02-12 Fri , 2016
God Bless Baseball(作・演出:岡田利規)
20151129 155134


これまた去年の11月の話。
てか、11月の話、どのくらい溜め込んでたんだっていう。。
(それもこれも結局は画像処理がネックだったってことで)

題名の「God Bless Baseball」というのは、演劇です。
これ、作った人は「日韓関係」を描きたかったみたいです。
といっても、いわゆる「歴史問題」とこの作品は全く関係がないです。
「野球」というものを通して、日韓とそしてアメリカ、の関係を描いてます。
どちらかというと、わたしは「日韓関係」というより「アメリカ」と「日韓」の関係を描いた作品だと思いました。

てか、わたしは大学生の頃、友だちがある小劇団(といってもかなり有名だった。今でもその劇団はあるみたい)に入ってて、
友だちに「今度これやるから観に来て」と言われては、
別の友だちと連れだって下北沢までよく観に行ったものだった。

その劇は、解釈が難解で、正直「結局この劇は何が言いたかったのだろう?」というものばかりだったが、
しかし、何が何だかよく分からないけど、なんとなく考えさせられることが面白かった。

この「God Bless Baseball」もちょっとそんな香りのする演劇だった。
とはいえ、そんなに難解な劇でもなかったとは思ってるけど。

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いつのことだったかは忘れたが、偶然、豊島区の中央図書館のある建物の前を通ってたときだった。
建物の前の柱に、この「God Bless Baseball」のでっかいポスターが貼ってあった。
それに気が付いて「へー、こんなのやるんだ、面白そうだな」って思ったが、結構高かったので最初は観に行かないつもりだった。
が、とてもとても気になった。第一、わたしは根っからの野球好き。
野球好きといっても、日本の野球にしか興味はなく、大リーグは全く興味が無いし、
韓国の野球については、若干興味があって、'90年代によく買ってた「週刊ベースボール」の中に
今は知らないが、その当時は1ページずつ韓国の職業野球、台湾の職業野球のページがあり、
それはわけが分からないながらも毎回読んでいた。だから、その当時、韓国にどういう名前のチームがあるか、くらいは知っていた。まぁそんな程度の野球好き。

しかし、この作者は野球は好きじゃないという。
一体、どういう視線で野球が描かれるのか。
それにとても興味があった。

すごくすごく考えて、そして「やっぱり観に行こう」って思った。
だって、映画だったらリバイバルの可能性はあるけど、
演劇って、多分ほとんど可能性はない。
あとで「やっぱり観に行けばよかった」って後悔するのが嫌だったから。

演劇に関して、どこまでネタばらしをしていいのかはよく分からない。
いつ、どこでこの劇がまた再演されるか分からない。
しかも、この劇、わたしが観に行った時点で既に韓国では上演されていたが、
アメリカでの上演は今年だという。今年のいつかは知らないけど。

舞台装置が、面白かった。
舞台装置を作ってる人も有名な人なんだそうな。そのときは知らなかったけど。
高嶺格さんって人。

舞台中央の上部にでっかい白い太陽みたいなのがあって。。
それは、「アメリカ」であり「父」であり。
最後はその「化けの皮」を剥がすのか、それとも解体させるのか。
あれは結構象徴的な行為で面白かった。

てか、わたしがこう書いても、観てない人にとってはなんのことやら分からないなあ、これでは。

トータルで言うと舞台上に4人の人が、そして実態は現れないけど「声だけ」の人が1人、出てきます。
舞台の上の4人は、2人が日本語を話す人、2人が韓国語を話す人。1人が男性、2人が女性、そして1人がイチロー。
「声だけ」は英語。英語しか話さない。
日本語、韓国語、英語がすべて分かる人が観客ではないので、台詞の大半は舞台の左右に1つずつあるスクリーン(?)で
日本語字幕、韓国語字幕、英語字幕が写るようになってた。

面白かったのは、日本語話者=日本人、韓国語話者=韓国人、じゃなかったところ。
劇を観る人の先入観としてそういうものがある。
その認識を見事に覆してくれて「わー、面白い」と思った。
とすると、舞台上に出てきた人たちの役は、日本人はイチロー含めて2人、韓国人が1人、国籍不明が1人、ということになるのか。

最初、「野球なんてルールが難しくて全く分からない」ということが蕩々と述べられる。
んー。イライラ。。
確かにサッカーと比べるといろいろ難しいかもね。
しかし「なぜ3ストライクで1アウトなんだ」とか「なんで表と裏があるんだ」とか「なんで9回まであるんだ」と言われても、
そこに明確な理由などないわけで。だって、そういうルールなんだから!
スポーツってものは、ルールがあるからこそスポーツで、しかも野球はそんなに難しいルールではない。
わたしは野球のルールが難しいと思ったことがない。小学生の頃、テレビを見て自然に覚えた。
ただ、野球があまり好きではない人にとっては、「野球好きじゃない理由」として、
そういうところにいちいち引っかかりたいのかな、という気はした。

てか、ここまで書いて、ほとんど「話の筋」を覚えていないことに気が付いた。
印象的な場面はここそこにあるんだけど。どこでどう繋がってたのか、もうほとんど覚えてない。

日本と韓国、それぞれの野球が始まった話。
野茂英雄とパクチャンホの話。
ヘテ・タイガースの話。
「みんな背番号51を付けてイチローになろう」
イチローの背番号51と台湾の51クラブの話。
「危ないから傘の中に入っていろ」というイチローの脅し。
アメリカの声は父の声でもあった。
「本当は野球なんて好きじゃなかった!父に無理矢理に野球チームに入らされた!」と叫ぶ日本人(しかし韓国語話者)の男性。
終始傘の中に入るのを拒否し、舞台装置に立ち向かう、国籍が明らかでなかった女性。
徐々に壊れてドロドロになっていく舞台装置。

野球、を巡っての話のはずだが、国の関係性も象徴している。
そういう意味では日本も韓国も同じ。

だから最初に書いたように「日韓関係」というよりは「アメリカ」と「日韓」との関係を描いた作品のように思えた。
だって「日韓」の配役と言語は入れ換えられるけど、「アメリカ」の言語は他とは入れ換えられない。
「アメリカ」は「英語」じゃなくちゃいけない。

面白かったです。
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12-07 Mon , 2015
「ふたつのイヤギ」(日本大学芸術学部演劇学科 平成27年度総合演習IIIA)を観た
これも少し前の話になる。

最初、この公演のチラシを見たときに「あっ」って思った。「イヤギ」というのは朝鮮語で「話」という意味だ(チラシでは「物語」になってるけど、多分、大した違いはない)。「ふたつのイヤギ」というのは、その通り、この公演は「ちゃんぽん」という作品と「我が家のイヤギ」という作品の2つの劇が連続して演じられて、それで1つの公演となっている。「あっ」と思ったのは「我が家のイヤギ」を作った人の名前を見たからだった。「金民樹(キムミンス)」となっている。

わたし、今年の5月に「航路(항로)」というドキュメンタリー映画を観に行って、その映画に出てた人のうちの1人がこの金民樹さんだったのだ。金民樹さんは韓国籍を持つ在日で、映画の中ではもう一人、朝鮮籍を持つ在日、金哲義(キムチョリ)さんって人が出てくる。彼らはそれぞれ自分の劇団を持っているのだが、2人で「航路」という演劇ユニットを結成しているらしく、彼らの作った演劇が何回か、韓国の済州島の劇団から招聘されるんだけど、朝鮮籍を持つ金哲義さんは今の政権では韓国に行くことができないのね。それは以前この日記にも書いたとおり。朝鮮籍の在日が韓国に行けたのは金大中と盧武鉉が大統領だったときだけで、李明博から今に掛けてまた渡航できなくなった。韓国大使館に行って申請しても旅行証明書が出ないのだ。しかも済州島は金哲義さんのおじいさんの出身地で、自分にとっては全く縁がない場所ではない。縁がある場所なのに自分が行くことができないのだ。だから、韓国籍を持っている金民樹さんだけ毎年行って、行けなかった金哲義さんの書いた文章をそこで代読している。

このドキュメンタリー映画「航路」の中で彼らの作った「マダン劇」というものが出てくる。マダン劇というのは、韓国(だけなのか朝鮮文化なのかはわたしは今のところよく知らないが)の演劇スタイルらしい。マダンとは「広場」という意味らしいのだけど、文字通り舞台と観客が一体化する、というなかなか面白い(観客にとってはちょっとドキドキする)演劇スタイルだ。またまた話は飛ぶけど、わたしが去年、在日がやるお芝居で最初に観に行った、きむきがんさんのひとり芝居「在日バイタルチェック」というのも、今考えるとマダン劇の要素を取り入れてるものだったんだな、と思う。観客が突然、舞台の中の役者の1人として取り込まれるのだ。「在日バイタルチェック」はこれはこれで、とても素敵な舞台だった。この「在日バイタルチェック」もそうだったが、この航路の2人が作っている劇も「故郷・朝鮮半島を離れ、日本でどういう思いをしながらここまで生きてきたか」という在日の歴史を伝える、というのが主な内容だ。このドキュメンタリーを観てるとね、「ああ、一回この舞台を観てみたいなあ」って思ったの。でも彼らのマダン劇は大阪でやってて、東京には滅多に来ない。しかも東京でやると赤字になるのだと。しかもわたしはいつ、どこそこで彼らのやるマダン劇があるという情報は入ってこない。だから、「ふたつのイヤギ」のチラシの中に「金民樹」という文字を発見したときに「これは絶対に観に行かねば!」って思ったの。

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日本大学芸術学部はとても有名だってことは知ってたけど(昔、ラジオオタクでもあったし)、実際のところ、行ったのは初めての経験だった。まぁわたしは芸術とかほとんど無縁だからね~(笑)

ホールに入るとき、係員がいやに「前の方に座れ」だのなんだの言ってるなあと思ったんだけど、これはマダン劇だからなのだということをすっかり忘れてた。普通のマダン劇っておそらくこういうホール形式のところではやらないはず。本来なら「広場」のようなところでやる劇で、舞台と観客席の間はホール形式のような「断絶」はないんだろう。だから特に今回は「前の方に座れ」って言ってたんだろうなあ。本来、演劇のときはどの席が一番いい席っていうんだろうね?映画だったら見やすさを考えて真ん中からちょっと後ろにかけて、とか、音楽だったら音が混ざり合う2階席の一番前、とかだったりするけど(1階だったらやはり後方か)。よく分かんなかったので、かなり前方の方に座ったんだけど、今考えてみるとすごく危うかった!(笑)

事前に配られたパンフを読んでみると、この2つの劇、途中でカットしている部分があるらしい、時間の関係で。まぁ確かに普段だったら1つの劇はそれだけで観るものだから、カットしてある部分があるのは当然のことだろう。だが、わたしはそのカットしてある部分がとても気になって気になって。。はい、この劇を観た後でいろいろ調べて「ちゃんぽん」の方は元の脚本を探して読みました。もう一つも台本を売っているらしいので後日入手する予定。

「ちゃんぽん」は韓国で1980年に「光州事件」というのが起こったのだが、それが舞台になっているらしい。光州事件というと韓国の民主化運動の際、国が国民を弾圧した、ということしか知らなかったのだけど、それがコメディで描かれているという。一見、「この事件をコメディってどう描くんだろう?」って不思議な気持ちだったんだけど、これ、観てると本当に笑えるんだよね。ていうか、始まり方がすんごく面白くて。

