08-20 Sun , 2017
健康までの道は程遠い
7月は身体がものすごくしんどかった。
これは明らかに自分の体力以上にやることが多すぎて動きすぎてしまった結果。
その中で「体力を付けたい」って頑張ったのだが、運動できるような体力は残ってないし、それならスーパー銭湯で体力を付けよう(=長時間風呂に入れる=体力が付く)と思って行ってみたら、入ったあとに風邪引いたり頭が痛くなったり(=体力使いすぎ)。

そんなこんなの日常。

えーと、精神科にはもはや通ってません。
どうせ眠れないだけだし、おまけに出される睡眠剤の副作用に振り回されて、結局出される薬はもうないだろうなーと思って行くの止めた。

その代わり、この体力のなさとか疲れて動けないとかだるいとか息苦しいとか背中が痛いとかどうかならんかと思って、先月から漢方薬をメインに処方してくれる病院に行っている。その病院には既に2回行った。

1回目の処方は、
十全大補湯(ツムラ48)、加味逍遙散(同24)がベースで加味帰脾湯(同137)、麻子仁丸(同126)が寝る前。頓服は柴胡加竜骨牡蛎湯(同12)。

十全大補湯は体力が弱っている人に効果があるらしい。加味逍遙散は以前、精神科で出されたことがあってずっと飲んでいた。ただそのときは効いてるか効いてないかよく分からなかった。加味帰脾湯は睡眠剤に近い効果。麻子仁丸は下剤。漢方ってどうしても「便を出す」ってことが基本になるらしい。この麻子仁丸の効き目はわたしには強かった。よく「便秘と下痢を繰り返す」っていうけど、まさにそれ。っていうか、出始めたら腸の中が空っぽになるまで出続けるので、ある程度溜まる時間が必要なだけで、それが「便秘」って表現されていいのかな~?とは思うけど。出てる間は腹痛を伴うのでたまったもんじゃない。
頓服で出た柴胡加竜骨牡蛎湯はイライラしたときに飲めと言うことだったが、1回分飲んだのみ。

2回目の診察の前に、貧血だってことが分かり、そのことを報告。あとわたしは1年くらい前から腰が冷えるようになって、でもそれはずっとではなく、ときどき起こってたのだが、この診察の1週間くらい前からまた腰が冷え始めたのでそれも報告。あとは下剤が効きすぎることも報告。脈診の結果、ストレスは以前より減った脈をしてると。その結果、

十全大補湯(ツムラ48)がベース。当帰芍薬散(同23)は朝、加味逍遙散(同24)は夕。加味帰脾湯(同137)、潤腸湯(同51)が寝る前。頓服は呉茱萸湯(同31)。

前回の処方も「血が増える処方」だったと言われたが、これは前回よりもそれ以上なのか、同程度なのか。細かいところはよく分からないが、ストレスが減ったことで加味逍遙散が減り、当帰芍薬散が加わったっぽい。当帰芍薬散は飲んだら体温が物理的に上がった。もともと基礎体温はここ数年ずっと測ってて、それによるとわたしは元々結構体温が高く、低温期でも36.6度、高温期になると37.4度くらいになる。それが当帰芍薬散を飲んだら全体的に+0.2度くらい上がった。なので、ここ最近ちっとも暑くないのに汗ダラダラ。の割に腰は相変わらず冷えるので、これは身体の冷えとは関係がないのだろうか。あ、夜中にトイレ1回くらい行くことがしばしばあったけど、それは行かなくなった。夜中のトイレは冷えと関係がありそうだ。麻子仁丸の代わりに潤腸湯という下剤に変更されたが、名前の通りこれはちょっとマイルドかも。しばらーく出なかったけど、出始めたら毎日お腹痛くならずに便意で便を出したくなる。
頓服の呉茱萸湯は頭痛時。もう3回くらい飲んだか。うち2回は効いたが1回は効かなくて西洋薬の偏頭痛薬を飲んで治した。めっちゃにがー!!!な漢方薬。頓服でよかった。

で、これで結構順調に行ってるなあ~と思ってたんだが。

健康診断で貧血を指摘され、その場で精密検査となり、その結果を先日聞きに行った。典型的な鉄欠乏性貧血だった。フェリチンが正常値以下で絶望的に低かった。フェリチンって鉄を溜めとく場所にどのくらい鉄が溜まってるかという指標だそうだ。正常値は6-167で「普通二桁はあります」って言われた。その結果フェロミアという鉄剤を処方されたのだが、これねー、以前も飲んだことがある薬でわたし、2錠飲むと腹痛起こして腸の中空っぽになるまで出続ける、ある意味わたしにとっては「強力な下剤」と一緒なのだ。なので「2錠は飲めません」って医者に言った。そしたら「1錠じゃ鉄は溜まりません。本来ならあなたは4錠この薬を飲まなければならないんです!」って言われた。。

「お腹痛くなるんですけど」というと「じゃあ、下剤出します」って。「下剤でお腹痛くならないんですか?」と聞くと「。。。」で。じゃあ、お腹は痛くなるのに出ないんだったら、ずっと地獄の苦しみじゃん?その場合、止めることに何の意味があるのだろう??(外出時に出るよりマシってことか)

しかもわたしは今漢方で下剤を飲んでいる。その上に更に(わたしにとっては)強力な下剤(=フェロミア)を飲み、その副作用を止めるために下痢止めを飲めと。。わたしは便を出したいんだか出したくないんだか??だんだん頭がこんがらがってきた(笑)わたし、今ようやく潤腸湯で順調な排便できてたのに(しゃれか)。

医者にはとにかく、どういう方法でも、薬を割っても何してもいいから工夫して1日2錠は飲めと言われた。「そうじゃないと輸血しなきゃならなくなりますよ!!」と脅されて怖かった。。帰ってネットでいろいろ調べたけど、鉄欠乏性貧血の治療って、どうやってでもどんな副作用が出ても鉄剤を飲め!ってことらしいですね。。食事やサプリではもはやここまでの貧血は改善できないらしい。もちろん日々鉄を取るという姿勢は大切だけど。で、鉄剤で副作用に苦しんでる人も多いらしい。それからわたしも注射もあるよと言われたが、まだそんなに強くは薦められてない。まぁこれは今後、本当に鉄剤飲めなかったら考えなきゃいけないこと。あと別の貧血の薬もあるらしいが、わたしが診てもらっている病院はフェロミアしか出せないんだと(泣)

で、家に帰ってから2錠いっぺんはダメだから、1錠ずつ飲もうと思って昼食後に飲んだら、その後すぐにお腹が痛くなってトイレに何度も駆け込むことに。だけどその日の夕食後飲んだら痛くならなかった。ということは、どうやら1錠でもお腹がいっぱいになったときに飲まないとダメってことが分かった(昼食はそんなにたくさん食べない)。しかもその影響で翌日は胃痛に苦しんだ。食欲もなくなった。今年は5月下旬に極度の食欲不振で胃カメラ飲んだけど、まぁあのときほどではないがそれに近い胃と食道がスースーする感じがする。

食欲不振はやっと最近なくなったと思って喜んでたのに、1日で逆戻りかよ、と思うとこの先のことを考えて絶望した。よくなるのはじわじわ、悪くなるのは一瞬なんだからね。

そんな感じなのに、やっぱり鉄剤は飲まないといけないんだろうな~(泣)
2錠でもこれだから、4錠はとうてい飲める気がしない。
1ヶ月後に再度血液検査だそうだが、それまでに処方された薬を飲みきれない感じがするので気が重い。

まぁ次の漢方医院でちょっと相談してみる。

健康までの道のりは程遠い。
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01-24 Tue , 2017
九九が言えなくなっている
つい最近と言えるような最近ではないけど、多分、今年に入ってからのことだったような気がする。

新聞読んでたら「1から120まで順番に数える時間が30秒以内なら脳年齢が20代、35秒以内だったら30代、40秒以内だったら40代、45秒以内だったら50代」みたいなことが書かれてた。うーん、あんまりはっきり覚えてないので「以内」だったか「前後」だったか「台」だったかは忘れた。とにかく数字を数えるだけで脳年齢が分かると言うことだった。まぁその脳年齢とは何かってのはよく分からなかったけど。一種の老化現象のことなんだろうか?

やってみた。

でも、実際数えてみて、わたしは普通物を高速で数えるときは「十」を言ってないことに気が付いた。例えば31、32、33ならば「さんいち、さんに、さんさん」みたいに、いちいち「さんじゅういち、さんじゅうに、さんじゅうさん」って言ってないのね。数えてみながら「これって『じゅう』という言葉は抜かしていいのかな?もしかしてダメなのかな?」って言いながら考えてたら気が散って、120まで数え終わったときは40秒過ぎてしまってた。しかしそのほとんどを「十」飛ばしで言ったので、もしすべて「十」込みで言ったとしたら、軽く1分は超えてしまうような気がする。

しかし、いくら若くても「十」を入れて言ったとしたら、1から120まで30秒以内で言えなくない??脳年齢というのが何を指しているのか分からないけど、十を入れて言うとしたら、頭の回転と言うよりは早口言葉ができるかできないか、になってしまわないか?もちろん、舌を動かしているのも脳の一部なので、舌がうまく動かせることが頭の回転のよさに繋がり、それがすなわち脳年齢なのですと言われると、そうなのかなあという感じもしないが。

ちなみに2回目は十を飛ばして言おうと思って、いつもわたしが数字を高速で数えるように言ったら、30秒だった。どっちなんだろう?

そう考えているうちに「そういえばわたしは九九をどのくらいの速さで言えるんだろう?」とふと思った。九九は小学2年生で習った覚えがあるので、今から40年以上前?習った時分は「ににんがし」から「くくはちじゅういち」まで一気に高速で言う練習をしたもんだ。

と思って言おうとしたら、、見事に言えなくなっている!!口が回らない!!というか、考えながら言ってる!!

なにしろ「かけられる数」のイメージがすんなりいかなくて、「ににんがし、にさんがろく、にしがはち、にごじゅう、に、、えーと、五だったから次は六?」とか考えてしまって、そうすると頭の中に「2×6=12」というのがビジュアル的に浮かび、そこから「えーと、にろくじゅうに、か」って逆算する感じになってしまう。口から出任せに言うと絶対に「にくさんじゅうろく」になってしまう。いやいや!それは「しくさんじゅうろく」だから!

正直なところ、1から120まで数える、ということよりも九九が言えなくなっていることの方がショックだった。

というわけで、最近は九九をぶつぶつ呟いてたりする(笑)

そしてやっぱり言い慣れると早く言えるような気がする。
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12-11 Sun , 2016
風邪引いた(T_T)
試験が終わって1ヶ月まだ経ってないけど、徐々に気持ちが緩み始めたのか、6日起きたときに身体が熱っぽくなってて、数日寝とけば治るだろうと思ってたら、一昨日の夜から強烈な喉の痛みで再びダウン。

というか、わたしが風邪引くときは九分九厘、鼻の奥の方が痛くなるので、鼻の奥がちょっとむずがゆさを感じたらすぐに葛根湯を飲んで初期のうちに叩いてしまうのだけど、今回はそこじゃなく、喉の下の方というか、よく唾が飲み込めないほど喉が痛くなるって言うけど、それよりもっと下の方。だから唾を飲み込んでも全然痛くない。ここがこれほど痛くなるのは初めての経験だったので、最初のうちは「喉が痛いけど、風邪じゃないよね」って思ったので、放置してた。

が、夜寝ようと思ってベッドで寝ころぶと喉が痛すぎて眠れない。次第に「これって、、もしや風邪なのか?」と思い始め、一旦起きて痛み止めのロキソニンを飲んだら痛くなくなったのでそこから少しだけ寝た(すぐに痛いのがぶり返して起きちゃった)。朝起きたら熱が出てた。

風邪を引いたときはスチーム吸入器を何度もやれば、大抵気持ちよくなって風邪の治りも早い気がするのだが、今回のこれは吸入しても患部に届いたような気がしないので、全然気持ちよくならない。この痛い場所ってもしかすると気管支なの?とも思うが、気管支炎って風邪って言うんだろうか。気管支炎だったら耳鼻科じゃなく呼吸器科の方がいいんだろうか。まぁいずれにせよ、今日は日曜なんで病院休みなんだけど。今は熱はもうなくて、喉の痛みも昨日ほどではないけど、昨日に比べて鼻は出るわ、くしゃみは出るわでくしゃみするたびに喉が痛い。風邪の患部が広がってきたのか、それとも昨日、アレルギーの薬を飲んでないのでアレルギーのせいでくしゃみ出るのか。

それにしても、風邪を引くのが1ヶ月前じゃなくて本当によかった。1ヶ月前の今ごろだったら試験直前でパニックになってるだろう。

今年はあんまり日記が書けなかったので、今年の話は今年のうちに、ってことで、今月中に彼女のお父さんが亡くなったときにお葬式に参列してきた話と(彼女のお父さんが亡くなったのは今年だけどもう随分前のこと)、あと、つい最近、ある俳優さんが引退してしまったことで思うことがあったので書きたかったんだけど、風邪がもうちょっとよくなってからにする。でも今年のうちに書いておきたいなあと思う。
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12-01 Thu , 2016
48歳
今日から師走。
この1年はものすごく早かった。。

取り敢えずわたし、今年48歳になりました。
年齢の数字に異様な関心があるわたしは、もう数年前から「48」になりたくて仕方なかったんだけど、今年は「48」を楽しむ余裕がほとんどなくて、その点では惜しいというかなんというか、、

そもそも「48」ってなんでなりたかったかというと、「多くの数字で割り切れる」という理由だったわけで。要するに約数が多いよね、この数字。1、2、3、4、6、8、12、16、24、48。年齢を重ねるとこういう数字が増えてくるわけだけど(その代わり素数が減るけど)、まぁだから「48」歳を楽しみにしてたんだけど、、今年はほとんど出かけなかったから自分の年齢を書く機会もそんなになかったな~。

おお、そうそう。この数字を見れば分かるように、今年は「年女」だったんだった。が、これも意識させられたのは去年の年末くらい?去年の年の瀬に新宿に行ったら、小田急の改札のところにある柱に全部「申」「申」「申」って大きな字で書かれたポスターが貼ってあって、「おー、なるほど、そういえば来年は申年か」って思ったんだけど、年が明けてからはそれすら忘れてた(笑)

来年生きて誕生日を迎えられるとすれば、49歳になる。「49」は当然のことながら、7の2乗。6の2乗、36歳以来、13年ぶり。この「○の2乗」もだんだん間隔が空いてきたな~。これまで1から6までの2乗を過ごしてきたからか、あんまり「○の2乗」には重きを置いてなかったんだけど、次の8の2乗とか9の2乗が生きて迎えられるかとか、迎えられたとしてもあと「○の2乗」はせいぜい2回くらいしかないのかと考えると、これもこの数を噛み締めながら生きていかなきゃならんのかもね。

しかし、わたしは年齢は四捨五入で考えているので(20代からそのように考えてた)、45歳超えたら気持ちは50代で行こうと思ってたのに、なかなかそうなれない。。というか、今まで自分の中で考えてた「50代のイメージ」というのと、自分の50代になった姿というのがちっとも合わないからなんだけど。ということは、今まで考えてた「50代のイメージ」というのはあくまで想像上のものでしかなかった、ということで認識を改めなければならないと言うことか。

というわけで、ここ数年楽しみにしてた「48」になったことだし、次の楽しみの数字というと、やっぱ「51」かねえ。「51」はカープの背番号でも登竜門、と言われている背番号だ。江藤、前田、そして今は鈴木誠也。あのイチローの背番号でもある。あとは1、3、17の約数。なんかクールな数で割り切れていいねって感じ。

年齢に関する数字であれこれ思い始めたのは20代の頃からだけど、次にくる楽しみな数字を待ちながら生きていくというのも悪くないと思えるようになった今日この頃。
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08-12 Fri , 2016
ひさびさの一人暮らし
ただいま、一人暮らし満喫中。

何年ぶりだろ?おそらく2年ほど前に彼女が骨折して入院したとき以来。
まぁあのときは、家の近くに入院してたから、日中はお見舞いに行ったりして会ってたけど。
今回は彼女が旅行に行ったので、家を出たきり会ってない(当たり前か)。

家の中が汚れないとか、すぐに片付けられるとか、
ベッドで手足を伸ばして眠れるとか、
正直言うとそういうことが嬉しい。

というわけで、夜はベッドに大の字になって寝ている。

たまの一人暮らしだからいいのか、それとも一人暮らししたいのか。

それは今のところはよく分からない。
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12-30 Wed , 2015
もうこんな時期か
ブログに書きたいことはたまってるのに、忙しくて書く時間が全くないうちにもう年の瀬を迎えてしまった。
でも明日も忙しい予定だから、時間がある今日のうちに書いておく。

と言えども、最近はあまり季節感を楽しみたいと思うこともなく、365日(あるいは366日)普通の日で十分、という気がしている。まぁ猫の誕生日は祝いますけどね。

しかしまぁ、区切りではあるので、今年1年を振り返ってみると、今年はわたしにとって、とても不思議な年だった。

生きて考えてれば「なんでこれはこうなってるんだろう」と思うことが多々ある。本を読んでても疑問に感じることがあるし、日常を暮らしてても疑問に感じることはあるし、何かを見ても疑問に思うことがある。単純な知識問題ならともかく、何を手がかりに探せばいいのかさっぱり分からないこともある。

ところが今年はそれが「繋がる」ことがとても多かった。人に会ったり、イベント行ったり、学習会に参加したり、映画を観たり、劇を観たり、でもそれは特にその疑問を解決したいと期待して行ったわけではない。全く関係ないところで、でも自分の中で「あっ」って思うことがとても多かった。答えは見つからずとも、そのヒントになるものと出会うのだ。そのことをヒントにまた自分の中で思考を深め、そして行き当たる。しかしまた別のところでヒントと出会う。ヒントであったり、同じ思いをしている人に出会ったり。

今年はそんな、不思議な年だった。

ただ、だからといって「答え」が見つかったわけではない。というか、答えなんか見つかるような問題ではないと自分では分かっている。しかし、だからといってなぜ考えるのを止めないかというと、それは自分が人間だからだ、「人間は考える葦である」ではないか、なんて書くとカッコイイ~んだろうけどね(笑)別にわたしは人間だから考えているわけではなく、答えを探す行為が、今後自分はどうすればいいのか、自分は何が出来るのか、というある種の答えには繋がっていると思うからだ。要するに副産物で自分の行動が決められる、と言えばいいのか。疑問に思っている「答え」そのものは見つからないにしても。

多分、この中で一番大切なのは、疑問に思っている「答え」そのものではなく、「自分がどう行動するか」なんだと思う。ぐだぐだ自分の頭の中で考えてたって、それで世の中変わるわけはないんだもの。もちろん自分の行動には限界があって、行動したとしても世の中変わるわけはない。わたしは一声で世の中が変えられるような絶対的な権力者じゃないし、逆にそういう権力を持った人を忌み嫌っているから、自分は権力者にはなりたくないし。自分ができることは所詮、微々たるものだと思っている。けど「どうせ行動しても世の中変わらないよね」とブツブツ言ってるよりは、行動する方がよっぽどいい。それが自己満足に過ぎない、ということも十分承知だし、わたしはそれが自己満足であることに満足してるので、それはそれで構わない。とにかくわたしは行動をしなければならないと思う。そのこともはっきり分かった年でもあった。

