03-31 Fri , 2017
日商簿記検定試験3級の結果
20170331 141059


いつ結果が来るかなんて、すっかり忘れてたこの試験(^^;

予想通り不合格。でもあと7点だったんだね。それは意外だった(100点満点中70点以上で合格)。

てか、今回はすごく易しかったらしい。まーそれはわたしも思った!落ちておきながらなんなんですけど(^^;問題は、%の率を全部間違えてそのまま掛けてしまっただけで、これができたら合格してたってことだよね~。まぁ、普段はやったことがないことを試験ではやっちゃうって、本当にあるんだね~って思った。そういう意味ではいい経験だった。

今は6月に2級を受けるためにバリバリ勉強してる、、といいたいところなんだけど、ちっともできてない。
なんかね~、年3回受けられるのかぁなんて思ったら。次でいいかなあ~とか思わないでもない。が、2級は6月の試験と11月の試験って試験範囲が違うみたいなんだよね~。本来6月から変わる予定だったのが、11月に先延ばしされたらしい。でもまぁ実務では非常に重要な知識らしいんで、6月受験する人も将来的にはやっておいてねって分野らしいけど。

取り敢えず、4月から頑張ります(^^;
って4月ってもう明日だけど。
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02-27 Mon , 2017
簿記3級落ちた~(´Д` )
昨日は簿記3級の試験だった。

最近のわたしはなぜか超忙しく、特に2月の中旬以降、一日中家にいた日って20日と21日、24日しかなくて。それ以外の日は全部外で用事があり、時に夜遅くなったり。通信の講義を聴き終わったのが確か21日だったか。で、23日に本屋に予想問題集みたいなのを買いに行き、24日に初めて予想問題を解きながら「簿記の試験ってこういう問題が出るんだ」と知ったという、まぁ非常に舐めた態度で試験に臨んだのでした。。

試験では一応、全部埋められて、数字も左右合ってたは合ってたんだけど、解答速報と数字が違う(´Д` )
てか、利子などのパーセントで計算する問題をすべてそのままの数字を掛けてしまうという「アンタは本当に小学校を卒業したのか!!!」と言われてしまうほどの馬鹿なミスを連発して、数字が全部一桁多かったのだった(要するに、0.15%をそのまま0.15掛けて出してしまった。0.15%なら、0.015を掛けなければならないのに)。こんなミスは普段の勉強でもやったことがなく、今思うと本当に「え???なんで???」って感じなのだが、まぁ、そういうことも起こりうるんだなあと。

帰って彼女に「パーセントをそのまま掛けちゃった」と言ったら「なんで電卓の%のところを押さないんだ」って言われたけど、そういう初歩的な電卓の使い方はよく分からないのだ。。いや、使ったことはあるんだが定着しないというか。メモリ機能なども覚えるには覚えたんだけど、結局使いこなせないままで忘れてしまった。使えると楽なんだろうけど、使えなくても不便ではあるが一応なんの問題もなく計算はできるのでね。

しかし、事前にほとんど勉強できなかったとはいえ、やっぱ試験に落ちるとショックだ。

まぁでも簿記って結局自分で手を動かして仕訳をして、自分で手を動かして計算機のボタンを押して、自分で手を動かして表の中の数字を埋めなければダメなんだってことがよく分かった。

もう一度3級の試験から受け直すのは嫌なんで、6月までに2級の勉強をして2級に合格したいと思います。
ただ、簿記はつくづく自分には合ってないなあと思う。行政書士の講義を聞いているときはまったく眠くならなくて、逆に法律すごく面白い!って思ったのに、簿記の講義は眠くならなかったことがなく。正直、すげーつまんないー、自分に向いてないー(´Д` )と思いつつやってる。だけどこれからの2級の勉強は独学でやるつもり。簿記にはこれ以上掛けられるお金もなく。本を買ってコツコツやりたいと思ってます。今後の問題点は興味ない簿記の勉強を独学でどこまでできるかだな~(´Д` )。

まぁでも将来的に企業の財政状況などが分かった方が仕事をしていく上で幅を広げることになるだろうと思うので、取り敢えず2級までは頑張ることにする。
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02-01 Wed , 2017
行政書士試験の結果
昨日は行政書士試験の合否発表の日だった。
ネットで見たが、結果は合格。

そして今日、合否通知書が来て、あの試験で何点取れたのかが分かった。

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というわけで、246点取れてた。あの記述で50点もらえるとはね。多分民法1問目は満点で20点もらえたとは思っていたが、行政法1問目はA市長なのにA市と書いてしまい(ここ、最初はA市長って書いてたんだけど思い直して「長」を消して書き直し。。わたしのバカバカ)おそらく5点くらい減点で15点。とすると、あの民法2問目も15点もらえたのか??てか、あの答えでたったの5点しか減点されなかったのか??予備校の解答と全体的に主旨は同じようなものだったが、まったく法律用語を使って解答できなかったのに(あ、慰謝料は書けたか)。
【追記】あ、行政書士試験で奇数の点数は有り得なかったですね。とすると、どちらかが16点でどちらかが14点だったのかな~。(2017.2.2)

今年の行政書士試験は択一式が割と難しめだったので、記述式の点数が甘かったらしいとのもっぱらの噂だが、確かにそんな感じもする。

あと合否発表の直前まで気になって気になって仕方がなかったマークミスだが、どうやらマークミスもしていなかったようだ。よかった。

結果的には思ってもみない高得点で合格できたが、まぁ試験の点数と実際の実務の能力とはまた別の話だからね。それに行政書士の実務はなんといっても人見知りしない方が圧倒的に有利で、人見知りしてしまうわたしはどうもそこら辺は不利っぽい。まぁそれは持って生まれた性格だから仕方がない。人見知りの中でも我慢してやるしかない。

これで目標は1つクリアできたので、次の目標に進みます。

前からブログにも書いてるけど、当初からもう一つ資格を取ろうと思ってたので、そちらの方に向かうことにする。次の目標は社会福祉士。これはわたしのような今まで福祉とはまったく関係のない仕事をしてきた人間にとっては、国家試験が受けられるような福祉系の大学や専門学校に行って、その中で勉強し、そして約1ヶ月間の実習をした上でなければ国家試験が受けられない。

わたしは今、日本社会事業大学の通信課程に通うことを考えている(多分学費が一番安い)。その願書受付が2月6日からだったかな。一応入学選考があるらしく、小論文を書かなければならない。あとそれからなんか雑多ないろいろなことも書かなくてはならず、あと6日で出せるかな。まぁ受付開始と同時に出さなくてもいいんだけど。

簿記3級の試験勉強もあと少し。

なんかすっかり資格ホルダーっぽくなってるなあ(^^;
いやいや、実務に必要だと思ってるから取ろうとしてるだけなんだけどね。
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01-27 Fri , 2017
簿記の試験を目指す
行政書士試験が終わったあと、試験発表までどうやって過ごそうかなと考えていたところ、わたしは今のところ特に司法書士を目指すわけじゃなく(行政書士受かったら司法書士受けるって人結構いるみたい)、できればこの資格でなんとかやっていきたいと思ってるので、そうなったらお金の管理をするために簿記でも分かるようになっておいた方がいいかな~と思い、簿記の試験を受けることにした。

「どうせなら一気に簿記2級を目指しちゃえ!」と思って、それ用の講座を取ったのだが、教材が届いて「さてやるか」ってやり始めたところで大風邪引いてしまい、そもそもぎっちりなスケジュールのはずだったのに1ヶ月、まるまま勉強できなくなってしまったので、仕方がなく3級を目指している。あ、試験日は2月26日。

簿記の資格を取ろうとしたことが、行政書士試験を目指すずっと前に2度ほどあったが、すべて失敗している。どちらも独学で取ろうと思って勉強したりしたんだけど、簡単なんだかよく分からないんだかがよく分からず、結局途中で挫折してしまった。わたしはどうも独学は向いてないようだ。なので今回も予備校の通信講座を取っている。

1月も中旬くらいからやり始めたんだけど、イマイチ乗り切れなくてゴニョゴニョしてたらあっという間にあと1ヶ月後に試験が迫ってきた。というわけで、つい数日前から本気で勉強している。でもまだ半分くらいしか講座は聴けてないんだけど。できれば2級の分もできるだけやっておいて、次の試験(6月)には2級を受けたいなあと思ってるけど、それはやってみないとよく分からない。4月から他の勉強もしなくてはいけないし(これはあくまでも予定)、それ以外のこともやらなければならないので、簿記の勉強の時間が取れるかどうかよく分からないので。

3級の勉強も半分くらい進んできたんだけど、簿記って全然手応えがないのね。法律と違って面白いとかそういうのも全然なく。わたしは多分、こういう分野は向いてない。

ただ1年間、試験勉強を続けていたら、結構「勉強グセ」が付いているなあと感じる。1ヶ月丸まま休んでても特に勉強を始めるに当たって抵抗感はなかったし、勉強のリズムをつかめばそれこそ1日中だって勉強できるようだ。今は午前中に講義を聞いて、午後から復習をやる感じ。それで1日1つずつ講座を進めている。

うつになると、やる気が出ないのが当たり前になって、「やる気ってどうやったら出るんだろう?」ってずっとずっと考えてたけど、今は「やる気って別に出すものでもないんだなあ」って思う。何か行動を起こすまでに決断力も要しないし、どっかから飛び降りるような気持ちで行動するようなこともない。結局そんなことを思っているうちはまだ病気が治ってないので無理するなってことじゃないだろうか。

ただ「何もしていない自分は怠けている」と思ってしまうクセはまだ抜け切れていなくて、12月丸まま1ヶ月なにもできなかったことに対して「本当になにもできなくてよかったのか」と思い始めている自分がいる。風邪のつらさとか、頭が痛かったのでずっと眠りこけてたとか、吐いて吐いて苦しかったことが自分の中からすべて忘れ去られているらしい。なのでしょっちゅう彼女に「わたしは本当に12月は何も勉強できなかった状態だったよね?」と聞いて確認を取っている。まだまだ「何かできる状態だったのに何もしなかったのではないか」と自分を責める病気のクセは抜けきっていないようだ。
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01-26 Thu , 2017
あと5日
2016年度行政書士試験の合否発表日まであと5日。