普通、劇が始まる前って「ただいまより開演致します」とかアナウンスが流れるじゃん?違うのよ、これ。時間になったら突然人が出て来ていきなり始まるの。すっごいびっくりした。しかも前の方に座ってる観客2人が突然舞台の上に上げられて、そこでちゃんぽんを食べさせられるのだ!!あ、舞台の上の設定は、中華料理屋さんで。観客は、そのお店に来た「お客さん」という役を与えられる。いきなり舞台の上に連れて来られた観客はそりゃびっくりするし、うろたえるよね。「え、なんで自分が!?」「どうすりゃいいのよ?」みたいに。それだけでねー、笑えるの。舞台と客席との一体感はこんな感じで生まれる。そこで機転の聞く人ならうまく「役」になりきったりして、そこでまた観客席から笑いが起きる。これってすごいうまい劇のシステムだよね。ちなみにきむきがんさんの「在日バイタルチェック」も前の方に座ってるといきなり脈を取られたりするから、ご用心!(笑)

「ちゃんぽん」も「我が家のイヤギ」もネタバレしちゃっても構わないよね。劇って今までほとんど観に行ったことがなくて、観に行ったことがあるのは大昔、大学生の頃に高校時代の友だちがとある小劇団に所属していて、その関係で観に行ったのが何回か。下北沢でやってる系の演劇で、これ一体、どういう解釈をすればいいんだかっていう難しい感じの劇ばかりだった。そのときはそんなこと思わなかったけど、劇って映画と違って「古い演劇をリバイバルする」ことってなかなかないことなんだよなと。しかも演じる人は生身の人間だから、そのとき、そのときのことで、映画みたいに「へー、この人、こんなに若かったのか」なんてことは絶対にないわけで。劇ってその瞬間のものなんだと。「観たい」と思ったときしか観ることは出来ないものなのだ、そのほとんどは。そんな当たり前のことを今回、初めて認識し。なので、ネタバレしたところで、「これからこの劇を観るつもりだったのにバラされた-!」って人はほとんどいないだろうということでざっとあらすじを書いておく。

先ほど「ちゃんぽん」は光州事件を描いた作品だと書いた。舞台は光州にある、とある中華料理屋。36歳の男性が若い頃から修行して、お金を貯めてやっとのことで持てたお店だ。彼には異性の恋人がいる(ちなみにこの劇には同性愛者は出てこない、多分)。彼の恋人は喫茶店のレジの仕事か何かをやってる。彼は観客に対して貯金通帳を見せながら「今、やっと150万ウォン貯まった。けれど結婚するためには結婚式にいくらかかって、あれが必要でこれが必要で。。」と言い「もっとお金を貯めなければ」と言う。お店の従業員は2人。一人は実の妹。もう一人は実の弟のように面倒を見ている男。この妹と男も恋人同士、らしい。

実はこの設定、あとで脚本を読んだときに「あー、そうだったんだ」って初めて知ったのね。あまりにも「実の弟のように」面倒を見てたり、実の弟に対するような態度だったので、本当の弟だと思ってて、3人兄弟なのかと思ってたのよ。ここら辺、韓国人同士の「近しい関係」って本当に兄弟のようで、わたしには見分けが付かないのかも知れない、と思った。

お店に4人(主人公;社長、その恋人、従業員の男、社長の妹)が集まり「明日はピクニックだ」と言っている。そのためにカメラを借りてきたという授業員の男。光州の街は民主化を求める人たちでデモが起こり、政府は軍隊をそこに送り込んで鎮圧しようとしている。そのようなときに一本の出前の電話が入り、従業員の男が岡持ちを持って出前に行く。出前に行く途中の道で、腹を空かせた軍人2人が出てきて従業員に「その岡持ちを置いていけ」と命令する。従業員の男は「出前を届けてお金をもらってこないと社長に怒られるから置いていけない!」と言って拒否するんだけど、そこでもみ合いが起こって、岡持ちの隅に頭をぶつけて1人の兵士が怪我をしちゃうんだよね。

従業員がお店に帰ってきた後にテレビを付けると、テレビでは「一般の国民に混ざって北のスパイが入り込んで兵士に怪我をさせました!」と言っている。「北のスパイが民衆を煽って暴徒化させています!」と言っている。「軍隊はみなさまがた国民を守ると政府は発表していますから安心してください!」みたいなことを言う。ここの場面はテレビからアナウンサーが出てきて面白いと言ったら面白いのだが、クソですよ、クソ。韓国の放送局も日本の放送局も同じなんだなと。日本の放送局はどんなに国会前で人が集まってデモをしようが全く報道しなかったよね。安保法制の採決が行われる直前しか。しかも報道するとしたら「○人の逮捕者が出ました」とまるでデモに参加した人たちは暴徒たちであったかように大げさに報道する。韓国の放送局もそう。わたし、ついこの間の歴史教科書問題の時に偶然、朝鮮語の聴き取りに慣れるためにずっとKBS Worldを聞いてたんだけど、デモが起きる前には盛んに「歴史教科書」「歴史教科書」という単語が聞き取れた。が、デモが起こった後で「どうなったんだろう?」と思って聞いてみても、全く触れられないようだった。確かにニュースサイトでニュースになってはいたけど、その後どうなったんだ、あれだけ騒いでた「歴史教科書」の単語が全く出てこない。結局、報道機関なんてそんなもんなんだ、日本も韓国も。特に光州事件の時は韓国は軍事政権だったしね。でも、昔も今もそんなに変わりがないって!?とちょっと唖然としたのだった。

「北のスパイ」にされた従業員の男はそれは事実ではないことを外に伝えに行こうとするが、社長に止められる。そこからなぜか時は進み、次の日、ピクニックに行って帰った夕方の場面になる。そのあといろいろあって、岡持ちがふつけられた兵士は実はちゃんとした軍の兵士ではなく、単なる防衛(事前にもらったパンフレットによると、防衛軍というのは政府軍の戒厳軍や市民軍とは異なり、国内の徴兵制度において身体に不自由がある人、多めのお金を支払い、短い期間軍事訓練を受ける人のことで、韓国内では笑われるほどに低い身分の存在、なんだと)で、しかも仕事をさぼっている間に部隊から置いてきぼりをくらっていたことが分かる。そこで社長は兵士から銃だけは取り上げて、「もう勘弁してください」と言っている兵士たちを解放する。すると社長の彼女が務めていた喫茶店の店主から電話がかかってくる。デモで集まっている民衆にせめてコーヒーを届けようと道庁に行ったところで、銃で撃たれて死んだという。

それを聞いて従業員の男が「このままじっとしていられるか!」といって兵士から奪った銃を持って店から出て行く。妹もその後を追って出てしまう。止める社長。そこで場面が一転して、ピクニックの日に戻る。

楽しそうな4人の姿。サイダーを飲んだり、踊ったり。そこで前日、従業員の男が借りてきたカメラで記念写真を撮る。「タイマーが付いてるんだよ」って言いながら、またそのカメラを一番前の席の観客に預ける(笑)「あ、写真撮ってもらえますか?」って言いながら。それが遺影になる。ただ一人、生き残った社長が言う。

またあの日がやってきました。今日はこの町内あちこちでなくなった方たちをお祀りする日です。あのいまわしい春がくると、頭が辺になりそうです。春が、春じゃなく冬です。こころが寒いです。あの日以降、しばらくは何も手に付かなかった。死ぬこともできず、三人の墓を作って、また店を始めたところです。これ、見覚えありますか?通帳です。(中略)150万ウォンさえあれば、わたしたちの夢が実現するのに、1000万ウォン超えたのに胸の片隅にぽっかり穴が空いたようです。(後略)



この台詞を聞いたとき、わたしはそれまで泣いてなかったのに、思わず涙が目からにじみ出てきた。それは、これがただ「悲劇」であることに泣けたのではなく、何より、この事件が起こった日、1980年5月18日という日は、わたしの12歳の誕生日だったからだ(厳密に言うと光州事件は5月18日に始まったけど、その日に終わらずその先もっと激化して死者がたくさん出た)。あのときから35年しかまだ経っていない。ということは、まだまだ遺族がたくさん生き残っていて、今でもこの社長のような思いをわたしが生まれてきた日にしているだろうと、想像が付いたから。わたしがおそらくその当時一緒に住んでいた家族から「おめでとう」と言われた日に、まさに市民と軍隊が激突して亡くなった人がいるのだ。

東京新聞に今年「平和の俳句」というのが毎日載っている。いつだったか、ふと目にした俳句が「8月6日に広島で生まれたという複雑さ」みたいな俳句が載っていた。そのときは「まぁそうだろうね」としか思わなかった。実際、広島旧市内にあるお寺の中のお墓の墓碑銘を見ると「昭和20年8月6日」に亡くなった人がものすごくたくさんいることが分かる。その日は今でも「鎮魂の日」だ。その日に生まれてきた人の思いはどんなに複雑なんだろう。その俳句を目にしたときは「そうだろうなあ」としか思わなかったけど、このシーンを見てわたしはその俳句を詠んだ人の気持ちが初めて実感できたのだ。

もちろん12歳の誕生日のことなんて全く覚えてない。けど、そのときは韓国でそんなことが起こっているなんて全く知らなかったし、何より光州事件というのを知ったのは、2007年に「光州5.18」という映画が作られたときだった。この時に初めて「え。わたしの誕生日!?」って知ったのだ。この映画、観たいと思ってまだ観てないのだが。。

面白かった部分はほとんど説明を省いてしまったが、こういう悲しい事件でも途中で笑える場面にできるのって、これも「演劇ならでは」なのかなあと思った。映画だとまずこういう作り方はできないと思う。役者さんたちは何年生かすらよく分からないのだけど、どの人も結構印象に残った。ただ、一人二役とかあったみたいで、脚本を見ると「この人とこの人は別人なんだよね?」って初めて分かるんだが、劇を観ているだけでは「あの、最初に出てきたちゃんぽん食べに来た客は実は兵士だったの?」と思えてしまって、そこで「うーんと、えーっと?」と思ったりしてたので(一応、事前にもらったパンフでは二役の役名は書いてあるのだが。。)そこのところがすごく紛らわしかったように思う。あとはこの劇に関して言えば、台詞を噛んじゃった人が割といて、それがちょっと気になったかなあ。。あと「これは脚本の通りに行っていないのでは?」と思われる場面があって(食堂で兵士を捕まえてグルグル巻きにして、その上うるさかったので口にガムテープをしようとした場面)、あとで脚本を読んでみると確かに「ジャンノ(社長)、カウンターからテープを持ってきて、軍人たちの口をふさぐ。マンシク(従業員の男)も手伝う」と書いてあるんだよね。あの場面、確かジャンノではなくマンシクがガムテープで口をふさごうとしてたけど、ガムテープが手にくっついちゃってうまくふさげなかったのです。でもあそこはとっさの機転で「ええい、もういい」みたいな形であとはちゃんと繋げられてたんだよね。そこはすごく自然だった。まぁなんで気が付いたかと言えば、あそこでガムテープが付かない設定って変だと思ったから。ただそれだけの理由でした。

まぁそんなわけで、1つ目の「イヤギ」が終わった。少し休憩後、いよいよマダン劇「我が家のイヤギ」。

在日一世のおじいさんがリヤカーを引きながら出てくる。どうやら片足が不自由らしい。でも何やら「この話は自分が知らなかったお話」とか言ってる。このしゃべり方が在日一世らしいというのか、実際のところ、わたしは在日一世の人がどんなしゃべり方をするのかは聞いたことがないので分からないのだけど、きむきがんさんの「在日バイタルチェック」でもこんな感じで話している場面があったので、きっとそんな感じなのだろう。そこから物語は始まる。

身籠もった母親が出てくる。まだうまく日本語が喋れない。夫が北海道にいるらしく、それを追ってきたらしい。しかし青森でいきなり産気づき、そこで女の子が生まれる。だったっけな、よく覚えてないけど。。女の子にはお兄さんがいる。おじいさん、お母さん、お父さん、お兄さんと自分。女の子は廃品回収をしていたおじいさんのリヤカーに乗りながら、故郷、済州島の言葉を教わる。そして朝鮮人のための学校である朝鮮学校に通い始める(そのときは既に大阪にいる)。故郷にいる親戚から手紙が来ても、みな字が読めない。ので、一番歳は若いが朝鮮学校に行って文字を教わっている女の子が読む。みんな集まってそれを聞く。返事も女の子が書く。

