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09-04 Tue , 2012
パラリンピックを見ている
オリンピックは途中でスクーリングが始まっちゃったりして、あんまり見ることはなかったんだけど、パラリンピックはほぼ毎日NHKのダイジェスト番組を見ている。しかし所詮ダイジェスト番組はダイジェスト番組なので、国際パラリンピック委員会がネット上で流しているヤツも時折見ている。

健常者(って言い方はあまり好きではないのだが)が出るオリンピックは正直重量挙げくらいしか感動しなかったのだけれど(と言っても重量挙げは始まった日くらいに日本人がメダルを取ったって言うのでやって以来、見ることはなくて他の試合も見たかったのに残念に思ってたんだよね)障碍者の出るパラリンピックはなんでこんなに心を動かされるのだろうというくらい、見入ってしまっている。

でも「なぜ自分は試合を見てこんなに感動するんだろう」って思うと、自分の中でもしかしたらどこかで障碍者の人を低く見てるんじゃないかって思っちゃうんだよね。「この人、手がないのにすごい」とか「足が動かないのにすごい」とか。意識をしてそう思ってるわけじゃないけど、心のどこかでそういうのがあって「すごい」と思っているんじゃないだろうかと思うとすごく怖くなる。差別してると思ってないのに結果的にはそうなっているんじゃないのかと思うとすごく自分が嫌になる。

もちろんそうは思わないゲームもあって、例えばゴールボールなんて人間の聴覚は鍛えるとあんなにすごい能力を持っているんだって素直に感動できるのもある。けど、足の動かない選手や腕が半分くらいない選手が泳いでいる姿を見て「すごい」って思っちゃうのは、わたしの心のどこかで「足が動かないのに」とか「腕がないのに」って思ってるんじゃなかろうか。本当はそういう目では見たくないって思ってるのに。だいたいわたしはオリンピックでは競泳とかほとんど興味がなくて、いくら速く泳ごうがあんまり「すごい」って思ったことがない。この違いはなんだろうって考えるとやっぱり自分はどこかで障碍者を「特別」に思ってるんだなあと分かってしまって悲しかった。

おそらく障碍者の人は自分の持っている能力を最大限に生かして一生懸命競技をしているんだと思う。そこは健常者と全く変わらないと思う。けどわたしが見た印象がオリンピックとパラリンピックでこうも違うというのは、心のどこかで障碍者の人を低く見てるからなんだと思う。

そういうのは本当に嫌なのに、どうしてそう思ってしまうんだろう。どうしてもっと公平な目で見られないんだろう。おそらく障碍者自身もそういう目では見られたくないに決まってるのに。

というわけでわたしは感動を得ながらも罪悪感に囚われていると言うわけだ。

ただ昨日だったか、日本の車いす卓球代表で選手団の最年長(だったと思う)の別所さんって人が自分が障碍者になって車いす卓球を始めた歳が44歳だったって知って、それには勇気づけられた。44歳というと今のわたしと同い年。今から何か始めてもまだ大丈夫なんだなあって思ってね。別所さんは残念ながら2回戦で負けてしまったのだが、試合後のインタビューで「まだまだ卓球界に貢献していきたい」って答えてた。すごいよなあ~。わたしが20年後どこで何してるかは知らないが、そんな気力に溢れてるだろうか。とにかくこの姿勢を見習いたいと思った。

ただこのパラリンピック、全然中継でやらないんだよね。テレビでやったら絶対に見てはまる人がいると思う。NHKはあんなにオリンピックを中継したクセに、なんでパラリンピックは1日たった45分のダイジェスト番組なのかなぁ。もっとパラリンピックにも陽の目が当たってもいいと思うのに。
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06-09 Wed , 2010
ハートをつなごう HIV
「ハートをつなごう」のHIV(第1弾とかそういうのはついてないみたいなので、この先があるのかどうかよく分からないのだが。。)の感想を書こう、書こうと思いつつ、今になってしまった。本放送は5月31日から3日間、再放送は今日終わってしまったばかりなんだけれどもね。

しかし、本当は「書こう」とは思ったんだけど、同時に「書いてもいいのか?」という気持ちもあるんだよね。

わたし自身の話をすると、わたしがHIV/AIDSの問題に興味を持ったのは、2007年のちょうど今ごろ。そう、今年も行ってきたNLGRに同性結婚式を見に行ったのがきっかけだった。わたし、それまでNLGRの本来の趣旨とかそういうの、ちっとも知らなかった。だけど、そこで偶然聞いた「HIV陽性者の手記」。あれを聞かなければ、わたしはその後も毎年NLGRに行くことはなかった、とはっきり言える。逆にあれを聞いたからこそ、HIV/AIDSは男性同性愛者(というかMSM(Men who have Sex with Men:男性とSEXする男性)ね)だけの問題じゃない、自分自身の問題でもあるんだ、と思えた、いや、思い続けてこれたんだと思う。

それからのわたしは、極力情報を手に入れようとした。情報は求めようと思えば求められた。もともとakta(新宿にあるHIV/AIDS予防啓発のためのコミュニティーセンター)は知ってたし、HIV/AIDS啓発のゲイイベントはたくさんある。そういうものに行く中で人との繋がりもあったし、繋がりができればまたさらに情報が得られる、ということで、少なくとも何も知らなかった2007年当時に比べると、今は「それなり」なところにいると自分では思ってるし、HIV/AIDSの問題に対して、自分はどういう位置にいるべきなのか、ということもいろいろ考えて、今はなんとなく分かってきている感じもする。なんて書くと、ちょっと自慢してるのか、コイツなんて思われそうですごくイヤなんだけど、これは自慢じゃない。進歩なのだ。何かに触れて、何かを思う。すると前と同じ場所にはいられなくなる。それは事実だ。

しかし果たしてそういう人間がおそらくHIVというものについてほとんど知らない人向けに作ってある番組を見て、あれこれ言っていいものなんだろうか?って、ずっと思ってた。いや、今も思ってる。わたしが見て感想があるとすると、それは番組の内容じゃなくて、番組の構成、についての感想になってしまうような気がするのだ、どうしても。それがいいのかどうかは自分でもよく分からない。自分ではよく分からないが、しかし、番組を見ていろいろ思うところはある。

HIVのシリーズはなぜか2日じゃなくて3日だったけれど、3日全体を通して考えると、すごく考えられた構成だったと思う。HIVって、確かにMSMはハイリスクグループではあるけれど、でもこれはMSMだけの問題じゃない。わたしが一番危惧してるのは、異性愛者の人たちがHIV/AIDSに対して、あまり関心を持っていないような感じがすることだ。

「HIV/AIDS=ゲイの病気」と思ってる異性愛者の人はまだまだたくさんいると思う。だから、この3日間やった番組ではゲイと女性の陽性者がおそらく半々くらいの割合で出て来たんだと思う。ただ、、ここで思ったのは、異性愛者って自分のこと「自分は異性愛者です」とは言わないのね。番組に出てた陽性者の人でゲイの人は「自分はゲイです」って自分のセクシャリティーを明らかにする人が多かった。ところが番組に出て来た女性はそういうことは言わない。ただ、話の中で「(パートナーの代名詞として)彼が」という言葉が出て来て、そこから推測するに「この人は、、異性愛者なのかなあ~?」という感じなのだ。もしかしたらバイセクシャルかも知れない。本人がはっきり言わないんだから本当のところは分からない。ただ、一般的な習慣として異性愛者は自分のことを「異性愛者です」とカミングアウトする必要はない。それを考えるとやっぱり番組の中に出て来た女性は異性愛者なのかなと思うけど、それはやっぱり推測に過ぎない。

なんか話が前に進まないな(笑)

よく考えられている、というのは、陽性者として出て来た男女の比率のこと。「これはゲイだけの病気ではありません」というのを暗に示していたと思う。

ただね。同じ陽性者なのにゲイは顔出ししている人が何人かいるのに対し、女性はみんな顔出ししてなかったよね。もちろん、顔出しや音声を変えている理由、ってのは人それぞれだ。中にはお子さんのいる人もいたので、出せないとか、そういう理由の人もいるだろう。そして顔出しできない=責められるべきこと、ではない。だから、顔出しできなくて責めてるわけじゃない。ただ、ここから考えられることは、社会の成熟度なんだと思う。要するに異性愛者の世界では、まだまだ顔出しができないわけだ、と考えてふと気が付いたのは、異性愛者らしき女性の人は何人も出て来たのに、異性愛者らしき男性の人は一人もいなかった(もしかしたらいたけど自分のセクシャリティーを言ってないだけかも知れない可能性はある。男性のみんながみんな、セクシャリティーを明らかにしたわけじゃないから。でも少なくとも男性でパートナーの代名詞が「彼女」の人はいなかったと思う)、のは一体どういうことなんだろう、ということだ。

これ、陽性者の手記も同じなんだけど、陽性者の手記は圧倒的に男性、それもゲイ(MSM)が多い。女性の手記は少ない。けど、異性愛者の男性の手記って記憶にある限りではほとんどなかったと思う。異性愛者の男性は女性に比べて感染者が少ないのか?と思って、最近出たエイズ動向委員会報告の「HIV感染者及びAIDS患者の国籍別、性別、感染経路別報告数の累計」を見てみる。平成22年3月28日までの累計は異性間の性的接触で感染した男性は2,004人、女性は574人。HIV+AIDSの合計を見ても、異性間の性的接触で感染した男性は3,539人、女性は756人だ。確かに異性間の性的接触の中には実は同性間の性的接触があった人が結構含まれている、みたいなことも聞いたことがあるが、これは国でまとめた調査なのだ。国はこの結果で動いている。実態がどうであろうと。とすると、異性愛者の男性は女性よりも数倍も感染者がいることになる。なのになぜ、番組に出てこないどころか手記もほとんど見かけないのか?

その理由を考えるに、結局、異性愛者の男性の世界は、女性の世界に比べてまだまだ遅れている、ということではないのか。ゲイの世界が一番進んでいて、ある程度顔出しできる環境も整ってきた。異性愛者の女性の世界も顔出しはできないが手記を書いたり番組に出演したりすることができる。だけど異性愛者の男性の世界は声を挙げることすらできないのだ。そう考えると愕然としてくる。3日目に出て来た女性は「過去の自分と同じようなことに悩んでいる人に伝えたくて番組に出た」と言った。陽性者の中では「自分にできることを何かしたくて」外に発信する人も多いと聞く。でも今のところ、異性愛者の世界では女性にはできて、男性にはできない。そこの間の差は一体、どういうことなのだろうか。

1日目の内容は子供を持つ女性の陽性者の話だった。

障碍者枠で就職しようとして何十社だったかな、百何十社だったかな、忘れたけど断わり続けられた、という話。断わられた理由に「お互いの知識が足りない」って。。足りないのはアンタのところの知識だろ。なぜそれを陽性者にまで押しつける?「社員に気が付かれたときにパニックになると困る」というんなら、社員に対して教育すればいいじゃないか。そして職を得てからも健常者に負けないくらい頑張り続けた、という話。周囲に受け入れられるためにはなぜ、人一倍頑張らなければならないのだろう。「いい人だから」受け入れられる、というのは絶対におかしい。でもこれって、性的少数者の話でもよくある話なんだよね。。カミングアウトして受け入れられるとき「いい人だし」とか「仕事は真面目にしているし」というのが付いてきたりすることがある。いい人じゃないと受け入れられない?仕事真面目にやらないとダメなの?この話はどうしても性的少数者と被ってしまって、不覚にも涙が出て来た。

そしてこの1日目を見てわたしは「ああ、わたしって差別されるのが嫌いなんだ」って改めて思った、というか、まぁ、差別されるのが好きな人ってそんなにいないと思うけれどね。自分が差別されるのも嫌いだけど、他人が差別されるのも嫌いなんだ、わたしは。そこはちょっと今後の自分の生き方について、ヒントをもらったような気がした。

悪いのは陽性者ではなくこの社会なんだ、という作りの導入部で、うまい入り方をしたな、と思った(笑)

あ、ただし。一つ引っかかったことがあった。それは障碍者手帳の取得の話だ。わたしの記憶するところによると、免疫不全で障碍者手帳を取得するのは服薬をするようになったときであって、HIV陽性者と判明=障碍者手帳が取得できる、ではない。まぁ例外はあるらしいけども。番組の感じだとHIV陽性者だったら障碍者手帳を持ってる、みたいなニュアンスだったので、ちょっと誤解を招くような感じではあるなあと思った。

2日目は主にゲイの陽性者の話。LIFE東海、という団体の代表を務めているシンヤさん、って人の話だったけど、実はNLGRでLIFE東海のブースがあって、そこにシンヤさんがいらしたので直接話してきたのだった(笑)まー、この回はLiving Together Loungeの話とか、デリヘルボーイ(番組の中では「デリバリーボーイ」って書いてあったけど、計画自体は「デリヘルプロジェクト」だよね?)の話とか、デリヘルボーイの中に女性とか異性愛男性がいるのは知らなかったけれど、わたしにとってはそんなに目新しくない、そんな話だった。

そうそう、Living Togetherで思い出したんだけど、「HIVを持っている人も そうじゃない人も 僕らはもう一緒に生きている」という標語(?)があるよね。でもわたし、どこだったか忘れたけれど「どちらか分からない人も」って言葉が挟まれているのを聞いたことがあって、そのとき「そうだよな、多分、どちらか分からない人、ってのが一番多いんだろうなー」って思ったの。検査を受けてない人でSEXしたことある人の中には自分は「そうじゃない人」だって思う人が多分大半だと思うけど、本当はそうじゃないんだよね。検査をしていない限り「どちらか分からない人」なんだ。そして「どちらか分からない人」で心当たりのある人は、早めに検査をしましょう、と伝えることは大切なことだと思う。そしてそれに付随する問題で、わたしが気になるのは「自分はカミングアウトされる側」と思い込んでる人が多すぎるような気がするってことだ。自分以外の他人は「カミングアウトする方」、自分は「される方」だと決めつけてる。でもそれは違うよね。自分だって「カミングアウトする方」になるかも知れない。って書くと、恐怖心を煽るような言い方になってしまうのだけれど。そういう点でHIV/AIDSについて語ることは実は結構難しい。

HIVは感染力の弱いウイルスではある。だからそんなに警戒しなくてもいい。HIV陽性者だからといって隔離する必要は全くない。だからといって全くうつらないわけじゃない。ウイルスは人を選ばない。だから誰にでも感染する恐れがある。この両方をいっぺんに伝えることはすんごく難しい。だって相反することだからね。番組の中でも2日目と3日目にも話題になったけど「STOP AIDS」や「AIDS撲滅」という標語、非エイズ感染者をエイズ患者から守りましょう、みたいなニュアンスで語られると、陽性者の人は自分が罪人のような気持ちになるらしい。それは十分理解できる。けどわたしが言いたいのはそういうことではもちろんなくて、HIV/AIDSの知識を身につけるのは、自分のためでもあり、そして、知識を得ることによって無知や偏見から来る差別をなくせるのではないか、と思っているわけだけれどね。

誰にでもかかる可能性はある、自分もカミングアウトする側に立つかも知れない。それを思うと人ごとだなんて言ってられないし、少なくとも自分が差別されたくないんだったら、人も差別しちゃいけないと思うんだよね。

で、3日目は再び女性の陽性者が出て来たんだけど、そこで彼女はこう言うの。「女性は自分の身が守りにくい」って。「愛があるんだったらなんでコンドーム付けるの?」っていう風潮が日本にはある(らしい。わたしにはよく分かんないけど)。これって教育の問題だよね?なんか今、中学生の性教育ではコンドームは見せちゃいけないってどこかで読んだ気がするけど、なんで義務教育のうちにちゃんとした性教育をしないんだろうね?ちゃんとしたコンドームの付け方、とか。ただただ「コンドームを付けましょう」だけでやり方を教えなかったら、それは何もしてないのと同じだと思うのだけれどね。で、中途半端な知識を本や雑誌などから仕入れたりして、それで結局「愛があるんだったら生でやらせろ」とか、そういう思想になっていくんだと思うんだけどね~。

といいつつ、だけど、レズビアンのSEXのことを考えると、人のこと言える場合ではないのよね。。

まず、レズビアンの場合、あまり「セーファーセックス」のことは言われない。というかそれこそ初めてのSEXの時に「(デンタルダム)使って」というとまず「はぁ?」って、そこに愛があるかどうかは関係なく、単純に「何言ってるの?」とかもっと言えば「それ何?」とか(苦笑)言われるんじゃないかなぁ~と。そう考えるとレズビアンの場合は一体、誰が教育すればいいんだろう?それに一般的にレズビアンのセーファーセックスにはデンタルダムを使う、ということになってはいるけれど、レズビアンのSEXって、挿入して終わり、じゃない部分があるから、マニュアル化できないと思うんだよね、、うーん、難しいな。そう言えばゲイのSEXでは「ケツ舐め」ってのがあるけど、あれはやり方としてどういう風に予防しろっていうことになっているのかな?まさか、デンタルダム使えって話にはならないだろうけど。。コンドームでは予防できないものねえ。。

ってわけで「ハートをつなごう」の話に戻るけれど、この3日間は割とまんべんなくHIV/AIDSの置かれている状況とか社会的な問題について取りあげていたと思う。なんかあまりにもきれいにまとまっていて、この先どうするんだろう?続編はあるんだろうか、と心配してしまうほどなんだけど。

