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03-28 Wed , 2018
第3学期終了!
いや、実際の第3学期の期限は3月31日なのだけどね。
わたしが第3学期に出すべき8本のレポート、今日出し終えたので。

思えば去年の12月から第3学期が始まり。しかし実習終了直後ってこともあってなかなかやる気が起こらず、結局12月は1本もレポートを提出しないまま。その影響を3月までずっと引きずったままの第3学期だった。1月に3本レポート書く!って決意したものの結局1月は2本しか書けず、2月3月で3本ずつ書いた。

ただ、最後の方の科目が「権利擁護と成年後見制度」と「更生保護」だったのが幸いだったかな。この2つは教科書が非常に読みやすかった。特に「権利擁護~」の方は行政書士で勉強した憲法、行政法、民法が内容だったのでとても読みやすく、5日くらいで全部読めちゃった。ただこの本、「行政不服審査法」について、もしかして改正前のことを書いているような?今は既に「異議申立」という制度はなくなって、審査請求と再調査の請求の2つだけになってるのだけど??ただわたし、前の行政不服審査法については勉強してないのであまり詳しくは知らないから、本当に前の制度が書いてあるのかはよく分からないけど。

しかしこの科目は課題がチョー難しかった!いや、敢えて難しい方の課題を選んだんだけど(考えてみたかったので)、途中何度か放り投げようと思ったほどだった。まぁ途中で放り投げなかったのは、これだけ時間費やして本も借りてきたし考えたのがもったいないって思ったからだけど、あの課題、教科書にヒントも何も載ってなかったので、未だにあの内容で提出してよかったんだかがさっぱり分からない。。

そして「更生保護」も読みやすかったので、さっさと読めた。こっちの方は課題も楽な方を選んだのでそんなに難しくなかったし。

んでもって、4月1日からいよいよ第4学期。あと8本レポートを書いてしまえば、レポート地獄から解放される。思えば去年の今ごろはまだ入学前で32本レポート書かなきゃ~って思ってたけど、今やそれもあと8本。

ただし。残りの8本、なんかやな課題があるのよね(´Д` )

これはもう今までの経験則で書きやすい課題から書いていくしかない。新たに教科書を読む科目は4つほどなので、第3学期に比べるとだいぶマシではあるが。あと相談援助演習のレポートが2本あるのだが、次のスクーリングは8月終わりなので、第4学期の終了後になる。ってことは、今までのスクーリングの経験で2本書けってことか~。うーむ。

まぁでも去年の4月に入学した頃はまだまだ遠い先の話だったレポート終了、の文字がやっとかすかに見えてきた感じ?

気を緩めることなく頑張りましょう。
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14:32 | 通信教育課程の大学生活 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
03-27 Tue , 2018
遠近両用
ここ数年、いつものメガネでどんどん近くが見えづらくなって来てたのは分かってたんだけど、遠くも見えなくなってきたのね。で、わたしはこれを「老眼が進んできてるからなんだ」と勝手に思ってた。というのは、わたしの母もわたしほどじゃないが近眼で、それが老眼になったときに「度が弱くなった。ほとんどメガネを掛けなくても見えるようになった」って言ってたからなのね。そこでわたしは「そっか、年を取ると老眼になるけど、その影響で近眼がよくなるんだ」って思ったのよ。

んなわけで、もうそろそろメガネのレンズを替えてもいいだろうと思って、メガネ屋さんに行ってきた。そしたら、近眼は進んでて、それに老眼が入る遠近両用のレンズを勧められた。遠くが見えなかったのは、単に近眼が進んだせいだと言われた。それで「えーっ!?」となってたら、メガネ屋さんはわたしが遠近両用のレンズを勧められたってことにショックを受けるだろうと思ったのだろう。「昔と違ってレンズの境目は全然分からないから」とか「この方が目に負担がかからないから」とかいろいろ言われた。

だがわたしはそんなこと既に知ってたし、年齢も年齢なので特に遠近両用のレンズになることで打撃を受けることはなかった。わたしが一番ショックだったのは

この歳になってもまだ、近眼の度が進む

ということだったのだ。なんせ、若い頃からずっとわたしの楽しみは「年を取ればメガネのレンズがちょっとは薄くなる」ってことだったからだ。まぁ確かにめっちゃ近眼なので、メガネを掛けなくても済むくらい目がよくなることはないとは思っていたが、それでも近眼がよくなることはわたしの夢でもあった。だいたい近眼の度なんて、ハタチ超えたらそんなに進まないって思ってた。なのに。。。この先生きてればまだまだ悪くなる余地があるのかよ(´Д` )

遠近両用レンズになるにあたって、最初は慣れないとか、横の部分が歪んで見えるとかいろんなこと言われたが、新しいレンズに替えても違和感はおろか、慣れるどころか、前のレンズとの違いすらまったく分からなかった。なのに、確かに近くを見るときにメガネを外す回数が減っている。あんまり近くが見えるようになったとかは思ってないのだけど。

そういえば近くを見るときは「レンズの下の方を見て調整しろ」とかなんとか言われたけど、もともとのメガネでは遠くを見ようが近くを見ようがどこもぼやーっとしてたので、少々今のレンズの視界に歪みがあったとしてもあんまり気にならないというか、歪みが認識できないというか。逆に遠近両用にして「うわ、歪みが激しい」って思う人は、それまでのメガネの度がぴったり合ってたってことなんじゃないかな?と思ったりする。

しかし、今までずっとずっと楽しみにしてた「近眼がちょっとよくなる」って望みが完全に失われたことへの打撃が大きい。うちの母は一体何だったんだ、それに母だけじゃなく、実際老眼になって「メガネがいらなくなった」って人の話はよく聞くのだ。その人たちとわたしの違いって一体なんなんだろう?
15:05 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
03-17 Sat , 2018
ツイッターのタグがトレンドに反映しない
いくらツイート数が多くても、ツイッターのトレンドに反映しないことってあるんですね。
昨日それを目の当たりにして、とても怖いと思いました。

いや、なんか最近おかしいと思ってたのよね。
現政権のあれこれが出てきたときに、財務大臣が会見で「抗議が起こったと言っても、全国476箇所ある税務署のうちでたった14箇所だろう」みたいなことを言ったことに怒った人たちが「じゃあ、自分たちも怒ってるって表明しよう」ってことで、

#全国で怒ってますけど何か

ってタグを付けて(ちょうど確定申告の期間だったので)確定申告するついでにめいめい持参したプラカードの画像を税務署前で撮って、それをアップしましょうというアクションがあって(アクションがあった税務署マップはこちらで見られます)、一時期そこそこ盛り上がったんだけど、一回もトレンドに入らなくて「なんかおかしいな」って思ってたんだよね。だいたいツイッター見てると「あ、これはトレンド入りしそうだな」っていう感覚みたいなのがあるでしょ。そういう感覚があるのにまったく入らない。なので「あれ?」って思ってた。

昨日、総理官邸前で大規模な抗議活動があった。そのタグは本当にすごかったんだけど、まったく入らなかった。その代わり、タグではなく「国会議事堂前」という単語が入ったらしい。見てたけど、国会議事堂前という単語より、官邸前の抗議に付けられたタグの方がよっぽどツイート数が多かったはずだ。だって「国会議事堂前」という単語をつぶやいた人たちは、みんな抗議活動のタグを付けてつぶやいてたんだからね。なのにそれがトレンドに入らなかったってことは、そのタグが入らないように操作されているってことだよね。

それって、中国版ツイッターである微博だったっけ?名前ははっきり覚えてないけど、これで例えば「天安門事件」とか「六四」ってつぶやいても一切、検索にはひっかからないらしい。そうやって個人を分断することによって、今、誰が何を思っているのかが他の人に伝えられない。権力は個人が集まって抗議することを恐れているからこそ、こういうことをする。で、昨日のトレンドに入らなかったってことも、まさにそれじゃない?今、そのことに関心を持つ層だけに押しとどめておいて、関心を持たない層には何が起きているかを知らせないようにしているんだもの。抗議の輪が広がらないように。

しかも国会議事堂前、という単語がトレンドに入ったのは、警察が国会議事堂前の駅から抗議に来た人を駅から外に出さなかったから「警察が国会議事堂前駅から外に出してくれません」っていうツイートがめちゃくちゃ多かったからだ。

抗議の場にすら行くことができない、ということは、わたしたちは憲法で保障された「集会の自由」が既に保障されてないってことだ。

まさかわたしはこの国がここまで成り下がってるなんて全然思ってもなかったから、この一週間でこの国に起こったことについて、ホントに呆然としている。憲法が云々の前に、憲法をどうこうしなくても、もう既に

民主主義は十分に破壊されている

のだ。

怖くてたまらない。
15:15 | その他 | トラックバック(0) | page top↑
03-10 Sat , 2018
つきあい始めて丸17年
毎年書いてるが、今日は東京大空襲だった日なのと、わたしたちがつきあい始めた日。
2001年の今日からなので、丸17年経ったことになる。

(17×365+4)=6,209(日)
6,209×24=149,016(時間)
6,209×24×3,600=536,457,600(秒)

こういう風に数字で表すと、なんかすごい数字になってるのね。
特に秒で表すと、5億秒超えてるんだってさ。

とまあ、なんて長い年月、と思うけども、
この間、わたしの感情も結構変わったよな~というのをここ数年、毎年毎年書いているような気がしている。

「もしかしたら、わたしは一人でいた方が気楽なんじゃあ」って思うことも多々ある。
「なんで一緒に暮らしてるんだろ?」って思うことも多々ある。
もうだいぶ前からだけど「もし、わたしが自分のことをレズビアンだって気が付いたときに、アセクシャル(無性愛:恋愛しない性的指向)って言葉を知ってたら、レズビアン自認じゃなくアセクシャル自認だったかも知れない」って思うことがある。わたしはそれくらい、あまり人を好きになったりしない。
まぁただ、彼女のこと好きじゃなかったのかと言われると、そうではないのだけど。。

が、今は「一人になりたい」って考えるような時間があるわけじゃないし、
何より上に示したように、これだけの時間を積み重ねてきたという思いもある。
これだけの時間を積み重ねてきた関係というのは、ちょっとやそっとじゃ切れない感覚がある。
例え、法律的には何の関係にもならないにしてもね。

(そう、これだけ年月を重ねたとしても、
医療保護入院の際の同意は彼女にはできない
成年後見制度の申立人にも彼女はなれない
これはほんの一部の例だけど、
法律はたいてい配偶者、○等親以内の親族、
ってなってて、法律関係のない人は原則赤の他人)

まぁ今は、彼女との関係を振り返ったり考えるヒマがないほど、自分自身のことでキュウキュウしているので、落ち着いたらじっくり考えてみたいと思ってるんだけど、そんな日がいつか来るのかね~?

最近、身体の調子も精神の調子もめっちゃよくない。
身体はあちこち痛いし、疲れてるのに今月中に絶対にレポート3つ提出しなければならない。
おまけにこの国は相変わらず隠せばいい捨てればいい、時間引き延ばせばそのうち国民は馬鹿だから忘れるって思ってて正義なんてこれっぽっちもないし、
正義がなくても「別に自分は関係ない」とか「政治の話は興味ない」ってのほほんと暮らしてる人が多数だし。
そして、何より自分自身が調子が悪く、なにもできていないことに一番腹が立つ。

なんか息してるだけでも疲れる、今日この頃。
16:07 | 二人のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
03-03 Sat , 2018
大杉漣が死んだ
少し前のことだけどね。
知ったときはすごくショックだった。
「好きな俳優は?」って聞かれたら「大杉漣」っていつも答えてたから。

そう答えるようになったのはいつからだろう?
2003年、NHKの夜の連続ドラマ「ニコニコ日記」に出てたのは知ってる。なんてったって、「ニコニコ日記」はとても好きだったので、DVD持ってるくらいだもん。あのときのニコの母親のマネージャー役が大杉漣だった。冷徹で子どもの敵みたいな人だと思ってたのに、違った(というかそういう風に変わった?)、みたいな役だった。

次に見たのは「ネコナデ」の映画だったかな。あの映画は気に入ったので、これまたDVDも持ってる。この後、映画に出てきた猫は大杉漣が引き取ったと知ったので、一時期は大杉漣のブログを毎日チェックしてた。いや、つい最近も「そういや、風トラ(風は元々大杉漣が飼ってた犬)もかなりな年齢になってると思うけど、元気なのかな?」ってブログを見に行ったばかりだった。

わたしの好きになる俳優のタイプというのは、たいてい主役級じゃない、二枚目のタイプではない、自分よりうんと年上の人、という共通点がある。小学校の時は露口茂(太陽にほえろのヤマさん)とか、大坂志郎(大岡越前なんかのお殿様のお目付役)が好きだった。大人になってからは緒方拳(この人は主役級なのだけど、若くて脂ぎってる頃じゃなく、歳取ってちょっと枯れてきたときに好きになった)が好きだった。要するにわたしは男性の俳優に限っては「フケ専」で、そういう意味では大杉漣なんかはまだ若い方だった。亡くなって知ったけど、わたしより17しか上じゃなかった。

フケ専は自分が歳取ってくると、自分より年上がだんだんいなくなるから寂しいって聞いてたけど、まさにそれだな。
わたしはもう、好きな俳優がいなくなっちゃったし、これからは「もう生きてる人はいないけどね」って前置きしてから答えることになっちゃうんだろうな。

寂しいな。
人が長く生きていくっていうのは多分そんなもんだと思うけど。
15:12 | (一般)映画・演劇のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
03-01 Thu , 2018
もう3月
早いもので今年ももう1/4が終わった。
今月31日は、第3学期のレポートの締め切り日。
残りのレポートはあと3本。つまり、10日に1本の割合。

