11-06,2009
やりたいこと
院試に落ちてから、どうも将来分からなくなってしまって、ずっと苦しんでた。
院試自体は2月にまたあるんだけど、自分の中で「本当にこれがやりたいのか?」という気持ちが強くなってきてて、 正直、それを否定すると今後はどうすればいいのか、とか、 また新たなる悩みが出て来そうで怖かった。 「少し休めばまたやる気になるだろう」とも思った。 けど、そうならない自分がいた。 でもそれを認めるのは怖かった。 理由は、言おうと思えばあれこれ言えるのも分かってたが、でもホントのところは分かってないことも分かってた。 「結局自分は何がしたいのか」を考えるのは随分とつらい。 このままの状態でいるのも嫌だし、かといって、将来何がしたいのかもよく分からないのは本当につらかった。 ところがあれは何をしているときか覚えてないんだけど ひょっと、彼女に問いかけたら、 彼女が「こういうの、あるよ」と教えてくれた。 何気なく言った一言から始まるってことがあるのかも知れない。 あれほど悩んで苦しんでたことはなんだったんだ!! と思えるくらいの出来事だった。 とはいえ、まだ決断できない自分がいることは確かなんだけどね(苦笑) |
11-03,2009
ハートをつなごう「性同一性障害・特別編」2日目
1日目はありません(笑)
いやー、今日は鹿児島県に住む13歳の「まりあさん」って人の話だったけど、なんてのかな、最初はさぁ、「13歳で本当に性別違和感じるわけ?」ってちょっと疑問な部分がわたしにはあった。だってさぁ、わたしは13歳のときに男だの女だのってあんまり考えたことなかったんだよね(苦笑)でもこれって多分、わたしは性別違和を感じてなかったからだろうと思うんだけど、でも、それ以外にわたしの身体ってとても成長が遅かったのよね。身体だけじゃなく、多分、精神的にも幼かったと思う。だって「大人の身体になる」ということが、実はよく分かってなかった(苦笑) んー、なんというか。実は焦ってたときもあった。小学校の高学年のときだけど。 わたし、それまでは幼稚園の頃からずーっと背は高い方で、だいたい後ろから2番目か3番目だったんだけど、小学校の高学年になってきたときね、今までずっとわたしより背が低かった人がみんなわたしの身長を越しちゃって、それですごく焦った時期はあったの。 でね。中学校は大阪に転校したわけだけど、中1のときの並ぶ順番がなんと、前から8番目!いや〜、それまで生きてきてこんな屈辱感(身長に関しては今まであんまりあれこれ考えたことがないと思ってたけど、今考えるとやっぱ背が低いのは屈辱的だったんだなあ、、と今思った)を感じるのは初めてだった。まー、焦ったと言っても、特に何かをしたわけではなかったけどね。 で、そう思ってるうちに中1、中2と7cmずつ身長が伸びて、結局わたしは元の「後ろから2、3番目」という定位置に戻ったわけだけど。その間、初潮も迎えて。中2の8月だったよ(笑)一般的に言うと割と遅めなのかなあ〜?よく分かんないけど。それまで女性には生理というものが来る、という頭での認識はあったんだけど、それがあんまり「自分に来る」とは思ってなくて(笑)だから初めて来たときは「あ、わたしも女だったんだ」ってそう思った(笑)でも、性別違和があるわけじゃないから「この先大変だなあ〜」とは思ったけど、嫌悪感は別に感じなかった。 身長とか初潮とかっていう「目に見える形での成長(性徴)」は分かるんだけど、実はわたしには「胸が出て来た」という感覚が今、思い出そうにも全く思い出せないのね。それもさあ、わたしが「性別違和」を感じてない証拠なんだろうけど、実はわたしは「胸」より「わき毛」の方に注目(?)していて、ずーっと風呂に入るたびに「わき毛、生えてこないなあ〜。いつ生えてくるんだろうなあ〜」みたいな、今思うとすごく変なんだけど、それはよーーーーく覚えてる(笑)でも結局ね、わたし、あんまりわき毛生える体質じゃなかった(?)みたいで、今もあんまり生えてないんだよね〜って変な話になった(汗)でもそう思ったのってわたしが高校の時だからさ(爆)なんか、考えてみるとチョー奥手だよねー、わたしって、、 ってまた話が逸れた(汗) そういうことだったので、実際に番組を見る前は「うーん、13歳?」って思ってたんだよねー。 でも、番組ではまさしくそのことに「直面」している13歳で。「胸がないように見せるにはどういう風にしたらいいのか」なんて考えてる13歳だった。 母親は「子どもが生きやすくするには親としてどうやったらいいのか」って思ってる人だったし、父親は「自分がやりたいことをちゃんと口で説明してみろ、行動してみろ。そこで何かが起こって、親の出番になったら、お前のことをちゃんと説明してやる」って人だった。。 お姉さん2人は「わたしだって制服のスカート履きたくないよ。だって嫌いだもん」とか、まー、これが世間一般での普通の認識ってヤツなんだろうけど、もう、厳しいところをグサグサと突いてくるのね。「あー、そんなこと言っちゃいかんだろう」とか、見ててハラハラしてたんだけど、でもあれが家族ってものなんだろう、とも思ったわけで。 でもさぁ。13歳に「自分がどうしたいのか、口で説明させて、自分で行動してみる」というのは、かなり酷なことじゃないのかなーって感じたのも事実。だってさぁ。自分のこと考えてみると13歳じゃ、理路整然と話せないと思うよ、まだ。校長にかけあって、制服(セーラー服;どうしてFtMの人はいつも制服はセーラー服なのかって思う(笑)わたしはセーラー服が制服だったことないのに。なんか「セーラー服」が「着るのが嫌だった制服」の象徴のようなイメージがあるんだけど、わたし(笑))を着て登校したくない、なんて言える?って思ったんだよね。結局その子はそうしたんだけどさ。 だけどこの人、これから生きていくためには、こうやって「自分はどうしたいのか」を話して、そして周りに「受け入れて」もらいながらしかないのかなあ〜と思ったら、うわー、これは生きていくのがつらいだろうな、と改めて思ってね。 誰もさ、楽に生きたいと思うんだよね。んで、大多数の人は取り敢えず制服ヤダ、とは思ってないわけで。自分のことを女扱い(男扱い)されてヤダって思う人も少ないわけで。そこのところを特に何も思わずに過ごせる人が圧倒的で。そういうわたしを含めた人たちと、性別違和を早くから感じてる人は、もう、すんごい違うだろうなと思って。意識からしてね。 でも、今のわたしには「性同一性障害です」「はい、じゃ、明日から自分のしたい格好で来て下さい」なんて世の中が来るとはあんまり想像できない。とすると、まりあさんみたいな人は、こうやって親や兄弟に叱咤激励されながら、自分で自分のことを考えてやるしかないんだよね。 最後、家族全員で話してるとき、親や姉にあれこれ言われて、泣いてるまりあさんの姿があったけど、そのときに父親が「何がしたいのか、泣くんじゃなくて、言葉で説明してみろ」と言って、周りのみなを黙らせて、そしてしゃべらせるんだけど。うーん、あれができる親ってのもなかなかいないかも。。と思った。で、まりあさんは最初一言「怖い」って言うんだよね。「男子制服を着て一人になることが怖い」と。男子の制服を着るのが自分にとっては本当なんだけど、周囲は自分を女だと見てるから、それが怖い、ってわけだよね。「女のクセになに男子制服を着てるんだ」って言われて男からも女からも仲間はずれにされるのが目に見えるし、それが怖い、わけだよね。。 「自分のしたいことは分かってる。だけど、自分の思い通りにすることは、今の社会に対して『おかしい』と思われることなんだ、だから怖くてできない」ことを13歳にして分かってしまってるわけだよね。。だから「どっちか」をなかなか選ぶことが出来ないんだよね、、でも、まりあさんは今後、こういうことを何度も何度も繰り返しつつ生きていかなければならないわけで、人ごとながら「大変なんだなあ〜」って、まだまだ本人が若い分、そう思えてしまってね。 で、今回、この番組を製作した側の「番組を作っていく過程」が珍しく(?)現われてましたね(笑)それは8月31日に「明日からの学校は、制服で行くか、体操服で行くか」という選択を迫られたとき、「じゃ、明日のことはメールで教えて。取材カメラが入ったら体操服で行けって言ってるようなものでしょ」と言うディレクターさんの声が聞こえたのだ。ということは、多分、取材する方はまりあさんがもっと早めに選択できると思ってて、翌日はその登校姿を撮影するつもりだったんだろうなぁ〜ということを伺わせた。 ただ、カメラが入ることによって決断を早くしなければならない、のは確かだったと思うし、それって仕方ないことなのかなあ〜と思ったのは事実。カメラが入らなければ、もっとゆるやかに時が過ぎていったかも知れないし(家族会議等ね)、これはその本人と取材された家族しか分からないことだとは思うんだけど、よかったのかなあ〜って。 この取材のあとにソニンさんが「みんなこういう道を通ってきてるんですね」って言ってて、多分、トランスジェンダーや性同一性障害の人の何割かは分からないけれど、確かに同じ思いをして来た人や、今、同じような思いをしている人もいるだろう。今、同じ思いをしている人にとっては、すごく勇気づけられる内容だったかも知れない。 だけどわたしの印象としては「うわー、酷だなあ」と思ったわけで。若干13歳で自分のしたいこと、やりたいことをちゃんと口に出して、自分で自分の道を切り開け、ってやっぱ家族じゃないと言えない言葉だよなって思う。多分本人は「なんで自分だけこんな目に遭うんだ」って思ってるだろうと思う。あ、でもここの家族は確かにお姉さんたちがちょっとギョッとするような厳しいことを本人に投げつけたりするんだけど、基本的には「お前がやろうとしていることは、正しい方向か間違ってる方向かは分からないけど、応援するぞ」という気持ちが存分に伝わってきて、それもまたすごいなあ、と思っているわけだけど。 うーん、これって今後も取材するのかなあ〜? 知りたいような気もするが、そうすることによって本人や家族が苦しむことにならないかなあ、とも思う。これは「この人・この家庭」の場合だし、その人の環境によって何が一番本人のためにいいことかは、人それぞれだと思うし、だから難しいんだよね。答えにたどり着くための方法は決して一つじゃない。いや、一つでは有り得ないからこそ難しい問題なわけで。 でも、そういう人を「受け入れる社会」というのが今よりももっと柔軟性があれば、少しは楽になれるのかな、という思いはある。多分、わたしが考えなければならないのはそこだと思う。 テーマ:性的少数者(LGBTIQ) - ジャンル:日記 |
11-03,2009
隠さなくてもいいじゃんか!