わたしが主に考えていることは、過去のブログを読んでもらえば分かると思うが、「死刑」「宗教」「在日外国人(特に在日朝鮮人)」のことについてだけど、「死刑」については、今年、自分の考えに決着を付けることが出来た(もしかしたら、その結論についてはブログに書いてないかも)。「宗教」については、これは今も興味の対象。今年はいくつかイスラム教について書かれている本を読み、外観はどんな宗教なのかは一応分かったけど、でも人に出会ったわけではないので、まだ疑問満載。ただ、一つ一つの宗教についてではなく、「宗教」全体(なぜ宗教があるのだろうという疑問など)として考えるのもまた面白い。絶対に答えなんか出ないと分かってるけど、今のところは「人間がそれを必要としていた」と思っている。要するにひっくり返すと「宗教は人間が作った」なんだけど、それは仕方ないよね、わたしは宗教を信じてないんだから。また、わたしはずっと「宗教とは何か」という疑問もあったが、これはそれぞれの宗教、個々に「エッセンス」というものがあり、それは何かというものをそれぞれの教典から読み取っていく作業なのではないかと思っている。要するに、聖典に書かれていること一言一句が正しいのではなく、全体を読んだときに「共通する何か」があるんだろうと。そう考えると、おそらく仏教もキリスト教もイスラム教も(その他の細々した宗教についてはよく知らない)、根底に相通ずるものがあるのではないかと思う。

例えば聖書、キリスト教の教典である聖書だけども、旧約聖書の一番始めは「創世記」、いわゆる「天地創造」について書かれている(旧約聖書はキリスト教だけでなく当然ながらユダヤ教、そしてイスラム教の聖典でもある)。しかし、その1章と2章、全然違うことが書かれているのだ。1章では神は最初にいろんなものを創って、そして一番最後に人間を造った、と書いてある。それが6日目だったと。だがその直後の2章では、神はまず人間を造って、人間を助けるものを創ろうといって、他のものを創ったと書いてあるのだ。全く矛盾していることが書いてあるよね、直後に。しかも、大多数の人が読み始める最初のページ、おそらく一番読まれることが多いであろう箇所に。聖書ってどんなことが書いてあるんだろうと思っただけの信者以外の人だって1ページから普通読むだろうよ。これ、編纂するときになんでこんな矛盾しているものを載せてるんだろう、どちらか一方を削って「こちらが正解です」ってしなかったのはなぜだろう、そちらの方が都合がいいのになぜ敢えてそうしてないんだろう、と考えると、「聖書とは、一言一句を信じるものではないものである」と聖書自身が言いたいのではないかと思える。「聖書には矛盾していることも差別的なことも含んでいますよ。けども、それが聖書の本質ではないのです。しかし、この中には一本貫いていることは確実にあります。それが信じるものに値するものです」と言っているように思えるのだ。だから聖書で自分の都合のいいところのみを切り取ってそれを「聖書にはこう書いてある」と「教え」ている原理主義は、聖書自身が否定していることなのではないか、と。

尤も、わたしはだからといって聖書全部読んだことはありません(笑)ただ聖書というものは本当に奥が深い「読み物だ」とは思ってる。バベルの塔のところなんて、いつもいつも「よく昔の人がこんなこと考え付いたよなあ」って感心する(そういう意味ではわたしは聖書は「人が作ったもの」と思っている)。昨今の出来事で「バベルの塔」を思い浮かべることが、わたしはよーくあるから。

また、わたし、今年分かったことに「神(仏でもいいんだが、以下同じ)を信じる人は、神を通して人間を見ることができる人だ」ということがある。神を信じられない、わたしのような人間は「人間」でしかものが考えられない。別の視点から「人間」を見ることができない。しかし、神がいる人たちは、「神を通して人間を見ることができる」。このことが分かったときに正直「ちと悔しいな」って思ったのね。わたしは人間を「相対的」に見ることができない。わたしの中には「人間」しかないから。でも「神」という別の概念がある人は、神を通して人間を「相対的」に見ることができる。複数の視点を持っていることは、自己の考えを深められるだろう。そういう点で「悔しい」のだ。まぁだが、神を持っている人は「絶対的」なことが分かるかというと、そうじゃないけどね。神を信じている人たちの中の神は、やっぱり「相対的」なんだと思う。イメージ的には、この宇宙、絶対の座標軸があったとして、そこから見ると、個々の神の位置が違っている、みたいな感じになるかな。でもそれは仕方がないんだよね。人間自身が相対的なものなんだから。複数の視点が持てないから悔しいと思えども、神には出会わないと出会えない、ということもわたしは知っている。今後、出会うかどうかは今のわたしには分からない。出会ってないのだから、出会っていないまま、わたしは考えて行く。ただそれだけのことだ。

なんて話がとんでもなく抽象的なものになってしまったが、基本的に宗教とそこに住む人たちの文化や慣習、というものは非常に密接に関係してくるので、そういう意味でも個々の宗教を知ることは大切なことだと思っている。来年も個々の宗教を知ること、そして「宗教とは何か」「宗教はなぜあるのか」、この問題は引き続き考え続けて行きたい。まぁ、この疑問に答えなんかないと分かってるけどね(笑)

そして「在日外国人」、主に在日朝鮮人、在日韓国人、在日コリアン、なんて呼べばしっくりくるのかは分からないけど、その話。このことについて考えることは、本当にいろんなことを知らなければならない。歴史的な話だったり、法律的な話だったり、言語的な話(イメージ的には法的な論理というよりも感情的な言語を使用した論理と言えばいいのか)だったり、そしてその縁辺には元日本軍「慰安婦」の人たち(これについては現在、大きな動きがあったけれども、到底納得できない。だいたい謝罪する側が「このことは蒸し返すな」と言いつつする謝罪ってそれは本当に謝罪と言えるのか?まぁその他もいろいろ言いたいことがあるが)、そしてそこから「戦争被害」「戦争加害」、被爆二世としての自分、そして平和が脅かされている現在の「日本」。「在日」の問題を考えるとき、わたしの中にはこういうものがずっと連なって来ている。だからこそ、まずは「知ること」だと思っても、一度にたくさんのことを知ることは出来ないし、何しろ「知ること」といっても多岐に渡っているので膨大な量があるし、知ったらますます疑問が湧いてくるしで、そう考えると到底全部知ってから考えることなんて出来ない。だからこのことに関しては、今までわたしが「出会ってきた」人やものから少しずつ考えて行くしかないだろうと思っている。

ただ、今年に関して言えば、自分の中で一番はっきりしたのは「国とはなんだろう?個人とはなんだろう?国と個人との関係とはなんだろう?国と個人との線引きはどこなんだろう?」という疑問の方だった。これは今年わたしはいろんなものに出会ったけれど、何かに出会うたびにこの疑問はますます膨れあがってきた。そしてその答えは今のところ全く掴めてない。手がかりすらも分からない。しかしこのことが疑問になってきて、わたしは確実に前と変わってきていることを知った。わたしはつい最近、数年前に自分がこのブログに書いてたことを読んだ。そこには

わたしは決して、ジョン・レノンの作った「イマジン」のように「国が存在しなかったら」とは思わない。国家というものは必要なものだと思うから。ただし国家というアイデンティティを失わずに国と国とが緩い連帯を取ることはできないのかな、とは漠然と思っている。



って書いてある。このときは「国」というものに疑問を持っていなかった。でも、この考えは今年、変わった。上のことをわたしが書いたときに思っていたことは「もしこの地球が一つの国だったら」ということだった。でもこれは現実的に考えて有り得ないだろう。だって、一つの国になるとしたら、資本主義なの?社会主義なの?共産主義なの?とか、法律はどうなるの?とか通貨紙幣はどうなの?とか、そういう「現実的」なことを考えると「有り得ない」話だからだ。そういう意味でわたしは「国」というものに疑問を持たず「国家というものは必要だ」って書いた。

その理屈は今でも変わらない。しかし、一方、これまた現実的な話だが、国家が存在することによる弊害だってかなりあるのだ。「民主主義」とか「人権」という概念は、近年になり人間が発明したものだと思っているが、やはり根本的にこの世に生まれてきた人間は「人権」を持っているはずだ。幸福に生きる権利、自由に生きる権利は誰にでもあるはずだ(ただし「公共の福祉」に反してはならないと思う。「公共の福祉」って日本国憲法の文言だけど。で「公共の福祉」って「他人の人権を脅かさないこと」であって、単なる「人の迷惑にならない」とか軽い意味じゃないし、ましてや「国の都合の悪いこと」ではない)。ではその実現を果たすために「国」は絶対に必要なものなのか。「国」がなければすべての人は幸福に生きる権利、自由に生きる権利が持てないのかというと、全然そうじゃない。そのことの実現のためには特に「国」である必要性は全くないのだ。

ジョン・レノンの「イマジン」については、わたしはよく知らない。彼がどういう気持ちを込めて、この曲を作ったのかも全然知らない。けれど「国がないって想像してみて」というのは、まさにこういうことなんじゃないだろうかと。「地球上から国をなくす」というのは、アナーキストと言われるかも知れないが、わたしはそうじゃないんだよね。「人権」「民主主義」、そして「国家」このすべては人間が発明したものだとすると、わたしたちは国という概念を超える「何か」を発明することが必要なのではないかと。「この世に住む人たちがみんな自由に、幸せに生きている」そのことを想像しながら「では『国家』を超えるシステムとはなんだろう」って考えることが必要なのではないかと。

このことが、今年、わたしの分かったことで、去年までとはちょっと違ってきた部分だった。

「国と個人の関係」を考えたのは、正直、ここの部分だけの話ではなくね。ただ、今までは「国のイデオロギー」ってよく分からなかったんだけど、いろんなものに接しているうちにそれが見えてきた。と同時にわたし自身も知らないうちに国のイデオロギーによって洗脳されているんだ、ということも見えてきた。多分それはこの国で「日本人である」ということがどういうことか、少しながらも自分に「見えてきた」からだろうと思う。それまでは「日本人は日本で多大な権力を持っている」と言いつつ、でもそれは自分自身感じられなかった。が、そういう自分自身はべったりと「日本人の論理」で生きていた。そのことが少し感じられただけでも、わたしはとても嬉しかった。これを少し感じることができたということは、自分の「座標軸」をずらすことが可能だと言うことだから。

そしてこのずらした「視点」を保ちながら、来年に繋げていきたい。

最後に、うつ病的な視点から今年の自分を見てみる。

今年は比較的よく動けた年だった。多分、端から見ると「うつ病の人」には見えないだろう。そういう意味ではわたしも最早「うつ病」ではないと思っている。ただ、過剰に無理はしないように気をつけている。無理をしたら再発確実な反復性うつ病だからね。しかし以前と違ってきたのは「休んだら元通りになる」ってことだ。病気のときは身体がだるくてだるくて仕方がなかった。何をやるのもやる気が出ずに、多大に努力して動いていた、という感じがする。もう普通に動けていたときの状態が自分では分からなくなっていて「昔もやる気が出なかったけど、無理して身体を動かしていたのではないか」とずっと思っていた。何も考えずに身体がスッと動くなんて夢じゃないかって思ってた。

ところが、やっぱり身体って何も考えずにスッと動くものなんだよね。「やる気が出ない」というのは、出なかった頃は自分が怠けているのではないか、自分を甘やかしているのではないかってずーっと自分を責めてたけど、やっぱりそういうのは「病気の症状」だったのだ。そしてあのときは休んでも休んでも、寝ても寝てもずっとずっと身体のだるさは変わらないし、やる気も出たとは思えなかった。でも、今振り返って思うのは、やっぱり休んでも休んでも、寝ても寝ても身体が動かなかったりやる気が出ないときは、やっぱりそれは「休み方が足りない」んだってこと。休みが足りてきたら何も思わなくても身体がスッと動くし、何より何かやりたくなることができてくるのだ。

今も朝起きるとき、すごくだるくて起きる気がしない、起きるのが嫌な気分になることがある。そういうとき「あれ、自分はこれがデフォルトだったっけ?」って思う。だけど、その日、一日休むと翌日は動けるようになっている。朝、すんなり身体が動く。だから「あ、昨日はわたしは疲れてたんだ。だから起きれなかったのだ」って思える。うつ病のときは休んでてもあまりにも日々変わらなかったので、だるいのがデフォルト、みたいに思えちゃうのね。その感覚が今も残っているので、自分自身だるいときもそれは疲れではなく元からだと思ってしまうクセがある。けど、違うのね。今は一日で回復するようになったので、そういう意味でも「治ってきてるなあ~」って実感はあるし、身体がだるくて起き上がれなくても「今日は休もう」と素直に思える。

が、今ひとつ「治った」と言い切れないのは、疲れすぎると眠れないからだ。なぜか疲れすぎると眠れなかったり、眠りが浅くて全然寝た気がしなかったり、ってことは今でもある。なので「よくなってきている」けども「完全に治った」とまでは行ってないのだろう。だから、まだまだ油断大敵なのだが。。

今年1年は本当に充実した年だった。だが希死念慮は全然消えてない。むしろこれだけ活発に動いているのは「いつ死んでもいい。だけど悔いのない人生を送りたい」って思ってるからだし、もし明日死ぬとしても、わたしはそれで全然構わない。むしろその方が嬉しい。この世に自分が存在しているだけで苦痛だから。考えることも苦痛だから。息をしてるだけで苦痛だから。この世に未練なんか全くない。死んでこの世から早く消え去りたい。死んだら他人から自分のことを一切忘れられたい。この世にいたという痕跡を残したくない(死んだらこのブログも消去してもらう予定)。そしてわたしには「あの世」もない。「あの世」で自分が存在する、なんてそんな絶望的なこと、考えたくもない。わたしは「死んだら無になる」と思えるから、今、頑張れるのだ(だからわたしは宗教は信じたくても信じられない。宗教には「あの世」があるんだから)。死んでからいくら「あの世は何の悩みもない幸福な状況です」と言われても、自分が存在すると思っただけで苦痛なんだから、わたしにとっては幸福な状態であろうと苦痛なのだ。なんにせよ、わたしはわたしの存在自体をどこからも消し去りたい。これは明らかに「病的」なのは分かってるけど、これだけはもうどうしようもない。それは「病的」といっても、もうわたしの「一部」なのであり、そういう意味ではわたしは死ぬまでうつ病と「共存」していかねばならないのだろう。

よく他人から「生き生きしてる」とか「前に比べて元気になった」とか「顔色が良くなった」って言われるんだけど、確かに端から見るとその通りなんだろうと思うが、自分自身はあくまで「後ろ向き」に前に進んでいる感じだ。だって時間軸は前にしか向いてない。過去には絶対に戻れない。だとすると、前に進むしかないじゃないか。だけどわたしは自分が「生きたい」と思っては生きていない。自分で死ぬことができないから仕方なく生きている。だけど、生きている以上、悔いなく生きたい。「ああ、あれもやりたかった、これもやりたかった」「あそこに行きたかった、ここに行きたかった」と思いつつ死んでいくのはイヤだ。だから、わたしは今、できることを精一杯やる。一日一日を精一杯生きる。

来年もやりたいことはたくさんある。けど、それがいつ打ち切られても構わない。そんな思いを持って生きていく。

【追記】上の方で「創世記」云々、という話を書いたけど、あれは別にわたし自身が発見したことではない。このことについては、今年の不思議さを象徴するような話なのだが、直接的に「創世記」の1章と2章の書いてあることが矛盾している、ということについては今年読んだ「罪と死と愛と」という本に書いてあったものだ。そして「ではどうして矛盾しているものを直後に並べたのか」についての考察は、そこに書いてあったことを参考にわたしが大きく膨らませたものだ。実はここの部分、もう一つ、「男女」の造られ方が全く違う。このことについてはフェミニスト神学などが指摘しているということは以前から知っていたものの、問題はそこだけなのかと思っていたし、それがどういう意味を持つのかは考えたことがなかった。

そしてこの「罪と死と愛と」という本を知ったのは、「絞死刑」という大島渚の映画を観たからだった。そしてなぜそもそもこの映画を観ようと思ったかは、たまたま偶然チラシを見て知ったからだ。そう、順番を追って話すと、わたしはたまたまチラシを見て「絞死刑」という映画を知った。「観たい」と思ったのは、「小松川事件」という、これまたわたしは初めて知った事件だが(まあわたしが生まれる前の話なので)、貧しい在日の少年が2人の女性を殺害して死刑になった、という話を知ったからだった。事件は確か'56年頃起こって、'62年に死刑が執行された。死刑が確定した後、日本国内で助命嘆願が行われたらしい。それはあまりにも在日の少年が過酷な境遇におかれていたからだ。そして大島渚は'68年に「絞死刑」という映画を制作して上映した。'68年と言えば、ちょうどわたしが生まれた年だ。大島渚は「日本における在日朝鮮人の問題」としてこの映画を作ったらしい。わたしも「在日」のことについて描かれた作品だろうと思って観に行ったのだった。

ところが実際に映画を観ると「この映画のどこが在日朝鮮人に焦点を当ててるんだ?」という内容だった。わたしには「死刑制度について疑問を呈している」という映画としか思えなかった。そして内容も当時の人だったらそんなに細かい事件の背景は必要じゃないよね、というような映画だったので、事件自体のことははっきりしたことはよく分からないままの「なんか変な映画」だった。しかし観終わったときに、この映画を上映した主催の人が「小松川事件については、2冊の本が出ています」と教えてくれ、そのうちの1冊がこの「罪と死と愛と」だったのだ。ただこの本は少年死刑囚だった人と同じ在日の朴寿南さんという人との往復書簡集の一部だ。要するに手紙のやりとりのうちの重要な部分だけが抜粋されている本だった(重要な部分といっても、約300ページに2段組で書かれ、結構読むの大変だった)。そしてその他の1冊というのはこの2人の手紙のやりとりのすべてである「全書簡集」だ。けっきょく両方の本は手紙のやりとり、という形の本だったということだ。

「罪と死と愛と」を読んだら、これは在日というよりもキリスト教の話じゃないかと思った。そこに死刑囚ということは密接に絡んでいるが。というのは、この少年死刑囚は死刑が確定した後にキリスト教を信仰するようになっていたからだ。そこでは自分が死刑囚であるということと自分が犯した罪のこと、そして神とは信仰とは、ということが書いてある。確かに日本で生まれた朝鮮人、ということについても書いているが、この少年は生まれてから罪を犯して警察に捕まるまで、自分をあまり「朝鮮人」とは意識してないというか、本人は差別されるのでいつ周囲に自分が朝鮮人であるということがばれるか非常に恐れていたけれど、周囲は誰も彼のことを朝鮮人だと知った人はいなかったんだよね(雇い主は知ってただろうが。だって彼は就職の際も「朝鮮人だから」ということで大企業には就職できないのだ)。逆に「犯人は在日の少年だった」ということがクローズアップされすぎて本人はとても途惑っていただろうと書いてあった。彼は朴寿南さんとの手紙のやりとりにより、獄中、自分の民族意識に目覚めるのだ。だが、本を読んだ感想として、やっぱり主題は「信仰」にあるのではないだろうか、というのがわたしの感想だ。それくらい、信仰について書いてある内容が面白かった。上で「神がいる人は人間が客観的に見られて羨ましい」と書いたが、わたしがそう思ったのもこの本を読んでそう思ったからだ。

で、もうお気付きだろうが、なんとこの本は「死刑」「宗教」「在日」とわたしがそれまで別々に単独で興味を持ったことすべてが絡んでくる話で、その偶然さに非常にびっくりしたのだった。この話は今年、わたしに起こった「不思議さ」を象徴しているような話なんだけど、結局のところ、これは「象徴」に過ぎなくて、それ以外の分野でもあちこちで繋がったことが多かった。だから今年は本当にわたしにとって「不思議な年」だったのだ。
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12-09 Wed , 2015
子宮がん、検査を受ける目安
先々月に不正出血があり、そこでポリープが出来ていたので取ってもらったついでに、子宮頸がん検査と子宮体がん検査をしましょう、という話は以前に書いた。そして先月、ポリープの病理検査結果を聞いてきて、同時に子宮体がん検査をやってきたんだけど、その体がん検査の結果を最近聞きに行ってきた。まぁ、検査結果は10日で出るという話で、10日経っても電話がかかってこなかったので、異常なしなんだろうとは思っていた。