しかし、危惧するのは、同じハートをつなごうでも「ゲイ/レズビアン」や「LGBT」のときは、あんなに盛り上がったのに、この「HIV」に関してはほとんど話題にもならなかったんだよね。これって一体どういうことなんだろうって思う。関心を持つ、持たないにかかわらず、わたしたちは一緒に生きてるんだし、それは性的少数者とまったく同じなのだ。「あなたの周りにも性的少数者はいます」ってわたしたちよく言うよね?ある意味、それと同じことなんだけどね。関心を持てない何か、というものがあるのかなあ~?
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06-30 Tue , 2009
ハートをつなごう 摂食障害 2日目
あれ。わたしはこのシリーズ、「依存症」の枠の中に入ってるのかと思ってたら、そうじゃなく、摂食障害で一つのテーマになったみたい、なのかな?今日、そんな感じで言われてたよね。ってことで、昨日はだから「依存症・摂食障害」って書いたんだけど、今日は摂食障害だけにしておきます。

で、昨日は問題提起だけで「???」で終わらせたけど、今日は回復した人(本人に言わせると回復したと言わないというか、最早どちらでもいいという感じだったが)が出て来たね。直樹さんっていう、26歳の男性でしたけど。でも、髪の毛がすげー長くって、髪の毛を伸ばしている理由については全くその中では言ってなかったけど、なんというか、中性的な感じでよかったです、というのは、単なるわたしの好みかしら(笑)って、わたしの男性の好みは、小学生の時からうーんと年上の人でしたが。。(小学生で「太陽にほえろ」の山さん(露口茂)が大好きだったの~!中学で転校するときにクラスの人たちにサイン帳を回したんだけど、その中で友だちが「○○、ゴリさんが好きやってんな」って(大阪でしたから)。違うっつーねん。ゴリさんじゃなくて、山さんだっつーの。。って今さら訂正しても書いた相手は既にどこにいるかすら分からないけどね(苦笑)

ってわけで、話が初っぱなからずれてしまった(苦笑)

しかし、その直樹さんという人が摂食障害になったきっかけって、高校に入ってから、成績も伸びず、友だち関係もストレスになって、それで食べ物を思いっきり食べたくなったらしいんだけど。うぅぅん、、やっぱ人によってストレスのはけ口って違うんだよな、と。しかし、食べたあと自己嫌悪になって吐いていたら、体重がどんどん痩せていくのが分かって、それで「自分自身をコントロール出来る方法はこれだ」というように思っちゃったんだよね。他の部分で自分の思い通りには行かなかったから、体重を減らすことで自分をコントロール出来て、それが達成感を与えるようになったというか。

しかし、わたし思うんだけど、この「体重を減らす」というのね。これって、要するに現代の価値観じゃない?「痩せてたほうがカッコイイ」とか「痩せてたほうが美しい」とか。なんかさ、これって「男らしさ」とか「女らしさ」に通じる話だと思ってさ。番組の中でも「男性の摂食障害が増えている」と言ってたけど、それって「痩せた方がもてる」神話、というか、そういうものに価値観を持ってしまってるんだなあと。

わたしは自分の外見に関してはほとんど興味がなくて、鏡もほとんど見ないし、髪型が爆発してようが、日焼けで目が半分明いてなかろうが、そんなの全くお構いなし、の人間だから、そこに価値観を置く人の気持ちがよく分からないのね。「それは相手に対する最低限のマナーでしょ」って言われるととても耳が痛いんだが(苦笑)、それでもわたし、毎日風呂に入って頭も身体も洗ってるし、朝起きたら顔だって洗ってるし、最低限のことはしているつもり(ってこれが最低限か、うひゃーと言わないでおくれ)。その他のことなんて、わたしにとってはオプションなのよ。

逆にわたしは自分をきれいにすることによって人から誤解されるのが怖い。「え、表面はこんな人なのに内面はこんなに汚いところがあるのか」と思われる方がヤダ(笑)逆の方がいいじゃん。悪くても「やっぱり外見も汚いから心も汚いのね」ってことになるし(爆)わたしはそっちの方が気が楽なのだ。

って、ここでわたしの話をしても仕方ないわけで(苦笑)
いやあ、わたしは人に比べると、ここら辺の感覚がとても人とは違うように思うのだが、でも、自分自身の中でそれで折り合いと理屈がついてるので、人からなんて思われようが気にしないのだー。それでいいのだー(ハイ、わたしは元祖天才バカボンのパパと同い年です。今、41歳の夏を迎えようとしております(笑))。

で、直樹さんもこうだからこう、という理屈がすごく分かりやすくて、それで体重が40kg台に減って、お姉さんに病院に連れて行かれて、そこで生活が不自由なのがいやで、太ることに決めて、1ヶ月で予定どおり退院した、しかし、体重が普通体重になったら、次は何を目標にしていいのか分からなくなって、不安になり、それでリストカットしてた、と言うんだけど。

すごく分かりやすい。なんていうか、この人は何か自分で自分をコントロールできていたらそれで安心というか、達成感があって「生きてる」って感じがしたんだろうけど、それ以外のところでは目標が見つからなかったというか、何を目標にしていいのか分からなくて不安だったというか。

で、そこで以前、本を読んだ自助グループをネットで見つけたかなんかして、電話したら、自分と同じ人がここにいた、と。既にそれだけですごく安心したというか、彼にとっては肩の荷が下りたというか、なんかふっと楽になった、という話だったような。なんかこの辺の話は、性的少数者のホットライン、みたいな感じもしたんだよね。多分、これは同性愛者だけなのかどうかはよく分からないけど、若い人で自分が同性愛者ではないかと悩む人のために、日本でいくつか電話相談出来るところがあって。それと似てるかもって思った。でも、そこで電話しただけで楽になったと感じられた直樹さんはある意味ラッキーだよね、多分、電話してもそれに灯りを見いだせない人もたくさんいるだろうなーって思ったのね。そういう人はどうすればいいんだろうって。

昨日出て来た「あや」さんも、自助グループでミーティングを経験したことがあるみたいなんだけど、みんな自分より症状が重くて、聞いているとなんとも言えない、と。んー、そういう意味では自助グループも程度が同じような人たちが集まった方がいいのかな、とかね。確かにそういうところではみな「不幸自慢」をして、誰が一番不幸かを言い合ってるような気がする、とか聞いたこと、あるけど。。

直樹さんがなぜ自助グループのミーティングでそういう風に思わなかったのかなあ~?彼の場合は、自助グループの事務所に来て、それがすごく雑然としていて、思ってたのと全然違って、それでびっくりしたらしいけど。なんか、一つ一つのことが全部プラスの方向に動いてる感じがしたんだよね。

で、彼は他の人が話すことについて、自分との共通点を見いだし、それがとても「高いところに目標を設定していた」ことに気が付いたことも大きいと思う。。

しかし、話を聞いているとね、同じようなことに悩んでいても、そこで「何を頼りにするか(何に満足感を得られるか)」ということの違いだけで、根っこは同じような気がしたんだよね。。彼らの悩みとか持っている目標って、わたしにも共通することが多い。けど、わたしは幸いにも、そちらの方向(依存症)には行かなかった。ただ、それがわたしの場合は「うつ病」って形で出て来たのかなとは思うけどね。あとはわたしはなぜか知らないけど、自己肯定感がとても高いのね。特に初めてのうつ病から立ち直ったとき、そういう傾向が強く表われてきたと思う。それ以来、わたしは怖いものないもん、対人関係では(爆)自分が気に入らないことに対しては「いやです」とはっきり言うとか。別に全ての人に好かれようと思ってない、とか。嫌いな人には「嫌いです」って言いたいとか(笑)ただ、そうは言っても、うつ病はその後も1回やったんだけど(苦笑)ただ、2回目はホント、原因不明だからね。。

昨日「摂食障害は治そうと思った方が治らないんだ」というのは、なんとなく直樹さんの言うことを聞いて分かったような気がしたけど、じゃあ、どうやって「別に苦しいときは過食嘔吐しても構わないじゃん」って思えるようになるかというと、これは個人個人で違ってくるんだろうね。。

わたしは1回目のうつは薬飲まさずに自分で治したんだけど、そのきっかけは一つの言葉だった。多分、摂食障害の人にも自分なりの「転換点」みたいなのがあるはずなんだよね。それを自分でつかめたら、多分、ベクトルの向きが180度変わるんじゃないかと思う。ベクトルの向きさえ変えれば、ほとんど治った(?)も同然だもんね。

うーん、この一人一人がその「転換点」は何かを早く見つける方法ってないのだろうか。と思うけど、わたしもあの言葉に出会ったのは、本当に偶然だったからねえ。。

今日の番組はちょっと出来すぎ、と思う部分もあったけど、でも多分、その人その人で紆余曲折はあるにせよ、回復への道のりってこんなんだろうな、と、ま、概略は分かったってところかなぁ。だからといって、これはあくまでも「直樹さん」の場合であって、「あや」さんはまたこれから違った道が続いているんだと思う。でもスタジオの人に「きれいだ」って言われて「嬉しい」と思える心があるんだったら大丈夫、って思う。

なんか、昨日と今日で「完結」してしまったような気がするのだが、次は一体どういうことをやるんだろうと思う。まぁ、摂食障害の当事者としてみれば、まだまだの内容だとは思うんだけどさー。

でも、やっぱり一番思ったのは、「社会的な規範」や「社会的な価値観」に囚われすぎて、それが逆に自分を痛めつける行為になるんだろうなってことで。それを言うなら、若い、性的少数者の悩みだってこれと同じだよね、って思ったりする。彼らは自分が同性しか好きにならない、とか、自分の身体に嫌悪感を持つ、という「社会的な規範」から外れていることに対して悩むんだからさ。「自分は自分、人は人でいいじゃない」ってそういう「自己肯定感」ってどこで教育されるんだろうねって思ったりした。

相変わらずわたしは自分の経験を通しての範疇でしか理解が出来ないけれども(苦笑)。
うーん、難しいね。
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06-29 Mon , 2009
ハートをつなごう 依存症・摂食障害 1日目を見た
昔から「摂食障害(過食症、拒食症)」って言葉は知ってたし、どういう病気かは表面的に知ってた。けど、どうしてそうなるのかが「理解」できなかった。だからこの番組を見た。

今日はほとんど「あや」さんという人の病歴だけで終わっちゃったけどね。
それは今までわたしが本を読んだりして「知識」として分かってたことが、また映像で繰り返された、みたいな感じで、わたしの頭の「??」は増えていく一方だったかな。

でも、この人は母親から溺愛されていたらしいが、中2のときから始めたダイエットがきっかけで、それで最も痩せてたときの写真が映されたんだけど、外見的に見てもすぐに痩せこけててブキミな感じ(ごめんなさい)がするのに、親は何も言わないとは、これはどういうことだろう??この人は「親からは愛されていた」と言っていたけれども、その人には悪いんだけどさ、親に愛されてるってのは、子供がちょっとでもおかしかったら「どうしたの」とか、ましてやあんな身体になっちゃったら、無理にでも医者に連れて行くと思うよ?それなのに、逆に過食になっちゃって、出される食べ物以外では足らなかったら、親は一日2,000円くれたって、それって本当に「子供を愛してる」のかな、って思ったんだよね。

「愛する」ってことは、都合のいいときだけかわいがることじゃない、ましてや子供のいいなりになることではないと思うんだけど、この親は、どうも子供の都合が悪いところは見たくなかったように思えるのよね。子供の内面を見るのが怖いとか、そういうところは知りたくないとか、子供にそれを問いただすと子供が怒り出すんじゃないだろうかとか、なんかね、親子ってそういう「都合の悪い部分」を見せ合う関係だと思うんだけど、そうじゃないみたいなんだよね。

ってえらそうに書くけどさ。うちの親もそんな感じだからさ。なんとなく、分かるのよ。ただ、子供の頃は違ったけどね、うちの親は。しかしいつしかわたしが怖くなったのか、わたしの痛みの部分に触れなくなった。わたしは、、親を拒絶しながら、でも心のどこかで「親がどうしてわたしが拒絶しているのか、という理由を聞いてくれないかなあ~」と思っていた。けど彼らは決してその部分に触れようとはしなかった。わたしが今、親との関係を一切断っているのは、多分、このことに対しての恨みだろうと思う。まー、わたしの場合は、ここに至るまで、さらにいろいろと親との関係の中であったんだけどさ。根本的な理由はここにあると思ってる。だから、この人の親の態度を聞くと、なんとなく自分と重なる部分があるなあって思ったんだよね。

だからといって、わたしはこの人が拒食・過食にまで至ったことは、やはり理解不能だ。「体重を減らしたい」と思って、いくら減らしていったとしても、まさか体重がなくなるなんてわけがあるわけがなく(肉体は存在してるんだから!)、「達成感はあっても目標がない」というのは、なんかやっぱりよく分からない。体重が減ることだけが興味の対象のようだけど、肉体を維持していくためには、最低限度の体重は必要だろう。でもそんなの体重減らしてる本人にだってよく分かってると思うんだけど。。しかも、痩せて「美しい」というよりは、「痩せすぎて気持ちが悪い(ごめんなさい。でも正直言って、あの体育祭かなんかのプラカード持ってる写真はすごく気持ち悪いとしか思えなかったの)」としか見えないのに、本人はそれでも平気なんだろうか、とか。。

うーん、それが分かってたら病気にならない、とも思うんだけどね~。

で、拒食から過食になるのって、なんでだろうと思ってたけど、要するに「反動」なのかなと。

「あや」さんも親から「気分転換に東京に旅行に行こう」って言われて、そこから過食が始まったと言ってたので、そんなイメージを持ったんだけどね。というか、親が「気分転換に」って言ったってのは、やっぱりあの身体見て、なんかしなきゃいけないと思ったんだろうけど。。そこでなぜ医者に連れて行かない?と、わたしは疑問だったのよね。。子供が嫌がると思ったのだろうか。それとも自分たちの立場が悪くなるから?世間体が悪いから?うーん、そういう理由じゃないことを祈るけど。こういうところにも「子供の機嫌をとる親」みたいにね、わたしには思えてしまうのよ。。で、子供はそういうところでまた親に幻滅するんだけど、まぁこれってわたしの問題であって、ここに出てくる人の問題ではないかも知れないので(苦笑)どうしても、親との関係は、自分がとても悪い(悪いどころかって感じだけど)ので、自分の場合とごっちゃにしちゃう(苦笑)悪いクセだね。

しかし、それからずーーーっと過食が続いてると言ってて、しかも医者に行ったけれども、薬飲ませてあとは「自然に治ります」ってのはないんじゃないのかと。それ、医者が悪いんじゃないのかって思うんだけどさ。昔はともかく、今はネットってものがあるんだから、それで情報集めるとか、そういうことは考えないのだろうかって、わたしは2回目、うつ病にかかったときも(息苦しさが続くだけで、気分が滅入ると言うことは感じてなかった)、ネットで「息苦しい」とかで検索して、それで「あれ、これは自律神経失調症か、うつ病かも」って思ったんだよね。まー、思ってから医者に行くまで時間がかかったけど(苦笑)あと、今の病気、口腔異常感症だって、これはネットでしか探しようがなかったと思う。まず、この症状を精神科の医者に言ったところで、治せないと思ったからさ。で、他の医者を紹介されるわけでもないし。だから、自分で動くしかない。

まー、ネットでの病院のクチコミも信頼できるかどうかってのは別だけどね。わたしの場合は幸いにも、その分野に詳しい人がいて、いろいろ教えてもらったりしたってことはあるけど。ちなみに2回目のうつ病にかかったときは、どこに行っていいのか分からなかったので、2chを見て行ったんだけど、最悪な医者だった(苦笑)あの医者のせいで、随分うつ病を悪くしてしまったと思う。結局、わたしは身体が動かなくなるまで働いて、動けなくなったところで入院、だったからさ。。あの動けなさってのは、本当にすごくて、例えるとしたら変だけど、ゴキブリが裏返しになって手足をバタバタさせている姿によく似ていたと思う。あー、立ち上がれないって言うのはこうなんだなあってあのとき思ったから。

って、なんかうつ病のわたしがチラチラしてるけど(苦笑)

とにかく今日の放送では、「なんでもっと真剣に医者を見つけようとしないんだろう」とか「ネットで情報があるだろうに」とか、そんなことに「??」だったんだけど、でも最後まで話を聞いてみると「ここまで分かってるんだから、あとは本人の努力」と言ってるんだよね。努力って、多分、医者のことを調べたり、病気のことを調べたりってことも入ってると思った。で、本人の努力って分かってるのにしない、できない、というのは、やっぱりそれが怖いと思ってるからなのかなって思ったんだよね。わたしにもそういうことってたくさんあるから。なんというか、他のことはできて、あとは「本人の努力」だけになったとき、わたしはそういうことになりやすい。なんか努力することが怖いというかね、一旦やり始めたら、やり続けることは比較的簡単なんだけど、そのやるまでに時間がかかるというか。。

だから、この人もそうなのかなって。まー、人を理解するときは、「自分もこうだからなあ~」って投影していくしかなくて、それで彼女が語った言葉だけで、自分が「これじゃ、そのことってわたしにとってはこういうことなのかな?」って反応してることが怖いけど。

ま、明日は今日の続きみたいなんで、わたしの疑問がいろいろと解けるかも知れないので楽しみにしておきます。
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04-30 Thu , 2009
ハートをつなごう 依存症第3弾
昨日と今日やった、「ハートをつなごう 依存症第3弾」。
1日目はギャンブル依存症の人の治療方法について、2日目はアルコール依存症を克服したあとの話(しかし、番組では依存症は「完治しない」ので、ずっとずっと「回復し続けている」というような表現を使っていたが。。これはうつ病も「完治する」とは言わず「寛解した」っていうのと同じようなものなのかしら?)だった。アルコール依存症の方は、第2弾の1日目に出てた人が今度は地元で取材されてるのが主で、スタジオにも来てたけど。

第3弾は1日目も2日目も「テーマはこれ」と一つに絞っていたので、分かりやすかった。依存症と呼ばれているものが一体、どのくらいあるのかは知らないけど、一括りで「依存症」と言っても、その対応の仕方はそれぞれで異なってくるんじゃないだろうか。だから、これからは一つのテーマに絞ってやった方が見ているものにとっても分かりやすくていいんじゃないだろうかと感じた。

1日目のギャンブル依存症については、「ふーん、こういう治療法があるのかあ」って思った。なんというか、依存症の治し方って結局「自分のこれまでの生き方を変えること」なんだろうね。で、具体的には認知行動療法とかね、九州地方でよく使われているという「内観療法」とかね、やるらしいんだけど、見てたら「あー、こういうの考えるのやだなあ」って思った。わたし、親にしてもらったこととか自分がしてあげたこととかって考えたくない。。

それによると、最初は親にしてもらったことばかり思い出すんだけど、そのうちに自分が親にしてあげたことも思い出されて、それで「ああ、自分もいいところがあるじゃないか」と思えるようになって、自分もなかなかやるじゃん、みたいに思えれば、また生きる気力も湧いてくるらしいけど。。わたしはまさに「してもらったこと」しか思い出せないだろうな~、、っていうか、わたしは基本的に「してもらう」ことが圧倒的に多くて、だから、感謝しっぱなしの人生なのよ、ホント。身体の調子がよくなかったりするから、彼女には迷惑かけっぱなしだし。。あー、だから生きてるのがいやなのかなあ?

