12-11 Sun , 2016
風邪引いた(T_T)
試験が終わって1ヶ月まだ経ってないけど、徐々に気持ちが緩み始めたのか、6日起きたときに身体が熱っぽくなってて、数日寝とけば治るだろうと思ってたら、一昨日の夜から強烈な喉の痛みで再びダウン。

というか、わたしが風邪引くときは9割9分、鼻の奥の方が痛くなるので、鼻の奥がちょっとむずがゆさを感じたらすぐに葛根湯を飲んで初期のうちに叩いてしまうのだけど、今回はそこじゃなく、喉の下の方というか、よく唾が飲み込めないほど喉が痛くなるって言うけど、それよりもっと下の方。だから唾を飲み込んでも全然痛くない。ここがこれほど痛くなるのは初めての経験だったので、最初のうちは「喉が痛いけど、風邪じゃないよね」って思ったので、放置してた。

が、夜寝ようと思ってベッドで寝ころぶと喉が痛すぎて眠れない。次第に「これって、、もしや風邪なのか?」と思い始め、一旦起きて痛み止めのロキソニンを飲んだら痛くなくなったのでそこから少しだけ寝た(すぐに痛いのがぶり返して起きちゃった)。朝起きたら熱が出てた。

風邪を引いたときはスチーム吸入器を何度もやれば、大抵気持ちよくなって風邪の治りも早い気がするのだが、今回のこれは吸入しても患部に届いたような気がしないので、全然気持ちよくならない。この痛い場所ってもしかすると気管支なの?とも思うが、気管支炎って風邪って言うんだろうか。気管支炎だったら耳鼻科じゃなく呼吸器科の方がいいんだろうか。まぁいずれにせよ、今日は日曜なんで病院休みなんだけど。今は熱はもうなくて、喉の痛みも昨日ほどではないけど、昨日に比べて鼻は出るわ、くしゃみは出るわでくしゃみするたびに喉が痛い。風邪の患部が広がってきたのか、それとも昨日、アレルギーの薬を飲んでないのでアレルギーのせいでくしゃみ出るのか。

それにしても、風邪を引くのが1ヶ月前じゃなくて本当によかった。1ヶ月前の今ごろだったら試験直前でパニックになってるだろう。

今年はあんまり日記が書けなかったので、今年の話は今年のうちに、ってことで、今月中に彼女のお父さんが亡くなったときにお葬式に参列してきた話と(彼女のお父さんが亡くなったのは今年だけどもう随分前のこと)、あと、つい最近、ある俳優さんが引退してしまったことで思うことがあったので書きたかったんだけど、風邪がもうちょっとよくなってからにする。でも今年のうちに書いておきたいなあと思う。
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12-01 Thu , 2016
48歳
今日から師走。
この1年はものすごく早かった。。

取り敢えずわたし、今年48歳になりました。
年齢の数字に異様な関心があるわたしは、もう数年前から「48」になりたくて仕方なかったんだけど、今年は「48」を楽しむ余裕がほとんどなくて、その点では惜しいというかなんというか、、

そもそも「48」ってなんでなりたかったかというと、「多くの数字で割り切れる」という理由だったわけで。要するに約数が多いよね、この数字。1、2、3、4、6、8、12、16、24、48。年齢を重ねるとこういう数字が増えてくるわけだけど(その代わり素数が減るけど)、まぁだから「48」歳を楽しみにしてたんだけど、、今年はほとんど出かけなかったから自分の年齢を書く機会もそんなになかったな~。

おお、そうそう。この数字を見れば分かるように、今年は「年女」だったんだった。が、これも意識させられたのは去年の年末くらい?去年の年の瀬に新宿に行ったら、小田急の改札のところにある柱に全部「申」「申」「申」って大きな字で書かれたポスターが貼ってあって、「おー、なるほど、そういえば来年は申年か」って思ったんだけど、年が明けてからはそれすら忘れてた(笑)

来年生きて誕生日を迎えられるとすれば、49歳になる。「49」は当然のことながら、7の2乗。6の2乗、36歳以来、13年ぶり。この「○の2乗」もだんだん間隔が空いてきたな~。これまで1から6までの2乗を過ごしてきたからか、あんまり「○の2乗」には重きを置いてなかったんだけど、次の8の2乗とか9の2乗が生きて迎えられるかとか、迎えられたとしてもあと「○の2乗」はせいぜい2回くらいしかないのかと考えると、これもこの数を噛み締めながら生きていかなきゃならんのかもね。

しかし、わたしは年齢は四捨五入で考えているので(20代からそのように考えてた)、45歳超えたら気持ちは50代で行こうと思ってたのに、なかなかそうなれない。。というか、今まで自分の中で考えてた「50代のイメージ」というのと、自分の50代になった姿というのがちっとも合わないからなんだけど。ということは、今まで考えてた「50代のイメージ」というのはあくまで想像上のものでしかなかった、ということで認識を改めなければならないと言うことか。

というわけで、ここ数年楽しみにしてた「48」になったことだし、次の楽しみの数字というと、やっぱ「51」かねえ。「51」はカープの背番号でも登竜門、と言われている背番号だ。江藤、前田、そして今は鈴木誠也。あのイチローの背番号でもある。あとは1、3、17の約数。なんかクールな数で割り切れていいねって感じ。

年齢に関する数字であれこれ思い始めたのは20代の頃からだけど、次にくる楽しみな数字を待ちながら生きていくというのも悪くないと思えるようになった今日この頃。
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11-29 Tue , 2016
息苦しさを自分で治す方法
試験前

> あ、それでも、ここ数年苦しんでた息苦しさ、今でも息苦しくなるけど、それをコントロールするのが可能になって来たんだった。なのでちょっとだけ楽にはなったのかな?息苦しさへのコントロールの仕方はまた試験が終わったあとにでもゆっくり書くことにする。

って書いたんだけど、やっとゆっくり書けるようになったので書こうと思う。

ただ、試験前と試験後の呼吸の感覚がちょっと違ってきてしまって、なんかよく分からなくなって来ちゃったんだよね。なので「うーん」って考えているうちにこんなに時間が経ってしまった。今でもまだ「うーん」って思ってるけど、考えてもよく分からないので、あんまり深く考えずに書いちゃうことにする。

試験前は背中が痛くなると硬くなるような気がして、そこから空気が肺の中に入ってこないような感じで息苦しさを感じたりしたんだけど、それ以外には寝る前に一番息苦しくなるんだよね、わたし。で、この原因って歯磨きすることで起きるらしいんだよね~。毎晩毎晩歯を磨くとなぜか息苦しくなっている。これは今でもそう。ちゃんと息が吸えてるはずなのになんで息苦しくなるのかちっとも分からないんだけど。でね、自分で息苦しさを解消できた直接の原因は、新聞の下の方に新刊案内があるんだけど、夏頃にそこに「なにもしていないのに調子がいい ふだんの「呼吸」を意識して回復力を高める」という題名の本が載ってて、その題名が目に入ってきたからなんだよね。なんとなくこの題名を見たときからこの本が気になってね。それからこの本を読もうかどうか、かなり迷ったのよね。既にその頃は本1冊読む時間も惜しいって思うほど勉強に時間を費やしてたから、読めるかなって思って。でもなんか気になったので「読んじゃえ」と思って電子書籍版で買ったみた。電子書籍版はダウンロードしたらすぐに読めるし、書籍よりちょっと安いし。

で、読んでみたんだけど、いろいろ紹介している呼吸法は椅子に座ってやるものが主で、うちは椅子に座ってできるようなちょうどいい椅子がないんだよね~。勉強するときに座ってる椅子は肘掛けがついてるので、こういうことをするのに向いていない椅子で。できれば寝ころんでできる方法の方がよかったんだけどな~って思ったし、実際のところそれより本を見ながらあれこれやる時間が惜しかった。ただ、一番最初に書いてあった「自分の呼吸の範囲を知る」だったかな、これだけは寝ころんでもできるようだったので、これはやった。

まぁあまり本の中身をばらしてもアレなんで、あまり書かないけど、そこに書いてあった「普通ヒトはどの部分で息を吸っているか」というのが、結局わたしの息苦しさを治せるきっかけになった。要は目一杯息を吸って、目一杯息を吐いたその肺の容量を全量を1としたところ、普段は1/2~1/4のところで息を吸ってるというらしいんだけど(目一杯息を吸ったところを1、目一杯息を吐いたところを0とする←この部分、本にはもっと丁寧に詳しく書いてある)、その範囲で息を吸って吐こうと意識して呼吸していると、知らない間に息苦しくなくなってるんだよね。わたしの息苦しさは物理的に呼吸ができないわけではなく、なぜか肺の中に空気が入りすぎてしまっているためにこれ以上空気が入って来ない、だから息苦しく感じる、ということまでは理解できていたんだけど、じゃあどうすればいいのかってことが分からなかった。息苦しいところ、無理矢理全部息を吐いて、それで1/2~1/4のところで呼吸を繰り返すというのは、一見、息苦しくなりそうなんだけど(だって理論上空気は肺の中に最大でも1/2しか入ってないということだから)、実は全然そんなことないんだよね。逆にこれだといつもぱんぱんに張ってる背中が楽になるのか、この呼吸方法を寝ころんでやってると知らない間に寝てしまう、ということを発見した。

なので、それまで息苦しくて息苦しくて眠れなかったのが、ちょうどその頃飲み始めた薬の効果もあって、眠れるようになったんだよね~。しかも、この呼吸をやってないときの眠り方って、自分で「あ、段々眠くなってきた。もう少しで眠れるぞ」って分かるような感じだったのに、この呼吸をし始めてから、自分でもいつ眠りについてるのかさっぱり分からなくなった。これは今でもそう。あまりにも覚醒時と寝る間の差がなくて、毎日毎日「息をしている間に知らないうちに寝てた」状況になっている。

まぁ書くとなんてことはない方法だけど、わたしがやってる方法をまとめてみると、

寝ころぶ→息を一旦肺の中から全部出す(その前に思い切り息を吸って肺の中をパンパンにしておいた方が息が吐きやすいかも)→全部出し切ってから半分くらいのところまで息を吸う→そこから1/4のところまで息を吐く。できるだけ長く息を吐くようにする→半分くらいのところまで息を吸う→これの繰り返し

日によってはなかなか息苦しさの方が勝ってしまってできないときもあるんだけど、そういうときは一旦また息を目一杯吸って、目一杯吐いてってところからやり直す。多少「息苦しくなるのでは」って不安に思うことがあっても、極力目一杯吸わないように努力してみて、それでダメそうだったらやり直すようにする。でもそこで目一杯息を吸うと「あ、目一杯吸えた」って思えるようになるほど息が吸えるようになっていたりする。肺のなるべく低い位置で吸ったり吐いたりしてるので、それだけ上に余裕ができてきたってことだと思っている(これってわたしの感覚だから、何を言ってるのか分からないだろうな)。あ、あと、息を吐くときは必ず口から吐く。鼻から吸って口から吐く。口を開けて息を吐くとリラックスできるようだ。一定の範囲で呼吸をすることだけ考えていると、知らない間に試験に対する焦りなどを考えなくなっていて、それも眠りに繋がったような気がする。

あ、あと、寝ころぶのは必ずしも上を向いてるわけじゃなく、ときに右を下にしたり左を下にしたりしている。これも日によって「今日はこっち向きで呼吸したら眠れそう」って思うときがあるんだよね~。なんというのかな、上を向いて呼吸するのが落ち着く日もあるし、左を下にして呼吸した方が落ち着く日もあるし。落ち着くというか、寝やすい体勢というのか。「こっちを向くとしっくり来そう」な向きが日によって違うときがある。上を向いて呼吸していてもなんとなくしっくり来ない日は、右か左を下にして横向きでしっくり来る方で呼吸する。そうすると結構すんなり呼吸が整って眠れたりする。あと横向きになったときは背中を丸めて息をすると、息しやすくなるので、横向いて寝るときは思いっきり背中を丸めている。

ただ、一番最初に書いたように、試験前と試験が終わってからの感覚がちょっと違って来てて、そういう点では試験前の方が息を吐くときに力が抜きやすくて息を整えやすかったような気がしている。試験後の方が力が入ってるのか、肺の中の空気をすべて抜けないというか、一旦息を全部肺から出そうと思うのになかなかうまくできなかったりするし、呼吸もなんかどこか肺の上の方で呼吸している感じがしてうまく呼吸が定まらない。普通、試験前の方が力が入ってるんじゃないの?って思うのだが、なんでなんだろう?そこのところがよく分からない。今の方が試験に対する焦りもなにもなく、そういう点では力が抜きやすいと思うのになー。

こうやって書いてみると「なーんだ、こんなことか」って思うんだけど、でもこれを自分で習得できてからは、息苦しくなっても、自分で治せるから大丈夫と思えるようになったので、ちょっとは気が楽になったかも。ただ、寝ころんでじゃないとできなくて、同じことを椅子に座ってやろうと思ってもあんまりうまくできないんだけどね。
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11-23 Wed , 2016
試験が終わって10日
試験が終わって10日。
やっと身体に疲れを感じて眠ることができるようになった。

てか、試験前からずっと身体の疲れは出てたんだけど、少し休もうと思ってベッドで寝ころんでても「この時間がもったいない。この時間があればもっとあれとあれとあれの勉強ができる」と思うと、いてもたってもいられなくて起きてしまい、結局ずーっと疲れたまま、勉強してたんだよね。

それが試験が終わってもなかなか抜けなくて。やることなくて寝ころんでても、頭の中が「勉強しなきゃ」ってことが習慣になっててどうもそわそわして全く眠れない。眠れないどころか気持ちが落ち着かず、寝ころんでもいられない。

そうやってようやく疲れを感じて素直に眠れるようになったのは、今週の月曜からだったかな。こうなるまで丸々一週間かかった。逆に今はもう身体が疲れ切ってて日中はだるくて眠くてずっと寝てる状態。まぁこれで今までのたまりにたまった疲れが取れるだろう。よかった、ちゃんと休めるようになって。

試験終わったあと、行政書士の試験を受けた人のブログがあれこれ見つかって読んだりしてた。今年の受験生だけじゃなく、過去に受験生だった人のとか。試験中も「同じように受験する人はいないのかな」って思って探してたんだけど、なぜかそのときは全く見つからず、今回やっと「あー、ブログ書いてた人こんなにいたのね」って思った。しかし、行政書士の試験に受かった人のほとんどが司法書士を目指してるのねー。それともたまたまそういう人たちのブログしか目に付かなかったのかも知れないが。。

わたしは前もちょっと書いた覚えがあるけど、司法書士は目指してなくて、法律関係の資格は一旦これで終了。次に目指してる資格試験は法律関係ではない。そして今度取りたい資格は、行政書士みたいに独学とか予備校じゃなく、学校に通わなきゃならないみたいなんだよね~。それも国家試験受けるまで2年かかる。まぁ、通学じゃなく通信にするつもりだけど。今から7年前くらいか、中央大学法学部の通信課程で勉強したことがあって、それは結局最後まで続かなくて卒業できずに途中で辞めてしまったんだけど、思うにあれは病気だった部分が大きいのではないかと思っている(とはいえ、時期的には2回目と3回目のうつ病の間から始めて、3回目のうつ病にかかった1年後までなんだけど)。なにしろあの当時は教科書読んでもさっぱり理解できなくて、スクーリングにも行ったけどさっぱり記憶できなくて(スクーリング終了日にはテストがある)、そしてスクーリングが終わっても「終わった!」って達成感を全く感じられなくて。しかし今回は模試2回受けて、2回とも終わったあとは模試といえども取り敢えず「終わったー!」って解放感があったので、やっぱこっちが本来の自分だよね、って感じ。あ、でも本試験が終わったあとは解放感は全く感じずに、前回の日記に書いたように、試験前にあまりの疲労感いっぱいだったので「わたしは逃げ切れた」という思いの方が強かったんだけど。というわけで、今度は同じ通信といえどもちゃんと勉強できる自信がちょっとは、いやだいぶある。

なので今度はそれに向かって、と行きたいところだが、行政書士試験の合格発表がある前に大学の願書を提出してしまうことが少し怖くて躊躇してる。今の時点でマークミスさえしていなければ合格と分かってても、もしかしたら1つずつマークミスをしててほとんど点を取れてなかったらとか、そんなことを考えてしまって本当に合格しているかどうか分かるまではやっぱ安心できない。といえども、落ちててももう2度とあんな勉強はしたくないんですけどね、、

ついこないだ、行こうと思ってる学校の入学案内を取り寄せたら、願書受付が3期に分かれてて、既にもう1期の願書受付中なんだよね~。合格発表後だと3期になるんだけど、そのときまでに定員いっぱいになってたらどうすんだろ?と思ったりして。まぁ今度説明会があるそうだから、それに参加して質問してくるつもり。

法律の方の知識も試験終わったらこれで終わりというわけではないので(一応、行政書士としても開業を目指してるので)、こっちの方は内田の民法を合格発表日までにコツコツ読んで忘れないようにする。中央大学法学部の通信課程だったときに揃えた本だが、あのときは理解できてなかった。でも今回は民法は一通り頭に入ってるので、読むのが楽しい。予備校ではやっぱ試験に特化した勉強しかしてないので、いろんな学説とか読むと面白い。とはいえまだ詐欺のところが終わったばかり。取消し後の第三者ってなんでもかんでも機械的に「対抗関係になる」って覚えてたけど、詐欺取消し後の第三者って権利外観法理で94条2項類推適用って考えも有り得るのね。ていうかここ、判例と学説が違うのね。学説は詐欺取消し前の第三者に登記が必要(対抗関係という意味じゃなしに)、取消し後の第三者は不必要って判例と全く逆じゃん。そして心裡留保には第三者保護の規定がないって知ってて、94条2項類推適用で保護されると分かってたけど、94条2項類推適用だったら登記は不要だった。なぜか登記が不要とは思ってなかった。ここら辺、きちんと覚えてなかったわー。試験に出なくてよかった(笑)

合格発表日前までは身体の調子を整えながら、こんなことをして過ごす予定。
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11-14 Mon , 2016
行政書士試験受けてきました
行政書士の資格を取りたいと思い始めたのはだいぶ前のことだった。

実際に勉強を始めようとしたのは今から4年前くらい?でもそのときはまだうつの状態がよくなくて勉強を始めることすらできなかった。1年治すことに専念して、結局2年間やらず、次にチャレンジをしようとしたのは確か2014年だったか。でもこのときも勉強を少し始めたところで息苦しくなったり身体の調子が思わしくなくなって、まずは体調を整えてからまた勉強をしようと思ったのに、治らないまま1年が過ぎて。「あ、これは体調を万全にするのは無理だ、体調が悪い中でもやらなきゃいけないんだ」と悟ったのが去年の行政書士試験が終わって少ししたとき。11月下旬くらいだったかな。

なので、去年の今頃はまだ今年の受験を迷ってた時期で、勉強すら開始していない状況だった。勉強を始めたのは去年の12月から。
実質丸1年、勉強した。そして今年、ついに受験することができた。

行政書士の資格試験というのは、一般的な競争試験じゃなく、300点満点中180点以上取れれば誰でも受かるという試験だ。そういう意味では戦う相手は他人ではなく、自分になる。自分が180点以上取れる実力がつけば受かる。行政書士試験ってそんな試験だ。

試験科目は基礎法学、憲法、民法、行政法、商法の法令科目と政治経済社会情報などの一般知識等科目。ほとんどの問題は5肢択一式で、これは1問4点だが、全60問中3問は記述式。記述は行政法から1問、民法から2問出て、配点は1問20点。その他に多肢選択式という穴埋め問題みたいなのがあって、それは3問。1問につき4つ穴があって、語群から穴に埋まる言葉を選択する。それが1つ2点だから全部で12つの穴があって(3問×4つ)、計24点。これは憲法と行政法から出る。

ちなみに5肢択一式の問題数の振り分けは、基礎法学2問、憲法5問、行政法19問、民法9問、商法5問。一般知識等は全部で14問。そして一般知識等は6問、要するに24点以上取らないと全体で180点を超えても合格にならない「足きりライン」がある。

こう書くとなかなか複雑な感じに見えるね。

前回のブログに書いたけど、それまで2回受けた模試の前は2回とも失敗して模試前1週間はほとんど勉強ができなかった。だから今回は絶対に体調を崩さないと強く決心したんだけど、なんせ初めての体調を崩さない試験前1週間だったので、試験日に体調を整えることまで気が回らず、もう思いっきり疲労を残したまま本試験を迎えることになっちゃったんだよね~。なのでこの1週間は試験に緊張するというより、体調がいつ崩れるかも知れない不安と、もう疲れて疲れて一刻も早く終わって休みたい、それしか考えてなかった。

