12-31 Sat , 2016
全駅制覇、ウルトラマンスタンプラリー2016!その3(駅からのメッセージ)
2016年中に書いておきたかったこれ!

2016.2.22に書いた「全駅制覇、ウルトラマンスタンプラリー2016!その2(盛り上がってた駅のようす)」の続きなのだが、メッセージが2年連続集まると、どうしても前年との比較が気になるので、1年目のようにザッと見てサッと書けなくて、一応駅のメッセージは全部比較しようとエクセルで表にまとめてそこからいろいろ分析しようと思ったら、そんなことしている時間がなかったので結局今になったという。。しかも、やっぱり体調はイマイチで、一昨日、昨日と頭が痛くて寝たきりだったので、これを書きたかったのに今になってしまった。。多分、年は越しちゃうだろうけど、これを今年最後の記事にしておく。

その2の続き。

1年目に比べると2年目は凝ったメッセージが多くなったように思えた。というのは、1年目は選んだキャラクターの名前すらなかった駅が

そもそも、メッセージの中にキャラクター名が全く含まれてない駅もあった。
・浜松町→ウルトラマンジャック
・高円寺→ニセウルトラセブン
・赤羽→グドン
・渋谷→スカイドン
・大崎→バルタン星人二代目
・水道橋→マグネドン
・上野→シーゴラス


これだけあったのに、今年は

・大崎→ベムスター
・高円寺→エースロボット
・赤羽→ゾフィー


の3駅のみになっている。あ、ちなみに1年目は64駅中52駅分のメッセージしか集められなかったので、単純に比較してはならないんだけど、それでも少なくなったことはこれで明らか。

その中でわたしが2016年、一番よかったと思ったメッセージはこれ。

「ミラクル星人」は「ウルトラマンタロウ」に登場し、地球に文化を学びに来た心優しい宇宙人です。日本のファッションの最先端の原宿は、日本だけでなく、海外からも、たくさんのお客さまがいらっしゃいます。「ミラクル星人」はそんなお客さまの象徴として、そして原宿がこれからもお客さまにとって魅力的で、また遊びに来てみたいと思える場所であり続けて欲しいという願いも込められています。「ウルトラマン」が放映していた頃から変わらない駅舎を保っている「原宿駅」です。過去からそして未来へずっと魅力的で愛される駅を護り進めてまいります。


20160123151341(原宿)


んー、でも確か、原宿駅って建て替えすることに決まったんじゃなかったっけ?よく覚えてないけど。

これを1番にしたけど、今回はいいのがたくさんあって、正直どれにしようかとても迷ったんだけど、最初に読んだインパクトでこれに決めました。

各駅のメッセージを分析してみた結果、「キャラクター紹介系」と「なぜそのキャラクターを選んだのか系」に分かれるような気がしたので、この2つに大きく分けた。あ、この2つが重複する駅ももちろん存在する。まずキャラクターを紹介して、その上でなぜそのキャラクターを選んだのかって説明する駅もあったからね。そして「なぜそのキャラクターを選んだのか系」を、「正統派系」と「こじつけ系」、「目指してる系」、「駅近辺キャラクター紹介系」に分けた。もちろん、全部がこの4つのどこかに所属するとは限らないメッセージもあるし、「キャラクター紹介系」に分類されるものでも「こじつけ系」はいくつかあった。

キャラクター紹介系→神田、秋葉原、御徒町、西日暮里、駒込、巣鴨、池袋、代々木、恵比寿、目黒、品川、田町、浜松町、御茶ノ水、市ヶ谷、四ツ谷、三河島、北千住、松戸、馬橋、新松戸、柏、北柏、我孫子、東十条、大森、蒲田、板橋、十条、新日本橋、天王洲

計31駅。

なぜそのキャラクターを選んだのか系→東京、上野、日暮里、池袋、目白、高田馬場、新大久保、新宿、原宿、渋谷、五反田、有楽町、水道橋、信濃町、千駄ヶ谷、東中野、中野、荻窪、亀有、金町、羽田空港第一ビル、新日本橋、尾久

計23駅。「キャラクター紹介系」との重複駅は、池袋と新日本橋の2駅。よって全65駅中、(31駅+23駅-2駅)=52駅、全体のちょうど80%が「キャラクター紹介系」と「なぜそのキャラクターを選んだのか系」で占められる。

「キャラクター紹介系」の駅からのメッセージってのは、だいたいこんなヤツ。

神田→ダンガーは「帰ってきたウルトラマン」に登場する怪獣です。初期にはツインテールやタッコングなどが登場する「帰って来たウルトラマン」の中でも、特にマイナーな怪獣と言えるのではないでしょうか。しかしながらそのコブがたくさんついている顔立ちは、他の怪獣にはない特長を持っており、横から見ると精悍な顔つきにも見えます。また迫力のある目つきもあいまって、怪獣らしい怪獣と言えるのではないでしょうか(後略)

馬橋→馬橋駅のウルトラマンスタンプは「コンドル1号」です。「ウルトラマンタロウ」シリーズで使用されていたマシンで、折り畳み可能なリング状の主翼が特徴的な主力高速戦闘機です。お馴染みの怪獣ではありませんが、皆さまに当時の頃を想いだして頂ければと思います(後略)

「なぜそのキャラクターを選んだのか系」の駅からのメッセージはこんなヤツ。

上野→(前略)今回、上野駅ではたくさんのお客さまにお越しいただきたい!という思いから、「ウルトラマンタロウ」のスタンプを用意しました。ウルトラマンシリーズは約50年の歴史があり、上野駅も負けずに約130年の歴史があります(後略)

これは「なぜそのキャラクターを選んだのか系」の中の「正統派系」。てか、ウルトラマンシリーズの歴史、約50年と上野駅、約130年の歴史を比較するのはちと無理がありすぎるのではないかと。。上野駅の方が圧倒的な勝利じゃん(笑)

目白→「プロテ星人」は当駅のお隣にある「学習院大学」と関係があります。地球侵略に必要な情報収集のため、「プロテ星人」は人間に姿を変え仁羽教授として京南大学へ潜り込んでいました。その京南大学の撮影舞台が、なんと「学習院大学」だったのです。作品内では、かつて大学内に実在したピラミッド校舎にてウルトラセブンとの戦闘が行われました。もしかしたら、仁羽教授に姿を変えた「プロテ星人」も皆さんと一緒にスタンプラリーを楽しんでいるかもしれませんね。

これも全くもって「正統派系」。なるほど、目白と言えば学習院大学、学習院大学と言えばプロテ星人ですか(って今、目白と言えば、目白御殿じゃんなどと考えたわたしは、やっぱり古い人間なのか。いやいや、ウルトラマンタロウときっと同じくらいの年代だよね!?)

亀有→亀有駅にちなみ、当駅のスタンプキャラクターは大亀怪獣一家にきめました。この怪獣は家族を守るためにやむなくタロウと戦う怪獣です。ちなみに、今ではウルトラの星で平和に一家そろって暮らしているようです(後略)。

一応、これも「正統派系」に分類。「こじつけ系」はもっとこじつけてるヤツだから。というわけで、「こじつけ系」。

こじつけ系→東京、池袋、渋谷、五反田、東中野、中野、阿佐ヶ谷、金町、大井町、十条

この「こじつけ系」のこじつけ度はスゴイ!!(カッコ内はその駅のキャラクター)

東京→この時期の夜空には冬の星座の代表「オリオン座」が輝いています(オリオン星人)
池袋→もう一つの選ばれた理由は、ホテルメトロポリタンの最寄り駅だからです(メトロン星人)
渋谷→渋谷駅長は秋田県の出身なのです(ナマハゲ)
五反田→駅構内で「ゴタンダ」「ゴタンダ」と放送していますが、言葉がにているので「ゴタンダダ」ということで決めさせて頂きました(ダダ)
東中野→臼でできた顔を持ち、お餅がおいしい寒い季節の今のぴったりの怪獣です(モチロン)
中野→そんなバキシムは…小さなイモムシから作られたんですよ。そして見てください!中央線カラーのオレンジ色の顔!(バキシム)
阿佐ヶ谷→ウルトラマンエース世代の社員が、「阿佐ヶ谷駅はウルトラマンエースでええっすか?」(ウルトラマンエース)
金町→金町駅にも食いしん坊の駅員がたくさんおり、食事の時間になると、「もっとぉ~」「もっとぉ~」という声が聞こえてきます(モットクレロン)
大井町→酒・歌・踊りが大好きな酔っぱらい怪獣ベロン。賑やかな商店街の雰囲気に誘われて、大井町駅に迷い込んできてしまいました。大井町駅周辺の飲食店には美味しいお酒や料理がいっぱいです。(中略)お父さんは飲みすぎてベロンベロンにならないように注意してくださいね(ベロン)
十条→ちなみに十条がジャンボキングになったのは、埼京と最強をかけ、超獣を反対から読むと「獣超」(じゅうちょう)・・じゅうじょう・・。無理ありますかね・・。(ジャンボキング)

東京、池袋、渋谷の選定理由なんてホント、よー分からん!(笑)まぁでも確か、1年目の東中野はマグラーって怪獣だったけど、確か駅長さんが眞柄さんでしたよね?あんな感じか。。ということは、東中野は2回連続して無理矢理こじつけ系ですね!(笑)わたしが2年連続「こじつけ系」だなあと思った駅は、五反田、東中野、阿佐ヶ谷の3駅でした!

「目指してる系」というのは、「うちの駅は、こんな駅を目指してます~」と書いてあるもの。1年目は結構これが多かったような気がするんだけど、2年目は減ったような気がする。

目指してる系→大塚、新大久保、原宿、田町、信濃町

大塚→大塚駅もお客さまとの信頼関係を大切にすることをモットーに皆さまから愛される駅を目指しています
新大久保→「百」にちなんで、ムカデ(百足)は、「足並みを揃え前進し、絶対に後ろに下がらない。」と言われ、お客さまと共に歩み、何事に対しても諦めず努力するという思いを込めて
原宿→過去からそして未来へずっと魅力的で愛される駅を護り進めてまいります
田町→愛らしい姿の怪獣パンドラ(チンペ)のように、田町駅は、お客さま・地域の皆さまに愛される駅を目指して邁進してまいります
信濃町→私たち信濃町駅の社員も「ウー」のように心優しく、そして雪ん子(お客さま)を守っていく存在になりたい願いから

ちなみに大塚駅の1年目のキャラクターは「ゴロー」で、ゴローに似た駅員さんがいるって書いてあったのがわたしの中ではとてもインパクトが強かったんですけど~(笑)2年連続「目指してる系」のメッセージは、田町、信濃町の2駅かな。

駅近辺キャラクター紹介系→日暮里、飯田橋

日暮里には「にゃっぽり」、飯田橋には「いいだべえ」(いいだべい?)というキャラクターがいるようです。そしてこの2駅は1年目も同じように地元のキャラクター推ししてます。ただ、飯田橋は1年目は「いいだべい」で、2年目は「いいだべえ」になってるんだけど、「いいだべい」と「いいだべえ」、どっちが正解なんだろう?

「キャラクター紹介系」と「なぜそのキャラクターを選んだのか系」以外で主なものは「駅紹介系」。

駅紹介系→田端、取手、赤羽

田端→女ヤプールが登場するウルトラマンAの放送が開始されたのは1972年(昭和47年)。当時の田端駅は広大な田端操車場を擁し、貨物列車の要塞として有名でした。かつて貨車が並んでいたヤードは新幹線の車両基地となり、景色も車両も変わりましたが今も昔も鉄道の聖地です。田端駅は今年開業120周年を迎えます。駅から少し足を延ばせば機関車から最新技術を結集した新幹線が皆様をお迎えし、田端駅の今昔を感じることができます(後略)
取手→取手駅は当スタンプラリー実施エリア内で唯一、茨城県にある駅で、12月には開業120周年を迎えます。ガッツ星人がウルトラセブンと戦った昭和43年の常磐線は、茶色の電車ばかりの中、103系と呼ばれるエメラルドグリーン色の電車が走り始めたばかり。3年後の昭和46年には地下鉄千代田線との相互直通運転も控え、新たな風が吹きつつあった頃です(後略)
赤羽→現在の赤羽駅は、ウルトラマンが放送されていた頃に比べると、当時の面影は無く時代の流れを感じますが、赤羽駅周辺には「昭和」を感じさせる商店やスポットが数多く残っています。ウルトラマンスタンプラリーにご参加の際は、是非お立ち寄りください。また、埼京線は、おかげさまで平成27年9月30日に開業30年を迎えることができました(後略)

わたしは鉄道には詳しくはないんだけど、こういう鉄道の歴史を感じさせるメッセージもいいなと思う。ちなみに赤羽は結構1年目と同じようなメッセージで(笑)、田端はまったく違う色のメッセージだった。取手は1年目のは見てこられなかったので分からない。

中で「今年もやったか」と思える駅が2つ。新橋と大崎。

20170101 151520


大崎の縦読み(笑)ちなみに1年目は「おおさきにきてね」2年目は「ことしもおおさきに」でした!

新橋はどうやらこの駅長さんが転勤になってしまったようです。

新橋


緊 急 事 態 発 生 !
新橋駅を守っていたウルトラセブン駅長が転勤になった!

2016020215423(新橋)


新たな駅長さんはなにしてる!(笑)


継続性と言えば、キャラクターを継続させた駅が4駅。

新宿→ウー→ウー(2代目)
四ツ谷→セミ人間→バルタン星人
尾久→バルタン星人→バルタン星人(2代目)
南流山→ウルトラマン→ウルトラマンジャック(帰ってきたウルトラマン)

新宿のメッセージの中の人はよほど「ウー」が好きなんでしょうね~。南流山は1年目はウルトラマンで、2年目は帰ってきたウルトラマン。主人公が好きってことでしょうか。それとも、ここの駅はものすごく行きにくい駅なので、敢えて主役系のキャラクターが配置されてるのかなあ?そして、四ツ谷と尾久のバルタン星人へのこだわり!!尾久はカシオペア号の車庫がある駅(1年前はさらに北斗星の車庫もあった)ということで、1年目も2年目も「名脇役的存在」ってことでバルタン星人を選んでいるらしいけど、四ツ谷の1年目キャラクター「セミ人間」は「四ツ谷駅周辺は自然豊かで毎年沢山のセミが集います」ってことがキャラクター選定理由だったような(笑)そして、四ツ谷駅のこだわりはこれだけじゃなく、こういうところにも現れていた。

20160212185220.jpg


スタンプ台がバルタン星人!!どんだけバルタン星人が好きなんだよ、四ツ谷駅!!!えーと、多分、スタンプ台がバルタン星人なのはここだけだったような。。少なくとも尾久は違ったと思います(確かあとで確認しに行ったような)。

それから、1年目には浜松町駅以外なかったのが「他の駅紹介系」のメッセージ。「○○駅にもこういうキャラクターがいるよ」ってヤツ。1年目は「他の駅にもキャラクターはたくさんいます」程度だったけど、2年目はそれが増えていた。

他の駅紹介系→西日暮里、四ツ谷、阿佐ヶ谷、荻窪、北千住、新日本橋、羽田空港第1ビル

西日暮里→本物は柏駅にいます(ニセウルトラセブン)
四ツ谷→尾久駅のバルタン星人(二代目)、有楽町駅のバルタン星人Jr.など何作にもわたって愛されたキャラクターです(バルタン星人)
阿佐ヶ谷→ちなみに今回の「帰って来たぞ!我らのウルトラマンスタンプラリー」は2つお隣の西荻窪駅もヒーローであるウルトラマンがスタンプです(ウルトラマンエース)
荻窪→当駅が所在する杉並区内他駅のウルトラ兄弟との対決もお楽しみください(テンペラー星人)
北千住→北千住、松戸、馬橋、王子、駒込の5駅に設置しておりますので(タックアロー)
新日本橋→昨年当駅に登場したテレスドンは、羽田空港第1ビル駅で活躍しています。そちらにもお寄りください(グドン)
羽田空港第1ビル→新日本橋駅では同じ地底怪獣「グドン」が登場。是非、地底怪獣コンプリートを目指してみてください!(テレスドン)

四ツ谷のバルタン星人への愛はホントにすごいと思う!北千住はなぜ沿線5駅のみの紹介なのか、、これは謎。そして、新日本橋と羽田空港第1ビルはなんと「両思い」。ここに「両思いで賞」を差し上げたいと思います(なんのこっちゃ)。しかし、こういう「連携」を見られるのは嬉しい感じ。新日本橋、羽田空港第1ビルとも地下駅なんだけど、地下駅ってことに誇りを持ってるね!

20170101155821.jpg


今度は角度を変えて、各駅の1年目と2年目のメッセージを比較してみる。前も書いたけど、1年目は64駅中52駅しかメッセージを集められなかったので、あくまでもその52駅の中でしか比較できない。同じ駅でも「これきっと、同じ人が書いたよね(笑)」というのと「同じ人が書いたかどうかは分からないけど、前年を踏襲してるね」というのがあった。もちろん「前年を全然踏襲してないね」ってのももちろんあった。

きっと踏襲してるだろうね系→神田、西日暮里、駒込、巣鴨、大塚、高田馬場、新大久保、新宿、恵比寿、大崎、品川、田町、新橋、有楽町、水道橋、市ヶ谷、四ツ谷、千駄ヶ谷、東中野、高円寺、西荻窪、金町、王子、板橋、十条、赤羽、尾久、南流山

多分踏襲してないだろうね系→東京、御徒町、上野、田端、池袋、目白、原宿、渋谷、目黒、信濃町、阿佐ヶ谷、荻窪、大井町

よく分かんないけど、一部そのまま踏襲した系→大森、蒲田

大森は「ウルトラマンが地球で存在できるのは3分です。都区内1駅間の所要時間も3分程度、この3分を利用して皆様お気に入りの怪獣探し」までが同じ。(その続き→1年目「の小旅行にお出かけ下さい」、2年目「にお出かけください」)蒲田は「是非、この機会にスタンプを集めてください。また、スタンプラリーご参加の場合は、便利でお得な「都区内パス」をご利用ください。」が同じ。ここ以外にも細々と同じなのがあったけど、この2つは「ああ、踏襲したね」というのがよく分かったので。大森、蒲田ともその他の部分は同じ人が書いたかどうかはよく分からない。ただ、沿線で文章がなんとなく似てるなあってのがあって、それが京浜東北線の大井町、大森、蒲田、そして常磐線の松戸、馬橋、新松戸だったんだけど、、なんか沿線で似てるなあって感じるのは、沿線同じだとメンタリティが似てくるとか(違)。

「きっと踏襲してるだろうね系」は、「2年ともレベル高いね系」と「まったく面白くない定型系」の2つに分かれる。

「2年ともレベル高いね系」は、断然、新大久保と田町。

2015・新大久保
キャラクター選定の際に、真っ先に思い浮かんだのが友好珍獣「ピグモン」でした。新大久保の街は韓流ブームと共に賑わいと活気にあふれ、かつては静かだった街が今では誰もが知る「コリアンタウン」として有名な街に生まれ変わりました。しかし、昨今の日韓情勢とともに訪れるお客さまが減少している今、日韓の友好を願わずにはいられません。また、様々な外国の方が訪れる、多文化共生の街でもある新大久保。国籍や言語、文化の違いを互いに尊重しあう、そんな世界を作りたいものです。そういったこともあり、真っ先に浮かんだのが友好の文字がある「ピグモン」でした。駅社員全員一致で決定、希望しました。他駅からの希望もたくさんあったキャラクターと聞いておりましたが、見事に当駅が当選を勝ち取りました。近隣にある皆中稲荷神社のご利益の後押しがあったのかもしれませんね。

2016・新大久保
新大久保駅は、一昨年開業100周年を迎え「これまでの百年」そして「これからの百年」を繋いで行きたい。また、当駅は新宿区百人町という街に所在し、江戸時代、百人組と呼ばれた江戸城の警護を担当する鉄砲隊の屋敷があったことに由来します。「百」にちなんで、ムカデ(百足)は、「足並みを揃え前進し、絶対に後ろに下がらない。」と言われ、お客さまと共に歩み、何事に対しても諦めず努力するという思いを込めて、ムカデンダー(百足怪獣)を選択しました。最後に、スタンプラリー参加の全てのお客さまが楽しまれる事を駅員一同、心より願っております。


2015・田町
時間と空間を超えて、現実から理想郷へ連れていってくれる「異次元列車」。2020年、当駅と品川駅の間に新駅が開業予定です。オリンピックイヤーとも重なり、近隣のお客さまの大きなご期待を感じています。当駅も今後大きな変革の時を迎えます。夢溢れる新駅と田町駅を繋ぐ列車は、今までも、これからも時間を超えてお客さまの日常に寄り添い続けたいと思っています。いつもご利用いただいているお客さまも、そうでない方も、この機会に是非「ウルトラマンスタンプラリー」をお楽しみください!

2016・田町
怪獣でありながら大変友好的な性格で、時には困っている人間を助けることもある心優しいカンガルー怪獣のパンドラ。そして、パンドラの腹袋で守られながら、その優しさを一身に受けている子どものチンペ。そんな姿にきっとあなたも癒されるはずです。愛らしい姿の怪獣パンドラ(チンペ)のように、田町駅は、お客さま・地域の皆さまに愛される駅を目指して邁進してまいります。「ウルトラマンスタンプラリー」へのご参加を田町駅スタッフ一同、心よりお待ちしております。


新大久保、田町とも、どうしてそのキャラクターを選んだのかって理由がしっかりしてる。「なるほど、うまいキャラクターの選択だよな」って思える。

「まったく面白くない定型系」は、巣鴨、高田馬場、品川、高円寺、西荻窪、赤羽

この中でワースト3を挙げれば、第3位巣鴨、第2位高田馬場、第1位高円寺。2位の高田馬場と1位高円寺の1年目、2年目のメッセージを並べて貼っておくね。1年目が上、2年目が下。なんだかね~。いや、これも駅の特色といえば特色なんだろうけど。でも高田馬場も高円寺もそれぞれ特色がある駅だと思うんだけどなあ~。

20170101132251.jpg  20170101132447.jpg


「踏襲してるけど、1年目と2年目は状況違ってきたのね系」は、恵比寿と新橋。新橋はもう紹介したから、恵比寿を紹介すると

1年目:当駅の社員は平均年齢が若くウルトラマンシリーズに詳しい社員もあまりいませんでしたが
2年目:恵比寿駅社員には幼少の頃に今回のウルトラマンシリーズに夢中になった30代・40代の社員が多く在籍します。

これってやっぱり新橋のウルトラセブン駅長さんと同じく駅員さんの転勤で?それとも2年目の対象が「ウルトラQ」がなくなって「ウルトラマンA」「ウルトラマンタロウ」が追加されたからかしら。。でも、2年目の恵比寿が選んだキャラクターって1年目もあった「帰ってきたウルトラマン」からなんだよねえ。。謎だ。

「多分踏襲してないだろうね系」の中では「2年目はぐんと面白くなった系」がある。

2年目はぐんと面白くなった系→東京、上野、田端、池袋、渋谷、大井町

1年目は大きな駅ほどメッセージが面白くない傾向があったと思うんだけど、2年目はそうじゃなかったところも多かった。特にこの中で挙げるとすれば池袋か。池袋、1年目は64駅の中で唯一、キャラクターのポスターを駅の中に貼ってなかった駅なんだけど、2年目はあちこちに貼ってあった!これを見たときは嬉しかったな。ただ、キャラクターのポスターを駅の中に貼ってない駅が2年目は3駅に増えてたけど(悲)

20170101165458.jpg


見よ、池袋の1年目と2年目のメッセージの違い。池袋には「わたしが嬉しかったで賞」を差し上げます←

さて最後に。1年目も2年目も選ばれたキャラクターは何か。両方ともに選ばれたキャラクターって人気があるキャラクターか、心に残ったキャラクターと言ってもいいんじゃないだろうかってことで。ただし、1年目と2年目はキャラクターの選定範囲が違うので、これも一概に「そうだ」とは言えないんだけどね。それを踏まえた上で。

重複キャラクターは以下の22体。

・バルタン星人 尾久→四ツ谷
・レッドキング 信濃町→北柏
・アントラー 池袋→東十条
・ピグモン 新大久保→水道橋
・ジラース 御茶ノ水→品川
・バルタン星人二代目 大崎→尾久
・ザラブ星人 秋葉原→三河島
・テレスドン 新日本橋→羽田空港第1ビル
・ジャミラ 馬橋→巣鴨
・ゴモラ 板橋→お茶の水
・ダダ 西日暮里→五反田
・ウー 新宿→信濃町
・ゼットン 御徒町→浜松町
・ウルトラマン 南流山→西荻窪
・エレキング 飯田橋→大森
・ゴドラ星人 十条→御徒町
・メトロン星人 王子→池袋
・キングジョー 西荻窪→新松戸
・ガッツ星人 阿佐ヶ谷→取手
・ニセウルトラセブン 高円寺→西日暮里
・ウルトラセブン 新橋→柏
・グドン 赤羽→新日本橋
・ツインテール 千駄ヶ谷→新橋
・ベムスター 東京→大崎
・ウルトラマンジャック 浜松町→南流山

まぁ、わたしはウルトラマンシリーズはほとんど記憶にないので(タロウの歌を歌っていた記憶はあるけど、物語がどんなだったかは全然覚えてない)、キャラクターについてどうのこうのとは言えないのだけど。そして、わたしの年代だとタロウ以降、レオとかそういう方がもうちょっと記憶に残ってるんじゃないだろうか?レオは見てたような気がする。けどこれも記憶にはほとんど残ってなくて、レオの弟がアストラだってことしか覚えてない(笑)

去年の今ごろは既に「ウルトラマンのスタンプ今年もやるよ」って宣伝が駅のあちこちにあったような気がしてるのだけど、今年はやらないのかな。先月はほとんど家から出れてないので駅の様子がどうなのかはまったく分からないんだけど、ネットで探してもそれらしきものは見当たらないので。残念だなー。でもいつか機会があったら、今度はレオのキャラクターも含めたりしてやって欲しいな。

ともかく、2年目も大いに楽しませてくれた「ウルトラマンスタンプラリー」。今回もとても楽しめました!

ウルトラマンスタンプラリーに参加したJR東日本、東京モノレールの65駅の駅員さん、
楽しませてくれて本当にありがとうございました!
(今さらながらで申し訳ない)
23:18 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-25 Mon , 2016
昨日の続き(FAKEのネタバレあり注意)
なんか昨日、ブログ書くヒマがないってことから、ひょんなことでFAKE観た話になってしまって、それは別にいいんだけど、当初はそんなことを書く気がなかったし、そこまで真剣に書こうと思わなかったのでなんか言いたかったことを言い切れなかったような気がするので、今日、その続きを書くことにした。

が、FAKEまだ観てなくて、観に行こうと思ってて、なおかつネタバレが嫌いな人はここから読まないでね。特に映画の触れ込みの「最後の13分」だったっけ、11分だったっけ。あそこからあとのことをバッチリと書こうと思ってるので。

昨日も書いたけど、わたしは今回のこの事件については、大まかなことは知っているものの、当時(ばれたとき)にどんな風にさむらごうちさんが言われてたとか、どんな風にマスコミから取り上げられてたかということの詳細については全くと言っていいほど知らなかったので「ふーん」と思った程度だった。

なので、この映画の触れ込み「衝撃的な最後の13分(だったか11分)」っていうのは、何を意味しているんだろうということは、全部映画を見終わったあとに分かったんだよね。「なるほど、曲が作れないとか言われてた人が作ったってことか」と思って。正直なところ、わたしは最後の最後に森達也がさむらごうちさんに「今日で撮影を終わりにしようと思っているんですが、さむらごうちさん、まだ僕に何か隠していることやウソをついていることはありませんか」って聞いたところから、衝撃の13分(だったか11分)が始まるんじゃないか?ってちょっとワクワクしてしまったところがある。が、さむらごうちさんはその問いに対して「はい」も「いいえ」も即答せず、長い間考えて、そして答えたか答えなかったか分からないうちに映画が終わってしまった。

終わり方は森達也が当初から考えた上でこういう終わり方にしよう、と思ってやったんだと思った。

FAKEを観に来ている人って、自分が「騙された」って思った人もいるかも知れないし、でも大半はわたしみたいに「あんまり詳しくは知らないけど、なんか世間を騙していた人がいる」くらいな認識の人の方が多いような気はしてるんだけど、取り敢えずは「この事件について映画を観るまでは全く知らなかった!」って人はかなり数が少ないと思うの。

ってことは、観ている人のうちの十中八九は「この映画の主人公は世間を騙してた人だ」って知ってるわけだよね。そしてその人が何をするか、どういうことを言ってるか。それについて興味があるわけだよね。

昨日の日記にも書いたけど、大抵の人は人が自分を騙したとすると、もう信じられなくなる。「オオカミ少年」みたいな話だよね。「オオカミが来たぞ」って本当のことを言ったとしても、もう誰も信じてくれない。オオカミ少年の場合は、オオカミが来る、来ないで真実がはっきりするから、「オオカミが来たぞ」と言って本当にオオカミが来たら、ああ、オオカミ少年はたまには本当のことも言うんだな、と言うことは分かる(そんなこと思う前にオオカミに食われちゃってるだろうけど)。けど、物事、そんなに明確に「本当か」「ウソか」ということは分からない。前にも書いたけど、「これは信じられない」と思い込んだら、相手がいくら真実を語ろうと絶対にウソとしか思えなくなる。

なので、さむらごうちさんには申し訳ないんだけど、やっぱりどうしても「本当のことをこの人は語っているのだろうか」という「疑いの目」で見てしまうんだよね。

そして、映像というものはある点においては真実かも知れないけど、絶対に真実とは言い切れない。だって24時間貼り付いているわけじゃないから、撮影していないときにはどこで何をやっているか分からない。だから曲を作れたとしても「いや、これを見てもやっぱり自分だけで曲を作れたとは言えない」とかって簡単に思えてしまう。だからといって、じゃあ万人も納得させるような説明ができるのかというと、それは絶対にできない。だって、仮に本当に目の前で曲を作ったとしても「いや、事前に誰かに仕込まれた」とか疑えることだってできるから。だから、さむらごうちさんはもう、何をどう言ったって万人は納得させられないと思う。でもそれはこの映画を撮った森達也自身もよく分かってると思うのよね(わたしですら考え付くことだし)。

しかも、最後の最後に「僕にまだ隠していることやウソをついていることはありませんか」って聞くことって、観ている人が「これは真実か、そうじゃないか」って思っているその上にさらに「疑惑」を振りまいていることになる。

だってさ、もしさむらごうちさんが「はい」って即答したとしたら、本人が隠し事やウソをついてることを認めたってことだよね。もし「いいえ」って即答したら「うそっぽい。この人はなにかまだ隠し事があるな」って思えるよね。そして、実際にそうだったように長考した挙げ句「はい」って答えたら、隠し事やウソをついてたことになるよね。そして長考するってこと自体が「やっぱりこの人何か隠してるんじゃないか」って思わせるのに十分だよね。たとえ実際はこの後に「いいえ」って答えていたとしても。いや、もしかしたらさむらごうちさんは長く考えた上で「いいえ」って答えたのかも知れない。けど、その部分を敢えて削ったとすれば、、、この質問をしてこの姿を写してさむらごうちさんの答えを写さないままお終いにしたというのは、、、森達也はこの映画を観た人に対して「やっぱり怪しい」って思う方向に傾かせようと「演出した」ってことなんだよね。だから彼は別に誰の味方で誰の味方ではないということをこの映画で表明したかったわけでもない。

ではなぜ森達也はそういう印象を持たせたかったかというと、この映画は単に何が「真実」で何が「真実じゃない」ってことを描きたかったわけではない、ということだよね。もし何が「真実」で何が「真実じゃない」というのも重要ならば、きっと最後の質問にどう答えたかまで答えさせてから映画を終わらせると思うから。

(ちなみにこの結末の映像で、「まだ隠し事やウソをついてはいませんか」と言われ、それについて長い間考えていることに対して「この人は誠実な人だ」という印象だって持つことができると思う。だってあんなことを面と向かって言われたら、「あれ、自分はウソをついた覚えがないけど、もしかしたらこの人を騙したことが何かあるんじゃないか」って長く深く考え込んでしまうのもそんなに変なことではないからね。ただ今回は「この人一回ウソ付いたことがある人」というイメージが当初からあると「この人は実は誠実な人なんじゃないか?」と思えなくなる方が多いと思われる。しかも答えを写さないままに映画が終わるんだからなおさら)

わたしは全体的に思い返してみると「この映画は果たしてドキュメンタリーなのか?」って思うんだよね。ドキュメンタリーって普通、映画を撮っている人は被写体には影響せずに被写体がどうなるかは基本的には被写体任せだと思うんだよね。だけどこの映画はドキュメンタリーなんだけど、監督が明らかに被写体に対して働きかけてるよね。だってさむらごうちさんが曲を作るのは、森達也の「曲を作ってみないか」という呼びかけに対してだったから。それが最後の「衝撃の13分(だったか11分)」に繋がるんだから。ということは、森達也はこの映画に関しては半分「出演者」ということでもある。まぁ、それは映画の途中で「奥さんと3人で泥舟に乗っている」みたいな表現もしてたから(でも確かこの言葉は森達也が言ったんではなく奥さんが言った言葉だったと)、この映画の出演者の中には森達也も入ってるってことだよね。

「さむらごうちさんは曲は作れない」ということが、マスコミでそんなに大きく言われてたかどうかというのはよく覚えてないんだけど、もしそう言われてたとしたら映画の中で曲を作れたというとなると「曲を作れない」と報道されたのはウソだったことになる。ここでも映画を観た人は揺らぐんだよね。「あれ、報道されたことは真実ではなくて、さむらごうちさんもあながちウソばっか付いてる人ではなさそう」と。

だけど、上にも書いたけど、最後の最後の質問で、また怪しく思えるの(笑)「一体、何が本当なのか」って。気持ちが揺らぐんだよね。

多分、この「揺らぎ」を、映画を観ることによって森達也は「実感」させたかったのかなとわたしは思った。だから最後にあんな質問をして、結論を写さないまま終わったんだとわたしは思う。

だから、この映画は「何が真実で何が真実ではない」ってことを描きたかったわけじゃなく、一方的にさむらごうちさんの味方をしているわけでもなく、ただ、映画を観ている観客の「自分は何を信じて、何を信じられないのだろうという境界の感覚」に気が付いて欲しかったんじゃなかろうかと、わたしは勝手に思ってる。

なので、昨日の日記に書いたことに繋がってるんだよね、わたしのこの映画の感想って。
22:42 | (一般)映画・演劇のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-24 Sun , 2016
もう7月が終わるの?
光陰矢のごとし、で、もう7月も下旬。

今年は毎日きっちり勉強してます。
でもちょっとやり過ぎで10日ほど前から風邪気味なのが抜けない。
治ったようにみえるんだけど、ちょっとするとまたぶり返して、の繰り返し。

なので、ここ3日ほど休んでるんだけど、でもやっぱりきっちりとは治ってない。
うーん、セーブしながら勉強しなきゃいけないなあ、ということで、今日からまた再開。

最近は家で勉強ばかりで外出もほとんどしてない。
昨日はものすごーく久々、映画を観に行ったけど。今、渋谷でやってるFAKEという映画。
さむらごうちさんについては、元々音楽も聞いたことがなかったし、その後の騒ぎもほとんど知らないんだけど、でも内容は結構おもしろかった。でもこの映画は自分が「騙された」って思ってる人と、わたしみたいに「別に騙されたとは思ってないんだけどね、それまで知らなかったから」という人で印象がだいぶ違うんじゃないかなと思った。

とはいえ、さむらごうちさんについては、それまで一人で作曲していると思われたものが実は共作者がいたということについて「周囲を騙していた」ことは事実で、それがあるからこそ「もう信じられない人」と思われてしまったんだよね。

わたしは「騙された」とは思ってないけど、そういうことがあったと知っているので、やっぱり「この人はどこまで本当でどこからウソを言っているのか」という「疑いの目」を持ってしまっているのは確かなことで。

しかし、一旦「疑いの目」で見始めると、その人がどう弁解しようが、真実ではないと思われる「あら探し」をしてしまって、絶対にその人のことが信じ切れなくなる。

これって、以前わたしが「蒼のシンフォニー」というドキュメンタリー映画を観たときに感じたことと同じなんだよなあってFAKEを観ながら思ったの。まぁ「蒼のシンフォニー」は、「どうしても疑いの目を持ってしまう自分」に対して、「疑いの目を持って見ろ」と日本政府から「(いわゆる)北朝鮮は悪い国だ」と無意識に刷り込まれて思い込まされている自分に気が付いて「怖いなあ」って思ったわけで、それと今回のとはその点では比較にはならないのだが、しかし、では自分は何に対して信じられなくて、何に対して信じることができるのか、その境界は一体何なのか、って考えると結構面白いんだよね。

だって、人間誰しも何かに対してウソをついて生きてるわけで、というか、誰もが本音を隠して生きてたりするわけで、それが大きいことだったり小さいことだったり、その程度の差はあれど、でもそれを他人に見せないということは、やっぱりある程度他人に対してウソをついて生きてるわけだよね。だけど、大抵の人はそのウソを「見抜けてない」のか「無視」してるのか、それは分からないけど、他人を「信じることができる」。いや、ときには「あの人はウソをついている」と分かってても信じたいと思ってしまう。何度も何度も裏切られて騙されても。逆に1度でもウソをつかれたことが分かるとすべてが信じられなくなる。

それってなんでなんだろうねって不思議に思う。自分が「信じられる」ことと「信じられない」ことの境界線って一体どこなんだろう?そしてわたしは「信じたい」ものだけを信じて今後も生きていけばいいのか?今まで無条件に「信じている」ものに対しても少し疑いの目を持って見た方が、「信じられない」ものであっても信じる努力をしてみた方がいいのではないか、と思うこともある。

まぁFAKEを観ながら、蒼のシンフォニーのことを思い出し、改めてそんなことを思ったのだった。

FAKEについては、その他もいろんな感想があるんだけど、書き始めると長くなるので書かない。
大ウソ。気が変わって翌日続きを書きました。(2016.7.25追記)

まぁそんなわけで、あと1週間ほどで8月なんだよね。早いなあ。
でも今年は忙しくて多分、毎年書いてる8月6日のことは書けないだろうなあ。
これもネタはあるんだけどなあ。
22:05 | (一般)映画・演劇のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-18 Mon , 2016
人工地震はなんのためにあるのか?
最近、非常に大きな地震が熊本で起こったよね。わたしは普段から自分とはまったく関係がない人のブログをたくさん読んでるんだけど、この地震が起こった後に読んだブログの中に、この地震との関係性は明確には書いてなかったけど、地震が起こったことについて書きながら、その下にいきなり人工地震について説明しているYou Tubeが貼り付けてある記事があって。5分だけあなたの時間をください、みたいなタイトルだったかなあ。。つい、見てしまった。人工地震を否定してるのかと思ったら、思いっきり肯定してた映像だったのでびっくりした。

まぁ阪神大震災や東日本大震災が実は「人工地震」によって引き起こされたものだった、という陰謀論みたいなのは今までもネット上で散見されてたのは知ってた。100%有り得ないけど、まぁ本震は「人工地震」が引き起こしたのだと仮定しても、頻繁に続く余震までご丁寧に人工地震なのかしらとか考えると「それは無理があるんじゃない?」ってすぐ思えない?東日本大震災の震源は海の中で深さ10kmのところだったけど、そもそも地中10km(しかも地上じゃなく海の中)でどうやって大量の人を送り込んで施設を作るのか。海底の一番深いところって約10km(10000m)です(マリアナ海溝)。そこに人間が行くことがどんなに困難なことか。めっちゃ水圧かかる中で。技術的に不可能です。

なんて、わたしは地震は研究対象ではなかったのだが、一時期地震と非常に近い分野にいて(ちょうど阪神大震災の頃)、観測機器の貸し借りとかやってたし(ちなみにわたしはGPSを使った観測をしてた)、そもそも研究室の対象は「海底」だったので、周囲に「しんかい6500」に乗った人とかたくさんいて、海底に行くことがどんなに困難なものなのかを少しは知ってる。ちなみに「しんかい6500」は文字通り深さ6500mのところまでしか潜れない。なぜかというと、水圧がすごいから。3人乗りで、操縦士、副操縦士は絶対に必要(1人に何かあったら困るから)、研究者は1人しか乗れない。そしてトイレもない。そもそもそういう「大きな」スペースは作れないのです。水圧の関係で。深海は非常に寒いのにトイレに行けないものだから、行くたびにとても緊張すると聞いた。

今、こんな現状なのにどうやって海底10kmのところに核施設が作れるんだろう??

まあそれはいいとして。

では「人工地震」はあるのか。と言われると、ありますね。ではなんのために?と言われると、地震研究のためです。決して破壊目的のために「人工地震」があるわけではない。

じゃあなんで、地震研究のために人工地震があるか、というと、これは地震学者が一体、何を知りたくて研究しているか、ってことです。

地震を研究しています、というと、地震予知のために研究してるんだろうと思うと思うけど(わたしもかつてはそうだった)、地震学者って、基本的に「地球の中は何でできてるんだろう?」ってことを知りたい人たちで集まってます。それとなぜ地震が結びつくか、なんだけど、人は中身が分からないものに対して、どのようにアプローチをかけるかを考えたとき。

あ、あそこになんか中身の分からない箱が置いてある→でも自分のものじゃないから開けられないしな→でも中身に何が入ってるのか気になる→ちょっと手にとって揺さぶって中に何が入ってるのか考えてみよう→箱をカサカサ揺らす→ん?こういう音がするんだったら硬いものが入ってる?→もっと知るためにはもっと大きく揺らさなきゃ→箱をガサガサ揺らす

まぁ、こういう感じのことをするでしょう。地震はそれと同じってこと。要するに「中身が分からない箱」=「地球」、「ガサガサ揺らす」=「地震」ってわけですね。このようにしてわたしは研究室の人から説明してもらいました、当時。まぁわたしは地震(というか地球物理なんだけど)については素人だったので、素人には分かりやすい説明をせねばと思われたんでしょうね(笑)だから地震学者が地震を研究することって言うのは、地球の中身がなんであるかを地震によって知るためなのね。もちろん、地震学者が観測してるのは地震波だけじゃなく、わたしが研究に使ってたGPSでも地震を観測してるはずです。今回の熊本の地震も91cm動いたとか言ってるけど、あれはおそらくGPSを使った観測でしょう。GPSというと車のナビゲーションシステムとか今はスマホのアプリとか、様々なところで使われてるけど、あれとはまた違う観測システムでそれこそmm単位で測れるような精度を持つ測位法がある(わたしはこっちの方が専門だった)。その他でも重力計とか、海底だったら電磁気とか、いろんなもので地震を観測している。ちなみに地中にある断層の存在がどうして分かるかというと、重力を測ることによって分かります。

けれど、地震学者でも大きな地震がいつ来るか、まったく分からない。何しろ、上に書いたように大きく揺れれば揺れるほど地球の中身がなんであるかが分かるんだから、彼らはいつ、どこで大きな地震が来るのかが一番に知りたいはず。が、そんなことは分かるわけがない(地震予知できてないんだから)。ので、大きな地震が来た後にすぐに現地に入って観測機器を設置する。なぜって?それこそ、余震を測りたいからですよ。大地震の後の余震はそれなりに規模が大きいし、頻繁に来るから。

てなわけで、人工地震がなんで地震学者のためにあるのか分かったでしょう。いつ来るか分からない地震を測るより、人工地震を起こして初めから終わりまで効率よく観測したい、これが目的。なんだけど、人工地震ってしょぼい規模でしかできない。あと、わざわざ地中深くに埋めて爆発させる必要性はないので、基本的に地上0mの地点になる。ということは、人工地震の波形は、直下型地震の波形と非常によく似てるのは、当然なことです。今回の熊本の地震の震源は確か深さ10kmだったと思うけど、地球の半径およそ6400kmに比べてその中の深さ10kmというと、ほぼ「地表」と考えていい。なので今回の波形も人工地震の波形と非常によく似てるはずです。中学校の理科で地震はp波とかs波って習うと思うけど、直下はp波とs波が同時なので、p波はほとんど観測されない(震源から遠くなればp波が先に届く)。

なぜか「○○大震災は人工地震だった」の根拠にこの理屈が使われることがあるみたいなんだけど、これは当たり前のことです。人工地震自体はいわゆる「小規模」な直下型地震なんだもの。この2つの地震波の波形が似てるのは当然のことなのね。

わたしが見た陰謀的な「人工地震」の映像では「人工地震がある証拠」として新聞の記事が挙げられてたけど、あの中に「人工地震が大きすぎた」って大きい見出しがあった。あれは人工地震を起こす火薬の量を間違えたのかな。とにかく「大きすぎ」って評価されると言うことは、それ以前に人工地震は「だいたい大きさこのくらいで」という見積もりをされてたはずで(おそらく人工地震を起こすためには事前の国の許可などが必要なはず。だって小規模でも爆発させるんだからね)、観測したらそれより大きい観測値が出てしまったので、記事になったんだろう。でもそれは逆に言えば起こされた人工地震は「観測される」ということが目的だったことを示してるよね。

いろいろぐぐってみると、人工地震の陰謀論とともに、人工地震のデマとか、いろいろ反論も出てきたんだけど、なんか「人工地震は地震学者が観測するためにあるもの」という根本的なことが書いてなかった。なのでこれでは「でも人工地震ってあるんでしょ?何の目的で人工地震があるの?やっぱり破壊兵器なんじゃないの?」という疑問は払拭されないと思ったので取り敢えず書いてみた。ただ、今は人工地震って日本ではほとんどやってないんじゃないかな?地下核実験場を持つアメリカとかではもちろん、核の実験とともに地球の内部のことを知るためにいろいろ観測機器で測ってると思うけど。でもあのエネルギーだって、自然の地震のエネルギーに比べると微々たるものです(こっち系で人工地震の陰謀論を否定しているウェブサイトの方が多かったかな)。

。。。まぁでも多分、「陰謀論大好き」な人は「そうは言ったって、自分の想像が付かないところで何かが行われてるはずだ!現実的に考えたらいろいろおかしいのかも知れないけど、でも本当は信じられないような技術がこの世には存在してて、それが人工地震なんだ」って思い込んでると思うので、こういうこと言ってもおそらく信じないでしょうね。だったら逆に「なぜ自分はそのような(非現実的な)陰謀論を信じられるのか」を考えると結構楽しいと思うけどね。
12:44 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
02-22 Mon , 2016
全駅制覇、ウルトラマンスタンプラリー2016!その2(盛り上がってた駅のようす)
その1の続き。

去年は時間がそんなに余裕があるわけではなかったので、じっくりと駅を観察してくることはなかったんだけど、それでもいくつかの駅に行くと「ああ、スタンプラリーを盛り上げようと思ってるな~」って思える駅があった。そして、今年も。まずは去年に引き続いて大崎駅。ここは去年に引き続いて今年も何枚か、独自のポスターを作ってた。

20160123 155535  20160123 155616  20160123 155445


大崎駅の今年のキャラクターはベムスターだったんだよね。ちなみにベムスターは去年の東京駅のキャラクター。まぁ、わたしはウルトラマンの怪獣や宇宙人などについてはほとんど興味がないので、どの怪獣が人気者だったのかとかまったく知らないんだけど。ああ、駅がどのようなキャラクターを選択しているか、これを分析すると結構面白かった。「人気キャラ好き」な駅とか、逆にマイナーなキャラクターを敢えて選択してる駅とか。大崎駅は、去年もそうだったけど、今年もかな~り力が入ってた駅のうちの1つでしたね。

20160123 155917


よーく見ると、こういうさりげないところにベムスターもいて。ちなみにこれはスタンプ台の反対側の後ろの方にあったチラシ置きのところに貼ってあったような。あ、あと、スタンプ台の上の方にもこんなのが。上にちょこんとベムスターがいますね(笑)大崎駅はきっと、こういうポスターの図案作るのが好きな駅員さんがいるのかな?

