02-10 Fri , 2017
高尾にゃんが初期の腎不全と判明
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ちょうど1週間前のこと。
時間はもう23時半頃で、わたしは風呂に入り終わってもうあとは寝るだけ、だった。

突然高尾にゃんがトイレをあちこち行き来し始めた。頻尿だった。でもどうも見ていたら頻尿だけでなく、なんか粘液質のうんこもしてる。頻うんこって言葉はないと思うけど、頻尿と頻うんこ状態。そのうちトイレじゃない、ただの箱の中とかでもおしっこをし始めて、毛布の上なんかもし始めて大変なことになってきた。

なので慌てて夜間にやってる動物病院に電話。症状を言って、すぐに向かった方がいいかを聞くと、頻尿は膀胱炎、頻うんこは大腸炎の疑いがあるけど、特別ぐったりしてなければそんなに緊急性があるわけじゃないから、朝まで待ってみればと言われた。

そう言われても、そのまま寝ると高尾にゃんはどこでどんなことをしでかすか分からないので、取り敢えずばこが幼少期に使っていたケージを組み立てて、その中に高尾にゃんとトイレを2個、置いて寝ることにした。高尾にゃんは当初、尿意や便意でケージに閉じ込められたこと自体を認識してなかったようだが、少しして落ち着いてきたときに「自分はここに閉じ込められてる!」って気が付いたようで、そこからは「出して~出して~」って哀れな声を出して鳴いていた。彼女はその声を聞いて一晩眠れなかったと言った。

次の日の朝、すぐに動物病院に連れていったら、やはり膀胱炎か大腸炎でしょうと言われ、薬をもらって帰ってきた。そのときは嘔吐はなかったんだけど、家に帰ってご飯をやったら吐いちゃって、そこからずーっと何も口にしないでうずくまってたので、心配になってその日の動物病院が閉まる少し前に駆け込んで、吐き気止めが入っている点滴をしてもらった。

そしたらかなり気分がよくなったみたいで、その日の夕ご飯はペロペロって食べて、それが今週の火曜日(6日)まで続いたのかな。もうよくなったんだと思ってた。ところが火曜日にご飯を食べても吐いてしまうようになって、そしてだんだん元気がなくなって来ちゃった。なので心配で水曜日にまた動物病院に行って、今度は血液検査をしてもらったのね。あ、おしっこは火曜日に行ったときに「取れたら取ってきてください」と言われたんだけど、そのときは取ってなくて。

そしたら、その血液検査の結果で高尾にゃんのクレアチニンの値が2.3で(上限1.6)、獣医さんから「まだ若い猫だけど、腎不全の初期です。ステージは2です」って言われて。大ショック。あ、今回のこの頻尿と頻うんこの症状は腎不全とはまったく関係がなく、たまたま血液検査で見つかった、このステージで見つかることは滅多になく、本当に運がよかったと言われた。その日は点滴をしてもらって帰ったのに、夜もまったくご飯を食べてくれなくて。そしてどんどん調子が悪くなっているようで、微熱もあるようだった。高尾にゃんはしんどいのか、狭いところに入りたがって身を隠していたいようだった。

なので、その次の日(要するに昨日)の朝もご飯を食べないようだったら、もう一回連れていこうって思ってた。獣医さんも腎不全のためには点滴をした方がいいから、点滴は遠慮なくしに来て下さいねって言ってたし(もちろん、今の状況ではまだ輸液に通うほどではない)。その晩はとにかくわたしが不安で不安で。高尾にゃんはぐったり、というか、香箱座りで調子悪そうだし、朝まで持たなかったらどうしようと。

でも、翌日になったらちょっと熱が下がったみたいで、ご飯も半分いかなかったけど、少し食べてくれたんだよね。よかったー!って思って。そして、朝、高尾にゃんが12時間ぶりにトイレに足を運んだところをすかさずお玉を差し込んでおしっこ採取。これを動物病院に持って行った。すると、そこから潜血が出てることが分かり、やはり今回は膀胱炎でしょうって言われた。ちなみに頻うんこだったのは、症状が出た初日だけで、頻尿もすぐに治まってたんだけど。

膀胱炎と診断されて、家に帰って来てから思い出した。高尾にゃんは以前、突発性膀胱炎でしょうと言われたことがあって。そのときにやはり血液検査をしたら、クレアチニンが2.5もあったことがあって、びっくりしたことを。でもあのときは1ヶ月後かなんかに再検査して、1.1に下がってたんだよね。で、そのときの獣医さん(引っ越し前だったので今はかかってない)に「大丈夫です」って言われたので、今回も膀胱炎だしそのケースなんじゃあと思って、そのときの血尿や血液検査をまとめたデータを作って動物病院に持って行って獣医さんに説明した。

すると、腎臓に問題がない猫だったらどういう病気でもクレアチニンが正常範囲を超えることがない。なので高尾にゃんはもともと腎臓があまりよくない体質だったんでは、と言われた。1回でも正常範囲を超えたら、その腎臓の機能は多分、よくても50%くらいになってるだろうって。だから本当はその時点で要観察状態になっていたと。

がーん。

獣医さんが変わると言うことも変わるし、前の獣医さんも結構ベテランでいい獣医さんだと思ってるし、今もそう思ってるけど、高尾にゃんももう6歳過ぎたし、もちろん年齢的にはまだまだ若いんだけど、1歳のときにそう宣告されるより、今の方がまだいいんじゃないかって思った。それ以降血液検査を何度もしたけど、高い値でも上限値を超えることはほとんどなかったのよ(去年基準値を0.1超えてた←でもこのときは掛かり付けの獣医さんがちょうどお休みの日で、別の病院に行ったときに検査したもの)。獣医さんによるとステージ2を今からどの程度維持していくかで寿命が大きく違うらしく、ステージ3や4で発見されたら、あんまりその状態を維持はできないらしい。でもステージ2は多飲多尿が出てくる猫がいるくらいでほとんどは見た目では分からないとのことだった。中には多飲多尿にならない猫もいるらしく、高尾にゃんはもともと水を飲むのが好きじゃない猫なので、水を飲んでるところは今でも見た記憶がない。それで分かったんだから、いいにしておかないと。

今は膀胱炎で血尿を出しているので、抗菌剤は10日は続けて飲んだ方がいいと言われ、最初に病院に連れて行ったときからずっともう飲ませてたんだけど、それを追加で4日分処方された。抗菌剤を飲まし終えて、さらに無症状なようだったらそこから1週間後にもう一回尿検査をして確認をする。

そして、腎不全の方は、2~3ヶ月後にもう一回血液検査をして確認、今度はSDMAというのも検査した方がいいと言われた。このSDMAというのは、クレアチニンの数字が上昇する前から腎不全に反応するものらしい。これが高かったら、クレアチニンの値が下がってても腎不全だと言われた。

高尾にゃん、血液検査が大嫌いなんだよね。今回もものすごい嫌がって嫌がって。動物看護師さんから抑えつけられて。仕方がないことだけど、見ててとてもかわいそうだった。きっと帰っても元気がなかったのは、血液検査をされたのがとってもショックだったんだろうなと思っている。あと、今までの血液検査では、血を取られてもケロッとして帰って来てたんだけど、別室に連れて行かれてたからわたしの見ている前じゃなかったんだよね。きっとわたしが見てる前で身体を押さえつけられて血を取られることは、高尾にゃんにとっては耐え難い屈辱だったんだろう。なんて言ったって、とっても誇り高き猫なのよ、高尾にゃんって。だから今度から血液検査をするときは、わたしは事情を話して診察室から出させてもらおうと思った。

試練が続くけど、頑張っていこうね、高尾にゃん。
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02-06 Mon , 2017
願書提出
今日、2月6日に大学の願書を提出した。

日本社会事業大学通信教育科社会福祉士養成課程。

願書と共に小論文を提出しなくてはならず、12月に願書を取り寄せたときから出された課題についてあれこれ考え、一旦考え付いたことをWordで下書きしてだいぶ寝かせて、再びあれこれ考え、ってことを何回か繰り返して数日前にやっと書き終えた。よく分かんない。あれでいいのかなあって感じ。というか、もしかしたら課題に対する答えになっているかどうかすら怪しい。

でもそれで合格不合格が決まっちゃうからなあ~。

合格発表は3月11日らしい。

ということで、こないだやっと行政書士試験の発表があったばかりというのにまた待ちの体制かー(´Д` )

あと1ヶ月以上あるよ(´Д` )
落ちたらどうしよ。
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02-01 Wed , 2017
行政書士試験の結果
昨日は行政書士試験の合否発表の日だった。
ネットで見たが、結果は合格。

そして今日、合否通知書が来て、あの試験で何点取れたのかが分かった。

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というわけで、246点取れてた。あの記述で50点もらえるとはね。多分民法1問目は満点で20点もらえたとは思っていたが、行政法1問目はA市長なのにA市と書いてしまい(ここ、最初はA市長って書いてたんだけど思い直して「長」を消して書き直し。。わたしのバカバカ)おそらく5点くらい減点で15点。とすると、あの民法2問目も15点もらえたのか??てか、あの答えでたったの5点しか減点されなかったのか??予備校の解答と全体的に主旨は同じようなものだったが、まったく法律用語を使って解答できなかったのに(あ、慰謝料は書けたか)。
【追記】あ、行政書士試験で奇数の点数は有り得なかったですね。とすると、どちらかが16点でどちらかが14点だったのかな~。(2017.2.2)

今年の行政書士試験は択一式が割と難しめだったので、記述式の点数が甘かったらしいとのもっぱらの噂だが、確かにそんな感じもする。

あと合否発表の直前まで気になって気になって仕方がなかったマークミスだが、どうやらマークミスもしていなかったようだ。よかった。

結果的には思ってもみない高得点で合格できたが、まぁ試験の点数と実際の実務の能力とはまた別の話だからね。それに行政書士の実務はなんといっても人見知りしない方が圧倒的に有利で、人見知りしてしまうわたしはどうもそこら辺は不利っぽい。まぁそれは持って生まれた性格だから仕方がない。人見知りの中でも我慢してやるしかない。

これで目標は1つクリアできたので、次の目標に進みます。

前からブログにも書いてるけど、当初からもう一つ資格を取ろうと思ってたので、そちらの方に向かうことにする。次の目標は社会福祉士。これはわたしのような今まで福祉とはまったく関係のない仕事をしてきた人間にとっては、国家試験が受けられるような福祉系の大学や専門学校に行って、その中で勉強し、そして約1ヶ月間の実習をした上でなければ国家試験が受けられない。

わたしは今、日本社会事業大学の通信課程に通うことを考えている(多分学費が一番安い)。その願書受付が2月6日からだったかな。一応入学選考があるらしく、小論文を書かなければならない。あとそれからなんか雑多ないろいろなことも書かなくてはならず、あと6日で出せるかな。まぁ受付開始と同時に出さなくてもいいんだけど。

簿記3級の試験勉強もあと少し。

なんかすっかり資格ホルダーっぽくなってるなあ(^^;
いやいや、実務に必要だと思ってるから取ろうとしてるだけなんだけどね。
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01-27 Fri , 2017
簿記の試験を目指す
行政書士試験が終わったあと、試験発表までどうやって過ごそうかなと考えていたところ、わたしは今のところ特に司法書士を目指すわけじゃなく(行政書士受かったら司法書士受けるって人結構いるみたい)、できればこの資格でなんとかやっていきたいと思ってるので、そうなったらお金の管理をするために簿記でも分かるようになっておいた方がいいかな~と思い、簿記の試験を受けることにした。

「どうせなら一気に簿記2級を目指しちゃえ!」と思って、それ用の講座を取ったのだが、教材が届いて「さてやるか」ってやり始めたところで大風邪引いてしまい、そもそもぎっちりなスケジュールのはずだったのに1ヶ月、まるまま勉強できなくなってしまったので、仕方がなく3級を目指している。あ、試験日は2月26日。

簿記の資格を取ろうとしたことが、行政書士試験を目指すずっと前に2度ほどあったが、すべて失敗している。どちらも独学で取ろうと思って勉強したりしたんだけど、簡単なんだかよく分からないんだかがよく分からず、結局途中で挫折してしまった。わたしはどうも独学は向いてないようだ。なので今回も予備校の通信講座を取っている。

1月も中旬くらいからやり始めたんだけど、イマイチ乗り切れなくてゴニョゴニョしてたらあっという間にあと1ヶ月後に試験が迫ってきた。というわけで、つい数日前から本気で勉強している。でもまだ半分くらいしか講座は聴けてないんだけど。できれば2級の分もできるだけやっておいて、次の試験(6月)には2級を受けたいなあと思ってるけど、それはやってみないとよく分からない。4月から他の勉強もしなくてはいけないし(これはあくまでも予定)、それ以外のこともやらなければならないので、簿記の勉強の時間が取れるかどうかよく分からないので。

3級の勉強も半分くらい進んできたんだけど、簿記って全然手応えがないのね。法律と違って面白いとかそういうのも全然なく。わたしは多分、こういう分野は向いてない。

ただ1年間、試験勉強を続けていたら、結構「勉強グセ」が付いているなあと感じる。1ヶ月丸まま休んでても特に勉強を始めるに当たって抵抗感はなかったし、勉強のリズムをつかめばそれこそ1日中だって勉強できるようだ。今は午前中に講義を聞いて、午後から復習をやる感じ。それで1日1つずつ講座を進めている。

うつになると、やる気が出ないのが当たり前になって、「やる気ってどうやったら出るんだろう?」ってずっとずっと考えてたけど、今は「やる気って別に出すものでもないんだなあ」って思う。何か行動を起こすまでに決断力も要しないし、どっかから飛び降りるような気持ちで行動するようなこともない。結局そんなことを思っているうちはまだ病気が治ってないので無理するなってことじゃないだろうか。

ただ「何もしていない自分は怠けている」と思ってしまうクセはまだ抜け切れていなくて、12月丸まま1ヶ月なにもできなかったことに対して「本当になにもできなくてよかったのか」と思い始めている自分がいる。風邪のつらさとか、頭が痛かったのでずっと眠りこけてたとか、吐いて吐いて苦しかったことが自分の中からすべて忘れ去られているらしい。なのでしょっちゅう彼女に「わたしは本当に12月は何も勉強できなかった状態だったよね?」と聞いて確認を取っている。まだまだ「何かできる状態だったのに何もしなかったのではないか」と自分を責める病気のクセは抜けきっていないようだ。
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01-26 Thu , 2017
あと5日
2016年度行政書士試験の合否発表日まであと5日。

なんか2週間前くらいから急にドキドキし始めててやな気分。

マークミスさえしてなければ合格確実ってのは分かってて、それは例えば「記述式○○点以上じゃないと合格できない」っていう人に比べたら、格段に安心できる状況なんだってことはもちろんよく分かってるし、今のわたしの状況でドキドキするって言ったら「とても贅沢な悩みだ」と言われるかも知れないのもよく分かってる。

でも、「もし一つずつずらしてマークしてたら」と思うと本当に死にそうな気分になる。

わたし自身の悩みって、人から理解されにくい悩みが多い。「それでもわたしが悩んでる今の気持ちは確実にあるんだけどなあ」っていつも思う。ギリギリのところまで頑張ってるのも事実だし、頑張りすぎて身体を壊したこともあるのも事実なのに、いつも軽く飛び越えているように思われてて困惑する。

少し前になるにわって団体がやってる「生きづらさからの当事者研究会(通称づら研)」が出してる冊子を読んだ。そこに「名前のない生きづらさ」について誰かが書いてた。その人も「こんなつまらないことで悩んでるなんて人には理解されないだろうから言いにくい」って書いてた。わたしは「わたしと同じことを感じてる人がいる」って思った。

別にわたしは誰かから自分の悩みについて「それはつらかったね」とか「分かるよ」って言ってもらいたいわけじゃない。ただ「あ、そういう悩みもあるんだね」くらいに受け止めて欲しいとは思う。
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01-25 Wed , 2017
転院するかも
「3度目のうつの通院はこれで終了なるか」ってところだったんだけど、どうも最近寝つきが異様に悪くて、12月の終わり頃か1月の始め頃かはっきりしないんだけど、寝る前に薬のお世話になっている。薬と言っても睡眠剤ではなく向精神薬のアルプラゾラム0.4mgをさらに半分に割ったものだけど。本当はリーゼがよかったんだけど、手持ちのリーゼがもう9錠しかなく、次の通院までにそれじゃ足りなかったので、手持ちのアルプラゾラムにしてたんだけどね。

こないだの通院で「終わりにするか」って話しになるところだったんだけど、そういうわけなので薬を処方してもらった。リーゼ5mgを30日分。

いや、わたしもアルプラゾラム半錠でそれが「効いてる」かどうか、リーゼを飲んだら寝つきがよくなってるかどうかは分かんないの。だけど、睡眠って精神的なものとかなりくっついてて、例えば「寝る前に薬を飲む」という行為自体が精神的な安心に繋がって眠れると思い込む、という作用が結構あると思っている。それはもはや薬ではなく、小麦粉をカプセルに詰めたヤツを「これ、よく眠れる薬だから」といって渡されても同じだと思う。プラセボ効果ってやつだ。それが睡眠にとってはかなり大きいと思う。

まぁそういうこともあるので、取り敢えずは手持ちに何か薬を持っておけばちょっとは安心でしょうって感じのリーゼの処方。睡眠に自信が付けば、飲まなくてもいい。そんな処方。ただわたしとしては、あんまり寝つきに自信がないのでもうちょっと薬に頼りたいところ。これで別に依存にはならない。過去、このようにして何回も睡眠剤を飲んだり切ったりしてきたので大丈夫。眠りに自信が付くとは、薬飲んで寝たとしても「あ、効く前に自力で眠れてるな」って分かるの。そう感じ始めたら、少しずつ薬の量を減らしていく。1錠飲んでるところを半錠にしてみる、とかね。一気に1錠は減らせない。わたしの場合、大抵半錠までは効くけど、1/4錠になるともう薬効はなくただ「飲んでる行為」だけになる。これで眠れれば、薬は飲まなくても眠れる。そんなやり方でいつも睡眠剤を切ってきた。

前回の通院の中でわたしは「転院したい」と申し出た。今通ってるのは大学病院だが、大学病院って本当に小回りが効かないからすごく不便なのだ。主治医は週に1日しかいないし、予約外で行くと数時間待たされる。それから大学病院は主治医がコロコロ変わる。今の主治医は3人目。2011年1月から通ってて3人目だ。わたしの場合、訳あって最初から大学病院の精神科だったが、歯科への通院も終了した今は、ここの病院である必要性は実はあまりなかったりする。

それに、一旦治療を終了して、次にうつ病再発したときに新たに近くの病院に行くとしたら、3回目で経験してきたうつ病の記録は伝わらないことになる。わたしの場合、通常の人より薬がよく効くのでそこのところは注意して処方してもらわないといけないのだが、具合悪いときに患者のわたしが医者に向かってそんなこと言ったとしても多分通用しないだろう。ってわけで、今のうちに紹介状書いてもらって近くの病院に転院したいと言った。それならある程度治療の経過も転院先の医師に伝わるわけだしね。

次の病院のときまでに紹介状を書いておくと今の主治医は言ったけど「わたしたまにやらかすことがあるので忘れるかも」と言われてしまった。まぁそうなったらそうなったで仕方がないけど。

ってわけで、次は今の病院最後になるかな~。うまくいけばいいけどね。

【現在の処方】 リーゼ5mg(寝る前)
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01-24 Tue , 2017
九九が言えなくなっている
つい最近と言えるような最近ではないけど、多分、今年に入ってからのことだったような気がする。

新聞読んでたら「1から120まで順番に数える時間が30秒以内なら脳年齢が20代、35秒以内だったら30代、40秒以内だったら40代、45秒以内だったら50代」みたいなことが書かれてた。うーん、あんまりはっきり覚えてないので「以内」だったか「前後」だったか「台」だったかは忘れた。とにかく数字を数えるだけで脳年齢が分かると言うことだった。まぁその脳年齢とは何かってのはよく分からなかったけど。一種の老化現象のことなんだろうか?

やってみた。

でも、実際数えてみて、わたしは普通物を高速で数えるときは「十」を言ってないことに気が付いた。例えば31、32、33ならば「さんいち、さんに、さんさん」みたいに、いちいち「さんじゅういち、さんじゅうに、さんじゅうさん」って言ってないのね。数えてみながら「これって『じゅう』という言葉は抜かしていいのかな?もしかしてダメなのかな?」って言いながら考えてたら気が散って、120まで数え終わったときは40秒過ぎてしまってた。しかしそのほとんどを「十」飛ばしで言ったので、もしすべて「十」込みで言ったとしたら、軽く1分は超えてしまうような気がする。

しかし、いくら若くても「十」を入れて言ったとしたら、1から120まで30秒以内で言えなくない??脳年齢というのが何を指しているのか分からないけど、十を入れて言うとしたら、頭の回転と言うよりは早口言葉ができるかできないか、になってしまわないか?もちろん、舌を動かしているのも脳の一部なので、舌がうまく動かせることが頭の回転のよさに繋がり、それがすなわち脳年齢なのですと言われると、そうなのかなあという感じもしないが。

ちなみに2回目は十を飛ばして言おうと思って、いつもわたしが数字を高速で数えるように言ったら、30秒だった。どっちなんだろう?

