12-24 Sat , 2016
彼女のお父さんが亡くなってお葬式に行ったときの話
ようやく風邪から復活したのかな?という感じです。
というか、今回の風邪は本当にひどかった(T_T)
喉や鼻の粘膜が痛くなくなるまで1週間以上かかって、しかもようやく復活したかな?と思いかけたときに、急激な腹痛と数回の嘔吐、その後の発熱とどうやら急性胃腸炎になったらしく。。ホントに踏んだり蹴ったりだった。。

やっぱりこの1年、身体に散々無理させていたことが祟ったんだろうか。

「今年あったことは今年のうちに」ってことで、前にも書いた彼女のお父さんが亡くなって、そのお葬式に参列した話を書こうと思う。

その前提としての話なんだけど、彼女はわたしとの関係を親兄弟にはカミングアウトしてない。その理由としては、親がもう高齢なことと、兄弟には別に言っちゃってもいいかなとは思ってるんだけど、その配偶者や子どもまで言ったり知られたりするのはめんどくさい、というので結局兄弟にも言ってないということで。だけど、わたしのことは「一緒に暮らしている人」として、もうずっと彼女の親兄弟とは以前から付き合いはあった。このブログでも何回か会いに行ったときのことを書いたりしてるけど。わたしとしては、中途半端な存在なんで、彼女が親元に行ったときに近くに住んでる兄弟たちで一緒に集まろうとしたときは「わたしは別にいいです」ってことで、一人でホテルにいたりしたこともあったんだけど、そのときに「なんで○○さん(わたし)は一緒に来ないの?」って言われ、次に2人で親元に行ったときは仕方ないので(わたしの気持ちとしては、いづらいから本当に仕方ないって気持ちだったんだけど(^^;)一緒に行ったりした。そして、彼女のお父さんは長く病院に入院されてたので、そのお見舞いにも2度ほど行ったかな~。

ま、そういう関係。

でも、お葬式となると話は別だよね~。なんてったって彼女に付いてくと自動的に「親族扱い」になる。知らない人もたくさん来るだろうに「あれは誰?」って聞かれたらどうしよう。。じろじろ見られたらどうしようって思うと、行かない方がいいのかなって何度も思った。けど彼女は付いてきて欲しいと言うし、まぁそれまでの親兄弟とわたしとの関係を考えると、少なくとも親兄弟は「なんでアンタが来たの?」とは言わない感じがして。なので一緒に行くことにした。彼女のお父さんの状態が悪くなって「今夜がヤマ」と言われてからも1週間生き延びられたんで、その間に行く行かないを考えるための時間があったということも確か。

葬儀会場に行った日の夕方がお通夜、その次の日がお葬式だった。最初、葬儀場の親族の控え室みたいなところで荷物を置いて喪服に着替えた。既にそこには知らないたくさんの人たちが来てたけど、素知らぬ顔をして中に入って仕出しのお弁当を食べたりした。んー、なんというか。知らないおばさんが話しかけてきたりしたけど、「あなた誰?」という会話ではなく、もう知った人みたいに話しかけてきて「この人、わたしのこと誰って知ってんのかな?」って思うほどだった。あとでわたしの方が彼女に「あの人誰?」って聞くと、彼女の兄弟の配偶者さんの親御さんだったりした。

その中で、お通夜が終わったあとに話しかけてきた人がいた。彼女の妹さんの配偶者さんだった。この人とは当然以前から顔見知りだったし何度も会ったことはあるけど、まだ一対一で話したことはなかった。なのにいきなり話しかけてきて「??」だったんだよね。いきなりわたしに対して、わたしを「彼女の同居人」と見て話しかけてきた。確か「同居人さんも大変ですよね~」みたいな話し方だったと思う。そしていきなり自分の近況について話してきた。まぁそれは個人の情報だからここで書くのは控えるけど、今までそんな話をしたことはないし(でも知ってたけど)、「この人、わたしにこれを話すってことは、このことを既にわたしが知ってることが前提ってことでいいのかな?」って思ったりした。ここで素直に書いちゃうけど、すいません、このときはいきなりだったからちょっと気持ちが悪かった(笑)(多分、これ読んでないので大丈夫← てか、読まれても大丈夫だけど)

お通夜が終わった日の夜は、兄弟たちで一緒に集まっての飲み会だった。彼らの配偶者さんたちや子どもたち、そして彼女の従兄弟さんも参加した。わたしはほとんど何を話していいのか分からなかったので、黙ってそれを聞いていた。

翌日はお葬式だった。お葬式が終わったあとに火葬場に行った。火葬場でお昼ご飯の仕出し弁当を食べた。そのときたまたまわたしは前日の飲み会に参加した彼女の従兄弟さんの目の前に座った。わたしの隣は彼女が座った。そうしたらその従兄弟さんは彼女に対して「失礼ですが、この人とのご関係はなんですか?」って聞いた。前日の飲み会ではわたしとその従兄弟さんは隣同士で、でも彼女はいろんな席で飲み歩いてたんで、疑問に思ってても聞くことが出来なかったんだろう。彼女はきっぱりと「パートナーです」って言った。

そう答えられて一瞬、わたしは身構えた。確かに前日、隣同士になって話を聞いてて悪い人じゃないなと思ってたけど、昨日初めて会ったばかりの人だ。なんて思われるか分からない。けどその人は彼女の「パートナーです」という言葉を頭の中でゆっくり噛み締めたようだった。ちょっと時間を置いて「なるほど、そうだったのか」という表情に変わった。その表情の変化をわたしは今でも忘れてない。ごく自然にその人は受け止めてくれた。

そのうち彼女は呼ばれてどこかに行ってしまった。一人になったわたしにその従兄弟さんが話しかけてきた。「△△さん(彼女)のどこが気に入ったんですか」って。

わたしは一瞬、「火葬場でする話なのかこれは」って思ったけど、実はこの「この人のどこがよかったの?」って質問を今までわたしは(自分の親族含め)親族関係の人にされたことがないことに気が付いた。きっとヘテロの人の会話では当たり前にされているだろう、この会話。そりゃ、彼女とわたしの関係を話してないからそういう質問は知らない人からはされようがないんだけど、いきなり同性愛者ですってカミングアウトされた後にごく自然に「その人のどこがよかったんですか?」って聞ける人ってすごいなあって思った。そしてそれがとても嬉しかった。

あとで彼女に「あなたがいない間に従兄弟さんからこんなこと聞かれたよ」って言ったら大爆笑された。

結局「ご関係は?」って聞かれたのはお通夜、お葬式を通じてこの人だけだった。あとの人たちは特に「この人誰?」って目で見るわけでもなく、なんか全然知らない人なのに以前から知ってる人みたいに話しかけてきて、逆にこっちが途惑ったくらいだった。火葬場から帰るバスの中でも。全然知らないおばさんたちと猫がどんなにかわいいかという話とかしてた。

火葬場から帰って来て、本当に最後の最後、親族だけになった。そこで「親族だけの写真を撮りましょう」ってことになった。わたしは直前まで入るか入らないか迷ったんだけど、そこで一人だけ「入らない」というと、絶対に「入りなさい、なんで入らないの」って話しになると思ったし、そういうところでわざわざ目立つ必要はないと思ったので、ちょっと違和感がありつつ中に入った。一番端っこで小さく写った(つもり)。

そこからはもう解散で、移動する人たちは駅に向かった。その道すがらのことだった。彼女からいきなり「ねーねー、この人知ってる?」って聞かれた。スマフォの画面を見せられて、見たらtwitterの誰かのアカウントの画面だった。その人のアカウントの画像には虹のアイコンがかかってた。「??」って思ったら、お通夜のあとに話しかけてきた妹さんの配偶者さんのtwitterのフォロワーさんのことだった。聞くと「全然知らない人なんだけど、こういう人がフォロワーさんの中にいて、お姉さんたちはこの人のことをご存知ですか?」ってことらしかった。

ってことは、、この配偶者さん、前の日にわたしを「彼女の同居人」として話してきたけど、実はもうバレバレだったってことだよね(笑)きっとあのときああやって話してきたのは、これが言いたかったんだなって思った。なんだかとっても可愛らしい人だなーって思った。ってわたしよりずっと年上の人だけど(笑)ちなみに虹アイコンの人すべて知り合いなわけじゃないですから(笑)虹アイコン=性的少数者ってわけでもないし。まぁその人はレズビアンの人らしかったが。

それからその配偶者さんと今、巷で話題の(?)「同性パートナーシップ条例(or 要綱)」のことについて話したりなんかした。そういうことについて関心を持った人だとは全然思わなかった。

なんかねー、最後の最後にそういうことがあって。お葬式帰りだというのにほっこりして帰った。

しかしね。真正面からカミングアウトせずとも、時間をかければ徐々にこういう風になる関係もあるのかな。わたしは、わたしの家族に対しては既にカミングアウトしている。妹には計画的に言ったけど、親に対しては物の弾みで電話でカミングアウトしてしまって(そのときの話は過去ログにあるはず)、でもそれは結局は失敗だったと思っている。親はわたしのことは受け入れたけど、彼女のことは受け入れてないと思う。というか、わたしに対してだって未だに受け入れてないんじゃないかって思うことはある。親に対しては何度も何度もカミングアウトしないと分かってくれないっていうけど、まさにその通りだなと思うことがあるから。まぁ、カミングアウトする、しない以前に親との関係がうまくいってるかいってないかにも因るけどね。うまくいってないときはカミングアウトを無理矢理する必要はまったくないと今では思うようになった。ただ自分の時のことを思い返すと、あのときは親から「友だちにそんなに迷惑をかけちゃダメだろ」と言われ、「友だちじゃない」と言ってしまったわけで、あのときに「友だちです」とウソをついたらその後どうなっちゃっただろうってことはあるけど。。

これが今年あった出来事のうちの大きな1つ。
16:29 | カミングアウト | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
11-16 Sun , 2008
ふと、思い出した、初めてカミングアウトした人のこと
今日、ふと思い出したんだ。

初めてわたしがカミングアウトした人のこと。なんで思い出したのかは自分でもよく分からない。

その人は、わたしがまだ学生をやってた頃か、もう就職決まって学校中退した後だったか、カープ(もちろん、広島東洋カープのこと)の大ファンだった頃に知り合った人だ。チャットで。

多分、わたしよりちょっと年上の女の人だった。

その頃のカープの掲示板とか、カープのチャットって、結構ラジカルな人が多くて、身内批判はバリバリやるわ、カープを愛してるんだかけなしてるんだかよく分からない状態だったけど(笑)、とにかくみんな手放しで球団のやることに賛成したりはせず。一人一人意見持ってて、すんごい濃い密度の話を毎晩のようにしてた。

大部分が男性だったけど、わたしを含め、数人、女性がいた。そして東京に住んでいるのは、わたしとその人だけ。チャットでみんなと意気投合し、結構会ったりしてたんだよね。

で、個人的なメールもたくさん、やりとりしてた。
なんかとっても複雑な人で、みんなと会ってるときはバカ騒ぎするんだけど、本当は自分の内面に孤独を持っているような人だった。彼女はわたしを信頼してくれて、わたしも彼女を信頼していた。で、つい、カミングアウトしたんだよね。んー、初めて「この人には言っても分かってもらえる」って思ったんだ。で、実際なんてことはない「あ、そうなの」って感じで。

それからも付き合いは普通に続いた。

その後、わたしは就職するために地方に行き。それでもメールのやりとりは続いてた。就職一年目のあるとき、その彼女がうちに遊びに来る、って言った。「うん、いいよ、遊びに来て」ってわたしも言って、多分、秋頃にうちに泊まりに来た。

一緒に球場に行ったりした、と思う。本当はほとんどのことは既に忘れちゃってるんだ、今は。

でも一つだけ強烈に思い出すシーンがあって。

それは、どういうときだったろう。服を着替えるときだから、朝だったのか、寝る前だったのか。

その人はわたしの前でなんのためらいもなく、洋服を脱ぎ始めた。そのやけに白くてほっそりした脚をわたしは見てしまって。別に「襲いたい!」とは思わなかったんだけど(爆)、なぜかものすごくドギマギしてしまって、今でもそのシーンだけが目に焼き付いている。

別にその人のことは好きってわけじゃなかった。それに向こうは完全ノンケって知ってたし。何を起こす気もせず、そして当然何も起こるわけがなかった。

ただ、それだけのことだったのに、それ以来、わたしは彼女のことが重くてたまらなくなった。。。

向こうは東京に帰ってからも、今までどおりにメールをくれた。だけど、わたしはなぜか返事を送る気がしなかった。

何回かメールは来たんだ。そして最後に「メールアドレスが変わりました」ってメールでその人からのメールは途絶えた。

今、考えてみてもなぜわたしが突然、彼女のことを重く感じ始めたのか、やりとりをわざと途絶えさせるためにメールの返事を送らなかったのか。考えてみてもまったく分からない。

でも、あの白くてほっそりした脚のことは、今でもうす暗いカーテン越しの明かりとともに、今でも鮮明に思い出す。

こうして、わたしは初めてカミングアウトした人から逃げ出した。

それをね、今日、なんでか突然、思い出したんだよね。。

今はどうしてるだろう、あの人。。
でもゴメン、やっぱり知りたくないよ。あなたが今、何をしているかなんて。
21:48 | カミングアウト | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
10-15 Wed , 2008
受け入れはできていない、と思う
国民カミングアウトDAY

「こんなニュースがネットに載るようになったんだなあ」とちょっと驚いていることは確かなんだけど、今、カミングアウトしまくってるレズビアンのわたしにとっては、この記事はちょっと「脳天気」過ぎるような感じがしてならない。

この記事にもあるように、「National Coming Out Day」が設定されているアメリカは、日本より性的少数者(主に同性愛者)に対する偏見が強い。過去、アメリカは'50年代~'60年代、「ソドミー法」によって、警察による囮捜査があり、普通のいわゆるゲイバーなどでおとなしく酒を飲んでいる客に対しても、すべて逮捕されしょっぴかれたことや、ヘイトクライム(憎悪犯罪)で殺されたり、また、今現在では、キリスト教保守派による「攻撃」があり、「目に見える」偏見がかなりある。

その結果、同性愛者を初めとする性的少数者は「自らの人権」を獲得するために立ち上がらざるを得なくなり、その結果、40年前とは比べものにならないほど「進んで」いるところもある、と言うわけだ。記事中に、性的少数者のための学校がある、と書いてあるが「ハーベイ・ミルク高校」はそのうちの一つだ(というか、わたしはこの一つしか知らなかったけど、ミルウォーキーにもあったのね)。

「ハーベイ・ミルク」とは、ゲイとカミングアウトして、サンフランシスコ市の市政執行委員で'78年にサンフランシスコ市長と共に前の執行委員に暗殺された人だ。彼は、市政執行委員になる際、自ら「もし自分が暗殺されたときに備えて」遺言を録音していた。

そう、アメリカではゲイが公職に就ける反面、命を奪われる危険性があったのだ。これは、アメリカの黒人公民権運動の先頭に立っていたキング牧師が暗殺されたのと全く同じだ。今のアメリカでのゲイの権利活動の歩みは、黒人の公民権運動の動きと似ており、いくつかの州で「同性婚」が認められ始めている(この間のコネティカット州で3州目)。

アメリカでのこれだけの「進歩」は、逆に「反対派」の力も強いこと、同性愛者自身が危険にさらされていること、で、当事者が団結せざるを得なかった、という特徴を持っている。

一方、翻って日本のことを考えると、未だ「カミングアウト」している国会議員はいない。それは、今の国会議員、すべてが異性愛者というわけでは決してなく、ただ「カミングアウト」できないからで、当事者の国会議員は存在する(もちろん、都道府県議にも市長村議にも存在するだろう)。しかし、日本ではまだまだ公職に就いたものが「カミングアウト」できない状態だ。

だが、もし「カミングアウト」しても、ハーベイ・ミルクのように暗殺はされないだろう。ただ、今まで「誰も」自分が「同性愛者だ」ということをカミングアウトした国会議員が存在しないため(過去はいた、大阪府議だけど(苦笑))、できないでいるのだろう。誰でも「第1号」にはなりたくないものだ。そしてそのような人を「カミングアウトできない情けない人」とはわたしは言えない。私人ならともかく、公人として「カミングアウトをする」ということが、どういうことか、カミングアウトして生きているわたしにはだいたい想像できるからだ。

また、ヘイトクライムについても、確かに日本でもないわけではない。が、数が非常に少ないのと、報道のされ方が曖昧で(同性愛者と言うことを理由にして殺された、と書くと殺された方のプライバシーに関わると思っているのだろう。実はそれが一番の問題点なのに)、国民一般には「普通の殺害」(言い方が変だけど)ということで伝わってしまう。これでは日本で「ヘイトクライム」が起きている、なんてことを知っているのは、当事者の中でもそんなにいないだろう。

確かに日本の中高生の同性愛者(または性的少数者)で「男らしくない」だの「オカマっぽい」だのと言われ、いじめられている現状がある。が、それは個々の問題として、全国的な繋がりを持たない。いじめられている人は、それこそ「この世で自分一人」だと思って生きている可能性もある。それは、大きな悲劇ではあるが、今現在「日本の同性愛者の人権団体」というものが、このようなことに対して動いていない以上、いや、日本には「同性愛者の人権団体」さえない状況で、現在いじめられている彼らはいじめられ続けるしかない。

そして日本の場合、アメリカと違い「目に見える犯罪」や「目に見えてひどいことをされている」とは一般的に認識されていないので、わざわざカミングアウトして目立たなくても十分、生きていけるわけだ。これがいいのか悪いのかは分からないが。。

ただ、今、民放ではニュー・ハーフタレントやゲイであるとカミングアウトしている人もいるという(ってわたしはNHKしか見ないから、よく知らないんだけど)。ただよく分からないわたしが何とも言えないが、やはり「多くのゲイ」とはちょっと違う、女性の姿をしていたりすると、一般の人は「ゲイは女装するもの」とか、いろいろな誤解を生んでいるのではないかと思うし、あと、ゲイと性同一性障害がごちゃごちゃにされている可能性もあるのではないかと思っている。ここではゲイと性同一性障害の違いについて、長々と書く気はしないが(それでもその違いを知りたい人はここで。これはわたしが以前書いた日記(9月25日)だ。ただし、非常に長文なので注意(笑))。

カミングアウトはできる人からやればいい。わたしはそう思っている。できる人が、できる範囲で。無理をする必要はない。もちろん「自分を隠したくない」人はカミングアウトしていい。わたしも同じだから。ただ「もう自分を隠して生きていきたくない」という人間がカミングアウトを1回すると、死ぬまでカミングアウトをし続けなければいけない、ということがある。

同性愛者は見た目では分からないので、カミングアウトをし続けなければいけないのだ。これは結構、つらいものがある。なので、わたし自身はカミングアウトをしているが、古い友人(学生時代)はまだ「まだら」カミングアウトの状態だし、カミングアウトしていない友人たちにこれからカミングアウトしなければならないのかと思うと、ちょっとウンザリすることがある。また、これから知り合いになる人たちにももちろん、カミングアウトするだろうから、それもまたウンザリしてしまう。が、自分で決めた道だから仕方がない。

なので、カミングアウトを脳天気に推奨する気分にはなれない。

もちろん、「この人なら大丈夫」と思ってピンポイントでカミングアウトする、という方法もある。多分、そちらの方が一般的かも知れない。

いずれにせよ、本当は同性愛を初めとする「性的少数者」に対する偏見は日本にはちゃんと存在するが、それが見えにくいために、性的少数者としての団結力は弱い。そこが日本の性的少数者に対する一番の問題点だとは思うが、多くの団体が存在するものの、それは「点」でしかなく、いまのところ「線」では繋がっていないのが実情だ。

そのような現状で、性的少数者のための学校などできるはずがない、とわたしは思う。少々悲観的かもしれないが、当事者が動かねば、このような学校などできはしない。上から降ってくるものではないのだ。

日本とアメリカなどの諸外国とは、同性愛者の置かれた歴史的な立場が違いすぎるので、活動の参考には成り得ないだろう、というのがわたしの考えである。だったらどうしたらいいのか。これが今、わたしの一番興味のあることである、ということと、あとそれでも少しずつ動きは出ていること、が少し救いではある。

しかし、この記事のように脳天気に「公にカミングアウトしちゃおうよ」とは、わたしには言えない。まだまだ日本ではそういう一般人の受け入れはできていない部分があると思う。日本では殺しはしないが、影で噂をされて仲間はずれにされる可能性が今のところ、非常に高いと思われる。

-------------- ここから --------------
アメリカで10月11日は「国民カミングアウトデー」で、「レズビアン(L)、ゲイ(G)、バイセクシャル(B)、トランスジェンダー(T)だって公言しちゃおうよ!」なる日。
米国以外でもスイスやカナダ、オランダ、ドイツでも同様にこの日を「表明日」としていて、英国は一日ずれて12日に設定されている。