「ハートをつなごう」性同一性障害・特別編が、昨日と今日、2日連続でやったわけだけど、昨日のは今までの総集編+αって感じで、とりわけ何か書きたいと言うことはなく。まー、いろいろ考えて出した結果がそうで、これ以降まだどうなるか分からないんだよね、という感じだったかな。
たださー、胸オペして、乳房がなくなったわけじゃない?そうしたら、なんていうのかな、カメラ自身が「もう映しても大丈夫」みたいな「ホッとした感」みたいなのがあるような気がしてね。「乳房ってのはそんなに映しちゃいけないものなのかなあ〜」なんてちょっと感じたのね。 んー、それは「やっと胸オペして元通りになった!これで上半身を堂々と見せられる」と感じたその本人の態度からそう思えたのかも知れないけど、これが例えばMtFさんだったら、胸ができたってことで、こんなに堂々と「乳房を付けました!」ってカメラの前に晒せるかなと思ったら、、なんか複雑な気分になった。 確かに女性が胸をさらけ出して歩いたりするのは、一般にまずい行為とされてるよねえ?法律には引っかからないかも知れないけど。それって「胸は男性に見られるから隠さなければならない存在だ」と社会的に「無言の圧力(?)」みたいなのがあるよね?わたしもそれは感じるんだけど。 でも一方で「隠さなきゃならない」ってことに対して「すげーめんどう」って思ってる自分もいてさ。「いーじゃん、別に胸出して歩いてもさあ〜」なんてことも思ったりするのよ?別にそんなに「そそる」ような胸じゃないし、わたしの場合。人から見てもあるかないか分からないようなAカップだし(爆)これが誰が見ても「胸がある」って胸なら隠しても隠し甲斐があるけど(?)、なんか隠しても隠さなくてもどーせ誰も見ねーよ、わたしの胸なんて、って思えるほどしかないからさ、なんか隠し甲斐がない、というか、あんまり隠しても意味ないような気がしてるんだよねー。 でさー、Brass MIX!で演奏するときなどは、揃いのTシャツがあるんで、本番前に途中で着替えることが多いわけだけど、例えばパレードのときなんて、わざわざどこかのトイレに入って着替えなきゃいけないわけね。東京なんかはまだ公園の中というか、ステージの近くにトイレがあるから行きやすいんだけど(しかも女子トイレは空いている)、大阪なんかさー、困るのよ。「あれ、前にトイレ行ったことあるけどどこだっけ?」みたいに。だから、そんなん探すより、ここでえいやーで着替えちゃった方が楽じゃん?と思って、ま、今年なんかはそうしたわけだけど。 んでも彼女から「止めて欲しい」って言われてさー。「いや、誰が見るわけじゃないから別にいいじゃん、それにここ、ゲイだらけだし」と言っても「いや、そうじゃない。わたしが嫌なんだ」っていう。うーん、何が嫌なのかなあ?逆の立場で考えてみるけど、嫌なのは彼女の胸が知らない人の好奇な目線に晒されてた場合はいやかなあ〜?と。 でも、わたしの胸は正直、あるかないか分からないようなものなわけで。一瞬の間に着替えてしまえばどーってことないわけで。だから、彼女が「ヤダ」という気持ちがイマイチよく分かんないんだよね。。 ってわけで、行きの中之島公園では彼女にブーブー言われながらもそこで着替えて、着いた先の元町中公園では、彼女がいないことをいいことに、ヘーゼンとそこで着替えちゃったけど(笑) てーか、男は人前で上半身裸になっても誰も何も言われなくて、なんで女だったら隠せだの何だの言われなくちゃならないわけぇ?って考えてるわたしってどこかおかしいところでもあるだろうか? って、あれ。 今日の「ハートをつなごう」の感想を書こうと思って、最初にちょっとだけ昨日のことに触れようかなって思ってたら、こんなに長くなってしまった(汗) これはもう別のネタにした方がいいですね(笑) あ、もしかしたら胸オペした人のことを何か言ってるんじゃ、と思ったらそれは完全に間違いです。性同一性障害で、胸オペをするのは、別に本人が考えて決めたことだし、そのことについては単純に「よかったね」と思うけど、わたしがこれを書いたのは、「社会的に考えられている胸一般」のことについてなので。逆に言えば、昨日の番組を見て、その番組の感想ではなく、わたしのこれまで考えてたことがポッと出て来たというか。この日記を書き始めたときは、こんなこと書くつもりじゃなかったです、ホントに(苦笑) |
11-02,2009
わたくしの、恥ずかしい映像
今日は疲れたので手抜き(笑)
というか、先日、akaboshiさんが関パレの模様をアップしてくれたんだけど、その中で「ひょえ〜〜〜!!」な映像が。いや、確かにパレード終わって疲れ切ってましたよ。言ってることはウソじゃないですよ。ウソじゃないってーか、なんての?わたしにとってはカメラ持ってても「akaboshiさんはakaboshiさん」なので、チョー普段着な態度で話してる!!言ってることは本音過ぎる!(苦笑) ってわけで、でもこれも貴重な「あのとき」の映像だな〜と思ってます。終わったあとの感想って、ホント、こんな気持ちなんだよな。。結局「楽しかった」ってことの方が記憶の中に残るんで、次の年も同じことやっちゃうんだけどね(笑) |
11-01,2009
1年ぶりのお待たせ(Ronとakaboshiの直撃トーク002「トヴィさんに聞く!〜Brass MIX!とゲイライフ」)
えー、001からなんと丸1年空いてしまった「Ronとakaboshiの直撃トーク」。
あれきりでお終い?と思いきや、いや、あったんです、002が(笑) というわけで、1年ぶりの「Ronとakaboshiの直撃トーク」、今回のゲストは、Brass MIX!の代表(指揮者)でお馴染みのトヴィくん!わたしもいろいろなイベントごとにお世話になっております。。関パレではボンコちゃん(仮名)が何度もトヴィくんの背中をどついてしまったそうで(汗)、本当にご迷惑お掛け致しました。。 はい、告知です。 「Ronとakaboshiの直撃トーク002」(←003があるのかは知らん(爆))←お約束 -------------- 告知文 ここから -------------- トヴィさんに聞く!〜Brass MIX!とゲイライフ ![]() ゲスト:トヴィさん 聞き手:Ron、akaboshi 先日の関西レインボーパレードでも隊列の先頭で演奏し、華やかに彩った セクシャリティ・フリーのブラスバンド「Brass MIX!」。 あちこちのセクシュアル・マイノリティ系のイベントを 音楽の力で盛り上げ続け、いまや欠かせぬ存在です。 1年ぶりに開催するRonとakaboshiの直撃トーク。 今回は、「Brass MIX!」の指揮者であるトヴィさんをゲストにお迎えし、 立ちあげたきっかけや、続けるためのこだわりなどを伺います。 ダウンタウンのバラエティ番組『リンカーン』に出演し、 番組内で家族にカミングアウトをした時のことや、 流行語「どんだけぇ〜」にまつわるエピソードの他に、 東京でのゲイライフについても根掘り葉掘り、 探ってしまうトークライブ! ブログ「ろんちゃんのテキトー日記」と 「フツーに生きてるGAYの日常」の筆者が今回も、 ゆるゆるトークで実は鋭く迫りますっ!(笑) ★2006年の東京レズビアン&ゲイパレードで出会った、トヴィくん。 それ以来、わたしはBrass MIX!の一員として、 いつもトヴィくんの背中を見ながら楽器吹いてます。 責任感が強いけど、涙もろくもあり、とても魅力的な人。 だけど、未だに個人的なことは何も知らないんだよね。。 ってことで、今回はトヴィくんに直撃トーク! あれこれ聞いて、素っ裸にしちゃいます。トヴィくん、お覚悟を!!(爆) by Ron 『ろんちゃんのテキトー日記』 http://rontako.blog39.fc2.com/ ★あちこちのイベントでお会いすることは多くとも こちらはカメラ、あちらは指揮者として走り回り、 実は数回しか言葉を交わしたことがなかったので、 この機会は本当に嬉しいです。個人的には・・・ トヴィさんの「ゲイライフ」に興味津々かも〜(笑)。 by akaboshi 『フツーに生きてるGAYの日常』 http://akaboshi07.blog44.fc2.com/ ★実はakaboshiさんのブログを以前からこっそりと愛読させて頂いてました。 隠れファンの立場から、今回出演のオファーを頂いた事で嬉しい気持ちと反面、 あの斬新な切り口で、どんな展開になるのか今から緊張もしています。w 当団Brass MIX!のトロンボニストRonさんにしっかりフォローをお願いを・・・ 聞いてくれるのか?? 楽しみにしています!よろしくお願い致しますっ! by トヴィ(Brass MIX!代表) http://brass-mix.com/ 日時:11月15日(日)15:00開場/15:30開始〜17:30まで。 会費:500円 ※予約は不要です。お気軽にお越しください。 会場:パフスペース http://www.pafspace.com/ …東京メトロ東西線早稲田駅下車、馬場下口(2or3b)より2分 馬場下町交差点を文学部の方向(左)に曲がり3軒目のビル。 ■地図はこちら。 http://www.pafspace.com/riyou/riyou-3.html TEL&FAX:03-5991-6117(浜田) ■Ronとakaboshiの直撃トーク001(2008年11月15日開催) 『既婚者ゲイに聞く!「同性婚する」ってどんな感じ?』PLAYLIST http://www.youtube.com/view_play_list?p=93B4A76E9BE80785 -------------- 告知文 ここまで -------------- というわけで、ちょうど丸々1年ぶりの「Ronとakaboshiの直撃トーク」(去年と日にちも開始時間もまーったく同じ)。 これもね〜、少し前(関パレよりは前だけど)に突如決まったんだよね(爆)akaboshiさんと話してて「あ、なんかトヴィくんの話聞きたい」って話になって「んじゃやろっか」と。で、関パレのブラミ打ち上げのときにわたしが直接出演交渉。「いやー、トヴィくんのプライベートな話とか全然知らないから聞きたいんだよね。だってわたし、あなたのことが好きだから(はぁと)」とか、いやホント、直球勝負でボール投げてみた。トヴィくんはその場で快く引き受けてくれたけど、もしかしたら心の中は不安で不安でたまらないかも知れない。。(笑)ええ、わたし、フォローする気なんぞこれっぽっちも←オイ 「好きな人のことだから、あなたの全部が知りたいの」ってわけで、容赦はしませぬぞ(爆)一応、撮影はする予定だけど、まー、前回のように際どい話はもちろん、You Tubeでの一般公開はされないわけで(うふ)。皆さまのご来場お待ちしております。 ちなみに画像は、関パレのときに彼女が携帯で撮ったもの。 なんかすごーくかわいかったんで、使ってみた。 テーマ:性的少数者(LGBTIQ) - ジャンル:日記 |
10-30,2009
熱い身体で
今日は午前中、気分がものすごく不安定に。
と思ったら、午後からどうやら熱が出て来た模様。ま、7度3分だけど。6度8分が平熱のわたしにとっては「微熱」みたいなもんだけど。 だけど、熱が出る前ってどうしてこう、気分が不安定になるんだろうなあ。。 ってわけで、今日は気持ちがいいほど晴れた日だったのに、 何もせず、一日ベッドに入って寝てた。 そして「あなたは一人じゃない」って言葉について考えてた。 若くして自分が性的少数者であることについて「こういう人間は世界で自分一人だけじゃないか」って悩むと言うことを聞いたことがあるけれど、わたしは気が付いても全然悩まなかった。 それはなぜだろう?って。 確かに思春期を越えてずっと大人になって気が付いたってのはあるかも知れない。 けど、じゃあ「そういう人は自分以外にもいる」ってどうして分かったんだろ? わたし、それまでにそういう関係の本を読んだことあったっけ? って思ったんだけど、記憶にない。 「一番最初に出会った『性的少数者に関する本』ってなんだっけ?」って思ったんだけど、あんまりはっきりとした記憶に残ってない。ただ、小学校のときの友だちんちが本屋で、そこで「薔薇族」を見かけたことがある。そのときわたしはいくつだったか覚えてないんだけど「薔薇族」がどういう雑誌だか、多分知っていた。 なんでだろ? 思い出そうにも思い出せない。 自分は性的少数者と気づいて悩む人もいる。 でも、全然悩まない人もいる。 この違いって一体、どこから来てるんだろう? 寝起きにぼーっとした頭で考えてたんだけど、分からない。 でも少なくても 「悩んだ人間の方が人間として成長してて、 悩まなかった人間は成長してない」 なんてことはないよなあ〜とも。 これって悩まなかった人間の持つ罪悪感だろうか。 |
