05-02 Wed , 2007
けいけん
最近、いろんなことを考えている。

一番強く思うのが「わたしの人生は恵まれすぎていたのではないか」ということ。
わたしは「貧しさ」ということを知らない。生まれた年は昭和43年('68年)。高度成長期のただ中(高度成長期='55年~'75年らしい)。しかし、'75年といえば、わたしがちょうど小学校に上がった年で、生活が進化したという記憶がない。うちのテレビがモノクロからカラーに変わったくらいしか覚えがない。

親からは十分な愛情を受けて育った。そりゃ、時には殴られたりもした。父親なんかは、わたしのことを娘だとは思ってなかったのか、高校の時に思いっきり顔をぶん殴られた。あとで口の中が「ジャリ」ってするなあと思っていたら、それは欠けた歯だった。背中(もちろん、服着てない)を布団たたきで殴られて、みみず腫れになったこともある。あのときは母親が父親に向かって激怒した。「なぜこんな風になるまで叩いたの!」って。わたしは背中だったから、自分の姿がどうなっていたのかは知らない。ただ、すごいことにはなってたらしい。

母親はわたしを叩かずにつねった。叩くと自分の手が痛いから、という理由らしい。母親らしい考えだと思う(笑)。

今だったらもしかしたら、このような行為は「虐待」に当たるのかも知れないが、わたしは殴られると分かっていながら親に反抗していたし(反抗っていうのは変かも知れない。わたしはわたしの意見を曲げなかったに過ぎないから。反抗しようと思ったのではない)、いくら言葉で言っても分からなかったので、殴られたんだと思う(でも自分の意見は曲げなかったけどね。暴力では人の意見を変えることはできない)。だから親には「お前は生まれたときから反抗期だった」と言われているし、実際、わたしもそうだったと思う。一般に「反抗期」と呼ばれている時期が子供にはあるが、わたしはそういう意味で明確な「反抗期」というものがなかった。そして、わたしの意見が通らないと分かると、今度は親を無視した。1ヶ月以上親とは口をきかなかったことも何度もある。だからといって問題が解決したわけではないが。

でも今思うと、反抗できることは逆に幸せだったんだな、と思う。反抗できるということは、それだけ甘えている証拠でもあると思うからだ。ただ、わたしは他人でも「それは違う」と思ったら上司にでも平気で噛み付いていたからなあ(苦笑)。わたし自身の性格なのかも知れない。ま、会社では上司の意見が絶対だったので、最終的には仕方なく上司の意向には従っていたけど。ただ、噛み付けば噛み付くほど、上司に気に入られて、、正直困った(苦笑)

ただ、進路のことについては、親はわたしのやりたいようにさせてくれた。そしていつも応援してくれた。それについては、非常に感謝している。28歳まで学生を続けられたのも、親のおかげ。わたしは学生時代、家庭教師くらいしかバイトしたことなかったし(「遺跡掘り」のバイトもやったことはあるが、あれは拘束時間が長い割にあまり金にはならなかったなー)、それによって生活を成り立たせていたわけでもない。

そして、、前にも書いたけれど、わたしは「同性愛者である」ということについて、悩んだことがない。他の人の話や、ブログを読むと必ず「相当悩んだ」と書いてある。しかし、悩んだことのないわたしには、その「悩み」というのが実はよく分からないのだ。カミングアウトをして傷ついたという経験もない(母親に対しては、理解されるとは思っていないので諦めている)。

小さな頃から「わたしは結婚はしない」と言っていたからか、親から「結婚しろ」とは一度も言われたことがない。周囲からも言われたことがない(よほど結婚しそうにないように見えるのか?)。これって、わたしにとっては幸せなことじゃないのか?

「女のクセに」と言われたこともない。「男みたいな女」とは言われたことはあるが。「だから何?」って感じだった。親からも「女の子らしくしなさい」と言われたことがない。(だいたいわたしが幼稚園の時の誕生日プレゼントに「仮面ライダーV3」のベルトをプレゼントしたくれたような親だ)これもわたしにとっては幸せなことだろう。

恋愛経験も少ない。今付き合っている彼女は、わたしが初めて付き合った人。多分、これからも一生、一緒に居続けるだろう。わたしは「別れ」というものを経験したことがない。だから恋人とケンカをして別れるということがどういうことか、わたしにはよく分からない。(ただ今後「死別」はあり得るとは思っている)

「貧しさ」も「性的少数者であるという悩み」も「女性差別」も「恋人との別れ」も経験したことがないわたし。今のところ気がつかずに、他にも経験したことがないことはたくさんあるだろう。これって、幸せなことなんだろうか、それとも不幸なことなのだろうか?この世の中にはいろんな人がいて、わたしは今、いろんな人からの悲鳴が聞こえる。わたしはそれは理解することはできる。ただ、経験していないから、それは想像するしかない。でも想像は想像に過ぎない。経験したことがないものに対しては、想像はできるが、わたしには語れない。つらい人に対して声をかけることもできない。そういうとき、わたしは自分の無力さを感じる。わたしはもっと「不幸」であるべきではなかったのか?わたしには「経験しなかったこと(できなかったこと)」が多すぎる。わたしには欠けているものが多すぎる。それを今、非常に痛感している。
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05-03 Thu , 2007
憲法記念日
今日、5月3日は言わずと知れた「憲法記念日」。
今、政府は憲法を変えようと「国民投票法」を制定しようとしている。そのために「国民投票法案」を今国会で成立させようとしている。

わたしは、高校の「現代社会」の時間で日本国憲法の前文を丸暗記させられた。ただし、今は全くと言っていいほど内容については覚えていない。それよりも小学校の時に図書館で読んだ「あたらしい憲法のはなし」の方が強烈に印象に残っている。

今、ネットでぐぐると、この「あたらしい憲法のはなし」についての中身を読むことはできる。だが、わたしの印象に残っているのは、話ではなく中身の絵なのだ。もっとも印象に残っているのは、軍艦や飛行機などのものを「戰爭放棄」という壺の中に入れて、電車やビルや車などが出てくる、という絵だった。わたしはこの本が欲しくて欲しくて、、だから見つけたときはすぐに買った。わたしの持っているのは2001年2月26日発行の初版本である。

今朝の毎日新聞には、世論調査が行われ「改憲賛成」は51%と過半数を超えた、という結果が出ている。(調査方法は、4月28、29日の2日間、コンピューターで無作為に選んだ電話番号を使うRDS法で全国の有権者1,000人を目標に電話で調査し、1,085人から回答を得た、とのこと)ちなみにRDS法というのは、

Random Digit Sampling法またはRandom Digit Dialing法の略。電話番号の末尾数桁を乱数の組み合わせで作成し、調査対象とする方法。電話帳に番号を掲載していない人への電話調査が可能になる点が特徴。」らしい。朝日新聞が行う訳の分からない朝日なんちゃら法(忘れた)よりもよっぽど分かりやすい。

ただし、改憲賛成の理由は「時代に合っていない」「一度も改正されていない」が併せて77%に達し、「米国に押しつけられた憲法だから」「自衛隊の活動と9条にかい離がある」は併せて18%のみだった。

わたしは、残念ながら「護憲派」ではない。それはやはり「一度も改正されていない」からだ。今の日本国憲法は「不磨の大典」ではないので、時代に即した憲法にすべきだと思っている。ただ9条は改正することは反対だ。いや、変えてもいいと思うが、少なくとも「日本が戦争をできる国」にしてはならないと思う。わたしは昨日も書いたとおり、昭和43年('68年)生まれなので、戦争は体験していない。父は戦時中に生まれたが、幼かったし、母は終戦の6ヶ月前に生まれたので、わたしは両親から「戦時中の体験」や「戦後の体験」を聞いたことがない。

が、しかし、わたしの父は被爆者だ。そして、わたしは被爆二世。
今、父は甲状腺の異常で、薬を一生飲み続けなければいけない身体になった。それが被爆との直接の因果関係かどうかは分からないが、甲状腺は放射線によって一番影響を受けやすい部分だということは知っている。そして、わたし自身も被爆二世ということで、いつ、どんなことが起きるか分からない。それは覚悟をして生きている。

そして、このような思いをする人を、この地球上からもう二度と出してはならないと思っている(ただ、、原子力発電所の近くに住んでいる人や原子力発電所に勤めている人も、こういう恐れはあると思うのよね)。

よく「日本の核武装化」について「北朝鮮がいつテポドンを打ち込んでくるか分からない」という意見を聞くが、、北朝鮮は「瀬戸際外交」で有名な国だ。それは北朝鮮の「国力」がないことを物語っている。そのような国がいきなり日本に向かってミサイルを撃ち込んでくるとは思えないし、言っちゃ悪いが、そのテポドン自体も日本まで届く性能は持っていないと思われる。その点、日本は核を作る技術を持っている(原子力発電所を持っているんだったら、そのくらいはできて当然だろう)。それも日本の技術からいうと、かなり、高性能な核爆弾を作ることができるのではないか?(これはあくまでもわたしの推測)

それよりも「日本が戦争をできる国」になった方が、アジア諸国を初め、日本の印象度悪化に繋がると思うし、多分、アメリカ自体も日本の核武装は許さないだろう。なんてったって、日本はアメリカ軍の庇護の下にいるんだから。日本が核武装することによって、アメリカにも攻撃することができる。日本はアメリカとも戦争をしたことがあるんだから、そのくらいはアメリカだって考えるだろう。

核拡散防止条約があるのに、既に核を持っている国に対しては、ほとんど効力がない。核は必要悪だと言われるが、そんなものはいらない。核戦争が起これば、もうこの星は全滅だ。核はこの世界の中から抹殺すべき不必要なものなのだ。

思わぬところで「戦争反対」になってしまった(汗)

「国民投票法案」に関しては、本当に怖い法案だと思う。最低投票率が決められていないのもそうだが、わたしが一番怖いと思うのは、地方議会の議決を議事に変えられてしまうこと。これは、例えば地方自治体が独自に「市民投票」を行ったとする。その結果に対して政府はその意見を覆すことができるのだ。なぜならそれは「議決」ではなく「議事」だから。これは地方自治体にとって、独自の政策ができなくなるということで、今の「地方分権」とは全く逆の方向だ。各地方自治体は、このことについて、政府に噛み付いてもいいんじゃないか。特に東京都知事。アンタは国にもの申すとはっきり言ってるんだから、はっきり言え。

わたしは恥ずかしながら、日本国憲法を最初から最後まで読んだことがない。多分、中頃から終わりにかけてはほとんど「公務員」に関して言及している、というイメージがある。

今日は、自分の持っている「あたらしい憲法のはなし」と「日本国憲法」をじっくり読みたいと思っている。一体、どこを変えるべきでどこを変えるべきではないのか。自分なりの意見を持ちたいと思う。
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05-04 Fri , 2007
さっぱり(笑)
なんか最近、やたらにいろんなものを見ているせいか、いろんなことを考えるようになった。
前は、なにか見ても見たものしかブログに書いてなかったような気がするんだが、、
ま、これも病気が治ってきている証拠だろう。

そうそう、ついに髪の毛を切った。さっぱり。
今まで「体重が落ちるんじゃないだろうか」と心配してたんだけど、不思議と前日の体重と髪の毛を切った当日の体重は同じだった。単純には比較できないんだけど、髪の毛っていくら伸ばしても(といってもわたしはもともとショートなので、肩や腰まである人が突然ショートにするのとはわけが違う)あまり体重は変わらなかったのかあ~。んだったら、もっと早く切っておけばよかった。。(苦笑)

髪の毛は、去年の年末に切ったから、実に丸4ヶ月以上切ってなかった。うー、うざかった。これも体重を増やそうと努力していた結果だったのに、、、

で、今回は3回目に行く美容院(散髪屋にあらず)だったんだけど、確か、行くのが8ヶ月ぶりかなんかだったので、すっかり忘れられていて「前髪はどうしますか」だの「耳は出しますか」だの、うるさいうるさい、、あと美容院ってこっちが「切れ、切れ」って言わないとなかなか切ってくれないのよね。今回もちょっと刈り上げの仕方が甘いなあと思ったんだけど、めんどくさかったので言わなかった。

