05-17,2012
絶不調
先週の終わり頃から薬(レキソタン)の副作用と思われるイライラ感が出てきて(主治医によるとレキソタンでそのような副作用は聞いたことがないと言われたが、2回目のうつのときは治りかけにいろんな薬でイライラが出てきて止めたことがあるので、、)そこから急転直下のように体調が悪化。心臓がドキドキし、首と肩がバリバリに凝って気分が悪くてベッドから起き上がれなくなってしまった。おまけに今週に入ってから口の中の様子が悪くなって我慢しきれなくなり、手足からはベタベタした汗をかいて気持ちが悪い。まぁ要するに簡単に言うと自律神経がいかれたということなんだろうか。
昨日は死ぬ思いをして病院に行ってきたんだけど、主治医に「ここ2ヶ月間くらいずっと精神的にタフな状況が続いていたので、うつ病が悪化したんでしょう」って言われた。だけどわたし自身はあんまりうつ病悪化とは思えないというか、うつ病が悪くなったようには感じられないんだよね。。だいたい身体が「レキソタンいらない」って判断したのは体調がよくなったから「もういらない」って判断したような気がするし。 この身体の状態って2008年3月の状態に似てる。あのときも立っているのがつらいほど首と肩がバリバリに凝ってロクに歩けなかった(原因不明だが)。多分手足にも変な汗かいてたと思う。 なんで再びあのような状態になってしまったのかよく分からないんだけど、まぁあの頃に比べると今はまだ随分具合がいいと思う。あのときはまだ病院にも通ってなかったし、口の中の気持ち悪さにも病名は付いてなかった。それを考えると状況はあのときとは違うものの、今のこの状態が上向きになるか、それとももっと落ちて行くのかがまだ分からず、それを考えると不安な状態でもある。 せっかく勉強を再開させようと思ってたのになというか、少しやりかけてたところだったんだけど。 まぁ取り敢えず今は寝てるしかない。こんなんじゃ外にも出かけられない(=病院に行くのも一苦労)だしね。 |
04-29,2012
東京レインボープライド2012に行ってきた
従来の東京プライド主催のパレードではない、東京レインボープライド主催の東京レインボープライド2012というパレードに参加してきた(ってこのイベント、パレードなのに「パレード」という名称は付けてないのね)。
実のところ、今のわたしは体調的には回復期にあり、行けるか行けないか迷ったのだけれど、パレードには参加せず、会場に行くだけだったら大丈夫かな、と思って、行くだけ行ってみた。 G.W.が始まったから、都内は空いているかと思ったら何が何が。新宿行くまで電車の中は大混雑。ちょっとした通勤ラッシュ並みに混んでた。。なので会場の代々木公園に着くまでに既にわたしは疲れていた(苦笑) しかも今日はすっごく天気が良くて。天気がいいのは有難いのだが、少々気温が高かったような。。しかもステージ前の席は空いていて座れるのだが、日差しを遮るものがないため、座っていても体力は消耗する。ってことで、最初はステージ前の席に座っていたのだが、早々に退散した。 ただ、後ろの席の方に親の会の人がいたので、つい最近、「子どもがカミングアウトする前に同性愛者だと知ってしまった どうすればいいか」などという検索用語でわたしのブログが引っかかってたので、そういう人が親の会に出会えればいいなと思い、親の会のサイトをリンクさせてもらったんですよーと報告(?)したりした。わたしのブログを読んでも全然参考にならないからさー。それで親の会の人とちょっと話した。わたしもいろいろあって、未だに親から「理解不能」などと言われたりするからさ。いや、理解不能なのはいいのよ。わたしだってなんで自分が同性愛者なのかよく分かんないもん。それにそれは誰のせいってわけじゃないしね(んなこと言ったら、異性愛者だってなんで自分が異性愛者で生まれてきたのか分からんでしょ。それと同じなのよ、ホントは。なのになぜか少数者だけ「なんで○○なんですか」って言われるという。。それってとても不条理だと思うのだが)。だから、別に親から理解されようがされまいがそんなことはいいのだけれど、でもそういうときに親の会の人から「親は子どもの幸せを願うけど、子どもは親の幸せなんか願わなくてもいいのよー」なんて言われるとなんだかホッとした。。本当の親ではないけれど、「親」って立場の人にそう言われることって結構有難かった。。 それからはフラフラとブース巡りをしたり、あとは久しぶりに会う知り合いと話したり。 会場は結構人が来てた。夏のパレードはわたし、楽器吹くのがメインで、会場の様子なんてほとんど知らないのだけれど、人によって「外国人が多いね」とか「女の人が多いね」とかいろいろ聞いた。確かに一見、なんも関係なさそうな外国人のノンケカップルに見えるような人たちが、実はなんかよく見ると身体にレインボーを付けまくってる、、なんてのも目撃したんだけどね。ただやはりというか、楽器関係者は少なかったような(笑)まぁパレードで楽器を吹く、というのは一種の「自己主張」で結構それが快感だったりもするので、それがないとあんまり興味がないかな、と思ったり。 あとはマスコミ関係者を割と見かけた。なんか一見なんの関係もなさそうな経済誌だったり、放送局だったりいろいろ。。最近、企業で「LGBTダイバーシティ」なんかが注目されてて、その影響なのかな。またブースも一見、LGBTになんも関係なさそうなベーグル屋さんとか、そういうのもあったし。そういう意味では前に比べると別の方面(経済的な面)から注目され始めたのかも知れないなと思う。前はパレードがあっても全然報道されなかったものねえ。 あ、あと、ゲイカップルで同性婚しているアメリカ大阪総領事の人たちも来てた。わたしは見てないけど、パレードが終わったあとのステージで何か挨拶があったらしい。そういや、政治家のみなさんも来てましたねー。そういう意味では政治的でもあったかも。でも政治が変わらないとわたしらの生活も変わらんもんね。政治家の人たちもどんどん参加してもらって、大いに政治的になった方がいいと思う。 ちなみに主催者側の発表では、パレード参加者2500人、沿道参加者2000人なんだそうだ。わたしらみたいにパレードの登録もせず、沿道からも見なくて、ただ会場に行っただけの人間ってカウントされてるのかな。 「もうすぐパレード出発です」ってときに、わたしらは会場を後にして、表参道のgossipってゲイフレンドリーなカフェに行った。一回、彼女と一緒に行ってみたかったんだよね。 わたしらみたいにパレード抜け出してここに来てる人はいるかな、と思ったんだけど、わたしらが店に着いたときは、店の中はだーれもいなかった。そしてしばらくの間はうちら2人だけで、疲れてたんだけど、とてもゆっくりすることができた。お店の人もわたしらを見たらカップルだと思ったのか「今日、パレードやってるんですよね」って聞いてきた。なので「うちら、パレード会場にいたんですけど、パレードには参加せずにこっちに来たんですよ」って話したりして、和やかなムードだった。コーヒーおいしかった。 ってわけで、この時期にやる初めてのパレードにしては随分人が集まったんではなかろうかと思う。わたしは事前の宣伝があんまりないなーと思ってたんだけど、そうでもなかったみたいね。 今年は8月にもまたパレードがあるし。 わたしは東京に2つパレードがあったっていいと思ってるんだよね。選択の余地ができたし、出たい人は2つとも出ればいいし。。ただ、大変だろうけど、単発でなく継続してやって欲しいなーと。継続することによってまた参加する人が増えてくるだろうしね。それは毎年じゃなくても2年おきでも3年おきでもいいんだけどね。継続するってことが分かっていれば。 なんて部外者からの勝手な意見でした(笑) あーでも久々に仲間に会えて嬉しかった。 |
04-27,2012
レズビアンになったきっかけ?(その2)
その1の続き。
前に > というわけで、長くなったけど、わたしがレズビアンだって気が付いたまでを次から書いていきたいと思う。 って書きながら、なかなか書き出せなかったのは、わたしの中にどうしても「性的指向」と「ジェンダー」をごっちゃにされてしまう恐れがあるんじゃないかと思ったから。そこのところに【注】を付けないと、これを読んだ人が「レズビアンはみんなこうだ」って思われると困るから。 正直言って、わたしは一般的な「レズビアン」には程遠い存在だと思う。レズビアンといっても、わたしは「他人に恋愛感情を抱くことがない」Aセク(無性愛)寄りだと思うし(ただし、無性愛(Aセク)の定義については諸説いろいろあるようで、Wikipediaに言及されている「無性愛」と「非性愛」の項目については現在「問題がある」と書かれている)、ジェンダーについては「分からない」し。 ジェンダーについての「分からない」ってのはね、ジェンダーとかジェンダーロール(性役割)については「存在する」ということは分かるの。これは頭でね。だけどわたしの中には「○○らしくなりたい」とか「○○らしくしなくては」という概念が存在しない。それが前の日記に書いた「わたしはおそらくジェンダー受容体みたいなものが欠けている」と書いた理由。わたしはそれがないので全くよく分からないのだけれど、それが「ある」人にとっては「○○らしくなりたい」とか「○○らしくしなくては」と自然に思えるのだろうね。特に「○○らしくしなくては」というのは一種の「圧力」と感じる人がいて、だから「生きづらい」と思える人がいるんだと思う。 そういうのが一切ないわたしは、そういう「圧力」を全く感じたことがない。わたしはいつも「○○らしくなりなさい」と言われて悩んだ、とか生きづらさを感じた、という本を読んだときに「自分はかなり『女らしく』から外れた人間なのに、何も言われたことがないなんて、幸せな人間だったんだなあ」と思っていたのだが、よくよく考えてみると、全く言われなかった、ということもないんだよね。本当は他の人と同じように言われてたのかも知れないけど、気にならなかったんでその記憶がほとんど消えちゃったんだと思う。それとそういうことに対する「同調圧力」を感じる能力も欠けているので「圧力がかかっている」と感じたことがない。だから他の人と比較してどの程度そういうことが言われたかとか圧力がかかっていたかすら、実は覚えてないんだよね。だからその点については感じない分、わたしは「幸せ」なのかも知れない。 この「○○らしくなりたい」とか「○○らしくならなきゃいけない」と無意識で思ってる人はこの世で多いらしく、というかそういう人にとってはそれは既に「自分らしいこと」らしいんだよね。で、本当はその「○○らしい」というのは個人個人で異なっているはずなのよ。それと古今東西で「○○らしい」というのが統一されているわけでもなく、一方の地域で「男らしい」と思われていることが、他方の地域ではそうではない、ということはよくある。「男らしさ」とか「女らしさ」なんて、その時々で変わってくるし、個人個人でも異なっているもので、どこにも統一された「男らしさ」や「女らしさ」なんてものは定義されていないのに「男らしくしろ」とか「女らしくしろ」って言う人はなんなんだろうねって思う。そういう人は自分こそは「男らしい」とか「女らしい」って思ってるんだろうけど、「男らしい」とか「女らしい」の定義がないのによくそういうこと言えちゃうねって思う(ジェンダーフリーバッシングしてる人とか)。 要するにそういう人たちって「自分がルールブックだ」(古い)と思って自分の物差しブンブン振り回してるのと一緒だと思うんだけどね。そしてもしかしたらそういう人って逆に「○○らしくしなければ」という思いが強すぎる人で、だから人にもそれを要求しているのかなと思えて来ちゃう(自分も苦しんでるんだから、お前も苦しめ、みたいな)。普通になんの圧力も感じずに「男らしく」とか「女らしく」してる人の方が、その人にとってはそれが「自分らしくしている」と思っているわけだから、他人に寛容かも知れない。まぁわたしにしてみれば無意識に「男らしく」とか「女らしく」したいって思う人の気持ちがさっぱり理解できないので「本当にこの世の中にそういう人っているの?」って感じなんだけど。。(それはわたしがこの世の中の人に対して「本当に異性のことが好きって思ってる人がいるの?」と思えるのと全く同じだと思う。わたしにとっては「同性が好き」なのは自然のことなので「異性が好き」な人の気持ちが全く分からない。ということは裏返せば異性愛者にとっては「同性が好き」という気持ちも全く分からないのだろうと思う。だから「いつレズビアンになったんですか」って聞かれるわけだよね(苦笑)) あーあとわたしはこの「自分らしく」ってのも嫌いです(笑)というか「自分らしいってなに?」って思う。自分は自分なんだから、自分がすることは既に「自分」であって、決して自分「らしい」ものではないと思うんだよね。でも「自分らしくありたい」とは言うけど、あんまり「自分でありたい」とは言わないよね。なんでなんだろうね?そして「自分らしく生きろ」は、そうとしか言いようがなく「自分を生きろ」になると意味が変わってきてしまう。わたしはこの「らしく」って付けると「ニセ自分」みたいなイメージを持つんだけど、「らしく」の用法間違えてるのかなあ、、 なんてことをつらつら書いていたら、また長くなった。 要するにわたしが言いたいのはこれは「わたし」の場合であって、他のレズビアンの人にすべて当てはまるわけじゃないんですよーってことなんだよね。多分レズビアンの中でもわたしのように「ジェンダー受容体」がない人は少ないんじゃないのかなあって思う(今まで出版されている「カミングアウト本」を読んでみても)。で、わたしの場合、ジェンダー受容体がなく、しかもジェンダー自体が「分からない」か「どちらとも決めたくない」なわけなので、多分、周囲からは「女らしくない」とか「男っぽい」とか思われてると思うのよね。でも、今まで書いてきたように、わたしは「○○らしくしたい」とか「○○らしくしよう」と思ったことなど一度もなくて、わたしが思ってたのはひたすら「自分はどうしたいか」だったので、そこに「男」とか「女」のフィルターがかけられてないんだよね。 「トランスジェンダリズム宣言―性別の自己決定権と多様な性の肯定」って本があってね、その中に「トランスジェンダーという言葉を作った人」のことについて書いてある。 「トランスジェンダー」という言葉を作ったのはヴァージニア・プリンスという人で、その人に寄れば「身体的性別であるセックスではなく、社会的性別であるジェンダーに違和感を抱く自身を表わすため」に作った言葉、なのだそうだ(130p)。 この定義によれば、わたしはまさしく「トランスジェンダー」なのだが、昨今の「トランスジェンダー」という意味の中には「身体的性別の違和を持つもの」が定義されてしまっているために、今の意味での「トランスジェンダー」の中にはわたしは入らない。わたしには性別違和はないからね。これ、いつの間に「性別違和」が含まれる言葉になってしまったんだろうって思う。おそらく推測するに、性別違和を持つ人とジェンダーに違和を持つ人というのは非常に近い関係で、しかも性別違和を持つ人の方がジェンダー違和を持つ人よりも数が多いんじゃないだろうか。だから、いつの間にかジェンダー違和だけでなく、性別違和を持つ人、という意味が含まれてしまったんじゃないかと思ったりする。 