10-29,2009
あー
なんか昨日の夜から調子が悪い?感じ。
寝るために横になってたら、腰の辺りがスースーするんで、 彼女にお湯の入った湯たんぽ(じゃないんだけどね、ホントは)を持って来てもらい、 風邪かも知れないと思って葛根湯を飲んで寝たはいいが、 朝になったら、頭が痛くなってた(T_T) 最近の頭痛、偏頭痛なのは変わらないけど、 明らかに歯から来てるのは確かで、 とんでもないところが痛い。 そーねー、今回は右耳の下、あの、おたふく風邪のときに腫れるところ? あそこが痛くて、揉んでもらうとそこから直に目の奥が「じーん」と痛くなる。 変なの。 で、どうも偏頭痛っぽい気がしないので、市販の頭痛薬を2回飲んで寝たんだけど、 これがすっきり治りきらない。 未だになんか違和感がある。 なんでこんなになるかなあ? よく分かりません。 なんかいろんなことに「やる気」を失ってる自分に気づく。 |
10-28,2009
取り留めもなく
今日は見事に何もしない一日だったなー。
何もしないというか、寝てたというか。 筋肉痛の方はやっと回復気味。 そういや全然関係ないけど「全国豊かな海づくり大会」が31日にうちの大学(東京海洋大学品川キャンパス=旧東京水産大学)であるらしいけど、海づくり大会って、本当は各県持ち回りの行事じゃ?東京都でやるんだったら、本土側には漁業権はもう無いはずだから、島嶼部に行かないといけないので、それでうちの大学に回ってきたのかなと思ってたら、(本当のところはどうかは知らないけど)今回は「中央大会」の意味合いを持つらしい。 まー、海づくり大会って、天皇皇后両陛下が臨席してやるんで、すごい用意が大変なのは、ちょっと聞いて知ってたんだけど、まぁ、うちの大学だったら結構皇室の人来るんで、その点ではいいのかな。 毎年やってる稚魚放流とかもやるのだろうか。 って、一体どこでやるんだろうか。ポンド? でも、放流しても漁業権ないし、漁業者さんもいないはず。 今年はやらないのかな?とか思ったりして。 しかし、同窓生に1,500万円の募金を募るのって、、 なんかすごくない? そうでなくとも、同窓生にはたくさん「寄付せぇ〜」って感じで、今まで中部講堂(なかべこうどう)の改修や、鈴木善幸のなんだっけな、なんかの建物作るっていう寄付金募ってたのに、うちの同窓生は金持ちが多いんだろうか? 今年の学祭は11月6〜8日かぁ。 毎年「あ、過ぎた」って思ってて行けなかったんで、 今年は行けたら行こうかなあ。 |
10-27,2009
病院の日
まだまだ両腕の筋肉痛が取れないわたしですが(苦笑)
いや〜、bone(骨)と言っても、やっぱボンコちゃん(仮名)って重いんだわあ。 ちょっとはダイエットさせようかしら、、どこを?←オイ 今日は2週間ぶりの病院の日。 前の診察でリボトリールがなくなって(主治医は「卒業」という言葉を使ったが、あんまり「卒業」という言葉は似つかわしくないような。だって、その薬である程度よくなって、それで止めたわけじゃなく、飲んでも効き目がないので止めたんだもん)その代わりセロクエルが1錠から2錠に増えたんだけど。 前の状態から何か変わったかというと、変わったような気はする。けど、具体的にここが変わったと言えないところがなんとも。。んー、なんとなく変わったんだけど、正直、自分でどうやって治っていくのかさっぱり見当も付かないので、それがいい方向なのか、そうでないのかさっぱり分からなくて。それに加えて、前の症状を覚えていられない、というのがある。でもちょっと軽くなったのなら「前より軽くなった」って分かるはずだけど、軽くなった、というより、なんかどこかかが変わっただけ、なので、やっぱりよくなったってことはないのかも知れない。 で「顎のところに圧迫感があって、下の歯はそうは感じないんだけど、上の歯は締め付けられてる感じがするのと、上の歯が締め付けられているせいで、下の歯とかみ合わないような感じがする。で、口を閉じたときに上の歯が外側に動く感じがする」って、んー、文字だけじゃ何を言ってるか分からないと思うけど、まー、そういうのを身振り手振りを使って説明した。 そしたら「セロクエル、2錠から1錠に減らしてもいいですよ」って。え、それはどういう意味なの?と思ったら、どうも顎の圧迫感ってもしかしたらセロクエルのせいかもしれないってことで。 んー、なんか副作用だけ出て、いつも薬が減っていくんですけど。。。決してよくなったから減るわけじゃなくて、なんかとても複雑な気分。 で、最近、精神的に非常につらくて、病院へも彼女と一緒に行ったりしてたんだけど、今日は一人で行って、まー、普通に話してきたと自分は思うんだけど、主治医は「つらいのがなくなった」と思ったらしく、わたしが「いや、それって、全然歯と関係なくて、別件でちょっと元気になったんです」って言っても「別件でもよかったですね〜」と言われて。。いや、だから、歯の具合がよくなったから、今元気なわけじゃないの!今のわたしが元気なのは、パレード効果なんだよー、と心の中で叫びつつ、なんでもプラスの方向に考えちゃう主治医に「もうちょっと歯を楽にしろ」とも言えず。。 ま、そんなこんなで帰ってきた。 ん。取り敢えずまだ「パレード効果」は続いてて、元気は元気なんだけど、最近数ヶ月の間にわたし自身、「何が自分をつらくして、何が自分を元気にさせるのか」がちょっと分かってきたような。それが将来にどう繋がっていくかは今のところよく分からないんだけど、今、ちょっと他のことを考える余裕が出ているので、いろいろ考えられたらいいなーと思っている。 |
10-26,2009
関西レインボーパレード2009
![]() 昨日、大阪から帰ってきた。 大阪に到着した日、ジュンク堂書店梅田ヒルトンプラザ店で「関西レインボーパレード2009 ブックフェア」をやっているというので見に行く。最初、エレベータで上がっていって、5階の入口すぐの「フェア」のところを見るが、なんか違ってるようだったのでお店の人に「セクシャルマイノリティーのブックフェアはどこですか?」って聞いてみたんだけど、聞いたお店の人はどうも分からなかったみたいで、他の店員さんに聞きまくっててちょっと恥ずかしかった(汗)フェアの名前を全く覚えてなかったんでね、、ま、別にそんなに気にしないけど。 で、最終的に知ってた店員さんがいたので「6階のエレベータ前でやってます」ってことで、そこから階段を上がって6階に行く。6階のエレベータ前にあった。わー、これ、結構目立つなあ。5階から本屋に行くと分からないけど、直で6階に行くためにエレベータを使うと、目の前に「バン」ってあって、そういう意味では人目につきやすいところ。 事実、見終わって(ゴメン、本買わなかった!)下に行くエレベータを待ってたら、同じエレベータを待ってた人がチラチラと後ろを振り向いてた(笑)確かにあそこでゲイやレズビアンや同性愛や女装、と言った本が並んでたら「なんだろ?」って思うだろうなーと。その「なんだろ」だけで実は十分なんじゃないか、って思ったほど。 ただ、、店内に「今、ブックフェアやってます」という張り紙1枚は欲しかったかな。5階からだと「どこでやってるんだろ?」って思うし、わたしなんかは普通にお店の人に聞いちゃったけど、やっぱ聞けない人もいるだろうと思うし、、 その後、彼女と大阪デート♪お好み焼き屋さん(関西風)とゲーセンに行って太鼓を叩き、クイズやってホテルに帰る。 その日の夜は緊張してたのか、全く眠れなかった。 当日。朝9時集合だったんだけど、15分くらい遅れた(汗) で、練習。今回は新曲2つあったんだけど、わたしは自慢じゃないがぜーんぜん練習していかなくて、今回は暗譜できなかったので、譜面を縮小コピーして譜ばさみにはさみ、吹いてるときに譜面が見れるようにしておいた。ちなみに今回吹いた曲は「Dancing Queen」「キセキ」「宝島〜ブラジル」「森のくまさん、スーザに出会った。」の4曲。新曲は「キセキ」と「森のくまさん」。 関西レインボーパレード(関パレ)に出るのは、今回3回目なんだけど、今回はいつもに比べてパレードするまでの時間がすごく短かった気がする。いや、本当は例年とタイムスケジュールは変わっていないはずだけど、おそらくわたしがあんまり余裕がなかったからだろうなと思う。 で、パレード開始。これもいつも出発するまでにすごーく時間がかかる気がするのだが、今回はスムースに道路に出れた。ここから長い道のり。 トロンボーンでの参加者は7人だったっけ。直前、例の新型インフルエンザにかかっちゃった人がいて、1人、減ったのよね。わたしは先頭の、歩道から2列目だった。今回は歩道側から1st、2nd、3rdってな感じだった。わたしは2nd主、と言っても、Dancing Queen、ブラジルは1st、キセキと宝島が2ndで、森のくまさんは、トロンボーンはみんな一緒だったので、あんまり「2ndが主」って感じではなかったんだけど。 しかし、譜ばさみを使って吹くのは、実はわたしがパレードに初めて参加した、2006年の「東京レズビアン&ゲイパレード」(今の東京プライドパレード)以来で、吹き始めてすぐに後悔した。今までそれが当たり前になっててすっかり忘れてたんだけど、譜面を見ながら吹くと、当然、周りが見えない。しかも、目の前に譜面があるもんだから、スライドの先端が見えなくて、わたしの前で指揮してるトヴィくんとの間隔が全然つかめない。なので、最初の方だけど一回、トヴィくんの背中をボンコちゃん(仮名)のスライドでどついてしまった(汗) んー、先頭車両からもうちょっと間隔に余裕が欲しいと思ったけど、警察が「早く進め」「早く行け」って言うから仕方なかったのかな〜。わたしらは確かにスライドがのばせるくらいの間隔の余裕は欲しいが、一番かわいそうなのはガード(旗)の人たちかなって思った。あんなに間隔が狭かったら、大きく振れなかったんじゃないか、とかね。 今までは周りを見ながら吹いてたので、いつも見てる「グリコの看板」とか、アメ村の入口とか、全然分からない間に過ぎて行ってしまった。。譜面を見るのは新曲の「キセキ」と「森のくまさん」だけだったんだけど(最終的にはね)、ちょうど「グリコの看板」とかアメ村入口のところはそういう譜面を見てたときに通過したんだろうな。しかし、それ以外の曲では割と歩道とか見てたんだけど、今年は繁華街を歩く人が少なく思えたんだよねー。歩道では何人か、一緒にパレードしてくれる(?)人たちがいるんだけど、それ以外の例えば信号待ちの人とかね。去年はもうちょっとたくさんいたような気がする。 ただ、うちらが信号待ちで止まって吹いてるときに、観光客の外国人の人がビデオカメラで写しながら、ガード(旗)の人に「Tシャツに書いてある『I (ハートマーク) BM!』の『BM』ってなんだ?」って聞いてた(笑)だから、実行委員の人が持ってたプラカード「隊列1 Brass MIX!」ってのを実行委員の人がその外国人の人に見せてたけど、果たして意味が通じたかどうか。。(笑) わたしは吹きながら先頭車両で、今年のトップスターが言う言葉を聞いてたんだけど「わたしたちはセクシャルマイノリティーです。同性愛者です。異性愛者です。両性愛者です、、」という言葉を聞きながら「異性愛者を入れたら、セクシャルマイノリティーじゃないんじゃないかなあ」とか、そんな変なことを思ったりしてた(笑)まーでも、パレードしてるのは、性的少数者だけじゃないからねえ、とも思った。 終わりに近づいてくると、ボンコちゃん(仮名)持ってる両腕が痛くなってきた。腕だけじゃなくて肩と背中がガチガチになってる。しかも、わたしは1stを吹いているはずなのに、それより高い音を吹いてる人がいて「あれ?後ろのホルン?」とも思ったが、直に隣の村長(トロンボーン村ですんで)が吹いてるのが判明。あとで聞くと、村長の後ろの1st村民も吹いてたとのこと。しかもわたしの隣の3rd村民はなぜか最初からブラジルのメロディーを吹いてる!みんな、今回は好きなように吹いてるのね、、と思いつつ、多分、わたしとその後ろの2nd村民はちゃんと真面目に吹いてましたよ、譜面通り。ただ、わたしはDancing Queen、1st吹くの、そのうち疲れちゃって、1st、2ndって交互に吹いてました、ここだけの話。 結局2時間かけてゴール地点に。その後、後ろを歩いてる人たちを公園に迎え入れるためにちょっと待って、そしてほとんどみんな揃ったところで最後の演奏。「Dancing Queen」と「キセキ」の2曲。 その後、今回のパレード参加人数の発表や、風船飛ばしてパレードは終了。 なんだか、あっという間に終わったって感じではあった。パレード自体は。 しかし、例年ならここで終わるはずのパレード。今年は違ったんだよね。 