05-31,2008
これから名古屋
なんだか、のんびりしてるうちにこんな時間になっちゃったけど(苦笑)、
今から名古屋に行ってきま〜す! でも寒い。。(>_<) |
05-30,2008
む、難しい。。
今日は金曜日。
すなわち「モグリの大学生」になる日(爆) 今日は、予定通りの電車に乗れた。そうしたら、20分くらい前に着いちゃった(笑)でも、今日は既に一人来ていた。わたしが教室に着いたとき、彼は携帯電話でなんかしゃべってたけど、日本語じゃなかった。。 で、わたしがいつもの(といっても、先週に引き続いて2度目だ)教卓の真ん前の場所にずうずうしく座って(爆)、電話を終えた彼もわたしより1列おいて定位置に座った。 時間があったし、2人しかいないしーって思って、思い切って話しかけた。「あなたはいつも、何語でしゃべってるんですか?」って。本当は厳密に言うと「あなたの母語はなんですか?」になるんだけど、「母語」って聞いて分かるかなぁ〜って思ったので(笑)。そうしたら「北京語だ」と言う。だから「北京語と広東語って何がどういう風に違うのか」を説明してもらった。だって、わたしゃ、北京語は全く知らないので。。そうしたら「方言だ」と言う。「じゃ、広東語を話している人たちの会話は理解できるのか。日本では方言たくさんあるけど、その方言で話しててもまず通じないってことはないよ(東北弁とか、本当は分かんないのもあるけど、そういうのはひとまず置いといて(苦笑))。大阪の人が東京で大阪弁で話しても会話できるよ」って言ったら、とてもびっくりした顔をしていた。。あ、この人、日本に来て2年目らしい。「会話はまず分からない」って言ってた。あと文法は同じらしいけど、使う漢字と発音が違うと言っていた。北京語は4声だけど、広東語は6声だから難しいって言ってた。「じゃあ、これは例えば北京語でどう発音するの?」って聞いたら、、わたしには発音できない音だった。なんて字を聞いたのかは忘れた(苦笑)けど「ス」と「フ」が混ざったような音だった。。 そのうち、もう一人来たので、その人とも話したら、その人も北京語を話す人だった。「北京に住んでるの?」って聞いたら、違うっていうから、その住んでるところの方言はないのかって聞いたら、昔はあったみたいだけど、自分は話せないし、そこではみんな北京語で話しているって言ってた。 「あ、北京語で『可口可樂(ho2 hau2 ho2 lok6):コカコーラ』ってなんて言うの?」って聞いたら、ほとんど「コカコーラ」に近い発音だったんで、びっくりしてそして笑ってしまった。だって、広東語で発音するととても「コカコーラ」とは思えないものになるんだもの。。でもどうやら広東語の発音って日本語の発音と近いそうだ。確かに北京語の発音は難しそうだよ。。「コカコーラ」だって、北京語で言えと言われたら、やっぱり発音できないもの。それが「コカコーラ」に似ている、とは分かっていても。 「なんでこの講義を受けてるの?」って聞いたら、一人は香港映画が好きだからってことで、もう一人は余裕があるし、興味があったからってことだった。逆にわたしも聞かれたけど、取り敢えず「いや、教官と知り合いで。。」って答えておいたけど、、まぁ、まるっきり違うってわけじゃないしね(笑) で、そんなことグダグダ話しているうちに、教官が来た。先週は来ない人を待ってたりしてたのに、今週はすぐに講義が始まった。今日は5人のみ。。宿題、忘れた人がいて、講義中に書いてた人もいたんだけど「宿題忘れた人は、遅刻にします。それから講義中は忘れた宿題をやらないこと」って言われたけど。。き、きびしー(苦笑)いや、講義中に忘れた宿題はやっちゃいけないと思うけど、遅刻扱いかよ。。んで、すぐに聴き取りテストがあったんだけど。。すげー難しい。分からん。あれ、こんなに勉強してなかったっけ、とか。教科書の例文通りだと多分、分かるんだけど、そうじゃないともう全然ダメ。。 その中で考えてたのは、わたしの頭の中では「発音を聞く」→「それを漢字変換」→「それから文章を理解する」ってことをやっているらしい。ただ「邊個」なんかは直接「どれ、誰」って日本語に変換される。テストをやりながら「ふーん、わたしの頭ってそういう風に考えてるんだー」って思ってたけど、そんなこと考えたって、テストはできない。ってことでボロボロ。。。orz その後は、第6課に。今日は「一年は何ヶ月ありますか」だの「一日は何時間ありますか」だのって会話だった。やってる意味は簡単なんだけど、む、難しい。。発音と漢字が一致しない。なので、何を言ってんだかさっぱり分からん。。面白かったのは「一個字」って概念で、これは「5分」のことなんだけど、それって「1時間は12個字」、時計(アナログのね)を見ると確かに12個文字があるでしょ(1〜12)。そこから来てるらしい。あと「一個骨」が「15分」なんだけど、この「骨」って発音が「gwat1」で、これは英語の「quarter」から来ているらしい。なんかすげー、そうなんだーって思ったら結構楽しかった。 でさ、曜日なんだけど、日本語みたいに月、火、水、木、金、土って言わずに(星期)一、二、三、四、、、なのよね。でも日曜日だけ「星期日」なのよ。「なんで『星期七』って言わないんですか?」って思わず聞いちゃったよ。。日曜は休日だからとか日本から日って言葉が来たとかいろいろ言ってたけど、まぁ、そういうことになっています、ってのが本当のところなんだろうな。。でも分かっていても、聞かずにはいられないわたし。 その他、時間は1時、2時、3時、、ってあるんだけど、2時を抜かせば全部「一、三、四(點:時)、、」の発音なんだけど、2時だけ「二」ではなく「兩」(二つ)っていう文字を使うんだけどさ、なんで?って思うじゃん。だから聞いてみたら、「二(yi6)點(dim2)」って言いにくいんだってさ。「日本語もそうでしょ」って言われたんだけど、そのときは「なんで日本語もそうなんだ?」って思ったけど、家に帰ってきて彼女に話したら「だって日本語でも『いっぽん、にほん、さんぼん』って言うじゃん」と言われた。なるほど、そういうことだったのか。 それに加え、一昨年、去年、今年、来年、昨日、今日、明日、先週、今週、来週が出てきたら、、もう訳分かんない(苦笑)全部同じ漢字にしてくれ、と思ってけど、よく見てみたら、日本語だって、「今」以外は全部違う漢字だ(爆)確かに日本語は、一昨年、昨年、今年、翌年、一昨日、昨日、今日、翌日、昨週、今週、翌週と言えないこともないけど。まー、あんまり使わないよね。っていうか、そのときの気分だよね。。 それを使って、質問を作って、それに答えてってのを一人に一人ずつ聞いていく練習をしたんだけどさ。わたしゃ、全然聴き取れない。。わたし、「誕生日いつ?」って聞いたんだけど、全然聴き取れなかったので、何回も言ってもらった。教官に「それだけ聞いたら、覚えておくんだよー」って言われたから、忘れません。9月28日です!(爆)でも日曜日だから、会わないよね(笑) しかし、、漢字は思い浮かぶんだけど、聴き取れないし、発音忘れるから言えない。これからグッと難しくなるって聞いたけど。。。確かになんも知らない日本人だったら、止めたくなるのも分かる。。けどまぁ、やれるところまではやろうっと。 今日も講義の最後に分からないところを質問してたら「まぁ漢字を並べてりゃ通じる」と言われた。広東語って、結構いろんな言い方があるらしい。ほれ、わたしなんかどうしても英語と比べちゃって、英語は語順がはっきりしてるから、どうもそんなふうに受け止めてしまって、それで聞いちゃうんだけど、よく考えれば、日本語みたいなもんなのよね。日本語も結構語順がバラバラでも通じるところがあるし。あと「助詞」がないから簡単、とも言われた。でもさ、母語以外の外国語って、自由度が高いものよりきちんと決まってる方が理解しやすいよね。。いくらさ、日本語の方に近くても、なぜか頭では英語の方に近くなっちゃって、つい、主語が、、とか動詞が、、とか考えちゃってる。これって不思議ー!「今日は何月何日何曜日ですか」って日本語で考えたのを、そのまんま当てはめるだけで結構通じるんだけどさぁ〜。この際、英語は捨てて、日本語で考えることにしよう(爆) あ、明日からちょっくら名古屋に行ってきます。そう「NLGR2008」に行くためです!両思いのあの人に会えるかなって、全然行くことを言ってないんだけど。今、体調不良なんで、去年みたいに朝の4時までお話しすることは無理なんだけど。。ちょっとでもお会いできますか?池田公園で待ってます(笑) |
05-30,2008
NHK「ハートネット」で各地のIDAHOの様子がアップされました
もー、題名通り(笑)
わたしは当日行くことができなかったけど、各地の様子がこれで(なんとなくだけど)分かります。NHKさんも東京だけじゃなく、各地に来てくれたみたいですごい。 NHKハートネットピープル 5/17は世界的に多様な性を謳う「IDAHO」の日 しかし、どことは言わんけど、わたしの歳と親が違う双子の弟(?)がちらっと写っていたー!(笑) |
05-29,2008
彼女がいない日
今日は、彼女が出かけちゃっていない日。