20160123 155955


あと、去年に引き続いての駅はもう一つ、御徒町駅。去年はゼットンで、今年はゴドラ星人。ちなみに去年は十条のキャラクターでした、ゴドラ星人。駅からのメッセージを読むと、去年の十条も今年の御徒町も「人の姿に変身して誰かを騙した」とか書いてあるので、きっと、印象深い宇宙人だったんだろう。ただ、去年の御徒町駅は駅中にそんなにベタベタ貼ってあった記憶はないんだけど、今年はすごかった。。

20160202 161907


こんな感じで下の方にある「ひとこと」と「つぶやき」が書いてあったんだけど、全部で何種類あったんだろう?一応、探せるだけ探してきたんだけど。。

20160222 180744   20160222 180857


これが「ひとこと」。ビミョーに同じようなものも若干入ってるけど(笑)しかしこれだけでも8種類。さらに

20160222 175844   20160222 180058


これが「つぶやき」。全部で6種類だと思うんだけど。。これ以上はわたしは発見できなかった。しかし、全部合わせて14種類。すごいです。ポスター、見て回るの結構楽しかった(笑)

しかし、実はこれよりすごい駅があったんだよね、今年。っていうか、去年はまったく印象にないのは、わたしが見落としてたんだろうか。じゃーん、有楽町駅。

20160202 155618


キャラクターはお馴染みバルタン星人、ではなく(笑)、バルタン星人の子ども、バルタン星人Jrだそうです。こんな感じで「(スタンプ台は銀座口改札だ!)」とか書いてあるんですが。。

20160222 174718   20160222 175022


なぜか手書きのままのものもあり、上から貼ってあるのもあり、、これはこれで味があるんだけど(笑)そして「順調・快調・有楽町!」。。誰がこんなオヤジギャグを考えたんだろう(笑)まぁこれはここの駅を利用しているサラリーマンに向けた言葉なのかも知れません。順調!とか快調!とか無理矢理思い込まないといけないサラリーマンなんかがたくさんこの駅を利用してるんだろうな。。(余計なお世話か)尾久駅とか四ツ谷駅ってのは、バルタン星人とバルタン星人(二代目)がいるところで、バルタン星人については、これはわたしでも知ってるキャラクターだから、かなり有名でもあり、だからこのキャラにすごいこだわりを持つ駅があるんだろうなー、って今年の駅のキャラクターを見たときに思った。だって、尾久駅も四ツ谷駅も去年も「バルタン星人系」のキャラだから。四ツ谷が去年は「セミ人間」(バルタン星人の原型と言われている)、尾久は「バルタン星人」。四ツ谷と尾久のバルタン星人へのこだわりは並みではないっすね。そして今年のこの御徒町駅もすごかった。改札を出てスタンプ台のところに行くと、

20160202 155641


こんなのが。さらにスタンプ台に近づくと

20160222 175221


そんなに並ばない人がいるのか(笑)っていうか、「勝負はまだ1回の表だ!」というのはどうやらこの「バルタン星人Jr」の口癖だそうです。「1回の表」ってのは当然野球の「1回の表」だろうけど、これも駅なりに利用している人たちを励ましてるんだろうな。っていうのは、実はスタンプ台は銀座口にあるんだけど、中央口の方に行くと

20160222 154046


じゃーん、こんなんがあったのです。言っとくけど、中央口にはスタンプ台はないのよ。なのに、これ。すごいなあ、有楽町駅。そしてこのバルタン星人Jrのポスターの一つ一つに「ひとこと」が書いてあるんだけど。

20160222 175356  20160222 175516  20160222 175722


ホント、すごいねこれ。わたしはたまたま中央口に降りちゃったんでこれを発見したんだけど、もしかしたら他の駅もスタンプ台置いてない出口にこんなにすごいものがあったりしたのかなあ。もちろん全部の駅の全部の出口を見て回ることは不可能なんで、他のところは見て回らなかったけどね。多分、今年、駅の盛り上げ方No.1は有楽町駅だと思います。

その他、今年から参加した羽田空港第1ビル駅。

20160123 171836   20160222 182030


見たところ、4種類のポスター。ここは地下駅なんだよね。そして、去年は同じ地下駅だった新日本橋駅のキャラクターでした。あと、こんなのもあった。これは目白駅と北柏駅。

20160222 142538   20160212 155143


走る子どもが多いんでしょうか。しかし、わたしが見たところ、スタンプ押してるのは子どもより大人の方が圧倒的だったけど。。てか、子どもは親に連れられるような本当に幼い子どもで、例えば小学生同士とかそういうグループは見た記憶がないなあ(笑)そして取手駅。

20160212 152020   20160212 152046


これ以外にそっけなく「西口改札外」って書いてあるポスターもあったんだけど、なぜかそのうちの何枚かは「お待ちしています」が貼ってあったという。こういう統一性がないのを発見するとつい、面白くて撮ってしまう。

で、そうそう。取手駅はスタンプ台の横にこんなのが。

20160212 151639


かわいいよね。そして、

20160212 151722


取手は唯一の茨城県内の駅。茨城県マスコット「ハッスル黄門」って初めて知った。その横の猫のキャラクターも。

20160212 155005  20160212 155021  20160212 163640


左と真ん中は北柏、右は南流山で。常磐線とか東の方はスタンプ台横にちまちま飾ってある系、って感じかな?そういえば、南流山といえば、去年はここ、ウルトラマンでした。で、今年はウルトラマンジャック。ヒーローが好きな駅だよね、ここは(笑)で、去年は「当駅のキャラクターはウルトラマン!」って誇らしげだったから、今年はどうかなーと思って期待してました。

022-1.jpg   20160212 163734


左が去年。右が今年。今年もウルトラマンじゃなかったにも関わらず、同じように貼ってました。んで、去年は気が付かなかったんだけど、こういうポスターも。

20160212 163654   20160212 163801


確かに今年は「帰って来たぞ!我らのウルトラマンスタンプラリー」なわけで、そういう意味では「帰ってきたウルトラマン」であるウルトラマンジャックは、やっぱ今年のスタンプラリーの「主役」なんでしょうね。

それから、ここからは単発になるけど。まず千駄ヶ谷駅のアボラス。

20160202 130034


これ、実はスタンプ台の裏側で、駅の改札から見える方向なんだけど、かわいくてつい撮ってしまった。こういうちょっとしたことがわたしは結構好きなんだよね~。ああ、そういえば千駄ヶ谷駅は去年は独自の怪獣ポスターだったんだよね。

20150226 194310


こういう感じの。これは去年の全64駅でも1駅だけじゃなかったかなあ?ちなみに今年は独自の「怪獣」ポスター作ったところはなかったですね。

20160123 154755


そして五反田のダダ。駅の改札出る前の一角がコーナーみたいになってた。後日書く予定だけど、五反田のキャラクターの選定理由は今年も笑えました。去年はペスターで、ペスターはヒトデの怪獣らしいんだけど、ヒトデ=五角形=五=五反田、が選定理由だった。今年は、、なんとなく分かるでしょう(笑)ちなみにダダは去年の西日暮里駅のキャラクターでした。

20160212 171934


金町駅のキャラクター「モットクレロン」の人形。スタンプ台の横に置いてあった。こういうの、誰が作ってるんでしょうか。。

20160123 165138  20160123 165536  20160123 165606


今年、怪獣のポスターは1枚もなかった浜松町駅だったんだけど、ここには「ウルトラマンSHOP」ってのがあったらしいです。そこに飾られてたのが、このウルトラマンの人形。まぁこれは、駅自体が今年選定したキャラクターを盛り上げようって趣旨ではないと思ってるけどね。

あと、番外編で。浜松町駅、新橋駅では駅で押したスタンプを提示すると、参加特典で駅周辺のお店で割引があったりしたようです。

20160123 165614   20160202 155018


わたしはこれしか発見できなかったけど、もしかしたら、他の駅にも参加特典があったかも知れないですね。でもこれって完全大人向けな感じ(笑)しかし、こうやって駅周辺のお店もどんどん巻き込んでいくのは面白いかも知れないです。

その3に続く。次はいよいよ「駅からのメッセージ」編です。
20:54 | その他 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
02-21 Sun , 2016
全駅制覇、ウルトラマンスタンプラリー2016!その1(ただしスタンプは押してない)
前に書いたように、1月12日から「帰って来たぞ!我らのウルトラマンスタンプラリー」というのをやってて、今年は去年と違って初めからやる気満々だったので、日にちに余裕を持って終わらせることができた。まぁ例によって画像処理に時間がかかってしまったので、今になっちゃったんだけど。これが集めたポスターの画像。

20160215 000838  20160215 004426  20160215 005206


20160215 010000  20160215 010709  20160215 011555


20160215 012859


全65駅中、62駅。去年は池袋だけ駅にポスターが貼ってなかったけど、今年はポスター貼ってないところが3駅に増えてた。ポスターが貼ってなかったのは、

20160123 165513  20160212 165621  20160212 172616


浜松町、馬橋、亀有の3つの駅。池袋駅は今年はあったのにね。。まぁこの中でも亀有は分かるのよ。亀有の今年のキャラクターは「クイントータス・キングトータス・ミニトータス」で、上の画像を見てもらえば分かるように、どうやらこの3匹(?)が一枚の画像になったものがなかったらしいんだよね。だから、作れなかったのかなあ?って気はしてる。けど、浜松町のゼットンなんか、去年は御徒町のキャラクターで、ポスターは作れないわけないし(しかも御徒町のポスターは独自のセリフが入ってて楽しかった)、馬橋も作るのは無理っぽいとは思えないんだけどな。まぁ馬橋は出口が1つしかないし、駅出たらすぐに分かるところにスタンプが置いてあったので、案内のポスターなんかいらないって思ったのかも知れないけど、ちょっと悲しかったな~。だって、同じく出口が1つしかない三河島は、

20160212 181355


出口案内が書いてあるところに「三河島駅」の文字。こういうのだったのよ。これでいいんだけどなあ。。

逆に池袋駅は今年もないだろうと思ってたら、結構あちこちベタベタ貼ってあったので、とても嬉しかった。っていうか、馬橋と亀有はまったく何もポスターが貼ってなかったんだけど、さすがに浜松町は、

20160123 165145   20160123 165222


こんな矢印だけのポスターはあちこちにあり、、あれ。去年の池袋駅そっくり??ま、まさか、去年の池袋駅の駅長さん、浜松町駅に転勤したりしてないよね?(笑)

去年は「全駅集めよう」って決めて1日で全部回って(その前に集めてたのが21駅分あったので)、でも、途中で「駅からのメッセージ」も集めようって決めてからもう1回回ったので、スタンプラリーに使った日数は2日だったんだけど、今年は3日。それもわざわざこのためにだけ出たわけではなく、病院行くときとか、他の用事があったついでにその方面の駅を家を早めに出て回ったりしたもの。3日の内訳は、新宿から南側+新日本橋で1日、残りの山手線+総武線、中央線沿線で1日、残りの常磐線などで1日、という感じだったかな。

山手線の乗り間違えは今回は1回だけ。例によって電車が来てて出発しそうだったので、行き先も見ずに飛び乗ったら、今来た方向だったという。。これは去年、何回も同じことをしたので(アホですね)、今年は「1本乗り遅れてもいいから、今年は行き先を見てから乗ろう」と心に決めて、結局反対側に進んじゃうってことは、その1回しかなかった。てか、1回だけで十分って感じだよね。。同じこと何度も繰り返すなよって感じだよね。。しかし、常磐線は今年もよく分からないもんだから、何回か失敗した。快速と各駅の関係がよく分からん、あれは。あと快速も何種類かあるようで、最初はよく分からんもんだから、適当なのに乗って、取手まで最初に行ったのね。そこから東京方面に1駅ずつ戻ろうと思って。で、行きは各駅に止まって来たもんだから、帰りも全部止まるんだろうと思って取手駅に来たのに乗ったら、取手の次が柏でね。我孫子とか北柏とかすっ飛ばして戻っちゃった。まぁ、柏から我孫子行きが結構頻繁に出てるみたいだったので(千代田線経由の各駅の常磐線だよね、あれ)戻るのにそんなに時間はかからなかったんだけどね。

もう一つ。亀有から北千住でさぁ、着いた北千住の駅がどー考えても地下鉄で。「あれ?ここ出たら(地下鉄の駅でJRじゃないから)お金取られるんじゃね?」って思ってさぁ、もう一回亀有に戻ったのよ。でも、亀有って千代田線直通の常磐線しか止まらないみたいで。「???」って思いながらもう一回、北千住に戻って。これ以上行きようがなかったので、改札のところで「亀有から乗ったらこっちに来ちゃったんですぅ。本当は都区内パス持ってるから、JRなんですけど(汗)」って言い訳しようと思ってたら、北千住って、直接地下鉄とJRが繋がってるのね。。多分、去年も同じ間違いをしたはず。。去年は綾瀬から乗り換えられると思って、綾瀬駅のホームをずーっと歩いてたんだけど、全然行き先が違う電車の乗り換えホームだったってことしか覚えてなかったので、北千住で繋がってたことはすっかり忘れてた。てかあそこ、本当に普段乗り慣れてないと分からんわー。

去年「早く行ける」と思って使った埼京線の渋谷駅が飛んでもなく渋谷駅から遠いので今年は使わないようにしたとか、新日本橋に行くのに、総武線快速は東京駅で乗り換えると飛んでもなく遠く、しかも分かりにくかったので今年は品川から乗ったとか、そういう「改良」した部分もあったんだけどね。そうそう、去年迷った新松戸駅から武蔵野線乗り換えも今年はスムースに行った。

なので、今年は去年と違って割と全体的に余裕があったと思うんだけどな。疲労具合も去年は死ぬほど足が疲れたって感じだったのに、今年はそんなに疲れたとは思わなかったし。

ってことでその2に続く。今回は余裕があった分、駅に貼ってあるポスターなどもじっくり見て回れたので、その部分で発見したことなどを。

【追記】

20160202 153205


これにも書いたんだけどもさ。東京モノレールはわたしの出身大学の上を走ってて、大学在学中はよく大学の方からモノレールを見てたもんです。が、逆にモノレールに乗ることはなかったんで、いい機会と思って狙ったシャッターチャンス。これ、うちの大学のポンド側で停泊している「青鷹丸(せいようまる)」です。その手前にチラッと見えるのが「ひよどり」挺かな?うちの大学は3つ、大きな船を持ってて、この青鷹丸が一番小さくて約160トンだったか。一番大きいのは「海鷹丸(うみたかまる)」という船で、でかいので晴海に停泊してます。海鷹はわたしが大学生だったときは確か三世だったかな。1828.66トンだったか。しかし今は新しくてもっとでかいのができたはず。わたしは大学に入るまで、学校の中にポンドがあって、そして船が停泊しているということも知らなくてね。在学中はちょっと時間があるときは停泊中の青鷹丸に乗らせてもらったりしたもんでした(うちの学生だったら誰でも乗れたはず。まぁ当時の話で今はどうだかは知りません)。ちなみにポンドの反対側、モノレールの羽田進行方向の左側に大学のグラウンドや校舎が見えます。まぁそれも一瞬で通り過ぎちゃったけどね。

前に書いた天王洲アイルのことだけど。「随分昔の話になっちゃったんで、懐かしいかも」って思ったけど、よく考えたら当時は学校から歩いて行ったので(そういえば、当初は金網に穴が空いててすぐ行けてたんだけど、ほどなくして穴が埋められて遠回りせんといかんようになった)「天王洲アイル」駅で降りるのは初めてで懐かしさも何もなかった。。
22:19 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
02-16 Tue , 2016
朝鮮大×武蔵美×芸大「となりあえば」展に行ってきた
20160203 143725


時間はぐっと今に戻って、今年2月の話。

わたしがこの展示会を知ったのは、instagramだった。最近わたしはtwitterのアカウントも持ってないし、FBも全く見ない。なのでこの手の情報はほとんど得られないんだけど、なぜかinstagramのほうで情報を流してくれた人がいて、それで知ることが出来た。というか、流してくれた人は全く知らない人なんだけど、こないだ日記に書いた去年の11月の武蔵美×朝鮮大の「突然、目の前がひらけて」展に、偶然、同じ日に行ったみたいなんだよね。「同じ日に行ったみたい」というのは、観に行ったあと、家に帰ってから覗いたinstagramにその人も「来てます」って画像をアップしてたからだった。これにはびっくり!「わたしも今日、行きましたよ~」ってコメントしたんだけど、同日同時刻に行ったとしても、元々知り合いじゃないんだから、どんな人だか分からない。なので今もどんな人か知らない人。で、多分、そういうこともあって、その人はこの展示会について知らせてくれたんじゃないだろうか。非常に有難いことなんですけどね。

ただ、今回は前回と違い、事前に「この日のこの時間に行きます」という連絡をしなければならなくなったらしい。が、どうもその連絡先はtwitterのアカウントで、それを持ってないわたしは連絡できない。とても図々しい話だけど、仕方がないのでわたしはその情報をinstagramに流してくれた人に「twitterのアカウントがない場合は、どうやって連絡を取ればいいんでしょう?」ってコメントした。そしたら親切にもその人がいろいろ向こうとやりとりしてくれて「こちらのメールアドレスにメールしてください」っていうことにしてくれた。なのでわたしは無事、そのメアドに連絡して、そして行けることになったのだ。

なんでそんなめんどくさいやりとりがあったかというと、会場が朝鮮大学校の中の展示室だったからだ。要するに、校門の前で朝鮮大学校の人が迎えに来てくれて、それで展示室まで一緒に行かなければいけない、そういうシステムになってしまった。帰りもそう。朝鮮大学校の人が校門まで送ってくれる。「なんでそんなことしなきゃいけないの?」って思う人もいるだろうけど、わたしはその部分はあまりなんにも思わない。まぁ向こうにも都合ってものはあるだろう。それに実際、このシステムはわたしにとっては結構よかったなと思っているのだ。なんせ、行き帰りの間に彼らと話せるんだから。前の「突然、目の前がひらけて」は、前の日記にも書いたけど、展示している側(武蔵野美術大学と朝鮮大学校美術科双方)が誰もいなかったので、一言も何も話せずに帰ってきた。それはとてもつまらなかった。だけど今回は違う。展示会をやってる人と話せるのだ。これはわたしにとってはとてもよかった。おかげでいろいろ思ってることを話したり聞いたり出来た。前の日記でわたしが気になった作品について、

> (そしてこの作品、まだ完成していないらしい。そのことはその後に聞いた)。

って聞けたのも、実はそのときだった。

20160203 141615


行きに玉川上水を歩いているとき、ふと、空を見上げたら美しかったので一枚。冬の空。

20160203 142343


玉川上水ってよく聞くけど、実際のところはほとんど知らず。こんなに長いものなんですね。ここは本当にいい散歩コースだと思う。

14時半に学校の正門のところで待ち合わせ、と約束した割に、向こうが来てなくて(笑)なかなか来ないもんで「正門のところで待ってます」ってメール入れて。10分くらい待ったかな。実はちょうどそのとき武蔵野美術大学から予約なしで来た学生がいて、受付の前で「予約してないと入れないんですよ、今回は」って言われてたんだけど、ちょうどわたしがいて迎えが来てくれることになってるし、じゃあ、まあいいでしょうってことになった。案外、臨機応変だった。

迎えに来てくれた人はどういう顔の人だったか全く覚えてないんだけど(いただいた「となりあえば」展のパンフレットの後ろにこの展示に関わった人の全身写真が載ってるのだが、この人だっけ?それともこの人だっけ?みたいな感じ、、、行きと帰りの人は多分違ってたと思うんだけど、それすら記憶曖昧)、いきなり「朝鮮大学校に来るのは初めてですか?」って聞かれた。もう一人の武蔵野美術大学の学生さんは初めてらしかったんだけど、わたしは去年の11月に来たのが初めてだった、と言ったら「今回はこういう(迎えに来るという)形になってしまってすみません」と言われた。

「でも、こうやって外部から観に来て下さる人がいると、わたしたちはやっぱりとても嬉しいです!」って言ってた。まぁそれはそうだろうね、、やっぱり自分の描いた作品は、一人でも多くの人たちに観てもらいたいって思うのは、そりゃあ描いた人の本能だろうからね。

会場に着いたんだけど、今回は、その作品を描いた人が多分、半分くらいはいたと思う。受付のテーブルの前に座ってた。で、展示会を観に来た人は、わたしの観てる途中何人もいたけど、受付の人と話してる内容を聞くと、割と武蔵野美術大学の人が多かったように思う。

20160203 143928

ご挨拶

この度は、朝鮮大学校美術科、武蔵野美術大学油絵科、東京藝術大学芸術学科有志によるグループ展「となりあえば」にお越しいただき誠にありがとうございます。
2014年秋、武蔵野美術大学油絵科に在籍する、日本学校で日々を過ごしてきた金真希が朝鮮大学校美術科1年生に送った、両校の交流を望む1枚の企画書からこの展示は始まりました。両校の学生は展示会に向けて交流を重ね、今自分が表現しようとしていること、自分のアイデンティティ、互いの日常などについて対話を行いましたが、その過程で直視せざるをえなかったのが異なる日常を送るお互いの「隔たり」でした。隔たりを意識すべきかせざるべきか、互いの関係を構築する中で導き出したのが「隣人」という言葉でした。
隣人とは、何らかの壁によって隔たれ、自分とは異なる日常を送る決定的な他者でありながらも、同時代に生きる者としてふとした瞬間に交わり、私たちの日常を彩ってくれる存在です。意識しようがしまいが、私たちは常に隣人、そしてその異なる日常に挟まれて生きているのです。
昨年秋、先輩方が企画した朝鮮大学校と武蔵野美術大学を会場として開催された『突然、目の前がひらけて』では、両校の間に学生によって展示期間中橋がかけられました。それは互いの隔たりを認めつつ、同時代に生きる「隣人」として行った一つの取り組みの象徴であると言えるのではないでしょうか。
今回展示します各作家の作品は、それぞれの日常の発露であるとともに、作品同士、作品と鑑賞者、鑑賞者同士など、様々な関係における「隣人」という存在の可能性を示唆しています。
「隣人」としての取り組みがさらに私たちとあなたという「隣人」への広がり、「隣人」のいる日常への気付きとなればと思っています。
「となりあえば」展一同



まぁ来てみないと分からないことだったが、この展示は決して去年の11月の「架け橋」の第二弾ではなく、交流自体はこちらの方が先とのことだった。しかもこちらの方は武蔵野美術大学の方も「ずっと日本学校で教育を受けてきた在日、大学に入るまで民族教育を受けてきた在日、そして日本人」とメンバーもバラエティに富んでいるようで、そういう意味で、前の「架け橋」は「武蔵美×朝鮮大」イコール「日本人×朝鮮人」だったわけなんだけど、今回はそうじゃなかった分、彼らの関係もまた「架け橋」とは違ったものになっているように感じた。あとは「交流の長さ」も影響してるよね、多分。それから「若さ」ってのはあまり関係がないかな?ただ、作品の作者らはまだ現在大学2年生で、「架け橋」に比べると確かに作品はまだまだ若かったです。でも、それがわたしにとってはとても「新鮮」に思えた。まだまだこの先変わっていく可能性が感じられる、とでも言えばいいのか。なんかとても上から目線で偉そうですけど(^^;

作品を観させてもらったけど、印象に残るものが多々あった。

20160203 152233   20160203 152255


もっとも印象に残ったこれだけ撮って来た。題名は「表では読み取れない否定」。この人の一連の作品も飾ってあって、それぞれとても抽象的なものだったけど、わたしは分かりやすいのよりこういう絵が好きなんだよね~(笑)ただ、その中でもこれはとても分かりやすいと思う。でもね。「表では読み取れない」って言ってても、裏の部分で使われている色が表でも見え隠れしているという。表はそれを別の色で覆われたりもしてるけど。それは時折混じる「チラチラとした本音」を表してるんだろうか。

その他、今でも印象に残ってるのは(画像には撮っては来なかったんだけど)、多分、武蔵野美術大学の在日の人の作品だったと思う。自分のアイデンティティについて、小さなキャンバス(というの?)に何枚にも描かれた作品だった。絵の上にトレーシングペーパーが被せられてて、そこに多分、その人の思いを描いたのだろう。その中でもとても印象に残ってるのは友だちと並んでご飯を食べてる絵で、そこに「友だちが味噌汁を飲み終わったときに『ああ、日本人でよかった』という言葉の自分の感じる違和感」みたいな言葉が描いてある作品。「ああ、そうだろうな」って思うの、わたし。一方でこういう「日本人」の声も聞こえてくる。「そこまで自分は少数者に配慮しなければならないのか。だったらおちおち味噌汁飲んだ感想も洩らせないではないか」と。

違うんだよな。まぁこれを描いた人は本当はどう思ってるかは分からない。分からないんだけど、わたしが思うに、問題は「味噌汁が美味しいと感じるから日本人で良かった」という言葉そのものではないと思うのね。きっとそこには普段からの日本人の言動、「日本国内には日本人しか住んでいないと思っている発言」や「本当は日本国内には日本人以外の人もたくさん住んでいるのにそれが全く見えてない発言」が頻繁に彼らの口から発せられてるんだろう。それに象徴されたものとして「味噌汁が~」になってるんだと思う。だから、普段から何気ない一言の中に「日本には日本人以外の人たちもたくさん住んでるよね(そういう存在がいることをわたしは知ってるよ)」ということが入っていれば、多分、その人が味噌汁飲んで「日本人で良かった」といってもさして気にはならないだろう、と思うのだ。なんにせよ「いないもの」として扱われるのが一番つらいこと。もちろん、何故彼らが今ここにいるのか。どういう経緯があってここにいるのか。そういうことはもっともっと知られていかなければならないことなんだけどね(でないと、「在日です」「日本語うまいですね」という会話は永遠に繰り返されるだろう)。

ただ、この作品はちょっとストレートすぎてね~。わたしはもうちょっと「わけの分からない要素」ってのが好みなのでね。

で、もう一つ印象に残ったもの。これは東京藝術大学の人の作品。あの人は何を専攻してる人なんだっけ。作品は写真にキャプション付けたもの、それから自作の冊子。そこにも写真と文章が書かれてた。故郷の、多分もう亡くなったおじいさんの話と、おじいさんがかつて住んでいた家と、その回りの風景の写真。おじいさんは戦争体験者らしい。時に軍刀を取り出して、とかいう表現があったので、多分戦争でどこかに行ったんだろう。なんか、中身には具体的にどんなことが書いてあったかよく覚えてないのだが、寂れた風景と一風変わった家の写真とともに、とにかくとてもひんやりとする作品だった。

在日が「自分は一体何なのか」というアイデンティティを模索する作品は実は描きやすいと思っている。少数者とはそんなものだ。だが、マジョリティである日本人が「自分は一体何なのか」を表現しようとすると、それはかなり大変なことだ。だって、この日本で日本人であることは大多数で「普通」のことなんだから、普通はとても表現しにくい。だけどこの人は「自分の身内」を切り取ることによってその冷ややかな視線でそれは何か、を表しているような気がした。まぁ尤も、「自分は一体何なのか」が描きたかったわけではなく、本来愛すべき身内とされているものを、それとは別の感情で遠くから冷ややかに眺めている視線、それがわたしにとってはとても魅力的に感じたのかも知れない。決して感触はザラザラとしてはいない、むしろつるんとした冷ややかさというか、いや、そこは物体ではなく乾燥して冷ややかな空気と言えばいいのか。そのような感触がとても気になった作品だった。

それからこの展示会、真ん中に机が置いてあって、そこに数冊のファイルが置いてあったのね。ええと、4冊くらいあったかな。それが結構また面白くてね。朝鮮大学校の人が2人いたことは覚えてるけど、あとは1人だったか2人だったか。4冊ともその人の「作品集」みたいな感じだった。その中の1冊、ファイルがラップでグルグル巻きにしてあるのがあって、あれも印象深かったな~。ヌードの絵を描いてる人なのか、なんか自分がヌードになった絵を描いたみたいなのね。とにかく自分がヌードになるのが恥ずかしかった、そしてその画を人に見せるのが恥ずかしかった、だったら、ラップを巻いて分かりにくくしちゃえ!という。でも描いてる絵はかなり抽象的な絵なのよ。ちょっとやらしいチックなのもあったけど(やらしいという言葉はかなり語弊で、やらしくはないんだけど、なんというか、これは男女の絡みなのか知らん、と想像できるような作品があった)。

朝鮮大学校の2人のファイル、多分、そのうちの一人はわたしが上に挙げた「表では読み取れない否定」を描いた人のものだったような気がする(なんといっても、わたしは人の名前はすぐに忘れてしまうので、気になった人の名前も忘れてしまうのだ(涙))。でも、壁には非常に抽象的な作品ばかりだったものの、その人が高校(というか高級学校)時代に描いたというファイルの作品を見ると、これまた全然違うんだよね、、なんかイラストみたいな絵ばっかりだった。「へー、こういう絵を描いてた人が、ああいう絵を描くんだ」って、とっても面白かった。

そして面白いと言えば、その朝鮮大学校の2人のファイルは、習作、と言えばいいんだろうか。「授業でこういうのを描いて、それでこういうつもりで描いて、でもこういう風に書けばよかったかなあ」みたいなことが書いてある。これはかなり面白かった。

絵、というものは、描いた絵によって表現されるべきものであり、その絵について「これをこういうつもりで描きました」と文字や言葉で表現されるってのは本来おかしな話ではあるよね。だって、そうじゃないとなんで絵でわざわざ表現するの?って話になってしまう。そして受け取る側も本来はどういう受け取り方をするかは自由なはず。だがしかし、受け取る側はいつも不安なのだ。「これ、本当にこの解釈でいいのだろうか。描いた人は本当にこういう意図で描いているのだろうか」と。描いた本人は案外「どういう形で受け取られようが自由」って思ってる人が多いにも関わらず。わたしなんか何度も表現した人から「あ、そういう風にも思えるんですね~」と言われ、「あ、そういう意図で表現したんじゃなかったんだorz」って思う場面があり。だから本当にそれは気になるところなんだよね。

なので、こういうものを見せてもらえるととても有難いし、こういうものが見られるのは、とても貴重な機会なのだ。

中にね、朝鮮画の習作なんてのがあって、それもとっても興味深かった。朝鮮画っていうのは、そのファイルを見ただけの範囲だけど、水墨画のようで、でも多色なのよ。それがとっても鮮やかでね。習作なので決してうまいとは言い難かったが、それでも「こんな感じ」というのはよく分かって。それを観られたのも、とてもよかった。

わたしは本当は歴史より、朝鮮半島の古くからの文化や風習、あとは民族音楽、みたいなのに興味を持ってる。だけど、それを知ろうと思うと案外大変なのね。もしかしたらわたしはまだ「きっかけ」というものが掴めてないのに過ぎないのかも知れないのだけど。何しろ現在はいわゆる「北朝鮮」と「韓国」に分かれてしまっているので、古くからの文化や民族音楽がそこに「共通」してたのものなのかもよく分かんない。ただ多分、明確に分かれてしまったのがここ60年の話なので、そんなの、今までの歴史からするとほんの一瞬に過ぎないとは思うんだけど、それでもわたしは「別々のもの」と捉えざるを得ない。本当なら、別々なところから情報が来て、そこで「ああ、これは同じだ」とか「これが違う」とか判断できればいいのだけど、今の日本では韓国の方からは圧倒的に情報は得られても、いわゆる「北朝鮮」からはそういう情報はまず得られない。だからいくら韓国からの方のものを見ても、それは自分の中ではイコール「朝鮮半島の文化」でなく一旦「ペンディング状態」になる。それはとても悲しいとは思うんだが、まぁでもそういう状況を作ってしまったのはこの日本、というわけでもあり(もちろん100%とは言わない)、それを考えると「どうすればいいのだろう」ということになるのだが。

まあそんなこんなで、とにかく、わたしは中央の机に置いてあったファイルもとても良かったと思う。

で、帰りにまた校門のところまで朝鮮大学校の人に送ってもらったのだが、この展示会の感想など言ったり、またはちょっと聞きたかったことなど聞いたりして、それはとても楽しかった。今回のこのグループは全員大学2年生らしいので、今後交流を更に深めて、また展示会やってくれないかな~と思った。この人たちの絵がどういう風に変わっていくかを見たいと思った。

帰りの電車の中で、もらったパンフレットに書いてあったこのグループ展に関わった3人(朝鮮大学校、武蔵野美術大学、東京藝術大学)の対談(というか一人は司会なんだけど)を読んだ。対談を読んで、この展示会は前の「架け橋」の第二弾でもなんでもなくて、そういう位置づけをしてはならないんだろうけど、わたしは正直、こちらの方が肩肘張ってなくていいなあって思った。もちろん、この中でも「歴史認識」というのは重要な作業で、それなりにいろいろあったらしい。が、今回は武蔵野美術大学の方に多様な人たちがいたためか、それとも集まったメンバーの性格に因るのか、なんか「架け橋」の時に感じた悲壮感、困惑感ってのは全く感じなくて。なんかこのパンフレットによると「架け橋」の人たちはみんな「ストイックな性格」だったようですが(笑)そして本当のところはどうだったかはパンフレットだけではよく分からないんだけど、そういうところはこのメンバーでは軽々と乗り越えてしまった感はあった。もちろん「どちらの方がいい」という問題ではないのは分かってるけど。あとそれと。「架け橋」の方は、武蔵野美術大学側の一方的な思いで、朝鮮大学校側は果たしてどう思っているのか、それが直接的にはよく分からない感じになっていた。が、今回はパンフレットを読んで分かるように「双方の対話」が分かるのね(あ、パンフ自体は前の「架け橋」もあって、それを読むと双方の対談にはなってる。が、実はわたし、あれまだ全部読んでないのです(汗)時間がないのもあるが、細かい字でたくさん書いてあるので読むの結構大変そうなので後回しになってる)。なので、今のところの感想に過ぎないけど、こちらの方が親しみが持てる展示会だったな、と。そういう意味ではどうしてもこちらの方は「第二弾」ではないんだけど、第二弾として自分の中ではつい、位置付けてしまってます。「架け橋」から進化した、という意味で。いや、本当は違うのはよく分かるのよ。だけどつい、ね。

20160203 154828


帰りの玉川上水。そんなに長時間観てたってわけではないのに、もう夕方の雰囲気でした。
16:12 | その他 | トラックバック(0) | page top↑
02-12 Fri , 2016
God Bless Baseball(作・演出:岡田利規)
20151129 155134


これまた去年の11月の話。
てか、11月の話、どのくらい溜め込んでたんだっていう。。
(それもこれも結局は画像処理がネックだったってことで)

題名の「God Bless Baseball」というのは、演劇です。
これ、作った人は「日韓関係」を描きたかったみたいです。
といっても、いわゆる「歴史問題」とこの作品は全く関係がないです。
「野球」というものを通して、日韓とそしてアメリカ、の関係を描いてます。
どちらかというと、わたしは「日韓関係」というより「アメリカ」と「日韓」の関係を描いた作品だと思いました。

てか、わたしは大学生の頃、友だちがある小劇団(といってもかなり有名だった。今でもその劇団はあるみたい)に入ってて、
友だちに「今度これやるから観に来て」と言われては、
別の友だちと連れだって下北沢までよく観に行ったものだった。

その劇は、解釈が難解で、正直「結局この劇は何が言いたかったのだろう?」というものばかりだったが、
しかし、何が何だかよく分からないけど、なんとなく考えさせられることが面白かった。

この「God Bless Baseball」もちょっとそんな香りのする演劇だった。
とはいえ、そんなに難解な劇でもなかったとは思ってるけど。

----------

いつのことだったかは忘れたが、偶然、豊島区の中央図書館のある建物の前を通ってたときだった。
建物の前の柱に、この「God Bless Baseball」のでっかいポスターが貼ってあった。
それに気が付いて「へー、こんなのやるんだ、面白そうだな」って思ったが、結構高かったので最初は観に行かないつもりだった。
が、とてもとても気になった。第一、わたしは根っからの野球好き。
野球好きといっても、日本の野球にしか興味はなく、大リーグは全く興味が無いし、
韓国の野球については、若干興味があって、'90年代によく買ってた「週刊ベースボール」の中に
今は知らないが、その当時は1ページずつ韓国の職業野球、台湾の職業野球のページがあり、
それはわけが分からないながらも毎回読んでいた。だから、その当時、韓国にどういう名前のチームがあるか、くらいは知っていた。まぁそんな程度の野球好き。

しかし、この作者は野球は好きじゃないという。
一体、どういう視線で野球が描かれるのか。
それにとても興味があった。

すごくすごく考えて、そして「やっぱり観に行こう」って思った。
だって、映画だったらリバイバルの可能性はあるけど、
演劇って、多分ほとんど可能性はない。
あとで「やっぱり観に行けばよかった」って後悔するのが嫌だったから。

演劇に関して、どこまでネタばらしをしていいのかはよく分からない。
いつ、どこでこの劇がまた再演されるか分からない。
しかも、この劇、わたしが観に行った時点で既に韓国では上演されていたが、
アメリカでの上演は今年だという。今年のいつかは知らないけど。

舞台装置が、面白かった。
舞台装置を作ってる人も有名な人なんだそうな。そのときは知らなかったけど。
高嶺格さんって人。

舞台中央の上部にでっかい白い太陽みたいなのがあって。。
それは、「アメリカ」であり「父」であり。
最後はその「化けの皮」を剥がすのか、それとも解体させるのか。
あれは結構象徴的な行為で面白かった。

てか、わたしがこう書いても、観てない人にとってはなんのことやら分からないなあ、これでは。

トータルで言うと舞台上に4人の人が、そして実態は現れないけど「声だけ」の人が1人、出てきます。
舞台の上の4人は、2人が日本語を話す人、2人が韓国語を話す人。1人が男性、2人が女性、そして1人がイチロー。
「声だけ」は英語。英語しか話さない。
日本語、韓国語、英語がすべて分かる人が観客ではないので、台詞の大半は舞台の左右に1つずつあるスクリーン(?)で
日本語字幕、韓国語字幕、英語字幕が写るようになってた。

面白かったのは、日本語話者=日本人、韓国語話者=韓国人、じゃなかったところ。
劇を観る人の先入観としてそういうものがある。
その認識を見事に覆してくれて「わー、面白い」と思った。
とすると、舞台上に出てきた人たちの役は、日本人はイチロー含めて2人、韓国人が1人、国籍不明が1人、ということになるのか。

最初、「野球なんてルールが難しくて全く分からない」ということが蕩々と述べられる。
んー。イライラ。。
確かにサッカーと比べるといろいろ難しいかもね。
しかし「なぜ3ストライクで1アウトなんだ」とか「なんで表と裏があるんだ」とか「なんで9回まであるんだ」と言われても、
そこに明確な理由などないわけで。だって、そういうルールなんだから!
スポーツってものは、ルールがあるからこそスポーツで、しかも野球はそんなに難しいルールではない。
わたしは野球のルールが難しいと思ったことがない。小学生の頃、テレビを見て自然に覚えた。
ただ、野球があまり好きではない人にとっては、「野球好きじゃない理由」として、
そういうところにいちいち引っかかりたいのかな、という気はした。

てか、ここまで書いて、ほとんど「話の筋」を覚えていないことに気が付いた。
印象的な場面はここそこにあるんだけど。どこでどう繋がってたのか、もうほとんど覚えてない。

日本と韓国、それぞれの野球が始まった話。
野茂英雄とパクチャンホの話。
ヘテ・タイガースの話。
「みんな背番号51を付けてイチローになろう」
イチローの背番号51と台湾の51クラブの話。
「危ないから傘の中に入っていろ」というイチローの脅し。
アメリカの声は父の声でもあった。
「本当は野球なんて好きじゃなかった!父に無理矢理に野球チームに入らされた!」と叫ぶ日本人(しかし韓国語話者)の男性。
終始傘の中に入るのを拒否し、舞台装置に立ち向かう、国籍が明らかでなかった女性。
徐々に壊れてドロドロになっていく舞台装置。

野球、を巡っての話のはずだが、国の関係性も象徴している。
そういう意味では日本も韓国も同じ。

だから最初に書いたように「日韓関係」というよりは「アメリカ」と「日韓」との関係を描いた作品のように思えた。
だって「日韓」の配役と言語は入れ換えられるけど、「アメリカ」の言語は他とは入れ換えられない。
「アメリカ」は「英語」じゃなくちゃいけない。

面白かったです。
11:58 | (一般)映画・演劇のこと | トラックバック(0) | page top↑
02-11 Thu , 2016
第685回東京YMCA午餐会「ドイツの今」
20151126.jpg


これも引き続き去年の11月の話。

まぁこれもひょんなところで知ったんだけどね。
てか、「午餐会」ってどう考えてもとってもキリスト教的な香りがするじゃん?
「午餐」の「餐」の字なんて「最後の晩餐」の「餐」と同じ文字だし(とてもくだらないこと言ってるような気がする)。
しかも場所がYMCAって、そりゃ、当然にキリスト教的なところでしょって。
なので、事前に予約するときに「キリスト教の信者じゃなくても参加できますか」ってメールで問い合わせしたら、
「信者じゃなくても全然構いません」
って回答が来たので、なら、参加しますってことで。
ご飯付きで参加費3,000円。

あー、参加の理由は単純な話。

「ドイツはなぜ今現在も謝り続けることができているのか」

これについて知りたかった。いや、もっと言えば、ドイツだって敗戦直後からずっと謝り続けていたわけではない。
強制的に働かされた人たちがアメリカの裁判所にドイツの企業を訴えた、ということだってあった。
(その昔、アメリカでは自分の国と全く関係ないものについても裁判できたそうな)
その補償は最初はごく一部の人たちだけだった(これは結構有名な話で、例えば強制収容所に入れられたユダヤ人の補償は真っ先に行われたが、同じように入れられた男性同性愛者についての補償はもっとずっと後だった)。
ドイツだって最初から率先して謝罪行為をしていたわけではない。
それがどうして、いつ、それが変わったのか。
どういうことがきっかけだったのか、その当時の国民の間ではどういう議論が起こったのか。
それが知りたかった。

というのも、この年の8月14日に「戦後70年 東アジアフォーラム-過去・現在・未来-」というイベントに出席してきたのだが
そのイベントにドイツから「記憶・責任・未来」財団の理事会アドバイザーって人が来ててね。
いろいろドイツのことについて話してくれたというか、わたしが印象的だったのは、第一部の記念講演の方ではなく、
課題別シンポジウムの方で話されたことなんだけど。

ドイツでは、今まで国防軍による「売春宿」(レジュメを翻訳した人によると、原稿を日本語に訳すときに「慰安婦」という言葉を最初は使っていたのだけど、どうも「慰安婦」という言葉にそぐわない。実態から考えると「慰安婦」よりも「売春宿」の方が適確だろうということで、この言葉に訳した、とのことだった)での女性強制性労働については全く注目されてこなかった。それはなぜか?「あった」んだけど、その他の方が中心となってしまって(ドイツはアウシュビッツなどの方が大きかったので)、それにかき消されてしまった、とは言っていたけど、やはりその中にも「その問題はとるに値しない問題」として放置されていた現状も確かにあった、みたいなのね。

で、その人は「この問題(慰安婦問題)は日本の方が進んでいます」と言っていた。
が、わたしは「そんなのすぐにドイツに追い抜かされるよ」って思った。
だって、その姿勢が全然違うもの。

しかし、そこでは「国民が自分たちが加害行為をしたことについて、どう思っているのか」ということは一切話されず、
というか、話す人が「そりゃ、謝罪するのは当然でしょ。で、どうすればそれが『謝罪』になるかなんだよね。それはやっぱり補償金払うことだよね」
という感じだったので、「こりゃ、次元が全く違うわ」と思い、
(しかし、補償金を払えばコトは済む、という趣旨で言ってるわけではもちろんなく、
根本に「謝罪し続ける姿勢」は絶対に忘れてはならない、その記憶は未来にも引き継ぐ、とのことでした)
それで「なんで日本とドイツはこんなに違いがあるんだろう?」と思って、
その後に一冊「日本とドイツ ふたつの『戦後』」という本を読んでみた。
なんか、そのことについて書かれてるかな、と思って。
んだけど、わたしが知りたかったことは全く書いてなかった。
(多分、これに関しては、別の本が出てると思うので読んでみたいのだが、今は時間が、、)

ちょうどその頃にこのイベントのことを知り、
「あ、じゃあ、ちょっといい機会だし、参加してみるか」って思ったのね。
だって、ドイツのこと、わたしは本当に何も知らないのだもの。
大学の第二外国語もドイツ語じゃないし。

会場に入ったら、その雰囲気の違和感に圧倒された。
まぁ、偏見と言ったら偏見なんだろうけど、ものすごく宗教臭い。
来てる人の雰囲気が、来てる人はほとんど高齢のおっさんばかりだったのだが、
なんというか、上品というか、穏やかというか、ちょっと気持ちが悪い感じ←
大声でゲラゲラ笑う下品なおっさんとか全くいない。

しかも会場の中ではうっすらクラシックのような上品な音楽が流れている。。
(こーゆーところは、わたしみたいなガサツな人間はそぐわない!!)って心の中で思った。

取り敢えず、お重のある席に座った。

20151126 115037


三段重ね。食べてるときに弁当の中身の画像を撮りたいと思ったんだけど、
それは恥ずかしいので止めました。まぁ普通の仕出し弁当でした。

20160211 113107


時間になり、式次第通りにコトは進んでいく。

最初の「開会の祈り(食前の感謝)」は、ホント困った。
って、もう何を話されたか具体的なことは覚えてないけど、雰囲気に違和感を感じて困ったことだけ覚えてる。
あ、例え他の人がみんな手を組んでお祈りしてても、わたしはしません。
だって信じてないんだもの。形だけマネしても意味ないし、第一信じてる人に失礼じゃん。
と思って、葬式以外の宗教行事に対しては、そういうときはただただボーッとしてます。

次の「Peace」ってのは、要するに「いただきます」ってのと同じことだと理解した。
「前と左右の方とご挨拶」と式次第には書いてあるが、
そうそう「Peace」とは言えんわな。

で、黙々とご飯を食べる。
てか、なんか緊張してご飯はどこに入ったのかさっぱり分からん感じだった。
だいたいわたしは人見知りなので、こういうときはまず誰かに話しかけたりはしない。
そして、わたしの外見はとても話しかけづらいのだろう。
誰かから話しかけられるという経験もほとんどない。
しかし、心の中では「誰か、わたしに話しかけてよ~。ここに迷える子羊ちゃんがいるんだから」と思っている。
まぁそんなことはどうでもいいか。

ご飯を食べ終わったらいよいよ、今回のゲストである小塩節さんって人のお話が。
てか、この人、結構有名な人らしいのよね~。
NHKのドイツ語講座とか担当した人らしい。
てか、その前に駐西ドイツ大使館公使、だったらしい。
大学の先生でもある。
1931年生まれって書いてあるから、結構なお年の人。

話は確か、日本とドイツの関係、から話したと思う。
てか、ほとんどもう覚えてない(^^;

最初にドイツに日本を紹介したのは、ケンペルって人で、この人は将軍綱吉に会った、とか。
で、そこで「小鳥だったら」という古いドイツの歌があるのだが(わたしはこの歌、小学生の時に習った)
それを将軍の前で歌ったらしい。
というわけで、そこで小塩さんはドイツ語で「小鳥だったら」を歌いはじめた!