試験中、問題を解いているときは、なんか普段の模試よりも格段に頭が回らなくなってる感じだった。疲れもあったけど、さすがに本試験は緊張してるんだなと思った。読んでる文章が頭の中をグルグルしてきてわけ分かんなくなったりすることもあったし。頭の回転が悪いものだから、1問解くのにかかる時間が多くなっていつもより時間が足りないんじゃないかと思って焦った。試験は3時間だが(13時-16時)、2時間半過ぎたところで全部終わらなければ途中で切り上げて記述式の問題に行こうと決めていた。記述式は1問20点と配点が高いし、何か書けば部分点がもらえるかも知れない。時間が足らない中、1問4点の問題と格闘するより1問20点と格闘した方が点数がもらえる可能性が高い。なのでそう決めてたんだけど、実際のところ記述含めて全部解き終わったのは15時35分。試験開始後2時間35分で、模試のときとそんなに変わらなかった。

そこからはマークミスをしていないかどうか、問題文にチェックしたものとマークが合ってるかの確認と、5肢択一でちょっと難しくて一応答えは出したけどもう一回よく考えようという問題を考えていたら、それで終了。

終わったあとはなんだか全然手応えがなくて、何がどうだったんだかさっぱり分からなかった。「難しかった」という印象しかなかった。だって、あれも分からなくてこれも分からなかった、これは記憶があやふやでよく思い出せなかった、という問題がたくさんあったから。確かに確信を持って答えられた問題もあったけど、確信を持てても「本当にこれなの?なんかどこかでひっかかってない?」って気持ちが大きかったから(模試で散々引っかかった)。

終わったことへの実感が全くなくて。でも「もうこれ以上はできない」って思った。たとえ落ちたとしても、わたしはもうさらにこの生活を1年間続けることはできない。それくらいつらかった。いやつらかったのは精神的にではない。精神はどういうときでも「やらなきゃ」って思ってたけど、できなかったのは肉体的につらくてたまらなかったからだ。息苦しいし背中は痛い。腕が痛い。アレルギー鼻炎の悪化。足のしびれ。腰の冷え。そのうち脳の中の問題読んでて頭を使う部分とか、文字を読んで理解する部分が拒否反応を起こしてくる。なんの文字を読んでいても頭の中にちっとも入ってこなくて理解もできない。頭の中に全然入って来なくて意味も分からなくて表面的に字面だけ追ってる感じ。でも不思議と精神的にはつらくなかった。逆に「もっとやれ、もっとやることがいっぱいあるだろう」と思っていた。最初に自分が「これはやろう」と思っていたことが、身体の不調でできなくなってきて最後の方は「どこを選んでどこを削るか」で悩んだ。でもそういう部分は疲れなかった。「つらい、もうできない、休みたい」と思ってたのは身体と脳の一部だ。そして試験が終わって解放感でいっぱいになるかと思っていたら、それどころじゃなく、やっと休める、わたしは逃げ切れた、という気持ちの方が大きかった。

家に帰ってから、やっと休める、やっと終わった、という安堵感で泣いた。試験の出来はともかくとして。

しかし、夜になると試験の解答速報が出てくる。もし全然できてなかったらどうしよう、って思った。この生活はもう続けたくないと言っても、受からなかった以上、続けるか何か他の道を考えるしかない。答え合わせがとても怖かった。

結果。

基礎法学 2/2
憲法 4/5
行政法 16/19
民法 7/9
商法 3/5
一般知識等 11/14
多肢選択 12/12

合計192点。(計算しなおしたら196点だった(汗):2016.12.11追記)
一般知識等の6問(24点)もクリアしてるし、記述の点数抜きでも全体で180点以上をクリアしている。

ので、マークミスさえしていなければ、合格は確定的になった。
彼女に「多分合格した」って報告したら、今度は「よかった」という涙が出て来た。

正直信じられない気持ちで、今だってなんでこんな点数が取れたのかよく分からない。

模試の点数は2回とも同じ点数で、ぴったり200点だった。
それを考えると確かに模試の実力通り力を発揮できたと言えるのかも知れない。わたしは法令科目の択一式の成績が安定していて、模試では1回目124点、2回目120点だった。今回も124点だからほとんど変わらない(すみません。上記で計算すると合計128点です:2016.12.11追記)。難易度に多少差があっても(わたしの感覚でいうと1回目の模試は割と簡単で、本試験が一番難しく感じた)成績はほとんど変わらなかった。普通は簡単な方が点が取れるのにね。まぁ、1回目の模試より2回目の模試、そして本試験の方がたくさん勉強してるから、自分の知識量も多少上がってるとは思うんだけど、それにしてもここが安定してたのでよかったのかなと思う。

そして模試の1回目は記述が散々で、2回目は一般知識等の5肢択一が散々だった。それをお互いカバーしてたので模試は結果的には同じ点数だったんだけど、今回は一般知識等がすごくよくできたから、全体的に択一全体の点数が上がった結果になった。

ちなみに一般知識等の問題の中では「日本の多様性」の問題があり、ヘイトスピーチと同性パートナーシップ条例のことが出ていた。で、問題の中で同性パートナーシップ条例の肢、これが○か×か、を問われたのね。わたしは最初これ、「×」にしたのよ。だって、同性パートナーシップ条例って全然「結婚に相当する」じゃないじゃん。問題文の通り、結婚に相当してないから条例で定められるわけであるわけだけど(今のところ、同性同士の婚姻は法律で認められてないので)、でも実際の同性パートナーシップ条例だってあれのどこが「結婚に相当する同性の関係についての定め」なんだろう?実際の中身は病院で最後の看取りができるとか、公営住宅に応募できるようになっただけじゃん、って感じ、当事者としてはね。だから「どこが結婚に相当するんだ!」と思って「×」にしたんだけど、でもこれ、組合せ問題で5つの中から答えを2つ選んで、その組合せが正しいのを選ばなければならない。するとヘイトスピーチの問題と比較しなくちゃならなくなったのね(それとは別の肢が絶対に×だという自信があったので)。でもヘイトスピーチの選択肢は明らかに違ってたので(だって、ヘイトスピーチは法律で禁止されたって書いてあったんだもの。そうなったらどんなにいいだろうかって思うけど)、どう考えてもパートナーシップ条例の方が正しくなる。「えー、試験問題作る人の認識ってこの程度なの?」とここだけは、強く思わせていただきました。というか、こういうのがあるから自分の答えに自信がなかったんだよね。

一般知識等の政経社の問題は、今年は時事問題が多かった。そして「日本の多様性」についての問題が出たのからも分かるように、「この試験に受かりたいのであれば、このようなことには気を配っておきなさい」と言われているような気がした。

ま、同性カップルについての権利は当事者であるから関わらないという選択肢はないのだけど、ヘイトスピーチや人種差別問題については、もう試験も終わったことだし、また関わっていこうと思う。

ちなみに合格発表日は来年の1月31日。
その日が来て発表されるまで、本心から安心はできないんだけどね。

取り敢えず、わたしの試験勉強はこれにて終了。
ちょっと休んで今後どうしていくかを決めたいと思います。

あ、最後に書いておくけどわたしは独学ではありません。予備校行きました。行ったというか、通信クラスだけど。そこの講座で先生の言われるとおりに勉強した。だから勉強の方向性はすべて予備校任せだった。だけど「やれ」と言われたことはやったし、「ここは覚えろ」と言われたところは覚えた。そこにわたしの選択の余地はなかった。やる方法と覚える方法はいろんな先生がいろんなことを言ってるけど(それについてはいろんな先生の個々のブログなどを読んでいろんな方法があることを知った)、その中で自分がやりやすいと思う方法を選んだ。なので勉強の方向性について思い煩うこともなく、基本的には淡々と、その先生に付いていっただけだった。通信の授業時間を含めて勉強時間はトータル1000時間弱(987時間、うち講義を受けた時間は255時間)。でも実際にはもっと多いと思う。勉強時間を付けない移動時間や寝る前の時間、最後の2ヶ月は昼ご飯を食べている時間など、それこそすき間時間もずっと勉強してたから。

でも結果的にはあくまでもわたしにとってはだけど、これが最短の道だったように思う。
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11-08 Tue , 2016
怖くてたまらない
次の日曜日が試験の日。あと勉強できるのも正味5日だ。

しかし、わたしは試験日まで1週間を切った頃から怖くてたまらない。
怖いのは試験の日が来ることじゃない。怖いのは、この1週間に体調を崩して勉強ができなくなることだ。

わたしは今までに模試を2回受けた。2回とも、模試の1週間前の体調が最悪でほとんど勉強できなかった。

1回目の模試の前は、勉強時間を増やしたら眠れなくなった。眠れなかったら疲労も取れなくて、体調が悪化して勉強できなくなった。勉強時間を増やしたら眠れなくなることは前からの経験で分かってた。眠れるようになるには勉強を止めること。勉強を止めたら1週間程度で自然に眠れるようになるのは分かってる。けど、さすが、試験直前に眠るために勉強をしないわけにはいかない。だから、わたしは精神科の主治医に頼った。で、2回目の模試は勉強をしても眠れるようにする、というのを目標にした。

1回目の模試が終わってから眠れるようにいろいろ薬を調整したので、2回目の模試の前はちゃんと眠れてた。眠れるから大丈夫だと思った。けど、1週間前になり勉強時間を増やしたら2日目に風邪を引いた。その日の朝、彼女に「あれ、ろんたこの声、ちょっとおかしいよ」と言われたのだが、自分では全く自覚症状がなく、その日は普段通りに勉強したら、夕方になって熱が出てきて身体がだるくなった。「まずい」と思って次の日、1日だけ休んだ。でもわたしの身体は1日休んだくらいではよくならないのだ、いつものことだけど。体力がある人なら、1日休んで急激に良くなって、そして騙し騙しやってくことができるんだろうと思うが、わたしは1日休んだだけではあまりよくなることはなく、休んだ分くらいしかよくならなくて、そして騙し騙しやっていっても身体は騙されることなく負担がかかってまた段々悪くなる。それは分かってたのだが、なんせ試験1週間前に張り切って「これから試験前にやることリスト」を作ってたのだ。これを試験日まで1つずつ潰していこうと思ってた。が、2日分をやったところで体調を崩し、それどころじゃなくなったのに加えて、1日でやれるだろうと思ってたことができなくなった。

目の前にやらなきゃいけないことがあるって分かっててもできないことは、焦りを生む。ここで肝が据わってる人だったら「どうせできないのなら、思い切って休む方がのちのちのためだ」と思って焦らずによくなるまで休めるんだろうが、わたしはやらなければならないことがあることに焦りを感じ、「これがやれないまま試験日を迎えること」への恐怖感を抱いた。だから、やればやるほど体調が悪化することが分かっていながらやるしかなかった。

次の日が模試、って日に、読んでる文章の意味が全く分からなくなった。過去問を解いていて、過去にやったことがある過去問だったからできないわけではないと思うのに、もう、問題文が何を言ってるのかすら理解できなくなってた。問に関する答えが分からないのではなく、何を問うているかそれ自体が分からなくなっていた。頭はこれ以上何も入れたくない、入って来ないでと言っているようだったが、それでもわたしは休むこと、勉強できないことの方が怖かった。

そんなわけで、わたしは過去2回、試験前に体調を崩して納得のいく勉強がほとんどできていない。特に前回の2回目の模試の前は全くと言っていいほどできなくて、勉強ができないことへの焦り、怖さが身に染みた。

「2度あることは3度ある」という。今回がそのまさに3度目。そして本試験5日前。

怖くて怖くてたまらない。これから体調を崩して勉強できなくなるのではないかという怖さ。

試験日を迎えることが怖い、というわけじゃない。単にこの5日、体調を崩さずに勉強できるかということが恐ろしくてたまらないので、わたしの恐怖は本当は本末転倒なのだが(逆に試験となると、これはあんまり緊張しないんだよね。本番になると肝が据わって、いつもあんまりドキドキすることはなく、逆に楽しめちゃうわたし)わたしの勝負はあと5日。特にここ2日。

体調だけは崩さないようにしたい。自分が思ったように勉強したい。

「3度目の正直」なるか。
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11-04 Fri , 2016
眠れる日と眠れない日と
いよいよ11月になり、試験の日まであと10日を切った。

今回の精神科で、リーゼの補充をしてもらったのと、あとは眠れなかったとき用にエチゾラム(一般にデパスと呼ばれてるもの)を頓服で10回分出してもらった。

前回これを書いてから今回の診察までの眠りは、勉強時間を増やしたら途端に眠れなくなり、最後の最後でリーゼにアルプラゾラム半錠を加えて飲んだんだよね。でも、アルプラゾラムだと効き目が長すぎて、朝起きられなくなると困るので、ここは頓服でいいからデパスを出して欲しいって頼んだのだ。デパスはアルプラゾラムより効果は大きいけど、効き目はリーゼと同じく6時間だっていうし、まぁお守り代わりでそんなに飲まなくてもいいだろうと思ったのだ。なんせ模試前でも緊張して眠れなくなるってことはなかったので。

ところが最近、眠れる日と眠れない日が交互に来ている。

というか、眠れた日は体調もよく気分爽快でテンションが高くなってしまい、それが原因で夜眠れないみたいなのだ。そして翌日は眠れなかったので疲れもあまり取れず、体力をあまり使わないようにしようと思って肩の力を抜いて「淡々と」過ごすようにすると、頭はあまり興奮しないで夜眠れる。眠れた日に眠れなかった日と同様に過ごそうと努力するのだが、どうもあんまりうまくいかないんだよね~。肩の力を抜こうと思っても抜けない。ちなみにこれ、その日の天気には全然関係がない。晴れてても眠れずに疲れが取れなくて「どうしよう」って思う日もあるし、曇りでも前日バッチリ眠れてテンション高いことはある。

ってことで、今の時期に数日眠れない日が続くと、体力が落ちて免疫力が低下して風邪を引いてしまうのではないかと思って怖くなり、眠れない日はデパスのお世話になっている。今、2回消費したところだから、実はこれから毎日飲んでも足りる分くらいはあるはずなんだけど、まぁ本当は自力で眠れるときにわざわざいらん薬は飲みたくないからね。ただ「今日は眠れない日だ」という判断は早めにするようにしている。でもデパス飲んで眠れるかというと、なんだかイマイチよく分からないんだけどね。眠れてるような気もするし、ずっと意識があるような気もするし。それでも翌日はまぁまぁ疲れは取れてるみたいなので、それでいいかと。

10月に入って風邪引いて、それ以来ずっと風邪だと思ってたんだけど、どうもそれはアレルギー性鼻炎の悪化みたいで、風邪の時のように喉が痛かったりしないのに、なぜか寝るときに鼻が詰まるようになってしまったので、耳鼻科で点鼻薬ももらってきた。いや、これでも毎日アレルギーの薬(今処方されてるのは、ザイザルとキプレス)を飲んでるんだけど、今までそれで抑えられてきたのが、今は無理みたい。わたしのアレルゲンは猫の毛とかフケなんだけど(動物上皮アレルギー)、アレルゲンの元を家から出すわけには行かないので(笑)、数年前からわたしが毎日薬を飲んでるわけなんだけど、ここ最近はすんごく調子が悪くて。先月に風邪を引いてからは風邪とアレルギーの区別が付かなくて(耳鼻科の先生も区別が付かないって言ってた)、風邪だと悪化すると熱が出たりするから困るなあって思ってたんだけど、どうやら風邪はもう治って、アレルギーの悪化みたいだった。ただアレルギーも悪化するとくしゃみ鼻水鼻づまりで相当過ごしにくい。鼻水が出すぎると頭がボーッとしてくるし、鼻づまりだと息苦しくなって途端に集中力がなくなるので、勉強にすごく差し支える。なので、こちらの方もひどいときはいつも飲んでるザイザル+キプレスに加えて抗ヒスタミン剤であるセレスタミンを。

もう、全ての症状を無理矢理抑えるために薬を多用しまくってるけど、あと10日もないのでいいのだ。身体は悲鳴を上げてるから、アレルギーがひどくなったり眠れなくなったりするんだと思うよ。それに慢性的に背中が痛いし、体中がガチガチに凝ってるのが分かる。でも、それもあとわずか。どうやって残りの日々の貴重な時間を体調を崩さずに勉強に充てられるのか。今はそれしか考えてない。

あ、それでも、ここ数年苦しんでた息苦しさ、今でも息苦しくなるけど、それをコントロールするのが可能になって来たんだった。なのでちょっとだけ楽にはなったのかな?息苦しさへのコントロールの仕方はまた試験が終わったあとにでもゆっくり書くことにする。

【現在の処方】リーゼ5mg(寝る前)、エチゾラム0.5mg(頓服10回分)
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10-31 Mon , 2016
8年間の治療、終了しました
あ、うつの方の病院通いはまだ続いてます(笑)
でもこれもおそらくもうじき終了になるはず。

終わったのは、口腔異常感症でかかってた歯科の病院。
2008年6月が初診だったと記憶してるので、もう足かけ8年以上、病院に通ってたことになる。
ただここ2~3年くらいは半年に1回の割合だった。
別に薬が出るわけでもない、治療されるわけでもない、ただ、主治医とこの半年間の歯の状態を話してお終い。
わたしゃ、病院に治療じゃなく主治医と話すために毎回金払ってるのはなんか解せんなあと思ってた。
なので病院通いが終了したからといって、病気が治ったわけじゃない。
結局、いい治療方法がなかった。あれこれ試しても何も効かなかった。
放置してても体調により若干の良し悪しはあるが、状態はほとんど固定してもう変化しない。

今でも24時間、寝てても起きてても、生きてる限りはずっと口の中は歯が溶け出したような感じがして、ぶにょぶにょするものがそこから出てきて、またそれには酸っぱいような味が付いてて、気持ちが悪いったらありゃしない。24時間耐えず何か変なものが口の中にある、24時間耐えず飴をなめさせられているような感じ(+歯の溶け出した違和感)があるので、わたしは飴がなめられなくなり、ガムも噛めなくなった(違和感がさらにいっそう増すので)。

まぁ、そんな症状固定のまま、もうやりようがないので治療終了ということ。
この結果には絶望感しか感じないけど、でも、このことを1日中考えてもどうにもなるわけじゃないし、この気持ち悪さに耐えながらこれからも生きていくしかない。泣いたり怒ったり誰かに当たったりどこかに自分の頭をぶつけたりしても、ちっとも変わらないんだから、仕方なくこれで生きていくしかない。

諦めの境地なのね。世の中にはこれ以外にも原因とか分からない、そして治療方法がない、治らない病気がたくさんあるんだよね。そしてわたしはこの病気によって「気持ち悪さ」はあるけど、痛みがないだけまだマシなのかなと思ったりする。この病気なのかどうかは分かんないけど、口の中の痛みで受診する人もたくさんいるようだ。病院行くたび毎回毎回、「現在の痛みのアンケート」みたいなのを書かされてたんだが(大学病院だし、初診のときに「研究に協力します」という契約書も書いたしね)、わたしはそれには当てはまらないので毎回「わたしの症状には痛みはありません」って書いてたけど、逆にこのアンケートがあるってことは、なんか口の中に痛みを感じてる人もたくさんいるってことだよね。今、行ってる病院は歯科にしてはとても特殊な科だけど、逆に言えばここしか頼るところもないわけで、そういう意味ではもうちょっと近所の町医者にかかれるようになればいいなと思う。が、治療法が確立されてないのでそれも難しいのかな。まぁ8年通ってる間に、脳の中のある部位とある部位のバランスが悪くなってるとか、そんなことが分かってきたらしいが、まーわたしもそのために電気けいれん療法とかやったけど、結局は全然変わらなかったしね~。

なんとかして解明して治療方法が見つかるといいけど。

病院通いは今回が最後になるとは実は思ってなくて、今回も「次はいつにしましょうか~、桜の咲く頃くらいになりますかね」みたいな話をしてたんだけど、精神科の方の治療がおそらくそのくらいになったらもう終わってると思いますよって言ったら「じゃ、こっちも終了しましょうか」ってことになった。