そういえば「性同一性障害」(GID)と診断されるガイドラインの中の「性別違和の実態を明らかにする」の中に「反対の性役割。日常生活のなかでも反対の性別として行動する、あるいは行動しようとする。しぐさや身のこなし・言葉づかいなどで反対の性役割を演ずる、あるいは演ずることを望んでいる」ってあるんだけどさ、ここでも「性別違和」と「ジェンダー」がごっちゃにされてると思うんだよね。大半の人は自分の(感じている)性別と性役割が一致しているのかも知れないけど、そうじゃない人もいるかも知れないのに。というか、これでは自分の(感じている)性別と性役割が一致しない「性同一性障害」の人は救われないよね。 要するに「今の自分の身体は男でも、自分は女だと思っている。けど別に女っぽくしようとは思わない人」なんかの存在は無視されている(少し専門用語を交えると「男っぽいMtF」は存在しないってこと。また逆の「女っぽいFtM」も同じ)。もし、こういう人たちが存在するとして、そして強い性別違和感を感じて性別適合手術(SRS)を受けたい、と思ったときは、無理に自分の「やりたくない」「男らしさ」とか「女らしさ」を身につけて医者に認めてもらわないといけない。これっておかしいんじゃないの?ってことだ(尤も「セクシュアリティの多様性と排除 (差別と排除の〔いま〕 第6巻) (差別と排除の「いま」)」の第4章(126p~)によると「性同一性障害」と診断する精神科医師は、特に「過度な」反対の性役割は求めていない、とのことだけれど(それより本人が性別移行後にちゃんと暮らせるかということに重点を置いているらしい))。でもある程度の「反対の性役割」は「マナー」だと言い切ってるので、わたしからするとそれは「なんだかなあ」って感じがするけどね。男っぽいMtFがいてもいいし、女っぽいFtMがいてもいいじゃん、ってわたしは思う。 って話がどんどん逸れていく(汗) わたしはただ「性的指向」と「ジェンダー」は無関係っていいたかっただけなのに(笑)いつの間にか「性別違和」と「ジェンダー」が混同されている、という話になってしまった。 でもわたし自身、長い間「性別違和とジェンダー」について分離できなかったからね。だから、わたしはずーっと以前から「自分にはジェンダーはない」って思ってたけど、それと「トランスジェンダー」との間がすっぱりと分かれなくてなんだかずっともやもやしてたんだよね。性別違和は感じていないので、わたしはトランスジェンダーではないのだが、だけれども自分は一般に「女らしく」はなりたくなかった(もちろん「男らしく」にもなりたくなかったけど)、何かトランスジェンダーと「似ている部分」もあって、それがなんなのかよく分からなかったんだよね。 ちなみに「なぜ同性愛者が生まれるのか」について「ゲイの脳は異性愛者の女性に似ていて、レズビアンの脳は異性愛者の男性に似ている」といったことが「ごく自然に」前提条件になっているけれども、その考え方ってまさに「男と女は惹かれ合って当然」という「異性愛主義」に基づいているものなのだよね。 「男であるのに男が好き」→「男が男を好きなんて考えられないから、男好きな男の脳は女だ」→「だからゲイは女っぽい」 「女であるのに女が好き」→「女が女を好きなんて考えられないから、女好きの女の脳は女だ」→「だからレズビアンは男っぽい」 しかし、もう一方で「なぜトランスジェンダーが生まれるのか」という疑問もあるわけだよね。 「身体が男であるのに自分は女であると思っている」→「それは身体が男でも脳が女だからだ」 「身体が女であるのに自分は男であると思っている」→「それは身体が女でも脳が男だからだ」 ゲイやレズビアンとトランスジェンダーは全く違うものなのに、結論が同じになってしまう。これっておかしいでしょ? また、トランスジェンダーの中にはゲイもレズビアンもいる。 「身体が男であるのに自分は女だと思っている。しかし好きになるのは女性」 「身体が女であるのに自分は男だと思っている。しかし好きになるのは男性」 こういう人(MtFレズビアン、またはFtMゲイという)は確実にいる(わたしの知り合いにもいる)。それもMtFレズビアンはMtFの中でもかなりの割合でいるという人は多い(ちゃんとした統計は取られていないけれども、当事者でそう実感している人はいる。FtMゲイについては、MtFレズビアンよりも少ない。これも当事者の中での実感だそうだ)。 こういう人たちの場合、その人の脳はどうなってると説明するのだろうね?はっきりいって「異性愛主義」ではこのような場合は「説明不可能」なのだ。 なのに平然と「男好きな男の脳は、女性の脳だ」と思い込まれている(例えばこういう本に書かれてたり)。いや「脳」に限定しなくても、なんらかの「女性と同じ部分」を探そうとしている(例えば脳梁だったりホルモンだったり)。 それって根本的に違うのだ。だからこういう研究をしている人は「男と女は惹かれ合って当然」という考え方である「異性愛主義」から脱するべきで、脱するためにはもう少し性的少数者(セクシャルマイノリティ)の実態について勉強したり、クィア理論などを勉強した方がいい(ただ正直、クィア理論はわたしもよく知らない)。 同性愛者はただ「同性」が好き、というだけなのだ。 「男として男が好き」 「女として女が好き」 ただそれだけなのだ。そこに余計な「異性愛主義」や「ジェンダー」はいらない。 あ、でも尤も「男らしい男の人が好きな男の人」とか、そういう意味では個人の好き嫌いには「ジェンダー」は絡んでくると思う。「女っぽい男が好きな男の人」はあんまり聞かないけど、レズビアンの方では「フェム(女っぽい)好き」と「ボーイッシュ(男っぽい)好き」の両方がいるからねー。ちなみにわたしはフェム苦手(笑)自分も全然女っぽくないけど、女っぽくない女性が好みです(だからといってあまりにも男っぽい人も苦手)。 でもこれって異性愛者も同じだよね。男性がすべて「女っぽい女性」に惹かれるとは限らないように。女性でも「男っぽい男性は苦手」って思う人もいるように。そういう「好み」においては、異性愛も同性愛も変わりがないんだよねー。 ってところで、その3へ続く。。 【注】この日記の中には「性同一性障害(GID)」と「トランスジェンダー」をごちゃごちゃにして書いてありますが、「性同一性障害(GID)」は一般に医療用語であり、「トランスジェンダー」は上にも書いたとおり「当事者が作った言葉」で、根本的には異なる言葉なんだけれど、今の日本の中では「トランスジェンダー」の中に「性同一性障害(GID)」があると位置づけられる考えが一般的で、「性同一性障害(GID)」の人は性別適合手術を望む人、というようなイメージがあります(一方「トランスジェンダー」は性別違和はあるけれど、様々な理由があり性別適合手術はしない人、というイメージがある)。しかし、トランス業界は非常に複雑なので「トランスジェンダー」「性同一性障害(GID)」の関係も複雑で、そうすっきりと分けられるわけではないです。 |
04-24,2012
04-24,2012
付き合いの長さの差なのか
昨日は病院の日。
いやー、先週、なんかこっちが起きた後、唖然とする夢を続けて3つも見てしまったので、先週のカウンセリングの日に「こういうことって他の人にもあるんですかね?」とか「こういうのって心理学的に言うとどういうメカニズムなんですかね?」とか聞いてみたのだが、カウンセラーさんは「わたしは体験してみたことがないので分からないですが、そういうことが○○さんにあったってことだからいいんじゃないですか」とか「夢の解釈にはいろいろ学派がありますけど、○○さんの中にそういうものがあったってことなんじゃないですか」とか、どうしても「わたし」個人に帰結させるような、なんかはぐらかされたというか、わたしの質問に答えてないというか、そういう感じがして「やっぱカウンセリングなんて受けても無駄なんじゃないか?」と思って帰ってきたのだが。 そのことを主治医に話したら「自分は意識していなくても抑圧しているものが夢の中に出てくるってことは有り得ますね」と。なるほど。わたしの場合、抑圧されたものが出てきたんじゃなくて、抑圧から解放されたものが出て来ている可能性があるなーと。 っていうか、たった一言、そう話してくれるだけで、わたしは納得がいくし、それでまた自分の考えが深められるのだ。 ってわけで、今の状態はどっちにカウンセリングしてもらってるのか、って感じ。まぁ主治医曰く、そういう会話の積み重ねが必要とのことだが、なんかこっちとしては「のれんに腕押し」みたいな感じがして、カウンセリングに行くたびにストレスが溜まっていく(笑) まぁ主治医も「自分もきちっと精神分析ができてるわけじゃないし、患者さんとのやりとりの中で『あ、これは違ったかな』と思ったら、修正して話していく」って言ってたんだけどね。 なんかさ、わたしとしては主治医が自分の持ってる「手の内」を見せてくれるので、会話がしやすいんだよね。カウンセラーさんとはなんか、わけ分からないブラックボックスと話しているような気がする。 もしかしたら、カウンセラーさんは「カウンセリングの手法について」なんて言いたくないのかも知れないけど。わたしとしては、それを明かしてもらって、どうしてそのような質問を投げかけるのかとか、そういう「意図」が分からないと「なんでこういう質問をしてくるのだろう?」って思っちゃうんだよね。特に今、向こうが質問してくることって、わたしにとって「それってなんか関係あるの?」って感じの質問ばかりだからさ。 これって単なる「付き合いの長さの差」なんだろうか。そこんとこがよく分からない。。それとも今のカウンセラーさんとは合わないのかなあ。まぁそれを言うと今の主治医に慣れ始めたのは、わたしが入院して以降だから6ヶ月くらいかかったし、入院してなきゃ今もあんまり慣れてなかっただろうからなぁ。。 ところで今回主治医に「いやー、なにもしたくないってときがあって、そのときはもう何もしないって決めたんですけど、何もしないって言うのは結構つらいんですよねー。寝るってのは有りなのかも知れないですけど、今のわたしは前と違ってずーっと眠れるわけじゃないから、昼間は起きてたいですし」って話したら「確かに何もしないのはつらいですよねー。それじゃ、身体を動かしましょう!」と言われた。 なるほど、それはいい考え。これからは季候もよくなっていくことだしね。 ってことで、近所を散歩したりして、少しずつ身体を動かしていきたいなと思っている。勉強の方もぼちぼちやり始めるつもり。 |
04-20,2012
レズビアンになったきっかけ?(その1)
このブログは頻繁に「レズ きっかけ」「レズになった理由」「なぜレズビアンになるのか」「ビアン 気づく」「ビアン きっかけ」などの検索用語で引っかかっている。「ビアン」という用語で検索を掛けてくる人はおそらく当事者だろう。日本では「レズ」という言葉の印象があまりに悪いため(ポルノチックなイメージがあるなど)、当事者は自らのことを「ビアン」と呼ぶ人が多いからだ。ただ、この言葉に出会う前は当事者でも「レズ」以外の言葉を知らないため、「レズ」という言葉を使うこともあるし、この言葉が汚辱にまみれていると知っていてわざと「レズ」を使う当事者もいる。「レズ」と検索を掛けてくる人は「ビアン」という言葉に出会う前の当事者か、当事者以外の人だろうと思っている。
ちなみにわたしは「レズ」にはやはり嫌なイメージがあるので、自らのことは「レズ」とは呼ばず、さりとて「ビアン」では一般の人には通じないので、「レズビアン」と略さない形で言ったり書いたりしている(と言ってもこのブログの初期の方では「ビアン」を使っている。あるときに「ビアンじゃ一般人に通じんじゃん」と思って「レズビアン」表記に変えた)。 随分前の話だが、性的少数者(セクマイ)関係ではないオフ会に行ったことがある。もちろんわたしはレズビアンをカミングアウトしてるし、そこでも平気で彼女との話をしたりしていたのだが、オフ会が始まっていろいろ話をした後、急に「Ronさんはなんでレズになったんですか?」と聞かれた。その人はダンナさんと来てた女の人で、ダンナさんから「そんな失礼なこと聞いちゃダメじゃないか」と言われてたのだが、もしネットで全く知らない人から「なんでレズになったんですか」とメールで聞かれたのなら、わたしは「まずそれが全く知らない人に対して使う言葉か。当事者以外に『レズ』とは呼ばれたくないわ」と思い、返事もしないところだが、会って話している人は別だ。そこでは「じゃあ、あなたはいつ異性愛者になったんですか?」って聞き返したのだが、先方はその意味がよく分からなかったようだ。 しかし、この質問をずばっと目の前でされてから「やっぱり異性愛者の人はそう思ってるんだなあ」と思って逆に感心してしまったほどだったんだけどね。 ちなみにわたしが「じゃあ、あなたはいつ異性愛者になったんですか?」ってその人に聞いたのは、わたしが「自分はレズビアンに『なった』」とは考えてないからだ。あるときまで異性愛者で、それから何かがあって、それでわたしはレズビアンに「なった」わけじゃない。生まれつきレズビアンだった。そのことにあるとき「気が付いた」だけなのだ。 よく「レズに目覚める」とか言われるけど、それって女が無理矢理女にセックスされて、その気持ちよさに同性に目覚めて、という三流のポルノに出てくる話のようで、わたしはあんまり好きじゃないんだけどね、そういう話。まぁ中にはそういう人もいるかも知れない。それはわたしは否定しない。というか、否定するしないじゃなく、存在するしないだからね。そういう人は「わたしはレズに目覚めた」と言うかも知れない。 けど、今、世に出ているゲイやレズビアンの「カミングアウト本」を読むと、全然そうじゃないよね。ちなみにゲイやレズビアンのカミングアウト本はいろいろ出ているが、わたしはつい最近「ボクの彼氏はどこにいる?」(石川大我著)、「先生のレズビアン宣言―つながるためのカムアウト」(池田久美子著)、「カミングアウト―自分らしさを見つける旅」(尾辻かな子著)、「Coming OUT!」(笹野みちる著)を読んだのだが(尾辻さんの本と笹野さんの本は再読)、同じ同性愛者でも全然違うんだな、って思うんだよね。 っていうか、これらの本は4冊とも違うのだが、それでもわたしからすると「かなり似通っている」。彼らはかなり幼いというか、小さい頃からなんとなく「同性に惹かれる自分」に気が付いている。そして学校生活はそのことを隠したりするために、かなり苦労したりしている(笹野みちるは違うけどね)。多分、こういうのが「同性愛者」の一般的な姿なのかなーと思う一方、それとは全然違った形で「気が付いたわたし」は、一体なんなのだろう、とか、どうしてなのだろうとつい、考えてしまうのだ。 池田さんや笹野さん、特に笹野さんは女子校出身ということで「周囲に男友達が全くいなかった」と書かれている。尾辻さんは共学だったみたいだけど、やることが男っぽいということで、同級生から「尾辻は中性」と冷やかされて、それを懸命に否定してる。 わたしは全く逆なのだ。多分、わたしのようなケースは稀なんだろうけど。。で、稀だからこそ「一般論」で語れないんだよねえ。どこが「稀」かというと「他人から何を言われようと気にしない性格」だったことと、あとわたしは「ジェンダー(社会的、文化的な性)」が女でも男でもなかったこと、それと「ジェンダー受容体」みたいなものが欠けてるからだと思う。って書くとわけが分からないだろうけどね。しかも「性的指向」と「ジェンダー」は本来、全然関係ないものなんだよね。でも特にレズビアンの人のカミングアウト本を読むと、性的指向とジェンダーがごっちゃになって出てくるんだよね。それはやっぱり「女は女らしく」って周囲からの圧力が大きいからだと思う。 って書くと「やっぱりレズビアンは男っぽいのか。。」と思われるかも知れないけど、これも全然違う。しかし、一般には「レズビアンは男っぽい」と思われてる割に、AVなんかで出てくる「レズもの」の女優さんは全然男っぽくなく、むしろ「艶めかしいイメージ」があるわけで、こう考えるといかにマジョリティーに「都合良く」考えられてるかって分かるよねー。 というわけで、長くなったけど、わたしがレズビアンだって気が付いたまでを次から書いていきたいと思う。→その2へ |