夕方には戻ってくるけど。。 そのせいか、昨日はちっとも寝た気がしなかった。というか、ずっと寝てないって思ってた。けど、朝起きて彼女に聞くと「ろんたこ、すぐ寝ちゃったよ。わたし、その後電気付けて本読んでたけど、気がつかなかったでしょ?」って言われた。うん、全然気がつかなかった。。ということは、寝てたのかなあ〜??なんかずっと「うーん、今日は眠れないなあ、なんでかなあ。こういうときにフォーカシングでもやろうかなあ」って考えてはいたんだけど、、だからといって、フォーカシングやった記憶もないので、やっぱ寝てはいたんだろう。けど、やっぱり寝た気がしない。なんか、不思議な感じ。。 横になってたときは「昨日、セラピーに行ったのになぜ?」なんて思ってたけど、よく考えてみたら身体は多分、今日、ほとんど一日、家で一人でいなくちゃならないことが気になってたんだろうな。。ただ、先月は前日から「どうしよ、どうしよ」って言ってて、起きたときも不安でたまらなくてずっとベッドで横になってたんだけど、そのうちお腹が空いてきて「取り敢えず、ご飯だけは食べなくちゃ」と思って、えいっ!と起き上がって、そのあとは結局Wii fitを無理矢理3時間もやってたりしたんで、精神的にはちょっとずつはよくなっているのかな。今、不安はほとんど感じてはいないしね(もちろん、薬も飲んでない)。 ってわけで、今日は広東語の宿題の続きと、Wii fitを少なくとも30分やって、それから広東語の第4課と第5課をやるぞー! それに昨日、セラピストさんから紹介されたブログをカスタマイズできる人からもう今朝連絡が来ていて、そのやりとりもしなきゃなんないし。 結構忙しい一日になりそうだ。 これだけやることがあるって、幸せなことだよね。 なんかさ、誰のためにもなんないことだけど(自分のためには大いになるけど)、でも少なくとも「やることがない、何をしよう」って不安になるよりもずっと幸せ。 何に感謝していいのかよー分からんけど、降ってくるものに感謝。 |
05-28,2008
このままでいい
今日はセラピーの日だった。
セラピーは通常2時間。まー、わたしは一人でいつもベラベラしゃべったりしてるので、だいたい2時間は軽く超える。けど、セラピストさんは時間だからといって途中で無理矢理ぶった切ったりはしない。 今回は、前回のセラピーからいろいろ起こったこと、考えたことをやはりいつも通りベラベラとしゃべってきた。わたしとしては、頭が今まで認めたくない「存在」とは何か、とか、そこら辺のことが解明できるかなとホント、ちょっといつもと比べると緊張気味だった。 前回までの3回のセラピーでは、フォーカシングを初め、いろいろ「無意識」との対話の時間を取っていたので、今回もきっとそうなんだろう、って思ってた。 けど、、今日は話しただけだった。そして言われた。「このままで行きましょう」って。まー、今の一番の問題は、ブログのカスタマイズの問題で、これは知り合いにスタイルシート等に詳しい人がいるので、その人を紹介してくれるってことになった。そう、結局、わたしはこの作業をするのが今、一番の苦痛で、できるなら逃れたい。その解決方法は提示してくれた。 結局、最近わたしの中でいろいろなものが出てきたってことは、自分がフォーカシングしていなくても、無意識が勝手に問題を解決して、それが表に浮かび上がってきた、ということらしい。わたしは逆に頭で考えた「矛盾」とか「認めたくないもの」は無意識を使って分かるものだと思っていたんだけど、実は逆だったんだな。だから「矛盾」とか「認めたくないもの」は、もう既にそういうものがあると認識した時点でいいらしい。 それはなぜなら、深く突っ込みすぎても解決に向かうとは限らないから。ACについても、今、自分が親と連絡を取りたくない、しばらく距離を置きたいと思うのならそうすればいい、と言っていた。要は今、何をするのが一番自分にとって楽かを考えればいい、ということらしい。 この結果にはちょっと意外で、うーん、って感じもしないでもないけど、クライアントに対しては、どんな細かい動きでも観察している人なので、多分、今日のわたしの話し方とか、表情とか動きなんかで「このままでいい」って言ったんだと思う。そして次は1ヶ月後になった。今までは2週間とか3週間おきだったので、あとは経過を見るだけだろう。 今、医者から出てる薬も、月曜日以来、レキソタンは飲んでないし(ということは、日中の抗不安剤はなし)、寝るときの睡眠剤もマイスリー半分の5mgにして寝ても、寝付きは今までと全く変わらないし。しばらくはこのままでいこう。 しかし、、口の中は早く治って欲しい〜。これが治れば、精神的にも肉体的にもとても楽になると思うんだけど、まだよくならないんだよねえ。。ちょっとずつは軽くなっては来てるんだけどねぇ。。完全に治るのにはまだまだかかりそうで。ホント、こっちの治し方を教えて欲しいよ。。これは一体、何がどうなってこうなってるんだか。。 さぁ、これから金曜日の講義に向けて広東語、広東語。。 そういえば、宿題も出てるんだった。 やんなきゃ(汗) |
05-27,2008
ごめんね、コウモリさん。。
つい先日、起きてからちょっとすると、彼女の悲鳴。
「ろ、ろんたこ、来て〜。これ、もしかして、コウモリ??」 「え、何?どこ?」と聞いてびっくり、そこはトイレ。。 トイレの中、というか、便器の水の中に黒いものが浮いている。。。。 「うん、これ、多分コウモリだよ。。」 「どうすればいいかな?」 「。。。動いてるから、まだ生きてるみたいだよ、これ。流すしかないかも。。」 「えー、でも流したら詰まらないかなぁ。。」 「でも、一体どこから入ってきたんだろう??トイレの窓、開けてなかったしー。部屋の窓も開けてなかったよね。で、なんでこの中に入っちゃったんだろう??」 「もしかして、下の階のトイレから上がってきたのかもよ。。(苦笑)」 そのうち、その黒い物体は動かなくなった。 「やっぱ流すと詰まるから、取り除こうよ」 「うん、別にいいけど。。わたしはやるのやだからね〜」 「ろんたこがやんなきゃやだー!」 「だって、わたしがやったら悪夢見るかも知れないじゃん(←ちゃっかり「悪夢」利用(爆))」 仕方なく、彼女が取り除くことに。。便器の中を覗く。 「ぎゃー、これまだ動いてるよ!!」 「まさか、死ぬまでこのままトイレ使えないってのはヤダよね〜。やっぱ流しちゃえば?」 「ろんたこ、流して〜!」 「だから、わたしがやったら悪夢見るって。。(←卑怯なヤツ)」 ってわけで、彼女が流した。。 ごめんね、コウモリさん。。 つか、一体、どうやってあそこに入り込んだのだ。。 水に浸かったのがウンのつきだったね。。 しかし、未だにトイレのドアを開けるとき、ちょっと怖い(笑) |
05-26,2008
久々プールと今日は診察日
昨日、久々にプールに行った。
やっぱ、それまで自分の中でいろいろあって、行くどころじゃなかったってのもあるし、実はWii fitやりすぎたのか、左膝を痛めてしまって、行きたくても行けなかったのよね。。その膝の痛みがやっと治まったので、じゃあ行こうってことになった。 最初は水中歩行のところで何往復かしたんだけど、やっぱ今日は泳ぎたいな〜と思い、泳げるコースへ移動。といっても、ゆっくり泳ぐ25mコースってヤツで、25mごとに立ち上がることができるコース。そこで300mくらい泳いだかな〜? ま、あまり無理してもいけないと思って、それからはスパへ。そこでも湯あたりしては、ってんで適当に入って、結局1時間半くらいだったかな。 しかし、運動する前と後で血圧を測ったんだけど、始める前が95-60で、終了後が93-64。なんで運動して血圧が低くなるんじゃ。。つーか、前に医者から「低血圧の人でも上が100を割ったら、それは疲労しているということだから、無理するな」と言われたことがある。うーむ。。血圧を上げるにはどうすればいいのだ。。醤油でも飲むか?(爆) 帰ってきて、「篤姫」を見て(今、大奥の場面が多いんだけど、なんで女の集団ってあんなに怖いのかしら〜。わたし、あの中に放り込まれたら怖くてやってけないわ(爆))、Wii fitしたら、広東語をする時間がなくなってしまった。。orz で、いつも寝る前に彼女に肩や首を揉んでもらっているんだけど、昨日は揉んでもらっている最中から爆睡。おそらく、睡眠剤は少しずつ減らしても構わないのでは、と思っている。最近はやけに寝付きがいいのだ。んで、早朝覚醒があると言っても早朝覚醒の薬である「ユーロジン」が出てないんだものなあ〜。まぁ、あれ、わたし飲んでも効かないんだけどさ(苦笑) ただ、精神的にはとても安定してきて、まず、悪夢を見なくなったし、それによって朝、気分が悪くて起きるということがなくなった。 で、昨日の「ある存在」への解釈。今のところ、これは多分「頭の中の一部」だったのだろうと推測している。それは、今まで存在していると思っていなかった「心」にそういうものが「存在」するとは考えにくいからだ。頭は、今まで「頭」と「身体」というものはあると思っていた。そして、その「存在」を認識しながら、認めたくない、と思っていたのは、多分、頭の中のそのような「存在」があるということを認めたくなかったのだろう。ただ、考えて分析できるのはここまで。これ以上のことは、多分、無意識下のことなので、無意識で解決するしかない。そこで解決したときにまた、今度は頭での解釈が始まるのだろうと思っている。だから、これ以上は深く考えない。 今日は2週間ぶりの心療内科の診察日。