これで一連の検査等が終わったのだが、わたしは聞いておきたいことがあった。何しろ、婦人科なんてできるならお世話になりたくないところだ。多分、シスヘテ女性だって婦人科へはあんまり行きたくないところだろうから、レズビアンのわたしなんか本当に敷居が高い。行くたびに「わたしは女性とセックスする人間です」とは言いたくないから。かといって「異性愛女性前提」の話をされるのはきつい。問診票すら同性とセックスする人間のことを想定されてない。「いない」ものと想定されているわけだから、「いないもの」としてみなされている人間が「います」って言うことはとてもハードルが高い。今回行った病院は、まぁセクマイなら「ああ」って分かる病院なんじゃないだろうか。婦人科の診察が月に1回のとこ。ここはもともと「セクマイはいる」と想定されている、という安心感があるのでやはり心理的には行きやすい。そして婦人科の先生が来るのは月1回だけだからか、あの屈辱な体勢になる「内診台」がない。平坦なベッドの上に横たわって股開くだけ。これ、結構わたしにとっては楽だった。きっと体がん検査が全く痛くなかったのも、そういう心理的な面で緊張感がなかったからかも知れない。てなわけで、3回受診して話しやすくなってたところで常々「これはどうなんだろう」って思ってたことを聞いてきた。

まず、基礎体温計ってて疑問だったのは、基礎体温を測っていると排卵が起きていることは分かる。それによって生理が来るのも分かる。しかし、不正出血のときはそういう体温の変化に関わらず来るわけだから、それが不正出血なんじゃないの?って思ったが、無排卵の生理、というのがあるわけだから、体温に変化が無くても生理は来ますと言われた。そして、この年齢になってくるとダラダラと出血が続く傾向があるという。しかし、その出血が2週間以上続いたら、貧血になる恐れがあって止血しなければならないから、そのときは来てくださいと言われた。もちろん「何かある」可能性もあるという。なのでそれが病院に行く一つ目の目安。

もう一つは、頻繁に不正出血があること。数日おきに出血するなどのときも病院に来いと言われた。これが二つ目の目安。

以上が定期検査以外で「あれ」と思って病院に行く目安。

それ以外だと1年に一回は定期検査に来てね、と言うことになる。子宮頸がん検診はまず1年に1回、体がんは2~3年に1回かなあということ。これは体がんにかかりにくいからと言うことではなく、身体の負担を考えてとの理由なので、本当は体がんも1年に1回受けることが望ましいらしい。国保だと無料で検査が受けられるクーポンなんかが付いてくる年があるが、これの「子宮がん検査」は頸がん検査で体がんじゃないから、体がんを希望するならわざわざそう言わないとダメらしい。あ、体がん検査は40台後半くらいからね。体がんにかかりやすい年齢は、40台後半からだから。もちろんだからといってそれ以前の人は体がんにならないかというとそう言うわけではないが。まぁ40代後半以前はまれなことなので定期検査の必要性はないということだろう。

あと、気になってたのは卵巣がんなんだけど、これはひとまずエコーで腫れてるかどうかはチェックできるので、それが目安になるらしい。が、中には卵巣が腫れない卵巣がんもまれなんだけど、起こりうると。まぁもうそうなったら早期発見は無理ですってこと。今のところ医学にも限界はあるんだから仕方がない。わたしの場合は筋腫もあると言うことで、その大きさもチェックをしなければならないので、そのついでに卵巣は見てもらうことになる。

とまぁ、そんな感じで以前から聞きたかった子宮がんと卵巣がんについて聞いてきた。ちなみにわたしが行ってるこの病院は頸がん検査のキットは常時あるけど、体がん検査のキットはその都度持って来なければならないので、事前に予約するときに「体がん検査も受けたいです」って言わなきゃダメです。

しかしね~。前から思ってるけど「うちはセクマイフレンドリーです」って婦人科がもっと増えないかな。GIDの治療などで婦人科だってセクマイと全く関わりがないわけではないと思うんだよね(尤も、GIDはセクマイの中に入らない!という人もいるのは知ってます。そしてそれはそうだろうなという認識も持ってます)。婦人科の問診票で「セックス体験の有無」を聞くのは、単なる身体の中に入れる器具の大きさの違いだけって聞いたので(しかしそう考えると婦人科の医者は「セックス」というのは「女性器に男性器を挿入すること」としか認識していないということがよく分かるし、一人でもバイブで遊んでる人がいることなんか考えたりもしないんだろうと思ったりする)そこのところはもっといい聞き方をして欲しいなとか。最近「LGBTビジネス」という言葉が盛んに使われているけど(結婚式場とか保険とか)、こういうところだって「LGBTビジネス」の一つと言えるんじゃないだろうかね。
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11-28 Sat , 2015
47歳
今年は47歳の年。

毎年1回は年齢についての日記を書いてるんだけど、去年は12月に「生誕17000日目」って題名で日記書いてるね。それを見ると、今日は生誕17361日目。あれから360日以上経ったんだね~。

去年、47って数字は素数なだけであんまり魅力がないって書いた。確かにそれはそうなんだけど、年齢のところに「47」って書くのが結構好きだったりする。数字自体には魅力がないのになんでだろう?とても不思議だ。

そして、今の時期になると来年の年賀状の印刷の受付、みたいなので、年賀状のサンプルを見るようになったんだけどさ。そこに印刷してある「申」って文字を見ると「あらっ」って思う。そう、来年は年女なんだよね~。つか、48という数字のことばかり考えてて、年女と言うことはすっかり忘れてた。てか、別にだからどうということもないが。。

しかし、45を2年も過ぎてるのに未だ、四捨五入して50とは考えられない。きっとわたしの中に「50歳」に対する強固なイメージがあって、そのイメージと自分が合わないからじゃないか?と思ったりする。「50」というと社会的にも落ち着いてて老人に片足突っ込んでるイメージが多分あるんだろうね(笑)今のわたしはまだまだ落ち着いてるどころの騒ぎじゃないからなあ~。。

去年の「生誕17000日目」の日記を読むと、病状がよくなってきただの、でもやる気が出るとか出ないとか書いてあるけど、んー、去年から今年の1年はね、とにかく息苦しかったね。正直、今も息苦しい。ただ、去年よりはちょっとは楽になってきたかな?って思ってたんだけど、最近の寒さのせいか、またひどくなってきてしまった。。肩こりというか、肩こりと背中の痛みとが合体して(これは去年からだけども)、それがちょっとよくなったかなと思ったらまたひどくなるの繰り返し。。先週までかなり楽だったんだけど、1週間前からまたひどくなった。なんなの、これ。これと息苦しさの相互作用で正直、身体の方はあんまり楽に動けるとは言い難い。

しかも15年来の座骨神経痛持ちでとうとう、足先からしびれが出てきた。その影響か、座骨神経痛で痛い方ではない反対の方の腰が痛い。

ということで、上半身も下半身もボロボロなわけですが。これって老化現象って言えるの?

ただ、なぜか精神の調子だけはOK。やる気というのは、出ないときに「なんで出ないんだろう」って思うものなのね。最近は「やる気」のことを考えることはほとんどない。確かにやる気が出ないときもあるんだけど、そういうときは「まぁいいか」って思える。というのは、仕事なんかで動かなきゃいけないときはやる気なくても動けるようになったから。きっとこういうのが「普通の状態」というのだろう。しかし、わたしの場合はそこからすぐに奈落の底に落ちて行く感覚を味わうことができるので、というか、もううつ病やりすぎて、自分の中のその感覚が忘れられなくなったというか、ただそういうことだけだと思うけど、今もある一定の条件が揃えば、多分すぐ、うつ状態に戻るだろうなあということはなんとなく分かっている。

でもここ数年で見ると、この1年はきっとかなり調子がいいとは思う。先週なんか、ほとんど毎日外出していたし。その頃は息苦しさも背中の痛みも結構なくなってきてたし。ところがね。「ちょっとは休まなきゃ」と思って休んだ途端、息苦しくなるわ、背中の痛みや座骨神経痛の痛みもひどくなるわで正直「休まなかった方がよかったのでは」と思ったほど。しかもわたしは休むと途端に何もしたくなくなる。まるで「慣性の法則」そのものじゃないかって思った。

外部から力を加えない限り、動いている物体は永遠に等速直線運動をし続け、静止している物体は永遠に静止している。

ってやつね。とにかく動いている間は次に動くのが簡単なのだけど、一旦休んじゃうと動き始めるのがとても億劫になる。精神科の主治医に「わたし、休むと体調悪くなるみたいなんですよね~」と言ったら「そんなことないです!」と言われた。主治医によれば、背中などの痛みは動いてないから血の巡りが悪くなってるんじゃないかと言ったけど、確かにそれはその通りかもと思うが、それ以来、外出しても楽になることはない。あー、ホンマ、休むんじゃなかったわ。

去年は「やる」と言っていた資格試験勉強、結局息苦しさでできず。今年は息苦しくてもやります。
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11-16 Mon , 2015
子宮体がん検査受けてきた
先月書いた日記で、子宮口にポリープができてるのを取ったのと、ついでに子宮頸がん検査を受けたことを書いた。その結果を聞いてきたのだけど、そのときに子宮体がんの検査もしてもらった。あ、ポリープは悪性のものじゃなく、子宮頸がん検査でも異常なしだった。まぁポリープは前に1回できたものの再発で、1回目に取ったときも「病理に回します。1週間後、検査結果を聞きに来てね」と言われたのだが、めんどくさくて行かなかったのだ。どーせ、何か異常が見つかったら、こっちが行かなくても向こうから連絡来るだろうしね、、で、連絡も何もなかったので異常なかったんだなと思ってたの。だから今回も「多分、悪性ではないだろうな」とは思ってた。まぁでも、前回の日記にも書いたけど、だからといって丸っきり「シロ」だとは思ってません。じゃあ何のために検査受けたのよ、と言われると困るんだけど(笑)

検査結果を聞いた後、子宮体がん検査についての説明。何やら痛いとか、出血が何日か続くけど1週間以上止まらなかったら連絡しろとか、検査を受けると300人に1人の割合で腹膜炎だったかを起こす人がいるので、2、3日以内に腹痛が起きたら連絡しろだとか、なんか「こんな検査してホンマに大丈夫なんだろうか」と不安になって来た。てか、体がん検査がすっごい痛いってのは、わたしも何かどこかで聞いたことがあったんだよね。でも、こないだポリープ取ったときもめちゃくちゃ痛かったから(笑)あれ以上の痛さってどんな痛さなんだろうと少し興味もあった。

やっぱねー、一般の婦人科にある「内診台」と言われるものよりも、普通の診察台(とは言うものの、自動で上下する)の上に寝転がって股開く方がいいわ、わたし。あんまり屈辱的な感じもしないし。診察台で十分だとしたら、なんであれより高そうな内診台なんてあるんだろうか。あ、バスタオルは1枚、自分で持たされるけどね。

バスタオルを隔てているからか、まぁ物理的に目が付いている場所からは見えないところでやられてるからか、何をされてるのかはよく分かんなかったけど、最初にぶすっと器具を入れられた。これが痛かった。。。思わず「いて-」って言っちゃった。そしたら「まだ器具を入れただけだから、これからです」と言われた。「力抜いて、楽にして下さい」って言われたんで、あー楽にしなきゃなあと思って楽にした。で、そばにいた看護師さんに「消毒するものを」みたいなことを言ってて、それから「これから取りますね」みたいなことを言われて、どんなに痛いことが待ち受けてるんだろうと思ったら、何も感じないうちに「終わりました」と言われた。へっ?ホント?いつの間に?って思ったので「本当にもう取ったんですか?わたし、全然何も感じなかったんですけど」って言ったら「終わりましたよー。出血してるんで、ナプキンしますねー」って言われ、なんか独り言みたいに「器具入れるときが一番痛かったのね(笑)」って言ったのをわたしは聞き逃さなかったぞ!(笑)

終わってから「全然痛くなかったら、腹膜炎にもならないんですかね~」って聞いたら「感じ方は個人差がありますから。それとこれとは別です」と言われた。あ、でも結局その後もお腹痛くならなかったです。

家に帰ってから「ホンマにちゃんと採取できたんかな」と心配になった。だって注射より痛くなかったよ。注射とか採血のときに看護師さんに「チクっとしますね」って言われるけど、あれは本当にチクって感じるもん!てか、あの台詞、本当に大嫌いだもん。腕に意識のすべてが集中してしまって、痛くないものも余計痛く感じてしまうんじゃないかと毎回思ってるくらい。でも今回は本当に何も感じなくて。そういう人っているのかな?と思ってちょっとネットで調べてみた。

ええと。個人差がだいぶあるようです。あと体調にもよるらしい。医者の腕にもよると書いてあった。が、中に「子どもを産んだことがない人は痛い」って書いてあったのがあった。それは大ウソです。わたしゃ、子ども生んだことないもん。それに全然痛くなかったって人でも、検査を受けた後は下腹部に鈍痛が、と書いてあったのも読んだんだけど、わたし、それも全くなかった。検査を受けた前後で何かあったかと言われると、確かに少量の出血はあったよなー。けどポリープ取ったときの方が断然多かった。

検査を受ける前に医者から「この年齢だと毎年がん検査を受けた方がいい」と言われたのね。でもそれはなんの検査か分からなかったから「頸がん検査ですか?それとも両方ですか?」って聞いたら「まぁ両方毎年受けることに越したことはないけど、体がん検査は痛いので、2、3年に1回くらいでもいいですよ」って言われた。でもこれだったら毎年受けても全然大丈夫だわ、とは思った。体調にもよるそうだから、次に受けたときは痛いかも知れないけどね。まぁ本当に受けるかどうかは別問題として。だいたい、体がん検査は受けたとしても採取できる部分は一部だけなので、そこにがん細胞がないとがんって分かんないよーみたいなことらしいし。

そうそう、わたしはここ数年、基礎体温というものを計ってるんだけど(これはデータ集めてグラフにすると結構楽しい。今は計った後に数字記入するだけで自動的にグラフにしてくれるアプリがあるから本当に便利)、これまでは低いときでも36.6度くらい、高いときは37.4度くらいになって、なんでこんなに高いん?って思うことがしばしばあり。でも、先月はずっと低いままというか、下手すると今まで低かった36.6度より低い36.4度なんてこともある。そのことが不思議だったので、本当はそのデータを入れているiPad自体持っていけばよかったんだけど、忘れちゃったので仕方なく口頭で伝えると「それは排卵が来てないということです」と言われた。へー、そうなんだ。わたし、ずっと「どれが自分の『元の体温』と言えるんだろう」って思ってたんだけど、どうやら低いときが自分の体温らしいね。わたしは平均するとだいたい36.8度くらいだったので、ずっと平熱は36.8度だと思ってた。しかし、今はさらに低い体温になってるので、これは不思議。。

で、排卵が起きないと生理は順調に来ないそうだ。てか、なんだったっけ、排卵が来なくても生理が来るときはあるけど、それはある程度溜まったら、とかだったかなあ。なんかそんなわけで、周期的には来ないらしい。だから閉経に近くなると、生理が不順になるらしい。でも、それは「不正出血」かも知れず、その見分けが付かないから、閉経前後のわたしくらいの年齢は特にがん検診を受けた方がいいんだってさ。あとわたしの場合は筋腫もあるので、その大きさを確認するためにも1年に1度来た方がいいと言われた。あと筋腫があるとだらだら生理が続くときがあるが、2週間以上になるとさすがにまずいんで(少量でも)、そのときは病院に行ってねと言われた。

婦人科は、わたしにとって今までとても行きにくいところで、いろいろ知りたいことがあっても聞くことも出来なかったけど、やっぱ行ってみるものだと思った。でもそのためには自分のセクシャリティを向こうが分かってくれるところでないと、わたしは無理。婦人科ってとてもデリケートなところだから、やっぱ、気兼ねなく何でも言えるところでないと、自分が窮屈になっちゃう。

検査結果は1ヶ月後。でも本当は10日前後で出るらしく、わたしが行ってるところは1ヶ月に1度しか婦人科をやってない病院なので、また来月。「早く知りたかったら、別の内科の医師からでも伝えることはできます」と言われたけど、まだいろいろ聞きたいことがあるので、来月にした。でも、本当に何かあったら1ヶ月待たずにこっちに電話が来ると思うけどね。

会社の健康診断を初め、わたしは健康診断というものが大嫌いだった。その主な理由は「採血」だからだが、でも、そのデータの上がり下がりを見てると結構面白いので、わたしは最近年に2度、健康診断を受けている。なぜ年に2度受けられるかというと、東京に住んでいる被爆二世は無料で年に2度、健康診断を受けられるからだ。健康診断のうちの1度をがん検査に置き換えることも出来るらしいのだが、がん検査は異常のあるなししか分かんないし、そういうデータは集めても面白くないし。基礎体温を毎朝計ってるのも同じ。データ集め。これって実験観察みたいで本当に面白い。別にこの結果から「人間の身体はうまくできてるなあ」とは思わないけど、ただ生きてるだけでいろんな数字が出てくるのが面白い。これって多分、学生時代は実験系じゃなく、自然科学系だったからだろう。実験することで出てきた数字じゃなく、自然のものからデータを得る。そのデータから何か意味のあるものを読み取る。それってとても興味深い。

ちなみに今のところ、採血では貧血以外、全く異常はない。尿検査は毎度毎度引っかかる。なんでかはよく分からないけどね。一度、精密検査で腎臓のエコーをしたけど、腎臓には異常はなかった。異常がないので1年以上続いている息苦しさの原因も分かるはずはない。尿検査では毎度毎度潜血が出てるけど、どこから出血してるか分かんない。こういうのがあってもすべて「様子見」と言われる。未だにわたしの口の中はおかしい。口腔異常感症は全く治ってない。けど、検査してもどこも異常がないので「問題なし」。わたしはあのせいで起きてる間はずっと不快な思いをしてるんだけど、最近は誰にも何も言ってない。日記にもほとんど書いてないよね。でも一応、半年に1度は病院に行って先生に話してるよ。でもそれだけ。解決方法なし。薬さえ出ない。まー、わたしの口の中の不快さや、息苦しさによる生きづらさなんて、わたし以外は分かんないし、わたし以外は理解されようもないよね。「様子見」って言われて「こんなつらい思いをまだずっとし続けていかなければならないのか」って絶望し続けてる気持ちなんか医者には分かんないだろう。こういうことを言うとあまりよろしくないとは思うが、わたしは「典型的な症状」が出て「あなたはこの病気です」って言われることが結構羨ましいときがある。

健康診断ではどこも「異常ない」から健康体のはずだが、実際はこんなもん。だから「健康診断」はわたしにとってはただの「データ集め」に過ぎない。
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10-07 Wed , 2015
不正出血
どーも8月辺りから変だったんだよね。

うんこをすると血が出てる。肛門からじゃなく膣から。紙で拭くとうっすらと潜血が。

ちょっと気になったので彼女に言うと「痔じゃない?」という。「いやー、だから違うんだってば!」と言ってたんだが、少し前に外出先で突然うんこが行きたくなって、仕方がないのでトイレに行って(外出先だったので時間を掛けたくなかったので)すんごいいきんで出して、その後、家に帰ってきてから見たら、かなり血が出てる。これはちとなんかやばいんじゃないの???と思って、婦人科に行ってきた。婦人科って言っても、1ヶ月に1回しかやってない婦人科です(分かる人には分かるだろう)。

一般の婦人科は異性愛者しか想定してない問診票で答えるのに一苦労、そして基本、男性医師には診てもらいたくないってことで、まぁ前々から何かあったときのためにって目を付けておいた病院ね。以前、そこの病院は皮膚科にかかったことがあって。診察券も持ってたし、たまたま婦人科の1ヶ月に1度の診察日が直近の週にあったので、これはいいぞと思って予約を入れた。

「どうしたんですか」と聞かれ「不正出血があるみたいなんです」と答える。「どういうときに出ますか」と言われたので、こういうこと答えるの恥ずかしかったんだが「いやー、うんこしたあとに。。」と答えると「それは痔じゃないですか」とここでも言われるーー;いーや、だから、違うだってば!自分のことなんだから、どこから出血してるかくらい、分かるんだって!でもそう言われた医者は「そんなこと信じられません」みたいな顔をしてたが。