わたしとしては病院通いがなくなるのは本当に嬉しいことなので、大歓迎だったが、いきなり決まったのでなんか8年間付き合ってきた主治医とこれで最後なんだなとか名残惜しいと思うヒマもなく、いつものように診察室を出た。「何かあったら連絡下さい」と言われたが、多分今後会うこともないだろう。人当たりが良くて、面白くて、診察室の中も「これが診察室!?」と思わせるような奇抜な診察室だったけど、どこか本音が見えない部分があってくせ者的な主治医だったな~(笑)

というわけで、結局病気は治らないまま治療終了ということになったけど、もうとっくの昔に治ることは諦めてたので、病院通いが一つ無くなってホッとした。

あとは精神科のみ。こちらの方も早く終わって欲しい~。
12:38 | 口腔異常感症のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
10-30 Sun , 2016
日本一になれなかった
日本シリーズも第7戦を行なうことなく、昨日終わってしまった。
とはいえ、今のわたしは試験2週間前でそれどころじゃなく、取り敢えずテレビは付けてはいたけど、食事時以外はほとんど画面を見ることはなかった。まぁ仕方がない。今は野球をのんびり見るような精神的な余裕はあんまりないから。

それに基本的にカープを本格的に応援し始めてからというもの、期待すると負け、期待すると負け、で、もう最初からあんまり過度な期待はしてなかったんだよね~。日ハムとは交流戦では負け越してるし、それに最後まで熾烈な優勝争いの上に勝ったチームだから、底力はあるだろうなと思ってた。だから、最初、カープが2連勝したときは意外な気持ちだったんだよね。

それにカープはCSには勝ったんだけど、どこか打線に不安があって波に乗り切れてないなーと思うことが多かった。そしてCSで絶好調だった田中はやっぱり日本シリーズでは徹底的に抑え込まれたし、エルドレッドは実はホームラン量産し出すと危ないんだよね。途端に振り回して三振ばかりするようになり、そして打てなくなると目に見えてイライラし始てますます打てなくなる。エルドレッドはボールをよく見てそこそこ四球を選ぶようになると調子が良くなる傾向にあると思うんだけど、それを修正できるほどの時間的な余裕はなかった。短期決戦ってのはだから怖い。そしてCSが壊滅的な成績だった鈴木も結局復活できなかった。短期決戦では誰かがヒーローになるとか、日替わりにヒーローが出てくるとかじゃないと、やっぱりチームは波に乗れないよね。

監督采配に疑問を呈している意見をちらほら見かけるけど、確かに今村、ジャクソン、中崎を7、8、9回でずっと使い続け、ジャクソンのところで3敗してるんだから、そりゃ誰だって「監督何考えてるんだ」って思うよね。シーズン中はもっと多様な投手起用をしてたはずなのに、なんで今回の日本シリーズではそれができなかったのって思うけど、もしかしたらそれを許さないチーム事情があったのかななんて思ったりする。だって、福井とか1回も出て来なかったしね。シーズン中だって中継ぎに5連投とか6連投とかさせてなかったのをさせたんだから、そこには他の投手を出せなかったなにか事情があったのではないかと。監督の采配を責めるよりは、そういうことがあったんでは、と思ったりする。わたしは5戦目の先発がジョンソンだった時点で「あ、この日本シリーズは勝てないな」って思った。6戦を地元でジョンソンに投げさせれば、彼は完投能力だってあるんだから中継ぎが休めたかも知れない。そして7戦目を野村でいいじゃん、と。あそこを中4日でわざわざアウェーでジョンソンに投げさせる必要性があったのか。確かに中4日で投げさせて、そこそこ打線は抑えられたけど、結局中継ぎを使わざるを得なかった。シリーズ中、打線に復調の兆しが見られなかったとはいうものの、終盤まではずっとリードしてたわけだから、そこで中継ぎを使うより、休ませたジョンソンを6戦目で完投させるようが勝率が上がったんじゃないかと今でも思ってる。そういう意味で5戦目は捨て試合にしてもよかったんだよね。

まぁとはいえ、一番の敗因はやっぱ、打線でしょう。日ハムの打線の粘り強さはカープの選手だって決してできないはずではないはず。だってシーズン中には結構粘り強かったんだから。そこら辺、粘り強くできない何かがあったのかも知れないけど(日ハムのスコアラーの結果などによってカープ打線が丸裸にされてた可能性はある)、それを打ち破らないと結局は勝てないわけだよね。なんとかしてきっかけを作って打ち勝って欲しかったけど、それが全くできてなくて、本当に打線が淡白だった。まぁそういうことを考えると、やっぱりカープより日ハムの方が実力が上なんでしょう。

ってわけで、32年ぶりの日本一とはならなかったけど、でも、今年はここまでよく楽しませてくれたと思う。「なんで寄りによって今年なの!?」という気もしないではないが。。

来年は黒田が抜け、ちょっと厳しいかなと思っている。投手陣の精神的支柱がいなくなるわけだから、誰かが代わりにそうならないとと思うけど、残ったメンバーを見ると、あんまりそういう感じの人が見当たらないんだよね。まぁ、現在でも福井が投手陣のキャプテンではあるが、なんせ成績が残せてないからね。。野村は確かに勝率がいいけど、なんかどーもみんなを引っ張っていくタイプには見えないし。なんで、去年マエケンが抜けた穴以上に黒田が抜けると実は大きいんじゃないかなと思っている。

確か日ハムは前回の日本シリーズでは勝てなくて、その「忘れ物を取りに」行くのに10年かかってるはずだ。うん、まぁ、その程度でいいよ。だから次のリーグ優勝は「25年後」とはしないでね。いくらなんでも「57年ぶりの忘れ物を取りに」というのは悲しすぎる。。(まぁCSがある限り、リーグ優勝しなくても日本シリーズには出場できるチャンスはあるが)。いや、今考えてるのは、マエケンが黒田のようにカープに戻ってきて投手の精神的支柱として頑張って、今年のようにリーグ優勝と日本シリーズを狙うか、なんて思ったりもするが、それをするにはやっぱ10年くらい待たないとダメなんだよね。てか、打線が充実している今のうちにもう一回日本シリーズに行けたらいいよな~。菊地とか丸とか鈴木などの関東出身選手はどうもFAで別の球団を選ぶような気がしててね、、(江藤が目の前をちらついててだな、あ、でも広島出身の金本もそうか)

ともかく、カープナインの皆さん、そしてチームを裏で支えるカープ球団の皆さん、今年は楽しませてくれてどうも有難うございました!
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10-26 Wed , 2016
高尾にゃん、6歳のお誕生日おめでとう
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10月22日は高尾にゃんの6歳の誕生日だった。

今年もケーキ屋さんで誕生日ケーキを注文したのだが、数年前までは猫のための誕生日ケーキというのがばれるのが恥ずかしくて「たかおちゃん、おたんじょうびおめでとう」というメッセージにしてもらっていたが、去年からなんだかもうその辺は恥ずかしいともなんとも思わなくなって、「たかおにゃん、おたんじょうびおめでとう」ってメッセージにしてもらってる。ただ、ばこの場合は「ばこばこちん、おたんじょうびおめでとう」とは絶対に言えないだろうなとは思ってる。。ばこの呼び方はいろいろあって(特にわたしが)、ばこばこちん、とかばこばこちんことか、結構他ではそのまま話せないような呼び名で呼んでるところがあるんだよね~(笑)

今年は、わたしが試験前で超気持ちに余裕がない中、まぁ、いつもどおりにやった。毎年、人間だけケーキ食べるんじゃ、猫はかわいそうだよねってことで、今年は猫用にかぼちゃのミートパイを特別オヤツとして買って食べさせたんだけど、不評でした(笑)高尾にゃんはミートパイのパイの部分だけが気に入ったみたいだけど(バターが入ってるからか?)それでもちょっとしか口付けなかったし、ばこもお腹が空いたら仕方なく、パイの部分をきれいに残して食べてた。ばこはパイの部分は自分の食べるものではないと思ってたみたい。なので、この「特別オヤツ」作戦はものの見事に失敗した。

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写真撮影のときの、この高尾にゃんのイヤイヤ感(笑)もともとこちらから抱っこされるのは大嫌いな猫なので、毎年の行事とはいえ、かわいそう(笑)てか、完全に人間(そして彼女でなくわたし)の自己満足なのは分かっているが、、しかし自己満足なのは分かってても、1年に1回のこれは許してくれ~って感じ。

最近の高尾にゃん。わたしが夜まで机に向かって勉強してると22時30分に「もうやめニャさい」と邪魔しに来る。もともと高尾にゃんは自分の夕食の時間、21時になると「もうご飯の時間じゃニャいですか?」と言いに来るんだけど、その時間が本当に絶妙で、最近は20時59分になると言いに来る。家の時計は合ってるとは限らないので、どうしてそこまで正確に時間が分かるんだろうって思う。これはずっと思ってることだけど。

ということで、今も賢い高尾にゃんのままなのだった。

猫も6歳と言えば、いよいよ中年に差し掛かろうとしている時期。今まで以上に大切にしてやらなきゃならないと思ってるんだけど、最近は本当にわたしは自分のことで忙しく、高尾にゃんに全然構えてない。そうすると高尾にゃんはご飯を吐出してしまっりするので「ああ、高尾にゃんもままに構えてもらえなくて、いやなんだな」って思うんだけど、ごめん、あと18日は我慢して。

来月、試験が終わったら「にゃんドッグ」に行こうねー。そろそろ健康面でも気になるお年頃だから。
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10-20 Thu , 2016
にわかファンってなぜ嫌われるんだろう
その前に。
ついに黒田が引退する。
なんかねー、多分、今年引退するだろうと思ってた。
オールスター明けに投げたときはいいピッチングしてたんで「ああ、中10日くらいだったらまだいけるかな?」と思ってたんだけど、CS3戦目に投げたときなんか「やっぱりちょっと厳しいのかなあ」って感じはしたんだよね。まぁ、それ以前に優勝したいと思って帰って来て優勝できたんだから、もうやり残したことはないだろうなと思ってたし。

今までお疲れさまでした。とはいえ、まだ最後に大仕事が残ってるけどね!
でも相手は日ハムかぁ。悲観的なカープファンとしては、「やっぱり日本一は無理そう」ってどうしても思ってしまう。。
CS見ても、なんかあんまり横浜に勝ちきれなかったって感じがするからねえ。
CSのファーストステージで横浜が一気に讀賣に勝てなかったのを見て「よっしゃ、これだとストレートで勝てる」って思ったんだけど、3戦目の井納のときにパッタリ打てなかったからね。いいピッチャーってやっぱり打ち崩せないんだなあって思った。しかも次の試合は初回に6点取ってもそれが全くのセーフティーリードじゃなかったからね。最終的には8-7で逃げ切れたけど、でもあそこでもし追い付かれて負けてたりしたら、勢いで横浜が勝ってしまいそうな感じだった。まぁ、CSも日本シリーズも短期決戦とはいえトーナメントじゃないので、一発勝負ではないんだけどね。でも、大谷出てきて打てるのかって思ってしまう。日ハム、抑えがいなくなっちゃったので大変だとは思うけど。でもカープはジョンソン、野村がいても3番手以降になると打てると思うんで(ごめん、黒田)、ちょっと厳しい感じ。あとやっぱり打線の鍵は鈴木でしょうね~。CSでやっとヒットが1本出たけど、なんか全然波に乗り切れてないもんね。そこがどうなるか。驚異的な打率&出塁率だった田中はどうなるか。この間、研究し尽くされて打てなくなってしまうんじゃあと思う、悲観的なカープファン。。

って本題に行く前に前置きが長くなってしまった。

カープが強くなるにつれ、「にわかファン」がいろいろ取り沙汰されているように思う。

この「にわか」と言われ出し始めたのには2つ原因があると思っている。一つは、球場のチケットが取りづらくなってきてしまったこと。そしてもう一つがいわゆる「カープ女子」と呼ばれる人たちが増えてきたこと。

球場のチケットが取りづらくなってきてしまったのは、今まで野球を見たことがなかった人たちも球場に押しかけているからだ、彼らはにわかだ、というのは、広島に限っていえば違うと思う。というのは、広島に住んでいる人たちは、程度はどうあれ、ほとんどが自分は「カープファン」だと思っているからだ。その証拠に球場に行かなくても、カープの調子はいつもチェックしているので、ご近所さん同士が「最近カープの調子がいいですね」とか「悪いですね」って挨拶できるくらい、カープの成績っていうのは、広島市民にとっては「日常」なのだ。でも彼らは球場に行くほどのファンではない。けど、れっきとしたカープファンだ。ちなみにこういう人たちは普段から球場に行く人のことを「球場行ってまで応援するん?」と冷ややかな目で見てたりする(笑)

でもそういう人たちも久しぶりに優勝するかも、ということになると「今行っとかんと」ってことになる。だから、普段球場に行くような人たちじゃなかった人たちが球場に押しかけるからチケットが取りづらくなるのだ。

ビジターパフォーマンスの席もカープファンの人が取ってしまって、で、ビジターパフォーマンス席はカープの応援ができないので、そのチケットを取ったカープファンは内野自由席に行ったり通路で見たりする出来事が多発している。その結果、ビジターパフォーマンス席はガラガラになってしまって本来そこで応援したいビジターのファンが応援することができない、ということが大きな問題になっている。

確かにカープファンがビジターパフォーマンス席のチケットを取ってまで見に行くなよ、と思う。が、根本は球団が対策取ってないからだよね。以前、東京から新幹線に乗ってカープを応援しに行くという球団主催のツアーみたいなのがあったけど、その人たちが座ったのはビジターパフォーマンス席だった。これ、すごく驚いたんだけどね。いやー、球団自体がそれを推奨するのかということと、もう一つ、東京のカープファンってのはいつも東京の球場では当然のことながらビジター席に座っている。本拠地でもビジター席に座らせるのか?ってこと。本拠地ではやっぱりホーム側で応援したい、そういう気持ちが東京のファンの中には多分あると思うんだよね。そういう気持ちも球団は分かってない。こういうツアーやるならホーム側のパフォーマンス席に座らせてやってくれよ、と。もちろんそのためにはシーズン当初に既にこういう企画が出来上がっていて、当初からこの席はツアー席として確保しておくことが必要だけどね。

以前の広島市民球場は、それでも結構レフト側(ビジター側)もカープファンはたくさんいた。あのときはよく「ビジターファンは25人くらいしか来てないんじゃね?」と言ったりしてたけど(失礼)、それが分かってても、東京に住んでるわたしは広島市民球場に行くときはライト側にしか座らなかった。理由は上に書いたとおりで、せっかくのカープのホームゲームはやっぱりライト側で見てみたかったからだ。

ちなみにわたしは一昨年までは東京でやるカープ戦を1年に1、2回は球場で見ていた。神宮で野村(ノムケンじゃなく、投手の野村ね)が3ラン打った試合とか、浜スタで會澤が顔にデッドボールくらって球場の中に救急車が入ってきた試合とか(なんかどれも印象的な試合だったな)。だけど去年、新井と黒田がカープに戻ってきて優勝ムードが高まってきたので「もうチケット取りづらくなっただろう」と思ったので、去年と今年は行ってない。まぁ、わたしの場合、どうしても優勝する試合を生で見てみたいとは思わないからね。また、チケットが取りやすくなった頃に球場観戦したいと思っている。

なので、この「球場に来なかった人が急に来るようになったのは、にわかカープファンだ」というのは、間違ってると思う。問題は広島県民は熱しやすく冷めやすいとも言われてるので、今後カープが強くても球場に行かないファンが増えていくだろうことが予想されることだ。これは'70年代終わりの強かった頃の広島市民球場がまさしくそうで。そうならなきゃいいね。

そしてもう一つ、ここ数年話題になってる「カープ女子」。

でもわたしはこれがなんで悪いんだか、ちっとも分からない。確かにこれはまさしくにわかといえばにわかファンだろう。けど、誰だって初めはにわかファンと言えるんじゃない?わたしだって、カープ初優勝時、1975年10月にカープを知ったときは、野球なんてもの自体それまで知らなかったから、完全「にわか」だった。まぁ、7歳の子どもに向かってにわかとかにわかじゃないとか言わないとは思うけど(笑)けど、わたしの場合はそれがたまたま7歳だっただけで、社会人野球に目覚めたのは30歳だったからね。たまたま出会いがあってそうなっただけで、なんでそれが批判されたり、物笑いの種にならなきゃならないのかって思う。

ファンになってから少しの時間しか経ってないので、過去のカープについて知らないのは当たり前のことだ。野球のことにだってあまり詳しくはないだろう。なのになぜそのことを取り上げて馬鹿にされなくてはならないんだろう?これってきっと「女」だから風当たりが強いんだろうなって思ったりするんだよね。きっと今年のカープの強さを見て「ファンになった!」って男性だってたくさんいると思うんだよね。でも、彼らは「カープ男子」だとか「にわか」とは言われないよね。まぁ逆に男性だと「野球を知らない人はいない」という偏見があるんだけど。。それはそれで「野球を知らない男性は男じゃない」って思われてそちらの方も問題なのだけど。

カープ女子がにわかだ、という攻撃を受けているのを見てちょっと思い出したことがある。

もう随分昔の話で、詳細はよく覚えてないんだけど、元プロ野球の選手だった人だったかなあ、とにかく元野球関係者だったって人が今は食べ物屋さんをやってるということで、なぜかそのことを知り、友だちと2人でそのお店に行ったことがある。友だちってのも誰かよく覚えてないんだけど、多分女の人だったと思う。そこで「野球ファンです」か「カープファンです」か、そんなことをそのお店の人に話したんだよね。そうしたらいきなり「インフィールドフライの定義は?」って聞かれたんだよね。わたし、もちろんインフィールドフライは知ってたけど、細かな定義は覚えてなかったので答えられなかった。でもそれはまるで、その質問に答えられなかったら野球ファンを名乗るなと言いたげだったことだけはよく覚えている。

あのときは「なんでそういう質問をされなきゃならないんだろう?」って思ったけど、今は「インフィールドフライの定義が言えないと野球を見ちゃいかんのか!」って思う。いや、インフィールドフライがなぜあるのかはそのときから既に知ってたんだよ。ノーアウトまたは1アウトくらいで、塁に人が詰まってると、インフィールドにフライが上がったときに野手がわざとボールを落としたら、塁にいる人は進塁の義務が生じて次の塁はフォースプレイになる。そうすると守備側は簡単に2アウト、もしかしたら三重殺だってできてしまう。それをさせないためにインフィールドフライというシステムがあり、審判がインフィールドを宣告すれば打者走者だけがアウトになるんだ、と。けどそれがノーアウト何塁何塁とか、そこまで知らなきゃダメなこと?趣旨さえ知っておけば、あとはそれっぽいときは審判が宣告しないかなあ~って注意すればいいだけじゃん。それにインフィールドフライをたとえ知らなかったとしても、それがなんだって言うんだろう。知らなかったら野球ファンは名乗れないというのか?(でもつい最近、インフィールドフライを知らなかったって試合があったよね??プロ野球で。さすがにプレーしている選手が知らないのはまずいだろうとは思ったけども)

きっとあの人はそういう質問は男性にはしなかっただろうなと思ってる。きっとわたしたちが女(しかも当時はまだ若い!)だったから、そういう質問をわざとしたんだろうな。じゃないと来る人来る人にそんな質問してたら、もう誰も店に客は来なくなるだろうよ。

どういう店だったかとか、どういう人だったか、というのはほとんど覚えていないが、そう聞かれて嫌な思いをしたことだけはよく覚えている。

だから、わたしは「にわか」って理由で「野球を知らないだろう」って馬鹿にしたくないのだ。いや、選手のカッコ良さに惹かれてその選手だけ応援しててもいいじゃんって思うよ。そういう人は今だけじゃなく、昔からいるのだ。だから「輝け甲子園の星」とか「プロ野球ai」って雑誌とかがあるのだ(笑)「プロ野球ai」って今でもあるのかな、、わたしは買って読んだことはないけどね。中身チラ見程度ならあるけど(^^;プロ野球選手のプロ野球選手以外のところにはあまり興味はないんでね、、

というわけで、にわかだって叩いてる人だって、最初、ファンになりたての頃はにわかだったんじゃんって思う。なんでそれを棚に上げて人のことを叩けるのかとても不思議だ。
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10-17 Mon , 2016
4週間切った
今年の行政書士試験は11月13日。
要するに、4週間後の日曜日。今日は月曜日だからもう27日後。
先が見えてきた。

わたしが本格的に勉強し始めたのは去年の12月に入ってからで、約1年。
ここまで来るのにあっという間だった。6月に入って「え、もうあと半年ないの?」って思ったけど、それからここまでは感覚的にもっと短かった。

