも、テーマ自体「性同一性障害」でなく「トランスジェンダー」にした方がいいのでは。。とも思った。だって、性同一性障害はトランスジェンダーの一部でしかないんだもの。「性別違和」は感じつつ、手術を望まない人は、性同一性障害じゃないし、しかももちろん「同性愛者」でもない(「同性愛」とは関係がない)。でも「性的少数者」には入るのだ。でも、前にも書いたように先に「性同一性障害」って言葉が一人歩きした感じがするからな。。

性同一性障害と同性愛はもちろん、全然違う。性同一性障害であり、なおかつ同性愛者って人は存在するのだ。そういう人を番組に出して説明したら、分かりやすいかも知れないね。。もしテーマを「性同一性障害」から「トランスジェンダー」に変えたなら、わたしはそっちの方がすっきりする。けど、多分、一般の人に説明しようとしたら、30分番組が何回あっても分からないかも知れないな。けど、ひっくり返して言えば、それだけトランスジェンダーって難しいんだよ。多分、人の数だけ考え方があると思う。一括りにして言えないものなのだ。で、そこにはちょっと「フェミ」も入ってるので、わたしはそこら辺、ちょっと避けて通ってます。。(汗)

しかし、どうもトランスジェンダー(性同一性障害)の人ってやはり「自分」の問題だから、それを解決しつつ、そして他者との付き合い、主に恋愛なんかに向き合っていくのは難しいんじゃないかなあと感じた。だって、自分が揺らいでいるのに、他人との関係を構築していくのってすごく難しいと思うのだ。だからね、わたしはNHKにもう感想を送っちゃったんだけど(笑)、トランスジェンダー(性同一性障害)の人をパートナーとする人たちは、一体、どうやって相手を受け入れるのかなと思ったよ。

で、やっぱ「同性愛者であるわたし」は、性同一性障害の番組を見ながらも「この人は異性愛者なんだろうか、同性愛者なんだろうか」ってそればっかり思ってたんだよね。。レズビアンの出会い系サイトでは、トランス(FtM)の人がよく入ってきてて、それで議論になるんだよね。。トランスの人はすごく嫌われている。それは「女性のパートナーを探すのなら、レズビアンではなく、ヘテロの女性を探せ」と言うわけだ。レズビアンは相手の性別が女性でないといけないので、ノンケのFtMは対象外なんだよね。だからFtMでヘテロだったら、普通の男女の出会い系サイトに行け、というわけだ。

逆にゲイの出会い系サイトでMtFがパートナー募集とかやってんだろうか?と思ったりする。ゲイの出会い系サイトは覗いたことがないので(爆)、そういうことが起こったりしてるのかさえ知らないけれど。でも多分、なさそうな気がするなあ。

なんかだんだん混沌としてくるなあ、と思いつつ見ていた今回の「ハートをつなごう」だった。

テーマ:性同一性障害 - ジャンル:日記

22:37 | (性的少数者)テレビのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-03 Thu , 2008
急ぐことは罪悪か
ブログを再開した、といってもまだまだやることは多い。
livedoorブログのカテゴリーは1つの日記に対して、2つ付けられる。が、FC2ブログは1つだけ。しかも、最近、カテゴリーのテンプレートが新しくなったらしく、「大項目」と「小項目」に分けられるようになった。って、最初はあまりいいテンプレートとは言えず、「小項目」の合計が「大項目」になっておらず、わたしはカテゴリーのテンプレートをもらってきては、自分が気に入るようにちょっとカスタマイズしたりしていた。が、今朝、ようやく「小項目」の合計が「大項目」にも反映されるようになっていて、、「どんだけ振り回されればいいんだ」と思いつつ、またテンプレートを再構築したり。。

今まで書いてきた記事が800いくつかあって、それを一つずつ、新しくカテゴライズしなければならない。正直、初めの方のうつがひどかった時期の日記は読みたくなくてね。。昨日は区切りのいいところで終えたはずだが、一番うつがひどかったところで止めてしまったもんだから、眠れない、眠れない(苦笑)

結局、今日は朝早く起きて、せこせことカテゴライズ作業。今日で400件近くカテゴライズしたかなー。なんかね、うつがひどかったときはともかく、うつが治ってきて、段々日記が長くなっていくのよ。それがまた「うわっ、こんなこと書いてたんだ」って記事で、正直消し去りたかった(苦笑)うつ病なのに、何かやらなきゃと思っている自分、やっちゃってる自分、そのときはいいんだけど、その後必ずおかしくなる自分。。もー何度もこのパターンの繰り返し。しかも、完全クローゼット時代から、表に出てくる過程がありありと分かる。。わたし、うつでよく覚えてないんだけど、やっぱり「クローゼットである息苦しさ」というのを多分に感じていたらしい。だから、東京に来て、性的少数者のイベントなどがあると知ると、身体の調子が悪くても出ちゃったりしてたんだよね。。なーんて、昔のことを思い出しつつ。

で、日記が長くなるのと、書いている期間が長くなるにつれ、過去の日記にリンクを張ったりしている。これ、もちろん、livedoorのままのリンクなわけね。ということは、これを今後は手作業でFC2の元の日記を探し出してリンクを張り直さなければならない。それと、なんか画像のタグにlivedoorのURLが書いてあったりして、これは消してもなんも影響がないので、できれば消したいな、とか。。

そうすると、一体、ブログの完全移行ってどのくらいかかるんだろう?

わたしは早く元のlivedoorブログの方を消したいもんで、一刻も早く移行したい。けど彼女は「そんなのいいじゃん。ちょっとずつやれば。そんなに焦らなくても」と言う。うーん、これは性格の違いなのか、、わたしは今現在、2つブログがあることにもう耐えられないんだよ。。。orzあっちの方は、とっとと1つを残して全部消し去りたいのだ。

というわけで、最近はPCの前に貼り付きっぱなし。取り敢えずちょっとは身体を動かしてるけどね。

しかし、一つのことを始めると他のものが目に入らなくなるのは、今はやっぱりまずいのかなあ。。でもこの性格を曲げることは今さらできない!

身体のためにはちょっとずつがいいって分かってるんだけどねぇ。。(はぁ)
22:13 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-05 Sat , 2008
ゲイである必要はあるのか
ブログの方はなんとか一段落(笑)
しかし、やり過ぎなのか、体調はイマイチ。体調っていうか、口の中の状態ね。受診前に比べると、どんどん感覚が変わってくるのが分かるんだけど、、実は、PCで作業をしているときが一番集中できるのか、唾液が出ているのを忘れている。テレビを見ているときや本を読んでいるときは、気になって仕方がない。。んー。PCをやり続けるのはあまりよくないとは思うんだが。。でも唾液のことを考えない(=口の中の不快さを忘れている)のは、自分にとってはとても楽なんだけど。。

ま、それは置いておいて。

体調がイマイチなせいか、どうもちょっとしたことで「カチン」と来ちゃうことがあるようで。今日も昼間にFOXLIFE HDの「Queer Eye(日本だと「クィア・アイ♂♀ゲイ5のダサ男改造計画 シーズン3」って番組名なんだけど、なんで日本語だとこんな変なのになっちゃうんだろうね??)」を見てたんだけど、いつもは楽しめて見ているのに、今日は番組が始まった途端「なんで、ゲイじゃないといけないんだ!」って一人で怒りまくっていた。

この番組、わたしも毎回見ているわけじゃなく、今まで数回しか見たことないんだけど(それにあまり力を入れて見てないので、全部の内容を覚えてるわけじゃないんだけど(^^;)、毎回「ある依頼」があって(男女のカップルが記念日になにかしようとか、今日はなんというんだろう、ロータリークラブの一種と言えばいいのか、「地域の集会所」みたいなのでね、バーラウンジや玉突き場って古いなあ(笑)プール・バーというの?とかそういう部屋があって、多分そこでいろんな催し物があるんだろうけど、そこでは恵まれない子供のために寄付金を募っていて、そのための会員というか、場所というか。。うーん、日本ではそういうのは見かけないから、日本語でなんと言っていいのか分からないんだけど、わたしがシドニーにいた頃、ホームステイ先のすぐ近くにこんなのがあってね、腕が痛くなくなったら、そこでヨガをする予定だったんだけど。。ま、それはおいておいて、そこがあまり会員数も増えず、寄付金も集まらないってことから、なんとかしようということだったわけ。長い注だ)、「知性のコンシェルジェ」である5人のゲイたちが、いろいろ考えて、洋服を揃えたり、部屋の改装をしたり、料理を教えたり、まぁさまざまなことをして(このお金って一体どこから来るの?っていつも思う(^^;)、「センスの良いもの」(この場合、ソフィストケイトされたって言えばいいのかな)に変えていくのね。

で、最後は改装後の部屋に人が来て、その模様をそのゲイ5人は別のところで、そこに仕込まれたカメラで見て、あれこれ言って終わり、みたいな番組なんだけど(しかし、長い説明だ)。この番組、字幕放送で、そのゲイの中の1人(ファッション担当)だけ「オネエ言葉」で翻訳されてるのよね。あれ、実際、英語が分かる人が見てもあの人はオネエ言葉で話してるのかなってちょっと思ってるんだけどさ。

でもね、今日、ふと思ったのは「この5人、別にゲイじゃなくてもいいんじゃないの?」ってことで。。だって、ファッションセンスがある人だって、料理に優れた人だって、部屋の内装を考える人だって、別に「ゲイ」である必要性は全くないわけじゃん。「ヘテロ男性」だってそういう人、多分探せばいるんだろうし。。別に男性である必要性は全くなく、女性だっていいわけだし。

うーん、この5人がアメリカでどういう背景を持っている人たちなのか、わたしは全く知らないから、もしかしたらこの5人である必要性がどこかにあるのかも知れない。けど、なんとなく「ゲイはファッションセンスに優れている」とか「芸術性がある」っていう「ステレオタイプ」を一般の人に「植え付けてるんじゃないのかなー」って思わないこともないわけで。もちろん、ファッション界や芸術面でゲイの人がたくさんいるのは周知の事実だけど、これって本当に「物理的に」パーセンテージがヘテロセクシャルの人たちやレズビアンなんかに比べて高いのだろうか?ってふと思ったりしてね。

例えば日本なんかでは、まだカミングアウトしている有名人ってやっぱオネエ言葉使ってたり、どっちかというとファッションや芸術面での人が多いっていうか、それ以外の人いないし(苦笑)

でもわたしが知ってるゲイの人たちは特にそういう人たちばっかりじゃなくて。しかもオネエ言葉も多分、日常では使ってないだろうし(ふとしたときに出ちゃう人とかいそうだけどw)。全くオネエ言葉使えそうにない人も結構いるし。だから「マスコミに植え付けられているゲイのイメージ」って怖いと思うし、あと「イメージさえないレズビアン」ってのは、もっと怖いかも知れない(苦笑)だって一般の人が目にする「レズビアン」ってだいたいポルノビデオだろうしね~。。あとは「男に相手されそうにない顔」とか(笑)「見た目が男っぽい」とか(爆)←これ、わたしに当てはまるので、ちょっとシャクではある(爆)

でもあれだね、ゲイは「女に相手にされそうにない顔」って言われそうにないのに、なんでレズビアンはそういうイメージを持たれるのかねぇ?そういう理屈を付けた方がヘテロ男性のいい訳にでもなるのかな。でも理屈で「性的指向」は決まるわけじゃないので。。あとは男っぽい格好をする(=スカート全然穿かないとか)けど、別に「性別違和」は感じない、わたしはね。でも「性別違和」を感じる人は「本来の性別の格好」であろうとする傾向にあるようには感じる。その理由は簡単で「そういう格好をしなければ、そういう性別に見られないから」。でも本来「性別」ってそういうものなのかなぁ?わたしがどんな格好をしようと、どんな性格であろうと「女」であることは変わらないのと同じように、「性別違和」がある人がたとえ、その性別の格好に見えなくても、本人の思っている「性別」でいいじゃん、と思ったりもする。これ、以前の「ハートをつなごう」の性同一性障害第5弾を見て、そこに書こうと思って忘れてたことでもあるんだけど。ま、でもあそこでも書いたけどあれは「性同一性障害」で、トランスジェンダーのことじゃない。トランスジェンダーなら、トランスヴェスタイト(TV=異性装を好む人)とか、トランスジェンダー(=社会的なジェンダーが自分の肉体とは異なる人)とか、トランスセクシャル(TS=これが多分、性同一性障害にあたる)とか、それから、トランスジェンダーでも「男」でも「女」でもない(ある)(FtXまたはMtX)という人たちもいるし。。ただ、トランスジェンダーの共通点って多分「性別違和」を感じる人たち、なんだろうと思う。その行き着く先は個人個人で全く違うんだろうけど。そんで多分、その行き着く先が異なるのは、「性別違和」の感じ方の度合いなんだろうか、と思ったりもする。

って全然話が違う方向に逸れた(^^;

結局ね、わたしが言いたかったのは「ステレオタイプなイメージをマスコミによって作られてるんじゃないか」ってのがカチンと来る原因なのね。ただ、多分、アメリカと日本じゃ状況は異なるとも思うのね。ヨーロッパとも違うと思うのね(ヨーロッパなんかカミングアウトしてる政治家たくさんいるし)。だから、アメリカの一つの番組だけを取り上げてあーだこーだという必要性はないのかも知れないけど。でもこれが日本で見られるってことに、また日本での「ゲイのイメージ」っていうのができちゃうんじゃないかと思うと怖いのね。

でもあの番組のコンセプトはそのままにして、出演するメンバーをヘテロ男性5人とかヘテロ男性と女性の混合5人とかにすると、やっぱり番組としては面白くないのだろうか、と思う。確かに「ゲイトーク」は楽しくはあるんだけど、それをヘテロにした場合、それを上回るようなトークの楽しさってあるのかなぁ、とか。でもそれはその人達の個性としか言いようがないよね。。

彼女にこのことをブーブー文句たれてたら、「過渡期なんじゃない?」って言われたけど、本当にそうなんだろうか。「ゲイがゲイということを売り物にしない時期」は今後、来るのだろうか?

まぁ日本ではそれ以前に「一般的に持たれているゲイのイメージから掛け離れているゲイ」が公の場に出てくるか、ってことが問題なんだけどさ。「レズビアンもいますよ~」ってことが問題なんだけどさ。それをいうと「バイセクシャルもいますよ~」もそうだけどさ。

でも、そのことに関しても、ぐるぐると考えていることがあって。。それを書くとまた長くなるので、またの機会にでも。
19:53 | (性的少数者)テレビのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-06 Sun , 2008
カミングアウトする、ということ
> まぁ日本ではそれ以前に「一般的に持たれているゲイのイメージから掛け離れているゲイ」が公の場に出てくるか、ってことが問題なんだけどさ。「レズビアンもいますよ~」ってことが問題なんだけどさ。それをいうと「バイセクシャルもいますよ~」もそうだけどさ。

って昨日書いたけど、実は、昨日そのことについて書きかけていて、んで、どんどん話が別の方向に行っちゃったので、マズイと思ってそれを消して元の話に戻したんだけど。

何が問題かっていうと、それは「公の場」ってことなんだよね。

わたしのようなごくフツーの小市民が自分の友達や、その他、カミングアウトした方がこの先自分が楽だろうなあ~と思ってカミングアウトするのは別に構わないし、既に自分の中では当然のことだと思っている。よく「カミングアウトされた方の気持ちを考えてみろ」と言われるが、わたしにすればそれはおかしい。だって、カミングアウトしなければ、わたしは自動的に「異性愛者」とみなされるからだ。この世界では異性愛者が多いから、異性愛者の人は別に自分のことを「異性愛者です」とカミングアウトしなくてもいい。けど、同性愛者の場合、自分の本当のことを知って欲しい場合には、やっぱりカミングアウトしなきゃその先の話がしづらくなるのだ。で、わたしの場合はもう「その相手との秘密の共有」じゃなく「この話は誰に言っても構わないよー」って言ってるから、それでいいのだ。

ただ、そういうわたしでさえ、別に同性愛と関係ないところでは、カミングアウトなんかしない。例えば、今、スポーツジム(プールか)に行ってるけど、別にそんなところでカミングアウトなんかしない。美容院に行ったとき、美容師さんにはカミングアウトしない。髪の毛切ってもらうことと、わたしが同性愛者であることは全く関係ないから。けど、病院なんかでは最初からカミングアウトする。あ、風邪で行く近所の医者にはカミングアウトしないが、今通っている病院なんかね。まだ調子が悪いので、彼女にはいつも付いてきてもらうのだが、わたしが医者に「寝てる気がしません」と言っても、彼女は「見ているとちゃんと寝てます」って言ったり、わたし自身の気がつかない変化を医者は彼女に聞いたりもする。それはやっぱりわたしの一番身近にいる人だからね。ただし、全部が全部「パートナーです」とは言ってなくて、言わないと彼女はよくわたしの「お母さん」ってまず言われる(苦笑)で、彼女が「母親ではありません」と言うと、今度は「お母さんじゃない人~」って呼ばれたりする(爆)んで、一応「家族」とみなされたのか、彼女のことをわたしの名字で呼んだりする。やっぱり、人間って自然に自分の「常識」から関係を推測しようとする生き物らしいのね(笑)

でもこれは、わたし「個人」での話なのね。上にも書いたけど、わたしは「私人」でしかないんだなー。だけど「公人」や「有名人」がカミングアウトするって、一体、どういう場合なんだろうって考えた。そしてそれは彼(彼女)にとってメリットのあることなのか、ないことなのか。。多分、今の日本では「オネエ」以外の人がカミングアウトすることは、メリットがないと考えられているんだろうと思う。でも、これは推測でしかなくて、「ゲイ疑惑」の人が「ゲイです」ってカミングアウトしたとしたら、、うーん。正直、日本のマスコミがどんな対応をとるかは全く分からない。ただ、男女でも芸能人なんかはあれこれ噂をかきたてられるよね、興味本位で。この「興味本位」ってのが、一番いやなことなんだろうとわたしは思うし、誰だって「興味本位」で物事見られたらやっぱいい気持ちはしないよな。

外国(といっても、アメリカとかヨーロッパの話ね)で、芸能人や政治家がカミングアウトしている人が多いのは、多分、'80年代から'90年代にかけて襲った「AIDS」の影響だと思う。あの時代、かなり有名な人がたくさんAIDSで亡くなっていったので、、残されたゲイやバイセクシャルの有名人はおろか、一般の性的少数者もそれを機会に運動が盛り上がって、同性婚などを勝ち取っていったというのは、まぁ定説ではあるけれど。

日本は確かに「AIDS患者第1号」はアメリカ帰りの男性同性愛者にならされたところはあれど(これは、実は薬害AIDSから目をそらすため、という魂胆があった。要するに当時の厚生省は「AIDS=男性同性愛者のかかる病気」にしたかったわけ。でもこの魂胆はうまくいかなかった)、諸外国に比べて日本でAIDSで亡くなった有名人ってまずわたし自身が「知らない」ので(逆に聞くけど、誰かいたっけ?)、それを機会に一般人で立ち上がった人たちはいるけれども、有名人がカミングアウトして「AIDSで亡くなった人のために立ち上がろう」ってことにはならなかったのよね。だから、カミングアウトの必要性がなくなり、カミングアウトしたらどうなるんだろう?って今でもよく分からない状態になっている。

多分ね、どうなるか分からないから怖いんだろうね。どういう扱いをされるか分からないもの。もしかしたら「やっぱりそうだったんだ。本当のことが言えてよかったね」と言われるかも知れないし、逆にそれこそ「興味本位」で今までの男性遍歴なんかを憶測で書かれるかも知れない。一人がそうすると芋づる式に出てくる可能性だってあるよね。今まで「ゲイ疑惑」なんて書かれたことない、もしかしたら結婚している人だって実はゲイ(あ、レズビアンでも可。でもレズビアンの場合、あんまり「レズ疑惑」もないよね。だって「レズ疑惑」で思い出すのって、相良直美とキャッシーしか思い浮かばんもん、今でも(^^;あとはこの業界内でのうわさ話しかないと思う)でした、なんてことになるかも知れない。多分、そういう最悪なことを想定して、カミングアウトできないんだろうなーと思うし、逆に今、誰かがもしカミングアウトするとしたら、多分こっちの方がびっくりする(爆)

その点、また性同一性障害が出てくるけど、性同一性障害の人の場合は、まず「見た目」が変わるから、自然に「歩くカミングアウト状態」になってしまう。でも同性愛者は黙っていれば分からないんだよね。んー、でも正直言って「本当の自分」を言えないつらさは持っているんじゃないかな、って想像したりもする。誰だって隠し事やウソは付きたくないものね。小さな隠し事ならともかく、自分が性的少数者であるってことは、自分そのものではないけど、自分の中でかなり大きな割合を占めるから。

世間が変わっていくには、わたしのような一般人がコツコツ周囲にカミングアウトするのと、政治家や芸能人みたいな有名人がカミングアウトするって方法が、ちょうど車の両輪みたいになって効率がいい(?)状態になるんだろうけど、いまのところ、一つが全く期待できないからなぁ。。

今の日本でなにか、有名人がカミングアウトしてメリットがあることってないんだろうか?

そういえば彼女が言ってた。「アメリカやヨーロッパでは『勇気がある』と言うことだけで人々から賞賛される」と。でも日本の場合、「勇気がある」だけでは賞賛する対象にはならないのね。どっちかというと日本では「出る杭は打たれる」主義だからさぁ。そこのところがとても難しいよね。。

なので、日本の当事者の有名人のカミングアウトには、実のところ、わたしはあまり期待してない。
片方のタイヤで効率悪く世の中を変えていくしかないんだよなあ、ってちょっと悲観気味。

それでもわたしたちはこの世界を生きていくしかないんだけど。
22:42 | カミングアウト | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-07 Mon , 2008
ガチャピンとムックでは。。
今日は病院に行く日だった。
先週は「リラックマの長袖Tシャツ」を着ていったら、主治医から「リラックマですね」と言われたことが嬉しくて、今日は「ガチャピンとムックだー!」と喜び勇んで(?)着ていった。実はね、もうこれ以外のキャラクターTシャツって持ってないのよ。これは、たまたま入ったジーンズメイトで柄にもなく「おお!」と言って衝動買いしたもの。。

P1020518.jpg


こんなの(笑)

で、今日は先週「近所で流行ってるんですよ」という言葉が果たして「診察室の近所」かどうかをチェック。って全く関係ないところの診察室をいちいち確認して歩いてたなんて、相当怪しげな患者だったと思うわ。。でも、1つもリラックマグッズは発見されなかった。。頭蓋骨の標本(?)みたいなのばっかが目に付いた。先生、、、「近所」って一体どこですか????

