07-25 Mon , 2016
昨日の続き(FAKEのネタバレあり注意)
なんか昨日、ブログ書くヒマがないってことから、ひょんなことでFAKE観た話になってしまって、それは別にいいんだけど、当初はそんなことを書く気がなかったし、そこまで真剣に書こうと思わなかったのでなんか言いたかったことを言い切れなかったような気がするので、今日、その続きを書くことにした。

が、FAKEまだ観てなくて、観に行こうと思ってて、なおかつネタバレが嫌いな人はここから読まないでね。特に映画の触れ込みの「最後の13分」だったっけ、11分だったっけ。あそこからあとのことをバッチリと書こうと思ってるので。

昨日も書いたけど、わたしは今回のこの事件については、大まかなことは知っているものの、当時(ばれたとき)にどんな風にさむらごうちさんが言われてたとか、どんな風にマスコミから取り上げられてたかということの詳細については全くと言っていいほど知らなかったので「ふーん」と思った程度だった。

なので、この映画の触れ込み「衝撃的な最後の13分(だったか11分)」っていうのは、何を意味しているんだろうということは、全部映画を見終わったあとに分かったんだよね。「なるほど、曲が作れないとか言われてた人が作ったってことか」と思って。正直なところ、わたしは最後の最後に森達也がさむらごうちさんに「今日で撮影を終わりにしようと思っているんですが、さむらごうちさん、まだ僕に何か隠していることやウソをついていることはありませんか」って聞いたところから、衝撃の13分(だったか11分)が始まるんじゃないか?ってちょっとワクワクしてしまったところがある。が、さむらごうちさんはその問いに対して「はい」も「いいえ」も即答せず、長い間考えて、そして答えたか答えなかったか分からないうちに映画が終わってしまった。

終わり方は森達也が当初から考えた上でこういう終わり方にしよう、と思ってやったんだと思った。

FAKEを観に来ている人って、自分が「騙された」って思った人もいるかも知れないし、でも大半はわたしみたいに「あんまり詳しくは知らないけど、なんか世間を騙していた人がいる」くらいな認識の人の方が多いような気はしてるんだけど、取り敢えずは「この事件について映画を観るまでは全く知らなかった!」って人はかなり数が少ないと思うの。

ってことは、観ている人のうちの十中八九は「この映画の主人公は世間を騙してた人だ」って知ってるわけだよね。そしてその人が何をするか、どういうことを言ってるか。それについて興味があるわけだよね。

昨日の日記にも書いたけど、大抵の人は人が自分を騙したとすると、もう信じられなくなる。「オオカミ少年」みたいな話だよね。「オオカミが来たぞ」って本当のことを言ったとしても、もう誰も信じてくれない。オオカミ少年の場合は、オオカミが来る、来ないで真実がはっきりするから、「オオカミが来たぞ」と言って本当にオオカミが来たら、ああ、オオカミ少年はたまには本当のことも言うんだな、と言うことは分かる(そんなこと思う前にオオカミに食われちゃってるだろうけど)。けど、物事、そんなに明確に「本当か」「ウソか」ということは分からない。前にも書いたけど、「これは信じられない」と思い込んだら、相手がいくら真実を語ろうと絶対にウソとしか思えなくなる。

なので、さむらごうちさんには申し訳ないんだけど、やっぱりどうしても「本当のことをこの人は語っているのだろうか」という「疑いの目」で見てしまうんだよね。

そして、映像というものはある点においては真実かも知れないけど、絶対に真実とは言い切れない。だって24時間貼り付いているわけじゃないから、撮影していないときにはどこで何をやっているか分からない。だから曲を作れたとしても「いや、これを見てもやっぱり自分だけで曲を作れたとは言えない」とかって簡単に思えてしまう。だからといって、じゃあ万人も納得させるような説明ができるのかというと、それは絶対にできない。だって、仮に本当に目の前で曲を作ったとしても「いや、事前に誰かに仕込まれた」とか疑えることだってできるから。だから、さむらごうちさんはもう、何をどう言ったって万人は納得させられないと思う。でもそれはこの映画を撮った森達也自身もよく分かってると思うのよね(わたしですら考え付くことだし)。

しかも、最後の最後に「僕にまだ隠していることやウソをついていることはありませんか」って聞くことって、観ている人が「これは真実か、そうじゃないか」って思っているその上にさらに「疑惑」を振りまいていることになる。

だってさ、もしさむらごうちさんが「はい」って即答したとしたら、本人が隠し事やウソをついてることを認めたってことだよね。もし「いいえ」って即答したら「うそっぽい。この人はなにかまだ隠し事があるな」って思えるよね。そして、実際にそうだったように長考した挙げ句「はい」って答えたら、隠し事やウソをついてたことになるよね。そして長考するってこと自体が「やっぱりこの人何か隠してるんじゃないか」って思わせるのに十分だよね。たとえ実際はこの後に「いいえ」って答えていたとしても。いや、もしかしたらさむらごうちさんは長く考えた上で「いいえ」って答えたのかも知れない。けど、その部分を敢えて削ったとすれば、、、この質問をしてこの姿を写してさむらごうちさんの答えを写さないままお終いにしたというのは、、、森達也はこの映画を観た人に対して「やっぱり怪しい」って思う方向に傾かせようと「演出した」ってことなんだよね。だから彼は別に誰の味方で誰の味方ではないということをこの映画で表明したかったわけでもない。

ではなぜ森達也はそういう印象を持たせたかったかというと、この映画は単に何が「真実」で何が「真実じゃない」ってことを描きたかったわけではない、ということだよね。もし何が「真実」で何が「真実じゃない」というのも重要ならば、きっと最後の質問にどう答えたかまで答えさせてから映画を終わらせると思うから。

(ちなみにこの結末の映像で、「まだ隠し事やウソをついてはいませんか」と言われ、それについて長い間考えていることに対して「この人は誠実な人だ」という印象だって持つことができると思う。だってあんなことを面と向かって言われたら、「あれ、自分はウソをついた覚えがないけど、もしかしたらこの人を騙したことが何かあるんじゃないか」って長く深く考え込んでしまうのもそんなに変なことではないからね。ただ今回は「この人一回ウソ付いたことがある人」というイメージが当初からあると「この人は実は誠実な人なんじゃないか?」と思えなくなる方が多いと思われる。しかも答えを写さないままに映画が終わるんだからなおさら)

わたしは全体的に思い返してみると「この映画は果たしてドキュメンタリーなのか?」って思うんだよね。ドキュメンタリーって普通、映画を撮っている人は被写体には影響せずに被写体がどうなるかは基本的には被写体任せだと思うんだよね。だけどこの映画はドキュメンタリーなんだけど、監督が明らかに被写体に対して働きかけてるよね。だってさむらごうちさんが曲を作るのは、森達也の「曲を作ってみないか」という呼びかけに対してだったから。それが最後の「衝撃の13分(だったか11分)」に繋がるんだから。ということは、森達也はこの映画に関しては半分「出演者」ということでもある。まぁ、それは映画の途中で「奥さんと3人で泥舟に乗っている」みたいな表現もしてたから(でも確かこの言葉は森達也が言ったんではなく奥さんが言った言葉だったと)、この映画の出演者の中には森達也も入ってるってことだよね。

「さむらごうちさんは曲は作れない」ということが、マスコミでそんなに大きく言われてたかどうかというのはよく覚えてないんだけど、もしそう言われてたとしたら映画の中で曲を作れたというとなると「曲を作れない」と報道されたのはウソだったことになる。ここでも映画を観た人は揺らぐんだよね。「あれ、報道されたことは真実ではなくて、さむらごうちさんもあながちウソばっか付いてる人ではなさそう」と。

だけど、上にも書いたけど、最後の最後の質問で、また怪しく思えるの(笑)「一体、何が本当なのか」って。気持ちが揺らぐんだよね。

多分、この「揺らぎ」を、映画を観ることによって森達也は「実感」させたかったのかなとわたしは思った。だから最後にあんな質問をして、結論を写さないまま終わったんだとわたしは思う。

だから、この映画は「何が真実で何が真実ではない」ってことを描きたかったわけじゃなく、一方的にさむらごうちさんの味方をしているわけでもなく、ただ、映画を観ている観客の「自分は何を信じて、何を信じられないのだろうという境界の感覚」に気が付いて欲しかったんじゃなかろうかと、わたしは勝手に思ってる。

なので、昨日の日記に書いたことに繋がってるんだよね、わたしのこの映画の感想って。
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07-24 Sun , 2016
もう7月が終わるの?
光陰矢のごとし、で、もう7月も下旬。

今年は毎日きっちり勉強してます。
でもちょっとやり過ぎで10日ほど前から風邪気味なのが抜けない。
治ったようにみえるんだけど、ちょっとするとまたぶり返して、の繰り返し。

なので、ここ3日ほど休んでるんだけど、でもやっぱりきっちりとは治ってない。
うーん、セーブしながら勉強しなきゃいけないなあ、ということで、今日からまた再開。

最近は家で勉強ばかりで外出もほとんどしてない。
昨日はものすごーく久々、映画を観に行ったけど。今、渋谷でやってるFAKEという映画。
さむらごうちさんについては、元々音楽も聞いたことがなかったし、その後の騒ぎもほとんど知らないんだけど、でも内容は結構おもしろかった。でもこの映画は自分が「騙された」って思ってる人と、わたしみたいに「別に騙されたとは思ってないんだけどね、それまで知らなかったから」という人で印象がだいぶ違うんじゃないかなと思った。

とはいえ、さむらごうちさんについては、それまで一人で作曲していると思われたものが実は共作者がいたということについて「周囲を騙していた」ことは事実で、それがあるからこそ「もう信じられない人」と思われてしまったんだよね。

わたしは「騙された」とは思ってないけど、そういうことがあったと知っているので、やっぱり「この人はどこまで本当でどこからウソを言っているのか」という「疑いの目」を持ってしまっているのは確かなことで。

しかし、一旦「疑いの目」で見始めると、その人がどう弁解しようが、真実ではないと思われる「あら探し」をしてしまって、絶対にその人のことが信じ切れなくなる。

これって、以前わたしが「蒼のシンフォニー」というドキュメンタリー映画を観たときに感じたことと同じなんだよなあってFAKEを観ながら思ったの。まぁ「蒼のシンフォニー」は、「どうしても疑いの目を持ってしまう自分」に対して、「疑いの目を持って見ろ」と日本政府から「(いわゆる)北朝鮮は悪い国だ」と無意識に刷り込まれて思い込まされている自分に気が付いて「怖いなあ」って思ったわけで、それと今回のとはその点では比較にはならないのだが、しかし、では自分は何に対して信じられなくて、何に対して信じることができるのか、その境界は一体何なのか、って考えると結構面白いんだよね。

だって、人間誰しも何かに対してウソをついて生きてるわけで、というか、誰もが本音を隠して生きてたりするわけで、それが大きいことだったり小さいことだったり、その程度の差はあれど、でもそれを他人に見せないということは、やっぱりある程度他人に対してウソをついて生きてるわけだよね。だけど、大抵の人はそのウソを「見抜けてない」のか「無視」してるのか、それは分からないけど、他人を「信じることができる」。いや、ときには「あの人はウソをついている」と分かってても信じたいと思ってしまう。何度も何度も裏切られて騙されても。逆に1度でもウソをつかれたことが分かるとすべてが信じられなくなる。

それってなんでなんだろうねって不思議に思う。自分が「信じられる」ことと「信じられない」ことの境界線って一体どこなんだろう?そしてわたしは「信じたい」ものだけを信じて今後も生きていけばいいのか?今まで無条件に「信じている」ものに対しても少し疑いの目を持って見た方が、「信じられない」ものであっても信じる努力をしてみた方がいいのではないか、と思うこともある。

まぁFAKEを観ながら、蒼のシンフォニーのことを思い出し、改めてそんなことを思ったのだった。

FAKEについては、その他もいろんな感想があるんだけど、書き始めると長くなるので書かない。
大ウソ。気が変わって翌日続きを書きました。(2016.7.25追記)

まぁそんなわけで、あと1週間ほどで8月なんだよね。早いなあ。
でも今年は忙しくて多分、毎年書いてる8月6日のことは書けないだろうなあ。
これもネタはあるんだけどなあ。
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02-12 Fri , 2016
God Bless Baseball(作・演出:岡田利規)
20151129 155134


これまた去年の11月の話。
てか、11月の話、どのくらい溜め込んでたんだっていう。。
(それもこれも結局は画像処理がネックだったってことで)

題名の「God Bless Baseball」というのは、演劇です。
これ、作った人は「日韓関係」を描きたかったみたいです。
といっても、いわゆる「歴史問題」とこの作品は全く関係がないです。
「野球」というものを通して、日韓とそしてアメリカ、の関係を描いてます。
どちらかというと、わたしは「日韓関係」というより「アメリカ」と「日韓」の関係を描いた作品だと思いました。

てか、わたしは大学生の頃、友だちがある小劇団(といってもかなり有名だった。今でもその劇団はあるみたい)に入ってて、
友だちに「今度これやるから観に来て」と言われては、
別の友だちと連れだって下北沢までよく観に行ったものだった。

その劇は、解釈が難解で、正直「結局この劇は何が言いたかったのだろう?」というものばかりだったが、
しかし、何が何だかよく分からないけど、なんとなく考えさせられることが面白かった。

この「God Bless Baseball」もちょっとそんな香りのする演劇だった。
とはいえ、そんなに難解な劇でもなかったとは思ってるけど。

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いつのことだったかは忘れたが、偶然、豊島区の中央図書館のある建物の前を通ってたときだった。
建物の前の柱に、この「God Bless Baseball」のでっかいポスターが貼ってあった。
それに気が付いて「へー、こんなのやるんだ、面白そうだな」って思ったが、結構高かったので最初は観に行かないつもりだった。
が、とてもとても気になった。第一、わたしは根っからの野球好き。
野球好きといっても、日本の野球にしか興味はなく、大リーグは全く興味が無いし、
韓国の野球については、若干興味があって、'90年代によく買ってた「週刊ベースボール」の中に
今は知らないが、その当時は1ページずつ韓国の職業野球、台湾の職業野球のページがあり、
それはわけが分からないながらも毎回読んでいた。だから、その当時、韓国にどういう名前のチームがあるか、くらいは知っていた。まぁそんな程度の野球好き。

しかし、この作者は野球は好きじゃないという。
一体、どういう視線で野球が描かれるのか。
それにとても興味があった。

すごくすごく考えて、そして「やっぱり観に行こう」って思った。
だって、映画だったらリバイバルの可能性はあるけど、
演劇って、多分ほとんど可能性はない。
あとで「やっぱり観に行けばよかった」って後悔するのが嫌だったから。

演劇に関して、どこまでネタばらしをしていいのかはよく分からない。
いつ、どこでこの劇がまた再演されるか分からない。
しかも、この劇、わたしが観に行った時点で既に韓国では上演されていたが、
アメリカでの上演は今年だという。今年のいつかは知らないけど。

舞台装置が、面白かった。
舞台装置を作ってる人も有名な人なんだそうな。そのときは知らなかったけど。
高嶺格さんって人。

舞台中央の上部にでっかい白い太陽みたいなのがあって。。
それは、「アメリカ」であり「父」であり。
最後はその「化けの皮」を剥がすのか、それとも解体させるのか。
あれは結構象徴的な行為で面白かった。

てか、わたしがこう書いても、観てない人にとってはなんのことやら分からないなあ、これでは。

トータルで言うと舞台上に4人の人が、そして実態は現れないけど「声だけ」の人が1人、出てきます。
舞台の上の4人は、2人が日本語を話す人、2人が韓国語を話す人。1人が男性、2人が女性、そして1人がイチロー。
「声だけ」は英語。英語しか話さない。
日本語、韓国語、英語がすべて分かる人が観客ではないので、台詞の大半は舞台の左右に1つずつあるスクリーン(?)で
日本語字幕、韓国語字幕、英語字幕が写るようになってた。

面白かったのは、日本語話者=日本人、韓国語話者=韓国人、じゃなかったところ。
劇を観る人の先入観としてそういうものがある。
その認識を見事に覆してくれて「わー、面白い」と思った。
とすると、舞台上に出てきた人たちの役は、日本人はイチロー含めて2人、韓国人が1人、国籍不明が1人、ということになるのか。

最初、「野球なんてルールが難しくて全く分からない」ということが蕩々と述べられる。
んー。イライラ。。
確かにサッカーと比べるといろいろ難しいかもね。
しかし「なぜ3ストライクで1アウトなんだ」とか「なんで表と裏があるんだ」とか「なんで9回まであるんだ」と言われても、
そこに明確な理由などないわけで。だって、そういうルールなんだから!
スポーツってものは、ルールがあるからこそスポーツで、しかも野球はそんなに難しいルールではない。
わたしは野球のルールが難しいと思ったことがない。小学生の頃、テレビを見て自然に覚えた。
ただ、野球があまり好きではない人にとっては、「野球好きじゃない理由」として、
そういうところにいちいち引っかかりたいのかな、という気はした。

てか、ここまで書いて、ほとんど「話の筋」を覚えていないことに気が付いた。
印象的な場面はここそこにあるんだけど。どこでどう繋がってたのか、もうほとんど覚えてない。

日本と韓国、それぞれの野球が始まった話。
野茂英雄とパクチャンホの話。
ヘテ・タイガースの話。
「みんな背番号51を付けてイチローになろう」
イチローの背番号51と台湾の51クラブの話。
「危ないから傘の中に入っていろ」というイチローの脅し。
アメリカの声は父の声でもあった。
「本当は野球なんて好きじゃなかった!父に無理矢理に野球チームに入らされた!」と叫ぶ日本人(しかし韓国語話者)の男性。
終始傘の中に入るのを拒否し、舞台装置に立ち向かう、国籍が明らかでなかった女性。
徐々に壊れてドロドロになっていく舞台装置。

野球、を巡っての話のはずだが、国の関係性も象徴している。
そういう意味では日本も韓国も同じ。

だから最初に書いたように「日韓関係」というよりは「アメリカ」と「日韓」との関係を描いた作品のように思えた。
だって「日韓」の配役と言語は入れ換えられるけど、「アメリカ」の言語は他とは入れ換えられない。
「アメリカ」は「英語」じゃなくちゃいけない。

面白かったです。
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12-07 Mon , 2015
「ふたつのイヤギ」(日本大学芸術学部演劇学科 平成27年度総合演習IIIA)を観た
これも少し前の話になる。

最初、この公演のチラシを見たときに「あっ」って思った。「イヤギ」というのは朝鮮語で「話」という意味だ(チラシでは「物語」になってるけど、多分、大した違いはない)。「ふたつのイヤギ」というのは、その通り、この公演は「ちゃんぽん」という作品と「我が家のイヤギ」という作品の2つの劇が連続して演じられて、それで1つの公演となっている。「あっ」と思ったのは「我が家のイヤギ」を作った人の名前を見たからだった。「金民樹(キムミンス)」となっている。

わたし、今年の5月に「航路(항로)」というドキュメンタリー映画を観に行って、その映画に出てた人のうちの1人がこの金民樹さんだったのだ。金民樹さんは韓国籍を持つ在日で、映画の中ではもう一人、朝鮮籍を持つ在日、金哲義(キムチョリ)さんって人が出てくる。彼らはそれぞれ自分の劇団を持っているのだが、2人で「航路」という演劇ユニットを結成しているらしく、彼らの作った演劇が何回か、韓国の済州島の劇団から招聘されるんだけど、朝鮮籍を持つ金哲義さんは今の政権では韓国に行くことができないのね。それは以前この日記にも書いたとおり。朝鮮籍の在日が韓国に行けたのは金大中と盧武鉉が大統領だったときだけで、李明博から今に掛けてまた渡航できなくなった。韓国大使館に行って申請しても旅行証明書が出ないのだ。しかも済州島は金哲義さんのおじいさんの出身地で、自分にとっては全く縁がない場所ではない。縁がある場所なのに自分が行くことができないのだ。だから、韓国籍を持っている金民樹さんだけ毎年行って、行けなかった金哲義さんの書いた文章をそこで代読している。

このドキュメンタリー映画「航路」の中で彼らの作った「マダン劇」というものが出てくる。マダン劇というのは、韓国(だけなのか朝鮮文化なのかはわたしは今のところよく知らないが)の演劇スタイルらしい。マダンとは「広場」という意味らしいのだけど、文字通り舞台と観客が一体化する、というなかなか面白い(観客にとってはちょっとドキドキする)演劇スタイルだ。またまた話は飛ぶけど、わたしが去年、在日がやるお芝居で最初に観に行った、きむきがんさんのひとり芝居「在日バイタルチェック」というのも、今考えるとマダン劇の要素を取り入れてるものだったんだな、と思う。観客が突然、舞台の中の役者の1人として取り込まれるのだ。「在日バイタルチェック」はこれはこれで、とても素敵な舞台だった。この「在日バイタルチェック」もそうだったが、この航路の2人が作っている劇も「故郷・朝鮮半島を離れ、日本でどういう思いをしながらここまで生きてきたか」という在日の歴史を伝える、というのが主な内容だ。このドキュメンタリーを観てるとね、「ああ、一回この舞台を観てみたいなあ」って思ったの。でも彼らのマダン劇は大阪でやってて、東京には滅多に来ない。しかも東京でやると赤字になるのだと。しかもわたしはいつ、どこそこで彼らのやるマダン劇があるという情報は入ってこない。だから、「ふたつのイヤギ」のチラシの中に「金民樹」という文字を発見したときに「これは絶対に観に行かねば!」って思ったの。

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日本大学芸術学部はとても有名だってことは知ってたけど(昔、ラジオオタクでもあったし)、実際のところ、行ったのは初めての経験だった。まぁわたしは芸術とかほとんど無縁だからね~(笑)

ホールに入るとき、係員がいやに「前の方に座れ」だのなんだの言ってるなあと思ったんだけど、これはマダン劇だからなのだということをすっかり忘れてた。普通のマダン劇っておそらくこういうホール形式のところではやらないはず。本来なら「広場」のようなところでやる劇で、舞台と観客席の間はホール形式のような「断絶」はないんだろう。だから特に今回は「前の方に座れ」って言ってたんだろうなあ。本来、演劇のときはどの席が一番いい席っていうんだろうね?映画だったら見やすさを考えて真ん中からちょっと後ろにかけて、とか、音楽だったら音が混ざり合う2階席の一番前、とかだったりするけど(1階だったらやはり後方か)。よく分かんなかったので、かなり前方の方に座ったんだけど、今考えてみるとすごく危うかった!(笑)

事前に配られたパンフを読んでみると、この2つの劇、途中でカットしている部分があるらしい、時間の関係で。まぁ確かに普段だったら1つの劇はそれだけで観るものだから、カットしてある部分があるのは当然のことだろう。だが、わたしはそのカットしてある部分がとても気になって気になって。。はい、この劇を観た後でいろいろ調べて「ちゃんぽん」の方は元の脚本を探して読みました。もう一つも台本を売っているらしいので後日入手する予定。

「ちゃんぽん」は韓国で1980年に「光州事件」というのが起こったのだが、それが舞台になっているらしい。光州事件というと韓国の民主化運動の際、国が国民を弾圧した、ということしか知らなかったのだけど、それがコメディで描かれているという。一見、「この事件をコメディってどう描くんだろう?」って不思議な気持ちだったんだけど、これ、観てると本当に笑えるんだよね。ていうか、始まり方がすんごく面白くて。

普通、劇が始まる前って「ただいまより開演致します」とかアナウンスが流れるじゃん?違うのよ、これ。時間になったら突然人が出て来ていきなり始まるの。すっごいびっくりした。しかも前の方に座ってる観客2人が突然舞台の上に上げられて、そこでちゃんぽんを食べさせられるのだ!!あ、舞台の上の設定は、中華料理屋さんで。観客は、そのお店に来た「お客さん」という役を与えられる。いきなり舞台の上に連れて来られた観客はそりゃびっくりするし、うろたえるよね。「え、なんで自分が!?」「どうすりゃいいのよ?」みたいに。それだけでねー、笑えるの。舞台と客席との一体感はこんな感じで生まれる。そこで機転の聞く人ならうまく「役」になりきったりして、そこでまた観客席から笑いが起きる。これってすごいうまい劇のシステムだよね。ちなみにきむきがんさんの「在日バイタルチェック」も前の方に座ってるといきなり脈を取られたりするから、ご用心!(笑)

「ちゃんぽん」も「我が家のイヤギ」もネタバレしちゃっても構わないよね。劇って今までほとんど観に行ったことがなくて、観に行ったことがあるのは大昔、大学生の頃に高校時代の友だちがとある小劇団に所属していて、その関係で観に行ったのが何回か。下北沢でやってる系の演劇で、これ一体、どういう解釈をすればいいんだかっていう難しい感じの劇ばかりだった。そのときはそんなこと思わなかったけど、劇って映画と違って「古い演劇をリバイバルする」ことってなかなかないことなんだよなと。しかも演じる人は生身の人間だから、そのとき、そのときのことで、映画みたいに「へー、この人、こんなに若かったのか」なんてことは絶対にないわけで。劇ってその瞬間のものなんだと。「観たい」と思ったときしか観ることは出来ないものなのだ、そのほとんどは。そんな当たり前のことを今回、初めて認識し。なので、ネタバレしたところで、「これからこの劇を観るつもりだったのにバラされた-!」って人はほとんどいないだろうということでざっとあらすじを書いておく。

先ほど「ちゃんぽん」は光州事件を描いた作品だと書いた。舞台は光州にある、とある中華料理屋。36歳の男性が若い頃から修行して、お金を貯めてやっとのことで持てたお店だ。彼には異性の恋人がいる(ちなみにこの劇には同性愛者は出てこない、多分)。彼の恋人は喫茶店のレジの仕事か何かをやってる。彼は観客に対して貯金通帳を見せながら「今、やっと150万ウォン貯まった。けれど結婚するためには結婚式にいくらかかって、あれが必要でこれが必要で。。」と言い「もっとお金を貯めなければ」と言う。お店の従業員は2人。一人は実の妹。もう一人は実の弟のように面倒を見ている男。この妹と男も恋人同士、らしい。

実はこの設定、あとで脚本を読んだときに「あー、そうだったんだ」って初めて知ったのね。あまりにも「実の弟のように」面倒を見てたり、実の弟に対するような態度だったので、本当の弟だと思ってて、3人兄弟なのかと思ってたのよ。ここら辺、韓国人同士の「近しい関係」って本当に兄弟のようで、わたしには見分けが付かないのかも知れない、と思った。

お店に4人(主人公;社長、その恋人、従業員の男、社長の妹)が集まり「明日はピクニックだ」と言っている。そのためにカメラを借りてきたという授業員の男。光州の街は民主化を求める人たちでデモが起こり、政府は軍隊をそこに送り込んで鎮圧しようとしている。そのようなときに一本の出前の電話が入り、従業員の男が岡持ちを持って出前に行く。出前に行く途中の道で、腹を空かせた軍人2人が出てきて従業員に「その岡持ちを置いていけ」と命令する。従業員の男は「出前を届けてお金をもらってこないと社長に怒られるから置いていけない!」と言って拒否するんだけど、そこでもみ合いが起こって、岡持ちの隅に頭をぶつけて1人の兵士が怪我をしちゃうんだよね。