パレードする前に、いろいろな知り合いと会うんだけど、パレード前ってのは、Brass MIX!に拘束されててね、なかなか話す時間がない。しかし今回は「アフター行く?」というとみんな「行く」という。だもんで、Brass MIX!の打ち上げが終わったあとは、関パレのアフターに初めて行った。 実はBrass MIX!の打ち上げに出るのもすごく久々で。いつ以来だろう?って思うほど。別に出たくなくて出なかったんじゃなくて、その後、用事があったり、などで出てなかったんだよね。 少々遅れて打ち上げ場所に行ったら、もう既に食事が運ばれてた。トロンボーン村の村民が集まってるテ−ブルがあって、そこが2つ席がまだ空いてたので、彼女と一緒に座ったんだけど。食べ物が来るたび、村民のみなさんは拍手で迎え。食べ物はそれこそピラニアがたかるようにあっという間に空にして。「次はまだ〜?」って待ってて、それで食べ物が来て拍手で迎え、、ってまだまだ全然食い足りないって思ってるうちにゴマ団子が出て来て。「え?これで終わり?」って思ってたら、今度はパイナップルが出て来て「あ、これで終わりなのね。。」ってそれもあっという間に食い尽くし。他のテーブルにまだ食べ物が残ってるのを「ウソみたい」って思ってみてたり(笑) ま、そのうちみんな移動してぐちゃぐちゃになって。わたしも普段は席は移動しない方なんだけど、今回はいろいろ用事もあったりして(謎)、比較的動き回りました(笑) 久々に出た打ち上げだったんだけど、なんていうのかなー、知らない人が増えててびっくり、みたいな感じ?他のパートの人とはなかなか知り合えなくて、でも、わたしは初対面の人がすごく苦手なんで、やっぱりここでも知り合いを探して話してた(苦笑)けど、なんか以前と雰囲気が違うなーとも思った。彼女は「大人が増えたんだよ」って言ってたけど、一方では「これからがあるから自制してた」との情報もあり(爆)、瞬く間に2時間過ぎたのでした。。 で、その後はちょっとホテルに戻って、それから関パレアフターに。実は関パレのアフター会場と結構近いホテルに泊まってたのよね。 アフターの会場に入ると、トークショーみたいなのやってて、レズビアンってカミングアウトしたグラビアアイドルの一ノ瀬なんとかさん(すいません、覚えてなくて(汗))が司会者二人に囲まれて何かしゃべってた。一ノ瀬なんとかさん、結構興味あったんで、見るとステージの目の前のかぶりつきのところにスペースが。「カメラも回ってるし、さえぎっちゃうかも。。」と最初は躊躇してたんだけど、前の方にいた知り合いが「そこそこ!」って呼ぶんで(苦笑)、目の前のかぶりつきに座りましたよ(笑) しかし、トークはほとんど終わっちゃったみたいで、司会者の人が「もっと芸能界ズレしてるのかと思った」ってのを聞いて「あー、どんな話したのか聞きたかったー」と思った。わたしが聞いてたのは、新しいDVDが出ましたよ、ってのの説明で、なんかcocolo cafeでなんかのイベントやる、とか、九州男で女の子60人集めてイベントやるんだ、とか、そんな話ばっかで、しかもそこで司会者やってる人が「東京に住んでる人は是非行ってきて下さい」ってこっち見ながら言うんだもの。。しかも、ちょっと離れたところに座ってるわたしの知り合いも「Ronちゃんよろしく〜」とか言ってるし!!つか、司会者の人も実は知り合いだったりするんだけど、いつの間にわたしがそこにいるのが分かったんだろう?全然こっちの方見てなかったのに。。 トークイベントが終わり、クラブイベントになって、ステージ上に男の人たちが踊ってる時間になると、それまで結構女性が多かったのが、ほとんど男性客ばかりになっちゃって。で、うちらは入口で見かけた知り合いとグタグタしゃべったり。 そう、結局、パレードに来てる友だちとはそこで話したんだよねー。普段はみんな離れて暮らしてるから、こういうイベントでもないと会えなくてね。 でも、普段だったらパレード終わったらお終いで、話したい人とはパレード前の忙しいときに二言三言話すだけだったんだけど、今回はこういうイベントがあったせいか、いつもはじっくり話せない人と話せたりして、それがとっても楽しかった。 そう、わたしはいつの間にか知り合いが増えてたんだよね。。 出会いはいろんなところだったりする。それこそ「レズビアン&ゲイ映画祭」で知り合いになったり、mixiのやりとりでマイミクさんになった人とか、それはホント、さまざまなんだけど、でもこういうところで会って話せる。知らないうちに、友だちが増えたんだなー、って思ったし、そうか、こういう場がないと、そういう人たちと会うことは出来ないんだ、って改めて思って、そのときに初めて「ああ、実行委員の人たちに感謝しなくちゃ」って思ったんだ。 わたしは今までパレードや何かのイベントには「楽器で参加」することが多く(楽器で参加しないものは名古屋のNLGRだけだと思う)、「楽器が吹ける」ってことで、他の人とは違うんだって思ってた。だけど、それは違うのね。「そういう場」があって初めて楽器を吹くことが出来る。そして、「その場」を作ってくれるのは、やっぱりそのパレードの実行委員さんなんだよね。だから、わたしは自分が楽器が吹けることに感謝するんじゃなくて、楽器を吹けるところを提供してくれた人たちにまず感謝しなくちゃ、って思ったんだ。 そして今回は、それと共に「知り合いと話せる場所」を提供してくれたことにも感謝しようって思った。今まで、東京や札幌、大阪って何回もパレードに参加してきながら、楽器を吹いてパレードするだけで終わってた。しかし、知らない間に知り合いが増えて、こういう機会でもないと話せない友だちがいっぱいいて、そういう人たちが集まれる場所を作ってくれた、というのはとても有り難かった。「アフター行く?じゃ、わたしもブラミの打ち上げが終わったらアフター行くから」って、今までにはない経験だった。 まぁ、そういう意味では時間を気にせずに遊べるってことで、東京だったら同じような場があっても無理かも知れない。東京は季節が真夏なのもあって、パレードする距離は短くても、その後の「お帰りなさい演奏」などで最後の最後まで楽器吹きっぱなしだし、終わったあとはそれこそ「抜け殻」みたいになってしまって、一刻も早くうちに帰りたい、っていう風になってしまう。アフターがあっても、終電を気にしなくてはならないので、制約がある。だから、東京は東京で仕方がないのかも知れない。。 結局わたしは、アフター会場の店の前で、12時過ぎまで話し、その後、知り合いとビアンバーに行った。ビアンバーでは2時過ぎまで話してたんだけど、わたしはその前の日が全く眠れなかったということと、パレード疲れでその時間にはもう眠くて眠くて、って感じで、話はちゃんと聞いてられたんだけど、すっかり無口になってしまって(汗)頭が全然働いてなかったー! でもねえ。いつもは会えないからネット経由で文字ばっかで会話してるけど、こうやっていろいろ知り合いと話してみるとね、あー、カップルさんごとに事情は違うなあ、とか、でもいろいろ文句言ってたりするけど、この人はパートナーさんのこういうところが好きなんだろうなー、とか、なんかね、まぁ、わたしの知り合いはカップルさんが多いのか、それがよく分かる夜だったなあ〜。 あのね、わたしホントは関パレ行くの、どうしようかと思ってたんだ。全然練習してなかったし、最近のわたしは本当に精神的に疲れちゃってて、外に出るのがすごく億劫だったの。けど、いつも会えない人と幸せな会話が出来て、そーか、みんないろいろあるけど、それなりに(決して頑張って、とは言わない(笑))生きてるんだなーって思って、なんかね、とてもパワーをもらった気がする。 また、みんなで会える場がある、と思うと、それまでやっぱりそれなりに生きてかなきゃ(笑)って思う。 今回のパレードでは、本当に今まで気が付かなかった「人との繋がり」が大切に思えて、本当によかった。 結局、その日はホテルに帰って寝たのは3時過ぎだった。前日とは違い、ベッドに入ったあとの記憶がなくて(笑)、気が付いたらチェックアウト30分前で彼女に「もう起きてー」って起こされるまでぐっすりだった。 それからアメ村でたこ焼きを食べてから、新幹線に乗って東京まで帰ってきた。 長いようで短かった2泊3日。 一緒に楽器が吹けたブラミの人たちに感謝。友だちに感謝。そして、その「場」を提供してくれた、関パレ実行委員の人たちに感謝。彼女に感謝。 あ。練習しなかったけど、ちゃんと鳴ってくれたボンコちゃん(仮名)にも感謝(笑) けど、ボンコちゃん(仮名)は重かった。。 翌日から両肩から両腕が筋肉痛。今もまだ筋肉痛。 【画像】帰りに東京駅で買った東京タワーの模型 テーマ:性的少数者(LGBTIQ) - ジャンル:日記 |
10-23,2009
行ってきまーす
てなわけで、明日はいよいよ「関西レインボーパレード2009」。
Brass MIX!で参加してきます。 と言いつつ、今回は事前に練習する気が全く起きなくて(汗) 全然練習してません。 いつもは暗譜するほど練習して本番に臨むのになー。 こんなに練習しなかったのは、多分、初めてです。。 で、昨日、やっと小細工に着手(譜面を縮小コピーして当日はそれ見て吹く!)。 そんでもって今日、さっき譜面を挟む「譜ばさみ」到着(ギリギリやん)。 朝はボンコちゃん(仮名)に譜ばさみを付ける角度などで格闘。 未だによく分からない。。っていうか、全部の譜面を持って歩くのは無理だわ、こりゃ。 ってことで、考えなきゃ。。 あー、今回は、ホント、ボケボケでどうなるか分かりません。 まぁでも、こういう機会でないと会えない人もいるので、 そういう人たちに会いに行くというか(笑) ま、取り敢えず行ってきます。 |
10-22,2009
10-20,2009
横道世之介
わたしが取ってる毎日新聞で、最近この本を取りあげた記事が目に付いたものだから、買って読んでみた。
というか、この本は、実は毎日新聞に連載されていた小説だったらしい(2008年4月1日〜2009年3月31日)。それを加筆修正して出したのがこの本。いやー、新聞に連載されている小説にはほとんど興味が無いので、これが連載されていたとは、この本が出るまで全く知らなかった。 連載開始月の4月にこの小説も「四月 桜」から始まっており、一月に1つの章で出来ているので、おそらく連載を読んでいると、そのときの季節感が一緒になって楽しめただろうな、という感じはする。そしてもし、わたしがこの小説の存在に気が付いて、その当時、読んでいたとすれば、一日一日がとても待ち遠しかっただろうな、と思わせるような小説だった。 わたしはこれを読んで、なんとも言えない懐かしさを感じたのは、なんてことはない、この小説の主人公とわたしは同い年だったからだ。あの当時、同じ東京で、同じ大学生だった、というのは、この小説を読む人の中でおそらく最もこの話をリアルに感じられる年代だと思う。あの当時、「バブル」と呼ばれていた頃、わたしは大学生だった。景気がいいことはなんとなく分かってたし、「こんなものにこれだけ金つぎ込むの?あほらし」みたいな感じはしていたが、自分自身はただの大学生で、あまりバブルの恩恵を受けた覚えがない(バイトもしてなかったんでね)。けど、読んでると「ああ、そうそう、そんな感じだった」って思うところが多々あって、それがものすごく懐かしかった。 話自体は、おそらく1987年4月に長崎から大学進学のために上京してきた「横道世之介」くんの大学1年生のときに起こったお話しがメインとなっている。それが縦軸とするならば、時折織り込まれる横軸は、彼と関わってきた人のその後のお話し。一月に1つ、ではなく、数ヶ月に1つ程度織り込まれるのだが、その時間軸が段々現代に近づいて来て、最終的には去年で終わる。 1987年に横道世之介が関わってきた人で、彼の現在を知っている人は(ほとんど)誰もいない。「あ、こんな奴いたっけな」と思い出されてはまた記憶の底にしまいこまれる、それだけの存在だった、とも言えるが、何年経ってもふと「あ、アイツ、どういうヤツだったっけ」と思い出されるというのは、それだけ存在感があった、というべきなのだろうか。 んー、ぶっちゃけて言うと、2008年11月に40歳になっている横道世之介は死ぬ。それが読みながら分かってくる(もちろん、分かるのは11月になってからだ)。それまでは取り敢えず「今の彼は何をしているのかな」と思いつつ読んでいくのだと分かるが、11月以降はひたすら「彼が亡くなったって、なんでだ、どうしてだ」というはやる気持ちを抑えながら読んでいった、という感じだろうか。 実はわたしは書評だったか何の記事化だったかで、主人公に「死」が訪れることを最初から知っていた。んー、だから、本当に面白かったのは、やっぱりこの連載をリアルタイムで読んでいた人たちだろうな、と思うんだけどね。