んで、外来で診察券を出して待っていると、また主治医自らが待合室まで呼びに来た。なーんか恐縮しちゃうんだけどね。

診察室に入ると、いきなり「キイロイトリ」が目に入る。あれ。先週、こっちに向けてあったっけ??部屋中見回すと、先週発見できなかったリラックマグッズが壁にぶら下げてあった。あれは一体、主治医本人が集めているのか、それとも患者がプレゼントするのか。。うーん。。どっちだろう。。

で、病状について話す。先週とあまり変わらない、というのが主な言い分。だけど、歯についての感覚を話そうと思うんだけど、適切な言葉が見あたらないのよ。だって、一つの歯がギザギザになって分かれたような感覚、なんて分かんないでしょ?わたしもこれが一体、どういう感覚なのか言葉では説明しようがない。脳の中では映像で「こんな感じ」というのがあるんだけど、書けないしねぇ。。

一通り、わたしの訴えを聞いたあと、今度は彼女に向かって「何か変化がありましたか?」と聞かれた。彼女は「寝付きはいいんだけど、途中から浅い眠りになっているみたいで、夢をよく見るらしく、その説明を何回も聞かされる」と言った。そう。わたし、今日、なんかすんげー変な夢を立て続けに見て、それを彼女に「変な夢見たよお」と言って説明したのだ。それは覚えてるんだけど、内容については覚えていない。彼女も寝ぼけて聞いてるから覚えてない(笑)

それを聞いて「じゃあ、もうちょっと眠れるようにしましょうか」と言って、寝る前の薬が増えた。メイラックスとトリプタノール、今まで1錠ずつだったのが、2錠ずつに。「日中、眠いことがあるかも知れないけど、眠かったら減らしてね」と言われた。うーん。勝手に減らしていいのだろうか。またこれで2、3日、昼間も寝てばっかりの生活になりそうだけど。。それを過ぎてもまだ眠いようだったら減らそう。

「じゃあ、次は。。2週間後に予約取っておきますねー」と言われ。それでお終い。

あれ。ガチャピンとムックには何も言ってくれないのかしら。。?
これ、ガチャピンとムックって気がつかなかったことはないよね??
ってことは、やっぱり、、こういうのは好みじゃないってことなのかしら??

うーん。謎だ。
といって、もう「かわい~い」Tシャツを持っていないわたし。
確かめようにも確かめられない。

ねー。どっかでリラックマのTシャツ売ってるところ、知らな~い?(爆)
他のかわいいキャラでもいいけど、、わたしはそういうのに疎いからなあ~。
主治医が何に反応して何に反応しないのか、その閾値を知りたい。。ってわたし、何しに病院に行ってるんだろう??

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22:12 | 病名が分かった後のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-08 Tue , 2008
たまには
なんも考えずにのーんびりしたい、って思うより、やっぱり今は、自分のやりたいことをするのだー!
と言っても、読みたい本を読むだけなんだけどね。。読みたい本がたまりまくって困っている。で、今日はベッドで寝ころんで本を読んでいたら、眠くなって寝てしまった。。(オイ)

んー、最近は夜よく眠れるように、昼寝(それも夕方の昼寝)は極力避けていたんだが。。昼寝をすると、夜の寝付きが悪いような気がするんだよね。あくまでも「気」なんだけど、寝るのってなんか「思い込み」みたいなのが必要みたいで、それがぐらつくと本当に眠れないような「気がする」んだよね。でも本当は「寝てる」んだよね。この起きたときに「よく寝たー」って思うのと「全然寝た気がしない」というのは、どこでどう感じてそう思うのだろうか。。最近、というか今年になってから「よく寝たー」って思ったことが皆無なわたし。「よく寝たー」って思えるのって本当に幸せなことだったんだと今になっては思う。。

今はとにかく、身体の調子を取り戻すこと。その間、できるだけ本を読もう。ただ、本を読んでいる間は口の中がすんごく気になって、理解力ががた落ちになるので、そんなに難しい本は読めないんだが。それが将来に繋がると信じて。

で、右腕のリハビリでこんなことしてます(笑)
今はWii fit よりWii Sportsの方にはまりがち。彼女はテニスで1,000越えて、プロになっちゃった。。わたしはまだまだ。700台。しかし、これがまた、いい運動になるのよね。すぐに汗だくになります。もう少し暑くなってきたら、もう部屋の中でなんかできないわ。。。orz

22:21 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-09 Wed , 2008
頭いたい~っ(;_;)
いやー、この一週間くらい前から、大家がわたしたちの住んでいるアパート(というかなんというか(^^;)の外壁、その他を塗り直すってんで、ベランダに置いてあるものは全部撤去とか、初日は窓を全部鍵掛けて閉めてくれとか(なんか、最初に家全体を水洗いするらしい)、塗り終わったあと、何日間かは養生しなきゃいけないので、洗濯物は干してくれるなとか、その作業をやる業者の責任者があれこれ説明しに来たのはいいんだけど。

もう終わったかな~と思って、ベランダから待避させていたものを元に戻してたんだけど。

昨日だったかな、朝、急に「ぎゅーーーーん」って壁に穴を開けるような音で起こされた。どうも、思ったよりも家が傷んでて、外壁を塗ったりしていたときに、雨樋を撤去したり、あとはなんだかベランダから階下に水漏れがするってんで、その工事も急遽、やることになったらしい。と言えども、このことはうちには全く知らされてなくて、最初「???」だったんだけど、情報通の階下のおばちゃんの話によると、そういうことらしい。

で、今日はベランダをなんか塗ってたんだけど、退避させていたものを「これ、どうしましょう」とか言ってる業者の人の声が聞こえてきたんで、彼女が「部屋に入れます」ってんで、また部屋の中に退避させた。で、洗濯してたんだけど、ベランダに塗料塗られて洗濯物が干せなくなってしまったのと同時に、その塗料のシンナーの臭いがきつくて、窓を閉めていてもどこからかトルエンの臭いがどこからかただよってきて、部屋にいると頭が痛くなってきた。。どこかに退避したいが、退避できる部屋なんてないし、もしかして窓締めてただ時間が通り過ぎるのを待つだけ?おいおい、止めてくれ。。

今日はあんまり暑くなかったから、窓を閉めててもそんなに暑いとは感じないけど、これが暑い日だったら最悪だっただろうな~。初日ね、窓を閉めた上にポリエチレンのシートみたいなのを家中の窓という窓に貼られてまるまる2日間過ごしたときは、暑くて死にそうだった。うちは、クーラーがあるのは寝室だけだから、窓が開けられないとホント、蒸し風呂状態なのだ。

んで、今はクーラー使うと室外機から水が出るってんで、クーラーは使用禁止。窓は開けられない、臭くって。この状態がいつまで続くんだよ。。っていうか、事前に行ってくれればこっちもそれなりに「覚悟」ができてたのに。

そういや、中学の時に「ガンプラ(ガンダムのプラモデル)」にはまったときに、プラモデルに塗料なんかを塗ってたわけだけど、あのとき、窓開けずに夢中になってやってたら次第に「あ~、このシンナーの臭い、なんかいい匂い」と思えるようになったと思ったら、その次にはめっちゃ頭が痛くなって。。ええ、ちゃんと換気をしながらやらなきゃいけないってのは知ってたんだけど(^^;

それ以来はちゃんと、窓開けてプラモデルに色を塗るようになったよ、うん。ちゃんと学習した。

けど、今回は逃げも隠れもできず。今、ちょっと頭が痛くなってきてて。。うーん。どうしよう?
っていうか、明日はどんな作業が待っているかさっぱりわからず。
取り敢えず、あまりいい天気じゃないことを祈る(きっぱり)。
あ、でも雨だと工事が中止になって延期になるからな~。曇りであまり気温が上昇しないことを祈る(きっぱり)(←ってそんなに都合のいい天気になるのか?)

しかし、この臭い、どうにかしてくれ。。。。。
21:36 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-10 Thu , 2008
わたしがフェミニズムに違和感を感じるわけ
ええと、一昨日と昨日にかけて「レズビアンである〈わたしたち〉のストーリー」つーのを読んだわけだけど。あ、別にこの本に対していちゃもんをつけるわけじゃなく、この本を読んだら「ああ、わたしはなんで『フェミニズム』ってもんがあんまり受け付けられないのか」ってことがよーく分かったんで、そこのところは誤解の無いように(^^;

この本は、著者の飯野さんって人の博士論文を元にして構成された本みたいなんだけど(このことは、本の最後の最後に書いてある)、第1章が「なんで『わたし』じゃなくて『わたしたち』にしたのか」って説明が、第2章が'70年代に起こった「ウーマン・リブ」運動に対してレズビアン・フェミニストがどうその中に入っていったかが、第3章は第2回ALN(アジア系レズビアンネットワーク)会議で起こった在日コリアンのレズビアンの人の日本人レズビアン達に対する怒りについて、第4章は「エイズ予防法案」に反対したレズビアン達のこと、とこんなような内容になっている。

んでね。正直言って、わたし、第2章まではこの本に何が書いてあるのか、読みながらでもちっとも理解できなかった。「なんでこんなに『わたしたち』にこだわるんだろう?」(って説明はちゃんと本に書いてあるわけだけど、それを読んでも理解できなかった)とか、なんというか、フェミニズム関係の本を読むとだいたいこういうような感覚に陥るんだけど、なんか「違和感」があるのね。その「違和感」ってのがわたしは何かよく分からなかったのね、今まで。

ところが第3章と第4章はすんなり読めてね。で、わけが分からなかった第1章と第2章は多分、同じようなことが書いてあるんだな~って推測はしているわけだけどね。

第3章と第4章がわたしにとって読みやすかったのは簡単なこと。わたしは今、「在日コリアン」と「HIV/AIDS」のことについて興味を持っていると言うこと。それだけのことね。その前の章が読みにくかったのは「ウーマン・リブ」とか「フェミニズム」には全く興味がないからってことなんだろう。

でね、わたしが「フェミニズム」に対して「違和感」を感じる理由なんだけど、なんかね、フェミニズムの本って(わたしはフェミニストから直接話は聞いたことないので)、「わたしがこうする理由は○○なのだ」ってことをすんごく理屈っぽく書いてあるのね。それと例えば女性差別に対して「こういう社会状況があって、こんな目に遭ってるのよ」ってのが、実にくどくどしく、そして難解に書いてあるわけ。で「それは理解できる人だけ付いてきなさい」みたいな感じがして、それ以外の人は「付いてこなくて来なくていいわよ、どうせあなたたちは頭が悪いんだから」って言われてるような感じがするわけ。で「あれが悪いこれが悪い」と書いてある割には、それをどうすればその状況から脱却するかって現実的なことが全く書いてなくて、ただの「問題提起」に終わっちゃってる感じがするんだよな。なんかすごく乱暴に言うと。

で、多分、超現実的なわたしは「これを理解したらどうなるわけ?世の中がちょっとでもよくなるわけ?」って思うんだよな。だったら、難解なものじゃなくて、本当に簡単に簡単に誰でも分かるように書いてさ、それで「あ、こんな現実があるんだったら、わたしもなんかできることがあったらしたいな」って思わせた方が、問題解決のためになるんじゃないだろうか。だって、一番必要なことは、一人一人が個人が考えたやり方で同じ一つの問題に立ち向かう、ってことだとわたしは思うから。ただ、一人の力だけじゃどうにもならないので、団体を結成する、という方法もあるけれども。で、団体で行動するのは、確かに個人一人で行動するよりは効率がいいと思う。けど、そうするかそうしないかはそのこ人の考えによるものでよって、人に言われてするもんじゃない。それでも、結局は個人のそれぞれの意識が今までとは違っていたら、少しずつでも社会は変わっていくとわたしは思うのだが。。

それにわたしはマイノリティーがすべてのマイノリティーの問題に対して興味を持たなきゃいけないとも思ってないし、行動しなきゃいけないとも思ってない。そんなことしたら、一兎を追うものは二兎も得ずどころじゃないよね。そしてそれが「当事者」だからといって、当事者としての意識は持っていた方がいいとは思うが、だからといって「当事者は全部その問題に対して行動しなければならない」とも思ってない。

例えば、わたしの今考えられる「(マイノリティーである)当事者」というのは、まず「女性である」ってこと。それから「性的少数者である」ってこと。それから「被爆二世である」ってこと。この3つかな。

けど、わたしは「女性問題」に対しては、ホント、興味がない。多分、それはわたしが今までほとんど「女性差別された」って思ったことがないからかな、と思うんだけど。。あんだけ周囲は男ばっかだったのにねーって思うんだけど、で、もしかしたらそういうことがあったのかも知れない。でもわたしは鈍いからか、そういうのは全く感じたことがなかったのね。でもなんか「フェミニズムの本」を読むと、どうもすんごく「男への恨み」が難解にまどろっこしく書いてあるような感じがするのよね。。だからどうも共感ができなくてね。ま、ただフェミニズムってーのは、男女の関係を社会的に分析して、んで新しい言葉や概念を作るものだと思ってるから、まぁ最低限の知識は持っておきたいな、とまぁその程度かな。

それから「被爆二世」という当事者ではあるが、だからといって何か運動をしたいとは全く思ってない。最近は被爆者自体が高齢化してきてしまって、これからは二世の時代になると思うし、実際、二世で動いている人たちもいるんだけど、わたしはこの中に入って何かをしようとは思わない。なぜか?と言われるととても困るんだけど、わたし自身が他に別にやりたいことがあるんだから、そこまでは関われない、というのが理由か。それより、もしかしたらわたしの中にものすごい「被爆者フォビア」ってもんがあって、もしかしたら「自分が被爆二世である」ということから目を逸らしたいのかも知れない。そこのところはもうちょっと考える必要はあると思うが、これが解決したからといって、それから被爆二世の運動に関わるとは思えない。

当事者として関わりたいと思ってるのは「性的少数者である」ってことだけなんだよね。で、これも「なんで?」って言われるととても答えに困るのだ。「いや、自分がこうなればいいなと思う世界にしたいと思うから」というのがとても「いい子ちゃん」の答えなんだろうけど、じゃ、なんで「女性差別」と「被爆二世」に関してはそう思わないの?って言われると、分かんないんだよ(苦笑)もう、なんというか「やりたいからやる」としか言いようがなくてさ。

だからフェミニストの人が一生懸命「わたしは○○だから、△△のような問題意識を持つのだ」と表明しても「あ、そう。だから何やるの?」って思っちゃうんだよね。その「なぜわたしはこの問題に問題意識を持つのか」を考えるヒマがあったら、それをどうすればその問題が解決できるかを考えた方がいいと思うんだけど。。もちろん、フェミニズムが全く社会に対して影響を及ぼしていないとは考えてないけど、どうも「頭のいい人がゴチャゴチャと言葉をひねくりだしてなんか言ってるよ」としか頭の悪いわたしには思えなくてね。「やりたいからやる」だけじゃなんでいけないんだろうか?って思ってしまう。

で、わたしは当事者ではないんだけど「在日コリアン」の問題と「HIV/AIDS」の問題はとても興味があるわけね。これも「なんで?」って言われるととっても困るんだけど(苦笑)「HIV/AIDS」の問題は、去年のNLGRに行ったときに「あ、そうか」と思ったのがきっかけではあるね。で、「性的少数者の問題の一つ」であるから、というのもあるかも知れない。けど、そんな理由はあとから取って付けたような理由で、本当は「興味があるから」なんだよね。ただ、「HIV/AIDS」に対しては、当事者と当事者と関係を持つ人にとっては何かできる分野ではあるが、わたしのような「無縁」な人間にとっては実は何もやることがなかったりする。ま、活動のための資金を援助する、くらいか、できることは。でも今は自分の生活さえやってくのが精一杯だから、今んとこはそれはできない。だから、わたしができるのは「興味を失わず、正しい知識と最新の情報を得ること」だと思っている。

それから「在日コリアン」の問題ね。これはもっと広げて「在日外国人」の問題でもいいんだけど。これは、本当に自分でも「なんで?」って思う(笑)だって、今まで在日コリアンの人に会ったこともなければ、話したこともない。あ、ネット上の付き合いはありますけどね。わたし、シドニーでたくさんの韓国人留学生と出会って、んで「ああ~、隣の国のことなのに何も知らないな」と思ったのがきっかけで、んで、韓国という国と、それから「ああ、日本にも韓国系の人が住んでるじゃん」と思って、軽い気持ちでmixiの「在日コリアンコミュ」に入ったのが、まぁ直接的なきっかけといえばきっかけなんだけどね。そこで「韓国に住んでいる韓国人」とは全く状況が違うってことがよく分かって、それで興味を持っただけなんだけど。でも「在日差別」や「外国人差別」って部分的には「性的少数者差別」と似ている部分があるのね。ま、それをいっちゃ、あらゆる差別は「ある程度共通性がある」わけだけど。だけど、差別の背景が個々に違っているので、全く違うこともあるので、当たり前と言っては当たり前だけれども、一つの差別問題に対しては、それに対応する解決方法を考えなきゃいけない。

でもね、この世にはたくさんの「差別」ってのがあって、それに対する個別の対応はされているわけで、その「個別の対応」の中にもしかしたら「性的少数者に対する差別」にも当てはまるようなことがあるんじゃないかな、とも思ってて、そんで知りたい、と思っている部分もある(笑)

ってわけで、昨日、この本を読み終わったあと、彼女に「やっと分かったよ!」と力説したわけなんだけど。だけどこれから「ジェンダー・トラブル―フェミニズムとアイデンティティの攪乱」っつー、すんげー有名なフェミニズムの本を読む予定で(爆)

これ、昨日ちょっと読んでみたんだけど、1ページ読むのに5分くらいかかる。しかも、やっぱり意味が分からない。。ってわけで、もしかしたら途中で投げ出すかも知れないと今から感じているわたし(苦笑)○○論的とか、○○学的とか、○○主義とか、はっきりいってわけ分からない単語がずらずらーっと並んでて、まるで日本語じゃないみたいだ。。その分野の人には当たり前の用語なんだろうけどさぁ。
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07-11 Fri , 2008
レッドリボンキャンペーン、他
今日、ふとしたことで「レッドリボンキャンペーン2008」というサイトにたどり着いた。

まず、手記を読んでみた。こないだのNLGR(ここここ)でもらった資料に書いてあることと同じことが「直筆」で書いてあった。

でね、そのサイトでは「コンドームパッケージデザイン投票」ってのがあったんで、エントリー10作品のうちで気に入ったのに投票しようと思っていろいろページを見てみたんだけど、あれ?投票できない??どこで投票するんだろう?って感じで、投票できなかった。。orz「投票してください」って割に「たくさんの投票ありがとうございました」って書いてあるから、もう締め切ったのかしらん?でも、このキャンペーン、2008年6月8日からで、それからまだ1ヶ月ちょっとしか経ってないんだけど。

次に「何かできることないか」と思って「みんなのメッセージ」ってところをクリックした。そうしたら、題が「コンドームはあなたにとって何ですか」だった。。

これ、わたしには書けない。だってコンドームとは無縁なんだもの。。わたしがコンドームを見たのは、高校の時の保健体育の授業のときで、それ以来、目にしたことがない。レズビアンにとってはおそらくコンドームは無縁。ただ、セイファーセックスという点では「デンタルダム」ってのがあって、これは使ったことがある。これにはイチゴ味とか、バニラ味とかいろいろあるんだけど(笑)だけど1枚が高いんだよねー。コンドーム1個がいくらくらいなのかは全く知らないんだけどさぁ。1枚が約300円弱する。なんで、実は使ったことがあるというくらいで、毎回毎回使ってるわけじゃない。

コンドームに無縁なわたし。何かしたかったんだけど、何もできなくて、それで悔しかった。お金があれば募金ができたかも知れないけど、今はそんな状況じゃないし。なので、無性に悲しかった。何かやりたいのにできないのってつらいね。

あとはこれも偶然だけどAll about「同性愛」でアンケートを実施されていることを知った。わたしは以前からこの「同性愛」にアクセスするたびに出てくる「警告」が気に入らなかった。All aboutのすべてのジャンルをクリックして、何に対して「警告」が出てくるかを試してみたことがある。そうしたら、確か200いくつかあったジャンルのうち、この「同性愛」と「アダルトビデオ」だけで、例えば「男の夜遊び」なんかは警告が出てもよさそうなのに、出てこないんだな、これが。

で、いつかそのことについて文句を言ってやろう、やろうと思いつつもやってなかったんだけど、今回アンケートやってるってんで、その「警告」の件について書いておいた。前にね、やっぱ同じ疑問を持った人がAll aboutに質問したら「内容にアダルトビデオが含まれているから」という理由だったらしい。でもそれだったら、なぜ対象年齢が21歳未満お断わりなのかよく分からないし、それだったらアダルトビデオの部分だけでも別のところに移せ、って書いた。だって、記事自体、真面目なものがほとんどで、あんなでかい「警告」が出てきたら、何も知らない人は「一体、どんなにエロいことが書いてあるんだろう?」って思っちゃうじゃん。まぁそうやって期待してクリックした人は多分、がっかりするような内容ばかりだろうけど(苦笑)

なんかさ、「同性愛」ってだけでそういう「警告」が出んの、ヤなんだよね。携帯フィルタリング問題じゃないけど、確かに害のあるサイトもあるだろう。けど、そうじゃないサイトだってたくさんあるわけで、逆に害じゃないサイトに「警告」が出るのがわたしは許せない。もうね、こういうおかしなことはたくさんだって思って、今、外に出て何もできないわたしはこういうところでチマチマと意見したりしている。

そういえば、今日から「第17回 東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」が始まったんだよね。まだプログラムさえよく見てないんだけど(苦笑)、何か見たいのがあったら行ってみたいね、と彼女と話している。

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21:37 | 性的少数者に関すること | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-12 Sat , 2008
「弱い病人」じゃダメなのかな?
今現在、わたしの病状はちょっとずつ改善されているような気もする。けど、そう感じないときもある。これを一進一退、と言うのかどうかはよく分からないが、でも一番ひどかったときと比べると雲泥の差なことは確かだ。

このあいだ、NHKで「アメリカの大学教授の最後の授業」ってのをちらっとやってたんだけど、それがなぜ話題になったかというと、確かその人は歳が40代かで、末期の肝臓ガンを患っていて余命3~6ヶ月、と診断されたらしい。で、残された日々は家族と穏やかに過ごしたい、ということで「最後の授業」になったということだったんだけど。彼は最初、自分にできている肝臓のガンを見せて「自分の肝臓には10個以上の腫瘍ができてます」と自分の病気から説明を始めた。で、彼本来の専門の講義に入るんだけど。でもその中で彼は「この中で自分はまだ一番元気だ」と言わんばかりに腕立て伏せを何回もして見せたり、ものすごく「元気でタフな病人」(をわざとかも知れないけど)見せてたんだ。

わたしは、、それを見てとても複雑な思いをした。
テレビなんかでは、しょっちゅう「身体が不自由な人」や「ガンや不治の病と闘っている人」を「こんなに頑張っている人もいます」って紹介する。それを健康な人が見ると「ああ、こういう(不幸な)人もいるから、健康なわたしはもっと頑張らなきゃ」って、多分、テレビを製作する側はそう思わせるように番組を作るんだろう。出ている人は多分、同じ障碍や病気の人に対して「自分もこうなんだから、アナタも頑張ってね」と思わせたいのかも知れない。でもわたしには出ている人の本当の意図は分からない。

でね、わたしは病気が最もひどかったときは、どうやったら治るのかも分からないし、自分で立ち上がることさえできなかったし、だからといって、死ぬような病気じゃないことも知っていたし、不謹慎だけど「これが死に至る病気だったらどんなによかっただろう」って思った。

右腕が痛くて痛くてたまらなかったときは、そのことしか考えられず、しかも何の薬を飲もうが効きやしない。痛みはその人の人格を変えると思った。その痛みに耐えられず、何回も何回も「もう自分が耐えられないと思っているのに、なぜ自分自身が自分自身を痛めるのか」と思った。「もしガンの痛みだったら、薬でコントロールできるのに、そしてその患者のクォリティーライフ(QL)を充実させることができるのに、なんでわたしの痛みはコントロールできずに、毎日毎日死ぬほどの痛みを感じながら生き続けなきゃいけないんだろう」って思った。