そう考えているうちに「そういえばわたしは九九をどのくらいの速さで言えるんだろう?」とふと思った。九九は小学2年生で習った覚えがあるので、今から40年以上前?習った時分は「ににんがし」から「くくはちじゅういち」まで一気に高速で言う練習をしたもんだ。

と思って言おうとしたら、、見事に言えなくなっている!!口が回らない!!というか、考えながら言ってる!!

なにしろ「かけられる数」のイメージがすんなりいかなくて、「ににんがし、にさんがろく、にしがはち、にごじゅう、に、、えーと、五だったから次は六?」とか考えてしまって、そうすると頭の中に「2×6=12」というのがビジュアル的に浮かび、そこから「えーと、にろくじゅうに、か」って逆算する感じになってしまう。口から出任せに言うと絶対に「にくさんじゅうろく」になってしまう。いやいや!それは「しくさんじゅうろく」だから!

正直なところ、1から120まで数える、ということよりも九九が言えなくなっていることの方がショックだった。

というわけで、最近は九九をぶつぶつ呟いてたりする(笑)

そしてやっぱり言い慣れると早く言えるような気がする。
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12-31 Sat , 2016
全駅制覇、ウルトラマンスタンプラリー2016!その3(駅からのメッセージ)
2016年中に書いておきたかったこれ!

2016.2.22に書いた「全駅制覇、ウルトラマンスタンプラリー2016!その2(盛り上がってた駅のようす)」の続きなのだが、メッセージが2年連続集まると、どうしても前年との比較が気になるので、1年目のようにザッと見てサッと書けなくて、一応駅のメッセージは全部比較しようとエクセルで表にまとめてそこからいろいろ分析しようと思ったら、そんなことしている時間がなかったので結局今になったという。。しかも、やっぱり体調はイマイチで、一昨日、昨日と頭が痛くて寝たきりだったので、これを書きたかったのに今になってしまった。。多分、年は越しちゃうだろうけど、これを今年最後の記事にしておく。

その2の続き。

1年目に比べると2年目は凝ったメッセージが多くなったように思えた。というのは、1年目は選んだキャラクターの名前すらなかった駅が

そもそも、メッセージの中にキャラクター名が全く含まれてない駅もあった。
・浜松町→ウルトラマンジャック
・高円寺→ニセウルトラセブン
・赤羽→グドン
・渋谷→スカイドン
・大崎→バルタン星人二代目
・水道橋→マグネドン
・上野→シーゴラス


これだけあったのに、今年は

・大崎→ベムスター
・高円寺→エースロボット
・赤羽→ゾフィー


の3駅のみになっている。あ、ちなみに1年目は64駅中52駅分のメッセージしか集められなかったので、単純に比較してはならないんだけど、それでも少なくなったことはこれで明らか。

その中でわたしが2016年、一番よかったと思ったメッセージはこれ。

「ミラクル星人」は「ウルトラマンタロウ」に登場し、地球に文化を学びに来た心優しい宇宙人です。日本のファッションの最先端の原宿は、日本だけでなく、海外からも、たくさんのお客さまがいらっしゃいます。「ミラクル星人」はそんなお客さまの象徴として、そして原宿がこれからもお客さまにとって魅力的で、また遊びに来てみたいと思える場所であり続けて欲しいという願いも込められています。「ウルトラマン」が放映していた頃から変わらない駅舎を保っている「原宿駅」です。過去からそして未来へずっと魅力的で愛される駅を護り進めてまいります。


20160123151341(原宿)


んー、でも確か、原宿駅って建て替えすることに決まったんじゃなかったっけ?よく覚えてないけど。

これを1番にしたけど、今回はいいのがたくさんあって、正直どれにしようかとても迷ったんだけど、最初に読んだインパクトでこれに決めました。

各駅のメッセージを分析してみた結果、「キャラクター紹介系」と「なぜそのキャラクターを選んだのか系」に分かれるような気がしたので、この2つに大きく分けた。あ、この2つが重複する駅ももちろん存在する。まずキャラクターを紹介して、その上でなぜそのキャラクターを選んだのかって説明する駅もあったからね。そして「なぜそのキャラクターを選んだのか系」を、「正統派系」と「こじつけ系」、「目指してる系」、「駅近辺キャラクター紹介系」に分けた。もちろん、全部がこの4つのどこかに所属するとは限らないメッセージもあるし、「キャラクター紹介系」に分類されるものでも「こじつけ系」はいくつかあった。

キャラクター紹介系→神田、秋葉原、御徒町、西日暮里、駒込、巣鴨、池袋、代々木、恵比寿、目黒、品川、田町、浜松町、御茶ノ水、市ヶ谷、四ツ谷、三河島、北千住、松戸、馬橋、新松戸、柏、北柏、我孫子、東十条、大森、蒲田、板橋、十条、新日本橋、天王洲

計31駅。

なぜそのキャラクターを選んだのか系→東京、上野、日暮里、池袋、目白、高田馬場、新大久保、新宿、原宿、渋谷、五反田、有楽町、水道橋、信濃町、千駄ヶ谷、東中野、中野、荻窪、亀有、金町、羽田空港第一ビル、新日本橋、尾久

計23駅。「キャラクター紹介系」との重複駅は、池袋と新日本橋の2駅。よって全65駅中、(31駅+23駅-2駅)=52駅、全体のちょうど80%が「キャラクター紹介系」と「なぜそのキャラクターを選んだのか系」で占められる。

「キャラクター紹介系」の駅からのメッセージってのは、だいたいこんなヤツ。

神田→ダンガーは「帰ってきたウルトラマン」に登場する怪獣です。初期にはツインテールやタッコングなどが登場する「帰って来たウルトラマン」の中でも、特にマイナーな怪獣と言えるのではないでしょうか。しかしながらそのコブがたくさんついている顔立ちは、他の怪獣にはない特長を持っており、横から見ると精悍な顔つきにも見えます。また迫力のある目つきもあいまって、怪獣らしい怪獣と言えるのではないでしょうか(後略)

馬橋→馬橋駅のウルトラマンスタンプは「コンドル1号」です。「ウルトラマンタロウ」シリーズで使用されていたマシンで、折り畳み可能なリング状の主翼が特徴的な主力高速戦闘機です。お馴染みの怪獣ではありませんが、皆さまに当時の頃を想いだして頂ければと思います(後略)

「なぜそのキャラクターを選んだのか系」の駅からのメッセージはこんなヤツ。

上野→(前略)今回、上野駅ではたくさんのお客さまにお越しいただきたい!という思いから、「ウルトラマンタロウ」のスタンプを用意しました。ウルトラマンシリーズは約50年の歴史があり、上野駅も負けずに約130年の歴史があります(後略)

これは「なぜそのキャラクターを選んだのか系」の中の「正統派系」。てか、ウルトラマンシリーズの歴史、約50年と上野駅、約130年の歴史を比較するのはちと無理がありすぎるのではないかと。。上野駅の方が圧倒的な勝利じゃん(笑)

目白→「プロテ星人」は当駅のお隣にある「学習院大学」と関係があります。地球侵略に必要な情報収集のため、「プロテ星人」は人間に姿を変え仁羽教授として京南大学へ潜り込んでいました。その京南大学の撮影舞台が、なんと「学習院大学」だったのです。作品内では、かつて大学内に実在したピラミッド校舎にてウルトラセブンとの戦闘が行われました。もしかしたら、仁羽教授に姿を変えた「プロテ星人」も皆さんと一緒にスタンプラリーを楽しんでいるかもしれませんね。

これも全くもって「正統派系」。なるほど、目白と言えば学習院大学、学習院大学と言えばプロテ星人ですか(って今、目白と言えば、目白御殿じゃんなどと考えたわたしは、やっぱり古い人間なのか。いやいや、ウルトラマンタロウときっと同じくらいの年代だよね!?)

亀有→亀有駅にちなみ、当駅のスタンプキャラクターは大亀怪獣一家にきめました。この怪獣は家族を守るためにやむなくタロウと戦う怪獣です。ちなみに、今ではウルトラの星で平和に一家そろって暮らしているようです(後略)。

一応、これも「正統派系」に分類。「こじつけ系」はもっとこじつけてるヤツだから。というわけで、「こじつけ系」。

こじつけ系→東京、池袋、渋谷、五反田、東中野、中野、阿佐ヶ谷、金町、大井町、十条

この「こじつけ系」のこじつけ度はスゴイ!!(カッコ内はその駅のキャラクター)

東京→この時期の夜空には冬の星座の代表「オリオン座」が輝いています(オリオン星人)
池袋→もう一つの選ばれた理由は、ホテルメトロポリタンの最寄り駅だからです(メトロン星人)
渋谷→渋谷駅長は秋田県の出身なのです(ナマハゲ)
五反田→駅構内で「ゴタンダ」「ゴタンダ」と放送していますが、言葉がにているので「ゴタンダダ」ということで決めさせて頂きました(ダダ)
東中野→臼でできた顔を持ち、お餅がおいしい寒い季節の今のぴったりの怪獣です(モチロン)
中野→そんなバキシムは…小さなイモムシから作られたんですよ。そして見てください!中央線カラーのオレンジ色の顔!(バキシム)
阿佐ヶ谷→ウルトラマンエース世代の社員が、「阿佐ヶ谷駅はウルトラマンエースでええっすか?」(ウルトラマンエース)
金町→金町駅にも食いしん坊の駅員がたくさんおり、食事の時間になると、「もっとぉ~」「もっとぉ~」という声が聞こえてきます(モットクレロン)
大井町→酒・歌・踊りが大好きな酔っぱらい怪獣ベロン。賑やかな商店街の雰囲気に誘われて、大井町駅に迷い込んできてしまいました。大井町駅周辺の飲食店には美味しいお酒や料理がいっぱいです。(中略)お父さんは飲みすぎてベロンベロンにならないように注意してくださいね(ベロン)
十条→ちなみに十条がジャンボキングになったのは、埼京と最強をかけ、超獣を反対から読むと「獣超」(じゅうちょう)・・じゅうじょう・・。無理ありますかね・・。(ジャンボキング)

東京、池袋、渋谷の選定理由なんてホント、よー分からん!(笑)まぁでも確か、1年目の東中野はマグラーって怪獣だったけど、確か駅長さんが眞柄さんでしたよね?あんな感じか。。ということは、東中野は2回連続して無理矢理こじつけ系ですね!(笑)わたしが2年連続「こじつけ系」だなあと思った駅は、五反田、東中野、阿佐ヶ谷の3駅でした!

「目指してる系」というのは、「うちの駅は、こんな駅を目指してます~」と書いてあるもの。1年目は結構これが多かったような気がするんだけど、2年目は減ったような気がする。

目指してる系→大塚、新大久保、原宿、田町、信濃町

大塚→大塚駅もお客さまとの信頼関係を大切にすることをモットーに皆さまから愛される駅を目指しています
新大久保→「百」にちなんで、ムカデ(百足)は、「足並みを揃え前進し、絶対に後ろに下がらない。」と言われ、お客さまと共に歩み、何事に対しても諦めず努力するという思いを込めて
原宿→過去からそして未来へずっと魅力的で愛される駅を護り進めてまいります
田町→愛らしい姿の怪獣パンドラ(チンペ)のように、田町駅は、お客さま・地域の皆さまに愛される駅を目指して邁進してまいります
信濃町→私たち信濃町駅の社員も「ウー」のように心優しく、そして雪ん子(お客さま)を守っていく存在になりたい願いから

ちなみに大塚駅の1年目のキャラクターは「ゴロー」で、ゴローに似た駅員さんがいるって書いてあったのがわたしの中ではとてもインパクトが強かったんですけど~(笑)2年連続「目指してる系」のメッセージは、田町、信濃町の2駅かな。

駅近辺キャラクター紹介系→日暮里、飯田橋

日暮里には「にゃっぽり」、飯田橋には「いいだべえ」(いいだべい?)というキャラクターがいるようです。そしてこの2駅は1年目も同じように地元のキャラクター推ししてます。ただ、飯田橋は1年目は「いいだべい」で、2年目は「いいだべえ」になってるんだけど、「いいだべい」と「いいだべえ」、どっちが正解なんだろう?

「キャラクター紹介系」と「なぜそのキャラクターを選んだのか系」以外で主なものは「駅紹介系」。

駅紹介系→田端、取手、赤羽

田端→女ヤプールが登場するウルトラマンAの放送が開始されたのは1972年(昭和47年)。当時の田端駅は広大な田端操車場を擁し、貨物列車の要塞として有名でした。かつて貨車が並んでいたヤードは新幹線の車両基地となり、景色も車両も変わりましたが今も昔も鉄道の聖地です。田端駅は今年開業120周年を迎えます。駅から少し足を延ばせば機関車から最新技術を結集した新幹線が皆様をお迎えし、田端駅の今昔を感じることができます(後略)
取手→取手駅は当スタンプラリー実施エリア内で唯一、茨城県にある駅で、12月には開業120周年を迎えます。ガッツ星人がウルトラセブンと戦った昭和43年の常磐線は、茶色の電車ばかりの中、103系と呼ばれるエメラルドグリーン色の電車が走り始めたばかり。3年後の昭和46年には地下鉄千代田線との相互直通運転も控え、新たな風が吹きつつあった頃です(後略)
赤羽→現在の赤羽駅は、ウルトラマンが放送されていた頃に比べると、当時の面影は無く時代の流れを感じますが、赤羽駅周辺には「昭和」を感じさせる商店やスポットが数多く残っています。ウルトラマンスタンプラリーにご参加の際は、是非お立ち寄りください。また、埼京線は、おかげさまで平成27年9月30日に開業30年を迎えることができました(後略)

わたしは鉄道には詳しくはないんだけど、こういう鉄道の歴史を感じさせるメッセージもいいなと思う。ちなみに赤羽は結構1年目と同じようなメッセージで(笑)、田端はまったく違う色のメッセージだった。取手は1年目のは見てこられなかったので分からない。

中で「今年もやったか」と思える駅が2つ。新橋と大崎。

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大崎の縦読み(笑)ちなみに1年目は「おおさきにきてね」2年目は「ことしもおおさきに」でした!

新橋はどうやらこの駅長さんが転勤になってしまったようです。

新橋


緊 急 事 態 発 生 !
新橋駅を守っていたウルトラセブン駅長が転勤になった!

2016020215423(新橋)


新たな駅長さんはなにしてる!(笑)


継続性と言えば、キャラクターを継続させた駅が4駅。

新宿→ウー→ウー(2代目)
四ツ谷→セミ人間→バルタン星人
尾久→バルタン星人→バルタン星人(2代目)
南流山→ウルトラマン→ウルトラマンジャック(帰ってきたウルトラマン)

新宿のメッセージの中の人はよほど「ウー」が好きなんでしょうね~。南流山は1年目はウルトラマンで、2年目は帰ってきたウルトラマン。主人公が好きってことでしょうか。それとも、ここの駅はものすごく行きにくい駅なので、敢えて主役系のキャラクターが配置されてるのかなあ?そして、四ツ谷と尾久のバルタン星人へのこだわり!!尾久はカシオペア号の車庫がある駅(1年前はさらに北斗星の車庫もあった)ということで、1年目も2年目も「名脇役的存在」ってことでバルタン星人を選んでいるらしいけど、四ツ谷の1年目キャラクター「セミ人間」は「四ツ谷駅周辺は自然豊かで毎年沢山のセミが集います」ってことがキャラクター選定理由だったような(笑)そして、四ツ谷駅のこだわりはこれだけじゃなく、こういうところにも現れていた。

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スタンプ台がバルタン星人!!どんだけバルタン星人が好きなんだよ、四ツ谷駅!!!えーと、多分、スタンプ台がバルタン星人なのはここだけだったような。。少なくとも尾久は違ったと思います(確かあとで確認しに行ったような)。

それから、1年目には浜松町駅以外なかったのが「他の駅紹介系」のメッセージ。「○○駅にもこういうキャラクターがいるよ」ってヤツ。1年目は「他の駅にもキャラクターはたくさんいます」程度だったけど、2年目はそれが増えていた。

他の駅紹介系→西日暮里、四ツ谷、阿佐ヶ谷、荻窪、北千住、新日本橋、羽田空港第1ビル

西日暮里→本物は柏駅にいます(ニセウルトラセブン)
四ツ谷→尾久駅のバルタン星人(二代目)、有楽町駅のバルタン星人Jr.など何作にもわたって愛されたキャラクターです(バルタン星人)
阿佐ヶ谷→ちなみに今回の「帰って来たぞ!我らのウルトラマンスタンプラリー」は2つお隣の西荻窪駅もヒーローであるウルトラマンがスタンプです(ウルトラマンエース)
荻窪→当駅が所在する杉並区内他駅のウルトラ兄弟との対決もお楽しみください(テンペラー星人)
北千住→北千住、松戸、馬橋、王子、駒込の5駅に設置しておりますので(タックアロー)
新日本橋→昨年当駅に登場したテレスドンは、羽田空港第1ビル駅で活躍しています。そちらにもお寄りください(グドン)
羽田空港第1ビル→新日本橋駅では同じ地底怪獣「グドン」が登場。是非、地底怪獣コンプリートを目指してみてください!(テレスドン)

四ツ谷のバルタン星人への愛はホントにすごいと思う!北千住はなぜ沿線5駅のみの紹介なのか、、これは謎。そして、新日本橋と羽田空港第1ビルはなんと「両思い」。ここに「両思いで賞」を差し上げたいと思います(なんのこっちゃ)。しかし、こういう「連携」を見られるのは嬉しい感じ。新日本橋、羽田空港第1ビルとも地下駅なんだけど、地下駅ってことに誇りを持ってるね!

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今度は角度を変えて、各駅の1年目と2年目のメッセージを比較してみる。前も書いたけど、1年目は64駅中52駅しかメッセージを集められなかったので、あくまでもその52駅の中でしか比較できない。同じ駅でも「これきっと、同じ人が書いたよね(笑)」というのと「同じ人が書いたかどうかは分からないけど、前年を踏襲してるね」というのがあった。もちろん「前年を全然踏襲してないね」ってのももちろんあった。

きっと踏襲してるだろうね系→神田、西日暮里、駒込、巣鴨、大塚、高田馬場、新大久保、新宿、恵比寿、大崎、品川、田町、新橋、有楽町、水道橋、市ヶ谷、四ツ谷、千駄ヶ谷、東中野、高円寺、西荻窪、金町、王子、板橋、十条、赤羽、尾久、南流山

多分踏襲してないだろうね系→東京、御徒町、上野、田端、池袋、目白、原宿、渋谷、目黒、信濃町、阿佐ヶ谷、荻窪、大井町

よく分かんないけど、一部そのまま踏襲した系→大森、蒲田

大森は「ウルトラマンが地球で存在できるのは3分です。都区内1駅間の所要時間も3分程度、この3分を利用して皆様お気に入りの怪獣探し」までが同じ。(その続き→1年目「の小旅行にお出かけ下さい」、2年目「にお出かけください」)蒲田は「是非、この機会にスタンプを集めてください。また、スタンプラリーご参加の場合は、便利でお得な「都区内パス」をご利用ください。」が同じ。ここ以外にも細々と同じなのがあったけど、この2つは「ああ、踏襲したね」というのがよく分かったので。大森、蒲田ともその他の部分は同じ人が書いたかどうかはよく分からない。ただ、沿線で文章がなんとなく似てるなあってのがあって、それが京浜東北線の大井町、大森、蒲田、そして常磐線の松戸、馬橋、新松戸だったんだけど、、なんか沿線で似てるなあって感じるのは、沿線同じだとメンタリティが似てくるとか(違)。

「きっと踏襲してるだろうね系」は、「2年ともレベル高いね系」と「まったく面白くない定型系」の2つに分かれる。

「2年ともレベル高いね系」は、断然、新大久保と田町。

2015・新大久保
キャラクター選定の際に、真っ先に思い浮かんだのが友好珍獣「ピグモン」でした。新大久保の街は韓流ブームと共に賑わいと活気にあふれ、かつては静かだった街が今では誰もが知る「コリアンタウン」として有名な街に生まれ変わりました。しかし、昨今の日韓情勢とともに訪れるお客さまが減少している今、日韓の友好を願わずにはいられません。また、様々な外国の方が訪れる、多文化共生の街でもある新大久保。国籍や言語、文化の違いを互いに尊重しあう、そんな世界を作りたいものです。そういったこともあり、真っ先に浮かんだのが友好の文字がある「ピグモン」でした。駅社員全員一致で決定、希望しました。他駅からの希望もたくさんあったキャラクターと聞いておりましたが、見事に当駅が当選を勝ち取りました。近隣にある皆中稲荷神社のご利益の後押しがあったのかもしれませんね。

2016・新大久保
新大久保駅は、一昨年開業100周年を迎え「これまでの百年」そして「これからの百年」を繋いで行きたい。また、当駅は新宿区百人町という街に所在し、江戸時代、百人組と呼ばれた江戸城の警護を担当する鉄砲隊の屋敷があったことに由来します。「百」にちなんで、ムカデ(百足)は、「足並みを揃え前進し、絶対に後ろに下がらない。」と言われ、お客さまと共に歩み、何事に対しても諦めず努力するという思いを込めて、ムカデンダー(百足怪獣)を選択しました。最後に、スタンプラリー参加の全てのお客さまが楽しまれる事を駅員一同、心より願っております。


2015・田町
時間と空間を超えて、現実から理想郷へ連れていってくれる「異次元列車」。2020年、当駅と品川駅の間に新駅が開業予定です。オリンピックイヤーとも重なり、近隣のお客さまの大きなご期待を感じています。当駅も今後大きな変革の時を迎えます。夢溢れる新駅と田町駅を繋ぐ列車は、今までも、これからも時間を超えてお客さまの日常に寄り添い続けたいと思っています。いつもご利用いただいているお客さまも、そうでない方も、この機会に是非「ウルトラマンスタンプラリー」をお楽しみください!