何でこんな日が必要か? と言うと、一般大衆にLGBTという認識を広めるため、というのが目的らしい。同時に多数の場所でディスカッションなどを催し、世の中への理解を求めている。

シカゴでは、レインボー旗を車につけたお兄ちゃんたちや、ハーレーに乗った沢山のお姉ちゃんたちを見かけることになったが、同性愛の高校生や若者たちにとって、米国とはいえ、まだまだ厳しいものがあるのかもしれない。

というのは、シカゴLGBT公立高校が2010年に設立予定されている。
この学校の焦点は「イジメ」からの安全な避難場所を提供することで、同性愛者、両性愛者、トランスジェンダーに優しい高校というもの。
彼等のほとんどが落第や退学をしてしまうか、うつ症状に悩んでいるのが現状のようで、ストレートの高校生と比べると3倍もの自殺未遂経験者がいるらしく、それが改善されるという期待も支持者からはあるようだ。

実際、同様の学校がニューヨークやミルウォーキーにあるが、生徒たちはとてもイキイキしているように見える。LGBTということで毎日ハラスメントや身体暴力を含むプレッシャーに直面していた以前の学校とは違い、安全な場所で教育を受け、卒業証書を手にできる。彼等自身の人生とも向き合えるチャンスを与えてくれる場所でもあるという。

「隔離されるのはどうか?」というような反対意見もあるのは確かだ。
全ての子供たちがあらゆる学校で安全であるべきはず。イジメはいつの時代でも、同性愛者に限らず、どこの学校でもあるので、隔離せずに対処の仕方や、イジメ教育の方に力を入れてほしいという考えもある。

日本だとイジメのターゲットがはっきりしないので、専門の特別校なんて到底無理な話だと思うが、このカミングアウトデーの方はどうだろうか? 日本社会での受け入れ態勢はできているだろうか? (アメリカは州、市、地域によって学区があり、制度に違いもあると思うが、幼稚園年長~高校までは公立学校は基本的に入学金や授業料などもなく無料[国民・住民の税金で賄っている]で通学できる)
(シカゴ/あらた)
-------------- ここまで --------------

テーマ:性的少数者(LGBTIQ) - ジャンル:日記

22:43 | カミングアウト | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
07-06 Sun , 2008
カミングアウトする、ということ
> まぁ日本ではそれ以前に「一般的に持たれているゲイのイメージから掛け離れているゲイ」が公の場に出てくるか、ってことが問題なんだけどさ。「レズビアンもいますよ~」ってことが問題なんだけどさ。それをいうと「バイセクシャルもいますよ~」もそうだけどさ。

って昨日書いたけど、実は、昨日そのことについて書きかけていて、んで、どんどん話が別の方向に行っちゃったので、マズイと思ってそれを消して元の話に戻したんだけど。

何が問題かっていうと、それは「公の場」ってことなんだよね。

わたしのようなごくフツーの小市民が自分の友達や、その他、カミングアウトした方がこの先自分が楽だろうなあ~と思ってカミングアウトするのは別に構わないし、既に自分の中では当然のことだと思っている。よく「カミングアウトされた方の気持ちを考えてみろ」と言われるが、わたしにすればそれはおかしい。だって、カミングアウトしなければ、わたしは自動的に「異性愛者」とみなされるからだ。この世界では異性愛者が多いから、異性愛者の人は別に自分のことを「異性愛者です」とカミングアウトしなくてもいい。けど、同性愛者の場合、自分の本当のことを知って欲しい場合には、やっぱりカミングアウトしなきゃその先の話がしづらくなるのだ。で、わたしの場合はもう「その相手との秘密の共有」じゃなく「この話は誰に言っても構わないよー」って言ってるから、それでいいのだ。

ただ、そういうわたしでさえ、別に同性愛と関係ないところでは、カミングアウトなんかしない。例えば、今、スポーツジム(プールか)に行ってるけど、別にそんなところでカミングアウトなんかしない。美容院に行ったとき、美容師さんにはカミングアウトしない。髪の毛切ってもらうことと、わたしが同性愛者であることは全く関係ないから。けど、病院なんかでは最初からカミングアウトする。あ、風邪で行く近所の医者にはカミングアウトしないが、今通っている病院なんかね。まだ調子が悪いので、彼女にはいつも付いてきてもらうのだが、わたしが医者に「寝てる気がしません」と言っても、彼女は「見ているとちゃんと寝てます」って言ったり、わたし自身の気がつかない変化を医者は彼女に聞いたりもする。それはやっぱりわたしの一番身近にいる人だからね。ただし、全部が全部「パートナーです」とは言ってなくて、言わないと彼女はよくわたしの「お母さん」ってまず言われる(苦笑)で、彼女が「母親ではありません」と言うと、今度は「お母さんじゃない人~」って呼ばれたりする(爆)んで、一応「家族」とみなされたのか、彼女のことをわたしの名字で呼んだりする。やっぱり、人間って自然に自分の「常識」から関係を推測しようとする生き物らしいのね(笑)

でもこれは、わたし「個人」での話なのね。上にも書いたけど、わたしは「私人」でしかないんだなー。だけど「公人」や「有名人」がカミングアウトするって、一体、どういう場合なんだろうって考えた。そしてそれは彼(彼女)にとってメリットのあることなのか、ないことなのか。。多分、今の日本では「オネエ」以外の人がカミングアウトすることは、メリットがないと考えられているんだろうと思う。でも、これは推測でしかなくて、「ゲイ疑惑」の人が「ゲイです」ってカミングアウトしたとしたら、、うーん。正直、日本のマスコミがどんな対応をとるかは全く分からない。ただ、男女でも芸能人なんかはあれこれ噂をかきたてられるよね、興味本位で。この「興味本位」ってのが、一番いやなことなんだろうとわたしは思うし、誰だって「興味本位」で物事見られたらやっぱいい気持ちはしないよな。

外国(といっても、アメリカとかヨーロッパの話ね)で、芸能人や政治家がカミングアウトしている人が多いのは、多分、'80年代から'90年代にかけて襲った「AIDS」の影響だと思う。あの時代、かなり有名な人がたくさんAIDSで亡くなっていったので、、残されたゲイやバイセクシャルの有名人はおろか、一般の性的少数者もそれを機会に運動が盛り上がって、同性婚などを勝ち取っていったというのは、まぁ定説ではあるけれど。

日本は確かに「AIDS患者第1号」はアメリカ帰りの男性同性愛者にならされたところはあれど(これは、実は薬害AIDSから目をそらすため、という魂胆があった。要するに当時の厚生省は「AIDS=男性同性愛者のかかる病気」にしたかったわけ。でもこの魂胆はうまくいかなかった)、諸外国に比べて日本でAIDSで亡くなった有名人ってまずわたし自身が「知らない」ので(逆に聞くけど、誰かいたっけ?)、それを機会に一般人で立ち上がった人たちはいるけれども、有名人がカミングアウトして「AIDSで亡くなった人のために立ち上がろう」ってことにはならなかったのよね。だから、カミングアウトの必要性がなくなり、カミングアウトしたらどうなるんだろう?って今でもよく分からない状態になっている。

多分ね、どうなるか分からないから怖いんだろうね。どういう扱いをされるか分からないもの。もしかしたら「やっぱりそうだったんだ。本当のことが言えてよかったね」と言われるかも知れないし、逆にそれこそ「興味本位」で今までの男性遍歴なんかを憶測で書かれるかも知れない。一人がそうすると芋づる式に出てくる可能性だってあるよね。今まで「ゲイ疑惑」なんて書かれたことない、もしかしたら結婚している人だって実はゲイ(あ、レズビアンでも可。でもレズビアンの場合、あんまり「レズ疑惑」もないよね。だって「レズ疑惑」で思い出すのって、相良直美とキャッシーしか思い浮かばんもん、今でも(^^;あとはこの業界内でのうわさ話しかないと思う)でした、なんてことになるかも知れない。多分、そういう最悪なことを想定して、カミングアウトできないんだろうなーと思うし、逆に今、誰かがもしカミングアウトするとしたら、多分こっちの方がびっくりする(爆)

その点、また性同一性障害が出てくるけど、性同一性障害の人の場合は、まず「見た目」が変わるから、自然に「歩くカミングアウト状態」になってしまう。でも同性愛者は黙っていれば分からないんだよね。んー、でも正直言って「本当の自分」を言えないつらさは持っているんじゃないかな、って想像したりもする。誰だって隠し事やウソは付きたくないものね。小さな隠し事ならともかく、自分が性的少数者であるってことは、自分そのものではないけど、自分の中でかなり大きな割合を占めるから。

世間が変わっていくには、わたしのような一般人がコツコツ周囲にカミングアウトするのと、政治家や芸能人みたいな有名人がカミングアウトするって方法が、ちょうど車の両輪みたいになって効率がいい(?)状態になるんだろうけど、いまのところ、一つが全く期待できないからなぁ。。

今の日本でなにか、有名人がカミングアウトしてメリットがあることってないんだろうか?

そういえば彼女が言ってた。「アメリカやヨーロッパでは『勇気がある』と言うことだけで人々から賞賛される」と。でも日本の場合、「勇気がある」だけでは賞賛する対象にはならないのね。どっちかというと日本では「出る杭は打たれる」主義だからさぁ。そこのところがとても難しいよね。。

なので、日本の当事者の有名人のカミングアウトには、実のところ、わたしはあまり期待してない。
片方のタイヤで効率悪く世の中を変えていくしかないんだよなあ、ってちょっと悲観気味。

それでもわたしたちはこの世界を生きていくしかないんだけど。
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05-06 Tue , 2008
親にカミングアウトすることは本当に親不孝なのか
最初に言っておく。わたしは「カミングアウト推奨派」ではない。カミングアウトすることがすべて正しいとは思わない。隠そうと思って必死で生きている人に対して「それは間違っている」とは言えない。親が高齢で多分言っても理解してくれないだろうという場合もあるだろう。人それぞれの理由があるから、わたしはそれに関しては何とも言えない。

が「親にカミングアウトすることは、親不孝になるからカミングアウトできない」という意見をよく目にする。わたしも親にカミングアウトしたときは「親に申し訳ない」と思っていた。それが当たり前だと思っていた。けど今は違う。だって、わたしだって好きで同性愛者に生まれてきたわけじゃない。同性愛者であることを選択したわけではない。この世の中は異性愛者であった方がよっぽど楽にいきられると思う。わざわざ生きにくい方を選択するわけはない。

「では親の責任か」ということになるが、まぁ育て方の責任はないわな。今のところ「なぜ同性愛者が生まれるか」についてはまだ解明されていないので、明らかに「親の責任」とも言えないだろう。。ということは、どちらにも責任はないということになる。どちらの責任でもないのに、なぜ当事者自身が「自分が悪い」と一方的に決めつけなければならないのか。

去年の7月、実家に行って両親に「自分たちを結婚しているカップルとして見て欲しい」と言った。母親は「それは無理」と言い、父親は「勝手にしろ」と言った。だからわたしは勝手にしようと思っていた。それまで父親は理解していると思ったから、それにはとても失望したし、結局は頭でしか理解していないことも知った。

実家に行くとわたしは疲れる。今ではなんとか彼女の話もできるようになったが、その他、いろいろ気を使わなければいけないことがあって、それは到底親になんかわかりっこないだろうし、そこまで分かってもらおうとは思わない。

でもね、時折従兄弟が祖母に自分の配偶者と子供を連れて遊びに来たりなんかしたときは、胸が痛む。「ああ、わたしだってパートナーがいるのに」って思う。もちろん、遠くに住んでいるから彼女とふたりでわざわざ遊びに行こうとは思わないけど。そして何より「わたしは独り身」って思われることがすごく嫌だ。別に受け入れて欲しいとは思わない。ただ「パートナーと一緒に住んでいる」ってことくらいは知っていて欲しいと思う。あとはどう思われようが構わない。

実は昨日、父親から「最近、身内のことが多く書いてあるのでばれるから止めろ」みたいな内容のメールが送られてきて(一回読んで捨てたので詳細は不明)、結局は「フォビアの塊なんだ」と思った。わたしは特にどこに住んでいる(東京には住んでるとは書いてるけど)とか、実家がどこにあるとかは、わたしとは関係ないので極力伏せて書くようにしている。家族関係のことも書きたいことは多々あるけど、それは恥をさらすことになるので、敢えて書いてない。ただ、読む人が読めば、だいたいどこら辺か想像が付くだろうな、とも思っている。けど、多分、そんなことを推測して読んでいる人なんてそういないと思う。特にこのブログ、一日に40人来ればいい方だし。でもどこの地域に住んでいるかは分かったとしても、個人は特定できまい。わたしは今まで「ホモフォビアにはあったことがない」と思っていたが、あれ読んで「これがそうなんだ」って思った。そして「頭でも理解していない」ことがよく分かった。家では「彼女と指輪の交換はしたのか」なんて聞いたけど、それは一種の「社交辞令」だったんだろう。

ただ、わたしが両親に対して「普通の結婚しているカップルとして見て欲しい」と言ったことに対しては、彼女に「わたしのことを全然考えてくれていない」と怒られた。そこで初めて気がついた。そりゃ、彼女のことも考えなきゃいけないことだった、とね。普通「普通の夫婦として」というととても保守的なことを想像するんだという。盆、正月には顔出して、、お嫁さんがお姑さんを手伝って、、みたいな感じで。世の中にはいろんな異性愛者夫婦がいて、それぞれのやり方があるんだろうけど、やっぱり「普通に見て欲しい」というと、そういうことになるらしい。確かにわたしの彼女は「奥さん」ではないので、異性愛者カップルの「お嫁さん」には適応しにくい。彼女も実家に行ってどう対応すればいいのか分からないだろうし、両親もそうだろう。前にも書いたけど、同性カップルとその両親には「ロールモデル」というものがないのだ。そして片方が作る気がないのなら、、まぁわたしはそれはそれでいい。

多分、これって相当過激な意見だろうな。

が、わたしは昨日、夜にあのメールをもらってから、夜中に突然、息苦しくて目が覚めた。4月は割と夜になると息苦しいことが多かったんだけど、それもなくなっていたときだった。それも夜中に寝ていて息苦しくて目が覚めることはなかった。寝ている彼女を無理矢理叩き起こして、息ができなくて苦しい、と言った。多分、今も相当自分の中で堪えている、と思う。頭の中で怒りが充満していると思う。今日なんかもう、一日荒れ荒れだったので。。(苦笑)

今日は幸せなことを考えて眠りたい。
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04-07 Mon , 2008
カミングアウトという言葉がなくなるとき
このブログを読んでいる人だったら、わたしがmixiというSNSに登録していることはご存じだと思う。mixiは有名なので、ここでは敢えてどういうものかは説明しない。ただ、わたしのプロフィールは一番始めに「わたしは女性同性愛者(レズビアン)です♪」と書いている。わたしは同性愛者だと言うことを隠すつもりはない。

新たに出会う人ならば、そのことは十分承知なので問題がない。問題は、過去の知り合いで、なおかつわたしが同性愛者であることを知らない人、なのだ。HNは違うものの、わたしのプロフィールを読めば、わたしが昔、どんなHNでどういうことをしていたかが知っている人にはすぐ分かる(ようにしてある)。その人にとっては、それがわたしの「カミングアウト」になる。

今まで何人か、そんな感じで「バレた」人と再びマイミクになり付き合いが再開した人がいる。わたし自身は足あとから「ああ、あの人だな」と思うこともあるが、足あとは踏み返さない。もしかしたら、踏んだ人が「しまった」と思うことがあるからかも知れないからだ。しかし大抵の人が「もしかして。。」とメッセージをくれる。時には何度も何度も訪問された挙げ句、ようやくメッセージをくれるときもある。

けどね、一回、こういうことがあった。

いきなり「○○です。△△さんからmixiにいると聞いたので、マイミク申請します」と。そこには今までの人が絶対に「少しびっくりしたけど」とか「そういう人もいてもいいと思うし」と言った言葉は全くなかった。正直、わたしの方がびっくりしたくらいだ。そこには既にシドニーに戻らないと書いてあったのに、また戻っても元気で、みたいなことが書かれていたので、わざと同性愛者ということは触れずに「もしかして、プロフィール、全部読まなかったんじゃないの?(笑)」と返事をした。「もちろん、全部読んだよ」とその人。多分、わたしが何を言いたかったのか分かっていたと思う。

その人とは、実はずっとメールでやりとりを続けていたんだけど、わたしがシドニーに行くときにどうしても行く理由が「語学留学」以外の何かがある、とメールで言えなかったために、書けなくなってしまってメールを止めていた人なのだ。

その人とマイミクになったとき、わたしは「もしかして、普通の人(というか、異性愛者の人というか)が旧知の人とマイミクになるときはこんなものなのかも知れない」とつくづく思った。そして「もしかしたら、これは最早『カミングアウト』ではないのかも知れない」とも思った。これこそが、当たり前の感覚。が、わたしにとっては初めての感覚。当たり前なんだから感謝すべきではないのだが、そういう当たり前の感覚を味合わせてくれたことに対して、非常に感謝した。

わたしは過去との付き合いがあった人とは、自分が同性愛者として受け入れられるか受け入れられないかは、その人の判断でいいと思っている。なので、カミングアウトしてしまった人に対しては「隠さなくて言っていいよ」と言っている。受け入れられなかったらそれだけの関係だった、ってこと。もちろん、わたしは過去と今はある時点で断絶しているのでこのようなことが言えるんだけどね。

その人は、わたしが弱っているときにコメントをくれる。普通なんだけど、とてもとてもありがたいと思う。彼女のことも分かってくれている。そういう人が、この日本に存在するのだ。。

この世の中も捨てたもんじゃないと思う。

この文章はその本人は読まないと思うけど、本当にありがとう。わたしはあなたの行為に対して何度涙したことだろう。そして、わたしの目指すべき未来がなんとなく分かったような気がしているのだ。本当に、ありがとう。

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04-06 Sun , 2008
母と娘と彼女の関係
最初に言っておくが、カミングアウトに対するわたしの姿勢って言うのは「やりたい人がやればいい」ってスタンスで、強要する気は全くないし、人それぞれの事情ってものがあるから、やはり慎重にすべきだとは思う。ここから書くことは、わたしの場合であって、すべての人が体験するわけではない。

今回、わたしは「もう耐えられない」と思った時点で実家に行った。それまでは彼女と何とか2人でやっていたのだが、あるとき、夕方に熱が出るようになり、そして夜は全く眠れない日が何日も続いた。医者にそのことを言うと「熱が出ることはいいことです」と言い、眠れないことに関することは何一つやってくれなかった。おかげで熱が出て体力が消耗するのに眠れなくて、さらに体力が消耗しきって、そして夜中に「眠れない」と寝ている彼女を叩き起こし、彼女まで衰弱しきってしまった。「このままだと2人とも倒れてしまう」と思い、最後の最後、実家で世話になることに決めたのだ。

実はわたしが実家に行くと決めたのは、本当に急なことで、その数日前、母親からいろいろな食べ物などが送られてきていた。わたしが実家に行くと母親は「あれも、あれも○○さんが食べちゃうのね」と少し不満そうだった。でもその当時、母親はわたしの彼女に対して、あまり触れたくない事項だったらしいので、まぁそういう反応も仕方がないかなあという感じだった。

実家にいたある時、わたしは突然、体調が悪くなりパニックになって泣き叫んだ。その頃はまだ、わたしは両親に対して自分の本当の気持ちを抑えて抑えて、それでようやくもっていたようなものだった。それが堰を切ったように決壊し、わたしは彼女に電話して泣きながら訴えた。話をしている最中にちょうど、母親が部屋の中に入ってきた。わたしは「どうせ言っても気持ちが分かるわけなんかない。話したくない」と拒絶した。そこを彼女が「自分が母親と話をするから」と言ってくれ、それで母親に電話を替わった。そこで何を話したのかはわたしは詳しくは分からない。もういろいろな人(医者とか)に説明して説明して説明し疲れていたわたしにとっては救いではあった。母親は何とか彼女から話を聞き、そしてわたしと一緒に泣いた。

わたしはその話の中で初めて「彼女に出会えたことが、今までのわたしの人生にとって一番のことだ」と話した。「それまでは別に生まれてきたくもなかったし、人生が楽しいとも思っていなかった」と言った。「彼女に出会えたということは、わたしがこの世に存在すると言うことで、そういう点では産んでくれた両親に感謝しているし、両親だけでなく先祖にも感謝している」とそのときまでに感じていたことをそのまま伝えた。母親はわたしが以前は「こんな人生どうなってもいい」と口癖のように言っていたのに、ある時から全く言わなくなった。それは彼女のおかげだろう、と言った。そのことはわたしは全く気がついていなかったんだけど。。