04-18,2012
04-17,2012
04-12,2012
敏感に反応する身体
という題名だけだと、すっごくやらしい感じがするけど(笑)
そうじゃなく、カウンセリングについてなんだけどね、話は。 わたしの認識では普通カウンセリングって言うのは、カウンセラーさんと話し合うことによって、今まで自分が気が付かなかったことや考えてもみなかったことを考えることによって、問題が解決していくんだって思ってた。 けど、今までカウンセリングを受けて、わたしの場合はちと違うんでないかと思い始めた。 というのはね。カウンセラーさんはいつも「じゃ、次回は○○について考えて行きましょう」って言うんだけどさ、次の1週間までにわたしはそのことを考えちゃって、自分なりに答えを出しちゃうの。だから、次のカウンセリングは「○○についてですが、これこれこうで、わたしはこう思います」って言うことになっちゃって、結局カウンセラーさんはわたしの考えを「じゃあ、これはこういうことですね」って確認するだけなの。 しかも、それに加えて頭では考えてないのに、身体がすんごい反応する。 前回のカウンセリングで「次回はなぜ頭ばかりで考えて行動するようになったのか、いつからそうなったのかを考えましょう」って言われたんだけど、この1週間で彼女と話してるうちに気が付いちゃった。それがいつ何が原因で起こったことか。 そしたら、元々最近眠くて朝起きるのが大変だったのが、それに加えて今度は疲労感やなんて表現していいのか分からない不安感や恐怖などの気持ちが出てきた。わたしはパニック障害は持っていないのだが、ちょっとパニックに近い症状(もうどうしていいのか分からない、と言った気持ち)も出てきたりして。 なのでベッドで寝ころんでいたのだが「あれ、この感覚、どこかで味わったことがあるぞ」と思えてきた。それはいつのことかと思い返したら、その「原因があった時期」なんだよね。 その時期、わたしはあることが原因で何をやるのも気力が湧かず、できれば家に引きこもっていたいって思ってた。けど、ある方法で無理矢理やらなければならないことをやっていた。やる気が起こらないのに無理して物事をやり続けていくとさらにやる気が起こらなくなって身体が動かなくなる。結局わたしは無理に頭と身体を動かすことによって、1回目のうつ病を発症してしまうのだが、今日の朝の状態はその「無理矢理身体を動かしていた時期」によく似た状態だったのだ。 「もしかしてこれって、ここからやり直せってこと?」って思った。あのときは無理矢理身体を動かして、病気になってしまったが、今度はここで休養することによって身体を正常な状態に戻していけばいいのか?って。 今日、そのことをカウンセラーさんに話してきたら「それは考えられます」って言われた。ある「証拠」を持って行ったら「やった!」と思われたのか、今まで見たことがなかった笑顔が見られたりして「まぁ、これってある意味『心理学的』に見ると典型的に当てはまりやすいものがあるんだろうなあ」って思ったりした。果たしてカウンセラーさんはその「証拠」に対して分析し始めたんだが、それを聞くと「あー、やっぱりそういう見方をするんだなあ」って思うような考え方だった。ただ、わたしに関しては当てはまる部分とあんまり当てはまらないような気がしたので、それについてはちょっと反論したりしたのだが。 そして、実はその「やる気が起こらないときに無理矢理やっていた」ことが、うつ病が治って、身体がどんどん動くようになったときに拍車を掛けてしまったんだよね。頭が指示を出したことに身体をすぐに反応させる。身体の調子が良いときはそれができて、どんどん前に進むことができる。だから、頭は「やろうと思ったことはできて当たり前」だと思っちゃったんだ。そして身体がいつの間にか疲れていることに全く気が付かなくて、そしてわたしは身体が疲れて動かなくなってしまい、2度目のうつを発症した。身体の声を全く聞かなかった(聞こえなかった)ことが、2度目のうつの原因。 そして今になって、(いろいろな理由もあり)再び身体が動かなくなってしまって、頭で思ったことが即、できなくなってしまった。だから頭は「なんでできないんだ」「情けない」「罪悪感を感じる」ことになってしまった。「罪悪感を感じる」から、あまり休めないうちに頭は身体を動かすことを指令し、身体を無理矢理酷使して、そしてすぐにまた身体が動かなくなる、の負の循環に陥っている。頭は身体の悲鳴が聞こえない。「心の声を聞いてみましょう」と言われた後、わたしの身体にはいろんなことが起こったが、そこからかすかだけれど「休みたい」という身体の声が聞こえるようになって来た。だけど、頭は身体が休むことを許さない。だから月曜日に主治医に「休むことに対して肯定して欲しい」って言ったんだけどさ。 でもその声は既に声ではなくなって、直接「身体の疲労感」として捉えることができるようになった。これって進化と言えば進化なのだが。正直、身体の疲労感があるから本人はつらい。「いつまでこの状態が続くんだよ」って思ってしまう。 まぁ、こういうことを今日のカウンセリングでは話してきたのだが。カウンセラーさんはわたしの言うことを否定せず、ただわたしが言うことを「まとめてみるとこういうことですね」って感じで話したり「わたしはこういう理解をしています」みたいなことを言われたりした。でもそれは「違うんじゃない?」って思ったりもしたんで、そこら辺は「違うと思います」ってはっきり言ってきた。 そういうわけで、わたしはカウンセラーさんから「次は○○について話しましょう」と言われると、1週間後には答えが出てて、しかも、身体もそれに反応してしまうと言う「特異体質」みたいだ。 そのことについてもカウンセラーさんに話したんだけど、それについては「○○さんは自分を信頼してるんですね」みたいなことを言われた。うーん、そうなのかどうかはわたしは知らん。次週は「そういう風になっちゃった身体について考えてみましょう」と言われたのだが、なんか1週間後はケロッと治ってるような気もする。っていうか、いい加減治ってくれないと困るのだが。 今のところ、カウンセリング自体の効果はあんまりあるとは思えない。が、カウンセリングを受けているんだ、と思う気持ちがわたしをどんどん変えていくような気がしている。 |
04-12,2012
開花宣言していい?(桜日記3)
![]() 今朝起きたときはまだ咲いてなかったんだけど、カウンセリングから帰ってきたら咲いてた。今日は暖かかったんで花開いたのかな。1つだけだけど。 っていうか、この花の状態は「開花した」って言っていいよね? というわけで、ようやくうちの桜が開花しましたー! |
04-11,2012
もう少し(桜日記2)
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04-09,2012
もうすぐ咲きそう(桜日記1)
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04-09,2012
病院の日
ホンマに最近は「闘病日記」じゃね。
というわけで、今日は病院の日。 わたしの状態といえば、耳鼻科に行って、症状が少しおさまったと思ったら、今度は猛烈な眠気に襲われて、朝も昼も晩もずっと寝てばかり。もういつでも横になりたくて仕方がない。横になったと思えばすぐに眠れてしまう。ただね、朝6時少し前になるとやっぱり起きちゃうんだよね。それも今までは浅い眠りになってから起きる、みたいな感じだったのに、今は深い海の底からいきなり水面上に引っ張り出されるような、無理矢理起こされる感覚。それ以降2時間くらいは寝てるか起きてるか分からないように「ウトウト」してる。だから、余計、朝眠い。 彼女は「3月後半、これだけいろんなことがあったんだから、身体は疲れてて当然だよ。だから、しばらくは休んだ方がいいよ」って言ってくれるんだけどね。わたしは身体が眠りを欲していると分かっている一方、その睡眠時間が勉強時間に充てることができなくて、ものすごくイライラするし、もどかしいの。それと情けなくて。 まー、今回、精神科の主治医にはこんな感じで話したら「これはあくまで精神分析の解釈の一つなんですけどね」と言って、わたしのこの眠さの理由について分析してくれた。それによると、わたしの身体というのは、割と精神的なものにすぐ反応してしまうらしい。なので頭は「これで問題は解決した。気持ちが軽くなった」と思っても、身体はまだそう思っていなくて、今まで使ったエネルギーやこれからまだ使わなければならないエネルギーのことを考えてしまって、それが「眠さ」となって現われているのではないかと。そういう状態で、今飲んでるロヒプノール1mg×2ってのは、身体に関してちょっと多い可能性がある、ってことで、ロヒプノールは1mg1錠のみになった。セロクエル半錠ってのは変わりなし。 「ってことは、この問題が続く限り、わたしの眠気は治まらないってことですか?」と聞くと「まー、そういうことですかねえ」って、それじゃ、わたしのこの「眠い」のはもうしばらく続くと言うことなのか? 「鬱っぽいと思われる症状はないですか?」と聞かれたので「頭の方は勉強ができないのですごく罪悪感があって、鬱っぽいと言われれば、そういうことだけですけど」って答えた。で、わたしが「いつまで休んでなきゃならないんですか。本当に今のわたしは休みが必要なんでしょうか」って聞いたら「本当はどうしたいですか?」って言われたから「そりゃ、勉強したいです。でも、心のどこかで『休みたい』って思ってることも確かで、誰かに『休め』と言われると肯定感が増します」と答えたら、主治医、こっちを向いてにこっと笑って「じゃあ、身体の声を聞いて休んでください」って。 えー、それじゃあいかにもわたしが「休みなさいって言ってくれ」って言ったのをそのまま言ったみたいじゃない。わたしはそういう言葉なしに「休みたいのなら休みなさい」って言って欲しかったのになあ(笑) っていうか、うつ病患者、というか、うつになった人間って多分心のどこかで誰かから「休んだ方がいい」って言われたいって思ってると思う。そうじゃないと休めない。だけど本当にうつ病のこと分かってる人じゃないとそんなことは言ってくれない。本人が頑張ろうとしてるんだから「無理しないでね」くらいしか言ってくれないと思うんだけど、それって却って本人を苦しめる言葉なんだよね。「やっぱり休んじゃいけないんだ」って思ってしまう。心の底では本当は「つべこべ言わずに休め!後先のことなんか何も考えなくていいから今すぐ休め!」って言われたいんだよね。そう言われて初めて自分が休んでいいんだと思える。自分が休むことを罪悪感を持たずに肯定できる。 それは今、わたしは(一応)うつ病患者ではないけど、よーく分かっててね。だから敢えて「本当は休めって言って欲しい。そうしたら自分が肯定できるような気がする」って相手にも言っちゃうんだけどね。 と、話が逸れた。 で、主治医は「そういえば、カウンセリングの方はどうなってますか?」って言われた。だから「もう大きな問題の方はいいんで、これからは頭が身体に先走って物事をやってしまって、それによって身体が疲れても止められない性格をどうにかしたい、ということを話し合うことにしました。それは2回目のうつの原因になってるし。あと、カウンセリングに対しての不満とかも全部言ってきました」って言ったら、すっごく嬉しそうに「言ったんですね」と言われた。っておいおい「不満も全部ぶちまけろ」と言ったのはアンタじゃないか、と心の中で突っ込みましたですよ(爆)ともかく主治医は「カウンセリングへの不満」をぶちまけたことに対して喜んでいた。わたしの場合は多分、そういう「ぶつかり合い」を重ねることによって信頼関係ができるんじゃないかと言ってた。これは多分、主治医とわたしの関係から、主治医がそう考えたものなんだろうなって思った。まー、今の主治医とも紆余曲折がありましたからね、いろいろと(笑) ただ、今はわたしの状態に対して「一つの解釈として」という注釈付きでも精神分析をしてくれたりして、わたしが「何を知りたいか」を満たしてくれる(その解釈がわたしに当てはまるか当てはまらないかは別としてね)、いい存在になったなあと思っている。ある意味、カウンセラーさんより話しやすかったりするからね。こうやって主治医に報告しながら、カウンセラーさんとの関係を構築していくのがいいのかな、と思ったりして。 で、わたしの場合は「2週間で様子がコロコロ変わるから」ってんで、否応なく2週間後に再受診。前回まで「次はいつにします?」って言ってたくせに(笑) 歯科の方は相変わらず。というか、この1ヶ月間にあったことを話そうと思ったら、めまぐるしく状況が変化しすぎて説明するのに苦労した。別に歯科は精神科と違うから、あんまり詳しく状況を説明してもねーって感じもしたし。まぁ「歯の状態は全く変化してません」ということは言ってきた。 そして今日は家に帰った後、髪の毛を切りに行ってきた。なんと入院する前日に切って以来。「随分伸びましたね」と言われたけど、そりゃ、あれから半年くらい経ってるもんね。ただあのとき「明日から入院するのでバッサリ切って下さい」と言ったのは覚えてるけど、それ以外は何を話したのかさっぱり覚えてない。なのに向こうはいろいろ病院のこととか聞いてきたので「わたし、あのときどこまで話したんだっけ」と思ったのと「この人、すっげー記憶力」と思ったのだが、美容師さんって職業上、個人個人でその前何をしゃべったのかちゃんと覚えてるもんなのかしらん?ちなみにわたしは基本、髪の毛を切ってもらってるときは無言です。本も読まない(読めない、目が悪いから)。ずっと自分の前の鏡に映った自分の姿を焦点の合わない目でぼんやり見てるだけ。んで「これから暑くなるから」って言って、今回もバッサリ切ってもらった。これであと半年は美容院に行かずに済む(笑)← というわけで、今日は日中寝てないし、本当に疲れた。今すぐにでも眠れそう。 しかし、精神科の主治医の「じゃあ、身体の声を聞いて休んでください」ってにっこりこっちに向かって笑って言った姿が忘れられないなあ。あのとき「こっちが言ってくれって言ったから言ってくれたのかよ」って思ったのに、つい、信じてしまいそうになるじゃんか。 |
04-05,2012
アレルギー?