で、去年、健康診断を受けたときに血尿が出て、精密検査で腎臓のエコーをしたときに「なんか子宮筋腫みたいなのがありますねー」って言われたことが気になったので「ここでは筋腫の検査もできますか」と聞いたらできるとのこと。あと、子宮頸がんの検査はもちろん、わたしくらいの年齢になると子宮体がんの可能性も高くなってくるので、そっちの方も検査した方がいいとのこと。「あーもうついでだから何でもやります」って行って検査室へ。

といえどもそこは月1回しか婦人科はやらないため、内診台などはなく。ただの診察台に寝転がって、そこで股を開くだけでした。正直、内診台より抵抗感なかったかも。

医者は見た途端「あー、なんかすごい大きいポリープがありますね。それも2つ」と言った。あー、ポリープ。今から10年くらい前に実はポリープが子宮口に出来て取ったことがあるんだよね。そのときに「再発しやすいからまたできるかも」って言われたの。やっぱり再発したのね。「すごく大きくて、親指の爪くらいのが2つありますねー。これ、取っちゃいますねー」って言われて、いろいろゴリゴリやられて痛かった(^^;正直、その間に子宮頸がんの検査もしたらしいが、どれが検査なんだかさっぱり分からないうちに終わってた。エコーで子宮筋腫を見たらすげーたくさんありますと言われた。どれも小さいらしいが。一番大きなので2.8cmくらいって言われた。まあ筋腫によって生活に支障が出るほど出血したり痛みが出てきたらなんとかしなきゃいけないらしいが、そうでないうちは経過観察なんだそうだ。ただし、まれに悪性の肉腫であることがあって、その場合は1年間にめちゃくちゃ大きくなったりするらしいので、1年後にまた検査した方がいいと言われた。

んでもって、取ったポリープは悪性じゃないかを確認するために病理に。これが9000円ちかくかかると言われ、財布の中がすっからかんになってしまった(それでもまだお金が足りていい方だよ。運が悪かったら財布の中、9000円入ってないときがあるからね)。

で、次の受診は1ヶ月後。そのときに子宮体がんの検査をするみたい。わたしが行ったときは検査のキットがなくてできなかったんだってさ。次は持ってくるって。

てなわけで、多分、不正出血の原因はポリープでしょうと言われた。まぁわたしもまさかまたポリープが出来てたとは知らなかったし、前にポリープが発見されたときはこういう症状じゃなかったからね。それを言われるまで全然再発したとは思ってなかった。

不思議なことに内診される嫌悪感というのはほとんどなく。ちょっとゴリゴリされてだいぶ患部は痛かったのだが、それすらもあまり恐怖心を感じず。これだったら目に見える注射や点滴の方が断然やだわ。子宮体がんの検査はちょっと痛いですよーと言われたが、それも特に今のところどうも思ってない。それにがん検査ってやったとしても実は信頼度100%というわけではないことも知ってて、検査で悪性腫瘍が見つかるのは「時の運」だと思ってるから、まぁ結果もそんなに緊張しない。「異常なし」だって本当に異常がないかと言えば、全然そんなことないし(なんて書くと「じゃあなんで検査受けるのか」ってことになると思うけど、まぁ不正出血の原因がポリープであるとは限らないってことと、まぁ当てにはならないけど1回くらい検診受けておいてもいいかなと思ったんで。でもあんまり理由になってないね)。

しかし、婦人科には女性医師しか診てもらいたくないってんで、今まで女の人にしか診てもらったことはないのだけど、当たった医者はみんなどちらかというと「しっかりした人」が多くて話した感じもぶっきらぼうでちょっと怖い(^^;優しい婦人科の女性医師って人はいないのかしら。。なんて思うけど、女性だから優しいとか思うのは多分偏見なんだろうなー。逆に一回、ピルをもらうためにレディースクリニックみたいなところに行ってきたんだけど、そこの男性医師の方がよっぽど優しそうだった。だけど男性医師に内診をされるというのは、心理的にとてもハードルが高すぎてわたしには無理。

ちなみに一般の婦人科で書かされる問診票について、性交の有無とかいろんなこと聞かれるのは単に膣の中に入れる器具の大きさの問題のみで、それ以上の意味はないらしい。わたしが「婦人科はどこからをセックスとみなしてるかよく分からないから問診票を記入するときにとても考えてしまう」って言ったら、そんなことを言われた。あー、そうですか、器具の大きさを決めるためにそういう質問すんのね。じゃあ、人とは未経験でも、バイブで遊んでたりしたら「経験あり」にできるのかね(笑)

まぁ聞いてみてよかった。
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07-09 Thu , 2015
久しぶり
いやー、ブログを書くの、すごく久しぶりになってしまった。
春の旅行記を書き終えてないのに、夏にまた旅行に行く計画を立ててしまって、もうどうしよ、みたいな。

体調の方はあんまりよくないんだよねー。まだ息苦しい。

ので、精神科では2013年1月から飲んでたリーマス、一旦、休みになった。
「いろいろ原因探しまくってみつからなかったから、これくらいしかもう心当たりがない」というわけで。ただ、原因じゃなかったらまた再開するらしい。正直、これが息苦しい原因だとは思ってないけど、リーマスも効いてるという感じがあまりしないので、このままなくなって欲しいが、まーそうはいかないんだろうな。事実、リーマスを飲み始めてから病的な気分の落ち込みというのは起こってないわけで、でもわたしとしては、リーマス飲まなくても同じだったんじゃないかと思ったりするのだが、こればっかりは真実は分からないからね。一つだけ、リーマス再開しなくて済む方法は、息苦しさが治って「ああ、リーマスのせいだったんだね、やっぱり」って思わせることなんだけど、リーマス飲まなくなって1週間か、劇的に息苦しさが治ったってことはない。

背中と肩がバリバリに凝ってて、整体に行っても「時間内では調整しきれないので、間隔をあけずに来て欲しい」って言われてる。あ、今はそれでも2週間に1回のペースなんだけどね。ただ、行く頻度を上げると言うことは、それだけお金がかかると言うことで。。なかなか厳しいものがある。

まぁそんなところ。

春の旅行記の更新をぼちぼちやっていきたいと思ってるが、もう忘れてしまった部分も多いかも。
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04-30 Thu , 2015
まだまだ忙しい。。
今日で4月も終わるけど、まだまだ忙しい日々が続いてます。

てか、19日、25日に自分のイベントやっても、次の日26日は東京レインボープライドパレードだったんだよね。

わたし、去年は彼女が骨折して行けなかったけど、今年は行ってきた。
パレード会場でいろいろな人に会った。すっごい久しぶりに会う人もいた。
いろいろなところで、「今の状況はどうよ?」みたいな話を聞いてきて、ああ、なんかいろんなところでいろんなことが進んでるんだなあって思った。

それでね、結構刺激を受けた。

で、次の日もイベント行ってきて、その次の日は休んだけど、昨日もまたイベントに行ってきた。今日もこれからまた出かける。

まぁ確かに今「レインボーウィーク」ってこともあるかもです(笑)

イベント行くごとにいろんな人に出会えて、いろんな人の話を聞けて本当に勉強になる。自分がこれから考えていく上の「種」をもらえる。

多分もうちょっと忙しい日々がこれからも続きそうです。
って、旅行記途中なのに、やばいな。もう3月中旬が遠い昔に感じられる。。。
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12-31 Wed , 2014
一年が終わるって気がしない
何か今年もあと数時間で終わるようなんだけど、今年はクリスマスもそうだったがどうも季節感がない。まぁそういうときもあってもいいよね。

ただ振り返ってみれば、今年はものすごく早く時間が過ぎたような気がする。1ヶ月があっという間に過ぎ去ってしまうのだ。時間を短く感じるというのは、充実していると言えるんだろうか。あんまり充実しているとは思わないんだけどなー。別に今年「これをやった」ってこともないしな。

あ、でも。一番「やった」と思えるのは、4月から朝鮮語を学び始めたことだった。始める際は特に何も感じなくてなんか「ちょっとやりたいな」程度だったんだけど、実際やってみると「あ、苦手な語学だったんだ(^^;」って思い出した(笑)1課終わるごとにやる単語テストにかなり振り回された。。今は17課を終わったところなんだけど、覚えた単語カードは8冊あるんで、約888個(単語カード1冊111枚なので)の単語は覚えたことになるかなあ。もちろん、記憶力が持続するわけはなく、覚えたらすぐに記憶から消滅するけどね。

ただ、1回のテストにだいたい50個~100個くらい覚えなきゃいけないんだけど、英語に比べると格段に覚えやすくてこれには本当にびっくりしてる。だから覚え初めの時は「一週間でこんなに覚えられるかなあ?」って不安だったけど、今は「あ、このくらいだったら大丈夫」って思えるようになった。

あと、それに伴って朝鮮語と日本語のニュアンスの違いや、韓国の習慣、文化などにちょっと興味を持ち始めて、いろいろ本を探して読んだりしてるところ。いや、本当は韓国だけではなくいわゆる北朝鮮の習慣や文化についても知りたいんだけど、それは知るのは難しいみたい。まぁここのところはいろいろと考えるところではあります。

ちなみに韓国語講座は来年3月終了だけど、できたらまた4月から継続して今度はレベル2の授業を受けたいと思ってます。語学っていうか英語は本当に大嫌いだったんで、授業が楽しみとか思ったことなかったんだけど、なぜか韓国語講座は楽しみなんだよね。もっと勉強してもっと知りたいと思うし、朝鮮語の文章読んでみたいと思う。ただこれがいつ授業についてけなくなって「嫌い」に変わるか、いつもヒヤヒヤしてるんだけど。。

それから8月だったかに来年資格試験受けるって書いたけど、あれも細々ながらやってる。本当は細々じゃいけないんだけど、8月下旬に調子崩して9月は休んで、10月に再開させたけどすぐまた休んで12月再開、12月も下旬になって息切れして今、少し休んでるところだけど。。(って休んでる方が本当に多いの~(泣))でも、12月は割と順調に進んだので、これからは慣れて継続して勉強していければって思ってる。

資格試験は、行政書士試験です。まぁこの資格を取ったとしてもすぐにお金が入ってくるわけじゃないってのはよく知ってるんだけど、自分のやりたい分野がいくつかあって、将来的にはそういうところで食って行ければいいなとは思ってます。いや、食う以前に別にお金稼げなくてもいいからやってみたいことがある、ってところかな。

法律は前から少し勉強してたし、もともと勉強したい分野なので、通信制の大学を辞めるときにそう決めてました。まぁ、公表しちゃったんでね(笑)これからは頑張ります。ちなみに伊藤塾の在宅講座です(笑)独学で勉強している人も多いみたいなんだけど、やっぱり自分の病気のこととか考えると独学はちょっとハードル高いかなと思ったので、取り敢えずペース配分がしやすい講座を受けることにしました。と言えども、それについていけるかどうか、すごーい心配なんだけどね。去年だったか、1回失敗してるしね(汗)

あとは健康面かー。実は今年、2回健康診断受けてて、1回目に尿検査で引っかかり、後日精検ってことで腎臓のエコーを受けたんだけど、その際の尿検査にも引っかかり、しかしエコーでは異常が発見されなかったのよね。あと細胞検査?ってのもやったんだけど、特に異常は見つからず。で、2回目の健康診断を今月受けたんだけど、やっぱり尿検査引っかかってしまった。しかも潜血が+++。げ。ひどくなってる?学生の頃からちょくちょく尿検査には引っかかってたんだけど、どれも再検査を受けると異常なしだったんだよね。こんなに連続して異常があったのは初めてで。でも、2回目の健康診断を受けたときの医者なんて「まー3人に1人は尿検査、引っかかりますからね~」みたいな感じで、特にこの先どうこうしろとは言われなかったので、今のところ放置してます。いいんかな、これ。まぁこれは今後も健康診断引き続き受けようと思ってるけどね。

うつの方はね-。どうかな。まだちょっと健康面に不安はある。息苦しいし。それに最近ちょっと気分が不安定になりかけることがある。これは再発の兆候なんだろうか。と思うと嫌な気分がするんだけど、まぁおかしいなと思ったらこまめに休みたいと思ってるけど、上にも書いたけど、試験勉強が。。。ここのところは本当に難しいよね。休んでたら確実に良くなるけど、そうすると生活していけない。。普通に動こうとするだけですぐにへばるので、本人としてはかなりもどかしく感じている。でも焦っても良くなるわけではないのは、身をもって分かっているので。。

まぁあとは日々いろいろと考えることがあるけど、それは書きたくなったときに書くってことで。

来年、とか実感ないんで全然思ってないんだけど、来年もよろしくお願いしますで一応締めくくっておきます(笑)
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12-24 Wed , 2014
クリスマスイブの日に
クリスマスイブの日にスーパーに行くと泣く。ここ数年特に。今年はスーパーに行かずとも既に泣いている。

そこには大量の鶏肉が売っている。もちろん「クリスマス用」として。その大量の鶏肉を見ると泣けてくる。

でも待って。別に「鶏がかわいそう」と思って泣くんじゃない。人間に食べられるために取られた命に対して泣くんじゃない。だったらわたしはとっくにベジタリアンかヴィーガンになってる。わたしは鶏肉含め、肉を食べることは好きで止めるつもりはないから、たとえほんの少し「わたしに食べられるために殺されるのか」と思っても、それは泣く理由にはならない。だってそれは仕方ないもの。人間は基本、食物連鎖の頂点にいるし、雑食性だから肉も野菜も穀物も食べる。そのように生まれついてきてるのだから、これは考えたって仕方がないし、わたしの中ではどうしても根本的に「動物がかわいそうだから肉は食べないって言っても、じゃあ穀物は食べられてかわいそうじゃないのか?」って思ってしまう。もちろん、ベジタリアンとかヴィーガンの人たちだって「穀物だからかわいそうじゃないから大丈夫」と思って食べてないだろうなと思う。人間は何かを食べないと生きていけない。しかもそれは穀物含め、他の命を食べないとダメなのだ。だったら最低限の食べ物を食べていこうと思って肉を食べるのを止め、仕方なく穀物と野菜を選んでいるに違いない。それはすごくよく分かるんだけれど、やっぱりわたしはそこに「命の選別」を見てしまう。だってその逆は成り立たないからだ。穀物や野菜の命を奪ってしまうことがかわいそうだから食べるのを拒絶して肉だけ食べる、なんて人はいないでしょう。もちろんそんなことすると人間自身の健康にはとても良くないとも思うが、でも、命の選別がなければ、肉ばかり食べるのを断つ、という人と、穀物や野菜を食べるのを断つって人が一定数いてもいるはずだよね。これってやっぱり「より人間に近いものが尊い」って考えられてるからじゃないかと。

なんていうのは、まぁわたしが「肉が好きで肉食いたいからゆえの言い訳」ってみてくれてもいいですが(笑)

じゃあなんで泣けるのか。その明確な理由はよく分からない。ただ、その売り場を見るといろんな人が見えるのだ。この日に合わせてどのくらいの鶏を飼育すればいいのかを考え、その日に向けて鶏を育て、そして出荷し、と畜し、いろいろな部位に切り分けてパックし、売り場に並べる人たちの姿を。一年の中で、今の時期が一番かき入れ時なんだろう。この日にどのくらい売れるかが今後、自分たちの生活に掛かってくる。たくさん売れるといいなあという期待。こうやって慌ただしく年の瀬が過ぎていって、正月を迎える。飼われている鶏は何も知らないで生まれてきて、何も知らないで殺される。スーパーの肉売り場で大量に鶏肉が売っているのを見ると、そのような人の思いとか、社会生活が動いている姿とか、ああ、世界ってこうやって動いているんだと思うとなぜかすごく無常を感じて、それで泣きたくなるのかも知れない。

そもそも、この日に鶏肉(七面鳥の地域もあるけど)を食べるような風習を作ったのは人間だ。そもそも「クリスマス」なんて概念を作ったのも人間だ(わたしは宗教は人が作ったものと思ってるからね。それはこことかここら辺に書いてある)。人間がこの日を「偉大な人が生まれた日にしよう」と決めて、「その日をみんなで祝おう」ということを決めて「その日には七面鳥を始めとするごちそうを食べよう」と決めて、そして大量の七面鳥や鶏がこの日に向けて飼育され殺されて食べられる。別に誰が悪いわけじゃない。動物の命を奪う人が罪深いわけでもない。それはすべて人間の営みの中から生まれてきたものだ。知らないうちに「そのようになっていた」のだ。しかしそのことを考えるとわたしは泣ける。これが世の中ってもので、これが生きているってことなんだなと。

そういえば、先月だったか「ある精肉店のはなし」ってドキュメンタリー映画を観てきた。これは牛を自分で育て、育てた牛を自分でと畜し、解体し、そしてその肉を自分の店で売る人たちの話だ(その中で部落解放問題についても触れられている)。最初の場面と最後の方で牛がハンマーで殴られて殺されていくシーンがある。わたしはそのシーンを見ながら不思議と「かわいそう」とは思わなかった。まぁそれは、わたし自身に背景があるからなんだけど、わたしは大学は水産で、大学1年での実習でその日は確か天候が悪かったので野外の実習が出来ず、屋内でえんえんとマグロの延縄の実習のビデオ(確か大学4年か専攻科の人がインド洋沖で漁業実習をやったときの様子)を見させられたんだけど、マグロの延縄は揚がってきたマグロを間髪入れずに心臓をえぐり取って、尾っぽを切って、えぐり抜いた心臓のところからホースで水をがーーーっと流し、血抜きをしなければならないのね。それをしないと肉の中に血が固まって、商品としての質が悪くなる(=高く売れなくなる)から。で、それが終わったら冷凍庫で急速冷凍をする。

わたしは個人的に血がものすごく苦手だ。採血なんて怖くて大嫌いで自分が血を抜かれているところは見たことがない。っていうか、怖すぎて見られない。他人の血ももちろんそうだ。点滴で繋がれてる人を見ると力が抜けて歩けなくなる。あそこの管は血管と繋がっている。点滴が逆流したら管の中には身体から血が出てきた血がたまる。想像するだけでも気持ちが悪い。よく点滴持ったままトイレに行けたり、点滴したまま眠れたりするもんだと思う。わたしうつで入院してたとき、寝る前に眠くなる薬を毎晩点滴してた。けど、絶対に終わるまで寝なかった。意識が朦朧としながら終わるまで絶対に起きてて、終わった瞬間にナースコールで看護師さんを呼んで、自分の身体から点滴の管を抜いてもらうまでは絶対に寝なかった。点滴を付けたまま寝たら、もしかして起きたときにベッド一面が血の海になってるんじゃないかと思うと本当に怖いから。まぁそれほど血に関しては弱い。

なのに。そのマグロの延縄の実習ビデオをえんえんと見させられていたら、自分の中で「人は人、マグロはマグロ」という認識ができてしまったようで、マグロの血抜きシーンを見てもなんとも思わなくなってしまった。だから魚だけは別に血を見ても全然平気だし、殺すシーンを見てもあんまりなんとも思わなくなった(ただ、躍り食いとかは好んではしたくないけどね)。

だから映画の中で牛を殺すシーンを見ても「マグロと似てるなあ」としか思わなかった。もちろんわたしはこれを映画で観てるだけで、その牛を育てたわけでもないし、それ以前の親しみが全くないからだと思う。だけど、当初思ってたほど「わー、かわいそうで見ていられないよー」ってほどじゃなかったので、それはちょっと意外だったな。

でね、その映画の中で主人公の弟さんだったかな、が言うの。「牛を殺すのは残酷って言われるけど、自分にとってはその殺された牛をにこにこしながらうまいって食べる方がよっぽど怖い」って。わたしさ、この映画を観て一番印象に残った言葉がこれだったの。「そうそう、全くその通りだよね!」って。あ、だけどこの人は映画の途中の方で「やっぱり自分が丹念に育てた牛をおいしいって言って食べてくれるのは嬉しい」とも言ってるけどさ。(ちなみにこの「ある精肉店のはなし」はとても良かったです。特に主人公のお兄さんの人柄にものすごく惹かれました。あの映画観て直接あのお兄さんがやってるお肉屋さんに訪ねて行っちゃう人の気持ちがよく分かる)