次には思いっきり短くしてもらおう、と思ったんだけど(シドニーに行く前に)、こっちは真夏でも向こうは季節が逆なので、、超寒がりのわたしにとってはやばい。でも切らないで行くと、今度は英語が通じないと思うので、切ってから行くべきだろうなあ。。あ、あとは念のため、切ったばかりの時の画像を携帯カメラで撮っていくつもりなんだけど、そんなことしたら、携帯を持っていかないといけない??そのためだけに???めんどくさい。。そのためだけにプリントアウトするのもめんどくさいしな。(要するに何をやるにもめんどくさがり屋なわたし(笑))

髪の毛切っても体重は減らなかった、と喜んでいたら、今朝、測ってみたら、今までの最低に。うげぇぇーーー。どーすりゃいいんだよ、どーすりゃ。。プロテイン、買ってみようかな。。
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05-05 Sat , 2007
マニア
3ac7d2d7.JPG30063a5a.JPG27bf25af.JPG昨日は夕方から新宿に行った。
もうそろそろ本格的に英語の勉強をしなくちゃと思って。そうなのだ。去年の1月からある英語の文法の本(すべて英語で書いてある)をやっていたのだが、途中で挫折したままで、しかも、去年の4月からラジオで英語講座を聴いていたのに、それも途中で挫折したままだったのだ。英語で書いてある文法の本を再び再開させようと思ったんだが、なぜかやる気がせず、、「日本語で書いてあるなるべく薄い文法の本」を探してみることにした。

彼女は一旦、わたしと別れてデパートで食料品を買って、わたしが先に本屋に行き、文法の本を見てたんだけど、、うーむ。たくさんありすぎてよく分からない。しかもまた、絶大に売れている(実際、そこにはあと1冊しかなかった)文法の本もあったのだが、2部構成で長い。取り敢えずわたしは彼女が来る前に「これは」と思うものを1冊、候補に挙げておいたのだが、来るなり「これは内容が難しいよ」と却下。絶大に売れている本については「あの英語で書いてある本でいいよ」というので、これも却下。

で、次々に「これは?これは?」と聞かれ、中身を見たんだけど、イマイチ。。だって、英文法なんて、ほとんどすべて忘れてるもん。最初の1ページ目で「ああ、もうダメ」って感じだった。わたしの場合「忘れている」に加えて「なるべく論理的に書いてある本」じゃないと身体が受け付けない。。で最後に「これは?」って言われた本がなかなかよくて、それに決めた。っていうか、なんでわたしが自分で探し出せなかったんだろう。。同じ本棚を見てたのに。そう考えるとちょっと悔しかった。

本屋に行くと、どうしても多量に本を買ってしまう。まぁ、そのときわたしは以前みたいに1万円も財布に入ってなかったんで、自分で買ったのは、その文法の本を含めて3冊のみ。以前古本屋街に行ったときに買った「センス・オブ・ワンダー」(レイチェル・カーソン)がものすごくよくて、是非とも「沈黙の春」が読みたくなったのだ。レイチェル・カーソンって、名前だけしか知らなかったんだけど、既にわたしが生まれる前に亡くなってたのね。「センス・オブ・ワンダー」の最後にレイチェル・カーソンの生涯が簡単に書かれていて、それを読んでびっくりした。だって「センス・オブ・ワンダー」って日本では'91年に初めて訳されているのだ。既にこの本が出されてから26年も経っている。この差は一体??

もう1冊は「高等地図帳」。そう、わたし、地図帳マニアだったりする。それも昨日気がついた。地図は高いので、毎年は買っていないが、2~3年に1度は買うようにしている。東京都の地図なんか、既に9冊。しかも一番新しいのは2002年発行だから、もうかなり古い。(一番古いのは昭和60年('85年))「地図帳持って街をウロウロしているのは田舎もの」って聞いたことがあるんだけど、東京育ちでも平気で持って街をウロウロしていた。だって、知らないところは知らないし、1冊持っていると本当に便利なのだ。それに、ヒマなときに見てると飽きないし。

でも何冊も買っているうちに気がついた。地図って毎年同じじゃないってこと。東京の場合はあまり「平成の大合併」をしなかったので、特に感じないが、わたしの以前住んでいたところは、ものすごい「平成の大合併」をした。わたしはそこの地図を5冊持っている。最初に買ったのは'98年だが、、最新の地図を見ると、ものすごく変わっている。

「高等地図帳」でも同じ。なぜか一番古いのは'90~'91年版なのだが(わたし、高校の時の延長で持ってたと思ったんだけど、、違ったみたい)、その頃にはまだ「ソビエト社会主義共和国連邦」(この国の名前、小学校の時に名前を覚えるのに苦労したのにー!)と「ドイツ民主共和国(東ドイツ)」「ドイツ連邦共和国(西ドイツ)」に分かれている。それが'95~'96年版になると、ソ連は「ロシア連邦」になり、ドイツも「ドイツ」になっている。(この間の地図、買っておけばよかったー。なんで買わなかったんだろう?)

日本もそうだが、世界の情勢も変わりつつある。わたしは何の気なしに地図を買っていたのだが「地図マニア」ということが、昨日初めて発見された。

左:今まで買った「東京都」の地図
中:今まで買った「高等地図帳」(二宮書店)
右:'90~'91年版。「ソビエト社会主義共和国連邦」と書いてある
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05-06 Sun , 2007
5月17日、イベントやるぞ~
dc2b28a0.jpg5月17日は「国際反ホモフォビア(IDAHO)の日」だ。

ホモフォビア、と言うのは日本語で言うと「同性愛嫌悪」と訳されるが、わたしはこれは同性愛だけの問題ではないと思っている。性的少数者、すべてがかかわる問題だと思っている。(性的少数者は分断されるべきではない、というのがわたしの本来の考えなんで。もう何度も書いてきたけど)

まぁ確かに「ホモ(homo)」=「同性愛」(というか本来は「同種の」とか「同一の」という意味。化学とか生物でもよく「homo」と「hetero」という言葉は出てくるでしょ。ヘテロ(hetero)の方が「異なった」とか「異常な」という意味を持ってたりもする;研究社の「リーダーズ+プラス」に書いてあった)っつー意味なんだけどさ。でもこれは同性愛だけの問題じゃないと思うんだな。

で、どうしてこの日が「国際反ホモフォビアの日」になったかというと、'90年5月17日にWHO(世界保健機関)から同性愛を国際障害疾病分類から外された日(ま、よーするに、病気じゃないから治療の必要性なしってことだ)だからだ。

Wikipediaによると「呼びかけ人はLouis-Georges TIN氏であり、現在では世界の約50カ国で実施されている」って書いてあるけど、まぁ、Wikipediaには本当のことを書いてあるとは限らないので、信じるか信じないかは、個人の自由。でも実際、IDAHO公式HPにも同じことが書いてある。しかも、Louis-Georges TIN氏という人はフランスの活動家であるらしい。

【参考】
Wikipedia「ホモフォビア

IDAHO公式HP

ホモフォビアには「内なるホモフォビア」と「外なるホモフォビア」の2つがあるとわたしは思っている。

「内なるホモフォビア」ってのは、当事者が「自分はあんな変態じゃない」「こんな人間はこの世界でたった、一人じゃないだろうか」など、自分を受け入れることができずに悩んでいる状態。または当事者が「自分はあんなのと一緒にして欲しくない」と思い、他の当事者を攻撃する場合もある。

幸いにもわたしは自分が同性愛者であると言うことには全く悩まなかったので(だいたい、気がつくのが遅かったし)「内なるホモフォビア」というものは実感したことがない。それは、当事者としていいことなのか、どうなのかはよく分からない。。あまりにも周囲に「悩んだ」という人が多いからだ。全く悩まなかったわたしには、悩んだ人、または悩んでいる人に対してかける言葉の術を知らない。

「外なるホモフォビア」は、性的少数者以外の人から性的少数者に対して偏見の目で見られること。「あの人、ホモ(レズ)なんだってよ」とか「なよなよしててオカマみたいね」とか「女のクセに男みたい」(これ、わたしはよく言われた)など、そういう言葉。ま、はっきりいって差別ね。自分が知らないものに対しての恐怖心から起こるのか? でも、わたし自身は確実にここに存在しているし、他に性的少数者がいることも事実。

そして、、わたしは彼女と一緒に暮らしてはいるが、いつも「同性愛者」として自分を見ているわけではない。同性愛は、わたしの根本的な部分ではあるが、それでわたしのすべてを支配されているわけではない。ただ同性を好きになるだけで、その他はこの世の多数を占める異性愛者の人と同じ(だと思う。わたしは異性愛者じゃないからよく分からない)。

去年は、わたしはどういう経緯があったのかはよく分からないが、日本で初めて「ホモフォビアにNO!」というイベントが行われた。今年もやらないのかな~、、と思っていたが、IDAHO-JAPANの公式ブログに「今年は合同でのキャンペーンはやりません」と書いてあったので、、思い切って、やってみることにした。こういうのは継続性が必要であると思ったから。「キャシャーンがやらねば、誰がやる」って感じ?(古)

取り敢えず、今のところ、まだ発足したばかりで、ほとんど何も決まっていない。決まっているのは、

「やっぱ愛でしょう!やっぱ愛ダホー(IDAHO)!」 ~5月17日は同性愛にyes!の日~

ってイベント名(笑)はは。わたしとしては、ちょっと驚いてしまうイベント名ではあるが(わたし以外は若いのよ~、みんな(笑))。中身は、

●書けば読む!5月17日、駅前のマイクにて、あなたの虹色のメッセージを読み上げる、ってもの。

1.IDAHOネーム(当日読んでもいい名前)
2.「肩書き」(学生とか)または「都道府県レベルのお住まい」
3.IDAHOへの一言メッセージ
(1文字以上~100文字以内で、性の多様性についてポジティブなメッセージをどうぞ!)

これのメッセージを下記で募集している。
連絡先:nokolgbtアットyahoo.co.jp
(アットは「@」にして下さい。担当:遠藤まめた)

もらったメッセージは「よほど趣旨に反していない限り全て」読みあげる。メッセージ内容重複歓迎。締切りは5月17日午前0時まで。

ちなみに「虹色のメッセージ」の中の「虹(レインボー)」とは「性の多様性」を示す象徴的なものとして取り扱われている。ちなみにこのレインボーは、一般的な「赤・橙・黄・緑・青・藍・紫」でなく、そこから「藍」が抜いた6色で表されている。

【参考】
Wikipedia「性的少数者

日本では「レインボー」と名付けても、全くこういうのと関係ないものがたくさんあるけど(例えば、レインボーブリッジとか、レインボーマン(古っ)とか、レインボーと名が付けられているものはたくさんあるが、そういうのとは一切関係ないでしょ。わたしゃ、近所の駅で「レインボー不動産」っつー看板を見たときは思わず「性的少数者に優しい不動産屋さんなのかしら?」って思っちゃったわよ。。今度、その駅に行ってきたら、是非、画像撮ってこようと思ってるわw)、レインボーには実はこういういう意味があるのだ。

そして、5月17日当日の行動としては、まだ予定の段階だが、

●仮。決まり次第ブログ(下記参照のこと)でUPします!
  16:00ー17:30 中野北口
    第一回目アピール。
  18:00-20:00 新宿駅(東口か東南口)
    第二回目のアピール。
  その後、打ち上げ(場所は未定)

●盛り上げ隊(当日スタッフ)集まれ!
・自分のメッセージをちょこっとする!(当日参加者募集中)
・レインボーフラッグを振りたい!(当日スタッフ募集中)
・ミニ横断幕を持ちたい!(当日スタッフ募集中)
・ビラを配りたい!(当日スタッフ募集中)   
・企画をみんなと一緒につくりたい!
(まだまだ色んなこと考える頭が欲しいです! 事前~当日スタッフ募集中)

となっている。ちなみに、このイベントのブログはこれ。

やっぱ愛でしょう!やっぱ愛ダホー(IDAHO)!