ただ、他人に対する自分の評価は低いのだが、わたしはどこかでそれについては開き直ってて「いいじゃん、それしかできないんだから」とも思ってるから、そこでまだ生きていられるのかな。だけど、わたしの人生、ほとんど挫折ばっかで、40になってもこんなにフラフラしてて、将来もまだどうなるか全然分かってなくて、よくこれで生きてるよって自分で思うよ。。だって、全然社会のために貢献してないもんね。ま、買い物はするから、消費税くらいは払ってるから、そういうところは社会の役に立ってるのかも知れない。ってわたしの存在意義は消費税を払うためかよ、と思うと情けない~、、

あ、自分の話になってしまった、つい(^^;

昨日のは「なるほど、こういう治療をするのか」って思ったんだけど、今日のはね、社会に対する「カミングアウト」ってことで、これって、性的少数者というのと重なるわけじゃん。スタジオで石田さんも同じこと言ってたけど。自分を隠していると、ウソがどんどん大きくなっていってしまって、それに潰されてしまう。まぁ、わたしは自分がレズビアンである、と言うことに対してはウソは付いてきてはいないので、ウソが膨らむと言うことはなかったけれど、「レズビアンである」ということを隠すためには、ホント、すごくすごく神経を使ったこともあるし、あとは「レズビアンです」って言いたかったんだけど、どうしても言えなくて、それでとてもその場に居づらくなって、結局は去ったこともある(前に入ってたノンケの吹奏楽団のこと)。そこでは別に個人的なことは聞かれなかったし、別に自分を語る必要もなかったんだけど、でもなんかいやだったのね。で、イヤだイヤだと思ってたら、練習に出たくなくなってね。結局止めちゃったんだけど。

だから、今度の空手はそんなことのないようにしたい、って、また自分の話になっちゃった(爆)

しかし、今日のVTRを見て驚いたんだけど、そう言われればそっかと思ったんだけど、料理に入ってるアルコール分さえダメなのね。あれには驚いた。酒さえ飲まなければいいと思ってたんで。そうしたらさ、外食なんかもしづらいんじゃないだろうか、って思ったんだけど。。あんこの中に酒の香りがする饅頭(酒蒸し饅頭?)とかあるけど、そういうのもダメなんだよね?あれにはねー、、驚いた。

西原理恵子さんが言ってたけど、ダンナがガンにかかったとき「待遇がアルコール依存症のときと全然違うって言ってた」らしい。これを聞いて、わたしはHIV/AIDSのことをすぐに考えた。血液製剤によってHIV/AIDSに感染した人は周りは同情的だけど、その他、例えば性行為によってHIV/AIDSに感染した人は「自己責任」と言って責められる、とかね。HIV/AIDSというウイルスが体内に入ったことは同じなのに、感染経路で差別される。それがよく分かっているから、HIV/AIDSの感染は人には言いづらい。病気によって同情される病気とそうでない病気があるんだよね。それも一種の「偏見」であったりする。

あそこに出てた人も「アルコール依存症だったと分かったとき、どういう態度を取られるか分からないから最初は言えなかった」って言ってたけど、これって完全に「内なるフォビア」だよね。2回目の放送ではね、全然分野は違うんだけど共感できるというか、自分にとって置き換えられるものがたくさんあった。で、アルコール依存症ですと言っても偏見の目で見られないためには、やっぱり多くの人にアルコール依存症についての知識を持ってもらわなければいけない、と話してたけど、これってまさに性的少数者についても同じことが言えるんだよね~、、

ということは、裏返してみると、わたしにはまだまだ知らなければならないことがたくさんある、ということでもある。だから、日々勉強なんだよなあ~、何事も。わたしは誰かを偏見の目で見たくはないからさ。そりゃ、人間としての好き嫌いはもちろんあるし、嫌いになったら、そのベクトルをもう修正できないという本当に偏屈で不器用な自分なんだけど。だけどそれと「○○という特性を持っている人たち」すべてを嫌う、というのは違うと思うのよ。

そういう意味では、今後の「依存症」シリーズでは、いろいろな依存症についてやって欲しいなって思った。それこそ今回みたいに1つのテーマを2回でじっくりやる、とかね。どうも「摂食障害」についての意見を募集しているようだから、次は摂食障害をやるのかしら、なんて思ってるけど。

そう考えると、今度の「ゲイ/レズビアン」や「LGBT」って何やるんだろう~??5月23日のTOKYO Pride Festivalには、どうやら「ハートをつなごう」の面々が来るらしいが。。しかも、タイムテーブルにはBrass MIX!他がその場を盛り上げることになっている!!!聞いてないよ~???それが、収録時間が長いんだ、また。なんかすごくいやな予感。。(笑)

ま、それはいいとして、今日の石田さん。アルコール依存症だった人が「一回りも年下の人と結婚した」って2回ほど言ってたけど、なんか意外だった。ていうか、そこに「男」みたいなのを感じた。いい意味じゃない「男」だけどね。いつもはあまり性別を感じさせない発言をするんだけどね、あの人。
22:20 | (一般)テレビのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-03 Fri , 2009
ハートをつなごう 依存症第2弾
あ、これは少し前の話ね。

こないだ「ハートをつなごう」の依存症の第2弾の2回を見たんだけど。
1回目はギャンブル依存症の人の話、2回目は恋愛依存、またはSEX依存の人の話だったんだけど。

うーん、わたし、依存症の第1弾は見てないので、どうやって始まったのかは知らないんだけどね。この第2弾では「こういう依存症もありますよ」って紹介してただけ?って感じで。。例えば、あれを見て「あ、自分も同じだ!」って思う人に対しては役に立つ内容だったかも知れないけど、例えばわたしのような(多分)依存症にはなっていない視聴者にとっては「だから?」としか言いようのない内容だったと思う。まー、世の中にはこういう依存症もあるんだなあってことを知る、ということもあったと思うんだけど、これって知るだけでいいんだろうか?とも思ってさ。

例えば一番思ったのが「なぜこの人たちは依存症になって、わたしはならないのかな?」ってこと。恋愛とSEX依存症の人は子どもの頃、親から愛されていないと感じていて、誰か自分を愛してくれるのを求め続けた結果、恋愛依存と、あと、SEX依存になったという。SEXしているときがその人は一番自分が愛されている、と感じるときだったという。

でもね、この人、親が問題だったって言ってるのに、親と話し合ったりするんじゃなくて、病気で死にそうだった猫を拾ってきて飼う、ということから治ったっていうんだよね。わたしは精神科医じゃないから分からないけど、こういう場合、親との関係って修復しようとは試みないものなのかしら?まぁ、もう大人になった後でどんなに親に文句を言って親がそれを受け入れて謝罪したとしても、まぁ許す気は起こらないだろうな、とは思うんだけど。。だったら、恋愛依存とかSEX依存の人がみんながみんな、犬や猫を飼えばそれで治るかと言ったら、多分、そうじゃないんだよね?そこら辺のことがまたよく分からないんだけど。。

結局わたしは「依存症」というものが分からない(なんで依存症になる人とならない人がいるの?依存症になる人は、どのような依存症もなりうるの?とか、、)、というのが一つあるのと、「依存症」自体、いろんな種類のものがあるのは分かるけど、そのいろいろな依存症を治すためには、それぞれの依存症に合ったやり方があるのか、それともなんか共通するやり方があるのか、とか。。依存症でない人は、依存症の人とどう付き合っていけばいいのか、とか。特別に考えないといけないのか、それとも普通にしちゃってたらいいのか、とかね。でもさ、アルコール依存症の人には絶対にアルコールは勧めちゃいかんよね。そういう「基本」は分かるんだけど、他にも何かあるのかな~とか、そういうことがもっと知りたいと思う。

多分、依存症で一番大切なのは「自分が依存症であることを認識して、そこから抜け出したいと決意すること」だと思うんだけど、それにしても、この「依存症 第2弾」は、なんか焦点が絞り切れてないような気がした。というか、もしかしたら、わたしの疑問が多すぎるのかも知れないけど。(多分)当事者でないわたしは、番組を見ながら「え、この人とわたしってどこがどう違うんだろう?」と思いながら見ていて、そして話を聞いているうちに「え、なんでそこまで行けちゃうの?」って言うのがあるんだよね。そこが多分、依存症になるかならないかの境目なのかも知れないけど。

ってわけで、多分、人間の構造ってそんなに簡単なものじゃないから、依存症になるかならないかも明確な分かれ目みたいなのはなかったり、治り方も「このやり方で絶対に治る」ってのは多分、ないんだろうなと思う。ただ共通するのは上に書いたように「自分で依存症と自覚して、自分で治ろうという気がないと治らない」ということだろうと思うけど。でも、それはこの番組を見なくても、ある程度は知識として持っている人は多いと思うけど。

うーん、これ、これからどういう展開になっていくのかなあ?って感じがした。「LGBT」よりももっと混沌としていると言うか。「依存症」という全体が分かりにくいからかなあ~?まぁ「LGBT」の方はこっちが当事者ってのはあるから、番組で「LGBT」の全体像を示さなくても、わたしは多分、気にしないと思うし、「LGBT第2弾」って、実は別に「ゲイ/レズビアン」でやってもよかったんじゃないの~?って気もしてるんだけどね(笑)
21:41 | (一般)テレビのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12-14 Sun , 2008
篤姫が終わった~
いやあ。大河ドラマを最初から1度も見逃すことなく、最後まで飽きずに見たのは超久しぶりかも~。なんかね「えっ、もう終わりなんだ?」って感じるほど、今年は途中、中だるみもなくあっという間だったー。

だいたい、最近は最初ちょっと見て「くだらん~」って見るのを止めるパターンが続いてて、その前は「くだらん~」って止めてても、ちょっとしたきっかけでまた見るようになって、っていう「最初」と「最後」だけ見ることが続いてたんだよね。いつまでかな、大河ドラマを全部見ていた頃は、、多分、ものすごーく昔だと思う。

んー、今回飽きなかったのは、なぜなんだろう?やっぱ宮あおいの演技力?だけじゃないと思うのよね~。なんというか、大奥に出てくる女性のかっこよさ?は確かにあったね(笑)最後の方はすっかり滝山のファンになってしまった。。(笑)ああ、あんな人に抱かれたい。。←オイ

ただ、なんてのかなあ~、自分の肉体がこの世から消え去っても、やろうとしたことは受け継がれていくって、その意味は、子孫繁栄を意味するものなんだろうかとか、最後の方はちょっと複雑な気持ちで見てたけどね。もちろん、明治憲法下では、家制度で家督がいなければならなかったから、滝山がしたように夫婦を養子縁組、とかした人もたくさんいたんだろうけど(これ、現行憲法下では不可能だよね?片方を養子縁組して親子になることはできるだろうけど、夫婦を同時に養子縁組した、なんて聞いたことないし)、まー、そうまでして「家」ってのは守っていかなければならないものだったんだろうな~と思ってたらね。

わたしらなんて、わたしの代で終わりじゃん。それはもう見えてるし。あ、これは別にわたしが子供を産まないという選択をしたからであって、別に同性愛者でも子供がいる人いっぱいいるとは思うけどさ、まー、とにかくわたしは子供が嫌いだから、子供は欲しくなかったわけ。だから、わたしの代で絶えることについては、まー別にいいの。彼女はこのことについてどう思ってるかは知らないけど。

で、たとえばわたしはこれから自分のやりたいことはあるけれど、例えそれができなくても、それを別の人に引き継いでやって欲しいとかさらさら思ってなくて。なんというか、わたしは自分がこの世に生きていた証なんか全然残したくなくて、できれば、自分の死と共に、関わり合いのあった人の記憶の中からすっぽりなくなっちゃった方がいいとさえ思ってるんだけど、まー、それは無理というものだから。。

わたしは、自分が生きてきたという証拠をこの世の中に残したくない!って常々思ってるわけで。だから、ホント、わたしが死んだら、今、わたしの持っているものは、即全部捨ててくれーって思ってる。生きてきたという痕跡が残るのもイヤだから、ブログだってmixiだって退会するように言い残しておくし、言い残しておく相手がいなければ、自分が見計らって全部消してやる、と思っている。

だけども、今生きて、なにかやってやる、と思ってるのも確かで。だってそうじゃなきゃ生きてる価値がないじゃん。人間として生きるってのは、楽しいことよりもつらいことの方が何倍も多いと思って、それでも仕方なく生きてるんだけど、まー、自分のやりたいことをやるってのは、死ぬまでの暇つぶし?って感覚かな。。

多分、この世の中では生きたくても生きられない人がたくさんいて、その人がこの文章を読むと「何言ってんだよ!」って言うと思うよ。死ぬまでの期限を切られた人間にとっては、何で自分がこんな目に、もっともっと生きてやりたいことがあるのに、って思ってると思うよ。そういう人間からしたら、わたしのこの考えは非常に甘いのかも知れない。

でも、わたしだって毎日死ねない自分と戦っていて、それでもやっぱり明日死ぬかも知れないから、今日は悔いの残らない一日を過ごしたいと思って生きている。ま、最近はしなければならないことと、それが思ったようにできない自分に挟まれていて、結構自分にとっては歯がゆい思いをしている部分もあるけれども。

そうやって、一日一日を見つめながら生きている。誰に文句を言わせるものか。

生きているだけで既につらいのだ。

この世には数限りない人が、ありとあらゆることで生きづらさを感じていることだろう。
わたしもそのうちの一人だ。
死ぬまでわたしはこの生きづらさを感じて生きていくのだろう。
でもそれは仕方がないのだ。それは誰かが自分をそうさせてるとか、そういうアホなことは思わない。生まれ変わりなんかも信じない。わたしは確かに今、この世の中を生きていて、そしてあとは死ぬだけ。死んだら多分、ゴミになる。いや、できればプランクトンのエサになりたいとは思ってるかな。それがわたしの希望と言えば希望。

ってわけで、篤姫と全然違ったこと書いちゃったけど(笑)
次の大河ドラマの予告を見たけど。。なんだか元に戻りそうだな、見方が(苦笑)

いや、滝山さんは、ホントにカッコよかったです!(*^^*)←結局言いたかったのはこれかよ
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08-24 Sun , 2008
ハートをつなごう 発達障害第10弾、2回目
北京五輪のせいで、番組が日曜日に延期になってしまった「ハートをつなごう 発達障害第10弾」の2回目を今日見た。

1回目の3組の夫婦に加えてもう1組の夫婦が来ていた。しかし、、その人たちの顔はぼかしで、名前も「佐藤さん」という仮名だった。声は反転装置使われるまではいかなかったけど、音声は変えられてた。そのカップルは、職場恋愛で、歳の差カップルなんだけど(ダンナの方が年上)、奥さんの方にアスペルガー症候群の疑い(って書いてあったんだもん)があるそうだ。現在、ダンナが東京に単身赴任中で、田舎(もちろん、特定はできなかった)にある実家には2週間に1度の週末にしか帰れない生活を送っているとか。結婚して18年目になるらしい。で、単身赴任は今現在で7年目らしいから、11年一緒に暮らしてたことになるよね。