小鳥だったら小鳥だったら飛びたいな
海を越えて 海を越えてどこまでも

青い空は青い空は広いんだ
だけど僕は だけど僕はチビだもの

大きくなったら大きくなったら飛行機で
世界一周だ 世界一周だ僕の夢

世界一周だ 世界一周だ僕の夢

ま、こんな感じの歌詞でわたしは習ったんだけど。
ただ、「飛行機で」とか、まぁ綱吉の時代にあるわけないから、
この日本語の歌詞はとってもとっても新しい、ってことだろう。
だけどメロディー自体はとても古くからある歌なんだってね。知らなかったけど。

あとはシーボルトとシュリーマン、だったっけな、日本と関係したドイツ人。
シーボルトはドイツに日本のイチョウを持って帰ったんだってね。

一番印象的だったのは、森鴎外の話だった。
てか、結局その話で分かるだろうけど、戦後のドイツの補償とか、そんなことについてはほとんど話さなかった。
まぁ、そうだよね。大学の専門、別にそういう関係ではないし。

森鴎外がドイツに留学して、そしてドイツ人の恋人がいたってのは有名だろう。
だって本人が「舞姫」とか書いてるもんね。
でも、どうやらその恋人を「捨てた」ってわけじゃなく、毎月お金を送金していた記録が出てきたとか?
それから、脚気の話もしたな。
当時、脚気の原因は分からなくて、陸軍の方はぴかぴかの白米が配給で食べられることが
当時の兵隊にとってはとても喜ばれて、でも、白米は配給でも、おかずの方は自費だったので、
みんな梅干し1つでご飯何杯も食べてたとか。で、脚気になっちゃった。
海軍の方は麦飯混じりで、それがとても不評だったけど、脚気の人はいなくて。
でも、不評だったので白米に変えたら、脚気が蔓延した、とか。
しかし、これと森鴎外の関係はなんだったか忘れた。
森鴎外は陸軍の軍医だったんだけどね。

あと、森鴎外の出身地は石見の国、だから島根県、になるのかな?
いや、津和野だから山口か。(津和野は島根県です!よく「萩・津和野」って観光地で一緒くたにされて、そして萩の方は山口県なので、津和野も山口だと思ってた時代があり)
彼の墓のことはとても有名だけど、
でも、生前、森鴎外は地元に1回も帰らなかったそうだ。

その理由はどうも、長崎から隠れキリシタンが津和野に連れて来られて、
そこで虐殺かなんか起こったんだよね。森鴎外の父親がそれに関係してたか、幼い森鴎外がそれを見たのか。
そこは忘れちゃったけど、どうやらそれですごい「贖罪の意識」があったらしい。
だから、死ぬまで故郷に帰らなかったんだと。

とはいえ、森鴎外自身はキリスト教信者ではなかったらしいが、
しかし、著作の中に(なんだったか忘れた)とてもキリスト教的な一説があるらしい(それも忘れた)。
森鴎外自身はキリスト教信者ではなかったけど、キリスト教的なものは彼の中にはあったのではないか、
そんな感じの話だった。

あとはドイツの経済的は話を少し。
あのときはちょうどフォルクスワーゲンの排ガス不正問題が大きかったときだったので。

てなわけで、今、覚えている話はこれくらいしかない、、、

まぁ、自分の知りたいこととは全く掛け離れてた話だったが。
しかし、「集団の中に入って感じる違和感」ってのが、この頃のわたしにとっては非常に面白く。
というのは、この国に住んでて、「違和感」を感じるときって、あまりないんだよねえ、わたし。
なので、この場所も結構わたしにとっては「おー、違和感、感じてる、感じてる」と思ってたんでした。

ただ、この頃は自分にとって割と違和感のあるところにばかり行ってたこともあり、
たまに違和感のない場所で、違和感のない人たちとしゃべると、とっても開放的なんだなあ
ってことも感じてて、人間って面白いなあって思ってました。
13:24 | その他 | トラックバック(0) | page top↑
02-10 Wed , 2016
武蔵美×朝鮮大「突然、目の前がひらけて」展に行く
これ、去年の11月の話です(^^;

なんの記事にしてもそうだけど、画像を挿入する場合は、画像をそのまま使えなかったりするので(ここのブログの設定が、画像1枚2MB以内に決められてるのでそれに合わせないといけない)そういう作業で書くに至るまでの時間が結構かかる。旅行記が止まってる理由も同じです(^^;旅行記の場合は画像の選択などもあるので、その作業すらめんどくさい。。

という言い訳はこれくらいにして。

わたしが行った、この、武蔵美×朝鮮大「突然、目の前がひらけて」展は、新聞記事などにもなってたので、結構色んな人が知ってたんじゃないかと思う。2015年11月13日から21日まで武蔵野美術大学と朝鮮大学校美術科の共催で行われた展示会だ。といえども、実は展示会ではなく、両校の間に掛けられた「橋」の方に焦点が当てられていたような気がする。というか、わたしも行く前まで「橋」が作品だと思ってたし、行ったときにギャラリーに展示されてる絵はあったんだけど、ほとんど鑑賞するという感じじゃなかったから。行った後に「しまった、もう少し個々の絵をちゃんと見てくればよかった」って思ったほど。なので、当然のことながら撮って来た画像も橋やその周辺のことが中心になってます。そこのところは今でも本当に残念。。

さて。武蔵野美術大学と朝鮮大学校、当然のことながら(と言っていいのかは分からんが)今まで無縁だったので行ったことがないところです。正直、芸術系の学校なんて、本当に無縁なので「一体、どういう人たちが通ってるんだろう?」って思ってドキドキしたほど。ただ、最寄りの駅から歩いて20分ばかりかかるところにあるんだけど、行く途中は玉川上水のほとりをずっと歩く、本当に景色の素晴らしいとこだった。

展示室は学校の中にあるので、当然学校の門をくぐらないといけないのだが、迷わず武蔵野美術大学の方から入った。てかやっぱり朝鮮大学校にいきなり行くのは怖いって思いは確かにあったのは事実で。で、わたしが到着したときはお昼をちょっと過ぎてたので、お腹が空いててね。駅前はご飯が食べられるところが見つからなくて(かなり寂れてたので驚いた)、なので「あ~、どうせ学校の中には学食あるしな」って、展示を見る前に学食でなんか食べようって思った。で、校門のところにいる守衛さんに「今、朝鮮大と共同の展示会が、、」って話しかけたらすかさず「ああ、『かけはし』ね」って言われ。そのときに初めてこれが「架け橋」って呼ばれてることを知った。守衛さんはわたしに「あちらでやってます」って教えてくれたんだけど、その前に「すいません、お腹が空いたので学食に行きたいんですけど」と聞き直したら「じゃああちらです」って教えてくれた。「こういう形の建物で」って教えてくれたんだけど、初めて学校の中を歩く時ってなんであんなに緊張してしまうんだろう。

案内された建物の中に入って、地下1階の学食に行く。

20151117 133513


どうやら守衛さんに教えてもらったのは「第二食堂」らしい。てかなんで第二??第一はどこなん?「第九じゃない、第一だ!」ってかなり古い上にローカルなネタですが(笑)、まぁそれは全く関係がないとして、なぜ第二を教えてくれたのか、今でもそれは謎のうちの1つだったりする。。第一は古いんですかねー?別の校舎にあるんですかねー?

ショーウィンドウにいろいろな食べ物が載ってたが、こういうのから選ぶのはかなり苦手なので、無難なところで味噌ラーメンにする。こういうところで迷ってると部外者だとすぐにばれてしまうので(実際のところ本当に部外者なのだが)「いや、いつもここ使ってます」みたいな顔してようと思いつつ、やはり食堂のシステムがイマイチよく分からないので、まぁ思いっきり部外者でしたね(^^;

20151117 132306


確か「特製味噌ラーメン」だったか?味はまあまあだった。で、座って食べてると机の上にあったこんなのが目に入ってきた。

20151117 133234   20151117 133210


「なにこれ?」と思って読んでみると、何故この学校に自分はいるのか、みたいなことが書いてある。一瞬「これって受験生向け?」って思ったんだけど、11月って全然受験の時期じゃないし。それに学校が作ったわけでもなさそう。家に帰ってから調べてみたら、これ作ったグループがあるみたいね。ただ、エピソードは今のところこれが最新みたい。残念、結構面白かったんだけどな~。でもこういうのを作って制作して学食に置く、なんてさすが美術系大学だなあ、なんて思った。

それ以外にも、これはまったく撮ってこなかったんだけど、学食の入ってる校舎はいろんなチラシが置いてあったり、貼ってあったりして、これも芸術系だなあって思った。いろんなチラシってのは、美術展もあったけど、なぜか演劇のお知らせなんかもあって、あー、こういう活動してる人が多いんだなあって思ったり。あと、学内のところに作品らしきものがちらほら見えたりして、そういうのを観察するのも面白かった。ただ、美術系の大学だからと言って、構内を歩いてる学生は他の大学とそんなに変わらない気もしたんだけどね。もっと派手な人とか歩いてるかと思ったのに(ってこれは偏見か(^^;)。

特製味噌ラーメンを食べた後、早速展示会の会場に。ただこの展示、学内に知らせるチラシなどは一切見当たらなくて「本当にこっちなの?」ってちょっと不安を覚えたよ。だいたい校舎の前ですらなんの知らせもないんだもの。。でも、そこの校舎に入るときに、ぷーんっていい木の香りがしてね。なんと言えばいいのか、えーと、材木置き場の匂い?それがとっても印象的だった。でも「なんで木の匂いが??版画とかで使ってるとか?でも版画の木でこんな校舎中匂うような木ってどんなに巨大な木なんだ?そんな版画があるんか?」ってわけが分からなかった。そんで誰に聞いたんだっけな、ああ、受付にいたあの子かな?「ここの校舎に入るときに木のいい匂いがしたんですが、あれはなんですか?」って聞いたら「木の匂いなんかしますかねー?ああ、多分彫刻学科でしょう」と言われた。彫刻!確かに版画より匂いそうだね←?

20151117 134206


これ、会場に着いたときに一番に目に入ったもの。でも、その横の展示室は

20151117 140635


これ、だったのよ。この時点でよく分からなくなってて。「え、橋じゃないの?橋はどこ?」って感じだった。結局、その場でいろいろ見た結果、橋はただ、両校の展示室を繋ぐものに過ぎない、ってことがようやく分かったのね。記事でもなんでも「橋が架かった」ってことに焦点が当てられすぎてて、そこに何か展示してるものがある、なんて知らなかったのよね。しかも、この橋を架けるということの作業が注目されすぎて、わたしもそのときはそこにしか目が行かなかったものだから。。画像には一切、人は写り込んではないんだけど、実際のところ結構人は来てた。思ってたよりたくさん。ちなみにわたしが行ったのは、17日(火)なので、平日の昼間にも関わらず、って感じだった。

取り敢えず中で何をやってるのか全く分からなかったが、中に入ってみた。展示してある絵は観たんだけど、あんまりしっかり観てない。。入口のところに橋を架ける際に話し合った年表(と言えばいいのか)と、そのときにメンバーが思ったことであろうことが付箋に書いてあってそれが貼ってあった。これも全体図を撮ってくるのを忘れた。。

20151117 135716


まぁ、こんな感じで書いてあったり貼ってあったりするものです。これが2mくらいあったかなあ?初めから読んでいると、もう、そのものが「わたしが思ったことがある」こと、だった。。この中には武蔵野美術大学側、の人たちが思ったことしか書いてないのね。朝鮮大学校の人たちの思いは直接自分で書いたものではなく、話し合ったときの印象深い発言を武蔵野美術大学の人が「書き留める」というだけ(例えば上の画像で行くと「チョンオギ『ふわふわとした嫌な気分』」の付箋など)。思いは一方方向、なのです。マジョリティー側の思い。最初の方は「会話噛みあわず 何を話せばいいのやら」とか「お互いを知るとは 一体どういうこと」などの途惑い。

20151117 135745   20151117 135832


「ただ一緒に展示できればいいの?どういう展示にしたいの?」「展示会の意義を考える。どういう姿勢で?」「ちょんおぎが書いていた(書簡に)「多文化共生」「異文化交流」について ちょんおぎにとってそれらはどういうもの?」

まだまだここから始まったばかり、という感じ。でも当然のことながら、展示会、まぁ世の中にはいろんな美術作品の展示会があるけど、みんなこういうこと、真剣に考えてやってるんだろうな。共催となれば、ましてやいろんな立場が違い過ぎる人たちと一緒にやるということってね。

20151117 135838


「在日20世はどうなっていると思う?」

実は、わたしにとってはこの言葉がそのときはとても印象深かった。というのは、前の日記に金民樹さんのマダン劇「我が家のイヤギ」を観に行ったことを書いたんだけど、その劇の一番最後に年を取っておばあさんになった主人公がいうのね。「在日一世、二世、というのはこの日本で一歩、また一歩歩むということなのかも知れない」って。だからその言葉を借りると在日20世、ってのは、20歩歩んでる人、になるんだよね。これを見たときは「おお!」としか思わなかったけど、今はこの言葉はとても複雑な思いをわたしの胸の中に抱かせる。

20151117 135913


「在日問題、歴史認識について聞く 他人事みたいですよねといわれ凹む」「私の立場とは?」

両者間に避けては通れない話が出てくる。でも、わたしを含め、ここら辺の歴史認識、というものは圧倒的に知識がない。それはちょっと掘り返すだけで「日本の加害行為」が出てきてしまうからだ。なので表面的なことしか教えてもらえない。だから「他人事みたい」と言われてしまうのだろうし、逆に実際問題として最初は「他人事」の認識しか持てないのだろう。「自分がやったことではないのに」というのが、今、ほとんどの「日本人」(敢えてこの言い方)が思っていることだろうから。まぁでもそれを逆に「日本人側の被害者」としてよく扱われる「被爆者」に向かって同じことを言えるのかね?とは思う。「あなたが受けた被害はわたしにはなんの関わりもないからわたしには関係ありません。あなたの痛みはわたしには全く理解できません」と被爆者に向かって言えるかどうか。多分、そっちの方は言えないか、これを言ってしまえば自分はなんてひどい人間なんだって思ってしまうと思う。しかしなぜ一方では「わたしがやったんじゃないから関係がない」と言えて、もう一方には「関係ない」と言い切ってしまうことに躊躇いが起こるのか。「日本のやった加害行為はわたしには関係がない」と言い切れる人は、ちょっと考えてみた方がいいかもね。

20151117 135944


「大学の政治性というものをちょっと知る。うまく企画が運ば(れ)ない。」

この展示は自分たちの内面との戦いだけではなく、外側でも戦わないといけないものであったことが垣間見える付箋。確かにそういう部分は大いにあっただろう。特に「朝鮮大学校」とのやりとりに関して、自分たちの思うとおりに話が進まない、という場面は相当あったのではないかと想像されるし、「朝鮮大学校との共催」ということで(武蔵野美術)大学側、もかなり慎重になったのではないかと推測される。ここをどういう風に考えるのかは難しいと思う。わたしも一言では言えないし、ましてやこんなところには言わない(笑)ただ、わたしが今思うのは、まずやらねばならないのは「相手を知ること」だと思う。政治性は本当に難しいとは思うし、相手を知ったところで考え方は相容れないんだから、どうにもならないことももちろんあるのだが。。しかし、それでもまず、相手のことは知らなければならないと思う。

20151117 140027   20151117 140035


「個と個の対話にこだわっていたが マイノリティ、マジョリティの枠にのっとって話すべき(?) (多分イライラしていた)」「結果、何もいえなくなった。はれものをさわるような感覚。これでは日本人と在日朝鮮人がとなりにいるヴィジョンが見えない」「自分が日本人であることがマジョリティであることに無自覚だった。(知らないことの暴力)きずつけていた」

ここら辺になると徐々にわたし自分がかつて同じことを思ったこと、その当時(これを見た去年の11月17日当時)も同じように思っていたことがどんどん出てくるようになる。でもわたしはこの人たちが羨ましかった。だって、彼らは「対話」を通してこのように感じているのだから。わたしはいろんなものを読んだり聞いたりして同じようなことを徐々に感じ始めてきたから、この思いは誰にぶつけることも出来なかった。もちろん、これを書いた人もだから相手にぶつけられた、ってわけではないと思うけど。自分が「マジョリティ」と気付いてしまったら、もうその気持ちは素直に「マジョリティ」の人たちにはぶつけられなくなってしまうのだから。でも、わたしは彼らが直接、人とかかわり合いになれるのが、とっても羨ましかった。わたし、自分の中にこういう感情を抱えているのが本当に苦しくてね。苦しくて苦しくて仕方がないときがあった。誰かに言いたくても誰にも言えなかった。相談したくても、相談出来なかった。

けど、もう一方の面から考えてみることがわたしにはできる。そう。「性的少数者である自分」としてからの面。相手を「異性愛者」として考えた場合、相手方の気持ちも分かってくるような気がする。「異性愛者」は何も苦労せずこの世を謳歌している。誰かを好きになって、向こうも自分を好きになり、つきあい始める。そのあと結婚という選択肢が目に入ってくる。そう、選択肢。「結婚する、しない」を「異性愛者」は自分の意志で自由に選ぶことが出来る。社会の仕組みが、自分が別にそう願ってなくても自然に整っている。「婚姻制度」の枠の中に入ってしまえば、相手は自分の配偶者となり、多大な権利が得られる。税金の仕組みの中にも相続の仕組みの中にも入れる。そういう法律的なことだけに限らず「妻です、夫です」と言えば、周囲はそれを完全に何の疑問もなく受け入れてくれる。相手が病院で意識不明になったときも「あなたは患者と血のつながりがないから病室には入れません」とは言われない。敢えて婚姻制度の枠の中に入らない人たちも、すべてではないが、ある一定以上のことは「結婚したもの」としてみなされる。そして「異性愛者」はそれを生まれたときから「当然」にあるものとして考えている。いや、もしかしたら「当然」とも思わないで暮らしているかも知れない。

そういう「異性愛者」の「あって当然」の無邪気な姿を見ると、わたしは無性に腹が立つ。「何も苦労せずに権利を得られるくせに、その上何も考えないで過ごせる身分なんて」と。しかし、それを言われた「異性愛者」はただ途惑うだけだろう。「え、だって、生まれる前からそれがあったんだし」って。そして逆に自分の持っている権利の大きさを自覚してしまったなら、持っていない相手に対して「自分という存在だけで相手を傷つけてしまうのではないか」と思って何も言えなくなるだろう。

結局、だいたいそういうことなんだよね。わたしは、この2つの立場を「日本人としてのマジョリティ」と「性的少数者としてのマイノリティ」という2つの面から見ることができるので、置かれた境遇についての双方の気持ちはちょっと理解できる。が、だからといって在日朝鮮人のこと全部分かるわけではないし、っていうか、だいたいそんな感じの気持ちだろうくらいで、その複雑な感情のすべては到底分かりっこない。在日朝鮮人の問題は、歴史問題が絡んでるし、戦後はすぐに国から一方的に日本国籍剥奪など、本当に理不尽な目に遭ってるのだから、そこのところは性的少数者の問題とは全く違う。そしてこんなことは有り得ないけど、それらのことが全部分かったとしても解決方法なんか見つかりっこない。マジョリティとマイノリティの間には、本当に深い溝があると思う。そこを埋めようと思っても埋められるものではないし、だから結局、「お互いの溝がなくなり、みな平和に暮らしましたとさ、めでたし、めでたし」になる話ではないのだ。そしてそのことは、今回の「架け橋」に象徴されていることでもある。壁をなくせばいいという話ではない。壁は自分たちを守ってくれるものでもある、しかし、わたしたちは双方お互いに相手のことを知り合わなければならない。そして壁を「乗り越える」ということは、果たしてそこにどういう意味があるのだろう。そこのところを来た人たちにも考えてもらいたい、そんな展示だったのだろうと思う。

20151117 140045   20151117 140118


「会って話すうちに以前にも感じていた居ごこちの悪さを思いだす。」「朝鮮大と武蔵美、そして境界にある橋。これだけで交流など内示的意味が成立する。」「『安易な友好ではない』というのは、ただ明るくポジティブな関係だけでなく、どうしても理解できないことがあったりして、何もトラブルなくスイスイと交流が進んできたわけではないという思いから。『交流』を全否定しているわけではないし、明るく楽しいことも色々あった」「北朝鮮という呼び方は日本が国として認めてない」「というハナシもあるが、、。差別語ではなく、今はふつうの呼び方として定着してきた感。」

きっと、これを読んでる人の中で「なんでこんな思いをして彼らと付き合わないといけないんだ、自虐的だ」って思う人もいるかも知れないと思う。が、本当にそれでいいのか?とわたしは思う。自覚していないマジョリティから、自覚し始めたマジョリティへ。そこに進むうちにどうしても「居心地の悪さ」というのは感じてしまう。わたしも「異性愛者」に言われたことがある。「性的少数者はいろんな人がいるので、自分が何かを話すと傷つけてしまうのではないかと思うと何も言えない。性的少数者のことを知れば知るほど、怖くなる」って。でもわたしはそれに対してどう答えればいいのかよく分からない。だって、それは「異性愛者」が今まで何も知らなかった、考えてこなかった証拠でしょう、って。今まで権力を持ちながらそれに無自覚だったのはあなたですよって。あなたたちは今までわたしたちを「いないもの」として扱ってきたでしょって。「いないもの」にされてわたしはどんなに悲しかったか、寂しかったか。そしてこれからもその思いはきっとまだまだ続くでしょう。でもマジョリティは「見て見ぬフリ」ができるから、「居心地が悪い」と思ったら、その場から立ち去ることが出来るだろう。そして一生、そういう人たちと関わらなければ、その人達が感じているつらさや生きづらさなんて無視して生きられるだろう。でもそれは、果たして「人間」として許されることなんでしょうか。「関わると自分がつらいから」という理由だけで見て見ぬフリをして生きていくのは人間として正しいことなんでしょうか?(本当は「正しい」という言葉を使いたくはないんだけど。この言葉嫌いだから)そこのところをもっとよく考えてくださいよ、と。

いわゆる「北朝鮮」という言葉。これがどうなのか、と判断することはとても難しいと思うし、実はまだ自分でもよく分かっていない部分がある。ただ、これも前の日記に書いたように、日本人(この言葉の使い方は本当に難しい)にとっては彼の地は「朝鮮半島」であって「韓半島」ではないわけなんだよね。そうするとただ「朝鮮半島の北の方にあるから」ってことで「北朝鮮」と読んでるだけ、という感覚なんだろうと思う、日本人はね。けど、「朝鮮半島」「韓半島」と2つ呼び名があるように、ここは政治的なイデオロギーが絡んできている問題である面がある。そしてそこの日本人の感覚ってのは「蚊帳の外」なわけで。なのでこの問題、あの国をどう呼ぶか、という問題については、わたしは今のところ本当のところは「よく分からない」んだよね。ただ、彼の国を「いわゆる『北朝鮮』」と呼ぶわたしは、やっぱり日本人としての感覚が主である、という認識を強くさせられることではある。。

20151117 144711  20151117 140138  20151117 144803


「歴史との向き合い方、受け止め方 まだどうやって関係すればいいのかわからない」「対話とは?不可能でも続けるとは?何かを知る、わかるってどういうことか迷走中、、、。わたしはずっとリエちゃんとチョンオギにとっては?マジョリティの市川なのか?」「在日問題について調べてもネットでまともなサイトを探すのが難しい」

ネットでこの問題について検索しても、マトモなサイトが見つからない、というのは本当にそうなんだよね。引っかかるのはおどろおどろしい「真実系」のサイトばかりで。まぁ確かにごく少数ですがまともなサイトは存在する。けども、手っ取り早いのは本を読むことかなあ。徐京植さんが書かれた「在日朝鮮人ってどんなひと?」なんかは中学生向けに書かれているので割と平易な文章で読みやすいと思います。

20151117 140239  20151117 140244  20151117 140258


「たくさん話した。バーっと吐き出すように話した気がする。」「2人にとってマジョリティとはと質問して意外とふわふわ?していた。未来の日本人も加害者なのか」「属性とは。切り離して考えることができること?」「自分の悪質な種?のようなものに気付く。はっきり分かったし、自ら認めた。その存在に」「マイノリティー/マジョリティー? 被害者/加害者? ずっともんもんとしていた土屋がその思いを言葉にできて嬉しそうだった。土屋もリエも身(ママ)をひらいたミーティングだと思う」「10月5日 話したいこと聞きたいことが話せて すごくよかった」「『あ!』りえちゃんとちょんおぎに自分がマジョリティとして自分が思っていたより強く?見られていることを実感する」

時は10月くらいらしいので、展示会のおよそ1ヶ月ちょっと前、というところだろうか。いろいろ話し合っていくうちに、徐々に何か発見するものや感じるもの、そしてそれを言葉に出して言えるようになった、ということだろうか。「悪質な種」、については、この人が感じたものとわたしが認識してるものはもしかしたら違うのかも知れないけど、わたしの中にも「悪質な種」と言えるものは確実にあるし、これはもう自分の中からは消し去れないだろうなと思う。けど、これを持っていることに気づけるというのは、自分のことをそれだけ客観的に見ることができるようになった、という意味でもないかと思ったりする。

20151117 144732  20151117 140305  20151117 140313


「立場的に相手の傷口にふれるようなことになってしまう それでもたとえ痛みをともなったとしても返事をしてくれた」「りえちゃんとカマキリの話」「マイノリティー・マジョリティーで考えたときの逃げ場のなさにとまどう」「『発言』というものへの恐怖心がどんどん大きくなる。私はいらぬことを言ってしまったのではないか。まちがっていることを言っているのではないか。。。 急に後ろめたさと後悔。 本当に「在り方」が分からなくなる。自分の告白に自信がもてなくなる。」

「分かった!」と思ったのに、また同じ思いが繰り返される。。でもそれは仕方がないんだよね。いくら話し合ったってお互いは「違う」ところにいるのだから。そしてそれが「マジョリティ/マジョリティ」という関係ならば、当然のこと、力を持っている方が少数者に対して「相手を傷つけてしまう。どうすればいいのか」と途惑うのは当たり前のことだよね。「こういう風な関係であればいい」なんていう答えはどこにもないわけなんだから。なんてわたしだって分かったような口を聞いてるけど、本当は分からないです。だけど人を絶対に傷つけない、というマニュアルなんてどこにもない。わたしはそのことがやっと分かったし、そして、自分が人を傷つけてしまう存在であるという覚悟だけはできたというか、ね。

20151117 140333


「橋が完成した夜にメンバーでへいのところに集まる。さくごしで話す。土屋さんと市川さん、ねころがる。灰原さんとチョンオギ、私はチョデミ側。で立っていた。あのとき初めて、『あっ、この空間いいかも、、、。』と思った。あの瞬間はとても良かった。」

なんかこの光景が目の前に浮かぶようだった。もちろんこれは到達地点ではなく、ただの「通過点」でしかないんだけど、でも、初めて空間が「いい」って感じることができたのは、今までのいろんな経験と思いがあったからだよね。

というわけで、この年表(?)を見るだけでもかなり時間がかかったのだが、しかし、これを読んだ後、じゃあなぜこの展覧会の名前が「突然、目の前がひらけて」になったのか、そこが引っかかった。だって、こんなことがあったあとでは全然「突然、」じゃない気がするんだけどって。まぁでも、両校との間に壁が出来たのは1960年代からだそうだから(武蔵野美術大学がこの地に来たのが1961年。朝鮮大学校はその前の1956年からあった)、その時間感覚で見ると「突然、」なのかも知れない、やっぱり。

で、橋。このギャラリーを出て、もうちょっと奥側に、それはあった。

20151117 140857   20151117 145022


これは武蔵野美術大学側から見た橋。

20151117 141046


これが朝鮮大学校側から見た橋。

20151117 141014  20151117 141024  20151117 145107


そして誰もが撮るであろう、ボーダーライン。「こんなに薄いのか」と思う人もいるだろうし、「だけどものすごく厚い」と思う人もいるだろうし。「これを渡れるということにどういう意味があるのか」を感じる人もいるだろうし、ただただ単純に「渡った!」って人もいるだろうし。わたしは正直なところ、よく分からない。今だけ渡れたとして、それが何か意味があることなのか。しかしそれは今、評価できることではないとは思う。象徴的な「橋」はこの時点ではあったけれど、今(この日記を書いている時点)ではもうない。でも、これからこれがどこにどう繋がるかだよね。それは武蔵野美術大学と朝鮮大学校美術科の関係だけではなく、ここの展示を観に行った人たちにも共通して。

20151117 145002


ちなみに武蔵野美術大学側にこれが置いてあり、一体これは何かと思ったら、夜間、橋の上に付けておく柵なんだそうだ。これは一体、誰のためになんのために必要だったのかはよく分からないが。。夜中に渡るなということでしょうか(笑)

で。武蔵野美術大学側から橋を渡って朝鮮大学校美術科に行くためには、この前に受付で名前と住所(いったっけ?)を書く必要があってね。で、番号がついた札を首からぶらさげないといけなかった。そして武蔵野美術大学側から入った人は、必ず武蔵野美術大学側から出ないといけない、ということだった。で、わたしも受付して、その後、この橋を通って朝鮮大学校美術科に行った。

20151117 141102


これは朝鮮大学校側の展示会の案内。

てっきり朝鮮大学校側にも武蔵野美術大学側と同じように受付があって人がいるのかと思いきや、そこには誰もいなかった。。。

20151117 141735


ただこんなものが置いてあるだけで。まぁでもこれは朝鮮大学校の学生向けでしょう。注意が朝鮮語で書いてあるし。朝鮮大学校教職員と学生は、とか読めるので、多分、こっちから行く内部関係者はこれを付けるようにっていうことでしょう。てか、偶然、ここに居合わせたときに、朝鮮大学校の学生と思われる子たちがこれを首にぶら下げて、一人が友だちに向かって「회사원~」って言ってるのが聞こえて(全部は聴き取れませんでした!(苦笑))、多分、首から札をぶら下げた姿が「会社員みたい」って言ってるんだろうなあ~と思ったら、なんかすごい微笑ましく思えてしまって。朝鮮学校はもちろん、学校内では朝鮮語を使わないといけないので、朝鮮大学校でもそれは同じこと、ましてやこうやって、わたしたちのような「部外者」が来るわけだから、なおのこと朝鮮語を使わなければならない状況だと分かってるけど(もちろん彼らはわたしたちと同じように日本語喋ってますけど、普段は)、でも、なんというか、やっぱりかわいいな~とか思っちゃってね。

ま、この展覧会で朝鮮大学校の学生と関われたのはここだけでした。あとは武蔵野美術大学も受付の人以外は全く誰とも関われなかった。美術展ってのは、そんなものなんだろうか。

20151117 141229


これが朝鮮大学校美術科のギャラリー。ちょっと寒々しいところでした(笑)武蔵野美術大学の方は武蔵美の学生、朝鮮大学校の方は、朝鮮大の学生、の展示かと思いきや、全然そんなことはなかった。ごちゃまぜでした。その中でかなり印象的だったのは、

20151117 144313


この絵だった。絵というか、まだスケッチのみなのか、それはよく分からなかったんだけども。

20151117 144328  20151117 144352


これは一体、何を表しているんだろう?右側の人たちと左側の人たちが言い争っているのは分かる。しかしそれに混じってカメラを抱えた報道陣なんかの姿もある。とっても気になる作品でした。これはこれで完成品なんだろうか、とか。

しかし、この時点では分からなかったんだけど、これはこの時点ではまだ完成品ではなかったようです。というのも、今年の1月下旬に同じところで別の美術展があって、それにこれもまた飾ってあったそうです。わたしはその展示会のことを最終日に知って、それなので観に行けなかったけど。。これがどういう作品になってたのか。それがとても気になります(そしてこの作品、まだ完成していないらしい。そのことはその後に聞いた)。

朝鮮大学校側で作品を観ているうちにふと思った。「これって、朝鮮大学校側からも来られるんだよね?」って。だってさっき、武蔵野美術大学側のギャラリーに新聞が置いてあって、そこに「両方から入れる」って書いてなかった?と。で、武蔵野美術大学側の受付に戻って、そこにいた人に「朝鮮大学校側からも入れるんですかね~?」って聞いてみたら「多分入れないんじゃないかと思います」という答え。「えー?」と思ったが、やはりそこは試してみなければ。と思い、一旦、武蔵野美術大学側の受付に札を戻したあとに、武蔵野美術大学を出て(構内、迷ったヽ(;▽;)ノ)、そして朝鮮大学校の入口に向かった。

朝鮮大学校に向かう途中、ふと思いだした。ヤンヨンヒさんが書いた「ディア・ピョンヤン」の中で(映画の方じゃなく、著作の方)ヤンヨンヒさんが朝鮮大学校の学生だったときに、しょっちゅう学校を抜け出して演劇を観て、そして夜中に学校にまた忍び込む、みたいなことを書いてたよなって(朝鮮大学校は全寮制)。なんだー、この道かあーって。

で、学校の中に入ったら、受付があったのでそこで名前と住所書いて。そこで首からぶら下げる札と注意書きを渡されて。「写真、動画の撮影は美術科展示室内外と「橋」のみに限らせていただきます。」というところに赤い線を引かれて。

20160210 162440


まぁ確かに普段来ないところだから、撮りたくはなるよね。だけど、それをされると向こうがすごく迷惑、ってことも分かる。学校側がピリピリするのもいろんな理由があるんだよね。

20151117 143844


これが渡された通行書。こっちには番号とかは書いてなかったなー。

まぁでも展示会自体は既に観たものだったんでね。ただ、帰った後にもらったパンフレットみたいなものを読んでたら、そこで行かなかった場所があったことに気が付いた。てか、それはどこにあったんだか、今でもよく分からない。どうやったら行けたんだろう。どうやら2階っぽい??「アンケート用紙」って書いてあるけど(パンフレットに)、そこでアンケート書けたんだ!わたし、ここはそういうの全くないんだな?って思ってた。いろいろ思うところもあったのにー!ってことで、わたしはアンケート書いてません。いろいろな言いたい思いを抱えて全部持って帰ってきた。

とはいえ、ギャラリーの向こう側でちょっと扉が開いてたところを覗いてみたら、こんなものが。

20151117 141310  20151117 141318


柿。朝鮮大学校の敷地内にある柿の木でできたものらしい。人には全く会えなかったが、この気持ちは嬉しかったです。なので、一ついただきました。

20151118 131053


家に帰って食べたけど、甘くて美味しかったよ!

20151117 151131


最後に。帰る途中、見かけた白い猫ちゃん。

しかし、事前に橋が架かることだけしか知らなかったので、創作したものが展示してあるとは思いもよらず。ちょっと本末転倒になってしまった感が否めない。しかも現地でその意図を把握出来なかった自分の失敗。「自分と同じ思いをしている」という嬉しさ、「でも同じことをこの人たちは大学生で感じることが出来たのだ」という羨ましさ。

その他、この展示会については本当にいろんなことを思って感じて。

でも、これはゴール地点じゃないし、これから先もまだまだ続くこと、なんだよね。
16:55 | その他 | トラックバック(0) | page top↑
01-12 Tue , 2016
今日から始まった!「ウルトラマンスタンプラリー2016」!!
ついこの間「忙しくて今年は何も出来ないかも!」なんて書いてたけど、やっぱ今年もこれが始まったら「うーん、今年はちょっと出来ない」とは思えない!!

てなわけで、12月の中旬に駅で見かけたこのポスター、発見したときは「おお、またやるのか!」と思って楽しみにしてたのよ。

20151218 151204


去年はなんとなしに駅に貼ってあるポスターの写真を撮ってたらそのうちに全部集めたくなって、全駅を回ることになってしまい、ほとんど全部集めた時点で「駅からのメッセージ」にはまり、これは全駅制覇とは行かなかったけど、ほとんど集めてそれぞれの駅の特徴なんか分かって面白いなーって思ったのよね(去年の日記→「全駅制覇、ウルトラマンスタンプラリー!その1(ただしスタンプは押してない)」「全駅制覇、ウルトラマンスタンプラリー!その2(駅からのメッセージ)」)。

それが今年もまたあるという。

「やってやろうじゃないの!今年こそ、全駅制覇だ!」


ってことで。

今日は用事があって渋谷と新宿に行ったので、そのついでにスタンプ台のところまで行ってきた。っていうか、スタンプ台の前にずら~って並んでてびっくりしただよ!!それも大の大人ばかり!(自分もそうだが、、)きっと、みんなわたしのように駅でポスター見かけて「やるぞ、やるぞ(わくわく)」って思ってたに違いない。去年は「全部集めよう」って決心したのはもう期間終了するギリギリのところだったから、スタンプ台の周囲を見まわす余裕などほとんどなかったけど、今回はまだまだ先があるので、じっくり見ようと。

まず行った渋谷。

20160112 131215


なんとなまはげ。つか、こんな怪獣いたんだね(笑)

で、スタンプ台のところへ行ったら、こんなのがずら~っと(左から右に4枚貼ってあった)。

20160112 130836   20160112 130843


20160112 130817   20160112 130810


ぬぁんじゃこりゃ。なぜここまで秋田弁??と思って駅のメッセージを見ると。

渋谷


なんと、渋谷駅の駅長さんは秋田県出身なんだと。ほうほう、面白い理由でこの怪獣を選んだんですね~。てかその右の写真を見るとこれ、全部秋田県出身の駅員さん?こんなに秋田県出身の駅員さんがいたんだ、渋谷駅。へえ~っ。正直、去年の渋谷はあんまり記憶になかったりして。。

そしてスタンプ台には

20160112 130947


ウルトラマンエース(だよね?)が「今日は渋谷駅に来てくれてありがとう!!」と。くわ~、渋谷駅、今年は力が入ってますね!