それから、わたしは彼女のことを気兼ねなく母親と話をすることができるようになった。

わたしが東京の家に戻ってきてから、わたしの荷物と共に、彼女の好きなもの(といっても塩なんだけどね(笑))が偶然送られてきた。わたしは早速「あの塩、○○さん(彼女)が大好きで、わたしがそっちに住んでいたときはいつもお土産で買っていたんだよ」とメールで知らせた。すると母親は「○○さんが好きでよかった!」というメールを返してきた。わたしはそれを読んで本当に嬉しかった。母親に彼女が本当にわたしのパートナーとして思ってくれているんだなってことが分かった。

同性愛者にとって、カミングアウトしたらそれで終わり、というわけではない。その後が大変なのだ。なぜかというと、よく言われているように「ロールモデル」と言うものが存在しない。親にとって子供が幸福に暮らすことが第一だとは思うが、その「幸福」というものは、ある程度先が見えていないと幸福ではないのだ。例えば大多数の人が将来は結婚して子供を生んで育てて、ということが一応「人生の幸福」である、と思っている。またある人は勉強していい学校に入っていい会社に入ることが「人生の幸福」と思っているかも知れない(これは今は通用しにくいかな(苦笑))。でもこれって結局は「世間一般の人がみんなそうだから」とか「そういう人が周りにいるから」ということでしかないのだ。

そして同性愛者(この場合は性的少数者も入ると思うけど。。)には「ロールモデル」というものがない。カミングアウトされた両親はいいとして、その親族との付き合い方は?自分の子供はいいとして、相手の配偶者に対してどんな説明をすればいいのだろうか?そこまでの範囲でカミングアウトすればいいのか?等、確立されていないことだらけだ。同性愛者自身も、相手の実家に行ったときに自分はどう振る舞えばいいのか?パートナーとはいえ、お嫁さんやお婿さんではない。そこのところは自分たちで考えていかなければならない。それはかなり大変な作業だ。

カミングアウト・レターズという本がある。実は手記募集の時から知っていて、そのときに既にカミングアウトしていたわたしはどうしようかなと思っていたのだが、結局はバタバタしてなにもしなかった。だけど、あのときわたしはカミングアウトした直後で、多分、書いたとしても表面的なことしか書けなかっただろうなと思うし、例えば母親は今でも絶対に手紙なんか書かないと思うし、わたしの場合は無理だっただろうなという気がしている。

手紙の往復書簡自体は、自分自身が経験したことが多く、やはり途中で読んでいて涙が出てきたりもしたが、一つ、気になったことがあった。それは最後に「LGBT家族と友人をつなぐ会」で「頭では分かっているのに、どうしても受け入れられない」という親が出てくる。わたしはこの「受け入れられない」一つの理由にこの「ロールモデルが存在しない」ということがあるんじゃないだろうかと考えている。

では「ロールモデル」はどうすれば出てくるのか。

それは同性カップルが顕在化し、同性同士でも立派に一生一緒に暮らしていけるという例がいくつも存在すればすむことだ。が、それはなかなか難しいことなんだよなあ。。例えば、一組だけ突出して有名な同性カップルがいたとする。でもそのカップルが一生一緒にいるとは限らないよね。それは結婚している人もいるし、その中で離婚する人もいるのと同じだ。「お手本」は欲しいが、お手本を求めるのは難しいことなのだ。だからわたしは敢えて、自分たちカップルを「お手本」にしたいとは思わない。わたしたちだってこの先、どうなるか分からないもの。。だから、一番いいのは、複数のカップルが出てきて、あー、結婚している人たちと同じように一生一緒にいる人たちもいるけど、別れる人たちもいるんだね、ということが分かるといいのだが。。

それとともに今度は「身内」との付き合い方。これは今のわたし自身の問題でもある。

カミングアウトは果てしなく続くのだ。。
とはいえ、わたしの場合はしていなかったら到底やっていけなかっただろうけど(苦笑)

今はただ、母親にわたしと同じように少しでも彼女のことも考えてもらえることがただただ嬉しい。本当にありがとう。
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07-21 Sat , 2007
元職場の人にカミングアウトしました
今回、ここに来たのは留学前に父に「顔を見せろ」と言われたからでもあるが、実はもう一つ、用事があった。それは、前に勤めていた会社の人たちに「壮行会」を開いてもらうこと(←自分で言うか)。

いや、以前、ちょっとしたことで今、うちの職場のトップの人に「今度シドニーに行くんで、盛大な壮行会を開いてください」ってメールしたところ「分かりました、そうしましょう」ってことになってたんだよね。なので7月の初旬に「18日から週末を挟んでそちらに行くことになりました」ってメールしたら、しばらく経って「20日に送別会をします」と言うので「送別会じゃなく、壮行会ですから←(生意気~!)」って返事してたんだよね。

で、実は、実家に来たときに両親に「前の職場の人たちが、今度壮行会を開いてくれて、そのときにわたしはカミングアウトをする。最早、自分を隠して生きてはいけない」って言った。そうしたら、なんと理解があったと思っていた父が「もう止めてくれ」といい、理解してくれていないと思っていた母の方が「でも、もう自分を隠して生きていけないんでしょ」と言ってくれた。そのことによって、わたしはここに来てだいぶ混乱していたことは確かだ。

今のトップの人は、以前、同じ課にいたときの上司(つーか、直接の上司ではなかったけど(^^;)で、この正月にも会って、既にカミングアウトしている人。だからある意味、すごくやりやすくはあった。

なんと話を聞くと、今週の初めから人員募集したらしい。でもわたしを含めて12人(多分)、集まってくれた。中には「○○さん(わたし)の壮行会があるんだったら、そちらの方に行きたかったのに、既に先約を入れてしまった」といった人も何人かいたらしい。前の会社を辞めてから既に2年4ヶ月ほど経っているというのに。本当にありがたいことだ。

一体、どのくらいの人が来るか、誰が来るか、事前に全く知らされていなかったので、何人が来てくれるか分からなかったんだけど、まぁ、自分でもなんとなく「この人は来てくれるだろうな」って人は数人いた。っていうか、すべて今までわたしの上司だった人だけど。既に定年退職された方も何人かいらっしゃっる。まぁ、歴代のトップの人たちなんだけど。わたし、前の職場ではほとんど遊んでて、めちゃくちゃやってたり、平気で上司にたてついたり、ろくでもない部下だった。それにもかかわらず、よく来てくれた、って感じだ。集まってくださった方の中で、わたしより年上の人、いや、年下の人は、、たったの3人か??ほとんどが「元上司」でした。

何人かはえーと、同じところで働いたこと、ないんですけど、みたいな人もいて、ちょっとびっくり。ただ、わたしが辞めたあとの後任の人たちではあるんだけど。

少し前にMちゃんと会ったときは、その後のわたしのことはほとんど知らなかったから、延々と仕事に関する話をしたのだが、今回は、元職場の人だから、わたしが職場で何をやってきたか、そしてうつにかかってしまったことも全部知っている人たちだ。わたしはうつにかかったときも、その真実はすべて、明らかにしていた。最後の1年は本当に休んでばかりだったんだけど。でもうつ病であることを隠す必要はないと思ってたし(隠していたら、それこそ仕事に大きな穴を開けてしまう)、そういう意味では、わたしは「本来の自分」は隠せないタイプの人間なんだろう。だからウソを付くのは苦手だ。1つの小さなウソは、それを隠そうとすると巨大なウソになってしまうから。ウソを付くより本当のことを言った方が、楽だから。

壮行会が始まり、まずは今のトップの人の挨拶。そこから普通だったらすぐに歓談が始まるんだけど、わたしは一刻も早くカミングアウトしなければ、この先の話ができないと思って「ちょっと挨拶したいんですけど、いいですか」といって挨拶をさせてもらった。それで「実は会社を辞めた理由は、一つは将来的にやりたかったことがあったからということもあったけど、もう一つは会社に勤めていたときに、彼女ができて、その人と一緒に暮らしたいから辞めたのだ」という話をした。そして、今後、自分がシドニーに行って、語学の他に何がやりたいか、それを持ち帰って、今度は日本の大学院に行くつもりでいるなど、将来の「壮大な計画」について話した。

確かにほとんどの人が驚いたようだったが、それでも話は分かってくれたと自分では思っている。もちろん、敢えて何も言わないで、ただお酒を注ぎに来てくれた人もいた。わたしが散々たてついていた歴代課長はそれぞれの言葉で励ましてくれた。わたしが「最近、自分の中でものすごく『ホモフォビア』が強くなっていって、ある意味怖い」と挨拶したが「そういう決断をした以上、それを乗り越えなければならない」と言われた。わたしは「ああ、上司というのは、いつまでも自分の上司なんだなあ」ってありがたく思った。またある人は「人生、やり直しはきかないんだから、そのときそのときで渡る橋というものはある。あとで振り返ったときに、それでよかったかどうかはまた別の話だが、でも、人生は1つしか選択することができないから」と言われた。

そのあとは、もうやりたい放題やってたことを暴露された~(苦笑)みんななんでわたしがそこまでのことをしたのを覚えてるの~?って感じ。

わたしが会社に入社した直後に配属された係長も来ていたが「あの頃は○○さんと△△さん(わたしより年は下なんだけど、わたしはこの人から直接仕事を教わった)が細かなことでケンカ(?)し始めて、それを聞いていて、また漫才始まったと思ってた」とか(あ、わたしらは本気で議論してましたよ、というか、周囲にはそういう風に聞こえてたらしいのは知ってました(^^;)、そこの職場で、昼休みにソファーで寝てたとか、ああ、もうとんでもない話ばっかだったよな。そうそう、初めに配属されたところでは、応接セットがあったので、そこのソファーで昼休みは横になって寝てたのよね。ところが、本社に行ったらそういうスペースが全くなくなってしまって、仕方なく、自分の椅子で寝るようになったんだけど。上向いて寝てたのでよく「口開けて寝てる」って言われてたな~。「休日に連絡を取ろうと思って電話を掛けたら、全く出てこないので後で聞いたら『留守電に何か用事を吹き込まれたときは、用事がある人と見なしてたけど、吹き込まずに途中で切られたらたいしたことないなって思ってた』と言われた」とか。ええ、ホント、ろくでもない社員でした~(爆)

っていうか、勤めていた頃は、結構、飲み会をする職場ではあったのだが、わたしは公式行事以外、そのほとんど全て断ってたのよね。職場の人とは職場だけの付き合いにしたいってわたしは思ってたから。だから、そのときから携帯電話は持っていたけど、それは絶対に知らせなかった。んで、家の電話も出てこないんだから、ホントにろくでもない社員だったよな。有休はすべて社会人野球と彼女に会うことにつぎ込んで(その当時、彼女の存在は秘密だったけど)、全部消化していたし、働くのもあんまり好きじゃないから(野球のために働いていますと周囲に豪語してた)、残業はまずしなかったし。しかも、仕事せずに、課にいる人の名字のランキング一覧表なんてもの作って回覧したり。。ま、それなりに仕事もしましたが。でもほとんど他の人とべらべらしゃべってたという印象が多いな~(爆)

あ、でもわたしのメールアドレス(のうち、公にしているもの。知ってる人は知ってる(爆))は、未だに初任地である地名を使っているのだが(いわゆる「転送メール」というヤツですね。これは入社する前に、初任地が決まったときに適当に付けたんだけど(^^;)、これは「立春大吉」の葉書にちゃんと明記している。それを見て「忘れないでいてくれて嬉しい」って言ってくれる人もいた。そして「いつでも原点はここだってことを忘れるな」と。本当にわたしは上司に恵まれていた。今まで一人たりとも尊敬できない上司の下で働かされた、という記憶はない。そういう人たちの背中を見て、わたしは社会人としての経験を積んだ。これは本当にありがたいことだ。

で、あっという間に時間は過ぎ去り「送別会じゃなくて、壮行会だと言われたので、○○さんが帰ってきたあとは、その報告をしてもらいましょう」って言われて閉められた。みんなからは「絶対に日本に帰ってきたら、こっちに来るんだぞ」って言われて、、なんだかすごく有り難かった。あ、その代わり土産をせびられました(爆)ってーか、カンガルーとかカモノハシとか言われたが、そんなん持って帰れないって!!(爆)そーだ。ゲロまずVegemiteにしよう(爆)

帰りしなに、ある人から「そうやって身軽にやりたい方向に行けるのって、すごいなと思う」って言われた。なんか、、涙が出た。

家に帰ってきて、PCをやっていたら、昨日、来たくても先約があってこられなかった人(この人にも既にカミングアウトしている)から直接電話が来た。まだ飲んでいると思ったらしい。「もう家に戻った」と言ったら「会いたかった」と言われた。ええ、わたしもお会いしたかったです。その人からも「日本に戻ってきたら、必ずまた顔を出すように。お土産はカモノハシで」と言われた(爆)これさー、わたしが会社勤めしているときに、一回彼女とケアンズに行ったんだけど、わたしが「カモノハシを観に行くんだ」って言ってたからなんだよね。みんな、本当によく覚えてくれてる。。

前の職場は決してわたしがいやになって辞めた職場ではないし、そして、辞めて2年以上たった今もこれだけの人が集まってくれる。本当にありがたいことだ。もしかしたら、今回のカミングアウトでもう来ない人もいるかも知れない。が、わたしはまた自分の道を一歩踏み出した。ありのままの自分が今後、どのように生きていくか、見て欲しいと思っているから。

多分、ここは見ることないだろうけど(いるかな、数人は)、昨日集まってくださった方、本当に有難うございました。また来年、一回り大きくなって日本に戻ってきたいと思っています。

ってわけで、昨日も早く寝ることは寝たんだけど、なんだか興奮しているのか、早く目が覚めてしまった。。orz

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07-15 Sun , 2007
Brass MIX!、東京プライドパレード出演決定!
昨日の日記にも書いたとおり、昨日は古い友人に会ってきた。古い友人と言っても、学生時代の友だちだから、そんなに古くはないか。ちなみにわたしはいろいろ訳があって、19歳の時に大学に入学し(これは1年浪人したから(爆))、それから28歳の9月までずっと学生だった。学生を辞めた理由は簡単。就職が決まったから。つーか、本当は研究者になりたかったんだけど、それがどうも自分と合わないような気がして途中で止めたのよね。1回目のうつをやったのもこの頃だ。

この辺は、状況が複雑すぎて、説明するのがめんどくさいし、しかもあまり触れては欲しくない部分で。わたしって表に出ているようだけど、ほとんど自分の過去を晒してないな~。人物を特定できるっていうことより、あの頃の自分は、今考えると何をしていたんだろうって気になるからかな。まーだけど、あの頃がなければ今の自分もないんだけどね。

その古い友人(仮にMちゃんとしておこう、ってそのままやん!)は、後でよく考えてみれば、学生時代、一番付き合いの長かった人のように思える。歳は同い年なんだけど、まー、いろいろあって、わたしの方が学年はだいぶ下になってしまった(^^;

昨日Mちゃんは仕事の帰りに東京に寄るので、ちょこっとだけ会ったんだよね。

駅の改札で待ち合わせしたんだけど、ヤツは携帯を持っていないそうだ。。道理で携帯番号も携帯メアドも教えてくれないわけだ。持ってないんだもんね。まー、お互い顔は知ってるから、会えば分かると思ったけど。しかし、何年ぶりか?もう約10年ぶりになるのか?「いやあ、いつ以来だろう?」って話になって突然tさんの話が出てきたからびっくりした。tさん、覚えてる?わたしゃ、すっかり忘れてました(って誰に話しかけてるんだか(^^;)。

しかし、久々に会ったMちゃんは、白髪多くなってたなー。思わず「白髪多くなったねー」って言ってしまった。

会って、向こうが「腹減った」と言うものだから、取り敢えず食事と喫茶ができる店に。あ。カミングアウトしました。それも初っぱなに。でも最初「女の人と一緒に暮らしているんだよね」って言っても「ふうん」って感じだったから「あれ。もしかして気がついてない?」と思ってあとから「彼女は恋人なんだよ」って言ったらめちゃめちゃびっくりしてた。

それからは、話す、話す(もちろん、こっちが(^^;)。Mちゃんとはずっと年賀状のやりとりをしていたから、ある程度わたしの「表の顔」は知っている。だから「表の顔」と「裏の顔」があることを知って、向こうは随分びっくりしてた。

わたしはいつも彼女から「Ronの話し方は回りくどい」って言われてるから、なるべく簡潔に話そうとしてるんだけど、昨日、9割9分くらい話してたのは、本筋の話じゃなくて、たくさん脇道に逸れたから。っていうか、向こうが聞いてくるんだもん。「○○ってどういうことなん?」とか「それはどうなってんの?」とか。そのたびにこっちがそのことについて説明しているうちに、話は長く長くなっていったのだった。あとで彼女に話したら「それって理系の人の考え方なのかなあ」と言った。まぁ、理系全般がこういう話し方をしてるとは思わないけど、ある意味、一番長く同じ研究室の隣の机だったんで、その分野ではそうなのかも知れない。まぁ、あとは個人的な性質であるかも知れないけど。

ホントに今までの空白を埋めるかのごとく、たくさん話した。前の仕事のこととか、今のうつ病の話とか。4年も彼女と遠距離恋愛してたことについては、かなりびっくりしてたな。そりゃ、表のわたしの顔を知っている誰にも言ってなかったから当たり前なんだけど。そうそう、レインボーが「多様性」、特に6色の虹は「性の多様性」を表す印だ、ってわたしの付けているレインボーバンドを見せたら「ああ、そうなんかー」って。で「早く家に帰って子供を風呂に入れな」と言ってたんで、2時間半ばかりしゃべってから帰ったんだけど、帰りがけに「そういえば、いつ自分が『レインボー』だったと気づいたん?」と言われ「すげー、Mちゃん、聞き方がうまい」って心の中で感動した。いい聞き方だなって思った。んで「あー、20代の中ばだから、ちょうどMちゃんと一緒だった頃かな」って答えたら「そうだったんやー。全然気づかへんかった」って。ま、そらそうだろう。あの頃は誰にも言う気はなかったし。「隠すのが当然」って思ってたからね、知らず知らずのうちに。

多分、自分に気がついた頃って、ほとんど学校に行かずに橋本治や性的少数者関係の本について、たくさん読んでいた頃とも重なるな、そういえば。レズビアンのミニコミ誌なんかも自分に気がついてから、購読し始めたし。そこで出会って文通してた頃ってだいたい26~27歳だもんね。

Mちゃんは、わたしが今、貯金を切り崩した生活をしているのを知って、コーヒー代450円、奢ってくれた。ありがと。そういえば橋本治の「シンデレラボーイ・シンデレラガール」のあとがきに、糸井重里に「金貸すのなんか一番簡単な友情なんだからさ」と橋本治が言われたという一文を思い出した。あ、借りた方がそんなこと言うことはないか(^^;でも、あなたに奢ってもらった450円は、あとできっちり返すからね、と心に決めた。

Mちゃんとは駅で別れて、わたしはその後、Brass MIX!の練習へ。実はトロンボーンは途中駅まで彼女が持ってきてくれることになってた。待ち合わせたのは、ファストフード店だったんだけど、そこでちょこっと話をして。。そのまま家に帰りたいって思った。けど「せっかく楽器持ってきたんだし、練習もやらなきゃいけないでしょ」って言われて、渋々と(?)、練習場所へ。

そうそう、Brass MIX!はついに、8月11日(土)に行われる「東京プライドパレード」に出演することが正式に決定しました!わたしなんか、今年のパレードは東京しか出られなかったんで、今まで練習に行きながらも「ホントに吹けるのかな」と思ってたけど、正式に決まってホッとした。

昨日は割とでかい部屋で練習したんだけど、最初の方は、座って演奏。同じトロンボーンではパートリーダーのじる氏も来ていて「いやあ『76本のトロンボーン』、家で練習したんだけど、最初の4小節で挫折した」って言ったら「えー!」って。。まぁ、そうだけど、F管引っ張ったりするのって慣れてなくて苦手なんだもん。。(なんのためのテナーバスなんだか、って感じもするが)

何回か繰り返して練習し、そのあとは、ガードの人たちと合わせ練習のため、なんと立奏+足踏み演奏。しかも、全曲を通しての練習。もう汗だくだくだった。今のところの曲順は「シンクロBOM-BA-YE」「76本のトロンボーン」「世界に一つだけの花」「コパカバーナ~ブラジル、Brass MIX!編」なんだけど、去年に比べると今年はトロンボーンが目立つ曲が多いのか、1曲吹いただけで疲れる。てーか、ほとんど疲れた覚えがない去年、わたしは一体、何をどう吹いていたんだろう??