近所の人たちが集まって宴会をする場面。貧しい中でも肩を寄せ合って生きていく人たち。ここでも観客が数人、舞台上に連れられていく。「いやー、しばらくやったなあ」とかいろいろ声を掛けられてすっかり「近所の人」になる。こういうところが「マダン劇」。

おじいさんが足の悪い理由が分かる。済州島4.3事件。これ、わたしもあまりよくは知らないのだが、解放後、韓国で選挙か何かあったときに、済州島の人たちが「アカだ」って言われて殺されたりしたんだよね。そこでせっかく解放後に日本から帰ってきた人たちがまた日本に戻って来た、そんな事件だったと思う。おじいさんはそれで足を悪くして、そして再び日本に戻ってきたのだった。が、やはり故郷が忘れられない。先祖もそこにいる。墓もある。というわけで、おじいさんとお兄さんはあるとき、済州島に帰るのだ。

ちなみにわたしはここで「あれ、帰国事業じゃなくて、自分の故郷に戻った人もいたんだ」と思ったが、まぁ日本と韓国が国交を回復した1965年以後であり、朝鮮籍から韓国籍に変えたら当然のことながら、韓国に戻れるということだよね。わたしはそれまであまりにも「帰国事業で朝鮮民主主義共和国に行きました」という話ばかりを知っていたので、ちょっと混乱した(^^;

それから数年後、おじいさんが病気になる。お母さんが心配して済州島に行くという。一人だけ韓国籍に変えて。しかし、お母さんが済州島に行っている間に韓国政府が日本に残っている家族全員に「朝鮮籍から韓国籍に変えなければ、母親は日本に戻さない」と言う。父親は悩む。なぜって子どもを朝鮮学校に行かせているわけで、当然のことながら朝鮮民主主義人民共和国側に付いている人だから。が、母親が日本に戻ってきたということは、不本意ながら家族全員、韓国籍に変えたということだろう。そこから父親は酒に溺れていく。
(しかしこの話って、蒼のシンフォニーを観たときとほぼ似てる感じなんだよね。パスポートが欲しければ、朝鮮学校を辞めさせろという、韓国側の主張。それは国と国とのイデオロギーの違いだから不本意ながらも仕方がないことなのかも知れないけれど、でも国の都合で引き裂かれている人たちを見ると「国」とは一体なんだろう、「国」と「人」の関係ってなんだろうって本当に考えさせられし、複雑な気持ちになるし、一体それをどうすればいいのだろうという気持ちになる)

お兄さんの方は済州島に帰ってしまったが、妹は朝鮮学校に通い、「朝鮮人」という民族を誇りに思って過ごしていく。そして朝鮮学校卒業後は歌舞団に入る。

お父さんがお酒を飲み過ぎて身体を悪くする。お兄さんがお見舞いにやってくるが、父親は面会を拒否する。すっかりきれいになった(それでもおんぼろな)朝鮮学校にお兄さんを案内する妹。かつてはお兄さんもそこの学校に通っていたのだ。

そこの場面がわたしは忘れられない。

妹は当然のことながら、自分たちの民族の言葉を「朝鮮語」という。しかし、韓国に帰って行ったお兄さんは「韓国語」という。妹は「なんで?うちら朝鮮半島から渡ってきて、朝鮮民族なんだから朝鮮語じゃないん?」という。お兄さんは「元は大韓帝国だったから、韓国語なのだ」という。

わたし、ここで初めて分かったんだよね。わたしは自分が朝鮮語のことを「韓国語」と呼ばずに「朝鮮語」と呼んでいるのは、この2人とは別の理由なんだと。わたしの理屈は、日本では朝鮮半島のことは「朝鮮半島」と呼び、また朝鮮戦争も「朝鮮戦争」と呼ぶ。学校でもそう習う。だから朝鮮語は「朝鮮語」なのだ。ここだけ「韓国語」にするとまるで「韓国の言葉」のようなイメージになってしまって、朝鮮民主主義共和国を無視しているように思えるのだ。だが、韓国では朝鮮半島のことは「韓半島」と呼び、朝鮮戦争のことは「韓戦争」と呼ぶ。だから「韓国語」なのだよね。韓国では今は本当に限られた言葉(例えば昔からある「朝鮮日報」とか)そういうときでないと「朝鮮」という言葉は使われない。

わたしの理屈は一見すると朝鮮民主主義共和国の理屈とよく似ていると思う。が、違うのだ。わたしはそこに「朝鮮民族だから」とか「朝鮮人だから」という理由はない。単なる、日本では「朝鮮半島」と呼び「朝鮮戦争」と呼んでいるから「朝鮮語」なだけだ。そしてわたしは何も不都合なことがない限りは「朝鮮語」を使うけれど、例えば韓国人の前で「朝鮮語」は使わない。それは彼らにとってとてもデリケートな問題だが、わたしは何かイデオロギーがあって「朝鮮語」と呼んでいるわけではないからだ。わたしは何のためらいもなく「朝鮮語」と「韓国語」を使い分けることが出来る。

その元になっているのは、何のことはない、わたしが「日本人」(ここでは日本に住むマジョリティとしての日本人ということ)だからなんだよなと。「在日当事者」ではないからだからなんだよなと。

んとね、「マジョリティであること」というのは本当に自覚しにくいことだ。なんてったって「普通」で言い表せてしまうのだから。「普通」ということはほとんどの人と共通点があると言うことで、だからこそ何も感じない。何も感じないところを何か感じろということはとても難しい。わたしはそれまでずっと「日本において日本人であるとはどういうことだろうか」ってずっと考えてきた。でも考えても考えても全然分からなかった。

蒼のシンフォニーを観に行ったとき、わたしはとてつもない違和感を感じた。しかしそれは「周囲が在日で自分が日本人」という違和感ではなかった。あの日記にも書いたけど、あのときは「知らない学校の同窓会に紛れ込んだ」ような違和感だった。あの場でわたしは、自分がマジョリティではなくマイノリティだと感じていた(当然のことながら、だからといってわたしはあの場所で「マイノリティ」だったわけではない。マジョリティとはただ数だけの問題ではない)。

だが、この場面を見たとき「なるほど、マジョリティとしての日本人とはこういうことか」と初めて分かったのだ。やっと自分の「立ち位置」がはっきりしたような気がした。今までわたしはもちろん韓国に対しても、いわゆる「北朝鮮」に対しても「今は、できるだけ公平に見よう」と思って来た。「今は」というのは、わたしがこの2つの国について、全くよく知らないからだ。全くよく知らないのに一つの些細な事実を取り上げて「これが真実だ」と思うのは偏見だ。わたしは自分が偏見を持つことが嫌だ。だからこそ、いろんな知識を知って、その上で判断したい。だが、肝心の「自分がどの場所から見ているか」がずっと自覚できなかったんだよね。だからそのことが分かってわたしは本当に嬉しかった。あの場面を見ながら「ああ、そうなんだ」って。自分のいる場所があの場面を観た瞬間「すとん」と来たというか。そして今後、いろいろなことを考えて行く上での大きな「鍵」をもらったような気がしている。あの「すとん」と腑に落ちた瞬間の感覚を大切にしていこうと思っている。もちろん一言注意しておくけど、これはナショナリズム的な意味の「日本人」ではないです。あくまでもマジョリティとしての「日本人」な感覚。「在日ではない」という感覚。そんな感じ。ただもしかしたらこの言い方は在日当事者にとって失礼に当たるかも知れない。「だから何なの」程度の話だろう、多分。でもこのことはずっとずっと自分でも考えて、でもずっと分からないことだったから本当に嬉しかったのです。

劇の内容について戻ろう。妹は歌舞団に入り「打倒、朴正熙!」を叫んでいる。一方、お兄さんは韓国で朴正熙を応援する側になっている。同じ血を分けた兄弟の中で分断が起こっている。ここは正直、わたしのような「部外者」には最も見えない部分だ。見えにくい部分でもある。だって、とてもデリケートなことだから。わたしは在日の人に向かって無神経に「分断ってどういうこと?それでどういうことが起こっているの?」とは聞くことは絶対にできない。本当はこういうことすら「書いていいのだろうか」と躊躇われる。だってわたしは「当事者」じゃないんだから。当事者たちの経験とか複雑な思いとか、それは「実感」することができないんだから。決して立ち入ってはならない部分。それを無神経に聞いてしまうことは単なる興味本位にしかならない。それは分かってる。だが、いろいろ考えていてこの部分に突き当たってしまうことって結構あるんだよね。わたしには今「見えている部分」と「全く見えない部分」があることは感じている。「全く見えない部分」は想像すら付かない。

うーん、これだと悪意を持つ人から見るととてつもない勘違いをされそうな言い方になってるな。「全く見えない部分」というのは、例えば今現在、在日の中で見えてる部分は「朝鮮学校」を中心としたものが多いということだ。しかし、在日全体の中で朝鮮学校と関わっている人って本当にごく少数だ。その他の部分はわたしには「全く見えない」。例えば性的少数者でいうと(これまた単純には比較して言えないのだが、イメージとしては)表に出てすごく目立ってる人もいるよね。カミングアウトしてテレビに出たりして。わたしだってある程度カミングアウトして生きてるし。ところがその「見えている部分」だけが性的少数者かというと全くそうではない。全く見えない部分で息をひそめて、いや、息をひそめてという言い方は悪いかも知れないが、ひっそりと暮らしてる人だっているわけだ、いろんな事情があって。もちろんその事情というのは「ゲイと分かると差別されるからカミングアウトできない」というのから「いや、性的少数者は一生日陰者として生きなければならないんだ」って考える人まで人の数だけ理由はあると思う。そして数からすると絶対にひっそり暮らしている人の方が多いと思う。でも見えないから世間からは「いない」ことにされる。「ゲイは芸術感覚に優れて」とかよく言われるけど、それは今現在「見えてる部分」がそうなわけであって、そうじゃない人の方がむしろ多いと思う。わたしが在日の人たちについての「見えない部分」というのはそれに似た部分がおそらくあるだろうということだ。もちろん全く同じではないのは当然だが。

ただ、わたしはその人たちを表に引っ張り出したいわけではない。「性的少数者は全員カミングアウトしろ」とは全く思ってないように。わたしが願っているのは、誰もがみな「暮らしやすい」世の中になって欲しいなあと思うだけ。それはそうなんだけど、見えない部分の人たちがどういう思いをしながら今の世の中をひっそり暮らしているのかと考えても、それはわたしから見えないんだから分からないです。性的少数者なら、わたしも当事者だからそりゃひっそり暮らしている人とも会う機会はある。どういう思いをしながら暮らしているかもある程度聞ける。でも在日は当事者じゃないので出会えない、わたしの方からわざわざひっぱり出して会いたいとは言えない。だから「分からない」のだ。だが分からないのは「いない」ってことではない。最低限でもそのことは肝に銘じておきたい。

というわけで、やっぱりこの辺の話がくどくどなるのは、もちろん誤解されたくないのもあるけど、複雑で分からないところが多いからだと思う。でも、分からないということを忘れなければ、いつかは何かあってまた「すとん」と来るかも知れない。一生分からないかも知れない(多分当事者じゃないのでこちらの方だろうけど)。出会うか出会わないかは今後の偶然に任せるしかない。

劇の続き。お兄さんは言う。「小国は、大国の都合でいつも振り回される。だから統一は絶対に実現しない!」と。そして故郷の済州島に戻っていく。亡くなったお父さんの遺骨と共に。しかしお兄さんはその後大変な目に遭っていることが分かる。日本に行ったとき朝鮮学校を訪れたことがばれて、あやうく逮捕されそうになったところを、以前、弁論大会で朴正熙からもらった賞状が出てきて逮捕されずに済んだ、と。