そして、それから全く立つことができなくなり、耳の後ろから首の前に繋がっている筋肉がコチコチに固まって(まるで自転車のゴムのチューブをつけたみたいだった)、自分では何もできなくなって、何をやるにも人の手を借りなければならなくなったときは、人にものを頼むのが苦痛で苦痛でならなかった。右腕のことより歯や頭のことが気になり始めたのも、この時期だった。それまで確かに歯や頭のことも気になってはいたんだけど、右腕が治ればそっちも同時に治まってくるだろうと思ってたのよね。けど、ひどいときは頭に手を載せるだけで歯が動いた感じがしたり、寝るときも右を向いたら歯が動き、左を向いたらまた別の方向にはが動き、、って感じでそれが気になって気になって仕方が無く、それで眠れなくなった。

人にやってもらっても自分とやり方が違うときなどは、またいちいち自分で説明しなければならず、それによってどんどんストレスがたまっていって、ときどき爆発したりした。多分やっている方は「せっかくやってるのに」って思ったと思う。そして「そんなのは贅沢だ」と思われるかも知れない。けど、今まで普通に自分でできていたことが、ある日突然できなくなって、人にやってもらうようになるとそういう気持ちがするのだ。

その頃は新聞を毎日丹念に読んでいたが、今まで目も止めなかったような「健康に関する広告」がやたら目に付くようになった。例えば「老化現象を食い止めるもの」に対する広告が一番多かったかな。その他「神経痛に効く」とか、そういうのを見て「わたしもこういうのを飲んだら治るのだろうか」と思ったりもした。

あるとき、どういう内容の記事だったかは忘れたが「病気に立ち向かえる人もいるが、そうでない人もたくさんいる」って書いてあったのを見て「やっぱり」と思った。でもそういう人はまず、目に見えないだろう。そして一人一人で苦しんでいるに違いない、と思った。だって自分もそうだったから。

「弱い病人」の姿はなぜ見えないだろう?って思った。「弱い病人じゃいけないのかな?」とも思った。だって、新聞やテレビに出てくる人はみんな強い人で、希望を持ってあきらめない人だったから。それに比べてわたしは毎日絶望の中で暮らしていたし、正直言って死にたかった。何回も何回も耐えきれなくなって、切れた。そのたびに彼女がわたしを止める。「そうやって止めて、また時間稼ぎしたら、そのうちわたしの切れている気持ちもおさまると思ってるんでしょう?」「どうして切れる前に何とかしてくれないのか」何度も何度もひどい言葉で彼女を責めた。本当にあのときは地獄みたいだった。うつ病の方がマシ、とも思った(彼女はうつ病の時の方がひどかったと言っているが)。うつ病の時は、本人は実はあまり覚えてない、ってことがある。そういう病気なのよね。だから、多分、そのときは本人はつらくてつらくてたまらなかったんだと思うけど、今にしてみれば、頭がはっきりしている分、今回の方がわたしにとってはつらかった。今回の件で救急車、2回呼んだからね。。

もう、どうすればいいのか分からなくなったときに、わたしはこの曲をよく聞いた。



kokuaの「Progress」って曲なんだけど、これはNHKの「プロフェッショナル 彼らの流儀」って番組に使われている曲だ。この中で2番の歌詞に

「誰も知らない 世界に向かっていく 勇気を未来っていうらしい」

というのがある。わたしは毎日毎日寝る前にこの曲を聴いて「明日を迎えると言うことは、それだけで今のわたしにとっては『勇気』なのだ」と思って、気持ちを奮い立たせて、泣きながら寝た。けど、この気持ちも長くは続かなかった。この曲の一番最後は「あと一歩だけ前に進もう」という歌詞なんだけど「もう一歩も前になんか進めない」って思ったとき、もうこの曲は聴けなくなった。

要するに人間、追い詰められて、追い詰められるともう希望も何もないんだよね。気持ちを奮い立たせることもできない。新聞を読めなくなったのは、もうそのずっと前からだったが、その前から新聞を読むたびに何回も涙するようになってしまって読めなくなった。音楽も聴けなくなった。何もできなくなった。日常生活では立てるようになって、歯も少しずつよくはなっていってはいたが、実感として「完治できる」というものがなかったから、毎日絶望的だった。頭の中では「苦しい。もう耐えきれない。誰か何とかしてくれ」そればっかりだった。「耐えきれないと思っているのになんでわたしは耐えながら生きていかねばらならないんだろう」って思っていた。

あの頃感じていたことを、あのとき言葉にしていたら、もっと厳しいものになっていたことだろう。今だからやっと過去を振り返ることができるようになった、とも言える。

しかしやっぱりこう思う。

「弱くて病気に立ち向かえない病人って絶対にいるはずだ」って。そして毎日絶望の中で生きているんだろうなって。わたしは弱くて病気に立ち向かえない病人がいてもいいと思う。今のわたしだって、病気に立ち向かえてないと思うし。だけど、なんで弱音を吐いちゃいけないんだろう?その弱音が取り上げられなくて、不幸な人の強さばかり取り上げられるのだろう?

わたしは不思議でたまらない。

「病気に立ち向かえない弱い病人が、ここにいます」

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07-13 Sun , 2008
第17回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭に行ってきた
今日は午後から「第17回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」に行ってきた。あ、今日観た作品は「シェイエンヌを探して」っつーフランス映画と「彷徨う花たち」っつー台湾映画。だけど、この作品はまだ、今後青山の「スパイラルホール」でもまたやるから、これ読んじゃうとネタバレの可能性有り。なので、この作品を観たかったら、この日記は読まない方がいいかも、といいつつ、実は「彷徨う花たち」の方はね、途中で字幕が出なくなってしまうミスがあり、どのくらいだろうか、30分近くわけ分からない北京語だのを聞いて、内容を想像してただけなので、実はこっちも映画全体がよく見えないのよね(苦笑)これが「広東語だったら分かったのにー」なんてことは言わないけどさ。英語の字幕も出ない作品だったので、ホント、「いいところで。。」って言いたいところだけど、まぁ、結局は途中からまた字幕が復帰して、なおかつ払い戻しを受けたい人は払い戻しを、この映画の半券を持っている人は、17日からスパイラルホールでやる20本の映画、どれか観ていいことになったので、よしとしよう。んで、わたしらは多分、また同じのを観に行くと思う。

しかしアレだね、両方とも「レズビアンもの」だったからか、空席が目立ってたのと、男性がほとんどいなかった。わたしの「レズダー」によると、9割以上はレズビアンかバイセクシャル女性だったと思うって、それはウソ!(爆)わたしにはそのような見分けはつきませぬ。

特に「シェイエンヌを探して」は、観客少なかったな~。うちら、昨日、ネット予約したんだけど、観たいところの席が「空いてない」って言われて、どのくらい人が来るんだろう?と思ったら、空席が半分くらいはあったと思う。要するに1人分だけの席は空いてるけど、2人分が難しかったのかな。でもたくさん空いてたけど、、どういうシステムしてるんだろう??で、結局前の方の真ん前で観たんだけど。右側に日本語の字幕が、下に英語の字幕が出てて、時折両方いっぺんに読めたりするんだけど、英語に訳されているところが日本語には訳されてなかったり。。多分、フランス語ではもっともっと情報量があったんだろうな、と思った。しかもフランス語での映画の題は「シェイエンヌを忘れる」って意味なんだそうだ(うちの彼女、フランス語分かるので)。けど、英語の題名が「Looking for Cheyenne」になってるんだよね。日本語の題も「シェイエンヌを探して」だから、どっちかというと英語の方に引っ張られてる感じがあるんじゃないかなあ、というのがうちらの予想。ただ、内容的にはやっぱ「忘れる」より「探す」の方が合ってたような感じはした。

っていうより、この映画、なんてーか、フランスっぽいって、何がフランスなのかわたしにはよく分からないんだけど、なんとなくフランス的な映画だよなって感じ。

一般の映画だと、まず文化的な面に対してはあまり違和感は感じないんだけど(そこではそうなんだ、ってもうなんとなく自分で分かってるというか)、ことにLGBTものに対しては、その国で性的少数者に対してどのくらい法律が整っているんだろう、とか、他の人に受け入れられているんだろうとか、そういうのが分からないと、その映画を本当に理解したことにはならないんじゃないだろうか。。とか、そんなことを思いつつ観ていた。だって、フランスって言ったらPACS法がある国で、同性同士でもパートナーシップを「契約」できる。友だち同士でもできる。そういう国だ。で、周囲の人はその人がレズビアンだってみんな当たり前のごとく知っている。それがもう「前提」なのだ。

一方、「彷徨う花たち」の方は、んー、全部理解できなかったので、勇み足かも知れないけど、状況は日本と割と似てると感じた。ただこの映画、出てくる女の人、全部レズビアンなんだもの~。何も言わなくてなんで分かるの??みたいな感じがした(笑)

でね、「シェイエンヌを探して」なんだけど、わたし、みっちり「計算してある映画」が好きなのね。んで「現実的な映画」が好きなのね。それと照らし合わせてみると、この映画、「わけわかんない~」映画だった(苦笑)だってさ、なんで主人公を「お持ち帰りした」女性んちに、主人公と関係した男がいるわけ??それが単なる主人公の「想像の世界」だったらいいかもしれないけど、そこで話のキーワードとなる言葉を言われちゃ「あれはなんなんだよ??」ってことになるでしょ。。それってどうやって理解すればいいんだか。

主人公は学校の化学の先生なんだけど、相手がジャーナリストなんだけど、1年くらい職がないのね。で、電気も水道もぜーんぶ止められちゃって。で、主人公が「面倒をみる」っていうんだけど、相手は「政府の世話にならない。自給自足でやっていくんだ」って自分の家から自分の荷物持って、自転車でパリからすげー遠くに行って、そんでそこで住むんだけど。なんかさ、自動車は「環境に悪いから乗らない主義」の人で、文明とか文化を否定してる感じで、なんというか、すんげーある意味「進歩的な人」なのかも知れない。進歩の行き着く先が、原始時代みたいな生活、ってのがねー。この作品の監督はもしかしたら、そういう人たちを皮肉っているのかも知れない。で、もう一人、別にこのジャーナリストとはジャーナリスト繋がりみたいな異性愛者(か両性愛者かどっちか)女性は、ロシアから来た男性と一緒にキャンピングカーみたいな中で暮らしてるんだけど、この人達も主人公の相手と同じ考え、というか、どっちかというとなんかこのジャーナリストに引き込まれた印象なんだよなー。でもキャンピングカーって車じゃん?この点、矛盾している。。とわたしは思ったんだけど。で、ウサギなんかを捕って食べるんだよー。逆さ吊りにして、皮剥いでるの~(怖)で、川で魚獲ったりして生きてるのね。

で、主人公の女性はシェイエンヌを忘れようとレズビアンバー(みたいなとこ?)に行くんだけど、なんかある女性に目を付けられて、お持ち帰り。。なんであんなに簡単にお持ち帰りできるのよ!!とかまぁわたしが言っても仕方ないか(苦笑)

その他、わけわかんない男(実は主人公とも性的関係あり)とか出てきて、なんてーの?わたしがわけ分からんから、何も言えない。。この人、何して食ってるの?って人だし、学校の生徒には手を付けるし、自称「博愛主義者」なんだそうだが。。

わたし、これだけ意見が合わないカップルだったら、ぜーったい元サヤにはおさまらないと思ったのに、さにあらず。結局さ、主人公がシェイエンヌのところに車飛ばして行って、で、結局シェイエンヌも彼女のことが忘れられないみたいでさ、なんで会ったら嬉しそうな顔してSEXすんだ、とか、ちょっと観ててイライラした(苦笑)で、主人公はシェイエンヌに対して「今の学校から異動希望を出してこの近くに来る」っていうんだけど、シェイエンヌは今の生活のままでいたいような感じ。そしたら主人公が切れちゃって。「わたししか変わらなきゃいけないの?あなたは変わらないの??」って激怒して、車に乗って帰っちゃうんだよね。でも、わたし、この言葉というか、その前にシェイエンヌがパリから出て行く前にもっと話し合っておくべきじゃないかって思ったんだけどさ。それを言うと、話がそこで終わるから、映画にならないんだけどさ(苦笑)

で、キャンピングカーに住んでる女性もロシア人男性とケンカして、ロシア人男性が出てっちゃって。。でもどーもこの人、シェイエンヌのことが気になってたんじゃないかなあって気が。。別に何もなかったんだけどね。あのあと彼女は一人であそこで暮らし続けるんだろうか。シェイエンヌは最初、自転車で主人公のことを追いかけるんだけど、道で転んじゃって、で、結局「ヒッチハイク」してパリに戻って主人公に会いに行くのね。車に乗らない主義のシェイエンヌがそこで車に乗って自分を変えたってことは分かったんだけどさ。

主人公がシェイエンヌのところに行っている間に、事情があって家に帰れない生徒を家に泊めるんだけど、そこに例の「博愛主義の男性」がやってきて、で、SEX。。。挙げ句、主人公が自分の家に帰ってきたら、学校の生徒が何人もいて学校で「ストライキ」(字幕だと「デモ行進」になってたけど、彼女によると「ストライキ」って言ってたそうだ)を起こす計画なんか立ててて。。

なんかわけ分からん説明なのは、きっとわたしがこの映画をちっとも理解してないからだと思う。しかも、わたし、別にこの映画の主人公がレズビアンである必要性を全く感じなかったし、その必要性を感じないってことはある意味すごいんじゃないかなって思った。レズビアンだからどうこう、って話じゃないんだよね、これ。しかもわたしなんかフランスって言うとすぐに「PACS法」って思っちゃうけど、「P」の字も出てこないんだよ、もはや。なんかその感覚に付いていけなかった映画だったー。付き合ってるから一緒に暮らそうとか、契約を結ぼうとかそういう考えが全くないんだよ、この映画。確かに忘れられない恋人を追いかけていって、元のサヤにおさまるって単純な映画なんだけど「政府のお世話にはならない」だの「自給自足で暮らす」だの、全然「LGBTの話」じゃなかった。だからなんかねー、、わけわかんなかったよ(笑)

で、もう一つの「彷徨う花たち」なんだけど、これ、3部構成なのね。でも1部の最後の方から2部の最後の方まで、ミスで字幕が出なくなっちゃって、画面を観て想像するだけになってしまった。これ、全部観たら結構面白いんじゃないかと思う。何組かのレズビアンカップルと偽装結婚をしたレズビアン、ゲイカップル(?)が出てくるんだけど、その過去と未来をうま~くつなぎ合わせて、しかも「列車」というものを時間に見立てて、なんか「メビウスの輪」っぽくなってるみたい。ってあくまでも「みたい」なのは、字幕が出なかったから、その部分、ちっとも分からなかったのよ!(苦笑)

しかし、台湾映画で思い出すのは、去年のAQFFで観た「アジアン・ガールズ短編集」の「トラベル」って映画で。。これも同じように「列車」が使われていた。最後は二人で心中しちゃうんだけどね、この映画。。実際にあった話らしいから、ショックで、わたしは一度しか観てないんだけど、すんげー頭に残ってる。んで、もうあんなの二度と観たくない。。あ、話は逸れた。

でね、一人、背の高い男か女か見た目じゃよく分からない女性が出てくるんだけど、トイレでさ、女性トイレから出てきて手を洗っていると、掃除のおばさんにジロジロ見られるのね。ここのところ、なんか人ごととは思えなかった(苦笑)けど、この人自身は映画の中で「女にもなりたくないし、男にもなりたくない」って言ってた。胸もサラシ巻いてたし。。でも男になりたいわけでもないから、こういう人ってどういうんだろうね。まぁ、そこら辺はその本人は悩んでいるわけでもないみたいだったから、いいけど。でもわたしは彼女は「レズビアン」だと思ったね。でも字幕に出てくる一人称は「僕」だった。中国語だと男でも女でも「我」だけど、訳す人が「わたし」とはしたくなくて「僕」にしたかったんだろうな、と。現実社会で日本では「わたし」とも「僕」とも言いたくない人は「自分」って言ったりするけど、さすが、そこまでは訳せなかったんだろう。そういう点で日本語って難しいかもね。

しかしこの映画、出てくる小学生の女の子からなにから、みんな「女好き」だから、いくらなんでも話できすぎ!って思ったりもする(笑)

でも、一番いいところで字幕が切れちゃったので、この小学生が成長してどうなったかとか、映像は観てるんだけど、何を言ってるか分からなかったので、そのところが残念。。これは次に期待しよう。

ってわけで、2本観てきたあとで、ひとまずちょっと食べて、それから久しぶりに二丁目に行った。今、まだ「ルミエール」で今度はスパイラルホールの方の映画の前売りを買えるのね。明日までだったと思ったけど。で、昨日の夜、観たい映画をピックアップしておいて、で、その前売りを買ってきた。それによると、確実に18、19、20日の3日はスパイラルホールにいますね(笑)3日連続行く体力があるかなあ~?

しかーも。ルミエールで久々「BAdi」も買った。あれってバックナンバーになると安くなるのね。どのくらいの期間を過ぎれば安くなるかまでは見てこなかったけど、少なくとも去年の10月、11月、12月の3ヶ月は1冊は本来なら1,500円するところが500円で売ってた。だから3冊買ったんだけどさって、なんで買うかと言えば、マンガ読みたいんだもん(爆)店のにーちゃん、腐女子二人組と思ったかな~。それとも彼女と一緒にいたから変なレズビアンカップルと思ったかな~?まさかゲイカップルには見えなかっただろう(爆)

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07-14 Mon , 2008
痛い言葉
昨日、東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で観た「シェイエンヌを探して」は、わけわかんなかった映画だったが、一カ所だけ「うわっ」と思ったところがある。それはソニア(だったっけ、この映画の主人公)がシェイエンヌに「わたしだけ変われっていうの?」と問うシーンだ。あれはわたしにとってすごく「耳が痛い言葉」だった。あとで彼女に言ったときに彼女は「そう?」って言ったけど。。

出会ったときはお互い一人暮らしだったから、もちろん、自分のことは全部自分でやってたけど、わたしは正直言うと、食事を作るのが苦手だ。そこにあるものでちょこちょこっと作ったりはできない。最初に「○○を作る」と決めてから、買い物に行って材料を買ってきて料理することしかできない。その代わり、同じものを毎日食べても平気なので、例えばカレーなんか多量に作っておいて、1週間連続カレーでも全く構わない。冬なんか、それこそ週に3、4回ナベ食べても平気だし。

で、掃除とか洗濯はまぁ食事を作るよりは抵抗感がない。特に掃除はそんなに好きではないが、やり始めたら徹底的にやらないと気が済まないタチで、フローリングを最初、掃除機を掛けた後、雑巾で拭いたりしていた。

だから、彼女と一緒に住むことになったときに、食事は彼女、掃除と洗濯はわたし、って分担にしたのね。彼女は食事を作るのにはあんまり抵抗感ないし、それに、あるもので料理できるから。それよりも掃除をするのは嫌いみたいだったから、わたしら、ちょうどいいねって言ってたんだ。

けど、一緒に住み始めたとき、わたしは既にうつ病になってしまっていて、何もできない状態だった。だから、食事も洗濯も掃除も全部、彼女に押しつけてた。シドニーに行ったとき、ホームステイしているときも洗濯と食事後の食器洗いなんか自分でやってたし、シェアハウスに移ったときは、食事も自分で作っていた。だから、本当は全部できるようになっていたんだ。けど、またこういうことになってしまって、日本に戻ってきて。。わたしは今、たまーに掃除機を掛けるくらいで、あとは何もしていない。確かにまだ、右腕が痛むんだけど、これは正直、無理しても動かした方がいいんじゃないかって気がしてて、それだったら、食後の皿洗いだって洗濯だってできるはずなのに。。

ということで、あの映画を観て反省している。。けど、だからといって「明日からやって」と言われると、ちょっと、心の準備が。。って感じなのだ。んー。全部いっぺんにやるのはちょっと無理そうだから、できそうなところからちょっとずつって感じかなあ。。掃除の回数を増やす、とか、ゴミをまとめるとか。洗濯はまだできそうにないなあ~。

彼女はわたしと違って(苦笑)滅多に切れる人じゃないので、あまりそういうこと気にしてないって言うか、言わないんだよね。やっぱそれに甘えてちゃいけないよなあ~ってあの映画を観てつくづくそう思ってるんだよね、ホントは。
22:21 | 二人のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-15 Tue , 2008
行かないで!!
いつも、寝る前にゴリゴリに固まった肩とか首を彼女に揉んでもらいながら寝てるんだけど、肩を揉んでもらうときはやりやすいように、わたしはベッドの下で座って、彼女はベッドの上から揉んでもらうのね。そのとき、わたしは本を読んでるときもあるし、彼女と一緒におしゃべりをしているときもある。

で、昨日は最近再読している「『レズビアン』である、ということ」(この本、もう売ってなくて、入手するなら中古しかない)を読みながらだったんだけど(この本、よー分からん本だわ、ホントに)、彼女がね、人が本を読んでるってのに話しかけてくるわけよ。

「そういえば、SFにこういう話があるだけどさぁ(彼女は大のSF好き。それも外国ものの)。進化する途中でホモサピエンスよりネアンデルタール人が優勢になっちゃって、それでネアンデルタール人の世界なんだけど、彼らはホモサピエンスよりも鼻が数倍よく効くから、女性の『生理』のときの臭いが分かってしまって、男性にとってはそれが苦痛(って言ったっけな?)だから、普段は男性は男性同士でカップルで住んでて、女性も女性同士でカップルで住んでて、発情期(って言ったっけな?)のときだけ男女のカップルがSEXして子供作るんだよね。で、その子供が男だったら、男性カップルのところで育てられて、女だったら女性カップルのところで育てられるの」

ってさ。わたしは本を読みながらだったし、その本がまたよくわけわかんないこと書いてあるもんだから、ページを行ったり来たり。。終いには「もー、わたしが折角本読んでるのにー!」って怒ったんだけどね。ま、だけどどーせ読んでも分からんだろと思って、本を読むのを断念して彼女と話してたんだけど。

「ねー、そのネアンデルタール人って同性同士で住んでるときもSEXしてるわけ?」

「多分、そうだったんじゃないかなあ?」

「だったらさ、そのネアンデルタール人ってすべての人がバイセクシャルってことになるよね?」

「まぁそういうことになるかねえ?」

「これ、誰が書いたの?フェミの人?(最近、フェミに敏感なわたし(苦笑))」

「いや、よく分からないけど、カナダ人の男性だったと思うよ。で、ネアンデルタール人は、力が強くて相手をちょっとでも殴るだけでも致命的なことになるんで、暴力をふるったネアンデルタール人は去勢されてしまうことになってるの。そうすると、とてもおとなしい人になるらしい。こういう設定にしているってことは、暴力が嫌いな人で、男性性をあまり振り回すのが好きじゃない人なのかも知れないね」

まぁ、こういう話をして、それから寝たんだけど。

わたし、夢見ちゃった。ネアンデルタール人の世界で、わたしは当然彼女と一緒に暮らしていて、で、彼女が男性の元に行こうとするとき。つい、わたしは「やだ!行かないでー!!!」って彼女に言ってた。で、目が覚めたらもう朝(というか昼近く?(苦笑))になってて、彼女は起きてもういなかった。。

すぐに「うえーん、ちょっと来てー」って彼女を呼んで(いいのだ、わたしはどうせ甘えん坊)、事情を説明した。半分寝ぼけてるわたしは「後ろから抱いてて」って頼んで、抱いてもらった。んで「でもさ、よく考えてみれば、その設定だったら、わたしだってバイセクシャルなはずだから、誰か男性とカップルになってるわけで、そういうことを言うのはおかしいよね」ってボケボケした頭でそう言ったんだけど、やっぱり、夢の中でわたしはネアンデルタール人にはなれるけど、バイセクシャルにはなれなかったらしい(笑)