なんか最近すっかり「闘病日記」と化してるこのブログだが(苦笑)
正直、身体の調子が悪すぎて、他のことを考えている余裕がない。 昨日「風邪がぶり返した」って書いたけど、昨日の夜は喉じゃなくって鼻の奥の方(のどちんこの裏、と言えばいいのか。あそこはいつもどう言えばいいのか分からないんだよね)が猛烈に痛くなって、痛くて痛くてほとんど朝まで眠れなかったんだよね。 わたしが風邪を引くと必ずそこから痛くなる。だから「風邪がぶり返した」って書いたんだけれど、今朝、早いうちに近所の耳鼻科に行ってきたら「アレルギーです」って言われた。風邪じゃないのか?と思い「風邪じゃないんですか?」と聞くと「風邪とは全く違います」と言われた。見たら分かるのだろうか。鼻の奥は「かなり腫れている」と言うことで3日分の抗生物質と痛み止めをもらってきた。あと耳の中も中からかゆい感じがしたんだけど「かゆくてもいじらないで下さい」って言われた。今までかゆかったから耳かきでかいてたのに。。(笑)「アレルギーって、血液検査しなければ、原因が特定できないんですよね?」と聞いたら「そうだけど、くしゃみや鼻水が出てないんで、特定するほどのことでもないでしょう」と言われた。 ただわたし、その2日前だったか、アレルギー性鼻炎でくしゃみと鼻水が止まらない状態になってるんだよね。あのときは鼻炎カプセルを飲んで、それで無理矢理症状を抑えたんだけど、それが鼻の奥に来たってことなんだろうか。その割に、今回はくしゃみも鼻水も鼻づまりも一切なしだったんだよ。 今の時期に「アレルギー」っていうと、すぐに「花粉症」と思われるんだけど、わたしは花粉症は持ってないと思う。高校の時に一度、アレルギーの検査をして、そのときに「ヤケビョウダニ」と「ハウスダスト」がアレルゲン(ただし軽い)と言われた。それ以降、アレルギーの検査はしたことがないんだけどね。でもわたしの鼻炎は突然起こる。しかも普通だったら、それがずーっと続くんだろうけど、わたしの場合は続かなくて、まぁぐずぐずする日は続いたりするんだけど、くしゃみと鼻水が出まくって、鼻が詰まったり頭がボーッとしてきたりってほどひどくなるのは1日だけで、そうなったら鼻炎カプセルを飲んで無理矢理抑える。そうしたら知らないうちに治ってる。 アレルギーってアレルゲンが取り除かれないと続くはずだから、これってなんか変なんじゃないかな。しかも「原因」がよく分からない。確かに身体が疲れたときは起こりやすいかな、とは思うけど、身体が疲れたからといって必ずその症状が現われるとは限らない。 だから、なんだか変なアレルギーなんだよねー。 ただ、今回みたいに鼻の奥がアレルギーによって炎症を起こすとは思いもよらなかった。先生に「アレルギーです」って言われてびっくりした。 まぁ今はいろいろあって、身体がすごく弱ってるのかなと思う。まずは体調から整えていかなきゃね。って頭痛かったりくしゃみ鼻水が止まらなかったり、ってのは、身体自体にすごーいダメージを与えてて、余計に身体は疲れると思うのだが。。そこら辺は自分でもよく分からない。自分が「そうなろう」と思ってなってるわけじゃないし。 んーでもしかし、早く身体の方も落ちついてくれるといいんだがなあ。。 |
04-04,2012
しばらく休んでます
3月は思いも掛けぬ「激動の月」になってしまった。
しかし、それも一段落し、今は今までの溜まりに溜まった疲れを取っているところ。 というか、一段落した途端、身体の方が「頭痛→鼻炎→頭痛→何もなし→頭痛及び風邪ぶり返し」で、今のところ、1日何もなくずっとぼけっと過ごせたのはたった1日しかないのだ。今日は頭痛は朝のうちだけですぐに去ったけど、喉が痛くてまた風邪がぶり返してしまった。これで何度目だろう。今は身体の免疫力がとても落ちているらしい。 一段落したとき「一週間くらいは休むか」と思っていた。 ところが、身体の調子が悪いと必然的に寝ている以外なく、休むと言っても身体の方はつらいし、全然休んだ気にはならない。 「身体が回復してから一週間くらい休むか」と思うと今度は「そんなに休んでいいのか」という声がどこからか聞こえてくる。でも一方「そのくらい休ませてくれてもいいじゃんか」という声も聞こえる。なんせ、わたしがこの問題に苦しみ始めてから既に十年以上経つのだ。その間、ずっと苦しんでいたわけではなく、本当に苦しかったのはここ2、3年のことだけれど、それでも2、3年に比べると2週間くらいは休んでもいいのかなという気持ちはする。 ただ、新年度も始まってしまい、勉強の方もやりたいんだよね。。結局3月は2つしかレポート提出できなかったし(2つとも合格してたけど)。 わたしは「2週間休むと2週間遅れる」とどうしても思っちゃうんだけど、彼女に言わせると「今、きちんと休んだ方が絶対にその遅れは取り戻せるから」だそうだ。それも一理あるんだけど。。 まぁどちらにせよ、身体自体の疲れが今、どっと出て、正直何もできない状態だ。なので、まずは身体を治すことが先決。 というわけで、しばらく休むことにした。まぁ休むと言っても病院とカウンセリングには通うんだけどね。 |
03-30,2012
心の認識
「やることはやった」と思えるのに、頭は全然「終わった」とか「すっきりした」という認識がない。
なのに最近は1日3回、ちゃんとお腹が空く。 心臓は相変わらずどきどきし、身体も緊張していて、それに加えて今日はまた風邪をぶり返してしまったと言うくらい体調はあまりよくないのに。日中、あまりにも眠いから寝ていて全然身体を動かしていないのに。 以前は悩んで苦しいときは、食欲も連動して全然お腹が空かなかった。 頭ではまだ認識できていないが、心のどこかでは「終わった」と分かっているのかな? とすると、いつかは頭の方も「終わった」と認識する日が来るのだろうか。 人間の心と頭と身体って、つくづく不思議だ。 |
03-29,2012
言ってみた
昨日も書いたけど、最近は心臓がばくばくするのと緊張感でいっぱいなのに、身体の方はそれに耐えきれず絶えず眠い。今日も一応朝8時からカーネーションは見たものの、見た後にまたすぐ寝て、10時過ぎまで寝てた。10時過ぎてから起きたのも、彼女に「朝の薬飲むためには、もう食べなきゃ」ってことで起こされたので、本当はまだまだ寝ていたかった。
そんな状況の中、全然期待しないでカウンセリングに行ってきた。 一応今の状況と、今のカウンセリングに不満を持っていることは言ってきた。先週カウンセリングが終わった後は「あれだけ悩んで行き詰まっていると言ったのに、なんのアドバイスというか、考え方の方向性も示されず、結局、またこの一週間苦しめと言われているような気がして絶望的な気分になった」と言った。 そしたらわたしの姿が「誰かにアドバイスを求めているにもかかわらず、誰の意見をも拒絶するように見えた」と言われた。だから「そんなことはないです。現に帰ってから彼女の提案を受け入れていますけど」って言ったんだけど、拒絶されそうだったからと言って何も言わないってことは「あり」なんだろうか、、、 それにさ、精神科の主治医からはわたしが思い切ってやったことに対して「エネルギーがすごくいったと思うけど、大きな前進でしたね」と言ってもらえた。けど、カウンセラーさんにはそういうことは一言も言われず。まぁ言って欲しいとは思わなかったけどさぁ。でもこれだけ人が苦しんでやったことに対してさぁ、何か一言くらい言ってくれてもいいんじゃないのかなあ?なんかカウンセリングって「共感」すらしてもらえないの? それとあと「わたしはこの先、自分がどうなるのかさっぱり分からない。どうなりたいのかも分からない。カウンセリングというのは、一つの目標に向かって、それに対してどういう風に進んでいくのかを話し合っていくと思うので、こういう風に自分自身の目標が設定されなければ、やってるカウンセラーさんの方もどういう風に進んでいっていいのか分からないんじゃないですかねえ」とちょっとイヤミみたいなことも言ってきた。 それについては「カウンセリングというのは、こういう方法とこういう方法があって」みたいな話をしてたけど、結局は「じゃあ、来週はカウンセリングの意義について話しましょう」ところで終わってしまった。 だいたい毎週のように「じゃあ次はこれこれについて、、」と言われながら、次週、そのことについて話し合ったことはない。そのことも指摘しようかと思ったけれど、まぁそれは来週、そういう話にならなかったら文句言えばいいかなと思って、今回は言わなかった。 なので「カウンセリングの意義についてカウンセリングをする」という変な方向に話は進みつつある。それが果たして自分のためになるのか、さっぱり分からない。しかもわたしは依然として苦しいままだ。その苦しさについてももちろん話したが、そういうのは一体どうなるんだろうね。わたしにはさっぱり分からん。早くこの苦しさからも解放されたいのに。ただこの苦しさ、話したところでどうにもなるわけじゃないって自分でも分かるからさー。「この苦しいのを早くなんとかして下さい」って言っても仕方ないって思っちゃうからさー。でもそういうことも話さなきゃならないのかな。 なんだか、精神科の主治医には「思ったことはなんでも話せ」と言われたけど、つい「そうは言っても相談された側はそんなこと言われても困るだろうな」って思っちゃうんだよね。それはカウンセリングを信じ切ってない証拠とも言えるが、そういう認識を改めなきゃならないんだろうか。 だけど、何も信頼できる要因もないまま、むやみやたらと信頼なんかできないしねぇ。 そういうのは「信頼できないんだよ」と言ってぶつかっていくしいかないのかねぇ。 そういうのが「カウンセリング」ってものなのかねぇ? |
03-28,2012
どうしよう
明日はカウンセリングの日だ。
月曜日に精神科の主治医に「思ったことはなんでも言え」と言われたけれど、わたしの中ではまだ「こんなこと言ったら失礼じゃないだろうか」という気持ちがあって、なんか言えないんじゃないだろうかって感じだ。 でも言わないと余計にストレスがたまるし。。そうしたら、なんのためのカウンセリングなんだか分からないし。。 今ねー、心臓に悪い日々を送っててね。いや、物理的に心臓が悪いわけじゃないんだけど、まー、いろんなことがありまして。今も心臓はばくばくしてる。正直それでここ何日も身体が緊張しまくっていたのが、最近は身体が限界に達してしまったようで、もうやたらと眠い。頭も鈍痛がしてる。気持ちはとても張り詰めてるのに眠い。めちゃくちゃ矛盾している。。 カウンセリングのとき、もしまた沈黙が続いたら「今、あなたは何を考えてるんですか?」ってちゃんと言えるだろうか。。 ある程度親しくなった人間に対しては、わたしは割と平気で何でも言えちゃうんだけど、まだ相手がどんな人間か分からない人には言えないんだよねえ。。だけど、相手はカウンセラーなんだから、別にカウンセラーに気を使うこともないんだよねえ。。それは分かってるんだけどねえ。。 ただでさえ、今、苦しいのに、こういうことで悩んでるわたし。 ああ、どうしよう。 |
03-26,2012
病院の日
今日は精神科の日だった。
こないだのカウンセリングでめちゃめちゃになったわたしにアドバイスをくれた彼女。そのアドバイスに従ってそれから3日間かけて、やることはやった。1日目はどう取りかかっていいのか分からず、それに勇気も出なくてずっとずっと迷っていた。2日目は迷いに迷った挙げ句ようやく手を付けられて、3日目に手直し。あとは彼女に任せた。 ただ、それをやったことによって心が楽になった、とかいうのは一切ない。これからどうなるのかとか、これから自分の気持ちはどこに向かっていくのかを考えてもさっぱり分からない。 それでも昨日は晩ご飯を食べ終わった後に急激に眠くなり、早いうちに寝たんだけど、起きたら喉が痛くて風邪引いてた。頭ではほとんど変わった気はしてないけど、身体は緊張がほぐれたのかな。そこのところはよく分からない。 でも今日は通院日だったので、正直身体はつらかった、風邪でね。葛根湯とドリンク剤は飲んだんだけどさ。 主治医には「カウンセリングに行ってる意味が全然分からん」等を話すために、あれこれあれこれ話したけど、取り敢えず「頭ではあまり変わってないように思えるかも知れないが、エネルギーは相当使ったと思いますし、大きな一歩でしたね」と言われた。そして往々にしてカウンセラーさんとの関係はその、自分の問題を抱えているものとの関係と同じようになりやすいんだそうだ。だから、思ったことはすべて話した方がいいと言われた。 確かにわたしは自分の問題についてはすべて話しているつもりだ。だけど、お互い沈黙が続いているときに、カウンセラーさんに「あなたは今、何をどう考えているんですか」と聞きたいとは思っていたが、そういうことは関係ないからあんまり言っちゃいけないんじゃないかなぁとか、そんなことを思ってたのよね。でも、そういうことも話していいって言われた。んじゃ、次のカウンセリングのときはガンガン文句言ってやるか(笑) 今の主治医にもね、正直、入院してなければ、今の関係にはなってなかったと思う。去年の4月に主治医が一回変わって今の主治医になってからはなんとなく「頼りない先生だなー」って思ってた。前の主治医は薬を出すときはちゃんと「なぜこのような薬を出すのか」というのを説明してくれたりして、わたしはそれを信頼してたんだよね。だけど今の主治医は薬を出すときも「これでいいですかね」みたいな感じでこっちに聞いてくる。「そんなん言われても、アンタ、医者でしょ」と入院前は思ってたし、その態度はミエミエだったと思う。 けど、入院してからこっちも主治医の性格というか、そういうのが分かってきてね、この人はこういうやり方なんだってことが分かったので、わたしからも薬についてはいろいろ意見しているし、言いたいことも言ってる。なんというか、主治医との会話が事務的なもんじゃなくなってきて、今はちゃんと噛み合っているような感じだ。今日も食欲を出すというか、まぁ胃薬なんだけど、ガスモチンを2錠から1錠に減らそうか、と言われたけど、わたしは飲んでてあれ、なくても別にあんまり変わらないと思ったのでちゃんと理由を説明して、それでなくなった。 睡眠については、最近は朝は夢を見なくなったけど、それでも深い眠りについているとは到底思えなくて、でもそれでもすんごい朝が眠くて仕方がない。「セロクエルを半錠にしてみるとか。。」って言ったら、半錠になった。ロプヒノールの方はどうかなあと思ったんだけど、それはまた今度ってことになった。 抗うつ剤(といってもアモキサン25mgだけだが)もね、減りゃいいんだが、まだ心の方が安定してないからねー。もっと安定するようになれば、今一緒に飲んでる抑肝散だとかレキソタンなんかも減ってくるのかな。ただ実感として、これらは飲んでも飲んでなくてもあんまり変わらないような気がしてるんだけどね。まぁ下支えの薬だっていうし、今は焦らないでおこう。 それからまぁカウンセリングに通っていると言うことで、今まで言わなかったことについて具体的に言うようになったことも大きいかな。今日はホント、言いたいこと全部言ってきたので主治医の考える「カウンセリングに通う意義」とか「カウンセラーさんとの関係の作り方」みたいなことも教えてくれたし、あー、精神科としてはそういう感じでカウンセリングについて考えてるのね、ってことが分かって、それはわたしにとってはとても大きなことだったと思う。これだったら次にカウンセリングに行ってやっぱり納得いかなくてもまた文句が言えるってもんだ(笑)← ただ、今日は風邪引いてたから行くのがちょっとしんどかった。。 今度のカウンセリングの日までには治しておかなくてはね。 |
03-22,2012
03-22,2012
行く意味あるのかなあ
今日はカウンセリングの日だった。
先週のカウンセリングの終わりの方に「次回は心の声を聞いてみましょう」的なことを言われたのが気になったのか、この一週間は自分でもよく分からないんだけど、精神的に落ちてる、というかやる気があまり出なかったり、特にここ2日は孤独感にさいなまれ、自分でもなんでこうなっちゃったのかよく分からなかったし、これについてどう考えていいのかもさっぱり分からなかったので、今日はそういう話ができるかなと思って行ったのだが。 「この一週間はどうでしたか」という話から始まり、わたしは上のようなことを言って、それから「どうすればいいのか分かりません」と言ったきり、ずっと黙っていたのだが、向こうも同じように黙っていて、おそらく50分中30分以上は双方ずっと黙ったままだったと思う。 向こうはそういう姿のわたしを見て「今の○○さんはこういう風に見えます」とかなんとか言ったけど、正直、わたしからすると、別に他人の目からどういう風に見えようがそんなのは全然考える足しにもならなかったし、しびれを切らせて「これから一週間、こういうつらい思いをして過ごさなければならないんでしょうか」と言っても「つらいですね」と言うことと「だけど何をやるかと言うことのアドバイスはできない」と言うことだけを言われ、結局自分でどう考えていいのか分からないって言ってるのに、自分のことは自分で考えろってことかよ、と思い、絶望的な気分で帰ってきた。 なんかねー。毎週最後の方に「では次回はこのことについて話しましょう」と言われるくせに、次の週になると必ず「先週一週間はどうでしたか」と聞かれ、今まではいろんなことしてたからわたしがベラベラ一方的にしゃべってそれで終わり、みたいな感じで、さっぱりカウンセリングを受けてる感じがしないんだよね。 カウンセリングってそういうものなのかな。それともカウンセラーさんと合わないんだろうか。 結局家に帰って自暴自棄で泣きながら彼女に話したら、彼女が今後のことを一緒に考えてくれて、それをやることにした。もちろんそれをやって今後どうなるかは分からない。けど、わたしの抱えている問題は、とてもはっきりしているので、それに「体当たりする」って感じだ。正直怖い。けど彼女が「いつでも一緒にいるからね」と言ってくれるので、怖いながらもぶつかって行こうと思っているところだ。 |