わたし、そのとき思ったんだ。結局「いただきます」って言葉は奪われた命に対して感謝して食べますって意味だろうけど、そんなん殺された生き物は言われたって全然嬉しくないよね。って。よく「おいしい、おいしいって食べたらその生き物も浮かばれる」みたいに言われるけど、おいしいって言われて感謝して食べられたとしても、「ああ、おいしいと思ってくれたから自分は死んだ甲斐があった」って納得する動物なんておらんだろうと。やっぱり自分が殺されるのはイヤだから、どっちを選べと言われたら、動物は感謝されずとも生きたいって思うだろうよ、って。結局「食べ物の命に感謝して食べましょう」っていうのも「おいしいって食べたら死んだ動物も浮かばれる」ってのも両方、人間が、いかにして自分の心を傷つけずに済むかの話でしかないんだなって。結局人間はそうやって何かうまく「誤魔化しながら」自分のやってることを正当化しているだけ。それは動物のためなんじゃじゃなく、自分たちの弱い心を守っているだけ。だって、そう考えてないと自分たちの心が痛んでやってけないから。

わたしはそれが「誤魔化し」であることを認識した上で受け止めたい。「そうやって自分の気持ちは誤魔化されて、守られているのだ」ということを認識して生きていきたい。

クリスマスイブの日に。そこで生活を営んでいる人たちを思い、殺された鶏を思い。誤魔化されない現実を感じながら、わたしは泣く。

【追記2014.12.27】
ちょっと追記。もしかしたら上の文章読んでわたしが「生き物殺して食べることに対して感謝しなくてもいい/感謝しても無駄なことだ」って受け取られたらイヤだなって思ったから。

奪ってしまった命に対して、と、自分が美味しく肉を食べられる状態にしてくれた人たちにはもちろん感謝をしなくてはならないと思っている。そのおかげでわたしは自分が食べたい肉が食べられるのだから。だから「いただきます」「ごちそうさま」の挨拶はちゃんとしようと思う。しかし、わたしが言いたかったのは「美味しく残さず食べたらその動物も浮かばれるに違いない/または満足している」っていうような、そのような考えが嫌いだと。だって、それは動物のためではなく、人間が自分の気持ちを納得させる言葉に過ぎないんだもの。そう考えることによって人間は生き物を殺した罪悪感から逃れてしまっている。

そうじゃなく、やっぱり人間は他のものの命を奪って生きていかざるを得ない存在だということを深く心に刻み込んで生きていった方がいい。そのようにして生かされている存在だと。あ、だからといってそれが人間の宿命とか運命とか言うつもりはなく、ただそれが現実なのだってことだよね。そういう風に世界ができてるんだという。
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12-22 Mon , 2014
バイブ、捨てた~♪
少し以前にアクセス解析を見たら「バイブ 買った」って検索用語で引っかかってたので、自分もそれで検索掛けてみたら結構すぐ出てくるのね、このブログが。以前書いた「バイブ買った~♪」って記事だけど、今読んでみると結構開けっぴろげに書いたなあ~って感じで懐かしいな(笑)まぁ今も思ったことや感じたことはそのまんま書いてるけどさ。

で、今回の題名なんだけど、そうなんです。わたし、こないだバイブ捨てたんです。全部じゃないよ(笑)取り敢えずもういらないかなって思ったものだけ。前の記事でもリンク張ってたラブピースクラブに「バイバイバイブキット」ってのがあるの。それを使いました。

これはバイブを入れる袋(アルミ袋)とそれを送る用の白い袋が入ってて、アルミ袋の中にいらないバイブをいれ封をして、それを白い袋の中に入れて、そしてゆうパックで送ったのですが(別にゆうパックじゃなくてもクロネコとかでもいいんじゃないかな?)。郵便局でね。「品名」を雑貨にしてたんです。まぁこういうの普通「雑貨」にするじゃないですか。

ところがね、郵便局のおねえさんに「品名に雑貨は使えなくなったんです。具体的に何が入っているか書いて下さい」って言われちゃったの!!!!わたし心の中で「えーーーーーー!!!?????」って。

めっちゃ焦りました。でも焦ったり考えたりすると余計に怪しまれると思って怪しまれないようにしようと思ったんだけど、穏便な品名が思い浮かばない!で、焦りながら頭をフル回転させた挙げ句

「じゃ、『電気製品』で」

と言ったら「電気製品もダメなんですよ。具体的には何ですか?」って聞かれてさらに焦って。

だってだって、わたしが「電気製品」って答えた時点で中に入ってるものは「電気で動くものだ」って分かってしまったわけで。いや、だけどだからといってここで「バイブです!」って答えるのはやっぱりどうしてもどうしても無理だったんで、そこからまたすごく焦って「何がいいだろ、何がいいだろ。。」って考えて。。郵便局のおねえさん的には絶対に怪しい客だと思ったはず。

で、仕方なく「おもちゃ」って書いてもらった。これじゃあもう既に半分くらい本当のことが書いてあるだろ!上に「大人の」って付けりゃ、まさにその通りじゃん!と思ったら、顔から火が出ました。まぁでも普通の子どものオモチャでも電気で動くものはたくさんあるし、いろいろ書き渋ったのは実はこれは子どもへのプレゼントで、驚かせるために中身を具体的に書きたくなかったのだ、というシチュエーションも有り得るはずだ!と思って、それを心の支えにして郵便局から戻ってきました。

てか、郵便局のおねえさん、分かっていながら書かせてたとしたら、相当のサディストだー!!!(分かってるわけないけど)

次から捨てるときのいい教訓になりました。今度は家でじっくり考えてから突っ込まれないような品名を書きたいと思います(笑)

てか、この「バイバイバイブキット」は本当に便利です。どうやって処分すればいいのか悩まずに済むから。これで安心してバイブが買えるってもんだ(しばらく買おうとは思ってないけどね(笑))。
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12-12 Fri , 2014
初めてピルを飲んだときの話
わたし、これまでブログでほとんど自分の生理のことについて書いたことはないと記憶してるんだけど、これは別に書くのを躊躇ってたわけじゃなく、単に何も問題がないので書くことがなかったからだ。

世の中には毎月生理があることが疎ましく思えるくらいに苦しむ人がいるのはいろいろな人から聞いて知ってるけど、わたしに関して言えば、生理が始まって以来、これまでどんなに精神状態が悪かろうが、ほとんど狂ったことはなく(シドニーから帰った後、2007年12月頃に1回狂ったことはあるけど、逆に言えば本当にそれだけ)、生理になったとしてもお腹が特に痛くなることもなく、気分が悪くなることもなく、イライラすることもなく、毎月散々な思いをしている人からすると多分それだけで「人生得してるね」って言われるだろうなあと思うほど順調だ。

そんな風なので、生理に関しては「ずれる」ってことがまずほとんど有り得ない。もちろん、1日や2日、早まったり遅れたりはするよ。でもそれは許容範囲でしょう。わたしだって別にロボットじゃないし。だからだいたい「次はいつ」って計算はできるのだ。

実は今年、旅行を何回かしてきたわけだが、その中で「あー、旅行中に生理が来ちゃうなあ」ってときがあった。いつもだったら別にそれはそれで仕方がないかなと思うんだけど、今回は最初からモロ当たりそうだったし、生理中はいろいろ気遣うこともあったり荷物が多くなったりしてやだなあ~と思ったので、そうだ、一度生理をずらすってのをやってみよう!って思った。

そのときの基礎知識としてあったのは「旅行中にピルを飲みつづけて、旅行が終わったあとに生理を来させる」、いわゆる「生理を遅らせる」って方法だった。でも、いろいろ調べているうちに旅行中決まった時間にピルを飲むことの負担や、もしかしたらピルによる副作用が起こってしまうことや、遅らせた後の生理は重い、それなら逆に生理を早く来させてしまった方が、旅行中にピルを飲むこともなく、薬飲んでないんだから副作用も起きることはないので快適、ってことが分かった。

ただ、生理を早まらせるためには遅らせるよりも早めに病院に行かなければならないってことも知った。少なくとも前の生理が始まるくらいまでには行かなければならないらしかった。

なので、前の生理が始まる少し前くらいに、家から一番近い、総合病院の中の婦人科に予約して行ってみた。

わたし、基本、婦人科は大嫌いだ。まぁ好きな人はあんまりいないと思うけど、同性とセックスする人間がこの世に存在するということを全く認識していないところに行くのは毎回とても勇気がいる。今回は別にそういうのとは関係ないので、若干気は楽だったけど、やっぱり診察するに当たって問診票を書かされて、その中では「異性愛者」を前提として質問されているので、とても答えづらかった。どこまで誤魔化して、どこまで事実を言うか、その誤魔化しと事実の間に齟齬がないだろうか、そういうところまで考えて回答しなければならないからだ。

まぁそれはそれでいいとして、少し待って診察室に呼ばれた。呼ばれたらいきなり

「生理を調整するのは自由診療ですから。保険は効きません。これ、病気じゃないですから。」と言われた。

いやー、そんなことは知ってたけど、それ、いきなり言うか?みたいな。

そして「本当に旅行中に当たるのか」みたいなことを言われたので、わたしは事前にiPadに入れた情報(わたしももうすぐ閉経に近いので、なんかちょっとくらい乱れるのかなと思って、去年から今年にかけて数ヶ月くらい基礎体温を測ってiPadのアプリで記録していて、結局全然乱れてないみたいだったので、基礎体温は止めてたんだけど、生理の記録(開始日、終了日)はそれからずっと入力してた)を見せて「わたしは、毎月きっちり来るんで、多分当たります」って言ったら、医者はそれをチラッと見て「きちんと来るっていっても2日くらいずれてるときもあるじゃないですか」って言った!いやいや、2日くらいは許容範囲じゃないの??

それから「じゃあピルを処方します」ってことになったのだが、その後にも「毎日決まった時間に飲まなくちゃいけない。ピルを飲んだらひどい副作用が起こることがある。ピルを飲んでも生理が来ることがある、絶対に旅行中に生理が来ないという保証はできない、そして遅らせた後に来る生理は重くなります、、、」みたいなことをクドクド言ってきた。なんかそれを聞いてるとまるで「あなたが自分の勝手で生理を止めたいって言ってるんですよ!副作用もあるし、それに飲んだって効果がない場合があるんですよ、生理が重くなるのもそれはあなたがそういう風に選択したからですよ、それでもいいんですか!それでもやるんですか!」って責められてるような気がした。

そりゃ、わたしだってできればこんなことはしたくないが、生理があるないとでは旅行の快適さは全然違う。わたしは医者に「アンタは男だからそういう悩みはないだろうよ。いいご身分で!」って言ってやりたかった。

わたしはこの時期に前もって行くと言うことは、生理を早められる時期でもあるわけで、わたしとしては医者自らが「この時期なら早められますよ」って言ってくれるのを期待してた。けど、話を聞くと遅らせることしか考えてないようだったので「この時期なら早められると思うんですけど」と言ってみた。そしたら

「早めるのはたいてい失敗するからしません」

って言われてお終いだった。そしてまたクドクドと「血栓になる可能性が高まったり、胃がムカムカすることがあります」って副作用の説明をして「胃薬を出しますか?これも自由診療ですから保険が効きませんけど!だって病気じゃないんですからね!」って言われた。わたしはめっちゃ腹が立ったので「いりません」と答えた。

それで処方箋をもらって会計したのだが、6800円だったかな?まあ保険効かないんで仕方がないと思ったが、でもわたしはこんな医者が処方した薬を処方通りには飲みたくなかった。だって、今ならまだ早めることができるんだから。

と思って、処方箋はもらったが、薬局に行かずに捨てた。めっちゃ腹立った。あの医者は普段、女の人に対してどんな診察をしてるんだろう?って思った。なんか人としてじゃなくてモノとして扱われたような気がした。生理をずらすことってそんなに我が儘だったり自分勝手なことなんだろうか?

ちなみにその病院は婦人科は知らないけど、産科はとてもいい病院だと言われてるようだけどね。総合病院だからその他の科ももちろんあるけど、もうわたしはあそこには行く気がしない。

で、家に帰って今度は旅行のために生理を調整するということをちゃんと明記してある病院をネットで探した。そこは家からはちょっと離れたところにあったんだけど、生理を早める方法と、遅くする方法がちゃんと説明してあったし、早めようとするならいつ頃に来院してってことも書いてあった。また、ピル外来ってのがあって、それがちょうど都合がいいことにその週末にあったので、その日に行くことにした。ピル外来だとピルを必要とする人だけが患者になるので、普通の日に比べると混んでないらしい。

その日になって、受付時間の30分くらい前に行った。混んで待つのが嫌だったから。そしたら、着いたら1番だった(笑)受付で「生理をずらしたい」と言ったら問診票の他に「生理調整用カレンダー」って紙をくれて、そこに4ヶ月前までの自分の生理開始日と終了日、旅行の開始日と終了日を書くようになってた。なので、そこに○印やら×印やらを書いて、そして待合室で待ってたら、まだ開始時間の前だってのに、もう名前が呼ばれた。

「旅行中に生理に当たるからずらしたいんですね」と言われ、「生理調整用カレンダー」を見て「確かにこれだと旅行期間中に生理に当たっちゃうね」と言われた。「決まった周期で来てるみたいだし」って言われたので「やっぱり、1日2日ずれても問題ないんだろが」と思った。「今の時期だと生理を早めることができます」って言われた。わたしも「はい、そちらの方がいいです」って答えた。

医者は「生理調整用カレンダー」を見ながら「じゃあ、この日からこの日までピルを飲んで下さい。毎日決まった時間の方がいいですが、数時間ずれても大丈夫です。飲み終わったら、この日から生理が来るはずです。95%の可能性で来ますが、残りの5%に入ると来ません。この日までこなかったらもう一度来院して下さい。もうそうなったら遅らせるしか方法はありませんから、遅らせるためにピルをまた処方します」って言われた。

95%!!そんなに高い割合で成功するのか?あの、前の医者の「ほとんど失敗します」ってのは、あれはなんだったんだ??って思った。思ったんだけど、この時点ではまだ本当に成功するか分からなかったんで不安だった。なんてったって「ほとんど失敗する」と言ったのも、同じ日本の医師国家試験を受けて通った医者なのだ。

副作用や血栓の話もされた。まれにひどい副作用が起きる人はいるけど、そんなに心配しなくていい、血栓予防のために水をたくさん飲みなさい。ピルを飲んで以降も1週間くらいは血栓のことに注意してください。ただ血栓になりやすいと言っても、一般の人の3倍くらいのリスクになるだけで、5000人に1人くらいですと言われた。前の医者はピルを飲むとまるで毒薬を飲むみたいに人を怖がらせることしか言わなかったけど、この医者は具体的な数字を挙げながら客観的に話してくれたのでとても安心感があった。

そして問診票を見ながら「子宮癌検診を受けていないようだけど、生理が終わったら一度、検診に来た方がいいですね」と言われた。そういや前の病院でも問診票に子宮癌検診の有無の項目があったが、そんなことは言わなかったな。まぁ「保険適用外」だから、そんなの関係ないと思ったんだろう。

帰るときには「旅行を楽しんで下さいね」って言われた。あー、なんなの、前の病院との差は。最初からここに来ておけば、あんなに嫌な目に遭わずに済んだのに。ちなみにここは「診療」という形でお金を取られなくて「保険外金額」で税込み3240円(ピル代含む)だった。

で、指示されたとおりに10日間、ピルを飲んだ。それでもわたしは不安だった。だって「たいてい失敗する」と言われたのだ。「副作用が出ますよ」と散々脅かされたのだ。その言葉が呪いのようにわたしの中にあった。

ピルの副作用。あったかなかったかというと、多分あった。飲み始めて2日後だったか、風呂場でシャワー浴びてたときに急に心臓を鷲掴みにされたような感覚がして気持ちが悪くなった。けど風呂から出て寝ころんでたら治った。3日目は平気だった。4日目、また風呂場でシャワー浴びてたら心臓を鷲掴みにされたような感覚があった。けど風呂から出たあと寝ころんで休むほどではなかった。その後は全くなかった。あの「心臓を鷲掴みにされたような感覚」ってのは、後にも先にも感じたことがないので、多分、ピルが関係したのではないかなとは思う。が、これも「副作用が出てくるんじゃないか、副作用が出てくるんじゃないか」とビクビクしながらのことだったので、そんなこと思ってなければ「副作用?いや、なんもなかったけど」で終わったんじゃないかって思う。

そしてピルを飲み終えて3日後。「この日に生理が来るでしょう」と言われた日。

はいはい、来ました。きっちりと来た。「すごい」って思ったよ、わたしは。生理ってコントロール出来るんだってね。いやあ、自分の身体ってこうやってコントロールできちゃうんだ。

ご存じの人も多いと思うけど、ピルが厚生省(当時)で薬として認可されるまで、ものすごい時間が掛かっている。それに対してバイアグラの認可スピードはあっという間だったそうで、そこには「男は自分の性を楽しむこと」がことのほか重要視されていて、「女の身体は女自身でコントロールすること」をよしとしていない風潮が感じられる。この風潮はまだ続いていて、ピル自体は薬としてどんどん進化していっているのに(身体に負担が掛からないような低容量のピルがどんどん出てきてるのに!)、日本ではその承認がなかなか降りなかったり、世界では当たり前に「この病気に対して使われますよ」という病気に使われてなかったりするらしい。まるで女性に対する嫌がらせのように。

ピルに対しての異様なほどの「副作用があります」説明は、女性にとってピルを飲む恐怖感を植え付ける行為だ。何もピルだけが異常に副作用があるはずがない。そんな薬だったらまず認可されないだろうし、世界でこんなに飲まれてない。どんな薬でも一定数の副作用はある。それをいうなら、精神病の薬の方がよっぽど怖いとわたしは思う(わたし自身も何度も、何種類の薬で副作用が出たことか。中には一歩間違えていたら多分死んでただろう(飲んだら頭が痛くなるのと同時に冷静に死にたくなった)薬もあった)。これらみんな処方されるときに「こういう副作用が出ます」とは一切説明されていない。飲んでてなんか「おかしいな」と思ってあとで聞いてみると「それは副作用だから飲まないで下さい(または薬を変えましょう)」と言われる。「いちいち副作用の説明なんかしてたら、怖くて薬なんか飲めない」その通りだ。だったらなぜピルだけがしつこいくらいに副作用の説明をされるのだろうか。説明だけじゃない。紙まで渡された。「わたしは今、こういうピルを服用しています」という製薬会社の紙だ。「他の診療科、医療機関を受診する際には、このカードを必ず提示してください。」と書いてある。飲んでる間はこの紙を携帯してなくてはならないのだ。しかし、ピルで起こる血栓症、これって妊婦が妊娠初期に起こす血栓症よりも随分可能性は低いのだ。確か、妊娠初期に起こす血栓症は一般の12倍だったか。ピル飲んで血栓が起きる可能性は上にも書いたが一般の3倍だからね。

結局これらのことは「女性にピルを飲ませない、飲ませたくない」方針なのだ。なんのためって、それは女性自身で自分の身体をコントロールさせないためだ。ピルはもともと避妊薬だ。女性が子どもをいつ作るか、いつ生みたいか、ピルを飲んで生理をコントロールすることによってそれが可能になる。子供を産むのは女性だ。女性が自分の人生においていつ子どもを作って生むかを決定することは、その女性自身の人生にもかかわってくる。それがなぜいけないのか。邪魔されるのか。女性だって自分自身の人生を自分自身で決定して生きる権利がある。それが、この国ではこういう政策によって阻害されている。

何が「女性が輝く国へ」だよって思ってるよ!都合のいいときだけ女を利用するなよ!