なんか2週間前くらいから急にドキドキし始めててやな気分。

マークミスさえしてなければ合格確実ってのは分かってて、それは例えば「記述式○○点以上じゃないと合格できない」っていう人に比べたら、格段に安心できる状況なんだってことはもちろんよく分かってるし、今のわたしの状況でドキドキするって言ったら「とても贅沢な悩みだ」と言われるかも知れないのもよく分かってる。

でも、「もし一つずつずらしてマークしてたら」と思うと本当に死にそうな気分になる。

わたし自身の悩みって、人から理解されにくい悩みが多い。「それでもわたしが悩んでる今の気持ちは確実にあるんだけどなあ」っていつも思う。ギリギリのところまで頑張ってるのも事実だし、頑張りすぎて身体を壊したこともあるのも事実なのに、いつも軽く飛び越えているように思われてて困惑する。

少し前になるにわって団体がやってる「生きづらさからの当事者研究会(通称づら研)」が出してる冊子を読んだ。そこに「名前のない生きづらさ」について誰かが書いてた。その人も「こんなつまらないことで悩んでるなんて人には理解されないだろうから言いにくい」って書いてた。わたしは「わたしと同じことを感じてる人がいる」って思った。

別にわたしは誰かから自分の悩みについて「それはつらかったね」とか「分かるよ」って言ってもらいたいわけじゃない。ただ「あ、そういう悩みもあるんだね」くらいに受け止めて欲しいとは思う。
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11-23 Wed , 2016
試験が終わって10日
試験が終わって10日。
やっと身体に疲れを感じて眠ることができるようになった。

てか、試験前からずっと身体の疲れは出てたんだけど、少し休もうと思ってベッドで寝ころんでても「この時間がもったいない。この時間があればもっとあれとあれとあれの勉強ができる」と思うと、いてもたってもいられなくて起きてしまい、結局ずーっと疲れたまま、勉強してたんだよね。

それが試験が終わってもなかなか抜けなくて。やることなくて寝ころんでても、頭の中が「勉強しなきゃ」ってことが習慣になっててどうもそわそわして全く眠れない。眠れないどころか気持ちが落ち着かず、寝ころんでもいられない。

そうやってようやく疲れを感じて素直に眠れるようになったのは、今週の月曜からだったかな。こうなるまで丸々一週間かかった。逆に今はもう身体が疲れ切ってて日中はだるくて眠くてずっと寝てる状態。まぁこれで今までのたまりにたまった疲れが取れるだろう。よかった、ちゃんと休めるようになって。

試験終わったあと、行政書士の試験を受けた人のブログがあれこれ見つかって読んだりしてた。今年の受験生だけじゃなく、過去に受験生だった人のとか。試験中も「同じように受験する人はいないのかな」って思って探してたんだけど、なぜかそのときは全く見つからず、今回やっと「あー、ブログ書いてた人こんなにいたのね」って思った。しかし、行政書士の試験に受かった人のほとんどが司法書士を目指してるのねー。それともたまたまそういう人たちのブログしか目に付かなかったのかも知れないが。。

わたしは前もちょっと書いた覚えがあるけど、司法書士は目指してなくて、法律関係の資格は一旦これで終了。次に目指してる資格試験は法律関係ではない。そして今度取りたい資格は、行政書士みたいに独学とか予備校じゃなく、学校に通わなきゃならないみたいなんだよね~。それも国家試験受けるまで2年かかる。まぁ、通学じゃなく通信にするつもりだけど。今から7年前くらいか、中央大学法学部の通信課程で勉強したことがあって、それは結局最後まで続かなくて卒業できずに途中で辞めてしまったんだけど、思うにあれは病気だった部分が大きいのではないかと思っている(とはいえ、時期的には2回目と3回目のうつ病の間から始めて、3回目のうつ病にかかった1年後までなんだけど)。なにしろあの当時は教科書読んでもさっぱり理解できなくて、スクーリングにも行ったけどさっぱり記憶できなくて(スクーリング終了日にはテストがある)、そしてスクーリングが終わっても「終わった!」って達成感を全く感じられなくて。しかし今回は模試2回受けて、2回とも終わったあとは模試といえども取り敢えず「終わったー!」って解放感があったので、やっぱこっちが本来の自分だよね、って感じ。あ、でも本試験が終わったあとは解放感は全く感じずに、前回の日記に書いたように、試験前にあまりの疲労感いっぱいだったので「わたしは逃げ切れた」という思いの方が強かったんだけど。というわけで、今度は同じ通信といえどもちゃんと勉強できる自信がちょっとは、いやだいぶある。

なので今度はそれに向かって、と行きたいところだが、行政書士試験の合格発表がある前に大学の願書を提出してしまうことが少し怖くて躊躇してる。今の時点でマークミスさえしていなければ合格と分かってても、もしかしたら1つずつマークミスをしててほとんど点を取れてなかったらとか、そんなことを考えてしまって本当に合格しているかどうか分かるまではやっぱ安心できない。といえども、落ちててももう2度とあんな勉強はしたくないんですけどね、、

ついこないだ、行こうと思ってる学校の入学案内を取り寄せたら、願書受付が3期に分かれてて、既にもう1期の願書受付中なんだよね~。合格発表後だと3期になるんだけど、そのときまでに定員いっぱいになってたらどうすんだろ?と思ったりして。まぁ今度説明会があるそうだから、それに参加して質問してくるつもり。

法律の方の知識も試験終わったらこれで終わりというわけではないので(一応、行政書士としても開業を目指してるので)、こっちの方は内田の民法を合格発表日までにコツコツ読んで忘れないようにする。中央大学法学部の通信課程だったときに揃えた本だが、あのときは理解できてなかった。でも今回は民法は一通り頭に入ってるので、読むのが楽しい。予備校ではやっぱ試験に特化した勉強しかしてないので、いろんな学説とか読むと面白い。とはいえまだ詐欺のところが終わったばかり。取消し後の第三者ってなんでもかんでも機械的に「対抗関係になる」って覚えてたけど、詐欺取消し後の第三者って権利外観法理で94条2項類推適用って考えも有り得るのね。ていうかここ、判例と学説が違うのね。学説は詐欺取消し前の第三者に登記が必要(対抗関係という意味じゃなしに)、取消し後の第三者は不必要って判例と全く逆じゃん。そして心裡留保には第三者保護の規定がないって知ってて、94条2項類推適用で保護されると分かってたけど、94条2項類推適用だったら登記は不要だった。なぜか登記が不要とは思ってなかった。ここら辺、きちんと覚えてなかったわー。試験に出なくてよかった(笑)

合格発表日前までは身体の調子を整えながら、こんなことをして過ごす予定。
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11-14 Mon , 2016
行政書士試験受けてきました
行政書士の資格を取りたいと思い始めたのはだいぶ前のことだった。

実際に勉強を始めようとしたのは今から4年前くらい?でもそのときはまだうつの状態がよくなくて勉強を始めることすらできなかった。1年治すことに専念して、結局2年間やらず、次にチャレンジをしようとしたのは確か2014年だったか。でもこのときも勉強を少し始めたところで息苦しくなったり身体の調子が思わしくなくなって、まずは体調を整えてからまた勉強をしようと思ったのに、治らないまま1年が過ぎて。「あ、これは体調を万全にするのは無理だ、体調が悪い中でもやらなきゃいけないんだ」と悟ったのが去年の行政書士試験が終わって少ししたとき。11月下旬くらいだったかな。

なので、去年の今頃はまだ今年の受験を迷ってた時期で、勉強すら開始していない状況だった。勉強を始めたのは去年の12月から。
実質丸1年、勉強した。そして今年、ついに受験することができた。

行政書士の資格試験というのは、一般的な競争試験じゃなく、300点満点中180点以上取れれば誰でも受かるという試験だ。そういう意味では戦う相手は他人ではなく、自分になる。自分が180点以上取れる実力がつけば受かる。行政書士試験ってそんな試験だ。

試験科目は基礎法学、憲法、民法、行政法、商法の法令科目と政治経済社会情報などの一般知識等科目。ほとんどの問題は5肢択一式で、これは1問4点だが、全60問中3問は記述式。記述は行政法から1問、民法から2問出て、配点は1問20点。その他に多肢選択式という穴埋め問題みたいなのがあって、それは3問。1問につき4つ穴があって、語群から穴に埋まる言葉を選択する。それが1つ2点だから全部で12つの穴があって(3問×4つ)、計24点。これは憲法と行政法から出る。

ちなみに5肢択一式の問題数の振り分けは、基礎法学2問、憲法5問、行政法19問、民法9問、商法5問。一般知識等は全部で14問。そして一般知識等は6問、要するに24点以上取らないと全体で180点を超えても合格にならない「足きりライン」がある。

こう書くとなかなか複雑な感じに見えるね。

前回のブログに書いたけど、それまで2回受けた模試の前は2回とも失敗して模試前1週間はほとんど勉強ができなかった。だから今回は絶対に体調を崩さないと強く決心したんだけど、なんせ初めての体調を崩さない試験前1週間だったので、試験日に体調を整えることまで気が回らず、もう思いっきり疲労を残したまま本試験を迎えることになっちゃったんだよね~。なのでこの1週間は試験に緊張するというより、体調がいつ崩れるかも知れない不安と、もう疲れて疲れて一刻も早く終わって休みたい、それしか考えてなかった。

試験中、問題を解いているときは、なんか普段の模試よりも格段に頭が回らなくなってる感じだった。疲れもあったけど、さすがに本試験は緊張してるんだなと思った。読んでる文章が頭の中をグルグルしてきてわけ分かんなくなったりすることもあったし。頭の回転が悪いものだから、1問解くのにかかる時間が多くなっていつもより時間が足りないんじゃないかと思って焦った。試験は3時間だが(13時-16時)、2時間半過ぎたところで全部終わらなければ途中で切り上げて記述式の問題に行こうと決めていた。記述式は1問20点と配点が高いし、何か書けば部分点がもらえるかも知れない。時間が足らない中、1問4点の問題と格闘するより1問20点と格闘した方が点数がもらえる可能性が高い。なのでそう決めてたんだけど、実際のところ記述含めて全部解き終わったのは15時35分。試験開始後2時間35分で、模試のときとそんなに変わらなかった。