従業員がお店に帰ってきた後にテレビを付けると、テレビでは「一般の国民に混ざって北のスパイが入り込んで兵士に怪我をさせました!」と言っている。「北のスパイが民衆を煽って暴徒化させています!」と言っている。「軍隊はみなさまがた国民を守ると政府は発表していますから安心してください!」みたいなことを言う。ここの場面はテレビからアナウンサーが出てきて面白いと言ったら面白いのだが、クソですよ、クソ。韓国の放送局も日本の放送局も同じなんだなと。日本の放送局はどんなに国会前で人が集まってデモをしようが全く報道しなかったよね。安保法制の採決が行われる直前しか。しかも報道するとしたら「○人の逮捕者が出ました」とまるでデモに参加した人たちは暴徒たちであったかように大げさに報道する。韓国の放送局もそう。わたし、ついこの間の歴史教科書問題の時に偶然、朝鮮語の聴き取りに慣れるためにずっとKBS Worldを聞いてたんだけど、デモが起きる前には盛んに「歴史教科書」「歴史教科書」という単語が聞き取れた。が、デモが起こった後で「どうなったんだろう?」と思って聞いてみても、全く触れられないようだった。確かにニュースサイトでニュースになってはいたけど、その後どうなったんだ、あれだけ騒いでた「歴史教科書」の単語が全く出てこない。結局、報道機関なんてそんなもんなんだ、日本も韓国も。特に光州事件の時は韓国は軍事政権だったしね。でも、昔も今もそんなに変わりがないって!?とちょっと唖然としたのだった。

「北のスパイ」にされた従業員の男はそれは事実ではないことを外に伝えに行こうとするが、社長に止められる。そこからなぜか時は進み、次の日、ピクニックに行って帰った夕方の場面になる。そのあといろいろあって、岡持ちがふつけられた兵士は実はちゃんとした軍の兵士ではなく、単なる防衛(事前にもらったパンフレットによると、防衛軍というのは政府軍の戒厳軍や市民軍とは異なり、国内の徴兵制度において身体に不自由がある人、多めのお金を支払い、短い期間軍事訓練を受ける人のことで、韓国内では笑われるほどに低い身分の存在、なんだと)で、しかも仕事をさぼっている間に部隊から置いてきぼりをくらっていたことが分かる。そこで社長は兵士から銃だけは取り上げて、「もう勘弁してください」と言っている兵士たちを解放する。すると社長の彼女が務めていた喫茶店の店主から電話がかかってくる。デモで集まっている民衆にせめてコーヒーを届けようと道庁に行ったところで、銃で撃たれて死んだという。

それを聞いて従業員の男が「このままじっとしていられるか!」といって兵士から奪った銃を持って店から出て行く。妹もその後を追って出てしまう。止める社長。そこで場面が一転して、ピクニックの日に戻る。

楽しそうな4人の姿。サイダーを飲んだり、踊ったり。そこで前日、従業員の男が借りてきたカメラで記念写真を撮る。「タイマーが付いてるんだよ」って言いながら、またそのカメラを一番前の席の観客に預ける(笑)「あ、写真撮ってもらえますか?」って言いながら。それが遺影になる。ただ一人、生き残った社長が言う。

またあの日がやってきました。今日はこの町内あちこちでなくなった方たちをお祀りする日です。あのいまわしい春がくると、頭が辺になりそうです。春が、春じゃなく冬です。こころが寒いです。あの日以降、しばらくは何も手に付かなかった。死ぬこともできず、三人の墓を作って、また店を始めたところです。これ、見覚えありますか?通帳です。(中略)150万ウォンさえあれば、わたしたちの夢が実現するのに、1000万ウォン超えたのに胸の片隅にぽっかり穴が空いたようです。(後略)



この台詞を聞いたとき、わたしはそれまで泣いてなかったのに、思わず涙が目からにじみ出てきた。それは、これがただ「悲劇」であることに泣けたのではなく、何より、この事件が起こった日、1980年5月18日という日は、わたしの12歳の誕生日だったからだ(厳密に言うと光州事件は5月18日に始まったけど、その日に終わらずその先もっと激化して死者がたくさん出た)。あのときから35年しかまだ経っていない。ということは、まだまだ遺族がたくさん生き残っていて、今でもこの社長のような思いをわたしが生まれてきた日にしているだろうと、想像が付いたから。わたしがおそらくその当時一緒に住んでいた家族から「おめでとう」と言われた日に、まさに市民と軍隊が激突して亡くなった人がいるのだ。

東京新聞に今年「平和の俳句」というのが毎日載っている。いつだったか、ふと目にした俳句が「8月6日に広島で生まれたという複雑さ」みたいな俳句が載っていた。そのときは「まぁそうだろうね」としか思わなかった。実際、広島旧市内にあるお寺の中のお墓の墓碑銘を見ると「昭和20年8月6日」に亡くなった人がものすごくたくさんいることが分かる。その日は今でも「鎮魂の日」だ。その日に生まれてきた人の思いはどんなに複雑なんだろう。その俳句を目にしたときは「そうだろうなあ」としか思わなかったけど、このシーンを見てわたしはその俳句を詠んだ人の気持ちが初めて実感できたのだ。

もちろん12歳の誕生日のことなんて全く覚えてない。けど、そのときは韓国でそんなことが起こっているなんて全く知らなかったし、何より光州事件というのを知ったのは、2007年に「光州5.18」という映画が作られたときだった。この時に初めて「え。わたしの誕生日!?」って知ったのだ。この映画、観たいと思ってまだ観てないのだが。。

面白かった部分はほとんど説明を省いてしまったが、こういう悲しい事件でも途中で笑える場面にできるのって、これも「演劇ならでは」なのかなあと思った。映画だとまずこういう作り方はできないと思う。役者さんたちは何年生かすらよく分からないのだけど、どの人も結構印象に残った。ただ、一人二役とかあったみたいで、脚本を見ると「この人とこの人は別人なんだよね?」って初めて分かるんだが、劇を観ているだけでは「あの、最初に出てきたちゃんぽん食べに来た客は実は兵士だったの?」と思えてしまって、そこで「うーんと、えーっと?」と思ったりしてたので(一応、事前にもらったパンフでは二役の役名は書いてあるのだが。。)そこのところがすごく紛らわしかったように思う。あとはこの劇に関して言えば、台詞を噛んじゃった人が割といて、それがちょっと気になったかなあ。。あと「これは脚本の通りに行っていないのでは?」と思われる場面があって(食堂で兵士を捕まえてグルグル巻きにして、その上うるさかったので口にガムテープをしようとした場面)、あとで脚本を読んでみると確かに「ジャンノ(社長)、カウンターからテープを持ってきて、軍人たちの口をふさぐ。マンシク(従業員の男)も手伝う」と書いてあるんだよね。あの場面、確かジャンノではなくマンシクがガムテープで口をふさごうとしてたけど、ガムテープが手にくっついちゃってうまくふさげなかったのです。でもあそこはとっさの機転で「ええい、もういい」みたいな形であとはちゃんと繋げられてたんだよね。そこはすごく自然だった。まぁなんで気が付いたかと言えば、あそこでガムテープが付かない設定って変だと思ったから。ただそれだけの理由でした。

まぁそんなわけで、1つ目の「イヤギ」が終わった。少し休憩後、いよいよマダン劇「我が家のイヤギ」。

在日一世のおじいさんがリヤカーを引きながら出てくる。どうやら片足が不自由らしい。でも何やら「この話は自分が知らなかったお話」とか言ってる。このしゃべり方が在日一世らしいというのか、実際のところ、わたしは在日一世の人がどんなしゃべり方をするのかは聞いたことがないので分からないのだけど、きむきがんさんの「在日バイタルチェック」でもこんな感じで話している場面があったので、きっとそんな感じなのだろう。そこから物語は始まる。

身籠もった母親が出てくる。まだうまく日本語が喋れない。夫が北海道にいるらしく、それを追ってきたらしい。しかし青森でいきなり産気づき、そこで女の子が生まれる。だったっけな、よく覚えてないけど。。女の子にはお兄さんがいる。おじいさん、お母さん、お父さん、お兄さんと自分。女の子は廃品回収をしていたおじいさんのリヤカーに乗りながら、故郷、済州島の言葉を教わる。そして朝鮮人のための学校である朝鮮学校に通い始める(そのときは既に大阪にいる)。故郷にいる親戚から手紙が来ても、みな字が読めない。ので、一番歳は若いが朝鮮学校に行って文字を教わっている女の子が読む。みんな集まってそれを聞く。返事も女の子が書く。

近所の人たちが集まって宴会をする場面。貧しい中でも肩を寄せ合って生きていく人たち。ここでも観客が数人、舞台上に連れられていく。「いやー、しばらくやったなあ」とかいろいろ声を掛けられてすっかり「近所の人」になる。こういうところが「マダン劇」。

おじいさんが足の悪い理由が分かる。済州島4.3事件。これ、わたしもあまりよくは知らないのだが、解放後、韓国で選挙か何かあったときに、済州島の人たちが「アカだ」って言われて殺されたりしたんだよね。そこでせっかく解放後に日本から帰ってきた人たちがまた日本に戻って来た、そんな事件だったと思う。おじいさんはそれで足を悪くして、そして再び日本に戻ってきたのだった。が、やはり故郷が忘れられない。先祖もそこにいる。墓もある。というわけで、おじいさんとお兄さんはあるとき、済州島に帰るのだ。

ちなみにわたしはここで「あれ、帰国事業じゃなくて、自分の故郷に戻った人もいたんだ」と思ったが、まぁ日本と韓国が国交を回復した1965年以後であり、朝鮮籍から韓国籍に変えたら当然のことながら、韓国に戻れるということだよね。わたしはそれまであまりにも「帰国事業で朝鮮民主主義共和国に行きました」という話ばかりを知っていたので、ちょっと混乱した(^^;

それから数年後、おじいさんが病気になる。お母さんが心配して済州島に行くという。一人だけ韓国籍に変えて。しかし、お母さんが済州島に行っている間に韓国政府が日本に残っている家族全員に「朝鮮籍から韓国籍に変えなければ、母親は日本に戻さない」と言う。父親は悩む。なぜって子どもを朝鮮学校に行かせているわけで、当然のことながら朝鮮民主主義人民共和国側に付いている人だから。が、母親が日本に戻ってきたということは、不本意ながら家族全員、韓国籍に変えたということだろう。そこから父親は酒に溺れていく。
(しかしこの話って、蒼のシンフォニーを観たときとほぼ似てる感じなんだよね。パスポートが欲しければ、朝鮮学校を辞めさせろという、韓国側の主張。それは国と国とのイデオロギーの違いだから不本意ながらも仕方がないことなのかも知れないけれど、でも国の都合で引き裂かれている人たちを見ると「国」とは一体なんだろう、「国」と「人」の関係ってなんだろうって本当に考えさせられし、複雑な気持ちになるし、一体それをどうすればいいのだろうという気持ちになる)

お兄さんの方は済州島に帰ってしまったが、妹は朝鮮学校に通い、「朝鮮人」という民族を誇りに思って過ごしていく。そして朝鮮学校卒業後は歌舞団に入る。

お父さんがお酒を飲み過ぎて身体を悪くする。お兄さんがお見舞いにやってくるが、父親は面会を拒否する。すっかりきれいになった(それでもおんぼろな)朝鮮学校にお兄さんを案内する妹。かつてはお兄さんもそこの学校に通っていたのだ。

そこの場面がわたしは忘れられない。

妹は当然のことながら、自分たちの民族の言葉を「朝鮮語」という。しかし、韓国に帰って行ったお兄さんは「韓国語」という。妹は「なんで?うちら朝鮮半島から渡ってきて、朝鮮民族なんだから朝鮮語じゃないん?」という。お兄さんは「元は大韓帝国だったから、韓国語なのだ」という。

わたし、ここで初めて分かったんだよね。わたしは自分が朝鮮語のことを「韓国語」と呼ばずに「朝鮮語」と呼んでいるのは、この2人とは別の理由なんだと。わたしの理屈は、日本では朝鮮半島のことは「朝鮮半島」と呼び、また朝鮮戦争も「朝鮮戦争」と呼ぶ。学校でもそう習う。だから朝鮮語は「朝鮮語」なのだ。ここだけ「韓国語」にするとまるで「韓国の言葉」のようなイメージになってしまって、朝鮮民主主義共和国を無視しているように思えるのだ。だが、韓国では朝鮮半島のことは「韓半島」と呼び、朝鮮戦争のことは「韓戦争」と呼ぶ。だから「韓国語」なのだよね。韓国では今は本当に限られた言葉(例えば昔からある「朝鮮日報」とか)そういうときでないと「朝鮮」という言葉は使われない。

わたしの理屈は一見すると朝鮮民主主義共和国の理屈とよく似ていると思う。が、違うのだ。わたしはそこに「朝鮮民族だから」とか「朝鮮人だから」という理由はない。単なる、日本では「朝鮮半島」と呼び「朝鮮戦争」と呼んでいるから「朝鮮語」なだけだ。そしてわたしは何も不都合なことがない限りは「朝鮮語」を使うけれど、例えば韓国人の前で「朝鮮語」は使わない。それは彼らにとってとてもデリケートな問題だが、わたしは何かイデオロギーがあって「朝鮮語」と呼んでいるわけではないからだ。わたしは何のためらいもなく「朝鮮語」と「韓国語」を使い分けることが出来る。

その元になっているのは、何のことはない、わたしが「日本人」(ここでは日本に住むマジョリティとしての日本人ということ)だからなんだよなと。「在日当事者」ではないからだからなんだよなと。

んとね、「マジョリティであること」というのは本当に自覚しにくいことだ。なんてったって「普通」で言い表せてしまうのだから。「普通」ということはほとんどの人と共通点があると言うことで、だからこそ何も感じない。何も感じないところを何か感じろということはとても難しい。わたしはそれまでずっと「日本において日本人であるとはどういうことだろうか」ってずっと考えてきた。でも考えても考えても全然分からなかった。

蒼のシンフォニーを観に行ったとき、わたしはとてつもない違和感を感じた。しかしそれは「周囲が在日で自分が日本人」という違和感ではなかった。あの日記にも書いたけど、あのときは「知らない学校の同窓会に紛れ込んだ」ような違和感だった。あの場でわたしは、自分がマジョリティではなくマイノリティだと感じていた(当然のことながら、だからといってわたしはあの場所で「マイノリティ」だったわけではない。マジョリティとはただ数だけの問題ではない)。

だが、この場面を見たとき「なるほど、マジョリティとしての日本人とはこういうことか」と初めて分かったのだ。やっと自分の「立ち位置」がはっきりしたような気がした。今までわたしはもちろん韓国に対しても、いわゆる「北朝鮮」に対しても「今は、できるだけ公平に見よう」と思って来た。「今は」というのは、わたしがこの2つの国について、全くよく知らないからだ。全くよく知らないのに一つの些細な事実を取り上げて「これが真実だ」と思うのは偏見だ。わたしは自分が偏見を持つことが嫌だ。だからこそ、いろんな知識を知って、その上で判断したい。だが、肝心の「自分がどの場所から見ているか」がずっと自覚できなかったんだよね。だからそのことが分かってわたしは本当に嬉しかった。あの場面を見ながら「ああ、そうなんだ」って。自分のいる場所があの場面を観た瞬間「すとん」と来たというか。そして今後、いろいろなことを考えて行く上での大きな「鍵」をもらったような気がしている。あの「すとん」と腑に落ちた瞬間の感覚を大切にしていこうと思っている。もちろん一言注意しておくけど、これはナショナリズム的な意味の「日本人」ではないです。あくまでもマジョリティとしての「日本人」な感覚。「在日ではない」という感覚。そんな感じ。ただもしかしたらこの言い方は在日当事者にとって失礼に当たるかも知れない。「だから何なの」程度の話だろう、多分。でもこのことはずっとずっと自分でも考えて、でもずっと分からないことだったから本当に嬉しかったのです。

劇の内容について戻ろう。妹は歌舞団に入り「打倒、朴正熙!」を叫んでいる。一方、お兄さんは韓国で朴正熙を応援する側になっている。同じ血を分けた兄弟の中で分断が起こっている。ここは正直、わたしのような「部外者」には最も見えない部分だ。見えにくい部分でもある。だって、とてもデリケートなことだから。わたしは在日の人に向かって無神経に「分断ってどういうこと?それでどういうことが起こっているの?」とは聞くことは絶対にできない。本当はこういうことすら「書いていいのだろうか」と躊躇われる。だってわたしは「当事者」じゃないんだから。当事者たちの経験とか複雑な思いとか、それは「実感」することができないんだから。決して立ち入ってはならない部分。それを無神経に聞いてしまうことは単なる興味本位にしかならない。それは分かってる。だが、いろいろ考えていてこの部分に突き当たってしまうことって結構あるんだよね。わたしには今「見えている部分」と「全く見えない部分」があることは感じている。「全く見えない部分」は想像すら付かない。

うーん、これだと悪意を持つ人から見るととてつもない勘違いをされそうな言い方になってるな。「全く見えない部分」というのは、例えば今現在、在日の中で見えてる部分は「朝鮮学校」を中心としたものが多いということだ。しかし、在日全体の中で朝鮮学校と関わっている人って本当にごく少数だ。その他の部分はわたしには「全く見えない」。例えば性的少数者でいうと(これまた単純には比較して言えないのだが、イメージとしては)表に出てすごく目立ってる人もいるよね。カミングアウトしてテレビに出たりして。わたしだってある程度カミングアウトして生きてるし。ところがその「見えている部分」だけが性的少数者かというと全くそうではない。全く見えない部分で息をひそめて、いや、息をひそめてという言い方は悪いかも知れないが、ひっそりと暮らしてる人だっているわけだ、いろんな事情があって。もちろんその事情というのは「ゲイと分かると差別されるからカミングアウトできない」というのから「いや、性的少数者は一生日陰者として生きなければならないんだ」って考える人まで人の数だけ理由はあると思う。そして数からすると絶対にひっそり暮らしている人の方が多いと思う。でも見えないから世間からは「いない」ことにされる。「ゲイは芸術感覚に優れて」とかよく言われるけど、それは今現在「見えてる部分」がそうなわけであって、そうじゃない人の方がむしろ多いと思う。わたしが在日の人たちについての「見えない部分」というのはそれに似た部分がおそらくあるだろうということだ。もちろん全く同じではないのは当然だが。

ただ、わたしはその人たちを表に引っ張り出したいわけではない。「性的少数者は全員カミングアウトしろ」とは全く思ってないように。わたしが願っているのは、誰もがみな「暮らしやすい」世の中になって欲しいなあと思うだけ。それはそうなんだけど、見えない部分の人たちがどういう思いをしながら今の世の中をひっそり暮らしているのかと考えても、それはわたしから見えないんだから分からないです。性的少数者なら、わたしも当事者だからそりゃひっそり暮らしている人とも会う機会はある。どういう思いをしながら暮らしているかもある程度聞ける。でも在日は当事者じゃないので出会えない、わたしの方からわざわざひっぱり出して会いたいとは言えない。だから「分からない」のだ。だが分からないのは「いない」ってことではない。最低限でもそのことは肝に銘じておきたい。

というわけで、やっぱりこの辺の話がくどくどなるのは、もちろん誤解されたくないのもあるけど、複雑で分からないところが多いからだと思う。でも、分からないということを忘れなければ、いつかは何かあってまた「すとん」と来るかも知れない。一生分からないかも知れない(多分当事者じゃないのでこちらの方だろうけど)。出会うか出会わないかは今後の偶然に任せるしかない。

劇の続き。お兄さんは言う。「小国は、大国の都合でいつも振り回される。だから統一は絶対に実現しない!」と。そして故郷の済州島に戻っていく。亡くなったお父さんの遺骨と共に。しかしお兄さんはその後大変な目に遭っていることが分かる。日本に行ったとき朝鮮学校を訪れたことがばれて、あやうく逮捕されそうになったところを、以前、弁論大会で朴正熙からもらった賞状が出てきて逮捕されずに済んだ、と。

「小国は、大国の都合でいつも振り回される」、これは本当にその通りだ。といっても日本だって「大国」のうちに入っているし、何より第二次世界大戦後、同じ敗戦国だったドイツは東西に分裂したが、日本はしなかった。だけど日本の植民地だった朝鮮半島が分裂してしまった。んー、正直、ここら辺の歴史的な経緯については本当に概略しか知らないので、わたしは今、どうということもできない。そして世界の中では一応大国の部類に入っている日本だってアメリカという大国の前では小国だし、自ら進んでアメリカの言いなりになって、全然国民を大切にしていないことについてはとてもとても憤りを感じる。が、きっと朝鮮半島に住む人たちにとってはそれ以上の思いがあるだろう。だって間に日本が絡んでて、その日本はのうのうとアメリカ庇護の下で経済大国になったんだもの。では一体、自分はその中でどうすればいいんだろう。もちろんわたし個人の力でどうすることができるというわけではないが、でもだからといって誰も何もしなければ、強いものの言いなりになるだけだ。「念ずれば花開く」とか「小さなことからコツコツと」などの言葉が頭に浮かんでくるが(笑)、こればかりは知識を蓄えて時を待つしかない。何かアンテナを張っていれば、いつかは必ずどこかに通じる。それを信じて地道に歩むしかない。それが自分の出来ることと信じるしかない。この言葉は劇中で何回か繰り返されるのだけど、それを聞くたびに胸が痛かった。

その後、お母さんもぼけて亡くなる。すっかり歳を取った女の子(と言っても、もう白髪だ)。子どももいるし、孫もいる。「一世、二世と言うけれど、それは一歩、二歩と在日が歩んでいくことなのかも知れない」と最後に言う。「ああ、そうなのか」と思った。が、それはどの方向に向かって歩んでいるんだろう。人は時代と共に歩んでいるから、いつも同じ場所にはいない。そして一世と二世の思いは違うだろうし、二世と三世の思いも違うだろう。きっとそれが一歩であり二歩であるのだろう。実は、この言葉はまた、その後日、とあるところで思い出されることになる。このときはもちろんそんなこと知らなかったけどね。

この話は、途中からもうボロボロ泣けてきて。自分でも何でこんなに泣けるのかよく分かんないほど涙が出て来て止まらなかった。そして上に書いた3つのこと、「(自分の中での)マジョリティの位置」を発見してとても嬉しかったこと、そして「小国は大国に振り回される。だから、統一は絶対にしない」というお兄さんの言葉、最後に「在日一世、二世といいうのは、一歩二歩と歩むことなのかも知れない」という言葉が深くわたしの心の中に沈み込んだ。この劇を観に来て本当によかったと思った。

ただこのマダン劇、途中で朝鮮語が使われてたり、あとは在日の歴史を少し知らないと難しいかもなとは思った。その点、きむきがんさんの「在日バイタルチェック」の方が何も知らない人も理解しやすいかも知れない。あの話も本当によくできていて、在日の歴史が解放後から今の「高校無償化」の問題まで全部入ってるんだよね。これはホント、何も知らない人たちでもお勧めです。「在日の歴史」と言うけれど、実は在日の歴史だって日本の歴史の一部なんだよね。だって日本で起こったことなんだもの(「同化」という意味で言ってるわけではないです)。だから在日の歴史も、日本の歴史の一部としてやっぱり知っておかなければならないんじゃないかって、わたしはそう思うんだよね。このようなルーツを持つ人たちもこの日本で一緒に暮らしている。在日の中にこういう文化があること、もっと広い人に知って欲しいし、逆に在日の人だけのものにしておくのは本当にもったいない(ってそんなに偉そうなことわたしが言っていいのかどうかはよく分からないけど。なにしろ、わたしだって偉そうに語ってるけど、数年前までは全く知らなかったことなのだから。出会ったのは本当に偶然に過ぎなかったんだから)。「在日バイタルチェック」、今後も東京でやるかどうかは分かんないけど、去年、今年と東京でもやってたみたいなので、今後もまたこちらでやる機会もあるかも知れないですね。その他、大阪でやってるマダン劇も是非、また東京でやって欲しいなと思う。赤字になってしまう問題があるかも知れないが、赤字にならないためにもっとたくさんの人が観に来ないかな。

話が逸れた。「我が家のイヤギ」の方なんだけど、これが劇団タルオルムという金民樹さんの劇団でやったときはおそらくほとんどの役は在日の人が演じたんだろうなと思う。ちなみにこれは金民樹さん自身の話ではないです。金民樹さんが別の在日の人の話を聞いて、それを元にこの話を作ったそうです。今回は大学生で、んで多分、在日でない人が多く演じてたのではないかと思う。しかも観に来てた人はおそらく「日本大学芸術学部演劇学科」の中の人たちを知っているという人たちとか、やっぱり演劇関係者が多かったのかな。ということは、こちらもおそらく在日でない人、の方が多かったと推測される。

もちろん在日の役を在日じゃない人が演じても全くおかしくない。むしろ劇ってそういうものだと思う。が、在日の人がやるマダン劇はあまりにも「当時者性」というものが強いイメージがあるので、わたしは逆に在日の人がやる「マダン劇」はどういった雰囲気のものなのか、それがこの公演を観て、さらに強く感じられたんだよね。ただ、その逆を考えると(逆の逆なので話は元に戻っています)、わたしはあの場の雰囲気は違和感はなかったのね。それは実状はどうであろうと、自分の中に「この場にいるのはわたしと同じマジョリティである日本人が多いだろう」という思い込みがあったから。だからこそ、わたしは「朝鮮語」「韓国語」双方の主張を聞いたときに自分の中で「すとん」と落ちるものがあったのかも知れない。これがきっと当事者である在日が演じたとしたら、それを思うより「分断」のことの方が強く感じられてしまったかも知れないと今、思ったりしている。だが、そのことは劇を演じる人にとっては失礼な言い草だよね。演じる人によって演技力以外のところで説得性が変わるとしてしまうならば。だが、まだ本当のマダン劇を観ていない立場で想像するなら、きっと、マダン劇が行われるところでわたしは、この間の「蒼のシンフォニー」と同じ「違和感」を持つんじゃないだろうか。なぜなら、観に来る人は圧倒的に在日で、しかも朝鮮学校の校庭でやったり講堂でやったりすることも多いからだ。とするなら、わたしはまた「別の学校の同窓会に紛れ込んだ人」になっちゃって、そこでは「マイノリティ」を感じることになる(実際のところは全然マイノリティではないんだけどね。マイノリティというのはただ「少数」という意味ではないのだから)。とすると全く同じものを観たとしてもわたしはそこで「すとん」とならなかったのではないか。それを考えると「日本人の手でマダン劇をやった」ってことは(注;本当に日本人の手でやったかどうかは、事実かどうかは分からない。ただ、わたしの感覚としてだけど)、これはこれで大変な意味を持つということではなかろうか。だとすると、わたしが「偶然」出会ったこのことは、とても貴重な経験だったのではないかと。

演じた学生たちはすごく勉強しただろうと想像する、この劇をやるに当たって。劇の役作りについてはよく分かんないけど、でもその人を演じるのであれば、その人がどういう人なのか、今までどういう風に生きてきたかとか考えたりするよね、多分。だからこの劇を演じる上では学生はきっと在日の歴史のことについてうんと勉強したと思う。そして上でも書いたけど、おじいさんの口調なんて、本当にうまかったと思うし。しかもこの人、お兄さん役と実は二役だったんだけど、正直、気が付かなかったんだよね。それはお兄さんの幼少の時の役の人が、わたしには「女の子」に見えてしまったことも一因だろう(実際、女の人が演じたのがあることと、朝鮮語の名前はわたしには聞いただけでは男性なのか女性なのか区別が付かないので当初「姉妹」とばかり思い込んでしまってたのよね)。大きくなって出てきたとき「なんとなく似てる」とは思ったんだけど、帰ってパンフをよく見てみるまでは二役とは思わなかった。これってどう考えればいいんだろう?