まー、出てる抗うつ剤は一切飲んでないとか、抗不安剤も出てる通りに飲んでないとかは一切言いませんでした(爆)取り敢えず、すぐ眠れると言うことと、でもやはり3時間〜4時間で起きてしまう、その後、ウトウトするからいつ起きていいかよく分からない、と言っておいた。 結局、薬の種類は変わらず、今まで朝と夕食後に飲むように言われていた「メイラックス」(抗不安剤)を寝る前に睡眠剤と一緒に2錠飲むように言われた。ということは、今、既に睡眠導入剤である「マイスリー」はもう半分(5mg)でいいかな、と思っているので、今日からそうするか。 で、本当はもう一つの抗不安剤「レキソタン」は朝、昼、晩に飲むように言われているんだけど、実際はもう夕食後しか飲んでないので(爆)、これはもういいか〜。 ってなんか適当に薬飲んでるな。けど、実際、もう日中の不安は消えたので、抗不安剤は必要がないと思うのよね。。取り敢えずこれでやってみて、それでまた不安が出てくるようだったら戻せばいい話だし。 こんなことやってるって知ったら、主治医は怒るだろうな〜(爆) でも実際、長くうつ病患者をやってると、だいたい自分の状況って分かってくるんだよね。それまでにいろんな薬、飲まされてるし。 てなわけで、今日はWii fitをやった後は広東語だ〜! 彼女は今日、お友達のところに行っていて、久々、別行動。 わたしは自分の思うところを存分に彼女にぶつけてるし、セラピーにも通ってるからいいんだけど、彼女自身、やっぱわたしのいないところでいろいろと誰かに話したいこととかあるだろうからね。。彼女自身も気分転換できればいいなって思ってる。けど、早く帰ってきて、マイラバー(爆) では、聽日見!(って明日日記書くかどうかはまだ決めてないけど(爆)) |
05-25,2008
自分を分析してみる
昨日の日記の最後に
> ごめんね、わたしの心。 って書いたときから、なんかおかしいと思っていたのだ。一体「ごめんね」と言ってるのは自分のどこの部分だろうか、と。 頭ではないことは明白だ。むしろ頭は「えー、心なんてヤツがいたのか。これからどうやって対応していけばいいのかな」と混乱気味だ。では身体か?いや、身体が心に対して言うわけはない。心が我慢しきれなくなったからこそ、身体に症状が出てきたから、と考えられるからだ。むしろ身体は心の被害者(というと言葉は悪いが)なのだ。 でも、それ以来、わたしの心は泣いていて、そしてそれを「かわいそうだったね、つらかったね」と慰めている「存在」がある。その「存在」とは一体、なんだろう、と昨日からずっと考え続けているんだけど。。 前々から彼女に「ろんたこは冷たい部分ももちろんあるけど、すごく優しい部分もあるね」と言われている。が、わたしはそれを認めようとはしなかった。わたしが一見、優しそうに見えても、それは「わたしがただ自分がそうしたかったから」という「自己満足」の結果であり、対象とされる人のことなど何も考えてはいないのだ。だから、わたしは優しくなんかない、と毎回彼女に反論していた。 わたしは自分のことに対しては(他人のことは知らん)「性悪説」の人間だと思っている。それは本当に幼い頃、親の言うことは何一つ聞かなかったからだ。親に「こっちに来なさい」と言われて、逆に後ずさりしてタクシーとぶつかって頭を打って、救急車が呼ばれて一晩、病院へ入院していたことがある。母親と一緒に買い物に行って、欲しいものを買ってもらえなかったときは、わざと「周囲の目を引くために」泣き叫んだ。子供が泣き叫べば、周囲の人間は子供ではなく親に向く。そういうことが本能的に分かっていて、わざと大声で泣き叫んでいた。案の定、母親は困って引きずるようにして、泣き叫んでいるわたしを家に連れて帰った。が、家には入れてもらえず、そこでわたしは「家の中に入れてもらえないかわいそうな子供」を演じた。そう、玄関のドアを叩き「開けて、開けて」と泣き叫ぶのだ。そのうち親は、うるさいので玄関の鍵を開けに来る。そうすると、わたしはその場からぱーっといなくなる。仕方なしに親はまたドアを閉める。そうするとまたわたしはドアを叩きながら「開けて、開けて」と泣き叫ぶ。これを何度も何度も繰り返した。最後は多分、無理矢理わたしを家に押し込めたんだろうけど、、そこの部分は全く記憶に残ってない(苦笑) というわけで、わたしは本能的に親にいやがらせをしていたのだ。だからわたしは自分という人間の本質は「悪人」だと思っている。それだからこそ、一般で言う「いいこと」をするわたしは「偽善者」であるのだ(わたしにとって、あなたは偽善者ですね、と言われるのは最高の誉め言葉である)。 ところが彼女は「偽善者なんだったら、周りから『いい人』と思われたら、それで偽善者としては成功しているんじゃないか」と言う。それは確かにその通りだ。その点でわたしの感情は矛盾している。わたしは周りの人から「いい人」とも「優しい人」とも思われたくないからだ。だから彼女から「ろんたこはすごく優しいところもある」と言われると、すごく反発するのだ。 また、自分が人に対してやることは「自己満足」と考えられるのに、人から自分にされた「優しいこと(優しい言葉をかけられたとか、何か力になってくれたとか)」に対しては「それはその人が『自己満足で行ったからで、自分のことを考えてやったわけではない』」とはどうしても考えられずに「なんでこんな何も価値のない自分を助けてくれるのだろうか」と思ってしまう。これも矛盾している。 そしてまた、頭自体は「心の存在」は今まで全く気がついていなかったと思う。が、どうも今、わたしの心を慰めている「存在」は気がついていたようなんだな。そして、その「存在」をなぜか認めたくなく、ずっとずっと「ないもの」にしようとしていたような気がするのだ。だが、それはなぜだかよく分からない。 しかし、今回の一件で、頭が最も認めたくないものが表面に現れてしまって、頭自体もその存在を認めざるを得ないものになってしまった。というわけで、多分、頭は心の存在と共に、その認めたくない「何か」を受け入れざるを得ず、、多分、混乱きわまりないものになっていることだろう。 どうやら「鍵」はその辺にありそうだ。 |
05-24,2008
心が泣いていたんだ
予定のない日の目覚めは悪い。
特に今は、早朝覚醒、その後、ウトウトするものの、悪夢の連続でものすごく気分が悪くなっている。それも、今や親のことだけではなく、その他、ちょっと心の負担になっていることでもすぐに悪夢として反応してくるようになってきた。 AC(アダルトチルドレン)じゃないかって思い始めてから、いろいろ自分の過去を振り返っている。なぜか「母親は守ってあげなければならない存在だ」と中学の時に感じてから、親には甘えられなくなったと思っていたが、今、振り返ってみると、それからずっとずっと無意識のうちに「自分が頑張らなきゃ」「耐えなきゃ」って思ってたんだと思う。 それに加えて、今まで頭で考えた自分のやりたいことは、ずっと「自己満足」でやってきた。でもその中には多分、心がたくさん傷つくことがあったんだと思う。でも、頭はそれをやることによって満足感を得、心の声は届かなかった。 大人になってからはいつもいつも「頭優先」で心のことは考えてこなかった。というより、聞く耳さえ持ってなかったんだと思う。 4月の初めからセラピーに通っていて、今度の水曜日で4回目なのかな。最初はシドニーの話ばかりしていた。でも、前回は親の家で療養していたときのつらさや、シドニーに行く前のつらさ、自分で無意識のうちに訴えてたんだよね。そのときセラピストさんから「これは、相当つらいことが長く続いて大変だったでしょうね」って言われたんだけど、そのときのわたしはまだ、よく分かってなかったんだよね、何がつらかったのか。 結局ね、ずっとずっと心が耐えてたんだよね。多分「これ以上頑張らないで」って言ってたのかも知れない。必死に泣いて訴えていたのかも知れない。でもね、上にも書いたけど、その言葉はわたしの頭には全く聞こえなかった。聞こうともしなかった、と言うより、全く心の存在に気がつかなかったんだ。 それがここにきて、ようやく見えてきた。 ずっとずっと心は頑張ってたんだ。表面には見えなかったけれども。自分は確かに「頑張る」という言葉が嫌いで、自分のやることはなんでも「適当」で「自己満足」だと思っていた。多分、頭はそう考えることが楽だったんだろう。けど、その一方、心は頑張ってたんだよね。もしかしたら強くなろうと思ってたのかも知れないし、ある程度は強くなったのかも知れない。けど、今まで2回もうつ病にかかったってことは、多分、心が「もう耐えきれない」というサインを出していたんだと思う。その1回目は心が強くなって克服したんだろうと今は思うし(だって、出された薬を親から「依存症になるから飲むな」と言われ、自分で治したんだもん)、2回目は薬を使って治したけれど、やっぱり心までは考えが及ばなかった。 今はうつ病じゃないけど(うつ病じゃないから?)、やっと自分の心の声が頭に届くようになった。と同時に、自分の身体にモロ、そのつらさが表れて、今の状況は本当につらい。自覚して初めて分かるつらさってヤツだと思う。頭は、、心がつらいって思っていることは分かったと思うけど、まだ実感が湧いていないような気がする。 一方、頭ではやりたいことや言いたいことが渦巻いていて、これもまた身体の負担になっている。今は頭と心で身体が板挟みになっている状態なんだろう。 彼女は今は頭でやりたいことは、一旦、止めておいて、水曜日、セラピーの時に自分がACだと思うってことをすべて話した上で、この先どうしたらいいのか決めたらいいと言う。確かにセラピーに通っていなければ、ここまでの状況を整理することは難しかったと思う。結局セラピーは「無意識」という言葉を使っていたけれど、それは多分「心」のことだったんだろう。 水曜日までブログのカスタマイズをしないってことは、相当努力しなければできないこと(それだけ今まで頭で考えていたことが、し放題だったってことだ)だけど、そこだけは「頑張って」抑えないといけないかな。 「心がやりたいことをやってみる」と言うのは、多分、今までの自分にとっての最大の試練だ。。なんせずーっとやりたいことは頭で決めていたのだから。 頭はまだ自分の心のことがよく分かってないみたいだけど、存在自体は理解した様子。今、わたしの心がようやくずっとずっと頑張って、苦しくて泣き続けていたんだ、ってことに気がついた。ごめんね、わたしの心。 |