あ、誤解を避けると、ホモサピエンスのバイセクシャルはもちろん、男性と女性、いっぺんに付き合える人、ではないので、そこんとこお間違えなく。これはあくまでSFの中のそういう設定なわけで、それはこのホモサピエンスの栄えるこの世界での話ではない。って注を付けなくちゃいけないほど、バイセクシャルって誤解されてるからなあ~。。複数の人と付き合えるのは、また別の次元の話だから、お間違えなく。

しかし、夢の中といえど、やっぱ彼女を誰かに取られたくなかったんだなあと、そこまでわたしって彼女のことがやっぱり好きなんだなあってなんか改めて思ってしまった。

ノロケ?
ああ、ノロケでも何でもいいですよ(笑)ホントのことだもん。
でも実際、こんな夢を見たのは初めてだ。。
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07-16 Wed , 2008
ホモって言うな、レズって言うな
今日の毎日新聞に「常用漢字:文化審小委案まとまる 追加候補は188字」という記事があった。あ、これは朝日新聞も同じね。うちは毎日新聞と朝日新聞の両方取ってるから(^^;

で、これは前々から書こうと思ってたんだけど、新聞記者が記事を書く際に参考にする本、ってものがあるらしくて、その本の中にはその新聞で使ってもよい漢字だとか言い回し、逆に誤りやすい用語や慣用句、なんかが載っている。わたしは以前、知り合いに共同通信社がこの度「記者ハンドブック第11版」ってのを出して、その中に「『ホモ』は『ホモセクシャル』と表記し、『ホモ』と略さない、『レズ』は『レズビアン』と表記し、『レズ』と略さない」とカッコ書きで注意が付いた、ってことを知って「ホントかな~」と思って買ってみたんだけど。Amazonのサイトには、共同通信社のこの「記者ハンドブック」と同じように、毎日新聞社でも「毎日新聞用語集 改訂新版」ってのが出てて、んじゃあ、それとちょっと比較しようかな~、、と思って、両方買った。あ、この手の本ではもう一冊、朝日新聞社が「改訂新版 朝日新聞の用語の手引」ってのを出してるんだけど、まぁわたしが読んでるのは、毎日新聞なので(笑)で、買ったのがこれ。共同通信社の方は、2008年3月17日に発行、毎日新聞社の方は、2007年3月25日に発行されている。約1年の差がある。

P1020541.jpg

でさぁ。初めて知ったんだけど、新聞に載ってる漢字って随分細かく決められてるんだよねー。使用される漢字は「常用漢字」なんだけれども(ただし、その中で使用されない漢字が11字ある)、それ以外に常用漢字表にないけど使うって決めた漢字が45字、とか常用漢字表にない音訓を加えた12字、毎日新聞はそれに加えて更に、自社で独自に使う漢字9字(椅、炒、呪、蘇、藤、呆、蜂、冥、餅)を加えて「毎日漢字表」としている。この自社で独自に使う9文字については、それぞれ人名漢字表にも表外漢字表にも載っている文字なんだけど、毎日新聞社としては、これを常用漢字と同じように使えるということらしい。しかしなんでこの9字なんだ、って感じもするけど。

んー、これを読んでいると、使用できる漢字にはさまざまな制限が加えられていて、例えば音、訓の読み方や異体字の使用、読んでいると頭がこんがらがってくる。普段、こうやってブログ書いてたりして何気なく使ってる漢字なんだけど、新聞に使われている漢字って、いちいちこんなの気にしなきゃいけないのかよーって感じ。

で、どっちかというと、共同通信社の「記者ハンドブック」の方が細かく書いてある。書き方の基本とか、記事のフォームとか日時の書き方、とか。書き方の基本の中には「差別語、不快用語」ってのもあるし、記事のフォームには国会関係とか首相動静とか略歴、死亡記事の書き方、皇室用語について、なんてのが懇切丁寧に書いてある。毎日新聞社の方はそこまで詳しくは書いていない。もちろん、全然作りが違うので、例えば死亡記事の書き方なんかは別の項に載ってたりはするけど。

でね、面白いなーと思ったのが「記者ハンドブック」の方にね、「漢字使用の原則」ってのが一番最初に書いてあるんだけど、そこにね、「固有名詞についても、常用漢字表、表外漢字字体表(旧国語審議会が2000年に決めた1,022字の漢字らしい。そして、この表は、常用漢字にない漢字を印刷文字として使用する場合の『字体の選択のよりどころ』として作成された)、人名用漢字表が示す字体を使うことを原則とする」って書いてあるんだけど、例として「文藝春秋」→「文芸春秋」、「慶應」→「慶応」、「佛教大」→「仏教大」が挙げられてるのね。でも、「国士舘大」と「龍谷大学」は別なんだって!なんでだよ~??わたし、慶応大学の場合はちゃんと、慶應義塾大学って書くよ。智弁学園だって、智辯学園ってちゃんと書くよ。。って「鉛筆でちゃんと書け」と言われると書けないけど(笑)

ただ、人名の場合としては例外として、旧字体、異体字を使ってもよい。と書いてあって、「国士舘」の「舘」とか「龍谷大」の「龍」は別に使ってもいいことになっているらしい。でも、これは人名漢字の場合で固有名詞じゃない。で、これもちゃんと決まりがあるのよ。一体、何を基準にして決めてるのかは知らないけど。「館」「舘」、「竜」「龍」の他には「園」「薗」、「刈」「苅」、「島」「嶋」「嶌」なんてのもある。

そういえばさぁ、全然関係ないけど、中学の時、もうなんて名前か忘れちゃった男子が確か名字か名前に「龍」ってのがあったんだけど、「龍」の右側の下は「三」って書いてあるけど「本当は『テ』なんだ!」って教えてくれたことがあったっけ。。で、「龍生堂薬局」って薬局があるんだけど、ここに使われてる「龍」の字も、やっぱ中が「テ」なんだよね。わたしさぁ、ここの薬局見るたびにそのことを思い出すんだよねー(笑)話、思いっきりずれてるけど。

で、次に面白かったのが「本人の希望などに基づき、特定の人物に限って使うことを決めた場合」の例に、「秋篠宮眞子」ってーのと「岩國哲人」ってあるんだけど、「岩國哲人」は多分、本人の希望だろうよ。けど「秋篠宮眞子」は本人の希望じゃないと思うんだよなあ~。まぁ「本人の希望などに基づき」って書いてあるから、その「など」の中に入ってるんだろうけど、じゃ、一体誰の希望?ってさ。そう思うんだよねえ~(笑)その割に、次の項目に「本人、家族から強い希望があった場合などは、原則以外の字体を使うこともある。その旨を編注で明らかにする。」って書いてあるんだけど、なんで前のと文章を一致させないのか、それが謎でね。だって「本人の希望などに基づき」って書けば、別にその中の「など」には家族だって入っていいことになるでしょ?なのに、なんでわざわざここに「本人、家族から強い希望があった場合など」になるのかなあ?しかも「強い希望」になってるし。

あ、で、長くなったけど本題。

この「記者ハンドブック」の中にも「毎日新聞用語集」の中にも「外来語用語集」(毎日新聞用語集では「外来語の用例」)というのがあって、ここに「ホモセクシャル」「レズビアン」のことに触れている。んー、わたしが聞いた話だと、今回の「記者ハンドブック」からそうなった、って聞いたんだけど、実はその1年前に出た毎日新聞用語集にも同じことが書いてあるんだよな。

P1020543.jpg
こっちが「記者ハンドブックの方」ね。

P1020544.jpg
で、こっちが「毎日新聞用語集」。字の形が違うから、これでも別の本だと判断できるだろう(いちいち載せるのはめんどくさかったもんで(^^;)。

実はこの外来語については「○○と省略しない」って書いてあるのは、実はホモセクシャルとレズビアンだけなんだよね。これにはびっくりした。ただ、差別語、不快用語の中にはこれは入ってないけど。あくまでも「外来語」としての扱いなんだろう。なので、少なくとも共同通信社、毎日新聞社の記事には「ホモ」だの「レズ」だのって言葉は使用しないし、共同通信社のこの本は他のところでも参考にされているらしいので、これからは安易に「ホモ」だの「レズ」だのって言葉を使えなくなるといいな。

タブロイド判などの夕刊紙によく「ホモ疑惑」だのって載ってるけど、これが「ホモセクシャル疑惑」になったら、、、うーん。そういうことを取り上げる時点でもう「ウンザリ」だけどね。誰がホモセクシャルでも誰がバイセクシャルでも誰がレズビアンでも誰がヘテロセクシャルでも構わんじゃん。「この人の恋人は同性でしたー」「あ、そう。よかったね」ってなもんじゃん。まぁ、芸能人の恋愛ネタは、この手の新聞のお得意分野だし、ファン(っていうか、ファンじゃない人も?)「まぁ。○○と△△って恋人同士なんだってよ」ということはなぜか興味あることらしいし、興味があるんだったら、芸能人自体もそういう話題を提供しないと売れないってことがあるみたいだからなあ~(はい、BGMは「ジューシィ・フルーツ」の「二人の東京」ね(爆)」)。

そうそう、一つ、外来語で面白いのがあったのよ。「キオスク」って言葉があるじゃない?これね、記者ハンドブックの方では「JR東日本を除くJR関係は『キヨスク』」って書いてあるのに対し、毎日新聞用語集では「JRの駅構内の売店は『キヨスク』」って書いてあって、意味が違うの~!

あと興味深かったのは、「特定商品名と言い換え」で、これは毎日新聞社の方が厳しい。「えびせん」は「記者ハンドブック」の方は「使用可」になっているのに、「毎日新聞用語集」の方は「えびせんべい」に言い換えなきゃいけないらしい。その他「紛らわしい会社名」(これは「記者ハンドブック」のみ)とかね。「石川島播磨重工業」は誤りで、「IHI」が正しいんだそうだ。「いすゞ」はまぁ、社会人野球ファンだったら、間違えはしないだろう。あとは新聞表記で省略できる会社、とかね。「新日本製鐵」も社会人野球ではおなじみだが、新聞表記は「新日本製鉄」でいいんだって。「東京メトロ」の正式名は「東京地下鉄」だって初めて知ったよ(笑)

それからやっぱり毎日新聞の方がスポーツに力を入れているからか、スポーツの用語や新聞用のスコアの書き方なんかは詳しく記載されていた。共同通信社の方は、用語の説明のみ、だったかな。まぁここら辺、やっぱり共同通信と特定の新聞社っていう違いは出てるよね。

って、同じものを読み比べてみるととても面白いんだけどねー。でも単なる「ヒマ人」とも言うけどね(笑)

んなんで、これからは新聞に「ホモ」とか「レズ」とか載ってたら「アンタんとこは、『記者ハンドブック』も参考にしてないんですね」と言えることは言える。けど、雑誌にはこれは多分、適用されないんだろうなあ。。なんだか悔しい。

「ホモ」も「レズ」ももう聞き飽きたよ。。

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07-18 Fri , 2008
再び、東京国際レズビアン&ゲイ映画祭に行ってきた
今日から、青山のスパイラルホールの方で「第17回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」が始まった。

っていうか、わたしたちは今日、特に行く気はなくて、明日からのつもりだったんだけど、こないだ「バルト9」で知り合いに会い「『スコットと朝食を』は面白かったよ~」って聞いたので、んじゃ行こうか、ってことになったのだ。そして、なんだか分からないけど、マイミクさんの日記で「スコットと朝食を」の前に「フリーヘルド」が上映されることを知り、んで「じゃ、ついでにこれも観ようか」ってんで、急遽行くことになった。あ、この「フリーヘルド」は20日に「不思議の国の女たち」というのと同時上映されるので、それを観に行く予定の人は、この先はネタバレに付き、読まない方がいい。

この「フリーヘルド」、ノンフィクションもので、アメリカのニュージャージー州にオーシャン郡ってところがあるらしいんだけど、そこで24年間、州の警察官をやっていたローレルっていうレズビアンの人が末期の肺ガンにかかり、そのパートナーに「遺族年金」を与える権利を求めて郡の財務委員会と何度も協議した上で、最終的にはその権利を勝ち取る、というもの。

もうねー、なんというか。。ノンフィクションものということで、演技じゃないんだよね。そして作られた「物語」でもない。涙は出なかったけど、途中で何度も泣きそうにはなった。

郡の財務委員会の人たちは、全会一致で物事を決めるそうだが、そのうちの数人が「同性パートナーは婚姻していない」ことを理由に、ローレルのパートナーであるステイシーへの遺族年金の受給を認めない。ニュージャージー州自体は、同性へのパートナーシップ法がある州だ。が、ここんとこ、アメリカの制度だからよく分からないんだけど、遺族年金を受給できるかどうかは郡の財務委員会が決めるみたいなんだよね。で、最初は「前例がないから」で拒否されるんだけど、ローレルの警察官時代の同僚や上司が、彼女が今までどんなに州の警察官として活躍してきたか、財務委員の前で述べるわけ。それに加え、ゲイのアクティビスト(多分ね。英語だったんで、よく分からなかったけど)とかも「異性には認められるのに、同じように暮らしている同性パートナーに適用されないのはおかしい」と言う。同僚の一人は「自分は今まで、共和党支持だったし、同性愛者の人権や権利についてはまったく考えたことがなかった」と語っていた。そういう彼らが「わたしたちは正義を求める」と言い、財務委員に迫る。

一方、ローレルとステイシーのカップルの日常も写しだされるんだけど。。これ、なんかね、レズビアンカップルだからか、自分たちを重ねてしまって、仕方がなかった。ローレルは最初のうちはまだ比較的元気で、髪の毛も生えていて声も出てるんだけど、次第に髪の毛が抜けていくのね。で、思い切ってバリカンで頭を剃ることにしたんだけど、彼女のパートナーも一緒に頭の毛を剃るの。でね、ローレルが「あなたと出会ったとき、あなたはこんなに短い髪型だったわね。こういう髪型、好きよ」って言うんだよ。わたしさぁ、今、髪の毛結構短く切ってて、彼女から「ろんたこ、その髪型似合うよ、いいよ」って言われてるんだよね。そういうのが重なったり、二人のシーンはとにかく、自分たちと重ね合わせることができてしまうので、もう何度も泣きそうに。。

そして、ローレルはどんどん弱っていき、でも財務委員に言うことがあるというんで、ビデオ録画するんだけどさ、本当に息が苦しそうで、ぜいぜいしてて、パートナーが「苦しかったら止めてもいいんだよ」って言うのに言うんだよね。パートナーに遺族年金を受給させるために。

で、そうこうしているうちに、ニュージャージー州のいくつかの郡が同性パートナーに対しての遺族年金受給を次々と認め始めるんだけど、このオーシャン郡だけは「婚姻法」を楯にとって認めない。財務委員の一人は「自分も叔母を同じ肺ガンでなくしているので気持ちはよく分かるが、個人的なことで選択権を与えることはできない」って言うんだよ。

でもさ、わたしはここで「じゃあ、法律や規則は誰の、何のためにあるんだよ!!」ってその場で叫びたかった。異性愛者にせよ、同性愛者にせよ、行き着くところは個人じゃないか。異性愛者は婚姻できる、それだけで遺族年金が(自動的に、っていうと変だけど)受給できる。けど、同性愛者はそれができない。それが問題なんであって、これは一体「個人的な問題」なのかよ、ってね。

彼女の同僚やあと、ニュースにもいろいろなったんだろう。街中が「彼女たちに対して正義を求める」という意思表示をし始め、そして州知事からもこの件に対して電話が財務委員のところにかかってくる。彼女の命ももう長くない、ということもあっただろう。そして郡財務委員会は臨時に関係者を招集する。そこにはもう車いすに座って酸素ボンベを吸入しながらヨレヨレになったローレルの姿もあった。ただ、一人、「婚姻は男女のものである」と強硬に言い張っていた一人の委員だけは欠席する。そして、委員会が始まり「選択権を与えるかどうか」について、一人一人の答えを聞く。結果はすべて「Yes」。こうしてパートナーへの遺族年金が受給されることに決まった。

カメラは郡の財務委員の話を聞こうとするが、それはすべて拒否された、と言うことだった。そして「アメリカでは10万組(だったかなあ~?)の同性パートナーがいるが、彼らには未だに(ローレルが亡くなってから9ヶ月後)遺族年金の受給の資格がない」という字幕で終わる。

でもね、わたしはそれを見て「日本になんか一組もいないよ」って思ったよ。アメリカと日本は多分、根本的に遺族年金の制度が違っているから何とも言えないんだけど、少なくとも同性カップルは社会的になんの権利もない。ただ、個人個人が一緒に暮らしている、それだけだ。何十年一緒にいようとね。そして日本の場合、まさか県単位で「婚姻を認める」わけにはいかないので、やっぱ変えるとすると国から変えなければいけない。もちろん日本はアメリカと比べて遅れているのは分かってるけど、やっぱねー、なんで同じ地球上のことなのに、違うのかなって思うよ。まぁそれを言うと、一方で同性愛行為を行なったというだけで逮捕されてしまう国もあるのは事実だけれど。

あと思ったのは、同僚が証言で彼女のことをどんなに優秀な警官だったかを述べるんだけど、これがもし、優秀じゃなかったらどうなったんだろう、中で「銃の扱い方が男性よりも上手く、男性が嫉妬するほどだった」って言ってたけど、もしそうじゃなかったらどうなったんだろう。それは彼女への誉め言葉ではあるかも知れないけれど、じゃあ、彼女が人並みの警官だったら、同僚は証言もしないし、他の人も応援しないのだろうか、とそんなことを思ったりした。こういう権利を勝ち取れる人は、他の人よりも優秀で、人一倍頑張る人じゃないと無理なんだろうか、と。そこのところがちょっと複雑な気分がしたかな。わたしはとうに頑張るのを諦めている人間だからさ。

たった40分しかないドキュメンタリーだったが、ずっしりと重みのある映画だった。

一方、面白いよと言われて観た「スコットと朝食を」だが、んー、わたし、1回でその映画をすべて理解できる人間じゃないってことを忘れてた(苦笑)なんかさ、出てくる人が多くって「この人誰だっけ?」とか思ってたら、話の筋が分かんなくなってた(苦笑)これは「フリーヘルド」と違って、普通の「創作映画」(って言うのかな、フィクション映画って言うのかな)だからか、前の映画がずっしりした分、なんか軽くてね(当たり前だけど)。

ただこれはカナダ映画なんだけど、カナダは同性婚できる国にもかかわらず、アイスホッケー選手を引退後、キャスターをしているってことからか、公にはカミングアウトしてないゲイでね。「あー、そういうこともあるんだな」って思った。だけど、公にしてないと思ってるのは本人だけで、本当はバレバレだった、って話なんだけどね(笑)結局あのスコットはあのまま育ってゲイになる(というと変な言い方だけど)んだろうか、とか、いやそれともMtFかなとか、まぁいろいろ考えもしないでもないが、「子供は大嫌いだ」と言い張り、パートナーの兄の子供を引き取っても「自分は関わらない」つもりが、そうはいかなくなって。。。そんで結局離れられなくなって。。という結構「分かりやすい話」ではあった(って、大筋は分かるのよ。細かいところが理解できなかったの!!(苦笑))あと、ゲイ映画にしては、一切SEXシーンもなかったし、最後の最後、ようやく二人で肩抱き合ってキスする(人前でね)、って、なんてーのかな、この人たち、子供が来る前は一体、二人でどんな生活してたのかしら?なんて思ってしまった。だって、二人きりのシーンでも、全然カップルって感じがしなかったんだもの。

多分、こういうのが今時の「商業映画」なんだろうなーって思った。まぁこういうのも一つは観ておいてもよかったかな?って感じかな。。

しかし、人(しかも外国人)がたくさん出てくる映画を観ると、わけわかんなくなるってこと、すっかり忘れてた。明日からが不安だ。。(苦笑)

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07-18 Fri , 2008
三度、第17回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭に行ってきた
って、この調子だと「五度」まで続く予定(苦笑)
んだったら、最初から「初日」「二日目」「三日目」にすべきだった。。(^^;

ええと、今日は「ボーイズ短編集」と「愛のジハード」を観てきた。この2つはもう今日限りだから、ネタバレしても構わないだろう(←って毎日ネタバレな日記書いてるクセに)。あと、昨日から迷いに迷い、昨日観た「フリーヘルド」をもう一度観ることにした。彼らの「正義」とは一体、なんなんだろう、って思ってさ。「権利」じゃなくて「正義」なのよ、求めているのは。それを頭に入れながらもう一回じっくり観ようと思ってる。ってさぁ、こんなに観るんだったら、最初から「パス」買っておけばよかった、と思ったよ。まぁ「彷徨う花たち」は事故でもう一回観ることになったから、これは実質1回だけの金だけど、チケットだとね、整理番号順に入らないといけないのだ(ただ、20人ずつっていう、すげー大雑把ではあるけど)。この整理番号をもらうために、はやーくから会場に行っていないといけなくて、その時間を考えると、待ち時間が無く最初に入らせてくれる「スパイラルパス」の方がずっと効率的だった。。まぁ、今回、そこまで観るとは当初は全く思ってもみなかったから、仕方ないんだけどね。。

で、今日は開場時間とともにスパイラルホールに入り「ボーイズ短編集」も「愛のジハード」も整理番号1番と2番(実は「愛のジハード」は0番と1番(笑))。ただ、パス持ってる人が多かったんで「チッ」と横目で入る人を見てたんでした(笑)

「ボーイズ短編集」は5つあったのかな。最初のヤツが一番分かりやすくてよかったです(笑)なんといっても、登場人物が少ない(爆)ネットのチャットで知り合った人と待ち合わせるんだけど、相手がなかなか来ない、って設定で、主人公はそういうことは初めての体験。相手の来ない中、主人公はテ-ブルに置いてあるプリッツを口いっぱいほおばったり、いらいら、そわそわ。んで、店の中で相手の妄想を抱くの。最初は革ジャン着てピアスをあちこち付けたでぶいにーちゃんがやって来て、チャットの名前と自分の本名は違うようにしてるんだ、そうじゃないとろくな相手でないこともあるし、、みたいな人や、そうでなければ「ここの店、早く出て僕か君の部屋に行こう。何やるか分かってるよね?別によければトイレでやってもいいんだよ」みたいなにーちゃんとか。。

店のオーナー(だろうな、多分)はちょっとオネエが入ってる人なんだけど「こういうところ来るの初めて?」とか「飲み物は何にする?」(主人公が「取り敢えずビール」というと「じゃ、ジンジャエールね」というところが笑えた)とか、「わたしも初めての時があったわ~」とか、待っても相手が来ないので帰ろうとする主人公に「もうちょっと待てば、相手が現われるかも知れないわよ」みたいなことを言ってるところで、相手が来る。チャットの名前とも待っていた人と同じ。主人公が「1時間も待ったのに!」みたいなことを相手に言うと相手も「向こうで待ってたんだよ」と言う。

もしかすると、本当かも知れないが、もしかすると偶然チャットの相手の名前と同じで、待ち人来たらずの主人公をずっと見ていて声を掛けたのかも知れない、どちらとも取れる感じの最後だった。しかも相手は結構イケメンで、これからが期待できる(?)展開。「短編集」ならでは、って感じの作品だった。

次は「ルームメイト」っていうスウェーデンの映画。なんかね、ノンケ(異性愛者)の男性とルームメイトになるゲイ男性なんだけど、どうやら最初からその人が好きだったみたいなのね。で、ルームメイトはそれを知っている。でも彼はゲイでもバイでもなく、彼女を作ってしまう。主人公のゲイ男性は、枕抱えて泣いたり、壁にペンキ塗ったりして、どうにかして気を紛らわそうとするんだけど、やっぱり彼のことが好きで、あるとき、彼がよっぱらったかで深夜に帰ってきて、主人公のベッドで寝ちゃうんだけど。主人公は「僕は向こうの部屋で寝るから。。」と言いつつ、結局欲望を抑えられずに寝ている彼の隣で彼に手を出してしまうっていうか、わたし、男の生理がよく分かんないんだけど、男って、寝てるときにしごかれても(敢えてどこを、とは言わない(爆))、気持ちよくなっちゃったりするわけ??(笑)んで、彼がそれで起きちゃって、怒るのよ。まぁそりゃ当然なんだけど。。で「やっぱ一緒に住むのはムリだ」って話なんだけど、わたしさぁ、最初から向こうがそういう気がない人で、なおかつ好きな人と一緒になんて住めるわけないじゃん、って思うんだけどさ。なんでそんな無駄なことすんだろうって思うんだけどさ。会場で会ったゲイの人たちに聞くと「分かる、分かる」って言うんだよね?なんでー?そこんとこ、わたしにゃ分からん。振り向きもしない相手と一緒に暮らしたら、自分がつらいだけじゃん、って思うんだけど。。現実的すぎるのかしらん??