でも「死」を入れるのは、ある意味「ずるい」とも思う。だって、生きているより死んでいる方がドラマチックだ、明らかに。そして最後は急激に1987年と2008年が交錯していくのだ。永遠に交わることのない年月が、なぜか絡み合っている。「写真」という「その時代を封じ込められるもの」によって。 そしてこの小説は、2008年11月に亡くなってしまう主人公が、1987年に大学1年だった主人公が、その後、どうなっているかが垣間見えるようになっている。ここら辺の描き方はちょっと心憎い感じがする。結局彼はカメラマンになるのだが、その出会いが大学1年のときにあったこと。その後彼はどんな写真家になったのか。そこら辺がうま〜く描かれてるんだよね。しかも、読者はそのときにはもう主人公はこの世にいないことを知っている。ここの組合せがね、やっぱり何とも言えないのね。彼の生き死にが分からないときは、1987年の彼はただの普通の大学生だ。サークルは幽霊部員で、講義には朝寝坊して遅刻して、深夜にバイトして、車の免許を取るために教習所に通って。。わたしらの時代にはどこでもいた「普通の大学生」だった。あ、今の大学生はどうだか分からないからこういう描き方するけれども。 ところが小説の中で「彼が死んだ」と言うことが分かってからの1987年の彼の行動は、なんだか「普通の大学生」に思えてこないのね。彼と関わった人は、なにか、必然的なものであったかのようにすら思えてくる。んー、これはわたしの場合だけど、他の人が読んだらまた全然違う感想を持つかもね。 ただ、本当に、わたしにとってはものすごく懐かしかった。「彼ら」は市ヶ谷にある大学(おそらくH大だろう(笑))に通い、わたしは港区にある国立大学に通っていた。もしかしたら新宿辺りですれ違っていたかも知れない、とすら思える。それだけでも小説に自分のことをシンクロさせられるのね。「あー、あの時代、そうだったよなー」と思えるところがものすごく多くて。 しかしわたし自身は「大学進学をきっかけに上京」してないから、上京してきた友だちなどをつい、思い出してしまったりした。もしこれが、大学進学をきっかけに上京してきた人ならば、さらに主人公の生活はシンクロするだろうと思う。 だから、この本は、わたしらの年代とはものすごく「合う」小説だと思う。が、それより10年上の人が読んだら?とか10年下の人が読んだら?といらぬ心配をしてしまう。この時代を同い年で同じ場所でリアルタイムに感じてきたからこそ味わえるものがこの小説にはあると思う。それ以外の人が読んだらどうだろうか、と思う。それはそれでまた別の物語になるのだろうか。 この主人公はとりわけ特色がある人ではないわけで、どちらかというと「彼の周り」の世界が面白かったりするんだけど、それもこの主人公がいたからであって、なんか不思議なんだよね。。 で、あとね。サラリとゲイが出てくるの。主人公と同じ大学へ通う加藤くん(笑)。最初会ったときから「女の子にはあんまり興味ないんだよね〜」なんて言っちゃって。だけどはっきりカミングアウトはしない。しかし、主人公が夏の暑さにクーラーがついているという理由で、その加藤くんの部屋に入り浸るようになるんだけど、そこで加藤くんからのカミングアウト(笑)しかし主人公は「タイプじゃないから」と一蹴(爆)そしてハッテン公園にハッテンしに行く加藤くんとともにスイカを食いながら付いてく主人公。だけど主人公はカミングアウトされても驚きもしない。しかも「公園内には入らないから」と言って、公園の外でスイカ食ってるという(笑)なんだかわけ分からない風景なんだけど。 そして、加藤くんのその後の生活が割と早めに描かれる。大学4年のときに知り合ったパートナーとその後同居。同居前に、パートナーが突然病気で倒れて入院したときに、加藤くんがずっとそばにいるにもかかわらず、身内ではないので病院側は親が着くまで病状を説明しなかったり、その後もパートナーは親にはカミングアウトしていないので「こんなときに結婚していれば」みたいなことを堂々と加藤くんの前で話してしまって、加藤くんも「そうですね」、みたいに曖昧な答えをしてみたり、みたいな割と「ありがち」な話が書いてある。で、やっぱり何かあったときに、、と思って同居に踏み切るらしいんだけど。でも、そこには男同士の暮らしが、サラリと描かれてて、それが全然特異じゃないのね。それがとてもね、いいなって思ったんだよね。 こう考えるとこの小説はわたしとの共通点がとても多い小説で、それだからこそ、年代が違う人とはまた別の印象があるんじゃないかなって思う。あとはあのときの東京と今の東京を知っている人。東京を知らない人にとっては、あまりピンと来ないんじゃないかなと思う。 そういう意味で万人受けする、というよりはピンポイントで受ける、という小説じゃないかな、という気はする。ま、わたしなんかそれにやられる方だけどね。しかし、わたしの年代ももう、こういう本が書かれる歳になったんだなあ〜ってしみじみ思う。 で、この小説の主人公はどうも透明な感じがしてとらえどころがないなあ〜って今でも思ってるんだけど、雰囲気的にはなぜか「桃尻娘」の「木川田くん」を思い出させるのよね。それも木川田くんから見た木川田くんじゃなくて、周囲が見る木川田くんの印象、みたいな。。って難しいかな(笑) |
10-18,2009
消化のための睡眠
昨日は一日中頭が痛くて苦しんでた。
っていうか、最近、また頻繁に頭痛が起きるようになっている。 んー、前みたいにすごい痛いってことはないんだけど、 なんか、にぶーい痛みの偏頭痛で、 原因は、口の中が不快で絶えず歯を食いしばっているため、 顎辺りから首に掛けての筋肉がガチガチに固くなった結果、 引き起こされた頭痛なんじゃないか、って自分では思ってる。 火曜日に薬を変えてから、なんとなく歯の状態が悪い。 口の中で歯がぐにゅぐにゅ動く感じと、そこから出てくる変なべとっとしたもの。 これがものすごく気持ちが悪いので、無意識に口を噤んでるらしいんだよな。 結局、昨日はこの頭痛のせいで、一日寝てた。 で、昨日は結構早く寝たので、朝も早く起きたんだけど、 朝食を食べ終わったらまた眠くなってきて。。 結局昼の2時過ぎまでグッタリ寝てた。 というか、彼女が寝てるわたしに向かって 「お昼ご飯食べる?」だのなんだのって言ったらしいんだけど わたしはよく分からない反応をしたらしく 「泥のように寝てたよ」って起きてから言われた。 「なんか、昨日も今日もこんなに眠れて、やっぱりどこか疲れてるんだよ、ろんたこ」 って言われたけど、一体、どこが疲れてるんだろう? と言えども、やっぱり寝る以外、今は何かをやろう、と思う気がしなくて。 関パレももうすぐだっていうのに、全然練習する気が起きない。。 新曲何曲かあるのに、今回は暗譜どころか吹けなさそう。。 あー、なんか気も重いし。 なんか最近、いろんなことに「ああ、もうお腹いっぱい」って思うことがあって、 そのことがわたしを疲れさせてるのかなって思うことがある。 そのことを消化するまでにはちょっと時間がかかるのかな。 消化するには眠りが必要なのだろうか。 だから、こんなに眠れるのかな? |
10-16,2009
多分、疲れてる
よく分からないんだけど、最近、昼間、眠くて眠くてそれでものすごく寝てるんだけど。
しかもそれが夜の睡眠を妨げるわけでもなく、夜は夜でしっかり眠れてる。 うーん。薬の副作用なのかな?でも、夕食食べたあとも薬飲むけど、眠くならないんだよね。 眠いのは、朝起きたあとで、だから、朝食を食べたらまた寝る、という感じ。 だいたい、朝起きたと言っても、時間的には昼ごろだから、 寝るときには昼寝になってて、目が覚めると夕方になってる。 あー、なんかすごい怠惰な生活を送ってるなあ〜。 っていうか、とても罪悪感を感じる。 何もしてない自分、に対してね。 それだけならまだいいんだけど、 「何もしたくない自分」というのが、かなり自分の中にあって。 それと共に「将来一体何したいんだかよく分からない自分になっちゃった」というのもあって。 これらすべてが「罪悪感」となって自分を襲う。 「そう思うのは『疲れているから』であって、疲れがなくなったらやる気が出るよ」 とは思えないんだよな、これが。 わたし、今まで将来にやりたいことがあると思って、 病気しながらでもいろいろ前に進もうとしてたけど、 ここにきて「本当にそれがしたいのか?」と思うようになってしまい。 なんか今は人生無駄に生きてるような気がして仕方がない。 若いときのように時間は無限にあるわけじゃないから、 無駄なく動きたいと思ってるんだけど、 一体、自分は何をしたいのかよく分からないし、 例えそれがあったとしても、今はなぜか動く気がしない。 動く気がしない、というか、動けない。精神的にも肉体的にも疲れちゃっててさ。 疲れる原因、というのも既に分かっているのだが、 今の状態だといかんせん、どうしようもない。 でもいることさえ疲れると感じたならば、やはりそのときはそのときで決断をしなくてはならないだろう。 どうやったら「納得して生きている自分」になるのかなぁ、、 今は糸が切れちゃった凧のように、フラフラしている。 フラフラしてて、そして不安定。 そういえば「あすなろ」の話をふと、思い出した。 「明日は檜(ひのき)になろう」ってずっとずっと思ってるんだけど ずっと「明日は」って思ってるから「いつまで経ってもあすなろのまま」という話。 。。。なんか自分みたいだな。 っていうか、今の自分は何になっていいのかすら分からない状態なんだけどね〜。 こんな自分、ホント、生きてていいんだろうか? |
10-13,2009
病院の日
今日は2週間ぶりに病院の日だった。最近、何回かは精神的な調子が悪くて、いつも診察前にする心理検査みたいなヤツの結果を見るとうつ状態になってんだろうな〜って感じなんだけどね。今は将来の目標も見えないし、今、自分が生きてる価値が全くないような感じがしてるし、自分がいない方がみんな幸せに暮らせるんじゃないだろうかとか、もう随分性欲感じてないよなとか、この状態って診る人が診たら「うつ病です」って言われそうだなーと。
あと、主治医の前で今の状態を話すのが、なんかねー、どうやって話したいいのか最近分かんないんだよね。歯の状態ってのは、何かあるごとに(例えば食べたり飲んだり)変わるんだけど、その状態はどのくらいパターンがあるのかよく分からないし、ランダムに発生するし、あとなんとも説明しようがないわけで、ただ、共通するのは、歯からぶにょぶにょするものが出て来て、それが唇から出て来てるような感じがして不快なの。歯もなんというか、半分解けてしまってなくなったような感じがすることもあるし、歯に網がかかったような感じもするし、多分これって説明されても分かんないと思う。分かんないだろうなと思うから、説明できないの。 そんなようなことがもうここ3、4回かなあ。前回は「なんかよく分からないけど、トイレが近い割に出なくて、残尿感みたいなのがある」って言ったら、トリプタノールからプロチアデンってのに変わって、しかも今まで飲んでたてんかん薬であるリボトリールは「回数減らしていいですよ」と言われたので、1日3錠を2錠に減らしてたんだけど、これまた全然変わらないので「変わりません」と言ったら、今回からなくなった。 で、実は毎日寝る前に彼女に顎とか首の辺りを揉んでもらってるんだけど、彼女が「すごく固い」って言うんだよね。で、今日、彼女にも付いてきてもらったんだけど、主治医に「顎の辺りの筋肉がすごい固いです」って言って、んで、主治医がわたしの顎とか首筋を触って「確かに顎から首に掛けて固いですねー」って言われて、んだからか今まで飲んでたセロクエルが毎回1錠から2錠に増えた。「これでちょっとはよくなるかも」って言われたんだけど、どうかなあ〜?セロクエル、結構長く飲んでるけど、あんまり効いたと思ったことないっていうか、どの薬を飲んでも劇的に変わったってことはないので「なんかこう、劇的に飲んだら効くー、って薬ないんですか」って言ったら「患者さん、みんなそうおっしゃるんですけど、それがあればこちらも。。」って言われたよ。「ボチボチやるしかないんです」って言われたけど。。既に耐えられる状態じゃないのに、まだまだ続くのかと思うとウンザリ。 で、これは人から見ても絶対に外見からじゃ分からないんだよねえ。。それが一番つらいね。他人と話してても普通に見えると思うけど、本人は「あー、なんか口から唾液が出そうだ」とか「歯がひっぱられてるなー」って感じが絶えずしてるんだけど、普通に話してるように見えるんだよねえ。。 なんか最近、精神的な疲れがたまってたのが急激に目の前に現われたようで、ずいぶんとつらい。身体も「休みたい」って言ってるけど、どうもあれこれ用事が入っててなかなか休めない。んー、わたし今、どこかに所属してるわけじゃないから、用事は基本的にないはずなんだけど、「今日はあれ」「明日はこれ」みたいな感じで、明日はようやく1日何もない日。 昨日は朝から昼に掛けてあった、Brass MIX!の練習もぶっちぎって昼まで寝ちゃってたし、今日も昼間で寝てたし。身体も相当疲れてるようだ。病院から帰ったら疲れたんで昼寝したしね。最近出かけてはいるけど、だいたいそのちょっと前までは寝てる。体力が今、全くないように感じるので、ここ1ヶ月半ほど空手もお休み。でも今週はでなくちゃなんないかなあ〜。。 で、来週末は関パレでしょ。もう全然練習してなくって(汗) 新曲2曲もあるのに、どーしましょ、って感じ。 まだ全然譜面見てもない(汗) なんかこんなんでいいのかなあ〜?って本当によく分からん毎日を送ってます(トホホ) |