去年は練習では最後の方に立奏+足踏みをしただけだったが、今回はもうこの時期で(といっても、今年組まれている練習予定はもうあと数回もないが)隊列組んでやるのかー?みたいな。。しかも「どうやったら観衆に美しく見えるか」なんてことも言ってる!@@;

「リンカーン」に出て、本格的なマーチング指導を受けたじる氏が「マーチングの場合、トロンボーンってこういう吹き方をするんだよ」って教えてくれたけど、どひゃーって感じ。去年、それやられたら、わたしは付いていけなかったかも~。。っていうか、それ、言われてもわたしにはできません(笑)わたしができるのは、左足から足踏みを始めるってことだけです~。

だけど、そこはやっぱBrass MIX!。多分、本番ではそんなこと無視してはじけます(爆)。去年の関西みたいにスキップしちゃうかも知れないし、多分、それ以外のことも。。もう練習が楽しくって仕方がない。疲れるけど。なんかね、昨日、最後の最後「ブラジル」吹いているときに去年のパレードの数々が思い出されて、なんだかウルウル来てしまった。そして今年もまた、同じ曲を吹いてパレードできることが本当に嬉しい。やっぱ楽器吹くのは最高だと思う。そしてありのままでいられる自分がそこにあるってこともわたしにとってはとても重要なこと。

パレードまで頑張って暗譜しなくちゃね。去年は東京のみ譜ばさみを使ったが、やっぱ、ベル上げて吹きたいから。あの快感は、今年は1カ所だけしか味わえない。大事に悔いなく力の限り吹きたいと思う。

ちなみに今のところの最初の曲「シンクロBOM-BA-YE」では、初っぱなに手を叩くところがある。わたしたちは楽器を持っているから、手は叩けないんだけど(もちろん、叩ける人もいるけど、トロンボーンは最低限、片手に楽器持ってないといけないから手は叩けない)、沿道の人たちや、それと同じフロートで歩いてくれる人たち(今年は何人いるのか分かんないけどね~。楽器だけで100人くらいいるし)が手を叩いてくれたら、一体感が増して、すごく感動的だろうな、と今から想像しているとなんだか楽しい。

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06-12 Tue , 2007
当たりました~。再度、ハメスタ(爆)
3d7eef88.JPGつーわけで、昨日は、9年ぶりに会った人と野球観戦。
いやー。まぁそのー。。(←時代が分かる)
楽しかったです。
つーか、球場でやばいネタも聞いてしまいましたが、それは置いておきます(爆)。
てーかさ、試合中、わたしの隣の列に座っていたのが、あの「銭場、印出、内田」っつー、東芝監督、コーチ陣。っていうか、銭場ですよ、銭場。わたしははっきり言ってほとんど、都市対抗でしか観てないけど、すげーピッチャーです。でも、わたしは観ている割に選手の顔を覚えていないので(実は、あんまり興味ない(^^;)、その人から「○○さん、銭場がいますよ」と教えられて「へーあっ、そうなんだ」って感じでした。まー、わたしが見始めた頃の東芝投手陣って、須田、銭場、高橋尚っつー感じでした。まぁ、社会人野球を見始めて、まだ10年経っていないので、こんなもんです。

試合に関しては、云々言わないけど、あれですね、神奈川県予選って、チケット買って入場したら、チケットに整理番号が書いていて、抽選が行われ、末尾の数字が当たったら、ボールがプレゼントされるんですね。そんなの初めて知った。。で、見事、当たったので、ボールもらいました。実は、日産自動車、東芝、三菱ふそう川崎、新日本ENEOS、三菱重工横浜硬式野球クラブのうちから1つなんだけど、わたしは迷わず、三菱重工横浜硬式野球クラブのボールを。わけは、知ってる人には分かる(爆)
ちなみに、一緒に観に行った人も当たりました~。

しかし、都市対抗って実は中国地区予選以外は観たことなかったんですけど、違いますねえ~。どこもかしこも。あれには相当びっくり。

んで、試合が終わったのが20時50分。その間ずっと「カミングアウト、どうしよう」って思ってました。だって、球場でいきなりカミングアウトするわけにはいかないじゃん!(爆)

ってわけで、試合が終わった後「一緒に食事でも」ってんで、まぁ、食事してきたわけですわ。もー、どうやって話を持っていこうか、非常に迷いました。

ま、でもここで言わなきゃいつ言うんだよ、ってわけで「実はさぁ、今、同居人がいるんだよね」ってことから話し始め、、「一緒に住んでるのは実は同じ女の人なんだけどさぁ」って、まぁ、わたしって、結構、こんな形でカミングアウトしちゃう。

向こうは別に驚いたようでもなく、無言で聞いてた。もうそれからは、いろんなこと話して、、仕事を辞めたのは、一緒に住むのが理由だとか、うちの家族はみんな知ってるとか、来年シドニーで指輪交換するんだとか、まー、そんなこと。

結局、何時間ぐらいファミレスで話してたかなぁ?終電で帰ってきた。帰りしなに「○○さんと××さんと△△さん(その他、多数)が、よろしくって言ってました」と。実は彼は試合の途中で、携帯でメール書いてたのは知ってたけど、そういうメンツに送ってたのか。そして、懐かしい名前がずらり。かつて、一緒にカープファンだった人たちだ。もしかして、この人たちに会うたびにカミングアウトしなきゃイケナイのかよと思ったら、ちょっとボーゼン。まぁ、でも、今は最早、彼女を抜きにしては話せないし、こうするしかないんだよな。。

ってわけで、なんだかさぁ。やっぱり野球って面白いのね。
なので、今日もハメスタ、もとい、浜スタに行ってきます~。今日は神奈川県予選の第1代表決定戦もあります~っていうか、やっぱ、代表決定戦はね、観に行かなくちゃでしょう。ああ、野球のムシが。でもなー、本選は観に行けないんだから、そこがちとネック。予選を観たら、やっぱ本選も観たいからねえ。

昨日は「彼の位置」で観ましたが、今日は「わたしの位置」で観に行く予定。やっぱ、いつもの席じゃないと、観にくいのだ。。

【画像】当たったボール

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03-15 Thu , 2007
わたしって主婦?(爆)
4f41737d.jpg昨日は病院に行ってきた。月曜日の電話のこともあるので、主治医は機嫌が悪いかと思ったら、そうでもなく。わたしがどうして薬が原因だと思えたか、金曜日の夜にひとまず薬を止めて、土曜日に電話して聞こうとしたけれど、病院に電話が繋がらなかったこと、月曜日に病院に来なかったのは、横浜に1泊していたこと、などを話した。あ、だけど、その前に頭フル回転で、精神的な負担が大きかったこと(あれは、実は厚生労働省のガイドラインの経緯について調べて、それを全部読んでたからなんだけど)とか、トロンボーンの練習を7時間弱してきた、なんてことは一切言わなかったけど(爆)ただし、合奏をするとすごく充実感というか、気持ちがよかった、といいことばっかり伝えて来ちゃった。

ただし主治医は「演奏会があるんでしょ?」と聞くので「6月にあります」と答えた。それって。。前回も同じこと聞いただろ!?人の話聞いてなかったのかーー!!って言いたかったけど(笑)で、「楽団の練習はどのくらいあるの?」って聞かれたから、そこら辺は正直に答えた。

そうしたら「じゃ、このまま様子を見てみましょう」と言われた!ということは、日中の薬が全部なくなった。やったーー!これで、親指の爪も切れる(爆)これで、無理をしなければ、あとは睡眠剤を徐々に減らしていくだけ。。ただ、慎重な主治医なので、そうそうすぐには減らないと思うけどね。

あと「ちゃんとご飯は食べてますか?」と聞かれた。やっぱ、見た目で分かるのかなぁ。わたし、最近、ちゃんと食べてるんだけど、何か自分で痩せてきた感じがしてきて、、だって、ジーンズのベルト、一番手前のところ(これは以前、自分で開けた穴)までいっても、まだブカブカで。。「体重減ってきてるだろうな」とは思ってたのよね。でも、怖かったんで、体重計には乗らなかった。(昨日、寝る前に測ってみたら、案の定45.2kg(仮)まで落ちてた。。やばい。これ以上痩せると病気しやすくなる)一時、58kg(仮)まで太って、そのときに買ったジーンズを今も穿いてるんだけど、それをもう元に戻してもいいと思う一方、前のジーンズはちょいとボロボロなんで、穿きたくないんだよねー。しかし、ベルトの穴自体が合わなくなってきてるので、非常にやばい。

ま、でもこういう感じで、非常に和やかムードで診察が終わった。バトルにならなくてよかった(笑)

そのあと例の「ヤフオク」で落とした金を払いに郵便局に。金をキャッシュコーナーで払ってから、郵便局を出ようとしたところ、おにーちゃんに呼び止められた。なんだよ、アンケートかよ、って思ったんだけど、なんか「キャッシュカードが古いんじゃないですか?新しいのと無料で交換しますよ。普通なら1,000円かかるのを、今は無料でやってます」なんてこと言われて、話を聞くと、どうやらクレジットカードと一緒になったキャッシュカードらしい。一瞬、めんどくさいなーと思ったんだけど、年会費は永久無料ってんで、ま、いいか、と思って、手続きをした。

途中、住所とか書いてたら、おにーちゃんが「間違えると訂正が効かないので、字は間違えないようにしてくださいね」っていうから、余計に緊張した!!人が書いている途中にそんなこと言うなよ。

で、一つ住所、氏名等を書いたら「じゃ、次はこっちに」ってんで、別の場所にまた住所と氏名を。で、そこは今のところに何年住んでるかだの、家族だのって欄があって、特に家族の欄に1.配偶者(有・無)って書いてあったので、ちょっと考えたんだけど、まぁ、法律上は彼女は配偶者じゃないからなあ、と思って「無」のところに○をした。んで、その下に「本人を含む家族( )人 親と(同居・別居)」って書いてあったから、取り敢えず、本人を含む家族のところに2人、って記入した。ま、わたしの中では、彼女が家族であることは間違えがないし、家族の定義って民法では規定されてないでしょ(親族の定義ならされてるけど)。いや、民法全部読んだわけじゃないから、そこら辺は不明なんだけど。

そして、申込者が「お勤めの方」と「お勤めでない方」に分かれてたんだけど「お勤めでない方」の中には「学生」「主婦・主夫(無職)で配偶者に収入のある方」「年金収入の方」しかなくて。。わたし、どれも当てはまらんじゃん!「ええと、単なる無職なんですが。。」と言ったら、おにーちゃん「でも、誰かと一緒にお住まいなんですよね?」っていうから「ええ、でもまぁ、配偶者ではないですけど。扶養家族でもないですし」って答えたら「じゃ、配偶者をありにして、『主婦・主夫(無職)で配偶者に収入のある方』に○をしてください」って言われた。で、さっき、わたしが配偶者なしのところに○をしたのに、勝手に配偶者ありに訂正された。あれ?訂正効かないんじゃなかったの???(爆)

それから「お勤め先」のところを書かなきゃいけなかったんだけど、確かに彼女の名前は書ける。けど、勤め先の住所とか、年収の細かいことはよく分からない。(そりゃ、だいたいのことは知ってるけど)だから「勤め先の住所とか年収が分かりません」って言ったら、おにーちゃん「氏名のところに『主婦』って書いて下さい」って言うから、わたし「????」でさ。「ええと、相手の名前は書かなくていいんですか?」ってわざわざ聞いたんだけど「『主婦』で結構です」っていうから。。だから、氏名の欄に「主婦」って書いて。。(上記画像参照)いいのか?ホントにこれで(爆)つーか、わたし、主婦になっちゃったよ。。

いや、別にカミングアウトしてもよかったんだけどさ、多分、そこでカミングアウトしたとしても、おにーちゃんは多分「?????」だろうかなーと思ってさぁ。でも一体、おにーちゃんはどういうつもりでわたしを主婦にしたかったのか、よー分からん。事実婚とでも思われたんだろうか。。ま、カードさえ作ってもらえりゃそれでいいってことだったのかな。

ってわけで、結構複雑な気持ちで郵便局をあとにした。こんな場合、どう考えたらいいんだろうって思ってね。なんか「誰かと一緒に暮らしているけど、自分は働いていない」=「主婦や主夫」って図式がねえ。。これが純粋に友だち同士だったらどうなってたんだろう?とか。ま、でも友だち同士で一方が無職ってことはあまり考えられないか。

で、一旦家に帰って、夜の飲み会のために休息。

飲み会は楽しかったです。小学校以来って人もいたし。しかしわたしがどうして小学校だけで、上に進学しなかったのか、みんな分かってねーの!!わたし、卒業時に父が大阪に転勤になったから、辞めたんだってば!ちゃんと小学校を卒業するときに、みんなに説明したはずなんだけど。ま、小学校のときの記憶ってそんなものなのかしらねー?

小学校以来なんだけど、なんかみんな全然変わってなかった。。男子(懐かしい言葉)はみんな、小学校当時のように呼び捨てで呼んでたし!(わたしがね)で、気がついたら既に11時半回っていて、、やばっ、と思って帰ってきました、終電で。

あ、もちろん、みなさんにカミングアウトしました。っつーか、最初に酒が飲めないってんで「わたし、うつ病でさー」って話したら「あらまー、カミングアウト?」って言われたので、ついでに「ホントのカミングアウト」してきた。(爆)まー、でも、受け入れてくれるんだよね、みんな。多分、あとから来た人は「??」だったろうけど。

てなわけで、家に帰ったのがまた午前様。そこから歯磨きを1時間やってついでにPCで遊んでたので、寝た時間は3時過ぎ。連日、めちゃくちゃな生活になっちゃってます。やばやば。これからはちゃんとした生活に戻らなきゃ。せっかく薬も減ったことだしね。
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03-01 Thu , 2007
プライドパレードの名称変更について
これはmixi日記でのコメントの話なんだけど、正直言って少々驚いた。ゲイ(この場合、男性同性愛者ってことだけど)は、パレードの名称変更について、あまりよく思っていない人がいるんだなーってこと。ビアン(女性同性愛者)のわたしからすると、これまで「レズビアン&ゲイパレード」っていう方が変だって、ずっと思っていた。だって、これ以外の性的少数者がいるのは歴然としているわけで、その人が一体「レズビアン&ゲイパレード」という名称のパレードに出て、一体、どんな気分がするんだろうか、って想像したことはないんだろうか??

確かに性的少数者の中では男性同性愛者の数が最も多いだろう。そういう意味では彼らは性的少数者の中の「マジョリティー」であり、パレードの中から「ゲイ」という名前が消えることに対して抵抗感があるのかも知れない。同性愛者の歴史の中でもいわゆる第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの標的になったのは男性同性愛者だしね。

ただ、今、調べて分かったんだけど、アメリカでの「ストーン・ウォールの反乱」っててっきり男性同性愛者が主導で始まったんだと思ってたんだけど、実際、始めに警官にたてついたのは、ドラァグクイーンかレズビアンだった、らしい。(ただ、あとに出てきた警官の話だと、男性がその引き金を引いた、という証言もある)

Wikipedia 「ストーンウォールの反乱

(言っておきますが、わたしはあまりWikipediaを引用はしたくないんだけど、、ホントかウソかわからないし。ただ、この項に関しては、参考文献等いろいろなものが載っているので、そんなにウソは書いてないと思う)

そして、これをきっかけにして、ニューヨークで初めてゲイ・パレードが行われたんだけど、これもWikipediaによると

> また、近年では、同性愛者以外のLGBTや異性愛者をも包含する言葉として、プライドや(多様性を意味する)レインボーをその名に冠するパレードが、世界的な趨勢として増えてきている。

Wikipedia 「ゲイ・パレード

と書いてある。ということは、東京パレードの名称変更は、ある意味時代の趨勢、とも言えるのではないか。(ただし、このWikipediaの記述には、もうすでに東京プライドパレードのことにも触れられており、おそらく関係者が書いていると思われ。。)

ただし、昨日のわたしの彼女のコメント(ブログ読んでる人にはわからなくてごめんなさい)で、アメリカのレズビアン雑誌「Curve」では、既にGay Prideという言葉は一切使われていない。(わたしもあとで見せてもらったんだけど)その号はアメリカ各地のPride Paradeの案内の号だったんだけど、確かにすべて「Pride」に統一されている。

そして、性的少数者パレードと言いながら、実は我が「Brass MIX!」には少数の異性愛者の方も含まれている。「Brass MIX!」の「MIX」は、前にも書いたとおり、性的少数者以外の異性愛者の方も参加できることになっている。で、実際、参加している。東京でも、札幌でも、関西でも。そりゃ、圧倒的に男性同性愛者が多いけどね。今んとこビアンはわたし一人だけどね。。これはある意味では非常に画期的なことではないかと思っている。

アメリカなんかは性的少数者の親が集まって「うちの息子はゲイです」とか「わたしたちは誇りを持っています」などと書かれたプラカードを持ってパレードしたりしてるらしいけど。でも、日本はまだそこまでは行ってないけど、もしかするとここ数年の間ではそういうことも起こるかも知れない。

しかし、性的少数者の中でマジョリティーを占める男性同性愛者って、なぜか表だって出てこない。(ま、昔から三ツ矢雄二は「自分はオカマだ」って言ってるけど(笑))特に有名人ね。歌手とか議員、スポーツ選手なんか。これは日本以外の国でもそういう傾向はあって、最初に性的少数者としてカミングアウトするのは、なぜか圧倒的にレズビアンが多い。日本では「この人はゲイじゃないのか?」って噂される人は非常に多いが、絶対に正式にはカミングアウトしない。わたしは男性じゃないからよく分からないんだけど、男性は自分のことをカミングアウトすると「致命的」などと思っているのだろうか?男性はそういう部分では非常にしがらみが多いのか?それとも男性は本当は正々堂々とカミングアウトもできないような「腰抜け」が多いのか??そこんとこがすごく謎。そういう意味では女性の方が本当は強いのかも知れない、と思ったりして。

ま、これが昨日、ブログを書いてから思ったこと。

といえども、わたしは昨日、友達と2時に下北沢で待ち合わせして、家に帰ってきたのは12時頃だったんだけどね。

そう、昨日のブログにも書いたとおり、わたしたちは大学に入ってから何故かすごく仲良くなって、1ヶ月に1度は会っていた。で、いつも待ち合わせするのは、下北沢の「箱根そば」の前。だから昨日も「いつもの場所で」で通じた。だけど、箱根そばは見事になくなっていた。。

彼女は以前、就職後に下北沢の付近に引っ越してきた。で、わたしは小田急沿線に住んでいた。だから、下北沢で会うことが圧倒的に多かった。彼女の方はなぜかすごく早く着いたので、以前住んでいる家が今、どうなっているか見に行ったらしい。ところが、小田急の複々線化のせいか、なくなっちゃってたらしい。そう、彼女の家は本当に線路際だったのだ。「なんか、知っているところなのに、全然知らないところのような気がする」って言ってた。

で、いつも行っていた喫茶店に行こうと思っていったんだけど、水曜日が見事に定休日で。。仕方ないので、向かいの喫茶店に入った。でもね、その向かいの喫茶店も結構行ってたのよね。で、全然変わってなくて。。「あー、あそこらへんによく座ったよね」とか話してた。すんげー懐かしかった。だいたい二人で「以前、いつ会ったっけ?」って話したんだけど、二人とも思い出せないだもの。。

それからは、わたし一人でべらべらしゃべりまくってた。途中で「いかん、わたしばかりしゃべっている」と思ってたんだけど。で、もちろんカミングアウトもした。でも彼女はわたしと会う前に、今までわたしの出した葉書を読んで「ルームメイト」と書いてあるのを見て「もしかしたら、G(わたしのこと)にとって、大切な人じゃないのか?」って思ってたそうだ。そう、実は、わたしは葉書を書く際(立春大吉が圧倒的だけど、確か転居通知の中にも入れたと思う)絶対に「ルームメイト」と言う言葉をわざと入れている。

2007年2月4日の日記

を見ても分かるとおり。ま、一種「ほのめかし」ているわけだ。だから、彼女も「あ、そうなんだ」としか思わなかったらしい。で、葉書をもらった人は分かると思うけど、わたしの葉書は全面文章だらけ。今回「立春大吉」を出した人で、手紙をもらった人がいるんだけど、その人は今、郵便局で非常勤をしているらしく「こんなに葉書を有効利用しているのはGくらいだけだと思う」って書かれてた。(苦笑)ただね、わたしは普段から非常に長い文章を書いているので、あのくらいなんともなくて、実はあの原案を考えたときも、文章自体は5分もかからず書けた。ただ、少し長くなってしまって、1枚では収まりきれず。。どこの文章を削ろうかと、それに時間を食ったのよね。ま、いつもそういうパターンなんだけど。でも彼女にその話をしたら、結構びっくりされた。そういうもんなのかねー?