あのね、初めにやった「ちゃんぽん」で主要な役をやってた人も、このマダン劇のちょい役(例えばお葬式の場面で棺を持つ人など)で出てくるの。そうすると「あっ、さっき出てきたあの人だ」とか分かっちゃうの。全然違う格好してても。それがなんかとても違和感があってね。「さっきあんな格好で出てたのに」とか。その役が印象深かったと言えばそうなんだろうけど、しかし、同じ劇の重要な役をふたつやりながら、同じ人に思えなかったというのは、うーん、どう評価すればいいのか。おじいさんとお兄さんは別人なんだから、当然「違う人」に見えるのは当たり前で(外見が似てたとしても)、そこのところの区別が役を演じる上でうまく付いていたと言うことなんだろうか。なんか不思議な感じです。

わたしはこの「総合実習IIIA」という授業の位置づけがちっとも分からないので、どういう人たちが演じてどういう位置づけの実習だったかはちっとも分かってないのだが(しかもアンケートには「照明はどうだったか」とか「大道具、小道具はどうだったか」とかいう質問があったんだけど、そんなのわたしには評価できないよ。照明とか小道具がいいとか悪いとかってどういうことなのかも分かんないんだから。というかその質問を読んで初めて「あ、照明とか大道具、小道具も学生がやってるのか」って初めて認識したほどだし。そういう質問があったこと自体、観に来る人って演劇関係者が多いってことだろうか?)この公演自体はとっても面白かった。「普段は在日の人が主体になって演じられる劇をそうでない人たち(これ、何度も言うけど実状は分かりません。わたしがそう認識しているだけ)が演じること」って本当はなんかものすごく意味があることだったんじゃないだろうか。ただ、だからといって日常的に在日の人たちが作ったマダン劇を日本人が「取り上げる」ことには反対だ。マダン劇は彼らのものなんだから。そことこことはきっちりと「線」で区切っておかねばならない。

本当は韓国で「ちゃんぽん」を観てみたいけど、さっき書いたように演劇はそう簡単にリバイバルするものではないから、観ることはできないだろうな。でも、この劇を観に来ている韓国の人たちがどういう反応をしながら観るのか、そういうことにも興味があったりする。でももし観るチャンスがあるとしたら、それまでに朝鮮語がもっともっと分かるようにしておかねば!

ちなみに「ちゃんぽん」の方は脚本を読んだが(これコピーするためにわざわざ都立中央図書館まで行きました)、カットしてある部分はなるほど、カットされてても話自体には影響はあまりないところだったなという感じかな。夢の中の話のようでした。拷問されるシーンだったけど。
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11-27 Fri , 2015
「蒼のシンフォニー」特別試写会に行った
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だいぶ前の話になるが、「蒼のシンフォニー」(そらいろのしんふぉにー)という映画の試写会に行った。

きっと「何その映画。全然知らない」という人が多いと思う。これは「ウリハッキョ」「60万回のトライ」と同様に朝鮮学校を扱ったドキュメンタリー映画だ。実は「ウリハッキョ」「60万回のトライ」にもちらっと出てくるが、実際の映像はほとんどなかった場面がある。それは朝鮮高級学校(日本の高校に相当する)の「祖国訪問」の場面だ。朝鮮高級学校においての「祖国訪問」というのは、おそらく日本の高校でいう「修学旅行」に当たるとわたしは認識してるんだけど、まぁ「祖国訪問」の行き先は当然のことながら朝鮮民主主義人民共和国、いわゆる「北朝鮮」だ。

ではなぜ先の「ウリハッキョ」と「60万回のトライ」ではその映像がほとんどなかったかというと、「ウリハッキョ」の監督さんは本国の韓国の人で、当然のことながらいわゆる「北朝鮮」には行くことができない。「60万回のトライ」は2人の監督さんで、一人は本国の韓国の人、もう一人は在日だったと思う。しかし、この在日の監督さんは確か、朝鮮学校には通ったことがない人なんだよね。だからこの映画も監督さん自らいわゆる「北朝鮮」には行けなかったのだ。で、この「60万回のトライ」では一人の生徒にカメラを託してて、「祖国訪問」の様子がちょっとだけ映像であることはあるんだけど、まぁ生徒が撮ったものだから、当然のことながらきちっとしたものではないのね。

ところが今回の「蒼のシンフォニー」は監督さんがいわゆる「北朝鮮」に行って「祖国訪問」の様子を撮ってきたという。わたし、それがとても「興味深かった」のね。単純に「観たい」って思った。だから、この映画に対しての「後援金」、いわゆる映画の制作費に当たるものだと思うけど、その募集をしていたときに、応援の意味を兼ねて少額だけどもお金を出してたのね。今回はその特典。そしてこの映画の一般公開は来年の春になるということで、そんなに先まで待てないよってことで行ってきたのだ。

ただ、行った後、映画の感想がここまで長い間書けなかったのは2つ理由がある。一つ目は「素直なわたしの気持ちを書いたら、当事者(この場合は在日認識がある当事者)の気持ちを傷つけてしまう可能性があるのではないか」と思ったこと。もう一つは「わたしが素直な感想を書いたとして、そこに全く悪意がなくても、悪意を持とうと思った人に対してはどうやったって悪意を持てるような印象を与えてしまうだろう」と予想されるからだ。当事者の気持ちを傷つけるのは嫌だし、悪意を持った人に悪い意味での「宣伝」になって伝わるのはわたしの本意ではない。それでずっと「どういう風に書けばいいのか」を考えていた。「書かない」という選択肢はなかったが、その「書き方」をずっと悩んでいた。が、あるとき思った。「正直に書こう」と。ただ、誤解や悪意を持たれるのは嫌なので、その都度、わたしがそれに対してどう考えたかを長々しく書こう、と。それでもきっと、文章ではわたしの気持ちはすべて伝えられないだろう。そのことについては予め言っておく。そして多分、これは「映画のレビュー」にはならないと思う。わたしが映画を観て印象に残ったこと、それについて考えたこと、それが主な内容になるだろう。

しかし、既にここから長々しい説明の一端に入るけど、これはあくまで「朝鮮学校」に関わりがある人たちの話だ。「朝鮮学校」=「在日」ではあるけれど、「在日」=「朝鮮学校」ではない(朝鮮学校は在日の「部分集合」ということ)。むしろ、在日の中で朝鮮学校に関わっている人たち(関わるというのは、朝鮮学校関係者、いわゆる朝鮮学校の卒業生やら家族やらということ)は在日の中でも少数の人に過ぎない。朝鮮学校とは全く関わりのない在日の人たちはいるし、数からするとこちらの方が「多数派」だ。朝鮮学校は今、生徒数が減少している。戦後70年近くの民族教育を担ってきた朝鮮学校が今、このような現状を迎えているのは、わたしはとても悲しいと思う。人数が少ないコミュニティの中に子どもを入れたくない(狭い世界の人間関係しか持てないことを避けたい)という理由で朝鮮学校に通っていても途中から日本の学校に転校してしまう、という例もよくあるらしい。現にこの映画では一人、中学時代はずっと1人で過ごした、という生徒が出てくる。それまでは同級生は5、6人いたんだそうだ。が、自分一人を残してすべて別の学校に行ってしまったと。この人、映画の中では言ってなかったけど多分、以前わたしが観た「アフタースクール 東日本大震災 東北朝鮮学校の記録part.2」というドキュメンタリーで出てきた子だよね?この「アフタースクール 東日本大震災 東北朝鮮学校の記録part.2」という映画は「東日本大震災 東北朝鮮学校の記録 2011.3.15-3.20」というドキュメンタリー映画の続編で、制作したのは先に紹介した「60万回のトライ」を制作した監督さんたちだ。東日本大震災で校舎が壊れてしまった東北朝鮮学校が、仮校舎を作って移転した先での話なのだけど、そこで中級部にたった1人だけで学んでいる生徒がいる話が出てくる。その子が多分、東北朝鮮中級学校を卒業したあとに、茨城の朝鮮学校に来たんだろう。

あ、大事なことを言い忘れていた。この映画の舞台となっているのは茨城朝鮮初中高級学校だ。そこの高級学校の生徒に焦点が当てられている。朝鮮学校がどこにどのくらいの規模である、ということはわたしはよく知らないのだが、初級から高級まですべてある学校っておそらく数が少ないと思う。前に出てきた東北の朝鮮学校は初級と中級しかない。その上に行くには、家から離れた高級部がある学校に行かなければならない。茨城朝鮮初中高級学校には生徒たちの寄宿舎がある。実家が遠くてとても通えない人たちのためだ。中には実家が新潟で、初級学校から1人、寄宿舎にいるという生徒も出てくる。初級学校といえば、日本の学校では小学校だよ。小学1年のときから親元を離れて寮生活って、本当にすごい。来た当初は寂しくて仕方がなかったそうだけれど。土日に親元に帰って、月曜日の朝、親が新潟から茨城まで車で送る。子どもも大変だけど、親も大変だったと思う。しかしこの子はとても面白い子だった。そういや「60万回のトライ」にも面白い子が1人いたな。いわゆるムードメーカーというか。その子はもともとそういう性格だったんだろうけど、でも、小学1年生、あ、違った。初級学校1年生って言えばいいのかな?からの寮生活でも伸び伸びと育てられたから、その子のもともと持っていた性格が発揮されたんだろうな。

というか。ここからずるずるといろんな話が出てきそうになるんだけど、話を元に戻す。というわけで、わたしが言いたかったのは「在日」=「朝鮮学校」ではないこと。むしろ朝鮮学校に通っていない在日の方が多数派であるということ。そして「多数派」にも関わらず、普段のわたしの目からはそれはほとんど見えない、ということだ。だから、この映画を観て在日の人はこういう人たちなんだーって思うのは違う。わたしはわたしの目からはほとんど見ることができない多数の在日の人に思いを馳せる。ただ、うっすらとだけど「内部は複雑」だろうとは察しながらもね。性的少数者もそうだけど、世の中で「透明人間」をやってるのもつらいことです。

朝鮮学校が目立っている理由というのは、わたしが言わなくても大半の人は分かるだろうと思うが、朝鮮学校無償化排除問題、というのが大きい。そしてその背景にあるのは「朝鮮学校は朝鮮総聯と関係があること」、そして「朝鮮総聯がいわゆる『北朝鮮』に結びついていること」、そしていわゆる「北朝鮮」の拉致問題、というのがどうしても出て来ざるを得ない。

ただ。わたしは基本的に朝鮮学校は民族教育権にあたると思っている。権利というものは制限が付けられないから権利なのであって、そこで「こういう教育はするな」と介入するものは権利ではないと思っている。もちろん権利は無制限ではない。しかし「無制限ではない場合」というのは、あくまでも「他者が持つ権利とぶつかり合う場合」にのみ何らかの制限が付けられるべきだ。だからいくら「表現の自由は無制限だ」と言っていても、そこに他人の人格を貶める発言(特にマイノリティに対して)を無制限にしていいはずはなく、そこでは一定の制限を設けるべきだと思っている、というか、これはわたしだけがそう思っているわけではなく、これが国際標準な考え方で、わたしが今言ってるのは単に「ヘイトスピーチ」だけの話ではないです。というかヘイトスピーチ自体が「表現の自由に当たらない」、だからヘイトスピーチは規制できるとする考えもあるだろう。そこら辺の細かな違い(ヘイトスピーチは表現の自由に当たり、しかし、公共の福祉(これは各人が持っている権利がぶつかり合ってしまった場合の話で、人に迷惑掛けるとかそういう意味では全くない)を考えると一定の規制が必要であるという考え方と、ヘイトスピーチ自体が表現の自由には当たらないのだ、という考え方)はさておき、どちらにしても、どういう表現方法でも「差別はしてはいけない」というのは当然のことだろう。

先ほど「国際標準」と言ったのは、その元になる国連の「人種差別撤廃条約」が既にそういうことを決めているからだ。そしてよく、これを持ち出すと「でも日本政府は第4条の(a)と(b)は留保しているからヘイトスピーチは規制できない」と言われるが、だいたい公人の差別発言を禁止した(c)は留保していないし、それより何よりこの条約の第4条というのは第2条に対して特別に「刑法で定めなさいね」ということを言っているに過ぎなく、その大前提になるのは第2条なのだ。もちろん、日本政府はここの部分は留保してない。ていうか、ここの部分を留保したら人種差別撤廃条約の締結国になった意味がない。第2条には「締結国は、人種差別を非難し、また、あらゆる形態の人種差別を撤廃する政策及びあらゆる人種間の理解を促進する政策をすべての適当な方法により遅滞なくとることを約束する。このため」とある。そしてこのために第2条では具体的に(a)から(e)が規定されているが特に(d)では「各締結国は、すべての適当な方法(状況により必要とされるときは、立法を含む。)により、いかなる個人、集団又は団体による人種差別も禁止し、終了させる。」と決められている。そして日本の裁判所は2009年12月に起きた京都朝鮮高校襲撃事件の裁判において、あのときに朝鮮学校の人たちに向けられた言葉はヘイトスピーチで、そのヘイトスピーチは「人種差別に当たる」とした(平成22年(ワ)第2655号 街頭宣伝差止め等請求事件、69ページ「5 本件活動による業務妨害及び名誉毀損が人種差別撤廃条約上の人種差別に該当すること」)。また裁判所は「このことから,わが国の裁判所は,人種差別撤廃条約上,法律を同条約の定めに適合するように解釈する責務を負うものというべきである。」(、63ページ「第3 人種差別撤廃条約下での裁判所の判断について」)としている。なお、この件に関しては2014年(平成26年)12月9日に最高裁が上告棄却して判決は確定している。

話を戻した割に、あんまり戻ってない感じがするが(汗)、なぜこのような話が出てくるかというと、この手の話をすると必ず「どっちもどっち」ということを言われるからだ。違う。圧倒的に差別をする方が悪いに決まっている。ヘイトスピーチを撒き散らす方が悪いに決まっている。そのことを一番最初に言いたいからだ。先ほど「朝鮮学校に通う子どもが少なくなっている」と書いたが、こういうところも影響しているとわたしは思う。差別の標的にされるようなところに子どもを通わせたくない、そう思う親もいるはずだ。だとしても、それは朝鮮学校が悪いわけではなく、そこに対してヘイトを撒き散らす人たちが悪いのだ。「だってそこには朝鮮総聯が絡んでいて、北朝鮮と繋がっていて、北朝鮮は日本人を拉致したから朝鮮学校は攻撃されるのだ」って意見が絶対に消えないことは分かっている。しかし、どういう理由にしたって「だから差別していいのだ」という理由にはならない。差別はどういうことがあってもしてはならないのだ。朝鮮学校が朝鮮総聯と関わっていること、朝鮮総聯はいわゆる「北朝鮮」側であること、いわゆる「北朝鮮」が他国に住んでいた人を拉致したこと、これは事実だろう。でも、そのことをなぜ「個人」が引き受けなければならないのか、と思う。だって、わたし自身のことを考えたとしても、わたし=国ではない。

だが、本当のところを言えば、わたしだってそこのところはどう考えていいのかよく分からない。分からないことは2つ。一つ目は、国と個人の関係。国はどこまで国で、個人はどこまで個人なのか。国と個人は明確に違うとは分かっていても、今のわたしにはその間にまっすぐな線を引くことは出来ない。わたしは「国」として、自分の意見を言うつもりはないけれど、もし相手が「国」として発言した場合はどうすればいいんだろう?この間体験した「原爆を落としたことで早く戦争が終わったことを理解して下さい」という言葉。あのとき感じたのは、これは個人の言葉ではなく、国の言葉だよなあということ。そのような言葉に対して、わたしは何をどう言ったらいいのか。

そしてもう一つ。朝鮮民主主義人民共和国、という国のこと。国の事情からしても、もともとあまり情報が入ってくるということはないのだけれど、今の日本に住んでいるとあまりにも「偏った情報」しか入って来ない。日本では日々「北朝鮮は悪い国だ」という情報ばかりが流れてきて、知らないうちに「洗脳」されている。そりゃもちろん言論の自由がない国とか独裁とか思うよ。No.2であっても気に入らなければすぐに粛正されてしまうとか、あるもん。でも、入ってくる情報と言えばそういうことだけ。あとは核問題か。今の日本に住んでて、そういう情報しかわたしたちには与えられない。これは「洗脳行為」に等しいだろう。だから、わたしは知りたいのだ、あの国の、それ以外のことが。何かを判断するためには、まず、多くのことを知らなければならない。だからわたしは知りたいのだ。どういう人たちがそこでどういうことをして暮らしてるんだろう、どういう風に暮らしてるんだろうって。多分「何を思って」ということを知るにはとてつもなく難しいとは思うけど。っていうか、おそらくそれは今のところはそれは不可能だと思うけど。あーそこで「でも近づきすぎたら北朝鮮に洗脳される」って言うよね、すぐ(笑)んなわけないじゃん。逆にわたしは今のこのような日本の状況で、自分がかなり「洗脳」されていることに気が付いている。ともすれば「悪意」を持って見兼ねない。先ほど上で「映画の感想を書くまで、こんなに長くなってしまった理由」の2つ目に「わたしが素直な感想を書いたとして、そこに全く悪意がなくても、悪意を持とうと思った人に対してはどうやったって悪意を持てるような印象を与えてしまうだろう」と書いた。けども、何のことはない、どうしてこういう見方ができるかというと、知らず知らずのうちにわたしだって「悪意」を持って見てしまう自分に気が付いていたからだ。「これは、わたしを洗脳させようと思ってこんなに都合のいい、きれいな場面をみせてるんじゃなかろうか」って、つい、そういう「疑いの目」で見てしまう自分がいることに気が付く。そういうことを考えている自分自身がものすごく嫌でなんとかしたいけど、でもこの「洗脳」はなかなか解けてくれない。。。わたしの場合、そっちの方が相当深刻だ。

いわゆる「北朝鮮」のことばかりについて言い過ぎたけれども、この映画の中にも出てくるけど、実は近年、朝鮮学校を支えようとする韓国の人たちがいる。「モンダンヨンピル」という、東日本大震災に遭った朝鮮学校を支援することがきっかけで団体なんだけれども、韓国の歌手とか俳優さんとかなんかいろんな人が支援していて、毎年1回、韓国から日本にやってきて、コンサートなんかを開いてる。高校無償化の問題も応援してくれている。なので朝鮮学校は今や、北と南、両国で支えられているのだ。わたしには分からないけど、きっと、双方でとても難しかったりすることがあるんじゃないかと想像したりもする。けど、この輪が韓国でもっともっと広がって、そして朝鮮学校のことを知る韓国の人が増えればいいなあと思う。

なかなか話が元に戻らない(汗)もはや、映画の中の話をしているのかそれともまだ始まってないのか分かんなくなってきたけど、取り敢えず自分の中ではまだ話は始まってません(汗)長かったけど、ここから話は始まります(汗)

この特別試写会の会場に着いたとき、わたしはすごい「違和感」を感じたのね。それは、言葉だった。わたしは今まであんなに日本語と朝鮮語をちゃんぽんにして話している空間にいたことがなく。そこから感じた「違和感」だった。けど、違和感というとなんか言葉が悪いけど、なんていうのか、悪い意味ではなく、興味深いとか面白いとか、そういう感覚だろうか。この日本に住んでいて、こういう経験なんか滅多に出来ない。来ていた人はおそらくほとんどが朝鮮学校関係者だろう。なんか、来ている人はわたし以外はみんな親しい知り合いなんじゃないだろうかと思うほどだった(でも多分、わたしみたいな人もいたはずだと思うんだよねー)。まぁこの映画は朝鮮学校を題材としてて、それを朝鮮学校出身者が作ってるんだから当然の話だ。要するにわたしは「同窓会会場」に「別の学校の出身者」として紛れ込んでしまったのだ。そう思えば理解しやすい。ただ、違和感に拍車を掛けているのは言葉なんだけどね。

以前わたしは「60万回のトライ」の感想を書いた日記で、

わたしは、その時折混じる「日本語と同じ発音のような朝鮮語(かも知れない?)」と「使い分け」によって話される日本語に、違和感をものすごく感じた。多分これはわたしが一カ国語でしかしゃべれないからだと思うが、多分在日の人たち、特に朝鮮学校に通ったことがある在日の人たちにとってはこれが普通なんだよね。



って書いた。この日記を書いたのは2014年の3月で、わたしはこのとき朝鮮語は全く知らなかった。わたしが朝鮮語を習い始めるのは、この翌月の4月からだ。そして1年半後。わたしは彼らが日本語と朝鮮語をちゃんぽんで話す理由がちょっと分かる気がする。なんていったって語順が同じだから、途中で言葉を挟みやすいのだ。だからきっと、彼らの頭の中では「思い付いた言葉」をただ発してるだけなんだね。朝鮮語、日本語関係なく。そして、使ってる言葉はそんなに難しくなかった(笑)「あー、わたしでも意味分かるなあ」って思った。

そうそう、映画の中にね、「60万回のトライ」とは逆に、朝鮮学校唯一の日本人教師である藤代先生、という人が話す場面があるんだけど、あ、この藤代先生という人は、サッカーやってる人なのね。「祖国と母国とフットボール」だったかなあ。以前読んだ本の中にもこの人出てきて、わたしはこの本で彼のことを知りました。んでね、この人が映画の中で喋ってた言葉がね、主に日本語ではあるんだけど、ところどころ朝鮮語が混じってるのよ。もうどんなこと喋ったかは覚えてないけど、一言「オプソ」って言った場面だけは覚えてて、オプソって、없어、日本語でいうと「~ないので」って意味になるのね。あれ、「~ないので」は「없어서」じゃないかなあ?まぁ、それはいいんだけど、とにかく本来日本人である彼がそういうような言葉遣いをしてたものだから、会場から思わず笑いが漏れてね。それがとっても印象的だった。

でね、多分、わたしは「60万回のトライ」を観たときよりも言語に対しては意味が分かるようになっているし、言葉にしてもどうしてそういう言葉遣いになっちゃうかも分かるような気がするので、そちら方面は格段に理解力が上がったから、そういう面では「みんな、わたしの知らない言葉を喋ってる!」って感じではないのよ。だからあのときと比べると違和感は少なくなるはずなのに、実際自分がいる場面で、日本語と朝鮮語がちゃんぽんな場って今まで体験したことがなかったから「60万回のトライ」を観に行ったときよりもその場の違和感が強くて(あのときはどういう人たちが観に来てるかは全然分かんなかった)。でもね、なんだか分からないけどわたしはそういう「違和感」っていいなあと思うのよ、自分で。あのときわたしは違和感を感じながら「今の時間は貴重な体験だなあ」って思ってた。だって別の学校の同窓会に紛れ込むことなんてまずないじゃない(笑)ただ裏返せば、人生のほとんどの時間を違和感なく過ごせているこの空間では、わたしは紛れもなく「マジョリティ」側なんだなあと。うーん、細かいところを言えばちょっと違うところもあるけれどってこれについても、あとで書きます。

会場はほぼ満員でね。映画は確か日本語字幕付きだったか。まぁ字幕はいいんだけど、どういう人が話しているという身分とか名前とか出てくるんだけど(ドキュメンタリーに付きものの)、あの色彩のコントラストがちょっと見づらくて、結局誰が誰なのやらよく読めなくて分からなかったという。。それが残念でした。

映画自体は確か100分ちょっとではなかったかと思うんだけど、おそらく半分以上が「祖国訪問」のシーンだったかな。案外長かった、というのが正直なところ。わたしは「ウリハッキョ」や「60万回のトライ」のように祖国訪問はその映画の「ワン・シーン」みたいな位置づけかと思ってたから。

そしてこの映画、監督自らがナレーションやってるんだよね~。結構監督があれこれしゃべってるところも多かったけど、これはどうなのかな。例えば会場でもらったパンフの中に「韓国籍の生徒の両親に送られてきた1通の文書-『北韓(北朝鮮)を訪問した場合、国家保安法により処罰される可能性があります。パスポートが必要なら、朝鮮学校をやめさせてください』」と書いてあるんだけど、映画の中ではこれがほとんどそのままナレーションで説明される。朝鮮学校に通う子どもの国籍はさまざまで、韓国籍、朝鮮籍、日本国籍が入り交じっている。ちなみに朝鮮籍はいわゆる「北朝鮮」の国籍を持っているということではないのでご注意を。これは日本政府がかつて植民地時代に強制的に与えた日本国籍(その実、戸籍制度やいろいろな面で差別してたんだけど)をあるとき突然「あんたたち、外国人とみなすから」と言って取り上げて、取り上げた相手を勝手に「朝鮮籍にする」って決めたもの。だから、朝鮮籍自体は記号みたいなもので、国を表すものではない。いわば「無国籍」状態なわけだ。これ、外国に行って何かトラブルが起きたとしてもどこの大使館にも駆け込んで助けてもらえないと言うこと。とてつもなく怖い状態のままに置かれているのだ。まぁだけど、いわゆる「北朝鮮」には入国できる、朝鮮籍の人たちは。だが、いわゆる「北朝鮮」に入国できるのは実は日本国籍を持ってる人でも可能だ。

というか、いわゆる「北朝鮮」とは国交がないから日本国籍を持ったものは行くことができないって思ってる人も多そうだけど、実はそうじゃない。わたしだってお金払えばいわゆる「北朝鮮」に行くことができる。いわゆる「北朝鮮」は旅行することが可能な国だ。国交のあるなしは関係ない。だって、台湾だって日本は国交を持ってないけど(つか、日本は二つの中国を認めてないので台湾とは国交がない←てか、この件に関しても日本は台湾に対して本当にひどいことをしてるのだ。台湾を国と認めてた時期もあったんだからね)旅行できるでしょ。そしてもちろん日本国籍を持っているものは韓国にも行くことができるよね。でも「朝鮮籍」という記号を与えられた人は今現在、韓国に入国することは出来ない。李明博の前の政権、盧武鉉のときまでは朝鮮籍でも入国できたらしい(盧武鉉のときまでというか、金大中から盧武鉉までのたったの8年間のみ)。が、李明博以降、その流れを汲む今の朴槿恵も入国は出来ない。渡航はその時期の政権によって左右されるのだ。だから要するに、両国を何の問題もなく行けるのは、日本国籍を持ったものだけ、ということになる。韓国に住む韓国人は北にはもちろん行けないし、いわゆる「北朝鮮」に住む人たちだって南に行くことはできない。これを考えるとわたしは本当に複雑な気分になる。