んで、次がよく分かんなかったのよね。「ダーティー・ラブ」っていう映画なんだけど、実質6分の映画。なんか「初めてゲイタウンに来ました」みたいな主人公が、美人局(ってこの場合言うのかしら?)の2人組に狙われるわけ。最初、主人公にちらちら目線を送って、どこかの部屋に誘っておいて、で、巧みに財布だけそこに「落とす」わけね。で、あとから2人組のうちの一人が部屋の鍵を開けて入ってきて、驚いた主人公はそこからジーンズ履き直して去るんだけど、財布がないことに気がつくわけ。でもね、ここがなんだかよくわからなかったんだけど、その鍵を2人組のどっちかがなんかして(だから、ここら辺の展開がさっぱり分からなかったのだ(苦笑))、財布がある部屋に主人公を行かせて、そんで終わり、って話。んー。結局何が言いたかったのかよく分からなかった映画。初心者は気をつけましょうってことなのかしら。。つか、目線のやりとりだけで相手に付いてくなんて怖いよねー。ってわたしなら思うんだけどさ、そこまでやりたいのかしらねー。。2人組のうちの一人の意図も全然分からず。

次が「ハンター」っていうフランス映画なんだけどさぁ。これも正直よく分からん。。っていうか、この場合、主人公以外に男がいっぱい出てきて(つまり、やりまくりの映画)、顔が同一人物かどうか、わたしが覚えられなかったのよ。。あのね、主人公の顔は覚えられたわけ。でもね、相手が覚えられなかったのよ。。でもフランス語で話す相手と英語で話す相手がいたので、最低2人はいたってことになる(って所詮、この程度だよ、どうせわたしの理解度は。。)。で、どうも主人公は完全ウケ(ネコ)の人間だってことだけはよーーーーく分かった(笑)主人公が誰かに「テレビばっかり見て受け身だな」って言うと、相手が「お前だって完全受け身だろ」って言い返すんだけど、そこだけ笑えた(爆)

わたしさぁ。全然関係ないけど最近、河内家菊水丸の「Happy」って歌をよく聞いてるのね。で、全然関係ないけどその歌の中に「武士の鑑よ 男の誉れ 松が男の立ち姿 喜ぶ女は床で待つ その甲斐ありて松茸の 土瓶蒸しやら布団蒸し 泣いて吹き出す松のつゆ 四十八手は裏表 人の人生もさまざまに~♪」ってこれは、ながーーーーーい歌の中のほんの一部分(それもヤラしいところだけ(笑)本当は「松(待つ)」に掛けた、おめでたい歌なの(苦笑))なんだけど、なぜかこの映画を観てたらね、その歌詞が頭ん中ぐるぐる渦巻いてすんげー困ってしまった。ま、わたしにとってはそういう映画でした(ってこれじゃ全然感想じゃないじゃん!)。つーか、バリネコ男、やりまくりの話。。

最後が「ロイドネック」っていうアメリカの映画。これもねー、なんだか淡い話で、わたし、こういう話はすごく不得意なのよ!!主人公は陸上選手なのかな。で、もう一人同級生らしい人が出てくる。この人は写真を撮るのが好きらしい。で、主人公の妹が出てくる。主な登場人物はこれだけだったんだけど、、主人公はゲイかバイ。同級生はゲイか。しかし、この二人の関係は友達ってだけだと思う。。で、妹が鋭い。にーちゃんが同性を好きだということが分かってる。で、どうもその同級生が好きらしい。ある日、主人公と妹が同級生と公園で会うんだけどさ、主人公と同級生は2人きりで話したいので、同級生のカメラを渡し「どこか好きなところを撮ってこい」って言うのよね。妹は「使い方忘れたー」とかホントかウソか知らないけど、もう一回使い方を教えてもらい、んで、二人きりで話しているシーンを後ろから撮る。そのとき、同級生は主人公に写真を渡すんだけど、その写真は男女の写真でね。「サムのことを思い出させて悪かった」って言うんだけど、サムって一体誰??今までサムって人の話出てきたかしら??サムって男?女?あの。。そこんとこでわたしの思考は停止。まー、その2人はその後、別々の大学に進学するみたいだったけど。。いろいろと2人で話した後、妹がいないのに気づいて、探す。妹は「1枚だけいい写真が撮れた」って言う。多分、2人の後ろ姿の写真だろうってことは容易に想像できるんだけど。。それがなに?って感じ。。あー、わたし、こういうなんだかフワフワした映画ってよく分からないのよね。

ってことで、一番分かりやすかったのが、一番最初の映画だけでしたー、わたしにとっては(苦笑)

んで、次は「愛のジハード」なんだけど、イスラム教と同性愛を扱ったドキュメンタリー。しかし、全体的には悲壮感は漂うことなく、ちょっとした「遊び心」も入っていたような映画と見た。というのは、中には顔出しできない人もいるわけよ。で、ぼかしが入ってるわけ。でもね、なにもペンギンの顔にまでぼかしを入れる必要はないんじゃないかって(爆)多分、ワンシーンだけそういうところがあったと思う。

しかしわたしがよく分からないのは、彼ら(彼女ら)は決して「ムスリムである」と言うことを捨てないのね。で、みんな口を揃えたようにこう言うの。「神の定めた運命に従って生きていく」ってね。で、彼らは死後、神の前で自分がどういうことをしてきたかを言うらしいんだけど「人の道に逸れることなく、人を貶めたり苦しめたりすることもなく生きてきました」というつもりだって言うの。

でもね、ええと、わたしの覚えている限りにおいては、南アフリカ、エジプト、トルコ、フランス、インド、後はどこがあったかなあ、、そこに住んでいる(住んでいた)人たちが出てくる。で、この中で「イスラム法」がある国が、同性愛を罪とする国で、それはエジプトとあとどこだったかなあ~。彼らは自分の国を出て、トルコやフランスに難民として逃げてくる。トルコからカナダに申請が降りた人たちもいた。だけどね、彼らは本国の家族とは連絡を取ってるの。話すのは母親ばかりだったけど。でもさぁ、よく分からないのは、母親自体で、同性愛者である彼らを受け入れているんだかいないんだかって感じ。心配はするけど、子供は同性愛者だから、自分の国に住めなくて、でも子供からは連絡があって、一体どういう気持ちなんだろう?って思った。「同性愛者だから仕方がない」と思っているんだろうか。だって「一族の恥」とか思うんだったら、絶対に電話なんかには出ないし、話したりしないよね?そこんとこがよく分からなかった。

しかし南アフリカなんかは同性婚、認められてるのに、ムスリムにとってはそういうのは関係ないのね。で、一人とっても有名なゲイとしてカミングアウトしたイスラム学者(だったっけな)がいるんだけど、彼も一時期悩んで結婚して、子供が3人か4人くらいいるのね。でもゲイだってカミングアウトしてるから、家族と一緒に住んでない。本人の顔は写されてるのに子供たちにはぼかしが入っている(ついでにペンギンの顔にも(爆))。イスラム学者って、イスラム教徒に「イスラム教の解釈」をするらしく、その人も電話相談とかラジオ相談をしてるんだけど、一般のイスラム学者に叩かれまくっているらしい。しかし、イスラム教でも「同性愛が罪」とされているのは「ソドムとゴモラ」んとこと、あとは「○○」(二文字ってことだけは覚えてる)の2カ所が根拠とされているらしい。

で、同性愛者はイスラム学者に「同性愛はどうして罪なのか」と問う。そうするとこれまた判で押したように「○○のところを読みましたか」と来る。そして「神に祈れ」という。それから「わたしはあなたが精神病にかかっていると思うので、医者にいけ」と言う。じゃあ異性愛者は神に祈ったから異性愛者になったのかよ?ってさ、聞きたくなったよ、ホント。

同性愛者は「人と違ってなんで悪いのか」と悩む。でもムスリムは止められない。そして多くのイスラム学者は「イスラムの教えでは同性愛は罪だ」と言う。レズビアンに対しても「罪である」と解釈する本がある。だから同性愛者は悩む。

なんかね、一昔前の日本でさ、自分が同性愛者じゃないかって悩んでて、医学書とか心理学のホントか読んでさ「同性愛は異常です」って書かれてみんな「がーーん」って思って治そうとしたけど、結局治らないで。。みたいな感じかなって思ったよ。まぁそれ以上のことなんだろうけどね。だいたい、日本では同性愛自体は犯罪ではないし。ただ、結構みんな気楽に(?)イスラム学者んとこに相談しに行くんだよね。あれはちょっと意外だったな。なんか日本のイメージだと自分で調べてそれからひたすら「隠さなきゃ、隠さなきゃ」って感じじゃん?そうじゃないんだよねー。。

っていうか、キリスト教ももしかすると、神父さんか牧師さんか知らんが、もしかして自分が同性愛者だったら、ってことで悩んで、気楽に相談に行ったりするのかしらん??相談に行ったことで「あいつ、同性愛者かも知れないぞ」ってばれたりしないのかしらん??このね、「人に相談する」ってことが、日本は幸か不幸か宗教色があまりない国なので、ないような気がするのよね。一昔前なら、自分で本を買って、今だったらネットかな、で調べたりするような気がするのよね、人に相談するより。だから、そこら辺の感覚がよく分からなくてね。

ただ、イスラム法が適用されない国、例えばトルコなんかは同性愛者が比較的自由に暮らせる国みたいなんだよね。確か、レズビアンカップルがそこで出てきたと思うんだけど、どっちかの親の家に行ってね、別にカミングアウトするわけじゃないんだけど、その家には「オウム」を飼ってたわけ。でもこの十数年間、卵を産んだことがない、ってその母親が言うの。そうしたらね、そのレズビアンの子供が「もしかしたら、メスのオウムを連れてきたらカップルになるんじゃないの?」って言うんだよね。母親は「そうかも知れないわね~」なんて気楽に返したりして。同じイスラム圏でも全然違うんだよね。エジプトなんかはおとり捜査でゲイが53人だったか捕まって、っていう話のすぐ後でさ。

んで、コモだったっけな、なんか男性同性愛者の蔑称があるんだけど、それの集まりがあるってんで、行くんだけど、なんと、化粧をしている人とそうでない人が一緒に踊ってた(笑)あれはどこの国だったか。ま、エジプトでないことだけは確かだけどね。なんだかいろいろあるということだけはよく分かった(笑)

けど、イスラム法によって同性愛が罪になる国があることだけは事実で。そしてそういう国からはどんどん同性愛者が他の国に避難している。これはやはり憂べきなことなんだろうか。多分そうなんだろうな。だって、家族や親族と離れて暮らさなければならないから。でもこういう国に対してはどうすればいいんだろうね。一部、南アフリカのイスラム学者みたいなゲイとカミングアウトした上で、いろいろな町でイスラム教の教えの解釈をする人が増えてくるか、ゲイでなくても同じような解釈をする人が増えてきて、説いていけばいいんだろうけど。とにかく「ソドムとゴモラ」の町はなぜ滅ぼされたのか、それは同性間の性行為が理由ではない、ってことらしい。そして、イスラム教自体の教え全体では同性愛は罪ではないと言っている、こういう解釈らしい。まー、わたしは宗教はよく分からないから、なんとなくこういう感じってことしか覚えてないけど。

映画が終わった後、わたしが彼女に「なんで彼らはムスリムを止められないんだろう?」って聞いたら「生まれつき同性愛者ってことと同じなんじゃない?」って言ってたけど。。言ってることは分かるよ、それは。でも、やっぱり頭では分かっていても理解できていないのだ、わたしは。同性愛者であることは止められないけど、ムスリムであることは止められるじゃんってやっぱり思ってしまう。。でも彼らからは決して「神」がいなくなることはないのよね。

この映画、「同性愛を罪にしているイスラム教」ということが言いたい映画なのかなと上映前には思っていたが、どうもそうではないようだ。そのことだけはよーく分かった(笑)

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07-20 Sun , 2008
四度、第17回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭に行ってきた
はい。今日(既に昨日)が4度目の東京国際レズビアン&ゲイ映画祭でした。
今日は最初から続けざま3本。「ヒストリー・オブ・ゲイシネマ」、「ガールズ短編集」、そして「バルト9」で一回観たけど、途中、字幕が乱れてわけ分からなくなってしまった「彷徨える花たち」。

朝、11時ちょっと前にスパイラルホールに昨日と同様に行ったら、ホール前には既に列ができていた(汗)やはり、昨日は平日だったからなあ~。あと、1本目の上映時間も昨日よりだいぶ早かったしね。でも取り敢えず「ヒストリー・オブ・ゲイシネマ」は20番台を「ガールズ短編集」は10番台を確保。それから「彷徨える花たち」も20番台。っていうか、バルト9での話だと「優先的に入れてくれる」って言うから、パスより優先して入れてくれるのかと思ったら、全然違って、バルト9の半券と引き換えにチケットをくれて、整理番号を付けられただけだった。その時点で整理番号が20番台だったので、ちょっとびっくり。同じ時にもらった「ガールズ短編集」の整理番号は10番台だったからね。

「ヒストリー・オブ・ゲイシネマ」はねー、あそこに出てくる人、全く知らなかった(爆)知ってた名前は「デレク・ジャーマン」くらい?で、出てきた映画で観た映画は多分、1つもなし。「Go Fish」(レズビアン映画)は名前だけは知っているけど、んで、観る機会もあったんだけど、結局観なかったし、あの有名な「ブロークバック・マウンテン」さえわたしは観たことないし、「アナザー・カントリー」も名前だけ知ってるだけだ(苦笑)、よく考えたらねー、わたし、同性愛者が出てくる映画で一番好きなのは「苺とチョコレート」だし、その他で好きな映画は「The Sound of Music」とか「となりのトトロ」とか「櫻の園」、「Shall we ダンス?」なんかで、ホント、一般的な映画。その代わり、何回観たかよく覚えてないほど観ている。好きなのは持ってるからさ、もうビデオとかDVDとか。だからホントは映画に関しては、わたしの好みってホント、狭くて、そんですげー深いんだ。

だけど一応「テルマ&ルイーズ」とか「グリーン・フライド・ポテト」とか「バウンド」、「ロングタイム・コンパニオン」「トーチソング・トリロジー」とか観てて知ってるけどさー、あれって当事者が作った映画じゃないのかな?わたしは別に当事者かそうでないかなんかは全然考えたこともなかったんでね。そういうのは一つも出てこなかったなぁ~。

だもんで、誰が何を言ったかははっきりいってよく覚えていない。けど、言えるのは「当事者自身がいろいろな考えを持っている」ってこと。「社会的、政治的な映画を作らなければならない」って意見もあり「スペクタクル大巨編、みたいな普通の映画を作ればいい」って意見もあったし「演じる人はカミングアウトすべきじゃない。そうじゃないとヘテロの役が作り物っぽく見えてしまうから」とかもうそれぞれ。でもさぁ、その意見はちょっとおかしいんじゃないかと。だって、それこそゲイ映画に出てくる人がすべてゲイじゃないように、そしてゲイの「マネ」を勉強して演じているわけでしょ。ヘテロ映画にだって別にゲイがヘテロを演じたっていいわけじゃん。でもね、この人の言いたいことも分かるの。ゲイってカミングアウトした人がヘテロを演じたら、やっぱ心のどこかで「この人ゲイなのに」って思うと思うの。でもこれってすごく変だよね?ヘテロの場合は思わないのに、ゲイだとそう思ってしまうんじゃないかって言う自分がいる。それはすごくおかしい。でも、なんで自分がそう思うのかはよく分からないんだよ。やっぱ「少数者」だから?慣れてないだけ?ちょっとそこは自分でも疑問なんだ。

ただ、ゲイシネマの歴史としては、これはホント、狭義の「ゲイ(男性同性愛者)」の映画なんだけど、それによって一定の社会的な影響力を持っていたのは確からしい。ただそれが言えるのは、アメリカとヨーロッパのみ。「アジアとアフリカは何の動きもない」ってその中で明言されていたことが、すごく記憶に残っている。でもそういう意味では、確かに日本では「社会的な映画」って作られてないし、また、作ったとしても、あまり人目に付かないところで上映されそうでさ(苦笑)一般的な映画もそうだよね。まぁ映画については、本当によく知らないんだけれど。で、この中で「映画で社会を変えることができる」って言ってた人がいたけど、日本に関してはそれはなんとなく当てはまりそうにない。だって日本人って「権利」とか「人権」とかはっきりいってあんまり考えてないというか、考えたくないみたいなんだもん。だから、日本に関しては、別の方法を考えなくちゃならないんじゃないかなあとわたしは思っててさ。

でもね、わたし、これ観ててさ、逆に「同性愛者であること」が売り物でなくなる日がやってくるのか、とか、なんで自分が生きてる限り「(性的にね)少数者である」んだろうとか、なんだかそんなことが頭の中をぐるぐる駆けめぐってた。今、自分の生きてる生活は、自分にとって当たり前のことなのに、とかね。なんか自分が生きてる限り、社会的な存在になりうるのかと思うと、ちょっとウンザリ感じたのは事実。でも、人間なんて、みんな一人一人境遇が違うわけで、例えば異性愛者だって、みんな同じようなカップルじゃないと思うし、同じような生活をしているわけじゃないのに、なんで「一括り」にされるんだろうね。で、わたしらのような人間が入って初めて「多様性」になる、なんてちょっとおかしいんじゃないか、なんてことも思ってた。まぁこの映画祭自体が「レズビアン&ゲイ」だから仕方ないんだけど、この日本だって、全然「単一民族」でもなければ、みんな同様の暮らしをしているわけでもない。だから、みんな一人一人を見れば、それぞれみんな「多様性」を持ってるはずなんだけど、なんだか日本人って「みんなと同じ」って思ってるんだよね。最近は「格差社会」がひどくなって、そういう「幻想」もなくなりつつあると思うけど、でもこれって、悪い方向に行ってるって証拠で、決して多様性が認められたってわけじゃない。

なんかね、この映画を観ててそう思ったね。んで、やっぱり「レズビアン」についてはほんのちょっとだけしか取り上げられてなかったし、「トランス」もそうね。「トランスアメリカ」だけだった、取り上げられていたのは。そういうところでも「格差社会」ってのがあるんだよなあ~ってつくづく思った。もちろん、この映画を作った人の人脈とかも関係があるとは思うけど。

で、ゲイ映画が「社会的なもの」も含んでいる一方、レズビアンものはひたすら「日常的」なものを作ろうとしてるのね。それは、いわゆる「レズビアンもの」=「ポルノ(それも男性異性愛者向けに作られた)」って構図ができあがっちゃってるから。「そうじゃない、わたしたちの日常はこうなの」ってところから始めないといけないわけね、レズビアンは。でもさ、レズビアンであるわたしにしては、それは面白くないわけ。だって、レズビアンの日常なんて、自分の日常と同じなんだもの。そんなもん観てもちっとも面白くないじゃん。昨日観た「ボーイズ短編集」の「やりまくり映画」みたいなもんを作ってくれーって思うんだけど、作る方は極力それを避けてるような気がするのね。だから、ゲイ映画は平気で露骨なSEXシーンを普通の映画の中に入れちゃってるけど、レズビアンの映画って、キスだけか、よくいっても胸触るくらい?なんだよ。でも「わたしたちの日常」を描くんだったら、やっぱSEXシーンだって必要だとわたしは思うよ。それにレズビアンのSEXって多分、人それぞれ。異性愛者のSEXシーンみたいに男が女の上に乗ってお終い、みたいなものじゃなく、やっぱね、どこをどうして欲しいかってちゃんとみんな話し合ってSEXしてると思うんだよね(ってこういうことすんの、うちだけなの??)。一度だって同じSEXをしたことがない、だから同じ相手とでも「マンネリ化」しないんだよ、って思ってるけど、それってレズビアン一般の「常識」なのかすら、わたしには分からない。映画でそういうものを取り上げたものを見たことがないから。でもそういうものを取り上げた映画もあってもいいと思う。

まー、わたしがこんなこというのは、エロいからさ(爆)それだけなんだけど。もう「キス」とかよくいって「胸を触るだけ」のシーンは飽きたのよ。わたしはそれだけじゃ満足しないわけよ。誰か当事者でレズビアンの濃厚なSEXシーンがある映画を作ってくれないかなあ~。欲求不満で爆発しそう(爆)

ってわけで、「ガールズ短編集」ね。去年のガールズ短編集は実は全然覚えてないんだけど、今年のは結構どれも面白かった。1つ目の「プライベートライフ」は、'50年代のイギリスの話なんだけど、当時のイギリスはまだ「ソドミー法」があったんで、ゲイやレズビアンは逮捕されてたわけ。その当時のいわゆる「隠れた同性愛者たち」の物語。主人公の女性と「共存(?)」する男性がいて、週末だけ彼女らは町へ行き、自分たちが来ている服を交換して(それも「女子トイレの中で!」)、そして女装をした男性はゲイバー(って言うのかな?)へ行き、そこでダンスをし、男装した女性は彼女と短いデートをする。そんなことをしているうちに、ゲイバーの方に警察の手入れがあって。。って話なんだけど、んー、コメディっぽくて、随所に笑えるシーンがあったんだけど、まぁそれだけの映画かなあ。その女性はどうやら製糸会社の経営者の娘で結構身分が高く(って言うの?)、父親から結婚がどうの、って言われてたけど、でも最後は「わたしたち、このまま週末の短い時間だけ会う関係でいいの?」って言ってた恋人はどうやら彼女の会社で従業員として働くようになったようで。。でもその後どうなるかは分かんないんだ、わたしには。

2つ目の映画は「シュガー・ブラッド」。ドイツの映画らしい。完全モノクロ映画。これがねー、わたしは気に入ったのだ。恋人のいる女性が、その恋人が浮気ばかりするというので、彼女の友達の多分ヘテロであろう子持ちの離婚女性に「自分も浮気をして彼女に思い知らせてやる!」って言うんだけど、そのヘテロの女性は「そういう安っぽいことは止めなさい。わたしも離婚したんだし、あなたも別れる方がいいわよ」って言うのね。で、彼女は公園をぐるぐるする。その公園がさ、なんとな~く「有栖川公園」を思わせるような公園で。