決して今までのんびりやってきたつもりはないんだけど、でも、やっぱり「まだ時間はある」と思ってたんだろう。でもあと27日はさすがに「まだ時間はある」とは思えない。やらなきゃいけないことが山積みで、それを27日で割ったとしても、到底できそうにない。

しかも、わたしは身体の無理が効かない。今までに2回模試を経験してきて、体調管理を1回目に失敗したので、2回目はうまくやろうと思っていたら、風邪を引いてしまい、1回目以上にラストスパートが効かなかった。この経験を考えると、ラストスパートをかけるためにはどうすればいいかを考えるんじゃなく、ラストスパートはかけないでどうやって乗り切るか、だろう。とすると、この27日は負担がかからない程度でまんべんなくやるという対策を立てるしかない。

とはいえ、今日はまだ休んでいる。風邪が治りきってないから。

確かに今、ちょっと無理をして勉強を始める、と言う手がある。けどそれは勉強をやると同時に身体を治せる人たちのことであって、わたしはこの両立は絶対に無理だ、今までの経験から。とすると、今勉強を始めてもまた体調を崩してどこかで勉強できなくなる可能性が高い。今1日休むのと、将来1日休まなければならない状態になるのとどっちがいいのかを考えると、それは完全に前者だろう。身体というものは調子が悪くなると、全然記憶できなくなる、理解力がなくなる、いやそれだけじゃなくその状態にすごく焦ってしまう、ということを2回目の模試直前で体験した。頑張りが足りないとか気力が足りないとかそういう話じゃないのだ。というわけで、思い切って今日もまた休むことにした。

丈夫な身体が欲しかったとつくづく思うが、まぁこれは仕方がない。わたしの努力ではどうもならないんだから。わたしはこの身体でできるだけのことをやるしかない。

この1年はとても充実してた。充実してたけどやっぱりつらかった。身体の調子がどんどん悪くなるから。もちろん試験に対するプレッシャーもある。この1年はなんとか頑張れたけど、来年もまた同じ生活を送るのはもうこりごりだ。こりごりっていうよりもう身体が限界に達しているのでもう耐えられない。ってことは、今年、必ず合格しなければならない。

そのためにはまず、風邪を治すこと。
焦る気持ちはもちろんあるけど、考えると眠れなくなる。
なので、今日は頭をからっぽにして休むことにする。
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10-16 Sun , 2016
眠れるようにはなったけど
9月の中旬にこれ書いてからほぼ1ヶ月。結論から言うと、眠れるようにはなった。

前の日記

> 多分、しばらくこういう状態が続き、そのうちまた朝、抗いがたい眠気とだるさに襲われるときが来るんだろう。そうしたら、今度は3/4から1/2に減薬しなければならない。

って書いたんだけど、多分この直後に通院があって、それからその直後にやっぱり朝、抗いがたい眠気とだるさに見舞われた。ちなみに前回の通院の際、主治医にアルプラゾラムを飲んでもジプレキサと同じような朝、抗いがたい眠気とだるさは出るのかって聞いたんだけど、作用機序はアルプラゾラムとジプレキサは違うけど、でも効果はよく似ていると思うから、それはありうると言われた。で、そのときに徐々に断薬している状態になってるけど、わたしは眠れることを期待してるんであって、別に断薬したいわけではない、って言った。主治医も「まぁそうですよね」と言った。

主治医はアルプラゾラムを飲んでこういう状態になっている理由は2つ考えられると言った。一つ目は気温が段々下がってきて眠りやすい気温になって来たこと。だからアルプラゾラムの効き目が強くなってきたんだろうと。もう一つはアルプラゾラムの作用時間が長いこと。アルプラゾラムは作用時間は約14時間と言われている。わたしは早くてもだいたい夜の12時頃に薬を飲んで寝る。そこから考えると翌日の昼間の14時くらいまではアルプラゾラムの効果が持続してるわけだ。これじゃ朝、薬の効果が残ってても仕方がないよね、ってわけだ。

だとすると、アルプラゾラムより効き目が弱く、作用時間も短い薬の方がいいってことだよね。というわけで「もしかして、リーゼですか?」って聞いた。

リーゼ。

この薬は今まで何度もお世話になっている。というか、あんまりいい思い出じゃない思い出がある薬だ。

2回目のうつ病にかかったとき、初めに行った病院が失敗だった。まだあのときは働いてた頃だったけど、薬を飲んでもどんどん悪化していって、そのうち希死念慮が出てきて一回、多分なにかをした(細かいことはもう覚えてない)。するとその医者は診察室で泣いているわたしに冷たく「ここは救急病院と繋がってないので、何か緊急のことがあったときに対応できない。だから入院できる大きな病院に転院してくれ。入院できる病院だと、こことここの病院が考えられるが、どちらがいいか選べ。すぐに紹介状を書くから」と言われた。ショックだった。確かに医者の言ってることは正しいとは思うが、死にたいと思ってる人間にまだそこから立ち直れてもないのに直後に言う言葉ではないだろう。

わたしはそこから自暴自棄になってしまった。紹介された病院は大病院で、初回の診察に「今日は初診だから15分話せましたけど、次からここは3分間治療です。それでもいいですね」って言われたことだけはよく覚えている。もうどうなってもいいやと思ってたので「ああ、そうですか」としか思わなかった。そしてそのときに出された薬がリーゼだったのだ(というか、その前の病院で出されてたのがリーゼで、次の病院はただそれを引き継いだだけ)。わたしはそのリーゼだけ飲み、仕事を続けた。そのうちどんどん身体が動かなくなっていった。やる気がないんじゃない。疲れて身体が動かないのだ。完全にエネルギー切れだった。会社には行きたいのに身体が動かない。毎日会社に行けなくなった。1日働いたら次の日は動けなくて1日休み、休んでる間にエネルギーを補給するんだけど、その翌日会社でエネルギーを使い果たして、また次の日1日休む。その繰り返しの挙げ句、朝、完全に動けなくなった。何度も言ってるけど、会社に行きたくないわけじゃない。物理的に起き上がれないのだ。寝ている状態から起き上がれないのだ。よくカナブンがひっくり返って足をバタバタさせているが、まさにそれと同じだった。寝ている状態から手足をバタバタさせるんだけど、どうやってもそこから身体を動かせない。そのとき初めて「これは休むしかない」と観念した。

多分普通の判断力がある人間なら「なんでそこまで会社に行き続けるんだ、途中で休んだらいいのに」って思うに違いない。が、うつ病だとそういう判断ができなくなる。医者が「これを飲めば治る」と思って出してる薬を飲んで治らない自分が悪いのだ。「身体が動かないのは自分の甘えじゃないのか。自分に気力がないだけじゃないのか」と思えてしまう。わたしの場合、上に書いたようなこともあり自暴自棄になってたのも確かだが、身体は悲鳴を上げているのにそれをさらに自分のせいにしてしまうのがうつ病なんだと思う。だから自分が情けなくなって死にたくなる。こんな自分はいらないんじゃないかと思ってしまう。それもこれも正常な判断力が病気によってなくなってしまっているのに自分ではそれに気が付かない。また「無理しすぎだよ」とほとんどの人は言ってくれない。そしてもし言ってくれた人がいたとしてもそれが納得できない。自分が悪いとしか思えなくなってしまう。

実はその直前に今の病院を変えないとと思ってて、知り合いの人に「この病院がいいよ」って紹介されていた。このことがあった直後にその病院に行った。どうやって行ったのかすら全く覚えてないが、そこで事情を説明して今現在はリーゼを処方されていてそれを飲んでいると言ったら、そこの先生が「リーゼじゃ軽すぎるのに!」と怒るような口調で言った。そのことだけはよく覚えている。そのとき初めてリーゼが軽い薬であることを知った。それからアモキサンだのなんだのっていろんな薬を処方された。そしてわたしは即入院。結局それから4ヶ月入院した。

リーゼというのは、こういう思い出がある薬で、それ以降も処方されたりしたことあったんだけど、わたしの中では「効かない薬」の代表的なものだったんだよね。だから今の主治医に「リーゼですか?」って聞いて「そうです」って答えられたとき「あれが効くのかよ」って思った。

処方はアルプラゾラムとリーゼだった。その切り替えのタイミングは自分の様子で判断してやってみてくれと言われた。

それから数日後に、3/4で飲んでたアルプラゾラムで朝、抗いがたい眠気とだるさに襲われた。なので次の日は1/2にして寝てみた。でもそれでも朝、抗いがたい眠気とだるさに見舞われた。「あ、これは3/4でも1/2でも同じなんだ」って思った。とすると1/4にして飲んでみるしかない。しかし、1/4錠と言えば、効いてるんだか効かないんだか分からないほどの量だ。あと経験的に1/5錠の量で飲んでたジプレキサは全く効いていないようだった。1/4と1/5の違いって1/20しかない。とすると、やっぱり1/4錠だとほとんど効かないだろうなと思った。なので、そこからリーゼを投入してみることにした。しばらくリーゼ1錠+アルプラゾラム1/4錠にしてみて、それで眠れるようだったら、リーゼのみにしようと思った。

果たしてそれはうまくいった。それからはずっとリーゼを飲んでて、そしてその後に1回、通院して主治医に報告した。確かそのときはまだアルプラゾラムを1/4飲んでる時期だったと思うが。。リーゼのみで安定して眠れそうだったので、そのときに「試験が終わるまでくらい処方して欲しい(試験前の貴重な時間を通院に費やしたくない)」と言ったのだが、リーゼも期間の縛りがあるらしく、30日分しか処方できないと言われた。あのときは試験までまだ1ヶ月半ほどあったので、試験前にもう一度、通院せねばならない。

前回通院してから2週間以上経つんだけど、リーゼのみで眠れてるし、それが翌朝残ってだるいと言うこともない。まぁリーゼの作用時間は6時間だからね。12時に飲んでも朝6時には効果がなくなってるからね。それにリーゼでそういう状態になるってことは、もう自力で眠れてるってことだよね。っていうか、もしかしたら今も自力で眠れてるのかも知れない。リーゼが効いてるって、自分の中では信じられないことだから。「リーゼが効く身体になってしまったのか!」って、正直なところ自分でも驚いている。

というわけで、取り敢えず懸念事項だった眠りは安定した。

が、寒暖の差が激しくて、風邪を引いてしまった!(T_T)

まぁただ取り敢えず、眠れるようにはなった。まぁこれだけでも大きい。あとは風邪を早く治したい。

【現在の処方】リーゼ5mg(寝る前)
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10-06 Thu , 2016
CSについて思うこと
両リーグのペナントレースも昨日で終わり、8日からプレーオフ、いわゆるクライマックス・シリーズが始まる(という書き方でいいのかな?)。

CSってリーグ優勝したチームにとってどうよ?って言われることがあるけども、わたしはCSはあった方がいいと思っている。確かにリーグ優勝したチームが日本シリーズで戦えないことがあるし、リーグ戦3位だったチームがそのシーズンの日本一になってしまうこともある。その場合の「日本一」って何?って思わないこともないが、それよりCSって制度は、長らく優勝から遠ざかっているチームにとって、有意義な制度じゃないかと思っているのだ。

今年のカープが優勝できたのは、2013年に初めてCSに出場できたのがきっかけだと思っている。長い間Bクラスが続き、チームはほとんど優勝争いに絡むどころの話ではなく、そこからいきなり「優勝」というのは難しい。それで行くと1975年のカープ初優勝なんて、本当にすごいと思ってしまうのだが、その前段階として「Aクラスに入ってCSに出場する」という目標は、長く沈んでいたチームにとっては優勝より狙いやすい目標だ。もちろん、シーズン最初から優勝そっちのけでCS狙いなんてことは有り得ないが、少なくとも最終的に3位になることを争えるシステムは、長年優勝から遠ざかっていて、勝つプレッシャーを味わっていないチームにとっては非常に有難い。

2013年のシーズンのことはいまだに覚えている。なんてったって、ファン自体、もうずっと「順位を争う」感覚がなかった。あのときはシーズン終わりの方に連勝してチームに勢いを感じた。その勢いでCSのファーストステージ、対阪神戦は阪神が調子落としていたこともあって、完勝だった。「もしかしたら」ってあのとき思った。が、東京ドームでは1勝もできなかった。確かにノムケン監督のとき、1年近く東京ドームで勝てなかった時期があって(いつの時期だったかは忘れたけど、シーズンオフをまたいで1年近く勝てなかった)、東京ドームでの戦いってのはちょっと嫌な気はしたんだけど、だけどそれでも1勝もできないとは思ってなかった。もうちょっと讀賣にだって食らいつけると思ってた。やっぱり優勝争いをしたことがないチームは「ここ一番」ってときに力を発揮できないのかなあと思った。

でも、カープは2013年のあの「CS出場」があったからこそ、徐々に「ここ一番」の戦い方ができるようになったような気がしている。とはいえ「ここ一番」での戦い方ができるようになったなあと感じたのは、今年の8月7日の地元での対讀賣戦のあのサヨナラ勝ちからだけどね。

今年はなかったけど、去年と一昨年くらい、対讀賣3連戦が「北関東シリーズ」で当たったことがあって、おそらく6戦全敗してるはず。特に一昨年だったっけ(去年のことはほとんど覚えてない。けど、去年は1度も首位に立たなかったはず)、「ここで勝てばかなり首位の座に近くなる」ってときに3連敗してしまって、「やっぱりカープはここ一番のときに弱いなあ」って腹立たしくて仕方がなかったんだよね。まぁだけど2014年は2年連続CSに出場することができた。まぁ、ファーストステージで負けてしまったけどね。そして次の年、去年はCSすら出場できなかったが。。

しかし、こうやって徐々に強くなり、今年優勝できたのも、きっかけはやっぱり2013年にCS出場を争ったことだと思うし、見ている方にとっても、久々、チームが何かで争っているところを見るのは楽しかった。だからCSはあった方がいいなと思うのだ。

ただ、リーグ優勝のアドバンテージがたったの1勝ってのはねーって気も少しはしてて、だって、今季は1位と2位の差が17.5ゲーム差もあるんだよね。まぁ2013年、1位の讀賣と3位のカープのゲーム差は28ゲームもあったけど(2位の阪神と讀賣は8ゲーム差)。10ゲーム以上離してたら、もう1勝アドバンテージとか、そういうのがあった方がいいんじゃないのかなあ~なんて思ったこともあったけど、でもゲーム差というのは相対的なものであり、相手(2位チーム)の調子も影響してしまうものなので(直接対決で叩かなくても相手チームが別チームとやって負け続けてくれたらゲーム差が開く、要するにゲーム差は他力本願の要素が入っている)、あんまり妥当ではない。かといって、○勝以上、という絶対的なものにすると(ちなみに今年のカープは89勝)、これは単純にチームの勝利だから、チーム自体の自力の努力とも言えるが、この場合「○勝以上なら絶対に優勝」というラインが年によって違うので、これも使えない。

よく言われてる「借金を抱えたチームはCS出場できなくすれば」というのは、確かにこれ、もっともだと思わないこともないが、近年セ・リーグが借金を抱えるチームが多いというのは、交流戦で圧倒的にパ・リーグに負けるからなんだよねと思っている(本当なら、交流戦前後の勝敗数を比較して本当にそうかどうかを確かめないと、これが言えるかどうかは分からないのだけど、今のわたしはそんなことやってる余裕はない)。わたしの個人的な感触だと、交流戦以降に「セ・リーグは1チーム以外全部借金を抱えている」とか「全チーム勝ち負けほとんど差がなくゲーム差がない」いう状況になったような気がするんだよね~。それに2013年のカープは借金抱えてCSに出場してるしね。まぁでも今以上のアドバンテージを作り出すなら、「借金を抱えているチームはCSには出場できない」ことにするのが一番妥当な線なのかなとは思う。2013年の場合だと、結果的にカープは3位だったけど借金があったのでCSに出られなかった、としても、チームとしての目標は一応クリアできて、逆に「来年は借金しないぞ」という新たな目標が設定できることになるのだ。

今年は横浜が初のCSに出場することになった。横浜は中畑監督の下で徐々に力を付けてきたチームってイメージがある。2年前までは横浜は「横浜銀行」だった。ところが去年辺りから銀行と思えるほど勝てなくなってきたような気がしてて(その代わり今年は「阪神銀行」だったけど)、そして今年、CS出場を決めた。ここのチームも長く優勝してないんだよね。だから、今年のCS争いは本当に今後のチームの力になるような気がしている。終盤の3位4位の争いは見ててかなり面白かったし、3位が決まっても2位とのゲーム差を縮めたりして(この辺讀賣のチーム状態が良くないのは、2013年の2位だった阪神と似てるような気が。ということはCSファーストステージは横浜勝利か?)「これは、2年後には横浜はリーグ優勝するかも」と今から思わせるような感じがしてる。いや、ラミレス監督来年は2年目なので、来年優勝する可能性だってある。

こういうこと考えられるのは、やっぱCSって制度があるからだろう。

しかし、初の本拠地開催ってのは本当にドキドキするね。

わたしはやっぱり長年勝ち慣れていないので(というより「ここ一番」の試合で勝てた記憶があまりにもないので)なんか負けるような気がしてならない。確かにシーズン中は強かった。強かったけど、やっぱりあれは夢のような気がしてならない。。

夢なら覚めないで、もうちょっと夢を見させて欲しい。

がんばれ、カープ。
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09-19 Mon , 2016
もう終わりっていったのに
以前の日記に、精神科も次の通院で終わりって書いたんだけど、どうやらそうは行かないようだ。

ってのは、8月の中旬以降、夏の暑さと試験勉強のため、毎日クタクタに疲れてるのに、試験勉強で頭が覚醒しちゃったためか、全然眠れなくなっちゃったんだよね。で、眠れないと翌日疲れが全く取れてないので、ベッドから起きあがることすらできない。だから翌日は休養日にする。次の日はなんとか勉強できても、そうすると頭が覚醒して眠れない。翌日、ベッドから起きあがれない、ってことの繰り返しになっちゃって、そうすると今度は、思ったように勉強が進まない→気持ちが焦り始める→余計に眠れない→夜になると「今日も眠れなかったら明日また起き上がれなくなって勉強できなくなる」と思いはじめ、寝るのが怖くなる、っていう風になっちゃったんだよね。

これはまずい、と思って、8月下旬だったけど、予約外で病院に行ってきた。とにかく眠れれば、翌日にはある程度疲れが取れて、ある程度勉強ができるようになる。とにかく眠れることが一番。ここをどうにかすれば、勉強できて心が安定するんだから。だから「とにかく睡眠剤でもなんでも使って夜に眠れるようにして欲しい」と主治医に言った。これまで眠れない時用に頓服でもらってたアルプラゾラムは連日服用するとなんだかすぐに眠れなくなっちゃったから。

睡眠剤でもなんでも、と言ったんだけど、主治医は単純に睡眠剤は出してくれなかった。どういう理由なのかは明確じゃないんだけど、試験までその時点で2ヶ月半あるってことは、短期決戦ではないからと言っていた。わたしは確かに副作用が出やすいので、主治医も薬を処方する際にすごく気をつけてくれてることは分かる。けど、わたしは今まで睡眠剤による副作用って、ドラールを長期服用した際、寝起きに頭痛が起きたことくらいしか思い付かないんだけどね~。

だけど、アルプラゾラムを睡眠剤代わりにするってのも、あまりよくないとのことで、それに替わる睡眠効果を持った薬を探すことになった。第一弾はロゼレムとベルソムラが提案されたんだけど、ロゼレムは既に飲んだことがあって、そのときは全く効かなかったんだよね。ってことで、ベルソムラが処方された。寝る前にベルソムラ20mgを飲んで、それで効かないようだったら追加でアルプラゾラム0.4mgを飲んでねってことになった。

ところがこのベルソムラ、効いたか効かなかったのかよく分からない。というか、本人は全く眠れた気にならなくて、ずっと起きてるような気がするんだけど、でもなぜか、翌日疲れは取れている。わたしは毎朝婦人体温計で体温測ってて、眠れないときは体温が上がって微熱程度になるのが経験的に分かってて、ベルソムラを飲んだ翌朝に体温を測ってみると、体温は上がってない。ということは、客観的には「眠れている」状態になってるわけなんだよね。でも、自分としてみると全然眠れた気がしない。