というわけで、高級学校に通っているみんながみんな「祖国訪問」できるわけではないのだ。そのようなことを初めて知る。ついでにナレーションに話を戻すと、この場面ではそのことだけがサラッと伝えられ、それに伴う画像などは一切出て来ない。そりゃ当たり前のことだけど。プライバシーあるし。だからある程度、そういうことを説明するナレーションは必要だったと思う。が、最後の最後まで、あんなにしゃべるかなあ。まぁ、わたしはドキュメンタリーにはあまりナレーションは必要がないと考える人間なので、どうしてもそう思ってしまうのだけどね。あそこが一番、この映画で監督が言いたかったこと、ということなんだろうけど、もうちょっと自由にさせてもらいたかったな、というのが正直なところ。ネタバレになるのでここは具体的に何を言ったかには触れないけど。

平壌のホテルに着いたらすぐにテレビ付けて「テレビのチャンネルが2つしかない!!」って騒いでる生徒がなんともおかしくてね。でもきっと、日本で生まれ育った彼らにとっては、そのような部分を目の当たりにして考えることも多いだろうなと思った。

ただやはり、祖国訪問をして生き生きとしている姿は何というか、、どう理解すればいいのだろうと思う。確かに画面に写るいわゆる「北朝鮮」の人たちはとても親切で優しくて、素朴な感じがする。あんなに一緒に歌ったり、歌を熱く指導されたりすれば、別れるときは涙が出るだろう。しかし悪意を持って見るとそれがとてつもなく悪意を持って見れてしまう。「彼らは所詮『お客さま』扱いなんだろうし」とか「これで祖国に対して良い印象を持たそうと思ってるのか」とか「どうせ彼らにはいい部分しか見せないんだろう」とか「案内員と称して監視された中での行動だろう」など。もしかしたら「やはり朝鮮学校の生徒はみんな『洗脳』されてるんじゃないか」って印象を持つかも知れない。

だけどね、こうも考えたりする。わたしはいわゆる「悪意を持て」と洗脳されている人間だ。物事の片側しか知らされていない。しかし、彼ら(朝鮮学校に通っている生徒)は生まれたときから日本で育ってきてある程度裕福で自由な世界も知っている。彼らの方がわたしよりずっとずっと「両面」から物事を見ているはずだ。そして多分わたし以上に長く「国とは」とか「自分は」と悩み、考えているに違いない。上で「悪意を持って」と考えた部分なんか、きっと彼らだって十分そんな風に思える感覚も持っているに違いない。その部分は表には出せないけれど。

なお、なぜ朝鮮学校がいわゆる「北朝鮮」と関係するかは、戦後(彼らにとっては解放後)すぐに在日の人たちは子どもたちに朝鮮語を教える「国語講習所」というものを作った。ただ、設立の目的は「いつか本国に帰ったときに子どもたちが朝鮮語で話せないのはまずいから」という理由だったらしい。だが、歴史上、ここからいろんなことがあって彼らは本国に戻るよりも日本に残ることを選択した。そして、その後、朝鮮学校もいろいろな困難を乗り越えて今がある。その、一番苦しい、貧しい時代に在日の人たちに「彼らは我が国の同胞である」からと言ってお金を出してくれたのが、朝鮮民主主義人民共和国の金日成だったのだ。その当時の大韓民国は彼らのためには何もしなかった。だからこそ、今の朝鮮学校がある。

ということは、わたしは知識として十分知っている。ただ、当時の貧しい中、日本政府も韓国も自分たちを見捨てた中で、いわゆる「北朝鮮」だけは見捨てなかった、そのことに対しての「嬉しさ」というか、「感謝の気持ち」というか、それはわたしは「実感」はできないの、当事者じゃないから。確かに「嬉しかっただろうな」というのはある程度は分かるよ。でも、それはあくまでも「想像」でしかなく、「実感」ではない。きっと多くの日本人(と敢えて言うが)も同じだろう。まず第一、わたしなんか「貧しい」というのがよく分からないし。「貧しさ」が実感できないのだから、その上にある「助けてもらったという感謝の気持ち」だって当然実感できないだろう。だから、彼らの姿が「洗脳されている」ように見えてしまうのだ。今の若い彼らも多分、わたしと同じように「貧しい」ということがどういうことかは実感できないに違いない。けれど、自分たちのおじいさん、おばあさんたち、もしかするとお父さんお母さんだったり、ひいじいさん、ひいばあさんかも知れないが、彼らはそれで確実に救われた。それを考えるとやっぱり今現在の若い彼らだって「当事者」なんだよね。

映画の中で板門店を訪れるシーンがある。監督は北側から南側を見ているある生徒に「今どんな気持ちか」って聞くのね。その子は南側にルーツを持つ子で、でも朝鮮籍だから今、韓国に行くことはできない。おそらく今でも親戚や血の繋がる人は南側に住んでいるだろう。けど、会えない。わたしは「なんて残酷なことを聞くんだー、止めてあげてよ!」って思ったんだけど。この場面を観ると分かるように、「国」が彼らに対して直面しているのは確実だし、そして何も板門店に来て初めて分かることじゃない。きっと自分が気が付かないほど幼い頃から「国とは何か」「自分とは何か」という問いに直面して生きているんだろうと想像する。

だからね、わたしはそう考えると「何も言えないな」とも思うのよ。わたしが考えることなんて、彼らにとっては「まだそんなことを考えてるんだ、その歳で」って思うような初歩的なことなんだろうなと。「お前に言われんでも分かっとる」(カープの前田(智徳)風)って多分、思ってるだろうと。

それともう一つ言えるのは。祖国での彼らは本当に生き生きしているということだ。この気持ちはわたしにも分かる。いや、分かるような気がする。というのは、上にわたしは「人生のほとんどの時間を違和感なく過ごせているこの空間では、わたしは紛れもなく「マジョリティ」側なんだなあと。うーん、細かいところを言えばちょっと違うところもあるけれど」と書いた「細かいところ」に相当すること。

基本、わたしはほとんどの日常を違和感なく過ごしている。が、実はそうじゃないと気が付かされるときがある。それは、性的少数者のお祭り「プライドパレード」の会場に行ったときだ。あの時間、あの場所でいつも感じるのは「ああ、ここでわたしはありのままの自分でいていいんだ」ということ。あの会場では性的少数者もそうでない人も両方いるけど、少なくとも「性的少数者を受け入れている人たち」が集まる場所だ。性的少数者であることを否定されない場。気持ちはとてもすがすがしくて自由で、そして安心感がある。裏を返せばわたしは日常、意識してないけど緊張して窮屈な気持ちで生きてるんだなと思う。日常に戻っていくとその緊張も窮屈な感覚もよく分からなくなるんだけど、パレードの会場に行くと毎回毎回気持ちが解き放たれる。そして毎回毎回思う。「ああ、日常生活知らない間に抑圧されてるんだな」って。

きっと祖国に行った彼らもそういう風に感じたんじゃないだろうか。性的少数者は日常生活で予期しない部分で突然揶揄される言葉が出て来たり、異性愛者とは話が合わない部分もあったりするので話を合わせたりしなければならないことがあるけど、しかし日常的にヘイトに晒されているということはない。その点では朝鮮学校に通う彼らとは負担が違う。しかも祖国では自分たちを本当に大切に思ってくれて接してくれる。そりゃ、生き生きとして幸せな気分になるのは当然のことだろう。

あとそれから。先ほど「とても親切で優しくて、素朴な感じがする」って書いたけど。これについては複雑な気持ちもするんだよね。なぜかというと彼ら(いわゆる「北朝鮮」に住んでいる人たち)については確かにそういう面を持ってると思うんだけど、それは、苦しい中で生きてるからじゃないかとも思うのだ。敗戦後、日本人だってみんな貧しくて肩寄せ合って暮らしてきたということがまるで「美談」のように話されることがある。貧しかったけど「お前は大学に行け」といって兄は自分は進学せずに働いて自分の学費を稼いでくれた。そのおかげで自分は頑張って勉強して大学に進学した、という話も「美談」になる。一昔前までは田舎の人は純情で素朴な人たちと呼ばれていた。きっとこれらの話は全部「共通点」がある。

それとは別に、この映画の中で初級学校のときにパソコン入力コンクールで全国2位を取った子の話が出てくる。そのときその子はなぜか表彰式に呼ばれなかったそうだ。そこで「優勝なら誰も文句は言わないだろう」と言って、すごく努力をしてその後、優勝を勝ち取った。それも「文部科学大臣賞」だったそうだ。彼らを高校無償化から排除している文部科学大臣からその子は表彰された。

それは確かに「よくやったね!」と思う。が、その原動力は間違いなく「逆境の中」であったことも一因だろう。彼らに対してそのような目に遭わせてしまっている有権者であるわたしが素直に「よかったね」と言えるんだろうか。だけど先ほど書いたようにわたしはわたしで国ではない。だけどわたしは高校無償化排除を(自分の考えとは違うが結果的には)許してしまっている有権者であって、、と考えるとわけが分からなくなる。そしてその「栄光」を褒め称えることは「逆境」であることを許してしまっていることにはならないかと。

いわゆる「北朝鮮」に住んでいる人たちのことも同じで、国の体制のことや、国自体が不便なこと(停電もしょっちゅうするみたいだし)、そのことが彼らを「素朴」で「優しく」しているんじゃないかとすれば。そのことは「わー、いい人たちですね」って単純に思ってしまってはいけないのではないかと。だって「人間関係が昔のように濃密になりたいから再び貧しくなりたい」という人がいるだろうか?「一生懸命勉強するために再び貧しい生活になりたい」という人がいるだろうか?そう考えると「わー、いい人たちですね」って単純に言うことは「お前たち、ずっとその生活のままでいろ」と言っていることにならないか。

だからね、わたしはこの映画を観て、本当に複雑な気持ちがしたんだよね。。会場では結構すすり泣きの声とか聞こえてきて、やー、わたしとは全然違った視点から観てるんだろうなあとは思ったんだけど。

あ、そうだ。わたしがもらった試写会のパンフにはこの場面のことについて「そして、手にした優勝トロフィーに刻まれていた文字とは?」って書いてあるんだけど、その部分、カットされてなかったですかねー?映画の前にこの部分を読んでてちょっと期待してたんだけど、とうとうその部分は出てこなかったような?映画が終わってから監督を始め、この映画を制作した人たちの舞台挨拶があったんだけど、なんでも監督は当日まで映画を編集していたそうで。だからきっとその部分、削っちゃったんだよね(悲)パンフ作ったときにはあったけど。一体どういう文字が刻まれてたんだろう。。とても気になります。

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映画が終わったあと、挨拶する監督さん。

監督さんは「一人でも多くの日本人にこれを観て欲しい」と言っていた。わたしもそう思う。が、中には「悪意を持って」観てしまう人もいるのではないかと心配になったりもする。なんせ日本人の大半は「洗脳」されてるからね。どうか、そんなことにはならないで欲しいと思う。

しかし映画が終わったあとは本当に「同窓会」みたいで、わたしは映画を観てこの複雑な思いを事前にもらったアンケート用紙にどうやって書けばいいかとか思ってたんだけど、みんな感想書かずにすぐに会場から退出してしまって(会場がもう時間いっぱいだったと言うこともある)、ロビーでわいわいやってた。わたしはもちろんその中には入れないので(誰も知り合いおらんかったし!)アンケート書いて帰ろうと思ったんだけど、その時間もスペースもなかったので、仕方がないからそのまま帰っちゃったよ!(苦笑)

でもあの場で感じた「違和感」、あれは本当に貴重な体験だった。きっとこの先、あんな場に行けることは滅多にないんだろうな。そういう意味でもあのとき本当に行ってよかったと思う。
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03-18 Tue , 2014
60万回のトライ
今日は渋谷に「60万回のトライ」って映画を観に行ってきた。

この「60万回のトライ」というのは、大阪朝鮮高級学校ラグビー部を題材としたドキュメンタリー映画だ。わたしは基本、スポーツは野球にしか興味がないので、大阪朝高のラグビー部が全国的に強いことなどは全く知らなかった。というか、ラグビーはルールすら知らない。。どうやったら点が入るのかとか、何をすればいいのだとか。ノーサイドとかワンフォーオール、オールフォーワンという言葉は知ってたが(これは以前テレビでやってた山下真司が出てくる「スクールウォーズ」を見ていたためと思われる)、知ってるのは本当にそのくらいだ。日本のラグビー界については、多分、ものすごい基礎知識的なことも全然知らないだろう、、って決して自慢しているわけではないのだけれど。

この映画を見終わった後、一番に感じたのが「マッチョな世界だなあ」ってことだった。それがラグビーの世界だからなのか、在日の世界だからなのか、大阪だからなのかは、わたしには分からない。飲み会の席で、OBと思われるおじさんたちがいきなり洋服を脱いで筋肉美を自慢する、みたいなのはそのどれにも当てはまるのだろうか。その後のボケとツッコミみたいな仕草は大阪ならではなのかなってちょっと思ったけれど。。

正直、わたしはこういう世界は苦手だ(笑)それは「女には入れない男の世界」というのを感じて疎外感を持つからだ。女はあくまでもマネージャーとか、支えるしかできなくて、主役にはなれないからだ。そこがとても複雑な思いがするのと、あとはわたしはもともと身体を動かすことが大嫌いなので、スポーツはほとんどやってないから、女性を含めたスポーツ選手に対して一種の「羨望感」があり、そのことから起こる「嫉妬心」なのかも知れない。

スポーツは男女を問わず、多かれ少なかれマッチョな世界なのかも知れないけど、もちろんマッチョなのがいけないと言うつもりはない。わたしが「あーこういう世界には入って行けないなあ」って思うだけ。ただ、野球とかサッカーとか、今までいろんなドラマやドキュメンタリー、あと生の試合を見ているが、やっぱりそれらに比べてラグビーは身体と身体がぶつかり合うスポーツだからか、体型的にもマッチョだよね。わー暑苦しいって感じ←失礼

映画の大半はラグビー関係のシーンだったので、一見すると「高校生の青春もの」って感じもして、それはとてもさわやかだった。試合中に怪我をしてしまう子が何人もいて、それによってレギュラーになれる子なども出てきたり、試合がベストメンバーで戦えなかったりする。そういうのを見るとなんか、現実ってドラマみたいなんだなってつくづく思う。試合中、脳しんとうを起こして試合に出られなくなった子が、準決勝前に自分のユニフォームを2年生の子に渡すところなんか、本当にドラマみたいだった。でもたった106分しかない中で、各個人の個性が分かるんだよね~。主将は本当に頼りがいのある主将って感じだったし、おちゃめな子はおちゃめ、真面目な子は真面目って感じ。。もちろん、この映画の中では「キャラが立った子」を中心にしてるんだろうけど、それでもその撮影する目がすごく優しいというかね、優しいからこそ、生徒たち誰もがすごくかわいく撮れてる。ああ、いい関係で撮影できたんだな~って思えるんだよね。

だけど話はこれだけじゃなくて、やっぱり朝鮮学校の補助金削除などの問題も当然絡みがある。映画の中に2回ほど、橋下元大阪府知事が出てくるんだけど、もうね~、腹立つわ(笑)「大阪代表で花園に行ったら当然応援に行きますよ」と笑顔で言ったその日に補助金削除を決定するわ、「朝鮮高校ラグビー部には頑張って欲しいです」と言いながら「朝鮮学校に補助金を出さないのは当たり前でしょ?よその国だって同じことが起これば僕と同じ対応をしますよ」と言い放つ。アンタ、弁護士なら人権守れよ!!人権守らん弁護士がどこにおるんや(っていっぱいいそうだが、、、)。そして当然のことみたいに路上に出て署名を訴える生徒ら、、まぁその前にもこの学校はグラウンド裁判なども起こってるわけなんだが。この人たちがなんでこんな嫌がらせに遭わなければならないのか。なんでこんなに「理解される努力」をしなければならないのか。そして「善良なこと」を求められるのか(そこですぐに「北朝鮮が!」って言い出す人もいると思うのだが、前にも書いたとおりこれは「教育を受ける権利」の問題、しかも「少数民族が少数民族として教育を受ける権利」の問題で、本国がどういう国であろうが少数民族の権利は護られるべきである)。

ああ、悲しい。わたしはやっぱり悲しい。なぜ日本はこんなに寛容じゃない国なんだろう。さらに寛容じゃなくなることを今なぜ、多くの人は求めているのだろう。

とはいえ、映画を観てるとやっぱり、わたしも違和感を感じることがある。それは言葉。朝鮮語に違和感があるのではない。彼らがその言葉を「使い分けている」ことが妙に気になる。いい悪いじゃなく、単純に気になる。学校内では朝鮮語で話すと聞いたことがある。けど、なんだかとっても「日本の言葉」が聞こえるような気がするのだ。わたしは朝鮮語は全く分からない。だから、どの単語が日本語と朝鮮語、共通の発音の言葉なのかは分からない。だけど、彼らの話している言葉を聞くと「なんか日本語と朝鮮語って共通の発音の言葉がたくさんない?」って思えちゃうのだ。「全く分からない朝鮮語」の場合は、字幕だけ見ればいいので、あんまり気にならない。けど時折混じる「意味の分かる単語」を聞くと、字幕を読めばいいのか、耳で聞けばいいのか、無意識のうちに頭がこんがらがってる。これはとても疲れる(笑)

あと「使い分け」というのがね。福岡かどこかだったと思うが、ラグビー部が試合に来たので、地元の初級学校の生徒を訪問するシーンがある。体育館で歓迎会が開かれたが、そこでの質疑応答はもちろん朝鮮語だ。ところが帰りのバスの中で大阪朝高の子がしゃべってるのは日本語だ。バスの中では日本語をしゃべりつつ、見送りに来たバスの外にいる児童に対しては「あんにょんー」(だったかな?)って朝鮮語を使う。彼らにしてはほとんど無意識のうちにできることなんだろう。けどわたしはそれがとても不思議でならなかった。もちろん公式には朝鮮語で話さなければならないのだろう。わたしの目からすると、彼らは日本語も朝鮮語も両方不自由なくしゃべれるように見える。だったらなんで朝鮮語だけで話さないのか?それともやっぱり日本語で話す方が楽なのかな、、?

それからやはり福岡のシーンでだったか、朝鮮学校ラグビー部の父、という人が出てくる。全源治さん(残念ながら今からつい20日ほど前に亡くなられたらしい)という人らしいが、この人がラグビー部の部員に対して一言言う場面がある。そこでももちろん朝鮮語だ。しかし「慢心するな」ということを言いながら、ある一部分だけ「日本語の台詞」なのだ。ある一部分というのは「『俺は強いんだ』と思わないように」という「俺は強いんだ」という言葉だけが日本語だったのだ。わたしはそれを聞いて頭が「???」だった。どこでどう使い分けてるんだ?あの部分はなぜ日本語で言わなければならなかったのか?って思った。

わたしは、その時折混じる「日本語と同じ発音のような朝鮮語(かも知れない?)」と「使い分け」によって話される日本語に、違和感をものすごく感じた。多分これはわたしが一カ国語でしかしゃべれないからだと思うが、多分在日の人たち、特に朝鮮学校に通ったことがある在日の人たちにとってはこれが普通なんだよね。

あとは3年の子どもたちが修学旅行で「祖国」に行く話。もちろん韓国籍である監督はそこに付いていけるわけじゃないので、誰かに託したカメラの映像なんだけれど、なんていうかね、不思議なんだけど「ああ、彼らはここに行けるけど、わたしは行けないんだ」って思ったの。その感覚がとても不思議だった。だって、わたしは普段、どこでも自分の行きたいところは行けると思っている。日本国内はもちろん、今行きたいなって思ってる外国は、スペインだったりキューバだったり韓国だったりするけれど、金と時間さえあれば、わたしはそこに行ける。それは当然のことだと思ってる。けど、行けないところだってあるわけなんだよね。でもそこに行ける人もいる。なんでわたしはそこに行けないの?って思う。それがとても不思議、、まぁ日本国内でも自衛隊の施設や米軍基地なんかは入れないと知ってますよ。だけどわたしはこんなに自由なのに行けないところがあるの?って思っちゃうのだ。

在日は、在日全部と言っていいのか悪いのかは分からないけど、この人たちは日本と韓国、北朝鮮を繋ぐ人たちなんだなって思う。わたしは以前、朝鮮学校サッカー部の人の話が書かれてる「祖国と母国とフットボール」って本を読んだことがあるのだが、もう、国籍と国とがぐちゃぐちゃしてて、わけ分からんようになってた。この3つの国を行き来できる人たちであり、一方で国籍を選ばなければならない人たちでもあり、そういうことは彼らの持っている権利ではなく、歴史が彼らをそうさせたわけであり、その歴史は悲しい歴史だ。3つの国を行き来できる彼らが羨ましいと思う一方、別に彼らの意志でそうなったわけではないことも理解しなければならない。結局、どういう風になるのが今後、彼らの一番の幸福に繋がるんだろうって考えることがある。朝鮮半島は統一され、そして日本で少数民族として暮らしていけるのが一番なのかな。でもそうすれば、わたしだってどこにでも行けるってことだよね(もちろん日本と北朝鮮が国交回復すれば、その時点でわたしは北朝鮮にも行けるということになるけど)。

この映画は元々、韓国人である監督さんが、韓国でほとんど知られていない「在日」について知ってもらおうと思って撮り始めた映画なんだそうだ。この映画の中でも朝高の選手が(日本に交流試合に来た韓国の選手から)「風呂場でお前は日本人だって言われた」ってシーンが出てくる。監督さんは「ごめんね」というナレーションを入れていたけれど。。そして今日、韓国でもなんちゃらっていう映画祭にこの映画がノミネートされたって、上映が終わった後、監督さんが言ってた。韓国でもたくさんの人に観てもらえるといいですね。

映画の最後に朝高を卒業したラグビー部の選手だった人たちが、今は何をやっているかが出てくるんだけど、日本のラグビー代表(under 20以下だったかな?)になってる人たちが多いのね。わたしは日本国籍を持ってないと代表にはなれないのかと思ってたけど(野球もサッカーもそうだし)、どうやらそうじゃないみたいなのね。一定の条件があるみたいだけど。わたしは素直に頑張って欲しいって思ったよ。ルールは全く分からないけど、これからちょっと注目しちゃいそう。そして大阪朝高もいつかは花園で日本一になれるといいね。こう書くとまるで朝高びいきみたいだけど、仕方ない、他のところは全然知らないのだもの。きっと他の高校でも同じようにドラマがあるんだろうな。まぁそれはスポーツ全般に言えることなんだけどね。

観終わったあと、自然に大阪朝高ラグビー部を応援したくなる気持ちになってしまう、ということは、監督さんがそういう想いでカメラを回したと言うことなんだよね。それが十分伝わってくる映画だったと思う。

それから映画の中の音楽なんだが、わたし最初「このヘタウマな感じは、高校生の吹奏楽部が一生懸命吹いてるのかしら?」って思ってたけど、よくよく聞いてみれば、これ、去年NHKの連続ドラマでやった「あまちゃん」の音楽を担当された大友良英さんが作曲したものだったのね。そういやなんかとても「あまちゃん」に出てきた音楽と作風が似てます(笑)わたしがこの映画を初めて知ったのは、去年の9月だったかに、同じ監督さんたちが撮影した「東日本大震災 東北朝鮮学校の記録 2011.3.15-20」+続編「After School」を観に行ってからで、そのときに「今、あまちゃんで音楽を担当されている大友さんが、この映画の音楽担当ですよー」って言われたんだよね。あまりにもさりげなく出てきたんで、すっかり忘れてた。でも音楽の記憶は強烈に残ります。映像と音楽がとてもマッチしてた。

この映画、まだ28日まで渋谷でやってるみたいなので、是非どうぞ。ラグビー全然知らんわたしでも楽しめましたよ。25日までは毎日ゲストが来ているそうです。映画終了後にトークショーがありました。

最後に「北朝鮮」という名称についてなのだが、本来この国の名前は「朝鮮民主主義人民共和国」であり北朝鮮って名称じゃない。だから本当は朝鮮民主主義人民共和国って書けばいいんだろうが、なんかとても長たらしい感じがして変なので使うのは戸惑っている。中にはDPRKって書く人もいるんだけど、なんかそれも特別な記号みたいな気がしてちょっとって思ってる。普段からアメリカのことをUSAって書いてる人だったら、まぁ違和感ないのかなって思うけど。あとは「共和国」って言う人がいる。でも共和国はここ一つではないから、わたしは共和国とは呼べない。ってわけで、一般的に日本で呼ばれている「北朝鮮」を使ってるわけだけど、なんかそれも違和感感じながら使ってる。。わたしは一体、あの国をなんて呼べばいいのだろうか。。
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10-16 Tue , 2012
「最強のふたり」を観てきた
最近あんまり精神的な調子がよくなくて随分苦しんでたんだけど、今日は天気も良かったので外に出て映画を観てきた。といっても最初から映画を観るために出かけたわけじゃなく、別の用事があって出かけたんだけど、映画館の横を通ったときになんとなく「何かいい映画ないかな~」って言ったら彼女が「何をやってるか見に行ってみよう」って言ったんだよね。で「最強のふたり」ってなんか聞いたことあるなあ~程度だったんだけど、まぁ面白そうなので観ようと。開始時間もぴったりと合ったしね。

多分2時間くらいの映画だと思うんだけど、それが全然時間を感じさせない映画でね。すごく笑えて笑えて困るというわけじゃないけど、ところどころで笑いたくなる、そして最後にホロッとさせる、そんな映画だった(っていうか、いつも思うんだが映画館で笑う人少なくない?わたしら結構ところ構わず笑ってるんだけど、わたしら以外に笑ってる人あんまりいたことない。みんな笑うの我慢してるのかしら。それともそんなに面白くないのかしら)。

この映画、実話に基づいた映画なんだそうだ。別にそういうのを選んでるわけじゃないのに以前観た「おじいさんと草原の小学校」もそうだったし、意識しなくてもそういう「嗅覚」みたいなのがあるのかね。確かに一見して分かるようなバイオレンス映画とかそんなのは絶対に観ないって分かってるんだけどさ。