当日、参加できなくても、当日のみ参加でも構わない。取り敢えず今のところ、メーリングリストを作って、そこで当日についてや何か、いろいろ打ち合わせを行っている。メーリングリストへの加入も、まめた氏のメアドまで(ただし、ほとんど何も決まっていないに等しく、、そういう意味では、ホント、いろんな人に参加して欲しいと思う。性的少数者以外の人でも)。もちろん、当日の飛び入りも大歓迎。

あと「こういうイベントに参加するのもちょっとなー」って思う人も当然いると思う。それはいても当たり前のことだ。でも、そういう人でも、5月17日は「国際反ホモフォビアの日」ということを知って欲しいし、また、お子さんがいらっしゃる方に対しては、上に挙げたような発言はして欲しくないし、また、子供自身がそういったことを言ったときに「そういう人も中にはいて当然だ」と言って欲しいと思っている。

わたし、演奏会前で結構忙しかったりもするんだが、、まぁ、あと10日くらいしかないし、、なるべく頑張ります(笑)

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05-07 Mon , 2007
表現の自由
日本国憲法 第21条
集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
「表現の自由」なんてものがあるが、本当に書きたいことは書けない。これって一体、なんなのだろう?「自己規制」しなければいけないことなのだろうか。そういうものは、奥に深く深くもぐり込ませなければならないことなのだろうか。

別に他人の悪口を書きたいわけではない。ただ、今、自分は【自己糾弾中】であり、それを人に読んでもらうことは、果たしていいのか悪いのか、よく分からない。

こういう形でしか今は表現できない。これからはもっと奥深いところで書いていかなければならないだろう。
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05-08 Tue , 2007
就寝前に飲めないの
f4429109.jpg体重が、、ついに71.9kg(仮)になった。。今朝、量ったらそうなってた。
最近は、風呂に入る前(こないだの実験で、一番体重が多かった)ときと、朝起きたあと(寝る前の体重とあまり変わらなかったからね)の2回、量るようにしている。が、風呂に入る前はついつい、忘れがちで。だからちゃんとした「実験」ではないんだけど。

風呂上がりの身体を見ると、肋骨が浮き上がっててまるで骸骨みたい。自分ながらに気持ちの悪い姿になっている。(こういうときに「うわー、これでレントゲン撮るとこう見えるんだろうな」と感じてしまうわたし。。(^^;)

んで、彼女から「何もしてないのに、こんなに体重が減るなんて、どこか身体が悪いんじゃないの?どこかで検査を受けたら?」って言われた。

わたしは「いいよ、もう。現時点でどこかが悪い、と分かって、それでまた闘病生活を送るってのは、いやだし、それにこの歳でガンだったら、進行が早いから、闘病生活だけで人生が終わってしまうし、それだったら、もうそれは寿命と思って、これからやりたいことがしたいんだ」と言った。

そしたら彼女「なんだかんだ、筋が通っているっぽいこと言ってるけどさぁ、、結局、検査するのがイヤなんでしょ」って。。はい。その通り。わたしは採血したくありません(^^;だから、いろいろ屁理屈こねて、検査は受けないのだ。それに採血したくらいじゃ、具体的にどこが悪いとは分からないしねー。採血以外は金がかかるしね。

わたしの「医者嫌い」なのと「恐がり」ってのは、父方の祖父譲り。こんなところ、似なくていいのにさー。別のところが似たかった。

で、体重アップするべく、こないだ「プロテイン」を買ってきた。読むと「トレーニング後か就寝前に飲むのが効果的」「水か牛乳200mlに溶かして飲む」って書いてあるけど、飲めねーよ!!そんなの。第一、トレーニングしないでしょ。就寝前はわたし、何も食べないのだ。夕食後は一切何も口にしないという環境で育てられたので、それに慣れてしまって、就寝前に何かを口にするなんてことができない。それに200mlって、、こないだの実験で、わたしが飲める水って風呂上がりでもせいぜい300mlということが分かっている。その2/3を飲まなきゃいけないのか、、、

ちなみに風呂上がりに飲むと、また歯を磨き直さなきゃいけないので(わたしの寝る前の習慣は、歯を磨く(1時間くらい)→風呂に入る、だから、水は飲めるけど、他のものを食べたり飲んだりしたら、また歯磨きに戻ることになる)、そんなめんどくさいことはしたくないし。。

いろいろ考えてはいるのだが、飲む機会がない!!ともすれば、プロテインを飲むこと=1食、になってしまう。んー。一体いつ飲めばいいんだろう?

実は明日が診察日なのだ。このままだとやばい。一気に2~3kg太らないかな。。明日までに(笑)
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05-09 Wed , 2007
これって贅沢?
以前(といっても、このブログを書き始めた頃なんで、もう1年半くらい前)、「今でも忘れられない人のこと」って日記を書いたことがあったけど、そこで「わたしとは縁がなかったんだ」って書いた。

「縁がなかった」とは今でも思っている。だがしかし、まだ未だに忘れることができない自分がいる。

昨日のカープ戦は、福山市民球場であった。わたしが27歳の時だったと思うから、多分、'95年。そして7月7日だったことは鮮明に覚えている。あのときも、カープの試合が福山市民球場であったのだ。それにその人は行っていた。確か浅井(現1軍打撃コーチ)がサヨナラヒットかホームランを打って、カープがサヨナラ勝ちをした試合だったと思う。あとで「すごく感動した」って手紙をもらったんだよね。それからしばらくして手紙が来なくなってしまったのだ。。

わたしは、あれから何度も社会人野球の試合を観に、福山市民球場には行った。でも何も感じなかった。風がすごく強くて砂が飛んでいてスコアブックが砂だらけになったこととか、加藤(元NKK-元日ハム)があそこで化けたとか、行くたびに道路が整備され、行くのに迷った、とか。そういう思い出の方が強い。

が、昨日のカープ戦を見たときに、、その人のことが鮮明に思い出されてしまった。なぜだろう?と思いながらテレビを見ていた。ちょっとそのときのことが思い出されてつらかった。いつしか膝を抱えてテレビを観ていた。

昨日の試合は16-4という大差でカープが負けた。が、実はホッと胸をなで下ろしている。一時は8-4で追いついて逆転するかも、、と思った。そうなったらどうしようか、とまで思った。まだまだわたしにとっては忘れられない人なのか、彼女は。。

確かに、もう出会うことはないだろう。顔も忘れてしまったほどだ。だけど、、その彼女はわたしの中にまだ存在しているのだ。これって、どういうことなんだろうか。わたしは彼女のことを忘れなければならないのだろうか。もうあれから11年、いやもうすぐ12年が経とうとしている。
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05-10 Thu , 2007
ボサボサ
5e799221.jpg髪の毛を切ったら、寝起きに頭がボサボサになって困っている。
んでもって、家にいるときはいいが、外に出るときはまずいので、帽子(CAP)登場。しかし、わたしは帽子を被ると、頭が痛くなるのだ。。どうも頭を抑えつけられることに弱いらしい(以前、剣道をやってたときも面を付けてしばらくすると頭痛がはじまった)。

昨日は診察日。ここ最近、あんまり精神の状態がよくないんだが、原因ははっきりしているので、それは言わず。ま、顔の状態などを見るとすぐに調子のいい、悪いがはっきり分かる主治医なので、そうでもなかったんだろう。体重も2週間前とほぼ変わらない体重だったので、何も言われなかった。睡眠剤も変わりなし。

帰ってから、昼寝。結局、ほとんど夕食前まで寝ていた。が、起きると頭痛が。そのまま放っておいたが、どんどん痛みは増すばかり。なので、早めに寝ることにした。が、歯を磨いているときには、吐き気が出てきてどうしようもない状態に。仕方がないので、偏頭痛の薬を飲んで、ちょっと治まったところで風呂に入った。

風呂に入ったあと、睡眠剤を飲んですぐベッドに入った。この時点でだいたい11時頃。しかし、、眠れない。2時過ぎに彼女が来たが、覚えているし、彼女が寝てしまってからも眠れない。おまけに鼻炎の症状が出てきて、もうめちゃくちゃ。仕方がないので、今度は小青龍湯と市販の頭痛薬をいっぺんに飲む。

そのあとは、いろんなことを考えていて、結局、一睡もできなかった。今のところ、頭痛は治まったが、目から涙が出るのと、鼻炎と、体中が痒い症状に悩まされている。これって、全部身体の不調から来るもの。だいたい、アレルギー体質なので、こういったことがよく起こるのだ。一睡もしなかったら、体重はどうなるだろうと思ったら、前日の夜は33.0kg(仮)まであったのが31.9kg(仮)まで減っていた。普通に眠れていたら、こんなには減らないんだけど。精神的なものから来てるのかな。

さてさて、やることはたくさんあるんだけど、どうしようかな。。実は精神的につらいので、なんにもやりたくはないんだけど。だからってまた昼寝して頭痛が再発するのもいやだし。
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05-11 Fri , 2007
真実
最近「真実」って何なんだろ、って考えることが多い。
あることを知りたくて、何か読んだりする。しかし、それは絶対に真実だとは限らない、と思っている。

一つのことをあらゆる角度から見て、それを自分の中で分析し、一番自分が「真実だ」と思うものが真実であるとわたしは思う。でも本当はそれは「わたしの真実」であって「あなたの真実」ではないんだけどね。一つのものを見ても全く逆の解釈をすることだってある。

何が苦しいって、自分の意見と違うものを読むことほど嫌な気分になるものはない。でも、それじゃダメなのだ。「なぜその人は自分と違う意見を持っているのか」も同時に知っておかないと、自分の意見は成り立たない。でも、正直言ってつらい作業なのは事実。しかしそれを知りたがっているのも事実。おそらく最近、精神的に不安なのはこういうのも一部、あるからだろう。

そして最近、妙に機嫌が悪い。それは自分でもよく分かっている。理由も分かっている。彼女もそれを察して「どうしたの?」って言ってくれる。だけど、わたしは言いたくない。事情が分からないので、彼女はとんちんかんなことを言ったりする。わたしは余計イライラする。でも言えない。

彼女には何でも話してきたと思っていたが、実はそうじゃなかったんだな。
言えない理由は、自分ではよく分かっている。言えば楽になるだろうと思うけど、わたしは言えない。それは別に彼女のことを思ってではない。まったく自分の都合でなのだ。
こうやって人ってすれ違っていくのかな。。などと思ったりする。
だけど一方で「なんで理解してくれないんだ」と思っている自分もいて、、本当にわたしは自分勝手で最悪な人間。それもまた「真実」なんだよな。この真実に直面して、わたしはどうすればいいんだろう。

あ、明日からおそらく2日間、更新できません。というか、明日は朝の5時頃起きられるんだろうか。。
12:51 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
05-12 Sat , 2007
んじゃ
ちょっと行ってきます。
内心は、(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブルといったところです。。。
※神戸のパレードに行くんじゃないです~。
05:44 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
05-13 Sun , 2007
今日と昨日
もうくたくたです。。今日は早く寝るぞ。

そういえば、今日、駅の中で花を売ってた。それで「ああ、今日は母の日か」って思い出したのと同時に、昨日が何の日だったのかを思い出した。

そう、昨日はなんと「東京都みどりの日」。
昭和60年3月27日に決定されている。知らなかった。東京都に独自の「みどりの日」があったのなんて。しかも、決定されたの昭和60年。まさかこの頃は本当に「みどりの日」ができるなんて思わなかっただろうな。あ、ちなみに今年から「みどりの日」は5月4日になったのは、ほとんどの人が知っているだろう。

東京都みどりの日の決定について

【注】上のリンクは直では入れないので「東京都例規集データベース」からログインして入ってください。
18:47 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
05-14 Mon , 2007
あれれ??
95056cc2.JPG昨日、家に帰ってPCしてたら気がついた。
「足の裏に、青あざができてる!!」
もちろん、全然記憶にない。なんでこんなところにできたんだ??