10-10,2009
10-09,2009
10-01,2009
「当事者性」からの解放
昨日の日記では、たくさんの人を驚かせたり、心配させたりしてしまって申し訳なく思ったりもするが、でもあの言葉というのは昨日、今日思ったことではなく、ずーっと溜まりに溜まったものがついに出て来てしまった、というものなんだよね。前々から、疲れる、疲れると思いつつ誤魔化しながらやってきたことが、結局誤魔化しきれなくなったというか、溜まりに溜まってどうしようもなくなっちゃったんだよね。
で、これは自分に向かないんじゃないか、別の道を探した方がいいんじゃないか、って、、思えたんだよね。だって、今、こんなにつらいことは将来にわたって続けていくことなんて絶対にできないと思ったから。 けど、ある人の言葉で「あっ」って思った。 今までつらいとか疲れるって思ったのは、わたしがまぎれもなくその「当事者」であり、当事者であるからストレートに自分の心に矢が突き刺さる。それでわたしって疲れてたんだって。 今まで自分は色々なことが知りたいと思ったから、いろんな本を読んだり、いろんなところに出入りしたりしてきたわけだけど、それは「趣味」でもありながら、しかしわたしはその「当事者性という檻」に自分から入り込んでしまって、だから苦しかったんじゃないかな、と。 もし、この「当事者性という檻」から解放されるとしたら、また、自分は別の角度からアプローチできるんじゃないか、そう思った。 では、自分から入り込んでしまった「当事者性の檻」からどうやって出ればいいのか。 このことを昨日の夜からずーーーーーっと考えている。 ま、この問題、そうすぐに解決は出来ないと自分でも思っているが。 でも、この「檻から出ること」を考え続ければ、いつかは答えが見つかるだろう。 今のわたしにはそう思える。 しかしそのためにはただ考えることだけではなく、やはり行動しながら考えなければそのものとの距離感がつかめないだろうな。 というわけで、他人の一言が自分を変えてしまうことって本当にあるんだなあって思う。 そういうインスピレーションをくれた人に感謝。 もちろん、他の人の共感や励まし(?)も嬉しかったけれど。。と今は言えるけど(笑) ただしまだ解決した問題ではない。 ちょっと光が差し込んだかな、という程度。 まだまだ「檻から出る」ためには時間がかかるだろうが、 きっと出ることができると今は思っている。 「檻から出ること」については焦らない。 今はやはり自分でも随分疲れていると感じている。 だから、焦らずに休もう。 休みながら考えてみよう。 |
09-30,2009
生きるのがつらい
9月は精神的にダメージを受けることが非常に多くて、正直、生きるのがつらくなってきた。
今は将来のことは何も考えたくない。 自分が将来、何がしたいのか分からなくなってきてしまった。 いわば、この先、何を目標にしたらいいのか全く分からない状態。 周囲は「休め、休め」と言うが、わたし、何もせずに休むことができないんだよね。 で、取り敢えず新聞読もうと思って読んでたんだけど、 「一体、こんなことして何になる」と思ったら 絶望的な気分になって文字が読めなくなっちゃった。 同じところをぐるぐると繰り返し読んでることは分かるんだけど 意味がちっとも頭の中に入ってこない。 今は、mixiのアプリでゲームしたりして誤魔化してるけど、、 それで満足するのも多分、時間の問題。 (もしかしたらそうでないことを願うが) わたし、一体、なんのために生きてるんだろう? 目標のない人生をわたしは生きられない。 かといって、すぐに目標が見つかるわけでもない。 気分転換が出来ない。 新聞と本が読めなくなっちゃった。 一体、今さら何を悩んでるんだ、と考えると自分に腹が立つ。 適確なアドバイスを求めたいが、誰の提案も受け入れたくない。 そうすると自分で考えるしかない。 彼女はいるけど、そばで誰かがいたら安心するほど単純じゃない。 そばにいると逆にイライラしてくる。 何かに頑張りたいという気力が全くない。 どうすればいいのかさっぱり分からない。 気分転換に旅行したくても金がない。 時折生きているのがイヤになって泣いている。 うーん、またうつ病再発かなあ〜。。 だけど、目的用途は違っても(口腔内異常感症のために処方されてるわけで)、 今現在、抗うつ剤は飲んでるんだよね。 今までトリプタノールだったのが、昨日からプロチアデンってのに変わっただけだけど。 とにかく何も目標がなくてただ生きてるだけ、ってのがとてもイヤ。 自分は何か大したことができるとは思ってないけど、 取り敢えず、自分の満足することをやることが唯一、わたしが生きててもいいかな、と思える。 今はそれが全くない状態なのでものすごくつらい。 精神的に疲れちゃったんだよね、もう。 何かしたいんだけど、何も出来ない。やる気が起こらない。 困ったな、本当に。 |
09-28,2009
キューバ映画祭
26日からやってるみたいです。
わたしは前に書いたと思うけど「苺とチョコレート」という映画が大好きで、'94年に岩波ホールで上映されたとき、確か3回くらい観に行った記憶がある。その後、NHK-BSでやったのと、どのチャンネルだったか分からないけどCSとそれから、アップリンクが出したVHSのビデオを持っている。それプラス原作となった本と、岩波ホールでやったときのパンフレット、あとはサントラまで。しかし、一番欲しいDVDを持ってなくて。知らないうちに発売されて、知らないうちに廃番になっちゃったもんで。。今、買おうと思うとものすごいプレミア付いてて、買えないんだよね〜。 その映画をこの映画祭でやるよ、って教えてくれた人がいて、昨日、彼女と一緒に観に行ったんだ。その前に「シュガー・カーテン」ってのも観たけど、やたら眠くて退屈な映画だった。。ってか、これってドキュメンタリーだったんだけどね。んー、社会主義(共産主義)国の言う「革命の勝利」とは一体何なのか、というのが未だに分からない。。一体、何に勝とうとしてるのか、敵はやっぱり資本主義なのかなあとか。 そう、わたし、根本的に「分からない」ことが多い。特に'94年に初めて「苺とチョコレート」を観たとき、分からないだらけだった。識字運動とか、亡命とか。。いや、言葉自体は知ってるけど、それってキューバの歴史を知らなければ、理解できないんだよね。「シュガー・カーテン」でそこら辺のところが「なるほど」って分かったんだけど、しかし、根本的に「国を出る」という意識がよく分からない。例えば、北朝鮮で「脱北者」というと、命さえ取られかねない。危険な行為、だけど貧しくてやっていけないから国から出たい、というのはよく分かる。 けど、キューバってなんかとっても亡命しやすそうで「え、なんで?」って今も思ってる。まあ、彼女の言うところによると今の人たちは亡命じゃなくて、国を出て国(キューバに住んでる家族)に送金すれば割と出やすいんじゃない?ってことだったけど、それでも国が国から出ることを奨励してるってのは、なんだかちょっと違和感を感じる。まぁ過去、日本も日本から移民することを奨励したりした時期があるのは知ってるけど、今はどちらかと言えば「『反日』は日本から出て行け」と言われることが多いような感じだからね。まー、何が「反日」的な行為なんだかはよく分からないけれども。例えば国旗掲揚国歌斉唱のときに立たなかったら、とかそういうのなんだろうけど、それだったらわたしは立派な「反日」だ(笑)でも、本来ならそういう「行為」を差して「反日」とかそうじゃない、みたいなのは違うと思うけどね。この日本をよりよくするためにはどうすればいいか、それには今の制度や仕組みが間違ってるかも知れない。それを指摘することだって立派な「愛国心」だと思うんだけど。。 ってことで、実はこの「苺とチョコレート」ってのは、「国には色々な愛し方がある。けれどもそれを認めない人たちがいる」ということが言いたいことの一つではないか、と思っている。 そうそう、「シュガー・カーテン」が始まる前に、後ろのおばさんたちが「苺とチョコレートって、、なんか同性愛の映画みたいね」「別に同性愛がどうとかわたしは思わないけど、別にこれはいいって感じだわ」とか言ってるのを聞いちゃった。それを聞いてわたしはよっぽど「苺とチョコレートは『同性愛映画』ではない!」って言おうかと思っちゃった。この映画、確かに同性愛者は出てくるよ。主人公だよ。けど、、決して「同性愛映画」ではない。これは、同性愛者と異性愛者の友情の物語でもあるんだ、すごく悲しい映画なんだ、って本当は言いたかった。「同性愛者が出てくる」と言うだけで判断して欲しくなかった。。 まーでも、一回観ただけならこの映画のどこがどう、好きなのかとかまでは分かんないと思うけどね。わたしはこの映画、ビデオも含めてもう何回観たか分かんないくらい観たから。字幕も岩波ホールでやった字幕、NHKが自分で付けた字幕、それぞれ違うことも知ってるし、今回は字幕はどうなんだろう?って思ってたのもわたしにとっては興味深いところだった。ええ、このどれとも違ってました。新しく訳し直したみたいです。訳し直すと、人によってどの情報が重大なのか、って分かるのね。ほら、英語だったら「あ、ここんとこ日本語にしてない」とかチラッと分かる部分があるんだけど、スペイン語は全く知らないもんだから、ホント、字幕しか頼るものがない。だから「ブラックリストに載った」が「職場を解雇になった」になってる、とか「岩波では訳されてなかったのに、ここでは訳されてる、そういう意味だったのか」とかね。あるんだよね、こう言うの。で、すべてまとめて理解しようとしている。そうじゃないとスペイン語はわたし、なんも分からないから。。 あ、それでわたし、この映画のストーリーとか全然解説するつもりなくて、ただ、自分がいつも観て感動するところだけを書くつもりなので、ネタバレと言えるか言えないか、、多分、ストーリーを知らない人は読んでもよく分からないと思うんで、そのつもりで(笑) この映画がすごく好きなのは、いろいろな伏線を張られていること。そして話に破綻がなくて、すべてつじつまが合っていること。わたしが好きになる映画の条件はまず、最低でもこのことをクリアしておかなくちゃいけないんだけどね(笑) 最初、ダビド(ノンケの大学生)が「コッペリア」というハバナでも有名なアイスクリーム屋さんでアイス(多分、それはチョコレートアイスだったのだろう)を食べているときに、相席でディエゴというひまわりの花なんか持ってるものすごーくオカマっぽい仕草のオカマに話しかけられる。実はディエゴはダビドのことを以前から知っており、すごく好みのタイプだったので、狙ってたわけなのよね。で、ディエゴは苺のアイスクリームを食べていて「今日はツイてる!こんなに大きな苺が入ってた!」って、これまたすごくオカマっぽい感じで言うんだけど。 最後の最後。ディエゴが国を追い出されることが決まったあと、「コッペリア」で同じことをやる。しかし、ダビドはわざとそれぞれが注文したものを入れ換えて、初めてディエゴと会ったとき、ディエゴがやった同じ口調で同じ仕草をする。あ、もちろん別にダビドが同性愛者だったとかじゃないよ。いろいろな場面で、いろいろなことがあり、同性愛者も異性愛者も変わらない、同じ「革命の勝利」を目指している、ということがダビドには分かったのね。ただ、国の愛し方は違う。だけど、国を愛してるのは同じなんだ、って、もうここでは分かってるのよ。この場面はそれをはっきりと示しているシーンだと思う。 それから、、いつもこれを観て初めに涙するのは、ディエゴは友人の作品を大使館(どこの大使館かは知らない)の後援で展示しようとするんだけど、それが難しくなるのね。で、その友人は、展示をしてもよい、だけどその作品の中で2、3気に入らないのがあるから、それは展示しなければ、展示会ができると言われるわけ(誰に?国の人に?