「小国は、大国の都合でいつも振り回される」、これは本当にその通りだ。といっても日本だって「大国」のうちに入っているし、何より第二次世界大戦後、同じ敗戦国だったドイツは東西に分裂したが、日本はしなかった。だけど日本の植民地だった朝鮮半島が分裂してしまった。んー、正直、ここら辺の歴史的な経緯については本当に概略しか知らないので、わたしは今、どうということもできない。そして世界の中では一応大国の部類に入っている日本だってアメリカという大国の前では小国だし、自ら進んでアメリカの言いなりになって、全然国民を大切にしていないことについてはとてもとても憤りを感じる。が、きっと朝鮮半島に住む人たちにとってはそれ以上の思いがあるだろう。だって間に日本が絡んでて、その日本はのうのうとアメリカ庇護の下で経済大国になったんだもの。では一体、自分はその中でどうすればいいんだろう。もちろんわたし個人の力でどうすることができるというわけではないが、でもだからといって誰も何もしなければ、強いものの言いなりになるだけだ。「念ずれば花開く」とか「小さなことからコツコツと」などの言葉が頭に浮かんでくるが(笑)、こればかりは知識を蓄えて時を待つしかない。何かアンテナを張っていれば、いつかは必ずどこかに通じる。それを信じて地道に歩むしかない。それが自分の出来ることと信じるしかない。この言葉は劇中で何回か繰り返されるのだけど、それを聞くたびに胸が痛かった。

その後、お母さんもぼけて亡くなる。すっかり歳を取った女の子(と言っても、もう白髪だ)。子どももいるし、孫もいる。「一世、二世と言うけれど、それは一歩、二歩と在日が歩んでいくことなのかも知れない」と最後に言う。「ああ、そうなのか」と思った。が、それはどの方向に向かって歩んでいるんだろう。人は時代と共に歩んでいるから、いつも同じ場所にはいない。そして一世と二世の思いは違うだろうし、二世と三世の思いも違うだろう。きっとそれが一歩であり二歩であるのだろう。実は、この言葉はまた、その後日、とあるところで思い出されることになる。このときはもちろんそんなこと知らなかったけどね。

この話は、途中からもうボロボロ泣けてきて。自分でも何でこんなに泣けるのかよく分かんないほど涙が出て来て止まらなかった。そして上に書いた3つのこと、「(自分の中での)マジョリティの位置」を発見してとても嬉しかったこと、そして「小国は大国に振り回される。だから、統一は絶対にしない」というお兄さんの言葉、最後に「在日一世、二世といいうのは、一歩二歩と歩むことなのかも知れない」という言葉が深くわたしの心の中に沈み込んだ。この劇を観に来て本当によかったと思った。

ただこのマダン劇、途中で朝鮮語が使われてたり、あとは在日の歴史を少し知らないと難しいかもなとは思った。その点、きむきがんさんの「在日バイタルチェック」の方が何も知らない人も理解しやすいかも知れない。あの話も本当によくできていて、在日の歴史が解放後から今の「高校無償化」の問題まで全部入ってるんだよね。これはホント、何も知らない人たちでもお勧めです。「在日の歴史」と言うけれど、実は在日の歴史だって日本の歴史の一部なんだよね。だって日本で起こったことなんだもの(「同化」という意味で言ってるわけではないです)。だから在日の歴史も、日本の歴史の一部としてやっぱり知っておかなければならないんじゃないかって、わたしはそう思うんだよね。このようなルーツを持つ人たちもこの日本で一緒に暮らしている。在日の中にこういう文化があること、もっと広い人に知って欲しいし、逆に在日の人だけのものにしておくのは本当にもったいない(ってそんなに偉そうなことわたしが言っていいのかどうかはよく分からないけど。なにしろ、わたしだって偉そうに語ってるけど、数年前までは全く知らなかったことなのだから。出会ったのは本当に偶然に過ぎなかったんだから)。「在日バイタルチェック」、今後も東京でやるかどうかは分かんないけど、去年、今年と東京でもやってたみたいなので、今後もまたこちらでやる機会もあるかも知れないですね。その他、大阪でやってるマダン劇も是非、また東京でやって欲しいなと思う。赤字になってしまう問題があるかも知れないが、赤字にならないためにもっとたくさんの人が観に来ないかな。

話が逸れた。「我が家のイヤギ」の方なんだけど、これが劇団タルオルムという金民樹さんの劇団でやったときはおそらくほとんどの役は在日の人が演じたんだろうなと思う。ちなみにこれは金民樹さん自身の話ではないです。金民樹さんが別の在日の人の話を聞いて、それを元にこの話を作ったそうです。今回は大学生で、んで多分、在日でない人が多く演じてたのではないかと思う。しかも観に来てた人はおそらく「日本大学芸術学部演劇学科」の中の人たちを知っているという人たちとか、やっぱり演劇関係者が多かったのかな。ということは、こちらもおそらく在日でない人、の方が多かったと推測される。

もちろん在日の役を在日じゃない人が演じても全くおかしくない。むしろ劇ってそういうものだと思う。が、在日の人がやるマダン劇はあまりにも「当時者性」というものが強いイメージがあるので、わたしは逆に在日の人がやる「マダン劇」はどういった雰囲気のものなのか、それがこの公演を観て、さらに強く感じられたんだよね。ただ、その逆を考えると(逆の逆なので話は元に戻っています)、わたしはあの場の雰囲気は違和感はなかったのね。それは実状はどうであろうと、自分の中に「この場にいるのはわたしと同じマジョリティである日本人が多いだろう」という思い込みがあったから。だからこそ、わたしは「朝鮮語」「韓国語」双方の主張を聞いたときに自分の中で「すとん」と落ちるものがあったのかも知れない。これがきっと当事者である在日が演じたとしたら、それを思うより「分断」のことの方が強く感じられてしまったかも知れないと今、思ったりしている。だが、そのことは劇を演じる人にとっては失礼な言い草だよね。演じる人によって演技力以外のところで説得性が変わるとしてしまうならば。だが、まだ本当のマダン劇を観ていない立場で想像するなら、きっと、マダン劇が行われるところでわたしは、この間の「蒼のシンフォニー」と同じ「違和感」を持つんじゃないだろうか。なぜなら、観に来る人は圧倒的に在日で、しかも朝鮮学校の校庭でやったり講堂でやったりすることも多いからだ。とするなら、わたしはまた「別の学校の同窓会に紛れ込んだ人」になっちゃって、そこでは「マイノリティ」を感じることになる(実際のところは全然マイノリティではないんだけどね。マイノリティというのはただ「少数」という意味ではないのだから)。とすると全く同じものを観たとしてもわたしはそこで「すとん」とならなかったのではないか。それを考えると「日本人の手でマダン劇をやった」ってことは(注;本当に日本人の手でやったかどうかは、事実かどうかは分からない。ただ、わたしの感覚としてだけど)、これはこれで大変な意味を持つということではなかろうか。だとすると、わたしが「偶然」出会ったこのことは、とても貴重な経験だったのではないかと。

演じた学生たちはすごく勉強しただろうと想像する、この劇をやるに当たって。劇の役作りについてはよく分かんないけど、でもその人を演じるのであれば、その人がどういう人なのか、今までどういう風に生きてきたかとか考えたりするよね、多分。だからこの劇を演じる上では学生はきっと在日の歴史のことについてうんと勉強したと思う。そして上でも書いたけど、おじいさんの口調なんて、本当にうまかったと思うし。しかもこの人、お兄さん役と実は二役だったんだけど、正直、気が付かなかったんだよね。それはお兄さんの幼少の時の役の人が、わたしには「女の子」に見えてしまったことも一因だろう(実際、女の人が演じたのがあることと、朝鮮語の名前はわたしには聞いただけでは男性なのか女性なのか区別が付かないので当初「姉妹」とばかり思い込んでしまってたのよね)。大きくなって出てきたとき「なんとなく似てる」とは思ったんだけど、帰ってパンフをよく見てみるまでは二役とは思わなかった。これってどう考えればいいんだろう?

あのね、初めにやった「ちゃんぽん」で主要な役をやってた人も、このマダン劇のちょい役(例えばお葬式の場面で棺を持つ人など)で出てくるの。そうすると「あっ、さっき出てきたあの人だ」とか分かっちゃうの。全然違う格好してても。それがなんかとても違和感があってね。「さっきあんな格好で出てたのに」とか。その役が印象深かったと言えばそうなんだろうけど、しかし、同じ劇の重要な役をふたつやりながら、同じ人に思えなかったというのは、うーん、どう評価すればいいのか。おじいさんとお兄さんは別人なんだから、当然「違う人」に見えるのは当たり前で(外見が似てたとしても)、そこのところの区別が役を演じる上でうまく付いていたと言うことなんだろうか。なんか不思議な感じです。

わたしはこの「総合実習IIIA」という授業の位置づけがちっとも分からないので、どういう人たちが演じてどういう位置づけの実習だったかはちっとも分かってないのだが(しかもアンケートには「照明はどうだったか」とか「大道具、小道具はどうだったか」とかいう質問があったんだけど、そんなのわたしには評価できないよ。照明とか小道具がいいとか悪いとかってどういうことなのかも分かんないんだから。というかその質問を読んで初めて「あ、照明とか大道具、小道具も学生がやってるのか」って初めて認識したほどだし。そういう質問があったこと自体、観に来る人って演劇関係者が多いってことだろうか?)この公演自体はとっても面白かった。「普段は在日の人が主体になって演じられる劇をそうでない人たち(これ、何度も言うけど実状は分かりません。わたしがそう認識しているだけ)が演じること」って本当はなんかものすごく意味があることだったんじゃないだろうか。ただ、だからといって日常的に在日の人たちが作ったマダン劇を日本人が「取り上げる」ことには反対だ。マダン劇は彼らのものなんだから。そことこことはきっちりと「線」で区切っておかねばならない。

本当は韓国で「ちゃんぽん」を観てみたいけど、さっき書いたように演劇はそう簡単にリバイバルするものではないから、観ることはできないだろうな。でも、この劇を観に来ている韓国の人たちがどういう反応をしながら観るのか、そういうことにも興味があったりする。でももし観るチャンスがあるとしたら、それまでに朝鮮語がもっともっと分かるようにしておかねば!

ちなみに「ちゃんぽん」の方は脚本を読んだが(これコピーするためにわざわざ都立中央図書館まで行きました)、カットしてある部分はなるほど、カットされてても話自体には影響はあまりないところだったなという感じかな。夢の中の話のようでした。拷問されるシーンだったけど。
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11-27 Fri , 2015
「蒼のシンフォニー」特別試写会に行った
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だいぶ前の話になるが、「蒼のシンフォニー」(そらいろのしんふぉにー)という映画の試写会に行った。

きっと「何その映画。全然知らない」という人が多いと思う。これは「ウリハッキョ」「60万回のトライ」と同様に朝鮮学校を扱ったドキュメンタリー映画だ。実は「ウリハッキョ」「60万回のトライ」にもちらっと出てくるが、実際の映像はほとんどなかった場面がある。それは朝鮮高級学校(日本の高校に相当する)の「祖国訪問」の場面だ。朝鮮高級学校においての「祖国訪問」というのは、おそらく日本の高校でいう「修学旅行」に当たるとわたしは認識してるんだけど、まぁ「祖国訪問」の行き先は当然のことながら朝鮮民主主義人民共和国、いわゆる「北朝鮮」だ。

ではなぜ先の「ウリハッキョ」と「60万回のトライ」ではその映像がほとんどなかったかというと、「ウリハッキョ」の監督さんは本国の韓国の人で、当然のことながらいわゆる「北朝鮮」には行くことができない。「60万回のトライ」は2人の監督さんで、一人は本国の韓国の人、もう一人は在日だったと思う。しかし、この在日の監督さんは確か、朝鮮学校には通ったことがない人なんだよね。だからこの映画も監督さん自らいわゆる「北朝鮮」には行けなかったのだ。で、この「60万回のトライ」では一人の生徒にカメラを託してて、「祖国訪問」の様子がちょっとだけ映像であることはあるんだけど、まぁ生徒が撮ったものだから、当然のことながらきちっとしたものではないのね。