うーむ、書けるかどうか。って書かなきゃ卒業が1年遅れるので、絶対に書かなきゃならないんだけども。

残りは「就労支援サービス」と「権利擁護と成年後見制度」と「更生保護」。
今、権利擁護の教科書を読んでいるところで、できればあと2日くらいで読み終えちゃいたい。その後、すぐに更生保護の教科書に移るかなあ。レポートはあとで3本まとめて書いちゃった方が書きやすいかも知れないし。

幸いなことに権利擁護の教科書は、憲法、行政法、民法と言った内容で、これは行政書士試験の時の方がよっぽど詳しく勉強したので、とても理解しやすい(ただ、1年間まったく勉強してないので、細かな内容については忘れちゃってるな~って感じ)。更生保護も興味がある分野なので、これから読むのが楽しみ。

楽しみとか楽しみじゃないと言えば、来学期、第4学期の科目がねえ(´Д` )

心理学概論と心理的支援
社会理論と社会システム
現代社会と福祉2
相談援助の理論と方法4
福祉行財政と福祉計画
社会保障2
相談援助演習4
相談援助演習5

以上の8本。このうち、現代社会と福祉と社会保障の教科書はもう読んじゃったけど、残りの科目が、、こう言うのもなんだが、ちっとも面白くなさそう!レポート課題は難しそうだし。。

結局、今のところ、全部で32本書かなきゃいけないところの21本書いて提出したわけだけど、要領がつかめたかというと、全然つかめてない(´Д` )わたし、未だに相談援助系のレポートってどう書いていいのかさっぱり分からん。援助技術の体系が一本に体系化されてない気がして。資料を読んでると頭の中がごちゃごちゃしてくるんだよね。

あー、早くレポート地獄から抜け出したい。
けど、抜け出したら今度は国家試験に向けての勉強だ。
来年の今ごろはわたし、国家試験受けて合格発表待ちしてるのかなあ~。
先はまだまだ遠いなあ~。

そういえば、前回のスクーリングの時に国家試験対策のオプション講義があったのだが、例によってわたしは頭痛で欠席した。次の日にクラスメイトにその内容を聞いた。今から2時間ずつ勉強して、来年の試験の日まであと300日だから2×300日=600時間勉強しなきゃならないって言われたんだと。

今から国試の勉強なんてできません。それよりレポート書くのに必死で(きっぱり)

一応、過去問は2016年受験用の過去問は持っているので、来年受験用のヤツが出たら、6年分揃うことにはなる(3年分収録なので)。まぁ、それを8月過ぎたら始めるつもり。

いやいや、それ以前に今月締め切りのレポートあと3本、書かないと!(汗)
20:59 | 通信教育課程の大学生活 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
02-28 Wed , 2018
ゴールボール!
1月行く、2月逃げる、3月去るというけど、2月ももう今日で終わり。まさに「逃げて」った感じ。。

さて、先月、「新しいこと始めようかな」という題名で日記を書いたけども、新しいことを始めましたよ!

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じゃ~ん。って、これで分かる人はまずいないだろうなー。

ゴールボール!

って言っても、知らない人が多いだろうなー。実際、今まで会った人にも言ったけど、誰一人として知ってる人いなかったもんな。この競技、パラリンピックの種目にもなってる、視覚障害者のスポーツです。わたしはこの競技を知ったのは、どうやらロンドンでパラリンピックをやってた時らしい。その日記がここに残っている。2012年だ。このとき以来、わたしは「いつか機会があったらゴールボールやってみたい」って思ってたんだよね。

ゴールボールっていうのは、上のようなゴーグルをつけて行う。視覚障害者であってもなくても。ということは、やってる人全員、「まったく見えない」状態になるわけで、これってすごく「平等」なんだよね。もちろん、普段目が見えてる人にとっては目が見えないことが逆にハンデになるわけだけども。なんかこういう公平さが気に入ったので、ずっとやりたかったんだよね、この競技。

で、どんなスポーツかというと、バレーボールのコートと同じ大きさだったっけ?のコートの両端にサッカーのゴールみたいなのがあって、そこにボールを投げ込んで点数を競う、というものです。自陣のゴールの前には3人いて、向こうがボールを投げてきたら、それがゴールに入らないように身体を張って阻止するの。こんな感じ。

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ボールの大きさはバスケットボールくらいで、バスケットボールより重いらしい。そして、このボールの中には鈴が入ってるので、鳴るのです。その音を頼りにボールの位置を想像して身体を張って阻止するの。で、阻止したら今度は攻撃になって、相手のゴールに向けてボールを投げる。でも投げると言っても、転がす、に近い。なぜかというと、自陣の中で一回、センターラインを超える前に一回、計2回ボールが地面につかないといけないから。これがつかないと反則になる。大抵の人は、ボールを投げると言うより、ボーリングようにボールを転がすような感じ?になる。あと反則と言えば、相手から来たボールを阻止してから10秒以内にボールを相手側に投げて、そのボールがセンターラインを超えてなきゃならないとか、試合中にゴーグル触っちゃいけないとかがある。

んでもって、わたしは先月始めたばかりなのに、つい先日、もう大会に出て来ちゃったんだよね(笑)出て来ちゃったと言うより出させられたという感じか。大会出るまでに3回しか練習できなくて「わたし、見学でいいです」って言ってたのに、人がいないってことでね、、でも聞くところによると、同じ大会に出たチームメイトは「練習2回目で試合に出た」とか言ってたので、そんなものらしい。

そして初めて出た大会で、3試合こなした。ゴールも何回か決めた。

が、この競技って、自分が投げた感覚は分かるのに、どうやってゴールに入ったか(当然のことながら)見えないという。。すごい不思議な感覚のする競技だった。だってね、初めて得点したときのボールを投げた感触は、ボールをちゃんと転がしたって感触がなく、逆に変な方向に曲がって行ってしまった、というものだったのよ。投げた瞬間、あっ、ラインを割ったなって思ったのね。それがちょっとしてからゴールを意味する「ピピー」という笛の音が鳴り、どうやら投げたボールがゴールに入ったらしいということは分かったのだが、一体なんであの失敗した感触のボールがゴールに入ったのか、どうやって入ったのかまったく分からないのね、見えないから。今でもよく分からないし。これは多分、他のスポーツでは味わえない感覚なんじゃないだろうか、、

しかも、この競技は割と地べたを這ってるような感じで過激にハアハアするスポーツじゃないが、地味に筋肉を使ってるみたいで、結構足とか腰とか腹筋とか腕とか筋肉痛になる。

練習は原則月1回で(今回は大会出るために自主練が2回あった)、そんなに負担にもならないし、教えてくれる人は元パラリンピックに出た選手らしい(次のパラリンピックの強化選手にも指定されてるらしい)。練習は面白かった。教えてくれる人は目が見えないので、当然のことながら時計が見えない。練習中は腕時計ができないし。なので「今、何時何分ですよ」って目が見える人が教える。練習をやりながら「あ、そっか、見えなかったら分からないんだ」って思うことがしばしばあった。でも逆にそう思うのは、それ以外の動きは目が見えないなんて思えなかったからで。

ゴールボールは障害者スポーツなんだけど、わたしが入ってるチームは別に視覚障害者が多いというわけではなく、ほとんど目の見える人ばっかり。でも、見えない世界ってなかなか体験できないから、面白かったり怖かったりする。なんせ、ちょっと動くと自分の位置が分からなくなるし!(ちなみにコートの線は、テープの中にひもが入ってて、触ったらどこが線なのか分かるようになってる。上の試合の画像で言うと、白い線の中にひもが入ってる)なので、ゴールを阻止したあと、ボールを向こうに投げるために何歩か移動すると、自分がどこにいるのか分からなくなるのだ!投げた位置から戻って守備につこうとしても、どこが守備位置なのかがまったく分からなくなる。

そういえば、こないだの大会は初心者向けの大会だったので、審判の人がチョー優しくて、自分の位置が分からなくなると「もっと右」とか「もっと左」とかって、自分の守る位置を教えてくれたりした(笑)自分の位置が分からないと、自分がどっちに向いてるのかも分からなくなってしまって、ボールを明後日の方向に投げてしまうこともあるらしい。そのため、ボールを投げる前はゴールまで戻ってゴールを触り、身体を真正面、要するに相手のゴール側に向かうようにするのだが、ゴールに戻るために移動すると、元いた自分の守備位置がどこか分からなくなる。

考えるととても怖いスポーツだよね。自分がどこにいてどこに向いてるのか分からないスポーツなんて!でも、そういう体験はこういうことでしかできないし、むしろ、日常生活において「障害者の気持ちが分かるため」とかいって、こわごわ目隠しして歩いてみるより、こうやって身体を動かさざるを得ない状況でわけの分かんないながらも感覚を磨くのは面白いんじゃないかなと思ったりする。

それと、目の前が真っ暗だと最初は頭がパニックになるらしく、耳は聞こえるはずなのに、周囲で何を言われてるのかすら分からなくなるんだってことが分かった。けど、少し慣れるとそんなことはなくなるし、ゴールボールのうまい人って、あのちょっと動くと自分の位置が分からなくなるところを、まるで目が見えてるような感じで縦横無尽に動けるようになるみたいなんだよね。こないだの大会では、最後にこの大会の審判してたうまい人の試合を見せてもらったのだけど、ホントに「すごーい!」って感じだった。


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これ。手前の人がすごい投げ方してるけど、普通こんな投げ方できません。たいていの人が向こうから投げる人のように球を転がす投げ方をしてる。ちなみにわたしたちに教えてくれる人も、こんなすごい投げ方をしてた。一回、本気で投げたところを見せてもらったことがあるんだけど、ものすごい破壊力だった。そしてみんな、何事もないように動いてるけど、全員ゴーグルしてるから目の前真っ暗で見えてません。慣れるとこんなに動けるようになるんだよね~。

まぁそんなこんなで新しく始めたスポーツなんだけども、結構楽しくやってます。
20:26 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
02-19 Mon , 2018
第3回スクーリングが終わりました
2月9日から11日までの3日間、第3回スクーリングだった。

今回は、クラス全員実習が始まってて、既に終わった人、もうすぐ終わりそうな人、まだまだこれからな人がいたけど、それぞれの実習場所の様子とか実習の様子とか、他の人からいろいろな話が聞けて楽しかった。

で、夏に実習報告会でクラスごとに発表するそうだ。そこでどういう形式で発表するとか、発表内容などをざっくりと決めたところでスクーリングが終わった。実習終わってもそういうことがあるので、まだまだ実習をずっと引きずってる感じ。8月の終わりに発表するので、あと半年は忘れちゃいけないというか、忘れられないというか。。

それにしても、全部で4回のスクーリングのうち、もう3回が終わってしまった。2日目のスクーリングが終わってから、任意参加(と言えども、ほとんどの人が受講したらしいが)の特別講義みたいなのがあって、それはほとんど受験指導だったらしい。だったらしいというのは、前回に引き続き、わたしは2日目は頭が痛かったので受けずに帰って来てしまったからだった。翌日、クラスの人にある程度中身の話は聞いたが、今から毎日2時間ずつやって、来年の試験までに600時間は勉強しろと言われたと。えー(汗)わたしはまだまだレポートで精一杯なのに。

去年の12月に第3学期が始まったというものの、まだ2本しかレポートが書けてない。「現代社会と福祉」なんて、12月から教科書読み始めたのにまだレポート書けてない(汗)なんというかね、勉強してると気分が悪くなってくるのよね。。行政書士試験の受験勉強の時に、憲法の勉強してて、いろいろな裁判の判例を読んだりしたのだが、それで気分悪くなったときとよーく似ている。つくづくこの国は正義がない国だと思う。。んで、今ももちろんその状況が続いているというか、もっともっとめちゃくちゃにひどくなっていって明るい未来が全く見えないもんだから、余計に気分が悪いんだろうな。多分それで、参考文献を読むと気分悪くなって止めて、休んで、再び読んで気分が悪くなってまた止めて、、ってことをやってるから、めちゃくちゃ時間がかかってるのだろう。だが、今月中に3本、来月中に3本書かないと(要するに来月終わるまでに6本書かないと)、来年社会福祉士の試験を受けられなくなってしまう。気分が悪くなろうと、やる気が起こるまいと、レポートだけは書かなくてはならない。

精神的にはとてもハードなんだけど、なんとか乗り切らないと。
22:28 | 通信教育課程の大学生活 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
01-13 Sat , 2018
第2学期の成績が来た
20180113 163550


第1学期の経験で、第2学期の成績まではまだ先だと思ってたのに、もう第2学期の成績が出た。相も変わらずわけ分かんない全体の平均点、しかも第1学期も併せた全体の平均点が出てた。これになんの意味があるのか。79点。第1学期のみの平均点は80点だったので、1点下がったことになる。まぁ、今回は平均70点台が8科目中5科目あったので(第1学期は8科目中3科目)、平均点は下がるのは当たり前か。ちなみにわたしの点数は、平均点の善し悪しとはあんまり関連がないような感じだった。しかもショックだったのは、実習中に書いたレポート、時間が限られてたので、ほとんど教科書の文を自分の言葉に書き直したもの+若干の参考文献、の方が点数がよかったってこれ一体どういうこと???

