02-10 Fri , 2017
高尾にゃんが初期の腎不全と判明
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ちょうど1週間前のこと。
時間はもう23時半頃で、わたしは風呂に入り終わってもうあとは寝るだけ、だった。

突然高尾にゃんがトイレをあちこち行き来し始めた。頻尿だった。でもどうも見ていたら頻尿だけでなく、なんか粘液質のうんこもしてる。頻うんこって言葉はないと思うけど、頻尿と頻うんこ状態。そのうちトイレじゃない、ただの箱の中とかでもおしっこをし始めて、毛布の上なんかもし始めて大変なことになってきた。

なので慌てて夜間にやってる動物病院に電話。症状を言って、すぐに向かった方がいいかを聞くと、頻尿は膀胱炎、頻うんこは大腸炎の疑いがあるけど、特別ぐったりしてなければそんなに緊急性があるわけじゃないから、朝まで待ってみればと言われた。

そう言われても、そのまま寝ると高尾にゃんはどこでどんなことをしでかすか分からないので、取り敢えずばこが幼少期に使っていたケージを組み立てて、その中に高尾にゃんとトイレを2個、置いて寝ることにした。高尾にゃんは当初、尿意や便意でケージに閉じ込められたこと自体を認識してなかったようだが、少しして落ち着いてきたときに「自分はここに閉じ込められてる!」って気が付いたようで、そこからは「出して~出して~」って哀れな声を出して鳴いていた。彼女はその声を聞いて一晩眠れなかったと言った。

次の日の朝、すぐに動物病院に連れていったら、やはり膀胱炎か大腸炎でしょうと言われ、薬をもらって帰ってきた。そのときは嘔吐はなかったんだけど、家に帰ってご飯をやったら吐いちゃって、そこからずーっと何も口にしないでうずくまってたので、心配になってその日の動物病院が閉まる少し前に駆け込んで、吐き気止めが入っている点滴をしてもらった。

そしたらかなり気分がよくなったみたいで、その日の夕ご飯はペロペロって食べて、それが今週の火曜日(6日)まで続いたのかな。もうよくなったんだと思ってた。ところが火曜日にご飯を食べても吐いてしまうようになって、そしてだんだん元気がなくなって来ちゃった。なので心配で水曜日にまた動物病院に行って、今度は血液検査をしてもらったのね。あ、おしっこは火曜日に行ったときに「取れたら取ってきてください」と言われたんだけど、そのときは取ってなくて。

そしたら、その血液検査の結果で高尾にゃんのクレアチニンの値が2.3で(上限1.6)、獣医さんから「まだ若い猫だけど、腎不全の初期です。ステージは2です」って言われて。大ショック。あ、今回のこの頻尿と頻うんこの症状は腎不全とはまったく関係がなく、たまたま血液検査で見つかった、このステージで見つかることは滅多になく、本当に運がよかったと言われた。その日は点滴をしてもらって帰ったのに、夜もまったくご飯を食べてくれなくて。そしてどんどん調子が悪くなっているようで、微熱もあるようだった。高尾にゃんはしんどいのか、狭いところに入りたがって身を隠していたいようだった。

なので、その次の日(要するに昨日)の朝もご飯を食べないようだったら、もう一回連れていこうって思ってた。獣医さんも腎不全のためには点滴をした方がいいから、点滴は遠慮なくしに来て下さいねって言ってたし(もちろん、今の状況ではまだ輸液に通うほどではない)。その晩はとにかくわたしが不安で不安で。高尾にゃんはぐったり、というか、香箱座りで調子悪そうだし、朝まで持たなかったらどうしようと。

でも、翌日になったらちょっと熱が下がったみたいで、ご飯も半分いかなかったけど、少し食べてくれたんだよね。よかったー!って思って。そして、朝、高尾にゃんが12時間ぶりにトイレに足を運んだところをすかさずお玉を差し込んでおしっこ採取。これを動物病院に持って行った。すると、そこから潜血が出てることが分かり、やはり今回は膀胱炎でしょうって言われた。ちなみに頻うんこだったのは、症状が出た初日だけで、頻尿もすぐに治まってたんだけど。

膀胱炎と診断されて、家に帰って来てから思い出した。高尾にゃんは以前、突発性膀胱炎でしょうと言われたことがあって。そのときにやはり血液検査をしたら、クレアチニンが2.5もあったことがあって、びっくりしたことを。でもあのときは1ヶ月後かなんかに再検査して、1.1に下がってたんだよね。で、そのときの獣医さん(引っ越し前だったので今はかかってない)に「大丈夫です」って言われたので、今回も膀胱炎だしそのケースなんじゃあと思って、そのときの血尿や血液検査をまとめたデータを作って動物病院に持って行って獣医さんに説明した。

すると、腎臓に問題がない猫だったらどういう病気でもクレアチニンが正常範囲を超えることがない。なので高尾にゃんはもともと腎臓があまりよくない体質だったんでは、と言われた。1回でも正常範囲を超えたら、その腎臓の機能は多分、よくても50%くらいになってるだろうって。だから本当はその時点で要観察状態になっていたと。

がーん。

獣医さんが変わると言うことも変わるし、前の獣医さんも結構ベテランでいい獣医さんだと思ってるし、今もそう思ってるけど、高尾にゃんももう6歳過ぎたし、もちろん年齢的にはまだまだ若いんだけど、1歳のときにそう宣告されるより、今の方がまだいいんじゃないかって思った。それ以降血液検査を何度もしたけど、高い値でも上限値を超えることはほとんどなかったのよ(去年基準値を0.1超えてた←でもこのときは掛かり付けの獣医さんがちょうどお休みの日で、別の病院に行ったときに検査したもの)。獣医さんによるとステージ2を今からどの程度維持していくかで寿命が大きく違うらしく、ステージ3や4で発見されたら、あんまりその状態を維持はできないらしい。でもステージ2は多飲多尿が出てくる猫がいるくらいでほとんどは見た目では分からないとのことだった。中には多飲多尿にならない猫もいるらしく、高尾にゃんはもともと水を飲むのが好きじゃない猫なので、水を飲んでるところは今でも見た記憶がない。それで分かったんだから、いいにしておかないと。

今は膀胱炎で血尿を出しているので、抗菌剤は10日は続けて飲んだ方がいいと言われ、最初に病院に連れて行ったときからずっともう飲ませてたんだけど、それを追加で4日分処方された。抗菌剤を飲まし終えて、さらに無症状なようだったらそこから1週間後にもう一回尿検査をして確認をする。

そして、腎不全の方は、2~3ヶ月後にもう一回血液検査をして確認、今度はSDMAというのも検査した方がいいと言われた。このSDMAというのは、クレアチニンの数字が上昇する前から腎不全に反応するものらしい。これが高かったら、クレアチニンの値が下がってても腎不全だと言われた。

高尾にゃん、血液検査が大嫌いなんだよね。今回もものすごい嫌がって嫌がって。動物看護師さんから抑えつけられて。仕方がないことだけど、見ててとてもかわいそうだった。きっと帰っても元気がなかったのは、血液検査をされたのがとってもショックだったんだろうなと思っている。あと、今までの血液検査では、血を取られてもケロッとして帰って来てたんだけど、別室に連れて行かれてたからわたしの見ている前じゃなかったんだよね。きっとわたしが見てる前で身体を押さえつけられて血を取られることは、高尾にゃんにとっては耐え難い屈辱だったんだろう。なんて言ったって、とっても誇り高き猫なのよ、高尾にゃんって。だから今度から血液検査をするときは、わたしは事情を話して診察室から出させてもらおうと思った。

試練が続くけど、頑張っていこうね、高尾にゃん。
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10-26 Wed , 2016
高尾にゃん、6歳のお誕生日おめでとう
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10月22日は高尾にゃんの6歳の誕生日だった。

今年もケーキ屋さんで誕生日ケーキを注文したのだが、数年前までは猫のための誕生日ケーキというのがばれるのが恥ずかしくて「たかおちゃん、おたんじょうびおめでとう」というメッセージにしてもらっていたが、去年からなんだかもうその辺は恥ずかしいともなんとも思わなくなって、「たかおにゃん、おたんじょうびおめでとう」ってメッセージにしてもらってる。ただ、ばこの場合は「ばこばこちん、おたんじょうびおめでとう」とは絶対に言えないだろうなとは思ってる。。ばこの呼び方はいろいろあって(特にわたしが)、ばこばこちん、とかばこばこちんことか、結構他ではそのまま話せないような呼び名で呼んでるところがあるんだよね~(笑)

今年は、わたしが試験前で超気持ちに余裕がない中、まぁ、いつもどおりにやった。毎年、人間だけケーキ食べるんじゃ、猫はかわいそうだよねってことで、今年は猫用にかぼちゃのミートパイを特別オヤツとして買って食べさせたんだけど、不評でした(笑)高尾にゃんはミートパイのパイの部分だけが気に入ったみたいだけど(バターが入ってるからか?)それでもちょっとしか口付けなかったし、ばこもお腹が空いたら仕方なく、パイの部分をきれいに残して食べてた。ばこはパイの部分は自分の食べるものではないと思ってたみたい。なので、この「特別オヤツ」作戦はものの見事に失敗した。

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写真撮影のときの、この高尾にゃんのイヤイヤ感(笑)もともとこちらから抱っこされるのは大嫌いな猫なので、毎年の行事とはいえ、かわいそう(笑)てか、完全に人間(そして彼女でなくわたし)の自己満足なのは分かっているが、、しかし自己満足なのは分かってても、1年に1回のこれは許してくれ~って感じ。

最近の高尾にゃん。わたしが夜まで机に向かって勉強してると22時30分に「もうやめニャさい」と邪魔しに来る。もともと高尾にゃんは自分の夕食の時間、21時になると「もうご飯の時間じゃニャいですか?」と言いに来るんだけど、その時間が本当に絶妙で、最近は20時59分になると言いに来る。家の時計は合ってるとは限らないので、どうしてそこまで正確に時間が分かるんだろうって思う。これはずっと思ってることだけど。

ということで、今も賢い高尾にゃんのままなのだった。

猫も6歳と言えば、いよいよ中年に差し掛かろうとしている時期。今まで以上に大切にしてやらなきゃならないと思ってるんだけど、最近は本当にわたしは自分のことで忙しく、高尾にゃんに全然構えてない。そうすると高尾にゃんはご飯を吐出してしまっりするので「ああ、高尾にゃんもままに構えてもらえなくて、いやなんだな」って思うんだけど、ごめん、あと18日は我慢して。

来月、試験が終わったら「にゃんドッグ」に行こうねー。そろそろ健康面でも気になるお年頃だから。
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05-16 Mon , 2016
ばこちゃん、3歳のお誕生日おめでとう
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今日は ばこの 誕生日
みんなで 集まって 一緒におめでとう

いくつ いくつ いくつになったかな
また一つ 大きくなった
年の数だけ手を叩こう

ぱん!ぱん!!ぱん!!!

ってことで、ばこは16日に3歳の誕生日を迎えることができました。
まぁでもばこが本当に生まれた日は分かんないんだけどね。推定です。

猫で3歳というともういい大人で、年齢的には「エネルギーのみなぎった男」なんだろうけど、今のばこはうちの中では相変わらず一番年下の甘えん坊の猫、と言った感じ。

それにばこはとても「うるさい男」だ。もーよく鳴いてよく鳴いて。高尾にゃんは寡黙な猫なので、本当に何かあるときにしか鳴かないんだけど、ばこは「今日まだおやつ食べさせてもらってないんですけどねー」とか「もうすぐご飯の時間だろー」とか「お腹空いたから早く食わせろー」とか「高尾ねーちゃんが遊んでくれませんー」とか「まま(ばこにとってはままとは彼女のこと)がどっかに行っちゃったー」とか事あるごとに鳴いてるし、それ以外にも「ばこがさっきからふにゃふにゃ鳴いてるけど、何が言いたくて鳴いてるんだろう?」って分からないこともしばしば。前はご飯の前によく鳴いてたけど、この1年でもっと違う場面でも鳴くようになった印象。しかも声色も何種類か使い分けるようになった。

「ままー」って完全に甘え声のときもあるし、「お腹が空いたんだよ!!」みたいに怒ってるときもある。「ごめんなさいー」って気弱に鳴くこともある。黒猫は顔の表情からは気持ちがうかがえないから、そうなってるのかな?高尾にゃんは鳴かなくても表情から「機嫌が良いね」とか「今は不機嫌だね」ってことがよく分かるんだけどねー。

まぁでもうるさいうるさい。特に朝と晩のご飯の時間前は本当にうるさい。食べる直前まで「お腹が空いたー」と鳴きわめいてる。うちは猫の夕ご飯の時間は21時にしてるんだけど、日によっては1時間も前から鳴いてるときがある。そして、わたしが重い腰を上げて「さあ作るか」というと、毎回毎回「ボクのお皿はこちらです~」ってお皿のあるところに誘導してくれる(朝ご飯以降、お皿は置きっぱなしなので)。そこを「ばこの食べる場所」に決めたのは、このわたしなんですけどね、、ーー;

そしてご飯の用意をする間、高尾にゃんはおとなしく鳥さんのおもちゃで遊んだりしてるんだけど、ばこは用意しているわたしの脚の周りをしっぽでこすりながら「早く!早く!お腹が空いたんだよ!!」って鳴きまくり。まぁなんというか、こちらが用意を始めたら5分しないうちに食べられるから、鳴かなくてもいいとか、そういうことは一切認識していないようで。ちょっと大人になったら分かるかなー、だって毎晩のことだもんねって思ってたんだけど、今のところは完全に大人になってもそこのところは全く認識していないようですーー;そしてご飯はいつも1分ちょっとでペロリと完食。早食いの猫は吐くことがある、というんで、だいぶ心配なんだけど、ばこは今までこういうことでは吐いたことがない。

ばこと高尾にゃんの食べ方はものすごい違いがあるので、食べてる間はばこと高尾にゃんは別々の部屋で食べさせてるんだけど、高尾にゃんがやっと食べ終わったのでばこを部屋から出すと、ばこは一直線に高尾にゃんのお皿の置いてあったところに向かって行って、高尾にゃんの食べ散らかした餌を丁寧になめ回す。「お前はハイエナかっ!」と言いたくなるような姿で。。特においしいオヤツをやったあとは、高尾にゃんのお皿を舐めたあとまた自分のところに戻っていって、自分のお皿を舐め、そしてまた高尾にゃんのお皿のところに戻って。。としつこい、しつこいーー;多分、こういう姿も高尾にゃんに嫌われる一因なんだよね、ばこ。。

現在体重4.9kg。以前、獣医さんから「この猫は骨格からして4キロ台の猫です」って言われたんで、あんまり太らせないようにしてるんだけど、気を緩めるとすぐに5キロになってしまうので注意してる。本当はもうちょっと痩せさせたいんだけど、なんせ今でも食欲が旺盛なので、4.9kgで精一杯。一時は4.8kgまで落としたことはあったけど、結局維持できなかった。

ばこは1歳になるかならないかくらいのときにいきなり血尿が出て、ストラバイト結晶ができててそれが結局尿道に詰まり、おしっこが出なくなったことがあったんだけど、それ以降はご飯の時にご飯に混ぜて強制的に水を飲ませてるので、今はpHも良い具合になってる。もう長い間、獣医さんに行ってちゃんと検査はしてないんだけど、家でpHペーパーがあるので、それで時折チェックしてる。pH低いときでも若干高めなのかなとは思うけど(pH6.4くらいがせいぜいかなあ)、まぁ今のところあまり気にしてない。というか、本当はもうそろそろ獣医さんのところにおしっこ持っていって検査してもらった方がいいかもねとは思ってる。

餌に水を混ぜると嫌がる猫ちゃんはいると思うんだけど(高尾にゃんもあまり好きではないので、ちょっと水の量を増やすとご飯食べなくなる)、ばこはいくら水を混ぜてもまったく気にしない。一応、最低限1回に80ccの水(実際は45度に温めたお湯)はやろうと思ってるんだけど、ばこの場合はいくら飲ませても全然嫌がらないので、一体、どのくらいまで水を飲むんだろうと思って段々増やしたことがある。そしたら1回に100cc以上の水を混ぜてもペロリと飲んでしまったので、怖くなってこちらが止めてしまった(笑)一回100cc以上飲ませると、1回のおしっこの量がものすごく多くなるんだもん。

その他ではまったく病気知らず。あっ!だけど、ばこには困ったことがあって、それは「ウールサッキング」ならぬ「ヒモとか毛皮」とか大好きで、食べちゃんだよね~(これ、去年の誕生日の日記にも書いてある!)。猫のおもちゃで、毛皮が付いた丸いボールなんかありますよね。あれを与えると、転がして遊ばずに毛皮を全部食べちゃったりする。ヒモも食べる。ので、毛皮ボールではもう二度と遊ばせないし(高尾にゃんがこういうの好きなのに!)、羽根の付いたおもちゃは厳重管理、ヒモは例えば人間のスエットのズボンのヒモとか寝間着のズボンに付いてるヒモとかも狙って食べるので、放置厳禁。これ、食べると消化できなくて吐く。ばこが吐くときは、変なものを食べたときだけ。しかも、吐くときの前には「ボク、なんだか気持ちが悪いです~」みたいな「ヨロヨロ~」って鳴くのですぐ分かる。こういうときは下痢もしたりするので、そういうときは病院行き。

ばこが食べちゃいそうな危ないものは、こっちも注意して隠したりするんだけど、ここ1年間の間では、彼女のブラジャーの後ろのホックがある部分の布(幸いホックとは反対側の金属のないところ)を食べてるのを発見した。「こんなものまで食べるの??」って思った。あのときはしばらくうんこが出るか注意したり、うんこが出たら中身は何が出たかを見たりしたんだけど、様子は全然変わりがなかったし、毎回毎回うんこ分解して見てるわけじゃないので、まぁ出ちゃったんだろうと思ってた。けど、数ヶ月経ってこちらが忘れた頃にいきなり「ヨロヨロ~」と言って吐いて、吐いた中身を見たら、そのブラジャーの布きれだったのでびっくりした。あれってすぐに吐いたりするわけじゃないのね。

だから、ものの材料を見て「これはばこが食べそうなものか、そうじゃないか」を考えるクセが付いた。そして、一度食べたものは絶対に次もやるから、絶対にばこの目には触れさせないようにして。これは本当に気をつけてる。まぁでもばこは、高尾にゃんと違って自分で探し出しては食べないので、その点では楽。高尾にゃんは賢いので、こちらが隠してても、人が見ていないときに自分の手をちょいちょいって使って、隠してあるものを引っ張り出してきちゃったりするから。

ばこは異食食いというのはあるけど、気をつけてるから、最近は病気等では病院には行ってない。だから獣医さんにも1年に1度、ワクチン打ちに行く以外は行ってない。しかし、ばこは尿道に結晶を詰まらせたときに少しの期間、動物病院に入院したことがあって、そのとき以来、そこの動物病院の獣医さん始め、動物看護師さんの人からめっちゃ可愛がられるようになった。まぁ、ばこは飼い主だけじゃなく、誰にでも愛想を振りまく猫だからね。。(飼い主冥利に尽きない猫)

去年もワクチンを打ちに行ったときは動物看護師さんの人からめっちゃ歓迎された。獣医さんがワクチンを打つ前にいろいろ健康診断をしたんだけど、聴診器を当てられたときにゴロゴロ言ってたらしく「ゴロゴロ言ってますね」って嬉しそうに言われたし(ホント、飼い主冥利に尽きない猫)、それにワクチンを打ち終わったので、再びキャリーの中に入れようとしても入らない!!病院の、診察台の上の方がいいっていう!!!(本当に飼い主冥利に尽きない猫(-o-))

ばこは、キャリーの中が嫌いなんだよね~。おまけにうちは車がないので、移動は自転車なのだが、自転車で移動中、大声で鳴きまくり!その声はまるで「ボクはこれからこの人に捨てられてしまうんです~」とか「たすけてください~この人に捨てられちゃいます~」とか「この人は今から猫を捨てに行きますよお~」とか、そんな感じの鳴き方としか思えない。で、鳴くと必ず周囲の人が振り返る。去年なんて病院に行く途中、信号待ちしてたらそこには散歩中と思われるどこかの保育園児みたいな子どもがたくさんいて、「猫ちゃんだ」「猫ちゃんだ」って大騒ぎになった(-o-)恥ずかしいったらありゃしない。。だけど、病院などの建物の中に入ると、ぴたっと鳴き止みます。だから病院の待合室ではとてもおとなしい。そして帰りにまた鳴きわめく。。。(-o-)(-o-)(-o-)

ばこはきっと、外で暮らしていくには大変だったろうと思うこともある。人に愛想をふりまく猫なので、もしかすると餌をもらえる家を5軒くらい作って、そこで愛嬌を振りまいてうまく餌をもらえる猫になるだろうとは思うけど(でもそうしたら、でぶでぶの猫になってるね!)、猫同士の争いにはどう考えても勝てそうにない。割と小心者なんだよね。それに戦うことも好まない。猫は一般的に外を見るのが好きだけど、ばこも好きでよく見てる。一度、網戸越しに外を見てたら、どうも好みの猫がやってきたらしく、網戸を突き破って外に出てしまった。そのときは、わたしは外出してたのか家にはいなくて、彼女だけがいたんだけど、どうやらなんか、ばこのいつもの「たすけてください~」系の鳴き声が外からしてくると思ったら、ばこが隣の庭でうずくまってたそうだ。あのときはホント、ばこが変なところに行かなくてよかった!と思ったけど、ばこにとってはもう外は怖くて動けないところなんだなあって思った。それ以来、滅多に網戸は開けないし、開けたときは必ずその部屋に人がいるようにしてるつもり。

そうそう、ばこはもう一つ、生命が危なかったことがあって。これも外を見る関係のことだったんだけど、風呂場の窓から外を覗くことも好きなのね。で、風呂場の窓のところに行くためには、一旦、風呂桶の蓋の上に飛び乗って、そこから風呂場の窓の縁に昇るんだけど、実は、あるとき、風呂桶に水を張りながら、蓋はしてないときがあったのだ。そこへばこがいつもどおり、窓の縁に行こうと、何も考えずに風呂桶のところに飛び乗ったら、蓋がなかったのでそのまま水の中にどぼんと落ちちゃった。あのときもわたしはいなくて、彼女だけが家にいて、しかも彼女の目の前でそれをやったみたいなのね。だから彼女がびっくりしてばこをすぐに風呂の中から引き揚げて、ばこはかろうじて水死は免れたのだけど、あれ、彼女の目の前でやってなかったら、ばこは水死してたはずで。。もうそれ以来、うちでは風呂桶の中に水があるときは絶対に蓋は開けてません。まぁばこも、あれ以降しばらくは風呂場には行かなかったけど。。でも、今はまた風呂場の窓から外を覗いてます。

ばこは、ものすごく人なつっこくて、人はどういう人でもまったく怖がらない猫なんだけど、それ以外のものは結構ビビリなんじゃないかと思う。実は掃除機が怖いみたいなんだよね~。でも、本当にビビリだったら、怖くて逃げ回るか隠れるかすると思うのに、ばこは怖いながらも見たがるんだよね。それがとても不思議。わたしが掃除機をかけてると、半分逃げるような体勢なのに、掃除機をじっと見てる。わたしがちょっと面白がって、掃除機の吸い込み口をほいっとばこのところに向けると、わーって逃げてくのに、気が付くとまた、近くで怖々見ている。これ、一体、なんなんでしょうね~(笑)ちなみに高尾にゃんはまったく動じない。高尾にゃんの本当にそばを掃除機掛けてても「なにそれ」って感じ。高尾にゃんの方が本当は肝が据わってるのかも知れない。ルンバの時もそうだった。

前に、ばこは「天然の睡眠剤」って書いたことがある。眠れないときにばこを連れてきて布団の中でなでなでしてると、知らないうちに寝てる。ばこの毛は本当にふわふわで、撫でるととても気持ちが良い。なので特に冬の間は暖かくて気持ちが良いので彼女は毎晩のようにばこを自分のところに連れてきては撫でて寝てた。ばこは布団の中で暑くなったら出ていく、みたいなことを繰り返してたが、あるときから自ら進んで布団の中に入ってくるようになった。といっても、寝るときではなく、わたしらが既に寝てる明け方の時間とかに。多分、ばこもそのままだと寒いから布団の中で暖かい思いをしたいんだろう。でもこちらとすると、いきなり寝返り打ったら布団の中にばこがいたりするのでびっくりする@@;

まぁ今はもうだいぶ暖かくなったから、こういうことはほとんどないけどね。。ちなみに高尾にゃんは冬になったら布団の上に来てそこで寝る。中には入らないなあ~。人の脚と脚の間で寝るのが好きで、そうすると身動きが取れないーー;

そうそう。高尾にゃんはうちに来てからはほとんど「高尾にゃん」で呼び方が統一されている。けど、ばこは名前の変遷が著しい(来た当初も、そんなことを書いた記事があるが)。ばこの本名は「陣馬」なのだけど、大抵は「ばこ」と呼ばれている。が、「ばこちん」とも呼ばれてるし、そこから「ばこばこちんこ」とも呼ばれてるし、そこから略して「ちんこ」とも呼ばれている。というか、そう言う呼び方はわたししかしないけど(^^;だいたい、わたしが「ちんこ」と呼ぶと、彼女はとても嫌がる(笑)彼女は大抵「じんくん」と呼んでる。病院の動物看護師さんの人からも陣馬は「じんくん」と呼ばれてる。確か、去年のケーキの文言は「じんくん、おたんじょうびおめでとう」だったかな。今年はわたしが注文したので「ばこちゃん、おたんじょうびおめでとう」になってる。まぁわたしもいくらなんでも「ばこちん、おたんじょうびおめでとう」とか「ばこばこちんこ、おたんじょうびおめでとう」とはケーキ屋さんの前では言えないので(^^;

てか、なんで「ばこばこちんこ」かというと、昔、わたしが小さい頃、こういう歌が流行ってたからだ。

アルゼンチンの子ども~子ども~子ども~
アルゼンチンの子ども~
アールゼーンチン子~


「ばこちん」と呼んでるうちにこの歌が思い浮かんで

ばこばこちんの子ども~子ども~子ども~
ばこばこちんの子ども~
ばーこばーこちん子~


って替え歌を作ったのだ(去年のばこの誕生日の日記を読んだら、同じこと書いてた(^^;)。

というわけで、ばこちんは、とても愛くるしいが上に、結構みんなから(わたしから?)弄ばれてると思う。。ちなみに未だかつて、ばこは「しゃー!」って言ったことがない。ばこはなんか割と細かいことは気にしなくて、鈍くて、多分、高尾にゃんと違ってあんまり頭が良くなくて、だから思わぬことをしでかしちゃったりもするけど、でも、大らかで、嫌がることをされても怒らなくて、人なつっこくて、誰にでも愛想を振りまいて、高尾ねーちゃんが大好きで、でも何も考えずに自分のしたいことを高尾にゃんにするから、高尾にゃんは怒って「しゃー」って言って逃げちゃうんだけど、どうして怒られたか分からなくて「高尾ねーちゃんが遊んでくれません~」ってふにゃふにゃ鳴いて、いたずらしてわたしたちに怒られると思ったら逃げずにごろんって寝ころんでお腹出してすぐに降参して、争いを好まない猫で、自分の意に沿わずにだっこされてもある程度は我慢してじっとしてくれる猫で、この猫は本当に性格が良くて憎めない。

わたしはばこを構うと、高尾にゃんが途端に不機嫌になるので、ばこは主に彼女がかわいがってる感じだし、ばこも彼女には信頼を置いてると思う(わたしはそれに加えて「ばこばこちん」とか、ばこの嫌がることたくさん言ってるから(^^;)。

ばこがうちに来たのは生後約2ヶ月半のときだけど、もうそこから3年近くが経った。早いなあ。本当はもうちょっとばこも大人になって、高尾にゃんからどうして嫌われてるかとか、ご飯もらえる直前まで鳴かなくてもちゃんとご飯は食べられるとか考えられるようになればいいんだけど、それはまだちょっと望めないかな。3歳になってもまだまだ「子ども」で「我が家の末っ子」、ばこちんです。

これからも楽しく暮らそーね!
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03-10 Thu , 2016
つきあい始めて丸15年
今日、3月10日はつきあい始めた記念日。2001年3月10日からつきあい始めたから、今日で丸15年になった。

ブログ始めてから、毎年この日には何らかの日記を書いてるはずだけど、当初から比べるとすごく意識が変わってるんじゃないかな。特にここ数年は。

なんというか、一緒に暮らしてるのは慣性というか、惰性というか、そんな感じ。こんなこと書いたら彼女から怒られそうというか、ムッとされるだろうけどね。それくらい、わたしは変わってしまった。