ところが今回の「蒼のシンフォニー」は監督さんがいわゆる「北朝鮮」に行って「祖国訪問」の様子を撮ってきたという。わたし、それがとても「興味深かった」のね。単純に「観たい」って思った。だから、この映画に対しての「後援金」、いわゆる映画の制作費に当たるものだと思うけど、その募集をしていたときに、応援の意味を兼ねて少額だけどもお金を出してたのね。今回はその特典。そしてこの映画の一般公開は来年の春になるということで、そんなに先まで待てないよってことで行ってきたのだ。

ただ、行った後、映画の感想がここまで長い間書けなかったのは2つ理由がある。一つ目は「素直なわたしの気持ちを書いたら、当事者(この場合は在日認識がある当事者)の気持ちを傷つけてしまう可能性があるのではないか」と思ったこと。もう一つは「わたしが素直な感想を書いたとして、そこに全く悪意がなくても、悪意を持とうと思った人に対してはどうやったって悪意を持てるような印象を与えてしまうだろう」と予想されるからだ。当事者の気持ちを傷つけるのは嫌だし、悪意を持った人に悪い意味での「宣伝」になって伝わるのはわたしの本意ではない。それでずっと「どういう風に書けばいいのか」を考えていた。「書かない」という選択肢はなかったが、その「書き方」をずっと悩んでいた。が、あるとき思った。「正直に書こう」と。ただ、誤解や悪意を持たれるのは嫌なので、その都度、わたしがそれに対してどう考えたかを長々しく書こう、と。それでもきっと、文章ではわたしの気持ちはすべて伝えられないだろう。そのことについては予め言っておく。そして多分、これは「映画のレビュー」にはならないと思う。わたしが映画を観て印象に残ったこと、それについて考えたこと、それが主な内容になるだろう。

しかし、既にここから長々しい説明の一端に入るけど、これはあくまで「朝鮮学校」に関わりがある人たちの話だ。「朝鮮学校」=「在日」ではあるけれど、「在日」=「朝鮮学校」ではない(朝鮮学校は在日の「部分集合」ということ)。むしろ、在日の中で朝鮮学校に関わっている人たち(関わるというのは、朝鮮学校関係者、いわゆる朝鮮学校の卒業生やら家族やらということ)は在日の中でも少数の人に過ぎない。朝鮮学校とは全く関わりのない在日の人たちはいるし、数からするとこちらの方が「多数派」だ。朝鮮学校は今、生徒数が減少している。戦後70年近くの民族教育を担ってきた朝鮮学校が今、このような現状を迎えているのは、わたしはとても悲しいと思う。人数が少ないコミュニティの中に子どもを入れたくない(狭い世界の人間関係しか持てないことを避けたい)という理由で朝鮮学校に通っていても途中から日本の学校に転校してしまう、という例もよくあるらしい。現にこの映画では一人、中学時代はずっと1人で過ごした、という生徒が出てくる。それまでは同級生は5、6人いたんだそうだ。が、自分一人を残してすべて別の学校に行ってしまったと。この人、映画の中では言ってなかったけど多分、以前わたしが観た「アフタースクール 東日本大震災 東北朝鮮学校の記録part.2」というドキュメンタリーで出てきた子だよね?この「アフタースクール 東日本大震災 東北朝鮮学校の記録part.2」という映画は「東日本大震災 東北朝鮮学校の記録 2011.3.15-3.20」というドキュメンタリー映画の続編で、制作したのは先に紹介した「60万回のトライ」を制作した監督さんたちだ。東日本大震災で校舎が壊れてしまった東北朝鮮学校が、仮校舎を作って移転した先での話なのだけど、そこで中級部にたった1人だけで学んでいる生徒がいる話が出てくる。その子が多分、東北朝鮮中級学校を卒業したあとに、茨城の朝鮮学校に来たんだろう。

あ、大事なことを言い忘れていた。この映画の舞台となっているのは茨城朝鮮初中高級学校だ。そこの高級学校の生徒に焦点が当てられている。朝鮮学校がどこにどのくらいの規模である、ということはわたしはよく知らないのだが、初級から高級まですべてある学校っておそらく数が少ないと思う。前に出てきた東北の朝鮮学校は初級と中級しかない。その上に行くには、家から離れた高級部がある学校に行かなければならない。茨城朝鮮初中高級学校には生徒たちの寄宿舎がある。実家が遠くてとても通えない人たちのためだ。中には実家が新潟で、初級学校から1人、寄宿舎にいるという生徒も出てくる。初級学校といえば、日本の学校では小学校だよ。小学1年のときから親元を離れて寮生活って、本当にすごい。来た当初は寂しくて仕方がなかったそうだけれど。土日に親元に帰って、月曜日の朝、親が新潟から茨城まで車で送る。子どもも大変だけど、親も大変だったと思う。しかしこの子はとても面白い子だった。そういや「60万回のトライ」にも面白い子が1人いたな。いわゆるムードメーカーというか。その子はもともとそういう性格だったんだろうけど、でも、小学1年生、あ、違った。初級学校1年生って言えばいいのかな?からの寮生活でも伸び伸びと育てられたから、その子のもともと持っていた性格が発揮されたんだろうな。

というか。ここからずるずるといろんな話が出てきそうになるんだけど、話を元に戻す。というわけで、わたしが言いたかったのは「在日」=「朝鮮学校」ではないこと。むしろ朝鮮学校に通っていない在日の方が多数派であるということ。そして「多数派」にも関わらず、普段のわたしの目からはそれはほとんど見えない、ということだ。だから、この映画を観て在日の人はこういう人たちなんだーって思うのは違う。わたしはわたしの目からはほとんど見ることができない多数の在日の人に思いを馳せる。ただ、うっすらとだけど「内部は複雑」だろうとは察しながらもね。性的少数者もそうだけど、世の中で「透明人間」をやってるのもつらいことです。

朝鮮学校が目立っている理由というのは、わたしが言わなくても大半の人は分かるだろうと思うが、朝鮮学校無償化排除問題、というのが大きい。そしてその背景にあるのは「朝鮮学校は朝鮮総聯と関係があること」、そして「朝鮮総聯がいわゆる『北朝鮮』に結びついていること」、そしていわゆる「北朝鮮」の拉致問題、というのがどうしても出て来ざるを得ない。

ただ。わたしは基本的に朝鮮学校は民族教育権にあたると思っている。権利というものは制限が付けられないから権利なのであって、そこで「こういう教育はするな」と介入するものは権利ではないと思っている。もちろん権利は無制限ではない。しかし「無制限ではない場合」というのは、あくまでも「他者が持つ権利とぶつかり合う場合」にのみ何らかの制限が付けられるべきだ。だからいくら「表現の自由は無制限だ」と言っていても、そこに他人の人格を貶める発言(特にマイノリティに対して)を無制限にしていいはずはなく、そこでは一定の制限を設けるべきだと思っている、というか、これはわたしだけがそう思っているわけではなく、これが国際標準な考え方で、わたしが今言ってるのは単に「ヘイトスピーチ」だけの話ではないです。というかヘイトスピーチ自体が「表現の自由に当たらない」、だからヘイトスピーチは規制できるとする考えもあるだろう。そこら辺の細かな違い(ヘイトスピーチは表現の自由に当たり、しかし、公共の福祉(これは各人が持っている権利がぶつかり合ってしまった場合の話で、人に迷惑掛けるとかそういう意味では全くない)を考えると一定の規制が必要であるという考え方と、ヘイトスピーチ自体が表現の自由には当たらないのだ、という考え方)はさておき、どちらにしても、どういう表現方法でも「差別はしてはいけない」というのは当然のことだろう。

先ほど「国際標準」と言ったのは、その元になる国連の「人種差別撤廃条約」が既にそういうことを決めているからだ。そしてよく、これを持ち出すと「でも日本政府は第4条の(a)と(b)は留保しているからヘイトスピーチは規制できない」と言われるが、だいたい公人の差別発言を禁止した(c)は留保していないし、それより何よりこの条約の第4条というのは第2条に対して特別に「刑法で定めなさいね」ということを言っているに過ぎなく、その大前提になるのは第2条なのだ。もちろん、日本政府はここの部分は留保してない。ていうか、ここの部分を留保したら人種差別撤廃条約の締結国になった意味がない。第2条には「締結国は、人種差別を非難し、また、あらゆる形態の人種差別を撤廃する政策及びあらゆる人種間の理解を促進する政策をすべての適当な方法により遅滞なくとることを約束する。このため」とある。そしてこのために第2条では具体的に(a)から(e)が規定されているが特に(d)では「各締結国は、すべての適当な方法(状況により必要とされるときは、立法を含む。)により、いかなる個人、集団又は団体による人種差別も禁止し、終了させる。」と決められている。そして日本の裁判所は2009年12月に起きた京都朝鮮高校襲撃事件の裁判において、あのときに朝鮮学校の人たちに向けられた言葉はヘイトスピーチで、そのヘイトスピーチは「人種差別に当たる」とした(平成22年(ワ)第2655号 街頭宣伝差止め等請求事件、69ページ「5 本件活動による業務妨害及び名誉毀損が人種差別撤廃条約上の人種差別に該当すること」)。また裁判所は「このことから,わが国の裁判所は,人種差別撤廃条約上,法律を同条約の定めに適合するように解釈する責務を負うものというべきである。」(、63ページ「第3 人種差別撤廃条約下での裁判所の判断について」)としている。なお、この件に関しては2014年(平成26年)12月9日に最高裁が上告棄却して判決は確定している。

話を戻した割に、あんまり戻ってない感じがするが(汗)、なぜこのような話が出てくるかというと、この手の話をすると必ず「どっちもどっち」ということを言われるからだ。違う。圧倒的に差別をする方が悪いに決まっている。ヘイトスピーチを撒き散らす方が悪いに決まっている。そのことを一番最初に言いたいからだ。先ほど「朝鮮学校に通う子どもが少なくなっている」と書いたが、こういうところも影響しているとわたしは思う。差別の標的にされるようなところに子どもを通わせたくない、そう思う親もいるはずだ。だとしても、それは朝鮮学校が悪いわけではなく、そこに対してヘイトを撒き散らす人たちが悪いのだ。「だってそこには朝鮮総聯が絡んでいて、北朝鮮と繋がっていて、北朝鮮は日本人を拉致したから朝鮮学校は攻撃されるのだ」って意見が絶対に消えないことは分かっている。しかし、どういう理由にしたって「だから差別していいのだ」という理由にはならない。差別はどういうことがあってもしてはならないのだ。朝鮮学校が朝鮮総聯と関わっていること、朝鮮総聯はいわゆる「北朝鮮」側であること、いわゆる「北朝鮮」が他国に住んでいた人を拉致したこと、これは事実だろう。でも、そのことをなぜ「個人」が引き受けなければならないのか、と思う。だって、わたし自身のことを考えたとしても、わたし=国ではない。

だが、本当のところを言えば、わたしだってそこのところはどう考えていいのかよく分からない。分からないことは2つ。一つ目は、国と個人の関係。国はどこまで国で、個人はどこまで個人なのか。国と個人は明確に違うとは分かっていても、今のわたしにはその間にまっすぐな線を引くことは出来ない。わたしは「国」として、自分の意見を言うつもりはないけれど、もし相手が「国」として発言した場合はどうすればいいんだろう?この間体験した「原爆を落としたことで早く戦争が終わったことを理解して下さい」という言葉。あのとき感じたのは、これは個人の言葉ではなく、国の言葉だよなあということ。そのような言葉に対して、わたしは何をどう言ったらいいのか。