あと、第1学期の成績と併せて考えると、わたしはどうも相談援助系の科目が苦手の傾向にあるようで。これって、わたしは

相談受けるのが向いてない

ってことなのか???orz

ってことで、大いに落ち込む。

まぁ、幸いなことに今回もレポート再提出の科目はなかったんだけども。

しかしもっともっと焦るのは、既に第3学期が始まって1ヶ月半経つけど

まだ1通も提出してない

ってことであり。そろそろお尻に火が付き始めている。

なんかどーもねー、実習終わって気が抜けてるみたいで。前も書いたけど。いかんいかん。やらねば。今月中に3つ出す!ヽ(;▽;)ノ
18:50 | 通信教育課程の大学生活 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
01-12 Fri , 2018
ダウン
20180112 175954


実に情けないことなんだが、最近ちょっと身体を使いすぎた感があり、ダウンした。

昨日、帰宅したのはそんなに遅くはなかったのだが、溜まった疲労で身体が疲れ果てていたために一刻も早く横になりたいと、22時半になる前にもう床に入ったとき、若干頭が痛かった。そのときは、そんなにひどくはないし、もしかして寝ている間に頭痛が消失するかも知れない、との淡い期待を抱いて寝たのだが、3時少し過ぎたところで猛烈な頭痛になっていて起きてしまった。

ズキズキする痛みなので偏頭痛だと思い、起きあがって偏頭痛薬を飲んでまた寝たが、薬が効いてくる前に更にどんどん痛くなってきて、そのうち冷や汗が全身から出てきて猛烈に寒くなってきた。連日仕事で疲れ切っている彼女を真夜中に起こすのは迷惑だから止めようと思っていたのだが、ついに吐き気がしてきたので仕方なく起こした。というか、起こした瞬間に我慢できずにトイレに駆け込んで数回嘔吐した。頭痛で吐き気が起こるのはしょっちゅうだが、実際に吐くことは滅多にない。が、今回はその滅多にないことが起きた。

彼女はびっくりして起きてくれて、吐いたあとのわたしに白湯を飲ませたり、また吐いても大丈夫なように洗面器に新聞紙を敷いたものを渡してくれた。わたしはその後再びその洗面器に嘔吐した。その後時計を見たら、偏頭痛薬を飲んで1時間経っていたので、ロキソニンも飲んだ。経験上、猛烈な頭痛ほど薬が劇的に効くことを知っていたので、あとは薬が効くのを待つばかりだった。

寒気がしていたのでストーブを付けた。どこからか、高尾にゃんがやって来て、ストーブの上に乗った。ストーブの上は暖かいので高尾にゃんはこの上に乗るのが好きなのだ。

少し部屋を暖かくした後、ストーブを切って再び部屋を暗くして寝た。すると、高尾にゃんはストーブの上からわたしの布団の上に上がってきた。わたしの足元にくっついている。「ははあ、ストーブが切れて寒くなったから、布団の上に来たんだな」と思った。その後、少し落ち着いたのか、すぐに眠りに落ちた。

わたしの予想通り、次に起きたときは頭痛は消え去っていた。が、高尾にゃんはまだ足元にいる。わたしの足元の先はすぐ窓があって、今の季節、未明になると外気はすごく寒いはずだ。「高尾にゃん、こんなに寒いのにまだ足元にいるの?」って思いつつ再び寝た。結局、高尾にゃんはその後もずっとわたしの足元にいたようだ。

朝起きたら熱が出ていた。まぁ微熱だけど。なので、今日は無理せず寝ることにした。

朝ご飯を食べて、布団に戻ったところ、高尾にゃんが布団の上にいて待っている。高尾にゃんは最近、昼間はずっと別の部屋の窓際にある、陽の当たるかまくらベッドの中でホカホカ寝ているのに、今日はわたしの布団の上で待っていた。そこで遅ればせながら、わたしは気が付いた。

あ、高尾にゃん、わたしのことをずっと心配してくれてたんだ。。

結局夕方まで高尾にゃんはわたしの足元にいてくれて、一緒に寝た。

まったくもう。
高尾にゃんたら。

上の写真は今回撮ったものではなく(今回はそんな余裕はない)、やはり体調を崩して寝込んでいた一昨年の12月に撮ったものだ。このときは確か、頭痛じゃなく風邪で体調が悪くてうんうんうなってた夜中に高尾にゃんはこのように枕元にいて見守ってくれてた。高尾にゃんって本当にわたしが体調が悪い時っていつもそばにいてくれるんだよね。

なんというか、、猫を飼う前って猫はもっとクールな生き物なんだと思ってた。もちろん、高尾にゃんはたいていがクールな猫だ。抱っこされるのは嫌いだし、自分が甘えたいときだけちゃっかり甘えてくるし、オヤツをもらうことには抜け目がないし。やっちゃダメなことは人の目を盗んでやる。人のことなんかちっとも考えない。

だけどね、わたしが体調を崩したときや崩す前は必ずわたしのそばにいてくれる。猫がこんなに人間を心配してくれる生き物だなんて、猫を飼うまで全然知らなかったよ。尤もばこはこんなことはしてくれない猫なのだが、まぁ、ばこに関してはとっても成長が遅い猫なので、もしかすると数年後は心配してくれる猫になってる可能性もあるのよね。。(ばこは今まで膝の上に来ない猫だったが、高尾にゃんに習ってつい最近やっと膝の上に乗ってくるようになった)

今回は彼女にも迷惑かけたが(というか、まあいつもかけっぱなしなのだが)、高尾にゃんにもすごく心配させてしまった。今は少しよくなってわたしも起きあがってPCの前に座っているが、高尾にゃんはさっき、ストーブの上ですごいいびきをかいて寝ていた。。

きっと昨日は心配で眠れなかったのかな。ごめんね、高尾にゃん。
18:53 | 二人と猫のこと | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
01-09 Tue , 2018
夜にコーヒー飲まないだけで
わたしは猫飼ってるのに猫アレルギーだ。

というか、順番は逆で、猫を飼ってから初めて自分が猫アレルギー(動物上皮アレルギー)だってことが判明した。

判明して以来、わたしはずっと耳鼻科で抗アレルギー剤を処方されて飲んでいる。2種類。これが、1ヶ月に3000円くらいかかるので、懐に痛い。だが飲まないと朝起きたときにくしゃみ、鼻水、そのうち鼻づまりが起こってきて、ひどいときは鼻水出し過ぎて頭がモーローとしてくる。

ただ、夏はそれでもちょっと調子がよく、1日1回の薬が2日に1回になったりする。耳鼻科の先生は「調子いいときは飲まなくていい」って言う先生なので、2ヶ月に1回受診したとしても「ああ、いいですね~」って言ってくれる。

さらに前にちょっと書いたが、今、漢方医院にかかっていて、去年の秋頃から「玉屏風散」って生薬を処方されるようになった。きっかけはわたしが「ちょっとしたことで風邪を引きそうになる」って言ったからだけど、この漢方はアレルギーにも効くらしく、気が付いてみたら2日で1回の抗アレルギー剤が5日に1回くらいでも大丈夫になってた。「玉屏風散」の方は1回の診療で42日分、金額も1500円程度なので、こちらの方がずっと安い。その代わり、1日2回飲まなきゃならないんだけどね。

で、ある程度暖かいときはそれでよかったのだが、寒くなってきたらまたアレルギーがひどくなってきて、2日に1回、抗アレルギー剤を飲まないと、朝起きたときにくしゃみや鼻が詰まるようになってきた。朝起きるときならまぁそれはいいかも知れないけど、最近また中途覚醒がひどくなってきて、夜中の3時に目が覚めたときに鼻づまりが起こると更に眠れなくなって困ってしまう。

なので前回の漢方医院の診察の時にちょっとそのことを言ったのだ。玉屏風散は状態がひどいときには1日4回まで飲んでいいってことだったので、どういう飲み方をしたらいいのか(1回2包ずつ2回でいいのか、1日1包を4回か)を聞いたのだ。その際に一番ひどいのは朝で、それ以外はそうでもないと言ったところ、先生から「コーヒー飲んでない?」って聞かれたんだった。で、前にも書いたけど、わたしはコーヒー中毒を恐れているので、今は1日カップに1杯か1杯半しか飲んでない。わたしがそう答えたら先生は「思ったより少ないな~」って顔をして、「じゃ、夜だけ飲まないようにしてください」って言った。

その日以来、夜はコーヒーじゃなくお茶を飲んでるのだが、なんと効果はてきめんだった。朝起きたとき、なんと言っても鼻がムズムズしない。鼻がムズムズしないからくしゃみが出ない。だから鼻水が出ない。すごく楽。

ただし、抗アレルギー剤をまったく必要としなくなったわけじゃない。なぜか鼻づまりにだけはなるので、5日に1回くらい、まだ抗アレルギー剤を飲んでる。でも1日1回の薬が5日に1回だと、病院通いが5ヶ月に1回になるのですごくいい。なんてったって、耳鼻科って花粉症の時期はものすごーい患者が増えるので、その時期に耳鼻科に行きたくないのよね、時間がかかるので。で、これは予想だけど多分もうちょっと暖かくなったら、もう少し抗アレルギー剤を飲む間隔が長くなるんじゃないだろうか。何もしなくても夏は2日に1回だったんだし。

なので、もし、朝起きたときにくしゃみや鼻水が出て困るって人は、夜に飲むコーヒーを止めてみたら、もしかすると少し朝が楽になるかも知れない。
13:22 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
01-07 Sun , 2018
Aセクの人はどんな歌を聴いてるんだろう
まぁ、一括りに「Aセクの人」と言うのは乱暴なのだけどね。
「レズビアンの人はどんな歌を聴いてるんだろう」って、そりゃ人それぞれだよ!って思うから。
が、Aセクの人は恋愛しない人なので、この世の中に溢れている恋愛の曲って聴いてもあんまり楽しくないんじゃないかとか考えたり。

なんか最近、そんなこと考えております。
が、そんなこと考えてから、じゃあ自分はどんな歌を聴いてるんだろ、と思い、いろいろ振り返ってみたところ、確かに恋愛に関する曲ではあるが、なんかこう、一般的に「恋愛の曲」っていう曲はあまり聴いてないんじゃないだろうかという思いがして来た。一般的な「恋愛の曲」のイメージは「誰かが好きで好きでたまらない~」とか「この恋は叶わない」とか「苦しい」とか「せつない」とか「恋に破れる」とかそんな感じで、そうだとすると、わたしはそういう曲も聴くは聴くが、「この人のこの曲だけは聴きますよ」みたいなすごいイレギュラーな感じがする。

ちなみに宮原芽映の極楽蝶々という歌が大好きだが、You Tubeには探してもなかった。。失恋の歌だと思う。

♪淋しい気分だから 着飾ってきた
着飾ってきたから もう一度会いたかった
受話器を置いたときに 望みは消えた
電話ボックスから 青すぎる空を見てた

この曲を好きなのは、この歌詞でその情景がぼわーって目に浮かぶからなんだよね。ただ、電話ボックスとか受話器とか、もうあまり現実には起こらない光景になっちゃいましたね。で、この人の知ってる曲はこれだけです。

「これしか聴かない」というものは、そういや、ここでも散々書いてる平山みきの「鬼ヶ島」も本当にこれだけで、平山みきのその他の曲は聴いたことないなー。でもこの「鬼ヶ島」に収録されているCD(本当はLPなんだろうが)の中の曲は全部好き。この中で恋愛にまったく関係ない歌が数曲ある。

♪犬でもいればたっぷり 作るシチューも
本格的なソースもやめて (デンシレーンジ)
熱くならない お皿の気持ち

その名も「電子レンジ」という曲。歌詞の中の(デンシレーンジ)っていうのは、どうもシンセサイザーっぽい音なのでこう書いた。

♪電気カミソリ買って 弟にプレゼントした
来年大学に 入れそうなスレスレの
今日は一次試験の発表
おそらく 弟もダメだと感じてるはず
髭を剃りなさい そして また一年 学べ
どうせ今に 社長だから

父親にねだって スポーツカーを買い替えた
うちの家族はみんな 弟が何より大切
今日は一次試験の発表
朝から 気まずい雰囲気のお茶の間では
髭を伸ばした 弟 父と母 わたし
電話のベル 鳴り始めた

題名は「よくあるはなし」。上の「電子レンジ」はそんなに好きって曲ではないけど、この「よくあるはなし」は結構好き。やっぱり歌詞からその情景が浮かんでくるというか。ただ、大学の合格発表の日に電話で誰かが合否を知らせてくるって一般的かどうかは分からない。もしかして、昔はそんな感じのシステムがあったんだろうか。このLPは1982年6月に発売されたらしいので、わたしなんかまだ中学生だった。

♪ひろ子さんのお兄さまは この春にロサンジェルスに赴任
昔なら羽田の夢が 今は成田
お見送りも楽じゃないわ 奥様の目も気になる

ひろ子さんのお兄さまと その頃はテニスコートの影で
逢い引きしてました毎日 軽井沢で
そのまま親の決めた人 お互いに別の道を

ときどき会っては いわゆる あっはーん
うすうす ばれそうな 気がして
ちょうど いい頃 だわーだわー
おめでとー!

これは「ひろ子さん」って曲。なんだけど、ひろ子さん当人がまるで出てこない変な曲(笑)多分これは恋愛絡みの曲でしょう。不倫みたい。この曲もそうだけど、上の「よくあるはなし」と同様、なんかちょっとハイソ(死語?)な人たちが登場する感じだよね。テニスコートとか軽井沢とか。「よくあるはなし」だったらスポーツカーとか社長とか。近田春夫&ビブラトーンズにそのまま「ハイソサエティ」という題名の歌もありますが。てか、ストレートな恋愛の曲って、このLPの中に入ってるのかしら。「蜃気楼の街」なんかはこのLPの中では一番恋愛っぽいと言えるんじゃないだろうか。んでわたしはこの曲大好きで。多分「エンヤー」ってかけ声が入ってるからわたしはこの曲が好きなんだろうけど。でも恋愛の曲に「エンヤー」ってかけ声どうよ?