で、2時少し過ぎに喫茶店に入って、一人でべらべらとしゃべりまくり、気がついてみたら、もう7時過ぎていた。。「あ、いかん。もう夕飯食べようっか」って言って、店を出て、、しかし、コーヒーおかわり(ただし追加の値段あり)できたんだから、おかわりすればよかった。。。と思っても後の祭り。(爆)

それからは以前もよく行っていたパスタ屋さんに。ここも全然変わってなくて「変わってないねー」って話ながら、お店に入っていった。ここでは彼女の話も少しは聞いてあげないと。。と思って、一生懸命話題を彼女に振った。彼女には1人だけ子供がいるんだけど、その子供の話とかねー。彼女は看護師さんをしていたんだけど、子供が生まれると、すっぱり仕事を辞めて、専業主婦になった。これは彼女自身の考え。自分の子供の頃に親が仕事に出かけていて、寂しい思いをしたらしい。でね、話を聞いてたんだけど、割としっかり育ててるんだよね。今は小学3年で、今度の4月から4年になるらしいけど。正直言って、結構うらやましかった。いや、自分の血を残したいとかそういうことは全く思ってないんだけど、なんか子供を育てるっていいなあって思った。「産むなら、早い時期がいいよ。もう体力がなくなってくるし」って言われちゃった。(^^;でも、彼女が初めて担当した経産婦の方は39歳で初産の人だったらしい。「ただねー。親が2人とも女だったら、なんか子供が苛められそうで怖いんだよね」って言ったら「あー、そうかもねー」って言われた。日本じゃ同性愛者が子供を持つことなんか考えられてないし、父子家庭でさえ差別を受けているというしね。まだまだそういう点では日本は遅れている、完全に。

で、彼女のダンナは大学の教員をしているんだけど、なんと、家ではPCはあってもネットに接続していないらしく。「それってすげーね」って話してたんだけど。「で、ダンナは今、どういうことを教えてるのさ」って聞いたんだけど、さすがに勤めている大学名は言えても、その先が全然分かってなかった。。「それって、文系なわけ?それとも理系なの?」って聞いても「うーん、どっちなんだろう?」って感じで(笑)「ネット接続は大丈夫なの?」って聞いたんだけど、本人は全く分からないし「ダンナは大学でネット使ってるから分かるんじゃないかなぁ」って言ってたけど、今時、自分でネットの接続なんかしないって!やったとしても、多分、ハブに繋いで増設するくらいだろう。ただ、今はネットに繋ぐことを前提にしてPCが作られてるから、接続するにはあまり苦労はしないと思うけど。家にあるPCは全部ノートだからってんで「んじゃ、無線LANの方が絶対にいいよ」って言っておいたけど、無線LANはちと接続の仕方が難しいし、それにセキュリティーのかけ方なんかもちょっとは知っておかなきゃだからなあ。。

んで、実は彼女の実家が、今のうちの最寄り駅なのよね。だから、わたしは何回も彼女の家に行ったことがあるんだけど、まさか、自分がここに住むとは思ってもみなくて。。だけど、あそこのコンビニが。。とか、あのぼろっちいアーケードみたいなのが全部ぶっつぶされて、新しく建物が建ったんだよ、とか、超ローカルな話題で盛り上がった(笑)「魚屋さん、あったよね」「あ、あるある。今でもある」とかね。「あそこのスーパーは使えないよねー」「そうそう、うちの彼女もあそこでは肉は買えないって言ってるよー」「あそこらへん、○○さんだらけでさぁ」って言ったら「そういえば、その名前でおそば屋さんがあったよねー」「あー、そうなんだよ。こないだ彼女が『そばが食いたい』って言ったんで、行ったんだけど、7時半が閉店でどんだけーーー!って思ったよ」とかね。あと実家のご両親のこととかもいろいろ聞いたわー。お二人ともお元気そうで安心した。ってうちの近くに住んでるんだけどさ(笑)

あとね、実は彼女のお兄さんが、うちの彼女と同じ大学出身だったんだよね。今まですっかり忘れてたけど。。わたしって、もしかしたら、あの大学と非常に縁があるのかしら????

そういう話をしていたら、もうあっという間に閉店時間に。帰りは一緒の方面だったので、電車の中でも非常に混んでたけど、二人で話してた。で、今度は行きたかった方の喫茶店に行こうね、って話になって、お別れした。んで、家に帰ってきたら12時を過ぎていた、というわけ。久々に会ったので、ホント、楽しかったわー。

彼女の家にPCが繋がったら、このブログのURLを教えようと思うんだけど、いつになったら、繋がるかしらねー?携帯からも読めないことはないけど、毎日わたしの日記読んでたら、それだけでパケット代、めちゃくちゃいるからね(爆)

追記:去年の東京パレードでも親子で参加した人はいらっしゃいますし、札幌では「親の会」があったし、アメリカみたいにパレードはしていないかもしれないけど、日本でもそういう動きがある、ということを補足しておきます。関西には「LGBTの家族と友人をつなぐ会」がありますしね。

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01-08 Mon , 2007
忙しい一日
昨日は1日、忙しかった。
まず、元職場でやったイベント。昼頃母が「さっきテレビでやってたけど、イベント、大盛況みたいよ」って言ったので「それじゃあ、ちょっと行ってみるか」と言って昼過ぎに出かけた。

家を出るときに、玄関先に「日の丸」が掲げられていたので(うちの父のシュミっつーか、なんか思うところがあって、祝日には旗を掲げてるんだろう。その割には3が日は旗は掲げられていないようだったが(^^;)「今日は単なる日曜日だろ」と思って「おとーさーん。今日は単なる日曜日だよー、成人の日じゃないよー。成人の日は明日だよー」と言ったら「ありゃ。それだったら、旗を家の中に入れておいてくれー」って言われて、、ホント、旗日を間違えるなんて、バカな父親だ。そのうち、自分の誕生日にでも旗を掲げるんじゃないのか??心配だ。

イベント会場に着いたら、ほとんどもう終わりかけていて、地元の有名人も帰った後だった。(別に興味がないから、いいんだけど)イベント会場で、元職場の懐かしい面々と会う。ほんのちょっと顔出しをするだけだったのに、話していたら、もう2時15分。やば。バイキングは2時30分までだって聞いてたのに。。

本当は先着何名かだったにプレゼントされるものを、誰かが関係者用に確保していて、それを1つもらって帰っちゃった。Nさんに感謝。

で、妹に「これからそっちに行くからね」と電話して、バイキング会場に向かったんだけど、なんと、逆の方面の電車に乗っちゃった!途中で「あれ、なんだかおかしいな」と思ってすぐさま降りる。で、元来た道を引き返し、、あのまま正しい電車に乗っていたら、2時半前に着いたのに。わたしも大バカですな。(笑)

バイキングのお店の前に祖母が立っていた。わたしはてっきり、母と妹と3人だと思っていたのに、そこに父も祖母も行くことになったらしい。で、90になるってのに、この寒空に立たせて、、「おばあちゃん!なにもおばあちゃんが立ってることないのに!」って言ったら「まぁ、わたしが一番ヒマだからね」と。立ってなくても店、分かったのにぃー。

反対側の電車に乗ったせいで、2時45分くらいに着いたが、取り敢えずお店の人には「15分で食べさせますから」と話をつけていたようで、中に入った。どうも、その店は入店してから1時間制限の店らしい。で、うちの家族がその店にいったのが、1時59分で、それで2時59分までしかいられなかったのね。だから、短時間で食う食う。というか、食わされる。ホント、何がどこに入ったか分からなかったよー。でも、もともと早食いだから、そんなに辛くはなかったけど。(^^;

それから車で家に帰る。頭が痛かったのと、眠かったので「ちょっと夜に備えて寝るか」と思った途端、携帯が鳴り、元職場のMさんから「今、やってるんだけど来ないか」と。ええと、、もうやってるんですか(汗)

Mさんはこの日記に書いた人。要するに、今はうちの会社ではなく、子会社に出向している人なのだ。ま、そのイベントにも大いに関係があったので、来たんだけどね。しかも、そこの社長を連れて!で、イベントやってるときは、なんと「そんなこと、下っ端にやらせりゃいいじゃん!」ってことをやっていた。。一体、なんでそこまでやる必要があるんだ?と思ってたんだけどね。

呼ばれたので、仕方なく、部屋着に着替えたのに、もう一回着替えをして、教えてもらったお店に向かう。店に入るとMさんを含めて4人しかいなかった。で「おごってやるから食え食え」って言われたんだけど、こっちはバイキングを腹一杯食べた直後なので、食えるわけがない。結局、ウーロン茶しか飲まなかった。。

で、集まった人ってのが、Mさんを除いて、あとは全部、本社の人。しかも、わたしが元いた課の人たちだった。一緒の職場で働いていた人は、わたしがその課にいたときの別のグループ長だったKさん。彼は、その後、支社に行って、それからまた本社に戻ってきて、今ではもうちょっと偉くなっている。いまやその課のN0.2。あとは、わたしが支社にいた頃、新人で入ってきた「九州男児」。彼にはわたしが仕事を教えたようなもんだ。(なんて(^^;)それから、わたしは直接一緒に仕事をしたことはないんだけど、昨日のイベントの担当者、Sさん。

まず、Sさんに「なんで、あんな有名人しか呼べなかったのか?」と問う。そしたら、空いている人がその人たちしかいなかったんだと。。しかも、1時間5万円も取られたらしい。「それでもボランティアみたいなもんだったんですよ。よそのイベントでは15万くらいするそうですから」って言われたけど、、んで、始まって2時間で帰ってしまったという。ま、そういう契約だったんだろうけどね。

それからは、もう今の職場の愚痴だらけ。わたしがいた頃は、確か10人いたはずなのに、9人に減らされてしまったそうで。。うちのグループなんか3人しかいなくなっちゃった、と言っていた。しかも、今の課長が思いっきりバカで、使えないらしい。。わたしはその人とは一回も一緒に仕事をしたことがないので、よく分からないんだけど。あと、あんなに和気藹々とした課だったのに、今は殺伐としているという。。なんか、そんなことを聞くと悲しい。上と下っ端の交流がない、という。

というわけで、現在、その課のNo.2のKさんに説教をたれてやった。「アンタが上と下のものを繋がないといかんでしょうが」って。で、いくら言っても上には気持ちが通じないと思っていて気持ちが萎えているSさんに対しては「上に対して、言いたいことを言ってやれ」とハッパを掛ける。で、これからKさんに責任を取らせて、Kさんに言え、と。

うちの職場は、本当に仕事のできる人たちばかりで、わたしはそこに勤めていた7年間、とても勉強になった。が、今、外から見てみると、自分の仕事はみんなきっちりやるけど、そこで止まる人、とか、それこそMさんじゃないけど、みんなに仕事を頼まれまくって、自分の仕事以外もし、なおかつその場を和ませられる人、いろいろいるのだ。わたしなんか、いつかは自分もこういう地位になる、って分かってたので(年功序列だからね、うちは)、上の人の仕事の仕方をいろいろ見てたものだったけど。。

で、わたしはご多分に漏れず、その場にいた人に対してカミングアウト。だけど、そこではそれだけで、あとは一言も自分の状況に対して言えず。ま、それだけ職場と、今のこの世の中の情勢に対して、言いたいことがあったんだろう、みんな。東京でイベントをやらないと、という意見に対しても、それを全国的な規模にしていくか、うちだけのものにしていくかで、それぞれの意見が違う。わたしとしては、Mさんの意見がもっともだと思うんだけど、Kさんはそうは思っていないらしい。もどかしいねー。

帰り際にKさんに「お前はバカだ」と言われる。「何がバカなんですか!」って聞いたけど、結局は、彼女を取って仕事を辞めたことについて「バカだ」って言いたかったんだと思う。なんてったって、わたしはその部署では3番目に入った女性の専門職で、なおかつ、今までの女性の専門職の方はずっと支社ばっかりぐるぐる異動させられていたのに、わたしは支社の次に本社に異動になった。女性で初めての本社勤めさせられた専門職だったのだ。(ま、だから自分が仕事ができたなんて一つも思ってないけど。だって、本社にいても、支社にいた頃と変わらず、野球観まくってたもん)ただ、その当時の上司としては、わたしを本社のいろいろな部署に行かせて経験を積ませて、上に上がらせたかったんだと思う。次に異動になったところ(わたしがもっとも行きたくなかった部署)に行かされた、ということはそういうことだったんだろう。だって異動の前の上司との面接の時、わたしははっきり「ここには行きたくないです」って言ったのにもかかわらず、そこに行かされたんだからね。。

というわけで、わたしの近況は何も話せず、1次会はお開き。「ちょっとー!わたしの近況を全然話してないじゃないのー」と言ったら、2次会で喫茶店に行くことになった。が、Kさんと「九州男児」は、そこでお別れ。

で、2次会の喫茶店で、近況を話す。IDAHOの話から、パレードの話、Brass MIX!の話、野球の話、いろいろしてね。あと、うつで救急車のお世話になった話も、うさんくさい病院に引っかかった話もする。そうそう、今度「リンカーン」でBrass MIX!が出る、という話もしておいた。「リンカーン」ってみんな知ってるのね。Sさんは「観てる」って言ってた。そして、そのSさんもmixiをやっていることが判明。「本名で検索すればすぐ分かりますからー」って言ったので、こっちのHNは教えなかったんだけど、家に帰って検索してみたら出てこなかった。。もしかして、日記を全公開にしてないんじゃないの?ってことで、明日、職場にメールしてみよう。

ってわけで、なんと終わったのが9時。家に帰ったら、お腹が空いていた。。

しかし、元職場の人たちと話せたってことはとても嬉しいことだった。みんなも「またこっちに戻ってきたときは連絡するように」って言ってくれたしね。だから「9月にシドニーに行く前には壮行会を開いてください」って言っておいた。だけど、都市対抗と被ってたりするんだけど、まずいなあ。都市対抗観てから、こっちに来て、それからシドニー行きか??(笑)

結局5人の人にカミングアウトしたわけで、しかも、口止めも何もしていなく、、うちの職場は○○一家、と呼ばれているほど仲がいい職場なんで、まさか、今度みんなに会ったときは全員知ってたりしてね。まぁそれはいいんだけど、若干1名に問題があってね。。ただ、おそらくこの5人は言わないんじゃないだろうかって思ってるけど。。どうかな。

わたしはもう、そこの会社とはなんの縁もなくなっちゃったけど、これからも外側から、できる限りバックアップしていこうって思った。外側からじゃないとできないことだってあるしね。はは。未だに愛社精神旺盛だね。ただ、社長は大嫌いだけどね(爆)早く辞めさせられればいいのに、あのバカ社長。

で、家に帰ってからもいろいろあり、結局寝たのは3時過ぎだったのでした。。今日は1日家でゆっくり休みます。(笑)ってもう2時半過ぎてるけどさあ~(爆)

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12-20 Wed , 2006
小学校の先生に会ってきました
12月8日の日記を読んでもらうと分かるけど、そのときわたしは先生の家に「遊びに行くかも」と書いた。

その後、先生からちゃんと「進呈本」が送られてきて、その本に挟まってた先生の手紙には「気が向いたとき、手に取ってみてください」って書いてあった。が、しかし、写真を見、そこに書いてある文章をみているうちに「むむ。この写真については一言言いたいぞ」と思い、そういうところにはすべて、付箋紙を貼っていった。それから「これは先生のうちに行くまで、最後まですべて目を通しておかないと」と思い、一昨日までにすべて本を読み終えた。

そして、昨日、5月に会った友達に、先生の最寄り駅で待ち合わせをし、少々道に迷いながら、先生の家に到着した。だいたい約束時間の14時30分に着いた。先生は、わたしたちのことを来るのを待ちながら、玄関先で靴を磨いていた。

「さぁさ、中に入って」と言われ、お邪魔するわたしたち。先生の奥さんも出てこられたが、ちっとも変わってなかった。先生は頭が随分白くなったが、やっぱり昔と変わらず。

そこから、話は始まった。でも、わたしの場合、先生に今までの自分を話すには、やはり「カミングアウト」をしなければ、気が済まなかった、というか、彼女を「同居人」(わたしが出す葉書には、必ず一言「同居人がいる」ということを書いている。年賀状(擬き)しかり、個人的に葉書を書くときしかり)として話すのには、もう、こちらの頭が混乱して付いていけない、と思った。最近、みんなにカミングアウトしまくってるからね。で、カミングアウト。でも先生も奥さんも、それでびっくりするようなことはなく、ちゃんと受け止めてくれた。ま、こっちも絶対に受け入れてくれる自信があったんだけどさ。で、パレードしに東京、札幌、大阪に行ったこともちゃんと話した。

それからはもう、話をしまくり。はっきり言って、話、飛びまくり。とてもじゃないが、ここには系統立てて書けない。わたしの友だちは小学校の入試のことを鮮明に思い出して「すごく楽しかった」って言っても、わたしは入試でやったことなど一つも覚えてないし、それにヤツったら、小学校低学年の頃、もうめちゃくちゃやってたみたいで。。わたしは、低学年の時とはヤツと違うクラスだったから、そういうことは全く知らなかった。もうぶったまげたよ。で、同じクラスになった中、高学年でも通学中、いろんな悪さをしていたらしい。うちは私立だから学区ないし、電車通学の子供も多かったからね。で、やっぱりうちの学校、そういうことをする生徒がたくさんいたらしく。。学校には苦情の電話がガンガン掛かってきたそうだ。まぁ、そういうわたしも通学途中、近所に生えていたユスラウメの木の実を勝手にもぎ取って、食べながら学校に行ってたりしたんだけどね(笑)(でも、先生はそういうことを一言もうちらに言って説教したりすることはなかったんだよね。そういうところがうちの学校らしい)

で、わたしはわたしで「文学の時間(国語のことね。うちの学校は国語とは言わず、文学の時間と言っていた)が大っ嫌いだったー」と。わたしが受け持ってもらった先生は、1年から6年までどうも「国語系」の先生だったらしく、本当に1つの文学作品(例えば「ごんぎつね」や「坂道」等)を細かく細かく読んでいくのね。で、4年までのことは「苦痛だった」ということしか覚えてないんだけど、5、6年の時は、文章一区切りを1人の人が、そこに書いてあることに対して、分析して「ここはこう思う」だのいろいろな感想を述べていくわけ。それに対して、他の人はどう思うか、どう読んでいるか、を討論させるの。

わたし、それが苦痛でね。っていうか、あのときわたしは本当に「ぼーっ」っとした子供で(遊ぶときは別)、自分の意見ってものを持ってなかったのね。で、みんなのことは「すごいなあ」と思ってみてただけで。。ちなみにわたしの友だちは「へええ、そういう意見もあるんだー」とか、思って割と楽しかったらしい。友だちは逆に算数の時間が苦痛だった、と言っていた。わたしは、算数の授業については、記憶、一切ナシ。(笑)

ただ、わたしは昔は文学の時間がとても嫌いで、自分の意見など全然持っていなかったのに、高校頃から、自分の意見がちゃんと出てきて、、しかも、それを言わずにはいられない性格になってしまった。そして、それと共に思い出すのが、やっぱり小学校の「文学の時間」。小学生にしては、難しい詩などをたくさん教わった。そのときは「ふうん、そういうものか」と思ってたけど、時が経つにつれて、文学の時間でやった文章や詩が、次々とよみがえってきて。。本当に、今の自分の骨と肉を形成してくれた、と思っている。

で、わたしは小学校の最後の文学の時間でやったプリントを今でも後生大事に持っていて、それを先生に見せた。(ちなみに串田孫一断想集「愛と幸福をめぐって」第5章より、です)そうしたら、先生「この頃は自分も若くて、一方的に分からせようとしてたんだなぁ。今だったらそういうことはしない」っておっしゃってたけど、でも、わたしとしては、それが自分を形成する元になっているので、本当に感謝しているんだけどね。

それからこれもわたしの宝物、小学校の卒業式でやった「構成詩 未来への確かな夢が」の冊子も持っていて、見せた。あのとき、これをやったのは単なるお仕着せじゃない卒業式にしたくない、と違うクラスのM山先生と話して、それで決めたんだって。「今度、M山先生とも会う予定だから、伝えておくよ」って先生から言われた。

あとはわたしが先生の本の感想を言ったり(付箋を付けておいたところ、全部じゃないよ。そんなことしてたら1日あっても足りないもん)、疑問に思ったところなど質問したり。その中で、一つ、ルビの間違えがあって、先生は大あわて。いや、その本はかなり文章にルビが振ってあるんだけど、これは子供にも読みやすいように、って最後の最後の方に考えついたらしい。ただ、わたしがそれを見つけたのは、実はその章が、わたしの専門分野でね。「あれ、こういう読ませ方するんだ」って思ったのが始め。まさか、間違いだとは思わなかったの。先生「子供がこれを読んで、もしこういう読み方だと思われたらどうしよう」って青くなってた。わたしの友だちは「文学の時間の逆襲だー」って言ってたけど、わたしは別にそういうつもりは全くなくて。逆に感謝されてしまった(汗)