眠りってのは、客観的に眠れていても、主観的に「眠れた!」と思わなければすっきりしないもんなんだなって思った。

で、結局、5日くらいまでは我慢して飲んでたんだけど、やっぱり眠れた感じが全然しないので、アルプラゾラムだけに戻した。その間、アルプラゾラム連続服用はちょっとまずいかなあと思って、薬を飲まない日もあったんだけど、そうすると、寝るときにあれこれ思ってたこと(例えば勉強に全く関係のないカープのことなど)がいつの間にか消えて、気が付いたら頭の奥の方で「審査請求が~」とか「国政調査権って記録の提出と何となんだっけ?」とか(正解は証人の出頭、証言、記録の提出)、知らないうちに考えてて、それが急に表面化して、まだ夜が明けないうちに起きてしまってた。多分、ちょっとは自力で眠れてるんだけど、中途覚醒で起きちゃう兆候だよな、これ。わたし、2回目のうつ病の最初の方は中途覚醒がひどかったのね。寝つきはよかったんだけど。もともと、中途覚醒の気も持っているというか、ああ、これはやばいなーって思って。それからはアルプラゾラムを仕方ないので毎晩飲んで寝てた。

次の診察の時はこのことを報告。そしたら今度は「ジプレキサ飲みますか、それともセロクエルがいいですか」って言われた。うーん、ジプレキサもセロクエルも以前飲んでたことがある。特にジプレキサは確かに眠れるは眠れるんだけど、起きれなくなっちゃう副作用があるんだよね。朝、起きようとすると抗いがたい眠気とだるさがあって、結局ベッドの中で格闘して格闘してなんとか起きあがる、みたいな。セロクエルは飲んだからと言って眠れたという記憶はない。まぁ、以前処方されたときはそういう目的で処方されたわけではなかったからね。なので「うーん、どちらもなんとも言えないですね~」と言ったら、ヒルナミンって薬が処方された。

夜、寝る前に薬を飲んだら、なんとすごい懐かしい糖衣錠だった。翌日、薬についてネットで調べてたら、なんとこの薬、すごい昔からある薬なのね。だから糖衣錠なんだー。てか、ジプレキサとかセロクエルと同じ系の薬で、ジプレキサ、セロクエルは第二世代なのに対し、このヒルナミンって第一世代で副作用が強いから、今は第一選択薬として使われることはないって書いてあった。作用に「強い睡眠作用」って書いてあったので期待してたんだけど、ヒルナミン5mg、何日飲んでも全然眠れない。今度は本当に眠れない。眠れなさすぎて、頭痛が何日も続いて大変だった。

なので、これは3日くらいで止めたかなあ~。仕方がないので、またアルプラゾラムを飲んでいる。が、飲んでいるうちに、朝、抗いがたい眠気とだるさに襲われた。これは、、、。ジプレキサを飲んでたときと同じじゃん!ってことは、これは副作用だから薬を減らさないと、毎朝毎朝起きるのが大変になってしまう。しかし、ジプレキサとアルプラゾラムは作用が違う薬のはずなのに、なんで同じような副作用が出るんだろう???まぁ、そういうことが有り得るのかは次の診察の時に聞いてこよう。

で、「これは副作用だ」って分かった翌日から、アルプラゾラム0.4mg錠を3/4にして飲んでみた。1錠を半分に割り、半分をもう半分に割って1/4にして、半分と1/4を飲み、1/4は捨てる。

次の日、ほとんど眠れた気がしなかった。これって、ジプレキサを減薬したときと全く同じだわー。ただ、ジプレキサのときはまさかそれが薬を止めたことによる副作用(断薬効果)だと思ってなかったし、確かいきなり2.5mgを半分に処方されたんじゃなかったっけ?よく覚えてないけど。なのであのときは3日くらいほとんど眠れた気がしなかった(3日経ったらちゃんと眠れるようになった)。けど、今回は早めに気が付いたのと、半分じゃなく3/4にしたってことからか、次の日からは普通に眠れるようになった。それに朝、抗いがたい眠気とだるさもなくなった。なので今は曲がりなりにも夜は割と寝つきがよくて、寝た気もするし、朝起きるときは普通に起きられる。

多分、しばらくこういう状態が続き、そのうちまた朝、抗いがたい眠気とだるさに襲われるときが来るんだろう。そうしたら、今度は3/4から1/2に減薬しなければならない。

ってことは、結局、減薬の方向に向かってるってことじゃん!わたしが今望んでるのは、減薬じゃなく、寝つきをよくすることなのだ。まぁ今の時点で結果的には眠れてることは確かなんだけど、なんか違う感じがする。

てなわけで、次の診察のときにまた相談してみるつもり。というか、こんなことをしているうちに「短期決戦」のときを迎えるんじゃないかって思うんだけど。。今はいろいろ試しているように見えて、単なる時間稼ぎをしてるってことか?「短期決戦」になったら、すんなり睡眠剤を出してくれるのかな?

そういうわけで、通院終わりどころか、病院通いは却って頻繁になってしまった。
まぁ、それでも試験さえ終われば、あとは本当にサヨナラなんだろうけどさ。
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09-11 Sun , 2016
優勝ってこんなに嬉しいものなんだね
20160908 141321


昨日、カープがリーグ優勝を果たした。

正直なところ、今年の強さはまだまだ全然実感できてなくて、昨日の試合が始まる前は、讀賣4連勝だったこともあって「カープは1勝するどころか、2連敗してしまうんじゃないだろうか」と思って不安だった。東京ドームで1年近く勝てなかった時期もあったし、やっぱりどうしてもわたしの頭の中に「ここ一番の試合で勝てないカープ」というのが大きいのだ。2014年だったか、そのとき首位だった讀賣に2ゲーム差で2位につけてて、でも讀賣の北関東遠征3連戦3連敗。もちろんそれだけじゃないけど、今まで何回と「勝負弱さ」を見せつけられてきたので、今、調子がいいと言ってもなかなかそういうイメージができないのだ。

ところが、昨日のカープの試合運び。先発黒田が初回に2ラン打たれて先制され、讀賣先発がマイコラスだったので「うわー、やっぱり今日は勝てんのかな」と思ったけど、4回で100球以上投げさせたんだっけ?あの各打者の粘りって見ててホントにすごい、って思った。今までのイメージ的に、歴代カープ打者は初球打ちで凡退、ってのがあるから、こういう地道が粘りができるってのが、本当に力をつけてきたなーと。もちろん、初球打ちで勢いづくこともあるんだけど、あまりにも凡打のイメージが強くてね。。(特にノムケン!もちろん好きな選手だけどさ)

今季のカープは相手先発投手がよくても、なんとかしてその投手を交代させれば、二番手、三番手のピッチャーを打ち崩して得点、逆転する、というパターンが多い。だから昨日もそんな感じでマイコラスに粘って多くの球数を投げさせたのだろうし、でも昨日の試合は結局のところマイコラスから5得点したんだけどね。まぁ刀根から1得点できたのは大きかったけど(てか、あれはエラー絡みだけど)。でも、山口から刀根に変わったときに「しめた」と思ったのは確か。

結局今年を象徴するような鈴木誠也の2本のホームランが大きく勝利に貢献した。鈴木誠也はオリックス3連戦の3連続逆転打から「いつ調子を崩すのか」と思いながら見てたけど、結局今のところ、大きく調子を崩すことはなかった。これは本当にすごいというか、大きかった。ずっと7番、時折上位に上げられては打てず、また7番で、みたいだったけど、いつしか5番で定着。将来的には4番を打つのかな。

昨日はもう、5回辺りからカープの守りのときはヒヤヒヤして、怖くて怖くて仕方なかった。黒田が一応、5回ピンチで投げ終わって、これで交代かな。どうせ、中継ぎは充実してるので、大瀬良、今村、ジャクソン、中崎で大丈夫じゃん、と思ってたら、まさか6回また黒田が出てきて「え、まだ投げるの?」と思ってしまった。まぁ、結果的に抑えられたからいいんだけど、正直とても怖かったよ。。今季の黒田は休養十分だとすごくいいピッチングをするんだけど、中6日だとちょっときついのかな、と思われるような感じがあったので、昨日はきっと気合いを入れている分、長い回まで持つのかな、って思ったから。

9回、中崎が出てきたときは「もうここで打たれたとしても、それは仕方がない」って思ってた。中崎は確かに現在のところ、クローザーなんだけども、わたしはどうしてもまだ、中崎を「守護神」と呼べないんだよね~。絶対的な守護神というのは「ここで出てきたらもう安心」ってピッチャーで、わたしの中では大野投手が自分の中の「守護神」なのだ。カープは大野投手以来、絶対的な守護神がいなくて、もうヒヤヒヤするようなピッチャーしか出てこなくて、もう長いこと、大野投手が出てきたときに思った「大野が出てきたらもう大丈夫」という安心感を感じたことがない。いつも「えー、大丈夫なんかな」と思いつつ、やっぱり四球連発、挙げ句ヒット打たれてサヨナラ負け~、とか、そんなのばっかりだったから、もう「安心感」すら思い出せない。でも、昨日の中崎の投球を見たときに「ああ、中崎、成長したなあ」って思った。相変わらず「4凡」だったし、最後の打者になった亀井がもし、四球だったらそのあとはどうなったことか、、と思ったけど。

最後の最後はやっぱり緊張して見てたけど、試合終了してしまったらなんというか、あっけなく「あ、優勝ってこんなものなのかな」って思った。だけど、胴上げの前に黒田と新井が抱き合って泣いている姿を見たら、思わずこちらまで涙を誘われてしまった。そこでやっと「優勝できたんだ」って実感できた。なんか試合後の共同記者会見で菊地がそんなことを言ってたが、まさにわたしも同じだった。あ、そうそう、共同記者会見での菊地の発言といえば、「我慢しなきゃいけないところもあったし、考えて考えて自分を殺しつつ、みんなのためにと思ってずっとやってきました。」という言葉。菊地って、試合終了後のヒーローインタビューのときでも割と鉄仮面的な感じで、なかなか本音を言わないなと思ってたけど、この言葉を聞いて「ああ、菊地も今季、本当に苦しかったんだな」と思った。プロだから、やっぱり自分がヒーローになりたいって思うだろうし、そういう性格の人たちがプロに集まっているんだろうし、だけど2番打者というのは、そういう役割は求められてないんだよね。共同記者会見を見てて、呼ばれた5人、いろいろ話したんだけど、菊地のこの言葉が一番印象に残った。

で、昨日、感極まって泣いた黒田。

わたし、先日、「そういや、ずっと前にカープのキャンプに行ったときの写真があったはずだよなあ~」と、古いアルバムを引っ張り出して見てみたんだけど、ちょうど'97年2月の沖縄キャンプに行っててね。このとき、黒田はちょうどルーキーイヤー。彼にとっての初めてのキャンプがこれだった。わたしは、黒田を撮った記憶が全くなかったんだけど(お目当ての選手はやっぱり大野投手だったので)、アルバムを見たら、黒田の写真が残ってた。

まだまだあどけない顔で、なんとなく初々しい。まさかこの選手がのちのち大リーグに行って戻ってきて、チームの精神的支柱となる選手になるだなんて、このときは思いもしなかった(ただ、黒田がこの歳になるまで投げられてるのは、この年のドラ1だった澤崎がいたおかげでもあると思ってる。黒田は澤崎の影に隠れて、むちゃな使い方をされなくて済んだので今があると思っている)。

黒田、カープで優勝できてよかったね。

そして、優勝してくれてどうもありがとう。
優勝するのがこんなに嬉しいことなんだ、って初めて知ったよ。

もちろん、新井にも同じ言葉を言いたい。
わたしは、阪神に行ったとき、ご多分に漏れず「裏切り者」と思ったし、去年、カープに戻ってくると決まったときも、あ、そうとしか思わなかった。

けど、赤いユニフォームを着て打席に立つ新井を見たら、そんなわだかまりもスッと消えて、素直に新井を応援している自分がいた。この感情は自分でもとても不思議だった。
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09-05 Mon , 2016
25年ぶり優勝に向かって思い出すこと
カープ首位マジック4


ってことで、今日9月5日現在、カープのマジックは4。まぁさすがにここまで来ると今年のセ・リーグ優勝はカープだろうという気がしてくる。しかも2位とのゲーム差は14.5。あの忌まわしき数字、「11.5」より3ゲームも差が付いている。実はマジック4よりもこちらの数字の方が安心感があるのは、まぁ、あの当時のカープファンの性なのかも知れない。

「25年ぶり優勝(するかも知れない)」ということで、思い出すことがある。

とはいえ、別にカープの話ではない。わたしは確かに1975年のカープ初優勝のときからのカープファンで、数えてみればもう40年以上もカープファンをやっている。が、実は「野球」というスポーツ自体が熱狂的に好きになったのは、1992年の日本シリーズ、ヤクルト対西武を見て以来なのだ。そう、その前年の1991年は、今のところのカープの直近の優勝した年なのだが、そのときは「ふーん、カープ優勝したんか」くらいにしか思ってなかった。その頃のわたしは野球は結果さえわかればそれでよく、どういう試合の内容だったかなんて、正直あんまり興味がなかった(ただし「江夏の21球」はよく覚えてるけどね。とてもドキドキして怖かった)。それが1992年の日本シリーズ、あのときはヤクルトの野村監督と西武の森監督の「キャッチャー出身監督対決」などと言われ、そしてその日本シリーズの内容が逆転に次ぐ逆転で、1戦、1戦とても面白かった。そこで野球の面白さを知ったわたしは、1993年から熱狂的なカープファンになったのだった。そこから考えると、今回の(もしかしたら)優勝は、わたしがちゃんとしたカープファンになってから初めての優勝なのだ!

という話はさておいて。

思い出したのは1985年のこと。わたしが高校2年生のときだった。野球ファンだったらピンと来る年かも知れない。阪神が久々に優勝した年だ。

当時はまだ野球をそんなに見てなかったにせよ、カープの選手はもちろんそれなりに知っていた。が、他球団の選手となるとさっぱりで。。ただそんなわたしでも、阪神は「ダメ虎」とか、そんな感じで言われてる球団ってのは知ってた。

そのときわたしは高2だったわけだが、夏が過ぎ、2学期が始まって「あれ?」って思うことがあった。わたしのクラスのほとんどがみな、阪神ファンだったのだ!いや、大阪の学校じゃないよ。東京の学校だよ。これにはびっくりした。

教室の後ろに黒板があったのだが、そこには「六甲おろし」の歌詞が3番まで書いてあった。

確か阪神のリーグ優勝が決まったときは、うちの学校は移動教室(うちの学校は修学旅行の代わりに移動教室というのが高2のときにあった)で志賀高原に行ってたんだけど、阪神が優勝した瞬間、みんなの叫び声が聞こえた(ホテル側はえらい迷惑だっただろうな)。

あのときの阪神は一体、何年ぶりの優勝だったのかはよく知らない。

でも、そのことを思うと、今、東京のどこかの学校で、実はクラス中がカープファンと判明し、教室の後ろの黒板に「それゆけカープ」の歌詞が4番まで書き込まれているんじゃないか、とひそかに想像したりしている。

いや、阪神ファンは有り得るけど、カープファンはさすがに有り得ないかな(^^;
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08-15 Mon , 2016
知るということ
71年前、日本は戦争に負けた。

一つのターニングポイントが1941年12月8日(日本時間)の真珠湾攻撃、すなわち日米開戦のときだったと思うのだけど、日本がアメリカに戦争を仕掛けたと知ったとき、「日本は負ける」と思った人もその当時、どの程度の割合かは知らないけど、全くいなかったわけでもないみたいだ。

わたしは去年の9月に「若者から若者への手紙 1945←2015」という本を読んだのだけど、その中で、戦時中教師をしていた人のお父さんが、真珠湾で戦争を仕掛けたことを新聞で知ったときに

「『アメリカと戦争をするなんて、なんて馬鹿なことを』と叫んだ」

と書いてあった(その教師自身はその日、家を出るときに空を見上げて「この青い空の一体どこで戦争をしているんだろうと思った」そうだ)。

実はわたしの祖父も同じことを思ったらしい。その当時、祖父たち家族は朝鮮半島にいて、そこで働いていた。わたしの父はそこで生まれた。ところが、日本がアメリカと戦争を始めたことが分かった途端、「これは危ない」と思って日本に帰って来た。その当時は満蒙開拓で家族ぐるみで中国大陸に渡っていった人たちも多くいたし、国もそれを奨励していた。その方向とは逆に祖父一家は日本に帰国した。これは日本が戦争に負けたあと、どうなるかを見越した上での帰国だったのだろう。実際、日本が戦争に負けたあと、当時満州にいた人たちが日本に戻ってくる際の引き上げの過酷な話を聞くと、当時幼かった父などは途中で死んでいたりしたかも知れないし、父が死んでたらわたしは今、この世にいない。

祖父の判断は正しかったのだ。

戦争が起これば、国民は国に全て身を捧げなければならないが、その身を捧げつつ、自分の身は自分で守らなければならない。国が自分たちの身を守ってくれるわけじゃない。

そこで必要となるのは「自分の頭」しかない。祖父はそういう点で非常に聡明だった。世の中のことをよく勉強して知っていた。この先、どうなるかをちゃんと見通せた。

しかし。そのような聡明な祖父でも原爆に対する知識は全くなかった。だから原爆が投下されたあと、身内を探すために幼い父を連れて爆心地に入ってしまった。そのために父も被爆者になった。だからわたしも被爆二世として生まれてしまった。原爆の恐ろしさが分かったのち、祖父は「父を連れて入るのではなかった」と悔やんでいたと聞く。

もちろんその当時、放射能に対しての怖さというのは一般的にはほとんど誰も知らなかっただろうから、祖父は責められないとは思う。が、上の2つの話を合わせると「人間は生きている限りにおいては、いろんなところにアンテナを張って、勉強し、知識を蓄えて、将来を見据えておかなければならないのだ」ということが分かる。

日本で宗教の話と政治の話はタブーなんだそうだ。

宗教の話は、それでもまぁいいと思うが、政治は今、生きている人間にとってどういう場合だって関わってくる。政治に関わりのない人間なんて一人もいない。日本の中での「制度」の枠組みの中で生きてるんだもの。なのになんでそれをタブーとして「放棄」してしまう人たちがいるのか。なぜ政治の世界は「自分には関係のない話」と言い切れる人たちがいるのか。政治の話はつまらないから?政治に関わると変な人と思われるから?変な人になってしまうと思うから?何も考えない方が楽だから?国が自分たちの都合の悪いようにはしないと思ってるから?