♪目の前の景色(エンヤー) 子どもの頃から(エンヤー)
夢の中に(エンヤー) 必ずあなたと(エンヤー)
白い船も(エンヤー) 灰色の倉庫も(エンヤー)
同じ場所に(エンヤー)映ってた
エンヤー エンヤー エンヤー エンヤー エンヤー エンヤー エンヤー エンヤー エンヤー エンヤー エンヤー エンヤー エンヤー エンヤー エンヤー エンヤー エンヤー エンヤー エンヤー エンヤー エンヤー エンヤーハッ!!

振り向きはしない(エンヤー) 決めたのあなたと(エンヤー)
少年のように(エンヤー) はばたくあなたと(エンヤー)
いつの日にか(エンヤー) 旅立つ予感が(エンヤー)
あ~蜃気楼ね(エンヤー)
エンヤー!!

エンヤーというかけ声を文字の大きさで表してみました(^^;まあ、「蜃気楼の街」もあんまり恋愛っぽくない歌詞かもね、こう書いてみれば。で、この曲もYou Tubeにはない。上の「ひろ子さん」はありました。



このLPは近田春夫が全面的にプロデュースしたみたいだけど、何度も言うが結局わたしが好きなのは、この近田春夫とその当時この人の周辺にいたビブラトーンズと言えばいいのか、そういう人たちなのよね。そしてわたしが一番好きなCD(これも元はLPだ)は、近田春夫がソロだったときの「天然の美」というヤツなのだが、これを知って約25年以上、やっぱり歌詞の意味がさっぱり分からないことに気が付いたのだった。っていうか、分からない歌詞を作詞したのは近田春夫じゃなく梅図かずおだ。

♪これも愛だと言えるなら 愛はこれから消えるけど
ネオンサインのストロボ どうか横目で 見下ろすな
エレクティック・ラブストーリー

ネオンサインのストロボどうか横目で見下ろすなって一体どういう意味なんだろう?と考え続けて早25年、と言ったところか。ちなみにこの曲は「天然の美」に2回、収録されてて、1つ目の編曲をYMOが、もう一つの編曲を若草恵って人がやってるが、わたしは若草さんの方が圧倒的に好き。なのに、You TubeではYMOのしかなかったorz 若草さんのアレンジはもっとスピード感があってかっこいいのだ。



もう一つ。これはもともとLPには入ってないが、買ったCDのボーナストラックに入ってたヤツ。多分とても有名だから知ってる人もいるのでは。

♪ローラースケート転がしながら 子どもが真横を駆け抜けていく
ビルの看板眺めるフリで 目線はお前の横顔見てる
耳の後ろに ピアスのあとが 昨日のままで 消し忘れてる
あーあーあーあー レディハリケーン
いくら自分を騙してみても 心のうねりは 隠せはしない
今も愛したフリしているよ いずれは 消えてく 熱風だから

「ああ、レディハリケーン」。バスボンのCM曲だったらしい。うっすら記憶にある。ピアスのあとが昨日のままで消し忘れてるって、ピアスの穴って消せるとか消せないとか関係ないじゃん、どういうこと?みたいな。歌を聴きながら一生懸命どういうシチュエーションなのかを想像してみるのだけど、いつもよく分からないのよね-。しかも、「愛したフリ」っていうことは、本当は愛してないのかしらん?「いくら自分を騙してみても」って「愛したフリ」をしていることが「自分を騙して」るということ?だとしたらこの曲って果たして恋愛の歌詞って言えるんだろうか??歌詞は例によって梅図かずおだけど、もしかして、梅図かずおだから分からない歌詞なの???(誰が作曲したかはあんまり意識してなかった)



まぁそんなこんなで、自分の聴く曲の歌詞を振り返ってたら、どうもわたしは一般的な恋愛の曲は聴いてないような気がしてきた。もしかしたらそんなに恋愛したいと思ってるわけじゃないわたしも、無意識ではあるが、一般的な恋愛の曲を避けて通ってきたのではないんだろうか。まぁそれ以前に「流行ってる曲は全く興味がない」ことが大きいんだけど、だけどそうだとしてもそれ以外にだって恋愛の曲ってたくさんあるよね。

Aセクの人も無意識に恋愛の曲って避けてるんだろうか。それとも「世の中恋愛の歌ばかりでヤダヤダ!」って思ってるんだろうか。まぁどっちでもいいんだけどさ。
19:01 | 性的少数者に関すること | トラックバック(0) | page top↑
01-06 Sat , 2018
新しいこと始めようかな
わたしが何か、新しいことを始めるのって冬の季節が多いような気もしないではない。
なぜ、一番寒い、本来なら外に出て行きたくない時期に新しいことを始めたくなるのか、よく分からない。
一つ言えることは、この時期はなぜか一段落ついてるときが多いってことか。

前々からやってみたいなーと思ってたスポーツに今度挑戦することにした。
といっても、やってるのは月に1回らしいので、そんなに厳しい感じはしない。

ちょっと変わったスポーツなので、わくわくしている。
けど、新しい人の輪の中に入っていくのは超苦手なので、逃げ出したくなるかも知れない。
早いところカミングアウトできちゃえば、また別の話なのだけど。。

そういえば、去年の9月頃から、スポーツではないのだけど、ストレッチと筋トレしてる。
前々からここに書いてたけど、わたしの身体はボロボロで、もともと30代の頃から座骨神経痛を持っていたが、息苦しいのと背中が痛いのと、座骨神経痛がどんどんひどくなって左足の足先がしびれてきたのとか、右の腰が痛くなってきたとか、なんかもうめちゃくちゃだった。それをなんとかしたいと思い、今までいろいろ試してきたのだが、どれも決定的に治るものはなかった。で、ひょんなことからストレッチと筋トレで治す方法を教えてくれるところを知り、そこにずっと通っている。これは平均週1くらい。もちろんそれだけじゃなく、家でできることは寝る前に家でやってる。

そうするとなんだか最近ちょっとずつ変化がみられるような気もしないではない。
わたしのどこかあちこち痛いのは、左右の筋肉のバランスが悪いのと、あと、今まで身体を動かすことが嫌いだったので、筋肉が硬くなってるかららしい。確かに身体の筋肉にしなやかさがなくなった気がするし、しなやかさがなくなるのはおそらく老化現象なんだろう。今までは何もしなくても、一定程度はしなやかさを保てたかも知れないけど、多分これからは放置したらダメなんだろう。

もちろん、今は何かが完全に「治った」というわけではない。あ、息苦しいのは治った気がする。でも、これも背中がガチガチに固まると息苦しくなるんだけどね。背中はまだ痛い日の方が多い。が、筋トレした次の日は「まったく痛くないじゃん!」って日があるようになった。ただその次の日には元に戻ってるんだけどね。。また、始めたときはゴリゴリで首が回らなくなってた、というか、首を回そうとするとなぜか肩が上がる感じがするというか、上が向けなかったけど、最近ようやくスムーズに回せるようになった。ただまだ首の方向によっては痛みがあるが。

そんな感じで少しずつだけど変わっていっている。

少し前に彼女に「どういう風に暮らせたら楽に生きられると思うか」と聞かれたので「背中が痛くなくなったら随分楽に生きられると思う」と言ったら、「そんなの変だ」と言われた。が、背中が痛くない一日だけで、わたしは本当にすごい楽なのだ。背中が痛いと起きていられないくらい、本当に背中が痛いんだから。で、これはやっぱり揉んだり骨を調整したりするだけではダメなのだ(やってもすぐ元に戻る)。

これからの自分が身体を動かすことが好きになるとは思えないが、少なくとも、身体があちこち痛いのだけは治したい。
21:55 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
01-02 Tue , 2018
高尾にゃんがうちに来て7年
20171228 165650


今日は高尾にゃんがうちにきて7年経った日。
2011年1月2日にわたしたちは高尾にゃんと初めて会った。
わたしはそれから数日後に精神科を受診して、3回目のうつ、という診断が下されて、去年の6月まで長きにわたって病院に通い続けた。

そんなときだから、うつ病と診断されてなくても、多分とてもしんどかったんじゃないかなと思うのだけど、うつ病って一番ひどいときの記憶はほとんどなくなるので、どのくらいしんどかったかはもう覚えていない。だけど「猫を飼うのはうつ病にはいいんだって!」と彼女に何回か話して説得したのは覚えている。そして7年前の今日の日にペットショップに行ったのは、ものすごく急なことだったと思う。飼うならアメショと決めていたけど、うちの近くのペットショップではそのときアメショはいないみたいで、ネットで検索したら少し遠いペットショップにアメショがいることがわかったのだ。それまではなんとなく具体的に飼うことを決めてたわけじゃなかった。けど、なぜかあの日急にペットショップに行く気になった。

そのペットショップには2匹のアメショの子猫がいた。そのうちの1匹が高尾にゃんだった。わたしはどちらがいいのか判断が付かなくて(うつ病だったから決断できなかったのかも?)彼女に決めてもらった。で、猫を決めたはいいが、その後の手続にものすごく時間がかかって、「じゃ、これで確認して下さい」という段になって、高尾にゃんに埋め込まれたマイクロチップの番号と書類に書いてあるマイクロチップの番号が違ってて、もう一度全部書き直しになった、とか、変なんだけどとても細かいところまでよく覚えている。

で、お店を出たらもう夜になってて、ご飯はうちで作れないから、ここで食べて行こうってことになって適当にうどんを食べたんだった。その後、トイレに行きたくなって、でも高尾にゃんも連れてるから身障者用のトイレに入ったら、高尾にゃんは箱の中で、か細くか細く鳴いているのが分かった。暗い狭い箱の中できっと怖かったんだよね。

高尾にゃんを買ったペットショップは遠かったし、うちらは別に車で行ったわけではないので、大物のトイレとか、紙砂とか、餌はそこでは重くなるから持って帰れないので、近くのペットショップで買います、と言って、箱に入った高尾にゃんだけを電車に乗って連れて帰ってきたが、その電車の中で「猫の名前は何にしようか」と言って「高尾」に決めたんだった。

家に着いたらもう20時をとっくに回っていて、ペットショップは21時までだというので、玄関先に箱に入った高尾にゃんをそのまま置いて、わたしたちはそれから自転車で家の近くのペットショップで猫トイレとご飯と紙砂を買って帰った。そして寝室に高尾にゃんを放ち、初めて高尾にゃんのためにビクビクしながらご飯を作って食べさせた。ビクビクっていうのは、一体餌は何グラムやればいいのか、ミルクはどのくらいの温度のお湯で溶かすのか、どれぐらいの濃度にすればいいのか、そういうことが一切合切分からなかったからだった。

高尾にゃんは箱から出たらものすごく嬉しそうに寝室中を駆け回った。ご飯を食べてすぐに駆け回ったからか、駆け回ってる最中にぴゅーっと餌を吐いちゃって、一体この先どうなるんだろうと思った覚えがある。でも高尾にゃんはきっと「やっと高尾にゃんのおうちに着いた!」って分かったんだよね。だからやったーやったー!って高尾にゃんは部屋中を駆け回ったんだよね。

夜寝るときになり、わたしは高尾にゃんを段ボールに入れて寝ようとした。猫は猫の場所で寝るようにした方がいいと思ったからだ。ところが高尾にゃんは何度段ボールに押し込めても、何度も何度も脱出した。そして、まだ小さい身体なのに必死にわたしたちが寝ているベッドの上によじ登ろうと爪を立てて登ってきて、わたしと彼女の枕元の間で寝ようとした。そこに来ても何度か段ボールまで連れて帰ったのに、高尾にゃんは絶対にベッドを登ってきてそこで寝ようとした。わたしはそれがとても気にくわなかったんだけど、彼女が「これでいいよ」って言ったので、高尾にゃんはわたしと彼女の間で寝た。高尾にゃんは多分すぐに「高尾にゃんはままの子どもだから、ままたちと一緒に寝なきゃ!」って思ったんだよね。

あれから7年かあ。7年って思えばすごい前のような感じもするが、高尾にゃんを迎えた日のことは昨日のようによく覚えている。

高尾にゃんは相変わらずままっこで、今もわたしの膝の上でグルグル言いながら寝ている。
15:50 | 二人と猫のこと | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
01-01 Mon , 2018
そろそろやらなきゃね
20171229 165628


つい最近、竹丘通信の第4号が家に届いた。

竹丘通信ってのは、社事大の通信課程の人向けのお知らせみたいなもので、スクーリングのスケジュールとか諸々のお知らせ等が載っていて、卒業までに6号くらい発行されると入学したときの竹丘通信第1号に書いてあった。ということは、もう半分以上発行されたってことになるのか、竹丘通信。早い。

で、これに「社会福祉士国家試験実力診断模試」のお知らせの紙が同封されていた。

実力診断模試!?@@;

果たして同期生に今既に国家試験のための勉強をしてる人なんかいるのだろうか????わたしは自慢じゃないがこれっぽっちも試験に向けての勉強はしてない。てか、そんな余裕がどこにあるというんだろう?実習ない人だったらもう国家試験の勉強してる人もいるってことなのかなあ?