05-23,2008
モグリ(笑)
今日は、モグリで大学生してきた(笑)
実は電車を1本、乗り遅れてしまって、ほとんどギリギリに教室に着いたんだけど、人が誰もおらず。。「もしかして、今日は休講??それともわたしが知らない間に教室が変わったのか??」と思ってしまった(笑) そのうち人がやってくるんだけど、、実はこの講義、受けている人のほとんどは留学生。それも中国からの。日本人もいるらしいんだけど、幼い頃香港にいたり、あと両親のどちらかが香港出身ってことらしくて、そう言う意味では「日本語しか知らない日本人」ってわたしだけなのだ。。orz で、留学生たちが次にやってきて、何やら話してるんだけど。。言葉が分かんない!!(当たり前か(笑))一瞬、ここは日本ではないのではないかと錯覚を起こすほど。 日本人学生はどうやら毎回遅刻している様子。情けない〜!!!!だって、午前中1限の講義ならともかく、午後の講義だよ?なんで遅刻するんじゃ。。んで、前回も遅れてきたらしく「ちょっと待ってましょう」と待っていたら、2人、来た。しかもそのうちの一人は教科書忘れてやんの。講義に教科書忘れてどーする!!もー、情けなかったよ。。。。。 結局全部で7人だったかな?わたしにしてみれば、このくらいが一番適正な人数かも。 で、今回は結局第5課までの復習だった。よかった、4課と5課はわたし、休んじゃったから、ちょうどよかった。けど、、家では3課までは割ときっちりやったんだけど、4課と5課はあんまりやってなかったので、わけ分からんかった。。くそっってことで、来週までには5課まできっちりやっていかないと。 だってさぁ。北京語と広東語が文法的にどのくらい違うのかとかは全く知らないんだけど、それでも北京語知ってるだけでかなり有利だよね。。一方、わたしはどっちも全く知らないもんだから、いくら会話とはいえ、文法が、、だから、テキストを最初に読んで、一生懸命漢字を解読して(苦笑)、「あれぇ?」と思ったところは後で聞こうと思ってチェックして、それから発音練習している。最初から発音練習すると、なぜか頭がこんがらがってくるのだ。だから、4課と5課は解読するだけで、ほとんど発音練習してなかったのね。。 講義が終わった後、1課からわけ分からんかったところを、教官に直接質問。んー、やっぱ言葉って理屈じゃないとこがあるから、分かりにくい〜。ただ「日本語でもこういうでしょ」って言われると「あ、まぁそれはそうだなぁ」って思うんだけど、本人の言い方次第、って言われるとちょっと困る部分もある(笑)でも日本語も結構本人の言い方次第ってところはあるよねぇ。この「あるよねぇ」だって、なんで最後に「ぇ」付けたの、って聞かれるとやっぱ、今のわたしがそう言いたいからであって。。「やっぱ」ってのをなぜ「やっぱり」にしなかったのか、と言われると、やっぱ、今の気分が「やっぱり」より「やっぱ」なんだよね。。 言葉って難しい〜!!!! けどやっぱ、留学生にも負けたくないのでやるのだ〜! って最終的に話せるようになりたい、とは全く思ってはいないんだけど。つーか、これだけで話せるようになるとは到底思えん。。 |
05-22,2008
うをー!
最近、朝(というか早朝)起きるとブログのカスタマイズのことが自然に思い出されて、それで眠れなくなってしまう。
その構造は、 「ブログを早く再開させたい」→「そのためには新しいブログのカスタマイズが必要」→「でもそのためにはいろいろ勉強しなきゃ」→「勉強してやったところで、なかなか思い通りにはならない」→「ブログの再開ができなくて自己嫌悪」 となっている。 今朝方も、いてもたってもいられずに、ブログのカスタマイズをしていたんだけど、やはり思ったようにはいかず、疲れて寝た。 すると、夢を観た覚えがないのに、とても気分が悪くなっていた。もしかしたら忘れてしまったけど、夢を見ていたのかも知れない。しばらくは起き上がりたくなかったが、彼女の勧めでコーヒーを飲んだ。 それからWii fitをちょっとやって、これからは広東語をやろうと思っている。 昨日、2時間ほど広東語をやってたんだけど、これやると、頭から他のことが出ていって、なかなかいい調子。だけど、肝心の広東語はすぐに発音を忘れる。。orz 明日は講義があるので、今日はしっかりとやらなきゃ!先週は「李香蘭」観に行ったんで、講義が受けられなかったしね。 ってことで、今日はこれからは広東語付け。 あ、でもときどき休憩は取ります(笑) |
05-21,2008
悪夢。
ほとんど昨日の日記の続き、みたいだが。
今、ブログのカスタマイズをしている。 わたしは以前、HP(ウェブサイト)を持っていたんで、ある程度のHTMLタグなら知ってるんだけど、基本的に文字ばっかりのサイトだったんで(知ってる人は知ってるでしょ(笑))、本当に最低限のことしか知らない。そこにスタイルシートやプラグイン、といったものが出てきて、これをどうやってどうカスタマイズすれば、自分の思ったようなものに仕上がるのか、一応、本買ってきて、勉強してるんだけど。。 好きでやってるんじゃない、と思うと悲しくなってくる。 既存のテンプレートでいいじゃない、と彼女から言われるけど、わたしは今まで使っていたテンプレートが好きだったから、それは変えたくない。だからそれに極力似せたヤツを作ろうと必死だ。そこのところは自分でもかなり負けず嫌いな部分だと思う。 しかし、、この作業をやった後寝ると、ろくでもない夢をみるんだよなあ。 例えば 自分で作ろうと思ってたものと全く違うブログができあがってしまっている とか コメント欄が変な書き込みでいっぱい とか。 今日は、なぜか彼女と二人で博多に行くことにしていて、二人で新幹線に乗っていったつもりが、、いつの間にかなぜかわたし一人、実家にいる!そこに突然父が現れ「・・・・・・・」(←これはよく覚えていない。でもそんなにむかついたことは言われたような気はしていない)、、自分の顔に近づいてくる。でも恐怖だ。「あれっ、PC一式持ってきてないから、彼女と連絡できないじゃん!!どうしよう。。」とパニくったところで、目が覚めた。目を開けると見慣れたシーツ、そしてドア。「ああ、ここは自分の家だった」とホッとしたけど、やはり怖くて怖くて、彼女を起こした。 それからしばらくは抱いてもらって寝た。 いつまでこういうことが続くんだろうなあ。。 |
05-20,2008
ぐじゃぐじゃ
前に書いた「黒幕」の正体が分かりつつあって、わたしは何故か泣かなくなったけど、その代わり、精神的な落ち込みがすごい。っていうか、落ち込んではないけど、どっちかというと怒りといった方がいいのかも知れない。
ブログのカスタマイズをやりたくもないのにやっている。 けど、PCによって見え方が違っていたみたいで、またゼロからやり直し。。。 一体、誰のためにやってるんだと思うと悲しくなる。 わたしはどうもAC(アダルトチルドレン)ぽいことが判明。前々から思ってたけど、うちの母が典型的なACで(といっても、アルコールは関係なし。そしてそのことは本人も気がついてない様子。母は多分、生育歴に問題があるとわたしは見ている)、わたしは中学の頃、ちょうど母親の身長を越したくらいから「この人は守ってあげなきゃ」という気持ちがなぜか湧き起こっていた。「なんでだろ?」とはずっと思ってたんだけど、、それ以来、親には甘えることができなくなった。前々から彼女に「ろんたこは人の愛情を試すような行動をするね」と言われていたが、なんのことかよく分からなかった。また、人から愛されている自分がどうしても理解できないのも、多分、ACの特徴を持っていると言えるだろう。 母親を思う気持ちは、ずっと今でも変わらない。 そして、父を非常に憎んでいる。これにはいろいろなわけがあるんだけど。本当に。この人のために、わたしは自分の人生、振り回された。わたしはずっと甘えたい気持ちをこらえて自分で必死に我慢した。ま、その挙げ句の1回目の鬱の原因の一つになったんだけどね。約10年、両親と交流がなかったのも、今思えば、自分を守るためだったのかなと今では思う。 母がこないだまで働いてたんだけど「お前は誰のおかげで働けたと思ってるんだ」と平然と言う父。それを言うなら、お前だって何十年も今まで存分に働けたのは誰のおかげだよ、、と言いたかったが、今回は体調が悪くて口論できず。人が今、動けないのを承知で「お前の歳にお父さんが何をやっていたか、こないだ手帳を見てみたんだけどな、こんなことをして、こんなことをして。。」と自慢げに話す父。「今、そういう話はわたしにとってはつらいから止めてくれ」と言っても聞かない。そう言う毎日に耐えられなくて家に戻ってきた。 はっきりいって、今の家族とは縁を切りたいくらいだが、母親が悲しんでいる姿が目に浮かぶとそうもいかなくて。。父と母との板挟みで苦しんでいる。昨日、ACのカウンセリングに行ってきたんだけど「あなたはもう自分がいっぱいいっぱいなんだから、母親のことを心配することはないですよ」と言われたんだけど、今までの習慣でそうなってるんだから、すぐに切り離しようもない。 思い切って戸籍を切り離して、今、働いていないから生活保護の申請でもしようかと思ってたけど、ま、世間体から考えて、父が見放すとは思えないしな。。でもあとから「誰のおかげであのとき生きられたんだ」と言われるとシャクどころか、ぶっ殺してやりたくなるしな、多分。 こういうとき、結婚できれば、どんなにいいかと本当に身をもって感じる。父の扶養家族になっていることがわたしにとっては耐えられない。 金はどんどん尽きてくるし、わたしも早く身体を治して働き始めたいんだが。。 |