何が原因かというと、まぁ、わたしの人生観とか死生観が変わったんでしょう。あと性格の違いというのも確かにあると思う。わたしは悩みや解決が難しいことは、ただ聞いてもらうことだけですっきりしたりはしない。聞いてもらった上で、どう考えるか、それを教えて欲しいと思う。というのは、自分でいろいろ考えてるけど、自分で考えるのは限界がある。自分ではあらゆる面から見て検討していると思ってても、やはり一人の人間が考えることはどこか偏った面からしか見ていないはずだ。だから、自分と違う他人が別の角度から見るとどう考えられるか、そういうことが知りたい。自分の中で整理のついていない話だから他人に聞いてもらいたいわけじゃなく、自分とは違う角度から検討したらどうなるか、それが知りたい。だからわたしは彼女が悩んでることを聞くと、こうじゃないか、ああじゃないかと言ったりする。でもそれが彼女はうっとうしいんだと。彼女がわたしに話すのは、ただ聞いてもらえばいいからなんだと。それがすごい腹が立つんだよね。「ただ聞くだけでいい」んなら、こっちが真剣に話を聞かずに話半分で「うんうん」って相づち打っててもそれで満足なのか?わたしは単なる「聞くロボット」か?っていうか、ただ話を聞くだけでいい、という考え方がわたしにはよく分からない。んなら誰にだって話せばいいじゃん。まぁ話の内容によって話せる相手と話せない相手がいることは分かるが。「ただ聞くだけ」ってなんかとても生産性がなく、不毛な感じがするのだ。多分傾聴だけの「カウンセリング」がわたしに合わないのはそれが理由だろう。聞いてもらうだけで物事が解決できるなら、そんなに楽なことはない。そんな楽なことを悩んでいるのかと思えてしまう。

これ、よく「男性脳」とか「女性脳」とか「男女の考え方の違い」とかに押し込められてることだけど、必ずしも男女ってわけではない。わたしは特に自分が男性脳だとは思ってない。それよりも環境的なものが大きいと思っている。

まあそんなこんなで、わたしは彼女に相談することもなくなったし(しても無駄だから)、彼女から相談されることも多分ほとんどない。てか、もともとわたしは彼女から相談されることはほとんどなかったのよ。うつ病だったから。心に負担をかける相談なんて、彼女はわたしにできなかっただろう。わたしの長引く病気が二人の関係性を変えてしまったってことは多大にあるだろう。

ただ「言っても無駄」という考えは、わたしの中に広範囲に支配してて、今では悩みどころか、何を考えてるかということでさえ、ほとんど言ってないかもね。

なんというのか。わたしの中では彼女はとても「頭のいい人」なのだ。もうずっと。出会ったときから。で、わたしは自分で自分のことを相当に頭が悪いと思っているので、わたしが知っていることくらいは彼女が知ってて当たり前だという認識がどこかにあるのよね。だから、彼女がわたしの知ってることを知ってないとものすごい腹が立つ。彼女が(わたしにとってだが)「そんなの考えてて当然だ」とか「くだらない考えだ」とかをわたしに対して言うときにすごい腹が立つのだ。「そんな低次元な考えしか持ってないの?」って。それが態度に表れてしまうのか、わたしはよく「人を馬鹿にしたような態度だ」と言われる。が、それはまったく違う。わたしは、自分の頭が悪いから自分が知っていることは最低限だと思っている。それも頭が悪い自分がとても苦労して身に付けた知識だ。だけどそんなことくらい、頭のいい人は知ってて当然だと思っている。知ってて当然だと思うから知らないとものすごく落胆する。というか、こんなわたしでも知ってることなんだから、頭がいいアンタは最低限の努力ぐらいしてろよと思う。だから猛烈に腹が立つのだ。わたしは自分が上に立って馬鹿にしてるんじゃなく、下からそう見えるから無性に腹が立つのだ。むしろ上からだったら全然腹が立たないよ。他人が知らないことについて「知らなくて当たり前」だと思えるんだから。

でも多分彼女は言うだろう。「そんなの買いかぶりすぎだ」って。だけど、わたしはそれがダメなのだ。わたしが一旦好きになったり尊敬する人になった人って、「わたしより頭がいい人」認定してるってことで、だからわたしは彼女以外の人に対しても、わたしが知っているようなこと、考えているようなことは相手は当然のことながら既に知ってたり考えてたりするのは当たり前、と思ってしまう。尊敬できる人はいつまでも自分の上にいるのが当然って、なんかどこかで自分の中に染みついちゃってるんだよね。だから、一度落胆させられると自分の中にすごいダメージがあって「もういい」ってことになってしまう。ちなみにわたしは大抵の人は「自分より頭がいい」って思ってる。自分が「最低」という認識がすごくあるから。あとそして「頭が悪いから」って言って諦めて努力も何もしてない人もダメなのです。頭悪いなら努力くらいはしろよって思ってしまうので。

まぁ彼女に取ってみれば「なんなのそれ」ってことになるかも知れないけどね。

ってことで、性格の違いやらなんやらをここ数年でやっと自覚することができたから、二人の関係性が変わって来ちゃったのかもね。

毎年3月は一年中で一番気分的に楽で調子のいい月なのだけど、今年は全然そうじゃなく、ちょっと体調がめちゃくちゃになってます。毎日勉強しなくちゃいけないのも理由だろうし、ちょっと最近精神的にいろいろ来てたので、それも原因だと思うけど、今まで不調だった背中の痛みとか息苦しさに続いて今度はめまいがして来てしまって。。ここ1週間は勉強も止めて休んでたんだけど、休んでてもあまりよくならない。耳鼻科に行ったら「良性めまい」って言われて「良性めまいはめまいがしてても休んじゃダメ。動かないと治らない」って言われたけど、めまいがしてるのに動けってすごい怖い(笑)
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10-22 Thu , 2015
高尾にゃん、5歳のお誕生日おめでとう!
10月の半ばに風邪を引いたのと、そのあとは仕事で10日ほど忙しくしてたのと、それからは日々忙しかったので日記が後追いになってしまった(日付は変えてるけど、今日は11月7日)。本当はブログに書きたいことがいくつかあって、まぁそれは追々書いていこうと思ってる。って夏の旅行の記録すらまだ全然書けてない(^^;

10月22日は高尾にゃんの5歳のお誕生日だった。

毎年、高尾にゃんのお誕生日はケーキを買ってきてロウソク立ててお祝いしている。もちろんケーキを食べるのはわたしたちで、高尾にゃんには一切食べさせない。高尾にゃんにとっては自分の誕生日は無理矢理抱っこされて写真を撮られる、とっても迷惑な日でしかない(笑)

だいたいお誕生日の数日前に家の近くのケーキ屋さんに行って予約してくるんだけど、今回も同じようにした。予約するケーキ屋さんはいくつかあるんだけど、今回は今年のばこの誕生日のところと同じだったかな。ただ今年のばこの誕生日の時は彼女が予約してきた。今回の高尾にゃんのはわたしが行った。毎年毎年誕生日ケーキであることを告げて、メッセージをつけてもらうんだけど、これまではいつも「たかおちゃん、おたんじょうびおめでとう」というメッセージにしてた。いつも呼んでる「高尾にゃん」には抵抗感があってできなかった。だって猫のお誕生日を祝うためにケーキを予約しているってなんか恥ずかしかったんだもん。

だけど猫を約5年も飼ってると慣れちゃうというか、開き直れるのかな~。今年のメッセージは「たかおにゃん、おたんじょうびおめでとう」にしてもらった。お店の人に「実は猫のなんです~(笑)」って言えた。言う直前まで言おうかどうかちょっと迷ったけど、言っちゃった。そうしたらお店の人は「そうなんですか」ってにこやかに言ってくれた。

当日はわたしは行けなかったので彼女にお店に取りに行ってもらったのだが、わたしが家に帰ったら「なんか猫の絵が描いてあるよ」って言われた。見たらこんなのだった。

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やーん。かわいい!

やっぱあのとき「猫の誕生日です」って言ってよかった。。というか、もっと早く言えばよかった。ていうか、お店の人の心遣いがとっても嬉しい。

そこに「5」のロウソクを立てていろんな角度から高尾にゃんの写真を撮る。が、高尾にゃんは写真を撮られるのが大嫌い(みたい)。毎年、嫌そう~な顔をしてるけど、今年は本当に嫌そうだった。。わたしと彼女が入れ替わり抱っこしたり、部屋を明るくしたり暗くしたり。その間、何枚写真を撮っただろうか。その中で「まだこれはマシかな」ってのはたったの1枚しかなかった。

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これ。これでも相当嫌そうな顔してるけど。でもまだロウソクの方を向いてるので随分マシなのだ。その後、いつも通りわたしと彼女でケーキを食べてお祝いしました。

猫で5歳と言ったら、中年への差し掛かりってことになるのかな。若い若いと思ってたけど、これからはそう思ってはいられないんだよね。そして今までは次の誕生日が来ることはある程度「当たり前」に思ってたけど、これからは「当たり前」に来ないかも知れない。今どきの猫は長寿だから15歳、20歳はさほど珍しくないっていうけど、わたしの知ってる猫は大抵10歳くらいで死んじゃってるので、「もう半分来てしまった」という思いが強い。死に至る病気になるのは(ガンとか)その個体の持っている性質が強く表れると思うので、それはもう仕方がないとは思うものの、その心の準備はしておかねばならないなあと思っている。その代わり猫が長生きすると大抵かかるという慢性腎臓病への発病には十分に気をつけているつもり。ただ最近は午後のオヤツにツナ缶やマグロ缶、ササミ缶、カツオ削り(減塩)とリンやマグネシウムが高いものをやることが多いので(ただ量としてはおやつだから少量だけど)いけないかなあ。でも、猫たちは毎日すっごくそういうおやつを楽しみにしてるんだよね。

高尾にゃんとばこの関係だけど、相変わらず高尾にゃんはばこのことがあまり好きじゃない。けど、たまに高尾にゃんが遊びたい気分満載になったときにばこに仕掛けて追いかけっこや取っ組み合いをしてることもある。そんなことをするとばこは「あれ、高尾ねーちゃんと遊べるんだ」と思って、自分が遊びたいときに高尾にゃんに近づいていくんだけど、そのとき高尾にゃんの気分が乗らないとすぐに「シャー」って言う。なんで、二匹で遊ぶのは高尾にゃん次第みたい。ばこはそのことをよく分かってないようです。ってばこには分かんないよね、そういう複雑なこと(笑)

まぁこういう調子なんで、高尾にゃんとばこが寄り添って寝る、なんてことは全くないし、猫団子なんか夢の又夢というか、もう夢ですらない、って感じだろうか。

でも1年半ほど前に2人で旅行した間にペットシッターさんにうちに来てもらって猫たちの面倒を見てもらったんだけど、今年も9月30日から1泊、彼女と2人で旅行した際にまた同じペットシッターさんに見てもらったのね。そのときに「1年半よりも2匹の距離が近づいている」と言われた。毎日一緒に暮らしているとそういう変化には気付きにくいが、たまに見るとその違いが分かるんだろう。まぁだからといって今後関係が劇的に変わるということはないだろうが、少しでも近づいてるんだったらよかったと思う(双方の猫のストレスのためにも)。

高尾にゃん、ペット保険には入ってるけど、この1年は病気では全く病院へ行かなかった(最後に調子が悪くなったのは去年の7、8月)。毎年何かしら体調を崩してその際に健康診断を受けてたんだけど、こういう調子だったら調子が悪くなくても「にゃんドッグ」受けさせないとダメかなと思っている。

最後に今食べてるご飯。最近はヤラーの多頭飼い用の缶詰をやってたんだけど、高尾にゃんはあんまりそれが好きじゃないのか、次第にダラダラ食いになってきてしまったので、いろいろ調べてアズミラの「ラム&バーレイ」と「オーシャンフィッシュ」の大きな方の缶も与え始めた(ちなみにばこは何でも食べる。一応、今まで食べない餌もあったけど、今はほとんど好き嫌いなく何でも食べる)。それをやるまで高尾にゃんはフィッシュ味があまり好きではないんだと思ってたんだけど、このアズミラの「オーシャンフィッシュ」は大好きみたい。ダラ食いがほとんどなくなった。

どうやら高尾にゃんは同じ味のご飯が続くと飽きてしまうみたい。なので、いくつかの味の缶詰をローテーションして食べさせることにした。今はまだアズミラの「ラム&バーレイ」と「オーシャンフィッシュ」を交互にやってるだけだけど、今後はヤラーの「チキン味」と「フィッシュ味」も復活させて(全然食べないわけではないので)4種類の缶をローテーションしてやろうかと考えている。ドライは今までと同じアーテミス。

今、高尾にゃんにやってる餌の量。
朝と晩:ドライ(アーテミス フレッシュミックス フォーライン)8g、ウエット(上記の缶をローテーション)25g、お湯40g

ドライ、前はもう少し量が多かったんだけど(確か10g)、どうも量が多すぎると残してしまうので8gにした。高尾にゃんはその分、おやつが欲しいみたい。おやつは午後にカツオ削りとか、ツナ缶を少しやって、あとは寝る前にご飯にやってるドライのアーテミスを何粒か(多分トータル10粒以内、ばこは5粒以内←ばこはすぐに太るので制限)やってる。

高尾にゃんはわたしにとっては本当に特別な猫。

今でもわたしの調子がちょっとでもおかしいと感じるときはずっとそばから離れない。こないだ風邪を引いてしまったときもずーっとそばにいてくれた。大抵わたしはベッドに寝てて、高尾にゃんは最近寒くなってきたし、たまたまわたしの足元で寝転がってるのかなあと思ったんだけど、久しぶりにパソコンを立ち上げるためにパソコンにある部屋に移動したら、高尾にゃんもくっついてきて、そのままわたしがパソコンの前にいるとずっとその近くでうずくまってた。そのときに「ああ、高尾にゃんはずっと一緒にいて心配してくれてるんだなあ」って思った。

今年の春頃(既に5月はそうだった)から、わたしが風呂に入る前に一緒に付いてきて、風呂場で撫でてもらうのが習慣になってた。過去形なのは、最近寒くてわたしが裸のままで高尾にゃんを撫でるのがつらくなってきたから、わたしの方から止めさせたんだけど。それでもわたしが歯磨きが終わって風呂に入ろうとすると、風呂桶の蓋のところでちょこんと座って待ってる高尾にゃんは本当にかわいかった。そして、わたしは風呂場の中に入ろうとすると、コロンコロンするのだ。

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こんな感じ。これは今年の5月。お風呂場だとばこが来たりしないから邪魔されずにナデナデしてもらえると思ったのかな。理由はよく分からないけど、こんな感じで来るので、毎晩5分くらいはずっとナデナデしてて。毎日すごく楽しみにしていたようだ。

忙しくて全然構ってやれないときや、外出することが多くて家にいないときが続いたときなどは、家に帰ると即座に膝に乗ってきたりする。やっぱり毎日少しでもナデナデして欲しいんだろうな~。

そして。高尾にゃんはとても頭がいい。頭がいいのは前からそうだけど、日々進化している。朝は彼女が猫のご飯をやる係なんだけど、ばこはうるさく鳴き続けるしか脳がない一方、高尾にゃんはこちらが起きざるを得ない状況を作る。今まではだいたい彼女が起きないときは、わたしの方から言ってもらおうとして、寝る際に外してるメガネなんかをガチャガチャいじって、それでわたしが起きて時間を見て「そろそろご飯を作った方がいいんじゃない?」って言わせるように仕向けてた。が、最近はルンバの上に乗ってルンバを動かすこともあって、高尾にゃんは一体、ルンバを動かせば、ままたちは絶対に起きざるを得ないって、ルンバの動かし方を習得したのも驚くことだけど、あの小さな頭のどこからそういう考えが浮かんでくるんだろうって本当に不思議に思う。

ちなみに最近instagramでアップした中でわりと「いいね」をもらえた高尾にゃん画像。

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右の画像はハロウィーンのためにわざわざこういう色の「坊ちゃんかぼちゃ」が売ってきたので買ってきたもの。ハロウィーンかぼちゃってのは食べられない、観賞用のでっかいかぼちゃらしいんだけど、この「坊ちゃんかぼちゃ」は食べられるかぼちゃで、しかもあとで食べたんだけどめっちゃ美味しかった。高尾にゃんは特にかぼちゃとか関係ないので買ってきたままのかぼちゃと写真を撮りました。題して「猫とかぼちゃ」。それ以上の意味はありません。

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その数日後、確か10月30日だったかに中をくりぬいてハロウィーンかぼちゃにしたかぼちゃと共に、ハロウィーンと言えば黒猫でしょってことで、ばこと記念撮影。ちなみにinstagramの中では猫に魔女の帽子とか被せた画像が結構アップされてたのだけど、黒猫に黒い魔女の帽子を被せても全然面白くないよね、しかも絶対に帽子は嫌がるしってことで、こんな感じに。しかし、ばこはかぼちゃには関心を示さず。猫はかぼちゃを食べないので当たり前か。

ま、こんな感じで今のところわたしたちは猫たちと暮らしてます。
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10-09 Fri , 2015
病院に行って喜ばれるばこちん
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今日、ばこを動物病院に連れて行ってワクチンを打ってもらった。

ばこちんは1歳になるかならないか頃、尿道結石になってしまって、病院で治してもらったことがある。そのすぐあとにわたしたちは1週間くらいの旅行をすることになってしまって、希望では家にペットシッターさんに来てもらって面倒みてもらうつもりだったんだけど、またおしっこが出なくなってしまって、もし発見が遅かったら命に関わってしまうってことで、高尾にゃんだけおうちでペットシッターさんに見てもらって、ばこは病院に入院させたんだよね。そこの病院はペットホテルもやってるところだったので。

旅行が終わってばこを病院に迎えに行ったら、そこの動物看護師さんたちはもうばこにメロメロになってて。なんか、すごいなついてかわいかったらしいの。動物病院にはいろんな猫が来てるけど、ばこみたいにフレンドリーな猫はとても珍しいらしい。なので、それ以降もその動物病院にばこを連れて行くととても歓待される。ばこを連れて行ったとき「高尾ちゃんは元気ですか?」とは聞かれないのに、高尾にゃんだけ病院に連れて行くと必ず「じんくんは元気ですか?」って聞かれる(病院ではばこは「じんくん」と呼ばれている。まぁ「陣馬」だからね)。

最近のばこは本当に健康で滅多に病院にかかることはない。まぁ1年に1回のワクチンの機会しか病院にはまず行かない。それが今日だった(本当は先月だったんだけど、いろいろ忙しかったので。。)。「連れて行ったら病院の人たちは喜ぶだろうなあ」って思ったから、病院には連れて行きやすいのだが、ばこはなぜかキャリーの中に入れて外に出るとすごい声で鳴くのだ。。まるで「この人は、ぼくをどこかに捨ててこようとしてますー!!」とか「ぼくはどこにつれて行かれるのー?怖いですー!」とか、うるさくて「ちょっといい加減にしてよーー;」レベルの鳴き声。

最近、わたしはキャリーバッグは肩に背負う「リュックタイプ」にしてるんだけど(うちは車がなく、自転車で動物病院に行くために普通のキャリーだと前カゴに入らなくて安定しなくて怖いから)、中から猫の鳴き声がすると街行く人は必ずこちらを見る。それがとっても恥ずかしくて。病院に行く途中にでかい道を渡らないといけなくて、そこでは大抵赤信号で待たなければいけないのだが、待ってる最中に周りの人から「猫ちゃんですか!」って必ず声を掛けられる。も~、いい加減にしろ、ばこ、状態。

今年は何事もなければいい、と思ってたら、その大きな交差点ではなぜか秋の交通安全のアピールみたいなのでおばさんたちがたくさんいて、ティッシュを配ってた。しかも時間的に近所の保育園の子どもたちの散歩の時間なのか、先生たちに連れられた子どもがいっぱいいる。「げー」って思ってたら、案の定ばこが鳴いて、保育園の先生が「あ、猫ちゃんの鳴き声がするね」って言い出した。ばこはそんなことつゆ知らずいつものように「ぼくはどこに行くのー?」って鳴いてるものだから、次第に子どもたちも気がつき始め「猫ちゃんだ、猫ちゃんだ」って言い始める。交通安全のためのティッシュを配ってるおばさんも「あら、この中に猫ちゃんがいるの?」って言う。わたし、こういうのが本当に苦手。こういうことで人から注目されたくないし、出かけてるときには知人にも会いたくないタイプだ。なぜかよく分からないけど、関係ない人に自分の行動を知られたくない。犯罪に巻き込まれてアリバイを証明しなければならなくなったときはきっと困るタイプだろうとは思うが(笑)

まぁそんなこんなで信号が青になったので一目散に自転車を走らせて、病院に向かう。以前は病院の中に入ったら鳴くのを止めてたばこは、今回は病院の待合室でも鳴いた。前に患者さん(患畜さん?)がいたので少し待ったが、次に呼ばれる。

診察台の上に載せられたばこはいつもの動物看護師さんから「じんくん、元気だった?」と声を掛けられる。ばこは嬉しそうに喉をゴロゴロならせながら動物看護師さんの手に頭をすりつける。ワクチンなので、事前に体重を測ったりちょっとした健康診断をするんだけど、ばこのお腹に聴診器を当てた獣医さんが「ゴロゴロ言ってますよ、この猫」って嬉しそうだった。獣医さんだから明らかに好きとか嫌いとかは顔に出したりしないけど、この獣医さんも結構ばこのことが好きなんだよね。「かわいいですね」ってこれまで何度も言ってくれてるし。体温を測られるために肛門に体温計を突っ込まれたときも平然としてて周りがびっくりしてた。が、ピピッと鳴る直前にばこは自分の肛門に変なものが入れられてることが初めて分かったようで「あ、やだ!」って身体をくねらせた。ばこ、今頃気がついたのか(笑)「今、気がつきましたね」って獣医さんに笑われたぞ、ばこ。

体重は4.95kgで体温は38.1度だったかな~。ばこの体重の目標は4.8kgなんだけど、なかなか減らない。まぁ獣医さんからは「この猫は体つきから4kg台で」と言われてるんで、ギリギリOKか。今日も別に何も言われなかったし。

いよいよワクチン打たれたんだけど、ここの病院では手足なんかには打ってくれないのね。一般と同じく首の後ろに打たれます。ワクチン打ったところにガンができるっていうんで、手足に打ってくれる病院もあるとか。その方が万が一ガンになったときに手足だったら切断できるから。ただ、わたしは今までいくつかの病院でワクチン打ったけど、手足に打ってくれる病院はなかったなあ~。まぁワクチンについても1年に1度打つ必要はないだとか、ワクチンは身体に負担がかかるとか知ってはいるものの(知ってるどころか、高尾にゃんの場合はワクチンを打つと3日は熱が出て何も食べなくなっちゃって大変なときがあった)、実際、ペットホテルやシッターさんに預けるとなるとワクチンを打っておかないと預かってくれなくなってしまうし、ずっと家の中で暮らしてると言っても、いつなんどき災害が起こって避難所生活になるとも限らないから、まぁ本当はワクチンってそんなに打ちたくはないんだけど、若いうちはそれでも1年に1回は打っておかなきゃなとは思ってる。

ワクチンを打たれてる間もばこはそれに気がつかなかったようできょとんとしてた。獣医さんが「気がついてませんね」って嬉しそうに言った。ワクチンを打った後は「もういいですよ」って言われて、キャリーに入れようとしたんだけど、ばこはキャリーの中が嫌いで入らない。動物看護師さんが「すぐにキャリーの中に入る猫ちゃんが多いのに、じんくんは入りたくないのね~」って言ってた。ちなみに高尾にゃんはすぐにキャリーの中に入る方。ばこは診察室とか知らない人間に囲まれたとしても、それが怖いとか全く思わないみたい。人見知りを全くしないどころか、すべての人間は自分とお友達とでも思っているのか、誰のそばにも行って挨拶してくる。

そういやこないだ、宅配便のお兄さんがうちに荷物を持ってやって来た。ばこはいつもどおり玄関まで出迎えて、お兄さんに向かって「かわいがってください」アピール。お兄さんはばこをたくさん撫でてくれて、その後どう思ったのか、わたしに「自分はこういうものです」って名刺を置いていった。今までうちに荷物を持ってきた宅配便のお兄さんが自分の名刺を置いていったのは初めてのことで、あれはどういう意味があったんだろうって今でも不思議に思ってる。

そんなわけで「病院には1年に1度、ワクチンの時に来るのが一番だよね~」って動物看護師さんたちに言われながら、病院をあとにした。

帰りもまた一苦労。例の交差点で信号待ちしてたら、交通安全のアピールの時間帯が終わったらしく、ティッシュを配ってたおばさんたちがどんどん交差点に集まってきたんだけど、そこでばこが鳴いちゃって「あら、猫?」って又声を掛けられ。中を見て「まぁ真っ黒な黒猫?黒猫って珍しいんでしょ?」とか言われ。わたしもつい「今、病院でワクチン打ってもらったんです」とか、いらない情報を話し。この猫、これがなければ本当に扱いやすいいい猫なんだけどな。ちなみに高尾にゃんはキャリーの中ではにゃんとも鳴かない。病院でもすごくおとなしい。わたしにしてみれば高尾にゃんの方がすごく楽なんだけど、まぁ病院の人たちにはそこまでフレンドリーじゃないからね、高尾にゃんは。

というわけで、1年に1回の病院も終わり。わたしもようやく肩の荷が下りた。

上の写真は昨日のばこ。最近寒くて毛布出したばっかりなんだけど、その毛布を噛みながらフミフミしてるとこ。

ちなみに参考のために今やってる餌を書いておくと、

朝、晩ともドライはアーテミス13g、ウエットはヤラーの多頭飼いの缶詰(チキンと魚を交互に)25g、それにお湯を80cc以上。毎回毎回2分でペロリ。
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05-16 Sat , 2015
ばこちゃん2歳のお誕生日おめでとう!
ええと、今はもう7月なんだけど、過去の日付で5月にばこの誕生日会をやったときのことを。

ばこの推定の誕生日は5月16日。
なんだけど、今年はわたし、16日は家にいなかったので、14日に恒例のケーキを買ってきてのお祝いをした。

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もちろん人間が食べるケーキ。猫はただわけが分からず抱っこされて記念撮影される日。特に誕生日用に何か特別な食べ物を用意するってことはない。だって、猫に「特別」は分からないし。猫にとっては「毎日が特別な日」の方がいいもんね。それに猫にちょっとでも特別なことをやると、すぐに日常だと思っちゃって、それが日常になっちゃうことも多い。そういうときは「まんまと猫にやられてるなー」って思う。例えば、出かける前におやつを食べさせるとすると、猫はもう、わたしたちが出かけようとすると「何かもらえる!」と思って、そわそわし始めるのだ。それを見ると「じゃあ、何かやらなきゃならないかねー」ってわけで、猫の作戦通りまんまとそれが「習慣化」されてしまうのだ。そうやって習慣化してしまったものが、うちにはいくつもある。。多分、それは猫飼ってる家では多かれ少なかれそういうことがあると思うけど。だから「人間が猫にしつけられる」ってのは、全くその通りだよなーって思ったりする。

あ、話が逸れた。

今回のケーキは、彼女がケーキ屋さんに注文しに行った。去年と同じところにしたんだけど、去年はケーキの上に載せるクッキーには「ばこちゃん、おたんじょうびおめでとう」という文字を書いてもらった。けど、今年は「じんくん、おたんじょうびおめでとう」になってた。彼女は陣馬のことを「じんくん」と呼んでいるのだ。高尾にゃんは誰からも、そしてうちに来てから今までずっと「高尾にゃん」としか呼ばれたことがないけど、陣馬は今までたくさんの呼び名がある。わたしは主に「ばこ」って呼んでるけど、「ばこちん」とか「ばこばこちん」と呼んだりすることもあるし「ばこばこちんこ」って呼ぶこともあるし「ばこばこ」って呼ぶこともある。なぜそんなになっちゃうかはよく分からない(笑)

ちなみに「ばこばこちんこ」というのは、子どもの頃に

アルゼンチンの子ども~子ども~子ども~
アルゼンチンの子ども~アールゼーンチン子~

という替え歌が流行ったのをそれをまた替え歌にしたというわけだ(元歌は「ロンドン橋落ちた」)。ちなみにこの歌を歌うと彼女はすごく嫌がります(笑)

まー、それはいいとして。

2歳になったばこちん。高尾にゃんと比較してはいかんと思うけど、未だに何を考えてるかよく分からない猫。ただ「お腹空いた」アピールだけはものすごい。朝ご飯は彼女が用意するが、朝早くから彼女の周りでふにゃふにゃ鳴き始める。晩ご飯は21時でわたしが用意するが、1時間前くらいからふにゃふにゃ鳴き始める。作ってる最中にうるさく鳴く。それはもう、本能の趣くままというか、ただお腹が空いてるから鳴く、と言う感じ。

実は高尾にゃんもものすごく小さい頃(1歳になってない頃)、朝からお腹空いたとふにゃふにゃ鳴くことがあった。が、彼女がそのたびに布団の中に引きずり込んで嫌がらせをしてたら「この方法じゃ無理」ってことをすぐに悟って、それからはベッドの上に置いてあるものを落としたりして、こっちを起こそうという作戦に切り替えた。そしてその作戦でも通じないと分かったら、わたしのメガネをガチャガチャといじり出す。そうするとわたしは時間を見て、彼女に「もう○時になってるよ」って直接彼女に声を掛けるからだ。ちなみに高尾にゃんは朝は8時過ぎないとやらない。本当に遅くなっているときにしかやらない。だから、すごく効き目があるのだ。ばこはそういうことお構いなしに朝の6時から鳴くことがあって、彼女が怒って高尾にゃんにやったように布団の中に引きずり込んでもそこで考えたりはしない。次の日だって同じように鳴き続ける。要するに、なーんも考えてないってことだよね。

まぁ何も考えてないから、こちらとしても扱いやすいと言ったら扱いやすいんだけど。。高尾にゃんはなんかどことなーく計算してて、上にも書いたとおり「いつの間にか習慣化してしまった」ってことがあり過ぎるので怖い猫なのよ。だけどばこはそういうことは一切ないから。