そしてもう一つ。朝鮮民主主義人民共和国、という国のこと。国の事情からしても、もともとあまり情報が入ってくるということはないのだけれど、今の日本に住んでいるとあまりにも「偏った情報」しか入って来ない。日本では日々「北朝鮮は悪い国だ」という情報ばかりが流れてきて、知らないうちに「洗脳」されている。そりゃもちろん言論の自由がない国とか独裁とか思うよ。No.2であっても気に入らなければすぐに粛正されてしまうとか、あるもん。でも、入ってくる情報と言えばそういうことだけ。あとは核問題か。今の日本に住んでて、そういう情報しかわたしたちには与えられない。これは「洗脳行為」に等しいだろう。だから、わたしは知りたいのだ、あの国の、それ以外のことが。何かを判断するためには、まず、多くのことを知らなければならない。だからわたしは知りたいのだ。どういう人たちがそこでどういうことをして暮らしてるんだろう、どういう風に暮らしてるんだろうって。多分「何を思って」ということを知るにはとてつもなく難しいとは思うけど。っていうか、おそらくそれは今のところはそれは不可能だと思うけど。あーそこで「でも近づきすぎたら北朝鮮に洗脳される」って言うよね、すぐ(笑)んなわけないじゃん。逆にわたしは今のこのような日本の状況で、自分がかなり「洗脳」されていることに気が付いている。ともすれば「悪意」を持って見兼ねない。先ほど上で「映画の感想を書くまで、こんなに長くなってしまった理由」の2つ目に「わたしが素直な感想を書いたとして、そこに全く悪意がなくても、悪意を持とうと思った人に対してはどうやったって悪意を持てるような印象を与えてしまうだろう」と書いた。けども、何のことはない、どうしてこういう見方ができるかというと、知らず知らずのうちにわたしだって「悪意」を持って見てしまう自分に気が付いていたからだ。「これは、わたしを洗脳させようと思ってこんなに都合のいい、きれいな場面をみせてるんじゃなかろうか」って、つい、そういう「疑いの目」で見てしまう自分がいることに気が付く。そういうことを考えている自分自身がものすごく嫌でなんとかしたいけど、でもこの「洗脳」はなかなか解けてくれない。。。わたしの場合、そっちの方が相当深刻だ。

いわゆる「北朝鮮」のことばかりについて言い過ぎたけれども、この映画の中にも出てくるけど、実は近年、朝鮮学校を支えようとする韓国の人たちがいる。「モンダンヨンピル」という、東日本大震災に遭った朝鮮学校を支援することがきっかけで団体なんだけれども、韓国の歌手とか俳優さんとかなんかいろんな人が支援していて、毎年1回、韓国から日本にやってきて、コンサートなんかを開いてる。高校無償化の問題も応援してくれている。なので朝鮮学校は今や、北と南、両国で支えられているのだ。わたしには分からないけど、きっと、双方でとても難しかったりすることがあるんじゃないかと想像したりもする。けど、この輪が韓国でもっともっと広がって、そして朝鮮学校のことを知る韓国の人が増えればいいなあと思う。

なかなか話が元に戻らない(汗)もはや、映画の中の話をしているのかそれともまだ始まってないのか分かんなくなってきたけど、取り敢えず自分の中ではまだ話は始まってません(汗)長かったけど、ここから話は始まります(汗)

この特別試写会の会場に着いたとき、わたしはすごい「違和感」を感じたのね。それは、言葉だった。わたしは今まであんなに日本語と朝鮮語をちゃんぽんにして話している空間にいたことがなく。そこから感じた「違和感」だった。けど、違和感というとなんか言葉が悪いけど、なんていうのか、悪い意味ではなく、興味深いとか面白いとか、そういう感覚だろうか。この日本に住んでいて、こういう経験なんか滅多に出来ない。来ていた人はおそらくほとんどが朝鮮学校関係者だろう。なんか、来ている人はわたし以外はみんな親しい知り合いなんじゃないだろうかと思うほどだった(でも多分、わたしみたいな人もいたはずだと思うんだよねー)。まぁこの映画は朝鮮学校を題材としてて、それを朝鮮学校出身者が作ってるんだから当然の話だ。要するにわたしは「同窓会会場」に「別の学校の出身者」として紛れ込んでしまったのだ。そう思えば理解しやすい。ただ、違和感に拍車を掛けているのは言葉なんだけどね。

以前わたしは「60万回のトライ」の感想を書いた日記で、

わたしは、その時折混じる「日本語と同じ発音のような朝鮮語(かも知れない?)」と「使い分け」によって話される日本語に、違和感をものすごく感じた。多分これはわたしが一カ国語でしかしゃべれないからだと思うが、多分在日の人たち、特に朝鮮学校に通ったことがある在日の人たちにとってはこれが普通なんだよね。



って書いた。この日記を書いたのは2014年の3月で、わたしはこのとき朝鮮語は全く知らなかった。わたしが朝鮮語を習い始めるのは、この翌月の4月からだ。そして1年半後。わたしは彼らが日本語と朝鮮語をちゃんぽんで話す理由がちょっと分かる気がする。なんていったって語順が同じだから、途中で言葉を挟みやすいのだ。だからきっと、彼らの頭の中では「思い付いた言葉」をただ発してるだけなんだね。朝鮮語、日本語関係なく。そして、使ってる言葉はそんなに難しくなかった(笑)「あー、わたしでも意味分かるなあ」って思った。

そうそう、映画の中にね、「60万回のトライ」とは逆に、朝鮮学校唯一の日本人教師である藤代先生、という人が話す場面があるんだけど、あ、この藤代先生という人は、サッカーやってる人なのね。「祖国と母国とフットボール」だったかなあ。以前読んだ本の中にもこの人出てきて、わたしはこの本で彼のことを知りました。んでね、この人が映画の中で喋ってた言葉がね、主に日本語ではあるんだけど、ところどころ朝鮮語が混じってるのよ。もうどんなこと喋ったかは覚えてないけど、一言「オプソ」って言った場面だけは覚えてて、オプソって、없어、日本語でいうと「~ないので」って意味になるのね。あれ、「~ないので」は「없어서」じゃないかなあ?まぁ、それはいいんだけど、とにかく本来日本人である彼がそういうような言葉遣いをしてたものだから、会場から思わず笑いが漏れてね。それがとっても印象的だった。

でね、多分、わたしは「60万回のトライ」を観たときよりも言語に対しては意味が分かるようになっているし、言葉にしてもどうしてそういう言葉遣いになっちゃうかも分かるような気がするので、そちら方面は格段に理解力が上がったから、そういう面では「みんな、わたしの知らない言葉を喋ってる!」って感じではないのよ。だからあのときと比べると違和感は少なくなるはずなのに、実際自分がいる場面で、日本語と朝鮮語がちゃんぽんな場って今まで体験したことがなかったから「60万回のトライ」を観に行ったときよりもその場の違和感が強くて(あのときはどういう人たちが観に来てるかは全然分かんなかった)。でもね、なんだか分からないけどわたしはそういう「違和感」っていいなあと思うのよ、自分で。あのときわたしは違和感を感じながら「今の時間は貴重な体験だなあ」って思ってた。だって別の学校の同窓会に紛れ込むことなんてまずないじゃない(笑)ただ裏返せば、人生のほとんどの時間を違和感なく過ごせているこの空間では、わたしは紛れもなく「マジョリティ」側なんだなあと。うーん、細かいところを言えばちょっと違うところもあるけれどってこれについても、あとで書きます。

会場はほぼ満員でね。映画は確か日本語字幕付きだったか。まぁ字幕はいいんだけど、どういう人が話しているという身分とか名前とか出てくるんだけど(ドキュメンタリーに付きものの)、あの色彩のコントラストがちょっと見づらくて、結局誰が誰なのやらよく読めなくて分からなかったという。。それが残念でした。

映画自体は確か100分ちょっとではなかったかと思うんだけど、おそらく半分以上が「祖国訪問」のシーンだったかな。案外長かった、というのが正直なところ。わたしは「ウリハッキョ」や「60万回のトライ」のように祖国訪問はその映画の「ワン・シーン」みたいな位置づけかと思ってたから。

そしてこの映画、監督自らがナレーションやってるんだよね~。結構監督があれこれしゃべってるところも多かったけど、これはどうなのかな。例えば会場でもらったパンフの中に「韓国籍の生徒の両親に送られてきた1通の文書-『北韓(北朝鮮)を訪問した場合、国家保安法により処罰される可能性があります。パスポートが必要なら、朝鮮学校をやめさせてください』」と書いてあるんだけど、映画の中ではこれがほとんどそのままナレーションで説明される。朝鮮学校に通う子どもの国籍はさまざまで、韓国籍、朝鮮籍、日本国籍が入り交じっている。ちなみに朝鮮籍はいわゆる「北朝鮮」の国籍を持っているということではないのでご注意を。これは日本政府がかつて植民地時代に強制的に与えた日本国籍(その実、戸籍制度やいろいろな面で差別してたんだけど)をあるとき突然「あんたたち、外国人とみなすから」と言って取り上げて、取り上げた相手を勝手に「朝鮮籍にする」って決めたもの。だから、朝鮮籍自体は記号みたいなもので、国を表すものではない。いわば「無国籍」状態なわけだ。これ、外国に行って何かトラブルが起きたとしてもどこの大使館にも駆け込んで助けてもらえないと言うこと。とてつもなく怖い状態のままに置かれているのだ。まぁだけど、いわゆる「北朝鮮」には入国できる、朝鮮籍の人たちは。だが、いわゆる「北朝鮮」に入国できるのは実は日本国籍を持ってる人でも可能だ。

というか、いわゆる「北朝鮮」とは国交がないから日本国籍を持ったものは行くことができないって思ってる人も多そうだけど、実はそうじゃない。わたしだってお金払えばいわゆる「北朝鮮」に行くことができる。いわゆる「北朝鮮」は旅行することが可能な国だ。国交のあるなしは関係ない。だって、台湾だって日本は国交を持ってないけど(つか、日本は二つの中国を認めてないので台湾とは国交がない←てか、この件に関しても日本は台湾に対して本当にひどいことをしてるのだ。台湾を国と認めてた時期もあったんだからね)旅行できるでしょ。そしてもちろん日本国籍を持っているものは韓国にも行くことができるよね。でも「朝鮮籍」という記号を与えられた人は今現在、韓国に入国することは出来ない。李明博の前の政権、盧武鉉のときまでは朝鮮籍でも入国できたらしい(盧武鉉のときまでというか、金大中から盧武鉉までのたったの8年間のみ)。が、李明博以降、その流れを汲む今の朴槿恵も入国は出来ない。渡航はその時期の政権によって左右されるのだ。だから要するに、両国を何の問題もなく行けるのは、日本国籍を持ったものだけ、ということになる。韓国に住む韓国人は北にはもちろん行けないし、いわゆる「北朝鮮」に住む人たちだって南に行くことはできない。これを考えるとわたしは本当に複雑な気分になる。

というわけで、高級学校に通っているみんながみんな「祖国訪問」できるわけではないのだ。そのようなことを初めて知る。ついでにナレーションに話を戻すと、この場面ではそのことだけがサラッと伝えられ、それに伴う画像などは一切出て来ない。そりゃ当たり前のことだけど。プライバシーあるし。だからある程度、そういうことを説明するナレーションは必要だったと思う。が、最後の最後まで、あんなにしゃべるかなあ。まぁ、わたしはドキュメンタリーにはあまりナレーションは必要がないと考える人間なので、どうしてもそう思ってしまうのだけどね。あそこが一番、この映画で監督が言いたかったこと、ということなんだろうけど、もうちょっと自由にさせてもらいたかったな、というのが正直なところ。ネタバレになるのでここは具体的に何を言ったかには触れないけど。

平壌のホテルに着いたらすぐにテレビ付けて「テレビのチャンネルが2つしかない!!」って騒いでる生徒がなんともおかしくてね。でもきっと、日本で生まれ育った彼らにとっては、そのような部分を目の当たりにして考えることも多いだろうなと思った。