まぁそういう人間は国と一緒に心中して滅びてしまえばいい、とも思うけどね。

でも残念ながら、考えない人間の方が多数になってしまうと、民主主義の世の中だから、わたし自身は国と心中したくなくてもそういう方向に引きずり込まれてしまう。

だからこそ、今、言えるうちにいろいろ言ってるんだけど、どうも世の中そういう方向には進んでいない。

うーむ、この先は「自分の身は自分で守らなければ」ということもそろそろ考えておかねばならない時期になって来たのかも知れない。

怖いね。
15:11 | 被爆二世・戦争などのこと | トラックバック(0) | page top↑
08-12 Fri , 2016
ひさびさの一人暮らし
ただいま、一人暮らし満喫中。

何年ぶりだろ?おそらく2年ほど前に彼女が骨折して入院したとき以来。
まぁあのときは、家の近くに入院してたから、日中はお見舞いに行ったりして会ってたけど。
今回は彼女が旅行に行ったので、家を出たきり会ってない(当たり前か)。

家の中が汚れないとか、すぐに片付けられるとか、
ベッドで手足を伸ばして眠れるとか、
正直言うとそういうことが嬉しい。

というわけで、夜はベッドに大の字になって寝ている。

たまの一人暮らしだからいいのか、それとも一人暮らししたいのか。

それは今のところはよく分からない。
10:17 | 自分のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
08-11 Thu , 2016
平和祈念式典見終わった
今日やっと録画しておいた平和祈念式典を見終わった。

8月9日のこの時間は既に勉強してたので、リアルタイムでは見なかった。ちなみに6日の平和記念式典は録画も何もしていない。8時15分は寝てた。理由はいくつかあって、一つはやっぱり8月6日って生々しすぎるのだ。わたしは平和記念式典は見なかったものの、この日は何度「今日は8月6日だ」と思ったか。思うたびに気が重くなったことか。これが主な理由だが、もう一つはテレビの中継時間が短いのと、広島のは見る価値がないから。たった35分の放送時間内でやるのは、8時15分を含んで広島市長の平和宣言と子ども代表の平和への誓い、あとは首相の挨拶も入ってたっけ?確か入ってたとは思うけど、これが主な内容だよね。広島のは正直、市長の平和宣言を始め、今年はどんなことを言うのだろうという期待感はない。市長の宣言も通り一遍だし、子ども代表の平和への誓いも毎年そう大差ないし、わざわざ見る必要はないのだ。そういうわけで、広島の平和記念式典は今年は全く見なかった。

ところが長崎のはテレビの中継は1時間以上やるんだよね。そして内容的にも見応えがある。言っちゃ悪いが長崎の被爆者代表によって行なわれる平和への誓いの方が、広島の子どもがやる誓いに比べると格段に重みがある(当たり前か)。なので、当日リアルタイムでは見なかったけど、テレビ中継は録画しておいた。わたしは一昨年初めて平和祈念式典に行ったけど、できれば来年また行きたい。まぁ、その頃は自分の生活はどうなってるのかは分かんないけど。

今年も長崎の「平和への誓い」はとてもよかった。特に日本の加害の歴史について言及したのがよかった。戦争は被害ばかりではなく、加害にも目を向けなければ「戦争が起きても被害者にならなきゃいいんだよね」で終わってしまう。それから「武力で平和は守れない」ことから、沖縄への連帯も言及した。今、まさに沖縄でどのようなことが起こっているか。それを踏まえてのことだろう。こういう「誓い」は広島にはできない。広島市長は福島のことさえ言及しようとはしない。なんという情けなさ。少しは長崎を見習って欲しい。

幼い頃「神の国日本、欲しがりません勝つまでは」などと教えられて過ごした私は、相次ぐ空襲を逃げ回り、防空壕で息を潜め、日本の敗戦は近いと思っていました。

1945年8月9日、午前11時2分、アメリカが投下した一発の原子爆弾は、ここ浦上の上空およそ500mで爆裂し、長崎の街は、一瞬にして廃墟となりました。

原子雲の下は、想像を絶する修羅場となり、日本人だけでなく、強制連行された中国人や動員された朝鮮人、戦時捕虜のアメリカ人や諸国の人々を含むおよそ7万4千人が無差別に殺され、虫や鳥や植物など全ての生き物も死滅しました。

私は当時9歳、爆心地から6.5kmの地で大木に登り枝落としの最中に、巨大な火の玉に目がくらみ、耳をつんざく大音響と猛烈な爆風で吹き飛ばされ気を失いました。

翌日から、救護活動に参加した母や姉、兄などの体験で、惨劇の大きさを知りました。その母も姉も兄も歯茎から血を出し、髪が抜けるなど、長い間苦しみに耐えながらも、次々に原爆症で亡くなりました。

広島で歓迎されたオバマ大統領は、「空から死が降ってきた」と叙情的に表現されましたが、広島のウラン型原爆に対して長崎にはプルトニウム型原爆が投下されたことから、私には二種類の原爆による実験ではなかったのかとの思いがあります。

被爆した街は、国際的な支援の元に復興しましたが、私たち被爆者は71年もの間、毎日が苦悩の中にあり、二世、三世もその憂いを引き継いでいます。政府には「原爆症」や「被爆体験者」の救済について、司法判断に委ねず、政治による解決を望みます。

しかし、私たちは絶対悪の核兵器による被害を訴える時にも、日中戦争やアジア太平洋戦争などで日本が引き起こした加害の歴史を忘れてはいません。

わが国は、過去を深く反省し、世界平和の規範たる「日本国憲法」を作りこれを守ってきました。今後さらに「非核三原則を法制化」し、近隣諸国との友好交流を発展させ、「北東アジアの被核兵器地帯」を創設することにより初めて、平和への未来が開けるでしょう。

国会および政府に対しては、日本国憲法に反する「安全保障関連法制」を廃止し、アメリカの「核の傘」に頼らず、アメリカとロシアおよびその他の核保有国に「核兵器の先制不使用宣言」を働き掛けるなど、核兵器禁止のために名誉ある地位を確立されることを願っています。

科学の発展が人類の幸せに貢献せず、資源の独占と貧富の差が拡大する限り、世界の不安定はますます激しくなるでしょう。オバマ大統領が率先して示された「核なき世界の実現」への希望は、人類の英知による恒久平和を目指すものであり、「非核の国々による核兵器禁止のための国際的流れ」に共通するものと思います。私たちは、オバマ大統領が「最後の被爆地長崎」を訪問されるよう強く願い、歓迎いたします。

私たち被爆者は、「武力で平和は守れない」と確信し、核兵器の最後の一発が廃棄されるまで、核物質の生産、加工、実験、不測の事故、廃棄物処理などで生ずる全世界の核被害者や、広島、福島、沖縄の皆さんと強く連帯します。長崎で育つ若い人々とともに「人間による安全保障」の思想を継承し、「核も戦争もない平和な地球を子どもたちへ!」という歴史的使命の達成に向かって、決して諦めず前進することを誓います。

地球市民とともに核兵器廃絶の実現を!!

ナガサキ マスト ビーザ ラスト

2016年(平成28年)8月9日
被爆者代表 井原東洋一

15:56 | 被爆二世・戦争などのこと | トラックバック(0) | page top↑
07-26 Tue , 2016
もう終わりにしよう
「もう、終わりにしようか」

「え、終わりですか?」

「あなたが望めばの話だけどね」

「じゃあ、終わりにしたいです!」

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ってことで、次回、最後の通院(の予定)。
2011年1月から3回目のうつ病で通院し始め、足かけ5年半。長かった。

うつ病は治る。絶対に治る。わたしは今まで3回治してきたから分かる。

けど、、どうやって4回目を阻止するか。4回目の再発率は90%以上。
初めてうつ病にかかったときは原因はあったが、2回目3回目の原因は思い当たらない。
わたしにとってはそれが一番の問題。
18:08 | 3度目のうつのこと | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
07-25 Mon , 2016
昨日の続き(FAKEのネタバレあり注意)
なんか昨日、ブログ書くヒマがないってことから、ひょんなことでFAKE観た話になってしまって、それは別にいいんだけど、当初はそんなことを書く気がなかったし、そこまで真剣に書こうと思わなかったのでなんか言いたかったことを言い切れなかったような気がするので、今日、その続きを書くことにした。

が、FAKEまだ観てなくて、観に行こうと思ってて、なおかつネタバレが嫌いな人はここから読まないでね。特に映画の触れ込みの「最後の13分」だったっけ、11分だったっけ。あそこからあとのことをバッチリと書こうと思ってるので。

昨日も書いたけど、わたしは今回のこの事件については、大まかなことは知っているものの、当時(ばれたとき)にどんな風にさむらごうちさんが言われてたとか、どんな風にマスコミから取り上げられてたかということの詳細については全くと言っていいほど知らなかったので「ふーん」と思った程度だった。

なので、この映画の触れ込み「衝撃的な最後の13分(だったか11分)」っていうのは、何を意味しているんだろうということは、全部映画を見終わったあとに分かったんだよね。「なるほど、曲が作れないとか言われてた人が作ったってことか」と思って。正直なところ、わたしは最後の最後に森達也がさむらごうちさんに「今日で撮影を終わりにしようと思っているんですが、さむらごうちさん、まだ僕に何か隠していることやウソをついていることはありませんか」って聞いたところから、衝撃の13分(だったか11分)が始まるんじゃないか?ってちょっとワクワクしてしまったところがある。が、さむらごうちさんはその問いに対して「はい」も「いいえ」も即答せず、長い間考えて、そして答えたか答えなかったか分からないうちに映画が終わってしまった。

終わり方は森達也が当初から考えた上でこういう終わり方にしよう、と思ってやったんだと思った。

FAKEを観に来ている人って、自分が「騙された」って思った人もいるかも知れないし、でも大半はわたしみたいに「あんまり詳しくは知らないけど、なんか世間を騙していた人がいる」くらいな認識の人の方が多いような気はしてるんだけど、取り敢えずは「この事件について映画を観るまでは全く知らなかった!」って人はかなり数が少ないと思うの。

ってことは、観ている人のうちの十中八九は「この映画の主人公は世間を騙してた人だ」って知ってるわけだよね。そしてその人が何をするか、どういうことを言ってるか。それについて興味があるわけだよね。

昨日の日記にも書いたけど、大抵の人は人が自分を騙したとすると、もう信じられなくなる。「オオカミ少年」みたいな話だよね。「オオカミが来たぞ」って本当のことを言ったとしても、もう誰も信じてくれない。オオカミ少年の場合は、オオカミが来る、来ないで真実がはっきりするから、「オオカミが来たぞ」と言って本当にオオカミが来たら、ああ、オオカミ少年はたまには本当のことも言うんだな、と言うことは分かる(そんなこと思う前にオオカミに食われちゃってるだろうけど)。けど、物事、そんなに明確に「本当か」「ウソか」ということは分からない。前にも書いたけど、「これは信じられない」と思い込んだら、相手がいくら真実を語ろうと絶対にウソとしか思えなくなる。

なので、さむらごうちさんには申し訳ないんだけど、やっぱりどうしても「本当のことをこの人は語っているのだろうか」という「疑いの目」で見てしまうんだよね。

そして、映像というものはある点においては真実かも知れないけど、絶対に真実とは言い切れない。だって24時間貼り付いているわけじゃないから、撮影していないときにはどこで何をやっているか分からない。だから曲を作れたとしても「いや、これを見てもやっぱり自分だけで曲を作れたとは言えない」とかって簡単に思えてしまう。だからといって、じゃあ万人も納得させるような説明ができるのかというと、それは絶対にできない。だって、仮に本当に目の前で曲を作ったとしても「いや、事前に誰かに仕込まれた」とか疑えることだってできるから。だから、さむらごうちさんはもう、何をどう言ったって万人は納得させられないと思う。でもそれはこの映画を撮った森達也自身もよく分かってると思うのよね(わたしですら考え付くことだし)。

しかも、最後の最後に「僕にまだ隠していることやウソをついていることはありませんか」って聞くことって、観ている人が「これは真実か、そうじゃないか」って思っているその上にさらに「疑惑」を振りまいていることになる。

だってさ、もしさむらごうちさんが「はい」って即答したとしたら、本人が隠し事やウソをついてることを認めたってことだよね。もし「いいえ」って即答したら「うそっぽい。この人はなにかまだ隠し事があるな」って思えるよね。そして、実際にそうだったように長考した挙げ句「はい」って答えたら、隠し事やウソをついてたことになるよね。そして長考するってこと自体が「やっぱりこの人何か隠してるんじゃないか」って思わせるのに十分だよね。たとえ実際はこの後に「いいえ」って答えていたとしても。いや、もしかしたらさむらごうちさんは長く考えた上で「いいえ」って答えたのかも知れない。けど、その部分を敢えて削ったとすれば、、、この質問をしてこの姿を写してさむらごうちさんの答えを写さないままお終いにしたというのは、、、森達也はこの映画を観た人に対して「やっぱり怪しい」って思う方向に傾かせようと「演出した」ってことなんだよね。だから彼は別に誰の味方で誰の味方ではないということをこの映画で表明したかったわけでもない。

ではなぜ森達也はそういう印象を持たせたかったかというと、この映画は単に何が「真実」で何が「真実じゃない」ってことを描きたかったわけではない、ということだよね。もし何が「真実」で何が「真実じゃない」というのも重要ならば、きっと最後の質問にどう答えたかまで答えさせてから映画を終わらせると思うから。

(ちなみにこの結末の映像で、「まだ隠し事やウソをついてはいませんか」と言われ、それについて長い間考えていることに対して「この人は誠実な人だ」という印象だって持つことができると思う。だってあんなことを面と向かって言われたら、「あれ、自分はウソをついた覚えがないけど、もしかしたらこの人を騙したことが何かあるんじゃないか」って長く深く考え込んでしまうのもそんなに変なことではないからね。ただ今回は「この人一回ウソ付いたことがある人」というイメージが当初からあると「この人は実は誠実な人なんじゃないか?」と思えなくなる方が多いと思われる。しかも答えを写さないままに映画が終わるんだからなおさら)

わたしは全体的に思い返してみると「この映画は果たしてドキュメンタリーなのか?」って思うんだよね。ドキュメンタリーって普通、映画を撮っている人は被写体には影響せずに被写体がどうなるかは基本的には被写体任せだと思うんだよね。だけどこの映画はドキュメンタリーなんだけど、監督が明らかに被写体に対して働きかけてるよね。だってさむらごうちさんが曲を作るのは、森達也の「曲を作ってみないか」という呼びかけに対してだったから。それが最後の「衝撃の13分(だったか11分)」に繋がるんだから。ということは、森達也はこの映画に関しては半分「出演者」ということでもある。まぁ、それは映画の途中で「奥さんと3人で泥舟に乗っている」みたいな表現もしてたから(でも確かこの言葉は森達也が言ったんではなく奥さんが言った言葉だったと)、この映画の出演者の中には森達也も入ってるってことだよね。

「さむらごうちさんは曲は作れない」ということが、マスコミでそんなに大きく言われてたかどうかというのはよく覚えてないんだけど、もしそう言われてたとしたら映画の中で曲を作れたというとなると「曲を作れない」と報道されたのはウソだったことになる。ここでも映画を観た人は揺らぐんだよね。「あれ、報道されたことは真実ではなくて、さむらごうちさんもあながちウソばっか付いてる人ではなさそう」と。

だけど、上にも書いたけど、最後の最後の質問で、また怪しく思えるの(笑)「一体、何が本当なのか」って。気持ちが揺らぐんだよね。

多分、この「揺らぎ」を、映画を観ることによって森達也は「実感」させたかったのかなとわたしは思った。だから最後にあんな質問をして、結論を写さないまま終わったんだとわたしは思う。

だから、この映画は「何が真実で何が真実ではない」ってことを描きたかったわけじゃなく、一方的にさむらごうちさんの味方をしているわけでもなく、ただ、映画を観ている観客の「自分は何を信じて、何を信じられないのだろうという境界の感覚」に気が付いて欲しかったんじゃなかろうかと、わたしは勝手に思ってる。

なので、昨日の日記に書いたことに繋がってるんだよね、わたしのこの映画の感想って。
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07-24 Sun , 2016
もう7月が終わるの?
光陰矢のごとし、で、もう7月も下旬。

今年は毎日きっちり勉強してます。
でもちょっとやり過ぎで10日ほど前から風邪気味なのが抜けない。
治ったようにみえるんだけど、ちょっとするとまたぶり返して、の繰り返し。

なので、ここ3日ほど休んでるんだけど、でもやっぱりきっちりとは治ってない。
うーん、セーブしながら勉強しなきゃいけないなあ、ということで、今日からまた再開。

最近は家で勉強ばかりで外出もほとんどしてない。
昨日はものすごーく久々、映画を観に行ったけど。今、渋谷でやってるFAKEという映画。
さむらごうちさんについては、元々音楽も聞いたことがなかったし、その後の騒ぎもほとんど知らないんだけど、でも内容は結構おもしろかった。でもこの映画は自分が「騙された」って思ってる人と、わたしみたいに「別に騙されたとは思ってないんだけどね、それまで知らなかったから」という人で印象がだいぶ違うんじゃないかなと思った。

とはいえ、さむらごうちさんについては、それまで一人で作曲していると思われたものが実は共作者がいたということについて「周囲を騙していた」ことは事実で、それがあるからこそ「もう信じられない人」と思われてしまったんだよね。

わたしは「騙された」とは思ってないけど、そういうことがあったと知っているので、やっぱり「この人はどこまで本当でどこからウソを言っているのか」という「疑いの目」を持ってしまっているのは確かなことで。

しかし、一旦「疑いの目」で見始めると、その人がどう弁解しようが、真実ではないと思われる「あら探し」をしてしまって、絶対にその人のことが信じ切れなくなる。

これって、以前わたしが「蒼のシンフォニー」というドキュメンタリー映画を観たときに感じたことと同じなんだよなあってFAKEを観ながら思ったの。まぁ「蒼のシンフォニー」は、「どうしても疑いの目を持ってしまう自分」に対して、「疑いの目を持って見ろ」と日本政府から「(いわゆる)北朝鮮は悪い国だ」と無意識に刷り込まれて思い込まされている自分に気が付いて「怖いなあ」って思ったわけで、それと今回のとはその点では比較にはならないのだが、しかし、では自分は何に対して信じられなくて、何に対して信じることができるのか、その境界は一体何なのか、って考えると結構面白いんだよね。

だって、人間誰しも何かに対してウソをついて生きてるわけで、というか、誰もが本音を隠して生きてたりするわけで、それが大きいことだったり小さいことだったり、その程度の差はあれど、でもそれを他人に見せないということは、やっぱりある程度他人に対してウソをついて生きてるわけだよね。だけど、大抵の人はそのウソを「見抜けてない」のか「無視」してるのか、それは分からないけど、他人を「信じることができる」。いや、ときには「あの人はウソをついている」と分かってても信じたいと思ってしまう。何度も何度も裏切られて騙されても。逆に1度でもウソをつかれたことが分かるとすべてが信じられなくなる。

それってなんでなんだろうねって不思議に思う。自分が「信じられる」ことと「信じられない」ことの境界線って一体どこなんだろう?そしてわたしは「信じたい」ものだけを信じて今後も生きていけばいいのか?今まで無条件に「信じている」ものに対しても少し疑いの目を持って見た方が、「信じられない」ものであっても信じる努力をしてみた方がいいのではないか、と思うこともある。

まぁFAKEを観ながら、蒼のシンフォニーのことを思い出し、改めてそんなことを思ったのだった。

FAKEについては、その他もいろんな感想があるんだけど、書き始めると長くなるので書かない。
大ウソ。気が変わって翌日続きを書きました。(2016.7.25追記)

まぁそんなわけで、あと1週間ほどで8月なんだよね。早いなあ。
でも今年は忙しくて多分、毎年書いてる8月6日のことは書けないだろうなあ。
これもネタはあるんだけどなあ。
22:05 | (一般)映画・演劇のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
06-26 Sun , 2016
鯉の季節を過ぎても
野球が好きなレズビアンってそんなに少ないわけではないと思うんだけど、今までわたしが知り合ったレズビアンの中では「野球が好き」な人は、野球をやるのが好きな人で、見るのが好きな人はほとんどいなかった。わたしの彼女はまぁその中では例外で、わたしと同じく野球を見るのが好きな人だったんだけども、、ただわたしほど根強い「○○ファン」ってわけではなかったみたいで、今は2人してカープ戦を見ている(その点でもわたしは運がよかった)。

今、カープの調子がめっちゃいい。カープは最近は箸にも棒にもかからない成績だったので、すっかり聞かなくなってしまった言葉だけど、以前はスタートダッシュだけは得意だった。が、G.W.過ぎると失速するので「カープの活躍は鯉の季節まで」と言われていた。

で、久々に今年は鯉の季節以前からちらほら首位に立つようになり、でも「ま、どーせ、鯉の季節までよね」と思っていた。が、それも打線の奮起がありクリアした。しかし、交流戦はカープにとっては「魔の交流戦」で、終わってみればズタボロな成績、という記憶しかなく(それでも2009年だったかには勝ち越しているそうだが、全く記憶にない)、今年も「ま、覚悟はしとこ」と思っていたのだが、まさかの勝ち越し、しかも交流戦成績セ・リーグトップの3位。他の5チームはよくてトントン、ほとんど負け越しの成績だったのかな?なので、その時点で2位との差が6ゲームくらいだったっけ?これには驚いた。

が、まだまだ油断してはならない。なんてったって、カープは11.5ゲーム差をひっくり返されたことがあるのだ。「メークミラクル」で有名になっちゃった年だけど、確かにあれは最終的に讀賣が優勝した。が、追い上げは中日もすごくて、で、最終的に中日と讀賣が争って讀賣が勝ったんだよね。なので、2位との間に6ゲーム間があいてても、わたしにとっては「まだまだ」なのよ。11.5ゲーム差でも逃げ切れなかったんだから、15ゲームくらいないと、いや、20ゲームくらいないと安心できない。今の時点では2位との間は8ゲームになってて、よそのファンからすると「すごい開いてる」って感じがしてるだろうが、わたしの頭にはどうしても「11.5」という数字が消えないので、まだまだなのよね。というか、前半戦のこの時点でまだまだ先のことなんて考えられない。

確か、山本浩二が監督やった一番最後の年は、9月に13連敗かなんかやったんだよね。あの年は早々に監督続行のニュースが流れて、その直後に13連敗して、結局山本浩二は監督を辞任した。あの記憶もわたしにはあって。というか、カープについては嫌な記憶しか残ってなく(笑)、なので優勝、という言葉を発することすら今はまだ「早い」という気持ちなのだ。てか、優勝できるとは思っとらんし!!今まで何十年もいやな予感しか当たったことがないので、いい方に考えることができなくなってるのだ(爆)