そして新宿駅。一瞬、駅のポスターを見たときは「あれ?」って思った。だって、去年と同じキャラクター?(結構駅のキャラクターって印象深かったところは忘れてないものなんだなと思った)

20160112 134241


去年も「ウー」でした。しかし、今年はこのポスターよく見ると(二代目)って。去年は「ウー」で今年は「ウー(二代目)」なのか。渋いぞ、新宿!しかしどうしてこんなに「ウー」に拘ってるんだ(笑)ちなみに去年、新宿駅の怪獣だった「ウー」はどうやら今年は信濃町にいるようだ。この手の顔は結構「駅員に似たのがいます!」みたいなメッセージが書いてあったりするのだが、果たして信濃町はなんで「ウー」になったのか。ちょっと楽しみだ。

ちなみに去年の新宿駅のメッセージは、特に似た駅員がいたというわけではなく、この怪獣、どうやら優しい怪獣みたいね。

新宿


これが去年の新宿駅「ウー」のメッセージ。そして下が今年の。

新宿


やっぱり新宿駅はこの「ウー」が心優しいというところが好きみたいですね。てか、この怪獣の選定、同じ人がやったに違いない(笑)

今年もわたしはスタンプを押すつもりはないけど、こんな風にスタンプラリーを楽しむつもり。去年は64駅で今年は65駅だっけ?ただし、去年はあった南柏がなくなって、東京モノレールの天王洲アイルと羽田空港第1ビルが増えたんだよね。っていうか、東京モノレールかー!うちの大学の上を走ってるんだよな、東京モノレール。天王洲アイルはちょうど在学中に建設されてて、確か大学院の時にできたんだよな~。友だちとあそこで「メシ食おう」って行って、中華料理屋さんに入ったのはいいけど、高すぎて腹一杯食べられなかったのを思い出すよ(トホホ)
22:57 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12-07 Mon , 2015
「ふたつのイヤギ」(日本大学芸術学部演劇学科 平成27年度総合演習IIIA)を観た
これも少し前の話になる。

最初、この公演のチラシを見たときに「あっ」って思った。「イヤギ」というのは朝鮮語で「話」という意味だ(チラシでは「物語」になってるけど、多分、大した違いはない)。「ふたつのイヤギ」というのは、その通り、この公演は「ちゃんぽん」という作品と「我が家のイヤギ」という作品の2つの劇が連続して演じられて、それで1つの公演となっている。「あっ」と思ったのは「我が家のイヤギ」を作った人の名前を見たからだった。「金民樹(キムミンス)」となっている。

わたし、今年の5月に「航路(항로)」というドキュメンタリー映画を観に行って、その映画に出てた人のうちの1人がこの金民樹さんだったのだ。金民樹さんは韓国籍を持つ在日で、映画の中ではもう一人、朝鮮籍を持つ在日、金哲義(キムチョリ)さんって人が出てくる。彼らはそれぞれ自分の劇団を持っているのだが、2人で「航路」という演劇ユニットを結成しているらしく、彼らの作った演劇が何回か、韓国の済州島の劇団から招聘されるんだけど、朝鮮籍を持つ金哲義さんは今の政権では韓国に行くことができないのね。それは以前この日記にも書いたとおり。朝鮮籍の在日が韓国に行けたのは金大中と盧武鉉が大統領だったときだけで、李明博から今に掛けてまた渡航できなくなった。韓国大使館に行って申請しても旅行証明書が出ないのだ。しかも済州島は金哲義さんのおじいさんの出身地で、自分にとっては全く縁がない場所ではない。縁がある場所なのに自分が行くことができないのだ。だから、韓国籍を持っている金民樹さんだけ毎年行って、行けなかった金哲義さんの書いた文章をそこで代読している。

このドキュメンタリー映画「航路」の中で彼らの作った「マダン劇」というものが出てくる。マダン劇というのは、韓国(だけなのか朝鮮文化なのかはわたしは今のところよく知らないが)の演劇スタイルらしい。マダンとは「広場」という意味らしいのだけど、文字通り舞台と観客が一体化する、というなかなか面白い(観客にとってはちょっとドキドキする)演劇スタイルだ。またまた話は飛ぶけど、わたしが去年、在日がやるお芝居で最初に観に行った、きむきがんさんのひとり芝居「在日バイタルチェック」というのも、今考えるとマダン劇の要素を取り入れてるものだったんだな、と思う。観客が突然、舞台の中の役者の1人として取り込まれるのだ。「在日バイタルチェック」はこれはこれで、とても素敵な舞台だった。この「在日バイタルチェック」もそうだったが、この航路の2人が作っている劇も「故郷・朝鮮半島を離れ、日本でどういう思いをしながらここまで生きてきたか」という在日の歴史を伝える、というのが主な内容だ。このドキュメンタリーを観てるとね、「ああ、一回この舞台を観てみたいなあ」って思ったの。でも彼らのマダン劇は大阪でやってて、東京には滅多に来ない。しかも東京でやると赤字になるのだと。しかもわたしはいつ、どこそこで彼らのやるマダン劇があるという情報は入ってこない。だから、「ふたつのイヤギ」のチラシの中に「金民樹」という文字を発見したときに「これは絶対に観に行かねば!」って思ったの。

20151114 102338


日本大学芸術学部はとても有名だってことは知ってたけど(昔、ラジオオタクでもあったし)、実際のところ、行ったのは初めての経験だった。まぁわたしは芸術とかほとんど無縁だからね~(笑)

ホールに入るとき、係員がいやに「前の方に座れ」だのなんだの言ってるなあと思ったんだけど、これはマダン劇だからなのだということをすっかり忘れてた。普通のマダン劇っておそらくこういうホール形式のところではやらないはず。本来なら「広場」のようなところでやる劇で、舞台と観客席の間はホール形式のような「断絶」はないんだろう。だから特に今回は「前の方に座れ」って言ってたんだろうなあ。本来、演劇のときはどの席が一番いい席っていうんだろうね?映画だったら見やすさを考えて真ん中からちょっと後ろにかけて、とか、音楽だったら音が混ざり合う2階席の一番前、とかだったりするけど(1階だったらやはり後方か)。よく分かんなかったので、かなり前方の方に座ったんだけど、今考えてみるとすごく危うかった!(笑)

事前に配られたパンフを読んでみると、この2つの劇、途中でカットしている部分があるらしい、時間の関係で。まぁ確かに普段だったら1つの劇はそれだけで観るものだから、カットしてある部分があるのは当然のことだろう。だが、わたしはそのカットしてある部分がとても気になって気になって。。はい、この劇を観た後でいろいろ調べて「ちゃんぽん」の方は元の脚本を探して読みました。もう一つも台本を売っているらしいので後日入手する予定。

「ちゃんぽん」は韓国で1980年に「光州事件」というのが起こったのだが、それが舞台になっているらしい。光州事件というと韓国の民主化運動の際、国が国民を弾圧した、ということしか知らなかったのだけど、それがコメディで描かれているという。一見、「この事件をコメディってどう描くんだろう?」って不思議な気持ちだったんだけど、これ、観てると本当に笑えるんだよね。ていうか、始まり方がすんごく面白くて。

普通、劇が始まる前って「ただいまより開演致します」とかアナウンスが流れるじゃん?違うのよ、これ。時間になったら突然人が出て来ていきなり始まるの。すっごいびっくりした。しかも前の方に座ってる観客2人が突然舞台の上に上げられて、そこでちゃんぽんを食べさせられるのだ!!あ、舞台の上の設定は、中華料理屋さんで。観客は、そのお店に来た「お客さん」という役を与えられる。いきなり舞台の上に連れて来られた観客はそりゃびっくりするし、うろたえるよね。「え、なんで自分が!?」「どうすりゃいいのよ?」みたいに。それだけでねー、笑えるの。舞台と客席との一体感はこんな感じで生まれる。そこで機転の聞く人ならうまく「役」になりきったりして、そこでまた観客席から笑いが起きる。これってすごいうまい劇のシステムだよね。ちなみにきむきがんさんの「在日バイタルチェック」も前の方に座ってるといきなり脈を取られたりするから、ご用心!(笑)

「ちゃんぽん」も「我が家のイヤギ」もネタバレしちゃっても構わないよね。劇って今までほとんど観に行ったことがなくて、観に行ったことがあるのは大昔、大学生の頃に高校時代の友だちがとある小劇団に所属していて、その関係で観に行ったのが何回か。下北沢でやってる系の演劇で、これ一体、どういう解釈をすればいいんだかっていう難しい感じの劇ばかりだった。そのときはそんなこと思わなかったけど、劇って映画と違って「古い演劇をリバイバルする」ことってなかなかないことなんだよなと。しかも演じる人は生身の人間だから、そのとき、そのときのことで、映画みたいに「へー、この人、こんなに若かったのか」なんてことは絶対にないわけで。劇ってその瞬間のものなんだと。「観たい」と思ったときしか観ることは出来ないものなのだ、そのほとんどは。そんな当たり前のことを今回、初めて認識し。なので、ネタバレしたところで、「これからこの劇を観るつもりだったのにバラされた-!」って人はほとんどいないだろうということでざっとあらすじを書いておく。

先ほど「ちゃんぽん」は光州事件を描いた作品だと書いた。舞台は光州にある、とある中華料理屋。36歳の男性が若い頃から修行して、お金を貯めてやっとのことで持てたお店だ。彼には異性の恋人がいる(ちなみにこの劇には同性愛者は出てこない、多分)。彼の恋人は喫茶店のレジの仕事か何かをやってる。彼は観客に対して貯金通帳を見せながら「今、やっと150万ウォン貯まった。けれど結婚するためには結婚式にいくらかかって、あれが必要でこれが必要で。。」と言い「もっとお金を貯めなければ」と言う。お店の従業員は2人。一人は実の妹。もう一人は実の弟のように面倒を見ている男。この妹と男も恋人同士、らしい。

実はこの設定、あとで脚本を読んだときに「あー、そうだったんだ」って初めて知ったのね。あまりにも「実の弟のように」面倒を見てたり、実の弟に対するような態度だったので、本当の弟だと思ってて、3人兄弟なのかと思ってたのよ。ここら辺、韓国人同士の「近しい関係」って本当に兄弟のようで、わたしには見分けが付かないのかも知れない、と思った。

お店に4人(主人公;社長、その恋人、従業員の男、社長の妹)が集まり「明日はピクニックだ」と言っている。そのためにカメラを借りてきたという授業員の男。光州の街は民主化を求める人たちでデモが起こり、政府は軍隊をそこに送り込んで鎮圧しようとしている。そのようなときに一本の出前の電話が入り、従業員の男が岡持ちを持って出前に行く。出前に行く途中の道で、腹を空かせた軍人2人が出てきて従業員に「その岡持ちを置いていけ」と命令する。従業員の男は「出前を届けてお金をもらってこないと社長に怒られるから置いていけない!」と言って拒否するんだけど、そこでもみ合いが起こって、岡持ちの隅に頭をぶつけて1人の兵士が怪我をしちゃうんだよね。

従業員がお店に帰ってきた後にテレビを付けると、テレビでは「一般の国民に混ざって北のスパイが入り込んで兵士に怪我をさせました!」と言っている。「北のスパイが民衆を煽って暴徒化させています!」と言っている。「軍隊はみなさまがた国民を守ると政府は発表していますから安心してください!」みたいなことを言う。ここの場面はテレビからアナウンサーが出てきて面白いと言ったら面白いのだが、クソですよ、クソ。韓国の放送局も日本の放送局も同じなんだなと。日本の放送局はどんなに国会前で人が集まってデモをしようが全く報道しなかったよね。安保法制の採決が行われる直前しか。しかも報道するとしたら「○人の逮捕者が出ました」とまるでデモに参加した人たちは暴徒たちであったかように大げさに報道する。韓国の放送局もそう。わたし、ついこの間の歴史教科書問題の時に偶然、朝鮮語の聴き取りに慣れるためにずっとKBS Worldを聞いてたんだけど、デモが起きる前には盛んに「歴史教科書」「歴史教科書」という単語が聞き取れた。が、デモが起こった後で「どうなったんだろう?」と思って聞いてみても、全く触れられないようだった。確かにニュースサイトでニュースになってはいたけど、その後どうなったんだ、あれだけ騒いでた「歴史教科書」の単語が全く出てこない。結局、報道機関なんてそんなもんなんだ、日本も韓国も。特に光州事件の時は韓国は軍事政権だったしね。でも、昔も今もそんなに変わりがないって!?とちょっと唖然としたのだった。

「北のスパイ」にされた従業員の男はそれは事実ではないことを外に伝えに行こうとするが、社長に止められる。そこからなぜか時は進み、次の日、ピクニックに行って帰った夕方の場面になる。そのあといろいろあって、岡持ちがふつけられた兵士は実はちゃんとした軍の兵士ではなく、単なる防衛(事前にもらったパンフレットによると、防衛軍というのは政府軍の戒厳軍や市民軍とは異なり、国内の徴兵制度において身体に不自由がある人、多めのお金を支払い、短い期間軍事訓練を受ける人のことで、韓国内では笑われるほどに低い身分の存在、なんだと)で、しかも仕事をさぼっている間に部隊から置いてきぼりをくらっていたことが分かる。そこで社長は兵士から銃だけは取り上げて、「もう勘弁してください」と言っている兵士たちを解放する。すると社長の彼女が務めていた喫茶店の店主から電話がかかってくる。デモで集まっている民衆にせめてコーヒーを届けようと道庁に行ったところで、銃で撃たれて死んだという。

それを聞いて従業員の男が「このままじっとしていられるか!」といって兵士から奪った銃を持って店から出て行く。妹もその後を追って出てしまう。止める社長。そこで場面が一転して、ピクニックの日に戻る。

楽しそうな4人の姿。サイダーを飲んだり、踊ったり。そこで前日、従業員の男が借りてきたカメラで記念写真を撮る。「タイマーが付いてるんだよ」って言いながら、またそのカメラを一番前の席の観客に預ける(笑)「あ、写真撮ってもらえますか?」って言いながら。それが遺影になる。ただ一人、生き残った社長が言う。

またあの日がやってきました。今日はこの町内あちこちでなくなった方たちをお祀りする日です。あのいまわしい春がくると、頭が辺になりそうです。春が、春じゃなく冬です。こころが寒いです。あの日以降、しばらくは何も手に付かなかった。死ぬこともできず、三人の墓を作って、また店を始めたところです。これ、見覚えありますか?通帳です。(中略)150万ウォンさえあれば、わたしたちの夢が実現するのに、1000万ウォン超えたのに胸の片隅にぽっかり穴が空いたようです。(後略)



この台詞を聞いたとき、わたしはそれまで泣いてなかったのに、思わず涙が目からにじみ出てきた。それは、これがただ「悲劇」であることに泣けたのではなく、何より、この事件が起こった日、1980年5月18日という日は、わたしの12歳の誕生日だったからだ(厳密に言うと光州事件は5月18日に始まったけど、その日に終わらずその先もっと激化して死者がたくさん出た)。あのときから35年しかまだ経っていない。ということは、まだまだ遺族がたくさん生き残っていて、今でもこの社長のような思いをわたしが生まれてきた日にしているだろうと、想像が付いたから。わたしがおそらくその当時一緒に住んでいた家族から「おめでとう」と言われた日に、まさに市民と軍隊が激突して亡くなった人がいるのだ。

東京新聞に今年「平和の俳句」というのが毎日載っている。いつだったか、ふと目にした俳句が「8月6日に広島で生まれたという複雑さ」みたいな俳句が載っていた。そのときは「まぁそうだろうね」としか思わなかった。実際、広島旧市内にあるお寺の中のお墓の墓碑銘を見ると「昭和20年8月6日」に亡くなった人がものすごくたくさんいることが分かる。その日は今でも「鎮魂の日」だ。その日に生まれてきた人の思いはどんなに複雑なんだろう。その俳句を目にしたときは「そうだろうなあ」としか思わなかったけど、このシーンを見てわたしはその俳句を詠んだ人の気持ちが初めて実感できたのだ。

もちろん12歳の誕生日のことなんて全く覚えてない。けど、そのときは韓国でそんなことが起こっているなんて全く知らなかったし、何より光州事件というのを知ったのは、2007年に「光州5.18」という映画が作られたときだった。この時に初めて「え。わたしの誕生日!?」って知ったのだ。この映画、観たいと思ってまだ観てないのだが。。

面白かった部分はほとんど説明を省いてしまったが、こういう悲しい事件でも途中で笑える場面にできるのって、これも「演劇ならでは」なのかなあと思った。映画だとまずこういう作り方はできないと思う。役者さんたちは何年生かすらよく分からないのだけど、どの人も結構印象に残った。ただ、一人二役とかあったみたいで、脚本を見ると「この人とこの人は別人なんだよね?」って初めて分かるんだが、劇を観ているだけでは「あの、最初に出てきたちゃんぽん食べに来た客は実は兵士だったの?」と思えてしまって、そこで「うーんと、えーっと?」と思ったりしてたので(一応、事前にもらったパンフでは二役の役名は書いてあるのだが。。)そこのところがすごく紛らわしかったように思う。あとはこの劇に関して言えば、台詞を噛んじゃった人が割といて、それがちょっと気になったかなあ。。あと「これは脚本の通りに行っていないのでは?」と思われる場面があって(食堂で兵士を捕まえてグルグル巻きにして、その上うるさかったので口にガムテープをしようとした場面)、あとで脚本を読んでみると確かに「ジャンノ(社長)、カウンターからテープを持ってきて、軍人たちの口をふさぐ。マンシク(従業員の男)も手伝う」と書いてあるんだよね。あの場面、確かジャンノではなくマンシクがガムテープで口をふさごうとしてたけど、ガムテープが手にくっついちゃってうまくふさげなかったのです。でもあそこはとっさの機転で「ええい、もういい」みたいな形であとはちゃんと繋げられてたんだよね。そこはすごく自然だった。まぁなんで気が付いたかと言えば、あそこでガムテープが付かない設定って変だと思ったから。ただそれだけの理由でした。

まぁそんなわけで、1つ目の「イヤギ」が終わった。少し休憩後、いよいよマダン劇「我が家のイヤギ」。

在日一世のおじいさんがリヤカーを引きながら出てくる。どうやら片足が不自由らしい。でも何やら「この話は自分が知らなかったお話」とか言ってる。このしゃべり方が在日一世らしいというのか、実際のところ、わたしは在日一世の人がどんなしゃべり方をするのかは聞いたことがないので分からないのだけど、きむきがんさんの「在日バイタルチェック」でもこんな感じで話している場面があったので、きっとそんな感じなのだろう。そこから物語は始まる。

身籠もった母親が出てくる。まだうまく日本語が喋れない。夫が北海道にいるらしく、それを追ってきたらしい。しかし青森でいきなり産気づき、そこで女の子が生まれる。だったっけな、よく覚えてないけど。。女の子にはお兄さんがいる。おじいさん、お母さん、お父さん、お兄さんと自分。女の子は廃品回収をしていたおじいさんのリヤカーに乗りながら、故郷、済州島の言葉を教わる。そして朝鮮人のための学校である朝鮮学校に通い始める(そのときは既に大阪にいる)。故郷にいる親戚から手紙が来ても、みな字が読めない。ので、一番歳は若いが朝鮮学校に行って文字を教わっている女の子が読む。みんな集まってそれを聞く。返事も女の子が書く。

近所の人たちが集まって宴会をする場面。貧しい中でも肩を寄せ合って生きていく人たち。ここでも観客が数人、舞台上に連れられていく。「いやー、しばらくやったなあ」とかいろいろ声を掛けられてすっかり「近所の人」になる。こういうところが「マダン劇」。

おじいさんが足の悪い理由が分かる。済州島4.3事件。これ、わたしもあまりよくは知らないのだが、解放後、韓国で選挙か何かあったときに、済州島の人たちが「アカだ」って言われて殺されたりしたんだよね。そこでせっかく解放後に日本から帰ってきた人たちがまた日本に戻って来た、そんな事件だったと思う。おじいさんはそれで足を悪くして、そして再び日本に戻ってきたのだった。が、やはり故郷が忘れられない。先祖もそこにいる。墓もある。というわけで、おじいさんとお兄さんはあるとき、済州島に帰るのだ。

ちなみにわたしはここで「あれ、帰国事業じゃなくて、自分の故郷に戻った人もいたんだ」と思ったが、まぁ日本と韓国が国交を回復した1965年以後であり、朝鮮籍から韓国籍に変えたら当然のことながら、韓国に戻れるということだよね。わたしはそれまであまりにも「帰国事業で朝鮮民主主義共和国に行きました」という話ばかりを知っていたので、ちょっと混乱した(^^;

それから数年後、おじいさんが病気になる。お母さんが心配して済州島に行くという。一人だけ韓国籍に変えて。しかし、お母さんが済州島に行っている間に韓国政府が日本に残っている家族全員に「朝鮮籍から韓国籍に変えなければ、母親は日本に戻さない」と言う。父親は悩む。なぜって子どもを朝鮮学校に行かせているわけで、当然のことながら朝鮮民主主義人民共和国側に付いている人だから。が、母親が日本に戻ってきたということは、不本意ながら家族全員、韓国籍に変えたということだろう。そこから父親は酒に溺れていく。
(しかしこの話って、蒼のシンフォニーを観たときとほぼ似てる感じなんだよね。パスポートが欲しければ、朝鮮学校を辞めさせろという、韓国側の主張。それは国と国とのイデオロギーの違いだから不本意ながらも仕方がないことなのかも知れないけれど、でも国の都合で引き裂かれている人たちを見ると「国」とは一体なんだろう、「国」と「人」の関係ってなんだろうって本当に考えさせられし、複雑な気持ちになるし、一体それをどうすればいいのだろうという気持ちになる)

お兄さんの方は済州島に帰ってしまったが、妹は朝鮮学校に通い、「朝鮮人」という民族を誇りに思って過ごしていく。そして朝鮮学校卒業後は歌舞団に入る。

お父さんがお酒を飲み過ぎて身体を悪くする。お兄さんがお見舞いにやってくるが、父親は面会を拒否する。すっかりきれいになった(それでもおんぼろな)朝鮮学校にお兄さんを案内する妹。かつてはお兄さんもそこの学校に通っていたのだ。

そこの場面がわたしは忘れられない。

妹は当然のことながら、自分たちの民族の言葉を「朝鮮語」という。しかし、韓国に帰って行ったお兄さんは「韓国語」という。妹は「なんで?うちら朝鮮半島から渡ってきて、朝鮮民族なんだから朝鮮語じゃないん?」という。お兄さんは「元は大韓帝国だったから、韓国語なのだ」という。

わたし、ここで初めて分かったんだよね。わたしは自分が朝鮮語のことを「韓国語」と呼ばずに「朝鮮語」と呼んでいるのは、この2人とは別の理由なんだと。わたしの理屈は、日本では朝鮮半島のことは「朝鮮半島」と呼び、また朝鮮戦争も「朝鮮戦争」と呼ぶ。学校でもそう習う。だから朝鮮語は「朝鮮語」なのだ。ここだけ「韓国語」にするとまるで「韓国の言葉」のようなイメージになってしまって、朝鮮民主主義共和国を無視しているように思えるのだ。だが、韓国では朝鮮半島のことは「韓半島」と呼び、朝鮮戦争のことは「韓戦争」と呼ぶ。だから「韓国語」なのだよね。韓国では今は本当に限られた言葉(例えば昔からある「朝鮮日報」とか)そういうときでないと「朝鮮」という言葉は使われない。

わたしの理屈は一見すると朝鮮民主主義共和国の理屈とよく似ていると思う。が、違うのだ。わたしはそこに「朝鮮民族だから」とか「朝鮮人だから」という理由はない。単なる、日本では「朝鮮半島」と呼び「朝鮮戦争」と呼んでいるから「朝鮮語」なだけだ。そしてわたしは何も不都合なことがない限りは「朝鮮語」を使うけれど、例えば韓国人の前で「朝鮮語」は使わない。それは彼らにとってとてもデリケートな問題だが、わたしは何かイデオロギーがあって「朝鮮語」と呼んでいるわけではないからだ。わたしは何のためらいもなく「朝鮮語」と「韓国語」を使い分けることが出来る。

その元になっているのは、何のことはない、わたしが「日本人」(ここでは日本に住むマジョリティとしての日本人ということ)だからなんだよなと。「在日当事者」ではないからだからなんだよなと。

んとね、「マジョリティであること」というのは本当に自覚しにくいことだ。なんてったって「普通」で言い表せてしまうのだから。「普通」ということはほとんどの人と共通点があると言うことで、だからこそ何も感じない。何も感じないところを何か感じろということはとても難しい。わたしはそれまでずっと「日本において日本人であるとはどういうことだろうか」ってずっと考えてきた。でも考えても考えても全然分からなかった。

蒼のシンフォニーを観に行ったとき、わたしはとてつもない違和感を感じた。しかしそれは「周囲が在日で自分が日本人」という違和感ではなかった。あの日記にも書いたけど、あのときは「知らない学校の同窓会に紛れ込んだ」ような違和感だった。あの場でわたしは、自分がマジョリティではなくマイノリティだと感じていた(当然のことながら、だからといってわたしはあの場所で「マイノリティ」だったわけではない。マジョリティとはただ数だけの問題ではない)。

だが、この場面を見たとき「なるほど、マジョリティとしての日本人とはこういうことか」と初めて分かったのだ。やっと自分の「立ち位置」がはっきりしたような気がした。今までわたしはもちろん韓国に対しても、いわゆる「北朝鮮」に対しても「今は、できるだけ公平に見よう」と思って来た。「今は」というのは、わたしがこの2つの国について、全くよく知らないからだ。全くよく知らないのに一つの些細な事実を取り上げて「これが真実だ」と思うのは偏見だ。わたしは自分が偏見を持つことが嫌だ。だからこそ、いろんな知識を知って、その上で判断したい。だが、肝心の「自分がどの場所から見ているか」がずっと自覚できなかったんだよね。だからそのことが分かってわたしは本当に嬉しかった。あの場面を見ながら「ああ、そうなんだ」って。自分のいる場所があの場面を観た瞬間「すとん」と来たというか。そして今後、いろいろなことを考えて行く上での大きな「鍵」をもらったような気がしている。あの「すとん」と腑に落ちた瞬間の感覚を大切にしていこうと思っている。もちろん一言注意しておくけど、これはナショナリズム的な意味の「日本人」ではないです。あくまでもマジョリティとしての「日本人」な感覚。「在日ではない」という感覚。そんな感じ。ただもしかしたらこの言い方は在日当事者にとって失礼に当たるかも知れない。「だから何なの」程度の話だろう、多分。でもこのことはずっとずっと自分でも考えて、でもずっと分からないことだったから本当に嬉しかったのです。

劇の内容について戻ろう。妹は歌舞団に入り「打倒、朴正熙!」を叫んでいる。一方、お兄さんは韓国で朴正熙を応援する側になっている。同じ血を分けた兄弟の中で分断が起こっている。ここは正直、わたしのような「部外者」には最も見えない部分だ。見えにくい部分でもある。だって、とてもデリケートなことだから。わたしは在日の人に向かって無神経に「分断ってどういうこと?それでどういうことが起こっているの?」とは聞くことは絶対にできない。本当はこういうことすら「書いていいのだろうか」と躊躇われる。だってわたしは「当事者」じゃないんだから。当事者たちの経験とか複雑な思いとか、それは「実感」することができないんだから。決して立ち入ってはならない部分。それを無神経に聞いてしまうことは単なる興味本位にしかならない。それは分かってる。だが、いろいろ考えていてこの部分に突き当たってしまうことって結構あるんだよね。わたしには今「見えている部分」と「全く見えない部分」があることは感じている。「全く見えない部分」は想像すら付かない。

うーん、これだと悪意を持つ人から見るととてつもない勘違いをされそうな言い方になってるな。「全く見えない部分」というのは、例えば今現在、在日の中で見えてる部分は「朝鮮学校」を中心としたものが多いということだ。しかし、在日全体の中で朝鮮学校と関わっている人って本当にごく少数だ。その他の部分はわたしには「全く見えない」。例えば性的少数者でいうと(これまた単純には比較して言えないのだが、イメージとしては)表に出てすごく目立ってる人もいるよね。カミングアウトしてテレビに出たりして。わたしだってある程度カミングアウトして生きてるし。ところがその「見えている部分」だけが性的少数者かというと全くそうではない。全く見えない部分で息をひそめて、いや、息をひそめてという言い方は悪いかも知れないが、ひっそりと暮らしてる人だっているわけだ、いろんな事情があって。もちろんその事情というのは「ゲイと分かると差別されるからカミングアウトできない」というのから「いや、性的少数者は一生日陰者として生きなければならないんだ」って考える人まで人の数だけ理由はあると思う。そして数からすると絶対にひっそり暮らしている人の方が多いと思う。でも見えないから世間からは「いない」ことにされる。「ゲイは芸術感覚に優れて」とかよく言われるけど、それは今現在「見えてる部分」がそうなわけであって、そうじゃない人の方がむしろ多いと思う。わたしが在日の人たちについての「見えない部分」というのはそれに似た部分がおそらくあるだろうということだ。もちろん全く同じではないのは当然だが。

ただ、わたしはその人たちを表に引っ張り出したいわけではない。「性的少数者は全員カミングアウトしろ」とは全く思ってないように。わたしが願っているのは、誰もがみな「暮らしやすい」世の中になって欲しいなあと思うだけ。それはそうなんだけど、見えない部分の人たちがどういう思いをしながら今の世の中をひっそり暮らしているのかと考えても、それはわたしから見えないんだから分からないです。性的少数者なら、わたしも当事者だからそりゃひっそり暮らしている人とも会う機会はある。どういう思いをしながら暮らしているかもある程度聞ける。でも在日は当事者じゃないので出会えない、わたしの方からわざわざひっぱり出して会いたいとは言えない。だから「分からない」のだ。だが分からないのは「いない」ってことではない。最低限でもそのことは肝に銘じておきたい。

というわけで、やっぱりこの辺の話がくどくどなるのは、もちろん誤解されたくないのもあるけど、複雑で分からないところが多いからだと思う。でも、分からないということを忘れなければ、いつかは何かあってまた「すとん」と来るかも知れない。一生分からないかも知れない(多分当事者じゃないのでこちらの方だろうけど)。出会うか出会わないかは今後の偶然に任せるしかない。

劇の続き。お兄さんは言う。「小国は、大国の都合でいつも振り回される。だから統一は絶対に実現しない!」と。そして故郷の済州島に戻っていく。亡くなったお父さんの遺骨と共に。しかしお兄さんはその後大変な目に遭っていることが分かる。日本に行ったとき朝鮮学校を訪れたことがばれて、あやうく逮捕されそうになったところを、以前、弁論大会で朴正熙からもらった賞状が出てきて逮捕されずに済んだ、と。

「小国は、大国の都合でいつも振り回される」、これは本当にその通りだ。といっても日本だって「大国」のうちに入っているし、何より第二次世界大戦後、同じ敗戦国だったドイツは東西に分裂したが、日本はしなかった。だけど日本の植民地だった朝鮮半島が分裂してしまった。んー、正直、ここら辺の歴史的な経緯については本当に概略しか知らないので、わたしは今、どうということもできない。そして世界の中では一応大国の部類に入っている日本だってアメリカという大国の前では小国だし、自ら進んでアメリカの言いなりになって、全然国民を大切にしていないことについてはとてもとても憤りを感じる。が、きっと朝鮮半島に住む人たちにとってはそれ以上の思いがあるだろう。だって間に日本が絡んでて、その日本はのうのうとアメリカ庇護の下で経済大国になったんだもの。では一体、自分はその中でどうすればいいんだろう。もちろんわたし個人の力でどうすることができるというわけではないが、でもだからといって誰も何もしなければ、強いものの言いなりになるだけだ。「念ずれば花開く」とか「小さなことからコツコツと」などの言葉が頭に浮かんでくるが(笑)、こればかりは知識を蓄えて時を待つしかない。何かアンテナを張っていれば、いつかは必ずどこかに通じる。それを信じて地道に歩むしかない。それが自分の出来ることと信じるしかない。この言葉は劇中で何回か繰り返されるのだけど、それを聞くたびに胸が痛かった。

その後、お母さんもぼけて亡くなる。すっかり歳を取った女の子(と言っても、もう白髪だ)。子どももいるし、孫もいる。「一世、二世と言うけれど、それは一歩、二歩と在日が歩んでいくことなのかも知れない」と最後に言う。「ああ、そうなのか」と思った。が、それはどの方向に向かって歩んでいるんだろう。人は時代と共に歩んでいるから、いつも同じ場所にはいない。そして一世と二世の思いは違うだろうし、二世と三世の思いも違うだろう。きっとそれが一歩であり二歩であるのだろう。実は、この言葉はまた、その後日、とあるところで思い出されることになる。このときはもちろんそんなこと知らなかったけどね。

この話は、途中からもうボロボロ泣けてきて。自分でも何でこんなに泣けるのかよく分かんないほど涙が出て来て止まらなかった。そして上に書いた3つのこと、「(自分の中での)マジョリティの位置」を発見してとても嬉しかったこと、そして「小国は大国に振り回される。だから、統一は絶対にしない」というお兄さんの言葉、最後に「在日一世、二世といいうのは、一歩二歩と歩むことなのかも知れない」という言葉が深くわたしの心の中に沈み込んだ。この劇を観に来て本当によかったと思った。

ただこのマダン劇、途中で朝鮮語が使われてたり、あとは在日の歴史を少し知らないと難しいかもなとは思った。その点、きむきがんさんの「在日バイタルチェック」の方が何も知らない人も理解しやすいかも知れない。あの話も本当によくできていて、在日の歴史が解放後から今の「高校無償化」の問題まで全部入ってるんだよね。これはホント、何も知らない人たちでもお勧めです。「在日の歴史」と言うけれど、実は在日の歴史だって日本の歴史の一部なんだよね。だって日本で起こったことなんだもの(「同化」という意味で言ってるわけではないです)。だから在日の歴史も、日本の歴史の一部としてやっぱり知っておかなければならないんじゃないかって、わたしはそう思うんだよね。このようなルーツを持つ人たちもこの日本で一緒に暮らしている。在日の中にこういう文化があること、もっと広い人に知って欲しいし、逆に在日の人だけのものにしておくのは本当にもったいない(ってそんなに偉そうなことわたしが言っていいのかどうかはよく分からないけど。なにしろ、わたしだって偉そうに語ってるけど、数年前までは全く知らなかったことなのだから。出会ったのは本当に偶然に過ぎなかったんだから)。「在日バイタルチェック」、今後も東京でやるかどうかは分かんないけど、去年、今年と東京でもやってたみたいなので、今後もまたこちらでやる機会もあるかも知れないですね。その他、大阪でやってるマダン劇も是非、また東京でやって欲しいなと思う。赤字になってしまう問題があるかも知れないが、赤字にならないためにもっとたくさんの人が観に来ないかな。

話が逸れた。「我が家のイヤギ」の方なんだけど、これが劇団タルオルムという金民樹さんの劇団でやったときはおそらくほとんどの役は在日の人が演じたんだろうなと思う。ちなみにこれは金民樹さん自身の話ではないです。金民樹さんが別の在日の人の話を聞いて、それを元にこの話を作ったそうです。今回は大学生で、んで多分、在日でない人が多く演じてたのではないかと思う。しかも観に来てた人はおそらく「日本大学芸術学部演劇学科」の中の人たちを知っているという人たちとか、やっぱり演劇関係者が多かったのかな。ということは、こちらもおそらく在日でない人、の方が多かったと推測される。

もちろん在日の役を在日じゃない人が演じても全くおかしくない。むしろ劇ってそういうものだと思う。が、在日の人がやるマダン劇はあまりにも「当時者性」というものが強いイメージがあるので、わたしは逆に在日の人がやる「マダン劇」はどういった雰囲気のものなのか、それがこの公演を観て、さらに強く感じられたんだよね。ただ、その逆を考えると(逆の逆なので話は元に戻っています)、わたしはあの場の雰囲気は違和感はなかったのね。それは実状はどうであろうと、自分の中に「この場にいるのはわたしと同じマジョリティである日本人が多いだろう」という思い込みがあったから。だからこそ、わたしは「朝鮮語」「韓国語」双方の主張を聞いたときに自分の中で「すとん」と落ちるものがあったのかも知れない。これがきっと当事者である在日が演じたとしたら、それを思うより「分断」のことの方が強く感じられてしまったかも知れないと今、思ったりしている。だが、そのことは劇を演じる人にとっては失礼な言い草だよね。演じる人によって演技力以外のところで説得性が変わるとしてしまうならば。だが、まだ本当のマダン劇を観ていない立場で想像するなら、きっと、マダン劇が行われるところでわたしは、この間の「蒼のシンフォニー」と同じ「違和感」を持つんじゃないだろうか。なぜなら、観に来る人は圧倒的に在日で、しかも朝鮮学校の校庭でやったり講堂でやったりすることも多いからだ。とするなら、わたしはまた「別の学校の同窓会に紛れ込んだ人」になっちゃって、そこでは「マイノリティ」を感じることになる(実際のところは全然マイノリティではないんだけどね。マイノリティというのはただ「少数」という意味ではないのだから)。とすると全く同じものを観たとしてもわたしはそこで「すとん」とならなかったのではないか。それを考えると「日本人の手でマダン劇をやった」ってことは(注;本当に日本人の手でやったかどうかは、事実かどうかは分からない。ただ、わたしの感覚としてだけど)、これはこれで大変な意味を持つということではなかろうか。だとすると、わたしが「偶然」出会ったこのことは、とても貴重な経験だったのではないかと。

演じた学生たちはすごく勉強しただろうと想像する、この劇をやるに当たって。劇の役作りについてはよく分かんないけど、でもその人を演じるのであれば、その人がどういう人なのか、今までどういう風に生きてきたかとか考えたりするよね、多分。だからこの劇を演じる上では学生はきっと在日の歴史のことについてうんと勉強したと思う。そして上でも書いたけど、おじいさんの口調なんて、本当にうまかったと思うし。しかもこの人、お兄さん役と実は二役だったんだけど、正直、気が付かなかったんだよね。それはお兄さんの幼少の時の役の人が、わたしには「女の子」に見えてしまったことも一因だろう(実際、女の人が演じたのがあることと、朝鮮語の名前はわたしには聞いただけでは男性なのか女性なのか区別が付かないので当初「姉妹」とばかり思い込んでしまってたのよね)。大きくなって出てきたとき「なんとなく似てる」とは思ったんだけど、帰ってパンフをよく見てみるまでは二役とは思わなかった。これってどう考えればいいんだろう?

あのね、初めにやった「ちゃんぽん」で主要な役をやってた人も、このマダン劇のちょい役(例えばお葬式の場面で棺を持つ人など)で出てくるの。そうすると「あっ、さっき出てきたあの人だ」とか分かっちゃうの。全然違う格好してても。それがなんかとても違和感があってね。「さっきあんな格好で出てたのに」とか。その役が印象深かったと言えばそうなんだろうけど、しかし、同じ劇の重要な役をふたつやりながら、同じ人に思えなかったというのは、うーん、どう評価すればいいのか。おじいさんとお兄さんは別人なんだから、当然「違う人」に見えるのは当たり前で(外見が似てたとしても)、そこのところの区別が役を演じる上でうまく付いていたと言うことなんだろうか。なんか不思議な感じです。

わたしはこの「総合実習IIIA」という授業の位置づけがちっとも分からないので、どういう人たちが演じてどういう位置づけの実習だったかはちっとも分かってないのだが(しかもアンケートには「照明はどうだったか」とか「大道具、小道具はどうだったか」とかいう質問があったんだけど、そんなのわたしには評価できないよ。照明とか小道具がいいとか悪いとかってどういうことなのかも分かんないんだから。というかその質問を読んで初めて「あ、照明とか大道具、小道具も学生がやってるのか」って初めて認識したほどだし。そういう質問があったこと自体、観に来る人って演劇関係者が多いってことだろうか?)この公演自体はとっても面白かった。「普段は在日の人が主体になって演じられる劇をそうでない人たち(これ、何度も言うけど実状は分かりません。わたしがそう認識しているだけ)が演じること」って本当はなんかものすごく意味があることだったんじゃないだろうか。ただ、だからといって日常的に在日の人たちが作ったマダン劇を日本人が「取り上げる」ことには反対だ。マダン劇は彼らのものなんだから。そことこことはきっちりと「線」で区切っておかねばならない。

本当は韓国で「ちゃんぽん」を観てみたいけど、さっき書いたように演劇はそう簡単にリバイバルするものではないから、観ることはできないだろうな。でも、この劇を観に来ている韓国の人たちがどういう反応をしながら観るのか、そういうことにも興味があったりする。でももし観るチャンスがあるとしたら、それまでに朝鮮語がもっともっと分かるようにしておかねば!

ちなみに「ちゃんぽん」の方は脚本を読んだが(これコピーするためにわざわざ都立中央図書館まで行きました)、カットしてある部分はなるほど、カットされてても話自体には影響はあまりないところだったなという感じかな。夢の中の話のようでした。拷問されるシーンだったけど。
00:43 | (一般)映画・演劇のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
11-27 Fri , 2015
「蒼のシンフォニー」特別試写会に行った
20151029 122104   20151030 181632


だいぶ前の話になるが、「蒼のシンフォニー」(そらいろのしんふぉにー)という映画の試写会に行った。

きっと「何その映画。全然知らない」という人が多いと思う。これは「ウリハッキョ」「60万回のトライ」と同様に朝鮮学校を扱ったドキュメンタリー映画だ。実は「ウリハッキョ」「60万回のトライ」にもちらっと出てくるが、実際の映像はほとんどなかった場面がある。それは朝鮮高級学校(日本の高校に相当する)の「祖国訪問」の場面だ。朝鮮高級学校においての「祖国訪問」というのは、おそらく日本の高校でいう「修学旅行」に当たるとわたしは認識してるんだけど、まぁ「祖国訪問」の行き先は当然のことながら朝鮮民主主義人民共和国、いわゆる「北朝鮮」だ。

ではなぜ先の「ウリハッキョ」と「60万回のトライ」ではその映像がほとんどなかったかというと、「ウリハッキョ」の監督さんは本国の韓国の人で、当然のことながらいわゆる「北朝鮮」には行くことができない。「60万回のトライ」は2人の監督さんで、一人は本国の韓国の人、もう一人は在日だったと思う。しかし、この在日の監督さんは確か、朝鮮学校には通ったことがない人なんだよね。だからこの映画も監督さん自らいわゆる「北朝鮮」には行けなかったのだ。で、この「60万回のトライ」では一人の生徒にカメラを託してて、「祖国訪問」の様子がちょっとだけ映像であることはあるんだけど、まぁ生徒が撮ったものだから、当然のことながらきちっとしたものではないのね。

ところが今回の「蒼のシンフォニー」は監督さんがいわゆる「北朝鮮」に行って「祖国訪問」の様子を撮ってきたという。わたし、それがとても「興味深かった」のね。単純に「観たい」って思った。だから、この映画に対しての「後援金」、いわゆる映画の制作費に当たるものだと思うけど、その募集をしていたときに、応援の意味を兼ねて少額だけどもお金を出してたのね。今回はその特典。そしてこの映画の一般公開は来年の春になるということで、そんなに先まで待てないよってことで行ってきたのだ。

ただ、行った後、映画の感想がここまで長い間書けなかったのは2つ理由がある。一つ目は「素直なわたしの気持ちを書いたら、当事者(この場合は在日認識がある当事者)の気持ちを傷つけてしまう可能性があるのではないか」と思ったこと。もう一つは「わたしが素直な感想を書いたとして、そこに全く悪意がなくても、悪意を持とうと思った人に対してはどうやったって悪意を持てるような印象を与えてしまうだろう」と予想されるからだ。当事者の気持ちを傷つけるのは嫌だし、悪意を持った人に悪い意味での「宣伝」になって伝わるのはわたしの本意ではない。それでずっと「どういう風に書けばいいのか」を考えていた。「書かない」という選択肢はなかったが、その「書き方」をずっと悩んでいた。が、あるとき思った。「正直に書こう」と。ただ、誤解や悪意を持たれるのは嫌なので、その都度、わたしがそれに対してどう考えたかを長々しく書こう、と。それでもきっと、文章ではわたしの気持ちはすべて伝えられないだろう。そのことについては予め言っておく。そして多分、これは「映画のレビュー」にはならないと思う。わたしが映画を観て印象に残ったこと、それについて考えたこと、それが主な内容になるだろう。

しかし、既にここから長々しい説明の一端に入るけど、これはあくまで「朝鮮学校」に関わりがある人たちの話だ。「朝鮮学校」=「在日」ではあるけれど、「在日」=「朝鮮学校」ではない(朝鮮学校は在日の「部分集合」ということ)。むしろ、在日の中で朝鮮学校に関わっている人たち(関わるというのは、朝鮮学校関係者、いわゆる朝鮮学校の卒業生やら家族やらということ)は在日の中でも少数の人に過ぎない。朝鮮学校とは全く関わりのない在日の人たちはいるし、数からするとこちらの方が「多数派」だ。朝鮮学校は今、生徒数が減少している。戦後70年近くの民族教育を担ってきた朝鮮学校が今、このような現状を迎えているのは、わたしはとても悲しいと思う。人数が少ないコミュニティの中に子どもを入れたくない(狭い世界の人間関係しか持てないことを避けたい)という理由で朝鮮学校に通っていても途中から日本の学校に転校してしまう、という例もよくあるらしい。現にこの映画では一人、中学時代はずっと1人で過ごした、という生徒が出てくる。それまでは同級生は5、6人いたんだそうだ。が、自分一人を残してすべて別の学校に行ってしまったと。この人、映画の中では言ってなかったけど多分、以前わたしが観た「アフタースクール 東日本大震災 東北朝鮮学校の記録part.2」というドキュメンタリーで出てきた子だよね?この「アフタースクール 東日本大震災 東北朝鮮学校の記録part.2」という映画は「東日本大震災 東北朝鮮学校の記録 2011.3.15-3.20」というドキュメンタリー映画の続編で、制作したのは先に紹介した「60万回のトライ」を制作した監督さんたちだ。東日本大震災で校舎が壊れてしまった東北朝鮮学校が、仮校舎を作って移転した先での話なのだけど、そこで中級部にたった1人だけで学んでいる生徒がいる話が出てくる。その子が多分、東北朝鮮中級学校を卒業したあとに、茨城の朝鮮学校に来たんだろう。

あ、大事なことを言い忘れていた。この映画の舞台となっているのは茨城朝鮮初中高級学校だ。そこの高級学校の生徒に焦点が当てられている。朝鮮学校がどこにどのくらいの規模である、ということはわたしはよく知らないのだが、初級から高級まですべてある学校っておそらく数が少ないと思う。前に出てきた東北の朝鮮学校は初級と中級しかない。その上に行くには、家から離れた高級部がある学校に行かなければならない。茨城朝鮮初中高級学校には生徒たちの寄宿舎がある。実家が遠くてとても通えない人たちのためだ。中には実家が新潟で、初級学校から1人、寄宿舎にいるという生徒も出てくる。初級学校といえば、日本の学校では小学校だよ。小学1年のときから親元を離れて寮生活って、本当にすごい。来た当初は寂しくて仕方がなかったそうだけれど。土日に親元に帰って、月曜日の朝、親が新潟から茨城まで車で送る。子どもも大変だけど、親も大変だったと思う。しかしこの子はとても面白い子だった。そういや「60万回のトライ」にも面白い子が1人いたな。いわゆるムードメーカーというか。その子はもともとそういう性格だったんだろうけど、でも、小学1年生、あ、違った。初級学校1年生って言えばいいのかな?からの寮生活でも伸び伸びと育てられたから、その子のもともと持っていた性格が発揮されたんだろうな。

というか。ここからずるずるといろんな話が出てきそうになるんだけど、話を元に戻す。というわけで、わたしが言いたかったのは「在日」=「朝鮮学校」ではないこと。むしろ朝鮮学校に通っていない在日の方が多数派であるということ。そして「多数派」にも関わらず、普段のわたしの目からはそれはほとんど見えない、ということだ。だから、この映画を観て在日の人はこういう人たちなんだーって思うのは違う。わたしはわたしの目からはほとんど見ることができない多数の在日の人に思いを馳せる。ただ、うっすらとだけど「内部は複雑」だろうとは察しながらもね。性的少数者もそうだけど、世の中で「透明人間」をやってるのもつらいことです。

朝鮮学校が目立っている理由というのは、わたしが言わなくても大半の人は分かるだろうと思うが、朝鮮学校無償化排除問題、というのが大きい。そしてその背景にあるのは「朝鮮学校は朝鮮総聯と関係があること」、そして「朝鮮総聯がいわゆる『北朝鮮』に結びついていること」、そしていわゆる「北朝鮮」の拉致問題、というのがどうしても出て来ざるを得ない。

ただ。わたしは基本的に朝鮮学校は民族教育権にあたると思っている。権利というものは制限が付けられないから権利なのであって、そこで「こういう教育はするな」と介入するものは権利ではないと思っている。もちろん権利は無制限ではない。しかし「無制限ではない場合」というのは、あくまでも「他者が持つ権利とぶつかり合う場合」にのみ何らかの制限が付けられるべきだ。だからいくら「表現の自由は無制限だ」と言っていても、そこに他人の人格を貶める発言(特にマイノリティに対して)を無制限にしていいはずはなく、そこでは一定の制限を設けるべきだと思っている、というか、これはわたしだけがそう思っているわけではなく、これが国際標準な考え方で、わたしが今言ってるのは単に「ヘイトスピーチ」だけの話ではないです。というかヘイトスピーチ自体が「表現の自由に当たらない」、だからヘイトスピーチは規制できるとする考えもあるだろう。そこら辺の細かな違い(ヘイトスピーチは表現の自由に当たり、しかし、公共の福祉(これは各人が持っている権利がぶつかり合ってしまった場合の話で、人に迷惑掛けるとかそういう意味では全くない)を考えると一定の規制が必要であるという考え方と、ヘイトスピーチ自体が表現の自由には当たらないのだ、という考え方)はさておき、どちらにしても、どういう表現方法でも「差別はしてはいけない」というのは当然のことだろう。

先ほど「国際標準」と言ったのは、その元になる国連の「人種差別撤廃条約」が既にそういうことを決めているからだ。そしてよく、これを持ち出すと「でも日本政府は第4条の(a)と(b)は留保しているからヘイトスピーチは規制できない」と言われるが、だいたい公人の差別発言を禁止した(c)は留保していないし、それより何よりこの条約の第4条というのは第2条に対して特別に「刑法で定めなさいね」ということを言っているに過ぎなく、その大前提になるのは第2条なのだ。もちろん、日本政府はここの部分は留保してない。ていうか、ここの部分を留保したら人種差別撤廃条約の締結国になった意味がない。第2条には「締結国は、人種差別を非難し、また、あらゆる形態の人種差別を撤廃する政策及びあらゆる人種間の理解を促進する政策をすべての適当な方法により遅滞なくとることを約束する。このため」とある。そしてこのために第2条では具体的に(a)から(e)が規定されているが特に(d)では「各締結国は、すべての適当な方法(状況により必要とされるときは、立法を含む。)により、いかなる個人、集団又は団体による人種差別も禁止し、終了させる。」と決められている。そして日本の裁判所は2009年12月に起きた京都朝鮮高校襲撃事件の裁判において、あのときに朝鮮学校の人たちに向けられた言葉はヘイトスピーチで、そのヘイトスピーチは「人種差別に当たる」とした(平成22年(ワ)第2655号 街頭宣伝差止め等請求事件、69ページ「5 本件活動による業務妨害及び名誉毀損が人種差別撤廃条約上の人種差別に該当すること」)。また裁判所は「このことから,わが国の裁判所は,人種差別撤廃条約上,法律を同条約の定めに適合するように解釈する責務を負うものというべきである。」(、63ページ「第3 人種差別撤廃条約下での裁判所の判断について」)としている。なお、この件に関しては2014年(平成26年)12月9日に最高裁が上告棄却して判決は確定している。

話を戻した割に、あんまり戻ってない感じがするが(汗)、なぜこのような話が出てくるかというと、この手の話をすると必ず「どっちもどっち」ということを言われるからだ。違う。圧倒的に差別をする方が悪いに決まっている。ヘイトスピーチを撒き散らす方が悪いに決まっている。そのことを一番最初に言いたいからだ。先ほど「朝鮮学校に通う子どもが少なくなっている」と書いたが、こういうところも影響しているとわたしは思う。差別の標的にされるようなところに子どもを通わせたくない、そう思う親もいるはずだ。だとしても、それは朝鮮学校が悪いわけではなく、そこに対してヘイトを撒き散らす人たちが悪いのだ。「だってそこには朝鮮総聯が絡んでいて、北朝鮮と繋がっていて、北朝鮮は日本人を拉致したから朝鮮学校は攻撃されるのだ」って意見が絶対に消えないことは分かっている。しかし、どういう理由にしたって「だから差別していいのだ」という理由にはならない。差別はどういうことがあってもしてはならないのだ。朝鮮学校が朝鮮総聯と関わっていること、朝鮮総聯はいわゆる「北朝鮮」側であること、いわゆる「北朝鮮」が他国に住んでいた人を拉致したこと、これは事実だろう。でも、そのことをなぜ「個人」が引き受けなければならないのか、と思う。だって、わたし自身のことを考えたとしても、わたし=国ではない。