03-19,2012
グレーゾーン
いつ頃からかはあんまり記憶にないんだけど、最近三ツ矢雄二がテレビに出るたびにさー「三ツ矢雄二 カミングアウト」で検索がドバッと来て、そんでわたしが2008年8月27日に書いた「'80年代のアニメ界って」って記事が引っかかるみたいなのね。
というか、わたしは逆にテレビ、特に民放は全くと言って見てないから、なんで突然「三ツ矢雄二 カミングアウト」で検索がたくさん来るんだろう?って思ってたんだよね。そしたらなんか最近、オネエタレントの一人(?)として、三ツ矢雄二が結構テレビに出てるらしいね。わたしなんかは逆に検索結果で「あ、また三ツ矢雄二テレビに出たんだ」って知るくらいでさ(笑) だけど、わたしは彼がテレビに出てるところは全く見たことないんだが、、というか、わたしが「アニメトピア」を聴いてたのは中学2年から3年に掛けてで、それから約30年経ってるんだよね、もう。あの頃14、5歳だったわたしが既に43歳だよ。三ツ矢雄二は60近いはずだよね。それでなんかちょっと、、見るのが怖い(笑)っていうか、よく考えたらわたしは「動いてる三ツ矢雄二」は見たことないんだった(笑)アニメで声当ててるときか、ラジオで話してるときか、あとは写真でしか見たことない。だからかな、見るのが怖いのは。 んで、てっきりわたしは彼は今もゲイと公言してて、そんでオネエやってんだと思ってた。最近出てくる「オネエ系」と呼ばれている人たちはまぁゲイとかゲイの女装家とか性同一性障害の人がごっちゃにされてるらしいのは知っていて、折に触れ「ゲイはオネエだけじゃない」って言ってたけど、三ツ矢雄二は別。だって、中学んとき、あんだけ「オカマ」を連呼し、男探ししてて、オネエ言葉バリバリでしゃべってたんだもん。だからわたしの中の認識はとっくの昔から「三ツ矢雄二=ゲイでオネエ」なわけ。 だけど、ネットでぐぐってたら、彼、今は「グレーゾーンです」って言ってるんだってね。そうなんだ。まぁ、わたしはテレビを見てないので、オネエ丸出しでそう言ってるのか、それとも真面目に言ってるのか、それは分かんない。けど、あー、そうなんだ、彼の今のスタンスはそうなんだって知って、まぁちょっと寂しくも思ったけど、そうなんだって思うことにした。だってカミングアウトなんて自己申告じゃん。しかもかつては「オカマ」を公言してたかも知れないけど、もしかしたら本人は今はそうじゃないかも知れない。あれから30年も経っちゃったんだもん。性的指向にもゆらぎはあるからね。「グレーゾーン」にはいろんな解釈の仕方があって「本当はゲイだけど言いたくない」から「自分自身分かんなくなっちゃった」「本当はノンケだけど言いたくない」まで、すべて考えられる。でもその中で「言いたくない」のだけは共通してると思う。言いたくないんだったら、それ以上追及する必要はなく「グレーゾーン」を信じるしかあるまい。 あと三ツ矢雄二のブログも読んだけど、そこでは特にオネエ言葉使ってるわけじゃないし、男好きとも書いてない。だから「あの頃の三ツ矢雄二とはもう違うんだなー」って思うしかない。「あの頃」が大好きだっただけに、上にも書いたようにとても寂しいんだけど、それはしょうがないよね。 まぁはっきりと言わない、と言うのは「芸能界における作戦」なのかも知れない。それは考えるけど、でもそれはいくら考えたとしてもわたしには分かるわけないしね。 そういえば「アニメトピアIII」ってアルバムにね、「カルチャーショック・ティーチャー」って曲があるの。その曲の作詞は三ツ矢雄二なの。その曲の歌詞の中にね、 あら、ステキな人ね まるでコケティッシュ・トッツィギャル 華やか にぎやか ビューティフル 親しくなるには 丸適(まるてき)マーク (↑このパートは島津冴子が歌ってる) あら どうも有難う いつもおどけてフラッパー カコクでシビアな芸能界 こうしているのがラクチンなの (↑このパートは三ツ矢雄二が歌ってる) という歌詞があるんだけど、それを思いだした。彼はあのときオネエでいて、自分を「あたしはオカマよ!」って言ってたことがラクチンだったんだなあと。 いやー、この曲、今でも大好きなんだけどねー。やたら楽しいし、わけ分かんない曲だし(爆)ただあの世界はもうないんだな、って思うとやっぱり正直寂しいよね。 そしてわたしが今思っているのは、わたしが2008年の8月27日に書いた日記で「あー、なんだ、彼はゲイなのか」って思わないで欲しいなということ。確かに30年前のあの時点ではああいうこと言ってたし、オネエ言葉バリバリでしゃべってたのは事実。だからといって、今もそうかというと、本人が言わない限りは決してそうじゃないってことだ。例え彼が今もオネエ言葉バリバリでしゃべってたとしても、それがゲイだとは限らないし、カミングアウトするしないは本人の自由だし、今はしてないんだから「ゲイとは言えない」という認識をすべきだろう。それに「疑惑」だのなんだの、ってのは、わたしはあんまり好きじゃない。たとえそれをウリにしてて人気が出てるにしてもね。 ま、わたしは30年前の三ツ矢雄二しか知らなくて、今はどういう言ってるのかを最近知って「ああ、そんなら」と思って書いてみたわけだけど。そりゃさ、彼がゲイだったら嬉しいなって気持ちはあるよ、当然。だけどそうじゃないんだったら、そうじゃないって認識変えないとね。カミングアウトっていうのはそれだけ個人が尊重されなくちゃならない繊細な話なのだ。 |
03-18,2012
猫血尿顛末記
![]() うちの猫がずっと血尿が出てて動物病院に通っていたことは、日記にちょくちょく書いていたが、ここでそのことをまとめておこうと思う。というのは、うちの猫がストラバイト結晶と血尿を出しているって分かったのが生後4ヶ月のときで、それからずっとわたしはネットで一生懸命そのことについてぐぐって調べたりしたんだけど、子猫のときに療法食食べさせたとか、そういうのが全く見当たらなかったからだ。 このブログは「猫ブログ」とは認識されてないみたいで、猫のことで引っかかってたことはないのだけれど(笑)、まぁ何かの拍子に引っかかるかも知れないので「うちの猫の場合はこうでした」としか言えないのだけれど、何かの参考になればと。 うちの猫は飼い始めたときはペットショップから勧められたヒルズの「サイエンス・ダイエット」のキトン用をやっていたのだけれど、猫を飼うに当たっていろいろ調べてたら、そういうフードの中にはエトキシキンとかBHAとかっていう、これは合成酸化防止剤なのだけれど、発がん性がある、と書いてあった(中には発がん性などない、って書かれてるのもあったし、人間だって食べてるから大丈夫だって言うのもあったし、酸化防止剤が効いてない餌をやる方がよっぽど毒だって言うサイトもあった)。それに加えてトウモロコシとか、ビートパルプだとか、本来、猫は肉食なのに、餌を増量するためにそういう栄養にならない穀物を混ぜた餌があるってことを知って、うちの猫にはそういうのは一切使われてない、いわゆる「プレミアムフード」って呼ばれてる餌をやろうってそのときに思い、取り敢えずいろいろなサイトを見て良さそうだったアカナの「ワイルドプレイリー」って餌をやってた。あ、ここで注意すべき点は、中には食物アレルギーがある猫もいるってことで、必ずしも穀物が入ってない餌が一番いいってわけじゃないことだ。うちの猫はそういうアレルギーはないみたいだったので「動物性タンパク質」が多く含まれた餌をやりたい、と思ったのだ。 そして、去年の2月の終わりだったか、いつも行ってた(以前ワクチンを打ったりしてた)動物病院で無料の健康診断があることを知り、早速申し込んで翌月3月7日に尿を採取して病院に行ったんだよね。そうしたらさ、明らかに見た目で血尿が出てること、尿の中に結晶(ストラバイト)が含まれてることを指摘されたのだ。確かにそれまで黄色かった尿があるときから色がちょっと褐色になったなあって思ってたんだけど、それがまさか血尿だとは全く気が付かなかった。検査結果は潜血+++だった。でも見た目は全然おかしいってこともなかったし、トイレに長く入ってるってこともなかったし、少ししか尿が出ないってこともなかった。要するに一般的に「猫下部尿路疾患(F.L.U.T.D)」が発覚されると言われる症状が全くなかった、ってことだ。ちょっと尿の色が褐色かなって思う程度で。なので、この健康診断を受けなければ、もっとひどい状態になって初めて病院に行くことになってただろうと思って、だから本当にラッキーだったと思うのだけれどね。 で、確かこのときは何も言われないで2週間後、また再検査に来るように言われた。 2週間後の3月21日にまた尿を採取して病院に行った。尿の色は黄色になっていたものの、そのときの潜血はやはり+++。 獣医さんからは尿路疾患用の療法食(ロイヤルカナン、pHコントロール0)を与えるように指示され、1ヶ月後にまた来て下さいってことになった。なんせ結晶が出ているので、それを溶かさねばってことで、0だったわけだけどね。もちろん「療法食」という言葉すら知らなかったわたし。家に帰ってぐぐりまくり、どういうものかを調べまくった。結晶の元であるマグネシウムが極端に減らされ、水をよく飲んで尿を大量に出させるために塩分が非常に高い餌だと言うことが分かった。わたし自身はBHAが含まれているロイヤルカナンをやるのはあまり好まなかったが、一番大切なのは結晶と血尿を止めなければってことなので、そこは目をつぶってその餌を与えた。 ただね、そこで問題になったのは「どのくらいの量の餌をやったらいいのか」ってことだった。基本的に療法食って成猫用なんだよね。それを子猫にどのくらい与えたらいいのか、素人のわたしは分からなかったの。pHコントロールの餌の表を見ると最低でも体重が3.0kgからしか書いてなくて、その当時2キロ弱しかなかったうちの猫は一体どのくらいやったらいいのか分からなかったのよね。で、獣医さんに聞き、教えてもらった量を食べさせた。その量は単に体重に比例した量から計算したものだったと記憶している。 そして約1ヶ月後の4月16日に尿を採取して病院に行った。そうしたら結晶も出てなくて、血尿も-になっていた。療法食はあまり食べさせたくなかったので、普通の餌に戻しますって言ったら、では、このまま様子を見てまた1ヶ月後に来て下さいってことになった。 わたしは療法食をやっている1ヶ月間、マグネシウムの少ないプレミアムフードはないかっていろいろ調べてた。もう既に1回結晶出しちゃってる猫にとっては、マグネシウム含有量は0.09%以下の餌がいいってことだった。なので今度は「イノーバ」って餌を食べさせた。イノーバはマグネシウムの量は0.09%以下だし、なかなか人気のあるプレミアムフードのようだったので。で、1ヶ月後の5月20日にまた病院に行ったのだけれど。 結果は再びストラバイト結晶が出てて、血尿も+++に戻っていた、、だから再び療法食に戻して2週間後に来るように言われた。 6月3日に病院に行った。このときは結晶もなくなり潜血も-になっていた。が、タンパク質が±で、白血球が500出てますね、と言われた。そして1ヶ月後にまた再検査ってことになった。 その間、わたしは「今度こそ」と思って、今度は療法食ではないけれど、F.L.U.T.Dに配慮したプレミアムフード、と言われているワイソング「ユーレティック」って餌にした。この餌自体も少し塩分が高く、猫に水を飲ませるようになっているらしい。 そして7月31日にもう何度目になるのか分からないけど、病院に行った。そうしたらまたストラバイト結晶が出ていて、血尿も出て、潜血反応は+++に戻っていた。獣医さんからは「この猫は普通の餌じゃなくて、一生療法食を食べさせた方がいいですね」と言われてしまった。すごくショックだった。まだ1歳にもなってないのに、あの、塩辛い餌を一生食べさせるのはなんとしても嫌だと思った。だって猫って年を取るとそうでなくても慢性腎不全になりやすいっていうのに、腎臓に負担がかかる塩辛い餌を食べさせてたら、寿命が縮んでしまうんじゃないかって思ったから。まぁこのときはストラバイト結晶が出てしまっていたので、療法食を食べさせるしかなかったのだが。 そして、毎回、病院に行くたびに体重も測っていたのだが、このときに成長期のただ中である猫の体重が減ってしまっているのが分かった。そのときに診てもらった獣医さんは今までの獣医さんと違った人だったのだが、その獣医さんに「どのくらいの餌をやってますか」と言われたので「一日○○グラム(既に忘れてしまった)やってます」と答えたら「成長期の猫にその量は少なすぎます」と言われた。そして療法食は体重に応じてやるんじゃなくて、子猫のときは必要カロリーに応じてやるんだと教わった。そして新しい餌の量を教えてもらって帰ってきたんだけど。。 もうすげーショックだった。確かに猫は異常に餌を欲しがるなあって思ってたんだけど、これってうちの猫が食いしん坊だったってことじゃなく、餌自体が全然足りなかったってことなんだよね。これは今でも悔いている。このときに十分な餌を与えていたら、もっと大きく育っていたのではないかと。。(今のうちの猫の体重は3.4kgで比較的小さい方だ)。確かにあのときのわたしは無知で、子猫のときの療法食の与え方を書いたサイトも全然見つからなかったので、獣医さんの言われるままに餌を与えていたわけだけど、本当に猫には申し訳ないことをしたと今でも思っている。 そして1ヶ月後の8月26日に病院へ行った。そうしたらタンパク質は+だけれど、結晶も血尿も出てなかった。確かpHコントロール0は一袋与えた時点で終わりにして、それ以来はずっとpHコントロール2を与えてたんだけど(いつからだったかは失念)、でもやっぱり塩辛い餌はやりたくなかった。だからF.L.U.T.Dに配慮していて、しかも塩辛くないヒルズの「c/d」をやってみることにした。確かにこの「c/d」の中にも食べさせたくない内容の成分が入っていたのだが、でも取り敢えず塩辛くないだけマシか、と思ってやってみたのだった。 確かこのときまでにF.L.U.T.Dのことについては、いろいろ詳しく調べていて、結晶や血尿が出ているということは、尿の比重が高くて、そしてpHも高いことを知った。そして家では尿の比重は測ることは出来ないけれど、尿のpHはpH試験紙を買えば測ることが出来る(犬猫用品のサイトで売ってます)ので、早速pH試験紙を注文して猫が家でおしっこをするたびにpHはいくつかをチェックしていた。pHはその時々で変化し、餌を食べたあとの尿はpHが高くなるということだった。そして1日1回でもpHが6以下になっていれば、結晶はできないことも知った。 【参考】ねこのおしっこのとり方は、うちでは猫がトイレに入ったときを見計らって、股の間に「おたま」を差し込み、それで尿を採取、それにpH試験紙を漬けてpHを測ってます。 あとは1日にどのくらい水を飲むかということも大切なことだと知った。で、家の中に水飲み場を1箇所だけじゃなく部屋ごとに1箇所ずつ置いたり、よく水を飲むようになります、という陶器の皿を買ったりしたのだが、そういうことは全然効果がなく、うちの猫は1日に飲まなければならない水の量を随分下回る水の量しか飲んでいないことが分かった。なので無理矢理水を飲まそうと注射器を買って、無理矢理口を開かせて飲ませたりしたのだが、1回に5ccくらいしかやれない。それに猫は無理矢理口を開くのが嫌で暴れまくるもんだから、到底十分な量の水を与えることはできなかった。 それから尿のpHを下げると言われてる「メサジル」もおやつ代わりにやったこともあったなあ。なんか全然食べない猫がいるって読んだけど、うちの猫はこの「メサジル」がめっちゃ好きだった。だけどそれによってpHが下がったという実感はなかったな。 そして「c/d」を与えているときに、また血尿が出た。その日はちょうどいつも行く病院が休みだったこともあって、少し離れてはいるけれどまぁまぁ近い病院に連れて行って診てもらった。 そうしたらやはり潜血は+++で、ストラバイトも+、pHは8もあり、比重も1.050以上と正常値を超えていた。