足の裏にあざができたのって初めてです。
つーか、この2日、わたしは何をしてきたんだろう??(笑)

あと「だんごうざか」という地名、よく聞くけど、てっきり「団子坂」だと思ってたら「談合坂」だった。。。38年間生きてて初めて知りました。。
12:01 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
05-15 Tue , 2007
マニキュア買った
00f342e8.JPG昨日、所用があり、楽器を持って新大久保へ。ええ、あそこです(爆)
ちょいと買いたいものがあったのと、無料レッスンを受けられる券を持っていたので「使わにゃ損」と思いまして。
たった30分の無料レッスンだったけど、大変参考になりました。もうこの際、聞きたいことはなんでも聞いて来ちゃった(^^;
レッスンが終わったあと、再び楽器屋に行ったんですが、そこでいろいろと気になることをここでも聞きまくり。(閉店時間過ぎてたのに!)
お恥ずかしながら、手入れが不十分だったためにF管の部分が腐食し始めていて、、どうにかならんもんかな、と思ってたんですが、お店の人に「取り敢えず透明なマニキュアを塗ればこれ以上腐食は進行しません」と言われたので、帰りに早速、薬局へ。

なんか薬局の化粧品売り場に行くと、ドキドキしたわ(笑)薬局で化粧品売り場になんか行ったことないしー。
マニキュア売り場はすぐに分かったのだが、透明な色が見あたらない。。仕方がないのでそこら辺にいた店員さんに「透明なマニキュアが欲しいんですけど」と言う。そうしたら「これです」って出してくれたものが、、うーん。どう見ても透明に見えないんだけど??

「これ、本当に透明ですか?」って聞いたら店員さんが「じゃ、塗ってみます?」と。「あ、いえ。爪に塗るんじゃなくて楽器に。。(もごもご)」と言ったら店員さんは「?」な顔をしていた。

帰って早速、楽器にマニキュアを塗る。最初はとても違和感があったが、なんかこの臭い(におい)とこの感触って、、プラモデル作りの塗装に似ている!と思い出した。

わたしのプラモデル作りの遍歴は、戦車→ガンプラ→車→バイク、って感じだったんだけど、ガンプラの時に塗装することを覚え、そのときはしこしこと手で塗ってたんだよな。あるとき「ザク」の塗装をしているときに、窓を閉めたまま塗装していたので、途中から強烈な頭痛に襲われた。それ以来、ちゃんと窓を開けてから塗装するようにしたんだけど、そうすると今度はあの臭いがだんだん「あー、いい匂い」と感じられるようになって。。「ヤバヤバ」と(笑)

ちなみにガンプラを作っているときに、パテと耐水ペーパーを使うことを覚え、バイクの時は塗装はスプレーを使っていた。あらやだ、割とヲタクっぽいわw

薬局でマニキュアを買ってたら「そーいや、Iバウワーが某デパートで『ババア』(←オイ)やってんなー」と思い出し、帰りに寄ることに。ところが、寄ってみたら、、もう閉店していた!!がーん。せっかくボサボサの頭を見てもらおうと思ってたのにぃ(爆)

マニキュアを買うのは、生まれて初めて。ただし、それを落とす「リムーバー」はもうずっと前から持っていた。母にその「リムーバー」を発見された際に「なんでこんなものを持ってるの!!」って言われたんだけど、、持ってちゃおかしいか?(笑)

ただ、なんでそれを持ってたかというと、ハサミでよくテープ類を切っていたので、テープに付いてる粘着物質がハサミに付くのね。それを取るために「リムーバー」を買っていたのだ。

そういや高校時代の文化祭のときに、風船ガムを膨らましていたら、予想外に膨らんじゃって、メガネにガムがくっついて、、仕方なく化学室に駆け込んだなあ(苦笑)

しかし、マニキュア、買ったはいいが、もう使わないんですけど。。あのとき、薬局で「付けてみます?」って言われたときにさっさと楽器に塗ってくればよかった。。945円中、多分、2円くらいしか使ってないんじゃないか?(爆)

あ、そうそう。今日の朝日新聞に尾辻さんのことが載ってましたね。民主党の公認が取れたとか。尾辻かな子サポーターサイトにも載ってました(2008年6月現在、この記事は既にありません)。

【追記】シドニー行きの飛行機が取れました。8月22日出発です。よって本日から、ブログの題名を「ろんちゃんの眠々日記」から「ろんちゃんの留学前日記」に変更します。
14:18 | シドニー留学前のこと(2007.6~8) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
05-16 Wed , 2007
鈴木孝政&お知らせ
鈴木孝政と聞いて、元、一光外野手の「鈴木孝政」を思い出した人は、まぁ、社会人野球ファンだけでしょうね。(苦笑)ちょっとでも野球を知ってる人は、元、中日投手の「鈴木孝政」だろうなあ。野球を知らない人にとっては「誰?」って感じかな。

最近、毎晩のようにプロ野球中継を見ている。ま、そのほとんどがカープ戦なんだけど。こないだ、というかだいぶ前なんだけど、ナゴヤドームで中日とカープが試合をやったときの解説が、この鈴木孝政(元中日)だった。

普通、そのチームのOBってのは、そのチームについて非常に詳しかったりする。しかも「身びいき解説」だったりすることが圧倒的に多い。

しかし、、わたしの聞いた鈴木孝政の解説は、なんと投手の解説のみ!!いや~、確かにその日の放送は、ケーブルテレビしかなかったですよ。鈴木孝政は東海放送所属の解説者だけど、しかも製作・協力も東海放送でしたけど。

このときカープが投げてた投手は大竹。(大竹は昨日も投げて勝ち投手になったけどね)鈴木孝政ったらいきなり「このボールがストライクだったら、僕は500個は多く三振を取ることができたでしょう」なんて言ってる。しかも、この大竹を非常に気に入った様子。アナウンサーがいくら中日打者のことに話を振っても「いやあ~。この投手はいいですね」と褒めちぎりまくり。

しかも、中日の投手についても、あまり把握しているわけではなさそうで「背の高いこの外国人投手は身長何センチですか?」とか「今までどのくらい投げてるんですか?」とか、、オイオイ、自分の出身のチーム事情も把握してないのか。。(苦笑)

でも出てくる投手に関してのみ徹底的に評価するこの鈴木孝政の解説にはなんか、感動してしまった!というか、これが地元の東海放送の番組でもこの調子なんだろうか、と少し余計な心配も(^^;

結局この試合では大竹が勝ち投手になることはできなかったんだけど、もうしきりに大竹のことを誉めていた。

実は、わたしはこの鈴木孝政と直接話したことがある。'98年のカープの日南キャンプでのことだった。その当時、わたしは熱狂的なカープファンだったので、沖縄とか日南とか行ってたんだけど(汗)

投手がブルペンで投げているところを見ていたら、突然、鈴木孝政に「このピッチャーは誰?」って聞かれたんだよね。。で「ええと、この投手は今年のドラ1(正確に言うと逆指名だったんだけど)の遠藤竜志です」「どっから来たの?」「NTT関東です」って答えたのよ。あれには驚いたけど。。普通、ファンに聞くか?(笑)

というわけで、いつも中日主催ゲームでは鈴木孝政が解説やらないかなぁと期待して待ってるけど、あれ以来、出てこない。。

あ、ちなみにカープ主催試合をたくさんみているせいか、カープOBの解説者の解説具合も気になるところ。こないだは安仁屋さんと木下富男が解説してたときは、もう両方2軍(監督)コーチやってたから、今の1軍に上がってきた若い選手のことを心配しまくり。「今の時期はいいんですけど、問題はこれからなんですよ」とか「こういうときにこの投手は顔が赤くなっちゃいますからね、こうなったら要注意なんですよ」とか。。

昨日は安仁屋さんとミムちゃん(三村元監督)だった。ミムちゃんはさすがに監督経験者だからか、阪神の凡ミスに連続に対して「岡田監督はもう今、腹の中煮えくりかえる思いでしょう」とか言ってたけど、安仁屋さんはやっぱり昨日投げた大竹投手に対して「彼はこれから顔の皮がむける時期で、、」とか言ってる!!しかしミムちゃん、もう6回が終わった時点で「これはもうカープの勝ちですね」と勝利宣言。オイオイ、そんなに早く試合を決めちゃっていいのか??んで、なぜか広島出身でずっと広島にいるはずのミムちゃんはほとんど標準語で、安仁屋さんの方が沖縄出身の割にはバリバリな広島弁だったなあ~。といっても広島弁って割と助詞を抜かしてしゃべるんだけど、まさにそう。こんな安仁屋さんでも地元沖縄に帰ったらウチナーグチになるんだろうか?

広島弁と言えば、達川。だけど、以前よりはきつくなくなったという感じがした。あと、達川は確かTSS(テレビ新広島、フジテレビ系)の解説者なんだけど、TSSの中継が終わってケーブルのみになると、カープ身びいきから突然、バッテリーの話に。これも面白かった(笑)あと、やはり元捕手出身だからか、他球団の情報もものすごく詳しくて、、これには舌を巻いた。

あとはテレ朝系の大下と北別府。わたしは大下の解説はあまり好きじゃない。身びいきすぎて、逆にめちゃくちゃ言うんだよね。ま「鬼軍曹」と呼ばれてただけあるとは思うんだけど。だけどわたしが最近聞いた限りじゃ、あまり「毒舌」も少なくなった。北別府に関しては、昔はいるかいないかよく分からない解説者だった(笑)でも彼もピッチングコーチをしてちょっとは成長したんだろう。話を振られなくても自らしゃべるようになってた。

ま、他には他球団出身の解説者もいるんだけど、、実はその人の現役時代はよく分からないので、なんともいえないが、こないだの星野がNHKでやってた解説はひどかったなー。4月、カープが勝てなかったのは投手陣のせいだって、、オイオイ、違うってばよ。4月カープが勝てなかったのは、野手が打てなかったからなんだってば。あと、誰か忘れたけど元投手出身の人が「変化球投げないで、気合いで直球で押せばいいんですよ。150km/h台の速球を持ってるんだから」って言ってたけど、、それはいくらなんでもないだろう。と思ってたら案の定、打たれて降板した。そういう素人でもめちゃくちゃだって分かる解説はしてほしくないんですけど。。

ってわけで、最近は野球を見ながら解説についてもあれこれ思ってる(笑)

あ~、鈴木孝政の解説、また聞きたい。彼の解説、ホントに最高です!(笑)

【お知らせ】いよいよ明日、IDAHO(国際反ホモフォビアの日)のイベントを行います。飛び入りスタッフ大歓迎です。時間は、中野駅北口16時~17時半、新宿駅東南口、18時~19時半、です。一方のみの参加でもOK!もちろん、性的少数者以外でも参加OK!です。詳細は、

やっぱ愛でしょう!やっぱ愛ダホー(IDAHO)!