そこからはマークミスをしていないかどうか、問題文にチェックしたものとマークが合ってるかの確認と、5肢択一でちょっと難しくて一応答えは出したけどもう一回よく考えようという問題を考えていたら、それで終了。

終わったあとはなんだか全然手応えがなくて、何がどうだったんだかさっぱり分からなかった。「難しかった」という印象しかなかった。だって、あれも分からなくてこれも分からなかった、これは記憶があやふやでよく思い出せなかった、という問題がたくさんあったから。確かに確信を持って答えられた問題もあったけど、確信を持てても「本当にこれなの?なんかどこかでひっかかってない?」って気持ちが大きかったから(模試で散々引っかかった)。

終わったことへの実感が全くなくて。でも「もうこれ以上はできない」って思った。たとえ落ちたとしても、わたしはもうさらにこの生活を1年間続けることはできない。それくらいつらかった。いやつらかったのは精神的にではない。精神はどういうときでも「やらなきゃ」って思ってたけど、できなかったのは肉体的につらくてたまらなかったからだ。息苦しいし背中は痛い。腕が痛い。アレルギー鼻炎の悪化。足のしびれ。腰の冷え。そのうち脳の中の問題読んでて頭を使う部分とか、文字を読んで理解する部分が拒否反応を起こしてくる。なんの文字を読んでいても頭の中にちっとも入ってこなくて理解もできない。頭の中に全然入って来なくて意味も分からなくて表面的に字面だけ追ってる感じ。でも不思議と精神的にはつらくなかった。逆に「もっとやれ、もっとやることがいっぱいあるだろう」と思っていた。最初に自分が「これはやろう」と思っていたことが、身体の不調でできなくなってきて最後の方は「どこを選んでどこを削るか」で悩んだ。でもそういう部分は疲れなかった。「つらい、もうできない、休みたい」と思ってたのは身体と脳の一部だ。そして試験が終わって解放感でいっぱいになるかと思っていたら、それどころじゃなく、やっと休める、わたしは逃げ切れた、という気持ちの方が大きかった。

家に帰ってから、やっと休める、やっと終わった、という安堵感で泣いた。試験の出来はともかくとして。

しかし、夜になると試験の解答速報が出てくる。もし全然できてなかったらどうしよう、って思った。この生活はもう続けたくないと言っても、受からなかった以上、続けるか何か他の道を考えるしかない。答え合わせがとても怖かった。

結果。

基礎法学 2/2
憲法 4/5
行政法 16/19
民法 7/9
商法 3/5
一般知識等 11/14
多肢選択 12/12

合計192点。(計算しなおしたら196点だった(汗):2016.12.11追記)
一般知識等の6問(24点)もクリアしてるし、記述の点数抜きでも全体で180点以上をクリアしている。

ので、マークミスさえしていなければ、合格は確定的になった。
彼女に「多分合格した」って報告したら、今度は「よかった」という涙が出て来た。

正直信じられない気持ちで、今だってなんでこんな点数が取れたのかよく分からない。

模試の点数は2回とも同じ点数で、ぴったり200点だった。
それを考えると確かに模試の実力通り力を発揮できたと言えるのかも知れない。わたしは法令科目の択一式の成績が安定していて、模試では1回目124点、2回目120点だった。今回も124点だからほとんど変わらない(すみません。上記で計算すると合計128点です:2016.12.11追記)。難易度に多少差があっても(わたしの感覚でいうと1回目の模試は割と簡単で、本試験が一番難しく感じた)成績はほとんど変わらなかった。普通は簡単な方が点が取れるのにね。まぁ、1回目の模試より2回目の模試、そして本試験の方がたくさん勉強してるから、自分の知識量も多少上がってるとは思うんだけど、それにしてもここが安定してたのでよかったのかなと思う。

そして模試の1回目は記述が散々で、2回目は一般知識等の5肢択一が散々だった。それをお互いカバーしてたので模試は結果的には同じ点数だったんだけど、今回は一般知識等がすごくよくできたから、全体的に択一全体の点数が上がった結果になった。

ちなみに一般知識等の問題の中では「日本の多様性」の問題があり、ヘイトスピーチと同性パートナーシップ条例のことが出ていた。で、問題の中で同性パートナーシップ条例の肢、これが○か×か、を問われたのね。わたしは最初これ、「×」にしたのよ。だって、同性パートナーシップ条例って全然「結婚に相当する」じゃないじゃん。問題文の通り、結婚に相当してないから条例で定められるわけであるわけだけど(今のところ、同性同士の婚姻は法律で認められてないので)、でも実際の同性パートナーシップ条例だってあれのどこが「結婚に相当する同性の関係についての定め」なんだろう?実際の中身は病院で最後の看取りができるとか、公営住宅に応募できるようになっただけじゃん、って感じ、当事者としてはね。だから「どこが結婚に相当するんだ!」と思って「×」にしたんだけど、でもこれ、組合せ問題で5つの中から答えを2つ選んで、その組合せが正しいのを選ばなければならない。するとヘイトスピーチの問題と比較しなくちゃならなくなったのね(それとは別の肢が絶対に×だという自信があったので)。でもヘイトスピーチの選択肢は明らかに違ってたので(だって、ヘイトスピーチは法律で禁止されたって書いてあったんだもの。そうなったらどんなにいいだろうかって思うけど)、どう考えてもパートナーシップ条例の方が正しくなる。「えー、試験問題作る人の認識ってこの程度なの?」とここだけは、強く思わせていただきました。というか、こういうのがあるから自分の答えに自信がなかったんだよね。

一般知識等の政経社の問題は、今年は時事問題が多かった。そして「日本の多様性」についての問題が出たのからも分かるように、「この試験に受かりたいのであれば、このようなことには気を配っておきなさい」と言われているような気がした。

ま、同性カップルについての権利は当事者であるから関わらないという選択肢はないのだけど、ヘイトスピーチや人種差別問題については、もう試験も終わったことだし、また関わっていこうと思う。

ちなみに合格発表日は来年の1月31日。
その日が来て発表されるまで、本心から安心はできないんだけどね。

取り敢えず、わたしの試験勉強はこれにて終了。
ちょっと休んで今後どうしていくかを決めたいと思います。

あ、最後に書いておくけどわたしは独学ではありません。予備校行きました。行ったというか、通信クラスだけど。そこの講座で先生の言われるとおりに勉強した。だから勉強の方向性はすべて予備校任せだった。だけど「やれ」と言われたことはやったし、「ここは覚えろ」と言われたところは覚えた。そこにわたしの選択の余地はなかった。やる方法と覚える方法はいろんな先生がいろんなことを言ってるけど(それについてはいろんな先生の個々のブログなどを読んでいろんな方法があることを知った)、その中で自分がやりやすいと思う方法を選んだ。なので勉強の方向性について思い煩うこともなく、基本的には淡々と、その先生に付いていっただけだった。通信の授業時間を含めて勉強時間はトータル1000時間弱(987時間、うち講義を受けた時間は255時間)。でも実際にはもっと多いと思う。勉強時間を付けない移動時間や寝る前の時間、最後の2ヶ月は昼ご飯を食べている時間など、それこそすき間時間もずっと勉強してたから。

でも結果的にはあくまでもわたしにとってはだけど、これが最短の道だったように思う。
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11-08 Tue , 2016
怖くてたまらない
次の日曜日が試験の日。あと勉強できるのも正味5日だ。

しかし、わたしは試験日まで1週間を切った頃から怖くてたまらない。
怖いのは試験の日が来ることじゃない。怖いのは、この1週間に体調を崩して勉強ができなくなることだ。

わたしは今までに模試を2回受けた。2回とも、模試の1週間前の体調が最悪でほとんど勉強できなかった。

1回目の模試の前は、勉強時間を増やしたら眠れなくなった。眠れなかったら疲労も取れなくて、体調が悪化して勉強できなくなった。勉強時間を増やしたら眠れなくなることは前からの経験で分かってた。眠れるようになるには勉強を止めること。勉強を止めたら1週間程度で自然に眠れるようになるのは分かってる。けど、さすが、試験直前に眠るために勉強をしないわけにはいかない。だから、わたしは精神科の主治医に頼った。で、2回目の模試は勉強をしても眠れるようにする、というのを目標にした。

1回目の模試が終わってから眠れるようにいろいろ薬を調整したので、2回目の模試の前はちゃんと眠れてた。眠れるから大丈夫だと思った。けど、1週間前になり勉強時間を増やしたら2日目に風邪を引いた。その日の朝、彼女に「あれ、ろんたこの声、ちょっとおかしいよ」と言われたのだが、自分では全く自覚症状がなく、その日は普段通りに勉強したら、夕方になって熱が出てきて身体がだるくなった。「まずい」と思って次の日、1日だけ休んだ。でもわたしの身体は1日休んだくらいではよくならないのだ、いつものことだけど。体力がある人なら、1日休んで急激に良くなって、そして騙し騙しやってくことができるんだろうと思うが、わたしは1日休んだだけではあまりよくなることはなく、休んだ分くらいしかよくならなくて、そして騙し騙しやっていっても身体は騙されることなく負担がかかってまた段々悪くなる。それは分かってたのだが、なんせ試験1週間前に張り切って「これから試験前にやることリスト」を作ってたのだ。これを試験日まで1つずつ潰していこうと思ってた。が、2日分をやったところで体調を崩し、それどころじゃなくなったのに加えて、1日でやれるだろうと思ってたことができなくなった。

目の前にやらなきゃいけないことがあるって分かっててもできないことは、焦りを生む。ここで肝が据わってる人だったら「どうせできないのなら、思い切って休む方がのちのちのためだ」と思って焦らずによくなるまで休めるんだろうが、わたしはやらなければならないことがあることに焦りを感じ、「これがやれないまま試験日を迎えること」への恐怖感を抱いた。だから、やればやるほど体調が悪化することが分かっていながらやるしかなかった。