そのときのことはここに詳しく書いてあるんだけどね。「膀胱の中に結石がないかエコー検査をしてみましょう」と言われ、検査をしたところ、それには異常がなかったものだから「膀胱炎ですね」と言われ、そして飲み薬を2週間分もらって帰ってきた。 そして2週間後の9月30日にまた病院に行ってきたのだけれど、潜血反応は+になったものの、結晶も++で、pHは8、比重も1.050以上と非常に高く、引き続き飲み薬を3週間分もらって帰ってきたわけだけどね。確かそこで「餌は何をやってますか」って話になって「c/dです」と答えたと思う。そしたら「積極的に水分を取るために、ドライフードだけではなく、ウエットフードを与えた方がいいですよ」と言われた。わたしは「ドライフードとウエットフードの割合はどのくらいがいいですか?」と聞いたら「2:1くらいですかね」と言われた。 そこでね、わたしは「ああ、だったらもう、ウエットフードにお湯を混ぜて強制的に水分を取らせてしまおう」って考えた。そして餌もね、c/dでダメなんだから、もう自分がやりたいと思うプレミアムフードに変えちゃえ、それで治そうと思った。それから、前の病院はやっぱり餌の量を間違えて教わったのもあって、ちょっと信用できなくなったから、新しい病院に変えちゃえ、こっちの方がちょっと遠いけどって思って、それ以来、前の病院には行かなくなった。 餌はね、ウエットフードは前に与えていた「イノーバ」のウエット缶をやることにした。マグネシウムが少ないしね。そしてドライフードは穀物不使用のオリジン「6フレッシュフィッシュ キャット」をやることにし、そしてそれに加えて人間用のサプリメントとして売られているネーチャーメイドの「DHA」を餌を与えるときに1滴垂らすことにした。もともと「6フレッシュフィッシュ キャット」は魚メインの餌だから、DHAは豊富に含まれてはいるんだけど、それをさらに強化したかったんだよね。DHAをやる、というのは、血尿を抑えるために膀胱の粘膜を強化したいって思ったからで、でも調べて行くうちに膀胱の粘膜を強化するのはDHAよりビタミンAだと言うことを途中で知ったのだが。。ただ猫ってビタミンAの元であるカロチンをやっても身体で分解できないらしい。なので直接やるためにはレバーのゆでたのを与えるって書いてあったんだけど、さすがにそこまではできなくてね。それはやらなかった。ちなみにDHAを与えたら、毛づやがものすごくよくなった。モフモフ感が上がったというか。 そして、尿のpHを下げるためにカッテージチーズは作っておやつ代わりにやっていた。メサジルはあんまりpHには影響がないみたいだったし効果がないと判断して。カッテージチーズも酸性食品で、尿を酸化させる(=pHを下げる)効果があるらしい。カッテージチーズは売ってるのもあるけど塩分を含んでるのが気に入らなかったので、手作りでね。でも作り方はすごく簡単。200ccの牛乳を人肌くらいに温めて、そこに大さじ1のレモン汁を入れて分離させる。それをガーゼで漉して、ガーゼに残ったものがカッテージチーズ、というわけだ。始めの頃はカッテージチーズそのままやってたんだけど、最後の方はここでも水分補給させようと思って、20ccのお湯に混ぜてやってたら、急に味が薄まってまずくなったのか途中からだんだん食べなくなってしまった。でもカッテージチーズ自体は3ヶ月くらいは作ってやってたと思う。 それから肝心の餌に混ぜる水の量だが、最初は朝30cc、昼と夜は40ccの計110ccやってた。朝はね、事情があってドライフードのみなの。だから、ちょっと水を減らしてたんだけど、でもそれでも全然変わりなくペロッと食べるってことで徐々に水を増やし、今では朝は50cc、昼と夜は40ccずつの計130ccやってる。ただ、昼と夜は最低40ccってことで、だいたい45~50ccになることが多い。だから少なくとも餌を食べるときに飲んでいる水の量はおよそ140cc以上ってところかな。それに加えてドライフードの水分も確か10%くらいあったし、ウエットフードはそれ以上の水分を含んでる。だから餌を食べることによって摂取する水の量は150cc以上はあるだろう。猫に必要な水分量って体重によって変わってくるんだけど、うちの猫の場合は130ccくらいでよかったと思う。ただ、これも計算式がたくさんあって、中には200ccってのも出てくるんで、本当はどれが正しいのかはわたしにはよく分からない。ただ、餌によって水分を摂取させるのは多分これが限度。そしてうちの猫の場合、餌にお湯を混ぜても抵抗感なくペロペロ食べる。これはすごく楽だった。 しかしそれによって自然に飲む水の量が減ったのは確か。今ではおそらく30ccも飲んでないんじゃないかな。だいたい水入れから水を飲む姿を見たことがないし。手を入れて遊んでいるところは何度も見たことがあるけど(苦笑) そして再度1ヶ月後の受診。10月24日。結晶は消えていた。pHも6だった。けれどまだ尿の比重は1.050以上と高いし、潜血も+++。このときはよく覚えてないんだけど、飲み薬も出ず、また再度1ヶ月後ってことだったと思う。でも療法食を食べさせずに結晶が消えていたことは嬉しかったのを覚えてる。この方向で間違ってなかったんだって思った。 10月下旬から12月上旬にかけて、わたしが入院してしまったので、次に病院に行ったのは12月16日。尿のpHは6.5と少し上がってたが、尿の比重が1.048と少し下がった。けれど潜血はまだ+++のまま変わらず。結晶は今回もなかった。そのときにまた血尿の原因をさぐるために膀胱のエコー検査をしたのだけれど、異常は見つからず。「突発性膀胱炎でしょう」と言われた。F.L.U.T.D(猫下部尿路疾患)と突発性膀胱炎ってのは違うんだよね。突発性膀胱炎はストレスから来るんだそうだ。と言われても、何がストレスなんだかさっぱり分からない。これはちょっと途方に暮れてしまった。飲み薬を出すことも考えられたが、突発性膀胱炎はあんまり効かないって言われたんだっけ、なんか納豆菌が入ってるとかいうサプリメントが1ヶ月分処方された。 ストレスが原因と言われ、わたしたちは考えに考えた挙げ句、トイレを変えてみた。うちの猫、割と深く砂を掘るのが好きみたいだったので、少し小さめだけどその分深いトイレだったのね。それを浅く広いトイレに変えてみた。それと共に今まで毎回おしっこをするごとに測っていたpHを測ることも止めてみた。もしかしたらこれもストレスの一因なのかもって思えたから。 そうしたら、摂取水分量は変わらないはずなのに、1日に行くおしっこの回数が約2倍に増えてね。今までは1日3回ほどだったのが、5~6回くらいになった。それまでは随分大きな「おしっこ玉」だったのが、小さいのがいくつもになって、それまでおしっこに行くのを我慢してたのかなあ~って思ったりして。それだったら早く変えてやればよかったんだけど、まさかこんなに変わるとは変えてみるまでは思わなかったからね。 で、年が明けて今年の1月23日、病院に行った。潜血は++と前回より1つ+が減ったものの、まだ潜血反応は見られたけど、比重が1.029とすごく下がった。そしてpHも6でまあまあ。「尿の比重は理想的ですが、血尿が出ている原因がねぇ。もしかしたら砂が膀胱にあるのかも知れない」ということで、前回はエコーをやったんだけど、今回はレントゲンと血液検査をやった。そしたらさ、レントゲンは異常なしだったんだけど、血液検査のクレアチニンの値が正常範囲が0.8~1.5のところがなんと2.5もあった!クレアチニンというのは、腎臓に関係する値で、これが高いと腎臓病の恐れがある。ただもう一つの腎臓に関係する値のBUNは20.6と正常値の範囲内にあった。「これだけじゃ腎不全とは言えませんね」と獣医さんに言われたんだけど、もう心配で心配でね。まだ1歳ちょっとなのに腎不全になってしまったらどうしようって、ホント、そればっかり思っちゃって。血尿の方はこれ以上続くようだったら精密検査のためにもう少し大きい病院で検査した方がいいと言われたし。ダブルパンチだったな、あのときは。そして再検査のため、1ヶ月後にまた血液検査をしましょうってことになって。 それからは今度は腎不全について調べまくった。中には「腎不全はクレアチニンの値がまず高くなって、それからBUNが高くなる」って書いてあるのを読んで「うちもまさかそれに当てはまるのでは。。」と随分心配になったりもした。腎不全になったらさ、プレミアムフードどころじゃない。それこそ一生療法食だ。なので、腎臓に負担を掛けない餌はどれがいいかって、随分探した。腎不全を起こした猫の餌は、タンパク質とリンが低めに設定される。うちの猫は今までオリジンっていう穀物不使用でタンパク質とリンがめっちゃ高い餌を食べさせていた。そのことはちょっと気になってたけど、まぁ若い猫だから大丈夫だろうって思ってた。けど、やっぱり今のままではまずいよね、ってことで、いろいろ調べて「Now!」って餌に変えることにした。ただ、この餌の成分がね、タンパク質は30%、F.L.U.T.Dに関連するマグネシウムの値も0.09%と合格点なのだが、肝心のリンの値がどこを探しても載ってなくてさ。これは製造元に直接聞くしかない、ってんで、この餌はカナダで生産されているのだが、そこのサイトから「リンの含有量を教えてくれ」って英語でメールしてさ。まぁ日本語で何を言うかはわたしが考えて、それを彼女に英語に訳してもらって質問したのだが。 そうしたら、よく分かんないけどすぐに返事が来てね。カナダとの時差はどうなってんだろうって思ったんだけど、すんごく早い対応だった。そしてそこには「Thank-you for your enquiry. This food is .60% Phosphorus, and our foods meet AAFCO nutrient requirements.」と書いてあって。そりゃ、AAFCO(米国飼料検査官協会)基準に適合した餌だってのは最初から分かってたけど(笑)、リンの値が0.6%とこれも合格点(腎疾患にとっては高い値だが、F.L.U.T.Dにとっては合格点)だったので、すぐに注文。それから2、3日後にはドライフードはオリジンから「Now!」に変えた。 そして迎えた3月7日。血尿はね、前回+++から++に下がってたし、このまま水を飲ませれば多分なくなるだろうと思ってたけど、やっぱ一番心配だったのはクレアチニンの値でね。まぁその顛末というのはここに書いてあるんだけどさ、結果的には血尿も-でクレアチニンの値も1.1に下がっていた。BUNの値も17.8と。そして尿の比重は1.021、pHは6。「よく水飲ませてますね。理想的な比重値ですよ」と言われた。体重は3.3kgからなぜか3.45kgに増えていて、ちゃんとカロリー計算して前と同じだけのカロリーの餌をやってるつもりだったのに、なんでこんなに増えたんだろうと思った。体重に関しては「もうこれ以上太らせない方がいいです」と言われたが、結果的に「もう健康ですので来なくていいです。次は健康診断のために半年後に」と言われ、万々歳だった。 しかし。。。 「健康になったから」というので打ったワクチンの影響でそれから2日連続病院に通うことになるとは思わなかったね。。 今は食欲は完全に元通りになって、普通の生活に戻った。餌の量はカロリー計算してないけど、少し減らした。水分の量は変わらず。カッテージチーズはもうやってない。おやつとして朝10時にカリフォルニアナチュラル「チキン&ライス」を1日5粒ずつ、穴の空いたペットボトルの中に入れて遊ばせながら食べさせている。 とまあ、全体的に言えばこういうことだった、ということだ。ここまで来るのにちょうど丸1年かかったことになる。思えば長い道のりだった。4ヶ月のときからホント、何回病院に通ったことだろう。でもまあ、獣医さんに言われたように一生療法食ではなく、今、わたしが与えたいと思っている餌を与えているし、途中で餌を極度に制限して痩せさせてしまった後悔はあるけれど、全体的に言えばうまくいったんじゃないかと思っている。まぁただ、小さい頃に散々「フードジプシー」させてしまったと言われれば、それは否定できない。しかしうちの猫は本当に好き嫌いがない猫で、なんでもよく食べる。それにはとても救われている。療法食も嫌がらずに食べたしね。 それにうちの猫はとても病院に連れて行きやすい猫で、これも本当に助かった。病院でも「にゃん」とも鳴くこともなくじーっとしている。まぁ熱を測るために肛門に体温計を突っ込まれたときは「シャー」って言ってたが、それでもすごくおとなしくてね。毎回病院に連れてくたびにケージに入れて持って行くのだが、ケージの中に入るのも嫌がらない。すっごく扱いやすい猫だ。そういうのって生まれつきだろうからね。その点は本当によかった。 とまあ、取り敢えずうちの猫の場合を長かったけど、つらつらと書いてみた。 これからは1ヶ月に1度くらい尿のpHチェックをしてみるつもり。それであまり高くないようであれば、9月頃に健康診断に行く予定。これからずっと健康でいてくれるといいな。 【注】「一生療法食をやりたくない」というのは、あくまでもわたしの考えであって、そのことを押しつけるつもりはありません。療法食を食べていても長生きする猫はいますし、それは個々人の価値観で考えることだと思っています。 |
03-17,2012
女同士のセックス
だいたい毎日のようにタイトルのような「女同士のセックス」だの「女どうし セックス」「女同士 SEX」「女同士 セックス やり方」だのっていう言葉で検索にひっかかってるんだけど、こういう検索用語で来る人って、当事者なのか、それともレズビアンのセックスに興味があるノンケ(異性愛)男性(もしかしたら女性)なのか、そこのところまではわたしにはよく分からない。でも多分後者の方が多いんだろうなって気がする。
後者だと仮定するとすれば、なんでそんなものに興味があるのかって思う。まぁいわゆるAVの中でも「レズもの」という分野はあるので、そういうのが好きな人がいるんだってことは分かってるけどね。 言っておくけど、確かにこのブログの中にはSEXについての記述はたくさんしてる。HIV/AIDSのことだっていろいろ書いているし。けど、悪いけど「わたしと彼女」に関するSEXの記述はない。まあ中にはレズビアンのブログを書いてる人の中にはどうやってSEXしてるかを書いてるのもあるかも知れない。それはそれで個人の自由だから別に構わないと思う。けど、わたしはそういうのは公表するつもりはない。 だいたい、そういうものは二人の関係であって、二人が話し合ってやればいいこと。それに尽きる。別に自分がどこを感じるかなんて、SEXをする相手に把握してもらえばいいことでしょ。これ読んでる人には関係ないことじゃん。そしてこれはノンケのSEXにも当てはまると思うけど、百人いたら百人、みな、感じるところが違うってことだ。これは別に女だけじゃなくて男も当てはまんじゃないの?わたし、男じゃないからよく分からんけど。だから、レズビアンのSEXもノンケのSEXも基本的にはそんなに違わないと思ってる。だけどノンケカップルでSEXのやり方について二人で話し合って決めるってのはあんまり聞いたことがない。むしろAV見て勘違いしたノンケ男が女性に対して顔射してSEXは終わると思ってる、みたいな話を聞く。AVはあくまでもAVであって、あれは女は演技してるんだからね(男の方も多分演技してると思うけど)。多分最初からヒーヒー声を挙げたりはしないと思うよ、身体のつくりから言って。 それと同じくAVのいわゆる「レズもの」でされてる行為がそのままレズビアンのSEXかというと、これまた全然違うとわたしは思ってる。わたしもいくつかの日本の「レズもの」AVを見たけど、どれもあんまり好きじゃなかった。やたら長たらしいキスシーンとかさ。唾液交換とかさ。悪いけど見てて「気持ちわり~」ってわたしなんか思っちゃうね。AVは「見せ物」と思ってるんだけど、あんなに延々とキスシーン見せられて面白いのかね?わたしはキスシーンはつまんないんで飛ばしてる(爆)あとやってる人の爪がやたらと長いのが気になる。爪長くしたままやってるなんて、やられてる人のことをなんも考えてない証拠。 「レズもの」AVで決定的なのは「それじゃ全然気持ちよくないよね」と感じられることだ。演技してるのが丸わかり。だから正直楽しめない。もしかしたらこれはノンケもののAVでも同じなのかも知れないが、ノンケものを見る趣味はわたしにはないので、何とも言えない。あとディルド使ったAVは「男根主義」そのものだと思う。だいたいディルド擦ったり吸われたりしても気持ちいいわけないじゃん(笑)ディルド擦って「イク姿」なんて、ホント「見せ物」だなって思う。そういうのが男の幻想なんだろうか?ディルドなんてただの道具に過ぎないのに。ああいうところで「男根主義」を見せられると逆にこっちは萎える。ので、道具を使いたくないレズビアンは少なからずいるんだろうね。レズビアンのSEXには「男」を感じさせる部分は不要なんだからさ、というかあったらイヤだし(笑) ってわけで「レズものAV」でやってる行為と実際のレズビアンSEXって多分全然違うと思う。