2016・田町
怪獣でありながら大変友好的な性格で、時には困っている人間を助けることもある心優しいカンガルー怪獣のパンドラ。そして、パンドラの腹袋で守られながら、その優しさを一身に受けている子どものチンペ。そんな姿にきっとあなたも癒されるはずです。愛らしい姿の怪獣パンドラ(チンペ)のように、田町駅は、お客さま・地域の皆さまに愛される駅を目指して邁進してまいります。「ウルトラマンスタンプラリー」へのご参加を田町駅スタッフ一同、心よりお待ちしております。


新大久保、田町とも、どうしてそのキャラクターを選んだのかって理由がしっかりしてる。「なるほど、うまいキャラクターの選択だよな」って思える。

「まったく面白くない定型系」は、巣鴨、高田馬場、品川、高円寺、西荻窪、赤羽

この中でワースト3を挙げれば、第3位巣鴨、第2位高田馬場、第1位高円寺。2位の高田馬場と1位高円寺の1年目、2年目のメッセージを並べて貼っておくね。1年目が上、2年目が下。なんだかね~。いや、これも駅の特色といえば特色なんだろうけど。でも高田馬場も高円寺もそれぞれ特色がある駅だと思うんだけどなあ~。

20170101132251.jpg  20170101132447.jpg


「踏襲してるけど、1年目と2年目は状況違ってきたのね系」は、恵比寿と新橋。新橋はもう紹介したから、恵比寿を紹介すると

1年目:当駅の社員は平均年齢が若くウルトラマンシリーズに詳しい社員もあまりいませんでしたが
2年目:恵比寿駅社員には幼少の頃に今回のウルトラマンシリーズに夢中になった30代・40代の社員が多く在籍します。

これってやっぱり新橋のウルトラセブン駅長さんと同じく駅員さんの転勤で?それとも2年目の対象が「ウルトラQ」がなくなって「ウルトラマンA」「ウルトラマンタロウ」が追加されたからかしら。。でも、2年目の恵比寿が選んだキャラクターって1年目もあった「帰ってきたウルトラマン」からなんだよねえ。。謎だ。

「多分踏襲してないだろうね系」の中では「2年目はぐんと面白くなった系」がある。

2年目はぐんと面白くなった系→東京、上野、田端、池袋、渋谷、大井町

1年目は大きな駅ほどメッセージが面白くない傾向があったと思うんだけど、2年目はそうじゃなかったところも多かった。特にこの中で挙げるとすれば池袋か。池袋、1年目は64駅の中で唯一、キャラクターのポスターを駅の中に貼ってなかった駅なんだけど、2年目はあちこちに貼ってあった!これを見たときは嬉しかったな。ただ、キャラクターのポスターを駅の中に貼ってない駅が2年目は3駅に増えてたけど(悲)

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見よ、池袋の1年目と2年目のメッセージの違い。池袋には「わたしが嬉しかったで賞」を差し上げます←

さて最後に。1年目も2年目も選ばれたキャラクターは何か。両方ともに選ばれたキャラクターって人気があるキャラクターか、心に残ったキャラクターと言ってもいいんじゃないだろうかってことで。ただし、1年目と2年目はキャラクターの選定範囲が違うので、これも一概に「そうだ」とは言えないんだけどね。それを踏まえた上で。

重複キャラクターは以下の22体。

・バルタン星人 尾久→四ツ谷
・レッドキング 信濃町→北柏
・アントラー 池袋→東十条
・ピグモン 新大久保→水道橋
・ジラース 御茶ノ水→品川
・バルタン星人二代目 大崎→尾久
・ザラブ星人 秋葉原→三河島
・テレスドン 新日本橋→羽田空港第1ビル
・ジャミラ 馬橋→巣鴨
・ゴモラ 板橋→お茶の水
・ダダ 西日暮里→五反田
・ウー 新宿→信濃町
・ゼットン 御徒町→浜松町
・ウルトラマン 南流山→西荻窪
・エレキング 飯田橋→大森
・ゴドラ星人 十条→御徒町
・メトロン星人 王子→池袋
・キングジョー 西荻窪→新松戸
・ガッツ星人 阿佐ヶ谷→取手
・ニセウルトラセブン 高円寺→西日暮里
・ウルトラセブン 新橋→柏
・グドン 赤羽→新日本橋
・ツインテール 千駄ヶ谷→新橋
・ベムスター 東京→大崎
・ウルトラマンジャック 浜松町→南流山

まぁ、わたしはウルトラマンシリーズはほとんど記憶にないので(タロウの歌を歌っていた記憶はあるけど、物語がどんなだったかは全然覚えてない)、キャラクターについてどうのこうのとは言えないのだけど。そして、わたしの年代だとタロウ以降、レオとかそういう方がもうちょっと記憶に残ってるんじゃないだろうか?レオは見てたような気がする。けどこれも記憶にはほとんど残ってなくて、レオの弟がアストラだってことしか覚えてない(笑)

去年の今ごろは既に「ウルトラマンのスタンプ今年もやるよ」って宣伝が駅のあちこちにあったような気がしてるのだけど、今年はやらないのかな。先月はほとんど家から出れてないので駅の様子がどうなのかはまったく分からないんだけど、ネットで探してもそれらしきものは見当たらないので。残念だなー。でもいつか機会があったら、今度はレオのキャラクターも含めたりしてやって欲しいな。

ともかく、2年目も大いに楽しませてくれた「ウルトラマンスタンプラリー」。今回もとても楽しめました!

ウルトラマンスタンプラリーに参加したJR東日本、東京モノレールの65駅の駅員さん、
楽しませてくれて本当にありがとうございました!
(今さらながらで申し訳ない)
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12-28 Wed , 2016
引退してしまった俳優さんについての思い
以前から書こう書こうと思ってたけど、風邪引いてて書けなかったこと。

わたしはこの人のことはほとんどまったく知らない。名前の呼び方すら知らない(最初の漢字、「なる」って読むの?それとも「なり」って読むの?)。顔もアップされてたのを見たけど、見たことがない人だった。なので、この人のことをどう呼んでいいのか分からない。

基本、わたしは俳優さんに対しては普段フルネーム呼び捨てで呼んでる。例えば好みのタイプの俳優さんは大杉漣、とかさ。そういう普段から言い慣れてる人に対しては、普段言い慣れた呼び方でそのまま書けると思う。が、この人に対しては今まで呼び名を口にしたことは一切無かったので、今ここで「○○さん」とか「○○」と言うのはとても違和感がある。だって今までまったく見たことない人なんだもの。だから何かに配慮して個別具体的な名前を書かないのではなく、単にわたしが今までまったく知らない人を馴れ馴れしく知ったかぶりして名前を書いたりすること自体にとても違和感があるので、書かないだけ。それをまず書いておく。

全然知らない人なのに、引退のニュースを知ってしまったのは、単にわたしが普段からYahoo!経由でスポーツナビに行って、そこからカープのその日のニュースを見る、という習慣があるからだ。好む、好まざるに関わらずYahoo!のトップにまずアクセスするので、なんとなしに気になったトップニュースにアクセスしてしまうことがある。このニュースも単にそうだっただけに過ぎない。

誰が引退したかはよく分からなかったものの、少し前からいわゆる薬物を使っているのではないかと噂されている、ということについては、それもなんとなくどこかで見たことがあったので知っていた。だから多分、そのニュースにアクセスしようって思ったんだと思う。しかしそのニュースの中にあった、引退への挨拶文みたいなのを読んでびっくり仰天した。その中に

この仕事をする上で人には絶対に知られたくないセクシャリティな部分もクローズアップされてしまい



と書かれていたからだ。性的少数者以外の当事者でない人には多分、この恐怖感は理解できないのではないかと思う。わたしこれ、読んで一番に思ったのは

「これだと自分のセクシャリティが"普通"でないって言ってるのと同じじゃないか!」

ってことだった。だいたい、性的多数者ならば、自分のセクシャリティのことは「絶対に知られたくない」とは思ってないだろうし、そもそも、知られたいとか知られたくない以前に、自分のセクシャリティは「みんなと同じ」で「みんなが知っている」ものなのだ。というか、みんな知っているどころか、自分のセクシャリティが何であるかすら、考えたこともない人も多いだろう。「普通」としか思っていない人もいるに違いない。ゆえに「絶対に知られたくないもの」が自分にあると思っているということは、この人は自分が何らかの性的少数者である、ということを「カミングアウトしている」ことになる。

ちなみにここで注意しておきたいのは、この挨拶文だと「この人は性的少数者なのかな?」って思うくらいにしか分からないということだ。まぁわたしもそれ以上のことはあまり興味がない。なんであろうが、わたしには関係がないことだし。この人はそれ以上のことが言いたくなかったからわざわざ「セクシャリティ」って言葉を使ったんだろう。

で、わたしはここ10年くらいは大抵、自分のセクシャリティをカミングアウトしたりしているが、それでもそれ以前は完全なクローゼットだったので、そのクローゼット状態の感覚って10年経った今でもまだ身体に染みついているらしい、ということをここから感じた。

というのは、完全なクローゼット状態のときというのは、絶対にそのことを知られたくないために、なにを隠さなければならないのか、ということについてものすごく頭を回転させなくてはならず、「このことについて何か言ったら、何かあるなって思われないかな?」と言うことについて、すごくすごく慎重に考えていたからだ。「このことについて何か言ったら、話を聞いた人はどう思うだろう?」ってことをひたすらひたすら考えて、事前に自分の中で「想定会話文」みたいのを作り、そこで問題がないようだったら人に話せる。会話してても常に頭の中では「その後の想定会話文」が作られ、話している人が怪しく感じないかをリアルタイムでチェックしている。だから頭は常にフル回転だった。

何か秘密を持っている、ということは、その秘密を持っている、ということすら周囲に悟られてはまずいのだ。具体的な秘密の内容ではなく、「何か秘密を持っている」こと自体を隠すことは、それが具体的になんの秘密であるか、ということ以上にとても気を遣うことだった。その気遣いでクタクタに疲れてしまうことだってあった。けど、ばれてしまうよりマシだったので、クタクタになってもばれないように気を遣った。

なので「絶対に知られたくないセクシャリティ」と公にすることによって、「この人は絶対に知られたくないセクシャリティがあるってことが分かってしまうじゃないか!」ってことを、読んだ瞬間、わたしは恐怖に感じたのだった。でもこれ読んで「あ、こんなこと言ったらばれちゃうよ!まずいじゃん!」って瞬間的に思ってしまうってことは、やっぱりクローゼット時代のあの「秘密を持っていることすら隠さなければならない」という感覚をまだわたしは捨て切れてないってことだよね。

でもこの人が「絶対に知られたくないセクシャリティ」って書くってことは、もちろん本人もここの部分で何かあると周囲に思われることは十分承知の上で書いたのだろう。だって多分、この人もクローゼット時代のわたしと同じどころか、みなに見られる芸能人なのだから、それ以上に気を遣っていたはずだ。「絶対に知られたくないセクシャリティ」であるなら、ばれるのが怖くて怖くてたまらなかったはずだ。なのでわたしには逆にここの部分は、この人の悲痛な叫びとしか感じられない。「窮鼠猫を噛む」とはちょっと違うが、クローゼット(「押し入れ」という日本語でもいいが)の中に隠れるように自分を押し込んできて押し込んできて、それでも外に引きずり出される、もう逃げられないと感じたので、逆にこちらから明らかにせざるを得なかった。「本当はこんなこと言いたくなかったんだ!」という叫びとともに。多分この人は、薬物疑惑が晴れても、次に自分のセクシャリティの問題に焦点が当たり曝露されてしまう、と考えたのだろう。そして、世間から取り沙汰されるセクシャリティを持っているのは薬物とは違って事実だから、もう隠しようがないと思ったのだろう。無理矢理外に引っ張り出されて、あれこれ事実に加え、事実でないことすら事実のようにおもしろおかしく興味本位で取り沙汰される。それがこの人にとっては耐えられないほど苦痛だったのだろう。この叫びは本当に痛々しい。わたしも当事者ゆえに、その痛々しさを身を切られるような思いで受け取っている。

この挨拶文の発表から、もう20日くらい経ったのかな。周囲ではいろいろあるようだけど、わたしは本人がそれ以上のことを公にされたくないのはもう分かっているから、マスコミ、報道陣に対して「これ以上曝露することは止めて欲しい」と強く思う。アウティングは人権侵害だ。それより、このことがあって以来、この人は安心できる場所にいるのだろうかと思う。こちらの方がわたしは心配でたまらない(ちなみに「どこにいるか」「誰といるか」などについても嗅ぎまわらないで欲しい)。できれば心穏やかにいられる人たちと、心穏やかに過ごせる場所で、心穏やかに過ごしていることだけを願っている。
16:17 | (性的少数者)自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12-26 Mon , 2016
ジョージ・マイケルが死んだ
今朝起きて知った。
びっくり。

今まで彼の年齢を知らなかったが、どうやらわたしより5つ年上だったらしい。
わたしは彼のファンじゃなかったけど、彼が有名になったWham!の曲はリアルタイムで聞いていた。
ちょうどわたしが高校生の頃。声がすごくクネクネしてる人だなあって思ってた。
多分、流行った曲はほとんど知ってると思うし、好きだった。自分で買って聞こうと思うほどではなかったけど。

この人がちょいちょい「ゲイじゃないか」って言われてるのは知ってた。
ただわたしはエルトン・ジョンの方が好きで、エルトンに対してはゲイじゃないかと言われてる頃からむしろ当事者の勝手な思いとして「ゲイであって欲しい」って思ったり、彼の歌の歌詞に対して「どこかに同性愛的なメッセージが込められてる歌詞はないか」と思って一生懸命歌詞の言葉を追ったりしたこともあったが、ジョージ・マイケルに対しては全然そんなことはなかったのは、やっぱり歌自体、そこまで好きってわけでもなかったんだと思う。ただ、彼とエルトン・ジョンが歌った「Don't Let the Sun Go Down on Me」は好きだったな。過去にもカラオケで彼女と二人でこの歌を「ジョージ・マイケルとエルトン・ジョンごっこ」って言って歌ったこともある。

「どこかに同性愛的なメッセージが込められてる歌詞はないか」については、どこで読んだか忘れちゃったけど、ジョージ・マイケルが確か14歳くらいのときにエルトン・ジョンのなんて曲か忘れたけど(確か「Blue Moves」の中の曲だったと思うんだけど)、あれを「自分の歌だ」って泣きながら聞いたとか読んだことがあって、でも確かあの頃はまだジョージ・マイケルはゲイだってカミングアウトしてなかったような気がするんだよな。。その気持ちはわたしにも痛いほどよく分かったので、よく覚えてる。

しかし今年もいろんな人が亡くなった年だった。わたしの中ではデヴィッド・ボウイが大きくて、というか、フレディ・マーキュリーと歌った「Under Pressure」が大好きだったんだけど、ああこれで2人とも亡くなったんだなあって思って寂しかった。あとプリンスが亡くなったのもびっくりだった。大学時代の友人が彼の大ファンだったんだよね。ちょうどプリンスの名前がなくなって、「以前プリンスと呼ばれたうんたらかんたら」と呼ばれるようになった頃。そしてジョージ・マイケルか。'80年代に聞いてた洋楽の歌い手がどんどんこの世を去ってるなあ~。

なんか寂しいね。仕方のないことだけど。
17:27 | (性的少数者)自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12-24 Sat , 2016
彼女のお父さんが亡くなってお葬式に行ったときの話
ようやく風邪から復活したのかな?という感じです。
というか、今回の風邪は本当にひどかった(T_T)
喉や鼻の粘膜が痛くなくなるまで1週間以上かかって、しかもようやく復活したかな?と思いかけたときに、急激な腹痛と数回の嘔吐、その後の発熱とどうやら急性胃腸炎になったらしく。。ホントに踏んだり蹴ったりだった。。

やっぱりこの1年、身体に散々無理させていたことが祟ったんだろうか。

「今年あったことは今年のうちに」ってことで、前にも書いた彼女のお父さんが亡くなって、そのお葬式に参列した話を書こうと思う。

その前提としての話なんだけど、彼女はわたしとの関係を親兄弟にはカミングアウトしてない。その理由としては、親がもう高齢なことと、兄弟には別に言っちゃってもいいかなとは思ってるんだけど、その配偶者や子どもまで言ったり知られたりするのはめんどくさい、というので結局兄弟にも言ってないということで。だけど、わたしのことは「一緒に暮らしている人」として、もうずっと彼女の親兄弟とは以前から付き合いはあった。このブログでも何回か会いに行ったときのことを書いたりしてるけど。わたしとしては、中途半端な存在なんで、彼女が親元に行ったときに近くに住んでる兄弟たちで一緒に集まろうとしたときは「わたしは別にいいです」ってことで、一人でホテルにいたりしたこともあったんだけど、そのときに「なんで○○さん(わたし)は一緒に来ないの?」って言われ、次に2人で親元に行ったときは仕方ないので(わたしの気持ちとしては、いづらいから本当に仕方ないって気持ちだったんだけど(^^;)一緒に行ったりした。そして、彼女のお父さんは長く病院に入院されてたので、そのお見舞いにも2度ほど行ったかな~。

ま、そういう関係。

でも、お葬式となると話は別だよね~。なんてったって彼女に付いてくと自動的に「親族扱い」になる。知らない人もたくさん来るだろうに「あれは誰?」って聞かれたらどうしよう。。じろじろ見られたらどうしようって思うと、行かない方がいいのかなって何度も思った。けど彼女は付いてきて欲しいと言うし、まぁそれまでの親兄弟とわたしとの関係を考えると、少なくとも親兄弟は「なんでアンタが来たの?」とは言わない感じがして。なので一緒に行くことにした。彼女のお父さんの状態が悪くなって「今夜がヤマ」と言われてからも1週間生き延びられたんで、その間に行く行かないを考えるための時間があったということも確か。

葬儀会場に行った日の夕方がお通夜、その次の日がお葬式だった。最初、葬儀場の親族の控え室みたいなところで荷物を置いて喪服に着替えた。既にそこには知らないたくさんの人たちが来てたけど、素知らぬ顔をして中に入って仕出しのお弁当を食べたりした。んー、なんというか。知らないおばさんが話しかけてきたりしたけど、「あなた誰?」という会話ではなく、もう知った人みたいに話しかけてきて「この人、わたしのこと誰って知ってんのかな?」って思うほどだった。あとでわたしの方が彼女に「あの人誰?」って聞くと、彼女の兄弟の配偶者さんの親御さんだったりした。

その中で、お通夜が終わったあとに話しかけてきた人がいた。彼女の妹さんの配偶者さんだった。この人とは当然以前から顔見知りだったし何度も会ったことはあるけど、まだ一対一で話したことはなかった。なのにいきなり話しかけてきて「??」だったんだよね。いきなりわたしに対して、わたしを「彼女の同居人」と見て話しかけてきた。確か「同居人さんも大変ですよね~」みたいな話し方だったと思う。そしていきなり自分の近況について話してきた。まぁそれは個人の情報だからここで書くのは控えるけど、今までそんな話をしたことはないし(でも知ってたけど)、「この人、わたしにこれを話すってことは、このことを既にわたしが知ってることが前提ってことでいいのかな?」って思ったりした。ここで素直に書いちゃうけど、すいません、このときはいきなりだったからちょっと気持ちが悪かった(笑)(多分、これ読んでないので大丈夫← てか、読まれても大丈夫だけど)

お通夜が終わった日の夜は、兄弟たちで一緒に集まっての飲み会だった。彼らの配偶者さんたちや子どもたち、そして彼女の従兄弟さんも参加した。わたしはほとんど何を話していいのか分からなかったので、黙ってそれを聞いていた。

翌日はお葬式だった。お葬式が終わったあとに火葬場に行った。火葬場でお昼ご飯の仕出し弁当を食べた。そのときたまたまわたしは前日の飲み会に参加した彼女の従兄弟さんの目の前に座った。わたしの隣は彼女が座った。そうしたらその従兄弟さんは彼女に対して「失礼ですが、この人とのご関係はなんですか?」って聞いた。前日の飲み会ではわたしとその従兄弟さんは隣同士で、でも彼女はいろんな席で飲み歩いてたんで、疑問に思ってても聞くことが出来なかったんだろう。彼女はきっぱりと「パートナーです」って言った。