主人公は大金持ちの首から下が動かない障碍者とスラム街で生まれ育った黒人の介護者なんだけど、この介護者が障碍者を障碍者扱いしないというのか。。全然関係ないけどわたしこないだEテレでやってた「バリバラ」(バリアフリーバラエティーの略らしい)っていう番組見ててね、そのときは「障碍者あるある」みたいなのやってて見ながら思いっきり笑ってたんだけど、それに通じるような内容だと思った。障碍を笑い飛ばすというか、一見して「おいおい、そんなことやっていいんか」と思えるようなことを言ったりやったり。それがとても自然なんだよね。正直というか。それについてはそういう風にどうやったらできるんだろうとか、そう考えるうちはできないだろうなと思ったりしていたのだが。

ただ、物語はすごくヘテロへテロしてて「どーせヘテロしか見えてないだろう」って思ってたら。最後の方にさらっとレズビアンカップルが出てきてびっくり。あまりにさらっとしてたし「レズビアン」って言葉も出てこなかったので、特に日本人はあれを見て意味分かったかなぁって思ったりした。とともにフランスでは同性愛者は「当たり前にいる」ってことがもう日常なんだなって思ったり。ただ最後のお別れのキスくらいは挨拶なんだからしなさいよねと思った(笑)

この映画はフランス映画なのだが、パンフレットを読んだらハリウッドでリメイクされることが決定したとか。うーん、この話をアメリカの話にしてしまってうまくいくのだろうかとか、これより更に「お涙ちょうだい」になったらやだなあとか、まぁ多分リメイクされても観に行かないだろうけど(笑)、なんでこの映画そのものを楽しまないんだ、アメリカ人、って感じ。まぁその辺の話はわたしの大好きな「Shall we ダンス?」がアメリカで前代未聞の字幕版になったときの話を監督の周防さんが本に書いてるのを読んで事情はちょっと分かってるんだけど。しかもそのあとに結局リメイク版が出たけど(わたしは観てない)。
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02-24 Fri , 2012
おじいさんと草原の小学校
彼女は毎日家で仕事。わたしは昨日の日記に書いたとおり、一日中家で勉強したり本を読んだりしてる。そして休めない性格をしている。だから意識的に「休みの日」を決めなければ、休めない。

というわけで、今週の火曜日だったか、二人で映画を観に行ってそれから夜はどこかで食べて帰ろう、ってことになった。映画は気分が楽しくなるようなほのぼのした映画がいいね~となったものの、二人の性格からしていわゆる「普通の娯楽映画」は絶対にほのぼのするどころか、文句たらたらになるだろう、ということで、彼女が「名画座」で検索して出てきたのがこの「おじいさんと草原の小学校」という映画だった。題名がすごくほのぼのしているし、映画の中身も「ケニアで初等教育の無料化に伴い、84歳になるおじいさんが文字が読みたい、という理由で学校に通う物語」って書いてあって、なんとなくほのぼのしそうだね、ってことでこれに決めたのだ。ただ、そこに付いていた「PG-12(小学生には助言・指導が必要)」マークがちょっと気になったところではあったけれども。。

見終わって愕然とした。ほのぼのするような内容では全くなかった。

もう正しい部族の名前とか地名とか人の名前なんかは全く忘れてしまったのだけれど、そこにはアフリカ(正確に言えばケニアなんだけど)が植民地時代に支配者からどういう支配をされていたのか、反政府軍(というより、わたしの目には反政府「団」くらいにしか思えなかった)がどんな仕打ちを受けてきたのか、そして現在のケニアの状況。わたしにとっては「アフリカ大陸」というのは今まで学校でもそんなに教わってこなかったし(不自然にまっすぐな国境線は列強の勝手な思惑で決められた、ことくらいは知ってたけど)イメージ的には「難民がたくさんいて特に子どもの食糧やワクチンが足りない。たった○円で子どもが何日食べられるとか、1回ワクチンを受けられる」と言った「寄付」関係のものが大半で、「歴史」についてしかもその「歴史」というのは、たった数十年前、そしてそれが今、まさに続いていることなんか考えもしてなかった。

映画の内容。上にも書いたとおり、部族の名前等は覚えきれなかったし、内容についてはわたしの誤解も多々あるかも知れないけれど。

2003年にケニア政府は「初等教育の無料化」を打ち出した。「出生証明書を持ってこい」という政府に対してどっと押し寄せる子供を持つ国民達。定員50名のところ、200人もの生徒が集まって、小学校が作られる。そこに84歳になるという老人が学校に現われ、授業を受けたい、と言う。「学校はただでさえ子どもでいっぱいなのだから、老人には受けさせられない」「学校は子供たちのものだ」「学校に来るためにはノートと鉛筆がいるのだ」「学校には制服を着てこなければならない」そんな理由で毎日毎日拒否される。

しかしあるとき、そこの学校の校長(女性)が「なぜそこまでして学校に来たいのか」を問う。老人は「文字が読めるようになりたいのだ」と答える。老人には以前、とあるところ(実は大統領政府なのだが、彼は字が読めないので分からない)から一通の手紙が来ており、その内容を読みたいのだ、ということが映画の中で示される。老人は断わられる度にノートと鉛筆を用意し、学校の制服も買い、そして校長の独断で「学校に来て勉強してもいい」という許可を受け、勉強を始める。毎日学校へ通う姿を近所の人が見て冷やかす。それでもアルファベットの「a」から、数字の「1」から教わる老人。

そういう「現在」と、この老人が若いときに経験した「過去」の回想が交互に出てきて、映画の中では何も言わなくてもこの老人は若い頃「マウマウ」と呼ばれた反政府「団」に誓いを立て、そして白人(イギリス人)の家を襲撃し、その罪によって政府に捉えられ、目の前で奥さんと子どもを殺され、自身は囚人として収容所で逆さ吊りなどあらゆる拷問に掛けられ、マウマウの誓いを破棄するよう求められた過去を持つことが明らかにされていく。

特に奥さんと子どもを殺されるシーンは残虐としか言いようがない。支配層であるイギリス人が政府に協力しているある部族(赤い帽子を被っている)に命じて、必死で2人の子どもを離すまいとする奥さんから子どもを引き離し、夫がマウマウであることを言えと言われるが無言で拒否すると、こめかみに銃口が向けられ一発で殺される。そのそばで泣きわめいている子どもも同じく銃で殺される。それを目の前で若い頃の老人が見ていて、気が狂わんばかりに叫ぶ。

わたしは無知で全く知らなかったんだけど、現地の統治の仕方は帝国がそのまま支配するのではなく、現地のある選ばれた部族が支配層の帝国に優遇されて統治していたのだよね。帝国は自らの手を汚さない。部族と部族が憎み、争うように仕向ける。人間ってなんて卑劣なことができる存在なんだろう、そのことがわたしの頭の中を離れない。

校長は老人が教育を受けることを許可する一方、あれはどういう位置の人なのか、校長より上の存在なのか、よく分からないんだけど、老人が学校に来ることを強硬に反対する男性がいる。「あの老人は元マウマウだ」「マウマウは危険だ」と言い、そしてことあるごとに校長に「老人を学校の中に入れるな」と言う。しかし「学校は子どもだけが通っていいとは言われていない」「今は部族と部族が対立する時代ではない、みんな一つのケニアなのだ」とつっぱねる校長。老人もその男性は過去に拷問を受けた部族であることから「ヤツなんかの授業は受けたくない」と厳しい口調で言う。

校長はあるとき、老人が手首に数字が刻印されている金属のリングがはめられていることを発見し、聞く。「自分は昔、囚人だったんだ」と老人は答える。

そしてなぜか84歳で小学校に通う老人がいる、ということを世界中が知り、老人に世界中の記者が殺到する。老人は「ペンは力だ」と答える。そのことで一躍世界中に有名になると、ケニア政府自体はそれを喜ばしいことと歓迎し、あらゆるところに老人の顔写真と「ペンは力だ」という老人の言葉を載せた「看板」を立てる。

しかしそういう中でも学校の中ではまだ老人を排除する動きがある。それと同時に老人が記者に取りあげられたことに対して校長が何らかの「袖の下」をもらったのではないか、という声も上がり、校長が自宅にいるときに「今、お前は家の外にいるだろう。いつも見張っているぞ」という携帯電話がかかってきたり、少し離れたナイロビで単身仕事をしている夫に対しても「お前の奥さんはお前がいないときに浮気をしている」などという電話がかかってきたりして、校長を混乱に招き入れようとする。

老人を学校から排除する動きに対して、仕方なく校長は老人には授業を受けさせないことにする。が、その代わり「自分の助手」となってもらうことにする。

一方、最初は一人だったおじいさんはそのうち生徒らとも仲良くなり、おじいさんは子どもに「自由が一番大切なんだ」ということを教えたりする。おじいさんの隣の席に座る子どもはどうしても数字の「5」が覚えられず「授業に付いてこられない生徒は放り出せ」と言われているのを聞き、他の生徒に暴力をふるったり(それはおじいさんが止めた)暗い目をして一人ぽつんといたりするんだけど、あるときおじいさんが「やせっぽちさんにふとっちょさん、その上に帽子を被せてそれが『5』だ」と、おじいさんが突いている杖で「5」の書き方を教える。その子に杖で「書いて見ろ」というおじいさん。子どもはその歌を歌いながら「5」の字を何回も書く。子どもは笑みを浮かべる。

学校に老人を居続けさせることをよしと思わない勢力はついに校長を「転任」させることにする。その地からさらに何百キロも離れたところの学校に赴任させようとする。校長の夫は「今でも離れたところに暮らしているのに」と不満を言うが、校長は「わたしは赴任する。わたしは絶対に辞めない。今でも離れているのだから、それが何キロ離れようと一緒だ」と言い切る。

校長は事前に老人の家を訪ね学校を去ることになった、と告げる。老人は校長に対して「あなたはどこの部族ですか」と聞く。校長が部族名を答えると「湖の部族か。。(ああ、ここでなに言ったのかもう忘れちゃったよ)」と言う。

学校では校長のお別れ会が開かれ、みんなさまざまな贈り物をして校長と別れる。が、新しい校長が赴任してくるとき、その校長や校長を迎えようとして学校の外に出ていった「前校長反対派」の男性に対して、その「5」を書けなかった男の子が学校の校門に鍵を掛け、新しい校長やその男性を学校の中に入れるのを拒否し、そして学校の中から「ジェーン先生(前の校長の名前)を返せ」とみんなで一斉に石や物を投げつけて抵抗する。新しく赴任してくるはずの校長は「こんな学校では教えられない」とさっさと自動車で引き返してしまう。

一方老人はヤギをお金代わりとし、車に乗ってナイロビに向かう。途中、皮肉にも自分の写真が入っている看板とすれ違う。「議長に会わせてくれ」と老人は受付の人に訴えるが「今会議中です」と言われる。が、老人は勝手に中に入っていく。「今会議中だから困ります」という受付の人を無視し、会議室に入っていく老人。そして会議中の議長の前に立つ。「すぐに外に出しますから」という受付の人に対し「いや、いい」と答える議長。そして老人はおもむろに着ている服を脱ぐ。そして背中を向ける。そこにはムチで打たれたのか、背中にくっきりとした3筋の傷跡が残っている。「自分には足の指も全部切られてなくなった」と言う。「もう見せなくてもいい」という議長に対し「校長を学校に帰して欲しい。どうしても必要な人だ」と議長に訴える。

学校に校長が帰ってくる。喜ぶ子供たち。その子供たちがいなくなったあと、老人は校長に1通の手紙を見せる。「自分はまだ難しくてこの文章が読めない。だから代わりに読んで欲しい」と言う。校長はその手紙に目を通し、そこにいた助手に向かって「読んであげて」と言う。そこにはその老人が囚人として受けた仕打ちに対する政府の「補償金」が受けられることが書いてあった(最初の大統領府からの手紙の内容がこれだった)。それを黙って聞く老人。「これからどうするの?」という校長の問いに「まだまだ学校に通うよ。獣医になりたいんだ」と答える老人。そしてその後、この老人は国連で教育の大切さを訴えたこと、2009年まで生きたことなどが紹介され、映画は終わる。

この映画は実話に基づくフィクションなので、どこが事実の部分でどこがフィクションなのかは分からない。なぜあそこまで老人が学校へ来ることを拒んだ人がいるのか、それがよく分からない。しかし、この映画を作ったのはなんとBBC(英国放送協会)なのだ。わたしはまずそれに驚いた。かつてその地域を残虐な方法で支配していた国でこのような映画が作られる。ある意味、自分の国の「負の歴史」を語っている映画だ。そこにイギリスという国の「深さ」を感じた一方、ではイギリスは自国民に対して、例えば歴史の授業なんかで自国の「負の歴史」についてどのくらい教えているのか、それがものすごく気になった。イギリス人はこの映画を観て、一体どのようなことを思うのだろう?それも気になった。

そして、教育はかつての支配国であった「英語」が教えられる。そうしないと部族間の言葉では部族外へは通じない。この映画では頻繁に老人と同じ部族に対しては老人は部族語でしゃべる一方、校長など部族が違う人たちに対しては英語で話す、という場面が見られた。英語じゃないと通じないのだ。かつての「支配国」(宗主国?)について、現代に生きるケニア人がどう思っているのか、それはこの映画からは分からない。憎しみは「支配国」自体より、支配国に支持されたある部族の方に向けられているのではないかと感じる。だけど独立して「ケニア」となった以上、部族対立はなくして、すべて「ケニア人」として生きていかなければならない。

わたしは今まで国際法の「民族自決の権利」は崇高な理念だと思っていた。もちろんそれが当てはまる国もあるだろう。けど、民族自決の権利など薄っぺらい、美辞麗句に過ぎない国も存在するんだ、ってことを知って、なんて言っていいのか分からないくらい複雑な思いを抱いている。

そして首都ナイロビと老人の住む地域(どのくらい離れているのかは分からないが、車で数時間くらいだと思われる)の生活の違い。携帯電話を使う人がいる一方、電気さえない掘っ立て小屋みたいなところで住む人たちもいる。その格差。

だが、なぜかわたしは映画を観てケニア全土がナイロビみたいになればいいとはあまり思わないのだ。ナイロビみたいになることがすべてのケニア人にとって幸せかというと、なんだかそうは思えないのだ。それはあの映画で醸し出されるアフリカ特有の雰囲気、例えばすぐに踊り出したり歌い出したり、、そういう光景を見ると、あの人達は、ああいう風に生きていくのが幸せなんじゃないか、そう思えてしまうのだ。

ただもちろん教育は必要だ。教育を受けて、国民がある一定のレベルに達したとき、あの国はどうなるんだろうな、そんなことを思った。

この映画、PG-12な理由が分かったよ。だけど小学生が実際観たとして、理解できるとは到底思えないが。

そして映画を見終わったあと「こんな内容だったら、あんなにほのぼのとした映画の題名を付けるなよー」と文句を言いつつも、その後入った喫茶店であれこれ話したわたしたち。彼女は実際、この老人のモデルとなった人が国連で話したことがニュースになったのをなんとなく覚えていた、という。結局わたしたちにはこういう映画が似合っているのかも知れない。

それでもわたしに「こういう世界がある」と知らせてくれたこの映画。どうしても日常を生きていると自分の身の回りのことしか考えが及ばなくなってくる。そういうものを打ちのめしてくれた映画だった。
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01-14 Sat , 2012
「"私"を生きる」を観てきた
今朝、急遽思い立って彼女と一緒にこの映画を観てきた。
この映画をやってる渋谷の「オーディトリウム渋谷」を調べようとぐぐってたら、この作品が「座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル」の奨励賞を取ったって書いてあったから、あれれんと思ったら、akaboshiさんの「しみじみと歩いてる」と同時に奨励賞を取った作品だった。あら、すごい偶然(?)。

映画の内容は、卒業式の「国歌斉唱」のときに立たなかった教師と同じく卒業式の日にピースリボン(HIV/AIDSのレッドリボンみたいなもので、色が青色)を付けて出席した教師、そして職員会議で教職員が発言することを禁止する通達に対して反対を表明した校長の「生き方」のドキュメンタリー。この校長ってのが、わたしの母校、都立三鷹高校(鷹高)の校長だった人なんだよね。

正直、もう高校を卒業して25年になるが、映ってる校舎や体育館やなんやかやが懐かしくてー。思わず観ながら「懐かしい!」と声をあげそうになってしまった(笑)ただ、下駄箱が当時とは違って蓋が付いてるのになってたな~(って関係ない)。

印象的だったのは、前者の2人が「(自分の信念を曲げたら)自分が自分でなくなる」と全く同じことを言ったこと。そして2人とも都教委から処分を受けたり不当な扱いを受けたりして「自殺」を考えた、ということ。鷹高校長が「(管理職になるために)妥協できるところは少し妥協した」こと。そして「同性愛」という文字が1回、言葉が1回出てきたこと。これにはすごく驚いた。だってまさかこんな言葉が出てくるとは思いもしなかったから。「存在を無視されていない」ということがすごく嬉しかった。

逆に少し気になるところがあった。前者の教師2人は女の人だったのだけれど、子供の話は出てくるのだが、ダンナの話が全く出なかったこと。それに対して鷹高校長は「妻を愛している」と妻のことについて言及したこと。前者2人のダンナは奥さんの行動に対して全然協力しなかったってこと?って思ったし、もしかしたら離婚しちゃったのかなぁとか、そういう「下世話」なことも考えたりして。

気に入らなかったシーン。「世界のお母さんはみんな一緒、同じことを考えてる(多分、みんな自分の子供を愛していると言いたかったんだと思う)」みたいな歌を歌ってるシーンがあったけど、みんな同じなはずないじゃん、って思ったし、そこで「みんな同じ」って語ることは、なら「国歌斉唱」のところで「みんな」同様に立て、と言う人と同じ論理じゃん、って思った。それだったらなぜ「お母さん」はよくて「国歌斉唱」はダメなのか、ということにならないか。

わたしはここのところ「みんな一つ」とか「同じ」とか「普通」とかって言葉にすごく敏感に反応するようになっている。わたしはこれらの言葉は嫌いだ。「多数派が正しい」「多数派の意見に従え」「多数派は普通だ」と「多数派になること」を強制されているような気がする。なぜ一人一人の意見が違っていてはならないんだろうか。「みんな違ってみんないい」(金子みすゞ「私と小鳥と鈴と」より)は賞賛されるのに、なぜ実際には「みんな一つ」を強制されるのだろうか。そこのところがわたしにはよく分からない。

この映画が終わったあと、監督と出演者3人の挨拶があったんだけど、監督は「この映画が『日の丸・君が代』に反対している映画だと捉えられたならば、この映画は失敗です」と言った。わたしはそうは思わなかった。この映画の出演者3人に共通して言えるのは「自分一人一人の頭で考える」こと「それぞれ違っていてもそれはいいことなんだ」という教育を行なっていること。そして3人ともその自分の考えを貫き通して生きている。「権力」に向かって。特に前者2人はね、すごいなあって思った。強い、という言葉は語弊があるかも知れないんだけれど、強いなあって思ったんだよね。一人はストレスで胃の中の血管から血が吹き出て病院に入院したらしいんだけど、よく精神的に壊れなかったよなって。1回でも精神的に壊れると治すのがすごく大変なことは、うつ病3回やってるんでよく分かってる。だから、精神的な病気にならずに本当によかった、そう思った。

「権力」にもの申すことは大変で、本人もそれを分かっているはず。だけど「もの申さない」と「自分が自分でなくなる」。停職6ヶ月の処分を受けて、それを裁判で訴えた教師は逆に裁判所から「世の中は自分の意に沿わない場合でも妥協して合わせていくのが世情である」と言われたらしい。なんじゃそりゃ。ここでも「多数派が正しい」という論理か。これが裁判所の意見だとすると、こういう裁判所で捌かれるのが怖いよ。「言論の自由」はどこに行ったんだ?憲法で保障されている「言論の自由」よりも「公務員としての職務専念義務」(と言う名の実際は上意下達)の方が尊重されるというのか?わけ分からん。

しかし、一方この映画では「このままこの教育が続いていくとするなら、どんなに怖い将来が待ち受けているか」ということも分かる。都教委は校長を「自分の意のままに操れるロボット」として扱い、各校長は各教員に「自分の意見を言わないように」と強要する。そんな自分の意見も言えない教員が自分が預かっている子供たちに向かって「自分の頭で考えましょう」なんて言うか。すると子供まで「自分の意見など考えず、上の人の言うなりにするのが一番いいことだ(楽だ)」と教わることになる。そうすると、一番上の人が「右向け右」と言ったら、全員が何も考えず右を向くわけだ。背筋がゾーッとする。そういう教育が実際に行なわれている。その子供たちが大人になったとしたら。。日本は再び過去と同じ道を歩むことになるのか。

そのことによって利益を受けるのは誰なのか?「右向け右」で一斉に右を向く国民を作って一体誰が得をするのか。「国民一人一人」ではないことは確かだ。過去の戦争がそのことを十分示しているではないか。そのことをよく考えろ、と言ったって、考える頭がないんだから絶望的だよね。

と、つらつらこの映画を観た感想を書き連ねてきたが、138分あるというこの映画、観る前は「2時間以上あるのかよ」と思ったが、見終わったらそれほど長くは感じなかった。そして当初の予定では1月27日までだったが、今日の人の入りがよかったらしく(ほぼ満席だった)、2月3日まで延長になったらしい。

わたしは退院後は病院か近場に買い物をするくらいしか出かけてなかったんだけど(出かける気力がなかった)、今日は久々にそれ以外のことで出かけることができて、少しだけ前の自分を取り戻せたかな。あとは映画を見終わった感想を喫茶店であれこれ彼女と話せてすごく楽しかった。
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09-19 Sun , 2010
心が揺れる
shintoku空想の森映画祭の2日目、「TOKYOアイヌ」という映画を観た。2時間のドキュメンタリー映画だが、2時間があっという間に過ぎてしまうほど面白いがしかし、とても考えさせられる映画だった。

わたし、アイヌ民族のことについてはほとんど何も知らないに等しい。高校の時だったか、国語の教科書に知里幸恵のことが載ってたりしたのを覚えてるとか、喜納昌吉が出した「祭」ってCD(元は多分レコードじゃないかな。わたしが持ってるのはそれがCD化されたもの)の中に「アイヌプリ」って曲があって、今思えば(これまでずっと知らなかったことだが)その曲は、アイヌのかけ声だとかアイヌのリズムだとかが使ってあったんだなあ、ってのがこの映画を観て初めて分かったりしたほどだ。実はこの映画を観ている間中、わたしの頭の中ではこの「アイヌプリ」がぐるぐるぐるぐる回って鳴っていて「そうだったんだ、そうだったんだ」ってずーっと思ってた。

これ以外はアイヌ民族に関するイメージは全くない。だって、今までわたしの周りで「アイヌです」っていう人なんて誰もいなかった(知らなかった)んだもの。。映画の中でアイヌの人たちが「アイヌは外見を見ると分かるから」なんて言ってたけど、わたし、分からないもの。映画にたくさんのアイヌの人たちが出てきたけれど、わたし、この人たちが街中を歩いてたとしても絶対にアイヌとは分からないし、一体、彼らの顔のどこに共通点があるんだろうって思ってた。

ただ、社会的なマイノリティーって共通点があるんだよね。。細かいところではもちろん違うんだけれどもさ、やっぱり話を聞くとセクシャルマイノリティーとの共通点があるんだよ。もうそういうところが自分の心にチクチクつきささってきてね。「あー、その気持ち、とてもよく分かるなあ」とか「こういうところは同じだよね」って何度も思ったりしてた。

その一方、アイヌの人たちにとってわたしは「シャモ」とか「和人」とか言われる人種なんだなあということを強く思ったし、その点でわたしは圧倒的マジョリティーに属しているわけだよね。で、これって、立場的には在日コリアンの人たちに対するそれと同じなんだよなあ、とも思った。そしてこれまた何度も「わたしは、彼らに対して何をすればいいのだろう、何ができるんだろう」って思った。「今まで知らなかった、じゃすまない問題だよな」と思ったし「でも、まだまだ知らないことってたくさんあるよね」とも思ったし「でも、こうやって生きていく間に在日のこととかアイヌのことを知ったように、今は知らないけれど何かの機会で知ったことに対して、一つずつ、誠実に考えていくしかないんだよな」とも思った。そしてそれは、例えば異性愛者の人が何かの拍子に性的少数者のことについて知ったときに「ああ、こういう問題があるんだ。どうしたらいいのかな」って考えて欲しい、という気持ちの裏返しのような気もした。

そして、わたしは在日の人やアイヌの人たちに「どうしたらいいのか」と考えることと、わたしが異性愛者の人に「こういうふうにして欲しい」と思うのは、もしかして共通点があるような気がしたし(というか、前からそう思ってたけど、今日はそれをいっそう強く感じた)その方向で考えていけば、きっと自分なりに何をどうすればいいのか、ということが分かるんじゃないかなと思った。

わたしが表面的に目にできるのはアイヌの文化だけれど、そのアイヌの文化に対してただ「へえ」って感心してるだけじゃダメなような気がする。その文化はどういう状況で継承されてきたのか、そして将来にわたってその文化を継承する権利を彼らは持っていることを認める、認めるというのはちょっと上から目線かな、理解すると言えばいいのか、そこら辺の言葉がわたしにはうまくは言えないが、とにかく彼らはアイヌとして誇りを持って生きる権利を持っていて、それは誰にも奪えない権利なのだと言うことを頭に焼き付ける、とでも言えばいいのか。。

アイヌのいろいろな儀式や歌、踊りなどの映像を見ながら、しかしわたしは決してこの人たちの中に入ることはできないのだ、と感じていたし、だけど、入れないけど、わたしはその人たちと一緒に生きていきたい、とも思った。

この映画は観て思うことが本当にたくさんあり、それがとても面白かった。

最後に。アイヌの言葉で「考える」というのは「心が揺れる」と表現されるそうだ。その点に置いて、この映画を観てわたしは本当にたくさん心が揺れたし、見終わった今も心が揺れている。
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08-28 Sat , 2010
映画
今日は彼女と二人で「トイレット」という映画を観に行った。

というか、この「トイレット」、実は今日が封切りの映画。きっかけはたまたま彼女と二人、ケーブルテレビを見ていたときにこの映画の宣伝があって、彼女が「これ、面白そうなんだよねー」と言ったことからだった。調べてみたら今日からで、まぁちょうど観に行く気にもなっていたので、ってことで観に行ってきたのだ。

不思議な映画だった。

わたし、映画については完璧なほど「普通」なものを求める。突拍子もない話は現実感がないし、前後のつじつまが合わないストーリーの映画を徹底的に嫌う。ごく「普通」に考えて、おかしくない映画、というのが、わたしにとって「高評価」に値される映画であり、それ以外のものはほとんど「駄作」だと感じる。

ところがね、この映画、ストーリーを見ると結構突拍子もないし、「え、なんで?」って思う場面も何度も出てくる。けどね、それが不思議とあんまり気にならないんだよね。なんかそういうのがあっても許されてしまう。「ま、そんなのもありかな」なんて思えてしまう、不思議な映画。