ただやはり、祖国訪問をして生き生きとしている姿は何というか、、どう理解すればいいのだろうと思う。確かに画面に写るいわゆる「北朝鮮」の人たちはとても親切で優しくて、素朴な感じがする。あんなに一緒に歌ったり、歌を熱く指導されたりすれば、別れるときは涙が出るだろう。しかし悪意を持って見るとそれがとてつもなく悪意を持って見れてしまう。「彼らは所詮『お客さま』扱いなんだろうし」とか「これで祖国に対して良い印象を持たそうと思ってるのか」とか「どうせ彼らにはいい部分しか見せないんだろう」とか「案内員と称して監視された中での行動だろう」など。もしかしたら「やはり朝鮮学校の生徒はみんな『洗脳』されてるんじゃないか」って印象を持つかも知れない。

だけどね、こうも考えたりする。わたしはいわゆる「悪意を持て」と洗脳されている人間だ。物事の片側しか知らされていない。しかし、彼ら(朝鮮学校に通っている生徒)は生まれたときから日本で育ってきてある程度裕福で自由な世界も知っている。彼らの方がわたしよりずっとずっと「両面」から物事を見ているはずだ。そして多分わたし以上に長く「国とは」とか「自分は」と悩み、考えているに違いない。上で「悪意を持って」と考えた部分なんか、きっと彼らだって十分そんな風に思える感覚も持っているに違いない。その部分は表には出せないけれど。

なお、なぜ朝鮮学校がいわゆる「北朝鮮」と関係するかは、戦後(彼らにとっては解放後)すぐに在日の人たちは子どもたちに朝鮮語を教える「国語講習所」というものを作った。ただ、設立の目的は「いつか本国に帰ったときに子どもたちが朝鮮語で話せないのはまずいから」という理由だったらしい。だが、歴史上、ここからいろんなことがあって彼らは本国に戻るよりも日本に残ることを選択した。そして、その後、朝鮮学校もいろいろな困難を乗り越えて今がある。その、一番苦しい、貧しい時代に在日の人たちに「彼らは我が国の同胞である」からと言ってお金を出してくれたのが、朝鮮民主主義人民共和国の金日成だったのだ。その当時の大韓民国は彼らのためには何もしなかった。だからこそ、今の朝鮮学校がある。

ということは、わたしは知識として十分知っている。ただ、当時の貧しい中、日本政府も韓国も自分たちを見捨てた中で、いわゆる「北朝鮮」だけは見捨てなかった、そのことに対しての「嬉しさ」というか、「感謝の気持ち」というか、それはわたしは「実感」はできないの、当事者じゃないから。確かに「嬉しかっただろうな」というのはある程度は分かるよ。でも、それはあくまでも「想像」でしかなく、「実感」ではない。きっと多くの日本人(と敢えて言うが)も同じだろう。まず第一、わたしなんか「貧しい」というのがよく分からないし。「貧しさ」が実感できないのだから、その上にある「助けてもらったという感謝の気持ち」だって当然実感できないだろう。だから、彼らの姿が「洗脳されている」ように見えてしまうのだ。今の若い彼らも多分、わたしと同じように「貧しい」ということがどういうことかは実感できないに違いない。けれど、自分たちのおじいさん、おばあさんたち、もしかするとお父さんお母さんだったり、ひいじいさん、ひいばあさんかも知れないが、彼らはそれで確実に救われた。それを考えるとやっぱり今現在の若い彼らだって「当事者」なんだよね。

映画の中で板門店を訪れるシーンがある。監督は北側から南側を見ているある生徒に「今どんな気持ちか」って聞くのね。その子は南側にルーツを持つ子で、でも朝鮮籍だから今、韓国に行くことはできない。おそらく今でも親戚や血の繋がる人は南側に住んでいるだろう。けど、会えない。わたしは「なんて残酷なことを聞くんだー、止めてあげてよ!」って思ったんだけど。この場面を観ると分かるように、「国」が彼らに対して直面しているのは確実だし、そして何も板門店に来て初めて分かることじゃない。きっと自分が気が付かないほど幼い頃から「国とは何か」「自分とは何か」という問いに直面して生きているんだろうと想像する。

だからね、わたしはそう考えると「何も言えないな」とも思うのよ。わたしが考えることなんて、彼らにとっては「まだそんなことを考えてるんだ、その歳で」って思うような初歩的なことなんだろうなと。「お前に言われんでも分かっとる」(カープの前田(智徳)風)って多分、思ってるだろうと。

それともう一つ言えるのは。祖国での彼らは本当に生き生きしているということだ。この気持ちはわたしにも分かる。いや、分かるような気がする。というのは、上にわたしは「人生のほとんどの時間を違和感なく過ごせているこの空間では、わたしは紛れもなく「マジョリティ」側なんだなあと。うーん、細かいところを言えばちょっと違うところもあるけれど」と書いた「細かいところ」に相当すること。

基本、わたしはほとんどの日常を違和感なく過ごしている。が、実はそうじゃないと気が付かされるときがある。それは、性的少数者のお祭り「プライドパレード」の会場に行ったときだ。あの時間、あの場所でいつも感じるのは「ああ、ここでわたしはありのままの自分でいていいんだ」ということ。あの会場では性的少数者もそうでない人も両方いるけど、少なくとも「性的少数者を受け入れている人たち」が集まる場所だ。性的少数者であることを否定されない場。気持ちはとてもすがすがしくて自由で、そして安心感がある。裏を返せばわたしは日常、意識してないけど緊張して窮屈な気持ちで生きてるんだなと思う。日常に戻っていくとその緊張も窮屈な感覚もよく分からなくなるんだけど、パレードの会場に行くと毎回毎回気持ちが解き放たれる。そして毎回毎回思う。「ああ、日常生活知らない間に抑圧されてるんだな」って。

きっと祖国に行った彼らもそういう風に感じたんじゃないだろうか。性的少数者は日常生活で予期しない部分で突然揶揄される言葉が出て来たり、異性愛者とは話が合わない部分もあったりするので話を合わせたりしなければならないことがあるけど、しかし日常的にヘイトに晒されているということはない。その点では朝鮮学校に通う彼らとは負担が違う。しかも祖国では自分たちを本当に大切に思ってくれて接してくれる。そりゃ、生き生きとして幸せな気分になるのは当然のことだろう。

あとそれから。先ほど「とても親切で優しくて、素朴な感じがする」って書いたけど。これについては複雑な気持ちもするんだよね。なぜかというと彼ら(いわゆる「北朝鮮」に住んでいる人たち)については確かにそういう面を持ってると思うんだけど、それは、苦しい中で生きてるからじゃないかとも思うのだ。敗戦後、日本人だってみんな貧しくて肩寄せ合って暮らしてきたということがまるで「美談」のように話されることがある。貧しかったけど「お前は大学に行け」といって兄は自分は進学せずに働いて自分の学費を稼いでくれた。そのおかげで自分は頑張って勉強して大学に進学した、という話も「美談」になる。一昔前までは田舎の人は純情で素朴な人たちと呼ばれていた。きっとこれらの話は全部「共通点」がある。

それとは別に、この映画の中で初級学校のときにパソコン入力コンクールで全国2位を取った子の話が出てくる。そのときその子はなぜか表彰式に呼ばれなかったそうだ。そこで「優勝なら誰も文句は言わないだろう」と言って、すごく努力をしてその後、優勝を勝ち取った。それも「文部科学大臣賞」だったそうだ。彼らを高校無償化から排除している文部科学大臣からその子は表彰された。

それは確かに「よくやったね!」と思う。が、その原動力は間違いなく「逆境の中」であったことも一因だろう。彼らに対してそのような目に遭わせてしまっている有権者であるわたしが素直に「よかったね」と言えるんだろうか。だけど先ほど書いたようにわたしはわたしで国ではない。だけどわたしは高校無償化排除を(自分の考えとは違うが結果的には)許してしまっている有権者であって、、と考えるとわけが分からなくなる。そしてその「栄光」を褒め称えることは「逆境」であることを許してしまっていることにはならないかと。

いわゆる「北朝鮮」に住んでいる人たちのことも同じで、国の体制のことや、国自体が不便なこと(停電もしょっちゅうするみたいだし)、そのことが彼らを「素朴」で「優しく」しているんじゃないかとすれば。そのことは「わー、いい人たちですね」って単純に思ってしまってはいけないのではないかと。だって「人間関係が昔のように濃密になりたいから再び貧しくなりたい」という人がいるだろうか?「一生懸命勉強するために再び貧しい生活になりたい」という人がいるだろうか?そう考えると「わー、いい人たちですね」って単純に言うことは「お前たち、ずっとその生活のままでいろ」と言っていることにならないか。

だからね、わたしはこの映画を観て、本当に複雑な気持ちがしたんだよね。。会場では結構すすり泣きの声とか聞こえてきて、やー、わたしとは全然違った視点から観てるんだろうなあとは思ったんだけど。

あ、そうだ。わたしがもらった試写会のパンフにはこの場面のことについて「そして、手にした優勝トロフィーに刻まれていた文字とは?」って書いてあるんだけど、その部分、カットされてなかったですかねー?映画の前にこの部分を読んでてちょっと期待してたんだけど、とうとうその部分は出てこなかったような?映画が終わってから監督を始め、この映画を制作した人たちの舞台挨拶があったんだけど、なんでも監督は当日まで映画を編集していたそうで。だからきっとその部分、削っちゃったんだよね(悲)パンフ作ったときにはあったけど。一体どういう文字が刻まれてたんだろう。。とても気になります。

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映画が終わったあと、挨拶する監督さん。

監督さんは「一人でも多くの日本人にこれを観て欲しい」と言っていた。わたしもそう思う。が、中には「悪意を持って」観てしまう人もいるのではないかと心配になったりもする。なんせ日本人の大半は「洗脳」されてるからね。どうか、そんなことにはならないで欲しいと思う。

しかし映画が終わったあとは本当に「同窓会」みたいで、わたしは映画を観てこの複雑な思いを事前にもらったアンケート用紙にどうやって書けばいいかとか思ってたんだけど、みんな感想書かずにすぐに会場から退出してしまって(会場がもう時間いっぱいだったと言うこともある)、ロビーでわいわいやってた。わたしはもちろんその中には入れないので(誰も知り合いおらんかったし!)アンケート書いて帰ろうと思ったんだけど、その時間もスペースもなかったので、仕方がないからそのまま帰っちゃったよ!(苦笑)

でもあの場で感じた「違和感」、あれは本当に貴重な体験だった。きっとこの先、あんな場に行けることは滅多にないんだろうな。そういう意味でもあのとき本当に行ってよかったと思う。
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03-18 Tue , 2014
60万回のトライ
今日は渋谷に「60万回のトライ」って映画を観に行ってきた。

この「60万回のトライ」というのは、大阪朝鮮高級学校ラグビー部を題材としたドキュメンタリー映画だ。わたしは基本、スポーツは野球にしか興味がないので、大阪朝高のラグビー部が全国的に強いことなどは全く知らなかった。というか、ラグビーはルールすら知らない。。どうやったら点が入るのかとか、何をすればいいのだとか。ノーサイドとかワンフォーオール、オールフォーワンという言葉は知ってたが(これは以前テレビでやってた山下真司が出てくる「スクールウォーズ」を見ていたためと思われる)、知ってるのは本当にそのくらいだ。日本のラグビー界については、多分、ものすごい基礎知識的なことも全然知らないだろう、、って決して自慢しているわけではないのだけれど。

この映画を見終わった後、一番に感じたのが「マッチョな世界だなあ」ってことだった。それがラグビーの世界だからなのか、在日の世界だからなのか、大阪だからなのかは、わたしには分からない。飲み会の席で、OBと思われるおじさんたちがいきなり洋服を脱いで筋肉美を自慢する、みたいなのはそのどれにも当てはまるのだろうか。その後のボケとツッコミみたいな仕草は大阪ならではなのかなってちょっと思ったけれど。。