次の日が模試、って日に、読んでる文章の意味が全く分からなくなった。過去問を解いていて、過去にやったことがある過去問だったからできないわけではないと思うのに、もう、問題文が何を言ってるのかすら理解できなくなってた。問に関する答えが分からないのではなく、何を問うているかそれ自体が分からなくなっていた。頭はこれ以上何も入れたくない、入って来ないでと言っているようだったが、それでもわたしは休むこと、勉強できないことの方が怖かった。

そんなわけで、わたしは過去2回、試験前に体調を崩して納得のいく勉強がほとんどできていない。特に前回の2回目の模試の前は全くと言っていいほどできなくて、勉強ができないことへの焦り、怖さが身に染みた。

「2度あることは3度ある」という。今回がそのまさに3度目。そして本試験5日前。

怖くて怖くてたまらない。これから体調を崩して勉強できなくなるのではないかという怖さ。

試験日を迎えることが怖い、というわけじゃない。単にこの5日、体調を崩さずに勉強できるかということが恐ろしくてたまらないので、わたしの恐怖は本当は本末転倒なのだが(逆に試験となると、これはあんまり緊張しないんだよね。本番になると肝が据わって、いつもあんまりドキドキすることはなく、逆に楽しめちゃうわたし)わたしの勝負はあと5日。特にここ2日。

体調だけは崩さないようにしたい。自分が思ったように勉強したい。

「3度目の正直」なるか。
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10-17 Mon , 2016
4週間切った
今年の行政書士試験は11月13日。
要するに、4週間後の日曜日。今日は月曜日だからもう27日後。
先が見えてきた。

わたしが本格的に勉強し始めたのは去年の12月に入ってからで、約1年。
ここまで来るのにあっという間だった。6月に入って「え、もうあと半年ないの?」って思ったけど、それからここまでは感覚的にもっと短かった。

決して今までのんびりやってきたつもりはないんだけど、でも、やっぱり「まだ時間はある」と思ってたんだろう。でもあと27日はさすがに「まだ時間はある」とは思えない。やらなきゃいけないことが山積みで、それを27日で割ったとしても、到底できそうにない。

しかも、わたしは身体の無理が効かない。今までに2回模試を経験してきて、体調管理を1回目に失敗したので、2回目はうまくやろうと思っていたら、風邪を引いてしまい、1回目以上にラストスパートが効かなかった。この経験を考えると、ラストスパートをかけるためにはどうすればいいかを考えるんじゃなく、ラストスパートはかけないでどうやって乗り切るか、だろう。とすると、この27日は負担がかからない程度でまんべんなくやるという対策を立てるしかない。

とはいえ、今日はまだ休んでいる。風邪が治りきってないから。

確かに今、ちょっと無理をして勉強を始める、と言う手がある。けどそれは勉強をやると同時に身体を治せる人たちのことであって、わたしはこの両立は絶対に無理だ、今までの経験から。とすると、今勉強を始めてもまた体調を崩してどこかで勉強できなくなる可能性が高い。今1日休むのと、将来1日休まなければならない状態になるのとどっちがいいのかを考えると、それは完全に前者だろう。身体というものは調子が悪くなると、全然記憶できなくなる、理解力がなくなる、いやそれだけじゃなくその状態にすごく焦ってしまう、ということを2回目の模試直前で体験した。頑張りが足りないとか気力が足りないとかそういう話じゃないのだ。というわけで、思い切って今日もまた休むことにした。

丈夫な身体が欲しかったとつくづく思うが、まぁこれは仕方がない。わたしの努力ではどうもならないんだから。わたしはこの身体でできるだけのことをやるしかない。

この1年はとても充実してた。充実してたけどやっぱりつらかった。身体の調子がどんどん悪くなるから。もちろん試験に対するプレッシャーもある。この1年はなんとか頑張れたけど、来年もまた同じ生活を送るのはもうこりごりだ。こりごりっていうよりもう身体が限界に達しているのでもう耐えられない。ってことは、今年、必ず合格しなければならない。

そのためにはまず、風邪を治すこと。
焦る気持ちはもちろんあるけど、考えると眠れなくなる。
なので、今日は頭をからっぽにして休むことにする。
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06-24 Fri , 2016
今年は受けられるかな
資格を取りたいと思って2013年と2015年に行政書士試験の勉強を始めたつもり、だったのだが、2013年はうつ病からの回復がまだまだで全然やる気が起きず、去年は始めて早々に息苦しくなったり背中が痛くなったりで、それを治してからと思ってたら、結局1年経ってもよくならなかったので、もうこれはこの中でやるしかない、と思った2016年。

2年も勉強できなかったので、今年は相変わらず身体の調子は絶不調なのにもかかわらず、やる気だけは持続している。

今の時点では、まぁ科目の一通りは勉強したという感じか。でも記憶にはまだまだ定着してないけどね。

勉強を始めて分かったのだが、勉強しすぎると疲れて眠れなくなる。頭を使いすぎて興奮しちゃうみたいで。なので、夜遅く勉強すればするほど夜の寝つきが悪くなり、そして頭が痛くなる。そこで勉強を止めて休めば、また自然に眠れるようになる。なので本来の健康な状態(っていつのことになるんだろう?もう記憶の彼方くらい前のことだ)とはまだ程遠い状態なんだけど、それはもう自分の特性だと思うことにして、夜遅くまで勉強しないように注意してる。

それでも、去年の12月から試験勉強を始めたのだが、それまでは月60時間がやっとだったのに、先月辺りから月70時間を超えて勉強できるようになり、今月はまだあと1週間くらいあるけどもう70時間を超えている。4月は週に20時間以上勉強すると、次の週は疲れて1週間、何もできなかったんだけど、今はコンスタントに月20時間くらいは勉強できるようになっている。以前は「1週間に1日は確実に休む日を作ろう」と思って予定を立ててたら、1日休むと次の日も次の日もやる気が出なくて結局ずるずると休み続けてしまう、ということが分かった。ので、今は1日当たりの勉強時間を減らしてでも毎日やるようにしている。そのように決めたら月に70時間超えて勉強できるようになった。とはいえ、休みなしで勉強しているわけではなく、やっぱり何かの拍子に休んじゃう日はあるんだけど。

なので、何事も慣れとやり方で、ちょっとずつやっていくしかないんだよな、ということを実感している。特に健康を害している人間にとってはいきなり踏ん張りが効かないので、徐々にペースを上げていくしかない。しかも、上限はおそらく健康な人よりは限られているだろう。なんせ、疲れが溜まると眠れなくなってしまうのだ。疲れを溜めずに勉強するためには、どこかでブレーキをかけないといけない。そうすると1日当たりの勉強時間がどうしても限られてくる。なので、わたしが勉強できる時間はおそらく月80時間が上限に近いだろう。ということは、この限られた時間内にどうやって集中してやるか、なんだよね、これからの問題は。

行政書士試験の勉強は面白いかと言われると、まぁまぁかな。意外だったのは、民法が「面白い」と感じること。民法を勉強してると「なるほど、世の中はこういう仕組みになってたのか」って思う。要件、効果を覚えるのが結構楽しい。そして行政法はなんだかつまらなくて眠いということ。うーん、行政書士試験において、行政法がつまらないというのは結構まずいと思うんだけども(択一式の配点が行政法は一番高いので)。今後の勉強で行政法はまぁ楽しいと思わなくても、得意だと思えるようになるか、だよね。

勉強は予定通り進んでいるかというと、あんまりそういうことはなく、どれもこれも中途半端で終わってしまってる。これを今後、どうやってやっていくかが一番の問題。

まぁでも、やる気だけは今後も失われるとは思えないので(それより無理しすぎて物理的に勉強するのが不可能になってしまうことの方が怖い)、行政書士試験まであと150日切ったのかな?確か、来月の半ばくらいにあと100日だったと思うので、調子を崩さないように今後も勉強していこうと思っている。
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04-09 Sat , 2016
おれんまね
結局3月は1つしか書けなかった(^^;
のに加えて、1ヶ月間更新しなかったら変な広告がアップされて来ちゃったので。

てか、身体の調子がイマイチなのは相変わらずなんだけど、それにまったく比例せずにどんどん忙しくなってて。

ウルトラマンスタンプラリーの駅からのメッセージも、まとめてる途中で放り投げてるし、まとめると結構面白そうだということは分かってるんだけど、これはもう時間がなくて。どうやらだいぶ先になりそう。画像の加工も必要だしね。

資格試験の方は、順調とは言えないけど、こちらの方も諦めずにやってる。民法がやっぱり理解したり記憶したりするのに時間がかかってて、総論と物権はサクサクできたんだけど、債権総論で躓いてます。何がどう繋がってるのかで頭の中がわやになり、それを整理するのが大変というか。でも「あ、なるほど」って理解できたときは楽しいなと思う。分かったときに「いや~、民法ってよくできてるよな」って思うこともあるし、逆に「なにこれ、この制度」って思うこともある。ただ、債権総論もあともう少しで終わり。各論は総論より難しくないっていうから、ちょっとペースを上げてやっていきたいと思ってる。

自分自身に関することというか、まぁその周辺なことなんだけど、いろいろ動きがあって、この1週間は特にめまぐるしく動きました。また時間に余裕が出たときは書くと思うけど、どこまで書いたらいいのか少し悩むところではある。

書きたいことはいろいろあるけど、なんせ時間がないので今後は短めの記事をちょこちょこ上げる程度になるかな。
なんか今年は明けたときからまったく季節感がなくて、確かに暖かくなって桜も咲いて散り始めたけど、それがなにって感じでちっとも実感がない。季節の移り変わりのみで嬉しかったり楽しかったりできるのって条件が整わないとできないことなのかな。

ただ、今はやることが多くて、それはそれで幸せなことだと思うし、そういう自分の環境は楽しんでるつもり。
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02-09 Tue , 2016
書きたいことはたまってるんだけど
去年に引き続き、書いておきたいことはいくつかあるんだけど、なかなか時間が取れない。。

何かがあったときに書いてる記事を読んでもらえば分かるけど、わたしは書くと長くなってしまうので(笑)、やっぱ、時間はそれなりにかかるんだよね。そして、一気に書かないとそのときそのときで書きたいことが変わってくるので、数日間掛けて書くことが出来なくてね。なので、必然的にブログを書く量が減ってきてるわけだけど。