だが、本当のところを言えば、わたしだってそこのところはどう考えていいのかよく分からない。分からないことは2つ。一つ目は、国と個人の関係。国はどこまで国で、個人はどこまで個人なのか。国と個人は明確に違うとは分かっていても、今のわたしにはその間にまっすぐな線を引くことは出来ない。わたしは「国」として、自分の意見を言うつもりはないけれど、もし相手が「国」として発言した場合はどうすればいいんだろう?この間体験した「原爆を落としたことで早く戦争が終わったことを理解して下さい」という言葉。あのとき感じたのは、これは個人の言葉ではなく、国の言葉だよなあということ。そのような言葉に対して、わたしは何をどう言ったらいいのか。

そしてもう一つ。朝鮮民主主義人民共和国、という国のこと。国の事情からしても、もともとあまり情報が入ってくるということはないのだけれど、今の日本に住んでいるとあまりにも「偏った情報」しか入って来ない。日本では日々「北朝鮮は悪い国だ」という情報ばかりが流れてきて、知らないうちに「洗脳」されている。そりゃもちろん言論の自由がない国とか独裁とか思うよ。No.2であっても気に入らなければすぐに粛正されてしまうとか、あるもん。でも、入ってくる情報と言えばそういうことだけ。あとは核問題か。今の日本に住んでて、そういう情報しかわたしたちには与えられない。これは「洗脳行為」に等しいだろう。だから、わたしは知りたいのだ、あの国の、それ以外のことが。何かを判断するためには、まず、多くのことを知らなければならない。だからわたしは知りたいのだ。どういう人たちがそこでどういうことをして暮らしてるんだろう、どういう風に暮らしてるんだろうって。多分「何を思って」ということを知るにはとてつもなく難しいとは思うけど。っていうか、おそらくそれは今のところはそれは不可能だと思うけど。あーそこで「でも近づきすぎたら北朝鮮に洗脳される」って言うよね、すぐ(笑)んなわけないじゃん。逆にわたしは今のこのような日本の状況で、自分がかなり「洗脳」されていることに気が付いている。ともすれば「悪意」を持って見兼ねない。先ほど上で「映画の感想を書くまで、こんなに長くなってしまった理由」の2つ目に「わたしが素直な感想を書いたとして、そこに全く悪意がなくても、悪意を持とうと思った人に対してはどうやったって悪意を持てるような印象を与えてしまうだろう」と書いた。けども、何のことはない、どうしてこういう見方ができるかというと、知らず知らずのうちにわたしだって「悪意」を持って見てしまう自分に気が付いていたからだ。「これは、わたしを洗脳させようと思ってこんなに都合のいい、きれいな場面をみせてるんじゃなかろうか」って、つい、そういう「疑いの目」で見てしまう自分がいることに気が付く。そういうことを考えている自分自身がものすごく嫌でなんとかしたいけど、でもこの「洗脳」はなかなか解けてくれない。。。わたしの場合、そっちの方が相当深刻だ。

いわゆる「北朝鮮」のことばかりについて言い過ぎたけれども、この映画の中にも出てくるけど、実は近年、朝鮮学校を支えようとする韓国の人たちがいる。「モンダンヨンピル」という、東日本大震災に遭った朝鮮学校を支援することがきっかけで団体なんだけれども、韓国の歌手とか俳優さんとかなんかいろんな人が支援していて、毎年1回、韓国から日本にやってきて、コンサートなんかを開いてる。高校無償化の問題も応援してくれている。なので朝鮮学校は今や、北と南、両国で支えられているのだ。わたしには分からないけど、きっと、双方でとても難しかったりすることがあるんじゃないかと想像したりもする。けど、この輪が韓国でもっともっと広がって、そして朝鮮学校のことを知る韓国の人が増えればいいなあと思う。

なかなか話が元に戻らない(汗)もはや、映画の中の話をしているのかそれともまだ始まってないのか分かんなくなってきたけど、取り敢えず自分の中ではまだ話は始まってません(汗)長かったけど、ここから話は始まります(汗)

この特別試写会の会場に着いたとき、わたしはすごい「違和感」を感じたのね。それは、言葉だった。わたしは今まであんなに日本語と朝鮮語をちゃんぽんにして話している空間にいたことがなく。そこから感じた「違和感」だった。けど、違和感というとなんか言葉が悪いけど、なんていうのか、悪い意味ではなく、興味深いとか面白いとか、そういう感覚だろうか。この日本に住んでいて、こういう経験なんか滅多に出来ない。来ていた人はおそらくほとんどが朝鮮学校関係者だろう。なんか、来ている人はわたし以外はみんな親しい知り合いなんじゃないだろうかと思うほどだった(でも多分、わたしみたいな人もいたはずだと思うんだよねー)。まぁこの映画は朝鮮学校を題材としてて、それを朝鮮学校出身者が作ってるんだから当然の話だ。要するにわたしは「同窓会会場」に「別の学校の出身者」として紛れ込んでしまったのだ。そう思えば理解しやすい。ただ、違和感に拍車を掛けているのは言葉なんだけどね。

以前わたしは「60万回のトライ」の感想を書いた日記で、

わたしは、その時折混じる「日本語と同じ発音のような朝鮮語(かも知れない?)」と「使い分け」によって話される日本語に、違和感をものすごく感じた。多分これはわたしが一カ国語でしかしゃべれないからだと思うが、多分在日の人たち、特に朝鮮学校に通ったことがある在日の人たちにとってはこれが普通なんだよね。



って書いた。この日記を書いたのは2014年の3月で、わたしはこのとき朝鮮語は全く知らなかった。わたしが朝鮮語を習い始めるのは、この翌月の4月からだ。そして1年半後。わたしは彼らが日本語と朝鮮語をちゃんぽんで話す理由がちょっと分かる気がする。なんていったって語順が同じだから、途中で言葉を挟みやすいのだ。だからきっと、彼らの頭の中では「思い付いた言葉」をただ発してるだけなんだね。朝鮮語、日本語関係なく。そして、使ってる言葉はそんなに難しくなかった(笑)「あー、わたしでも意味分かるなあ」って思った。

そうそう、映画の中にね、「60万回のトライ」とは逆に、朝鮮学校唯一の日本人教師である藤代先生、という人が話す場面があるんだけど、あ、この藤代先生という人は、サッカーやってる人なのね。「祖国と母国とフットボール」だったかなあ。以前読んだ本の中にもこの人出てきて、わたしはこの本で彼のことを知りました。んでね、この人が映画の中で喋ってた言葉がね、主に日本語ではあるんだけど、ところどころ朝鮮語が混じってるのよ。もうどんなこと喋ったかは覚えてないけど、一言「オプソ」って言った場面だけは覚えてて、オプソって、없어、日本語でいうと「~ないので」って意味になるのね。あれ、「~ないので」は「없어서」じゃないかなあ?まぁ、それはいいんだけど、とにかく本来日本人である彼がそういうような言葉遣いをしてたものだから、会場から思わず笑いが漏れてね。それがとっても印象的だった。

でね、多分、わたしは「60万回のトライ」を観たときよりも言語に対しては意味が分かるようになっているし、言葉にしてもどうしてそういう言葉遣いになっちゃうかも分かるような気がするので、そちら方面は格段に理解力が上がったから、そういう面では「みんな、わたしの知らない言葉を喋ってる!」って感じではないのよ。だからあのときと比べると違和感は少なくなるはずなのに、実際自分がいる場面で、日本語と朝鮮語がちゃんぽんな場って今まで体験したことがなかったから「60万回のトライ」を観に行ったときよりもその場の違和感が強くて(あのときはどういう人たちが観に来てるかは全然分かんなかった)。でもね、なんだか分からないけどわたしはそういう「違和感」っていいなあと思うのよ、自分で。あのときわたしは違和感を感じながら「今の時間は貴重な体験だなあ」って思ってた。だって別の学校の同窓会に紛れ込むことなんてまずないじゃない(笑)ただ裏返せば、人生のほとんどの時間を違和感なく過ごせているこの空間では、わたしは紛れもなく「マジョリティ」側なんだなあと。うーん、細かいところを言えばちょっと違うところもあるけれどってこれについても、あとで書きます。

会場はほぼ満員でね。映画は確か日本語字幕付きだったか。まぁ字幕はいいんだけど、どういう人が話しているという身分とか名前とか出てくるんだけど(ドキュメンタリーに付きものの)、あの色彩のコントラストがちょっと見づらくて、結局誰が誰なのやらよく読めなくて分からなかったという。。それが残念でした。

映画自体は確か100分ちょっとではなかったかと思うんだけど、おそらく半分以上が「祖国訪問」のシーンだったかな。案外長かった、というのが正直なところ。わたしは「ウリハッキョ」や「60万回のトライ」のように祖国訪問はその映画の「ワン・シーン」みたいな位置づけかと思ってたから。

そしてこの映画、監督自らがナレーションやってるんだよね~。結構監督があれこれしゃべってるところも多かったけど、これはどうなのかな。例えば会場でもらったパンフの中に「韓国籍の生徒の両親に送られてきた1通の文書-『北韓(北朝鮮)を訪問した場合、国家保安法により処罰される可能性があります。パスポートが必要なら、朝鮮学校をやめさせてください』」と書いてあるんだけど、映画の中ではこれがほとんどそのままナレーションで説明される。朝鮮学校に通う子どもの国籍はさまざまで、韓国籍、朝鮮籍、日本国籍が入り交じっている。ちなみに朝鮮籍はいわゆる「北朝鮮」の国籍を持っているということではないのでご注意を。これは日本政府がかつて植民地時代に強制的に与えた日本国籍(その実、戸籍制度やいろいろな面で差別してたんだけど)をあるとき突然「あんたたち、外国人とみなすから」と言って取り上げて、取り上げた相手を勝手に「朝鮮籍にする」って決めたもの。だから、朝鮮籍自体は記号みたいなもので、国を表すものではない。いわば「無国籍」状態なわけだ。これ、外国に行って何かトラブルが起きたとしてもどこの大使館にも駆け込んで助けてもらえないと言うこと。とてつもなく怖い状態のままに置かれているのだ。まぁだけど、いわゆる「北朝鮮」には入国できる、朝鮮籍の人たちは。だが、いわゆる「北朝鮮」に入国できるのは実は日本国籍を持ってる人でも可能だ。

というか、いわゆる「北朝鮮」とは国交がないから日本国籍を持ったものは行くことができないって思ってる人も多そうだけど、実はそうじゃない。わたしだってお金払えばいわゆる「北朝鮮」に行くことができる。いわゆる「北朝鮮」は旅行することが可能な国だ。国交のあるなしは関係ない。だって、台湾だって日本は国交を持ってないけど(つか、日本は二つの中国を認めてないので台湾とは国交がない←てか、この件に関しても日本は台湾に対して本当にひどいことをしてるのだ。台湾を国と認めてた時期もあったんだからね)旅行できるでしょ。そしてもちろん日本国籍を持っているものは韓国にも行くことができるよね。でも「朝鮮籍」という記号を与えられた人は今現在、韓国に入国することは出来ない。李明博の前の政権、盧武鉉のときまでは朝鮮籍でも入国できたらしい(盧武鉉のときまでというか、金大中から盧武鉉までのたったの8年間のみ)。が、李明博以降、その流れを汲む今の朴槿恵も入国は出来ない。渡航はその時期の政権によって左右されるのだ。だから要するに、両国を何の問題もなく行けるのは、日本国籍を持ったものだけ、ということになる。韓国に住む韓国人は北にはもちろん行けないし、いわゆる「北朝鮮」に住む人たちだって南に行くことはできない。これを考えるとわたしは本当に複雑な気分になる。

というわけで、高級学校に通っているみんながみんな「祖国訪問」できるわけではないのだ。そのようなことを初めて知る。ついでにナレーションに話を戻すと、この場面ではそのことだけがサラッと伝えられ、それに伴う画像などは一切出て来ない。そりゃ当たり前のことだけど。プライバシーあるし。だからある程度、そういうことを説明するナレーションは必要だったと思う。が、最後の最後まで、あんなにしゃべるかなあ。まぁ、わたしはドキュメンタリーにはあまりナレーションは必要がないと考える人間なので、どうしてもそう思ってしまうのだけどね。あそこが一番、この映画で監督が言いたかったこと、ということなんだろうけど、もうちょっと自由にさせてもらいたかったな、というのが正直なところ。ネタバレになるのでここは具体的に何を言ったかには触れないけど。

平壌のホテルに着いたらすぐにテレビ付けて「テレビのチャンネルが2つしかない!!」って騒いでる生徒がなんともおかしくてね。でもきっと、日本で生まれ育った彼らにとっては、そのような部分を目の当たりにして考えることも多いだろうなと思った。

ただやはり、祖国訪問をして生き生きとしている姿は何というか、、どう理解すればいいのだろうと思う。確かに画面に写るいわゆる「北朝鮮」の人たちはとても親切で優しくて、素朴な感じがする。あんなに一緒に歌ったり、歌を熱く指導されたりすれば、別れるときは涙が出るだろう。しかし悪意を持って見るとそれがとてつもなく悪意を持って見れてしまう。「彼らは所詮『お客さま』扱いなんだろうし」とか「これで祖国に対して良い印象を持たそうと思ってるのか」とか「どうせ彼らにはいい部分しか見せないんだろう」とか「案内員と称して監視された中での行動だろう」など。もしかしたら「やはり朝鮮学校の生徒はみんな『洗脳』されてるんじゃないか」って印象を持つかも知れない。

だけどね、こうも考えたりする。わたしはいわゆる「悪意を持て」と洗脳されている人間だ。物事の片側しか知らされていない。しかし、彼ら(朝鮮学校に通っている生徒)は生まれたときから日本で育ってきてある程度裕福で自由な世界も知っている。彼らの方がわたしよりずっとずっと「両面」から物事を見ているはずだ。そして多分わたし以上に長く「国とは」とか「自分は」と悩み、考えているに違いない。上で「悪意を持って」と考えた部分なんか、きっと彼らだって十分そんな風に思える感覚も持っているに違いない。その部分は表には出せないけれど。

なお、なぜ朝鮮学校がいわゆる「北朝鮮」と関係するかは、戦後(彼らにとっては解放後)すぐに在日の人たちは子どもたちに朝鮮語を教える「国語講習所」というものを作った。ただ、設立の目的は「いつか本国に帰ったときに子どもたちが朝鮮語で話せないのはまずいから」という理由だったらしい。だが、歴史上、ここからいろんなことがあって彼らは本国に戻るよりも日本に残ることを選択した。そして、その後、朝鮮学校もいろいろな困難を乗り越えて今がある。その、一番苦しい、貧しい時代に在日の人たちに「彼らは我が国の同胞である」からと言ってお金を出してくれたのが、朝鮮民主主義人民共和国の金日成だったのだ。その当時の大韓民国は彼らのためには何もしなかった。だからこそ、今の朝鮮学校がある。

ということは、わたしは知識として十分知っている。ただ、当時の貧しい中、日本政府も韓国も自分たちを見捨てた中で、いわゆる「北朝鮮」だけは見捨てなかった、そのことに対しての「嬉しさ」というか、「感謝の気持ち」というか、それはわたしは「実感」はできないの、当事者じゃないから。確かに「嬉しかっただろうな」というのはある程度は分かるよ。でも、それはあくまでも「想像」でしかなく、「実感」ではない。きっと多くの日本人(と敢えて言うが)も同じだろう。まず第一、わたしなんか「貧しい」というのがよく分からないし。「貧しさ」が実感できないのだから、その上にある「助けてもらったという感謝の気持ち」だって当然実感できないだろう。だから、彼らの姿が「洗脳されている」ように見えてしまうのだ。今の若い彼らも多分、わたしと同じように「貧しい」ということがどういうことかは実感できないに違いない。けれど、自分たちのおじいさん、おばあさんたち、もしかするとお父さんお母さんだったり、ひいじいさん、ひいばあさんかも知れないが、彼らはそれで確実に救われた。それを考えるとやっぱり今現在の若い彼らだって「当事者」なんだよね。

映画の中で板門店を訪れるシーンがある。監督は北側から南側を見ているある生徒に「今どんな気持ちか」って聞くのね。その子は南側にルーツを持つ子で、でも朝鮮籍だから今、韓国に行くことはできない。おそらく今でも親戚や血の繋がる人は南側に住んでいるだろう。けど、会えない。わたしは「なんて残酷なことを聞くんだー、止めてあげてよ!」って思ったんだけど。この場面を観ると分かるように、「国」が彼らに対して直面しているのは確実だし、そして何も板門店に来て初めて分かることじゃない。きっと自分が気が付かないほど幼い頃から「国とは何か」「自分とは何か」という問いに直面して生きているんだろうと想像する。

だからね、わたしはそう考えると「何も言えないな」とも思うのよ。わたしが考えることなんて、彼らにとっては「まだそんなことを考えてるんだ、その歳で」って思うような初歩的なことなんだろうなと。「お前に言われんでも分かっとる」(カープの前田(智徳)風)って多分、思ってるだろうと。

それともう一つ言えるのは。祖国での彼らは本当に生き生きしているということだ。この気持ちはわたしにも分かる。いや、分かるような気がする。というのは、上にわたしは「人生のほとんどの時間を違和感なく過ごせているこの空間では、わたしは紛れもなく「マジョリティ」側なんだなあと。うーん、細かいところを言えばちょっと違うところもあるけれど」と書いた「細かいところ」に相当すること。

基本、わたしはほとんどの日常を違和感なく過ごしている。が、実はそうじゃないと気が付かされるときがある。それは、性的少数者のお祭り「プライドパレード」の会場に行ったときだ。あの時間、あの場所でいつも感じるのは「ああ、ここでわたしはありのままの自分でいていいんだ」ということ。あの会場では性的少数者もそうでない人も両方いるけど、少なくとも「性的少数者を受け入れている人たち」が集まる場所だ。性的少数者であることを否定されない場。気持ちはとてもすがすがしくて自由で、そして安心感がある。裏を返せばわたしは日常、意識してないけど緊張して窮屈な気持ちで生きてるんだなと思う。日常に戻っていくとその緊張も窮屈な感覚もよく分からなくなるんだけど、パレードの会場に行くと毎回毎回気持ちが解き放たれる。そして毎回毎回思う。「ああ、日常生活知らない間に抑圧されてるんだな」って。

きっと祖国に行った彼らもそういう風に感じたんじゃないだろうか。性的少数者は日常生活で予期しない部分で突然揶揄される言葉が出て来たり、異性愛者とは話が合わない部分もあったりするので話を合わせたりしなければならないことがあるけど、しかし日常的にヘイトに晒されているということはない。その点では朝鮮学校に通う彼らとは負担が違う。しかも祖国では自分たちを本当に大切に思ってくれて接してくれる。そりゃ、生き生きとして幸せな気分になるのは当然のことだろう。

あとそれから。先ほど「とても親切で優しくて、素朴な感じがする」って書いたけど。これについては複雑な気持ちもするんだよね。なぜかというと彼ら(いわゆる「北朝鮮」に住んでいる人たち)については確かにそういう面を持ってると思うんだけど、それは、苦しい中で生きてるからじゃないかとも思うのだ。敗戦後、日本人だってみんな貧しくて肩寄せ合って暮らしてきたということがまるで「美談」のように話されることがある。貧しかったけど「お前は大学に行け」といって兄は自分は進学せずに働いて自分の学費を稼いでくれた。そのおかげで自分は頑張って勉強して大学に進学した、という話も「美談」になる。一昔前までは田舎の人は純情で素朴な人たちと呼ばれていた。きっとこれらの話は全部「共通点」がある。

それとは別に、この映画の中で初級学校のときにパソコン入力コンクールで全国2位を取った子の話が出てくる。そのときその子はなぜか表彰式に呼ばれなかったそうだ。そこで「優勝なら誰も文句は言わないだろう」と言って、すごく努力をしてその後、優勝を勝ち取った。それも「文部科学大臣賞」だったそうだ。彼らを高校無償化から排除している文部科学大臣からその子は表彰された。

それは確かに「よくやったね!」と思う。が、その原動力は間違いなく「逆境の中」であったことも一因だろう。彼らに対してそのような目に遭わせてしまっている有権者であるわたしが素直に「よかったね」と言えるんだろうか。だけど先ほど書いたようにわたしはわたしで国ではない。だけどわたしは高校無償化排除を(自分の考えとは違うが結果的には)許してしまっている有権者であって、、と考えるとわけが分からなくなる。そしてその「栄光」を褒め称えることは「逆境」であることを許してしまっていることにはならないかと。

いわゆる「北朝鮮」に住んでいる人たちのことも同じで、国の体制のことや、国自体が不便なこと(停電もしょっちゅうするみたいだし)、そのことが彼らを「素朴」で「優しく」しているんじゃないかとすれば。そのことは「わー、いい人たちですね」って単純に思ってしまってはいけないのではないかと。だって「人間関係が昔のように濃密になりたいから再び貧しくなりたい」という人がいるだろうか?「一生懸命勉強するために再び貧しい生活になりたい」という人がいるだろうか?そう考えると「わー、いい人たちですね」って単純に言うことは「お前たち、ずっとその生活のままでいろ」と言っていることにならないか。

だからね、わたしはこの映画を観て、本当に複雑な気持ちがしたんだよね。。会場では結構すすり泣きの声とか聞こえてきて、やー、わたしとは全然違った視点から観てるんだろうなあとは思ったんだけど。

あ、そうだ。わたしがもらった試写会のパンフにはこの場面のことについて「そして、手にした優勝トロフィーに刻まれていた文字とは?」って書いてあるんだけど、その部分、カットされてなかったですかねー?映画の前にこの部分を読んでてちょっと期待してたんだけど、とうとうその部分は出てこなかったような?映画が終わってから監督を始め、この映画を制作した人たちの舞台挨拶があったんだけど、なんでも監督は当日まで映画を編集していたそうで。だからきっとその部分、削っちゃったんだよね(悲)パンフ作ったときにはあったけど。一体どういう文字が刻まれてたんだろう。。とても気になります。

20151030 205753


映画が終わったあと、挨拶する監督さん。

監督さんは「一人でも多くの日本人にこれを観て欲しい」と言っていた。わたしもそう思う。が、中には「悪意を持って」観てしまう人もいるのではないかと心配になったりもする。なんせ日本人の大半は「洗脳」されてるからね。どうか、そんなことにはならないで欲しいと思う。

しかし映画が終わったあとは本当に「同窓会」みたいで、わたしは映画を観てこの複雑な思いを事前にもらったアンケート用紙にどうやって書けばいいかとか思ってたんだけど、みんな感想書かずにすぐに会場から退出してしまって(会場がもう時間いっぱいだったと言うこともある)、ロビーでわいわいやってた。わたしはもちろんその中には入れないので(誰も知り合いおらんかったし!)アンケート書いて帰ろうと思ったんだけど、その時間もスペースもなかったので、仕方がないからそのまま帰っちゃったよ!(苦笑)

でもあの場で感じた「違和感」、あれは本当に貴重な体験だった。きっとこの先、あんな場に行けることは滅多にないんだろうな。そういう意味でもあのとき本当に行ってよかったと思う。
23:48 | (一般)映画・演劇のこと | トラックバック(0) | page top↑
11-13 Fri , 2015
ハードディスク入れ換え(備忘録)
わたしが初めて自分のPCを買ったのは学生時代で、それはインターネットをするためだった。高校生の時に既に家にはPCがあったのだが、当時のPCは使い方がよく分からず、ただBASICで円が描けて「わー」とかそういう世界だったし(逆に言うとわたしはそれくらいしかできなかった)、ゲームするにもテープ(カセットテープ)を読み込ませる時代だったし、それどころか、雑誌には機械語でゲームのソースが書いてあり(単なる数字の羅列)、それをチマチマ打ち込んでからゲームをするという、今から思うと信じられない世界だったのだ。うちのPCはほとんど「ワープロ」、一太郎を使うことしかPCらしいことはしてなかった。パソコン通信は当時からあるとは知っていたが、なんせお金が無い高校生だし、金がかかるので親には到底「やってみたい」とは言えなかったんだよね~。

ところが院生の頃からネットが盛んになって来て、最初は学校でやってたんだけど、次第に「家でやってみたい。チャットやってみたい」みたいな感じで、初めて買ったのは133MHzのノートPCだった。その当時で30万で、それでも結構安い方だった。それから2年前まで一貫してノートを使ってたんだけど、その理由は「家が狭いから、デスクトップを置くスペースがない」という理由でしかない。今は2人で住んでるからそれなりに広いし、ノートより断然安くてスペックも高いデスクトップにした方がいいよねってことで、今から2年ほど前だったかに初めてデスクトップにしたのだ。だいたいその前のノートPCは使ってるうちに画面が写らなくなって、それが保証期間が過ぎた直後だったんで無償で直してもらえなくて。だからモニタを買って接続して、そうするとキーボードも必要なのでキーボードも別につけて、ほとんどノートPCみたいじゃない状態だったんだよね、既に。初めて買ったデスクトップの機種はLenovoのThink Centre M93p SFF proってヤツだが、正直、中身のことはあんまりよく考えずに買ったんだよね~。だったんで、デフォルトのDVDがROMで、買った後に気が付いて「しまった」って思った。

しかも使ってるうちになーんか動きが遅くなってきたので、メモリを増設。ここからが始まりだった。今までノートPCもメモリは増設したことがあるし、そういうものをいじるのはそんなに抵抗感はないのだが、不思議とPCは自作しようと思ったことはなかったんだよね。まぁ自作しても大きすぎて部屋に置けない、というのがあったのだけど。ノートのメモリ換装は別に全部開けて基盤がバッチリ見える、みたいなものではなかったから、そう抵抗感はなかったのだが、逆にデスクトップは開けたら中身が全部見えるので、わたしにとっては結構事前のハードルは高かった。だけど実際にやってみたらメモリの増設は簡単だった。あらかじめメモリ増設の解説してあるサイトを探しておいて、なるほどね~みたいな感じ?ちなみにメモリ自体はいろいろ種類もあるし、ヨドバシに行って機種の名前を言って「これに合うもの」と言って買った。バルクにするかどうか、すっごく迷ったが、まぁ掛けだと思って安いバルクのメモリにした。PCを開けるときは「どうすればいいんだ?」って思ったけど、この機種って開けるの本当に簡単にできてて、ネジも手で回せるほど大きい。

開けたとき、思ったよりも中にホコリがたまっててびっくりした。もしかしたら動きが悪かったのはこういうのも原因だったかも知れない、と思った。元々キーボードの間のホコリを取るためにノズルからシューッと空気が出てくるヤツ(なんて言う名前なのか知らない)は持ってたので、それでシューッとしてホコリを吹き飛ばしたりした。メモリはそんなわけですんなり換装できた。

次はDVD。やっぱROMは使いづらかったので、RAMに替えた。DVD-RAMって結構安いのね。これも事前にいろいろDVDの入れ替え、というサイトを探してやり方を調べた。最近は親切な人がいて、調べたら結構簡単にやり方が出てくるので、本当に有難い。ケーブルがIDEかSATAかどうか事前に調べて、ってことだったのでPCを開けてみたけど、SATAケーブルだったです。まぁ今どきのPCはほとんどSATAらしいが。

これもやり方は簡単だった。といえども、サイトで説明してあった自作のPCにDVDを組み込む、というよりも、このLenovoのPCはネジも何もいらず、逆に「あれあれ、違うぞ?」って感じで最初はちょっと恐る恐るだったんだけど、なんとなく視覚で「ここをこうすればいいの?」って分かるようになってるので、それが分かればネジで止めることもなく、本当に簡単にできた。自作の場合はDVDを入れ換えるときに前面からDVDを取り出すのが一般的みたいなんだけど、このThink Centreのわたしのは前じゃなくて後ろ側から取り出すみたい。それが一番「これでいいのかなあ?」って迷ったところだった。でも逆に言うとそれだけだった。

それに気をよくして今度はハードディスクも入れ換えることにした。といっても、実際のところ、このPCって250Gしか用量がなく、その9割近くをもう使ってたのね。ノートPCのときは容量が足りないなんて思ったことは一度もなかったのだが、今のPCはほとんどが画像データだと思う。高尾にゃんとばこの画像を撮ったらほとんど全部PCに写してるし、同じ画像もいろんなところに重複してあったりするので(バックアップいろんな方法で取ってたらそうなった。Dropboxからのとか、iCloudからのとか。まぁ同じのが何枚あってもいいの。ファイルが壊れたときのことを考えると)、それが多分かなりの容量なんじゃないかな。自分の使っているPCの名前で検索して、ハードディスクを増設した人のブログがでてきたので「なるほど」と思い、まずはハードディスクを買った。今度はネットで買った。2Tとか3Tとか売ってたんだけど、やっぱそれなりに高いのね。ハードディスクって。DVD-RAMの値段の数倍はする。まぁ元々250Gだったんで、1Tでも4倍になる。まー、しばらくはそれでいいかな、ってことで、Amazonだったかで「WD HDD 内蔵ハードディスク 3.5インチ1TB Black WD1003FZEX」ってのを買った。あとはSATAケーブルも。参考にさせてもらったブログにはそれが必要だって書いてあったんでね。SATAケーブルは6Gbのに。ハードディスクは6Gb対応だしって、本当はマザーボードが6Gb対応じゃないとそこまでの速度は出ないと言うことらしいのだが、あとでマザーボードが何か、仕様書見て6Gbに対応してるって分かった。こういうのをいろいろ調べると知らないうちにPCの中身が分かってくるのね。

で、いざモノが届いて「さて、入れるか」と思ったら。わたしのPCには増設スロットがない。「あれ???」って思ったら、その人が持ってたのはミニタワーで、わたしのはスリムタワーだったので、増設スロットってものがないヤツだったのね。ってことは、増設じゃなく、ハードディスクを入れ換えないとダメなんだってことが分かった。そこからまたネットで「どうすりゃいいのよ?」って調べたら、古いハードディスクを新しいハードディスクに丸ごとコピーする「クローン」ってものを作れば、簡単にハードディスクの入れ替えができる、ただし、クローン作ってもうまくブート(起動)できないときもあるけどね、ということが分かった。ブートできないとなると、その対応はわたしはやり方を見ても理解できない(そこまでPCの内部には詳しくないので)。なのでそうなったらやっかいだなと思ったのだが、とにかく今のハードディスクの9割以上は消費してしまってるので、遅かれ早かれハードディスクは大きいものにしなくてはならない。しかもハードディスクはもう新たに手に入れてしまったのだし。

ということで、とにかくやるしかない。

しかし、クローンを作るってどうやってやるの?ってまず思った。クローン作成のためのソフトは無料の「EASEUS Todo Backup」が良さそうだったのでそれを使うとして、どうやって新しく買ったハードディスクを繋げばいいんだ、と思ったけど、よく考えたら外付けHDDのような形で外付けでくっつければいいのよね。ってことで、こちらの方はヨドバシにわざわざ買いに行きました。ネットでもいろいろ見たんだけど、イマイチ何がいいのかよく分からなかったし、価格.comなんかで一番安いの探しても、今まで買ったことのないところから買うのはなんとなく抵抗感となんかめんどくささを感じたし、それにこの手の製品って思ったほど高いのね。HDDケースにすると4000円くらいする。なので実際店頭に行って、いろいろ見て自分が一番いいと思ったのにしようと思って。

ヨドバシでいろいろ見たんだけど、その中で「オウルテック 2.5インチ/3.5インチSATA HDD用アダプタ ACアダプタ付 SATA⇒USB3.0 USB3.0 新IC UASP対応 ガチャポンパッ!でデータ移動 OWL-PCSPS3U3U2」ってのにした。アマゾンの値段よりヨドバシの方がちょっと高かったかな~。まぁそれでも2000円台で買えた。

家に帰って早速PCと接続。まずはハードディスクのフォーマットから。これも検索して分かりやすく書いてあったサイトに書いてあったとおりにしたの。コンパネから管理ツールに行って、コンピュータの管理→ディスクの管理、ね。しかし書いてあったようにすんなり行かず、いくら経っても「新しいスパンボリューム」ってところが有効にならない。でもPCの作業するときはいつも思うけど、カリカリしちゃいけないんだよね~。カリカリして無理矢理どうにかしようとすると、いつもひどい目に遭う。今のPCになってから、何をどうしようとしたのか忘れてしまったけど、一度、無料のソフトをダウンロードしようとして変なところをクリックして、変なソフトをダウンロードして変なウイルスもらってきてしまったことがあった。他のところに変なことはしないウイルスらしかったが、調べたらレジストリを書き換えられてしまうもので、そこを書き換えれば元通りになるらしかったが、そこを書き換えて元通りにしたとしても、なんかすごく気持ちが悪かったので、一回、すべてデータ消して最初からインストールし直したことがある。イライラしているときはあまり説明を読まずに目に付いたものをクリックしちゃうから気をつけなきゃなあって、そのとき思った。のに、やっぱりカリカリするといろんなことをしてしまうみたいです。

今回はWinの(あ、ちなみにわたしはWin7です。Win7なんだけど、32ビット版という。。これもよく調べて買わなかった報いですわ)中の話なので、変なことにはならなかったものの、結局あとから考えてみるとなんだかすぐにはそれが有効にはならなかったみたい。あるときひょっと見たら「新しいスパンボリューム」が有効になってて、それで無事にフォーマットすることが出来た。てか、フォーマットするだけでいろんなことがあり、、前途多難。

その後、先ほどの「EASEUS Todo Backup」を動かしてみた。なんかすっごい早さでクローンができたみたいだったので「もうできたのか」と思い、しかし、バックアップディスクを作った方がいいというので、ついでにこれも作る。DVDをRAMにしておいて本当によかった。ハードディスクを入れ換えた。これもネジなしで入れ換えることが出来る。簡単だった、と思ってスイッチをONにする。あれ。BIOSがうんたらかんたらと言っている。どうやら「起動ディスクがない」というのと「起動ディスクを探してます」って警告が交互に出るようで。。「F1」を押してBIOSの内容を見てみる。というとBIOSの使い方分かってそうだけど、実は全く分かりません(笑)ただ、BIOS上の「System Summary」からハードディスクを認識しているかを見たら、ちゃんとハードディスクは認識してるみたいだった。その程度のことなら分かるんだけどね。

で、ここで先ほど作ったバックアップディスクの出番だ!と思ったんだけど、確かに何か動いて画面が出てきたけど、わたしはここで何をどうすればいいのかさっぱり分からず。終わり方すら分からない。「あー、他にもうやりようがありません」と運を天に任せる気持ちでそのままスイッチオフ。怖いよね~、これ。BIOSってどうやって終わらせたらいいんだろう?これでPCがいかれたら目も当てられない。まぁ運がよく、壊れたりはしなかったけど。

「おかしいな」と思い、まず、ハードディスクを古いものに入れ換えた。もしかしたら新しくした6Gbのケーブルが原因だったりして?って思ったのだが、特にそれは問題がなかったようだ。で、先ほどの「ディスクの管理」でクローンが出来てるはずの新しいハードディスクの中身を見てみると。何も入ってない!クローンが出来たと思ってたけど、あの時間の短さは何もやってなかったんだと言うことが分かった。てか、できたあとはこうやって確認しないとあとでえらいことになる、ということを一つ学習した。

それからクローンを再度作ろうと「EASEUS Todo Backup」を動かす。使い方を書いたサイトもいろいろ見てみる。最近はこのソフト、日本語化されてて随分見やすくなったのだが、なかなか最新のバージョンのことを書いたサイトがなかった。で、動かして分かったんだけど、エラーが出るのね。最初のはすぐにエラーが出て終わっちゃったことが分かった。サイトにいろいろコメントが書いてあったんだけど、やっぱりエラーが出て止まるって書いてある。どうやら読み込み先に不良セクタがあって、それがあるとエラーが出てしまうみたいだ。その場合はWinのメニューのコンピュータから目的のハードディスクドライブを選んで、そこでプロパティ、ツールタブからエラーチェックをすればいい、って書いてあった。なので、これをしてみる。そして再度クローン作成へ。

次はいいところまでいったかと思っても、やっぱり途中でエラーが出る。何回も何回もエラーが出る。そのうち突然ソフトから「再起動します!」みたいなことを言われ、「再起動ヤだ」と言いたかったんだけど、そうするしかなかったので再起動をした。するとうまく立ちあがらずに今度はリカバリーみたいな画面が出てきて、それからどうするの?状態。このときもその後どうやって正常にPCを終わらせたらいいのか分からなかったので、運を天に任せてスイッチオフ。こういうのが一番怖い。。(考えると結構めちゃくちゃやってる)

毎回同じエラーなのかと思い、再度クローン作成。エラーが出たら書き留める。エラーの内容は「0x1760E077書き込みに失敗しました」って書いてあった。書き込みエラー?読み込みじゃなく?ってことは、読み込み先ではなく書き込み先に不良セクタが??ってことで、今度は同じ方法で新しく買ったハードディスクのエラーチェックを。これでまたクローン作成へ。今度は1時間以上動いて一番大きいパーティーションの内容が全部コピーできたみたいなのに、最後のパーティーションの途中でまたエラー。そういえばこっちのパーティーションの方はエラーチェックしてなかったと思ったのでやったりしたんだけど、なんかうまくできない。「EASEUS Todo Backup」はエラーがすぐ起きたあとに再度動かそうとしても、それ以降はちょっとするとすぐにエラーになっちゃって最後まで動きそうにない。そこでやり方が書いてあったサイトにコメントがたくさんついてるのを発見して、他の人はどうなんだか読んでみた。その中にやっぱりエラーが出てクローンが作れないと言ってた人がいた。その人に対してそこの管理人さんは「自分だったらHDDの検査ツールで検査する」って書いてあったので、HDDの検査ツールを探す。どうもWinに付属しているエラーチェックツールは弱いらしい。そこで探し出したのが「FromHDDtoSSD」。

これ、不良セクタに対してはかなり強力みたいなのだが、不良セクタを修復するモードってとっても時間がかかって、なんか27時間くらいかかるって書いてあったので、だいたい今まで使ったことないハードディスクにそんなに困難な不良セクタはないだろうと思って、普通モードで完全スキャンした。これ、複数のドライブもいっぺんにやってくれるみたいなので、今まで使ってた古い方のドライブもチェックして。終わるまでに6時間以上かかるみたいだったので、わたしはそこでお休みなさい。寝てる間にPCは働いてね、って感じだった。

で、朝になって起きたら終わってて、特に問題がなさそう。ていうか、正直「これでダメだったらどうすんだよ」って思った。まぁ、セクタバイセクタにチェック入れずにクローン作ってたんだけど、それにチェック入れる方法がまだあるよなあとか、ダメでもいろいろまだやる方法はあると思ってたけどね。

最後のクローン作成はもう祈るような気持ちだった。前日はエラーが出るまで最長で2時間後くらいだったが、今回は進度がすごく遅くて、4時間以上かかった。進み具合が分かる棒グラフみたいなのがあって「ここまで出来ましたよ」って少しずつ左から右へ色が付いていくのだが、見てたら前日は2分に1回くらいの頻度でちょっとずつグラフが進んでたにかかわらず、今日は時間を計ってみると6分に1度しか動かないときがある。ハードディスクに接続しているコネクタは緑の点滅してて、動いてるというのは分かるんだけど、グラフがなかなか動かないと途中で飛んだのか、と思ったりして。ホント、最後までヒヤヒヤした。

しかし、何がよかったのか、時間を掛けて不良セクタをチェックしたのがよかったのか、単に運がよかったのかは分からないけど、ついに最後まで進んでクローンが出来た。ただ、前にそのまま入れ換えて失敗したので、今回は慎重に。まず、ディスクの構成でちゃんとコピーできてるかどうかを見る。コピーは出来てるけど指定してなかったのに未指定のパーティーション(容量は少なかったんだけど)が出来てて「なにこれ?」って感じだったのと、ボディーとなるドライブに「ブート」って書いてなかったのが気になった。けど、これについては何がどうだったらいいのか調べてもよく分からなかったので、結局はまぁ一応コピーは出来てるみたいね、ということしか確認が出来なかった。

ハードディスク入れ替えのためにPCを開けること3度目。3度目はもう慣れたもので(笑)。でもスイッチを入れてちゃんと動くか、そこのところは本当にドキドキものだった。だってうまくコピーできても動かなかったら、今度はどこをいじればいいのか、それはわたしの理解を超える分野だからだ。

しかし、結局のところ、そこまで心配しなくてもよかった。ハードディスクを入れ換えただけでちゃんと起動した!わー、すげー嬉しかった。そして、未指定に区切ってあるパーティーションが気になったので、最後に「AOMEI Partition Assistant Standard Edition」という無料ソフトをインストールして、それで結合。やり方はとても簡単だった。未指定のパーティーションを「結合」にして結合先を指定、それから「適用」を押すだけだった。

「AOMEI Partition Assistant Standard Edition」もそのためにわざわざ調べたんじゃなく、クローン作成をするときにうまくいかなかったので、いろいろ調べていた最中に知ったソフト。まぁ今回のクローン作成のために、2つのソフトを補助的に使った、ということになる。

これでハードディスクの容量のことで「もうすぐいっぱいになっちゃうからどうしよう」ってヒヤヒヤしながら使わなくて済むようになったので一安心。しかし、おそらくハードディスクを換装しちゃったので、メーカーの保証は効かなくなっちゃったよね。。まー仕方ない。

結局今回時間がかかったのは、クローン作成のときにエラーが出て作成できないってことで、それは何種類かのディスクのエラーチェックを繰り返したからだった。根本的に相性が悪いとか、ブートできなかったとか、そういう問題ではなかった。やってみれば極めて単純な問題だったけど、やってる途中は本当にこれでいいのか、この方法がダメだったら他にどういう方法があるか、それをネットで探し歩いた。探せばまぁ、親切に説明してくれるサイトがいくつかあって、本当にそういう人、有難うございますって感じ。

ただ、デスクトップって本当に自分でバージョンアップさせたいと思ったらできるんだね~。いろいろ調べながら「あー、こういうこともできるんだ」と思ったりしたので、今度新たにデスクトップを買うときは、普通にタワー買っちゃうかも。

まぁ次にハードディスク換装するための備忘録でした。
00:43 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-13 Sun , 2015
国立ハンセン病資料館に行ってきました
ハンセン病患者が隔離政策によって過酷な人権侵害を引き起こしていたことはなんとなく知ってたし、それに今年の3月に大阪の「リバティおおさか」に行ったときもハンセン病の差別の歴史についての展示を見たりして、1993年に「らい予防法」が廃止された後も九州の温泉旅館が宿泊を拒否するなどして未だにその差別がある、ということは知っていた。でもそのときは「療養所に行ってみたい」とは思いもしなかった。

「あれ、行けるんだ」と知ったのは、昨日に引き続き「パレードへようこそ」が原因なんだけど(笑)それを観に行ったときの予告に「あん」という映画があって「なんか面白そう」と思って観に行ったからだった。「あん」という映画(原作は同名小説)の中で、多磨全生園という療養所のロケのシーンがあったのだ。その後、わたしは小説の「あん」の方も読んだ。映画では確かに元ハンセン病患者に対する差別が描かれてはいたが、それに対して「ずいぶん昔に特効薬ができて今はもう治る病気になってる。だから元患者から感染することはない」ってことはほとんど強調されてなかった。わたしはそれがちょっと不満だったのだが、原作の方はそれがきっちりと書いてあったし、しかしそう書いてはあったが、登場人物は元ハンセン病患者の徳江さんが住んでいる多磨全生園を訪れたときに「移るのではないか」とビクビクしている描写もある。小説の方が人の差別感情、偏見に対してよりリアルな感じがした。映画はその部分ではちょっとマイルドだったかなあと言う感じ。

まぁ感想はこれくらいとして、そのときに初めて「行きたい」って思ったの。多分、家からそんなに遠くじゃないはず。だけど「いつか」って思ってた。が、先月の終わりだったか、東京新聞をなにげにめくってたら「多磨全生園『人権の森』散策ガイドの開催に伴う参加者の募集」という文字が。これはまたとないチャンスじゃん!と思って、早速応募した。先着50名ってことで大丈夫かなって思ったんだけど(わたしのように「あん」を見て「行きたい」って思った人って他にもいると思って)、でもなんとか先着50名の中に入れたようだった。

で、今日、行ってきた。集合場所が「国立ハンセン病資料館」だったので、まずそこに行ってきたんだけど、なんというか、国立ハンセン病資料館は、多磨全生園の中にあるのね。

20150913 120343  20150913 091423-1


入口はこんな感じ。

20150913 091501


休館日を見ると、土日祝日ではなく、全部翌日とか月曜とかなので、休日は開いてますってこと。

20150913 120308  20150913 091540


入口に今日の催し物の張り紙が。最初はここの「映像ホール」というところで市長の挨拶やら自治会の会長の挨拶やらボランティアの人の挨拶やら。てか、わざわざ東村山市長がこんなところで挨拶するって、これ、そんなにすごい行事だったんかと少しびっくりしたのだが、東村山はほとんど多磨全生園と歴史を共にしてきているらしく(東村山の歴史は126年で多磨全生園の歴史は106年って言ってたっけ?)、ここで人権啓発をきっちりやっていきたいようだった。3人の挨拶の後、資料館の職員さんだったっけ、多分そうだったと思うけど、その人が20分くらいのガイダンスを。ここに入所してくるときは本名を奪われ、ここで新しい名前を付けられて、そして死んでからも外に出られないのだ、と。わたしは今日初めて知ったんだけど「北条民雄」って人がいて、その人は23で亡くなったけど作家だったらしい。その人の生誕100年がつい最近だったらしいが、死後77年経って初めて本名が公表されたと。その他にも2年前に亡くなった詩人がいたんだけど、この人は弟さんが葬式に来たけど本名は名乗れなかったと(ただし、その後、弟さんが親戚を説得して自分ところのお墓に分骨できたらしいです)。「今でもこういう現実があるのだ」と教えてくれました。そして前で話してた誰もが言ってたんだけど「この施設は本当に広い。だから、今日、1時間やそこらで全部回るのは無理。なので今日をきっかけにして何度も来てください」って言っていた。