それにばこは性格がとっても穏やかな猫で、しかもとても人なつっこい。家に来る人、それが宅配便のお兄さんであろうが、郵便局のお兄さんであろうが、大工のおじさんであろうが、家電修理のお兄さんであろうが、回覧板届けに来たおばさんであろうが、誰にでも興味があって、挨拶に行ったり、仕事してる最中くっついてくる。一度、宅配便を届けに来た佐川急便のお兄さんにとっても愛想を振りまいて、お兄さんはなぜか知らんが名刺をくれた(笑)家電修理のお兄さんには「こういう猫ちゃんだったら飼いたいですね」って言われ、回覧板届けに来たおばさんも「この猫、なんて名前?陣馬ちゃん?とっても人なつっこい猫ね。陣馬ちゃん、さよなら~」って言って帰って行ったし。

それに、高尾にゃんは大人になるにつれ、抱っこされたり爪切られたりするときにシャーシャー怒るようになったけど、ばこが今まで「シャー」って言って怒るのを見たことがない。高尾にゃんに対しても怒ったところを見たことがない。高尾にゃんはばこのことが嫌いだから、よく「シャー」って言ってるけど。まぁ高尾にゃんがばこのことを「シャー」と言って怒るのは、ばこは全然考えてないからだと思うからだけどね。なんていうか、空気が読めないというのか、相手のことを全然観察して自分が行動しないのね。まぁこういうのも性格なんだろうなあ。。

そんなばこの現在。体重は5.0kg。獣医さんから「この猫は骨格からして体重が4kg台が望ましい」と言われたので、一時は4.8kgまで落としたんだけど、今はちょっと太り気味。食べさせてるものは「ヤラー CAT パテ缶チキンwithスピルリナ&シーウィード」と「ヤラー CAT パテ缶フィッシュwithスピルリナ&シーウィード」を交互に(これはウエット)。ドライは「アーテミス フレッシュミックス フィーライン」。ドライは13g、ウエットは25g、お湯が80ccでそれを一日2回。ばこは去年の5月に一回、尿道結石をやって、詰まらせてしまったことがあるので、それ以来、ばこにも高尾にゃんと同じように食べ物にお湯を混ぜてやってる。ただ、ばこの場合は今は血尿にならないようにお湯を飲ませているというより、お腹を満たすために飲ませている、という方が合ってるかも。というのは、1回のご飯を2分かからないで全部食べちゃう。食べてる姿を見るとすんごいです、ばこは。一気に食べてしまう。「あんまり早く食べると吐くよ」って言いたいくらい。でもこれで吐いたことはないんだけどね。

そうそう、吐くといえば、ばこはほとんど吐かない猫。高尾にゃんはあれこれで毛を吐いたり、ご飯吐いたりしょっちゅうするけど、ばこは今のところ吐いたのは1回だけ。どうやらひもを食べて消化できずに吐いたらしい。あのときは一緒に下痢をして、すぐに病院に連れて行った。

ばこの好物は「ひも」なんだよねー。わたしのスエットのズボンのひもとか、寝間着のズボンのひもとか、もう、ひもが大好きで。だから、すごくひもには注意してます。あと、猫用のおもちゃもすぐに食べてしまう。ネズミの形をしたものとか、毛皮が付いてるファーボールなんか、全部皮を剥ぎ取って食べてしまう。遊ばずに食べちゃうの。だから、そういうのも出しっぱなしにはできないし(高尾にゃんはネズミで遊ぶのが大好きなのに!)、ばこにはネズミで遊ばせない。

あと、段ボール。段ボールを囓るのが大好き。食べないけど。ばこは高尾にゃんに「シャー」って怒られたりするときはストレスがたまるみたいで、当てつけのように段ボールをガジガジ噛むことがある。まぁ食べないので好きにさせてるけど。。

ってことで、まぁ朝晩、お湯を80ccずつ飲ませて、ときどきおしっこのpH計って様子を見てる。ただまだちょっと高めかなあって思うことはある。一時期はpH7.0超えてることがあって「これはもう落ちないのか?」って思うこともあったけど、今はそれよりは下がって、pH6.8くらいかな。ただ、なかなかそれ以下にはならない。またいつか、おしっこ持って病院に行って、ストルバイト結晶があるかどうかを見てもらわなければと思っているのだが、なかなかできてない。。

まぁそんなわけで、こんなばこもいつかは落ち着いて鳴かなくなる日が来るのかねー?って思う。彼女は「ばこはばこなりにちょっとずつ学習してるよ!」って言うんだけど、うーん、、、、(^^;
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03-10 Tue , 2015
今日で付き合って14年。明日から15年目
今日、3月10日は東京大空襲の日だ。と毎年毎年書いている(笑)
ただ、わたしの身内で東京大空襲に遭った人はおそらくいないと思う。みんな広島住んでたし。
でもわたしは幼い頃から東京に住んでても、今日が東京大空襲の日だと教えてくれる人は全くいなかったな。
学校でもまったく教わらなかったな。

まぁそれはさておき、14年前の今日、わたしと彼女は付き合い始めた。

あれから14年経つ、というと「長い」って思うけど、実感としては「え、もうそんなに?」って感じだ。
なんか、一瞬のうちに過ぎ去った感じがする。が、一つ一つ思い返してみれば、やっぱり長い年月なんだなとも思う。なんか自分の時間の感覚とその中で経験してきたことが全く結びついていないというか、不思議な感じ。

ここ数年の3月10日の日記って、結構不穏当なことを書いてると思うが、今年もそんな感じ。

どうもここ数年、彼女とはとても「性格が不一致」なんじゃないかと思い始めてきている。前はその不一致さがお互いをカバーしていると思っていた。わたしの性格は結構細かくて、彼女は大らか。彼女の大らかさにとても救われている部分があると。

しかし、大らかってことは、鈍感なんだってことに気が付いた。いちいち言わないと分からない。毎回毎回言わないと分からない。同じものを見ても、わたしはすぐに気が付いてイライラするのに、彼女は気が付かない。わたしは彼女が気が付かないことについてもイライラし始め、余計にイライラする。

この正月、ぶち切れた。「もう別れたい」と言った。それ以降は彼女なりに気を遣っていると感じることもあるし、今、わたしの調子があまりよくなくて細かいところには目をつぶっているということもあるので、それ以上深刻なことにはなっていないが、「別れたい」と言ったのは、この14年間で初めてのことだった。

確かにわたしは自分のことを棚に上げている部分はある。彼女と付き合い始めてから2回目と3回目のうつをやって、そのほとんど、わたしは働けてない。そういう状態を誰かに話すと「彼女さん、大変だね」と言われる。かなりの高確率で。

でも、そんなことわたしに向かって言わないでよと思う。何のためにそう言ってるのかな。わたしに「彼女は本当は大変だったのだ」と自覚させるため?「もっとあなたはしっかりしなきゃ」って言うため?そんなん、もちろん分かってるに決まってる。彼女には本当に悪いと思っている。そして、しっかりしようと思ってできてたら、とっくの昔にしっかりしてるよ。それができないから病気なんじゃない。

「彼女さん、大変だね」とわたしに言うくらいなら、彼女と知り合いになって、彼女に直接言って下さいよと思う。

なんて書くと、わたしの心は荒みきっているように思われるかも知れないが、まぁ普段はそんなでもない。日常は彼女と猫2匹で幸せに暮らしている。ここには経過は書かなかったけど、去年の末から在宅で仕事をしようと(と言ってもフリーランスの在宅ワークだけど)いろいろと行動してて、合格して研修も終わったので、仕事来ないかな~と思っている。徐々に社会復帰の方向に進行中。ただ、身体の調子が悪く、行政書士の試験勉強は去年の12月末からほとんど何もやってない状態。。

まぁ自分のことを思うと焦ったり、歯がゆかったりするけど、彼女と猫との生活については、ずっとこのままでいたいと望んでいる。

そんな丸14年経った今日。
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03-09 Mon , 2015
猫は人間から出てるオーラが見えるのか?
人間からオーラが出てるとは思わないけど(笑)、そういう風にしか思えないことはある。

高尾にゃん。前からよく吐く猫だった。毛の抜け替わる時期なんかは毛とともに吐いたりして。けど、最近は滅多に吐かなくなった。吐くときは、わたしの具合がよくないとき。前にも書いたけど。

今は病的な精神的なつらさはもう起こらないんだけど、日常生きてれば、人間関係とか経済状況とか、いろんな負担があるわけだよね。で、そういうときはずーんって落ち込むんだけど、高尾にゃんはそういうときに吐くの。落ち込んでるときは、わたしは無口になるから一言も話さない。落ち込んでる理由を彼女にわざわざ話すのもいやだし、できれば自分の中で消化したいと思うわけよね。もちろん彼女が原因の時だってあるし。一言も発しないから、彼女はもちろん気が付かないわけ(こういうときに、昨日書いた「そういうふうにできてない」ことに不便を感じたりするんだけど(笑))。だけど、高尾にゃんはどうもわたしが落ち込んでることが分かるみたいなのね。

一言も発してないし、態度も特に変えてるつもりはないのに、なんで高尾にゃんは気が付くんだろう??

それが不思議で不思議でたまらない。そういうことがもう3、4回続いてる。しかも最近はわたしが落ち込んでるときしか高尾にゃん吐かないから、偶然とも思えない。

うーん、精神的に落ち込んでるときは、わたしから出てるオーラの色が変わったりするのかな?(笑)緑が赤になるのかな?(信号じゃあるまいし(笑))ついこの間もすごく調子が悪くなったときに、高尾にゃんにあらかじめ「ままは調子悪いけど、高尾にゃんは吐いちゃダメだよ」って言ったのに、それからすぐに吐いちゃった。もう何ヶ月も吐いてなかったのに。

高尾にゃんも不安になって吐いちゃうんだろうか。それともなんか身代わりになって吐いてくれてるのかな。

というか、高尾にゃんが吐くと、わたしは高尾にゃんのことが心配になって、自分のことより高尾にゃんのことが気になっちゃうんだよね。それでちょっと自分のことを忘れられるというか。

そんな高尾にゃん。ときどきこういう踊りをするんだけど、よその猫もこういうことやるのかな。ちなみにばこはこういう踊りはしません。



こういう踊りは前からするのは何回も見てて、いつか動画に撮りたいって思ってた。で、こないだやっとやってるところを撮れたんだが、彼女に見せると「自分の前ではやったことがない。初めて見た」という。

うーん、どゆこと??
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01-02 Fri , 2015
高尾にゃんがうちに来て4年
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4年前の今日、1月2日は高尾にゃんがうちに来た日だ。うちって言っても一昨年引っ越したんで、今住んでる家じゃないけど。だから正確に言えば高尾にゃんと出会って4年ってこと。

高尾にゃんと出会った日のことは昨日のことのように覚えてるから「えー、あれからもう4年も経っちゃったの?」って感じだ。4年前の1月3日の日記を読んでもらえば分かると思うけど、高尾にゃんとはペットショップで出会った。なんか前々から猫を飼いたいって言ってて、それで急に思い立って年が明けてすぐの2日にペットショップに行ったんだよねえ。最初から「アメショを飼う」って決めてたから、ネットで検索して。当時住んでるところから電車で1時間くらい行ったところだったかなあ。

アメショは2匹いて、わたしはどっちがいいのか分からなかったんで、彼女に決めてもらったんだった。高尾にゃんにするって決めてからの手続きが長くてねえ。なんかもう家に帰り着いたのが20時頃で。本来なら猫トイレとか猫砂とか餌とかそういうもの一切も同時にそこで買ってくるものなんだろうが、わたしらの場合は電車での移動だったから、高尾にゃんの他、そういう重くてかさばるものを持って帰れなかったんだよね、物理的に。だからそういうのは家の近くのペットショップで買います、って言って、高尾にゃんだけを先におうちに連れて帰ってきたんだった。

で、帰ってきて速攻で高尾にゃんだけ家に置いて、ペットショップへ。ペットショップはもうほとんど閉まりかけてて、急いであれこれ買ったのを思い出す。

家に帰って早速ご飯を作って。なんか恐る恐る作ったよなあ、最初のご飯。確かミルクとふやかしたドライだったかなあ?高尾にゃんはそれを食べて、そして部屋の中をものすごく興奮して走りまわったんだ。あれは狭いケージの中から出られたって嬉しさだったのかなあ?って今も思う。そしてあまりにも興奮して走りまわりすぎて、食べたご飯を吐いちゃったんだよね(笑)あんなことは後にも先にもあれ1回しかなかったけど。

寝るときも大変でさ。わたしは高尾にゃんは段ボールの中で寝かせたかった。わたしはそれまで動物って金魚と鳥以外飼ったことがなくて、動物は動物の場所で寝るんだと思ってた。だけど高尾にゃんはどうやっても段ボールから出て来ちゃって。わたしらが寝てるベッドに来たがって来たがって。何回も段ボールに戻したんだけど出てくる。そしてまだまだ小さかった高尾にゃんはベッドの上に登ることすら難しかったのに、必死で爪を立てて登ってきて、わたしと彼女の枕元で寝たんだよね、結局。高尾にゃんは一体どういう気持ちで2人の枕元を寝る場所だって決めたんだろうね。きっと高尾にゃんは賢いから「ここが自分の家。この人たちがママ」って分かったんだろうなあ~。

飼い始めてからしばらくはわたしは全く慣れなくて。初日に付けた「高尾」って名前でどうしても呼べなくて、猫、猫って呼んでた。初めて「愛しい」って思えたのは、それからしばらくしてワクチンを打ちに行ったあとにぐったりと元気がなくなった姿を見てからだと思う。あのとき「ああ、守ってやらなきゃ」って思ったんだよね、自然に。それからはどんどん高尾にゃんにはまっていって。ここにも書いたけど、今では高尾にゃんとの出会いはどうしても偶然とは思えなくて、何か見えないものの力が働いてるんじゃないかとしか考えられなくて。それくらい、高尾にゃんはわたしにとっては特別な存在になっている。

ずっとずっと健康でいてねって思うけど、実は高尾にゃんはとても繊細な猫で、わたしが精神的に落ち込むと高尾にゃんもなぜか餌を吐いちゃったりするんだよね。わたしの調子が悪いと必ず心配そうな顔をしてわたしのそばにいる。いや、そういえばノロウイルスに罹患して吐きまくってたときはそばにこなかった。病院に行ってひとまず落ち着いたときに初めて高尾にゃんはそばに来た。なんかね、そういうのって単なる偶然とは思えないんだよね。きっと自分が力になれるときとそうじゃないときが高尾にゃんには分かってるんじゃないかと思う。

「いやいや、猫がそんなこと分かるはずがない」って思うかも知れないけど、でも、いろんな場面で「高尾にゃんはわたしのことを思ってくれている」ってことがすごく多いの。ばこからはそういうのは感じないんだけどね。。だから、高尾にゃんはわたしにとっては本当に特別な猫。

さてさてこのブログ。結構「猫 血尿」で検索されて引っかかることが多いんだけど、今の高尾にゃんは去年の10月の誕生日の時とちょっとお湯の量が違ってます。っていうのは、60cc、飲まなくなっちゃったんだよね。お湯が多いと「多くてこんなの食べられません」って顔してご飯食べるのを拒否するようになって。で、一時は30ccに減らしたのかな。それでようやくまた食べるようになった。けど、1回30cc、1日計60ccはちょっと少なすぎる。と思って、高尾にゃんには内緒でこそっと5ccずつ増やして、40ccずつにした。まぁ水を飲ませる目的は尿の中に結晶を作らせないためだから、pHを測ってそれなりに低かったら別に元の60ccに増やさなくてもいいだろうと思った。

で、しばらく40ccにしたところで尿のpHを測ったら、なんかすごく低くて6.0くらいだったかな。ちょっとね、これじゃ逆にシュウ酸カルシウムの結晶が出来るんじゃないかって心配するくらいの値だったんだけど。でもこれだとストルバイト結晶はできないpHなので、餌に混ぜるお湯の量は40ccにした。今のところ40ccだと拒否しないで食べてくれる。

朝:アーテミス(ドライ)10g、ジウィーピーク(ウエット)25g、お湯40cc
夜:アーテミス(ドライ)10g、ジウィーピーク(ウエット)25g、お湯40cc

体重は3.6kgで変わらずだけど、なんかちょっとあるとすぐに体重が減っちゃうので、おやつ(最近は猫用ジャーキーとか、ばこが昔まずくて食べなくなった療法食の残りとか(^^;)は少し多めにやってる。

そんなわけで、高尾にゃん、5年目もよろしくね。5年目だけじゃなくずっとずっとよろしくね。

【画像】昨日の高尾にゃん。鏡餅ならぬ猫鏡餅(笑)
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10-23 Thu , 2014
高尾にゃん、4歳のお誕生日おめでとう!
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今日じゃなくて、本当は昨日が高尾にゃんの誕生日でした。昨日はわたしが夜出かけてて都合が悪かったので、今日、恒例のお誕生日会をしました。

お誕生日会、と言っても、人間用のケーキ買ってきて、食べるのは人間で、高尾にゃんはむしろ無理矢理抱っこされて写真撮られたりするのでとってもいい迷惑で、それに誕生日だからと言って特別な餌がもらえるわけでもなく、何一ついいことはないけど(笑)

しかし、高尾にゃんも4歳かぁ~。まだまだ若いと思ってたけど、あと数年で中年になっちゃうのね。。まぁ猫は中年の期間が異様に長い動物らしいので、中年になったからと言ってすぐに年老いちゃうってことはないし、それにわたしは高尾にゃん自身は「永遠の子猫」だと思ってるのでいいんだけどね。まぁ歳を取って心配なのは病気にかかることだけど、まだ4歳だったらそれもないかな。

過去の日記にもちょろっと書いたけど、高尾にゃんは確か7月中旬辺りに嘔吐と下痢を同時にして、それから病院通いが始まった。治ったと思ったらまた下痢して、治ったと思ったらまた嘔吐して、って本当に心配で、いろんな検査をしたんだけど、結局原因は分からなかった。毛玉症だとかいろんなことを言われたけどさ。。しかも「もしかしたら膵炎かも知れないからまた血液検査をしましょう」と言われて(膵炎って何回も検査しなければ出てこない可能性もあると言われた)、でも高尾にゃんは血液検査は本当に大嫌いで、暴れてしまうので手足から血液が採れなくて、毎回首から取ってるのね。それがかわいそうでさ。だから考えに考えた挙げ句、検査は受けさせず、絶食から少量ずつのご飯にして、それでどうなるか見てみた。

そうしたらどうやらある餌が原因だったようで、その餌に戻したら下痢になっちゃった。その餌っていうのは、高尾にゃんが体調を崩す直前ではなく、少し前からやってて、だから原因としては考えにくいなと思ってたんだけど、でも結局下痢になったのはそれが大きかったみたいだ。なので、その前にやってた餌に戻したら下痢はしなくなった。嘔吐はね、見ている限りだけど割と精神的なものが大きいような気がしている。特にばことの関係においてね。

餌は本当に徐々に徐々に元通りにしていったんで、元に戻ったのはつい最近。それまでは1日3回に分けてやってたし。体重が下痢と嘔吐を繰り返して食べられないうちに3.6kg→3.4kgになってしまって、随分気になってたのだ。しかも最初の2日くらいは絶食させてくれと言われ、高尾にゃん、どんなにお腹空いてるだろうかと思うと身が引きちぎれる思いだったんだけど、まぁ心を鬼にして絶食させましたよ。それから少量ずつ1日3回与えたんだけど、やっぱり体重の減少が気になってね。まぁでも少量でも食べてたからそれ以上やせはしなかったかな。ちょっとずつ食べる量を多くして、最後は体重が元通りになるようにちょっと多めに餌をやったところ、無事元の3.6kgに戻ったので、それからは1日2回に餌を戻した。

取り敢えず今はこんな感じの餌。

朝:アーテミス(ドライ)10g、ジウィーピーク(ウエット)25g、お湯60cc
夜:アーテミス(ドライ)10g、ジウィーピーク(ウエット)25g、お湯60cc

しかし、、ばことの関係は本当にあんまりよくなくて。仲がすごく悪いって感じではないんだけど、いいわけではない。高尾にゃんはいつもなんだかイライラしてる感じがするので、何かリラックスできる方法はないかと思ってるんだけど、ばこは高尾にゃんのことが大好きでいつもくっつきまくるんだよね。だからばこを別室に隔離してその間に高尾にゃんとだけ遊ぼうとしても、ばこが泣きわめき、高尾にゃんもそれがとても気になる様子で到底遊びに集中できない。

もうどうすればいいのかね、、しかもわたしがばこと遊ぶと高尾にゃんはとても気に入らないみたいで、それが吐く原因になったりしてるみたい。彼女がばこと遊んでやる分には一向に構わないみたいなんだけど。わたしと高尾にゃんの間の絆って、わたしもそうなんだけど、高尾にゃんにとっても特別みたいなんだよね。もちろんそこまで思われててすごく嬉しいんだけど、そうなるとわたしはあんまりばこを構えないってことになって、それはそれでかわいそうな気もする、、

なんで、2匹にしてよかったかと言われると、うちはとても微妙な感じ。もちろんばこはばこでとてもかわいい猫なので、今さら手放しはしないけど。

まぁばこがもうちょっと大人になってくれればいいのかなあとも思ってるけど、どうなのかな。こればっかりは時間が経ってみないと分からないことだからね。

とにかく、高尾にゃん、今年1年も病気しないで元気に過ごそうね。

4歳のお誕生日おめでとう。
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07-31 Thu , 2014
ばこがうちにきて1年
今日はばこがうちに来てちょうど1年。1年前の7月31日にばこはうちに来た。

あれから1年かあ~。なんかもうずっとうちにいた気がする。1年とは言わず、2年も3年も。いや、高尾にゃんがうちに来てからすらまだ3年半なんだけど(^^;わたしらがこの地に引っ越してきてからもまだ1年半なんだけど。時間の認知の歪みがすごいな、わたし。

ばこは今、1歳と2ヶ月半くらい?1年前に来たときは、体重1kgちょっとだったけど、今は5.0kgの堂々とした体格に。というか、一時は5.3kgくらいあってお腹がたぽたぽしてたんで、今ダイエット中でここまで減らした。動物病院の獣医さんからはばこの体格だったら4kg台まで落とした方がいいかねえ~と言われているので、あと100gか200g減が目標。しかし猫の体重を落とすのは難しい。。

少し前ですが、こんな猫になりました。

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ばこは病気知らず、と言いたいところなんだけど、つい最近血尿を出して治療中。高尾にゃんと違ってばこは水を飲む猫だ!と感動してたんだけど、それでも飲み方が足りなかったみたい。。ばこの場合は石が尿道に詰まっちゃって、一回、膀胱洗浄をした。石って言うか、細かい砂みたいなのがたくさん膀胱に入ってたそうだ。見せてもらったけど。。ただ、今のところ、経過は良好で、昨日、病院におしっこ持って行くつもりだったのに、昨日病院が開いてる時間にばこはおしっこをしなかったので行けず、今日はおしっこ採取に失敗して全く取ることができなかったので、今日も行けず、、明日は行くことができるかな?

実は高尾にゃんとの関係はあんまりよくありません。ばこは高尾ねーちゃんのことが大好きなんだけど、高尾にゃんはばこのことはあんまり好きじゃないみたいなんだよね。。まぁそれは分かる。だってばこっていきなり高尾にゃんのことを後ろから抱きついてきたりするんだもの。。(もちろんばこは去勢済みです)あと、せっかく高尾にゃんの頭をペロペロしてても、これまたいきなり手で高尾にゃんの頭を抑えつけてペロペロしようとするんだもの。。高尾にゃんは乱暴なことが嫌いなんだよね。

乱暴と言えば、ばこは若いからか遊び方が激しい。ちょっとしたおもちゃでも目の前で振ると食いつきがよくてよくて。そして周りのことは全く見えなくなる。ジャンプしてあっちこっちに当たりまくる。だもんで、高尾にゃんはすごい遠慮がちになる。わたしが高尾にゃんと遊ぼうとしてもばこが先に出てくるし、例えばこを別室に閉じ込めて高尾にゃんとだけ遊ぼうと思っても、おもちゃを振るとその音でばこがここから出せ出せと鳴きだし、高尾にゃんはその鳴き声が気になって遊びに身が入らない。正直、もうどうすりゃいいのって思ってる。。

てなわけで、高尾にゃんが今回、体調を崩したのも、一因はばこによるストレスなのかな~なんて思わないこともない。。

ただ、最近はちょっとだけいい関係になってるんだけどね。これは今日の午前中のばこと高尾にゃん。

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こんな感じでちょっとずつ距離は短くなってるような気はするんだけどね。それもこれも、ばこは高尾にゃんが大好きだからなんだけど。。

うちにきて1年経って、ばこの性格もなんとなく分かるようになった。小さい頃は本当に物怖じしなくて人なつっこかったんだけど、その反面、何を考えてるのかさっぱり分からなかった。高尾にゃんはかなり小さいときに「お座り」を覚えさせられたんだけど(餌を与える前に「お座り」と言ったらちゃんとお座りするようになった)ばこは何度言っても分からない。基本的に餌をもらうために何かをする、何かをしたら餌をもらえるという概念自体が分かっていないようだ。高尾にゃんの時はそんなことを教えなくても共通認識としてちゃんとあったもんだから、そこが分からない猫がいるとは全く思わなくて。そしてそこから認識させることすらどうやっていいのか分からなくて。だから「まぁばこは仕方ないよね」で諦めた。

性格は相変わらず人なつっこくて、家に人が来ると誰彼構わずついて回る。うちにきた電気工事のおじさんとか、宅配便の人とかに愛想を振りまいて「こういう猫だったら飼ってみたいですね~」とか「かわいい猫ですね」っていつも言われる。

人に対してまったく恐れがないので、大らかなのかと思いきや、ちょっと神経質なところもある。雷が怖いみたいだし(高尾にゃんは全然怖くないみたい)、おしっこを取られるのが嫌いで、こっちがおしっこを取ろうとする気配を察するとなかなかトイレに行かない。しかもこっちがお風呂に入ってるとか、絶対に取れない状況の時にトイレに行く。こういうところはなかなかの頭脳派だ。

しかもしつこい。ばこは気に入ったおもちゃをガジガジするのが大好きなのだが、遊ばないときはいつも本棚の上の方に引っかけて置いている。それを執念深く下から飛んで取ろうとしたり、上から取ろうとしたり。1日何回もやる。こっちが危ないと思って本棚の中に隠しても(ガラスの扉になっている)外から見えるもんで、なんとかして取ろうと狙っている。絶対に忘れない。この執念深さは別のところにも発揮されてて、「いけません」と言われたことを何度も何度もやる。高尾にゃんなんか「いけません」って言われると、いけないことは人が見ている前ではやらない。いないときにこっそりやったりする。けどばこは怒られても何度も何度もやる。かといってばこも馬鹿じゃない。いけないことをやるときは、ばこがムシャクシャしているときだ。

ばこは高尾にゃんと「怒られる」という認識が違っているらしい。高尾にゃんは「怒られたら嫌だから、ママ達が見てないときにやろう」と思っているらしいが、ばこは「怒られる」ということは「自分に声を掛けてもらえる」と思っている。だからばこ自身が遊んで欲しいとか、何か声を掛けてもらいたいとき、ムシャクシャしてて構って欲しいときにわざと悪いことをする。「ばこ!」と怒ると「にゃーん」と甘えた声を出す。まぁかわいいといえばかわいいんだけどねー。

基本、ばこは高尾ねーちゃん大好きなのだが、人間にも甘えてくる。高尾にゃんのように寝ころんでいると身体の一部にぴたっとくっついてきたりはしないのだが、わたしが寝ている夜中に知らないうちにわたしの枕元に来て寝ているとか、朝、わたしが遅くまで寝ていると、ご飯を食べたあとのばこが「にゃーん」と言いながらベッドに上がってきて、わたしが布団の中に「入る?」と言って空間を空けてやるとその中に入ってきてゴロゴロ言ったりする。「撫でてください」ってやってくることもある。ただ、人間にはあまりくっつきたがらない猫だ。

あとそれから案外忍耐強い。高尾にゃんは拘束されるのが大嫌いだから、ちょっとでも撫で撫でするために拘束したりすると、もうしっぽをぶるんぶるん振って「嫌です!!」ということを主張し、そこから逃れようと抵抗し、一瞬のスキを付いて逃げていく。けどばこは逃げない。嫌な素振りはするけど割と黙って撫でられている。時々諦めたように「ふーっ」と深いため息を付いたりすることがある。まぁこっちもかわいそうだから5分くらいで解放するけどね。

あと、ばこは割と暑がりだと思う。今の季節、高尾にゃんは猫ベッドで寝てるけど、ばこは基本は床の上で伸びている。こんな風に。

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これ、今日の朝です(笑)こんな風に安心しきった様子でどこでも転がるので、うっかりして踏んづけそうになる(笑)