去年の終わりにも書いたけど、読書量もガクッと減った。今年はまだ1月に2冊しか本を読んでない。今月は0冊。何しろ時間がない。そんなに勉強ばっかりしてるわけではないけど、読書もわたしはまとまった時間に一気に読んでしまうタイプなので。まぁ図書館で借りた本は毎日ページ数決めて読んだりするけどさ、期限が来る前に読まなくちゃならないので。

てなわけで、去年までとは違った一日一日を過ごしてる。まぁ今のところはちゃんと資格試験の勉強は真面目にしとります。憲法終わってこれから民法。ノルマが決まってるので一度サボったら追いつくの大変。だから、他のことは差し置いてほとんどこればっかりなんだよね~。まぁ試験勉強なんてそんなものかも知れない。期日が来るからそれまで必死に勉強する。勉強は嫌いではないけど、覚えるのは苦手なのでそれがね~。っていうか、わたしはもともと記憶力があまりよくない方なので、年齢による衰えはあまり感じない。これはメリットかも知れない。覚えられる人にとっては「以前より確実に記憶力が衰えた」というのは結構ショックみたいです。わたしは今までの人生で「すごい、スラスラ覚えられる!」なんて一度も思ったことがないんで(^^;人の顔も覚えてないし、人の名前なんてもっと覚えてないし、よくテレビで「最近、人の名前が出てこなかったりしませんか?」などという老化現象を指摘するコマーシャルを見るけど、わたしは「そんなの、今に限ったことじゃないけど?」って感じ。それとももっと年を取らないとそう感じないんだろうか。。

そうそう、世に「記憶術」みたいなのがあり、例えば円周率を何万桁覚えてる、なんて人がテレビに出てきたりするけど。そこで言われるのが「数字をものに見立ててストーリーで覚える」ってこと。でもわたし、あれ言われるたびに「そのストーリーはどうやって覚えればいいのか?」って思うんだよね。結局は何かを記憶しなければダメなんだよね。当たり前のことだけど。それが本人にとって覚えやすいものにする、ということなんだろう、結局。

そういえば、うちの最寄り駅の自転車置き場は、出すときに自分の自転車が置いてあるラックの3桁の数字を入力してお金を払うシステムになってるんだけど、わたし、あの数字を覚えるのは結構得意なんだよね。例えば「121」だと「11の2乗」って覚えておけばいいやとか、「324」だったら「3と3×8だな」とか、まぁ、置くときに「この数字は~」って分解して覚えやすくしてるんだけど(というか、こういう作業が実は好きだったり)、でも、ふと「じゃあ11ってどうやって覚えるんだろう?」って思うのね。「3とか3×8ってどうやって覚えるんだろう?」とかってね。でも、不思議なことにそれは忘れないの。それは覚える努力をしなくても覚えてるんだよね。なんでなのかは自分では分からない。

とすると、「数字をものに見立ててストーリーで覚える」ことができる人は、もしかするとそのストーリーは覚えるものではなく、なんとなく頭の中に残ってるものなのかも知れないなあなんて思ったりして。でもそれって、記憶力自体がものすごくない?

なんてことは、あんまり勉強中には思ってません。そして最近、どんどん頭の中が飽和状態になっていってるのが分かる。。まあほとんど毎日、新しいことを頭に記憶しなくてはならないし、今まで記憶したことはもちろん忘れられないしね。

あー、6月くらいまでこういう生活続くんだけど、果たして途中で頭がパンクしないかな??ちょっと心配だったりして。
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01-10 Sun , 2016
年明け10日
こんな言葉はないですね。「梅雨明け十日」をちょっと捩りました(笑)

「梅雨明け十日」って最近あまり聞くことなくなっちゃったけど、梅雨が明けると10日は晴天が続く、ということわざみたいなもんです。あ、あれか。最近は「今日、梅雨明けしましたー!」ってことは宣言しなくなっちゃったからかな、気象庁が。なんか「梅雨明けしたものとみられる」みたいな言い方になっちゃいましたからね。ん?だとすると、この言葉は気象庁が「梅雨入り宣言」「梅雨明け宣言」をするようになって以降の言葉なのか?いや~、そんなことはない気もするなあ。どっちなんだろ?

てか、もう年が明けて10日も経っちゃったんですねー。思い返すと早い?いや、でも随分長かったような気もする?

ちょっと大変な正月ではありました。いろいろあって。

あと、12月から本格的(?)に来年度の行政書士資格の試験勉強を始めたので、まぁそれが最も忙しい理由かな。チャレンジ始めて3回目。しかし前2回はほとんど勉強できず。受験にすらたどり着けなくて。だからほとんど1回目の挑戦なんだけど、でも、意気込みが前2回とは違ってるので、今年はそれだけでも進歩した、ってことなんだろうか。特に去年は勉強やり始めたと思ったら息苦しくなって、で、息苦しいのを先に治そうと思って努力したけど結局は治らないまま1年過ぎてしまったので、もう治すのは諦めようってことです。息苦しいのを治してたら一生終わってしまう。

ただ今年、この試験勉強と朝鮮語3年目とあと時たま来る仕事、この3つやるだけで多分終わってしまうんじゃないかと。その他はほとんど手が回らない状況ではないかと。

本もここ数年は月3~4冊ペースだったけど、今年は無理かもなあ。去年いろいろ行ったイベントも今年は参加できないかもね。それより、旅行、今年も3月にどこか行きたいなあと思ってたけど無理かも。

なんてことを考えてたり。まぁでもいつかは何かやらなきゃ、この先進めませんからね。しかもこれに合格してももう一個その先に取りたい資格があるからね(司法書士ではない)。それ取るの、2年かかるそうだしね。とすると、最短でも3年かかり。一発で合格しないとそれ以上の時間がかかるということになる。。ただし、資格取ってもそれで食っていけるかどうかはまた別の話だけども。しかしそれでやりたいことができるようになるんだったら、まぁそれから先はそのときに考えればいいだろうってことで。

心配なのは、何かやろうとやる気を出すと体調を崩し、うつ病再発すること。これだけは人生の予定が狂うので勘弁して欲しい。なので、やりながら休むことも考えなければならないってことで、体力温存を第一に考えた方がいいだろうとは思ってるので、あまり無理しないようにする。けど、今年はもう既に無理しているような気がする、、、なんてったって、今年に入ってから、2日と連続して家にいたことがなく、今週も無理そうなんだよね。こりゃ疲れるわ。ただこの調子が続くと本気で体調崩しそうなので、今月後半は何も予定を入れないようにしよう。。(と言っても入ってきてはしまうのだけど)

取り敢えず今年の抱負というか、目標はこんなところかな。

まぁでも今でもかな~り体調悪いけどね。右腕が痛いのがすごくきつくなってきた。何年ぶりだろう、この痛み。2007年のシドニーに行ったときのことを思い出してしまう、、2008年の正月開けてからはほとんど寝たきりになってしまって。あんなことにはならないようにしたいけど、しかし、この腕の痛みもどうやって治まったのか覚えてない。あの頃は何もしてなかったので、きっとずっと休んでたんだろうけど(痛くてそれどころじゃなかったような気が)、あのときみたいにもう休めないしな。

正直、ちょっと困ってます。
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08-20 Wed , 2014
決断
まぁ決断っていっても、そんなに大層なことじゃないんだけど。

そろそろ病気の方も安定し始めて1年半ほどになるし、まぁその中で「休もう」と思って本格的に休み始めたのは去年の6月くらいで、本当に休んで何もしなかったのは今年の3月くらいまでなんだけどね。これから来年に掛けて、ある資格を取るために勉強しようと思っている。

4月から韓国語講座に通ってて、それがわたしの頭を少しずつ刺激していった。この韓国語講座、1つの単元が終わるたびに単語テストがある。その頻度は1週間に1度、もしくは2週間に1度、覚える単語は1回につき約70~100個。これが結構きつくてね。毎回、毎回、本当にヒーヒー言いながら覚えてる。

けど、これはわたしの記憶する能力を知らない間に復活させてくれててね。

実は去年だったか、やっぱり同じ資格の勉強を始めたんだよね。でも、勉強するんだけど全く記憶できる自信がなくて、というより、覚えようとすることがするすると頭の中を滑っていく感覚があって、全く覚えられなかったの。そうしたらすべて恐怖に思えてね。勉強ができなくなった。重い負担としか思えなくなった。そのときに「ああ、今はまだできないんだ」って悟って止めたのね。止めて休んだ。もちろん、いつか、よくなったらまた始めようと思ってたけど、具体的にいつ始められるかは全く見通しが立ってなかったの。

韓国語講座は別にそのきっかけにしようと思って始めたわけじゃない。なんとなく「やりたい」と思ったから始めただけ。始めたときは、単語テストが毎回あるなんて知らなかったし。でも、あとから振り返って考えると、これが結構よかったなあって思った。

単語を覚え始めた頃は、やっぱり頭の中で単語がするする滑る感じがして、とても不安だった。頭の中に記憶される、ということは、頭の中のどこかに引っかかっている、というイメージがあるのね、わたし。だから、その手がかりがない状態っていうのは、記憶されてないように感じられてしまうのだ。それが毎週毎週強制的に覚えさせられていると、引っかかりが少し感じられるようになって来た。「覚えている」という実感が湧き始めた。

それで「あ、来年の試験、受けてみよう」って思ったのね。本当はもっと遅く始める予定だったんだけど、いろいろあって今からできるということで、少し余裕を持って始めてみようってことになった。

もちろん、語学とは全く違う分野なので、勉強を始めたからと言って、覚えられるかどうかはやってみなければ分からない。もしかしたら前と同じく、頭の中をするする滑ってしまうかも知れない。けど、わたし、今の時点では結構楽観的なんだよね。それは病気が少しよくなってきたからかも知れないし、ここ数ヶ月、週1、週2おきに単語が覚えられたという自信かも知れない。とにかく最初は覚えられないかも知れないけど、やってるうちに大丈夫だって思えるだろうという根拠のない自信が今はある。