そう答えられて一瞬、わたしは身構えた。確かに前日、隣同士になって話を聞いてて悪い人じゃないなと思ってたけど、昨日初めて会ったばかりの人だ。なんて思われるか分からない。けどその人は彼女の「パートナーです」という言葉を頭の中でゆっくり噛み締めたようだった。ちょっと時間を置いて「なるほど、そうだったのか」という表情に変わった。その表情の変化をわたしは今でも忘れてない。ごく自然にその人は受け止めてくれた。

そのうち彼女は呼ばれてどこかに行ってしまった。一人になったわたしにその従兄弟さんが話しかけてきた。「△△さん(彼女)のどこが気に入ったんですか」って。

わたしは一瞬、「火葬場でする話なのかこれは」って思ったけど、実はこの「この人のどこがよかったの?」って質問を今までわたしは(自分の親族含め)親族関係の人にされたことがないことに気が付いた。きっとヘテロの人の会話では当たり前にされているだろう、この会話。そりゃ、彼女とわたしの関係を話してないからそういう質問は知らない人からはされようがないんだけど、いきなり同性愛者ですってカミングアウトされた後にごく自然に「その人のどこがよかったんですか?」って聞ける人ってすごいなあって思った。そしてそれがとても嬉しかった。

あとで彼女に「あなたがいない間に従兄弟さんからこんなこと聞かれたよ」って言ったら大爆笑された。

結局「ご関係は?」って聞かれたのはお通夜、お葬式を通じてこの人だけだった。あとの人たちは特に「この人誰?」って目で見るわけでもなく、なんか全然知らない人なのに以前から知ってる人みたいに話しかけてきて、逆にこっちが途惑ったくらいだった。火葬場から帰るバスの中でも。全然知らないおばさんたちと猫がどんなにかわいいかという話とかしてた。

火葬場から帰って来て、本当に最後の最後、親族だけになった。そこで「親族だけの写真を撮りましょう」ってことになった。わたしは直前まで入るか入らないか迷ったんだけど、そこで一人だけ「入らない」というと、絶対に「入りなさい、なんで入らないの」って話しになると思ったし、そういうところでわざわざ目立つ必要はないと思ったので、ちょっと違和感がありつつ中に入った。一番端っこで小さく写った(つもり)。

そこからはもう解散で、移動する人たちは駅に向かった。その道すがらのことだった。彼女からいきなり「ねーねー、この人知ってる?」って聞かれた。スマフォの画面を見せられて、見たらtwitterの誰かのアカウントの画面だった。その人のアカウントの画像には虹のアイコンがかかってた。「??」って思ったら、お通夜のあとに話しかけてきた妹さんの配偶者さんのtwitterのフォロワーさんのことだった。聞くと「全然知らない人なんだけど、こういう人がフォロワーさんの中にいて、お姉さんたちはこの人のことをご存知ですか?」ってことらしかった。

ってことは、、この配偶者さん、前の日にわたしを「彼女の同居人」として話してきたけど、実はもうバレバレだったってことだよね(笑)きっとあのときああやって話してきたのは、これが言いたかったんだなって思った。なんだかとっても可愛らしい人だなーって思った。ってわたしよりずっと年上の人だけど(笑)ちなみに虹アイコンの人すべて知り合いなわけじゃないですから(笑)虹アイコン=性的少数者ってわけでもないし。まぁその人はレズビアンの人らしかったが。

それからその配偶者さんと今、巷で話題の(?)「同性パートナーシップ条例(or 要綱)」のことについて話したりなんかした。そういうことについて関心を持った人だとは全然思わなかった。

なんかねー、最後の最後にそういうことがあって。お葬式帰りだというのにほっこりして帰った。

しかしね。真正面からカミングアウトせずとも、時間をかければ徐々にこういう風になる関係もあるのかな。わたしは、わたしの家族に対しては既にカミングアウトしている。妹には計画的に言ったけど、親に対しては物の弾みで電話でカミングアウトしてしまって(そのときの話は過去ログにあるはず)、でもそれは結局は失敗だったと思っている。親はわたしのことは受け入れたけど、彼女のことは受け入れてないと思う。というか、わたしに対してだって未だに受け入れてないんじゃないかって思うことはある。親に対しては何度も何度もカミングアウトしないと分かってくれないっていうけど、まさにその通りだなと思うことがあるから。まぁ、カミングアウトする、しない以前に親との関係がうまくいってるかいってないかにも因るけどね。うまくいってないときはカミングアウトを無理矢理する必要はまったくないと今では思うようになった。ただ自分の時のことを思い返すと、あのときは親から「友だちにそんなに迷惑をかけちゃダメだろ」と言われ、「友だちじゃない」と言ってしまったわけで、あのときに「友だちです」とウソをついたらその後どうなっちゃっただろうってことはあるけど。。

これが今年あった出来事のうちの大きな1つ。
16:29 | カミングアウト | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12-11 Sun , 2016
風邪引いた(T_T)
試験が終わって1ヶ月まだ経ってないけど、徐々に気持ちが緩み始めたのか、6日起きたときに身体が熱っぽくなってて、数日寝とけば治るだろうと思ってたら、一昨日の夜から強烈な喉の痛みで再びダウン。

というか、わたしが風邪引くときは九分九厘、鼻の奥の方が痛くなるので、鼻の奥がちょっとむずがゆさを感じたらすぐに葛根湯を飲んで初期のうちに叩いてしまうのだけど、今回はそこじゃなく、喉の下の方というか、よく唾が飲み込めないほど喉が痛くなるって言うけど、それよりもっと下の方。だから唾を飲み込んでも全然痛くない。ここがこれほど痛くなるのは初めての経験だったので、最初のうちは「喉が痛いけど、風邪じゃないよね」って思ったので、放置してた。

が、夜寝ようと思ってベッドで寝ころぶと喉が痛すぎて眠れない。次第に「これって、、もしや風邪なのか?」と思い始め、一旦起きて痛み止めのロキソニンを飲んだら痛くなくなったのでそこから少しだけ寝た(すぐに痛いのがぶり返して起きちゃった)。朝起きたら熱が出てた。

風邪を引いたときはスチーム吸入器を何度もやれば、大抵気持ちよくなって風邪の治りも早い気がするのだが、今回のこれは吸入しても患部に届いたような気がしないので、全然気持ちよくならない。この痛い場所ってもしかすると気管支なの?とも思うが、気管支炎って風邪って言うんだろうか。気管支炎だったら耳鼻科じゃなく呼吸器科の方がいいんだろうか。まぁいずれにせよ、今日は日曜なんで病院休みなんだけど。今は熱はもうなくて、喉の痛みも昨日ほどではないけど、昨日に比べて鼻は出るわ、くしゃみは出るわでくしゃみするたびに喉が痛い。風邪の患部が広がってきたのか、それとも昨日、アレルギーの薬を飲んでないのでアレルギーのせいでくしゃみ出るのか。

それにしても、風邪を引くのが1ヶ月前じゃなくて本当によかった。1ヶ月前の今ごろだったら試験直前でパニックになってるだろう。

今年はあんまり日記が書けなかったので、今年の話は今年のうちに、ってことで、今月中に彼女のお父さんが亡くなったときにお葬式に参列してきた話と(彼女のお父さんが亡くなったのは今年だけどもう随分前のこと)、あと、つい最近、ある俳優さんが引退してしまったことで思うことがあったので書きたかったんだけど、風邪がもうちょっとよくなってからにする。でも今年のうちに書いておきたいなあと思う。
15:08 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12-01 Thu , 2016
48歳
今日から師走。
この1年はものすごく早かった。。

取り敢えずわたし、今年48歳になりました。
年齢の数字に異様な関心があるわたしは、もう数年前から「48」になりたくて仕方なかったんだけど、今年は「48」を楽しむ余裕がほとんどなくて、その点では惜しいというかなんというか、、

そもそも「48」ってなんでなりたかったかというと、「多くの数字で割り切れる」という理由だったわけで。要するに約数が多いよね、この数字。1、2、3、4、6、8、12、16、24、48。年齢を重ねるとこういう数字が増えてくるわけだけど(その代わり素数が減るけど)、まぁだから「48」歳を楽しみにしてたんだけど、、今年はほとんど出かけなかったから自分の年齢を書く機会もそんなになかったな~。

おお、そうそう。この数字を見れば分かるように、今年は「年女」だったんだった。が、これも意識させられたのは去年の年末くらい?去年の年の瀬に新宿に行ったら、小田急の改札のところにある柱に全部「申」「申」「申」って大きな字で書かれたポスターが貼ってあって、「おー、なるほど、そういえば来年は申年か」って思ったんだけど、年が明けてからはそれすら忘れてた(笑)

来年生きて誕生日を迎えられるとすれば、49歳になる。「49」は当然のことながら、7の2乗。6の2乗、36歳以来、13年ぶり。この「○の2乗」もだんだん間隔が空いてきたな~。これまで1から6までの2乗を過ごしてきたからか、あんまり「○の2乗」には重きを置いてなかったんだけど、次の8の2乗とか9の2乗が生きて迎えられるかとか、迎えられたとしてもあと「○の2乗」はせいぜい2回くらいしかないのかと考えると、これもこの数を噛み締めながら生きていかなきゃならんのかもね。

しかし、わたしは年齢は四捨五入で考えているので(20代からそのように考えてた)、45歳超えたら気持ちは50代で行こうと思ってたのに、なかなかそうなれない。。というか、今まで自分の中で考えてた「50代のイメージ」というのと、自分の50代になった姿というのがちっとも合わないからなんだけど。ということは、今まで考えてた「50代のイメージ」というのはあくまで想像上のものでしかなかった、ということで認識を改めなければならないと言うことか。

というわけで、ここ数年楽しみにしてた「48」になったことだし、次の楽しみの数字というと、やっぱ「51」かねえ。「51」はカープの背番号でも登竜門、と言われている背番号だ。江藤、前田、そして今は鈴木誠也。あのイチローの背番号でもある。あとは1、3、17の約数。なんかクールな数で割り切れていいねって感じ。

年齢に関する数字であれこれ思い始めたのは20代の頃からだけど、次にくる楽しみな数字を待ちながら生きていくというのも悪くないと思えるようになった今日この頃。
13:23 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
11-29 Tue , 2016
息苦しさを自分で治す方法
試験前

> あ、それでも、ここ数年苦しんでた息苦しさ、今でも息苦しくなるけど、それをコントロールするのが可能になって来たんだった。なのでちょっとだけ楽にはなったのかな?息苦しさへのコントロールの仕方はまた試験が終わったあとにでもゆっくり書くことにする。

って書いたんだけど、やっとゆっくり書けるようになったので書こうと思う。

ただ、試験前と試験後の呼吸の感覚がちょっと違ってきてしまって、なんかよく分からなくなって来ちゃったんだよね。なので「うーん」って考えているうちにこんなに時間が経ってしまった。今でもまだ「うーん」って思ってるけど、考えてもよく分からないので、あんまり深く考えずに書いちゃうことにする。

試験前は背中が痛くなると硬くなるような気がして、そこから空気が肺の中に入ってこないような感じで息苦しさを感じたりしたんだけど、それ以外には寝る前に一番息苦しくなるんだよね、わたし。で、この原因って歯磨きすることで起きるらしいんだよね~。毎晩毎晩歯を磨くとなぜか息苦しくなっている。これは今でもそう。ちゃんと息が吸えてるはずなのになんで息苦しくなるのかちっとも分からないんだけど。でね、自分で息苦しさを解消できた直接の原因は、新聞の下の方に新刊案内があるんだけど、夏頃にそこに「なにもしていないのに調子がいい ふだんの「呼吸」を意識して回復力を高める」という題名の本が載ってて、その題名が目に入ってきたからなんだよね。なんとなくこの題名を見たときからこの本が気になってね。それからこの本を読もうかどうか、かなり迷ったのよね。既にその頃は本1冊読む時間も惜しいって思うほど勉強に時間を費やしてたから、読めるかなって思って。でもなんか気になったので「読んじゃえ」と思って電子書籍版で買ったみた。電子書籍版はダウンロードしたらすぐに読めるし、書籍よりちょっと安いし。

で、読んでみたんだけど、いろいろ紹介している呼吸法は椅子に座ってやるものが主で、うちは椅子に座ってできるようなちょうどいい椅子がないんだよね~。勉強するときに座ってる椅子は肘掛けがついてるので、こういうことをするのに向いていない椅子で。できれば寝ころんでできる方法の方がよかったんだけどな~って思ったし、実際のところそれより本を見ながらあれこれやる時間が惜しかった。ただ、一番最初に書いてあった「自分の呼吸の範囲を知る」だったかな、これだけは寝ころんでもできるようだったので、これはやった。

まぁあまり本の中身をばらしてもアレなんで、あまり書かないけど、そこに書いてあった「普通ヒトはどの部分で息を吸っているか」というのが、結局わたしの息苦しさを治せるきっかけになった。要は目一杯息を吸って、目一杯息を吐いたその肺の容量を全量を1としたところ、普段は1/2~1/4のところで息を吸ってるというらしいんだけど(目一杯息を吸ったところを1、目一杯息を吐いたところを0とする←この部分、本にはもっと丁寧に詳しく書いてある)、その範囲で息を吸って吐こうと意識して呼吸していると、知らない間に息苦しくなくなってるんだよね。わたしの息苦しさは物理的に呼吸ができないわけではなく、なぜか肺の中に空気が入りすぎてしまっているためにこれ以上空気が入って来ない、だから息苦しく感じる、ということまでは理解できていたんだけど、じゃあどうすればいいのかってことが分からなかった。息苦しいところ、無理矢理全部息を吐いて、それで1/2~1/4のところで呼吸を繰り返すというのは、一見、息苦しくなりそうなんだけど(だって理論上空気は肺の中に最大でも1/2しか入ってないということだから)、実は全然そんなことないんだよね。逆にこれだといつもぱんぱんに張ってる背中が楽になるのか、この呼吸方法を寝ころんでやってると知らない間に寝てしまう、ということを発見した。

なので、それまで息苦しくて息苦しくて眠れなかったのが、ちょうどその頃飲み始めた薬の効果もあって、眠れるようになったんだよね~。しかも、この呼吸をやってないときの眠り方って、自分で「あ、段々眠くなってきた。もう少しで眠れるぞ」って分かるような感じだったのに、この呼吸をし始めてから、自分でもいつ眠りについてるのかさっぱり分からなくなった。これは今でもそう。あまりにも覚醒時と寝る間の差がなくて、毎日毎日「息をしている間に知らないうちに寝てた」状況になっている。

まぁ書くとなんてことはない方法だけど、わたしがやってる方法をまとめてみると、

寝ころぶ→息を一旦肺の中から全部出す(その前に思い切り息を吸って肺の中をパンパンにしておいた方が息が吐きやすいかも)→全部出し切ってから半分くらいのところまで息を吸う→そこから1/4のところまで息を吐く。できるだけ長く息を吐くようにする→半分くらいのところまで息を吸う→これの繰り返し

日によってはなかなか息苦しさの方が勝ってしまってできないときもあるんだけど、そういうときは一旦また息を目一杯吸って、目一杯吐いてってところからやり直す。多少「息苦しくなるのでは」って不安に思うことがあっても、極力目一杯吸わないように努力してみて、それでダメそうだったらやり直すようにする。でもそこで目一杯息を吸うと「あ、目一杯吸えた」って思えるようになるほど息が吸えるようになっていたりする。肺のなるべく低い位置で吸ったり吐いたりしてるので、それだけ上に余裕ができてきたってことだと思っている(これってわたしの感覚だから、何を言ってるのか分からないだろうな)。あ、あと、息を吐くときは必ず口から吐く。鼻から吸って口から吐く。口を開けて息を吐くとリラックスできるようだ。一定の範囲で呼吸をすることだけ考えていると、知らない間に試験に対する焦りなどを考えなくなっていて、それも眠りに繋がったような気がする。

あ、あと、寝ころぶのは必ずしも上を向いてるわけじゃなく、ときに右を下にしたり左を下にしたりしている。これも日によって「今日はこっち向きで呼吸したら眠れそう」って思うときがあるんだよね~。なんというのかな、上を向いて呼吸するのが落ち着く日もあるし、左を下にして呼吸した方が落ち着く日もあるし。落ち着くというか、寝やすい体勢というのか。「こっちを向くとしっくり来そう」な向きが日によって違うときがある。上を向いて呼吸していてもなんとなくしっくり来ない日は、右か左を下にして横向きでしっくり来る方で呼吸する。そうすると結構すんなり呼吸が整って眠れたりする。あと横向きになったときは背中を丸めて息をすると、息しやすくなるので、横向いて寝るときは思いっきり背中を丸めている。

ただ、一番最初に書いたように、試験前と試験が終わってからの感覚がちょっと違って来てて、そういう点では試験前の方が息を吐くときに力が抜きやすくて息を整えやすかったような気がしている。試験後の方が力が入ってるのか、肺の中の空気をすべて抜けないというか、一旦息を全部肺から出そうと思うのになかなかうまくできなかったりするし、呼吸もなんかどこか肺の上の方で呼吸している感じがしてうまく呼吸が定まらない。普通、試験前の方が力が入ってるんじゃないの?って思うのだが、なんでなんだろう?そこのところがよく分からない。今の方が試験に対する焦りもなにもなく、そういう点では力が抜きやすいと思うのになー。

こうやって書いてみると「なーんだ、こんなことか」って思うんだけど、でもこれを自分で習得できてからは、息苦しくなっても、自分で治せるから大丈夫と思えるようになったので、ちょっとは気が楽になったかも。ただ、寝ころんでじゃないとできなくて、同じことを椅子に座ってやろうと思ってもあんまりうまくできないんだけどね。
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11-23 Wed , 2016
試験が終わって10日
試験が終わって10日。
やっと身体に疲れを感じて眠ることができるようになった。

てか、試験前からずっと身体の疲れは出てたんだけど、少し休もうと思ってベッドで寝ころんでても「この時間がもったいない。この時間があればもっとあれとあれとあれの勉強ができる」と思うと、いてもたってもいられなくて起きてしまい、結局ずーっと疲れたまま、勉強してたんだよね。

それが試験が終わってもなかなか抜けなくて。やることなくて寝ころんでても、頭の中が「勉強しなきゃ」ってことが習慣になっててどうもそわそわして全く眠れない。眠れないどころか気持ちが落ち着かず、寝ころんでもいられない。

そうやってようやく疲れを感じて素直に眠れるようになったのは、今週の月曜からだったかな。こうなるまで丸々一週間かかった。逆に今はもう身体が疲れ切ってて日中はだるくて眠くてずっと寝てる状態。まぁこれで今までのたまりにたまった疲れが取れるだろう。よかった、ちゃんと休めるようになって。

試験終わったあと、行政書士の試験を受けた人のブログがあれこれ見つかって読んだりしてた。今年の受験生だけじゃなく、過去に受験生だった人のとか。試験中も「同じように受験する人はいないのかな」って思って探してたんだけど、なぜかそのときは全く見つからず、今回やっと「あー、ブログ書いてた人こんなにいたのね」って思った。しかし、行政書士の試験に受かった人のほとんどが司法書士を目指してるのねー。それともたまたまそういう人たちのブログしか目に付かなかったのかも知れないが。。

わたしは前もちょっと書いた覚えがあるけど、司法書士は目指してなくて、法律関係の資格は一旦これで終了。次に目指してる資格試験は法律関係ではない。そして今度取りたい資格は、行政書士みたいに独学とか予備校じゃなく、学校に通わなきゃならないみたいなんだよね~。それも国家試験受けるまで2年かかる。まぁ、通学じゃなく通信にするつもりだけど。今から7年前くらいか、中央大学法学部の通信課程で勉強したことがあって、それは結局最後まで続かなくて卒業できずに途中で辞めてしまったんだけど、思うにあれは病気だった部分が大きいのではないかと思っている(とはいえ、時期的には2回目と3回目のうつ病の間から始めて、3回目のうつ病にかかった1年後までなんだけど)。なにしろあの当時は教科書読んでもさっぱり理解できなくて、スクーリングにも行ったけどさっぱり記憶できなくて(スクーリング終了日にはテストがある)、そしてスクーリングが終わっても「終わった!」って達成感を全く感じられなくて。しかし今回は模試2回受けて、2回とも終わったあとは模試といえども取り敢えず「終わったー!」って解放感があったので、やっぱこっちが本来の自分だよね、って感じ。あ、でも本試験が終わったあとは解放感は全く感じずに、前回の日記に書いたように、試験前にあまりの疲労感いっぱいだったので「わたしは逃げ切れた」という思いの方が強かったんだけど。というわけで、今度は同じ通信といえどもちゃんと勉強できる自信がちょっとは、いやだいぶある。

なので今度はそれに向かって、と行きたいところだが、行政書士試験の合格発表がある前に大学の願書を提出してしまうことが少し怖くて躊躇してる。今の時点でマークミスさえしていなければ合格と分かってても、もしかしたら1つずつマークミスをしててほとんど点を取れてなかったらとか、そんなことを考えてしまって本当に合格しているかどうか分かるまではやっぱ安心できない。といえども、落ちててももう2度とあんな勉強はしたくないんですけどね、、

ついこないだ、行こうと思ってる学校の入学案内を取り寄せたら、願書受付が3期に分かれてて、既にもう1期の願書受付中なんだよね~。合格発表後だと3期になるんだけど、そのときまでに定員いっぱいになってたらどうすんだろ?と思ったりして。まぁ今度説明会があるそうだから、それに参加して質問してくるつもり。