ってわけで、ばこもこの家に来て1年かー。これからも末永く高尾にゃんと2匹で暮らして欲しいと思ってるんだが、高尾にゃんの具合があんまり良くないんだよね、、昨日から3たび下痢をし始めて、今日は嘔吐も復活。夜になってまた動物病院に行ってきた。もう、体重がどんどん減って来ちゃって、わたしは泣きそうです、、どうか1日も早くよくなりますように。。
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07-29 Tue , 2014
高尾にゃんの具合が悪い
彼女のことは一段落付いたと思いきや、今度は高尾にゃんが吐いたり下痢したりしてね。その前はばこが血尿出したりしたんで、わたしは彼女が骨折して以降、自分の病院を含めて本当に病院通いが続いている。まぁ今では彼女の病院には付いて行かないけど、動物病院に連れて行くのは今はどうしてもわたしじゃないとダメだし、うちは車がないので、わたしがその都度動物病院に猫を抱えて自転車で行かなきゃならない。まぁすごい遠くにあるわけじゃないけど、かなり大変な思いをしている。わたし自身、全く別のことで今、精神的に大ダメージ受けてて、調子があんまりよくないんだよね。。ふう、いつになったら終わるんだろ、この試練。まぁ人の人生に試練なんてないとわたしは思ってるんだけどね~。因果関係はあるが。

高尾にゃん、確か7月10日だったかの朝、ご飯を食べたあと吐いてね。午前10時頃だったかな。いつもは吐くとしたらご飯を食べた直後に吐くんで、数時間後ってのはほとんどないことなのね。しかもそのときに発見したんだけど、トイレじゃないところに下痢をしてて。毛布の上だったんだけど、高尾にゃんはよく毛布だったり布だったりラグだったりタオルだったり、まぁそういうところで時たまウンコすることがあって。そういうときは布がぐじゃぐじゃになってるから「あれ?」って感じで分かるんだけど、このときもそうだったから、直感的に「これはばこじゃなくて高尾にゃんだ」って。今まで吐いて下痢をすることなんて1回もなかったんで、すぐに動物病院に連れて行って診てもらった。

「梅雨時は動物もよく体調を崩して吐いたり下痢したりする」って言われて、吐き気止めと下痢止めの注射をされて、吐き気止めと下痢止めの薬が出て「これで様子をみましょう」と言われた。でね、ここから2日間くらいは下痢がまだ出てたんだけど、それ以降はちゃんとしたウンコになって。だけど吐くことだけは止まらなくてね。1日1回は必ず吐いてた。だけど、吐くタイミングがバラバラでね。食べたものをすぐ吐くときもあれば、朝、ご飯を食べる前に吐いたり、内容も透明な中に毛が入ってるのだったり、茶色だったり、いろいろで、何が原因か分からないの。高尾にゃんはもともとグルーミングが好きで、毛を吐くことが多いのね。多いと言っても何もやらないと1週間に1度程度かな。ブラッシングを2日に1回くらいやると吐かない。だけど、このとき毎日ブラッシングしても、毎日吐いてね。明らかに変だと。なんで、この1週間後くらいだったかな、前の晩吐いて、朝ご飯食べたあとも吐いたんで、また動物病院に連れて行った。

実は高尾にゃん、今年の2月にも吐いて病院に行って、そのとき血液検査してもらったのね。結果は全く異常なしで。なので「もう1回血液検査しても前とあんまり変わらないと思います」って言われて、取り敢えずはレントゲンだけ写してもらった。結果は異常なし。考えられるとしたら膵炎だって言われたけど、膵炎はもっとたくさん吐いたりするんだそうだ。で、そのときは下痢は止まってたんで、ちょっと薬が変わって、吐き気止め2種類が出た。ああ、あのときは確か、水分補給のために皮下点滴をしてもらったんだっけ。

家に帰って吐き気止めを飲ませてたんだけど、吐き気は治まらなくて、しかもまた下痢になって来たので、その数日後だったかなー、また病院に連れて行ってね。確かそのときは出した便を持っていったのかな。で、糞便検査をやってもらったんだった。虫はいないって言われたけど、やっぱり腸の調子がよくなくて、悪玉菌が増えている、これはおそらく大腸炎でしょうって言われて、吐き気止めと整腸剤をもらって帰ってきたんだよね。これでよくならなかったら、念のため、血液検査をしましょうってそのときに言われた。

で、その日の夜から朝に掛けて高尾にゃんは6回も下痢してね。しかもまずいことに次の日はいつも行く動物病院は休診日で。でもこれだけ下痢をしてたら放っておけないってことで、ちょっと離れた、初めて行く動物病院に連れて行くことにした。そこで「これこれこうで、病院かかってたんだけど今日は休診日で」って説明して、診察してもらうことになった。

診察室で今までの経緯を詳しく話したら「どこまで治療しますか?」って言われた。まぁそりゃそうだろう。次の日はいつも行ってる動物病院は開くし。取り敢えずつなぎで診てもらってもいいわけだしね。けど、わたしは高尾にゃんがかわいそうで、早く原因を究明して対応して欲しかったので「検査して欲しい」って言った。そこの病院の先生も「これだけ長く吐くのと下痢が続いているのは何か異常がある証拠で心配です」と言った。なので、血液検査とまたレントゲンを取ってもらった。結果は異常なし。だけど、膵炎の可能性があるから、外部に出して検査してもらうって言われた。それからこれからしばらく毎日皮下点滴しに来てくれって言われて、あとはご飯の量をいつもの半分に減らすように言われた。高尾にゃんは食欲だけはいつもと変わらなかったんで、これはちょっとかわいそうだったんだけどね。

それが先週の火曜日のことで、わたしはそこから毎日病院に高尾にゃんを連れて皮下点滴に通った。木曜日に膵炎の結果が出て、膵炎じゃないって言われた。金曜日だけは疲れ果てて頭が痛くて身体が動かなかったので、彼女に行ってもらった。。彼女は今はまだ自転車に乗れないのでタクシーで連れて行った。それでも高尾にゃんは金曜日の夜までは毎日吐いてたんだよね。。下痢も木曜日までしてた。

それだからか「異物を飲み込んでいないか、バリウム検査をしてみましょう」って金曜日言われたそうで、土曜日の朝にわたしが連れて行った。前日の21時以降は飲み食いさせるなって言われて。まるで人間の検査と同じだなって思った(笑)バリウム検査は、バリウムを飲ませて何時間後にレントゲン、って感じで何枚も撮るんだそうだ。検査が終わったら家に電話が来るって言われたんで、待ってたんだけど、18時を過ぎても電話がかかってこなかったんで、こちらから電話しちゃった。そしたら「まだ終わってません」って言われて。高尾にゃん、大丈夫かなって思った。まぁそれから30分くらいしたら「終わりましたから迎えに来てください」って言われたんで、すぐに行ったけど。

結果は何も飲み込んでないってことだった。だけど胃は確かにかなり荒れていると。それに、これから出てくるウンコの中になんか異物っぽいものがある。毛には見えない、でも何か分からないので、ウンコが出てきたらほぐして中身を見て下さい、って言われた。

帰ってきた次の日の夜に高尾にゃんはウンコした。最初の方は黒かったけど、途中からバリウムが混じった白いウンコが出てきた。仕方がないのでその出てきたウンコをジップロックというビニールの袋に入れて、そこの中にお湯を入れて、ロックしてビニールの外側からウンコを揉んで、ウンコの水溶液を作った。もちろんわたしだってこんなことはやりたくないけど、かわいい高尾にゃんのためだものね。そしてウンコの水溶液を今度はペーパータオルで漉した。漉したものを何度か洗ってまた漉して、それで出てきた内容物を調べた。ほとんどが毛だった。でも、毛に混じってなんか、ザラザラした砂粒みたいなのがたくさん出てきた。「これってバリウムの粒なんだろうか?」と思ったが、よく分からなかったので、内容物を取り敢えず乾かして、次の日にラップに包んで病院に持って行った。水溶液を濾過して内容物を調べる、なんて、小学校か中学校の理科の実験みたいで実はちょっと楽しかった(笑)だから理科の実験も日常生活に全く役に立たないわけじゃなく、どこで何が役に立つかなんて全然分からないよなって思った。

バリウム検査で異常がなかったら、最後にエコー検査をしましょうって言われてたので、バリウム検査から1日おいて、エコー検査をした。これが昨日。エコー検査も前日21時以降は絶食だそうだ。

高尾にゃんはもともと病院に連れて行くのはそんなに苦じゃない。キャリーバッグの中に入るのは好きじゃなくて嫌だって言うけど、入ってしまえばにゃんとも鳴かない。自転車で連れて行くときも何も言わない。一方ばこは泣きわめく。まるで「今からこの人は猫を捨てに行くんですー!ばこは捨てられちゃいますー!助けて下さいーーーー!」って言わんばかりに泣きわめく。街行く人に振り返られてとっても恥ずかしい思いをする。でも高尾にゃんは鳴かないのでそういう思いをすることもない。

病院で診察の順番を待っているときも鳴かない。キャリーの中でおとなしくじっとしている。診察室に呼ばれて診察台の上に乗せられても鳴かない。体温を測るために肛門の中に体温計を入れられるのは嫌みたいだけど、だからといって爪を立てたりすることもない。前はフーとかシャーって言うときもあったんだけど、今はされるがままで耐えている。

血液検査はさすがに抵抗するので、手からは取れなくていつも首から取るのだけど、それ以外の、今回やったレントゲンとかバリウムとか、すっごくおとなしくしてたそうで、いつもいつも検査してくれた人から「高尾ちゃんはやりやすかったです」と言われる。

それだから、わたしも高尾にゃんはとっても病院につれて行きやすいんだけど、それがなんだか却って不憫でね。高尾にゃん、ごめんね、ごめんねっていつも思う。さすがにバリウム検査で9時間くらい病院にいたときは一刻も早く帰りたかったらしく、わたしが迎えに行って、先生から検査の結果を聞いているときにニャーニャー小さい声で鳴いて「早く帰りたいよう」って言ってた。

わたしもさ、高尾にゃんが半日家にいないともう寂しくて。高尾にゃんはわたしが家にいるときはなにげにそばにいつもいてくれて、わたしがベッドに寝ころんでいると足元に来るし、わたしが机に向かっていると同じ部屋の中で転がっているし、ほとんどいつも、わたしの視界の中にいるんだよね。それがいないとなると、妙に寂しくてね。「ああ、いつも高尾にゃんの存在に慰められてるんだなあ」って実感したの。

なので、エコー検査でまた半日くらい病院、って言われて「うーん」って思ったんだけど、まぁこれが最後の検査だからと。高尾にゃんは、一時は餌の量が半分になったけど、金曜日の夜からは通常の量に戻ってた(いつも食べてるのじゃなく、療法食だけどね)。けど、土曜日は検査で朝から晩まで食べられず結局1食、日曜日はちゃんと食べたものの次の日の朝は何も与えられないので随分お腹が空いていたと思う。病院で体重測ったらかなり体重が減ってた。そして前日出したウンコの中身、わたしじゃ判断付かないので持っていって見てもらったんだけど、やっぱり何か分からないようだった。明確な異物ではなかったんだよね。まぁ異物って普通、紐とかプラスチックとか、そんなのらしいから。ちなみに出てきた砂粒みたいなのはバリウムじゃないって言われた。バリウムは粒じゃないそうだ。高尾にゃん、あんた、どこで何舐めたの。。??ただ、毛が多く混じっていたことから「毛玉症」と言えるかもと言われた。あ、もしエコー検査で異常がなかったらね。ただ、家に帰ってきて毛玉症(毛球症)について調べたら、消化器官に毛玉がたまる病気なんだってね。最悪の場合はたまった毛玉を手術で取り出さなきゃいけないんだとか。でも、先生はそういう意味で言ったんじゃないみたい。なるべく毛を排出することがこんな状態(吐き気や下痢)にならなくさせる対処法だと。そのためには餌を毛玉ケアの餌に変えるとか(実はもともと高尾にゃんの餌は毛玉ケアの餌なのだが)サプリを与えるとか、そういう対処方法しかないと言われた。要するに根本的な薬はないってことね。今回みたいに吐き気や下痢になったときに、対症療法として吐き気止めとか下痢止めが出るくらいしかないみたい。

まぁそんな説明をされたあと、高尾にゃんはエコー検査で病院に預けて、それからわたしは一旦家に帰った。エコー検査はバリウムとは違ってそんなに長いことかかる検査じゃないって言われてたけど、確かに病院から電話がかかってきたのは16時頃だったかな。なので、電話がかかってきてすぐに迎えに行った。

検査の結果はこれも異常なし。だから、朝に言った毛玉症でしょうねーと言われた。まぁわたしはバリウム検査、エコー検査ともう最悪のことしか考えてなかったので、少しホッとしたんだけどね。だって、ネットで調べれば調べるほど怖い名前の病気しか引っかかってこなかったんだもの。もちろん、最終的には内視鏡検査ってのがあるらしい。けどこの検査は全身麻酔をしなければならないのと、高尾にゃんの年齢を考えたら、そこまでしなくていいんじゃないかなあってことで、一応検査はこれで終了ってことになった。吐くのは金曜日の夜から止まってたし、下痢もその前の夜から止まってたので、餌も療法食から通常のものに変えていいですよー、ただし1週間くらい掛けてちょっとずつね、と言われた。薬はまだ飲ませないとダメで、もしかしたらまた吐き出したり下痢をしてしまう可能性もあるんだと。今止まってるからってずっと止まってるとは限らないですって言われた。ただ、次の通院は何もなければ薬が切れたときで、また吐き始めたりしたらそのときにすぐに来てくださいと言われた。

ってわけで、ようやく今のところは病院通いから解放されたのだけど、高尾にゃんはここ毎日病院に行ってたから警戒してるのか、今日は午前中ずっと部屋の隅のカーテンの影に隠れていた。

もうさ、本当に大変だったですよ!しかも、明日はばこのおしっこを取ってまた病院につれて行かなければならない。。上にも書いたとおり、ばこは病院につれて行く間、ひんひん泣きわめくのでつれて行きにくい。。まぁ病院の建物に入ってしまえばまた鳴かなくなるんだけど(診察室でも泣きわめくことはない。鳴くのは外でだけ。なんでだろ?)。

正直、大変な日々を送っております。。いや、おりましたって過去形にしたい。。今後、高尾にゃんが再び悪くなりませんように!

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昨日、検査が終わったあとの高尾にゃん。「やれやれ、えらい目に遭った」
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07-15 Tue , 2014
退院しました
昨日、手術が終わったあとに「痛い、痛い」と言ってたので、どうなるのかなと思ってたんだけど、今朝になったら痛みが引いたようで、今日、無事に退院しました。

昨日1日は歩いちゃいけなかったので、トイレも車いすで看護師さんが付いてきたらしいんだけど、今日になったらもう歩いていけたって言ってたので「人間の快復力ってすごいなあ」と思いました。まぁ患部はしっかりとなんかすごく幅広のテープでがっちり固定されてるから傷口は開いたりはしないとは思うんだけど、でもそうは言っても骨が見えるくらいまで切開したと思ったら、なんだか地面に足を付けるのが怖そう(^^;

今日は朝8時少し前に彼女から「多分退院できる」というメールがあったので、10時頃に病院に行って、会計が出るのを少し待って、その後お金を払って家に帰ってきた。

まーこれで一応、今回の件は一安心。2週間後に抜糸で、抜糸したら普通に歩いていいとのこと。

いやー、ここまで来るのは結構長かった。4月中旬だから3ヶ月以上?この間、外出はほとんど車いすだったし(彼女が一緒の場合)、怪我をする前は買い物係はどちらかというと彼女の役割だったのに、それがすべてわたしに回ってきて、それが外出嫌いなわたしにとっては結構大変だった。。

まぁでも、自分の負担が増えた割には、わたしの体調はすごく悪くなったわけではなく、多少の負荷をかけられても大丈夫だったってことが証明されたので、わたしとしても少しは自信になったかな。うつ病からの回復って、別に誰かに「こうしなさい」って言われるわけじゃなく、手順がないので、自分がそろりそろりとやっていくしかないんだよね。そういう意味ではいい試練にはなったかな。
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07-14 Mon , 2014
手術終わりました
無事に手術が終わった~。

前回は骨が折れてたから歩けなくて手術室まで車いすで行ったんだけど、今日は歩いて手術室に入っていった。手術は前の人が終わってからってことで、一応11時からとは言われてたんだけど、11時半頃だったかなあ。前の手術のときは朝イチで、しかもなんか緊張の面持ちで手術室に向かったんだけど、今回は2回目だからか割と余裕がある顔をしてた。

しかし手術室の周辺ってなんで同じ臭いがするんだろうね。わたしは以前、今通ってる精神科の病院で「電気けいれん療法」ってのを10回やるために手術室に10回入ったことがあるんだけどさ、あのときの手術室に入ったときと同じ臭いがするから、なんかあそこの前を通ると自分が手術室に入ったときのことを思い出すんだよね~。なんていうの?臭いが青い感じがする。臭いには色はないんだよ!って思われるかも知れないけど、ちょっとひんやりしてて冷たい感じの臭いなんだよね。乾いた空気の感じの臭い。背中が少しぞくっとするような臭い。かなり大きな病院なので、手術室が一体いくつあるのかはついに最後まで分からなかったんだけど、10回も手術室に入ったので、すごく大きな手術室もあれば、「あれ?」って思うほど小さな手術室もあった。手術室に入るときは、手術を受ける患者のベッドがずらっと並んでて、まるで駐車場に入る車になったみたいだって思った。一度自動ドアの中に入ると待たされるところがあって、そこから「何番の手術室に入ってください」みたいなアナウンスがあって、それで手術室に連れて行かれる。

まぁ彼女の病院はそこまで大きくないから、駐車場に入る車みたいなことはないんだけど(第一、歩いて手術室に入るし)なんか臭いでそういうことを思い出してしまったりしていた。

その後はお昼ご飯食べたり、待合室で本を読んでたりした。終了予定は2時間後って言われたけど、前回は終了予定時間より30分も前に「終わりました」って声を掛けられたので、今回も早めに終わるかな?と思ったけど、きっちり2時間後に終わった。前回は待合室で待ってたら看護師さんに「終わりましたよ」って言われて、そこから手術室の前まで迎えに行ったんだけど、今日はなぜか最初に待合室に執刀医が来て「手術終わりました。ピンは全部取りました」などの説明があった。わたしが「あの、、本人は?」と聞いたら「まだ手術室です。わたしは終わってすぐにこちらに来たので」と言われたので「じゃあここで待っていればいいですか?手術室まで行かないで」とまた聞いたら「あと5分もすればこちらに来ると思いますので、ここで待っててください」と言われた。ので、エレベータの前で待ってたら、看護師さんに「終わりましたから手術室まで行きましょう」と言われたので結局手術室まで行ってきた。なんじゃらほい、、

手術室から戻ったらいつも思うんだけど「病人」になってるんだよねー。点滴の管に繋がれてるし、酸素マスクはしてるし。

病室に戻ってきてからは、彼女と話ができるわけでもなく(ずっとうとうとしてるので)すごくヒマだったんで、1時間くらいしてから家に帰ってきた。前回は酸素マスクを取って、水を飲むまで病室にいたんだけど、今回はもういいやと思って。ただ、わたしが病室を出るちょっと前から「足が痛い、痛い」って言ってたので「看護師さんに痛み止めを頼んでみる?」って聞いて、痛み止めの入った点滴を追加してもらった。

帰ってきてしばらくしてから彼女からメールがあったんだけど、痛みはあんまり取れてないみたい。あんまり痛いようだったら睡眠剤もらって強制的に寝るんだよって返事したんだけど、どうなってるかな。

取り敢えず、予定では明日退院なんだけど、あんまり痛いようだったら明後日まで退院を伸ばすみたい。

痛くなってないといいなー。
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07-13 Sun , 2014
再入院しました
っていっても、予定通りなんだけどね!

4月の終わりの手術で足にピンを埋め込んだ彼女。あれから8週間以上経って、再びCTを撮ったところ、めでたく骨がくっついたということで、この度、その除去手術をすることになった。前回は諸事情があって10日ちょっと入院してたけど、今回は今日入院、明日手術、明後日退院の2泊3日。おそらくあっという間に家に帰ってくることだろう。

一応、明日は手術なので、わたしも前回同様朝から病院に行く予定。今日も入院したあとに彼女の病室に行ったんだけど、看護師さんはみんな彼女のことを覚えていたらしい。まぁ前回10日以上、入院したからねえ。。で、わたしのことも覚えていてくれたのか、明日手術の際に何時に病院に行ったらいいかとか、当たり前のように看護師さんに教えてもらった。

前回の手術はちょっと恐怖感あったみたいだけど、今回は2回目ということと、ピンを除去して早くせいせいしたいって気持ちが強いみたいで、どちらかというと「手術を待ち望んでる」って感じ?まぁ、わたしは経験したことがないのでよく分からないんだけど、足にピンを埋め込んでると地面に足を付けるとピンが折れそうな気がして怖いんだと。それからピンを埋め込んでるせいかどうか分からないけど、足の表面がときおり電気が走るみたいに「ピリッ」となるから、しょっちゅう「痛い、痛い」って言ってる。ピンを除去してそれがなくなってくれるといいんだけどね。

ピンを取り除くんだから、もう一回患部を切るみたいなんだけど、それでも再び松葉杖になることはないとか?うーん、もうすぐに地面に足を付けて歩いても大丈夫ってことなんだろうか。リハビリにももう来なくていいかも知れないと言われているらしい。今までかなり丁寧にリハビリしてきたんだけど、最後の最後はこんなものなのかなあ?

まぁなんにしても、明日の手術はうまくいきますように。ピンを取り出すだけと言っても、全身麻酔なのでやっぱりちょっと心配なのは心配。
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07-01 Tue , 2014
猫は天然の睡眠剤
もう今日から7月になっちゃったね。今年も半分終わったわけか。なんか早いような、、

わたしは前回の精神科の診察(先月17日)の数日後から睡眠剤を飲むのを止めている。「もうなくても眠れるだろうな~」って思ったので止めた。

飲むのを止めてから何か変わったってことはない。止めた日の眠りはすごく浅かったけど、あれっていつもそうなんだよね。でもわたしが飲んでるハルシオンは超短期しか効かない薬なので、眠りの深さには大して影響はないはずなんだよね。それでも止めた日はそういうことが起こるってことは、睡眠剤って精神的に影響するもんなんだよなって思う。いや、睡眠剤自体が精神への影響を及ぼしているんじゃなく、飲むという行為が安心感をもたらすというか。飲んでないと「眠れないんじゃないか」と不安に思う。不安に思うと本当に眠れなくなる。

睡眠剤を切るとき、一番やっかいなのがこれだ。飲んでも飲まなくても大して変わりないって思ってるのに、飲まないと不安になって眠れなくなる。睡眠っていうのは物理的に薬が効く以上に精神的なものの影響が強いと思う。

わたしはもう今まで何度も睡眠剤を切ってはまた使い、を繰り返してるので、睡眠剤を切ることにもある程度慣れている。睡眠剤を切るコツは「睡眠剤の力で寝ていると感じられるときは絶対に薬を止めないこと」かな。睡眠って本当に大切で、眠れないと今度は精神に影響を及ぼす。眠れないことで気分が悪くなって落ち込んだりする。それは本末転倒だから。「睡眠剤を飲まないと眠れない身体になるんじゃないか、依存症になるんじゃないか」って思いがちだけど、まぁわたしの場合の話だけど、数年飲んでても別に依存症にはならなかった。わたしは中途覚醒がひどかったので、導入剤だけじゃなくユーロジンなんかも飲んだけど、あれを飲んでも中途覚醒は治らなかったな。結局、中途覚醒を治すには、うつ病自体がよくならないと無理だった。睡眠剤はハルシオンの他にはドラール、マイスリー、ロヒプノール、ロゼレム、アモバンなんかを飲んだことあるかな。でもアモバンは苦くて1回で変えてもらった。ロゼレムは全く効かなかったのでこれもすぐ止めた。長く飲んだのは、ドラール、マイスリー、ロヒプノール、ハルシオンかなあ。もちろんいっぺんに処方されたわけじゃないけどね。一番酷いときは3種混合だったかな?ドラール、ロヒプノール、ユーロジンとか、マイスリー、ロヒプノール、ユーロジンとか。今は睡眠剤の3種混合はできないらしいけどね。ドラールは朝起きたときに頭が痛くなる副作用が出たので中止になったことを思い出す。あと、睡眠剤としてデパスが出ることがあるらしいけど、わたしはあれでは全く眠くならなかった。デパスは確か抗不安薬として1日3回飲んでた時期があったけど、結局効果は全く感じられない薬だったな。

睡眠剤じゃないけど、ジプレキサは眠りに多大な影響を及ぼした。寝ても寝ても眠くて全く起きられない。量を減らすと途端に睡眠が浅くなる。減らしたあと睡眠の深さが元に戻るまでに1週間くらいはかかったかなー。

まぁ「こんなに飲んでても大丈夫かな」って思っても眠れるうちはしばらくそれを続けてたほうがいいと思う。そのうち何となく「これ、なくても眠れるような気がする」って思うようになる。そしたら試しに飲んでる量の2/3にするとか1/2にしてみる。眠れなくて不安になったときは元に戻す。「まだ、今は減らす時期ではなかったんだ」と思って。わたし、別に薬使って眠れてるんならそれでいいじゃんって思うんだよね。だってその方が楽なんだもの。わたしが薬止めたいと思うのは、単に寝る前に薬飲むのがめんどくさいのと、薬の効果の前に眠れるようになっちゃうから、薬の意味をなさないなと思うから。そういう状態なのにわざわざ飲みつづけてるのって馬鹿みたいだからね。そして薬止めてて、また何かあって眠れないなと思ったら、頑張らずにすぐ薬は再開しちゃう。だって眠れない方がつらいんだもの。それに別に飲んでたって時が来たら止められるから。睡眠は精神の影響を受けやすいのでちょっとでも止めることに不安に感じたらそれはまだ時期じゃないってこと。決して焦らない。

毎日、コンスタントに眠れだすと、だんだん「薬飲まなくても眠れるんじゃないか」って思って来る。わたしの場合、薬止めても大丈夫かなって思い出すのは、薬を飲んだ直後なのに眠れること。薬って効き始めるまでに時間がかかるから、本来薬が効いて眠くなるのなら、15分から1時間くらい待たないとダメだ。けど、それ以前に寝ちゃうってことは、要するにそれは自力で寝てるってことなんだよね。それが実感できるようになればだんだんと「薬飲まなくても眠れる自信」が付いてくる。まあ睡眠剤の止めどきのタイミングってこんな感じかな、わたしは。とにかく睡眠剤を止めるためには「自力で眠れる自信」がなければダメだと思う。ここで焦って自信がないのに睡眠剤を止めちゃって、それで眠れないってことが分かると、精神的に余計に「睡眠剤がなきゃ眠れない」って思いこんでしまって(身体が自然にね)、逆に止めづらくなっちゃうんだよね。だからわたしはよほど自信がない時じゃないと「止めよう」とは思わない。

でもいっぺんに睡眠剤を飲まなくするのはちょっと不安なので、取り敢えず「止めよう」と思ったときは、それまで飲んでた薬を半分にして寝てみる。わたしは今回、金ハルだったのだけど、しばらくは半分に割ったのを飲んで寝てた。それでしばらく寝てみて、それでも眠れると思ったら、薬を止める。薬を飲む、飲まないっていうのは本当に安心感が違うんだよね。どんなに「半分にしても眠れたんだから飲まなくても大丈夫だ」って思っても、やっぱり薬を飲む行為ってなぜか安心感があったりするんだよね。それがたとえ半分でも。それを振り切るのは結構大変だ。

なので、話が最初に戻るが、薬を飲まずに寝た最初の日って眠りが異常に浅かったり、途中で目を何度も覚ましちゃったりするんだろう。ただ、次の日にはもう普通通り眠れるけどね。これで何日も眠りが浅かったりするようであれば、それはまだ身体が睡眠剤は必要だって言ってることなので、無理しないで薬を復活させた方がいい。復活させても「飲まなきゃ眠れない身体になっちゃったんだろうか」なんて思わない。今はまだ、自分は薬が必要なんだって、ただそれだけのこと。いつかは飲まなくて済む日が来るのは確かだから。

てなわけで、今は睡眠剤は飲んでないんだけど、その代わり最近いい睡眠剤を見つけてね。

それは、猫。

うちは高尾にゃんは拘束されるのがすごく嫌いなのでできないのだが、ばこは比較的従順に身体を撫でさせてくれる。なので、寝る前に「ばこちゃん、一緒に寝よ」と言ってばこをベッドに連れて行って、横で寝かせてあとはひたすら撫でる。

ばこの毛はふわふわでとっても気持ちが良い。それに撫でるとすぐにゴロゴロ言い出して、それを聞いてるわたしまで気持ちがよくなってきてしまう。そうしていると、知らないうちに半分くらい寝てたって分かるときがある。意識ははっきりしててあれこれ考えてるつもりだったのに、ふと我に返ると今考えてたことが何も思い出せない、みたいな。そうなるともうばこがいなくても大丈夫。すぐに眠れる。ばこは何分か経つと布団の中に入っているのが暑くて耐えられなくなるみたいで出ていく。残念ながら朝まで一緒に寝てくれることはない。ただ、ばこも撫でられているうちに眠くなるのか、布団から出たところでぱったり寝てしまうことはある。だいたいがわたしの枕元なんだけど、そうなるとばこに枕の大半を占領されてしまう。が、まあそれは全然構わない。

わたしが眠くならないうちにばこが出て行ってしまうことも多々ある。けど、それでも不思議とその後絶対に眠れるんだよね~。

というわけで、今のところ、睡眠剤代わりのばこがわたしを眠らせてくれる確率は100%。そう、一度たりとも眠れなかったことはないのだ。これってすごい。昨日なんか昼間にちょっと寒かったので、布団にくるまって、布団の中でiPadを見てたりしたのだが、ばこがぐるぐる言いながら布団の中に入りたいとやってきて(ばこは自ら布団の中に入ってくることも多々ある。撫でて欲しいのかな)布団の中に入れてやり、撫でてたら、別に昼寝する気は全くなかったのにその後、数時間眠ってしまった。。そう、ばこを撫でると寝たい、寝たくないにかかわらず、自動的に寝てしまうのだ。。

これは本当にすごい天然の睡眠剤だ!もうばこは手放せない!!