わたしは番組を見ながら「一体、どうして仮名なんだろう?顔にぼかしが入ってるんだろう?」ってずっとずっと思っていた。今も明確な理由がよく分からない。一つだけ言えるとしたら、、「田舎」だ。最初は「離婚話があったからかな」「それともうつ病にかかってリストカットしたとか言ってたからかな」って思ったんだけど、離婚は回避されるみたいな終わり方だったし、あと考えられるとしたら「田舎」しかない、と思った。それに、この番組の最後の方で当事者である奥さんが「こういうのはうちのところだけだと思ってた」って言うんだよね。あー、この言葉って、同性愛者が自分がもしかしたら同性愛者じゃないかって気がついたときに、情報が入ってこないことから「(同性に惹かれる人間は)世界の中で一人じゃないか」って悩むこととよく似ているなーと思った。同じ症状(っていうか障碍)を持っていても、都会と田舎じゃ人の付き合いの密度が全く違うだろうし、多分、この人たちは初めての番組出演なんだろう。だから、発達障害のことも近隣の人には知られたくなくて、顔にぼかしがかかってるんだろうな、とわたしはそのように理解した。と同時に、ADHDだのアスペルガー症候群だのっていう用語が氾濫している(氾濫している割にはそれがどういうものであるのか、理解度は薄いと思う。だって、わたしだって「発達障害」って最初聞いたとき、「発達障害」という「障碍」だとばかり思ってたから)のに、一般の人の理解があまりされていないんだろうな、と思った。今、この番組を見ているわたしでさえ、実はよく分かんなかったりする(苦笑)

だって、ADHDとかアスペルガー症候群と診断されても、人によって程度や症状(?)が全く違うらしいから、一括りにはできなさそうなんだもん。ちなみにこの奥さんは聴覚に関して、非常に敏感なので、ダンナが見ているテレビの音でさえ気になって、小さくしてしまうらしい。隣に寝ている子供が寝返りをうって壁に当たっただけで目が覚めてしまうと言う。この敏感ってのがわたしはよく分からなくて「人よりよく聞こえる」のならまだ分かるんだけど、、そういうんじゃないのかな。だったら「耳栓してたら?」って思ったのよね、わたしは。そういうことと違うのかな。。わたしなんか目が悪いから、メガネを掛けている。一方、歳を取って耳が遠くなると補聴器を使う。そういうのとどう違うんだろうって思った。でも、人よりよく音が聞こえるから耳栓、って考えは誰でも思いつきそうなものだよね。だから、多分、そういう問題ではないんだろうな、とは思った。

いや、これって本当に言っても本人にしか苦しみが分からないだろうなって言うのは、わたし自身が「口腔異常感症」で口の中の歯が浮いたような状態になって、そこから唾液がしみ出る感じといくら説明しても、誰にも分かってくれないのと同じだと思う。で、この症状は食べたり歯を磨いたりするとゴロッと感じが変わって、歯の端にエッジが立ってそれが伸びていくような感じとか、そう言われても理解できないでしょ?多分、これと同じことだと思う。まー、この「口腔異常感症」に関しては、本人にも説明できないところはあるんだけどね。どういう感じなのか、例えようがない場合があって、それがすごく困ることがある。「発達障害」の人でそういう「例えようのない苦しみ」があるのかどうかはよく分からないけれども。でももしあったとしたら、相当つらいと思う。あ、自分のことはともかく(苦笑)

で、ダンナは休暇で家に帰ると奥さんをねぎらおうとして、家事や掃除、洗濯をしていたのだが、その食器を洗う音やいろいろな音で奥さんが怒り始めるという。そしてダンナのねぎらいが分からずに「プライドを傷つけられる」と言う。で、奥さんの方は怒り始めたら、自分でも抑制が利かなくなって、自分の気が済むまで怒らないと怒りが止まらないのだそうだ。だから、ダンナはいつしか奥さんの怒りの言葉をひたすら「聞き流す」ことにするのが問題の解決方法だと思っている。

奥さんが「アスペルガー症候群の疑い」が持たれたきっかけは、子供がアスペルガー症候群と診断され、それから自分もその疑いがあるということが分かったらしい。しかし、単身赴任中のダンナは話を聞こうとせず、うつになってリストカットも常連で、そして離婚まで考えるようになったという。ダンナはスタジオの中でもまだ「聞き流すのが一番いい」と思っていたが、奥さんに「聞き流されると話を聞いてくれないと思ってしまう」と言い、スタジオの当事者たちも「聞き流すのはよくない」と言う。というか、それを聞いていて、わたしは「あー、ホントにこのカップルは全然話し合いしてなかったんだな」って思った。っていうか、実際に自分たちで言っていたけれど話し合いにはならないそうだ。一方的にガンガン言いまくられるから。

1回目に出てきた当事者同士のカップルの中でも、やっぱり一方的に相手を責める、ということを行なっていたようで「言い合いをするのなら、30分まで」「(何を責められているのか分からなくなるので)メモをとる」「解決策を出す」「自分のしたことに対して『~と思う』という分析はしない」、という方法を決めたそうだ。しかし思うに、当事者同士のカップルでも、両方がわーわー言い合うんじゃないカップルなんだよね、ここのカップルは。ダンナの方は在宅で仕事をしているらしいが、朝、「ご飯ができたよー」と言われても、ついつい朝のPCでメールチェックとか、新聞読んでたりして、朝ご飯がすっかり冷めてしまう、なんてことをやっちゃうらしい。とここで、一緒に見ていた彼女がちらりとわたしの方を。。。いや、わたしもやっちゃうんだよね、これ。。ついつい、やってることに夢中になって、それを中断したくないもんだから、分かってても「あともうちょっと」「あともうちょっと」って思ってたら、いつの間にか時間がこんなに。。ってことになってるの(^^;だから、この人のやることに対してはよーく理解できるんだ。。

で、そのことに対してキレた奥さんは自分の言いたいだけ怒り、在宅で仕事をしているダンナはそのために仕事の締め切りに危うく間に合わなくなることもあったそうで、そのために「話し合いは30分」等っていうルールを作ったというわけだ。ここの当事者カップルも佐藤さんカップルの場合と「よく似てますね」ということを言ってたね。

この佐藤さんカップルは、奥さんの方が自分のブログを書くようになり、そこで自分の気持ちを吐き出したりして、今は「これについてはあとでブログに書こう」と思うようになったことから、ちょっとずつ怒りの時間は減っていき、以前は毎日のようにしていたケンカが今は3ヶ月に1回くらいになったという。ダンナの方はこのブログを読んで妻の気持ちを知るようになったんだとか。で、「聞き流すのはよくない」って言われたもんだから「じゃあ、今度はそのブログにコメントを付ける」ってスタジオで言ったんだけど、そうすると今度は奥さんの方が「自分のテリトリーを邪魔されるような気がする」と言い、スタジオの中の当事者も「それだったら、ダンナが自分のブログを作った方がいい」と提案する。

前回は、顔出しできるメンバーだけで、しかもうまくやっている話ばっかりだったから「ここまで来るのに何年もかかった」らしいけど、今現在はうまくいってるわけだから、なんだか「昔語り」みたいな感じがしたんだけど、今回はそういう感じはなく、経験者がまだよく自分のことが説明できない当事者に替わって「こういう感じみたいだから、こういう風にしてみたら?」みたいに話が進んで、佐藤さんカップルにとっては番組に出たことはとても有意義だったのではないか、と感じた。結局は「『村上方式』(番組に出てた当事者同士のカップル)を取り入れる」ってことになったしね。

休暇に帰ってきて家事、掃除、洗濯をすると「ねぎらい」とは思えず、逆に「プライドを傷つけられる」という奥さんの言葉に対して、やはり当事者から「もしかしたら自分が何か至らなかったのかも知れない」と考えてしまうと言う。「わたしたちは『見えないこと』があるから、言葉で説明して欲しい」と言う。で、今は結局ダンナが家事をやっても奥さんの「休み」にはなんないから、朝、公園に行ったりして時間を潰しているらしいが。。ここまでくるとちょっとダンナがかわいそうに思えてくるんだけどね。ただ、下手に家にいてケンカするよりはマシか。

で、ダンナは定年を迎えたら当然、田舎の自分の家に戻ってくるつもりらしいんだけど、そうしたらダンナは「夜から朝に掛けての仕事をしたい」という。妻は「ダンナが戻ってきたら、今度は自分が仕事したい」という。「四六時中顔を合わせたら、ケンカしそうで困るから」と言うのが理由らしいが。でもこれって、、ホントに「パートナー」と呼べるのかな、とちょっと考えてしまった。パートナーだったら一緒にいて当たり前とは思わないけどね。そこまでして一緒にいる必要はあるのかな、と。ただ、この佐藤さんカップルはまだ、お互いを受け入れていないような感じで、これから関係を作っていくんだなという感じはした。

番組の最後の最後に「底知れない味わいがありますから」と一組のカップルのパートナーさんが言っていたが、そこまで来るのには、十数年かかったわけで。要するに「発達障害だ」と診断されてから、じゃあ、どういう対応をしていくのが一番いいのか、を話し合って、それでお互いにできる範囲で歩み寄るわけなんだけど、このね、「底知れない味わい」が分かるまで、というかこの言葉を言えるようになるまでは相当なことがあったんじゃないかと推測する。だけどその「底知れない味わい」があるからこそ、二人はカップルなわけなんだよね。だから佐藤さんカップルはこれからだな、と思ったわけ。

最後に石井衣良さんが「これは発達障害のカップルに限らずに、一般のカップルにも当てはまりそうですよね」と言っていたけど、わたしもその通りだと思う。わたしはおそらく「発達障害」ではないけれど、当事者の話を聞くととてもよく分かる部分があったし、耳が痛かったし、一緒に見てた彼女からもこっちを見られたり(苦笑)、多分、結構同じようなことをしてしまっていると思う。で、多分、それはわたしの場合は主に「性格」から来るものかも知れないけど、やっぱ、そこで「話し合う」ことは必要なんだよね。

ただ、わたしの場合はその「話し合い」でさえ拒否してしまうことがあるから。。そうすると彼女はもう手の出しようがないらしい。「そこを察してもっと強引に」って言ったらみんなから批判されるかしらん?(苦笑)実はわたしって結構「引きこもり型」タイプなんだよね。怒ったら自分の殻の中に閉じこもってしまう。これは子供時代からそうで、一緒に家に住みながらも何ヶ月も親と口を利かなかったりすることも、数え切れないくらい。まぁ、彼女と暮らし始めてからは、そういうことはまだ数回しかないけどね(ってあるのかよ!)

けど、怒ってないときは話し合いは必要だとは思ってて、だから、すごくたくさん話すんだよ。話をしてもまだまだ話尽きないから、わたしは彼女のことが好きで、ずっとそばにいたいんだと思う。

番組も最後はノロケで終わったから、日記もノロケでお終い!(爆)
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08-20 Wed , 2008
ハートをつなごう 発達障害第10弾、1回目
4月に「ハートをつなごう」で「ゲイ/レズビアン」が新テーマとなり、それで初めてこのような番組があることを知ったんだけど。でもそのとき「ゲイ/レズビアン」だけじゃ、「ハートをつなごう」自体の番組がどういうものであるか、分かんないよねーと思い、偶然、次の日だったか「ハートをつなごう」の発達障害第9弾を見たんだよね。多分、日記にも書いたよね。これこれが、最初にやった「ゲイ/レズビアン第1弾」の感想で、これが「発達障害第9弾1日目」を見た感想だったんだけど。

んー。実は、どういう経緯でわたしの日記を発見したのかはよく分からないんだけど(笑)、「ハートをつなごう」の感想を書いたら、mixiの方で「『ハートをつなごう』の発達障害でテレビに出ました」っていう人のコメントが付いてびっくり。んー、こういう不思議な繋がりもあるんですねーって言って、今はその人とマイミクさんなんだけどね(笑)

実は今日やった「発達障害第10弾1日目」で、その人が出演したの(笑)。それは前々から知ってたから、どういう人なのか、とても楽しみにしてた。

んと、今日は3組の結婚している人たちと(当事者とそうでないカップルもいたし、当事者同士のカップルもいた)、発達障害の人のカウンセラーをしている、って人が出てたかな。そのうち、沖縄で精神科医をやっているADHDのカップルさんのお話が中心だったんだけど、えーと、こういう言い方をしてはまずいのかも知れないけど、面白かった(笑)

このカップルさんが知り合ったときとか、恋愛に発展していくところとか、結婚したところをずっと話してたんだけど、そう、わたしは単純に「発達障害の人と付き合って結婚する過程って結構難しいのかな」と思ってたんだよね。だって、周りを振り回すような人となんで付き合えるのかなーとか、そう思うじゃん!それなんだけど、その人のパートナーさんは(いいよね、この番組は「夫」とか「妻」とかわざと使ってないのかな。「パートナー」ってみんな言ってたんだよね。わたしらも相手のことは「パートナー」って言うからさ、対外的にも。だってどっちも「妻」でも「夫」でもないから)それまで服飾デザイナーの仕事をしていて、人の外見とか恋愛もかけひきとかあって、すごく疲れてたところに、なんの集まりだっけ、なんかのNGOかなんかの講義?のときに初めて会って、その人が「今まで見たこともないような変な人」だった、ってことですごい強烈な印象を持ったらしい。で、そのまま恋愛に発展していくんだけど、まるで中学生のような恋愛で、パートナーさんは今までの「かけひきのある恋愛」に疲れてたところだったから、とても新鮮な感じがしたそうだ。で、付き合って半年くらいしたらそのADHDを持つ人の方が転がり込んできて、そんで結婚。

「はぁ~、なるほど、そうなんだなー」ってなんかとっても納得してしまった。と同時に「毎日が新鮮で」って言っているパートナーさんはとても懐の深い人だと思ったよ。まぁ、それでも1回はキレたらしいけど。わたしはどっちかというとそのADHDを持っている人の方の性格がなんとなく自分に似ている気がしてね~(苦笑)まぁわたしは「気をつけて」って言われて「なんでそんなこと言われなきゃいけないんだ!」とは思わないから、まぁ根本的なことは違うんだろうけど、でも、恋愛なんか同じように「自分とは無関係で遠い話」って思ってたし、今も多分、彼女と別れたら、もう誰とも付き合えないと思ってるし。んー、実はわたしは「恋愛」ってもんがよく分からないんだよね、今でも。あんまり人を好きにならないし、なったとしても次にどうすればいいのかさっぱり分かんないし。今、ここでわたしがこうしてるのは、最初に「恋愛するってことがどういうことか分からないから怖い」って言ったわたしに対して、彼女がうまーくリードしてくれたからなんだよね。んでも、何回も「自分といると彼女が不幸せになる」って思って別れようとしたし、今でも「なんで彼女はわたしのことが好きなのかなあ~?」って本気で思うし。あ、つい自分の話になってしまった(苦笑)

で、その人の穿くジーンズは自分で作るそうで、それは服飾デザイナーだったパートナーさんでさえ「ジーンズは作れない」というから、そこら辺のこだわりってすごいのかなーと思った。あ、でも汚くなったものを捨てようとすると怒る、ってのの怒る気分はとてもよく分かるのね。つくろって、つくろったままそのままにしてあるそうだけど。あのね、なんというかな、自分が使い続けてきたものにはやっぱり「愛着」があるわけ。だから捨てられないの、わたしの場合。それがどんなにボロボロになろうと。だから、実はわたしも愛着を持ってるものは捨てなくてそのまま家にあったりする、、靴なんかはね、本当に捨てるとき涙出るほど惜しいもん。「あー、わたしの思い出が行っちゃう」みたいな気になるんだよね。

というか、なんてのかな、その人は最初、新聞記者だったんだけど、警察回りができなくて、自分の書く記事は「動物もの」ばっかりだったという。人のことはその人を傷つけてしまうみたいで書けなかった、と言っていた。で、それから医学部に進学しようとして勉強して、本当に受かって医者になるんだから、すごいよね。そういう人も「障碍」を持ってるの?って思うんだけど、多分、これって実際にその人と付き合ってみないと分からないことなんだろうなって思った。

あと「思ったことしか言えない」のも、わたしと同じなんだけど(苦笑)、でもそういう人たちは「学習」して「お礼の言葉」とか「ねぎらいの言葉」を言うようにはなるらしい。で、それはやっぱり「外国語を学習したような気分」って言ってたけど、はー、そういうもんなんだなーって思った。わたしも「思ったことしか言えない」けれども、なんというかな、生きてるうちにそれが「思えるようになるから言える」みたいなところがあるのね。経験として、というか本当にありがたいなと思ったら「ありがとう」って言えるようになるし(ただ、本当にありがたいと思わないと言えないところが(^^;)、お世話になったなと思うから「お世話になりました」って言えるようになるし。ここら辺がやっぱり根本的に違うんだなって分かった。