ここで。
14:51 | 社会人野球・カープのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
05-17 Thu , 2007
Yes,We're OK!
今日は、IDAHO(国際反ホモフォビアの日)。

わたしは今日は呼びかけ人の一人として、IDAHOのイベントに参加するつもりだ。もちろん、当日配られるフライヤーにも顔がばっちり載っている。

こういうことをしていると「すごく勇気がある」と思われるかも知れない。でも、、実は最近、ものすごく怖かったりする。別にこのイベントで顔を出すことが怖いわけではない。去年のパレードでも散々顔出ししてきたし、いろんなところにも載っている。

顔出しするのは特別怖いわけではない。では何が怖いかというと「中途半端にわたしを知っている人」に対して、知られるのが怖いのだ。例えば楽団の人たち。わたしは楽団の人にはカミングアウトしていない。しかも、楽団の人たちとはそんなに仲がいいというわけではない。

わたしは外に出るときは、常にレインボーバンドをしている。楽団の練習であっても、だ。だけど、どこかで「これは何?」と聞かれるのを恐れている。こんなとき、自分が異性愛者であって「これは『性の多様性』を象徴するバンドなんだよ。わたしは性的少数者じゃないけど、そういうことに理解を示しているという証拠として付けてるんだ」と言えたらどんなに気が楽か、と思うことがある。当事者であるがために、本当のことが言いにくい。以前、わたしは自分は「内なるホモフォビア」で悩んだことがない、と書いたが、実は「内なるホモフォビア」に今でも苦しんでいるのだ。

少し前、尾辻さんが民主党から公認を受けた、と書いた。その前の話になるが、5月5日に彼女は大阪の堂山で「キックオフイベント」をやった。そのときの話をakaboshiさんのサイトで見た。

そこでの尾辻さんの挨拶を聞いた。尾辻さんはこの挨拶の中で「(カミングアウトしたあと)実はやはり最初は怖かったんですね。何が起こるかわからへん、というすごい怖さがありました」とその中で述べている。

そうなのだ。わたしも怖い。何が怖いってやはり「ホモフォビア(同性愛嫌悪)」が怖いのだ。本人の知らないうちに「○○さんってレズなんだってよ」と言われていると想像するだけで怖い。「わたしが知らないだけで、みんな知っているんじゃないだろうか」と思うのが怖い。

でも、、わたしはそれを打ち破って生きていく決心をしている。それは別に人のためじゃない。自分のためだ。自分がそうしたいからやるまでだ。

尾辻さんはこの選挙に当たってCDを出した。お世辞にはうまいとは言えないと思う。(CDは持ってないが、akaboshiさんのサイトの歌を聴くと、、(苦笑))だけど、なぜか心にしみいる曲。そう、Noではなく、Yes、なのだ。わたしは自分自身に「Yes,I am OK!」と言い続けて生きていくのだ。

レインボーバンドにも「Pride」という文字が書いてある。それを見るたびに「勇気を出して生きていかなきゃな」と思う。

今日のIDAHOのイベントも基本的には「(性の多様性に)Yes」の日、というコンセプトでやってきたつもりだ。しかし、自分自身はまだまだ「内なるホモフォビア」に対しては恐怖を感じているわたし。

矛盾していると感じながらも、これから中野駅に向かう。

【追記】顔出ししていながら、なぜ、本名は明かしていないかというと、、ぐぐられると自分の過去で一番知られたくない部分が出てくるからなんだな。これでもだいぶ減ったのだが、、あ、別に犯罪を犯して名前が載ったってわけじゃないです(苦笑)いわゆる「理系」の宿命なのです。。

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12:11 | (性的少数者)イベントなど | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
05-18 Fri , 2007
祭りが終わったその後は、、
8e744a18.JPGIDAHO画像去年も同じ日に同じ題名で日記を書いている

このときは、完全に「参加者」としての立場だった。しかし今回は「呼びかけ人」の一人、としての参加。重みが全く違っていた。

実は天気が一番心配だった。この日、東京では朝から土砂降りの雨。わたしが家を出たときも、ものすごく雨が降っていて、もしこのままだったらどうしようと思ったほどだった。が、中野駅に着くとなんと晴れていた!降水確率は、午後にかけて10%となっていたので、もう降ることはないだろう、と確信した。

午後2時に中野駅に集合。それから中野ZOROにて、事前の作業を開始。わたしの役目は、mixiで虹色のトップ画像を作成していた人に対して、あらかじめ許可いただいた分を印刷し、そしてそれをボードに貼り付ける役割。もう一人の呼びかけ人の方と一緒に、配置を考えて、それを貼っていった。基本的に「虹色」を主体としているので、ものすごくカラフル。

作業をしていると、他の方からジロジロと見られていく。中には「これ、何?」と声を掛けてくださる方もいらっしゃって、そういう方には、用意したフライヤーとこの日が何の日であるかを簡単に説明する。やはり、いろいろな画像を用意してよかった、と思った。この企画のほとんどのことを考えついたのは、遠藤まめたくん。彼はすごいアイディアマンです。

自作された画像は、本当は、もっともっとあって、もっといろんな画像を用意したかったのだが、こちらがメッセージを送っても追いつかないほどの量で。。それにメッセージを送った方すべての方から快く「使っていいですよ」「使ってもらえるなんて嬉しいです」というお返事。本当にありがたかった。

しかも、当日にもお返事を下さった方がいたのだが、それはもう印刷には間に合わなくて。。申し訳なかった。自分たちではあまりにも見慣れていて、そんな風には思わなかったのだが、これって結構目立つ。中野ZEROから最初のイベント場所である中野駅北口への移動最中も、すごく視線が集まってくるのを感じた。

イベントでのわたしの役割は「受付」。飛び入り参加、または事前参加を表明された人に対して、役割を振り分けていく、という役目。ところが、中野はまだ夕方早かったのか、参加してくれた人は少数で。ボードを持ちつつ「受付」と書いた画用紙を持って立っていて、ちょっとお間抜けな感じだった(笑)

最初は少し緊張した。なんせ本当に「ジロジロ」見られるのだ。去年も同じことをして立っていたのだが、今年はなんだか「違う」。昨日の日記に書いたような「怖さ」を感じたのも事実だ。

16時からという割と早い時間だったためか、学校帰りの学生(というか生徒)が目立つ。当日参加してもらった方にフライヤーを配ってもらったのだが、その人たちの配り方がものすごくうまくて、、みるみる間になくなっていく。フライヤーも去年とは違い「ビラ」という感じではなく、ちょっとした「冊子」(A5を2つに折り曲げたもの)だったので、受け取る方も受け取りやすかったのではないかと思われる。途中で「これは新宿で配る分がなくなる」と思い、制限しようと思ったが、まめたくんによると増刷しているとのことで、取り敢えずは配れる分だけは配った。

しかし、中には座りながら、ずーっと読み上げているメッセージを聞いてくれる方もいて、、途中でつかつかとこちらの方に来たかと思うと「もうちょっと大きい声で分かるように話してくれ」と言われてしまった(笑)メッセージは事前に集まった分はすべてで200を少し越えたくらい、と聞いていたが、当事者である人からも当事者以外の人からも、本当にたくさんの方からメッセージをいただいて、、おそらく、当事者のみの声であったら、こんなには聞いてくれなかったんじゃないかと思う。

書いてもらったメッセージはすべてボードに貼り付ける、と事前には考えていたのだが、実際、集まったメッセージをすべてボードに貼り付けるだけの余裕がなく。これも嬉しい誤算ではあった。

あとは、飛び入りの一言メッセージを担当してくれる人がいなくて、中野ではほとんど飛び入りの一言メッセージは集めることができなかった。多分、呼びかければ書いてくれた人もいると思う。

フライヤーに対する苦情も1件、寄せられた。これは今後の課題として対応していくと答えた。本当にいろいろな立場の方がいらっしゃるんだということを再認識させられた。

中野でのイベントは17時半までだったが、なんと途中から尾辻さんと新宿二丁目振興会会長の福島さんも駆けつけてくださった。尾辻さんはこの日、自身の記者会見を終えたあと、来てくださった。というか、まさか来るとは思ってなかったのでびっくりした。

中野でのイベントを終え、新宿に移動。電車の中で虹色のボードを持ってさりげなくアピール(笑)。このくらいになると電車の中はかなり込んでいて、大きいボードを持ち歩くのは周囲の大迷惑だと思ったが、ま、仕方がない。

新宿駅東南口に着いたのは、開始予定時間の10分ほど前。去年と同じ場所だ。警察官が2人いた。ま、その警察官の格好からすると「禁煙マーク」が付いていた服を着ていたので、関係ないとは分かっていたが、やはり何か威圧感を感じてしまった。

午後6時から新宿でのイベント開始。もうこのときには既にメッセージボードがいっぱいになってしまい、貼り付けられない状態だった。なので、ひたすら事前にもらったメッセージを読み上げるのみ。

新宿では、中野と違って様々な人が歩いていた。待ち合わせに使っている場所だからか、とどまっている人も多かった。しかも、、やはり画像のボードはかなり目立つらしく、みんなバシバシと携帯カメラやデジカメで撮っていくのだ!これにはちょっと驚いてしまった。

ここでは飛び入り参加者も多く、、というか、事前にIDAHOのブログを見てきてくださった方もおり、しかも、イベントを始める前からいた数名の方が「これ、何?」と言われたので、フライヤーを渡したら、それをじっくり読んだらしく、、なんと「わたしたちにできることは何かないでしょうか」と言われた。これには本当にびっくりした!!で、結局、フライヤーを配ってもらったのだが。。す、すごい。

あとは外国人の方の飛び入り参加も多く、、あまり日本語うまくないっていうのに「一言メッセージ募集担当」にさせてもらった。必死に書いてもらう内容を説明してもらって、メッセージをもらった。中には「読み上げないでください」と書かれたメッセージもあった。一言「そういう人がいてもいいと思う」って書いてくれた人もいた。

尾辻さんも6時半頃までは、その場にいたのだが「やはりレインボーグッズが足りないから、うちの事務所から持ってきます」と言われ。。大小のレインボーフラッグ、レインボーの傘、等いろいろなものを貸してくださった。これで一層カラフルになって、、すごく目立ったんじゃないかと思う。しかも、フライヤーを増刷した割にやはり数が少なく、、最後の方は「もう、じっくり読みそうな方だけに配って下さい」って言ったのだが、それでも足りなくて。急遽、また増刷。本来ならカラーだったのだが、今度は白黒。ま、それは仕方がなかろう。というか、前回はわたしも最初、チラシを撒いていたのだが、受け取ってくれる人が誰もいなくて、今回もそんなもんだろうと思っていたのだ。しかし、蓋を開けてみれば、次々と受け取ってくれる人がいる。みるみる間にフライヤーがなくなっていく。これはちょっと考え方が甘かったか。。

あと、ステッカーもみるみる間になくなってしまった。50枚用意したのだが、10枚20枚まとめ買いしてくださる方が多く、、すごいな、ホントに。

初めて会うマイミクさんも、そうではないマイミクさんも、はたまた10年ぶりに再会したという友達にも会った。わたしはここで重要なミスをしてしまった。あとで彼女から指摘され、今は自己猛省中。自分としてはかなり冷静にやっていたつもりだったが、どうもそうではなかったらしい。全く無意識のうちにやってしまったことなので、今後、どう対応しようか、今、ものすごく悩んでいる。

あと5分で終わり、というときに、猛烈にマイクで話したくなった。ので、急遽マイク担当に。もらったメッセージを読み上げていく。ただ、、当事者でない方のメッセージやレズビアンではない、と思われるメッセージは比較的冷静に読めたのだが、、レズビアンと思われる方からのメッセージは、ものすごく共感するところがあったので、はっきりいって途中から涙声に。「いかん」と思いつつ、自分の声が震えているのが分かる。

実はこのメッセージ募集の時、わたしはメッセージは送らなかった。それはやはり「呼びかけ人」である以上はメッセージは送らない方がいいかな、と判断したからだ。が、やはり自分と同じ思いをして生きていっている人がいる、と思うともうそれだけで胸がいっぱいになり、、アドリブで「わたしにも付き合って7年目になる彼女がいます」だの「わたしも同性愛者です。親にカミングアウトしました。父親は受け入れてくれましたが、母親は今もまだ受け入れてくれません」などと、公衆の大面前で「カミングアウト」。(でもアドリブだったので、詳細については不明(苦笑))多分、自分では冷静にしているつもりだったが、そうではなかったんだろうな~、、

で、次のメッセージを読み上げようと、ページをめくると、、、な、なんと!頭の上からバケツの水を掛けられたような感じがした(イミフメイ)。しかもここだけなぜか「ゴシック体」で印刷(あとは全部明朝体)。一体なぜ????わたしは動揺を抑えられなかっただけでなく、その人のメッセージがあまりにも難解だったために、うまく読み上げることができず、、すまん。