ちなみに今飲んでる薬は、リーマス100mgのみ。ジプレキサも処方されてるんだけど勝手に止めてます。前々から0.5mg飲んでも効き目ないんじゃないの?って思ってたし(なんせ1/5錠だしね)、2月か3月にジプレキサが復活したのもうつが酷くなったというんじゃなくて、背中が痛くて仕方なくなっていやいや飲まされた、っていうのが理由だったので、痛くなくなった今、止めてみて、それでまた痛くなったらジプレキサが効いてたんだなって分かるから。わたしは背中が痛くなったのは、冬で寒かったからじゃないかなって思ってるんだけど、前回はタイミング的に重なってしまったのでよく分からなかったのだ(主治医と意見が対立した)。なので夏に一回どうなるか試してみたかったんだよね。まぁ次の診察の時に主治医には言います。睡眠剤は止めてみようと思ってるって言ったんだけど、ジプレキサについては言うのを忘れてしまったので。

ハルシオンには30日処方のしばりがあるので、これが出されてる間は1ヶ月に1回は病院に行かなければならない。それがとてもめんどくさい。そういうことも睡眠剤切りたいなって思う理由にはなっている。ジプレキサは今処方されてるのは0.5mgで、薬局で粉状にしてるみたいなのね。これがめっちゃ時間がかかるのよ、処方の時に。シートでほいっと出されるのは簡単なんだろうがね。それでわたしは薬局で長く待たされるのがものすごくいやなのだ(誰だって待たされるのは好きじゃないと思うけど)。ってわけで、こういうのも薬を切りたい理由の大きい理由になっていたりする。だいたいこの1年間以上、わたしは全く落ち込んでないのだ(小さな落ち込みはそりゃあるけど、それは生きてりゃ落ち込むこともあるだろうよ。この世で落ち込まない人などいるんだろうか?)。反復性うつ病は安定してからも数年病院に通わないといけないらしいが、その点はもう分かってるのでいいのだが、それでも飲む薬は最小限にしたいよなって思っている。
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06-22 Sun , 2014
北海道、青森旅行6日目(帰京)
さて、旅行6日目。いよいよ最終日。

昨日うっかりして書き忘れたが、実は青函トンネルを通るとき、わたしの頭の中では「津軽海峡、冬景色~♪」の音楽が鳴り響いていた。ホント、いつも思うんだが、ベタだよねえ。「津軽」って字を見るだけで自動的に頭の中で音楽が始まるんだもんね。だけど、どうしても歌い出しが思い出せない。彼女に「あおもりーえきはゆきーのなか、の前の歌詞、なんだっけ?」って聞いたんだけど、彼女も思い出せない。一生懸命考えてやっと「うえのはつのやこうれっしゃおりたときから」っていうのを思い出した。

しかし、この曲名曲だよね。今まで歌詞の意味も考えずに歌っていたが、今回、頭の中で歌詞を考えていて初めて「この人は青森駅から青函連絡船に乗って北海道に行く人の曲なのだ」って認識した。それまで津軽とか青森とかのイメージが強くて、そこからさらに北に行く人って理解してなかった。それになんだかよく分からないけど、わたしの中では北海道より青森や下北半島の方が寒くて暗いイメージがあって、そしてそれが演歌と結びついちゃってた。青函連絡船が通ってた時代のことはわたしは知らないが(大学3年のときには既に青森駅近くに八甲田丸が展示されてた)、この曲ができて以降は、青函連絡船に乗ったとき、この曲を思い浮かべた人は多いんだろうな~。しかし、そう考えると演歌って別に普段は意識してないのに、自分の身体に入り込んじゃってるなーって思う。尤も最近の演歌の新曲って全く知らないが。

さて、朝起きて、ご飯を食べに行った。札幌のホテルからずっと朝食はホテルに付いてる朝食バイキングなどを食べてたんだけど、函館までは全部朝食別料金だった。青森のホテルを探すとき、青森はどこのホテルも朝食付きだった。普通、朝食付きのときの朝食って結構しょぼいイメージがあったんだけど、わたしが泊まったホテルは今までのお金を払って食べた朝食バイキングと全然変わらないくらいの質だった。これには結構びっくり。まぁ、宿泊料金の中に朝食の代金が入ってるのかも知れないが、だからといって宿泊料金が他のところと比べて特別に高いってわけじゃなかったのよ。

そのホテルはフロントと同じ階に食堂があったんだけど、彼女と一緒に下に降りていったら、前日、わたしと同じく友人の婚姻届を見守ってた人がいたんでびっくり。「あ、同じホテルに泊まってたんですねー」って話をした。その人はもう既に朝食を食べたらしく「ここの朝食、おいしかったですよ」って教えてくれた。こういう偶然の再会みたいなの、わたしは好き。

ご飯を食べた後はしばらく部屋のベッドの上で寝てたが(疲れてるんだもん!)もうすぐチェックアウトぎりぎりの時間になるというので、ホテルをチェックアウト。友人のところに向かった。

友人のところでしばらくのんびりして、お昼近くになったのでお昼を食べに行こうってんで、なんかどっかのお店に行った。そこで確か、海鮮丼を食べたんだけど、これがすっごく美味しかった!わたし、普段は朝もお腹が空かないし、昼も動かないと全然お腹が空かないので、このときも実はあんまりお腹は空いてなかったんだけど、それでもあっという間に食べちゃった。海鮮丼を持ってくるときにお店の人が中に入ってる魚の名前を教えてくれたんだけど、地元名の魚が多くって、正直、何が何やら分からなかった。

ご飯を食べた後は「もう駅に行った方がいいよ」と言われたので、タクシーに乗って新青森駅に。車いすでなければ青森駅から電車に乗って新青森駅に行けたのだが、前日に青森駅の人に聞いたら「その乗り継ぎ時間では車いすだと難しい」って言われてたんだよね。確か、乗り継ぎ時間4分だったっけ、8分だったっけ。その1本前にするとものすごく前に青森を出なきゃならなかったので「タクシー使うかねえ?」って言ってたの。

札幌ドームの時もそうだったけど、電車で行けば数百円で済むのに、タクシーだと何千円もかかる(青森駅から新青森駅までは何千円もしないが)。車いすで移動っていうのは、つくづくお金がかかるもんなんだなと思った。

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青森駅と違って新青森駅は近代的だった。エレベータですぐに改札に行けて、そして改札で「車いすです」って言ったんだけど、なんと「ここの電車は全部バリアフリーだから自分で乗って下さい」って言われた。そんなこと言われたの初めて!一体、バリアフリーってどういうバリアフリーなん?って思ったけど、確かに段差はなかったが、列車とホームの間には溝があって、わたしは彼女を乗せた車いすが動かせなかったorz

どこがバリアフリーじゃヽ(`Д´)ノウワァァァン

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確か「はやぶさ」だったかな、新幹線。なんかやたら中がきれいだった。新車?って思ったけど、置いてあった公衆電話に「この電話は新札が使えます」って書いてあったので「新札??いつの話?」って思った。結局、新しかったんだか古かったんだかはよく分からない。。

でもここの車いす席はよかった。この旅行でいろんな車いす席に座ったんだけど、同行してるのに席が離れちゃう車両があって(車いすの人は隣の席がない)そういうのはつまんなかった。まぁ車両にはいろんな事情があるだろうけどね、、(新幹線みたいに3つの席が並んでるとは限らなくて、左右2席、2席しかないところがあるから)これができるのか可能かは分からないんだけど、彼女みたいに少しなら自力歩行できる人だったら、わざわざ車いす席を取らないで、車両の一番後ろの席を確保できれば、すき間に車いすを収納できて普通の席に座れるので、それがいいのかなって思った。

この日の青森は曇っていたが、東京に近づくにつれ雨が降ってきたり。わたしは東京から仙台までは新幹線で行ったことがあったのだが、この日ついに陸路での青森、東京間が繋がった。しかし、仙台の次が大宮って、、新横浜の次が名古屋みたいなもんか?

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というわけで、東京着。東京に着いたら雨がいっぱい降っててびっくりした。

東京駅ではホームでスロープを持った駅員さんが待っててくれた。やっぱりスロープは必要だと思った。

そこから乗り換えの電車のホームまで駅員さんが誘導して連れて行ってくれたのだが、東京駅はなんて複雑なの!!普段エレベータを意識してないからだと思うけど、あれは事前に分かってないとすごく迷うと思う。でも分かってないと、前にも書いたけど、途中でお店に入ってお土産や弁当は買えない。。駅員さんに誘導されるとどこにも寄れないのだ。東京駅って普段見ないお土産とか結構売ってるので、わたしは見て歩くのが好きなんだけどな~。弁当も最近、地方の弁当を売ってるので喜んで買ったりしてるんだけどな。まぁわたしの場合は今回だけだろうけど、ずっと車いす生活してる人はこういう場合はどう対応してるんだろう?

最寄りの駅に着いたらさらに雨が激しく降っていて、これは歩いて帰れないので(元々傘を持って行かなかった!)タクシーで帰ろうということになった。この旅行では本当にタクシーよく使ったな。

それにしても、この旅行では実に様々なことを経験できて、本当によかった。いろんなことを感じ、いろいろなことを思った。彼女ともたくさん話したし、いつもより身近に感じられて楽しかった。この旅行で思ったこと、感じたことを今後の自分の生活の中で生かしていきたいと思う。

天候に恵まれた旅行だったが、まさか帰ってきてから東京は丸一週間、雨が降り続けるとは全く思いもしなかった。。
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06-21 Sat , 2014
北海道、青森旅行5日目(青森で同性の婚姻届提出を見守る)
今回「旅行しよう!」って決めたのは、青森に住む友人から「6月に役所に婚姻届を出そうと思ってるんだけど、元気だったら見守りに来て」と言われたのがきっかけだった。

わたしはいつか、青森に行きたいと思っていた。今回のことがなくても多分行ってたと思う。もっと後になっただろうけど。それは以前、この友人とは違う別の地方に住む人がtwitterで「東京の人は自分の地元に行きたい、行きたいって言うけどほとんど来ない。地方に住む人ばかりが東京に何度も行っている」と呟いているのを見たことがあったからだった。

地方に住んでて東京に友だちがいるけど、結局いつも会うのは東京でばかり、という経験はわたしもしてる(わたしの場合は東京に住んでたことも地方に住んでたこともあるから両方経験してるけど)。確かに東京の方が人がたくさんいるし、ものもイベントもたくさんあるから、イベントに行くついでに友だちに会って、なんてこともできる。できるんだけど、自分だけがいつもいつも東京に行くっていうのは、なんだかなーって思ってしまう気持ちもあるんだよね。だからその友人には「いつか青森に行くね」って言ってたんだけど、ちょうどいい機会だし行ってみようって思ったのだ。

ちなみにその友人と初めて会ったのは、いつ、どこでだったのかちっとも覚えてない(笑)ただ、わたしがこっちに戻ってきたのは2005年だし、その翌年から性的少数者などの集まりに行きだしたので、おそらく2006年か2007年から知り合いだったんじゃないかなと思う。今回友人と「初めて会ったのはいつだっけね」と話をしたんだけど、双方とも覚えてなかった。ただ、それからもつかず離れずでその友人とは「すっごく仲が良い」ってわけじゃないと思う。いつも偶然どこかで出会って、少し話してからまた離れる、って感じ?だけど、わたしはその友人をとても尊敬してるし、信頼もしている。

その友人はとても目線が低い人。生まれ育ってきた環境が全く違うのでそれは仕方がないことだと思うのだけれど、わたしはいつもその友人の目線の低さに脱帽する。わたしは同じものを見てもその目線にはなれない。まぁそれはそれで仕方がないことだと思うけど、でも、いつも言ってることを聞くと「ああ、すごいな」って思う。そこら辺はうまく言葉では言い表せないんだけど、自分には持っていないものを持っている人。だから尊敬している。

実はわたしがレインボー・アクションって団体で、2年前かな?ゆるカフェとかもカフェってのをやってみようかなって思い始めたときに相談したのが、その友人だった。こういうものをやってみようと思ってるんだけどどう思う?って。もちろんレインボー・アクション内で事前に話し合ってもいたけど、そことは関係ないところで誰かに相談したいと思って思い浮かんだのが、その友人だった。

まぁその友人とは、そういう関係。

さて、旅行5日目。まず、函館から青森に向かった。

実は青森に行くのはこれで2度目だったんだけど、そのときは船で行ったので(昨日書いた大学3年生の時の漁業実習で、小樽に上陸した後、太平洋側を通って晴海に帰ろうとしたところ、台風が来ているということで陸奥湾に停泊ということになり、そのついでだから青森に上陸しようということになった。で、余談だがちょうどその日は「ねぶた」の日で街中すごい人、すごい鈴の音だったのを記憶している)陸路を通って青森に行くのは初めてだった。

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確か「スーパー白鳥」って電車だと思うんだけど、これで青森まで2時間くらい?間、30分くらいは青函トンネルの中だったかな?青函トンネルに入る前にもいろんなトンネルをくぐるんだけど、丁寧に「次は第一○○トンネル」だとかの表示が出た。青函トンネルに入ってるときは「この上は海なんだ」って思うと結構怖かった(笑)「トンネルが水圧で潰れたら、一瞬のうちに死んでしまうんだろうな」とか思ってた(笑)でも、こうやってどこでも地下では地続きなんだよなって思ったら、とても不思議な気持ちがした。そして人間は普段は地球の表面で細々と暮らしてるんだよな~って思った。

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青森駅に着いたんだけど、青森駅って業務用エレベータしかないんだって。だから車いすとともにわたしも普段は一般人が通れないところを歩いたんだけど、これは貴重な経験でした。チラシとか駅舎を季節ごとに飾る物(造花とか)がたくさん置いてあった。すごい古びた感じのところだった。まぁ一般客用のエレベータが整備されないくらいのところなんだから、職員用の通路なんかにはお金はかけられないんだろうね。

駅を出て、取り敢えずホテルに荷物を置いて、それから昼ご飯を食べて、友人のところに行った。前回いつ会ったのか思い出せないほどで(笑)、でもまぁ変わってなかった。他の人もたくさん来てたんだけど、みんな知らない人ばかり。わたしはこういうとき、知らない人に話しかけるのが苦手なんだよね~。そして多分「話しかけづらそうなオーラ」を出してるんだろう、絶対に向こうからも話しかけてこないんだよね(爆)以前はそれでも無理矢理こちらから話しかけて知り合いになりたいって思ったりもしたんだけど、最近はまぁいいや別にって感じなので、ほとんど黙ってた。そのうち幾人かと知らないうちに話したりもしたんだけど、どこの誰かを全然聞かなかったので、今になっても誰なんだか分からない人が結構いたりする。まぁ縁があったらまたどこかで会えるやね。

なんとなく役所に行くのは15時って決めてたみたいなんだけど、でも結局それより早く役所にみんなで行ったみたい。友人のパートナーさんは「緊張する~」って言ってたけど、わたしにはあんまりピンと来てなくて。

そもそも友人が「同性同士で婚姻届を役所に出そうと思う」って聞いたとき、わたしは「うわー、すごいな」って思ったの。前々から「日本で同性同士で婚姻届を役所に提出した話を聞いたことがない。誰かやればいいのに」って話は聞いてたし、わたしらもしてた。誰も提出していないところで「日本では憲法24条に『両性の合意』って書いてあって、だから結婚は男女しか認められてない」って言われてたけど、でも誰も提出してないんだから、本当に受理されないのかは分かんなかった。今まで分からないところで議論してたわけだよね。もしかしたら受理されるかも知れなかったんだから。きっと今まで同性同士で婚姻届を役所に提出した人たちはいたのかも知れないが、でも、その話は一般に性的少数者の活動をしている人の間では聞こえてこなかったんだよね。

わたしらも「婚姻届出そうか」って話はしたことがある。けど、わたしはともかく、彼女の方はカミングアウトしてない親や身内がたくさんいる。もし婚姻届を役所に提出したとして、カミングアウトしてない親や身内の人が知ったらどうなるだろう、って考えるととてもじゃないが怖くてそんなことはできなかった。だから「もし、わたしらがうんと歳を取って80歳とか90歳になってもまだ日本で婚姻届が出されてない状況だったらそのときは出そう。80とか90になればもう怖いものなんかないもんね」って話をしていた。

だから今回、友人らが婚姻届を出すって聞いたときに「すごいな」って思ったのだ。きっとそこからすぐに「裁判だ!」って考える人もいるだろうし、それ以前に「婚姻届を出すとは、婚姻制度を強化する恐れがあって許せん」って考える人もいるだろう。婚姻届を出すってことは、そんなぐちゃぐちゃところに自分の身を置くということだ。それを考えると、とてもじゃないがわたしには怖くてそんなことはできない。それを敢えてやるということがどんなにすごいことなのか、いやおそらく友人たちは「すごいこと」とは考えてなくて、ただ「やってみなきゃ分からない。今後なんてどうなるか知らない」って思ったのかも知れない。婚姻制度の強化については確かにそれはそうなのだが、でも、だからといってわたしらに「権利がない」状況は事実なのだ。いや、「権利がない」状況はもしかしたら「そう言われている」だけで、婚姻届を提出したら受理されて得られる権利なのかも知れない。今まで誰もそれをやってこなかったので、そういうことすら分かっていないのだ。だから受理されなかったとしても、それは今後のための第一歩。何も、誰も分からなかったことからの一歩なのだ。

役所に着いて、まず整理券を取った。そこから番号を呼ばれるまで結構待った。わたしは遠くにいたので聞こえなかったのだけど、友人のパートナーさんが「婚姻届を出しに来た」って整理券配ってる人に言ったら「おめでとうございますって言われた」って言ってた。

青森市役所は寒くってね。なんかすっごく風の通りがよくて寒かった。だけど、地元の人はほとんど半袖を着てた。。わたしは上着をホテルに置いてきたことをとっても悔やんでいた。一応、長袖Tシャツだったんだけど、それ1枚だったから本当に寒くて寒くて。。

そしていよいよ番号が呼ばれて友人たち2人が役所の人に婚姻届を提出した。

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総勢10人ちょっとで行ったと思うんだけど、みんな二人の様子を見るわけでもなく、知り合い同士で話すわけでもなく、ただ、受付の前にずらっと置いてある長いすに座ったままずっと前を見ていた。わたしは長いすの最後列の後ろでずっと立ったんだけど。おそらくあそこにいた一般市民の人は、誰も今、婚姻届を出した2人を見届けているなんて思わなかっただろうなと思う。

わたしは婚姻届を提出した二人と役所の人の会話を聞いたわけじゃないし聞こえてきたわけじゃないので、ここからはわたしの見たままなんだけど、役所の係の人はまず、二人の話を聞いた後、一旦奥に行った。これはおそらく推測なのだが、係長クラスの人に聞きに行ったんじゃないかと思う。そしてその後長い間戻ってこなかった。これもおそらく推測なのだが、自分でいろいろ考えてたんだろうと思う(受理できないのであれば、法律の根拠が必要なので)。

その間わたしたちは上に書いたとおりずっと前を見ていたのだが、全然関係ない役所の人数人が書類棚の影からちらちらっとこちらの方を見た。それもちらっと見てはすぐに書類棚の影に隠れる。こちらを見て「一体、どういう人たちなんだろう?」って思っているような好奇の目。わたしはすごく嫌な気がした。しかも、後であのとき来てたみんなと話したら、全員がその視線に気が付いていた。あそこでは誰も何もしゃべってなかったのに、みんなチラチラ見られていたことに気付いていたのだ。役所の人は隠れながら見ているので気が付かれないと思ってそういうことをやったのだろうが、全くそんなことはなく、みんな気が付いていた。役所には実に様々な人が来ると思う。「何か訳ありげ」な人が来たら、役所の人(おそらくその中でも数人だと思うけれど)はそのたびにああやって書類棚の影からちらちらと見てるんだろうか、、あれは本当に止めて欲しいと思ったし、誰が来たってちらちらと向こうから見られる筋合いはない。本当に感じが悪かった。

わたしはずっと係長らしき人の姿を見ていた。係の人が相談に行って、何かあるなら係長自身も動くはずだと思ったからだ。しかしその人はずっと動かなかった。途中で電話したり(電話があったのか自分から電話したのかは分からない)してたけど、それが今回の婚姻届と関係あるとはあまり思えなかった。

正直、係の人が奥に引っ込んでからこんなに待たされるとは思ってもみなかった。婚姻届を提出した二人はずっと受付のところに座ったままだし、係の人はいつ帰ってくるかも分からない。「こんなに待たせるんだったら『時間がかかるので何分後に来て下さい』って言って解放してくれよ~」って思った。戸籍の届出の待ち人数も、まぁ1人か2人だったが少し増えてたし、友人たちがいるところ以外の受付は1つしかなく、他に待ってる人にとってはかなり時間を取られたんじゃないかなと思ったからだ。

そうこうしてるうちにやっと係の人が戻ってきた。分厚い黒い六法全書らしきものを持ってきた。そこで友人たちはいろいろと係の人とまたやりとりをしていた。聞くところによるとここで「両性の合意の両性というのは、一般に男女のことです」って言われたらしい。

あー、あれからしばらく経ってしまったんで、ここら辺の記憶は薄いな。長く説明されたのか、短かったのかはよく覚えてない。もしかしたら、ここで友人が泣いてしまって、役所の人が後ろに置いてあるティッシュを取って渡したかも知れない。わたしはそれを見ながら「なんでここにティッシュなんて置いてあるんだろ」って漠然と思ってた。友人がなんで泣いたかは後で聞いたんだけど、覚えてない(^^;確か、役場の人にちょっと無遠慮なことを言われてそれで泣いたって言ってたような、、

しかし、役所の人が手に取りやすい後ろの方にティッシュが置いてあったってことは、ここで戸籍届や戸籍の変更届を出す人は、何かいろいろ事情があって泣かれるのかなあって後で思った。婚姻届が受理されてうれし泣きをする人がいるのだろうか、誰かと縁を切ってうれし泣きをする人がいるんだろうか、子どもの出生届をして嬉しくて泣くのかなあ?誰かが亡くなって、抹消届を出すときに悲しくて泣くんだろうか。そう考えると、日本人の人生の節目には戸籍が付いてくるもんなんだよね。なんか複雑。わたしは基本的にこんなんで人間の関係性を縛られたくないと思う。「家族」ってだけで誰かの面倒を見なきゃいけなくて、「家族じゃない」ってことで誰かの死に目にも会えない。家族かどうかを判断されるのは、すべて戸籍にどう書いてあるかによる。今、もし彼女が倒れて意識不明になって面会謝絶になったとしたら、法律的に家族(というか親族)じゃないわたしは病院側に面会を断られる可能性が大きい。わたしと彼女の関係はそういう危険性を常に孕んでいるってことなのだ。そしてこれが「権利がない」ってことなのだ。

というわけで細かいところはよく覚えてないんだけど、覚えてるのは「あと1時間くらいしたらまた来て下さい」って言われたことだった。そのときの時間はもう16時頃で「え、役所って17時までなんじゃないの?」って聞いたら「ここは18時までやってるって言われた」って言われたことだった。1時間待たされる理由は「婚姻届を受理できないのだが、今まで婚姻届の不受理の証明をしたことがないので、それについて内部の者と検討する」って言われたり「不受理すること自体がまだ分からないので、その点を含めて内部の者と検討する」って言われたり、どっちがどうなんだかわたしにはよく分からなかった。なのでこの時点では「もしかすると受理される可能性もまだ残ってるのかもよ?」って言ったりしてた。もし受理されたとしたら、わたしも彼女とここで婚姻届を提出しちゃおうか、なんてことを勝手に思ってたりした。

1時間待たされるというので、見守っている人たちと友人ら全員がそこを立って、近くの喫茶店へ行って時間を潰した。話がついたら携帯に電話がかかってくるとのことだったが、1時間と10分経ったときに、役所の人から電話があった。なので、もう一回、役所に向かった。

17時過ぎた役所はもうあまり人がいなかった。特に戸籍の受付は待ってる人は誰もいなかったんじゃないかな?なので係の人にすぐに呼ばれて、そしていろいろ説明を受けているようだった。もう結論は出ているので早かった。結果は不受理。なので提出した婚姻届は返された。不受理証明が出るので、希望するなら出しますよってことで書類を書かされたんじゃないかな?聞くところによると、1通450円だとか。勝手に不受理しながら、不受理証明は金取りますよ、っていうのはなんとも納得がいかないところであるけれど、まぁ市長の公印ついてるから仕方がないんだろうなあ、、

しかし、不受理証明をもらうまでがまた、時間がかかってね~。結局不受理証明を受け取ったのは17時40分頃だったかな。不受理の理由は「憲法第24条第1項」だった。そして役所として、地方法制局(要するに国の機関)に問い合わせたとのことだった。地方法制局から本庁(法務省)に問い合わせたかどうかは知らない。問い合わせ内容も不受理理由はこれでいいのかを聞いたのか、それとも不受理証明の書き方を聞いたのかは知らない。

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日本国憲法第24条第1項を根拠とする不受理というのは、要するに「両性の合意」の「両性」というのは、男女に限るもの、と解釈されたようだった。

日本国憲法第24条
一 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

不受理されたって分かったときに、一番に思ったのは「ああ、わたしと彼女の関係は国では認められないってことなんだな」ってこと。もちろん国に認められるだけがすべてじゃないと思うよ。別に国のお墨付きをもらわなくたって、わたしと彼女は付き合って14年目になるんだから。一緒に暮らして8年経つんだから。けど、上にも書いたように「認められない」ってことは、権利がないってことなのだ。財産をもらう権利がない。配偶者控除がない。公営住宅にも入れない。死に目に会えないかも知れない。彼女が判断能力を失ったとき、自分がどんなに彼女のためになるようなことをしたいと思っても、法的には無関係なのでできない。世間が彼女を「パートナー」として認めてくれない。男女という組み合わせであったら、そこには愛情など何もなくても紙切れ一枚で婚姻が認められ、夫婦としての権利が与えられる。わたしらはどんなに相手を思いやってもそれが認められない。もちろん、愛情があることが何にも増して一番だとは思わないけどさ。でも同性同士の婚姻は、双方がどんなに望んだとしてもこの国では認められない。

それが、この日、正式に分かったことだった。

もちろんわたしはこの判断はおかしいと思っている。この憲法が制定された時点で、なぜ第24条に「両性の合意」という文字が入れられたかという経緯を考えると、それは決して「同性婚の禁止」を意味していたわけではないからだ(ここら辺のことは「新憲法の誕生 (中公文庫)」を読むといい。この本は、現在の日本国憲法がどのように誕生したのかが非常に詳しく書いてある。一部の人が言うように、日本国憲法はGHQの押しつけでたったの1週間でできた、なんてことは全くない。逆に日本人の政治家や官僚がいかにして自分たちにとって都合の悪いものを現憲法から排除しようとしてきたかがよく分かる本だ)。「両性の合意」という文言は一般に「家庭生活における個人の尊厳」そして「男女平等の観点」から入れられたと言われている。

戦前の明治憲法下では婚姻は家と家同士の結びつきだった。婚姻は両家の家長同士で決めることができ、そこに結婚する本人たちの意志はなくても婚姻させることができた。だから現在の憲法では「両性の合意のみに基づいて成立」、すなわち本人たちの意志、本人たちの合意がなければ婚姻することができない、とされた。わざわざ「両性」という文言になったのは、その当時、同性で婚姻するということは想定外であったからだと思う。想定外であることは、すなわち憲法制定時には同性婚という概念がなかった、ということは、この憲法は同性婚を禁じているわけではない、と解釈されるべきではないか。まぁこれはわたしの考えじゃなく、わたしが自分で考えたわけでもなく、一般に同性婚を認めてもいいと思っている人たちの考えだけどね。

それから一般的に法律のことを考えるときには「立法の主旨」を一番に考えないといけないよね。「立法の主旨」とは「なぜこのような法律が作られたのかを考えろ」という意味だけれど、これを考えることなく、ただ法律に書いてあることの文言だけで判断されることは許されない。でも、今回のこれは、どう考えても「立法の主旨」は考えられていない。ただ文言が「両性」になっているから、「両性」とは一般的に男女を差すから、ってことでしか判断していない。明らかにこれは間違った判断だとわたしは思う。憲法は改正せずとも憲法24条の立法の主旨を考えたとき、これは同性婚は禁止していない、むしろ個人の尊厳を尊重し、法の下の平等を尊重する現憲法の理念に即して考えると同性婚は現憲法の下で認められているものと思っている。

それにしても、、悔しいよね。わたしは本当に悔しかった。それに悲しかった。わたしたちの関係が国から認められない。国は認めてくれない。それが本当に悔しくて悲しかった。