けど、なんというのかな、最後の方で「(相手に)振り回される」という言葉が出てくるんだけれども、なんか唐突に出てきたような感じで、ちょっと理解しにくかったのは確か。相手のどういうところや行動に対して「振り回される」のか、具体的な話がなかったからかな。確かに話を聞いていると「あ、そうなんだー」とか「そういう受け取り方をしてしまうんだ」ってことはあるんだけど、番組に出ているカップルさんたちはそれをうまく(どうにかこうにか?)乗り越えてきたから、今があるんであって、その唐突に出てきた「振り回される」のも確かに振り回されて来たんだろうなーとは思うんだけど、ちょっとその辺がよく分からなかったかな。ただ、発達障害って分かった途端、専門書を買い込んで、それを同じようにパートナーさんに読むことを要求する、っていうのがなんというか、気持ちはすごく分かるんだけど(だって、これ読んだら自分のこと理解してもらいやすいと思うわけだろうから)、普通だったら、自分が読んだ中の1冊か2冊くらい勧める程度かなー、とか思ったりして。その行動自体は理屈が通っているのでわたしには分かるんだけど、ただ、ちょっと行き過ぎ、っていう感じはした(笑)

しかしね、この番組の間中左上の画面には「発達障害を持つ人の『結婚』」って書いてあって、それがね、わたしにはとても痛かったの。。。だって、わたしら結婚できないんだもの。「ゲイ/レズビアン」で「ゲイ/レズビアンの『結婚』」なんてテーマ、今、あり得ないもの。。。だからそれがすごく悲しかったんだ。それはやっぱりわたしが同性愛者だからだよな、って思った。のと同時に「あ、発達障害を持つ性的少数者だって存在するんだよね」って思ったの。確かに身体的に障碍を持つ性的少数者の人は実際に知ってたり見てたりもするんだけど、発達障害って、同性愛者/両性愛者と同じく言わないと分からないものだよね。ま、周囲は「この人変な人」と思ってるかも知れないけど(でもそれを言うと、わたしだってずっと「変な人」(=ユニークな人)と言われてたんだよ)、発達障害を持つ性的少数者が誰かと付き合ったとき、この「結婚」ということができないために、簡単に別れてしまうカップルって多いんじゃないかなって思ったんだ。

「結婚」ってのはもちろんしたことがないから分からなくて、想像するしかなんだけど、「紙切れ一枚」だけど、そこにはいろんな責務や法的保障がされているから、一旦、婚姻届を出してしまうとそう簡単には離婚届は出せないよね。けど、結婚ができないわたしたちのような同性愛/両性愛で同性と付き合っているカップルは、別れようとしたら、案外簡単に別れられるんだよね。と言っても、実際、今、わたしが彼女と別れようとすると、金とかかかるから、そうすぐには別れられないわけだけれども。金と仕事を持ってりゃ、いつでも引っ越せるよなーとか思ったりもするし、でももう二人で住んでいるときに買ったものはじゃ、一体誰のもの?ってことになるから、長く住んでいれば住んでいるほどやっぱり今日明日の話にはならないよね。

けど、一緒に住んでいない限りは、別れようと思えば連絡さえ絶てばいいわけで、長く一緒に暮らしていなければ、すぐに別れられるわけで。んー、今まで耳にしたことはないけれど、そうやって病気の理解を得られないパートナーを持つせいで、出会いと別れを繰り返している発達障害の性的少数者もいるんじゃないかなあと、なんか勝手に想像しちゃったわけで。

これ、明日もあるんで、もちろん明日も見るけど、やっぱさぁ~、第10弾ってことからか、もう最初からある程度「雰囲気」もできてるし、あとは顔出しし慣れている人ばっかりなのかな?発達障害と言われた人が、テレビに出て顔出しするっていうことは、ゲイやレズビアン等、性的少数者が顔出しするのとどう違うんだろう、って思ったりもしたんだけど、ゲイやレズビアン等の性的少数者の方が圧倒的に顔出しできる人は限られてるよね、と思ったりもする。。

だから、次、9月にあるという「ゲイ/レズビアン第2弾」は一体、誰が出るのかな~というところもあるんだけどね。毎回同じだったら、悲しいけど、でももし毎回同じだったら、それが今の日本の性的少数者の置かれている立場なんだよねって思う。

あ、なぜかよく分からないけど4月に放送された「ゲイ/レズビアン第1弾」はまた再放送されるらしい。8月25日20時~と9月1日13時20分~が、1回目、8月26日20時~と9月2日13時20分~が2回目の放送。ということは、この第1弾は、結局NHK教育で計4回ずつ放送されるってことだよね?んー、それだけ反響があったと言うことか。

で、第2弾が9月29日20時~、9月30日20時~、その再放送が10月6日13時20分~と10月7日13時20分~あるらしい。まだ1ヶ月も先の話だけど。で、その次に「LGBT第1弾」だからな~。きっと色んな人が出るに違いない、と期待しておこう(笑)
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04-30 Wed , 2008
しつこく、ハートをつなごう(笑)
今日、彼女と一緒に夕食を食べているとき「あ、今日も『ハートをつなごう』があるんだね」という話になった。今日は「発達障害」がテーマらしい。

わたしは今回、一昨日と昨日の「ハートをつなごう」しか見ていなくて、普段、どういう番組なのかは全然知らない。テーマが「性同一性障害」のときでさえ、知らなかったので見なかった。だから、この番組って普段の雰囲気はどうなんだろう?というのと、自分が「発達障害」という当事者でないところでこの番組を見たら、どんな感想を持つだろうかと素朴な疑問を感じて、今日もまたこの番組を見た。

この発達障害というテーマはどうやら既に2年間も取り上げられているものらしい。それだからかどうかはよく分からないけど、司会者3人のリラックスぶりがまず、目に付いた。だって、一昨日と昨日の司会者3人は、言っちゃ悪いけど結構ガチガチだったもの。。実はね、こう思ってはいけないかも知れないけど「やっぱり障碍者の人と話すときとはちょっと違うのかな?」と思わないこともなかったのね。同性愛者は別に病気ではないし、逆に「人とは違うつらさ」について、一人で悩んで考えて、本を読んだりいろいろ情報を仕入れていたりして、ある程度「理論武装」ができている人たちだと思っている。特にあの場にいた人たちはそうだよね。だから「もしかしたら、何か失礼なことを言ってはいけないんじゃないか」と司会者が思ってしまったのではないかな、とちょっと思ったりした。

けどね、それ以上にやっぱり「歴史の積み重ね」を感じたのね。2年前に出てきた子供が今回また出てくると、口調も変わるよね~。で、出演した人の幅の広さ、ね。発達障害の子供、その親、そして発達障害やアスペルガー症候群、だっけ、を抱えながら社会生活をしている大人、一昨日、昨日しか見てなかったわたしがまず思ったのは「出演者が多い」ってこと。わたし、今日、これしか見てないからよく分からないけど、これもやっぱり「積み重ね」なのかなあ~。かつて同じことに悩んでいた自分が今度は若い世代にアドバイスできる。これってやっぱり積み重ねがないとできないことだよね。。で、性的少数者の場合は今、これがないんだよね。。番組と同じく、まだまだこれからなんだなあって思った。

番組の感想は、、発達障害にもいろんな人がいるってこと。周りの空気が読めずに一人でしゃべり続ける人もいる、周りを気にしすぎて自分に自信がない人がいる。今回はこういう二人が一緒に「鉄道博物館に行ってみる」というVTRが中心の内容だったんだけど、見ていてすごく楽しかった。周りを気にしすぎる人は「自分のことだけは絶対に信頼しない」って番組の最中に言い切っていて、わたしはそれをとても悲しく感じたんだけどさ、最後に周りの空気が読めずに一人で勝手に行動して、鉄道博物館でも相手を引きずり回した当事者から「僕が電車で君は運転手だから、自分を信頼できないと思っているかも知れないと思っているかも知れないけど、してもいいんだよ」と肩をポンと叩いたところはなんかじーんと来たなあ~。もちろん、番組の中でも言ってたけど、彼らは彼らの中でしか友だちを作らないんじゃなくて、これからは社会でも同じように友だちを作る必要があるというか、この世の中、圧倒的に発達障害じゃない人が多いから、発達障害以外の人とも友だちにならなければならない。

でね、わたしはこの「発達障害以外の人」なわけ。今日のテーマの当事者じゃないわけ。一昨日と昨日は当事者だったけど。。で、思ったよ、この先、発達障害と言われる人と知り合いになる可能性もあるなって。ということは、逆に一昨日と昨日の番組を見た当事者以外の人も、もしかしたら「あ、この先同性愛者と知り合いになる可能性があるかもね」って思ったかもって。でもね、そう思ってくれることは、同性愛者当事者としてはとても嬉しいことなんだよね。「そういう人もいる」ということが前もって分かっていたら、もしかすると受け入れやすいかも知れない。そうしたら社会がちょっと変わるかも知れないってね。別にわたしは活動家にはなりたくはないんだけど、でも自分が生きやすい世の中にしたいとは思っている(これって十分活動家ってことかも知れないけど、でもわたしは人のためにやってるんじゃなくて、自分のためにやってるから別に活動家じゃないと思ってる)ので、やっぱり理不尽だと思うことには声を上げていきたいと思っている。まぁ、この一年はお休みだけど(爆)身体を元に戻すことが一番だからね~。

この「ハートをつなごう」って番組は「シングルマザー」とか「貧困」とか障碍者以外のことも取り上げている番組らしい。同性愛者の場合は、どっちかというとそういうことに近いのかも知れない。社会的弱者という意味においては。そのときはどういう雰囲気なんだろうか。。いや、別にね、雰囲気違っててもいいんだけど、テーマによってどういう違いがあるのかってのにちょっと興味があるもんで。。

ただこの「同性愛」ってテーマも続編が作られるとしたら、雰囲気は変わっていくのかな。でも、出てくる人がいつも一緒じゃつまらないよね、って思ったりね。。「発達障害」の継続の面白さみたいに、同性愛も継続の面白さがあればいいと思ったけど、考えてみると難しいんだよね。最初はカミングアウトできなかった人がカミングアウトしてみたらどうなるか、とかあるとは思うけど、カミングアウトできない人って普通、顔出しできないじゃん。。でもって、同性愛者で顔出しできる人って限られてるしね。顔出しできる人はある意味「強者」でもあるしね。んで、毎回同じ顔ぶれじゃ面白くないしね。難しいよね。。顔出しできる人って割と「理論武装」できる人だしね。

それに。。やっぱ考えてみれば異性愛者は知らない「同性愛者の独自の文化」(わたしもよく分からない部分がありますw)もあるわけでね、いい意味でも悪い意味でも。そこんとこ通らなかったら、なんかきれい事で終わる気もするし。。といって、そこんとこ興味本位で取り上げられてもって気もするし、まー、どうなるのかな、この先。っていうか、あるのか、この先(笑)

明日も「発達障害」2日目があるらしいので、見てみようっと。結構面白いです、この番組。ってわたしってまるでNHKの回し者みたいだよね。。でもNHKしか見ないからこうなるんだわね。。(苦笑)
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04-13 Sun , 2008
昨日の「一期一会」
土曜日の22時25分からNHK教育テレビで「一期一会 キミにききたい」という番組がある。わたしはもともとその前の22時からの「あしたをつかめ~平成若者職業図鑑」という番組も一緒に見ていて「一期一会」はその続きでみることにしている。

「一期一会」という番組は「○○と考えているイチゴさん(くん)」がそれと全く逆の考えを持つ「イチエさん(くん)」と3回くらい会い、そして話すことによってどうなるか、という番組だ。イチゴさんがイチエさんの言うことについて納得することもあるし、しないこともある。この番組の面白いところは、何が正しく何が正しくない、ではなく「人が自分の意見を変える」ということ。イチゴさんが変わっていく際、必ずどこか、イチエさんに共感する部分がある。それを元に自分の場合を考える。そうすると何かを得る場合がある。そして、双方が分かり合えた場合、変わるのは決してイチゴさんだけではない。イチエさんもイチゴさんから何かを学ぶのだ。人は決して一方だけ変わるのではないなとそのときに感じたりする。そこが面白くてわたしはこの番組を見ている。

もちろん、双方の意見が全く歩み寄らないで、そのままで終わってしまうこともある。でもそれはそれでいいのだ。それがこの番組の面白さなのだ。

昨日の「一期一会」は「化粧をしない22歳女性(イチゴさん)」と「性同一性障害の女性モデル(イチエさん)」だった。化粧しない女性は、会社に行く前に自分の姿を鏡で見る時間は7秒とのことだったが、まー、それでもわたしよりマシだな(爆)わたしは自分の顔はもちろん洗うが、自分の顔はそのとき見ないらしい。以前、野球観戦開けに会社にいったときに上司や同僚から「○○さん、その顔はどうしたんですか!?」と言われた。確かにそのとき、目が妙に開けにくいなあ~と思っていたのだが、実は野球観戦で顔が日に焼けて、目が半分くらいしか開かなくなっていたらしい。「すぐ医者に行け」と言われて行ったんだけど、医者からは「完全にヤケドです」と言われたw職場の人たちからは「家に鏡がないのか?」と言われたけど、あっても見ないものなあ~(爆)

昨日の番組の話に戻る。

化粧をしない女性は、化粧に興味がないわけではなかった。むしろ「化粧をしたい」と思っていた。性同一性障害(だったといえばいいのか?)の女性モデルは彼女の「化粧をしたい、でもできない」という気持ちを昔の自分と重ね合わせていた。そして化粧をしない彼女に、化粧をしてあげるんだけど、化粧をしない彼女はそこで自然と笑顔が出るようになる。自信が出てくる。彼女は昔、学校でいろいろあって「女らしくなりたい、けどできない」状況にあったのだ。それを思い出す。だから化粧とは無縁なオタクに走り「自分はオタクだから」といい訳を繰り返していたのだ。昨日の番組はそう面白い、と思ったわけではなかったが、化粧をするという行為が人をこんなに変えるんだなあと言うことが分かった。

が、逆に自分のことについて考えてみると、わたしはどんなことがあろうと化粧なぞしたくない。「化粧をする=女性になる」という考えがどうも受け入れられないのだ。そんなことしなくても、わたしは女性だ。というか、わたし自身、女性らしさよりも自分らしさの方が大事だ。自分らしさは、世間で言う女性らしさと重なっていてもいいし、そうでなくてもいいと思っている。

わたしは自分以外を演じることが大嫌いだ。演劇で役を演じることすら嫌いだ。小学校の頃、わたしはなぜか学校劇で主役になることが多く、その中でも「セロ弾きのゴーシュ」のゴーシュ役をやったことがある。その中のセリフに「よーし、俺も男だ。頑張って稽古するぞ」というセリフがあった。が、わたしにはそれを言うことがとても苦痛だった。だって、わたしは女だもの。たとえそれが役の上であったとしても男だなんて言いたくない。わたしはその部分が来るのがイヤだった。毎回毎回、吐き捨てるように言った。そこの部分が終わるとホッとした。今でもそのことを鮮明に覚えているのは、本当にこのことは自分の中で嫌なことだったんだろうなあ~、、まぁこれは典型的な例だが、それ以外にもわたしは「自分という役」以外の役はやりたくない。自分が言いたいセリフ以外は言いたくない。よく役を演じる人が「自分の人生以外の人の人生が体験できる(だっけ?)」と言うが、わたしは自分の人生だけで十分だ。

化粧も同じこと。自分が自分でなくなるような気がする。人は自分の表面だけしか見ずに、中身を見ないような気がする。そんなことは真っ平ごめんだ。だからわたしは年中、同じ格好をしている(それもあまりきれいな格好とは(苦笑))。日本は四季があるから、それなりにそれなりの格好はしているけどね。もちろん、何を着るか考えるのがめんどくさい、というのもあるが。。(笑)基本的には1年、4種類の洋服があればそれでいい。それが擦り切れなきゃ、もっと楽なんだけど。。(爆)

化粧やきれいな洋服を着ることによって、自分自身が変わったように感じられ、それが自分の自信や行動力の活発さが出てくるのなら、それはそれで構わないと思うし、とても素晴らしいことだと思う。けどね、わたしは違うのだ。わたし自身の考えは決して変わらないとは言わない。でもわたしを変えるのは、姿や形じゃない。もっとその他のことだ。日々生活することによって、わたしは自分を変えていく。そのことは怖いことじゃない。外見で言えば、わたしは自分のありのままの姿が自分で一番好きだ。歳を取ってくるにつれ、白髪が増えてくる。それはわたしにとってとても喜ばしいことだ。だって、それだけ年を重ねたと言うことだもの(早く全白髪にならないかな~)。シワのことはまだあまり考えないけど(っていうか、それこそ鏡を見ないのでシワがあるかどうかはよー分からん(爆))、野球観戦を繰り返したせいで、目の周りはシミだらけだ。けど、それは自分の勲章。わたしの今まで自分の好きなことをして生きてきた証。まぁこれから目はどんどん見えなくなったりするだろうけど、それはそれでいいのだ。それがわたしだから。だからわたしは「自分を変えるための化粧」はしない。