それからは、今の自分の近況を話したりね、今までやってた仕事の話とかね。もう、ありとあらゆる話をした。もちろん、わたしの鬱の話もね。(こないだ行った、怪しげな医者の話とか)そうしたら先生「うちの学校の近くに○○医院っていういい先生がいるよ」って教えてくれた。先生もね、どうやら過労でそこの病院に行ってたらしいのよね。

わたしの友だちは、今、幼児教育にかかわっているので、そういう話も聞いたけど、実は先生、初等教育を受ける前の幼児教育の重要さに関心を持っているようで、そのことをヤツと話したがってたみたい。ところがねー、実はあまりそういう話はできなかったのよね。わたし、多分1/2くらいは一人でべらべら喋ってたと思う。。悪かったな。。実は彼女にも注意されてたのよね。「自分のことばかり話しすぎないように」って。でも、見事にやっちゃいましたよ。(笑)

で、結局、先生の家を出たのが、午後10時過ぎ。ほぼ8時間、ずーーーーっと喋りっぱなしだった。そして帰るときは、おみやげ付き。本当に至れり尽くせりで。。恐縮です。

でも帰りに電車に乗りながら「あれも話してなかった、これも話したかった」ってことがすぐさまわき起こってきてね。やっぱ、8時間じゃ足りなかった。(笑)

それでも、わたしがこの学校に入ったのは、ほとんど単なる偶然なんだけど(母が親戚に電話しているときに「そういえば、あんたの家の近くに○○小学校っていうのがあったでしょ」と言われてから受けさせる気になったらしい)、ここの小学校に通えて本当によかった、と思った。多分、この学校に通わなければ、今の、この自分は絶対にあり得なかったろうし、もう、小さいうちから挫折感を味わっていたかも知れない。(うちの小学校、通知簿というものがないのです。テストもほとんどやったことなかったし。覚えていることとすれば、遊んだことと、文学の時間が嫌いだったこと、だけ。勉強したことなんか、一つも覚えてない(笑))

先生は「今の子供達は、昔に比べて変わってしまった」と言っていたけれど、おそらくうちの学校に通っている限りは変わらないと思う。ただ、こないだ電車の中で遭遇した、わたしの後輩(制服来ているからすぐ分かる)は、電車の座席をバンバン叩いて、おばちゃんに怒られたりはしてなかったけどね。(笑)

でも考えてみれば、わたしを受け持たれた頃の先生って、実は今のわたしくらいの年齢だったはずで。。それを考えるとすごい!って思っちゃう。(これは友だちとも話してたんだけど)本当に、本当にすごい先生なのだ。

「また遊びに来ます」と言ったけど、本当は昨日の続きの話がしたくて、うずうずしているわたし。(笑)また、近いうちにまた友だちと行ってこようっと。あと、先生にお礼の葉書(葉書じゃ足りないから手紙になるかもー)を出しておかなくちゃね。

そういえば、この日記を書く際に、いろいろ過去の日記を読んでたんだけど、わたしもこの一年、随分変わったな、と思った。

こんなのとか次の(前出の、友達にカミングアウトした際の日記)を読む限り、わたしは、その友だち以外の人にカミングアウトする気は一切なかったし、彼女もわたしがカミングアウトすることに対してすごく恐怖心を持っていた。が、いつの間にか、mixiをやっている同級生にはカミングアウトし、親にもカミングアウトし「本当の自分」を徐々に取り戻している感じがする。ま、もともと嘘はつけないし、隠しておくことも苦手な性格なんでね。仕方ないか。(笑)

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12-05 Tue , 2006
カミングアウト、父編
カミングアウトしてから今まで、ずっと「父は受け入れてくれると思う」と書き続けてきた。が、本当のところ、どうなんだろう?もしかして、父も受け入れられずにショックを受けているかも知れない、そんなことを思って、昨日の晩、母と同じように「娘が同性愛者だと分かってどう思った?」とメールしてみた。

返事はこっちの方がびっくりするものだった。そこには、

・ずっと前から分かっていたつもり
・だけど、直接、わたしには聞けなかった
・母に知れたので、自分としてはこのことを(母と)平気で話せるようになった
・彼女にはずっと迷惑を掛け、そしてわたしを受け入れ、今後も世話をしてくれるのか?(手元に置いておけないから心配する心境)
・盆・暮れには帰ってくるように
・アンサンブルはとにかく反対

といったことが書いてあった。
なんだ、父にはもうばれていたのか!じゃあ、わたしが夜、寝る前に彼女と電話するのを我慢したり、わざわざ外で電話していた、あの努力はなんだったのか!!(笑)

でもきっとそのことをはっきり聞くのが怖くて、わたしには聞けなかったんだろう。そしてきっと、父は父なりに誰かに話したかったに違いない。父にとって、今回のカミングアウトはよかったことなのかもしれない。ただ、父もやはり「どうして?」と思ってしまうらしい。。分かっているはずの父でも「どうして、そういう風に生まれてきてしまったのか」と思うくらいなので、この問題は、相当根深い問題なんだろうな。

わたしはこのメールの返信で、母に書いたとおり「彼女は最高のパートナーだし、彼女と出会えたことで、自分が生まれてきて本当によかったと思っている。そして、多分これからもずっと一緒に二人で生きていくと思う」と返事を書いた。

ま、それでも手元に置きたがるのは、父の性格。なんてったって、妹の結婚相手も地元に住んでいる人でないといけないと言っている。地元出身で、東京に出てきている人さえ反対だ。そのくせ見合いさせては「男も30過ぎるとろくな相手がいない」とぼやいている。うちの妹、もう35ですよ。そうでなくても選択肢の幅がどんどん少なくなってきているのに、一体、何を考えているんだか。

あと、父にはいくら母と話せるようになったとはいえ、母はまだショックを受けている段階だから、あまり話さないように、と釘を刺しておいた。そして「LGBTの家族と友人をつなぐ会」のURLを教え、母が落ち着いてきたら、このHP(ブログ)を教えて欲しい、と頼んでおいた。

とにかく、父がもう気がついていることにはびっくりさせられたが、取り敢えず安心した。母もどうしても受け入れられなくて、何か言いたいときは父もいるしね。だから、今回のカミングアウトの問題はこれでお終い。あとはわたしの身体の問題だけだ。

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12-04 Mon , 2006
カミングアウト、その後
昨日、思わぬことでカミングアウトしてしまったわたしだが、一番気になったことは、やはり母のことだった。ショックで寝込んでいるかも知れない、と思って、わたしは昨日の夕方、思い切って、母に電話をした。

母は思ったより、というか非常に元気そうで安心した。久しぶりだったので、わたしの病状のことや、向こうの近況など話して、あっという間に1時間経った。本当のところ「わたしが同性愛者だと思ってショックを受けた?」と聞こうと思っていた。が、その前に母の携帯の電源が切れてしまって、とうとうその話はできなかった。

だから、わたしは母にメールをした。「娘が同性愛者だと知って、ショックを受けた?」って。そうしたら、やはり「ショックだった。育て方が悪かったのかとあれから自問自答している。どうしても受け入れられない。ごめんなさい」等、相当ショックを受けたと思われる返事が来た。だから、わたしは母にメールをした。それが下のメール。

「やっぱりそうだったんだ。わたしもね、お母さんだけには秘密にしておきたかったんだ。だから妹にも「お母さんだけには内緒にしといてよ」って言ってたの。あのね、育て方とか全然関係ないの。これはわたしが持って生まれたものなの。だから、お母さんのせいじゃちっともないんだよ。わたしだって気がついたの、二十歳をだいぶ過ぎてからだったしね。受け入れられないのはこっちもわかってました。でもそれが寂しいとかつらいとかは思わない。むしろ当たり前のことだと思う。今後も受け入れてくれとは言わないから。ただね、事実は知っておいて欲しかったんだ。それは本音。勝手かも知れないけど。もう一度言うね。受け入れて欲しいとか、そんなことは一切思っていません。今はただ、お母さんがどんなにショックを受けているだろうかと思うと、そっちの方が心配。だからね、今はお母さんの言うように、わたしの身体のことだけを考えて暮らしてください。こんなわたしだって分かってしまっても、普段のわたしとは変わらないからね。お願いだから、自分を責めないで。お母さんのせいじゃないんだから。」

それから、風呂に入っているときに、また考え直して追加で送ったメール。

「夜遅くてごめんね。どうしても言いたくて。あのね、お母さんは育て方が間違ってたかも知れないって思ってるかも知れないけど、わたしはわたしで、こんなに大切に育ててもらって本当に申し訳ない、って思ってるんだよ。ずっとずっと心の中で「お父さん、お母さん、こんなわたしでごめんなさい」って思ってました。自分が同性愛者であることに対してはそんなにショックじゃなかったけど、親に対してまず申し訳ないと思いました。でもね、世の中右利きと左利きの人間がいるように、異性愛者と同性愛者がいるんだよね。で、わたしはたまたま左利きの方の人間に生まれてきてしまったの。だから、お母さんはショックだと思うけど、全然自分を責める必要はないんだからね。そしてわたしもこういう人間に生まれてきてしまったことについては、悔いていません。むしろ誇りを持って生きています。そして今、○○さん(彼女の名前)と一緒にいることも。彼女はわたしの最高のパートナーです。そういう人を見つけられただけでもわたしは生まれてきた甲斐があったと思っています。おかあさんは○○さん(彼女の名前)の話は聞きたくないと思うので、もうこれ以上極力しないつもりだけど、でも、一緒に住んでいる以上、やはり話の中に出てきてしまうと思います。ホントにホントにごめんね。お父さんとお母さんには本当に申し訳なく思っています。じゃ、おやすみなさい。」

そして、朝、起きてみたら、母からメールが来ていた。「理屈では分かっているけど、どうして、どうして、と思ってしまう」と。でも昨日電話して、いつものわたしだと分かって嬉しかった、とそして、無視されていた頃に比べると今の方が格段に嬉しい、と。

わたしは訳あって、親に対して全く無視していた頃があった。親が家に来ても、玄関先でいつも追い返していた。絶対に家の中に入れなかった。そのことに対しては、やはりわたしの気持ちがもう耐えきれなくなって、そのときは両親にメールをして打ち明けた。父は分かってくれた。だけど、母は分からない、といつまでも言っていた。わたしと両親にはそういう経緯がある。

母がわたしが同性愛者だということを受け入れられない気持ちはよく分かる。だから、この問題に対しては、もっと時間が必要だと思っている。もう少し時間が経って、母の気持ちも落ち着いたら「LGBTの家族と友人をつなぐ会」なんかを教えてあげようかな。

このブログを読んでくださっている人の中で、子供を持つ親の方もいらっしゃると思います。もし、子供がカミングアウトしたとき、自分はどうするか、一度考えてみられたらいいと思います。同性愛者は人口の3%~5%いるといわれています。(もっと多いという説もある)自分の子供は絶対に違う、とは言い切れません。わたしのこの経験をおおやけにしたのも、そういう気持ちからです。

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12-03 Sun , 2006
カミングアウト、しちゃった。。
12月1日は、祖母の誕生日だった。(なんと90歳!)だから、父に祖母へのお祝いのメッセージと、自分の近況を報告しようとメールを書いた。1ヶ月に2回、死のうとしたこと、なんかをね。

そうしたら、向こうから電話が来て「すぐ実家に戻れ」と言う。わたしは実家へは戻りたくなかったので「行きたくない」の一点張り。「そっちに行くと、アンサンブルの発表会に出られなくなるからいやだ」って言い張った。そうしたら父は「第一、○○さん(わたしの彼女)に迷惑だろう。向こうだって自分の生活があるんだし、そうそう面倒見てもらうなんてことできないぞ。」と言い始めた。わたしは「違う」といい、「迷惑なんかじゃないの。○○さんはわたしの『恋人』なの!!!」ってつい、言っちゃった。。が、父はそれに臆することなく「戻ってこい」と言っている。しかも、そばに母がいたみたいで「二人はただならぬ仲らしい」なんてことを言っていることも全部聞こえてくる。あちゃー。母には知って欲しくなかったのに。

前も書いたかも知れないが、母はわたしの彼女に対してあまりよく思っていないのだ。何か敵対心を感じている、という感じ。だからショックだろうから、母には黙っておこうと思っていたのに。

電話が終わってから、mixiの足あとを見たら、うちの妹の足あとが付いていた。わたしのmixiのプロフィール画面を教えてから、今まで一度も足あとを付けてなかった妹。家族の中で、あのあとどんなことが起こったのか、わたしは怖くて聞けない。

翌日、わたしは「実家へは戻りません」というメールを父に書いた。

返事は彼女の方に来た。どうやら「娘を頼みます」ってことらしい。しかも、わたしが実家に戻りたくないのは、彼女と一緒にいたいから、と勘違いしているらしかった。違うんだって!わたしは実家に戻るとアンサンブルの発表会に出られなくなるから、戻りたくないって言ったんだって!!!完全に誤解されている!!

しばらく経って、わたしのところにもメールが来た。わたしの方には「実家に帰ればお金の心配をしなくていいのに」と書いてある。しかも最後の方にちょこっと「お母さんからもよろしく伝えてだそうだ」と書いてあった。。何?ここにいたら、お金の援助はしてくれないわけね。何もかも自分でやってけってことなのね。

結局、家族には妹以外、するつもりがなかったカミングアウト、思わずしちゃいました。。今度実家に戻るのが怖いわたしです。

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11-19 Sun , 2006
ごめんなさい、お父さん
昨日は頭痛で一日中、寝っぱなしだった。途中で起きようと思っても身体が動かず、喉を潤すために氷(角氷)が欲しいなあ~と思っても、何もできず、その上体位を変えるとめまいがする。一昨日は頭痛くてもほとんど眠れなかったのに、そのつけが昨日来たみたい。

しかも、今日も頭が痛くて起きた。普通、わたしの頭痛は偏頭痛で、一回左側が痛くなってそれが治まると、今度は見事に右側が痛くなっている、というような右、左交互に起こるのだが、今回はすべて左側。左目のちょっと上の辺り。「すわ3日連続か」と思って、取り敢えず食べるものを食べたら、なんか収まっている感じ。あれは頭痛の残像だったのだろうか。今もまだ変な気分がするから、何とも言えないけど。

それにしても、昨日から始まった日本選手権。ホンダがV候補らしいが、そのホンダが簑島球友会に勝った。相手はクラブチームだからねー、勝って当然だと思うけど。それにしても、筑川が出てこないなあ。出すまでもないと思ったのかなぁ。それにしても、応援はまた「ダイナマイトホンダ」で押しまくったんだろうか。。次のトヨタとJFE東日本はトヨタの勝ち。うう、トヨタの応援はどうだったんだろう、気になる。。第3試合の日産自動車九州と三菱自動車神戸の試合は延長15回の末、2-0で日産自動車九州が勝った。しかし、11回まで投げた三菱神戸の木林って何よ。三菱神戸は木林しか投げるヤツがいないのかい?第4試合の鷺宮製作所と日本生命の試合は1-10で日本生命の勝ち。下敷領が6回辺りまで投げている。都市対抗では期待されながらも途中からしか登板していない。これから出てくる選手なのか。それとも相手が鷺だったので先発で投げさせたのか?(失礼!)

本来なら、わたしは今日から行く予定だった。だけどこの2日の頭痛と今日の調子を見て、やっぱり行かなくて正解だったのかなぁという気がしている。しかし、見たかった。伯和と東芝の試合。倉敷オーシャンズとNTT西日本の試合。伯和は多分、エース石丸で来るだろうな。倉敷オーシャンズは岡か。取り敢えず昨日、毎日新聞のサイトとJABAのサイトで速報(といっても、都市対抗みたいに1球1球じゃないけど)やっているのを発見したので、それを待つか。。

って前振りがすごく長くなったけど、父が最近、DoCoMoの携帯に変えた。それまではJ-phoneという、既に今、どこの会社かよく分からなくなっている化石みたいな携帯を使っていた。そして、料金プランが1ヶ月、いくらか知らないが、ただで話せるプランだったらしく、月末になるとうちに電話がかかってくるの。だって、うちしか掛けるところがないから。で「今月はあと○○円ただで掛けられるけど」とか言うのね。だから、うちは父以外全員DoCoMoだし、父はDoCoMoのシニア割引が効くので、家族プランと一緒にしたら、月々1500円ですむから、予てからずっと「DoCoMoのらくらくホンにしようよー」って言っていた。どうせメールもしないし、電話掛けるだけだから、一番簡単な電話掛ける機能があるヤツね。

で「変えようかなぁ」と言ってたんだけど、こないだついに、DoCoMoに変えたみたい。ただ「らくらくホン」は「らくらくホン」なんだけど、メールの打てるヤツにしたみたい。もー、どーせ、メールなんか使うはずないのにねー。それでも苦労した末にうちにメールが来たけど。(うちの妹がずいぶん助けたらしい(笑))

わたしの方は「これで月末の電話がなくなったー」って喜んでいた。めんどくさいのよね。わざわざ電話来るの。何も用がないのに電話してくるんだもん。これはわたしが女だから心配ってんじゃなくて、子供の数と見た。というのは、うちの彼女は兄弟が多く(四捨五入したら10人!)、親から連絡が来るのって半年に1回くらいなの。うちはわたしと妹しかいなくて、しかも妹は実家だから。。どうも心配らしくて。わたしはうざくて話したくないんだけど。

だけど、こないだ父親から「どうしてる?」って電話があった。やっぱりただモードじゃなくても電話は掛けてくるらしい。「身体の調子はどうだ。3ヶ月前に比べてよくなったか」っていうから「あんまり変わらない」って答えて。。「何かやる気が出たか。楽器はやってるのか、英語の勉強は?」っていうから「楽器は吹いてるけど、英語の勉強は今してない」って答えた。

なんせ、父にはカミングアウトしてないので、札幌パレードに行ったことも大阪パレードに行ったことも内緒。しかも父は「野球を観て身体を悪くした」と思いこんでいるので、都市対抗や野球遠征に行ったことも内緒。よって、何もしてないことになっている。本当はあれこれしすぎて、一時は抗うつ剤とはおさらばしたんだけど、再び抗うつ剤のお世話になっている、なんてことは言えない。。父は抗うつ剤とおさらばしたときにすごく喜んで「これで彼女と食事でもしなさい」と言ってお金を送ってきたほどだ。(そのうちの大半は札幌パレードの費用に使わせていただきました。。なんて悪い子なの、わたしって)まぁだけど取り敢えず「薬はちょっと重くなった」とは言っておいた。本当のことだからね。

「たまにはメールか電話しろ」って言われたけど「疲れが溜まって自殺未遂起こしました」とか言えないじゃん!だから、こっちから連絡したくないの。。で、おまけに「正月はいつ帰ってくるんだ?12月の半ばか?」っていうから「そんなに早く行くわけないでしょ」って言って。だって、今年は彼女と2人でクリスマスを過ごすんだもん!クリスマス過ぎまで帰らないよ。(とは言わなかったけど)だいたい、そんなに早く実家に行っても、やることないんだって!早く帰ってきて欲しいのはわかるけどさー。寝る部屋が父の部屋の横だから、寝る前に彼女と電話もできないし。本当は帰るのいやなのよ。とはいえ、正月に帰らないってのは海外旅行するから、くらいのことじゃないと無理だからね。。だから気が重いの。

父には随分隠していることがあるから、悪いとは思うけど。。今の状態ではどうしようもないのです。だから、ごめんなさい、お父さん、としか言いようがありません。。
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10-31 Tue , 2006
妹へのカミングアウト
少し前の話になるが、実家に帰省した折に妹にカミングアウトした。それまで身内では叔母(母の妹)にカミングアウトしていた。叔母とわたしは歳がそんなに離れていないせいか(といっても8つ違いだけど)、子供の頃から一緒に遊んでもらったりして、とても良く面倒を見てくれたからだ。どちらかというと叔母というより姉、という感覚の方が近い。しかも、身内の中で唯一、東京に住んでいる。ということで、わたしが仕事を辞めて、東京に出てくる際、叔母には本当のことを言ったのだった。叔母は極めてしっかりした人なので「これで何かあっても大丈夫」とそのときは思ったものだ。

ところが、何年かこちらで過ごしてきて、公正証書のことなどいろいろ知るうちにつれて「これは、家族の誰かにカミングアウトした方がいい」と思うようになった。うちの家族は両親と妹とわたし。両親にカミングアウトする勇気はまだなかった。というか、現状を考えて、父親は受け入れてくれるかも知れないが、母親に言うとパニックを起こしそうな感じだからである。おまけに彼女のこともあまりよく思っていないということが、ふとした態度で分かったりするし。