まぁだからといって、わたしが婚姻制度を欲しているかというとこれはまた別の問題なのだけどね。これをいうと読んでる人の頭がぐじゃぐじゃになっちゃうかも知れないのだが、実はわたしは特に彼女と婚姻したいとは思っていない。特に現時点の婚姻制度の下ではね。それは「夫婦同姓」ってことが実は大きい。わたし、彼女の名字になりたいとか思ったことないし、彼女に自分の姓を名乗って欲しいなんてことも全く思ってない。わたしが狙っているのは同性同士の事実婚の関係だ(彼女はどう思ってるのかはわたしは知らない)。しかし、今は同性同士の婚姻が認められない以上、同性同士の事実婚という概念も有り得ない。事実婚は法律婚あってのものだからだ。だから、わたしは同性婚を求める。もちろん事実婚はイコール法律婚ではない。事実婚は遺産相続が認められてない。そういう点があるけれど、でも、わたしは今のところは事実婚がいい。ただ、中にはやっぱり「同性婚したい」って人ももちろん多いだろう。異性愛者は結婚するかしないか、法律婚するかしないかを選ぶことができる。でもわたしらにはその選択肢は全くない。その選択をしないまでも選べるか、選べないかということは全然違うことなのだ。だからわたしは同性婚を求める。

わたしの友人がこの不受理を受けて今後どうするかは知らない。友人たちのことだから、この辺はしっかりと自分たちの考えの元に進んでいくと思ってるし、その判断をどうしようとわたしは友人たちの考えを尊重する。

わたしは今では全くtwitterを見なくなってしまったので、今回、いろいろ反響があったらしいことは知っているが、具体的に誰が何をどう言ってるかは全く知らない。でもやっぱり、いろいろな反響があったらしいと聞くと今後、友人たちの知らないところで何かがあったり、何かを言われたりすることがあるんじゃないかと心配している。

不受理証明を受け取って、役所を後にした。

夜は、お店を貸し切って「残念会」をした。手巻き寿司やらホタテの焼いたのやらがたくさん出て、とっても美味しかった。この頃には誰かは全然分かんないけど、来てた人と話すようになって、いろんな話をした。

わたしはまた、青森に来たいと思った。今度はこんな特別な日じゃなくって、何でもない日に行きたいと思った。多分、絶対にまたここに来る。そう思った。

夜の10時過ぎにみんなと別れてホテルに帰った。
いい日じゃなかったけどいい日だった。

翌日はいよいよ帰京する日。
この旅の終わりの日。
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06-20 Fri , 2014
北海道、青森旅行4日目(函館で百万ドルの夜景)
なんか旅行に出てから「車いすで外に出たことによる憤りの多さ」みたいなのが中心になってるなーって、今まで書いたのを読み返してみるとそう思うんだけど、実際、憤りを多く感じたのは確かです。彼女に腹を立てたのも事実。でも、それは瞬間湯沸かしみたいで、長続きしなかったんだよね。わたしの怒りって普通は一旦怒ってしまったらなかなか怒りがおさまらないで、数日続いてたのに。

これって案外怒りを数日続けると、とてもじゃないけど彼女の車いすを押すことができないって、頭のどこかで思ってたのかも知れない。怒りながら誰かの面倒をみるのは不可能だから。だから、わたしにしてみれば素晴らしく切り替えが早くなったんじゃないかってちょっと思ったりする。まぁ怒らないのが一番なんだろうけど、それは無理。

それに怒ってたばかりじゃなく、前にも書いたけど車いすを押しながらの方が彼女との会話がたくさんできて、今回は本当に今までのどの旅行よりも彼女とたくさん話した気がする。なのですっごい楽しかったのだ。まぁでもここにはそういう他愛ない彼女との会話は書いたりはしないからね、、(笑)

さて4日目。前の日も天気よかったけど、この日もよかった。

この日の午前中はホテルでのんびりし、10時半頃チェックアウト。そのまま歩いて札幌駅に出て、昼食の弁当などを買い、そして函館行きの電車に乗るために、改札前の待ち合わせ場所みたいな、長いすがずらっと並んでいるところで座って時間を潰していた。

すると彼女の方にいきなり駅員さんが声を掛けて来た。「函館にいらっしゃる方ですか?」って。まさにその通りだったんだけど、ちょっとびっくりした。わたしらだいたい20分くらい前に行けばいいかなって話してたのね。それより前にまさか向こうから声を掛けてくるなんて思ってもみなかった。

その駅員さんは親切に改札を通ってエレベータに案内してくれ、ホームまで連れて行ってくれた。駅員さんがいるとエレベータが非常に乗りやすい。他の乗客の人も「車いすの人がエレベータに乗ります」と言われると、先に乗せてくれるから。でも逆にね、いないと冷たいんだ。。もう何回も同じこと書いてるけどさ。「だから先導してくれる駅員さんが必要」なんじゃなくって、駅員さんがいなくてもエレベータに乗りやすい環境って作れないのかな。

駅員さんに先導してもらうのはとっても有難いのだが、これだと全く寄り道ができないのね。エレベータに乗る前にちょこっと売店に寄りたいと思っても(買うものが決まってるわけじゃなく、なんか面白そうなお土産物がないかな~とかちょっと見るだけ)、駅名の書かれた看板の写真が撮りたくても、駅員さんに先導されるとひたすらまっすぐに目的地(ホームや出口)に向かうだけ。わたしは個人的に

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こういう駅の看板(っていうのかな)を撮るのが好きなんだけど、駅に着いた途端、ホームで駅員さんが待ってて、そして出口に誘導してくれると、こういう看板の写真を撮るのが難しい。いや、歩いてる途中にちょっと見かけたら「ちょっと待って下さい」って言って撮れるのだけれど(実際そういうこともあった)、電車を降りてからすぐにエレベータがあったり、出口があったりすると、わざわざ逆行して看板のあるところまで行くのが難しいの。。いや、それはこっちが「駅の看板撮りたいんで」って言えばいいんだろうけどね。ただ、帰りに東京駅の地下で弁当買って帰りたかったんだけど、それはさすがに言えないなあと思ったよ。「弁当買ってくるまでここで待ってて下さい」とはねえ。だからといって、東京駅はとても複雑で、自分と彼女だけでは絶対に(乗り換えの)駅のホームまでたどり着けないと思った。

わたしら、普段何気なくどこでも好きに行けて好きなことをしてるけど、車いすで移動するとそれができないことが多々あるんだなあと思った。あ、でも駅によっては電車からスロープだけ用意してあとは勝手に行って下さい、ってところもあったし、「最後まで誘導しましょうか?」って聞いてくれる場合もあった。駅員さんが車いすを押してくれるところもあった。だからそれは駅によっても駅員さんによっても対応が違うんだろう。

まぁそんなこんなで電車に乗って出発。北海道の車窓を楽しんだ。天気がよかったので、本当にきれいな北海道の風景だった。ただ、地理にそんなに詳しいわけじゃないんで、どこを走ってるかはグーグルマップさんに教えてもらいました(笑)

洞爺湖辺りでわたしの頭の中に、あの例の「はーるばる来たぜ 函館へ~♪」って歌がグルグル流れ出し。おいおい、函館はまだまだじゃないかって思いと、なんてベタなんだろうってあきれる思いとでまたグルグルし。。そう、わたしの人生の中で初の函館訪問だったのだ。本当にはるばる函館に来ちゃったのだ。

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ちなみにここの駅はホームと通路と改札が全部バリアフリーなので、とても楽だったです。っていうか、こんなに楽なのに駅員さんが車いすを押してくれた。

しかし、函館は寒いのなんの!なんで札幌より南にあるのにこんなに寒いんだと思った。確かこれは白老に行ったときも感じて、、地形的な何かがあるのかも知れないけど、札幌が30度のとき、たった電車で1時間かそこらしか行ってないところ(白老)がその半分の15度だなんて、信じられなかった!でも、暑かったのは札幌のみで、実は次に行った青森も寒かったんでした、、ということは、札幌が例外なのか?

駅からすぐホテルにチェックインした。部屋に入って少し休んだり、夜は函館山からの夜景を観に行く予定にしてたんだけど、そこまでどこをどう行ったらいいかとかその他の見どころを彼女がホテルのフロントに聞きに行ったりした。ホテルの部屋もめっちゃ寒かったので、わたしはすぐに荷物から長袖Tシャツと上着を出し、それから部屋全体を暖めるために暖房を入れた。けどしばらく経ってもなかなか暖かい風が出てこなくて、、

まぁいいかと思い、結局、予定を立てたあとに外出したのだが。夜になってもまだ寒くて、でもエアコンからなかなか暖かい風が出てこなかったので、彼女がフロントに電話したら、なんと、もう中央操作でエアコンから暖かい風は出なくなってたんだってさ!「寒い寒い」って言いながら暖かい風が出るのを待ってたけど、結局それは冷房の風だったんだってさ!フロントの人に「外の方が暖かいと思いますよ」って言われたと彼女が言ってた。なんなんだよ、それは。。。

外に出る際にもあまりにも寒く、わたしは手袋をして車いすを押した。東京を出るときに「まさか、手袋まではいらないよね」と思いつつも、まぁ上着のポケットに入ってるから出すのが面倒でそのまま入れてきたんだけど、まさかそれが役に立つとは。。まぁしかし、手袋をして歩いてる人は他にだーれもいなかったのは事実だけどね。でもわたしはそれがあるおかげで随分助かった。

最終的には函館山に行こうと思ってたけど、途中にある教会とか寺院とかは坂がきつすぎて車いすでは無理でしょうってフロントの人に言われたので、それだったら海沿いの倉庫群の方を回ってみようってことになった。日没の30分後くらいの時間が美しいと言われたんで、その日の日没時間がだいたい19時だったかな。18時半目指して函館山のロープウエイに乗ろうってだいたい決めておいた。函館山のロープウエイについては、事前に車いすでも乗れることを確認していた。

倉庫群に行くまで、ずっと広い通りを車いすを押しながら歩いて行ったんだけど、朝に海産物を食べさせてくれるお店が多いのかしら?夕方通ったらもう全くお店は開いてなくて、朝の方が活気があるのかなあ~?だからなのか人通りもほとんどない。道を歩いてる人なんかいない。ただ、倉庫群に近づくにつれ観光客がいたような?彼らは一体どこから来たのかしら?歩いて移動してなかったのかしら。あ、街には至る所でタクシーが待ってた。道の角々というか、建物の出入り口ごとに何台ものタクシーが待ってた。なので実はとってもタクシーが捕まえられやすいところだったんだよね~。車いすの人にとってはこれはとても便利だった。乗りたいところで乗れるんだから。初乗りも札幌と比べると安かった。

倉庫群は海の近くで、海の近くにはこんな漁船が留まってた。

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この2つは角度を変えて撮った同じ船なんだけどね(笑)そう、イカ釣り船!集魚灯がたくさん並んでて、しかもイカ釣り機が両舷にずらっと。水大出身のわたしからすると、こういうのはもう見るの大好き!この船を見ながら操業しているところを思い浮かべる。これ全部にイカがかかってるところは壮大だろうな。ちなみにわたし自身、大学3年のときに学校の船(もちろん漁船。まぁ1,800トン以上ある漁船なんだけど)に乗って大和碓近辺(あくまでも近辺で大和碓じゃない)に行ってイカ釣り実習をしたことがある。大和碓近辺の深さ3,000m近いところでね。もう全くと言っていいほど釣れなかった(爆)むなしくイカ釣り機だけがぐるぐる回っててね。何分かに1回、イカが引っかかる程度しか釣れなかった。そういう思い出がわたしにはあります。

倉庫群に行って、倉庫の中に入ってどんなお店があるのか覗いてみたんだけど、わたしはあんまり興味は惹かれなかったなー。彼女は寒かったので靴下を買いました。でも買って正解だったみたい。このあとすっごく寒かったから。

時間もいい時間になってきたんで、タクシー拾って函館山のロープウエイ乗り場に行った。いやー、教会や寺院に行こうなんて思わなくて正解。めっちゃ急な坂の途中にあった。こんなんじゃとても車いすは押しては歩けない。雰囲気はとても異国情緒溢れるみたいなんだけど、、惜しかったな。また機会があって、彼女がそのときまでに歩けるようになってたら(歩けるようになってると思うけど)今度はこっちの方面に来たいと思った。

ロープウエイ乗り場は少しずつ人が多くなっているようだったけど、車いすで来たと言ったらすぐにエレベータのところに案内してくれたし、ゴンドラには優先して一番最初に乗せてくれた。おかげで一番いいところで外の景色を見ることができた。

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これがロープウエイで登っているときに見えた函館市街の景色。

頂上(っていうのかしら?)に着いたらね、展望台なんだけど、うわー、こんなに観光客がいたのかってほど人がいて、しかも夜景の景色のよさそうなところにずらっと人が貼り付いてた。で、展望台で一番高いところはそこからさらに階段を上らなきゃいけなくて、車いすでは行けなかったので彼女は車いすを降りて杖を付きながら上まで登っていったんだけど、これがすごく怖くてね。夜景のきれいな時刻になるにつれ、どんどん人で溢れかえってきて、なんか修学旅行で子どももいっぱい来てたし、階段から夜景がきれいに見えるもんで、階段に立つ人がたくさんいて登れるところがホント、人一人分くらいしか空いてなくて、しかもどんどん暗くなってくるもんだから怖くてね。彼女に付いて歩こうにもスペースがないもんだから結局、わたしは一人で先に行くことになってしまった。

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これが日が沈むところ。夜景がきれいな函館市街地とは逆の方向。こっちの方は割と人が少なかったんだよね。

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これが「百万ドルの夜景」と言われる函館市街地の夜景。確かにきれいだった。風がすごく強くて寒かったけどね。で、夜景ってそんなに長時間見るものではないから人がコロコロ変わっていくんだけど、スペース的にも車いすの人は到底入って行けないような雰囲気だったし、一体車いすでないと移動できない人はどうやってこの景色を見るんだろうって思った。そう思ったらね、やっぱり今の時間は無理なんじゃないかと。おそらくこの時間が一番人が来る時間だと思う。日が段々暮れて景色が変わるとき。徐々に暗くなっていく風景を一番見たいと思うだろうと思った。だって現にわたしらだってだからこの時間に来たんだから。

けどね、わたしらがそう考えたのは「何も障害がない前提」で物事を考えちゃったからなんだよね。前日の札幌の地下道や札幌ドームへ行く道もそうだったけど、わたしは車いすで街を移動したことがなかったから「フツーの感覚」と同じ感覚で街を歩こうとした。でも、そこは車いすにとってはとっても不便な街だった。おそらくこのままずっと車いす生活や車いすを押す人の生活を続けなきゃならないんだったら「車いすで街に出るのはこんなに不便だったんだ。じゃあもう街に行くのはよそう」って思ったと思う。だって普通に出かけるのよりも数倍疲れるんだもの。体力的なものだけじゃなくて精神的に疲れるんだもの。

だからきっと、この夜景を見るのもね、こんなに人がめちゃくちゃ多い時間じゃなくってもっと前後にずらすと思うの。夜景じゃなくて昼間の風景とか、もっと夜遅い時間とか。そうしたら人が減ってて車いすでも見やすくなるだろう。

けどさぁ。だったら車いすの人間は一番きれいな風景を観られないっていうわけ?

正直、わたしはどうすればいいのか分かんないのよ。人の群がるところで、一番前のスペースを確保しようと思ったら、健常者だって努力しなきゃならない。っていうか、あの場でわたしは「健常者の怖さ」を目の当たりにしたの。今まで他のどの場所だって「車いす」を見たら人は道を譲ってくれた(エレベータは除くけど)。でもそれは健常者に余裕があるときであって、こういう場所みたいな「早い者勝ち」な場所だと自分のことしか考えなくなるので、誰も譲ってはくれないし、身体が不自由なことも考慮してくれないので怖い。でもだからといって「譲ってくれ」「配慮してくれ」とは言えない。言いづらい。だってみんな余裕がないのだもの。

これと似たような状況がラッシュアワーの電車に座りたい人じゃないかなってちょっと思った。始発駅の電車に乗るときなんだけど、扉が開いた途端、みんな一斉に座席に向かう。みんな座りたいので殺気立ってるよね。あの場で「自分は今日はしんどいから席を譲ってくれ」とは言えない。逆に座れたときは誰にも席を譲りたくないって思うから。座れたことでホッとして「今日は座れてよかった」と思う自分がいるから。

でも一方、身体が不自由な人はこの時間を避けて電車に乗れというの?好きな時間に電車に乗れないなんて理不尽じゃないか。そうも思う。

譲りたくない人の気持ちも分かるし、でもそういう健常者に配慮して生きざるを得ない障害者の状況は心が痛む。わたしはこれまで散々「道を譲れ!」「エレベータに乗る車いすの人のことを配慮しろ!」って今まで言ってきたけど、でもこのような状況はどうすればいいのか。わたしは自分自身疲れているときにやっと座れた席を誰かに譲ろうとは思わない、いや、思えない。常に誰かに席を譲りたいなんて優しい心は持ってない。だからこの問題は正直なところ、今の自分にはどうすればいいのか分からない。

けどその分、車いすや身体の不自由な人はきっとどんどん街に出づらくなってる。「ちょっとでも人がいないところに」「ちょっとでも人がいない時間に」って思ってたら、どんどん外には出られなくなる。「あーまた外に出ると気を遣うのか」って思ったら外に行きたくなくなる。わたしも普段なら人がいる、いないとか、街が歩きやすいかそうでないか、そんなこと今まで全く考えたことがなかったけれど、そういうのを常に考えて行動している人たちがいるんだろうな、そして自分もそういう立場に置かれたらだんだんと行動範囲が狭くなっていくんだろうなって思った。

帰りのロープウエイは待っている人がものすごくたくさんいてどうなるのかと思ったんだけど、結局は「車いすです」って言ったら待たずに乗せてくれた。ただ帰りはゴンドラに一番先には乗せてはくれず、一般客と一緒に中に入ったんだけど、これまた夜景がきれいな場所を確保したい一般客が我先に入っていったんで怖くてね。健常者の怖さというのをつくづく感じたよ。

確かに行きも帰りもほとんど待たずにロープウエイに乗れて、特に帰りはおそらく車いすじゃなかったら2~30分以上は待ってただろうから、配慮されてよかったといえばよかったとは思うけど。でもさ、本音を言えばこの程度で配慮されてよかったとはちっとも思わなかったの。トータルで見れば、やっぱり車いすは割が合わない。体力も精神力も健常者より遣って、それでもやっぱり同じにはなれない。それって「当たり前じゃん」って思われるかも知れないけど、果たして同じじゃないことが当たり前でいいことなんだろうか。

そんなこんなで4日目も終わった。疲れていたので夜は一瞬の間に寝てしまった。

5日目に続く。。
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06-15 Sun , 2014
北海道、青森旅行3日目(札幌ドームでカープ観戦)
3日目。

この旅行を決めたとき、まず考えたのが「もしかしたら交流戦の時期じゃない?」ってことだった。わたしの頭の中ではかなり高い割合で「野球」が来る。シーズン中はそんなに観に行くわけじゃないけど、やっぱり何かあったときは、まず野球。ってことで、日程を調べたら、札幌行ってる間にちょうどカープの試合があるじゃん!「なんてラッキー!」と思い、チケット開始日に内野指定席を予約した。

しかし、その後に彼女が骨折してしまった。旅行は車いすで行くしかない。球場は?普通の席には座れない(席にたどり着くまで、階段がたくさんあるから)。どうしよう、、と思ったが、事情が事情だし、取り敢えず日ハム球団に電話して、指定席を車いす席に替えてもらえないか相談した(野球観戦自体を中止にする考えはこれっぽっちもなかった)。球団に電話したら「チケットのキャンセルはできません」と言われた。が「事情がありますし、内部でちょっと話し合ってみます」とそのあと言われた。一旦電話を切ったあと、しばらくして向こうから電話がかかってきた。「事情が事情なのでキャンセルできます。手続きして下さい」って。車いす席は球団が取り扱ってないみたいだ(ローソンチケットのみだったかな)。なので「今までの指定席を車いす席に振り替えることはこちらではできないので、こちらではキャンセルし、ローソンで車いす席を取り直して下さい。しかし、車いす席も残席わずかなので、こちらの指定席をキャンセルする前に車いす席を取りに行って、車いす席が取れたらこちらをキャンセルして下さい」と言われた。そのとき「いや、でも車いす席が取れなかったからといって、指定席に座れるわけじゃないんだよ~」と思ったが、別にここでそういうことを言っても仕方がないので黙ってた。

そして球団から言われたとおり、先にローソンで車いす席を予約した。それから指定席のキャンセル手続きをした。でもね、球団の人はとっても親切だったよ。その後に手続き方法を書いたメールが球団から来たんだけど、そこにはわざわざ「お大事になさってください」って書いてあったし。だからそのあとの続きに「今後とも、ファイターズへ熱いご声援を賜りますよう、何卒よろしくお願いいたします」って書いてあったのを読んだときは、思わず「カープファンでごめんなさい」って思っちゃった(笑)

ただね、車いす席ってどうも3塁側しかないみたい?(日ハムは3塁側がホーム側)車いす席自体は、1塁側、3塁側って分かれたチケットは販売してないです。チケット取ってみたら「3塁側」って書いてあって「あれ?」って思ったんだけど。。しかも車いす席は安いと思う。1枚1,500円だった。だからなのか、2人で来てて、2人とも車いすじゃない人がいた(大半は車いすの人か、車いすと付き添いの人だったけど)。

まぁこういうことが旅行に行く前にあったのだが。

旅行3日目ともなると、疲れがだいぶたまってきているのが分かった。特に足の裏が痛くてね。立っているのと押して歩くのが苦痛で。この日は夕方から野球がある以外はフリー。取り敢えず札幌駅目指して歩きましょうってことになったのだが。。ちなみにホテルは大通公園近くのホテルだったので、札幌駅までは結構距離があったんだよね。急ぐときはタクシーで行き来してたけど、この日は時間が豊富にあったので、歩いて行ってみようってことになったのだ。

しかしこの日の札幌は最高気温が30度越すってことで、本当に暑い!ちょっと車いすを押して歩いただけで首筋を汗が流れる。なので、大通公園から地下に入ることにした。ここからずっと札幌駅まで地下を通っていけるのだ。大通公園から地下に入るエレベーターはすぐに見つかって、地下道に行けたのだけど、車いすを押しながら気になったのは「車いす用の出口の少なさ」(要するにエレベーターの少なさ)だった。歩行者用の出入り口はそこここにあるのに全部階段のみ。「ここで災害が起こったら、わたしはどうやって外に出たらいいんだろう?」って何度も思った。

とにかく疲れがたまっていた。途端に不機嫌になる。「なんでわたしが車いすを押して歩かなきゃならないの?」「車いす押して歩くと人に気を遣ったり、道路の状態(段差とか)に気を遣ったり、もう体力だけじゃなく精神力も疲れてるのになんでこんなことしなきゃならないの?」。「なんで彼女が骨折して、わたしがこんな大変な目に遭わなきゃいけないんだよ」って思いが自分の中でどんどん膨らんできて。。結果、それは彼女に当たることになるのだった。。といっても当たっても仕方がないことは頭では分かってるんだけど、疲れてると自分の感情って本当にコントロールしにくいのね。まあその閾値が低いのは、相手が彼女だからなんだけど。。

札幌駅で昼ご飯を食べること以外、何も決めてなかったが、札幌駅に着く前に本屋があったので少し寄ってみたら、そう言えば前日行ったアイヌ民俗博物館のことを思い出し「北海道にならもしかしたらアイヌの本のコーナーがあるかも」と思って探してみた。が、そこはそう広くもない一般的な本屋さんだったので、そういや紀伊國屋書店とか大型の本屋さんがないかなと思って調べてみたら、札幌駅の近くに紀伊國屋書店があるって分かったので、そこに行った。

1階にはなさそうなので、2階かなと思ったのだが、エスカレータは目の前にあるのに、エレベータは見たところない。わたしがあまりにも機嫌が悪かったからか、彼女は「ろんたこはエスカレータに乗って2階に行って。わたしは自分で探して行くから」と言われ、わたしは言われたとおりにした。あとで彼女に聞いて分かったんだけど、紀伊國屋、1階のエレベータは一旦、店の外に出ないとダメなのね。2階は店の中なのに。もともと全く知らないところなのに、いきなり車いすで出かけるというのは、もしかしたらとても無謀なことをしているのかも知れない、と段々思い始めてきた。

結局、紀伊國屋では「アイヌの歴史――日本の先住民族を理解するための160話」って本と「アイヌ差別問題読本―シサムになるために (プロブレムQ&A)」って本、2冊を買った。ちょうどその前日「和人と交流する前のアイヌの歴史ってどうなってるんだろう?」って疑問に思ったので「アイヌの歴史」って本はタイミングが良かった。しかもこの本は5月末に発売されたばかりの本のようだ。あと差別についても知りたかったので「アイヌ差別問題読本」を買った。その他にもたくさんアイヌに関する本はあったんだけど、どれも割と高かった(「アイヌの歴史」も税込みで3,000円以上する)。

いろいろな本をパラパラめくってるときに、なんか「アイヌの真実」みたいな本があったので、なんの気なしに手にとって読んでみた。そしたら「アイヌの歴史のこれは嘘」みたいなことが書いてあったので「なんだこれは?」って思ったのだが、アイヌの歴史については全く知らないので、それが本当なのか嘘なのか分からないのでなんとも言いようがないなあと思ってたら、次に「和人によって差別されていたのは嘘」って書いてあって、その証拠に「差別しなかった和人も中にはいた」みたいなことが書かれてたので「ああ、要するに『関東大震災の時に朝鮮人を助けた日本人についてどう思いますか』って在日の人に聞いて『朝鮮人差別はなかった』って言わせたい人と同じなんだな」って思った。これ、本当に聞かれるんだよ。わたし、前にmixiで在日コミュに入ってたことがあったんだけど、本当にこんなことを聞く人がいてびっくりした。助けた人は誰の誰べえさんって名前がはっきりしてるみたいなんだけど、逆に名前が伝わってるってことは、すごく珍しかったってことじゃん?みんなが差別している中で、差別しなかったから名前とか記録が残ってるんだよ。差別してた人の名前が残ってないのは、差別していた人が大多数だからじゃん。

それに「差別はなかった」って人がいつも使うのは「差別してなかった人たち」でしょ?今で言うと例えばヘイトスピーチに対してカウンターを行っている人たちのことだ。もっとずっと将来に今の時代のことを「ヘイトスピーチをしていた人に対して、カウンターを行っている人たちもいた。だから差別はなかった」って言うの?それはすごくおかしいことじゃない?それに、その時代、差別をしてなかった誰の誰べえさんは、今現在「差別がなかった証拠」として差別主義者に名前を挙げられてるのはとっても不本意だと思うんだよねえ。。

ってことで、どこの分野でも同じような人がいるんだなあと思ったのだった。

紀伊國屋をあとにして、ご飯食べたりいろんなことをして、さて、いい時間になったので札幌ドームに行きますかって地下鉄の事務室に「福住駅に行きたいんですけど」って駅員さんに声を掛けたときだった。彼女が「あっ、しまった!!!チケット、ホテルに置いてきた!!!」って言い出した。そこでわたしが爆発。だってこれからホテルに戻ってまたさらに駅に行って札幌ドーム?