次にね、もう一つ考えたことがあった。それはこのイチエさんが性同一性障害で性別適合手術をし、戸籍を女性に変えたということ。性同一性障害で女性になりたい(っていうか、もともと女性なんだから女性に戻るという感覚なんだそうだが)人は、とても「女性」に見える。逆にわたしは生物的に既に女性だから、女性の格好をする必要がない。男と間違われても「わたしは女性です」と胸を張って言える。自分がそうしたいのならともかく、女だからって無理に女らしい格好をする必要があるの?逆に男は無理に男らしい格好をする必要はあるの?「そういう格好がしたいから」「自分がしたい格好をして、普段の自分を変えてみたいから」(多分、女装子さんはこういうような考えなんじゃないかなあ?あ、女装子さんってのは、女装したいだけで、別に女になりたいと思ってる人じゃない人のことね。それは言ってしまえば「趣味」の部類に入るんだけれども)それならわたしにだって分かる。わたしにはその考えが欠落しているだけだ。そのイチエさんは化粧をすることで自分らしく生きられているみたいだが、じゃあ化粧をしなければ女性とは言えないのかなあ~?なんかふと、そんなこと思っちゃった。

そして逆にね、わたしはこう思った。わたしは生まれつき、身体も女で性自認(自分は男か女かという自分の認識ね)も女だから、そのことについては悩んだことはない。でもね、ふと考えた。そんな人間有り得るのかどうかは知らないけど、性的な器官が全くなかったら、と。胸は平らで子宮も卵巣も精巣も睾丸もない状態。こういう状態だったら、わたしはどうしただろうか。それでもわたしは「これが自分」と言い続けられるだろうか。それとも「男」か「女」、どちらかになりたがるだろうか。そしてその手段はやはり「洋服」であったり「化粧」であったりするのだろうか。

ちなみに昨日の「一期一会」は、水曜日夜0時45分(火曜日深夜ってこと)から再放送があるらしい。よかったらごらんください(ってわたしは別にNHKの回し者じゃないのだー(爆))

【付け足し】3月まで「おはようにっぽん」を担当していた松尾剛アナ、見なくなっちゃったな~と思ってNHKのサイトをチェックしたら、なんと福岡放送局に転勤になってました。がーん。。松尾さん、しばらく見られないのね。。orz

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04-19 Thu , 2007
イカノオスシダー
さっき、BS1で各地の昼のニュースをやってる番組を見た。
途中からだったんだけど、、おー、名古屋放送局では柿沼アナが、大阪放送局では住田アナがニュース読んでるー!(わたしはNHKアナウンサーおたく)

その中で松山放送局で「イカノオスシダー」ってのを見た。初めて知ったんだけど「イカのおすし」というのは、警視庁安全部が考えたらしい。「イカのおすし」でぐぐるとたーーーーーっくさんヒットする。あれ。でもさ。警察庁が考えるんだったらともかく、警視庁ってのは要するに「東京都警察」のことなんだよね。それが、各地に広まっているのかあ。。

「イカノオスシダー」というのは、伊予銀行で作ったマスコットらしい。正確に言うと「子供防犯戦士 イカノオスシダー」というらしい。

こどもぼうはんせんし イカノオスシダー

見た目、、ゴレンジャーの中のアカレンジャーそっくり。これのどこが「イカのおすし」なんだろう。。?というか「イカのおすし」ってのは、

・行かない
・乗らない
・大きな声で叫ぶ
・すぐ逃げる
・知らせる

の頭文字らしいんだけど、、でも「イカノオスシダー」って名乗るんだったら、イカのおすしを頭に乗っけるとか(笑える)、ベルトがイカのおすしの形をしているとか(これも笑える)してた方がいいように思えるんだが、、ま「イカのおすし」自体、よく分からない言葉なのは確かだしな。「イカのにぎり」だったら分からないでもないが。。(笑)

ちなみにこの伊予銀行の「イカノオスシダー」の映像を見ると超受ける。1番目の映像、最後に自転車に乗って颯爽とって感じなんだろうけど、、ママチャリで全然かっこよくない。あの「月光仮面」でさえ、バイクに乗ってたんだよ??

3番目の「は、おやつの途中だった」ってのは大爆笑。おやつはやっぱり「イカのおすし」なんだろうか、、なんて考えてしまった。
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04-16 Mon , 2007
American Idolが面白い
以前、American Idolの予選について「下手くそすぎて聴くに耐えない」と書いたことがある。それが今やハリウッドに行って、昨日、10人までに絞り込まれた。(日本の放送では。アメリカではもっと先をやっているはずですが、先を知ると面白くないので、ここでは知ってても言わないで下さい~(笑))

さすがにトップ10辺りになってくると、うまい。しかも2週前はダイアナ・ロスが指導し、先週は'60年代ブリティッシュサウンズってことで、その道では有名らしい(しかし、わたしは知らなかった(^^;)男女、2人の歌手が指導した。

今シーズンで、第6シーズンを迎えるらしいが、今回はラキーシャとメリンダという2人が抜群にうまい。この2人の行方に注目している。わたしはメリンダの方が好きなんだけど、彼女に言わせるとラキーシャの方が天才だと思うって。あとの人たちも、場慣れしてきたのか、それとも本当に「American Idol」の天性を持っているのか、回を増すにつれてぐーっとうまくなってきている人もいる。

わたしはこれまであまり興味がなかったが、いつの間にか土曜日の夜(予選)と日曜日の夜(結果発表)を見るようになってしまった。

ところで、審査員の1人にサイモンっつー人がいるが、この人、ものすごーーく辛口な批評をする。(ただ、言うことは結構当たってる)だから、レベルが高いと思っているラキーシャとメリンダには非常に厳しい。今回、ラキーシャはボロクソに言われた。(まるで50年後の君を見ているようだ、と言われた。そのことについて司会のライアンが「サイモンからあんなこと言われたけど、君はどう思う?」って聞いたら、ラキーシャは「これが50年後の姿なら悪くないわ」と答えた。うまい)

ちなみに司会のライアンはどうもゲイ疑惑があるらしく(日本語のWikipediaには書いてないんだけど、英語のWikipediaには2003年にある雑誌で噂されたと書いてある)、そのことでサイモンと掛け合ったりして、非常に面白い。2週前だったか3週前だったか、メリンダが「一番の問題は洋服。ハイヒールやこういう服はとても苦手。ジーンズにスニーカーが一番気が楽」と言ったときに、ライアンがサイモンに対して「サイモン、この件について何か言うことは?」と振ったら、サイモンは「それは君の分野だろ」と反論した。んで「カミングアウトしろ、カミングアウトしろ」って(笑)

一昨日見たときも同じような会話をしていた。しかしライアンから話を振るところが面白いというか、、そして、絶対にサイモンとしかその手の話はしない。

彼女は第5シーズンの途中から見てたんだけど、そのときはスティービー・ワンダーが指導したり、カントリーの歌を歌わされたらしい。最終週はなぜかプリンスが出てきて歌っただけで帰ってしまったそうだ。ところが、カントリーなんか歌ったことがない、っていう黒人系の人がたくさんいて、、うまかった人がそこで落ちたらしい。今回もラキーシャとメリンダは2人とも「ブリティッシュサウンズなんか歌ったことがない」と言っていた。まー、そりゃそうだろうなー。。ただ、今回は2人とも残った。

これからはどんなゲストが指導するのか、楽しみ。わたしの好きなElton Johnもいつかは出てきて欲しいなー。今回はもうブリティッシュ・サウンズをやってしまったので無理だろうと思うけど。

ところでこの番組は人気があるものだから、「カナディアン・アイドル」とか「オーストラリアン・アイドル」なんて番組も各国で、できているらしい。日本だと「ジャパニーズ・アイドル」になるのか?でも、ポップスは歌えても、多分、演歌は歌えないだろうな。その逆はもしかしたら有りかも知れないけど。(だって、長山洋子はデビューした頃はポップス歌手(つーか、アイドル歌手?)だったけど、元々は演歌歌ってたでしょ)そしてしかも「美空ひばりの曲歌え」とか言われたら、、みんなめちゃくちゃだろうな。

ダイアナ・ロスのときもそうだったけど、どうしても本人が歌っているのと比較してしまうのよね。わたしはそんなに知ってる曲は多くないと思ってたんだけど「あら、この曲もダイアナ・ロスが歌ってたの??」なんて思うことも多く。基本的に選曲は自分でするらしいが、選曲ミスで落ちていく人もいる。

日本からはもちろん投票できない。ただ今までは「次の落選者は誰だ?」ということは日本独自にやっていた。うちらは「これ、イマイチいやだよね」と言っていたら、先週から「日本人が選ぶアメリカン・アイドル」に変わっていた。やっぱ不評だったんだろう。

ちなみにFOX系の番組なので、うちはケーブルテレビのFOX HDってので見ている。今、10人残っているから、あとは9週。さて、ラキーシャとメリンダの行方はいかに?
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01-02 Tue , 2007
New Year's Concert
さて、昨日は「正月だから」と思い、その前日3時頃寝ながら、眠い目をこすりつつ9時半頃起きたら、父しか起きていなかった。。なので、早速ブログ書き。

それから呼ばれたので、居間に行くと、いつの間にか母と妹が起きていて、用意は全部できていた。それからは早速、おとそを注いで、皆で「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」と乾杯兼挨拶。これ、うちの恒例行事。

そのあとはおせち料理をつついて、そのあと雑煮を食べて。。とまぁ、毎年同じことやってるわなぁ。話題はわたしが祖母に振った「果たして人間が死んで仏になったら、阿弥陀如来と同じ立場になれるのか」という問い。祖母は「そうなる」といい、父は「違う」という。(あ、うちは浄土真宗ですから)んで、結局は父の長い「持論」が始まって、あとはうやむや。ま、死んでみないと分からんってことですか。つーか、わたしゃ、祖母と話したかったんだよ!!しゃべる機会もあんまりないんだから。仏云々はどーでもいいことだったんだけどね。どうせわたしは死んだらそれで終わり、って思ってるから。

こんなことをしていたら12時近くになってしまった。これは今年なぜか「家族で写真館に行って写真を撮ろう」ってことになってて(一説によると、わたしの「カミングアウト記念」でもあったらしいが、まぁ、その他にもいろいろ理由があるらしく、わたしは知らん)その予約が12時から1時の間、ってことだったので、みんな、急いで支度をして出かけた。父と母と妹とわたしと祖母。それと実家で飼っている犬2匹。犬はダックスフントのワイヤーへヤードとかいう、珍しい種類だと言うが、まぁ、わたしにとってはただの犬。しかし、2匹のうちの1匹は、ヘルニアをやってて下半身不随。犬のくせにだっこして移動させなければならない。

写真館に着くと、がらがらですぐ撮影できた。父が自分の格好について「これは他に使えるかどうか」って背広を脱ごうか、いろいろ迷っているようだったので「何よ、他の目的って」と言ったら「遺影」だと。それでみんなで「そっかー、これって遺影になるよねー」と納得。(うちの家族はなんてネガティブシンキングなんだ(爆))ま、わたしは葬式して欲しくないから、もちろん遺影なんかいらないけど。

で、いざ、写真を撮る段階になったら、ヘルニアの犬の方が吠えだして、大変。きっかけは写真を撮る人が「もうちょっとこうしてください~」って言ったことからだったんだけど、どうやらそのあとは、写真館のおばさんを標的にしていた模様。おばさんが動くたびに「グルグル」鳴き、おばさんは「わたしのせいよね。。」って言ってた。かわいそう、写真館のおばさん。んでもって写真館の人は「笑って笑って」って言ってたんだけど、みんな「遺影」と思ってたのか、笑えず。わたしとしては、レインボーバンドをちらっとでも写したかったが、中央に寄れ、とのことなので、多分写ってないだろうな。。でも、写真館って、今見てる「芋たこなんきん」と同じ感じだったー。

そのあとは恒例の初詣。なんてったって、写真館が神社の目の前にあったもので、すぐにお参り。取り敢えずもうご縁はなくてもいいけど、一応財布の中に5円玉があったもんだから、5円を賽銭箱へ。そのあとは恒例の御神酒をいただいて、終了。うちの母と妹はおみくじを引く。うちの母は「大吉」だった。「これからもう落ちる一方だね」と言ったら「アンタは考え方がネガティブだ」と言われた。一方、うちの妹は「末吉」。「これから上がる余地があるんだから、持ってりゃいいじゃん」というものの妹は「末吉じゃヤダ」と言って、神社に生えている木に結びつけていった。あれこそネガティブシンキングじゃないのか???

帰ってからは、眠いので寝る。なんてったって、昨日は夜7時から教育テレビでウィーンフィルハーモニー管弦楽団の「New Year's Concert」があるもんね。で、起きたら目覚まし時計を掛けていたわけでもないのに7時ちょうどに目が覚めた!

それからは居間に行ってテレビを独占。見てたんだけど、ちょうど晩ご飯を食べていた家族がべらべらしゃべりまくるので、うるさくって聞こえない。「早くご飯食べてさっさと自分の部屋に戻れ」と思うが我慢。

しかし、わたしは元日にこれを見始めて、どのくらいになるだろうなー。実家がこの場所に引っ越したときは、もう既に見ていたので、10年は見ていることになる。その間、番組の構成もすっかり変わっちゃって。。今まではBS2で1部からはじめ、2部が始まるとそれに加えて教育テレビでもやり始める、ってパターンだったんだけど、今年はなぜか、はじめから教育テレビに。しかも、ゲストも何人か呼ばれて、1部と2部の間にべらべらしゃべってる。うちの父が呼ばれているゲストの中で(ソムリエを含め)「みんな男らしくない」と言い始める。特に、N響のコンサートマスターが赤い縁のめがねを掛けていたので「男が中性化し始めている」とかなんとか文句を言い出す。「こういうメガネが今、流行ってるんだから別にいいじゃん。うちの妹だってこういうメガネ掛けてるじゃん」って言うんだけど「男が赤い縁なんて。。」と言うので、こりゃ、まったくジェンダーにとらわれすぎ、と思ってむかつく。だいたい、S新聞なんか読むからそういう考えになるんだよ!!これはあとで「親子対決」だ。

それにしても、曲目をフリップであらかじめ出す、ってのは覚えている限り、今回が初めてじゃないかなあ。いつもは「次はどういう曲かな~」って楽しみにしてたのに、あらかじめ曲が分かってたら、げんなりするじゃん!しかもゲストが「この曲は注目ですね~」とか言ってる。ああ、こうやってこのコンサートは「大衆化」しちゃったのね。。

で、2部が始まる。最後の1つ前の「エルンストの思い出」は、どこかで聴いたメロディーが使われていると思ったら、パガニーニの曲の一部が使われているそう。確か、あれはピアノ曲じゃなかったかなあ?でも、指揮者が実に楽しそうで、観客に語りかけたり、ソロの部分でよく吹けたピッコロの人のところにいって抱き合ったり、他のメンバーもソロの部分は目立とうとして、立って吹いたり、なかなか面白かった。まぁ、これが今年のこの指揮者の演出なんだろうけどね。(ちなみにこの指揮者である「ズービン・メータ」という人は、これでこのコンサートは4度目らしい。)その中で、トロンボーン(多分、あれはバストロだと思う)のソロも出てきたのに、画像はなぜかトランペット。おそらく同じメロディを吹いていたからだと思われるが、音は確実にバストロの方が目立っていて「トロンボーンを写せよー!ったく」と思ったのだった。

つーか、これまで何も思ってみなかったんだけど、改めてよく見ると、低音部分ってバストロンボーンとチューバ1本しかないのね。で、トロンボーンは3本。テナーとテナーバスとバストロンボーン。

次にやった2部最後の曲「狂乱のギャロップ」でのテナートロンボーンの技巧はすごかったー!あんなにスライドをきちっきちっと1番(ポジション)から7番まで動かせるって、すごいと思った。

で、次からはアンコール曲だったらしい。というか、曲目に「アンコール曲」って書いてあるんだもの。。興ざめじゃん!しかも、例年「美しく青きドナウ」の前に指揮者の挨拶と、団員からの「あけましておめでとうございます」の挨拶があるんだけど、数年前から同時通訳なんか付いてるんだよね。わたしはそれまで、指揮者(だいたい、ドイツ語でしゃべるんだけど、この人はインド人ってことで英語でしゃべってた)の挨拶なんか、何言ってるか分からなかったけど、その人の肉声が聞けるからまあいいかな、って思ってた。しかも、最後に団員の人が合わせてなんか言ってる、ということも知ってたけど、何言ってるのかさっぱり分からなかった。なんせドイツ語なんで。。わたし、大学時代の第2外国語はロシア語だったから(爆)

でもね、意味が分からなくても全員揃っての挨拶は、好きだったの。それが同時通訳が全部訳しちゃうものだから、場の雰囲気をぶちこわし。別に何言ってるか分からなくても言いじゃん。って思った。その点、小澤征爾が指揮したときの挨拶はなかなかよかった、と思っている。多分、あのときは同時通訳なんか付いてなかったけど、楽団のメンバー、それぞれお国言葉で「明けましておめでとう」を言い、もちろん、その中に日本語での「明けましておめでとう」も入っていた。そこで初めて「ああ、ここではそういう挨拶してるんだ」って思ったんだもん。