ちなみに国家試験に向けての受験勉強はこれっぽっちもしてないが、実習中はいろんな学校から実習生が来てて、そのうちの一人から「国家試験の過去問集って過去3年分しか載ってないから、今のうちに今年のヤツ買っておいた方がいいよ」と聞いたので、古本で2016年版を買った。これに載ってる過去問って2013、2014,2015年の本試験なので、来年度の2019年版を買えば、そこには2016、2017,2018年の本試験が載ってるはず。そうすると計6年分の過去問が揃うから。だいたい過去問は5年分やっておけばいいってその人から聞いたので、まぁ6年分あれば十分だろう。

んだけど、その過去問は1ページたりとも見てない。だってまだわたし、科目の半分くらいしか勉強してないから問題が解けるわけがない。というか、実習ない人でも課されるレポート課題は同じなので、みんな半分くらいしか勉強してないはずなんだけどなあ。。?

まぁそれはいいとして、結局先月は実習が終わって気が抜けたのか、まーーーーったく勉強しなかった!ゆえにレポートもまったく書いてない。ということは、先月やるはずだったレポートが今月以降にのしかかってくるわけで。

まずい、これはまずい。

というわけで、月も変わったことだし、そろそろエンジンかけてやらなきゃね。

なのに今の時点ではまったくやる気になってないのだった。ホント、やばいな。

【追記】12月、なんもやってないと思ったら違ってた。一応、実習総括レポートはあれから一度戻ってきて手直しして完了した。実習マニュアルを見たら、一度戻ってきたら1ヶ月以内に手直しして再度提出って書いてあったけど、それを見てなかったもんだから、戻ってきた翌日に手直しして提出しちゃった。まぁこれだけでもできてよかったと思うことにする。
11:50 | 通信教育課程の大学生活 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12-31 Sun , 2017
来年のことを話しても鬼が笑わない
それは一体いつ頃からなのだろうか、とふと考えたりして。
感覚的には10月くらいですかね。2ヶ月後くらいの話は普通にするかな。

とはいえ、わたし自身は去年もそうだったけどまったく年末な感じがしない。
明日から新しい年が始まるという実感がない。

正月の準備などまったくしていない。
昨日も今日も明日も明後日も同じ一日。
(ただし、明日、明後日は生きてるかどうかは分からない。未来のことは誰にも分からない)

まぁこの世の中にはそんな感じの人もいていいんじゃないですかね?

20171230 174824


とーとつだけど、昨日の晩の月。

満月ではありませんでした。
15:41 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12-29 Fri , 2017
サンタは大阪に来なかった
Googleで12月24日、「サンタを追いかけよう」って企画みたいなのをやっている。わたしが発見したのは去年からなんだけど、確か去年も今年も12月24日の日本時間19時ごろだったか、北極にあるというサンタ村を出発して、そこから丸1日以上かけて世界一周してプレゼントを配りまくる、というヤツ。

わたしはなんかこれを見るのが好きで、去年も今年もサンタが日本に来てプレゼントを配りまくる様子を見ていた。

各国を縦横無尽に移動しまくるサンタなんだけど、これがものすごい非効率的な回り方で、カムチャツカ半島まで配り終えた後、なぜか急激に南下し、オーストラリア大陸まで行っちゃうのだ。そこから北上して日本はまず、沖縄からサンタがやってくる。これがだいたい日本時間で24日22時から23時くらい、だったかな?

で、日本の各地にサンタがプレゼントを配るのだが、これがまたとてもよく分からない都市に配る。

沖縄→神戸→京都→名古屋→富士山→綾瀬→横浜→東京→仙台

メモ取ってないのでもしかしたらいくつか覚えてないところがあるかも知れないけど、こんな感じ。確か去年もプレゼントを配った都市は同じだった。

これを見ると分かるように、日本第2の都市、大阪にはサンタは来ない。なぜ神戸に行って京都に行くのに、大阪には来ないのか謎。また、わざわざ富士山にプレゼントを配りに行くのだが、富士山ってわざわざプレゼント配りに行くほど人がいるのか??確かに日本一高い山だけどさ。。そして、綾瀬という「え、なんでここが?」ってところが入ってるのも謎。だったんだが、綾瀬は多分、ここに米軍厚木基地があるからだろうと思われる。なんてったって、Googleはアメリカの企業だしね。沖縄も多分そうなんだろう。でも調べてみると厚木基地はこの綾瀬市と大和市と海老名市の3市にまたがってるそうだから、なぜこの中で綾瀬市が選ばれたのかはよく分からない。もしかすると綾瀬市における面積が一番大きいのかも知れない。調べてないけど。

そしてサンタは仙台に行った後、進路を西に変えて朝鮮半島の方に行く(確か)。北海道は無視される。なんかとっても理不尽なサンタのルート。。

で、サンタがプレゼントを配り終えるのはいつか。去年は気が付いたらなくなってたけど、今年は最後の方はずーっと見ていた。日本時間の12月25日の朝はヨーロッパでプレゼントを配っていた。その後アフリカ大陸を回って、夜にやっとアメリカ大陸に行った。そしてカナダに行き、アラスカ半島に行き、いよいよ帰るのかと思ったら、いきなり南下してハワイ諸島に。ハワイ諸島でサンタは「なんでこんな!?」って思うほど丁寧にプレゼントを配りまくっていた(全然知らない町の名前がたくさん)。多分ハワイも米軍基地がたくさんあるからなんだろうと推測。

そして、ハワイ諸島でプレゼントを配り終えた後、サンタは一気に北極にあるサンタ村まで北上し帰って行く。これがだいたい日本時間で25日20時少し前くらい。

丸1日配ったプレゼントの数は、確か70億6527万いくつかだったような、、、これもメモを取ってなかったのでうろ覚えの数字だが。ただこの数字を見ると、サンタは全世界の人にプレゼントを配りましたよってことなんだろうかと思う。

というか、この数字は宗教の違う、例えばイスラム教の人だったり仏教の人だったり何も信じてない人だったりにも配ってることを意味していて、これを見るととっても傲慢でいやな感じがするのよね。。イスラム諸国を回るのは、いつも日本時間24日深夜から25日にかけてらしく、わたしが25日の朝に起きるともうすべて回った後なので、サンタが配る様子を見ることはないのだけど、こういう傲慢さがイスラム諸国にとってアメリカをいや~なイメージにしてるんだろうなと思ったりもするのよね。もちろん、サンタのこれが直接的にどうこうというわけではなく、こういう姿勢が多方面にも現れてるんだろうなと思うのよね。

というわけで、見るたびになんか複雑な思いがする「サンタを追いかけよう」って企画だが、多分、来年も12月になったらそんなことすっかり忘れてて「おお、今年もこれやるのか」って思ってみちゃうんだろうな。今年もそうだったからな。

ちなみにずっと見ていると、裏で流れている音楽が頭について離れません。24日の夜から既に4日経った今でも、あの音楽はわたしの頭の中で鳴り続けている(^^;
11:45 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12-28 Thu , 2017
惜しい人
確か1年前の今ごろ、ジョージ・マイケルが死んだ!ってびっくりしてた頃だ。

そして今年亡くなった人の中で。

一番ショックだったのは、エンケンこと遠藤賢司が亡くなったこと。確か実習中だったのであまり関連するニュースも見れなかったのだが。

数年前に確かガンだって公表したよな、と思って今年に入ってからWikipediaのエンケンのページを見たりしたことがあったんだけど、ガンを公表したという記述が全くなくて「あれ?気のせいだったかなあ?」って思ってたんだよね。それが、確か体調不良ということでライブが中止になったんだっけ。そのすぐ後でしたよね、亡くなったのは。。そしてこれはいつ頃だったのか詳しく覚えてないけど、ガンを公表した後に「今度は頑張れって言って欲しいとエンケンが言ってる」というのを読んで、さすがにエンケンも苦しいんだなあと思った記憶があるのだが、今、その記述はどこにあったのか探しても出てこない。もしかして、これはわたしの記憶違いか、ニュースのミスリードだったかも知れない。なんせ、エンケン、まだ亡くなってないのに「亡くなった」って情報が先に出て来たというミスリードもあったそうだし。

「頑張れって言って欲しい」というのは、もちろん、エンケンの「不滅の男」の中で「頑張れよなんて言うんじゃないよ 俺はいつでも最高なのさ」という歌詞に対してのことで、だからこそ「ああ、エンケンはそれほど苦しいんだなあ」って思ったのだが、でももしかしたら、そういうときでも別に頑張れよなんて言って欲しいと思ってなかったんじゃないかなって、今さらながら残されたエンケンのブログを読んだりしてそう思ったりしている。

ただわたしはエンケンの大ファンってわけじゃない。持ってるCDはたったの3枚だし、あっ、シングルCD含めると4枚か。そして結局1回も本人のライブには行かなかった。だから「生エンケン」は見たことがない。

なんでエンケン聴き始めたのかな~って考えると、確か'80年代の終わりか’90年代の初めかに、エンケンの「東京ワッショイ」と「宇宙防衛軍」がCDで再販されて。その当時、わたしは「東京」へのこだわりがものすごい強くて。東京っていうものは一体何なんだろう?って考えてた時期でもあって、東京タワーにも何度ものぼったし。なので曲の名前に「東京」が付くものを探していたことがあった。エンケンと出会ったのはそれがきっかけ。あとは、自分が聴いてたパール兄弟周辺にいた人だからってのもある(この言い方はエンケンに対しては失礼なんだけど、わたしとエンケンよりパール兄弟のメンバーの方が年代的に近かったので仕方がない)。1枚だけ持ってるシングルCDは「エンケンのミッチー音頭」ってヤツだけど、このコーラスにサエキけんぞうが出演してたりするし。そういえば、ミッチー音頭の青山ミチさんも去年だったかお亡くなりになったんですよね(後で調べてみたら、今年の初めだった)。わたし、この人のこともこのエンケンのミッチー音頭でしか知らない。だいたいわたしの好む音楽って、'70年代くらいのものも多く、その曲がリアルタイムで歌われてた時期には生まれてたけど記憶がほとんどないときなので、その歌が歌われてた当時、その曲がどのように評価されてたかとか、その当時歌ってた人はどうだったのか、みたいなことは全く知らなくて。'80年代後半~'90年代前半のことなので、今のようにネットですぐに検索したら何かが出てくるってわけでもなかったしね。だからわたしは純粋にその曲のこと、しか知らないのだ。

そしてわたし自身の音楽の聞き方、というのは、ジャンルがなんであるかは全く気にしないというか、自分が聴いている曲がなんのジャンルに属しているかと言うことについては全く興味がない。気に入った曲が好きな曲、というだけだ。それ以外のことは考えたことはない。なので、わたしは今までエンケンの曲を繰り返し聞いてても「これはどういうジャンルの曲かな?」なんて考えたこともなかった。でもよく考えてみたら、この人自身の音楽性って広いジャンルを持ってた人だったのよね。フォークっぽかったり、ロックっぽかったり。ただわたしが好むのは、日本民族っぽい音楽というか、そういうと雅楽とかそういう古来の音楽かなと思われるかも知れないが、わたしが好きなのはそうじゃなく、音頭とか、なんというか、ガチャガチャした音楽の中にかけ声かなんかが入ってる音楽が好きなのよね。あとはネオ歌謡曲。ネオ歌謡曲というジャンルは多分ない。そんなものができるまえに歌謡曲はどっかに行っちゃった。ネオ歌謡曲をやってた近田春夫が大好物だったのだが、これを知ったときは近田春夫自身、もうパンク?ラップ?の方に行ったあとだった。なのでわたしはいつも「ああ、なんであと10年早く生まれてこなかったのだ」と思っていた。

話が逸れたが。

まあそういうことで、「東京ワッショイ」という名に惹かれてエンケンのCDを買ったわけだが、このCDは好きだった。「東京退屈男」の、音調は純日本風なんだけど、電子音楽っぽくもあり、ちょっと変な雰囲気から始まるこのCD。「東京ワッショイ」の中にある東京への変な肯定感が好きだった。東京ってところは東京出身者にとって故郷と成り得る存在なのか。当時そんなことを考えてたわたしは、このエンケンの「東京ワッショイ」の「東京」という感じではない東京を感じながら「好きさ東京 おお我が街 おお我が友 トゥリョト トトトトトトトト 東京!東京!東京!」ってCDを聴きながら気持ちを高ぶらせたりしていた。「続東京ワッショイ」は「東京だよ おっかさん」だからさ、ちょっと古めかしいセリフがあって好きだった。「ホームランだよ 後楽園」って、わたしが聴いてたその当時は既に後楽園はなくなって東京ドームになってたりしてたから。

それから「不滅の男」。この曲はマッチョな感じの歌詞なので、本来、あんまり好きではない曲なのだが、結構好きだった。この曲の中で歌われてる「男」とかはどうでもよかったので、わたしはカラオケで「男」の部分を「女」に変えて歌ったりしたこともあった。「俺」という言葉は言い換えができないのでちょっと違和感ありますがね。。

♪まるであいつは 勝ち誇ったように
ついに この俺に こう言ったぜ
「おい お前も頑張れよ」って冗談じゃないぜ馬鹿野郎
そうすりゃ お前みたいになれるのかいお前はお前 俺は俺
頑張れよなんて 言うんじゃないよ
俺はいつでも 最高なのさ

まぁこの曲の間奏の「きゃーきゃー」いう女の人の歓声は笑えるけどね。「K・E・NJI」ってかけ声も。。
でもわたしもこの歌を歌いながら、気力を奮い起こしてたのは確かですよ。。その結果うつになりましたけどね(笑)

わたしの持っている「東京ワッショイ」のCDには、ボーナストラックとして「ミスター・タンブリン・マン」と「終わりの来る前に」という曲が入っている。これがわたしはすごく好きでね。