中でもわたしが一番気に入ったのが、パニック障害の長男の話。

彼はパニック障害で4年間、家の中に引きこもっているのだが、あるとき母親の形見の足踏みミシンを発見し、そして自分のために、自分がはきたいスカートをそれで縫う。できあがったスカート姿に兄弟はびっくり。「なぜスカートなんだ?」と兄に問う。しかし兄は「欲望に理由なんかない。僕はスカートをはきたいからはくんだ!」と答える。

しばらくして弟が兄に問う。「ゲイなのか?」兄は答える「違う」。弟が「そう」と返事をする。ただ、これだけ。そして、これは不思議なことなんだけど、ここで兄が「そうだ」と答えたとしても、この映画だったら弟がやっぱり「そう」と言って終わるような気がするんだよね。

よくありがちな話として「ゲイじゃない」と答えたらいいけど、ゲイだと答えたらどうなんだろう?って物語(本とか映画とかテレビとか。。)が実はこの世の中にたくさん存在する。そのたびにわたしは「ゲイだって答えたら、何か不都合なことあるわけ?」と文句が言いたくなる。それだけ「ゲイなのか?」という質問は否定的に捉えてる。けど、この映画は全然そんな感じがしないのね。ただゲイかな、と思ったから聞いてみる、みたいな感じがするの。これはとても不思議なことだと思うし、この映画の魅力的なところだと思う。

まーただ、スカートをはく=ゲイという図式は、使い古された図式でうんざりはする(トランスならともかくね)。わたしの感覚からすると、スカートをはく男性って、おそらくゲイもヘテロも割合としてはそんなに大差ないような気がするし(シスジェンダーの話ね)。ドラァグの人はもちろんスカートはいてるけど、あれは「スカートはきたいからはく」んじゃなく、ドラァグだからはく、みたいな感じじゃないかと思うし(あくまでもわたしの想像だけれど)。それにこのお兄さんの「スカート姿」と、女装子(文字通り、女装したい人のこと)とはちょっと違う感じがするんだよね。

弟がお兄さんに聞くとすれば「女になりたいのか?(トランスなのか?)」って質問の方がこの場合は妥当だと思う。けど見てるとこのお兄さんは決して女になりたいわけじゃないみたい。彼にとってスカートをはく、というのは、一種の自己解放の行為なのかもしれない。女になりたいからスカートをはきたいんじゃなく、スカートがあるからスカートをはく。そしてお兄さんは「ただそれだけのことだよ、それがどうしたの?」って気持ちなんだと思う。いや、もっと強い意志はあるかな。結局スカートをはいたことが、彼をコンサートでピアノが弾けるほどのところまで持って行けたのだから。

そしてこの映画、「血の繋がりだけが家族じゃない」ということもサラリと描いているんだよね。

多分ね、押しつけがましくないところが、この映画を心地よいものにしているんじゃないかって思う。感動の押しつけがない。「ほら、これ観てよ。感動するでしょ?」ってありありと分かる映画って結構多くて、そういう映画の強引さには辟易するけど、これはそういう感動の押しつけがない。だから観ててすごく楽だった、ということもあるのかも知れない。

最後に。「ばーちゃん」役のもたいまさこの笑顔、いいな。彼女の笑顔はホッとする。
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02-08 Mon , 2010
「A2」/森達也監督
図書館でDVDを借りて観た。

初めて観たときは泣けた。オウムを監視している住民がいつしかともなく信者と心が通うようになり、その信者たちがその地を離れていくときの住民の言葉に。

ここの地域でのオウム監視活動は2つあり、一つは行政を含んだプレハブ小屋、もう一つはボランティアのテント小屋だった。オウム信者と仲良くなったのはボランティアの方で、この映画に映し出されているのは既に仲良くなったあとだった。そして、撮影中にこのテント小屋は解体されることになる。ボランティア住民に「手伝え」と言われ、テント小屋の解体を手伝うオウム信者たち。「なんでこんなになっちゃったんですかね?」と言いながら。。

そして、解体後に余興(?)、とでも言うのか、ボランティア住民に対して塩水を多量に飲んで吐く、という、おそらく「修行」の一つなのだろう行為を行なう信者。ボランティア住民から「実演料」だの飲んだ塩水に使う塩を「オウムの塩」として売り出したらどうだ、だの(本当は近所のセブンイレブンで買ってきたものらしいが(笑))という声が飛ぶ。

テント小屋解体後も彼ら、住民は毎日信者のところにやってくる。「もう守る会になっちゃったよ」と彼らの一人は言う。しかし彼らはなぜ、自分たちがこのような状態になってしまったのかが分からない。「情が移った」とは言うけれど、ボランティアが結成されたときの「オウム憎し」の激しい感情がなぜ「守る会」になってしまったのか。あるものは「不思議だ」と言い、あるものは「被害者の人々の反発を喰らうかも知れないが」と前置きした上で「混乱している、自分自身が分からない」と言う。

最後の信者が施設を去るとき(と言ってもここにいたのは2人だけだったが)「みんな健康で一生懸命修行して欲しい」とある住民が言う。「こんな中でも一つの道をピーッと進んでいくことはたいしたもんだ」と言う。みな、口々に名残を惜しみ、別れるのが辛そうだった。

森監督がこの作品の題名を「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」という副題を付けようとした、というのを撮影日誌「A2」(だったかな?違う本かも知れない)で読んだんだけど、そのフレーズはまさにこういうところから来ているのだろうな、と思いながら泣いた。

それがこの映画の第一印象だった。

しかし、、実はわたし1回目だけではこの映画の構成を全然理解してなかったんだよね(苦笑)

この映画、最初と最後は2000年10月で、中身はその1年前、1999年9月からだったんだよね。この期間はちょうど日本中が「オウム憎し」で地方自治体がオウム信者の住民票の登録を拒否したり、オウム施設の周辺住民が「オウム出て行け」と声高に叫んでいる頃だった。その間、オウムは教団の活動停止、上祐幹部出所、教団名アレフに変更、そして団体規制法(オウム新法)の適用、という流れであり、始まりは2000年10月に「結局1年前のあれはなんだったのか」ということから始まるのだ。

でもわたしはその流れが最初観たときは全く掴めておらず、最初のシーンと最後のシーンが同じ場所、ということさえも全然理解していなかった(苦笑)つくづく映画じゃなくてDVDでよかった、と思った(笑)

しかし、テレビで観ると、実はうまく声が聴き取れないところが何ヶ所かあって、なんてのかな、多分、カメラとマイクが一緒になってる機械で撮影したんだと思うんだけど、それだとすごく聞きにくいところがあるんだよね。被写体が遠くでなおかつ早口だとホント、何言ってるのか分からない。映画館では大音量で流すだろうから問題はないだろうけど、家だと聞こえないレベルで音量を合わせると、普通の会話が大音量になりすぎるわけ。仕方ないから2回目3回目はテレビにイヤホンを付けて、大音量で聞いた。

そうするとね、中でわけ分からなかった右翼とオウム信者が話し合うシーン、あそこが理解できた(笑)なんかさ、あそこはオウムの人がカメラが入るのを嫌がったんだよね。そこは確か撮影日誌「A2」にも書いてあって、それが結局どうなったんだっけ、とわたしは思い出せなかったんだけど、ああ、結局会ってるところを撮影できたんだな、って。

いや、もうさ。最初は人の名前なんかどーでもいいんだ、と思ってたんだけど、この映画、やっぱり人の名前が分からないとわけ分からないんだよ(笑)でね、声に頼ると何回か観ないとわたしみたいに理解力と記憶力がない人はわけ分からないの。だけどね、実はこのDVD、英語字幕付きなんだよね。英語の字幕にすると名前が文字で見えるので(あと、映画中の日本語の説明文を英語の字幕にすると、説明文には書いていない人の名前とか、そういう情報が得られた)理解しやすくなるの。

多分、ここまでしなくても分かる人には分かる映画なんだろうと思うけど、わたしは分からなかった(苦笑)

で、2回3回観るうちに、この映画は単なる住民とオウム信者が仲良くなった、だけどそんなのは一切マスコミは報道しなかった、だけの映画じゃないって分かる(てか、1回しか観なくてもそれは分かったけども。ただ、わたしは上のような理由で何回か観ないとピンと来ないところはあった)。

まずこの映画で3人の信者に一連の事件('95年の地下鉄サリン事件を含む)についてどう思っているか、を聞くシーンがある。一人目には「あのとき('95年の地下鉄サリン事件)に教祖からこの袋を地下鉄の中で傘で突いて破いてこい、と言われたらあなたはどうしますか」、二人目には「この状況になったのはすべて教祖の意の元にあるとあなたは考えているんじゃないですか」、三人目には「あなたの中ではこの一連の事件について、もう決着がついているでしょう」と聞く。

これをそれぞれの信者に答えさせている。もちろん、信者にとってもとても答えにくい質問だ。現に「意地悪な質問ですね」と一人の信者が答えている。なかなか「どうやって言ったら誤解のない答えができるか」を考えている信者の人たちに対して「僕が代わりに答えましょう」とか「僕は答えが分かるので言いましょう」という「手段」を監督は使う。まー、答えにくいからだと思うけど、似たような手法を使うのは一つの映画につき1回にしてくれ、と思ってしまうのだが。。(笑)仕方がないのかな。端的に聞くのはとても分かりやすくていいのだが、何回も同じようなパターンを使うのには「うーん、ちょっと」とは思った。あとは人によって使い分けてるよね。答えてくれそうな人、この質問をぶつけても大丈夫そうな人には結構ばしっと言うんだけど、そうでなさそうな人にはそういう「困る」質問はしない、わたしは観ててそう思ったな。ま、それも手段なんだろうけどね。そうでなければ面白い映画なんか作れないもんね。

でも、もし世間で言われているような「洗脳」されている信者だったら、答えることにこんなに躊躇しないと思うのね。彼らは世間の人に誤解を受ける言葉はどれかをちゃんと知っている。ちゃんと知っているからこそ誤解を受けるような言葉は言わない、いや言いにくいと思う。それはある意味「ちゃんとした言葉」に対しても歪曲して誤解されるように報道され続けてきた彼らにとってはもうこれ以上誤解されたくないと思うだろうし、あとはどうしても言葉では言い表わせないことがあるのと、彼らが使う言葉とわたしらが使う言葉の意味するところが違う、そういうことを無理に言葉にするとおかしくなる、ということが分かっているのだと思う。だから彼らは彼らの答えを言ったあと(言わされたあと)「(こんなこと言って)まずかったですかねえ」と一言言わずにはおれないのだと思う。だから消毒の噴霧器(よく美容院か何かで水が入ってるような小さい噴霧器)を手にして「マスコミが来てこれを噴霧したらヤバイですかねえ」などという冗談も出てくる(笑)彼らは自分たちが世間からどう言う目で見られているかをよく知っている。

そういう意味ではなんというのだろう、出家した信者はよく「現世」「現世」と言っているのだが、結局彼らも現世と繋がりを切れないんじゃないだろうか、と思ったのね。少なくとも「世間で起こっていることをまるで知らない」という「現世から離れた信者」など(映画で撮影された範囲でしかないが)どこにもいない。中で一人が「(バッシングや受け入れ拒否があるため)現世とはどんどん離れていく」とは言っていたが。

いや、わたし観てて「この人たち、本当に現世と繋がりを断ちたいって思ってるんだろうか」って思うシーンがいくつも出て来てるのよ。キティーちゃんに執着してる信者とか、修行している途中で携帯が鳴って、それにためらいもなく出る、とかさ。「あれ、いいの?」って思う場面、結構出てくるんだよね。

確かに彼らは周辺住民から監視されたり、マスコミから取材を受けたりして、ますます「現世」との繋がりを絶てないだろうなあと思う場面もある。そしてそういうことになった「原点」は、やはり松本サリン事件や弁護士殺人事件、地下鉄サリン事件などの一連の事件を起こしたからだろうが、それは信者にとって「教祖の意志だった」と捉えていることも分かる。「こういう状況でどうやって修行していくか」ということは当然彼ら、出家信者は考えているだろう。けれどその反面、携帯電話を持っている信者やキティーちゃんに執着してる信者、カレンダーの模型に執着している信者ってどうなの?って思うんだよね。彼らは本当に「現世」で生きたくないのだろうか?と思ってしまうんだよね。

ただ、いくら「出家集団」と言えども、この世に一緒に住んでいることは確かで、みんな森の中で自給自足で暮らしているわけじゃないから、どうしても世間との関わりを保たなければいけない「信者」もいなければいけない、ということになる。みんながみんな浮世離れしていたら、とても宗教集団として存続してはいけないだろう。そこをどう捉えるのか、どう考えればいいのか、わたしはとても気になった部分だ。

それからこの映画には「松本サリン事件」の被害者である河野さんに対して「教団に謝罪する」場面がある。ここはとてもあのときの「教団の体質の甘さ」を浮き彫りにしていて、しかし上に書いたようにその「甘さ」というのは実は「浮世離れ」しているからではないか、とも思わせて、わたしはそれがいいのか悪いのかは分からないのだけれど、とにかく彼ら(教団側)はとても甘い。河野さんがどうしてこのようなことをセッティングしたのか、それすら分からないようだった。最初は穏和な顔をしている河野さんも、教団幹部が実は何も考えていない、ということが段々分かってきて次第に顔つきが険しくなっていく。教団幹部は河野さんの意志に甘え、教団側に理解を示してくれると言うことで、同意したり笑ったりする。「ダメだ、そこはそうじゃないだろ、何言ってんだ」とわたしも何度も思うシーンだ。途中で河野さんは「(今日は)もうなくていい」と言うのだが、結局、離れで謝罪文を考えさせ、わたしならとっくに切れて追い出してるよと思うのだが、河野さんはかなり懐の広い人だと感じた。

もちろん、わたしも河野さんとは直接知り合いじゃないから、マスコミを通じたことしか知らないが、奥さんがサリンにやられてずっと意識不明の末亡くなられ、そして河野さん自身は第一発見者と言うことで一時は犯人扱いされ、そういうことがあって、マスコミや警察に対してはものすごく不信感があると思うのだけれど、だけど、そうであってもまだなおかつマスコミを利用してオウムの信者が暮らしやすいように考えてあげる、というのは、本当に人間できてないとできないことだ。一体、この人の強さと優しさはどこから来ているんだろう、と思う。彼が一番危惧をしているのは「日本では一旦ターゲットになるとあることないこと報道するマスコミ」であり「報道したことはそのまま鵜呑みにして信じてしまう日本人(もしかしたら日本に住んでる外国人もそうかも知れないが)」であり、それはかつては自分で、今はオウム、それが未来には誰もがターゲットになり得る、ということなんだと思う。

それと対をなすのは「集団ヒステリー」と化した周辺住民だ。

「出て行け」と叫ぶ彼らは鬼のようであり、しかし、集まっている一人一人を観ると中には笑っている人や楽しんでいるように見える人たちもいて「一体、どういう気持ちで参加してるんだろう?」と思ってしまう。自分たちを「正義」と信じて止まない人たちの集団。怖い、とても怖い。

彼らは「警察の対応が甘い」という。警察はいつも自分の味方だと思っている。そして監視対象は人殺しだから徹底的に戦って、話し合いをする気はない。知ってみようとする気もない。なぜこのような硬直した考え方しか持てないのだろうか、と思う。「近くに殺人集団が来た住民の身になってみろ」と言われるかも知れない。だったら必死になってぶつかっていった、あの住民たちはなんなのだ?と思う。この住民の差はなんなのだろう?と思う。

「殺人集団に対して警戒心を持つのは当たり前だ。話し合おうとして殺されたらどうする」と言う人もいるだろう。わたしだって、あの時代をもちろん生きてきた人間だけれど、実は今はほとんど覚えていない。あのときどう思ったかを。住民票を登録しない地方自治体の態度にはあきれた覚えはあるけれどもね。だけどあの場にわたしがいたらどうしただろう、と想像してもよく分からない。「出て行け!」とシュプレヒコールをあげたとは思えないけど、おそらく相手と話し合おうなんて気もさらさらなかったはずだ。だからわたしも本来なら彼らを批判する立場にはないのだ。

だけど。わたしは「次のターゲット」にならないとは限らない。犯罪なんか簡単に「作れて」しまう。それは怖い。だからこそ、声を上げねばならない、と思う。いや、思い始めた。この世の中には「正義」と「悪」だけじゃなくてもっと怖いものがあるのだ。「A」や「A2」を観ると本当にそう思う。「A」では「転び公妨」、そして「A2」では「駐車場にいたオウム信者をひっくくりました!」と報告する警察官。怖い。ものすごく怖い。「A」も「A2」も国家権力の怖さ、については共通するものを描いている。

そして「国家権力対右翼」。

うーん、わたしは何度観てもあの右翼の街宣車と人を威嚇するしゃべり方には慣れないのだけれど、警察に対して行なう罵倒する言葉は、まるで大人と大きな子どもの争いのように見えた。大きな子どもは大人に何を言っても相手にされないので実力行使(=街宣車に乗ってスピーカーガンガンにして道路を突き進む)をするんだけど、大人はびくともしない。その様子はまるで駄々をこねて地面に足をじたばたさせている子どものようで、なんとも哀れさを感じた。そしてだから逆に「びくともしない大人の怖さ」をまた感じてしまう。

「正義」という言葉の元に国家権力が介入する。しかし「正義」は絶対的な「正義」ではない。誰かの「正義」は他の人にとっての「正義」じゃない。不都合な「正義」は誰かの「正義」によって駆逐される。「正義」の名の下によって。わたしはこの国をそんなこわい国にしたくない。だから考える。相手を知ろうとしたい。相手に近づきたい。それでお互い理解できなければ距離を置けばいい。まぁ、自分がいい思いをしていない相手と向き合うことはすごく難しいことだと思うけれども。でもそうやって生きていきたい、と思う。

最後に。

監督は「この事件をこのまま沈静化させたらたまらない」と教団の広報担当である荒木に言う。荒木は「A」での被写体の中心だった。「あの事件は一体何だったのかを誰も考えていない」と監督は言う。そして「教団名を変え、被害者に補償金を支払う、といった今の形は違うんじゃないか」と言う。荒木もそれに同意するが後が続かない。「表層的な融和はできても、根本的な融和はできないんじゃないか。だとすれば危険だ」と監督は言う。

監督が言った意味をわたしは本当に理解しているのかどうかは分からないのだけれど、わたしは根本的な融和なんか必要あるのか、と思う。だって、彼らは「現世」で生きてないのだもの。「現世」で生きようとしていないものと「現世」で生きているものが融和なんかできない、と思う。出家ってそういう意味なんじゃないの?だからこそ、宗教集団は危険である、って信者の人も言ってたよね。ただ一方で「誠意を見せ続けなければならない」と思っている人も中にはいる。「そうでなければ教団は生き残れない」と思っている人もいる。

そこでまた分からなくなるのが「現世」と「宗教集団」の関係なのだ。。「現世」と「宗教集団」を繋ぐ「誰か」が必要だと思う。ただ、その「誰か」とは誰なのだ?それがわたしには分からない。

そして、この映画を取り終えてから、今年で10年が経つ。奇しくも監督の言ったようにあれから「オウム(アレフ)」の名前を聞くことはなくなった(地下鉄サリン事件の日などの日は焦点が当たるけれども、その日以外はおそらくないだろう)。今はほとんど忘れ去られている、と言ってもいい。

わたしはこの映画を観ながらずっと「この映画に写ってる人たちは、今はどういう生活をしてるんだろうなあ?」と思っていた。オウム排斥運動をやっていた人は「あれは仕方がなかったんだ」という人もいるかも知れない。「あんなことして馬鹿だったよね」という人もいるかも知れない。でも、、「対象」となった人たちはどうだろう?「仕方がない」で済む問題なんだろうか。それともまだ「殺人集団なんだから当たり前」とみんな思ってるんだろうか。

監督は「A3」を作るつもりである、と撮影日誌「A2」には書いてあった。しかし、既に誰も見向きもしない今の時点で新たに続編を作る意味はあるのだろうか。いや、誰も見向きをしなくなった今の時点だからこそ、作らなければならないのかも知れない。それとも監督の中から興味はもうなくなってしまったのかも知れない。

わたしは、続編を観たい。
そう思う。
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11-21 Sat , 2009
映画
今日は(いつもより)すんごく早起きして、某所に映画を観に行った。
別に泣くつもりじゃなかったんだけど、2度ばかり「ジーン」と来て、結局最後はちょいと泣いてしまい。
でもそのうち1箇所は自分でも「なんでこんなシーンで涙が出るんだろ?」って観ながら思ったし、今でもそう思っている。。

その帰りに「どうしても原作読んでみたい」と思って、帰りにわざわざ神保町に行って、古本屋で本を買ってきたんだけど。こういうとき、東京に住んでると便利だなあ~って改めて思った。。

しかしもともと1円70銭で売られてたものが、なんと1,575円(消費税込み)もした!!
何倍になってんだよ!っていうか、まぁ、今、1円70銭だと言われても、金ないわけですが。
っていうか、2円出して30銭おつりくれればいいのか(なんて)。

で、一応読み終えたんだけど、なんせ旧仮名遣いだったんで、漢字は難しいわ、読み慣れない言葉はあるわですんごく疲れた(苦笑)

だからというわけじゃないんだろうけど、今、すげー気持ち悪い(苦笑)

まだ夕飯食べてないんだけど、今日は早く寝ます、、、

感想は明日書ければ、、いや、もしかするともう一回観に行くかなぁ。。
っていうか、もしかして別の作品も観に行きたいかも(謎)
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09-11 Fri , 2009
林由美香、という人について考える
昨日、彼女と一緒に映画を観て、しばらくたった帰りの電車の中で彼女と「大激論」になったことは、昨日の日記にちらと書いた。

彼女は「林由美香、と言う人の死が気になる」という。「誰か、彼女のことを気にかける人はいなかったんだろうか」という。そして「男の人が映画を作るとこういう女性は『聖女』にされちゃうんだよね。。」とも言っていた。

根本的なところで彼女が何を言いたいのかは分かっているつもりだ。しかし、わたしはこの映画では、本当の彼女はどうだったのか、とか、彼女は孤独だったのかどうかとか、誰か気にかけてくれる男性がいれば、今も生きてるのだろうか、とか、そんなことは正直、あまり興味が無いところで。

帰ってから読んだ「あんにょん由美香」のパンフレットを読むと、途中で林由美香がどうやって亡くなっていたか、詳しく語られたところもあったそうだが、監督はそこまでプライベートなことは公表すべきでない、と思って全部カットした、と書いていた。いや、わたしはあの映画はそれでいい、と思ったのだ。あの映画にそこの部分を入れると映画の雰囲気が全く変わってしまう。極めて重い方向にね。。でも多分、監督はそういう作品にしたくなかったのだろう、とわたしは勝手に想像している。

しかし、あの映画では確かに「林由美香」と言う人のことを「聖母」にしているとは思う。男性にとっての理想的な女性の姿、強くてたくましくて、そして包容力があって、しかし、誰のものにもならない、誰も彼女を縛り付けてはいけない、と思わせるような。映画の中で「彼女は豪傑だったよ。ああいう豪傑な女性は今はもういないね」と誰かが語るシーンがある。その言葉が表わしているように、「誰も彼女にはかなわなかったのだ」と、だから彼女は大きすぎて、男の手には負えなかったのだ、だから彼女は「聖女」なのだ、という組み立てがされてると思うのね。

だからこその、あの最後のシーンなのだとわたしは思う。松江監督やその他の林由美香に関わった人たちが林由美香を「聖女」にしたかったのだ、とわたしは思う。

しかしこの「聖女」というものは、あくまでも男性にとって都合のよい「聖女」なんだけれど、(わたしの)彼女が気に入らないところは、「勝手に都合のいいところだけ取り出して女を聖女にしないで欲しい」という気持ちがあったから、この発言が出て来たのだと思う。

それは、わたしも分からないでもない。一方では林由美香という女の人は、男に食い尽くされてしまった女性、とも考えられると思うから。だけど、ここでわたしが思うのは、例えば、男に消費されるような女の職業、主に性を売り物にする職業が多いと思うけど、それってさぁ、果たして「男女平等」の世の中が実現されたときには、こんな職業はなくなるのか、それともまだ残っているのか、分かんないんだよね、わたし。

このような職業は、韓国ほどではないと思うものの、やっぱり日本でもあまりいい顔をされない職業ではないのかなと思うんだけど、でも、例えば本人が「これは自分に向いている職業だ。わたしにはこういう職業しか合わない」って思う人がいつの時代でもいるのかも知れないとも思う。それともやっぱり生活に困って、やむにやまれぬ事情でこういう業界で不本意ながら働いているのかな、みんな。

しかし、19歳のときの林由美香は言った。「他の仕事は自分じゃなくなるような気がするから、自分に合ってない」と。若干19歳の発言である。その若さゆえに他の世界を知ることがないため「わたしにはこれしかない」という狭い視野での発言だったのかどうかはわたしにはわからないし、亡くなるまで彼女は本当にこう思い続けてきたのかすら、わたしはよく分からない。

だけどね、(わたしの)彼女は「聖女にされているのは気にくわない」と言ったが、わたしはなぜかどこかでこの映画に出てくる男の人たちと同じように思うんだよね。「彼女は誰のものにもならない、捕まえたと思ったら、するりと身をかわしてどこかに行ってしまうような女性だった」と。そういう人って多分、いるんじゃないかなと、そう思えてしまうのね。で、そこがその人を不幸にさせてしまっているような気がするんだけど、「誰のものにもなりたくない自分」がいる一方、「やっぱり誰かがそばにいて欲しい自分」というのも、多分、林由美香という人の中にもあったはず。でも、その割合は圧倒的に前者の方が強かったのではないかと。

林由美香という人と、わたし、という人間は、全くタイプの違う人間だけれども、それでもわたしの中にも「誰のものにもなりたくない自分」というのがある。今はこうやって彼女と一緒に暮らしている自分なんだけど、わたし、彼女と巡り会う機会がなければ、一生、一人で生きていく自信があったもの。「本当のわたしのことを分かるなんて人間が他人にいるはずないじゃないか」って正直今も思うもの。まぁそのうちの一つの理由は「自分も自分のことがよく分かってないから」というものだったりもするのだけれど(爆)「自分が分かってないのに、他人に分かられてたまるか」という「反骨心」みたいなのは、わたしの中のどっかに存在してるんだよね。

だからある意味、わたしも「聖女」になりうるの(笑)

わたしはわたし自身、今までいろいろあって、ほとんどまっとうな人生を歩んでないんだけれども(苦笑)、なぜか今まで何回か、人から(それも全部男性だったな)「羨ましい」と言われたことがある。わたしはそのとき特に「何かを持っていた」わけじゃなかった。だから一体、何が「羨ましい」んだか、全然分からなかったし、今でもなんでそういうことを言われたのかよく分からない。でもだから、わたしは「聖女になりうる」と自分自身で思っていたりする(爆)林由美香という人とは全く逆の「女」なんだけど、そしてわたしは彼女について、本当に何も知らないんだけれど、なんかね、どこかで似ている部分があるのかも知れないって、僭越ながらそう思う。