2年ほど前までは、カープが関東に来たときは年1回くらい、彼女と観戦に出かけていた。が、「カープ女子」という言葉が流行るようになり、去年新井も黒田もカープに帰って来てカープファンもどんどん増えてしまい、去年からは「どうせチケット取れないよね」ってことで、球場で観戦はしてない。まぁもともと、関東のカープファンは多かったんだけどね!わたしは'90年代ごろから関東の球場(神宮、浜スタ、東京ドーム)に行ってたけど、東京ドームでの外野の応援ではまず座れたことがないし、神宮でも浜スタでもスカスカって思ったことがない(ただし、2000年代は関東の球場でカープを応援したことはないので、その間のことはよく分からない)。なのでわたしはイメージ的には「関東のカープファンはにわかではなく根強い」というのがある。今年はチームの成績が良いし、やっぱり観に行けないんだろうなぁ。

わたしはカープ初優勝時からのカープファンなのだけど、実際のところ「野球を見るのが好き」になってからは実はカープは優勝したことがないんだよね。小さい頃はカープが強かった印象もあるのだが、あのときは野球が好き、というよりカープ勝てばなんでもいいと思ってたので。。(要するに試合を見なくて結果だけ見て一喜一憂してた程度)なので死ぬ前に1回くらいはカープ優勝したところを見てみたいなと思っている。

が、まだまだそれを言うのは早すぎるけどね!これから15連敗くらいするかも知れんしね(という超悲観的カープファン)。
15:55 | 社会人野球・カープのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
06-24 Fri , 2016
今年は受けられるかな
資格を取りたいと思って2013年と2015年に行政書士試験の勉強を始めたつもり、だったのだが、2013年はうつ病からの回復がまだまだで全然やる気が起きず、去年は始めて早々に息苦しくなったり背中が痛くなったりで、それを治してからと思ってたら、結局1年経ってもよくならなかったので、もうこれはこの中でやるしかない、と思った2016年。

2年も勉強できなかったので、今年は相変わらず身体の調子は絶不調なのにもかかわらず、やる気だけは持続している。

今の時点では、まぁ科目の一通りは勉強したという感じか。でも記憶にはまだまだ定着してないけどね。

勉強を始めて分かったのだが、勉強しすぎると疲れて眠れなくなる。頭を使いすぎて興奮しちゃうみたいで。なので、夜遅く勉強すればするほど夜の寝つきが悪くなり、そして頭が痛くなる。そこで勉強を止めて休めば、また自然に眠れるようになる。なので本来の健康な状態(っていつのことになるんだろう?もう記憶の彼方くらい前のことだ)とはまだ程遠い状態なんだけど、それはもう自分の特性だと思うことにして、夜遅くまで勉強しないように注意してる。

それでも、去年の12月から試験勉強を始めたのだが、それまでは月60時間がやっとだったのに、先月辺りから月70時間を超えて勉強できるようになり、今月はまだあと1週間くらいあるけどもう70時間を超えている。4月は週に20時間以上勉強すると、次の週は疲れて1週間、何もできなかったんだけど、今はコンスタントに月20時間くらいは勉強できるようになっている。以前は「1週間に1日は確実に休む日を作ろう」と思って予定を立ててたら、1日休むと次の日も次の日もやる気が出なくて結局ずるずると休み続けてしまう、ということが分かった。ので、今は1日当たりの勉強時間を減らしてでも毎日やるようにしている。そのように決めたら月に70時間超えて勉強できるようになった。とはいえ、休みなしで勉強しているわけではなく、やっぱり何かの拍子に休んじゃう日はあるんだけど。

なので、何事も慣れとやり方で、ちょっとずつやっていくしかないんだよな、ということを実感している。特に健康を害している人間にとってはいきなり踏ん張りが効かないので、徐々にペースを上げていくしかない。しかも、上限はおそらく健康な人よりは限られているだろう。なんせ、疲れが溜まると眠れなくなってしまうのだ。疲れを溜めずに勉強するためには、どこかでブレーキをかけないといけない。そうすると1日当たりの勉強時間がどうしても限られてくる。なので、わたしが勉強できる時間はおそらく月80時間が上限に近いだろう。ということは、この限られた時間内にどうやって集中してやるか、なんだよね、これからの問題は。

行政書士試験の勉強は面白いかと言われると、まぁまぁかな。意外だったのは、民法が「面白い」と感じること。民法を勉強してると「なるほど、世の中はこういう仕組みになってたのか」って思う。要件、効果を覚えるのが結構楽しい。そして行政法はなんだかつまらなくて眠いということ。うーん、行政書士試験において、行政法がつまらないというのは結構まずいと思うんだけども(択一式の配点が行政法は一番高いので)。今後の勉強で行政法はまぁ楽しいと思わなくても、得意だと思えるようになるか、だよね。

勉強は予定通り進んでいるかというと、あんまりそういうことはなく、どれもこれも中途半端で終わってしまってる。これを今後、どうやってやっていくかが一番の問題。

まぁでも、やる気だけは今後も失われるとは思えないので(それより無理しすぎて物理的に勉強するのが不可能になってしまうことの方が怖い)、行政書士試験まであと150日切ったのかな?確か、来月の半ばくらいにあと100日だったと思うので、調子を崩さないように今後も勉強していこうと思っている。
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06-23 Thu , 2016
沖縄・慰霊の日
今日は沖縄・慰霊の日。
沖縄には縁もゆかりもないわたしにとっては、実はイマイチピンとは来ない日だ。
なので今日は全戦没者追悼式もすっかり忘れていて見なかった(去年は忘れず見た記憶があるが)。
8月6日の平和記念式典は毎年忘れずに起きて黙祷するのに。
8月6日は8月に入ると「あと○日」と無意識に考えてしまうのに。

でも縁もゆかりもないって多分、そんなもの。
広島、長崎に縁もゆかりもない大多数の人も8月6日と9日はそんなもんだろう。

うん。わたしは何が言いたいんだろうねー?
当事者の痛みは当事者じゃないと分からないと言いたいんだろうか。
でも、それだと「じゃあ問題は当事者だけで解決してください」になってしまう。
当事者は、痛みを抱えているから当事者なのに。
痛みを抱えながら、権力者と戦っていかなければならない。

だから、痛みを分かち合える第三者が応援しなくてはならない。
けど、第三者は当事者の本当の痛みはわからない。分からないから第三者なのだ。
だからこそ、当事者にはできない思い切ったこともできる。

が、それは果たして当事者を傷つけたりする行為ではないのか。
第三者はどう頑張っても当事者にはなれないし、だからこそ想像力が必要だ。
第三者は常に「自分の行動が当事者を傷つけていないか、当事者が本当に望んでいるのはどんなことか」を考えなければならない。
ときにはどうやっても当事者を傷つけてしまうようにしか感じられないこともあるだろう。
でも、だからといって第三者がそこから逃げると言うことは、当事者に「今の状態で我慢してね」と置き去りにすることなのだ。

これは沖縄だけの話ではない。
社会的弱者一般に当てはまる話だ。

その中で当事者でない自分はどうしたらいいのだろう。
絶対的な答えが見つかるはずはない。
いつもいつも迷いながら、でも強者に立ち向かうことだけは生きている限りやっていきたい。

なんか、あんまり慰霊の日とは関係なかったかな。
でも今日はそんな気持ち。
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06-22 Wed , 2016
半年ぶりの歯科(口腔異常感症)
昨日は精神科の話で今日は歯科の話。
まぁ行ったのは同一日です。どうせ同じ敷地内にある病院だし(笑)

歯科はおよそ半年ぶり。前回は去年の10月だったか11月だったか。

まーなんていえばいいのか、口の方は相変わらずです。相変わらずどころか悪化してるかも。もうどこがどう、ということは表現しづらいから書けないんだけど、今でも相当気になるし、正直なところ、寝るときは気になって気になって仕方がない。だからうつぶせでいつも寝てます。うつぶせになるとちょっと気になるのが薄くなるような気がするので眠れるような気がするんだよね。睡眠障害の主な原因はこれだとは思わないけど、少しはこれも原因になっているような気もしないでもない。口の中が気になって眠りづらい部分って確かにあるからです。

でも、これも薬が効くわけではなく、もう何年もただ主治医に経過を話すだけで処方も何もされず。一体、お金払う価値があるんだろうか?って感じ。だって、向こうにとってはわたしは研究材料なわけだからねえ、、(ここの科にかかるときに事前に研究に使ってくださいってサインしてます)

半年前に話したことなんてもうすっかり忘れちゃってるので、まぁ相変わらずですってことだけを報告。ねばねばしたものに味が付いてるからまずいとか言ったかも。あのときは酸っぱくてなんか粉っぽいと話したような記憶がある。あと以前は「あ、状態がちょっと楽になってる」ってときがほんの少しでもあったことがあったんだけど、それももう最近はまったくない。いつも悪いか、ときによってもっと悪い。

主治医からは最新の研究結果として、脳の部分の左右のこの部分(詳しい部分は分かんないけど)のバランスがどうもよくないみたいなのが原因なんじゃないかーとか言ってた。で、アメリカの方で電磁波だったか、なにか忘れたけど、それを使った治療法みたいなのがあるんだと。だけど、わたしの場合はもうそれ以上に脳に電流流したことがあるので(修正型電気けいれん療法)「それで効かなかったんだから、こっちの方はもっと弱いわけだしおそらく効かないでしょうね」とのこと。まぁ、もしかしたら加減によって効く効かないがあって、強い電流を流して効かなかったから微弱なものが効かないとは即結びつくこともないだろうよとは思ったけど、「はぁそうですか」って答えておいた。だいたい、わたしはもうこの病気は死ぬまでの一生もんだと思って諦めて過ごしてるからね。

「いやいや、何かの拍子に治るかも知れない」と主治医は言うけど、まー、そうならない可能性が高いような気がする。てか、そんな漠然としたものに期待しても期待するだけ無駄だというか。今まで悪くなりはすれ、よくなったことがないのですっかり諦めている。そりゃ、気分悪いけどね。絶えず口の中が気持ち悪いんだから。これがなかったらもっと集中できるのになあとかいつも思うよ。けど、そうなっちゃったんだから仕方がない。いくら嘆いても泣きわめいても、状況は一切変わらないんだから。だったら我慢して普通なフリをして暮らしていくしかない。

てなわけで、次回診察はまた半年後になったけど、こちらの方もほとほと通うのに疲れてきた。まぁそうはいっても精神科の方にはまだ通ってるので、それが続く限りは「止めます」とは言いづらいのだが、だけど精神科の診察が終了になったらこちらの方も終わりにするつもり。まぁ主治医には、研究材料が1人消えちゃってその後の追跡調査が終了ってことになっちゃうから悪いなとは思うけど。でも、なんで話するだけでなんの処置もしてくれないのにわたしが金払わんといかんねん、って気持ちだからさ。

半年後、もう精神科終わってるといいなあ~。

あ、そういえば、昨日「前回の診察からまだ1回も頭が痛くなくてロキソニン飲んでない!」とか自慢げに書いたけど、昨日夜遅くまで勉強したら眠れなくなっちゃって、今日は頭が痛くてロキソニン2錠飲んじゃった。まずいまずい。
23:04 | 口腔異常感症のこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
06-21 Tue , 2016
あとは睡眠障害のみ
病院に行ったのはもうだいぶ前のことだけど。

とにかく前回から今回の間は、夜遅くまで勉強すると脳が興奮するのか寝つきが悪くなってしまって眠れない、というのが問題だった。しかも眠れない時用にアルプラゾラム0.4mgを頓服としてもらってた(というか、1月だったかに1ヶ月分28錠出されたときの余り)けど、残りの錠数が1週間当たり1錠ほどしかなく、寝つきが悪くてもおいそれと飲めない感じだったんだよね。なので、眠れない日が何日か続き「もう今日は眠らなきゃやってられない」ってときだけ飲むような感じだった。

その結果、寝不足で頭が痛くなりそうな日が多くて頭痛の予兆がするときと、普段通り1日~2日長引く頭痛の時もあったりで、前回から今回の間にロキソニンは20錠近く消費してしまっててもう手持ちがなくなってしまった。

なので今回の診察時には、まず「アルプラゾラムを週2錠のペースで出してくれ」ということと、「ロキソニンがすっかりなくなってしまったので、これも20錠ほど出してもらえないか」と主治医に頼んでみた。

アルプラゾラムの方は「いいですよ」ってことで、次の診察までの週×2錠、の錠数を出してくれた(確か20錠くらいだったような)。が、ロキソニンは10錠しか出せないそうだ。ロキソニンって風邪引いたときには1日3錠×一週間分、すぐ出してくれるけど、こういう場合は結構出せないようになってるもんなんだね。なので「まぁロキソニンはいいです。足らなくなったら薬局で売ってるのを買うし」と言ったら「いや~、それもあんまりよくないんですよね」って言われた。まぁそうよね。10錠しか出せないというのは、それだけ薬剤管理されていると言うことで、薬局でバンバン買って飲んじゃったら、それは薬剤管理がきちんとされないってことになるだろうから。

結局のところ「次の診察日までにロキソニンが足らなくなったら、その前に予約入れて受診してください」と言われた。まぁ、それが正しい方法よね。。めんどくさいけど。

てなわけで、今のところはうつ症状はまったくなく、でも息苦しくて背中が痛くてたまんない、おそらく自律神経失調症みたいなのはあり、そして睡眠障害。自律神経失調症の方はもう見放されたので(笑)、取り敢えず睡眠障害が改善されたらと。

しかし、その診察から今に至って、もう数週間経つけど、最近疲れてるんで夜の寝つきはよく、結局アルプラゾラムは3錠くらいしか飲んでないかなあ。そしてよく眠れるからか、頭痛はあれから予兆さえなく、1錠もロキソニンは飲んでないかも。ただ、次の診察までまだ1ヶ月以上あるんで、この先はどうなるか分からないけどね。

前回は「今後、どうするか(これからも病院通いするか、それとも一旦止めるか)について次に話しましょう」とか言ってたけど、今回はやっぱり睡眠障害がまだ残ってるからと、そういう話は一切しなかった。うつ病の悪化は睡眠障害から始まることがあるので、やっぱりこれをきちんと治してから病院はサヨナラしたい。

【現在の処方】
なし(ただし、眠れないときに頓服として「アルプラゾラム」0.4mg×1)
18:49 | 3度目のうつのこと | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
06-04 Sat , 2016
6月4日
6月4日は虫歯の日、でもあるらしいが、天安門事件の日、である方が重要だと思っている。

この日は今から7,8年前から意識するようになった。が、この日にその関係の日記を今まで書いたことがないのは、だからといって何を書いていいのかすら分からなかったからだ。今も正直なところ、よく分かってない。大雑把に「中国の民主化運動」ってことくらいは知っている。この事件が起きたのは1989年で、わたしは当時大学2年生だったから、リアルタイムで覚えているのは確かなことだが、なんでそうなったのかはちっとも分からない。なので6月4日が来るたびに「今日は天安門事件の日だ」とは思うけど、それ以上に語ることはない。

今も正直全く同じ状況なんだけど、実はこの間「太陽がほしい」というドキュメンタリー映画を観た。この映画は班さんという中国人が制作した中国人の元日本軍「慰安婦」の人たちのことを取り上げた映画だ。中国人の元日本軍「慰安婦」の人たちは朝鮮人元日本軍「慰安婦」の人たちとは状況がちょっと違う。それは朝鮮が日本の植民地だったのに対して、中国は「敵国」だったので、捉えて監禁、その間に元日本軍兵士に強姦された人も多くいる。それ以外に朝鮮人元日本軍「慰安婦」のように慰安所を作られて、その中に入れられた人ももちろんいた。こういった人たちがどのように暮らしているかを丹念に追った映画だった。

中国人元日本軍「慰安婦」のことを取り上げた映画だと言うと、ある一定の人たちはすぐに「反日映画」とレッテルを貼るだろう。しかし、この映画は中国では上映できないそうだ。ある一定の人たちが言うように(というか、最近では中国に対する好感度が地に落ちてしまった日本人からすると、そう思う人たちが圧倒的多数なのかも知れないが)中国が「反日国」であって、中国人元日本軍「慰安婦」の人たちが被害を日本に訴えている「反日」の人たち、であるならば、この映画は中国という国から賞賛されて中国で上映されまくってるはずではないか?しかし、現実にはそういうことにはなっておらず、日本では細々とではあるが上映はできるが、中国では上映できないという。それはなぜか。

それは、中国政府と日本政府の思惑によって、中国政府から元日本軍「慰安婦」当事者の思いが抑えつけられているからだ。

この映画の中に元日本軍「慰安婦」だった人が「自分はこういう目に遭った」と中国で記者会見をしているシーンがある。その場面で軍なのか警察なのかはよく分からなかったけど、とにかく「政府側」の人たちがいきなり部屋の中に入ってきて「何をしてるんだ」と記者会見を止めるシーンがある。

もう一つ。元日本軍「慰安婦」だった人がカメラの前で「被害を訴えることが反逆罪になっても構わない。もうこんなに歳を取ってしまって先は長くないのだから」のようなことを言うシーンがある。

中国は「反日」国家だとしか思ってない人たちには「中国で日本から受けた被害をおおっぴらに言えないなんて信じられない」と思うだろう。かといって、わたしがこういうことを書いているのは、中国の肩を持って「中国は『反日』ではない」と言いたいわけではない。「反日」とかそうじゃないとか、○か×のようなそんな単純なことが言いたいわけではない。そこには個人の被害の訴えとは違う、国の思惑、というのがあって、そういうのがあるから現実はとても複雑になっているのだと言うこと。元日本軍「慰安婦」の人たちは中国人民からも貶められていて、とても肩身の狭い思いをして生きてきたということ(その国の一般の人たちに貶められているのは中国だけじゃなく韓国でも同じ。そして日本ではそれがあるから怖くてほんのごく一部の人しか「自分は『慰安婦』だった」とは言えなかった)。そして、政府同士や人民が誰も彼女たちのことを考えていないのだったら、「これをなんとかしなきゃ」と思った日中の市民同士が連帯しなければならないということ。

映画の中で何人もの中国人元日本軍「慰安婦」の人たちが出てきたが、今は誰一人生きてはいない。中に一人、'90年代から被害を訴えている人がいて(といえども、その人は自分の「直接の被害」を訴えてはいない。もちろん、この人も元日本軍兵士から監禁されて強姦された当事者だ。しかし、その人はそのことを問題にしていたんじゃなくて、実は別の殺された子供に対して繰り返し繰り返し「かわいそうだったから謝れ」と言ってるんだよね。なぜこの人は自分のことは問題にしないのかというと、おそらくこれを認めると、このおばあさんは自分の人生やりきれなかったから、真正面から受け止めたら壊れてしまうからじゃないかとわたしには思えた。そこには複雑な人間の心理状態、というのが現れていると思った)、その人は最初、本当に「日本(日本人)」というものが許せない、というものすごい厳しい表情や口調だった。

しかし、約20年に及ぶ撮影で、この人は死ぬ間際のインタビューがあるんだけど、そのときに言うんだよね。「日本の友だちのためにまだまだ自分は負けていられない」って。亡くなる直前の映像で本当に弱った状態だったし、こんな状態で自分を作ってはいられないだろうと思うので、この発言はこの人の本音だったと思う。結局、日本で裁判を起こしても訴えは通らなかった。中国で被害を訴えようとしても上から抑えつけられる。中国人民からは差別される。この人は生前、何一つ報われなかった。だから、本当は「よかった」って思っちゃいけないんだと思う。けど、わたしは亡くなる間際の「日本の友だちのために」という言葉を聞いて、ちょっとだけ「よかった」って思ったんだよね。

まぁそんなわけで、現実って言うのは○か×か、という単純に二分割できるほど簡単なものではないのだ、ということがよく分かる映画だった。

で、なんで6月4日にこの映画の紹介をしたかというと、まぁもう分かると思うけど、この映画の中で「なぜ天安門事件が起こったか」ということも少し触れているからだ。そしてこの映画が中国では上映できない、ということを聞いて、まだまだ「天安門事件」は続いているのだ、ということが分かったからだ。

いい映画だったので、機会があったら観て欲しいと思う。
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05-24 Tue , 2016
性的マイノリティーと男女共同参画・韓国の場合
20160507 094709