わたしさぁ。前の晩、彼女が「じゃあ明日は朝ゆっくりして、適当なところでホテルを出て、それから直接ドームに行こう」って行ったときから何回か「チケット、忘れてないよね?」って聞こうかなって思ってたんだよね。でもまぁ自分から言ってることだし、まさか忘れないよねと思ってその都度言葉を飲み込んでたんだけど。。ああ、やっぱり聞いておけばよかった、なんであのとき聞いておかなかったのか、聞いていればこんな目に遭わなかったのにと思って自分で自分が腹立たしく、その腹立たしいのを全部彼女にぶつけてしまった。

駅員さんには福住駅ではなく、大通駅までってことで急遽、行き先を変えてもらって地下鉄に乗ったのだが、札幌の地下鉄って、車いすが通れる幅の改札って本当にエレベータの近くにしかないのね!?適当なところで入ろうとしたら自動改札のところで車いすがはまっちゃって、結局、彼女には数歩歩いてもらって、車いすは折りたたんで通ったり、本当に踏んだり蹴ったりだった。もう腹が立って腹が立って。。車いすで自由に通れない地下鉄のシステムに腹が立って、初めて通るところだからエレベータもどこにあるか全く分からない、探すのに手間がかかって腹が立って、歩ける人よりもさらに遠回りすることにも腹が立って、そしてチケットを忘れてきた彼女にも腹が立って、チケットの確認をしなかった自分にも腹が立って。車いすを押しながら彼女をガンガン責めたりした。他に人が乗ってるエレベータの中でも怒りまくっていたので、周りがシーンとしちゃったりして、、

あのさー、わたしは東京の新宿の地下道や地下鉄がどうなってるとか、車いすで行ったことがないので分からないんだけど、札幌の地下鉄ってエレベータだけで外に出ようとするとすっごく大変なのだ。地下2階とか地下1階があって、地下1階でわざわざエレベータを乗り換えないと地上に出られないようになってたりするらしいのだ。エレベータにはちゃんと「EV地上乗り換え」って表示があったんだけど、それを見てわたしがその階を押して降りようとしたら、一緒に乗ってた人が「その上でも地上に出られますよ」って言ったもんで、それを信用して上まで行ったら、そこからはなんと階段しかなくって、車いすでは上がれない。「いい加減なこと言うな!!!」って本当にキレそうだった(ってキレたけど、彼女に)。

本当に、初めて行くところで何も下調べをせずに行くとこんな目に遭うんだと思った。けど、逆にこれって、いかに車いすのことを考えて地下鉄が設計されてないってことだよね?地下鉄だけじゃなく、ふらっと入れるお店もそうだ。わたし今回、札幌ラーメンを食べることを楽しみにしてた。けど、わざわざ行ったとしても車いすで入れるかどうか分からない。ラーメン屋といえば、人気店は人がずらっと店の前に並んでいたりする。その中で車いすだとどうなのか。お店だってバリアフリーとは限らない。ラーメン屋は店内がめちゃくちゃ狭いところもある。わたしはもうこれ以上、人に気を遣うのは嫌だった。ただでさえ道を通るだけでも相当気を遣って押して歩いているのに。なので今回はほとんどラーメンは食べなかった。きっと車いすの人はこうやってどんどん外に出ていきたくなくなるんだろうって思った。

ホテルでチケットを取ってきて、それからまた大通公園に向かう。ホテルの人から「ここら辺の近くではあのビルにエレベータがあって、そこから地下に行けます」と言われていたので、そのビルから行こうとしたが、なんとそこもエレベータで降りたあと、なぜかエスカレータで上がって地下に行くようになってた!なんのためのエレベータなんだか??仕方なく、彼女は立ってエスカレータに乗ってもらい、わたしは車いすを折りたたんでエスカレータに乗った。「もういやだ!!!!」って何度も思った。。確かに「車いすの人は係員を呼んで下さい」ってインターホンがあったりしたが、このためにわざわざ人に来てもらうって、そんな時間の余裕はなかったし、それにあれはとても心理的な負担が大きい。。1歩も歩けない人だったら呼ばないと無理だが、、

ようやく乗れた福住行きの地下鉄は、もうその日のカープ戦を観に行く人でいっぱいだった。そのときようやく気が付いた。「帰りはもっと混む」ことに。。試合終了後の電車がどんなに混むかは、今までの観戦経験からよく知っている。あの中を車いすで行くなんて、想像するだけで絶対に無理だ。そこでわたしは彼女に「帰りはタクシーにしよう」って言った。あ、タクシーを使うことは、彼女からホテルを出る際に「そんなに大変だったらタクシーで行こう」って言われてて、でもそのときは「タクシーはもったいないからやだ」って言ってたんだよね。だって、地下鉄だったら一人、240円で行けるけど、タクシーだと何千円ってかかるんだよ、、わたし本当は行きも帰りも地下鉄のつもりだった。けど、帰りは物理的に無理だと判断した。。

話は前後するが、前日、白老駅でこんなポスターを見た。

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そのときは「ふふん、受けて立つ!!」って思ってた。その前の試合、カープは勝ってたからね。で、わたしはさりげなく(?)、こんなTシャツを着て行ってた。

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2年前だったか、カープと赤い羽根の共同募金がコラボしたTシャツ。カープ坊やが赤い羽根に乗っている絵だ。

福住駅から札幌ドームまでは遠いと聞いてたんで(一回行ったことあるんだけどすっかり忘れてた)、だいぶ覚悟してたら、そんなに遠くは感じなかった。ただしここでも「エレベータはどこ?」って係員の人に聞いたりした。「この先ももう一つ階段がありますが、その横をずっと行くとエレベータがありますのでそれに乗って上に行って下さい」って係員の人に言われた。一つ目のエレベータは割と目に付くところにあったので、地元の人はよく知っているからか、車いすじゃない人がたくさん乗っていた。ところが二つ目のエレベータはかなり奥まったところにあって、そこまで行ってエレベータに乗ろうという車いすじゃない人は1組の夫婦(らしき人たち)しかいなかった。要するにそれ以外の人は「そこまで行ってまではエレベータを必要としない」人たちだったのだ。

まぁね、エレベータを必要とするかしないかを車いすかそうじゃないかで分けることはとても危険なことだと思っている。電車に座りたい人が必ずしも老人や身障者じゃないみたいに、目に見えない障害を持っていたり、わたしみたいにその日はとても疲れてて「どうしても座りたい」って思うように「ちょっとエレベータに乗りたい」って思う人もいるだろう。だから車いすを使ってない人がエレベータに乗ってたからといってそれは必ずしも非難されるべきことじゃないと思う。けどさ、やっぱり一方で便利なところにあるエレベータは使って、そうじゃないところのエレベータは使わずに階段でってなるなら、エレベータを使うしか選択の余地がない人のために空けてよって思っちゃいけないだろうか?

今回の旅行で思ったのは、使いやすいところにあるエレベータほど人がたくさん乗っていて、車いすの人は使いにくいってことだった。使いにくいところにあるエレベータは人は使ってない。けど「なんでわたし、こんなに回り道しなきゃいけないんだろう」って何度も思った。。うん、エレベータを使うことは問題ないことかも知れない。けど、車いすに乗っている人がいたら、その人を優先してあげようよ、、本当にね、「どうぞ」って降りる人、一人もいなかったの。みんな素知らぬ顔をして「車いすの人は乗れませんよ」オーラを醸し出してるの。だから、わたしは今後はエレベータは極力乗らない、乗ってたとしても、車いすの人が待っているときは率先して降りようって思ってる。何回やり過ごしても上から(下から)大量の人が乗ってきて途中からは乗れないってことが本当にあるんだよね。

ま、そういうわけでドームに着いて、座席を探したらこんなところだった。

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車いすの人はそのまま車いすで観戦、付き添いの人はパイプ椅子を持ってきて座るというものだった。確かにいつも観戦するような内野席よりは目の位置が高くて、選手はちょっと遠かったけど、その分、外野が広く見渡せて、外野の守備がよく見られたのでよかったかな。あと、座席の幅が普通の席よりもだいぶ広かったので足が十分伸ばせてよかった(笑)

カープファンは結構来てて、外野席の一角は赤く染まっていた。

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ただ、それ以外は全部日ハムファンだった。当たり前と言っては当たり前なのだが、関東のセ・リーグの試合って球場の半分くらいカープファンなので、実はあまりビジターって感じはしないんだよね。東京ドームはそうでもないと思うけど、わたし、基本的に東京ドームは行かないし。なので久々に「敵地で闘う!」みたいな感じだった。

試合が始まって早々に先発の篠田が自ら2点タイムリーを挙げて「おお!」と思ったのもつかの間。3回にすぐ同点に追いつかれたと思ったら、その後中田に3ランくらってあっという間に5ー2と逆転された。そこからもカープは日ハムの投手があんまりよくなくて散々出塁するんだけど、全く点には結びつかず。逆に日ハムはランナーを出すと必ずホームに戻ってくる。ってことでじゃんじゃん点を入れられ、結局10-2で負けたのだった。。(そして余談ではあるが、この日からカープはなんと9連敗!やっと今日、6/1以来の2勝目で連敗脱出した)

わたし、この試合観ながらね、「圧倒的多数の応援の中で負けてるチームを応援してるときの気持ちって、なんかマイノリティの気持ちと似てるな」って思ったの。圧倒的多数の勝ってるチームの応援者に「なんだ、弱いなこのチームは」って言われたときの気持ち。あ、もちろんこんなこと言われてないけどね(笑)でも「弱いな」って言われて言い返せない惨めな気持ちと、誰かに「同性愛者気持ち悪い」って言われたときの気持ちってちょっと似てるんじゃないだろうか。もちろん同性愛者であることの負い目なんかないけど、でもどこかで圧倒的多数の社会に対してビクビクしてしまう気持ちは持ってるんだよ、わたし。

テレビなら負けた途端に「相手のヒーローインタビューなんか見れるか、ケッ!」てなもんで、即座に消してしまうんだけど、まぁ滅多に札幌ドームなんか来られないからねってことで、最後の最後まで観てた。そしたらね、ヒーローインタビューが終わったあとに

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球場を暗くして、こんな花火が上がった。日ハムは、ホームで試合に勝ったら必ずこれをやってるのかしら?

というわけで、札幌の最後の晩は終わった。

4日目に続く。。
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06-09 Mon , 2014
北海道、青森旅行2日目(アイヌ民俗博物館)
2日目。

この日は白老町にあるアイヌ民俗博物館に行った。

わたし、北海道には何回も行ったことがあるけれど、それまでアイヌの人たちを意識したのはこのときの1回くらいしかなく。それ以降も何をどう知ったらいいのか分からなくて、気にはなってたんだけど、そのまま放置していた。

ところがね。つい最近「なぜ、いまヘイトスピーチなのか」って本を読んだら、その中の1章がまるまるアイヌについて書かれたものだったのね。アイヌの人たちの権利を明治政府がどのようにして奪っていったのか、政策を中心にして書かれた章だった。それを読んでさ、わたし「うわ、こんな歴史わたし全然知らんじゃん」って。アイヌの人たちに対して差別や偏見があるというのは知っていたけれど、こういう風にして一民族が滅ぼされていった、ということについては全く勉強不足だった(旧土人法くらいは知ってたけど)。んーでもね、そういうものがどういう本に書いてあるのか、どういう本を探せば自分の知りたいことが書いてあるのかがよく分からなかったんだよね。

実はこの本を読む前から「今回はアイヌ民俗博物館に行こう」って思ってた。友人と話してて「北海道に行くんだよね~。んで、1日丸まま空いてる日があるんだけど、どこに行こうかなって思ってるんだ」って言ったら「こういうのがありますよ」って教えてくれたの。そのときに行こうと決めてたんだけど、本当にタイミングがよくこの本を読んだ。この本を読んで「絶対に行かなければ」って思ったから。

んで、事前に白老までどうやっていくのか時間などを調べたんだけど、札幌から速い電車で行こうとすると午後になっちゃうんだよね。わたしは事前にアイヌ民俗博物館のウェブサイトを調べて、そこでお昼ご飯を食べたいと思ったので、苫小牧まで速い電車で、そこから30分待ち合わせして普通電車で行くルートを考えた。それだと午前10時台に白老駅に着くことが出来る。行きの電車は前日、札幌駅に着いたときに買って、そのとき車いすであることも同時に告げたんだけど(ただ、買うのにめっちゃ時間がかかった。1時間以上窓口で待たされた)、帰りの電車の切符を買うのをすっかり忘れてて、行きの苫小牧で待ってた30分の間に買った。

特急に乗ってるときは気が付かなかったんだけど、苫小牧からの普通電車に乗ってたら「そういや無人駅ではどうやって車いすで乗り降りするんだろう?」って気が付いた。旧国鉄の駅って、その当時から確か半分くらいが無人駅じゃなかったっけ?わたしは普段「駅には人がいるもの」って思って、それが当たり前の感覚なんだけど、実はそうじゃない駅が多数あるわけなんだよね。そのことに初めて気が付いた。

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白老駅では駅員さんがスロープを持って待っててくれた。その駅員さんに「帰りの電車は○時○分ので帰りますので、よろしくお願いします」って告げたら「その時間、白老駅は1人しかいないので介助できません」と言われた。そのとき「あ、そうなのか」って思った。自分でやるしかないんだなって。今の彼女は自力歩行は杖を伴ってはあるが、一応可能だ。だから電車には彼女は自分で杖を付いて歩いてもらって乗り、わたしは車いすを抱えて入ればいい。だけどそれが可能じゃない人は電車に乗せるのはかなり大変だよなあって。かなり大変どころか、車いすごと持ち上げて乗せるには数人いないと無理だ。まぁ田舎に住んでいる車いす生活の人って自分で車移動してて、電車なんかにはほとんど乗らないんだろうけどね。でも、車いすの人には「電車に乗る」という選択肢が一つ消えるのは確かだよね。そのような選択肢を消してしまっていいのだろうか、、と思った。ただ選択肢を消さないためには人員確保が必要で、そのためには費用がもちろんかかる。都会なら「頑強な男数人でなんとかしてやれよ」って思うけど、田舎の電車に乗っている人は人数も少ないからほとんどそれは期待できない(だろうと思う)。うーん、難しい。だからといってわたしは車いすの人の選択肢が狭められて当然とはまったく思わないんだけどなあ。ただこの旅行では、車いすで外に出ることはとても不便、ってことが本当に身に染みた。これはまだ始まり。

白老駅に着いた途端。「さむっ!」って思った。6月2日は札幌では最高気温が30度を超えると言われてて、実際、朝ホテルを出たときも全く寒くなかったんだよね。なので上着を持ってきてはいたんだけど「ま、いらないね」と言ってホテルに置いてきてしまったのだ。天気アプリで白老町の最高気温を見てみたら、15度くらいだった。「札幌の半分!」ってびっくりした。だって札幌より南にあるし、札幌から電車で1時間くらいのところだし、札幌とそんなに大差ないと思い込んでた。上着を持って来なかったことに対して、その日1日中後悔しました。。車いす押してるときは汗をかくほどだったんだけど、押さないと寒くてね。ただ、天気はすごくよかった。画像を見れば分かると思うけど、雲一つない晴天でした。空気が(寒かったけど)気持ちよくて、「ああ、北海道!」って感じがした。

白老駅からアイヌ民俗博物館まで、1kmほどあるっていうので、最初はタクシーで行こうかって話してたんだけど、白老駅で待っているタクシーなど1台もなく。まぁ別に歩いて行けばいいよねってことで、車いす押しながら向かった。少し寒かったけど、でも道は広かったし(少しボコボコしてて押しづらかったけど)景色は綺麗だし、とっても気持ちがよかった!近くには自然保養林などがあるらしく、車いすでなければちょっと行ってみたかったなって思った(また来ればいいんだけど)。

しかしそこで車いすを押していると、今まで思ったことがなかったようなことがふと、頭の中に思い浮かんだ。

クララの車いすを押して歩くハイジの姿とわたしが重なったのだ。

最初は「え?なんで突然、アルプスの少女ハイジが??」って思ったけど、どうやら北海道の自然とアルプスの自然が自分の中で結びついちゃったようで。思わず

なんて発想が貧困なんだ。。。

と苦笑した。しかもそのあとで、わたしの頭に思い浮かんだのは「北の国から」のさだまさしのあの音楽!ここでも

なんて発想が貧困なんだ。。。

って思いましたよ。ホント、ベタすぎるものしか思い浮かばないのね、わたし、、でも、正直、北海道に来てこの音楽が思い浮かんだのは、そう何回もないんじゃないかな。テレビで「北の国から」の連続ドラマをやったのは多分、わたしが中学1、2年の頃で「北海道の田舎」に対するわたしのイメージってのは、あそこでできあがったんだと思う。いやもう、ほとんどあれしかないと言っても過言ではないだろう。だから発想が貧困なんだよな~。典型的な都会人だよね。まぁほとんど都会でしか暮らしたことがないのは事実なんだけど。

1kmもあると思ってたのに、景色を見ながら彼女とあれこれ話してたらすぐに着いた。車いすってさ、前にも書いたんだけど、押す人と乗ってる人の距離感がいいの。押しながら話せる。今回はいつもより彼女と多く会話したような気がするし、並んで歩くのとはまたちょっと違って、もっと近い感じの距離感を楽しめた。それはよかったと思う。

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着いてチケットを買ってたら、係の人に「もうすぐ茅葺きの家(チセ)でコタンの解説とアイヌ古式舞踊をやる」って言われて、それで走ってその場所に行った。

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左がチセと呼ばれる茅葺きの家。このように5件ほど並んで建てられている。右がチセの中に吊ってあった鮭。去年の秋に近くの海で獲ってきたものだそう。それを冬の間は外に干して腐らないようにして、それから家の中に持ってきて天井から吊って、家の中のいろり(っていうのかな?)で自然に燻製にするそうだ。いろりの火は絶対に絶やさないって聞いた。この燻製は公演が終わったあと、チセを出たところで売ってたが、わたしらは酒を飲まないんで燻製はあんまり食べないんだよね。ってわけで、見ただけで買ってきませんでした。

公演は最初、男の人(って決めつけるのは嫌なんだけど、まぁ多分男性自認の人だと思う)が出てきてアイヌについてのいろんな説明があった。北海道の地名の8,9割がアイヌの言葉由来なこと、チセについて、アイヌの女の人たちは唇の周りに刺青をしていたこと、そんな話だったかな。とても落ち着いた声の人だった。だけど、わたしはいくつかの話でちくちく自分の心に突き刺さるものを感じた。

チセについて。実際のチセはこんなに大きくない。このおよそ1/3~1/4程度。このような建築物は今は建てられない。これは文化財として許可を受けたもので、今はアイヌはこのような家には住むことができない。

なのでアイヌは今は「あなたたちと同じ」ような家に住んでいる。

アイヌの女の人は12,3歳頃から少しずつ口の周りに刺青を入れることをしていて、これを完成させることが大人の女として認められることだった。しかし、この刺青は明治政府に禁止された。それでも刺青を入れる人も中にはいたが、今現在、生きているアイヌの女の人で刺青を入れている人はいない。

この人は「アイヌは和人から差別された」なんて一言も言ってない。同化政策をとられたとも一言も言ってない。だけど、この人はどんな気持ちで説明してるんだろう。1日に4度も5度も。それを考えるとたまらなくなってきた。このときはまだ、他の施設を回っていなかったので、どういうものがどういう風に展示されているのか分からなかったけど、回ってるうちに「ああ、ここは単なる『民俗博物館』なのだ」ということが分かってきた。確かにアイヌの民族や文化を紹介する施設なのだが、ではどうしてこれらのものが今に伝わってこなかったのか、なぜ「民俗博物館」として展示されるような対象になってしまったのか、それについてはほとんど何も書いていないに等しかったのだ。これを除いては。

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その人はまた、チセに積んである漆器の箱(容器?正式な名称は忘れた)について「これは和人が作ったもので、鮭100匹分や熊(何頭か忘れた)と交換したものです。この箱が多くある家ほど『狩りに優れた家』としてアイヌの人たちから賞賛されました」と説明した。わたしはそれを聞いてふと「和人が来る前のアイヌの生活ってどのようなものだったんだろう?」って思った。んだけど、それに関するものは一切なし。

確かにね。「民俗学」として調査の対象にならねばこういったものは残されなかったんだと思う。アイヌは自分自身の文字を持っていなくて、自分たちの歴史を紙に書いては残してこなかった。しかし、いろんなことを口伝えで伝えていっているのだ。それは今でもユーカラは残ってるよね。残ってるけどおそらくそれが全部ではないんじゃないか。それ以外にも口伝えで伝えられていたものはあったんじゃないだろうか。アイヌ民俗博物館にあったアイヌの文化や生活は「和人と交易」があって以降のものしかなかった。「それ以前」、アイヌの人たちはどこでどのように生きていたのか、どういう暮らしをしていたのか。そういうことには一切、触れられてなかった。

実はその疑問を博物館を出たところにある、ミュージアムショップのレジにいた人にちょっと聞いてみたのだ。アイヌの人が着ていた刺繍の入った服も布の生地は和人との交易で手に入れたものなんだとか。「それ以前はどういうものを着てたんですか?」と聞いたら「植物の繊維を編んだものだったと思います」と言われた。「そういえば、和人との交易以前のアイヌの人の暮らしって全然この展示じゃ分かんないですね」って言うと「それは分からないんです。今、調査中です」って言ってた。本当に調査中なのかは分かんない。もうどんどん同化が進んじゃってるなかで、今から突然何か新しい事実が分かるというのだろうか。調査中って、遺跡とかそういうものがあるんだろうか。

あと、博物館を見て回りながら思ったのは、この展示では「アイヌの人たちがどこでどうやってどのようにして暮らしていたのか」が全く分からないということだった。確かに文化や習慣などは分かる。なんだけど、一体、アイヌの人たちは和人が来る前は北海道のどこの地域に住んでいたのか。海の近くなのか、山の中なのか、平野なのか、それが全く分からない。かつてどういう地域にどうやって暮らしていたのかさっぱり見えないため、なんか分かったような分からないような、とても変な感じなのだ。文化だけ見せられて「ここでこういう人たちが暮らしていましたよ」と言われても。。例えば遺跡なんかで出土物だけじゃなく柱の穴とかあると「ああ、ここでかつて人が暮らしてたんだなあ」って想像ができる。だけど「北海道で」と言われても具体的なイメージがつかめない。まさかどこでどうやって暮らしているかすら分からなかったってことではないよね??

それが博物館の展示物を見ながら思ったことだった。

あと「アイヌの人たちと神」の関係が面白くてね。アイヌの人たちは自分の身の回りにある木や動物などは全部神の国から来たもの、と考えていたらしい。だから神の国から来たものはとても大切にしていたし、熊送りの儀式(イヨマンテ)などは動物を神の国に戻してやると考えていたらしい。ところが面白いのは、アイヌの人たちは死んだら神の国に行くとは思ってなかったようだ。少なくともアイヌの人たちの葬式の説明文にはそのような説明はしてなかった。なんだったっけな、この世と同じような生活をすると考えられてて、そのような生活ができるために日用品などを一緒に埋めてたらしいんだけど、そこは「神の国」だとは書いていなかった。ということは、アイヌの人以外は神の国にいて、アイヌの人たちは神とは繋がってないことになる。これってとても面白い考え方だなーって。自分たちが神にならないのはいいよなって(笑)

民俗博物館は結構人が来ていた。近くにとても大きい駐車場があるのだが、観光バスが何台も止まっていたし、1時間に1回ある公演も毎回人がそれなりに集まっていたようだった。博物館内のすべての説明文は、日本語、英語、中国語、韓国語がついていた。それだからか外国人も結構来ていたようだ。

博物館を出たあとは、ちょうどお昼だったので、博物館の前にあるミュージアムカフェでご飯を食べた。

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「オハウセット」ってやつと

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「ペネイモ」ってやつ。

オハウセットは塩味のつゆの中に人参、大根、じゃがいもなんかの野菜がたくさん入ってて、それに鮭が一きれ入ってる汁だった。ご飯は粟みたいなのが混ぜてあったかな。なかなか美味しかった。ペネイモはなんか素朴な味でほんのり甘かった。でもあんまり「じゃがいも」って感じがしなかったな。なんかちょっとしたデザートみたいな感じで食べた。

そのあとは、湖畔を見て歩いた。ここの場所って「ポロト湖」って湖の近くにあるんだよね。それが天気がいいのもあって、ものすごく綺麗でね。

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ただ、ここも元からアイヌの人たちが住んでた場所じゃなく、1965年に白老市街地にあったアイヌ集落をポロト湖畔に移設・復元したものらしい。うーん、どういう意図があって移設したんだろう。なんかそういうことがとても気になる、、

ここは手工芸の実演とか体験学習なんかもあるらしいんだけど、手工芸をやってるチセに行ったら「実演中なので中に入らないで下さい」って書いてあって見られなかったし、体験学習は事前予約なのね。。ってわけで、結局14時くらいで博物館を出て、それからまぁのんびり海を見たりしながら駅の方に行きましょうってことになった。ここ、本当に海の近くなのだ。って海のすぐのところを道が走ってるので、そこを目指して車いすを押して行ったのだが。

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室蘭街道、だったかな?ここに出るまでとても大変で、しかも車いすでは到底行けなかった(途中、舗装してない砂利道があったので)。だから、わたしだけ様子を見に行ったんだけどさ。道幅がものすごく広くて、そして横断歩道がないorz なので、車は恐ろしいほど飛ばしている。もう怖くて怖くて(^^;画像だけ撮ってそそくさと戻りました。

しかし、これだけ道幅が広くてさ、車も結構走ってたのに、道を歩いてる人がほとんどいなかった。。そこを車いすを押して歩くのは楽しかった。駅まですごい回り道して、しかも駅を通り越して商店街みたいなところまで行って、本当にこの日はものすごくよく歩いた。けど、疲れをほとんど感じなかった。しかし、そこで身体が疲れていないはずはなく、翌日は朝から足の裏が痛くなり、そしてわたしは不機嫌になっていくのだった。。

3日目に続く。
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06-07 Sat , 2014
北海道、青森旅行1日目
旅行から昨日帰ってきた。

前の日記の最後に「ずっと笑顔で旅行できればいいな」なんて書きながら、朝、家を出る直前、つまらないことで大喧嘩したわたしたち。あーあ、最初から何やってんのかねえって感じ。車いすで出るってことで、彼女の方はいつになく緊張していたようだった。

最寄りの駅には事前に電話した際に「当日30分前にお越し下さい」と言われてたので、きっかり30分前に行って「○○分の電車に乗りたいんですけど」と言ったら「ホームでお待ち下さい」と言われ、ほとんど30分、駅のホームで待った。すげーヒマだった。。まぁ空港まで何本も乗り継ぎしなきゃならないので、事前にどれに乗っていくかということは決めておかなきゃならないとは思うんだけど、わたしはてっきり改札通る前に待たされると思ったので、それはすごく意外だったし、本当に30分も時間が必要なのか?って思った。

日曜日の午前中に移動ってことで、電車は結構空いてた。ので、思ってたより楽だった。空港に着いてから、車いすで乗るってことを航空会社に申告しなければならなくて、窓口に行こうとしたんだけど、その窓口がめっちゃ混んでる。でもまぁこんなもんだろと思って待ってたら1列目になって窓口からよく見えるようになった途端、窓口の誰かが案内をする人に「車いす優先の窓口があるからそちらに案内してあげて」と言ってて、それでわたしたちは別の、もうちょっと離れたところにある優先窓口に案内された。そういう窓口が用意してあるなんて、全然知らなかった!優先窓口では車いすの人が結構いたので、車いすに普段から乗ってる人には有名な窓口なんだろうか。

優先窓口で搭乗手続きを済ませたあとは、車いすの乗り換え。なんか飛行機に乗るための普段の車いすより少し幅が狭い車いすがあるみたいなんだよね~。普段の車いすは他の荷物とともにそこで預けられた。車いすを乗り換えてから手荷物検査を受け、搭乗口に。そこで待ってたら係員の人に声をかけられて、いの一番に飛行機の中に案内された。しかもそこから飛行機の中までは係員の人が車いすを押してくれて。飛行機が新千歳空港に着いてからも荷物受け取りの場所までは全部係員の人が車いすを押してくれた。新千歳空港は車いすの場合、一旦、これから飛行機に乗る人の待合室のところに出るのね。多分、これしかエレベーターがないんだと思う。まぁ自分が押したわけじゃないから別にいいんだけど、でも普通に行くよりかなり歩いた。そう、この旅は本当によく歩いた!普段なら階段を使うところをスロープのあるところまで行かなければならない、スロープの坂はゆるやかにするために長い距離が必要だ。エレベーターが近くにない!1日目はまだそんなに疲れてなかったからなんとも思わなかったけど、3日目くらいになるとわたしはどんどん疲れていって、そして彼女とつまらぬことで言い合いになったりした。。

新千歳空港から札幌までは電車だったんだけど、改札で「車いすです」って言ったらすぐに通してくれて、全然待たずに電車に乗れた。旅はここからずっとJRで移動だったんだけど、JRはおおむねエレベーターも整備されてたし、駅員さんも親切だったし、結構快適だった。

ホテルに着いてから少し休んで(その日は朝早かったのですごく眠かった)それから少しプライベートな用事。

まぁいろいろ思ったことがあったし、それを書きたい気もするんだけど、プライベートなことなんで止めておきます(笑)

20時半ごろ終わってホテルに帰ってきて、ホテルに付いてるレストランでコーヒーを飲んだあと部屋に戻ってすぐ寝る用意。疲れてるはずなのに、なんかあんまり寝た気がしなかったな。

というわけで、1日目はおしまい。
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05-31 Sat , 2014
世話する方とされる方
彼女が骨折して歩けなくなったので、車いすを借りた。でも全く歩けなくなったわけではなく、松葉杖を使って歩いている。ただ、松葉杖って両手が塞がるのでものが持てないんだよね~。なので本人の移動はできるのだが、ものを持って歩けないのでそのたびにわたしがどうにかしなくてはならない。これが結構ね、彼女の入院中は自分一人のことだけやればよかったんだが、彼女が退院してからは彼女の分までわたしが動かなくちゃならなくなり、なんか絶えずくるくる動き回っているような感じに囚われた。

あ、1週間前に両手松葉杖から、片手松葉杖になり、今は室内では松葉杖を使わなくても歩いていいと言われているので、わたしも結構楽にはなったんだけど。

だけど外はそういうわけにはいかず。もちろん外でも片手松葉杖で歩いていいって言われてて、実際一回松葉杖で歩いてみたんだけど、怪我した足の方に負担を掛けない歩き方をしなくてはならないため、めっちゃ速度が遅くしか歩けないのだ。あのスピードではわたしが合わせるのがとても負担なのと、時間がものすごくかかるために彼女はすごく疲れるらしい。到底買い物などはできないと言うことが分かり、外で買い物をするときは車いすで出るようにしている。できるだけいろんな経験をしたいってことで、車いすで電車にも乗ったし、役所にも行った。

わたし、実は車いすを押して歩くのは初めてでね。いろいろ発見も多かった。

車いすで一番よかったなと思うのは、押しながら彼女と話ができることだった。普段同じ道を二人で自転車に乗って通っているが、自転車ってのは話しながら走れないんだよね。だからいつも道で何か発見して彼女に「ねえねえ!」って言いたいときもグッと我慢してそのうちその話を忘れてしまうことが多かった。でも車いすだと話しながら歩ける。これはすっごく楽しいの。それが一番車いすでよかったなと思うところ。

ただ道路で車いすを押すのが一苦労なところもある。今まで全く気が付かなかったんだけど、道路って排水のためかどうかは知らないが、右か左に傾いてるところがあるんだよね。どちらかに傾いていると、ただ押して歩くだけでは勝手に曲がっていくので、曲がらないように押して歩くのが結構大変なのだ。腕に力がかなりいる。