多分そうなんだろうけど)。それを聞いたディエゴは「全部展示しなければ意味がない!」と怒るんだけど、友人はその自分の作品を「僕が作った作品だ!」と言って壊し始めるの。。たいてい、ここで泣ける。自分が作った作品を自分が壊すという、いや、壊さざるを得ないという、その気持ちを想像するだけでも泣ける。わたしは芸術家じゃないけど泣ける。 それから、ダビドが失恋して、ディエゴの部屋で音楽を聞きながら酒を飲んで、結局そこで上半身裸でとても無防備な姿で寝てるんだけど。。(そのときは既にダビドはディエゴを友人だと思ってた)でもディエゴは彼の、その姿を観てすごく心を抑えてるんだよね。ここでのカメラワークっての?寝ているダビドの上半身の毛むくじゃらなところから、ヘソ毛から、ちょっと緩めてあるジーンズのボタンから、舐めるように、という感じで映し出されているんだけど、、それは多分、ディエゴの視線。だけど彼は襲うようなことはしない。もしかしたら襲いたかったかも知れない。でも、我慢して、ダビドに毛布を掛けてやる、あのシーン。ゲイがノンケに恋をして、友人までにはなれるけど、それ以上は何も出来ない、その苦しい思いがよく伝わってくる場面だと思う。 あと、あれだけこの作品観ながら、初めて分かったんだけど、革命ってその前の歴史を全部否定するわけだから、そこで歴史って断ち切れちゃうのね。だから、革命前に有名だった芸術家たちをダビドは知らない。しかしダビドはディエゴからそのようなことを教わり、そのような目でキューバの街を見る。このシーン、ハバナの今にも壊れそうな建物が映し出される、あのシーン、あれを観るとなぜか「美しい」と感じる。ディエゴは亡命することが決まり、ダビドはディエゴの「監視人」であるナンシーと結局恋人になっちゃうんだけど、そこのシーンも同じようにちょっと高いところからハバナの街を見下ろすような場所なんだけど、そこのシーンも好き。本当はもの悲しいんだけどね、ディエゴはこの国を好きで去っていくわけではない。しかし、自分がしたいようにはここでは暮らせない。一度きりの人生だから、自分を試してみたい、でもここでは試せない。。だから、彼は国を去らざるを得ないのだ。 しかしここでの彼らは明るくて、ダビドは生まれて初めてのSEXをナンシーとなんと、ディエゴのベッドの上でやった、と言う(笑)あ、このとき、ダビドは知らないんだけど「レサマ式ランチ」をディエゴの家で行なったあと、ディエゴは大使館に行くんだよね。おそらくここで亡命についての何らかのことをした、ということが分かるようになっていて。 そしてダビドは「ディエゴ、女の味は最高だよ」という。そしたらディエゴが「げー」って吐くマネをする。こういうちょっとしたところも好き。それでもディエゴは自分が去っていったあとのナンシーについて心配をしている。「ナンシーは一見強そうに見えるけど、本当はか弱い女性なんだ。誰かが守ってやらなければならない」って。そういうことを言うことによって、ダビドに今後のナンシーを託してるんだよね。ディエゴにとってはナンシーは恋敵だったわけだけど。 「友人としてここには遊びに来るけれど、、外では、、」とダビドが言いかけたときにディエゴが「分かってる。他人のフリをしよう」と言って、本屋で実際に会うんだけど、お互いがお互いのことを認識しながら去っていく。表には出せない関係。ディエゴはそんなことはとうに承知しているだろうが、そのあとダビドはどう思っただろう? おそらくそれを受けて、彼はミゲル(大学の友だちで同じ組織の人。最初ダビドがディエゴのことを「怪しい」と伝えてからディエゴのことを探るように命令した人)に「偏見で見るな。他人を理解しろ」と言えるようになったんだと思う。しかも、このシーンは、ダビドがどうもディエゴと親しくしているらしいということで、ダビドを大学から退学させようと思い、ディエゴのサインを求めに行ってるときなんだけど(なんでそこにディエゴのサインがいるのか等はわたしは分からないけど)、ディエゴはダビドの知らないところでそんなことをやろうとしているミゲルに対して「ダビドの方が40倍も男らしい」って言うんだよね。これ、前も書いたと思うんだけど、なんで40倍なんだろう?っていつも思うんだよね(笑)日本人の感覚だったら、2倍とか5倍とか10倍とか100倍ってよく使われると思うんだけどさ、わざわざ40倍、とは言わないよね。。そこが結構いつも不思議に思うところなんだけどね。 で、そういうやり合いをしているときに、ダビドがディエゴのためにってんで、ひまわりの花を持ってきたときに鉢合わせしちゃうのね。そこで花なんか持ってるダビドを見てミゲルは「オカマ野郎に花か」とかなんとか言って、ダビドを激怒させるんだけど。ここのね、最初はディエゴ(同性愛者)に対してミゲルと同じように思っていたはずのダビドが、自分からひまわりの花を持ってくる、このシーンがまた好きなんだよね。。ああ、人って変われるんだって思う。「強い」ことだけがいいことじゃない、逆に「強さ」は鈍さなんだ、とね。「花を持ってくる」という行為がとても繊細で美しく思えてくる。それを押しつぶすのは「強さ」とか「強くあらねばならない」という概念なんだって。 そして、わたしが最も好きなシーン。いや、もう最後の最後なんだけどね。この映画の中ではダビドに対して一方的に「教える」ような、一見「いい」同性愛者、に見えるディエゴなんだけど。実は最初会ったとき、自分の部屋に誘うことに成功して、そこで湧かして出したコーヒーをわざとらしくダビドのシャツにかけて「しみにならなきゃいいけど」と言ってシャツを脱がし、洗って干したのね。その後、結局ダビドは怒って帰っちゃうんだけど。最後の最後、ほとんど何もなくなった部屋でディエゴが言う。「あれは友人のヘルマンと賭けをしていた。ダビドのシャツを外に干すことが勝利の合図。これでディエゴはダビドを落とすことに成功したと思わせ、友人がそれを触れ回った」と。そして自分は(それが違うと知っていても)そのことを否定せず、言いふらされるままにしていた、と。「自分はこういう汚い人間なんだ。何回も『抱いて欲しい』と言ったのは、そうされることによって、自分が清められる感じがするからだ」と。そう、ディエゴはダビドに告白をする。ディエゴは決して「いい」同性愛者なんかじゃないのだ。しかしダビドはその彼を「受け入れる」。抱擁する二人。友人として抱き合う二人。しかし、それが分かったときにはもう、二人は別れなければならない。ここではダビドが抱き合いながら泣いているところが映し出されて、すぐに画面は黒くなってクレジットになるんだけど。 もう、わたしはここで涙が止まらなくなる。なぜ二人は別れなければならないのだろう、同性愛者は異性愛者とも友達になれるのだ。こんなに信頼し合う友達になれるのだ。なのに、なぜ、と思うと、これ、もう筋なんか頭の中にぜーんぶ入ってるし、セリフだってある程度覚えているクセに、毎回毎回泣けるんだよ。昨日も泣いたよ。鼻すすって泣いた。けど、わたしのようにあからさまに泣いてる人はいなかったかなあー?恥ずかしいというかなんというか。。 この映画は決して「同性愛もの」ではない。キューバという国をめぐっての一人は共産党青年部のエリート大学生として、もう一人は監視人付きの同性愛者として巡り会って、でも、革命は一つの方向だけではなく、色々な方向の革命もあるんだ、ってことが分かる。今の「革命」で抜け落ちた部分もある、ということをこの映画で監督(もう亡くなっちゃったけどね)は指摘したかったのだと思う。 わたしにとっては、キューバはまだまだ謎の国で、これを観ても完全には理解したとは言い難いんだけど(その国の背景が分からないとやっぱり。。)、でも、この作品は大好き。 これをね、この映画祭の間(〜10/9)まで、えーっとあと何回やるんだろう。4回か。あるんだけど、取り敢えずすべて観るつもり(笑)それプラス、その前後で興味ある作品を観ようと。 うーん、今ねー、特定のことに対して考えすぎてしまって疲れた自分がいて。ちょっと違うことを頭に入れたらどうかなと思って観に行くんだけど、でも、いくら「苺とチョコレート」は同性愛ものではない、と思っていても、やっぱり考えちゃうよね(苦笑)あれ。ちょっと失敗したかな?(笑) |
09-24,2009
寝てた
今日は疲れ果てて、ほとんど一日中寝てた。
なんというか、、今は本当にいろんな「思い」が駆け巡っていて。 正直、大学院に落ちてこれからどうしよう、なんてことは、すっかりどこかに行ってしまっている(苦笑) なんか、それより重要なことだと思うから。 いや、本当は自分の未来の方が大切だから、本来は「これからどうする」ということを考えなければならないのだと思っているが、今はまだそのことについては考えたくない。 つくづくわたしには知らない事実がまだまだたくさんあるんだなあと思う。 ま、それは当たり前なんだけどね。 人間、すべての物事に精通するなんてことは有り得ないし。 ただね、そういうものに出会った以上、 やっぱりそのことについてちゃんと知っておくべきことじゃないかなとは思うんだ。 そしてその「根っこ」って、実は自分が抱えているものと同じものなんだよなって思う。 思うんだけれども。。多分、しばらくこの疲れが続くんだろうなと思っている。 精神的な疲れじゃなくて、肉体的な疲れなんだけどね。 そのためには早寝早起き(笑) でもなかなか早寝ができない。。orz |
09-23,2009
つらいね
んー、一言「つらい」。
「つらい」と感じる理由は山ほどあって、一つずつは些細なことなのだと思う。 しかし、それが全部一辺に押し寄せると「つらい」としか言いようがなくなる。 もちろん、本人はなぜつらいのかは分かっているつもりだ。 ただ、根本的なことはまだ分かっていないのかも知れない。 自分の中にある、いつの間にか住み着いた「絶望感」。 これと一生「共生していかねばならない」ということは既に十数年前に理解したつもりで、そのことに対しては自分の中では克服しているから、絶望感でつらいと言うことはない。しかし、この「絶望感」があるために、わたしはいつでも「死にたい」と思い続けてるんだろうなあと思う。 多分ね。 これが今日、分かったこと。 あとは多分、今まで必死に思い込もうとしていたことが、無理だって分かっちゃったんだよね。 今までそれを「恥」だと思ってたけど、それって多分「恥」ではないんだろう、と。 でもね。確かに自分も誰かに相談することなんか考えなかったから(そんなことを相談すること自体が恥だと思って)、それが恥でもなんでもないって気が付くまでに、相当時間がかかったんだろうなって気がする。 今まで生きてきた中の半分の時間を費やして、やっと分かることってあるんだなあ。 ただ分かったからと言って、つらさがなくなるわけではないけどね。 来た道を引き返すことは出来ないから。前に進むしかないんだよね。 |
09-22,2009
09-21,2009
友よ
夜明け前の 闇の中で〜♪
という歌は、小学生の頃、習った覚えがあるが、この歌がどういうときに歌われた歌かだとか、そういうことは全く知らなかった。調べてみたら、昭和43年、1968年、まさにわたしが生まれた年に作られた曲らしい。 もちろん、小学生だから、何が「夜明けは近い」んだか、そんなことはさっぱり分からなかった。この歌が「反戦ソング」だと知ったのは、大人になってからである。 今日、この歌が自分の頭の中でぐるぐる鳴っているのは、多分、友だちの有難みを今、実感してるからだろうと思う。 わたしは弱くてくだらない人間で、果たして生きている価値があるのか、わたしの命を支えるために、莫大な量のものが消費されているのに、それに全く報えていないと、まぁ前にも同じようなことを書いたことがあるけれども、こんな価値のない人間でも、暖かい言葉をかけてくれる人たちがいる、ってことにわたしは一体、何に感謝をすればいいのだろうか、と思う。 心の中はまだ、全然整理が出来てない状況で、特に寝るのが怖い。強迫観念で起きるんじゃないかと思ってしまって。でも、そういう気持ちを彼女は察してくれて「大丈夫だよ」と言ってくれる。ま、言ってくれても「一体、何が大丈夫なわけ?大丈夫って言う根拠が何かあるって言うわけ?」とつい、問い詰めてしまうわたしだが。でも彼女だってそういう風にしか言えないことは当然、分かっている。本当はそういってくれる彼女に感謝をしなければならないのは、これまた分かっているのだが、わたしはそういうところは素直ではないので、彼女の言う言葉にいちいち反論してしまう。。彼女は多分、言いたくても言えないことがあるんだと思った。それはわたしを傷つけてしまうから。でも彼女はその一端を昨日は言葉に出してきた。わたしはもちろん自分ではとっくに承知していることなんだけれども、そういうところもちゃんと彼女は見て感じてるんだなあと思った。 今のところ、次に何をするのかはまだ考えていない。 でも、今日、ちょっとニュースを見ていたら、24日に国連安保理が核廃絶に対する決議をする予定って言ってて、その文章(英語)がちらっと映ったのね。それを見て「あー、読みたい」って素直に思って。あれ、わたしはこの分野に興味があるんじゃないの?って思ったら、涙が出て来た。だってさ、今は「何も考えたくない」はずで、特に「英語なんか読みたくない」はずなんだ。けど、、わたしの頭の中のどこかでは「英語の勉強をするために読む」んじゃなくて、単純に「そのことが知りたいから読みたい」って思ってるわけなんだよね。 そういう矛盾を今、頭の中に抱えてて、そのことを考えると涙が出てくる。なんでこんなことで泣けるのか自分でもよく分からないんだけど。一体、自分の中で何が悲しいのか。それすらよく分からない。 もう少し時間が経てば分かるようになるのだろうか。 「夜明け」は本当に「近い」んだろうか。 |