少し前の話だが、5月7日(土)にレインボー・ウィークの一環で「性的マイノリティと男女共同参画・韓国の場合」というイベントがあったので行ってきた。講師はリュ・ミンヒさんという韓国の性的マイノリティ当事者の弁護士さんだった。隣の国の性的少数者のことはずっと知りたかったことだし、それに一昨年、去年と韓国での性的少数者のパレードが反同性愛団体(主にキリスト教保守派の団体)から妨害されている、ソウル市もどちらかというとその動きに同調している、ということはちょっと耳に入ってきて知ってたので、そのような話も聞けるかなと思って期待していたが、期待以上の話が聞けたので、一応情報共有ということでここに書いておく。

パワーポイントを使いながらの発表で、もちろん韓国語での発表(パワーポイントは英語だけど)。それに通訳を介してなので、情報量は単位時間あたりに換算すると日本語で行われるときの半分以下だと思うが、そうとは思えないほどいろいろなことを話された。ちなみに時間は2時間ちょっとで、うち質問時間は30分あったかどうか。

韓国には「SOGI Lawyers」という人たちが4人いるそうで、10年前から活動している。発表ではこの5年間、この人たちがどういう活動をしてきたかをまず話した。ちなみに「SOGI」というのは、「LGBT」に代わる表現方法なのだが(日本でもこの言葉がいろんなところで紹介されている)、SO = Sexual Orientation(性的指向)、GI = Gender Identity(性自認)を指している。まぁ性的指向、性自認が「ない」人も含め、すべての人を包含する表現ということで(ということは、性的多数者も含むということ)、これはこの問題は「LGBT」だけじゃなく、すべての人を対象とする問題だということを表している言葉らしいのだが、「だからなに?」と言われることもなきにしもあらずな表現方法だなあと個人的には思っている。だから「LGBT」がいいかというと、それも違うんだけど(なのでわたしは以前からずっと「性的少数者」という言葉を使っている。「少数者」が気にくわないという人もいるらしいが)。

ちなみに「SOGI」で検索をかけるとこの「SOGI」と、それとは別に「葬儀」関係のことが出てくる。月刊「SOGI」という雑誌もあるらしく、最初これを知ったときはどっちの「SOGI」だか分からなかった(^^;(思わず「えっ、もうこんな雑誌まで出てるの?」って思ってしまった)

まぁそれはいいとして。この韓国のSOGI Lawyersとしての活動内容は、年に1回報告書を出すこと、他団体と協力して韓国の性的少数者当事者を調査していること。それから当事者弁護士などを集めてのキャンプとか、ここら辺はパワーポイントに書いてあるんだけど、どういう説明してたかは忘れたので具体的な内容はなんだったかよく覚えてない。

現在の韓国の法的な問題として、韓国には国家人権委員会というものがあるんだけど、これは法的拘束力がないので、法的拘束力がある差別禁止法を求めているそうだ。そして韓国では「反同性愛法」みたいなのはないんだけど、軍隊の中にはあるそうで、なので徴兵された人が同性愛者だと、それは性犯罪者になるそうだ。これはもともと米軍の規則か何かから引っ張ってきたそうだが、韓国ではこれがまだ生きているそうで、これについて今、裁判で争っているらしい。既に2回判決が出ていて、来月、3度目の判決が出てくるだろうとのこと。そして当然のことながら(って言っていいかは分からないけど)「同性婚(または同性パートナーシップ)」に関する法律はない。性別変更に関する法律はないが、2006年の判例で性別変更は認められたとのこと。要件などは日本と全く同じで、これは日本で少し前に「性同一性障害特例法」ができたことの影響を受けているとのことだった。

次に他団体と協力して調査したという調査内容の発表。ちなみにSOGI Lawyerの年次報告というのはこういうのらしい。今回説明した調査内容は「Key Results of the South Korean LGBTI Community Social Needs Assessment Survey」で検索したら、pdfファイルがダウンロードできるようになってるのでそこで見られる(URLは分からないのでリンクが張れない)。

調査対象は主にSNS繋がりだったかで調査したので、30代までの人たちでほとんど占められてしまったので、40代以降はバーなどに行って直接聴き取りをしたのだとか。それでもこの世代は全体の6.6%くらいしかいなかったので、回答にちょっと比重をかけて重くしている、とのことだった。この発表では「家族には絶対にカミングアウトできない。もし自分のことが家族に知れたら勘当される」とか「コミュニティには頼れない」という当事者の声の紹介、当事者が一体何を求めているかという質問では、差別禁止法を求めている人たちの割合が一番高い、次は同性婚を合法化とか(しかしこれは複数回答可)、カミングアウトはどんな感じでしているかという質問に対しては「一部のみ」「ほとんどしてない」がそれぞれ32.9%、27.6%と過半数を占めること(ちなみに「大部分している」が19.3%、「誰にもしていない」が20.3%)、などが指摘された。カミングアウトについての比率は日本と比べてあんまり大差ないような気もするけど(NHKが去年当事者に向けてアンケートをしたけど、まとめ方に相違があるので単純比較はできない)、でも当事者の声は日本よりやはりちょっと厳しめなような気がした。

次に国連の人権委員会が韓国に対してどのような勧告をしているかの内容だったが、ざっというと「差別禁止法をがないから制定しろ」とか、また、上に書いた軍隊での同性愛が犯罪となっている部分に対してもなくすように勧告されているとのことだった。ここら辺の勧告内容は、軍隊のことを除いてほとんど日本と同じなんじゃないだろうかと思う(細かい部分はいろいろ違うだろうけど)。

そして、最近の韓国国内での訴訟について。冒頭にも少し書いたけど、去年、ソウルでパレードを開催するときにゴタゴタ揉めた件。これは、ソウル市庁前の広場の使用をめぐるもので、当初、パレード開催団体は6月13日にパレードのオープニングセレモニーとパレードを開催する予定だった。が、反同性愛団体が同じ日の同じ時間にその場所を取っちゃったらしいのね。だから、パレード開催団体はオープニングセレモニーを6月9日にして、パレードを6月28日に変更したそうだ。韓国では使用許可は1ヶ月前に「早い者勝ち」で取るらしく、そのために性的少数者たちはその使用許可を取るために随分前からソウル市庁の前に並んでいた(あれ、警察署だったかな?)。この様子は当時当事者たちのtwitterなんかでも画像付きで流れてきたりしてたのを見たことがある。色とりどりの風船が浮かんでて、しかも「今日の夕食は○○にしよう!」なんて書かれてて(わたしが見たときはチキンとコーラだったかな?)、すっごく楽しそうだった。

使用許可はパレード主催団体が一番に出したんだけど、反同性愛団体も「自分たちが一番に出した」と言い張って、しかも、ソウル警察はどっちが先だったか答えなかったみたいなのね。だから、裁判を起こしたということだった。で、結果は、パレード主催団体が勝った。というのは、複数の警察の管轄にまたがる場合は、韓国の場合はその上の組織(名前は忘れた)に使用許可を提出しなければならないらしいんだけど、パレード主催団体はちゃんとそうしてて、反同性愛団体はそれをしてなかったらしいのね。だから、パレード主催団体が勝訴した、とのこと。去年は相手のミスでなんとかなったけど、今年はおそらく向こうもそんなミスはしないだろうから、どうなるんだろうかと言っていた。

もう一つの訴訟は「雨のち虹色財団」と韓国法務省。韓国の法務大臣が2015年6月にプライドパレードを見て「表現の自由は尊重しなければならないが、健全な社会のためには一定の制限がある。(ゲイプライドは)我々の社会の伝統的な価値観に合わないので、制限すべきと考える」って言ったことに対して、「雨のち虹色財団」(英語の名称は「Beyond the Rainbow Foundation」と言うらしい)がその発言の取り消しを求めて訴訟を起こしたとのこと。2015年11月20日に1回目の審問があって、法務大臣が発言、2回目の審問は2016年の1月中旬に行われる。

ここで「なぜ、韓国では反同性愛の運動がひどくなったのか」という説明が始まった。韓国のパレードって2000年が最初で、途切れがなく15回行われてきたのに、妨害にあったのは2014年からなのね。それ以前はまったく妨害がなかったそうだ。

今、猛烈に同性愛者に対して攻撃をしてくるのは、保守系のキリスト教団体なのだそうだ。韓国の宗教を信じている人の割合は、46.5%が無宗教、22.8%が仏教、18.3%がプロテスタント、10.9%がカトリック、そして残りの1.7%はどのどれでもない宗教、なんだそうだが(2005年調べ)、この中の「プロテスタント」が、このような団体を含んでいるらしい。韓国でプロテスタントは韓国の経済成長とともに発展してきたそうだ。経済活動の活発化と宗教がうまくマッチして、韓国のプロテスタント人口が増えたそうだ。が、1990年代からそれが減少し始めた。その理由は、教団の中での指導者の不倫だったり、なんかいろんなモラルの悪さが表面化したことによって信者数が減少し始めたみたい。なので、教会は信者離れを防ぐためと信者の獲得をするために、2000年代の半ばごろから性的少数者を敵にして叩き始めたということだ。そして、在米の韓国系教会の影響を非常に受けていて、資金もそちらから流れてきているとのことだった。

そこで、在米韓国人の同性愛に関する意識の調査結果を見せられたのだが、「同性愛は受け入れない」割合はなんと過半数以上の55%、「受け入れる」は40%。同じ調査の在米日本人が「受け入れる」68%、「受け入れない」22%に比べると対象的な結果になっている。在米韓国人の「同性愛を受け入れない」割合が高いのは、在米韓国系教会の影響が強いからではないかと言っていた。この調査はおそらくアメリカの同性婚合法化前のデータだろうけど、アメリカ自体が同性婚合法化してしまった現在、この人たちの意識はどう変わるのかねとちょっと思ったのだが、でもアメリカは広いから、強固に「同性愛反対」なコミュニティって今までのまま、あまり変わらないんだろうな。。いや、もしかしたら「アメリカはこうだけど、韓国ではこうなって欲しくない!」と思ってじゃんじゃん資金を韓国の保守系キリスト教団体に送るとしたら、やりきれないよなあ。。

ちなみに保守系キリスト教団体の人たちは「同性愛は祈祷で治る」と思っているらしい。なので、去年の6月のソウルでのパレードにも反対派の人たちが集まってきて、お祈りしてたとか(なんと無駄なことを)。

そういうわけで、韓国のクリスチャンコミュニティの中には性的少数者は安全でないみたいだ。日本でもそういう話は一部聞くけど、でも、外部から見ると(わたしは信者ではないので)「受け入れる」教会もいくつかあるよね。主にプロテスタントで当事者が牧師さんの教会とか。カトリックは法王自体がどうかで下が受け入れるかどうか決まるみたいで、今の法王は「同性愛者に対する差別は許さない」人みたい(ただし同性婚には反対してる)。ただ、その考えが末端のカトリック教会まで浸透してるかというと、それは十分に怪しいと思うが。。(ただ、法王はこう言ってますよ!とは言えると思う→が、実際のところ、神父さん含め教会内にそういう素地がまったくないところでいきなり「法王はこう言ってる」とは言いにくいだろうと想像する)

その後は「韓国での同性婚の合法化への動き」の話に移った。もちろん韓国では同性婚は合法ではないが、近年では「公開結婚式」を行うゲイカップルや、役所に婚姻届を提出するゲイカップルもいるらしい。「公開結婚式」では、多くの市民の人にも祝福されたものの、一部、過激な反同性愛な人が人糞を撒いたそうだ。その人が取り押さえられている写真を見た。自分とは直接関係がないはずなのに、なんでそこまで人を憎めるのか不思議。婚姻届は日本と同じく「妻となる人」「夫となる人」という欄があったので、そこを「配偶者1」「配偶者2」に書き直して提出したそう。

そして、当然のことながら婚姻届は不受理だったのだが、その根拠は韓国の民法826条1項と2項とのこと。韓国の憲法36条1項は日本の憲法24条と同じようなことを書いてある(婚姻は両性の合意のみに基づく)らしいのだが、韓国の憲法にこの文言が入ったのは、1980年代だったそうだ。これは日本の憲法24条から来たということで、入った理由も日本と同じく「男女平等」の理念だという。それまで韓国の憲法には「男女平等」の概念がなかったそうだ。そして韓国の民法も日本と同じく「夫婦」と表現しており、それが「婚姻は男女のみ」という根拠になっているらしい。これも日本と全く同じだよね。日本において、2014年の時点では婚姻届不受理の根拠は「憲法24条」だった。が、2015年の時点では憲法ではなく「民法」が不受理の根拠に変わってきている(これは日本の話)。ここで話した弁護士さんも言っていたが、それだったら民法の「夫婦」の文言を「配偶者」にすればいいだけのことではないかと。

韓国ではこの婚姻届不受理を受け、裁判を起こしたらしい。それが2015年の1月に提訴したらしいが、そこから1回目の審問までの間に、アメリカでの同性婚合法化のニュース(2015年6月)が入ってきた。それまで韓国社会はこのような問題はまったく無視で、マスコミにも見向きもされなかったらしい。去年のパレードの許可を取るための座りこみのときもそうで、ソウル市庁(警察署?)で性的少数者当事者たちが1週間にわたって順番待ちをしてたときも、ニュースにも何もならなかった。が、アメリカで同性婚が合法化されたことにより、その翌月、2015年7月に行われた審問のときはマスコミがすごい来て報道されたとか。

そういう話を聞くと「日本でもそういう傾向が大いにあるよね」と思う。だってアメリカが同性婚を合法化したときの様子ってなんか、アメリカが世界に先がけて同性婚を合法化した、みたいな受け止め方だったじゃん。西欧ではもうほとんどの国がそれまで同性婚を合法化していたにもかかわらず。ってことは、それまではまったく話題にもならなかったわけだよね。そういう意味で、日本はアメリカの影響を多大に受けていると言える。そして、韓国もアメリカの影響を多大に受けているが、それとともに日本の影響も大きいみたいなんだよね。よくも悪くも。それは今までの発表の中で話されたことでよく分かる。韓国の軍隊内で同性愛が犯罪になっているのは、アメリカの軍隊にそういう規則があったからだし、韓国の憲法の中に「男女平等」の理念が入ったのは、日本国憲法の影響だ。そして、韓国で性別変更が可能になったのも、日本で「性同一性障害特例法」ができたからなのだ。だから、ここで話した弁護士さんは「アメリカだけではなく、今後の日本の動きにもすごく期待している」と言っていた。日本に対しては、この先あんまり期待できないんじゃないかなあ。。とは思うけど(悲観的)そしてわたしは「韓国」という国は、こういう複雑な面を持っている国なんだということをちょっと実感した。簡単に一括りに「親日」とか「反日」という言葉では表すことなんてできるわけがないよね。

そして「ここ最近の動き」として、先月行われた、韓国の国会議員の総選挙について少し話してくれた。確か、政権与党が惨敗した選挙だったと思うが、韓国の政党の中では性的少数者の存在を認めている政党は左派政党の3つ。この度、その中の「正義党」は6人が当選したそうだ。そしてもう一つ、性的少数者当事者が注目していたのは「キリスト教自由党」という反同性愛の党。ここが比例で議席を獲得するかどうかに注目していたらしい。韓国では確か4%の票を獲得できれば1議席確保できるらしいのだが、今回の選挙では、この政党は2.63%しか票を獲得できず、議席は確保できなかった。途中で「1議席確保したかも!?」というニュースが流れてきて、性的少数者当事者たちは騒然としたらしい。しかし、議席は確保できなかったが、これからは政党補助金がもらえるとのことで、これが今後どうなっていくかは分からない、と話していた。ただ、最初の方で韓国のプロテスタントは全人口の22.8%を占めていると言ったが、今回のキリスト教自由党への投票数を見ると、プロテスタントの人たちの一部しか「反同性愛」ではないということは分かった、と言っていた。

この話に繋げて、この弁護士さんは、今の韓国国内の状況は性的少数者にとってとても厳しいけれど、将来のことに対してはとても楽観的なんです、と話していた。その根拠は、韓国人というのは、とても変化が早い国民なんだそうだ。2013年現在、韓国人のうち「同性愛を受け入れるべきか?」という質問に対して「はい」と答えたのは39%、「いいえ」と答えたのは59%いたそうだ。ちなみに同調査で日本人は「はい」が54%、「いいえ」が36%だった。しかし、2007年に調査したとき、韓国人が「はい」と答えたのはたったの18%で、それから6年後の2013年と比べると21%も増加している。ちなみに日本人はその間5%しか増加していない(2007年に「はい」と答えたのは49%)。アメリカは増加率2位でプラス11%(49%→60%)。韓国の増加率は断トツ1位だ。これが「変化が早い国民」の根拠だ。

しかも「年齢層別の同性愛への寛容度」というグラフを見ると(なぜかこのグラフだけ日本語なんだけど(^^;)どの国も年齢層が上がるにつれ寛容度も低いんだけど、韓国は日本、アメリカ、ドイツ、スウェーデンの中でも60代以上は断トツ低い。まぁ、韓国の場合は20代もこの5カ国中1番低いんだけどね。だからだけどもっと時間が経てば、韓国ももっと寛容度が上がると考えられるのだ。でもそういう意味では日本の方がもっと将来は明るい感じだけどね。日本の20代の寛容度は7.0を超えていて(10.0点満点中)5カ国中2位、韓国の20代と日本の50代は同程度(およそ5.0)、日本の60代以上だけぐっと下がって3.5くらい(5カ国中4位)。

だから、韓国もこれから時代が進むにつれてもっと変わっていくだろうと思っている、と言っていた。

発表はこれでお終いで、あとは質問時間だった。わたしは発表の中で話された「コミュニティには頼れない」という当事者の声の意味がよく分からなかったので、それについて聞いたのと、あとは「地方の当事者はどうなんだろう」ということが気になったので、手を挙げて質問した。

「コミュニティには頼れない」というのは、韓国はいろんな団体があるものの、当事者のピアサポートみたいな団体はなく、ほとんどがこの弁護士さんたちのように「社会に訴える活動」をしているそうだ。なので、当事者が困っているときにサポートできるような団体をこれから作っていかなければならないって言っていた。あと、韓国での地方の団体って大邱に1つしかないらしい。韓国はもともとソウルに国民の人口の半分が住んでるし、それに国土が狭いから週末には地方からすぐソウルに来れてバーなどで発散できるって言ってたけど、でもそれって一時、日本でも同じだったんだよね。あ、全国民の半分は東京にはもちろん住んでないけど、地方の人が週末だけ東京で遊んで発散してまた帰る、ってことね。それだと地方に住んでいる性的少数者当事者は自分の地元では「ありのまま」でいられないってことを意味する。地元では自分を押し隠して、東京に出てきて発散するって、それってどうなの?ということは日本ではもうずっと前から指摘されていて、だからこそ、ここ数年の間、各地に性的少数者の団体ができて、そしてみんな地元で暮らしやすくなるために頑張ってる。

地方の人によく言われる。「東京はもっと頑張ってくれないと困る」と。「東京で話題にならないと地方ではどう話を切り出していいのかすら分からない」と。渋谷の同性パートナーシップ条例はその点、ものすごく話題になったので、それで地方も動きやすかったと。だから「東京には地方を牽引してもらわなくては困る」と言われた。

そうなんだよね~。そして地方の人が頑張ると、国内の底上げができて、全体がまた更に上がる、ということになるのよね。

わたしの問いの対する答えを聞いて、わたしはそんなことを思ったのだけど、もう時間がなかったし(わたしが一番最後の質問者だった。しかもジャンケンで勝って)、まぁいいやと思って何も言わなかった。それに地方の底上げよりも、判例とか法律の方が先にできるかも知れない状況かも知れないしね、韓国は(そういう意味では韓国は日本より「人々が声を挙げる」ということに対して抵抗感がないように感じる。これはとても羨ましい)。

ってわけで、知りたいと思っていた韓国の性的少数者の話が聞けてとても有意義なイベントだった。そういえば題名に「男女共同参画」ってなんで入れてあるんだろうねと最後に思った。ほとんどが性的マイノリティ、それも同性愛の話だったような(笑)まぁ、主催者の都合かな?

今年の韓国のパレードは多分来月だと思うけど(来月は各国でプライドパレードがあるね)、今年はどうなるんだろう。何も起こらなければいいなと思ってるけど。そして、いつかはわたしも韓国のプライドパレードに参加してみたいものだ。そのときまでに現地で通じる朝鮮語を話せるようになってたい!!(笑)
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