05-19,2008
あなたに、ありがとう
和田アキ子の曲じゃないけど(笑)、
あなたに会えて本当によかった。 あなたがこの世に存在してくれて本当によかった。 あなたの寝顔を見ると、幸せな気持ちでいっぱいになる。 幸せな気持ちになって、涙が出てくる。 今はまだ「あなたから愛されている」という気が戻ってこないんだけど、 それでも、二人だと安心してすぐに眠れる。 こんなわたしで、本当に本当に申し訳ないんだけど、 これからもよろしくね。 お誕生日、おめでとう! |
05-17,2008
今日は、国際反ホモフォビアの日(IDAHO)
今日、5月17日は「IDAHO」(the International Day Against Homophobia:国際反ホモフォビア)の日。1990年(1993年にリストが出版された)、WHO(世界保健機関)が国際障害疾病分類リスト(ICD-10)から「同性愛」を削除することを決定した日(=同性愛は病気ではない=治療の対象とはならない)。
「ホモフォビア」の日本語訳は「同性愛嫌悪」。 同性愛を「気持ちが悪い」「異常だ」「悪魔が乗り移った人のやる行為」(笑)と思いこんでいる人たちに対して「同性愛は異常なことではない」「(対象とする性別は違えど)人を愛することは異性愛者となんら変わることではない」とアピールする日。 ただ、日本では「同性愛だけの問題」にしたくなくて、性的少数者、すべて含め「多様な性にYes!の日」にしている。愛する対象は人それぞれ、もちろんその中には愛する対象なんかいないって人も含めて、それはそれでいいんだよ、って全部の存在を肯定する日。 「日本には同性愛差別なんかない」と言う人もいるけど、まず第一に法的な保障が一切されていない時点でもう、国から差別されているとわたしは思う。そしてその理由は「わたしたちは見えない存在だから」。言わなきゃみんな「異性愛者」にされてしまうこの世の中で「いや、自分は違うんだ」と言い続けることはとてもつらいし、面倒だ。だけど、言わなかったら、アクションを起こさなかったら何も変わらない。 そのためのイベントが今日、日本各地で行われます。 もうやってるところもあるけど。。 ☆横浜 : 横浜駅相鉄口(13時ー15時) ☆新宿 :新宿駅東南口(17時ー19時) ☆名古屋 :中区栄 三越ライオン前(14時-16時) ☆大阪 : 心斎橋三角公園 (16時半〜19時) ☆神戸 :JR三宮西改札口南 OIOI百貨店神戸店前(12時ー16時) もしかしたら、偶然通りかかるかも知れません。 そうしたら、ちょっとでも耳を傾けてください。百人以上から集まった「一言メッセージ」が読み上げられる予定です。その中には、わたしのメッセージも含まれています。 今年は体調不良のため、わたしは直接の参加はできなかったし、事前の準備も全くかかわれなかったけれど。。 今までこのイベントにいろいろ動いてくれた人、お疲れさま、ありがとう! 各地のイベントの成功を願っています! 詳しくはこちら やっぱ愛ダホ!Idaho-net. テーマ:性的少数者(LGBTIQ) - ジャンル:日記 |
05-16,2008
05-15,2008
甘えるってどういうことだろうか
最近のわたしはおかしくなっちゃって「甘えること」がとても罪深いものだと思えるようになってきてしまった。
とはいえ、わたしは昔から誰に対しても「甘える」のは苦手で、彼女にだけはかろうじて「甘えられていた」。ただ、彼女はわたしの「甘える」っていうのは甘えてはいないっていうんだよね。 わたしの甘えるってのは、落ち込んだときや寂しいときに「ねえ、来て」って来てもらったり、話を聞いてもらったりすることや、自分がやってもらっていることすべて。。 けど、彼女は「それは当たり前でしょ」って言うんだ。彼女の甘えるっていうのは、えーとなんだっけ。何回聞いてもよく分からないんだ。それに彼女は「依存」はダメだけど「甘える」のはいいんだそうだ。 今、わたしの心の中で「ダメだ、助けて」って気持ちと「それは甘えだから我慢しろ」という声の2つが聞こえる。多分、ずーっと前から「甘えるのは我慢しろ」という声だけに従って生きてきたような気がする。 一体、世間でいう「甘える」ってどういう意味なんだろうか。 なんだかわけが分からなくなってきた。 彼女に悪くて仕方がない。 |
05-14,2008
うつ病か?
今日、心療内科に行ってきた。
今、考えてること、まぁ全部じゃないけど話してきましたよ。 家族との関係とか、なんとか。。 そうしたら、、なんとアモキサンとアナフラニールが処方された! はい、両方、過去飲んでいた「抗うつ剤」。 ってことは、うつ病と診断されたかな〜。 息苦しいとか言ったからかな〜。 泣きたくないけど涙が出てくるって言ったからかな〜。 でもそれは、ある一定の条件を満たしたときで、例えば今日なんか息苦しさは感じないし。 まー、出されても飲まないです。 今の自分の状態は明らかにうつ病じゃないし、それに抗うつ剤は飲み始めても効き始めるの2週間くらいかかるし、一番問題なのは、わたし、身体が「この薬、もういらない」って判断すると、副作用が出てきて、それは怖い怖いのだ。。 過去、アモキサンの処方が止まったのは、わたしがいきなり「ゴジラになって地球を踏みつぶしたい気持ち」がぐわーっと高まって、なんだかおかしいなと思ったときだし、アナフラニールに至っては、自殺しかけて救急車呼ばれたし。。(そのとき主治医が電話で「アナフラニールを飲まないでください」って彼女に言ったらしく、止めたらピタッと自殺衝動が止まった。あとで主治医に聞いたら「自殺衝動を起こす薬だから」と言われた!)だから、うつ病でもない限り抗うつ剤は金輪際飲まない。 っていうか、心療内科はやっぱ薬で治そうとするんだなあ〜。 これからは今まで通り、睡眠の状況だけ報告しようっと。 |
05-13,2008
自分には愛される価値はあるのか
今日の早朝、そのときは起きてたんだけど、急にまた息苦しさを感じて、ぐーすか寝ている彼女を叩き起こした。「ねえ、また息が苦しいんだけど」と言って。最近、ようやく息苦しさが止まってきたところだったんだけど、今回、またこういうことがあって、知らないうちに身体は負担になっていたらしい。
前の時はね、本当に寝ぼけてたみたいで「声が出せてるってことは息ができてる証拠だよ」と言われ「そんなこと分かってるけど、でもなんでか息苦しくて息苦しくて仕方がないんだ。窒息しそうなんだ」と必死で訴えたら、だんだんと目が覚めてきたみたいで、水を飲ませてくれたり、背中をさすってくれたりした。 今回は最初から何も言わずに、お湯を持ってきてくれて、、昨日の朝も母親からメールが来ないことに対してすごく寂しくて、寝ている彼女を起こしてしまったのに、今日も起こしてしまった。。 もうわたしの心は罪悪感でいっぱいだ。 わたし、自分に対する肯定力はものすごくあって、自分のやる事に対しては絶対の自信があるし、絶対に正しいと思ってやっている。自分に対しては嘘がつけないし、自分を守るのは自分しかいないんだから、自分で何とかやっていこうという気持ちでずっと生きてきた。もちろん、自分のことは強いとは思ってなくて、絶対的に正しいとも思ってなくて(だから日々勉強!)、むしろ弱くて、でも弱くても弱いなりになんかやっていこう、それが自分だと思っている。 が、自分に対して自信を持っているはずの自分はなぜか、他人から愛されることに対してはとても自信がない。「愛されて嬉しい」とは思えず「なんでこの人、わたしが好きなんだろう?」って思ってばかりだ。だから、彼女に対してはずっとずっと「ねー、なんでこんなわたしが好きなの?」とばっかり聞いてきた。 最近は調子が悪く、彼女に面倒ばかりみてもらっているから「○○さん(彼女のこと)はわたしに騙されてるよ。わたしは愛される価値のない人間なんだよ」って何度も言うんだけど、彼女は「騙してるって言うんだったら、ろんたこは7年間もわたしを騙してるんでしょ。それってすごくない?」と言う。わたしは「わたしが騙してるんじゃなくて、○○さんが勝手に誤解してるんだよ」と言っても「そんなことはないよ。今まで7年間も付き合ってきて、お互い、いいところも悪いところも知ってるでしょ。それが分かってる上で一緒にいるんだから」と言う。 正直、彼女がかわいそうで仕方がない(というのは、彼女に言わせると「余計なお世話」なんだそうだ)。わたしみたいなんじゃなくて、もっとまともな人と付き合えば、今ごろもっと楽しく暮らせていたかも知れないのに。。と思うと彼女がかわいそうで泣いてしまう(これも結局余計なお世話の中に入ってると思う。。)。 こんな中、わたしはついに「愛されている感覚」っていうのを感じられなくなってしまった。彼女といると安心する。けど、なぜか愛されているとは感じられない。。それよりも面倒をみさせてとてもかわいそうに思えてしまうのだ。 こないだテレビで見た。人から愛されると自分に自信が付く、人から愛されているとそうなるって。だけど、わたしはそれを見て「絶対にそれはウソだ。。」と思った。わたしはわたしを愛してくれている人がいるってことが不思議でならない。なんでこんなわたしを好きになるのか?わたしに愛される価値なんてあるんだろうか? 最近、わけが分からなくなってきた。。 ブログの方は重い腰を上げ、ボチボチとカスタマイズを初めているんだけど、これをし始めると、少しの時間でとても泣きたくなったり息苦しさを感じる。まだまだ公開は先のことになりそうだ。 明日は心療内科の日。 |