試験までまだあと1年以上あるんで、じっくりやっていきたいと思っている。
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04-20 Tue , 2010
頭の中にお花畑を作ろう
ブログや直接のわたしの発言を聞いてもらうと分かるだろうけど、わたしは完璧ペシミストだ。将来に対して希望を持ってない。常に一番最悪のことを考えている。だから、生きてたってあんまり楽しくないどころか、どちらかと言えば苦痛だ。これはなぜかそうなってしまったのか、それとも生まれつきそうなのか、まぁどちらかは分からないのだけれど、わたしの思考の根本としてそういうものがある。それは否定しないし、そうそう変えられるものではないと思っている。

森達也、って人がいる。どういう肩書きを付ければいいのかはよく分からない。本人でさえよく分からないらしいし。ただ「ジャーナリスト」という肩書きは「断じて違う」らしく、今は「映像作家」と称していることが多いような気がするが、この人、本もたくさん出している。最近、わたしは姜尚中との対談本「戦争の世紀を超えて」(集英社文庫)という本を読んだんだけれど、その中に、森達也が以前書いた「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」という本について「森は性善説で頭の中はお花畑だ」とよく揶揄される、と書いてある(333ページ)。

確かに彼の本をいろいろと読んでみると、彼の根本は「人を信じたい」んだということが分かる。これがあるからこそ「死刑廃止」という結論を出しているのだろうし、「性善説」と言われるのだろうと思う(性善説の何が悪いとも思うんだけどね。と言ってるわたしは完璧「性悪説」の人間だが)。

ただ、彼の書いているものを読むとね、彼の頭の中の「お花畑」は、自然に生えて育っちゃったお花じゃないような気がするんだよね。それは彼の著作を読んでるとしばしば出てくるし、先ほどの「戦争の世紀を超えて」を読んでみても分かるんだけど「姜もまた僕と同様に、どこかでオプティミストであるかもしれない。その甘さは認める。認めるが撤回はしない。誰がするか。」(234ページ)のように自らが楽観的であることについて、覚悟を決めているように思えるのね。

だからわたしは彼の頭のお花畑のお花は自然に生えて来るのかも知れないけれど、それに水をやったり肥料を撒いたりして丹精こめて育てているような気がするのだ。歯を食いしばって「きれいに育ててやるんだ」という意志がそこにあるように思えるのだ。そのことを理解したときわたしは初めて「わたしの頭の中にもお花畑を作れるかも知れない」、そう思ったのだ。

頭の中がお花畑なのがいいことなのかどうかはわたしには分からない。だけど、今のわたしは完全に行き詰まってる。それをなんとか打破したい、そうするためにはどうすればいいのだろうとここのところずっと思って来た。性的少数者であることに絶望し、また戦争ができる国になるかも知れないと絶望し、もう二度と就職できないかも知れないと絶望し、ありとあらゆることに絶望してるわたし。どこかで発想の転換をしなければ、と思っていた。でもそんなに簡単に「明るく前向きに」生きられるようになるとは考えにくいし、それになによりわたしは「明るく前向きに」という言葉が大嫌いでね。最近よく言われるポジティブシンキング、なんて言葉も同様に大嫌いなのだ。

ところが初めて、頭の中で花を育ててみるのもいいかも知れない、と思い始めた。脳天気に呪文のように「明るく前向きに」を唱えるのではなく、歯を食いしばって頭の中の土を耕して畑を作り、種を蒔いて花を育ててみたらどうか、もしかしてそういうことだったらわたしにはできるかも知れない、ふとそう思ったのだ。

「頭の中がお花畑」である、ということは、言葉を変えれば「希望を捨てるな」ってことだとわたしは思ってる。

「希望を捨てるな」って言葉、大学時代の乗船実習のときだったかに習ったんだけど、救命艇の食糧や水などの救命物資と一緒に「希望を捨てるな。助けは絶対に来る」と書かれた本が一冊入っている、と聞いたことがある。周囲が360度海で、いつ助けが来るか分からない状況の中、助けが来ることを信じて生き延びろ、ってことなんだろうと思うし、事実諦めなかった人間の方が長く生きられるらしい。人間ってそういうところは本当に精神的なものが大きく働く動物なんだと思う。単純と言えば単純なんだけれども。

「希望を捨てるな」という言葉はわたしの中で「歯を食いしばってでもきれいな花を咲かせようと努力している姿」を連想させる。だからわたしはここで初めて性的少数者であることに絶望しない自分や、戦争を起こす国にさせないという希望、引いては世の中から戦争をなくすんだという希望、いつかまた職が得られるという希望を見いだすことができる。

よし、自分の頭の中にお花畑を作ろう。歯を食いしばって畑を耕し、種を蒔き、そして花を咲かせるのだ。それができればおそらく、今の行き詰まっている状況を打破できるはずだ。
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02-01 Mon , 2010
ぐじゃぐじゃ
最近、ものすごく頭にインプットされる情報が多くて、そろそろ頭が過飽和になって来たような気がする。

「死刑」について考えてきたときは、系統だって本を読んでたからそんなに混乱も起きなかったんだけど、読む本がそうじゃないのに変わって、久々読みながら「なんでこんなつまんない本読んでんだ、わたし」と思いつつも読んでたり、図書館からオウム真理教に焦点を当てた「A」や「A2」というDVDを続けざまに見たり、あとはまぁあんまり言えないこととか(笑)、いろんなことがあって、そのどれもバラバラなんだけど、それがいっぺんに頭の中にあって、それで頭の中がぐじゃぐじゃで、正直、今、何やってんだろう、わたしって思う。

今、わたしは働いてなくて、でも働きたいと思ってて(アルバイトだけれど)、探したり、履歴書書いて送ったりはしてるものの、それが「採用」されたことは当然無くて、で、毎日こんなことをしてる。あ、でも今は3月の3週間、バイトすることは決まってて、それはそれで有り難いんだけど、履歴書にその旨を書かなくてはならず、すごく中途半端な状態でバイト探ししてる。

勉強はやらなくちゃと思いつつ、ほとんど手を付けてない。読みたい本があるとどうしてもそちらの方に引きずられてしまう。

そういう、今の状況を考えても余計混乱してくるのと同時に自己嫌悪も起こってくるので、あー、わたし、こんな歳になって一体、今何やってんだろうと常に常に思っている。

わたしの納得できる人生って一体なんだろう?
21:01 | 自分の将来について | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
11-08 Sun , 2009
そうか、そういうことなんだ
昨日の夜、何かが自分の中で繋がった気がした。

しかしだからといって問題が解決したわけではない。
問題解決に役立つかどうかも分からない。

暗闇の中を手探りで歩いているような気はするが、
この方向で間違っていないことを願う。
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11-06 Fri , 2009
やりたいこと
院試に落ちてから、どうも将来分からなくなってしまって、ずっと苦しんでた。
院試自体は2月にまたあるんだけど、自分の中で「本当にこれがやりたいのか?」という気持ちが強くなってきてて、
正直、それを否定すると今後はどうすればいいのか、とか、
また新たなる悩みが出て来そうで怖かった。

「少し休めばまたやる気になるだろう」とも思った。
けど、そうならない自分がいた。
でもそれを認めるのは怖かった。
理由は、言おうと思えばあれこれ言えるのも分かってたが、でもホントのところは分かってないことも分かってた。

「結局自分は何がしたいのか」を考えるのは随分とつらい。
このままの状態でいるのも嫌だし、かといって、将来何がしたいのかもよく分からないのは本当につらかった。

ところがあれは何をしているときか覚えてないんだけど
ひょっと、彼女に問いかけたら、
彼女が「こういうの、あるよ」と教えてくれた。

何気なく言った一言から始まるってことがあるのかも知れない。
あれほど悩んで苦しんでたことはなんだったんだ!!
と思えるくらいの出来事だった。

とはいえ、まだ決断できない自分がいることは確かなんだけどね(苦笑)
22:23 | 自分の将来について | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
10-16 Fri , 2009
多分、疲れてる
よく分からないんだけど、最近、昼間、眠くて眠くてそれでものすごく寝てるんだけど。
しかもそれが夜の睡眠を妨げるわけでもなく、夜は夜でしっかり眠れてる。
うーん。薬の副作用なのかな?でも、夕食食べたあとも薬飲むけど、眠くならないんだよね。

眠いのは、朝起きたあとで、だから、朝食を食べたらまた寝る、という感じ。
だいたい、朝起きたと言っても、時間的には昼ごろだから、
寝るときには昼寝になってて、目が覚めると夕方になってる。

あー、なんかすごい怠惰な生活を送ってるなあ~。
っていうか、とても罪悪感を感じる。
何もしてない自分、に対してね。

それだけならまだいいんだけど、
「何もしたくない自分」というのが、かなり自分の中にあって。
それと共に「将来一体何したいんだかよく分からない自分になっちゃった」というのもあって。

これらすべてが「罪悪感」となって自分を襲う。

「そう思うのは『疲れているから』であって、疲れがなくなったらやる気が出るよ」
とは思えないんだよな、これが。
わたし、今まで将来にやりたいことがあると思って、
病気しながらでもいろいろ前に進もうとしてたけど、
ここにきて「本当にそれがしたいのか?」と思うようになってしまい。

なんか今は人生無駄に生きてるような気がして仕方がない。
若いときのように時間は無限にあるわけじゃないから、
無駄なく動きたいと思ってるんだけど、
一体、自分は何をしたいのかよく分からないし、
例えそれがあったとしても、今はなぜか動く気がしない。
動く気がしない、というか、動けない。精神的にも肉体的にも疲れちゃっててさ。

疲れる原因、というのも既に分かっているのだが、
今の状態だといかんせん、どうしようもない。
でもいることさえ疲れると感じたならば、やはりそのときはそのときで決断をしなくてはならないだろう。

どうやったら「納得して生きている自分」になるのかなぁ、、
今は糸が切れちゃった凧のように、フラフラしている。
フラフラしてて、そして不安定。

そういえば「あすなろ」の話をふと、思い出した。
「明日は檜(ひのき)になろう」ってずっとずっと思ってるんだけど
ずっと「明日は」って思ってるから「いつまで経ってもあすなろのまま」という話。