ということで、妹に白羽の矢が立ったのだった。妹は両親と一緒に暮らしている。やはり自分に何かあったとき、すぐにわたしの意志が伝わるのは家族ではないと、、と思って、機会をうかがっていた。

実家に帰ったとき妹が「最近、始めたんだ」と言って、mixiをやってることを教えてくれた。「これは。。早くカミングアウトしなければ」と思った。どこをどう回って、自分のところに来るとは限らない。(まぁ、見たとしてもわたしとばれないとは思うが)

それで、思い切ってカミングアウトすることにした。妹は日中出かけていて、2人きりの時間、というのがなかなか取れなかったのだが。。結局「いつがヒマ?」と聞きに行ったときにカミングアウトしてしまった。「実は、わたしは同性愛者なんだ。で、仕事を辞めて東京に行ったのも、○○さん(彼女)と住むためで。。もちろん、将来、やりたいこともあって仕事を辞めたのも事実だけど。」と言った。そうしたら、妹は「何となく分かってたよ」と言った。「なんで?」と聞いたら、妹が関心のある「オーラソーマ」(ボトルに2色の色が付いてるヤツ)で、わたしがすごく好きなボトルを自分とは直接関係なかったんだけど、どうしても手元に置いておきたくて、妹に頼んで注文してもらったことがあったからだ。

どうもその番号のボトルは「そういう傾向がある人」が選ぶらしい。彼女の友達が、ものすごくオーラソーマに詳しく、わたしのことを話したところ「もしかしたら、そうかもね」と言われたらしい。。

ただ、わたしはこの考えに納得しかねている。だって、同性愛者だったらそのボトルをみんな選ぶとは思えないからだ。ちなみにわたしがその配色が好きなのは、中学のとき、奈良の正倉院(だったかな)の1年に1度の宝物の展覧会があり、そのときに強烈に印象深かった布からきている。「こういう色の組み合わせもあるんだ」とそのとき感動して以来、その色の組み合わせが好きで、実は自分のPCの色も、そうしているほどだ。(だから誰もがわたしのPCを見るとギョッとする(笑))

「それで、東京に行って、パレードとか出たり、こないだは札幌まで行ってきたんだ。mixiにもずっと前から入っててね、いろんな友達がいるんだよ」と話した。「でも、わたしが同性愛者だってことは、お父さんやお母さんには言わないで欲しいんだ。特にお母さんが知ったらものすごいことになりそうだし。アンタにはわたしの秘密を共有させてしまって、ものすごく悪いと思ってるんだけど、わたしは家族の誰かに言っておきたかったから。わたしになんかあったら、○○さん(彼女)も呼んで欲しいんだ。だから、わたしはアンタにカミングアウトしたんだよ」

そういったら妹は「カミングアウトって何?」と聞いた。あー、こりゃダメだ~。同性愛者の置かれてる立場を全然理解してないやー、と思いつつ「coming out of the closet、の略で、今まで押し入れの中にいて黙っていたのを、外に出て自分は同性愛者です、っていうこと」と答えた。

妹は「もしかしたら、(両親は)もう気づいてるかも知れないし、いつかは自分の口で言わなきゃいけない時期が来るかもよ」って言った。わたしも父親は薄々感じているんじゃないかと思ってるから「もしかしたら、お父さんは気づいてるかも知れないし、それに言わなきゃいけないときになったら、自分で話すから」と言った。

それからわたしのmixiのプロフィール画面を見せて「これ」と教えた。「帰ったらメッセージ送るから」と言って、実家からうちに戻ったときにメッセージを送った。「マイミクしなくてもいいから、お気に入りに入れておいてね」と書いたら「お気に入りに入れたよ」とメッセージが帰ってきた。「基本的に日記は一日一回、書いてるから」と書いたんだけど、それ以来、妹がわたしのところに足跡を付けた形跡はない。。わたしはもう何遍も妹のところに行ったんだけど。。そういうところがすっぱりした妹なんだよね、うちの妹。

でも、こないだうちの妹のところに行ったら、わたしと同じコミュに入っていることが分かった。(って、妹とmixiやってるときにわたしが教えたんだけどね)卒業した学校のコミュ。私立で幼稚園から高校(短大)まである学校だが、わたしは小学校までしか行っていない。一方、うちの妹は幼稚園から高校までその学校に通っている。同じコミュに入っているのかと思うと、なんか感慨深いんだけど。。そう思ってるのは多分、わたしだけだろう。(笑)

ということで、やっと妹にカミングアウトすることができた。家族内の中で知っている人がいると、ちょっと気持ちも楽になったかな。これで公正証書、その他が作りやすくなった、と思っている。実家から帰るとき、妹は送りに来てくれて「○○さんによろしく」と言ってくれた。なんだか、それがわたしの救いになっている。でもたまにはわたしのmixiを見て欲しいもんだ。。

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09-08 Fri , 2006
ひやひやカミングアウト
なんか、都市対抗が終わってから、毎日雨のような気がする。。これってもう「秋雨」なんですかねえ。季節は確実に夏から秋へって感じなんでしょうか。でも、わたしの経験からすると、9月はまだ「暑い」イメージがあるのにな。

やはりというか、本人の本意じゃなかったのに、なんかやってきたみたいです。「都市対抗燃え尽き症候群」。応援曲は絶えず頭の中で鳴ってます。(やっぱにかほ市の「Battle X」が中心)夕方になると、CATVでプロ野球中継を見ている(というか、付けっぱなしにしている)んですが、応援のトランペットを聞いてると「あれ、これは○○の応援に似てるじゃないか?」とか、つい、思ってしまいます。昨日、「ソフトバンク-日ハム」の試合を隣の自分の部屋から聞いてたんですけど、最後の最後に「西濃運輸」の「ゴーゴー西濃」によく似た曲が。。急いでテレビの前に行ったんですけど、もう流れてなくて。一体、あれはなんだったんだろう。。

しかも応援曲と共に、試合のフラッシュバックが。(「純情きらりの」達彦さんじゃないけど)とともに「あー、もう終わっちゃったんだー」ってなんとなくしんみり。。毎日、あんなに充実してたのにーとか、本当に楽しかったよなあとか、過去を振り返ってばかりいます。こんなんじゃいかんのに。もう、明日には「レインボーマーチ札幌」の「Brass MIX! in RainbowMarch Sapporo 」のための練習があるというのに。。そして、その1週間後には、札幌に向かうというのに。。非常にヤバイ状態です。頭を切り換えなきゃ。

ところで、シダックス廃部の情報を、一昨日、社会人野球の応援の好きな友達にメールで流したら、そこからカミングアウトする羽目になってしまいました。夜遅かったので、カミングアウトのメールを出してから、寝たんだけど、朝になってその返事が来てるかと思ったら、来てない。。(汗)「うわぁー、こりゃ、引かれたかな」と思い、やっぱメールでカミングアウトするべきじゃなかったよなあ、とかもう少し時間をあけてカミングアウトすべきだったかも、とかいろいろ考えました。彼女にも「夜にそういうこと書いたメールは出しちゃダメ」って言われたしね。成り行きとはいえ、わたしも反省しました。

それからは気が気じゃなくて「ああ、これで大事な友達を一人失ったかなぁ」と後悔。一旦、昼まで昼寝しました。で、起きたら、彼から返事のメールが。「気にしませんよ」と書いてあった。ホッ。しかも、彼ももう既にmixiにいるらしい。あと、もう一人わたしがカミングアウトしようとしてた友達もmixiにいるらしい。なんだ、みんなブログに逃げたのかと思いきや、やっぱいるんだねえ。。まぁ、一安心したんだけど、一時はひやひやしました。これからはやっぱり直接会ったときに、相手の顔見てカミングアウトしなくちゃ。

しかし、すぐさま「どこにいるのか教えてー」メールを出したんだけど、それに対しては、なしのつぶて。まぁ、彼は社会人野球とは違う世界のところでmixiやってるみたいだし(彼の趣味は色々あるのです)、もしかしたらmixiで社会人野球のことはやりたくないと思ってるのかもー、とか、いろいろ考えてます。でもこれで、取り敢えずウソをつくことはなくなったし、その点は気が楽になったかな。

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06-18 Sun , 2006
オフ会&カミングアウト
昨日は小学校のときの同窓会だった、といっても、わたしの通っていた小学校は私立だったので、その後、エスカレーター式に高校まで行った人が圧倒的なんだけどね。わたしは父の転勤で、小学校だけしか行ってないの。だから、わたしにしたら、小学校以来の人ばかりで。。もう何年ぶり?約30年ぶり?信じられない~!でも分かる人は分かったし、分からない人は分からなかった。。わたしは「変わった」って言われた~。どうもね、髪の毛が小学校のときはおかっぱで、今より長かったもんで。。それでちょっと変わって見えたらしい。あとメガネも掛けてなかったからなぁ、あの頃。でもこないだ個人的に会った小学校の友達からは「全然変わってない」って言われたんだよ。一体、どっちなんだろう?わたしは大抵「全然変わってない」って言われる方が断然多いんだけどね。

これもね、実はmixiで何人も同級生がいるって分かったからだった。ただ、いつも使ってる名前で入ると、わたしが同性愛者だと言うことが一発でばれてしまう。それにはとても抵抗があった。だからね、本当はいけないことなんだけど、mixiでもう一つアカウントを作って、そっちでやりとりしてたんだ。でも、わたしは不器用だから、いっぺんに二つのアカウントを操作することはめんどくさくて。。あと、自分が2つに分かれるのはもう真っ平だった。そういうことは不器用なわたしにはやっぱり無理なんだよねえ。しかも、このままウソを突き通したくないってだんだん思い始めたんだよね。やっぱりこれからはありのままの自分を見て欲しいって。で、昨日はカミングアウトするつもりで出かけたんだ。

でも、実際、オフ会に出る前はもうどきどきだった。彼女から「寝て体力をつけておいた方がいいよ」って言われたんだけど、それどころじゃなくて。一体、どういうところでカミングアウトできるか、そればかり考えていたら、ドキドキして、布団の中でじっとすることさえできなかった。で、結局は一睡もできなかったんだけど。

一次会に集まったのは、14人くらいだったかな。マメな幹事さんがわざわざmixiのマイミク表を作ってきてくれて、誰と誰とがマイミクであるか、一目で分かる表を作ってきた。で、それを元に自己紹介しよう、ってことになって。「これはチャンス」と思ったね。そこでカミングアウトしようって。だって、そこに書かれているわたしの名前はもう一つのアカウントの方の名前だからね。

で、わたしの番が来た。わたしは小学校で抜けているので、その後、父親の転勤の関係でその学校を止めたこと、その後の経歴、地方で就職していたんだけど戻ってきたこと、などを話した後「実は。。」と切り出した。「同居人がいるんだけど、それはわたしの彼女なんです」って。で、mixi内に2つのアカウントを持っていること、だけどめんどくさくて2つ使いこなせないこと、もう一つの本当のアカウント名を教えるから、今後はそっちでマイミク申請をして欲しいこと、なんかを喋って。。みんなの反応はイマイチ覚えていない。でも、特別びっくりする人はいなくて、みんな淡々と受け止めてくれたと思う。

中でもびっくりしたのが「その婚約者の人と、いつ結婚するの?」って聞かれたことだ。「えーと、まだ日本では同性同士が結婚することはできないんだけど」って言ったら「へぇー、そうなんだ」って。。ヤツは同性同士でも結婚できると思っていたんだろうか???そんなこと言われたのは全く初めてだったので「そういう人もいるんだなぁ」と思ったよ。もしかしたら、日本全国中の中で同性同士が結婚できると思っている人は結構いるんでは?(笑)

その後、二次会に繰り出して(二次会会場もちゃんと決めてある用意周到な幹事さん)、また飲みに。まぁわたしは相も変わらずウーロン茶でしたが。そこで来週結婚式の披露宴をするヤツからガンガン質問され。。ええ、こっちが不快になる質問は一切なかったですけどね。でも今、無職だ、っていうと「じゃあひもみたいのやってるんだ、いいなぁ~」って。。オイオイ、わたしゃ彼女のひもかよ!これでも一生懸命病気治そうと努力してるんですけど。(笑)ま、悪気はないヤツみたいなんで、許します。(そういう性格の人って得だよねえ。。。)

で、11時半頃に「もう帰らなくちゃ」と言って、わたしは帰りました。本当は最後までいたかったんだけど、前のオフ会みたいに終電で帰ったら、ひどいことになることは分かっていたので。終電の2、3本前に帰りました。外に出てみたら、雨がざーざー。駅まで彼女に迎えに来てもらいました。わたしは「ちゃんとカミングアウトできたよー」って言って。

mixiのもう一つのアカウントは今日消します。(っていうか、もう退会しました)あとは高校、大学ってあるけど、いまのところ、そっちにはカミングアウトする気がないし。

小学校のときの友達と会えて、本当に楽しかった。また近いうちにやる、っていうんで、期待してます。(笑)

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05-05 Fri , 2006
COMING OUT
昨日の午後3時少し前、わたしは六本木ヒルズにいた。ヤツの職場が近くにあるため、六本木ヒルズの蜘蛛のオブジェのところで待ち合わせることにしていたのだ。六本木ヒルズなんて行ったことないし、一発で蜘蛛のオブジェが分かるか心配だったが、道々にある表示を見ながら、やっとのことで「ここかな?」というとことに着いた。六本木ヒルズはどこから人が湧いて出てきたのだろうと思うほど混雑していた。こんな状態でヤツが分かるかな、と思ったが、それらしき人はすぐ見つかった。

「でかくなったなあ」というのがヤツの第一声。無理もない。わたしは小学校6年の時、身長が150センチに満たなかったのだから。。女子というのはみんな、小学校高学年でぐっと身長が伸びる。わたしはもともと背の低い方ではなかったが、高学年に上がるにつれ、どんどん小さくなっていった。いや、小さくなっていったんじゃなく、周りが大きくなっていったのだ。中学に入ったとき、わたしは前から8番目という順番だった。それが中1、中2でそれぞれ7センチずつ伸び、あっという間に165センチを超し、その後もずるずると伸び続け、ついに170を超してしまったのだ。彼女も会う前に「(自分は)でかくなったよ」と言っていたが、聞いてみたら168センチとのこと。わたしはそうは思わなかったが、4センチほど差が付いていたのだ。彼女の中ではわたしは彼女より背が低いイメージがあったらしい。

本当は六本木ヒルズの中の「Afternoon Tea」に行く予定だった。が、中は人でいっぱい。おまけに待っている人がいる。「他のところに行こう」と言われ、そこから麻布十番に向かった。その途中に甘味屋さんがあり、そこに入ることにした。途中、彼女は「今、一人暮らしなの?」と突然核心を突くようなことを聞いた。「い、いや。一人暮らしじゃない」「じゃ、同居人がいるんだ」「うん、まぁそう」同居人というのは男と思っているのだろうか、と思ったが、まさか道の真ん中でカミングアウトするのはさすがに躊躇われたので、それ以上は黙っていた。

甘味屋さんに着き、わたしはアイスコーヒーを、彼女は煎茶を注文した。そこから話は始まった。小学校を出てから今まであったこと。。わたしの経歴はちょいと複雑で、仕事を求めて東京を離れ、また東京に戻ってきたことを説明しなければならない。そのためには彼女のことを話さざるを得ない。「実は」と話を切り出した。「さっきの同居人っていうのは恋人なんだ」「うん」「それが。。女の人なんだけどね」そういうと彼女はさほどびっくりした表情もせず「そうなんだ。それはよかったねえ」すぐさま、そう言われた。

それからはお互い、何があったのか、詳しく話し、あっという間に3時間半経った。彼女もその間、いろんなことがあったらしい。話を聞くと、びっくりするようなことがいくつもあった。また、わたしが自分の秘密を言ったからかどうかは知らないが、彼女も周囲の人にあまり言っていないことも洗いざらい言ってくれた。それを知っているのはごくごく少数らしい。今、悩んでいることも打ち明けてくれた。「人それぞれ、いろんなことがあるよねえ」彼女はそう言った。それから、わたしがこれからやろうと思っていることを手放しで応援してくれた。彼女もこれからやりたいことがいくつかあるらしい。わたしは途中からほとんど彼女の話を聞いていたが、苦労している分、わたしは彼女が自分より大人になっているような気がした。

話は尽きなかったが、時間が尽きた。帰りは麻布十番の駅で別れた。「また、今度ね」と言って別れた。

家に帰ってみると、彼女から「楽しかったよ」というメールが届いていた。「お互いでかくなったけど、中身は変わってなかったね」と書いてあった。わたしも「(自分を)受け入れてくれてどうもありがとう。本当に嬉しかった」と返事を書いた。

家に帰ったあと、わたしは彼女に「言ってきたよ」と言った。そして泣いた。受け入れられたことが嬉しかった。すぐさま「よかったねえ」と祝福してくれたことが何より嬉しかった。彼女は「ろんがいいヤツだっていう人は本当にいいヤツなんだね。疑ってごめんね」そう言った。

こうしてわたしのCOMING OUTはひとまず終わった。何事もないように受け入れてくれた友には、本当に感謝している。とともに、彼女にも彼女の幸せが訪れますようにと祈らずにはいられなかった。

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04-13 Thu , 2006
カミングアウトとアウティング
昨日は一日中寝ていた。といっても、身体の調子が悪いわけではなく。一昨日書いた「世間は狭い」に関すること。。

わたし自身はもうビアンである自分を隠したくないし、同性愛者が身近に存在する、ということをアピールしたかった。でもそれは理想論に過ぎないのでは、という気がしている。

それはわたしが考えている以上にmixiに同窓生がいたことだ。「同窓会に誘われている」と「世間は狭い」でわたしは書いた。でもそのときは深く考えていなかった。彼女から「回りに回って全然知らない人が知ったらどうなるの?」と聞かれるまでは。幸い、実家は遠くにあるし、実際問題、小学校の時の友達がわたしの実家を知っているわけはない。しかし、可能性は0ではない。なんてったって、うちの妹もそこの卒業生なのだから。。何も知らない妹へ話が行くかも知れない。そうすると、両親の知るところになるかも知れない。。

同窓生はみんながみんな、親しいわけではない。そこでmixi経由で同窓会に誘われたと知ると「どういうprofileだろう」と覗きに来るだろう。そこではわたしはおおっぴらにカミングアウトをしている。もし、同窓会の席でカミングアウトをしなくても、そこにいた同窓生にはわたしがビアンと言うことがばれてしまう。話がそこで終わるなら、特に問題はない。まぁ、あまり親しくない人には知られたくないということはあるけれども。だけど、話はその先だ。前に言ったように、人の口に戸は立てられない。「ねーねー、○○さんてレズビアンなんだってよ」という話が興味本位で語られる可能性が高い。そうするとそれはもう、カミングアウトではなく、アウティングになる。わたしの全く知らないところで、わたしがビアンだと言うことが知られてしまう。それはわたしの本意ではない。

何がいやかって、興味本位に語られるのが一番つらい。本人は血の出るような思いで他人にカミングアウトをするのだから。「この人にしても大丈夫か」と考えに考えて、カミングアウトするのだから。

カミングアウトとアウティングは表裏一体。知らせる必要がない人までにカミングアウトする必要はないのではないか。でも、もう自分に表と裏は作りたくない。自然体の自分を受け入れて欲しい。それは無理な願いなのだろうか。。

わたしは昨日、一日そのことについて考えた。同窓会については一時保留。そう決めた。悲しすぎて仕方がない。これが今の日本の現状なのだ。出て行きたくても出て行けない。それがわたしには悔しくてたまらない。「身近に同性愛者がいる」と世間に分からせるためには、もっと時間が必要なのか。

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01-06 Fri , 2006
楽しかった
昨日は午前中、ちょっとバタバタして、それからお昼近くになって眠ようとおもったんだけど、午後からある飲み会のせいでちょっとドキドキして眠れなかった。

彼女とは結局携帯メールでやりとり。こっちがぽちぽち打ってるところに彼女からのメールが来たりして、えーどうすんだろう、使い方が分からないよー。なんてパニクっていた。ちなみに彼女と同時に同じことをする、ってことが結構あって、電話なんかちょうどいいタイミングで掛けたりすることがよくある。これはホント、偶然とは思えないほど多くて。いつもびっくりするんだけど、こういうのが本当に「気が合う」っていうのかなーって思ったりして。

で、昨日の飲み会。なんとわたしを含めて14人も来ていた。しかももう、今はOBとなっている元の元の上司と元の上司も来ていたし、元は同じ職場で働いていて、今はえらーくなっている人も何人か来ていたし、だいたい、わたしより年下は2人しかいなかったんだから!ものすごーく頭でっかちな飲み会だった。ま、これはわたしが上司からかわいがられていたっていうのもあるだろうし、単に飲み会が好きでみんなで集まって飲みたいっていうのもあっただろうしね。年下の子はわざわざ遠くからやってきてくれて、本当に感謝。