その後、5班に分かれてボランティアの人に説明をしてもらいながら、散策。50人だとしても1班10人だから、これまた少人数でじっくり説明してくれる感じ。散策ルートが書いてある地図をもらったが、確かに園内は広すぎて今回回れるのはごく一部って感じだった。

20150913 104102


まずは「永代神社」。確か「えいたい」ではなく「ながしろ」って読んだと思う。この神社、実は入所者の宮大工さんが建てたそう。っていうか、ここは隔離されてたんで本当に全部自分たちの手でやらなければならなかったみたい。この先のものも全部作ったのは入所者だったと言ってた。だいたい元々多磨全生園は今よりもかなり狭かったんだけど、入所者が増えてしまったので、入所者が働いたお金(園内で家畜を飼ったり作物を育てたりしてたらしい)で土地を買い、今のような35万平米の大きさになったらしい。だけど、土地を買っても自分名義で登記できない(本名名乗れないし、戸籍とかどうなってたのか分からないけど)ので、入所者が土地を買って国名義にしたのだとか。でもそういうのって「国有地」になるのだろうか?そこら辺、どう整理してあるのかよく分からないけれど。。今度行ったときに誰かに聞いてみようと思う。というわけで、土地からして自分で稼いで広くしたのだ。

20150913 105636-1  20150913 105423  20150913 105313-1


入所者の中には学齢期の子どももいたので、園内には学校があったらしい。1979年に生徒がいなくなって閉校になったあともしばらく校舎は残っていたのだが、老朽化のため2008年に取り壊されたそうだ。だから今はひろーい空き地みたいになってる。「出発」というのは、最後の生徒たちで作った記念碑らしい。

20150913 105728   20150913 111428-1


「望郷の丘」と呼ばれるところ。ここはもちろん元々は平地だった場所なのだが、昔は隔離政策で脱走できないように周囲は全部堀があったらしいのね、というか、この堀も入所者が掘らされたのだが。その余った土をここに持ってきて丘みたいにしたんだと。そして木を植えてここの高いところから自分の故郷を思う、そういった場所だったらしい。今はぐるりに柵があって中には入れない。数年前までは入れたそうだが、子どもが落ちたとかで。ここから眺める景色はどんな景色だったんだろう。

20150913 111639-1  20150913 120404-1


ちなみにこれが敷地内と敷地外を区切っている木々です。さっき言った堀もここに沿ってあったらしい。といっても、今はもう区切られてません。外から見ると(右側の画像)何やらまだ背の高い木が植わってるけども、それはもう施設内、なんです。元々の区切りは左の画像に見られる今は1mくらいになってしまったものです。この画像を見るだけだとなんか雑然と雑草が茂ってるだけに見えるかも知れないけど、ここは元々柊(ひいらぎ)の木が3mほど生い茂ってて、その上には鉄条網なんかも張り巡らされていたらしい。これは確か「あん」でも出てきたけど、柊の葉っぱってトゲトゲしているので痛くて突破できないのね。そういえば、今日、ここを案内してくれたボランティアのおじさんは地元で生まれ育った人なんだけど、子どもの頃は親から「ここには絶対に近づくな」と言われていたそうです。「病気がうつるから」と。

20150913 110632


ちょっと見にくい画像でごめんなさい。ここには「敷石道 この一帯は関東ローム層で、雨の日や霜柱が融けたときなどは、下駄がとられるほどぬかて、更に盲人たちは出歩くのに難渋した。1930年頃、道に石を敷く話がもちあがり、患者と職員とか費用を出し合って工事にかかった。しかし、これではとても足りず、「多磨」誌の前身である「山櫻」を通すなどして募金を呼びかけ、それぞれの不自由舎をつなぐとともに、医局や風呂場、礼拝堂などへの敷石道を造った。盲人たちは敷石を杖の先で探り探り歩いた。」と書いてある。その敷石道ってこれ。

20150913 110639   20150913 111308-1


広い道も狭い道もずっと敷石が張り巡らせてあった。

20150913 110907-1


唐突だけど、園内には宗教施設がいくつかあった。これは聖公会のを適当に撮ってきただけだが、仏教(宗派は分からず、、)とキリスト教(カトリック、おそらく日本基督教団、そして聖公会の3つ)があった。やはりこういうところで暮らしていると宗教は心の支えになるんだろうね。しかし、様々な職業の人たちがいたからすべて入所者の手でやってきたと言っても、宗教者まで入所者とは思えず。でも隔離政策の中、坊さんや牧師さん神父さんたちはどうやってここの施設にいたんだろうか。まぁこれも次に行ったときに誰かに聞いてみよう。

20150913 112337-1


園内は本当に緑が多いんだけど、これは緑化委員会の人たちが植えたり、あとは1本5千円で個人個人が苗木を買って植えたものらしい。その木のところには名札が付いてたりした。この他、写真は撮ってこなかったんだけど、さくら公園と呼ばれる桜がたくさん植わってるところや、梅園などもあった。あと今回は行かなかったんだけど、恩寵公園というところもきれいらしい。そういう意味ではとても自然が残っているというか、この自然は意図して作られたものだから残ってるわけじゃないけど、ちょっと自然を感じたくなったらここに来るといいなあって感じ。森みたいなところもあった。

20150913 112827   20150913 112908


そして、最初にも書いたけど、ここに来た人は死んだ後も故郷には帰れない人がたくさんいました。だからこうやって納骨堂も自分たちで作らざるを得なかった。右側の画像の「尊厳回復の碑」というのは、強制的に堕ろされた子供たちを偲んでだそうです。入所者は結婚できても強制的に断種手術をさせられて子どもを作らせないようにされていた。世界にハンセン病患者を隔離していた施設は多々あれど、断種手術まで行われていたのはただ日本だけだそうです。ちなみに堕ろされた子供は長い間ホルマリン漬けになってたらしい。碑の前におもちゃが置いてあるのは、子ども(にもなれなかった)霊を慰めるためでしょう。納骨堂とか、そういうものはあまり撮りたくなかったので撮ってこなかったんだけど(だってやはりとても神聖な場所だと思ったので)、この話を聞いて「これは撮るべきだ」と思って撮りました。もう二度とこういう目に遭う人を(親も子も)出してはならない。

20150913 112438


これが「いのちとこころの人権の森宣言」の碑。ボランティアの人が「どうぞ全文読んでください」と言っていた。東村山市内の小学生には見学に来た際に、この文を声を出して読ませたりするそうだ。ここにはもちろんまだ実際に住んでいる人がいる。200人くらいいるって言ってたかな。だから傍若無人に見学していいというわけではない。あくまでも住んでいる人の迷惑にならないようにして見学しなければならない。そしてこの地で何が行われていたか、それを勉強する地でもある。そして二度とこのようなことを起こしてはならない。それを十分肝に銘じるところでもある。東村山市には是非頑張ってここを保存して、そして一人でも多くの人が訪れるようにして欲しい。

こんな感じで時間としては約1時間ちょっとだったかな。説明を聞きながら回ったんだけど、あっという間だった。一つ一つもう少し丁寧に見たいと思ったんだけど、ボランティアの人は「自分がゆっくり回りすぎて、資料館見学してもらおうと思ったのにほとんど時間がなくなってしまった」って言ってたんで、これでもかなり時間を掛けて回ったんでしょうね。確かに散策が終わってから、資料館に戻ったんだけど見学時間はあと20分くらいしかなかった。ので、ほとんど資料館は見られず。でもいいんだ、また来るから。

終わりにまた映像ホールに戻って、そして市の人の挨拶聞いてアンケート書いて終了。

ここでは定期的に「お話し会」とか「清掃ボランティア」とか「お祭り」などという行事が行われているらしい。だから、そういうのをきっかけに行ってみるのもいいかも知れない。
23:59 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
03-08 Sun , 2015
そういうふうにできてない
何日か前に「そういうふうにできている」という題名で日記を書いた。

「そういうふうにできている」と思ったきっかけは、実は「そういうふうにできてない」と思ったことがあったからだ。「そういうふうにできてないんだな」と思った先に「そういうふうにできている」というものがあったのだ。

「そういうふうにできてない」と考えたきっかけは、「人間は、言わなきゃ分からない」ということだった。言葉に出さないものはないものとみなされる。いくら心の中で強く思ってても、言わなければ伝わらない。

あ、でもこれ。いいとか悪いとかではない。別にだから「自分の意志をはっきり相手に伝えなければならない」と言いたいわけじゃない。単に現実として、そうなんだなというだけだ。人間は、声にしたことでしか相手に伝わらない。あ、もちろん態度なんかでも分かる場合はあるけどね。だけど態度より言葉にした方がより詳細に伝わるだろう(言葉を使わないジェスチャーでは自分の意志を明確に伝えるのが困難だし)。

それはひとえに、人間には「言葉を使わないで相手の言いたいことが分かる能力」を持ってないからだと思うのよ。以心伝心できないというか。

最初、このことを思ったときに「だから不便なんだよね」って思った。もしも人間に「相手が何も言わなくても何を考えているか伝わる能力」があるとすれば、すごい便利だなって思った。その能力があれば、人がどういうことを考えているかを想像しなくて済む。本音と建前の両方が分かる。自分も口に出していいにくいことをわざわざ口にしなくても済む。言いたくないことも相手に伝わる。もし、人間にこういう能力があれば、この世の中は今と全く別世界になっていたに違いない。

そう、この「別世界になっていたに違いない」というところから、「今の世界も別の世界から見ると『別世界』になるんじゃないの?」って思って、「そういうふうにできている」ことについて考えを進めたのだけれど。

実は、ここでわたしの考えることが2つに分かれちゃったんだよね。「そういうふうにできている」世界のことと「そういうふうにできていない」世界のことに。そして「そういうふうにできている」の方は、前に書いたけど。

「そういうふうにできていない」方のこと。「そういうふうにできてない」、今の世界はどうなんだろうかって。上に書いたように、以心伝心で伝わらないってことは、ある意味不便だし、「なかったこと」にされる恐れもある。以前、何かの本で読んだのだが、昔の(昔って大昔。豪族とかいた頃?)罪に対する一番重い刑は「死んだ後にその人の名前を言ってはいけない」ということだったんだそうだ。残された人は、その罪を犯した人の名前を言ってはいけない。すると、何代か後には、その人はまるでこの世に「存在していない」ことになる。誰も存在を知らない人になってしまう。それが刑だったんだって。まぁここには人間って自分の存在が死んだ後でも、いつまでも「この世に存在していた」と思われたい欲望があるのかなあとも思うんだけど(わたしなんかは自分が死んだ後はわたしのことはとっとと忘れて欲しいが)、言わなかったらいない人になってしまうんだよね。同様に、先の戦争においてもあまりに悲惨な体験をしたとか、加害の事実は言いたくないからと言って言わないままこの世を去ってしまった人たちがおそらく大勢いる。都合の悪い文書はすべて焼却してしまって、だんまりを決め込む。だからこそ、後世にその事実が伝わらない。伝わらないことによって、歴史はまた繰り返されようとしている。

この世の中「そういうふうにできている」。

一方、だからこそ「見せたい自分」だけを見せることができるのも事実だ。

ブログなんかで書き散らかしてるものなんか、本当にそう。ブログには見せたい自分しか見せない。一部「どこかに吐き出したくてたまらないから書いている」というのもあると思うけど、それだって「見せたい」とまでは言えないけど「絶対に他人には見せたくない」と思ったらブログには書かないだろう。吐き出すのは他人の目に触れられる可能性があるブログだけじゃなく、別に公開しないメモ帳に書いたって、手書きの日記だっていいのだから。

もちろんこのブログだってそうなんだけどね(笑)ただ、このブログ、今年の10月で10年続けてきたことになるんだけど(そう考えるとすごいな(笑))、ときによってスタンスが変わりまくってるよね。前は思いっきり何でもかんでも全部書いてたけど、今は自分が考えて「書きたいな」と思ったことは書くけど、事実について詳細なことはほとんど書かなくなったし。長い時間の中ではそのときどきによって「見せたい自分」が変わるんだなと思う。だから、過去の見せまくってた自分の書いたものはお蔵入りにさせてしまいたいと思ってたりもするんだが、そうするとどこまでお蔵入りにしてどこから出すかって判断するのが難しいんだよなー。それに正直、過去に書いた自分の文章はなんか気恥ずかしくてもう読みたくないってのがあるし(笑)

なんか段々話がずれてきたな。

ただ、こんな風に思ったのは、とある人のブログを読んでそう思ったんだよね。わたしは人のブログを読むのが結構好きで、いろんな人のブログを読んでるけど、一つね、忘れられないブログに遭遇してね。そのブログは探したんじゃなく、ただなんとなく猫ブログを読みたいなと思って、一つそれっぽいキーワードを入れたらたまたま出てきた、猫ブログとは全然関係ないブログだったのだけど。その人は残念ながらもうだいぶ前に亡くなられてしまったのだが、今でもその人のブログに出会えて本当によかったと思ってるし、もう再び更新されることはないであろうそのブログをブックマークしてときどき読んだりしてるんだ。ただ、最後の方に書いてあることを読むと「この人は敢えてこういう自分を見せたかったのだろうか」と思うことがある。それはわたしにとっては永遠の謎なのだが、きっと「そういう風に見せたい」と思ってたのであれば、それは多分成功してる。

人間には以心伝心の能力がないから、表現力に多様性があるのだ、とも言える。ただだからといって今の人間に「以心伝心の能力がなくてよかった」とは思わない。「以心伝心の能力があればよかったのに」とも思わない。上にも書いたし、前もそう書いたけど「どっちの方がいいか悪いか」ではなく、こういう現実が自分の前にただ横たわっているだけだから。

「そういうふうにできている」と「そういうふうにできていない」が組み合わさって、今の世界ができている。それは必然だったのではなく、単なる偶然だったと思う。ただ、物事には原因と結果があるというのはある種の真理だろうけれど(ここら辺になるととても仏教っぽくなるんだけども)。だけどいくら考えても分からない原因と結果を考えるより(考えて分かる原因と結果は考えなければならないけれども)「そういうふうにできてるんだなー」って、ただ淡々と事実を受け止めるのもいいのかも知れない。必然ではないって考えること自体、運命を否定していることになるのだが(笑)ただ、100%唯物史観で生きようとしてもなかなか難しいんだよね、これが。心のどこかに「絶対的」なものを求めてしまうのも、また人間なのであって、おそらくこれも「そういうふうにできている」のだろう。
18:17 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
03-03 Tue , 2015
そういうふうにできている
ときどき思うことがある。

「もし人間の指が5本じゃなくて6本あるのが普通だったら」とか「腕が2本じゃなくて1本とか3本だったら」とか「平均身長が今より1m高かったり低かったりしたら」って。そうすればきっと、人々の概念や暮らしやその他ほとんどのものが今とは別の形になっていただろうなと。

例えば、今の世の中の大部分が十進法で出来ている。数字は10になると一桁繰り上がる。中国には古くから「陰陽五行説」というのがある。ではなぜ「10」進法や「陰陽」の「2」元論や「五行」の「5」かというと、きっと腕が2本であり、指が片方5本、左右併せて10本である結果なんだろうと思うのだ。よく人は「二元論」で考えてしまう。男か女か、いいか悪いか、右か左か。これはきっと、腕が2本しかない結果だろうと。もし腕が3本あったなら、人間はきっと「三元論」で考えることが基本になるんじゃないかと思ったりする。そうすると思想の世界も今とは全く異なっていたはずだ。
※ただし、この世界もまれに十進法でできてないことがある。例えば時間。干支。暦関係は十進法でできてないのはとても面白い現象だと思う。

平均身長が今より1m低ければ、わたしたちの住む家はもっと小さいものになってただろうし、1m高ければ、もっと高いものになっていただろう。今のような高さのものになっているのは、今の人間の平均身長がこのくらいだったから。それしか理由はない。それに、今使っている道具は「腕が2本、指が左右10本ある人」が使いやすいように出来ている。これが1本でも多かったり少なかったりするのであれば、そういう状態のときに使いやすいように作られるに違いない。

そう考えると、少しの条件が変わっただけで、世の中は概念からしてまったく別の世界になっていただろうと推測される。

だから、今、わたしたちが考えている「常識」なんてその程度のことだよ、とも言える。何か一つ条件が変わっただけで今の常識は常識ではなくなるだろうから。けど「そうはいっても、今の世界はこうなんだから、やはり常識は重んじられるべきだ」と考える人もいるだろう。まぁどっちもどっちというか、判断する対象でそのどちらを取るかということになってくるのだろうと思うが。

例えば常識は世界共通ではなく、国とか民族によって違う、ということはある。人間って不思議なもので「こうだ」と教えられて育てられれば、そういう風にしか物事が見られなくなる傾向にある。

例を挙げると、日本では一般的には茶碗は手に持って、口に近づけて食べる。一方、韓国(おそらくいわゆる「北朝鮮」でも同じだと思うが)茶碗は手に持って食べてはいけない。もちろん、日本では茶碗は陶器、朝鮮半島では金属で出来ている。日本ではご飯は箸で食べるが、朝鮮半島ではスプーンで食べる。この違いがそういう文化の違いとして現れてるんじゃないかとは思うが、でも、おそらく日本人からすると茶碗を手に持たないで食べるのは「犬食い」と言われるほど「やってはいけない」ことになっている。そして「犬食い」をやってる人を見るととても汚く思えてしまう。

でも裏を返せば、朝鮮半島の人は茶碗を手に持って食べると、やっぱり汚く見えてしまうのだろうか?って思ったりする。そこのところは、わたしはそういう風習で育てて来られなかったので、茶碗を持つとどういう風に言われるかとか、どういう風に見えるのかは想像が付かないけどね。きっと「器や皿は手に持って食べてはいけない。行儀が悪いことだから」と育てられてるんだろうね(皿は日本でも持って食べないか。。)。おそらく向こうは向こうで「器を持って食べると行儀が悪い」という理屈を持ってるんだと思う。そして器を持って食べるととてつもなく下品だったり汚く思えたりするんだろう。

もう一つの例。日本ではそばとかうどん、ラーメンなどは「ずずっ」と音を立ててすする。その音が「おいしそう」に思えたりする。音を立ててすすっても「下品だ」とは思われない。そういえば、食べ物じゃなくて抹茶なんかも最後は「ずずっ」って音を立てて飲み干すよね、わざと。しかし、日本のものではないパスタなんかはそうじゃないよね、同じ麺なのに。却ってすする音をさせるのは下品だと思われる。それはパスタだったらイタリアかな?その国の習慣がそうだってことだよね。

ってわけで、常識なんてどこでどう変わるか分かんないよ~ってことだよね。自分の持っている「常識」は全世界的に絶対的なものではないってことだよね。まぁただ「郷に入っては郷に従え」ということわざもあるように、その地で「常識的でない」という習慣をやっちゃったら、自分の人格が疑われたりすることもあるわけだが。とまぁ、別にこんなことが言いたくてこの話を始めたんじゃなかった(汗)別にわたしは常識云々の話をしたくてこの話を書き始めたわけではなく。

なんというのかな。ときどき「そういうふうにできてるんだな」って思うことがある。それは特に理由もなんもないことで、偶然が積み重なった結果、人間の指の数は5本になったんだろうし、腕も2本なんだろう。誰が決めたというわけでもなく。そして腕が2本なのも指が5本であるのは特に「そうでなければならなかった」という理由はなく。世界の習慣は、最初は誰かが何となく「そう決めた」んだろうが、その地域ではそうすることに一定の「理屈」はあるんだろう。しかし別にそれが「絶対に正しい」わけでもない。「誰かがそう決めた」のは、そのときにそこに住む人たちの感性がそうしたわけで、そう感じたことは特に絶対的な理由ではない。世界中が同じ習慣にならなかったのは、一つの物事の理由が全然別の角度からも理屈を付けて考えられるということだからだ。そうすると、この世界がなんだかとても不思議なものに思えてくるんだよね~。すっごく微妙なところでこの世界が成り立っている。この現実世界は一歩ずれてたら、現実世界ではないんだと思うと、この世界は強固な根っこを張っているわけじゃない。ふわふわと浮遊しているか、ぐらぐらと安定性がないか、そういうイメージを持つ。

だからこそ、この世界はいかようにも変えていけるんじゃないかと思うこともあるし、いやいや、それでも手の指が5本、腕が2本ある人が圧倒的な世界で、二元論や十進法を変えていけるのかとも思う(分野によっては十六進法の世界などもあるんだけどね。。)。

まぁ最近はこんなことを考えている。本当はここから発展させたのか、この元になる話しになるのかは分からないけど思うことがあって、それはまた今度。
19:38 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
03-02 Mon , 2015
全駅制覇、ウルトラマンスタンプラリー!その2(駅からのメッセージ)
前回からの続き。

それまでほとんどの駅では構内に貼ってあるポスターの写真を撮るだけだったんだけど、いくつかの駅ではスタンプ台のところまで行って、そこにある「○○駅からのメッセージ」に書かれた言葉の写真も撮ってたんだよね。そこには「なぜこのキャラクターを選んだのか」って理由が書いてあって、それを読むと結構面白かったから、「なんでここはこういうキャラクターなのかな?」って思う駅は、降りて撮ることにしてた。

けど、メッセージを集めているうちに、これまた「出来る限りのメッセージを集めてみたい」という気持ちになり、あと5駅でポスター全部集められるところで方針変更した。「今から集められるだけ、メッセージを集めてみよう」と。なので、ほとんどのところをまた、回ることになっちゃったんだよね~。ただ、こう決断したのは最終日から数日前で、もうわたしには1日しか集められる日はなかった。なので、ちょっと時間がかかりそうだった常磐線と総武線快速の駅は泣く泣く断念せざるを得なかった。

そうして集めたのは、全64駅中、常磐線の三河島、北千住、亀有、松戸、馬橋、新松戸、南柏、柏、北柏、我孫子、取手と総武線快速の新日本橋を除く52駅分。

駅のメッセージを集めるってことは、改札降りてスタンプ台の前まで行かなければならないってことで、これはスタンプラリーする人と同じ行動なのだけれど、これ、案外きつかった。駅の改札って絶対に階段を上り下りしないといけないんだよね。しかも、なるべく電車降りたら、次の電車が来るまでの間にスタンプ台のところに行って写真を撮りたい。そうすると時間との競争でね。大きい駅だと構内が広すぎるので次の電車にってのは無理だけど、構内が広い分、たくさん歩かないといけない。わたし、2度目の渋谷は埼京線で行ったんだけど、思いっきり後悔した。。埼京線の渋谷駅はほとんど「ニセ渋谷駅」って言っていいほどのところにあるのに!それは知ってたのに!!先に恵比寿に回って、そこから渋谷に戻ればよかったよな~って、歩きながら本当に後悔した。そして電車の中ではほとんどがたった1駅で降りるから、座ったりはしない。最後の方はもう、足がガクガクだった。それでもとても楽しかった。本当はもっと早く気が付いて、全部の駅を回ることが出来たらよかったのに、って今も思ってる。

52駅分しか集められなかった駅からのメッセージだけど、その中で一番心に残ったのは、新大久保駅だった。そこにはこう書かれている。

キャラクター選定の際に、真っ先に思い浮かんだのが友好珍獣「ピグモン」でした。新大久保の街は韓流ブームと共に賑わいと活気にあふれ、かつては静かだった街が今では誰もが知る「コリアンタウン」として有名な街に生まれ変わりました。しかし、昨今の日韓情勢とともに訪れるお客さまが減少している今、日韓の友好を願わずにはいられません。また、様々な外国の方が訪れる、多文化共生の街でもある新大久保。国籍や言語、文化の違いを互いに尊重し合う、そんな世界を作りたいものです。そういったこともあり、真っ先に浮かんだのが友好の文字がある「ピグモン」でした。駅社員全員一致で決定、希望しました。他駅からの希望もたくさんあったキャラクターと聞いておりましたが、見事に当駅が勝ち取りました。近隣にある皆中稲荷神社の御利益の後押しがあったのかもしれませんね。



新大久保


他の51駅で、こんなにキャラクターの選定理由がしっかりしたところはなかった。文中には「昨今の日韓情勢」とあるけれど、ここ、新大久保では何度もヘイト・スピーチが繰り広げられ、そばで聞かざるを得なかった駅員さんたちもそのことに胸を痛めてるんだと思う。「国籍や言語、文化の違いを互いに尊重し合う、そんな世界を作りたい」という新大久保の駅員さんたちの願い、本当に心を打たれた。そしてこのメッセージがこのスタンプラリーの期間中、約1ヶ月半、ここに表明され続けたのはとてもよかったと思った。

それ以外、「駅名からキャラクターを選定した」ってところがいくつかあった。
・金町→カネゴン
・駒込→ゴメス
・神田→ガンダー
・五反田→ヒトデの「五」角形から→ペスター

面白かったのは、「キャラクターと似ている駅員さんがいる」ってところも複数あったことだ。
・大塚→ゴロー
・有楽町→ギガス
・市ヶ谷→人工生命M1号

ちなみに、これがそれぞれのキャラクター。左からゴロー、ギガス、人工生命M1号。

026.jpg  009_2015030213431372c.jpg  062.jpg


・・・ひどすぎる(笑)

それからたった一駅だけど、「駅長と名前が似ているから」という理由で選定されたキャラクターもいた。
・東中野→マグラー

ちなみに駅長さんのお名前は「眞柄(まがら)」なんだそうです。

その他のキャラクター選定理由としては、
・尾久→当駅は、JR東日本の看板列車「カシオペア」「北斗星」の車庫がある駅で、始発駅の上野駅へ整備して送り出す脇役的な存在。ウルトラマンシリーズで名脇役と言えば「バルタン星人」(バルタン星人)
・高田馬場→誰からもすぐ覚えてもらえるように可愛い名前のキャラクターを選択(バニラ)
・阿佐ヶ谷→今年(注:去年の間違えだと思う)の7月7日に発車メロディーが「たなばたさま」に変更になった。そこから1968年7月7日、七夕の日に「ウルトラセブン」で登場した「ガッツ星人」を当駅のスタンプキャラクターとした(ガッツ星人)
・原宿→原宿駅周辺の建物が映っている話である。キャラクターは金色のロボットで、竜から円盤状に変化するが、原宿駅も木々が立ち並んでいて季節毎に風景が変化する(宇宙竜ナース)
・四ツ谷→四ツ谷駅周辺は自然が豊かで毎年沢山のセミが集う(セミ人間)

阿佐ヶ谷駅、無理矢理過ぎる!!(笑)そして、たくさんのセミが集うからセミ人間を選んだ四ツ谷駅って笑えた!すごい無理矢理だけど、夏が来るたびにセミ人間と四ツ谷駅に集うセミのことを思い出しそう。

キャラクターを「駅の望み」に託したものも多かった。(五反田、阿佐ヶ谷は重複)
・信濃町→レッドキングのようにみなさまに親しまれ、愛される駅をめざす(レッドキング)
・東京→ベムスターに負けないくらい皆さんに愛される駅を目指す(ベムスター)
・田町→夢溢れる新駅と田町駅を繋ぐ列車は、今までも、これからも時間を超えてお客さまの日常に寄り添い続けたい(異次元列車)
・五反田→駅の社員も(キャラクターのように)連携プレーで一体となり、熱い思いを主食とし、見えない赤い炎をだしながらお客さまをお待ちしている(ペスター)
・日暮里→現代のゆるキャラブームのはしり?とも思われるキャラで、現在の日暮里駅のイメージキャラクター「にゃっぽり」とも併せて可愛がって下さい!(ゲスラ)
・東十条→「カプセル怪獣アギラ」みたいに、困ったときには頼りにしていただけるよう、そしてみなさまから愛される駅づくりを目指す(アギラ)
・阿佐ヶ谷→「ガッツ星人」に負けない様、これからも駅員一同明るく元気に頑張っていく(ガッツ星人)
・中野→今後もシーボーズのように皆さんに愛される駅を目指す(シーボーズ)

上に挙げたのは、まだ「なぜそのキャラクターを選んだのか」について触れられてるけど、中には理由がさっぱり分からない駅もあった。

そもそも、メッセージの中にキャラクター名が全く含まれてない駅もあった。
・浜松町→ウルトラマンジャック
・高円寺→ニセウルトラセブン
・赤羽→グドン
・渋谷→スカイドン
・大崎→バルタン星人二代目
・水道橋→マグネドン
・上野→シーゴラス

まぁ「駅からのメッセージ」なので、別にキャラクター選定理由が書いてなくてもいいんだけどね。。ただし、大崎駅は「その1」でも触れたけど、独自のポスターを作っていたり、この「駅からのメッセージ」も凝ってました。

大崎駅


縦読み(笑)

実は「駅からのメッセージ」で一番多かったのは、キャラクターの名前には触れているけれど、なぜそのキャラクターを選んだのかさっぱり分からない、というものだった。
南流山、池袋、板橋、十条、田端、王子、西日暮里、巣鴨、目白、目黒、恵比寿、秋葉原、御茶ノ水、御徒町、新橋、大森、大井町、品川、飯田橋、代々木、蒲田、千駄ヶ谷、新宿、荻窪、西荻窪

さっぱり分からないと言っても、まぁ「心優しい」とか「良い怪獣」とか「頼りがいのある」とか、怪獣の中でも「人気が高いから」とか「印象深いから」とか「社員から人気が高いから」とか、逆に「悪い星人だから」なんてことは一応書いてあったけどね。。その中でも笑えたのがこのメッセージ。新橋駅。

新橋


新橋駅のキャラクターは「ウルトラセブン」。そして新橋と言えばサラリーマンの街。このメッセージは完全サラリーマン向けだよね(笑)これはとてもうまいと思った。

キャラクター選定の理由がさっぱり分からないと言いながら、この中には2つ傾向があって、一つは「あんまりよく知らないんだもん」というところと、逆にそのキャラクターに思い入れがありすぎ、このスペースでは足らなかったのでは、と思えるところがあったような気がする。前者の典型的な例は、恵比寿駅。駅員が若いので、ウルトラマン世代はあまりいなかったよう。

恵比寿


逆にキャラクターを熱く語りすぎ、きっと大ファンだった駅員さんがいるんだろうなと想像できるのは、御茶ノ水駅、御徒町駅、荻窪駅。特に御徒町駅と荻窪駅はこれだけじゃ書くスペースが足らなかったんだろうと想像してる(笑)そういえば御徒町駅はポスターも独自のメッセージが書かれてたよね。

御茶ノ水


御徒町


荻窪


そして、荻窪駅。この駅はメッセージもそうだけど、このウルトラマンスタンプラリーで一番熱かったと思う駅だった。わたし、ここには最終日の3日前に行ったんだけど、スタンプ台のところに「最終日(2/27)まで、あと3日!!」(「3」は手書き)という文字とともにこんなメッセージが。

038_20150302151231329.jpg


まもなく(2/27)でウルトラマンスタンプラリーは終了します。この間、多くの皆様に我が姿をスタンプしていただき、うれしい限りです。地球を後にして早47年過ぎましたが、地球人の愛情には今だに(ママ)感謝しています。ラリーにご参加いただき、誠にありがとう。(>_<。)次回も どこかのこの地で 遭いましょう!



うーん、ここまでのことをしている駅は、荻窪駅以外はなかったように思う。っていうか、他の駅はそこまで注目してスタンプ台の上は見てなかったから、本当に荻窪駅以外はそういうことしてなかったかというと、それは断定はできないんだけど。でも、少なくともこれに気が付いたあとに見て回ったスタンプ台にはこういうところはどこにもなかったです(でもなんかいろいろなサイト見たら、最終日にはいくつかの駅でメッセージ出てたようですね)。

でね。最終日、この駅がどうなってるのか、とっても気になったのね。だから行ってみました。そしたらさらにすごくなってた(笑)一瞬、スタンプ台の上にあったこのメッセージがないって思ったの。それで見てみれば、、

004_20150302152353e08.jpg


こんな風にでっかく前に貼ってあった!!!(これじゃ「駅からのメッセージ」が読めないよ~(笑))

003.jpg


「まもなく」って書いてあったところが、ちゃんと「本日」になっていて、これ、最終日のためにわざわざ用意したんだなーって思った。荻窪駅の熱い思いがわたしに伝わってきたよ。

軽い気持ちで駅に貼ってあるポスターの写真を撮ることから始まって、最後は駅のメッセージを集めまくったウルトラマンスタンプラリー。スタンプは一つも押さなかったけど(笑)、途中からメッセージ集めという方針に変えたので、ほとんどのところは2回、3回行った。普段、何気なく利用している駅。そこで働く駅員さんたちはどういう人たちで、何を思い、どう働いているのか、外からではほとんど分からない。でも、こういうものによって「どんな人たちが集まってこの駅で働いているのか」がほんの少しだけだけど垣間見られたような気がする。若い駅員さんたちが多い駅、そうじゃない駅、こういうイベントに熱く参加する駅、そうじゃない駅。駅ってどこも同じようでそうじゃない。そういうことがよく分かったスタンプラリーだった。

とにかく、すごく楽しかった!できたなら、もう少し早く気が付いて、時間の余裕があるところで楽しみたかったなとも思うけど。あと、わたしがメッセージを読めなかった12駅、どんなメッセージが書かれてたのか気になります。

ウルトラマンスタンプラリーに参加したJR東日本の64駅の駅員さん、
楽しませてくれて本当にありがとうございました!
15:55 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
03-01 Sun , 2015
全駅制覇、ウルトラマンスタンプラリー!その1(ただしスタンプは押してない)
もう終わっちゃったんだけど、1月13日から2月27日まで、JR東日本の都内(いくつかの駅は除く)、常磐線の千葉(いくつかの駅は除く)と茨城の駅(といっても取手のみだけど)の64駅で「ウルトラマンスタンプラリー」というのをやってた。

031.jpg


わたし最初ね、病院に通院してたときに駅でポスターを見てね。あ、上のポスターじゃなく、その駅の担当キャラクターのポスターなんだけど、「あ、こんなのやってるんだ」と思って、なにげなく写真撮ったんだよね。ちなみにこんな風なの。スタンプは改札外にあるんだけど、どの場所にスタンプが置いてありますよーっていう案内のポスターです。

002.jpg


それが1月の下旬だったかな?それ以降はJRを使うたびに駅に貼ってあるポスターの写真を撮るようになった。そのうち、乗換駅とか、そういうところでも見かけるたびに写真を撮るようになって、それから通り道の駅でも写真撮ってみたいキャラクターがあったら一時的に降りて、ポスター探して写真撮ったりするようになった。で、あるとき数えてみたら、それが21駅分になってたの。そのとき「あ、1/3集められたんだから、もしかしたら全駅できるかも」って思ったのが運の尽き(?)。東は常磐線の取手、西は中央線の西荻窪まで、全部撮ってきたよ~(笑)

007.jpg  005.jpg  006_201503020031028fe.jpg


008.jpg  009.jpg  010.jpg


011.jpg


9×7=63で、1枚足りない?と思った人は正解です。実は、池袋駅では、キャラクターの載ったポスターを見つけることはできなかったんだよね。。ポスターを探すために3回、池袋駅に行ったんだけど。。。もちろん、池袋駅はとても広い構内と、何番線もあるプラットホームを持っている駅であり、そこをくまなく探すと言うことはできなかったんだけど、でもいろんな駅でポスターを探し回った経験上、これらのポスターが貼ってあるのは、

1.ホーム
2.ホームから構内に降りる階段
3.構内

のどれかだって分かったので、そこを探したんだけど、キャラクターが載ってるポスターは貼ってなかったんだよね。で、池袋駅で見かけたのは、こんなポスターだった。これは構内に貼ってあった。

001.jpg   005_20150302004456ca4.jpg


ちなみに池袋駅はこういうキャラクター。

004.jpg


スタンプ台のところにこういうボードが置いてあって、ここでスタンプを押すの。ちなみにスタンプはどこでもいいから10個押せば何かもらえて、全部押したらさらに何か別のものがもらえるんじゃなかったかなー?わたしはスタンプには興味がなかったので、一つも押してません。

池袋駅は何か理由があって、キャラクターのポスターは貼らなかったんだろうか。それとも初めは貼ってたけど、盗まれちゃってこういうのにしたのかなあ?とか、いろんなことを思った。でもね。いろんな駅を回ってみて思ったんだけど、このスタンプラリーに対する熱意がある駅とあんまり熱意を感じられない駅があるんだよね。ほとんどの駅ではポスターにラミネート加工がしてあったんだけど、これをしてないところとかね。そういうポスターは雨の水滴で印刷がにじんじゃったりしてて。。それと、大抵は「スタンプ台はこちらです」っていう矢印が書いてあるポスターだったんだけど、いくつかの駅ではオリジナルのポスターを発見した。おそらくこれ以外の駅でもあるとは思うんだけど、気が付いたところだけで。

御徒町駅。

044.jpg   046.jpg


西日暮里駅。

017.jpg


大崎駅。

039.jpg  040.jpg


大崎駅はスタンプ台のところにもこういうのが。ちなみに大崎駅のキャラクターは「バルタン星人二代目」でした。

038.jpg


それと、南流山駅のキャラクターは「ウルトラマン」だったんだけど、ここはウルトラマンに選ばれたことがとても嬉しかったらしく、構内はこんなになってた(笑)

022-1.jpg


しかし、南流山駅に行くために、新松戸の駅で武蔵野線に乗り換えたんだけど、慣れない駅の乗り換えはよく分からなくてね。最初、適当なホームに着いて行き先を見てたらどうも反対側のようだってので、反対側に回ったら、実は最初の方が正しくて、気が付いたときはもう向こうに電車が来てて。。なんてことがあった。

常磐線は快速と千代田線直通の各駅(というのかな?)に分かれてて、綾瀬での乗り換えにすごくとまどってしまった。てか、そのまま乗って北千住だったかに行けばよかったのに、北千住の駅は千代田線の駅になってしまうと思って、ここで乗り換えできると思ったんだよね。ここら辺、今でもよく分かってない。けど、この線には長年東京に住みながら、乗ったの初めてだった。千代田線は綾瀬行きや我孫子行きがあるのは知ってたけど、そこまで乗ったことはなかったし。

山手線なんて、何度、内回りと外回りを間違えたことか。。。山手線は、大学が品川にあったもんで、大学時代は新宿から品川までは乗り慣れてるんだよね。でも、却ってそれが徒になりました。わたし、どうしても品川方面は「内回り」と思い込んじゃうのね、それがあって。でも、それが例えば上野から見ると品川は「外回り」になるわけで、なんかそれがものすごく違和感で違和感で。よく考えるとそうなんだけど、反射的に見ると違って見えちゃうんだよね~。で、逆方向に乗り間違えて。

まぁ多分、こういうのもいい思い出、なんでしょうねえ。

でね。スタンプ台の前にあるこのボードには「○○駅からのメッセージ」っていうのが書いてあるの。こんな感じで。

002-1.jpg


このメッセージが案外面白いことに気が付いたのは、あと5駅で全部ポスターの写真が集まるってところだった。。(つづく)
23:59 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12-30 Tue , 2014
行ってきた
20141230220957197.jpg


わたしの母校、三鷹高校が第93回全国高校サッカー選手権大会の東京B代表になったそうで、今日、その試合が駒沢陸上競技場で行われたので行ってきた。

この大会、三鷹高校が出るのは7年ぶり2回目。前回初出場のときも開幕戦で今日も開幕戦。前回は国立競技場だったのかな?それも観に行って来た。でも全然覚えてない(笑)シドニーから帰ってきてものすごく腕が痛くて、歯もおかしくて、その原因を突き止めるためにいろいろ病院に通っていた時期だ。まぁ結局7年後の今もなんで腕があんなに痛くなったのかはよく分かってないし、歯に至っては今でも病院通ってて、でも治る見込みが全くないんだけど。。まぁそんな状態の時に観に行ったなあってことくらいしか覚えてない(笑)

今回、この大会に出場するって知ったのは、同窓会から「寄付のお願い」のハガキが来たからだった。これが来なかったら今でも知らなかったと思う(笑)甲子園の予選は毎回初戦敗退でもチェックするけど、サッカーは基本的に興味がないからね~。それに卒業してもう28年経つのか。なんでサッカー部が急に強くなったのか、そんなんも全然知らん。わたしがいた頃の鷹高はスポーツはそんなに目立った部はなかった。野球も弱かったし。まぁ唯一躰道部は強かったみたいだけど、その躰道部は今はないんだよね?わたしが入学する随分前はバレーボールが強かったそうだけど、わたしの頃は全然強くなかった。なんで、サッカー部が全国レベルと言われても正直、未だにあんまりピンと来てないんであった(笑)

まー卒業後は母校とは何の関わりもないし、同窓会報は来るけど、情報源はそれだけだしね。

サッカーのこともあんまり詳しくないんだけど、今回当たった東福岡ってところは強豪チームなんだってね。

確かにグラウンド(って言わないのか、サッカーでは。スタジアムっていうの?)で見た選手達の体格は全然違ってて、うちの高校の生徒はみんな貧弱に見えたし、東福岡の選手はでかくてごつくてびっくりした。

そうそう、今回で「三鷹高校」って校名は消えるんだそうだ。まぁそれは知ってたけど。来年の3月で鷹高の生徒は全部卒業して、あとはみんな中等教育学校の生徒になるらしいので。卒業生からすると「三鷹高校」って名前がなくなるのは本当に寂しくて残念なんだけどね。というわけで「三鷹高校」としての最後の大会だったらしい。

駒沢陸上競技場に着いたのは、試合の始まる15分くらい前だったんだけど、もういっぱいの人で座る場所を見つけるのにとても苦労したし、彼女と行ったんだけど、彼女とは並んで座れませんでした。天気はすごく良くて、前半は全く寒くなかった。後半になったら曇ってきてしまったので、寒かったんだけどね。

試合については、サッカーについては全く詳しくないし、まぁこの試合だけ見てあれこれ言うのはかわいそうなんで言わない。前半はよくボールが奪えたと思ったんだけど、それが全く次に続かなくて結局点が取れず。後半は向こうが本気出してきたのか、始まってすぐに1点取られ、その後一旦追いついたかに見えたんだけどオフサイドで幻のゴール。それから2点目が入れられて、2-0で負けた。まぁでも相手のシュート数は結構あったんで、よく2点で抑えられたと思った。キーパーは結構よく取ってたよね。

ま、そんなとこ。

来年から中等教育学校になるけど、どうなんだろうね~。高校から入ってこない分、6年間同じ環境で出来るのはメリットなんだろうか。そこんとこはよく分からない。

あ、そうそう。試合前に多分吹奏楽部だと思うけど(吹奏楽部はわたしの直接の後輩に当たるんだけどな!(笑))校歌を演奏してて、久しぶりに校歌、3番まで歌った。超なつかしかった。ま、このときかな。唯一母校と「繋がってる」って感じられたのは。
22:34 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-18 Fri , 2014
ゆりかごのうた 大松達知歌集/大松達知
無知を晒すようで恐縮なのだが、一応学校教育で、短歌、俳句、川柳などは習ってきたはずなのだが、学校を卒業してうん十年経つと、正直「あれあれ?俳句は季語があって5・7・5?川柳は確か季語がなくて5・7・5・7・7だっけ?じゃあ短歌ってなんだっけ?」などということが起きていて、、これって生まれたときから日本に住んでいて、しかも日本語を母語としながらものすごく恥ずかしいことだよねとは思うのだが、でも、自分の暮らしの中に「歌」というものが本当に無縁なので、仕方がない部分もあるのかな、なんて思っている。

だからといって、「歌」に興味が全くないわけではなく、斎藤茂吉の歌集なども持ってるし(文庫本だが)、俵万智なんかも知ってるし、俳句はなんかしみじみとした趣があっていいなあと思ってるし、なんというかな、ここだけの部分で言えば「一般的なフツーの日本人の感覚」なんだろうという認識だ(普段は「フツー」というカテゴリーも「日本人」というカテゴリーも使いたくないんだけどね)。ただ、「歌」については今まであまり接点がなかったんだよね。積極的に探そうとも思わなかったし。

今回のこの「ゆりかごのうた」を知ったのは、偶然、東京新聞を読んだからだ。確か書評じゃなくて、コラムみたいなところだったと記憶しているのだが、「父親になった人の父親の目から見た短歌」みたいな感じでこの人ともう一人の人が紹介されてたんだよね。確か5月頃だったかなあ?その2人のいくつかの歌が紹介されてたんだけど、わたしはこっちの人の歌の方がなんとなくいい感じだなって思ったのと、歌集を出したばかり(もう一人の人のは確か雑誌で発表だったかな?)だというので「もしかしたら図書館にあるかもね」と思って探したら、案の定、図書館に置いてあって(ただし、新刊だったのでだいぶ待たされた)それで予約して読んでみたのだった。

題名が「ゆりかごのうた」なのと、新聞に紹介されていたのが「父親の目」ってことだけだったので、この歌集、全般にわたって「子育て中の父親の歌」なのかなって思ってたけど、実際に読んでみるとそういうことは全くなく、「2009年から2013年(38歳から42歳)までに書紙誌に発表した作品の中から444首を選び、第4歌集とします。」とあとがきに書いてあるように、実にいろんな歌が入った歌集だった。

この人のことは、東京新聞を読むまで全く知らない人で、どういう背景を持つ人なのかも全く知らなかったのだが、歌集を読んでいるうちに「あれ、この人、野球が好きな人なのかな?」って分かってきた。他にもお酒がすごく好きそうだとか、英語教師をやっているとか、子供が産まれたとか、誰かが亡くなったとか、どこそこに旅行に行ったとか、そういうことがぽつりぽつりと分かる歌集だった。

わたし、今まで俳句とか短歌って、「句を通して読んだ人の気持ちを想像する」とか「読んだ人を通して情景を思い浮かべる」ことだと思っていた。学校教育でもそういう教わり方をするからさ。もちろん、それは間違ってはないだろう。「何が書いてあるかを文法的に正しく解釈して、そしてその句が何を言おうとしているのかを考える」ことは、句の本質的なものを捉える上ではとても大切なことだとわたしも思う。けどね、わたしはこの歌集の中の一つの短歌に出会ったとき、それまでとは違うものを感じたの。「ああ、短歌を読むってことは、自分の中にこういう感情を湧き起こすことがあるんだ」って思った。

打者を見つつ走者を見つつ送球を見つつ過ぎたりこの世の五秒


この句を読んだとき、「うわっ!」と思ったのね。それはまさしく、わたしが経験したことだった。

わたしは今はほとんどプロ野球オンリーになっちゃったけど、かつては社会人野球が大好きで、休みのほとんどを社会人野球観戦に注ぎ込んでた時期があった。年間100試合ほど観ていた。いろんな球場へ観に行ったけど、わたしは大抵バックネット裏の中段で、ホームより少し3塁側の席が定位置だった。そこからだと投手も打者も守っている人たちもランナーもみんな、一瞥できるからだった。

野球っていうのは、ものすごく奥が深いスポーツで、一人一人の心理状態、配球、守備位置、作戦、選手が持っている技量など、いろいろなところにアンテナを張り巡らせて、いろんなことが感じられるからわたしは好きなのだ。ただ野球をほとんどやったことがないわたしには、セオリー通りの作戦などは分かるけれど、配球とか細かいことは実はよく分からない。分からないし、それが間違っているかも知れないんだけれど「もしかしたらこうなんだろうか?」って自分なりに感じて解釈する。それがまたたまらなく面白い。

ああ、言葉にするとすごくつまんなくなってうまく説明できないな。ある場面、一方のチームはチャンスに、一方のチームがピンチに追い込まれる。ここでキャッチャーはピッチャーにどういう球を放らせるか、ピッチャーはキャッチャーの構えたところにボールを投げることができるか、バッターの狙い球はどんなものか、ランナーのリードの具合はどうか、ベンチの指示はどう出ているのか、野手の守備位置はどうなってるか、キャッチャーが打たせようとしている方向に野手はちゃんと守っているのか、高まる声援(社会人野球の応援はすごい!)、いろいろなことを観察して感じようとするわたし。「野球ってなんて面白いんだろう!」と感じる瞬間。そしてピッチャーがボールを投げて、、

この句を読むとね、あのときのわたしの気持ちがばーっと蘇ってくる。この句の中の「五秒」っていうのは、まさにわたしが打者を見て投手を見てランナーを見る、その「五秒」なんじゃないかと。

わたしがこの句を読んで真っ先に思い出した試合がある。

1999年7月25日、都市対抗野球大会3日目の第3試合。横須賀市(日産自動車)対大阪市(日本生命)の試合。7-8で迎えた9回の表、横須賀市の攻撃。2アウト1塁からタイムリーで1点返して同点にしたあと、大阪市のピッチャー土井は四球を出して2アウト1塁3塁。ここで横須賀市の黒須がセンター前にタイムリーヒットを打って逆転するのだが、まさにヒットを打つ直前、わたしは上に書いたとおり、投手を見、打者を見、ランナーを見、野手を見、盛り上がる応援を聞いた。これから起こることについてワクワクし、息を呑んだ「五秒間」だった。そしてその後、センターに抜けた黒須のヒットはスローモーションの映像としてまだわたしの頭の中に鮮明に残っている。あの試合を観た帰りにわたしは繰り返し「野球って本当に素晴らしい」って思った。野球を観ることは、わたしにとって数少ない「生きててよかった」と思えるものだった。

野球は間延びして面白くない、と言われることが多々あるけれど、あの「間」があるからこそ、野球は面白い。その間、いろんなことを感じられるから。それは独りよがりで事実とは違う解釈だったとしても、全然構わないと思っている。だって、そう感じたのはわたしだから。わたしがそう感じたということは「事実」なのだ。そして自分で感じたことは、自分の胸にだけに留めておく。自己満足でいい。

と、ここまで書きつつ。。この句を再び見ると

を見つつ走者を見つつ送球を見つつ過ぎたりこの世の五秒


なんと、「打者」だと思っていたのが「打球」ではないか!