。。。なんか自分みたいだな。
っていうか、今の自分は何になっていいのかすら分からない状態なんだけどね~。
こんな自分、ホント、生きてていいんだろうか?
21:24 | 自分の将来について | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
10-01 Thu , 2009
「当事者性」からの解放
昨日の日記では、たくさんの人を驚かせたり、心配させたりしてしまって申し訳なく思ったりもするが、でもあの言葉というのは昨日、今日思ったことではなく、ずーっと溜まりに溜まったものがついに出て来てしまった、というものなんだよね。前々から、疲れる、疲れると思いつつ誤魔化しながらやってきたことが、結局誤魔化しきれなくなったというか、溜まりに溜まってどうしようもなくなっちゃったんだよね。

で、これは自分に向かないんじゃないか、別の道を探した方がいいんじゃないか、って、、思えたんだよね。だって、今、こんなにつらいことは将来にわたって続けていくことなんて絶対にできないと思ったから。

けど、ある人の言葉で「あっ」って思った。
今までつらいとか疲れるって思ったのは、わたしがまぎれもなくその「当事者」であり、当事者であるからストレートに自分の心に矢が突き刺さる。それでわたしって疲れてたんだって。

今まで自分は色々なことが知りたいと思ったから、いろんな本を読んだり、いろんなところに出入りしたりしてきたわけだけど、それは「趣味」でもありながら、しかしわたしはその「当事者性という檻」に自分から入り込んでしまって、だから苦しかったんじゃないかな、と。

もし、この「当事者性という檻」から解放されるとしたら、また、自分は別の角度からアプローチできるんじゃないか、そう思った。

では、自分から入り込んでしまった「当事者性の檻」からどうやって出ればいいのか。

このことを昨日の夜からずーーーーーっと考えている。
ま、この問題、そうすぐに解決は出来ないと自分でも思っているが。
でも、この「檻から出ること」を考え続ければ、いつかは答えが見つかるだろう。
今のわたしにはそう思える。

しかしそのためにはただ考えることだけではなく、やはり行動しながら考えなければそのものとの距離感がつかめないだろうな。

というわけで、他人の一言が自分を変えてしまうことって本当にあるんだなあって思う。
そういうインスピレーションをくれた人に感謝。
もちろん、他の人の共感や励まし(?)も嬉しかったけれど。。と今は言えるけど(笑)

ただしまだ解決した問題ではない。
ちょっと光が差し込んだかな、という程度。

まだまだ「檻から出る」ためには時間がかかるだろうが、
きっと出ることができると今は思っている。

「檻から出ること」については焦らない。
今はやはり自分でも随分疲れていると感じている。
だから、焦らずに休もう。
休みながら考えてみよう。
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09-30 Wed , 2009
生きるのがつらい
9月は精神的にダメージを受けることが非常に多くて、正直、生きるのがつらくなってきた。
今は将来のことは何も考えたくない。
自分が将来、何がしたいのか分からなくなってきてしまった。
いわば、この先、何を目標にしたらいいのか全く分からない状態。

周囲は「休め、休め」と言うが、わたし、何もせずに休むことができないんだよね。
で、取り敢えず新聞読もうと思って読んでたんだけど、
「一体、こんなことして何になる」と思ったら
絶望的な気分になって文字が読めなくなっちゃった。
同じところをぐるぐると繰り返し読んでることは分かるんだけど
意味がちっとも頭の中に入ってこない。

今は、mixiのアプリでゲームしたりして誤魔化してるけど、、
それで満足するのも多分、時間の問題。
(もしかしたらそうでないことを願うが)

わたし、一体、なんのために生きてるんだろう?
目標のない人生をわたしは生きられない。
かといって、すぐに目標が見つかるわけでもない。
気分転換が出来ない。
新聞と本が読めなくなっちゃった。
一体、今さら何を悩んでるんだ、と考えると自分に腹が立つ。
適確なアドバイスを求めたいが、誰の提案も受け入れたくない。
そうすると自分で考えるしかない。
彼女はいるけど、そばで誰かがいたら安心するほど単純じゃない。
そばにいると逆にイライラしてくる。

何かに頑張りたいという気力が全くない。
どうすればいいのかさっぱり分からない。
気分転換に旅行したくても金がない。
時折生きているのがイヤになって泣いている。

うーん、またうつ病再発かなあ~。。
だけど、目的用途は違っても(口腔異常感症のために処方されてるわけで)、
今現在、抗うつ剤は飲んでるんだよね。
今までトリプタノールだったのが、昨日からプロチアデンってのに変わっただけだけど。

とにかく何も目標がなくてただ生きてるだけ、ってのがとてもイヤ。
自分は何か大したことができるとは思ってないけど、
取り敢えず、自分の満足することをやることが唯一、わたしが生きててもいいかな、と思える。

今はそれが全くない状態なのでものすごくつらい。
精神的に疲れちゃったんだよね、もう。
何かしたいんだけど、何も出来ない。やる気が起こらない。

困ったな、本当に。
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09-21 Mon , 2009
友よ
夜明け前の 闇の中で~♪

という歌は、小学生の頃、習った覚えがあるが、この歌がどういうときに歌われた歌かだとか、そういうことは全く知らなかった。調べてみたら、昭和43年、1968年、まさにわたしが生まれた年に作られた曲らしい。

もちろん、小学生だから、何が「夜明けは近い」んだか、そんなことはさっぱり分からなかった。この歌が「反戦ソング」だと知ったのは、大人になってからである。

今日、この歌が自分の頭の中でぐるぐる鳴っているのは、多分、友だちの有難みを今、実感してるからだろうと思う。

わたしは弱くてくだらない人間で、果たして生きている価値があるのか、わたしの命を支えるために、莫大な量のものが消費されているのに、それに全く報えていないと、まぁ前にも同じようなことを書いたことがあるけれども、こんな価値のない人間でも、暖かい言葉をかけてくれる人たちがいる、ってことにわたしは一体、何に感謝をすればいいのだろうか、と思う。

心の中はまだ、全然整理が出来てない状況で、特に寝るのが怖い。強迫観念で起きるんじゃないかと思ってしまって。でも、そういう気持ちを彼女は察してくれて「大丈夫だよ」と言ってくれる。ま、言ってくれても「一体、何が大丈夫なわけ?大丈夫って言う根拠が何かあるって言うわけ?」とつい、問い詰めてしまうわたしだが。でも彼女だってそういう風にしか言えないことは当然、分かっている。本当はそういってくれる彼女に感謝をしなければならないのは、これまた分かっているのだが、わたしはそういうところは素直ではないので、彼女の言う言葉にいちいち反論してしまう。。彼女は多分、言いたくても言えないことがあるんだと思った。それはわたしを傷つけてしまうから。でも彼女はその一端を昨日は言葉に出してきた。わたしはもちろん自分ではとっくに承知していることなんだけれども、そういうところもちゃんと彼女は見て感じてるんだなあと思った。

今のところ、次に何をするのかはまだ考えていない。

でも、今日、ちょっとニュースを見ていたら、24日に国連安保理が核廃絶に対する決議をする予定って言ってて、その文章(英語)がちらっと映ったのね。それを見て「あー、読みたい」って素直に思って。あれ、わたしはこの分野に興味があるんじゃないの?って思ったら、涙が出て来た。だってさ、今は「何も考えたくない」はずで、特に「英語なんか読みたくない」はずなんだ。けど、、わたしの頭の中のどこかでは「英語の勉強をするために読む」んじゃなくて、単純に「そのことが知りたいから読みたい」って思ってるわけなんだよね。

そういう矛盾を今、頭の中に抱えてて、そのことを考えると涙が出てくる。なんでこんなことで泣けるのか自分でもよく分からないんだけど。一体、自分の中で何が悲しいのか。それすらよく分からない。

もう少し時間が経てば分かるようになるのだろうか。

「夜明け」は本当に「近い」んだろうか。
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09-19 Sat , 2009
院試、落ちました
今までずーっと明かしてなかったけど、ここ数ヶ月か、隠密の行動(?)を取ってたりしたのは、大学院の受験のためだった。

で、今日、結果が郵送されてきた。結果は「不合格」。

まー、一発で通るなんて全然思ってなかったし、受験する前から覚悟してはいたんだけど。実際にこういう結果が出るってことは、また別の話なんだなあ~と、今、つくづく実感している。

受験の個人成績については、入試が終わったあとに即、開示請求をしたので、予定では来月の終わりか再来月の初めには送ってくるだろうけど、本人にはだいたい、何が理由で落ちたかは分かってるわけで。

本気で受験勉強してたのは、たったの1ヶ月だけだったんだけど(それが舐めてるという話も(汗))、この1ヶ月は起きてる間はずっと勉強できると思ってた。昔は本当にそれをやって、うまくいったことがあったし。あのときは最後の方は腰が痛くて、椅子に座れない状態になるまで毎日、本当に起きてる間、勉強してた。

だけど、今回はそれができなかった。今回やり始めて始めて分かったんだけど、起きてる時間中勉強できるものとできないものがある、ってこと。できないのは、万人が出来ないわけじゃなくて、わたしがそれに「合わなかった」ってこと。

正直に言うと、それは英語なんだけど、英語って分からないことだらけなのよね。で、一つ理解したとしても、同じような問題が出てくるわけじゃない。そうすると、文章を読むと「分からない」「あ、ここも分からない」って、「理解できてる自分に満足」というものがないわけ。例えば数学なんかは、理屈が分かれば、違う問題でも解けるようになるでしょ。そうすると「あ、自分、分かってるんだ」という満足感が得られて、「更に勉強しよう」って気になれる。

しかし、英語って分かったんだか分からないんだか、それがよく分からない。だから結局「あれも分からない」「これも分からない」って、結局全部「分からない」ってことになって、満足感が得られない。もともと得意なものじゃないから、取り敢えず「試験勉強のためのやる気」を出して勉強してるわけだけど、それがね、やってるうちに「分からない」で、どんどんモチベーションが減っていくわけ。

最初の何日かは10時間とまでは行かないけど、結構やってた。けどそれを1週間続けたら、とうとうモチベーションがなくなって「もう、英語の文字は見たくない」状態に陥った。で、何日間か文字さえ見ることができず。。その後、負担のないように、いろいろ勉強方法を変えたりしたんだけど、やっぱり1週間やると2、3日は英語が見たくなくなる。受験勉強をしている間の1ヶ月は、本当につらかった。あれだけきつい1ヶ月を過ごしたことも、今まであったかなあって思えるほど。