しかし14人でわいわい、がやがや、本当にうるさくって。みんなおじさんだからセクハラまがいの言葉まで飛び出したりして。「あんなちゃん」っていうから誰それ?って思ってたら、うちのグループ担当のお店のお姉さんの名前だったりして。もう、みんなしょうもないんだからー。でも、うちらしい飲み会と言えば飲み会なんだけどね。それでもいつも一緒に働いていて、何をそんなに話すことがあるの?っていう感じ。みんな、本当に仲がいいんだ。誰の悪口も言わないしね。自分のいたところって自分のグループだけじゃなく、職場全体が本当にいい人だらけなの。「またこっちに帰ってきたら連絡しろ。また飲もう」って何回も何人からも言われたしね。いやあ、本当に楽しかった。

だけど2次会があると思ったら、もうみんな帰ってしまって、「あー、2次会ないんですか」って言ったら、2人残ってくれた。それも今のうちの職場の中で一番えらーい人とわたしが一番信頼してる人。そう、カミングアウトするならこの人、っていう人だった。もし2次会がその人と2人きりだったら、わたしはきっとカミングアウトしてたんじゃないかな。それでもしつこく「自宅のメールアドレス教えてくださいよ」って言って。本当にくれるのかどうかは分からないけど。自宅のPCのスイッチはほとんど押さないって言ってたからなぁ。まぁ、それは別として、3人でコーヒー屋さんに入って、30分くらい話してたかな。こっちは今後、したいこととか話して、向こうは仕事の話をして。段々厳しくなっていって、他の会社との合併もありうるらしい。。人も減らせと言われているらしいし、すごく大変みたい。早く辞めて正解だったかも、なんてね。実際、そのときじゃないけど、飲み会が始まる前に元の職場に寄ってから行ったんだけど、元同僚からそう言われたし。

で、9時半頃にお開き。10時過ぎに自宅に着いて、それからまたぽちぽちと彼女に携帯メールを打って。彼女はあと20分で仕事が終わるところだった。わたしは帰ってきたばかりだったので、それから歯磨きして、風呂に入ったから、20分じゃすまないって分かってたんだけど、またぽちぽち打ってたらその方が時間がかかると思って先に寝る用意をすませてから電話した。

昨日は40分くらい話しちゃった。それで寝るのがすっかり遅くなってしまった。

で、昨日の睡眠。1時近くに寝て、2時半頃に目が覚めた。それから全然眠れなくて。どうも久し振りにたくさんの人と会ったので、身体が興奮してたらしい。だから、5時頃、睡眠剤のお世話になった。んだけどそれでも眠れなくて。やたら変な幻覚みたいなのを見ていた。恐ろしかったー。睡眠剤飲んでも眠れなかったらああなるんだって思ったよ。

今日は昨日疲れたのと、眠れなかったので、ゆっくり過ごすつもり。あ、でも昨日はありがとうございました、というメールを出しておかなきゃ。それをしたら今日は寝るつもりでーす。散歩は、どうしようかな。寒いから行きたくないんだけどなー。うーん、どうしよ。
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01-01 Sun , 2006
情けない
昨日は早々に起きて、カミングアウトの準備をすべく、このブログに自分のことと彼女のことを書いたものを印刷し、コピーして、あとはそれぞれに手紙を書くだけ、って思ってた。紅白を見ているときは「ちょっとやりすぎかな~、手紙だけにしよ」って考え直してたんだけど、寝る前に彼女に電話したら、考えが変わってしまった。。

彼女曰く「どうして前の職場の人にカミングアウトする必要があるの?わたしはね、ronが知らないところでronの両親が知ってしまうことが怖いの。両親が知ってしまったとき、ronがそれに耐えうる体力と精神があるかと思うと、わたしは今回のカミングアウトには反対だよ。手紙もあと5日あるんだから、焦らないで考えてみて」って。

昨日は紅白見て、それから風呂に入ったから、彼女と電話するのは2時過ぎてたんだけど、そのときは「うーん、どうかな」って思ってた。でも起きたら考えが変わってた。もしかしたら、今はまだ、カミングアウトすべきじゃないのかも知れない。もうちょっと時間をかけて、考えてみようって。

そういえば、わたしの前の会社の同僚の中に、彼の母とわたしの従兄弟の母が親友同士、って人がいて、以前、わたしがずっと実家と疎遠だったときも、彼は彼の母親からわたしがどうしているか、元気なのかとか、よくやってるだとか報告してたらしい。。それをわたしの従兄弟の母経由で両親に伝わることだって大いに考えられる。そんなことを考えていたら、急に怖くなってしまった。

取り敢えず、カミングアウトしようと思っている人には「自宅のメールを教えて下さい」とか「秘密を持つことに耐えられるか」ってこちらからモーションを掛けている。それで、向こうからなんか反応があれば、カミングアウトすればいいかな、今はそう思っている。今度みんなで集まるときには多分、言わないでおくだろう。

しかし、なんて情けないんだろう、2、3日前まではあんなに「カミングアウトするぞ!」って意気込んでいたのに。。本当に情けない、と同時にカミングアウトは難しいって思わせられる一件だった。

昨日の睡眠。紅白をみていたので寝るのがすごく遅くなって、2時半過ぎに寝たかな。4時半頃に起きて、それから7時に本格的に起きて、ごそごそメールを書いて、それから家族揃ってのお正月。ちょっと寝不足だったので、一足先に退席して、それからさっきまで寝ていた。頭が痛かったんだけど、それはもう治ったみたい。あともうちょっとすると、家族揃って初詣、になるだろう。

本当は昨日考えていた今日の題は「あと11日」だったのになぁ。。本当に情けない。。情けない1年にならなきゃいいけど。今年の目標は、まず病気を治すこと。それからやりたいことを徐々に始めること。カミングアウトも含めてね。そして、自分の足元を固めること。彼女との生活をきちんとしていくこと。そんなところかなぁ。
11:55 | カミングアウト | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12-31 Sat , 2005
今年も終わりかあ
今年もついにあと1日。本当にいろいろなことがあった1年だった。
1月は鬱病から仕事への復帰、2月は彼女と一緒に不動産屋さんを何軒もまわり、住む家を決め、3月は会社を辞めた。4月からは彼女と一緒に住みだし、5月から7月までは順調に彼女と一緒に住んでいた。シフォンケーキ作りに凝ったのもこのころ。ところが8月になった直後に無理をして体調を崩し、それから後半の半月間は「死にたい、死にたい」と繰り返し、挙げ句の果ては台所に行って包丁を持ち出そうとしたり。あのときは、頸動脈を切って死のうって本当に思ってたんだよね。そこまで深く切れるかどうかは別として。

で、彼女と毎日のように取っ組み合い。「死にたい」を繰り返すわたしを、彼女は無理矢理医者に連れて行って。わたしはどうにかして帰ろうと、待合室で途中で席を立ったり、子供っぽいことをしたんだっけ。そして先生に「死にたいんです」と言ったら悲しい顔して怒られた。わたしのこと、本当に親身になって考えてくれている先生だとそのとき初めて思った。そして「実家に年内くらいは帰ってゆっくりすごしなさい」って言われたんだった。9月に一旦、実家に戻ったんだけど、10月に耐えきれなくて、彼女との本当の関係をカミングアウトをした。でも先生は特段驚きもせず、淡々と受け入れてくれた。だけどそのときは、自分ではまだ何もできない状態で、自分から「実家に戻ります」と言った。実家では何もせず、本当に寝たきり状態だった。

それでも10月の中頃に以前からやりたかったブログを「ちょっと始めてみようかな」と思って、一生懸命デザインを変えたりしてたっけ。無理しないように彼女に怒られつつも完成して、それからは毎日、休まず更新した。鬱な自分、ビアンである自分、日常の自分、どれもこれも今まで書きたかったことばかりで、書く材料には苦労しなかった。その頃から病状も段々よくなり、ついに本が読めるようになったんだっけ。それからはずっと本を読んで感想をブログに書いていたよね。友達に誘われてmixiに入ったのもこのころ。11月になると目に見えてよくなった気がした。それに伴い、薬の量がちょっとずつ減っていった。12月に入って先生に「もう実家にいたくない」といって「1月になったら戻ってもいい」って言われた。すごく嬉しかった。そして、たくさんのビアンカップルの人達とお会いしたこと。自分の世界がものすごく広がった気がしたよ。そして、カミングアウトについて考え始めたこと。

そんな1年だった今年。その今年ももう終わろうとしている。自分自身としてはすごくもどかしい1年だった。何もしていない1年に思えた。だけど、心と体は少しずつ回復しているのが分かる。それを崩すことなく、来年を過ごしたい。いつ、薬を飲まなくてもよくなるか、とまだ考えることはある。本当に自分のやりたいことはいつできるようになるのか、と考えることがある。でもこの病気はいっぺんに治ったりすることはない。少しずつ少しずつ焦らないで治していこう。そしてビアンである自分のことも考えながら過ごしていこう。

今日の睡眠。寝る前にする彼女との電話の中で「本当にカミングアウトを今しなくてはならないのか」「他の人を経由して自分の両親に分かったときの覚悟はできているのか」そんなことを言われた。彼女はまだ、わたしの心と体のことを心配してくれている。両親に知れたとき、耐えきれるのか、そう言うことが心配らしい。でも、わたしはカミングアウトするつもりでいる。そうしなければ、息が詰まりそうだから。ちょっとでも本当の自分を知ってもらう人が欲しいから。

寝たのは11時過ぎだったと思う。それから次に起きたのが2時2分。カミングアウトの仕方とかいろいろ考えていて、眠れなくなったので3時40分頃にすごく久し振りに睡眠剤を飲む。それからぴったり2時間後の5時48分に目が覚めた。そこからは眠れなくて布団の中でゴロゴロ。7時少し前に本格的に起きた。

今日はカミングアウトのための資料をいろいろ作ろうと思っている。何も大晦日にそんなことをすることはないとは思うんだけど。だけど、思い立ったが吉日、というかやろうと思ったら止められない性格。本当はそういうのが鬱になりやすい性格なんだけどさ、もろに。だけどやるといったらやるんだってば。もう誰にも止められない。
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12-29 Thu , 2005
最近思うこと
それはmixi内で知ったことだった。とある人が『「黒ひゲイ危機一発」が「同性愛者に対する差別である」』という題で、「セクシュアルマイノリティ教職員ネットワーク」(STN)がこのおもちゃの発売を中止するように抗議をし、それについてその人は「抗議行動に反対する」という意見を述べ、この抗議をすることによって「世間のゲイに対する風当たりは強くなると思います。」と書いていた。また『世間に「潜在的なゲイへの差別感情」を告発し、反省を促すのだとおっしゃるのでしょうか?』とも書かれていた。

わたしはその黒ひゲイのモデルとなっているレイザーラモンHGと言う人をまったく知らない。だから、そのおもちゃが面白いものなのか、そうじゃないのか、よく分からなかったし、その人が「抗議行動に反対する」といった理由も「世間に『潜在的なゲイへの差別感情」を告発し、反省を促すのだとおっしゃるのでしょうか?』と言っているのも、実はよく分からなかった。

だが、いろいろな人の意見を読むことによって、また、自分のことを考えることによって、自分が何をすべきなのか、何となく見えてきたような気がしている。

わたしは「差別」というのはいろいろな種類、例えば女性差別だとか老人差別だとか障害者差別などがあることを知っている。また、同和差別でよく『「寝た子を起こすな」という考え方はよくない』と言われていることも知っている。わたしは自分自身がマイノリティである、ということから、この世からどうやったらすべての差別がなくなるのだろう、とずっと前から考えていた。そしてそのとき出した結論は、「一つ一つの差別について、お互いが確認し合い、どこがどう差別なのか、徹底的に話し合う」ことが差別をなくすことにつながるのでは、と思っていた。要するに、「寝た子」を起こさせることが差別の解消になると思っていたのである。だが、最初に「寝た子を起こす」のは誰か、それはそういう団体に任せて、そうすればいつかは解消されるだろう、と思っていたが、一方、自分にも何かできることはないかと考えてもいた。

今回のこのことで、わたしはもう一回よく考えた。わたしはこのレイザーラモンHGという人のことはまったく知らないが、テレビなどで出てくるいわゆるニューハーフだとかちょっと女っぽい男の人だとか出てくると、一人で見ているときはまだしも、家族と見ていると、何を言い出すかと冷や冷やすることがある。「同性愛」と言う言葉が出てくるとしたら、本当にどうしていいのか分からなくなるだろう。だから家族とはそういう人が出てくる番組は見たくないのだが、それはもしかして間違いでは、と思うようになった。まぁテレビに出てくる人達は「イカニモ」系の人達だから、仕方がないのかも知れないが(「イカニモ」系の人達とはちょっと違うっていいたいんだよなあ)、少なくとも「同性愛」について、間違った意見を家族がいうとしたら、きちんと「それは違う」というべきではないかと思うようになった。

みんな同性愛について、潜在的に知らないのだ。身近にいるとは思ってもみないのだ。それで自分の持っているイメージで物事を決めつけているのだ。それをわたしたち一人一人が「特別な存在でも何でもない、普通の人達で、ただ、恋愛対象が多くの人達と違うだけなのだ」ということが大切なのではないかと思うようになった。それと同時に、社会への影響力の強い人がカミングアウトしてくれたらなぁ、と思った。日本ではまだまだそういう人がカミングアウトできるような状況にはないのだろう。それを敢えてしてくれると、まったく知らなかった人達も「なんだ、普通の人じゃないか」と思うようになると思うんだけどなあ。

少し前に、わたしは「友人へのカミングアウト体験」で一人の子にはするかも知れない、と書いた。が、今では信頼できる人ならば、どんどんカミングアウトしていくべきでは、という風に考えが変わってきた。身近に同性愛者がいるんだよ、とシグナルを送るのだ。そしてその人たちに「わたしたちは不幸ではない。パートナーと幸せに暮らしている」そう思わせるのだ。

また、同性愛に関するアンケート、同性婚に対するアンケートなどに積極的に答えていきたい。そうすれば、自分の周りから少しずつ状況が変わってくるのではないかと思うし、そういうことをそれぞれの人が始めれば、今の日本の社会における、同性愛者への偏見も薄くなっていくのではないかと思う。それがもしかすると、将来のパートナーシップ制や同性婚につながっていくのではないかと思うのだ。

わたしにはつらい思いをしたことが1度、ある。とあるサイトで自分と同じ地域に住む人が、新聞に自分の意見を載せたということを知り、その人も自分のHPを持っていることを知った。それを覗きに行くと日記があり、その中に自分の会社以外ではまず、使わない言葉が使われているのを発見した。わたしは同じ会社にゲイの人が存在することが嬉しくて、彼にメールを出した。彼からも返事が来て、やはり、同じ会社の人だと言うことが分かった。それでメールを何度かやりとりして「将来は同じ職場になるかも知れませんね」などと書いていた。が、数ヶ月後、なんと彼は亡くなってしまったのだった。HPにはガンだった、と友人の手で報告されていた。

時を同じくして、職場で訃報票が回ってきた。彼の訃報だった。わたしと1歳しか違わなかった彼、隣の人に「この人はなんで死んだんだろうねえ」と言われた。わたしは彼のことを知っていることはおろか、亡くなった理由も知っている。けど、知らないふりをして「さぁ、なんででしょうねえ」と話を合わせなければならなかった。これほど悲しいことはなかった。そういう悲しい思いは2度としたくない、そう思った。彼とのやりとりしていたメールはまだ、このPCの中に残っている。

そういう悲しい思いをしないためにも、自分ができることからやろう、今はそう思っている。それが同性愛の理解につながるなら、これほど嬉しいことはない。ただこれは、アウティング、という側面も持っている。だから慎重に、本当に、本当に自分が信頼できる相手にしかカミングアウトできないだろう。でも、何もしないよりはましだ。

今度、前の会社の人達が、わたしが東京へ行く前に飲もうと言ってくれている。その中に2人ほど信頼できる人がいる。わたしはその人たちにこのサイトの存在を知らせるつもりでいる。ただし、職場のパソコンからは絶対に見ないで、という注意書きとともに。ちょっとドキドキするけど、やってみよう。

追記1:「黒ひゲイ危機一発:同性愛者らの団体が抗議、販売中止求める」ニュース (2008年6月現在、この記事は既になくなっているようです)

追記2:STNの抗議文

追記3:これはわたし自身の考えであって、他の人にカミングアウトを強要するものではありません。

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12-24 Sat , 2005
友人へのカミングアウト体験
久々にまたぼせさんの「同性が好きかも知れない君へプロジェクト」に参加。またこれもTBします(2008年6月現在、既にこのプロジェクトはなくなっているようです)。

今回のお題は「友人へのカミングアウト体験」。実はわたしは自分自身のこと、人には話したことないんだよね。今いるところは自分の出身地じゃないし、7年勤めた会社の人も結局、友人になるほど親しい関係になる人はいなかったし。だから友人へのカミングアウトは一切、してません。東京に戻ったら、学生時代の友達が何人かいるので、もしかしたらするかもしれない、とは思ってたりするけど。

ただ、今、前の職場の後輩からときどきメールが来ていて、そのメールでかろうじて前の会社とのつながりはあるんだけど、その子に今、このブログの存在を教えようかどうしようか迷っているところ。というか、その子の返事待ち。「あなた限りの話で教えたいことがある」というメールをこの間出したから。確か、PCは持ってない子だったので、見るのは無理かなぁと思ってるんだけど。

その子はわたしのいる部署に新規採用されてきた子で、いろいろ仕事のやり方を教えたり、面倒を見た子だからか、わたしが病気で入院しているときもメールのやりとりをしたり、お見舞いに来てもらったりしてたんだよね。わたしが会社を辞めるときの送別会も、彼女中心でやってくれたし、今、メールのやりとりしてるのも多分、そういう感じの延長なのだと思う。わたしにとってはかわいい後輩なんだけどね。もうちょっと一緒に仕事したかったな、って感じ。

だから、その子に限っては自分の本当のことを言ってもいいかな、って思ってる。どういう返事が来るかはわからないけど、ちょっとドキドキしているのは確か。

逆に彼女の方の友人には何人か、紹介されてたり、存在を教えていたりしている人がいる。彼女の友人に直接会ったときは、特にドキドキしたりはしなくって、ただ「これがわたしの彼女だよ」って紹介されて、一緒に飲み食いした。向こうもあらかじめ彼女のセクシャリティを知っていたためか、却って「よかったね」って言われたらしいし、その上で会ったので、リラックスできたのかも知れない。

まぁ、特に友人にカミングアウトしなくても、今や付き合ってるのはビアンの友達の方が多いから、あまり必要性は感じていない、っていうのが一番かな。

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12-15 Thu , 2005
待ちきれない
昨日のイライラは、時間が経つに連れてだんだんひどくなっていった。一刻も早く家に帰りたい。もうあと1日だっていうのに我慢できない。

そのため、昨日の昼間に仕事に出かけている彼女にわざわざ電話してもらったんだけど、そのときに「散歩でもして、身体を動かしたら?イライラすることを考えないようにして」と言われ、昼ご飯を食べた直後に無理して散歩に行ったんだけど、イライラは治まらなかった。イライラするのと同時に家族と話したくない。昨日の夕食時はずっと黙ったままだった。

なぜ、こんな気持ちになるのか。いろいろ考えてみたんだけど、理由は2つあるらしい。1つは昨日も書いたとおり、なんでこんなところにいるんだろう、もっと自分のしたいことをやりたい、ということ。2つ目はネットの世界と今、自分の現実の世界と隔たりが大きすぎること。簡単に言ってしまえば、今、わたしはビアンとして、包み隠さず、こうやってブログを書いたりmixiで発言したりしてる。それは本当の自分で、そのことは問題ない。問題なのは、現実の世界で「わたしはビアンです。彼女もいます。一緒に住んでいます」と言えないこと。それがものすごく苦しい。特に家族と一緒の時は、conjuntoさんがおっしゃっていた「二人ぼっち」どころか「ひとりぼっち」で、苦しくて苦しくてたまらない。そのことが家族としゃべりたくない気持ちとつながっていると思う。

親にカミングアウトする気持ちは今までまったく持っていなかった。だけどこのままだと風船に空気が入り続けて、あるときいきなり破裂して、カミングアウトしてしまうかも知れない。でも今はそうする勇気もないし、第一、それが両親に受け入れられるかどうかがすごく心配なのだ。一体、自分はどうすればいいんだろう。

こういう気持ちを持って今日、東京へ向かう。
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