05-12,2008
いらない子なのかな
昨日の晩「そうだ、今日は『母の日』だった」と思って、久々に「今日は母の日だけど、何もできなくてごめんね」みたいなことをちょっとだけ書いてメールした。父のことについても、ホンのちょっとだけ触れた。今はかかわりたくない、と。
でもね、今の時点でメール、返ってきてないんだよね。。 いつもならすぐに返事が返ってくるのに。 わたし、あの家族にとってはいらない子なのかなあ。 それとも母は母なりにどう言っていいのかわからずに苦しんでるのかなあ。 彼女は「もう、そんなこと考えるのはよそうよ」って言ってくれるんだけど、わたしもできるならそうしたいんだけど。。。今までいろいろあった家族とはいえ、そう簡単に考えるのを止められるはずはなく。 「もしかしたら、生まれてこなければよかったのかも知れない」って思いがグルグル頭の中を回っている。 なんだか悲しい。 今日は泣けなくて、一日中落ち込んでいた日だった。 |
05-11,2008
泣いてた
今日は、なぜだか一日中泣いていた。
特につらいとか悲しいとかそういうんじゃなく。 ただただ、泣きたくて泣いていた。 彼女の胸の鼓動が聞こえた。 わたし、実は心臓の鼓動って大嫌いだ。「いつかは止まるもの」という思いが先に立ってしまい、1回鳴るたびに「だんだん死が近づいているんだな」と想像してしまうから。 よく「人の心臓の鼓動を聞くと胎児に戻ったような感じで安心できる」っていうけど、あれは嘘っぱちだと思っていた。わたしには安心できるどころか死を予感させる心臓の鼓動だからだ。 だけど、今日は違っていた。 「ああ、今、この瞬間、彼女の心臓が動いているんだ」って思ったら更に泣けた。 |
05-09,2008
ここだけの話
わたしが書き始めた、livedoorブログ(mixi日記は基本的にはこのブログからコピー&ペーストしたものです。ほんのタッチの差でブログの方を先に初め、最初は設定を「外部ブログ」にしていたんですが、その読み込みが遅く、マイミクさんが読みに来ないため(笑、今でも全く読みに来ないマイミクさんがいるので、そろそろマイミク整理かな〜(爆))、あるときからブログをコピペすることになったのです。長い注だな)の移転を決意しました。理由は一つですね。livedoorブログは特定のIPアドレスをアクセス禁止にできないんです。そして、わたしにはわたしのブログを読んで欲しくない人がたった1人いる。そのたった1人のために、ブログの移転をすることにしました。
ブログのエクスポートってのは、すぐにできるらしく、記事は全部新しいところに移転したのですが、やはり相当カスタマイズしないといけないらしく(っていうか、前のデザインが気に入っていたので、そういう風にしたいだけ)、なんでこんなこと。。という感じでもう泣きたいです。 しかし、恐ろしいもので、たった3日前に作ったブログ、ここ2日間家を空けていてほとんどデフォルト状態だったんですが、今日見たら、なぜかこの間わたしが書いた「親にカミングアウトすることは本当に親不孝なのか」への日記に2つ、拍手が。。 あー、もう誰か覗いてたんだ!とショックでした。 しかもわたしは「拍手」という評価が嫌いです。別に拍手されたくて記事を書いているんじゃない、わたしはわたしの思いをブログにぶつけているだけで、誰かに共感して欲しいわけでも誉めてもらいたいわけでもない。もともと落ち込んでいるときに(今日は実は大学に行く日だったのに、体調不良で行けなかったのです。。)更に落ち込むようなことをされて、すぐさま「拍手」表示を消しました。 けど、このままでは誰かに読まれてしまう。。ってことで、使い慣れない新しいブログを必死にあちこち設定し、やっとログインしないと表示されないようにしました。多分、ブログの方(もちろん、両方とも)の更新はもうこれ以上しないでしょう。そして、ほとんど分からないスタイルシートを理解し、どうやってカスタマイズするか、なんでこんなやりたくないことをしなければならないのかと思いつつ、どこまでやれるかは分からないけれど、カスタマイズします。はー、やだな。けど、今のままのスタイルシートじゃ書きたくないしな。。 これからしばらくはmixi日記のみで書きたいと思います。 といいつつ、毎日は書かないかも知れないけれど。 あー、今日の日記は完全に愚痴ですね。すんません。 【注】ここから6月25日までは、mixi日記に書いていたものです。 |
05-07,2008
黒幕
昨日は早く寝た割には、早く起きちゃって(ってなんか変な日本語ね)、朝6時くらいからPC立ち上げてボーッとしてた。でも、そのうち飽きて、またベッドに行った。全然眠くはなかったけど、、彼女の寝息を聞きながら「幸せだな」って思ってたら、知らないうちに眠ってしまっていた。
うとうとしてたらしく、見た夢がキューバ人に会って「いやー、キューバの野球観に、一回、キューバに行きたいんですよね」って言ったら(日本語で)、そのキューバ人に「今のキューバはあんまり野球盛んじゃないよ」って言われたんだけど(これもなぜか日本語で。じゃないとわたしには通じないわね)、ホントか、それ??しかも、なんでそんな夢を急に見たんだ?? 今日はカウンセリングの日で、行ってきた。 行く途中もなんか息が肺の中に入ってこないようで、ものすごく苦しかった。 実は、一昨日の夜、息苦しかったときにフォーカシングやったんだけど、ある情景が(それも全く関係のない)3つくらい思い浮かんできてね、でもそれについて「教えてくれてありがとう」というとすっと呼吸が楽になるのに「それは一体どういう意味があるんですか」と聞くと、再び息苦しくなって。。 それをカウンセラーに話したら「直接胸が苦しいんじゃなくて、どうも黒幕がいるっぽいですね」と言われた。そこでフォーカシングやったら、涙ボロボロ。どうも今の状態って意識と無意識のバランスが非常に崩れているらしい。最近、わけもなく涙が出るのは無意識がそうさせているらしい。なんせ無意識を治すのは無意識しかないっていうんだから。。「泣きたかったら泣いてください」と言われた。 しかし、あー、まだ胸が苦しいよお。息ができないよお。 |
05-06,2008
親にカミングアウトすることは本当に親不孝なのか
最初に言っておく。わたしは「カミングアウト推奨派」ではない。カミングアウトすることがすべて正しいとは思わない。隠そうと思って必死で生きている人に対して「それは間違っている」とは言えない。親が高齢で多分言っても理解してくれないだろうという場合もあるだろう。人それぞれの理由があるから、わたしはそれに関しては何とも言えない。
が「親にカミングアウトすることは、親不孝になるからカミングアウトできない」という意見をよく目にする。わたしも親にカミングアウトしたときは「親に申し訳ない」と思っていた。それが当たり前だと思っていた。けど今は違う。だって、わたしだって好きで同性愛者に生まれてきたわけじゃない。同性愛者であることを選択したわけではない。この世の中は異性愛者であった方がよっぽど楽にいきられると思う。わざわざ生きにくい方を選択するわけはない。 「では親の責任か」ということになるが、まぁ育て方の責任はないわな。今のところ「なぜ同性愛者が生まれるか」についてはまだ解明されていないので、明らかに「親の責任」とも言えないだろう。。ということは、どちらにも責任はないということになる。どちらの責任でもないのに、なぜ当事者自身が「自分が悪い」と一方的に決めつけなければならないのか。 去年の7月、実家に行って両親に「自分たちを結婚しているカップルとして見て欲しい」と言った。母親は「それは無理」と言い、父親は「勝手にしろ」と言った。だからわたしは勝手にしようと思っていた。それまで父親は理解していると思ったから、それにはとても失望したし、結局は頭でしか理解していないことも知った。 実家に行くとわたしは疲れる。今ではなんとか彼女の話もできるようになったが、その他、いろいろ気を使わなければいけないことがあって、それは到底親になんかわかりっこないだろうし、そこまで分かってもらおうとは思わない。 