で、結局、自分が思ってたことの1%すら勉強したとは思えなくて、その時点で「ダメだな」と思ってた。

んー、院試は来年にもまたあって、本来ならそれを目指そうと思ってたんだけど。

今は、全くそういう気にならず。もう受験止めようかな、なんて思ってる。やっぱりどうしてもわたしは英語は合わない。「語学は勉強じゃなくて手段だ」って言われるけど、やっぱり人には向き不向きがあるんだと思う。将来的には英語を行かした仕事、とも思ってたけど、やっぱりわたしには無理だと思う。

しばらくは何もしたくないんだけど、そうすると「何もしていない自分」についての罪悪感」が起こってきて、四面楚歌というかなんというか。今のわたしには「しばらくのんびりしろ」という言葉も「そんなこと言わずにまた試験に向かって頑張れ」という言葉も両方、刃となって自分に向かってくる。

正直、本人もどうしていいかよく分からない状態だ。

今日は泣いたり寝たり泣いたり寝たりしているが、寝ていると「これからどうするんだ」という強迫観念で起きてしまう。かといって起きている間は何もしたくない。何もしたくない割には「なにかしなければならない」気持ちでいっぱいになるから、結局は「仕事辞めるんじゃなかった」と言って泣くことになる。今日はその繰り返し。

取り敢えず「大学院に行く」としか仕事を辞めてから思ったことがなかったので、これからどうするのか、何がしたいのか、全く見当も付かない。けれど、焦る。

なんか、もう人生投げ出したい気持ちでいっぱいだ。
19:03 | 自分の将来について | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-15 Tue , 2009
息苦しさ
なにかと体調悪い今日この頃。
いや、理由はちゃんと分かってるんで、病院へは行かないけど。

今、ちょっと息苦しい。
空手を始めて、それまでちょこちょことあった息苦しさが全く消えてたんだけど、
ちょっとここにきて、いろいろなこともあり、息苦しさが復活した、という感じ。

同じことが起こっても、昔はそうじゃなかった。
昔はもっと気楽でその当時、わたしは何を考えていたのかよく分からない。
10年前ですらそうだったのに、ここにきてこんなに身体に負担がかかるとは。。
それだけ歳取ったってことなのかなあ、と思ったり。

今回のことがあって「歳を取る」というのは、2種類に分けられると思った。
単純に肉体が衰える、ということと、先の自分を考えられる、ということ。
昔は自分の将来はずっとずっとあとのことで、今は関係ない、と思ってた。
もちろん、そのときやっていることが、自分の将来に繋がるということは分かっていたつもりだが、
本当は全然分かってなんかなかったんだと思う。
自分の未来はずっとずっとあとにあって、それがいつ来るかなんて分からなかった。

しかし、今は分かる。
その将来はまさに「今」なんだって。
だから、わたしは今、息苦しさを感じているのだろう。
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09-07 Mon , 2009
さ~よなら、あなた~、わたしは~帰ります~♪
「そうそう、帰ってくるときはこの曲があるじゃん!」とこないだ思ったので早速使ってみる。

ってわけで帰ってきた。なんか東京は暑いねえ、、部屋を開けた途端、すごくムッとする空気で窓を開けてもなかなか涼しくならない。あれ。東京ってこんなに夜、暑かったっけ、、、

たった2日しか家を空けてなかったのに、しかも出かける前には大量に水やりをしていったのに、予想どおり「治ちゃん」はくたっとしていた。あと、缶の中のワイルドストロベリーも。あああー、こんな姿見てはいられないわ、と思い、早速水やりをした。治ちゃん以外は土がカラカラでも普通と変わらないんだけど、治ちゃんだけがものすごーく、くったりとしおれてるんだよね。明日の朝は元通りになってるのかしら、、

しかし、疲れた。
本当に疲れた。

しばらくは何も考えたくない、と思いつつ、やっぱり毎日いろいろ思っちゃうんだろうな。

今日は、帰京する前に時間があったので、ピアス屋さん見つけて、ピアス買っちゃったー。てーか、ついにスタッド以外のリング状になってるヤツに手を出してしまった(笑)あ、その前に映画祭のときに買ったレインボーのピアスも輪っかのピアスだったけど。

20090907210516.jpg

取り敢えず、最初は小さめのヤツから?(爆)
いや、これ以上大きいのは今はいい、と思ってますけどね。
って1つしか穴開けてないのに、一体、いくつ目のピアスなんだろう~?(笑)
21:16 | 自分の将来について | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
09-06 Sun , 2009
京都~、大原、三千院♪
やっぱ、京都に来たら「京都~、大原、三千院♪」だよねって、
そんなとこ、行ってません(多分)

てか、極めて個人的なことだけど、やっと一段落終えたと言う感じ。
正直、少しはホッとしてるけど、でもまだまだ気を抜くことはできないんだよな~これが。
でもしばらく、次のことは考えたくありません。

ちょっとの間、休ませて。

今日はこれから、憂さ晴らしでもしてきますか!
と言えども、ここ数日間、胃が痛くて。。
ここまで身体に応えるとは思わなかった。
歳なのかねえ~?

あ、今日、コンビニ(ローソン)行ったら「30~49男性」のボタンを押された。
歳が合ってるだけに、なんか余計腹立った。
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09-05 Sat , 2009
なのにわたしは京都へ行くの
「あなた」じゃなくて「わたし」が行くんですが。
でも、行き先は京都じゃないかも知れない(笑)

っていうか、昨日いろいろ考えてたんだけど、思いつく歌の題名って、西の方に行くのしか思い浮かばないんですけどー?北の方に行くのって、結構演歌ではあるのかなと思ったんだけど、そのものズバリ、どこそこに行くー!ってのは思い浮かばなかった。ので、今回も西へ行くことになってしまった(爆)

月曜日に帰京します。
って、京都に行くのは来京って言うのかな。
でも京都に住んでる人が京都に帰るときは帰京でもおかしくないのよね。
広島に住んでたわたしは「来広」とか「帰広」という言葉に慣れてるけど、
これって他の県でも言うのかなあ?

「来岩」とか「帰岩」とか>岩手県
「来滋」とか「帰滋」とか>滋賀県
「来岡」とか「帰岡」とか>岡山県
「来福」とか「帰福」とか>福岡県

大分県は「来大」?それとも「来分」??

とか、くだらんことを考えてます(笑)

ってわけで行ってきまーす。
11:57 | 自分の将来について | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
08-04 Tue , 2009
一段落?いやいやこれからが本番
うーん、自分の気持ち的には「一段落がついた」という認識はないし、むしろ「これからが本番だ」という気持ちの方が大きい。確かに一つやり終えたことがあるのは事実だが。だからといって「終わった」という気持ちよりもさらに自分に対してプレッシャーがかかるのを感じている。

こんな思いはもう二度としたくないから、この約1ヶ月は死にものぐるいでやらなくちゃ。

と思いつつも、どこかに「疲れた自分」というのがいて。
「休みたい」と思っている自分もいる。

しかし、今までの経験で言うと、わたしは気分転換をするのがとても下手で、気分転換をしているときもそのことが頭を離れないものだから、気分転換よりもその時間を無駄に過ごしているように感じてその思いは焦りに転じる。ってことは、少々疲れててもやるべきなのだ。

ま、気分転換に寝ることは多分可能。「寝逃げ」はうつ病の時から得意だったから(笑)
しかし、どこかで何をするというのはよっぽどのことじゃない限りは止めておこう。

ということは、今年は都市対抗に行けないってことか。まぁ仕方ないね。
15:45 | 自分の将来について | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
07-27 Mon , 2009
ダメダメな自分
はー、最近は落ち込むことばかり。と言っても、こないだのは結局落ち込みからすぐに怒りに変わっちゃったんで、実はそんなに落ち込まなかったんだけど。

今回は正真正銘、落ち込んでる。怒りは、、自分に向けられている。

いつになったらわたしは自立が出来るのか。あ、自立って経済的な自立のことね。もう40過ぎてるってのに、そして、一番頼りにしたくない人たちを頼りにせざるを得ない。自分にとっては最も屈辱的なことだ。

確かにわたしは今まで遊んでたわけじゃない。ほとんどが病気との闘いだったけれども。。それゆえ、働けなかったし、それに今から自分がやろうとしていることは、正直時間がかかることだし、それは金稼ぎには繋がらない。将来、仕事を得るという意味では繋がってるかも知れないけど。

うー、ホント、自分が情けない、情けない、情けない。。。。
こんな自分は嫌だ、嫌だ、嫌だ。。。。

この自分に向けられた怒りを、自分が進む道への起爆剤になればまだいいんだけど。。
今は怒りと言うよりも自分のふがいなさを嘆いている状態だから、そこには繋がっていかない。
自分でなんとかするしかないのは分かってるけど、
時間もあとそんなに残されてないのは重々承知だけれど、
今はそっちじゃなくて、こんな状態で生きているのがヤダ。
これを脱するためには時間がかかるのは分かってるけど、
そこまで我慢できるのか、わたしは。

しかも、自分の努力なしには先に進めない。
いや、努力したって先に進めないかも知れない。
それがとても不安。
自分の能力には限りがあるのは自分がよーく知っていることだから。

世の中金だけじゃないことは分かってるが、それでも金がないと暮らしていくことが出来ない。
悔しい。早く自立したい。
でも、そのためには自分の努力が必要だ。
そこまで本当にできるのかな。

今はとっても嫌な気分がする。
あーあ、生きていくことは本当につらいね。
口の中が不快なことだけでもつらいのにね。。
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07-25 Sat , 2009
落ち込んでる
今日はとても落ち込むことがあった。
ふて寝したあとも落ち込んで、落ち込んで、腹が立って、それでもまだ落ち込んで腹を立てている。

あー、本来ならもうバリバリやらなきゃいけない時期なのになあ。。。

この先、わたしはどうなるんだろう。
自分でなんとかしなきゃいけないことはよく分かっているが、、
しばらく立ち直れなさそう。

くそー、どーしろっちゅーねん!!!!!!
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