それに実際やってるのを見たとしても、それはつまんないと思うよ(笑)だって「人に見せるためのSEX」じゃないからさ。AVは「人に見せるためのSEX」でしょ。それはノンケのAVと実際ノンケのやってるSEXが違うのと同じだよね、多分(両方とも見たことないけど)。 とにかくわたしはとにかくSEXは相手と話し合ってやるものだと思ってるので、感じないときは感じないと言う(しかしノンケのSEXで女が「感じない」というと男は傷つくそうだが、なんじゃそりゃって感じ)。本来はノンケ女の方も恥ずかしがらずに感じないときは感じない、そしてどこをどういう風にされたら自分は気持ちが良いのかというのをSEXをやる相手に伝える必要があると思う。そこを言わずに男性主導だから、女性の方はあんまりSEXが楽しくないとかできればやりたくないとか義務感でやってるって思っちゃうと思うんだよね。あともしかしたら「自分は何をされたら気持ちが良いのか分かんない」って思ってるノンケ女はもしかしたら予想する以上にたくさんいるかも知れない。もうね、それを知るためには自分の身体をよく知りなさい、としか言いようがないです(笑)日本の性教育は「卵子と精子が、、」って話ばっかで、肝心のSEXのこととか、自分の身体についてとかのことについては教えてくれない。でも本当に重要なのはそこだと思うんだよね、わたし。だってノンケのSEXだって目的は「子供を作るため」が全部じゃないでしょ。お互い「抱き合いたいな」って思うからSEXするんでしょ?だったら「もっと自分の身体についてよく知ること」をなんで教育しないんだって思う。自分の身体がどこをどうされると気持ちがよくなるのか、ということを知る、ということは、自分の身体が大切に思うってことと同じことなんだよ。それが頭の硬い教育委員会とかそこら辺の人たちは「SEXは恥ずかしいことだから教えるな」ってことになって、結局、日本人は自分の身体のどこをどうされると気持ちがよくなるのかも分からず、AVばっか見て結果的には男も女も自分の身体を大切にしないことになる。これって間違ってるんじゃないのって思う。 「自分の身体を知ること」って要するに自慰行為のことだけどね。これはとても重要なことだとわたしは思ってる。それをすることによって自分はどうされると気持ちが良いのかってことが分かるから。 あ、でもね。一つ別なことで大切なことがある。それは「自分の身体をどこをどうやっても気持ちいいと感じない」とか「自分でやると気持ちいいって感じるけど、人には触って欲しくない」って人も中にはいること。それを知ることも大切なことだ。自分の身体を知るという意味においてもね。そういう人は必ずいるし、それは特別異常なことじゃない。だからもし自分の身体を触ってみて「あんまりいい気持ちはしないなあ」と思ったら、それはそういう人間なんだって、それを認めること。決して「感じないから」って悩む必要はないからね。それに「感じるように努力する必要」もない。そういう身体なんだって、自分で自分を認めてあげてください。そういう人でも決してSEXができないんじゃなく、それを理解してくれる人がいればいい。それはそれで難しいことかも知れない。けど、きっと見つかると思うし、それ以前に「自分は人とSEXしたくない」って思うなら、それはそれでいい。SEXにはいろんなやり方がある。穴に棒を突っ込むだけがSEXじゃない。「どうやったら気持ちが良くなれるか」がSEXだから。それは身体で感じなくても心が気持ちよければそれでいいとわたしは思っている。 以上はノンケ男性(女性)に向かって書いたものだけれど、当事者にも当てはまることだと思ってる。まずは自分がどうされると気持ちが良いのか、それを知ること。そしてそれをSEXをする相手にちゃんと伝えること。それが一番大事なことだと思う。あと、SEXの話をするときは、必ずセーファーセックスのことも考えないといけないんだけど、ノンケのSEXもゲイのSEXもレズビアンのSEXもこれに分類できない人たちのSEXについても、セーファーセックスはちゃんとすること。まぁセーファーセックスと一口に言っても、やり方はいろいろあって、ここでは長くなるから説明しないけどね。でも特にノンケやゲイのSEXに関しては「コンドーム」を使うことは重要だ。ここでも「コンドーム付けて」と言ったら嫌われるとか、気持ちよくないからって言って断わられるとか、いろいろあるけれども、自分の身体を守るのは自分だからね。 もし生でやりたいのならば、まずお互い3ヶ月は誰ともSEXしないこと。HIVの抗体ができるのは最後のSEXをして3ヶ月、と言われている。この間にHIV/AIDS検査をしても抗体ができてないからはっきりとした結果は出て来ない。だから、3ヶ月間は待って、それからHIV/AIDS検査をする。そしてお互いに陰性だったら、生でして下さい。でもそれには条件がある。「特定の(検査をした)相手としかSEXしない」ことをお互いに約束すること。そうしなければ、感染の危険性が出てきてしまうからだ。ただこれはお互いが本当にお互いを信用できるか、という問題点も孕んでいる。「浮気はしてない」「遊んでない」と言っていても本当にそれが信用できるか。それはあなたとその相手の問題なので、そこのところはよく考えて下さい。 あと当事者の中では道具を使うかどうか、考えてる人たちもいるかも知れない。ノンケ男性(女性)はレズビアンのSEXに道具を使うかどうか、興味津々って人たちもいるかも知れない。答えは「使いたかったら使えばいい」。これもノンケのSEXと変わらない。ノンケだってレズビアンだって道具を使いたい人もいれば、使いたくないって人もいる。それはSEXをする相手と話し合って興味があれば使ってみればいいし、なければ使わなくてもいい。ただ、レズビアンの中には道具を使うことに対して、非常に毛嫌いしてる人たちがいるのも知ってる。それは上にも書いたけど、やっぱAVでは必ずと言っていいほど道具が出てくるからね。。あれを見て「レズビアンのSEXは道具を使うって思われてるからヤだ」って思う人もやっぱいると思う。あと、特に電マを使ってるのを見てると「ホントに気持ちいいって感じてるんだろうか」って思っちゃうのも確か。どちらかというとすごく痛々しく思えてしまうから。だけど、上にも書いたようにSEXは人に見せるものじゃない。相手と一緒にやるもの。だから興味があれば使ってみればいいし、それに道具は電マだけじゃないしね。ディルド(いわゆる「ペニスバンド」とか「ペニバン」って一般には言われてるヤツ)もあるしね。バイブとかローターもあるしね。ただ、またセーファーセックスの話になるけど、できれば道具に関しては共有して使わない方がいい。共有して使うのなら、コンドームをちゃんと付けること。 「そんなのどこで手に入るの?」って思ってる当事者、別にノンケ男性でも女性でも構わないけど、わたしは「ラブピースクラブ」をお勧めする。ここは女性なら誰でもお店に行けるし、男性は確か女性同伴じゃないとダメだったと思うけど、取り敢えずは行ける。ノンケカップルでもさ、レズビアンカップルでもさ、二人が「これ、ちょっと使ってみたいなー」「こっちはどうかなー」とか話し合いながら、道具を選んでる姿ってなんか素敵じゃない?残念ながら地方に住んでて「行けない」って人は通販使うしかないけど。ここの商品は女の人たちが、女の人のことを考えて売られてるものだから、女の人はすごく安心できると思う。それに本当に多種多様なものを売ってるしね。 ってわけで、果たして「女同士のセックス」で検索掛けて来た人がここまで読むかどうかは知らんが(爆)、取り敢えずはわたしが思っていることを書いてみた。 |
03-15,2012
心の声、かぁ
今日はカウンセリングの日だった。2週間ぶり。
正式な契約書を渡して来たので、これからが正式なカウンセリングの始まりなのかな。 今まで4回だっけ、担当のカウンセラーさんはメモ用紙などを持ってカウンセリングしてたのに、今日は手ぶらだったのでなんか意外に思った。これからのやりとりはカウンセラーさんの頭の中で組み立てられるのね。 まぁ今回もほとんどわたしがしゃべってたって感じで、正直、カウンセラーさんから聞かれたことで印象に残ったものってあんまりない。というか、なんかどう言っていいのか分からない様子で「うーん、うーん」って何度も言ってた(笑)わたしにとっては少し物足りない感じかなー。 ただ、カウンセラーさんによると、わたしは頭で考えたことに対してはよどみなく話すのに、気持ちのことを聞くと答えられなかったり、考え込んだりするんだそうだ。それに対してはわたしは意識したことがなかったので、今もあんまり自覚はしてないんだけど。 だけど、わたし自身「本当はこうなればいいと思っているのに、どうしてもそうできない」ということはあるんだよね。例えば、大学の勉強でレポート1つ書いたとする。そうしたら何日間か積極的な休みを取って、それから次に取りかかった方が長い目で見れば効率的だと思うんだよね。だけどわたしは終わっても「次、次」って考えてしまって休みが取れない。そしてそのうち身体が疲れて精神的に落ち込んできて、それで何日間か、何も出来なくなる。結局そこで休みを取っているわけなんだけど、その間の気分が最悪なんだよね。「なんでやろうと思ったらできるのにできないんだろう」ってすっごく自己嫌悪に陥る。で、休んでいるうちにまたやる気が戻ってきてやる、の繰り返しになってる。 どうせ休むんだったらいい気持ちで休みたいわけよ。でも今はなんでかよく分からないけどどうしてもそれが出来ない。これが風邪引いて物理的に動けない、となると頭も納得するのか「休もう」という気になる。そうすると気分的にも楽なのよね。だけど、だからといってしょっちゅう風邪引いてるわけにもいかない。 そこのところをどう考えるかのきっかけとしてわたしは自分の心の声を聞いてみることが必要だと判断したみたいなんだけど、それって具体的にどういうことかを聞きたかったのだが、時間が来て聞けなかった。だからそれはまた来週。 しかし、心の声、かぁ。考えてみてもあんまり分からないんだよね。それがどういうものか。 ただ、自分の中には「こうすればいいんじゃないか」と思ってても、どうしてもそういう風に考えられない、というのが存在するのは確かで、でもその違いってよく分からないんだよね。「こうしたらいいんじゃないか」と思うのも自分だし、それができなくて「次、次」って思うのも自分だし。自分が自分の中で2つに分離している感じ?「こういう風にした方がいい」と思っても頭では本当は納得してないってことなんだろうか。とすると「こういう風にした方がいい」というのがわたしの「心の声」なんだろうか? うーん、よく分からない。 |
03-12,2012
病院の日
今日は病院の日だった。
ここのところずっと1日3回まずまずお腹は空くこと、睡眠に関してもはっきりとした中途覚醒、というよりはなんだか寝てはいるんだけど、頭の中で「あ、起きてるな」って思うときがあって、それからはウトウトの繰り返し、そして早朝必ず夢を見る、ということの繰り返しで、まぁ全体としての傾向は、よくなってきているんじゃないかなあと思う。 で、ついこの前までは寝る前にセロクエルは2錠飲んでたんだけど、それを飲んで夜中にトイレに行くと(これがまた、どうしてだか分からないけど、毎晩行きたくなるんだよね)身体がふらふらであちこちに身体ぶつけまくって歩いちゃうのね。だから1錠半にして、それでも睡眠に影響がなかったので、1錠にして、とこっちの方は自分から減らしていった。1錠にしたからといって、あんまり睡眠には影響なさそう。それを主治医に言ったら「じゃ、1錠でいいですね」ってことで、また今日から1錠になった。 睡眠剤ってのは、睡眠の質とはあんまり関係ないそうで、睡眠の質に関しては、今、日常飲んでる薬の影響があるかも、という話で、主治医もなんかちょっと考えていたようだったが、わたしとしては今日常の薬はあんまりいじって欲しくないなあと言う感じなので、黙ってた。 んー、なんかねー、最近、ちょっと精神的に落ち気味なんだよね。それは動き過ぎなのは自分で分かってて、3月に入ってから、なんかほとんど1日おきくらいに出かけてたりするし、忙しかったんだよね。大学のレポート書きに図書館に通ったりさ。おかげでこの2週間で2通、レポート出せたけど。だけど、そういう生活を続けることはまだ無理みたい。あと、どうも風邪引いたみたいで、2日くらい続けて葛根湯飲んでたこともあった。風邪引いて熱が出る前って、わたしはとても精神的に不安定になるのね。今回は熱は出なかったと思うけど。。その代わり、鼻水が死ぬほど出て、最初は小青龍湯を飲んだんだけど効きそうになかったから葛根湯も飲んで。そういうのがね、あったのね。 それも主治医に言ったら「動きすぎるのはあまりよくないから少し考えて」って言われてね。やっぱもう少しセーブしてた方がいいみたい。まーそんなことも自分で分かってるから主治医に言うのだけれどね。 ただ、食欲と睡眠に関しては改善されつつあるから、さっき書いたセロクエルは1錠になったし、ガスモチンっていう胃薬が1日3回出てたのが、朝晩の2回に減った。あとは変更なし。 精神科の方は以上。今日は結構早めに行ったのにすごく待たされていらいらしちゃった(笑)「もう、結構今日は待ちましたよ」なんて主治医に言ったり(笑)ま、今の主治医との関係はそんな感じかな。 歯科の方は状態が全然変わりないんでね。「変わりありません」ってことを報告。「変わりないし、全然慣れるということがないからつらいです」って言ってきた。そしたら「まぁだいたい『慣れた』という人は薬が効いてるってことなんですけどね」と言われた。だって、わたしはそれ用の薬飲んどらんじゃん、慣れるわけないですよと言いたかったが、まぁそこは何も言わないでおいた。歯科の方はどうやら精神科の治療が終わってからやろうと考えてるみたい。歯科の方の主治医と精神科の方の主治医が話して「薬は最小限に」という方針で行っているそうだ。なので「積極的に何もしません」と言われて今日はお終いだった。歯科の方は1ヶ月後。1ヶ月後ってもう4月なんだよね~。早いなあ。 |
03-11,2012
03-10,2012
11年
今日は昨日も書いたとおり、東京大空襲の日だったり、東日本大震災の前日だったりするが、彼女とわたしがつきあい始めた日でもある。11年前の今日、3月10日に正式に「付き合いましょう」ってことになって、それからずっと付き合いが続いている。というか付き合いどころか一緒に暮らしている。遠距離4年、同居6年、来月には7年になるので、遠距離だった頃より一緒に暮らしてからの方が随分長くなった。
わたしは今でも彼女がなぜわたしを好きでいてくれるのかよく分からない。こんな付き合いづらい、変な人間をよく好きになってくれたと思う。でもそれを彼女に言うと彼女は怒る。それもわたしにはよく分からない。 だからといってわたしは自分に自信がない人間ではない。自分にはある程度自信を持っている。人目もあまり気にならない。だから根拠のない自信があるんだろうけど。。だからかどうか分からないけど、人から自分がどう見られているかがあまりよく分からない。でも多分、すごく変な人に見えるんじゃないだろうかと思ってる。変な人と思われてるのは慣れてるので、それはあまり気にならないんだけど、逆に好かれるとすごく不思議でたまらないのだ。ずっとこんな人間、好きになる人なんかいないよねって思ってたから。 多分、付き合ってからずーっと思っているので、これからもずっと思い続けることだろうと思う。 今日は特になんのお祝いもするつもりはなかったんだけど、夕方になってから急遽、どこかへ食べに行こうってことになって、それで近くのフランス料理屋さんに行ってきた。取り敢えず混んでるといけないと思って予約して行ったのだが、なんとわたしらがご飯を食べている間、客はわたしらしかおらず、店、貸し切り状態だった。 初めて行くお店だったけど、割と美味しかった。シェフの人が随分と気さくな人で、なんだかご飯食べ終わったあとに挨拶に来て、いろいろ世間話をしたりした。 食事中、彼女が「ろんたこがいて本当によかった」と言ったけど、わたしはどうしてもそうは思えなくて、何にも言えなかった。逆にわたしなんかいない方が彼女はもっといい人見つけてもっと幸せに暮らせてるんじゃないだろうかと思えたってこれも彼女に言うと彼女はすごく怒るんだけど。 わたしからすると、彼女はわたしには本当にもったいないくらいの人だと思ってる。とても愛情深い人だ。わたしは彼女に対して同じくらいの愛を返せているか、全然自信がない。こないだカウンセラーさんから言われたんだけど、わたしが彼女のことについて話すとき、わたしの顔が少しほころぶそうだ。だから「とてもいい関係なんですね」って言われたんだけど。。 振り返ってみると1年1年あまり変わらないようだが、その実、毎年毎年すごく変わって行っている。それは毎年の3月10日の日記を見れば明らかだ。でもやっと最近、生活も落ち着き始めたところだから、来年まではどうか変わらないようにって願っている。 |