あー、なんということ。ここが「者」であるか「球」であるかによって、この「五秒」は全く別の「五秒」ではないか!たった1文字の違いで場面が全然違ってくる。ああ、やっぱり俳句とか短歌って怖い。。

打球を見て、走者を見て、送球を見る、というのは、打者が打った後、のことだ。この人はロッテファンらしく、千葉マリンスタジアムに行ってロッテを応援する様子をいくつか短歌にしてるんだけど、きっとロッテの選手がヒットを打ったんだろう。その打った打球を見て、それからおそらく塁上にいたランナーの様子を見て、そして相手のチームの野手からの送球を見たってことなんだろう。それはそれで緊張感が伝わってくる一句なのだけど。。

わたしは特定の社会人野球チームは応援してない。けれど、プロ野球だったら、もう誰がなんと言ってもカープファンだ。同じ野球でありながら、社会人野球とプロ野球、特定の応援しているチームがある場合とない場合によって、わたしは野球の見方が全く違う。社会人野球は純粋にゲームとして楽しんでいる。どっちが勝っても負けても別に関係ない。ただ、緊張感のある試合が観たい。けれど、プロ野球は何が何でもカープの勝ちが観たい。どんなに大量得点差でゲーム自体は全然つまらなくなってしまったとしても、カープが勝っていたら満足するし、僅差で負けたらやっぱり悔しい。まぁそりゃあ、「いい勝ち方」ってのはあるから、いくら勝っても「こんなんじゃダメだよ!」って思うこともあるが、、

だからわたしはこの人が「打者を見つつ走者を見つつ送球を見つつ」と詠んでいて、その中に投手のことが入っていないのは、それは「応援しているチームがあるからだ」と思っていた。そして「その瞬間」の前の「五秒」のことを詠った歌なんだとばかり思っていた。そして「ああ、短歌って人の詠んだ句から自分の経験したことを思い出せる手段でもあったんだ」って、そう思った。

けど、あー、そうだったんだ。今回はそうではなかったんだね。

この句を作った人からすると「自分が作ってない句を勝手に作り上げてあれこれ言うな」って思われるだろうけど、確かに作った人を冒涜する行為ではあるよな。。ごめんなさい。だけど、わたしは本当に嬉しかったのだ。だって、あの句を読めば、あのときの、わたしの気持ちが自分の脳の中にパーッと蘇ってくるんだもの。

ちなみに、正しい句を読んで、これまた思い出した試合がある。

1995年6月20日。カープヤクルト戦。わたしはこの試合を広島市民球場で観ていた。9回裏4-6でカープは負けていたが、なんとノムケン(野村謙二郎現カープ監督)が逆転3ランを打ったのだ。このときは、ファンとしてすごく興奮した。「ノムケン、ありがとう!よー打ったな!!」って言いたかった。試合が終わったあと、球場前でノムケンの出待ちをした。「ありがとう、ありがとう!」って気持ちを伝えたかった。けど、本人を目の前にしてわたしは何も言えなかった。。言葉にしなければ相手には伝わらないが、「ありがとう」という言葉では自分の気持ちが伝えきれないと思ったからだ(それ以上に声を掛けるのが恥ずかしかったんだけど(^^;)。

「この世の五秒」はきっと、球場はファンの声援でいっぱいだったんだろう。「走れ、走れ」という声や「やったー」という声や「いいぞー!」って声が聞こえたんだろう。この句にはそういうことは何も書いてないけれど、でもわたしにはそれが聞こえる。

この人の野球に関する一連の句は、この人が球場のどこに座ってて、どういう応援をしているか、それがものすごく分かってね。全く見も知らぬ人なんだけど、球場でビールを飲みながら応援している姿がありありと浮かんでくる。それがとても不思議な感覚だった。わたしは人の短歌を読んでてあんまりその人の「生きている姿」を思い浮かべたことはない。どちらかというと、なんかセピア色のフィルターを通して見るような、なんとなく古ぼけていて、自分とは関係ない遠い世界であるような感覚がある。だけど、この歌集は全然違ってた。ちゃんと色が付いてた(笑)

この歌集、この人の生きている痕跡みたいなのが分かって、とても面白かった。歌集なんて、本当に今まで無縁で、あとこういうのを読むと「何か正しいことを感じなきゃ」みたいなプレッシャー?があって(学校教育の弊害か?)すごく敷居が高かったんだけど、これは本当に自然に読めた。

例えば英語教師として生徒のことをを詠んだ歌などもユーモアがあって面白かったし、あとこの人、お酒が好きなのね。「子供が産まれた」ってことでどんなことが書いてあるのかなって思ってたけど、まぁ正直それは「ふーん、そうなんだ」としか思えなくて(なんせ、わたしは人の親にはなったことがないからね)、実際のところはわたしは別のところ(=野球)に大いに反応した。

この歌集は「第4歌集」ということらしいので、前に3作出てるはずなんだよね。そっちの方も読んでみたいな。

ただ、一文字で意味が全く変わってしまう怖さ、ってのをこれを書いててモロ感じてしまった。正直、文語体はあまり正確に捉えることができなくて「まぁ適当でいいよね」って思ってたのだが。。あんまり適当でもよくないってことだよね。でも、それを気にしてたらまた敷居が高くなっちゃうしなあ。難しいとこです。でもこんなこと言ってたら、真剣に三十一文字を考えて作っている人に対して悪いなとも思う。

【追記】奇しくも今日は、プロ野球はオールスターゲーム第1戦。カープの選手がびっくりするほど多くスタメンで出場している。そして、東京ドームでは都市対抗野球大会が始まった。もう何年も観に行ってないけどな~、今年はどうしようかな。観るとハマるからなあ、あれは。
18:26 | (一般)本のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-11 Fri , 2014
非当事者であること/ルポ京都朝鮮学校襲撃事件を読んで
「ルポ京都朝鮮学校襲撃事件」って本を読んだ。

図書館で借りてきた本だったので、期日前に読まなければいけなかったのだが、最初の一週間ほどは読むのがつらくて最初の一章だけ読んで、ほとんど放置していた状態だった。けれど、それでは期限が来てしまう。意を決して続きを読んだ。苦しかった。何度も泣きそうになった。いや、実際涙が流れた。けれど不思議と「続きが読みたい」って思わせるような本だったので、残りは2日ほどで読めた。

んーなんて言えばいいんだろう。「差別を受けるってこういうことなのか」って改めて思わせられる本だった。この本には差別を受けた人の心理状況がどうなっていくかが丁寧に書かれている。それは「いじめを受けた子どもの心理」だったり「DVを受けている人の心理」だったりに、ものすごく似ていると思ったりする。過去にいじめにせよ、DVにせよ、被害者の心理状態を綴った本を読んだり、テレビを見たことがある。だから「差別を受ける」ってことはどういうことかについて、これが初めて読む本じゃない。初めてじゃなかったんだけど、大きな衝撃を受けた。もちろんだからといって、わたしは特に「朝鮮学校が受けた差別はいじめやDV被害と比べてもひどい」って言うつもりは全くない。わたしはこれらを比べるつもりはない。ただ「心理状態が似ている」って思っただけだ。

そしてこのような朝鮮人差別は今に始まったことではない、というか、昔からずっとずっとあって、戦争が終わってからもあって、そして恥ずかしいことに今も続いている。そう、これは恥なのだ。政府や警察、裁判所、文科省、国のすべてが朝鮮人差別をしている。国民の大半はそれを黙って見ている。一部の国民は直接朝鮮人差別をする。これが恥じゃなくて一体何が恥なのか。

人間には本能として「誰かを差別したい」って気持を持っていると思う。わたしにだってある。わたしだって「人を差別してはいけない」ってこういう場所で書くけどさ、実際はしてると思うよ(笑)人の心なんて裏では何を考えてるか分かんないよ(笑)黒くてドロドロしたものが自分の中にあることをわたしは自分で知っているし、そういうものを持っていることについてはいけないことだとは思わない。でもわたしはそれを絶対に表には出さないでおこうと思っている。表に出さないことが「自分のプライド」だと思っているから。まぁこの「プライド」に対してもいろいろあるのだけれど、まぁそれは自分が書きたくないことなんで書かない(笑)

だから「差別はしてはいけない」と書いても、実際は「差別は自分の表に出すな」ってことだと思ってるんだよね。

あ、差別をすることと人を嫌いになるってことは違うことだと思っている。自慢じゃないが、わたしには嫌いな人がたくさんいる。今、現在でもね。わたしは人を好きになることは滅多にないが、嫌いになることはものすごくたくさんある。よく「好き嫌いが激しい」っていうけど、わたしは好きがなくて「嫌いが激しい」人間だ。そして「嫌いな人と嫌いあう」ってことは「好きな人と好きあう」ってことよりも嬉しいって思ってる。中学生の時にクラスですごく嫌いな人がいて、向こうもわたしのことが嫌いみたいだったので、とても嬉しかった。今でもその人の名前と顔を覚えてるくらいだから、嫌いあってたことがよほど嬉しかったのかしらね。ただ、それはあくまで「個人対個人」のことだ。誰かを味方に付けて「一緒にあの人を嫌いあおうよ」と誘ったりはしない。人の好き嫌いなんて、極めて個人的なものだからだ。

差別と嫌いの違いって、「人間としての尊厳を傷つけるか否か」ってことじゃないかって思う。「人間としての尊厳」、まぁ別に「人間としての」って付けなくてもいいかなとは思うんだけど、「自分が自分であること」というのが尊厳なのかなあ。そして「自分であること」は決して「変えられない属性」じゃないと思うの。以前「自分で変えられない属性について差別するのは止めましょう」ってツイートがどこからか流れてきたときにわたし、「だったら変えられる属性について差別するのはいいのかなあ?」って思ったんだよね。自分で変えられない属性ってのは、人種だったり民族だったり性的指向だったりするわけだよね。じゃあ、変えられる属性って何だろう?って思ったんだけど、例えばね、人間が太ってるとか痩せてるとか、そういうのかな?って思ったんだよね。まぁいくら食べても太らない人は属性が変えられないかも知れないが、太ってる人は食べるの制限したら痩せられるでしょ。でもさ、太ってる人に「デブ」って言ったら言われた方は傷つくよね。それってゲイが「ホモ」って言われて馬鹿にされて傷つくのと同じだと思うの。そこに「変えられる属性」と「変えられない属性」の違いはないよね?それにさ、今や性別だって変えられるわけだよ?性別が変えられるから女を差別していいってことにはならないよね。

だからさ、結局さ、どういうことでも、変えられる属性でも変えられない属性でも、それについて差別することを表に出してはならないのだとわたしは思う。

なんかいつも感想を書くつもりが、話が変な方向に飛んじゃうんだけど(苦笑)

この本、よくできてて「ルポ」っていいつつ、いろいろな登場人物の過去の話とかうまく絡み合っててね。でもわたし、人の名前を覚えるのが苦手でね。日本の名字とか名前はそれでもあまり忘れないんだけど、不思議なことに名前が漢字でも横に朝鮮読みのフリガナが振ってあると途端に覚えられなくなる(笑)なので、取り敢えず申し訳ないんだけど勝手に漢字を「日本語読み」させてもらっている、この手の本は、、そして何度も登場人物が出たり入ったりするんだけど、これがね~。「あれ、この人誰だっけ?」って思うのよ、毎回。特に朝鮮の人は「金」って名前の人が多いもんですごく戸惑う、、まぁ半分くらい読んだら「ああ、この人だったよね」って思い出すけどさ。

しかし登場人物の過去の話などを読むと、本当に日本は昔から国を挙げて朝鮮人差別してたんだなと思うし、在日の人はこんな誰も味方がいない中でよくここまでやってこられたなあって思う。周りに味方がいなかったから、結束力が強いのだろうし、身内意識も強いのだろう。

わたしさ、この「結束力」や「身内意識」を目の前にすると、ああ、わたしはどんなに仲間に入りたくても仲間になれないなって思って寂しい気持ちがするの。それはわたしは決して「当事者」にはなれないってこと。前はそれが理解できなかった。なんとか一生懸命努力して認められたら「当事者」の仲間入りができるかなって思ってた。けど、逆に考えてね。アライ(=性的少数者を支持したり支援したりする多数者)が当事者になれるかというと、それは絶対に無理だから。第一、差別されて差別される気持ちは痛いほどに分かっても、それは自分に突き刺さってこない。差別されて身を引き裂かれるようなつらさは当事者じゃないと絶対に分からない。だから「所詮、シスヘテ(=シスジェンダーヘテロセクシャルのこと。シスジェンダーとは身体と自分が考えている性別が一致している人のこと、ヘテロセクシャルは異性が好きになる人のこと。要するに世間一般の人のこと)はシスヘテだよね」って心の底で思っちゃう。結局のところ、それなのだ。いくら、わたしが朝鮮の人に理解を示そうと、わたしは彼らにとって「差別する側の人間」なのだ。そういう危険性を持っている人間を身内扱いなど絶対にできないだろう。

でも。ってわたしは思う。非当事者なら、非当事者にしかできないことがあるのではないかと。それがね、この本には結構書いてあるのよ。ヒントがいろいろ。そういう意味ではこの本はとてもわたしの役に立ったし、今後、わたしは自分自身どうしていけばいいのかが少しだけ分かったような気がしている。

「当事者」と「非当事者」っていうのはね、いろんな場面でわたしの中に出てきて考えさせられる。わたしは「性的少数者当事者」だけど、非当事者であるものの方が圧倒的に多い。当たり前だけど。例えばさ、「凶悪犯罪被害者」について、わたしは非当事者だ。「自死遺族」についても非当事者だ。「北朝鮮拉致問題」に対しても非当事者だ。世の中の、ほとんどのことに対して、わたしは「非当事者」だ。

だからね、わたしは「非当事者」であることを貫きたいと思う。物事の、一つ一つによって自分の思いから立ち位置が変わってくると思うんだけど、一つ一つのものに対して「どういう角度で物事に向かうか」というのを意識的にやっていきたい。

世間は一般に「当事者(被害者)の気持ちになって」考えがちだ。例えば凶悪犯罪で重罰化をして欲しい、という被害者や関係者がいる。死刑制度存続を訴えたり、加害者を死刑にして欲しいと考える人たちもいる。それはそれでいいし、そういう思いは止められないと思う。けど、被害者や関係者以外の「非当事者」まで「同じ」になることはないと思う。非当事者は、非当事者であるからこそ、「加害者の犯罪に至った境遇、同じ事件を起こさないためにも社会をどう変えていったらいいのか」や「死刑制度があっても犯罪の抑止にはならないこと、であれば、どのようにしたら犯罪が減るのか」など、様々な視点からアプローチすることができる。もちろん中には被害者に寄り添う人もいるだろう。非当事者に課せられた使命は、長期的な展望で「どうやったら悲しむ人が減るのか、生きづらい人が減るのか、多くの人が住みやすい世界になるのか」を考えることだと思う。

それは「北朝鮮拉致問題」でも同じでね。っていうか、在日の人は「加害者」でもなんでもないんだから、攻撃する先が間違ってると思うけど、あんまりにも被害者寄りの人が多いと思うのよ。非当事者として何ができるか、この問題に関しては非常に難しいと思う。基本、国と国の問題だし。だけどさ、だからといって、在日の人を責めるのは間違ってる。もちろん彼らの中には北朝鮮を支持する人がいるだろう。けど、それはね、今までいろんな政治的な事情に翻弄されてきたっていうのがあるわけなんだよね。人の心っていうのは、そう簡単にすぐには変わるもんじゃない。もちろんわたしはその気持ちを「変えるべきだ」とは思わない。それは個人の自由だもの。ただ、誰が見ても国による拉致はいけないことだよね。それは多分、分かってると思うし、だからこそ複雑な思いを抱いている人もきっと多いんじゃないかと想像する。そういう気持ちは全く無視して、ただ拉致被害者とその周辺の人のことしか考えてなくて、在日の人を非難中傷していいものなんだろうか?

非当事者というのは、当事者じゃないから双方の気持ちや状況を考えることができるんだよね。それはきっと非当事者「特権」なんだろうと思う(笑)

こういうことを言うとね、すぐに「自分が被害者になったらどうするんだ」とか「被害者の気持ちを考えろ」って言う人がいるんだよね。それはね、被害者になったときに考えるよ。もちろん、今のわたしとは全く整合性が取れない考えになるかも知れない。だけどそれはそれでいいじゃないと思う。当事者になって、当事者でなければ分からない苦しみや痛みを持ったときに、わたしがどう考えるかは、今のわたしじゃ分かるわけがない。加害者が憎くて憎くて「死刑にして欲しい」って考えるかも知れない。でもそうじゃないかも知れない。それはそのときになってみないと分からないことだ。

少なくとも、今の「非当事者」としてのわたしは、非当事者のうちに非当事者の立場でやっていきたいって思ってる。もちろんできる範囲のことでしかやれないけどね。

また本の話に戻るけどねー。わたし、一番グッと来たのが「裁判を起こすかどうかの話し合い」のところだった。わたし、もっともっと軽く考えてた。そういう意味では「裁判所は公正だ」って思ってたの。もちろん、いろいろな思惑があって裁判所が公正じゃないことは知っていたが、でもまだどこかでそういうものに対しての「信頼」があったんだよね。でもさぁ、そこでも国を始めいろいろな人に痛めつけられた人たちは、躊躇してしまうんだよね。「そうなのか」って思ってちょっとショックだった。そして前に書いたけど今、朝鮮学校無償化排除問題で、全国で何ヶ所か、裁判を起こしている学校や生徒たちがいる。その裁判を起こすときも、こういう悩みや苦しみがあったんだろうなと推測される。わたしはあのとき「生徒が痛々しい」って書いたけれど、そして本当にそう思ったのだけれど、そういうのは通り越してるんだ、そう思ったらショックだったし、涙が出て来て仕方がなかった。だって理不尽なんだもの!どう考えても理不尽じゃん。国もそこに住んでる国民も誰も味方してくれないんだよ。味方どころか国を挙げて自分たちを攻撃してくるんだよ。わたしはなんで無条件に人が差別されている土地に平然と暮らしているの?誰かが傷つけられてて、それをどうして黙っていられるのか。

こういうこと書いてると「朝鮮人に味方する反日」とか「嫌なら日本を出て行け」とか思ってる人もいると思う。正直、わたしは「国」という枠組みは好きじゃない。「国」という枠組みがあるせいで、わたしたちは「国」からいろんなことを管理され、抑圧される。だから「国」という概念なんて滅びてなくなれって気持ちもある(かといって、アナーキストと言ったら全然違うのだが。。っていうかそこまで深くは考えていない)。しかしね、今現在「国」という枠組みがある以上、「こういう国でありたい」「こういう国であったらいいな」っていうのをわたしは持っている。今の日本はそれからどんどん外れて行ってるの!国はそこに住む人々のためにあるものであって、決して国があるから人々がいるわけじゃない。わたしは人々に寛容な社会であって欲しいと思う。人権が護られる国であって欲しいと思う。それは引いては「わたしが住みやすい社会」に繋がっているから。わたしが「こういう国になって欲しい」という要求は、それはやっぱりこの国が好きになりたいんだという思いがあるからだと思う。今の世の中が嫌いだからと言って、すぐ出ていくか、出ていかないかと考えるのは、わたしはよく分からない。好ましくない状態だからこそ、好ましい状態にしたい。ただそれだけだ。

この本ね、読んでて2箇所違和感があった。

1回目、学校が襲撃されたあとにバザーをやるんだけど、やった後にね、近隣住民に挨拶に行ったときにこう言われるの。

応対した(マンションの)副会長の対応は違っていた。大人たちのマナーの悪さを指摘しつつ、彼は言った。「ここのマンションは鴨川沿いで景観が良い、環境が良いということで入居してくる。新興住宅地のような感覚で入ってくる新しい人たちは、在日が多い地域だとか、歴史的経緯とか何の予備知識もない。だからこの公園や学校の様子を見てびっくりして反応してしまうのもやむを得ない側面もある。誤解、偏見から悪感情を持ってしまうところもある」。そして付け加えた。「努力せなアカンで」(51p)


終了後、地域に挨拶に回った。「行ってもいいのものかアカンものか分からなかったけど、『やっぱり行かなアカンやろ』って、二、三人で組んで、一組二、三ヶ所を回った」という。すると地域住民の何人かはバザーにも来て、物品を購入していた。ある年配の女性にこう言われた。「こんなんやったら全然問題ないんや。アンタら大人がちゃんとせなアカンねん。子どもらはきちんと挨拶するええ子ばかりやで」
 一緒にいたオモニ数人で思わず声を出して泣いた。「(略)でも会ってみると、何のことはない同じ人間だったんですよね。同じように、人間として、同じ目線で、年長者として私たちを諭してくれたのがうれしくて。私たち、何か自分たちを一段下のところで考えてしまってたのかなって。学校の問題だけじゃないと思う。在日ってどこか根無し草みたいなところがあるから。ほっとしたら涙が出た」(51p-52p)

読んで「えっ!?」っと思ったのね。これを書いた人でさえ、どうやらこの住民たちの発言を好意的に受け取っているようだ。でもさ、この本を読むと本当に朝鮮学校の教師を始め、保護者たちは近隣住民に対して理解を求めようといろんな努力してるのね、ずっとずっともう何十年も。もうそれは涙ぐましいほどで。なのにまだ「努力しなきゃならないの?」。わたしさぁ、これ読んで本当に腹立たしかったんだよね。歴史的経緯とか予備知識がないのは、それは誰の責任だよと。性的少数者のことでもさ、マジョリティは「知らないのが当たり前。教えられるのが当たり前」って思ってる人がいるけど、そんなん冗談じゃないよ!ちゃんと本読めよ!たくさん出てるよ!!知らないことを恥と思えよ!「分からないので教えて下さい」っていう気持ちで教えてもらえよ!もう、こういう「マジョリティの横暴さ」が嫌でさ。まぁ言われた在日の人たちの反応を責める気はなくて、本当によくやってるなと思うんだけど、こういうね、近隣住民の「横暴な」発言。さも「認めてやった」と言わんばかりの発言。わたしすごーく腹立った。

あと2箇所ほど気になるところがあった。それは金尚均さんのところで

金尚均も彼のパートナーも

って書いてあるのが2箇所ほどあるのよ(1箇所は39p、もう1箇所は63p。)。

これさぁ。ドキッとしたよ。「えっ、彼はゲイなの?」って。「パートナー」っていう言葉はわたし、どうしても「同性パートナー」に結びつけて考えてしまうところがある。そういうところに「ゲイダー」がピピピッと働く。まぁこんなのはゲイダーとは言わないかも知れないけどさ(笑)だけどね、続きを読むと彼には4人も子どもがいることが分かるの。ああ、なんだ、ノンケさんね。。(ふっ)みたいな(爆)

でもね、この本、他の人の夫婦関係のときに「パートナー」という言葉は使ってないのだ。しかも1箇所だけじゃなく2箇所ともなると、この金さんは取材を受けるときに「ここ、こういう風に書いて」って著者に注文付けたんじゃないだろうかって想像したりする。となると、金さんがこういうところの表現に気を配ってるってことは、例えばジェンダーの問題なんかにも気を配ってる人なんじゃないかと推測する。

それからねえ、1箇所、誤植を見つけた。

「朝鮮人が井戸に妻を入れた」(76p)

これさぁ、見つけたときに思わず不謹慎だったけど、笑っちゃいました。妻じゃないよね。これさぁ~、なんでこうなっちゃったんだろうね。字が似てるからかな?なんにせよ、次の版が印刷されるなら、改めておいた方がいいんじゃないかなと思います。

結局のところ、この事件に対しては裁判が行われ、一審では勝訴したものの、裁判所は「民族教育権」について全く触れなかったというところに、もうなんていうかね、国の機関の汚さを感じるというか(これを認めると後の「朝鮮学校無償化排除裁判」に不利になると予想される)この期に及んでまだ朝鮮人差別するのかって思って情けなかった。それに「ヘイトスピーチ」を犯罪とすると表現の自由と絡んでくるそうだ。もしそういう法律ができたとしても国に逆手にとられて「正統な批判」が犯罪になってしまう恐れがある、と。確かにそうだよね。でもだったらさ、ヘイトスピーチを犯罪にするんじゃなくて、わたしが前に書いたように「人種差別禁止法」の制定を目指すのはどうだろうかと思ったりする。もちろんこれでは性的少数者に対するヘイトスピーチは取り締まれないことになるけれど、でも、正直、わたしは今、一番問題なのは「外国人に対する差別」だと思っているから。もうずっとずっと100年くらい続いた(日韓併合が1910年だからね)朝鮮人に対する差別、もうこんなこと止めようよ。本当に切に切に願う。
18:23 | (一般)本のこと | トラックバック(0) | page top↑
04-09 Wed , 2014
春が来た
20140409220011b7f.jpg   20140409220009baf.jpg


今年も春が来た。

てか、もう街のソメイヨシノは散っちゃったかも知れないけど、うちの桜は満開だ。ついでにわたしが植えたんじゃないが、毎年咲くらしいチューリップも咲いた。去年は咲いた途端に強い風が吹いて、すぐに花びらが散ってしまったんだよね。だから、今年は長持ちして欲しいんだけど。。

今年は珍しく、ソメイヨシノが満開の時に、花見を数回やった。花見と言っても散歩がてらとか病院帰りとかに桜が沢山咲いているところに行って花を見てきただけなんだけどね。改めて、日本は(日本と言っては大げさかも知れないが、少なくとも東京は)桜がこんなに大量に植えてある国なんだなあって思った。

なんかね、今年は桜を見ながら「この光景をよく目に焼き付けておこう」って思ったのね。「例えば、この桜がわたしにとって最後の桜になるかも知れないけど、この光景を覚えておいたら別にいいよね」って。いや、別に自分がすぐに死んだりはしないと思うけどさ(笑)、でももし最後だとしても別に悔いはないよねって。あ、いや、別にだからといって死にたいとかそんなんじゃないよ。いや、違うか。まぁ絶えずすぐにでも死にたいとは思ってますけどね(笑)、でも別に死ななくったっていいんだけど、なんかそういう気持ちで日々生きていくのがいいのかなって、最近なんかそんなことを思っている。

「精神状態あんまりよくないんじゃないか」って思われるかも知れないけど、特に悪いわけでもなく。

ただ、わたしは4月が嫌いだ。中学の時から、4月は組替えがあって、人見知りなわたしはそれが苦痛でたまらなかった。2学期が終わる頃になんとなくクラスに溶け込めて、3学期は天国みたいに感じるのに、また4月になると組替えがあって地獄に突き落とされる。これの繰り返しだった。「なんで毎年組替えがあるんだろ」ってずっと思ってた。これは社会人になっても同じだった。4月は異動の時期で、前年と同じメンバーなんてことはまずない。中高生のときみたいにクラスに知らない人が大半ってことはなかったけど、なんとなくやりづらかった。

そういうのを毎年毎年繰り返すたびに4月が嫌いになっていった。今はどこも属してないから、そういうのとは関係がないはずなのに、世間が4月ってだけでなんか嫌な気分になる。世間的には「新生活でわくわく」ムードなんだろうけど、わたしはそれが不安な気持ちに翻訳されてしまう。条件反射ってやつだ。

まぁそういうのは、蓋して通りすぎるのを待つのみなのかな。
22:45 | 育てているもののこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
03-18 Tue , 2014
60万回のトライ
今日は渋谷に「60万回のトライ」って映画を観に行ってきた。

この「60万回のトライ」というのは、大阪朝鮮高級学校ラグビー部を題材としたドキュメンタリー映画だ。わたしは基本、スポーツは野球にしか興味がないので、大阪朝高のラグビー部が全国的に強いことなどは全く知らなかった。というか、ラグビーはルールすら知らない。。どうやったら点が入るのかとか、何をすればいいのだとか。ノーサイドとかワンフォーオール、オールフォーワンという言葉は知ってたが(これは以前テレビでやってた山下真司が出てくる「スクールウォーズ」を見ていたためと思われる)、知ってるのは本当にそのくらいだ。日本のラグビー界については、多分、ものすごい基礎知識的なことも全然知らないだろう、、って決して自慢しているわけではないのだけれど。

この映画を見終わった後、一番に感じたのが「マッチョな世界だなあ」ってことだった。それがラグビーの世界だからなのか、在日の世界だからなのか、大阪だからなのかは、わたしには分からない。飲み会の席で、OBと思われるおじさんたちがいきなり洋服を脱いで筋肉美を自慢する、みたいなのはそのどれにも当てはまるのだろうか。その後のボケとツッコミみたいな仕草は大阪ならではなのかなってちょっと思ったけれど。。

正直、わたしはこういう世界は苦手だ(笑)それは「女には入れない男の世界」というのを感じて疎外感を持つからだ。女はあくまでもマネージャーとか、支えるしかできなくて、主役にはなれないからだ。そこがとても複雑な思いがするのと、あとはわたしはもともと身体を動かすことが大嫌いなので、スポーツはほとんどやってないから、女性を含めたスポーツ選手に対して一種の「羨望感」があり、そのことから起こる「嫉妬心」なのかも知れない。

スポーツは男女を問わず、多かれ少なかれマッチョな世界なのかも知れないけど、もちろんマッチョなのがいけないと言うつもりはない。わたしが「あーこういう世界には入って行けないなあ」って思うだけ。ただ、野球とかサッカーとか、今までいろんなドラマやドキュメンタリー、あと生の試合を見ているが、やっぱりそれらに比べてラグビーは身体と身体がぶつかり合うスポーツだからか、体型的にもマッチョだよね。わー暑苦しいって感じ←失礼

映画の大半はラグビー関係のシーンだったので、一見すると「高校生の青春もの」って感じもして、それはとてもさわやかだった。試合中に怪我をしてしまう子が何人もいて、それによってレギュラーになれる子なども出てきたり、試合がベストメンバーで戦えなかったりする。そういうのを見るとなんか、現実ってドラマみたいなんだなってつくづく思う。試合中、脳しんとうを起こして試合に出られなくなった子が、準決勝前に自分のユニフォームを2年生の子に渡すところなんか、本当にドラマみたいだった。でもたった106分しかない中で、各個人の個性が分かるんだよね~。主将は本当に頼りがいのある主将って感じだったし、おちゃめな子はおちゃめ、真面目な子は真面目って感じ。。もちろん、この映画の中では「キャラが立った子」を中心にしてるんだろうけど、それでもその撮影する目がすごく優しいというかね、優しいからこそ、生徒たち誰もがすごくかわいく撮れてる。ああ、いい関係で撮影できたんだな~って思えるんだよね。

だけど話はこれだけじゃなくて、やっぱり朝鮮学校の補助金削除などの問題も当然絡みがある。映画の中に2回ほど、橋下元大阪府知事が出てくるんだけど、もうね~、腹立つわ(笑)「大阪代表で花園に行ったら当然応援に行きますよ」と笑顔で言ったその日に補助金削除を決定するわ、「朝鮮高校ラグビー部には頑張って欲しいです」と言いながら「朝鮮学校に補助金を出さないのは当たり前でしょ?よその国だって同じことが起これば僕と同じ対応をしますよ」と言い放つ。アンタ、弁護士なら人権守れよ!!人権守らん弁護士がどこにおるんや(っていっぱいいそうだが、、、)。そして当然のことみたいに路上に出て署名を訴える生徒ら、、まぁその前にもこの学校はグラウンド裁判なども起こってるわけなんだが。この人たちがなんでこんな嫌がらせに遭わなければならないのか。なんでこんなに「理解される努力」をしなければならないのか。そして「善良なこと」を求められるのか(そこですぐに「北朝鮮が!」って言い出す人もいると思うのだが、前にも書いたとおりこれは「教育を受ける権利」の問題、しかも「少数民族が少数民族として教育を受ける権利」の問題で、本国がどういう国であろうが少数民族の権利は護られるべきである)。

ああ、悲しい。わたしはやっぱり悲しい。なぜ日本はこんなに寛容じゃない国なんだろう。さらに寛容じゃなくなることを今なぜ、多くの人は求めているのだろう。

とはいえ、映画を観てるとやっぱり、わたしも違和感を感じることがある。それは言葉。朝鮮語に違和感があるのではない。彼らがその言葉を「使い分けている」ことが妙に気になる。いい悪いじゃなく、単純に気になる。学校内では朝鮮語で話すと聞いたことがある。けど、なんだかとっても「日本の言葉」が聞こえるような気がするのだ。わたしは朝鮮語は全く分からない。だから、どの単語が日本語と朝鮮語、共通の発音の言葉なのかは分からない。だけど、彼らの話している言葉を聞くと「なんか日本語と朝鮮語って共通の発音の言葉がたくさんない?」って思えちゃうのだ。「全く分からない朝鮮語」の場合は、字幕だけ見ればいいので、あんまり気にならない。けど時折混じる「意味の分かる単語」を聞くと、字幕を読めばいいのか、耳で聞けばいいのか、無意識のうちに頭がこんがらがってる。これはとても疲れる(笑)

あと「使い分け」というのがね。福岡かどこかだったと思うが、ラグビー部が試合に来たので、地元の初級学校の生徒を訪問するシーンがある。体育館で歓迎会が開かれたが、そこでの質疑応答はもちろん朝鮮語だ。ところが帰りのバスの中で大阪朝高の子がしゃべってるのは日本語だ。バスの中では日本語をしゃべりつつ、見送りに来たバスの外にいる児童に対しては「あんにょんー」(だったかな?)って朝鮮語を使う。彼らにしてはほとんど無意識のうちにできることなんだろう。けどわたしはそれがとても不思議でならなかった。もちろん公式には朝鮮語で話さなければならないのだろう。わたしの目からすると、彼らは日本語も朝鮮語も両方不自由なくしゃべれるように見える。だったらなんで朝鮮語だけで話さないのか?それともやっぱり日本語で話す方が楽なのかな、、?

それからやはり福岡のシーンでだったか、朝鮮学校ラグビー部の父、という人が出てくる。全源治さん(残念ながら今からつい20日ほど前に亡くなられたらしい)という人らしいが、この人がラグビー部の部員に対して一言言う場面がある。そこでももちろん朝鮮語だ。しかし「慢心するな」ということを言いながら、ある一部分だけ「日本語の台詞」なのだ。ある一部分というのは「『俺は強いんだ』と思わないように」という「俺は強いんだ」という言葉だけが日本語だったのだ。わたしはそれを聞いて頭が「???」だった。どこでどう使い分けてるんだ?あの部分はなぜ日本語で言わなければならなかったのか?って思った。

わたしは、その時折混じる「日本語と同じ発音のような朝鮮語(かも知れない?)」と「使い分け」によって話される日本語に、違和感をものすごく感じた。多分これはわたしが一カ国語でしかしゃべれないからだと思うが、多分在日の人たち、特に朝鮮学校に通ったことがある在日の人たちにとってはこれが普通なんだよね。

あとは3年の子どもたちが修学旅行で「祖国」に行く話。もちろん韓国籍である監督はそこに付いていけるわけじゃないので、誰かに託したカメラの映像なんだけれど、なんていうかね、不思議なんだけど「ああ、彼らはここに行けるけど、わたしは行けないんだ」って思ったの。その感覚がとても不思議だった。だって、わたしは普段、どこでも自分の行きたいところは行けると思っている。日本国内はもちろん、今行きたいなって思ってる外国は、スペインだったりキューバだったり韓国だったりするけれど、金と時間さえあれば、わたしはそこに行ける。それは当然のことだと思ってる。けど、行けないところだってあるわけなんだよね。でもそこに行ける人もいる。なんでわたしはそこに行けないの?って思う。それがとても不思議、、まぁ日本国内でも自衛隊の施設や米軍基地なんかは入れないと知ってますよ。だけどわたしはこんなに自由なのに行けないところがあるの?って思っちゃうのだ。

在日は、在日全部と言っていいのか悪いのかは分からないけど、この人たちは日本と韓国、北朝鮮を繋ぐ人たちなんだなって思う。わたしは以前、朝鮮学校サッカー部の人の話が書かれてる「祖国と母国とフットボール」って本を読んだことがあるのだが、もう、国籍と国とがぐちゃぐちゃしてて、わけ分からんようになってた。この3つの国を行き来できる人たちであり、一方で国籍を選ばなければならない人たちでもあり、そういうことは彼らの持っている権利ではなく、歴史が彼らをそうさせたわけであり、その歴史は悲しい歴史だ。3つの国を行き来できる彼らが羨ましいと思う一方、別に彼らの意志でそうなったわけではないことも理解しなければならない。結局、どういう風になるのが今後、彼らの一番の幸福に繋がるんだろうって考えることがある。朝鮮半島は統一され、そして日本で少数民族として暮らしていけるのが一番なのかな。でもそうすれば、わたしだってどこにでも行けるってことだよね(もちろん日本と北朝鮮が国交回復すれば、その時点でわたしは北朝鮮にも行けるということになるけど)。

この映画は元々、韓国人である監督さんが、韓国でほとんど知られていない「在日」について知ってもらおうと思って撮り始めた映画なんだそうだ。この映画の中でも朝高の選手が(日本に交流試合に来た韓国の選手から)「風呂場でお前は日本人だって言われた」ってシーンが出てくる。監督さんは「ごめんね」というナレーションを入れていたけれど。。そして今日、韓国でもなんちゃらっていう映画祭にこの映画がノミネートされたって、上映が終わった後、監督さんが言ってた。韓国でもたくさんの人に観てもらえるといいですね。

映画の最後に朝高を卒業したラグビー部の選手だった人たちが、今は何をやっているかが出てくるんだけど、日本のラグビー代表(under 20以下だったかな?)になってる人たちが多いのね。わたしは日本国籍を持ってないと代表にはなれないのかと思ってたけど(野球もサッカーもそうだし)、どうやらそうじゃないみたいなのね。一定の条件があるみたいだけど。わたしは素直に頑張って欲しいって思ったよ。ルールは全く分からないけど、これからちょっと注目しちゃいそう。そして大阪朝高もいつかは花園で日本一になれるといいね。こう書くとまるで朝高びいきみたいだけど、仕方ない、他のところは全然知らないのだもの。きっと他の高校でも同じようにドラマがあるんだろうな。まぁそれはスポーツ全般に言えることなんだけどね。

観終わったあと、自然に大阪朝高ラグビー部を応援したくなる気持ちになってしまう、ということは、監督さんがそういう想いでカメラを回したと言うことなんだよね。それが十分伝わってくる映画だったと思う。

それから映画の中の音楽なんだが、わたし最初「このヘタウマな感じは、高校生の吹奏楽部が一生懸命吹いてるのかしら?」って思ってたけど、よくよく聞いてみれば、これ、去年NHKの連続ドラマでやった「あまちゃん」の音楽を担当された大友良英さんが作曲したものだったのね。そういやなんかとても「あまちゃん」に出てきた音楽と作風が似てます(笑)わたしがこの映画を初めて知ったのは、去年の9月だったかに、同じ監督さんたちが撮影した「東日本大震災 東北朝鮮学校の記録 2011.3.15-20」+続編「After School」を観に行ってからで、そのときに「今、あまちゃんで音楽を担当されている大友さんが、この映画の音楽担当ですよー」って言われたんだよね。あまりにもさりげなく出てきたんで、すっかり忘れてた。でも音楽の記憶は強烈に残ります。映像と音楽がとてもマッチしてた。

この映画、まだ28日まで渋谷でやってるみたいなので、是非どうぞ。ラグビー全然知らんわたしでも楽しめましたよ。25日までは毎日ゲストが来ているそうです。映画終了後にトークショーがありました。

最後に「北朝鮮」という名称についてなのだが、本来この国の名前は「朝鮮民主主義人民共和国」であり北朝鮮って名称じゃない。だから本当は朝鮮民主主義人民共和国って書けばいいんだろうが、なんかとても長たらしい感じがして変なので使うのは戸惑っている。中にはDPRKって書く人もいるんだけど、なんかそれも特別な記号みたいな気がしてちょっとって思ってる。普段からアメリカのことをUSAって書いてる人だったら、まぁ違和感ないのかなって思うけど。あとは「共和国」って言う人がいる。でも共和国はここ一つではないから、わたしは共和国とは呼べない。ってわけで、一般的に日本で呼ばれている「北朝鮮」を使ってるわけだけど、なんかそれも違和感感じながら使ってる。。わたしは一体、あの国をなんて呼べばいいのだろうか。。
19:59 | (一般)映画・演劇のこと | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
03-09 Sun , 2014
マジョリティとマイノリティと
今日は、国立オリンピック記念青少年総合センターってとこで「朝鮮学校差別に反対する大学生全国集会」というイベントがあったんで、行ってきた。

シンポジウムと活動報告と演劇があったんだが、その間、いろんなことを考えてた。自分の思考のパターンについて。わたしはこの手の話を理解するためには、必ず「性的少数者」というフィルターで物事を見て理解している。「ああ、これは性的少数者の話で言うとこんな感じだ」とか「これはちょっと性的少数者の問題とは違うな」とか。そうするととても理解しやすいことは理解しやすい。時折感じる疎外感は、おそらく性的少数者の中にいるアライ(Ally:性的マジョリティで性的少数者に理解がある人)みたいなもんなんだろう、とか。逆に「あー、性的少数者の中にいるアライってもしかしたらこんな気持ちなのかも」ってちょっと新鮮に思ったりした。

なぜか来ている人の中で「誰が日本人か」ってことがすごく気になったりした。別に誰が日本人で誰が朝鮮人でも全然構わないのだけれど、もしかしたらこの中では自分は少数者なのかも知れないと思うと、ちょっとドキドキしたりした。なんでなんだろう?別にだからどうだってことは、全くないのに。そんなので区別をする方がおかしいんだって思おうとした。けど、集会ではやっぱり「日本人の支援者の人たちが」とか言われる。そのたびに違和感を感じた。「向こうだって区別してるじゃん」って。

(これって例えば性的少数者のイベントで、異性愛者が周囲の人を見渡して「誰が異性愛者なのか」って思ったり、「もしかしたらこの中で自分はマイノリティなのかな」ってドキドキしたりして、「いや、でも別に襲われるわけじゃないし、異性愛者も性的少数者も区別ないじゃん」と思いつつ、周囲から「ノンケ(=異性愛者のこと)」とか言われて「やっぱ性的少数者の方は区別してるのかな~」って思うこととすごい似てると思う。それを考えると性的少数者側は「区別してます」としか言いようがない。。)

などと、自分の中でぐちゃぐちゃ考えてたりした。そんな風に考えていながらも「いや!やっぱり性的少数者のフィルターを通して見てはダメなんだ。」と思ったり。だってすべて性的少数者の問題と置き換えて考えることなんかできないし、そのフィルターを通して考えることによって、曲解したり誤解することもあるんじゃないかと思ったから。まぁでもつい、やってしまうのだけどね、、

「日本人の支援者」と言われるたびに複雑な気持ちがした。「朝鮮人が当事者として差別に立ち向かいましょう」と聞くと胸がざわざわした。

だって、これは日本人の問題じゃん!

って言いたい気持ちがした。何人かの人が、日本人がこの問題に対して支援する理由として「再びあの時代を来させないため」というのを挙げた。ニーメラー牧師の有名な「わたしは共産主義者ではなかったので、声を挙げなかった、、」という言葉を挙げた人もいた。

でも!