正直、わたしはこういう世界は苦手だ(笑)それは「女には入れない男の世界」というのを感じて疎外感を持つからだ。女はあくまでもマネージャーとか、支えるしかできなくて、主役にはなれないからだ。そこがとても複雑な思いがするのと、あとはわたしはもともと身体を動かすことが大嫌いなので、スポーツはほとんどやってないから、女性を含めたスポーツ選手に対して一種の「羨望感」があり、そのことから起こる「嫉妬心」なのかも知れない。

スポーツは男女を問わず、多かれ少なかれマッチョな世界なのかも知れないけど、もちろんマッチョなのがいけないと言うつもりはない。わたしが「あーこういう世界には入って行けないなあ」って思うだけ。ただ、野球とかサッカーとか、今までいろんなドラマやドキュメンタリー、あと生の試合を見ているが、やっぱりそれらに比べてラグビーは身体と身体がぶつかり合うスポーツだからか、体型的にもマッチョだよね。わー暑苦しいって感じ←失礼

映画の大半はラグビー関係のシーンだったので、一見すると「高校生の青春もの」って感じもして、それはとてもさわやかだった。試合中に怪我をしてしまう子が何人もいて、それによってレギュラーになれる子なども出てきたり、試合がベストメンバーで戦えなかったりする。そういうのを見るとなんか、現実ってドラマみたいなんだなってつくづく思う。試合中、脳しんとうを起こして試合に出られなくなった子が、準決勝前に自分のユニフォームを2年生の子に渡すところなんか、本当にドラマみたいだった。でもたった106分しかない中で、各個人の個性が分かるんだよね~。主将は本当に頼りがいのある主将って感じだったし、おちゃめな子はおちゃめ、真面目な子は真面目って感じ。。もちろん、この映画の中では「キャラが立った子」を中心にしてるんだろうけど、それでもその撮影する目がすごく優しいというかね、優しいからこそ、生徒たち誰もがすごくかわいく撮れてる。ああ、いい関係で撮影できたんだな~って思えるんだよね。

だけど話はこれだけじゃなくて、やっぱり朝鮮学校の補助金削除などの問題も当然絡みがある。映画の中に2回ほど、橋下元大阪府知事が出てくるんだけど、もうね~、腹立つわ(笑)「大阪代表で花園に行ったら当然応援に行きますよ」と笑顔で言ったその日に補助金削除を決定するわ、「朝鮮高校ラグビー部には頑張って欲しいです」と言いながら「朝鮮学校に補助金を出さないのは当たり前でしょ?よその国だって同じことが起これば僕と同じ対応をしますよ」と言い放つ。アンタ、弁護士なら人権守れよ!!人権守らん弁護士がどこにおるんや(っていっぱいいそうだが、、、)。そして当然のことみたいに路上に出て署名を訴える生徒ら、、まぁその前にもこの学校はグラウンド裁判なども起こってるわけなんだが。この人たちがなんでこんな嫌がらせに遭わなければならないのか。なんでこんなに「理解される努力」をしなければならないのか。そして「善良なこと」を求められるのか(そこですぐに「北朝鮮が!」って言い出す人もいると思うのだが、前にも書いたとおりこれは「教育を受ける権利」の問題、しかも「少数民族が少数民族として教育を受ける権利」の問題で、本国がどういう国であろうが少数民族の権利は護られるべきである)。

ああ、悲しい。わたしはやっぱり悲しい。なぜ日本はこんなに寛容じゃない国なんだろう。さらに寛容じゃなくなることを今なぜ、多くの人は求めているのだろう。

とはいえ、映画を観てるとやっぱり、わたしも違和感を感じることがある。それは言葉。朝鮮語に違和感があるのではない。彼らがその言葉を「使い分けている」ことが妙に気になる。いい悪いじゃなく、単純に気になる。学校内では朝鮮語で話すと聞いたことがある。けど、なんだかとっても「日本の言葉」が聞こえるような気がするのだ。わたしは朝鮮語は全く分からない。だから、どの単語が日本語と朝鮮語、共通の発音の言葉なのかは分からない。だけど、彼らの話している言葉を聞くと「なんか日本語と朝鮮語って共通の発音の言葉がたくさんない?」って思えちゃうのだ。「全く分からない朝鮮語」の場合は、字幕だけ見ればいいので、あんまり気にならない。けど時折混じる「意味の分かる単語」を聞くと、字幕を読めばいいのか、耳で聞けばいいのか、無意識のうちに頭がこんがらがってる。これはとても疲れる(笑)

あと「使い分け」というのがね。福岡かどこかだったと思うが、ラグビー部が試合に来たので、地元の初級学校の生徒を訪問するシーンがある。体育館で歓迎会が開かれたが、そこでの質疑応答はもちろん朝鮮語だ。ところが帰りのバスの中で大阪朝高の子がしゃべってるのは日本語だ。バスの中では日本語をしゃべりつつ、見送りに来たバスの外にいる児童に対しては「あんにょんー」(だったかな?)って朝鮮語を使う。彼らにしてはほとんど無意識のうちにできることなんだろう。けどわたしはそれがとても不思議でならなかった。もちろん公式には朝鮮語で話さなければならないのだろう。わたしの目からすると、彼らは日本語も朝鮮語も両方不自由なくしゃべれるように見える。だったらなんで朝鮮語だけで話さないのか?それともやっぱり日本語で話す方が楽なのかな、、?

それからやはり福岡のシーンでだったか、朝鮮学校ラグビー部の父、という人が出てくる。全源治さん(残念ながら今からつい20日ほど前に亡くなられたらしい)という人らしいが、この人がラグビー部の部員に対して一言言う場面がある。そこでももちろん朝鮮語だ。しかし「慢心するな」ということを言いながら、ある一部分だけ「日本語の台詞」なのだ。ある一部分というのは「『俺は強いんだ』と思わないように」という「俺は強いんだ」という言葉だけが日本語だったのだ。わたしはそれを聞いて頭が「???」だった。どこでどう使い分けてるんだ?あの部分はなぜ日本語で言わなければならなかったのか?って思った。

わたしは、その時折混じる「日本語と同じ発音のような朝鮮語(かも知れない?)」と「使い分け」によって話される日本語に、違和感をものすごく感じた。多分これはわたしが一カ国語でしかしゃべれないからだと思うが、多分在日の人たち、特に朝鮮学校に通ったことがある在日の人たちにとってはこれが普通なんだよね。

あとは3年の子どもたちが修学旅行で「祖国」に行く話。もちろん韓国籍である監督はそこに付いていけるわけじゃないので、誰かに託したカメラの映像なんだけれど、なんていうかね、不思議なんだけど「ああ、彼らはここに行けるけど、わたしは行けないんだ」って思ったの。その感覚がとても不思議だった。だって、わたしは普段、どこでも自分の行きたいところは行けると思っている。日本国内はもちろん、今行きたいなって思ってる外国は、スペインだったりキューバだったり韓国だったりするけれど、金と時間さえあれば、わたしはそこに行ける。それは当然のことだと思ってる。けど、行けないところだってあるわけなんだよね。でもそこに行ける人もいる。なんでわたしはそこに行けないの?って思う。それがとても不思議、、まぁ日本国内でも自衛隊の施設や米軍基地なんかは入れないと知ってますよ。だけどわたしはこんなに自由なのに行けないところがあるの?って思っちゃうのだ。

在日は、在日全部と言っていいのか悪いのかは分からないけど、この人たちは日本と韓国、北朝鮮を繋ぐ人たちなんだなって思う。わたしは以前、朝鮮学校サッカー部の人の話が書かれてる「祖国と母国とフットボール」って本を読んだことがあるのだが、もう、国籍と国とがぐちゃぐちゃしてて、わけ分からんようになってた。この3つの国を行き来できる人たちであり、一方で国籍を選ばなければならない人たちでもあり、そういうことは彼らの持っている権利ではなく、歴史が彼らをそうさせたわけであり、その歴史は悲しい歴史だ。3つの国を行き来できる彼らが羨ましいと思う一方、別に彼らの意志でそうなったわけではないことも理解しなければならない。結局、どういう風になるのが今後、彼らの一番の幸福に繋がるんだろうって考えることがある。朝鮮半島は統一され、そして日本で少数民族として暮らしていけるのが一番なのかな。でもそうすれば、わたしだってどこにでも行けるってことだよね(もちろん日本と北朝鮮が国交回復すれば、その時点でわたしは北朝鮮にも行けるということになるけど)。

この映画は元々、韓国人である監督さんが、韓国でほとんど知られていない「在日」について知ってもらおうと思って撮り始めた映画なんだそうだ。この映画の中でも朝高の選手が(日本に交流試合に来た韓国の選手から)「風呂場でお前は日本人だって言われた」ってシーンが出てくる。監督さんは「ごめんね」というナレーションを入れていたけれど。。そして今日、韓国でもなんちゃらっていう映画祭にこの映画がノミネートされたって、上映が終わった後、監督さんが言ってた。韓国でもたくさんの人に観てもらえるといいですね。

映画の最後に朝高を卒業したラグビー部の選手だった人たちが、今は何をやっているかが出てくるんだけど、日本のラグビー代表(under 20以下だったかな?)になってる人たちが多いのね。わたしは日本国籍を持ってないと代表にはなれないのかと思ってたけど(野球もサッカーもそうだし)、どうやらそうじゃないみたいなのね。一定の条件があるみたいだけど。わたしは素直に頑張って欲しいって思ったよ。ルールは全く分からないけど、これからちょっと注目しちゃいそう。そして大阪朝高もいつかは花園で日本一になれるといいね。こう書くとまるで朝高びいきみたいだけど、仕方ない、他のところは全然知らないのだもの。きっと他の高校でも同じようにドラマがあるんだろうな。まぁそれはスポーツ全般に言えることなんだけどね。

観終わったあと、自然に大阪朝高ラグビー部を応援したくなる気持ちになってしまう、ということは、監督さんがそういう想いでカメラを回したと言うことなんだよね。それが十分伝わってくる映画だったと思う。

それから映画の中の音楽なんだが、わたし最初「このヘタウマな感じは、高校生の吹奏楽部が一生懸命吹いてるのかしら?」って思ってたけど、よくよく聞いてみれば、これ、去年NHKの連続ドラマでやった「あまちゃん」の音楽を担当された大友良英さんが作曲したものだったのね。そういやなんかとても「あまちゃん」に出てきた音楽と作風が似てます(笑)わたしがこの映画を初めて知ったのは、去年の9月だったかに、同じ監督さんたちが撮影した「東日本大震災 東北朝鮮学校の記録 2011.3.15-20」+続編「After School」を観に行ってからで、そのときに「今、あまちゃんで音楽を担当されている大友さんが、この映画の音楽担当ですよー」って言われたんだよね。あまりにもさりげなく出てきたんで、すっかり忘れてた。でも音楽の記憶は強烈に残ります。映像と音楽がとてもマッチしてた。

この映画、まだ28日まで渋谷でやってるみたいなので、是非どうぞ。ラグビー全然知らんわたしでも楽しめましたよ。25日までは毎日ゲストが来ているそうです。映画終了後にトークショーがありました。

最後に「北朝鮮」という名称についてなのだが、本来この国の名前は「朝鮮民主主義人民共和国」であり北朝鮮って名称じゃない。だから本当は朝鮮民主主義人民共和国って書けばいいんだろうが、なんかとても長たらしい感じがして変なので使うのは戸惑っている。中にはDPRKって書く人もいるんだけど、なんかそれも特別な記号みたいな気がしてちょっとって思ってる。普段からアメリカのことをUSAって書いてる人だったら、まぁ違和感ないのかなって思うけど。あとは「共和国」って言う人がいる。でも共和国はここ一つではないから、わたしは共和国とは呼べない。ってわけで、一般的に日本で呼ばれている「北朝鮮」を使ってるわけだけど、なんかそれも違和感感じながら使ってる。。わたしは一体、あの国をなんて呼べばいいのだろうか。。
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