結局予定では19時半終了だったが、それを大幅に越えてしまった。

その後は打ち上げ。総勢20名前後、と言ったところか。あの、、全然知らない外国人の方も参加されているんですけど。。というか、あの場所に4人くらいの外国の方がいらっしゃって、ホントびっくり。

あ、あと某共産党新聞の取材も受けました。。
そうそう、プレスリリースをした直後、讀賣新聞からの取材があり、当日の「都民版」に割と大きく取り上げられていたことも、結構効果があったのでは。

一言わたしが挨拶した後、それぞれ自己紹介。
2時間以上、いました。。その中には「初めてこういうのに参加しました」って人も「去年も参加したので、今年も参加しました」っていう人も、いろいろいらっしゃいました。初めて参加をしてくれた人は、本当に勇気がいることだったと思うし、こういうこともあるんだ、ということを知ってくれて本当に嬉しかった。

この模様は後日、akaboshiさんのブログにアップされることだろう。そうそう、akaboshiさんのブログを読んでびっくりしたのだが、彼は去年のこのイベントを遠巻きに見ていたことが、きっかけになっているのね。しかもどうやら彼の見た「同性愛=禁断の愛」という横断幕を持っていたのは、去年のわたしのブログにも書いたとおり、このわたし、、ということは、今のakaboshiさんがあるのは、実はこのわたし?(爆)(LGBT可視化に向けて002●おさえてしまった気持ち )まぁ、偶然だけどね。ただね、わたしはあのとき顔出しすることは一切、拒否感がなかったのね。なぜなんだろうか、と思うんだけど。まぁ、あのときはまだまだうつから脱出してなかったので、そこら辺の感覚が麻痺していたのかも知れない。。

また、呼びかけ人一同は、来年もこの活動を継続していくに当たって、昨日のこのことを踏まえて、反省会をする必要があると思うので、近々反省会をし、そしてその結果はIDAHOのブログに収支決算等を含めて、また発表する予定。

個人的には、準備期間が本当に少なく、途中でわたしが都合で2日ほどPCから離れていなければならない状況にあったので、完全に時間不足だった。その間にいろんな落ち込むようなこともあったし。(そういう点ではわたしはまだ逆境に弱い)また、蓋を開けてみなければ分からない部分もあったし、そういう点では、今回は非常に勉強にもなったし、参考にもなった。

でも、結果としては「大成功」だったと思う。本当にご協力下さった方には感謝。たくさんの方に支えられて、このイベントを終了することができました。本当にありがとうございました。

最初は周囲の「冷たい視線」や「奇異の目」で見られているな、と感じたりもしたが、やっているうちにそうではない、と感じられたことが、非常に自分にとって大きかったかな。反省すべき点もたくさんあるけれど、本当にやってよかったと思う。そして、この経験をまた、来年に生かしていかなければ。

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15:51 | (性的少数者)イベントなど | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
05-19 Sat , 2007
今ごろ
疲れがどっと出てきた。。
今日は1日、お休みです。。zzz
13:49 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
05-20 Sun , 2007
5月20日
この日を見て「王監督(現ソフトバンク)」の誕生日だ!って思い出すのは同年代だと思う。。

わたしが物心ついたとき、長嶋は既に監督で、王は選手だった。だいたい、わたしが野球の存在を知ったのは、昭和50年('75年)、カープが初優勝した年だったので。カープファンの両親が、優勝した日にすべてのスポーツ新聞を買いまくっていたのを思い出す。そういう「刷り込み」によってカープファンになっちゃったわたし。ただし、長い間野球は嫌いだったけど。

小学校の時、父が仕事の関係で後楽園の1塁側の内野応援団の真ん前、という席のチケットをもらって試合を観てたのだが、カープにホームランが出るたびに喜んじゃって。。ええ、わたしは怖かったっす、1塁側の讀賣の内野応援団の人に睨まれて。「喜ぶの止めろ」と思いましたわw

そういえば、こないだ阪神戦を観てたら、知らぬ間に桧山が「大ベテラン」になってた。わたしの中の阪神の「代打の神」といえば、真弓かねー?そのあと、八木になって、そんで今は桧山か??

時代は移り変わるねえ~、、
11:18 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
05-21 Mon , 2007
マイミクTさんと
今日はマイミクTさんと会ってきました。会うのはこれで3回目だけど、サシで話したのは初めて。Tさんは、わたしと同じ年度生まれ。

例によって、わたしはしゃべりまくり。。全体の4/5くらい話してたかも。。「日記のように話も長いですね」と言われてしまった。はは。。(汗)

しかし、いいアドバイス、もらいました。(というか、どうしてあそこの大学の関係者が多いんだろう、わたし。。なんか憑いてる??)
どうもありがとうございました。っていうか、今度は4/5くらい話、聞きます(汗)
20:42 | mixi関係のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
05-22 Tue , 2007
カティー・サーク炎上
181cb76d.JPG今日、朝起きて新聞見てびっくり。
あの「カティー・サーク」が火災を起こしたとのこと(2008年6月現在、既にこの記事はありません)。

わたしが初めてイギリスに行ったのは、大学1年から2年にかけての春休みだから、'89年か(わたしは一浪している)。ちょうど昭和天皇の「大喪の礼」の日に重なっちゃって、普通だったら2時間前に成田に行けばいいものを、3時間前に行けと言われた記憶がある。んで、1ヶ月ほどイギリスでホームステイをしながら、語学学校に行ったりしてたんだけど。

行った語学学校がロンドンの中心部だったので、授業が終わったあとは大英博物館に通いまくったことを思い出す。けど、不思議と「ミイラ」は見なかった。すごくよく覚えているのはロゼッタ・ストーン。あれは世界史の授業で習ったから、実際に見たときにすごく感動した。当時はまだ、ケースには入っていなくて、実物がぽんと置かれ、その近くに警備員が立っている、って感じだった。

あとは、陶器とか磁器とか、そんなのがあったなあ~って感じで。よく「大英博物館に行った」と言うと「ミイラ見た?」って言われたんだけど、その当時は、そんなもんがあるとは思わなかったのよ。多分、同じところをぐるぐる回っていたんだろう。だいたい、ロゼッタ・ストーンしか覚えてないんだから(苦笑)

それから、なんと言っても「グリニッヂ」。あそこには「(旧)グリニッヂ天文台」とこの「カティー・サーク」がある。もともと船が大好きだし、あと、経度が0度ってところに非常に魅力を感じるわたし。それに「カティー・サーク」といえば、あの「カティー・サーク」でしょ、ってわたしも飲んだことはないけど、有名なウィスキーの銘柄ですな。ある一定の年代以上の人たちなら「ああ、あのCM」って思い出すと思う。

もともとは紅茶を運ぶ船だった、というのは、その時初めて知った。でも、展示されている写真に付いている説明が全部英語だったので、はっきりいって、よく分からなかった(苦笑)ただ「カティー・サーク」と言う意味が「(女性が着る下着の)シミーズ(とは今は言わないか(笑))」を差しているということも、あの時初めて知った。カティー・サークは帆船だが、船首から出っ張っているBow Sprit(斜檣)のところに女の人がシミーズを着て、腕を上げている姿が付いている。これは、船の守り神として帆船によく付いている。いろいろ調べてみたら、'30年にできた日本丸は唐草模様なんだそうだ。

カティー・サークには、この船首に付けるいろいろな装飾品について、展示されていた覚えがある。いろんなのがあって「こんなのでも守り神になるのか?」と思うようなものがたくさんあった。

そのとき、グリニッヂに行ってきたときに買ったのが、上のキーホルダー。これはカティー・サークの中では売ってなくて、どこかのおみやげ屋さんで買ったものだった。これは本当に気に入っていて、その後、彼女と知り合って、年末に再びロンドンを訪れたときまでずっと使ってたから、、2003年の正月まで使ってたことになる。途中で、中のプラスチックの部分が外れたりして、それで少々傷が付いている。

そう、2002年~2003年にかけて、わたしたちはロンドンとパリを旅行した。そのときにまた、再びグリニッヂに行き、このカティー・サークと旧グリニッヂ天文台に行ったのだ。やっぱ、わたしはあそこが好きだなあ~。公園も美しいし。

で、そのカティー・サークが燃えちゃった。。結構ショック。今朝の朝日新聞の1面にカラーで載っていたが、あれをみると、もうほとんど焼けてしまったのではないかと思う。改装中だったそうだが、、もう再び、本物のカティー・サークを見ることはできないんだなあ。。

というわけで、今は近田春夫の「天然の美」を聞いている。この中の「ワンシーン」という曲の出だしがあの、カティー・サークのCMそっくりだからだ!(爆)
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05-23 Wed , 2007
お誕生日おめでとう
今日、5月23日は、妹の誕生日。こないだメールして「いくつになるんだっけ~?」と聞いたら「わたしは永遠の28歳だよー」って答えられたので「ウソつきはノンケの始まりよ:-p」って送ったけど、、通じたかしら?(爆)

で、今日の0時を回った時点ですぐに「誕生日おめでとう」メールを出しておいた。

取り敢えず「永遠の28歳」とは言っているものの、本当はカープの前田と同い年(っていうか、そういう覚え方をしているわたしって(^^;)。あれ、でもいくつになったんだろう?計算してみないとよく分からない~(笑)

うちの妹は、mixiにいる。わたしがいることも知っている。お互いの「お気に入り」の中には入っていると思う(少なくともわたしの中には入っている)。あと多分、入っているコミュも2つばかり同じなのがあるはず。わたしは結構発言してるけど、向こうが発言してるところは見たことないし、わたしの発言に気がついているかどうかもよく分からない。そして、お互い、全く行き来がない(足あとがついてない)。

今まで過去に1度だけ足あとが付いていたことがある。それは、わたしが両親にカミングアウトしたとき。だから、実家では大騒ぎだったんじゃないだろうかと推測してるんだけど。わたしはそのとき別に向こうを見に行ったりしなかったし。それ以外はわたしも妹がどう過ごしているのかあんまり興味ないし、向こうもきっとそうなんだろう。

そういう意味で、結構冷めている姉妹なのは確か。仲がいい訳じゃないので、ケンカもしたことがない。性格も全然違う。多分、、話が合わない(^^;

同じ親から生まれたはずなんだけどな~。ちなみにわたしは顔かたちも性格も父親にそっくりだと言われる。妹は、、母親似だ。確かに話が合わないと思ったりもする(汗)

36歳のお誕生日、おめでとう~!(爆)36といえば、6の2乗だよな。結構、わたし好みの数字ではある(爆)16進数で言えば、24歳。24も割れる数字がたくさんあって、わたしの好みの数字。でも多分、妹はそんなこと考えてもないだろうな~。
12:20 | (自分)肉親とのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
05-25 Fri , 2007
これは松ですか、竹ですか、梅ですか(笑)
昨日、変なスパムが立て続けに来た。
1つ目。
---------- ここから ----------
件名:精子買い取ります(
内容:
あなたの精子を高額にて買い取ります。
研究用の資料として責任をもって引き取ります。
健康状態や容姿により買取りをしないと言うことはありません。
幅広い世代(20~60代)の精子を必要としています。

査定次第で 8000円~400万円!

来院時はご自分で射精するか、
専門の女性インストラクターが射精をお手伝いする2パターンを選べます。

  オナホール・・有料
  手コキ・・・・無料
  その他・・・・有料

 ▼詳細手順はこちら▼
http:// ←自己規制(爆)

※尚、当番組ではアダルト動画を含んでいるコンテンツのために
 18歳未満の方はご入場できません。

お知らせメール不要の方は
こちらまで空メールをお送り下さい。
cancel@ ←自己規制(爆)
---------- ここまで ----------

ちなみに送り主は「隔世遺伝研究所」。

まず気になるのが、題名。なぜ「(」で終わっているのか???(笑)気になる(爆)
査定って言うのも気になる~。8,000万円もらえる査定ってどういう基準なんだろう?高学歴で、高収入で、容姿も抜群ってことかな??最低が400万っていうのも、なんかいやに具体的な数字だな。

しかも、、射精の仕方に選択肢があるらしい!まず「有料」ってのが、いくらなのか気になるところだが(まさか、8,000万円じゃなかろうな)、その他「有料」ってのがなんなのか、、その他ってなんだ???その他の値段はいくらなのか??