って思う。それじゃ、朝鮮学校の問題って「炭鉱のカナリア」みたいじゃんって。違うじゃん。日本人が、将来の日本人の生活に危害を及ぼされるから、今、朝鮮学校を支援するの?違うじゃん。

日本は戦前から一貫して、朝鮮人を差別してきた。当事者なのは、差別をしている日本人の方だ。わたしたち日本人が(わたしたち日本人はって言い方大嫌いなんだけど)、自分たちの問題として取り組まなければならないんじゃないの?わたしたちは学校で「人を差別してはいけません」って習う。けど、差別してんじゃん。国からして差別してるじゃん。「国は差別するな」となぜ日本人が主体的に問わないのか。

ただね、、これもやはり性的少数者の側から考えると「性的少数者を差別しているのは、シスヘテ(性別違和のない異性愛者のこと。意味としては先ほど出て来たノンケとほぼ同じ)だろう。だからシスヘテが差別当事者なのだ。だから差別をする方が主体になってこの世の中の法律や環境を変えろ」って言ってるのと同じなんだよね。でも、シスヘテ自ら「同性婚できないのは、同性愛差別です」なんて言ってくれない。放っておけば同性婚なんて永遠に話題にならない。だから「やはり痛い目にあっている方が声を挙げなければ、その声はマジョリティに届かないのだ」って結論になる、、、

でもさぁ。わたしも時々そうなるんだけど、声を挙げ続けることって疲れるんだ。「なんでいつも説明しなくちゃいけないのは少数者で、多数者は説明を受けて当たり前、みたいな顔してるわけ?」って思うんだ。だから学生たちが必死に声を挙げているのを聞くと、痛々しくて見ていられないんだ。。時に「疲れた」とか「もう止めたい」とか思うだろうなって。「主体的に動いていきます!」って言ってる裏で「なんでこんなことしなくちゃならないの?」って思ってないかなって心配になる。

集会は、一番最初にサなんとか?よく聴き取れなかったんだけど、全部で5文字くらいの、太鼓と鐘を集団で叩く、民族音楽というのだろうか?なんかよく分からないけど、そんなのから始まった。わたしはそういうのを初めて見た(聴いた)のだけど、なんかすごく興味深かった。

シンポジウムは鄭さんっていう明治学院大学の准教授が「無償化から排除されることと、朝鮮学校の教育内容は本来は関係ないこと」と言ってた。わたしもそう思う。民族教育が保障されることは、人権の一つだ。人権とは、人間が生まれながらにして持っている権利のことだ。それは誰もが侵害されてはならない。日本人は人権を持っているという意識が薄いので、他人の人権も尊重できないのかなって思うことがある。わたしだって朝鮮学校と北朝鮮の繋がりについては知っている。でもそれが何?繋がりを断てば保障される人権なんて、それは人権とは言わない。人権とは、生まれながらにして持っている権利だ。教育を受ける権利は誰もが持っている。しかも、少数民族は少数民族として教育を受ける権利をきちんと持っている。

正直わたしは、無償化問題についてはそれ以外の理由なんかいらないと思っている。今日ももちろん国際人権法上の権利とも説明されたが、それ以外のことについてもいろいろ理由が挙げられた。それはそうなのだろうが、わたしとしては「これは人権問題です」としか言いようがないような気がする。まぁ世の中「人権問題です」と言って「はい、そうですか」じゃ済まないのはよく分かっているのだが。。

シンポジウムではもう一人、藤永さんっていう大阪産業大学の教授が話したんだけど、主に全国で起こしている裁判の話だった。この人の話で一番心に残っているのが「最近、反日という言葉をすぐに投げかけられるが、その言葉を聞くと、戦前、戦中に言われた『非国民』という言葉を思い浮かべる」と。ああ、そうだよね~。そうやって人を排除する言葉なのだ、反日も非国民も。

最後にやった劇は、戦後(解放後)すぐに朝鮮学校ができて、それが'48年以後に弾圧されて閉鎖令が出てって話だったんだけど、なんて言うんだろう、時折すごく違和感を感じるの。劇中、何曲か歌を歌うシーンが出てくるんだけど、わたし、その歌全く知らない。背景も知らない。もしかしたら、朝鮮学校で習う歌なんだろうか?とか、誰もが知ってるポピュラーな曲なんだろうか、とか、歌詞がなに言ってるんだか全然わからないので、想像しようもない。あと多分日本語で「先生」とか「お姉さん」とか「お兄さん」とか「おばあさん」とか、そういう意味の言葉なんだろうけど、その部分だけ朝鮮語なの。わたしは朝鮮語は全然知らなくて意味分からないから、そういうところにすっごく違和感を感じた。

そう、わたしは先ほど「多数者は説明されて当たり前だって思っている!」と書いたが、何のことはない、わたしだって説明しろとは思ってないが、知らないのは当たり前、違和感を感じるのは当たり前、自分の持つ感覚は当たり前だと思って書いている。これってマジョリティの傲慢じゃん。。。なんか、書いてて嫌になるね、矛盾してて。

ただ、多数者の論理としては「どうやって知れっていうんだ」ってことだろう。だけど、少数者としては「本とかたくさん出てるんだから、それを読んで勉強しろ」なんだよね。。ええ、読んでますよ。でも、なんか難しいのだ。きっと性的マジョリティも「性的少数者の言葉は全然分かんない」って思ってるだろうな~。まぁ性的少数者の言葉は当事者にさえ難しいもんね。。なんて、結局ね、こうやって自分の中でマジョリティとマイノリティの論理を自問自答してるのだ。そして、それはたいていの場合は明確な答えなんかない。だから、、難しいね。

劇の中で、日本の警察官が出てきたのだが、その役をしてる人たち(2人)の衣装が高校の制服(学ラン)みたいだった。そして、劇が終わってから全員揃って観客に挨拶したときによく見たら、その二人とも、学ランの第2ボタンがないのを発見しちゃって「あ~、2人とも、第2ボタンは誰かにあげちゃったのかしら。。」とか、内容と全然関係ないことを思ってしまった(笑)

最後に。上にも挙げた大阪産業大学の藤永さんがシンポジウムの自分の発表の最後に「能力がある人は能力を、金がある人は金を、力がある人は力を出そう」って言葉を朝鮮語でスライドに出した。「学生は今のところ、能力も金も力もないだろうけど、将来、何かができるようになって下さい」って言ってたけどさ、わたしみたいな、歳を取ってしまって能力も金も力もない人間は、一体何ができるのだろうか。。


【追記】紹介されたニーメラー牧師の言葉。ただ集会では「諸説あるようですが」とのことで、下記の言葉とは少し違う内容が発表された(ナチスは自分を攻撃したが、もう誰も残っていなかった、みたいな感じだった)。下記は以前わたしが読んだ、斎藤貴男、森達也著「日本人と戦争責任―元戦艦武蔵乗組員の『遺書』を読んで考える」に書いてあったもの。

ナチスに逮捕され、収容所から生還した牧師のマルチン・ニーメラーの有名な証言。ボストンのホロコースト慰霊碑に刻まれている言葉。

ナチが共産主義者を襲ったとき、自分はやや不安になった。けれども結局自分は共産主義者でなかったので何もしなかった。それからナチは社会主義者を攻撃した。自分の不安はやや増大した。けれども依然として自分は社会主義者でなかった。そこでやはり何もしなかった。それから学校が、新聞が、ユダヤ人が、というふうに次々と攻撃の手が加わり、そのたびに自分の不安は増したが、なおも何事も行なわなかった。さてそれからナチは教会を攻撃した。そうして自分はまさに教会の人間であった。そこで自分は何事かをした。しかしそのときにはすでに手遅れであった。

22:26 | その他 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
02-22 Sat , 2014
神さまってなに?/森達也
これは一度、2010年頃に既に読んでいる本なんだけど、最近わたし自身が「神さまって何?」って考えてるので再読した。

前に読んだときにわたし、この本に対して星を4つ付けてるの。5段階評価で。わたしが星5つ付ける本ってまずないので(読んで自分の人生が変わったとか、相当心揺さぶられたとかそういうのじゃないと5つは付けない)4つというとかなり高評価の部類だ(本の評価は以前はソーシャルライブラリーってアプリで付けてて、今はブクログで付けてる)。

でも、正直、再読する前はこの本に何が書いてあるのかさっぱり忘れてしまっていた。そして2回目、読み始めたんだけど、途中までは「わたし、なんでこの本に星4つ付けたんだろう?」って言うほど面白くなかった。それは最初から「神さまはいる」って前提で話が進められているような気がしたから。いきなり「人間が神を求める理由」ってのが書いてあって、そこには「人間は自分に死があることを知ってしまったために、宗教を求めるんだ」って書いてあって、おいおいって思ったから。いきなりそこかよって。

人が死を知ってしまったために宗教を求めるのも、もちろん分からないでもないが、わたし自身は納得できないのだ。前にも何回か書いたと思うけど、わたしは死後の世界はどうでもよくて。というか、逆にわたしにはあっては困るのだ。魂が生き残るのもいやだ。死んだら一切が消滅しないと嫌なのだ。自分が存在すること自体が苦痛だから。それにいくら「そこでは永遠に心安らかでいられる」と言われても、苦しみや怒りなどの感情がない世界は、逆に楽しみや喜びもない退屈な世界なような気がするのだ。仮に楽しみや喜びだけの世界だと言われても、毎日ずっとずっと楽しみや喜びだけの世界って、そのうちまったく面白くなくなる世界だと思うわけなんだよね。苦しみや怒りなどのマイナスがあるから、逆に楽しみや喜びが何十倍にも大きく感じられるんだと思う。あとずっと心安らかなのも、ただ息をするだけで苦痛を感じている自分にとっては、地獄にいるのと等しく感じられる。わたしが心安らかでいられるのは、この世からもあの世からも抹殺されないといけない。消滅して初めて心安らかでいられるなあと思うのだ。

だからわたしには宗教でいくら「あの世で救われる」と言われても、それだとわたしは救われないのだ。で、「これが宗教の存在理由です、だから神さまはいると人間は感じているのです」と言われても、わたしは納得できないのだ。

この本はそういう説明をしたあとに、仏教、キリスト教、イスラム教の世界三大宗教の成り立ちの話が出てくるんだけど、仏教の部分はとても退屈だった。だからわたしは読んでて「なんでこれが星4つ?」って思ったのだった。なんていうかね~、仏教の教えってわたしには救いがないように感じられるのよね。言ってることは宗教的というよりも哲学的だし、あと「人生は苦しいものだ」と決めつけている感じがする。まぁ仏陀が悟りを開いた頃の民衆の生活はただ苦しいだけだったのかも知れないが、今のわたしはつらいながらも一瞬楽しかったり、面白かったり、心を動かされるときがある。まぁそれで「生きててよかった」とは思わないが、そういうひとときがあるからまだ生きていけるんだという気がしている。けどね、仏教って愛別離苦、というように、愛すらも苦しみなんだよね。ものに執着するのは苦しみだから、ものに執着しないようにしましょうって教えなのだ。これってあんまりだと思わない?なんか仏教の目指すところっていうのが、わたしにはとても「そうありたい」とは思えなくて、だからこそもっと仏教のことを知りたいと思っているのだが。。

あ、なんか仏教に対する文句になってしまった(笑)これは本の感想文だった。

だけどね~。キリスト教に入ってからしばらくして、俄然面白くなった。森節が冴えているというのかな。短く言い切る文章はスピード感があってぐいぐい引き付けられる。というわけで、イスラム教辺りのところで「やっぱりこの本は星4つだ」って確信した。特に最後の最後で「神さまを人間が求める理由」について、一番最初に書かれた「人間は死ぬって知ってしまったから」という理由以外にもう一つ理由があるって書いている。まぁそれも特に目新しい意見ではないのだけれど、でもわたしが最近読んだ本は(キリスト教関係の話だったんだけど)「死が恐怖」とか「永遠の命を与えられると約束することによって人間は平静でいられる」とか、そういう話ばっかりだったので、ちょっと嬉しかった。

ただ、まぁこの本の目的は宗教を説明するだけじゃなく「時には人を狂わせてしまうこともある、宗教とは何かを自分の頭で考えよう」ということなので、わたしの知りたいこととはちょっとずれているんだけどね。それにしても、やっぱりわたしは森達也の考え方や文章の書き方は好きだと思う。だけど、面白いことに、最終的にこの人とわたしが出す結論は違う。本の中に書かれている意見はほとんど「うん、うん、そうだよね」って思うんだけど、最後の最後で彼とわたしは意見が違う。死刑の時もそうだったし、今回もそう。それは自分でもとても面白いって思ってて、森達也の本は自分の意見を押しつけない「自由度」があるからだとわたしは思っている。今回、彼は「だから僕の結論。神さまはきっといる。そう思うことにする。」って書いてある。まぁそうした方が本の治まりがいいから、本当に彼がそう思ってこれを書いたかはかなり疑問だとわたしは思ってるんだけどね(ヲイ)。ただわたしの結論としては「神さまはきっといる」とはっきりとは思えない。「そう思うこと」にはまだしたくない。

っていうか、この最後の章「神さまは存在するの?」に書かれた「神さま」というのは、読んでみた印象としてかなり「キリスト教の神さま」に近いような気がする。仏教の仏のことを言ってるんじゃないような気がする。まぁこの本全般において、仏教の章を除いて、神と仏は明確に分かれてなくてなんかうやむやなんだけど(そこら辺は子ども向けの本なので仕方がないのかな)、そして最終章では宗教と神さまをくっつけて書いているので、印象としては「じゃあ、森達也の言う『神さま』ってどこかの宗教の神さまのことなのかな?」って感じなんだよね。だから、わたしはそこが違う。わたしは宗教とは関係なく、人間は神を求めているんじゃないかなと思っている。求めているからこそ、存在しているように見えるんだと思う。それはあくまでも「見える」んであって、存在しているかどうかはよく分からない。今のところ、わたしはそう思っている。

この本を読んでの感想はひとまずそれなのだけれど、その他に書いておきたいことがもう一つある。

この人がね、この本で言いたいこと。それは上にも書いたけど「宗教にはこういう危険なところがあるよ。だから自分の頭で考えよう」ってことだった。でもさぁ。これって宗教だけの話ではないんだよね。いや、宗教にも絡んでいるのだが、宗教だけというとちょっと違うと感じることがある。この本の中に

これは歴史を学びながらあなたに知ってほしいことの一つだ。特に正義とか善とか、多くの人が正しいとか間違っているとか主張して決まる概念は、とても揺らぎやすくて不安定だ。だからこそ人は間違いを何度も犯す。その瞬間には間違っていることに気づかない。それが正しいと何となく思い込んでいる。そしてあとから首をかしげる。どうしてあんなことをしてしまったのだろうかと。(111p)


読みながらあなたは、今どきこんなことが、とあきれるかもしれない。念を押すけれど、現在のイスラム諸国では、シャリーア(イスラム法のこと)を頑なに守るという国はむしろ少数派だ。でもかつては当たり前だった。罪人の腕や足を切り落とすとき、みんなで手に石を持って投げつけて罪人を殺すとき、いくらなんでも、と思う人はほとんどいなかった。べつにイスラムだけではない。中国でもヨーロッパでもアメリカでも日本でも、歴史を少しでも学べば、人はこれほどに残虐なことができるのかとあきれる。目を背けたくなる。違う生きものだと思いたくなる。
 だからあなたに知ってほしい。人はそういう生きものだ。周りの多くの人がやることなら、つられてためらいなくやってしまうときがある。周りの多くの人が大声を叫ぶことなら、つい自分も同じように大声で叫んでしまうときがある。あとから考えたときには何であんなことをしてしまったのだろうと思うようなことでも、そのときはすんなりとできてしまう。そして宗教はそんなとき、きちんと物事を考えたり悩んだり迷ったりすることを、停める働きをしてしまうことがある。(155p)


と書かれている箇所がある。

わたしはこれを読んで、昨今の日本のきな臭さを思う。国家を無条件に賞賛する人。強さとは自分の主張を強引に押し通すことだと考えている人。真実は一つしかないと思っている人。そういう人たちにも当てはまる言葉ではないか。もちろん、ここには宗教の入り込む余地もある。戦前と戦中の日本がそうだった(このことはこの本の中でも触れられている)。神道は国家に利用された。

しかし、これは宗教だけの話ではない。外国人を差別すること。特定の民族を差別すること。戦争加害を認めないこと。これらは今の日本では直接宗教とは関係がない。関係がないけれど、上の文章になんかとても当てはまるものがあるよね。ちょっと待ってよ。これ読んで「他の国が同じことをやってきたから、日本もやっていいんだ」とか「他の民族が日本のことを貶めているから、日本も他の民族を貶めていいんだ」って、思ってない?でもそれは正しいことなのかな。少しこれについて考えてみた方がいいんじゃないか。「他の人がやってるから、自分もやってもいい」ってなんだかおかしくない?それはこの文章の中の「周りの多くの人がやることなら、つられてためらいなくやってしまうときがある。」に該当しないかな。

かくいうわたしも、もちろん自分の考えがすべて正しいとは思ってない。思ってないけど、やっぱり人を貶めたり差別したりすることは嫌なのだ。それは自分の中では美しくないことだと思っている。「条件付き」の美しさなんて美しさじゃない。「正しい」という言葉が使えないので、美しいと言い換えているが(笑)それだけ「正しい」という言葉は使い勝手のいい言葉なんだなあ~と文章考えながらつくづく思ったりして。もちろん、わたしは自分が美しい人間だとはちっとも思ってないけどね。美しくはありたいと思ってるけど、おそらく永遠に美しくはなれないだろう。そういう意味では意味は全く違うんだけど、キリスト教で言う「罪人」って概念と似てる感じかも。人は生まれながらにして原罪を持っているという。うーん、ちょっと違うかな?(笑)キリスト教はキリストを信じていれば、罪はなくなるんだもんね。わたしのは、永遠に美しくはなれないんだからね。わたしの考えは「性悪説」と言えばいいのか。どう、努力しようが絶対に善人にはなれない。けど、一生、善人を目指して生きるのもいいじゃないって書きつつ、わたしは善人にはなりたくないんだった。。(爆)きっとそうだ。わたしは「善」って言葉が嫌いなのだ。「美しい」は許せるけど。ここら辺、自分でもとても興味深いんだけど、生まれつきの感覚に近くて、多分解析できないことなんだろうな、、

なんて、ごちゃごちゃわけ分かんないことを書いたけど(苦笑)

この本は世界三大宗教について知りたかったら、かなりよくまとまってると思う。前に「ふしぎなキリスト教」を読んだのだけれど、「予定説」についての説明はあの本ではよく分からなかったが、この本読んで「なんだ、こういうことなのか。あれはこういうことを言ってたのね」って思ったほど分かりやすかった。もちろん「ふしぎなキリスト教」とは目的が違って被ってないこともすごく多いんだけど、わたしはね、「ふしぎなキリスト教」はあんまり面白くなかったのよ、、(なので感想は書きません。多分文句ばっかりだろうから)

宗教戦争の説明の部分が多くて「なんでこの世に宗教なんてあるの?」ってつい思っちゃうような本だけど「だから宗教なんて百害あって一利なし」って短絡的な結論を出すんじゃなく、「宗教とはなんなのか」「なぜ人間は神を求めるのか」について、これを機会に考えてみましょうよって感じかな。だってさ、「宗教なんてないほうがいい」「必要悪だ」って思ってたとしても、多分、大部分の人は心のどこかに「超人的なもの」を求めてしまうはずだからさ。

でも僕は思う。時おり感じる。理屈や論理だけでは説明できない何かがある。その何かが何なのかはわからない。でも何かだ。

その何かを神さまと呼ぶ人がいる。(231p)

17:19 | (一般)本のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
02-05 Wed , 2014
自殺/末井昭
本来なら、わたしはこういう類の本は読まない。
読むとウンザリするのが分かっているから。
本の根底に「自殺はしてはいけない」ってのがあって、それに沿って書かれてるから。
そしてその内容はどうせ「人生は素晴らしい。だからもうちょっと生きてみよう」ってものだから。

ここで自分の思ってることや、やってきたことなどを素直に書くと、自殺したいと思っている人の後押しをしちゃうような気がして怖いのだが(過去にかかってた心療内科の先生に注意されたことがある)、基本的に今のわたしは「死にたい」と思って生きている。これはうつという病気のせいだと思っているが、一方で、うつ病が治ったとしても(もうほとんど治ってると思うけどね。落ち込みは全くないし)希死念慮だけはこの先も消えないと思っている。

死にたい理由、ってのは特にない。ただもう生きるために息をするだけでしんどいのだ。まぁうつ病に3回かかってるうちに、この感覚が染みついちゃったわけだよね。こういう考えの人に「いいことがあるかも知れないからもうちょっと生きてみよう」って言ったとしても、自分にとっては息することさえしんどいんだから「もっとしんどい目に遭え、もっとしんどい思いをしろ」って言われてるのと同じなのね。絶望的な気分になる。だから自殺防止のサイトなんか見ようとは思わないし、人に相談しようとも思わないし、ましてや本なんて読もうとは思わない。

で、実際、何度か死のうとした。けどダメだった。怖くてダメだった。

でもね、この「怖い」というのはね、よく言われる「人間は本質的には生きていたいんだ」っていうのとは違うのよ。生きていきたくはない、けど死ぬのは怖い。死は怖くないけど、自分の手で自分を殺すのが怖い。何回か自殺しかけてね、でもやっぱり死ねなくて、最終的に「あ、わたしは自殺ができない人間なんだ」と悟った。それからは自分で死のうとは思ってない。やろうと思ってもできないことは十分分かったから。それより「なんか空からでっかいものが自分の上に落ちてこないかな~」とか「事故に遭わないかな~」とか「心筋梗塞になって急死しないかな~」と思って生きている。そういうことで今すぐ死ぬのは全然怖くないし、むしろそれを望んでいる。

ただ、今思っていることが生涯変わらないかというと、それは分からない。特に「自分の命が今すぐではなく、何年か後(または数ヶ月後)に死ぬことが確実」って分かってしまったときはどうなるか分からないと思っている。もしかしたら「死にたくない」って思うかも知れない。それはそのときが来なければ分からない。

随分話が逸れたね(笑)だから、わたしはこの手の本は読みたくない本だった。

それがなんで読もうかなと思ったかというと、実はよく分からない(笑)この本は多分、twitterで知ったのだと思うけど、いろいろな人のツイートを見て、なんとなく嘘くさい「自殺防止啓発本」じゃない気がしたのかな。本の帯に西原さんの言葉が書いてあるって知ったからかな。西原さんのは前に「この世でいちばん大事な『カネ』の話」って本を読んだことがあって、それは題名からしてもそうなんだけど(笑)、正直な話だったんだよね。あとどこかに書評とか載ってたのを読んだんだっけ。よく覚えてないけど。「ちょっと普通の本とは違うかな」って思えてきて、それで買ったのだった。

で、読んだのだが、わたしが一番最初に読みながらずっと気になってたのは「これ書いたのは一体どういう人なんだろう?」ってことだった。いや、この本を書いたのは末井昭という人で、この本の中にはこの人が生まれてからどういう風に生きてきたかが割と詳しく書いてある。でもその内容と文体がチグハグなのだ。文体は「です、ます」で書いてあって、その書き方からして書いている人の印象はとても気が弱くてオドオドしながら生きている、って感じに思える。でも中身に書いてあることは、結婚していても何人かの女の人と付き合ってて、パチンコと麻雀が大好きなギャンブラーで、バブルの時は先物取引などに手を出して借金を莫大に作って、っていう、とても「オドオドした人」とは思えないようなことをしている人なのだ。それにまだ意外な点は、こんな人がキリスト教を信じている、ということだった。

最初、この人をわたしは全然知らなかったし、ただ「キリスト教を信じている」ってことが先に書いてあったので「あ、だからこんなにオドオドした感じの人なのかなあ?」って思ったりした(笑)いや、わたしにはなんかキリスト教を信じている人って自分を卑下しているイメージがあるのよ。「神さま、どうぞわたしを憐れんでください」とか、聖書に出てくるじゃん。「わたしを憐れんでください」ってことは、自分は憐れみの対象か!って信じてないわたしはつい、そんな風に思ってしまうので。。それはキリスト教を信じている人への偏見だろうなって思うのだけど。

でさ、最初の4章くらいまで読んだとき、人となりはまだよく分からないけど、書いてあることで思想的に自分と似ている人だと思ったので、まず「多分この本は最後まで読めるな」って思った(最近、思想的に合わない本が増えてきてつらい)。特に4章の「世間サマ」の話の中で「殺人事件の犯人が裁判で無期懲役の判決を受けたとき、その被害者の家族がテレビのインタビューで『残念です。極刑にして欲しかった』と言っているのを見てゾッとしますが、被害者の家族の心情よりも、被害者の家族の発言をさも正義のように放送するテレビ局と、それを見て被害者の家族と同じ気持ちになって『殺せ!』と思っている世間サマにゾッとするわけです。」云々のところは、本当にそうだと思ったのよね。

わたし前に死刑に関する本を読みまくったとき、自分の中で出した結論は「今のところ、死刑制度に賛成」だったわけだけども(っていうか、この結論に対する日記ってわたし書いてなかったのね。今見たら「自分なりの結論が出ました」って書いてるだけだった。あのときはそう書きたくなかったんだな、きっと(笑))あの時点で自分がそう結論を出した理由はただ一つ、「人を殺したんなら、やっぱり自分は殺されるべきなんじゃない?」(人の人権を侵害した人は、自分の人権も侵害されても構わないんじゃないか)ということからだった。要するに「目には目を」ってヤツだけれど、でもそう自分で結論を出したとしても「でも冤罪だったらどうするか」とか「死刑になった人を殺さなければならないのもまた人じゃないのか」ってことが頭の中をぐるぐるして、結局スパっと「これが結論です」って出せた結論じゃない。だからわたしも「殺せ!」と脊髄反射している世間サマに対しては非常に違和感がある。

あとその後引用されたひろさちや、という人の本は、わたしも読んでみたいって思った。この本全般に対して言えるんだけど、所々にわたしにとって、非常に興味深い本が紹介されてるのよ。「イエスの方舟」の千石さんの本なんて、紹介されたの全部読んでみたいと思ったし、近くの図書館に所蔵されているかを早速確認しちゃった。全部あったんで、今度読んでみようと思っている。わたしは一つの本から次の読みたい本を探すのに、こういう「参考文献」を利用することがよくある。そうすると世界が広がるんだよね。もともと興味ある本を読んでるんだから、そういう方向にどんどん広がる。しかも自分で探す手間がない。こういうのは本当に有難いと思う。

で、肝心の「自殺」に対してなんだけど、わたしは「うつと自殺」についての章がとっても気になってたの、4章まで読んだ時点では。この人、うつ病によって自殺しようとしてる人に対してはどういう風に書くのかなって。でもね~、この人もうつ病って診断されたことがあるらしいけど、死にたいって思ったことないらしいんだよね(それは初めの方にも書いてあるけど)。上に書いたけど、わたしの死にたい理由は、息するだけでしんどい、とか、この世に自分が存在することが許し難い、とかいうもので、そういうのを納得させるような言葉はないように感じたの。まぁ自分で言うのもなんだけど、こういうのは病気なんだよね。理由なく死にたいのは病気だ。だからまず、その病気を治さないといけない。多分、それくらいしか言いようがないと思うんだよね~。

ちなみにこんなところで紹介するのはなんだけど、以前(一昨年だったかな?)朝日新聞か毎日新聞で片岡鶴太郎のインタビューがあってね、そこに書かれたことがとてもわたしにとって「ああ、そうだな~」って思われたので、その記事を切り取って壁に貼っておいたの。普段は格言とか名言とか言われているものはとても安っぽく感じられて、わたしは大嫌いなのだけれど、その言葉は彼の実感したことだからか、すんなりと入ってきた。インタビューの中の一部がこれ。

-30代でボクシング、40代で絵画を始めるなど迷いなく全力疾走していますね。

(片岡さん)いえいえ、私だって、50歳を目前に八方塞がりの閉塞感にさいなまれたことがありました。きっかけなど、なかった。男の更年期ってヤツですかね。「どーせ俺なんか、ダメなんだ」と独り言を繰り返したり、「バカヤロー。おい、辛気くさい顔すんなよ。笑え、笑えっ!」と自分に対して呪文のようにつぶやいたり。
 いえね、仕事をしている時はいいんです。他人の人生を演じていられるから。自分自身でいることがこの上もなく大変な時期でした。
 あの時ばかりは、絵を描いても気持ちは晴れなかった。むしろ書き終わった時の孤独が身にしみる。ええい、こうなったら体を動かそうと、ジム通いを再開しました。動いて汗流して、ようがくたどりついた結論が、「自分の言葉で自分を傷つけるのはやめよう」でした。初めて知りました。他人の言葉でなくても、「自分なんてダメだ」と繰り返せば人は傷つくんです。


うつ病で動けなくなったとき、多くの人は自分を責めてしまうと思う。「なんで気力が湧かないんだ」とか「自分の努力が足りないのではないか」とか「自分は甘えているのではないか」とか。それで自分で自分を傷つけて、結局死にたくなる。わたしが自分のことを「この世に存在することすら許せない」と思うのは、まさにこれだと思った。ああ、自分は今まで散々自分のことを傷つけてきたのだなあと思ったら、なんか涙が出て来た。それは「世間サマ」に「お前は甘えている」と言われるのよりもっとつらいのだ。「世間サマ」だったら自分がそれを気にしなければいい。他人は無視しやすい。でも自分自身の「お前は甘えている」という言葉を無視することは難しい。自分の言葉で自分を傷つけていると自覚していないと無理だと思う。だって何に自分が傷ついているのか、自分が傷ついていることすら分からないのだもの。

わたし自身は「自分がこの世に存在することすら許せない」という考えをもう自分の中から取り除くことは不可能だと思っているので、そう思いながら生きていこうと思っているけど、それでも「なんで身体が動かないのだ」とか「気力が湧かないのだ」とか「甘えてるんじゃないか」という直接的に自分を責める言葉を自分に浴びせるのは止めたら、随分精神的に安定してきたように思う。

なんかまた話がだいぶずれたね(笑)

まぁ結局さ、この本は自殺についていろいろ書かれてて、確かに樹海の話とかは面白かった。「人間に精神など存在しない。あるのは脳内の化学変化だけ」ってのは読んでて「おお、そうだよな」と思ったし。けどこの本の結末もやっぱり「自殺は否定しないけど、できるならもうちょっと生きてみよう。そうすればきっといいことがあるよ」という感じだったので、まぁ「お前もか」みたいなね。

ただ、わたしがこの本は面白かった、と思うのは、初めにも書いたとおり、「この人ってどんな人なの?」ってことなのだ。4章以降はこの人がやってきたことがつらつらと書いてある。一見、気弱そうな文章だけれど、やってきたことは全然気弱じゃない。気弱だと周りに流されていく感じがするけど、そして確かにずるずると別れられないまま何人もの女性と付き合ったりするところとか、先物取引でずるずるお金を注ぎ込んじゃうところなんかは「決断力がないのかな?」って思わないところもないけれど、でも一方で、エロ雑誌作ってるときに毎月警察から呼び出しがあっても「お役目ご苦労さん」という気持ちで通ってたとか、ある程度社会的に成功しているところを見ると、気弱じゃこんなことできないとも思うんだよね。だって会社を大きくすることって決断の固まりだと思うから。本人は別に「会社を大きくしようとは思ってなかった」と言うに違いないのだけれど。本には「会社には会議に出ることと書類にハンコ押すのが唯一の仕事」みたいに書いてあるけど、きっとそんなんじゃなかったと思うよ。なんでもかんでもホイホイ判子押してたら会社なんて大きくならないと思うし。女の人にはまったときも、麻雀やパチンコにはまったときも、会社なんて二の次、みたいな書き方してあるけど、実際は仕事もしてたと思う(本人は仕事はしてないって思っているかも知れないが)。だから、この本ではこういう書き方をしてあるけど、本当はもっと違う感じの人、例えば男ジェンダーバリバリの人なんじゃないだろうかと思ったりしてる(やってることは男ジェンダーバリバリだし)。本にもチラッと「キレてものを投げつけたりする」って書いてあったり(ただこういう感情は怖いとも書いてあったけど)、「おまえらバカか!」と心の中で思ったりしたことがある(ただし口に出しては言えない)と書いてあったりするので、文章から印象づけられる「気弱さ」とは違う面もあると思うんだよね。

この人は今まで何冊か本を出してるみたいなんだけど、全部こんな口調で書いてあるのかが今、とても気になって仕方がない(笑)もし違うとすれば「ああ、やっぱりね」って思うし、逆に全部こんな口調だったら「なぜ?」って思っちゃう。「そういう風に見せることによって、何かがあるのか?」とかね。うーん、わたしは普段はあんまり文章からする人となりってのは疑問を抱かない。例えば上に出てきた死刑制度について、森達也と藤井誠二が書いた本をたくさん読んだけれど「この本を書いたこの人ってどんな人だろう?」とは思わなかった。それは今考えると「言文一致」というの?イメージ的に書いてる文章と性格が一致しているように思えたからだ。でも、この人は違う。読んでてすごく違和感がある。それは計算されたものなのか、そうじゃないのか、、どうなんだろう?

あとは宗教ね。この本の「観光気分で被災地巡礼」の章は、わたしはとてもじーんと来た。そこには旧約聖書の「ヨブ記」の話が書いてあって、そこに書いてあるヨブの3人の友人と、被災地を取材に来て「こういう災害が起きたのに神はいると思ってるんですか」と聞いた取材陣が同じだっていうの。もう何度も書いてるけど、わたしには神も仏もいない。けど「神がいる」ってことはこういうことなんだなあと。「宗教を信じるとはどういうことか」ってことをわたしはここ数ヵ月間考えてて、やっと分かったのは「宗教は頭で信じるものじゃないんだ」ってことだった。信じると信じないというのは、連続的なものじゃない。コンピュータの0と1のように不連続なものじゃないか、というのが、わたしの今のところ出した結論だ。だから人にいくら「これこれこうで、こういうことがあって信じるようになりました」というのを説明されても(実際「神を信じるようになった理由」などで検索を掛けると、キリスト教の洗礼を受けた人の言葉がたくさん出てくる)、どこかで飛躍しているように感じられてしまう。以前読んだ「イエスはなぜわがままなのか」という本の中に、著者が「何かを信じると言うことは、一目惚れするようなものだ」と書いていたけど、多分そういうことなんだろう。だからいくら「これがきっかけでわたしは神の存在を信じるようになりました」と言われても、信じてないわたしには理解できないだろうと思う。

でね、この本を読んでるうちに、わたしは自殺の話じゃなくて、この人がどうやってキリスト教と出会って、そして信じるようになったんだろうって、それが気になり始めて仕方なかった(笑)目次を読むと後ろの方に「聖書との出会い」という章があるのを発見してね。もう、早くそこが来ないかなって、そればっかり思いながら読んでた(笑)で、読んだら「うう、これだけじゃ足りない」って思った(笑)この人の書く、キリスト教への思いがもっと知りたいって思った。なぜなんだろうね。多分、今、わたしがもっとも興味があるのはそれだからかな。最近の日記はなんか宗教に絡んだことばかり書いてるけど、まったく予想してなかったが、この本はとてもそういう点でも「興味深い」本だったんだよね~。この後、この人は洗礼を受けるまでに至ったのかとか、そこにはどういう思いがあったのかとか、そういうことがとても知りたい(笑)

というわけで、長々と書いたわけだけど、正直、自殺についてはあんまり感じるところがなくて、だけどそれ以外のところですっごく面白かったし、興味深かった。著者の目的とはずれちゃったかも知れないけど、わたしはこれはこれでとても楽しめた本だった。
00:37 | (一般)本のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
01-23 Thu , 2014
日本国に人種差別禁止法の制定を求めます
昨日、1月22日の午後、神戸の朝鮮学校に男が侵入して教員に「朝鮮人か」と言いながら鉄棒で殴りかかって怪我を負わせる事件が起こったとのこと。男が学校内にいたのをたまたま教員に発見されたが、これが見つからなくて教室に侵入し、生徒を襲撃したら、と思うと本当にゾッとする。いや、今回は生徒に対しては直接の危害が加えられなかったものの、生徒や関係者の人たちが現在もどんなに恐怖に脅えているかと思うと、本当にいたたまれない。

ただ、このような在日の人に対しての差別感に起因している事件、というのは悲しいことに今始まったことじゃない。日本が近代化の道を歩み始めて以降、近隣の国々に対する差別というのは連綿と行われてきたことであり、戦後(第二次世界大戦後)も国は国民に対してそれを正してこなかった。国を動かしているのも人だが、このことを考えると、国が近隣諸国の人々を差別しているというのは、結局日本人がそういう体質を持ってるからじゃないかと考えたくなる。もちろんこれは日本人だけの体質ではないだろう。が、先進諸国では人種差別をする人もいる一方、それはいけないと抑止する「人種差別禁止法」も存在するのだ。日本はそれが存在しない。いうなれば国が「人種や民族によって差別しても別に構いません」と表明しているのと同じだ。

昨日のこの事件が起こったと知ったとき、わたしは「自分に何が出来るだろうか」と考えた。もちろん、これまでも全く考えてこなかったわけじゃない。国や地方自治体が朝鮮学校に対して補助金を出さないこと(いわゆる無償化問題と言われるが、別に今までも国や地方自治体が朝鮮学校に対してお金を出して、授業料が無償化されたことなどない。国や地方自治体が朝鮮学校の授業料に対して「無償化しましょう」と言ったこともない。あくまでも一部に対して負担する「補助金」にすぎない。「無償化」という言葉はわざと国民の印象を操作しているのではないかとわたしは思っている。もちろん「無償化」の元は日本の公立高校に対する「無償化」ということが始まりというのも知っている)に対してもいろいろ考えてきたし、街頭で在日の人に対するヘイトスピーチが行われるたびに心が痛い。

では自分は何が出来るかというと、やった方がいいと思われるもの(例えばカウンター行動など差別者に対する直接行動)はすべてできるかというとそうではなく、自分の出来ることしか出来ないと思っている。まぁ自分のやっていることに対して、自慢たらしげに何をやっているかはここでは書かないけれども、わたしは嘆くだけ嘆いて全くなにもやってないわけじゃない。でももちろんこれで満足してるわけじゃない。いつも「何か出来たら」って思ってる。今回も自分は何が出来るかと考えたときに、思い付いたのがブログで自分の意見を表明すること、だった。

ただ、こういう事件が起きて、一体わたしは何を言えばいいのか、分からなかった。このような事件が起きてしまったのは、こういう風潮を作り上げたという点で、わたしも全く責任がないわけじゃないと思う。けどわたし一人の責任でもない。わたしには在日の友だちもいるけれど、だからといって「こんな日本にしてしまってごめんなさい」というつもりはない(本当はとても言いたい気持ちはするのだけど、それを言われたって困るのは向こうだろう。わたしが何か具体的に差別行動を行っていたのならともかく、やってない人間に謝られても向こうは何も言いようがないよね)。差別者に対して「差別は悪い」と言っても、多分彼らは考えを変えないだろう。人、それも自分の意見と反対の意見の人からあれこれ言われて意見をコロリと変えるような人は多分いない。そういう点においては、ネットで、例えば掲示板やツイッターで、いろいろ言ってもほとんど無駄だ。

差別者がなぜ差別するのかを考えても、正直わたしにはちっとも分からない。もちろんわたしの中に差別心が全くないとは言い切れない。気が付かないうちに差別をしたりしているだろうと思う。けど、差別したくて差別をするってことは、自分の中には全くないとは思う。それは自分が差別されたら嫌だからだ。同じように自分が傷つけられたら嫌なので、わたしは人を傷つけない(傷つけようと思ってわざと傷つけるようなことはしない)。あ、もちろん人だけじゃなく、犬とか猫などの動物とか、壁紙とかふすまとか、そういうのもそうだけど。。ただ蚊だけはね、、ごめんなさい、見つけたら殺しちゃいます。犬や猫は殺さないで蚊は殺すのか、それは矛盾してないかと言われるとそうなんだけど、それができたらわたしは悟りを開けて成仏できるよ、ホンマ(笑)(注:念のため。わたしは多分、どっかの檀家の信徒になってるだろうけど、わたしは仏教を信じてない、というか、どこからどこまでが仏教の教えなのかよく分からない、仏教の教えって何?状態なので、今のところは信じてないです)

まぁ話は逸れたが、差別者の心を話し合いによって変えるのはまず無理だし、できたとしても膨大な時間がかかるだろう。それにわたしは差別する人の気持ちが全く分からない。だからあれこれ分析することもできない。雨宮処凛さんが右翼時代の自分の気持ちを書いたりしているのを読んだことがあるが、そういうもんなんだとは思ったが、でもそれがすべてじゃないだろう。だからわたしは差別者の心情が分かって「でもね、そうじゃないんだよ」と言うことはできない。

と考えると、やっぱり法律なんじゃないかなと思うのだ。日本は国連に随分前から人種差別禁止法を制定するようにと勧告されている。でも政府はそれをずーーーーーっと無視し続けている。そりゃそうだよね。だって、戦後の憲法からも外国人差別の条項を削除しちゃったんだもの。GHQが日本に提案した憲法案の中には外国人差別禁止の条項が入っていたのにもかかわらず、当時の官僚と政治家が言葉巧みにそれを外させてしまった。結局そこなんだよね。わたしが最初に「日本人には外国人(主に朝鮮や中国の人たちに対するものだと思う)に対して差別してはいけない、なんてこれっぽっちも思ってないよね」っていうのはこれなのだ。押しつけと言われて一部から評判がよくない現憲法だが、なんのことはない、その当時の日本人の考えを反映した憲法にちゃんとなってるのだ。そしてその体質は今になっても全く変わってない。

今の日本の風潮を考えると、このことを提案しても通るのはかなり難しいとは思う。けど、このことを地道に言い続けていくのが、今のわたしに出来ることなんじゃないだろうか、と思う。日本国民の、有権者の一人として呼びかけていきたいと思う。
12:38 | その他 | トラックバック(0) | page top↑
12-30 Mon , 2013
こういう曲があったんだね


今からどのくらい前だったかな?

たまたまtwitterで、この動画がリンクされてて、いつもはリンクされてる動画なんかほとんどクリックすることはないのに、なんでかクリックしてみたんだけどね。初めて見たとき、うわーって思ったんだ。それ以降、何度も何度もこの画像が見たくなってその都度検索して見てたりする。

この曲は今年の曲なんだってね。これを見るまで全然知りませんでした。

歌詞が時折英語に翻訳されてるんだけど、最初は歌詞なんて把握してなかったの。でも字幕読んで「あれ?これって歌の歌詞を英訳したものでは?」と思ったら「わー」って来た。だってわざわざ英訳してるということは、少なくともそれをメッセージにしてるってことだし、それにその歌詞が、何とも言えないものだったんだもの。。

正直、これをがんにかかってる人が見てどう思うのかは分かんない。もしかしたらものすごく傷ついてしまう内容かも知れない。けど、少なくとも闘病を支えている人たちはこういう思いなんだろうなって。その思いについ、涙してしまう。傲慢な涙だよなと思いながらね。わたしは自分のこういうところが嫌いだ。
21:46 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-11 Thu , 2013
桜が咲いた
P1030136_20130411214333.jpg   P1030137_20130411214330.jpg


今年もうちの桜が咲いた。

去年の花見日記は4月18日だから、1週間くらい早く咲いたことになる。今年は引っ越しでバタバタしてたのと、引っ越し後に植木鉢は庭に置くことになっちゃったんで、滅多に庭に出ないわたしは桜が咲いたことに気が付かなくて、彼女に「桜咲いてるよ」と言われ、初めて知ったんだった。

なので去年みたいに「いつ咲くかな」ってドキドキ感は全然なかった。それはちょっと残念。

ソメイヨシノの方はもうだいぶ前に散ってしまったと思うけど、引っ越しでゴタゴタしながらも花見にはちゃんと行った。引っ越し後だったので毎年見に行ってたところにはもちろん行けなかったのだけれど、友人に近くに花見ができる公園を教えてもらったので自転車で行ってみた。あ、その前にカウンセリングをやってた近くに公園があって、そこの桜を去年見てすごくよかったので彼女と待ち合わせてカウンセリング終了後に見に行ったな。でも桜はそのときまだ8分咲きみたいな感じだったので、ちょっと早すぎた。去年は散り際を見に行ってきたんだよね。

今年も去年に引き続き、桜の季節が長かったので十分楽しめたんだけど、一番美しいって感じるのはやっぱり散り際なのかな~って思ったよ。風がほのかに吹くと上からチラチラと桜の花びらが舞う光景が見ててあー、美しいって思うんだよね。これって何かとても不思議だ。

4月になって、世間は新しく動き出しているようだけど、わたしの方は相変わらずで。あ、でもカウンセリングは一応3月で終了した。病院へは2~3週間に1回のペースであんまり変わらないけど。気分の方はいろいろあって落ち込むときもあるけど、病的にどーんと落ち込むことはなくなった。ただやる気ってのはどうなんだろう。強烈に「これやりたい」ってことがないんだよね。まぁでも1月の末からちょぼちょぼとやってるボランティアはあって、だいたい1週間に1回のペースで行ってる。今のところ人助けより自分助けになってる。「こんなわたしでもちょっとは人の役に立てるんだ」って。でもそういうのはボランティアとしてとても邪道だと思うのだけれどね。ただこれは長く続けていきたいな-って思ってるし、あとやっててやっぱりいろいろと思うことも多い。

大学の方は、、全然進んでないどころか、卒業できる気が全くしなくなっちゃって、休学しようかどうか迷っているところ。卒業後にやろうと思ってた資格取得の勉強を前倒しで始めようかなどと思っている。もしかしたらそちらの勉強と両立して大学の勉強もできるようになるかも知れないし。なんて甘い考えかな、、まぁそのことは今、検討中。

将来的に「なりたい自分」っていうのはあるんだけど、目標が高すぎるのか、最初からやる気が萎えてる感じ?こういう場合はどうすればいいのかな、、うつはもともとやる気がなくなる病気なので、これが病気のせいなのかどうなのかが区別が付かないところが何とも言えない。単に怠けてるだけって思うのは病気がそう考えさせている場合もあるし。でも本当に怠けてるんじゃないかと思ったり。自問自答の日々だ。
22:10 | 育てているもののこと | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
| ホーム | 次ページ
AX