で、恒例の「美しく青きドナウ」が始まる。が、なぜかアンコールで踊りの中継が。。いや、毎年、ウィーン歌劇場バレエ団が曲の途中で踊ってるんだけどさ、アンコールでそれはないでしょ、って思った。演奏している風景が見たかった。ただ、この指揮者のこの曲の指揮の仕方は、あまり自分好みじゃなかった。わたしはもっとゆったりしたテンポの方が好き。まるで今年の紅白の最後を見ているようだった。。(今年の紅白、時間が押して、最後の「蛍の光」がめちゃくちゃ早かったし、終わったあと、余韻も残さずにすぐに「行く年来る年」に変わっちゃった)

そして、最後の最後、これまた恒例の「ラデツキー行進曲」。毎年、テレビに合わせて手をたたいているんだけど、今回の指揮者は、そこも演出したがって、右の方に座っている人だけ手をたたけだの、次は左だの、って指示を出している。あれはねー。その場にいるみんなで手をたたくからこそ、オーケストラと一体になって楽しいのに、あんなに指示されてちゃ楽しめない。だから、今年はなんかイマイチの「New Year's Concert」だった。

あと、今年思ったこと。毎年、着物姿で聞いている観客を数人見かけるのに、今年は誰も見つけられなかった。小澤征爾の次の年なんか、すごくてさ「あ、あそこにも、ここにも」なんて思ったんだけどな。もちろん、日本人らしき人は何人も見たけど、最近は中国人か韓国人か顔の区別が付かないからねー。ま、しかし、生きてる間に1回は生で観に行きたいもんだ、と毎年思う。ただ、正装するのがネックなので無理でしょうなあ。。その前にチケット、取れないって(爆)

で、9時からBS2でやることも知ってたんだけど、それは教育でやった放送の再放送だった。(一部は被ってるけど)んで、教育ではもちろん、生放送ね。BSは再放送。テレビではしょっちゅう「衛星中継」というテロップが流れたんだけど、あれだと生かどうか分かんないんだよね。そのくせ、2部の解説のところで、アナウンサーが「現地は今、昼の0時15分です」なんて言ってる。ええ、確かに教育の時は、日本時間8時15分くらいだったから、生中継だって分かりますよ。けど、BSで同じこと言ったら、それはウソじゃん!あれは気になったなぁ~、、、

ってわけで、わたしは今年の「New Year's Concert」を教育テレビとBSの2回、見たのでした。(2回目の方が家族がいなくて「特に」うるさい父がいなくて(爆)、ゆっくり見られた)小澤征爾が指揮をしてからというもの、ぐっと「大衆化」されちゃって、元のシンプルな構成が懐かしいなーという感想を持った。特に「同時通訳」が気にくわない~!!!!やるなら「副音声」でやってくれ。楽団員、全員で言うあれが、すごく好きだったんだから。意味は分からずとも。
13:33 | (一般)テレビのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
10-27 Fri , 2006
日ハム日本一おめでとう&今日は診察日
いやあ、やりましたね、北海道日本ハムファイターズ。4勝1敗。見事でした。監督、コーチ、選手の方を始めとする関係者の皆さん、そして、長い間応援してきたファンの皆さん、本当におめでとうございます。

しかし、昨日も中継がテレビ朝日で。。どうなることかと思いました。あ、我らが稲田はスタメン出場。「今日こそやってやれー」ってな気分でした。しかし、どうも稲田って先頭打者になる宿命なのかしら?第1打席でも先頭打者だったし。あのときは、CMが終わったとき、1ストライク2ボールくらいで、まだ、打席にいました。初球打ちだったら見られなかったところじゃん、ぷんぷん。でも、その打席はあえなくサードフライ。

第2打席も先頭打者。1点負けてたし、中日のチャンスばかりが続いていたので「ここらで川上から点を取っておかなければ。。」と思ってました。そこに稲田が登場。テレビの前で一生懸命応援してました。すると外角高めの球を打って、センター越えツーベースヒット!やったー!日本シリーズ初ヒット!しかも長打!!やっと、日本シリーズの雰囲気に慣れたのかな。そして次の打者、鶴岡が送りバントで3塁に行き、次は金子。まさかねー、あの場面、スクイズやるとは思いませんでしたよ。中日側もそれは同じでしょう。3塁に一度も牽制球投げなかったからね。これで稲田に得点が付きました!あ、あと同点ね。(←これが一番重要)

第3打席は余裕が出てきたのか、四球を選びました。ところが。。ここで代走が出ちゃったの~(涙)稲田、決して足は遅くないのにー。なぜ?なぜなの?ヒルマン監督。彼はまだ1試合全部出してもらえない選手なのね。。同点の殊勲打を打っても。。

稲田がベンチに下がってからは適当に見てました。(嘘)
ま、結局はセギノールが2ラン打って勝ち越し、その後稲葉のホームランでだめ押しの試合でした。

それにしても、中日は最後の最後まで「あと一本」が出ませんでしたね。わたしはシーズン中の中日の試合、ほとんど見てなかったから、今回、中日がどのくらい強かったか、よく分からないんだけど。中日の打者が打てなかったのか、それとも日ハムの投手がすぐれていたのか、それはよく分からない。。ただ、何度も何度もチャンスを作って、その結果0点で終わる、というパターンがあまりにも多すぎたので、やっぱ打線かなぁ。

しかし、試合が進むにつれてアナウンサーが「新庄」「新庄」で。。途中まで中日びいきの放送をしてたくせに。そりゃ、この試合が彼の最後の試合ってのは分かってたんだけどね。だけど、なんか新庄を使って、雰囲気を盛り上げようとする魂胆がありあり。もう、そういう見え透いた実況&解説は聞きたくないわ。。もっと淡々と実況できないのかしら?

ただ、びっくりしたのは、優勝が決まったときの胴上げ。普通、監督がやって、投手がやって、って感じじゃない?だって「胴上げ投手」っていう言葉さえあるんだから。だけど、チーム全体が外野から動けない新庄のところまで行って、まず新庄を胴上げ、そのあと、小笠原、んで、オーナー、その後監督よ。「胴上げ投手」の「ど」の字もなかったわ。マイケル中村、頑張ったのにかわいそう。。

ってわけで、本拠地で優勝できて、北海道のファンも嬉しかっただろうし、選手も嬉しかっただろうなぁ。本当におめでとうございます。

そのあと、夜遅くまでスポーツ番組をはしごして見てたんだけど、稲田、呼ばれず。。今回はCATVで中継をやらなかったので、共同記者会見、ビール掛け等、全部を通して見られなかったし。。それが残念。やっぱ、まだ1軍半の選手だからなぁ、稲田。仕方ないか。

ところで、ずっと気がつかなかったけど、キャッチャーの鶴岡って三菱重工横浜クラブ出身の選手だったのねー。あの人、どーも見てると顔が「アホの坂田」に似てると思うんだけど。。ごめんねー、鶴岡。

さて、全然関係ないけど今日は診察日。これから行ってきます。大阪に行った割には最近、息苦しさもあまり感じないようになってて。。逆療法でTb.吹いたのがよかったのかしらん?(笑)
11:10 | (一般)テレビのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
10-26 Thu , 2006
セギノールのバナナ
昨日は彼女の出社日だった。起きたのはまあまあ早かったが、そのままPCに向かって日記を書いていたので、朝食は11時頃。それから12時過ぎに昼寝しちゃって。。起きたら2時半頃だったので「やべー、もう昼ご飯食べなきゃ」って思って、トーストを食べた。食べ終わったら3時過ぎてた。(^^;

それから彼女を待ちつつ、また昼寝。彼女「早くても6時頃になるかもー」って言ってたんだけど、思ったより早く、5時過ぎに帰ってきた。「日本シリーズ間に合うー」とか言って。はい、十分間に合う時間です。

それから日本シリーズの観戦。本日も、我が稲田はスタメン。おまけにNHK-BSで見たから、打席が絶対に写る。「打てー、稲田ー」とこっちも気合い十分。オイオイ、今から気合い入っててどーする。。

1回表の中日の攻撃のときは、実はベッドでまだ寝てました。見たのは、1回裏の日ハムの攻撃から。実はセギノールのバナナが見たかったのよね。小笠原のイルカは今までさんざん写されてきたから、もう見飽きたって感じなのに、セギノールのバナナだけは写してくれなくて。やっと見られた、わーい\(^0^)/って感じ。

あ、ちなみに日ハムファン以外の人に説明すると、セギノールの打席では、セギノールの大好きなバナナの空気人形(?)を出して応援するのです。小笠原は、小笠原村の親善大使をやっているってことから、イルカのキャラクターになったらしいですが。

でも「NHKだから写してくれないかもよー」って彼女が言ってた。けど、写ったの、なんと!わたしはバナナの房の空気人形(?)を想像してたんだけど、違ってた。。1本のバナナだった。だけど見られて満足~。でも彼女といつも話すんだけど、日ハムファンはいつもあれをどうやって持って行くんだろう。。絶対に大きい袋は必須よね。まぁ、空気入れるから、試合始まる前に膨らませておくんだろうけど。。試合始まったら、バナナはあるわ、イルカはいるわでかなり邪魔なはず。どーやって置いておくんだろう?すごく不思議です。

もひとつ不思議ついでに。稲葉の打席の前にファンが「ぴょんぴょん跳ねる」んだけど、あれはどうして??Hさん、教えて~。あの「ぴょんぴょん跳ねる」ので、震度3は行くらしいです。NHKったら、それでセンターカメラが揺れるもんだから、アナウンサーは喜んじゃって、何度「揺れてます、揺れてます」って言ったことか。。だけど昨日のBSのアナウンサーと解説は最低。まぁ、解説が大野だったから、口数が少なくて、大変だったろうけど、素人でも分かるアナウンスするなよ、って感じ。1-0のとき「ここで2点入れれば逆転です」って。。そんなこと、素人でも分かることだろーが!!おまけに2度もアウトカウントを間違えるし。

試合の方は、当然稲田中心に。とはいえ、元々社会人野球のときはどちらも応援しないで、試合を楽しんでみているから、今の試合の流れがどっちに行ってるか、も注目しながら見た。

初回から3回続けてピンチを迎えた日ハムだったが「この辺で点を取っておかないとまずいよ」と言っていたら、3回裏に1点。稲田はこの回、見事に送りバントを決めた。「よっしゃあ、自分の仕事もちゃんとしたし、これで緊張がほぐれるかもー」と思った。と言うのは、昨日のスポーツ新聞に「吐き気がするほど緊張した」って書いてあったからだ。

次の打席ではチャンスが回ってきた。2死満塁だったかな。「ここで打って、調子に乗ってくれればー」と一生懸命応援した。けど、結果的には見逃し三振。えーん。お前の力はそんなんじゃないだろー。積極的に振っていけよー!見逃し三振なんて消極的で最低だぞーーー!で、次の打席もチャンスで回ってきたのに、代打が出ちゃった。あー、さっきの見逃し三振が効いちゃったかも。まだまだ監督の信頼を得てないのね、稲田。

それにしても、この試合もたくさんの社会人野球出身者が出てきた。中日2番手投手、石井。彼は高校のときから有名だった。なぜなら耳が不自由だから。本も確か出てるはず。「サイレント なんとか」って本。そこから三菱重工横浜クラブを経て、プロ入りした。残念ながら、わたしは社会人時代の彼は見たことない。だって、三菱重工横浜クラブって弱いんだもの。。

あと、中日4番手で投げた久本。彼は都市対抗で河合楽器が優勝した年のメンバーだった。本当は大卒の人は2年間、社会人チームにいなければドラフトにかけられないんだけど、不幸にも河合楽器がその年限りで廃部になったため(これはすごくショックだった)特例で1年目にしてドラフトにかかった選手。同僚の山井もそう。

あとはこれは知らなかったんだけど、中日5番手の吉見も社会人出身だったのね。トヨタ自動車。スコアブックめくってみたんだけど、やっぱり見てなかった。っていうか、わたしはこの2年間、ほとんど社会人野球から遠ざかってたから、その間に活躍した選手なのかしら。

あと、日ハムの3番手、建山。彼は松下電器の出身。よく聞いた名前だから、社会人時代、見てたかと思ったら、全然見てなかった。。通りで全然フォームとか、試合ぶりに記憶がないはずだ。。愛敬(現楽天)とか丸尾(元オリックス-大阪近鉄、今は松下も引退)とか田中稔士(彼はまだ松下の選手。いい投手ですよ、彼は)ばっか見てた。(笑)

それにしても、岡島の投球フォーム、わたしは嫌いだー。(突然)読売にいたときから嫌いだったけど、どうも、ボール見ないで下を向いて投げる、という投球動作が気に入らないのよね。ただ、彼にしてはそれが自然な投げ方だから、無理に直さなくてもいいと思うけどっていうか、多分、直されたら、彼はダメになってしまうだろう。しかし、読売時代は岡島が出てきたら「やったー!」って喜んだものだったけど。。日ハムに行ったら変わったね、彼。そんなものかしら。

試合終了後、mixiでいろいろコミュを見てみたら、なんと稲田のコミュもあった。彼「稲さん」って呼ばれてた。入って「社会人時代の彼をずっと見てました」って書こうと思ったけど止めた。別に稲田だけ応援してたわけじゃないし。でも、あんなにおちゃめだとは思いもしなかった。ま、わたしは野球やってるときの選手以外は興味ないからねー。

というわけで、日ハムが3勝1敗で王手を掛けた。是非、本拠地、北海道でヒルマン監督が胴上げされる姿を見たいと思ってます。できれば稲田も出て欲しいんだけど。。今日は無理だろうなぁ。うー、日本シリーズでのお前のヒット、見てみたかったよ。
11:27 | (一般)テレビのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
10-13 Fri , 2006
日ハム優勝おめでとう&今日は診察日
昨日、プレーオフ第1ステージで王手を掛けていた、北海道日本ハムファイターズが見事に勝ち、今季のパ・リーグ優勝を決めました。日ハムのヒルマン監督を初めとする関係者の皆さん、そしてファンの皆さん、優勝おめでとうございます。

で、わたしも最初から見てました!と言いたいところですが、例によって例のごとく寝てまして、彼女の「稲田が出てるよ、打席に立ってるよ」の声で目が覚めました。その後は布団の中でうにゃうにゃしてたため、彼の第1打席は見ることができなかったんですけど。(^^;

しかし、ホークスの斉藤和巳投手は本当によかったですねー。もう「これぞプロ」って投球で。某球団に欲しいくらいですって行ったら絶対に使い倒されますけどね。(こればっかり)わたしの印象としては、日ハムの八木よりよかったと思います。ま、でも八木はまだルーキーですからね。ルーキーであれだけ頑張れるとは。。最後の方「ちょっと疲れてるかな?」と思いましたが、気力というか、気迫で乗り切りましたね。一方の斎藤の方は、9回裏の四球が痛かった。。解説によると、森本選手は苦手ってことで、それが四球に結びついたのかなぁ。。そして送りバントのあと、小笠原敬遠。セギノール三振。で、打席は稲葉。彼はヤクルトのイメージがめちゃくちゃ強いんですけどね、知らないうちに日ハムにいたんですね。当たりはセンター抜けるかという当たりでしたけど、ホークス2塁手がよく取り、2塁へ送球。わたしは完全にアウトだと思ったけど。。審判の判定はセーフ。で、セーフで呆然としている間に、2塁走者の森本選手が生還して、あっけなくゲームセット。なんか息詰まる試合だった割に、最後は「へ?」って感じで終わっちゃいました。(笑)

稲田も2度目の打席には、ヒット打ったし、守備のファインプレーもあったから、大満足。って彼は今、3塁を守ってるんですね。社会人時代はショートだったのに。まぁ、ショートは金子選手だから、そうそうポジションは取れないんだろうな。でも、もともと稲田の守備は社会人時代でも定評がありました。あ、でもエラー1つ付いたのよね。でもあれは取れなかった小笠原に付くべきだと思ったんですけど。(笑)身内かわいさでしょうか。しかし、稲田のバッティングフォーム、懐かしかったー。いや、テレビの角度から見るのは初めてだったんですけど、あの肩をいからすような構え。社会人時代と変わってなかったー。

で、ゲームが終わってからも、共同インタビューやビールかけまで全部観てたんだけど、ビールかけのときに、稲田がインタビューされて。。「よかった」「優勝して嬉しい」ばかり言ってて「俺、同じことしか言ってないですね」って、言ってました。(笑)思えば、社会人時代は、都市対抗、日本選手権とも優勝したことないし、おそらく大学時代(駒大)のときも、大学選手権や明治神宮大会で優勝したって聞いたことないし(リーグ優勝はあったかも知れないけど、大学野球についてはあまり詳しくないので)、高校の広陵時代も甲子園に出たらしいけど、広島県の優勝は昭和63年以降ないので(夏はね)、優勝してないはず。ということは、初めての優勝だったのかなぁ?彼としては。で、インタビューの最後の最後でおどけてて、「へー、彼ってこういうところもあったんだ」って思いました。社会人時代の真面目な面しか見たことがなかったので。。

関係ありませんが、大学でアマ4冠というと、やっぱり近畿大学を思い出してしまいます。清水(章)、宇高、藤井、二岡がいた時代ね。今となっては清水(章)と二岡くらいの名前しか聞きませんが。。二岡は出身地の球団に入ってくれると思ってました!お兄さんもNTT中国の選手だったし、お祖母さんは江田島に住んでるって聞いたし。なのに、アンタが入らんかったせいで、野村謙二郎がそのあともボロボロになりながらずーーっとショートを守ってたんだからな!って、二岡が読売に入った次の年、お兄さんはNTT中国を上がってたのでした。お父さんは早くに交通事故でなくしていると聞いたので、一家して上京したんでしょうか?だって、地元にはもういられないでしょう、、地元の球団に入ったんだったらともかく。と、それは余談。