法律の方の知識も試験終わったらこれで終わりというわけではないので(一応、行政書士としても開業を目指してるので)、こっちの方は内田の民法を合格発表日までにコツコツ読んで忘れないようにする。中央大学法学部の通信課程だったときに揃えた本だが、あのときは理解できてなかった。でも今回は民法は一通り頭に入ってるので、読むのが楽しい。予備校ではやっぱ試験に特化した勉強しかしてないので、いろんな学説とか読むと面白い。とはいえまだ詐欺のところが終わったばかり。取消し後の第三者ってなんでもかんでも機械的に「対抗関係になる」って覚えてたけど、詐欺取消し後の第三者って権利外観法理で94条2項類推適用って考えも有り得るのね。ていうかここ、判例と学説が違うのね。学説は詐欺取消し前の第三者に登記が必要(対抗関係という意味じゃなしに)、取消し後の第三者は不必要って判例と全く逆じゃん。そして心裡留保には第三者保護の規定がないって知ってて、94条2項類推適用で保護されると分かってたけど、94条2項類推適用だったら登記は不要だった。なぜか登記が不要とは思ってなかった。ここら辺、きちんと覚えてなかったわー。試験に出なくてよかった(笑)

合格発表日前までは身体の調子を整えながら、こんなことをして過ごす予定。
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11-14 Mon , 2016
行政書士試験受けてきました
行政書士の資格を取りたいと思い始めたのはだいぶ前のことだった。

実際に勉強を始めようとしたのは今から4年前くらい?でもそのときはまだうつの状態がよくなくて勉強を始めることすらできなかった。1年治すことに専念して、結局2年間やらず、次にチャレンジをしようとしたのは確か2014年だったか。でもこのときも勉強を少し始めたところで息苦しくなったり身体の調子が思わしくなくなって、まずは体調を整えてからまた勉強をしようと思ったのに、治らないまま1年が過ぎて。「あ、これは体調を万全にするのは無理だ、体調が悪い中でもやらなきゃいけないんだ」と悟ったのが去年の行政書士試験が終わって少ししたとき。11月下旬くらいだったかな。

なので、去年の今頃はまだ今年の受験を迷ってた時期で、勉強すら開始していない状況だった。勉強を始めたのは去年の12月から。
実質丸1年、勉強した。そして今年、ついに受験することができた。

行政書士の資格試験というのは、一般的な競争試験じゃなく、300点満点中180点以上取れれば誰でも受かるという試験だ。そういう意味では戦う相手は他人ではなく、自分になる。自分が180点以上取れる実力がつけば受かる。行政書士試験ってそんな試験だ。

試験科目は基礎法学、憲法、民法、行政法、商法の法令科目と政治経済社会情報などの一般知識等科目。ほとんどの問題は5肢択一式で、これは1問4点だが、全60問中3問は記述式。記述は行政法から1問、民法から2問出て、配点は1問20点。その他に多肢選択式という穴埋め問題みたいなのがあって、それは3問。1問につき4つ穴があって、語群から穴に埋まる言葉を選択する。それが1つ2点だから全部で12つの穴があって(3問×4つ)、計24点。これは憲法と行政法から出る。

ちなみに5肢択一式の問題数の振り分けは、基礎法学2問、憲法5問、行政法19問、民法9問、商法5問。一般知識等は全部で14問。そして一般知識等は6問、要するに24点以上取らないと全体で180点を超えても合格にならない「足きりライン」がある。

こう書くとなかなか複雑な感じに見えるね。

前回のブログに書いたけど、それまで2回受けた模試の前は2回とも失敗して模試前1週間はほとんど勉強ができなかった。だから今回は絶対に体調を崩さないと強く決心したんだけど、なんせ初めての体調を崩さない試験前1週間だったので、試験日に体調を整えることまで気が回らず、もう思いっきり疲労を残したまま本試験を迎えることになっちゃったんだよね~。なのでこの1週間は試験に緊張するというより、体調がいつ崩れるかも知れない不安と、もう疲れて疲れて一刻も早く終わって休みたい、それしか考えてなかった。

試験中、問題を解いているときは、なんか普段の模試よりも格段に頭が回らなくなってる感じだった。疲れもあったけど、さすがに本試験は緊張してるんだなと思った。読んでる文章が頭の中をグルグルしてきてわけ分かんなくなったりすることもあったし。頭の回転が悪いものだから、1問解くのにかかる時間が多くなっていつもより時間が足りないんじゃないかと思って焦った。試験は3時間だが(13時-16時)、2時間半過ぎたところで全部終わらなければ途中で切り上げて記述式の問題に行こうと決めていた。記述式は1問20点と配点が高いし、何か書けば部分点がもらえるかも知れない。時間が足らない中、1問4点の問題と格闘するより1問20点と格闘した方が点数がもらえる可能性が高い。なのでそう決めてたんだけど、実際のところ記述含めて全部解き終わったのは15時35分。試験開始後2時間35分で、模試のときとそんなに変わらなかった。

そこからはマークミスをしていないかどうか、問題文にチェックしたものとマークが合ってるかの確認と、5肢択一でちょっと難しくて一応答えは出したけどもう一回よく考えようという問題を考えていたら、それで終了。

終わったあとはなんだか全然手応えがなくて、何がどうだったんだかさっぱり分からなかった。「難しかった」という印象しかなかった。だって、あれも分からなくてこれも分からなかった、これは記憶があやふやでよく思い出せなかった、という問題がたくさんあったから。確かに確信を持って答えられた問題もあったけど、確信を持てても「本当にこれなの?なんかどこかでひっかかってない?」って気持ちが大きかったから(模試で散々引っかかった)。

終わったことへの実感が全くなくて。でも「もうこれ以上はできない」って思った。たとえ落ちたとしても、わたしはもうさらにこの生活を1年間続けることはできない。それくらいつらかった。いやつらかったのは精神的にではない。精神はどういうときでも「やらなきゃ」って思ってたけど、できなかったのは肉体的につらくてたまらなかったからだ。息苦しいし背中は痛い。腕が痛い。アレルギー鼻炎の悪化。足のしびれ。腰の冷え。そのうち脳の中の問題読んでて頭を使う部分とか、文字を読んで理解する部分が拒否反応を起こしてくる。なんの文字を読んでいても頭の中にちっとも入ってこなくて理解もできない。頭の中に全然入って来なくて意味も分からなくて表面的に字面だけ追ってる感じ。でも不思議と精神的にはつらくなかった。逆に「もっとやれ、もっとやることがいっぱいあるだろう」と思っていた。最初に自分が「これはやろう」と思っていたことが、身体の不調でできなくなってきて最後の方は「どこを選んでどこを削るか」で悩んだ。でもそういう部分は疲れなかった。「つらい、もうできない、休みたい」と思ってたのは身体と脳の一部だ。そして試験が終わって解放感でいっぱいになるかと思っていたら、それどころじゃなく、やっと休める、わたしは逃げ切れた、という気持ちの方が大きかった。

家に帰ってから、やっと休める、やっと終わった、という安堵感で泣いた。試験の出来はともかくとして。

しかし、夜になると試験の解答速報が出てくる。もし全然できてなかったらどうしよう、って思った。この生活はもう続けたくないと言っても、受からなかった以上、続けるか何か他の道を考えるしかない。答え合わせがとても怖かった。

結果。

基礎法学 2/2
憲法 4/5
行政法 16/19
民法 7/9
商法 3/5
一般知識等 11/14
多肢選択 12/12

合計192点。(計算しなおしたら196点だった(汗):2016.12.11追記)
一般知識等の6問(24点)もクリアしてるし、記述の点数抜きでも全体で180点以上をクリアしている。

ので、マークミスさえしていなければ、合格は確定的になった。
彼女に「多分合格した」って報告したら、今度は「よかった」という涙が出て来た。

正直信じられない気持ちで、今だってなんでこんな点数が取れたのかよく分からない。

模試の点数は2回とも同じ点数で、ぴったり200点だった。
それを考えると確かに模試の実力通り力を発揮できたと言えるのかも知れない。わたしは法令科目の択一式の成績が安定していて、模試では1回目124点、2回目120点だった。今回も124点だからほとんど変わらない(すみません。上記で計算すると合計128点です:2016.12.11追記)。難易度に多少差があっても(わたしの感覚でいうと1回目の模試は割と簡単で、本試験が一番難しく感じた)成績はほとんど変わらなかった。普通は簡単な方が点が取れるのにね。まぁ、1回目の模試より2回目の模試、そして本試験の方がたくさん勉強してるから、自分の知識量も多少上がってるとは思うんだけど、それにしてもここが安定してたのでよかったのかなと思う。

そして模試の1回目は記述が散々で、2回目は一般知識等の5肢択一が散々だった。それをお互いカバーしてたので模試は結果的には同じ点数だったんだけど、今回は一般知識等がすごくよくできたから、全体的に択一全体の点数が上がった結果になった。

ちなみに一般知識等の問題の中では「日本の多様性」の問題があり、ヘイトスピーチと同性パートナーシップ条例のことが出ていた。で、問題の中で同性パートナーシップ条例の肢、これが○か×か、を問われたのね。わたしは最初これ、「×」にしたのよ。だって、同性パートナーシップ条例って全然「結婚に相当する」じゃないじゃん。問題文の通り、結婚に相当してないから条例で定められるわけであるわけだけど(今のところ、同性同士の婚姻は法律で認められてないので)、でも実際の同性パートナーシップ条例だってあれのどこが「結婚に相当する同性の関係についての定め」なんだろう?実際の中身は病院で最後の看取りができるとか、公営住宅に応募できるようになっただけじゃん、って感じ、当事者としてはね。だから「どこが結婚に相当するんだ!」と思って「×」にしたんだけど、でもこれ、組合せ問題で5つの中から答えを2つ選んで、その組合せが正しいのを選ばなければならない。するとヘイトスピーチの問題と比較しなくちゃならなくなったのね(それとは別の肢が絶対に×だという自信があったので)。でもヘイトスピーチの選択肢は明らかに違ってたので(だって、ヘイトスピーチは法律で禁止されたって書いてあったんだもの。そうなったらどんなにいいだろうかって思うけど)、どう考えてもパートナーシップ条例の方が正しくなる。「えー、試験問題作る人の認識ってこの程度なの?」とここだけは、強く思わせていただきました。というか、こういうのがあるから自分の答えに自信がなかったんだよね。

一般知識等の政経社の問題は、今年は時事問題が多かった。そして「日本の多様性」についての問題が出たのからも分かるように、「この試験に受かりたいのであれば、このようなことには気を配っておきなさい」と言われているような気がした。

ま、同性カップルについての権利は当事者であるから関わらないという選択肢はないのだけど、ヘイトスピーチや人種差別問題については、もう試験も終わったことだし、また関わっていこうと思う。

ちなみに合格発表日は来年の1月31日。
その日が来て発表されるまで、本心から安心はできないんだけどね。

取り敢えず、わたしの試験勉強はこれにて終了。
ちょっと休んで今後どうしていくかを決めたいと思います。

あ、最後に書いておくけどわたしは独学ではありません。予備校行きました。行ったというか、通信クラスだけど。そこの講座で先生の言われるとおりに勉強した。だから勉強の方向性はすべて予備校任せだった。だけど「やれ」と言われたことはやったし、「ここは覚えろ」と言われたところは覚えた。そこにわたしの選択の余地はなかった。やる方法と覚える方法はいろんな先生がいろんなことを言ってるけど(それについてはいろんな先生の個々のブログなどを読んでいろんな方法があることを知った)、その中で自分がやりやすいと思う方法を選んだ。なので勉強の方向性について思い煩うこともなく、基本的には淡々と、その先生に付いていっただけだった。通信の授業時間を含めて勉強時間はトータル1000時間弱(987時間、うち講義を受けた時間は255時間)。でも実際にはもっと多いと思う。勉強時間を付けない移動時間や寝る前の時間、最後の2ヶ月は昼ご飯を食べている時間など、それこそすき間時間もずっと勉強してたから。

でも結果的にはあくまでもわたしにとってはだけど、これが最短の道だったように思う。
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11-08 Tue , 2016
怖くてたまらない
次の日曜日が試験の日。あと勉強できるのも正味5日だ。

しかし、わたしは試験日まで1週間を切った頃から怖くてたまらない。
怖いのは試験の日が来ることじゃない。怖いのは、この1週間に体調を崩して勉強ができなくなることだ。

わたしは今までに模試を2回受けた。2回とも、模試の1週間前の体調が最悪でほとんど勉強できなかった。

1回目の模試の前は、勉強時間を増やしたら眠れなくなった。眠れなかったら疲労も取れなくて、体調が悪化して勉強できなくなった。勉強時間を増やしたら眠れなくなることは前からの経験で分かってた。眠れるようになるには勉強を止めること。勉強を止めたら1週間程度で自然に眠れるようになるのは分かってる。けど、さすが、試験直前に眠るために勉強をしないわけにはいかない。だから、わたしは精神科の主治医に頼った。で、2回目の模試は勉強をしても眠れるようにする、というのを目標にした。

1回目の模試が終わってから眠れるようにいろいろ薬を調整したので、2回目の模試の前はちゃんと眠れてた。眠れるから大丈夫だと思った。けど、1週間前になり勉強時間を増やしたら2日目に風邪を引いた。その日の朝、彼女に「あれ、ろんたこの声、ちょっとおかしいよ」と言われたのだが、自分では全く自覚症状がなく、その日は普段通りに勉強したら、夕方になって熱が出てきて身体がだるくなった。「まずい」と思って次の日、1日だけ休んだ。でもわたしの身体は1日休んだくらいではよくならないのだ、いつものことだけど。体力がある人なら、1日休んで急激に良くなって、そして騙し騙しやってくことができるんだろうと思うが、わたしは1日休んだだけではあまりよくなることはなく、休んだ分くらいしかよくならなくて、そして騙し騙しやっていっても身体は騙されることなく負担がかかってまた段々悪くなる。それは分かってたのだが、なんせ試験1週間前に張り切って「これから試験前にやることリスト」を作ってたのだ。これを試験日まで1つずつ潰していこうと思ってた。が、2日分をやったところで体調を崩し、それどころじゃなくなったのに加えて、1日でやれるだろうと思ってたことができなくなった。

目の前にやらなきゃいけないことがあるって分かっててもできないことは、焦りを生む。ここで肝が据わってる人だったら「どうせできないのなら、思い切って休む方がのちのちのためだ」と思って焦らずによくなるまで休めるんだろうが、わたしはやらなければならないことがあることに焦りを感じ、「これがやれないまま試験日を迎えること」への恐怖感を抱いた。だから、やればやるほど体調が悪化することが分かっていながらやるしかなかった。

次の日が模試、って日に、読んでる文章の意味が全く分からなくなった。過去問を解いていて、過去にやったことがある過去問だったからできないわけではないと思うのに、もう、問題文が何を言ってるのかすら理解できなくなってた。問に関する答えが分からないのではなく、何を問うているかそれ自体が分からなくなっていた。頭はこれ以上何も入れたくない、入って来ないでと言っているようだったが、それでもわたしは休むこと、勉強できないことの方が怖かった。

そんなわけで、わたしは過去2回、試験前に体調を崩して納得のいく勉強がほとんどできていない。特に前回の2回目の模試の前は全くと言っていいほどできなくて、勉強ができないことへの焦り、怖さが身に染みた。

「2度あることは3度ある」という。今回がそのまさに3度目。そして本試験5日前。

怖くて怖くてたまらない。これから体調を崩して勉強できなくなるのではないかという怖さ。

試験日を迎えることが怖い、というわけじゃない。単にこの5日、体調を崩さずに勉強できるかということが恐ろしくてたまらないので、わたしの恐怖は本当は本末転倒なのだが(逆に試験となると、これはあんまり緊張しないんだよね。本番になると肝が据わって、いつもあんまりドキドキすることはなく、逆に楽しめちゃうわたし)わたしの勝負はあと5日。特にここ2日。

体調だけは崩さないようにしたい。自分が思ったように勉強したい。

「3度目の正直」なるか。
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11-04 Fri , 2016
眠れる日と眠れない日と
いよいよ11月になり、試験の日まであと10日を切った。

今回の精神科で、リーゼの補充をしてもらったのと、あとは眠れなかったとき用にエチゾラム(一般にデパスと呼ばれてるもの)を頓服で10回分出してもらった。

前回これを書いてから今回の診察までの眠りは、勉強時間を増やしたら途端に眠れなくなり、最後の最後でリーゼにアルプラゾラム半錠を加えて飲んだんだよね。でも、アルプラゾラムだと効き目が長すぎて、朝起きられなくなると困るので、ここは頓服でいいからデパスを出して欲しいって頼んだのだ。デパスはアルプラゾラムより効果は大きいけど、効き目はリーゼと同じく6時間だっていうし、まぁお守り代わりでそんなに飲まなくてもいいだろうと思ったのだ。なんせ模試前でも緊張して眠れなくなるってことはなかったので。

ところが最近、眠れる日と眠れない日が交互に来ている。

というか、眠れた日は体調もよく気分爽快でテンションが高くなってしまい、それが原因で夜眠れないみたいなのだ。そして翌日は眠れなかったので疲れもあまり取れず、体力をあまり使わないようにしようと思って肩の力を抜いて「淡々と」過ごすようにすると、頭はあまり興奮しないで夜眠れる。眠れた日に眠れなかった日と同様に過ごそうと努力するのだが、どうもあんまりうまくいかないんだよね~。肩の力を抜こうと思っても抜けない。ちなみにこれ、その日の天気には全然関係がない。晴れてても眠れずに疲れが取れなくて「どうしよう」って思う日もあるし、曇りでも前日バッチリ眠れてテンション高いことはある。

ってことで、今の時期に数日眠れない日が続くと、体力が落ちて免疫力が低下して風邪を引いてしまうのではないかと思って怖くなり、眠れない日はデパスのお世話になっている。今、2回消費したところだから、実はこれから毎日飲んでも足りる分くらいはあるはずなんだけど、まぁ本当は自力で眠れるときにわざわざいらん薬は飲みたくないからね。ただ「今日は眠れない日だ」という判断は早めにするようにしている。でもデパス飲んで眠れるかというと、なんだかイマイチよく分からないんだけどね。眠れてるような気もするし、ずっと意識があるような気もするし。それでも翌日はまぁまぁ疲れは取れてるみたいなので、それでいいかと。

10月に入って風邪引いて、それ以来ずっと風邪だと思ってたんだけど、どうもそれはアレルギー性鼻炎の悪化みたいで、風邪の時のように喉が痛かったりしないのに、なぜか寝るときに鼻が詰まるようになってしまったので、耳鼻科で点鼻薬ももらってきた。いや、これでも毎日アレルギーの薬(今処方されてるのは、ザイザルとキプレス)を飲んでるんだけど、今までそれで抑えられてきたのが、今は無理みたい。わたしのアレルゲンは猫の毛とかフケなんだけど(動物上皮アレルギー)、アレルゲンの元を家から出すわけには行かないので(笑)、数年前からわたしが毎日薬を飲んでるわけなんだけど、ここ最近はすんごく調子が悪くて。先月に風邪を引いてからは風邪とアレルギーの区別が付かなくて(耳鼻科の先生も区別が付かないって言ってた)、風邪だと悪化すると熱が出たりするから困るなあって思ってたんだけど、どうやら風邪はもう治って、アレルギーの悪化みたいだった。ただアレルギーも悪化するとくしゃみ鼻水鼻づまりで相当過ごしにくい。鼻水が出すぎると頭がボーッとしてくるし、鼻づまりだと息苦しくなって途端に集中力がなくなるので、勉強にすごく差し支える。なので、こちらの方もひどいときはいつも飲んでるザイザル+キプレスに加えて抗ヒスタミン剤であるセレスタミンを。

もう、全ての症状を無理矢理抑えるために薬を多用しまくってるけど、あと10日もないのでいいのだ。身体は悲鳴を上げてるから、アレルギーがひどくなったり眠れなくなったりするんだと思うよ。それに慢性的に背中が痛いし、体中がガチガチに凝ってるのが分かる。でも、それもあとわずか。どうやって残りの日々の貴重な時間を体調を崩さずに勉強に充てられるのか。今はそれしか考えてない。

あ、それでも、ここ数年苦しんでた息苦しさ、今でも息苦しくなるけど、それをコントロールするのが可能になって来たんだった。なのでちょっとだけ楽にはなったのかな?息苦しさへのコントロールの仕方はまた試験が終わったあとにでもゆっくり書くことにする。

【現在の処方】リーゼ5mg(寝る前)、エチゾラム0.5mg(頓服10回分)
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10-31 Mon , 2016
8年間の治療、終了しました
あ、うつの方の病院通いはまだ続いてます(笑)
でもこれもおそらくもうじき終了になるはず。