で、彼女は誰か浮気相手を探そうと、初めは携帯で話している女性の後を付いていくんだけど、逆に女性から「ストーカー」呼ばわりされてしまう。で、ぐるぐるするのに疲れてベンチに座ると、横のベンチでお芝居のセリフを覚えている途中の女性に会う。その女性が「これを早く覚えないといけないから手伝って。あなたは男性のところのセリフを読んで」って突然シナリオを渡されるのね。で、その内容が、男性が浮気をしていて女性から責められる、って内容で。。本来なら彼女は恋人に言うセリフをそのまま自分に対して言われ、それで女性がシナリオを無視して「あなただって浮気したでしょう!何回も何回も。もう僕はそんな君とは付き合っていられない!」とかなんとか言っちゃって、練習を頼んだ相手はシナリオ通りじゃないんで目を白黒(笑)

そのあと、また公園をぐるぐるするうちに、池のそばでなにやらアヤしい踊り(?)をしている女性に出会う。その女性の隣のベンチに座っていると「あなた、わたしのそばに寄らないで。あなたのチャクラは閉まっているから、負のエネルギーでいっぱいなの。そうそう、あなたもチャクラを開かせてみない?こうやって大地から取り入れて、それを頭から放出するの」と、後ろから手取り足取り、腰を取って(?)「こんな風にやるのよ」と振らされ、よそから見ると一見、ちょっといやらしいことをしているように見える(笑)もちろん「チャクラの女性」は本気なのだ。だけど、その動きがアヤしくてね。そこに、本物の彼女が現われ、、「何をやっているの??」と主人公を問い詰める。そりゃ、相手だってチャクラの女性に自分の彼女の腰を持って振ってたりなんかしたら誤解するだろう(笑)

主人公は「別に変なことはしていなかった」と言い、アヤしい女性は「うわー、なに、この女。ちょっと近寄らないで。あなたから悪いエネルギーがたくさん出てるわ!!あっちに行きなさいよ!」とか、本気で言ってたりして、もうめちゃくちゃ。これがまた笑える。で、最終的に主人公の女性は恋人に「もう別れる」と別れを告げるのだ。なんかね、ちょっと抽象的な映画ではあったけど、コミカルで面白かった。最初は「浮気して相手を連れ戻す」はずが、いろんな人に出会い、いろんなことがあって、別れちゃった、ってことで「あ、そうですか」みたいな(笑)でも、この浮気していた恋人の名前が「ミヤ」って名前でね、髪の毛も黒くて東洋人なの(本当は、日本人でなく中国系の名前ではあった、その女優さん)。どうやら「恋人は日本人」であったようだ。なぜ日本人の設定にしたのかは不明だけど(笑)

3つ目は「水に満たされて」ってアニメの映画。これ、すんごい抽象的だったのね。で、5分と短かったの。でも、なんかねー、わたしにとっては面白かった。ハートを胸に持っている女性が、テレビの中で踊っている人と恋をして、ハートが相手に半分渡る。けど、結局それが壊れてしまって、彼女はその半分壊れたハートを海の水に漬けて、そしてまた一つのハートを取り戻すってただそれだけの話なんだけど、なんかねー、アニメでの動きそのものも面白かった(自分は動かず、ものが動いてくれるとか。でも多分、これ、観た人しか分からないだろう(笑))し、一つの恋が始まって終わり、それでまた水に漬けて元通り、ってのは、なんかねー、胸に残った。

4つ目。「ラブ・イズ・ラブ」っていうアメリカ映画なんだけど、これが大爆笑の映画でさ。最初、男性が「右利きは85%で左利きに生まれた人は右利きになりたいって言うけど、今、自分もまさにそんな心境で」って言うから、てっきりその人はゲイだと思いきや、実はヘテロの男性。そう、この映画での世界は、ヘテロとゲイの比率が入れ替わってる世界って設定なの。

そして女性の神父か牧師かは知らないけど、教会で叫びまくる。「男性と女性が付き合うなんて、なんておぞましいことなんでしょう」と。そしてヘテロ男性向けエロ雑誌を振りかざし「彼らはこんなものを見て、SEXのことばかり考えています。なんて野蛮な人たちなんでしょう。そして彼らはいつも戦争を起こしてきたのです」と。教会に来ているゲイやレズビアンカップルは「なんてことだ!」って顔をして、目を背ける。

一方、あるヘテロ女性もカウンセラーらしき人に相談しに来る。「わたしは男性が好きです。どう考えても女性は好きになれません」と。カウンセラーは「いつそのことに気がついたんですか?」と言うとその女性は「大学の時です」と答える。これって今の世界で性的少数者がずっとされ続けてきた質問だ。今の世界じゃヘテロセクシャルの人にまずこれを問うものはいないだろう。

あるとき、映画館に行ったヘテロ男性は、隣に座っていた男性に近寄られ、肩に手がかかる。それを苦痛に感じ振り払うと、隣の男性は怪訝な目で彼を見る。そしてヘテロ男性は、隣のレズビアンカップルと思われる女性の胸につい、目を寄せてしまう。するとその横に座っている女性がまるでケダモノを見るような目で彼を見てそして、自分の恋人よと言わんばかりに彼女の肩を抱く。周囲の人から「あの人、ヘテロよ」と言わんばかりの目で見られ、ヘテロ男性は居場所がない。

教会の牧師か神父か知らないが叫ぶ。「今や同性同士で子供が作れるようになりました。これは『神の意志』です。男女カップルはなぜ神の意志に背くようなSEXをするのでしょうか?」そういって、試験管の中に入った水色の液体を取り出す。どうやら「それ」によって同性同士で子供が作れるらしい。

ヘテロ男性はバーで言う。「この同性愛社会で、自分に合う女性は果たして見つかるのだろうか」と。「自分の両親(ここが"Dads"って言葉になってた)は『愛に性別なんか関係ないさ。きっと見つけられるよ』って言われるんだけど」と言って、両親(もちろん、両方男性)と自分が写った写真を取り出す。もう爆笑。

そう、その世の中は、完全に今の世界の「逆」なのだ。ヘテロを変態呼ばわりし、あとはちょっとフェミも入ってるかな~(笑)って感じ?今の世界でわたしたちが言われていることを、その世界のヘテロはそのまま突きつけられる。カウンセラーと話している女性が言う。「わたし、『ストレイダー』を持っているんです」と。もうここで会場、大爆笑。そしてカウンセリングを終えた彼女はその「ストレイダー」でヘテロ男性と出会う。ま、めでたしめでたしなんだけど。

それで終わりきやと思うと、再びカウンセラーのシーン。「『ストレイダー』とは何?」って。「その人がヘテロかどうかを見分ける力です。あなた(カウンセラー)からは全くそれが感じられないわ」と彼女は答える。これは、「ゲイダー」や「レズダー」という言葉のパクリ。その言葉を知らないと笑えないところだ。これがわざわざ入っている、ってことは「ゲイダー」や「レズダー」を知らない人のために付け加えられたシーンだろう。わたしにはここのシーンはいらない、って思ったんだけどね。

いつもいつも現実世界では肩身の狭い思いをしている性的少数者のクリスチャンの恨みが込められているような話だったー。きっとキリスト教原理主義の牧師はヘテロ相手に同性愛がどんなにおぞましいことかをこんな高圧的な口調で語っているんだろうなあと思わせるほど。

しかーし!、もしかしたらいつか、本当に同性同士で子供ができる方法が確立されて、もしかしたら、ホモセクシャルとヘテロセクシャルの人が逆転するかも知れない!ヘテロの人、覚悟しておきなさいよ~(ふっふっふっ)←んなわけない

で、最後「どっちがトップ?」って話なんだけど、なんか片方の恋人はマンネリなSEXしかしない人なんだけど、もう一方はもっと違ったことがしたくて。。で、SMの世界の想像やら妄想やら。。んー、これはわたしにとってはちょっとイマイチだったかなあ~。でも実はこれが一番エロかったのは確か。でも、わたし自身はSMの嗜好は持ってないので、あんまりいじめられて、、ってのは好きじゃないのよね。

「ガールズ短編集」、どれも結構面白かったんだけど、やっぱねー、SEXシーンがないのよ。あってもキス止まりなのよ。やりまくりのレズビアンの話とかないのないのかしら?って思うんだけどさぁ。前日に観た「ボーイズ短編集」は、そのほとんどがSEX絡みだったんで、やっぱそこんとこが違うのかなあ~。わたし、別にゲイのSEXシーンは観たくないんだけどさぁ(苦笑)なんでレズビアンのSEXシーンやってくれないのかなあ~。別に生々しくなくてもいいから、せめて胸くらいまでは触ってくれ(笑)で、できたら脱がせてくれ(爆)ただ、SEXシーンがないということから、これだけさまざまな分野のものを集められたのかも知れない。だけど、一つくらいでいいから(←しつこい(爆))

で、最後に「彷徨う花たち」。
これね、観て分かったんだけど、時系列はあまり考えちゃいけないのね。3つの話がそれぞれちょこっとずつ重なってはいるんだけど、ただそれだけ。物語の場面場面で「列車」が登場する。その「列車」はね、時空間を飛び越えていく列車なんだ。そして映画の中で歌われる「チューチュートレイン」。これも「列車」にかけてある。

前も書いたけど、この話、出てくる女性はみんなレズビアンで、男性も多分ほとんどゲイ。すごい世界だなって思うんだけどさ。背の高い男か女か見た目じゃ分からない一応、生物学的には女性の「ディエゴ」(アコーディオン弾き)と目の見えない歌姫「シン(だっけ)」。その妹「メイ」。メイは小学生なんだけど、背の高いディエゴに恋をする。けど、ディエゴは姉とできてしまうのね。結局メイはある家庭に引き取られることになり、大人になるまでディエゴたちとは会わない、と里親(って言うのかしら)と話し合う。そこでね、里親が「失礼だとは思うんだけど、あなたたちのような暮らしではメイにとってはよくないと思うの」って言うんだけど、これが「あなたたちが同性カップルだから」を意味しているのか、それとも職業柄、両方夜に働いているから、ってことを指しているのか、どっちかはわたしには分からなかった。

そして、何年かが過ぎ。メイは高校生になる。学校で同級生に「男の人でも女の人でも愛は愛でしょ」とはっきりと言う。それを聞いて気まずい雰囲気で去る同級生。その後、男の人からもらったラブレターらしきものを学校の寮から家に帰る途中、列車の中で破り捨てる。学校が休暇で里親の元に帰るのだ。そして家に帰ると、ディエゴたちカップルが待っていた。「すっかり大きくなって」と言われるメイ。まだディエゴのことが忘れられないのか、笑顔を見せたあと寂しそうな顔をするメイ。

ディエゴカップルがいつものようにレストランで仕事(ディエゴがアコーディオンを弾き、シンが歌う)をしているとき、一組の結婚披露宴が行なわれる。これが第2話の始まり。この結婚をするカップル、実はゲイとレズビアンでお互いにパートナーを持つ、いわゆる「偽装結婚」だった。

その後、何年過ぎたか分からないが、どうやら女性(リリー)の方はパートナー(オーシャン)がとうの昔に死んでしまったようで、一人暮らしをしている。一方、男性(イェン)はパートナーに若い恋人ができた挙げ句、自分の方はHIVに感染してしまって、薬を飲まなければならない身体になっていた。しかし、どうしてもその薬が合わず、副作用で吐き気を催している。

物語は年老いたリリーの元に家を飛び出たイェンがやってくるところから始まる。リリーはアルツハイマー病にかかっていた。そのため、結婚したイェンが来たとは認識できず、本来の恋人であったオーシャンだとずっと思いこむ。イェンが普通の男の格好をしていると「父さんがいつ来るか分からないから、そういう格好は止めて」と言い、イェンは無理矢理「女装」させられ、それで街を歩き、そして中学生か高校生らしき人に「ホモ野郎」だの「変態」だのと言われ、ボールをぶつけられ傷つけられる。イェンはリリーに向かって「アンタのせいよ!」って言うんだけど、それが分からないリリー。リリーの中ではイェンは恋人である「オーシャン」なのだ。イェンはそういう彼女と一緒に暮らしていこうと決意する。

第3話は若かりし頃のディエゴの話。ここでディエゴは「ショーガール」をしているリリーと出会う。「女の身体は嫌いだ。だけど男にもなりたくない」というディエゴ。「女のままで女を愛せないのかな」というディエゴ。「愛せるわよ」というリリー。そしてリリーの方から「キスしていい?」と言い、二人はキスをする。「早く家を出たい」というディエゴ。「家を出て、そして好きな女の人と一緒に暮らすんだ」というディエゴ。「わたしのことを愛してくれる人と出会いたい」というリリー。

そうしてディエゴは列車に乗る。
列車には年老いたリリーとイェンが乗っている。リリーはオーシャンを探している。
そして、列車には高校の寮から家に帰る途中の大きくなったメイも乗っている。

列車は時空間を越えて走っている。この物語には時系列、というものが存在しない。ただ、どこかでなにかが繋がっている。そんな不思議な映画。まー、わたしはこの手の映画はちょっと苦手なんだけどね(^^;

この映画の上映後、監督さんとディエゴ役を演じた人とシン役を演じた人、それから撮影した人の4人が挨拶した。わたしは知らなかったんだけど、この監督さん、「TATTOO(刺青)」って作品を作り、去年、この映画祭で上映したそうだ。「TATTOO」(もちろん、わたしはこれ観てません(^^;)と違い、今回は、台湾の今の同性愛者の状況に割と似たものとして作ったらしい。とすると、わたしからすると同性愛者は結構受け入れられてるんじゃん?って感じがした。だいたい、ホモフォビックな反応を示す人はいないし、ディエゴの母親は、彼女が全く女らしくないので、自分たちのやっている芝居小屋を兄と2つに分割して譲り渡そうとまでする。兄はそれが気に入らなくて「継ぐのは自分だ」といい、ディエゴに向かって「嫁に行くなら持参金は渡すが、劇団は渡さない」と言うくらいだし。

また、確かにディエゴは自分が「女である」ってことは嫌だけど、でも「男にもなりたくない」という。そんなディエゴを若いリリーは「女であることが嫌いな女の身体を持つ人なのよ」って言うんだけどね。わたしはディエゴ自体は「男にも女にもなりたくない存在」なのであって、だから「女の身体」である証拠の「胸」を潰そうとサラシを巻いていたりするんだな、と解釈した。だから「性別違和」というよりも「何にもなりたくない自分」なんだよね、あの人は。前も書いたとおり、日本語では「僕」と訳されていたけれど、あれは訳した人がそう解釈しただけであって、わたしは「わたし」でも構わないと思ったし、もしかしたら「自分」かも知れない。ただ、性的指向は女性に向いている、という人なのね、ディエゴって。

監督さん自身は、撮影している人と7年越しのパートナーらしいが。。

しかし、ゲストが来るからか、すんごい人だったー。それも圧倒的多数で女(笑)。レズビアンものでもこんなに客が入るんだなって分かったよ。そしてゲストに呼ばれた彼女らはみんな、一言ずつ挨拶するときに必ず何か、一言日本語で挨拶するんだよ。その日本語はなんかアンチョコが掌に書いてあるようだったけど(笑)「こんにちは。わたしは○○です」って。ディエゴ役の人は「映画は面白かったですか」(ここで拍手)「ホント?ホント?」とか言ってて、とても気さくな人だった、といっても彼女は今、台湾の何とか大学で演劇を勉強している人らしい。若いのだ、とても。これから彼女は台湾で、どんなふうに活躍していくことになるのかな、とちょっと思った。背が高くて(といっても、そんなに高いようには見えなかったのだけれど)、中性っぽい彼女。レズビアンの役しか回ってこない、なんてことのないように。。でも女の人から人気が出そうな感じではあったけどね(笑)

ってわけで、一日に3つ観るとさすがにくたびれるわー。
疲れ果てて、昨日中に日記をアップできなかったのよね。

わたしの映画祭は今日でお終い。あと2つ。一つは一回観た「フリーヘルド」。もう一つは「パートナーシップ法は突然に」。結局、わたしが「観たい」と思う映画はドキュメンタリーが多い。。

そうそう、会場で「バルト9」で19日からレイトショーでやってる「後悔なんてしない」のチケットを買っちゃった(笑)これさぁ、買うともれなくポスターが付いてくるって言うんだけど、別に男のポスターなんぞいらん、って思ってたら、知り合いのゲイが「欲しい、欲しい」というんで、んじゃあ、といってチケットと一緒にポスターももらって、んであげてきた(笑)こういうところでゲイとレズビアンは「共存」できる(爆)といっても、ポスター付きってことはあの映画は「腐女子狙い」なのかしら、、って思わないこともないんだけどね。

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07-21 Mon , 2008
五度、第17回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭に行ってきた
もう、結構ヘトヘトです(苦笑)
映画祭は今日までですけど、わたしの映画祭は昨日で終わりました。
昨日観たのは、17日に一回観て、もう一度、どうしても観たかった「フリーヘルド」(同時上映「不思議の国の女たち」)、それと「パートナー法は突然に」の2つ。

「フリーヘルド/不思議の国の女たち」は、この順番で上映されるのかと思いきや、逆だった。最初「不思議の国の女たち」をやったんだけど、、すんごかった、この映画。フランス人が撮った映画なんだけどね、英語のタイトルは「A Lez in Wonderland」。なんかこれだけでも「え、なんなの?」って思わせるタイトルじゃん!

要はね、フランスのレズビアンがアメリカのパームスプリングスってところに行く話。多分、このパームスプリングスって「the L word」にも出てきた話だと思う。何月かよく知らないけど、あるホテルで5日間、レズビアンばっかりが集まって、日中はプールで、夜はパーティーが行なわれる。始まったのは'90年だそうだが、そのときはたったの1日で参加者も500人だけだったらしい。が、今や5日間、なんと1万人もののレズビアン(バイセクシャル女性も含まれてるだろう)が集まって、やりまくりの人はやりまくりらしい(笑)

もー、世界各国から(といっても、やっぱアメリカが主で、あとは周辺国、イギリスから来た、ってことで、アジア系の人はそこには全く写ってなかった。いないのか、いても取材対象にはならなかったのかよく分からないけど。。やっぱり「言葉の壁」は大きいと思うんだよな)集まったレズビアン。「おっぱい大好き」と言い、最後まで「おっぱい、おっぱい」と言い続けるおっぱい星人の人もいたし、「母親にカミングアウトしたの。そうしたら、なんと母親も同性愛者だったの!わたしはカミングアウトするまでに6ヶ月間悩んだけど、母はやっぱり結婚してるからかずっと悩んでたみたい。友人って言ってた○○(わたしが外国人の名前を1度で覚えているはずはない(苦笑)は、実は、母親の恋人だったの!!」って信じらんない話とか、プールではもうあらゆる女たちがビキニで、そこはまさに「天国」。プールサイドでは「コンテスト」が行なわれ、誰が選ばれるか、、なんてホントはどうでもいいそうだ(笑)カメラに向かっておっぱい丸出し~!の人もいたし、うわっ、アガルってのはまさにこのことなのか(笑)

パーティーはみんななまめかしい格好して踊ってる人あり、キスしまくってる人あり、、全部、女、女、女の世界。この映画の音響さんだけ、異性愛者だったらしいんだけど、彼女、人気者で他の人に声かけられまくり。いつの間にかどこかに行っちゃってる(笑)で、4人の人とキスをして「もしかすると彼女は同性愛者なのでしょうか。キスをした4人が彼女を判定します」とのナレーションが。音響さん自体は「わたしは異性愛者よ。女の人とキスしても男の人とするのと同じだったわ」とのこと。残念ながら、キスをした4人のレズビアンたちは「あなたは異性愛者よ」って判断を下した(笑)

このパーティー(ってんだろうか)は、市に大幅な利益をもたらすってんで、市から表彰されていた。そう、ゲイだけでなく、レズビアンも本当は「マネーパワー」を持っていることが最近分かってきたらしい。経済的に力を持つってことは、実は社会にもその存在を知られるわけで、周りが無視できなくなる。「ゲイマネー」はとっくの昔に有名だが、レズビアンも同じだという。ただここら辺は日本の状況とはちょっと掛け離れてるのかな、って感じはしたが、ただ、日本のレズビアンたちだって、貧乏な人から金持ちから、いっぱいいるからね~。一概には言えない。

で「本当にこのパーティーではSEXしまくりなんでしょうか」というナレーションが入り「あなたは何人とやったの?」ってインタビュー。「100人」って答える人もいたし「30人かな」って答える人もいたし、しかしこの短い間で100人もの相手をするってどんな体力やねん!ただその中にはかわいそうに「今までたった1人しかキスしてないの。しかもその相手は嫌そうだった。。」って(笑)中には売れない人もいるらしい。「SEXした人との電話番号の交換は?」って聞くと「そんな、顔も名前も聞かないわよ!」ってことで、やっぱやりまくりの世界らしい。。じゅるる。。。

そこにはたくさんの出店(?)も出てて、例えば女性の性器のグッズを専門に取り扱ってるところ(女性器をかたどった帽子とかね、あとは「I love VAGINA」って胸のところに大きく書かれたTシャツとかね。。)なんかすごい店だったわ。あとはいわゆる「大人のオモチャ」の店ね。店の人は「異性愛者より、同性愛者(レズビアン)の方がSEX Toyに対する偏見が少ないみたい。異性愛者はこういうものを使うとすぐに『変態』って思われちゃうのよね」だって。まー、異性愛者のことはよく分かんないけど(笑)、使うとまた別の気持ちよさがあるのよね~(ってこれだと使ってるって言ってることじゃん!(爆))使わないのはまた別の気持ちよさがあって、使うとそれとはまた別の気持ちよさがあって、それでいいじゃん?要はSEXなんて相手との身体のコミュニケーションなんだからさ。人によってもどこが気持ちがいいかが違うだろうし、そういうのはね、やる相手と徹底的に話し合うべきだと思うのよね(となんでわたしがこんなとこで力説せんといかんのか(苦笑))

ただ、実際、わたしがこういうところに行くと、ヘタレなので「うえーん、怖いよー。女ばっかで(;_;)」ってなるんだろうな。。だいたい、日本のクラブイベントでさえ場違いと感じてるし、多分、こういうところに行ったら、ずっとずっと彼女にへばりつきで「怖いよ怖いよ~(;_;)」って言ってるに違いない(笑)しかし、そこにはレズビアンのエロビデオ(かDVD)が売ってるみたいで、思わず「あれ、買いに行きたい。。」って思ったのでした(笑)

まー、話の筋などまったくなく、そのパームスプリングスの様子をそのまま撮った映画、って感じで「こう言うのもあるんだ。行ってみたいけど怖い(;_;)」と思った次第。でもこん中にも多分、日本人がちょっとはいるんだような~。日本から行くんじゃなくて、現地に住んでる日本人とかさ。

そして2回目の「フリーヘルド」。映画の中でたくさん「正義」という言葉が出てくる。それは一体なんなんだろう、と思いつつ、今度はじっくり観た。

肺ガンで余命1年もないと申告されたローレルは、「警察官」として「正義のために働いてきた」。そして、今度はその「正義」を自分の愛する女性のために勝ち取りたい、と彼女は言う。どうやら「裏で手を回して」年金を受給される、という方法もなきにしもあらずだったらしい。が、彼女は正々堂々と公の場で命をかけて「正義を勝ち取ろう」とする。この「正義」とは、アメリカ合衆国の国民にとっては「自由」と同じくらい大切なものらしい、というか、公聴会が開かれるときにみんなが宣誓するんだけど、その中にも確かに「正義」って言葉が入ってるんだよ。