余談ついでに、引退して2年目の野村謙二郎。アンタ太り過ぎ!現役の時は、頬がこけてたのに、今じゃあパンパン。こないだちょっと写真を見たのだが、あまりに太っててびっくり!これはヤバイよ~。って余談終了。

一方、三瀬はこのプレーオフ、1回も投げませんでした。。昨日は斉藤和巳がよすぎたので、出てくることはないな、と思いましたが。。三瀬対稲田の夢の対決が見たかったなー。ただ、もうペナントレースではやっちゃってるかもしれませんね。ただ見てないだけで。稲田、この調子でレギュラー取って欲しいです。

とにかく、北海道日本ハムファイターズの皆さん、優勝おめでとうございます。

なおかつ、今日は診察日です。昨日書いた、息苦しい、のどが詰まる、食べたら吐く、と言ってくるつもりです。(でも昨日は気持ちも悪くならず、吐きもしなかったのよ、なぜか)あー、どうなるだろうなぁ。ちょっと心配。しかも、今日は一人だし。(彼女から「もう一人で行きなさい」と言われてしまった(涙))この際、薬が増えても文句言いません。この夏、ずっと無理してきたのは確かだから。。
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10-12 Thu , 2006
王手
昨日はパ・リーグのプレーオフ第1ステージの1戦目。
わたしは最初からテレビの前でドキドキ。。ってわけじゃなくて、寝ていた。(爆)
だから、ホークスがどういう形で1点入れたのか知らない。起きてみたら、2回裏かそこらだったような。ホークス先発は杉内で、彼は三菱重工長崎出身の選手。昨日も書いたけど、高校卒業する頃に騒がれて、でも自分で社会人野球に進み、そして3年間ちゃんと活躍して、プロに行った。こういう「順調な」選手はわたしは他には知らない。中には同じように高校卒業する頃に騒がれて、大学進学を希望したものの、どこにも受からなくて、松下電器に入った久保なんて選手もいたけどね。彼は最初の3年はほとんど投げなかったから(大きい舞台では)、3年ですんなりプロにはいけなかったけど、4年目にチームの主力になり、プロに行った。(確か)

で、試合の方は、起きだちの方はよく覚えてないんだけど、ファイターズが3回裏に2点入れて逆転したのかな。わたしは杉内のピッチングがちゃんと見たかったんだけど、4回になったら交代しちゃったので。。ホークスは投手交代が早かったですねー。それから吉武-神内-柳瀬の投手リレー。って吉武、神内についてはよく知らない。。柳瀬は西武戦に続いて3連投でしたね。ちょっと疲れてたかな、という感じがした、西武戦に比べて。だって、結局満塁にして交代だもんね。続くピッチャー藤岡が打たれ、1点追加。3-1。

ただ、わたしは日ハムの方を応援してたんだけど、その次のホークスの攻撃の前はちょっと怖かった。というのは、だめ押し点を入れたあとって、ピンチが来ることが多いんだよね。だけど先発ダルは、そんなことはものともせず。最後の最後まで140キロ後半を出してましたね。さすが若いだけある。こういう活きのいいピッチャーが某球団にもいてくれれば。。多分、使い倒してダメにする可能性大。(笑)

結局3-1で日ハムが勝って、日本シリーズへの切符に王手を掛けた。
だけど、わたしが出場してくれ~と願っていた稲田(元JFE西日本)は、昨日は出てこなかったし、三瀬(元NTT中国野球クラブ)も出てこなかった。。特に三瀬はこのプレーオフ、1回も投げてない。ま、西武戦では柳瀬がよかったから、三瀬は出てこなくて済んだって感じだけど。出てきて投げて欲しいよ~。

そういえば、昨日、まーお嬢さまに言われて、阪神の公式ページを見たんだけど、社会人野球出身の選手の宝庫!金澤なんて、まだいたのねー!彼はわたしが社会人野球を見始めて2年目の社会人野球日本選手権で優勝したNTT関東の選手だった。NTT関東って、その年限りで廃部というか、NTT東京との合併が決まっていて、最後の最後に優勝を飾ったのだった。能見(大阪ガス)もいるし、安藤(トヨタ自動車)もいるし、太陽(元川崎製鉄千葉)もいるし、三東(ヤマハ)もいるし、桟原(新日鐵広畑)もいるし、投手でもこれだけいたわ。(まだ漏れてる投手もいるかも)今上げたのは、知ってる人だけ。おまけに、江草は盈進高時代、わざわざF山市民球場まで観に行ってるのよねー。夏の甲子園の県予選で。そのときのスコア、今見てみたら、彼、満塁ホームラン打ってるわ。だけど、あまりすごいピッチャーだったってイメージはない。(江草はその後、専修大に進み、社会人野球とは関係ありません)

そんな調子で、昼間は寝て、夜は野球を楽しんでるんだけど、、実は体調はあまりよくなくて。。なぜか息苦しいのよね、最近。わたしのうつ病って実は息苦しさから始まっていて、すごいヤバイって思ってるんだけど。。しかも、夕飯を食べたあとは必ず気持ちが悪くなって、吐くのよね。で、のどが詰まる感じがひどくなったし。(ただ、のどが詰まる症状が起きたのは、高3からで、もう付き合いが長い)明日、診察日なんだけど、薬増えるかも。。まさか、大阪行きにストップ掛けられたりしないだろうなぁ。。それが少し不安。
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10-11 Wed , 2006
中日優勝おめでとう!
昨日、M1だった中日が、読売戦で見事に勝利し、今季のセ・リーグ優勝を果たしました。落合監督を初めとする中日関係者の皆さん、そして中日ファンの皆さん、そして落合信子さん、本当におめでとうございます。

昨日は途中からテレビを見てたんだけど、3-1で中日が勝ってた。わたしはなるべく混戦の方が面白いので、にわか読売ファン(相当難しかったけど(爆))でも、見始めてからすぐ、高橋由と小久保にホームランが出て同点。9回になっても勝敗が付かず、延長。「こういうときは圧倒的に裏が有利なんだよね」って思ってた。引き分けになると、優勝はなしって聞いたから12回になったとき「今日の胴上げはなしだね」って思ってた。

ところが12回表、高橋尚が打たれ、でもどれもクリーンヒットって感じじゃなかった。運良く野手と野手の間を抜けてったってヒットだった。しかも、無死1塁のとき、5番に送りバントをさせようとして見事に失敗している。1死満塁。福留の当たりもそういいものじゃなかった。けど、勝ち越し打。そして。。まさかウッズに満塁ホームランが出るとは。。高橋尚はこれでボロボロ。次の打者にもヒットを打たれ、交代。で、さらに代わった投手から1点追加。3-3が3-9になった。もうこれは、中日優勝決まりだ。

落合監督は、福留がタイムリーを打ったときは、まだいつも座るところで何食わぬ顔をしてみていた。が、ウッズの満塁ホームランが出た途端、ベンチから出てきてウッズを祝福。まぁ、これは当たり前として。そのあと、いつもの席に座ったときの顔を見ると、なんと「目が真っ赤」。そしてしきりにタオルで顔を拭いている。泣いているのだ。わたしはすごくびっくりした。選手時代「オレ流」を貫いた落合監督。その監督が優勝を目前にして泣いているなんて。歳を取ったのかなぁ、それともペナントレースの戦いが過酷だったのかなぁ、そう思いながら見ていた。

裏の読売の攻撃は、淡泊なものだった。っていうか、ちょっと席を外していたので、まさかランナーが出てるとは思ってなかったんだけどね。最後のバッターになった、木村拓也に「お前のカープ魂を見せてやれー」と応援していて、ボールはセンター方向に転がって「お、内野安打!」と思ったんだけど。。1塁走者が2塁でアウト。試合終了。

その後、落合監督の胴上げ、監督インタビューをずっと見ていた。インタビューでは、最初、泣いて言葉にならなかった落合監督。ペナントレースで阪神が迫ってくるのが、何とも言えない気分だった、と言っていた。相当苦しかったんだろうな。でもわたしとしては、落合信子さんが、昨日はどんな格好で応援してたか、すごい気になったんですけど。。昨日はカメラが写してくれなかった(涙)

プロ野球を見なくなってから、久しいわたし。知らない選手もずいぶん増えてきた。トレードで「え。お前こんなとこにいたの?」って選手もたくさんいる。ただ、社会人上がりの選手は、やっぱり見ると懐かしい。

読売でいうと、高橋尚。彼は東芝の投手だった。わたしがまだ社会人野球を観て間もない頃の選手で、あのときは東芝には高橋尚と須田と銭場がいて、都市対抗優勝したんだっけなぁ~。その後、東芝は須田、銭場でしばらく頑張ってたけど、ついに須田も上がってしまって、現在は銭場しかいなくなっちゃった。

逆に中日は昨日出てこなかったけど、ヤマハから入った岡本投手がいる。確か、彼も同じ頃の選手。社会人時代はのらりくらりしたピッチャーで、まさかプロに入ってから150キロ出すような選手になるとは到底思えない選手だった。そして、中日の岩瀬。NTT東海出身。

そういえば、高橋尚が降板してから投げた、酒井順也投手。矢上高出身。彼はよくは覚えてないが、中国地区の社会人野球チーム(三原だったかなぁ?)に来るはずの選手だった。ドラフトのときにしきりに「取られた、取られた」と騒いだ覚えがある。(笑)

一方、今日から始まるパ・リーグプレーオフ第1ステージ。第2ステージの西武対ソフトバンクも実はこの3連休、ちらちら見ていた。ソフトバンクには知っている社会人野球上がりの選手がいる。まず、NTT中国野球クラブからいった三瀬ね。それから、元君津の松中。そして今回初めて知ったんだけど、柳瀬、彼は関西六大学出身だけど、高校は如水館出身だったのよね。どーもどこかで聞いたことがある名前だと思ったけど、すぐプロに行って活躍してたのねー。西武の方は福地がいたので驚いた!しかも大活躍してるじゃない。その前の球団にいたときは、足が速いだけで代走としてしか使われていなかったのに。。そして、江藤もいるのよね、西武。ってことで、わたしはひそかにソフトバンクの方を応援してたんだけど、念願通り、ソフトバンク勝ち抜け。今日から北海道日本ハムとの試合がある。ちなみに、わたしは日ハムを応援。だって、稲田がいるんだもんー。稲田はNKKからJFE西日本にいた選手で、入った頃からずっと見てきた。ま、そういう意味ではソフトバンクの三瀬もずっと見てきたんだけどね。しかも稲田よりずっと長く。三瀬対稲田、なんて勝負があったら、すごいなあ。夢の対決だね、こりゃ(ってわたしだけよね、多分)。

ってわけで、どうしても社会人出身の方に目がいくわたし。それでもずいぶん楽しめることが分かりました。

ただね、一つ言いたい。昨日、読売戦以外にもう一つ試合があったんだけどさ、あれはなんなの!3-3で同点だったんだけど、5-3で勝ち越しーと思ったのもつかの間、1回に10点も入れられやがってー!!!もう怒り心頭です。あのチーム、やっぱ、球団の方向性を間違えてます。っていうか、選手への考え方をもっと改めた方がいい。選手は金づるじゃないんだぞ、って。せっかくいい選手ドラフトで取ってきても、1年でつぶすじゃん。もう、何人そういう投手がいるわけ?しかも、そういう投手を全部コーチにしてる。世間では「選手を育てるのがうまい」とか「清貧球団」とか褒め称えられてるけど、一体どこが選手を育てるのがうまいわけ?高卒で活躍し手いる選手なんか、もうほとんどいないじゃん!「金がないから」ってFAしたら引き留めないらしいけど、もっと金の使い方考えろよな!!(ぷんすか)元そこの熱狂的なファンだったわたしは、怒り狂ってますよ。いくらプロ野球は見なくなった、といってもね、やっぱり気にはなります。9年連続Bクラスなんて、ファンは離れる一方だー!!あー、ホンマに腹が立つ。

というわけで、中日優勝、ホントにおめでとうございました。(なんてめちゃくちゃな内容の日記だろう(爆))
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01-02 Mon , 2006
音楽は心の栄養
昨日はおせちを食べたあと、寝て、初詣に行ったあと、寝て。前日はそんなに寝てなかったので、一日中眠かった。寝る前にはほとんど彼女に電話して話した。なぜか彼女と話しがしたくて。カミングアウトに対してできないことに「情けないよー」ってずーっと言ってた。仕事で忙しい中、彼女はわたしが納得できるように何度も「情けなくないよ。これでいいんだよ」って言ってくれた。あー、ホント、彼女には頭が上がらないなあ。

で、6時前にもう夕飯を食べ終えたうちの家族。もちろんわたしも。これからどうしていいのか分からないので、また彼女に電話を掛けちゃった。彼女はこれから夕飯の用意をするところだったらしい。それを邪魔して「これから何をすればいいのか分からないよー」って電話した。(なんて情けないわたし)そしたら、彼女は「そういえば、今日はウイーンフィルハーモニーのニューイヤーコンサートがあるじゃない」って教えてくれた。そうだった。すっかり忘れていたけど、わたしは年末は紅白をみて年を越し、年始はこのニューイヤーコンサートを聴いて新たな年を迎えている。いつからそんな風習(?)になったのかは、覚えがないけれど、だいたいここ10年くらいはそのパターン。最後の「ラデツキー行進曲」のあの拍手をしなければ、年が始まった気がしない。

そういえば、3年前だっけ、彼女とロンドン、パリを旅行したときでさえ、ホテルのテレビでニューイヤーコンサートを見たほど。あのときはウイーンとそんなに時差がなかったから昼間、みたんだよなあ。日本で見るといつも夜だけど、本当は朝にやるんだ、と認識したんだ。いつかは本番をあの、楽友協会ホールで聴いてみたい、と思いつつ、いや、あれはもうちょっと歳を取ってからじゃないと、と思って2年前にウイーンフィルハーモニーのHPで前日のゲネプロの申し込みをしたんだよね。彼女にも「申し込みしてー」って頼んでね。結果は見事に両方外れたけど。あのときは「当たったらお正月はウイーンでだね」なんて話してたっけ。でもいつかは本物を見てみたい。それがわたしの夢。

日本では何年か前に小澤征爾が指揮をした、っていうので一気に有名になったみたいだけど。いつも、アンコール前に指揮者が挨拶して、その後で楽団のみんながドイツ語で「あけましておめでとうございます」って言うんだけど、彼の時はいろいろな国の楽団員がそれぞれの国の言葉で挨拶して、それがすごく印象的だった。日本語での「あけましておめでとうございます」もあったしね。今年はみんな一斉にドイツ語でしか挨拶しなかったけど。毎年見てて、かなり経ってからもあれは何を言ってるのか、分からなかったんだよねー。「ボナネー」なら分かったんだけどさ。(謎)あと、観客席を撮したとき、今年は着物が少ない感じがしたなあ。毎年、何人か着物を着た人を見るんだけどな。

しかし、小澤征爾が指揮をして有名になったからか、今までは衛星第2で一部から全部、教育テレビで第2部だけ、ってパターンだったのに、今年からはなんと総合テレビでの放送。衛星第2は深夜に録画放送。なんだか出世したなあと言う感じ、とともに、衛星第2では解説も何もなくてそのままの雰囲気が楽しめたのに、総合テレビになった途端、解説者とかゲストが呼ばれて、解説付きだったり感想を言い合ったり。指揮者の挨拶に同時通訳が付いていたり。「何かちがーう」って感じだった。マイナーだった頃が懐かしい。。

今年の演奏は例年になく斬新な選曲で、わたしはあそこでモーツアルトのフィガロの結婚序曲の演奏なんて初めて聴いた。いつもはヨハンシュトラウス父子のワルツやポルカが主なんだけど。演奏は非常に優雅でよかった。最後ラデツキー行進曲だけはちょっと木管と金管がずれてたような気がしないでもなかったけど。でもわたしもテレビの前で指揮に合わせてちゃんと拍手をしましたよ、今年も。

で、今日の題名の「音楽は心の栄養」っていうのは、指揮者の挨拶の中に出てきた言葉で「本当にそうだなあ」って思ったのでつけたの。ホント、たくさんたくさん栄養をもらっちゃった。本当に音楽ってすばらしい。そう思わせたひとときだった。ああいう音楽を聴くと、自分も楽器をやってみたくなるんだよね。高校の時、吹奏楽部だったからさ。「ブラスの血が騒ぐ」とでも言うのかな。

昨日の睡眠。2時に頭が痛くて起きた。一般の頭痛薬を飲んで寝たけど、全然効かなくて4時にまた起きた。この時点で偏頭痛と発覚。仕方ないので1階に降りて偏頭痛の薬を飲む。6時に起きる。まだまだだなと思って寝たら今度は7時半。ちょっと早すぎると思ってまた寝たら、今度はなんと8時50分。ま、昨日寝るのがまた遅かったから仕方ないか。明日からは普通の生活に戻ろうと思う。
10:28 | (一般)テレビのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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