09-19,2009
院試、落ちました
今までずーっと明かしてなかったけど、ここ数ヶ月か、隠密の行動(?)を取ってたりしたのは、大学院の受験のためだった。
で、今日、結果が郵送されてきた。結果は「不合格」。 まー、一発で通るなんて全然思ってなかったし、受験する前から覚悟してはいたんだけど。実際にこういう結果が出るってことは、また別の話なんだなあ〜と、今、つくづく実感している。 受験の個人成績については、入試が終わったあとに即、開示請求をしたので、予定では来月の終わりか再来月の初めには送ってくるだろうけど、本人にはだいたい、何が理由で落ちたかは分かってるわけで。 本気で受験勉強してたのは、たったの1ヶ月だけだったんだけど(それが舐めてるという話も(汗))、この1ヶ月は起きてる間はずっと勉強できると思ってた。昔は本当にそれをやって、うまくいったことがあったし。あのときは最後の方は腰が痛くて、椅子に座れない状態になるまで毎日、本当に起きてる間、勉強してた。 だけど、今回はそれができなかった。今回やり始めて始めて分かったんだけど、起きてる時間中勉強できるものとできないものがある、ってこと。できないのは、万人が出来ないわけじゃなくて、わたしがそれに「合わなかった」ってこと。 正直に言うと、それは英語なんだけど、英語って分からないことだらけなのよね。で、一つ理解したとしても、同じような問題が出てくるわけじゃない。そうすると、文章を読むと「分からない」「あ、ここも分からない」って、「理解できてる自分に満足」というものがないわけ。例えば数学なんかは、理屈が分かれば、違う問題でも解けるようになるでしょ。そうすると「あ、自分、分かってるんだ」という満足感が得られて、「更に勉強しよう」って気になれる。 しかし、英語って分かったんだか分からないんだか、それがよく分からない。だから結局「あれも分からない」「これも分からない」って、結局全部「分からない」ってことになって、満足感が得られない。もともと得意なものじゃないから、取り敢えず「試験勉強のためのやる気」を出して勉強してるわけだけど、それがね、やってるうちに「分からない」で、どんどんモチベーションが減っていくわけ。 最初の何日かは10時間とまでは行かないけど、結構やってた。けどそれを1週間続けたら、とうとうモチベーションがなくなって「もう、英語の文字は見たくない」状態に陥った。で、何日間か文字さえ見ることができず。。その後、負担のないように、いろいろ勉強方法を変えたりしたんだけど、やっぱり1週間やると2、3日は英語が見たくなくなる。受験勉強をしている間の1ヶ月は、本当につらかった。あれだけきつい1ヶ月を過ごしたことも、今まであったかなあって思えるほど。 で、結局、自分が思ってたことの1%すら勉強したとは思えなくて、その時点で「ダメだな」と思ってた。 んー、院試は来年にもまたあって、本来ならそれを目指そうと思ってたんだけど。 今は、全くそういう気にならず。もう受験止めようかな、なんて思ってる。やっぱりどうしてもわたしは英語は合わない。「語学は勉強じゃなくて手段だ」って言われるけど、やっぱり人には向き不向きがあるんだと思う。将来的には英語を行かした仕事、とも思ってたけど、やっぱりわたしには無理だと思う。 しばらくは何もしたくないんだけど、そうすると「何もしていない自分」についての罪悪感」が起こってきて、四面楚歌というかなんというか。今のわたしには「しばらくのんびりしろ」という言葉も「そんなこと言わずにまた試験に向かって頑張れ」という言葉も両方、刃となって自分に向かってくる。 正直、本人もどうしていいかよく分からない状態だ。 今日は泣いたり寝たり泣いたり寝たりしているが、寝ていると「これからどうするんだ」という強迫観念で起きてしまう。かといって起きている間は何もしたくない。何もしたくない割には「なにかしなければならない」気持ちでいっぱいになるから、結局は「仕事辞めるんじゃなかった」と言って泣くことになる。今日はその繰り返し。 取り敢えず「大学院に行く」としか仕事を辞めてから思ったことがなかったので、これからどうするのか、何がしたいのか、全く見当も付かない。けれど、焦る。 なんか、もう人生投げ出したい気持ちでいっぱいだ。 |
09-17,2009
ボンコちゃん(仮名)
ってなわけで、楽器屋さんに修理に出してたトロンボーンのボンコちゃん(仮名)ですが、なぜか2週間経たないうちに電話がかかってきて「連休前に出来ましたから、いつでも取りに来て下さい」と。
それが結構夕方だったんで、どうしようかな〜と思ったんだけど、 ちょっとこの先のスケジュールを考えると、取りに行くの連休明けになるじゃんと思って、急遽今日、取りに行くことに。 えー、錆びてた部分は思ったよりきれいに直ってました。 ぱっと見は全然分からないくらいきれいになってた。 心なしかボンコちゃん(仮名)も嬉しそうで←ホントか? バルブ部分も洗浄してもらったし、唾抜きコルクも入れ換えてもらったし(だいぶ前から全然役目を果たしてなくて、つば垂らしながら吹いてました、実は(苦笑))、これで楽器の方は準備万端。 あとは自分が練習するだけ。。。 しかし、今回新曲の「宝島」を途中ぶった切って、毎年恒例の「ブラジル」に繋げるらしいんだけど、どこでカットするのかなあ〜?(今までは「コパカバーナ〜ブラジル」で、コパカバーナを途中でカットしてたんだけど、今年はそれが宝島になるらしい) わたし、最後のトランペットとのsoliの部分、関パレまでに吹けるようにしておこうと密かに心に決めてたのになあ〜。あそこまで吹くのかなあ〜。でもあそこまで吹いたら、ほとんど1曲吹いてるようなもんだから、あそこまでは吹かないだろうなあ。でも、せめて長いグリッサンドくらいのところまでは吹きたいなあ〜。 グリッサンド、超得意なトロンボーンですから(笑) 「目立つのはここだ!」みたいな(笑)←下手なクセに目立ちたがり屋 |
09-16,2009
悪夢
最近、明け方に悪夢を見る。
毎回シチュエーションは違うが、意味はほとんど同じ。 今朝はなぜか、気が付いたら足がものすごく冷たくなってて、 その冷たい足を彼女の足にくっつけて、暖めてもらったあとで見た夢だった。 なぜかわたしは親の家にいて、寒い寒いと言っている。 そして親の家にある毛布やこたつやいろんなもので自分を暖めていたところ、 急に父親が出て来て「それは誰のものだと思ってるんだ。これもこれもお前が自分で買ったものじゃないじゃないか。使っていいと思ってるのか」と言われたところで目が覚めた。 昨日のはよく覚えてないけど、 やってもやっても「努力が足りない」って言われている夢だった(誰に言われたかはよく覚えてないけど、どうも身内(両親除く)っぽい)。 今朝の夢は、あながち夢でもなくて、 わたしが去年の初めの身体が動かない、全く眠れない、歯がおかしい、腕が痛い、そんな中で看病している彼女もこのままでは一緒に倒れてしまう、ということで、やむを得ず親の家にやっかいになることになったときのことなんだけど。 何かの話で父親から「今まで誰のおかげでメシが食えたと思ってるんだ」と言われた。若いころはそんなことは言ったことのない父だったが、その言葉を聞いて、父も歳を取ったなあ、って思った。一応、わたしも「じゃあ、誰のおかげで仕事に没頭できたと思ってるんだ。母親が家にいて全部やってたから、何も思わずに仕事に行けたんじゃないか」と言っておいたけど。 それから、あるときはおもむろに「お父さんがお前の歳に何をしてたかというとだな」と言いだして、その頃の手帳を持ち出してきた。正直、わたしは身体も動かない状態で、何もできないことについて毎日毎日苦しんでいた。いつ治るかどうかも分からない、そんな不安定な気分でいたときに、同い年のときにバリバリ仕事をやれていた、という話はちょっとというかだいぶ身に堪えると思ったので「今はそんな話はしないで欲しい」と言ったのだが(そのときは母親も味方してくれた)、わたしのそういう言葉に耳を貸すこともなく「この歳は○○の仕事をしていたなあ」とか話し始めて、、でも、誰も相手をしなかったので、途中でやっと黙った。 そういうことが続いて、わたしは精神的に親の家にいるのがつらくなってしまって(病気で既に精神的な余裕がないのに!)、1ヶ月くらいで自分の家に戻ってきたんだけどさ。 もともと自分の中で「何もやってない」ことに対して、ものすごく罪悪感が強いために、こんな夢を連日見るんだろうけど。 それって、自分のもともと持っていた性質にも大いに関係があるとは思うんだけど、最近は育てられた環境にも問題があったのでは、と思い始めている。 彼女は「そんなこと考える必要ないよ」というのだが、 なんせ、寝ているときの考えまでは制御することが出来ず。 連日、悪夢を見ては、彼女に「またいやな夢を見た」と訴えている。 |
09-15,2009
息苦しさ
なにかと体調悪い今日この頃。
いや、理由はちゃんと分かってるんで、病院へは行かないけど。 今、ちょっと息苦しい。 空手を始めて、それまでちょこちょことあった息苦しさが全く消えてたんだけど、 ちょっとここにきて、いろいろなこともあり、息苦しさが復活した、という感じ。 同じことが起こっても、昔はそうじゃなかった。 昔はもっと気楽でその当時、わたしは何を考えていたのかよく分からない。 10年前ですらそうだったのに、ここにきてこんなに身体に負担がかかるとは。。 それだけ歳取ったってことなのかなあ、と思ったり。 今回のことがあって「歳を取る」というのは、2種類に分けられると思った。 単純に肉体が衰える、ということと、先の自分を考えられる、ということ。 昔は自分の将来はずっとずっとあとのことで、今は関係ない、と思ってた。 もちろん、そのときやっていることが、自分の将来に繋がるということは分かっていたつもりだが、 本当は全然分かってなんかなかったんだと思う。 自分の未来はずっとずっとあとにあって、それがいつ来るかなんて分からなかった。 しかし、今は分かる。 その将来はまさに「今」なんだって。 だから、わたしは今、息苦しさを感じているのだろう。 |
09-12,2009
わたしのトロンボーン
わたしのトロンボーンは今、楽器屋さんに行って直してもらってます。
んとね、F管の中のぐにゃぐにゃしたところの溶接部分から腐食してしまって、今までそれをマニキュアを塗ったりしてこれ以上広がらないようにしてたんだけど、そのマニキュア自体、なんかベトベトになってきて、すんごくみすぼらしくなったんで、前々からリペアさせたいなあ〜と思ってたのね。 でも、金がないからどうしようって思ってたんだけど、ま、すんごい気になるし、これ以上腐食が進んでもね(なんかベルの部分も腐食してきたんで)、と思って、楽器屋さんに出してきた。楽器屋さん曰く「あー、これって○○が△△なんですよね」と言ってたので(すごいイミフメイだわ)、わたしがメンテナンスを怠っていたわけではなく、もともとの楽器がそうなる運命だったみたい。だって、F管のところの腐食は随分前で、ちょっと雨の中を吹いたこともあったので「そのせいかなあ」と思ってたんだけど、ベルの部分はホント、最近になってからで、わたしも「なんで今頃」と思って、よく分からなかったのよね。んで、だんだん腐食箇所数が増えていくし。 てか、修繕したらそういうことはなくなるのかしら、、 てわけで、2週間の間、うちにはトロンボーンがありません。 早くきれいになって戻っておいで〜。 あ、10月24日に「関西レインボーパレード2009」が行なわれるそうですが、わたしもBrass MIX!で出ることにしてます。あー、またあの長い御堂筋をパレードするのかあ〜。体力付けとかなくちゃなあ。 |

