それに、どうやら書いてあるURLはアダルト動画って、、、イマイチよー分からん。しかも18歳未満はダメってことは、18歳ならいいと言うことだが、幅広い世代(20代~60代)には含まれておらず。18歳と19歳のピチピチの精子(?)は、買い取ってもらえないってことなのね。。。

送り主の「隔世遺伝研究所」、これも意味が分からんなあ~。隔世遺伝って、例えば祖父母と孫が両親を越えて似ている、ってことでしょ。(わたしの超恐がりは、祖父の遺伝である)それを研究するためには、長い間かかるよなあ~。。わたしと祖父は確か、57くらい違ってたから。。

わたしは卵子は提供できるかも知れないけど、精子は提供できないので、誰かしたい人います?よかったら、メール転送しますが(爆)。めざせ!8,000万円!!!高学歴で容姿端麗な、そこの姐さん!(爆)あ、枯れてたわね、あなた(爆)。

んで、2つ目。
---------- ここから ----------
件名:貴方はSM好きですか??
内容:
貴方はSM好きですか??
http:// ←自己規制(爆)


あっ!そんなに警戒しないで下さい。好きですか?と聞くより
興味ありますか?と聞くべきでしたね。

なんでそのような事を聞くのかって??
いやいや・・・重要なのです。このサイトの趣旨ですけど、
興味ある君たちに少し過激なHをするを作りたいのです♪

僕はSMには興味あるけど、言えないとか・・どうやってやるの?とか
最後の一歩を踏み出せない君たちを後ろから押したいのです!!

今の時代は昔と違いHに対して積極的な女性が増えました。
そしてH友達という言葉も普通に耳に入るようなりました。

それは性の分野でも男女平等とか多趣味多様性とかが認められてる証拠なのだと思います。
そして、Hをするからより高度な事に興味を持つ・・・なんら不思議じゃありません。

興味は持ってます。でも実際は一歩距離を置いていませんか??
命令したい・・・外でしたい・・・玩具などなど実際はもう触れていたりもするのですが
まだ恥ずかしいのでしょうか?気軽に人にはなかなか言えませんよね。

世間にはこういった思いをしてる方はとても多いのです。

そんな、少しだけ過激なHを求めてる人たちに、同じような気持ちの方と出会うサポートを
「秘密の主従関係Sエス&エムM」はしていきます。

さぁ一緒に勇気をもって一歩を踏み出しませんか??
http:// ←自己規制(爆)
---------- ここまで ----------

ちなみに送り主は「エス&エム」。
まんまじゃん(笑)

っていうか、こんなところで「男女平等」や「性の多様性」とか見るとは思いもしなかったよ。。(苦笑)SMって趣味というか、嗜好だから、まぁ、趣味の多様性にはなるとは思うけど、性の多様性を言われるとちょっと違和感が(苦笑)。あ、別に馬鹿にはしてません。そういう趣味もありだとは思うし。セックスは2人(~多数)で「楽しめれば」いいと思ってますから。。わたしはね。多分、この国の総理大臣なんかはそうは思ってないかも知れないけど?

でも「より高度なことに興味を持つ」って、SMって普通のセックスより高度なことだったのか。まぁ、確かに亀甲縛りとか、難しそうだよねー(笑)そういえば、亀甲縛りも美しくできれば美しいらしいので、この国の総理大臣もOKかも。。?(爆)
これって「命令したい」って書いてあるから、やっぱ「S」募集なのかしら。。でも「男女平等」を謳っているなら「M」もありよね。。ってわたしは普通の(何が普通なのかもよく分からないが)男女のセックスについてはほとんど無知なので、よく分からないけど。。

これも興味あるなら、転送しますよ♪

で、この「スパム」は松でしょうか、竹でしょうか、梅でしょうか?
うーん。以前、Nさんが載せてた「立太子ボタン」よりは全然面白くないし、「梅」と称したアレよりもね~(謎)(あ、あのスパム、あの後、わたしのところにも来ましたよ)まあ、うまく見てぎりぎり「梅」ってところでしょうか。。

【追記】8,000万円じゃなくて、8,000円でしたー(苦笑)。最近、目が腐ってます。。目指せ、400万円!です(爆)
01:37 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
05-26 Sat , 2007
病院に行ってきた
昨日は病院の日だった。
まぁ、なんだかんだいって、最近の調子はものすごくよくなく(原因はこちらでは分かっている)日中はほとんど「寝逃げ」してるんだけど、取り敢えず、向こうが気づくまでは何も言うまい、どうせ、体重が減っただけで「体重が減りましたね」という主治医だ。調子が悪ければ「調子が悪いんじゃないですか」と言うと思って。

以前、セラピストさんのところに通っていたが、あれはもう1ヶ月くらい前に終了した。計4回通ったかな。あそこはよかった。ただ1ヶ月前の状況と今のわたしの状況はまたまったく違うわけで、、でも結局、あそこに通っただけで、自分を見つめ直すことができて、かなり役に立っている。現に調子の悪い今でさえ「多分、こういうことなんだろう」と分析できているから。もっともどうしようもないときは、また連絡取って行くだろうけどね。あそこはメールでも相談できるし。

で、昨日のことに話は戻るが、結局特に何も言われなかった。と言うかむしろ「目標(シドニー行きのことね)が定まったことで、生き生きしてきたんじゃないですか」とまで言われてしまった。わたしは「ああ、他人から見るとそう思うような顔つきになってきたんだなー」と逆に驚いたけど。「不安定だったのもだいぶ落ち着いたようですね」と言われたので「はぁ、まぁ」みたいな(笑)。結局IDAHOのこともなーんにも言わなかったし。

彼女は昨日、会社に行って、夜に家に戻ってきたんだけど、わたしが「特に何も言われなかったよ」と言ったら「やっぱり、以前と顔つきがまったく違ってるからね。今はとても人間らしい顔をしている」って言われた。

ただ結局、飲んでる薬(睡眠剤4種+プルセニド)は変わらなかったんですけど。最近「ちょっと今日は眠れるかな」って時には、マイスリー10mgを半分にして飲んだりしてる(笑)。でもそれでも同じように眠れるんだけどね。まぁでもここのところは眠れそうでも調子が悪いので、出された薬はちゃんと飲んでるけど。それに寝るのを少しずつ早くして、起きるのも少しずつ早くしている。わたしの場合、不規則な生活をするとどうやら、体重が減っていくらしい。あと、ストレスでも減るらしい。今の体重は、100kg(仮)台で、もう少しで100kg(仮)さえ割ってしまう状況。非常にやばい。(それなのに、主治医からこのところ、体重に対しては最近何も言われないなぁ(笑))ただ、一旦治まっていた咳がまた復活してきて(2月に引いた風邪だよ!!)、自分ではちょっとやばいと思ってるのよね。

ま、取り敢えずはしばらくこのままってことにする。多分、もううつから来る気分の悪さではないと思っているので。原因も、自分では十分分かっているし。今は、それに耐えて慣れるだけだろう。ただね、やっぱ嫌なことは避けたいんだけど、、逃避するのには慣れたくないから。
11:10 | うつのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
05-27 Sun , 2007
2050年
もう、ちょっと前の話になるが、安倍総理が「地球温暖化対策のために2050年までに温室効果ガスの排出量を半減する」と言ったそうで(2008年6月現在、既にこの記事はありません)。

このニュースを聞いたときに一番に思ったことは「あ、2050年ね。わたしはもう死んでるな」ってこと。わたしは取り敢えず2040年に死ぬ予定なので(笑)。あ、もちろん「寿命」でね。

自分の寿命ってのは20代の頃からもう決めてて、多分、この手のニュースを聞いたときに「この年って一体、自分は何歳なんだろう?」と思い始めたのがきっかけ。で、そのときに「じゃあわたしは2040年くらいまでは生きてるだろうな(根拠ないけどw)」と思って、取り敢えず2040年までで人生の設計を考えていた(彼女によると、そういうことを考えるのはわたしくらいしかいないと言っていたが、、でも、人間は確実に死ぬわけで「一体、何年頃、わたしは何歳なんだろう?」って普通、考えないかなあ~?で、それが100歳越えてたらまず、その頃にはわたしはこの世に存在していないってことで、、)。あれから就職し、定年まではいる予定だったけど、彼女と出会って、わたしの人生設計はめちゃくちゃになった。

で、昨日ふと「2040年まであと何年なのかな?」って考えたら、もうあと33年後には2040年なのね。。人生の半分はとっくに過ぎちゃってるし。あと33年生きるとして、、それまでにわたしは一体、何ができるんだろう?って考えてしまった。少なくともあと3年は就職するつもりはないし、早々にリタイアするつもりだから、実働年数は20年くらいか?うーん。取り敢えず、前のキャリアが7年あるから、厚生年金もらえるぎりぎりの線辺りか。。しかし今は、60歳から65歳までぽっかり穴が空いてるから、その5年間をどうやっていくかなのよね。。

ってこんなことを考えているわたしって「超現実派」なんだろうか。
13:04 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
05-28 Mon , 2007
Brass MIX!の練習、行きませんでした。。
昨日は夜からBrass MIX!の練習だったんだけど、、わたしはコロリと忘れていて(笑)、IDAHOのイベントの呼びかけ人の反省会を予定に入れてしまった(苦笑)。呼びかけ人の反省会は15時からだったんだけど、それが何時に終わるのかが見当も付かなかったので、取り敢えず、楽器は置いていくことにした(反省会にどの程度時間がかかるか、見当も付かなかった)。同時にこの日は尾辻さんの事務所(新宿区新宿2-14-9 篠原ビル3階といっても分かりづらいが、結局、ルミエールのはす向かいのビルの3Fっていう、ものすごーく分かりやすい場所)で勉強会があったんだけど、同じ時間から始まったので、出られるはずはなく、、わたしは事前に彼女に「出てきてよー」って言ったんだけど「今日は身体がだるい」って言われて断られた。。

反省会は、呼びかけ人として参加したうちの、東京でイベントをやった5人が集まった。内容については、ここには詳細には書くべきではないと思っているので書かない。ただ、今年の反省(これって、結局行き着くところは「時間がなかった」ってことになるんだけど。だって実際に動き始めたのって5月3日辺りからなのだ。でもそのことは、そのこととしてちゃんと「反省」しなければならない)を十分にして、それをどうやったら今後に生かせるかということは、ちゃんと話してきたつもり。結局、終わったのは19時少し前。やはり、最低でもこのくらいの時間がかかるのか、というか個人的にはもっとかかるかも、というのが実は心の中であったので「このくらいで終わったか」と思ったのが正直なところ。

その後、呼びかけ人のうちの数名(ヒマ人です。。ってあの中でヒマ人はわたしだけかw)と「じゃ、一緒にご飯食べましょう」ということになって、、そしてその前に「ついでだから尾辻さんの事務所に行ってみよう。今日は尾辻事務所で勉強会(2008年6月現在、この勉強会のお知らせについての記事は載っていません)があったはずだから、まだ人は事務所の中にたくさん残ってるかも」ということになった。