日本では「正義」っていうと「正義の味方」くらいしか思いつかないけど、アメリカ国民って確か「国旗」の元で「自由」や「正義」を誓うんだよね?違ったっけ。だから「国のために正義を」というのは、多分、アメリカ人にとっては本能?みたいな感覚なんだろう。そして「なにが正義か」というのは人それぞれあって、保守にもあるし、リベラルにもある。それぞれの考え方は違っていてもね。で、その「正義」がその人の「信念」となって、そしてその人を行動させるのだろう。日本とはね、そこのところが全然違うんだな、と思う。日本で「正義のために」とか言ったら「お前、バカか」と言われるのがオチだもんね。「何を偉そうに」とか「お前が一番偉いのか」とか言われそうだよね。ここら辺の国民の感覚がもう全く違うんだな、と。

彼女の支援者も「力を正義のために使って欲しい」と郡の財務委員に言う。「決断するのは郡の財務委員なのだ」と。その「力」を使わないことは財務委員の「怠慢」だという。日本語では「正義のために決断を」と訳されていたが、実際の英語では「You have the powor.」と言われていた。要するに「あなたたち(郡の財務委員の人たち)には力を使うことができる」ってことなんだ。それだけの「権力」を持っている、ということなんだ。

そして前の日記にもちょこっと書いたけど、同僚の「今まで保守党しか投票してこなかった」という警察官の言葉をもう一度、聞いてきた。彼は今まで「社会的権利なんてことは興味がなかった。もちろん、同性愛者の権利もね。でも、自分は彼女の『深い愛の姿、そして苦しんでいる姿』をみて心を動かされた」と。

支援者は次々と言う。「わたしは結婚して20年経つ。自分が死んだら妻に遺族年金が支給される。なのにパートナーが同性だと言うだけで、ローレルにはその権利はない。それはおかしいのではないのか」と。「同性愛者も異性愛者と同じように相手を想う気持ちは同じだ。ローレルがもし今、男性と結婚するならば、その男性には自動的に遺族年金が支給される。でも同性であるステイシーにはその権利はない。これは明らかに差別だ」と。

郡の財務委員の言い分は「組合の契約の問題」と「婚姻の神聖を汚す」とのこと。特に一人が頑なに「同性愛はモラルの問題だ。自分は個人を攻撃しているのではない」と言い張る。しかし、その見解は「財務委員」としてではなく、あくまでも「個人の見解」と言うことだったようだ。

このあとはもう何度も書かない。ただ、わたしは前回は涙することはなかったが、今回は一人で観たからか、残り少ないローレルとステイシーの姿を観たときに思わず泣いた。彼女たちが二人ともバリカンで頭を刈ったときに、ベッドに座ったローレルとステイシーが「5年前に出会ったときもこんな髪型してたわよね」と言い「この髪型、好きよ」と言って二人抱き合う。彼女たちは一体、そのとき何を思っていたんだろう。脳にガンが転移して、みるみる間に姿を変えていくローレル。ホント、観ている方はつらいんだけど、何も変わらないで普通通り接するステイシー。その生活を淡々とカメラは追う。日本ではすぐに「献身的な介護」とか言いたがるだろうけど、そんな感じはしないんだ、これ。

最後、カウンセラーがローレルに問う。ローレルは「いつ死ぬか分からないから怖い」と言う。そして「一番大切なものは?」と聞かれ「ステイシー」と答える彼女。彼女はおそらく死を宣告されて、それから自分のパートナーのために必死に戦ってきたのだろう。彼女を守るために。それだけのために戦ってきたのだろう。愛するものを守る強さ、25年(24年とも言ってる人がいたんだけど)、ずっと人々を「守ってきた」警察官が最後に守ろうとしたのは、愛する人だった。その強さが彼女のために発揮されたとも言えるだろう。それが同僚や人々の心を動かし、そしてついに郡の財務委員も「決断」する。ただ一人を除いてね。彼はその臨時の緊急会議に「欠席する」という行動によって自分の意志を貫いたとも言える。が、結局は表に出てこない分、彼は負けたのだ。彼の中ではまだ「婚姻は神聖なものであり、同性カップルの保障を認めることはそれを汚す」ことなんだろう。そういえば最近でもあったよな、日本でさ。こないだ「芥川賞」を取ったのは中国人作家だったけど、その選考会に出てこなかったヤツが約1名いたじゃないか。彼は以前「三国人発言」などでいろいろ物議を醸し出した人物だ。そういう輩がいるのは、アメリカでも日本でも同じらしい(苦笑)もっとも、その彼はアメリカも嫌いらしいけどな。

そして、最後。彼女の死の9ヶ月後に州の裁判所で同性カップルの遺族年金受給の適用が決定された。が、前に10万組って書いたけど、100万組だった。。アメリカにいる100万組と言われている同性カップルにはまだこの権利がない、ということだった。

しかし残された彼女はまだ若そうだったが、彼女はこれからどうやって生きていくんだろうな、って思った。彼女と買った二人の家に住み続けたい、と言っていたが、これからあの家で一人(とあと犬がいた)で住み続けるんだろうか。。

その後、トークショーが行なわれた。尾辻さんが出てくるのは知っていたが、もう一人、山下弁護士という人も呼ばれていた。

で、尾辻さんとのトークを聞いてたんだけど、日本自体はアメリカとは年金制度が全く違うんで、例えば映画の中にローレルが男性と結婚すると、その男性に遺族年金が支払われるということだったが、日本では妻が死んでも夫には遺族年金が支払われないらしい(ただし、年齢制限があったんだけど、何歳か忘れた)。夫が死んだら妻には遺族年金が支払われるが、妻が死んでも夫には遺族年金は支払われない。この場合、もしその夫が「主夫」で妻が働いていたらどうなるんだろう、と思うんだけど、そこら辺のところはよく分かんないんだけどね。詳しくは言ってなかったんで。

それから法律を作れば、それに越したことはないんだけれど、そうではなく、裁判で争うという方法もある、という説明。それによると同性カップルが裁判を起こした、という事例はまだ聞いたことがないそうだが、今年の何月かに最高裁で「叔父と姪のカップル」(日本では叔父と姪は結婚できない)の遺産相続だったか、その辺は忘れたけど、争われて、勝訴したそうだ。この場合、周囲(親戚や近所の人たち)は彼らを「結婚している状態」と認めていた、とか、そういう「証拠」が必要だってことで、もしかすると同性カップルの場合でもこういう判例が出たというので、争ったらどうなるか分からないよってことだが、、でもさ、考えてみるにいくら「結婚できない叔父と姪」であっても男女であることには変わらず。それだったら周囲にも言いやすいだろうよ。けど、同性カップルの場合は、まだまだ「わたしたち、同性カップルなんです」と両親には言えても、親戚には言う必要があるか?とか近所に言ったら近所の噂の種にならないか?とか、そういう恐れは十分に考えられるよね。わたしだって、結構おおっぴらにはしてるけど、例えば階下のおばちゃんとかそういう人には言ってないもん。だからね、これは難しい問題だと思ったよ。

それに、裁判を起こしたら、当然世間の注目の的になる、今はね、多分。それに耐えられるのか?って問題もあるよね。ただ、一つ聞いたのは、これから弁護士や行政書士で「当事者やフレンドリーな人たちのネットワーク」を作ろうとしている、ってことだった。それだと最初から「カミングアウトの壁」は低いので相談しやすいだろう。そういうところには注目しておきたい。

で、最後の最後。「パートナー法は突然に」。これは2006年の冬にイタリアの政権が左派に変わったということで急遽出てきた「パートナー法(DICOと言うらしい)」。これをめぐってのドキュメンタリー。撮った二人は二人ともジャーナリストなんだけど、彼らはすごい。もう、ホモフォビチックな言葉が人々から次々に出てくる。バチカン市国を持つ(って言うんだろうか)イタリアは、法王の発言力がすごく強くて、保守的な人たちはみんなそれを信じ切っている。ちなみに保守派の人が言う言葉はすべて同じなんだ。「同性愛は不自然」「家族は男と女と子供」「同性愛者がいるのは分かっているけど、彼らは病気。だから治さないといけないかわいそうな人たち」「同性愛者に異性愛者と同じ権利を持たせれば、次は10人とカップルになれる権利や犬と住む権利を求められる(なんだよ、これ)」「同性愛者に子供ができたら?それは子供を引き離さなければならない。同性カップルに育てられる子供は精神的な苦痛を負う。子供は父親と母親が必要だ」

もー、すごいすごい。聞いててこっちが気分が悪くなってきた。現に途中でどちらか一方が「もう嫌だ」と言い始める。そりゃそうだよね。その言葉を目の前で聞くんだもん。で「僕たちは8年間付き合ってる同性カップルです。僕たちは愛し合っています。それでも家族じゃないんですか?」というと「それは間違った姿だ」と言われる。途中、シスター2人組に「DICO」のことを聞いたら「そのことを考えることだけでも禁止すべき」って、まぁすごいホモフォビアな発言。けど、二人は仲よさそうに去っていって、その後ろ姿はまさに「レズビアンカップル」そのものに見える(爆)

で、保守派が「ファミリーデー」として「従来の家族の姿はこれ」というパレード(?)をやるんだけど、これにも二人のうちの一人が「行きたくない」って言う。それでも行くところがすごいと思う。言われることは上に同じ。ホント、同じことしか言わないのだ。「同性愛は不自然」「家族とは男と女と子供」ってね。で、同性愛者には権利なんかいらない。一緒に住むのは個人の勝手だけど、なんてことを言う。

二人は国会(?)へもカメラを向ける。議員の言い分を聞くためだ。委員会でどんな発言がされたか、聞くが「みなが意見を言っただけ」と言われ、ほとんど何の進展もない。その中でこの法案を提出した議員の話とこの法案に大反対の議員の話を聞く。テレビでもこの話題で持ちきり。

わたしさぁ、こんな状況だったら耐えられない、って思ったよ、本当。多分、物事が動く際にはこういった摩擦があるのだろうけれど、その中にいるものは賛成の意見はまぁいいが、反対のあのホモフォビチックな発言を何度も何度も何度も何度も聞かされなくちゃいけなくて、普通に生活しているだけでも気が狂いそうになると思う。

その後いつだったっけな、ゲイのプライドパレードが行なわれて、、、なんと参加者100万人!レインボーフラッグがはためくのを見るとね、なんとなく安心するんだよね。。今まで映像の中の人はみんな「敵」だった。でもここのいるのはみんな「味方」なんだってね。彼らもとても嬉しそう。「自然」なカップル。「自然」にキスして、「自然」に腰に手を回して、、なんでこれが「不自然」なんだろう?なんで異性愛者と同性愛者(もちろん、カップルはそれだけではないが)が共存できないんだろう?ホモフォビアな異性愛者は一体何を怖れているんだろう?わたしたちはあなたたちと同じ権利が欲しい、それだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。同性愛者の権利を認めると、同性愛が強要されるとでも?同性愛者が増えるとでも?そんなこと、するわけないじゃないか。自分たちが「異性愛者であること」を無言で(有言だったりもするが)強要されている人間が、そのようなことをするわけがない。強要される苦しさを一番知っているのは、強要されていた人間だ。みんな「自分の本来の姿のまま」で生きていきたいだけなんだ。そして「自分本来の姿のまま」で生きている、異性愛者が持っている権利を同じだけ欲しい。ただそれだけだ。

ただ、イタリアはバチカンの力が強大なので、同じカトリック国でも同性婚が認められたスペインのようにはならないのだろう。法王が「同性愛は不自然」という限り、悲しいかな、同性愛者の権利は認められないのだろう。

で、結局この法案は否決されて、パートナーシップ法は成立しなかったんだけど。
でも彼らは「DICO」という名前のスーパーマーケット(そういうのがあるの??イタリアには)で結婚式を挙げ、そしてこう言うのだ。

2030年にはローマ法王が同性愛者に対して謝罪する、とね。

正直、この映画、もっと気楽なものかと思ったら、結構ヘビーで、ちょっと疲れた。
最後はもうちょっと気楽なもので終わりたかったかな。

ってわけで、今年は何本見たんだろう?多分、スパイラルパスをギリギリ買わずに済む、ってほど観たかな。つーか、今日、映画祭に行かないのは、これ以上行ったら、結局「スパイラルパス」を買った方が得だった、というのが分かって、それがシャクだからなのよ!(笑)

映画祭のロビーでお会いした人、一緒に映画観た人、あと関係者さん、お疲れさまでしたー!

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07-22 Tue , 2008
病院に行ってきた
今日は病院の日だった。
ホントはね、彼女が映画祭の最終日、スパイラルホールに来るときに階段のところで転んじゃったみたいで(わたしはあの日「フリーヘルド」を一人で観て、その後、彼女と落ち合う予定だった)、くるぶしの辺りが腫れちゃったのね。あの後、わたしはあの近くで薬局を探して、シップ買って貼ったりしたんだけど、なんか見ててもかなり痛そうで。帰りが大変だった。で、本来なら、彼女を整形外科に連れて行きたいところだったんだけど、2週間前からこの日が自分の病院に行く日だったんで、連れて行くこともできず。

まぁ痛そうではあるけど、ものすごく腫れたりするわけじゃなかったので、骨には異常はないとは思いつつ、やっぱり病院に早めに行った方がいいと思って、近くの病院を探して「ここ、○時からだから、行ってね」と言いつつ、わたしは自分の病院へ。

で、今日のTシャツはこれ。

P1020546.jpg

言わずと知れた「カティー・サーク」。本物はもう炎上してしまったらしいが。。これは何年だったか忘れたけど、彼女と一緒に年末年始を外国旅行したときに、イギリスのグリニッヂに行って「カティー・サーク」の中で売っていたのを買ってきたもの。今は「カティー・サーク」、どうなってるんだろうねえ~。ということはさておき。

どうも病院に行く日の調子は悪い。日によって変わるのだ、随分。全く忘れるってことはないんだけど、でもすごい軽い日もあれば、歯全体が変な感じがして唾液が出まくるときもある。大抵、病院に行く日はそんな日(苦笑)なんで「あんまりよくなったって気持ちがしません」って言ってきた。まー、最近、連日映画祭で毎日出歩いてたりした割には(そして、長文の日記を毎日書いてた割には)、元気なんだけどさ。PCに向かう方が実は調子がよかったりするのだ。んで、今までは朝起きた、その瞬間が一番調子がよかったりしたのだが、今はそうでもなく。一日の変動差が少なくなってきた感じ。で、底上げはされてると思うのよね。けど、全体的にはあまり「よくなった」って感じがしないのだ。

で「そうですかー。あまりよくないですかー」と言われ、今まで寝る前に飲んでいた「トリプタノール」10mg×2錠が25mg1錠になった。トリプタノールがどんどん増えてるってことは、日中、朝、昼、晩飲んでる「テトラミド」よりもそっちの方がメインってことなのかしら。。?

今日は診察室を見回したら、なんと1つ、リラックマグッズが増えていた。

RLK0020_L.jpg

こんなの。この抱き枕のところがなんか、写真入れみたいになってて、よく見たら「教授受診中」って書いてあるの!思わず「これ、かわいいですね」って言っちゃったよ(笑)そうしたら「いや~、若いもんが買ってきてくれてね~」と言ってた。やっぱ、ぬいぐるみはぬいぐるみを呼ぶのか??なんか、行くたびにリラックマグッズが増えている気がするのは気のせいか???

ちなみに、今日のわたしの「カティー・サーク」のTシャツに対しても無反応でした。。やっぱかわいくないからなぁ~。わたしは好きなんだけどさ。

で、帰り、ちょこっと欲しいCDがあるから、病院近くのCD屋に行こうと思ったら、ないのね、あそこ。ヘヴィメタとか洋物はあるけど、いわゆる普通のCD屋はなかったので、仕方なく途中駅である新宿で下車。東南口の「Tower Record」に最初に行ったら、ついつい目的以外のところも見てしまって「おお!近田春夫&ハルヲフォンのライブCDだ~!」じゅるる。んで、目的地の「パール兄弟」んとこに行ったら、お目当てのCDはなく、、っていうか、最近よく「紙ジャケ」って目にしてたんだけど(ヤフオクとかAmazonで)、一体、紙ジャケって何やねん?と思ってたら、要するに、昔のレコードみたいな袋に入ってるCDだったのね。で、そこでも「え、こんなの出てんの」「このCD、持ってるけど、ボーナストラックにLiveとかDemoとか入ってるじゃん!」じゅるる。。そして裏を見ると昔から「欲しい、けど、、うーん」って思ってた「少年ホームランズ」も紙ジャケで売ってるみたいだったので、ついつい。。ああ、病院に行く前に「金ないからおろそ♪」って思ったのが間違いだった。。orz

結局、その後は目当てのCD探しに東南口の高島屋の中にあるHMVに。ええ、ありました。わたしゃ、この元CDも持ってるんだけど、ボーナストラックとして入ってるリーマンズの「リーマン革命」(と言っても、誰がいるかは分からんだろう。んと、一番有名になったのはラッキィ池田か?あとはしりあがり寿とか?加藤賢崇とか?この「リーマンズ」ってのは、謎のパフォーマンス軍団だったのだ)のDEMOを窪田晴男が歌ってるということを知り「これは聴きたい!!」ってんで、この1曲のために買ったのだ。。

結局、1万以上もCDを買ってしまった。。orz
ああ、金がないってのにーーーーー!

しばらく本屋とCD屋には足を向けるのは止めることにしよう。。

彼女の方は、骨には異常はないけど、靱帯がどうたらで固定しなくちゃいけなくて、全治2週間だそうだ。今は、足首に包帯がぐるぐる巻きされてる。シップも多量に買ってきたみたい。これを機会にして「彼女孝行」しなければ。。

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07-23 Wed , 2008
ゲイとレズビアンは違う国の住民なのか?
最近ね、というか、もうこれはずーーーーっと昔から感じていたことなんだけど、ゲイの人ってこの世に男さえいればいいのかな、ってね、そう思うことが多々あってさ。もちろん、今はわたしの身の回りにはゲイの人がたくさんいるし、それこそ「親と年齢が違う双子だー」と言い合っているほど仲がいいゲイの人もいるよ。けどね、ゲイ全体として「ああ、女なんてどーでもいいんだな」って思う場面があるのよね。

例えば。ゲイのブログのトラックバックセンターがある。けど、そこに登録しようとするとセクシャリティーの選択肢に「ゲイ」「バイ」「FtM」「分からない」しかなくて「レズビアン」がない。だから、そういうところに登録したくても、登録さえできない。

で、今、ちょっと随分昔の本から読み直している、と言うこともあって、すこたんソーシャルサービス(旧すこたん企画)の伊藤さんと梁瀬さんが書いた「男ふたり暮らし―ぼくのゲイ・プライド宣言」、「ゲイ・カップル 男と男の恋愛ノート―恋と暮らしと仕事のパートナーシップ」、「同性愛者として生きる―すこたん企画奮戦記」、「異性愛をめぐる対話」と、ずーっと過去からさかのぼって読んだんだけど。

あのね、最初の方は「僕たち二人、幸せな同性愛カップルなの」という臭いがぷんぷん。まぁ、それはそれでいいと思うのよね。この当時は「幸せな同性愛者カップル」なんて本当にいるの?って感じだったからさ。ある意味、わざとそういう風に「演出」していたとしても、その気持ちはよく分かるのね。もちろん、書いた人ってーのは「同性愛者の代表」でもなんでもないんだけどさ。だけど、最初にそういう本を出すということは、往々にして有り得るから、まぁそれはそれでいいと思うのね。その点、伏見憲明の「プライベート・ゲイ・ライフ―ポスト恋愛論」なんか、最初に「自分は同性愛者の代表ではない」と書かれてるので、その点は親切ではあるけどね。

で、これらの本を読んでいると、どうも引っかかるところが出てきた。特に「同性愛者として生きる」の本なんだけど、この本の98pにね「セックスは、常にひとりの相手とだけしていなければならないものなのだろうか?『権力関係』『子孫繁栄を至上とする思い込み』『結婚制度』といったさまざまな縛りから、人間が解放されたとき、『生涯の愛』を誓った相手とだけ、一生セックスをし続けるというのは、人間にとって当たり前かつ可能なことだろうか?ここは、タテマエを排して、自分の胸に手を当てて、あなたのホンネを探ってみて欲しい。自分が心に決めたパートナーとつきあってきたなかで、他の相手とセックスをしたいと思ったことは、本当に一度もないだろうか?」云々って書いてあるんだけど、この伊藤さんと梁瀬さんは、結局パートナーでありつつ、セックスは決まった相手以外の人としてもいい、という結論に達して、そういうことにしたのは分かる、というか、それも有りだと思う。

けどね。こう決めつけられて書いては、他の同性愛者も同じなのかよ、じゃなくて、うちは少なくとも違うぞ、と思うわけね。わたしは本音で考えようと、彼女以外の人とSEXしたいとは全く思ったこともないからさ。それをね「同性愛者として生きる」というタイトルで一括りにして欲しくないわけ。んでねこれは想像なんだけど、こう考えているのは、多分、ゲイには多くてレズビアンには少ないんじゃないかな、という思いがわたしにはあって。わたしの周りに付き合っているレズビアンカップルはほとんどみんな安定してて、他の人との浮気ってのはまずないと思うのね。ゲイは、、よく分からない(苦笑)堂々と「浮気しました」ってのは未だかつて読んだことないし。けど、映画祭でやった映画なんかみると、やっぱレズビアンとゲイって違うよな、って気がするのよ。

んで単に「同性愛者」というと、日本語では女性も男性も入る。だから、わたしは「これは『同性愛者として生きる』じゃなくて、少なくとも『男性同性愛者として生きる』にしてくれ!」って思ってるんだけどね。。で、更にその次の「異性愛をめぐる対話」でも「一人の人とだけセックスするのは縛られている」とか書いてあるんで(それも対談相手はそれに同意してくれるような人と話している)、もう、それは伊藤さんの考えかも知れないけど、違う人もいるって、って思ってるんだけどさ。なんかそう書かれると「浮気してないカップルは古い考え方に縛られてる」みたいな印象を持つんだよね。でも、古かろうが新しかろうが、どうしても一人の人としかSEXしたくないんだもん。別に縛られた結果じゃないんだもん。

「決まった相手とは決まったセックスしかできない」みたいに書いてあるのも、わたしにとっては不思議でさ。んなこと決してないよ?もうこんなに決めつけて書いてあったら「もしかして、男性同性愛者と異性愛者は、毎回決まったとおりにセックスしてるのかな」とか思っちゃうじゃん。少なくとも、わたしらカップルはそんなことは全くないんだけどな。

なので、ゲイとレズビアンって「性的指向が同性を向いている」のは同じなんだけど、ホントは「水と油」なんだよね。で、ゲイはゲイと男のことしか頭にない人が多い。レズビアンは、、実は、レズビアンはよく分かんないんだ。レズビアンカップルはカップルになったら、なんか引きこもっちゃって、自分の周りの人としか付き合いがなくなってしまうような傾向もしないでもないのよね。ま、気のせいかも知れないんだけど、わたしらが(というかわたしが)外に出てって、ここ2年間で知り合ったのは、レズビアンよりも圧倒的にゲイの方が多いのは事実なんだよね。。