終わったのは、口腔異常感症でかかってた歯科の病院。
2008年6月が初診だったと記憶してるので、もう足かけ8年以上、病院に通ってたことになる。
ただここ2~3年くらいは半年に1回の割合だった。
別に薬が出るわけでもない、治療されるわけでもない、ただ、主治医とこの半年間の歯の状態を話してお終い。
わたしゃ、病院に治療じゃなく主治医と話すために毎回金払ってるのはなんか解せんなあと思ってた。
なので病院通いが終了したからといって、病気が治ったわけじゃない。
結局、いい治療方法がなかった。あれこれ試しても何も効かなかった。
放置してても体調により若干の良し悪しはあるが、状態はほとんど固定してもう変化しない。

今でも24時間、寝てても起きてても、生きてる限りはずっと口の中は歯が溶け出したような感じがして、ぶにょぶにょするものがそこから出てきて、またそれには酸っぱいような味が付いてて、気持ちが悪いったらありゃしない。24時間耐えず何か変なものが口の中にある、24時間耐えず飴をなめさせられているような感じ(+歯の溶け出した違和感)があるので、わたしは飴がなめられなくなり、ガムも噛めなくなった(違和感がさらにいっそう増すので)。

まぁ、そんな症状固定のまま、もうやりようがないので治療終了ということ。
この結果には絶望感しか感じないけど、でも、このことを1日中考えてもどうにもなるわけじゃないし、この気持ち悪さに耐えながらこれからも生きていくしかない。泣いたり怒ったり誰かに当たったりどこかに自分の頭をぶつけたりしても、ちっとも変わらないんだから、仕方なくこれで生きていくしかない。

諦めの境地なのね。世の中にはこれ以外にも原因とか分からない、そして治療方法がない、治らない病気がたくさんあるんだよね。そしてわたしはこの病気によって「気持ち悪さ」はあるけど、痛みがないだけまだマシなのかなと思ったりする。この病気なのかどうかは分かんないけど、口の中の痛みで受診する人もたくさんいるようだ。病院行くたび毎回毎回、「現在の痛みのアンケート」みたいなのを書かされてたんだが(大学病院だし、初診のときに「研究に協力します」という契約書も書いたしね)、わたしはそれには当てはまらないので毎回「わたしの症状には痛みはありません」って書いてたけど、逆にこのアンケートがあるってことは、なんか口の中に痛みを感じてる人もたくさんいるってことだよね。今、行ってる病院は歯科にしてはとても特殊な科だけど、逆に言えばここしか頼るところもないわけで、そういう意味ではもうちょっと近所の町医者にかかれるようになればいいなと思う。が、治療法が確立されてないのでそれも難しいのかな。まぁ8年通ってる間に、脳の中のある部位とある部位のバランスが悪くなってるとか、そんなことが分かってきたらしいが、まーわたしもそのために電気けいれん療法とかやったけど、結局は全然変わらなかったしね~。

なんとかして解明して治療方法が見つかるといいけど。

病院通いは今回が最後になるとは実は思ってなくて、今回も「次はいつにしましょうか~、桜の咲く頃くらいになりますかね」みたいな話をしてたんだけど、精神科の方の治療がおそらくそのくらいになったらもう終わってると思いますよって言ったら「じゃ、こっちも終了しましょうか」ってことになった。

わたしとしては病院通いがなくなるのは本当に嬉しいことなので、大歓迎だったが、いきなり決まったのでなんか8年間付き合ってきた主治医とこれで最後なんだなとか名残惜しいと思うヒマもなく、いつものように診察室を出た。「何かあったら連絡下さい」と言われたが、多分今後会うこともないだろう。人当たりが良くて、面白くて、診察室の中も「これが診察室!?」と思わせるような奇抜な診察室だったけど、どこか本音が見えない部分があってくせ者的な主治医だったな~(笑)

というわけで、結局病気は治らないまま治療終了ということになったけど、もうとっくの昔に治ることは諦めてたので、病院通いが一つ無くなってホッとした。

あとは精神科のみ。こちらの方も早く終わって欲しい~。
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10-30 Sun , 2016
日本一になれなかった
日本シリーズも第7戦を行なうことなく、昨日終わってしまった。
とはいえ、今のわたしは試験2週間前でそれどころじゃなく、取り敢えずテレビは付けてはいたけど、食事時以外はほとんど画面を見ることはなかった。まぁ仕方がない。今は野球をのんびり見るような精神的な余裕はあんまりないから。

それに基本的にカープを本格的に応援し始めてからというもの、期待すると負け、期待すると負け、で、もう最初からあんまり過度な期待はしてなかったんだよね~。日ハムとは交流戦では負け越してるし、それに最後まで熾烈な優勝争いの上に勝ったチームだから、底力はあるだろうなと思ってた。だから、最初、カープが2連勝したときは意外な気持ちだったんだよね。

それにカープはCSには勝ったんだけど、どこか打線に不安があって波に乗り切れてないなーと思うことが多かった。そしてCSで絶好調だった田中はやっぱり日本シリーズでは徹底的に抑え込まれたし、エルドレッドは実はホームラン量産し出すと危ないんだよね。途端に振り回して三振ばかりするようになり、そして打てなくなると目に見えてイライラし始てますます打てなくなる。エルドレッドはボールをよく見てそこそこ四球を選ぶようになると調子が良くなる傾向にあると思うんだけど、それを修正できるほどの時間的な余裕はなかった。短期決戦ってのはだから怖い。そしてCSが壊滅的な成績だった鈴木も結局復活できなかった。短期決戦では誰かがヒーローになるとか、日替わりにヒーローが出てくるとかじゃないと、やっぱりチームは波に乗れないよね。

監督采配に疑問を呈している意見をちらほら見かけるけど、確かに今村、ジャクソン、中崎を7、8、9回でずっと使い続け、ジャクソンのところで3敗してるんだから、そりゃ誰だって「監督何考えてるんだ」って思うよね。シーズン中はもっと多様な投手起用をしてたはずなのに、なんで今回の日本シリーズではそれができなかったのって思うけど、もしかしたらそれを許さないチーム事情があったのかななんて思ったりする。だって、福井とか1回も出て来なかったしね。シーズン中だって中継ぎに5連投とか6連投とかさせてなかったのをさせたんだから、そこには他の投手を出せなかったなにか事情があったのではないかと。監督の采配を責めるよりは、そういうことがあったんでは、と思ったりする。わたしは5戦目の先発がジョンソンだった時点で「あ、この日本シリーズは勝てないな」って思った。6戦を地元でジョンソンに投げさせれば、彼は完投能力だってあるんだから中継ぎが休めたかも知れない。そして7戦目を野村でいいじゃん、と。あそこを中4日でわざわざアウェーでジョンソンに投げさせる必要性があったのか。確かに中4日で投げさせて、そこそこ打線は抑えられたけど、結局中継ぎを使わざるを得なかった。シリーズ中、打線に復調の兆しが見られなかったとはいうものの、終盤まではずっとリードしてたわけだから、そこで中継ぎを使うより、休ませたジョンソンを6戦目で完投させるようが勝率が上がったんじゃないかと今でも思ってる。そういう意味で5戦目は捨て試合にしてもよかったんだよね。

まぁとはいえ、一番の敗因はやっぱ、打線でしょう。日ハムの打線の粘り強さはカープの選手だって決してできないはずではないはず。だってシーズン中には結構粘り強かったんだから。そこら辺、粘り強くできない何かがあったのかも知れないけど(日ハムのスコアラーの結果などによってカープ打線が丸裸にされてた可能性はある)、それを打ち破らないと結局は勝てないわけだよね。なんとかしてきっかけを作って打ち勝って欲しかったけど、それが全くできてなくて、本当に打線が淡白だった。まぁそういうことを考えると、やっぱりカープより日ハムの方が実力が上なんでしょう。

ってわけで、32年ぶりの日本一とはならなかったけど、でも、今年はここまでよく楽しませてくれたと思う。「なんで寄りによって今年なの!?」という気もしないではないが。。

来年は黒田が抜け、ちょっと厳しいかなと思っている。投手陣の精神的支柱がいなくなるわけだから、誰かが代わりにそうならないとと思うけど、残ったメンバーを見ると、あんまりそういう感じの人が見当たらないんだよね。まぁ、現在でも福井が投手陣のキャプテンではあるが、なんせ成績が残せてないからね。。野村は確かに勝率がいいけど、なんかどーもみんなを引っ張っていくタイプには見えないし。なんで、去年マエケンが抜けた穴以上に黒田が抜けると実は大きいんじゃないかなと思っている。

確か日ハムは前回の日本シリーズでは勝てなくて、その「忘れ物を取りに」行くのに10年かかってるはずだ。うん、まぁ、その程度でいいよ。だから次のリーグ優勝は「25年後」とはしないでね。いくらなんでも「57年ぶりの忘れ物を取りに」というのは悲しすぎる。。(まぁCSがある限り、リーグ優勝しなくても日本シリーズには出場できるチャンスはあるが)。いや、今考えてるのは、マエケンが黒田のようにカープに戻ってきて投手の精神的支柱として頑張って、今年のようにリーグ優勝と日本シリーズを狙うか、なんて思ったりもするが、それをするにはやっぱ10年くらい待たないとダメなんだよね。てか、打線が充実している今のうちにもう一回日本シリーズに行けたらいいよな~。菊地とか丸とか鈴木などの関東出身選手はどうもFAで別の球団を選ぶような気がしててね、、(江藤が目の前をちらついててだな、あ、でも広島出身の金本もそうか)

ともかく、カープナインの皆さん、そしてチームを裏で支えるカープ球団の皆さん、今年は楽しませてくれてどうも有難うございました!
22:52 | 社会人野球・カープのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
10-26 Wed , 2016
高尾にゃん、6歳のお誕生日おめでとう
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10月22日は高尾にゃんの6歳の誕生日だった。

今年もケーキ屋さんで誕生日ケーキを注文したのだが、数年前までは猫のための誕生日ケーキというのがばれるのが恥ずかしくて「たかおちゃん、おたんじょうびおめでとう」というメッセージにしてもらっていたが、去年からなんだかもうその辺は恥ずかしいともなんとも思わなくなって、「たかおにゃん、おたんじょうびおめでとう」ってメッセージにしてもらってる。ただ、ばこの場合は「ばこばこちん、おたんじょうびおめでとう」とは絶対に言えないだろうなとは思ってる。。ばこの呼び方はいろいろあって(特にわたしが)、ばこばこちん、とかばこばこちんことか、結構他ではそのまま話せないような呼び名で呼んでるところがあるんだよね~(笑)

今年は、わたしが試験前で超気持ちに余裕がない中、まぁ、いつもどおりにやった。毎年、人間だけケーキ食べるんじゃ、猫はかわいそうだよねってことで、今年は猫用にかぼちゃのミートパイを特別オヤツとして買って食べさせたんだけど、不評でした(笑)高尾にゃんはミートパイのパイの部分だけが気に入ったみたいだけど(バターが入ってるからか?)それでもちょっとしか口付けなかったし、ばこもお腹が空いたら仕方なく、パイの部分をきれいに残して食べてた。ばこはパイの部分は自分の食べるものではないと思ってたみたい。なので、この「特別オヤツ」作戦はものの見事に失敗した。

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写真撮影のときの、この高尾にゃんのイヤイヤ感(笑)もともとこちらから抱っこされるのは大嫌いな猫なので、毎年の行事とはいえ、かわいそう(笑)てか、完全に人間(そして彼女でなくわたし)の自己満足なのは分かっているが、、しかし自己満足なのは分かってても、1年に1回のこれは許してくれ~って感じ。

最近の高尾にゃん。わたしが夜まで机に向かって勉強してると22時30分に「もうやめニャさい」と邪魔しに来る。もともと高尾にゃんは自分の夕食の時間、21時になると「もうご飯の時間じゃニャいですか?」と言いに来るんだけど、その時間が本当に絶妙で、最近は20時59分になると言いに来る。家の時計は合ってるとは限らないので、どうしてそこまで正確に時間が分かるんだろうって思う。これはずっと思ってることだけど。

ということで、今も賢い高尾にゃんのままなのだった。

猫も6歳と言えば、いよいよ中年に差し掛かろうとしている時期。今まで以上に大切にしてやらなきゃならないと思ってるんだけど、最近は本当にわたしは自分のことで忙しく、高尾にゃんに全然構えてない。そうすると高尾にゃんはご飯を吐出してしまっりするので「ああ、高尾にゃんもままに構えてもらえなくて、いやなんだな」って思うんだけど、ごめん、あと18日は我慢して。

来月、試験が終わったら「にゃんドッグ」に行こうねー。そろそろ健康面でも気になるお年頃だから。
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10-20 Thu , 2016
にわかファンってなぜ嫌われるんだろう
その前に。
ついに黒田が引退する。
なんかねー、多分、今年引退するだろうと思ってた。
オールスター明けに投げたときはいいピッチングしてたんで「ああ、中10日くらいだったらまだいけるかな?」と思ってたんだけど、CS3戦目に投げたときなんか「やっぱりちょっと厳しいのかなあ」って感じはしたんだよね。まぁ、それ以前に優勝したいと思って帰って来て優勝できたんだから、もうやり残したことはないだろうなと思ってたし。

今までお疲れさまでした。とはいえ、まだ最後に大仕事が残ってるけどね!
でも相手は日ハムかぁ。悲観的なカープファンとしては、「やっぱり日本一は無理そう」ってどうしても思ってしまう。。
CS見ても、なんかあんまり横浜に勝ちきれなかったって感じがするからねえ。
CSのファーストステージで横浜が一気に讀賣に勝てなかったのを見て「よっしゃ、これだとストレートで勝てる」って思ったんだけど、3戦目の井納のときにパッタリ打てなかったからね。いいピッチャーってやっぱり打ち崩せないんだなあって思った。しかも次の試合は初回に6点取ってもそれが全くのセーフティーリードじゃなかったからね。最終的には8-7で逃げ切れたけど、でもあそこでもし追い付かれて負けてたりしたら、勢いで横浜が勝ってしまいそうな感じだった。まぁ、CSも日本シリーズも短期決戦とはいえトーナメントじゃないので、一発勝負ではないんだけどね。でも、大谷出てきて打てるのかって思ってしまう。日ハム、抑えがいなくなっちゃったので大変だとは思うけど。でもカープはジョンソン、野村がいても3番手以降になると打てると思うんで(ごめん、黒田)、ちょっと厳しい感じ。あとやっぱり打線の鍵は鈴木でしょうね~。CSでやっとヒットが1本出たけど、なんか全然波に乗り切れてないもんね。そこがどうなるか。驚異的な打率&出塁率だった田中はどうなるか。この間、研究し尽くされて打てなくなってしまうんじゃあと思う、悲観的なカープファン。。

って本題に行く前に前置きが長くなってしまった。

カープが強くなるにつれ、「にわかファン」がいろいろ取り沙汰されているように思う。

この「にわか」と言われ出し始めたのには2つ原因があると思っている。一つは、球場のチケットが取りづらくなってきてしまったこと。そしてもう一つがいわゆる「カープ女子」と呼ばれる人たちが増えてきたこと。

球場のチケットが取りづらくなってきてしまったのは、今まで野球を見たことがなかった人たちも球場に押しかけているからだ、彼らはにわかだ、というのは、広島に限っていえば違うと思う。というのは、広島に住んでいる人たちは、程度はどうあれ、ほとんどが自分は「カープファン」だと思っているからだ。その証拠に球場に行かなくても、カープの調子はいつもチェックしているので、ご近所さん同士が「最近カープの調子がいいですね」とか「悪いですね」って挨拶できるくらい、カープの成績っていうのは、広島市民にとっては「日常」なのだ。でも彼らは球場に行くほどのファンではない。けど、れっきとしたカープファンだ。ちなみにこういう人たちは普段から球場に行く人のことを「球場行ってまで応援するん?」と冷ややかな目で見てたりする(笑)

でもそういう人たちも久しぶりに優勝するかも、ということになると「今行っとかんと」ってことになる。だから、普段球場に行くような人たちじゃなかった人たちが球場に押しかけるからチケットが取りづらくなるのだ。

ビジターパフォーマンスの席もカープファンの人が取ってしまって、で、ビジターパフォーマンス席はカープの応援ができないので、そのチケットを取ったカープファンは内野自由席に行ったり通路で見たりする出来事が多発している。その結果、ビジターパフォーマンス席はガラガラになってしまって本来そこで応援したいビジターのファンが応援することができない、ということが大きな問題になっている。

確かにカープファンがビジターパフォーマンス席のチケットを取ってまで見に行くなよ、と思う。が、根本は球団が対策取ってないからだよね。以前、東京から新幹線に乗ってカープを応援しに行くという球団主催のツアーみたいなのがあったけど、その人たちが座ったのはビジターパフォーマンス席だった。これ、すごく驚いたんだけどね。いやー、球団自体がそれを推奨するのかということと、もう一つ、東京のカープファンってのはいつも東京の球場では当然のことながらビジター席に座っている。本拠地でもビジター席に座らせるのか?ってこと。本拠地ではやっぱりホーム側で応援したい、そういう気持ちが東京のファンの中には多分あると思うんだよね。そういう気持ちも球団は分かってない。こういうツアーやるならホーム側のパフォーマンス席に座らせてやってくれよ、と。もちろんそのためにはシーズン当初に既にこういう企画が出来上がっていて、当初からこの席はツアー席として確保しておくことが必要だけどね。

以前の広島市民球場は、それでも結構レフト側(ビジター側)もカープファンはたくさんいた。あのときはよく「ビジターファンは25人くらいしか来てないんじゃね?」と言ったりしてたけど(失礼)、それが分かってても、東京に住んでるわたしは広島市民球場に行くときはライト側にしか座らなかった。理由は上に書いたとおりで、せっかくのカープのホームゲームはやっぱりライト側で見てみたかったからだ。

ちなみにわたしは一昨年までは東京でやるカープ戦を1年に1、2回は球場で見ていた。神宮で野村(ノムケンじゃなく、投手の野村ね)が3ラン打った試合とか、浜スタで會澤が顔にデッドボールくらって球場の中に救急車が入ってきた試合とか(なんかどれも印象的な試合だったな)。だけど去年、新井と黒田がカープに戻ってきて優勝ムードが高まってきたので「もうチケット取りづらくなっただろう」と思ったので、去年と今年は行ってない。まぁ、わたしの場合、どうしても優勝する試合を生で見てみたいとは思わないからね。また、チケットが取りやすくなった頃に球場観戦したいと思っている。

なので、この「球場に来なかった人が急に来るようになったのは、にわかカープファンだ」というのは、間違ってると思う。問題は広島県民は熱しやすく冷めやすいとも言われてるので、今後カープが強くても球場に行かないファンが増えていくだろうことが予想されることだ。これは'70年代終わりの強かった頃の広島市民球場がまさしくそうで。そうならなきゃいいね。

そしてもう一つ、ここ数年話題になってる「カープ女子」。

でもわたしはこれがなんで悪いんだか、ちっとも分からない。確かにこれはまさしくにわかといえばにわかファンだろう。けど、誰だって初めはにわかファンと言えるんじゃない?わたしだって、カープ初優勝時、1975年10月にカープを知ったときは、野球なんてもの自体それまで知らなかったから、完全「にわか」だった。まぁ、7歳の子どもに向かってにわかとかにわかじゃないとか言わないとは思うけど(笑)けど、わたしの場合はそれがたまたま7歳だっただけで、社会人野球に目覚めたのは30歳だったからね。たまたま出会いがあってそうなっただけで、なんでそれが批判されたり、物笑いの種にならなきゃならないのかって思う。

ファンになってから少しの時間しか経ってないので、過去のカープについて知らないのは当たり前のことだ。野球のことにだってあまり詳しくはないだろう。なのになぜそのことを取り上げて馬鹿にされなくてはならないんだろう?これってきっと「女」だから風当たりが強いんだろうなって思ったりするんだよね。きっと今年のカープの強さを見て「ファンになった!」って男性だってたくさんいると思うんだよね。でも、彼らは「カープ男子」だとか「にわか」とは言われないよね。まぁ逆に男性だと「野球を知らない人はいない」という偏見があるんだけど。。それはそれで「野球を知らない男性は男じゃない」って思われてそちらの方も問題なのだけど。

カープ女子がにわかだ、という攻撃を受けているのを見てちょっと思い出したことがある。

もう随分昔の話で、詳細はよく覚えてないんだけど、元プロ野球の選手だった人だったかなあ、とにかく元野球関係者だったって人が今は食べ物屋さんをやってるということで、なぜかそのことを知り、友だちと2人でそのお店に行ったことがある。友だちってのも誰かよく覚えてないんだけど、多分女の人だったと思う。そこで「野球ファンです」か「カープファンです」か、そんなことをそのお店の人に話したんだよね。そうしたらいきなり「インフィールドフライの定義は?」って聞かれたんだよね。わたし、もちろんインフィールドフライは知ってたけど、細かな定義は覚えてなかったので答えられなかった。でもそれはまるで、その質問に答えられなかったら野球ファンを名乗るなと言いたげだったことだけはよく覚えている。