♪周りで何か言ってるけど それは誰のことでもないさ
そのうちわかるさ 空には垣根なんかないもの

これは「ミスター・タンブリン・マン」の歌詞。あ。当然のことながら、本家本元のボブ・ディランの「Mr. Tambourine Man」は聴いたことがありません。こんな歌詞なのかどうかもよく知らん。それから「終わりの来る前に」。実はエンケンの歌の中ではこの曲がわたしは一番好きだったりする。なんかこのCDに入ってるのは8分以上あって、途中ハウリングしたりなんだかよく分からない音がたくさん入ったよく分からない状態の曲なのだが、なんだかこれがとても好きだ。

♪ねえアイスクリームをくれないか
頭の先まで凍るような
ねえなんか言葉をくれないか
頭の先をぶっとばすような
なんでもいい なんでもいい 本当にくれるなら
ねえお酒を飲まないか
頭の先まで燃えるような

これはわたしの持っている「黎明期ライヴ」の中にも入ってるんだけど(こちらの方は10分以上!)、これと「東京ワッショイ」に入ってる「終わりの来る前に」は同じものみたいです。なんで「黎明期ライヴ」の方が2分長いのかというと、前振りが2分長いから。「どうせこの世の二人では 花の咲かない枯れすすき」という「昭和の枯れすすき」みたいな歌詞が入ってる。(「東京ワッショイ」の方は「さあ電気を消せ」から)

「哀愁の東京タワー」は「東京ワッショイ」のCDにも、「宇宙防衛軍」のCDにも入っているが、わたしは「宇宙防衛軍」の方が好き。「宇宙防衛軍」のCDの方が楽曲としては整っている感じがして、歌がとても歌っぽい(という表現していいのだろうか?でも多分これが面白くない!って人もいるんだろうね)。てか、今CDの歌詞カード見たら、この「哀愁の東京タワー」の女の人の声は、平山三紀だったのか!!この曲、「東京ワッショイ」ではエンケン1人で歌っていたが、「宇宙防衛軍」ではデュエット曲になっている。

上にも書いたが、一時期東京タワーはわたしのとても気になる場所だった。大学が東京タワーの比較的近くにあったので、大学から何回も歩いていったこともある。夜の東京タワーを見ながら、「哀愁の東京タワー」を思い出したこともあったな。

♪そっと 君の肩 抱き寄せ
そっと あなたに寄り添えば
東京タワーの 赤い灯が

ちなみに平山みきの「鬼ヶ島」というアルバムはわたしの好きなCDの中でもかなり上位に入ってる。セールス的には全然だったそうだが。。モロわたし好みの曲が多数。というのは、これは近田春夫が大いに関わっていたからで。そういう意味でも「あの頃」の近田春夫のプロデュースする曲って、ホントわたし好みの曲だったんだよなあ~。しかしそっか~、これは平山三紀の声だったのか。全然分からなかった。

エンケンといえば、代表曲は「カレーライス」とかなんだそうだが、わたしはホント、この前後のエンケンの曲って全く聴こうとも思ってなかったので、そんなに印象深くない。「黎明期ライヴ」の中に入ってて、全く知らないというわけではないのだけど、あんまりピンと来なかった。わたしが「東京ワッショイ」と「宇宙防衛軍」のCDを何回も何回も繰り返し死ぬほど聴いたのは、その後の「夢よ叫べ」なんかを出す前で、ほとんど新曲を出してない頃だった。ライブ活動は活発にやってたらしいんだけどねえ、、

もう一つエンケンの代名詞みたいになってる「不滅の男」なんだけれども。「不滅の男」のイメージが強いから、エンケンってマッチョなのか?と思うとそうでもなく。猫が随所に出てきて、にゃ~ん、とか。それこそ「カレーライス」にも出てくるよね、猫。そしてすっごい繊細な心細そうな声をしてて。多分、本当はすごい繊細な人だったんじゃないかな~なんて想像したりする。本当にマッチョだけな人は心細そうな声は出せないけど、心細そうな人は無理すればマッチョになれるからね。それこそ「俺は不滅の男だ!」ってわざと心を奮い立たせるようなね。確かこないだ、エンケンのブログを見たときにスケッチブックに「いつもそばにいるよ」という付箋だったかが貼ってある画像が載ってたのを見て、ああ、エンケンってこういう人だったのだよね、と思った。

結局一回もライブに行くことはなかったけど、どんな感じだったのかなと思ったりもする。存在感バッチリの人だったんだろうか。存在感バッチリというと思い出すのは、パール兄弟のライブにゲストで来てたかまやつひろし(ムッシュかまやつ)なんだが、あの人はすごかった。パール兄弟のライブだったのに、わたしはかまやつひろしに目が釘付けになったもん。それくらい存在感があった。「わー、このおっちゃん、すげーなー」って思ったもん。そういえばそのかまやつひろしも今年、亡くなったんだったっけか。でもわたしはこの人自体の音楽はエンケンとは逆で聴かなかった。なのでただそのライブでの存在感のみが記憶に残っている。あー、かまやつひろしももういないんだな~、、あの人の笑顔はなんだか好きだったよ。

しかし「終わりの来る前に」の終わりって一体何なんだろうね。
死を持って「終わり」とするのか。
それとも精神崩壊か。
いや世界の終末期なのか。
それ以外に何か「終わり」があるのか。

♪どうせ一緒に なれないのなら心中しよう
でも さらしものに ならないよう
何かでああ何かで バラバラにしよう
首のない ビーナスの下で アレをしよう
首のない ビーナスの下で 誰でも抱こう
終わりの 来る 前に
終わりの終わりの終わりの来る前に

つい先日、エンケンのことを調べてたら、25日に発売のユリイカがエンケンの特集だというのを知って、ユリイカ買っちゃった。

多分これでわたしは今まで知らなかった「遠藤賢司」をたくさん知ることになるんだろうな。
で、「ああ、惜しい人を亡くした」って思うのだろうな。。
22:52 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12-26 Tue , 2017
悲しいというかなんと言うか
自転車のブレーキが両方効かなくなったので危ないと思って自転車屋さんに行ったら、「これ、直すより新しく買い替えた方がいいですよ」と言われた。

ついに、言われてしまった。。

思い返すと今の自転車はかれこれ30年は乗っている。詳細な時期は覚えていないが、多分、大学に入ってすぐに今は亡き成城の無印良品で買った自転車。その後、わたしの移動に伴い、あっちこっちに連れてった。今でも思い出すのは、以前引っ越すときに、引っ越し屋さんに「自転車がある」と申告するのを忘れて置いて行かれて、仕方ないので引っ越し先まで約20キロだったか、車の行き交う国道を自転車でえっちらおっちら移動したこと。途中で雨が降りだしてえらいひどい目に遭ったこと。

物持ちはいいし、一つのものに愛着が湧くとずっとそれを使い続けるという習性があり、「新しく買い替えろ」と言われると無性に悲しい。まぁただ、ほとんど油も差さずに乗っていた自転車で、至る所で錆び付いてるから、ブレーキだけ新しくしても仕方がない、と言われるのは自業自得でもある。

あーでも悲しいし寂しいな~。

おそらく次の自転車を買うとすれば、それはわたしの人生において最後の自転車となるだろう。だって今の自転車、30年持ったんだもん。いくらわたしでも80まで自転車に乗ることはできまい。というか、80まで生きてるかどうかだって分からない。
21:00 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
12-24 Sun , 2017
今年やった一番アホなこと
うちの最寄りの駅の近くには、何ヶ所か自転車置き場がある。

その中の一部を除いてほとんどは、自転車を止めたラックの番号を後から自動精算機に入力して清算する仕組みになっている。

わたしは止めたラックの番号を覚えることはそんなに苦ではなく、むしろ「どこの場所に自転車を止めたか」を記憶することが苦手だ。なのでいつも、自動精算機に番号を入力してお金を払った後に、その番号はどこにあったかを探すことになる。

その日も自転車置き場に自転車を止めた際、番号を見た。今でも覚えてるけど、28番だった。

数時間後、用事を済ませたあとに戻ってきて自動精算機の28番を押して、100円を入れた。で、28番のラックを探したら、自分の自転車じゃない自転車がそこにあった。焦った。「なんでなんでなんで。。。」って考えてみたら、置いた自転車置き場自体を間違ってることに気が付いた。

そう、わたしは自分の置いてない自転車置き場に行って、見も知らぬ誰かの自転車のためにお金を払ってしまったのだった。別の自転車置き場に行ったら、ちゃんと28番のところに自分の自転車が止めてあった。100円損した。

止めた自転車置き場の場所くらい覚えてろよ~って思うけど、それが案外自分にとっては難しい。あのときから「本当にここに自分は自転車を置いたのか?」を考えてからお金を払うようにしている。
10:42 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
12-22 Fri , 2017
実習総括レポート(案)提出
実習終了後1ヶ月を目途に提出しなければならない実習総括レポート(案)を実習担当の先生に提出した。
てか、実習終了後1ヶ月以内じゃなく、1ヶ月を目途なので、年末にかかるしちょっと伸ばしてくれないかな~って甘い期待を抱きつつ、先生に「正月になっちゃいますよね」と振ってみたところ、「うん、だから年内に出して」と(^^;

いや~、甘かったですね。逆に自分の首を絞めてしまった。

ただこっちも実習疲れがあるし、というのでしばらく何も考えない日が続いたところ、気が付いたら20日過ぎてたんで「やばい!」ということでようやく重い腰を上げて手を付けたという次第。まぁ分量がA4用紙2枚というちょー少ない分量だったので、そんなに時間もかからなかったんだけどね。てか数年前までは3枚だったみたいなのだが、今は2枚になったそうな。

しかしこれにて実習関係のものはすべて終了。あっ、今回出したのはあくまでも「案」なので、これがまた手直しされて戻ってくるわけですが。。まぁでも一からやり直しってわけじゃないだろうから、最初のたたき台だけ出せばなんとかなるのかなと言う感じで。

なので久々、気持ちが晴れ晴れしている(加えて今日は待ちに待った冬至で、明日からちょっとずつ昼間の時間が長くなると思うと気分がよい)。

で、本来なら第3学期のレポート1本は提出済みのはずが、実はまだ「現代社会と福祉」の教科書、2章までしか読んでない。。この教科書、結構分厚くて360ページくらいあるので、読み終わるまでまだまだかかりそう。しかも、このテーマ、今とても興味がある分野で、他の教科書のように分からなくても読み飛ばし~したくない。ただ、今期のレポートのテーマはどれもなんかめんどくさいことが分かってるので、さっさと1本目のレポートを書いてしまいたいという気持ちももちろんある。

うーん、でも、成り行きに任せてずるずると時間食うのは避けたい。

適当に目標期限を作っておかなきゃならないかも。
17:50 | 通信教育課程の大学生活 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12-21 Thu , 2017
コーヒー中毒なのかなあ?
コーヒー中毒のイメージって一日に5杯も6杯も飲むってイメージなんだけど、わたしはもともと一日に2杯か3杯、たまーに「今日は飲みたいなあ」って思う日が4杯くらいで、そんなに多く飲んでるとは思ってない。

が、あるとき、今年のいつ頃だったっけな、5月か6月だと思うんだけど(確か胃の調子が悪くてコーヒーを飲む気にならなかった頃)、なんか頭痛いときがあって、そのときなぜか彼女から「コーヒー飲んでないんじゃない?」って言われて飲んでみたら、スッと頭痛がなくなったときがあって。「むむ?わたしはこれしか飲んでないのにコーヒー中毒なのか?毎日飲めてるうちは別に問題はないと思うけど、災害が起こったときとか、毎日飲めなくなったときに頭が痛くなったら困るぞ」と思って、それ以来、回数は減らしてないんだけど飲む量を半分くらいにして飲んでいる。

ので、今は一日に1杯か1杯半くらいなんだよね、せいぜい。朝カップ半分、夕飯食べた後にカップ半分、それに加えて飲むときは昼間にカップ半分。

ところがさ。わたしは今も漢方医院に通っているのだが、わたしが「朝起きたときに一番くしゃみとか鼻水鼻づまりがひどい」って言ったら「コーヒー飲んでませんか。一日にどのくらい飲んでますか」って聞かれて、「朝と晩にカップ半分飲むから、1杯くらいです」って言ったら、取り敢えず晩に飲む分減らせません?って言われたので、昨日は夕飯後は代わりにお茶飲んだのよ。まぁわたしはコーヒー好きなんだが、飲むなと言われると無理って答えるが、まぁ晩のみ減らすのは特にそこまでのこだわりはないので。

でさぁ。問題は今日の朝。なんかどーも頭が痛い。それも前頭葉全体が痛い。わたしの頭痛は大抵右か左かどちらかから始まることが多く、前頭葉全体が痛くなって始まる頭痛ってそんなに多くはない。しかも、前頭葉全体から始まる頭痛は急激にひどくなる頭痛のことが多い。が、それにしてはなんか変なんだよね。そこまで痛くないというか、なんか頭の前の方に重いものが埋まってるみたいな感じで、いつもみたいに目も開けられないみたいな頭痛ではない。

そして思い返すと、昨日の晩はコーヒーを飲んでない。

「まさか、コーヒー飲んでないから頭痛が来たの?」と思いつつ、朝、いつものようにカップ半分コーヒーを飲む。

しばらくすると重たいものが消え去った。ちょっと片側に移った感はあるのだが、それも気にしないでいたらそのうちなくなってしまった。

ということは、、あれはやっぱりコーヒー中毒による頭痛だったんだろうか??1日1杯しか飲まなくてもコーヒー中毒になるんだろうか?