でもね、時折従兄弟が祖母に自分の配偶者と子供を連れて遊びに来たりなんかしたときは、胸が痛む。「ああ、わたしだってパートナーがいるのに」って思う。もちろん、遠くに住んでいるから彼女とふたりでわざわざ遊びに行こうとは思わないけど。そして何より「わたしは独り身」って思われることがすごく嫌だ。別に受け入れて欲しいとは思わない。ただ「パートナーと一緒に住んでいる」ってことくらいは知っていて欲しいと思う。あとはどう思われようが構わない。 実は昨日、父親から「最近、身内のことが多く書いてあるのでばれるから止めろ」みたいな内容のメールが送られてきて(一回読んで捨てたので詳細は不明)、結局は「フォビアの塊なんだ」と思った。わたしは特にどこに住んでいる(東京には住んでるとは書いてるけど)とか、実家がどこにあるとかは、わたしとは関係ないので極力伏せて書くようにしている。家族関係のことも書きたいことは多々あるけど、それは恥をさらすことになるので、敢えて書いてない。ただ、読む人が読めば、だいたいどこら辺か想像が付くだろうな、とも思っている。けど、多分、そんなことを推測して読んでいる人なんてそういないと思う。特にこのブログ、一日に40人来ればいい方だし。でもどこの地域に住んでいるかは分かったとしても、個人は特定できまい。わたしは今まで「ホモフォビアにはあったことがない」と思っていたが、あれ読んで「これがそうなんだ」って思った。そして「頭でも理解していない」ことがよく分かった。家では「彼女と指輪の交換はしたのか」なんて聞いたけど、それは一種の「社交辞令」だったんだろう。 ただ、わたしが両親に対して「普通の結婚しているカップルとして見て欲しい」と言ったことに対しては、彼女に「わたしのことを全然考えてくれていない」と怒られた。そこで初めて気がついた。そりゃ、彼女のことも考えなきゃいけないことだった、とね。普通「普通の夫婦として」というととても保守的なことを想像するんだという。盆、正月には顔出して、、お嫁さんがお姑さんを手伝って、、みたいな感じで。世の中にはいろんな異性愛者夫婦がいて、それぞれのやり方があるんだろうけど、やっぱり「普通に見て欲しい」というと、そういうことになるらしい。確かにわたしの彼女は「奥さん」ではないので、異性愛者カップルの「お嫁さん」には適応しにくい。彼女も実家に行ってどう対応すればいいのか分からないだろうし、両親もそうだろう。前にも書いたけど、同性カップルとその両親には「ロールモデル」というものがないのだ。そして片方が作る気がないのなら、、まぁわたしはそれはそれでいい。 多分、これって相当過激な意見だろうな。 が、わたしは昨日、夜にあのメールをもらってから、夜中に突然、息苦しくて目が覚めた。4月は割と夜になると息苦しいことが多かったんだけど、それもなくなっていたときだった。それも夜中に寝ていて息苦しくて目が覚めることはなかった。寝ている彼女を無理矢理叩き起こして、息ができなくて苦しい、と言った。多分、今も相当自分の中で堪えている、と思う。頭の中で怒りが充満していると思う。今日なんかもう、一日荒れ荒れだったので。。(苦笑) 今日は幸せなことを考えて眠りたい。 |
05-05,2008
立川中華街
今日は立川にある「立川中華街」ってところに行ってきた。っていうか、立川にあるゆえ、立川中華街なわけか。。横浜にある中華街が立川中華街だったらとても変だしなって、今、ちょっと頭おかしいかも。。(^^;
実はこんなに長く東京に住んでても、立川にそんなところがあるとはつい、この間まで知らなかったのよね。まー、立川がわたしの行動の範囲外にあるってことが大きいんだろうけど。中華街といいつつ、デパートのワンフロア、みたいな感じなところだった。 彼女を含め、4人で会った。初めて会うのは、香港からの留学生、Jくん。彼はこの4月から大学生なんだそうだ。歳は二十歳越えてるけど、やっぱ若い!んでイケメン!でも残念ながら彼氏持ち〜。残念でした(笑)←って誰に言ってるんだろう んー、なんで日本に来たのかとか、初対面なくせに不躾にいろいろ聞いちゃった(笑) そして香港の同性愛者事情についてもちょっと。カミングアウトなんかとんでもない、って感じなんだそうだ。 といいつつ、香港についてはほとんど何も知らないに等しいわたし。 自分の世界が広がることについては本当に嬉しいんだけど、そのたびに自分の勉強不足を感じる。 今のわたしはやりたいことが本当に多いんだけど、それに比例してできないことが多すぎる。。早く病気治したい〜。 あ、中華街ではお粥を食べましたです。白粥だったけど、うまかった。 でも口の中が変じゃなきゃ、もっとおいしかっただろうけどねー。 最近、生活がどんどん元に戻って来ちゃってるので、病状は停滞気味かちょっと悪化気味。どうにかするためにはどうにかしなきゃね。。 |
05-04,2008
ホントに同性愛者なのかなあ?
なんて書くと「何を今さら」って言われそうだけど(苦笑)
でも、わたしは自分が同性愛者であることがとても不思議で、彼女とのSEXが終わるたびに「わたしって、同性愛者なんだねー」って口癖のように言う。それくらい、よく分かんないもんはよく分かんないのだ。 こないだの「ハートをつなごう」を見てから考えている。いや、それ以前からも考えていたんだけど。どーもわたしは「普通の同性愛者」とは違う感じがする。それは自分が同性愛者と気がついたきっかけが「同性を強烈に好きになった」わけじゃないからだと思う。ゲイの場合は、生理的な反応で早く気がつく場合が多いと思うけど、レズビアンってどうなんだろう? とはいえ、わたしは幼い頃(物心ついた頃?)からなぜか「自分は結婚しない」とは思っていて(どうしても結婚している自分が想像できなかったため)、両親にはずーっと「わたしは結婚しないからね」とは言っていた。そのせいか、両親は一度もわたしに「結婚しろ」と言ったことはない。周囲には特に何も言っていなかったのにもかかわらず「結婚は?」とは聞かれたことがなかったので、外見上もおそらく結婚しそうにない(できそうにない?(笑))んだろう。この周囲の「結婚圧力」ってすごいらしいから、それがないだけでもラッキーなんだろうけど。しかも「結婚する気がない」から、わたしは結婚してから「あれ?」って気がつく「主婦レズ」にもならなかったんだろう。 わたしが自分のことを「あれ?」って思い出したのは、まー、正直言うと自慰行為をしているときに女の身体を思い浮かべていたことだ。でもそれはずっと「オカズにしている小説」(爆)が男目線で書かれているからだろうと思っていた。だって、エロ小説ってだいたい男の目から見た女性の描写の方が多いじゃん。そう書かれるとどうしても「こんな感じかなー?」とか思い浮かべるじゃん!別に自分が男になった気はしないんだけど、女性とこんな風にしたいなーとは思ってたりした。そうそう、たまーに女性から書いた(けど思いっきりわざとらしい)「わたし、○○なんですぅ」とかいうエロ小説もあったりしたけど、それはなんだか受け付けなかったなあ〜(爆) ただエロ小説もあんまり自分の好きなシチュエーションではないし、いくつか読んでみるとだいたい展開は同じなので、飽きちゃったけどね(爆) そういうことに気がついた頃、自分の過去を思い出してみたら「あ、結構女の人が好きだった」ってことに気がついた。多分、初恋は小学校の時。1つ上の女の人がすごく気になってた。そのことを思い出したのは、もう小学校を卒業して10年以上経っていたのに、その人のフルネームを突然思い出したんで、そっちの方がびっくりした(笑)あれは自分の中でも淡い初恋って感じだったかなあ〜。でもそれが恋心だとは全く気がつかなかったんだよね。1つ上だったから、ほとんど接点もなかったしね。 中学と高校では、友だちとか先輩ではなく、いつもいつも好きになっていたのは「先生」だったので、どっちかというとその先生に気に入られたくて、一生懸命勉強するっていう、なんか動機が純なんだか不純なんだかよく分かんない感じだった(笑)中学の時は、社会科の先生が圧倒的に好きで、もうテスト勉強と言ったら社会ばっかり(爆)高校の時は数学の先生が好きだったので、これもテスト勉強と言ったら数学ばかりで、しかも数学の場合、問題を解いていて分からないと先生に聞きに行けるので「ラッキー♪」って感じで。よーく分からない問題を職員室に聞きに行ったもんだ。うーん、やっぱり動機が不純な感じがしないでもないな(笑)結局、この先生のおかげでわたしは理系になっちゃったようなもんだし(ただ、数学という学問自体には興味がなかったので、数学にはいかなかったけど)。 高校のこの先生は、1年の時に副担任で、2年の時は数学を教わっていた。3年になってから、まったく縁がなくなっちゃったんだけど、あるとき、ふとした拍子にこの先生が今、妊娠してるってことを知ってね、なんかめちゃくちゃショックだったの。。もちろん、結婚していることは知ってたし、別に好きだけど、抱き合いたいとかそんな不純(と一応言っておく(笑))なことは微塵も思ったことがないのに、妊娠したと聞いたときは「お腹がだんだん大きくなっていく先生とはもう会いたくない」って思った。。そこまでショックを受けた自分にはなんにも疑問は思わなかったし、今でもなんでそこまでショックだったんだかよく自分でも分からないんだけど。で、実際、会う機会もなかったから、その後は知らない。 