あのときは「なんでそういう質問をされなきゃならないんだろう?」って思ったけど、今は「インフィールドフライの定義が言えないと野球を見ちゃいかんのか!」って思う。いや、インフィールドフライがなぜあるのかはそのときから既に知ってたんだよ。ノーアウトまたは1アウトくらいで、塁に人が詰まってると、インフィールドにフライが上がったときに野手がわざとボールを落としたら、塁にいる人は進塁の義務が生じて次の塁はフォースプレイになる。そうすると守備側は簡単に2アウト、もしかしたら三重殺だってできてしまう。それをさせないためにインフィールドフライというシステムがあり、審判がインフィールドを宣告すれば打者走者だけがアウトになるんだ、と。けどそれがノーアウト何塁何塁とか、そこまで知らなきゃダメなこと?趣旨さえ知っておけば、あとはそれっぽいときは審判が宣告しないかなあ~って注意すればいいだけじゃん。それにインフィールドフライをたとえ知らなかったとしても、それがなんだって言うんだろう。知らなかったら野球ファンは名乗れないというのか?(でもつい最近、インフィールドフライを知らなかったって試合があったよね??プロ野球で。さすがにプレーしている選手が知らないのはまずいだろうとは思ったけども)

きっとあの人はそういう質問は男性にはしなかっただろうなと思ってる。きっとわたしたちが女(しかも当時はまだ若い!)だったから、そういう質問をわざとしたんだろうな。じゃないと来る人来る人にそんな質問してたら、もう誰も店に客は来なくなるだろうよ。

どういう店だったかとか、どういう人だったか、というのはほとんど覚えていないが、そう聞かれて嫌な思いをしたことだけはよく覚えている。

だから、わたしは「にわか」って理由で「野球を知らないだろう」って馬鹿にしたくないのだ。いや、選手のカッコ良さに惹かれてその選手だけ応援しててもいいじゃんって思うよ。そういう人は今だけじゃなく、昔からいるのだ。だから「輝け甲子園の星」とか「プロ野球ai」って雑誌とかがあるのだ(笑)「プロ野球ai」って今でもあるのかな、、わたしは買って読んだことはないけどね。中身チラ見程度ならあるけど(^^;プロ野球選手のプロ野球選手以外のところにはあまり興味はないんでね、、

というわけで、にわかだって叩いてる人だって、最初、ファンになりたての頃はにわかだったんじゃんって思う。なんでそれを棚に上げて人のことを叩けるのかとても不思議だ。
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10-17 Mon , 2016
4週間切った
今年の行政書士試験は11月13日。
要するに、4週間後の日曜日。今日は月曜日だからもう27日後。
先が見えてきた。

わたしが本格的に勉強し始めたのは去年の12月に入ってからで、約1年。
ここまで来るのにあっという間だった。6月に入って「え、もうあと半年ないの?」って思ったけど、それからここまでは感覚的にもっと短かった。

決して今までのんびりやってきたつもりはないんだけど、でも、やっぱり「まだ時間はある」と思ってたんだろう。でもあと27日はさすがに「まだ時間はある」とは思えない。やらなきゃいけないことが山積みで、それを27日で割ったとしても、到底できそうにない。

しかも、わたしは身体の無理が効かない。今までに2回模試を経験してきて、体調管理を1回目に失敗したので、2回目はうまくやろうと思っていたら、風邪を引いてしまい、1回目以上にラストスパートが効かなかった。この経験を考えると、ラストスパートをかけるためにはどうすればいいかを考えるんじゃなく、ラストスパートはかけないでどうやって乗り切るか、だろう。とすると、この27日は負担がかからない程度でまんべんなくやるという対策を立てるしかない。

とはいえ、今日はまだ休んでいる。風邪が治りきってないから。

確かに今、ちょっと無理をして勉強を始める、と言う手がある。けどそれは勉強をやると同時に身体を治せる人たちのことであって、わたしはこの両立は絶対に無理だ、今までの経験から。とすると、今勉強を始めてもまた体調を崩してどこかで勉強できなくなる可能性が高い。今1日休むのと、将来1日休まなければならない状態になるのとどっちがいいのかを考えると、それは完全に前者だろう。身体というものは調子が悪くなると、全然記憶できなくなる、理解力がなくなる、いやそれだけじゃなくその状態にすごく焦ってしまう、ということを2回目の模試直前で体験した。頑張りが足りないとか気力が足りないとかそういう話じゃないのだ。というわけで、思い切って今日もまた休むことにした。

丈夫な身体が欲しかったとつくづく思うが、まぁこれは仕方がない。わたしの努力ではどうもならないんだから。わたしはこの身体でできるだけのことをやるしかない。

この1年はとても充実してた。充実してたけどやっぱりつらかった。身体の調子がどんどん悪くなるから。もちろん試験に対するプレッシャーもある。この1年はなんとか頑張れたけど、来年もまた同じ生活を送るのはもうこりごりだ。こりごりっていうよりもう身体が限界に達しているのでもう耐えられない。ってことは、今年、必ず合格しなければならない。

そのためにはまず、風邪を治すこと。
焦る気持ちはもちろんあるけど、考えると眠れなくなる。
なので、今日は頭をからっぽにして休むことにする。
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10-16 Sun , 2016
眠れるようにはなったけど
9月の中旬にこれ書いてからほぼ1ヶ月。結論から言うと、眠れるようにはなった。

前の日記

> 多分、しばらくこういう状態が続き、そのうちまた朝、抗いがたい眠気とだるさに襲われるときが来るんだろう。そうしたら、今度は3/4から1/2に減薬しなければならない。

って書いたんだけど、多分この直後に通院があって、それからその直後にやっぱり朝、抗いがたい眠気とだるさに見舞われた。ちなみに前回の通院の際、主治医にアルプラゾラムを飲んでもジプレキサと同じような朝、抗いがたい眠気とだるさは出るのかって聞いたんだけど、作用機序はアルプラゾラムとジプレキサは違うけど、でも効果はよく似ていると思うから、それはありうると言われた。で、そのときに徐々に断薬している状態になってるけど、わたしは眠れることを期待してるんであって、別に断薬したいわけではない、って言った。主治医も「まぁそうですよね」と言った。

主治医はアルプラゾラムを飲んでこういう状態になっている理由は2つ考えられると言った。一つ目は気温が段々下がってきて眠りやすい気温になって来たこと。だからアルプラゾラムの効き目が強くなってきたんだろうと。もう一つはアルプラゾラムの作用時間が長いこと。アルプラゾラムは作用時間は約14時間と言われている。わたしは早くてもだいたい夜の12時頃に薬を飲んで寝る。そこから考えると翌日の昼間の14時くらいまではアルプラゾラムの効果が持続してるわけだ。これじゃ朝、薬の効果が残ってても仕方がないよね、ってわけだ。

だとすると、アルプラゾラムより効き目が弱く、作用時間も短い薬の方がいいってことだよね。というわけで「もしかして、リーゼですか?」って聞いた。

リーゼ。

この薬は今まで何度もお世話になっている。というか、あんまりいい思い出じゃない思い出がある薬だ。

2回目のうつ病にかかったとき、初めに行った病院が失敗だった。まだあのときは働いてた頃だったけど、薬を飲んでもどんどん悪化していって、そのうち希死念慮が出てきて一回、多分なにかをした(細かいことはもう覚えてない)。するとその医者は診察室で泣いているわたしに冷たく「ここは救急病院と繋がってないので、何か緊急のことがあったときに対応できない。だから入院できる大きな病院に転院してくれ。入院できる病院だと、こことここの病院が考えられるが、どちらがいいか選べ。すぐに紹介状を書くから」と言われた。ショックだった。確かに医者の言ってることは正しいとは思うが、死にたいと思ってる人間にまだそこから立ち直れてもないのに直後に言う言葉ではないだろう。

わたしはそこから自暴自棄になってしまった。紹介された病院は大病院で、初回の診察に「今日は初診だから15分話せましたけど、次からここは3分間治療です。それでもいいですね」って言われたことだけはよく覚えている。もうどうなってもいいやと思ってたので「ああ、そうですか」としか思わなかった。そしてそのときに出された薬がリーゼだったのだ(というか、その前の病院で出されてたのがリーゼで、次の病院はただそれを引き継いだだけ)。わたしはそのリーゼだけ飲み、仕事を続けた。そのうちどんどん身体が動かなくなっていった。やる気がないんじゃない。疲れて身体が動かないのだ。完全にエネルギー切れだった。会社には行きたいのに身体が動かない。毎日会社に行けなくなった。1日働いたら次の日は動けなくて1日休み、休んでる間にエネルギーを補給するんだけど、その翌日会社でエネルギーを使い果たして、また次の日1日休む。その繰り返しの挙げ句、朝、完全に動けなくなった。何度も言ってるけど、会社に行きたくないわけじゃない。物理的に起き上がれないのだ。寝ている状態から起き上がれないのだ。よくカナブンがひっくり返って足をバタバタさせているが、まさにそれと同じだった。寝ている状態から手足をバタバタさせるんだけど、どうやってもそこから身体を動かせない。そのとき初めて「これは休むしかない」と観念した。

多分普通の判断力がある人間なら「なんでそこまで会社に行き続けるんだ、途中で休んだらいいのに」って思うに違いない。が、うつ病だとそういう判断ができなくなる。医者が「これを飲めば治る」と思って出してる薬を飲んで治らない自分が悪いのだ。「身体が動かないのは自分の甘えじゃないのか。自分に気力がないだけじゃないのか」と思えてしまう。わたしの場合、上に書いたようなこともあり自暴自棄になってたのも確かだが、身体は悲鳴を上げているのにそれをさらに自分のせいにしてしまうのがうつ病なんだと思う。だから自分が情けなくなって死にたくなる。こんな自分はいらないんじゃないかと思ってしまう。それもこれも正常な判断力が病気によってなくなってしまっているのに自分ではそれに気が付かない。また「無理しすぎだよ」とほとんどの人は言ってくれない。そしてもし言ってくれた人がいたとしてもそれが納得できない。自分が悪いとしか思えなくなってしまう。

実はその直前に今の病院を変えないとと思ってて、知り合いの人に「この病院がいいよ」って紹介されていた。このことがあった直後にその病院に行った。どうやって行ったのかすら全く覚えてないが、そこで事情を説明して今現在はリーゼを処方されていてそれを飲んでいると言ったら、そこの先生が「リーゼじゃ軽すぎるのに!」と怒るような口調で言った。そのことだけはよく覚えている。そのとき初めてリーゼが軽い薬であることを知った。それからアモキサンだのなんだのっていろんな薬を処方された。そしてわたしは即入院。結局それから4ヶ月入院した。

リーゼというのは、こういう思い出がある薬で、それ以降も処方されたりしたことあったんだけど、わたしの中では「効かない薬」の代表的なものだったんだよね。だから今の主治医に「リーゼですか?」って聞いて「そうです」って答えられたとき「あれが効くのかよ」って思った。

処方はアルプラゾラムとリーゼだった。その切り替えのタイミングは自分の様子で判断してやってみてくれと言われた。

それから数日後に、3/4で飲んでたアルプラゾラムで朝、抗いがたい眠気とだるさに襲われた。なので次の日は1/2にして寝てみた。でもそれでも朝、抗いがたい眠気とだるさに見舞われた。「あ、これは3/4でも1/2でも同じなんだ」って思った。とすると1/4にして飲んでみるしかない。しかし、1/4錠と言えば、効いてるんだか効かないんだか分からないほどの量だ。あと経験的に1/5錠の量で飲んでたジプレキサは全く効いていないようだった。1/4と1/5の違いって1/20しかない。とすると、やっぱり1/4錠だとほとんど効かないだろうなと思った。なので、そこからリーゼを投入してみることにした。しばらくリーゼ1錠+アルプラゾラム1/4錠にしてみて、それで眠れるようだったら、リーゼのみにしようと思った。

果たしてそれはうまくいった。それからはずっとリーゼを飲んでて、そしてその後に1回、通院して主治医に報告した。確かそのときはまだアルプラゾラムを1/4飲んでる時期だったと思うが。。リーゼのみで安定して眠れそうだったので、そのときに「試験が終わるまでくらい処方して欲しい(試験前の貴重な時間を通院に費やしたくない)」と言ったのだが、リーゼも期間の縛りがあるらしく、30日分しか処方できないと言われた。あのときは試験までまだ1ヶ月半ほどあったので、試験前にもう一度、通院せねばならない。

前回通院してから2週間以上経つんだけど、リーゼのみで眠れてるし、それが翌朝残ってだるいと言うこともない。まぁリーゼの作用時間は6時間だからね。12時に飲んでも朝6時には効果がなくなってるからね。それにリーゼでそういう状態になるってことは、もう自力で眠れてるってことだよね。っていうか、もしかしたら今も自力で眠れてるのかも知れない。リーゼが効いてるって、自分の中では信じられないことだから。「リーゼが効く身体になってしまったのか!」って、正直なところ自分でも驚いている。

というわけで、取り敢えず懸念事項だった眠りは安定した。

が、寒暖の差が激しくて、風邪を引いてしまった!(T_T)

まぁただ取り敢えず、眠れるようにはなった。まぁこれだけでも大きい。あとは風邪を早く治したい。

【現在の処方】リーゼ5mg(寝る前)
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10-06 Thu , 2016
CSについて思うこと
両リーグのペナントレースも昨日で終わり、8日からプレーオフ、いわゆるクライマックス・シリーズが始まる(という書き方でいいのかな?)。

CSってリーグ優勝したチームにとってどうよ?って言われることがあるけども、わたしはCSはあった方がいいと思っている。確かにリーグ優勝したチームが日本シリーズで戦えないことがあるし、リーグ戦3位だったチームがそのシーズンの日本一になってしまうこともある。その場合の「日本一」って何?って思わないこともないが、それよりCSって制度は、長らく優勝から遠ざかっているチームにとって、有意義な制度じゃないかと思っているのだ。

今年のカープが優勝できたのは、2013年に初めてCSに出場できたのがきっかけだと思っている。長い間Bクラスが続き、チームはほとんど優勝争いに絡むどころの話ではなく、そこからいきなり「優勝」というのは難しい。それで行くと1975年のカープ初優勝なんて、本当にすごいと思ってしまうのだが、その前段階として「Aクラスに入ってCSに出場する」という目標は、長く沈んでいたチームにとっては優勝より狙いやすい目標だ。もちろん、シーズン最初から優勝そっちのけでCS狙いなんてことは有り得ないが、少なくとも最終的に3位になることを争えるシステムは、長年優勝から遠ざかっていて、勝つプレッシャーを味わっていないチームにとっては非常に有難い。

2013年のシーズンのことはいまだに覚えている。なんてったって、ファン自体、もうずっと「順位を争う」感覚がなかった。あのときはシーズン終わりの方に連勝してチームに勢いを感じた。その勢いでCSのファーストステージ、対阪神戦は阪神が調子落としていたこともあって、完勝だった。「もしかしたら」ってあのとき思った。が、東京ドームでは1勝もできなかった。確かにノムケン監督のとき、1年近く東京ドームで勝てなかった時期があって(いつの時期だったかは忘れたけど、シーズンオフをまたいで1年近く勝てなかった)、東京ドームでの戦いってのはちょっと嫌な気はしたんだけど、だけどそれでも1勝もできないとは思ってなかった。もうちょっと讀賣にだって食らいつけると思ってた。やっぱり優勝争いをしたことがないチームは「ここ一番」ってときに力を発揮できないのかなあと思った。

でも、カープは2013年のあの「CS出場」があったからこそ、徐々に「ここ一番」の戦い方ができるようになったような気がしている。とはいえ「ここ一番」での戦い方ができるようになったなあと感じたのは、今年の8月7日の地元での対讀賣戦のあのサヨナラ勝ちからだけどね。

今年はなかったけど、去年と一昨年くらい、対讀賣3連戦が「北関東シリーズ」で当たったことがあって、おそらく6戦全敗してるはず。特に一昨年だったっけ(去年のことはほとんど覚えてない。けど、去年は1度も首位に立たなかったはず)、「ここで勝てばかなり首位の座に近くなる」ってときに3連敗してしまって、「やっぱりカープはここ一番のときに弱いなあ」って腹立たしくて仕方がなかったんだよね。まぁだけど2014年は2年連続CSに出場することができた。まぁ、ファーストステージで負けてしまったけどね。そして次の年、去年はCSすら出場できなかったが。。

しかし、こうやって徐々に強くなり、今年優勝できたのも、きっかけはやっぱり2013年にCS出場を争ったことだと思うし、見ている方にとっても、久々、チームが何かで争っているところを見るのは楽しかった。だからCSはあった方がいいなと思うのだ。

ただ、リーグ優勝のアドバンテージがたったの1勝ってのはねーって気も少しはしてて、だって、今季は1位と2位の差が17.5ゲーム差もあるんだよね。まぁ2013年、1位の讀賣と3位のカープのゲーム差は28ゲームもあったけど(2位の阪神と讀賣は8ゲーム差)。10ゲーム以上離してたら、もう1勝アドバンテージとか、そういうのがあった方がいいんじゃないのかなあ~なんて思ったこともあったけど、でもゲーム差というのは相対的なものであり、相手(2位チーム)の調子も影響してしまうものなので(直接対決で叩かなくても相手チームが別チームとやって負け続けてくれたらゲーム差が開く、要するにゲーム差は他力本願の要素が入っている)、あんまり妥当ではない。かといって、○勝以上、という絶対的なものにすると(ちなみに今年のカープは89勝)、これは単純にチームの勝利だから、チーム自体の自力の努力とも言えるが、この場合「○勝以上なら絶対に優勝」というラインが年によって違うので、これも使えない。

よく言われてる「借金を抱えたチームはCS出場できなくすれば」というのは、確かにこれ、もっともだと思わないこともないが、近年セ・リーグが借金を抱えるチームが多いというのは、交流戦で圧倒的にパ・リーグに負けるからなんだよねと思っている(本当なら、交流戦前後の勝敗数を比較して本当にそうかどうかを確かめないと、これが言えるかどうかは分からないのだけど、今のわたしはそんなことやってる余裕はない)。わたしの個人的な感触だと、交流戦以降に「セ・リーグは1チーム以外全部借金を抱えている」とか「全チーム勝ち負けほとんど差がなくゲーム差がない」いう状況になったような気がするんだよね~。それに2013年のカープは借金抱えてCSに出場してるしね。まぁでも今以上のアドバンテージを作り出すなら、「借金を抱えているチームはCSには出場できない」ことにするのが一番妥当な線なのかなとは思う。2013年の場合だと、結果的にカープは3位だったけど借金があったのでCSに出られなかった、としても、チームとしての目標は一応クリアできて、逆に「来年は借金しないぞ」という新たな目標が設定できることになるのだ。

今年は横浜が初のCSに出場することになった。横浜は中畑監督の下で徐々に力を付けてきたチームってイメージがある。2年前までは横浜は「横浜銀行」だった。ところが去年辺りから銀行と思えるほど勝てなくなってきたような気がしてて(その代わり今年は「阪神銀行」だったけど)、そして今年、CS出場を決めた。ここのチームも長く優勝してないんだよね。だから、今年のCS争いは本当に今後のチームの力になるような気がしている。終盤の3位4位の争いは見ててかなり面白かったし、3位が決まっても2位とのゲーム差を縮めたりして(この辺讀賣のチーム状態が良くないのは、2013年の2位だった阪神と似てるような気が。ということはCSファーストステージは横浜勝利か?)「これは、2年後には横浜はリーグ優勝するかも」と今から思わせるような感じがしてる。いや、ラミレス監督来年は2年目なので、来年優勝する可能性だってある。

こういうこと考えられるのは、やっぱCSって制度があるからだろう。

しかし、初の本拠地開催ってのは本当にドキドキするね。

わたしはやっぱり長年勝ち慣れていないので(というより「ここ一番」の試合で勝てた記憶があまりにもないので)なんか負けるような気がしてならない。確かにシーズン中は強かった。強かったけど、やっぱりあれは夢のような気がしてならない。。

夢なら覚めないで、もうちょっと夢を見させて欲しい。

がんばれ、カープ。
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09-19 Mon , 2016
もう終わりっていったのに
以前の日記に、精神科も次の通院で終わりって書いたんだけど、どうやらそうは行かないようだ。

ってのは、8月の中旬以降、夏の暑さと試験勉強のため、毎日クタクタに疲れてるのに、試験勉強で頭が覚醒しちゃったためか、全然眠れなくなっちゃったんだよね。で、眠れないと翌日疲れが全く取れてないので、ベッドから起きあがることすらできない。だから翌日は休養日にする。次の日はなんとか勉強できても、そうすると頭が覚醒して眠れない。翌日、ベッドから起きあがれない、ってことの繰り返しになっちゃって、そうすると今度は、思ったように勉強が進まない→気持ちが焦り始める→余計に眠れない→夜になると「今日も眠れなかったら明日また起き上がれなくなって勉強できなくなる」と思いはじめ、寝るのが怖くなる、っていう風になっちゃったんだよね。

これはまずい、と思って、8月下旬だったけど、予約外で病院に行ってきた。とにかく眠れれば、翌日にはある程度疲れが取れて、ある程度勉強ができるようになる。とにかく眠れることが一番。ここをどうにかすれば、勉強できて心が安定するんだから。だから「とにかく睡眠剤でもなんでも使って夜に眠れるようにして欲しい」と主治医に言った。これまで眠れない時用に頓服でもらってたアルプラゾラムは連日服用するとなんだかすぐに眠れなくなっちゃったから。