そういうのがあるから、わたしは林由美香という人が亡くなって「聖女」にされても構わない、と思ってるんだよね。ある意味それは真実のことだと思うから。だから、腹も立たない。「男に食い尽くされて、誰にも守ってもらえなくて死んだんだ」って、そう思うかも知れないけど、彼女自身がそういう生き方を選択していたのならば、寿命が多少短かったとしても、それは仕方がないことだと思うのだ。

もちろん、わたしは彼女がなぜ亡くなったのか、全く知らない。それまでずっと元気だったのが、突然心筋梗塞を起こして亡くなったのかとか、実はその前に本当は何か病気にかかっていたのかも知れなくて、そのことが死の原因になったのかも知れないとか。全然そこのところは分かんないんだけど。

だけど、わたしにとっては事実がどうだった、ということはあまり関心がないのだ。

ただ、彼女は愚直なまでに自分の仕事に取り組んで、その愚直さゆえに異性を引き付けるものの、所有できないものと錯覚させる何かが彼女の中にあり、彼女もそれを自覚していて、それをまた愚直なまでに実行し、そのことが結局彼女の寿命を縮めたのかも知れない。彼女はそういう生き方しかできなかった、わたしはなんとなくそんな感じがするんだよね。

正直、人の人生に対して「あり」だの「ない」だのとは言えないが、でもわたしは「太く短く生きた」林由美香って人は、彼女に引き付けられた人間にとってはすべて「聖女」なんだと思う。
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09-10 Thu , 2009
「あんにょん由美香」観てきた
今年の2月だったかなあ~?「在日コリアン映画祭」ってのがあって、その中のプログラムに「あんにょんキムチ」っていうのがあって、その後のトークで監督自身が「あんにょん由美香」という映画を作った、ってことを言ってたんだけど、それが上映されるってのを、偶然、東京国際レズビアン&ゲイ映画祭でフライヤーが置いてあったんで知って、でも、いろいろその間あったので観に行けなくて、ただ、これ評判がよかったのか、ずっとロングランしてて、で、ようやく今日、観てきた。って、すごい長い一文だ(笑)

んー、観た感想なんだけど、確かに「あんにょんキムチ」の方はドキュメンタリーって感じがしたんだよね。しかし、同じドキュメンタリー映画でも、この「あんにょん由美香」はあんまりドキュメンタリーって感じがしなかったんだよね。。ま、それでも最初、映画を撮り始めたときは、あんな終わり方にはなるとは監督自身も思ってなかった、という点では、やっぱドキュメンタリーなのかなとは思うけど。

あ、「あんにょん由美香」の由美香って人は、林由美香っていうAVとかピンク映画では非常に有名な人だったらしい。しかし、2005年の自分の誕生日の1日前になくなってしまったらしい、34歳の若さで。で、監督は生前にこの由美香さんに自作の映画に出て来てもらったんだけど「松江くん(監督の名前)、まだまだね」と言われたことで「よし、いつか納得できる映画を撮ってやろう」と思う前に亡くなってしまった。それが監督の中でとても心残りだったことが一つ。そして、亡くなって1年後に行なわれた追悼集会(?)で、実は韓国のAVにその人が出てて、それがまたすごいへんてこなAVで、そのAVを作った監督は韓国人、男優も韓国人が主なんだけど、撮影場所は日本。そして出てくる女優さん、あと日本人の男優さん、しかし話される言葉は日本語。韓国人の男優さんも拙い日本語で話し、なんとハングルの字幕付きっていう、ちょっと変わったAV(ビデオ)だったのだ。

内容も突拍子もない、と言えども、多分、AVとかって、日本のでも結構突拍子もないストーリーが多いと思うんだけど、なんというのかなあ~、こちらからしてみれば、韓国の人が拙い日本語で話す(しかもちょっと日本語っぽくない日本語で)のが、とても奇妙なんだよね。

で、この監督は「なんで林由美香がこの映画に出たんだろう?」という疑問から、この映画がスタートするわけなんだけど。

んー、なんというのかなあ。。割と「意図的」ではあるドキュメンタリーなんだよね。林由美香を撮った監督たち、しかもそのすべてが私生活でも肉体的な関係にあった、という人たちが3人出て来て、彼女を語る。あ、その前に一人、評論家みたいない人が出てくるけどね、しょっぱなに。そしてそれぞれの監督が彼女を撮ったというところに行って、彼女を語る。チャリで峠を越えたシーンがあれば、その当時の監督さん(てか、不倫関係にあったらしいがその当時)と一緒にチャリで峠を越えてみる。どこまでも続く坂道にウンザリした監督は、チャリをその辺に置いて、自慰行為を始める。えーと、そういうシーンまでこの松江監督は自分で再現してみたりする。

どうせ、韓国に行ってどうにかなって終わるんだろうなーと思ってたんだけど、ま、それはそれで当たってたわけだけど、その前の北海道のチャリのシーンはちょっと長かったかなあ~?って感じはした。

で、撮影を続けつつ、当時の映画に関わった人たちを探し当てて、そこからまた次の繋がりへ、となっていくんだけど、カメラマンだった柳田さんって人だけ、なんかひょっこり現われるんだよね。でもその柳田さんのおかげで、当時、通訳をしてた韓国の人と繋がって、そしてその人からその映画を作った監督に繋がっていくので、実はとても重要な役割をしている人なんだけれども、ちょっと登場するのが突然だったんで、そこは「あれ」って感じは持った。

そして、監督は韓国に渡って、まず、通訳だった人をインタビューするんだけど、その人は今、会社を興しており、こういう仕事(当時日本に来てた留学生だったらしい)は「恥ずかしい仕事で、できたビデオも観ていない」「韓国ではこういう仕事をしていたら『ヘンタイ』と思われる」と、語る。

次に韓国人の男優さんが出てくる。劇中では由美香のダンナ役の人だった人だ。「お金が無かったからAVに出たけれども、韓国ではAVに出たというだけでもう、普通のオーディションさえ受けられない」と語る。彼は今、何をやってるのかは一言もしゃべらなかったんだけどね。男性でもそんな感じだから、女性なんかなおさらだろう、ってんで、女性はぜーんぶ日本人だったんだよね。わたしは最初「犯す=韓国人」、「犯される=日本人」って構図にしたかったのかなと思ったんだけど(歴史的な経緯とかも含めて)、それはちょっと考えすぎだったみたい。

なんせ、監督自身も韓国のAVじゃなく、日本のAV観てる人だったみたいだから。というか、日本のAV女優さんの演技は派手だからいいって言ってたけど(これって、わたしから言わせると「やらせ」以外のなにものでもないと思うんだけど。だから、個人間のSEXに於いて、誤った知識とか出てくるんだよね~、ってそれは置いておいて)そのときに言ったセリフがね「気持ちいい~」と「止めて~」だったかな。それを聞いて、わたしびっくりしてね。というのは、シドニーでわたしが語学学校に通っていたときに知り合った韓国人の男性が、どーも日本のAVをよく観てたみたいで、同じことを言ってたんだよね~。だから、あ、日本のAVって多量に韓国の男性に観られてるんだって、そのとき思った。

しかし、この監督は今は引退してるらしいんだけど、一番最後の作品は、ヨン様の初主演の映画だったとかで、監督はAV撮ってても、普通の映画も監督できるのかなあ~?とそこは疑問だった。

あと、松江監督自身が「なぜこの作品は日本語で作られたのか」について直接監督に聞くんだけど、監督は「最初は韓国の俳優は韓国語で、日本語の俳優は日本語で、で、日本語の部分は字幕にしようと思っていた。けれどもなんとなしに日本語でやろうってことになって、日本語になった」って話してたんだけど、あれはどうもウソっぽいと感じた。。だって、韓国の会社が作るAVだよ?例え舞台が日本であっても、日本人に韓国語を話せ、と言うのならともかく、韓国人に日本語を話せってのは、やっぱどう考えても変だよね。日本人スタッフの間では「日本というイメージを付けたかったんじゃないか」とかいろいろ言ってたけど、果たしてそうなのかなあ~?ここのところがわたしは納得は行かなかった。多分、何か他の理由がありそうだと思う。

しかし、映画全般を通して語られる彼女ってのは、なんというのかな、よく言えば、普通SEXシーンのときには前張りするけれど、彼女は『前張りなしで』と言われても、全部OKだったとか、なんというのかな、本気で演技していると言えばしている、そこが素晴らしくカッコイイ、みたいな言われ方?19歳のときに「AV以外の仕事でも食べていけるんじゃないか」と言われたときに「自分はこの仕事以外は自分じゃないような気がする」というこの2つが「彼女のイメージ」なわけね。で、人は「二度死ぬ」という。一回目はその人自身の死で、もう一回は、その人がすべての人の記憶から忘れ去られたとき。

この映画は「一回死んだが、もう一回は死なせはしない」という感覚で作られているものではないのかな、ってことをちょっと感じたのね。そして、実はこの作品には「なぜか作られなかった最後のシーン」ってのがあって、それを引退した韓国の監督や俳優をまた日本に呼んで、新たに作る、というところまでいく。そしてその新たに作った部分は「林由美香」というAV女優がどんな女優だったか、を総まとめするような感じの形だったんだよね~。

私生活は一切語られず、残された画像のみしか彼女は写らない。その「画像の中のみ」の「生き方」を彼女全般の「生き方」に転化したようにわたしは思えたし、この映画を見終わって、彼女(もちろんわたしの彼女)と激論になったんだけど、多分、(わたしの)彼女が気に入らないのはこう言った部分ではないのかなと感じている。わたしもそれはよく分かる。けど、わたしは話の初めが「なぜ由美香さんは韓国のAVに出る気になったんだろう」という疑問から始めたら、やっぱ、終わり方はこういうものなのかな、って感じはするんだよね。

ある意味「実はあの話には撮られなかった最後があって、それをあれから7年経って、彼女がいなくなってしまった今、そこの部分を取り直す」、そしてその「取り直した部分」を「AV女優だった彼女に送るためのもの」、それをもって松江監督は林由美香という人と一応折り合いを付ける、とするのは、なんだかドキュメンタリーにしては出来すぎていると思うけれど、まー、そうなっちゃったんだから、仕方ないのかな。

しかし、不思議なのは、この林由美香って人、わたしは全然知らなかったんだよね~。すごくたくさんのAVやピンク映画に出てたらしいが、知る人ぞ知る、人だったらしく。そこのところがわたしには不思議でたまらないし(ただ、AVはともかく、ピンク映画はわたしは観に行けないからなあ~(苦笑))、実際、この人の私生活ってどうだったんだろう、性格はどんな人だったんだろう、仕事をしているときとは全く違う顔だったんだろうか、それとも同じ顔だったんだろうか。それがまた、不思議なところではあるんだよねえ。。

あ、東京では東中野の「ポレポレ東中野」でやってるけど、明後日以降は21時からのレイトショーのみとなって、確か、上映期間も決まったらしいよ。観たい人は是非。
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03-21 Sat , 2009
「海を渡る友情」を観て
今日ももう終わってしまった「在日コリアン映画祭」の話ね。昨日、3日間分、まとめて書いたつもりだったんだけど、その中に2日目にやった「北朝鮮帰国事業」のことにほとんど触れなかったので。ただ「Dear Pyongyang(ディア・ピョンヤン)」も2日目にやった映画で、帰国事業と全く関係ないってわけではなかったんだけど。

「Dear Pyongyang」の前にやった「海を渡る友情」という、これは'59年に制作された東映映画だそうだ。なんと16ミリ映写機を使って、上映する、しかももう50年前のフィルムなので、もしかしたら途中で切れてしまうかも知れない、しかもこの前に上映したのがなんと5年前、という、なんか聞くだけでも「なに、それ?」って思うような年代物の作品だったんだけどさ。これがまた、今の感覚で観ると、とても奇妙な内容なのよ。

小学5年の、まだ自分の父親が朝鮮人と知らない(母親は日本人)子どもが、学校で、同じクラスの朝鮮人の子ども(さいくん:もしかしたら漢字は崔?)をいじめたりしてるんだけど、その子の家はラーメン屋(というか中華料理)なのね。で、あるとき父親の友人が尋ねてきて「自分は北朝鮮に帰ろうと思うんだけど、お前も一緒に帰らないか」って誘うの。「お前とはこの日本に一緒に来て一緒に苦労したから、北朝鮮にも一緒に帰ろう」って。父親は「確かに自分が朝鮮人であることがばれて、それで何回も仕事を変えなければならなかったけど、今は店持って安定してるし。。」と言って悩むのね。で、その妻は日本人だからさ「北朝鮮なんか、全然知らないところに行くのはイヤだ」って言うの。

子どもにはそういうところは一切見せないで、ちょうどそこに子どもが学校から帰ってきたところだったんだけど、無理矢理金渡して「外で遊んできなさい!」とか言ってね。

どうもその子どもは母親の方の籍に入っているから「みやもと」って名字を名乗ってるんだけど、それゆえ、その子どもは自分の父親が日本人じゃないってことを知らないわけ。

で、いじめまくってた朝鮮人の子どもが、いなくなったと思ったら、朝鮮学校に通っていることが分かって、元の小学校に手紙を出すの。その中に「ぼくは朝鮮人であることが恥ずかしくなくなりました」とか書いてあるのね。で、それを読んだ先生が「この手紙について、何がよかったか聞きましょう」とか生徒に質問するんだけど、ここでよくありがちな勉強もできて活発そうな女子(女の子ってより女子だ(笑))が「さいくんは、朝鮮学校に行って、朝鮮人であることが恥ずかしくなくなっていいと思います!」とか、超優等生発言、みたいな感じで答えたりするんだけど、これって、今の感覚で観るととても変なのよね。

果たして、いじめられていた朝鮮人の子どもが、朝鮮学校に行くことが一番なのか?日本人の先生は、朝鮮人の子どもがいじめられているのを知っていても「いじめてはいけない」って一言も言わなくて、逆に彼が朝鮮学校に行ってよかった、って思ってる。小学校は「みんな仲良く」じゃないのか???とかね。

で、みやもとくんのお父さんは、あれはなんなんだろうなー。多分、あの時代、小学校の講堂とか体育館とかあとは公民館なんかを借りて「北朝鮮に帰る人たち」の映像とか、「北朝鮮に行くとこんないいことがある」とかそういうの、ばしばし宣伝してたんじゃないかと思うんだけど、そこに行って、そういう映像を観て「北朝鮮に行こう」って決意するわけ。

その当時、南(韓国)は軍事独裁政権で怖くて、北朝鮮は「楽園」というイメージだったらしい。今はまるっきり反対になってしまっているけど。

そんでみやもとくんのお父さんは「北朝鮮に行く」って行って、その妻は「行くのはイヤだ。富山の実家に帰らせてもらいます」って言って、スーツケースに着物を入れたりしてるところに、学校から子どもが帰ってくるの。何も知らない子どもは「お母さん、どうしたの?」とか言うんだけど、そこでお父さんが子どもに「幸夫(子どもの名前)、お父さんはな、朝鮮人なんだ」ってカミングアウトしちゃうのね。お母さんは「あなた、言わないで」ってその前に止めるし、言ったあと、実は店の従業員の顔が映ってね、「えっ」って顔してるの。もちろん子どもは一番ショックを受けて「お父さんなんか嫌いだ!」って言って、家を飛び出すんだけど。。

なかなか帰ってこない子どもを捜すために、学校の先生とかクラスの子にも事情を話して、一緒に探すのね。当の本人は、電車に飛び込もうとしたけどできなかったり、あと、商店街をぶらぶらしてるところを知り合いのおばさんに発見されて、家まで一緒に帰ってくるんだけど。。そこに先生とか同級生がいて、すべて事情を知ってて、なんとかかんとか言われるのね。あの超優等生の女子もいて、率先してなんか励ましてるんだけど。。こういう子ども、わたしきら~い(爆)

で、なんと言うことがすごい。学校の先生が「みやもとくんは朝鮮人なんだから、朝鮮学校に行った方がいい」とか平気で言うんだよ。それはまるで日本の学校に朝鮮人がいたらいけないような物言いじゃない?つい、昨日までは日本人だと思ってたから、日本の学校に通っていた。けど、朝鮮人と分かった今は、その全てを捨てて朝鮮人の学校に行け、なんてさ、今の感覚で言うと「すげーひでー」と思うじゃない?でもそれが当たり前の世界なの。。

結局、こういう一件があったり、あと、お母さんがなぜか知らんが「わたしもお父さんに付いて北朝鮮に行くわ!」ってことになって。。その子どもは「もうすぐ帰国するから」ってことで、帰る前まで朝鮮学校に転校するの。で、転校したときの紹介された名前は何故か「李幸夫」になってて、、えー、だって、母親の戸籍に入ってるんじゃないの?とか、なんか話が急転しすぎて、わたしは目が白黒なってしまった。

で、朝鮮学校でまた同じクラスになった過去にいじめてた崔くんと一緒に、前に通ってた日本人の学校のクラス宛てに「今度、帰国することになって、その送別会が朝鮮学校でやるので、みんな来て下さい」って招待状を出すのね。

そこでその送別会に日本の学校の元クラスメイトが行くんだけど。あー、そこんとこどうだったのか、イマイチはっきりは覚えてないんだけど、「今度、この学校から4人の人が北朝鮮に帰国することになりました」って言われてね。その中にみやもと、いや李くんとか崔くんがいるんだけど。そこの場面、あんまり覚えてないんだけど、多分、この映画で一番描きたかったんだと思うよ、日本人の学校の生徒が朝鮮学校に行って、そして2つの民族、仲良くしましょう、なんてさ。だいたいそんな趣旨で作られてたと思う。こういう重要なところをほとんど覚えてないってのは、多分、わたしがそういう「みせかけ」の「作られた」「表面だけお互い理解しているような嘘くさい雰囲気」がとても気持ち悪かったからだと思う。

そして北朝鮮に帰ると言う日、幸夫は日本の学校に行って、グラウンドで高鉄棒でぐるぐるしながら、このグラウンドでみんなとドッヂボールしたことや、いろんなことを思い出すんだよね。で、自分のそばからいなくなったということに気が付いた母親が、いろんなところを探し回った挙げ句、小学校のグラウンドでグルグルしてる子どもを見つけるのね。

ってところで、フィルムがおかしくなって、一生懸命直そうと努力されたみたいだけど、結局時間ばかり食うってことで、あと3分か5分のところだったらしいんだけど、それで終わってしまった(苦笑)結局どうなったかは、その話を知っている人から口頭で説明があったけど、母親に発見されて素直に一緒に品川までバスに乗り、品川から専用の列車で新潟港に向かうシーン、で、最後に鳩が飛ぶんだっけ、なんかそんなことを言ってた記憶が。

なんかさぁ、50年前ってこんな感覚だったのかな、と。まぁ、50年前も今も日本政府の考えは同じだと思った。実際、その当時、生活保護を受ける朝鮮人の比率が高かったため、日本政府としてはどうにかして、彼らを北朝鮮に送り込みたかったらしい。あ、ただし日本と北朝鮮は国交がないため、赤十字が主体となってやった事業だと聞いた。

で、あとのトークショーで法政大の先生が解説してたけど、この当時は前にも書いたけど「南は軍事独裁政権で、なんの情報も伝わってこず、暗黒の国、というイメージがあり、しかし、北は南よりずっと進んでいる国で、夢の楽園とも言われていた」んだという。で、わたしも疑問に感じた「同じ学校で仲良くしなさい」という感覚はなかったそうだ。その当時の誰も。左翼すら「朝鮮人は北に戻った方がいい」と考えていて、帰国事業に賛同していたらしい。あ、あと在日の出身地はその何パーセントって言ってたかな、90%かもうちょっと多かったくらいのイメージなんだけど、それは昨日も書いたけど、現在の韓国なんだよ。誰も北朝鮮が故郷の人はいなかった。だけど、その当時「社会主義の方がインテリ」っぽいイメージを持たれたので、北朝鮮については、日本でも好意的に見られていたそうだ。

今からするとちょっと考えられないけど、50年の歳月って、物事をまるっきり逆のイメージに変える力があるんだなあ、、って感じた。

しかし、確かにそういう事実があった、としても、この映画は今のわたしの感覚からすると、突拍子もない、すんごい変な映画なのよ。「海を渡る友情」という題だけれど、一体、そのときに考えられてた「友情」って何?ってね。結局日本人は在日の人を受け入れられなくて、お払い箱みたいにして他の土地に行かせた、ってことじゃん。そこには「一緒に暮らす」という概念が全くなくて、すごくびっくりした。結局は、日本政府を初め、日本人も「日本には日本人以外住むな」と考えているんだろう。昔も今もね。だって今でもネット上では、在日の人に対して「在日は朝鮮に帰れ」って馬鹿みたいに言われてるんだよ。どうしてそう、排他的な考えを持てるのか、わたしはすごく不思議だ。彼らがもし、日本からいなくなれば、それがどうしたっていうのだろう?彼らが日本からいなくなることによるメリットがなにかあるとでも言うのだろうか。わたしは「在日は朝鮮に帰れ」というのは、弱いものいじめとしか思えないんだよね。ま、実際、弱いものいじめなんだけどさ。昨日も朝鮮学校にひどい電話がかかってくるって書いたけど、なんで弱いところに向かうのか、その気持ちがわたしには分からない。

日本の社会構造が悪いのは、自分たちを含めた日本人で、それを変えるために訴えるべきところは政治家や国なのだ。日本人だったら選挙権あるだろ。その選挙権を行使することこそが、日本を変える一歩になるのだ。それをなんだ、憂さ晴らしできればそれでいい、みたいに弱いものいじめをしてさ。弱いものいじめをしても世の中変わるわけがない。逆に為政者にとっては、自分のことから目が逸らされて好都合だろう。なぜそのことが分からないのか。意見するなら、弱いものを脅迫するんじゃなくて、強いものに対して立ち向かっていけよ!!そっちの方がよっぽど建設的でカッコイイと思う。

って、だんだん、別のところで怒りが湧いて来ちゃったんだけど(苦笑)

いや、ホントはわたし、こういうこと書きたかったんじゃなくてね(笑)、ホントは昨日も書いた「なんで全く知らない北朝鮮が『祖国』と思えるのか?」が疑問なんだよねぇ~。そりゃ、北のプロパガンダに載せられた、というのも理由の一つだろうけれど。。

例えばね、ここで自分のことについて考えてみる。わたしは生まれはまぁ、母親の実家だけれど、父親は就職のために東京に出て来てて、母と結婚した後ももちろん、ずっと東京で暮らしてた。そこにわたしと妹が生まれるんだけど。だから、言うなれば、わたしの故郷は「東京」だ。だけどね、父母の出身地は、それまで先祖代々住んでいたところで、父にとっても母にとっても出身地が自分の親が住む故郷であり、そして先祖代々からずっと住んでいる、と言うことになる。わたしは盆と正月しか、その場所には行かなかったけれど。そして、親が実家に戻ったときに「東京はおまえらの故郷ではない。親がいるところが故郷だ」と言われ「そんな、住んだこともない土地のことを故郷なんて言えるか!!」とわたしはすごく反発した。

だけどね、最近、思うのよ。あー、わたしの故郷って東京じゃないのかな、と。先祖代々住んでたところが故郷とも考えられるのかな、と。故郷との絆って、そういうものなのかな、と。なんせ、わたしの身体の中には「東京人」の血は流れてないんだから(苦笑)だからと言ってそこに住みたい、とは思わない。老後に行きたいとも思わない。だけど、なんというのかな、両親とか親戚とか、今住んでる人のことじゃなく、先祖代々ってところで、わたしはその場所に親近感が湧くのね。

同じ日本の中でも、わたし自身、こういうストーリーを持ってる。

それを無理矢理「在日」に当てはめてみると、分かるんだよ。彼らは今、日本に暮らしていて、日本以外に住みたくはないと思っているものの、自分の先祖の出身は韓国にある、だからその場所に親近感や愛着がある、たとえ一回も行ったことがない土地だとしても、ってね。自分の場合と当てはめることによって、なんとなく理解できる気がする。

ただ、やっぱ理解できないのは、先祖代々の土地でもないはずのところを「祖国」と思う気持ちね。これは自分の経験と当てはめようがない。例えば、わたしはアメリカに一回も行ったことがないけど、もちろん、アメリカが自分の祖国だ、なんて思えない。まー、普通の感覚で言うとそうだよね。でも、そうじゃないってことは、そこにわたしが経験したことがない、そして想像も付かない何かがあるってことなんだよ。「何かがある」ということまでは分かる。が、その「何」がわたしには分からない。それは「思想」だったり、あるいはもしかしたら「洗脳」だったりするのかも知れない。今、わたしが思いつくのは、こういうきな臭いものしかないのだが。これもその時代を生きてこなければ分からない、何かがあるのだろう。。おそらくわたしは死ぬまでこの感覚は分からないだろうな、と思っている。

「ふるさとは遠きにありて思うもの」でいいじゃないか、と思う。日本人に対して、東京出身者しか東京にいちゃいけない、とは誰も言わないだろう。田舎もんはみんな自分の田舎に帰れ、とは誰も言わないだろう。在日の場合もそれと全く同じだと思う。彼らにとっての故郷は、日本じゃないと思っている人もたくさんいると思う。でも日本に住んでいる。それでいいじゃん。東京で生まれ育ったものも、田舎から出て来て今、東京に住んでいる日本人も、在日の人も、在日以外の在日外国人もいろいろなルーツがあって、縁あって同じ東京(別に東京じゃなくてもいいけど。わたしが暮らしてるのが東京なんで)で暮らしてる。それでいいじゃん。

といっても、もちろん、小学校みたいに「みんな仲良くしましょう」なんて言わないけどさ(笑)でもそれでいいじゃん?
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03-20 Fri , 2009
昼の長さと夜の長さが同じ日に
今日は春分の日。彼岸の中日。「暑さ寒さも彼岸まで」っていうから、ようやく寒い季節とお別れで、超寒がりのわたしは嬉しい。だけどまー、まだ、ストーブとはお別れしたくないけどね(笑)

さて、「在日コリアン映画祭」も今日が最終日。なんか連日満員で、主催者側もこれは想定してなかったみたい。わたしは3日の通し券を予約してたから、最初の日しか受付で金払ってないんだけど、昨日も今日も「あ、昨日も来てましたね」とか「毎日、早くにお越し頂いてありがとうございます」とか言われちゃって、やっぱ3日とも同じ格好で行ったら覚えられるのかなあ、とか(爆)

今日は朝鮮学校の様子を撮った「ウリハッキョ」という映画だけで、あとはトークショーとライブがあったんだけど、なんて言うかな、この3日間を通して、在日関係の映画を5本観ててね、自分が「日本人」としてじゃなくて、「性的少数者」として感じることの方が正直多くてね。自分は「性的少数者」という部分でしか生きてないわけじゃない、って思うんだけど、なんて言うのかな、ちょっとしたところで「共通点」を見つけてしまうのね。