医師の中にも女性を尊重する(っていうか、ただ普通に扱ってるだけだけど)とそうでない医師がいるんだということがこの件で明確に分かって、本当にいい経験になった。まぁ授業料の6800円は痛かったけどね。。

しかし、本当に女性にピル飲ませたくない医者っているんだね。それは本当に驚きだった。
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12-02 Tue , 2014
生誕17000日目
今日はわたしが生まれて17000日目の日らしい。

わたしにとってはただそれだけのことで、それ以上のことでもそれ以下のことでもない。
今日、たまたまこのブログを見たら左下に「この世に存在し始めて」ってコラムがあるが、それを見たらちょうど17000日だったので「そうか」と思っただけだ。

たまたま十進法で数えたら17000日だっただけで、十二進数だったら9A08で、十六進数だったら4268なだけだ。まぁ数字自体はこうやって見方を変えると「とんでもなくきりのいい数字」になるのもあれば、同じ数字でも全然パッとしない数字になるのもある。その人がどこに価値を置くかの問題だよね。「そうは言っても世の中は十進数で動いてるんだ!御託を並べやがって!」って思うかも知れないけど、一番身近なところで普段なんの意識もなく使ってる時刻は時間は○時は十二進法だし、○分は六十進法だ(ただ、この場合、厳密な意味での十二進法とか六十進法ではないと思う。ただ繰り上がりがそうであるだけで)。あとダースなんかもそうだよね。1ダース12本。あれも同じだし、コンピュータの世界においては完全に二進法が使われている。デジタルの世界も。あと十六進法も使われてるよね。

なぜ全部十進法じゃないかと言えば、十進法だと物事がややこしくなったりするんだろう、逆に。だから、ものに応じて一番都合のいいものを選ぶ。絶対十進法で考えなきゃいけないなんてことはない。だから、17000っていうのも、十進法で言えばたまたまそうだっただけ。そこに価値を置くかどうかはその人による。大抵の物事も多分、そんな風にできてるんじゃないかな~?

まあそれはさておき、わたしも46歳になった。
去年45歳になったときは「いつもなら四捨五入して考えるからもう50になったのに、違和感がある」って書いた。あれから1年経って46歳になったけど、やっぱり自分が50とは思えない。まぁでも去年より50であることの違和感が少なくなってきたかも知れないな。こうやって時が経つにつれ50でも違和感がなくなっていくんだろう。

46って数字自体は大して面白くなくて、偶数であっても2×23にしかならないのでつまらない。来年は素数かあ。。まぁこの数字になってくると、素数の割合も段々減ってくるわけだから、丁寧に過ごさなきゃならないなと思うけど、47は大して好きな素数ではないんだよな。。去年も書いたように48の方が楽しみだ。

特に46になったと言ってどうってこともなく。

でも、一昨年、去年に比べると病状がだいぶよくなってきたので、楽になってきたかも。あと、目標もできてかなりやりたいことも増えてる。去年の初め頃は「どうやったらやる気が出るんだろう」って思ってたけど、実際のところ、休んだらやる気が知らない間に出てきたというか。やる気を出すために休もうと思ってたわけじゃなく、何かやるたびに精神的に摩耗してしまって、すぐに「もうダメだ」って思っちゃう、少しエネルギーを蓄えてはすぐに消耗してしまう。これじゃあ長期的に何かできない、と思って、エネルギーを蓄えるために休んだのだ。休んだ期間は半年ほどか。この間、何してたのかはちっとも覚えてない。本読んでたっけなあ~?それすら覚えてない。

ただ、いつも不思議なのは「やる気」っていうのはいつ出るのか全く分からないってことだ。あるとき急にやる気満々になってるわけでもないし、急に何かやりたいって思い付くわけでもない。なんか日々過ごしているうちに徐々にやりたいことができてきて、それが今後の生きてくための目標になってたりするのだ。だからいつも調子が悪くなると「あのときはどうやってやる気を出してたんだろう?」って思うんだけど、調子がいいときは実はやる気なんか感じてない。そんなに一生懸命にもやってない。むしろ、状態が悪いときに一生懸命になる。やる気があるときは確かに「これがやりたい」って思うけど、一生懸命やりたいと思おうとは思ってない。ごく自然に思っている。だから難しいんだよね。きっかけとか何もない。気が付いたらそうなっている。だから過去から学べない。「回復の過程」が分かると調子悪いときの目標になったりもするんだけど。。それが分からないので調子悪いときはつらい。このまま一生、こんな状態でいるかも知れないって思えてしまうから。つらさが一生続くような気がする。

わたしにとって今のところ、歳を取って悪い気はしない。

老眼が進んでるのでめんどくさいなーって思うことはあるけど、老化はそれしか感じない。記憶力は昔から悪いから衰えたとも思わないし、むしろ4月から今まで朝鮮語の単語を800個以上覚えたけど、英語に比べると覚えるのがとても楽。50くらいの単語だったら2日あれば全部覚えられる自信が最近付いてきた。いや、ものによっては1日でも行けるかも知れない。記憶力がよくなったとは思わないけど、悪くなったとも特に感じない。

物事の考え方も前に「矛盾すること」って題名で日記を書いたのだけど、最近は「物事の境界は一体どこにあるのだろうか」ということについて考えていたりする。これは絶対にいいよね、これは絶対に悪いよねってものを両端から「じゃ、この条件をこう変えてみれば?」って徐々に近づけていって、自分の中の「いい」と「悪い」の間はどこにあるのだろう?っていう境界探し。これ、結構楽しいです。「許せない」と思っても徐々に境界に近づいて自問自答していると「あれ、さっきは許せないと思ってたのに?」って思うことがあって、境界が変わっていくのが分かることがある。

やっぱ、こういう思考実験ってある程度歳を取ってみないとできないんじゃないかな~って思ったりしてる。

だから、わたしは今のところ自分が歳を取るのは全然悪くないって思ってる。

もちろん、それ以前に「働けよ」ってのはあるんだが、正直まだ継続して働けるほどには体調はよくなってない。けど貯金の残高はどんどん減り続けてるので、まぁゼロにならないうちになんとかしなければとは思ってるんだけどね。

貯金の残高が減り続けていることを考えると本当に怖くて、そのことを考え始めると何も手に付かなくなるのは事実だ(何も手に付かないどころか、精神状態が悪化するんで病気が悪くなるきっかけになりそうで怖い)。でもそこをなんとか踏ん張って将来の収入確保のために、その前段階の資格試験受験しようとしてるし、まぁこんなんでも徐々に将来のことは考えている、ってことで。ただ、こんな歳になって仕事にありつけるのかって話がねー、、資格取っただけで食べていける職業なんかほとんどないしね。
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11-22 Sat , 2014
ノロウイルス罹患
いやー、初めての経験。

ノロウイルスに感染してひどい目に遭った。

てか、ウイルス検査してないので本当にノロかどうかは分かんないけど、まぁ典型的な症状なので、まず確実だろうと思う。一昨日の夜に突然吐いて、その後、何回も何回も吐いて。次第に体中がピリピリ、ゾクゾクしてきて発熱の兆候、そして下痢までは行かなかったけどお腹がぐるぐる言って。一昨日の夜は一睡もできなかった。

夜が明けてから、死ぬ思いでタクシーに乗って病院へ。「典型的な胃腸炎ですね」と言われ水分補給と吐き気止めの点滴を2時間。少し楽になって帰ってきた。

それからずっと寝てて、夜に少しおかゆを食べて寝たら、また嘔吐。食べたもの、飲んだもの(水分補給のためにお茶やらポカリスエットを飲んでた)全部出た感じ。「よく胃の中にこんなに残ってるね」と思ったほどたくさん吐いた。まぁその夜はそれ1回切りだったけど。。

次の日は頭痛で苦しむ。なんで頭痛が出てきたのか分かんない。わたしは偏頭痛持ちであるけど、頭の痛さには非常に弱くって、それですぐに吐き気が来る。なので、このときになるとお腹が気持ち悪くて吐き気がするのか、頭痛で吐き気がするのか、よく分かんなくなってた。

結局固形物は夜におかゆを食べたきり。それまでまったくお腹なんか空かなかった。夜におかゆを食べて初めて「なんかもっと味のあるものが食べたい」と思って、同時にコーンスープも飲んだ。きっと身体の中の塩分が足りなくなってたのかなと思う。

そしたら急激にお腹がいっぱいになって気持ちが悪くなった。食べたことを後悔した。けど、これは寝てたら自然に治った。しかし、一旦治ったと思われた頭痛がまたぶり返してきて。。

今日の明け方、頭痛で目が覚めた。気持ちが悪くて何度も吐こうとしたんだけど、もう吐けなかった。きっと胃腸炎はもう治ってきてるんだろう。薬を飲んで、それでも治らなかったので彼女を起こしてちょっと頭を揉んでもらって、そうしたら頭痛はスッと消えて、眠れた。

症状が出て3日目の朝を迎えるが、丸2日、ほとんど何も食べてないので身体に力が入らない。

回復するのにはもうちょっとかかりそう。

いやー、ひどい目に遭った。
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05-18 Sun , 2014
カープ、カープ、カープ広島、広島カープ
今年のカープは今のところ非常に調子がいい!

いや、調子がいいというよりも、ちょっと地力がついて強くなってきた感じ?
前は連勝してても「今は単に(投打の)噛み合わせがいい時期なんだな~」としか思えなかったけど、今の試合運びは本当にソツがない。少しのスキを付いて進塁する。守備のいい選手も出て来て、エラーも去年までみたいにポロポロしなくなった。

なので当初は「どうせ調子よくてもせいぜい鯉の季節までよ」と思っていた。カープのスタートダッシュ成功、でも鯉の季節まで、は定番だったからね。

けど今年、テレビで試合を見てると「おっ、これは?」って思うことがある。「今までとはなんか違う」と。今はまだ、まだまだ先は長くて期待するのも本当に早すぎると思うのだけど、ちょっとずつ期待がふくらみ始めてきた(だからまだ早すぎるのは分かってる(笑))。

去年、CSに出られるかも知れない、ってことでにわかに注目されたのが「関東のカープファンの女の人」、すなわち「カープ女子」だった。関東の球場がカープファンで埋め尽くされていると言われているけど、もともと外野席には毎回それなりのカープファンは集まってたんだよね。わたしが球場にカープを応援しに行き始めたのは'90年代なのだけど、既にその頃の神宮、浜スタ、東京ドームの外野は関東のカープファンでいっぱいだった。内野席までは及んでなかったと思うのだけどね。東京ドームなんていつ行ってもカープの外野応援席で席が取れたことがなかった。まぁそんなに気合いを入れて早くから行ったりしてなかったのも原因ではあると思うけど、東京ドームのビジターの応援席って本当に一角しかないので、それ以外のところに行くと全部讀賣ファンだらけなわけ。なので球場の係員の人に「2階はもう満員ですので3階に行って下さい」と止められても、袋に入れた赤い応援バットを見せ「わたしはカープファンなのでカープの応援席に行きたいです」って無理に入れてもらったりしたっけ。。(当然席は満員なので立ち見です)

神宮は「もしかしたらヤクルトファンよりカープファンの方が多くない?」みたいなことは当たり前だったし、わたしのイメージでは関東のカープファンはずっと昔から一定いた、って感じなのです。

ただ、去年浜スタとか神宮に行ったけど、確かに内野席でもあんなにカープファンがいたのは見たことがなく、ここにも来たかって感じだった。しかも内野でスクワットしまくるんで(スクワット=カープの応援はトランペットに合わせて立ったり座ったりする)観にくいったらありゃしない。。せめて内野席ではおとなしく観ようよ、って思うのだけどね。

ちなみにカープのスクワット応援は既に'90年代にはありました。わたしもその頃は20代だったので、やってましたよ~(爆)あれは他球団のファンから結構「やってみたい応援」になってたみたいで、わたしが球場で応援してるときに後ろの方で女の子たちが「スクワット応援、面白い!これ、やってみたかったんだ」ってキャーキャー言いながらやってたりするのを何回か見たことがあります。

わたし自身は'75年、カープの初優勝時からのカープファン。当時小学一年生。それまでは野球というものは全然知らなかった。カープが初優勝した翌日だったかな、親が駅のスタンドでスポーツ新聞全部買ってきて、それで野球というものとカープを知ったのだった。あ、親は広島出身なので当然(当然でもないか)カープファンね。わたしはそのとき以来、なんの疑いもなくカープを応援してきた。あ、でも'90年代に入るまで、わたしは野球そのものの面白さは全く分からず、ただ結果を見て「カープ勝ってるな」って思ってただけだったけど。

「江夏の21球」は小学校3年のときで、リアルタイムで(もちろんテレビだけど)見てた。すっごいドキドキして怖くて見れなかったので、障子の影からチラチラと見てたのを思い出す。あのときはカープ全盛時代だったな~。

東京でずっと育ったわたしなんだけど、周囲には必ず誰かカープファンがいて(周囲って親じゃなく友だち)、そんなにマイナーな感じもしてなかった。逆に讀賣ファンです、って言う人が全くいなかったので(讀賣ファンだったけど、選手をFAで取りまくる球団の体制に嫌気が差して横浜ファンになったって人はいた)わたしは一体東京ドームで応援してる讀賣ファンは一体どこから湧いてくるんだろう?って不思議に思ってたし、正直今でも不思議だ。。

野球そのものの面白さが分かったのは、'92年の日本シリーズ、ヤクルト対西武の7試合がめちゃくちゃ面白かったからだ。「ああ、野球ってこんなに面白いんだ」って思った。それ以来、熱心なカープファンになった。沖縄や宮崎のキャンプを見に行ったこともあるし、東京から毎年カープのファン感謝祭に行ってたりもした。特に好きな選手は大野投手だった。それから音選手と山田選手かな?とにかくバッティングが渋い選手が好きだった。音は前田(智徳)のバッティングの師匠と言われてたんだけどな。低めの球の打ち方がめっちゃかっこよかった。。音と山田は山本浩二が監督のときに星野(当時中日の監督)に「借りた選手だから返す」って行って中日に戻って行っちゃったんだけど、あのときはホント泣いた。。球場での応援は関東を中心に1年間に12、3試合ほどかな?東京ドームにはほとんど行かなかったからね。そして極めつけは「カープを応援したい!」ってことで、就職先を広島にしたことだった。ただ、そうやって広島に行った割には広島いたときは社会人野球にはまっちゃって、ほとんどカープの応援には行かなかったんだけど。

カープが最後に優勝したのは'91年(平成3年)。そう、わたしが熱心なカープファンになってから、カープはまだ1度も優勝したことがないのだ。その間メークドラマされたり(でもあのときは中日がすごかったイメージがあるのよね)、Aクラスにも全く入れない年が続いたりしたけど、一昨年、CS争いに絡めた頃からちょっとずつチームが変わってきた。

去年までは「堂林、ノムケンからひいきされとるんじゃない?」って思ってて「堂林は出すな」って思ってたけど、今年は「結構堂林いいじゃん」って思ってた。思ってた矢先にあんなことになってしまいましたが、、、

しかもカープの選手を見ると、なんかイケメンが多くなってるし!昔は石原みたいなんがゴロゴロしとったけどな~。時代は変わるな~。これだといわゆる「カープ女子」が増えるのも分かるよね、みたいなことを思ってたりしてる(笑)まぁカープファンが増えることはいいこと。確かに「にわかが」ってついつい思っちゃうこともあるけど、まぁ観に来てくれるファンが増えて収益が上がれば、もしかしたらいつかFAで選手が取れる日が来るかも知れない!などと、まぁカープは'90年代、「清貧球団」って言われてましたからね~。でもいつまでも清貧じゃ勝てんのよ。もうFAで選手が流出「のみ」するのはまっぴらじゃ(マエケンが次に流出しそうじゃけど。。)。たまには誰かをFAで取って欲しい!とわたしは思っている。

まぁペナントレースはまだまだ先が長くてこれから先、調子を落とす日々、負け続ける日々が絶対に来るのは分かってるけど、でも、、

今年はちょっと期待していい?
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02-19 Wed , 2014
高学歴者の哀しみ
日本社会は学歴社会だ。

中卒より高卒、高卒より大卒の方が世の中で優遇される。

一番顕著な例は仕事だと思う。「職業に貴賎なし」と言われるけれど、
実際は頭脳労働の方が肉体労働より上に見られ、また大企業の方が中小企業より上に見られる。
(もちろん中には「そんなことない!」って思う人もいるだろうが、世間的な風潮はこうだよね)

そして、その「上」と見られている職業に就くためには、学歴が必要だ。
募集要項に「大卒以上」と書いてある求人には高卒は応募すら出来ない。チャンスさえ与えられない。
そして、大卒でも「就職しやすい大学」とそうではない大学がある。
もちろん、難関大学と呼ばれている大学の方がそうでない大学よりも就職しやすい。
要するに日本社会は学歴社会なのだ。
まぁこんなこと、わたしが指摘するまでのことはないのだけれど。

時々「学歴がない」とか「低学歴」って自分のことを思っている人たちの声を聞くことがある。
その人たちはそれで人からバカにされたり、いないことにされたり、不本意な思いを随分しているのだと思う。
それはそれで「正しい」と思うので、わたしは納得しているし、世の中は変わるべきだと思っているし、協力できることはしたいと思っている。

けどね。
一方で「じゃあ、わたしは?」って思いをどこかに持っているのだ。

今までの日記を読んだりすると分かると思うけど、わたしはおそらく「高学歴」という部類に入っていると思う。
高学歴って、どう定義されているのかが分からなくて、一説によると「難関大学を卒業した人」が高学歴だと聞いたこともある。わたしはそうじゃなく、大卒以上が高学歴って言うのだと思っていたのだけれど。。まぁどちらにせよ、わたしの場合は大卒ではなく、修士修了なので高学歴だと思う。最終学歴って、中退は含まず、卒業(修了)した場合のみを言うってどこかで読んだ気がするので、取り敢えずわたしが学歴を言う場合はそこまでにしている。

けど、本当はその上に行っていたのだ。最終学歴とは言わずになんて言えばいいのか分からないけど、わたしは実は博士課程中退している。でも逆にこれを言うとびっくりされるので、普段はまず言わない。まぁその当時、わたしは研究者になるつもりだったので、当然のように博士課程に進学したのだが、結局途中で嫌になって辞めた。うつ病になっちゃったってのも大きいと思う。その当時かかってた精神科の医者に「それは学校を辞めないとよくなりません」って言われたのをよく覚えている。

だけどね~、辞めてどうなるの?っていうのが一番の問題だったのだ。なんてったって、就職先がない。勉強してた分野を生かすには「研究者」しかなくって、その他の道がない。まぁあったとしてもその頃は既に20代後半で、しかも就職は「超氷河期」と言われていた。大卒新人ならともかく、博士課程中退では一般就職のスタートラインすら立てず、本当に本当にどうすればいい?って、とても困ったのだ。

まぁこの先はあまり詳しくは書かないけど、もう道は一つしかなかった。だからわたしはものすごく努力した。今までやったことがないような努力をした。後にも先にもあんな努力をしたことはわたしにはない、と思うほど頑張った。

「学歴がないからスタートラインすら立てない」って言っている人に対して「そうなの!学歴はあるけど、わたしもそうだった!」って本当はとても言いたい。日本社会は均質的な社会なので「普通以外」をとても嫌がる。大卒は「当たり前」なので受け入れる。しかし、そこからはみ出たものは苦労したり努力しなければ、受け入れられないのだ(もちろんどんなに努力しても受け入れられない場合もある)。だからわたしも苦労している人の気持ちはものすごくよく分かるし、だから「わたしだって、すごく苦労してきたんだよ」って言いたい気持ちもある。

だけど、言えない。それは事象は同じでも立場が全く違うから。やっぱり「高学歴」は力を持つものだから。

話は変わるけど、最近ちょくちょく「男性差別」という言葉を聞く。そう言っている人の言い分は「弱者男性もいる」ってことらしいが、でもわたしはそれを聞くたびに腹が立つ。「目に見えない部分で、男性をどこかで享受してるでしょ」って思う。男はまず行動を制限されることはない。やりたいことをやれる。道路で寝てたって何も言われない。女性が道路で寝てたらまず人から何か言われるし、もしも襲われたりしたら「そういうところで寝ているから自業自得だ」と言われるだろう(例えがしょぼいね(笑))。でも多くの男性はおそらく自分が「男性として有利に扱われていること」についての自覚はあまりないように思える。だから「男性差別」なる言葉も発するんだと思う。