それとよく言われてるけど道路の段差ね。あれ、ほんのちょっとしか段差がなくても車いすでは登れないの(わたしに腕の力がないからなんだけど)。彼女は今は立って少し歩けるので、そういうところは立ってもらって移動してもらってるけど、もし全然歩けない人だったら押す人は大変だな、と。お店って今まであんまり考えたことなかったけど、入口が段差になってるところが結構あるんだよね~。あと入口が狭くて車いすなど到底入れないところ。だから事前にどこで買い物する、と決めるときはそこに段差があったか、車いすでも入れるかってことを考えるようになった。もちろん、車いすでは入れなさそうなところは、彼女はお店の入口付近で待っててもらって、わたしだけ買い物に行く、ってこともやった。逆に道路からバリアフリーで入れるお店はなんだか嬉しくてね(笑)今までそういう視点で考えたことなかったから、新鮮な感じがしている。

車いすを押して歩いているときは、周囲の人は結構気遣ってくれている。けど、こっちも気遣う。なんかどうしても「迷惑かな」って思ってしまう。彼女は「いいんだよ、大きい顔して通っても。車いすより歩いている人の方が身軽なんだから」って言うんだけど、どうしてもわたしは周囲に「すみません、すみません」と言いながら道路の端っこを通ってしまう。こういう感覚ってなんなんだろうね。わたしは別に普段から「障害者が大きな顔して歩くな」って思ってないんだけど、自分がこうなるとなんか大きな顔して歩いちゃいけないような気になってくる。わたしも知らないうちに「人に迷惑掛けたらいけない」って世間から思わせられて育ってきたんだろうなぁと思ったりする。

道を歩いてるときは気遣ってくれるんだけど、一番「うわー」って思うのは、エレベーターに乗るときね。あのときはほとんど気遣ってくれないね(苦笑)確かに「自分一人が降りても車いすは乗れないし」って思うんだろうなって思うよ。やっと来たエレベーターだろうしね。しかし、こっちの移動手段はエレベーターしかないんだよね。わたしは今度からエレベーターに乗ったときに車いすの人が待っていたら、率先して降りようと思いました(笑)

あと、車いすを押して歩くと不思議な感覚になることに気が付いた。それは妙にテンションが高くなって、ともすれば「彼女の保護者」みたいな感覚になってしまうことだった。それに気が付いたのは、彼女の用事で役所に行ったときだった。そこの窓口は椅子が2つ置いてあるけど、車いすのスペースがなかった。なのでわたしは彼女を近くに待たせて、役所の人に「本人はそこにいます」って言って、でもわたしが申請書書いたりハンコ押したりして手続きをやったんだけど、終わったあとに彼女に「なんか自分が無能力者になったような気がしてとても不愉快だった」と言われた。

わたしとしてはわざわざ椅子をどかして車いすのスペースを作って彼女に申請させるより、待っててもらって自分でやった方が早いと思っただけだった。だからそう言われたときに「わたしがやった方が早いでしょ」って反論したんだけど、でもあとでよく考えてみると全くその通りだったなって。世話をする方は世話される方が何ができて何ができないかを把握して判断するより、全部自分がやった方が早いのでついつい全部やってしまう。そしてそのことに対して満足感を覚えたりするのだ。満足度が高いものは彼女の手足となって動くことよりも、例えば申請書を書くなど、動かないことの方、頭を使うことの方だってことも分かった。わたしは彼女を支配したいとは全く考えてないと思っていたが、もしかして無意識のうちに支配したいと思ってるんじゃないかと思った。これってすごく怖いよね。

なので、このこと以降、わたしは彼女が今、何ができて何ができないかっていうことをその場その場で考えるようになった。確かにいちいち考える方がわたしにとってはめんどくさい。けど、彼女は歩けないだけでその他は全く問題ないわけだから。無意識のうちでも人を支配してしまうってことは怖いよなあと思っている。

それから、世話をする方とされる方に必要なものにも気が付いた。それは笑顔。穏やかな心。どうしても今はわたしの方が負担が大きいので、ときどき堪忍袋の尾が切れて怒りが爆発する。そうなるとどうなるかというと、世話したくなくなるのね。でもわたしが怒ったって世話しなくてよくなるわけじゃない。彼女だって世話をされたくなくてもされないといけない。そうするとね、やっぱりどうしたって世話をする方が強い立場になる。「やってやってるんだ」って気持ちになる。「いいよ、もう世話しないから」って思ったりもする。わたしは彼女じゃないのでやってもらってる方のそのときの気持ちは分からないんだけど、悔しいだろうなって思うの。彼女も気分が悪いだろうなって思うの。

だから怒ったときはできる限り早く怒りを鎮めようと思っている。そんな気持ちじゃ出かけられないからね。怒ること自体を止めたいのだが、人間的にわたしは未熟でなかなか「怒らない」ってことはできない。でも怒りを持ち越さない努力をしたら、今まではケンカしたら数日口を効かなかったのが、長くても半日くらい(そういう場合はだいたい夜を挟んでいる)になった。これは大幅な進歩だと思っている。

そんなわけで、外出時はこれからもまだまだ車いすで移動すると思うのだけれど、実は明日から札幌と青森に旅行に行くことにしている。もともと骨折する前から決めていたことなのだが、いろいろ事情があって車いすを使ってでも旅行することにした。予約は全部連絡したり取り直したりしたし、事前にどうやったらいいかを問い合わせたりして結構大変だった。けど、こういう経験ってなかなかできないのでいい経験にはなった。

明日からその予定通り行動するだけなのだが、どうなるか、、楽しみでもあり不安でもある。

ずっと笑顔で旅行できればいいな。
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05-16 Fri , 2014
ばこにゃん、1歳のお誕生日おめでとう!
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きょうは ばこの たんじょうび
みんなで あつまって いっしょにおめでとう
いくつ いくつ いくつになったかな
またひとつ おおきくなった
としのかずだけ てをたたこう

ぱん!

ってことで、陣馬は今日、1歳の誕生日(推定だけど)を迎えた。

高尾にゃんのときと同じように、人間用のケーキをケーキ屋さんで注文し、そして陣馬はいつも通りのご飯で、うちらが夕食後にケーキを楽しんだのだった(笑)

陣馬は今、「ばこ」とか「ばこにゃん」と呼ばれている。ケーキ屋さんにケーキを注文するときに「じんばちゃん、おたんじょうびおめでとう」か「ばこちゃん、おたんじょうびおめでとう」か迷ったんだけど、ばこちゃんでいいかなってことになって、ばこにした。しかし、ケーキ屋さんに「メッセージを付けて下さい」って言ったのはいいんだけど、いざ口に出して「ばこちゃん」と言おうとするとなんか恥ずかしくて言えなかったので「こういうのでお願いします」と言って書いてきた。

ばこはうちに来て、今10ヶ月半くらいになるのかな?

最初は何を考えているのか分からなかったし、高尾にゃんなら生後数ヶ月でマスターできたご飯前の「おすわり」が、ばこは何回やらせようとしても意味すら理解できないみたいだったし(これは今でもそう)、なんていうのかな、「この猫と意思疎通できる日が来るんだろうか?」って思ってたけど、最近、だんだんばこはこういうのが好きなんだよね、とか、こんなことがしたいのねってことが分かるようになってきた。

第一、高尾にゃんと比べると、ばこはおしゃべりなのだ。高尾にゃんは滅多に鳴かないが、ばこはよくにゃんにゃん鳴く。ムシャクシャするときも鳴くし、ここに行きたいのにドアが閉まってて行けないってときも鳴く。あと寂しいときなのかな、わたしたちがいない部屋にわざわざ行って鳴いたりする。

悪いこともする。悪いことっていうのは、人間にとって都合の良くないことなんだけど、例えばテレビの裏に入ったりする。テレビの裏にはケーブルテレビの配線だの、電話の配線だのが結構あって、ここに入られるとコンセントから抜けちゃったりするのね。だから入ったら怒るんだけど、ばこはどうやら悪いということは分かっているようだ。だけど入るので、わたしたちから「ばこ!」って怒られると「にゃーん」って鳴く。

あと夜寝る前に高尾にゃんとばこにおやつ(といっても普段与えているカリカリを何粒か)を与えてるんだけど、ばこは「ばこおいで~」というとちゃんと来る。なかなか賢い。

それからばこは高尾にゃんと比べても、それ以上に人間が好きみたい。わたしが寝ていると布団の近くまでやってくるので、布団を持ち上げながら「ばこにゃん入る?」っていうと、入ってきてしばらくじっとしている。暑いのはあまり好きじゃないみたいで、しばらくして暑くなったら出ていくけど、高尾にゃんは全くこういうことが嫌いなので、わたしたちはそれを楽しんでいる。わたしが寝ころんでテレビ見てても知らないうちに足元に来て一緒にゴロゴロしてたりする。

ばこはとってもかわいい猫なのだ!

わたしはそれをようやく最近認識した。小さい頃は「こんな猫、何を考えているのか分かんなくてかわいいと思えない」って思ってたけど、最近ようやく心の底から「ばこにゃんかわいいね~」って言えるようになった。どうやらわたしは子猫はあんまりかわいく思えないみたい。だからこれからもっともっとかわいく思えるようになるんだろうな~。

今のばこは、体重が5.2kgで、ちょっとお腹がたぽたぽしているので減量中だ。ただ、上から見るとくびれはあるように見えるんだよね~。お腹の皮がたぽたぽするのは、この猫の特徴なのかしら。体重については今度、動物病院に行く機会があったら聞いてみるつもり。

高尾にゃんとの関係は、、残念ながら、あんまりよくない。ケンカばかりしている。もうね~、これは仕方ないのかなって思ってる。冬は割と近づいて寝てたりして「おっ、これは」って思ったこともあったんだけど、彼女が入院したりしてる間、わたしがバタバタしてたらケンカばっかするようになっちゃった。今まではずっと家にわたしも彼女もいて当たり前だったから、猫たちはその環境の変化に敏感に反応しちゃったんだよね。彼女が退院して、二匹ともかなり落ち着いたと思うんだけど、でもまだ骨折前と同じような状態じゃないと思う。まぁ今は彼女がまだあんまり一人で動けなくて、わたしがバタバタしてるからね。。そういうところも猫の態度は影響していると思う。

まぁでもばこはばこなりにかわいくなってきたし、これから2歳、3歳となるうちに、まだまだ今よりももっと意思疎通ができるようになるんじゃないかと思うと楽しみだ。
23:18 | 二人と猫のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
05-03 Sat , 2014
パートナーが入院したとき
というわけで、今回彼女が入院したわけなんだけど、同性パートナーが入院したときに、病院はどう対応したかってのを書いておく。

と言っても、結論から言うと全然問題はなかった。

いつもはわたしはプライバシーもあるので、彼女の診察には立ち会わないんだけど、今回は診察室に連れて行かないと自分じゃ歩いて行けない状況だったりしたので、一緒に診察室に入って医者がどう診察したとかどんなことを言ったかを聞いた。入院しなければいけないってときに初めて「ご家族ですか?」って聞かれた。

ご家族って言われると、それは正しいんだけど、対外的に彼女のことを「家族です」というと、わたしのことは彼女の子どもと間違われるので(なんでやねん!)、家族です、とは言えず「パートナーです」って答えることになる。だけどそうすると一回で分かってもらえないんだよね。「はぁ、パートナー?」って感じ。なので「同性のパートナーです」ってはっきり答えた。でも、それを言って別に驚かれたりはしなかったし、ただ「あぁ」って言われただけだった。

でもこの「患者との関係」は医師や看護師など、会う人ごとに尋ねられて、「パートナーです」って言うたびに「??」って顔をされるので少々疲れた。。まぁね、同性カップルが病院にやって来て入院することなんて数少ないだろうよ。。けど、そういう人たちも「存在する」「病院にやってくる」というのは認識して欲しいよ。。

で、入院する際には同意書だったかな~、忘れたけど、患者の署名とか家族の署名、みたいなのが必要なんだよね。これはわたしが3年ほど前に精神科に入院したときもそうだったけど、そのときは彼女に書いてもらって。今回はわたしが書いた。彼女との関係についてはただ「パートナー」って書くとまた分かんないって思われるぞって思ったので、めんどくさいことのないように「同性パートナー」って書いておいた。

たったこれだけで、わたしはその後病院では別にどうってことなかったのだが、あとで彼女に聞くと看護師さんにはわたしのことは「パートナーさんが」とかって言われたそうだ。だから、ああいうのってちゃんと書いておけば、看護師さんたちの共通認識になるんだなーって思った。

あと、彼女の部屋は大部屋だったので、常時数人の入院患者さんがいたんだけど、別に関係を聞かれることもなく(当たり前か)、パートナーさんだと思われていたようだ。

まぁ意識のある入院患者の場合は病院側の対応もこんなものかも知れないね。

ちなみに、わたしが通っている精神科のことだけれど、主治医がこの春に替わったことは前の日記にも書いた。わたしの場合は過去に具合が悪かったときは、彼女と一緒に診察室に入ったりしたので当然のことながら、主治医にはカミングアウトをしている。今回、新しい主治医に初めて診察を受けるに当たって「ちゃんと引き継ぎされてるかな~」って思ってたのだけれど、それはちゃんとされてるようだった(初っぱなの診察で「彼女が入院してしまって今大変なんです!」って話をするとは思わなかったよ、、)。

あ、だけどね。彼女の病院ではわたしは同性パートナーとは認識されてたようだけど、わたしの名字までは認識されてなかったです。なのでわたしは彼女の名字と同じに呼ばれてました。手術が終わったあとに呼ばれたときも彼女の名字で呼ばれたし、なのでまぁ扱いは結婚してて夫婦同姓な人と一緒ってことかな。それはそれで、ビミョーなんだけどね。なんか「自分」って人間が無視されてるように感じられるので。事実婚なんかの関係の人も同じ名字で呼ばれるのかしらね、、

彼女が入院した病院は、割と大きめの病院だったみたいなんだけど、まぁこんな感じでしたということで。誰かの何かの参考になれば。
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05-02 Fri , 2014
退院しました
昨日、彼女が退院した。
先々週の土曜日からの入院だったので、12日間くらい?
まぁ過ぎてしまえばあっという間だったというか、長かったというか。

思ったより全然寂しくはなかったのだが、身体はそうは思ってないようで、体調がめちゃくちゃ悪い。
特に食欲があんまりない。まぁわたしは食事を作るのが大嫌いで、食事を作るなら、自分がお腹空いても我慢した方がいいって思う方なので、それに合わせて食欲がなくなってるのかも知れない。

しかし、退院してからの方が大変かも。。

というのは、彼女は足のピンを取るまでは足を付いてはならないって言われてて、松葉杖に片足歩行なのだ。当然のことながら移動することすら大変で、手に持って何かをするなんてことはできっこない。ってことは、従来、彼女一人でできることが、できない、すなわちわたしが細々動かないとダメってことなのだ。。

入院してた頃は毎日の病院通いが大変だったけど、家の中では当然のことながら一人だったので自分のことだけで動けばよかった。けど、彼女が退院してからは自分以外のことでも動かなくちゃならなくて結構大変。まぁわたしが大変大変言うもんだから、彼女はできる限り自分で動こうとはしてるけどね、、

この状態が少なくともピンを抜く予定の2ヶ月後まで続くっていうのがどうしてもピンと来なくて(ダジャレになってしまった)イマイチ実感が湧かないような、とてつもなく先が長いような、、はぁ疲れた。
18:05 | 二人のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-28 Mon , 2014
手術が終わりました
毎度のことながら、自分じゃなくて彼女が手術受けたんだけどね。

今朝は9時に手術室に入ると聞いていたので、8時半ちょっと前に病院へ。しかし前の晩は2時半過ぎまで起きていたので、超眠かった、、←自業自得

病室に行ったら既に看護師さんが来てて、あれこれやってた(怖いのであんまり見てない)。そして9時ちょっと前に病室を車いすで出発。わたしも手術室前まで付いていった。んー、手術前は何を話したのかあんまりよく覚えてない。。前日、全身麻酔で3時間って聞いてたんだけど、看護師さんに手術室から別の部屋で待ってろと言われ、そのときに「どのくらいの時間になりますか?」って聞いたら「2時間半の予定です」って言われたからそのつもりでいたら、実際のところ、2時間後に「手術は終わりました」って呼ばれて、そんでまた手術室前に行って、彼女を迎えに行った。

まぁ全身麻酔ってさー、一瞬で気を失うので、本当にその間何やられてるかは全然分かんないんだよね。わたし、3年前に口腔異常感症の治療のために「電気けいれん療法」ってのを受けたんだけど、それで計10回、全身麻酔やったんだよね(ちなみにその治療で病状が楽になったかというと全然変わりませんでした)。あのときに全身麻酔ってすごいな~って思ってね。手術室に入って麻酔医の人に「ちょっと沁みますね~」って言われ、本当に点滴のところから腕が沁みるなーって思った瞬間、ボンって目の前がシャットダウンするというか、真っ暗になって意識を失って、あの感覚は結構気持ちがよくてわたし好きでね(笑)今回も彼女に「麻酔のかかる瞬間って楽しいよ」って言ってたくらい。んで、どーせ、その後のことは分かんないからね。わたしの場合、いつも目が覚めたらもう病室に戻ってきてて、どこでどうやって手術台から自分のベッドに戻されてるんだか、結局最後まで分からずじまいだった。

手術後、手術室から出てきた執刀医でもある主治医から、手術室の前で説明を受けた。説明って言ってもものの1分か2分だけだけど。。左足の甲に小さいピンみたいなのを数本、大きいピンみたいなのを3本埋め込んだんだって。小さいのはもう取り出さないらしいけど、大きいのは8週間後に取り出すって言われた。ってことは、7月にまた再入院ってことだね。で、ピンが入ってる間は足を付かないで歩いて下さいって言われた。

その後、病室に戻って、彼女の顔見てた。彼女は麻酔からまだはっきり覚めてないみたいで、眠いって言って半分寝てた。麻酔がかかる瞬間が楽しいってわたしが言ってたので、期待してたらしいんだけど、彼女は知らないうちに眠ってしまってたと言っていた。酸素マスクもしてたけど、それは術後2時間で取れたかな。お腹を切ったわけじゃないので、水も4時間後に飲めた。水が飲めた時点で、わたしは家に帰ってきた。それ以上いてもあんまり役には立たないし、それに何より、わたし、すごく眠かったので。。

ちなみにわたしといえば、今日はお昼ご飯を病院の食堂で久々に1食がっつり食べたためか、お腹がびっくりしてしまい、そのおかげでその後腹痛を起こし、病院のトイレに立て続けに4回も行ってしまったのだった、、

彼女は明日の朝まで点滴はやり続けているようだ。わたしが病室にいたときは足のあちこちが痛い、って言ってたけど、帰ってメールしてたら「今は傷のところしか痛みがない」って書いてあった。まぁ早い人は手術の翌日に退院らしいので、こういうのってすぐに傷が塞がってしまうんだろうな。ちなみに彼女はまだ少し入院して様子見だそうだ。でも少なくとも今週中には退院できるだろうとのこと。あともう少しだ~。
19:23 | 二人のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
04-27 Sun , 2014
手術前夜
わたしがじゃなくて、彼女の手術前夜だけどね。

当初の予定通りというか、本当は予定より1週間遅れなんだけど、でもまぁその翌週に受けられることになって本当によかった。明日の午前中に手術室に入るみたい。全身麻酔で3時間の予定だって。結構かかるのね、、

わたしは「家族の人、来て下さい」ってんで、朝から病院に行って説明やらなんやら聞いて、その後は手術が終わるのを待ってる。何の本、持っていこうかな~。

ところで、わたしの体調があんまり良くない。前に比べると眠れるようになったというか、逆に起きるのが嫌で、1日の半分くらい布団の中にいるような生活をしている。食欲はほとんどない。無理矢理1日に1食は食べるようにしてるけど。。(っていうか、最低でも1.5食くらいは食べるようにしている)。

わたしの場合、とてもややこしい性格をしていて、食べるときは普通に食べる。好き嫌いもメジャーな食料はあんまりないというか、嫌いなのはミョウガとか牡蠣とかはんぺんで、そんなのは毎日毎日食べるもんじゃないし、外食でも普通に出てくるものじゃないので、避けて通っていけるようなものだ。食べることは嫌いではない。嫌いじゃないんだけど、食べ物に関してはなんだかいろんなところにプレッシャーがあってね。

例えば、お腹いっぱいの時は食べ物を見たくない。食べ物を見ると「食べろ」って迫って来るみたいで、お腹いっぱいの時に食べ物の買い物はできない。売ってるものだから買わないと迫ってくることはないのに、迫ってくるみたいに見えるの。だから買い物はお腹が空いている時じゃないとできない。これ、回転寿司でもそうでね。ものすごくお腹が空いているうちは寿司も食べられるし見れるけど、満腹になると回ってる寿司を見るだけで気持ちが悪くなってくる。別に自分が皿を取らなければ食べなくていいのに、ダメなんだよね。だからすぐに「出よう」ってことになる。

これがね、食欲がなくなると同じなの。食べ物を見ると気持ちが悪くなる。家に何か食料があると「これを食べなきゃいけない」ってプレッシャーがすごい。そのプレッシャーで逆に食欲がさらになくなる。消費期限が短いものなんか、ものすごい負担。期限が長いものでもある程度負担。冷蔵庫の中にものがあると思うと負担。あと、食べ物の話もダメ、、食欲ないのに食べ物のことを考えると気持ちが悪くなって、逆に精神的な負担がひどくて動けなくなっちゃう。

「だったら食べなきゃいい」

確かにその通り。お腹空かないんだから、お腹空くまで食べなきゃいい。んだけど、そうするとなにか道に外れた気がするんだよね。最低でも、1日1.5食は食べないと悪いことをしたような気分になる。.5食というのは、まぁいつもの半分くらいの量ってことで、今は昼間にいつもの半分くらいの量のご飯を食べて、夕食が1食分、まぁ少なめの1食だけど、そんな感じ。

「道に外れた気がする」っていうのは、自分でもよく分かんないんだけど、それをきちんと守らないと罪悪感があるというか、なんていうのかな~?もうとにかく絶対に無理矢理でも食べないといけない感じがするの。なんでそうなったかは自分じゃ全くよく分からないのだ。。これがなければ食べることへのプレッシャーも感じずにすんで、もっと楽に生きられるのになって思う。

ちなみにわたしは食事を作るのが大嫌いで、作るのにはとても精神力がいる。でも外食は嫌いなの。とんでもないややこしいヤツなんだけど、でも自分の作る料理は自分の口によく合っていると思う。なんだけど、作るのは嫌いなんだよね。掃除や洗濯はそんなに苦じゃなくできるのに、料理だけはダメなの。自分でも「なんで?」って思うんだけどね。

あと、ここにきて「見捨てられ不安」のトラウマが再発してしまっている。別に今回は一人でも寂しいとか不安ってことは全くないのに、身体が全然動かない。。これは過去にいろいろあってね。あのときは立ち直ろうと自分で考えられるいろんなことで自分を鼓舞して頑張ったんだけど、結局うつ病を発症してしまった。。一生懸命自分を鼓舞して頑張っても結局は立ち直ることなんかできず、頑張っても頑張っても浮上するどころかどんどん下降していった経験があるから、今ではもう頑張ることすらできず、すぐに身体が動かなくなってしまうんだよね。何をする気力も全く湧かない。一日寝てるだけ。でも、そうするとあのときのものすごいつらい気分が蘇ってきて、、もう20年以上前のことなのに、昨日のことのように思い出せる。完全にトラウマだと思う。

それとセットで思うのは、なんでさ、わたしはいつもいつも「会いたい」って言う方で、誰かに「会いたいから絶対に会いに来て」って言われないんだろう。。と。なんかわたしっていつも誰かのお荷物で、いらない人間じゃん、って。おそらくこれがわたしが「この世からいなくなりたい」って思い始めたきっかけかもね。まぁ普段は別に誰かから絶対に必要とされたいとは思ってないけど、でも、自分が弱っているときって、誰かから必要とされたいと思うものなのかも知れないね。それは自分が誰かを必要としてるから。でもわたしはもう誰かに「助けて」とは言えない人間になってしまった。。だってそれを言って一時的に誰かに助けられたとしても、それは一時的に気が紛れるだけで、根本的な解決方法じゃないから。誰かはわたしのことを絶対にずっと(といっても永遠ではないのだけど)は気をかけてはくれないのだ。一時的に助けられて、そして放っておかれて、ということをわたしは何度も何度も繰り返している。そして放っておかれるたびに絶望的な気分になる。わたしは「助けて」と言い続けなければ誰も助けてはくれないのかと。そういう思いをするくらいなら、ずっと寂しくても一人の方がいい。
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04-23 Wed , 2014
彼女が入院しました
なんと今、彼女が入院している。

コトの始まりは先週の月曜日。午後に二人で買い物に行って帰ってきたときのことだった。自転車で出かけたのだが、家の前で彼女が自転車ごと倒れてしまったのだ。確か左足だったっけ、左の方向に倒れて左足が自転車と彼女の身体の下敷きになり、ぐぎっといってしまった。彼女はよく足を捻挫したりするのだけど、それにしても倒れてから起きあがるまで相当かかったし、何よりすごく痛そうだったので、すぐに近くの整形外科を受診した。

彼女は「捻挫だよ」って言ってたんだけど、整形外科でレントゲンを撮ったときに医者から「レントゲンでは映らないんだけど、どうも骨折っぽい感じがするから、もうちょっと大きな病院に行ってCTを撮ってもらった方がいい」と言われた。「明日、大きな病院を紹介するからもう一回うちに来て、それからデ-タを持って紹介先に行って下さい」と言う。

なので、翌日また病院に行って簡単な診察をしてもらい、デ-タをもらって大きな病院に行こうとしたら「今日は予約は取れなかった。最短で金曜日の午前中です」と言われ、仕方なくその日はそれで帰ってきた。

金曜日、大きな病院に紹介状を持って行った。見るなり「骨折っぽいですね、これは」って言われてCTを撮った。そしてその後また診察室に入って結果を見たら「やっぱり骨折です。これは手術した方がいいから入院して下さい」と言われ、入院するために入院前検査って言って、血液検査やら肺のレントゲンやらいろんな検査をして、もう一回診察室に入った。もう、このとき何時になってただろ?あの日は午前中に病院に行ったのに、ほとんど一日中病院にいたような気がする。。

で、診察室に入ったら医者に「検査の結果が悪くて、これじゃ手術ができないかも知れない。今の時間はもう診察できないから明日また来て別の科の診察を受けて下さい」と言われ。。結局土曜日も病院に行った。そこでこの検査結果を見せたら「こんなんじゃ手術どころじゃない。今すぐ入院して下さい!!」と言われ、なんと土曜日から入院。。

結局月曜日に手術の予定だったんだけど(だから金曜日の時点で「日曜日に入院して下さい」と言われていた)、やっぱり一週間延期した方がいいって言われ、今は別の病気の治療をしている。

足だから「自分で勝手に病院に行ってね」ってわけにはいかない。それにうちは車を持ってないので移動はすべてタクシー。それなりに大変だ。しかも病院では「ご家族の方ですか?」と言われ続け(当たり前なんだが)、でも「はい」っていうと娘さんだの息子さんだのって全然違うことを言われるので、そのたびにカミングアウトしなきゃならなくて、それがとてもめんどくさかった。一言「パートナー」って言ってもすぐに理解してもらえないんだよね。そこに「同性の」って付ければ「ああ」って分かるみたいなんだけど。やっぱまだまだ見えない存在なんだなと、実感させられる。

わたしは入院してからも毎日お見舞いに行ってる。昨日はわたしも自分の病院の日で、新しい精神科の主治医に話をしてきたんだけど、彼女が入院してからというもの、身体が疲れてるのに入眠しづらかったり、あとは寝てると思うのに全然寝た気がしなかったりしてるので、取り敢えず睡眠剤を復活させたと言った。それから食欲がほとんどない、と。わたしは何かあるとすぐに食べられなくなっちゃうんだよねー。お腹空いてるのが快感になって、食べ物を見ると気持ちが悪くなっちゃう。精神的に非常に興奮状態にあるようなんだけど、まぁ眠ったらなんとかなるかなと思うのと、わたしの場合、ちょっと薬をいじるとすぐに副作用が起きてしまう可能性があるので、まぁそれは今後も興奮状態が治まらなかったり、精神的に不調になったら考えましょうってことになった。彼女も入院して5日か。昨日初めてちょっと寝た気がしたけどね。ただ身体はめっちゃ疲れてるような気がするのに、あんまり疲れた感じがしない。。あとで疲れがドッと来ないといいけど。

取り敢えず彼女の手術は来週の月曜の予定だ。でもそれはまだ本決まりじゃない。それに手術したとしても、転科して別の病気の治療になる予定。なので、いつまで入院するんだか。。まぁそんなに長くはないだろうけど。

わたしは今まで自分が入院することはあっても、身近な人が入院したことはあまりない。人を毎日見舞うなんて、初めての経験なのだ。うーん、これから年を取るにつれ、こういうことが多くなるのかな。なのでわたしもいつまでもうつ病じゃいられないよね、、なんて思っている。思っていたからといって、うつ病が早く治るわけじゃないけどね。

現在の処方(もちろんわたしの)。リーマス100mg、ジプレキサ0.5mg(夕食後)、金ハル(就寝前)
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