例えば。「あんにょんキムチ」の冒頭は、監督(この映画ってドキュメンタリーで自分の家族が出てくるから、監督自身も出演者の一人になってる)が、初めて友達に「自分は日本人じゃないんだ」ってカミングアウトするシーンだったのね。これ観たらさぁ。自分がカミングアウトしてるところと被るじゃない。そうするとさ、自分のときと比較しちゃうわけよ。

で、映画が終わって、監督がトークショーに出て来て、そこでいろいろ話したんだけど、質問が出たの。「途中で酔って歌い出した後に泣いたのは演技ですか」って。途中でね、そういうシーンが出てくるの。それについてね、監督は「いやー、あのシーンは冒頭のカミングアウトのあとで、みんなでカラオケに行って、その帰りのことだったんですよね」と。わたしはそれで納得した。カミングアウトを友人にして、それを受け入れられて、嬉しかったんだな、と。わたしも誰かにカミングアウトした後って、正直ホッとする。わたしはカミングアウトして、今まで誰かに拒否されたことないけど(親以外)、カミングアウトを終えて、一人になったとき、言えてよかった、ということと、拒否されなくてよかったってことが、一緒くたになって、嬉しかったりホッとしたりするんだよね。あのときは友達1人が一緒だったけれど、監督はきっといい気分になったから歌い、「受け入れてくれてありがとう」って思って泣いたんだと思う。

まぁ「受け入れてくれてありがとう」ってわたしは今ではそんな謙虚なことは思わなくなって(爆)「受け入れられようとられまいと、自分は既にここにいることには変わりない」「受け入れられなければそれまで」って思ってるけどさ。でもカミングアウトをするようになってからしばらくはわたしもこんな気持ちだったなーってことを思い出しちゃったよ(笑)

これはただ一つの例だけだけど、本当は5本の映画、どれも必ず「あー、この気持ち、すごくよく分かる」ってところがあるのよ、それは日本人としてじゃなくて、性的少数者としてね。それがねー、自分としては複雑だった、すごく。もうちょっと「普通」の日本人の目で観たかったと思った。けど、やっぱりそれは無理なんだよね。少数者って、多分、「自分はなんなのか」と言うところを他の人以上に考えてるんだと思う。「自分は何故ここに住んでいるんだろう」とか「自分はなぜ同性愛者なんだろう」みたいに。「自分は何故日本人なんだろう」とは、わたし、考えたことないもの。。

でもね、分からないこともたくさんあった。在日コリアンのほとんどは故郷は今の韓国にあるというのに、「祖国」を北朝鮮にした人たち。自分の知らない土地をなぜ「祖国」と言えるのか。「祖国」と思えるのか。これはわたしにはよく分からない感覚。

朝鮮学校の高3の修学旅行先は、平壌(ピョンヤン)、要するに北朝鮮なわけだけど、2週間の修学旅行を終え、彼らが日本に帰ってきたときに、少し以前と変わっている、と感じた、とこの映画を撮った韓国人の監督は映画の中で言う。しかし、監督自身は韓国人(在日ではない)なので、北朝鮮には付いていくことができない。なので、彼らが北朝鮮でどのように過ごしたかは分からない。生徒の一人にカメラを託したらしいが。その監督は「今まで南北の分断を感じたことがなかった」という。しかし、この件で初めて南北の分断を肌で感じたという。

修学旅行から帰ってきた生徒は言う。「向こうでは朝鮮語で話しても誰も振り向きはしない」「チョゴリを着ていてもそれは当たり前の世界」「(北朝鮮の人たちは)とても親切だった」「彼らの目はとても澄んでいて綺麗だった」「自分が当たり前に存在できる場所だった」「自分が朝鮮人であることを誇らしく思った」と。

わたしは彼らにはそういう「国」があって羨ましいと思ったが、でも一方「これって、わたしが二丁目に行ったときや、パレード(ゲイパレードね)に参加したときに感じる感覚と同じじゃん?」と思いもした。北朝鮮と新宿二丁目やパレードをいっしょくたにすると誰かに怒られるかも知れないけど(苦笑)、でも、自分が自分のことを隠さずに自分らしくいられるところに行くとね、普段、自分がどんなに窮屈な思いをしているか、分かるんだよね。確かにわたしは今、ここ(自分の家ね)にいて、窮屈な思いをしているつもりではないけれど、でも二丁目に行くとね、明らかに違うの。なんか「自由」を手に入れた感じがするの。パレードに参加するとね、心がすごくのびのびした感じがするの。「自分は肯定されている」って思えるの。幻想かも知れないけど(笑)


そしてやはり「誇り」を持つのは少数者だからなのか、とも思う。彼らが言ってたことはほとんど「ゲイ・プライド」にも通じるからだ。わたし自身はあんまり「ゲイ・プライド」ってのは、自分じゃ感じられないんだけどね。でも持つとしたら多分、そういうことなんだろうなと映画を観ながら思ってた。

特に彼らは、あの時期、ちょうど北朝鮮の拉致問題が出てきた頃で、日本に帰ってきたとき、新潟港では「拉致被害者を返せ」だのという横断幕があちこちにあって、抗議活動されていて、だから朝鮮学校の先生は船から下りる際、女子生徒に対して「(制服の)チマ・チョゴリじゃなくて、ジャージを着るよう」指示するのね。彼らにしたら、北朝鮮で楽しかった反面、また日本に戻ってきて差別を受ける立場になるのか、と思ったら、そりゃあ、普通以上に「祖国はやっぱりいいところ」だと思うだろうなって思うよ。

わたし、北朝鮮で彼らが受けたのは、多分、特別待遇に近いんじゃないかと思う、それは「国策」としてね。北朝鮮支持者を増やしたいのだから、そういう手は当然使うだろう、と思う。だから「それに引っかかっちゃダメだよ」と言いたい反面、日本人も彼らにひどいことをしてるんだよ。朝鮮学校に「お前の国がテポドンを落としたら、お前ら皆殺しだ」とか「数日中にお前らの生徒を一匹ずつ殺す。お前らは人間じゃない」とかさ、電話がかかってくるんだよ、ホント。

わたしさぁ、確かに北朝鮮という国は、何も知らない他国の一般人を拉致してひどい、と思ってるけどさ、でもその矛先を朝鮮学校の生徒に向けるのは間違っていると思う。これは国の問題であって、朝鮮学校に通う生徒の問題じゃない。なのになんでこんな脅迫じみた電話をかける人がいるんだろう?あまりにも卑劣としか言いようがない。はっぱかけるなら、日本の政治家や国に言え、と思う。これは国と国という立場でしか解決しようのない問題なのだ。

でね、わたしは朝鮮学校の生徒の北朝鮮に対する感覚と、わたしが二丁目に対する感覚って似てるなと思ったんだけど、片方が「国」だと、途端に胡散臭く思えてしまう。それはなぜ?と思ったのよね。それはなんでだか、今でもよく分かんないんだけど。

それに「民族性」というのは、持たねばならないものなんだろうか、とも。少数者のプライド、という点では心情的には分かるんだけど、しかし「民族性」が先に立つようになると、多様性、というものが失われるんじゃないだろうか、とかね。民族で固まると、そうでない民族は受け入れられないような感じじゃない?排他的、というか。そこが問題だと思うんだよね。。自分たちの民族に誇りを持つことは構わないし、日本人だって、日本を愛する気持ちを持った方がいい、と思うけど、でもそれイコール他の民族を差別する、ってことではないと思う。自分の民族に誇りを持ちつつ、他の民族に対しても同じように敬意を払う、これが理想なんだろうけど、現実は難しいんだろうなあ。。

それを考えると「ゲイ・プライド」なんてものもホントはいらないんじゃないかなあ~、なんて思う。まぁ、「これがゲイ・プライドだ!」なんて思ったことがないわたしだから、そんなこと言えるのかも知れないけど。その「プライド」によって他者との間に溝を作ったり、他者を差別したりするものになるのなら、そんな「プライド」なんて百害あって一利なし、だと思う。

この映画祭の主催者は「在日コリアンの映画を観てもらうことで、世間が一般に持っているステレオタイプの在日、というのを打破して、いろいろな在日コリアンがいることを知って欲しい」って言ってたけど、それ以前にわたし、ステレオタイプな在日って一体どんなイメージなんだろう?ってこの3日間、ずっと思ってた。わたし、そこまで在日のこと知らないもん。あまりに知らないことが多すぎて、「分からないところがあったら質問して下さい」って何度も言われたけど、自分が何が分からないかすら分からない状態で、何を聞けばよいのかわかんなかったもん。あと「これ聞いたら失礼かな」と思ってしまうところもあって。。

例えば「あんにょんキムチ」で、この作品を作った監督の家族は、両親が結婚した時点で日本に帰化した、って言ってたけど、名字はいつも使っている「松江」ではなくて「柳」って名字らしいんだよね。映画の中で「松江家の墓」と墓石に刻みつけたのも、「松江家の家紋」を作ったことも含め、「松江」であることに非常にこだわっていながら、なぜ帰化したときに名字を松江にしなかったのだろう?って思った。もしかしたら新しく作った名字では帰化できないのかな?とか。でも、韓国、朝鮮、中国の人が帰化するのならそのままの名字が使えるけど、それ以外の、例えば西洋人が帰化するときは名字と名前は「日本風」にしなければならないでしょう?小錦だって曙だって、現役時代の四股名を帰化の時の名前にしたはずだ。だから、できないわけじゃない、と思う。だから「なんで?」って思ったんだけど、これは個人的な事情なのかなーと思って、なんか聞いちゃまずい気がして聞けなかった。

昨日観た「Dear Pyongyang(ディア・ピョンヤン)」も、親がバリバリの朝鮮総連の幹部の娘で、その娘がこの映画の監督なわけだけれど、こちらの方は朝鮮か韓国か日本か、じゃなくて、最初から「朝鮮か韓国か」なのね。この娘は親のやっていることに疑問を持っていて、韓国籍になりたいってずっと思ってたのね。それがずっと言えるような雰囲気じゃないんだけど、あるとき、父親が「お前は韓国籍になっていい」って言うわけ。それでその監督はカメラ回しながら、あの時実はカメラを落としそうなくらいびっくりした、とトークショーで語ってたけど、わたしにしてみれば「なんでそこに『日本に帰化する』という選択肢が全くないわけ?」って思ったわけ。でもこれもなんだか個人的なことかなあーと思って聞けなかった。

分からないところが多すぎるのと、これ聞いたら失礼だろうか、と思うこともあって、結局なんの質問も出来なかったわたし。「日本人」と「在日」という軸よりも「性的少数者」と「在日」という軸でついつい観てしまうわたし。

この3日、5本の映画を観て、4つのトークショーと1つのライブを観たんだけど、まず第一に、映画は楽しかった。トークショーも、各々の映画を作った監督さんが出てきて、同じドキュメンタリー映画の監督さんでありながら、やっぱり人によってポリシーとか映画を撮るときの手法が違うんだな、と感じられて、それもなかなか興味深かった。このさ、トークショーってのは、わたしはまたつい、「東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」のことを思い出しちゃうんだけど、あっちの映画祭の方はね、トークショーがあっても、あんまり面白いなって思ったことないの。だけど、この映画祭のトークショーは、特に監督さん達のトークショーはすごく面白かった。この違いは何かなって思ったんだけど、それは、通訳を介さないからかなって思った。

ね。やっぱりわたしと繋がるのはどうしても「性的少数者」の方なのだ(苦笑)

そこのところが、わたしにはとても複雑でね。最初にも書いたけど、わたしは別に24時間、365日「自分は性的少数者だ」と思って生きてはいない。なのに、ついつい、そっちからの方向で観てしまって、それがね、イヤだったの!「日本人」としてのマジョリティーの視点、と言うのも磨いておきたいと思うのだけれど。。今さら無理なのかなあ~。

というわけで、やってみたら会場がガラガラだった、という夢ばっかり見ていた、というこの団体の代表の最後の挨拶で終わったが、開けてみれば、連日満員。立ち見も出てたそうで。成功してよかったね、お疲れさま、こういういい機会を設けてくれてありがとう、と言いたいです。あと、継続してやってね、と。これはアンケートに書いてきたんだけどね(笑)
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03-18 Wed , 2009
「男の戸籍をください」と「あんにょんキムチ」と「性同一性障害」がチャンプルー
今日は在日コリアン映画祭の1日目で、2つ、映画観てきたんだけど、その中の「あんにょんキムチ」って映画はとても面白かった!映画の上映終了後に監督さんのトークショーがあったんだけど、まぁなんとも話が好きな監督さんで(笑)

で、ちょっと前に図書館から「男の戸籍をください」と「性同一性障害30人のカミングアウト」と「ゲイという経験」の3冊を借りてきたんだけど、この「男の戸籍をください」で感想書きたかったのね。で、今日ね、映画観た帰りに、あれこれ考えてたら、今読んでる(ほとんど読み終えたけど)「性同一性障害30人のカミングアウト」に繋がってね。あー、これで日記書きたいなと思ったの。

けど、、仕事があるの、明日まで!!
結局一昨日終わったはずだったんだけど、昨日の朝、「追加でやってもらえませんか」と言われ、断れなくて「ちょっとだけ」やることになったんだけど、人が「これくらいかな」と言った最大限送ってきた!つか、昨日、ちょっと夜、家を空けてたんだけど、帰ってみたら「ついでだからここまでお願いします~」っていうメールが来てて、オイオイ、みたいな。。。

で、それの作業に今、追われてて、だって、明日は医者の日だから、午後には出ないといけないし、その帰りにまた映画を観に行くんで、その前に納品しないといけないのだ。。

ってんで、いろいろ考えるところはあるんだけど、また今度かな~。その前に、この3つがどんな繋がりを持っているのかを、日が経ってしまったら忘れてしまうかも知れない。。いや、すくなくとも2つに共通してるのは「カミングアウト」だと思ってる。あと「戸籍」もね。おそらくこれがこの3つを繋げる「キーワード」になるだろうって書いたら、なんとなく分かるでしょ(笑)

あー、早く仕事終えて心の底からホッとしたい。
仕事が終わらないとなんかお腹の中にいっぱいうんこが溜まってるみたいで、気持ちが悪いんだよね。。実際、便秘気味のわたしの腸の中はそんな感じだと思うけど(爆)
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01-20 Tue , 2009
「それでもボクはやってない」を今さら観た
わたしの注目している監督に周防正行監督がいる。しかし、実際、何遍も覚えるほど観たのは「Shall we ダンス? 」だけで、ファンシイダンス」も「シコふんじゃった」も観たのは観たけれど、まー、こっちから何回も観たい!という映画ではなかった。

といえども、わたしが「観た」っていうのは、全部テレビ放送で、実際、映画館では観たことないんだけどね、、もともと映画館に行って映画を観る、ということは、わたしにとっては相当なことで、まー、だいたい「レズビアン&ゲイ映画祭」に行くくらいかな。巷で話題の、、という映画は多分、ほとんど観る気がない。

で、「Shall we ダンス?」がとても好きだったんだけど、この人って、随分長い間待たないと、次の映画を作ってくれないんだよね(笑)で、いつだろいつだろって思ってたんだけど、いつだったかな「次は痴漢えん罪ものです」ってことを聞いてから「えー、そうなのか」って思ってた。で、これもいつ、劇場で一般公開されたのか、ぜーんぜん知らなかった(笑)こないだ、TSUTAYAに行ったとき「あー、そういえばもうそろそろDVDになってないか?」と思って探してみたら、あったのだ。

周防正行の作品がどうして好きかというと、ちゃんと筋が通っているからだ。それも無理矢理にそういう行動をさせているのではなくて、かんがえてみれば自然にそうなるよな、という風に登場人物を動かしている。この「自然さ」が凄いところだと思っている。だいたいの映画って言うのは(まぁわたしが観た限りに於いてだけど)、「こういう結末やこういう場面(シーン)が取りたかったために、わざとこういう作りをしている、こういう風に人物を動かしている」っていうのがありありとわかって、それがいやなのね、わたし。で、筋に整合性が取れてなかったり、張ったはずの伏線が忘れ去られたりするのも嫌い。全部が全部、無理なく治まるとわたしはその作品に対して高評価をする。

で、何回も観て「ここはあとのこれの伏線だな」とか「これによって、この人がこう思い、あとでこのような行動をするんだな」という解釈を楽しめる作品が大好きだ。だから、飽きずに同じものを何度も何度も観るので、たいていわたしが好きなものは自分で持っている、ということになる。「Shall we ダンス?」もそんな作品で、これはこのまま再編集されてアメリカで上映されたんだよね。その上映されたビデオも持ってて、どこが削られたのかとか、どういうところを加えたのかとか、日本で公開されたものと比較するとこれがまた結構面白かった。

というわけで、まー、だから次の作品は期待してたんだけど。しかし、次の作品が痴漢えん罪ものって聞いたとき、実は「えー、これで『それみろ、やっぱり痴漢はえん罪が多いんじゃないか』ってことになったらいやだなあ」と思った。だってさ、やっぱり痴漢は捕まって欲しいもの。それがやったのに「やってない、やってない」って言い張ったらやってないことになってしまったら、とてもイヤだな、と思ったのだ。

実際、こんなわたしでも痴漢にあったことがあって、ホント、今考えても「アンタ、どこに眼がついてたの?」とか「よっぽど触る人がいなかったんじゃない?」とか思ってしまうのだが(わたしの身体触って楽しい人って彼女以外はいないと今でも思うもん(爆))、あれはいつだったか、ちょうど渋谷の東急ハンズに行った帰りに井の頭線に乗ってたのね。で、最初は全く気がつかなかったんだけど、ひょっと気がついたら、誰かの手がわたしの股間にピタッとくっついていて、わたしはすごくびっくりしたのね。で、すんごいびっくりしたもんだから、東急ハンズでちょうど金づちとか買ってきたときだったんだけど、その手に向かって、金づちでバシバシ叩いてたら、痛かったのか、手が離れたのよね。。すごいびっくりした。怖いとかそんなんじゃなくて、ただただびっくりした。んで、結局、誰が触ってたのか、全然わからずに電車降りちゃったんだけどね。でも、その後、すんごい不快で、捕まえてやればよかったと思ったんだけど、もう無意識で叩いちゃったからね、、

というわけで、こんなわたしでも痴漢に遭ったことはあるし、「この人痴漢です」って言うにはかなりの勇気がいるだろうなということも想像できるし、あとは逃げ場がないところで触られたら、怖いだろうなと言う気持ちもよく分かる。しかし、わたしのこの気持ちを見透かしたように、映画の中で弁護することになった女性弁護士が「痴漢事件は扱いたくない」と述べてるんだよ。それは、わたしがこの映画に思ってたことそのまま、って感じで。。多分、監督もそこら辺はよく分かっていたんだろう。

ってことで、ホント、この作品はどうしようかなと思ったんだけど、でも、この人の作品だったら、何か言いたいことが分かるに違いないと思って、それで借りたのだ。って借りるまでに長い説明だね、相変わらず(苦笑)

んー、この映画の結論については、わたしは正直、あまり重要でないものだと思っている。それは多分、監督もそう考えていると思う。だって「それでもボクはやってない」っていう題名だもの。この映画を最後まで観なくても「ああ、この人は有罪になるんだな。で、それで最後に『それでもボクはやってない』って言うに違いない」ってちょっと考えてみりゃすぐにわかることで。ま、実際その通りだったんだけどね(笑)

で、監督がなぜ「痴漢えん罪」を取りあげようと思ったのかは、映画の中で役所広司が言っている。「痴漢えん罪は日本の刑事裁判の問題点の縮図である」(まあ、こんな感じ)と。結局は、監督は「痴漢えん罪」についてを描きたかったのではなく「日本の刑事裁判の問題点」について、述べたかったのだと。だから、痴漢という犯罪について「えん罪が多い」とかそういうことを取りあげたかったのでない、ということね。それははっきりと理解しなければならないところだと思った。

だって例えば同じえん罪でも殺人のえん罪を映画にしようと思ったら、すごい大変だもの。そこら辺をまぁ、理解する必要はあると思った。

日本の刑事事件って99.9%は有罪なのだという。しかもその中で容疑者が否認しているものに限っても、有罪率は97%だという。なぜこんなに有罪率が高いかというと、これも映画の中で言っていたが「無罪にして喜ぶのは被告だけ。有罪にすれば、被害者や警察、検察の面目も潰さないで済む」ということらしい。んでは小学校の時に教わった「三権分立」って何?ととっさに思ったけどね。しかし、無罪を言い渡す裁判長はマスコミ受けも悪く、しかも裁判所の中でも出世はできないという。有罪を出すことが出世に繋がる裁判所って何?裁判所って公平に、客観的に裁いてくれる、と思ったら大間違いなんだそうだ。確かに国と市民が裁判所で争うと、だいたい、裁判所は国の味方なんだよね。一審で原告が勝訴しても、二審でひっくり返される、ということはよくあるもの。

映画の中では、最初の裁判官は無罪を出す人で有名な人だったのだが、その人が部屋に戻って司法修習生たちにに「刑事裁判の一番の指名はなんだと思いますか」と説いていたとき「最大の使命は、無実の人を罰してはならない、ということです」と言ったのだが、その光景をその上司らしき裁判官がチラッと見たのね。そうしたら、、次の公判のときは、その裁判官はどこかに飛ばされて、そのチラッとみた上司がその裁判の裁判長になっていた、という話。「検察の出してくる証拠で有罪と思えなかったら、それは無罪だ」と言いきっていた裁判官は、おそらく上司から「司法修習生に対して悪影響」と判断し、そしてどこかに飛ばしたのだろう、ということが察せられる。てか、裁判所ってホント、こんな世界なんだろうか??だけど、権力を持つ人が安易にその力を使いたくなるという気持ちは実はわたしには分からないでもない。が、本当は権力を持つ側ってのは、その権力を行使するときには細心の注意を払って使わなければならないのだが。。もうその権力を持ってることが当たり前の感覚になっちゃうのよね。だから、何でもそうだけど、権力を持っている人は、自分が持っている権力、というものが一体どういうものなのか、しっかり考える必要があると思う。そうじゃないと、危険なナイフを振り回す通り魔と同じだ。誰も裁いてくれないだけ、通り魔より、なおたちが悪い。

って、権力について熱く語ってしまった(笑)
続きね。

んで、刑事事件の弁護士って、あまりいないらしい。そりゃそうだよね。だって、裁判で争ったってほとんどの確率で負けるんだもの。そんな負けっ放しの弁護なんか、最初は「国家権力と戦う」という意欲に燃えていたとしても、負けっ放しだとモチベーションなんか上がるわけない。この映画では、最初に謁見した当番弁護士が、別の件で自信がなくなってしまったところで、この容疑者と会ったため、容疑者が「やっていない」というのにもかかわらず、示談を勧めたりしている。まー、これはあまり真実ではないような気はするが。そこで容疑者は混乱して、結局それで後手に回ってしまい、結局は無罪を勝ち取れなかった、という感じかな。

この中ではまだ「容疑者」の立場である人間をまるでもう罪を犯した人のように扱う警察や、いい加減な取り調べをする検察、無罪を有罪にしたててていく有様、など、結構観てて怖かったのよ。

被害者への尋問が終わった後に、容疑者は保釈されるんだけど、なんと保釈金200万円だそうで、わたしがもしこういうところに入ったとしたら、保釈金が用意できないじゃん、などと思ったりもした(苦笑)

それに、家宅捜索で痴漢もののエロビデオを見つけられてそれが証拠になるんだけど、そんなんだったら、わたしなんかヤバイことだらけじゃん!日記読んでりゃ分かるけど、わたしはエロいレズビアンだって何回も書いてるし、それにエロDVDを観た感想なんかも書いてるし。。

誓って言うけど、わたし、誰かに痴漢したいと、生まれてこの方いっぺんも思ったこと、ありませんから!!!

って何かあったときのために書いておきます(笑)

っていうかさ、わたしだって痴漢の罪に問われる可能性がないってわけじゃないんだよね~。例えば、まー、わたしは女性専用車には乗らないけれど、もし一般車両で「痴漢です」って言われたら、、「わたし、女なので女は触りません」と言ったらそれで返してくれるんだろうか、とか。もしわたしが「レズビアン」って分かったら、確実に返してもらえないのかな、とか。でも、わたしは確かにレズビアンではあるけれど、どういうときでも誰か不特定の女性に対してムラムラきて、その人の身体を触ってみたい、なんて思ったことないもの。。。でも、映画の中で痴漢もののエロビデオが出てくるだけで証拠になってしまう、ということは、こういうことも決して有り得ないことじゃないんだな、ということはよく分かったわけで。。

まー、なんというか、警察の口八丁手八丁には決して乗ってはいけないとかね、なんかそういうことは学びました(笑)

しかし、痴漢に遭うことはもちろんいやだけれど、そしてやった人は捕まって欲しいとは思うけど、しかし捕まったからと言って、すぐ認めて罰金払えばあとはおとがめなし、っていうのもやっぱ変だよね。ごねたらごねただけ損をするってのも変。問題が「真実は何か」じゃなくて、例えば「警察や検察の顔を立てている」とか「なるべく裁判官の心証を悪くしない方がいい」とか、どうでもいいことが凄く大切なことのように思われてて、やっぱりおかしい。

そしてただの容疑者なのに、罪人扱いってのはもっとおかしい。これは国際機関から何度も何度も日本に対して指摘されている事項なのに、日本政府は受け入れていない。なんでなのかな、これ?

映画自体はね、一つ欠点があるとすれば、留置場にいていろいろ教えてくれる人。NHKの「フルスイング」っていうドラマで桜台高校の教頭をしてた人なんだけど(名前は知らない(^^;)、この人がね、必然性がないんだよね。あなたはなぜここにいるのか、それが観ている人にはよく分からない。この人の素材意義は、何も知らない容疑者(と映画を観ている観客)に「当番弁護士というシステムがあるということ」や「これからの取り調べはこうなる」という説明をさせていることなんだけれど、この人がここにいる必然性が分からないのよね。だから、一言でもあの人が「ここにいる理由」を言ったらよかったのになあ、と思った。でも多分、それを言わせなかったってことは、緻密に計算立てて映画を作っている監督のこと、説明のしようがなかったんだろうなあ~って感じている。んー、「Shall we ダンス?」のときの「引っ越しのサカイ」に出てきてた人(名前知らん)も、社交ダンスについていろいろ説明する役柄ではあったけれど、あれは「先に入会している立場」としてああいう説明をするのは、矛盾すべき行為ではなかったからね。

ってことで、この作品。わたしは何回も観ようと思える作品じゃなかった。けど、こういう現状が日本にはある、ってことを知れたことはよかったのかな。あと、警察に捕まっても、不利益な言動は絶対によそう、と思わせてくれた映画だった(笑)って、なにがあって、めぐりめぐって自分は全然関係ないことでも、容疑者として捕まる可能性があるんだと思ったからね。そしてそんなことがないのを願うのみだけれどね。
17:07 | (一般)映画・演劇のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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