03-10,2012
「もし同僚が同性愛者だったら」を見た
先月、朝日ニュースターで「ニュースの深層」という番組の中で「オネェだけじゃないLGBTの人生」を見たと日記に書いた。そうしたら今度は同じ「ニュースの深層」の土井香苗さんのときに「もし同僚が同性愛者だったら」という題で番組をやることを知り、それも見たのだけれど。
前回のゲストは知らない人だったんだけど、今回のゲストは木村真紀さんで、木村さんとは知り合いだ。ま、知り合いと言っても2007年以降は会ってないんだけどね。やはりわたしにとっては木村さん=尾辻さんの前カノ、というイメージを持っちゃってる。だから、あのときと比べて「あー、なんだか雰囲気が少し変わったなあ」とか、そういう余計なことを思ってしまって、番組の中で何を言っていたのか、十分集中しきれなかったところはあるし、それに番組を見ている最中、ワクチン打って調子を崩したうちの猫が吐いてしまったりしたものだから、聴き取れなかったところなどがあって、日記に書こうかどうしようか迷ったのだけれど。まあ見たことは見たので、それを残しておく。 木村さんは今、虹色ダイバーシティという団体の代表を務めているらしい。肩書きというか、テロップに流れてきたのは「関西学院大学非常勤講師」だったが、話の中では「コンサルタント会社に勤めており、会社ではカミングアウトしていない」と言っていたので「は?どういうこと?」と思ったのだが、実際はどういうことなんだろうね。カミングアウトしてないのに番組に出ちゃって、それを同僚が見ちゃったら、どうするんだろう?ってそんなことも思ったのだけれど。。まぁそれはそれでいいのかな。 しかし、こう言ってはなんだが、わたしの知ってる木村さんとはちょっと印象が変わったというか、なんかテレビのライトに照らされてたせいなのか、顔が輝いて生き生きしてるような感じがした。あとは着ている服のせいなのか、雰囲気が少しマニッシュになったというか。そして今は女性のパートナーさんがいらっしゃるようだ。 番組で話されてた順番を既に覚えてないのでぐっちゃぐちゃだろうけど、記憶にある範囲で書くと、 初めは「今日のニュース」の中にロシアのプーチンが大統領に再選されて、そして反プーチン派の身柄を拘束している、というのがあった関係と、今、ロシアのなんとかって都市で「反LGBT法」みたいなの(LGBTと表明してはならない、みたいな法律だったと思う)が策定されようとしていて、木村さんは国際会議の場所でロシアでパレードをやろうとしていた人と知り合ったが、次に彼を見たときは、彼が当局によって逮捕されている姿でショックだった、と語り、そしてそのロシアと日本とは共通点があります。G8の中で、同性パートナーシップ法がないのは、このロシアと日本だけなのだ、という話をした。 それから「LGBTってなんですか」という話から始まり、まぁLはレズビアンで、、という説明をしてたんだけど、ちゃんと「LGBTの中にもこの概念に当てはまらない人もいます」って言ってて、そこはさすがって感じだった。また「ダイバーシティ」については「多様性」を意味する言葉で「虹色」と言うのは、性の多様性を表わすものだ、と、まぁこれは、何も知らない人向けの用語説明だったわけだけど。ただなぜ性の多様性を表わすレインボーが6色なのかについては、パレードのときに二手に分かれなければならなかったから、と説明されてたけど、これは初めて聞いた。わたしは確かWikiで読んだと思うんだけど、最初はピンク色などを含む8色だったんだよね。ところがピンク色ともう一色は印刷しにくいってことで、6色に落ちついた、そう思ってたんだけどね。 そして会社ってところは、仕事だけをする場所だと思われているが、実は案外その人の家族のことなど話されている場でもあり、例えばその人に子どもがいたり、子どもがインフルエンザにかかっているとか、そういうことが意識しなくても「当たり前」に情報として伝わってきてたりするのだが、性的少数者としてカミングアウトしていないと、自分は独身だと思われており、しかも、パートナーが例えいても、そのことについては語れない、要するに異性愛者が気軽に自分の身の回りで起きたことを何気なく話しているのに比べて、性的少数者は「これを言ったらどう思われるか」を常に考えて、話さざるを得ないんだということを話してた。例えば今公開されている「人生はビギナーズ」という、父親がゲイとカミングアウトした話の映画(わたしも観に行きたいと思っているのだがまだ観てない)についての話を同僚としようと思っても「もしかして自分の感覚はヘテロの人と違ってたらどうしよう」などと思ってしまうんですよね、と木村さんは言っていた。 確かにわたしも会社に勤めてたときはまさに誰にもカミングアウトしてない状態だったから、彼女がいることは伏せてたし、そういうことは全く触れなかった。だから同僚からは「社会人野球一筋な人」と思われてたと思う。まぁわたしの場合は周囲から結婚だのなんだのと言われたことはないので、その点はすごく楽ではあったが。子どもの話をする同僚は確かにいたねえ~。そういう点でなにも隠す必要がない異性愛者はとっても気が楽だと思う。 そういう「気を使わなければならない環境」にあるLGBTは、仕事の能率にも影響を与えるそうで、例えばLGBTに対して理解のある職場で、その人が「ありのままの自分」を出せるところだと、出せない人に比べて5%だったか10%だったかくらいの仕事の能率が違うんだ、という統計があるそうだ。だから会社自体が「LGBTに対して理解がある」ようになれば、職場の5%くらいを占めると言われているLGBTの仕事の能率自体が上がり、それによって会社に利益をもたらす、という「いい循環」が生まれる、とのことだった。この職場の5%っていうのは、ゴールドマンサックスだったかでの企業調査によるものらしく、でもそういう中でも「カミングアウトしない人」もいるだろうから、実際にはもう少し多いと思ってると木村さんは言っていた。だけど日本で1万人以上従業員がいる、とある企業のお偉方の中には「うちにはそういう従業員はいません」ときっぱり言ったそうで(苦笑)、「1万人もいる中で絶対にそんなことは有り得ないのに」と思っていたそうだ。ってホント、日本の経営者って意識低いよねえ~、、 また、欧米だったか米国だったかで行なわれた「働きやすい会社ベスト100」の調査では、その100社とも全部、LGBTに対する差別禁止規定があったり、何らかの形でLGBTに対する配慮がある会社だったそうだ。特に「北米トヨタ」はランクも非常に高くて、米国ではこういう風にちゃんとLGBTに配慮している会社だそうだが、では日本のトヨタに関しては、というと、それはよく分からない、とのことだった。 そしてマーケティングの話では、可処分所得の高いゲイに対するアプローチも結構されていて、LGBTは一大マーケットとして見られているということだったが、確かにアメリカのゲイやレズビアン雑誌を見ると車の広告、しかも日本の車の広告なんかよく載ってるし、そういう意味では日本の車会社は欧米では「LGBTマーケット」を意識した戦略を立ててる証拠で、でもなんでそれを本国である日本に当てはめないのか、と思う。ただ、日本のゲイ雑誌の中で突然車の広告を出すのはちょっと無理があるが。日本のゲイ雑誌は基本、エロ雑誌だからね~。海外で見られる「エロ抜きのLGBT向けの雑誌」は今、日本ではわたしが知る限りに於いてはないもんね。 ただ、雑誌に広告を出す以外、例えばCMの中に異性愛者カップルや家族の中に同性カップルを紛れ込ませたものを作るとか、そういう方法はあると思う。LGBTはそういうものに非常に敏感なので「あ、ここの会社、自分たちを受け入れてくれている」と思えば、そこの会社の商品は買いたくなると思うんだよね。 あと、番組の中でも言ってたけど、国際レズビアン&ゲイ映画祭ではソフトバンクやBODY SHOPなどの会社の協賛が付いているそうだ。そうすると「ああ、ここの会社は自分たちの存在を知ってくれているんだ」と思えるよね。で、やっぱりそういう会社を応援したくなってしまう。これは人間心理だよね~。 ただし、LGBTはそんなに甘くもなく(笑)、その会社が会社の中でLGBTをどう扱っているのかも厳しく見ている、と言ってたな。 そしてLGBTについてのサポート体制が整っている会社は、業績も上がっているそうだ。だから、これはLGBTだけが得しているわけではなく、会社側にもメリットがあることなんだ、ということを強調していた。現に日本IBMはLGBTに対してのサポート体制が整っているということで割と知られている会社だが、LGBTについてのサポート体制を整えたのと同じ時期から会社の業績が上がり始めた、とのことだ(それまでは他の会社と同じく下がり気味の傾向にあったらしい)。「その理由はどうしてだと思いますか?」と土井さんに聞かれた木村さんは「既に市場が多様性だからだと思います」と答えてた。多様な人のニーズを把握するためには、会社内に多様な人がいないと対応できないと、そういうことらしい。 その「体制」の作り方についての説明もあった。これは先ほど挙げた「虹色ダイバーシティ」のウェブサイトにも載っているが、最初は「支援体制を作ろう」、これによって今まで「会社の中では自分しかいない」と思って孤立していたLGBTの人たちが「ああ、自分の会社にはそういう支援をしてくれるんだ」と思うことによって、何か悩みがあれば相談出来る体制を整える、ということ。次に「制度を変えよう」、例えば「LGBTの人に対して差別してはならない」などの規定を作ること。これは例えばセクハラだとかパワハラだとかを禁止するのと同じような感じで、その中にLGBTのことも入れ込む、ということだ。そうすると会社にいるLGBTの人は自分が差別されないことを知って、安心して会社の中にいることができるということに繋がる。LGBTの人の離職率も減る。すごく能力の高いLGBTの人が会社にいたとして、その人が「やっぱこの会社は居づらい」と思って辞めてしまったら、その会社はすごく損をすることになるよね。そして最後に「意識を変えよう」、管理者に研修を受けさせるなどして上司の意識を変えさせる。会社で「ホモがさー」とか「オカマがさー」という話題になったとしても、上司から「そういうことを言うのは実は差別なのだ」と指摘されるのをもし、LGBTの人が見ていたら「ああ、この人ならもしかしてカミングアウト出来るかも知れない」って思えるよね。そして会社の中にもLGBTの存在が明らかになって、そしてLGBT自体の繋がりも出来る。そういう体制を作りましょう、という話だった。 それから「よく同性愛者は社会に貢献してない」って言われるけど、木村さんは「そうとも限らない」って言ってた。だってカップルで暮らしてても「独身扱い」だから、扶養控除がない。とすれば、結婚している異性愛カップルよりも同性愛カップルの方が国に税金は多く支払っているのだ。これはうちにも当てはまる。わたしは仕事をしてないから、税金は払ってないけど、もし彼女の「扶養」ってことになったら、彼女の税金は「扶養者控除」を受けられる。けど、彼女は法律上独身なわけだから、そんな恩恵は受けられない。その分だけ多く、税金を支払っていることになる。まーこのことは事実婚の異性愛カップルには当てはまらないけどね。でも、異性愛者は「結婚するかしないか」を選択できるが同性カップルは選択できない。そこの違いだよね。 あとは木村さんはレズビアンってことで「女性と言うこととレズビアンと言うことのダブルマイノリティと認識している」と言っていたな。上に「ゲイの可処分所得は高い」と書いたが、日本では男性を100としたとき、女性の賃金は69.8(確かそのくらいだったと記憶している)しかならず、レズビアンカップルはゲイカップルに比べるとダブルで可処分所得が低い、つまり貧乏だってことだ。それはLGBTの問題ではなく、女性問題になってくるのだが、レズビアンはそういう問題も抱えている、と言っていた。 まあ、確かにそれは言えるのだろうけど、わたし自身の実感としては「自分は将来一人で暮らしていかねばならないのだから、それなりの仕事に就かねば」と思って、一人でも十分暮らしていけるような仕事に就いているレズビアンの人もいると思うんだけどね。ただ、そういう人は特に問題はないけれど、やはりカツカツで暮らしているレズビアンも多いことも事実で。それはもう、日本の労働環境を今とまるっきり違う体制にしていかないといけないと思ってるんだけど、日本はそういうところ、とても保守的だからねえ。。今の体制ではどうしても歪みが出てきてもうどうしようもない、となったときにしか体制は変わらないのでは、というちょっと悲観的な見方をわたしはしている。一時あんなに言われてたワークシェアリングなんか、今じゃ全然聞きもしないからね。とことんまで追いつめられないと政治家も経営者も分からないんだと思っている。 とまぁ、覚えている範囲ではこんな感じだったかなあ。とにかくLGBTがいやすい職場というのは、会社にとってもメリットがあるんですよ、ということを強調していたように思う。この番組、題名は「もし同僚が同性愛者だったら」だったが、実際にはLGBT全体の話になってた。まぁ木村さんはレズビアンなので「レズビアンの状況はどうですか?」と話をふられている場面もあったけれどね。 あとこれは余談だが、先月やった「オネェだけじゃないLGBTの人生」の番組に対してはとても反響が大きかったそうだ。反響が大きいってことは、次に繋がるってことなんだよね。まぁ今回の番組はそれを受けてなのかどうかは知らない。けど、CSで誰もが見られるってわけじゃないけど、でもLGBTに関して取りあげられる、というのは、わたしとしてはかなり嬉しいことだし、これからも時折誰かを呼んでLGBTに関する話題が放送されたらなあと思っている。土井さんは先月だったか、朝日新聞にも「朝日新聞はLGBTに対してのオピニオンリーダーになるべきだ」という記事を書いてたよね。まー、わたしは朝日新聞のみならず、他の新聞にもLGBTの話題が載ればいいなあと思っているクチではあるが。 まぁこの番組に対しては、知り合いが出てると話を聞くより「あー、木村さん、今はこんなになってるんだ」とどうしても思っちゃって、話にあんまり入り込めなかったというのもあるし、あと猫が吐きまくって大変だったと言うこともあって、前の「オネェだけじゃないLGBTの人生」に比べると忘れちゃった部分がたくさんあって申し訳ない。 んでも、こういう番組を見た経営者が「うん、そうか」と思って体制を整える動きをしてくれたらいいなー。決して「いない」わけじゃないんだから。少なく見積もっても人口の5%というと、20人に1人なんだから、それ以上の規模の会社では必ずいるってことなんだよね。だから、もし「うちの会社にはそんな人はいない」と思ってても、取り敢えずはLGBTに関する支援体制を作って、支援してますよ、という意志を見せるのが重要。そこからもしかしたら「うちの会社にもいたんだ」ということが分かるかも知れない(それでもまだカミングアウトできないって人もたくさんいるだろうとは思うんだけれども)。正直「支援体制なんか整ってなくても別に今のままで大丈夫」って人は多そうだ(わたしだったら多分そう思う)。それより「本当の自分が分かってもらえそうな人がいる」って分かった方が嬉しいけど、それって上の区分で言うと最終目標になっちゃんだよね。。やはり「そんな人はいない」って思われても最後まで体制は整えておくべきなんじゃないだろうかと思ったり。個人的にはね、そう思ったりもする。ただ、上に書いたように会社にとってもメリットがあるこの話、日本の会社でも是非実現していただけたらと願う(大手企業数社は既に導入したようではあるが)。 |
03-10,2012
偽善者
自分は偽善者じゃないかと思っている。
どうすることもできない紛争問題について、この平和な日本でのうのうと語ること。 そういうことが自分で許せなかったりする。 「じゃあなにか、現地に行って自分でできることを何かやれ」というのもわたしには無理なこと。 何も出来ない問題に対して、自分は安全地帯にいて、それでいろいろと書いていることについて、自分で自分のことに腹が立つ。 わたしは自分のことを偽善者でいいと思っている(ずっと以前にそういうことをブログに書いたけど)。 偽善者っていうのは、実は悪人だってことだから。 わたしは善人じゃないし、心の中にドロドロしたものをいっぱい抱え込んでいる悪人で、でもときには正義感溢れるような言動をするので、全くの偽善者だ。 だから、一連の発言も偽善者だからいいではないか、という理屈は成り立つが、 でもやっぱり何も出来ないのに偉そうに言うことに対しては抵抗感を持つ。 だけど性格上、やはりおかしいものにはおかしいと、やりきれないものにはやりきれないと言わずにはおれない。 この持って行き場のない思い。 そういうものを抱えながらわたしは生きていかねばならないのか。 |

