コーヒー中毒の原因はカフェインと聞いた。が、それなら夜にお茶を飲むことは、カフェインを補充していることになるが、それは関係ないみたいだ。コーヒーの別の成分から来るコーヒー中毒ってあるんだろうか?
17:56 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12-19 Tue , 2017
49歳はビミョーな年齢
最近、49歳ってビミョーな年齢だなと思う。

というのは、アンケートなどで「40代」のところに丸を付けるのが非常に申し訳ないような感じがするとて、50代に丸するのはねー、、いや、許されるならとっとと50代に丸したい気分なのだけど、もし万が一「じゃあ何歳ですか?」って聞かれたときに、「49です」って答えたらウソの年代を答えたことになるよなと。

しかし、29とか39を経験したことがあるのに、一体なぜ49で初めてこんな気持ちが湧き起こってきたのだろう?

って考えると、それはよく分からない。

ただ、40代は40から49までで、40代と答えると、40近辺を含むと言うことが、今のわたしには違和感があるのだと思う。

というのは、なぜか自分の中で「40歳と一緒にしないでよ」って気持ちがどこかにあるのだ。40のときの自分と49歳の現在の自分は、多分違う。この9年間に、わたしは自分なりにいろんなことを考えてきて、時には分からなすぎて涙を流したこともあったけど、それなりに自分が成長していると思っているからだろうと思う。

よく、「えー、60うん歳が40に?」みたいな「いかに実年齢から若く見られるか」という価値観しかないテレビCM(注:わたしが現在見てるのはケーブルテレビのみ)を見ることがあるが、60うん歳がなぜ40に見られて嬉しがってるのかちっとも分からない。だって、40に見られるってことは、40年しか生きてない、実際の20年分の経験がないように他人から見られてるってことじゃん。それってなんか悲しくないか?中身がぎっしりつまった60代に見える方が、人間として価値があるようにわたしは思えるのだけど??

でも多分、若く見られた方が絶対にいいって思ってる人(日本には多くいそう)は、そういうところに価値観を置いているのではなく、「見た目」が若ければ若いほどいいって価値観なんだろうね。そういう人は一体自分が何歳に見られたら納得するんだろう。20代?10代?って考えると気持ちが悪くならないのかな。

わたしは20代で物事の大半について、自分がどう思うか、どういう態度を取ればいいのかが分かった、と思っていた。これは前にも書いたと思うけど、「こういう事象にはA」「ああいう事象にはB」という一次的な観点でしかなかった。一次的というのは「こういう事象」と「ああいう事象」は無関係、ってことだ。ところがよくよく事象を捉え直してみると、「こういう事象」と「ああいう事象」は表面上は異なって見えるけれど、何か本質的な部分で共通しているところがあるんじゃないか?と思えるようなものもあるってことが次第に分かって来た。これまで点と点でしかなかった事象が、いろんな事象と関わり合って「面」みたいなものを作っているのではないか、と思うようになった。そして、「こういう事象」についてはAという結論を出し、「ああいう事象」にはBという結論を出したけど、これってちょっと矛盾してるんじゃないか、とか整合性が取れないものがあるとか、そんなことに気が付き始めた。そして現実はそんなに単純でないこと、様々な矛盾をはらんでいること、がやっと40代で分かるようになってきた。現実は矛盾をはらんでいて、どう考えればいいのか分からないことがあること、なぜこんな風になってしまうのだろうと考えても分からないことがあること、わたしの40代はほぼそういうことを考えてきたと言ってもいいんじゃないかと思う。

とすると、今後もしあと20年生きたとしたら、今捉えられている「面」が「立体」に思えるようになるときがあるのではないか?って思ったりもするんだよね。20代のときは傲慢にも「もうこれでいっぱしのことが考えられるようになった、これ以上考えることはないだろう」って思ってた。が、実は違った。となると、点が面に見えてきた今だって、もしかすると面が立体に見えるための発展途上なのかも知れない。だからわたしは20代のときみたいに「もうこの世の中分かってる」って顔はしない。何にせよ、今自分が考えていることは、今現在の自分が思ってること、将来どうなるかは分からない、ということでしかない。

50近くになってようやくこのような境地に達した。多分、こういう思いが40代に丸を付けるのに抵抗感がある理由なのではないかと思う。
17:55 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12-17 Sun , 2017
韓国地上波ドラマ初、同性愛者を扱った「美しき人生(인생은 아름다워)」
韓国地上波ドラマ初、と言えども、この作品はそんなに新しいものではない。このドラマは今から7年前、2010年に韓国で放映されたドラマだ。

で、わたしがこのドラマを初めて見たのは確か3年ほど前になる。3年前は朝鮮語を習ってて、その影響で「なんか面白い韓国ドラマがないかな~」って探してて、偶然この番組を見たのだ。確か最初見たのは8話だったと思うんだけど、8話まで物語が進んでいても、登場人物が結構多かった割には1話見ただけで誰と誰がどういう関係ってよく分かったので「見よっかな」と思ってたところ、これもたまたまそのチャンネルでこの番組の番組宣伝を見たときにちらっと「同性愛」って聞こえたので「えええ?」と思っていろいろ調べたら、このドラマは韓国の地上波ドラマでは初になる同性愛者を真正面から取り上げたドラマだってことが分かったのだ。それまではそういうドラマがあるとはつゆとも思ってなかった。韓流ドラマって日本でも結構流行ってると思うのだが、2010年のときにそういうドラマをやってる、ってことは全く情報が伝わってこなかったように思う。

で、録画して一通りDVDにも落としたのだが、それ以降見返すことがなくて忘れ去ってたのが、実習中に気分転換がしたくて、何かいい気分転換の材料はないか、、と思って思い浮かんだのがこれだった。全63話なので、実習中に全部見きれないだろうと思ったからだ(終わるとまた次の気分転換の材料を探すのがめんどくさかったから)。

3年ぶりに見返すと、1回目に見た内容はほとんど忘れてた(笑)

この作品は大家族の話で、その中の子どもの一人がゲイという設定なのだが、途中、カミングアウトするシーンなどもあり。でもなんせ、初めて親にカミングアウトするのが20話くらい、その後、40話以上続くわけだから、カミングアウト後の誰までカミングアウトするか(例えばおばあさんにはしないでおこう)、とか、弟が結婚する際にその配偶者になる人へのカミングアウト、とか、そういう点についても描かれていた。こういうことは現実にも有りうることであり、そういう点でも不自然さは全く感じない作品だった。そして作品全体としては非常に穏やかなストーリーでいいドラマだったと思う。穏やかすぎて韓国ドラマらしくないという評価もあるらしい。日本の同性愛者が出てくるドラマって、すぐ思い浮かぶのが'90年代の「同窓会」などだが、イメージ的にはゲイのセックスシーンとか、そういう変なところばかりが強調される、とてもじゃないが「見たい」と思うドラマではなかったので、初めての同性愛者が正面から取り上げられたドラマがこういう穏やかな真面目なドラマだったことがちょっと羨ましい。日本のドラマってなぜ同性愛も「人生の一部だ」って描き方をしてくれないのかなーと思う(といえども、わたしはここ20年くらい日本のドラマはほとんど見たことがないので、それ以降の同性愛者が出てくるドラマがあるかどうかすらよく知らない)。

このドラマはそういうのとは本当に逆で、セックスシーンはおろか、キスシーンもない。まぁ韓国ドラマ自体が男女でさえセックスシーンはあまりない?ない?よく分かんないけど、今まで見たドラマ(これを含め全部で4つ見てる)では皆無だったので、まぁ韓国では男女でもセックスシーンというのは御法度なのかも知れない。が、ゲイの恋人同士なのにキスシーンもないっていうのは、ちょっと見てて不自然だった。抱擁はするんだけどね。まぁこれに関しては、本当は結婚式のシーンがあったとか、その中でキスシーンがあったとか読んだけど、これがいろいろ世間に物議を醸し出して放映されなかったらしいとどこかで読んだが。なので、画面を見ただけではなんか高校生同士の付き合い?みたいな感じが否めなかった。今どき高校生だってキスくらいするか(笑)

ドラマはこの人がメインってわけじゃなく、ドラマ自体でいくつもの恋愛が進行するのだが、ただ、物語全般にわたって親が子どもたちや未婚の親族に対して結婚結婚言い過ぎて、それがややウンザリ気味だった。結婚だけが、結婚式だけが人生のメインイベントなのか?初めて見たときは確かそんなこと感じなかったんだけど、今回見たときはそう感じた。

ま、だけど、同性愛者に対しては偏見がないストーリーで、そしてドラマの中では同性愛に対して偏見を持つ人間も何人か出てきたりするのだが、そういうある程度のリアリティはあるように感じた。乗ってたタクシーの運転手から突然「降りろ!」って言われたり、付き合ってる恋人の方の家族が強硬に偏見を持ってたりね。

この物語自体は、本当にいろんな人の「人生」が出てくる。同性愛はそのうちの一部にしか過ぎない。これって結構当たり前なことなのに、ドラマとしてはそんなに当たり前に描かれている作品って少ないように感じる。

そういう点では貴重なドラマなのかも。
19:15 | (性的少数者)テレビのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12-16 Sat , 2017
早く来い、冬至
今年は夏以降、すごい変な天気続きだったような気がするんだけど「今年は○○年に一度の異常気象」って言われた記憶がない。これは単に今年一年嫌なニュース続きだったから、わたしがほとんどのニュースも何も目や耳にしていないからなのか?

正直なところ、今年ほど雨が降って、洗濯物が洗濯できない、どーしよー?と思った年はなかったし、今まで部屋干しって言っても「いや、別に変な臭いしないし、なんで部屋干しじゃダメなの?」って思ってたけど、今年初めて「いい加減、洗濯物をおひさまの元に干してぱりっと乾かしたい!!部屋干しだとなんか気持ちが悪い」って思ったほどだったのに。

しかも、秋という季節を楽しむヒマもなく、ある日突然木枯らしが吹いて(この日は実習で外出したのでよく覚えてる。めっちゃ寒かった(T_T))そこから急に寒くなってもう秋じゃなくなった。暦の上ではディセンバー、じゃなく(古)、暦の上ではまだ10月だったような??

んで、ここんとこの寒さ!最低気温が0度続きって、真冬並みというか、真冬でも東京の場合、0度続きってのはほとんどなく、たいてい2度前後はあるはず。真冬でも最低気温0度が一週間続いたことなんかない。まぁとはいえ最高気温の方はフタケタいくので真冬並みではなく、一日の平均気温自体は真冬並みじゃないにせよ、最低気温だけみると、真冬並みより寒い。

冬は一年中で一番嫌いな季節で、その理由は寒いから。寒いと筋肉が固まるし、寒いから外出るのが億劫になるし、寒いと何より手足がかじかんで感覚がなくなるし、冷えると生命の危険を感じる。「だから冬は大嫌いだ-!」っていうと、彼女は「夏の方が暑くて生命の危険を感じる」という。わたしは夏に生命の危険を感じたことはなかったので、これはとても意外だった。なんせわたしは冷房の利きがよすぎるところは夏でもすぐに手足がかじかんでくるのでダメなのだ。で、クーラーを消すとあるところで「ぼわっ」と暑くなる。あの暑さが来ると「生き返った-!」って気になる。だからクーラーをつけるのは、あの消した後で「ぼわっ」とする楽しみがあるから付けるわけで、「ぼわっ」の前に「暑くなった」と言ってクーラーを付けられると、わたしは夏でも生命の危険しか感じなくなる。

例年、12月は冬なのだけど、毎年「12月の寒さはそんなでもないな」と思ってた。ところが今年は11月の間から寒くなっちゃって、あと何ヶ月我慢すればいいんだよ?と思う。そして例年はそんなに寒いとは感じない12月なんだけど、それでも毎年毎年楽しみにしてる日は冬至。一年で一番日照時間が少ない日。この日を過ぎれば日に日に昼間の時間が長くなる。夏が日に日に近づくのが実感できる。

今年は特にこれを楽しみに生きてる感じ。その冬至まであと1週間を切った。

そして冬至を過ぎれば次の楽しみは立春。この時期が一年中で一番寒く、この日を過ぎれば段々暖かくなる。なので本当に待ち望んでいるのは立春。

しかし、今既にこんなに寒くては、本格的に寒くなる来月下旬からはどんなに寒くなるんだ!?と思ったりするし、この寒さが底だとしても、これから2ヶ月近くこの底が続くと思うと気が滅入る。この気候のどこが地球温暖化なんだよ-!?って言いたくなる。
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12-12 Tue , 2017
添い遂げるということ
最近なんとなくよく考える。「添い遂げるとはどういうことなんだろうか」って。

太古の昔からいつの時代でも同性愛者はいると思うので、周囲にそうと気が付かれなくとも、周囲からなんとなく変と思われようと「添い遂げた」カップルはいたとは思う。

が、今や多くの国で同性婚ができるようになった時代、未だかつてないほど「添い遂げる」カップルは多くなるだろうと思われる。

しかし、「添い遂げる」ってどういう意味なんだろう。

今、わたしはギリギリ40代だが、もし彼女が亡くなり一人になったとする。その後、誰とも恋愛しないで一生一人で生きたとしたら、それは添い遂げたということになるのだろうか。

10年後、わたしが50代の時に彼女が亡くなって一人になったとする。その後、誰とも恋愛しないで一生一人で生きたとしたら、それは添い遂げたということになるのだろうか。

20年後、わたしが60代の時に彼女が亡くなって一人になったとする。その後、誰とも恋愛しないで一生一人で生きたとしたら、それは添い遂げたということになるのだろうか。

30年後、わたしが70代の時に彼女が亡くなって一人になったとする。その後、誰とも恋愛しないで一生一人で生きたとしたら、それは添い遂げたということになるのだろうか。

40年後、わたしが80代の時に彼女が亡くなって一人になったとする。その後、誰とも恋愛しないで一生一人で生きたとしたら、それは添い遂げたということになるのだろうか。

このように10年単位で考えたとき、「添い遂げた」ことになるのは、70代80代になってからなのかと思ったりする。ということは、その後のわたしが同じようにその後の人生を一人で生きたとしても、あと30年経たないと「添い遂げた」ことにはならないのか?