ただし、うちらカップルが、レズビアンコミュニティー(あるとしたらね)にほとんど顔を出さないってのもあるとは思うけど。。ただし、その「レズビアンコミュニティー」ってものは本当に存在するのだろうか?とも思うけど。。さっきも書いたけど、レズビアンの場合、カップルになると引きこもって表に出てこなくなる傾向があると思うからさ。それがいいとか悪いとかは言わないけど、コミュニティーとして存在しなければ、それはやっぱり「目に見えない」から、だから、ゲイとレズビアンって同じ「同性愛者」なんだけど、全く違うんだと思う。で、ゲイは数で力を持っているし、レズビアンの存在はどうでもいいから、話の最初に戻すと、ゲイのトラックバックセンターはレズビアンなんかホント、彼らにとっちゃどうでもいいんだ。もしかしたら女が入ってくるだけで「オエー」なのかも知れないし。

そういえば、どこかで読んだ。「LGBT」という言葉を使うならば、「T」と言うときは「T」の人のことを考えてくれって。多分、わたしの言いたいのもそれと同じこと。都合のいいときは「わたしたち、仲間だもんねー」と言われるけど、実はその中には入れてもくれない。多分、それを感じるのは「G」以外の人たちだ。

でも、本当はそれじゃいけないと思うんだ。それだと自分たちの世界を狭くしてしまう。少数者は分裂させてはいけないんだ。少なくとも「性的少数者」という言葉を使い続けるためには、それこそ、LGBTIQ全部のトラックバックセンターがあるべきだと思うし、そして、最近できたゲイ専門の旅行会社だって、中身を見るとゲイ以外のことはぜーんぜん考えてない。これって、「レズビアン(バイセクシャル、トランスジェンダー)という存在」を考えていないことは、会社にとっても損失ではないのか、と思ったりする。レズビアンだって旅行好きな人がたくさんいるしね。そしてこの会社がスポンサーになっている「Gay Life Japan」だって、ほとんどゲイ向けのことしか書いてないよね?(一部、知り合いが関与しているから、言いにくい部分はあるけど)一部分にだけ「LGBT」という言葉があることはあるけれども。こういうのを見るとね「つまはじき」にされた気分になるのね。

「じゃ、レズビアンの部分を担当しろ」って言われたら、、そこは困るのね。だって、わたしは多分、あまりレズビアンらしいレズビアン(ってなんだ?)じゃないから、レズビアン向けの記事は書けないのだ(^^;だいたいペットも飼ってないしさー(外国には「ペットを飼わないとレズビアンじゃない」ってジョークまであるらしい)。んで「女の園」は怖いし(^^;

日本には「レズビアンコミュニティー」は果たして存在するのだろうか。そして「ゲイコミュニティー」も存在するんだろうか。。ただ「目に見える数が多い」だけなんじゃないだろうか。

一体「コミュニティー」ってなんなのだろうか。

今日はなんかまとまりのない文章になってしまったな。
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07-24 Thu , 2008
「後悔なんてしない」を観て後悔した
第17回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で、バルト9のレイトショーに先がけてやった「後悔なんかしない」を観に行った。映画祭ではゲストが来たからか、満席だったそうだけど。。

観て、思いっきり後悔した。つまらん映画だった。
施設かなんかで育ったウリ専バーで働く主人公と、大会社の御曹司の恋愛ものなんだけど、なんだよ、あれ。って感じ。まず、御曹司が主人公に一目惚れしたのは分かる。けど、主人公が御曹司に惹かれる過程がよく分からないのだ。というか、向こうも一目惚れだったのかも知れないけど、そこのところがくみ取れなかったんだよね、わたし。

で、「身分違いの恋」だから、関わり合いたくなくて逃げる主人公と、それを追いかける御曹司。

わたしは、それを見ながらある、実在するカップルのことを思い出さずにはいられなかった。まぁ詳しいことは書かないけど、それとどうしても比べてしまう。比べると、映画のストーリーが「作り物」っぽく思えてくるっていうか、実際には作り物の話なんだけどさ。

そうするとね、ストーリーが甘ったるい砂糖を掛けたような話に思えてくるのね。

これ、韓国で大ヒットしたっていうんだけど、一体どこがよかったのか、わたしにはさっぱり分からなかった。

やっぱりわたしはドキュメンタリー向きの人間かも知れない。
23:58 | (性的少数者)映画のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-25 Fri , 2008
どこにも属さない、ということ
映画祭の疲れと、昨日の映画があまりにもつまらなかったので(←オイ)、今日はどっと疲れが出て一日中寝てた。今も眠いから、今日はもう早く寝ようと思いつつ。

最近「どこにも所属していない自分」についてよく考える。
もちろん、どこにも所属していない、というのはウソだ。現にわたしは日本国籍を持っているので、日本国という国に属している。住民登録もしている。だから厳密に言うと「どこにも所属していない」というのは誤りである。

けど、、会社を辞めてから、わたしは社会的な身分は「無職」である。ま、「有職」だったのがたったの7年しかないので、ホント、わたしってものすごーーーーい「モラトリアム」な人間なのかも知れないけど(苦笑)でも、やりたいことがあるのに、その方向に進めずに病気療養ばっかやってる自分って随分と情けないのだ。もう一人の自分がいたらとっくの昔にこんな自分殺してる(オイオイ)。彼女は「こういう時間も必要だってあとで思える日が来る」っていうけど、一体、この時間が何を意味するのか。

就職が決まってから、わたしは大学院の博士課程を中退した。中退してから半年間、わたしは幼稚園に行く前以来(爆)、「どこにも属さない自分」という身分になれた。期限付きとわかっていたので、そのときはとても自由な気分になって嬉しかった。どこにも属さない、自由な自分。それがすごく楽しかった。

が、今は先が見えない。それがとても不安だ。「自分がどこからも必要とされない」のは、特に何も感じないのだけれど「やりたいことがやれない」という自分へのふがいなさが常につきまとう。「自分のできることで何かボランティアをやろうか」とも思うのだけれど、今度は「どこかに所属する」という怖さがあって、結局悩んでいるままだ。

そして、貯金もそろそろ底に着いてきた。今度はお金がないということで焦りが出てくる。身体を早く治してアルバイトをしたいと思っているのだが、思うようには治ってくれない。

そういうわけで、今はちょっと焦り気味なのだ。「どこにも属さない自分」にいつまで耐えられるのか。

自分でも分からない。

「どこかに所属したいのかどうか」も分からない。

わたしは一体、この先どうなるのかなあ~、、、、
22:15 | 自分の将来について | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-26 Sat , 2008
深く潜れ
「やらなければならないこと」=「病気を治す」ことになってしまった今、自分の心境はといえば、ただただ深くもぐりつつあるのだと思う。

まー、でも簡単に言うと「昔読んでた本を再読すること」だったりもするんだけどね(と突然軽い口調)。性的少数者関係で言えば、自分がちょうど「わたしって同性愛者かなあ」と思い始めたのと、'90年代の「ゲイ・ブーム」が重なったので、割とその関係の本が多く出ていた時期でもあったのだ。で、「『レズビアン』である、ということ」を読んだんだけど、これがまぁ、よくわからない本でね(苦笑)最初が「『レズビアン』、とはだれか」から始まるんだけど、「~ではない」ばっかりで、何度も「じゃあ、なんなんだよ!?結局、アナタは何を言いたいの?」と言いたくなることしきり。

そのうち、話がどんどんフェミニズムの方になっていってしまって、「レズビアンとはあんまり関係ないんじゃないのぉ?」ってことになり、、で、最後の方でようやく「ああ、この人はなんだかんだ言って、結局『レズビアンとは、女性に対して性的魅力を感じる人のこと』とは言いたくないんだな」ってことが分かった(笑)だってこの人、絶対に「性的魅力」とか「性的興奮」とかそういう言葉を使わなくて「親密な関係を持ちたい」としか言えないんだよ。「セックス」とかそういう言葉は世間のポルノ的な手垢にまみれた言葉なので、どうやら使いたくなかったらしいんだよな。それが、この本を随分回りくどくさせてしまっている一因だと思う。それと、この人、本の書き始めはまだまだ「内なるホモフォビア」でいっぱいらしく、自分のことをまだ「レズビアン」という言葉で言い表わしたくない(=そのような言葉を引き受けたくない)ので、さらに物事を分かりにくくしているのだ。

はっきり言ってこの本、最後の2章だけ読めば、もうそれで十分だと思うんだけど。。なんて言ったら怒られるかな(^^;

で、次に読んだのが「女を愛する女たちの物語―日本で初めて,234人の証言で綴るレズビアン・リポート (別冊宝島 64)」で、これは'90年3月15日発行、わたしはこの6刷の'91年8月10日のヤツを持っている。

これさ、今からたった18年前のことなんだけど、そして、わたしだってこの本のアンケートに出てくる人たち(の中で最も多い年代)とほぼ同世代なんだけど、読めば読むほど暗くなって来た。これは「フェミニズム」はほんの少ししか出てこないから、とても読みやすいんだけど(爆)、この当時の置かれた状況ね。もちろん、中には既婚者も入っている。結婚したけど離婚した人もいる。そういうさまざまな人がいるのにもかかわらず、若い人(っていうか、わたしと同年代だよ!)は「いつかは男性と結婚」って思っている人の多さ!これには少々参ってしまった。まぁ、'90年と言えば、ちょうどWHO(世界保健機関)の国際疾病分類(ICD)から同性愛が削除されて、同性愛は病気ではないので治療の必要がない、とされた年だ。この年の5月17日が削除された日だったんで、その日が今の「IDAHO」(国際反ホモフォビアの日)になっているわけだ。ただ、アメリカではその前から既に「同性愛は病気ではない」ということになっていたらしいのだけれど。

そう、だから、ほんの20年に満たない前までは、同性愛は「病気」だったし(今でも病気と思ってる人がいるかもね(苦笑))、だから、「レズビアン」の人たち自身も「いつかは治る」と思い続けてきたし、男性と結婚する人も多かったんだ。女性同士で幸せに暮らす、なんていう考えはこの本の中では前半部分はともかく、後半部分のアンケートの中ではほとんど皆無に近く、それでわたしはどんどんどんどん暗くなっていってしまった。

なので、今は沈みきっている。といいつつも、今は同時並行して「同性愛者における他者からの拒絶と受容―ダイアリー法と質問紙によるマルチメソッド・アプローチ (シリーズ・臨床心理学研究の最前線 1)」っつー、比較的新しい(今年出たばっか)の本も読んでて、これは結構面白い。ただ、共分散分析とか、多変数解析なんかを使って統計的にデ-タをまとめてるので、それがなんであるかが分からないとちょっと読みにくいかも知れない。とはいえ、これらの解析方法は大学の卒論程度でもやるので、そんなに難しくはないだろう。んで、これを読むとちょっと「ホッ」とする自分がいるのは確か。でもまだ最後まで読んでないので何とも言えないけど。

同性愛関係の卒論や修論を書くのなら、一度は目を通して置いた方がいい本だと思う。

そんなこんなで、過去にさかのぼっていろんな本を手当たり次第に読んでいるわたし。
頭が痛くなってきた(苦笑)

さて、明日は「プレリュード」が行なわれる日。本来なら「東京プライドパレードへの」プレリュードだったんだけど、そのパレード自体は来年の5月に延期されてしまい、プレリュードだけはやることになった。その中で我が「Brass MIX!」も出演する。ってわたしは出ないけど。

観に行こうかどうか、すんごく迷ってることは確か。今、楽器の音ってはっきりいって聴きたくないのね。自分が吹けないからさ。つらいんだ。だから、今、検討中。

今日は頭が痛いので、もう寝よ。
20:45 | (性的少数者)本のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-27 Sun , 2008
行けなかった「プレリュード」
昨日は結局、頭が痛くて、あの後歯を磨いて風呂入ってすぐに寝たんだけど。一度起きたら12時半頃?彼女はまだ起きてて。それから寝ようと思ったんだけど、なかなか眠れなくて。。でも、寝たり起きたりしてたら、昼頃になっていた(^^;

昨日書いた「プレリュード」、行こうかな、行けるかな、と思いつつ、結局行けなかった。。。

やっぱりね、見たくなかったんだよね、自分が出てないBrass MIX!。。
あそこで吹くことが、自分にとってどういうことかということとね、今、楽器を吹けない自分の両方いっぺん見たくなかったんだよね。だから、精神的にあまりよくないと思って行かなかったの。

「いつまでに治る」って分かっているなら、見に行けたのかも知れない。
けど、それが分からない今はやっぱり見たくない。
だって、あそこで吹くことがどんなの楽しいか、わたしは知っているから。
それを離れたところでは見たくなかったから。

多分、他の団体だけだったら見に行けたと思う。NLGRのときも「WING」さんの合奏は聴けたし。
けど、やっぱBrass MIX!だけはダメだわ。。

ごめんね。Brass MIX!のみんな。見に行けなくて。
中には「会おうね」って約束してた人もいたんだけど。

関西パレードまでには吹けるようになっておきたい。

んー、最近気持ちが暗いなあ。
18:41 | Brass MIX!のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-28 Mon , 2008
心の隙間
いや、別にこういう題名を付けたからといって、「喪黒福造」とは関係ないんだけどさ(苦笑)

なんか最近、心にポッカリと穴が開いてしまったような感じで、何もやる気が出ないんだよね。んー、彼女から「プール行ってきたら?」って言われてるんだけどさ、一人じゃヤなんだもん。。不安ってことはないけど、なんか一人で行ってもつまらなそうでさ。

彼女が足の怪我であんまり動けないからかなあ~?わたしも心なしか、気持ちが落ち気味。
取り敢えず、本は読んでたりはするけどね。

この「心の隙間」を彼女に埋めてもらいたい、って言ったらやらしすぎ?

なんか、やさしくくっついたり、キスしたり(といっても、口の中がおかしいから、キスもあんまりしたくないのだ、実は)するんじゃなくて、もっと荒々しいことをされてみたいんだー!って叫んだりしてね。

誰かじゃなくて、彼女じゃないと埋まらない、心の隙間。
それより、自分で動いて何かやらないとダメなのかな。

ふぅぅ。
21:03 | 二人のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-29 Tue , 2008
NHK「ハートをつなごう」で「LGBT」が新たなテーマに
ふとした拍子に知ったんだけど。

NHKの「ハートをつなごう」が10月に新たなテーマ「LGBT」で始めるらしい。ただ、書いてあるのはTokyo Wrestlingのサイトだけで、NHKの「ハートをつなごう」ではまだ告知もなーんもされてない。

しかし、8月にゲイ/レズビアンの第2弾があるのは、まぁいいとして。
一体「LGBT」でどういうことを取り上げようとしているんだろう??だって、「ゲイ/レズビアン」は完全に「LGBT」の中に入ってるし、今までやってた「性同一性障害」だって「LGBT」の中に入るのだ。NHKは今後、「ゲイ/レズビアン」と「性同一性障害」と「LGBT」を別個に扱うつもりなんだろうか??

すげー知りたいんだけど、別に今から中身教えろ、とかそんなことは聞けないので、まぁ10月の放送は楽しみにしておこう。ただ、今までちらっと「日本とイギリスでどう違う!? LGBTの人々をとりまく環境」が出てきてて、その中に「LGBT」という言葉が使われているので、もしかするとこの「LGBTユースエクスチェンジ」のことを取り上げるのかなーとか、個人的には思ってるんだけどね。

ただ、こういった若い人たちへのサポート体制が整いつつある、というのは「いい世の中になったな」ってわたしなんか感じるわけで。「これからの若い人はいいな」って確かにちょっと嫉妬心がないわけでもない。

けどね。これは大学の時の話なんだけど、ふと思い出したんだ。うちの大学、男子寮はあったんだけど、女子寮がなくてね。で、毎年毎年入学してくる女子学生が「女子寮を作ろう」という提案をするわけ。でも、それは決して組織化することはなかったのね。それはなぜかというと「それが実現するときには自分たちは既に卒業の時期を迎えているから」なんだ。要は「自分のため」になることはしたいけど、後々入ってくる女子学生のためにやりたい、ってわけじゃないんだ。この嫉妬心はそれに似た気持ちなのかな、と思ったりしてるんだけどね。

でも、自分がその恩恵を受けないからといって、結局は何もしないのは愚かだとわたしは思う。それはこのプロジェクトにも言えることで。これからの性的少数者の人たちが、今まで、自分たちがつらい目に遭ったような、同じ目に遭わないことを望んでいる人たちがたくさんいる。そのことだけは事実だ。

ただね、じゃ、わたしのような「ユース時代」に自分のことについて気がつかなかった人はどうするんだろう?って思ったりもする。結婚して初めて自分がレズビアンだと分かった、って人だっているし、そういう人たちはどうすればいいのかな、なんてね。そういう人はどうすればいいんだろうね、って思う。

しかし、こういう地道な取り組みでちょっとずつ日本を動かそうと、わたしが生きている間は日本では同性婚はできないかも知れない。けど、それでもやっぱり自分では自分のやりたいことをしていきたいのだ。将来のLGBTの人たちに向けてね。

そういえば、またこういう話を思い出した。アメリカのカリフォルニア州で2004年に一度、同性カップルに婚姻許可証を発行したでしょ。あのときの第1号のカップルはレズビアンのカップルでなんと、両方とも80歳代の人たちだったんだ。そして今回、2008年に同性婚が認められるようになった。そのときの第1号も彼女たちだったんだ。そう、彼女たちは'50年代にレズビアンの組織である「ビリティスの娘たち」を作ったカップル。彼女たちは「結婚」したときに「自分たちが生きている間に結婚できるとは思わなかった」と言ったという。

そんな日がこの日本にも来るといいな。
そうしたら、どんな気持ちがするだろうか。
どんな気分がするか、味わってみたい。

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07-30 Wed , 2008
買おうか買うまいか。。
一昨日辺りから、急に頭の中で鳴り響いている曲がある。
それは過去、わたしがFMラジオに夢中だったときに録音しておいた曲なのだが、最初は歌詞とメロディーだけしか思い浮かばず、誰が歌っているのかとか曲名が分からないために、歌詞で検索を掛けたりしたんだけど、全く引っかからなくてね。

仕方がないんで、ガチャガチャと夜中に過去、録音していたテープを探したんだけど。
それで曲名「心の扉」で歌っている人(グループ)は「リボルバー」ってことが分かった。でもそれを聞いてたらさ、その次に入っていた曲「極楽蝶々」で歌ってる人は「宮原芽映」って人なんだけれども、そっちの方も頭からぐるぐるして、曲が離れなくなってしまった。で、これはなんかちょっと欲しいな、と思って、そういや今、曲をPCにダウンロードできるんだっけ、と思っていろいろ検索かけて探したんだけど。

なんだよー。「100万曲」あるって書いてあるサイトでも「500万曲」あるって書いてあるサイトもないじゃん、2曲とも!あれば、数百円で1曲ダウンロードできるのに。。。。

で、一つの方はYahoo!オークションにあったんだけど、んーって思ってたら、時間が過ぎちゃった(苦笑)もう一つの「極楽蝶々」の方は「続・ムーンライダーズのイイ仕事 ユニバーサル編Part.2」の中に入ってんだよ!しかも、なんでか知らんけど、パール兄弟の「ハレ・はれ」も入ってるし。つーか、こっちの方は既に本家本元パール兄弟の「未来はパール」で持ってるし、こないだはこれの「未来はパール(紙ジャケット仕様)」を買ってきてしまったし、もうそんなに同じ曲は何個もいらん!って思ってるわけだけどさ。1曲のために2,500円は、今の自分にはちとつらい。が、欲しい。。

しかし、自分が惹かれる曲ってのは、なんでこう何かで繋がってるのかなあ~?まさか「極楽蝶々」と「ハレ・はれ」が繋がってるとは夢にも思わなんだ。しかも「ムーンライダーズ」自体はほとんど知らんし!(爆)

何とも不思議な現象でございます。。
てーかさ、昔から音楽に関しては「10年早く生まれてきたかった」と思ってたけど、その当時、たとえレコードを持っていたとしても、今は再生機さえ持ってないので聴けないんだよね。

2,500円は出せない、といいつつ、こないだはどーしても「櫻の園」が見たくなっちゃって、そんで6,000円で買った。手に入った途端、安心したのかまだ封も切ってないけど。でも今、これを見たら、なんか自分が壊れちゃいそうでね。わたしはこういう「女子高生時代」とは全く違った高校生活を送っていたので、自分とはオーバーラップはしないけど、それでもこの作品は好きなんだよねー。これにずっぽりはまっていた頃は、まだ一人暮らししてるときで、ビデオ屋で借りて1週間に何十回って見ててさー。今、彼女と二人で並んで鑑賞したらどんな気持ちがするかな。

しかし、ああ、やっぱり買ってしまいそうな予感。。(苦笑)>ムーンライダーズ
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07-31 Thu , 2008
わたしだってレズビアンなのだー
なーんとなく、前々からおかしいと思ってた。
わたしんとこからリンクしてあるブログって、全部「ゲイの人のブログ」だ。それはそれでいいのだけれど。。
「レズビアンのブログ」となんで繋がんないんだろう?って不思議だった。けど、それはある意味一理あることなのだ。だって、わたし、自分とこ以外のレズビアンのブログって読んだことないんだもん。

で、同性愛ブログランキングの中にある、レズビアンのブログをいくつか読んでみた。

。。。違う。なんだか違う。

そう、わたしのブログ、「the L word」について、全く触れてない。。。他のレズビアンの有名人の話とか、彼女とのらぶらぶ日常日記とか、そんなのもほとんど皆無(たまにノロケるけど(爆))。

この「the L word」、わたしは全く見てないわけじゃない。関心がないわけでもない。けど、ブログで「何か書きたい!」って思うものがない。だから書けない。

そしてそして、レズビアンのブロガーはレズビアンのブロガーとリンクしてる、ってことも発見。あ、その時点でなんか自分が「レズビアン」ってとこの淵の方を彷徨っているイメージが(苦笑)確かにわたし、レズビアンの友達が少ない。んでこれまたよく分からないけど、ゲイの友達ばっか増える傾向にある。前にわたし「ゲイとレズビアンは違う国の住民なのか?」なんて題で書いたけど、もしかしたら、本当にゲイとレズビアンは違う国の住民なのかも知れないなって思った。だったらわたしはどっちの国の住人なんだよ??

ああー、もういいよ。「ゴーイングマイウェイ」で行くからさ。(といいつつ、相互リンクしてくれるレズビアンのブロガー募集(笑))

そういや、昨日から彼女と「最近、野球やってないよねー」って話してた。で、今日から「オールスター」が始まったって知ったわけなんだけど。スポンサー、マツダだよ。おめー、マツダって言ったら、社会人野球で「マツダ」というチームがかつて存在していたが、もう弱小で弱小の野球部でさ。広島県予選も突破できないような本当に弱いチームだった。その当時見てて「マツダさぁ、カープは最早自分とこのチームじゃないんだから、自分とこのチームにもっと金かけてやれよ」って思ってた。が、マツダの硬式野球部は2000年限りでこっそり廃部になった。この「こっそり」というのは、どこにも報道されなくて、シーズンが始まってみたらなくなってた、ってこと。あれにはびっくりしたんだけど。

なのにあの「マツダ」が「オールスター」のスポンサーか~?って思ったよ。
けど「マツダ」は「マツダ」で一時は工場休止したり、「フォード」になったり、と生き残りに大変だったわけよね。で、体制も一新して、今では「フォード車」の車体を生産するようになり、また休止していた工場を復活させるなど、それで息を吹き返してきたってわけだ。ま、その裏では厳しい二次工場の選別などもあって、随分、下請け企業も苦労したわけだけれど。

なーんてこと書くレズビアンの日記など他にあるまい(わっはっはっ)。
もうヤケクソじゃ。
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