実は、この勉強会が行われるとはつゆ知らず、同じ日の同じ時刻からIDAHOの反省会をやったので、出られなかったんだな。。

で、花園神社の前を通っていったんだけど、どうやら昨日は花園神社のお祭りのようで。まったく知らなかったんだけど、例大祭だったようですね。二丁目に着いたときも御輿が。近所の人たちがたくさん集まっていて(みんな「新二」と書かれた法被を着てた)、ちょっといつもの二丁目とは雰囲気が違ってたような気がする(笑)。と、そこにそれを見ていた尾辻さんと偶然遭遇。「いやあ、これから事務所に行こうと思ってたんですよ」と言うと「ああ、じゃあこれから事務所に戻りますので、一緒に行きましょう」ってことになった。

勉強会が終わった後、尾辻さんは外に出てお祭りを見ていたらしいので、事務所の中にはスタッフの方を含め、数人しかおらず。そこで「いや~、今日はIDAHOの反省会で、勉強会に来られなかったんですよ」というと、尾辻さん自ら「じゃあ、勉強会、やりましょうか」と。で、結局、少人数で受けてきた(爆)。内容は「参院選のしくみ」と「公職選挙法について」。

わたしは知らなかったのだが、参院選の比例区って、今や名簿順ではないのだ(尾辻さん自身も「何位になったの?」ってよく聞かれるらしい)。で、今は「あいうえお順」になっているらしく、そうすると尾辻さんは「お」なので、名前が上位の方にあるようで。。「でもそれは、全然順位とは無関係なんです」って言ってらっしゃった。結局は「個人名」で投票された人が多い順に当選する仕組みになっているらしい。この仕組みは、前回の参院選からそうだったそうだが、全然知らなかった。。で、当選ラインは15万票くらいと見ているらしい。うーむ。相当厳しそうなのは確か。尾辻さんは性的少数者に対して主に訴えかけているように思えるが(二丁目に事務所を構えたのもそういう理由だろう)、わたしにはそれだけでは足りないような気がしたのは確かだ。もちろん、同性愛者を含む性的少数者(LGBT)は、全員尾辻さんを応援しているわけではないし、それにLGBTだからといって応援しなければならないということは、全くないと思う。それは「個人の信条」というものがあるから。

ただ、、今、LGBT当事者が(といっても彼女は同性愛者だけど)が、国政の場にチャレンジしようとしているのは確か。わたし自身は「当事者が当事者の立場としてでなければ、国は変えては行けない」と思っている。政治家は使っていくものだ(言葉は悪いが)。当事者が当事者として、もし国会の場に立つことができれば、こんなに力強いことはないと思う。そりゃ、もちろん当事者以外の人が訴えるということも考えられないことはないが「なぜ当事者以外がそれを訴えるのか。本当に当事者はそう思っているのか」と聞かれたとき、当事者でない人は、結局は弱いと思うのよね。いくら「このような陳情がたくさん来ています」と答えようが、やっぱり当事者そのものの声とは比較にはならないと思う。そういう意味で、尾辻さんが今回立候補しようとしている、というのは、とても大切なことだと思うし、やはりわたしは応援していきたいのだ。

しかし、尾辻さんもスーパーマン(スーパーウーマンというべきか?)じゃない。それはよく分かっている。もし彼女が当選したとしても、すべて彼女の肩に押しかけるのは、無理というものだ。一応、今の時点で彼女はこのようなものを述べている。が、もっと具体的な「政策」は、これからもっともっといろんな意見を聞き、作り上げていくべきだ(とわたしは思う)。そしてわたしは彼女ならある程度、やってくれるんじゃないかという期待はしている。実際に会ってみると、彼女は本当にバイタリティーにあふれる人だ。

ただ、さっきも言ったように、彼女はスーパーマン(スーパーウーマン?)じゃない。彼女一人で何でもできると思ってはならない。ただしかし、彼女が「アジア初の同性愛者」として当選することができるならば、第2の尾辻や第3の尾辻が出てくる可能性だってある。「この人が当選できるんだったら、自分も」と思う人も出てくるかも知れない。そして、わたしたちは、その中から最も好きな人に自分の意志を託すことができる。そういう意味では、この選挙はとても重要なものだとわたしは思っている。

でも、わたしは残念ながら「人に直接伝える」ということが性格上できない。自分ができることを地道にやっていくしかない、と自分の中では思っている。

取り敢えず、彼女は来週の6月3日に名古屋で「結婚式」なるものをやるらしい(2008年6月現在、既にこの記事は消えています)。実はこれには「賛否両論」があるのは確かである。わたしたちも来年、指輪の交換はするつもりだ。だけど「結婚式」はしたくない(うちの父が来たいとか言ってるし、友人もわざわざシドニーまで来たい、と言ってくれる人が何人かいる(汗))。

もちろん「結婚式」は今の日本では、形だけのものでしかないし、わたしたちのやる指輪交換だって、ある意味2人だけの「約束」だけしかない。一般の結婚とは違い、法的保証は何もない(異性愛者の中で選択的に「事実婚」をしている人がいるが、これって法的に全く保証されていないのかと思ったら、保証されないのは相続だけであり、他は「内縁の妻」(内縁の夫という言葉はなぜないのかしら??)扱いで、相続を除いては、公的保証を受けられるらしい。初めて知った)。しかも一般的な異性愛者の場合、結婚する、しないは自分たちで選択できるが、同性愛者の場合、法律上結婚できないし「内縁の妻(内縁の夫?)」としての保証がまったく受けられない。

同性の間で「結婚式」をする、しないはそれぞれのカップルが選択すべきだと思う。尾辻さん達はするけど、わたしたちはやらない、それだけのこと。わたしは、この尾辻さん達の「結婚式」を祝福するし、その他、わたしの周囲でも何組か「結婚式」をする同性カップルがいる。わたしはそれを同じように「祝福」したい。

できれば、名古屋まで行って、見届けたいと思ってるんだけどね、彼女たちを「祝福する」ために。ただ、あいにく前日用事があって、行くなら当日日帰り。うーん。どうなんだろう。。どんだけー、着ボイス、着メロって入れとくと引っかかるんだろうか?(笑)

テーマ:どんだけぇ~ - ジャンル:日記

13:08 | 性的少数者に関すること | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
05-29 Tue , 2007
頭痛が痛い
また、頭痛が起こるようになってきた。週末に連日出かけてたから、疲れが出たのかな?(というか、金曜日からずっと外出してたし、わたし)

実は、精神状態が最悪の時、先週1週間は、ひたすら「寝逃げ」をしていて、そのときはいくら寝てても、頭が痛くなるようなことはなかった。
が、それ以前は実は頻繁に頭が痛くなってて。。「寝過ぎなのかな?」と思ってたんだけどねえ。。(わたしは寝過ぎても、寝不足でも頭が痛くなる)

んー。うちの家系、生活習慣病とは無縁だが、実は脳疾患が多い。わたしの場合、もうだいぶ前なんだけど、やはり頻繁に頭痛が起きていたもので、一回、脳外科に行って検査してもらったことがある。そのときには「特に異常はありません」と言われたんだけど。

わたしは大の医者嫌いだが、頭痛はそれ以上に耐えられない。んー、どうすべかー。まぁ、わたしの場合は、100%と言っていいほど偏頭痛で、偏頭痛の薬を飲むと治るんだけどさぁ。。偏頭痛の薬、高いのよね。だからあまりひどくならないうちに市販の頭痛薬を飲んで、即座に寝る、ってことをしてるんだけど、これも最近あまり効果がなく。結局は偏頭痛の薬に頼ってしまう。

昨日の深夜は、故・松岡利勝農林水産大臣の自殺関係の記事をYahoo!で読んでいた。そうしたら、その関連とは全く別なんだけど、ものすごく面白いサイトを発見した。うをー、すげー!!!!みたいな。いやいや、現佐賀県知事は全国知事最年少当選記録を持っているとは、今年の4月頃調べて知ってた。けどすごいよ、彼は。だから、夜中(3時頃だけど)、一人でコーフンしてた。今日はそのサイトを読みふけようと思っていたんだけど、、頭痛でダウン。今から薬飲んで寝ます、、
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05-30 Wed , 2007
子供が生まれた!
鳥(5.26)鳥(5.30)といっても、わたしたちの子供じゃありません(笑)
っていうか、今になって、ものすごく子供が欲しいーって思うのは、なぜなんだろう?子供には「未来」が感じられるからかな。
確かに、今のわたしの年齢だとまだ産めないことはないんだけど、これからやりたいことがいっぱいあるし、まず無理。。将来、養子縁組でもできればいいんだけどなー。。

あ、生まれたのは画像を見れば分かるように、鳥の子供です。
うちにはなぜか「戸袋」がついてて(いらないのに!)、そこに鳥がわらくずを運んできて中に巣を作って子供を産んじゃうのよね。

引っ越してきた当初は、戸袋の中にあったわらくずはすべて掻き出して、捨てたんで、そういうことはなかったんだけど、今年は放っておいたら、鳥が勝手に中に巣を作って子供産んじゃった。

最初は「なんか鳥が中にいるんじゃない?」って彼女と話してたんだけど、そのうちピーピー中で音がするようになり、、でも、戸袋の中が暗いので、デジカメでストロボたいて撮ってみたら、やっぱり子供が写ってた。

それが日増しに声が大きくなり、、さっき、またデジカメで撮ってきたら、あれから4日しか経ってないのに、すげー大きくなっててびっくりした。朝方になるとヒナの鳴き声でめちゃくちゃうるさいです。。これからもっとすごくなっていくんだろうか。

ちなみにこのヒナがどういう鳥になるのかはよく分かってません(苦笑)
確かに親はよく見かける(しかも、人が戸袋の中をデジカメで撮っていると外で「ギャーギャー」騒ぐ)んだけど、ツバメではないし、、動物の種類については詳しくないのでよく分かりません(笑)

この巣、寝室側にあるので、昼まで寝てるとかなりうるさいです(笑)
早く巣立ってくれ~(ってこんなこと言ってたら、到底人間の子供なんか育てられないわよね。。)

画像左:5月26日時点でのヒナ
画像右:5月30日時点でのヒナ
13:51 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
05-31 Thu , 2007
自分はどこから来たのか?
最近「自分とは一体、なんなんだろうか」と思い続けている。

「この世界に絶対はない」とよく言われるが、わたしは絶対は2つ存在すると思っている。一つは「生き物は絶対にいつかは死ぬ」ということ。もう一つは「わたしという人間がいる以上、それは絶対に祖先がいる」ということ。

死ぬことに対しては、それについて今、いくら考えても分からないので、そういう無駄なことは考えない。今、このブログを書いている最中に、脳の血管が破裂するかも知れないし、出かけたときに車とぶつかって死ぬかも知れない。死とはいつも隣り合わせにある、そう自分では考えているし、だからいつ死んでもいいように、悔いのない人生を送りたいと思っている。

ところが最近やたらと「自分のルーツ」を知りたくなってきた。「わたしはどこから来たんだろう?なぜこのような考えを持つようになったのだろう?」と。確かに、人間は「血」だけで、その人の人格や人物が構成されているわけではない。育ってきた時代や環境の方がむしろ大きいだろう。でも育ってきた時代や環境は、ある程度自分で把握することができる。

だが、、時代や環境で説明しきれない事実もあり、それだからわたしは、自分の祖先のことを知りたがっている。だいたい、祖父のことさえよく知らないのだ、わたしは。そしてその祖父はもう既にこの世にはいない。祖父のことを聞くのなら、祖母や父(または母)から聞くしかない。

以前、父親が自分の家系図を調べに調べて、わたしのところに送ってきたことがある。ところが、わたしはそのときは自分の家に対して、憎悪の念を持っていたので、悪いけど中身はほとんど見ずに捨てた。その頃は家族の戸籍から自分の戸籍を抜きたくて、どうすれば結婚せずとも戸籍を抜くことができるのか「戸籍法」を一生懸命読んでいた。

ところが戸籍を抜こうが、法律上無関係になろうが、血がつながっているのは事実なのだ。「一体、わたしはどこから来たのか?」ということが、今、とても知りたい。わたしの、わたしの目で見えない部分の「何か」がそこにあるのではないかという気が今、自分の中でわき上がってくるのが分かる。
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