「高学歴」もこれと一緒だ。この社会は「学歴社会」だ。学歴があればいいと思われている。だから「高卒です」と言ったときと「院卒です」と言ったときに対して、他人は別の印象を持つだろう。その人に対する態度も変わってくるかも知れない。そういう、目に見えない部分での違いは確実にあると思う。そしてその違いをひしひしと感じているのは、おそらく高学歴の方ではなく、学歴を持っていない人の方が多いのではないかと思う。

だからこそ。わたしは「自分も同じ気持ちだよ」とは言えない、と思っている。だって「同じ」じゃないから。

そう、それは頭ではよく分かっている。

でも一方。「じゃあ、わたしのこの苦労してきた経験や気持ちはないものなの?」とも思うのだ。あんなに一生懸命頑張った、まぁ、その頑張りは一応報われたわけだけども、でも、あんなに苦しくて、一生懸命で、頑張った自分は隠しておかなきゃならない自分なのかなあって。それを思うとちょっと悲しいんだよね。

そりゃ、恵まれてるって思ってるさ。いくら勉強したくても金銭的な面で諦めた人ってたくさんいると思うし。金銭面だけじゃなく、勉強をずっと続けられる環境だったし。本人の努力だけの問題ではないって分かってる。それはそうなんだ。けど、それだけじゃ割り切れない思いもわたしの中には確実にあるわけなんだ。だけど、わたしのこの思いを誰かに伝えれば、きっと傷つく誰かもいるだろう。この文章で、傷ついた人はきっといる。わたしは誰も傷つけたくない。けど、自分の思いもなかったことにはできない。

この矛盾する思い。
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02-12 Wed , 2014
考えても分からない
「考えても分からないことってあるよね」と聞いたら誰でも「あるある」って答えると思う。

まぁ少し考えてみても「正義とは何か」とか「善とは何か」とか、そこは「全人類に対しての」じゃなく「自分にとっての」にしてもやっぱり分からないってことはあると思う。

ただ、今回書きたいのは、そういう「定義系」の「分からない」じゃなく、感覚系の分からない、だ。

これはわたし、本当に不思議だなあ~って思ってるんだけど、

例えば、わたしはとても涙もろい。それは格好が悪いので本当は嫌なんだけど、一番嫌なのは「これは感動する」とか「感動秘話」とか「泣ける話」と銘打ってあるものに泣けることだ。二番目は「誰もそんなところで泣かないのに、自分だけ泣いてる」ってことかな。二番目のヤツは「ここの部分が自分の琴線に触れている」ってことが分かるのもある。あと言葉には出来ないけど感覚で分かるのもある。もちろんなんで泣けるのか、全然分からないこともある。

でも、一番不思議なのは一番目の「泣ける話で泣く」ってことだ。はっきり言って、泣ける話の「泣ける場面」のほとんどはそれを作った側から「さあ、ここで泣きなさい。ここは感動するところだよ」って言われているのが分かる。話自体はとても安っぽくて陳腐なのも分かる。だからわたしとしては「こんなところで泣くのは、制作者側の意図にモロはまっているようで恥ずかしいから泣きたくない」し、気持ちは全然感動してなくて、むしろ「お涙ちょうだい」に対して呆れているのだが、それでも泣いてしまうのだ。

「気持ちは全く感動してないのに、なんで泣けるのか?」といつもいつも思うし、泣きながらこの不思議な感覚を味わっていたりする。自分の意に反して泣いているのって、本当にわけが分からなくて、そういうときに自分の「無意識」というのを感じる。

無意識って、人間が意識していない行動に対してあれこれ分析して「実はこう思ってる」みたいに言われることがあるけど、泣くという行動はとても単純なためか、他の人からは「泣いている」としか見えないからか、分析しようがないんだよね。いくら考えても考える「きっかけ」すらない。

わたしみたいな人間は、それこそ無意識のうちに「理由はこうだ」と分析してしまうところがある。もちろん頭では分析しきれないことがいろいろあるのは分かっている。けど、いざ、このような感覚を味わうととても不思議な感じがするんだよね。あの不思議な感じというのも、書き表すことができない。宙に浮いている感じ、に似てるのかなと思ったが、書くとなんか違うような気がする。。

そういや仏教の教えに「言葉にした途端、変質してしまう」みたいなのがなかったっけ?

こういう感覚を楽しむことは、意識的にはできないので、とても楽しかったりする。泣けるのはしゃくに障るんだけどね。

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02-11 Tue , 2014
矛盾すること
前に「歳を取ったってことなのかな」って題名で日記を書いた。つい1ヶ月ほど前だけど。

そこには「自分の感覚が広くなってきた」って書いたんだけど、具体的に感覚が広くなるとはどういうことか。思い付いたので書いておく。

ある事象Aに対して
「これに対する自分の意見は○○である」

と決めてきた(決められた)のが「自分のことがある程度分かってきた」ということの根拠だった。事象Aに対して、意見を求められればはっきりと自分の意見が言えると思っていた。そしてはっきりと言える自分は理性的だと思っていた。

そうやって、事象A、事象B、事象C、、と事象ごとに「自分の意見」を持ってきたが、最近、異なった事象に対しての「共通点」を探すようになった。そしてそれに対しての自分の態度に共通点と矛盾点がある、ということを感じるようになった。共通点はまだいいのだが、矛盾点はそれ自体、どう考えていったらいいのか、、矛盾は矛盾のままでいいではないか、という考えももちろんあるのだが、もし矛盾しているのなら、自分はどこでどう判断して共通する事象Aと事象Bに対して矛盾を許しているのかという「原因」が知りたいと思っていろいろ考えている。

なんて書くと難しげに見えるのだが、例えば、今はオリンピック(ソチ)の最中だ。ソチでの五輪は正直、ロシアの反同性愛法の関係で、見ること自体に抵抗感があるのだが、それとは別にわたしは最近あまりオリンピックには興味がない。こないだのロンドンのオリンピックもあまり見なかった。だけど、オリンピックが終わったあとに行なわれるパラリンピックは積極的に見た。オリンピックに比べて圧倒的に放送時間が少ないことに憤りも覚えた。オリンピックはあまり見なかったのに、パラリンピックは見た、というのは、そこに「自分にはあるとは思えない能力」が見られるからだった。例えば「ゴールボール」(鈴の入ったボールを投げてゴールに入れる競技)とか「盲人サッカー」とか。とにかく「自分の持ってないすごさ」が見たかった。

こう書くと「オリンピックでも人間のすごさが分かる競技があるよね」と思われるだろう。その通りだ。100mを如何に短く走れるか。金属の玉を如何に遠くまで投げられるか。人間はどのくらい重いものが持てるのか。実はわたしはこのような競技を見るのは好きだ。だけど、これらの競技って「日本人」はそんなに得意じゃない。オリンピックというのは日本人がメダルが取れると期待される競技を主に中継されている。なので、わたしが見たい番組と放送される番組の内容に乖離がある。なので、興味ないのであまり見ない、ということになってしまう。ゴールボールは日本チームが強いのもあって、それで放送された。まぁそういうことなのだ。

それとは話が変わって、最近、交響曲を作ったという人が実は指示書だけ書いて、別の人が作曲してたってことが分かった。その人はわたしと同じ被爆二世で、耳が聞こえない、という人みたいだ。NHKで以前、その人のドキュメンタリー番組が作られたということだが、実はわたしもその番組を見ていた。そこで初めてその人を知ったのかな?だけど、あまり感じることがなく、別にその人が作曲した音楽が聴きたいと思わなかったので、それはそれきりになっていた。そしてこの事件が発覚しても、わたしは「作られた曲に罪はないのに」と思っていた。別にあまり腹も立たなかった。それはテレビを見ただけで、具体的に自分がCDを買うなどお金を払ったわけじゃないからだろうなと思った。「騙された」と騒いでいる人に対しては「耳の聞こえない人が作った音楽っていうだけで寄ってたかって持ち上げときながら」と思った。「素晴らしい曲は誰が作っても素晴らしいんじゃないの?どうしてそこにその人の『属性(しかも不幸な)』のが入っちゃうの?それっておかしいんじゃない?」と。

ところが先に「パラリンピックが好きだ」と思っちゃう自分の気持ちと「耳の聞こえない人が作った音楽」に対して感動している人の気持ちって、もしかしたら共通点があるんじゃない?って思い始めた。確かにわたしはあからさまに「健常者より劣った障害者にこんな能力があるなんて」と思っているわけではないが、でも思っていることはそれにかなり近いことなのでは、と。

そう考えている自分は「障害者は差別されてはいけない」って思っておきながら、一方では「健常者より劣った障害者」とどこかで感じているんじゃないだろうか。こういうのが仏教で言う「偏見」なのかな。わたしは人間なのでどうしてもそういうことは克服できないと思う一方、やはり自分が偏見を持っているということは許せない。

ただ、ニセ作曲者さんに対して「騙された」ことから発せられる、個人を非難中傷する言葉だとか、他の障害者を貶めかねないような発言とか、そういうのは止めた方がいいのでは、と思うのだが、これもどこからどこまでが非難中傷で、どこからが個人的な怒りか、と線引きするのが難しいんだよね。特にこういうことでわたしが思ってしまいがちなのは「騙される方が悪い」だが、それはわたしがこの件に対しては騙されなかったから。

しかも、騙された方が悪い、は、実は非常に危険な論理だ。騙す、騙されは、騙した方が悪いに決まっている。騙した人がいなければ、騙される人もいないのだから。

まぁわたしは別に「普遍的な真理」を求めているわけじゃない。でもせめて「自分が納得できるような結論」は欲しいと思っている。けど、こういうのって考えても簡単に答えが見つかるわけじゃないんだよね。そうすると、前の日記に書いたように「物事がすごく曖昧でしか捕らえられないようになっ」てしまう。

それはとても気持ちが悪い状態だ。特にわたしは一旦「自分で結論を出した」と思っているのだから。自分に対する矛盾をどのように考えたらいいのか。一番簡単なのは矛盾している自分をそのまま受け入れることなんだろうが、それはいろいろ考えた末、どうしようもなかったらだと思っている。今すべきなのは、矛盾を受け入れる自分にするように努力するんじゃなく、どの時点で矛盾が生じたのかを分析し、そしてそれに対してどのように整理していくかだと思う。

まぁこういうことをすることに対しても「それが何か意味があるの?」と思ったりするけどね。「半年後にこの世にいないと分かっていたとしても、同じことをするのか」とかね。そう考えると「無常」を感じざるを得ないけどね、、
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01-30 Thu , 2014
理屈じゃないこと
以前、わたしは「見えないものの名前」って題で日記を書いた。高尾にゃんと出会えたことが、どうしても「偶然」とは思えない、何か見えないものの力が働いたんじゃないかって思える、そしてそのような「見えない力」を自分に及ぼすものに、人間は「神」という名を付けたんじゃないだろうか、ということだった。

わたしには宗教でいう「神」はいない。「仏」はわたしの持っている日本的な感覚から「いる」んじゃなくて「なる」もんなような気がしているが、でも今のところ、わたしは「死んだら仏にしてやる」と言われても断るような気がしている。理由はこの世でもあの世でも、どんな形であれ、わたしはもう存在したくないから。

だけど、わたしは人間が神を作りたくなる気持ちは分かる、と思っている。こんなこと言うと何かを信じている人にとても失礼なのだけど、人間は弱い生き物で、どこかに「絶対」と思うものや、今はつらいことばかりだけど、死んだら安寧に暮らせると思うことで、生きている間、安定して暮らせるんだろうと思っている。そしてそれはそんなに悪いことじゃないと思う(カルト宗教などは別ですよ!)。

でも以前はそんなことはあんまり思ってなかった。別に「無神論者です!」ってのを誰に強要するわけじゃなかったけど、神とか仏とかはまだいいにせよ、この世界で「超常現象」って呼ばれているもの、特に精神世界(スピリチュアルって言うんだろうか?)はとても否定的でバカにしていた。まぁ今も否定的でバカにしたい気持ちは大いにあるのだが。。占いとかおみくじの類もそうで、わたしは性格が4種類しかない血液型占いとか12種類しかない星占いなんかはもう長いこと読んでもないし、おみくじも最近は引いたことがない。ああ、これを書くこと自体「こんなもん信じてるなんてね」って根本ではわたしが思ってるってことが伝わってしまうかも知れないなあ。。(汗)まぁああいうものに振り回されて一喜一憂するのはアホらしいなあと今でも少し思っていたりする。

わたしは特にこの世で物理的に解明されていることしか信じないってわけじゃないって思ってたし、自分の目で見たことだからって、それが信用できるとは思ってない(錯覚があるから)。ただちゃんと自分が納得できる根拠があれば、信じられる。ある意味、わたしは理屈的な人間なのかも知れなかった。スピリチュアルなものもそれなりに理屈があるのだろうけれど、なんかどこかで飛躍していると思ったし、そういう意味でわたしにとっては論理的じゃないんだよね。だからスピリチュアルなものは胡散臭くて信じられない。まぁそういうものが多かれ少なかれ、お金に絡んでいることも印象がよくないのかも知れない。石は石で自分が素敵だなと思っているものを楽しめばいいのに、それがなんだかよく分からない「パワーストーン」だのと称されて、その分、金額が高くなっているような気がするのだ。正直わたしはあんまりそういうものに対して好印象を抱いていない。

まぁこんな風にして、わたしはある意味「強硬派」というか割と「原理主義」に近かったのかも知れない。論理原理主義というか、理屈原理主義というか。今でも根本的なことは変わってないと思う。

けど、やっぱりちょっと変わってきたんだよね。まぁいろいろあってね(笑)

例えば、猫が死んじゃったとする。神も仏も自分にはいないし、わたし自身、死んだら無になると思っている。魂などは存在しない。だから、猫はもうどこからみても、消滅したことになる。人が死んだとする。これも消滅してしまって、無だ。あの世にもこの世にもどこにもいない。

そう考えると、多分、悲しみって深いんだろうな~と思う。だって拠り所がないんだもの。

それより「虹の橋」なるものがあって、そこに死んだ動物は生きている姿で走りまわっている。そして、自分が死んだときに、虹の橋で再会できて、そこから一緒に天国に行けるのだ、って思うと「ああ、今は別のところで自分を待っててくれるんだなあ」「自分が死んだらまた会えるんだなあ」という気持ちになって、それは生きている人間にとっての「救い」になる。

大切な人が死んじゃったとしても、その人は空の上でいつも自分を見ていてくれる、とか、あの世で平穏に暮らしてくれてる、とか、天国にいる、とか、いやそうじゃなく、いつも見えない姿で自分のそばに実はいてくれるんだ、と思うことで、生き残った人の気持ちは少し楽になったりすることがあると思う。

そういうものを全部否定したとすれば、喪失感はモロ、人を襲ってくるだろう。まぁそれで自分を克服できる人もいると思うが、世の中にこんなに「死生観」がさまざまあるということは、やはりすべてを否定して生きていけるほど人間は強くできてないんじゃないだろうかと思う(とはいえ、死生観があるからこそ、それに人間が毒されている、という考え方ももちろんあるだろうけど)。

わたしの死生観は上にも書いたとおり「死んだら無になる」で、わたしが死んだ後はこの世に一切の痕跡を残して欲しくない、というものだ(今のところはね。将来的には変わるかも)。だからもし不慮の事故とか突然死したときのことを考えて、彼女には「ブログもtwitterのアカウントもあれもこれもみんな削除してね」って頼んでる。わたしと関わった人すべての人からわたしに関する記憶は抹消してもらいたいって思ってる。

でもね、それは無理なことなんだよね。たとえブログやtwitter、ネット上でわたしの痕跡がなくなっても。わたしがどんなに「記憶を消し去って」と希望していても。だってさ、そう頼んでいるわたし自身の記憶の中には、もう今はこの世にいない人の記憶がずっと存在していて、それは多分わたしが記憶を失うまではずっと存在し続けてるだろうなって思うんだもの。

小学校時代の同級生だった人。その人は18歳のときに亡くなった。その人とは小学校1、2年のときしか同じクラスじゃなかったし、中学以降は別の学校に行ったので、名前は知ってるけどあんまり親しくはなかった。高校卒業してすぐの4月だったかな。亡くなったって聞いて、お葬式に行った。そのお葬式のことが今でも忘れられない。キリスト教形式のお葬式だったんだけど、終わった後に教会の敷地内の建物の中にみんなが集まって、立食式で出前のお寿司を食べた。そのとき父親らしき人が、親戚の人か知り合いの人かは分からなかったけど、多分親しい人だったのだろう。その人を見るなり一瞬泣き笑いみたいな顔になって、ガッシリ抱きついたのだ。そして二人とも抱き合いながら泣いてた。その光景が忘れられなくてね。スローモーションみたいにわたしの頭にこびりついている。春の風の強い夜だった。4月になって、同じような気候になると今でも思い出したくなくても思い出されてしまう。

もう一つ。わたしが小学生の頃だったか、父親の会社関係の人だったかよく知らないが、その人の奥さんが亡くなった。あるとき、家に香典返しが送られてきた。それは緑色のタオルだった。そこに添えられていた手紙に「妻が忘れ去られないように、妻の名前である緑色のタオルを送ります」みたいなことが書いてあった。なぜかわたしにとって、その手紙と緑色のタオルは衝撃的で、どこの誰かは全然知らないけど、あの緑色のタオルを使うたびにそのことを思い出した。そのタオルがなくなった今もタオルを送られた「みどりさん」のことは思い出すんだから、ある意味、そのダンナの思った通りになってるわけだ。

というわけで、わたし自身、亡くなった人の記憶は今でも残ってるのだ。

だからわたしの願いである「死んだら忘れて欲しい」ってことは、絶対に叶いっこない願いだってことは分かってる。だけどそれは故人の意志なんだから、忘れる努力はしろって少し前までは思っていた。

だけど今は逆にわたしが「死んだらもう無になって、あの世にもこの世にも存在しない」って言わない方がいいのかなって思ってる。

それは、そう言うことによって、残された人たちの拠り所がなくなってしまうから。残された人の死生観がどういうものかはわたしには分かんない。けど、もし「常に空から自分のことを見守ってくれている」って思いたい人がいてもさ、わたしが生きてる間中「死んだらどこにもいない」って言ってたとしたらそう思えないじゃん。「空から見守ってくれてると思いたいけど、ろんたこはそんなことあるわけないと言ってた」って思ったら、その人にとっての拠り所がなくなってしまう。拠り所がなければ、ずっとずっと悲しみに沈んだままになっているだろう。もちろんわたしはそんなことは望んでない。だとしたら、死後のことは各人が好きなように思ってくれればいいんじゃないか。葬式は遺されたもののためにあるって言うけど、死生観も遺されたもののためにあるんじゃないだろうか。最近そんなことを考えるようになった(とはいえ自分の葬式や自分の遺骨については、わたしが指示するとおりにして欲しいと思っている)。

そして、わたし自身の死生観。もちろん「死んだら無になる」って思ってる。けど、それを頑なに守らなくてもいいんじゃないか。人間が「神」という存在を作ったように(神さまを信じている人にはとっても失礼な話ですけど)、そのときそのときでわたしが感じる何かを信じてもいいんじゃないか。そう、これは理屈じゃない。「論理的でないから」という理由だけで、自分の悲しみを拠り所のないままにしておいたら、精神的にすごくつらいと思う。理屈じゃないものを信じることは、自分で自分を救うことだ。多分そのときが来れば、わたしは何かを感じるだろう(もしかしたら感じないかも知れない)。でもそれでいいのだ。どういうことを感じようとそれを否定するようなことはよそう、と今は思っている。
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01-17 Fri , 2014
歳を取ったってことなのかな
歳を感じる、というと、イコール老化現象だと思ってしまう人がいるかも知れないけど、わたしはまだそんなに老化現象は感じてない。まぁ一番感じるのはどんどん老眼になってることだけど、正直それだけ。あ、あと白髪もか。老眼は確かに不便だよね。わたしの場合、近眼も強度なので遠くても近くても焦点が合わなくて結構めんどう。白髪は人によってはすごく嫌う人もいるけど、実はわたしは好きなので、気にならない。