そう考えると「添い遂げる」という言葉はとても不思議な言葉だなと思う。
17:38 | 性的少数者に関すること | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
12-08 Fri , 2017
少しは自信が付いたかな
実習前に一番心配だったこと。

それは「実習終わるまで、無事に体力が持つだろうか」ということ。

結果的には実習中、風邪を引くこともなく無事に終えられた。ただ途中で一気に寒くなり、何回か風邪引きそうなヤバイ状態になったけど、そのたびに腰にカイロを貼ったり、葛根湯を飲んだらどうにかしのげた。

あとは頭痛。なんか去年の行政書士試験の試験勉強してた8月の終わり頃からだったと思うけど、どうも不眠傾向にあるのよね。で、結局今年の6月までずっと睡眠剤だけ処方してもらうために病院に行ってたけど、その睡眠剤は副作用に深刻な食欲不振を引き起こすために飲めなくなって。で、試せる睡眠剤は一応試してみたんだけど、どうもどれもダメで。結局病院に行くのは止めてしまった。

というか、普段は眠れるんだよね、普通に。わたしの不眠というのは、何かある前日になると途端に眠れなくなる、という不眠だ。例えば翌日から実習が始まる、とかね。案の定、実習が始まる前の日は一睡もできず、実習初日は頭痛薬を何錠飲んだかなあ。わたし、幼い頃から睡眠不足から絶対に頭痛になるという体質で。だから今まで徹夜は高校時代に1回しかやったことがない。そして特に今年の6月~7月頃から、眠れてても疲れるともう夕方頃から頭が痛くなってきてしまい。わたしの頭痛は本当にしつこくて、薬飲んだだけじゃダメで、同時に肩や首を揉んでもらったあとに風呂入ってぐっすり寝るとか、そういうことをしないと治らないのだ。それに場合によっては気絶するほど頭が痛くなることがあって、そういうことが外で起きたら、と思うととても怖い。そこまでひどい頭痛じゃないときでも大抵吐き気が起きるので頭痛の時は外に出たくない。

そんな頭痛が眠れなければ必ず来るので、眠れないと頭が痛くなる恐怖、がわたしにはものすごい強い。

不眠解消のサイトを読むと大抵「気になることは忘れましょう。一晩眠れなくても死にはしません」みたいなことが書いてあるのだが、わたしの場合、気になることが「眠れなければ頭が痛くなる」ということだし、眠れなければ絶対に頭痛が起こるので、死なないのは分かってるんだけど、「死なないから大丈夫だ」という呑気な気持ちにもなれない。また「頭痛が起こっても大丈夫だ」とは到底思えない。実際、大丈夫じゃないからね。

というわけで、実習中も何度か頭痛薬でしのいだ日もあった。

ただ。

実習やってたら体力が付いたらしく、一晩眠れなくても頭痛は出なくなった。二晩眠れなかったときは3日目に頭が痛くなって1日実習を休んだ日もあったが、それ以降は二晩眠れなくても頭が痛くなることはなかった。で、さすがに3日連続眠れないってことはなく、3日目に少し眠れてそれ以降は眠れるようになる、というパターンになった。

そうしたら普通は「一晩眠れなくても頭が痛くなることはないから大丈夫だ」って安心して眠れると思わない?

ところが、やっぱり眠れないのよね。「眠れなくても頭痛くならないから大丈夫!」って思いながら目をつぶってるんだけど、何が原因なんだか全く眠れなかった。なので一睡もせずに実習に行くってことが何度もあった。そんな感じだったので、一晩や二晩眠れなくても大丈夫だという自信だけが、この実習では付いたのだった。
22:39 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
12-07 Thu , 2017
第3学期突入
社事大の第2学期は11月30日まで。その翌日12月1日からは第3学期が始まる。

第3学期に課されるレポートは、「現代社会と福祉1」「相談援助の理論と方法3」「地域福祉の理論と方法2」「社会保障1」「就労支援サービス」「権利擁護と成年後見制度」「更生保護制度」「相談援助演習3」の8科目。

前の2学期のとき「課題自体、何を言ってるのか今のところはよく分からない」と書いたが、実習を経験したからか、課題の内容は今全く勉強してなくても、ある程度なんとなく何をやらなきゃならないのかが分かっているような気がするが、これ、本当にやるとしたらかなりめんどくさい。。。(´Д` )

しかし、社事大のカリキュラムってのは本当に面白くて、最初に個別の制度を学ばせた上で、徐々に「福祉とは何か」みたいな科目になるのよね。各論から総論、みたいな感じ?これは個人的には非常に分かりやすいカリキュラムだと思う。ま、大学の講義なんかはたいてい総論を初めにやって各論をあとでやるカリキュラムじゃないかなと思うんだけど。わたしが大学生の時の講義なんて(分野も何も全く違うけど)まさにそうだったから。で、総論からやるとこれがまた全然分からないんだわ。。話が抽象的なのでね、総論って。

という風に、なぜかここ最近ずっと社事大を誉めまくっているような気がしているのだが??まぁ別に誉めたからってここで受験資格がもらえるわけでもなく。ただ、個人的には勉強しやすいカリキュラムになってるなと本気で思うだけで。それに何よりここの学校に決めたのは前にも書いたけど、学費の安さのみでカリキュラムがどーとかってちっとも考えてなかったし。

今学期はいよいよ「権利擁護と成年後見制度」と「更生保護制度」が学べる。これ、当初から勉強したかった科目だ。その他の「現代社会と福祉」と「社会保障」も今になって徐々に興味が湧いている科目。で、第1学期からわたしはどうも相談援助関係の科目が苦手(社会福祉士なのに!)。なんというか、どういう資料を探せばいいのか分からないのが一点。教科書に書いてあることが理論として確立されているかどうか分からないというのが一点。でもレポート書くのにそこまで追究して勉強しなければならないのかというのが一点。結局あやふやなままでレポートを書かなければならないので、それがとても苦痛な作業なのだ。

そういや全然話が変わるけど、昨日、実習総括レポートの様式をダウンロードしようと思って学校のサイトに行ってみたら、今年の入学願書が受付中って書いてあった。あれからもう一年か~早いな~。で、そこには社会福祉士一般養成課程の修習率は91.1%って書いてあった。確かにね~、他のクラスメイトも次々と実習に突入してるみたいだし。で、実習終えたらもう学校は辞めたくないわね、ここまで来て。

というわけで、まずは「現代社会と福祉」から。
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12-06 Wed , 2017
実習が終わった
長かった実習がやっと終わった。
実習後にやらなきゃいけない諸々のことも終え、今は一息ついている。

実習が半分終わった時点で悩んでたことも関わってもらったさまざまな人たちのおかげで解決し、実習全体を振り返ってみれば、当初考えてたよりずっと実習は楽しかったと思う。それに当初考えていたよりずっとずっと教わるものが多かった。

確かに実習生は実習先にお金を払って実習を受けている。そういう意味では払った金額に見合う「何か」を得ないと実習生は損をすることになる。そう思って一つでも多くのことを学んでやろうとこっちも本当に必死に努力していろんなことを感じ、いろんな疑問を持ち、そしていろいろ考察もしたんだけど、わたしの実習先というのは、学ぶ方が真剣であれば、それに本気で答えてくれるようなところだった。それは最後まで一貫してそうだった。なのでわたしは「こういうことが福祉なんだな」とか「こういうことが支援なんだな」って感じることがたくさんあった。もちろんこれは実習先を通して感じたことであり、それによって福祉「全体」のこととか支援「全体」のことが分かったわけではないのだけどね。

それから社事大通信の場合、帰校日というものがないので、実習中に4回、先生が実習先に来て巡回指導をする。4回って言うと、ほぼ1週間に1度。しかもこれはわたしの先生だけかも知れないけど、4回ともぜーんぶ先生が実習先の実習担当の人も同席を望んだので、わたしなんか1週間に1回はわたしと学校の先生と実習担当の人で三者面談していた。それも1回に付き絶対に1時間以上話してたからなあ。。1週間に1度、自分が今何を学んでいるかをチェックされるので、これは少々きつかったですね(笑)ただそこで先生や実習担当から受けたアドバイスというのは、その後の実習に大いに役立ったのは確かだったけど。そういう面で大学自体も実習と本気で向き合ってくれるのが分かるというか。社事大、費用面では他の通信制大学に比べると非常に安いんだけど(その代わり学士の称号は得られない。養成課程だから)、安くてもホントしっかり面倒みてくれる大学だなあと思ってます。いや、大変ですよ。実習中に4回も三者面談があるのは。

まぁわたしの場合、実習先も真剣に答えてくれるところで、学校も真剣にやってくれるところで、それが両方こっちに向かってくるので、学生の側からすると非常に大変だったのよ。。でもおかげでこちらも本当に真剣にやらなきゃなーって思ったし、その気持ちを最後まで全うできたのは、こういう人たちのおかげだと思ってます。

そういうわけで実習は確かに大変だったんだけど、その大変さに拍車を掛けた理由は、わたしは実習前に11月30日までに学校に提出しなきゃいけない科目のレポートを3本残して実習に突入したからなんだよね。いや、ホントは実習前に2本は書くつもりだったんだけど、実習前の気の重さとか実習前に疲れてやる気を失ってたとかで全く書けなかったのよね。これが提出期限までに書けないと、受験できるのが1年延びてしまうので、レポート提出の方も実習中に必死に書いた。「実習あり」組は、普段のレポート提出もこなしながら実習をやらなければならないので、「実習免除」組より格段に大変な気がする。実習なしだと4ヶ月に8本、淡々とレポートを出し続ければいいだけだもんね。

というわけで多分最大の山場であろう、実習がやっと終わった。学校の方はこれからまだあと16本残っているレポートと、2回残っているスクーリング。それから国家試験。来年の今ごろは必死で試験勉強をしてる頃だろう。先のことを考えるとまだまだやることあるなあ、、という感じだけど、

でもひとまず、お疲れさんでした!
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11-05 Sun , 2017
実習が半分終わった
実習が半分終わった。

あっという間といえばあっという間だったような気もするが、まだあと半分残ってるんだと思うと大丈夫かな、自分の体力がそこまで持つかな、と不安な気分でもある。

実習は楽しいかと聞かれると、今までまったく知らない世界を見られるので楽しいとも言えるが、一日一日その日の目標を立て、実習中はものを見聞きして、そこで自分がなにを感じるか、何を考察するか、をいつも以上に感度を上げて挑まなければならない。これが結構大変。実習終了時にその日の目標を達成したかの報告をその場でしなければならない上に、一日一日の実習が終わったら、必ずその日にあったこと、考察したことを実習ノートに書いて、翌日に提出しなければならないので、これが一番大変。

集中力が削がれると物事を見聞きしても何も感じないので、そうすると実習ノートに何を書いていいのか分からなくなる。集中力を切らさないためにも必要なのはやはり体力なのだ。

実習先は実習生と本気で向き合ってくれるところだと思う。こちらが質問しても「ここまで答えてくれるのか」と思うほど、丁寧に深く教えてくれる。これには本当に驚いた。そしてこれは実習担当だけではなく、どの職員も同じだ。これは実習生受入れを組織全体が一種の使命感を持っている証拠だと感じる。この実習先は自分で選んだものでなく、学校から突然「あなたはここです」と言われたところだが、そういう意味ではとても幸運だったと思う。

こないだ実習先に学校の先生が巡回に来ていろいろ話したのだが、「今までずっと山を登ってきて、半分越えるまでは長かっただろうけど、あとは下り坂であっという間に終わるよ」と言われた。今のわたしは「本当か?」としか思えないけど、あっという間に残りの半分終わられてもちょっと困る。実習終わったあとに実習総括レポートを書いて学校に提出しなければならないのだが、やはり一定の何かの成果がなければ書けない。もちろん、実習を始める前にちゃんと実習の目標を立て、それに沿って実習をやってきたのだけれど、どうも既にこの件については自分の中で一定の結論が出てしまって、それをこの先深めるか、それとも別の視線を持たなければならないか(この必要性があるんだよね、実習やってて気が付いたけど)、持つにしても前半の部分との整合性はどうするかなどを考えないといけないと思っている。

そういう意味では前半の実習というのは、わたしにとっては自分を使った「実験」をしている感覚だった。で、実習の半分はそれでよかったが、残りの半分はそれじゃまずいような気がするのよね。なんていったって、社会福祉士になるための実習なんだからね。んでもって、わたしはその感覚を持つことがめっぽう苦手で。いうなればその感覚は掴み所がないというか。何を手がかりに考えていいのか、今のところよく分からない。。分からないと思いつつも実習はどんどん下り坂になっていく、、というので、ちょっと困るのだ。

まぁ分からないながらも、日々実習を重ねていったら何か手がかりが掴めるのかな。

後半戦も頑張ります。そのためには体調を整えなければ。今、気温の較差が激しく、ちょっと油断すると風邪を引きそうで怖い。
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