睡眠剤でもなんでも、と言ったんだけど、主治医は単純に睡眠剤は出してくれなかった。どういう理由なのかは明確じゃないんだけど、試験までその時点で2ヶ月半あるってことは、短期決戦ではないからと言っていた。わたしは確かに副作用が出やすいので、主治医も薬を処方する際にすごく気をつけてくれてることは分かる。けど、わたしは今まで睡眠剤による副作用って、ドラールを長期服用した際、寝起きに頭痛が起きたことくらいしか思い付かないんだけどね~。

だけど、アルプラゾラムを睡眠剤代わりにするってのも、あまりよくないとのことで、それに替わる睡眠効果を持った薬を探すことになった。第一弾はロゼレムとベルソムラが提案されたんだけど、ロゼレムは既に飲んだことがあって、そのときは全く効かなかったんだよね。ってことで、ベルソムラが処方された。寝る前にベルソムラ20mgを飲んで、それで効かないようだったら追加でアルプラゾラム0.4mgを飲んでねってことになった。

ところがこのベルソムラ、効いたか効かなかったのかよく分からない。というか、本人は全く眠れた気にならなくて、ずっと起きてるような気がするんだけど、でもなぜか、翌日疲れは取れている。わたしは毎朝婦人体温計で体温測ってて、眠れないときは体温が上がって微熱程度になるのが経験的に分かってて、ベルソムラを飲んだ翌朝に体温を測ってみると、体温は上がってない。ということは、客観的には「眠れている」状態になってるわけなんだよね。でも、自分としてみると全然眠れた気がしない。

眠りってのは、客観的に眠れていても、主観的に「眠れた!」と思わなければすっきりしないもんなんだなって思った。

で、結局、5日くらいまでは我慢して飲んでたんだけど、やっぱり眠れた感じが全然しないので、アルプラゾラムだけに戻した。その間、アルプラゾラム連続服用はちょっとまずいかなあと思って、薬を飲まない日もあったんだけど、そうすると、寝るときにあれこれ思ってたこと(例えば勉強に全く関係のないカープのことなど)がいつの間にか消えて、気が付いたら頭の奥の方で「審査請求が~」とか「国政調査権って記録の提出と何となんだっけ?」とか(正解は証人の出頭、証言、記録の提出)、知らないうちに考えてて、それが急に表面化して、まだ夜が明けないうちに起きてしまってた。多分、ちょっとは自力で眠れてるんだけど、中途覚醒で起きちゃう兆候だよな、これ。わたし、2回目のうつ病の最初の方は中途覚醒がひどかったのね。寝つきはよかったんだけど。もともと、中途覚醒の気も持っているというか、ああ、これはやばいなーって思って。それからはアルプラゾラムを仕方ないので毎晩飲んで寝てた。

次の診察の時はこのことを報告。そしたら今度は「ジプレキサ飲みますか、それともセロクエルがいいですか」って言われた。うーん、ジプレキサもセロクエルも以前飲んでたことがある。特にジプレキサは確かに眠れるは眠れるんだけど、起きれなくなっちゃう副作用があるんだよね。朝、起きようとすると抗いがたい眠気とだるさがあって、結局ベッドの中で格闘して格闘してなんとか起きあがる、みたいな。セロクエルは飲んだからと言って眠れたという記憶はない。まぁ、以前処方されたときはそういう目的で処方されたわけではなかったからね。なので「うーん、どちらもなんとも言えないですね~」と言ったら、ヒルナミンって薬が処方された。

夜、寝る前に薬を飲んだら、なんとすごい懐かしい糖衣錠だった。翌日、薬についてネットで調べてたら、なんとこの薬、すごい昔からある薬なのね。だから糖衣錠なんだー。てか、ジプレキサとかセロクエルと同じ系の薬で、ジプレキサ、セロクエルは第二世代なのに対し、このヒルナミンって第一世代で副作用が強いから、今は第一選択薬として使われることはないって書いてあった。作用に「強い睡眠作用」って書いてあったので期待してたんだけど、ヒルナミン5mg、何日飲んでも全然眠れない。今度は本当に眠れない。眠れなさすぎて、頭痛が何日も続いて大変だった。

なので、これは3日くらいで止めたかなあ~。仕方がないので、またアルプラゾラムを飲んでいる。が、飲んでいるうちに、朝、抗いがたい眠気とだるさに襲われた。これは、、、。ジプレキサを飲んでたときと同じじゃん!ってことは、これは副作用だから薬を減らさないと、毎朝毎朝起きるのが大変になってしまう。しかし、ジプレキサとアルプラゾラムは作用が違う薬のはずなのに、なんで同じような副作用が出るんだろう???まぁ、そういうことが有り得るのかは次の診察の時に聞いてこよう。

で、「これは副作用だ」って分かった翌日から、アルプラゾラム0.4mg錠を3/4にして飲んでみた。1錠を半分に割り、半分をもう半分に割って1/4にして、半分と1/4を飲み、1/4は捨てる。

次の日、ほとんど眠れた気がしなかった。これって、ジプレキサを減薬したときと全く同じだわー。ただ、ジプレキサのときはまさかそれが薬を止めたことによる副作用(断薬効果)だと思ってなかったし、確かいきなり2.5mgを半分に処方されたんじゃなかったっけ?よく覚えてないけど。なのであのときは3日くらいほとんど眠れた気がしなかった(3日経ったらちゃんと眠れるようになった)。けど、今回は早めに気が付いたのと、半分じゃなく3/4にしたってことからか、次の日からは普通に眠れるようになった。それに朝、抗いがたい眠気とだるさもなくなった。なので今は曲がりなりにも夜は割と寝つきがよくて、寝た気もするし、朝起きるときは普通に起きられる。

多分、しばらくこういう状態が続き、そのうちまた朝、抗いがたい眠気とだるさに襲われるときが来るんだろう。そうしたら、今度は3/4から1/2に減薬しなければならない。

ってことは、結局、減薬の方向に向かってるってことじゃん!わたしが今望んでるのは、減薬じゃなく、寝つきをよくすることなのだ。まぁ今の時点で結果的には眠れてることは確かなんだけど、なんか違う感じがする。

てなわけで、次の診察のときにまた相談してみるつもり。というか、こんなことをしているうちに「短期決戦」のときを迎えるんじゃないかって思うんだけど。。今はいろいろ試しているように見えて、単なる時間稼ぎをしてるってことか?「短期決戦」になったら、すんなり睡眠剤を出してくれるのかな?

そういうわけで、通院終わりどころか、病院通いは却って頻繁になってしまった。
まぁ、それでも試験さえ終われば、あとは本当にサヨナラなんだろうけどさ。
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09-11 Sun , 2016
優勝ってこんなに嬉しいものなんだね
20160908 141321


昨日、カープがリーグ優勝を果たした。

正直なところ、今年の強さはまだまだ全然実感できてなくて、昨日の試合が始まる前は、讀賣4連勝だったこともあって「カープは1勝するどころか、2連敗してしまうんじゃないだろうか」と思って不安だった。東京ドームで1年近く勝てなかった時期もあったし、やっぱりどうしてもわたしの頭の中に「ここ一番の試合で勝てないカープ」というのが大きいのだ。2014年だったか、そのとき首位だった讀賣に2ゲーム差で2位につけてて、でも讀賣の北関東遠征3連戦3連敗。もちろんそれだけじゃないけど、今まで何回と「勝負弱さ」を見せつけられてきたので、今、調子がいいと言ってもなかなかそういうイメージができないのだ。

ところが、昨日のカープの試合運び。先発黒田が初回に2ラン打たれて先制され、讀賣先発がマイコラスだったので「うわー、やっぱり今日は勝てんのかな」と思ったけど、4回で100球以上投げさせたんだっけ?あの各打者の粘りって見ててホントにすごい、って思った。今までのイメージ的に、歴代カープ打者は初球打ちで凡退、ってのがあるから、こういう地道が粘りができるってのが、本当に力をつけてきたなーと。もちろん、初球打ちで勢いづくこともあるんだけど、あまりにも凡打のイメージが強くてね。。(特にノムケン!もちろん好きな選手だけどさ)

今季のカープは相手先発投手がよくても、なんとかしてその投手を交代させれば、二番手、三番手のピッチャーを打ち崩して得点、逆転する、というパターンが多い。だから昨日もそんな感じでマイコラスに粘って多くの球数を投げさせたのだろうし、でも昨日の試合は結局のところマイコラスから5得点したんだけどね。まぁ刀根から1得点できたのは大きかったけど(てか、あれはエラー絡みだけど)。でも、山口から刀根に変わったときに「しめた」と思ったのは確か。

結局今年を象徴するような鈴木誠也の2本のホームランが大きく勝利に貢献した。鈴木誠也はオリックス3連戦の3連続逆転打から「いつ調子を崩すのか」と思いながら見てたけど、結局今のところ、大きく調子を崩すことはなかった。これは本当にすごいというか、大きかった。ずっと7番、時折上位に上げられては打てず、また7番で、みたいだったけど、いつしか5番で定着。将来的には4番を打つのかな。

昨日はもう、5回辺りからカープの守りのときはヒヤヒヤして、怖くて怖くて仕方なかった。黒田が一応、5回ピンチで投げ終わって、これで交代かな。どうせ、中継ぎは充実してるので、大瀬良、今村、ジャクソン、中崎で大丈夫じゃん、と思ってたら、まさか6回また黒田が出てきて「え、まだ投げるの?」と思ってしまった。まぁ、結果的に抑えられたからいいんだけど、正直とても怖かったよ。。今季の黒田は休養十分だとすごくいいピッチングをするんだけど、中6日だとちょっときついのかな、と思われるような感じがあったので、昨日はきっと気合いを入れている分、長い回まで持つのかな、って思ったから。

9回、中崎が出てきたときは「もうここで打たれたとしても、それは仕方がない」って思ってた。中崎は確かに現在のところ、クローザーなんだけども、わたしはどうしてもまだ、中崎を「守護神」と呼べないんだよね~。絶対的な守護神というのは「ここで出てきたらもう安心」ってピッチャーで、わたしの中では大野投手が自分の中の「守護神」なのだ。カープは大野投手以来、絶対的な守護神がいなくて、もうヒヤヒヤするようなピッチャーしか出てこなくて、もう長いこと、大野投手が出てきたときに思った「大野が出てきたらもう大丈夫」という安心感を感じたことがない。いつも「えー、大丈夫なんかな」と思いつつ、やっぱり四球連発、挙げ句ヒット打たれてサヨナラ負け~、とか、そんなのばっかりだったから、もう「安心感」すら思い出せない。でも、昨日の中崎の投球を見たときに「ああ、中崎、成長したなあ」って思った。相変わらず「4凡」だったし、最後の打者になった亀井がもし、四球だったらそのあとはどうなったことか、、と思ったけど。

最後の最後はやっぱり緊張して見てたけど、試合終了してしまったらなんというか、あっけなく「あ、優勝ってこんなものなのかな」って思った。だけど、胴上げの前に黒田と新井が抱き合って泣いている姿を見たら、思わずこちらまで涙を誘われてしまった。そこでやっと「優勝できたんだ」って実感できた。なんか試合後の共同記者会見で菊地がそんなことを言ってたが、まさにわたしも同じだった。あ、そうそう、共同記者会見での菊地の発言といえば、「我慢しなきゃいけないところもあったし、考えて考えて自分を殺しつつ、みんなのためにと思ってずっとやってきました。」という言葉。菊地って、試合終了後のヒーローインタビューのときでも割と鉄仮面的な感じで、なかなか本音を言わないなと思ってたけど、この言葉を聞いて「ああ、菊地も今季、本当に苦しかったんだな」と思った。プロだから、やっぱり自分がヒーローになりたいって思うだろうし、そういう性格の人たちがプロに集まっているんだろうし、だけど2番打者というのは、そういう役割は求められてないんだよね。共同記者会見を見てて、呼ばれた5人、いろいろ話したんだけど、菊地のこの言葉が一番印象に残った。

で、昨日、感極まって泣いた黒田。

わたし、先日、「そういや、ずっと前にカープのキャンプに行ったときの写真があったはずだよなあ~」と、古いアルバムを引っ張り出して見てみたんだけど、ちょうど'97年2月の沖縄キャンプに行っててね。このとき、黒田はちょうどルーキーイヤー。彼にとっての初めてのキャンプがこれだった。わたしは、黒田を撮った記憶が全くなかったんだけど(お目当ての選手はやっぱり大野投手だったので)、アルバムを見たら、黒田の写真が残ってた。

まだまだあどけない顔で、なんとなく初々しい。まさかこの選手がのちのち大リーグに行って戻ってきて、チームの精神的支柱となる選手になるだなんて、このときは思いもしなかった(ただ、黒田がこの歳になるまで投げられてるのは、この年のドラ1だった澤崎がいたおかげでもあると思ってる。黒田は澤崎の影に隠れて、むちゃな使い方をされなくて済んだので今があると思っている)。

黒田、カープで優勝できてよかったね。

そして、優勝してくれてどうもありがとう。
優勝するのがこんなに嬉しいことなんだ、って初めて知ったよ。

もちろん、新井にも同じ言葉を言いたい。
わたしは、阪神に行ったとき、ご多分に漏れず「裏切り者」と思ったし、去年、カープに戻ってくると決まったときも、あ、そうとしか思わなかった。

けど、赤いユニフォームを着て打席に立つ新井を見たら、そんなわだかまりもスッと消えて、素直に新井を応援している自分がいた。この感情は自分でもとても不思議だった。
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09-05 Mon , 2016
25年ぶり優勝に向かって思い出すこと
カープ首位マジック4


ってことで、今日9月5日現在、カープのマジックは4。まぁさすがにここまで来ると今年のセ・リーグ優勝はカープだろうという気がしてくる。しかも2位とのゲーム差は14.5。あの忌まわしき数字、「11.5」より3ゲームも差が付いている。実はマジック4よりもこちらの数字の方が安心感があるのは、まぁ、あの当時のカープファンの性なのかも知れない。

「25年ぶり優勝(するかも知れない)」ということで、思い出すことがある。

とはいえ、別にカープの話ではない。わたしは確かに1975年のカープ初優勝のときからのカープファンで、数えてみればもう40年以上もカープファンをやっている。が、実は「野球」というスポーツ自体が熱狂的に好きになったのは、1992年の日本シリーズ、ヤクルト対西武を見て以来なのだ。そう、その前年の1991年は、今のところのカープの直近の優勝した年なのだが、そのときは「ふーん、カープ優勝したんか」くらいにしか思ってなかった。その頃のわたしは野球は結果さえわかればそれでよく、どういう試合の内容だったかなんて、正直あんまり興味がなかった(ただし「江夏の21球」はよく覚えてるけどね。とてもドキドキして怖かった)。それが1992年の日本シリーズ、あのときはヤクルトの野村監督と西武の森監督の「キャッチャー出身監督対決」などと言われ、そしてその日本シリーズの内容が逆転に次ぐ逆転で、1戦、1戦とても面白かった。そこで野球の面白さを知ったわたしは、1993年から熱狂的なカープファンになったのだった。そこから考えると、今回の(もしかしたら)優勝は、わたしがちゃんとしたカープファンになってから初めての優勝なのだ!

という話はさておいて。

思い出したのは1985年のこと。わたしが高校2年生のときだった。野球ファンだったらピンと来る年かも知れない。阪神が久々に優勝した年だ。

当時はまだ野球をそんなに見てなかったにせよ、カープの選手はもちろんそれなりに知っていた。が、他球団の選手となるとさっぱりで。。ただそんなわたしでも、阪神は「ダメ虎」とか、そんな感じで言われてる球団ってのは知ってた。

そのときわたしは高2だったわけだが、夏が過ぎ、2学期が始まって「あれ?」って思うことがあった。わたしのクラスのほとんどがみな、阪神ファンだったのだ!いや、大阪の学校じゃないよ。東京の学校だよ。これにはびっくりした。

教室の後ろに黒板があったのだが、そこには「六甲おろし」の歌詞が3番まで書いてあった。

確か阪神のリーグ優勝が決まったときは、うちの学校は移動教室(うちの学校は修学旅行の代わりに移動教室というのが高2のときにあった)で志賀高原に行ってたんだけど、阪神が優勝した瞬間、みんなの叫び声が聞こえた(ホテル側はえらい迷惑だっただろうな)。

あのときの阪神は一体、何年ぶりの優勝だったのかはよく知らない。

でも、そのことを思うと、今、東京のどこかの学校で、実はクラス中がカープファンと判明し、教室の後ろの黒板に「それゆけカープ」の歌詞が4番まで書き込まれているんじゃないか、とひそかに想像したりしている。

いや、阪神ファンは有り得るけど、カープファンはさすがに有り得ないかな(^^;
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08-15 Mon , 2016
知るということ
71年前、日本は戦争に負けた。

一つのターニングポイントが1941年12月8日(日本時間)の真珠湾攻撃、すなわち日米開戦のときだったと思うのだけど、日本がアメリカに戦争を仕掛けたと知ったとき、「日本は負ける」と思った人もその当時、どの程度の割合かは知らないけど、全くいなかったわけでもないみたいだ。

わたしは去年の9月に「若者から若者への手紙 1945←2015」という本を読んだのだけど、その中で、戦時中教師をしていた人のお父さんが、真珠湾で戦争を仕掛けたことを新聞で知ったときに

「『アメリカと戦争をするなんて、なんて馬鹿なことを』と叫んだ」

と書いてあった(その教師自身はその日、家を出るときに空を見上げて「この青い空の一体どこで戦争をしているんだろうと思った」そうだ)。

実はわたしの祖父も同じことを思ったらしい。その当時、祖父たち家族は朝鮮半島にいて、そこで働いていた。わたしの父はそこで生まれた。ところが、日本がアメリカと戦争を始めたことが分かった途端、「これは危ない」と思って日本に帰って来た。その当時は満蒙開拓で家族ぐるみで中国大陸に渡っていった人たちも多くいたし、国もそれを奨励していた。その方向とは逆に祖父一家は日本に帰国した。これは日本が戦争に負けたあと、どうなるかを見越した上での帰国だったのだろう。実際、日本が戦争に負けたあと、当時満州にいた人たちが日本に戻ってくる際の引き上げの過酷な話を聞くと、当時幼かった父などは途中で死んでいたりしたかも知れないし、父が死んでたらわたしは今、この世にいない。

祖父の判断は正しかったのだ。

戦争が起これば、国民は国に全て身を捧げなければならないが、その身を捧げつつ、自分の身は自分で守らなければならない。国が自分たちの身を守ってくれるわけじゃない。

そこで必要となるのは「自分の頭」しかない。祖父はそういう点で非常に聡明だった。世の中のことをよく勉強して知っていた。この先、どうなるかをちゃんと見通せた。

しかし。そのような聡明な祖父でも原爆に対する知識は全くなかった。だから原爆が投下されたあと、身内を探すために幼い父を連れて爆心地に入ってしまった。そのために父も被爆者になった。だからわたしも被爆二世として生まれてしまった。原爆の恐ろしさが分かったのち、祖父は「父を連れて入るのではなかった」と悔やんでいたと聞く。

もちろんその当時、放射能に対しての怖さというのは一般的にはほとんど誰も知らなかっただろうから、祖父は責められないとは思う。が、上の2つの話を合わせると「人間は生きている限りにおいては、いろんなところにアンテナを張って、勉強し、知識を蓄えて、将来を見据えておかなければならないのだ」ということが分かる。

日本で宗教の話と政治の話はタブーなんだそうだ。

宗教の話は、それでもまぁいいと思うが、政治は今、生きている人間にとってどういう場合だって関わってくる。政治に関わりのない人間なんて一人もいない。日本の中での「制度」の枠組みの中で生きてるんだもの。なのになんでそれをタブーとして「放棄」してしまう人たちがいるのか。なぜ政治の世界は「自分には関係のない話」と言い切れる人たちがいるのか。政治の話はつまらないから?政治に関わると変な人と思われるから?変な人になってしまうと思うから?何も考えない方が楽だから?国が自分たちの都合の悪いようにはしないと思ってるから?

まぁそういう人間は国と一緒に心中して滅びてしまえばいい、とも思うけどね。

でも残念ながら、考えない人間の方が多数になってしまうと、民主主義の世の中だから、わたし自身は国と心中したくなくてもそういう方向に引きずり込まれてしまう。

だからこそ、今、言えるうちにいろいろ言ってるんだけど、どうも世の中そういう方向には進んでいない。

うーむ、この先は「自分の身は自分で守らなければ」ということもそろそろ考えておかねばならない時期になって来たのかも知れない。

怖いね。
15:11 | 被爆二世・戦争などのこと | トラックバック(0) | page top↑
08-12 Fri , 2016
ひさびさの一人暮らし
ただいま、一人暮らし満喫中。

何年ぶりだろ?おそらく2年ほど前に彼女が骨折して入院したとき以来。
まぁあのときは、家の近くに入院してたから、日中はお見舞いに行ったりして会ってたけど。
今回は彼女が旅行に行ったので、家を出たきり会ってない(当たり前か)。

家の中が汚れないとか、すぐに片付けられるとか、
ベッドで手足を伸ばして眠れるとか、
正直言うとそういうことが嬉しい。

というわけで、夜はベッドに大の字になって寝ている。

たまの一人暮らしだからいいのか、それとも一人暮らししたいのか。

それは今のところはよく分からない。
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