そういうことじゃなく、今わたしが「これは歳を取ったってことなのかな」って思うことは、自分の感覚が広くなってきたということだ。

わたし、30代くらいからある程度「これについてはわたしはこう思う」というのがはっきりしてきたと思っていた。自分なりに考えて、自分が正しいと思う結論は出したと思っていた。もちろんそれなりにいろいろな検討をして出した結果だった。

わたしはだいたい、ものを考えるときは帰納法を使っていると思っている。演繹もしないわけじゃないが、演繹で考えるときはだいたい無意識にしてることが多いと思う。帰納法は一つの命題を考えて、それが具体的ないくつものことに当てはまることによって、命題が一般化されることをいうが、その具体的ないくつものこと、というのが最近になってぐっと幅広くなってきたと思う。

ところがそれが幅広くなってきたことによって、命題が一般化されなくなってしまった。すると、今まで「こうだ」と思ってたことが、実はそうじゃないこともあるんだ、ってことが段々分かってきた。そしてわたしは段々「これはこうだ」と言えなくなってきてしまった。だから物事がすごく曖昧でしか捕らえられないようになった。

と同時に若い人が「これはこうだ」って言い切ってしまっているのを見ると「まだ若いなあ~」って感じてしまうようになった。もしかしたらこれが一番「歳を取った」って言えることなのかも知れない(笑)

だからわたし、過去、自分のブログに書いてたことが恥ずかしいんだよね。多分、とてもえらそげなことを書いてて、なんて傲慢なんだろうと思う(傲慢なのは今でもだけど)。できるなら消してしまいたい。。(笑)
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01-13 Mon , 2014
成人の日に
今日は成人の日ですね。

ってわたしのときは成人の日は1月15日で、役所主催の式典に出た記憶はあるんだけど、正直、中学の同窓会みたいだったという記憶しかない。記念にもらったのは写真立てで、確か後に「不備があった」ってもう一つ送られてきたんだけど、どこをどう見ても何が「不備」か分からなくて、結局2つとも今でも使っている。

ただ、成人式はそのくらいの記憶しかなく、式典のことは全く覚えてないんだよね。

それよりもわたしは自分が二十歳の誕生日を迎えたときのことの方がよく覚えてて。前に書いたかも知れないけど。

二十歳の誕生日、わたしは国立国会図書館に行った。

国会図書館、今は満18歳以上なら入れるみたいなんだけど、その当時は20歳にならないと入れないところだった。わたしの誕生日以前、大学生なら20歳未満でも入れた時代もあったみたいなんだけど、わたしの誕生日の頃は大学生でも20歳超えてないと入れないところだった。だから、20歳になったときに初めて行ってみた。

入館するときに、身分証を見せなきゃならなかったんだけど、もちろんだけどすんなり入れた。

でも、わたしは不思議だった。「昨日ならわたしはここに入れなかったんだよね」って。だってわたし自身、昨日の自分と今日の自分は何ら変わってない。昨日の自分と今日の自分は同じ自分なのだ。なのになんで昨日はダメで今日はいいの?昨日と今日は何が違うんだろう?不思議で不思議でたまらなかった。

今は、、不思議じゃない。それは「人が決めた枠組みなんだ」と思っている。自分が変わっても変わらなくても自動的に「その日」が来てしまえば、権利を得たり剥奪されたりする。それはさ、何も国会図書館に行かなくても、例えばテレビのクイズの応募の「○○日の消印が有効です」みたいなのでも同じこと。すべて人間が人為的に決めたもの。ただそれだけのこと。

ただそれだけのことなんだけど、その権利が与えられたことによって徐々に人間が変わってくるんじゃないかと思う。昨日と今日の自分は違っているようには思えないけど、そこに権利を与えられることによって、社会的な身分が変わり、それによって自分の意識が変わって過去の自分と違う自分になる。日本だけじゃなくこの世界は大人になるほど与えられる権利が多くなってくると思うけど、その権利が自分を再び作り替えていくもんなんだよね。それは義務にしたって同じこと。権利も義務もその後の人間を作り替えていく。そしてあるとき振り返ってみたら、あのときの自分と今の自分がかなり乖離してしまっていることに気が付いて唖然となったりするんだよね(笑)

もちろん、権利や義務を得たりするだけが人間変わる要素ではないけど、人間変わる要素のうちの一つにこういうことがあるんじゃないかな~って思うのだ。

成人の日は個々の誕生日とは違うので、通過儀礼でしかないと思うけれど、二十歳になると日本では成人として扱われることになる。自分自身が気が付かないうちに様々な権利を与えられる。昨日の自分と今日の自分は違わないように思えるかも知れないけど、実は全然違う。でもまぁ「全然違う」と言われてもそのときは自覚できないだろうし、自覚できなくても別にどうってことはない。ただわたしみたいに後から振り返って「あー」って思う日が来るかもね程度の話。
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12-31 Tue , 2013
今年も終わり
なんだかあと数時間したら今年が終わってしまうらしい。

けど正直、実感が全くない。身体の調子が悪いからかなあ~。
ほとんど何もせず一日が終わってしまう、というより、何もしないだけならまだいいんだけど、絶えず身体の痛みに耐えてて正直しんどい。
寝てる間は別に痛くないので、寝てる間だけは幸せ。

最近「祈ること」について考えている。

祈るって、生まれつき人間が持っている行為なんだろうか?
人は一般的に誰に向かって祈りを捧げてるんだろう?
なぜ人は祈りたくなるんだろう?

わたしは最近「神や仏に対して何か願い事をするのは間違ってるんじゃないか」と感じている。
だって、いくら祈ったって願いが叶うわけないもん。
例えばとても不幸な境遇の人がいたとして、その人のために祈ったとしても、
それは単なる自己満足でしかないんじゃないか?って思う。
それだったら、自分が何かその人のためにできるかを考えて、それを実行する方がよっぽど建設的じゃないかと。
もちろんその人のために自分は何も出来ないことがある。
きっとそういうケースの方が多いだろうと思う。
でもだからといってそこで祈ってしまったら、そのことはそれで忘れてしまうのではないかと。
それだったら何もできない自分を自分の中に深く刻み込ませておいて、
その人のためには何も出来なくても、いつか、誰かのために何かできるように忘れないことが大切なんじゃないかと。

それ以外にも自分のために祈るってこともあるだろう。
「病気が治りますように」とかさ。
でも、祈って治るんだったら医者はいらないよね。
てか、自分自身、何度も何度も病気がよくなればいいなって願ったけど、物理的に考えて、病気は原因をなんとかしなければよくならないわけで。祈っただけで治ったというのなら、所詮その程度の病気だったってことだろう。
なので自分のために祈るのもなんだか無駄なことという気がしている。

でもだとしたら、一体何を祈るのだろう?
願望ではないことを祈ることって一般的に存在するのだろうか?

もちろん何かに祈ることによって、精神的な安定効果はあるかも知れない。
けど正直それだけじゃん、って感じがする。
それが大きいって人もいると思うけど、わたしは精神的な安定はあんまり祈ることと関係ない。

でもそれでも何かに祈りたくなるときがある。
それが考えても考えてもよく分からないのだ。
その都度「なぜわたしはそんな無駄なことをしたいと思ってしまうのだろう?別に誰が願い事を叶えてくれるわけじゃなし」と思う。

願う、ということと、祈る、ということは別なんだろうか。
願わない祈りがあるのだろうか。

前に書いたけど「神」は今のところ、わたしは人間が作った概念だと思っている。
だから祈る対象はそういう「神」でもいいんだけど、「祈る」という行為がどこから来るか。
なぜ祈っても誰かが願いを叶えてくれるわけじゃないのに祈りたくなるのか。
祈るという行為は自分にとってなんなのか。

なにか参考文献とかないかな~。

というわけで、この課題は来年に持ち越し。
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12-17 Tue , 2013
見えないものの名前
ここのところ、わたしは「神」のことについて考えている。

といっても、神を信じたいわけじゃなく、神が存在するとも思っていない(キリスト教的な意味合いにおいて)。
というと「無神論者だ」とか「不可知論者だ」って思われるかも知れないが、そんなことはない。
(過去はわたしは「無神論者」だと思っていたが)

「神」という言葉がある以上、神という概念は存在すると思っている。
「心」というものが、本当は存在しないが(人間が感じたりするのは脳の中であって「心」ではない。ましてや「心臓」などという臓器では決してない)あたかも存在しているかのごとく「ある」のと同じことだと思う。

そう、心という言葉と同じく、神は人間が作り出したものだ。
おそらく「そういうのは神とは呼ばない」って思う人がたくさんいると思う。
まぁそりゃそうだとわたしも思う。
例えば人間が存在する前から石とか岩とか存在してたと思うけど、
人間が名付けたから急に存在が確認されたわけじゃなく、
もともとそこにあったものだからだ。それを単に人間が「石」とか「岩」とか名付けただけだ。

だけど「神」は目に見えないものなんだよね。
そこが「石」や「岩」と違うんだと思う。
目に見えない概念をなぜ人間は名付けたのか、って考えると、
そこに何か「ある」としか考えられなかったのだろう。

わたしがそんな風に考え始めたきっかけは、猫だった。

わたしの愛する高尾にゃん。
もうかわいくてかわいくて、涙が出るほどに大好きなんだけど、
この猫との出会いを思うと「何か見えないものの力が働いていた」としか考えられないんだよね。
仏教ではすべてのことは「縁起」(原因があるから結果がある)というのらしいのだけれど、
確かにありとあらゆる要因が重なって、そして高尾にゃんと出会った、のかも知れないけど、
わたしはここにそういうのを超えた「何か」があるような気がしてならない。
「誰か」がわたしを高尾にゃんと出会わせてくれた、とね。

いや、わたしも高尾にゃんとは偶然に会ったんだと思うよ。
たまたまあの日、ペットショップに行く気になって、
たまたま検索したら飼いたいなと思ってたアメショがその店にいるってのが分かって、
まぁ近くだからちょっと行ってみようって話になって、
その店はアメショのオスとメスがいたんだけど、
わたしはどっちにするか決められなかったので彼女に「どっちがいい?」って聞いて、
彼女が考えた挙げ句「じゃ、メスの方」って言って。
そしてそれが高尾にゃんだった。
うん、単なる偶然。
仏教で言うなら「細かい縁起が積み重なって高尾にゃんと出会った」ことになるのだろう。
そしてそれは事実なのだ。

なのにわたしはそうは思えないのだ。
「なぜ偶然(とか縁起)と思えないのだろう?」って何度も何度も自分に問いかけて、
いろいろ考えたのだけれど、よく分からない。
分かったのは「高尾にゃんは自分にとって特別な存在なのだ」ということだけ。
偶然に出会ったことを納得できず、「誰かに出会わせられた」と感じるってことは、
わたしは「偶然に出会った」ということを自分の中で「下位」に位置づけてるのかな、と思ったりしたが、
うーん、意識の上ではあんまりそうは思わないが、もしかしたらそう思っているのかも、、くらいにしか思えない。

では「誰かに出会わせられた」ってことで高尾にゃんの評価が上がるかというと、
別にそういう意識もなく。

じゃあなんで「誰か」が必要かというと、それはわたしが「誰か」に感謝したいから。
「高尾にゃんと出会わせてくれてありがとう」って気持ちがわたしの中にはあって、
それを「誰か」にぶつけたいから。

そういう気持ちを誰かにぶつけたい。
だから人間は「神」という言葉を作りたくなったんじゃないかって。
(もちろん宗教は「(神や仏への)感謝」より「(自分たちの)救済」を求める気持ちの方が大きいのではないかと思うけど)

わたしは前は「神も仏もいない」って思ってたけど、
最近は「神という存在を求めている人間が神という言葉を作ったのだ」と思っている。
無神論の「神」ってのは、キリスト教的な意味においての神がいないってことなんだろうか、と思うが、
そういう意味では信じてないのでわたしには神はいない。
(神が存在するのと神を信じるのでは概念は違うと思うのだけれど)
だけど「人間の目に見えない力がどこかで働いているのではないか」と思える以上、
そこに「何か」があるんじゃないか、いやあると思いたい。
それを「神」と名付けていいのかどうかはよく分からないが、
でもそれが「神」であるって考える方がなんだかわたしにとってはしっくりくるような気がする。
そういう点ではわたしは無神論じゃないし、不可知論でもなくなってしまったような気がする。

わたしの目には見えない誰か、
それは神であるかも知れないし、ないかも知れない。

でもわたしはあなたに感謝します。
高尾にゃんと出会わせてくれて、本当に有難う。

【追記】
陣馬にゃんとはそう思わないのか?と思ってる人もいるでしょうね。
残念ながら、陣馬にゃんはまだそうは思えないのです。。
彼女とは?
彼女ともそうは思えません。「縁起」の方が合ってると思います。
あ、「縁起」って言っても、仏教を信じてるわけじゃなく、
「原因があって結果がある」ということは、仏教の教えと言うよりは物事の普遍的な道理なので、まぁそうだよね、と。
要するに彼女とは「誰かに引き合わされた」とは思えないという。
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11-16 Sat , 2013
45歳
45歳になった。

わたしは自分でもよく分からないんだけど、年齢は四捨五入して考えている。
いつからかというと、25歳になったときで、あのときは「あーもう四捨五入して30かあ」って思って、それから5年間はすっかり30歳になった気でいた。
なので、本当に30歳の誕生日を迎えたときは今までの地続きのようでなんの感慨もなかった。

25になるまで誕生日は素直に嬉しかった。けど25になったときに「30かあ」と思って、それ以降はそんなに嬉しくなくなった。まぁそれでも27歳のときは「3の3乗」だったから、その歳を心待ちにしてたところはあるし(大していいことが起こった歳じゃなかったが)、素数の歳は「今年は素数じゃん」って思ったりもする。32歳になったときは、職場で「16進法で20だから、二十歳の誕生日です」って触れ回ってたなあ、、(遠い目)

今は48歳になるのが楽しみ。48は多くの数字で割り切れるからね。

まぁ単年で「今年は好きな数字だから」という理由で、その歳を心待ちにしてる年はある。そういうときは年齢書くだけでうきうきしちゃったりもする(だから1年間幸せなんだけど、次の年になると好きな数字が書けないのでがっくりくる)。

35歳になったときは、25になったときと同じく四捨五入して40歳になった気でいた。

そして今年は45歳なので、もう50歳にならないといけない。

けど、、

30とか40になったときと違って、50ってなんか違和感あるんだよね。
「わたしが50?」って違和感が一番強い。。まぁ実際には45なんだから、50じゃないんだけど、それでも25のときとか35のときは自分が30歳や40歳だってすんなり思えた。けど、今回はなんかできないのだ。わたしの中で「50歳っていうとこんな感じ」っていうのがあるのかなあ~?50歳というと随分落ち着いたイメージがあるけど、わたしはまだまだ何かになりきった、って感じが全くしなくて、逆にこれから何かになりたいって思ってるから、それと50歳ってそぐわないのかな。もちろん、何かをやり始めるのに年齢は全く関係ないっていうのは、頭では分かっているのだけれど。今の状態があまりにも情けなく、ほとんど毎日療養生活を送ってるだけだからね。。おかげさまで精神状態は非常に安定しているのだけれど。

彼女から「そんな年齢の数え方(四捨五入で考えている)してる人はいない!」って言われたんだけど、なんかわたしにはこの方がしっくりくるのだ。不思議なんだけどね。

そして本当に50歳になったときはおそらく「四捨五入して100歳じゃん!」って思うんだろうな。。まぁいいよね、思うだけなら。多分その次(四捨五入して200歳)はないもの。。これって、27歳のときに「3の3乗はあるけど、4の4乗はないよね」と思ったときの気持ちに似てる。自分はそこまで生きるはずは絶対ないという、不思議な気持ち。。。この日常が永遠に続くわけがないとは頭ではよく分かっている。が、自分が最期を迎えるときの想像がどうしてもできない。

それはある意味幸せなことなのかも知れない。
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10-17 Thu , 2013
PC壊れてました(汗)
9月に入って1/3くらい過ぎた頃に突然PCが壊れた(汗)

その前日までは全く異常がなく、終了させる時もいつも通りだったんだけど、翌日にスイッチ入れてみたら起動しなくなってた。わたしが使ってたのはノートだったので、ハードディスクがいかれたのかなーって思ってたんだけど、見てもらったらどうやらマザーボードがいかれたらしい。修理しても5万以上かかると言われた。まー既に使い始めて5年くらいは経ってたし、XPのサポートも終了するってことだし、そこまで今の機種にこだわることもないよなと思って、新しくPCを買った。

ところがいよいよ新しいPCが来て、セットアップしようと思ったのに、どうしても無線LANに繋がらない。いや、無線LANを繋げる以前に無線LANボードがPCに繋がってることを認識してない様子。デバイスの削除をして新たにまたインストールしなおすとか、いろいろやってみたんだけど全然ダメ。仕方なくサポートに電話して再セットアップとか試してみたんだけどどれもダメ。なので修理に来てもらった。PCが家に来るまで二週間ほど、休日を挟んでしまったので修理に来てもらうまでさらに一週間。そうこうしてるうちに9月が終わってしまった(汗)

幸いにも前のPCのハードディスクはいかれてなかったので、そこからデ-タを取り出せたんだけど、本当に取り出せてよかったと思うのは猫の画像くらいか。あとは過去の記憶と共に消し去ってもあんまり影響がないものばっかりだった。旧PCから引き継いだアプリケーションも最低限のものにしたしね。そのおかげで今のわたしのPCはとてもシンプルなものになってしまった。

PC自体も実はあんまり必需品ってものじゃなくなってきてるなって思った。今もネットには頻繁にアクセスしてるけど、それはiPadを使ってのことだし、PCメールもそっち経由で受信すれば別にPCを使わなくたって受信できることが分かったし、画像も以前はデジカメで撮ってPCに保存してたけど、今はiPhoneやiPadから撮ってそこで保存してることが主になってるし(もちろん別の場所にバックアップも取っている)。PCを使わなくちゃ不便なことは、こうやってブログを書くくらいのときしかないってことが今回のことでよく分かった。文字入力だけはやはりPCが格段にやりやすいので、ブログだけはPCからじゃないと書く気がしないんだよね(苦笑)まぁこれも例えばiPadに外付けのキーボードなんかを付けたら解決されてしまう問題なんだけど、そうするとますますPCの存在意義がなくなってしまうので、敢えてそういうことはしないのだ。まぁこのPCが壊れる頃にはもう既にPCなんていらないってことになってるんじゃないかなって思ったりしている。
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05-06 Mon , 2013
沈黙したい
なんか最近日記を書く頻度がめっちゃ減っている。
ネタがない、んじゃなく、今はなんとなく書きたくない感じ。
書いて外に出すより、内にため込んでおきたい感じ。
なんでなのかよく分からないけど。

決して調子がよくないわけじゃないんで、その点はご心配なく。
調子はずっと変わってません。
歯が気持ち悪いのも相変わらず。
でも歯科に行っても話を聞くだけでそれに対して何かあるわけじゃないので
今は半年に一度くらいかな、通うのは。
精神科の方は1ヶ月に一度くらい。
薬は3週間前にちょっと減った。

大学の方の勉強はほとんどやってない。
なんかいろいろなものへの焦りから、
大学を卒業するよりまずは資格を取りたいと
資格試験の方を先にすることにした。
今は毎週1回、学校に通っている。
でも講義を受けるだけで全然試験勉強していない。
もっとやらねばならないと思うのだが
なかなか思うとおりにはならない。

先週の東京レインボープライド2013には行った。
行ったけど、なんか遠巻きに見てたパレードで歩くレインボーをまとった人たちは、
なんか「レインボー教の信者」みたいで怖かった。。
もはやわたしはレインボーを見てもときめかなくなってしまった。

まぁだからといってレインボーを否定するつもりはないけどね。

そんなこんなでちょっとだけ書いてみたけど
こんなわたしも少しずつ別の場所に移動しているようだ(前に進んでいるとは限らない)。
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