でも、卒業後、何年か経って高校の文化祭に遊びに行ったときに、その先生と偶然会って「あなたのことはよーく覚えているわよ」って言われたときはめちゃくちゃ嬉しかった!まー、その先生ももうだいぶ昔にうちの高校から異動して、今はどこにいるかは知らないんだけど。。 ただ一方で、結構好きな男子もいたんだよなあ〜。けど個人的に付き合いたいとは思わなくてね、で、向こうもどうやらわたしのことが好きだったらしく、あるとき映画だったかな、なんだったかな、に誘われたのね。でもわたし、親に行っていいかって聞いたらさー「行っちゃダメ」って言われたんで(ここら辺が自分でも本当にバカ正直だと思う(爆))「なんかさー、親がダメって言ったからダメ」とか言ってて(苦笑)ここでもし、親が「行ってもいいよ」って言ったなら、今ごろわたしどうなってたんだろ??と思わないこともない。。でもやっぱり、男性とは個人的には付き合いたいとは思ってなかったから、もし付き合い始めたとしても別れただろうな〜、、けど、経験として付き合っておきたかったかも(爆) そして、わたしは女の後輩からももてたんで、バレンタインデーに屋上に呼び出されてチョコレートをもらったりしたんだけど、もしそのときにその後輩から「付き合ってください」って言われたら、わたし、どうしてただろ?わたしゃ、その人から「(チョコレートをあげたことを人には)言わないで下さい」って言われたんで、それはちゃんと守ったけど(笑)その後輩からは誕生日から、クリスマスから、プレゼントくれっぱなし(わたしの方はなにもせず)だったし、ことあるごとに洋楽のカセットテープなんか貸してくれたりしたんで、多分、向こうはわたしのことが好きだったはず。っていうか、なんかこれ読んでると、わたしってすごく残酷なことしてなかったか??(苦笑) っていうか、わたしの場合、なぜか本人ではなく周囲の友だちから「○○がお前のこと好きだって言ってるぞ」と言われることがあったんだけど、だからといって、本人が何も言ってこない以上、わたしはどうすればよかったわけ???わたしはとにかく「直球勝負」してくる以外は、おそらく気がつかなかったと思うよ。。というほど恋愛感情にはとても疎いのだ。多分、わたしは自分で気がつかなかったけど「年上が好き」だったのだと思う。けど「先生を抱きたい」と思うほどの性的衝動はもちろんなく「極めて真面目な生徒」として気に入られようと、そっちの方に行っちゃってたんだよな、、 で、本人は「なかなか人を好きにならないなー」とは確かに思ってた。この場合、人ってのは男だったから、まぁ当然のことかも知れない。けど、結局この「なかなか人のことを好きにならない、これはどうしてだろう?」って思い始めたのがきっかけではあった。エロ本のこととか気がついたのってその頃だし(爆)でもさ、じゃあ思うんだけど、この世の中、男性向けのエロ本ばかりの中、女性は一体、何をオカズにしてるんだろうって思ったりもする。うん、これは単純な疑問。もしかして、オカズって使わないのかな。。(爆)あー、あとわたしの場合は、写真関係は一切ダメね。あれってモロ、男向け目線だから。ああいう目線はわたしは大嫌い。 それから気がついたんだけど、もしかして「外見に関してはタイプがない」ってのは、わたしって人のこと、そういう目で見ないんだよ。学校の先生にしても好きになるタイプは「知的な女性」って感じだったし、外見はどーでもよかったんだ。で、彼女によると、女性は「見られる性」なんだそうだ。で、男性の方が「見る性」ね。それを聞いたとき、わたしは「そのどっちでもないじゃん!」って思った。。自分が見られているとも思わず、自分も見ていないから、もし、自分が見られているとしてもそれは全く感じない。一体、女性はいつから自分のことを「見られる性」だと感じ始めるんだろう?なにかきっかけがあるのだろうか?社会的にジェンダーとして教わるのか?それとも持って生まれたものなのか?この39年間生きてきて、こないだ初めてこのことを知って、わたしはびっくりした。人から見られてるなんて全然思わなかった(爆) 「もしかしたら、ろんたこ、ビアンバーかなんかで見られてたんじゃない?」って彼女から言われても、わたしの方がそれに気がつくはずがないじゃん。とにかくわたしは「話してナンボ」だと思ってるから、声かけられないと分からないのだ。。しかも話すネタが一般の人には通じないような野球(それも社会人野球)の話だの〜なので、まぁ、普通はもてるわけはないわな(苦笑)ちなみに彼女と初めて会ったとき(それは友だちとしてだったが)に話したことは「学生時代、どういう研究をしていたか」と「変化球の握り方と曲がる理由」だった。。。orz 結局、気がつかされる形で同性愛者だと言うことに気がつかなかった、ってことで一人で悩むこともなく、もうたいそう大人だったので、その手の情報を仕入れようとしたら、まぁ本屋でちょっと躊躇する程度だったけど(でもエロ本買うのとそう代わりがないかも?(爆)でもやっぱり「同性愛」とか「ゲイ」って書いてあるものは買いにくかったのは確か)手に入れられて、情報は仕入れられたし(ただ、仕入れるのと行動するのはまた別の話だけど。二丁目なんか絶対に行けないと思ってた)、そういう点では「青春時代、同性を好きになって、こんなの自分だけだと思ってた」とか「同性愛者であることを否定しようとしていた」とか「自殺したかった」とかはまーったく思ったことがなかったのよね。。「オトコオンナ」とか「男の中に女が一人」とか言われることはしょっちゅうだったけど「だからなに?」って感じだったし。。性別なんかどーでもよく、やりたいことはやるって、ただそれだけだったんだよね。こういう同性愛者もいるのです、中には。なのでmixiなんかで「同級生を好きになっちゃったんですけど、どうすればいいですか?」とか聞いてこないで〜(苦笑)こういうメール、結構もらうんだけど(オープンにしているからか?)そのたびに「ごめんなさい、わたしにはそういう経験はありません」って断るしかないのよ。。 ただ「これは隠しておかなきゃ」って思ったことは事実。(結局隠せなかったけど) そして今でも自分のどこかで「同性愛者である自分に自信が持てない」のも事実。 多分、後者は「同性愛者としてのこの世の生きにくさ」を感じていることが理由の一つだろうと思っている。 |
05-03,2008
ムッ
昨日の日記を読んだか読まずかは知らないけど(って絶対に読んでるはず)、あの後彼女は自分の部屋からNUMBERってスポーツ雑誌が出している伊達公子のビデオを2本持ってきて「こんなん持ってるんだよー」とのたまう。
「あっ、そう(-o-)」とわたし。 持ってるからと言ってそれがなんなんでしょう。だったら、わたしも同じNUMBERから出てる「1979 熱闘!日本シリーズ、広島−近鉄」(いわゆる「江夏の21球」のヤツ)のビデオ、持っているぞ。 「あー、もう2本持ってた」と全部で4本の伊達公子の試合のビデオを持っていると、その後またわたしの部屋まで持ってきた。 「それの何がわたしに関係あるわけ?」 と言ったら、 「いやー、このドイツのなんちゃら杯(忘れた。興味ないもん)の試合はろんたこが見ても感動するよ。見る?」とのたまう。 見る気ないから見ないもんね。ぷんすか。 |
05-02,2008
これって嫉妬?
某女子テニスプレイヤー(伊達公子とかいう人)が現役復帰したらしい。
確か、前、彼女は伊達公子のファンだったって聞いたことがある。 復帰した、ってニュースを聞いて「ねー、復帰して嬉しい?」って聞いたら「嬉しい」と言う。 今日、プレーして勝ったらしい。 そのニュースを熱心に見ている彼女を隣の部屋から見ているわたし。。 なんか気分よくない。。。 もしかして、これって嫉妬? でも別に嫉妬してもしょうがないのにー(苦笑) そーいや昨日、友人が来てね、彼女の若いとき(あ、今も若いですが(笑))、奈良岡朋子が好みだったって聞いたらね、その人「Ronさん、そういえば、奈良岡朋子に似てるー!」って言われて。。え、そうか??わたしゃ「でこっぱち」(一時、ラジオの某深夜番組で彼女はそう言われていた)ではないが。。 で、わたしははっきり言って、女性のタイプってのはよく分かんないんだけど(わたし、好みの男性のタイプは割とはっきりしてるんだけど、女性っていないんだよね。。これでもレズビアンって言えるのかしらって思うんだけど、ホント、好みってないんだよね)「敢えて言うなら、、、、加賀美アナ?(ごめんなさい、NHKヲタクで)」って言ったら、爆笑された。。だって、国谷アナ(この人はNHKのアナウンサーではないけれど)も小野アナも伊東アナも江崎アナもちょっと、、、だし。「『ハートをつなごう』に出てた、桜井アナは?」って聞かれたんだけど、うーん、だしー。強いていえば、杉浦アナは結構お気に入りだったけど、今、なんか冴えないメガネかけてるしー(あれって老眼鏡?まさかね。。)。 っていうか、二人揃ってすげーフケ専だよね。。 でも伊達公子はわたしより若いんだよね。。 ムッ。 【オマケ】 「発達障害」2日目を見ようと思ったら、友人と食事に出かけてしまい、結局見忘れて、おまけにその時間は普段、総合テレビでやってる「バッテリー」を見ていたことが後に判明。あー「発達障害」の方はあとで再放送が見られるけど、バッテリーは見れない(泣) |
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